――山のあなたの空遠く、

       「幸」住むと人のいふ。

       ああ、われひとと尋めゆきて、

       涙さしぐみ、かへりきぬ。

       山のあなたになほ遠く、

       「幸」住むと人のいふ。



『山のあなた』

カール・ブッセ




3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/08(土) 22:28:37.17 ID:0NNV7K9wo


                 グランギニョール
――と あ る 世 界 の 残 酷 歌 劇――

         ~ 第 四 夜 ~






5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/08(土) 22:39:16.43 ID:0NNV7K9wo
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/08(土) 22:40:44.93 ID:0NNV7K9wo
――――――――――――――――――――

              終幕

(悲劇或いは喜劇、たった一つの冴えないやり方)



           『みさかみこと』

――――――――――――――――――――

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/08(土) 23:25:18.66 ID:0NNV7K9wo
「――よぉ」

ビルを出て少し歩いたところで少年に出会った。

声を掛けられそちらを向くと、どこかで見たような顔がそこに立っていた。

「えっと、アンタどこかで私と会った事あったっけ?」

「いんや、多分初対面だぜ」

彼は苦笑し、そして名乗る。

「垣根帝督だよ、超電磁砲」

「……ああ」

なるほど、と御坂は思う。見覚えがあるはずだ。

「そっか。昼間あの子を殺したの、アンタだったわね」

「おいおい。あっちが勝手に死んだんだぜ。妙な言い掛かりはよしてくれよ」

嘆息し肩を竦めようとして――失敗して、垣根はばつの悪そうな顔を一瞬浮かべる。
それから溜め息を一つ吐くと彼は御坂に尋ねた。

「なあ。お前あっちで俺のツレに会わなかったか?」

「ツレ?」

今歩いてきた方を顎で示され、御坂は小首を傾げた。

「派手なドレス着た馬鹿女だよ」

「ああ――」

垣根はどこかおどけるような笑みを口の端に浮かべながらも、まったく外連味の欠片も見せず吐き捨てるように言い放つ。
その言葉に御坂は納得し、柔らかな笑みを浮かべ頷いた。

「あっちで割れてるわ」

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/08(土) 23:54:50.61 ID:0NNV7K9wo
御坂の答えに垣根は少しの間彼女を見詰め、それからふっと目を閉じ小さく「そうか」と呟いた。

「携帯が通じなかった時点である程度予想はしてたが。
 アイツじゃ相性が悪すぎる。『心理掌握』にアイツが勝てる道理なんて――」

そこまで言葉にして、垣根は御坂を見て眉を顰めた。

「おい……『心理掌握』の奴はどうした」

「…………さあ?」

先程と同じように御坂はまた首を傾げる。
その仕草はどこか稚気めいていて、垣根が何を言っているのかまるで分からないといった態だ。

いや、そもそも最初から――何か根本的なところがずれているようで――。

「ちょっと前まで一緒にいたんだけどね。その、アンタのツレと会う前あたりまで。
 でもアイツってばなんか訳分からないこと言って勝手にどっか行っちゃったわよ」

非難、というよりも愚痴のような口調で御坂は溜め息を吐く。

正直なところ一緒にいるとばかり思っていた『心理掌握』の同行など垣根にはどうでもいい。
だが彼女の言った事が本当なら――。

(こいつ……単独で『心理定規』を抜いたのか……?)

既にこの世にはいないだろう少女の顔が頭を過ぎり垣根は静かに奥歯を噛む。

彼女の『心理定規』は超能力者である『心理掌握』に比べれば見劣りこそすれど、だからといって脆弱だというはずもない。
想念のベクトルを操作するあの能力は最強であった『一方通行』に由来するものだ。
それが仮初のものだとしても間違いなく学園都市でも屈指の能力者であったはずだ。

ある種の絶対的な強制力、自身が持っている想いは絶対に破壊することなどできない。
その想いが強ければ強いほど個我の根幹、アイデンティティと深く結び付いているからに他ならない。
他者へ向けられた想いはそのまま自身の存在証明だ。
絶対的なルールであり枠組み、枷だからこそ絶対に覆す事などできないのだが――。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 00:37:55.91 ID:IY+XuREbo
「電気操作……脳内の神経パルスでも操って防御したか? また随分と化けたもんだな。
 俺の知ってる超電磁砲はそんな事できるような強度じゃなかったと思ったんだが。
 ……っつかそもそも、そういう事をするようなタマじゃなかったと思うんだが」

「買い被りすぎよ、アンタ。それにアンタが私の何を知ってるっていうの」

くすくすと笑う御坂に垣根の顔は徐々に苦々しいものとなっていく。

そう、この相手には取り繕う必要がないのだ。
彼女には斜に構えようと皮肉を交えようと一切の意味がない。

なまじ頭の回転が早いだけに、こちらがどれだけ曲折的な言葉を弄したとしても彼女はその奥底にある生のままの意味を正しく理解する。

そしてきっと、それでもなおあの笑みは崩れないだろう。

「多少は分かるさ。お前は『御坂美琴』とは随分と変わっちまったって事くらいはな」

何故なら。



先程からずっと腕に抱いている片足がおかしな方向に折れ曲がった少女を前にしても顔色一つ変えないのだから。



垣根の知る彼女は死んだように微動だにしない白井黒子を前にして平然としているような少女ではない。
ましてそんな状況を前にして笑っているなど、直接彼女と会うのが始めてだとしてもありえない事だと分かる。

そう。つまり、きっと。
彼女は自分たちと同じ類のモノに成り果ててしまったのだろう。

自らの連れ合いだと言った少女の名を心の片隅に思い浮かべ、僅かばかりの謝罪をして垣根は奥歯を噛み締める。

まったく――最悪にクソッタレな世界だよ、ここは。
お前もきっとそう思うだろう――?

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 01:51:20.89 ID:IY+XuREbo
そう思っていたのに。

「――よりによってアンタがそれを言う?」

ぴしり、と。
何かに亀裂が入る。

御坂の声色にも、表情にも変化はない。
だが一瞬だけ――彼女の気配とでも呼ぶべきものが変質したのを垣根は間違いなく感じ取った。

「ああ、そうだ」

刹那の変化が錯覚だとでもいうように御坂は変わらぬ調子で微笑を垣根に向ける。
けれど暗がりの向こう、可憐な花のような笑みの中、薄く細められた目だけがまるで無明の穴のようで。

「アンタにもさ、一応。訊いておかないと」

僅かに上げられた口の形はまるで罅割れのよう。

「先週、独立記念日にさ。一方通行と戦ってビルぶっ壊したのってアンタで間違いないわよね」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味よ?」

寒気がするほど儚げな笑みのまま、御坂は矢張り何が分からないのかと首を傾げる。

「アンタよね? それ以外に思いつかないし」

「――そうだよ」

頷いた。

「俺が一方通行を叩き潰した」

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 02:09:16.87 ID:IY+XuREbo
「――――そっか、やっぱりアンタだった訳ね」

垣根の言葉に満足したのか、御坂もまた頷き。

そして満面の笑みを垣根に向け。










「アンタが、当麻を、殺したんだ」










囁くような声と同時に――その気配が爆ぜた。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 02:31:07.61 ID:IY+XuREbo
「ッ――――!?」

突如、莫大な質量をもって噴出した気配が確かな感触を伴って垣根に吹き付ける。
今の今まで彼女の笑顔の仮面の下に押し込められ続けていた想念がついに決壊する。
周囲の夜闇すら霞んでしまうほどの暗黒は濁流となって彼女の内から溢れ出した。

傲慢も嫉妬も憤怒も怠惰も強欲も暴食も 蕩もない、純粋な殺意。

殺意。
殺意。
殺意。

他の何も入る余地がないほどまでに純度の高い殺意の嵐。
ただ純粋に『殺意』としか称しようがない。他のどんな言葉であってもそれを言い表す事などできはしない。
それは本来あるべき感情すらも否定して、機械を思わせるほどの単純さで垣根に向かって放射された。

「分かった。分かったわ垣根帝督。第二位、『未元物質』。
 ああ、でも今はアイツがいないんじゃあ序列も繰り上がるのかしら。暫定第一位」

くすくすと。
可憐な笑顔を浮かべながらも、口調、声色、表情、仕草、その全てが溢れ返る志向とは乖離している。
表面ばかり美しく着飾った、まるで宝石箱のよう。
中にどんなものが詰まっていようと素晴らしい意匠はそれに一切頓着せずただその形を静かに誇るだけだ。

「そもそもさ、序列なんてただのラベルでしょ?
 私もアンタもアイツも、最初からまったく違うんだからそれを比べる事自体が間違ってるのよ。
 兎と鳥と魚と蛇を比べ合っても意味なんてないに決まってるのに。そんな事も分からないの?
 馬鹿みたい。下らないものに一喜一憂しちゃって、他人を蹴落として手に入れたオモチャの勲章を自慢げに見せたってさ」

彼女は美しく笑い、優しい声色で言う。

「所詮アンタはアンタでしかないんだから、何も変わりっこないわよ。
 俺は凄いんだー、強いんだー、学園都市最強の能力者なんだー。はいはいカッコイイわね。勝手にやってればいいじゃない。
 でもさ、アンタ少しでも自分の下らない遊びに付き合わされる周りの事考えた事ある?
 アンタがどれだけ素晴らしい人格者でも、それこそ聖人みたいな奴でもさ。自己満足のためだけに周りを巻き込んでんじゃないわよ。
 そんな事も分からないの? 学校で習わなかった? それくらい中学生の私でも分かるわよ? 小学校からやりなおしたらどうなの?」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 02:51:43.47 ID:IY+XuREbo
柔らかな唇から零れる言葉は全て殺意の塊だ。
その一音一音全てが『殺す』という意図を内包した呪いの響きを帯びている。

「一方通行はアンタのお遊戯に乗ってくれたのかもしれない。それはいいわよ。当人たちで楽しめばいいじゃない。
 でもたったそれだけのために付き合わされる方は堪ったもんじゃないわ。あんまりじゃない?」

「テメ――本当に――」

写真で見た、あの眩しい笑顔の少女と同じモノなのか。

見た目だけは同じなのに、中身がまるで違う。
器だけそっくり同じコピーを作って中身だけ丸ごと入れ替えたよう。
その事実に本能的な嫌悪感を抱き脊髄の中を凍り付いた血液が駆け巡る。

そう。もしかしたら彼女こそが。

学園都市の闇に蠢く悪夢のひとつ。
                 クローン
いたいけな少女の皮を被った悪魔なのだと信じてしまいたくなる。

世界の裏側、悪意の深奥たる学園都市の暗部。
そんな地獄に身を窶した垣根でさえも彼女には遠く及ばない。

絶望の深度が違う。闇黒の明度が違う。
彼女の世界には救いなどあるはずもなく、光など欠片も存在しない。
もはや存在理由さえも失った生物の黒点。絶対零度の漆黒の炎がそこにあった。

「アイツの願いはきっと何よりも儚くて、どうしようもなく子供じみた、それこそ幻想みたいなものだったろうけれど」

闇に溶けるような黒の外套に収められた左腕が微動する。

「少なくともアンタみたいな奴が踏み躙っていいものなんかじゃなかった」

そしてこの時ようやく垣根は理解する。
彼女を穿った穴、その魂までも溶かし尽くし焼き尽くした少年の存在を。

「だから私はアンタを殺す。アイツの幻想を殺したツケを払ってもらうわ。
 アンタ、アイツを殺したんだし、まさか文句なんてないわよね?」

そう言って彼女は怖気が走るほど殺意に濡れた笑顔を浮かべ優しく微笑むのだ。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/09(日) 03:16:14.04 ID:IY+XuREbo
「当麻がいない世界なんてどうでもいいし」

だから、と彼女は破滅的に笑う。

森羅万象あらゆるものは彼女の前では無価値に等しい。
今の彼女にとって総ては零か一かの二つであり、一は唯でしかない。

その唯一が零となったのなら。

零も同じく引いてやらなければならない。

「遊びましょう、垣根帝督、暫定第一位。
 アンタが一方通行を倒して成り上がったっていうなら私にもアンタを殺す権利はあるわよね。
 そっちのルールに付き合ってあげるわ『未元物質』。だからアンタも――」

暗闇が罅割れるように白い光が彼女の周囲を舞う。

「私に付き合ってくれても、ねぇ、いいでしょう?」

既に彼女に理屈など通用しない。
つい先程彼女が語った呪いの言葉に彼女自身が真っ向から矛盾している。
彼女に大義などありはしない。あるのは虚飾の名分であり客観的には自己満足でしかない。

だが、彼女の世界では。
彼女があらゆる総ての中心として観測する世界では矛盾すらも零に等しいのだ。

「アンタがそんなどうしようもなく下らない理由で私の幻想を殺すなら、私は――」

彼女の内から溢れる殺意の奔流が集束してゆく。

閉じるのではない。まして消えるはずなどない。
絞られる。単一の目的を設定したが為に総てがそこに集約される。
ただ一点、垣根帝督の殺害を目的として漆黒の殺意は薄氷よりもなお鋭利な刃を形成してゆく。



「まずはアンタの――そのふざけた幻想を殺すわ」



彼女が知らないはずの言葉が自然と口から紡がれ。

今や呪いの言葉となった幻想を証明するかのように夜闇を白光が切り裂いた。

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 00:04:27.86 ID:UVpNHGeEo
空間を稲妻が疾駆する。

水平方向への落雷というありえない現象。
音をも遥か後方に置き去りにして白雷は暗闇を割り、刹那で垣根へと飛来した。

空間そのものが炸裂するような大衝撃を受け大気が鳴動する。

莫大な音波と膨張した空気の衝撃によって周囲のビルの窓ガラスが残らず砕け屋内へと降り注いだ。
幸いにして――というべきだろうか。辺りに立ち並ぶビルに人の気配はない。

だが音そのものが暴力となるほどの一撃が、余波を全く顧みられずに打たれれば騒ぎとなる事は間違いない。

ただでさえ夕方には往来のど真ん中で超能力者が戦闘を行い、マンション一つが崩壊し、最新鋭機のヘリが電波ジャックによって強奪されている。
その上すぐ傍、廃墟となった研究所ではつい先ほど白井と砂皿による死闘が繰り広げられていたばかりだ。

警備員らはまだ現場に残っているだろう。だというのに周囲に轟く大音声を躊躇なく振り撒く。
御坂美琴は既に秘密裏に事を進めようなどとは微塵も思っていない。

しかし狂気に罹りながらも御坂は間違いなく正気だった。

我を忘れてなどいない。冷静な思考のまま、その思いを烈火の如く燃やしている。
凍り付いた炎という矛盾。それこそが彼女ら超能力者だけが至る事のできる境地。
その世界は自己の激情などで瓦解するほど柔なものではない。

理路整然と、完璧に計算されつくされた超常。
もはや一個世界を内包しているともいえるそれらは自身の感情すらも統制下に置き機械的なまでの完全さで世界を汚染する。

御坂は警備員など眼中にない訳ではない。
正しくリスクリターンを計算した上で――道に転がる小石ほどの障害にもならないと断じただけだ。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 00:29:03.23 ID:UVpNHGeEo
人の反射速度の限界値すら振り切って放たれた一撃を、垣根は雷光よりもなお早く展開した翼で迎え撃つ。
この世ならざる物質に打ち払われた雷電は四散しながらもその熱量を無差別に放射し路面や周囲の壁面を穿つ。

彼もまた超能力者の一角だ。
御坂と合い見えた瞬間から、この場で戦闘に入るリスクを計算していた。

不確定要素はあったものの御坂の様子と、そして『心理定規』の少女が殺害されたという事実。
それらを機械的に判断して警備員など歯牙にも掛けないだろう可能性も考慮していた。

だが垣根は驚愕せずにはいられない。

(コイツ――白井を迷わず撃ちやがった――!)

腕に抱えた少女は保険だった。
人質、とも言えるだろう。もちろん彼女が白井の死さえも厭わない事すら考えた。

だが彼女は、何の躊躇も、それこそ眼中にすら入れず、一顧だにしない。
友人、後輩、仲間、そういう気楽な連中が好む連帯意識は欠片もない。便利な手駒とすら思っていない。

御坂の目的は垣根だ。それが果たされた今、白井は必要ない。

『未元物質』垣根帝督を、白井がいなくとも打倒できると判断しただけだ。

(だが、この思考回路は――)

自分たちのような暗部に属する者独特のものだ。
これに情の絡む余地などない。全ては打算で行われる。
そんな冷え凝った理を安穏と微温湯に浸ってきた彼女が解せるはずがないのだ。
つい先日まで表舞台にいた御坂にとって一朝一夕で理解できるようなものではない。

つまり、そうしなければならなかったのだろう。
何が何でも慣れなければ、そういう思考に至らなければならないような状態になってしまい――結果、こうなった。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 00:55:47.75 ID:UVpNHGeEo
「ちっ……!」
       、 、
舌打ちして荷物を放り捨てる。

いくら能力の行使そのものに手足が必要ないとはいえ触れているだけで思考の枷となる。
幼い、それも大怪我を負い気絶した少女を投げ捨てるという行為に罪悪感を感じない訳でない。
だが同時に一切躊躇せずに行動にする。ある程度地点や速度、体勢などを考慮してやるくらいの余裕はあった。

身を軽くしたのは動きを行うためだ。
背から展開した六枚の翼を翻し、けれど風を打つ訳でもなく垣根は後方へと飛び上がる。

文字通りの雷速である御坂の能力に対し距離を取る事など意味はない。

反応速度は言うに及ばず、射程はそれこそ天上へと達するだろう。

だが能力を行使するのはあくまで御坂自身。
彼女は垣根や、そして一方通行のように空を翔る事など出来はせず――。

夜天へと舞い上がった垣根を、しかし御坂は追う。

まずは電灯、そしてビルの鉄骨へと磁力の腕を手繰り寄せ、コンクリートの壁面を蹴り夜空へと駆け上がる。

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 01:08:44.83 ID:UVpNHGeEo
そして開けた視界にあるのは月光と電光に照らされた石の地平だ。

学園都市を形作る無数の建造物が檜舞台を作り上げている。
建物ごとに凹凸のある石原は所々に道や川の亀裂を走らせながらもどこまでも続いている。

見渡す限りに広がる月下の舞台。
そこに、今やこの二人こそが学園都市の頂点なのだという両の超能力者の影が躍った。



「来いよ超電磁砲、テメェはもうどうなってもお終いだろうが。俺が地獄に叩き落してやるよ――!」

片や、月光に六枚の白翼を煌かせビルの森を見下ろす『未元物質』垣根帝督。



「そうよ、お仕舞いにするの。アンタの下らない戯言も妄言も全部、私が終わらせてやるわ――!」

片や、自ら雷光を身に纏い黒衣を翻し月天を見上げる『超電磁砲』御坂美琴。



二度目の頂上決戦はこうして幕を開いた。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 01:58:49.19 ID:UVpNHGeEo
開幕の合図となったのは垣根の一撃だ。

音叉のように翼を振動させ大気を衝撃波として放つ。
撃たれた一撃は莫大な破壊力を伴いつつも確かな指向性を持ち一直線に御坂に飛来する。
カマイタチなどという生易しいものではない。それは全てを破壊する不可視の威力の塊だ。

人体など容易く破裂させる一撃を、しかし御坂は迎撃する。
垣根の攻撃の正体は空気振動だ。音の速さを持つそれは避けるなどという行為が通用するものではない。
だが御坂の能力は雷電。認識は光速であり、雷撃はそれに劣るとも音速など軽く凌駕する。

放たれた雷撃は音波を穿ち、有していた破壊力ごと炸裂する。
両者の間に爆風が生まれるが、指向は失われ無秩序な威力は拡散されている。

「この程度じゃ挨拶にもならねぇかよ!」

超電磁砲、第三位である彼女と自分の間にあった溝が埋められている事に垣根は驚愕しながらも好戦的な笑みを浮かべた。

圧倒的であったはずの彼我はどういう訳か失われ、御坂は垣根に伍している。

能力の出力が上がったとか、そういう簡単な話ではない。
彼女は不可視である音の波を知覚し、それを正しく迎撃したのだ。

明らかに一つ上の位階に昇っている。
単なる電撃使いとしての域を超越しているのだ。

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/17(月) 02:30:44.04 ID:UVpNHGeEo
「アンタ、人の事舐めすぎ」

返礼とばかりに光の一撃が空間を切り裂く。

先程の雷撃の道を導体としてローレンツ力により放たれたコインが暴力の塊と化し穿たれる。
初動の大気摩擦はない。稲妻の道により割られた刹那の真空を弾丸は元の形状を維持したまま疾走する。

そして炸裂点から広がる大気の壁を突き破り、同時に燃え上がった合金は液状を瞬時に通り越す。
一瞬の閃光を放ちその様を気体へと変貌させたコインは激熱を振り撒きながら垣根へと喰らい付いた。

「ハッ――!」

呵々と共に払われた翼が気炎を砕く。
局地的な暴風と化した周囲の大気に巻かれた気体金属はその身を四散させながらも更なる熱膨張を生み夜空に爆炎の華を咲かせた。

「これが本家の超電磁砲かよ! 言うだけの事はあるじゃねぇか!」

宙を舞う垣根は荒れ狂う空を邪魔だとばかりに背後へ打ち、夜空を駆けた。

後に残されたのは無数の白い欠片だ。
その一つ一つが絵に描いたような羽毛の形を取ってはいるものの、大気の波に翻弄される様子もなく確かな速度と共に御坂へと降り注ぐ。

その様は正に絨毯爆撃と言うに相応しかった。
ビルの屋上一面に突き刺さった白は破壊の雨となり建物を三階分、周囲を含めて微塵にする。

だがそれら全てが御坂を捉えていない。
ビルの森の頂を波間に踊る魚のように身を躍らせる。

爆音を背後に御坂は翔ける垣根を追い、隣のビルへと意識を伸ばす。
電磁波による解析は即座に完了し、目標となる鉄骨を見えない腕で掴み強引に引き寄せる。

引かれたのは御坂自身の身体だ。少女一人とビル一つ。質量差は言うまでもない。

抵抗せず引力に任せ、黒衣を翻し超高速で跳躍する。
そして即座に解除し次のビルへと。連続で引き寄せ多段式に加速してゆく。
吹き付ける風は身に纏った雷光が払い除ける。僅かに掛かる風が髪を靡かせた。

風雷を伴い黒天を切り裂く白の翼を追い疾走する。

57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/26(水) 22:14:29.90 ID:q/3qikfIo
ざあああああ――――と大気が戦慄く。

御坂の後を追う影があった。
黒い波だ。闇夜に更なる影を落とし、雲霞の如く押し寄せる津波が彼女に縋る波濤がある。

それは砂鉄だ。

空き缶だ。折れ釘だ。螺子だ。硬貨だ。
鋏だ。時計だ。ナイフだ。ゴミ箱だ。パイプだ。
車止めだ。マンホールの蓋だ。ガードレールだ。鉄柵だ。
鉄板だ。自販機だ。自動車だ。鉄骨だ。

所有者が誰とも分からぬ道具が、公共の設備から引き抜かれた建材が。
およそ金属と名の付く物が、擦れぶつかり砕け合う轟音を立てながら空へと舞い上がる。

電磁の女王に従い大気を押し割り進撃する鉄機兵団。
そこに意思などなく、その身が微塵となろうともなお突撃する無敵の軍団が竜巻となる。

「は――冗談だろ、おい」

その技は昼間見た妹達の用いたものと同じだ。
だが規模が違う。圧倒的なまでに質量が違う。偽体の技はその千分の一にも満たない。

単純明快――物量攻撃。
戦場で最も有効とされる蹂躙制圧の具現がそこにあった。

「冗談? いいえ、これが現実よ。アンタの安っぽい幻想なんて私の現実には通用しない」

つい、と挙げられた手指が宙を舞う垣根を指した。

「――本家ってのはこういうのを言うの」

声と同時、全ての黒が光を纏い射出された。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/26(水) 22:41:06.01 ID:q/3qikfIo
光の逆瀑布が空に生まれる。

垣根の白雨を遥かに上回る量の光の投射。
光は電磁誘導により無制限に加速し、全方位から垣根を狙い喰らいつく。

端から見れば空を覆った影が突如白に膨れ上がり、そして一瞬で点に収縮したように見えただろう。

爆発ではない。爆縮だった。
全ての光が垣根に向かって集束する。

炸裂した。

収束の後にあるのは同等の発散だ。
何重もの光輪が闇夜に咲き広がり極小の太陽を描く。

人の域を明らかに超えた暴力がそこにあった。

大規模破壊兵器とは比較にならないにしても、個人武力としては世界中のどんな兵器でも追いつかない。
一個軍隊の総火力を用いたに等しい一撃が一点に直撃するのだ。
これを防げる個人など――それこそ最強と最弱の二人しかこの世の何処にも存在しない。

だが――、

「ハッ」

垣根帝督、『未元物質』。

その力はこの世のものではない。

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/26(水) 23:08:42.98 ID:q/3qikfIo
「確かに本家は違うな。規模がダンチだ。悪りぃ、確かにあの程度じゃ比較対象には劣悪すぎる。
 ……で、それだけで終わりなのか、超電磁砲ってのは。結局、お前の常識ってのは俺に通じない程度の軟なものか」

無傷――としか言い様がない。
白い翼を広げる垣根は掠り傷一つ負ってなどいないのだ。

質量、速度、熱量、エネルギー法則。
この世の根幹を成す熱力学法則。
                    E=mc^2
単純明快ゆえに絶対であるはずの常識が通用しない。

「いいえ。でも最初の挨拶にしては上出来でしょ? 派手だもん」

御坂とてこの程度のものが通用するとは思っていない。

物理法則を超越する二大超能力者の双璧、その片方が相手なのだ。

この世の法則全てを捻じ伏せる『一方通行』。
この世の法則全てを払い除ける『未元物質』。

電磁能力というごくありふれた物理法則を操る『超電磁砲』には、端的に言って勝ち目がない。

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/26(水) 23:35:40.48 ID:q/3qikfIo
――だというのに御坂の笑顔は崩れない。

「ほら、覚えてる? 大覇星祭の日。ついこの前よ。
 ああいう時って朝イチに花火上げるじゃない。そういうやつよ。分かりやすくていいでしょ」

「なるほどな」

垣根は頷く。

「つまりこれは――」

垣根の声に応えるように、新たな影が宙に踊る。
持ち上げられたのは巨大なコンテナだ。列車輸送用の、車輪を持つ貨物列車を兼任する鉄箱だった。
濃い青に塗られたそれらは闇の中に溶けるような不確かさで音もなく現れた。

その数二十八。
互いが機械的な連結を持っていないにも拘らず大蛇が泳ぐような動きで持ち上がり宙にとぐろを巻いた。

そしてその最前。それが蛇であれば頭に当たる部分。
ただ一点だけ違う色があった。

「テメェへの合図って訳だ」

その言葉に鈴を転がしたような声が返す。

「待たせた? ごめんね。でも待ち合わせに遅れて怒るような小さい男はモテないわよ」

「んだよ、二人掛かりか、容赦ねぇなオイ!
 いいぜ、何人でもオーケーだ。テメェらまとめて相手してやるよ!」

最前部に腰掛け、吹き付ける夜風に身を竦めた矮躯の少女。
その片手で押さえられた帽子をから零れる金色だ。


                        メンタルアウト
「さあ皆お待ちかね、超能力者第五位、『心理掌握』ちゃんの登場よ。拍手っ!」

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/27(木) 00:51:31.46 ID:jz2QPnjNo
「はいはい」

とっ、と手近なビルの屋上に降り立った御坂は数度、お座成りに手を打ち合わせる。

「そもそも時間通りだし」

「まあねー。でも結局、何にでも演出って大事だと思う訳よ」

寒さに身を縮めながらも嬉々と嘯く心理掌握に御坂は肩を竦める。

「んで、一人で勝手に盛り上がってるところ悪いんだけどさぁ」

「べっつにさぁ、私はアンタとやり合おうなんて思ってないから。
 勘違いしないでよね。結局、別に皆が皆アンタにご執心って訳じゃないんだから。ジイシキカジョー」

ぐるりと円弧を描きながら御坂の元へとやってきたコンテナから飛び降り、金髪の少女はそう嘯いた。

「おいおい。これだけ盛り上げといてそれはねぇだろ」

微笑みを絶やさぬ『超電磁砲』と、ころころと表情を変えながらせせら笑う『心理掌握』。
ごくありふれた能力系統の頂点である二人の超能力者の少女を前に『未元物質』もまた笑みを崩さない。

「何しに出たよ、フレンダ=セイヴェルン。まさかただの賑やかしって訳じゃねえよな」

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/27(木) 01:14:46.96 ID:jz2QPnjNo
「ううん。結局、私はただ観戦するだけよ」

即座に垣根の言葉を否定する。
自らの能力を肯定するように中学制服を纏う彼女は両手をブレザーのポケットに突っ込んだまま宙の垣根を見上げる。

「やるのはこっち。結局私は傍観。
 まさかこんな無力な乙女を、自称最強の能力者さんは潰そうっての?」

「ぬかせよクソババァ。鏡見てから物言ったらどうだ」

「よーし。アイツぶっ殺しちゃえ」

視線は垣根に向けたまま、心理掌握は御坂の肩を抱く。
両肩に掛かる小さな重みに、は、と短く溜め息を吐いて御坂は左の手を黒衣に入れたまま頭を掻いた。

「まあ、元からそのつもりだけどさ」

「それじゃ結局、後はお願いね。『お姉ちゃん』」

「……あ?」

言葉の中に含まれた僅かな違和感に垣根が眉を顰めるよりも早く。

「――『最終調整終了』」

声に合わせ、御坂の体が小さく震えた。

「『暫定上位個体より新規上位個体へ権限委譲。発行。全個体より承認を受諾』」



――――ID発行確認



「つまり結局、私はアシスト専門って訳よ」

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/10/27(木) 01:15:44.75 ID:jz2QPnjNo





Railgun000さんがログインしました

ようこそ、ミサカネットワークへ





73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 15:36:22.89 ID:AcMDfw0Ro
「テ――メェ、心理掌握ォォおおおおおおおお!!」

垣根の絶叫よりも早く、御坂美琴は世界最高の巨大演算装置を掌握した。

都合九九六八人分の脳を多重接続した補助演算装置が御坂美琴の強度に更なる後押しを加える。

御坂に足りなかった生々しいく泥臭い殺人知識。
一〇〇三一人分の生と死の結果。
あらゆる力のベクトルを操るあの『一方通行』の補助演算経験。

知識。記憶。経験。思考。推察。演算。予測。判断。
脳の持つあらゆる機能が、その領域を拡大し九九六八倍の後援を得る。

さらに、まだ加えるべき要素がある。

「っ――――――!!」

地球上の陸地ほぼ全域を覆う形で展開された電脳の網は垣根の行動を余さず捉えていた。

「――逆算、とっくに終わってるわよ」

豪雨となって降り注ぐ未元物質の攻撃は人が反応できるものではない。

だが御坂は音速をも超えて飛来する殺意の雨を柔和な笑顔で正面から見据えていた。

彼女には可視光線などに頼らずとも全て『見』えている。
電子の動き。電界と磁界のゆらぎ。電磁力の働き。
そうしたもの全てが全方位に対する完璧なソナーとして存在する。

あとはその中で『おかしな挙動』をするものを汲み上げればいい。

視覚を解して情報が脳に送られた瞬間に対抗手を打つ。

音すらも掻き消える破壊と共に宙を舞うコンテナが一斉に内側から爆ぜ、飛来する白の一つ一つを正確に、残らず薙ぎ払った。

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 15:40:38.59 ID:AcMDfw0Ro
彼女の能力は雷電だけではない。磁力だけではない。

ここは学園都市。
世界最高の科学の街。

電気が街を覆い、機械のほぼ全てが電力によって動いている。

この街そのものが彼女のためにあるようなものだった。

だからこそ最先端の、彼女のために誂えられたような武器がある。

瓦解するコンテナは自由落下と同時にその中身を空中へとぶちまけた。
一つにつき一ダース、合計三三六機。
三三六の駆動音が夜の街にノイズを撒き散らす。

「これ元々私のだし。別にいいわよね。多分」

それら全てが彼女、御坂美琴、超電磁砲の武器だ。





FIVE_Over.

Modelcase_"RAILGUN".





第三位の名を関す機械の能力が、宙を埋め尽くしその羽を震わせた。

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 16:09:45.23 ID:AcMDfw0Ro
「ファイブオーバーシリーズ……!」

一つ一つが蟷螂のようなフォルムをした機械たちが蚊柱を作るように飛び回る。
羽が震え風を生み大気を乱す。無数というには程遠い機虫らはしかし竜巻のように垣根を取り囲む。

本来操縦者が中にいなければ動かない駆動鎧も電磁を支配する御坂の前ではチェスの駒も同然だ。
垣根は理解する。昼間の『六枚羽』の遠隔操作は、単にこれの試運転に過ぎなかったのだ。

「く……!」

喉を鳴らすような声、垣根が身構えると同時にそれは起こった。
  コマンド
「命令名――『一掃』」

小さな呟きと共に発せられた命令に従い、機械の羽虫は忠実にそれを実行した。

轟音と轟音と轟音が炸裂し音そのものすらも掻き消して、六七二の腕、二〇一六の砲門が火を吹いた。

吐き出されるのは超音速の弾丸だ。
合計秒間四四八〇〇発。
それらが全て垣根帝督というただ一人を狙い正確に放たれる。

「づ――おおおおぉぉ――ッ!!」

弾丸の一つ一つを迎撃することなど不可能だった。

単純な話、垣根には手数が足りない。
未元物質は強力な能力ではあるが、迫る弾丸全てを拾うことなどできはしない。
御坂のような並列思考、機械的多重操作などできるはずがないのだ。

圧倒的物量を投入する御坂の前に、垣根は未元物質の殻に籠もるように防御に徹する他なかった。

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 16:35:10.47 ID:AcMDfw0Ro
超電磁砲。心理掌握。そして妹達。
超能力者同士が能力を連携させるなどという発想は、不思議な事に全く存在しなかった。

能力は一人につき一つまで。
行使の幅を広げたとして大前提は覆らない。

だから能力者は元より、研究者も、そして教師も、個人の力を重要視する。
例外は体育祭、大覇星祭くらいだろう。しかしそれも祭りの狂乱に浮かされての行動に近い。

しかし例外中の例外は確かに存在したのだ。

能力者であり、研究者であり、教師であった女がいた。
複数の能力者の脳を仲介連結させ、複数の能力を我が物として振るった擬似多重能力者。

『多才能力』――木山春生。

夏休みの始め頃に起きたあの事件を引き起こした張本人。
彼女の生み出した『幻想御手』もまた、本来は御坂の能力から派生したものだ。

だからこれらは全て御坂美琴の持つ力の一端と称してもいい。
『超電磁砲』の副産物である妹達が持つミサカネットワークは最初からそういうものだ。

しかしこれは『妹達』のみに許されている能力の使用法だ。
『幻想御手』を用いてさえ、脳に莫大な不可を掛け多くの能力者を昏睡状態に陥らせた。
複数人の脳を連結させるなど、同じ脳波パターンを持ち電磁能力を有する彼女たちだからこそできる業なのだ。

だが、その前提条件を覆すことのできる唯一の存在がいる。

『心理掌握』――脳と思考と精神を司る超能力者。
彼女が『幻想御手』の代理を果たす事で傷害は取り払われる。

連結された能力は単一種、『電撃使い』のみ。

しかし最高精度で連結された一人分の『超電磁砲』と九九六八人分の『欠陥電気』は、副次的に期待されていた効果を十全に発揮する。

能力強度上昇――レベルアッパーというその名のままに純粋に御坂の能力を引き上げる。

78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 17:15:45.11 ID:AcMDfw0Ro
「結局あれ、コンボよコンボ。ゲームなんかでよくあるじゃない。
 味方の攻撃力引き上げて、敵に弱点属性つけたりとかして。少しくらいやったことあるでしょ?
 一匹狼気取るのもいいけどさ、手取り足取り仲良くすればこんな事もできちゃう訳よ。
 アンタみたいな奴には結局、一生分かりっこないでしょうけどさ」

ビルの屋上の端、給水タンクの上に腰掛け足をぶらぶらと揺らしながらフレンダは誰にともなく言う。

「ま、当然といえば当然よね。自分だけの現実なんて、つまり結局、他の誰にも理解されないんだもの。
 だからこそ自分だけの現実なんて言うんだろうけど。世界にとってそれが常識なら能力者なんてただの凡人じゃない。

 能力者は異常者なのよ。世界にとって異常でなくちゃならない。だから平均化なんてできないし誰とも共存できやしない。
 たとえ同系列の能力であっても別個の世界を有しているんだもの。パラレルワールドっていうの? よく似た世界でもまったくの別物。
 まったく同じ自分だけの現実を持つ能力者ってつまり、それは同一人物ってことよ。
 そんな気持ち悪いヤツがいるとすれば、結局それって最初からそういう自分だけの現実を持ってたってこと」

聞こえるはずもない相手に向かって独り言のように金髪の少女は嘯く。

「え? どうしてこんな事を思いついたのかって? そんなの決まってるじゃない」

そして愉快そうに目を細め。

「――結局、私がそうだからに決まってるじゃない」

どこか自虐めいた笑みを浮かべるのだった。

79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 17:42:39.11 ID:AcMDfw0Ro
「これが『幻想御手』を元にしたものだとして、『幻想御手』がミサカネットワークを基にしたものだとして。
 だったら結局、一番始めにそんな事を考えたのは誰かって話よね。
 簡単よ。『心理掌握』、大本はこの私って訳。全部全部、私が最初。

 同じ脳波の能力者を大量生産して連結させようって『欠陥電気計画』も。
 超能力者の演算パターンを植え付けて同化させようって『暗闇の五月計画』も。
 木原の馬鹿どもが作った『能力体結晶』も私の能力を素にして作られた。
 結局、『幻想猛獣』も私の劣化コピーみたいなものよ。

 つまり私は、『心理掌握』っていうのはそういう能力者なの。
 これは他人の精神と思考を操る能力じゃない。結局、他人を自分と同じにするのよ。

 食蜂操祈も、フレンダ=セイヴェルンも、他の色んな『心理掌握』もみーんな私。
 精神操作でも精神支配でもない。脳の中身を単一フォーマットに仕立て上げる能力。
 みんなみんな同じにして、結局、自分の脳なんだから好きにできるに決まってるじゃない。

 だから私はみんなの『ともだち』。みんなみんな私と仲良し。いつでも仲間に入れてあげるわ。
 私はフレンダ=セイヴェルンであり食蜂操祈であり、どちらでもあってどちらでもない。
 名前なんていくつあったか数えるのも面倒だし、ついたあだ名はもっと多かった。最初の名前なんてとっくの昔に忘れちゃった。

 ――もし『私』に単一の名前があるとすれば『心理掌握』ただ一つ。
        ファーストプラン
 アレイスターの初期候補。初代虚数学区。
 学園都市最初の超能力者――最初の第一位『心理掌握』。それが『私』」

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/03(木) 18:20:11.55 ID:AcMDfw0Ro
「長い」

フレンダに振り返りもせず、御坂は一言で切って捨てた。

「ひっどー!?」

「うるさい。面倒。どうでもいい」

「結局、少しくらいいいじゃない。私ずーっと接続補佐してるだけなんだしぃ」

言って頬を膨らませるが、見る者は誰もいない。

「アンタがどこの誰で何考えてようと私には関係ないわ。
 そんな細かい裏設定みたいなのは本当にいらないから、アンタは仲介に集中しなさい」

「結局、言われなくても大丈夫よ。
 まさかこの『心理掌握』が、脳波パターン操作なんてままごと同然のことをミスるはずがないじゃない。
 寝ながらだってやってやるわよ。だから代わりに言ってやるわ。結局アンタこそそっちに集中したらどうなの?」

「言われなくたって――」

続く言葉は爆音によって掻き消された。

刹那の煌きの後、ガトリングレールガンの包囲の一角に穴が穿たれる。
垣根の放った白光の一撃が駆動鎧を十数機纏めて破壊し吹き飛ばした。

包囲網が崩れたのは一瞬。
けれどその間に垣根は翼を翻し機械と銃弾の嵐から脱する。

方向は直上。
漆黒の夜空に向かって白の軌跡を描き舞い上がる。

93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 16:24:02.63 ID:t6baLDmFo
「は――何だよコイツは」

小さく呟かれた言葉は夜風に紛れて消えてしまう。
超高速で駆動鎧の包囲から離脱した垣根はさらに上昇し翼を翻す。

本当にこれが第三位の力なのか――と垣根は心中で呻く。

仮に第五位、心理掌握の補助を受けたとしてもこの力はありえない。
彼女らの力は一方通行は元より、自分の足元にも及ばないほどだったはずだ。

ピンセットから得た情報は確かで、そこには客観的な圧倒的彼我があったのだ。

仮にもあの統括理事長が使っていた情報網だ。そこに誤りは無い。
だからこれは、情報が更新されなくなったあの瞬間から後の話。

(この一週間で爆発的に伸びやがったとしか考えられねぇ――!)

一〇月九日、学園都市独立記念日。
自分が一方通行を下し、そして彼女の言う『アイツ』が死んだ日。

あの日、あの時、全ての歯車が噛み合ってしまった。
御坂美琴が第三位などという枠に収まりきらずに飛躍的進化を遂げる可能性の、最後のピースがかちりとはまった瞬間だった。

上条当麻の死亡。
一方通行の敗北。
心理掌握の助力。

いくつもの条件がまるで計ったかのようにあの瞬間に交差し形を成した。

(つまりこれも織り込み済みってことかよ、アレイスター……!)

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 17:10:12.11 ID:t6baLDmFo
学園都市の序列などというものが単に科学的発展への価値によってのみ付与されるはずがない。
なぜ一方通行が第一位なのか。なぜ自分が第二位なのか。
強度、実力、希少性、利用価値。
それらは全て後付けの対外的な謳い文句に過ぎない。

御坂美琴――第三位。

彼女もまたアレイスター=クロウリーの計画の一端を担っている。

一方通行が、そして垣根帝督がそうであったように。

(念には念を入れて、第三候補――サードプラン、ってかぁ?
 一方通行も、俺も、誰も彼も信用できねぇって感じだな。どこまで臆病なんだよオマエはよぉ!)

順当に行けば第四の候補として麦野沈利の名が挙がるのだろう。
超能力者とは全てアレイスターの計画の中核に据えられた能力者の総称に過ぎない。

そういう区分で言えば上条当麻もまた超能力者と呼んでも差し支えないのだろうが――。

飛翔する垣根の後を特殊合金の弾丸が追いかけてくる。
銃弾の速度は音速など軽く凌駕する垣根をもなお上回る。
                            、 、 、 、 、
その一つ一つの狙いは一部を除いて正確に狙いを外し、弾丸は面となって垣根の退路を断つ。
回避を許さず迎撃を強要させる広範囲弾幕。

――逡巡は一瞬。

「チッ!」

舌打ちし、進行を反転。翼を盾に飛来する弾丸を迎撃する。
前面を覆うように六枚の翼を広げ弾丸の雨の中を力技で押し通る。

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 17:29:27.02 ID:t6baLDmFo
一発一発が防災用隔壁すらも薄紙のように破るほどの破壊力を伴った弾丸を前にしても垣根の翼は揺るぎもしなかった。

破壊を振り撒くだけの雨に垣根は真正面から対抗する。
この世ならぬ物質にはこの世の条理は通用しない。
まるで空間そのものが歪んだような奇妙な軌道を描いて弾丸は翼に沿って垣根の後方へと流されてしまう。

「たまんねぇなオイ、超電磁砲! 俺に勝負を挑まれたときのアイツもこんな気分だったのかぁ!?」

哄笑と共に翼を打ち広げ、生まれた衝撃波が弾丸の雨を押し退け道を作る。

「出し惜しみはなしだ。アイツに使ったとっておき――食らってみろよ!」

大きくその身を伸ばした三対の翼。
雲間から差し込む月の光を浴び純白の輝きを返す。

天から降り注ぐ光は、この世ならざる翼の間を抜け静かな殺意を得る。
そして本来ありえない『攻撃力』を伴って光の速さで地へと駆け抜ける。

反応など不可能。
回避など論外。
相手はただ、なす術もなく平伏するしかない最高速度の攻撃。

しかしそれが放たれる刹那、

「――――――」

御坂が自分を見る眼が――まるで哀れむように見えた気がして――。

「……くたばれ、超電磁砲!」

声よりも早く、何よりも速く、光速の一撃が地上へと降り注ぐ。

97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 18:31:13.55 ID:t6baLDmFo
「アイツ、本当に私より序列上なの?」

ぽつりと、御坂は小さく呟いた。

光撃は放たれた。
即死する一撃だったはずだ。

元は一方通行戦用に準備しておいた切り札だ。
ベクトル操作という前提条件を覆す能力さえなければ問答無用で切り捨てるような、そんな攻撃だったはずだ。

しかし御坂は何事もなかったかのように夜風に黒衣をはためかせ、垣根を見ている。

「おいおい――冗談じゃねぇぞ」

呟きに反応したように駆動鎧たちがその陣形を変える。
壁を作るような面から、真っ直ぐに伸びるように。

地上の御坂と天上の垣根を結ぶ架け橋のように、両者の間を線で繋ぐ。

「っ――!!」

悪寒が背筋を走り、翼を払う。
放たれた羽毛を模した光の欠片が駆動鎧を狙い宙を疾走した。

だが――描かれた線は蛇のようにぐねりと波うつ。

(避け――!?)

「いつまでも見下してんじゃないわよ」

声を置き去りに、雷光を纏った御坂が夜空を駆けた。

99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 18:52:39.40 ID:t6baLDmFo
駆動鎧が作った天への階段を踏み御坂が疾走する。

それらは垣根へ至るレールだ。
超電磁砲の名のままに御坂自身が弾丸となって機械が描く弧に沿って垣根へと駆け抜ける。
速度はまさしく疾風迅雷。届くはずのない距離を埋めるには一瞬も必要ない。

背後へと流された腕が身体を追い抜き、振り切られる。
その動きに従い黒の嵐が垣根へと打ち払われた。

砂鉄の剣。あるいは鞭。
一粒一粒が帯電し超振動を纏う濁流が垣根へと顎を向けた。

「ち、ぃ――!」

ギィィィン――! と耳障りな音を立て黒剣と白翼が交差する。

砕かれたのは御坂の剣だった。
不定形ゆえに破壊されるはずのない砂鉄の剣が垣根の翼に払われ霧散する。

「く――らぁああ――ッ!」

返す刀で払われた翼を、しかし御坂は不自然な軌道を描き回避した。
真横、いつの間にか再度包囲した駆動鎧に向かって跳ねるように急転回し翼の一撃を避ける。

「その動き、テメェの方が追いつかねぇだろぉが!」

速度に相当し御坂の身体には強力な負荷が掛かる。
高速機動の戦闘機乗りに付き纏う慣性の檻。それが御坂にも同じくあるはずだ。
内臓、そして脳は鍛えられない。血液の流れが阻害され一瞬の意識の混濁が生まれる。

だが――。

ばぎん、と鈍い音が生まれる。

御坂の向かった先にあった駆動鎧の一機が音を立てて砕けた。
破片を宙に撒き散らし花が開くように機械の中身を晒したそこに御坂の矮躯が滑り込み。

「――――代理演算完了、投射します」

生まれた破片の悉くが御坂の身体を避け、その身と入れ替わるように垣根に向かって撃ち放たれた。

100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 19:57:34.25 ID:t6baLDmFo
電磁誘導に導かれた金属片群は散弾となって垣根へと降り注いだ。
一つ一つの大きさはまちまち、しかも先の超電磁砲の一撃はおろか、ガトリングレールガンの砲にも劣る速度だ。
だがそれぞれが確かな必殺の威力を持って大気を切り裂く。

至近距離、それもないと踏んでからの高速攻撃。
しかし垣根は反応した。

「っ――づ、らぁぁああああっ!!」

翼を振るい打ち払い、羽を散らし炸裂させ、残らず相殺し迎撃した。

瞬間の攻防はそれだけで十分な時間だった。

「オーケー、ナイスアシストよ」

復帰した意識は垣根を正しく捉えている。
払われた翼の軌跡。羽の軌道パターン。効果範囲。反応速度。
それらのデータは完全に処理され、垣根の防御を崩す攻撃ルーチンを構築する。

「さっきのが私の本気? こんなオモチャの銃が超電磁砲?
 冗談言わないでよね。私の超電磁砲がその程度なはずないじゃない」

彼女の手には長い帯が握られている。

それは駆動鎧の内部にあった弾丸のベルトだ。
帯電・帯磁性能、伝導率、空気抵抗、強度、硬度、靱性。
あらゆる条件において最適と計算されつくされた電磁投射砲専用の弾丸。

御坂美琴にとってそれはコインなど比べようもない至高の弾丸となる。

「――これが本家本元の『超電磁砲』よ」

放たれたのは一発。
描かれたのは直線軌道。

何一つ小細工のない、超電磁砲の最高にして全力の一撃が大気の悲鳴すら貫いて放たれた。

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 20:41:06.23 ID:t6baLDmFo
爆音を通り越し、轟音を砕き割り、ただ耳鳴りのような余韻を残して奔った弾丸は翼に阻害されることなく垣根へと突き刺さる。

だが額に直撃する寸前――何の前触れもなく弾丸が停止する。
そこだけ時間を切り取り写真に収めたように、ビデオの一時停止ボタンを押したような不自然さで弾丸が動きを失った。

「――――それ、卑怯」

「うるせぇ卑怯もクソもあるかテメェに言われたくねぇよ――!」

重力に引かれ弾丸が落下すると同時に打ち返しが放たれる。
六枚の翼が打たれるたびに羽毛の形をした光が舞い、不自然な軌道を描いて御坂へと放たれる。

だが二人を取り巻く駆動鎧の砲がそれらを残らず撃ち散らす。
正確無比の迎撃が一片すらも残さず羽を貫き、だが垣根の攻撃は止まらない。

(現状千日手だが……攻めを休めたら今度はこっちが防戦一方になる)

だがそれもあと十数秒で終わる。
弾丸も無限ではない。駆動鎧の形状と、御坂の手にした弾帯から見てあと二十秒ももたないだろう。
それを撃ち尽くさせたら垣根は弾幕を警戒せずに済む。

だが、御坂の弾は尽きないだろう。
この街のあらゆる金属、電磁を帯びるものが彼女の弾丸だ。
それこそゲームセンターでも崩せばコインやパチンコ球はいくらでも出てくる。

「く――――」

知らずに漏れた自らの呻きに垣根は更に焦燥する。
『電撃使い』という酷く常識的で分かりやすい能力なのに、強度の桁が違うだけで垣根に伍している。

(違う……それだけじゃねぇ……)

何か、更におかしな力を持っている。
そうでなければ――あの光速の一撃を受けて無傷でいられるはずがないのだ。

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 20:53:13.02 ID:t6baLDmFo
乱射と連射の応酬の間に再度放った光撃は、矢張り御坂には届かない。

そもそも反応できるような速度ではない。
前提として反応することそのものが間違っている。

この世界の最高速度を持つ一撃よりも早く反応するなどありえないのだ。

「そんなに不思議?」

激音の攻防の間に御坂が笑う。

「回折――だっけ?」

破壊の音に巻き込まれ消えそうになった声。
しかし垣根は掠れそうなその音を確かに聞いた。

――垣根は御坂に、これが何かと一言も言っていない。

「まさか――」

「一方通行には少しは通じたかもしれないけど、それ」

は、と笑い御坂は目を細める。

「私には通用しない。前提条件で間違ってるのよ。
 電撃使いにスタンガンとか効かないのは分かってるでしょ?」

ふざけるな、と垣根は思う。これはそんな単純なものではない。
相手が一方通行だろうが御坂だろうが、通じないこと自体がおかしい。

「アンタね、一方通行をどうやって倒そうとしたのか、まさか忘れたの?」

109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 21:12:47.38 ID:t6baLDmFo
「――まさ、か」

一方通行に対して何をしたのか。
言われるまでもなく自分が一番よく分かっている。

「『未元物質』のスリットを通して光の波長を変えて、殺人光線にするんだっけ?
 そんなのできる訳ない――とも言えないらしいけど。
 それでも光は光。どうやったってそこは変わりっこないでしょ? だったら――私の領分だわ」
           、 、 、 、 、 、 、 、 、
光――それは電磁場の起こす波だ。

どれだけ変質しようともそれが光なら御坂の支配下にある。
彼女に操られるべきものが電磁の女王を傷付けるはずがないのだ。

だが垣根の攻撃はそれだけではない。

そんな事は分っている。
普通の電磁能力者なら届かない域の支配だろうと、御坂は難なくやってのけると最初から想定していた。
彼女の力を測る以前だ。それがどれだけ無謀であったとしても、垣根に刃を向けるからにはそれに相応する力があると考えなければならない。

慢心はない。垣根は御坂を正しく敵と認識していたのだから。
だから最奥の技を惜しげもなく使った。

「これ、素粒子である『未元物質』そのものの粒子ビーム――よね?」

「…………ッ!」

一言で言い当てられ垣根は言葉に窮する。
どうして見破られたのか。だとしても、からくりが見破られたところで防げる理由には――。

垣根の脳裏を過ぎる疑問は、続く御坂の一言で正確に打ち抜かれた。

「アンタの攻撃パターンなんて、全部アイツが割り出してくれたわよ」

110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 21:32:07.53 ID:t6baLDmFo
御坂と対峙した垣根の最大の誤算は、彼自身の行動にあった。

彼は既に一方通行と対峙し、全力を賭して戦っている。

その戦闘履歴は代理演算という形でミサカネットワークに蓄積されている。
未元物質の性質は一方通行によって完全に解析されている。

「この世に存在しない物質――常識は通用しない、だっけ?」

ついに途切れた弾丸に、無数の羽毛が御坂に向かって飛来する。

だというのに、これ以上阻まれる事のないはずの白の雨がなおも撃ち抜かれる。

「――!」

一度放たれた弾丸が、御坂自身の電磁誘導によって再び弾幕を形成する。
その一発一発が駆動鎧から放たれるのと同等以上の正確さで、垣根の攻撃を残らず撃ち落とす。

「確かに既存の物理法則の範疇を超えたおかしな物質みたいだけど。
 でも、だからといってアンタの言ってることを全部鵜呑みにする馬鹿はいないわよ」

荒れ狂う弾丸は目にも留まらぬ速度だが、圧倒的な物量によって垣根の視界に砂嵐を通したようなノイズを引く。

その隙間を御坂の一撃が貫いた。

「ぐ――――!!」

弾丸は再び止められたものの、先ほどよりもはっきりと垣根との距離が詰まっている。

「あんまり攻撃に回しすぎると防御が疎かになるわよ」

二撃。三撃。途切れのない攻撃とは言い難いが、御坂の放つ超電磁砲は羽毛の雨を正確に避け垣根を狙ってくる。

111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/06(日) 21:44:11.27 ID:t6baLDmFo
「何の話だっけ。ええと……ああ、そうそう。アンタの言う常識って何かって話だったっけ」

御坂は笑顔のまま、手にした弾丸を順に放ちながら、垣根にそんな言葉を投げる。

「この世の常識って何? って哲学の問題じゃないわよ。要するに物理法則ってことでしょ。
 光をどれだけ回折したって殺人光線にならないのと一緒でさ。そりゃあガンマ線とかにまでしたら殺せるでしょうけど」

「テメェ――何言って――」

「アンタの言ってることについての揚げ足取りよ」

そもそも、と御坂は言う。

「その『未元物質』が一切の物理法則を無視するなら、何もできない。
 この世は物理法則に囚われている。物理法則で出来ている。
 だったら、それに干渉できるのは同じ法則だけよ。まったく別世界の言語じゃ話が通じないの。そうでしょう?
 アンタのそれが無視できるのはある程度までの物理法則だけ。つまりアンタもやっぱり常識に囚われたまま。
 一定ラインを越えられない。そうじゃなきゃ目にも見えない。触れない。幽霊みたいなものになっちゃうんだから」

「でも――だとしても、それがどうして――!!」

「だからさ、『未元物質』が私に干渉できるんだから――」

常識でしょ、と御坂が笑い。
唐突に弾丸の嵐が凪ぐ。

「――!?」

今度こそ阻まれることのなくなった白片の豪雨が御坂に向かって殺到する。
迫る白の壁を前に、御坂は矢張り笑顔を崩す事なく――。



「――私が『未元物質』に干渉できないはずが、ないわよね?」



羽毛の全てが御坂の眼前で動きを停止していた。

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 20:53:00.13 ID:6qPU+q+1o
無数の羽毛が舞い散る、まるで映画のワンシーンのような光景。
フィルムをそこだけ切り取ったように白の欠片が宙で静止していた。

それは異界の存在が本来あるべき姿だろうか。
普遍的な流れから取り残され、未元物質は世界に浮かぶ染みのように白のノイズを放つだけの存在となっていた。

まるで時間が停止したよう。

「確かに『未元物質』はこの世のどんな素粒子でもない、全く別世界のものかもしれない。
 でもこれは、普通の物質に『未元物質』を混ぜて性質を変化させただけの99%が既存の物質。
 たった1%ごときでこの世の常識っていう、いわば世界そのものなんかを破れるはずがないじゃない」

「だったら――!」

放たれた三度目の光撃は、矢張り御坂には届かなかった。

「またそれ? どうして私に効かないのか不思議?
 自分のそれがどういうものなのかも分かってないの?
 じゃあ教えてあげる。……単純な話、それが凄く常識的な素粒子だからよ」

御坂が『未元物質』に直接干渉できる理由は、たった一つ。

『未元物質』が素粒子としての体裁を保っていて。
そして、彼女に対しては致命的な欠点を持っているからに他ならない。

御坂はどうして垣根がそれに思い当たらないのかと不思議そうに首を傾げ。

「アンタのそれ――電荷があるじゃない」

一言、そう言った。

「電荷があるなら私の能力が効く。クーロン力が働く。
 だから私は、アンタの『未元物質』に対抗できる。たったそれだけの話よ?」

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:04:05.29 ID:6qPU+q+1o
それは素粒子の持つ性質の一つ。
酷く常識的な、単純な物理の問題だった。

素粒子が電荷を持っているなら帯電もするし、クーロンの法則に従い荷電粒子に干渉が生まれる。
何の変哲もない酷く簡単な物理。この世界の根本を構成する一要素の話。

そして御坂は電磁を統べる超能力者だ。
ただその身に雷電の属性を纏っているというだけで彼女の支配下にある。

世界を構成する最も小さい存在要素――素粒子。

万物の最小極点にすら御坂の力は干渉する。
即ち――彼女はこの世の条理そのものに干渉し得る、と。彼女はそう笑う。

物理法則を超越することが適わぬ未元物質は、彼女の属性を帯びざるを得なかった。
故にそれは致命的な弱点となる。

だが――と垣根は瞠目した。

「ふざけんなよテメェ!」

そんなことがあっていいはずがない、と。
けれど同時にそれ以外にないだろう、と。

矛盾した感情が衝動のままに吐かれる。

「それは――『超電磁砲』なんかじゃねぇだろう!」

予知めいた、ある種の確信。
彼女の紡いだ言葉は彼女の持ち得ないものだと垣根は覚る。

132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:12:57.07 ID:6qPU+q+1o
「それは――御坂美琴なんかじゃねぇ――!」

垣根は感情をそのままに、吐き出すように彼女に吼える。



「ええ、これは――私なんかじゃない――」

御坂は感情など綯い交ぜに、たおやかに彼に微笑する。



「その力は――」

「この力は――」



そして唱和するのは、皮肉にも二人にとって最も忌まわしい言葉。

抗えぬほど深い因果によって糾われた、単極しか存在しない禍福の鎖。










「「一方通行――――!」」










超能力者、第一位。
学園都市の頂点に君臨した最強最悪の能力者の冠する名だ。

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:21:34.20 ID:6qPU+q+1o
――――――――――――――――――――



「なーに不思議がってんのかなー」

給水塔に腰掛けたフレンダは投げ出した足をぶらぶらと揺らしながら目を細める。

「結局、滝壺がどうしてあんな妙な能力を持つ破目になったのか。
 『暗闇の五月計画』がどうして発足したのか、まさかアンタが分かってないはずないでしょうに」

能力者に別の能力者の演算パターンを埋め込み、能力そのものを改造する。
その計画には何も『一方通行』だけが用いられたわけではない。

「そもそもが、よ。結局あれは私の能力のせいで生まれた計画だもの。
 他人の頭の中をフォーマットする私の能力があったからこそあの計画が立ち上げられた。
 私の能力の本質は頭の中の統一化。ただ、もしそこで元の能力を残したままフォーマットだけ変換したらどうなると思う?……もちろんタダじゃ終わらないわ。

 新しいフォーマットに合わせ演算パターンの最適化が行われ、能力は斜め上にぶっ飛んだものになる。
 結局、どうして私が『アイテム』にいたのか。麦野だけじゃ単純に他の連中に対抗できなかったってのもあるけど、そういう経緯もある訳よ。

 絹旗は『一方通行』のフォーマットが埋め込まれたけど、滝壺の『能力追跡』の元には私の『心理掌握』の形式が使われた。
 だからあんなトンデモ能力になったのよ。『心理掌握』形式に耐えられるヤツなんてほとんどいなかったけど、あの子は見事に適応してみせた。
 体晶の相性がいいのも当たり前じゃない。素体は別だけど、結局あれの精製方法も私から来てる訳なんだし」

つまり――今の御坂は――。

「『心理掌握』でミサカネットワークのログから解析した『一方通行』の演算パターンをカスタマイズして組み込んだ『超電磁砲』。
 超能力者の奇数番台三人を複合した能力者……足りない地力の演算力はネットワーク経由で妹達に代理演算させて補う。
 そのお陰で今や『超電磁砲』は『一方通行』とも互角の強度になっているって寸法か」

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:25:27.00 ID:6qPU+q+1o
第七位はまぁ別格だけど、とフレンダは、眼下、給水塔に背を預けるように立つ金髪に肩を竦めた。

「何? 結局、アンタも見物?」

「そんなところだにゃー」

「物好きね」

返された言葉に適当に相槌を打つ。
二人の視線は交わされず、その先は宙を舞う双の超能力者へ向けられている。

「今日は青髪ピアスくんじゃないんだな」

笑いを堪えるような土御門の言葉にフレンダは向ける事なく苦笑を返す。

「結局、あんまりリソース裂きたくないんだけど……それともそっちの方が好み?」

「いーや」

ごん、と後頭部で給水塔を叩き、土御門は言う。

「最後くらいはなしでいいんじゃねーの」

「……せやね」

「その嘘くさい関西弁も」

「うっさい」

はは、と土御門は見たこともない級友の表情を想像して笑った。

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:30:46.94 ID:6qPU+q+1o
失われたあの眩しい日々が戻ってくることはない。

三人は元より、残された二人もこれが最後となるだろう。
土御門にはそういう漠然とした予感があった。

きっと今日で全てが終わる。

二人の視線は決してお互いの方に向くことはない。
今、土御門に彼女の姿は生のままに認識できるだろう。

だからこそ、きっと見られたくないだろうと土御門は意図して彼女を視界から外した。

「そういえばな」

土御門は変わらず、いつもの平凡で退屈な教室での会話のような口調で言った。

「あの子らはちゃんと保護されたぜぃ」

「そ」

「おいおい。礼の一つくらいあってもいいんじゃねーのかにゃー」

素っ気ない少女の答えに土御門は冗談めかして言った。
こういうやりとりも最後になるだろうと心の片隅で思いながら。

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:33:50.00 ID:6qPU+q+1o
「嘘。ありがと」

「おう。お安いご用だ」

だから、と土御門は笑う。



――自分たちは酷く間違っている。



最初からそんなことは分かっている。だがどうしようもないのだ。
踏み出さずにはいられず、逸る足を止まることなどできはしない。

そして何より――過ちを自覚しながらもどこか望んでいる自分がいる。

だから諦観しながら関与する。
だから後悔しながら切望する。
だから墜落しながら疾走する。

「だから――杞憂することはない。好きにやれ」

「……うん」

掠れた声は震えているようで、けれど確かなものだった。










「ところでさ」

「んー?」

「……結局、そこで見物するのはいいけど、   覗かないでよね。スカートなんだから」

「オマエがメイド服だったら考えるかにゃー」



――――――――――――――――――――

137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:46:12.81 ID:6qPU+q+1o
「な――――」

マンションの一室、窓に張り付くように手を押し当て、遠くに見える光景に黄泉川愛穂は絶句していた。

「何の冗談じゃんよ、これは――」

窓の外、彼女の視線の先にあるのは爆発と白雷、そして眩いの閃光の軌跡だ。

夜空の暗幕を切り裂くように光が描かれる。
きっととてつもない轟音が響いているのだろうが距離があるために僅かにしか届かない。
それが逆に妙なシュルレアリスムを生み出してしまっていて、白昼夢のような不確かさの中で黄泉川は遠くの光を見ていた。

「超能力者よ。あなた、ついこの間見たでしょう」

一方、ソファに座ったままの芳川桔梗はようやく冷めたコーヒーの入ったマグカップをゆっくりと傾ける。
ガラスに反射する彼女は、つまらない映画でも見るような視線を夜景へと送っていた。

「雷光……第三位、『超電磁砲』ね。
 もう一方は、順当に行ってれば『未元物質』かしら。第二位」

「そんな事を言ってるんじゃないっ!」

黄泉川の怒声がリビングに響く。

「単なる能力者の喧嘩とかいう次元を超してるじゃんよ!
 この距離でも分かるようなレベルなら、今、あの下では間違いなく……!」

「ええ。巻き込まれた運の悪い連中が死んでるでしょうね」

138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:49:15.04 ID:6qPU+q+1o
鬼気迫る剣幕で自分を睨みつける友人の吐露を、芳川はそよ風程度に聞き流した。

達観しているような、そもそも興味もないような彼女の様子に黄泉川は奥歯を噛み締める。
そして同時に、足早に芳川へと歩み寄り、そのまま力任せに胸倉を掴み上げた。

強引に身体を揺さぶられるが予想していた動きだ。
直前にマグカップはテーブルに置いた。被害はない。

「アンタは……! あの惨状を見て何も思わないじゃんかよ……!」

「心外ね。私だって教師を志してた時期もあったんだし、心を痛めてるわよ」

のうのうと平時と変わらぬ様子でそんな言葉を吐く。
どうして自分の口からはこんな冷めた言葉しか出ないのだろうと芳川は思い、気付く。

何という事もない。既に自分は諦めてしまっているのだ。

睨み付ける黄泉川に目を合わせようともせず、ぼんやりと遠くの稲光を眺める。

「でも私たちに何ができるの? まさか警備員が鎮圧する? 冗談じゃないわ。
 あれは戦争よ。超能力者なんて、それは一つの国同士が戦ってるようなものよ。
 そんなのを、精々が対テロ程度にしか対応できない連中がどれだけ集まっても何もできないわよ」

「――っ」

芳川の言葉は客観的な事実だ。
学園都市の警備員には戦争級の対抗手段もあるが――それは外国、外敵用のものだ。
内部、能力者を想定した鎮圧兵器ではあの二人は止められない。

もしもこの街にそれを止められる手段があるとすれば、ただ一つ。

「そうね……あの子なら止められるでしょうけれど」

虚空に向けられた呟きは届かない。

もう、全てが手遅れでしかない。

139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/12(土) 21:51:01.69 ID:6qPU+q+1o
――――――――――――――――――――





「――なるほど。そういう事か、アレイスター。これで軌道修正って訳だ」



虚空に向けられた呟きは届かない。



「つまりこれは、何もかもが手遅れで、もォどうしようもないンだな」





――――――――――――――――――――

147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/13(日) 21:54:07.71 ID:5Pc/XnNoo
「ふ――ざけんじゃないわよぉ――っ!!」

遠くに散る雷光に、麦野は叫ばずにはいられなかった。

彼女は走っていた。

必死の形相で夜の街を駆ける彼女は、まるで世界に取り残され泣いている子供のようだった。

暗部組織に属しているとはいえ年頃の少女だ。
外見には気を使うし自分のプロポーションの維持も並ならぬ努力が必要となる。

ファッションも、メイクも、疎かにはしていない。
ただ金を注ぎ込むだけでなくそれを存分に活用する術も身に付けている。

けれどそれが、今この時、どれだけ活きるというのだろうか。

邪魔なヒールをかなぐり捨て、裸足のまま夜の学園都市をひた走る。
普段の彼女からは考えられないほど無様に、まるで地べたを這いずるような様だった。

麦野自身は車の運転などできない。
無理に徴発しようにもタクシーどころか道を動く車は一つとしてない。

なら他の手段はといえば、交通網が整備された学園都市では自転車など絶滅危惧種だ。
最終下校時刻は過ぎている。電車も止まっている。

だから麦野は、己の力で走る他なかった。

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/13(日) 22:09:05.86 ID:5Pc/XnNoo
運動は苦手ではない。
むしろ得意な部類だと言えるだろう。

体力や筋力は元より、瞬発力、持久力、反射能力、咄嗟の判断力。
どれを取っても同性同年代のアスリート選手と比べても引けを取らない。

暗部組織のリーダーとして培ってきた経験は彼女に充分なものをもたらしている。
格闘戦も得意だ。能力者を相手に大立ち回りも充分に演じられる身体能力を持っている。

だが麦野は顔を苦悶に歪めていた。

息をするたびに呼吸器系が熱を放ち、口の中には血の味が感じられる。
一歩を進めるごとに足に掛かる負担は鈍い痛みとなって身体を崩そうとする。

視界の色が失われているように見えるのは錯覚だろうか。
それとも単に闇に紛れた世界が単調にしか見えないせいだろうか。

横を過ぎる風景は幾ら走っても変わり映えしない。
無限の廻廊に閉じ込められていると言われても信じてしまうだろう。

けれど麦野は走る。

足を止めることなどできはしなかった。

「ばか、やろぉ――っ!」

だから代わりに、というように自然に口から叫びが漏れてしまう。

「アンタ、守るって言ったじゃない、絶対に賭けに勝つって言ったじゃない、垣根――!」

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/13(日) 22:19:40.95 ID:5Pc/XnNoo
背後、彼女が駆けてきた方向には病院がある。
麦野がそこに辿り着いたのは惨劇に幕が下りてからだ。

滝壺と浜面は死に、絹旗は昏睡状態となっている。
もはや彼女が身を賭してまで必死に守ってきた『アイテム』は欠片も残っていない。

「っ――ぁあ――!」

街に人の気配はなく、世界に自分だけしかいないような錯覚を得ながら麦野は慟哭する。

足裏の痛みはとうに失せている。
感覚のない両脚に蓄積された疲労は鉄棒のように重く、一歩毎に自分の邪魔をする。

けれど足の動きを止める訳にはいかない。
一度止まってしまえばそのまま、動けなくなる気がした。

疲労はピークをとうに過ぎ、肉体的にも精神的にも限度を越えていた。

それでも足は止まらない。

何か、憑き物に急かされるかのように麦野は強引に手足を動かし走り続ける。

目的地は未だ遠く、遥か彼方の彼岸にすら見える。
空に光が閃く度に彼女の焦燥感は高まり、往かなければならないという強迫観念を呼び起こす。

辿り着けたからといって何ができるとも分からない。
けれど行かなければならない。

150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/13(日) 22:25:33.73 ID:5Pc/XnNoo
何故なら確信が麦野にはあった。

「最初から死ぬだなんて思っちゃいないわよ!」

どうしてもそんな事は起こらないと、そう確信していた。

だから今までずっと平気な顔をしていた。
心配はするだけ無駄だ。そう思っていた。

都合の悪い事からは耳を塞ぎ。認めたくない事実からは目を背け。
何も気付かない振りをして、不幸は全部自分で抱え込んでしまえばいいと思っていた。

それが何の根拠もない自信に繋がったのはどうしてだろうか。

「アンタが死ぬはずない! どんな事をしたって、アンタは死なないんだから!」

記憶の中にある顔に向かって、麦野は独り叫ぶ。
それを見てからどれだけも経っていないはずなのに、日に焼けた写真のような色褪せを感じてしまう。

きっと眩しいと、そう思えた笑顔が。

その笑顔がどうしてだろうか、酷く不吉なものに思えて――。

「そこにいるんでしょ、フレンダ――!!」



――――――――――――――――――――

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 20:26:19.14 ID:jW02uDs0o
垣根と御坂の戦いは、互いの決め手を失い拮抗状態となっていた。

垣根の『未元物質』は御坂の電磁に捕らわれ届かない。
御坂の『超電磁砲』もまた垣根の未元物質の前に阻まれる。

しかし両者とも攻め手を失った訳ではない。
学園都市の夜空を翔ける超能力者の交錯は白兵戦へと縺れ込んだ。

「おおぉおおおぉぉおおおお――!!」

垣根の気勢と共に振るわれるのは手に持つ白剣だ。

病的なまでの白。
それは世界から色を削り取った後に残る空白の欠落だった。

この世のどんな物質でさえも到達不可能な机上の産物でしかない真白。
それをそのまま具現化したような剣を手に垣根は宙を踊る。

色の正体は明白。この世の条理を無視する『未元物質』の真の形だ。
能力の本質、この世のありとあらゆる常識に囚われない異界の法則を抽出した異分子である。

故にあらゆる干渉は阻まれ、光すらも全反射されるがための白。
この世のあらゆる事象ごと世界を断ち切るその力は振るわれる度に白の軌跡を残し、残滓が羽毛の形となって桜吹雪のように散り消える。
剣に切っ先はなく、完璧な直線でのみ構成され見ようによってはただの細長い板でしかない形状は英国の慈悲の剣を思わせる。

翼を背に、夜天を飛翔するその姿はまるで聖戦の天使。
世の罪を断罪する絵画に描かれる神兵のままだった。

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 20:31:39.34 ID:jW02uDs0o
「なるほど、真打ち登場ってとこかしら。あらゆる物理干渉を拒絶する純粋な未元物質か」

「さすがに理解が早いな、優等生。その調子でもう少し年上への気の使い方も察してほしいんだが」

「お生憎様。私が気を使う相手は一人だけよ――!」

対する御坂の手には黒の剣。

無数の砂鉄が電磁力で編まれた、いわば物理法則の塊。
能力によって強引に結合された漆黒は彼女の意のままに形を変え、同時に比類なき強度を持っている。

電磁によって導かれた不定形の塊を振るう動きは本来意味のないものだ。
ただ『そうした方が力をイメージしやすい』というだけであり、その証拠に剣は常に形状を最適なものとして変化させ続けている。

彼女の足場となるのは周囲を旋廻する機械群だ。
砲弾を失ったとはいえその存在は御坂の武器となる。
時に地となり、時に道となり、そして時に盾となるそれらはどれだけ撃墜されようとも一向に数が減る気配すらない。

金属塊の包囲網を足場に、装甲を靴裏で踏み蹴り、電磁の腕で身体を引き寄せ、戦場を縦横無尽に飛び回る。

「でもそれが限界射程って訳ね。アンタの身体からいいとこ一メートルくらい。
 雷や弾丸は止められるけど、私自身には届かない。だからアンタは私を殺せない――!」

156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 20:44:40.57 ID:jW02uDs0o
「それはテメェもだろぉが。物理法則遮断を前に何ができるって言うんだよ――!」

叫び、垣根は翼で空を打ち白剣を振るう。
その度に鈴を幾重にも重ねたような音が響き空間が罅割れ羽毛が舞い散る。

彼の動きは常人の反応を凌駕している。
身体能力は明らかに人としての速度を超越している。しかし当然だろう。彼には人の常識は通用しない。

速さと飛翔の正体は他ならぬ『未元物質』だ。
相克し合う運動ベクトルの片方を遮断することで反発を生み無負担での高速戦闘を可能にしている。

至近距離からの神速の斬撃は必殺のものとなる。常軌を逸した異界の業はこの世の全てを切り取る魔剣だ。

「超次元干渉遮断。多分『空間移動』でも干渉不可能かな」

「正解だよ。あらゆる時空の全てを断ち切るこの未元物質は時間干渉すら切り捨てる。
 一方通行相手には領域が足りなくて無意味になるから使わなかったがテメェになら、なぁ、充分だろぉがよ!」

白刃が世界を断ち切り、次元界面ごと両断された駆動鎧が両端の翼によってそれぞれがあらぬ方向へ暴飛し、爆発四散する。
しかし生まれた金属片は御坂の電磁界に取り込まれ再び飛翔を得る。

「アンタが私に対抗できるように、私もアンタに対抗できる。
 常識が通用しない? 馬鹿言うんじゃないわよ。そんなのアンタだけの思い込みに過ぎないんだから!」

多重発生した電磁誘導のレールにより金属片が垣根に向かって撃ち出される。
爆発で飛び散ったそれぞれが彼を中心とした放射状の軌跡を描き中心部へと投射された。

「だから効かねぇっつってんだろぉが!」

白剣を切り払うと同時に切断された空間から無数の羽毛が溢れ出る。
それらは垣根の前に瞬間で広がると打ち出された砲弾を残らず受け止め込められた力を全て消失させた。

157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 21:07:14.22 ID:jW02uDs0o
そして弾丸となった金属片は緩やかに落下する。

御坂は地球の重力に引かれる金属群へと意識を伸ばし、再度の投射を用意する。

「――」

が、速度は変わらず落下が継続される。
待ち受ける電磁の網をすり抜け御坂の意思を無視して地上へと落ちていった。

「……未元物質の混ぜ込みで干渉方式を書き換えた、かな?」

「さっすがぁ。ご明察だよ」

落下する金属片たちは電磁干渉を受け付けなくなっていた。
未元物質との衝突の際に異界の素粒子と融合され法則性を書き換えられた弾丸はもはや御坂に従いはしない。

「リサイクルもいいけどな、意固地にやると貧乏臭い――ぜっ!」

魔速による迫撃を、またしても御坂は避けた。

電磁場のゆらぎを捕らえる彼女の眼は最速の反応を持つ。
条理を無視する『未元物質』の挙動は空間に隠しようもない破壊を生み、それらは全て光速で知覚される。

人の反応速度の限界は彼女の能力によって補われている。神経系を伝達される電気信号は全て彼女の制御下だ。
脳の演算処理は刹那で行われ反射と等速の行動を可能にしていた。

「物持ちはいい方なのよ」

唐竹割りに迫る未元物質の剣を真横への高速スライドで躱し、同時に右手を基点に展開していた電磁鉄剣が伸びる。
その一粒一粒が『超電磁砲』の威力と速度を纏った刺突もまた知覚を彼方に置き去りにする狂速だ。

一瞬、電磁波に誘発された砂鉄の高速振動により耳鳴りのような甲高い音が生まれ、直後の雷鳴に掻き消された。
鉄鎖の伝導を利用し僅かに先行して放たれる雷撃が空気を割り裂き真空を生み大気摩擦を失わせる。
電気抵抗により灼熱を纏った黒の剣は錐の如く垣根の喉を狙い貫かんとする。

158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 21:23:41.91 ID:jW02uDs0o
超高速の磁鉄の進撃にしかし垣根は対抗する。

彼もまた素粒子を操る能力者だ。
戦場全体を包むように舞う未元物質は御坂のものと同等の反応速度を彼に与える。

干渉できず干渉されない、無そのものという第三の未元物質。
その様を知覚できるのはこの世でただ一人、垣根だけだ。

伝達速度は物理法則にすら縛られない。
この世の最速である絶対光速すらも凌駕して、完全なゼロ秒で垣根は黒剣の突撃に抗する。

迎撃は矢張り未元物質、手にした白剣だ。

刺突を合わせる動きで伸びる黒を中心から破断する。
左右に割られ霧散した砂鉄は風に巻かれる。

「コイツは単なる絶縁体じゃねぇ。
 今、電磁誘導の法則そのものをぶった切った」

「…………」

風に乗り飛散した砂鉄は、今度は再度の干渉が効く。
無数の砂鉄と直接干渉によって御坂と連結接続された不定形の剣に対し防壁は通用しない。
直接迎撃を行わなければ最初の数粒を無力化したところで回りこまれる。
精密な挙動により羽毛の隙間を縫うことも可能だっただろう。

だから直接的に、砂鉄剣を連結していた電磁干渉そのものを異界の法則で上書き無力化した。

「この剣に触れた瞬間にテメェの能力そのものが絶ち切られるぜ」

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 21:38:51.33 ID:jW02uDs0o
とん、と軽い音を立て、御坂は宙を舞う駆動鎧の一つに着地する。
唐突な停止に垣根は眉を顰めた。

彼女は上空の強い風に纏う黒衣をはためかせながら僅かに俯く。
小さな震えは寒さからだろうか。右手で左の腕を身に寄せるように抱く。

左の手はずっと、上着のポケットに入れたままだ。

そして。

「あぁ――」

と息を吐いた。

それは歓喜と悲嘆と憤怒と嫉妬の混ざったような、混沌とした感情の吐露だった。

そしてこの時始めて、笑み以外の顔が垣根に向けられる。










「そういう、こと、やっちゃうんだ」










直後、彼女の言葉を掻き消すように。

周囲の全てが光に包まれた。

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 21:49:00.70 ID:jW02uDs0o
すこしきゅうけいです

165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 23:33:18.27 ID:jW02uDs0o
閃光の正体は雷だ。
周囲を取り巻く駆動鎧と、風に吹かれ広範囲にばら撒かれた砂鉄。
それらの間に無数の雷電が発生し縦横無尽の落雷を連続させる。

その様はあたかも世界が光に包まれたよう。
空間を歪め炸裂させるように雷撃の嵐が突如として発生した。

「ちぃいいいっ――!!」

即座に反応し全方位に防御の白を展開しようとする垣根に、雷速よりもなお早く、一条の光が差し込む。

赤外線の照射だ。
電磁場干渉により励起状態となった電磁波は調律収束されたレーザーを生み光速で垣根へと飛来する。

光そのものという世界最速の攻撃だ。

「――――――!!」

通常の防御では間に合わない。
回避も不可能の一撃を凌ぐには光線を事象遮断の未元物質で直接防御するしかない。

(まに――あえ――!!)

多層展開した羽毛の壁で僅かばかりの時間を稼ぐ。
生まれた間隙に白剣で高次元時空間を切断。強引にその刃を光の前に捻じ込んだ。

「ぐ――――!」

白剣に切り払われレーザーは消失する。
だが防御に要した一瞬の間に全方位からの落雷が垣根へと降り注いだ。

166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 23:48:25.90 ID:jW02uDs0o
雷鳴が轟き、空が割れるような悲鳴と共に垣根へと降り注ぐ。

閃光、爆音。激震が学園都市の夜空に咲く。
あたかも絢爛な花火を思わせるそれは一人の少年の身体を貫こうとするものだった。

しかしその爆心点。
垣根帝督の防御は間一髪で成功した。

背の六枚の翼の内、二枚を炸裂させ周囲に散布、迎撃弾幕とし、二枚を使ってその身に掛かる地球の遠心力を遮断した。
それにより弾かれるように落下した彼の身体を残る二枚が抱擁するように包み込み、雷撃から彼を守った。

翼に切断された千の雷槍は悉くが砕けその色と力を喪失する。

『未元物質』の防御の前にはあらゆる事象は突破できない。
それを可能とするのは異界の法則すらも我が物とした白髪の超能力者だけだろう。

そう、思っていた。



だが――ここに究極の例外が存在する。



あらゆる事象を遮断するはずの未元物質の匣。

その中にあるはずのない声があった。





「――つかまえた」





『幻想殺し』という名の究極の例外が存在することを垣根は知らない。

167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/15(火) 23:58:34.56 ID:jW02uDs0o
「――――――」

一瞬、何が起こったのか分からなかった。
未元物質の防御は完璧で、崩しようのない異界の絶対法則だ。

「だから言ったじゃない。そんなの、アンタだけの常識だって」

右手に持っていたはずの白剣はいつの間にか失われ無手となっている。
その手首を、御坂の手が掴んでいた。

彼女の声は右耳の側から聞こえてくる。
なのに、掴まれた腕の肘は――彼女の胸を指していない。

掴んでいるのは御坂の左腕だ。
だというのに、肌に感じる指の並びは右手のものだ。

「――――――」

緩やかに視線を落とせば、矢張り掴んだのは右手だった。
しかしそれは、彼女の左手に着いている。

非現実的な光景に喉が不自然に蠢く。

「は――――なんだよ、それ」

乾いた笑いに御坂の濡れるような声が答えた。



「幻想殺し――私の、彼氏」



直後、黒天から降り注いだ雷柱が垣根の体を貫いた。

168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 00:32:10.52 ID:0GsP3asbo
――――――――――――――――――――



天地を裂く雷撃の閃光が網膜に焼き付いた。
まるで旭日のような輝きに眼が眩みそうになる。

そして一瞬遅れて轟音が響き、びりびりと腰掛の震えを感じる。

「んんー、ん」

雷光に照らされた金の髪を風に流し、咳払いする。

まぶたの裏に残影を感じながら両目を瞑り、僅かに空を向く。

そしてゆっくりと口を開き、声を発した。

「Oh――o――」

直前までとは打って変わって、しんと静まり返った夜の街に涼やかな少女の声が澄み渡る。

「O――o――oh――――」

僅かに上下し調律するような声の音色は、やがて一つの高さで安定する。
そこで一度声を切り、数秒の無音が生まれた。

静寂を破ったのは小さな音だった。
こん、こん、と二回。靴の踵で小さく給水塔を蹴り、そして再び唇が開かれる。

169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 00:34:39.41 ID:0GsP3asbo




   おぉ友よ、このような調べではない
「――O Freunde, nicht diese Tone!」





170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 00:49:14.07 ID:0GsP3asbo
紡がれるのは歓喜の旋律だ。

本来バリトンが担当するべき歌を、しかしソプラノの少女の声が奏でる。

彼女の声に応えるように音が聞こえる。
何か、重く硬いものが立て続けに落下する耳障りな低音。

それにまた応えるように、少女は続く音色を紡ぐ。



「――Sondern laßt uns angenehmere」



長く伸びる声の残響。
そしてしばらくした後、また音が返ってきた。

小さな、かすかな音。
人が聞き取れる大きさではなく、彼女の耳に届く前に消えてしまうようなものだった。

だがその音を確かに聞いた少女は、続く詩を唇に乗せた。



「――anstimmen, und freudenvollere.」



そしてゆっくりと息を吐き、少女は展開していた能力を停止させた。

171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 01:01:56.99 ID:0GsP3asbo
しん――と夜の静寂が染み渡る。
激闘の嵐による騒乱はもはやなく、不自然なまでの無音が街全体を包み込んでいた。

無為な自問自答はない。
ただ、胸の内を街と同じような静寂が満たしていた。

そして長い空白の後。
再び唇が開かれる。

「――Freude」

主題から接続する二度の感嘆。
その一度目を漏らしたときだった。

「――Freude!」

コーラスが担当するべき句だった。
それを返した者が誰であるか、考えるまでもなかった。

「――Freude」

歓喜という言葉をそのままに、先程よりも強く、感嘆を漏らす。

「――Freude!」

そして矢張り応える少年の声。
馬鹿みたいにノリがよくて、こちらの妙な遊びに付き合ってくれるような輩は一人しかいないのだ。

172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:08:33.71 ID:0GsP3asbo



   Freude, schöner Götterfunken,

   Tochter aus Elysium

   Wir betreten feuertrunken.

   Himmlische, dein Heiligtum!


   Deine Zauber binden wieder,

   Was die Mode streng geteilt;

   Alle Menschen werden Brüder,

   Wo dein sanfter Flügel weilt.



173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:11:56.68 ID:0GsP3asbo
     ざ

 ざ

      ぐ

     ぢ

 ざ

  ち

           ゃ

   ぬ

        げ



     ぁ

            ず

  ぜ

       ち

   ょ

174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:14:07.28 ID:0GsP3asbo



   Wem der große Wurf gelungen,

   Eines Freundes Freund zu sein,

   Wer ein holdes Weib errungen,

   Mische seinen Jubel ein!


   Ja, wer auch nur eine Seele

   Sein nennt auf dem Erdenrund!

   Und wer's nie gekonnt, der stehle

   Weinend sich aus diesem Bund!



175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:16:39.52 ID:0GsP3asbo
      あ

   は

          は

    は

             は

       は



   は

               は

 は

       は

         は

   は

            は

     は

176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:17:58.80 ID:0GsP3asbo



   Freude trinken alle Wesen

   An den Brüsten der Natur;

   Alle Guten, alle Bösen

   Folgen ihrer Rosenspur.


   Küsse gab sie uns und Reben,

   Einen Freund, geprüft im Tod;

   Wollust ward dem Wurm gegeben,

   und der Cherub steht vor Gott.



177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:20:21.52 ID:0GsP3asbo



ここ?

こっち?

このへん?

これかな?



178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:23:53.23 ID:0GsP3asbo



   Freude trinken alle Wesen

   An den Brüsten der Natur;

   Alle Guten, alle Bösen

   Folgen ihrer Rosenspur.


   Küsse gab sie uns und Reben,

   Einen Freund, geprüft im Tod;

   Wollust ward dem Wurm gegeben,

   und der Cherub steht vor Gott.



179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:26:27.01 ID:0GsP3asbo



あれ?

ええと?

うーん?



180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:27:33.25 ID:0GsP3asbo



   Froh, wie seine Sonnen fliegen

   Durch des Himmels prächt'gen Plan,

   Laufet, Brüder, eure Bahn,

   Freudig, wie ein Held zum Siegen.



181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:28:09.95 ID:0GsP3asbo



ちがう



182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:30:12.41 ID:0GsP3asbo



   Freude, schöner Götterfunken,

   Tochter aus Elysium

   Wir betreten feuertrunken.

   Himmlische, dein Heiligtum!


   Deine Zauber binden wieder,

   Was die Mode streng geteilt;

   Alle Menschen werden Brüder,

   Wo dein sanfter Flügel weilt.



183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:33:12.15 ID:0GsP3asbo



これじゃない

これもちがう

こっちも

これもだ



184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:34:39.51 ID:0GsP3asbo



   Seid umschlungen, Millionen!

   Diesen Kuß der ganzen Welt!

   Brüder, über'm Sternenzelt

   Muß ein lieber Vater wohnen.



185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:35:32.87 ID:0GsP3asbo



なんで?



186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:37:16.12 ID:0GsP3asbo



   Ihr stürzt nieder, Millionen?

   Ahnest du den Schöpfer, Welt?

   Such' ihn über'm Sternenzelt!

   Über Sternen muß er wohnen.



187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:37:58.17 ID:0GsP3asbo



おかしいなぁ



188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:43:52.32 ID:0GsP3asbo



Seid umschlungen, Millionen!

               Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium

Diesen Kuß der ganzen Welt!

               Wir betreten feuertrunken. Himmlische, dein Heiligtum!



189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:49:19.21 ID:0GsP3asbo



もっとおくかな

     ざざざざざざざざざざざざ

よいしょ

     がざざざががごぎざざざざ



190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:52:03.77 ID:0GsP3asbo



   Ihr stürzt nieder, Millionen?

   Ahnest du den Schöpfer, Welt?

   Such' ihn über'm Sternenzelt!

   Über Sternen muß er wohnen.



191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:54:38.79 ID:0GsP3asbo





やっちゃった

まぁいっか



192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 02:58:09.69 ID:0GsP3asbo



   Freude, Tochter aus Elysium


   Deine Zauber binden wieder,

   Was die Mode streng geteilt;



193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:05:27.01 ID:0GsP3asbo



まだかな?



194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:06:46.77 ID:0GsP3asbo



   Deine Zauber binden wieder,

   Was die Mode streng geteilt;

   Alle Menschen werden Brüder,

   Wo dein sanfter Flügel weilt.



195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:10:32.73 ID:0GsP3asbo



もうちょっと?



196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:12:39.09 ID:0GsP3asbo



   Seid umschlungen, Millionen!

   Diesen Kuß der ganzen Welt!

   Brüder, über'm Sternenzelt

   Muß ein lieber Vater wohnen.



197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:13:53.83 ID:0GsP3asbo



 



198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:28:45.86 ID:0GsP3asbo



「――Seid umschlungen!
     Seid umschlungen!

     Diesen Kuß der ganzen Welt!
     der ganzen Welt! der ganzen Welt!

     Diesen Kuß der ganzen Welt!
     der ganzen Welt! der ganzen Welt!

     ganzen Welt!


     Freude!

     Freude, schöner Götterfunken!


     Tochter aus Elysium!


     Freude, schöner Götterfunken!」



199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:35:08.18 ID:0GsP3asbo



「もう、いいや」



諦めて、立ち上がる。



「なんだ。やっぱり。未元物質なんてどこにもないじゃない」



真っ赤になった手を止めて、少し首を傾げて、微笑んだ。



「だってほら、血と肉と骨しかないもの」



200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/16(水) 03:37:03.72 ID:0GsP3asbo










「――Götterfunken!」










――――――――――――――――――――

229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/25(金) 21:17:50.28 ID:Xb9whaMpo
街は、死んだように静かだった。

先程までの喧騒は嘘のようで、まるで絵画の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。
耳を擦る音は自分のものだけだ。風の音も、木々のざわめきも、動きは何もかも失われてしまっているように思える。

「晴れたる青空ただよう雲よ――だっけ」

口にした句は邦訳のものだ。
元となった詩とは大きく掛け離れたものだが本来の意味は失われていない。

よろこびの歌――と呼ばれるそれは、この場には随分と相応しくないものだ。
そう自嘲の笑みが漏れた。

胸に歓喜はない。
まして悲嘆や慙愧もなく、あるのはただ渺茫とした虚ろだ。
そういう感情を胸に得て、彼女は少しだけ目を細めた。

「ま、結局、分かってた事だけどね」

自分の行いに意味などなく、何をしてもただ無為でしかない。
世界はそういう風に出来ているのだと悟ったのはいつのことだっただろうか。

幸福と不幸は常に等価で、どれだけ行っても差し引きゼロにしかならない。

まるで熱力学のような絶対的な法則の檻。
もしこの世に絶対の法則がただ一つだけあるとすれば、これを措いて他にないだろう。

そう、世界は平均化を望んでいる。

人の生はきっと幸福に分類されるのだろう。
生まれてきたことそのものが幸福の印なのだ。

だからこそ人はその生に於いて己の誕生のツケを払わされる。
時折舞い込む幸福は借金のようなもので、当然のごとく利子をつけて返済を求められる。

けれど、そうでもしないと人は生きていけない。
幸いがなければ人は簡単に絶望してしまう。

幸不幸の自転車操業。鼠車のようにくるくると。
一歩も進めていないのも分からずに、ずっとその場で走り続けるだけ。

230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/25(金) 21:29:47.75 ID:Xb9whaMpo
「……アイツはどうだったのかな」

口癖のように不幸だ不幸だと言っていた少年。

何処かの宗教家が言うには、彼のその奇妙な能力こそが不幸の元凶なのだという。
一度そんな話を彼の口から聞いた。

人にとって幸福と不幸の絶対量が同じだとしたら。
きっと、彼の身に降り掛かる不幸の根源であるその右手こそが幸いの形で。

彼の持つそれは、誰かの不幸を肩代わりする救済の手だったのかもしれない。

眉唾ものの寓話に出てくる救い主。
もしそんなものが実在するのなら。



あの少年は、もしかするとそういう存在だったのかもしれない。



化石となった神話に出てくる英雄のような。
あるいは陳腐な漫画に出てくるヒーローのような。

本当はこの世界にある理不尽でふざけた部分を倒すためにいたのかもしれない。

人の世に降りかかる厄災を祓う奇跡の右手。
結果、自分が不幸になったとしても。それが原因で不幸になろうとも。

不幸な誰かを幸せにすることが彼にとっての幸せなのだと、きっとそう笑える少年だった。

――そう思うのだ。

231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/25(金) 21:49:26.23 ID:Xb9whaMpo
けれど彼はたった一人を守るためにその身を犠牲にしてしまった。
もしかすると世界を救うはずだった少年は、たった一人の少女の命を守るだけでいなくなってしまった。

結果、世界は相変わらずふざけた理不尽を強要してくる。

――結局、何一つ変わっていない。

ご都合主義なヒーローは存在せず、都合の悪いことばかりが起きる。

それもそのはず。幸福は人の生の数だけ存在するのだ。
世界には七十億人分の不幸が渦巻いている。

この世界は不幸で出来ている。

彼が祓うはずだった不幸は世に蔓延り、泥沼のように人々を引きずり込もうとする。
逃れることなどできはしない。世界そのものが不幸で形作られているのだから。

「そう。つまり、結局は」

「誰も彼もが不幸に呑まれるしかない、って?」

肯定の代わりに肩を竦めて答えた。

「馬鹿言うんじゃないわよ。
 幸福とか不幸とか、そんな幻想みたいなものなんかに理屈があって堪るもんですか」

「幻想、ね――アンタはそれが全部、錯覚みたいなものだって言うの?」

「そうかもね」

頷いて、彼女は幸せそうな笑顔を浮かべるのだ。

「だって私は、幸せだから。私はアイツに救われたから。
 これが単なる思い込みに過ぎないとしても、私がそう感じるんだからそうなのよ。
 だから私は不幸なんかじゃない。それはアイツを否定する言葉だもの。
 誰にもそんなこと言わせない。たとえカミサマにだって――そんなこと、言わせたりしない」

怒っているような、あるいは泣いているような。
喜怒哀楽が綯い交ぜになった笑顔を浮かべて、彼女は微笑んだ。

232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/25(金) 23:33:51.87 ID:Xb9whaMpo
「…………」

彼女の言うように、幸不幸などというものは主観によって幾らでも姿を変えてしまうものかもしれない。
彼にとってそうであったように、彼女にとってもそうなのかもしれない。

けれど客観的な、この世界を外から眺める視点から言ってしまえば。

「……そっか、うん」

彼女の言葉の本質を理解して。
頭に乗ったベレー帽の位置を整えて。

「結局、アンタはそれでいいんだ」

言って、笑った。

彼女にとっての不幸は、もう存在しない。
自身の死すらも彼女にとってはどうでもいい無価値なものでしかない。

ただ一つだけ彼女にとって価値あるものは、彼の行いであり、彼の歴史そのものだ。
死は覆らない。人は生き返らない。過去は変わらない。

彼女の幸福は、彼の死によって完結している。

――でも、と言外に思う。

彼女にとっての幸福が確立していて。
それは絶対に否定されず。
他の全てが無価値なのだとしたら。

彼女はこれ以上の幸福も不幸も得ることがないとしたら。

そしてもしも、幸福の絶対値の法則が本当にあるとしたら。

――それは結局、死んでるようなものじゃない。

233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/25(金) 23:52:09.49 ID:Xb9whaMpo
惰性で生きているに過ぎない自分が言うのも馬鹿馬鹿しくて、言葉にはしなかった。

(結局、それを言うなら私も似たようなものだもんね)

だから代わりに、と。
本当に馬鹿馬鹿しい、それこそ幻想のようなと思うことを言おうとして。

「ねぇ」

と、先に言われ、言葉を飲み込んだ。

「……何?」

問い返すと彼女は、矢張り笑っているような泣いているような、奇妙にちぐはぐな顔で言うのだ。



「もしかしたら、常盤台でアンタと普通に出会えてたら――友達になれたかな」



「――」

最初に彼女と出会ったときには既に敵同士だった。
そもそも自分はこういう成りだし、こういう性質だ。

前提条件からして間違えている。
終始一貫、彼女のような存在とは相容れない。
この世界に於いて、彼女の言うような可能性は絶無なのだ。

だから、最初から答えなんて決まっている。

「――さあね。結局、ifの話なんてしても仕方ない訳よ」

笑って肩を竦めた。

234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/26(土) 00:22:47.87 ID:lPjnIMIpo
暫くの沈黙の後、ふ、と溜め息を吐く。

もう充分だろう、と思う。
これで自分の役目は終わった。最初から、自分の出番はここまでだ。

これ以上舞台に上がっていても仕方がない。
下手に残っていたところで自分にはもう役もない。

だから大人しく退場しよう。
それが一番賢い選択だと、そう思う。

踵を返し、彼女に背中を向ける。

「それじゃ結局、私の出番はここまで。
 アンタは精々、この理不尽で不幸な世界に塗れるといいわ」

そう捨て台詞を遺し、立ち去ろうとした。なのに。

「――――――ねえ!」

けれど彼女の声に呼び止められ、足を止めた。

「……何よ」

振り向かず、背を向けたまま言う。

少しだけ不機嫌そうに。
折角演出した最後の場面を台無しにされたのだ。
それなりの理由がないのなら怒ってもいいだろう。

けれど肩越しに聞こえた声は、完全に予想外のものだった。

「名前、教えて」

235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/26(土) 00:35:16.85 ID:lPjnIMIpo
「……結局、私はただの、どこにでもいるモブキャラよ?
 第一、私の名前なんてとうの昔に消えちゃったわよ」

「それでも、たとえ形だけだとしても、あるでしょう?」

「どうしてそこまで知りたがるのよ」

「だって」

言う彼女の表情は分からない。

「友達なら名前で呼びたいじゃない」

――――――。

「……そうね。まあいっか」

被った帽子の位置を直し、肩越しに言う。

「どうせこんな些細な事、暴露したところで結局なんてことないもの」

そして最後まで振り返らず、顔を見せぬまま告げた。





「私の名前は――――――[禁則事項です]」





「え――?」

236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/26(土) 00:45:08.21 ID:lPjnIMIpo
――世界は不幸で出来ている。そう思う。

「じゃ、私は一足先に舞台を降りさせてもらうわ。グランギニョールはもう見飽きたもの」

だからこそきっと、誰もが幸福を望んでいるのだ。
それが儚い幻想だとしても人は幸福を羨望し、憧憬を覚えてしまう。

「結局さ、私だって他の連中と大して変わらないのよ」

人が幸せであることに罪などない。
間違っているのはきっとこの世界の在り方なのだ。

誰もが幸福であれるような世界は幻想に過ぎないとしても。
実際がどうかとか、そういう下らないことは別にして。
そう願うことくらいは赦されてもいいだろう。

だから、と。

言うつもりのなかったもう一つの捨て台詞を言ってやるのだ。

「私だってね、俗っぽくてご都合主義で情け容赦なく皆が皆残らず幸せになるような。
 ――舌が蕩け落ちるような、とびきり甘い幻想物語の方が、好みな訳よ」

だから『もしも』があるとしたらその時は。



「じゃあ――またね、御坂」



そう、普通に彼女の名を呼べるようにと。

愚にもつかない願掛けのようなことを思いながら、その場を後にした。



――――――――――――――――――――

245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/26(土) 22:31:02.78 ID:lPjnIMIpo
「はいどーも。お疲れさん」

早々に仕事を片付け、大した疲れも見せぬまま麦野が最後に合流する。

「んで、例のブツはどこかにゃーん」

「超問題なく回収しましたよ」

指に挟んだデータメモリを顔の横で揺らしながら絹旗は憂鬱そうな顔で答えた。

「小細工はどうにも超面倒です。正面から突破した方が楽ですよ。
 そもそも私たちって力押しの方が得意な面子じゃないですか。
 なのに最近の仕事ってこんなのばっかり。私たちが出張る意味があるんでしょうか。
 どうせならもっとそういうのが超得意そうな連中に任せればいいのに」

「文句言わないの。結局、下働きに選択権なんてないんだから」

不満そうに愚痴をぼやく彼女に、フレンダが意地悪そうな顔を浮かべて茶化した。

「それはまぁ、そうなんですけど。
 もっとこう、どかーんばきーっぐしゃーっ! って感じにやれる方が楽です。あと超ストレス解消にもなります」

「それができるのは結局アンタだけだって……」

「えー。麦野なんか、素の体術なら私より上じゃないですかー」

「アンタ私にスニーカー履けっての」

「「…………」」

少しだけ想像してみて、即座にありえないなと結論付ける。
そもそも彼女の能力からして前線に出るのは如何なものかと思うし、反論すると面倒なので素直に納得しておくことにした。

246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/26(土) 23:32:21.89 ID:lPjnIMIpo
そんな四人の中、一人だけ言葉のない少女がいた。

「どうしたの滝壺。具合でも悪い?」

先程からどこか呆けた様子で棒立ちになっている彼女の顔を覗き込む。
滝壺は少しの間視線を宙に彷徨わせていた後、やや焦点のずれた眼でフレンダの顔を見返し。

「ちょっと疲れた……っていうか気持ち悪い」

「体晶使ったからねえ」

「吐き気は?」

「あ、うん。それは大丈夫」

そう言って滝壺は弱く笑って見せた。
その顔がいつもよりも白く見えるのは路地の薄暗く青褪めた街灯の所為ではないだろう。

「うーん。それじゃあさっさと帰った方がいいかな」

「帰った方が、って。何か超あったんですか?」

絹旗の問いに麦野は「別に大したことじゃないけど」と肩を竦めた。

「お腹空いたからご飯でも行こうかなーって」

「ご飯……!」

その言葉を聴いた途端、滝壺の顔に生気が戻る。

「大丈夫だよ、むぎの。問題ない。ご飯食べに行こう」

「……現金な子だねぇ、アンタ」

顔を見合わせ苦笑した。

247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/27(日) 00:09:30.08 ID:gGh7esBMo
「それにしても超遅いですね」

「何が?」

「車を手配してるんですけど。何やってんでしょうか……」

「溜め息吐くと幸せが逃げるっていうぞー」

茶化す麦野に苦笑して絹旗は携帯を取り出し、手早く発信する。

「………………、どこで何やってんですかっ! 超早く来いっ!」

「おおぅ……」

電話に向かって怒鳴る彼女の剣幕に思わず顔が引き攣った。
少なくとも表面上だけは丁寧な絹旗が(と言っても端から見れば随分と妙なものだが)こうまで粗野な口調になるのも珍しい。

「……これは」

「もしかすると……」

「ごはんー……」

麦野とフレンダは互いに顔を見合わせる。

「は? 迷っ……ナビも付いてないんですか!?
 そっちに位置送りますからさっさと来てくださいっ!」

苛立ちを隠そうともせず、返事を待たず通話を切った。
親の敵のように高速で指がボタンを叩き手早くGPS情報をメールで送る。

248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/27(日) 00:49:36.86 ID:gGh7esBMo
「まったく。超使えねー」

そう吐き捨てる絹旗に。

「……絹旗ちゃぁーん?」

「ひぃっ!?」

甘ったるい猫撫で声で呼ぶ麦野に何故だか悲鳴を上げて絹旗は思わず後退りした。

そこには溶けたヌガーのようなべっとりとした甘さを醸し出す笑顔の麦野とフレンダがいて。
二人はゆっくりと、得物を前に舌なめずりをする肉食獣のような気配で絹旗ににじり寄ってくる。

「ど、どうしたんですか二人とも…………はっ!?」

二人の位置はこちらを包囲するようで、そして絹旗はいつの間にかビルの壁面を背負っていた。

端的に言えば逃げ場がなかった。

「さっきの電話の相手、誰なのかにゃーん?」

「結局、なんかすっごく仲良さそうだったんだけどー?」

「は、はは、何をそんな超馬鹿なことが」

どうにかこの窮地を脱しようと逃げ道を探すが、さすがというか何というか、二人にはまったく隙がない。
……もちろん能力を使えば強引に逃げられるのだろうが、そうすると後が怖いので当然ながらその手は使えない。

249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/11/27(日) 01:12:28.24 ID:gGh7esBMo
最終手段として残る一人に助けを求める。

「た、滝壺さん……!」

「今日はなんか、クリームっぽいものが食べたいなぁ。グラタンとか」

「駄目だこの人、超トリップしてる……!」

一縷の望みも絶たれ絹旗は愕然とする。

既に二人の頭の中では結論付けられていてしまっているのだろう。目を見れば分かる。
あとは冤罪を捏造するための魔女裁判だ。恐らく火刑台に送られるところまでシナリオは出来ている。

「絹旗ぁ……もしかしてアンタ」

「何を超勘違いしてるんですか。別にカレシとかそういうのじゃ……」

「「ほう……?」」

二人してにやりと猫のように笑ったところで自分の失策に気付いた。

「やっぱり男なんだ」

「結局、男だった訳」

(超しまったああああ――!)

顔が引き攣るのを自覚しながらも何とか体裁ばかりの笑顔を浮かべるが、眼前の二人の笑みの方が恐ろしい。
感情の極致には笑顔しか浮かばなくなるというのはどうやら本当だったらしい。

「さて、アシが来るまでもう少しあるみたいだし」

「ゆっくりお話を聞かせてもらおうじゃない。ねえ?」

二人に同時に左右の肩を掴まれ、絹旗はどうしてだか猛禽の爪に捕らえられた兎の気分が分かった気がした。



――――――――――――――――――――

258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 19:48:30.95 ID:CeVPrzkso
「あのー……これは一体どういうことなんでしょうか」

数分後、慌ててミニバンを飛ばしてきた浜面は状況を飲み込めず困惑していた。

道に迷うという言い逃れできないレベルの不手際をしでかしてしまったのだからきつい言葉の一つや二つは覚悟していた。
不機嫌な少女たちを乗せた密室という針のむしろに巻かれる覚悟もあった。
正直なところ、もしかしたら万が一にも、これが原因で粛清――殺されるのではないかとすら思っていた。

だというのに。
一体どういう訳だか妙ににこやかな少女二人に質問攻めに遭っている。

「ふーん、スキルアウトかー。私らそういうのとは縁がないけど、普段何してんの?」

「いやまぁ……仲間内で遊び歩いたりとか……」

「それくらい結局誰だってやってるじゃん。もっとこう、派手なのない訳?」

「あんまり大きな声で言えるようなことじゃあ……」

「アンタ誰に言ってんのよ。こちとら学園都市の暗部組織だっちゅーの。
 それとも何? もしかして私らよりも凄い事やらかしちゃったりしてる訳!? 聞きたーい」

と、この調子だ。

259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 19:50:03.18 ID:CeVPrzkso
あちらからしてみれば珍獣か何かを相手にしているようなものなのだろう。

表面上は年頃の可憐な少女に言い寄られているようにも見えなくもない。
しかし氷山の一角でしかないにしても彼女らの実体を知っている浜面には虎や獅子に擦り寄られているようで、生きた心地がしなかった。

端的に言えば、恐ろしい――というよりも気持ちが悪い。
檻に放り込まれた兎が自分を値踏みするような目で見ながら撫でる獅子に懐く気持ちと表現すると比喩としては的確だろうか。

鼠を愛でる猫など気持ち悪い。
蛇に恋慕する蛙など気持ち悪い。

浜面が彼女らに対して無力でしかないのは自明の理だ。
喧嘩慣れしているとはいえど、それは路地裏の飯事同然のものだ。
それが本業である彼女らには到底及ばない。

加えて能力という絶対的な壁がある。
浜面は何の変哲もない無能力者で、彼女らは学園都市でも有数の実力者だ。
自分のようなごろつきが何人束になっても敵わないような、そんな圧倒的な力量の差がある。

(そんな事は分かってる)

ここはこの街の底辺だ。

傍目には分からないようなものだが当事者である浜面には無視できないほどの悪臭が感じ取れる。
あの路地裏の退廃的な臭いなど及びもつかないほどに、汚れなどという言葉では言い表せないほどに濁々とした世界。

その汚泥そのものである彼女らを目にしてどうしようもないほどの拒否感が生まれる。

(俺もその一人になっちまったっていうのにな)

ここに墜ちた原因は自分にある。
それについては自業自得だと納得できるが、まだどうにも――馴染めない――でいた。

260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 19:52:42.81 ID:CeVPrzkso
要するに自分は往生際が悪いのだろう、と浜面は思う。

過失は自分にある。
あれが唐突に降りかかった災厄のようなもので、単に運が悪かったとしか言い様がなくても。
あれは間違いなく自分の責任だった。

他人に押し付けられるようなものではない。けじめは自分がつけなければならない。

それは分かっているのだが――。

「よーし。それじゃあ今日は浜面クンのお勧めのお店へレッツゴー!」

覚悟をして来てみればこんな具合だから、どうにも調子が狂う。

「……お勧めの店つっても、大抵どっかその辺のファミレスとか牛丼屋とかハンバーガーショップとか、そういうのばっかりだぞ」

少しだけ言葉を選んで答える。
何気ない会話にも綱渡りのような奇妙な焦燥を覚える。

一言で全てが台無しになる、という事はままあった。
ただ以前のものとは勝手が違い過ぎる。無能力者が相手であれば刃傷沙汰になってもそれなりに上手く立ち回れる自信はあった。

しかし彼女らは高位能力者で、それはつまり学園都市の中でも飛び抜けて頭がどうかしている連中だ。

その笑顔の下に隠された本性を浜面は理解できていない。
下手に逆鱗に触れればそれこそ一瞬で、理解する暇もなく頭が吹き飛ぶだろう。

261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 20:07:42.30 ID:CeVPrzkso
浜面は薄氷の上を歩くような慎重さで、そろそろと曲芸じみた演技を続ける。
恐らく彼女らにもそれは分かっているだろう。どれだけ取り繕っても見透かされている気がした。

まだ幼い頃、学校帰りにやっていた遊びを思い出す。

アスファルトの上に描かれた白線をはみ出さないように歩くという、道化じみた真似事だ。

黒の部分は奈落まで続く無明の穴だ。落ちると死ぬ。
そういう子供にありがちな無邪気で短絡的な設定を自分に科して遊んでいた事があった。

現状はそれによく似ている。

死と定義した黒い部分は踏んではいけない。
そこに足場はあるのかもしれないが、踏んでみなければ分かるはずなどない。
わざわざ命を賭してまで確かめようなどとは思わない。

そして白の部分。そこは昔と違った。
白線は浜面の思い込みだ。『ここまでは大丈夫』だと、『踏み込んでいい』と思い込んでいるだけの領域。
しかしその基準はあくまで浜面自信に因るものであり、実際他人の気持ちなど分かるはずがないのだから酷く脆弱で曖昧な定義でしかない。

灰色。グレーゾーン。

明確な白などありはしない。
どこからどこまでが大丈夫で、どこからはいけないのか。遊びと呼ぶには余りにも理不尽な賭けだ。
しかしそこから抜け出そうにも後には退けず、結局自分の目に見える白い部分を歩いていくしかない。

262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 20:12:04.36 ID:CeVPrzkso
死にたいとは思わない。

生きたい――と、そう思っている。

どんなに最悪な世界だろうとそこの部分だけはどうしようもなくて、無駄かもしれない醜い足掻きを本能は強制する。
それがどれだけ無力なものなのかは自分でもよく分かっている。

理性の部分ではとっくに諦念してしまっている。
そういう意味では浜面は既に死に体だった。

けれど本能の部分が――人の持つ衝動的で暴力的な部分が叫ぶのだ。

生きたいと。

死にたくないと。

既に諦めてしまっている自分だからこそ、そんな己の内から湧き起こる声に応えられるのかもしれない。
何もかもどうしようもならないことは分かりきっていて、だからこそ無駄な足掻きに興じるのもいいかもしれないと思ってしまっている。

だからだろうか。

「たまにはそういうのもいいんじゃない?」

彼女らの言葉がどうにも気持ち悪くて、浜面は妙な居心地の悪さを感じてしまう。

そして座席のシート越しにぽつりと、呟くような滝壺の声が聞こえる。

「そういえばファミレス、行ったことないね」

「……」

調子が狂うのだ。

263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 20:15:38.44 ID:CeVPrzkso
「ファミレス行ったことないって、お前ら普段どこで飯食ってんだよ」

自炊しているようにも見えない。
おおよそこの四人でつるんでいるのだろうが、それぞれの住まいは別だろう。揃って外食することも多いはずだ。

「どこって……普通のレストラン?」

「金銭感覚が根本からずれてることを考慮すべきだったよ……」

溜め息を吐き、浜面は頭の中に地図を思い浮かべる。
近場のめぼしい店をいくつか候補に挙げ、時間と立地を考慮し、空いていそうなところを探す。

女三人寄れば姦しいというのだ。それが四人もいるとなれば。
他の客の迷惑にならぬように――というより無駄なトラブルを誘発させないために吟味する。

「別になんだっていいよな。どこも同じようなもんだし」

「え? 色々あるじゃん」

「大して変わりゃしないんだよ」

そういう事にしておく。実際そうだろう。
いざ店に入ってみてああだこうだと言われては身が持たない。

言葉を交わしながら条件に最も近いであろう場所にあたりを付けて交差点を左折する。

「んじゃ初ファミレス行ってみよー!」

「おー!」

「ごはんー」

妙に機嫌のいい麦野の声にフレンダと滝壺が応える。
けれどもう一人は先程からずっと黙りこくったままだった。

ルームミラー越しに後部座席を窺ってみれば、絹旗はいかにも不機嫌そうな仏頂面をガラス越しに流れる街の風景に向けていた。

264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/04(日) 20:59:55.26 ID:CeVPrzkso
浜面が彼女らと合流した時からずっとこの調子だ。
電話越しの癇癪は以前会った際のまま――といえるほど彼女の事を知っている訳でもないが、大して変わらぬ様子だった。

だが通話を終えて慌てて駆けつけてみればこの有様だ。
果たしてその間に何があったのか。

「…………」

下手に詮索して蛇を突き出したくもない。
沈黙は花だ。事なかれ主義である事を自覚して自分が日本人である事を再確認する。

けれど自分がいくらか配慮したところで他はそうはいかないのが世の常だ。

「絹旗ー。アンタさっきから静かだけど具合でも悪い訳?」

助手席の金髪が藪を突く。
下手に文句を言うと更なる被害拡大が予想されるので我関せずを貫くしかなかった。

「いいえ。別に。超なんでもないですよ」

素っ気ないというには棘のありすぎる言葉を返しながらも視線は窓の外へ向けられたままだ。

秋色に染まる街は既に仄暗い。
少し前まではまだ明るい時間帯だったのに、と回想しながら浜面は努めて少女たちを意識から外す。

深く関わらなければいい。
コンビニの店員のような、路傍の石のような、そういう存在として身を隠すように彼女たちと接する。
無難で平均的な、極々ありふれているが故に気に留められないような存在になればいい。

そうしていれば、よほど運が悪くない限りはきっと大丈夫だろう。

266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/07(水) 19:47:22.83 ID:QAg2qkQOo
しかし禍災は黙っていてもむこうからやってくるもので。

「……はっはーん」

麦野はにやりと笑って(いるのだろう。ルームミラーからは死角になっていて見えないが)絹旗に言う。

「アンタ、もしかしてさっきので臍曲げてる訳?」

「違いますよ。下手な勘繰りはよしてください」

さっき、というのは彼女からの電話を受けた後、自分が到着するまでの間だろうか。

その間に何があったのか、どうして彼女がこんな具合になってしまったのか。
多少気にはなるが詮索はしないのが一番だろうと浜面は無言を続ける。

しかしまだ藪は突かれる。

「さっきの?」

滝壺が不思議そうにそう尋ねる。

彼女にしても別段他意は無いのだろう。
ただただ純粋な、何でもないような疑問としてそう訊いた。

沈黙を決め込むのであれば話題を断ち切ることもできない。
諌めるような真似もできるはずもなく、会話は続く。

「いやだってさ、絹旗ってばちょっとからかったらすぐムキになっちゃうんだもん。
 こっちだって何もないと思う方が無理だってーの。目の前に餌ぶら下げるような事する方が悪いじゃん」

267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/07(水) 21:24:48.07 ID:QAg2qkQOo
「あれは――!」

僅かに慌てるように絹旗は口調を荒げ、しかし口篭もる。
そして少しだけ言葉を選ぶような躊躇いを感じさせた後、小さく声を発した。

「……皆超分かってるでしょう。
 私たちみたいなのには『そういうもの』と縁はないって事くらい」

「……」

ハンドルを握ったまま彼女の言葉を聴く。

彼女の言うそれが一体どういうものなのか、浜面には分からない。
だが――手に入れたくても無理なものである事には違いないだろう。

暗部組織『アイテム』。

学園都市の陰に暗躍する非合法の軍団。
粛清部隊。暗殺集団。超法規的組織。

彼女らがそういう存在だからこそ不可能なものだろう。

謂わば日常のような、平凡で平穏な『普通』。
何の変哲もない光景こそが最も縁遠いものなのだろう。

その言葉は否応なく浜面に事実を突き付ける。

ほんの少し前まで自分がいたあの日々さえもここには存在しない。

灰色に染まっていたものの、きっとどこか輝いていたあの日常の光すら届かない闇の底。
ここはきっとそういう世界なのだ。

268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/07(水) 22:17:33.97 ID:QAg2qkQOo
けれど滝壺は言う。

「そうかな」

彼女は誰に向けてでもなく、独白するように疑問を投げる。

「別にそんな難しく考えることもないと思うんだけど」

「……」

「きぬはたが何かをしたいなら、私はその助けになれたらいいなぁって思うよ。
 きぬはただけじゃない。むぎのだって、フレンダだって、それは同じ」

一度切り、滝壺は小さな声だが狭い車内に響く確かな声で言った。

「私はみんなの味方でいようって思ってるから」

「……滝壺さん」

溜め息を吐き、絹旗はぽつりと呟くような声で返す。

「別に心配してくれなくても大丈夫ですよ。ただ単に、超不貞腐れてただけですから」

そう言って彼女は居住まいを正すと、ばつの悪そうに言った。

「ところでまだなんですか。私もお腹空いてるんですけど」

それが自分に向けられた言葉だと気付くのに数瞬を要した。

「あ、ああ。もうすぐ」

言ってハンドルを切る。目的地はすぐそこだ。
急ごうと思って急げる訳ではないがさっさと行ってこの妙な雰囲気の車内から出たい。

そう思っていたのだが。

「……それできぬはたは何に不貞腐れてたの?」

「話を超蒸し返さないで下さいよ!」

勘弁してくれ、と内心思う。
けれど先程までよりは幾分かましだろうと、何故だか薄く笑ってしまった。

269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/07(水) 22:34:46.20 ID:QAg2qkQOo
「そうそう、それなんだけどさ」

「麦野!」

「いいじゃん減るもんじゃなし」

絹旗には聞く耳持たず麦野はシート越しに浜面の背を突くと身を乗り出すように顔を近付け。

「浜面ってさ、カノジョとかいるの?」

まさかここで自分に振られるとは思ってもいなかった。

「……それは定型分ってことでいいのか」

「そのままの意味よ?」

「……別にいねえけどさ」

「ふうん?」

どこにそう頷くようなところがあるのかと疑問に思うよりも早く麦野はとんでもないことを言った。

「じゃあさ、どんな子が好み? この中で言うなら」

「…………」

「うわ、結局凄い嫌そうな顔してる」

正直なところ血も涙もない鉄面皮の殺し屋集団の方がやりやすかったかもしれないなどと浜面は頭を抱えたくなった。

270: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/07(水) 22:55:03.50 ID:QAg2qkQOo
「ねえねえ、実はロリぃのとか趣味だったりしないの?」

「麦野ー。それ結局約一名をピンポイントで指してるよねー」

「だ、誰がロリですかーっ!?」

「アンタのこととは誰も言ってないけど?」

「じゃあ誰のこと?」

「絹旗に決まってんじゃん」

「結局、それ以外に誰がいるのよ」

「フレンダも人のことを超言えるような体格じゃないでしょう!」

「……忍者」

「は?」

「何よ突然」

「訊かれたことに答えただけだよ。好みのタイプ」

「うわぁ……」

「結局、頭大丈夫?」

「超キモいんですけど」

「大丈夫だよはまづら。私はそんなはまづらを応援してる」

「……そうかい。ありがとう」

271: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/08(木) 00:44:45.20 ID:KLAqlOAEo
少し冗句が過ぎたか、と思いつつも大して変わりはしないだろう。
彼女らの中で誰が、と訊かれても答えられるはずがない。

「着いたぞ」

ようやく辿り着いた大通りから少し外れたファミレスの、がらんとした駐車場に車を入れ奥の方に停めた。

自分の役割は精々が彼女らの暇潰しの相手だと理解している。

「ごっはんー」

「何か狭かったからか体が硬くなっちゃったんだけど」

「ねえねえ絹旗。結局、何でコイツと面識あったのよ」

「超まだ言いますか……」

四人が思い思いの事を口走りながら車を降りていくのを横目に浜面は気付かれぬように深く息を吐いた。
緊張が徐々に解けていくのを感じながら背をシートに預け目を閉じ気付かれない程度に脱力する。

「……何やってんの」

「あ?」

少女の声に目を開き首だけでそちらを向く。
見ればフレンダが車を降りようとする直前で止まり、浜面を怪訝そうな顔で見ていた。

何を、と問われても困る。

「まさかとは思うが俺も頭数に入ってんじゃねえだろうな」

「結局そのまさかだからさっさと来なさいよ」

278: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/22(木) 22:49:38.14 ID:V3uLILT7o
何故、と浜面は一瞬戸惑う。
自分の役目は彼女らをここまで送り届けることだ。
だからそれ以上、食事というプライベートな時間に自分は必要ないだろう。

しかし浜面は思い直す。
つまり食事の間も彼女らの玩具になれと、そういうことなのだろう。

まさか断るという選択肢があるはずもない。
きっとこの先、四六時中道化に徹する諦観を覚え浜面は喉元まで出掛かった溜め息を飲み込んだ。

「おい?」

車から降りようとして、浜面は眉を顰める。

ばたん、とドアの閉まる音。
助手席にはフレンダが乗り込み身を縮めていた。

「……何やってんだ」

ただでさえ小さい身体をなお小さくして、蹲るように――隠れるように。

「オマエ飯は」

「ちょっと、いいから。後回し」

279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/23(金) 00:26:08.51 ID:W9juV5uHo
胡乱な視線を隠す気にもなれず、浜面は今度こそ嘆息する。

「一体何なんだ……」

呟いて頭を掻き、視線を正面に戻して、目に留まったものがあった。

「もしかして、あれか?」

「うっさい」

どうやら図星のようで、フレンダは窓から見えないように身を屈めている。

学生、高校生くらいの集団だ。
遠目には暗くてよく分からないが、ちょうどファミレスから出てきたところのようだった。

制服の形で男子生徒の集団と分かる。
どこにでもあるような、ありふれた学ランだ。

「知り合いか」

「……」

彼女は顔を伏せたまま、少しだけ身動ぎするように首を振り、そして小さく言った。

「友達」

280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/23(金) 01:59:33.24 ID:W9juV5uHo
「……」

暫くの間、浜面は無言で、車のハンドルに凭れ掛かるようにして遠くに見える集団を目で追っていた。
隣で身を小さくする少女には極力意識を向けぬように。
やがて彼らが視界から完全に消えるまで、そうやってじっとしていた。

そして思い出したかのようにぽつりと。

「そっか」

言って、浜面は車のドアを開けた。

「……ん」

頷きを見て、浜面は扉を閉め、鍵穴に差し込んだキーを回す。
がしゃり、と鈍い音がしてロックが掛かる。

外の空気はやや冷たく、遠くない冬を想起させる。
肩を竦めるように一度身を震わせ、車体を挟んだ向こう側にいる少女を見遣った。

「――少し寒いな」

「これからもっと寒くなるわよ」

空を見上げると、分厚い灰色の雲が掛かっていた。
雪の季節はまだ遠いと思いながらも空から降る白を幻視してしまうような、そんな気配さえある。

281: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/23(金) 02:47:54.36 ID:W9juV5uHo
「ほら行くわよ、浜面」

声に視線を落とすとさっさと歩いて行ってしまっていたフレンダがこちらを振り返り見ていた。

何故だろうか、数分前とは違ってもう胸に諦観はない。

劇的な心境の変化があった訳ではない。
ただこれから先、ずっとこういう灰色の空の下を歩くのだろうと僅かながらに理解していた。

ある種の覚悟を得たのかもしれない。

それは同類相憐れむような、傷の舐め合いにも劣るものかもしれない。
単に自分だけが同族意識を持っているだけで、馬鹿馬鹿しい思い込みをしているだけなのかもしれない。

けれど、それでもいいと浜面は思う。

自分の見る現実は自分だけのもので、それだけが真実だろう。
例えただの勘違いだとしても、視野が狭窄していたとしても、それでいいと浜面は思う。

「――おう」

ポケットに両手を押し込み、浜面は歩き出す。

道化は道化らしく、たった一言を勘違いしていればいいだろう。

「あ、結局言い忘れてたけど、もちろんアンタのオゴリだから」

「……そんなオチだろうと思ったよ」

引き攣った笑みを浮かべながらも、それも悪くないかもしれないと思ってしまっている自分に顔を顰めた。



――――――――――――――――――――

290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/25(日) 22:33:49.82 ID:6bKnEgepo
「はっ――はっ――」

酷使された心臓と肺が熱を持っているのが分かる。
それに先程からずっと、ごうごうと耳鳴りが止まない。

「はっ――」

息をするのも苦しい。
喉は干乾び、舌が貼り付きそうになる。
唾液も口内を潤すには足りるはずもなく、粘つくような不快感しか生まない。

「っ――は――」

思考は酩酊し、視界も靄が掛かったように朧だ。
四肢の感覚は既に失われ、痛みすら生まない。

筋肉から僅かに感じるのは重さだけだ。

切り捨ててしまえば楽だろうか、と益体もない考えが霞掛かった脳を過ぎった。

無我夢中というのはこういうことを指すのだろう。

我を忘れ、まるで深い霧の中を行くように目的地すら定まらない。
何処へ辿り着けば両足が止まってくれるのか、自分でも分かってはいない。

そんな漠然とした道に射すように、音が聞こえた。

「は――、――」

歌だ。

291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/25(日) 23:00:07.93 ID:6bKnEgepo
「――――」

歌声に導かれるように爪先が向く。

その音色を間違えるはずもない。

手足の痛みも、胸の熱も、脳裏の霧も忘れてしまうほど。
絶対的な確信がそこにあった。

だからというように。

何故だか全く人通りのない街路に独り、彼女はベンチに腰掛け夜空を見上げていた。
唇から漏れる歌声は確かに耳に残っていて。

暗闇の中から浮かび上がったその髪色を目にした時、自然と言葉が生まれた。

「――――フレンダ!!」

叫びに歌声が止まる。

そして彼女はゆっくりとこちらを振り返り。

「――や。結局、遅かったわね。麦野」

いつものように微笑んだ。

292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/26(月) 02:35:35.64 ID:PFVe03s6o
「――――」

言葉を紡げない。

喉は酸素を求めて ぐことしかできず、声を発する余裕は先の一言で全て消費されてしまっていた。
立ち止まってしまった以上、もはや手も足も動いてはくれない。

麦野は崩れそうになる身体を強引に起こし、ただ彼女を見ている他なかった。

瞳は感情に揺れている。
その大半は疑問の色を持っていた。

何故。

どうして。

言いたいことも、問い詰めたいことも、幾らでもある。
けれど口からは熱い吐息しか漏れず、声にすることができない。

そんな麦野にフレンダは緩くウェーブの掛かった髪を僅かに吹く風に流しながら柔らかく微笑むだけだった。

そして幾許かの時が流れ、ようやく何とか言葉を紡げそうになったところで。

「――――ねえ」

と、フレンダが先を回るように言った。

「どうして――こんな事になっちゃったのかな」

293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/26(月) 03:30:27.19 ID:PFVe03s6o
「っ――――!!」

その一言に放とうとしていた全ての言葉が潰された。

替わりに生まれたのは疑問ではなく激昂だった。

「アンタが――っ!!」

感情が溢れ返り、塞栓を起こす。
それに続く言葉が余りにも多すぎて、逆に何も言えなくなった。

詰まる言葉はどれもが彼女の先の言葉に対する憤りだ。
彼女の喉元まで出掛かっているそれらは行き場を失い麦野の体の内で暴れる。

「そう。結局のところ、結果的に私が仕組んだ訳」

しかしその全てをフレンダは一言で代弁した。

「そうね……私がアイツを繋ぎ止めたから、悪いのよ」

頷き、でも、と首を振る。

「私は結局、それ以外にできなかった。だって――」

微笑みのまま言う。

「他ならぬアイツが、命を賭してまで守ったんだもの」

299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/26(月) 21:08:23.66 ID:PFVe03s6o
「――――――どう、いう」

「麦野には分からないわよね、結局」

ふ、と小さく息を吐き、フレンダは肩を竦めた。

「もしかしたら他に幾らでもやり様があったのかもしれないわ。
 それ以外にも道があるのかもしれなかった。
 きっとあそこが全部の基点で、そこから色んなことに影響していた。
 誰が生きて、誰が死んで、何がどうなるのか。一連の因果はあの時に集約されるのよ。
 いわゆる分岐点。選択肢がある場所。ゲームなら間違いなくセーブしておくべきポイント。
 でも現実にはそんなものはないし、過去は取り返せない。
 時の流れは不可逆で、起こった事は何があっても覆せない。
 過去は変わらず、未来だけが刻々と変化していく。結局、世界っていうのはそういう風にできてるのよ」

「アンタ――何を、言って――」

上擦るような麦野の声に彼女が答えることはない。
フレンダはただ、麦野を見る目を細めるだけだった。

「私はこうするしかできなかった。
 そして結局、それが全部を台無しにした。だからきっと、私が悪いのよ」

微笑み、しかし。

「だけどさ――」

嘆くように彼女は言う。

「私だって、ねえ、大切なものがあったのよ」

300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/26(月) 22:25:57.11 ID:PFVe03s6o
その言葉に、麦野の視界はまるで酩酊のような色を得る。

「じゃあ――!」

その時、咄嗟に口にしてしまった言葉は、後戻りできなくなるものだった。

「アンタにとっての『アイテム』ってのは、そうじゃなかったってことなの!?」

「……」

血を吐くような叫びに、フレンダは矢張り微笑みを返した。

「馬鹿ね。そんなはずないじゃん」

「だったら――、――!」

その先に何と言おうと、当の麦野にしても分からない。

続く言葉を失い歯噛みする麦野に、しかしフレンダは問い掛ける。

「麦野はさ、なんで『アイテム』なんてやってるの?」

「――――え?」

301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/26(月) 23:07:14.66 ID:PFVe03s6o
予想外の問いに、麦野の思考は固まる。

何を今さら、とも思う。

『アイテム』は彼女たちの存在意義だ。
ある種の大前提であり、覆すことはできない。

なのに、フレンダは何故と問う。

それは一体どういう意味かと、考えるよりも、問い返すよりも早く、フレンダは続けた。

「どうしてって、聞かれても困るわよね。だって理由なんてないんだもん。
 選択の余地すらない。『アイテム』として生きるか、そうでないかの二択。
 不条理よね。理不尽よね。でもそんなの大抵どこでも同じようなものじゃない。
 結局ただ単に、少しばかり皆が不幸だったってだけの話」

でもね、とフレンダは言う。

「私は、違うもの」

そう微笑む。

「麦野も、滝壺も、絹旗も、結局のところはみんな似たような境遇な訳じゃない。
 でも私は違う。私だけは違う。一人だけ、前提条件が間違ってる。
 確かにフレンダ=セイヴェルンは『アイテム』の構成員よ。だけどさ――」

「っ――!」

麦野は気付く。

先の問いが、残っていたかもしれない最後の道を断ってしまったことに。

この先を言わせてはいけない。
既に事態は断崖へ向かって疾走している。
残された距離は僅かしかなく、後戻りできるような状況ではない。

「フレンダ、アンタ――!」

だからせめて、少しだけでも食い止めようと叫ぶ。

けれど悲痛な叫びに、フレンダは矢張り変わらず、どこか泣き顔にも見える微笑を浮かべたまま――。

「だけど『私』は、『心理掌握』違うわ。
 私が『アイテム』である事を強要されることなんてなかったんだもの」

302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/27(火) 00:12:11.36 ID:VIdE8LOSo
そう、『アイテム』の中で彼女だけが唯一立場が異なる。

滝壺も、絹旗も――そして麦野も、他に居場所などなかった。
自ら進んでそうなったはずもない。けれど彼女らには他に選択肢などなかった。
『置き去り』と呼ばれる彼女らにはそうでもしなければ生きる術がなかったから。

しかしただ一人、フレンダだけが立場を違えていた。

学園都市最古の超能力者、初代虚数学区、『心理掌握』。
他者の精神を乗っ取り、自分の形に書き直すという能力を有する超能力者。

その実体は、肉体を持たず、人の脳に寄生する精神生命体に近い。
幾つもの名と顔を持ちながらそのどれでもないという埒外の存在。
この学園都市においてAIM拡散力場という土壌がある限り、彼女は誰にも縛られず、誰にも止められない。

最も神座に近く、しかし神座には至れないとされたが故の序列第五位。

他の三人とは違う。
彼女は『アイテム』などなくとも関係ない。

「でも――!」

しかし否定の言葉を麦野は叫ぶ。

「アンタだって、皆で一緒にいようって、言ってたじゃない――!」

「……」
            私 た ち
「アンタにとっての『アイテム』っていうのは何だったのよ!
 アンタがどこの誰だろうと知らないわ!
 でも――『アンタ』は私たちの仲間だったでしょう!?
 それともそう思ってたのはこっちだけで、全部嘘だったって言う訳!?
 答えてよ、答えなさい、フレンダ=セイヴェルン――!!」

307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/27(火) 23:10:54.18 ID:VIdE8LOSo
血を吐くような彼女の叫びに、フレンダは静かに微笑みを返す。

「結局――そんなはずがないじゃない」

目を細め、ともすれば泣き出しそうな微笑を浮かべそう言った。

「だったらどうして――こんな事になってんのよ!
 滝壺も、浜面も死んだ! 絹旗もあの様よ!
 アンタが言う『アイテム』っていうのはもう跡形もない!
 それでもアンタはこの残骸を見て大切だったって言う訳!?」

「そうよ」

フレンダは迷う事なく頷き、言った。

「じゃあなんで……!」

「結局、その事については私の失策だったって訳よ」

麦野の言葉に僅かに顔を歪める。

「どうしようもない凡ミス。私が甘かったってだけ。
 結局、あっちが一枚上手だったってだけの話。弁解の余地も無いわ」

ふ、と短く息を吐き。

「でもね、例えこうなったとしても、私はそうせざるを得なかった。
 言ったでしょ? 私は麦野や、滝壺や、絹旗とは違うって」

308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/27(火) 23:15:47.37 ID:VIdE8LOSo
そう、彼女だけが例外だった。
彼女だけが『アイテム』に依存していなかった。

「ねえ麦野。どうして私が『アイテム』にいたのか、言ったことなかったわよね」

ならば――どうして彼女は暗部に身を窶していたのか。

「私はね、普通が欲しかった。
 超能力とか、『心理掌握』とか関係ないただの『普通』。
 私が『アイテム』であった理由は、たったそれだけなのよ」

身の丈に合わぬ高望みをしたから悪いのだろう。

「私には皆とは違って、他にも欲しいものがあった。守りたいものがあった。
 私が一人だけ卑怯だったから、罰が当たったのかな。
 ――ああ、うん。違うわね。結局、こういうのをきっと――」

不幸だった、と言うべきなのだろうと彼女は嘯き。

「――――!!」

その先にある断崖を麦野は、見た。

転がり落ちる先の末路を、麦野はこの時始めて直視した。
誰も彼もが不幸になって、諸共に墜ちる奈落がそこにある。

最悪の結末という深淵の魔物が大きく口を開いて待ち構えている。

309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/27(火) 23:31:50.49 ID:VIdE8LOSo
「駄目――」

ずっと目を逸らしていた。
きっとどうにかなるだろうと淡い期待を懐いていた。

口から漏れる言葉の隅で、どうしてそんな甘い考えをしてしまっていたのだろうとふと思った。

答えはすぐに見つかる。
そんなものは一つしかない。

あの時、彼に懐いてしまった期待が全てを破滅へと導いた。
要するにこれは賭けの負債なのだ。

彼は賭けに負けた。

たったそれだけ。
単純明白、簡潔な答えだ。

「だから――」

敗因については、ただ運が悪かったとしか言えない。
しかし結果として、賭けのつけを払わされる事になる。

そこで待ち構えている恐ろしい魔物をようやく理解し、麦野は。

「言うな、フレンダ――!!」

ただ叫ぶことしかできず。


     、 、 、 、 、 、 、 、 、  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、、 、 、 、 、 、 、 、 、
「結局、それを台無しにした垣根帝督をそのままにしておくなんてできなかった」



彼女と彼女にとっての最後の一歩がその一言で踏み出された。

310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/28(水) 00:14:45.86 ID:KDTF9hBzo
「――アンタ、それ、分かってて言ってんの」

麦野の押し殺すような声。
その言葉にフレンダはただ無言で微笑みを返すだけだった。

「その理屈だと、私は」

彼女がそう言うのであれば。


            『 ア イ テ ム 』
――麦野もまた、守りたかったものを台無しにした彼女を。



「ごめんね、麦野」

じゃり、と靴が砂を噛む音。
フレンダはゆっくりと麦野に歩み寄る。

「アンタはいっつも、そうやって人に全部押し付けて――!」

麦野の言葉にフレンダは苦笑する他なかった。

そして僅かな距離をおいて対峙し、フレンダは足を止める。
身長差がある。俯く麦野をやや見上げるようにフレンダは笑った。

「そっか」

彼女の顔を見、フレンダは言う。

「結局、麦野はそう思っててくれるんだね」

311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/28(水) 03:44:16.33 ID:KDTF9hBzo
柔らかく笑い、そしてフレンダは目を瞑り、回想する。

それは在りし日の光景だ。

上辺だけの言葉で取り繕い、嘘に塗れた関係を繋ぎ止めていた。
本当の感情を仮面で塗り潰し隠して送っていた。

全てが全て虚構に彩られていたような、そんな場景だった。

けれど、失われてなお目蓋の裏に焼き付いた、きっと眩しいと思える日々。

彼女の記憶は余りに確かで、その時々の感触までもがありありと思い出せる。

(――ああ、嫌だなあ)

胸にある諦観と共に目を開く。
するとそこには麦野の顔があった。

「あのさ、麦野」

苦笑して、フレンダは言った。

「もし全部をやり直せるなら、今度はもっと上手くやってさ。
 ――結局、また皆で仲良くやれたらいいなあ」

312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/28(水) 03:47:25.59 ID:KDTF9hBzo
あるはずのないその言葉に麦野は。



「――アンタのそういうご都合主義なところ、大嫌い」



言葉と共に、光がフレンダの胸を貫いた。

心臓に突き立てられた超高熱の『原子崩し』の光剣は、瞬間的に血液を沸騰させた。
膨張したそれは体積を増して圧迫し、脆い毛細血管が破裂する。

つ、と目と鼻から赤黒い血の筋が垂れ。

「――くふ」

と、えずくような音。
肺の空気と共に口の端から血が滴り落ちた。

己の能力の持つ自動的な精神防御は心臓と脊髄を焼き貫かれても即死させてくれはしない。
それを幸と取るか、不幸と取るかはさて置き、一瞬の猶予がそこにあった。

「――――――」

死の間際、唇が僅かに動き言葉を紡ごうとして、しかし声にならず。

そしてようやく少女の身体から力が失われた。



――――――――――――――――――――