3: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:54:03.87 ID:191ls5Hh
璃奈 「……愛さん、ただいま」

『おかえり、りなりー』

璃奈 「今日、小テストがあった。突然だったから、かすみちゃん、すごく焦ってた」


愛さんが掛けている椅子のボタンを押すと、愛さんの体がピリッと震えて、口角が上がる。

「かすみんは相変わらずだなぁ」

そう言っているかのように、ニッコリと笑う。


璃奈 「……ほら、愛さんは笑うんだよ」


私が話をすると、愛さんはいつも笑顔を返してくれる。
私が寂しくなった時は、そっと手を重ねてくれる。優しく、きゅっと握ってくれる。

……愛さんは生きている。
手のひらだって、こんなに暖かい。


── 死んでない。愛さんは生きてるんだ。


ーーーーーー
ーーーー
ーー

4: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:55:20.54 ID:191ls5Hh
1. 私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。


侑 「…………。」

歩夢 「車の免許とれたの、そんなに嬉しかった?」


大学生になって2回目の夏休み。講義室で、取得したばかりの免許証をじっと見つめていた私に、歩夢が声をかけてきた。


侑 「まぁ、嬉しいのはもちろんだけどさ。ちょっと裏面のこれが気になっちゃって」

歩夢 「臓器提供の意思表示?」

侑 「……ねぇ、歩夢はさ。脳死と本当の死は同じようなものだって、まだ思ってる?」

歩夢 「え?」

5: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:56:08.58 ID:191ls5Hh
侑 「私はまだ分からない。脳は死んでても、体は生きてるんだもん。今にも目を覚ましそうなくらい、綺麗な状態でさ」

歩夢 「……愛ちゃんのこと、やっぱりまだ」

侑 「うん。あの時は、ゆっくり考える余裕なんてなかったから。今でも時々考えるんだ」


そう、あの出来事は、あまりにも唐突で。心の整理がつかなかった私は、ただ自分が楽になれる方法だけを考えていた。愛ちゃんのことを、ちゃんと考えてあげられなかった。


──あれは、高校2年の秋のこと。


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6: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:57:21.30 ID:191ls5Hh
侑 「じゃあ、買ってくるものはこれで全部かな?」


メモ用紙を片手に、侑は同好会のみんなに確認をとる。文化祭での個人ライブを控えたメンバーは、それぞれの準備に追われていた。そこで侑が、買い出し係を買ってでた。


愛 「まぁ、伝え忘れがあったら、買い出し中でも連絡してもらえばいいじゃん」

侑 「そうだね。愛ちゃんごめんね、自分の準備もあるのに、買い出し手伝ってくれて」

愛 「全然! 気にしないの。それに9人分の荷物なんて持たせたら、ゆうゆ潰れちゃいそうだもん」

侑 「あはは……否定できない」


璃奈 「あっ…ごめん。私のやつがたぶん一番重い」

7: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:58:33.53 ID:191ls5Hh
愛 「そうなの? どれどれ……」


愛が、みんなから頼まれた買い物をまとめたメモ用紙を覗き込む。


愛 「うっひゃあ! 何これ、ロボットでも作るの?」

璃奈 「ロボット……ではないけど、それに近いもの」

侑 「聞いたことも無い材料ばかりなんだよね。私たち、正しいもの買ってこれるかなぁ」

璃奈 「店員さんに聞けば大丈夫」

愛 「そもそもどの店に置いてあるのこれ。デ〇ツーとか?」

侑 「まぁなんとかなるでしょ。行ってきまーす」


しずく 「それにしても璃奈さん、すごいステージになりそうだね」

9: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/08(火) 23:59:46.60 ID:191ls5Hh
璃奈 「最近機械作りにハマってるから、それを活かすことにした。二人はどんなステージにするの? 璃奈ちゃんボード『私、気になります』」

かすみ 「かすみんはぁ~、かすみんのかわいいお顔がみんなに見えやすいように、ドーンと大きなモニターを……」

しずく 「それ、予算足りるの?」

かすみ 「……設置するのは難しいから、映像部に協力してもらって、プロジェクションマッピングを作ることにしました」

璃奈 「素敵だと思う。璃奈ちゃんボード『キラキラ』」

しずく 「私は寸劇を織り交ぜながらやろうかなって。私の表現したい世界観を伝えるのには、それが一番だから」

かすみ 「りな子は? ロボットの材料みたいなの頼んでたみたいだけど」

11: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:00:49.29 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「私は、これを使おうと思って」


そう言って璃奈は、プラスチック製の腕輪のようなものを取り出して見せた。透けて見える中身は、半導体や回路で埋め尽くされている。


璃奈 「これをお客さんに着けてもらう」

しずく 「この腕輪を? プレゼントってこと?」

璃奈 「この腕輪は、着けてる人の興奮度を測定できる。お客さんの盛り上がりが、ステージの演出とリンクするようになっていて、みんなの興奮度が上がるほど、演出が豪華になっていく」

かすみ 「す、すっごいハイテク……」

璃奈 「これなら、みんなと心を繋げることが出来る。まだ試作品だから、これからいろいろ調整する」

しずく 「うん、すっごく素敵だと思うよ、璃奈さん」

12: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:03:48.62 ID:JUq7Jdl2
各々の発想を刺激にしながら、想像を膨らませて作業を進める。没頭しているうちに、いつの間にか数時間が経ち、日は沈みかけていた。


璃奈 「あ……材料が切れた」

しずく 「続きは愛さんと侑先輩が戻ってきてからだね」

璃奈 「結構時間が経ってる。やっぱりどの材料か分からなかったかな」


帰りの遅い2人のことを心配し始めたとき、歩夢が一年生3人の元へ駆け込んできた。


かすみ 「歩夢先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて」

歩夢 「あ……愛ちゃんが……っ!! 愛ちゃんが!」


ただ事ではない、そんな様子。3人は、悪寒が走るのを感じた。


歩夢 「愛ちゃんが、事故に遭ったって……!!」


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15: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:07:07.65 ID:JUq7Jdl2
同好会メンバーが病院に到着した時には、既に愛は集中治療室にいた。

愛の両親だろうか。泣き崩れる女性を、男性が必死になだめている。それともう一人、見慣れた顔がそこにあった。


歩夢 「侑ちゃん…っ!!」

侑 「……っ……はぁ…っ……。あゅ……む…」

果林 「ちょっと、過呼吸になりかけてるじゃない。誰か、レジ袋とか持ってない?」

しずく 「あっ、たしかカバンの中に…」


璃奈 「……愛さん」

父 「君たち、愛のお友達だね」

16: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:09:21.20 ID:JUq7Jdl2
彼方 「はい、同じ同好会のメンバーなんです」

父 「彼女……侑ちゃん、だっけ。目の前で事故を見てしまって、相当ショックを受けたみたいなんだ。住所とか聞いても、ずっとあの状態でね…。誰かお家知ってるかい?」

歩夢 「私が一緒に帰るので大丈夫です。隣なので」

父 「そうか……よかった、ありがとう」

母 「……っ……彼女が、病院に電話してくれたのよ。こんな状態なのに、ありがとうね……」

侑 「ちが……っ……はぁ……っ……わた…ゎた…あぁっ……」

璃奈 「……?」

彼方 「あの、一体何があったんですか……?」

17: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:11:25.94 ID:JUq7Jdl2
父 「信号無視の車に、突っ込まれたみたいなんだ。飲酒だったのか、居眠りだったのか……運転手は即死だったみたいだから、何も分からないけど」

歩夢 「そんな……」


その時、集中治療室から医者が一人出てきた。


母 「…っ! 先生っ!! 愛は、愛は……っ……!?」

医者 「…落ち着いて聞いてください。極めて深刻な状況です」

母 「…っ…………」

医者 「今も尚意識不明の重体です。回復の見込みは、はっきり言って絶望的かと……」

父 「……愛……っ……」

医者 「ですが、現場に唯一居合わせた彼女が、すぐに通報しなかったら、そもそも手の施しようがなかったと思われます」

19: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:14:12.17 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「侑ちゃん…っ」

父 「愛は、まだ頑張ってるんですね」

医者 「はい。長時間の手術になるかと思いますが、娘さんは必死に生きようと頑張っています」

父 「…っ……よろしくお願いします」


その日は、もう遅いからということで、同好会メンバーは帰宅することになった。侑は歩夢にもたれるようにして、なんとか病院をあとにする。


父 「あぁ…そうだ、君がたぶん璃奈ちゃんだよね」

璃奈 「…はい」

父 「愛がよく君のことを話してたんだ。とても仲良くしてくれてたみたいで、ありがとうね」

璃奈 「いえ、むしろ逆で……」

父 「よかったら、連絡先を教えといてもらえるかな? 愛の手術が終わったら、連絡するよ」

璃奈 「あっ、よろしくお願いします」

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20: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:16:38.41 ID:JUq7Jdl2
その日の夜。璃奈はベッドの上で、愛の顔をずっと思い浮かべていた。悔しさが込み上げてくる。しかし、その悔しさや、怒りをぶつける相手が、もうこの世にはいない。

愛は必死で抗い続けているのに、愛を轢いた人はさっさと逃げ出してしまった。

胸の中が、空っぽになったような感覚。やり場のない怒りに、寂しさ。瞳さえ閉じずに、ベッドの上にただただ転がっていた。


璃奈 「……あっ、LINE……」


それはみんなも同じだったようで、LINEの着信が次々と入る。


歩夢 < みんな、まだ起きてる?

せつ菜 < はい。侑さんは大丈夫ですか?

21: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:19:06.16 ID:JUq7Jdl2
歩夢 < 寝てるよ。何回かまた過呼吸になったけど、今は落ち着いてる

果林 < 相当ショックだったのね。目の前で見てしまったでしょうから、無理もないけど

かすみ < りな子は大丈夫?

璃奈 < うん。私は平気。だけど

しずく < だけど?

璃奈 < なんでこんなに冷静なんだろうって、自分が怖い

璃奈 < 大切な人が、すごく危険な状態なのに

璃奈 < 侑さんはあんなに動揺してたのに

22: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:21:07.17 ID:JUq7Jdl2
璃奈 < 私、おかしいのかな。すごく酷いことしてるんじゃないかな


せつ菜 < そんなことないですよ

彼方 < そうだよ。だってこんなに突然で、現実感なんてある訳ないよ

エマ < 事故にあったって聞いてから、愛ちゃんの顔すら見てないもん

果林 < 璃奈ちゃんの反応も、おかしなことじゃないわよ

璃奈 < うん

璃奈 < ありがとう

歩夢 < 正直、私も嘘なんじゃないかなってまだ思う。きっと、愛ちゃんのご両親だってそうだよ

24: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:24:24.80 ID:JUq7Jdl2
しずく < そうですよね。私もです

かすみ < きっとすぐに帰ってきてくれますよ

果林 < そう信じましょう

エマ < 明日もみんなで病院行こうね

エマ < 果林ちゃんが唇もにゅもにゅし始めたから、私たちはそろそろ寝るね

果林 < 違うのよみんな

かすみ < かすみんも寝ます。みなさんも早く寝ないと、夜更かしはお肌の大敵ですよ!

彼方 < は~い

果林 < 聞いて

せつ菜 < それではみなさん、おやすみなさい


璃奈 「…………。」

璃奈 「……愛さん」

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ーーーー
ーー

25: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:27:33.91 ID:JUq7Jdl2
~翌日 部室~


歩夢 「みんな集まったね」

せつ菜 「侑さんは?」

歩夢 「まだ無理そう。何回電話しても、ベランダから呼びかけても、返事が無くって」

果林 「愛や侑のことは心配だけど、私たちはまず、決めなくちゃいけないことを相談しましょ」

しずく 「ライブをやるか、中止にするか……ですね」

エマ 「文化祭は1ヶ月後。愛ちゃんの手術が間に合っても、出演は厳しいよね……」

せつ菜 「私たちで結論を出すしかありませんね。メンバーが1人欠けた状態で、ライブをするのか」


かすみ 「やるべきですよ、ライブ!」


しずく 「かすみさん……」

26: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:31:20.35 ID:JUq7Jdl2
かすみ 「ていうか、やらなきゃダメです! どんなことがあっても、みんなに笑顔を届けるのが、アイドルとしての使命なんです!」

彼方 「うん、そうだよね……。彼方ちゃんも、応援してくれるみんなをガッカリさせたくないよ」

果林 「かすみちゃんの気持ちも分かるわ。私だってライブはしたい。けど…」

かすみ 「けど、なんですか? ライブを中止になんてしたら、愛先輩が悲しみますよ!」

果林 「じゃあ聞くけど、かすみちゃんはこの状況で、納得のいくライブが出来る?」

かすみ 「そ、それは…っ」

エマ 「…私も、ちょっと不安かな。この気持ちのまま、いつもみたいな笑顔でみんなの前には立てそうにないよ……」

せつ菜 「ですがだからこそ、ライブをするべきではないでしょうか。そんな不安な気持ちを、私たちが吹き飛ばすんです!」

27: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:35:00.88 ID:JUq7Jdl2
しずく 「そうですよね。私たちだけでなく、応援してくださっているみなさんも、きっと愛さんのことで不安になっているはずです」

エマ 「うん……分かってるつもりだよ。でもね…」

果林 「エマ、焦らなくていいのよ。まだ時間はあるから、ゆっくり考えましょ」

エマ 「うん、ごめんね。まだ全然、心の整理がついてなくって……」

歩夢 「私も同じ気持ちだよ。せめて、愛ちゃんの声が聞ければ……」

璃奈 「……愛さん」


~~~~♪


せつ菜 「…? 着信ですか?」

28: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:38:08.55 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「あっ、私の携帯。ちょっとごめん」


璃奈 「……はい。…………あっ、…はい……」

璃奈 「…! はい、ありがとうございます。すぐにいきます」

ピッ

璃奈 「愛さんのお父さんからだった」

歩夢 「てことは、もしかして…!」


璃奈 「うん、手術が終わったって」


ーーーーーー
ーーーー
ーー

29: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:41:29.71 ID:JUq7Jdl2
~病室~


璃奈 「愛さん……っ!!」ガララッ!!


病室に駆け込む同好会メンバー。目の前にいたのは、間違いなく、宮下愛本人だった。
事故で大きく損傷したのだろう。縫合跡を隠すために、頭には包帯が何重にも巻かれている。

そんな愛の体は、呼吸器に繋がれ、ベッドの上で横たわっていた。


果林 「愛っ!! 聞こえる? みんなで来たわよ!」

歩夢 「愛ちゃん!!!」

璃奈 「……寝て、る?」


何回呼びかけても反応がなかった。
眉のひとつも、ピクリとすら動かない。


母 「……なんだって」


先に病室にいた母親が、ボソッと呟いた。

30: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:44:48.05 ID:JUq7Jdl2
隣にいた父親も、随分とやつれた様子だった。おそらく昨日から、ずっとこの病院にいたのだろう。


せつ菜 「あっ、愛さんのお母さん。申し訳ありません、うるさくしてしまって」

彼方 「あの、今なんて……? 私の聞き間違いならいいんですけど、さっき…」


母 「……脳死、なんだって」


果林 「っ…!!!」

璃奈 「のうし……?」

母 「体は生きてても、脳が機能してない状態のことを言うのよ」

璃奈 「……それって、どうすれば治るんですか」

母 「…治らないわ。植物状態ならまだしも、脳死になったら、回復することは絶対にない」

31: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:47:58.91 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「……絶対?」

母 「…私も訳が分からないわ。こんなに綺麗な体してるのよ? 死んでるだなんて……っ…そんなこと…」

父 「…あんまり無理するな。もういいから」


父 「……受け入れられないよね。私達も同じだ」

エマ 「…………。」

父 「みんな、愛に最後のお別れをしてあげてくれないか」

彼方 「…っ! 最後って……!」

父 「…さっき、医者と相談して決めたんだ。近いうちに、愛の体から臓器を移植することになった」

歩夢 「臓器移植って……。それじゃあもう…」

父 「脳死の状態なら、心臓の移植ができるらしい。それで救われる人がきっといるはずだ。多分、愛にとってもそれが一番の選択なんだよ」

32: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:52:06.78 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「どうして…? 愛さんの体はまだ生きて……」

父 「分かってくれッ!!!」

しずく 「っ!?」

父 「……ごめん、驚かせたね」


父 「愛の体は生きてる、確かにそうだ。でも今の状態は……生きてるんじゃない。生かされてるんだ」

かすみ 「生かされてる?」

父 「呼吸器を着けてるだろう? これを外せば、すぐに心臓は止まってしまう。今、愛の体は機械に無理やり生かされてるようなものなんだ」

しずく 「そ、そんな…っ」

父 「…そういうことだから。今愛にできるのは、一人でも多くの人のために、臓器移植をすることなんだ」

34: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 00:57:39.81 ID:JUq7Jdl2
父 「明日から、愛の体は呼吸器ごと私たちの家に移される。一度家に帰ってきて欲しいからね」

かすみ 「呼吸器ごと…?」

父 「そこで数日家族みんなで過ごしてから、臓器移植をすることになったんだ。だから今じゃなくても、愛の顔を見れるうちに、お別れの挨拶をしてやってくれ」


璃奈 「…………だ」


果林 「…璃奈?」

璃奈 「…嫌だ。愛さんは生きてる。臓器移植なんてダメ…!」

せつ菜 「璃奈さん……」

璃奈 「ほらっ、手だって暖かい。心臓も動いてる。自分の力で動いてるんだよ?」

果林 「璃奈、だからそれは呼吸器で」

36: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 01:01:41.11 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「死んでない、嘘だ。愛さんはまだ生きてる。なにか方法がある。絶対に……」

果林 「璃奈ッ!!!」

璃奈 「っ…」

果林 「……一番辛いのはご両親よ。こんな突然の事故で愛を亡くして。最後の瞬間にすら立ち会えていない」

果林 「そんなお父さんが、こんなに勇気ある決断をしたのよ。私たちに否定する権利はない」

璃奈 「でも……っ……でも……!」

果林 「…受け入れなさい。一番受け入れたくないはずのご両親がそうされたように」

璃奈 「嫌……っ……嫌だ……。言わないで……っ…言わないで…ぇっ……!」


果林 「────愛は、死んだのよ」

37: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 01:05:14.03 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「っ……! 嫌だぁぁぁぁぁッ!!!」

歩夢 「璃奈ちゃんっ!! 待って!」


どうしようにもない事実を振り払うかのように、無我夢中で走った。どこに向かって走っているのかさえ分からない。ただただ、遠くへ。


璃奈 「はぁ……っ……はぁ…っ…! 嘘だ…っ…!」

璃奈 「愛さん…っ!! 愛さん…っ!!」


愛『どーしたのっ?』

愛 『怖くないよー。なんかキミ、元気なさそうだったからさー』


璃奈 「うぅっ……ひぐっ…あぁ…っ!!」


初めて会った時、掛けてくれた優しい言葉。
見せてくれた、優しい笑顔。
握ってくれた、暖かい手。

38: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 01:08:50.26 ID:JUq7Jdl2
璃奈(私は何度も救われた。愛さんの笑顔に、声に、優しさに……っ!)

璃奈(……もう会えない? 嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ)


璃奈 「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


璃奈(嫌だ。そんなの嫌だ……っ)


璃奈 「あっ…!」


ドサッ……


璃奈(……転んだ。痛い)

39: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 01:12:51.17 ID:JUq7Jdl2
璃奈(…前も、こんなことあったっけ。振り付けを間違えて、そのまま転んで……)


愛『大丈夫ー? りなりー、ほらっ!』


璃奈(もう、差し伸べられる手も、掛けてくれる言葉も……無い)

璃奈(……もう一度)

璃奈(もう一度だけでいい。あの笑顔を、また見せて欲しい……)

璃奈(もう一度……っ……もう一度……)


その時、璃奈のカバンから何かが転がり落ちた。
車道に転がり出そうになる“ソレ”を、慌ててキャッチする。

40: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 01:16:42.30 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「……これって」

璃奈(私が文化祭のステージで使おうとした、腕輪……)

璃奈(…まだ動いてる)


璃奈 「………………っ!!!」


璃奈(そうか、これだ!!)

ーーーーーー
ーーーー
ーー

52: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:40:10.65 ID:JUq7Jdl2
~数日後 部室~


果林 「みんな来ないわね……」


ガチャ


エマ 「ただいまー。せつ…生徒会長さんに、文化祭ライブ中止のこと伝えてきたよ」

果林 「辛い役回り押し付けちゃって、ごめんなさいね」

彼方 「ううん。果林ちゃんだって、ここで皆のこと待っててくれたんでしょ? 誰か来た?」

果林 「見ての通りよ」

エマ 「そっか…」

彼方 「寂しいね。特に1年生のみんなの顔は、しばらく見てないし」

53: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:42:51.05 ID:JUq7Jdl2
果林 「璃奈ちゃんに至っては、学校にすら来てないみたい。連絡しても既読もつかないし、本当に大丈夫かしら」

エマ 「歩夢ちゃんは?」

果林 「侑につきっきりよ。時々急に泣き出したり、暴れたり、まだ不安定みたい」

彼方 「……このまま、バラバラになっちゃうのかな。同好会」

果林 「バラバラになんてさせないわ。愛だって、そんなこと望んでないはずよ」

彼方 「うん……そうだよね」

エマ 「ねぇ、今日帰り、愛ちゃんち寄ってこうよ」

果林 「……そうね。そろそろ、最後の日でしょうし」


彼方 「最後の日……」

54: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:45:40.08 ID:JUq7Jdl2
侑 「……はぁっ、……うぅっ……ぇっ……」

歩夢 「だ、大丈夫? やっぱり無理はしない方が」

侑 「ううん……無理してでも、行かなくちゃ……」


侑は歩夢に支えられながら、愛の家に向かっていた。
あと三日四日もすれば、愛の臓器移植が始まってしまう。そう歩夢から聞いた侑は、愛の顔が見られなくなる前に、顔を合わせに行くことにした。

だが、愛の家に近づくほど、足の震えが大きくなる。


彼方 「侑ちゃん……?」
エマ 「侑ちゃん!」

侑 「みんな……」

55: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:47:42.21 ID:JUq7Jdl2
果林 「もう大丈夫なの!? 心配したんだから。こんなにやつれて……」

歩夢 「果林ちゃん達も、愛ちゃんの家に?」

エマ 「うん。そろそろ、最後の機会だから」

彼方 「家族の時間を邪魔したら悪いって、今まで遠慮してたんだけどね。やっぱり、どうしても会いたくなっちゃって」

侑 「うん、私もそう。……それに、伝えなきゃいけないこともあるから」

果林 「……しっかり挨拶してきましょ。きっと愛も喜ぶわ」

56: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:51:41.47 ID:JUq7Jdl2
~愛の家~


エマ 「お友達が先に来てる、ってお母さんが言ってたけど」

彼方 「1年生のみんなも来てたのかな?」

歩夢 「この部屋だね。……おじゃましま……す……?」


愛が居るという部屋に入った5人の前にあったのは、想像もしていなかった光景だった。
呼吸器だけでなく、明らかに治療とは関係のなさそうな、鉄製の機械が隅々に張り巡らされた愛の体が、椅子に座っていた。

腕に沿うように設置された鉄の支柱、頭に数枚貼られたパッドから、何十本もケーブルが伸びている。それは一つの大きな装置に集約されていた。


エマ 「璃奈……ちゃん?」


その装置の前に、璃奈が立っていた。じっと愛の顔を見つめていた璃奈は、部屋に入ってきた5人に気付くと、気まずそうにうつむく。

57: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:53:58.54 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「璃奈ちゃん! 心配したんだよ?」

璃奈 「…ごめんなさい」

彼方 「もしかして、ずっとここにいたの?」

璃奈 「うん」

果林 「返信ぐらいしなさいよ。本当にどれだけ心配したと……」

璃奈 「返信……あっ、ごめん。コレをずっと作ってて、気が付かなかった」

歩夢 「コレって……この機械のこと? なんなのこれ…」

果林 「治療のための機械……じゃないわよね」

璃奈 「……愛さんの顔、見てて」

58: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:56:38.84 ID:JUq7Jdl2
そう言うと璃奈は、コードが集約された装置のボタンを押す。すると、愛の体が一瞬、ぴくっと震える。そして、徐々に愛の口角が引っ張られるように上がっていき……

愛は、みんなに笑顔を見せた。


エマ 「こ、これって」

璃奈 「これだけじゃない」


さらにボタンの横のレバーを操作すると、鉄の支柱と共に愛の腕が動き、璃奈の頭に手を添えた。そしてレバーの動きと連動して、まるで璃奈の頭を撫でているかのように、愛の手のひらが動く。


璃奈 「……ほら。愛さん、生きてるでしょ?」

59: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 21:58:45.85 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「かに、これ。璃奈ちゃんが全部作ったの?」

璃奈 「うん。このボタンを押すと、小さな電流が流れて、口角が引きつる。すると今みたいに、愛さんは笑顔になる」

果林 「……。」

璃奈 「これでみんな分かってくれる。愛さんは生きてるって」

彼方 「璃奈ちゃん……」

璃奈 「笑顔も見せてくれるし、いつもみたいに頭も撫でてくれる」

果林 「……機械の力を使って、ね」

璃奈 「違う。機械の力を“借りてる”だけ」

60: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:01:40.52 ID:JUq7Jdl2
果林 「……璃奈ちゃん、認めたくないのは分かるわ。でも、こんなこと間違ってる」

璃奈 「だって、みんな愛さんが死んだって決め付けるから。こうすれば、みんな考え直して……」

果林 「こんなの見過ごせないわ。愛の体をオモチャみたいに扱って……!」

璃奈 「違う。私は愛さんのために…」

果林 「璃奈ッ!」

璃奈 「……っ」

果林 「こんなの、愛に対しての冒涜よ。今すぐやめなさい」

璃奈 「でもそしたら、愛さんの体が連れてかれちゃう!! まだ生きてるのに!!」

61: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:05:01.34 ID:JUq7Jdl2
エマ 「……璃奈ちゃん、辛いけど、病院で聞いたよね? 体は生きてても、もう助からないって」

璃奈 「違う、本当に生きてる。手だって暖かいし、心臓だって……」

果林 「だからそれが脳死なの! 何度言えば……っ!」


母 「……あの、大丈夫? 怒鳴り声が聞こえたけど」


彼方 「愛ちゃんのお母さん……」

歩夢 「お母さん、ごめんなさい! こんなこと、勝手に……」

母 「いいのよ。私とお父さんが、続けてって言ったの」

果林 「え……?」

母 「抵抗はあると思うけど、少しの間、璃奈ちゃんの好きにさせてあげて。私からもお願い」

62: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:07:06.86 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「何言ってるんですか。こんなこと、普通に考えて許されるわけ……」


歩夢は反論しようとしたが、母の表情を見て固まる。愛の母は、微笑みながら、涙を流していた。


果林 「……行きましょ。エマ、彼方」

エマ 「果林ちゃん……。このままでいいの?」

果林 「いいも何も、それを決めるのは愛のお母さんよ」

彼方 「そうだけど…っ」

果林 「話し合っても分かり合えそうにはないわ。それに、愛の前で言い争いなんてしたくないもの」

エマ 「……うん、そうだね」

63: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:09:20.01 ID:JUq7Jdl2
彼方 「…じゃあ、お先に」


歩夢 「……侑ちゃん、私たちも帰ろ? 私なんだか、ちょっと怖くて…」

侑 「………………。」

歩夢 「…侑ちゃん?」


歩夢(……なんで、泣いてるの。侑ちゃん)


歩夢(こんなの絶対変だよ。辞めさせなきゃ…)

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ーーーー
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64: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:11:43.36 ID:JUq7Jdl2
~翌日 部室~


かすみ 「…しばらく部活に来なかった間に、そんなことになってたんですね」

果林 「状況は深刻よ。璃奈ちゃんはもう、聞く耳を持たない」

歩夢 「今日も学校に来てないみたい。多分、また愛ちゃんの家で……」

しずく 「…でも、璃奈さんの気持ちもわかる気がします」

歩夢 「…璃奈ちゃんのやってること、肯定するの?」

しずく 「そういうわけではありませんが…。愛さんは、璃奈さんの心の支えでしたから。それが突然失われたら、再び自力で立ち上がるのは難しいと思うんです」

果林 「でもだからって、死んだ人を弄ぶような行為は見過ごせないわ」

65: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:14:57.91 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「…うん。今すぐ辞めさせるべきだよね」

せつ菜 「愛さんのご両親はなんと?」

エマ 「それが、お母さんの反応も変だったんだよね」

彼方 「…そうだよね。自分の娘の体をあんな風にされてるのに、それを許してるなんて、妙と言うか」


かすみ 「……あの、愛先輩って、本当に亡くなったんですか」


エマ 「…どういうこと?」

かすみ 「正直、かすみんだって信じられません。愛先輩が……もう、助からないって」

果林 「病室で愛の状態を見たでしょ?」

かすみ 「だからこそ、信じられないんです! あんなに綺麗な状態で……まるで眠ってるだけみたいで。それで“死んでる”なんて、かすみんにはとても思えません……」

66: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:18:38.57 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「…でも、受け入れなきゃ」

しずく 「歩夢さん」

歩夢 「私、機械に操られてる愛ちゃんのことを見て、可愛そうだって思った。あの空間はとにかく不気味で、一秒でもはやくあの空間から逃げ出したくて……」

歩夢 「…でも、侑ちゃんは違った」

せつ菜 「侑さんが?」

歩夢 「涙を流してたの、あの光景を見て。釘付けになって、まるで感動してるみたいに」

かすみ 「感動……?」

67: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:20:39.57 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「実はね、侑ちゃん、今日も愛ちゃんの家に行ってるの。一人で」

果林 「えっ…一人で?」

歩夢 「昨日まで、一人じゃ外にすら出られない状態だったのに。……どうしてっ、絶対変なのに…」

歩夢 「あんなこと、許されるわけないのに…っ…」

果林 「歩夢……」


歩夢 「こんなの絶対……間違ってるよ…っ…」

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68: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:24:29.20 ID:JUq7Jdl2
~愛の家~


璃奈 「……ここを…もうちょっと改良して…」

璃奈 「…うん、いい感じ……」


朝から愛の部屋にこもり、作業を続ける璃奈。
突然、璃奈の傍らにペットボトルのジュースが置かれる。


璃奈 「…?」

侑 「見ててもいい?」

璃奈 「…うん」


『…あっ、おはよー! ゆうゆ!』


侑 「えっ…!」

69: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:28:50.54 ID:JUq7Jdl2
璃奈 「すごいでしょ。愛さんの声を色んな動画とかライブ映像から抜き出して、完全再現した」

璃奈 「状況に応じて、自分で考えて発言するAIも組み込んだ。これで会話もできる」


『そうそう! 愛さんのAIだよ! アイだけにっ!』


侑 「……ぷっ、あははははははっ…!!」

璃奈 「…よかった。侑さん、笑った」

侑 「すごいよ…璃奈ちゃん。本当に生きてる“みたい”」

璃奈 「……。」

侑 「…璃奈ちゃん?」

璃奈 「…“みたい”じゃない。愛さんは、ちゃんと生きてる」

侑 「…そうだよね。ごめん」


母 「二人とも、今日も来てくれてありがとね。お菓子持ってきたわよ」

愛『…あ、ありがとうお母さん!』

母 「っ!?」

70: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:32:38.30 ID:JUq7Jdl2
愛の返答に驚き、母はせっかく持ってきたお菓子を床に落とした。


侑 「わぁぁ…っ……大変、大丈夫ですか?」

母 「…………っ! ご、ごめんなさいね。驚いちゃって…!」

侑 「本当にすごいですよね。会話もできるんですよ」

母 「…えぇ。ありがとう、璃奈ちゃん」

璃奈 「……いえ」


璃奈 「…これできっと、みんな分かってくれるよね」

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71: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:36:12.13 ID:JUq7Jdl2
侑 「お邪魔しましたー……って、歩夢? なんでここに」


キリのいいとこまで作業を進め、愛の家を出た二人の前に、歩夢が待ち構えるように立っていた。


歩夢 「…楽しそうだね、侑ちゃん」

侑 「うん。聞いてよ歩夢、璃奈ちゃんの機械すごいんだよ! 愛ちゃんと会話も出来るようになってさ…!!」

歩夢 「…………。」

侑 「ダジャレも自分で考えて言うんだよ! もう、おかしくって笑いが止まらなくて…!」


歩夢 「……目、覚ましてよ」


侑 「…あ、歩夢?」

歩夢 「目、覚ましてよ!! もう愛ちゃんは死んだんだよっ!! お願いだからこれ以上…っ!!」

侑 「ま、待って! 今の愛ちゃんを見れば、歩夢だってきっと分かるよ! だから今からでも…」

72: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/09(水) 22:39:35.10 ID:JUq7Jdl2
歩夢 「嫌っ!! 触らないでっ!!」

侑 「えっ……」

歩夢 「…怖いよ。今の侑ちゃん、怖いよ……っ!」

侑 「…違うっ、歩夢が分かろうとしてないだけだよ! お母さんだって感動してた! だから…!」

歩夢 「やめてっ!!!」


歩夢 「…私もう、あの部屋には行きたくないっ!」


侑 「ま、待って! …………歩夢……」

璃奈 「…いいよ、侑さん。いつか分かってくれる」

侑 「…………うん、そう…だよね……」


侑 「……私は…間違ってない…っ……」

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92: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:47:34.39 ID:ejOHqisR
~数日後~


かすみ 「しず子~! 今日も愛先輩のところ行きましょー!」

しずく 「うん。準備するからちょっと待ってて」


歩夢 「…………。」


かすみ 「…? どうしたんですか、歩夢先輩。そんな暗い顔したら、可愛い顔が台無しですよ! ま、かすみんほどじゃないですけど…」

歩夢 「…ねぇ、また愛ちゃんのところ行くの?」

しずく 「えぇ。お話したいこと、今日も沢山ありますから」

歩夢 「お話って…。愛ちゃんは返事も出来ないのに。こっちの言うことだって、聞こえてるかどうか…」

93: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:48:38.91 ID:ejOHqisR
かすみ 「えっ、もしかして歩夢先輩、りな子の発明見てないんですか!?」

歩夢 「…っ」

かすみ 「すごいんですよ! もう“普通に”お話も出来るんです!」

しずく 「次は表情も自在に変えられるようになるんだよね。私、なんだか感動してきちゃって…」

かすみ 「ほら、歩夢先輩も行きましょうよ! 話したいこと、いっぱいありますよね?」

歩夢 「……私はいいよ。後で行くから」

かすみ 「むぅ…そうですか。じゃ先行こ、しず子」


果林 「…………。」

歩夢 「…ねぇ、私がおかしいのかな」

95: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:50:07.28 ID:ejOHqisR
果林 「…分からないわ」

歩夢 「まるで普通に友達の家に遊びに行くみたいな感覚で、毎日毎日、みんな愛ちゃんの所へ…」

エマ 「歩夢ちゃん…」

歩夢 「…もう隠さなくていいよ。果林ちゃん達も行ったんだよね、愛ちゃんに会いに」

果林 「……知ってたの?」

彼方 「…っ。違うの歩夢ちゃん、あれは…」

歩夢 「受け入れるべきだって、あんなに言ってたのにっ!! …ねぇ教えてよ。私がおかしいの? 私が変なの?」

果林 「……分かって、歩夢」

歩夢 「分からないよッ!!!」


歩夢 「……ねぇ。愛ちゃんは、生きてるの?」

96: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:51:19.02 ID:ejOHqisR
果林 「…私だって、受け入れてるつもりだった。でも…っ……でも、あんなもの見せられたら…っ!」

エマ 「果林ちゃん……」

果林 「……信じたく、なっちゃうじゃない……っ…」

歩夢 「…………そっか、分かった」


歩夢 「……もう、いいよ」


彼方 「歩夢ちゃん、待って……っ…」

バタンッ

果林 「…………さい……ごめ…っ……な…さい…っ…」

エマ 「…大丈夫だよ、果林ちゃん。今日も会いに行こ? 愛ちゃん、きっと喜ぶよ」

果林 「…喜ぶ……そう……そう、よね…っ…」

果林 「愛……っ…!」

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97: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:52:29.99 ID:ejOHqisR
~~~♪

ピッ

璃奈 「…はい、璃奈です。……えっ、故障、ですか。はい、じゃあ今から行きます」

侑 「電話? 誰から?」

璃奈 「愛さんのお母さんから。機械が故障して、会話が出来なくなったって」

侑 「嘘、大変! 今すぐ行かなきゃ!」

璃奈 「うん。でもすぐに直せると思うから、大丈夫」

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98: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:53:48.98 ID:ejOHqisR
~愛の家~


母 「ごめんねぇ、わざわざ呼び出しちゃって」

璃奈 「いえ。おじゃまします」

母 「あ、お友達が1人、先に来てるわよ」

侑 「…? 誰だろう」


二人が部屋に入ると、母の言っていた“お友達”が、既に愛の横に立っていた。


侑 「……歩夢?」

歩夢 「…あぁ、来ちゃったんだ。タイミング悪いなぁ」

璃奈 「……何、そのハサミ」

99: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:56:17.06 ID:ejOHqisR
歩夢の手には、ハサミが握られていた。
その刃は、愛の呼吸器の管にさしかかっている。


歩夢 「……終わらせてあげるんだよ、全部」

侑 「歩夢っ…!?」

歩夢 「呼吸器が外れたら、心臓も止まるんだよね。じゃあこれを切断すれば、全部終わる」

歩夢 「みんながちゃんと……現実を見れる」

璃奈 「やめてっ…!!」

歩夢 「私がやめてって言っても、璃奈ちゃんは辞めなかった!!」

璃奈 「っ…」

歩夢 「こんなもの作ったせいで、みんな愛ちゃんのこと受け入れられなくなって……。可哀想だよ…っ……! 愛ちゃんがこんなこと、望んでるはずない!」

100: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:57:48.13 ID:ejOHqisR
侑 「やめてよ歩夢! 愛ちゃんが本当に死んじゃうっ!!」

璃奈 「ひ、人殺し…っ…!」

歩夢 「人殺し…? おかしなこと言わないでよ。愛ちゃんはもう死んでるんだよ!」

璃奈 「違う、愛さんは生きてる!!」

歩夢 「……じゃあ、愛ちゃんは笑えるの? 話せるの? 手を動かせるの?」

璃奈 「そう出来るようにした! でも、今は故障中で…」

歩夢 「……生きてる人は、自分の力で出来るよ。機械の力なんて使わなくても、笑えるんだよ」

侑 「歩夢っ…」

歩夢 「…侑ちゃん。目、覚まさせてあげるからね」


歩夢が、ハサミに力を込める。

101: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 19:59:26.74 ID:ejOHqisR
璃奈 「…っ!! ダメっ!!」

歩夢 「…………ばいばい、愛ちゃん」


さらにハサミに力を込めた歩夢だったが、その刃は管に届かなかった。

何かに、阻まれた。

その“何か”を認識した時、歩夢は悲鳴をあげた。


侑 「うぐっ………っ!!! あぁぁっ…!!」

歩夢 「き…きゃぁぁぁぁっ!!!」


ハサミを防いだのは、侑の指だった。

切断こそされてはいないが、尋常ではない量の血が流れ出る。


母 「ど、どうしたの……って、大変!! あなた、救急車!!」

父 「あ、あぁ!」


歩夢 「どうして…っ! どうして侑ちゃん…!」

102: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:01:40.21 ID:ejOHqisR
侑 「…お願いっ……やめてよ…歩夢……」

璃奈 「侑さん…!」

侑 「…愛ちゃんと話せなくなったら、私は誰に謝ればいいのか、分からなくなる…っ…」

歩夢 「…謝る? どういうこと…」

侑 「……っ……愛ちゃんを殺したのは、私なんだ」

歩夢 「…………えっ」


侑 「あの事故の日……。本当は轢かれそうになったのは私だった。愛ちゃんが助けてくれたんだ」

侑 「私を助けたせいで、愛ちゃんは…っ……」

歩夢 「そんな…っ」

侑 「…謝ろうにも、全部手遅れで…!! 脳死になったって聞いた時は、もう私も死んで、向こうで愛ちゃんに謝るしかないって……」

103: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:03:56.55 ID:ejOHqisR
侑 「そう思ってた時だった。愛ちゃんが笑ったんだよ。それに、いつもみたいにダジャレも言ってる姿を見て……」

侑 「私、やっと愛ちゃんに、ちゃんと謝れたんだ。……毎日ここに来てた。毎日愛ちゃんに向かって、謝り続けた」

侑 「だから…っ……愛ちゃんを失うわけにはいかないんだよ。愛ちゃんが本当にいなくなったら私、誰に謝ればいいのっ…!?」

歩夢 「侑ちゃん……」


侑 「……ごめんねっ、璃奈ちゃん。全部私のせいだったんだ」

璃奈 「………………いい。知ってたから」

侑 「……知っ、てた?」

璃奈 「…実はこの音声装置、記録機能がある。会話の内容を記録して、学習し続けることで会話の質が上がる」

侑 「…てことは」

104: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:06:36.10 ID:ejOHqisR
璃奈 「全部知ってた。侑さんが、毎日愛さんに会いに来てくれて、謝ってたことも」

璃奈 「…愛さんに、かばわれたことも」

侑 「…そんな。知ってて、私と一緒に居たの?」


侑 「なんで…っ…! 恨んでるでしょ? 憎いでしょ!? 私のせいなんだよっ!?」


救急車のサイレンの音が、徐々に近付いてくる。その音だけが、しばらく部屋に響く。


璃奈 「……いい。愛さんも、嬉しそうだったから。また、侑さんが笑ってくれて」

侑 「……っ……璃奈ちゃん…っ…」


その場で泣き崩れた侑は、歩夢と一緒に救急車で運ばれて行った。床にこびり付いた血を拭き取るため、愛の母がタオルを持って部屋にやってくる。

106: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:09:03.18 ID:ejOHqisR
母 「……記録機能、そんなのがあったのね」

母 「…じゃあ、私とお父さんが、愛とこっそり会話してたのも、知ってるのね」

璃奈 「……はい」

母 「…最初はね。璃奈ちゃんの心の整理がつくまで、って思ってた」

璃奈 「私の…?」

母 「正直、娘の体を機械で無理やり動かされるのは、見ていてあまりいい気はしなかった」

母 「でも、璃奈ちゃんのことは、愛から毎日耳にタコができるくらい聞かされてたから。……大切な、友達だったんだろうなって」

母 「…そんな大切な友達と、いきなりお別れさせるのはあまりに残酷だろうって、お父さんと話し合ってね。璃奈ちゃんの心が落ち着くまで、好きにさせてあげようって決めたの」

璃奈 「……私のために?」

107: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:11:21.36 ID:ejOHqisR
母 「でも、いつからかしら。…きっと、愛の言葉を聞いた時ね」


愛『…あ、ありがとうお母さん!』


母 「受け入れなくちゃいけない……そう思ってたのに。希望を持っちゃったのよ」

璃奈 「…っ」

母 「愛とお話するの、本当に楽しかった。二度と叶わないと思ってたから、本当に嬉しくて」

璃奈 「…………。」


璃奈は、記録装置のログを辿る。
そこに積み重なっていた、愛と、周りのみんなとの会話の記録。


侑『…ごめんなさい、愛ちゃん。私のせいで』

侑『…なんでそんな優しいこと言ってくれるの。いっそ、責めてくれれば……』

侑『…ごめんね……。ごめんね…ぇっ……!』

108: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:13:46.51 ID:ejOHqisR
母『本当にすごいねぇ。こうしてまたお話できるなんて』

父『…そっか、友達を助けてのことだったんだな。偉いぞ、愛』

母『本当のこと、知れてよかった。そうだ、今朝お父さんがおかしくって…』

父『おい、余計なこと……愛も笑いすぎだぞ…!』


しずく『それでかすみさん、指導室から1時間帰ってこなくて』

かすみ『笑い事じゃないですよ二人とも! 課題だってこんなに……愛先輩手伝ってくださいよ!』

しずく『……えっ、すごい。本当に勉強も教えられるんだ……』

かすみ『さすが愛先輩! いじわるなしず子と違って頼りになります~!』

しずく『……もう宿題見せてあげないから』

109: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:17:08.87 ID:ejOHqisR
果林『……ねぇ、本当に、愛なの?』

エマ『…すごいね。本当に生きてるみたい』

彼方『あぁぁ…っ、そんな悲しい顔しないでよ愛ちゃん! そうだよね、愛ちゃんは生きてるよ~』

果林『彼方っ! ……ダメよ、ちゃんと受け入れなきゃ……』

エマ『……果林ちゃん、涙出てるよ』

果林『違…っ……これは…っ…』


ギュッ……


彼方『あ……手……』

エマ『握ってくれた? …レバー、動かしてないのに』

111: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:21:12.11 ID:ejOHqisR
果林『……っ……。今まで、出来るだけ触れないようにしてたのにっ……! 何するのよ…!』


果林『なんで…っ…こんなに暖かいのよっ…!!』

エマ『果林ちゃん……』

果林『愛……愛ぃっ……ぁぁ…っ……!!』


璃奈(……もしかして、みんな私のせいで)

璃奈(私のワガママのせいで、受け入れたはずの果林ちゃんも、お母さんも……)

母 「今度、あの子……侑ちゃんにもちゃんと伝えなきゃね」

璃奈 「えっ?」

母 「私たちは侑ちゃんのこと、恨んでなんかないって」

113: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:24:46.46 ID:ejOHqisR
母 「お父さんも同じ考えよ。今は、助かった侑ちゃんが元気にいてくれる事が、一番の救いよ」


母 「……愛もきっと、それを望んでるわ」


璃奈 「……愛さんの、望み」

璃奈(…そっか。私、愛さんのこと何も分かろうとしてなかった)

璃奈 「……愛さん、ごめんなさい」


璃奈はゆっくりと、機械を持ち上げる。


母 「あぁ……修理してくれるのかい?」


その問いかけに璃奈は

俯きながら、首を横に振った。


母 「……そう。じゃあ、もうお別れなんだね」

114: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:28:03.08 ID:ejOHqisR
璃奈 「……ごめんなさい」

母 「いいのよ。それがきっと、愛の望みだから」

璃奈 「……愛さん。さよなら……っ……」


涙が溢れ出て、震える璃奈の体。
つい手を滑らせ、持っていた機械を落としてしまう。


璃奈 「あっ……」

ガシャァァンッ!!

けたたましい音を上げ、もう一つの機械と落とした機械がぶつかる。
プラスチックのカバーや、ガラス、基盤が、部屋に砕け散る。

……もう、修復は困難だろう。


璃奈 「ご、ごめんなさい。散らかして……。すぐに拾います……」


『りなりー、お疲れ様』

116: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:31:05.64 ID:ejOHqisR
璃奈 「えっ…?」

母 「……まぁ、見て、璃奈ちゃん」

璃奈 「えっ?」

母 「…愛が、笑ってるわ」


愛の顔を見ると、優しく微笑んでいた。


璃奈 「……これは……っ……きっと、機械が壊れた時に、電流が流れて、それで……っ……」

母 「そうかしら? 私には、心から笑っているように見えるわよ?」

璃奈 「心から……」


抱きしめるように、璃奈は顔を愛の体に埋める。
心臓の音が、確かに聞こえた。

愛の胸の中で泣き続けた璃奈は、愛の温もりに包まれ、いつの間にか、その場で眠ってしまっていた。

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ーーーー
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118: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:34:16.84 ID:ejOHqisR
~3年後~


1. 私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。


侑 「…免許証のこの書き方を見るとさ、やっぱり世間的には、脳死と普通の死は同じなのかな」

歩夢 「……どうなんだろうね」

侑 「…愛ちゃんが亡くなったのは、いつだったんだろうね」

歩夢 「いつ…?」

侑 「脳死っ診断された時か、璃奈ちゃんが機械を外した時か、臓器を移植した時か……」


歩夢 「…まだ生きてるよ」


侑 「歩夢?」

119: 名無しで叶える物語(もも) 2021/06/10(木) 20:37:34.47 ID:ejOHqisR
歩夢 「…あんなことをした私が言うのは変だよね。だけど……」


歩夢 「私たちは覚えてるでしょ? 愛ちゃんと過ごした日々も、愛ちゃんの優しさも」

侑 「……うん。そうだよね」

歩夢 「あっ、講義始まっちゃう。行こ、侑ちゃん」

侑 「うん! あ、その前に、ペン貸してくれない?」

歩夢 「いいけど……はい」

侑 「…ありがと」


侑 「……これでよしっ。行こ?」


① 私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。


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引用元: 【SS】璃奈 「それでも、愛さんは生きてる。」