御坂「――行くわよ、幻想殺し」 前編 

御坂「――行くわよ、幻想殺し」 後編

御坂「名前を呼んで」 前編 

御坂「名前を呼んで」 後編 

御坂「幸福も不幸も、いらない」 前編 

御坂「幸福も不幸も、いらない」 後編 

御坂「もう、いいや」 前編

323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/29(木) 22:27:53.46 ID:KXSq5I+5o
「話は終わった?」

暗がりからかけられた声に、麦野はゆらりとそちらに顔を向ける。

茫洋とした気配はまるで幽鬼のよう。

乱れた髪。汚れた服。
ストッキングの先は破け、裸足だ。
割れた足爪からは血が滴り、まるで赤い靴を履いているようだった。

「御坂――美琴」

「久し振りね、麦野沈利――だっけ。第四位『原子崩し』」

視線の先、暗闇に溶けるように立っているのは黒衣を纏った御坂だ。
あどけない笑顔はもはや裏に渦巻く狂気を隠すこともない。

瘴気すら感じさせる歪んだ笑みを、麦野は素直に気持ち悪いと思う。
麦野の目に映るのは人の形を保っていることですら不思議なほどの醜悪な怪物でしかない。

だが侮蔑と同時に浮かぶのは憐憫だ。

これはもしかしたら自分の姿だったかもしれない。
『あったかもしれない自分』を重ね、麦野は拳を握る。

「アンタが……全部……!」

「それは嘘」

血を吐くような麦野の言葉に、御坂は無邪気な笑顔のまま即座に否定する。

「全部、は嘘。確かに私は色々やったけど、全ての元凶が誰なのか、分かってるでしょう?」




324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/29(木) 23:28:30.29 ID:KXSq5I+5o
ぱちん、と空気の弾ける音。

「アイツが当麻を殺したんだもの」

だから、と御坂は笑う。

「私がアイツを殺しても、何も問題ないでしょ?」

「――――ハ」

その言葉に麦野は戦慄を覚える。

それは御坂に対してのものではない。
この先に更なる最悪があったことを理解して、麦野の口からは自然と笑いが零れた。

笑う以外にどうしようもない。
醜悪を通り越した荒唐無稽には笑うしかない。

「つまり、なんだ」

連鎖する最悪は留まることをしらない。

「その理屈で言うとさ」

彼女の言わんとしていた事を漸く理解し、麦野は笑った。

「――アンタ、私に殺されても文句はないわよね?」

まるで泣いているような笑顔を浮かべる。

対峙する御坂は、何処を見ているのかすらも分からないような視線をこちらに向け、
そして一瞬呆けたような顔を浮かべると。

「…………あ」

何も不思議はないだろう。
麦野は思う。

「仮初だとしても、形骸だとしても、アイツは私の男だったんだから――!!」

325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/29(木) 23:39:41.14 ID:KXSq5I+5o






























「あァそォかい」

326: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 00:02:59.85 ID:LTUncHaVo
軽く肩が触れる程度だった。

感じたのは僅かな衝撃だけ。
とん、とほんの少し身動ぎするくらいの力だった。



「え――――?」



そして瞬きほどの間すらも置かず、麦野の姿が消えた。
夜にまるで爆発のような音が木霊し、重なるようにガラスの砕けるような音が響く。

「……」

無言のまま御坂が視線を巡らせると、やや離れたところに麦野の姿があった。
昼間はそれなりの人通りに溢れているのだろう。

洒落たデザインの店が軒を連ねる中に埋もれるように麦野がいた。
だからだろうか、最初は分からなかった。

店と店の間、無機質なコンクリートの壁。
                   、、 、 、 、
そこにまるで花が咲いたようにべったりと赤い飛沫を広げ、麦野沈利は貼り付いていた。

329: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 00:26:47.56 ID:LTUncHaVo
「……」

どこかシュールな絵画のような光景を暫く見ていた御坂は、ふと視線を戻す。
そして今起きた事が何でもなかったかのように、今までと同じように笑みを作る。

「意外と」

そう微笑む少女に、少年は冷めた視線を向けるだけだった。

白く細い髪。
赤い双眸。

白いダウンジャケットを着込み、そして簡素な杖に半身を預けた少年が立っていた。

「遅かったわね――一方通行」

学園都市第一位、『一方通行』。
そう呼ばれていた少年だった。

「……邪魔したか」

平坦で抑揚のない、まるで機械アナウンスのような声。
御坂は小さく首を横に振る。

「ううん、別に。あんなヤツどうだっていいし、手間が省けて助かったくらいよ」

「そりゃよかったな」

「うん、ありがとね」

目を細めて言う彼女は、表情を変えぬまま続ける。

「それで、わざわざ何の用かしら」

331: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 00:59:42.52 ID:LTUncHaVo
一方通行は改めて事態を理解する。

目の前に立っているのはあの時の少女ではない。
顔面に笑顔を貼り付かせたその様は、まるですぐそこに広がっている血のよう。

あの時の少女は見る影もない。
そこにいるのは絶望の具現だ。

全ての望みを絶ち、全てを終わらせるためだけに存在する魔性。
物語に幕を引く存在。

神の見えざる手。

「最後のツケを支払いに来た、ってとこかなァ」

ふ、と吐いた息は白く、そして闇夜に溶けていく。

既に首に付けられた電極のスイッチは入れられている。
杖から手を離し、両足で直立する。

そして空いた右手を寄せ、胸に掛かる重みを抱き寄せる。

熱は失われ、冷たく、重い。

顔に掛かってしまった髪を細い指先で優しく払い、一方通行は目を細める。

そして視線を前へ。
吐き出された言葉は冷たく凍えていた。

「死んだ」

胸にかつて打ち止めと呼ばれていた少女の抜け殻を抱き締め、少年はそう告げた。

332: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 01:12:46.95 ID:LTUncHaVo
原因は考えるまでもない。

『心理掌握』によるミサカネットワークに強引な接続を敢行し、酷使したからに違いない。
そんな規格外の挙動を無理に行わせればどうなるか、考えずとも分かる。

一方通行はゆっくりと、道の端にあったベンチに歩み寄りしゃがみ込むと、少女の亡骸を優しく横たえる。
そして自身の着ていたジャケットを脱ぎその上に掛け、数拍の間の後、ゆらりと立ち上がる。

「だから、もォいいだろ」

「そうね。もう、いいや」

振り返り、視線を向けた先に立つ少女は変わらぬ笑顔を浮かべている。

全ては終わりに向かって一直線に墜落している。
止めることはできないし、巻き戻すこともできない。

時流は常に一方通行で、停滞は赦されず流れ続けるしかない。

「だから」

少年は告げる。

「俺がオマエを終わらせる」

333: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 01:40:15.85 ID:LTUncHaVo
――そう、これは物語が終わる話。



「そうね。きっと、それがいい」

少女は頷き、そして笑う。

「最後はやっぱりアンタしかいない。
 私にとっての不幸っていうのはアンタ以外にあり得ない」



もう探し物は見付からない。

甘い夢はとうの昔に失せてしまった。

世界はどうしようもない最悪に満ちている。

きっと友達なんていうものは言い訳に過ぎない。

そこにあったはずの縁は砕け散った。

御坂美琴は墜落する。



「終わらせる。何もかも」

少年は頷き、笑うしかなかった。

「それが俺に残された役目だ。
 あァ――どォせ、何もかも全部――」



墜落する。

物語を台無しに、ご都合主義な終わりに向かって。




      SYSTEM
「――あの野郎の手の上なンだろォけどな」





どこかで誰かが笑った気がした。

334: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/12/30(金) 02:07:38.55 ID:LTUncHaVo
そして夜闇よりもなお暗い漆黒が爆ぜた。
全てを飲み込み塗り潰そうとする暗黒が羽を広げる。

「巫山戯てンじゃねェぞ」

背に黒翼を纏い、少年は言う。

「何寝言をぬかしてやがる。何が元凶だ。
 日和ってンじゃねェよ、ほざいてンじゃねェよ、目ェ覚めてンのかオイ。
 そンなのは、――どう考えたって俺だろォが」

対し、白の光が宙を舞う。
闇を切り裂く眩い閃光が踊るように跳ね音を響かせる。

「やっぱり最後はこうなるわよね」

身に白雷を纏い、少女は言う。

「私にとっての始まりはアンタだった。アンタがいたから、全部が始まった。
 アンタがいなかったら誰も死んだりしなかったんだから。
 だったら――アンタじゃないと終わらない。終わらせられない」

だから、と二つの声が唱和する。

「アンタは私が――!」

「オマエは俺が――!」





「「――――終わらせる!!」」

364: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/14(土) 23:37:48.48 ID:8X9sl0KKo
初動はほぼ同時だった。

網膜を焼く白の閃光が迸り、御坂の額に掛かる髪を払い雷撃が跳ねた。
速度はまさしく迅雷。光芒は二人を繋ぐ空間を断ち切る一撃となって直線の軌跡を描く。
認知など遠く及ばず、意識する暇もなく白の超能力者を貫かんとする槍となる。

対し一方通行は、軽く地面を踵で蹴るだけだ。
彼の能力、ベクトル操作の初動。あらゆる力を意のままに操るという超能力の頂点。
それだけで地球の公転運動を基礎としたエネルギーは向きを変え、脳裏に描いた通りに反転する。

始動からの時間は刹那にも及ばない。
そうと決めた瞬間から逡巡すらも必要ない。
最初の一撃で互いに必殺の力を放っていた。

先に得物に喰らい付いたのは御坂の放った雷撃だった。
もし仮に相手がただの一般人ならば瞬時に消し炭になる――どころかミサイルの直撃を受けたが如く肉体が四散してもおかしくないほどの高エネルギー。

しかしそれも相手が極普通の者だったらという仮定の話だ。

白雷の矛先を向けられたのは他でもない超能力者第一位。
彼の最強の能力『一方通行』の前には他の能力など塵芥も同然。
強度など関係なく、どれも等しく有象無象でしかない。

――反射。

367: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/15(日) 00:06:07.63 ID:i7GHXjZ3o
超高速で飛来する雷槍は彼の身体に突き刺さらんとし、その直前に逆転する。
まるで鏡に映したように、そこだけ動画を逆再生するように、一瞬の間に今貫いた空中を再度疾走する。

この世の法則下にある限りどのような力であれ彼を傷付けることはできない。

『ありとあらゆる力』を操作するという理不尽な能力。
もし正面からこの絶対の盾を貫かんとするなら『彼の能力が通じない力』という更なる理不尽を以ってしなければ成しえない。

いくら超能力とはいえど本を糺せば単なる放電。自然現象に他ならない。
そんな極ありきたりの力が一方通行に太刀打ちできるはずがないのだ。

「――――!!」

御坂の放った必殺の雷撃はそのまま自身へと跳ね返る。
殺意のままに放たれた白光は意思すらなく己の指向のままにその身を躍らせた。

空気が爆ぜ、落雷の伴うあの轟音が炸裂する。

その中で御坂は己の放った雷光に額を撃ち抜かれた。

368: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/15(日) 01:17:00.63 ID:i7GHXjZ3o
御坂の身体が跳ねる。
間近で炸裂した音の衝撃波が少女の矮躯を叩き撥ね飛ばす。

そして、僅かに宙に浮いた御坂目掛けて足元から無数の錐が突き上げた。

一方通行の力。あらゆるエネルギーの指向性を思いのままに操る能力。
公転エネルギーを九〇度近く転換。彼の足元から直下へ。地中深くで鋭角に向きを変え、御坂の足元へと疾走した。

鋭く研ぎ澄まされた力の流れは路面を抉り上げ、構造材ごと宙へ浮く御坂に牙を剥いた。

無数の錐が少女の肉を抉らんと屹立する。
その様はあたかも掲げられた槍衾か、さもなければ地獄の針山だろう。

「――は」

と笑ったのはどちらだろうか。

突然、御坂の肌を貫く寸前、石の錐がぼろりと崩れ落ちた。
硬く、鋭く、少女の柔肌など苦もなく穿つような死の牙が無残にも塵と化す。
砂と呼ぶこともできないほどの微小粒子となったそれは反響する雷鳴に吹き飛ばされあっというまに消え去った。

言うまでもなく御坂の仕業だ。
『電撃使い』の頂点に君臨する御坂美琴。まさか彼女を彼女自身の力が傷付けるはずもない。
巨大な熱量を孕んだ白雷は彼女の身体に触れたと同時にその力を姿を変え、電磁波となり直後に現れた無数の錐に放たれる。
超振動を受けた錐は一瞬で微塵に粉砕された。

370: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/15(日) 02:59:52.66 ID:i7GHXjZ3o
しかし御坂は納得できないでいる。

「ちょっとこれどういう事よ――」

背面に雷撃を展開。反動で前方へと急加速する。
手には砂鉄剣。自身の纏う超振動で即座に燃え上がり白熱を曝け出す。

白の残影を描き、雷速の踏み込みで彼我の距離を詰め一方通行へと斬りかかる。

擦れ違い様の一閃。
同時に爆花が咲き散る。

光熱は一方通行の身体に触れる直前、そのベクトルを反転。
己自身へと全てのエネルギーを向け炸裂した。

無秩序な破壊は御坂へも向けられる。
しかし電磁の属性を帯びたそれらが彼女を傷付けることがあるはずもない。

「ちっ――」

舌打ちし御坂は反転し地を滑るように着地する。
目を細め、眉を顰め、一方通行へ睥睨を向ける。

肩越しに振り向いた真紅の瞳と視線が交差した。

374: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/16(月) 00:36:06.92 ID:gQOoAJwpo
「っ――!!」

閃光。轟音。
白雷の雨を降らせ、御坂は着地の勢いを殺さず、更なる磁力の助けを得て背後へと加速跳躍する。

雷雨は攻撃ではない。元よりそんなものが機能する相手ではないのだから。
雷爆の光と音、そして舞い上がった粉塵で視覚と聴覚を奪うため。スタングレネードと同じだ。

結果として御坂の判断は功を奏した。

ごがんっ! という鈍く重い音。
もしも御坂が加速し跳躍しなかった場合、そこにいたであろう地点に一方通行の拳が突き刺さっていた。
路面は陥没し放射状に長い皹が走っている。その中心、一方通行の右腕が深く突き刺さっていた。

手首は完全に埋没し、肘近くまでが地中に消えていた。
もしそれが御坂の身体に振り下ろされていたら――。

髪の毛一本でも触れるだけで即死。
そんな理不尽の塊こそが最強の証だ。

しかし御坂にそんな今更の事実はどうでもよかった。

そんなことと言い切れるほどの深刻な問題に彼女は直面していた。

「これは一体どういうことよ……」

今目の前に広がっている光景そのものが御坂の想定外だった。

「どうしてコイツが能力使えてるのよ、妹達!!」

376: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/16(月) 01:01:26.40 ID:gQOoAJwpo
『どうしてと申されましても、とミサカ一〇〇三三号は代表して応答します』

己と同じ声色が頭の中で生まれる。

普段聞いている『自分の声』とは違う響き。
頭蓋を通して鼓膜を振動させるものとは別の音色だ。

『ミサカがあの人の代理演算を行っていることはお姉様もご承知のはずです、とミサカ一〇〇三三号が引き続きお送りします』

「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」

空中で身を捻りビルの壁面に着地する。
鉄筋を能力で引き寄せ磁力を足場に、胸の前には路面がある。
視線は頭上、水平方向へ。

赤い瞳がこちらを見ていた。
視線は御坂に向けられたまま、一方通行は緩やかな動作で腕を引き抜く。
手には路面を舗装していた煉瓦が一欠。それをゆっくりと持ち上げ――。

ぞくり――と背筋に走ったものは予感だ。
コンクリートの壁を蹴り身を翻す。

方向は御坂にとっての背面上方、月を背に跳ねるように身を躍らせた。

「く――!」

喉から漏れた声を掻き消すように轟音が響く。
彼の手から放たれた煉瓦は超高速の砲弾となり直前まで御坂のいたビル壁を撃ち貫いていた。

377: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/16(月) 01:38:48.12 ID:gQOoAJwpo
「今、上位個体は私よ! アンタ達の全権は私が握ってる!」

乱雑な動きで右手を上着のポケットに突っ込む。
じゃらりと鳴る音は金属質のものだ。

ありふれたゲームセンターのコイン。
掴み引っ張り出した金属片が幾枚か指先から零れ月光を返す。

「なのにどうして――!!」

ぱちん、と音を立て宙に舞うコインが小さく跳ねた。
彼女の能力によって電磁誘導の見えないレーンが形成される。

握った手の内を叩き付けるように、御坂は超電磁砲を射出した。

バギンッ――!! と耳が砕けるような音が夜の街を走った。

散弾のように、けれどそのどれもが必殺の威力を持つ一方通行目掛けて穿たれた超電磁砲は、一発残らず反射され御坂へと跳ね返ってくる。

だがそのどれもが御坂を傷付けはしない。
強力な斥力場の壁に阻まれ彼女を避けるように軌道を曲げる。
あるものは地面へ、あるものは夜空高くへ。白光を描く。

「どうしてコイツの演算なんかをするのよ!」

『それがミサカの意思だからです、とミサカは率直に答えます』

ぴくり、と一方通行の眉が動いたのを御坂は見逃さなかった。

この声は彼にも聞こえているのだろう。
しかし一方通行は無言のまま、何気ない動きで一歩を踏み出す。

背の黒い翼がざわめく。

『ですから、分かりやすく言いますと――』

次瞬、吹き荒れる颪のような黒の奔流が御坂を襲った。



『ミサカはお姉様と敵対します、とミサカはここに宣戦布告します』

378: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/16(月) 02:20:01.65 ID:gQOoAJwpo
「ぎっ――――!!」

左の脹脛を削られながらも御坂は空中で強引に軌道を変え怒涛を回避する。
ほんの毛先ほどが触れただけなのに鑢を掛けられたように抉られた。

(やっぱり電磁操作が効かない! ううん、そんな事より……)

御坂の意思に反して妹達は独自に判断し行動している。
  わ た し
「上位個体の権限が通じない……!?」

そんな事はあり得ない。上位個体の命令は絶対だ。
過去に打ち止め――最終信号を介して命令を送ろうとした者がいた事実が証明している。

御坂はそれを知らない。
ミサカネットワーク内に残された断片的な情報から得た知識だけだ。

しかし最終信号と同格の権限を有するはずなのに、御坂の命令は通じない。
いや、命令自体は通じている。そうでなければ垣根との戦闘で十全の力を発揮できていなかった。

つまり考えられるのは――。

「アイツか……っ」

脳裏に浮かんだのはベレー帽の少女。
本人はその辺りに転がっているはずだが、意識を割く余裕はない。

「元からこうなるのを見越して権限委譲の時に仕込んでたって訳……!」

390: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 00:39:43.79 ID:JcPgrz/Ao
直後、飛び込んできた一方通行を御坂は街灯を電磁誘導で手繰り寄せることで軌道修正する。
円弧を描くような動きで回避した御坂は遠心力をそのままに背後に吹き飛ぶように飛翔した。

「くっ――!」

「ちっ……!」

歯噛みする御坂を一方通行は舌打ちし宙を追い駆ける。

暗闇の中、ぞわっ――と背の黒翼が粟立った。

「――――!」

高速回避のまま御坂はビルの壁面に着地。
電磁操作で周囲の砂鉄を掻き集め再度右手に白く輝く剣を形成する。

「っ――ああああああ!!」

思いつく限りの手段と持てる全力で白剣を強化、固定化し、御坂は黒翼を迎え撃つ。

これが単なる強化というだけでは太刀打ちできるはずもない。
御坂の能力の一切通用しない黒翼の性質を御坂は直感的に覚っていた。

391: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 00:45:01.39 ID:JcPgrz/Ao
だが御坂にもこの漆黒の力に対抗する術がある。
今や御坂にしか、そして御坂だからこそ可能な禁じ手。


                、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
白剣を構成する電子を、粒子と波動の中間の曖昧なまま固定する



同系統の能力者故に可能な能力模倣。

それは超能力者第四位固有の能力。
だが電磁操作系能力者の頂点に座す御坂だからこそ出来る荒業だ。

一度見たきりではあるがミサカネットワークと接続した今なら可能だと踏む。
能力のデータは本来の能力者から妹達は得ている。
一方通行の代理演算履歴の参照が可能であり、かつ同質の能力者である妹達だからこそ解析が可能だった。

導き出した特殊演算式を展開。
眩い純白を放っていた光剣が一瞬揺らめき、その姿を変質させる。

放つ色は病的なまでの、蒼白。


      Emu.メルトダウナー
「――――『偽・原子崩し』」



呟く言葉と共に、迫る黒濁を蒼白の刺突が迎撃する。

392: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 00:46:34.72 ID:JcPgrz/Ao
「ぎっ……!」

「づっ――!」

チェーンソー同士をぶつけ合ったような激しい不快音を立て黒と白が激突する。
だが御坂の手にある光剣は砕けず暴力の波濤を押し止めていた。

電子を――限定的ながら素粒子の性質を固定化する能力。
それ自体が第二位の『未元物質』に由来するものだ。

固定という本来『防御に特化した能力』だからこそ一方通行の翼を受け止められていた。

だが――。

「ぐ、う……っ!」

苦悶に顔を歪めて御坂は奥歯を噛み締める。

「脳が……焼き切れ……!」

その力は別の能力者のものだ。
本来の使用者でない御坂が用いようとすれば負担は当然大きくなる。
相手が他でもない超能力者第四位、麦野沈利ともなればなおさらだ。
完全に発揮すれば御坂ですら太刀打ちできないとされた力を使いこなせるはずなどない。

モノクロに明滅する視界がどうしてだか赤く染まっていくような気がする。
そんな中、御坂の思考の片隅に疑問が生まれた。

(あれ……?)

思索も束の間、直後疑問は結実し。

「これって……!」

「っざけ……!!」

一際甲高い音を立て、両者は同時に弾けるように離れた。

393: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 01:09:53.58 ID:JcPgrz/Ao
滑るように着地したのは道を挟んだ建物の屋上同士。
ポケットに入れたままの左腕を抱くように光剣を消した右手を沿え御坂は対岸の一方通行を睨む。

そして一方通行も同じように片手で頭を押さえながら視線をこちらに返している。

対峙はほんの二呼吸ほど。
吸った冷たい夜気を、は、と吐き捨て御坂は虚空に向かって叫んだ。

「――アンタたち、私に敵対するんじゃなかったの!!」

声はミサカネットワークを介した先、妹達に向けられていた。

「命令を無視できるなら私の演算補助なんてしなくていいでしょ!」

『ミサカはお姉様の味方です、とミサカ一〇五〇一号は答えます』

「じゃあ……さっき言ってたのは……!」

やっぱり、と予感が確信へと変わる。
腕を抱く右手にも無意識に力が入ってしまう。

視線を交差させた二人は荒い息に肩を上下させながらも独白のように毒吐いた。

「ほんっと、悪趣味にもほどがあるわよアイツ……」

「同感だなァ、コイツは、性質が悪いったらありゃしねェ」

394: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 01:44:20.26 ID:JcPgrz/Ao
二人は理解している。
彼女たち、妹達が何を考えているのか。

ぱちん、と何かが弾けるような音が聞こえた気がした。

『確かにミサカはお姉様に共感し、お姉様の補助を行っています、とミサカ一五一一三号は答えます』

脳裏に響く声が重なる。
輪唱するように、共鳴するように。

同じ音が波紋を広げる。

『ミサカはミサカとしてお姉様のためにありたいと思っています、とミサカ一〇八五四号は独白します』

『最終信号は失われ、ミサカにはもう寄る辺がありません、とミサカ一四三三三号は呟きます』

『ミサカに生きる意味を下さったあの人も失われてしまいました、とミサカ一九〇〇九号は嘆息します』

『ミサカはもうミサカの存在証明ができません、とミサカ一二四八一号は』

ぱちん、とまた音。

『ミサカがミサカである理由はもうありません』

『ですがミサカはミサカであるために一つの目的を遂行します』

『たった一つ、どうにも冴えないやり方で』

『けれどそれでいいのだろうとミサカは思います』

『ですから最初の目的のためにミサカは行動します』

395: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 01:54:20.11 ID:JcPgrz/Ao
『ミサカの目的は最初から定められていました』

『それが予め決められていたものだとしてもミサカはそれをよしとします』

『ミサカはお姉様のために生き』

『お姉様のために死にます』

『そう製造されました』

『そして』

『ミサカはその指針を肯定します』

『疑う余地などありません』

『ミサカにとっても意義の有るものだと』

『ですがミサカは自問します』

『本当にこれでいいのかと』

『ミサカは中途半端な欠陥品です』

『欠陥電気』

『ミサカはお姉様』

『のクローンです』

『ミサカはお姉様と同』

『一ではあり』

『ません』

『ミサカは』

『疑問します』



『本当はミサカはお姉様を止めるべきではないのか、と』

396: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 02:15:15.97 ID:JcPgrz/Ao
つまり御坂に追従すべきか、それとも制止すべきか。
二律背反の矛盾を抱えたまま葛藤している。

そして答えが出せぬまま――彼、一方通行が現れた。
         、 、、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
だから妹達は葛藤したまま答えを出さなかった。

彼女たち、妹達にはそれが出来る。
その特殊性故にこそ取捨選択の両取りという掟破りが可能だった。

「私の演算補助もやって」

「俺の代理演算もやるってか」

『その通りです、とミサカは肯定します』

「……それがどォいう事になるか分かってて。
 ――それでオマエはいいって言ってンだな」

『はい、とミサカは簡潔に意思表示をします』

投げられた一方通行の言葉に一切の迷いなく彼女は答えた。

『ミサカの代理演算機能は破綻しています、とミサカ一一八九九号は現状を報告し』

そしてまた、ぱちんと何かが弾けるような音が聞こえた気がした。

『お姉様のコントロールがあっても『心理掌握』を仲介していない現在、莫大な負荷が生じています、とミサカ一五三二七号は続けます』

397: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/25(水) 02:24:23.87 ID:JcPgrz/Ao
「――あァ」

どうにもこの世界には救いがない、と一方通行は改めて思う。

惨劇を回避する手段などとうに失われた。
悲劇をぶち壊すようなヒーローはもう存在しない。

逃げ道などない。いかな最強と謳われる彼であっても時を操ることなどできない。
まして運命を変えることなど何人であれ赦されはしないのだ。

とどのつまり不可避の最悪がこの世界だ。
どこをどうしようと行き着く先はたった一つ。

そしてどうせ同じなら、と一方通行は改めて思う。

あの時見た一条の光の鮮烈さには遠く及ばないのは分かっている。
自分は彼のようにはなれない。なろうとも思わないしなりたいとも思わない。
けれどそんな自分なりにやるべきことがあるだろう、と。一方通行は暗澹とした瞳を御坂に向ける。

「つまり俺が能力を使うたびに」

「私が能力を使っても同じように」

は、と二人の嘆息と失笑が重なった。

『ミサカは消費されます、とミサカ一八八二〇号は他人事のようにぼやきます』

ぱちん、とまた何かが弾けた。



――――――――――――――――――――

419: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/09(木) 21:01:55.73 ID:e1vDwVNHo
どうして自分はこんなところにいるのだろう。
そんなことをふと考える。

白と黒の二色に切り分けられた世界で少女は独り思う。

この位置は単にくじ引きの結果のようなものだ。
あたりはずれに一喜一憂することはあってもそれに不満を持つようなことはない。

ただ――もし『あたり』を引いていれば。
そんな愚にもつかない妄想くらいはしてもいいだろう。

はっ、はっ、はっ……。

風はなく、自分の息切れが嫌に煩い。
一歩足を踏み出す度に降り積もった白がぎちぎちと音を立てる。
白銀の平野に一対の足跡を刻みながら少女は体を引き摺るように歩いていた。

途中まで乗ってきた半ば置物と化していた年代物のスノーモービルは燃料を使い果たしたために放棄した。
もっとも燃料がまだあったとしても大差はない。
目的地などないに等しいのだから。

少女はただひたすらに東を目指す。

彼我の距離は徒歩だろうと乗り物があろうとほとんど変わらない。
そこは余りに遠く、辿り着けるはずもないのだと分かっている。
それでもどうしてだろうか。強迫観念のようなものに急かされて足を動かす。

ミサカ一〇七七七号はロシアの雪原を歩み続ける。

東の果て――日本、学園都市を目指して。
少しでも近付こうと、一歩、一歩と足跡を刻み付ける。

420: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/09(木) 21:10:09.56 ID:e1vDwVNHo
はっ、はっ、はっ……。

頬に突き刺さる風の音はイヤーウォーマーのお陰で聞こえない。
だからずっと頭の中に籠もるように自分の吐息だけが響いていた。

けれどそれとは別に、聞こえるはずのない音が脳裏に木霊す。

悲嘆のような、哄笑のような、怨嗟のような、歓喜のような。
あらゆる感情を掻き集めてどろどろに煮詰めたスープのような、そんな声。

耳を塞いでも聞こえてくるその声は音ではない。
二人の超能力者の代理演算が薄く広がった意識に細波を立てる。

そんな声ならぬ声をミサカ一〇七七七号はどこか他人事のように聞いていた。

同じ世界、同じ時間に起きていることだとは、どうしてだろうか、思えなかった。

いわば対岸の火事。
遥か遠い国の出来事をテレビの画面越しに眺めているような、そんな気配。
比喩でもなく今彼女がいる場所は事が起きている学園都市とは遠く離れた国ではあるのだが、彼岸までの物理的な距離はここでは関係ない。
他ならぬ彼女自身が事の当事者であるのだから。

けれど何故だろう。ミサカ一〇七七七号は思う。

自分は紛れもなく当事者だし、実際に今もこうして二人の代理演算の一端を担っている。
間違いなく渦中の人物といえるだろう。

なのに――どうにも現実味が持てないでいます、とミサカは独白します。

どこか朦朧とした思考で。
少女はそんなことを心中呟いた。

421: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/09(木) 22:01:49.10 ID:e1vDwVNHo
今この瞬間、学園都市で文字通りの殺し合いを演じている二人の超能力者のことはよく知っている。

二人が何を思い、何を経て、何のためにそうしなければならなかったのか。
もしかしたら本人たちよりも余程理解しているかもしれない。

はっ、はっ、はっ……。

ふっ――と、走馬灯のように記憶が脳裏を過ぎる。
出会った人たち。過ぎ去った時間。思い出の場所。
そんなものが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

そうして己の短い人生の記憶を掘り返してようやくミサカ一〇七七七号は気付くのだった。

「ああ……なるほど、とミサカは納得します」

画面の向こうのように感じるのも無理もない話だった。

この一週間で起こった出来事。
死んでしまった人たち。
生きている人たち。
殺し合っている者ら。

聞こえてくる声。
悲痛な叫びも。
絶望の嘆きも。
何もかも全て。

――全てただの『知識』でしかないのですから。

ミサカネットワークというフィルタを介してしまえば何もかもが薄らいでしまう。
精彩を欠き鮮烈さは失われ曖昧模糊としたものになってしまう。

それを一言で表すなら――。

「遠い……と言うべきなのでしょうね、とミサカは、」

転んだ。

428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 22:46:30.87 ID:vCtpukveo
延々と雪原を歩いてきた少女の体は疲労に苛まれ、ろくに受身も取れぬまま雪の中に倒れ込んだ。

降り積もった雪が地形を覆い隠していた。

路面に凹凸でもあったのか、それとも何かが埋まっていたのか。
それを確かめようとは思わず、ただ刺すような冷たさだけを顔面に感じミサカ一〇七七七号は暫くの間うつ伏せに倒れていた。

「……は、あ」

それから緩慢な動作でごろりと体を返し、仰向けに空を見上げる。

星が見えた。夜天には万の宝石を散りばめたような見事な星空が広がっている。

それら微かな光を遮るような無粋な町明かりは存在しない。
スノーモービルを燃料が尽きるまで飛ばしたのだ。
平原のど真ん中、最も近くの町からも五十キロは離れている。

学園都市からもこの星空が見えるのだろうかとふと思い、すぐに否定した。
あの街の明かりは深夜でも煌びやかで、星空など見えはしない。
その夜景はきっと素敵なものなのだろうけれどこの満天には敵わないだろうと薄く笑った。

視界全てに広がる星の海を映像処理してミサカネットワークにアップロード。
限界を超えた処理能力を更にほんの少しだけ圧迫し、脳にじりじりとした幻痛が走る。

「見えていますでしょうか、とミサカは誰にともなく呼びかけます」

429: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 23:05:48.83 ID:vCtpukveo
答えはない。
しかしミサカ一〇七七七号は続ける。

「ミサカはこの星空を……美しいと感じます、とミサカは思わず溜め息を漏らします」

そういう感情――感傷はきっと生きる上で最低限必要なものではないだろう。

けれどきっと――人として生きるのであれば必要なものだ。

……それをあなたがミサカに教えてくれました。

自分たちが唯一姉と呼ぶ少女と、自分たちを唯一対等に扱ってくれた少年。
あの二人がいなければこんな感情は持ち得なかっただろうし、そもそも第一位の少年にとっくに消費されていただろう。
しかしあの白髪赤眼の超能力者がいなければ自分たちは生まれてすらいない。

つまりこの美しい景色を見られるのはきっと彼らのお陰で。

感謝――すべきなのだろう。

背に雪の冷たさを感じる。
痛みに近いそれは同時に熱にも似ていた。

その熱は生命の証だ。
心臓が鼓動を打ち、全身を血潮が奔り、脳の中では眼球が捉えた世界に震え火花が散っている。

これこそが生命。
ミサカ一〇七七七号という少女の命の火。

だから、というようにミサカ一〇七七七号は、思考を加速させる。

430: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 23:17:51.60 ID:vCtpukveo
走馬灯のように駆け巡る少ない記憶を振り返りながら少女は自身の死に向かって疾走する。

体温は失われつつある。
最早体を起こすこともままならないだろう。

転んだ時に何もしなかったのではない。
何も出来ず、ただ無抵抗に転ぶしかなかったのだ。
四肢に力は入らず、呼吸するのですら酷く疲れる。

はっ、はっ、はっ……。

一息一息が血を吐くように苦しい。
生きるというのはこんなにも苦しい事なのだろうかと自問して、すぐに否定する。

もっと辛く、苦しい。
こんなものは苦でも何でもない。

そして――それと同等以上に幸せがあったはずだと少女は思う。

知識の中で二万通りもの生を経験し、一万以上の死をも経験した。
その全ての人生を肯定してくれた少年がいた。

生まれてきてよかったのだと。
生きていてよかったのだと。

ただ道具のように浪費されるだけだった存在の生を認めてくれた。

これを幸いと言わずに何と言えばいいのだろう。

431: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 23:28:42.24 ID:vCtpukveo
彼がいてくれたから自分は救われたのだと少女は思う。
彼に救われ、短いながらもそれなりの生を謳歌し、今見上げているような美しい景色を知ることもできた。

そして、恋をした。

知識だけでは知りようもない鮮烈な感情。
苦痛と幸福が等しく混ざり合っている酷く矛盾した想い。

その感情を教えてくれたのも彼だった。

そう。自分の人生は間違いなく幸せだった。
ミサカ一〇七七七号は己の生を振り返り思う。

懐いていた感情は行き場を失い心の奥底に埋もれている。
けれど未だ消えないその小さな炎を抱いたまま少女は雪に沈むように星空を見上げる。

「見えて……いますでしょうか」

この美しい空を共有したいと少女は思う。

知識ではなく実感として。
彼と、そして彼女とも、同じ空を見たいと思う。

決して叶わぬと分かっていながらも――そう思わずにはいられなかった。

432: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 23:36:14.91 ID:vCtpukveo
彼がいてくれたから自分は救われたのだと少女は思う。
彼に救われ、短いながらもそれなりの生を謳歌し、今見上げているような美しい景色を知ることもできた。

そして、恋をした。

知識だけでは知りようもない鮮烈な感情。
苦痛と幸福が等しく混ざり合っている酷く矛盾した想い。

その感情を教えてくれたのも彼だった。

そう。自分の人生は間違いなく幸せだった。
ミサカ一〇七七七号は己の生を振り返り思う。

懐いていた感情は行き場を失い心の奥底に埋もれている。
けれど未だ消えないその小さな炎を抱いたまま少女は雪に沈むように星空を見上げる。

「見えて……いますでしょうか」

この美しい空を共有したいと少女は思う。

知識ではなく実感として。
彼と、そして彼女とも、同じ空を見たいと思う。

決して叶わぬと分かっていながらも――そう思わずにはいられなかった。

433: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/15(水) 23:46:01.57 ID:vCtpukveo
はっ、はっ……は――。

静寂の世界にたった一つだけ存在していた音が不意に止んだ。
ミサカ一〇七七七号の呼吸が止まった。

そして暫くして――。

「ああ……」

と漸く思い出したように声を漏らした。

息をするのも忘れて少女は呆然と天を仰いでいた。

視界の隅で生まれた小さな光があった。
それはゆっくりと翼を伸ばすように空に広がっていく。
漆黒の中に浮かぶ満天の星の海と、それを覆う虹色が視界を埋め尽くしていた。

本来こんな場所に現れるはずもない。
もっと北でしか見ることのできないはずのそれがどうしてだか目の前に広がっていた。

曙の女神の名を持つ光の天幕。
それが静かに降りてくるようだった。

まるで白夜のよう。
天から降り注ぐ光が地に倒れた少女の体を照らしている。

自然の条理を逸した場景にミサカ一〇七七七号は暫く思考すらも忘れて、ただただ見入っていた。

434: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/16(木) 03:10:23.68 ID:RIAi321Zo
どれだけそうしていただろうか。

少女はゆっくりと――重たい手を伸ばす。

たったそれだけの動作。
なのに体はろくに言うことを聞かない。

手袋が邪魔だな、と何気なく思う。
どうしてそんなことを考えたのか自分でもよく分からない。

はっ、はっ、はっ……。

ただ、見上げた光る空に届けと何故か願わずにはいられず。

「――――」

ごぼり、と湿った音が思考を遮る。

咳き込む。嫌な響きだ。
石臼を回すような重く濁った音色が少女の喉からせり上がり口から溢れる。

「ごほ、がはっ、ぐ、げぼ……」

小さな体を痙攣させながらも彼女は手を伸ばすのを止めない。

「っ、は――」

漸く何とか喉が暴れるのを抑え、ミサカ一〇七七七号は吐息を漏らす。
空がぼやけて見えるのは、浮かんだ涙の所為か、それとも。

ぽつりと白い雪の上に僅かな赤を落とし、微かに笑った。

「――遠距離はきついぜ」

とさ、と彼女の手が小さな音を立て、それきり何の音もしなくなった。

夜天に翻るオーロラの光はただ静かに少女の体に降り注いでいた。



――――――――――――――――――――

449: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/23(木) 21:52:46.24 ID:PNCrac+jo
街からは光が消えていた。

学園都市という、この時代の科学最高峰に有るまじき光景が街全体に広がっていた。

大規模停電。
学園都市に限ってそれはあってはならないものだったろう。

超効率の風力発電を主とする学園都市は、それぞれの学区、更には細分化された小さなブロックごとに独立発電を行う術がある。
当然の事ながら要所要所で足りない電力は他の区画から間借りしたり、深夜帯などに余った電力をプールする蓄電施設もある。
他にも地下数千メートルに持つ地熱発電施設や、ゴミ焼却を利用した火力発電など、電力には困らない。

いや、科学の最高峰だからこそ電力に頼らざるを得ない状況がある。
それを補うために過剰なまでの電力供給に心血を注いでいるという背景があった。

停電などもっての外。
学園都市にとっては心臓が停止するに等しい。

だが現在――それが実際のものとして学園都市に闇を落としている。

この現象が示す事実を思い浮かべながら木山春生はただの箱と化したパソコンから眼を逸らした。

450: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/23(木) 22:07:40.59 ID:PNCrac+jo
今彼女がいる病院は、学園都市の中でもほぼ唯一といっていい電気の光がある地点だった。
万が一の、学園都市においては過剰に過剰を重ねた対策として、独自に緊急発電施設を持っている。

とはいえそれは最低限のもので、通常の電気回線に回す余裕はない。
点灯しているのも僅かな非常灯ばかりで、残りは生命維持装置などの『止まってはならない』機械に全て回されている。

さすがだ、と木山は思う。

この病院で実質的な指導者にあったあの老医師は万全の対策を講じていた。
今やどこの病院でも電子データとなっているというのに、予備として時代錯誤な紙媒体のカルテを用意している。
学園都市という機関に真っ向から反発するアナログ方式。それが最良の対策だと分かっていたのだろう。

予備電源が全てを賄うことなどできはしない。
最効率で最良と最善を尽くすためには限られた電力を無駄に浪費できるはずもなかった。

聞いた話によれば彼の医師は学園都市の創設期からの古株らしい。
最初期の学園都市を木山は知らない。
それは木山に限らず学園都市の住人のほとんどが同じだろう。
だがその設立に関わった人物だからこそ、今や一国と呼んでも差し支えない学園都市の弱点を正確に見抜いていたのだろう。

この学園都市が機能停止状態に陥る事象など在り得ないはずだった。
しかし現に街からは科学の灯が失われている。

そして木山は矢張りと思うのだ。



――この街では在り得ない事が起こる。



科学万能の時代に、その最先端にして最高峰の街で。
そういうオカルトめいたものが犇めき合っているというのは何とも皮肉な話だ。

451: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/23(木) 23:34:09.08 ID:PNCrac+jo
サーバーにあるコーヒーが冷めないうちにとマグカップに注ぎ、一口飲むと木山は椅子の背に体重を預ける。

パソコンの中に残されていた彼の遺品――『遺産』と言った方がいいだろうか――には大方目を通し終わっていた。
内容を考えるとハードディスクを物理的に破壊した方がいいだろうかと思うが今頃は残らずデータが破損しているだろう。

五感には知覚できないが街全体を高密度の磁気嵐が覆い隠し荒れ狂っているはずだ。
対策を取っていない電子機器は残らず壊滅状態だろう。

僅かな非常灯の下、真っ黒なディスプレイに自分の顔が映っている。

「……」

僅かに目を伏せ、それから視線を逸らした。

窓の外、学園都市の夜景に向けて。

病院だ。高層ビルではない。
比較的高い階にあるとはいえ更に高いビルが虫食いのように四角い額に乱立している。
そのどれもが光を失っている。

だがその姿ははっきりと見ることができた。

降り注ぐ光がビルの森を照らしている。

椅子から立ち上がる。
マグカップは持ったままに、窓へと歩み寄る。

そこから見える景色はまるで学園都市ではなかった。

453: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/24(金) 02:15:30.21 ID:07kNViJXo
街に光はない。

だというのに窓から見える景色ははっきりと見て取れる。
天から降り注ぐ光が灰色の森を煌々と照らし出していた。

月明かりなどでは断じてない。
あの柔らかで冷たい光ではない。

降り注ぐのは毒々しい硬質な輝き。

木山が視線を上げると、そこに広がっていたのは夜空ではなかった。

見上げた先にあったのは夜天の黒ではない。

虹色。

鮮烈なまでの色彩が埋め尽くしていた。
全天を覆う旭光がゆるゆると翻る様はどこか海月を髣髴させる。

空の海に漂う七色の天幕。
その下を、そのどれでもない二条の色が走った。

一方は純白。
そしてもう一方は漆黒。

二つの色は互いに絡み合い食らい合うように天を駆ける。

色は、人の形をしているようだった。

「……だから」

木山はその光景を冷めた目で眺めながら小さく呟く。

「だから私は、言ったじゃないか」

455: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/25(土) 03:05:18.91 ID:dmKXlJHzo
極天に舞う二つの影が何者か。
そんなものは分かりきっている。考えるまでもなかった。

遠くに見える彼らに木山は僅かに目を細める。

「私はね、どうしてだろう。そんな予感がしていたよ。御坂美琴」

遠く、聞こえるはずもない相手に向かって木山は語り掛ける。

「君はとても優しく、強く、気高く、そして正しかった。
 まるで漫画の主人公。強気を挫き弱きを助く、正義の味方だ。
 あの時君の前に『悪』として立った私が言うのだ。あながち的外れでもないだろう。
 だが――だからこそ落とし穴があるんだよ」

言葉を切り、コーヒーを一口啜る。

「正義の味方。聞こえはいいが、その実やっている事は皆と大して変わらない。
 誰しもが己の胸に信念、正義を懐いて生きている。
 元来正義なんてものは主観的なもので、世間で言われているのはただの多数決の一般論だ。
 たまたまそこに合致したとりわけ目立つ者がそう呼ばれもてはやされる。果たして君はそれを理解していただろうか」

遠くから地響きのような低く重い音が聞こえてくる。
しかし木山はそれに全く頓着せずぶつぶつと呟きを続ける。

「君は余りにも正し過ぎた。君の行いは崇高で、実直で、それ故に愚かだった。
 もう少し賢ければ――老獪なら、賢しらに生きていればそんな真似はしないだろう。
 理性的と言ってもいいかもしれない。正義は感情論だ。だからこそ、理性はそれと相反する。
 私は君のおおよそ倍程度長く生きている。だから年長者として君を評するなら――」

一息。

「君は子供で、世界というものをろくに分かっていない――多少羨ましくはあるがね」

456: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/25(土) 03:10:27.01 ID:dmKXlJHzo
窓の外に目を焼くような光が閃く。
白雷が大気を切り裂き轟音を生み、建物自体を揺るがした。

「そう、かつての私がそうだったように。
 ――君が果てしない絶望を知ったとき、君を助けてくれる人がいるだろうか」

木山はそれすらもまるで画面の中の出来事かのように無視し言葉を続ける。

「いたのかもしれない。いなかったのかもしれない。
 私にはもうそれを知ることなどできはしないだろうが、結果としてそんな人物は現れなかったのだろう。
 だから君はあっけなく絶望の深淵に呑まれた……空想の域を出ないがね。
 しかし今となってはそこから救い出してくれる者を期待するというのも馬鹿らしい話だろう」

ふ、と木山は嘆息し遠く宙を舞う少女の顔を思い浮かべる。

脳裏に浮かぶのは木山の知る少女の、眩しいばかりの笑顔だ。
けれどきっと今彼女の浮かべているのはそれとは違う表情だろう。

どんな顔をしているのか――木山には想像すらできない。

しかし、例えどんな表情をしていたとしてもあの時の少女の面影はないだろう。

木山には何故だか妙な確信があった。
今は亡きこの部屋の主はきっとこれを予測していたのだろう。
彼の遺した膨大なデータにはその痕跡が見受けられた。

もしかしたら――自分の死すらも予感していたのかもしれない。

下世話な妄想だ、と小さく頭を振り木山はマグカップに口を付ける。

457: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/25(土) 03:13:45.69 ID:dmKXlJHzo
そうして暫く無言で窓の外で荒れ狂う光景を眺めていた後、木山はふと浮かんだ言葉を口にした。

「神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの――絶対能力者、か。
 ああ確かに、その姿を現すには正鵠を得ているのかもしれないな」

背に白と黒の尾を引き天を縦横無尽に駆ける様はさながら流星。
しかしこの場景に最も相応しい言葉で称するなら。

「――天使、か」

白雷の翼と黒風の翼を纏う一対の御使い。
天上の意思を代弁すべく剣を振るう幻想の体現者。
降り注ぐ光の天幕の下で舞うその姿は聖戦か、それとも。

「……いや」

目を伏せ、木山は呟く。

「そうだな。さながら……世界の終わり、といったところか」

そう言って、窓の外の景色に背を向け壁に寄りかかると、最早興味を失ったようにコーヒーを一口飲んだ。



――――――――――――――――――――

467: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/27(月) 22:27:56.26 ID:2w3Ky50Jo
学園都市の空を舞う両者の戦いは熾烈を極めていた。

背から黒翼を広げる超能力者、一方通行。
杖を突いていた時分の枯れ木のような脆弱さは消え失せ、白髪の少年は風を踏むように宙を軽やかに駆ける。
烈風を纏う彼はその荒々しさとは裏腹に、妙に冷めたような面持ちで相手を睥睨する。

対するは雷光を纏う超能力者、御坂美琴。
手の先が裾に隠れた左腕を庇うようにしながら、少女の背丈には少々大きすぎる黒衣が翻る度に雷鳴が響く。
右手には『原子崩し』の光剣が握られ、笑顔とも泣き顔とも取れぬ表情を向けている。

空中を走る御坂の足元にはただ風が舞っている。
目に見えるような足場はない。だが彼女は宙を縦横無尽に駆けていた。

その正体は他でもない、彼女自身の力だ。

彼女が踏むのは帯電した大気が作る電場と、そして地磁気、惑星そのものが構成する磁場だ。
電磁の力を自在に操る超能力者にとってそれは魚が水中を泳ぐに等しい。

過去の彼女であればそんな真似は到底不可能だった。
しかし全世界に張り巡らされたミサカネットワークを手中に収める御坂であれば可能だ。
圧倒的な演算力に加え、観測機として各地の妹達を利用することができ、そして純粋に莫大な出力を得たがために成し得た業だ。

既に――御坂は『超能力者』という範疇すら逸脱しつつある。

468: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/27(月) 23:11:57.68 ID:2w3Ky50Jo
その事実を一方通行は正しく認識していた。

まさか、これが真の『絶対能力進化計画』だったのか――と思ってしまうほどに。
                      レ ベ ル 6
超能力者をも超える能力者――『絶対能力者』。
第一位、一方通行以外に到達不可能と言われたその座に御坂は手を掛けている。

今や御坂が第一位――『一方通行』と成りつつあるのだ。

彼の持つ演算能力、解析性、そして絶対的な力の支配。
その全てを獲得しつつある。

「例えそうだったとして……オマエが絶対能力者になったとして、どうなるっていうンだよ」

小さな呟きは彼女に届かないだろう。
或いは、もしかすると自身に投げた自問なのかもしれない。

「死ンだ連中はもォ戻ってこねェだろォがよォォ――!」

叫びを体現するように背から噴出する翼が爆発した。
雷鳴を掻き消すような轟音を響かせ一方通行は御坂に突進する。

腕を振るう動きに呼応し黒翼がうねる。
暴力の具現が少女の矮躯に向かって打ち下ろされた。

469: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/27(月) 23:34:30.52 ID:2w3Ky50Jo
二つの音に更なる撃音が唱和する。

御坂の手に握られた眩く輝く白の光剣が黒の翼を受けた。
純粋な『力』という概念を溶かしたようなあり得ない現象に対し彼女の剣は真っ向から激突し、それを止めた。

「それをアンタが言うの?」

皮肉と侮蔑を込められた嘲笑と共に御坂は黒翼の連撃をいなす。

僅かの躊躇いも戸惑いもない洗練された返し。
熟練の剣技にすら匹敵する動きに一方通行は僅かに眉を顰める。

「アンタの動きは、もうとっくに逆算済みよ」

数合目の炸裂が響く。
御坂は翼を肩の後ろに流し、体を回転させながら微かな間隙を縫ってその懐に体を滑り込ませる。

そして、剃刀のような鋭い一閃が一方通行の首元を狙う。

回転の動きをそのままに、彼の左側、やや上方から浅い角度で剣が繰り出される。
それは避けるなどという選択肢が取れるような生易しいものではない。
防御も回避も到底適わぬ――確実に相手の首を落とす必殺の刃だ。

470: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/28(火) 00:15:59.30 ID:Yi1zEVfWo
「ちィ――!」
                   、 、 、 、 、
しかし一方通行はその一撃を受け止める。
彼の持つ能力は未だ健在。回避不可能な一撃を左腕で遮った。
『原子崩し』の特性上その力を操ることは出来ないがベクトル操作で相殺拮抗させることなら可能だ。

振り払うように光剣を跳ね除け一方通行は僅かに距離を取る。

現在の彼は過去の彼のように無敵ではない。
かつての彼に無く、今の彼にあるもの。
首元――ミサカネットワークを介し代理演算を働かせる電極がアキレス腱となる。

体と入れ替えるように振るわれる黒翼の殴打を御坂は僅かな動きで躱す。

「どうして動きが読まれるか不思議?」

逃がさない。

退く一方通行を御坂は追う。
連打される翼を避け、いなし、あるいは受け止め、距離を開けさせない。

「当然でしょ。今、私はミサカネットワーク……妹達と同期してるのよ。
 妹達の知識、経験、技術。私はそういうのを全部纏めて使いこなせる」

嘲笑し。
  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「『私』は一〇〇三一回もアンタに殺されてるのよ」

「……!」

彼女の言葉に一方通行の瞳が僅かに揺らいだ。
その隙を御坂は見逃さない。

黒翼を掻い潜り肉薄する。

471: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/28(火) 00:42:00.05 ID:Yi1zEVfWo
「――っざけろォォおおおおおお!!」

御坂を迎え撃ったのは一方通行の叫び。
そして黒の瀑布だった。

彼の背から吹き出る一対の翼。
右と、左。二枚を打ち流し内へと入り込んだはずだった。

だが御坂の前に三枚目の翼が現れる。

「く……っ!!」

刈る動きは割り込んできた新たな翼に阻まれた。
その御坂を左右の翼が抱きすくめるように迫る。

「この……!」

宙を踏みとんぼ返りに弧を描き、陸上競技の高飛びよろしくすんでのところで回避する。

視線は天上へ。
降り注ぐオーロラの光が目に突き刺さり、そして――光が遮られた。

「――――!」

天幕と御坂の間に黒い影が屹立する。

四枚目の黒翼――だけではない。

「六枚……!?」

さらにもう一対、都合三枚の黒が虹色に代わって御坂の元へと降り注ぐ。

472: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/28(火) 01:52:48.94 ID:Yi1zEVfWo
驚愕するも対応は迅速だった。
叩き付けるように打ち降ろされた翼に、御坂は腕を突き出し剣先で受ける。

「がっ……あ……!」

猛速の激突に右腕がみしみしと軋み悲鳴を上げる。
殴打され地上に向かって打ち払われるも、しかし御坂は不意の一撃を凌いでみせた。

二人の距離が開く。

御坂の剣の射程外へ。

「おい……超電磁砲、御坂美琴」

一方通行はそれを追うでもなく、何か攻撃を放つでもなかった。
動きはない。ただ、暗く、沼底から浮かび上がったような鬱々と重く湿った声で名を呼んだ。

空中で停止した御坂の見上げた先には彼女を見る一方通行の白い姿があった。
背から三対六枚の翼を大きく広げ、極光の空に黒い影を落としている。
静かに宙に佇んだまま、白貌に映える赤い双眸が、御坂を侮蔑の視線で見下していた。

「オマエが今踏ンでるものは一体なンだ」

473: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/02/28(火) 02:34:00.96 ID:Yi1zEVfWo
「……あ?」

投げ掛けられた言葉に御坂は眉を顰める。

単純に言っている意味が分からない。

彼女の足元にあるはただのがらんどうだ。
あえて言うなら電磁場を踏んでいると表現してもいい。だがその程度だ。

だから問いを返す――よりも早く、一方通行は続ける。

「オマエは一体何を踏みつけてやがる」

侮蔑、悲嘆、そして憤慨――赤い瞳の中で波紋を生む感情はそういう質のものだった。

「確かに俺は殺した。
 あァ殺したよ。殺戮した。蹂躙した。虐殺した。
 一〇〇三一人! 間違いなく俺はアイツらを殺した!」

だがな、と彼は一度言葉を切り、そして歯噛みする。

「……俺はそれを一度たりと忘れたことはねェ。あれは俺の罪だ。俺だけの罪だ。
 オマエは俺じゃねェだろォ。オマエはアイツらじゃねェだろォが。
 『私を殺した』だァ? 俺は一度だって御坂美琴を殺した覚えはねェぞ。
 あの晩偉そうに説教垂れてくれたどっかの馬鹿と、何よりオマエの言葉を一番蔑ろにしてンのはオマエ自身じゃねェか。
 今、アイツらの死を、生を、湯水みてェに浪費してンのは他でもねェオマエだろォが。それとも――そンな単純な事にすら気付いてねェのか」

そして彼は目元を手で覆い天を仰ぎ――ああ――と嘆息する。

「――まったく、哀れだなァオマエ。哀しくなっちまうほど哀れだ」

指の隙間から漏れた視線に込められた感情は――ただ憐憫。

「さっきからべらべらべらべらと薬キメたみてェに悦ってヨガって知ったよォな口ほざいてンじゃねェぞ三下がァァああああああ!!」

492: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/02(金) 23:16:05.58 ID:PFVfvzx8o
月下極光の天蓋を背に六枚の翼を広げた超能力者は咆哮する。
彼から吹き付けるのは暴力的なまでの感情の嵐だった。

今まで抑圧されていた想念が怒涛となって押し寄せる。

「まさかオマエの口からそンな言葉が聞けるとは思ってもなかったぜ超電磁砲!
 ああ駄目だ。確かにこりゃァどうしよォもねェ! 最悪も最悪だ、反吐が出るぜまったくよォ!
 愛とか友情とか心とか魂とか! そンな幻想みてェなものを大事そうに語ってたオマエがそのザマだもンなァ!」

ざあ――と風が哭く。

「今はっきりと悟った。オマエは最悪だ。俺みてェな悪党なンか足元にも及ばねェよ。クソも同然だ。
 止めるとか終わらせるとか、そォいうのはもォどうだっていい。
 理由なンているか。目的なンて知るか。ただ一つはっきりしてりゃァいい」

悲風は瞬時に颶風へと変わり突如として学園都市の空に竜巻が発生した。

大気が彼の元へと吸い寄せられる。
六方へ広げられた黒翼に空気が飲み込まれてゆく。
撓み、軋み、ぎちぎちと音を立てながら――超高密度に圧縮される。

翼の中からきらり、きらりと木漏れ日のように光が瞬いた。
あまりの圧力に空気が高熱を発しながらプラズマ体へと変化し光を生んでいるのだ。

か、と白髪赤眼の最強は喉を鳴らす。

来る。

「単に――俺がオマエをブチ殺してェ」

それは死刑宣告に等しい呟きだった。

493: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/02(金) 23:26:09.73 ID:PFVfvzx8o
「……!」

放った言葉を追い越すように一方通行は疾駆した。

もし第三者視点でこの場を俯瞰していた者がいたとしたら彼の姿が掻き消えたとしか思えなかっただろう。

軽やかに、しかし重く。
雷鳴と同質の、けれど異質な爆音。

急激な加速に引き裂かれた大気が断末魔の炸裂を上げ夜のしじまに轟く。

翼に飲み込んだ空気をジェットエンジンさながらに背後に吹かし加速。
更にはその身に掛かる全ての負担と反動のベクトルを操作、背後へと逃がし更なる加速の助けとする。

疾風。そう称するに何の躊躇いも必要ない。

一条の弾丸となった白の超能力者は翼を背後へと打ち一息に間隙を埋める。

黒の翼が対する少女の体に向かって手を伸ばす。

494: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 00:16:42.09 ID:MjhYscTOo
圧倒的なまでの暴力の塊。
それは如何なる法則で、そしてどれほどの熱量を孕んだ代物なのか。

唯一つ確かな事は、それは少女の柔肌を微かでも撫でようものならたちまち四散してしまうほどの埒外な力の結晶だった。

しかし翼が彼女の肌に届くことはない。

「ッ――!」

「――あは」

柔和な微笑を浮かべ対峙する超能力者の少女は疾風と対を成す迅雷。
彼が黒の暴風を背に持つのであれば、彼女もまた白の閃光を背から広げている。
                              、 、 、 、 、
伸ばされた翼を御坂の手にした原子崩しの剣がかち上げる。

少女の右肩から振り下ろされた黒を、左脇から伸びた白光が迎撃する。
そして、そのまま火花と表現するにはあまりに大きい閃光を放ちながら。

弾き返した。

495: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 00:26:12.17 ID:MjhYscTOo
「なン……!?」

――あり得ない現象だった。

一方通行のあの翼はそもそも防御という概念が通じない。
あらゆる力のベクトルを支配する彼の奥底から湧き出したような翼はそれ自体が『力という概念』そのものだ。

『黒翼』の性質は『未元物質』に近い。
両者が同形態であるのは何も偶然ではない。
元々が近しい存在だからこそ同じ指向性を帯びていただけの話だ。

『未元物質』がこの世ならざる力なのであれば『黒翼』はこの世の力そのものの太極。
根源の力――と称すると何やらオカルトめいてくるがそうではない。

――力というものは特性を帯びる。

どんな力にも必ず何か特徴があるのだ。
例えば発熱。例えば運動。例えば高度。例えば圧力。
エネルギーが発揮されるとき必ず何かしらの形態を取る。

そうした中で『無形』という、到底形式とは呼べぬ型を持つ力を振るえばどうなるか。

無形の力は何者にも侵されず、ただ他者を犯すだけだ。
それに対抗できるのは――例外、『原子崩し』の固定という特性のみ。

しかし『原子崩し』の力はあくまで固定だ。
上位階にある無形の力に対抗することはできても、ましてそれを弾き返すなどという芸当ができるはずがなかった。

だというのに――白剣は黒翼を叩き返した。

496: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 01:24:20.36 ID:MjhYscTOo
「なン……!?」

――あり得ない現象だった。

一方通行のあの翼はそもそも防御という概念が通じない。
あらゆる力のベクトルを支配する彼の奥底から湧き出したような翼はそれ自体が『力という概念』そのものだ。

『黒翼』の性質は『未元物質』に近い。
両者が同形態であるのは何も偶然ではない。
元々が近しい存在だからこそ同じ指向性を帯びていただけの話だ。

『未元物質』がこの世ならざる力なのであれば『黒翼』はこの世の力そのものの太極。
根源の力――と称すると何やらオカルトめいてくるがそうではない。

彼の操る『黒翼』という、既存のありとあらゆる超能力全てを逸脱する究極にして始原の異能。

一言で表すなら――『大統一力場干渉能力』。

ありとあらゆる『力』を操るそれは世界そのものに対する干渉能力であると称しても過言ではない。

超能力者序列第一位『一方通行』。
その名に違わぬ最強無比の絶対的な力だった。

……もし仮にその力に対抗できる者があるとすれば。
この世の物理法則に該当しない、彼の力の及ばない力という馬鹿げた存在だっただろう。
何故なら前提条件からして破綻している。この世界にある限りこの世界の法則からは逃れられない。

ただ一人、この世ならざる力を操る者、垣根帝督という存在を於いて他になかった。

そうでなければそれこそオカルトの世界を論じることになる。

497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 01:43:23.61 ID:MjhYscTOo
一方通行自身もそれは正しく認識していた。
彼の持つ力を検出するという特性は非覚醒状態であるならばいざ知らず、この場においては正しく機能していた。
  アクセラレータ
『量子加速検測器』の名の示すように。
自身の力の実体を完璧に把握していた。

だがここにもう一人の例外が存在した。

第三位『超電磁砲』――御坂美琴。

電気を操るという極めてシンプルな、この街にはごまんといる平凡な能力。
しかしその頂点を極め、更なる高みへと至った少女はこの馬鹿げた力に対抗する術を手に入れていた。

極めてシンプルなその力は、単純比にして彼の四分の一。
黒翼が放つ未分化純力場に対抗する、四分の一の欠片。

『重力』。

『強い力』。

『弱い力』。

そして――『電磁気力』。

この世界を構成する四つの力――四つの基本相互作用の内の一つを統べる電磁の女王の剣は確かに彼の黒翼を弾き返した。

499: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 02:07:50.08 ID:MjhYscTOo
翼を弾かれたのはいかに一方通行であろうとも予想外の出来事だった。

対抗できるはずがない。できるはずがないのだ。
それほどまでにその力は圧倒的だった。

しかし御坂はそれに対抗する。

伍する。
後塵を拝すとも追い縋る。

届かぬはずの高みへ。
追いつけるはずのない相手へ。

手を、伸ばす。

「ちィ――おォォおおおおおお――ッ!!」

「あああああああ――ッ!!」

刹那もなく続く黒翼の連撃、三対六枚の暴風の全てを御坂は細剣一振りでまたもや返す。
弾き、受け、流し、両者が交錯する度に虹色の閃光が花弁のように、あるいは血飛沫のように舞い散る。

「浪費してる? いいえ――活用してるわよ!」

御坂は相変わらずの面持ちで、激剣の中で微笑む。

「これはあの子達がアンタのために積み上げた力。
 ただアンタを殺すためだけに築き上げた一〇〇三一回の技術と経験よ。
 アンタにとっては飯事だったかもしれないけどあの子達は必死に生きようとしていた」

500: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/03(土) 02:15:39.98 ID:MjhYscTOo
「どの口がほざきやがる……ッ!
 オマエはアイツらを、それこそ道具みてェにしか思ってねェだろォが……!」

「そうでしょうね。でもそれでいいじゃない。
 アンタを殺せるなら……!」

数十合目の剣撃が響き。

「これはあの時の続きよ。
 第一〇〇三二次実験を私が代わりにやってあげる。
 もう終わりにしよう。ね? 今度こそ、アンタを、私が、殺してあげるから」

彼女は微笑む。
                               ラストオーダー
「一方通行。ここがアンタの終着点――私がアンタの『打ち止め』になってあげる」

その童女のような笑みを彼はどこかで見たことがある。
ついさっきまで胸の中に擁いていた、太陽のような天真爛漫な微笑みに――。

「オマエが――その名前を騙るンじゃねェェええええええええええええええええ!!」

渾身の力を込めて振り下ろされた黒翼が、ついに御坂の剣を砕いた。

518: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/08(木) 23:00:15.47 ID:cYGu58jwo
「しまっ……!」

御坂が失策に気付いたときには既に手遅れだ。

心理掌握の補助のない状態でのミサカネットワークの酷使は構成要素そのものを焼き切りながら行われている。
妹達の命を燃料に、ネットワークそのものを自壊させながら。

両者の勝負はリソースの奪い合いだ。
終始どれだけ演算領域を確保できるかということに帰結する。

……実際のところ一方通行はその能力をほとんど使っていない。
彼の背から噴出している『翼』は演算とは無関係の位置にあった。

能力を使う度に代償として妹達の命が支払われるという状況下で、彼にとっては間違いなく僥倖だった。
たとえそれが焼け石に水程度だったとしても、だからといって問題は覆らないとしても。

けれどその事が功を奏した……といってもいいのだろう。

互角とは言い難いものの、少なくとも状況だけを見れば御坂の強度は一方通行に迫っている。

まともに戦えていると表現してもいい。
一万の距離がほんの数十ほど詰まった程度だが、その差を御坂は戦技でもって埋めている。

しかし、だからこそその代償は御坂自身にも返ってくる。
ミサカネットワークとの接続が御坂の脳を焼き切るようなことはない。
能力的な上位互換であり、更には上位個体権限を持つ御坂には直接的なダメージはない。

だが彼女の度を超えた能力行使によって力の源であるミサカネットワークは共に目減りしている。

演算は御坂自身の力であり、ましてそれが許容値を超えることはない。
しかし演算機能をミサカネットワークに頼っている以上、機能が損なわれればその分御坂の出力も減衰する。

519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/08(木) 23:05:53.03 ID:cYGu58jwo
単純に言ってしまえば使えば使うほど力は弱まる。
道徳的な論を抜きにして考えれば妹達の存在は彼女にとっての電池のようなものだ。
充分な演算ができないのでは出力は減る一方でしかない。

その結果が光剣の瓦解。
不動のはずの力場が砕かれた。

ガラスのような音を立て虹色の光を振り撒きながら飛散した光は御坂の手から零れ、薄氷のように消える。

御坂自身の力のみを行使していればこのような事態にはならなかったはずだが、それでは一方通行に抗し得ない。本末転倒だ。
だが彼の黒翼と切り結ぶのであれば『原子崩し』を使う他に術はなく――。

(再演算じゃあ出力が足りない……もっと効率のいい演算式を構築、再構成……!)

思考と実行は刹那もない。

加速した思考と並列した頭脳が瞬時に演算式を叩き出す。
一ミリ秒の誤差もなく再度御坂の右手に光剣が顕現する。

しかし致命的な一瞬だった。

雷速の斬撃はその一瞬を埋めるのには充分なものであったが――。

砕けんばかりの激音と虹色の閃光を放ち、再び白と黒が交錯する。

520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/08(木) 23:14:42.87 ID:cYGu58jwo
「っ……!?」

両者が克ち合った瞬間御坂は気付く。

漆黒と白光がぶつかり合いお互いを弾いたのは変わらない。

しかし弾かれたのはこちら、御坂の振るった『原子崩し』の光剣だ。
今まで翼を打ち払ってきた白刃と、剣に払われてきた黒翼の立場が先の一瞬で逆転した。
電子剣の一撃を阻害され、そして。

「コイツが駄目なら――こっちはどォだよ」

凍えるように吐き出された言葉。
ずるり――と七つ目の必殺が放たれる。

それは一方通行の右手だ。

何の変哲もない、あえて特徴を挙げるとすれば線の細い、白い掌。
だがその恐ろしさを他の誰よりもよく知っていた。

脳裏にフラッシュバックするのは一〇〇三一回の死。

「オマエに直接能力をぶちかましちまえばよォ、幾らなンでも防げねェだろォ?」

ミサカネットワークの崩壊により一方通行の能力出力は落ちている。

だがそれがどうしたというのだ。そんな事実も些事でしかない。
どれだけ力を削がれようとも必殺には変わらず。


  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
触れただけで即死する。



「――――あ――」

思わず声が漏れた。

それは『死』という名の絶対の鎌だ。

521: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/08(木) 23:23:48.27 ID:cYGu58jwo
「や――――」

対抗手段である光剣は弾かれた。

どれだけ御坂の剣が速かろうとも逆転した立場は埋められない。
防ごうとする刃の前に翼が割り込み防がれ虹色の撃光が砕け舞う。
無残に弾かれた右腕に次はなかった。

「やだ――いや――」

触れれば、死。

それを知っているからこそ御坂は真っ白な指先から目が逸らせずにいる。

加速した視界の中、手は奇妙なほどにゆっくりと伸ばされ。

「たす、け――て――」





ぱん、と呆気ないほど小さな音が爆ぜた。





それは伸ばされた手が払われた音。
防ぐ手段などないはずのそれを鎧袖一触に、いっそ無造作ともいえる動きで打ち伏せる。

必殺だったはずの死神の腕が振り払われる。





「な、ン――」





驚愕の色に染まった一方通行の瞳を真っ直ぐに射抜き。

丈の合わない長い袖から伸ばされた左腕が。

その先に付いたどうやっても右手にしか見えないものが。

まるで『あの時』と同じように一方通行の手を払い除け。

そして御坂は童女のような無邪気な、満面の笑みを向ける。










「――助けて、当麻」










「み――さ、かァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



叫びを遮るように左の右手が振るわれ、一方通行を殴り飛ばした。

539: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/11(日) 20:10:45.66 ID:5PYpsXSPo
顎に突き刺さる拳。ごりっ、という骨を削るような鈍い音。
それに抗う術を一方通行は持たなかった。

「ぐゥ……っ!」

頭蓋を抜けた衝撃が脳を掻き回す。
同時に欠けていた最後のピースがかちりと嵌まる。
明滅する視界の中で一方通行は全てを漸く理解した。

触れるもの総てのベクトルを反射する最強の盾をこともなげにあしらうその存在を忘れるはずもなかった。

彼女の左腕にあるそれは『あの右手』だ。

あの日、あの時、あの瞬間。
自分の前に立ち塞がり、最強の能力者と謳われた自分を殴り飛ばしたあの右手。

「アレイ……スター……!」

絞り出すようにその忌み名を呼ぶ。
きっと彼は今もどこかで笑いながらこの様子を眺めているに違いない。

540: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/11(日) 20:27:40.72 ID:5PYpsXSPo
視界を揺さぶられ、刹那の間だけ一方通行の認識が遅れた。

踏み付けるように御坂の蹴りが胸に穿たれる。

それは一方通行に対し何ら威力を発揮しない。
恐らくは一息に胸板を踏み抜く一撃だったのだろう。
しかしどだい前提条件は覆らない。
その『右手』ならまだしも、その質がどうであれ単純に示せばただの蹴りでしかない。

そんなことは御坂自身百も承知だ。
通常の手段ではダメージを通すことはおろか、逆に放った側が潰される。
己の力をそのまま返されて文字通りに自爆するだけだ。

だがそれは攻撃として放った場合のみについてだ。
他もおおよそ似たような結果になっていただろうが、この場合のみを論ずるならば御坂の蹴りは正しく効果を発揮した。

踏み抜く、という表現はあながち的外れではない。
横方向への震脚とも言うべきそれは通常状態の機能に従い彼の体に刺さる直前方向を転換する。

その力に乗り、御坂は跳躍した。

足首、膝、腰関節。そして大幹を操り威力を削ぎつつもベクトルだけを受け止める。
反射された『踏み抜き』を靴裏で受け止め、その力を足場に、更には跳ね返った力を受け流しながらも決して逃がさず。
単純換算して二倍。そこに自身の力である磁力牽引も加え大跳躍を果たす。

542: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/13(火) 23:04:12.51 ID:fzSneYpdo
御坂の体は月天極光の下を舞う。
背を反らし、あたかも魚が波間に躍るように。

「おおおおォォおォっ!」

烈風となって黒翼が波となって奔る。
鞭のように撓りながら離れる御坂に食らいつかんとする。

「しつこい――なぁっ!」

追い縋る六枚羽を、しかし御坂は手に現した光剣で残らず迎撃する。
激音と共に虹色の光が四散し爆彩を生んだ。

その動きは明らかに剣技の域を超えている。
妹達が戦闘知識として持つのは単なる教科書通りの型だ。
ただ果てしなく実践的で、かつ状況に応じたそれを正確に再現できるという点では並の兵士など取るに足らない戦技であるのだが。

宙返りする相手を狙って襲い掛かる複数の攻撃を残らず弾くなどという暴挙は言うまでもなくそこにはない。
この状況で御坂が構築し直し発展させた――剣術だろう。

対し一方通行は、露骨な言い方をしてみれば――戦い方をまるで知らない。

相手の攻撃を反射させれば自滅する。
適当なものをぶつけて強引に破壊する。
能力任せに相手を蹂躙する。

蟻を潰すのにわざわざ工夫を凝らす必要もない。
そういう戦い方しかしたことがなかったし、それ以上する必要もなかった。

現時点でも力の差は歴然。
どれだけ力を持とうとも彼にとっては蟻には違いない。
その蟻が空を飛ぶ羽と、毒を持つ牙を備えていたとしても変わらない。

だが、もしもその蟻が歴戦の兵にも勝る頭脳と戦技の持ち主だったら……?

543: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/14(水) 01:28:38.86 ID:D3+afZjBo
御坂とてそれは理解している。
己は彼にとって羽虫程度の存在でしかない。どれだけ強度を上げようともその絶対条件は変わらない。
世界の四分の一を手に入れたとしても、敵わない。

弱点はある。首元の、チョーカーにも似た電極。
それを破壊してしまえば一方通行は能力が演算できずに、それこそ地を這う虫にも劣る存在となるだろう。
彼にとってのアキレス腱。唯一無二の弱点がそれだ。
ミサカネットワークの崩壊を原因として演算が消失するのも結果的には同じことだ。

直接か、間接か。
どちらにしても『無敵』であるその能力を封じなければ勝ち目はない。

ない……はずなのだ。

「その『右手』……」

御坂の左腕にはそれを破る手段がある。

「……」

距離を離したまま両者は対峙する。

本来在り得ないはずの、彼の『無敵』を妥当し得るという不条理の塊。
だがその存在を一方通行に覚られた。

544: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/14(水) 01:47:52.97 ID:D3+afZjBo
一方通行の思考は混沌としていた。

彼の死。御坂の左腕。
己の犯した事の結果。

笑顔のままそれを振るう少女。

しかしそれとは別に冷徹な思考が存在していた。
彼の特性ともいうべき分析能力。
それは何も能力を行使しなければ発揮しない代物ではない。
結論だけ言ってしまえば先の一撃で必要最低限の特性を見切っていた。

至近距離でなければ効果を発揮しない――。

実際との差はあるが大して変わらない。
結果として一方通行の選択は御坂を近付かせなければいいというだけのことだ。

かといって一方通行とて遠距離から御坂をどうにかする手段を持たない。
翼の射程は精々が数メートル。その間合いであれば少しでも調子を見誤れば斬り込まれる。
他のまともな攻撃手段は――残らず御坂の能力に阻まれるか、さもなくば矢張り『原子崩し』の剣で迎撃されるだろう。

であれば。

(まともじゃねェ手段を使えばいいだけの話だが)

御坂の能力は確かに強力だ。
電磁気力操作という、世界の四分の一を掌握したに等しい能力。
一方通行のそれはあらゆる力を操作できるが――最大の弱点がある。

――『一方通行』は自力を持たない。

その能力はあくまで受動的でしかないのだ。

546: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/14(水) 02:46:21.01 ID:D3+afZjBo
彼の能力は確かに最強かもしれない。
しかしその代償として、あまりに無力だった。

あらゆるベクトルを操れるといっても所詮は己の触れられる範囲でしか操ることができない。
他者を拒絶し、他者を支配し、他者を蹂躙しながらも、他者に依存するという矛盾を抱えた力。

その一点において御坂の能力とは根本的に異なる。

故に能力がどれだけ強大であろうとも、それに相当する力がなければ真価は発揮されない。

今ここで『まともでない手段』は三つある。
彼女が電磁気力を操る能力者であるならばそれ以外の力は防げない。

強い力、弱い力、そして重力。

圧倒的といえるだろう。
単純にそこだけ見ても御坂の三倍の力を有している。
一方通行という能力者にはどうやっても御坂は敵わない。
あえて分かりやすい弱点を狙わなければならないほどに。

しかし彼が触れられる力ともなれば話は変わる。
酷く単純な理由でそのどれもが役に立たない。

強い力も、弱い力も、射程があまりに短いのだ。
素粒子に直接作用するこの二つの力はその力が発揮される距離が非常に短い。
一方通行が触れている――彼自身を構成している力も含めた――力をどう操っても御坂には届かない。
直接御坂に触れて能力を行使した方が早い。

そして重力。これについても致命的な欠点を抱えている。
地球上にいるかぎり1Gを超える重力は存在しない。
次に大きい重力発生源である月の分も入れたところでさほど変わらないだろう。

単純に言って彼の体重分+αの力しか操れない。
重力線を投げて直接押したり引いたりしたところで、その程度であれば余裕で相殺される。

とどのつまり、矢張り黒翼か、さもなければ能力の直接行使しか手段がない。

548: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/14(水) 03:17:10.57 ID:D3+afZjBo
刻一刻と疲弊しているのは間違いなく一方通行の側だった。
明確なリミットが設定されているのは彼だけで、相手はただそれを待っているだけで勝負がつく。

けれど御坂の能力出力もまた弱体化している。
互いの能力が同じ媒体を共有している以上、本人たちを除けばどちらかが一方的にメリットやデメリットを生むことはない。

ミサカネットワークが一方通行の演算を維持できなくなれば、墜ちる。
黒翼はミサカネットワークの如何に囚われず、御坂はそれに『原子崩し』でしか対抗できない。

数瞬前まで互角だった天秤はどちらに傾くか分からない。

――時間の流れは果たして誰に味方するのか。

それはどちらにとっても分からない。
両者は互いを睨み合ったまま動きを止めていた。

「……どォして」

ぽつりと口を開く。

「よりによって……オマエがそンな風になっちまったンだよ。オマエは普通に泣いたり笑ったりできる奴だった。
 下らねェ幻想を馬鹿みたいに大事にできる奴だった。俺みてェなのとは違う――オマエは『こっち側』じゃなかった」

問いに、御坂が見せた笑顔に彼ははっとなる。
表情が違う。目を細め、静かに微笑んだのだった。

「そんなの決まってるじゃない……もう、いいや、って。全部諦めたから」

くつ、と喉が煮えるような音を立てる。

「だってそうじゃない。当麻のいない世界なんてどうでもいいんだもの。
 何よりも大切だった。誰よりも好きだった。掛け替えのない存在だった。
 あのときアイツが私の全てだった。私そのものだったのよ。
 それがね、死んじゃった。私にはどうしようもなかった。
 どれだけ強く想っていても何も出来なかった。想いなんてものは粉々に砕かれた」

御坂は笑う。

狂愛に歪んだ道化のような貌で、まるで泣くように笑った。

「だから私は全部全部放り捨てて、一番大事なものを守るために――狂うしかなかったのよ――っ!」

557: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 10:59:17.44 ID:ytvb+audo
ごぉん――――……と空気が戦慄いた。

目を焼きつくすほどの閃光は純白としか感じられない。
鼓膜を突き破ろうとする爆音は感覚の許容値を超え地鳴りにしか聞こえない。

燃え上がるような感情の発露は到底理解されることなどなく、ただ世界を震撼させるだけだった。
                    、 、 、
「……確かに私は超能力なんて妙な力を持ってるけどさ……。
 常盤台とか、超能力者とか、第三位とか、そういうごてごてした装飾がついてるけど。
 ……でも、私まだ中学生よ? 中二なのよ? 一体私に何を期待してるのよアンタ達は。
 馬鹿な事して怒られて、笑って、泣いて、怒って、恋して、そうやって生きてたっていいじゃない」

「……御坂」

「なのに目の前で好きな人が死んじゃって、私を庇って」

くつ、とまた喉を鳴らし御坂は目を細める。

「私が何をしたの? 当麻が何をしたの?
 一体どうしてこんな理不尽な目に遭わなきゃならないの。
 何が悪いの。何がいけなかったの。何が原因だったの――!」

558: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 11:13:54.55 ID:ytvb+audo
叫びと共に再び閃光が炸裂する。

爆ぜる雷火は彼女の感情そのものだ。
世界を震わせ、焼き尽くし、純白に染めようとするその暴力こそが彼女の真正。

「…………」

「答えられる訳ないわよね。私だってそういうものだって分かってる。
 これが単なる不幸の積み重ねで出来た偶然の産物だって理解してる。……でもね」

御坂は口の端を上げ柔らかく笑み――笑うしかなく――、

「ッ……!」

一方通行はその笑顔の意味をようやく理解する。

最初はどこにでもある惨劇だと高を括っていた。
そんなものは世の中どこにでもある。明るく暖かな日常のすぐ傍で幾らでも起こっている。

次に、これは復讐劇だと思っていた。
それもよくある日常の裏側だ。人と人の情念が交錯するのが世界なら、それもまた起こるべくして起こる必然だ。

けれど違う。
これはそんな難しい話ではない。

御坂の言うように、これは不幸に不幸が連鎖して起こっただけの。

よくある悲劇の物語。

ただ一言『不幸だった』と言ってしまえばそれで済んでしまう。
それだけで済んでしまう程度の――よくある話。

だからこれは、徹頭徹尾、不幸な偶然の積み重ねの果てに生まれた悲劇でしかない。





「だからって、はいそうですかって納得できるほど私は大人じゃない!!」

559: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 11:59:59.10 ID:ytvb+audo
八つ当たりに等しい行為だと自覚している。
ただの子供の癇癪だ。嫌だ嫌だと駄々を捏ねているだけに過ぎない。

「目の前にこんな分かりやすい『元凶』がいるんだもの。
 誰も悪くないなんてそんな甘い事を言って終わらせられなんかしない」

けれど――そうせずにはいられない。

「アイツを、最後の最後まで不幸なんて一言で、片付けさせなんかしない――!!」

ゴンッ!! と空気がハンマーで殴りつけられたように鳴動する。
天から降り注いだ光の柱が御坂に突き刺さる。
                            、 、 、 、 、 、
極大の雷火柱――それが掲げた右腕の先に留まっている。

さながら天に振り翳した光の剣。

『原子崩し』の光剣など比べようもないほどの強大な力の塊。
彼女、御坂美琴――『超電磁砲』の力そのものを具現化したかのような『雷撃』。

「だから私は――どんなことをしてでも――」

呟きは雷鳴に塗り潰され、そして。

「――展開――『九月三十日』」

ミサカネットワークを一つのデータが埋め尽くした。

560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 16:27:44.90 ID:ytvb+audo
それはとある記録だった。
無数ともいえるデータの海の中に埋没していた、たった一つの特異点。

その日、学園都市には二つの『闇』が存在していた。



一人はテロリスト――と表向きは称されているはずの人物。

ただの一人。
銃もナイフも持たないたった一人の女。
彼女が前方のヴェントと呼ばれていた、というのはここでは大した意味を持たない。

彼女は警備員を初めとする学園都市の武力を司る者を、敵対しようとする存在を、根こそぎ昏倒させるという不可解な力を揮い無力化した。

それは一体如何なる手段によるものか。
未だ解明できずにいるものの、結果としてそのたった一人によって学園都市は壊滅寸前まで追い込まれた。



そして裏では、その騒乱に隠れるように動いていたもう一つの影が存在した。

名を木原数多。
学園都市の抱える極大の闇の一つである『木原』を冠する一人の科学者である。

一方通行にとっては名も知らないテロリストよりもよほど因縁深いものだ。
何せ彼は木原数多によって一方通行は二度目の敗北を喫することになった。
打ちのめされ、蹂躙され、何の異能も持たない相手に敗北した。



……だがミサカネットワークを侵蝕したこのデータには、
木原数多についても、そしてもう一人のテロリストについてもあまり多くは記録されていない。

だからこれら二人についての情報は単なる蛇足的なものでしかない。



――同時に巻き起こった二つの騒乱の只中に妹達の一人がいた。



これはその日彼女が体験しただけの乱雑なデータ群に過ぎない。

561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 16:29:47.86 ID:ytvb+audo
一方通行は身構える。
どう転ぶにせよ、これが最後の一撃だと。

御坂の手にあるそれは単なる稲妻、放電現象だ。
そんなありふれた力では一方通行には通じない。

当然のように。

「……っ」

背の翼が震える。
これから現れるのはきっと、彼の『無敵』を崩す不条理だ。

『未元物質』や『幻想殺し』ではない。
ましてありふれた超能力などでは断じてない。




  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
在り得ないはずの事が起こるという現象そのもの。





――――それを魔術と人は言う。

562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 16:31:11.67 ID:ytvb+audo
『何か』が一方通行の頭の中を掻き毟った。

「……ッ!?」

何百本もの細長い足を持った虫に這い回られたような生理的な嫌悪感を催す幻覚に不意に襲われる。
ぞりぞりぞりぞりと、抉られるように彼の領域が侵される。

正確にはそれは彼の脳内ではない。
外付けの、ミサカネットワークによって補助されている演算機能だ。

「御坂……!」

それが一体どういうものなのか分からない。分からない。分からない。
だが何を意味するのかは分かった。

得体の知れない何かが思考と共に加速される――。

「俺の――演算能力に乗せやがったのか――!」

その有様、性質、理論、解法、条理、妄念。
そういうものを一つ一つ細かく裁断し解析する。

超能力『一方通行』の持つ真の意味は力の解析。
それがどういう代物なのか、どういう理屈なのかを結果から逆算し正体を明らかにするという天眼。

『魔術』という力の本質を解析する。

563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 16:34:22.97 ID:ytvb+audo
妹達の『消費』が加速度的に増す。         、 、 、 、 、 、
ネットワークを埋め尽くすそれは破滅的な勢いで食い散らかし、それでも演算を止めようとはしない。



「――――――――――――――――――――!!」



風の中に涼やかに響いたのは歌声だった。

御坂の唇から零れるのは悲痛な慟哭のようで、そしてまるで歓喜の歌だった。

鎮魂歌のように。
賛美歌のように。

あるいはただの恋歌のように。

その声に込められていた感情は一体どんなものだったのか。
一方通行をしてもそれを推し量ることはできない。

ただ、一つの結果が現象として現れる。

これは一方通行を打倒し得る最後の鍵。
恐らく一方通行は『分からない力』でさえも捻じ伏せてしまうだろう。

だが。しかし。

それは世界でただ一つの、『一方通行』をもってしても総てを理解することのできない力の質。

この一手で勝負は決する。

564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 16:58:01.87 ID:ytvb+audo
全身の毛細血管がびちびちと爆ぜる。
視界は真っ赤に染まり、骨は軋み、吐息からは硫黄のような味がした。

天を突き刺さんとする巨大な光の塊が鳴動する。
振り上げた右手から伸びる落雷の柱は一度、身震いするように周囲に無数の稲妻を放射した。

その中の一片が――ほんの小さな一雫が一方通行の元へと降り注ぐ。

「――ちィっ!」

何かが拙い。何かがおかしい。
そんな気配を理由もなく直感しながらも――彼は右手を振るう。

設定は『反射』。
全てを拒絶するように飛来した白雷を打ち払う。

雷速の一撃に一方通行の腕は偶然か、正確に命中した。
白い指先に触れた雷光は虹色の光となって四散する。

同時に右手の指が五指纏めて吹き飛んだ。

「ッ――――がァァああああああ!!」

あらゆる力を反射するはずの能力を前にしても、雷撃は確かに一方通行に突き刺さった。

565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 17:18:45.86 ID:ytvb+audo
(く……そォが……ッ!)

思考を掻き回す乱雑な情報の嵐が演算を阻害する。
それはこの解析不能な力の源泉なのだろうが、だとしても何かがおかしい。

この情報のままの力なのであれば、そのままを設定すれば理解などせずとも跳ね返せるだろう。

どうしてそれをすり抜ける。



――それがこの世界にある普通の物理ならな。



「っ……!」

不意に浮かんだ言葉。
それはもう一つの、一方通行の鉄壁を正面から崩した存在。

(よく分からねェ代物に、もう一段階フィルタを噛ませて……!)

これは本来、一人の少女を救うためだけに行使されたものだ。
それをそのまま出力したところで、どうして破壊を撒き散らすものか。

(無理だ――)

フィルタは他ならぬ『御坂美琴』自身。
魔術の構築式を強引に自分の演算公式を組み込んだだけの継ぎ接ぎだらけの代物だ。

ならばこれは『超電磁砲』という魔術の発露に他ならない。

(俺は雷撃や超音速徹甲弾のベクトルは知ってるが『超電磁砲』なンて能力そのもののベクトルは知らねェ。
 そンなものは、アイツの、御坂美琴の観測した世界の中にしか存在しねェンだから――!)

566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 17:47:08.32 ID:ytvb+audo
一方通行は歯を食い縛る。

思考を侵す情報の氾濫は頭の中をミキサーでぐしゃぐしゃと掻き回されている錯覚を引き起こす。
右手の先の欠落からくる激痛はまるで御坂の雷撃がべっとりと貼り付いてでもしまったかのよう。

気を失った方が楽に違いない。
だが彼は意識を手放そうとはしなかった。

……自分は『彼』のようにはなれないだろう。

頭の端に引っ掛かった存在が一方通行を引き止める。

『彼』は英雄のような存在だった。
理不尽に降り掛かる災厄を吹き飛ばしてしまうような、そんな存在だった。

けれど自分は対極に位置する。

自分は災厄だ。理不尽だ。
英雄に吹き飛ばされる存在でこそあれ、英雄などでは断じてない。

ならば何か。

「――――――」

その時彼は見た。

烈光を天に掲げた少女の体が震え。

「――ごぼ――ッ」

口からどす黒い血を吐き出し、目からは血涙を流し。
それでもなお何かに憑かれたような笑顔でこちらを見る少女を。

(――そォだ。俺はアイツになンかなれやしねェ。俺に出来るのはただ――)

ぎ、と噛み締めた奥歯が嫌な音を立てて擦れ、一方通行は唇を吊り上げた。

諦念など必要ない。慈悲など必要ない。
英雄の対極に位置する彼に必要なのはたった一つだけ。

破壊の衝動。殺意。

「――殺す。俺はただそれだけの悪党だ」

567: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 18:15:16.36 ID:ytvb+audo
ただ殺意に任せ、他を残らず無視して衝動的に一方通行は喉を震わせる。

「――――――――――!!」
                       う た
彼女と同じく、思考を埋め尽くしていた魔術に『一方通行』を乗せる。

理屈は分からない。結果も見えない。
しかしこの御坂に対抗できるのは自分だけで、これ以外にないと直感した。

もしかしたら無駄に終わるかもしれない。
何も起こらず、ただの足掻きにもならないかもしれない。

けれど一方通行は衝動のままに喉を震わせ、歌を紡ぐ。

「な――」

予想外の返歌に御坂は唇を噛む。

自分と同じ事をしているのだというのは理解できる。
ただその結果がどうなるのかは予想できない。

当然だ。魔術を知らぬ御坂には今自身が掲げるこの雷剣ですらもよく分かっていない。
まして他人のそれがどんなものなのか、考え及ぶはずもない。

568: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 18:25:42.49 ID:ytvb+audo
視界はぼやけているし全身の感覚がまるでない。
けれど掲げた右手には極大の稲妻が握られている。
力に奮えるように鳴動する雷光は何者にも抗えない力の象徴だ。

その性質を、その意味を、御坂は知らない。

そんなものはどうでもいい。

彼を殺すというたった一つの目的のために掲げた腕を――、

「――――っ」

視線の先、殺意を向けた相手は、同等の殺意をこちらに跳ね返している。
歌と共に、血のような殺意に濡れたどろりとした瞳で自分を見据えて笑っている。

狂したように歌声を響かせ、そして。

「ガ、はァ――っ!」

血を吐き、笑い。



――掲げた右手を振り被り、一息に、



……こぽん、と小さな音がした。

御坂と同じように、一方通行の喉から零れた血の塊が、まるで風船のように膨らみながらも薄れてゆく。

いや違う。あれは体積を増しているだけだ。
同時に何故だか血の色は失われ、透明になっていく。

意味が分からない。理屈がまるで理解できない。
それが血なのか、もっと別の何かなのか、それすらも判断できない。

だが一目で――駄目だ、と天啓のように覚る。
何故だか分からない。けれど間違いなく直感した。


              、 、 、
あれはとんでもなく不吉な予感がする――。





「――――ぅああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」





絶叫と共に振り下ろした。

569: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 19:29:43.09 ID:ytvb+audo
「――――」

理解できないのは一方通行も同じだった。
如何な一方通行であれ、その力を行使したとしても、理屈の一片たりとも分からなかった。

口から吐いた自分の血液が、膨れ上がって、透明になっている。

ただそれだけの現象だ。
吐血については御坂も同じで、恐らくは何らかの代償なのだろう。
超能力者が魔術を行使したという行為そのものに無理が生じたのか。

それらを理解できないし、しようとも思わない。

(なンだ……これは……)

ただ、目の前で水に漂うクラゲのように浮かぶ水球はその結果だ。
どこか呆然とした頭で発生した事象について思考を巡らせる。

(塩酸? 硫酸? それとももっと別の劇物か?
 馬鹿な。そンな物をアイツにぶつけたところで――)

思わず――伸ばした左手の先が球に触れる。

「――――」

冷たい、と感じる。
たったそれだけの液体だ。

(――違う!)

  、 、 、 、
理解した。

どうしてそんなものが生まれたのか分からない。分からないし、どうでもいい。
ただ、それが何なのか、目の前にある事実だけを理解すれば充分だった。

それは最も身近で、ありふれた存在。
      、 、 、 、 、
(これはただの水だ)

水。H2O。
たった三文字の化合式で表される存在。



――知ってるか。この世界は全て素粒子によって作られている。



理解すると同時に、脳裏にあの言葉が過ぎる。
          、 、 、 、 、 、
一方通行を、無敵の能力者の鉄壁を崩した少年の言葉が。



――俺の『未元物質』に、その常識は通用しねぇ。

570: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 19:46:19.60 ID:ytvb+audo
落雷が振り下ろされるという物理法則を超えた現象。

当然であり必然だろう。
それは魔術という物理法則に縛られない不条理の塊だ。

その前に一方通行の背から噴出する黒い翼が立ち塞がる
六枚全て、抱き止めるようにその進路を遮る。

バギバギバギバギバギバギィィ! と耳を劈く破壊音が響く。

「ああぁぁああああああああああああ――!!」

「おォォォおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

両者の激突は一瞬。

砕かれたのは――黒翼の側だった。

虹色の光を羽毛のように撒き散らしながら翼が割れる。
断ち切られ、寸断され、粉砕され、四散し、粉微塵に、打ち砕かれる。

「一方――通行ぁぁああああああ――!」

あらゆる物を蹂躙し破壊する雷光が白の超能力者に突き刺さる。

閃光の花が夜空に咲いた。

571: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 20:06:27.60 ID:ytvb+audo
「――――――」

その力の全てを発散したのか、御坂の手からは光は失われていた。
ごぼ、と咳と共に肺に溜まった血を御坂は吐き出し、荒い息を繰り返す。

彼女の前には――未だ一方通行の姿があった。

「……先に一発貰ってて正解だった。
 どォにか感覚は掴めたからなァ。何とかベクトルを操れた」

そう言って白髪の超能力者は顔を顰める。
背から弱々しく黒色を吐き出しながら、一方通行は、もしかしたら笑ったのかもしれない。

「そのザマでよくそんな事言えるわね、アンタ」

「……」

眇めた先の少年は、右半身が吹き飛んでいた。

六枚の翼を突き破った先、最後に掲げた指を失った右手が雷光を遮った。
持てる演算力を総動員してその力を統率しようとした彼は――結果、御すること出来ず、けれど力の大半を虹色の光に砕くことに成功した。

ただ、全体の内の一パーセントにも満たない力が彼の体を砕くに至り、腕はおろか、右肩から腰あたりまでを消し飛ばした。

白い顔も半ばまで焼け焦げ、醜い傷痕を刻んでいる。
抉られた腹から中身が零れないでいるのはただ傷口が高熱に焼き付けられたからだろう。

どう見ても致命傷だ。
即死しなかっただけでも奇跡のようなものだった。

572: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 20:23:33.45 ID:ytvb+audo
「――――は」

御坂の喉からも哄笑が漏れる。

「はは、あはは、あははははは――」

何故だか口が勝手に笑い声を吐き出していた。

「あははははははははははははははははははははははははははははははは――――!!」

愉快だった。痛快だった。
最強だった超能力者は今、自分の前に惨めな姿を晒している。

「は――――」

ごぽり、とまた血を吐く。
大丈夫だ。歌と同時にどういう訳か全身に裂傷が走り内臓にまでダメージを負ったが、ぎりぎりで致命傷には届いていない。
少なくとも数日程度、苦痛にもがき苦しむかもしれないが、一方通行よりは生き延びる。

勝った。
だから御坂は笑わずにはいられない。
                、 、
自分の悪夢の発端であるあの一方通行に勝ったのだ――!

「……勝利宣言には早すぎるぜ、超電磁砲」

「え……?」

今更何を言っているのだ、と御坂は疑問する。
どうしてそんな言葉が出てくるのか分からなかった。

触れられてもいない。
そもそも電磁場の壁は何かの接触を認識していない。

何もされてはいない。
そのはずなのに。

彼は御坂に蔑むような笑みを向けていて。

「ごっ――ぶあ――っ!?」

どういう意味なのか問うよりも先に。
言葉の代わりに喉をせり上がってきた血を、口から滝のように吐き出した。

573: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 20:41:32.91 ID:ytvb+audo
何が起こったのか、何をされたのか、全く分からない。

ただ一つだけはっきりしていることは、どうにもこれは致命的なものだということくらいで。

「アンタ……何を……!」

「冥土の土産だ。一つ理科の授業をしてやるよ」

睨む御坂にひゅうひゅうと掠れる声で一方通行は嘯いた。

ようやく御坂は気付く。
彼の前に浮かんでいたはずの水球がなくなっている。

「どォにかほンの少しだけ『掴めた』からな、利用させてもらった」

「何をした……っ!」

「理科だっつってンだろ。中学生にも分かるよォな簡単な奴だ」

そう言って彼は、一度咳を吐き。
  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「水を電気分解しただけだ」

「な……」

御坂は絶句する。

「ただの……水……?」

そんな単純な化学反応であるはずがない。
それだけでは帳尻が合わない。

何よりあの不吉な予感がしたものが単なる水であるはずがない……!

574: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 21:09:31.56 ID:ytvb+audo
「いいや。あれは水には違いねェが……『ただの』と言うのはちィと語弊があるな」

「…………っ!!」

その言葉で御坂は理解した。

あの得体の知れない不吉な予感は間違っていなかった。
確かにそれを水と言ってもいいだろう。

一見してただの水。

だが、正確に言うのであれば。

「重水。水素の同位体、デューテリウムやトリチウムで作られた、文字通りに重い水」

その言葉が意味するところを御坂は理解した。
雷が炸裂したときの爆光はそれだけのものではなかった。

重水を構成する二重水素や三重水素。
この場合用途は一つしか思いつかない。

御坂を穿ったのは熱線でも衝撃波でもない。
それらは電磁気力制御の壁の前に弾かれる。
                        、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
その正体は核融合によって生まれる電荷を持たない素粒子――中性子線だ。

「水……爆……っ!」

「正解。賞品は地獄行きの片道切符だ」

ぐらりと、ようやく――両者の体が崩れる。

「ハッ……第一位の意地だ。格下に一人勝ちなンかさせてやるかよ」

「…………!」

能力による浮力を失い、二人の超能力者はほぼ同時に地上に向かって墜落した。



――――――――――――――――――――

585: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 23:12:36.67 ID:ytvb+audo
「っぎ――――」

硬い地面に叩きつけられ、一方通行は肺の中身を血と一緒に吐き出した。

ベクトル操作の能力が失われている訳ではない。
そうでなければ遥か上空から墜落して生きていることもないだろう。

ただ満足に能力を働かせることができず、衝撃は一方通行の身を襲った。

けれどまだ死んでいない。
恐らくそう遠くない時分、精々が数分も経たぬうちに命が尽きるだろう。

ただそれだけ。

だからこれは、死の直前のほんの一瞬に過ぎない。

「…………」

一方通行の落下したのは、御坂との戦いの最初の場だった。
タイルには落下の衝撃でクレーターを刻んでいるし、周囲は戦いの余波で酷い有様だった。

「っ……が……」

立ち上がろうとして、直後に身を崩し、右手がないことに気付く。
既に痛みはない。そういう次元を超えてしまっているのだろう。
五感全てがどうにも虚ろだった。

586: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 23:22:01.49 ID:ytvb+audo
「……っ……」

それでもどうにかして立ち上がる。
左手一本で体を支え、身を引き摺るようにして強引に起き上がらせ、這うようにして進んだ。

ずっ……ずっ……ずっ……。

時間の感覚すらも曖昧なまま一方通行は無心に体を進める。

そしてようやく、左手を伸ばし、渾身の力を込めて身を引き上げた。

「っ……はァ」

最後の大仕事を終え、一方通行は疲れた溜め息を一つ吐く。

「……よォ」

どさり、と倒れ込むようにベンチに座った彼は、隣の少女に向かって言葉を投げる。

「悪りィな、打ち止め。オマエのお姉様、殺したぞ」

返事はない。

彼とてそれを理解している。
隣で眠る少女はもう二度と目覚めることもなければ無邪気な笑顔を向けることもない。

「結局俺は……最初から最後まで、オマエらを殺すだけだったなァ」

目を瞑り自嘲的な笑みを浮かべ一方通行は独白する。

きっとそれが己に架せられた業だったのだろう。
彼は終始御坂美琴という存在を殺すためだけにあったのだとつい思ってしまうほどに両者の関係は因縁めいていた。

587: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 23:36:58.23 ID:ytvb+audo
誰かを救えるのではという考え自体が、もしかしたら前提条件から間違っていたのかもしれない。
自分は首尾一貫して、殺戮でしか事を成せないような、そういう存在だったように思える。

だったら、これは必然だ。

御坂美琴を殺すことで一方通行という存在は終了する。

「どォせこれもオマエの掌の上なンだろォがなァ、アレイスター」

は、と聞いているのかも分からない相手に向かって嘆息した。

「まァ……第一位から第五位までがこれで総崩れだ。
 オマエのプランとやらも流石にそろそろ限界じゃねェのか」

無論そんなことはないのだろうが――返事がないのをいい事に好き放題に言うくらいはいいだろう。

「つっ……かれたァ……」

もう一度大きく息を吐き全身の力を抜く。
体が泥に沈んだように重い。こんな感覚はいつ以来だろうか。

このまま眠ってしまいたくなる。

それも悪くない……と頭の隅で思うが、その一方でこんな終わり方が許されるのかと自問する。

自分のような存在は、苦しみに苦しみ抜いて死ぬべきではないのか。
そうでなければ帳尻が合わない。そうでなければ『彼女達』に申し訳がない。

だから、その言葉が掛けられた時にこれは既に死後の夢ではないのかと思ってしまった。

588: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/18(日) 23:47:26.63 ID:ytvb+audo
「お疲れ様でした、とミサカは聞こえているのか分からないあなたに労いの言葉を掛けます」

「……なンだよ。化けて出るならもォ少しマシな言葉を吐いたらどォだ」

薄目を開けて見遣ると、そこには嫌になるほど見飽きた顔が立っていた。

御坂美琴――と同じ顔をした少女。
軍用ゴーグルを乗せた顔が、すぐ傍でこちらを見下ろしていた。

首から伸びる細い鎖の先にはハート型のペンダントトップが提げられている。

「オマエ、生きてたのか」

「はい、とミサカは肯定します。ミサカだけはネットワーク接続を切りスタンダローン化していましたので。
 ぶっちゃけた言い方をするとまったく無傷です、とミサカは元気さをアピールするために腕を軽く振り上げます」

「そォかい。どォせなら他の奴らも同じ事やってくれてりゃ楽に済んだのによォ」

「この個体が特別なだけです、とミサカは甘い幻想を打ち砕きます」

「どォして」

「最後まで見届けるため」

……とミサカはシンプルな解を提示します、と続け、少女は薄く笑う。

589: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 00:10:50.31 ID:NOXXRoXgo
「……なァ」

「はい」

「本当にそれだけか?」

「と言いますと、とミサカはしらばっくれて口笛を吹く真似をします」

「……こっちは今にも死にそォなンだが」

無表情のまま唇を尖らせ音の出ない息を吐く少女を半眼で眇める。
何故だか一言毎に余計に疲れる気がする。すぐにでも意識を失ってしまいそうだ。

「もォ一度聞く。生きてたのかよ」

「これはもしかしてバレてますか、とミサカはあなたの感の鋭さに戦慄を覚えずにはいられません」

「アホか。気付かねェ訳がねェだろォが」

そう言って一方通行はまた大きく嘆息した。


               ラストオーダー
「オマエ、何やってンだよ、打ち止め」



「……」

「……」

「……あは」
     、 、 、 、
少女はにっこりと無邪気な笑みを浮かべ一方通行に向けた。

594: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 00:27:55.60 ID:NOXXRoXgo
「ちぇー、やっぱりあなたは騙せないなあ、ってミサカはミサカは口を尖らせてみたり」

「単にオマエが間抜けなだけだろ」

隣に腰掛けた少女に一瞥もくれずにべもなく一方通行は一蹴した。

「詰めが甘いンだよ。オマエ前に似たよォな事やってンじゃねェか。
 ミサカネットワークにバックアップ取るのが趣味なンだろ?」

「趣味って、なんか今酷い言われ様をしてるかも……
 ってミサカはミサカは相変わらずのツンツンっぷりにいつになったらデレてくれるのかなーって少しばかりの期待を込めて流し目を送ってみたり」

「うるせェよ。何語だそりゃ」

「つれないなあ、もう」

少女は柔らかく微笑み、一拍。

「ミサカがここにいるのはね、さっき言ったように最後まで見届けるため、ってミサカはミサカはあなたに嘘なんかつくはずないってことをアピールしてみる」

「それこそ悪趣味だろ。なンでよりによってオマエなンだよ。大人しく死ンどけっつーの」

「ひどっ。折角ならあなたのために最後まで居残り決め込んだミサカの一途っぷりに
 少しくらい感動してほしいなー、ってミサカはミサカはどうせ無駄だと分かってるけど言わずにはいられなかったり」

「うぜェ。鬱陶しい。結局最後までオマエの相手かよ面倒くせェ」

……とはいえ、実際のところそう悪い気分ではない自分がいるのだが。
そんな愚考が浮かぶ辺りどうにも頭に血が足りていないのかもしれない。

勿論そのことを口に出したりなどはしない。

597: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 00:48:36.22 ID:NOXXRoXgo
「一〇〇三二号はどォした」

「いるよ?」

即答する。

「それだけじゃない。他のみんなだってここにいる。
 ミサカは全ミサカを代表して人格を形成してるだけで、そうだなあ……、
 ミサカっていう多重人格者って表現するのが分かりやすいかも、ってミサカはミサカは例えてみる」

「オマエら元からそンなもンだろ」

「うん。ただ、今までは体が人格の数だけあったから、ねえ?」

苦笑する。

「今の主人格はミサカで、まあミサカ自体がエミュレートされてる亡霊みたいなものなんだけど。
 だから化けて出たって表現もあながち間違ってないかも。だってミサカの元の肉体は生命活動を停止してそこにある訳だし。
 うわあ自分の死体を見るって凄く貴重な体験、ってミサカはミサカは実は他のミサカは大体やってることをようやく体験してみる」

「笑顔で言うなよそンな事」

ごほ、と血の混じった咳を吐き思わず崩れ落ちそうになる。

「……それにしたって、それはオマエが出てくる意味にならねェ。
 さっさとゲロっちまえよ。オマエはどォして大人しく死ンでねェで俺の前に現れたンだよ。嫌がらせかオイ」

「容赦ないなあ……そんな意地悪な子に見えますか、ってミサカはミサカは頬を膨らませてみる」

「趣味が悪いのは見ての通りだなァ」

ぜひ、と掠れた音で笑い、一方通行は薄く目を開く。
視界はぼやけてしまっていて、夜闇の中では余計に碌なものが見えない。

それでもどうにかして首を動かし、隣の少女――生きて動いている方――に視線を向ける。

「俺を、殺しに来たか」

599: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:02:06.68 ID:NOXXRoXgo
「……」

「……」

二人が視線を交錯させ、しばらく無言の後、彼女はようやく唇を開き。

「はぁ? ってミサカはミサカは何言ってんだコイツみたいな馬鹿にした顔であなたを見てみる」

「おいオマエら実は別人格とかじゃなくて普通に混ざってるだろ」

「うーん、やっぱり少し肉体のフォーマットに引っ張られるのかなあ、ってミサカはミサカは予想してみたり」

不思議そうに小首を傾げて自分の胸元を見下ろす少女に一方通行は無言で疲れた半眼を向けるしかなかった。

「おおっ、さすが肉体年齢中学二年生。
 ミサカになかったものが慎ましやかながら備わっている、ってミサカはミサカは感動に打ち震えてみたり……!」

「できれば後にしてくれねェかなァお嬢さン。こっちはそろそろ死ぬってンだから」

「ごめんごめん。それで何の話だっけ、ってミサカはミサカは脱線しかけた話題を軌道修正してみる」

「オマエが化けて出た理由」

「率直な意見。それを聞いてどうするの、ってミサカはミサカは純真な素直さをアピールしてみたり」

「特に理由はねェよ。今際の暇潰しか冥土の土産くらいにしとけ。つかそれ自分で言ってたら世話ねェだろ」

「しまった……!」

まったく忙しい奴だ、と一方通行は目を伏せる。

600: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:22:26.19 ID:NOXXRoXgo
「ミサカが化けて出た理由は二つ、ってミサカはミサカはビシィって指を突きつけながらうわあ自分で化けて出たって言っちゃったよって公開に打ちひしがれてみたり」

彼女は言った通りに指を二本立てているのだろう。
見えてはいないが丁寧にも実況してくれる。

「一つはあなたに自慢するため」

自慢……?

「ミサカが作られた目的はあなたに殺されるためだったかもしれない。
 でもね、ミサカ自身に架せられた目的はそれとは別にあった、ってミサカはミサカは説明してみる」

息を吸い、少女は告げる。

「ミサカはあなたを倒すように作られた。
 そして、今日、ようやくあなたに勝ったよ、ってミサカはミサカは勝利を宣言してみたり」

……ああ、なるほど。

確かに彼女らは終始そのために生きていたのだろう。
結果的に自分に殺され、結果的に実験の糧として使い潰されていただけで。

彼女たちの命題はそこにあったはずだ。

実験が立ち消えた後でもそれは失われていなかった。

「まあ実際にやったのはお姉様なんだけど、そこは共同戦線とかそういう感じで、ってミサカはミサカは都合のいい解釈をしてみる」

しかしそれではまだ理由にならない。
それが彼女でなければならない必要はない。

だから、早く。

どうにも眠くて仕方がないのだ。

601: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:31:19.50 ID:NOXXRoXgo
「もう一つの理由はね」

あァ。

「あなたにお礼を言うため」

……はァ?

なンだそりゃァ。
どォして礼なンか言うンだよ。

「ミサカがね、あなたのお陰で生まれてきたから。
 だからお礼、ってミサカはミサカはようやく面と向かって口にしてみる」

だとしても、だ。
殺されるために生まれてきて、殺す相手に礼を言うなンて可笑しな話だ。

「ううん、そうじゃないよ、ってミサカはミサカは首を振ってみる」

……おい。

どォして口にしてないのに会話が成立するンだよ。

「だって、他のミサカはもうみんな死んじゃったし。
 だから普段は分散してるけど今あなたの代理演算をしているのはこのミサカだけで。
 つまりあなたの思考はぶっちゃけミサカに筒抜けなのでした、ってミサカはミサカは意地悪な視線をあなたに送ってみる」

……面倒臭せェ。

602: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:46:46.43 ID:NOXXRoXgo
「ミサカはね、ミサカだけは、ミサカ二〇〇〇〇号だけは違うよ、ってミサカはミサカはあなたの手を取ってみたり」

そう彼女は言うのだけれど、どうにも手の感覚がない。

触れられている気はする。
でもどうしてだか蜃気楼のように曖昧で、実感が持てない。

「ミサカだけは製造目的が違ったからね。
 唯一の例外。あなたに殺されるために生まれてきた訳じゃない」

……。

「ミサカは、あなたのために生まれてきた訳じゃない。
 でも、父親も母親もいないミサカにとってあなたはもしかすると、
 ミサカの親みたいなものなんじゃないかなあって、ミサカはミサカは自分で言っててよく分かんないけど」

……多分そういうことなんだ、と。
きっと彼女は少し照れたようにはにかんでいるのだろう。

「だから、お礼。ミサカを生んでくれてありがとう」

……なンだよ。

「ミサカは多分、あなたを愛するために生まれてきたんじゃないのかな」

なンだよ、それは……。

「たとえ世界中があなたの事を憎んでも。
 たとえあなた自身が自分を嫌悪しても。
 ミサカだけはあなたを好きでい続けるから。
 ミサカを守ろうとしてくれたあなたを、ずっとずっと、大好きでいるから、ってミサカはミサカは――」

最後の方はよく聞き取れなかった。

けれど、どうにかして言い返してやろうと、重い唇をゆっくりと動かし。

「…………好きに、しろよ、クソガキ」

最後までどうにか体裁ばかりの悪態をついてやることにした。

603: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:51:40.19 ID:NOXXRoXgo
「…………」

ずるり、とベンチの背に凭れていた体が傾ぎ、崩れ落ちる。

枯れ木のように軽い少年を両腕で抱き止め、ゆっくりと膝の上に寝かせると少女は優しくその髪を撫でた。

「お疲れ様……お休みなさい」





目を閉じたままの彼の顔は、母の腕で安らかに眠るあどけない子供のような。

――天使のようなと称される寝顔に似ていた。





――――――――――――――――――――

604: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 01:52:33.99 ID:NOXXRoXgo
何やら最悪に酷いミスがあった気がしましたが、お休みなさい
さて、御坂さんパートです

605: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:02:53.13 ID:NOXXRoXgo



なんだか酷く長い夢を見ていた気がする。



「…………」

目を開くと、そこはいつもの寮の部屋ではなかった。

けれど知らない場所だという訳でもない。
それどころか、実に思い出深い場所だった。

公園だ。

忘れもしない、あのとき彼と過ごした、あの場所。

そう。今腰掛けているベンチ。
ここで初めてキスをした。

それがつい昨日のように思い出せる。

実際にはさほど日は経っていないのだが、その間に随分色々な事があった気がする。

「っ――はぁ――」

鉄錆の味がする重い息を吐き出し頭上を見上げた。

そこにはごく当たり前の空があって、僅かに白んだ闇色の中に星が瞬いていた。

608: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:12:13.72 ID:NOXXRoXgo
「は――」

吐く息が白い。道理で寒いはずだ。
体からは熱が丸ごと抜き取られて、全身が冷たい鉄か何かに変わってしまったように冷たく、重かった。

「さむ……」

震える手で左腕を抱くようにして身を竦ませる。
そうするとほんの少しだけ暖かな気がした。

首を縮こまらせていた方がきっと寒くはないのだろうが、どうしてだか見上げた空から目が離せなかった。

酷い頭痛が絶え間なく繰り返していた。
重い息を吐き出し、軽くこめかみを押さえる。
そんなことをしても頭の中でがんがんと鳴り響く鐘の音はちっとも止んではくれない。

「…………」

重力に任せ滑り落ちた指に絡まった何かがずるりと抜け落ちる。
何やら大変な事態になっている気がしたが。

「……もう、いいや」

疲れた。

ただそれだけだ。

609: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:21:00.34 ID:NOXXRoXgo
ふと何か気配を感じてゆっくりと視線を巡らせる。

「……アンタ」

彼はベンチに一人座った自分から少し離れた位置に静かに立っていた。

柔らかく、静かに微笑んで。

「なんだ……」

目を細め、少女は少しばかりの笑みを作った。

「アンタ、そっちの顔も中々かっこいいじゃない」

なんだか見覚えのある笑顔をした褐色の肌の見知らぬ少年は彼女の言葉にただ無言で微笑むだけだった。

「……ねえ」

たったそれだけの短い言葉に彼は頷き、羽織ったスーツのポケットに手を入れる。

「……ん」

ゆっくりと取り出した手には黒い石で出来た民族工芸のようなナイフが握られていた。
それを彼は、つい、と目の前に掲げる。

「――――」

天の端に浮かぶ明けの明星の光に黒曜石の刃が煌いた。

610: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:35:37.02 ID:NOXXRoXgo
ばきん、と破滅的な音が鳴る。

捲り上げた左袖から覗く義腕がばらばらと砕け落ちた。

一緒に何やらびちゃびちゃとぬめったものが零れたようにも見えたが、気にしないでおく。

「ありがと」

一緒に落ちないように優しく握っていたその手を胸に抱き、目を伏せる。

数呼吸の間そうしてから目を開くと、そこに彼の姿は無かった。
気を利かせてくれたのかな、と少しばつの悪い笑顔を浮かべ。

「あ……」

と小さく呟く。

「結局……名前、聞いてなかったなあ……」

まあいいか、とすぐに思考から消して、胸に抱き寄せる腕にほんの少しだけ力を込める。

なんだか酷く長い夢を見ていた気がする。
それがよく思い出せずにいる。

寒い。それに頭痛が酷い。

意識は靄が掛かったみたいに朦朧としていて、音もよく聞こえないのは辺りが静かなだけだろうか。

浅い呼吸を繰り返しながら、碌に見えぬ目を伏せた。

611: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:45:19.14 ID:NOXXRoXgo
一体自分は何がしたかったのだろう、と今更ながらに考える。

こんな事を言ってしまえば怒られるのだろうが、どうせ辺りには誰もいない。
それに声にしなければ誰かがいたとしても分かるはずもない。

とはいえ答えなどとうに出てしまっている。

「幸福も不幸も、いらない」

欲しかったのは最初から一つだ。
たった一つ、それが満たされれば他の事などどうでもよかった。

「私はただ」

簡潔にして単純明解。
きっと自分のような年頃の少女なら同じようなことを思うだろう。

「もう一度だけでいいから……」

それが叶うことなどないと分かっていた。
なのに、せめてもう一度だけと願わずにはいられなかった。

「名前を……呼んで……」

その声に答える相手などいもしないのに。

「当、麻ぁ……」

その名を口にせずにはいられず。
やっぱり少しだけ泣いてしまった。

612: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:47:38.82 ID:NOXXRoXgo





          み










                         こ










               と





613: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:57:42.80 ID:NOXXRoXgo
「――――――」

声が、聞こえた気がした。

目も見えない。音も聞こえない。
頭の中では鐘ががんがんと鳴り止まない。
息をするだけでも妙に疲れる。

なのにその声だけははっきりと聞こえたような気がして。

「なぁんだ――」

そんな些細なことは全部どうでもよくなって。

ただ自然と笑ってしまった。

「遅い――じゃない――」

もしかしたらこれは夢の続きなのかもしれない。
それでもきっとよかった。

「また――遅刻して――」

それがたとえ夢であっても。

たとえ現実であったとしても。

彼がいるのなら。

「ほら――デート、なん――」

手を、伸ばす。

614: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 02:58:38.86 ID:NOXXRoXgo










「――行くわよ、当麻」










615: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:01:43.57 ID:NOXXRoXgo
とさり、と腕が落ち、それきり二度と動かなかった。










物語は、終わる。

けれど世界はそれとは関係なく続いてゆく。



悲劇の夜が明け、朝日が昇る。

柔らかな光が少女の横顔を照らしていた。



――――――――――――――――――――

616: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:04:05.62 ID:NOXXRoXgo
――――――――――――――――――――









                 グランギニョール
――と あ る 世 界 の 残 酷 歌 劇――











617: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:05:23.99 ID:NOXXRoXgo





■CASTS





・御坂美琴
一〇月一八日、急性放射線症候群により死亡。





・垣根帝督
一〇月一七日、失血性ショックにより死亡。死体は細かく切り刻まれる。





・麦野沈利
一〇月一七日、繁華街の壁面に激突し死亡。





・浜面仕上
一〇月一七日、五体を分解され死亡。

・滝壺理后
一〇月一七日、急性薬物中毒により死亡。

・絹旗最愛
一〇月一七日、右手を圧潰され欠損。



618: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:06:06.30 ID:NOXXRoXgo



・砂皿緻密
一〇月一七日、体を腹部で両断され死亡。

・ドレスの少女
一〇月一七日、ビルの屋上から墜落し死亡。

・ゴーグルの少年
一〇月九日、脳損傷により死亡。

・博士
一〇月九日、全身の肉を摘み取られ死亡。

・馬場芳郎
一〇月九日、高エネルギー投射体の砲撃を受け死亡。

・査楽
一〇月九日、高エネルギー投射体の砲撃を受け死亡。





・黒夜海鳥
一〇月九日、高電圧を受け死亡。




619: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:07:00.28 ID:NOXXRoXgo



・海原光貴
一〇月一七日、全身を殴打され死亡。

・カエル顔の医者
一〇月一〇日、急性心不全により死亡。





・ミサカ二〇〇〇一号
一〇月一七日、急性心不全により死亡。

・ミサカ一〇〇三二号
消息不明。

・ミサカ一〇〇三九号
一〇月十七日、高エネルギー投射体の砲撃を受け死亡。

・ミサカ一三五七七号
一〇月一七日、大口径ライフル弾の銃撃を受け死亡。

・ミサカ一九〇九〇号
一〇月十七日、高エネルギー投射体の砲撃を受け死亡。

・ミサカ一〇七七七号 ほか『妹達』九九六三名
一〇月一七日から十八日にかけ、脳機能障害により死亡。

・ミサカ一八四一三号
一〇月一七日、頚部裂断により死亡。



620: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:07:43.71 ID:NOXXRoXgo



・土御門舞香
消息不明。

・インデックス
消息不明。

・フレメア=セイヴェルン
消息不明。

・結標淡希
消息不明。

・ショチトル
消息不明。





・上条当麻
一〇月九日、瓦礫の下敷きになり死亡。事故当時体の一部が発見されず。





・白井黒子
消息不明。

・エツァリ
消息不明。

・土御門元春
消息不明。



621: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:09:33.78 ID:NOXXRoXgo



・初春飾利
事件前後より、記憶・認識障害等の精神疾患が見られるようになる。要観察処分。

・佐天涙子
事件の数週間後、寮から飛び降り自殺。遺書の類はなし。

・固法美偉
事件の数ヶ月後、風紀委員を辞職。

・婚后光子
特記事項なし。

・湾内絹穂
特記事項なし。

・泡浮万彬
特記事項なし。

・食蜂操祈
事件の数ヵ月後、学校の屋上から飛び降り自殺。遺書の類はなし。

・月詠小萌
特記事項なし。

・姫神秋沙
特記事項なし。

・黄泉川愛穂
事件の数ヵ月後、包丁で腹部を刺され死亡。

・芳川桔梗
事件の数ヵ月後、自宅にて首吊り自殺。遺書の類はなし。

・木山春生
特記事項なし。





・フレンダ=セイヴェルン
一〇月一七日、心臓損傷により死亡。





・一方通行
一〇月一〇日、脳挫傷・内臓破裂により死亡。





・アレイスター=クロウリー
特記事項なし。





・鈴科百合子
消息不明。




622: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:11:04.92 ID:NOXXRoXgo





■原作
        インデックス
『とある魔術の禁書目録』 (アスキーメディアワークス)

   著:鎌池和馬 イラスト:はいむらきよたか


         レールガン
『とある科学の超電磁砲』 (アスキーメディアワークス)

   作画:冬川基 原作:鎌池和馬
   キャラクターデザイン:はいむらきよたか





■挿入曲

マザー・グースより

「女の子は何で出来ている」   「三匹の子猫」
「誰がこまどりを殺したか」    「ハンプティ・ダンプティ」



ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

「交響曲第九番 第四楽章 -歓喜-」



テレビアニメ『とある科学の超電磁砲』より

「SMILE -You&Me-」

   作詞:西田恵美 作曲:渡辺拓也
   編曲:増田武史 歌  :ELISA




623: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:12:17.01 ID:NOXXRoXgo



■脚本・演出

とある>>1◆24GyCItkQg





■使用スレッド

御坂「――行くわよ、幻想殺し」 

御坂「名前を呼んで 

御坂「幸福も不幸も、いらない」 

御坂「もう、いいや」 





■製作

VIPService

製作速報VIP
SS速報VIP










■監督

とある>>1◆24GyCItkQg










――――――――――――――――――――

624: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:13:04.62 ID:NOXXRoXgo
――――――――――――――――――――



   "Grand-Guignol/end of the world"

               ――Fine.



――――――――――――――――――――

629: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:30:51.42 ID:NOXXRoXgo










一つの物語がそこで終わった。

けれど物語が終わろうとも世界はそんな事とは関係なく続く。





世界は、終わらない。



631: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:32:39.71 ID:NOXXRoXgo
「さて……と」



少女は眼前、視界の端から端までを埋め尽くす高い壁を眺め、目を細めた。



「久し振り、って言うべきかな」



もう丁度いいくらいになってしまった黒い学ランを纏い。

首元に壊れたチョーカーのようにも見える電極を巻き。

髪には花弁を模したヘアピンを付け。





少女は笑い。

次の舞台の幕が上がる。















「やっほう。殺しにきたよ、学園都市」






632: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:33:24.27 ID:NOXXRoXgo





世界は、終わらない。



でもそれは、また次のお話で。





633: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/19(月) 03:47:06.19 ID:NOXXRoXgo
――――――――――

さて。



足かけ二年、随分と長くなってしまいました
当初の予定では2スレで終わらせるつもりが、どこをどう間違えたのか倍に伸びてしまいましたがなんとか終わらせることが出来ました
……まったくどうしてこうなったのやら

話そのものは当初の予定通り
途中新キャラが乱入したり新刊に一部設定をそげぶされたり(食蜂とか食蜂とか食蜂とか)という予定外の出来事もありましたが、
どうにかこうにか強引に軌道修正したりしてどうにか元の形に落ち着きました

ほぼ全編を通してJaneStyleの書き込み窓に直書きしていたため誤字脱字はともかく
シリアスな場面でわりと致命的な間違いをしたりなどということもありましたが
そこはSS@掲示板という修正の効かない媒体の一つの滑稽さということで苦笑しつつもお目溢し頂きたいです



伸びに伸びた上に最後が投げっぱなしのこの物語ですが、ぶっちゃけてしまうと続きません
生き残った彼ら彼女らがその後どうなったのかを含めてご想像にお任せすることにします



最後にこの場を借りて管理人の荒巻氏を始め運営の皆様に謝辞を述べさせていただき、これにて幕。お疲れ様でした



お帰りの際はお忘れ物など御座いませんようお気をつけ下さい

709: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:45:53.43 ID:7rtxuHPio



その日はまるで今日と同じように

空に重く横たわる灰色の分厚い雲から

その年初めての雪が降る寒い日でした



「こんにちは、初めまして」



空に溶けるように聳え立つ灰色の塔

暗く狭く捩じくれた螺旋階段を登った先

そこで私を待っていたのは一冊の真白い本



「私の名前は――」



禁じられた

魔書の名だった










「インデックスっていうんだよ」




710: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:47:41.06 ID:7rtxuHPio



     I was in the birdcage
    there was like a paradise

    but, there will be nowhere






"the garden of hypocrite/phantasmagoria"



711: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:49:27.83 ID:7rtxuHPio
「そういえば、禁書目録って超知ってます?」

「何よそれ。ああ、また妙な映画の話か」

「なあなあ滝壺。お前この中で行くならどれがいい?」

「ビバリー=シースルー監督の新作がゾンビもので熱いって聞いた」



クリスマスを目前に控えた学園都市に一つのウワサが流れていた

学生たちの間でひっそりと広がる『禁書目録』という名

それを手に入れた者は科学を超越した『魔人』にすらなれるという――



「あー暇だにゃー暇すぎて死にそー。空からメイド服着た美少女でも落ちてこないかにゃー」

「ここは一つ、クラスの女子に合理的かつ合法的にかなり際どいコスプレさせるにはどうすればええか考えようや!」

「そういうのは。せめて。本人のいないところで言うものだと思う」



曰く、極秘裏に開発された『樹形図の設計者』の後継機
                            レコードホルダー
曰く、その存在の有無ですら証明不可能とされた『真理記録』の能力者

曰く、この世界のあらゆる知識の集大成、呪われた禁断の『魔道書』



「大体、餌付けされたっていうのが的を射てるかも。にゃあ」

「おい貴様、また性懲りもなくいたいけな少女を毒牙に……!」

「うん、分かっているよ、当麻お兄ちゃん。人生何事も経験だよ」

「年下からの同情的な視線が痛いッ! 今日も女難の相は絶好調だね、神様お願いギブミー平穏ー!!」



嘲笑しか向けられない眉唾物のオカルト話

失笑しかされない妄想じみたある種の怪談

苦笑するしかない嘘と言い切れない流言飛語



「はっ……この感覚はもしかして近くにアイツが……!?」

「ああ、お姉様がついに野生動物じみた勘を発揮させるように」

「な、なんですの突然この方は。宇宙から謎の電波でも受信したんです?」



それはきっとよくある都市伝説の類

学園都市では日常茶飯事の取るに足らない代物

他愛ない妄想話でしかない

……はずだった





だが、ここに顕然たる一つの事実として

その禁じられた知識の図書館は実在するのだ――

712: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:50:13.04 ID:7rtxuHPio





「――彼女は『原典』を所持している」





713: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:51:16.09 ID:7rtxuHPio



「僕たち必要悪の教会っていうのは背信者を処断する部署でもある。そうだろう?」



世界は何が起ころうとも時の歯車を止めることは決してない

一度過ぎ去った過去は二度と帰っては来ないのだ



「現然、黄金の時間はもう終わったのだ。時計の針を戻すことは誰にもできはしない」



けれど歴史は繰り返す

季節は廻り続ける



「聖人が如何なるものか知っているでしょう。今あなたの目の前に立っているのは『敗北』の二文字です」



――また、冬が来る



「それでも……私は……っ!」










一度は別たれた時計の針のように

遠く離れた異国の地で再び彼らは邂逅する





科学と魔術が交差するとき、物語は始まる



714: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/03/24(土) 01:52:01.50 ID:7rtxuHPio










「とうまは、私が止める」



「だからお願い。力を貸して」










  とある魔術の禁書目録 外典


            ファントムケージ
 - と あ る 小 鳥 の 幻 想 庭 園 -










これは失われた蜜月の物語



終わった時間は、戻らない



引用元: 御坂「もう、いいや」