1 : 以下、名無しが深夜にお送りします :2017/09/30(土) 22:15:06 qX7mM7Wo
むかしむかし


とある大陸では、

人間族が治める連合国と

魔族たちのナワバリである魔王国が

いつ終わるとも知れない戦争を、長きに渡り続けていた



物語は、連合国の英雄“勇者”が


魔王国の総大将、“魔王”の暗殺を試み、


刃を交わした瞬間から始まる





2 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:16:05 qX7mM7Wo

<プロローグ>


ズバン! ズバン!!


勇者「ィ痛ぅ、やったか!」

勇者(てか反撃のスピードがパネェ!)


魔王「クッ! わらわが剣撃を貰うとは……!」

魔王(こんな男がおったのか!)


ゥワアアアアアアアアアアアアアアア!!!


副官「なんてことだ!」

副官「衛生兵! エイセイヘーイ!!!」


3 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:17:06 qX7mM7Wo

トロル「こいつ! いきなり現れて魔王さまを斬りつけるとは!!」

ガシッ!

勇者「放せ! この野郎!!!」

リザードマン「放すか、この人間族め! 大罪人は死刑だ!!!」




妖精「魔王さま、お気を確かに!!!」

魔王「不覚をとったとは言え、ぐぅ……」

妖精「いけない、すぐに応急処置を」


副官「ヨロイとカブトで致命傷は防いだものの、出血がヒドイ…………!」

副官「すぐに、上級魔法師を呼べ! 大至急だ!!!」


ケンタウロス「はっ!」


4 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:17:50 qX7mM7Wo

ミイラ「勇者よ、お前には全身の血液を吸い出され、干からびる死がお似合いだ!」

吸血鬼「その血は俺に頂戴ね♪」

骸骨「いやいや、皮と肉をそぎ落とし、骨だけにするのがいいだろう!」

デュラハン「我らが女神を傷つけた罪を数えろ。首をスパッと落としてやる!」


勇者「うぅぅ、魔王さえ殺せば、あいつさえ死ねば!」

勇者「こんな戦争は終わるってのに……!!!」


魔王「……」


5 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:18:36 qX7mM7Wo

魔王「おい、皆のもの!」

魔物たち「はっ!」


魔王「わらわは暫し休む。後は頼んだぞ」

魔物たち「はいっ!」


魔王「それから、その人間族の男だが……」

エルフ「すぐに処分いたしますわ、魔王サマァ!」

魔王「いや、傷の手当てをし、あとでわらわの部屋に連れてこい」


魔物たち「ええっ!??」

勇者「????」


6 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:20:17 qX7mM7Wo

魔王「その男、おそらく英雄の“勇者”」


魔王「我々にとって、大きな利用価値がある。有効に使いたい……」


副官「かしこまりました!」


勇者「魔王からの施しなんぞいるか!」

勇者「くっ、殺せ!!」


オーク「あーモウ、そういうのいいから」


7 : 魔王城・玉座の間 :2017/09/30(土) 22:21:33 qX7mM7Wo

錬金術師「魔王様の命令なので、とりあえず、これを嗅いでくださいネ」


ぽふっ♪


勇者(このタオルに滲みこませた薬品は……!)


勇者(ク、クロロホルムっ……!!?)








ガクッ


8 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:22:42 qX7mM7Wo

翌日・夜



勇者「…………」


勇者「はっ!」


魔王「おお、目覚めたか勇者どの」


勇者「なっ、お前は、魔王!??」


魔王「見ての通り、ここはわらわの部屋じゃ」


魔王「お互い、傷の処置は万全」


魔王「武器のたぐいも置いておらぬ。安心なされよ」

勇者「…………」


9 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:24:31 qX7mM7Wo

勇者「魔王、お前って」


魔王「ん?」


勇者「最初は、ヨロイとカブトで気づかなかったが、」

勇者「女の子だったのかよ、しかもラビット族の……」

魔王「ラビット族と言うでない、うさぎ族と言え!!」

勇者「……うさぎ族の、女の子だったのかよ」


魔王「いかにも!」

魔王「わらわこそ、魔族10万人の頂点に君臨する、魔王である!」

勇者(うさぎなのに、魔王って)


10 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:25:23 qX7mM7Wo

勇者「なんかもっと、魔王ってイカツイ奴だと思ってたが……」

勇者「あんま人間と変わらない、小柄な少女とは」


魔王「先代魔王はそうじゃの。わらわの大叔父でダークエルフだったが、」

魔王「半年前の合戦で、膝に毒矢を受けてしまってな、戦えなくなってしまった」


勇者「マジか。全然知らんかったぞ」


魔王「けっきょく、先代はひそかに引退」

魔王「王位継承順や本人の希望から、わらわが魔王に選ばれることになった!」


勇者「へー」


11 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:26:45 qX7mM7Wo

魔王「おっと、花も恥じらう乙女とはいえ、侮るでないぞ!」


魔王「これでも国で10年に1人の剣術達人!」

魔王「魔王軍、当代最強の剣士なのだから!!!」


勇者「……」


魔王「なんじゃ、イマほんとかよって顔したな?!」


勇者「いや、別に」

勇者「斬りきれなかったし、俺もカウンター貰ったし、強いと思うぞ」


魔王「むふふふ♪」


12 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:27:30 qX7mM7Wo

勇者「ところで、俺を生かしてくれた様だが……」

魔王「あぁ、お主に頼みたいことがいくつかあっての」


勇者「……礼は言わねぇぞ」

魔王「構わんよ。むしろ、わらわも斬りつけたから、おアイコじゃ」


13 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:28:32 qX7mM7Wo

勇者「じゃぁ、俺に頼みって、何だよ」

魔王「う、うむ。それなんじゃが……///」モジモジ


勇者「?」

魔王「んとな、勇者どの……///」


魔王「わ、わらわのこと、どう思う///」


勇者「は?」


魔王「その、やっぱし殺したいほど憎んでおるか……?」


勇者「……」


14 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:29:21 qX7mM7Wo

勇者「いや。『魔王』や『魔王国』そのものは憎いけれど」

勇者「お前みたいな女の子は、なんかもう斬る気にはなれねぇなぁ……」


魔王「おぉ、とりあえず嫌われてはおらんのか。よかった!」


勇者「……?」


魔王「あ、あのな///」


15 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:30:15 qX7mM7Wo

魔王「勇者どの、わらわはお主のことが、好きになった!」


勇者「」


勇者「ええっ!!?」


魔王「わらわは強い男がタイプでのぅ……v」



魔王「お主が天井裏から飛び降りて、間髪入れずに近づき、」

魔王「わらわを斬りつけようとした刹那、想ったのじゃ!」


魔王「『この男を待っていた』、と///」


勇者「うえええええ」


16 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:31:07 qX7mM7Wo

魔王「そしてその想いは、反撃に転じたが間に合わず、」

魔王「一太刀くらってしまった時、確信に変わった///」


魔王「『このムネの痛み、まさしく恋v』、と!」キャー///


勇者「……」

勇者「胸の痛みって、刀傷じゃねーの?」


魔王「なにをいう! 刀傷だけじゃないやい!!」


17 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:31:55 qX7mM7Wo

勇者「で、俺は結局どうすりゃいいんだよ」

魔王「とりあえず、今日はもう遅いし……」



魔王「いろいろと大仕事が待っていて、忙しくなるし……」



魔王「その、わらわがお主に好意を持ち、敵意が無いこととか知ってほしいし///」



魔王「……な!」

勇者「だから何だよ」


18 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:32:41 qX7mM7Wo

魔王「ええい、このトーヘンボクめ!」

魔王「乙女になんてことを言わすのじゃ!」


勇者「!」

勇者「おいおい」


魔王「むふふふ~///」


魔王「いいじゃろ、な♪」


勇者「……マジで?」


19 : 外の森 :2017/09/30(土) 22:33:38 qX7mM7Wo

梟「ホーホー」
















雀「チュンチュン」


20 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:34:51 qX7mM7Wo

翌朝

魔王「ムニャ」zzz



勇者「……やってしまった」


勇者「殺そうとしてた相手と、こんなことになるたぁ」

勇者「……この先、どうしよ。国に帰れない」


魔王「はっ!」パチクリ


21 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:36:50 qX7mM7Wo

魔王「おぉ、おはよ。ダーリン♪」

勇者「ダーリン!?」


魔王「いやー、わらわはうさぎ族だが、」

魔王「ダーリンも中々に、××××だったなv」


勇者「……その言い方は止めてくれ。マジで!」


魔王「むぅ~。よいではないか」


22 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:37:56 qX7mM7Wo

魔王「じゃぁ勇者殿、着替えて朝食を摂ろう」

勇者「んん」


魔王「そのあと大事な話がある。いいかな」

勇者「……あぁ」


23 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:40:12 qX7mM7Wo

朝食後


勇者「ごちそうさんでした」

魔王「どうじゃ勇者殿、魔王城の飯は旨かったか?」

勇者「まぁ、あの材料でこの味は悪くねぇな」

魔王「うむ。なりよりじゃ!」


魔王「特に、雑草のサラダとかよかったろ」

勇者「おぅ」


魔王「だがホントはなー、ニンジンがあればな~」


勇者「にんじん」


魔王「戦争が長引いて、新鮮な野菜がもぅ手に入らん」

勇者「……あんたらも、苦労してんだな」


24 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:41:21 qX7mM7Wo

魔王「さて、そこでじゃ勇者どの!」

勇者「えっ」


魔王「われわれ魔王軍は、お主らのいる連合国と和平を結びたい!」

勇者「……詳しく、話せ。理由は」


魔王「まずは、戦争第一で国が動いてるせいで、畑仕事もできず]

魔王「まともな食料を口にできん!」

勇者「……」


25 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:42:16 qX7mM7Wo

魔王「先代魔王みたく、大物や有力武将も討たれて、軍力も弱っとる」

勇者「……」


魔王「民草も、戦争で身内を三つ四つ、二つ三つと失い、いくつもの村々も滅び」

魔王「部族ごとの滅亡も珍しくない。戦争当初とくらべ、厭戦気分も髙まっとる」


勇者「……」



魔王「戦争を続けられる状況じゃないし、わらわも、もう同胞を失うのはイヤなのじゃ」


魔王「お主ら、人間の国でもそうじゃろう?」


26 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:43:01 qX7mM7Wo

勇者「まぁ、俺ら連合国でも似たようなもんだ」


勇者「魔王国の資源を狙って攻め込んだものの、戦争コストが割に合わねぇ」



勇者「死傷率も高く、徴兵制で次々と若者が軍にとられるために、労働力も不足している」


勇者「増税に次ぐ増税で、庶民の生活はギリギリ。治安も悪化してる」


勇者「今日のパンを得るために、隣人をぶっ殺す事件も度々起きている」


勇者「こちらも、戦争はもうできない。俺も仲間を失うのは耐えられねぇ」




魔王「決まりじゃな!」


27 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:43:56 qX7mM7Wo

魔王「勇者どの、そなた連合国の首脳に掛け合って、停戦の呼びかけを頼む」


魔王「わらわも、魔王軍を取りまとめ、すぐに停戦状態に入ろう」


勇者「……呼びかけはいいが、双方の主戦論者に信じて貰えるかね?」


魔王「いかにも。だから皆を納得させるため、儀式を行いたい!」


勇者「儀式?」


魔王「むふふv」



魔王「……結婚しよ、そなたとわらわで///」


勇者「ぶほっ!」


28 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:45:25 qX7mM7Wo

勇者「まじかよ」

魔王「この血で血を洗う戦国の世、婚姻関係で同盟を結ぶのは鉄則じゃろ」

勇者「まぁ、確かにそうだけど……」


魔王「あ、もしかしてアレか、恋人とかおったりしたか??」


勇者「いや、俺はフリーだから…………もう、いいや」



勇者「いいぜ、和平でも結婚でも、戦争が終わるなら、なんでもする!」

魔王「ふぉぉぉぉ!」


29 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:46:42 qX7mM7Wo

勇者「だけどまぁ、これはこれで生半な方法じゃねーぜ」

魔王「おうともよ!」

勇者「覚悟はいいか」

魔王「ガッテンしょうちじゃ!」

勇者「ん!」


30 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 22:47:50 qX7mM7Wo

魔王「それからそれから、夫婦になるんだったらば……///」

勇者「だったらば?」


魔王「勇者殿のこと、やっぱ“ダーリン”って呼んでいいかのぅv」

勇者「……///」


勇者「いいぜ、好きにしな!」

魔王「わーいv ダーリン大好き~♪」ギュッ


勇者(なんか、戦いばっかの人生だったが)

勇者(……俺もこういうの、案外キライじゃねーのな)





勇者(生きるためには、敵を殺して身を守るしかないと思ってたが)

勇者(誰も殺さず、分かり合うことで、生きてくこともできるのかな……?)


31 : - :2017/09/30(土) 22:49:24 qX7mM7Wo

こうして状況は一変した


連合国と魔王国は、停戦に合意。

戦争は終結した。




いくつかイザコザがあったものの、

勇者と魔王の婚礼をして、同盟関係を構築。


32 : - :2017/09/30(土) 22:51:29 qX7mM7Wo

両国の住人は、戦争からの復興に着手

停戦から暫くは、いがみ合う状態がまだ続いたものの

徐々に、技術交流、経済支援、文化の相互理解も進み





婚姻同盟から10年後には、両国は合併

魔王を君主、勇者を元帥とする“連合王国”が設立した




争いのない、『戦後平和主義』に包まれた時代の中で、




国も、国民たちも大いに栄えた


<プロローグ、終わり>


33 : 以下、名無しが深夜にお送りします :2017/09/30(土) 22:55:18 qX7mM7Wo
<本編>

物語は、連合王国の建国から五十年後の、

勇者没後から、さらに十年後


玉座の間から再び始まる


34 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 22:56:41 qX7mM7Wo
月末の金曜日 正午


伝令「伝令、デンレイです!」


側近「む、どうした」

魔王(88)「報告なさい」


伝令「はっ、連合王国の南方、ベイエリアで大規模な暴動が発生!」

伝令「さらに北部国境近くで、帝国軍と共和国軍の戦闘があったとの報告が!」


側近「なんだと!」

魔王「……」


35 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 22:57:55 qX7mM7Wo

伝令「現地の行政官から、中央に支援要請が入っております」

伝令「元老院でも緊急会議が開かれる模様です」


側近「予兆はあったものの、この様な事態になるとは……」


魔王「……」


36 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 22:59:24 qX7mM7Wo

伝令「また状況が入り次第、ご連絡いたしますが」


魔王「待ちなさい、対応は元老院で協議するのよね」


伝令「はい、そのようです」


魔王「ならば伝えなさい。君主の命として、」



魔王「『どんな事態が起きても、軍の出動はなりません』と」



伝令「はっ」

側近「!」


37 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:00:31 qX7mM7Wo

側近「お待ちください魔王さま」

魔王「どうしたのです?」

側近「軍の派遣を禁止するのは、いささか悪手かと」


魔王「なんですって!」


側近「南部の暴動ですが、ここにきて人間族と魔族との対立先鋭化が原因と推測されます」

側近「早急に、軍事力を持って制圧せねば、他の各地にも広がる恐れが」


側近「また、北方で起きた帝国と共和国の戦闘。超大国同士の衝突は」

側近「流動的な状況を発生させ、軍でなくては対応が……」


魔王「ゼッタイになりません!」


38 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:05:11 qX7mM7Wo

魔王「いいこと側近」

側近「はっ」


魔王「軍というのは、昔から災いを呼ぶ装置です」


魔王「我が連合王国も、昔は連合国と魔王国に別れて戦争し、多くの犠牲を出しました」


魔王「しかし双方は和解し、以来70年、国も民にも大いなる繁栄を手にしました」


魔王「これぞ、『戦後平和主義』がもたらした、素晴らしい功績!」

側近「……」


39 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:06:04 qX7mM7Wo

魔王「……南部での、人間族と魔族の衝突も、」


魔王「北部での、帝国と共和国の戦闘も、きっと同じく」


魔王「話し合うことで、話し合うコトだけで、充分に解決できるものです!」



側近「……」

魔王「それが我々、連合王国が生み育てた、哲学。理想の姿!」


魔王「これまで70年、ずっとして来たのと同じように」

魔王「軍は動かさず、調停団を派遣するように指示なさい、いいわね」


伝令「はっ!」


側近(……これはマズイ)


40 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:06:56 qX7mM7Wo

2時間後


伝令「申し上げます! 来客として、防衛大臣が参られました」


側近「防衛大臣が!」

魔王「私の孫が、どうしたのかしら?」


側近「お招きした方がよいかと!!」

魔王「そうね、久しぶりに彼女の顔が見たくなったわ」


伝令「では、お通しいたします!」


側近(よし、あの方なら魔王様を説得してくれるハズだ)


41 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:07:52 qX7mM7Wo

衛兵「防衛大臣、おなーりぃぃぃ!!!」




防衛大臣「ご機嫌麗しゅう、おばあ様。いえ、魔王様!」


魔王「ほんとに久しぶりね、我が孫ナバちゃん。いえ、防衛大臣!」


側近(頼むぞ、ナバちゃん……!)


42 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:11:04 qX7mM7Wo

魔王「すがすがしい日だわね。外は。小鳥は歌い、花は咲き乱れ……」

防衛大臣「こんな日こそは、ですね」


魔王「今日はどうしたの?」

防衛大臣「はい、近所に用事があったので、」

防衛大臣「ついでに、おばあ様の御尊顔を拝見しようかと」

魔王「あらまぁ」


防衛大臣「……いえ、時間もないため、もう単刀直入に申し上げます」


43 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:12:33 qX7mM7Wo

防衛大臣「魔王様、どうか此度の一件、軍の派遣許可をお願いしたく!」


魔王「…………どうして?」


防衛大臣「まず、南部の暴動ですが、とっくの昔に調停団を派遣し」

防衛大臣「人間族、魔族双方のリーダーに自重を呼びかけているものの」

防衛大臣「対立が激しく、一向に収まる気配がありません」


魔王「お互いがお互いを、尊重することはできないの?」


防衛大臣「経済格差や文化の隔たりがあるため、難しいでしょう」


44 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:13:39 qX7mM7Wo

防衛大臣「また、帝国と共和国の戦闘も看過できません」


防衛大臣「二国間の領土対立もあり、戦闘は不可避」


防衛大臣「片方が背後からの援軍を恐れ、我が国に侵攻してくることも予想されます」



魔王「……戦争が、始まるのね」


防衛大臣「……はい」



魔王「どうして、どうしてみんな戦うのよ……」


魔王「戦いや争いなんて、同胞や仲間を失うだけなのに……」


魔王「もう、『戦後平和主義』は、通用しないの……?」


防衛大臣「……」


45 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:14:35 qX7mM7Wo

防衛大臣「軍事に頼らず、戦わず、双方が生き残る道を探る」

防衛大臣「この『戦後平和主義』が続いたのは、偉大な奇跡だったでしょう」


魔王「……」


防衛大臣「ですが、『戦後平和主義』を成り立たせていたのは」

防衛大臣「おばあ様世代の方々が持っていた、“戦争のトラウマ”が共有されていたから」


魔王「“戦争のトラウマ”……?」


防衛大臣「誰かを傷つけ、誰かから傷つけられ、家族を失う痛み」

防衛大臣「これを皆が知っていたら、誰もが戦うのを躊躇う、」

防衛大臣「不戦の契りが、社会全体で成立するでしょう」


魔王「ええ、その筈よね」


46 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:18:28 qX7mM7Wo

防衛大臣「ですが、平和を享受できたおかげで」

防衛大臣「私たち戦後世代は、“戦争のトラウマ”、傷つけあう痛み を知りません」


魔王「……そう、戦後世代は、知らないわよね」


防衛大臣「一方、おばあ様世代の方々は年齢を重ね、着実に鬼籍に入ることに」

防衛大臣「その度に、国民の心全体から“戦争のトラウマ”が、毎年少しづつ消えていきます」


防衛大臣「また、毎年新たな命が生まれ若者が育つにおいても、“戦争のトラウマ”は薄まります」

防衛大臣「学校の教科書などには、歴史として載りますが、人々の心の中までは」

防衛大臣「現実感のある痛みが、伴なうことは、ありません」


47 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:21:39 qX7mM7Wo

魔王「そうね……」


魔王「思えば、和平を結んだあの頃……」

魔王「当時を知るメンバーは、この城ではもう私1人になってるわ」

防衛大臣「…………」


魔王「“戦争のトラウマ”を知る者は去っていき、忘れ去られ」

魔王「私たちの『戦後平和主義』も、もう、同じく消え去る運命ということね」


防衛大臣「……心中、お察しいたします」


48 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:23:29 qX7mM7Wo

防衛大臣「ですがいま、まさに訪れているのは、」


防衛大臣「いわば、正真正銘の“国難”!」



魔王「分かりました、軍の派遣を許可します」

魔王「トラウマに捕われた、悲しい平和主義には、どの道もう頼れないのよね」


防衛大臣「ありがとうございます、魔王様」


魔王「それに、戦って国民が殺されるのも真っ平だけれど、」

魔王「戦わずに国民が殺され、死んでしまうのも、許容できないわ」


魔王「けれど、誰かを傷つけた痛みは、必ず自分に返って来るもの」


魔王「武力を用いるのは、最後の手段にして頂戴」


防衛大臣「はっ、私の命に代えても!!!」


49 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:24:49 qX7mM7Wo

魔王「それから、軍の編成はベテラン中心でお願いね」


魔王「戦争当時は徴兵制を敷かれ、碌に訓練のない素人の新兵たちが」


魔王「戦場に出て、でもなすすべなく、死んでいったものだから」


防衛大臣「はい、そちらも必ず!」



魔王「あと現場がどうなっているか、日々の報告も、包み隠さずお願い」



魔王「頼んだわよナバちゃん。いえ、イナバ防衛大臣!」

防衛大臣「ははーっ」


50 : 以下、名無しが深夜にお送りします :2017/09/30(土) 23:26:17 dRLcykpg
まさかの稲葉朋美


51 : 玉座の間 :2017/09/30(土) 23:26:19 qX7mM7Wo

――――――――――――

――――――

―――


魔王「……少し、疲れたわ」

側近「大丈夫ですか?」


魔王「申し訳ないけれど、今日はこれで休むことにするわ」

側近「はい、後のことはお任せを」


魔王「よろしくね」


52 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 23:28:39 qX7mM7Wo

魔王「ただいま」


骨壺「」


魔王「あら、『今日はいやに早いじゃないか』って言いたそうね」


魔王「むふふ」


魔王「月末の金曜日だからね。プレミアムなフライデーというやつよ」


骨壺「」


53 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 23:30:04 qX7mM7Wo

骨壺「」

魔王「……思い返せば、あの出会いがあった時の、」


魔王「魔王城に居たみんなは、もうとっくの昔にお墓に入っているのね」

骨壺「」


魔王「何だか寂しくて、片時も忘れたくなくて、骨壺として部屋に置いてる人もいるけれど」

骨壺「」


魔王「むふふ」


魔王「沢山居たはずなのに、当時を知る老人世代は」

魔王「気づけばもう、この世から居なくなりつつある」


54 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 23:32:47 qX7mM7Wo

魔王「よし、貴方と共に、」

魔王「平和主義も、お墓に埋めましょう」



骨壺「」



魔王「2人が出会った、あの頃とは違った、」


魔王「戦わなければ、生き残れない時代になったのだから」


55 : 魔王の部屋 :2017/09/30(土) 23:34:30 qX7mM7Wo

魔王「でも、それでも」



魔王「私たちが出会えたことと、一緒に生きた70年の平和は」



魔王「決して、無駄じゃぁなかったわよね」



魔王「ねぇ、ダーリン……」

骨壺「」