2: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 19:54:09.31 ID:pk9wtki3
四年前の春休みでした。

三年生の卒業式も終え、思い出作りに皆で遠出でもしようと有名な温泉地に行ったんです。

詳細な場所は伏せますが関東近郊です。
下記に記す内容から推測も容易だと思いますが、書き込むのは控えてください。

バスで三時間ちょいだったかな。
気持ち悪くなってすぐに寝ちゃったのを覚えています。




3: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 19:54:39.42 ID:pk9wtki3
彼方「着いたよかすみちゃん」

かすみ「……zzz、あっ彼方先輩」

エマ「ふふっ、珍しいね彼方ちゃん」

彼方「むふふ、彼方ちゃん昨日いっぱい寝たからお目々しゃっきりさん」

せつ菜「皆さん!見てください!」

バスを降りると、微かに硫黄のにおいが鼻をくすぐりました。山あいの小盆地に湧くのどかな温泉街。せつ菜先輩の指差した先には──この地のマスコットキャラクターでしょうか──三頭身ほどの鬼の像。愛らしい笑顔はかすみん達を迎えてくれているようにも見えました。

7: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 19:59:08.53 ID:pk9wtki3
「おぉーーー!!!」


エマ「温泉地!一度来てみたかったんだぁ…!」

果林「エマったらずっと来たがってたものね」

侑「早速お昼ご飯食べに行こっか!」

愛「んー11時かー、ちょい早いかなぁ」

果林「いいじゃない、散策がてら色々見て回りましょうよ」

しずく「そうですね!歩いてたらお昼なんてすぐですよ」


道中足湯に浸かったりして散策しながら、駅近くの定食屋に入りました。

1階が丸ごとお土産コーナーで、2階はお座敷になっていました。

観光地ではよくあるのかな?かすみんは生粋のシティガールなのでこういうの珍しいなぁって。
こういうお店ってなんだかテンション上がりません?

皆お土産に釘付けで、気付けば12時どころか13時を回っていました。結局愛先輩の心配は杞憂だったようですね。

8: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 19:59:36.66 ID:pk9wtki3
侑「このラーメン美味しいよ!歩夢のお蕎麦も一口食べていい?」

歩夢「いいよ侑ちゃん、はい、あーん」

果林「せつ菜後にしなさいよ、カレーライス冷めちゃうわよ」

せつ菜「はぁぁーー」キラキラ

エマ「せつ菜ちゃんのそれ、何?」

愛「あはは、エマっちは初めて見るかもね。日本の観光地にはよく売ってるキーホルダーだよ」

せつ菜「このドラゴンが伝説の剣を守っているんです!!!!」

璃奈「それ買ってる人初めて見た」

せつ菜「小さい頃に見かけて欲しかったのですが、買ってもらえなくて……」

9: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:00:35.60 ID:pk9wtki3
彼方「あれ?しずくちゃん食べないの?」

しずく「はぁ……」キラキラ

かすみ(うわっ!しず子のあれ開運オコジョストラップじゃん!)

璃奈(璃奈ちゃんボード『ドン引き』)


サービスエリアとかでもよく見かけますよね。オコジョストラップには開運効果もあって御守り代わりに買っていく人も多いんだとか。

オコジョってキツネに似て可愛いですよね。

実はかすみんもちょっとだけ欲しかったんです。


内緒ですよ?

10: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:02:26.03 ID:pk9wtki3
侑「美味しかったねー、次どこ行く?」

エマ「果林ちゃんがお猿さん見たいって~」

果林「ちょ、ちょっとエマ!」

侑「いいねお猿さん! 行こ行こ」

果林「わ、私は別にぃ……」

彼方「ん~? 行かないの~?」

果林「い、行くわよ!」


山頂にお猿さんと触れ合える施設があるということで、ロープウェイを使って登ったんです。駅前に無料のシャトルバスが出ていたので、それに乗ってロープウェイ乗り場へ。確か5分ほどだったと思います。

えぇ、まぁ楽しかったですよ。

でも、お猿さんは嫌いです。

12: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:03:34.60 ID:pk9wtki3
せつ菜「見てください! 展望台があります!」

かすみ「見たい見たい!」

展望台からは温泉街が一望出来ました。眼前に聳える山々はすごく厳かで。一瞬でも気を抜けばこの身体から魂だけが抜けてどこかに行ってしまいそうになる、といったそんな感覚でした。でも不思議とそれが心地良くて、この時間が永遠に続けばいいのに、とそんなことを願ってしまいました。

14: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:04:08.81 ID:pk9wtki3
「──すみさん、かすみさん」

しずく「どうしたの?」

かすみ「はっ……!なんでもない。あ、そーだしず子、写真撮ってよ!」

しずく「いいよ、スマホ貸して」

しずく「はい、チーズ」


no title

15: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:05:08.38 ID:pk9wtki3
一通り景色を楽しんだ後はお猿さんのもとへ向かいました。入園料は無料ですが、餌代でひとり100円かかったと思います。


かすみ「見て見て!お猿さんかわいいよ!」

しずく「ほんとだ」


キィーッ! キィーッ!


しずく「きゃっ…!」

かすみ「おかしいなぁ、かすみんには凄く懐いてたのに」

せつ菜「おや、しずくさんもですか……」

せつ菜「さっきからどのお猿さんも全然食べてくれないんです……」

しずく「かすみさんばっかりずるい……」

かすみ「ふふーん、キュートなかすみんにお猿さん達もメロメロなんですよきっと♪」

16: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:06:12.62 ID:pk9wtki3
歩夢「この子も可愛い~」

侑「歩夢にすっごい懐いてるね~」

果林「エマ!こっちよこっち!」

エマ「このお猿さんずっとすやぴしてるね~」

彼方「なんだか親近感~」

璃奈「…………」

愛「りなりー?」

璃奈「食べてくれない」

愛「愛さんにかしてみ」

愛「お猿さんに警戒されないように、下から差し出すんだよ」

愛「ほら食べた!」

19: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:07:06.46 ID:pk9wtki3
侑「いやー、楽しかったー!」

歩夢「あ、あそこ見て行かない?」


歩夢先輩の指差した先には、小さな祠とそれを囲うように鳥居が設置されていました。

どうしてそんなとこ見たいのか、という疑問はすぐ隣の”おみくじ”と書かれた赤い箱を見てすぐに吹き飛びました。


エマ「愛ちゃん、これなんて読むの?」

愛「大山祇命(おおやまつみのみこと)。ここで祀られている神様の名前だろうね」

エマ「愛ちゃんは何でも知ってるね!メモメモ」

彼方「エマちゃん勉強熱心だね~」

エマ「日本の文化をもっとたくさん知りたいんだ~」


エマ先輩の学習意欲にはつくづく驚かされます。なんたって、この後大学で民俗学を専攻し、各地の習俗をめぐって日本中を飛び回るようになるんですから。

20: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:08:08.38 ID:pk9wtki3
侑「早速ひとり一枚引いていこうよ!」

せつ菜「いいですね!引きましょう!」


歩夢「やった!大吉!」

侑「えっ!いいな~、私吉だった」

愛「愛さんは小吉!りなりーは?」

璃奈「私も吉」

エマ「末吉ってどういう意味?」

彼方「おそろ~、吉の一個下だよ~」

果林「小吉、まぁまぁね」

かすみ「中吉です。かすみんなら大吉で間違いなしと思ってましたが…しず子は?」

しずく「凶……」

せつ菜「私も……凶でした……」

しずく「もぅ~!なんでぇ~!」

せつ菜「し、しずくさん!凶は出にくいので逆にレアなんですよ!気の持ちようです……!」

しずく「むぅ…」

21: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:08:51.52 ID:pk9wtki3
お猿さんと触れ合った後は、特に行く宛もなく山頂広場を徘徊していたんです。道中にありました緩やかな階段を5分ほど登った頃でしょうか。所々、朱塗りの剥げた不揃いな千本鳥居が並んでいました。


エマ「また神社があるよ~」

果林「さっきと同じ神社かしら」

エマ「愛ちゃん愛ちゃん、これは?」

愛「地元の有志により……豊川稲荷?の分体を祀り……どうやらさっきとは別の神社みたいだね」

しずく「お稲荷さんですね!私も毎年地元の稲荷神社に初詣に行くんです」

エマ「おいなりさん!とってもボーノだったよ~」

彼方「エマちゃんが食べたのはきっとお寿司の方だね~」

エマ「そうなの?」

愛「神様の名前がお寿司になってるんだよ!」

エマ「日本語って難しいね~」

侑「あはは、エマさんらしいね」

22: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:10:12.07 ID:pk9wtki3
え? どうして皆さん平気なんですか?

どうしてそんなとこくぐれちゃうんですか?

倫理観とかないんですか?


歩夢「かすみちゃん…あれ…」


隣で不安そうに佇む歩夢先輩に目配せをした後

鳥居の奥で楽しそうにはしゃぐ先輩方の足元を見遣る。


数十……いや、数百でしょうか。
一面に敷き詰められた夥しい数の地蔵が、先輩方の踵の下で力なく微笑を浮かべておりました。

23: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:12:43.56 ID:pk9wtki3
何してるんですか! 絶対そんなとこ踏んじゃダメじゃないですか!

と、本来ならここで月並みな訓戒が口を突いて出て来そうなものですが、私も歩夢先輩も押し黙ってしまいました。


──気付いてない?


先輩方が眼前の仏様を踏み付けにするほど倫理観を欠いているとは思えません。

よく見れば彫刻はひどく大雑把で、形も不揃いです。

おまけに、目や鼻なんかは経年により殆ど識別出来ないほどにすり減っています。

きっと、大きめの砂利敷きと勘違いしたのでしょう。

いや、そうです。そうに違いありません。


とは言え、もし勘違いなんかではなく私達二人にしか見えていないものだとしたら、それはそれで怖いので確認もせずその場を後にしました。

24: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:13:45.96 ID:pk9wtki3
再びロープウェイに乗り込み、麓まで降ります。

車内で歩夢先輩と示し合わせ、先程の事は皆さんには言わないでおこう、という結論に至りました。

そうです。こういうのは気にしちゃダメです。きっと皆さん旅に浮かれて気が付かなかっただけです。

お地蔵さんには私から謝っておきましょう。


がちゃりと扉を開け、外に出てみると、日はすっかり落ちていました。

27: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:18:47.06 ID:pk9wtki3
しずく「今日はたくさん歩きましたね!」

せつ菜「旅館はどんな所なんでしょうか?楽しみです!!」

侑「歩いて5分くらいだよ」

璃奈「璃奈ちゃんボード『クタクタ』」

愛「かりんとう饅頭食べる?」

彼方「食べる~」


他愛もない会話をしながら坂を下ること5分、漆喰塀に囲われた豪華な建物が見えてきました。

坂の上に立つその旅館は二階玄関になっており、和の雰囲気を残しつつも、外観にはモダンな装飾があしらわれていました。


しずく「今日はたくさん歩きましたね!」

せつ菜「旅館はどんな所なんでしょうか?楽しみです!!」

28: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:20:11.06 ID:pk9wtki3
丘陵を降り入口に立つと、ウィーンと自動ドアが開き、綺麗なスーツに身を包んだ従業員さんが出迎えてくれました。

侑先輩がチェックインをしてくれている間、先程買ったお菓子を分け合います。


かすみ「愛先輩、かすみんにもかりんとう饅頭ください」

愛「はい、かすみんは何買ったの?」

かすみ「バウムクーヘンです♪」

しずく「ここでは開けられないね…」

かすみ「部屋についたら切り分けてあげます!」

エマ「バウムクーヘン!楽しみ~」

侑「お待たせー」

せつ菜「侑さん、ありがとうございます!」

29: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:21:56.24 ID:pk9wtki3
チェックインが済んだところで、カウンター右側のエレベーターに乗り込み、4階の大部屋へ。

407と書かれたカードキーを差し込み、ぐるりとお部屋を確認します。

流石は侑先輩です。かすみんの好みを完全に理解しています。

何故だか落ち着く窓際のあのスペースに陣取り、バウムクーヘンを開封します。

窓からわずかに覗く山景も、また風流というやつです。

30: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:24:08.36 ID:pk9wtki3
エマ「ん~ボーノ~」

しずく「今お茶淹れますね」

エマ「ありがとうしずくちゃん♪」


彼方「....…zzzz」


果林「もう、彼方ったら早速」

愛「いっぱい歩いて疲れたんだろねー」

侑「えーお風呂行かないのお風呂」

彼方「30分だけ寝かせて~」

璃奈「侑さん」ツンツン

侑「ん?」

璃奈「観光ガイド持ってきた、一緒に読も」

侑「おっ!璃奈ちゃんありがとう!」

31: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:25:27.01 ID:pk9wtki3
侑「いや~今日は歩いたね~」ゴシゴシ

エマ「お腹ぺこぺこだよ~」ゴシゴシ

果林「夕食はどこだったかしら?」

侑「2階のビュッフェ。お風呂上がったら皆で行こう」

彼方「ビュッフェ…!遥ちゃんにも食べさせてあげたいなぁ~」

愛「あはは、次は遥ちゃんも連れて来ようよ」

愛「よっと」ジャー

璃奈「愛さん、サウナから入るの?」

愛「うん、愛さんこれだけは譲れないんだー」

璃奈「そうなんだ、私サウナ入った事ない」

愛「入ってみる?りなりーも絶対ハマるよ!」

璃奈「うん、入る」

33: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:27:59.53 ID:pk9wtki3
しずく「ふぅー…」

かすみ「しず子~、何入って……ちべたっ!これ水風呂じゃん!?ナチュラルに入ってるから気付かなかったよ!!」

しずく「入らないの?気持ちいいのに」

かすみ「やだ!!!」

せつ菜「サウナの後に入ると格別ですよ?」チャポン

しずく「かすみさん水風呂苦手なの?」

かすみ「そ、そんな事ないもん…!かすみんだって水風呂くら


トンッ


歩夢「かすみちゃん…露天風呂行こっか……」

かすみ「はっ!歩夢せんぱぁ~い!」

35: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:31:06.95 ID:pk9wtki3
かすみ「はぁ~やっぱり温かいお風呂が一番ですねぇ~」

かすみ「でも思い返すと悔しくなって来ました……!」

かすみ「やっぱりかすみんだって水風呂くらい


歩夢「ダメ!!!!」


かすみ「え?」

歩夢「あの二人のところには行かないで……」

かすみ「あ、歩夢先輩……?」

歩夢「お願い」

かすみ「ちょっ」


変ですよね。こんな具合で、どうしても二人に会わせてくれないんです。最初はかすみんの体が冷えちゃうのを心配してくれてるのかもー……なんて思いましたが、そうじゃないみたいなんです。


黒いんだって。

手も足も口も鼻も耳も歯も頚も腿も膝も腕も腰も肩も……。

●●●●も。

ドス黒い顔の中心にぽっかりと空いた二つの穴がじいとこちらを睨んでる。

そんなことを言うんです。

40: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:40:47.30 ID:pk9wtki3
せつ菜「から揚げって、美味しいですよね……」

エマ「うん。わたしも好きだよ~」

果林「せつ菜ったらから揚げばっかりじゃないの」

せつ菜「全部乗せです!!!!」ペカー

彼方「果林ちゃんこそサラダばっかり」

彼方「今日くらいたくさん食べてもバチは当たらないんじゃない?」

果林「まぁ……それもそうね」

しずく「璃奈さん、カニ取った?」

璃奈「ううん、まだ」

歩夢「…………」

43: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:41:26.28 ID:pk9wtki3
侑「どうしたの歩夢、食欲ないの?」

歩夢「う、ううん平気……」

せつ菜「大丈夫ですか歩夢さん?」トンッ

歩夢「……っ!……っぷ」ダッ


タタタッ


侑「歩夢!?」

せつ菜「どうしたんでしょうか……」

かすみ「私……ちょっと見て来ます……!」

44: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:44:48.65 ID:pk9wtki3
ートイレ


歩夢「はぁ…っはぁ…っ」ビチャビチャ

かすみ「歩夢先輩……!」

歩夢「はぁ…っかすみちゃん……」

歩夢「ごめんね…心配かけて……」

かすみ「大丈夫ですか?やっぱりせつ菜先輩のことですか……?」

歩夢「ううん、大丈夫……」


「あんれ、おめら東京からきたんけ」


歩夢「あ、すみません…汚しちゃって……」

「気にすんな。ぐえーわりんけ」

「おらがへやさきらっせ。薬あっから」


地元の方でしょうか。ひどく訛っていて、正直ほとんど聞き取れません。

けれど心配してくれているのは確かです。折角のご厚意を無下にするわけにもいかず、手招きされるままお部屋に付いて行きました。

45: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:46:24.08 ID:pk9wtki3
「上がれ」

歩夢「お、お邪魔します……」

凛とした白檀の香りが鼻をくすぐる。

私達の大部屋より一回り小さいお部屋に通されました。お部屋の真ん中には、年季の入った風呂敷と手のひらサイズの木桶が置かれていました。

「手見せっぺ」

ご老人はおもむろに歩夢先輩の手を取り、舐めるように見つめました。

「…………おめら、山さ登ったんべ」

46: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:47:33.91 ID:pk9wtki3
歩夢「え…?はい、登りました……!」

「ほーかい……あっすく山にはいしけぇだきにが棲みついででよ。むがしっからわすらばっかしすんだがら、しまづんなんね」

「かみさんにもえぇかみさんとわりぃかみさんがいでよ」

「わぎゃね。もいっこのやしろに大国さんおったんびゃ?」

歩夢「大国さん…?」

「あいはええかみさんだ。あの山のまもりがみみでぇなもんだべな」

かすみ「歩夢先輩は大丈夫なんですか……?」

「ちいとまじないすりゃあだいじだっぺ、こいに屠蘇があっから、のめ」

47: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:48:54.73 ID:pk9wtki3
歩夢「わ、わたしまだ未成年なんですけど…」

「口付けるだけでかまあねーよ」

そう言うとご老人は風呂敷の中から日本酒と、大中小三つの盃を取り出しました。

とくっ

とくっ

とくっ

まず、一番小さい盃にお酒が注がれます。

「三口に分げてのめ」

歩夢「はぁ…口を付けるだけでいいんですね…?」

「おん」

49: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:50:01.49 ID:pk9wtki3
歩夢「…………っ」

歩夢先輩が盃を手に取り、口元に運びます。くっくっくっと三度、顔前で傾け、ご老人に返しました。


同様に中くらいの盃にお酒が注がれます。

とくっ

とくっ

とくっ

一番大きい最後の盃まで繰り返したところで、ご老人は一升瓶に入っていた残りのお酒を全て木桶の中に注ぎ込みました。


「おわったど」

51: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 20:57:40.73 ID:pk9wtki3
歩夢「あ、ありがとうございました……」

「おめーら」

「気ぃ付けんべ。女の嘘は怖ぇど」

かすみ「…………っ」

かすみ「せ、先輩…行きましょう……!」

歩夢「う、うん……!」


ご老人に一礼をし、逃げるように部屋を後にしました。

その際、後ろは振り返っていませんが、ご老人はしきりに「ひっ……ひっ……」と、嗚咽なのか笑っているのかよく分からないような声を漏らしていました。

部屋から出てすぐにスマホを取り出し、先輩方に「ごめんなさい」とひとこと入れて、自室へ急ぎました。

54: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:01:41.05 ID:pk9wtki3
がちゃりと自室の扉を開け、しず子とせつ菜先輩を一瞥します。

と言っても、最初からなんら変わりないように見えますが……

追って歩夢先輩に目を遣ります。

一瞬戸惑ったような表情を見せたのち、それは徐々にほぐれていきました。

良かった。ここにはもうドス黒い影も恐怖に慄く少女もいないようです。

55: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:02:14.68 ID:pk9wtki3
侑「歩夢!かすみちゃん!心配したよー」

歩夢「皆心配かけてごめんね。だいぶ良くなったから……」

せつ菜「元気になって良かったです!」

歩夢「せつ菜ちゃん、さっきはごめんね」

せつ菜「?何のことでしょうか?」

歩夢「うふふ」

愛「歩夢、かすみん」

かすみ「はい?」

愛「これ、スタッフの人に頼んで持って帰ってきたんだー」

56: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:03:00.37 ID:pk9wtki3
エマ「食欲あるか分からないけど、もしお腹空いてたら食べて」

歩夢「わぁ!ありがとう!」

歩夢「おいしい…!」

侑「ねえ、それ食べたらもうひとっ風呂浴びない?」

彼方「いいね~、歩夢ちゃんも来れる?」

歩夢「はい…!大丈夫です!」

57: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:03:35.66 ID:pk9wtki3
エマ「やっぱり気持ち良い~」

侑「エマさんは日本の温泉ははじめてなんだっけ?」

エマ「そうなの!テレビで見てずっと憧れてたんだ~、今日はありがとうね!侑ちゃん!」

侑「喜んでくれてなにより!」

愛「明日チェックアウト何時だっけ?」

侑「10時だって」

しずく「あっという間でしたね……」

璃奈「また来たい…皆で」

58: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:04:25.01 ID:pk9wtki3
彼方「璃奈ちゃん、またいつでも誘ってね~」

エマ「私も!東京の大学だから」

璃奈「果林さんは…忙しい……?」

果林「まぁ…多少は忙しくなるけれど…休みの日はいつでも連絡してちょうだい」

しずく「皆さん……」ウルウル

果林「ちょっとそんな顔しないの!湿っぽいのは禁止って約束でしょう……?」


そうでした。今日は三年生の卒業祝いでここに来たんでした。思えば、旅館に着いてからずっと歩夢先輩としか話してなかったな。

ちょっと反省。

59: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:05:16.21 ID:pk9wtki3
皆さん口ではああ言ってますが、この先10人全員で会える機会なんて、そう簡単に取れるはずもなく。

卒業後は各々の道に進んでいくんだろうな。

なんて考えていると胃がずっしりと重たくなって、瞼がひくひくと震えてきて。

この顔を皆さんに見せるわけにもいかず。

敢えてやってやりました。

かすみ「えいっ!」バシャッ

果林「きゃっ!」

果林「やったわねぇー」

かすみ「ひぃぃっ!」

60: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:05:41.36 ID:pk9wtki3
せつ菜「おっ!私も負けませんよ!!」バシャッ

歩夢「きゃっ!うふふっ…」

せつ菜「やっと笑ってくれました」

歩夢「…………」

歩夢「えいっ」パシャッ

せつ菜「あははっ」


気が付くと瞼の震えは収まっていました。

お祓いもしたしきっともう大丈夫でしょう。

あと一日、目一杯楽しんでやります!

61: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:07:36.64 ID:pk9wtki3




侑「皆布団は敷いた?」

せつ菜「明日も早いので今日はもう寝ましょうか」

果林「その前にぃ~」

果林「かすみちゃん、さっきのこと忘れたとは言わせないわよ!」バフッ

かすみ「へぶっ」

エマ「あ、危ないよぉ」

彼方「まぁまぁエマちゃん」パフッ

エマ「あうっ」

エマ「えへへ」

62: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:08:23.96 ID:pk9wtki3
愛「しずく、パスッ」

しずく「かすみさん、えいっ!」パフッ



ゴツッ



かすみ「っっっっつ!」

しずく「え?かすみさん?」

歩夢「かすみちゃん!?!?」

しずく「ご、ごめんね…そんなつもりじゃ……」

かすみ「………っぅぅぅ……」


痛い。重い。痛い。痛い。

鉄のように鈍く重たい音が響き、それから暫く動けませんでした。

63: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:12:45.79 ID:pk9wtki3
しずく「え……?ごめん…ごめんね?」ウルウル


力もそんな入ってなかったですよね?

しず子のせいじゃないよと、そう言いたいけれど身体が動きそうにありません。


歩夢「かすみちゃん、聞こえる……?」


30秒ほどうずくまって、少し痛みが引いてきました。


かすみ「はぁ……っ先輩……」

かすみ「大丈夫……です…」フラフラ

しずく「良かった……本当にごめんね?」

かすみ「ちょっと捻っただけ……でも!明日アイス奢りだからね」

しずく「かすみさん!良かったぁ……」

64: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:13:38.93 ID:pk9wtki3
果林「ごめんなさい…私が始めたばっかりに……」

せつ菜「やはり大人しく寝ましょうか……」


しかし不思議です。確実に重く硬い物が後頭部にのしかかってきたんです。

枕はこんなに柔らかいのに。


かすみ「うーん…」フリフリ


ポロッ


かすみ「え?」

かすみ「なに…これ……」

歩夢「きゃぁっ!」


no title

65: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:15:42.19 ID:pk9wtki3
侑「あ、歩夢…びっくりするじゃん……」

せつ菜「なんでしょうか…これ……?」

愛「なんかの歌……?」

しずく「不気味…ですね……」

果林「きょ、今日はもう寝ましょう……?」

歩夢「…………」


歩夢先輩が明らかに震えていました。

無理もありません。

神社の地蔵、どす黒く染まった二人、ここに来ての怪我。謎の紙。

66: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:16:40.09 ID:pk9wtki3
私も私で、今まで偶然だと片付けていた──そうしたかった──違和感がどっと溢れて、腹の底に深く垂れ込んで。

こうなると、寝付けそうもありません。
イヤフォンでお気に入りの音楽を流しながら、ツイッターや適当なキュレーションサイト等を眺めて時間を潰していました。


消灯して一時間弱、微かに皆さんの寝息も聞こえてきた頃

その寝息に混じって


「………あっ………あんっ……んん」


は???

意味が分かりません。一瞬ビクッとしましたが、間を置かずして怒りが込み上げてきました。

67: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:17:25.70 ID:pk9wtki3
誰ですか。旅行に来てまで。

家でしてくださいよ。


ミシ   ミシ


「あっ……ふ………んっ」


畳の軋む音と、細く甘い吐息が、混じり合い溶けていくその奥で、地鳴りにも似た低い声が


けえ こ お   けえ こ お


「あっ……!あぁ……んっ…んぅぅ……」


けえ こ お


「あぁぁぁ……っ!イッ………!」


「~~~っっっ!!!……はぁ…はぁ」

68: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:18:24.31 ID:pk9wtki3
それからピタリと音は止みました。

後ろを振り向く度胸も、 声の主を推測する余裕もなく、上昇する心拍をなんとか抑え、再び電子の世界へ逃げ込みました。

イヤフォンの音量と、画面の輝度を最大限まで引き上げ”ク〇ヨンしんちゃん”と検索。


かすみ「おわっ!!」


最悪です。
サムネが「臼井儀人 遺書」でした。
ただの悪質なコラ画像ですが、今の私に止めを刺すには充分な破壊力です。

こうして逃避先でもあえなく敗北した私は、電源を落とし無理くりにでも目を閉じるのでした。

もう二度と、あの音が聞こえない事を祈って。

69: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:21:09.82 ID:pk9wtki3
──────
────
──

「──すみちゃん!!!かすみちゃん!!!!」

かすみ「ん…ぅ」

かすみ「ん…げほっ…!げほっ…!」

苦しい。頭が痛い。異臭がする。

目を開けると、薄っすらとした陽光の中、十の顔が心配そうにこちらを覗き込んでいました。

侑「良かったぁ……」

一瞬の戸惑いの後、頬につたう違和感ですぐに状況を理解しました。

最悪。汚しちゃった……。

しずく「う……ぅ…良かったぁ…」ポロポロ

かすみ「し…ず…子………」

一番最初に目覚めた侑先輩が発見してくれたそうです。気道が塞がっていたので、横向きにして、叩き起こしてくれました。

あと数分発見が遅れていたらと思うと、ゾッとします。

70: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:22:05.46 ID:pk9wtki3
歩夢「いや……いやぁ……!」

しずく「あ、歩夢さん、落ち着いてください……!」

歩夢「触らないで……!」

しずく「え……?」

歩夢「昨日かすみちゃんに痛い事したくせに…!!」

しずく「そ、それは………」


胸がきゅぅっと苦しくなりました。しず子は悪くない。勿論、歩夢先輩も。

楽しい旅行のはずだったのに。

皆に心配掛けて、歩夢先輩を不安にさせて。

そう思うと、自然と涙が溢れ落ちてしまいました。

71: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:22:44.11 ID:pk9wtki3
歩夢「ご、ごめんね……」

侑「歩夢」サスサス

彼方「はいかすみちゃん、タオルとお着替え」

かすみ「ありがとうございます…」


促されるまま、部屋についてる簡易的な浴室で身体を流しました。大浴場に行く気力も体力も残っていなかったので。

シャワーを浴びながら、昨日見た夢の内容を整理しました。寝ながら吐いてしまうほどに恐ろしい夢──正確には気持ち悪い夢と言った方がいいでしょうか。

しかし、その内容は一向に思い出せません。思い出そうとすると頭が痛くなって、何故だか張り付けたような笑顔の、少女の顔が浮かぶばかりです。

72: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:23:45.64 ID:pk9wtki3
「いや……」


その顔がたまらなく怖いのです。

今こうしてシャワーを浴びている最中も、その顔がすぐ後ろにある気がしてならないのです。

ネットで聞きかじった話なのですが、浴室で後ろに気配を感じた時、大概”それ”は天井にいるそうです。

天井さえ見なければ大丈夫です。

なんて、言い訳ですね。

きゅっと蛇口を捻り、身体を翻す。




「かすみさん¿」




かすみ「っっ!!」

74: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:28:34.64 ID:pk9wtki3
暫く声が出ませんでした。

あの張り付けたような笑顔──量の口角が不自然なくらいに吊り上がり、眼球はなく、ぽっかり空いた二つの穴の奥は、どこまでも果てしないくらいに真っ黒でした。


せつ菜「具合、どうですか?」ニコッ


瞬きを一度。目を開くと、いつも通り屈託のない笑みを浮かべたせつ菜先輩が立っていました。


かすみ「…………はっすすすみません!かすみんは大丈夫ですよー!…」

咄嗟に出た声門摩擦音を足掛かりに、適当な言葉を紡ぎました。

恐らく、せつ菜先輩の目にはひどく滑稽に映っていたことでしょう。

せつ菜「………?」

せつ菜「良かったです!」ペカー

75: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:30:16.91 ID:pk9wtki3
居間に戻ると、彼方先輩がかすみんの代わりに荷造りをしてくれていました。


かすみ「ありがとうございます」

彼方「気にしないで~、全部入ってる?」


言われるままトランクの中身を確認しました。

お気に入りの鏡、着替え、ガイドブック、購入したお土産、ちゃんと全部揃っているみたいです。


かすみ「ありがとうございます、全部入ってました」

侑「皆荷物まとめた?そろそろ」

76: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:32:27.55 ID:pk9wtki3
それからのことは、正直あまり印象に残っていません。

江戸村に寄ってエマ先輩が花魁衣装を着たり、彼方先輩が忍者の格好をしたり。
楽しかったですが、注意が散漫としていてビデオを回すのも忘れていました。

勿論変わったことも起きていません。

バス出発時刻の15時半まで時間を潰すため、ワールドスクエアにも寄って写真撮影をしました。

ここでもお土産買ったかな。

77: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:34:10.45 ID:pk9wtki3
あっという間に時間が過ぎ、バスに乗り込んだところで再び目眩と吐き気に襲われました。


侑「かすみちゃん?大丈夫?」

かすみ「ごめんなさい……折角連れて来てもらったのに」

侑「気にしないで、東京着くまでゆっくり寝なよ」

かすみ「ありがとうございます……」

かすみ「果林先輩、ちょっと倒していいですか?」

果林「えぇ、どうぞ」


シートを倒して、目を閉じた時にはもう夢の中でした。

78: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:35:18.89 ID:pk9wtki3
40分くらい経ったでしょうか?

けたたましいクラクションに目を覚ましたと思うと、視界が突然反転して、身体が宙を舞いました。

地面に叩きつけられる直前、せつ菜先輩と目が合いました。


目が合ったって表現、おかしいかな?


眼窩はぽっかり空いていました。

79: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:37:09.62 ID:pk9wtki3
次に目を覚ましたのは知らないベッドの上でした。

点滴やら何やらのゴム紐が身体中に繋がれており、ひどく不快感がありました。


全治3週間の複雑骨折。


それが目覚めて最初に告げられた事でした。幸いにも他の皆さんはかすみんよりも軽症だったようで、皆さん1週間ほどで退院していきました。

しず子とせつ菜先輩に関しては奇跡的に無傷だったみたいです。

80: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:39:26.42 ID:pk9wtki3
以上が、四年前の小旅行中に体験した不思議なお話です。

その事故で誰かが亡くなったとか、あれからも不幸が続いているだとか、そういった怪談めいた話はありません。

平々凡々と四年が過ぎ、私も普通に大学に通っています。

お医者さんが言うには、旅先で見た不気味な光景やちょっとしたトラブルが、その直後に起きたバス事故という凶事と結びついて、歪な恐怖体験として処理されてしまったのではないか、とのことです。

要は、事故のショックにより直前の出来事が間違った状態で記憶されてしまったという見方が有力なようです。

81: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:40:19.45 ID:pk9wtki3
そんなことより時計が気になります。
今日は20歳の誕生日なのです。
同好会メンバーの中で唯一同じ大学に進学した歩夢先輩が、わざわざお祝いに来てくれるそうなんです!

まだかなぁ。


というわけで、落ちます。

おつかれさまでした!

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87: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/06/03(木) 21:45:00.91 ID:pk9wtki3
警察の方ですか?はい。持ってきました。



かすみちゃんと知り合ったのは高校の部活動でした。はい。凄くいい子で。でも卒業してからはあんまり会ってなかったかな。

当時はわたしもゼミで各地を回っていましたし。えぇ、そうです。北関東の民間信仰とか神事とか。わたしの場合そういうのを主なフィールドにしていました。やっぱりどこか引っかかってたのかなあ。皆で最後に行ったのが■■■だったから。

89: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:45:57.88 ID:S788aDOG
■■■地区は今でこそ■■市の一部になってますけど、合併前は旧■■町の全域、その中でも私達の泊まった場所は大字の■に当たる所なんですね。古くは■村と呼ばれていたそうです。

その■村でかつて行われていた「山くなぎ」という民間信仰についてご紹介します。

四年に一度、村の若い女性を山の神様に嫁がせるんです。嫁がせるというと聞こえはいいですが、一種の人身御供ですよね。

特に山岳信仰の強い北関東では、防災祈願や豊作祈願として山に人身を捧げる事はそう珍しい事でもなかったそうで。

90: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:47:42.98 ID:S788aDOG
で、この「山くなぎ」の手順なんですが。

1.まず山の神様を迎え入れる為の神籬(ひもろぎ)を用意します。これは神事などで呼び込んだ神様を滞在させる依代のようなものです。
 通常、八脚台と呼ばれる木の台に注連縄を張り巡らし、中央に榊の枝を立て、紙垂を取り付けたものを用いる事が多いんですが、こと「山くなぎ」においては桶に浅く水を張ったものを神籬としていたそうです。

2.村の長が祝詞を奏上し、神様を呼び込みます。この際唱える祝詞は「山神祓」といって、山の神様である大山祇命を讃える祝詞です。またこの時、村の長を初め、対象の女性以外は皆一様に短刀を身につけます。山神は刃物をひどく嫌いますので。神事に臨んだ斎員達も一緒に連れて行かれないようにするためです。

3.対象となる女性に呪詛を掛けます。というのも、対象に憑いている守護霊を儀礼に先立って祓っておく必要があるんです。
 人間には大抵守護霊が憑いていますから、そのままでは山神と連れ添うことが出来ない、という風に考えられていたみたいです。
 この呪詛というのも、対象に憑いている守護霊を攻撃出来れば案外なんでも良かったみたいです。
 守護霊は大抵その人の一番身近な神様ですから、対象の家系や宗派によって臨機応変にやり方を変えていたんだと思います。

4.ここからは対象の女性と山神の婚礼の儀になるんですが、やり方としては現代でも馴染みのある三三九度とほぼ同じですね。対象が一の盃から三の盃までをそれぞれ三口に分けて飲みます。

91: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:48:42.09 ID:S788aDOG
通常の結婚式では、新郎→新婦の順に神酒を酌み交わすんですが、何しろ相手は神様ですから笑 

えぇ、勿論動きませんよ笑

 そこでどうするかと言うと、用意した神籬に、残った神酒を全て注ぐんですね。それで正式に婚礼が完了すると。

全ての儀礼を終えた後は、対象の女性を生きたまま山に埋めていたそうです。

なんとも酷い話ですよね…。

勿論、大昔の話ですよ。山頂に豊川稲荷の分体を祀って以降は山くなぎの儀もぱったりと途絶えたそうで。

97: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:53:12.08 ID:S788aDOG
豊川系って正式には神社ではなく寺院なんです。本尊が荼枳尼天なので。

荼枳尼天ってたまに怖い仏様だなんて言われたりしますけど、この地域においては完全にご利益しかないですよね。

以降その地は観光業でも栄えて、今では地元の方から「■■■のお稲荷さん」なんて呼ばれて、愛されているそうです。

私の友達にも一人いますよ。毎年初詣に行くんだとか。最近女優のお仕事が凄く順調みたいです。

あぁ、ちょっと脱線してしまいましたね。

いや、なんでこの話をしたのかと言うと、かすみちゃんの失踪にも関係しているんじゃないかなって。

98: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:53:58.22 ID:S788aDOG
四年前のバス事故の前日、旅館で不思議な紙を発見したんです。

童歌が書かれていました。
「お月さんなんぼ 十三七つ」ってやつ。割と全国各地に残っている歌で、色んなバリエーションがあるんですが、どれもはっきりとした解釈はないです。一種の猥歌だったんじゃないかという説もありますが。

関東では「お月さまいくつ」っていう歌い出しの方が有名かなぁ。

でも不思議なんです。
■■■って■■県ですよね。でも明らかに西日本の方言で書かれてたんです。他県からの観光客が落としていったとか……?

気になったので、先日ツイッターで検索をかけてみたんです。

紙に書かれていた通り平仮名で「おつきさんなんぼ」って。

99: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:54:14.85 ID:S788aDOG
10件くらいのツイートがヒットしたんですけど、その中にね。あったんです。かすみちゃんの裏垢?が。

そのアカウント名は「かすみ(ID: @iGZ5enWl0 )」となっていました。

名前と誕生日が一致していたので間違いないと思います。

何故か前半の歌詞をそのままツイートしていました。その後のツイートでは覚えがないと言っておりましたが…。

他のツイートも見てみると、失踪の数日前に例の儀式を彷彿とさせる行動を取っていたんです。

101: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:56:15.74 ID:S788aDOG
…………すみません。

………………開きたくなくて。

すみません。後で鑑識の方で確認してもらえますか?

私はどうも……えぇ。すみません。すみません。

うぅ……。ひ……っ。

いや、ごめんなさい……。変ですよね。

すみません。まだ実感が湧かなくて。

ごめんなさい……ごめんなさい。

もう嫌なんです。友達を二人も失うのは。

ひっ……。

………今日はもう帰りますね。

106: 名無しで叶える物語(たこやき) 2021/06/03(木) 21:57:31.96 ID:S788aDOG
これが失踪後かすみちゃんの部屋から見つかった資料です。

四年前の事故の記事の切り抜きですね。発見した時には既にマーカーで塗り潰されていました。

かすみちゃんも相当ショックだったんだと思います。

はい。それじゃあ。
ありがとうございました。失礼します。































あ、言い忘れていました。かすみちゃんの最後のツイートは絶対に見ないでくださいね?

わたし? わたしはカトリックなので大丈夫かと。

それでは、本当に失礼します。

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引用元: かすみ「四年前にあった不思議な体験を聞いて欲しい」