1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/13(月) 23:31:39.04 ID:7b73m8yk0

それは剣道部に入部する4年前の出会い。

それは剣道道場に通う1か月前の別れ。


「ああ……やってしまった、私はなんてことを……!」


河原の橋の下で黒い土を握り締めていた、綺麗な後ろ姿の女性。


さやか「どうかしたんですかー?」


今でも、その出来事は鮮明に覚えている。


駆け寄った私の、半分の心配。

駆け寄り、彼女の顔を見た時、もうひとつの興味半分は、跡形もなく凍てつき、砕け散ってしまった。


「ぁあああッ……私はッ!!」


人が心の底からの悲哀に歪めた表情。

美しい女性なのに、悲しみはここまで人を歪ませてしまうのか。

その日は大切な出会いでもあり、私の中で、大きな何かが変わった瞬間でもあった。



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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/13(月) 23:51:47.53 ID:7b73m8yk0

「足りない、これじゃあ足りない……」

さやか「あの……」

「間に合いっこない……」


彼女の肩に手を触れそうになった時、さっと振り向いた形相が私を睨み、鋭い目で動きを射とめた。

そして、一瞬だけ口を大きく開いた後、彼女の喉がコクリと鳴って、次の瞬間には、逆に私の両肩が掴まれていた。


さやか「ぁ……」


怖かった。

それが怒りの形相だったから。教科書で見た仁王の顔のようだった。

それがどうして、私に向けられているのか分からなかったから。


また、何よりも。


「美樹さやか……!」


会ったことがないはずなのに、私を知っていた事が、怖かった。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 00:45:24.51 ID:Tq/b93SP0

「期待はしない、けど答えて…あなたは今、何年生?」

さやか「よ、四年生……です」


瞬きしない目が私を逃さない。


「…カナメ、っていう子、知らないわね」

さやか「う、うん…知らない」

「やっぱりまだ越してないか……」


そこで初めて、女性は私から目を逸らした。

女性の目は赤く充血し、涙で濡れ、きらきらと光っていて、場違いな感情だとわかっていても、その時確かに私は、“綺麗だな”と感じた。


さやか「あの、なに……なんですか?あなた、誰ですか?」

「……」


女性は伏目で私を胸辺りを見た後に、また目を見た。


さやか(あ、この人――)

「私のお願い、聞いて貰っても良いかしら」

さやか(悲しまないと、怒らないと、こんなに綺麗な顔をしてるんだ――)

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 21:27:10.77 ID:Tq/b93SP0

「聞いてる?」

さやか「はっ、はいっ!」

「このお願い、どうか受け止めて生きてほしいの……私が今更、貴女へ偉そうに言える事ではないのだけど」


バカな私にも伝わるよう、滑らかに言葉を紡ぐ女性の努力と反して、噛み砕かれた意味は私の頭に届いてはいなかった。


さやか「あ、あの」


だからまずは聞いておきたかった。


さやか「あなたの名前は……なんていうんですか?」

「……」


半分空いた口が、何文字かの息を吐いた気がした。

思いついたように長い黒髪を後ろで束ねた、その後に言葉は紡がれた。



「私のことは、“煤子(すすこ)”と呼んで、美樹さやか」


6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 21:39:59.63 ID:Tq/b93SP0

私はあの時の事を、今でも思い出せる。


煤子さんとの大切な出会いを。

彼女の語らぬ想いを。


だからこそ今、私はやっと後悔をし始めていた。



さやか「剣道部、やめなきゃ良かったな……」

まどか「ん?」

さやか「あ、もしかして今の、出てた?」

まどか「てぃひひ、ばっちし出てたよ、さやかちゃん……」

さやか「あっちゃあー」

まどか「上条君も、さやかちゃんには頑張ってほしいはずだよ?」

さやか「……うーん」


恭介が入院してから1ヶ月が経つ。

それは不運な事故だった。この国の年間で見れば、よくある事故。


けれど、彼の左腕に与えた影響はあまりにも大きすぎた。

温和に、綺麗に微笑んでいた彼の表情に、深い影を落とすほどに。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 21:55:16.05 ID:Tq/b93SP0

さやか「うーん……」


ベッドの上で天井を仰ぐ。

すん、と鼻を鳴らせば、顔の隣の、乾いて嫌な臭いが薄れた竹刀が感じられる。


さやか「顧問になんて言おっかなぁー!」


今更なんて言えばいいんだろう。

ものすごい適当な良い訳をつけて退部して、先輩にも迷惑をかけたのに。今更どんな顔で戻ればいいのか。


けれど、私が剣道部をやめるきっかけとなった恭介は、気にせず続けてほしいと言うし……。

でもまた入部すると、恭介のお見舞いにいけなくなるし……。


ああ、見舞いにいかないとしても、顧問になんと言えば……。


さやか「……」


私はベッドの脇を竹刀でばしばし当たった少し後で、ぐっすり寝た。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 22:05:25.61 ID:Tq/b93SP0

まどか「おっはよ~」


まどかがやってきた。


仁美「おはようございます」

まどか「えへへ、おはよー」


私はその次にやってきた。


さやか「はぁっ、はぁっ!ごめーん!」

まどか「さやかちゃん、おそーい」


駆け足でようやく二人に追いついた。

昨日、毛布の中で悶々とし過ぎていたのだ。起こしてくれたお母さんには感謝をしなくちゃいけない。


さやか「お?なんか可愛いリボンつけてるねぇ、まどかぁ」

まどか「そ、そうかな?派手過ぎない?」

仁美「とても素敵ですわ」


鮮やかな赤色のリボン。

まどかには良く似合っている気がした。


さやか「女の子は、もっと派手だって良いくらいだよ、まどか!」

まどか「え、えー……そうかなぁ……」


まどかのツインテールをぱしぱしはたきながら、私達は学校へ歩き始めた。

うん、とても良い日和。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 22:17:35.13 ID:Tq/b93SP0

まどか「でね、ラブレターでなく直に告白できるようでなきゃダメだって」

さやか「うんうん、さすがは詢子さん!カッコいいなあ、美人だし」

仁美「そんな風にキッパリ割り切れたらいいんだけど…はぁ」

さやか「仁美は優しすぎるんだよー」


私のように、狭く汚い靴箱に託された手紙をその場で破き捨てるくらいでなくちゃ。

まぁ、封をしてない果たし状みたいな手紙なら、開いてやらなくもないけど!


まどか「いいなぁ、私も一通ぐらいもらってみたいなぁ…ラブレター」

さやか「ほーう?まどかも仁美みたいなモテモテな美少女に変身したいと?そこでまずはリボンからイメチェンですかな?」

まどか「ちがうよぉ、これはママが」

さやか「さては、詢子さんからモテる秘訣を教わったな?けしからぁあん!そんな破廉恥な子は~、こうだぁっ!」


頭を掻いたり、脇を責めたり、 を  でみたり。

それにしても、なんて成長しない胸だ!けしからない!


まどか「や…ちょっと!やめて…やめっ」

さやか「慎ましいやつめ!でも男子にモテようなんて許さんぞー!まどかは私の嫁になるのだー!」

仁美「ごほんっ」


さ。学校はもう、すぐそこだ。

早く入ろう。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 22:29:57.84 ID:Tq/b93SP0


和子「今日はみなさんに大事なお話があります、心して聞くように」

さやか「ん?」


半分眠りかけた耳に、聞きなれないもったいぶった言葉が飛び込んだ。


和子「目玉焼きとは、固焼きですか!?それとも半熟ですか!?はい、中沢君!」

「えっ!?」


個人的には半熟の方が吸収が良くて助かるかなぁ、ってぼんやり思った。


「ど、どっちでもいいんじゃないかと」

和子「その通り!どっちでもよろしい!」


そっかぁ……。


和子「たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです!」

和子「女子のみなさんは、くれぐれも半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないように!」


なるほど、そういえば先生、付き合ってたっけ……。

機嫌が悪いのはつまりはそういうことか。


さやか「ダメだったか」

まどか「ダメだったんだね…」


何度目かなぁ、これ。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 23:00:13.98 ID:Tq/b93SP0

和子「そして、男子の皆さんは、絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」


先生、次は良い男の人に恵まれますように…と、ひっそり願ってみる。


和子「はい、あとそれから、今日はみなさんに転校生を紹介します」

さやか「そっちが後回しかぁい!」


つい声に出てしまった。


和子「じゃ、暁美さん、いらっしゃい」


ガラス戸が開いたそこからは、ガラス越しで見るよりも艶やかな黒髪を湛えた美少女が入ってきた。


さやか「うおっ……」


とんでもない美人がそこにいた、ってやつ?

きりっとした表情。まっすぐな姿勢。長い黒髪は育ちが良さそうというよりも、ミステリアスさを前面に感じた。



和子「はい、それじゃあ自己紹介、いってみよう」


彼女は緊張のかけらも見せず、ただ凛と流すように口を開いた。


ほむら「暁美ほむらです、よろしくお願いします」


そして、その目はじっと睨んでいた。


まどか「えっ……ぇえ…?」

さやか「?」


ほむら「……」


まどかを睨んでいた。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 23:23:30.33 ID:Tq/b93SP0

† 8月3日


運命の出会いの日。

煤子さんは涙をぬぐった後、それはもう、その涙など無かったことにしたかのような強い顔立ちになると、地面にこぼれた黒い砂をかき集めはじめた。


土が混ざってもお構いなし。

とにかく一粒残さず集めようと、地面ごとかき集めては、どこかにあった分厚い袋に詰め込んでゆく。


煤子「いい、手伝わなくても」


手を貸そうとした私に、煤子さんは強く言った。

けれどすぐに“あ”というような顔になって。


煤子「ごめんなさい」


控えめに謝った。

自分でやりたいの、と後付けして、砂を集め終わってから、彼女は立ち上がった。


さやか(あ……)


自分よりもずっと大人に見えた煤子さんの背が、そう高いわけでもなかった事に私は驚いた。

けれど、膝のストッキングについた土を払う仕草は無骨ではない。

不思議な人、と見入るばかり。


煤子「私はね、美樹さやか」

さやか「は、はい」


ちょっとだけ高めの目線が私を見下ろす。

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 23:36:09.89 ID:Tq/b93SP0

煤子「とても悪い病気に罹ってしまっているの」

さやか「え?」


突然の告白だった。真剣な目を見ては、“そうですか”だけを返すことができなかった。


さやか「どんな病気なの?……です、か?」

煤子「良いわ、硬い喋り方でなくても」

さやか「あ、はぁ……」


煤子「……今まで、無茶なことばかりをやってきたから、そのツケがきたのね」

さやか「つけ……?」

煤子「借金をして、お金が返せなくなって…ボン、もう、どうしようもない」


ふふ、とそれはもう、上品に嗤う人だった。


煤子「道理に背いて、横道それようとした結果よ……予定ではあと一年は生きていけるはずだったけど…」

さやか「え!?」

煤子「今の調子だと……もう、もって数ヶ月、といったところかしらね」

さやか「そんな……」


手元の砂がざぁざぁ鳴る。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/14(火) 23:47:43.59 ID:Tq/b93SP0

煤子「だから私のお願いを聞いて、美樹さやか」

さやか「う、うん!煤子さんのために何か、私にできることがあるなら!」


知らない人でも、不思議と嘘をついているようには見えなかった。

そんな目をしていた。


煤子「……時間がないの、だけど私の今まで生きて、培ってきたことを、出来るだけ貴女に伝えたい」

さやか「……ど、どうすれば」

煤子「聞いてほしい、覚えてほしい、口で言うだけなら、それだけよ」


膝を曲げた煤子さんの目線が私と並ぶ。


煤子「これは貴女の人生の、これからのためでもある……そのつもりで、聞いてくれる?」

さやか「……うん!」

煤子「……ありがとう、さやか」


人が安堵し、柔らかく崩れる顔。

私はその笑顔に応えようと、子供ながらに決心したのだった。



† それは8月3日の出来事だった

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 00:00:57.55 ID:jku8J09a0

――さんって、前はどこの――


――京の、ミッション系――


――とかやってた?運動系?文化――



さやか「ん……」


机に突っ伏した顔を上げる。朝からの眠気は、季節の適温と良く混ざったらしい。


ほむら「やって無かったわ」

「すっごいきれいな髪だよね、シャンプーは何使ってるの?」


顔を前へ向ければ、どうやら転校生の子が質問攻めにあっているらしかった。

コミュニティを作るのが好きな女子数人が、グループにでも入れようかと集っているようだ。


仁美「不思議な雰囲気の人ですよね、暁美さん」

さやか「ねえ、まどかぁ、あの子知り合い?」

まどか「え?うーん……」


目を擦りながら聞くと、どうもぱっとしない答えが返ってきた。


さやか「思いっきりガン飛ばされてたじゃん?」

まどか「いや、えっと…そうなのかな…私が見すぎてたのかも…」

さやか「まさかのまどかがメンチ切ってた説?」


睨むまどかなんて想像もできない。

想像してみたら、ちょっと凛々しくなったまどかが居て、可愛かった。


ぶふっと噴き出すと、まどかがこれまた可愛らしく私に怒った。


21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 00:10:21.31 ID:jku8J09a0
っ[ネルワネ]-з ポスッ

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 10:09:09.42 ID:jku8J09a0


ほむら「ごめんなさい……何だか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が……保健室に行かせて貰えるかしら」

「え?あ、じゃあたしが案内してあげる」

「あたしも……」

ほむら「いえ、おかまいなく……係の人にお願いしますから」


靴音が近づく。


まどか「ん……?」


まどかに影が差した。

ぬう、っと近づいたのは、謎の美少女転校生。


さやか「……」


まどかのすぐ近く。

その距離は殴り合いが起こるか、親友同士の会話が始まるか、恋人同士が愛を囁くか。

いずれにせよ、極端なシチュエーションしか浮かばないような距離だった。



ほむら「鹿目まどかさん、貴女がこのクラスの保健係よね」

さやか「へ?」

まどか「え?えっと…あの…」

ほむら「連れてって貰える?保健室」

まどか「あの、私……」

ほむら「今でないと――」



さやか「保険係は私だけど」

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 10:37:41.39 ID:jku8J09a0

ほむら「……え?」


何故面食らったような顔をするのか、この美少女は……。


ほむら「……そうなの?」

さやか「うん、私が保険係……で、兼、清掃係と、風紀係もやってる!」

ほむら「……」

さやか「まどかは生物係だからねぇ」

まどか「うん」


先生に保険係が誰かを教えてもらったけど、間違えたんだろう、きっと。


さやか「ほいじゃ、ちょちょいとさやかちゃんが保健室まで連れていっちゃいますよー」

ほむら「ちょ、ちょっと」

さやか「行ってくるね」

まどか「うん」


席を立ち、転校生の手を引て教室を出る。

凛々しい美少女の白い手は細く、まどかのそれよりも繊細そうだった。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 17:27:45.66 ID:jku8J09a0

さやか「さっきの子達、色んなことずかずか聞いてくるけど、嫌な子ってわけじゃないから、誤解しないであげてね」


ただ寂しがりというか、人と一緒にいたい気質というか、そんな面が強いだけなのだ。

鬱陶しく感じられるところもあるかもしれないけど、彼女達の愛情表現の大事なひとつを、誤解してほしくはなかった。


ほむら「あの……」

さやか「ああ!」

ほむら「え……」


そうだ、そういえば名乗るのを忘れていた。


さやか「私の名前は、美樹さやか!よろしくね、転校生!」

ほむら「し、知ってるわよ……」

さやか「え!?なんで!?」

ほむら「……さっき自分のこと“さやか”って言ってたわよ」

さやか「あ!!そっか、言ってたわ」

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 17:55:33.78 ID:jku8J09a0

ほむら「……美樹」

さやか「さやかって呼んでいいよ、転校生」

ほむら「! そう、さやか…」

さやか「んー?」

ほむら「貴女は自分の人生が、貴いと思う?」

さやか「うん」

ほむら「……家族や友達を、大切にしてる?」

さやか「もちろん」

ほむら「即答、するのね」

さやか「当たり前だよ、みんな、何もかも尊いよ」


先行く私は向き直り、歩みを止める。


さやか「逆に、転校生はどう思ってる?」


ガラス張りの渡り廊下。

横から入る陽が、転校生の顔に影を作っている。


ほむら「…私のことも、転校生ではなく“ほむら”って呼んでもらいたいわね」

さやか「ん!了解、ほむら!」


ほむら「……そうね、私はどうかしら…家族や友達は、とても大切よ」

ほむら「けれどそれを守るためなら、天秤にかける自分は遥かに軽い……そんなところかしらね」

さやか「ほぁあ……」


無感情に応えたほむらは、私を追い抜いて先を歩いて行くのだった。


さやか「場所、わかんないでしょっ」


私は黒髪を追った。

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 21:15:39.66 ID:jku8J09a0

不思議だなぁとは思ったけど。


先生「うおぉ……」

ほむら「……」


淀みなくボードを走る電子チョーク。

容姿端麗に頭脳明晰がくるわけか。

不思議女子中学生に拍車がかかるのなんの……。



まどか「すごいね……」

さやか「なんかもう、ずるいね!何教科得意なのよ!」

まどか「何教科だろうね……」


正直、ひしひしと伝ってくる全教科得意の予感に、はやる嫉妬を抑えられない。

それでも、それでもあの体の細さだ…体育だけは、きっと…。

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 21:27:12.66 ID:jku8J09a0

ふわぁ、と細い体は、美麗なフォームで宙を舞うのでござった…。



「け、県内記録じゃないの?これ……」


神童なんて話には聞くけど、現物は初めて見たよ。

というかほむらの体のどこに、高く飛ぶバネが仕込まれているというんだろう。


さやか「…負けてられないね!」

まどか「さ、さやかちゃん?」

さやか「私も県内記録を出す!」

まどか「えー」


まどがの弱気パワーの煽りを貰う前に、さっと一度飛んだバーを正面に据える。


「あら?どうしたの?美樹さん」

さやか「もう一度、飛ぶ!」

「もうやったんじゃ……」

さやか「ほむらのほっそい体で飛べて、私に飛べないはずがない!」


それは私の高らかな宣戦布告である。

周囲で体育座りにかまける軟弱なクラスメイトたちは“また美樹さんだよ”とかなんとか言ってるが、気にしない。

ほむらも少々眼球運動だけが挙動不審だが、本当に驚かせるのはここからだ。


さやか「見てなさい!インターハイに出てやるくらいの記録を出してやるんだからぁああ!」


風を切って駆ける。

学年最速の助走で、一気にバーまで。



ほむら「……インターハイは高校よ、さやか」


バーを蹴っ飛ばしたとき、何かむっとする一言が聞こえたきがした。

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 21:30:09.96 ID:jku8J09a0


ほむら「…今度こそと意気込んでいたのに、何かしら、今回の美樹さやかは」

ほむら「まどかが保健係をやっているはずだったのに、おかしいわね」

ほむら「今まではこんな事は起こらなかったのだけど……」


ほむら「……些細なことに気を取られちゃいけないわ」

ほむら「キュゥべえとの接触を阻止しないと」


38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 21:55:45.47 ID:jku8J09a0

ファストフード店内にて。


さやか「わけわからぁん…」

まどか「わけわかんないよね…」


世の中にあんな完璧な人間が実在してるとは思わなかった……いや、むしろ今でも信じたくない…。

頭脳明晰ではなくて、まさか文武両道だったとは。なんとなく嫌な予感はしていたけどさ。


さやか「文武両道で才色兼備……かと思いきや、実はサイコな電波さん」

まどか「本当にそんなこと聞かれたの?」

さやか「ん。まぁ、良い質問だったけどね」


どこか胸の奥にズン、とくる問答だった気がする。

生き方の核心に触れるような、そんな。


39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 22:00:34.34 ID:jku8J09a0

さやか「しっかしどこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだ?あの転校生は……萌えか?そこが萌えなのかあ!?」


モテるんだろうなぁほむら。

けど文武両道容姿端麗て、それもはや、狙うとかあざといとかゆーレベルじゃないよな。


仁美「さやかさん、本当に暁美さんとは初対面ですの?」

さやか「あー…そりゃあ」


そりゃあ……ないはず、なんだけど。


さやか「懐かしいような感じはしなくもないなぁ」

仁美「ふふ、なんですか、それ」


グリーンソースフィレオをもりもり齧りながら思い起こしてみる。

会ったっけ、暁美ほむら。いや、ないよな、そりゃあ。

そんな名前の子、知り合ってたら覚えてるもの。



まどか「あのね…?あんまり馬鹿にしないで、聞いて欲しいんだけど……」

さやか「ん?」

仁美「どうされました?」


おずおずと、普段主張のないまどかが控えめな挙手をした。


まどか「昨夜あの子と夢の中で、会った…ような…」


一同爆笑、ってやつですわ。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 22:29:50.71 ID:jku8J09a0


まどかに電波属性があったことを最大の収穫に店を出て、仁美と別れた。

正統派文武両道のお嬢様は大変なのだ。


……ほむらも何かやってるのかな。古武術とか得意そう。

痴漢に襲われても次の一瞬では手首捻られた痴漢が宙に舞ってホームに叩きつけられてるね。


なんてことを考えている間に、CDショップについたわけです。


さやか(クラシックはこっち)


まどかはまどかで、自分の興味のあるカテゴリのほうに足を向けた。

私は、なんだかんだで聞きかじっているクラシックの試聴だ。


恭介のために持っていってやりたいというのが一つ。

もうひとつは、まあ、単純に私自身もクラシックの沼にはまりつつあるということだろうか。


さやか(ふんふんふうーん)


こうして心を落ち着ける音楽は、剣道部にいた頃も好んで聞いていた。

不思議とクラシックの整った曲調は、剣の動きや呼吸にも活かされている気がしてならない。

私の場合、まあ、型はダメダメだったんだけど……。



『助けて……』


さやか(……ん?)

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 22:39:08.08 ID:jku8J09a0

「助けて……まどか……!」

さやか「まどか?」


ヘッドフォンを外しても、まどかに助けを求める幼げな声は続いた。


さやか(……あ)


辺りを見回して声を主を探していると、同じようにふらりと歩き回るまどかの姿が見えた。


さやか(何だろ)


誰がなにを、何故まどかに助けて、なのか。

良くわからないことに、まどかを巻き込ませたくはなかった。


さやか「聞こえた?まどか」

まどか「さやかちゃん、うん……」


まどかに追いつくと、どうやら本人にも聞こえていたみたいだ。

周りにいるお客さんや店員さんは無反応だけど…。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/15(水) 22:46:54.71 ID:jku8J09a0

まどか「どこ?どこにいるの?」

さやか「どうしたー、出てこーい」


声がするらしき方角は、不思議と伝わってくる。

それを頼りに階段を登り、人気のない工事中のフロアへと上がる。


すると突然、真上から激しい物音と共に。


まどか「きゃ!」


埃かぶった何かが落下してきた。


QB「助けて……」

まどか「あなたなの…!?」

さやか「え、なにこれ、猫?じゃない……」


薄汚れた床の上に落ちてきたのは、白猫らしき不思議生物だった。

耳からは謎の肢体が伸び、そこに輪がついていたり、ファンシーな見た目だった。


さやか(いや、というか、なんでこれしゃべるの……!?)


驚きはそれだけに留まらなかった。



じゃらり、じゃらりと、天井から鎖が落ち、


天蓋のパネルが壊され、破片が床に散らばるとそこには、もっと不思議な装いの人間がいたのだ。



ほむら「そいつから離れて」

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 15:55:14.53 ID:St9zZ9120

まどか「だ、だって……この子、怪我してる」


殺気はまどかにも伝わったらしい。

ほむら、らしき人物が一歩踏み出すと、まどかは謎の白い猫を抱きかかえた。


まどか「ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」

さやか「やめなよ」

ほむら「貴女達には関係無い」

さやか「何よそれ、関係あるわよ」


私はまどかへの殺気を遮るように立ちはだかる。


よくよく正面から見てみれば、このほむら。実に奇妙な格好をしている。

なんというか、ひらひらしているスカートとか、服とか、ものすごく派手。


この時はなんともなしにイメージした単語が、魔法少女。それだった。

日曜にやっていた小さな女の子向けのアニメを想起させる。そんな格好だ。


ほむら「あなた達には何の関係も無い、早くその白いのを置いて、帰りなさい」

まどか「だってこの子、私を呼んでた……」

ほむら「気のせいよ、帰りなさい」

さやか「聞き間違えなわけない、私も聞いたよ!まどかを呼んでた!」

ほむら「え?」


コスプレほむらが一瞬驚いてみせた直後、その意外な一面を遮るようにして景色は歪んだ。


さやか「!?」


うねる世界。伸びる有刺鉄線。


まどか「な、なにこれ……」

さやか「……いこう!ここはマズい!」


今の一瞬で何が起こったのかは、私にはわからない。

それでも私はこの場にいけないと思った。


まどかの手を引き、もと来た道へと走り出す。


この景色から逃げるために。ほむらから逃げるために。


55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 16:14:18.48 ID:St9zZ9120

改装中フロアは、悪趣味の一言に尽きる空間へと変貌していた。

お化け屋敷デザイナーに劇的ビフォーアフターさせた、その丁度中間のような世界だった。

意図不明のオブジェが立ち並び、遠くの方では奇妙なお髭の綿飴らしき生き物がうろついている。


不思議、それだけでは言い尽くせるものではない、どこか危険な臭いもするメルヘン。


早く抜け出さないと。


さやか「ていうかまどかっ、その生き物!?そいつのせいじゃないの、これ!」

まどか「わ、わかんない、わかんないけど…この子、助けなきゃ…!」

さやか「助けてとは言ってたけど、私達にどーにかレベルじゃないと思うよこれ!」

まどか「けど、」

さやか「まぁなんにもわからないし、見捨てたりはしないけどさ…!」


思わず立ち止まる。


まどか「きゃっ……」


勢いづいたまどかの肩を掴んで、引き寄せる。

すぐ目の前を有刺鉄線の束が通過していった。今のまま走っていたら、これに巻き込まれていたかもしれない。


まどか「あ、ありがと……」

さやか「……ここ、どんどん道が変わっていく」


一歩退く。

さらに二歩退く。


左右を確認する。今目の前を掠めて行った有刺鉄線らしきものが、既に私達の周囲を広く囲んでいた。



さやか(……これって、もしかしてまずいんじゃない)


何かに捕まったという事は、私にも理解できた。

56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 16:26:04.07 ID:St9zZ9120

不思議な歌とともに近づいてくる綿毛の生き物。

まどかの抱える猫とは全く別次元の恐ろしげな姿。手元の大きなハサミからは悪意しか感じられない。


まどか「どうしよう……!」

さやか「……落ち着いてまどか、大丈夫、今考えてるから…!」


有刺鉄線の内側に入り、のろのろ近づく奇妙な綿毛達。

どんどん中央へと追い込まれていくけれど、どうしようもない。万事休す。


この状況を乗り切るには、どれか一体を無理やりに蹴散らしてから、根性で有刺鉄線を乗り越えるしか……。



――そうね、私はどうかしら

――家族や友達は、とても大切よ


――けれどそれを守るためなら、天秤にかける自分は遥かに軽い

――そんなところかしらね



あの時のほむらの言葉を、ふと思い出した。

答えを聞いた時はいきなりだったし、「ほああ」とか、「変な子」くらいにしか思わなかったけれど。


心の奥底では彼女と同意見だったことに、ふっと微笑む。



さやか「まどか、落ち着いて聞いて、ここから抜け出す――」


決意を込めた作戦を伝えようとした時、私達の周囲は山吹色の閃光に包まれた。

57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 16:42:02.14 ID:St9zZ9120

さやか「あれ?」

まどか「これは……?」


目を半分くらい瞑っていたので全てはわからなかったけれど、一部だけは見ることが出来た。

金色の光が飛び交って、綿毛のお化けを蹴散らし、有刺鉄線を砕いていくその様を。


「危なかったわね。でももう大丈夫」


落ち着いた雰囲気の声の主が階段を降りてやってきた。

それは、ちょっと不可思議な格好はしているが、とても綺麗な女の子だった。


ほむらと同じような……。



「あら、キュゥべえを助けてくれたのね、ありがとう」


九兵衛?


「その子は私の大切な友達なの」

まどか「……」

QB「……」


白い猫を見て彼女は言った。

白い猫はきゅうべえというらしい。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 18:05:13.43 ID:St9zZ9120

まどか「私、呼ばれたんです、頭の中に直接この子の声が」

「ふぅん…なるほどね」

さやか「私も見えました」

「あなたもね?まあ当然か」


垂れ目が私達の姿をM字に流し見た。


「その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね、二年生?」

さやか「あなたは?」

「そうそう、自己紹介しないとね……でも、その前に」


「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」


今日は驚くことの連続だ。

白い銃が宙に舞い、そこで列を成し固定される。


さやか(うわー……)


その光景には終始、口を開きっぱなしだったと思う。


それは、大玉の花火を眼の前で何発撃たれても足りない衝撃だ。

今なら材質不明の砂埃が肺に入っても気づかないだろう。


目の前で繰り広げられた巻き毛少女の射撃ショーは、私の人生で遭遇したことのない、ショッキングできらびやかなものだった。


60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 18:23:01.95 ID:St9zZ9120

まどか「す、すごい……」

さやか「……空間が戻っていく」


辺りを光弾が一掃したところで、風景はもとの寂れたフロアに戻っていった。

私は、灯りの無い部屋が端まで見渡せないことを思い出す。


「魔女は逃げたわ、仕留めたいならすぐに追いかけなさい」


巻き毛の人が闇へ話しかけると、言葉に応えるように人影は現れた。

仏頂面の転校生、ほむらだ。



「今回はあなたに譲ってあげる」

ほむら「私が用があるのは……」

「飲み込みが悪いのね、見逃してあげるって言ってるの」


言いかけたほむらの言葉を遮るように、女性は強い口調で畳み掛ける。

荒っぽい表現に、二人の関係を示す剣幕さははっきりと浮かび上がってきた。


「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

ほむら「……」


けれどほむらの顔には、何か別の感情があるように思えてならないのだ。

どこか、どうしても引き下がりたくない感情。

もどかしさが見える。



さやか(……)


けれどほむらの姿は闇の中へと翻っていった。

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 18:31:57.24 ID:St9zZ9120

まどか「ふぅ」


まどかは事態の騒乱に収集がついたことへの安堵。


さやか「はあ」


私は正体不明のやりきれない気持ちを吐き出すために、ためいきをついた。


QB「ありがとうマミ、助かったよ」

マミ「お礼はこの子たちに、私は通りかかっただけだから」


今更かもしれない。けど私は顔を硬直させて驚いた。

猫が喋った!と。


QB「どうもありがとう、僕の名前はキュゥべえ!」

まどか「あなたが、私を呼んだの?」


まどかの順応性は、私にはよくわかりません。


QB「そうだよ、鹿目まどか、それと美樹さやか」

さやか「…え…何で、私たちの名前を?」

QB「僕、君たちにお願いがあって来たんだ」

まどか「お…おねがい?」


助けて、とはまた別に?


QB「僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ」


ほむらの姿や、マミと呼ばれた女の子の姿を見て、そんな連想はしていたけれど。

魔法少女なんて単語が飛び出すなんて、さやかちゃんはこの瞬間まで、予想だにしていなかったのであります。

 
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 18:52:24.75 ID:St9zZ9120

現実は小説より奇なり、なんて言葉、恭介の時だけで十分だなとは思ったんだけど。

小説よりも広いジャンルで、不可思議な現実は、突如として訪れるのです。


だがしかし、誰が予想できるか、魔法少女。



――僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつ叶えてあげる


さやか(なんだろ、それ)


毛布の中で、夕べの会話を思い出す。同じ見滝原中学の上級生、マミさんとの話。


魔法少女という存在。

魔女という存在。


――願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ

――理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ

――キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある


竹刀を握った、ベッドからはみ出た右手に力が入る。


昨日の夜からずっとこのままの体勢だ。

つまり、私は寝てません。

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 19:12:05.86 ID:St9zZ9120

一晩ずっと考えていたけれど、いまいち結論は出ない。

何を考えていたかって、それはもちろん魔法少女のことについてなんだけど。


眠気でもあっとした頭では、そんな難しい事は考えられないようであります。



まどか「おはようさやかちゃあ」

さやか「おあよーー」


まどかも同じ感じらしく、少し安心する。

お互いに真面目に考えていた証である。


仁美「おはようございます……あら、二人とも眠そうですね…」

さやか「ははは、今日の英語は寝かせてもらおうかなって……」

仁美「もう……」

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 20:58:48.53 ID:St9zZ9120

QB「おはよう、さやか」

さやか「おはよおー」

仁美「?」

まどか(あ、さやかちゃん!)

さやか「うええ!?」


突然、まどかに囁かれたような感覚に襲われた。


まどか(頭で考えてるだけで、会話ができるんだって)

さやか(なにっ!)

まどか(だから、キュゥべえに普通に話しかけるのは、怪しまれるよ…)

さやか(あ)

QB「やれやれ……」


仁美が不思議そうな目でこちらを見ている。

助け舟を借りようとまどかの方に目配せすると、「えー」と念話で断られた。

「えー」て。念話で「えー」て。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 22:41:17.52 ID:St9zZ9120

QB「今は僕が中継役になってるから話せるけど、普通は魔法少女にならなきゃ無理だからね……」

さやか『そうなんだ……ふーん、一緒に何人かで魔法少女になれば、カンニングも楽勝だね』

まどか『そういう使い方は良くないよ……』


そう考えてみると、色々な使い道は思い浮かぶ。

カンニングなら百選練磨、クイズ番組でも一攫千金!

携帯代も浮くし、言い事尽くめ!


……ああ、かけられる相手が個人じゃちょっと不便か。



さやか(おっと、いけない)


またやってしまうところだった。

私の悪い癖が出てきてしまったみたいだ。危ない危ない。


まったく、考えると楽しくなっちゃうんだから、魔法少女って怖いよなぁ。

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 22:45:10.05 ID:St9zZ9120

『だからあなたたちも、慎重に選んだ方がいい』

『キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある』

『でもそれは、死と隣り合わせなの』




『んー……んぅ~……』

『どうしたの?美樹さん』

『あっ、いやぁ、なんていうか、教訓にしてるだけなんですけど』



『ちょっとでも“美味しい”と思えた事には、最大限警戒するようにしてるんです』


『? そうね、よく悩むことに越したことはないわ』

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 22:59:00.82 ID:St9zZ9120

† 8月4日


蝉がよく鳴く、暑い日だった。

約束の場所まで歩いていく途中はゆるい坂道で、先はふらふらと足取りのように揺れている。


煤子「大丈夫?ちゃんと水を飲んで」

さやか「おはようございまあす……」


坂の上の煤子さんのもとにたどり着いた私には、一本のペットボトルが手渡された。

ほどよく塩の足されたスポーツ飲料を半分飲み干し、息継ぎをする。


煤子「少しずつ飲まないとお腹を壊すわよ」


けど私は煤子さんの言葉を振り切り、残りあと指一本くらいのところまで一気に飲んでしまうのだった。


煤子「もう」

さやか「ぷはぁー!」



煤子さんは麦藁帽子を被っていた。シャツに、スカートに、タイツを履いている。

夏だというのに、とても暑そうな装いだ。

けれど不思議と彼女は、汗ひとつかいていない。


煤子さんの乾いた頬を見ながら、腕で額の汗をぬぐい、思う。

そこに存在しているはずなのに、存在していないような人だな。って。


73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 23:08:36.76 ID:St9zZ9120


近くの林道まで歩き、まばらな木陰にかかったベンチに腰掛ける。

座り、長い黒髪を掃い、脚を組んでから、煤子さんは話を始めた。


煤子「さやかには、守りたいものってある?」

さやか「守りたいもの?」

煤子「そう、身を呈して、何かを捧げて、そうすることで守りたいものよ」

さやか「……どういうこと?えっと、大切なものは守りたいけど…」

煤子「んー、大切なもの、それでもいいかもしれないけど、ちゃんとそれぞれを言葉に出したほうが良いわね」

さやか「……」


深く考えてしまう。

煤子さんの表情を伺おうとしてみたが、彼女は正面の林をじっと見つめていた。



さやか「……お父さんとお母さんは守りたいなぁ」

煤子「ええ」

さやか「あと友達、たくさんいるよ、恭介と、みーちゃんと…」

煤子「なるほど」

さやか「煤子さんも!」

煤子「ふふ、そう、ありがとう」

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 23:14:15.32 ID:St9zZ9120

煤子「けれどさやか、そうね、たとえ話をしましょう」

さやか「うん」


煤子「私は重篤な末期の食道がんに侵されていて、余命はあと1ヶ月だとする」

さやか「え」

煤子「もちろん違うけど、例えよ」

さやか「なんだぁ」

煤子「……私を助けるためには、現金で10億円が必要なの」

さやか「げえ、じゅ、じゅうおく……?」

煤子「さやかはそんな私を守れる?」

さやか「……ま、もれるの?いや無理…かなぁ…」


さやか「……難しすぎるよ、そんな、私のおうちそんなお金もちってわけでもないし、私もおこづかい少ないし……」

煤子「じゃあこうしましょう」

さやか「?」


煤子「さやかにはお金がない、けれど、10億円のお金を、銀行から借りることができる」

さやか「……え」

煤子「それを使えば、私を助けることができるわ、どうする?もちろん借金は私ではなく、さやかのものよ」

さやか「……う、ぐ」

煤子「難しいわね?」

さやか「……むず、かしい」

煤子「ふふ」

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 23:24:22.67 ID:St9zZ9120

煤子「じゃあ次のたとえ話をするわね、さやか」

さやか「うん」

煤子「……そうね、その前にまず、さやか、あなたの家の玄関には、靴は何足ある?」

さやか「え?……5つくらい?」

煤子「じゃあ他に、靴以外では何があるかしら」

さやか「えーっと、傘でしょ?バットでしょ?あとはスプレーとブラシ……かな」

煤子「なるほどね、じゃあ本題に入りましょう」

さやか「? うん」


煤子「さやかはお父さんとお母さんを、守りたい、と言った」

さやか「うん」

煤子「じゃあ、ある日さやかが家に帰ると、そこには…さやかのお父さんとお母さんを殺そうとする、強盗がいた」

さやか「え!」

煤子「強盗の身長は160cm、小柄な青年、だけど手元には木刀が握られていて、その上剣道を経験したことがある」

さやか「わわわ」

煤子「普通ならお父さんとお母さんが一緒になればなんとかできなくもないけど、二人は既に手と足に怪我をして、身動きはできないわ」


さやか「……」

煤子「強盗の青年は今まさに、玄関の少し先の廊下で両親に木刀を……」

さやか「いや!そんなのやだ!」

煤子「…さやかが手を伸ばせる玄関にあるものには、7足の靴、1本のバット、ブラシ、あとスプレーがあるわ、さあどうする?」

さやか「……」

煤子「というよりも、どうなると思うかしら」

さやか「……私じゃ、なんもできないよ」

煤子「……わかるみたいね?」

さやか「うん……だって相手は私より大きいんでしょ?しかも、木刀なんて持ってるし」

煤子「そう、さやかでは、バットを握っても難しいでしょうね」

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/16(木) 23:31:17.70 ID:St9zZ9120

煤子「もちろん、こんな状況、そう起こるものではないわ」

さやか「うん……」

煤子「けれどねさやか、私が今抱いている未練はね、悔しい気持ちはね、そういうことなのよ」


煤子「私にもっと力があれば……」

さやか「……」

煤子「10億円があれば……バットで青年に勝てるほど、強ければ……」


煤子「失ってから、自分には何が足りなかったのかがわかる」

煤子「失ってから、何が間違っていたのかがわかるのよ、さやか」

さやか「……私も剣道習えば、良いんだね」

煤子「……ふふ、まあ、そうすれば、今話したことが起こっても大丈夫ね」


煤子「後で後悔しないように、よく備えておくことよ……いつでも落ち着いて、間違えないよう、慎重に」

煤子「甘い言葉や、美味しいと思うような話には、すぐに流されてはダメよ?…良と思える話には最大限に警戒すること…」

さやか「うんっ」


煤子「……はあ、言いたいことって、沢山出てくるものね」

さやか「へへへ、わかるよ!」

煤子「ふふ……リフレッシュしましょうか、少し、暑いけれど走る?」

さやか「うん!私、走るの好き!」



† それは8月4日の出来事だった

85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/18(土) 23:09:00.26 ID:GDvRgR3q0


さやか「……ん」

「こおら」


ごつ、と教科書が頭へのしかかる。


「最初から居眠りとは、良い度胸だぞ」

さやか「あえ?」


見回せば、クラスメイト全てが私の方を向いていた。

あのちょっと怪しい雰囲気の転校生、暁美ほむらも。


さやか「あひゃぁー、やっひまいまひた」

「涎を拭きなさいっ」


私の授業態度への減点を糧に、教室はちょっとした笑いに包まれた。

87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/19(日) 01:02:04.13 ID:QQ21cIRj0

念話の途中で居眠りしてしまったらしい。

えっと、まどかやマミさんとどこまで話したっけ。

正直、うつらうつらと空返事ばかりをしていた気がする。内容が曖昧だ。


まどか『もう、さやかちゃん』

さやか『たはー、だって寝不足すぎるんだもーん』


随分と先に進んでしまった板書をがりがりと進めていく。

授業が終わる頃にやっとノートも取れそうなくらいだ。


さやか(……そういえば、ほむらの話をしていたんだっけ)


ちらりと、ボードの手前にいるほむらの後ろ姿を見る。


綺麗な黒髪。

前を走る煤子さんの、揺れる黒いポニーテールを思い出した。


さやか(マミさんはほむらに敵対心を持ってるけど)

さやか(そこまで悪い奴なのかな)


キュゥべえの姿を探そうと見回すと、白いのはまどかのかばんの上で居眠りしていた。

私もそうやって、堂々と居眠りがしたいよ…。



「美樹、じゃあここ、答えなさい」

さやか「え?3と4?」

「……ん、正解です」

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/20(月) 23:36:38.35 ID:u/jYlFx30

まどか「はい」


箸が摘むは、ぷりぷりした美味しそうな卵焼き。


QB「んあむっ」


それを頬張り、咀嚼もなしに一飲みにしてしまう白猫。

美味しそうな料理なのに味わいもしないなんて、罰当たりな。


さやか「まどか、私にもひとつ!どうかひとつ!」

まどか「えー、私も分だよぉ」

さやか「……じゃあ仕方ない!せめて、よく味わって食べてくれぇ…!」

まどか「な、なんでそんな顔するのー!?」


とまぁ、いつもこのような感じで、まどかの弁当を食べているわけです。


さやか「ありがとう、はい唐揚げ!」

まどか「えへへ……」


私があげるのはいつも唐揚げだ。

当然。だって私の弁当には、唐揚げと白米しか入ってないのだから。


91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/20(月) 23:52:56.43 ID:u/jYlFx30

まどか「……ねえ、さやかちゃんは、どんな願い事にしたか、決めた?」

さやか「……」


まどかの顔を見て、箸を休める。


まどか「私、昨日の夜ずっと、色々考えてたんだけど……全然浮かばない、っていうか」

さやか「じゃあ、一緒に満漢全席食べよっか?」

まどか「そ、それじゃつりあわないよお」

さやか「そうだよね、釣り合わないんだよね」


箸を唐揚げに刺して、頬張る。

30回噛んで飲み込むまで、まどかもキュゥべえも黙って私を見ていた。


さやか「満漢全席も、世界一のオールラウンドアスリートも、五千年モノのストラディバリウスも」

さやか「考えたけど、やっぱ命のが大事だったよ」


保温機能の高い弁当箱の中で未だに暖かい白米を、がつがつと口の中に掻き込む。


さやか「ぷふぅー」

まどか「…やっぱり、何事も命がけで打ち込めない大人になるのかな、私」

さやか「……」


まどかの表情は、見滝原に来たばかりの頃のそれに戻っていた。

この憂いと陰りのある顔に、何度悩まされたことか。


さやか「心配ないって、まどか」

まどか「……?」

さやか「大人になってから見つけてもいいんだからさ」


そう。

満漢全席もアスリートも、何だって現実で不可能なわけではない。

人間、諦めなければ何でもできるものだと思う。


夢のために命をかけるだとか、そう焦るにはまだまだ早いと、私は思う。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/21(火) 00:00:49.74 ID:unb/ZBLe0

ぴり、と、空気を伝って張り詰めたものが伝わった気がした。


ほむら「……」


扉の方を向くと、ほむらが立っていた。

けど違う、これは……。


さやか「……」

ほむら「……」


顔を横に向けると、隣の棟にマミさんが立っていた。

ソウルジェムを手にこちらを見守っているようだった。


マミ(あら、わかってた?)

さやか(ええ、なんとなくっていうか……)

マミ(ふふ、ここにいるから、安心して)

まどか(はい)

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/21(火) 22:06:07.79 ID:unb/ZBLe0

さやか「魔法少女の話?」


一緒にお昼かもしれない。


ほむら「そうよ」


そういうわけではなかったみたい。まぁ当然か。


ほむら「魔法少女の存在に触れないようにしたかったけど、それも手遅れだし」

さやか「魔女の結界だっけ?私たちがあそこにいったから?……あ」


いや、ちょい待ってみよう。

それは少し違うかな?全部間違ってはいないだろうけど。


さやか「キュゥべえと出会ったからってわけね」

ほむら「……そうよ、」


なるほど。あの時私たちを遠ざけようとしたのは、そんな理由があったのか。

マミさんの言ってたとおりってわけね。


ほむら「それで、」


マミさんがモールの近くにいたのは偶然らしいけど、ほむらはどうしてあの場所に居たんだろう。

いや、それはキュゥべえを追っていたからか。私たちを魔法少女にしたくないわけだし。

あれ、なんか違和感あるな。なんだこれおかしいぞ。ん?


ほむら「どうするの?」


ほむらは私たちに魔法少女としての素質があることに気付いていた。それは学校で出会った時からだと思う。

私に意味深な話をしてきたり、まどかに対しても、きっと何かアプローチをしてきただろうから間違いない。


けどやっぱり違和感はある。キュゥべえと契約させないようにするだけなら、脅迫でもなんでもすればいいのに。

そうはせずに、あえてキュゥべえを狙う。随分と私たちにソフトタッチだ。

なぜキュゥべえを?私たちが友達だから?そりゃ考えすぎか。


ほむら「貴女達も魔法少女になるつもり?」

まどか「私は……」

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/21(火) 22:38:45.56 ID:unb/ZBLe0

さやか「ねえ、どうしてそこまでして、私達に魔法少女になってほしくないの?」

ほむら「…」


表情は固まったままでわからない。

けれど言葉を受けて、口を閉ざすような奴ではなかったはず。


ほむら「そいつを消して済むのなら……それが楽だから、よ」

さやか「……」


歯切れは悪かったけど、嘘を言っているようには見えない。

けれど答えてもいない。


さやか「私達を魔法少女にしたくない理由は何?」

ほむら「……」


目が泳いだ。私ってばこういうのだけは見逃さない。

……ん、泳いでいたわけじゃなかった。


ほむらは“見た”んだ。隣の棟にいる、マミさんを。


そしてそのジェスチャーがある意味で、気持ちの片鱗を語った。


ほむら「危険だからよ」


きっと嘘じゃない。けどそれだけじゃないことを、私は薄々感じている。

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/21(火) 22:59:14.25 ID:unb/ZBLe0

ほむら「ねえ、まど……」

まどか「え?」

ほむら「……いえ」


ほむら「さやか、昨日の話、覚えてる?」

さやか「昨日の……」


――貴女は自分の人生が、貴いと思う?

――家族や友達を、大切にしてる?


そう、こういうことだったわけだ。

だからあえて訊いたのだ。キュゥべえと出会うことを、ある程度想定して。


さやか「それを守るためなら、天秤にかける自分は遥かに軽い、っていう話よね?」

ほむら「……貴女がそうだとしても、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないで」


クールビューティの静かな睨み。おお、怖い。


ほむら「でないと、全てを失うことになるわ」


振り返り際に苦虫の脚を食ったような顔を半分見せて、ほむらは屋上から去ろうとする。


まどか「ま、待って」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃんは……どんな願い事で魔法少女になったの……?」

ほむら「……貴女もよ、鹿目まどか」


半分開いたドアへ、ほむらは消えていった。

101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/22(水) 21:01:42.03 ID:jEhOSrRK0

授業も終わり、待ちに待った放課後。

学校の固い椅子は、さやかちゃんのやわらかヒップには合わないのですわ。


さやか『マミさんの魔女退治見学、いきますか!』

まどか『うん!』


よし、と意気込んで、剣道用具を詰め込んだ鞄を肩にかける。


まどか「……部活?」

さやか「ううん?」

まどか「……」


もってくんだ……と、まどかの顔が優しげに呆れていた。

本当は顧問に謝ろうと思って持ってきたんだけど、勇気が出ないのでやめておいたのである。


仁美「あら、さやかさん、部活へ?また明日」


私の姿を見た仁美は朗らかに手を振って去ってゆく。

一緒に帰れない言い訳をせずに済んでよかったけど、部活復帰しなくてはならなくなったのではないか、これは。


さやか「ま、いっか」

まどか「何が?」

102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/22(水) 21:12:14.08 ID:jEhOSrRK0

「暁美さん」

「今日こそ帰りに喫茶店寄ってこう」


教室の片隅では、支度を済ませたほむらに再び女子が群がっていた。

やっぱり可愛い子には、何度かのアプローチをかけるようだ。


ほむら「今日もちょっと、急ぐ用事があって……ごめんなさい」


けどもうそろそろ、ほむらを誘うことも諦めそうである。

本人の意思だしとやかく言うことではないんだけど、このままいくと、彼女は孤立してしまいそうだ。

自分からそうなろうとしているんだろうけど……。


さやか(友達想いなんだか、違うんだか)

まどか「さやかちゃん?」

さやか「ごめん、行こっか」


約束の場所は、マミさんと初めて会ったモールのファストフード店だ。

早めに向かって、わかりやすい席で待っていよう。

103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/22(水) 21:18:09.48 ID:jEhOSrRK0

マミ「あら、来たわね、こっちよ」


ショップに入ると、既にマミさんは座っていました。

ちょっと早くないですか、マミさん。


まどか「遅れてごめんなさい」

マミ「いいわよ、まだ約束の時間でもないしね、私が早く来ただけよ」

さやか「あはは、次からは30分前に来てテーブルを掃除してます」

まどか「体育会系とはちょっと違うんじゃないかな、さやかちゃん……」


小腹満たしに頼まれたバーガーを小突きながら、今日これからの本題へ突入する。


マミ「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか、準備は良い?」

さやか「おう!」

まどか「は、はいっ」

マミ「ふふ、良すぎるくらいね」

104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/22(水) 21:23:27.68 ID:jEhOSrRK0

さやか「そうだマミさん、ちゃんとこんなのも持ってきたんですよ、ほら」


鞄からずるりと取り出す、一本の竹刀。


さやか「聖剣ミキブレード」

まどか「本当にセット持ってきたんだね……」

さやか「何も無いよりはマシかなって思って」

マミ「まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」


けど何故に苦笑いなんです?マミさん。


さやか「まどかもそんなのほほんな顔してるけどー、何か持ってきたの?」

まどか「え、えっと、私は……」


躊躇の表情。

だんまりではなく焦燥。意味はわからないが、何か持ってきたようだ。


まどか「笑わないでね?」

さやか「うむうむ」

マミ「何かしら、ふふ」


マミさん既に笑ってます。

110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/23(木) 21:24:33.14 ID:dji38qMQ0

開かれるキャンパスノートならぬ、キャンバスノート。

昨日迷い込んだ魔女の結界とタメを張れるほどファンシーで、パステルな世界が、ここに広がっていた。


そこには魔法少女姿のマミさん、そして……やたらとキュートでプリティな意匠のまどかがいる。


マミ「うふふっ」

さやか「あーっはっはっはっ!」

まどか「えっ、ええっ!」

マミ「ご、ごめんなさい、意気込みとしては十分ね」

まどか「ひ、ひどいですよお」

さやか「あはは、いやぁー、でも良いんじゃないこれ」

まどか「本当に思ってる!?さやかちゃん!」


怒った顔に一切の迫力を感じないところはお父さん譲りなのかもしれない。


さやか「いやぁ、うん、もちろん思ってるって!」

まどか「怪しい!」

さやか「形から入るのは大切だしさ!何だってね!」

まどか「…ぅう」


型を覚えずに剣道をやってきて強くなった私の、心からの本音だった。

形から、っていうのは、意外と大事。

113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/23(木) 22:14:56.89 ID:dji38qMQ0

学業から非日常への転換。

休憩と覚悟は終わり、私たちは町へ出た。


先頭にマミさん、その後ろを私とまどかが着いてゆく。


マミ「これが昨日の魔女が残していった魔力の痕跡」


黄色い光を発するマミさんのソウルジェム。

一定間隔で灯りは幻想的に、ぼんやりと明滅する。



マミ「基本的に、魔女探しは足頼みよ」

さやか「……この光が早く点滅すると」

マミ「そう、魔女が近いってわけ」

さやか「うひゃー、大変ですねえ」


ガイガー片手に探しているようなものだ。

広い見滝原を、こんな途方も無い方法で探すだなんて。


マミ「こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

さやか「地味ですね……気が遠くなりそう……」

マミ「ふふ、そうね……でも近くに魔女がいないっていうのは、とても良いことなのよ」


それもそっか。

114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/23(木) 22:37:29.67 ID:dji38qMQ0

さやか「光、全然変わらないっすね」

マミ「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね」


もう随分と歩いて、空も茜の気配を帯びてきた。


さやか「まどか、脚大丈夫?」

まどか「うん」


やっぱりまどかも疲れているようだ。

足取りもどこか重く、歩くたびに踵を擦りかけている。


マミ「魔女の足跡も薄くなってるわ」

さやか「まだ遠いのかぁ……」

まどか「あの時、すぐ追いかけていたら…」

マミ「仕留められたかもしれないけど、あなたたちを放っておいてまで優先することじゃなかったわ」

まどか「ごめんなさい」

マミ「いいのよ」


あの時追いかけていれば。ほむらの事もあるのだろう。

彼女がいてもいなくても、私たちはお荷物だったというわけだ。

言い方が悪いか。


さやか「マミさん、あの時は本当にありがとうございました」

マミ「ふふ、改まらなくても」

さやか「いえ、こういう大事なことは、心から感謝したいです」

マミ「……やだ、ちょっと気恥ずかしいわねっ、ふふ」


先を歩くマミさんの歩調が、少しだけ速くなった。

118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 17:33:27.36 ID:xSMD+RfC0

さやか「マミさん」

マミ「何かしら」

さやか「ソウルジェムの灯りだけじゃなくて、他に探す手立てっていうか、目星とか、無いんですか」

マミ「見当をつける、って意味では、探す場所を最初に絞ることができるわ」


マミ「住宅地なんかではあまり見ないけど、人が多い繁華街や、逆に人気の無い廃墟では多いかな」

さやか「繁華街、廃墟……」

マミ「両方とも人の感情に大きく影響される場所だからね」


なるほど。なんとなく、フィーリングでわかったので頷いておく。


マミ「交通事故、傷害事件…人あるところには魔女がいるもの」

マミ「そこがひとまずは最優先になるけど、いなければ人気のない所を探すわ」

まどか「はぁー……」


斜陽が影を伸ばしてゆく。


119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 18:11:57.43 ID:xSMD+RfC0

寂れたビル街には通行人もいない。

工場と小さな廃屋が並ぶ、ちょっと気味の悪い所だ。

見滝原に住んでいても、なかなかこんな場所にまで来ることは無い。


まどか「ここに魔女、いるのかな……」

マミ「反応は強くなってるわ」

まどか「本当だ」

さやか「!」


手の上のソウルジェムを見る。

点滅の強さは劇的な変化だったが、嫌な予感に上を向く。

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 20:34:31.93 ID:xSMD+RfC0

それは髪と裾を風に揺らす影だった。

人。

屋上に見えた全体像に、見下ろしているわけではないということはすぐにわかった。


さやか「マミさん、上に人が!」

マミ「!」



指で示した先には、若いOLが足元をふらつかせている。

あんな高い場所にいるというのに、目は地平線だけをぼんやり眺めている。

正気の沙汰とは思えない。



まどか「あ、危ない……!」


周りを見る。

コンクリートの地面。オフィスビルは高い。落ちれば即死だ。

持ち物は竹刀、剣道セット、制服、携帯……何も使えない。




さやか「マミさん!」

マミ「任せて」


黄金の光がマミさんを包み、輝き収まる前に、魔法の帯はビルへと伸びた。

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 21:21:13.55 ID:xSMD+RfC0

柔らかなリボンはOLさんの落下を受け止め、緩やかな動きで地上へ降ろした。


まどか「マミさん……」

マミ「大丈夫、気を失っているだけよ」

さやか「……よかったぁ」


眠るような表情。落ちる最中で気絶してしまったんだろう。


さやか「可愛そうに」


髪を撫で、整える。血色の悪い人ではなかった。


さやか「……ん、マミさん、首もとになにか」

マミ「魔女の口付けね、やっぱり」

さやか「魔女の口付け?」

マミ「魔女が人につける、……標的の印、みたいなものよ」

さやか「……」


口付けをさする。


マミ「この人は気を失っているだけ、大丈夫、行きましょう」

さやか「……はい」


この人は、今まさに死にかけた。

私はそのことを噛み締め、廃屋に歩を進めるマミさんの後を追った。

122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 21:34:56.29 ID:xSMD+RfC0


マミ「準備は良い?」

まどか「は、はい」


さやか「……」

まどか「……さやかちゃん?」

マミ「美樹さん、どうかした?」

さやか「あ、いえ、なんでもないっす」


竹刀を握る手に力が入りすぎていた。

いけないいけない、こんな精神じゃ。


常に平静な心を保つんだ。取り乱さず、悲観せず、後悔しない。

そのためによく考え、よく見極め、自己を貫く。


私は大事なことを教わったじゃないか……。


ばちん、と両掌で頬を叩き潰す。


マミ「あう、美樹、さん?」

さやか「さっきのがちょっとショックでした、もう大丈夫……行きましょう」

マミ「……ええ、そうね、早く片付けてしまいましょう」


私はマミさんの後に続き、奇妙な鏡のような空間の裂け目に踏み込んでいった。



まどか(…さやかちゃんはいつも自分に正直で、自分のことをよくわかってる)

まどか(マミさんには、きっとさやかちゃん、不安定なように見えたのかもしれないけど……)

まどか(……きっと、自分に漠然と、鈍感なだけで……私のほうがもっと、不安なんだ)


123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 22:09:43.25 ID:xSMD+RfC0

まどか「ふわぁー……」


赤と黒のマーブル模様が空を流れる。

他にもこの空間を言い表す言葉はいくらでもあるんだけど、中止すればするほど眼がチカチカする……。


さやか「あ」


風景の中に、ひときわ動きの強いものを見つけた。

それは真っ白な体、立派な黒いお髭の……。


さやか「まどか、下がって!」

まどか「えっ!?」


左手でまどかを押しやり、前に出る。

ぐちゃぐちゃの茨の壁の上から、蝶の翅の使い魔が飛んできたのだ。


右手に握った竹刀の先を使い魔の額のやや上に合わせる。

左手を沿え、小指から順に握る。


私の精神はそこで落ち着いた。飛んでくる未確認生物が、ただのボールのようにも思えた。

正面から飛んでくるボールは速球かもしれないし、変化球かもしれない。そのどちらでも構わない覚悟はできた。


精神的には相手をギリギリまでひきつける。反面、体はすり足で前に出た。

相手がいつ軌道を変えるかわからない、ならば早く前へ。

そして叩くならば、より強く。


相手側の五十の速さだけで叩くよりも、こちらが近づく五十の速さを合わせ、百で叩くんだ。


さやか「……!」


私は前へ踏み込んだ。声は出さない。

この激しさはまだ、剣だけに込められる。


踏み込みと同時に竹刀が上へ上がる。

切っ先が、時計回りに正面から来たる相手を避ける。


崩れた右の下段が形作られた時には、髭のボールはカーブ気味に軌道を逸らし、私の左肩を狙っているらしかった。


そこは既に、私の切っ先が届く範囲。


さやか「ハァッ!」


斜め下からの型破りな袈裟斬りが炸裂した。


124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 22:21:40.82 ID:xSMD+RfC0

さやか「……」


手ごたえだけでも、空を斬ったことはわかった。


マミ「無茶をしては駄目よ?」

さやか「あー……」


振り向けば、ジェームズ・ボンドのように自然体でマスケット銃を構えるマミさんが。


さやか「ごめんなさい」

マミ「けど、私が気付いていなかったら……そう考えると、良かったわ、美樹さん」

さやか「……へへ」


竹刀を下ろす。

剣を振って怒られることはいくらでもあったけど、ほめられたのは久しぶりだ。


マミ「けれど、普通の竹刀では2体目で折れても不思議ではないわ……魔女と戦うには、魔法少女の力がないとね」


の黄色いリボンが竹刀をしゅるりと包み込み、輝く。


マミ「気休めにはなるけれど、私のそばを離れないでね?」

さやか「おおっ」

まどか「わぁ」


リボンがほどけた後の私の竹刀は、綺麗な白磁の模造刀へと進化を遂げていた。


さやか「す、すごいすごい!ミキブレードが真の姿にっ!」


金の装飾もゴージャスで綺麗。西洋の偉い騎士が持っている剣よりも、よっぽど強そうに思えた。


マミ「どんどん先へ進むわよ」

さやか「はい!」

まどか「は、はいっ」

125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 22:32:12.42 ID:xSMD+RfC0

強くなった竹刀を意気揚々と強く握り締め、マミさんのあとをついてゆく。


戦うマミさんの姿は、美麗。その一言に尽きた。

長いマスケット銃を取り回し、引き金を引けば、必ず一匹の使い魔を打ち抜いた。

近づきすぎた(それでも3mは外の)敵は、マミさんから伸びるリボンによって切り裂かれる。


昔やったゲームの、ラスボスを倒したときに使えるようになるキャラクターを思い出した。

使えば無敵。そんな光景だった。


マミさんが一体の敵を打ち抜くごとに、私の剣を握る手はどんどん弛緩する。

それは美しい戦いに見惚れているところもあるかもしれない。


けどもう一方で、あまりにも無力すぎる自分に脱力していたのかも、しれなかった。


さやか(……って、バカだよね)


剣を習ってから、この道では一端なりの自信があった。

物理的な強さをある程度舐めたつもりでいたのだ。

事実、いざとなれば、襲い来る悪漢から誰かを守れるくらいにはなっていたのに。


魔法少女、そして魔女。この二つが関わっただけで、私の剣術なんて、とんでもなく無力な存在だった。


どこかで役に立てると、心の片隅で思っていた自分がバカらしくなる。


まどか「さやかちゃん……?」

さやか「ん?どした?」

まどか「ん……なんでもない」

マミ「そろそろ最深部よ、しっかりね」

126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 22:49:52.98 ID:xSMD+RfC0

マミ「見て、あれが魔女よ」


廊下の先には、広い空間が広がっていた。

ここまでの道のりも随分荒れ放題ではあったけど、さすがにここから飛び降りることはできないだろう。



魔女「うじゅじゅじゅ……」

さやか「げっ……」


空間の中央で鎮座していたそいつは、使い魔とは比べようもない巨躯の、どろどろした頭の“何か”だった。

おそよ一言、二言では説明のしようがない、混沌たる姿。



さやか「グロ……」


そんな表現で落ち着いた。


まどか「あんなのと戦うんですか……?」

マミ「大丈夫」


けれど、マミさんの表情は今までとなんら変わらず、何より一層の自信が浮かんでいるように見えた。


マミ「負けるもんですか」



単身、マミさんは空間へと降り立った。

127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 23:10:13.40 ID:xSMD+RfC0


前へ前へ、魔女に近づいていく。マミが歩み寄るにつれ、魔女の体躯の大きさがはっきり見えてきた。

あれは……相当デカい。

私が握る剣でどうにかできるレベルの相手でないことは、本能的にわかる。


まどか「マミさん……」


まどかが私の服を掴む気持ちも良くわかった。




マミ「さあ、始めましょうか?」


靴が小さな使い魔を踏み潰したそれが、戦いの始まりだった。


魔女「うじゅじゅじゅ!」


相手からしてみたら、ちゃぶ台をひっくり返すくらいの労力なのかもしれない。

けど人にとってその“椅子の放り投げ”は、金属コンテナの投擲並みのダイナミックさと、死の気配を感じさせた。


マミ「甘いわね」


私たちの方が心臓を鷲掴みにされた気分だったが、マミさんはこの空間で一番穏やかな心の持ち主だった。

人には不可能な高さで跳び、すばやくリボンを展開してマスケット銃を取り出す。


数は4挺、うちの二本を掴み、手を伸ばすと同時に撃ち放つ。


光弾は緑色のゲル状の頭にクリーンヒットし、その様は高速道路トラックが大きな水溜りを踏みつける場面を想像させた。



さやか(……けど)

マミ「効かないか」


魔女の頭部が再生していく。

ゲル状の頭は、裂傷も刺傷も関係なく修復するだろう


一発目のマスケットを棄てて、二発目を握ったマミさんは、その狙いを近づく使い魔たちに変更。


空中で冷静に狙いを定め、着地と共にすばやく場を変える。

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 23:18:59.17 ID:xSMD+RfC0

マミ(頭が駄目なら胴体だけど?)


円形の戦場を駆け、魔女からの茨攻撃を避けるマミさん。

その間にも彼女のリボンは、場に張り巡らされていた。


蜘蛛の巣。そう見えた。


マミ「そろそろ私に手番を下さる?」


走るマミさんが、張られたリボンの一端を掴み、引っ張った。


するとどうなっていたのか、連動するようにして空間の天井が崩れ、その真下の魔女へコンクリート片を落下させる。

人間なら即死だったかもしれない落石。けれど魔女はまだ生きている。


さやか(あ、そうか)


違う、それだけじゃない。

マミさんは引き抜いたリボンを、次々にマスケット銃へ変えてゆく。


その数6挺。


マミ「行くわよ」


リボンが4挺のマスケットを真上に跳ね上げる。

銃に気を取られた魔女が、頭を上へ持ち上げる。


全ては計算済みだ。


マミ「そこ」


ドウン、ドウン。

二発は容赦なく、魔女の胴体に叩き込まれた。

頭部とは違い、真っ白な衣のような胴体には、固形の弾痕が刻まれた。



魔女「ビギィイイイイ!」


さやか「効いてる!」

まどか「マミさんがんばって!」

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 23:31:00.90 ID:xSMD+RfC0

マミ「いけるわね」


激昂する魔女の攻撃の手は強まる。

四方から迫る茨を避け、マミさんは攻撃の隙を伺っているようだ。


だが魔女も魔女。隙を見せなかった。

ゲル状の頭部をマミさんの方向から離さないのだ。


頭を盾に、体を守っている。

最初は露骨な動き隠すために自然体でいた魔女だけど、ついに本性を現したのだ。


魔女「ギィイイイイイッ!」



茨の攻撃は休むことを知らない。

鞭のようにしなり、マミさんのいた空間を強く叩き、床を砕く。

防戦一方のようにも思えた。



さやか(……けど)

マミ「忘れたのかしら、まだ四つも撃ってない」



逃げ回るだけのように見えたマミさんが、不意にリボンを伸ばした。


リボンは魔女の茨を一本を断ち切り、かつ、まだ伸びる。



そうして地のスレスレ、床に落ちかけたマスケット銃4つをキャッチする。

リボンは器用に絡まり、銃を固定し、引き金すらも締め付ける。



魔女「……!」


魔女が顔を動かす前に、光弾はマミさんとは全くの別方向から放たれた。

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 23:43:58.78 ID:xSMD+RfC0

魔女の体がびくりと跳ねた。

4発全てが胴体に命中。その衝撃によるものだった。



マミ「やったか」

さやか「あ、それだめ……」


一瞬は沈黙した魔女が飛び起きる。


マミ「きゃっ」


それだけで、辺りに飛び交っていた“無力”だと思われていた使い魔たちが群れになり、列を成し、それが黒く細い茨となってマミさんの足元を掬い取った。

宙吊り。そんな、絶望的な体勢。



まどか「マミさーん!」

マミ「なーんてね」


円形の戦場に張り巡らせたリボンが、意思を持ったように動き始めた。

互いに空中で蛇行し、  縛りを形成しながら魔女のほうへ狭めていく。


マミ「未来の後輩に、あんまり格好悪いところ見せられないもの」

魔女「ギッ……!」

さやか「すごい……!」


黄色いリボンのフェンスはあっという間に、容易く魔女を床に拘束してみせた。


マミ「惜しかったわね」


いつの間にか足に絡まる茨を切り離したマミさんが宙で返る。

そしてリボンを手にし、本日最大の大技を展開して見せた。

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/26(日) 23:54:09.99 ID:xSMD+RfC0

螺旋を、筒を描くリボン。

光り、形を成す。


それはまさに大砲。

そんなものを空中で、どうやって撃つつもりなの?



マミ「ティロ……」


抱えてる……。


マミ「フィナーレッ!!」



言葉と共に勢い良く落ちたハンマーが魔法の火花を散らし、筒は光線を吐き出した。

光の砲弾はまっすぐ魔女の背中か腹部かを貫き、一瞬それが膨らんだかと思いきや、爆発した。


デフォルメされたバラの花びらが空間を舞う。

砕けた茨が散る。


ティーカップとコースターが落ちた、そこには――


マミ「ふう」


余裕の、一息。


マミ「……ふふ」

さやか「!」


そして、どこまでも優美な笑顔だった。

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/27(月) 21:31:18.30 ID:MBggc25S0

まどか「すごい…」

さやか「……」


異空間は掠れて揺らぎ、もとの寂れたオフィスへと変わる。

と共に、宙から小さな石が降りてきた。


まどか「これは……」

マミ「これがグリーフシード、魔女の卵よ」

さやか「卵……」


つまりは魔女の大元だ。


マミ「運が良ければ、時々魔女が持ち歩いてることがあるの」

さやか「運が良ければって……」

QB「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ」

まどか「そうなの?」

マミ「ええ、何に役立つかっていうと……」


マミさんが自分のソウルジェムを小さく掲げて見せた。


マミ「私のソウルジェム、夕べよりちょっと色が濁ってるでしょう?」

さやか「そうですね」


どこか黒い色が混ざっているようにも見える。

光の象徴のように輝く黄色の中に沈む黒は、どこか妖しく、不吉だ。


マミ「でも、グリーフシードを使えば、ほら」

さやか「あ、キレイになった」

マミ「ね?これで消耗した私の魔力も元通り、前に話した魔女退治の見返りっていうのが、これ」


ソウルジェムをグリーフシードで浄化、魔力を回復させる。

魔力が無くなったらどうなるんだろう。魔法が使えない?

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/27(月) 22:02:03.59 ID:MBggc25S0

ひゅ、と、マミさんの投げたグリーフシードが空を切った。

もしやそれも魔法少女に必要な儀式か何かだろうか?とそちらへ顔を向けて、理解する。


ほむら「……」


グリーフシードを受け取ったほむらが、建物の影から姿を出す。

魔法少女の姿は少なからず、私たちに緊張を与えた。


マミ「あと一度くらいは使えるはずよ、あなたにあげるわ、暁美ほむらさん?」

ほむら「……」

マミ「それとも、人と分け合うのは不服かしら」



ほむらは不機嫌そうに眉を吊り、まどかは私の腕にすがった。

マミさんは明らかにほむらを敵視している。


私はほむらの心境を想った。

少しだけ、切なくなった。

141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/28(火) 21:53:02.92 ID:bvhWtoFW0

さやか「ちょっと待ってください」


考えるよりも先に体が動いてしまった。

やってしまった、と思った。


マミ「どうしたの?危ないわよ、美樹さん」


ほむらとマミさんの間に割って入った私への、真剣な注意だった。

その本気が冷たく、私は嫌だった。

だって二人の間にいることがいけないということは、危ない何かが行われる……かもしれないから。


わかってる。だからこそ嫌だった。


さやか「だって、そんなのおかしいですよ、確かにほむらはマミさんの友達のその、キュゥべえを虐めたかもしれないけど」

QB「事実だよ」

さやか「だけどそれは私達の身の安全を考えてたからこそなんじゃ、ないですか」

ほむら「……」

マミ「楽観しすぎよ……もしそうなら、魔女が現れる前にキュゥべえを攻撃なんてしないもの」


そもそもこの子を傷つけるなんてやりすぎだけどね、と付け加えた。

鋭い目のマミさんは怖かった。その魔法少女の姿も威圧感があった。けれど、私は引き下がるわけにはいかない。


さやか「攻撃しなきゃいけない理由があったんでしょ?ほむら、」

ほむら「……」

さやか「うん……そうだよ、だって私達を魔法少女にしたくないなら、わざわざキュゥべえでなくても、私達自身をどうにかすれば良いんだもん、でしょ?」

ほむら「!」


ほむらのまぶたがわずかに動いた。

反応があるということは!


さやか「ねえほむら、」

ほむら「話すことは何も無いわ」


カチッ


さやか「え!?」

マミ「!」

まどか「あ、あれ?」



忽然と、ほむらの姿は消えてしまっていた。

まるで、そこにいたのが嘘であったかのように。

142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/28(火) 22:56:36.50 ID:bvhWtoFW0

「……あれ、私は……?」


目を覚ましたOLさんが額に手を当て、熱を探る。


「や、やだ、私、なんで、そんな、どうして、あんなこと……!?」

マミ「大丈夫、もう大丈夫です」


こうして、今日の魔女退治見学は、ハッピーエンドで落ち着いたのであった。

誰も傷つかなくて、本当に良かった。


さやか(けど……)


心残りはある。

孤立したほむらだ。

部外者の私がこんなことをいうものではないけど、それでもどこか切なくなる。


どうしてだろう。


マミ「ちょっと、悪い夢を見てただけですよ……」

OL「ぅぁあっ……私っ……!」


まどか「……ふふっ、さやかちゃん、帰ろっか」

さやか「そう、だね」


一件落着、なんだろうか。

私の胸の奥につかえた違和感は、結局最後まで取れる事はなかった。


……あ。

竹刀、消えちゃったよ……。

部活、もうだめだなぁ……いや、最初からあんまり乗り気じゃなかったけどさ……。

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/29(水) 20:28:47.81 ID:CppyIENK0

† 8月7日


煤子「はい」

さやか「ありがとうございます!」


煤子さんの待つベンチを訪れる度に、近くの自販機で買ったらしい冷たいジュースをくれた。

夏の灼けた道を歩いてきた私にとっては、今や安っぽいスポーツドリンクも、それまで流した汗を全て補ってくれる命の水だった。


邪推をしてみれば、それは煤子さんが私を呼ぶための理由のひとつだったのかもしれない。

けれどあの時の私は、今の私もそうだけど、決してジュースのためだけに、毎日あそこへ通っていたわけじゃないんだ。


煤子「今日も暑いわね」

さやか「そーですね……」


ぱたぱたとシャツで仰ぐ煤子さんの姿が、何故かとても大人っぽく見えた。

いつか絶対に真似しよう。真似できるようなかっこいい女の子になろうと思った。

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/29(水) 21:23:48.40 ID:CppyIENK0

さやか「てやっ」

煤子「ふふ、甘いわよ」


ちゃんばらごっこ。

当時は男の子に混じってよくやっていた遊びではあったけれど、煤子さんと出会うことで、それは遥かに高い段階へと昇華した。


煤子さんが用意してくれた軽くて柔らかめの素材でできた木刀を振るい、打ち込む。


煤子「ほら、足がもたついてる、1・1・2よ、さやか」

さやか「うーあー!脚の動かし方よくわかんないよー」


ばっばっと激しく動いてズバッと決めるのが強いの思っていた私の苦悩だった。

当時は小学生だし、それも仕方ない。


煤子「じゃあさやか、次はさやかが私の打ち込みを受けてみなさい」

さやか「?」

煤子「私は1・1・2の動きで攻めていくわ」

さやか「へへん、煤子さんの教えてくれた動きなんて怖くないよーだ!」

煤子「あら、そうかしら?じゃあ今から打つわよ?」

さやか「いつでも来いだ!」

煤子「良いでしょう」


タイルを強く擦る音が聞こえ、私は身構える。


煤子「やッ!」


私は身構えていたというのに、剣も正面に構えていたのに。

煤子さんのその動きは、目で追いきれるものではなかった。


さやか「痛あっ!?」


今日習ったばかりの動きをお手本通りに取り入れた攻撃は、私の脳天へ綺麗に決まったのだった。

150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/29(水) 21:45:27.00 ID:CppyIENK0

安いカップアイスを食べながら、木陰のベンチで一息。

煤子さんの隣は落ち着く。


煤子「習ったことや経験したことは、よく実践しないとダメよ」

さやか「ふわぁい」

煤子「上辺だけで理解してはいけない、無知は罪、共感できないものでも、よく考えないと、自分のためにならないの」


こうしてほぼ毎日、煤子さんは私に対して言葉を贈ってくれる。

半分わかっていなくてもそれを聞くのが、私の日課だった。


ちゃんばらごっこをして、走って、勉強して、お話して。

当時はそれら全てが私を大きく育ててくれるだなんて思っていなかった。


ただただ、お母さんのように優しく、お父さんのように厳しく、真剣に私と向き合ってくれている煤子さんと一緒にいるのが楽しかったんだ。


自転車を押して、煤子さんの背中で束ねた長い黒髪の揺れを見るのが。

時々俯く煤子さんの麦藁帽の中を覗き見るのが。


その年の、ううん、人生の、私の最高の思い出だったんだ。



† それは8月7日の出来事だった。

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/30(木) 20:25:15.55 ID:5fn8CPVv0

今日は日曜日だ。


さやか「……」


懐かしい夢を見た。

最近は良く見る、煤子さんとの日々の夢。


どうしてだろう、思い出してしまうのだ。

最近、どうしてかな……。


さやか「お?」


ふと、頭の中で二つのかけ離れたピースが結びついた。


そういえば、煤子さんとほむら、よく似てる気がする。

雰囲気は煤子さんの方が断然柔らかくて、髪も結んでいたけど、似ている。


さやか「……」


煤子さんとは一ヶ月くらい、ほぼ毎日会って、一緒に遊んでもらったり、色々なことを教えてもらっていた。

子供の一ヶ月は長い。その中の出来事全てを覚えているわけではない。


さやか(でもほむらの顔、煤子さんとそっくりだよなぁー…?)



暁美 煤子。


さやか「お姉ちゃんなのかな」


だとしたら?


さやか「……」


煤子さんは病気に罹っていたと聞いた。

別れ、消息を絶ってからは一度も会っていない……。


さやか「……」


もしも煤子さんがほむらのお姉ちゃんなのだとしたら。

煤子さんは……ほむらのお姉ちゃんは……。

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/08/30(木) 23:05:28.51 ID:5fn8CPVv0


毛布を跳ね上げ、パジャマを脱ぐ。

私服に着替えて、……ああそうだ、携帯を開いてなかった。


着信なし。うん、なるほど。

今日の予定は特に無し、ってことだ。



さやか「……煤子さん」


そう。

思えば、煤子さんとほむらは瓜二つ。


接点なんて少しもないかもしれない。

推測なんておこがましい。私のただの想像にすぎない。


さやか「……けど、あの人に少しでも近づきたい」


また会いたい。

会えなくても、彼女の片鱗に触れていたい。


燻っていた心に火が点いた。



さやか「行ってくるっ」


私は走り出した。

159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/03(月) 20:25:31.90 ID:ECEBcieX0

あの場所へ行くには、坂を上らなくてはいけない。

その前にちょっとだけ走る必要もある。


小さな子供の基礎体力を作るには丁度良い距離だし、車も通りにくい絶好のコースだ。

それに今更気付いた。


さやか(あれから……)


煤子さんと別れてからは、この道を走っていない。

あの日々では嫌になるほど走った道なのに。


理由はわかる。走るとあの人を思い出し、切なくなってしまうのだ。

だから私はコースを変えたのだ。

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/03(月) 20:49:58.11 ID:ECEBcieX0


背の高い林。

30分に1台の自転車が通る曲がり角の、5人分のベンチ。


さやか「……」


いるはずがないのに、そこへたどり着いた私は落胆した。

誰もいないベンチの上には、誰かが置いていった缶コーヒーがある。

振れば、中身は無かった。


さやか「そりゃ、そっか」


缶をゴミカゴに放り投げて、ベンチの上に横になる。


さやか「…」


日を透かした広い葉。

薄く延びた雲。


まるで、あの頃に戻ってきたみたい。


さやか「……よし!」


ノスタルジックになる前に決心した。


さやか「ここに来ても手がかりなんて無い、ほむらを探そう」


私の中にある唯一の手がかりはここだけ。

あとはほむらのことなど、一つも知らない。


けれど、休日にじっとしていられるほど私は我慢強くない。

99%無駄なことだとしても、1%の無駄じゃないかもしれない事のために行動することも、時には必要なのだ。



さやか「何故なら今日は、暇だからー!」


私は一人笑いながら坂を駆け下りた。

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/03(月) 21:24:02.40 ID:ECEBcieX0

ほむらを思い出す。

自己紹介らしい自己紹介はなかった。

わかるのはその姿と、優秀さと、胡散臭さ。


転校生なんて二日も経てば何かしらわかるはずなのに、好きな食べ物も趣味もわからない。

魔法少女だっていうことくらいしか……。


さやか「あ?」


人気のない道の途中に立ち止まる。

そうだ。ほむらは魔法少女じゃないか。


蛇の道は蛇に聞くべきでしょう。



さやか「……えー、ごほん」


まずは咳払い。


さやか「……きゅーうべー……」


ぼそりと声に出して呼んでみた。

しかし、現れない。


さやか「……願い事決まったよー……」

QB「本当かい?」

さやか「うっひゃあ!?」


さすがに腹の底からびっくりしましたよ。

168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/04(火) 19:46:43.54 ID:7JRac9RJ0

さやか「す、すす、すごいねキュゥべえ、ていうかどっから沸いたの?」

QB「呼ばれたから来たのに、僕は虫か何かかい?」

さやか「ごめんごめん」


キュゥべえのふわふわな体を持ち上げ、肩の上に乗せる。

猫くらいの重さはあるかな、と思ったけれど、意外と軽い。ハムスターでも乗せているような気分だった。


さやか「悪いねキュゥべえ、ちょっと聞きたいことがあってさ、願い事が決まったわけじゃあないんだ」

QB「なんだ、残念だな」


残念そうな声だけど、顔は相変わらずの無表情だ……。


さやか「ねえキュゥべえ、ほむらがどこにいるか知らない?」

QB「ほむらを呼ぶために僕を呼び寄せたのかい?」

さやか「いやーほんとごめん、通信士だと思ってさ!」

QB「テレパシーの中継役も同じようなものだけどさ……残念だけどさやか、それはできないよ」

さやか「え、なんでー」


キュゥべえを両手に持ち、とぼけた顔を正面に見据える。


QB「僕が通信士というのは良い喩えだよさやか、向こうが僕のテレパシーを受け取ろうとしなければ、何の反応も掴めないんだ」

さやか「着信拒否?」

QB「電源を切っているといっても良いかもね」

さやか「音信不通かぁ……」

170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/05(水) 20:17:35.62 ID:L9asSwjG0

行く宛てがないので走るわけにもいかない。

仕方が無いので、無用の呼び出しを食らったキュゥべえと並んで、日曜の閑静な道を歩く。


QB「ほむらと会って、どうするつもりだい?」

さやか「んー?どうするって、話すだけだよ」

QB「あんまりお勧めはしないよ……」

さやか「なんでさ?」

QB「彼女はイレギュラーだよ、僕は暁美ほむらと何の契約も交わしていないのに、紛れもなく魔法少女なんだ」


ん?と、私の上に思考の低気圧が生まれる。


さやか「キュゥべえ、ほむらと契約してないの?」

QB「うん、何故彼女のような魔法少女がいるのか、まったくわけがわからないよ」

さやか「……」

QB「だからほむらには注意したほうが良いよ、さやか」


しばらくは雲を見上げながら歩いた。

上の空で考えるために。

171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/05(水) 20:33:12.89 ID:L9asSwjG0

マミ「あら?」

QB「やあ、マミ」

さやか「こんにちは、マミさん」


手がかりひとつ掴めなかった私は、寂れたケーキ屋の手前でほむら捜索を諦めた。

月曜日がやってこないわけじゃないのだ。

当たり前の日々のサイクルを、甘いものと一緒に摂取しようと考えたのだ。


陳列されたケーキを見た私はマミさんの部屋のキッチンにバニラエッセンスの瓶があったようなことを思い出し、そうだマミさんちに行こうということで、やってきたのだった。

そりゃあもちろん、ケーキを見てマミさんの部屋で飲んだ紅茶の味を思い出したということもあるんだけど…。


マミ「うふふ、日曜日はさすがにいいかなとも思ったんだけど、どうしたの?」


さすがにいいかな、とは魔女退治のことだ。

普通の休日にまで気を張ることはないというマミさんの配慮から、今日は魔女退治見学は無しになったのである。

172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/05(水) 20:44:01.74 ID:L9asSwjG0

マミ「ん、美味しいケーキね」

さやか「あは、ですね!へへへ」


もんすごくうまい紅茶を啜りながら、美味しいケーキ。

日曜日にピッタリの昼下がりだった。


さやか「細い道にある小さなお店のケーキで、周りのお店に押されて値段が2年くらい前から吊り上がり続けてるんですけど、味は最高ですよ」

マミ「へぇー…見滝原のお菓子屋さんには詳しいつもりだったけど、初耳だわ…」


予想通り、マミさんはデザートが好きらしい。

持ってきてよかったー。


さやか「はい、今日は悪いねぇ」

QB「やった」


というわけで今日の苦労人、キュゥべえ君にも一口おすそわけ。

マミさんは微笑ましく見つめていた。

177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/06(木) 20:09:13.80 ID:eqrO3G5l0

マミ「暁美さんの居場所?」


フォークを唇に当てて、マミさんの首は傾いた。


さやか「はい、同じ魔法少女として知らないかなって」

マミ「魔法少女同士といっても、わからないわね……魔女の反応をたどっていけば会えるかもしれないけど」

さやか「あ、やっぱり魔法少女同士でもわからないもんなんですね」

マミ「そうねえ、テレパシーの範囲にも限界はあるし、そもそも魔法少女と付き合ったこともそう多くはないから、わからないの」


検証しようと思ったこともないわ、とマミさんは3つめのショートケーキのイチゴを片付けながら言う。


マミ「でも美樹さん、どうして暁美さんに?おせっかいかもしれないけれど、公ではない場所で彼女と接触するのは危険よ」

QB「うんうん、マミからも言ってよ、どうも興味があるみたいで、危なっかしいんだ」


たしなめるような目を向けてきたので、ついつい背けそうになってしまう。

どうしても癖で、しっかり見返してしまうんだけど。


さやか「…んー、マミさん、本当にほむらの事が危なく見えるんですか?」

マミ「見えるわよっ」

QB「きゅぶ」


目の前に白猫が突きつけられる。

さすがにたじろいだ。

178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/06(木) 20:16:04.15 ID:eqrO3G5l0

さやか「そりゃあキュゥべえがぼろぼろだったのはほむらがやったかもしんないですけど……」


キュゥべえを受け取り、ほっぺをむにむにする。

うにょうにょと皺を作る顔は、表情を持ったようで面白い。


マミ「美樹さん随分と弁護するけど、あれには意味があるっていうの?」


ありそうじゃないですか。なんて口にしたいんだけど、なかなか言える言葉ではなかった。

仕方ないのでガラステーブルの裏面に、皺を寄せたキュゥべえの顔を押し付けてみる。


QB「ぎゅぶぶ」

さやか「チャウチャウ」

マミ「やめなさいっ」


グラニュー糖のスティックでピシャリと叩かれた。

なんとなく、ほむらがキュゥべえをいじめた理由を掴んだ……かもしれない。

184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/10(月) 21:03:45.59 ID:0dQ2usjR0

マミ「魔法少女は、みんなの日常を守る存在なの」


胸の中のキュゥべえを優しく撫で、マミさんは語った。


マミ「大きな力はつい、振るってしまいたくなるかもしれないけど……それはいつだって、正しい方向で使わなくてはダメ」

マミ「たとえ10回助けられたって、1回の不信を抱けば……守られる側の人は、怯えてしまうわ」

マミ「信用を築くことだって、魔法少女として大切な能力だし……」



逆を言えば、それしか頼れないのよ。


マミさんはそう言った。


命と力に直結する損得勘定。

私は魔法少女の世界での厳しさを知った。



さやか(確かにマミさんの言うとおりだ)


何かある感じがする。きっとそこまで悪い人じゃない。

……そんな曖昧な理由じゃ、背中を見せることなんて、できないんだ。


さやか(じゃあほむらは、一体?)


それはきっと、明日、明らかになるんだろう。

185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/10(月) 21:21:15.82 ID:0dQ2usjR0

悩みを抱えたまま明日はやってきた。

何の悩みかって?色々あるのです。


部活とか。


まどか「あ、竹刀持ってきたんだ」


教室の中で、一際目立つ竹刀を掲げてみせる。


さやか「うん、予備の一本!これをなくしたらマズイ!」


一昨日の魔女退治に持ち込んだ聖剣ミキブレードは、マミさんの魔法の力によって本物の聖剣へと生まれ変わり…。

そしてなんだかんだで……その、取り残されて消えた。


まどか「剣道部、入るつもりなんだよね?」

さやか「うっ!?その目はなによ!?」


疑わしいと言いたげな、あからさまな上目遣いだった。

けどそれに見透かされているからこそ、私の心は揺らいでいることも明らかなのだ。


さやか「……どうしよっかね、悩んでるんだよ、まだしばらくね」

まどか「どうして?」

さやか「んー……勢いでやめちゃったところもあるんだけど、これからのこともあるしさ」

まどか「あ……」


そう。魔法少女になれば、きっと部活との両立は叶わないだろう。

部活に入りたいとは思う…けど魔法少女になるかもしれないと揺らいでいる以上は、決断をするべきじゃあない。


ならどうして、剣道用具を持ってきたのかって?

……気分です。

186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/10(月) 21:27:21.82 ID:0dQ2usjR0

音も無く彼女は入ってきた。


ほむら「……」


まどか「あ……」

さやか「うし」

まどか「あ」


長髪をひらりと翻す優雅な様を見て、私の足は勝手に動き出した。

ほむらが自分の席に座ろうとする前に、私もそこへたどり着いた。



ほむら「何」

さやか「いやいや、そんな転校生に圧力かけてるとか、そういうんじゃないから!楽にして訊いてて!」

ほむら「……」


どの道、自分の席の前だ。彼女は自分の席に座りたい。

私は話が長くなるからと座るように促す。


なんとなく、私の話を聞かなくてはいけないモードの出来上がりだ。

187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/10(月) 21:34:05.46 ID:0dQ2usjR0

ほむら「……聞きたいことって、何」

さやか「んー、ちょっと、ほむらについてなんだけど」

ほむら「部活には入ってないし、シャンプーは普通の石…」

さやか「ああ、そういう自己紹介でするような事でもなくてさっ」


“せっ”というものに多少追求したい気配が感じられたが、後回しだ。



さやか「あのさ」


出したかった言葉。聞きたかった答え。鼓動が早まる。


さやか「ほむらって、お姉ちゃんいる?」

ほむら「はっ?」


珍しい顔で見返された。

素で驚くほむらの表情だった。一瞬、“脈ありか?”とも思ってしまった。


さやか「い、いるの?」

ほむら「いえ……そんなこと聞かれたのは初めてだったから」

さやか「……えっと、ススコ、っていう人、親戚とかでもいない?」

ほむら「ススコ…?いないけれど……」

さやか「そか」


そっか。いないんだ。


さやか「いやぁ、もしかしたらなーくらい思ってたんだけど、勘違いかぁ、ごめんね!」

ほむら「そう……」


いないのか。

188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/10(月) 21:41:23.30 ID:0dQ2usjR0

他にも、キュゥべえについて聞きたいことはあった。

魔法少女についても、もちろん、ほむら自身のことについてだって、興味は沢山ある。


けど、全ての興味が、根こそぎに流されてしまったんだろう。

私の心に深く根ざしていた、思い出の残り粕と一緒に。



さやか「……」


その日の授業では、ぼんやりと空を眺めていた。

煤子さんのことを考えようとしたけど、理性がそれをやめた。

私の頭の中にかかる霧は晴れず、私の思考回路を迷わせるのだ。


もう、そこへ行ってはならないよ、と。

大人になってしまった子供が、妖精の森に入れなくなってしまうかのように


さやか(……恭介んとこ、いくかな)


ちょっとぶりに、あいつの顔を見に行こう。

買ったCDも聞かせてやらなくちゃ。

192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/11(火) 20:44:31.58 ID:UI5kruNM0

今日はマミさんの魔女退治見学。

その前に恭介に会うことにした。

少し遅れると、マミさんには伝えてある。



まどか「上条君喜ぶね」

さやか「うん、だといいんだけどね」


音楽の感性なんて私には備わっていない。

そりゃあちょっとは聞いて耳も慣れたが、恭介に敵う程であるわけもない。

私なんかが選ぶ曲で満足してもらえるかどうか、ちょっと不安だ。


さやか「まあせっかく私が行ってやるんだし!お世辞でも喜んでもらうけどねっ!」

まどか「あはは」

193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/11(火) 20:59:43.48 ID:UI5kruNM0

さやか「よっす」

恭介「さやか」


部屋に入ると、来るまでに呆けていたであろう恭介の表情が、少しだけ明るくなった。

荷物をやたら沢山並んでいる椅子のひとつにどかっと乗せ、私は恭介のベッドの端に座る。


恭介「来てくれたんだ、ありがとう」

さやか「そろそろ私が恋しくなる頃かなーって思ってね!」

恭介「あはは、まあね」

さやか「む、そういう大らかな受け止め方されると私が恥ずいだけじゃんか」


それでも朗らかに笑う恭介には内心で安堵し、カバンから例のブツを取り出す。


恭介「これは…」

さやか「そろそろ新曲聴きたいかなって、ね?」

恭介「ありがとうさやか、丁度聞きたいと思ってたんだ」

さやか「嘘ばっかし!」

恭介「ほんとだよ?」


ああ、なんだかんだ。

恭介と一緒にいるのは楽しい。

196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/12(水) 22:54:58.87 ID:x+0EgCna0

CDウォークマンのイヤホンを分かち合い、互いに音楽を楽しむ。

視聴したときよりも音質が悪いのは、愛嬌だ。


恭介「……」

さやか「……」


横目に見ると、恭介の目は潤んでいた。

無力感に苛まれている彼の、静かな悲しみが見て取れる。



さやか(恭介の手も、願えば治せるんだろうな)


けど、私がそれを治してどうなるというんだろうか。

恭介が喜ぶ?喜ぶだろう。


でもそれでいいはずがない。

恭介の人生を無闇に操るなんて、そんなことはしたくない。


何よりも、私の願い事は、言っちゃあ悪いんだろうけど、恭介のためだけに使うようなものではない。

使う時が来るとするならば、それは……。

197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/12(水) 23:03:54.94 ID:x+0EgCna0

さやか「おまたせっ」

まどか「ん」


前にきつく恭介に言い聞かせてやった言葉がある。

入院して、症状を聞いたばかりの恭介は荒れていたけど、私の言葉で沈静化したと言ってもいい。


けれど最近はどうにも、内に溜めたやるせなさや悲しさが、溢れているようでもある。


さやか「CDじゃ励ましにはなんないよね……」

まどか「? 上条君、まだショックなのかな」

さやか「ショックは和らいだかも、けど受け止めたからこそ、辛いみたいなんだ」

まどか「……そうだよね、冷静になればなるほど、そうだよね……」


音楽に対する考え方を変えようとしても、やはり左手が動かないというのは痛手なのだ。

けど片手では演奏者にはなれない。それが彼の取り組んでいた音楽だったから。

201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/14(金) 20:18:46.90 ID:UktcteMh0

マミ「ティロ・フィナーレ!!」


大砲が魔女を貫く。黒い煙を血の様に噴き出して、魔女は散り散りに消滅した。



まどか「す、すごい」

さやか「どっしぇー……ほんと魔法少女って、見てて飽きないなぁー…」

マミ「もう、見世物じゃないのよ?」


結界は解けて、マミさんは街灯の上から降りてくる。

なるほど、単純な体の丈夫さも飛躍的に上がっているらしい。


さやか「あれ?グリーフシード、落とさなかったんですかね」

まどか「そういえば……」


薄明かりの中、地面にそれらしき物の姿はない。

黒く小さな宝石を捜していると、唐突に白い獣が現れた。


QB「今のは、」

さやか「うわっ、びっくりしたっ」

QB「……今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね、グリーフシードは持ってないよ」

まどか「魔女じゃなかったんだ」


かくいう私も魔女だと思っていた。

魔女か使い魔か。どっちも同じようなもんじゃないのか。その違いは魔法少女にしかわからないのだろう。


さやか「何か、ここんとこずっとハズレだよね」

マミ「使い魔だって放っておけないのよ。成長すれば、分裂元と同じ魔女になるから」

さやか「そうですね」


心の片隅で、人を食べさせれば……と考えてしまったけれど、すぐにやめた。


マミ「さぁ、行きましょう」

203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/14(金) 20:52:48.56 ID:UktcteMh0

マミ「二人とも何か願いごとは見つかった?」


帰り道の質問に、ついぐっと、胸を圧された気がした。

単純な、来るであろう質問なのに。


さやか「んー…まどかは?」

まどか「う~ん…」


我が親友もまだ、願い事を決めかねているらしい。当然だろう。

なかなか決められるものではない。


マミ「まあ、そういうものよね、いざ考えろって言われたら」

まどか「マミさんはどんな願いごとをしたんですか?」

マミ「……」


それは不気味な、きまずい沈黙だった。

空気を重さを悟った私とまどかは、唐突におろおろし始める。

けど何故だろうこの不条理。歩道を歩いてたら癇癪玉を踏んだ気分ってきっとこれだ。


まどか「いや、あの、どうしても聞きたいってわけじゃなくてっ」

マミ「私の場合は……考えている余裕さえなかったってだけ」


遠い目が見る先を幻視する。


マミ「後悔しているわけじゃないのよ?今の生き方も、あそこで死んじゃうよりは、よほど良かったと思ってるし……」


彼女の願い事。私達が決めかね、彼女が叶えようとする違い。

背中を押す“何か”の違いがあったのだろう。


マミ「でもね、ちゃんと選択の余地のある子には、きちんと考えた上で決めてほしいの」

マミ「私にできなかったことだからこそ、ね」

206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 19:30:20.60 ID:K99MCXdu0

さやか「ねえ、マミさん」

マミ「え?」


魔法少女の先輩に聞かなくてはならないことがあった。


さやか「魔法少女に一番必要なものって、何だと思いますか?」

マミ「一番必要なもの、かあ」


曇り空を見上げて、うーんと可愛らしく考える。

その様は大人っぽいようで、子供っぽいようで、私の中では“おう、いいな”って思った。


マミ「夢を壊すような答えになっちゃうのかな……根気?」

まどか「こ、根気……」


魔法少女というよりも、熱血スポーツのようなテーマだ。


マミ「うーん、やっぱり、長い戦いになるわ……一生を通して、魔女とは戦っていくんだもの…」

まどか「そうですよね……大変そう」

マミ「けど悪いことばかりでもないの、良い事だってあるわ」

さやか「良い事?」

マミ「うん」


可愛らしい笑顔をこちらに向ける。


マミ「人を助けるって、やっぱりやりがいがあるもの……人を助けたい、助ける、その意志が大切だとも、言えるわね」

さやか「ほへあ」

マミ「気の抜けた返事ねえ」

まどか「あはは……」


人を助ける。

うん、私には合ってそうだ。

207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 22:34:10.45 ID:K99MCXdu0


さやか「……」


自室で竹刀を見やる。

ささくれ一つない、新品のままの二本目の竹刀だ。


さやか「これで何ができる?」


つい蛍光灯に掲げ、影を仰ぐ。

丸くぼんやりとした、およそ凶器には見えないシルエット。

振ってみればその実、突かない限りは人を傷つけることもない無害な武器だ。


これを振り続けて、そこからどうしようか。

私はそれを考え続けていた。


さやか「家に強盗が押し入ってて、両親が襲われてる、なんて」


数年前に気付いていた事も口から漏れる。

そう。守ろうとするものは限られている。守れるのはいつだって、自分が運よく居合わせた時だけ。

一ヶ月前の痴漢も、二ヶ月前の痴漢も、三ヶ月前のひったくりも。悪事を止めて人を守れるのは、私がそこにいたときだけなのだ。


守りたいものがある。

それは両親であったり、親友であったり、友達であったり、私が知り合った全ての人だ。

私は、私が出会った全てのものを愛おしく思う。だってそれら全てが、今の私を形作り、成長させているんだもの。


でもそれら全てを守ることなんてできやしない。

だってそうしたいと願う私は、ここに一人きりしかいないんだもの。


さやか「魔法の剣を握れば、変わるっていうの?」


答えは見出せない。

魔法少女?なんだそれは?と思う自分がいる。

しかし確固たる力を掴む機会がそこに、確かにある。


竹刀の影は揺れっぱなしだ。

208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 22:44:40.71 ID:K99MCXdu0

ほむら「貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」

マミ「あら……誰かがいると思ったら、暁美さんだったのね」

ほむら「……」

マミ「相変わらず……いえ、やめておきましょうか?」

ほむら「……」


マミ「彼女たちは一般人、だけどキュゥべえに選ばれたの、もう無関係じゃないわ」

ほむら「貴女は二人を魔法少女に誘導している」

マミ「それが面白くないわけ?」

ほむら「ええ、迷惑よ……特に鹿目まどか」

マミ「ふぅん……美樹さんは?」


ほむら「……何?」

マミ「美樹さんは迷惑じゃないって?」

ほむら「……“特に”鹿目まどか、と言ったの。深い意味は無いわ」

マミ「……そ、酷い人ね」

ほむら「?」


マミ「でも、あなたも気づいてたのね。あの子の素質に」

ほむら「彼女だけは、契約させるわけにはいかない」

マミ「自分より強い相手は邪魔者ってわけ?弱い人なら契約してもいいの?……臆病で卑怯ないじめられっ子の発想ね」

ほむら「…貴女とは戦いたくないのだけれど」

マミ「なら二度と私の目の前に現れないようにして」


ほむら(……何、この感じ)

マミ「話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから」

209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 22:54:06.34 ID:K99MCXdu0

竹刀を振る手が止まる。


さやか「……本当なの」


恭介の病室で、それは告げられた。

他でもない恭介自身からだ。


恭介「ああ、ほんのさっき、言われたよ」


ベッドの上で窓の外を眺めながら言う彼の声には、生気が込められていない。

声帯に空気を通しただけ。そんな声だ。


さやか「どうしても?」

恭介「ここの医者が言うんだ、間違いはないさ」


竹刀を再び振る。振りながら考える。


恭介「もう、治る見込みは無いって、現代の医学じゃあ、到底不可能だって」


強く振る。兜を叩き割るくらいに強く。


恭介「……諦めろって」


涙ぐむ彼の声で、私の竹刀を握る手が止まった。


恭介「……悔しいよ、さやか……全てが恨めしいんだ、何もかもが、この世の全てが敵のように思えてしまうんだ」

さやか「恭介……」

恭介「僕はなんて弱いんだろうね、さやか……僕は、こんな僕は」

さやか「恭介は弱くなんてない」


竹刀を振る。白い壁を睨む。


さやか「……やりきれないのは仕方が無いんだ」

恭介「……」


しばらくの間、沈黙が続いた。

210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 23:03:58.77 ID:K99MCXdu0

さやか「……これからどうするの?いや」

さやか「恭介は、どうしたいの?」


酷な質問だったと思う。


恭介「何もしたくない」


けど、打ちのめされきった彼は答えてくれた。


さやか「この世に一つの希望も無いっての?」

恭介「なくなった」

さやか「本当に?」

恭介「ああ」


仕方が無いとはいえ重症だ。


さやか「私の命と左手、どっちが大事?」

恭介「……」


竹刀を振る間にも、ベッドの上の振り向く音は聞こえてきた。


さやか「正直に答えてよ」

恭介「……選べない」

さやか「左手でしょ」

恭介「……さやかには嘘がつけないな。軽蔑してくれよ」

さやか「するわけないじゃん」


まだ、竹刀を振り続ける。


恭介「正直、僕は、恐ろしいんだ……きっと、家族でさえ、僕は……この腕のためなら、もしかしたら……」

さやか「それでいいんだよ、恭介、それだけ大切なものだったんだ」


素振りをやめ、竹刀を椅子の上へ乱暴に放る。


恭介「……酷い人間だ、僕は……ごめん、さやか……」

さやか「親友でしょ、構わないって……それに」


額の汗を拭い、恭介の顔を見る。抜け殻のような、血の気の無い蒼白な顔。


さやか「私の夢と恭介だったら、私だって夢を選ぶしね」

211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 23:16:55.31 ID:K99MCXdu0

さやか「よう、お待たせ」

まどか「おか……って、なんか汗かいてなあい?」


私の額を見て気付いたようだ。これはうっかり。


さやか「あはは、ちょっと素振りしてた」

まどか「もう、静かにしないと、上条君だけじゃない他の人にも迷惑じゃない?」

さやか「あっはっは、大丈夫、あそこ無駄に広いからねー」

まどか「そういう問題じゃ……」


恭介のことは、まだ伏せておくことにした。

腕が治らない。それを言うべきかどうかは、本人の口から確認をとってからの方が良いだろう。

今日だって、話すまでに間があったのだ。躊躇するに違いない。


恭介は、自分の惨めな姿を、あまり見られたくない奴だから。



さやか「……!」


病院の外壁に、それどころじゃないものが見えた。


まどか「あそこ……」

さやか「グリーフシード!」

QB「本当だ!孵化しかかってる!」

まどか「嘘…何でこんなところに」


白い壁に打ち込まれたように存在するそれは、禍々しい輝きを放ちながら壁を侵食している。

ちょっとずつ。けどナメクジの行進なんかよりは比較にならないほど速く。


QB「マズいよ、早く逃げないと!もうすぐ結界が出来上がる!」

さやか「まどか、マミさんの携帯、聞いてる?」

まどか「え?ううん」


しまった。学校で会えるからって失念してた。迂闊だ。私はバカかっての。


さやか「まどか、先行ってマミさんを呼んで来てくれる?」

まどか「うん!けど、さやかちゃんは……?」

さやか「あたしはこいつを見張ってる」

まどか「そんな!」

212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/16(日) 23:23:03.35 ID:K99MCXdu0

QB「無茶だよ!中の魔女が出てくるまでにはまだ時間があるけど……」

さやか「何?」

QB「結界が閉じたら、君は外に出られなくなる……マミの助けが間に合うかどうか」

さやか「結界が出来上がったら、グリーフシードの居所も分からなくなっちゃうんでしょ?」


グリーフシードは魔女の本体だ。

本体が動く前にグリーフシードを捕捉しておかないと。病院が巻き込まれてからでは、犠牲者が出るかもしれない。


さやか「放っておけないよ」

QB「まどか、先に行ってくれ……さやかには僕が付いてる」

まどか「うん」

さやか「ダッシュ!」

まどか「う、うん!すぐに連れてくるから!」


彼女はよろけながらも、彼女なりの駆け足で病院から離れていった。


QB「マミならここまで来れば、テレパシーで僕の位置が分かるだろう」

さやか「うん」

QB「ここでさやかと一緒にグリーフシードを見張っていれば、最短距離で結界を抜けられるよう、マミを誘導できるから」

さやか「ありがとう、キュウべえ」


213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/17(月) 08:52:23.48 ID:x6OtTufH0

お菓子だらけの空間。

糖分たっぷりの物で溢れ返っているというのに、甘い匂いは一切ない。きっと、ここにあるお菓子は食べられないのだろう。


時々小さな使い魔らしき生き物が、結界の中を歩いている。

その気配を察して物陰に隠れる。


あんな小さな生き物相手に無力だけど、魔法少女でないのだから仕方がない。

何をしてくるかわからないのだから。


QB「怖いかい?さやか」

さやか「え?」

QB「この結界がさ」

さやか「うーん」

QB「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげることも出来るんだけど……」

さやか「……」


足を止める。そして、思わず微笑む。


グリーフシードの見張り。それはただの方便でしかなかった。

本当は一人になりたかった。

まどかにマミさんを呼ばせ、誰にも邪魔されないように。

何より、私のせいでまどかの決断を焦らせないように。

私はこの時を待っていたんだ。


QB「さやか?」

さやか「キュゥべえ……良いよ」

QB「!」

さやか「契約しよう」


「待ちなさい!」

214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/17(月) 10:15:49.94 ID:x6OtTufH0

さやか「ありゃ」


つい、にやけた顔のまま振り向いた。


さやか「ほむら」

ほむら「……さやか……」


少し息を切らせたような、魔法少女のほむらが追いついていた。

私とは少し距離を保ち、私を見ている。



ほむら「……鹿目まどかと、巴マミは?」

さやか「まどかなら、マミさんを呼びにいったよ、まだもうちょっとかかるんじゃない?」

ほむら「……そう」

さやか「ほむらは何しにきたの?というか、どうしてまだ現れてもいない魔女を……」


うっすら浮かんだ汗を指ではじき、再び凛とした、今度は疲れのない余裕の冷静さで、私を見据えた。


ほむら「契約するのはやめなさい、さやか」

さやか「どうして」

ほむら「……魔法少女になってはいけない」


また、この複雑な表情だ。

私にはほむらの意図が読めない。

215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/18(火) 00:36:58.87 ID:BhuY7Cu/0

さやか「私、人の目を見れば何考えてんのか、だいたいわかるの」

ほむら「何……」

さやか「テレパシーでもなんでもないけどさ、それまでの人の性格とか、流れでわかっちゃうんだ」

ほむら「……」


さやか「けどほむらの目を見ても、何もわからない」

ほむら「……さやか」

さやか「目的は隠すし、行動を見ても、なんも読めない」


さやか「正直に、隠していることを話すなら今だよ、ほむら」

ほむら「……?」


ほむらを睨む。空気が一変して、急速に張り詰めてゆく。



さやか「私に契約させるなって、ほむらは言ったよね」

ほむら「……言ったわ」

さやか「ならここで隠している事、すぐに打ち明けてよ」

ほむら「なっ……」


驚きの表情。なんだ、案外抜けてる所があるんだ。

彼女は何かを隠している。言いにくい事を隠している。


さやか「でないと私、この場でキュゥべえと契約して、魔女を倒しにいくから」

216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/18(火) 22:06:16.97 ID:BhuY7Cu/0

ほむら「さやか!それは……!」

さやか「何よ、私が契約するかどうかは私の勝手、本気で止めたいのなら理由を言ってよ」


キュゥべえを正面へ突き出すと、近寄ろうとしたほむらの脚が止まった。


QB「?」

ほむら「……くっ」


キュゥべえと私を見比べて動くことができない。

おどおどと頼りない姿に、私はまた苛立ってしまう。


ああそうか、この苛立ちは。

うろたえる情けないほむらの姿が、似ても似つかない煤子さんとそっくりだからなんだ。


さやか「……そんな顔で、そんな顔するな」

QB「さやか?」

ほむら「何故……」

さやか「何故?何がよ、はっきりしてよ、私はね、」

ほむら「どうして!?さやからしくない!」

さやか「はぁ?」

ほむら「どうして貴女は、私が知ってる美樹さやかじゃないの!」

さやか「……!」


互いの違和感がちょっとだけ触れ合い、私の頭に静電気が走った。

217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/18(火) 22:27:30.63 ID:BhuY7Cu/0

ほむら「何が貴女をそうさせたの!?」


不満?戸惑い?葛藤?

顕にされているにも関わらず、全く読むことのできないほむらの感情を前に、私の思考は停止した。


ほむら「確かに貴女は冷静よ!それは解る、けど全てを受け止められるというの!?そんなのありえない!」


畳み掛けられる言葉。自問混じりの叫びがお菓子の空間に響く。


ほむら「誰も人を理解しようとはしない、誰も、上辺の興味は抱いても、それを認めるわけじゃない!」

ほむら「もう誰にも頼らないと決めたのに、それなのに、……!」

さやか「っ」


叫びに涙も加わった。

狂気だ。私はそう感じた。


少しして涙を拭い、感情を押し殺した目に戻る。



ほむら「……もういい、全てあなたの好きにしなさい、さやか」

さやか「……」

ほむら「ただし、ここの魔女は私が始末する……あなたの出る幕ではない」


ほむらは私の真横を抜け、結界の奥へと駆けていった。

去り際には流し目も無かった。

ただ冷たい目で、動かぬ表情で、私を抜き去っていったのだ。

226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/20(木) 19:58:03.45 ID:ujIxtWI70

さやか「なんか諦められた」


彼女は私の何かを見限った。何かって?きっと私自身をだ。

失礼な話だ。言いくるめられてもいないのに、勝手にしろだと。


さやか「怒った、もう本当に怒ったかんね、私」


ただでさえほむらと話していると頭の中に霧がかかるっていうのに。

最後にバカでかい濃霧を吐いて去ってしまうなんて。

そんなの許せる?私なら許せないね!

意味深なYes/Noの質問を30回分岐させられて結果が出ないようなものだ!


上から他人を見下して!何も始まってないのに見捨てられた!

まして、煤子さんとそっくりな、あの顔で!


さやか「キュゥべえ!聞いて!」

QB「言ってごらん」


白いふわふわを両手で持ち上げる。


さやか「冷静になれ、慎重になれ、そうは言われ続けてきたけど……私はどーしても、がんがん突き進むこの癖が直らない!」

QB「何の話だい?」

さやか「抑えつけられても、どうしても曲げられない背骨が一本あるせいで苦労したことも、ちょっとある!」

QB「……」

さやか「けどやっぱ契約する」

QB「ほう」


赤い瞳に、今にも吸い込まれそうだ。

227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/20(木) 20:19:06.53 ID:ujIxtWI70


さやか「私って魔法少女になったら強いかな」

QB「今よりは強くなれるよ」

さやか「不安になる言い方だね、それ。あんま強くならないの?マミさんくらいになる?」

QB「マミは最初こそへっぽこだったけど、修練を積んで強くなっていったんだ」

さやか「契約したばっかりのマミさんと契約したばっかりの私、強さの割合でいえば何対何よ」

QB「魔法少女としての素質かい?様々な要因が関わってくるから正確にはわからないけど正直に言うよ、およそ3対1だ」

さやか「ぐふッ」


い、いかん。今のはさすがにちょっぴり決心が揺らぐ。


QB「けど相性っていうのもある、さやかがどのような願い事で契約するかによって、使える魔法の形も大きく変わってくるはずだ」

さやか「ほほう、詳しく聞きたいところ……だけど、願い事はもう決まってるんですね」

QB「言いのかい?」

さやか「私の本質だもんね」


たとえ私が3人束になってマミさんと同等の力しか持たない魔法少女だとしても、それくらいで私の願いは揺るがない。

恭介の左手ほどもね。


さやか「ちゃんと一言も漏らさず聞いて、私の願いを叶えて、キュゥべえ」

QB「いいだろう、君は何を望んで、その魂を差し出してくれる?」



私の願い。なりたかった私。

まるで夢、御伽噺の勇者。教室で言えば数年来の友達も笑うだろう。


けど私は本気だ。漠然とした指標のひとつが、形として成り立つというのであれば。

魂だろうが尻子玉だろうが、喜んで差し出してやるわ。



何を対価に差し出してでも大きすぎる、私の傲慢な願いこそ――


236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/21(金) 19:48:23.49 ID:2V+SMA5W0


QB「さあ、受け取るといい、それが君の運命だ」



私の内から大切なものが輝きを放っている。

それは私の願い。私自身。私の魂。


変身の方法は全て頭の中へ入ってくる。

感覚として直接入り込んできた知識に一瞬びっくりしたが、それらの有用性を認めた私はすんなりと受け入れることができた。



私は魔法少女となった。

そして、今の私は人間の私よりも、より多くの事ができるはずだ。


青い宝石がそれを教えてくれた。


形として見えることができたるの信念。これからはもう、見間違える事も、疑うこともないだろう。


ソウルジェム。

これを見やれば、私は私であることを忘れることなどないだろう。



さやか「私の手にあるこれが運命なわけじゃない、運命はこれから作ってくものだよ」


パシ、と右手で受け取る。

ふわりと浮くような衝撃を受けた体を両脚で支え、持ちこたえる。



さやか「――よし」

QB「おめでとう、美樹さやか、これで君も魔法少女……」

さやか「待ってなさいよほむら!」


キュゥべえが何か言っていたが、それどころじゃない。


私には怒るべき相手がいる。倒すべき魔女がいる。まずはそれからだ。

237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/21(金) 21:12:43.44 ID:2V+SMA5W0

変身はいつでもできる。

けど、変身せずとも体が軽やかだ。これもきっと効果のひとつなのだろう。


そういえば、マミさんが制服姿のまま街灯から飛び降りていたっけ。

やっぱりある程度は問題ないのだろう。


けど今は自分の力を試してみたい。


私の願いがどれほど使えるのか。

魔法少女の私がどこまで戦えるのか。


まどかを後から来るように言っておいて正解だった。

彼女が一緒にいたら、きっと私の決断に流されてしまうから。


私は私の意志で魔法少女となったのに、まどかをそれを巻き込むわけにはいかない。



さやか「変ッ、身!」



宣言しなくても変身はするだろうけれど、それでも叫んだ。

記念すべき第一回目の変身なのだ。盛り上がっていこう。

238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/21(金) 21:28:02.48 ID:2V+SMA5W0

青い輝きの球体に包まれる。

全身に、私の意志が鎧となって纏わりつく。


体が軽い!こんな気持ち初めて!



さやか「それに、これッ」



何もない脇から一本の刀身が伸びる。

右手で勢いよく抜き放ち、光の球を一閃。


私は卵の殻を破る様に、繭を裂くように、変身空間から脱出した。



右手に握るは、真・ミキブレード。

ハンドガードがついている。日本刀ではなくサーベルだろう。



さやか「へっへ、こういう武器になってくれたかぁ、私の願いっ」


ついつい顔がにやけてしまう。


だって自分の可能性が広がったんだもの。


魔女を倒してソウルジェムを保つ。

日常的に、息をするように人を守ることができるのだ。


胸が高鳴って、何が悪い!?

242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/23(日) 17:29:40.80 ID:SpWRYVju0


クッキーの滑り台から使い魔が降りてきた。

一ツ目の小動物ナース。四足歩行目玉親父。



さやか「へえ、何事も最初は基本から、ってことね」



一匹。二匹。

十匹。二十匹。

まだまだ現れる。さっきまでは静かな結界だったのに、急速に慌しくなり始めた。


さやか「……!そうか魔女が……」


魔女が生まれそうなんだ。だから使い魔も一気に増え始めた。

ほむらが奥で暴れているかもしれない。それが使い魔たちを刺激した可能性もある。


けど今、私がやらなくてはならないことは一つ。



さやか「私はほむらより先に、魔女を倒すんだから」


最初だからまずは使い魔から、なんて温いことは言わない。

私の願いは“強さ”だ。


使い魔で試し切りをしなければ不安になる程度の力など願ってはいない。



さやか「道を開けろ!」


地面に叩きつける右足。

轟音に揺れる一帯。飛び散る衝撃波。



使い魔「……!」


床を基点に発生した青白い魔力の爆発が、正面の使い魔を消し飛ばす。

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/23(日) 17:59:12.35 ID:SpWRYVju0


魔女「―――」


◆お菓子の魔女・シャルロッテ◆


人形は着席した。

足長椅子に着席した彼女は、悠然とこちらを見下ろしている。


使い魔を倒し荒らされ、既に目の前に居座る侵入者への怒りを顕にしているのだ。



ほむら「間に合った」


侵入者は指であごの汗を弾く。


ほむら「あなたには、何としても消えてもらわなくてはならない理由がある」


弾いた指にはハンドガンが握られていた。

そのままスムーズな動きで、照星を魔女へと向ける。


何も言わない。ただ銃をわずかに揺らし引き金を引いたままにする、それだけ。だが結果は異なる。



ほむら「さっさと本性を見せなさい」



空中で綺麗に配列された弾丸。13発の弾が円形に並ぶその空洞から魔女を睨む。


ほむら「巴マミが来ないうちにね」


そして時は動き出す。

244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/23(日) 18:15:34.18 ID:SpWRYVju0

オートマチックの13発は寸分のズレもなく同時に発射された。

小さな円形に密集するようにして打ち出された弾丸は、斜線上に座っていた魔女を容赦なく貫いた。


魔女「……!」


弾は貫通した。が、衝撃は魔女の体を浮かせた。

O字に切り裂かれた、小さな魔女の体を。



魔女「……!!!」


だがこの魔女はそれだけで終わることはない。突然の敗北などはありえない。彼女には執着がある。

彼女の執念が根負けするまでは、彼女が消滅することなど、万に一つもない。不意打ちでは絶対に“納得しない”。

つまり。



魔女「がぁああああぁあ」

ほむら「出たわね」



全力を出した状態の魔女を倒さなくてはならないのだ。

骸から脱皮するように生まれた、巨大な蛇のような魔女を。



ほむら「けど、あなたがどんなに早かろうとも、どんなに硬かろうとも関係ない」


魔女は体をうねらせながら、悪魔のような大きな口を開いてほむらに襲い掛かる。

そして口は閉じた。


魔女「……!」

ほむら「どうせあなたは負ける」


口を閉じた魔女の頭の上で、アサルトライフルを構えたほむらが躊躇無く引き金を引いた。

245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/23(日) 18:27:37.54 ID:SpWRYVju0

魔女「がぉおおおおおぉおお!」


穴だらけの頭を、怒りに任せて振るう。

蛇の体、しかし先端の顔は、明らかな“不機嫌”な表情を見せている。


ほむら「弾丸ごときでは効果は薄いわね」


暴れのた打ち回る魔女を尻目に、ほむらはゆっくりと床を歩いていた。

しばらくはその場で暴れていた魔女だったが、ほむらが全く違う場所に居ることに気付くと、さらに表情をゆがめた。


ほむらの位置は、魔女がいるところと全くの別。

結界の端と端で、片や見当はずれに暴れ、片や冷静に観察していたのである。


魔女「……!」

ほむら「あら、馬鹿にしていることがわかるのね」

魔女「がぁぁあぁぁああ!」


魔女は胴を伸ばして、空間の端にいるほむらにと一気に襲いかかる。

牙を剥き、体をバネに飛び掛る魔女のエネルギーは計り知れない。



ほむら「愚直ね」


ほむらの狙いはそれだった。

爆弾を口の中へと投げ込み、炸裂させる。

だが爆発が最も効果を出すためには、口だけではいけない。

魔女の全身をくまなく同時に爆破しなくては、一撃必殺の決着とはならない。


とぐろを巻く相手では、上手く爆弾を投げ込めない。

だからあえて遠くまで一旦距離を置いて、相手に攻めさせた。


体を一直線に伸ばす、その瞬間のために。

246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/23(日) 18:36:14.16 ID:SpWRYVju0

巨大な衝撃だった。

爆発ではない。激突だった。


ほむらは左手の盾を使用することができなかったのだ。



ほむら「なぜ……」


右手に爆弾、左手に盾。そのまま動きを止めてしまっていた。



さやか「何故、だって……!?」

魔女「……!」



巨大な牙に対して、華奢すぎる一本のサーベルが競り合っている。

ギリギリと音を立て、どちらも折れることも砕けることもなく均衡して、その場で動きを止めているのだ。



さやか「決まってんでしょほむら、そんなの当然……!」


刃が青くきらめく。


魔女「!」


鋭い牙に亀裂が走る。



さやか「あんたじゃない、私の出る幕だからだ!」


力の均衡を破って振り下ろされた上段よりの輝く一撃は、魔女の顔面を2つに叩き割った。


252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/24(月) 19:24:54.95 ID:q/nZCmpR0

ほむら「さやかッ!」


焦りから出た叫びを聞く前に、私は異常を察知していた。

斬りつけて真っ二つにしたはずの顔面。だがその切れ目から、新たな“顔”が見えていたのだ。


魔女「ぎゃぉおおぉんっ」


脱皮するようにして、新たな魔女の顔が襲い掛かる。

均一に並んだ鋭い牙。


さやか「―――」


サーベルの峰を牙に押し付け、勢いを逸らす。

峰は白い牙の表面だけを削って、魔女の突撃を真後ろにやり過ごした。


魔女「……?」


目を瞑って襲い掛かってきた相手からは、いつのまにか自分が通り過ぎたようにしか思うまい。



さやか「どうした、私はこっちよ」

魔女「……!」


わかったことが3つある。


私の武器は丈夫だということ。

私の体は強力だということ。

そして……。


さやか「格下が相手の打ち合いじゃ、一日中やってても負ける気がしないわ」

魔女「がぁああああぁあ!」

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/24(月) 19:36:37.41 ID:q/nZCmpR0

白いマントで体を包む。

サーベルは、裾から剣先だけが伸びている。


魔女「ぉおおおおおおぉおっ!」


蛇のような魔女。

動きは速いが、単純で直線的。エネルギーに任せた暴力的な攻撃が癖のようだ。

癖というよりも性質だろうか?知能は高くなさそうだし、このパターンを変えることはないだろう。



さやか「さすがにそんな攻撃、不注意でもしなけりゃ当たらないって」


マントを翻し、斜め前方に跳ぶ。

蛇の頭部は床を抉った。


……ここまでわかりやすいと、ただの人間だった私でも、瞬発力に任せて避けられるかもしれない。


さやか「ちょっとちょっと、初陣なんだ、せめて“魔法少女で来て良かった~”って思わせてちょうだいよ?」

魔女「~!!」


あ。馬鹿にしていることはわかるんだ。

254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/24(月) 20:32:49.68 ID:q/nZCmpR0

ほむら(美樹さやかが契約した、それはわかる……けど)


ほむらは、魔法少女になりたてのさやかと、お菓子の魔女との戦いの行く末を見ていた。


単調な質量攻撃を繰り返す魔女の動きを目で追う事は簡単だった。

だが、それを軽々とかわしてゆく魔法少女の姿だけは追いきれなかった。



ほむら(なんて速さなの……!)


地に足を付けたまま、フットワークでもするかのように魔女の攻撃を回避する。

一見簡単かもしれないが、彼女は常に地上で避けている。


魔女の体は蛇であり、多角度からの噛み付きは当然、時として尻尾を振るい、なぎ払うこともある。

だがさやかはそれらを全て、“地上”で回避してしまう。



ほむら(そうか、いくら尻尾をなぎ払おうとも、重心付近の動きは緩慢……さやかは常に、魔女の重心に陣取って回避し続けている!)


その動きに派手さはない。

が、かつて見た“美樹さやか”の動きとは一線を画している。



魔女「ぎゃおんっ!」

ほむら「!」


いつの間にか、魔女の体表には無数の傷が刻まれていた。

我を忘れて怒り、無理にのたうち回り、飛び掛る度に、傷口はどんどん開いてゆく。


標的に執着する魔女といえど、全身に受けた傷に動きを鈍らせていた。


裾の奥で、サーベルの切っ先が光る。



さやか「うん、体の動き、悪くない……これからどんなに脱皮されようとも、叩き潰す自信はあるね」



マントの中からゆらりと、青白いサーベルが突き出される。


魔女「……」


もはや魔女の目には、喰う事への執着など無かった。

自分が“喰う側”ではないと、思い知らされてしまったから。

265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/25(火) 21:19:37.00 ID:btvJDrJW0

サーベルを両手に2本ずつ握り、重さのままにゆらりと構える。

魔女には抵抗する気配が見られない。


既に戦いを諦めているらしい。


子供っぽく執拗に襲うところも、それができないことを悟って拗ねるように戦いを放棄するところも、どこか子供っぽい。

しかし子供っぽいからといって、私の剣を掲げる手が躊躇することはない。


さやか「覚悟」


頭の上で二本の剣をまとめ持つ。

サーベルは光と共に熔けて交じり合い、長く幅の広い、大きな両刃の剣へ変化を遂げる。


魔法の両手剣。

刀身から噴出す淡い光のオーラ。

体感でわかる、二倍の力とは一線を画したパワー。


直立の体に直立の剣。

振り下ろせばその時点でこの戦いは終わると、私の本能は気の早い福音を鳴らしている。


だからこそ、私は自信たっぷりに技名叫ぶのだ。



さやか「“フェルマータ”!!」


大きな弧を描き、両手剣は軌道上の全てを切り裂いた。

268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/25(火) 23:04:04.82 ID:btvJDrJW0

振り下ろした剣の余波が正面へ疾走する。

エネルギーの奔流は辺りの空気を巻き込み、しばらくの間、私の髪をなびかせる追い風となった。


目の前に残るのは、巨大な傷跡。

向こうの壁にまで続く大きな地割れは深く、底は暗かった。


魔女の姿は跡形もない。大きなダメージによって消滅してしまったのだろう。

結界も、私の剣の跡を起点として崩壊を始めたようだ。



両手剣を肩に担ぎ、ふん、と息を鳴らす。

きらきらとダイヤモンドダストのような明滅と共に消えてゆく結界を眺めて、私は自分の心の靄が消え去ったことを認識する。



さやか(きっと、これこそが私の渇望していたものなんだ)


守る力。

それが本当に、絶対的に力であることは皮肉にも思う。


けれど守るためには時として、力が必要なのだ。

勧善懲悪とかそういう問題ではない。

もっとシンプル、大きな負を生み出すエネルギーを退ける為に。



景色はもう、病院の外へと変化している。

お菓子の毒々しい世界から一変しての、淡白な白と灰色の世界だ。



ほむら「……さやか」


私の後ろで、ほむらが小さく呟いた。

269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/25(火) 23:34:08.16 ID:btvJDrJW0

さやか「言われた通り、私の好きにさせてもらったよ」


振り向きもせずに答える。

ゆっくりと一歩ずつ近づいてきていたほむらの足音が止まる。


さやか「別にほむらがどうこう言ったから、ってわけじゃない」

さやか「私自身が望んで契約したの」


両手剣が消滅し、おぼろげな魔力の光の粒となって私の身体へと還る。


ほむら「……そうね」

さやか「そうよ」


向き直り、ほむらの顔を見る。


彼女はやっぱり、諦めたような顔をしている。

私は正反対に、彼女に対して怒りを抱くでもなく、微笑みかける。


さやか「これでもまだ、私に隠し事しちゃう?」

ほむら「……なおさら言いにくくなったわ」

さやか「へえ」


そういうものなのか。


ほむら「……覚えておいてほしい事がある」

さやか「?」


二人が駆ける慌ただしい足音が、かすかに聞こえてきた。


ほむら「……私は決して敵ではないわ、さやか」


マミさんの姿が視界の向こうで角を曲がった瞬間、ほむらの姿はその場から消えていた。

私の姿を見て驚いたまどかとマミさんが止まり、再び、今度は更に急いだ調子でこちらへ走って来る。


いなくなったほむらの姿を茜空に見て、私はこぼす。


さやか「敵じゃないなんて、最初からわかってるてーの」

274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/26(水) 22:23:14.42 ID:ETtxPvYo0

駆け寄ってきた二人は、私の姿を見るや否や、怒った。

表情だけのものだ。しかしそれですらもすぐに引っ込めて、哀しげな顔になる。


マミ「……もっと早く来ていれば」

まどか「ご、ごめんなさい……さやかちゃん……」


二人はほむらが来ていたことを知らない。

間に合わず、私が契約して魔女を倒したと勘違いしているらしかった。


私にとっては都合の良い解釈だが、本心は打ち明けておく。


さやか「どうせ契約するつもりだったんだよ…どうしても叶えたい願いがあったんだ」

まどか「願いって……」

マミ「……」

まどか「あ、ごめんね」


人の願い事を簡単に聞くもんじゃない、というマミさんの視線はまどかに刺さった。

私は喋っても構わないのだが、まあ、まどかのためならそれもいいかなと思う。


私は全て納得した上で契約した。ほむらの事もあるけれど、そんな衝動的に契約に漕ぎつけたわけではない。

私自身の考えがあってのことだ。

275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/26(水) 22:38:08.06 ID:ETtxPvYo0

とはいえ、釘を刺されたり、注意事項を伝えられたり、まどかにやきもきされたり、色々なことをされた夕方だった。


QB「グリーフシードの使い方の確認をしようか?」

さやか「覚えてるからいいよ」


キュゥべえも追い払って、私は一人、自室のベッドで仰向けになる。


さやか「……」


ソウルジェムを噛み、天井を見上げる。


何を考えるでもなかった。

わたしはすとん、と、当然のように眠りに落ちた。


ベッドに入るまでに何かを考えていたわけでもなければ、ソウルジェムを口に入れてどうこうしていたわけでもない。

ただ考える事もなかったので寝た。それだけだった。


それが当然であるかのように。

279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/27(木) 21:19:43.12 ID:xNllZymd0

† 8月10日


“なんでこんな面倒な動きを”と内心馬鹿にしていた私だったけれど、実際に動きがスムーズに運ぶようになって、改めて煤子さんの凄さを知った。



煤子「飲み込みが早いわね、その調子よ」

さやか「はい!」


元々運動センスの良かった私は、煤子さんも驚くほどの速さで動きを習得していったらしい。

この時にやっていた練習といえば、歩きながら続けざまに面打ち、胴打ちをしてくる煤子さんに対して、右半身を向けながら攻撃を受け止めつつ後退するというものだった。

この練習が何を成すのかはわからない。

煤子さんに訊ねれば「役に立たないものはないわ」と言って、「何に役立つのかを考えてみなさい」と、逆に私に考えさせるのだ。


だから私はこの動きの練習中に、これが何に役立つのかを考えていた。

この横向き後退だけではない。素早い後ろ歩きやしゃがみ歩き、竹刀さえも使った咄嗟の動きなど、沢山の動きを教えてもらった。


それら全てを、私の日常の役立ちに結びつけることは難しかった。

けれど、運動は好きだったし、動きの合理性は理解できた。

だから続けられたのだ。


何より……。


煤子「そう、良いわよ、無駄がなくなってきたわ」

さやか「へへっ…」


煤子さんに褒められるのが、うれしかった。


280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/27(木) 21:39:34.73 ID:xNllZymd0

煤子「これ、好きなのね?」

さやか「んっ……んくっ……」

煤子「ふふっ……どう?」

さやか「……美味しい!」

煤子「こら、口元、こぼしてるわよ」


運動の後のスポーツドリンクは美味しい。

煤子さんと二人きり、誰も居ない閑散とした道。


去年までは友達と遊んでいたこの夏休みも、すっかり煤子さんとの時間に取って変わっていた。

そして、夏休みといえば……。


煤子「さて、運動で汗をかいたところで……宿題を見せてくれるかしらね」

さやか「う」


煤子さんは運動だけでなく、勉強も教えてくれた。

運動は楽しい。けれど、勉強だけはどうも苦手だった。

282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/27(木) 21:58:55.17 ID:xNllZymd0

煤子「目算で40点、相変わらずね、さやか」

さやか「ひいい……」


算数のドリルに目を通した煤子さんの、5秒後の感想がそれだった。

このときは瞬時に採点できる煤子さんを「やっぱりお姉さんは違うなあ」くらいにしか思っていなかったが、今にして思えば怪物的な計算速度だと思う。


煤子「……私もつきっきりで勉強を教えるなんて事はできないし、いつか一人で勉強ができるようになってもらわないとね」

さやか「一人でって……私にできるかなぁ」

煤子「できるように、なるの」


採点だけでドリルは閉じられてしまった。


煤子「……そうね、私が勉強が得意になるまでの話でもしてあげましょうか」

さやか「?」

煤子「私も昔、勉強は苦手だったのよ」

さやか「え?うそお」

煤子「本当よ、今のさやかくらい頭が悪かったかも」

さやか「煤子さんも馬鹿だったんですね!」


さすがにげんこつは飛んできた。



† それは8月10日の出来事だった。

287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/28(金) 21:41:38.48 ID:bbEUxixu0

マミ「……」


QB「マミ、元気が無いね?大丈夫?」

マミ「……元気が無いわけじゃあ、ないんだけどね」


QB「さやかのことかい?」

マミ「……ええ、そう、なのかしら」

QB「契約は彼女の意思次第だからね、本人に素質がある以上は、僕は断れないよ」

マミ「……そういうものなのね、あまりそのことには、気にしてないんだけどね」

QB「そうなの」

マミ「うん」


マミ「……不安、なのかな、これ」

QB「珍しく、僕にもわからない悩みを抱えているみたいだね」

288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/28(金) 23:09:09.53 ID:bbEUxixu0

マミ「美樹さんは、力を願ったと言っていた……」

QB「そうだね、さやか自身が言ったことだ」


マミ「……全てを守れるほどの力、それって、他人のためよね」

QB「使おうと思えば自分のためだけど、そうだろうね」

マミ「……不安だわ」



“甘っちょろいんだよ、あんたは”

“あんた、いつか絶対に「折れ」ちまう”


“「ここ」はくれてやる だが「こっち」には来るなよ”



マミ「……美樹さん、信念が折れなければいいのだけれど」

QB「それは彼女の心次第だね……」

289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/28(金) 23:22:06.92 ID:bbEUxixu0

目覚めが快適すぎる。


さやか「……」


ぱっちり覚醒。眠気も何もない、完璧な覚醒だった。

それはとても、前日なかなか寝付けなかった私からは想像もできないほどの快調具合で。


起き抜けの頭で“魔法少女”を再認識するには、十分すぎる異変だった。


さやか「うわー、こんな所でも強くなってんのかな、私」


ベッドから起き上がって、跳ねた髪を指で解かす。

強くなるってことは、朝にも強くってことなのかな。

それとも魔法少女だからなのかな。


マミさんはどうなんだろう、詳しく聞いてみたいものだ。


さやか「魔法少女なら誰にでもできることなのか、私にしかできないことなのか……わからないしね」



契約したとき、私の頭の中にソウルジェムというものの扱い方全てがインプットされた。

それは漠然と、自分の手足を動かすような感覚で扱う術であって、当然の事のように操ることができる。


それゆえに、他の魔法少女とどう違うのかがわからなかった。


さやか「私には、マミさんが使ってたような銃は出せないし……リボンも出せないからなぁー」


装備でいえばサーベル、そしてマントだけだ。

ファッションではちょいと味気ないような気もするけど、ほかにも色々な事できるみたいだし、よしとしておこう。

293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/09/30(日) 00:12:38.36 ID:k7H9mQW00

さやか「んでユウカが泣きそうな顔して“もうやめてよー”ってさぁー」

まどか「あはは、相変わらずだね」

仁美「ユウカさんって面白い方ですよねー」


一見変わらない日常だった。

いつものように登校し、いつものように校門前まで駄弁る。


けれどここで、私だけは違う存在だ。


今この場に3頭の熊がそれぞれ私たちに襲いかかってきても、私だけは確実に生き残るだろう。

突然の洪水がこの坂の上から流れてきても、私だけが助かるだろう。


けど私の願いは、私だけが助かるためのものじゃあない。

たとえこの瞬間に何かが飛んでこようとも、私は二人ともを守ってみせるよ!



まどか「てぃひひひ」

仁美「うふふふっ」


まぁ、なんもこないんですけどね!

295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/01(月) 21:57:45.14 ID:paqY8j4T0


ほむら「……」


まどか「あ……」

仁美「あら」


前言撤回。なんか来てました。

多分、場合によっちゃ落石や濁流や熊よりも怖いものが、坂の上で待ち構えていた。


眉をの端を少し吊り上げて。

仁王立ちで。



ほむら『さやか、話があるわ』


その立ち振る舞いを見ただけでわかっておりますとも、はい。


さやか『……何の話よ。仁美が対処に困って慌ててるから、私たちがすれ違う前に終わらせてくれない?』

ほむら『難しいわね』


長い話ってことですか。

なんて言ってる間にも、私たちはほむらのすぐ近くまで歩いて来てしまった。


もはや無視して踵を返すことは敵わない距離だ。



仁美「えっと……」

ほむら「一緒に行きましょう」

まどか「えっ」


なるほど、そう来ますか。

まぁ、クラスメイトだしね。


さやか「おう、これからは毎日、一緒に通学だね!」

ほむら「!」


大胆に出たほむらだったけど、私のこの返し方は予想してなかったみたい。

296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/01(月) 22:18:26.10 ID:paqY8j4T0

仁美は無愛想な転校生の積極的な一面に気を良くし、何度もほむらに話しかけていた。

そのたびにすんでのところで話を華麗に逸らすほむらを横目に、まどかは淡々と、いつもより少し早めに歩いている。


ギクシャクはしていない。

けれど、まどかはまだ、ほむらに対して懐疑的な様子を見せている。

私もそうなんだけどね。


それでもほむらからは、悪っぽいオーラを感じないというか……。

同年代に使う言葉じゃないけど、保護欲を掻きたてるというか。


時々見せる隙に、私も油断しちゃったり、なんかして。



さやか(まぁでも、これからほむらが話す内容を聞いて、全てが変わっちゃうのかもしれないけどさ)


ほむらは病院での別れの際に、「敵ではない」と宣言した。

けれどますます言えないことが出てきてしまったとも。


私の頭でも、なかなかその答えは出ない。

今日、ほむらが打ち明けてくれるといいんだけど……。


あまり期待はしないでおきますか。

305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/02(火) 23:22:15.30 ID:k/tWTwTW0

ほむら『素直にそのまま言うわ、私に協力してほしい』


一時間目の授業の準備をしている忙しさに紛れ込ますように、ほむらのテレパシーは落ち着いたトーンで届いた。

ペンを親指の根元で4回転。


さやか『何を?聞くだけは聞くけど、見返りは必要よ?』

ほむら『…これから数週間の間だけでもいい、魔女退治で協力関係を築いて欲しいの』

さやか『そういう協力ね』


思い構えていたより、随分と普通な要求だった。


ほむら『手に入ったグリーフシードの分け前は、三分の二はあなたにあげる』

さやか『多いね』

ほむら『それが見返りよ』


私の魔法少女としての強さを見込んでの頼みだろうか?

ほかに何か、裏でもあるのだろうか?


契約にこぎつけるまでに何度も釘は刺されていたから、魔法少女初心者を狙って、という詐欺紛いなことはないだろうけど。

306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/02(火) 23:37:10.46 ID:k/tWTwTW0

さやか『……わかった、いいよ』

ほむら『成立ね』

さやか『まぁ、ほむらと話せる機会って欲しかったからね』

ほむら『……?』

さやか『まどかも!』

まどか『へ、へっ?』


さやか『まどかもさ、ちょっとほむらと距離を置いてるみたいだし』

まどか『……』

ほむら『私は……彼女を一緒に連れて行くことには、反対だけれど』


互いに、自分のやりたいことを譲ることはない。

やらせないことを強要することもできない。

そうしていくうちに二人がどうにか打ち解けたらいいなと、私は思う。


さやか『でも、マミさんとも一緒になることもあるってのは忘れないでよ?』

ほむら『……彼女が、私を受け入れるとは考えにくいわ』

さやか『そうなの』

ほむら『魔法少女の姿で会うことも難しいかもしれない……』


マミさんも随分……まぁ、キュゥべえにあんなことがあったんじゃ、仕方ないかもしれないけど。

これは、マミさんの方もちょっとなんとかしないと、話がややこしくなりそうだ。


昼休み辺りになんとかしようか。


さやか『わかった、マミさんに相談してみる』

ほむら『……何故そこまで?秘密裏の協定でも構わないのよ』

さやか『堂々とできないことなんてしたくないもん、とにかく話してみる』

ほむら『……そう、わかったわ』

309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/03(水) 22:31:53.46 ID:YtFYUpvQ0

まどか「さやかちゃん……」

さやか「ん?」


テレパシーを介さず、わざわざ私の服の袖を摘んで話しかけてきた。

教室の目立たない位置にそれとなく移動する。


さやか「どうしたの?」

まどか「…」


視線はうろちょろ。ほむらを探しているのは、簡単にわかった。


まどか「……ほむらちゃんと、仲良くね……?」

さやか「ぷっ」


やめてほしい、くらいの事を言われるかと思っていたけど、これはちょっと予想外。思わず少し噴き出してしまった。


まどか「え、え、なんで?」

さやか「い、いやぁ、だってちょっと、なんかそれ人のお母さんみたいじゃん」

まどか「えー、そうかなぁ…なんだかその言い方はやだよ……」

さやか「あっはっは、まぁ、大丈夫だから安心してなって」

まどか「喧嘩はしないでね?」

さやか「わかってるって」


小さなまどかの頭をぽんと叩いて、私は教室を後にした。

310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/03(水) 23:34:14.17 ID:YtFYUpvQ0

問題はほむらにもある。

秘密があるのはわかった。それを教えてくれないのもわかった。

けどなんとなく、害意がないこともわかった。


最大の問題は、そんなほむらに疑いの眼差しでメンチをきってかかるマミさんの方にあったりするわけで。

なんとかやんわり許すくらいにまで、みんなの仲を取り持ちたいところだ。


せっかく魔法少女が集まっているんだから、魔女退治も協力しないと……とは、私の素人考えではないと思いたい。



マミ「あら?」

さやか「どうも、マミさんこんにちはっす」


ガラス張りの向こう側にマミさんを確認すると、ほぼ同時に、マミさんもこちらに気付いた。

見覚えのない生徒が教室の近くに居ると、どうしても目線は行ってしまうものなのだ。


マミ「どうしたの?話は……直接じゃなくても良いのに」

さやか「あはは、まだ挨拶してないですから、直接のが良いじゃないですか」

マミ「ふふ、そうね、そういうの、忘れちゃいけないね」


やっぱり温厚で、感じの良い人だ。

包容力でいえば、この学校一かもしれない。胸とかそういうのも含めて。

313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/04(木) 22:06:09.47 ID:58/SMwvy0

さやか「まぁ、ものは相談なんですけど」

マミ「うん」

さやか「同じ魔法少女同士、協力はするべきだと思うんです」

マミ「そうね、もちろん最初から……」

さやか「それはほむらも一緒に、っていうことなんですけど」

マミ「それだと話は変わってくるわね」


温厚な顔つきのまま、話がまかり通るはずもなかった。

言うときは言う。マミさんの堅いブロックだ。


マミ「というよりも美樹さん、あまり暁美さんに近づくべきではないわよ」

さやか「? 何でですか?」

マミ「あの人、まだ鹿目さんには魔法少女にならないようにって、強要しているんですもの」

さやか「うーん……でも、願い事がない限りはむしろ良いんじゃないですか?」

マミ「鹿目さんは自分を変えようと……」

さやか「あはは、まどかは流されやすいんですよねぇ……周りとか環境が変わると、自分もなんとかしなきゃって、焦っちゃうんですよ」


顔を傾げて“そうなの?”という顔をしてみせる。

上級生とは思えない可愛らしさだ。あと一押し。


さやか「まどかには、まぁ、ほむらが何を思っているのであれ、慎重にさせるのが一番だと思いますよ」

マミ「……そうかしら」

さやか「あ、そうだ、それに魔法少女が増えすぎると、グリーフシードの確保も大変なんじゃないですか?」

マミ「…………言われてみれば」


よし、いける。なんとかいける気がする!

私今がんばってるよ!


マミ「……そうね、鹿目さんに勧めるのは時期尚早ね……わかったわ、その点ではね」


よし!

314: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/04(木) 22:50:30.55 ID:58/SMwvy0

マミ「けれど、暁美さんと組むには、彼女の行動は怪しすぎる」

さやか「んー……」

マミ「キュゥべえを襲ったのは不可解よ、いつ、私たちに何をするかもわからない人を……」


そこを聞かれると私も困る。私だってわからないのだ。

なので、適当にでっちあげることにする。


さやか「キュゥべえを襲ったのはまどかに契約させたくなかったからじゃないですか?」

マミ「……そこまでするの」

さやか「ん、ん、まどかが大切な人なんじゃないですかね」

マミ「……」


まどかに対して少々過保護なところがある……その予感は間違いないかもしれない。


さやか「転校の初日にも、まどかに対して明らかに敵意ってわけでもないような視線を向けていたし……」



――どうして!?さやからしくない!

――どうして貴女は、私が知ってる美樹さやかじゃないの!

――何が貴女をそうさせたの!?



――私のことは、“煤子(すすこ)”と呼んで、美樹さやか



さやか「……まどかの事、昔から知ってたのかも」

324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/09(火) 22:29:16.35 ID:AtRTMfbu0

マミ「昔から知っていた、かぁ……」


ほむらの行動を思い出しているのか、しばらく宙の埃を目で追う。

そこに何かを見つけたように表情は思考を取り戻し、自信ありげな笑みを私に向けた。


マミ「共闘、いいかもね」

さやか「え!」


思わず驚きの声をあげても仕方ない。


さやか「良いんですか、って聞くと“ダメ”って言われた時が怖いから、ありがとうございます!って言わせてもらいます!」

マミ「ふふ、大丈夫、ちゃんと考えがあってのことだから」

さやか「考え……」

マミ「少なくとも美樹さんと私は仲間同士だし、暁美さんが変な動きをするようならすぐに対処できるわ」

さやか「確かに……」


最悪な想像、あらゆる不意打ちにも対処できるほど隙を見せなければだけど…。

ほむらがどんな魔法少女かもわからないし……。


まぁでも、マミさんにほむらをいつでもなんとかできる自信があるのなら良かった。

私は、ほむらは何をしないと信じている。

マミさんの自信に甘えちゃおう。



かくして、私とマミさんとほむらの3人で、見滝原魔法少女連合が結成されたのです。

あ、連合じゃ暴走族っぽいかな。見滝原魔法少女チーム……かな?

325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/09(火) 22:46:06.26 ID:AtRTMfbu0

表の世界はつつながく回り、裏の世界はべったり張り付いている。

表裏一体、どちらも同じだ。

どちらかがなければ、なんてことはありえない。


自分にとって、今まで馴染みがなくても、表裏があるこの世界こそ真実なのだ。

私は真実を受け入れて愛する。誰だってそうやって進んでいくものじゃない。



さやか「だからまどか、魔女がいなければー、って考えるのは良くないことなわけですよ」

まどか「うーん、そうなのかなぁ……」

さやか「あるものを無いと言うのは、ナンセンス!受け止めがたいことでも、ちゃんと受けとめる胸がないとねー」

まどか「そ、そんな酷い言い方ないよ、あんまりだよ!」

さやか「あっはっは!」


私とまどかは屋上で弁当を食べていた。

魔法少女の話をするためには仕方が無い。二人だけの秘密だ。


QB「きゅぷ、きゅぷっ」

さやか「はいはい、プチトマトをあげような~」

QB「トマト……」

さやか「遠慮するでなぁい」

QB「ちょそんな強引にぎゅぶぶ」


……失礼。

私とまどか、そしてキュゥべえ3人だけの秘密の場所だ。



と落ち着こうとしたところで、屋上の扉は開く。



ほむら「……」

まどか「あ……ほむらちゃん」

さやか「おっす、ほむら!こっちちょっと狭いけど来なよ!」


3人と1匹だけの特別な場所。

ほむらの目つきは未だに疑るような凄みがあるけど、これを解していくのが私の役割だ。


マミさんとほむらのゆるやかな和解。

それにはまず、自称中継役である私自身が、ほむらとの友好を図らなくてはならない!

329: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/10(水) 22:30:19.84 ID:LMc3ipvZ0

ほむら「……私はここに居ても大丈夫なの」

さやか「大丈夫なの、って?」

ほむら「巴マミのことよ」


視線はこちらのまま動かさないほむらの意識が、私とは別の方向に向いていることを私は悟った。

ここではない隣の棟を横目で見る。



マミ「……」



そこにはマミさんがいた。

柵に片手をやり、ソウルジェムを持つわけでもなく、ただこちらを見ているようだった。

その表情には自信も不安もない、無表情そのもの。


ただ冷静に、事態の行く末を見つめる人間の目だ。


さやか「大丈夫……まあ、ちょっとはほむらの事を警戒してたりするんだけど……」

ほむら「駄目じゃない」

さやか「ちゃんと話し合ったから大丈夫!いや、本当に!見られるのはそりゃあ、ちょっと気分悪いかもしれないけど、初回サービスってことでどうかひとつ!」

QB「訳がわからないよ、さやか」



330: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/10(水) 22:47:16.57 ID:LMc3ipvZ0

マミさんの疑いの目は仕方が無いものの、ひとまず私たちは、魔法少女の仲間として交流することになった。


さやか「はい、あーん」

ほむら「……何よそれ」

まどか「わー、すごい……けどなにこれ?」

さやか「白身と黄身を反転させたゆで卵!今朝作ったんだ」

ほむら「……」

まどか「大きな黄身みたい……」

さやか「あ!やり方は教えらんないんだなーこれが!結構コツいるしねー」


冷めた目で私を見ることも多いけど、ほむらもここにいることを悪く思ってはいないようだ。

サバサバした物言いだけど、コミュニケーションを取ってくれている辺り、ほむらは心底私を鬱陶しく思っているわけではないらしい。


それに……。


ほむら「……まどか、口元」

まどか「え?」

ほむら「みっともないわね」

まどか「あっ」


まどかの口元についた食べかすを、ほむらが母親のように優しく取り上げる。


そう、まどかだ。ほむらはまどかに対してもドライな口調で当たっているが、私よりもどこか、絶対に柔らかいものがあるのだ。

昔にまどかと知り合いだった説。これはひょっとすればひょっとして、有力なものなのかもしれない。


さやか(……これから付き合っていく中で、ほむらの過去も気兼ねなく聞けるようになるかも)


命を賭けて願いを叶えた、魔法少女の過去。そこへは慎重に踏み込まなくてはならない。

私の癖、軽率な発言には気をつけよう……。


マミ「……」


そしてマミさん、そんな妬むような激しい視線を送るくらいなら、こっちきて一緒に食べたらどうですか。

349: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/11(木) 23:09:28.49 ID:YMby6OAK0

食事はまどかが緊張気味だったけれど、後から雰囲気もほぐれてきた……気がした。

ほむらの口数は少なかったけれど、時折見せるまどかを気にする風な仕草は母性的だった。


ベンチ下のキュゥべえが近くに来るたびに足蹴にしようと座り方をわざとらしく変えていたけれど、よほど嫌いなんだろうな。

まぁ、今日はマミさんには気付かれていないようで良かった。

けど見守る私の心臓に悪いので、次からはやめてほしい……。


QB「ありがとうさやか、これで暁美ほむらも、大人しくなってくれればいいんだけど」

さやか「いやいや、あれ以上大人しくなられても困るのよー」


まどかとも別れた私は、帰路でキュゥべえと一緒に帰っている。

返ったら荷物を置いてから、すぐに魔女退治へ乗り出すつもりだ。


マミさんとほむらとも連絡は通してあるので、遅れるわけにはいかない。

まどかはマミさんと一緒に来るそうだ。まぁ確かに、マミさんの部屋に荷物を預けてからの方が、楽ではあるかな。


けれど私までマミさんと一緒に行動してしまったら、ほむらを派閥の外に置いているような構図になってしまう。

となると、ほむらばかりではない、内輪にいる私達でさえも、3対1の“壁”を作ってしまうかもしれない。


私もソロ帰宅することは、わりと重要だったりするわけです。



さやか「はーあ、人間関係で悩むなんて、ほんと久しぶりだわ」


夕焼けになりかかった空を見上げる。

精神的にちょっと疲れる。けど、どこか楽しい。


さやか「ふふ、今日もがんばろっと」


鉄塔に重なりかかった太陽をちらりと見て、私は急ぎ足で自宅を目指した。

350: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/11(木) 23:35:51.95 ID:YMby6OAK0


鉄塔の上で魔法少女が街を見下ろす。


オレンジの太陽を背に、翳りつつある見滝原。

その街には、かつて自分と一緒にチームを組もうとしていた巴マミがいる。


二度とはここへ現れないつもりでいた彼女だが、どうしても気になることがあった。



「昨晩はずっと探していたが、やっぱり魔女でも使い魔でもねぇ……」


リンゴの芯を吹き捨てる。くるくる回る芯は、鉄塔の真下で見えなくなった。


「てなると、有り得るのは魔法少女だけだ」


首元のアンクに口づけ、犬歯を見せ付けるように笑う。


「さあ、どんなつえー奴がいるのか、お手並み拝見といこうかね」


シスターのヴェールをはためかせ、魔法少女は鉄塔を飛び降りた。

354: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/14(日) 01:29:52.72 ID:gw3BpXeT0

ほむら「……」


先頭を歩くのはほむら。


マミ「……」


すぐ後ろにマミさん。


まどか「今日もまた遅くなるって連絡入れないと……」

さやか「あー、早めの方がいいよ」

まどか「だよね」


そのまた後ろには私たちがいる。

マミさん曰く何をしでかすかわからないほむらを前に置き、それをマミさんが見張りつつも、私とまどかは後方で構える。

普通は剣を持ってる私が前にいるべきなんだけどね…。


まぁでも、一応ほむらの腕にある武器は盾のようだし?最初にほむらが防いで、後ろから私たちが……っていう考え方ができなくもないか。

そんなわけかは知らないけど、マミさんが出した布陣の条件を、ほむらはあっさりと飲んだのである。


四人組とはいえ、我々はかよわい中学生の少女達だ。

夜ともなれば、無防備に映ることだろう。


男達からのナンパは面倒臭いし、警察に歩道されたくもない。

この役柄、なるべく人通りの少ない道を選ぶとはいえ、繁華街も立派なパトロール範囲だ。


長く続けていくなら、世間体も気にする必要はありそうだ。

355: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/14(日) 01:43:01.63 ID:gw3BpXeT0

私たちは歩き出してすぐに魔女の微弱な反応を察知し、標的を探すことになった。

まずは街中を歩こうとマミさんや私は提案して、この流れで街中散策とな……るかと思いきや、ほむらはきっぱり、静かに反対した。


ほむら「工場地帯へ行くわよ」


空気が読めないというか、そうきっぱり反対する意図すらも、私たちにはわからず、少しの間ぽかんと口を開いたままだった。


マミ「あのね暁美さん……」

ほむら「あたりをつけるならどこを探しても同じ、私が先頭を行くのだから、舵取りまで任せてほしいわ」


先頭を歩かされるほむらの、全く正しい主張だ。

こう言われてはマミさんも、渋々と了承するしかなかった。


さやか(仲良くして欲しいのに……まぁdも、ほむらも主導権をマミさんに握らせたくはないんだろうな……)


ほむらの仕返しだと考えていた私だったのだが。

そんな半分彼女を疑うような私の考えは、すぐに間違いであると気付くことになる。


マミ「……反応が」


ソウルジェムが目立った明滅を始めたのだ。


まどか「どんどん近くなってるの?」

さやか「みたいね」


ほむらはソウルジェムを左手に持ってはいるが、その光を見ようともしていない。


最初から魔女の居場所がわかっているかのように、彼女は工場地帯へ歩き続ける。


歩き進むごとに、人気は少なくなる。

反対に、ソウルジェムの輝きは強くなる。

360: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/14(日) 23:32:01.93 ID:gw3BpXeT0

人気のない夕時の工場群は、どこかノスタルジックにさせる情景だった。

こんな時間にこんな場所にまで来たことは無かった。

14歳にもなって初めて見る、親しみきれていなかった新鮮な見滝原の顔だった。



マミ「……近いわね」

ほむら「弱そうな魔女だわ」

マミ「そんなことまでわかるの?」

ほむら「大体ね」

マミ「……」


マミさんの背中を見ればわかる。ちょっと悔しそうな顔をしてるに違いない。


さやか「マミさん、ソウルジェムの光で使い魔か魔女かを判別できるんですか?」


こもった空気を換気しようと訊いてみる。


マミ「そうね、感覚的なことだから言葉じゃ良い難いんだけど、出会ってみれば美樹さんにもわかると思うわよ」

さやか「感覚かー」


感覚で覚えることの多い世界だ。

マミさんのような教えてくれる先輩がいなければ、この魔法少女という仕事、随分最初に辛い思いをしそうである……。


……まどかは特に危なっかしい。私も釘は刺しておこう……。



ほむら「この中よ」

マミ「!」


話している間に、寂しげな工場の前に到着した。

辺りに人はいない。

361: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/14(日) 23:51:30.19 ID:gw3BpXeT0

ほむら「さて……まだ、誘い込まれた人はいないようね」

まどか「ちょ、ちょっとほむらちゃん……」


ほむらは先導らしく、堂々ずかずかと暗い工場の中へ踏み込んでゆく。

広い……整備工場だろうか。工具のような、大きな機械のようなものがある。


そこを通り過ぎ倉庫らしき部屋に踏み込むと、埃臭そうな灰色の壁の上に結界は大人しく発光していた。


結界を背に、ほむらは私たちへ向き返る。


ほむら「さあ、倒すなら今のうち、けど時間に余裕はある……ここでも私が行くべきなのかしら」


制服のポケットに両手を突っ込み、片足に体重をかけ、感情の無い目はマミさんを射止める。


ほむら「さやかの言う共闘ならば私としては本望よ……けど、私だってまだ完全にあなたを信用できないわ、特に巴マミ」

マミ「!」

ほむら「正直に告白すると、私は貴女の銃が怖い……後ろに立たれ、絶えず後頭部に視線を受けるのも不本意、張り付かれる感触は好きではないわ……」


そこで初めて、ほむらが結界を背にする理由がわかった。


さやか「……共闘する以上、疑いっこ無しで、か」

ほむら「ええ、いつまでもこんなことを続けていたくはない……それは貴方達だってそうでしょう?」

さやか「まあね」

ほむら「一つどうかしら、私は……魔女を探す能力に長けている、そこを買って、私を平等な仲間として扱って欲しいのだけれど……」


この結界の先から、より一歩踏み込んだ共闘を結ぼうということだ。

ほとんどマミさんだけに向けられたほむらの言葉、当のマミさん自身は、ちらりとキュゥべえを見て少し悩む素振りを見せた。


ほむら「駄目?」

さやか(ぶっ)


毅然とした態度、そしてキメの一言なんだけど、言い方は不覚にもちょっと可愛かった。

369: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/15(月) 20:00:53.91 ID:3jgvQ1Xi0

マミ「……確かに、ここに来るまでのあなたの歩みには無駄も迷いもなかったわ……」


可愛げのある言い方も、マミさんには伝わっていないらしい。

神妙な顔つきで、差し出された条件を吟味しているようだ。


結局、ほむらの言い方にツボっていたのは私だけで、そう考えると途端に冷静になれた。


マミ「いいわ、飲んであげる……けどこれは、貴女のことを“魔女退治で使えるから”という理由で引き入れるわけじゃない……」

マミ「自分の能力のひとつの私たちに見せた、その真摯さを汲み取ってのことだから、気を悪くしないで」


大人の微笑を向けると、ほむらも口元をわずかに釣り上げた。


ほむら「気にしないわ……まだ私にも隠し事はある、その上で付き合ってもらえるなら」

マミ「少しは大目に見ましょう」


二人は握手した。

すると、マミさんの微笑みは“ぱあっ”と花のように咲いて、身にまとう緊張感すらも解けた。


マミ「ふふ、いつまでもピリピリするの、私も好きじゃないから」

さやか「へへ」


私が考えているよりも、マミさんはずっとずっと、大人だった。

私は彼女のことを心のどこかで、融通の利かない人だと思い込んでいたんだろう。まずはそれを恥じて、心の中で詫びよう。

やっぱり上級生は違うや。


さやか「さ!それじゃあ早速、結界の中に入ろう!まどかは私の後ろに……」

ほむら「私が守るわ、後ろについていなさい」

まどか「えっ?あ、はいっ」

さやか「……よーし、さやかちゃん先陣切っちゃうぞぉ~」

370: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/15(月) 20:12:33.32 ID:3jgvQ1Xi0

私たち魔法少女は、ほぼ横一列に結界へ飛び込んでいった。


結界の中は薄い青の空間で、いつも見慣れた雑多なものとは違い、ある程度整えられたものであることを伺わせる。

というよりもそれは錯覚で、整っていると感じたのは単に結界の中が広い一つの空間でしかなかったためであった。



まどか「わ、わ、」

ほむら「大丈夫よ、私に掴まっていなさい」

まどか「……うんっ」


身体はゆっくりと落下するように、結界を降りてゆく。

重力が弱い結界なのだろう。


マミ「二人とも、あまり身を任せすぎるのも得じゃないみたいよ」


が、マミさんは空間を縦横無尽に飛んでいた。

プールの中より滑らかで、空中よりも機敏に。


マミ「この結界の空中は、足に魔力を込めれば簡単に移動ができるみたい」


ふわふわとスカートの裾を踊らせると、満足したように私たちと同じ高さを維持した。

何度も   が見えてありがたかった。


さやか「おっ……おおーっ、ほんとだ、動けますねこれ」


私の身体も、空中の見えない壁を蹴るようにして宙を飛び回ることができるようだった。


さやか「……」

まどか「……?」


その感覚がどうも癖になり、ついついアクロバティックな動きをしてしまいたくなる。

だん、だん、だんと宙を蹴る連続三角飛びだ。



さやか「見てまどか!裏蓮華!」

まどか「ぶ、ぶつかるよ!危ないよさやかちゃん!」


しばらく遊んでいたら、マミさんのリボンで強制的にひっぱられるハメになりました。

379: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/16(火) 23:01:12.25 ID:WPko8kf70

ほむら「……」

まどか「何もない……?」


結界の床に降り立つと、そこは何も無かった。

使い魔の姿もなければ、魔女の姿も無い。


ただ強い魔女反応がソウルジェムに存在するだけ。


マミ「何も無いということは有り得ないわ、魔女はどこかに姿を隠しているはず」

ほむら「巴マミの言う通り……目で見えるものだけが全てじゃない、音も匂いもソウルジェムの反応も、全てを利用して敵の居場所を探るのよ」

さやか「なるほど……」


全てを利用して居場所を探る……煤子さんも似たようなことを教えてくれた。



――“何故”と考えることは大切よ

――“何故”という問いかけが、全ての謎を解くのだから



さやか(何故……魔女も使い魔もいないのか)


普通は結界に入れば、それを察知した魔女が現れて殺しにくるはず。

何故そうしない?どうして何もせずに、ここに隠れている?


魔法少女がここに3人もいて、気付かないわけが……。



さやか「……そうか」

ほむら「?」

380: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/16(火) 23:11:27.91 ID:WPko8kf70

そう、魔法少女が3人、一般人が1人。

4人もの人間が結界に侵入して、気付かない魔女なんかいるはずない。


さっきまで騒がしく浮かれていたのだ。空間は見たところ、この大部屋1つのみ。

魔女は隠れている……私達、3人の魔法少女に怯えている!



さやか「魔女は周りの景色に溶け込んで、隠れているはず!みんな辺りを警戒して!」

マミ「!」


姿が見えない魔女だとしたら厄介なことこの上ないが、だとしたら攻撃を仕掛けない理由が無い。

敵は“姿が見えて”しかも“周りに隠れている”魔女!



ほむら「居たわ、こっち!」


張り詰めた声に誘われて私は真後ろを、マミさんは真横へ振り向く。

ほむらが指で示した先には、揺れ動き続ける風景の中にひとつだけ存在する、翼の生えた奇妙なモニターが見えた。



魔女「……!」


一同の視線に気付き、流れるような動きを止めてしまったのが奴の敗因となるだろう。



◆ハコの魔女・キルステン◆

386: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/18(木) 20:47:54.15 ID:y/1vT4Lp0

魔女は翼を広げ、画面をこちらに向けてノイズを響かせた。

モニターが奇妙な映像を見せると共に、結界内の様相も掌を返すように一変した。


ほむら「まどか、気をつけて」

まどか「う、うん!」


風景のメリーゴーランドが加速する。

紛れるモニターの魔女の画面からは無数の何者かが飛び出し、それらは結界の上からゆるやかに降りてくる。


マミ「周りを遊覧しながら使い魔を撒き散らすなんてね……!」

さやか「魔女を狙いましょう!」

マミ「そうね、使い魔ばかりでは埒もあかないわ」


私は剣でマミさんは銃だ。

近づいてくる使い魔をどちらで倒し、魔女を倒すか。



ほむら「まどかは私が守る、二人は使い魔と魔女を」

さやか「!」


どうしたものか悩んでいたところに、戦力の計算に悩んでいたほむらから直々の提案。

守らなくてはならないまどかと一緒にいてくれるのであれば、心強い。


マミ「任せていいのね?」

ほむら「あなた達が使い魔を全て討ち損じて、そいつらがこっちへ押し寄せてきたとしても何ら問題ないわ」


挑戦的な言葉を真顔で言うものだから、マミさんは“やってやるわよ”という勢いで、その重要な役割をほむらに任せた。


つまり。



マミ「いくわよ!美樹さん!」

さやか「はい!」


私とマミさんでの、ペアによる戦いだ。

387: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/18(木) 21:26:18.78 ID:y/1vT4Lp0

まどかの表情に明らかな不安が無いことを確認する。後はほむらに任せよう。


さやか(よし……!)


私とマミさんは地面を蹴り、一段上の空を蹴り、そしてどんどん結界を昇ってゆく。

使い魔が近づくにつれて私たちは二手に別れ、結界の側面に潜む魔女を探し始めた。


同時に、群がりやってくる使い魔を迎え撃つ。



使い魔「きひひひ」

さやか「うわ!可愛くない!」


不気味な笑顔を向ける使い魔が目の前に3匹。

横一列をなぞる様に、剣で一閃。


使い魔「きヒィ……」


特に手応えもなく使い魔は消滅する。


マミ「はあっ!」


マミさんの銃弾も狂い無く命中し、私たちから離れた位置にいる使い魔も撃墜されてゆく。



――ドォン


さやか「!」

マミ「!?」


マスケット銃ではない、もっと粗野な轟音が結界に響いた。

音は同時に、私の司会の隅に浮いていた使い魔の胴体をガラスのように砕き千切っている。


さやか「今のって……」


まどか「わ、わぁ……」

ほむら「少し耳を塞いでいた方がいいかもしれないわよ、まどか」



結界の地上では、ほむらがスナイパーライフルをこちらに向けて、銃口から白煙を垂れていた。

随分と物理的というか、現代的な武器に、私の顔はちょっとだけ引きつった。

魔法少女ってホント、なんでもありなのかい……。


388: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/18(木) 23:44:29.55 ID:y/1vT4Lp0

さやか(攻撃方法に対するツッコミはともかくとして……)


下からは取りこぼしや見逃しをほむらが撃ってくれる。ということになれば、私たちは大まかに使い魔を蹴散らしながら魔女を探すのみだ。


マミ「ふふ、ずっと逃げてもいられなくしましょうか?」

さやか「何か作戦が?」

マミ「見てて?」


首もとのリボンがするりと抜ける。

リボンは宙で上向きに振られると、ごく自然に、靡くようにして天へと伸びた。


さやか(おおー……)


リボンはどこまでも伸びてゆく。

それはしゅるしゅる上がる花火の光のようでもあった。


そして次の瞬間、それは本当に花火となった。

結界高くまで昇ったリボンの柱は黄色い輝きを放って弾け、枝分かれした無数の黄色の帯が結界内を縦横無尽に駆け巡る。


使い魔「きひ」

使い魔「きひひっ?」


空間を埋めるほどのリボンに、ゆるやかな弧を描きながら飛んでいた使い魔の天使たちは動きを封じられていた。

機動力は格段に落ちたに違いない。


さやか「ナイスですマミさん!これで相手は時間稼ぎもできない!」

マミ「本体を探しましょう!」

395: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/20(土) 03:36:14.01 ID:RWwsZ8iU0

空間の壁際を走り、螺旋階段のように駆け上る。

結界の端にいる使い魔をすれ違い際に斬り捨て、じわじわと魔女を追い詰めるためだ。


魔女を倒せば結界は消える。その時に使い魔が残っていたら、使い魔はどうなるか?


ボスを倒して雑魚敵が消えるシステムだったらうれしいけれど、そんな都合の良いシステムである予感は、なんとなくしないのだ。

油断はできない。だから私は使い魔も可能な限り倒すことにした。


さやか「――」

使い魔「き」


人形の微笑がこちらに振り向く頃には、既に私のサーベルのガードは、使い魔の首もとに触れている。


ガードは滑り、剣の根元が人形の細い首に僅かに食い込む。


使い魔「ヒャ」


私は使い魔の真横を駆け抜け、次なる標的のもとへ再び駆け出す。

その勢いだけで、人形の首を“ぱら”と削ぎ落とすには十分だった。



魔女「……!」

さやか「おっ、出たなモニター」


結界の端で、ようやく本体の魔女を見つけ出した。

なるほど天使の使い魔は、奴の画面から飛び出しているらしかった。


396: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/20(土) 03:50:35.45 ID:RWwsZ8iU0

敵を構成するものは腕っぽい翼、モニターっぽい箱。

そのくらいだった。他に何かついていることはない。


が、その正面にあるモニターこそ、私には厄介に感じた。

そこからは使い魔が飛び出し、こちらに襲い掛かってくるのだ。

画面から飛び出るのは使い魔だけとは限らない。もっと恐ろしいものを出してくる可能性だってある。



さやか(モニターを最大限に警戒して、まずは両腕を斬り落とす)


私は魔女の画面を正面に見据えないように空中を左右に飛び、魔女に接近する。

幸い魔女は素早くないようで、その背後を取ることは使い魔を相手にするように容易かった。


さやか「はぁ!」

魔女「ぴぎっ!」


袈裟を真っ二つにするような大振りで腕の一本を刎ねると、到底液晶漏れとは思えないほど真っ赤な液体が噴出し、魔女はノイズをあげて呻いた。


さやか(もう一度機会をうかがうまでもない、そのままもう片方もイける!)


これは油断でも慢心でもなかった。

私にはその自信があったし、いざとなればどんな反撃からも身を守ることはできた。


だから私は、半回転してこちらに砂嵐を向ける魔女のもう一本の腕を標的に、もう一度強く柄を握ろうとしたのだ。



魔女「――…!」


そして魔女は反撃に出た。

砂嵐から一本の刃が、とんでもない速さで私を狙い、まっすぐ飛んできたのだ。


気前良く振るうはずのサーベルのガードで、私に飛び込んでくる刃の軌道を逸らす。

金色のハンドガードが魔力の火花を散らしながら、刃を受け流していく。



さやか「甘いっての!」


攻撃を受け流した私のサーベルは、そのまま魔女のモニターの半分を切り裂いた。

403: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 00:10:53.28 ID:WXDyGkSP0


致命傷を2つも与えた。

が、それでも魔女はまだ、動きを見せる。


ずぶりと嫌な音を立てて刃はモニターへと戻り。

再び別の場所から、刃はこちらへ伸びてくるのだ。


さやか「くどい」


同じくハンドガードで逸らし、返しの刃を残った腕にくれてやる。

魔女の両翼だか両腕だかは二本共に切断された。

もはやただの旧型テレビ。叩いて直らない分、それよりも脆いのかもしれない。


が、再び飛び出した刃はモニターの中へと引っ込む。

まだ何かを仕掛けるつもりか?と私は疑ったが、その前にやっと、違和感に気付いた。



刃を突き出したモニターには、穴が開いている。

内側から破壊したような穴が、2つも。



「あらよっとぉ」

さやか「!」


モニターが上下に分裂した。いいや語弊も良いところだ。

“上下に切り裂かれた”のだ。


真っ二つに切られたモニターの中からは、先ほど突き出してきた刃を携える人影が。


「ニュー・チャレンジャーは向こう側から、ってなぁ!」


その詳細な姿を認識する前に、単純なモニター越しの攻撃など“メ”ではない連打が、私に襲い掛かる。



最初の2発の攻撃を剣で逸らして、その相手が紅い装束のシスターであることに気付いた。


「ほー、やるじゃん」


次の6発の攻撃を剣とハンドガードでなんとか受けきった時、そこでようやく、敵の使う武器が“槍”であることに気付いた。

404: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 00:24:57.27 ID:WXDyGkSP0

槍と剣の空中戦は一方的だった。


メタメタに斬り崩されたモニターの魔女の落下と並んで、私と紅いシスターの攻防戦は繰り広げられる。

だが重力的な“上”を取るそいつのリーチは長く、こちらは短い。

単純な長さの優劣で、私は地上へと押し込まれつつあった。



さやか(一瞬たりとも気を抜けない……!)


唸るように振るわれ続ける刃つきの槍は、私に宙を蹴らせる暇など与えない。

周囲に張り巡らせたマミさんのリボンすら器用に断ち切り、周囲のものを利用させようともしない。

このまま愚直に逃げようと単調な動きを見せれば、その瞬間に餌食になることは明らかだった。


かといって、近づいて斬りつけることが叶うかといえば、それも有り得ない。

今の間合いは完全に“槍”の間合いだ。

私の剣は近づくことはおろか、完全に捌ききることすらできていなかった。


だから私は、あえて距離を取ることを選んだ。


さやか「ふッ!」

「!」



まっすぐこちらに押し込んできた槍の切っ先を利用する。

相手の動きを読んで、こちらも同時にサーベルの先を突き出すのだ。私は相手のその動きを待っていた。


反撃手段の一切無い相手への攻撃に、自身の心配をする必要は無い。だからこそ油断し、大振りの一撃を繰り出してしまう。

それ自体、危険に直結する悪手などではないだけに、敵も“しまった”と思っただろう。


私だってなかなか、相手がこんなことをしてくるなんて想像できない。


そう、鋭い刃と刃の先端を衝突させるように、カウンター仕掛けてくるなど。


「やりやがる、いいじゃねえかオイ」



刃の先端を衝突させた私の身体は、大きく敵から距離を取る。

剣と槍の最大リーチの分だけ、私は紅いシスターから逃げることに成功したのだ。


もはや槍も届かなくなった間合いを空けての自由落下は体感時間も早く、着地後は素早く後転し、剣を構えなおした。


405: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 00:36:02.70 ID:WXDyGkSP0

槍が深々と床に突き刺さり、その柄の上に、紅いシスターは着地した。

口元から覗ける八重歯が白く輝いている。


「落下中でも、剣を投げてりゃ届いたぜ?」

さやか「武器を手放す馬鹿がどこにいるのさ」

「武器って考え方に凝り固まりすぎなんだ……よッ」


シスターは槍の柄を思いっきり蹴り飛ばし、槍は高速で回転しながら私へ襲い掛かってきた。


上から襲い掛かる回転。上段での防御をしてもよかった。

だが相手は“マトモ”じゃない。



さやか「らぁッ!」

「!」


剣での防御はしない。姿勢を低くして“下段から近づく”シスターに、私も同じようにして剣を投擲した。


二人の間で交錯する槍と剣。


2つは交わらず、お互いの持ち主の敵へと襲い掛かる。



さやか「ほっ」

「ふん」


そして二人とも、投げられた武器を叩き落とす。

掴み、利用することなどはしない。

敵の武器は、“武器”ではないと知っているからだ。


さやか(こいつ……)

(この野郎……)


私の直感が囁いている。

こいつは私に“似てる”。

406: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 00:49:30.79 ID:WXDyGkSP0

シスターはしばらく私を睨んでいたが、その後ろに面白いものでも見つけたのか、「くは」と笑った。


「……構えてから結局、一発も撃ててねえじゃねえか、なあ、マミ」


紅いシスターの視線の先には、マスケット銃を構えるマミさんがいた。

いつからそうして構えていたのか、私にはわからない。


このシスターが……おそらくは魔法少女が、マミさんとどのような関わりがあるのかということも。



マミ「……どうしてここにいるの、答えて……佐倉さん」

「どうして?そうだなぁ……“強い奴がいるらしいから”じゃダメか?」

マミ「!」

「引き金を引けないアンタは“強くない”……だから甘っちょろいんだ」


黙ったマミさんは歯噛みし、佐倉と呼ばれたシスターから視線を外す。


敵から目を離すことは、戦う意志を放棄するに等しい。

であると同時に、その様子を見て何ら興味を示さないシスターの女にも、マミさんと戦う意志はないらしかった。


つまり、今も奴がぴりぴりと向けている闘志は、ただ一人私へのものだった。



「私の名は“杏子”だ、あんたは」

さやか「“さやか”」


名前だけには名前だけを。


杏子「さやか、ね……面白い……」


シスターはヴェールの裾を左手で払い、その手に一本の槍を握った。

両手で振り回し、こちらに刃を構える。



杏子「来な、構えるまではフェアでいてやる」

さやか「構えたら?卑怯な手でも使うつもり?」


私は警戒も何もせずに、黙って手の中に新たなサーベルを出現させた。

同時にシスター魔法少女、杏子は飛び掛る。


杏子「“一方的な戦いが始まる”ってことだよ!シロートがァ!」

415: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 23:01:18.08 ID:WXDyGkSP0

さやか(やばい!)


勢いに任せたチンピラとも戦ったことが私にはある。

がしかし、目の前でさながら弱い悪党の如く飛び掛ってくる魔法少女には、それと同じガラガラの“隙”が無い!


杏子「らァ!」

さやか「くっ」



相手は槍のリーチの力をよくわかっている。そう、確実に相手の刃が先に届くのだ。

こちらは絶対に“受け”に回るしかない。


嵐のような槍の軌道に、私の剣は相手の滞空時間だけで5回弾かれた。

それだけでも私の手は痺れたが、その次に来る攻撃こそ最も恐ろしいものだった。


杏子「―――」

さやか「!」


ヴェールの奥の眼差しが途端に冷めたのを感じた。

地に着いたシスターのブーツに嫌な予感を覚える。


私は咄嗟に剣を自分の正眼へ戻し、“いつもの”体制へと切り替えた。


それは私の自然体。守りに徹するわけではないが、あらゆる状況に応じる準備があるこれを防御の構えとでも呼ぼう。

中学の頃の剣道でさえ一度も咄嗟に作ろうとはしなかったが、本能的に取ったそれは正解だった。



剣の流れは、言葉で考えるのではない。言葉にすれば負けるから。

培ってきた感覚か、数字で表すのだ。


感覚は同じタイプの相手と戦うことでパターンとして無意識に覚えることができ、無意識に対処できる。しかし違うパターンは?

私はそれを記号で覚えた。

位置、高さ、方向、振り方、全てが記号になる。全てを記号とすることで、動きへ繋ぐ言葉の指令を最短のものへと変える。

数学でも算数でも応用できないこの記号の概念は、私にしかない暗号だ。


杏子「!」



空中の時には5発だった槍の攻撃の嵐も、地面に脚をつけたときには一気に手数が倍に膨れ上がっていた。油断をすれば初撃だけでも胴体に風穴が2つは空くほどの加速だった。

けれど早くなったのは同じ。私は正面から降り注ぐ攻撃を、全て剣で受けきっていた。

敵の攻撃の変化と共に、私の動きも変化させたから。


その成果は私の願いのおかげでもあるかもしれない。けど、それだけではない。

“あの時”があったからこそ今の防御が成り立っている。深くそう思うのだ。


そして防御を成功させるたびに増してゆく過去への感謝が……“煤子さんへの感謝”が、柄を握る手へと込められてゆく。

417: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/21(日) 23:46:33.63 ID:WXDyGkSP0

1・1・2。

一対一の戦場に、一本の道を作る動きだと、煤子さんは言った。

何故一本の道を作るのか。

戦場がたとえ広い空間だとしても。


この動きを受けきるには、横道逸れる暇などないのだ。



杏子「っ!?」


しかし私は驚いた。

中学の剣道では勢いに耐えかねて迷わず横へと逃げる人が続出したこの足運びの攻撃を、正面から防ごうとしている事に。

彼女の足運びの妙に。


さやか(こいつやっぱり……!)



攻撃の最中でも私は飛びのいて、距離を取った。

相手はそこで、あえて詰めようとしなかった。


私と同じ表情をしていたのだ。



杏子「テメェ……」


忌々しげに私を睨む。そう、顔には出していないだろうが、私もそんな心持ちだった。

何故魔法少女が私たちを攻撃するのか?


何よりも何故、煤子さんと同じような、私と同じような動きをしてみせるのか!?



ほむら「そこまでよ」


どこまでも冷淡な声と、二丁拳銃の銃口が私達二人の動きを完璧に止めた。


杏子「……!」


拳銃を向けられた彼女の、恐怖とは違った感情を孕んだ顔を、私は忘れることは無いだろう。

428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/22(月) 21:47:43.35 ID:TTgqoRf20

ほむら「私はさやかと巴マミ、貴女たちと同盟を結んだ」

ほむら「だからこそ私はここで、抑止のために銃口を向ける」



銃口の一つは私に向いている。

手は震えてもいない。撃とうと思えばいつでも撃てる。

抑止として成り立つ、ハッタリではない脅威だった。



杏子「……」


だが杏子の表情はどう見ても、舌打ち一つで“ここはひとまず退散してやる”と去ってくれるようなものではなかった。

本来ならば3人の魔法少女を相手にしてはそうなろうもの、けれど彼女はそうしない。


ただ杏子は、ほむらを睨んでいた。



杏子「……おい」

ほむら「何かしら」

杏子「……名前、なんつーんだ」

ほむら「私は“ほむら”よ」

杏子「ほう、ほむら……ねぇ」


杏子は笑い、銃など知るかとでも言いたげに槍を構えた。

だが同時に、甲高い金属音が槍を弾く。


杏子「!」


ほんの一瞬も目を離していなかったはずなのに、杏子が構えた槍は、いつの間にやら発射された銃弾によって吹き飛ばされていた。

ぼんやりと手元を見る杏子に、ほむらはあくまでも冷静に言ってみせる。



ほむら「私は冷静な人の味方で、馬鹿の敵よ」

ほむら「貴女はどっちなの?佐倉杏子」

429: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/22(月) 22:03:19.45 ID:TTgqoRf20

杏子「っは!」

ほむら「!」


吐き捨てるような笑いに、冷静さの片鱗は無い。杏子へ向けた銃のトリガーに、深く指が掛かるのを見た。


杏子「ほむらだっけアンタ!?いいねえ、面白いじゃんか!」

さやか(――!)


杏子の頭の髪留めが、小さくゆらゆらと燃えている。

何かから燃え移ったとも思えない、一見すると危ないその現象に、私は目で見える範囲での常識を全て捨て去った際に残る“漠然とした嫌な予感”を拾い上げ、身体を動かした。


さやか「ほむら、駄目ェ!」


銃弾が放たれる音はした。

銃口はまっすぐ杏子に向けられてはいたが、銃弾が杏子の足を狙ったことは、撃つ前からなんとなくわかっていた。

ほむらの撃つ弾は、おかしな軌道で放たれるのだ。おかしな軌道で放たれ、必ず目的のそこへと当たるのだ。


杏子「――ハ」


だが、普通なら全く予想もできない……。

“撃つだろうな”とはわかっていても決して避けられない、正確無比で無慈悲なほど速い銃弾の攻撃を、杏子は確かに“かわした”。


床に空いた穴を見るに足の甲。膝下。腿の3箇所を狙ったであろう銃弾その全てを、有り得ないほど早い動きで杏子は、避けてみせたのだ!

それは薬室が炸裂する音と、杏子の動きにより空気が弾けるような音を同時に立てた、一瞬の出来事だった。


ほむら「――」


ほむらはその一瞬の“敗北の結果”に気付いていない。彼女は“かわされるとは思っていない”からだ。


だから私が咄嗟に動いた。

ほむらの肩を押しのけ、剣を前へ。


相手の槍がこちらを貫くよりも、先に、前へ!


430: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/22(月) 22:12:17.36 ID:TTgqoRf20

空中戦の動きの何倍も速い地上戦。

その地上戦より何倍も速い槍の一突きが、不完全な防御体制の私を容赦なく貫いた。


さやか「がぁッ!」

ほむら「きゃ……!」


槍の柄にロケットブースターでも仕込んでいるのかと疑いたくなるほど重い一撃。

すんでの所で剣を盾にした私と、その後ろのほむらを押しのけ、結界の端まで吹き飛ばした。


槍に押された。そうに違いない。それなのに、宙をふわりと飛ぶ私たちの身体はいつまでも落下することがない。

ついに“どごん”、と嫌な音を立てて、結界の壁は破壊された。


さやか「……!」

ほむら「うぐ……!」


背中に走る強烈な痛みはなるほど、抑えられてはいるのだろうけど、魔法少女にならないと味わうことがないのだろうなと、ぼんやり思った。



杏子「ははは!やっぱりな、いいねぇ今の!良い戦いだった!」


髪飾りを燃やす魔法少女がケタケタと笑いながらこちらへ近づいてくる。


杏子「まさか今の私にもまだ“炎”が見れるなんてね!思ってもいなかったよ!」

さやか「アンタ……」

杏子「怒ったか?来いよ!いくらでも相手してやる!そっちのほむらって奴もな!」



こいつは、グリーフシードだとか、縄張りだとは、そういうもののために今、戦っているわけではない。

わかった。私はこいつの存在の一端を理解した。


こいつは間違いない。私たちと戦うために、ここにいるのだ。

431: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/22(月) 22:27:23.11 ID:TTgqoRf20

マミ「美樹さん!暁美さん!」

まどか「さやかちゃん!」


耳は正常らしい。目もしっかりと、こちらへ近づく杏子を映している。

背中を打ち付けて、少し呼吸が乱れているだけだ。


ほむらも……意識はある。杏子を睨む元気があるようで、こっちも元気になれそう。


さやか「……知り合い?ごほっ」

ほむら「かと思ったけど、銃弾を見てから避けるような超常生物は知らないわ……」

さやか「魔法少女の時点で……今はいいや、なんとかしよう」


大きくへこんだ壁に背をつけ、私たちは小声でぼそりぼそりと、かつ素早く話した。


ほむら「さっきは油断したけど、今度は大丈夫、私が時間を稼ぐ」

さやか「いや、私がやる、ほむらはまどかを逃がして」

ほむら「良いのね」

さやか「うん」

ほむら「無事でいて」


私は咳をひとつ吐いて、起き上がった。マントを払い、身体に纏う。

そして睨む。数分で私の中の第一印象最悪ランキング堂々たる1位へと上り詰めた目の前の危険人物、魔法戦闘狂シスター・杏子を。


杏子「さあ来な……マミじゃあちと弱いが、あんたなら楽しめそうだ」

さやか「……」

439: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/23(火) 22:49:29.07 ID:abgv8H8X0

髪留めの炎で完全に燃えきったヴェールの切れ端が、炎を灯しながら灰のようにふわりと流れ落ちてゆく。

何故髪留めが燃えるのか?そういうコスチュームなのか?

わからない。いや、考えても仕方の無いことだ。


魔女や魔法少女相手では不可解な事が多すぎる。

姿に意味を探るのは危険だ。



さやか「なんで、私たちと戦うのさ」


この言葉に意味は無い。相手は戦闘狂だ。


杏子「戦いたいから戦うのさ」


ほれみたことか。


さやか「人殺しが趣味の魔法少女がいるなんてね」

杏子「殺すかどうかは運次第だよ、本気でやるから、死なないように頑張りな」


ああ、だめだこの子は。

この子にとって、人の生き死になんてどうでもいいんだ。重要なのは本気の殺し合いかどうかなんだ。


本物の戦闘狂だ。



杏子「! ……ありゃ、まただ、目ぇ離してねえのに、消えやがる」


彼女の驚きに、私の後ろのほむらが居なくなったことを知る。

といっても、私は後ろを見ない。


別に彼女の能力を知ってるわけじゃない。私に余裕がないだけだ。


正面にふらりと構える杏子から、目を離せないのだ。

440: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/24(水) 00:03:30.66 ID:0AcPNW3o0

私の視界の隅からまどかが消え、マミさんも消え、少しずつ壊れる結界の中には私と、杏子だけが残されていた。

杏子の闘志は衰えず、むしろ邪魔者が居なくなったとばかりに、槍を手の中で回すなどして、上機嫌でもあるようだった。


いくらか手遊びに興じた後、それまでの油断丸出しな動きを裏切るかのように。



杏子「っシ!」

さやか「ぐう!」


槍は素早く突き出された。


私が相手の足捌きを読めずに、剣で軌道を逸らせずにいたならば、間違いなく腹には穴が空いてたはずだ。

十分な間合いを一気に詰めて放たれる槍のリーチには何度でも驚かされるし、これから始まる戦いでも驚かされるち違いない。


なんといっても魔法の槍だ。その有効範囲は倍以上と見積もっても損はあるまい。


さやか(なら、少しでも)


こちらもリーチを稼がなくてはならない。

同時に、相手の繰り出す槍の威力に負けないほどの武器でなくてはならない。



さやか「“アンデルセン”!」

杏子「うぉお!?」


作り方は簡単だ。

二本のサーベルを、掌で包み込むようにして持つだけ。これで一本の諸刃の大剣となる。


柄を両手で握り締めれば、内側から力が沸いてくる。

人が握れば腕が折れてしまいそうな重量感も、不思議なことに微塵も感じられない。



さやか「“フェルマータ”ァ!」

杏子「!」


剣に見惚れた相手に、容赦なく大剣を振り下ろす。モーションは最少に、何よりも素早く、である。

切っ先へと流れ溢れる衝撃波が、剣以上の太さのエネルギーとなって杏子を襲った。


杏子「うっ、ぐぁ……!」


うめき声の割には随分とにやけた口元を見て、やはり恐ろしい相手なのだなと再確認する。

そして私も覚悟を決めた。


さやか「よし……全治三ヶ月くらいにはボコボコにしてやる!」

杏子「ッハ!上等だ!」


紅い髪に再び、より大きな赤い炎が灯る。

441: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/24(水) 00:08:13.91 ID:0AcPNW3o0
/ちり紙/∀)-з ココマデネ

444: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/24(水) 23:03:18.06 ID:0AcPNW3o0

杏子「あらよっと」


槍で地面を突けば、そこからすぐに動きを変える。

まるで万能な脚が一本、杏子に備わっているのではないか。そう思わせるほど鮮やかに、槍の一発で杏子は浮いた。


そして次の瞬間に、槍が6つの節に解れ、それらがまるで無造作に杏子の周囲を取り巻いた。


杏子「こいつでリーチを伸ばしてザックリ、って甘ぇ戦術は、あんたにゃ効きそうもないからな!種はさっさとバラしてやるよ!」

さやか「ありがたいね!」


内心では“ああチクショー、面倒な”と思ってるんだけど、そうも言っちゃあいられない。


杏子「ほら!」

さやか「うわ!」



鞭のように振るわれた長い槍が、私の足元を抉り取った。

その長さと遠心力による威力は、通常の槍の2倍はあろう。


さやか(!)

杏子「へっ」


しかも大振りの後にできるはずの“武器の反動”は、槍をすぐに元の形状に戻すことによってキャンセルさせている。

都合よく、鞭のように撓って伸びる槍。厄介だ。


しかし。


さやか「うおおお!」

杏子「ほお、これ見ても来るか!」


距離はある、しかし杏子のもとへと走る。

私の武器が剣であり、伸びない以上は、近づかなくては勝利は無いのだ。

小細工は相手に通用しない。ここは勇気をもって、自分の剣術を信じて切り込むしかない。


杏子「間合いに入れさせっかよ!」


再び槍が分解され、多節棍となり襲い掛かる。

腰辺りを狙った、当てることを重視する横振り。跳躍では脚をやられ、中腰では頭が避けられない、絶妙な高さ。


さやか「その位置を信じてた!」

杏子「!」


私の膝は最大限に折れ曲がり、身体はほぼ寝かせた体制で、つま先だけで床を滑る。

勢いに任せた、強引なリンボーダンス。


横に凪がれた槍は、私の鼻の3センチ先を掠めて、風だけを残していった。


と同時に私の身体は、手も着かず力任せに起き上がる。

445: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/24(水) 23:26:00.77 ID:0AcPNW3o0

さやか(危なかったあああ!身体の柔軟性があと少しでも悪かったら!顔がまるっきり削げ落ちてたし!)

杏子(やべえ、いくら元の槍に戻せるっても、このままじゃギリ間に合わねえ!)


さやか(ガラ空き!さっきの攻撃を見て伸縮の時間も把握した!)

杏子(一発格闘で凌ぐか?いやあのバケモンみてえな大剣相手にか!?冗談言えよ)


さやか(決め手はわからない、相手はいくらでも対応してくる)

杏子(やるっきゃねえ、あらゆる方法で後手から返り咲いてやる!)


さやか(ここからは私が王手をかけ続ける詰め将棋!杏子を防御だけに回らせて、ゴリ押しする!)

杏子(さあ来やがれ!攻め手は急ぐあまりにボロを出す!その小さな穴を抉じ開けるのみさ!)


距離にして槍2本分の間合い。私の大剣は切っ先を地面すれすれに構えられ、杏子の槍は未だ多節棍状態だ。


杏子(へっ)


が、杏子は末端の柄をこちらに向けた。


元の槍へと伸縮する多節棍。私の背後から迫り来る、“元の形状へ戻ろうとする”槍先。


さやか(後ろでしょ、知ってる)


が、やっと持ち上げられた私の大剣の切っ先は、既に後ろに振り被られている。

翻る私の身体、風を受けて膨らむ白いマント。

持ち上げた剣の広い刀身により、迫り来る槍先は弾かれた。


杏子(そう来るんだろ?)


ところが、私の無茶な構え方による僅かなモーションの隙を予想していたか、杏子の蹴りは既に目の前に来ていた。

剣を構えない右サイドから来る蹴りは脇腹か、頭を狙っている。杏子は最初から槍を捨てるつもりだったのだ。


さやか(ま、私もなんだけどね)

杏子(!)


杏子に向けた右肩は、大剣を振りかぶったモーションのため。

私の身体は白いマントで覆い隠され、杏子からは私の腕の動きが完全には把握できないだろう。


だから私は、大剣が戻ってくる槍を弾いた直後には、既に剣から手を離していた。


――ガコ


さやか「うぐっ!」

杏子「ぎっ……!」



マントから“ぼこん”と伸びた私の拳が、杏子の繰り出した脚の脛を迎え撃つ。


私の手は軋むような音を上げ、杏子の脛からは薄い血が出た。


452: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/25(木) 22:23:16.84 ID:Wlo9tvYx0

魔法少女の力は強い。

脚と拳の衝突だけでも、身体は数メートル吹き飛んだ。


力が強くとも体は軽い。上手く魔法少女の力を発揮するには、足場が必要だ。

これからの課題になるだろう。



杏子「――てンめぇ~……」

さやか「ふーッ……」


ここから生き残れたら、の話だが。



いつの間にやら結界は消滅し、外はすっかり闇に落ちていた。

工場の外。人気はそう多くはないだろうが、少ないとも言いがたい。

ぱっと見た限りではまだ寂れきっている工場でもなかったので、人は居るのだろう。


続けて戦うには、あまりにも目立つ場所だった。



杏子「……さやか、あたしは腹が減った……見逃してやろう」

さやか「へ、そりゃどうも、都合が良い話で」

杏子「“これ”に誓ってやる!次からは不意打ちもしねえ、安心して飯を食わせてやるし、眠らせてやる」


言って、杏子は首に下げたアクセサリーを私に向けて突き出した。

それに誓うことがどれほどの重みを持つのか、私は知らない。私がイジワルならこれほど良い交渉も無い。



さやか「……良」

杏子「ただし2つ!聞かせてもらおーか」


“良いわよ”って言おうとしたのに遮られた。向こうの決定は強制だったようです。



杏子「オマエ、煤子さんを知ってるな!」

さやか「……」

453: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/25(木) 22:42:11.62 ID:Wlo9tvYx0

剣は新たに出さない。

ただマントだけは身体を覆わせて、いつでも中で反撃の準備を整えられるように隠した。



さやか「……あんたが聞きたい事はまず1つがそれ……だけどそれはいくつもの意味を持っている……“何故煤子さんを知っている”とかね」

杏子「疑問は尽きないけどな……しかしあの足捌き、煤子さん以外にやられたことはないけど、やられてすぐに思い出した……教わったな?」

さやか「こっちのセリフ……何故煤子さんがあんたなんかを?」

杏子「私“なんか”を?くくく、バカ言うなよなぁ、あたしだからこそ……」


「おーい、うるさいぞ……誰かいるのか……」

さやか「!」


男性の声が響いてきた。

付近の住民か、それとも工場の人か。どちらかが私たちの騒ぎを聞きつけてきたのだ。



杏子「チッ……ひとまずはお預けだ、あんた、新米だろ?次やる時はもっと力をつけてきなよ、そっちの方が都合が良い」

さやか「は?自分勝手な、大体あんなのただの殺し合い……」

杏子「殺し合いくらいでなきゃ“燃えない”のさ」


ふわりと跳躍し、杏子の身体が工場の壁へ張り付く。



杏子「じゃあな!煤子さんの弟子ってんなら問題ねえ、次会う時を楽しみにしてやる……で、もう一つは今度、聞かせてもらうが……」

杏子「……あのロンゲ、ほむら……あいつ、煤子さんの妹か?」


呟くそうに言い残すと、お騒がせシスターは壁を蹴りながら去っていった。

金属ダクトがひしゃげて壊れ、破片が音を立ててコンクリに落ちる。


最後までうるさい、騒がしい奴だった。



さやか(煤子さんを知っている……一体……)


考える前に、私もさっさと工場から逃げ出した。

雷オヤジだったら怖いからね。

460: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/29(月) 00:45:53.02 ID:taMRPz5Z0

制服姿のマミさんの後ろ姿を見つけると、私は大きく手を振りながら彼女達に近づいた。

マミさんの肩を借りたほむらと、心配そうに同じく身体を支えていたまどか。


ほむらが負ったダメージは思いのほか大きいらしく、魔力での治療も渋っているのか、片足を引きずり気味に歩いていた。


ほむらは淡白だったけれど、二人は工場に残った私を心配してくれたようで、再開の頭に事の顛末について根掘り葉掘り聞かれたものだ。


私は杏子との激しいバトル模様についてはかなり省き、とりあえず、彼女自身がもう不意打ちはしないという宣言を出した旨を伝えた。

煤子さんについては……長くなるので、あえて省いた。

これから、ちょこちょこと話していく他ないんだろうけど……。


マミ「……佐倉さんとはね」


色々あった今日の魔女退治。

ほむらを支えながら歩く静かな帰路の途中、夜道に落ちて溶けそうな声でマミさんが切り出した。


マミ「私は、以前に……魔法少女の仲間として、協力してたことがあったのよ」

さやか「あいつと……」


一体どんな経緯になればマミさんと杏子が手を組むのか、私には全く想像ができない。

461: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/29(月) 01:35:23.21 ID:taMRPz5Z0

佐倉さんと出会ったのは、1年前……。

私も魔法少女として、やっと力を付け始めた頃だったわ。


その時にはもう、滅多なことでは魔女に苦戦しなくなった……今思えばその気の緩みもあったのかもしれないわ。


見滝原には大きな教会がったの。とても大きくて、廃れてしまったのが不思議なくらいの、立派な教会。

私はその日、魔女退治のためのパトロールをしていて、偶然教会の近くを通ったの。


この教会はどうして寂れたんだろうなーって、軽い気持ちで眺めていたら、丁度その教会から使い魔の魔力を感じたの。

もちろん私は教会へ向かって行ったわ……廃教会ってことは知っていたから、躊躇無くステンドグラスの窓を蹴破ってね。


けど中にいたのは、使い魔ではなく魔女。

隙だらけの格好で突入した私は、うねるような魔女の身体に捕まって、何もできないまま身動きが取れなくなったの。


今の私からしてみたら、笑っちゃうようなミスだったわ。いえ、笑えないわね。

とにかくあの頃の私は、手に入れた力に自身を持って、舞い上がっていたのよ。


魔女に捕まった私は、徐々に身体が締め付けられて、頭に血もめぐらなくなって……もうだめかと諦めた……そんな時だった。


佐倉さんが正面の扉を開け放って、現れたのよ。


そして髪留めに赤い炎を灯した彼女は……私に一切の傷をつけることもなく、二十秒もかからず魔女の身体を八つ裂きにして、倒してしまった。


私は本当に嬉しかった。自分と同じ魔法少女がいて、私を助けてくれた。

今までずっと一人で戦ってきた私は、そのときになって初めて……孤独を癒してくれる相手を見つけたの。


私は一人じゃない。誰かが私を助けてくれる。

一緒に戦ってくれる、って。

そう考えただけで私は救われた。魔女から助けてもらうよりも、それ以上に救われたと思っている。



私が協力関係を求めると、佐倉さんは「おう、いいぜ」って、それだけ言って笑っていた。

それ以来、私と佐倉さん、力を合わせて魔女を倒す……関係が始まると、思っていたんだけど……。


468: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/29(月) 23:24:11.48 ID:taMRPz5Z0

確かに佐倉さんは協力してくれたわ。

魔女との戦いでは我先にと飛び込んでいくし、私に拘束魔法の有効的な使い方をアドバイスしてくれたりね。

一瞬でリボンの網を展開して、離れた場所にもマスケット銃を生み出す。

この領域に至るまで、いろいろな特訓をしたり、魔女との実戦を重ねてきたわ。


佐倉さんのおかげで、自分の魔法に磨きがかかった。自信がついたの。

ものすごく頼りになる子だなって、ずっと思ってたわ。


けれど私は気付いてしまった。

佐倉さんは、私と一緒に戦いたいわけじゃない。強い相手と戦いたいだけなの。


それに気付いたのは、私がリボンの魔法をほぼ自由自在に操れるようになった頃……。


ある日の魔女退治の帰りに、道の先を歩く佐倉さんがぽつりと呟いたのよ。

“なあマミ、ちょっと全力を出して、私と戦ってみないか”って。


それまでもそういう組み手が好きな子だったから、私はほんの少し気を引き締めるくらいでそれに臨んだの。

佐倉さんと戦うのかあ、緊張するなあ、って。



……けれど。

いえ、宣言通りだった。

佐倉さんは一切の手加減をせず、本当の本当、魔女と戦うように……いいえ、魔女と戦う以上の本気で、私を“倒しに”きたの。


夕時の河川敷は他に人も物もなかった。けれど私は恐ろしかった。

久しぶりの恐怖だった。いつもなら一般人を死なせたくない、周りを巻き込みたくないって戦っていた私が、自分自身の身を案じて、逃げ回るなんてね。


リボンも銃も、何も効かなかった。今まで培ってきたはずの技術は全て佐倉さんの槍に切り裂かれて、消え去ってしまう。

体中にいくつもの深い傷を負ったし、戦っている最中に吐いたり、泣いたり……情けなかった。


そんな私の姿を見て、佐倉さんの興は冷めてしまったのね。

今まで私と一緒にやってきたことなんて全て忘れたように、私からは一切の興味をなくして、見滝原を出て行ってしまったのよ。


それが、私と佐倉さんとの関係……。

471: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/29(月) 23:59:30.27 ID:taMRPz5Z0

さやか「……」

まどか「マミさんにそんなことが……」

ほむら「……」


マミ「私、思えば佐倉さんのことを何も知らなかった」

マミ「彼女が普段どうしているのか、何を考えているのか……聞くタイミングを作れなかったといえばそれまでだけど」

マミ「……ごめんなさい、私は佐倉さんとは知り合いだけど……何も知らないんだ」


儚げな顔をこちらに向けて、マミさんは寂しそうに笑った。


ほむら「杏子が異常なだけよ……それを理解できるのは、同じ異常者だけ」

マミ「……」


憮然と歩くほむらが零した言葉は、きっとマミさんへのフォローなのだろう。


さやか「……じゃ、私こっちだから、またね」

まどか「うん、気をつけてね、さやかちゃん」

さやか「へへ、また明日ね、マミさんも、ほむらも」

マミ「そうね、明日学校でね」

ほむら「ええ……」


それぞれが別々の場所に靴先を向けた。

ほむらだけはまどかと一緒で、彼女を家まで送り届けるらしい。


さやか『……あのさ』

ほむら「!」

さやか『ちょっと、やっぱ今日のことで聞きたいことがあるから……ほむらだけ、後でここに来てくれないかな』

ほむら『……ええ、わかったわ』


黒髪を闇の中にはためかせながら、ほむらはまどかと去っていった。

彼女はまどかを送り届けて、その後戻ってくる。



さやか(……ほむらとは、良く話しておかないと、ダメなのかも)

476: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/31(水) 00:24:18.22 ID:NSJtf5+c0

街灯の明かりだけが灯る、見滝原の中では小さめな公園のベンチで座っていた。

腿を擦り、スカートの丈を伸ばす。夜になると、やっぱり寒気がする季節だ。魔法少女になってもそれは変わらないらしい。

そう考えてみると、この時期でもほむらの黒ストは正しい選択のようにも思えた。

……とも思ったけど、やっぱりさすがに暑過ぎるなぁ、あれは。



ほむら「今日のことで話って、一体何?」

さやか「お」


後ろからの声に振り向けば、そこにはほむらがいた。

その姿を認めると同時に、何かが私の顔に向かって投げ込まれる。


さやか「うおわっ!?って熱っ!?」


咄嗟に掴んだそれは、缶のあったか~いミルクティーだった。


さやか「……おおー」

ほむら「何も飲んでないし食べてないでしょう、買ってきてあげたわ」

さやか「……えへへ、ありがとう」


意外なこともするもんだ。

本質的にドライで冷たいタチの方が勝ってる子だと思ってたけど、感情が読めないだけで、結構気も利くらしい。


缶紅茶を腿に挟み、暖かさを堪能する。



さやか「――……」

ほむら「ん?」


私の隣に座ろうとするほむらの姿を見上げ、私は思わず絶句してしまった。


こんなシチュエーション、こんな優しさ、こんな……ほむらの姿が、

あの日々とまるでそっくりだったから。

477: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/31(水) 00:32:51.82 ID:NSJtf5+c0

ほむら「それで、今日の話って?」

さやか「あ、う、うん」


ベンチをずれて、ほむらの分のスペースを空ける。

並んで座ると、本当に昔を思い出すようだ。けど今はそれを振り払って、話すべきことを喉の奥でまとめる。



さやか「……前にさ、私、ほむらに変なことを訊いたことがあったよね」

ほむら「ああ……ススコっていう人の話かしら」

さやか「よく覚えてるね」

ほむら「初めてのことだったから」


そりゃあなかなか、誰かの妹ですか?とか訊かれることなんてないだろうけどさ。


さやか「……本当にほむらは、煤子さんのことを知らないの?」

ほむら「知らないわ。……今日の事と関係があるのかしら、その、ススコという人は」

さやか「うん、かなりね……ある、と思う」


少なくとも私の拳に受けた痛みは、間違いなく煤子さんとのつながりがあるのだ。


さやか「私は昔……もう4、5年近く前になるんだ……煤子さんと出会ってからね」

ほむら「……」

さやか「煤子さんは私に色々なことを教えてくれた、先生のようなお姉さんだったんだ」


481: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/10/31(水) 23:37:26.64 ID:NSJtf5+c0

さやか「煤子さんは私にお願いをしたんだ……あの時、煤子さんは私の事を知っていたけど、私は知らないのに」

さやか「まるで私のことを、自分の子供のように……自分の分身であるかのように、“こう生きて欲しい”って……」

さやか「それは多分、病気を患っていた煤子さんが私に託した、煤子さんが受け継いで欲しかった生き方なんだと思う」


色々なことを教えてくれた煤子さん。

生きる上での大切なことを、その大事な大事な輝く部分だけを丁寧に選んで、それらを綺麗に並べた宝石箱を、私にプレゼントしてくれたのだ。


ほむら「……煤子さん、か……さやかの過去に、そんな人がいたとは思わなかったわ」


ほむらは自分の分のピルクル(!)を飲みながら、どこか合点がいったのか、話の折に触れてはしきりに頷いていた。


さやか「うん、でね?その煤子さんとほむらがさぁ、すごいそっくりなんだよ」

ほむら「……そんなに?」

さやか「うん……多分……」


じっとほむらの靴から顔までを見る。

……んー、こんな感じだったっけ。こんな感じだったような。

もうちょっと煤子さんのが格好良くて、大人っぽかったような……。


手元のピルクルとストローの存在が、私のイマジネーションに巨大な砂嵐を発生させている……。


ほむら「私はもちろん煤子さんではないし、妹もいなければ姉だっていないわよ」

さやか「うん……ていうか、居たとしても東京だしねぇ」

ほむら「両親がここに来てたっていう話も聞いていないわね」

さやか「他人の空似か……」

ほむら「……」


神妙な沈黙が続く。

482: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/01(木) 00:06:05.81 ID:QQjC++VO0

ほむら「……全く根拠もないし、仮定の話でもないけど……他人の空似では、ないかもしれないわ」

さやか「え」


心当たりが?と聞きそうになったが、心当たりはなさそうだ。

では何故か。


ほむら「さやか、貴女はとても……信頼できる、まだ短い間だけど、それがわかったわ」

さやか「な、何をー?急に……」


真剣な眼差しに思わずたじろぐ。


ほむら「煤子さんとは何者か……それに心当たりがあるといえば、ある……」

さやか「!」

ほむら「早まらないで、それを話すためには……私が持っているいくつかの秘密を話す必要があるの」

さやか「秘密って……」


それは普段からほむらが私に隠し続けていることと関係があることなのだろう。

頭の中で推理しようと考えをめぐらせていたところに……。



QB「秘密か、それは僕にとっても気になるね」

ほむら「!」

さやか「キュゥべえ」


公園の闇の中からキュゥべえが歩いてきた。

不自然なほどに真っ白な身体は、野良ネコと見間違うこともない。

483: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/01(木) 00:19:02.82 ID:QQjC++VO0

ほむら「……何をしに来たのかしら」

さやか(げー)

QB「僕が魔法少女のもとを訪れちゃあ悪いのかい?いいじゃないか、今の今まで、君を気遣って離れていたんだから」


ほむらの殺気が目に見えるようだ。が、キュゥべえはそんな怒りも知らん振りで、悠然とこちらのベンチの上に座った。


QB「いやぁ、それにしても久しぶりに聞いたね、その煤子という名前」

ほむら「!」

さやか「え!?」

QB「前に杏子がよくその名前を出していたよ、まさかさやかまで会っていたとは思わなかったけどね」

ほむら「……杏子は何故あんなに好戦的なのか、あなたは知っているんじゃないの」

QB「君たちくらいの女の子の感情っていうのは難しいからね、僕では想像の域を離れないよ」

ほむら「……」


私達女子中学生のみんなの杏子のような性格だと思わないで欲しい、と言いたかったが、あえて言いません。


QB「僕としては煤子という人物について、あまり気にはならないんだけど……ほむらの秘密というのには、少し興味があるね」

ほむら「……」

498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/01(木) 23:20:29.22 ID:QQjC++VO0

ほむら「さやかにもまだ言えない事を、あなたに教えるわけがないでしょう」


憮然と白猫を見下ろし、ほむらはベンチから立ち上がった。


QB「残念だ、ほむらのことはあまりよく知らないから、勉強しようと思ったんだけどな」

ほむら「私との関係を築きたいのであれば、まずは杏子が暴走しないように押さえつけておくことね」

QB「それができたらどれだけ風見野は平穏になるだろうね」


なるほど、キュゥべえも杏子を止めようと努力したことはあるらしい……。


さやか「なんか、ごめんね、よくわからない話で呼び戻しちゃって」

ほむら「構わないわ、私こそ……話せないことが多くて、ごめんなさい」

さやか「ううん、ぜーんぜん気にしてない!まぁ、今日は色々とあったけどさ、明日からも頑張ってこう!」

ほむら「ええ……」


何か言いたげに視線を落とし、口を何音か開閉した。


ほむら「……私があなたに秘密を打ち明けるには、もうちょっと時間が必要だと思ったの」

さやか「時間?」

ほむら「ええ……時間を頂戴、なるべく早く、答えを出すから」

さやか「話すべきか、べきではないか」


彼女は無言で頭を垂れる。


ほむら「じゃあね、さやか」

さやか「うん、じゃあ、また!」

ほむら「……ふふっ」

さやか「!」

ほむら「なんでもない、また」


彼女が最後に残したのは、いつかのように可憐な微笑みだった。

505: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/04(日) 02:21:56.28 ID:iq90nbLh0

† 8月13日


雨が降らない日は続く。

蒼天の下で、煤子さんの後姿を見つけると、私は走り出した。


さやか「煤子さーん!」

煤子「きゃっ」


後ろから抱きつくと、煤子さんはふらりとよろめいた。


煤子「危ないじゃないの」

さやか「へへへ」

煤子「こんなに汗かいて、赤くなるわよ」

さやか「えー?そうなの?」

煤子「後ろ向きなさい、拭いてあげるから」

さやか「はーい」


近くの水飲み場で濡らした白いタオルで、よく身体を拭いてもらったものだ。


煤子「……」


ひんやりしたタオルが気持ちよかった私は、そのときの煤子さんの、少し曇った表情に気付けなかった。

いや、気付いてはいたけれど、もともとミステリアスな部分を多くもった煤子さんだ。大して気にも留めていなかったんだ。

506: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/04(日) 02:48:01.31 ID:iq90nbLh0

背中に当たるタオルが冷たい。


煤子「ねえ、さやか」

さやか「うーん?」

煤子「一度だけその手が届くなら」

さやか「え?」


煤子「一度だけその手が届くなら、って思うことは、多いわよね」

さやか「えー……っと……?」


煤子さんの喋ることは時々、よくわからない。

遠まわしで、抽象的な事が多いのだ。


煤子「短距離走で、あとほんの0.1秒速ければ……とか」

さやか「ああ、うん!あるよ!この前7秒切れるかなって思ったのに……」

煤子「そう、その気持ちよ……もちろん、今のさやかなら大抵のことは練習でなんとかなると思う」

さやか「うん!そんな気がするんだ」


煤子さんに出会ってから、頑張る楽しみを覚えた。そう自覚したのは、随分早かったのだ。

勉強もやるようになったし……。


煤子「けど、あと一歩届きたいと思う気持ちもある……それも、いつだっていくらでもあるわ」

さやか「うん?……うん、そうだね」

煤子「――全ての力をこの時のために注ぎたい」

さやか「っつ!?」


背中にジャリっとする痛みが走った。


煤子「忘れないで」

さやか「いたたた……な、なんですか今の!」

煤子「ふふ、ごめんなさい、強く擦っちゃったかしら」


† それは8月13日の出来事だった

511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/11/04(日) 23:54:35.94 ID:iq90nbLh0


ほむら「おはよう、巴さん」

マミ「おはよう、暁美さん」


苗字で呼び合うことを“よそよそしい”と勝手に決め付けないでいただきたい!

これでも進展したんです!私は頑張ったのです!



まどか「マミさん、おはようございます」

さやか「おはようございます!」

マミ「うん、おはよう、二人とも」


通学路で偶然出会った巴さんとの挨拶である。といっても、校門はすぐ目の前。

すぐにお別れとなるだろう。周りの目や耳もあるので、込み入った話はできない。


まぁ、メールで昨日について振り返ってもみたので、急いで話すこともないんだけど。


それでもこうして朝、みんなが同じ場所にいるということに安心感を得ることはできた。

杏子に闇討ちされてたらどうしよう、と昨日の寝る前に思わなかったこともない。1分経たずに熟睡したけどね。


まどか「さやかちゃん、ほむらちゃん、改めて、昨日は本当にありがとう!マミさんもありがとうございました!」

ほむら「私としてはまどかを一切に巻き込みたくは無いけど……まどかを正しく納得させるためには、こうして魔女退治につき合わせるのも、ひとつの手なのかもしれないわ」

マミ「あら、暁美さんはまだ反対なのね?」

ほむら「これだけは、譲れないから……」


柄にも無くみんなを最後尾から見つめて、約束の時間にやってこなかった仁美のことを想う。

今日はどうしたんだろう。