ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが… その1

267: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 00:58:35.05 ID:noxIO77/0

 「あれがオークランド研究所か」

ダリルがつぶやくように言う。アタシは、日も暮れかけたころ、ダリルと、マライアと研究所を望める切り立った崖の上に居た。

フレート達はマークとハンナと一緒に少し休ませている。

 アイナさんとキキは、ベルントに頼んで、アルバ島に送ってもらっている。

残る、と言い張ったアイナさんだけど、正直、これ以上アイナさんを危険にさらすことはできなかった。

だから、ペンションでアタシ達の帰りを待っててくれと、なんとか頼み込む形で、折れてもらった。

 それにしたって、この研究所は、まいった。

所内の様子をみて、アタシはまず、まっさきに後悔した。最初の判断がそもそも間違ってたんだ。

アタシがこっちに来るべきだった。なんだ、この警戒態勢?

レナ達の侵入がバレて警戒レベルが上がったんだとしたって、厳重すぎる。

この広い敷地に、監視塔、見回りの警備兵、機銃を積んだトラックまでもがあちこちに配備されている。

ニュータイプ研究所が、こんなに厳しい警備体制を敷いているなんて、思ってもみなかった。

「これはちょっとすごいね」

マライアが双眼鏡をのぞきながら感嘆している。

「隊長の野郎、無事なんだろうな…」

「大丈夫でしょ」

ダリルの言葉に、マライアが言う。

「だって、隊長だもん。『ヤバくなったら逃げろ』の創始者だよ?あのとき、言ってたじゃない。

 『逃げて助けを呼ぶもよし、逃げて隠れて、チャンスをうかがうもよし』だよ」

マライアがさらに明るい口調で続ける。

「隊長はたぶん、支援の要請をフレートさん達に任せて、自分は残ったんだよ。

 今もきっと、あの基地のどこかにいる。情勢を整えながら、たぶん、なにかの準備をしているか、

 そうでなきゃ、一瞬の、決定的なチャンスを息を殺して狙ってる…」

「そうだな、あの人は、そう言う人だ」

アタシはマライアの言葉にうなずいた。

 おそらく、アタシらが行動すれば、隊長は何かしらの援護をしてくれるはず。でもそれが何かまでは分からない。

いや、分かる必要はないんだと思う。むしろ、こっちから隊長にわかるように伝える方法を考えた方が良いくらいだ。

あの研究所のどこにいるかわからない隊長に、それをするのはたぶん不可能だとは思うけど。

268: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 00:59:18.93 ID:noxIO77/0

「ダリル、見取り図は手に入れられないのか?」

「正直、難しいところだ。さっきハッキングかけてみたが、おそらく、見取り図の情報はプロテクトの中。

 足跡を残さなきゃならんし、プロテクトを破った瞬間にバレる。それでも良いってんなら、手に入れられなくもないが…」

「事前に入手するには、リスクが大きすぎる、か…」

ダリルの言葉に、息を飲んだ。これは、簡単じゃないぞ…

それこそ、隊長が中からデータを送ってくれたりしてくれたら多少は楽なんだけど…

そもそも、あの研究所の構造からしてわからない。

 地上に出ている部分は、レナ達が潜入したっていう本棟と、そこから少し離れた研究棟、

さらに、巨大な格納庫や工場のような施設もある。

隣接するバカみたいに広い、滑走路のような広場は、おそらくここで実験している兵器の試験場。

これだけデカい施設だ。付け入る隙は、どこかにはあるだろう。

でも、デカすぎて全体を把握したうえでどこに付け入っていいのかが、まずわからない。

情報が少なすぎるが、集めようにも、ダリルが言う様に、情報自体がかなり厳重に守られている。

 さて…どうするべきか…そう考えて、真っ先に視界に入ったのが、悔しいけど、マライアだった。

「マライア、どう思う?」

アタシが聞くとマライアは少し考えるしぐさを見せてから

「んー、まぁ、最終的に、バレないように、っていうのは、難しいよね」

と口にした。

「それなら、こっちがいかにして、こっちに有利なように対応してもらうようコントロールした方が良いよね」

「混乱の方向を誘導するってわけだな」

「そう。いまの状態で研究所に突っ込めば、どうしたって、レナさん達を救助してきたってバレちゃう。

 あの戦力がレナさん達のところに集中しちゃったら、いくらなんでも突破できる感じはしないしね」

マライアの言うことはもっともだけど…じゃぁ、敵をどこにどう、誘導する必要があるのか…

「狙うなら、格納庫か」

ダリルが言った。

「あの格納庫なら、建物からずいぶん距離もあるし、あそこを狙えば、まずは中身を守ろうとするだろう。

 次の目標は、その隣の工場」

アタシは双眼鏡で位置関係を確認する。確かに、その両方の施設は本棟からは離れている。

あそこに敵をおびき出して、その隙に救助と脱出をする…

確かに、多少の戦力は削げるかもしれないが、それでも簡単ではないだろう。

「もうひと押し、なにかほしいな。押すんじゃなけりゃ、やっぱり中の様子を事前に知っておくとか」

「確かに、レナさん達の場所と研究所の構造が分かっていれば、アドバンデージにはなるんだよね…」

アタシの言葉に、マライアが同意してくれる。頼りになるよな、あんた。ホント、なんか悔しいんだけどさ。

「でも、やっぱりそれは望めないから、代替え案」

「なんだよ?」

「隊長お得意の、アレ、でどうかな」

マライアはそう言ってニッと笑う。

269: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 00:59:50.43 ID:noxIO77/0

「ハッタリ?」

「そ。格納庫と工場を襲撃して、混乱させて、その隙に、ティターンズの陸戦隊に変装して研究所に入る。

 さすがにその状況なら、所属確認なんてしている暇はないだろうから、多少は自由に動けるでしょ?

 その先は潜入班の力量次第だけど、たとえば、警護任務を仰せつかったから、

 捕虜の位置を知りたい、とか、そんなこと言って場所を聞き出すのもありだと思うし」

なるほど…悪くないように思える。

うまくいけば、捕虜を奪回されないために急ぎ移送する、とか言って、連れ出すこともできるかもしれない。

あのデカい施設で、あの警備の数だ。いちいち他部隊所属の人間の顔なんて覚えてないだろう。そこに付け入る隙がある、か。

 「それで行こう」

アタシはマライアとダリルの顔を交互に見てそう告げた。二人は、引き締まった表情で、首を縦に振ってくれた。

「なら、とっと戻って班分けだな」

「うん、そうしよう。あたし、フレートさんにお願いしたいこともあるしね」

二人の言葉を聞いて、アタシもうなずき返して、とりあえず、サンフランシスコの街へ戻る道のりを車で戻った。

 途中のケータリングのお店で夕食を買って、フレート達の待っているホテルに戻った。

そこで、夕飯を食べながら状況と作戦を説明して、班分けをする。

 潜入班には、アタシと、ハンナにマークで決まった。

二人は、今の軍の状況に詳しいし、戦力的なことはちょっと不安があったけど、アタシがカバーできる範囲だと思う。

それから、外部の支援にダリル。情報連携は重要になってくる。

問題は、研究所の地下に入った際に連絡が出来なくなることが想定されるってことだ。

それについては、これからダリルに対策を練ってもらう。

どうやら、思い当たるところがあるようなので、そいつは任せることにした。

それから、格納庫と工場の襲撃は、マライアにルーカスとポール。

そのことで、マライアはフレートにしきりにアナハイム社の工場の場所を聞いていた。

何を考えてるんだか知らないが、こいつなりの考えがあるんだろう。アタシはもう、何も言うことはなかった。

任せるよ、マライア。

 それからフレートとキーラには、逃走路の確保をお願いした。

正直、レナ達の件で責任を感じている様子があって、前線からは遠ざけたかった。

なにより、そもそもフレートは戦闘の一番ひどいところに飛び込んで行って暴れるクセがある。

そんなことを、責任を負われてやられたら、正直、特攻でもして死にかねない。

そんなことを考えていたアタシの気持ちを見透かしたのかマライアが

「フレートさん達は、もうここに入って長いんでしょ?

 あたし達はまだ土地勘もないし、できれば逃げ道をいくつか考えておいて、手段も準備してくれてると助かる」

なんて援護してくれた。気の利くマライアなんて、なんか違和感あるよな、と、あとで言ってやろうと思う。

 そんなこんなで、配置は決まった。決行は明日の早朝。

時間的な猶予はないから、なるべくなら今夜にでもやりたかったけど、

あいにく、昨日の夜の飛行機の中から作戦会議と対応の連続でみんなロクに寝てない。

さすがに、ここらで一眠りしておかないと、作戦自体に支障が出ちゃいそうだ。

270: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 01:01:10.76 ID:noxIO77/0

 会議が終わって、みんながそれぞれの部屋に戻った。

 アタシもシングルの自分の部屋に戻ってシャワーを浴びてからベッドに入ったけど、

レナのことを考え出したら寝るに寝れなかった。

 明日のこともあるし、早く寝なきゃな、と思いつつ、ホテルの地下にあるバーへ向かった。

カウンターの席について、バーテンにバーボンをロックで頼む。焼ける様なうま味が喉と体にしみわたっていく。

これで、すこし気持ちをほぐせば眠れるだろう。

まだ、胸の内にくすぶっているもどかしさを静めるにも、多少のアルコールは必要だ。

 カラン、と、バーの入り口のドアについていたベルが鳴った。

「アーヤさん」

呼ぶ声がしたので振り返ったら、マライアがいた。

「マライア」

彼女の名を呼ぶとその後ろから

「私たちも来てますよ」

とハンナとマークも顔を出した。

 「寝なくて平気なのか?」

アタシが聞くと、マライアは笑って

「アヤさんこそ」

と言いながら、

「仲直りしようと思ってね。ハンナとマークと」

と二人を見やった。

 そういや、二人はマライアのことを快楽殺人者だと言ってたもんな。

事実が分かってもまだ、うまく溶けないわだかまりもあるんだろう。酒の肴にして忘れるのは、良い案だ。

 アタシがスツールをずれてやると、3人は並んで座った。

「ジントニックお願いします」

「私は、スクリュードライバーで」

「ウイスキーあるか?オススメの銘柄を頼みたい」

3人は酒を注文した。

 3人分揃うのを待って、一緒に乾杯する。なんだか、ジャブロー防衛戦前夜の、戦勝祈願会を思い出した。

あれ、結局みんな撃墜されたけど、防衛は成功したし、誰一人死なずに帰還できた、って意味では、アタシらの勝ちだった。

だからまぁ、そんなのを思い出しても別に縁起が悪いわけでもないよな。

271: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 01:01:47.92 ID:noxIO77/0

 「だから、マークの報告書は笑っちゃったんだよー。内容が痛烈すぎて、もう可笑しくってさぁ。

 もうね、『そうそう、ホントそうだよね』とか思いながらルーカスと読んでたんだよ」

「あんなのを書いて、懲罰もけん責もなくのらりくらりで、挙句には部下になれなんて何考えてんだとは思ってましたけど、

 こういうことだとは想像もしてませんでしたよ。気に入られてたっていう理由が分かりました」

「大尉は、私たちが捕虜に食事を提供してたのも知ってたんですか?」

「もちろん!死体袋に詰めて逃がす前に、大抵の人が、そのことを言って心配するんだよね。

 『彼らを悪いようにしないでやってくれ』ってね。まぁ、他にバレないうちは、処罰するつもりもなかったけどさっ」

「これが終わったら大尉はどうするつもりですか?ティターンズに戻るとか?」

「いやぁ、もう無理でしょ?爆発に巻き込まれて死亡って、ことになってると思うしね。

 それに、ほら、クワトロ大尉の演説もあったでしょ?」

「クワトロ大尉?」

「あ、ええっと、シャア・アズナブル、キャスバル・レム・ダイクンの…」

「あぁ、ダカール宣言、ってやつ」

「そうそうそれ!あれのお陰でティターンズはもう地球にはいられないセンが濃厚だからね。

 今じゃ、あっちこっちから撤退して宇宙に上がってるよ。

 オーガスタからも、あと一週間もしたら、ティターンズは撤退するんじゃないかなぁ。

 アクシズとの協定も決裂しかけてるらしいし、もうどこからどう見ても賊軍だよね。

 連邦がエウーゴの支援を表明するなんて、てんでおかしな構造になっちゃってるくらいだし」

「確かに、エウーゴってAnti Earth Union Governmentの頭文字でしたよね?反地球連邦政府組織を地球連邦が支援って…

 エウーゴにしてみたら、こんな妙な話はないでしょうね」

「そうそう、だからいい機会だし、あたしももう隠居しようかなって」

「そうなんですか?せっかく良い関係になれそうなに…残念です」

「そうでもないよ、たぶん、アヤさんのところのペンションで働いたりしてると思うしね」

「本当ですか?じゃぁ、落ち着いたら遊びに行きますね!」

3人は、楽しそうに話しながら笑っている。

マライア、途中でアタシもびっくりするようなことを勝手に口走ってるけど、まぁ、流しておこう。

 それにしてもマライアに部下が、ねぇ。想像もしてなかったけど、今のマライアを見てたら、それもなんだか自然に思えた。

部下、なんて言ったら「それは違うよアヤさん!」なんて言いそうだけど、

まぁ、アタシとあんたの関係みたいなもんなんだろうな。

 マライアは底抜けに明るいし、抜けた感じもあるけど、そこがまた憎めないし、威張るわけでもないし、部下には好かれそうだ。

ははは、マライア・アトウッド大尉、か。ティターンズだし、あの頃の隊長よりも偉くなってるんだよな。

こいつが、アタシらみたいなやつらを引っ張っていく姿も、なんとなく見てみたい気もするな。

いや、なんなら、アタシも引っ張ってもらったっていいかも、とも思う。

あんたみたいな隊長の下でなら、きっと軍人なんて仕事も楽しく感じられるかもしれない。

それこそ、オメガ隊にいたころみたいに、さ。

272: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 01:02:59.46 ID:noxIO77/0

 なんてことを考えてニヤついていたアタシの視線に気が付いたようで、マライアはこっちを向いて

「アヤさん、なぁに?あたしに見とれてた?」

なんてワケのわからんことを言いだした。感心してやってたのに、台無しだよ、あんたさ。

「ホントにさ、生きてて良かったよ。あんなんじゃ、いつ死んでもおかしくないかもって覚悟してたところもあるんだ。

 それがまぁ、8年経ってティターンズとはな」

皮肉のつもりで言ってみたんだけど、マライアはそれを聞いたとたんに、目を潤ませ始めた。

だから、部下の前だってば。泣くなよ、おい。

 アタシのそんな想いもむなしく、ポロポロと涙をこぼし始めたマライアはアタシにすがるようにして言った。


「ずっとずっと、誰かの役に立ちたいと思ってきたの…

 隊のみんなのように、隊長みたいに、誰かを、大事な仲間を支えて守れる人になりたいって、

 アヤさんみたいに、みんなを励まして、元気にして、

 ダリルさんみたいに、仕事ができて、機転が利いて、頼りになる人になりたいって。

  だからあたし、頑張ってきた。みんなに甘えたかったし、頼りたかったし、

 泣きつきたいって思ったことも、なんどもあった。でも、それでも歯を食いしばって頑張った。

 そうしたら、仲間が出来たの。ルーカスや、ティターンズに入るときに離れちゃって、今は死んじゃったけど、

 ライラっていうパイロットとか、ハンナも、マークも、ポールもそう。

  こんなこと、考えてもなかったんだけどね…あたしはただ、オメガのみんなと一緒にいたくて、

 胸を張ってあたしはマライア・アトウッドだって言えるようになって、

 それで、みんなと並んで歩けるようになりたいって、ただそれだけを目標に頑張ってきた。

  アヤさん…あたし、今、どんな風に映ってる?

 アヤさんの目に、マライア・アトウッドは、一人前のオメガ隊員になってるって、そう映ってる?」


バカだな、あんた。そんなこと、今更言わなきゃわかんないのかよ?

いや、言ってほしいのかもしれないな、甘ったれは甘ったれだし…。

でも、そっか…あんたは、ソフィアを守ってたあんときに、そんなことを考えてたんだな…

だから、宇宙になんか飛び出して行っちゃったのか。このままじゃいけない、なんて思ったんだろうな。

それで、8年も、アタシ達には一切会わずに、頑張ってきたんだな…

 本当に、アタシはうれしいんだ。あんたが、そうやって自身持って輝いてる姿見るのはさ。

偉かったな、頑張ったな、マライア…。


273: ◆EhtsT9zeko 2013/07/02(火) 01:04:38.73 ID:noxIO77/0

 「だから、言ってやっただろう?アタシの答えは、ひとつだけだ。『おかえり』」

「うん…うん!ただいま、アヤさん…マライア・アトウッド曹長、ただ今、オメガ隊に復隊しました!」

マライアは何を思ったか立ち上がってそう宣言し、アタシに敬礼してきた。

曹長、か。あんたの基本は、そこなんだな。いくらティターンズで階級が上がったって、関係はなかったんだ。

それそこ、そんなもの、道具でしかなかったんだな。

 あんたはこれまでずっと、そう言う経験が、“マライア・アトウッド曹長”を成長させるための、

隊の皆を、支えて、守れる存在になるための肥やしにしてきたんだな。

 だとしたら、はは、確かにそうだな。マライアの変わってない甘ったれなところも、そりゃぁ当然だ。

なんたって、こいつは、あのときのまま、経験が豊富になった“曹長”なわけだからな。

 マライアの敬礼には、敬礼を返さなきゃいけない。アタシも立ち上がってマライアに敬礼を返しながら

「おかえり、マライア・アトウッド曹長。アタシや、友達のアイナを守ってくれて、ありがとうな。

 本当に帰ってきてくれてうれしいよ、マライア。おかえり、アタシの妹。

 8年も、偉かったな…良くりっぱになって帰ってきてくれた。これからは、ずっと一緒だ。

 アンタはもう、オメガ隊から二度と出て行っちゃダメだからな。

 それから…頼む。明日は、アタシとレナのために、力を貸してくれな…頼りに、してるから」

と言ってやった。

「ふぐっ…ううぅぅっ…」

アタシが言ってやると、マライアは途端に声を上げて泣き出した。

それからもちろん、アタシに突っ込んできて抱き着いて、胸に顔をうずめて、わんわんと悲鳴のように泣き出す。

 妹か…良く言ったもんだ。アタシもいつのまにか、すっかりあんたの姉さんになってたみたいだ。

あのころはお遊び程度の呼び名くらいにし思ってなかったけど、でも、隊の皆は家族だった。

マライア、あんたもやっぱり、妹だったんだよな。だから、姉として、あんたが返ってきてくれたのが、何よりうれしい。

良かった、本当に、良かったよ…

 「ははは。大尉、飛行機での中でもそうだったのにな」

「きっと、アヤさん達の役に立ちたくて、ずっと頑張ってきたんだね…

 私も、アヤさんや、マライア大尉みたいに、立派になれるかなぁ」

マークとハンナがそう言って笑っている。

 はは、そうだな。アタシがマライアの姉ちゃんなら、マライアはあんた達の姉ちゃんだ。

こんな甘ったれだけど、たぶん今じゃ、アタシやダリル、隊長よりすげえかもしんないからな。

こいつを見習っておけば、あんた達もやれるようになるさ。

 そんなことを思いながら、アタシはマライアの頭を撫でまわした。でもな、マライア。

まだだからな。この状況が終わるまで、ちょっと待ってくれな。そしたら、今まで我慢してたぶん、目一杯甘えさせてやる。

アタシも、もっと別の、言いたかった言葉を聞かせてやる。だからそれまで、アタシに力を貸してくれ。

 な、マライア。頼んだからな…。

 バーに流れていたピアノソナタの音に混じって、溶けた氷がバーボンのグラスの中でカランと鳴った。

280: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:56:10.32 ID:RggOFisF0

 翌朝、セットしていたアラームの音で目が覚めた。

外は真っ暗。それもそのはず、時間はまだ午前4時だ。4時30分に最後の確認の打ち合わせをして、5時にはここを出る。

 マライアだけは別動で、すでにどこかへ出かけているはずだ。合流はなし。

作戦決行は6時で、マライアはその時間に格納庫と工場へ攻撃をしかける算段になっている。

 アタシは荷物をまとめて、部屋をで、フレートが準備していたワンボックスに乗り込んだ。

中は機材が山ほど積まれていて、ここがダリルの前線基地になる。

フレートとキーラさんもここで別れて、基地のそばにある街の市街地で防弾装備を整えた車を待たせて待機。

 アタシ達の車がオークランド研究所の近くにつけば、配置は完了でマライアを待つだけになる。

フレート達に別れを言って、ダリルが車を走らせた。

 途中のドライブスルーで朝食を買う。腹が減ったら戦闘は出来ないからな。

研究所の近くに着いてから、すぐに無線の確認をする。フレート達とも感度良好、マライアともつながっている。

建物の見取り図は、格納庫襲撃後にハッキングをかけて、ダリルからアタシらに連携されることになった。

研究所内の無線についても、内部にある有線の通信回線に無線用の受信機を取り付けることで対応できるそうだ。

取りつけには、10秒もかからないから、隙を見てやっておこう。

281: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:56:50.16 ID:RggOFisF0

 持っていく機材と、装備の最終チェックをする。漏れはない。マークとハンナも、大丈夫そうだ。

引き締まった表情で、アタシを見つめている。

 マライアが格納庫への攻撃を始めたら、アタシらは車で研究所につっこむ手筈だ。

「マライア、こっちはいつでも行ける」

アタシが無線のマイクに向かって言うと

<りょーかい!あと3分待ってね、もうじき着くから!>

とマライアの声が返ってきた。

 着く、ってどういうことだ?あんた、格納庫にいるんじゃないのか?

てっきり、基地で使ったみたいな爆弾でも仕掛けているのかと思ってたんだけど…?

 アタシがそんなことを考えているうちに、突然、研究所全体からデカイ音が鳴り響きだした。

ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ、ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ

 これは、サイレン?警報だ。なんだ、マライア、敵に見つかりでもしたのか?

「警報…空襲警報だ!」

マークが叫んだ。空襲警報?!あいつ、まさか…!

 アタシは気づいた。気づいたのと同時に、どこか遠くからけたたましいエンジン音が鳴り響いて近づいてくる。

見上げた空を、グレーの機体が切り裂くように飛びぬけた。

 研究所内の動きがあわただしくなる

。施設の中に駆け込んで行くやつもいれば、トラックの機銃を握って迎撃態勢をとっているやつもいる。

バタバタと、まるでアリの巣の中みたいな混乱だ。

「おい、マライア、その戦闘機に乗ってんのか?!」

<戦闘機じゃ、ないよっ!>

マライアの声が聞こえたと思ったら、戦闘機じゃないというその飛行機が旋回してきて、格納庫に向けてビームを放った。

ビームは格納庫の天井を貫いて小さな爆発を起こす。

 と、格納庫の前扉が吹き飛んで、中からモビルアーマーが姿を見せた。

「アッシマーだ!」

マークが叫ぶ。それも、3機!マズイぞ、マライア!モビルアーマー相手に戦闘機なんて…

逃げるだけならいざ知らず、戦闘だなんて!

「マライア、気をつけろ!」

車を研究所の敷地に向けて走らせながら怒鳴る。しかし、当のマライアからは、抜けた声色で返事が返ってきた。

<ふっふーん!今日のマライア・アトウッド“曹長”は、無敵なんだよ!アヤさん!>

バカ、何言ってんだ!あんたがいくら腕が良いとしたって…機体の性能差ってのは厄介なんだぞ!

 そう言ってやろうと思って、見上げていた空で、マライアの機体は、その…変形した…!?

282: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:57:32.05 ID:RggOFisF0

「あれって…」

「エウーゴの可変モビルスーツ!?あの、ガンダムタイプ!?」

なんだって?ガンダムタイプだ?あれが?!

「マライア、あんたそんなもんどこから!?」

<フレートさんに工場の場所聞いて借りてきた!ていうか、アヤさん、外は良いから急いでレナさん拾ってきて!>

「…わかった、マライア。頼むぞ!」

<まっかせといて!>

マライアはモビルスーツ形態のまま降下しつつ、飛び上がってくる飛行形態のモビルアーマー3機のビーム砲を

まるで風に紙切れが舞うようにヒラヒラと躱している。なんだ、あの動き?あいつ、宇宙でどんな戦闘してきたんだ!?

<三次元機動ってのを分かってないなぁ!空であたしに勝とうだなんて!8年早いよー!>

無線から叫ぶマライアの声が聞こえる。マライアの機体は、ビームを発射した。

動き回るモビルアーマーが被弾して、地上に落下して行く。当てた!?あんな状態で?

<はいはい、次ぃ!>

と、次のビームでもう1機を被弾させて、地上へ叩き落とす。

 残りの1機がビームを吐きながらマライアに迫って行った。

さらに地上から対空ミサイルらしい何かが無数に発射されてマライア機迫る。

「マライア!」

アタシは叫んだ。でも、マライアはそんな状況でも

<わー!いっぱいきた!>

とかふざけた調子で言いながら、空中で飛行形態に戻ると、高速で旋回しながら機体をロールさせつつ急速に上昇して行く。

マライアの機動を追いきれないミサイルが近接信管だけを作動させて空中ではじけ飛ぶ。

<ひゃっほーーーーぃ!!!>

その爆炎と煙をまるで引き連れるようにしながらマライア機はさらに上昇する。

モビルアーマーもマライアの機動に追従しようと上昇を始めた。

でも…これはアタシでもわかる。モビルアーマーのパイロット、それは悪手だ。上昇中は、機動力が鈍るんだ。

前にしか撃てない戦闘機相手ならそれも良いが、相手はモビルスーツ。先に上を取られたら、あんな追い方したら、ダメだ。

 思った通り、上昇を始めたモビルアーマーは、さらに上空でモビルスーツ形態になっていたマライア機に簡単に撃ちぬかれた。

 「あ、あれが、大尉の操縦…?!」

「す、すごい…一瞬で、モビルアーマー3機も!?」

…いや、アタシもびっくりだよ、マライア。あんた…ホントに、どこまですごいやつになっちゃんだ?

そんな動き、まるで…ニュータイプのエースじゃないか!

 関している間に、格納庫からはまだモビルアーマーが出撃してきて上空へと上がっていく。

空で、激しい戦闘が展開され始めた。だけど、マライアは微塵も押される気配がない。

<ふっふー!まだ来る!?何機来ても同じだよ!>

<そんなんじゃ、これは避けられないでしょ!>

<わわわっ!あんたちょっとうまいじゃん!でもそんなの、かすりもしないんだから!>

…すごいな、マライア。



…すごいけど、ちょっとうるさい…無線機ってやれよ、あんたさ。

283: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:58:20.33 ID:RggOFisF0

「ダリル、こっちの無線のチャンネルをBに切り替える…」

<了解。マライアとのおしゃべりは、こっちに任せとけ>

<あっ!ごめん、アヤさん!しゃべってないと、怖くてダメなんだ、あたし!>

良く言うよ、あんな圧倒的に敵を叩いといて怖いとか、どの口が言うんだ。

「こっちに用事があったらBチャンネルで話しかけてくれ」

<りょうっかい!>

アタシは車を止めて、マークとハンナにもチャンネルを替えさせてから、表に出た。マークとハンナも車を飛び降りてくる。

「ハンナ、マーク。アタシから離れるなよ。銃は抱えてりゃ良い。まだ撃ち合いするつもりはないからな」

「了解です。こんなとこで敵とやり合うなんて、正直、生き残れる自信ないんでね」

マークは脂汗をいっぱいにかきながら言う。ハンナは、マークよりはすこし余裕のありそうな表情で

「分かってます。アヤさんの後ろを離れません」

と言って笑った。ハンナの根性の据わりっぷりは、やっぱり、さすがだ。

「ダリル、これから研究所内に潜入する」

<了解した。こっちもハッキングを開始する。見取り図を見つけたら、そっちのコンピュータに転送する>

「頼んだ」

アタシはダリルにそう言って無線を切った。それから、ふうと一息ついて、また二人を見やって

「行こうか」

と確認する。二人は黙ってうなずいた。

 駆け回る警備兵の間を縫って、研究所へと走る。

 轟音と、爆発、それから叫び声が飛び交っている。マライア、派手にやりすぎだぞ!増援でも来たらどうするつもりなんだ!

 そんなことを思いながら、アタシ達は研究所の正面入り口に到着した。

入り口を守っている警備兵が二人、あたりを警戒している。アタシは迷わずにそいつらの前に姿をさらした。

「第三分隊所属のエインズワースだ!本部から捕虜警備の増援命令を受けてきた!」

アタシが言うと、警備兵の一人が真剣な表情で

「そうか!中は混乱している!指揮系統を確認して、持ち場についてくれ!」

と言って研究所の中へとかぶりをふった。なに、ちょろいもんだな。

 「あぁ、任せろ!そっちも死ぬなよ!おい、行くぞ!」

アタシは、彼をそうねぎらってから、マークたちに叫んで研究所の中に駆け込んだ。

中は、壁が真っ白に塗られて、真っ白な照明が明るく照らす、奇妙な空間だった。警備兵が廊下を慌てた様子で走り回っている。

「ダリル、研究所の中に入った」

<よし…待て…あったぞ、転送する>

ダリルの無線を聞いて、アタシは腕につけていたポータブルコンピュータを確認する。確かに、見取り図が送信されてきていた。
レナは…どこだ!?

<アヤ、地下2階と3階の間に、ミノフスキー粒子を充填してある階層がある。おそらくこいつで電波を遮断してるんだ。

 地下階へ行ったら、まず最優先で無線機を取り付けろ>

ダリルの言葉に、アタシは見取り図を確認する。

電波を通さない、ってことは、どこかに、有線の通信用のモジュールがあるはずだ。

そいつを目指そう…とにかく、まずは非常階段!

「こっちだ!」

アタシは見取り図に従って、真っ白な廊下を走る。

284: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:59:15.42 ID:RggOFisF0

 曲がりくねった廊下を走って、非常階段を見つけた。扉を開けて、一気に駆け下りる。

「ダリル、レナの位置は分からないか?」

<検索をかけてるが、不明だ。まだ調べてみるが――ザッそっちで―――ガザザザ―――

無線が切れた。妨害壁を越えちまったみたいだ…無線機を取り付けるまでは、見取り図が頼り、か。

「アヤさん、無線モジュールの位置、分かりますか!?」

マークがそう聞いてくる。アタシは階段を駆け下りながら見取り図でその位置を確認する。

地下4階?5階か?いや、違う…配線を辿れ…あった!地下3階の、エレベータ横だ!

「見つけた!まずは、そこに向かう!」

アタシが怒鳴ると、マークが腕をつかんできた。

「そっちは、俺に任せてください」

おい、何言ってんだよ…あんた一人で行くってのか!?

アタシはマークの言葉に、一瞬、戸惑ってしまった。だって、あんた、兵士だけど、実践なんて、したことないんだろう!?

事務屋だって、自分で言ってたじゃないか…

「アヤさんと、ハンナで、レナさんてのと、レオナを、頼みます」

マークは端的にそう言った。その表情は、なにか、固い決意をしているように見えた。こいつから感じるこの感覚…

これは、犠牲になって、とかそう言う類のもんじゃない。役割、だ。使命感…助けるんだっていう、覚悟…

 「…わかった、マーク。無茶はすんなよ」

アタシはそう言って、腰のポーチからマークに無線機を手渡した。

「大丈夫。もうヘマはやらかしません。うまくやってきます」

マークは相変わらず脂汗をかいているクセに、やっぱり固く決めたって表情で、そう言った。

マライアもそうだけど、そんな顔されたら、断るわけに行かないだろう…

「…頼む」

アタシはマークの肩をポンとたたいて、ハンナを見やった。ハンナは黙ってアタシにうなずいて来た。

はは、あんたら、やっぱりマライアの部下だよな!

なんだか、ちょっとおかしかった。

285: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 21:59:51.49 ID:RggOFisF0

「ハンナ、着いてこい!」

 アタシはハンナに言って、階段をさらに駆け下りる。レナの居場所は…どこだ…?さっきから、探してんだ。

こんな見取り図上でなんかじゃない。あんたとつながってる、この感覚で、だ…でも、なにも感じないんだよ!

レナ、あんたどこにいるんだよ!答えろよ!

「アヤさん!」

不意に、ハンナが叫んだ。

アタシは階段でまた脚を止める。

「レオナ、この階にいる」

そう言ったハンナは、地下五階の扉を指していた。

…迷ってる場合じゃない…まずは、レオナからだ!アタシは、そのドアの扉を開けた。

 そこは、相変わらず真っ白な廊下で、それを照らす明るい照明がまぶしいくらいに光っている。

 なにかの気配を感じる。ごくわずかな警備兵の物らしい、物々しい肌触りの中に、かすかに触れる温もりがある。

「アヤさん…ハンナのところには、私が行きます…だからっ!」

急に、ハンナはそう言ってアタシを見た。

 思わず、ため息が出た。なんだって、そうなんだよ、あんたも、さ。

ハンナは、マークとそっくりに、もう決めた!って顔していた。

「…ハンナ…アタシが教えたこと、忘れんなよ」

「はい。銃を向けるときは、まずは、脚から」

「そうだ」

「それから、考えることを、やめるな」

「うん」

「あと…ヤバくなったら、逃げろ」

「あぁ」

アタシはうなずいてやった。ハンナも、コクっと顎を引く。っと、待て、まだ言い忘れてたことがあった。

「あと、もう一つ。あんたの、その感覚を信じろ。ニュータイプの感性は、気持ちに応えてくれる。

 特に、助けたいって想いには、さ」

アタシがそうだったように、レナがそうだったように、そして、たぶん、マライアがそうなように…

それは、きっと、そう言う強い気持ちと集中力がより一層強化してくれるもんなんだと思う。

その想いを負えば負うほど、力は強くなる。この力は、誰かを助けたり、守ったりするための力なんだ…!

「はい!」

ハンナははっきりと、力強くそう返事をして、そして、笑った。頼むぞ、ハンナ。必ず生きて、ここを出よう。

うちのペンションで、みんなでゆっくり、酒でも飲みながら、今日の話をしよう。絶対だぞ、絶対だからな!

286: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 22:00:20.92 ID:RggOFisF0


 アタシは、駆け出した。ハンナの方を振り返らなかった。あいつは、やる。必ず、レオナを助け出す。

アタシも急がなきゃいけない…レナと、そしてレベッカを助けなきゃ!

 走りながら、見取り図を見つつさらに感覚を研ぎ澄ませる。何も感じない、何も触れない。

おい、レナ…死んでなんかないよな…!?頼む、何かを言ってくれ…何かを考えてくれよ!

ここにいるって、そう叫んでくれよ…レナ…レナ!!!

 唐突に、見取り図に赤い点が灯った。なんだ、これ…?

 アタシは思わず、脚を止めた。

その点は、地下5階をぐるっと一周している廊下の反対側にある小部屋をマーキングしているようだった。ダリルからか?

でも…まだ無線は生き返ってない。ここへ信号が届くはずがないから、少なくともダリルではない。

罠か…?ここに何がある…?レナか…?レナが、呼んでんのか!?

 直感的に、そう思った。何を感じたわけでもない。だけど、そこに行くべきだと、思った。そこにレナがいる…

まるで、何かに導かれるようだった。

 全力で回廊を駆け抜ける。

 数メートル先に、突然なにかが飛び出してきた。人だ。男…連邦の軍服を着ている…銃は持ってないが…なんだ…この感じ!?

 肌に、まるで粘りつくような奇妙な感覚が走った。

―――こいつ…やばい!

アタシはとっさに、自動小銃を構えた。しかし、男はそれに怖気付くこともなくアタシに飛びかかってきた。

銃口の先から男が消える。まずい…しゃがみこんだ…タックルが来る!

アタシは小銃を持ち替えて、銃床を真下にたたきつける。鈍い衝撃が腕に響く。

男は、床に這いつくばるようなかっこうで、それを受け止めた。

―――なんだ、この力!?

男は、そのまま銃を押し上げるようにして、アタシを壁際まで突き飛ばす。強烈に、背中を打ちつけて、一瞬呼吸が止る。

 こいつ!ニュータイプみたいだけど、そうじゃない!これが、強化人間ってやつなのか!?

 男は間髪入れずにアタシに飛びかかってきた。背中を打ってしまったせいで反応が遅れる。

たちまち馬乗りになられたアタシは小銃すら弾かれて、抵抗する間もなく、首を締め上げられる。

 くそっ…!こいつ…!

 体勢を入れ替えることも、腕を押し返すことも、振り払える気すらしない。

めりめりと首に指が食い込んで、酸素と、血液の循環が妨げられる。まずい、トぶ…!

 アタシは、悶えながら腰のポーチからそいつを取り出して、男の体に押し付けた。

とたんに、男はビクビクと全身を痙攣させて、床に崩れ落ちる。

「…っ、かはっ…はぁ…はぁ…」

肺と脳が熱くなっていた…危ないところだったな、今のは…

アタシは、何とか立ち上がって、ポーチへスタンガンを戻して、小銃を拾い上げた。

 こんなのが、ハンナやマークの方に行ってなきゃいいけど…そう思いながら、アタシはまた廊下を駆け出した。

レナ…そこにいるのかよ、レナ!

287: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 22:01:19.45 ID:RggOFisF0

 見取り図の、マーキングの部屋の前にたどり着いた。扉があって、その横にキーボードの付いた電子制御用のパネルだけがある。

ノブや、鍵穴は見当たらない。迷ってる暇は、なかった。

アタシは、腰から消音装置付きの拳銃を引き抜いて、パネルを打ち壊した。

バチバチっと音を立てて、パネルの液晶画面が消える。同時にトビラから、バスンッと言う鈍い音がした。

電源、うまくやれたのか…?

 拳銃を腰に戻して、ナイフをトビラと壁の間に突き立てる。

思い切り押し込んで、テコの要領でひねると、かすかに隙間が空いた。

アタシはそこに両手の指を突っ込んで、両腕と、壁につっかけた脚に力を込めて、扉をこじ開けた。

 中は、廊下とおんなじ、真っ白な部屋。その部屋の奥の壁に、何かがあった。

イスに座り、両腕を壁に括られるようにして、うなだれて身動き一つしない、人の体…

 レナだった。

レナ…おい、レナ…死んでないよな…生きてるよな…

胸にこみ上げてきそうになった絶望を押さえつけて、アタシは部屋に踏み込んだ。肌に、何かが感じられる。

これは、レナの気配だ…生きてる、レナ、あんた、生きてるんだな!

 アタシは思わず駆け出していた。レナ座っているイスの周りには血しぶきが飛んでいて、吐き出したのだろう、

ぐちゃぐちゃになった、こうなる前は食べ物だったんだろう何かが、酸えた臭いを放っている。

レナは、顔中あざだらけだった。

 またかよ…レナ、なんでアタシ、あんたをこんな目ばかりに合わせちゃうんだよ…ごめん、ごめんな…

そう思いながら、アタシは壁に両腕を固定されたレナの頬を叩いた。

「レナ…レナ!しっかりしろ!」

声を掛けたら、レナがうめいて、うっすらと目を開けた。

「ア…アヤ…」

レナは、アタシの顔を見て、ニコッと笑った。

「待ってろ、すぐ外してやるからな!」

アタシは固定している拘束具の錠を銃床で叩き壊した。拘束具が外れたレナは、ぐったりとアタシに寄りかかってくる。

アタシはレナを抱き留めて、その場に座り込んだ。

「レナ…ごめん、遅くなって、本当にごめん…」

「ううん。きっと来てくれるって、信じてた…」

レナがアタシにまわした腕に力がこもった。

「アタシ、いつもこうだ。レナばっかりに怖い思いさせて、辛い思いさせて…守るってそう決めたのに…アタシ、アタシ…!」

頬を涙が伝っていた。悔しいよ、悲しいよ、レナ。なんであんたが傷つけられなきゃいけないんだよ…

アタシだって良かったじゃないか。なんで、こんなひどい目に、二度も会わなきゃいけないんだよ…

288: ◆EhtsT9zeko 2013/07/03(水) 22:01:55.40 ID:RggOFisF0

 そんなアタシの涙を、レナはぬぐってくれた。

「アヤ…私は、アヤがこんな目に遭わなくてよかったって思う」

「だって!」

そう言いかけたアタシの口をレナは人差し指を立ててそっと閉じさせた。

「どっちがされても、辛いのは一緒。悲しいのも一緒。だからそれは気にしないで。それに、今回は怖くなんかなかったよ。

 必ず来てくれるって分かってたから。あなたを信じて待っていられた。耐えていられた。あの時とは、同じじゃない。

 アヤ…これが私の戦いだったんだよ。私は、負けなかったよ。心を折られなかった。踏みにじられもしなかった。

 あなたのことだけを考えて、信じて、戦えた。遠くに居ても、あなたは私を守ってくれてたよ。

 だから、そんなに悲しまないで。体なんて、休ませれば治る。痛いのはいっときだけ。

 私とアヤが生きて、またこうして会えた。それが私の戦いの結末。私の、勝ち」

レナは、こんな状態なのに、いつにもまして穏やかな口調で優しい目で、じっとアタシを見て言った。

それからニコッと笑うと、

「だから、あとはお願いね。次は、アヤが勝つ番。私を無事に連れ出して…一緒に、みんなで、アルバに帰ろう…」

と言って来た。

 はは、レナ。分かってるよ…そんな状態のあんたに、励まされちゃうなんてな…アタシの方が負けそうになってたんじゃんか。

そうだよな…まだアタシ達は生きてる。アタシも、レナも、マライアも、みんな生きてるんだ。

どんなに姿になったって、たとえどんな怪我をしたって、生きて、それでみんなでまたあの生活に戻るんだ。

新しくできた仲間たちと一緒に…そうだよな、レナ。

これまで、アタシ達はそうやって生きてきたんだもんな。これからも、それは、同じだ。

 アタシはもう一度レナを、力いっぱい抱きしめてから、立ち上がって腕を肩に担いだ。

 部屋から出ようと振り返った時、その出口には、ティターンズの黒い制服の連中がいた。銃口がアタシ達の方を向いていた。

「あの男…」

「誰だ?」

「拷問官」

レナが憎々しげに言う。そうか…あいつか…あいつが、レナをこんな目に…!

アイナさんを助けに行ったときに、マライアとは知らずに大尉に向けたのと、まったく同じ感覚がアタシの中から込み上げた。

胸が、体が、焼き切れそうなくらいに熱くなるような…

「なんの騒ぎかと思えば、芸がない」

初老の男がそう言って、こっちに歩いてくる。後ろに連れたティターンズの兵士は4人。

どれも、自動小銃をこっちに向けている。アタシからの距離は6メートルほど。

飛び掛かろうものなら、たどり着く前に、ハチの巣だ…。

 くそ、ここまで来て、こんな状況かよ!どうする?自爆覚悟で、音響手りゅう弾か…投稿するフリでもするか…?

この状況で、後者は危険だ。その場で殺されかねない。だとすれば…アタシはチラッとレナを見た。

レナはアタシの顔を見て、ニコッと笑って、アタシの肩にまわした腕に力を込めた。レナ、悪い、こいつは分が悪いや。

 「わかった、抵抗はやめる」

アタシは小銃をなるべくアタシ達の目隠しになるように、

ティターンズの連中の目の高さくらいになるように放り投げた。

そのままの手で、戦闘用のベストにひっかけていた手りゅう弾を手に取ってピンを引っこ抜いた。

 次の瞬間に響いたのは、アタシの手りゅう弾の爆音じゃなくて、自動小銃の銃声だった。

298: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:37:05.53 ID:VXHUrXhO0

 俺は、手の中の無線モジュールを握りしめた。

 こんな状況だってのに、いや、実際ビビってしょうがないってのに、胸の内が震えているのを感じていた。

 あの日、俺はメキシコのあの場所で、死んだ。なんにも出来ずに、殺された。そう思っていた。

輸送中の飛行機の中で目が覚め、基地に着いて会ったマライア大尉にいつものトゲトゲしい口調ではなく、

キーキー声で怒られて初めて、事態を理解できた。

俺は、この人達に助けられたんだってことを。素直に、嬉しかった。

嫌いだったはずの大尉が、誰にも見つからないように捕虜に食事を提供していた俺たちと同じことをしていたってのが。

そんなだいそれたことをやってのけるような人がこんなにもそばにいたのかってことも。そんな人に助けてもらったってことも。

そして、まだ俺に出来ることがあると知って安心した。

あの日、死んだと思った俺が出来なかったことに、もう一度望めることが嬉しかった。

 それは罪滅ぼしなのかも知れなかった。

最後の瞬間まで 、あいつらの本当の辛さや苦しみを理解してやれなかったってことを詫びたかった…

いや、違うかもしれない。これは俺の問題だ。全部のことが終わったとき、俺は、胸を張ってあいつらに会いたい。

負けたまま、なにも出来なかったまま、大尉に助けられたままで、あいつらのところに行くわけにはいかない。

 俺は、俺だって、戦える。大事な存在の一人や二人も守らずに、安全な場所へ逃げていくなんて出来るはずがないだろう!

オールドタイプの俺があいつらを助けて、

俺達オールドタイプが皆、ニュータイプを嫌っているなんていうこの宇宙に漂っている幻想をぶっ壊してやるんだ!

 大尉、こんなチャンスを与えてくれたことを、感謝します。上司として、先輩として 、俺に見本を見せてくれたことにも。

あなたのお陰で、俺は迷わずに行ける。

 俺は、非常階段を出た。上と同じ、真っ白な壁と照明。ただ白いだけのものが、こんなにも脳に響くとは思ってもみなかった。

俺は眩しさに目を細めて腕のモバイルコンピュータの画面を確認して、アヤさんの言っていた有線のケーブルを辿る。

八の字状の形になっている地下3階は半分が生活スペース、もう半分が食料や機材の倉庫になっているようだった。

その一画に、有線ケーブルが集まっている部屋がある。おそらくここに、メインの終端装置があるはずだ。

 そこにこの無線モジュールを取り付ければ、研究所の電波を使ってダリルさんとも通信が出来る。

こんな場所で、外からの情報と支援なしに進めば敵に悟られるのも時間の問題だ。急がなくては…

 俺は八の字になった廊下を駆け出す。太ももと膝の境目が遠くで痛んだ。

あの日、ルーカスさんの指示を無視して撃ってきたティターンズ一般兵士にやられた傷だ。

包帯とテーピングで補強し麻酔を打って誤魔化してはいるが、動くたびに激痛なのだろう鈍い痛みがうっすらと感じられて

力が抜けそうになる。脂汗は、止まらない。だが、そんなことを言っている場合ではないんだ。

299: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:38:10.65 ID:VXHUrXhO0

 俺は廊下を走り、目的の部屋の前にたどり着いた。そこには静脈認証用のパネルの付いた、殺風景な扉が一枚あるだけだった。

ここに来るまでに通りすぎた他の部屋もそうだったので、悪い予感はしていたが案の定だった。

 ポーチからケーブルを取り出して、腕のコンピュータとパネルを接続させる。

仕事柄、こう言うシステムには多少の知識はある…

だが、キーボードを叩いてシステムを読み込んだコンピュータのモニターに表示されたのは、

まるで見たことのないロジックで書かれた命令文だった。

 クソ…拳銃で撃ち抜くか?いや、中に誰かいれば、それこそ扉を開けた瞬間に撃ち殺される。

確実に無線機を取り付けるには、ここを大人しく開けてこっちが先手を取れるような突入の仕方をしなければならない。

「貴様!そこで何をしている!?」

不意に誰かが怒鳴った。見ると、一人の兵士が小銃をこちらに向けてたっていたっていた。

―――しまった、モニターに気をとられ過ぎて気づかなかった…まずいぞ…

「本部からの命令で、侵入者に備えてシステムのチェックをしろと…」

俺は、そう適当な言い訳をする。しかし兵士は、疑いの眼差しを変えることなく

「本部だと?誰の命令だ?!システムチェックならこんな場所ではなく、それこそ本部やサーバールームで行うべきだろう!?」

と詰問してくる。

確かに、言う通りだ。機械それぞれの調子を確認するならいざ知らず、

システムのチェックなんて、我ながら自分の嘘の浅さにあきれる。

 だが…今のままでは、どうにもならない…せめて考える時間を確保しないと…!

「急ぎなんだ、終わったら全部説明してやる…あと3分待ってくれ」

俺は、兵士を「まるで気にも止めない」という風にあしらってモニターに目を戻す。

しかし、いくら見たところで、理解出きるような代物ではない…

こいつに手を出すのは後回しで、なんとかこの兵士を排除する方法を考えなければ。


300: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:42:26.22 ID:VXHUrXhO0

 幸い兵士は確信が持てないのか銃を構えたまま固まっている。仕掛けるなら今しかない…!

俺はそう思って、一旦、認証装置のシステムを閉じ、研究所内の管理システムをチェックする。

しめた!こっちは基地のシステムと同じロジックだ!

 俺はシステムから、警報装置のコマンドを探し、地下6階にある火災警報装置を作動させた。

とたんに、近くにあった赤色灯が光出す。

「お、おい!貴様、何をした!?」

兵士が小銃を突きつけてきた。

「俺じゃない!地下6階で火災警報だ…!」

俺は動揺したフリをしながらさらにキーボードを叩く。監視カメラの映像はどこだ…?

…あった、このデータリンクだ!俺はその中から、地下4階の映像を出した。

そこには辺りの様子を伺っているアヤさんの様子が映し出されている。俺はその映像の配信元を地下6階に書き換えた。

「こいつだ!地下6階、中央通路!」

俺はわざとらしくならないよう、兵士にコンピュータのモニターを見せつける。兵士はさらに戸惑った表情を見せた。

俺はその兵士の様子を見て畳み掛けるように

「説明はお預けだ!こいつを排除しに行くぞ!」

とパネルから接続用のケーブルを引き抜いて兵士に詰め寄った。

兵士の顔は、微かな迷いを見せてから 、すぐに何かを決心した表情に変わった。

「よ、よし、緊急用のエレベーターを使うぞ…!」

「あぁ、行くぞ!」

俺が相づちを打つと、兵士は身を翻した。すまない、あんた悪い人間じゃなさそうなんだがな…

俺はポーチからスタンガンを取り出して、その背中に押し付けた。

一瞬、全身を硬直させた兵士は、次の瞬間には脱力して床に崩れ落ちた。

301: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:43:27.90 ID:VXHUrXhO0

…よし、排除は出来たが…問題はこのパネルだ…アヤさんもハンナも、もう目的の場所に着いているかもしれない…

猶予は、ない。何か、方法は…?

 そう考えたとき、ふと、倒れた兵士が目に入った。こいつに、ここへの入室権限があれば…

俺は兵士の体を引っ張って、パネルの前まで運ぶと、片手にスタングレネードを構えて、兵士の腕を伸ばし、

パネルにその手を押し付けた。

 ピッという音とともに、パネルに「unlock」という文字が表示された。

―――開く…!

 エアモーターの音がして、扉がスイッと開いた。俺はスタングレネードを投げ込んで小銃を構えて耳を塞ぐ。

轟音とともに閃光が走った。俺はすぐさま銃を構えて内部に突入する。

中には巨大なコンピュータが何台か並んでいて、複数のモニターも輝いていた。どうやら情報処理を行うための部屋のようだった。

床には、白衣を着た科学者風の男が3人と、軍服に銃を持った兵士が2人倒れていた。他に人の姿はない。

 俺は煙の立ち込める部屋を横切り、コンピュータの配線を確認する。

そのケーブルを辿って行った先に、通信用のルータを見つけた。

俺はルータからケーブルを引き抜き、無線モジュールに差し込んでから、無線機から伸びるケーブルをルータへと接続させた。

よし、これで無線が生きた…!

「おい、どうした?!」

表で、声がした。廊下に転がして置いた兵士が見つかったのか!?さっきのスタングレネードの音を聞き付けられたんだ!

どうする…こんな部屋じゃ、隠れるところもないぞ…!?

あたりを見渡したところで、目に入るのは散乱した書類と椅子に 、倒れた科学者と兵士のみ…

―――イチかバチか、だ。

俺はとっさに床に倒れこんだ。すぐに部屋の中へ数人の兵士が駆け込んで来た。

そのうちの一人が、俺の傍らにやって来てグイッと俺を抱き起こす。

「大丈夫か?何があった!?」

「侵入者だ…何かのデータを抜き取られた…奴は、地上階へ…逃げる気だ」

「よし、分かった!すぐに医務室へ運ばせる!」

「いや、自分で行ける…他のやつを頼む」

俺はそう告げて立ち上がると、よたよた歩きながら部屋を抜けた。エレベーターに向かうか…それとも、非常階段か…?

そう言えば、さっきの兵士が、非常用のエレベーターがどうとかって言ってたな…そいつを探しておくか…?

俺はそう思いながら、アヤさんへ、無線モジュールの設置が完了したことを伝えようと無線機を手にした。


「アヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!」

302: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:44:20.02 ID:VXHUrXhO0

 手りゅう弾を投げるよりも早く、アタシは、自分たちが撃ちぬかれるイメージを、見た。

あぁ、ダメかって、思ったら、その時には、手りゅう弾の撃鉄バーを握ったまんま、レナと抱き合っていた。

 銃声が止んだ。キンキンと、薬莢の落ちる金属音が聞こえる。終わりか…あれ、撃たれたんじゃないのかよ?

 アタシは恐る恐る顔を上げた。

見ると、入り口に集まっていたティターンズの連中は、体を穴だらけにして、血の海の中でのたうちまわっていた。

 なんだよ…何があった?

 体が、震えて、腰が抜けちまって、アタシは、レナと一緒に、床に座り込んだ。

呆然としていたら、何かが目の前に降ってきた。と、思ったら、それは

「おっと」

と声を上げて、しりもちをついた。人…なのか…いや、待て…

「た、隊長か?」

アタシは思わず声を上げていた。

「ふぅ、やれやれ、やっと明るいところに出た」

むっくりと起き上がって、こっちをみた、その顔は、やっぱり、隊長だ!

「あぁ?なんだ、いたのか、お前ら」

知ってるクセに!そう言ってやる前に隊長はニヤっと笑った。真っ黒な服に、肩には自動小銃。

そして、腕には…見慣れたチビを、抱えている…

「た、隊長、それ…」

レナが、声を上げる。そうだ…それ、その子…

 隊長は、何も言わずに、その子を床に降ろして、ガシガシっと頭を撫でた。それから

「ほれ」

と、彼女の背中を押す。女の子は、すこし戸惑いながら、アタシ達の目の前までやってきて

「あの…は、はじめまして、ママ、お母さん…ベレッカです…」

なんて、震えた、緊張した声で言ってきた。

303: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:45:06.53 ID:VXHUrXhO0

 レベッカ…あんたが、そうなんだな。アタシとレナの…ロビンの…もう一人の、家族なんだな…!

急に、胸にキリキリした想いがこみ上がってきて、涙がこぼれた。

アタシは思わず、手りゅう弾を持った腕で、レベッカを抱き寄せた。レナも、彼女に腕を回して抱きしめる。

レナも、泣いていた。なんでだろうな…初めて会ったはずなのに…なんだかすげえ懐かしい感じがするよ…

会ったことないはずなのに、ずっとずっと探してたような気がするよ…

レベッカ…あんた、アタシ達を、ママって、母さんって、そう呼んだな…

あんたも、アタシ達のこと、待っててくれたのかよ?待たせてごめんな…気が付かなくって、ごめんな…

会いたかった…会いたかったよ…

 レベッカの背中にまわした手で握っていた手りゅう弾を隊長がそっと引き取ってくれる。

アタシは、その手で、レベッカの頭を撫でてやった。

ロビンにするみたいに、レナにするみたいに、何度も、何度も撫でてやった。

レベッカは、アタシとレナの胸元にしっかりとしがみついている。

 「隊長…どうして…」

レナが顔を上げて隊長に聞いた。隊長はバツが悪そうな顔をしながら、

「なに…フレートを逃がすために起こした爆発の混乱に乗じて、研究所の中には入れたんだがな…

 なにぶん、ダリルじゃねえんで、端末いじって情報取るのに苦労しちまってよ。

 とりあえず、この部屋と、そのレベッカって子の位置だけは把握できたんでな。

 お前らが騒ぎを起こしてくれんのを待ってたってわけだ、アヤ。

  レベッカは抱いて連れ回すのは簡単だったが、先にレナさんを助けちまうと、

 レベッカを連れに行けなくなっちまうかと思って、お前の端末にここの位置だけ表示させておいたってわけだ。

 まぁ、間に合ったんだから、勘弁してくれ」

と言った。見取り図に出た、あの赤い表示は、隊長がやってくれてたのか。それにしたって、隊長…あんた、

「ずっと隠れてたのか。このチャンスを、逃さないために…」

「あぁ、まぁな。お陰で腹ペコだ。とりあえず、レオナさん見つけてとっとズラかって飯を食わせろ。

 そいつでチャラってことにしといれやるよ」

隊長はそう言って肩をすくめる。まったく、あんたって人は…相変わらず本当にとんでもないやつだな!

 なんだか嬉しくって、泣けてきた。

―――ヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!>

不意に、無線機からマークの声が聞こえてきた。良かった、あいつも無事か!

304: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:46:31.76 ID:VXHUrXhO0

「マーク!良かった、無事なんだな?そっちの状況はどうだ!?」

<こっちは、隠れっぱなしです。ちょっとヤバい状況でしたがなんとかやり過ごして、

 今のトコ、目をつけられてはないと思います>

「よし、地下5階へ降りて来てくれ。ダリル、おいダリル、聞こえるか?」

―――ザッ…アヤ!よし、無線戻ったな?おい、無事か?!>

ダリルの声も聞こえた。

「ダリル、レナとレベッカを確保。これからレオナを救出に行く。脱出ルートのナビの準備を頼む!」

<よくやった!任せておけ、最短でそこから抜け出させてやる!>

「頼んだ!」

アタシはそう告げてそれから隊長にレナとレベッカを預けて、すでに死体になっていた警備兵たちをまたいで、部屋の外に出た。

「ハンナ、応答できるか?!」

無線に呼びかける…しかし、反応は、ない。レオナの感じ…どこだ?!さっきは確かに感じられた…

まだいけるはずだ。再び感覚を研ぎ澄ます。いる…すぐそばだ。

「隊長!安全なところで待っててくれ!レオナ達と合流してくる!」

アタシがそう言って駆け出そうとした瞬間、どこかで銃声だした。

 ハンナ!?アタシは自動小銃を構えて廊下を走る。さっきの二の舞はごめんだ。今度敵にあったら、迷わず発砲してやる。

そう思って廊下の角を曲がったら、そこには、二人の銃を抱えたティターンズの死体があった。

アタシは大きく深呼吸をして銃を構えて、そっと、さらにその先の角の向こうを覗く。

そこには、私服の女性とその女性に肩を借りながらヒョコヒョコと歩いているティターンズの軍服を来た人間の姿があった。

「ハンナ!レオナ!」

アタシは大声で二人を呼んだ。

「アヤさん!」

ハンナは振り返ってアタシに負けないくらいを返して来た。アタシは二人に駆け寄る…

が、ハンナの脚から、大量の出血があった。

「撃たれたのか!?」

「はい…脚を出してから、銃出すのが遅れちゃって、脚だけ狙い撃ちで」

ハンナは、そんな状況じゃないっていうのに、へへへと恥ずかしそうに笑った。

すでに膝の上に包帯がきつく巻いてあって、止血は施されている。

「レオナ、レベッカは隊長が確保した」

「そうですか…良かった!」

アタシが報告するなり、レオナは涙目になった。


305: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:48:25.24 ID:VXHUrXhO0
<マークです、地下5階に到着>

「了解!ダリル!ルートはどうなってる!?」

<…よし、地下4階まであがれ。そこに、研究資材搬入用の出入り口と機材昇降用のエレベータの乗り口がある。

 そこまで言ったら、再度連絡をくれ。その先の状況を確認しておく>

「了解。マーク、その場で敵を警戒してくれ。2分でそっちに行く」

<はい!>

返事を聞いてから、アタシはハンナの顔を見た。

「あんた、行けるか?」

「うん、これくらい、なんともない!レオナ、ごめん、そこまで肩は貸しておいて」

「ええ、任せて」

二人はそう言い合って笑っている。

 そうこうしているうちに、レナとレベッカを抱えてくれていた隊長が到着した。

それを確認して、アタシは小銃を構えて戦闘に躍り出た。そのまま、クリアリングを注意深く行いながら、非常階段を目指す。

階段に入るドアを見つけた。拳銃を引っこ抜いて、そっと中に入ると、そこにはマークがいた。

 「よかった、みんな無事で!」

マークは本当に嬉しそうに言う。

 再会を喜んでいるマークとハンナとレオナをよそに、アタシは見取り図で資材の搬入口と言うのを探す。

あった、非常階段のすぐ脇だ。地上まで伸びて行っているらせん状の車道と、

それから、資材用の巨大なエレベータが用意されている。このエレベータを使わせてもらうとしようか。

 「マーク、最後尾を任せた。アタシが先頭を行く!」

「了解です」

マークとそう確認し合って、アタシは銃を構えて階段を駆け上がった。地下4階へ出る扉の前に立って、隊長達の到着を待つ。

レナを支え、レベッカを抱いた隊長と、ハンナに肩を貸すレオナに、マークがほどなくして到着する。

 アタシは、そいつを確かめてから、すっと息をすって、扉を開けた。真っ白の廊下に、人の姿はない。

扉から出て、数メートルのところに、これまでのキーパッドや認証用のオパネルの付いたのとは違う、両開きの大きな扉がある。
パネルを壊して人力で開けるのは骨が折れそうだ。

「ダリル、搬入口前に着いたが、デカい扉があって進めない。こいつを開けてくれ」

<了解だ。少し待て…あった、こいつか>

すぐにダリルのそう言う声がしたかと思ったら、扉がプシュッと音を立ててゆっくりと左右に開き始めた。

アタシは、隊長に待つよう合図してから単身扉の中に飛び込んだ。警備らしい兵士が、3人。こっちを見て、いぶかしげにしている。

―――悪い、急いでるんだ。

 アタシは迷わずに、小銃の引き金を引いた。単発で、1、2、3!

一人目は肩、二人目にも、同じ位置。最後の一人には、少し焦ってしまったせいで、胸に致命弾をくらわせてしまった。

アタシは肩を撃ちぬいた二人に駆け寄って、スタンガンを押し当てて意識を奪う。

「制圧完了」

無線にそう呼びかけると、隊長達が部屋に入ってくる。

「ダリル、搬入口に入った。扉のシールと、先の指示、頼む」

<よし…エレベータに乗れ。そいつは、真上に昇る他に、水平移動して、研究所端の車輌庫にも出られる。

 そこへ回す。車輌庫の人払いはしておくから、安心しろ>

「頼んだ!」

背後の扉が閉まり、エレベータの到着ランプが灯った。乗り込んで、ダリルに無線を入れると同時に、エレベータは動き出す。

306: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:48:58.67 ID:VXHUrXhO0

 地上に近づくにつれ、轟音と震動が伝わってき始める。マライアのやつ、まだ暴れてるのか…ホントにすごいやつだ。

アタシは無線のチャンネルを切り替えた。

<ふっふー!10機目!>

<マライア大尉!油断は危険だ!>

<大丈夫!油断っていうより、気合入れだから、これ!>

<ユニコーン、敵機確認。援護します>

<スネーク、君は無理をするな>

<そいつは私が請け負いましょう。二人は、マライア大尉の援護を>

<了解です、ウルフ。頼みます!>

 途端に、激しい無線のやり取りが聞こえだした。なんだ、味方の数が増えてる?増援、なのか?

マライアのことを知ってるってことは、ティターンズから抜けてきた連中か、カラバ?

「マライア、こっちは無事だ。レナ達を確保して脱出してる!」

アタシはとにかく無線に怒鳴った。すると、明るい声色で

<アーヤさーん!無事で良かった!援護するから、逃げて!>

とまるで危機感のない様子で言ってきた。でも、それからすぐに

<ユニコーン、あたし、そろそろ行かなきゃいけないから、あなた達も撤退を!>

と他の機体に指示を出し始める。

<大尉、いったいどうする気だ!?>

<ごめん、あたし、行かなきゃいけないんだ!アウドムラの彼には伝えといて!>

<帰るべきところを、見つけた、と言う感じですな>

<見つけたんじゃなくて、帰ってきたんだよ、長い旅から!そこに居たいんだ、あたし!>

<…了解した。止める言葉を持たないな…ハヤトには伝えておく>

<お願いね!>

なんだ、身内みたいだな…やっぱりカラバか?

 ガクン、と言う衝撃があって、エレベータが止った。扉が開いた先には、無数の装甲車が収納してある倉庫だった。

「あれが良い、乗り込め!」

隊長が、一番出口に近い位置に止めてあった装甲車を指差して言った。アタシが先行して装甲車を確保する。

倉庫の中に、敵の姿はない。ダリル、どんな手を使ったのか知らないが、ありがたいよ!

 全員が装甲車に乗り込んだ。隊長が運転席に、アタシは天井の機銃を発射するためのコントロール席へと座った。

 装甲車が走り出す。目の前にあったシャッターを突き破って、外に出た。真っ青な青空。地上だ…地上に、抜けたぞ!

 アタシは内心の興奮を抑えられなくて、空を見上げた。

 そこには、ティターンズのモビルスーツに、研究所のモビルアーマーを一切寄せ付けない、モビルスーツの姿があった。

それも、全部同じ型。ガンダムタイプだって、ハンナは言ってた。それが、4機も…!

マライアのグレーの機体の他に、白い奴と、赤いのと、黄色い機体がいる…

どれも、マライアと同じか…イヤ、それ以上の機動をしている。なんなんだ、あいつら!?マライア以上に、普通じゃないぞ!?

307: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:49:49.40 ID:VXHUrXhO0

「マライアか!?装甲車で脱出した!援護しやがれ!」

隊長が怒鳴った。

<わ!隊長!久しぶり!待ってね…あ、いた!マーキング完了!

 ユニコーン、あたしはあれについて援護しながら逃げるから、そっちも適当に引き上げて!>

<了解、無事を祈ってる!>

<うん!ありがと!もしなにか困ったら、連絡頂戴ね!>

その会話を聞いていたら、すぐにマライア機が真上に来た。アタシらの上空を旋回している。直掩についた。


 それから爆発音と衝撃、銃声と、発射音が鳴り響く中を、装甲車は走った。研究所の敷地を抜け、市街地へと入る。

約束していた場所で、フレート達と合流して、車を乗り換え、サンフランシスコを目指す。追手はない。

後方で戦闘を行っていたあの3機のモビルスーツはいつの間にか姿を消していた。

幾筋もの黒煙だけが、もうもうと立ち昇っている。

<アヤさん、あたし、この機体、アナハイム社の工場に返してくるから、旧軍工廠で落ち合おうね>

マライアもそう言って、機体をひるがえし、どこかへ飛び去って行った。

 それからしばらく走って、コンクリートで覆われた旧軍工廠へと続くトンネルの入り口に出た。

車輌用のシャッターを爆破して、その中へと進む。

 真っ暗なトンネルを抜けた先には、地下工場があって、そこから、古いエレベータを作動させて地上に出たら、

そこには、ミノフスキーエンジンを積んだ大型の戦闘輸送機が、寂れた格納庫の中にひっそりとたたずんでいた。

「あぁ、やっと来たね」

声がしたので、あたりを見回したら、その機体の陰から、ブロンドの長身の女性が姿を現した。

「ユージェニーさん!」

アタシは声を上げた。隊長の妻で、もう何年も会ってなかった、アタシの性根を叩き直して、身も心も鍛えてくれた先生だ。

「あんなとこから、全員無事で、良くもまぁ生きて帰ってきたもんだ」

ユージェニーさんは、アタシらを見てそう言い、笑った。

 アタシ達はそれから、その機体の中にあるコンテナ内に作られた簡易の座席に乗り込んだ。

どこからやってきたのか、マライアもルーカスと一緒に姿を現して、乗り込んでくる。

ユージェニーさんの操縦で、機体は地面を離れた。

 アタシは、レナの体を抱いて、席に座っていた。

レナはこんなだし、ハンナは負傷。話に聞いたら、マークはそもそも脚に怪我をしていたらしい。

マライアは、明るかったけど、疲労困憊って感じだし、隊長もため息をついて、元気がない。まぁ、隊長はただの腹減りか。

そうは言っても、みんなボロボロだ。レナを助けるために、力を貸してくれて…

こんな飛行機や車に、突入のための機材や武器をそろえてくれて…

アタシ、こいつらになんて礼を言ったらいいんだろう、どうやって感謝したらいいんだろう。

 なんとなくそんなことを考えていた。でも、いくら考えたって、頭に浮かんでくるのは、助けてくれたことの感謝より、

「アタシと出会ってくれてありがとう」って、そんな言葉だった。

 ははは、なんか笑っちゃうよな。そんなこと、これまでだって、何度も何度も感じて来たってのに、さ。

アタシは、あんた達に出会えてよかった。あんた達の仲間に入れてもらえて、「家族」になれて本当に、本当に良かった…

ありがとうな、ありがとう…みんな…。

 そんなアタシの想いを見透かしたのか、レナが見上げてきて、ベコベコの顔で、にこっと笑った。あんたは、また、別口だ。

特別の中でも、特別!そう言ってやろうと思ったけど、さすがにやめた。

こんなにたくさんの中でそれを口にできるほど、アタシの照れ屋は治ってない。

308: ◆EhtsT9zeko 2013/07/06(土) 19:50:22.92 ID:VXHUrXhO0

代わりに、ポケットからPDAを取り出してモニタに表示させた番号にコールした。

<アヤ?>

すぐに電話口からカレンの声が聞こえた。

「あぁ、カレン」

<無事なの?>

心配げな、カレンの声が聞こえる。

「うん。みんな無事だ。今、南米に向かってる。パナマのトクメン空港」

アタシが言うと、カレンは

<そうか…>

と静かに返事をした。その声が微かに震えたのをアタシは感じた。

<なら、総出で出迎えに行ってあげるよ…楽しみにしてなよね>

「あぁ、うん…」

なんだか、カレンの言葉が、暖かくて心地良い。

<なら、またそのときにね>

「あぁ、カレン」

<なに?>

「ありがとうな」

<あぁ、うん>

カレンの、優しい返事が、PDAのスピーカー越しに聞こえてきた。

電話を切ってから、ふうと、ため息が出た。疲れたな、さすがに。

早く帰って、シャワーを浴びて、バーボンあおってベッドに入りたい…

レナを抱いてさ、で、となりのベッドには、ロビンに、今夜からは、レベッカも寝るのかな?

さ、レナ、帰ろう。アタシ達の家に…そう思って見下ろしたレナは、

メコメコの顔してるくせに、相変わらずかわいい顔して、アタシに笑いかけてくれた。

315: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:33:55.91 ID:nBQnR4x30

「ぷはぁー!これ最高!最高だよ!」


温かいお湯が身に染みる。お酒がグルグルと勢い良く体を駆け巡って、なんとも幸せな心地になる。

あぁ、これ最高!アヤさんてば、ホント、こういうの作っちゃうところがすごいよなぁ。

あればいいなぁとは思うとしても、実際作ろうだなんて、そうそう考えないもん。

 あたし達は、アヤさんのペンションの庭に作られた露天風呂に使っていた。

それほど広いってわけでもないけど、竹か何かで作られた囲いから見える星空が格別にきれいに見える。

お酒もおいしいし、疲れた体には、こういうのが一番だよね、やっぱり。

「そうですねぇ、外で入るお風呂がこんなに気持ち良いなんて、思ってもみませんでした」

レオナがしみじみそう言っている。ホントだよね!

「たははは!マライア、あんたはホントに、大物になっちまったみたいだね」

「そんなことないよ!あたしはあたし!永遠の甘ったれ曹長です、カレン少尉!」

カレンさんがそう言ってきたので、謙遜しておいた。そりゃぁ、あたしだって死線をいくつか乗り越えて来たけどさ…

やっぱり、アヤさんもカレンさんも大好きだもん。そこだけは、何があったって、変わらないんだ。

どんなに偉くなったって、どんなに強くなったって、あたしはみんなと一緒に居て、

こうやって昔と変わらずに笑っていられることが、何よりうれしい。うん、そのために、ずっと頑張ってきたんだからね。

「いいなぁ、私も入りたい…」

脚を撃たれて、島に着いてからすぐに治療に行ったハンナが、部屋着のままお風呂の脇の大きな岩に腰掛けてつぶやいている。

マークと一緒で、あたしがこんなだって分かってからのハンナの慕い方がなんだかくすぐったいくらいにカワイイ。

あたしも、アヤさん達にこう思われてるのかな?だとしたら、うれしいな…

あたしも、アヤさんみたいに、ハンナもマークも大事にしてあげないとな。

「ハンナはケガ治してからね!あ、お酒なくなっちゃった。お代わり!」

「はいはい」

「ふふふ、くるしゅうないぞ、ハンナ少尉!」

うん、こんな感じにも乗ってくれるハンナは、やっぱりカワイイ。

あたしがアヤさん達の妹分なら、ハンナはあたしの妹だね。

316: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:34:58.56 ID:nBQnR4x30

 あのあと、空港に着いたあたし達を迎えてくれたのはカレンさんだけだった。

みんなで、って話じゃなかったの、って聞いたら、わざわざここまで連れて来ることもないだろう?ってさ。

ちぇっ、楽しみにしてたのに。

あたし達はパナマの空港から、カレンさんの飛行機でアルバの空港へと飛んだ。

エプロンからロビーに入ったら、デリクにソフィア、アイナさんと、その夫のシローってのと、娘のキキちゃんに、

アイナさんを手引きしたっていう大きい方のキキちゃんもいた。

ハロルドさんと、妻だっていう、ちょっと怖そうなシイナさんも。

 あたし達の姿を見るなり、アイナさんが走って来て体当たりに近いくらいの勢いで

アヤさんとアヤさんが支えてるレナさんに飛び付いた。

アイナさんはレナさんの顔を見るなり、ボロボロ涙を溢して泣き出した。そんなアイナさんに向かってレナさんが

「アイナさん、無事でよかった」

なんて自分のことを棚に上げて言うもんだから、アイナさんはいっそう激しく泣き出してしまった。

 なんだか、その光景は心がポカポカして、見ているだけで、うれしい気持ちになった。

それからハロルドさんの妻のシイナさんも

「おかえり」

と言って、それから、そっと抱いていたロビンちゃんを下に降ろした。

ロビンちゃんは嬉しそうな、それでいて泣きそうな何とも言えない表情でアヤさんとレナさんのところに駆け寄って、

体をよじ登るようにしてしがみついた。

アヤさんが脇に手を入れて体を引っ張りあげて抱きしめたら、ロビンちゃんは肩に顔を埋ずめていた。

「ロビン、寂しかっただろ…ごめんな」

そう言ったアヤさんは、ロビンちゃんに頬を擦り付ける。お母さんなんだなぁ、アヤさんも、なんて思って、

ちょっとだけ、うらやましく感じた。

「ママは平気なの?」

と言うロビンちゃんにレナさんが抱っこを代わった。

最初は、アザだらけで腫れ上がったレナさんの顔を悲しげに見つめていたけど、

レナさんが昔と変わらないあの様子ではしゃいでロビンちゃんを抱き締めたら、すぐに笑顔になった。

317: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:35:37.21 ID:nBQnR4x30

 あたし達は、それぞれアヤさんに紹介を受けて、ちょっと間そこで話をしていたけど、

カレンさんに促されて、このペンションにやってきた。マークとハンナはデリクがすぐに病院に連れて行った。

それから少し遅れて、レナさんも、アヤさんとロビンちゃんで病院へ向かった。

レナさんは、見かけはひどいけど、レントゲン検査なんかをして、命に別状はないってことだった。

撃たれた二人も、傷口はきれいで、治りも早いだろうって言われてすぐに帰ってきた。

 ティターンズの件が収まるまでは、あたしとレオナとハンナにマークは、ここで厄介になっておいた方がいいんだろうな。

隊長達は、明日にでもそれぞれの場所に帰るんだ、と言っていた。

ちょっと寂しいけど、でも、またすぐにみんなで集まろうって、そう約束してくれた。

「良いですねぇ、これ。何時間でも入ってられそうです…」

「レオナはお風呂好きだもんね」

レオナとハンナがそう言って笑い合っている。

話に聞いたら、レオナがケガをしてないのは、レナさんが守ったから、なんだと言ってた。

レナさんは、そんなことないよ、なんて言ってたけど、レナさんが相手にそう仕向けたんだろう。

捕虜になって、拷問されてまでレオナを守ろうとするなんて、たぶんあたしにもできない。

あたしだったら、我慢できなくて相手を挑発しまくって殺されてるだろうな。

やっぱり、アヤさんを尻に敷いているだけあってレナさんはそう言うところは別格だ。

「そういや、あんた良かったの?レベッカちゃんと一緒にいなくて?」

「良いんです、今日はきっと、アヤさん達と一緒に居たいでしょうし…

 それに、もう焦らなくたって、きっと時間はいっぱいありますから…」

カレンさんとレオナが話している。レベッカちゃんは、レオナの子でもあるんだよね…複雑そうだけど…

でも、レオナはあんまり気にしていないようだった。

「まぁ、そうかもね。ここいら中米は、ルオ商会に、ビスト財団とか、いろんなところの利権も絡んでるから、

 連邦も好き勝手に手出しできないし、タイミングが良かったよね。

 あの、ダカールの演説がもうちょい遅かったら、まだ追われる身だったかもしれないしさ」

カレンさんがしみじみ言った。ティターンズも、地球圏での活動はそろそろ難しいだろうな。

活動拠点のグリプスに集結している、なんて情報が入ってたし、たぶん、宇宙での総力戦になるんだろう。

確かに、カレンさんの言うとおり、タイミングが良かった。

あたしも、あのまま基地に居たら、それこそ宇宙へ上がっちゃってたかもしれないからね。

姿をくらますこととか、そう言うのもろもろ考えたら、これ以上ないってくらいのちょうどよさだった。

318: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:36:14.31 ID:nBQnR4x30

「おーう、やってるな!」

声がしたので、振り返ったら、アヤさんが、レナさんと一緒にお風呂場に入ってくるところだった。

「あ!アーヤさーん!」

「レナ、あんた大丈夫なの?」

「うん、医者は平気だってさ。でも、痛くなるかもしれないから、ちょっとだけ、ね」

「レナさんも飲む?」

「あぁ、遠慮しとく。口の中の切れてるの、あと2,3日は治らないと思うし」

あたしはお酒を勧めたけど、断られてしまった。残念、レナさんとお酒飲んだことないから、一緒に楽しみたかったのに。

「あのチューブ食ばっかりってのは、気が滅入りますね…」

レオナがしみじみと言っている。確かに、あれはマズイからね…

「ロビンちゃんと、レベッカは?」

「あぁ、寝てるよ。ソフィアとシイナさんがついててくれるっていうからさ、すこし休めって、言われちまったよ」

アヤさんはそんなことを言いながら、桶で自分とレナさんにお湯をザバッとかけてから湯船に突っ込んできた。

「くはー!身に染みるなぁ!」

「アヤ、おじさんみたい」

アヤさんの言葉に、レナさんがそう言って笑う。もう、本当に夫婦なんだよなぁ、二人は…

いや、夫婦っていうのも、なんかちょっと違うのかもしれないけど。

「あ?いいだろ!気持ち良いもんは気持ち良いんだ!あ、マライア、アタシにもくれよ」

アヤさんがあたしの持っていたグラスを奪い取って一気に飲み干した。あっ、もう…せっかくハンナに入れてもらったのに…

いいですよーだ。新しいグラス出すから…

あたしは、ふくれっ面をみせてやってから、ハンナに別のグラスを取ってもらって、お酒をあおって一息ついた。

「はぁ、それにしても、良い夜ですなぁ」

「あはは、マライアさんも、アヤさんに似てる」

「ホント!?それは褒め言葉と思って受け取るよ!」

「こんなのに似て、どこが嬉しいんだかね」

「おぉ?なんだ、カレン、久々にやるか?」

「良いよ?受けてたってあげるわよ?」

「あーはいはい、慣れてない子達いるんだから、そのおふざけは今日はやめてね」

アヤさんとカレンさんが、いつもの、を始めそうになったので、レナさんが止めた。

なんだ、久しぶりだから見てみたかったのに…

まぁ、でも、ハンナやレオナには、ちょっとびっくりしちゃうようなやり取りになっちゃうだろうしね…

「お、なにレナ?ヤキモチ?」

そんなレナさんの言葉を聞いたカレンさんが、そう言ってレナさんを冷やかす。

あ、そう言うパターンもあるんだ?これは乗っておかないと!

「もう!ラブラブこそどっか余所でやってくださいよ!」

あたしもそう言って野次ってやる。

「ちっ、違うって!違うの!」

「あんたら、やめろよ!」

そしたら、レナさんどころか、アヤさんまで顔を真っ赤にして怒ったから、可笑しくて笑ってしまった。

319: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:37:28.35 ID:nBQnR4x30

「ふぅ」

「気持ち良い…」

「お酒がおいしいなぁ」

「まったくだ」

「飲みすぎないでよ?アヤを部屋に運ぶの、大変なんだから」

「いいなぁ、私も入りたい…」

「…なぁ」

なんて、みんなでとりとめのない話をしていたら、急にアヤさんがそう言って、あたし達の顔を見た。

「ん?」

「なに、アヤさん?」

あたしとカレンさんが先を促すと、アヤさんは改まった様子で

「あんた達、みんな、ありがとうな」

としみじみと言ってきた。

「なんだよ、急に」

「いやさ…助けてもらったこともそうなんだけど…それよりも、さ。こんなアタシらと一緒に居てくれて、本当に嬉しいんだ!

 つらいのも、大変なことも手伝ってくれて、こうやって酒飲んだりバカやったりするのも一緒にやってくれるのがさ、

 楽しくて、うれしくて、幸せなんだ。アタシは、あんた達に出会えて、良かった」

「うん、私もそう思う…みんながいてくれて、ホントに嬉しい。カレンや、マライアちゃんや、シロー達も、

 シイナさん達も、ハンナにレオナに…みんなが居てくれるのが、ホントに幸せだよ。みんな、ありがとうね」

アヤさん…レナさん…

あたしは、胸がきゅっとなった。だって、8年間もずっと、そのために、頑張ってきたんだ。

別に、ありがとうを言ってほしかったわけじゃない。

アヤさん達の仲間として、そばに居たくて、守ったり、守られたりしたいって思って、ずっとずっと、戦ってきた。

だから、こうして、一緒に居てくれて嬉しいって言われるのは、あたしにとって…あたしにとって、何にも代えがたい言葉だった。

アヤさんが守ってくれたから、そばに居たいと思った。そのためには、アヤさんを助けられるくらいにならないといけなかった。

だって、あのままじゃ、あたしのせいでアヤさんやみんなを危ない目に合わせたり、迷惑をかけてしまいそうだったから…

 あたしは、ソフィアと無事にあそこから逃げ出して、アフリカから連邦に戻っても、ずっとそのことばかり考えていた。

自分が許せなかった。そんな時に、宇宙艦隊再編の動きを聞いて、その中に飛び込もうと思った。

その勇気をくれたのも、アヤさんだった。しっかりしろ、ってそう言ってくれた。

 今のあたしがあるのは、アヤさんのお陰なんだよ。だから、お礼なんていらないよ、アヤさん。

アヤさんが優しくて、それでいて強かったから、あたしを育ててくれたから、

あたしは、アヤさん役に立てるようになりたかっただけなんだ、そう言う存在として、そばに居たかっただけなんだ。

 そして、それを嬉しいって言ってくれる…だから、それはあたしにとっても、とても嬉しいことなんだ!


320: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:38:01.01 ID:nBQnR4x30

「何をいまさら言ってんのさ。感謝なんて、こっちがしたいくらいだよ」

「え?」

あたしは、何かを言ってあげたかったけど、その前にカレンさんが、そう口を開いた。

「あたしらはみんな、あんた達にそれ以上を貰ってんのさ。

 アヤが太陽みたいにあたしらを照らしてくれて、レナが海みたいに包んでくれてさ。

 そう言うのが嬉しいから、みんなあんたらのそばに集まってるんだよね。

 あたしらが興味本位で集まったんじゃない、あんたらがあたしらを集めたんだよ。

 だから、気にすることなんてないさ。あたしらは、あんた達のお陰で、あんた達以上に幸せだよ、たぶんね」

あぁ、言いたかったこと、全部言われた…なんかちょっと、肩透かし食らった気分だった。

なによ、もう!二人はケンカしてればいいでしょ!

そう言う、大事なことはあたしに言わせてよ!カレンさん!

「カレン…」

レナさんが目をウルウルさせながら、カレンさんの名を呼ぶ。

「カレン、あんた…抱きしめていいか?」

アヤさんはもう、全身から信愛の気持ちを放出しながら、そう言ってカレンさんににじり寄っている。

「やめてよ、裸のときはさすがに気持ち悪い」

「まぁ、そう言うなって!」

アヤさんがカレンさんの腕を引っ張った。待って、それは待って!

「ちょ!アヤさん!待って!あたしも褒めてほしい!あたしも幸せ!アヤさんといるの幸せ!だからもっと頭を撫でて!」

あたしは、二人の間に割って入り、そう主張した。

だってアヤさん、飛行機の中で帰ったら甘えさせてくれるって言った!ここはあたしが褒められるべきでしょ!

「だー!マライア、あんたはあとだ!」

アヤさんはそう言ってあたしを押しのける。えぇ?!ひどくない?!

「なんでよ!ズルいよ!あたし今回、一番頑張ったじゃん!カレンさんは無線でちょびちょび絡んできただけらしいじゃん!」

「あぁ!?マライアあんた、あたしに文句でもあるのわけ?」

あたしが言ったら、今度はカレンさんがそう言ってあたしの腕をつかんできた。

「な、なによ!お、おどかしたって怖くないんだからね!」

あたしは、目一杯強がって、そう言いかえしてやった…けど。

そもそもカレンさんは、アヤさんと張り合うくらい気が強くて、ケンカはどうかしらないけど、

覇気っていうか、権幕はアヤさんとも引けをとらない…正直、言ってから、しまった、と思った。

「生意気に!沈めてあげるよ!」

「そういや、シイナさんのときにはずいぶん都合よくアタシらを使ったんだったな、マライア!

 アタシもあんたを沈めといた方が良さそうだ!」

カレンさんの言葉を聞いたとたん、アヤさんも手のひらを返したようにそんなことを言いだした。

「ちょ!え?!待って、待ってよ!そんなのないよ!ひどいよ!」

あたしは声の限りに抗議した。でも、二人掛かりで両腕を抑えられてあたしの頭をお湯に沈めようとして来る。

待ってよ!これってイジメだよね!?ダメだよ!イジメダメ絶対!カッコ悪い!

321: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:39:19.28 ID:nBQnR4x30

 叫びながらジタバタと抵抗していたら、突然何かが降ってきた。

恐ろしく冷たいそれが、あたし達の頭から降りかかってきて、思わず悲鳴を上げてしまった。

「ぎゃーー!」

「!?」

「ひぃっ!な、なに!?」

「お!やったか?!」

「こちら、爆撃班!目標に命中の模様!くりかえす、目標への直撃を成功させた模様!」

「おーし、次、第二弾、装填!」

「了解!」

「た、隊長!マズイですって!てか、ティーネイジャーじゃないんすから…40超えたおっさんが何一番はりきってんすか…」

隊長達の声だ。どうやら、柵の外から水を掛けられたらしい。

なんてしょうもないイタズラを…そう思っていたら、カレンさんがフルフルと震えながらアヤさんを見やった。

「おい、アヤ」

「あぁ。マライア、あそこのデッキブラシもってこい」

あ、これ、やばいヤツだ。

「りょ、了解。これは宣戦布告と見なして良いんですよね?」

「ア…アヤ?!」

レナさんが戸惑い気味にアヤさんを制止する。でも、レナさん、分かるでしょ?これはね、逆らったらいけないやつ。

止めても、止らないやつ。あたしはキビキビっとデッキブラシを三本持ってきて、アヤさんとカレンさんに手渡す。

アヤさんは、ベンチに積んであったバスタオルを渡してくれて、それを三人で体に巻きながら

「良いか、第二撃投擲を確認したら、一気に叩くぞ」

と指示してくる。

「ダリルはアヤに任せるよ。あたしとマライアで、隊長とフレートを叩く」

カレンさんも、だ。あたしにも任務が割り振られてしまった…これは、やるしかない…

「デリクは最後に三人で袋叩きで良い。制止する気がない奴は、同罪だ!」

「そうだな。いいか、突撃準備!」

アヤさんがそう言って柵に、もうけられたドアのカギを開けて構える。

322: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:39:47.74 ID:nBQnR4x30

「第二弾、発射!」

「行くぞ!突撃!」

アヤさんが先頭で飛び出した。カレンさんがそのあとに続き、あたしも最後尾で柵から外に躍り出る。

こうなったら、ヤケクソだ!作戦も無視!今日、久しぶりに会って、話したときに感じたうっぷんをここで晴らしてやる!

「げ!」

「で、出た!」

「うお!デッキブラシ持ってんぞ!」

「鬼神だ!ジャブローの鬼神が出たぞ!」

「て、撤退だ!」

「デリク、すまん!」

「ちょっ!わっ!フレートさん!」

フレートさんが、逃げながらデリクを引き倒した。あぁ、囮にされたのね、デリク。

残念…でも、あたしは今日は、容赦しないからね…

 ひっくり返ったデリクの傍らにあたしは立って、怒りを込めて見下ろしながら言ってやった。

「デリク!あたしより先に…しかもソフィアと結婚なんて…!抜け駆けした罪は重いんだからね!」

「ひっ…ひぃぃ!」

デリクが本気で情けない悲鳴をあげるもんだから、噴出して笑ってしまった。


323: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:40:15.78 ID:nBQnR4x30

「まったく、アヤってば。はしゃいじゃって」

「ごめんって。まったく、あいつら、ホントいつまでたっても子どもだよな」

私が言うと、アヤはそう言って笑った。何言ってるの、

「アヤだって、いつまで経っても子どもみたいなところあるよね」

さらに追撃したらアヤは

「え、そうかなぁ?」

なんて苦笑い。ふふ、意地悪でごめんね。

 アヤは、私を脱衣所まで送ってくれた。まだお風呂で騒ぐ、と言うので

「あんまり飲みすぎないでね」

とだけ伝えて、背伸びをして、キスをした。口の中が痛いから、軽く、ね。

そしたらアヤは代わりに私をキュッと抱きしめてくれた。

 部屋着に着替えてホールに戻ったら、お風呂に行く前のメンツがそのまま、まったりとした雰囲気で談笑していた。

「ソフィア、シイナさん、ごめんね。大丈夫だった?」

遊び疲れて寝てしまった、ロビンとレベッカを見ていてくれたソフィアたちに聞いたけど、

「あぁ、特になにも。もっとゆっくり入ってくりゃ良かったのに」

なんて、シイナさんが言ってくれた。

 ケガが痛くなると困るから、と言いながら席について、コップに冷たいお茶を入れてストローを差す。

これでなら、飲めるんだな。

「あはは、キキちゃんも寝ちゃったんだ」

「ええ。もうぐっすり」

アイナさんが、ソファに寝かせたキキちゃんの頭を撫でている。

その隣のソファでは、アイナさん達と古い仲だって言う、アイナさんの基地潜入を手引きした大きい方のキキちゃんも

すやすやと寝入っていた。

「大きいキキちゃんも、寝ちゃったんだね」

「ええ。なんだか、私のことも、皆さんのこともとても気にかけていたみたいで…安心して、疲れが来たんだと思います」

「シローも?」

「はい。彼も、数日寝てないと言ってましたし」

私が聞くと、アイナさんはそう言って笑う。

なんだか、モヤモヤソワソワして部屋の中をうろついたり、

たまらなくなって壁やテーブルを叩いたりしているシローの姿が目に浮かんできて、

失礼だな、と思いながら、でも笑えてしまった。

324: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:40:51.77 ID:nBQnR4x30

「そうだ、シイナさん、ロビン大丈夫だった?」

「あぁ。最初の日だけは、しばらくメソメソしていたけどね。一緒に寝るようにしてやったら、それからは落ち着いたよ」

ロビンはなぜだか、1歳になるころには、シイナさんにべったりと懐いた。アヤと私の次に誰が好き?

なんて聞いたら、確実にシイナさんの名前が出てくる。

本当にどうしてか不思議なんだけど、もしかしたら、あの懐の広さみたいなのを、ロビンも感じるのかもしれない。

どんなことがあったって、部下に慕われた、部隊長なんだ。みんなのお母さんとかお姉ちゃんみたいなものなのかもしれない。

「ロビンちゃん、シイナさんに懐いてますもんね」

「シイナさんは、お子さんは作らないんですか?」

「迷ってるんだ。こんな私が、って思うところも、正直あってね」

「そうですか…」

アイナさんとソフィアがシイナさんとそんな話をしている。

「気にすることないですよ、それはそれ、これはこれ、だと思います」

「うんうん、そうそう。見たいな、ハロルドさんとシイナさんの子。きっとすっごい美形のはず!」

「あはは、あんた達ならそう言ってくれると思ったよ。まぁ、考えてみるさね」

アイナさんとソフィアに言われて、シイナさんは笑った。それからシイナさんは思い出したように

「そう言えば、アイナは大丈夫だったのかい?ケガとかそう言うのさ」

と聞いた。

「ええ、全然。マライアさんが良くしてくれて…まさか、アヤさんの元部下だったなんて、驚きましたけど」

アイナさんがそう言って笑う。

「それは私も聞いたときは驚いたよ!8年前に会ったときは泣いてばっかりで、アヤにすがってる子犬みたいな子だったのに」

「あはは、子犬、か。確かに、犬っぽいですよね、マライア」

私が言ったら、ソフィアもそう言う。

「子犬ねぇ。さっき話した印象だと、子犬ってより、従順な軍用犬、って印象だったね」

「でも、犬は犬なんですね」

シイナさんの言葉に、アイナさんがそう口をはさんだので思わずみんなで笑ってしまった。

325: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:41:25.26 ID:nBQnR4x30

 一通り笑って、それを収めてから、私は、言おうと思っていたことを伝えるために、口を開いた。

「あのね」

「はい?」

「さっき、お風呂でアヤも言ってたんだけど…みんな、ありがとうね」

「何がだい?」

シイナさんが、キョトンとした表情で聞き返してきた。

「一緒に居てくれて。友達で、ううん、アヤ風に言えば、家族として、そばにいてくれて…

 今回のことがあっても、なかったとしても、私たちは、みんながいてくれて、すごく幸せだよ。

 だから、ありがとう…それから、これからもずっと仲良くしてね」

ホントはね、それだけじゃないんだよ。アイナさんも、ソフィアもシイナさんもね、私にとっては、同じ故郷の同じ仲間。

あの暗い宇宙からここにたどり着いた、かけがえのない人たちなんだ…

昔アイナさんが言ってくれたみたいにね、みんな、私の姉妹なんだって思ってる。

血のつながった家族を亡くした私の、家族なんだよ。辛いときに助けてくれて、楽しい時に一緒に笑ってくれる…

みんながいてくれて、私、本当に幸せなんだ…。

 気が付いたら、また、ポロポロと涙がこぼれてしまっていた。

「レナさん…」

「あははは。泣くようなことかい。私らの方が礼を言いたいくらいなんだ」

シイナさんが、ポンポンと私の肩を叩いてくれる。カレンさんと同じことを言ってくれるのが、また、うれしくて、

私はそのまましばらく、涙が止まらなかった。本当に、すぐ泣けちゃうこのクセ、かっこ悪いんだけどさ…。


326: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:42:20.30 ID:nBQnR4x30

皆がホールから部屋に戻った。私も、ロビンとレベッカを抱いて部屋に戻っていた。

ロビンたちは隣の子ども用のダブルに寝かせて、私もゴロゴロとベッドに転がる。

しばらくそうしていたら、

「ふぅ」

とため息をつきながら、アヤが部屋に入ってきた。はしゃぎ疲れたのか、すこし、眠そうな顔だ。

「おかえり、みんなは?」

「カレンとマライアははしゃぎ足りないみたいで、まだホールで騒いでるよ。マークとハンナに、レオナは部屋に通した」

アヤはそう答えて、ベッドに腰を下ろした。

 私がすり寄って行くと、アヤはギュッと私を抱きしめて、そのままベッドに倒れ込む。私も、アヤの体にしがみつく。

アヤだ…。私の大事な、一番好きな、最愛の人。彼女の暖かいぬくもりが伝わってくる。

彼女の温度、彼女の匂い、彼女の声、彼女の瞳、彼女の心…

すべてが私を優しく、大事に、包み込んでくれているような気さえする。

なんだか、胸の奥が暖かくて、とても暖かくて、いっそう、彼女に体を密着させる。

 そしたら、アヤはクスッと微かに笑い声をあげた。

「なに?」

「ん、別に…」

私が聞いたら、知らないよ?と言わんばかりに、そっぽを向く。

「なによ?」

「いや…昔のこと、思い出してた」

さらに聞いたら、アヤは正直に白状した。昔のこと、か…

「あのときは、びっくりしたけど…でも、ほら、戦闘機の中で寝たときさ。

 アタシ、あんなに心から安心したのは、施設にいたときに、ユベール達と過ごしてたとき以来だったんだ」

アヤは私の髪に、顔をすりつけながらそう言ってくる。

「あの時のアヤのこと、私もまだしっかり覚えてるよ…戦闘機の中のことも…

 私が一番はっきり覚えてるのはね、独房に来てくれたとき。私の顔を見て、泣きそうな顔で怒ってくれたこととか、

 あれは本当に嬉しかった。それから、船の中で私を守るって言ってくれたことも」

「懐かしいな」

「うん…」

私は返事をして、目を閉じる。

 本当に、あれから長い月日が経ったな。いつの間にか、友達も、仲間も、家族もたくさん増えた。

何事もなく、ずっと一緒に居たから、こんなこと考えもしなかったけど…でも、今回のことがあって、改めて思い知らされた。

今のこの生活が、どれだけ愛おしくて、どれだけ幸せなのかってことを。また、目頭が熱くなる。

もう、どうしてこう簡単に出てきちゃうんだろう、涙って。

327: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:43:40.99 ID:nBQnR4x30
「アヤと一緒に居られるのが、うれしい」

私はアヤに囁いた。

「アタシもだ」

アヤもそう言ってくれた。私はアヤを見上げると、アヤも私を見ていた。

「なんで泣いてんだよ」

そんなことを言ってきたアヤも、ポロポロと涙をこぼしていて、なんだかちょっと、笑ってしまった。

「アヤだって…」

そう言ってやったら、なんだか、どこかで張りつめていたものが、プツッと切れた。途端に、強い感情が湧き上がってきて、

涙になってあふれだしてくる。暗くて冷たくて、鋭い、恐怖が、アヤの温もりに溶かされてあふれ出てくる。

 私は、アヤの胸に顔をうずめた。

「…怖かった」

「うん」

いつの間にか、私は震えていた。そうだ、私は怖かった。

あのとき、あの場所で、もしかしたら殺されてしまうんじゃないかってことを、胸の内に閉じ込めていた。

それは、とてつもなく怖いことだった。自分が死んでしまうことなんかじゃない。

アヤを、アヤ達を悲しませてしまうかもしれない、それを考えるのが、とてつもなく、怖かった。

「アヤ達を残して死んじゃったら、アヤが、ロビンがどれだけ悲しむかって思ったら、すごく怖かった…」

「うん」

私が告げたら、アヤはそう返事をして、私の体にまわした腕により一層強く力を込めてくれる。

暖かい…本当に、あの時の戦闘機の中みたい…私は、そんなことを思っていた。

「…無事でいてくれて、本当に良かった…」

アヤの囁くような、うめくような、泣き声に近い、そんな言葉が聞こえた。

 私は、アヤにしがみついて泣いた。アヤも私を抱いて、私の髪を涙で濡らしながら泣いていた。

「もう、寝なきゃね」

「ああ、そうだな。隊長達に朝飯作ってやんないといけないしな」

「うん」

「海に行きたいね」

「そうだな、明日は船でも出すか。いつもの島なら、風が出てても大丈夫だし」

「ニケたちも連れて行ってあげよう?」

「あぁ、それがいいな」

「…」

「…」

「…アヤ?」

「ん?」

「暖かい」

「うん」

「安心する」

「…あぁ、アタシもだ」

「おやすみ、アヤ」

「おやすみ、レナ」

328: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:44:19.98 ID:nBQnR4x30

 良い夜だ、か。まったく、その通りだな。

俺は、デッキに出て、マライアさんにもらったビールを片手に、空を見上げていた。

部屋に通されたけど寝る気になんて、ならなかった。この開放的な気持ちを、もっともっと味わっていたかったからだ。

 俺のしたことなんか、大したことはない。口から出まかせを言って、あの無線モジュールを繋げただけ。

敵と戦ったわけじゃない。自分の手で、レオナを取り戻したわけでもない。

でも、なんだか無性にすがすがしくて、気分が良い。あぁ、そうだ。

俺は、やったんだ。きっと初めて自分の義ってやつを貫き通した。だから、こんな気分なんだろう。

 空港でニケたちに再開したとき、あいつら、まるで幽霊を見るみたいに俺を見つめてから、こぞって飛びついてきて大変だった。

だけど、俺は、あいつらをちゃんと受け止めることができた。脚が痛かったしよろけたが、そう言う話じゃない。

もっと精神的な部分だ。ニュータイプのあいつらを、俺は、まるで弟や妹みたいに思って、再会を喜べた。

そのことが、どうしてか嬉しくてたまらなかった。

それもこれも、マライアさんが助けてくれたことと、それから、アヤさんが信じてくれたからこそ、だ。

 あのアヤさんって人は本当に不思議だ。

ニュータイプらしいけど、レオナやニケたちに感じたような壁は全くと言っていいほどなかった。

マライアさんも、レナさんもそうだったけど、それはあのアヤさんあってのことだと思う。

ニュータイプってのは、感じ取ることに優れているものだと思っていたが、

あのアヤさんは、感じ取るだけじゃなくて、まるで自分の意思や勇気を相手を選ばずに伝えることが出来る様な、

そんな感じだった。

 もしかしたら、ジョニーの話の中にあった、人を惹きつけるタイプのニュータイプなのかもしれない。

いや、おそらく惹きつけるだけじゃなくて、ある種の変革ももたらす人だ。

あの人の、強烈な「繋がろう」とする気持ちは、人と人の間のわだかまりなんて簡単に打ち壊して、

まるで古くからの友人みたいに手と手を取り合うような気持ちにさせる。

ただそれは、能力よりも人柄なのかもしれない、とも思う。話を聞けば、小さい頃からいろんな苦労をしてきたっていうし。

そう考えたら、ジョニーの言った、希望としてのニュータイプの、さきがけなのかもしれない。

 ニケたちも、あの人のように、苦労を乗り越えて、何かをつかめば、もしかしたら、

たくさんの人を幸せに出来る様な人になるのかもしれない。

 あいつらには、そう言う未来を望んでやりたい。

329: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:44:47.14 ID:nBQnR4x30

「あー、いたいた」

ハンナの声だ。デッキから玄関の方を見やったら、ハンナとそれを支えるレオナがいて、こっちに手を振っていた。

 二人はデッキまでやってきて、俺の隣に腰を下ろす。

胸に暖かい感覚が湧いて来たのもつかの間、そう言えば、メキシコで別れるときのレオナが…

それを思い出して、ひとりでに体が固まった。待てよ…これって、あれか?修羅場なのか?

 「いやぁ、のぼせちゃったよ」

「レオナは本当にお風呂好きね」

「だってさ、研究所の中って他に自分の時間とか楽しみとかなかったし…」

「あぁ、そっか…ごめん、なんか変なこと聞いた」

「ううん、いいのいいの!明日は海に行ってみたいんだよね。アヤさんにお願いしようかなぁ」

あれ、なんか、平和な会話だな…大丈夫、なのか?

 「ははは。そうだな、頼んでみろよ。俺は大人しくここでのんびりしてるからよ」

「えぇー?マークも行こうよ」

「残念、私とマークはケガにんなので海水浴は出来ません!レオナ一人で行ってきな!」

「なにそれ、ひとり占め?ずるい!」

あれ、なんかやっぱり、おかしな方向へ行かってないか?

 「そう言えば!レオナ、あのとき、マークに無理矢理キスしたでしょ!」

「無理矢理じゃないよ!マーク、受け入れてくれたもん!」

「嘘よ!マークは私の恋人なのよ!?そんなことないよね、マーク!?」

「マーク、どうなの?!私とキスするのイヤだったの!?」

なんだよ、これ。なんなんだ、この状況?

「いや…えぇと…あのときは、その、突然で、なんていうか…」

「なに!?認めるの?!最低!離婚よ!もう離婚!」

り、離婚て、結婚すらしてないだろうに…

「ひどいよ…そんな気もないのに私を受け入れるふりをしたなんて!」

ちょ、え、レオナ?まで何言い出すんだ!?

 俺がまるで意味が分からなくて、しかも動揺していたら、二人は顔を見合わせてから俺の方を見て、

ニンマリと、ハンナのお得意のあのいたずらっぽい、したり顔でニヤついてから、さらに声を上げて笑った。

 なんだよ、くそ!ハメられた!

 俺は腹立ちまぎれに、ビールをあおる。まったく、性質の悪いぞ、お前ら!

330: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:45:15.98 ID:nBQnR4x30

「ふぅ、あー、可笑しい」

笑いを収めたレオナがそうつぶやいてから、

「あのね」

と俺をチラッと見やってきた。

「なんだよ」

ぶっきらぼうに、不機嫌な態度を見せて聞き返してやるとレオナは少しだけ寂しそうに笑った。

「二人は、これから、どうするつもり?」

「え?」

俺よりも早く、ハンナがそう声を上げた。これからのこと…

そう言や、今日のことで精一杯で、そんなこと、考えてなかったな…チラッとハンナを見た。

ハンナも、戸惑った表情をしている。

「まだ、決めてないけど」

俺が言うとレオナは

「そっか」

と言って、話を続ける。

「レナさんがね、言ってくれたんだ。一緒にここで、ペンションをやりながら生活しないか、って。

 ほら、レベッカもいるしね…あの子は多分、アヤさんレナさんとロビンちゃんと一緒に過ごすのが良いと思うんだ。

 レナさんにも、そう言ったの。でもね、レナさんは、『あなたも、レベッカのママでしょ?』って言ってくれた。

 遺伝子は繋がってないかもしれないけど、レベッカは、私の体の中で育って、私が産んだ、私と体を分け合った、

 私の子どもでしょ、って、そう言ってくれた。だからね、私、ここに残ろうと思うんだ。レベッカの母親の一人として」

レオナは笑った。寂しそうに、笑った。

「だから、聞いたの。二人は、どうするのかな、って」

そうか、レオナ、別れを言いに来たのか…俺たちに。俺は息を飲んでしまった。そんなこと、考えていなかった。

短い間だったけど、何をしてやれたかわからないくらいの期間だったけど、基地から逃げ出してから、

一緒に時間を過ごしたレオナとは、これからもずっと一緒にどこかへ歩いて行くんだろうって、なんとなく考えていた。

 だけど、そうか。そうだよな。冷静に考えれば、そんなこと、ないんだよな…。

331: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:46:06.37 ID:nBQnR4x30

「私は…」

ハンナが口を開いた。

「私は、ニケたちについて行こうと思ってる。あの子達には、親とか、そう言う頼るべき存在が必要だと思う。

 あの子達がこれから、カラバに引き渡されてどこで生活するかわからないけど、

 私は、あの子達が、せめて自分で生活を立てられるようになるまでは一緒に居て見守ってあげたい」

ハンナは、言った。そうか…だとしたら、俺は…俺は…

「マークは、ハンナについて行くでしょう?」

レオナが、先にそう言ってきた。そうだ、その通りだ…

「あぁ、ハンナがそう言うのなら、そうしようと思う」

「そうだよね」

レオナは、また笑顔を見せた。なぜだか、胸がキリキリと痛む。

でも、レオナは辛そうな表情で、しかし、はっきりとした口調で言った。

「お別れだね」

 その言葉は、俺の胸に、ずっしりと圧し掛かった。なんでだろうな…本当にちょっとの間しか一緒にいなかったのに…

今生の別れってわけでもないのに、どうしてこんなに気持ちが重くなるんだ…。

「マークのことが、好きだった」

―――あぁ、そうだ

「こんな私を、私たちを、助けて、それで、自分の気持ちと戦いながら、

 一生懸命に向き合ってくれようとしていたあなたに惹かれた。

 生まれてきて、初めて、普通の人の、暖かさに触れた気がした。大事に想われてるんだなって、そう感じられた」

―――分かってただろうに、俺は…また、同じことを繰り返すところだった…

レオナは、目に涙をいっぱい溜めて、それでも続ける。

「だから私も、戦えた。レナさんと一緒につかまって、レナさんの拷問を見せられても、道具だって言い捨てられても、

 私は、絶望しなかった。負けなかった。あなたが信じてくれたから。優しくしてくれたから。

 私たちのために、戦ってくれたから…」

「レオナ…」

ハンナが、彼女の肩を抱く。

「だから、お別れは、寂しいよ」

レオナ、そんなに俺のことを大事に想ってくれてたか…俺は…俺は、なんて声を掛けてやればいいんだろう…

「…別れなんかじゃない」

考えるよりも早く、俺はそう口にしていた。

332: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:47:15.78 ID:nBQnR4x30

「マーク…」

「別れなんかじゃない…サビーノが、言っていた。お前ら、ニュータイプは、離れていても、気持ちが通じ合うんだろう?

 思念ってのが、伝わるんだろう?だったら、離れていたって、それは別れじゃない。

 ニュータイプの力はそのためにあるんだって、俺はそう思う。

 この広い地球を飛び出して、広大な宇宙へ飛び出した人類が得た、電波なんかじゃ伝わらないものを伝えるための力なんだと思う。

 俺は…いや、俺も、ハンナも、ニケ達も、いつでもレオナと繋がってる。安心しろ。

 レオナの、俺を好きっていう気持ちには答えてやれないけど…俺たちは、ずっと、レオナと心を繋げていると約束する。

 だから、別れなんかじゃない。そうだろう?」

そうだ。ニュータイプは得体の知れないものなんじゃない。

能力のない俺のような人間でも、ごくありふれて使っている感覚と同じなんだ。

誰かを思いやって、誰かと心を繋げておく、心に、誰かの存在を刻んでいくのと、何一つ変わりないじゃないか。

「マークぅ」

レオナは、泣き崩れるようにして、俺に抱き着いて来た。レオナを抱き留めて、腕を回してやる。

ハンナもレオナを後ろから抱きしめてくれた。

 大丈夫だ、レオナ。お前はもう、ずっと過ごしてきた研究所にいたみたいに一人じゃないんだ。俺たちがいる。

アヤさん達もいる。遠く離れても、その気になれば、俺を感じ取れる。

 ニュータイプってのは、この広く果てしない宇宙で、人と人が繋がっていくために生まれてきたんだ。

言葉に乗らない想いを、目に見えないしぐさを、触れることのできない温もりを感じるために芽生えた能力なんだ、きっと。

人と人が、理解し合い互いにわかり合うための、誰かが孤独にならないために、誰かを孤独にしないために、

負った傷を、癒し癒されるための力なんだ。

 ニュータイプもオールドタイプも、関係ない。

俺たちは、みんな、幸せを願って、大事な誰かとともに生きたいと願う、同じ人間に違いないんだ。








―――――――――to be continued

336: ◆EhtsT9zeko 2013/07/07(日) 23:59:08.74 ID:nBQnR4x30

 あれから、半年以上たった。

私のケガもすっかり治ったし、レベッカはここの暮らしにもなれて、いつもロビンとべったり二人でいるくらいすっかり仲良し、

レオナも、なぜか居ついているマライアちゃんも、ペンションの仕事を手伝ってくれたり、ロビン達の面倒を見たり、

アヤの船の仕事を手伝ったり、すっかりこの島での生活も板について来た。

 私たちが研究所から逃げ出してからしばらくして、ティターンズはエゥーゴとアクシズとの三つ巴の戦闘の末、壊滅した。

これで、すこしは平和になるかな、と思ったら、今度はアクシズがネオジオンって名前を掲げて、現在連邦と戦争中。

ティターンズに飼いならされた連邦軍と、ティターンズとの戦闘で多くの戦力を喪失したエゥーゴは苦戦中。

 戦略的価値のないこの辺りには戦闘は及ばないし、マライアちゃんが言うには、

地球とコロニー全域に強大な幅を利かせている財閥や経済組織と関係の深いこの辺りを襲ったり、

戦闘にさらすのはタブーになっているらしくて、戦争をしている、なんて話を聞いても、

テレビなんかで情報を取らない限りは、てんで実感がわかない。お客がちょっと減っちゃったってことくらいかな。

まぁ、正直な話、それが一番痛いところだっていうのはあるんだけど…

 「ただいまー!」

玄関から声がした。掃除を中断して、客室から一階に降りると、そこには、

レオナに連れられたロビンとレベッカが、お揃いの服にお揃いのカバンを背負ってニコニコしながら立っていた。

幼稚園から帰ってきたんだ。

「おかえり!ほら、手洗いうがいして、おやつにしよ!今日はソフィアがケーキ焼いて持ってきてくれたんだよ!」

「ケーキ!?」

「食べる!」

二人は、黄色い悲鳴を上げながら、階段を駆け上がって、自分たちの部屋へと走って行った。

「レオナ、おかえり」

「ただいま、レナさん。アヤさん達は、まだ戻ってないの?」

「あぁ、うん。もうすぐだと思うんだけどね」

私が言うと、レオナはなんだか少し、顔を曇らせた。

「どうしたの?」

私が聞くと、レオナは首をかしげて、

「分からないけど、なんか変なの。気分がさえないっていうか…イヤな感じがするっていうか…」

と歯切れの悪い返事をする。私は、特になにも感じないけど…でも、少し気になるな。

こういうのって、とりあえず対処しておいた方が、精神衛生的に良かったりするよね。

「そっか…とりあえず、私連絡してみるよ。レオナは、ケーキ、冷蔵庫に入ってるから、ロビン達に準備して一緒に食べてて。

 私も掃除が終わったらすぐ行くから」

そう言うと、レオナはすぐに顔を輝かせて

「ケーキ私のもあるんだ?!」

と、子どもみたいな顔をして喜んだ。

337: ◆EhtsT9zeko 2013/07/08(月) 00:00:07.61 ID:HDJ29ZM50

笑顔で、レオナがホールへ入るのを見送ってから、階段を上がりつつ、PDAでアヤのナンバーにコールしてみる。

「はいよ!レナ、どうしたー?」

アヤの明るく抜けた声が聞こえた。

「今どこにいる?おやつにしようと思ったんだけど…」

私が言うと、アヤはまた飛び切りに元気な声で

「そっか!ちょうどよかった。もう着くから、アタシらのも頼むな!」

と言ってきた。うん、これなら大丈夫そうだ。レオナにも言ってあげなきゃな。

「了解!」

と返事をしてから電話を切って、階段の上から大声でレオナにアヤとマライアが帰ってくると教えてあげた。

レオナは少し安心した表情で、

「わかった。ケーキ出しておくね」

と返事をして、ホールの方へと入って行った。

 私も胸の引っ掛かりが取れたので足早に部屋まで戻って、掃除を終わらせる。

掃除機と雑巾の入ったバケツを持って、階段を下りた時に、ちょうどよくアヤとマライアが玄関から入ってきた。

「あ、おかえり!」

「ただいま、レナ!」

アヤはいつもの笑顔で私に駆け寄ってくると、いつもとおんなじように私を抱きしめて、額に口付てきた。

研究所から脱出してきた次の日から、アヤの愛情はとどまることを知らなくて、なんだかもう、

恥ずかしいなんて言っている方が恥ずかしくなってくるくらいだった。

 こうなったらもう、開き直ったほうがすがすがしいんじゃないかと思って、

最近では私も照れずにアヤの行動を素直に受け入れることにしている。

まぁ、うん…毎日やってるのに、毎回嬉しいから、別に良いんだけどさ。

338: ◆EhtsT9zeko 2013/07/08(月) 00:01:32.89 ID:HDJ29ZM50

 と、アヤの肩越しにマライアと目があった。と、思ったら、アヤの後ろから飛んできて、

アヤが離れた直後の私に飛びついて来た。でも、私のところにたどり着く直前に、

アヤに後ろ襟をつかまれて制止され、階段の方にひょいっと追いやられてしまった。

「ひどい!あたしだってレナさんと仲良くしたい!」

「あんたの仲良くは行きすぎなんだよ!」

「アヤさん、自分にはやっても怒らないくせに!ケチ!ヤキモチ焼き!

 あたしはアヤさんみたいにイヤらしい目的でハグしたいんじゃないもん!」

「んだと!言わせておけば、マライアのクセに!」

「なによ!掛かってきなさぎゃーーーー助けて!」

アヤがマライアに立ち姿勢の関節技をかけている。まぁ、これもいつものことだ、うん。

 不意に、ガチャンと物音がした。

「なんだ?」

「ん?なにか聞こえた?」

アヤとマライアがそう言って騒ぎを収めて私を見る。確かに何か聞こえた。ホールの方からだ。

「聞こえた。ホールから」

気になって、掃除機とバケツを壁際に置いてホールへ行こうとしたらロビンがホールのドアを開けて飛び出て来た。

「ママ!レオナマーが!レオナマーちゃんが変なの!」

ロビンはそう言って慌てた様子でピョンピョンと飛び跳ねている。

―――レオナが?

 私は、さっきのレオナの様子が頭をよぎった。あれは、いつもの感覚なんかじゃなくて、

具合が悪かったとか、そう言うことだったのかもしれない…

 思わず、私はロビンの脇をすり抜けて、ホールに駆け込んだ。

でも、そこにはケーキと紅茶が用意してあるけど、誰の姿もない。

「ママ!ママ!!」

キッチンだ!

 私はホールの脇からキッチンに向かう。

 中を覗くと、そこには、レベッカとレオナがいた。

 レオナはうずくまって、頭を抱えながら、うずくまって、うわ言のように何かをつぶやいている。

レベッカはそんなレオナの顔を心配そうに覗き込みながら一生懸命にレオナを呼んでいる。

 「レベッカ、すこし離れていて」

私は、レベッカにそう言うと、レオナの脇に座って様子を見る。

 レオナはガタガタと震えていた。そして震える唇で

「だめ…れいちぇる…れい…ちぇる…」

とうめいていた。

―――レイチェル?誰のこと…?

そこまで考えて、直感的に、分かった。レオナは、何かを感じ取ってしまったんだ。なにか、とてつもない、怖いものを。

その、レイチェル、と言う人に、その、恐ろしい何かが起こったんだってことを。






367: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:31:45.94 ID:G6UAFIMc0

 あれから、半年以上たった。

私のケガもすっかり治ったし、レベッカはここの暮らしにもなれて、

いつもロビンとべったり二人でいるくらいすっかり仲良し。

レオナも、なぜか居ついているマライアちゃんも、ペンションの仕事を手伝ってくれたり、

ロビン達の面倒を見たり、アヤの船の仕事を手伝ったり、すっかりこの島での生活も板について来た。

 私たちが研究所から逃げ出してからしばらくして、

ティターンズはエゥーゴとアクシズとの三つ巴の戦闘の末、壊滅した。

これで、すこしは平和になるかな、と思ったら、今度はアクシズがネオジオンって名前を掲げて、

現在連邦と戦争中。

ティターンズに飼いならされた連邦軍と、ティターンズとの戦闘で多くの戦力を喪失したエゥーゴは苦戦中。

 戦略的価値のないこの辺りには戦闘は及ばないし、マライアちゃんが言うには、

地球とコロニー全域に強大な幅を利かせている財閥や経済組織と関係の深いこの辺りを襲ったり、

戦闘にさらすのはタブーになっているらしくて、戦争をしている、なんて話を聞いても、

テレビなんかで情報を取らない限りは、てんで実感がわかない。

お客がちょっと減っちゃったってことくらいかな。

まぁ、正直な話、それが一番痛いところだっていうのはあるんだけど…

 「ただいまー!」

玄関から声がした。掃除を中断して、客室から一階に降りると、そこには、

レオナに連れられたロビンとレベッカが、お揃いの服にお揃いのカバンを背負ってニコニコしながら立っていた。


「おかえり!ほら、手洗いうがいして、おやつにしよ!今日はソフィアがケーキ焼いて持ってきてくれたんだよ!」

「ケーキ!?」

「食べる!」

二人は、黄色い悲鳴を上げながら、階段を駆け上がって、自分たちの部屋へと走って行った。

368: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:32:14.17 ID:G6UAFIMc0

「レオナ、おかえり」

「ただいま、レナさん。アヤさん達は、まだ戻ってないの?」

「あぁ、うん。もうすぐだと思うんだけどね」

私が言うと、レオナはなんだか少し、顔を曇らせた。

「どうしたの?」

私が聞くと、レオナは首をかしげて、

「分からないけど、なんか変なの。気分がさえないっていうか…イヤな感じがするっていうか…」

と歯切れの悪い返事をする。私は、特になにも感じないけど…でも、少し気になるな。

こういうのって、とりあえず対処しておいた方が、精神衛生的に良かったりするよね。

「そっか…とりあえず、私連絡してみるよ。

 レオナは、ケーキ、冷蔵庫に入ってるから、ロビン達に準備して一緒に食べてて。私も掃除が終わったらすぐ行くから」

そう言うと、レオナはすぐに顔を輝かせて

「ケーキ私のもあるんだ?!」

と、子どもみたいな顔をして喜んだ。笑顔で、レオナがホールへ入るのを見送ってから、

階段を上がりつつ、PDAでアヤのナンバーにコールしてみる。

「はいよ!レナ、どうしたー?」

アヤの明るく抜けた声が聞こえた。

「今どこにいる?おやつにしようと思ったんだけど…」

私が言うと、アヤはまた飛び切りに元気な声で

「そっか!ちょうどよかった。もう着くから、アタシらのも頼むな!」

と言ってきた。うん、これなら大丈夫そうだ。レオナにも言ってあげなきゃな。

「了解!」

と返事をしてから電話を切って、階段の上から大声でレオナにアヤとマライアが帰ってくると教えてあげた。

レオナは少し安心した表情で、

「わかった。ケーキ出しておくね」

と返事をして、ホールの方へと入って行った。

 私も胸の引っ掛かりが取れたので足早に部屋まで戻って、掃除を終わらせる。

掃除機と雑巾の入ったバケツを持って、階段を下りた時に、ちょうどよくアヤとマライアが玄関から入ってきた。

369: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:33:17.38 ID:G6UAFIMc0

「あ、おかえり!」

「ただいま、レナ!」

アヤはいつもの笑顔で私に駆け寄ってくると、いつもとおんなじように私を抱きしめて、額に口付てきた。

研究所から脱出してきた次の日から、アヤの愛情はとどまることを知らなくて、

なんだかもう、恥ずかしいなんて言っている方が恥ずかしくなってくるくらいだった。

こうなったら、開き直ったほうがすがすがしいんじゃないかと思って、

最近では私も照れずにアヤの行動を素直に受け入れることにしている。

まぁ、うん…毎日やってるのに、毎回嬉しいから、別に良いんだけどさ。

 と、アヤの肩越しにマライアと目があった。と、思ったら、アヤの後ろから飛んできて、

アヤが離れた直後の私に飛びついて来た。

でも、私のところにたどり着く直前に、アヤに後ろ襟をつかまれて制止され、階段の方にひょいっと追いやられてしまった。

「ひどい!あたしだってレナさんと仲良くしたい!」

「あんたの仲良くは行きすぎなんだよ!」

「アヤさん、自分にはやっても怒らないくせに!ケチ!ヤキモチ焼き!

 あたしはアヤさんみたいにイヤらしい目的でハグしたいんじゃないもん!」

「んだと!言わせておけば、マライアのクセに!」

「なによ!掛かってきなさぎゃーーーー助けて!」

アヤがマライアに立ち姿勢の関節技をかけている。まぁ、これもいつものことだ、うん。

「それで、話の方はどうだった?」

私は、二人の様子を流して聞いてみる。

「あぁ、おっちゃん、見かけに似合わずすげえ良い人でさ!来週からでも、手を入れてくれるって。

 2か月もあれば、出来そうだって言うんで、一応、前向きに検討させてくれって言って帰ってきたよ。

 ほら、これ見積もり」

アヤはそう言って、マライアに関節技を決めながら一枚の紙を手渡してきた。

私はそれに目を走らせて、満足する、うん、これなら何とかなりそうかな!

 二週間くらい前に、アヤがふと、

「なぁ、客室使ってんの、なんか効率悪いよな」

なんてことを言いだした。

 レオナとマライアが住み込むことになって、今まで客室だったところを新たに二人に貸していた。

レオナはペンションを手伝ってくれながら私たちと一緒に、ロビンとレベッカの面倒を見てくれている。

マライアは、ペンションの手伝い半分と、もう半分はカレンさんの会社の手伝いをしている。

うちは、正直、それほど忙しいわけでもないけれど、戦争の相手がティターンズからアクシズに移ってから、

カレンさんの方は、物資の輸送や避難民の運搬なんかでずいぶんと繁盛しているらしかった。

カレンさん自身は浮かない顔つきで皮肉だね、なんて笑っていたけれど。


370: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:34:19.11 ID:G6UAFIMc0

 そんなことで、客室が二つ使えない状態だった。そこで、さっきのアヤの言葉が出た。

要するに、敷地内に私たちが寝泊まりする母屋を作らないか、と言う話だ。

食事なんかはホールで済むし、私とアヤはホールのソファーで寝ていても構わないけど、

ロビンとレベッカにレオナとマライアにはそれはちょっと申し訳ない。

なので、せめて、寝たりくつろいだりするところは別にあったほうが、私も含めて良い気がしていたので、大賛成だった。

 あとは、お金と質の問題。そこで、今日はアヤとマライアに、

島で個人経営している建設業者に相談と見積もりを取りに行ってもらっていた。

業者のおじさんは、アヤの居た施設の移転のときに、カレンさんが仕事を頼んだ人で、話もすんなり運んだみたい。

見積もりもそこそこ金額は抑えてくれているのが感じられるし、

品質は、新しく建った施設を見た私からすれば、満足できそうな仕事をしてくれると感じられていた。

 

371: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:34:45.58 ID:G6UAFIMc0

「どう?」

「うん、いいんじゃないかな」

私が答えるとアヤは

「んじゃぁ、あとで電話かけて頼むって言っておくな」

と言ってニコッと笑った。

 母屋が建てば、私とアヤが二人で過ごせる時間も増えるかな?

そうしたら、また、すこしのんびりいろんな話ができるかもしれないな…それって、ちょっと楽しみ。

そんなことを考えて、私は知らず知らずのうちにニヤけてしまっていた。

 不意に、ガチャンと物音がした。

「なんだ?」

「ん?なにか聞こえた?」

アヤとマライアがそう言って騒ぎを収めて私を見る。確かに何か聞こえた。ホールの方からだ。

「聞こえた。ホールから」

気になって、掃除機とバケツを壁際に置いてホールへ行こうとしたら

ロビンがホールのドアを開けて飛び出て来た。

「ママ!レオナマーが!レオナマーちゃんが変なの!」

ロビンはそう言って慌てた様子でピョンピョンと飛び跳ねている。

―――レオナが?

 私は、さっきのレオナの様子が頭をよぎった。

あれは、いつもの感覚なんかじゃなくて、具合が悪かったとか、そう言うことだったのかもしれない…

 思わず、私はロビンの脇をすり抜けて、ホールに駆け込んだ。

でも、そこにはケーキと紅茶が用意してあるけど、誰の姿もない。

「ママ!ママ!!」

キッチンだ!

 私はホールの脇からキッチンに向かう。

 中を覗くと、そこには、レベッカとレオナがいた。

 レオナはうずくまって、頭を抱えながら、うずくまって、うわ言のように何かをつぶやいている。

レベッカはそんなレオナの顔を心配そうに覗き込みながら一生懸命にレオナを呼んでいる。

 「レベッカ、すこし離れていて」

私は、レベッカにそう言うと、レオナの脇に座って様子を見る。

 レオナはガタガタと震えていた。そして震える唇で

「だめ…れいちぇる…れい…ちぇる…」

とうめいていた。

―――レイチェル?誰のこと…?

そこまで考えて、直感的に、分かった。レオナは、何かを感じ取ってしまったんだ。

なにか、とてつもない、怖いものを。その、レイチェル、と言う人に、何かが起こったんだってことを。

372: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:35:12.08 ID:G6UAFIMc0


 パタンとドアを閉めて、レナがホールに戻って来た。浮かない顔をしている。

「レナ…レオナは?」

アタシが聞くとレナは少し笑って

「寝ちゃった。結局、何も話せなかったよ」

と肩を落とした。

「そっか」

アタシもショボンって気持ちがすぼんでしまうのを感じた。

隣に座ったレナにグラスを薦めて、マライアがそこにバーボンを注ぐ。

 窓の外は、すっかり真っ暗。ロビンとレベッカも寝かしつけた。

「レイチェル、か」

マライアが呟く。

「どこにいるか、とか、生きてるかとかが分かれば助けに行ってあげられるんだけどねぇ」

マライアの言う通りだ。

 もしレイチェル、ってのがレオナの知り合いかなんかだって言うんなら、放ってはおけない。

でも、あれからレオナはまるで電池の切れたオモチャみたいに、ロクに喋れず、動けず、で、

アタシとマライアで何とか部屋に運んでやったくらいだ。

それからはずっとレナが付き添っていたけど、結局、夜のこの時間になっても、状況は変わらず、みたいだった。


「とにかく、明日の様子を見てからまた考えよう。今日はもう、起こしてまで聞くのは可哀想だし…」

レナがそう言う 。

確かにな…あれほどのショックだ。

さっき見たテレビのことを考えれば、そのレイチェルが誰かってのは分からなくても、

そいつの身に何があったのかは、何となく感じられた。

 レオナが錯乱するのと前後して、ネオジオンがアイルランドのダブリンにコロニーを落としたと、

マライアのPDAにルーカスから連絡があった。ダブリンっていや、大西洋を挟んで反対側。

アタシはそいつを聞いてすぐさま津波の警戒をしたけど、結局、落着が地表だったらしく、

島に押し寄せた波はほとんど大した規模じゃなくうちの船を含めて、港や街に被害はなかった。

 状況から見て、そのレイチェルってのが、あのコロニー落としに関係している可能性は高そうだ。

コロニー落としなんてあのときの戦争を思い出すようだけど、

なんでも、落下速度と角度がずいぶんと突入には不向きだったそうで、

落着前には半部以上が蒸発したって話だった。

もし、シドニーに落ちたクラスの被害が出ていたらここも無事ってワケにはいかなかったろうし、

何よりあんな島にそんなもんが落ちたらシドニー湾どころの騒ぎじゃない。

島そのものが消滅してたっておかしくはない。今回はなんとか、限定的な被害で済んでいるようだった。

まぁ、それは「壊滅的な限定的被害」ではあるんだけど。

373: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:35:38.08 ID:G6UAFIMc0

 このニュースを聞いて、レナは猛烈に怒ってしまって、なだめるのに苦労した。

その直後、シイナさんが飛び込んできて、ダブリンへ救助活動に向かうからしばらく家を開ける、

と言ってきた。せっかく落ち着かせたのにレナはそれに着いていく、とまた言いだした。

 結局、シイナさんは止められなかった。まぁ、戦いに行くわけじゃないし、

ハロルドさんも一緒だし、そっちは大丈夫だろうけど。

 レナには、とにかく今はレオナだと言ってなんとか説得した。

レオナのことはその通りだけど、それ以上に状況が不安定だ。

苦しいけど、今は「逃げ」ておくべきタイミングだと感じてた。

レナが行くなら、アタシはここに残らなきゃ行けない。

やっと安定した生活に戻ったロビンとレベッカを、また不安にさせたくはなかったし、な。

 それに正直、もう、レナだけを危ない目になんて、遭わせたくなかった。

行くとなれば、アタシが一人で行く、そう、決めていた。

 ただまぁ、それもレオナ次第だ。

「とにかく、明日また、レオナに話を聞こう。動くのなら、そこからでも遅くない…

 ていうか、今動いてもリスクが高いだけだ」

「そうだね」

アタシが言うと、レナは苦しそうに返事をした。

 いや、実際に苦しいんだろうな…

1年戦争のときに、祖国がやったコロニー落としを、また経験しなけりゃならないなんて…

8年前も、今回も、レナに責任も関係もありはしないのに、責任感を感じてしまっているような感覚だ。

 アタシは、隣に座ったレナの肩を抱いてやる。それからその肩をポンポンと叩いて

「レナ、難しく考えるな。アタシ達にできるのは、困った人を助けるくらいだ。

 コロニー落としなんか、どう頑張ったって止められやしない」

と言ってやった。確か、あのときもおんなじようなことを言ったな、なんて思いながら。

 それを聞いたレナは、静かにうなずいて、グラスの中のバーボンを一気に飲み干した。

それからふうとため息をついて

「ごめん、今日の私は、ダメだ」

とポツリ、と言った。だろうな。仕方ない。

「うん、分かってる。レナも少し休もう。

 明日何か対応しなきゃいけなくなるとして、その対応に響いても困る」

「うん、ありがとう、アヤ」

レナはそう言って、アタシに体をもたせ掛けてきた。

ガシガシ頭を撫でてご機嫌をうかがうと、レナはニコッとほほ笑んだ。

 それからしばらく、気分を変えるために昔話なんかをして、レナとマライアは寝室へと上がって行った。

374: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:36:13.80 ID:G6UAFIMc0

 翌朝、アタシはホールで朝食の支度を終えて、自分で入れたコーヒーをすすりながら新聞を読んでいた。

昨日のコロニー落下の記事が一面に掲載され、中のほうには、

宇宙から撮影されたらしい落下の様子がコマ送りみたいな連続写真で写しだされていた。

アクシズの連中、確か、サイド3の返還を要求しているんだったな。

そんなことのために、コロニーなんか落として・・・

しかも、何千万て人を犠牲に、そもそもの目的はここへ疎開していただろう連邦議員の殺害だって言うんだから、

おかしいにも程がある。そんなに殺したけりゃ、暗殺でもすれば良かったんだ。

そんなにサイド3を返して欲しけりゃ、地球じゃなくて、サイド3を武力で奪回すれば良かったんだ。

関係のない民間人を無差別に殺すなんて、理屈はどうあれ、間違ってる。

そうしなきゃどうにもならなかったなんて、これっぽちも思えない。

 結局、どんな言い分があったって、これってのはたぶん、1年戦争と根っこはおんなじなんだ。

宇宙へ放りだされたスペースノイドの、地球への嫉妬と恨み、だ。

 そう考えたら、なんだか悲しくなった。

 ドアの音がしたので見たら、マライアが目をこすりながら、寝癖頭でこっちに歩いてきていた。

「おはよう」

「あぁ、おはよ」

マライアはアタシの手からコーヒーの入ったマグをむしりとって、ズズズとすすってからふうとため息をついた。

それから

「ずっと起きてたの?」

と聞いてくる。バレたか。

 あんなことのあとだ。次は何が起こるかわからない。

アタシは物置から軍無線を受信できるチューナーを引っ張り出してきて、一晩中情報の収集をしていた。

幸い、ネオジオンも連邦も、このコロニー落としの処理にかかりっきりらしく、

これ以上の戦闘はなさそうだった。まぁ、ネオジオンの勢力が、アタシの分析どおりなら、だけど。

でも、地球に降下してきているネオジオンの勢力はまだ各地に居座っている。予断は許さない。

375: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:37:29.45 ID:G6UAFIMc0

「アヤさん、すこし休みなよ。これからあたしも、カラバの情報網使っていろいろ探ってみるからさ」

マライアはそう言いながら、アタシの肩をグイグイマッサージしてくる。…そうかも知れないな。

今は、アタシだけじゃない…あんたもいるんだったな、マライア。

ここは、すこしあんたに頼んでも構わない、か。

「なら、悪い。頼むよ。アタシはそこで横になってるからさ」

マライアにコンピュータデスクの下に突っ込んでおいたチューナーから伸びたヘッドホンを押し付けて、

アタシは隣のソファーに身体を横たえた。さすがに、徹夜すると、少し疲れる。

まだまだいけないこともないけど、無理する必要はない、まだ、今は、な。

 マライアはテーブルに並べて置いた皿にトーストとおかずの何品かをよそって持ってきて、

チューナーの前に陣取って、ヘッドホンに聞き耳を立てている。

時々食べる手を休めて、コンピュータを操作している。カラバの情報にアクセスしているんだろう。

ティターンズは抜けたけど、カラバにはまだ軍籍が残っているらしい。

もちろん、直接任務が与えられることはないが、緊急時の予備役的な立ちに位置いる、とマライアは言っていた。

まぁ、この事態で召集がかからないのであれば、予備役もなにもあったもんではないと思うが。

「そんな…ハヤトが…」

不意にマライアがそう口を開く。

「どうしたんだよ?」

「カラバの、指導的な立場にいた幹部が、ダブリンでネオジオンと交戦して、死んだみたい」

「そうか…知り合いだったのか?」

「うん、責任感のある、いい人だった」

「そっか。残念だな…」

「うん」

マライアは見るからに落ち込んだ様子だった。

 そうか、やっぱり、あのコロニー落下の場所にはカラバがいたんだな・・・

ハンナやマークを手助けしてくれた連中が、無事だといいけど・・・

 そんなことを考えていたら、レオナがホールに姿を現した。

376: ◆EhtsT9zeko 2013/07/13(土) 20:38:07.25 ID:G6UAFIMc0

「お、レオナ。大丈夫か?」

アタシは思わず起き上がって、そう声をかけた。

 だけど、レオナの返事を待たないで、アタシはレオナから肌に伝わってくる何かを感じ取った。

凛とした、鋭いなにか。これは、決意、か?

「ロビン達が来る前に、話があるんだ」

レオナは、静かにそう言った。

アタシは、ソファーに座りなおして、レオナに体を向けてから

「あぁ、うん。聞かせてくれよ」

と返事をする。アタシの言葉に、マライアも無言でうなずいてレオナを見た。

「レナさんには、今、話してきた。私、決めた。私は、自分の運命を戦わなきゃいけない。

 ニュータイプとして生まれて、道具として使われてきた運命から、私は逃げた。

 逃げないと、いずれ死んでしまっただろうから。でも、今は違う。私を思ってくれるみんながいる。

 大事な家族と…子ども達がいる。みんなを置いて出て行くのはすこし心が痛むけど、

 でも、私には、やらなきゃならないことがある」

アタシは、黙ってレオナの話を聞いていた。

「私は…サイド3に行く。そこで私たち、ニュータイプのことと、自分自身の出生に関する情報を集めて、

 必要なら、アクシズへも行く。私の、妹を探しに…!」

 妹?妹だって?…そう言えば、いつだったか、そんな話をチラっとしていたな…。

オークランドから脱出してきてすぐのことだったか。ジオンに残してきた、妹がいる、って。

まさか、それが、レイチェルってやつなのか?

 でも…待てよ、レイチェルって…昨日の感じじゃぁ、コロニー落としで…

 「な、なぁ、レオナ。どうしてサイド3なんだ?コロニーが落ちた、ダブリンじゃないのか?」

アタシは思わず、そう聞いていた。でも、レオナは首を振って

「いいえ。妹は、死んでなんかない。宇宙に居る」

と確信を持った表情で、そう言いきった。

 そのレオナの瞳は、アタシでも、マライアでもなく、まるでまっすぐに、

宇宙に浮かぶサイド3を見ているような、そんな気配さえするようにアタシには感じられていた。

382: ◆EhtsT9zeko 2013/07/14(日) 19:20:10.31 ID:wdMbbXOG0

 空港のロビーに入ったら、そこにはすでにルーカスがいて、あたし達の到着を待ってくれていた。

 レオナが、宇宙へ、サイド3へ行く、とあたし達に言ってきた日、あたしは、カラバの情報網を使って、

ビスト財団という、巨大な財閥へとコンタクトを取った。

理由は、この紛争における戦時被害者の捜索及び救出団体設立に関する、資金援助要請。

ビスト財団って言うのは、連邦から多額の融資を受けていたり、地球上や宇宙にもその根を張り巡らせている組織。

正直、活動そのものはなんだか胡散臭いのがほとんどだけど、それなりに慈善活動にも力を入れていた。

そこにすがろうと思ったわけだ。

 あたしの申し入れは、3週間の審査の後に受け入れられ、多額の援助を得ることができた。

そのお金を持って、今度は、フレートさんに、カラバ経由で連絡を入れた。

目的はもちろん、宇宙へ上がるための資材の購入。

戦艦やモビルスーツ無しで、激戦区の宇宙へ上がるなんて自殺行為もいいところだ。

あたしは、カラバの名義で、手っ取り早く手に入る中で一番高性能のやつを注文した。

結果、フレートさんの口添えもあって、2週間後には北米のサンフランシスコの格納庫に、

中型のシャトル一機と、宇宙専用に換装されたZガンダム3号機、っていうのを手に入れた。

もちろん、カラバ名義。個人になんて、こんな機体は売ってくれない。

 オナが決心してから、二か月近くも経ってしまったけど、そんなわけで、あたしは、レオナとルーカスと一緒に、

また、あの宇宙へ上がる。ライラと一緒に戦った、あの場所へ…。

383: ◆EhtsT9zeko 2013/07/14(日) 19:20:45.87 ID:wdMbbXOG0

 「気をつけろよ」

ロビンを抱いたアヤさんがそういいながらレオナを気遣っている。

「無理はしちゃダメだからね。レベッカも心配するし、早く戻ってきて」

レベッカを抱えているレナさんも、涙を堪えてそんなことを言っていた。

「はい…あの、わがままを言って、ごめんなさい」

レオナは、二人に謝った。そしたら、アヤさんが急に笑い出した。

「ははは、いや、それは構わないって。あんたの運命と戦いに行くんだろう?

 アタシらにそれを止める権利なんてないよ…ただまぁ、心配なだけさ」

アヤさんは、レオナの方をポンと叩いた。

「いいか、危なくなったら、逃げろ。死んだら目的なんか果たせないんだからな」

「はい」

「レオナ、あなたの目的は?」

「私の生まれを知って、妹を助けて、無事に、ここへ帰ってくること」

「うん、上出来だ」

アヤさんは、満足そうに言って、また笑った。それから、急にあたしに腕を伸ばしてきたと思ったら、

ロビンを床に下ろして、あたしを引き寄せて抱きしめた。あんまり急だったんで、呼吸の仕方を忘れた。

「ア、アヤさん!?」

「マライア…あんたも、無茶はすんなよ。レオナを、頼むな」

アヤさんは、静かに優しくそう言ってくれた。

 へへ、頼まれちゃったよ、あたし。これは、意地でもみんなで無事にここに戻ってこなきゃね!

アヤさんに頼まれごとしたあたしがどれだけ強いか、アクシズの連中、思い知らせてやる!

って、別にアクシズとケンカしに行くわけじゃないんだけどさ。

「任せて。もう、誰にも悲しい思いはさせない。あたしが、守る」

あたしはそう、アヤさんの気持ちに答えた。

 「それじゃぁ、行って来ます」

「ママ、行ってらっしゃい!」

レベッカが、大きな声でそういった。レオナはそれを聞いて、かすかに目を潤ませながら、

レナさんに抱かれたレベッカに顔を摺り寄せて

「いい子でね。すぐ、帰ってくるから」

とささやき、名残惜しそうに離れた。

384: ◆EhtsT9zeko 2013/07/14(日) 19:21:25.02 ID:wdMbbXOG0

 あたしとレオナは、アヤさんたちに手を振って、ロビーからエプロンに向かった。

ルーカスが乗ってきてくれた飛行機に乗って、キャリフォルニアへ向かう。

格納庫からシャトルを引っ張り出してもらって、マスドライバーで宇宙へ打ち出されるんだ。

 そう思うと、なぜだが、不思議と胸が躍っていた。

レナさんは、恐くて嫌いだという、あの無重力の真っ暗な空間が、あたしの心を振るわせた。

あたしだって、好きだったわけじゃない。モビルスーツだろうが船だろうが、放りだされたら、

まず間違いなく助からないあの場所で戦った記憶が、あたしの脳の中にアブナい物質を放出させて、

ハイにさせてるんだろう。条件反射、ってやつだ。

なんだっけ、苛烈な戦闘を経験した兵士が、戦場の中でしか自分の気持ちを表現できなっちゃうヤツ、

何とか症候群?何とかホリック?たぶん、そういうのに近いんだろうけど、

あたしの場合、戦闘のせい、というより、そこで戦った大切な仲間のおかげなのかも、とも思う。

本当に短い間だったけど、ライラは、あたしにとって大事な友達だった。始めてできた、ライバルだった。

それをずっと見ててくれたルーカスも、結局ずっとついてきてくれたしな。

三人で駆ったあの宇宙へ、また上がるんだ。

 そう思って、ふっと気がついた。

なんだか、ハイスクール時代のスクールフェスを思い出すときと、同じ感覚だな、なんて思ってみたりする。

そうだな、どんなに恐い場所であれ、あの宇宙は、あたしの大事な思い出の場所なんだ。

 エプロンで乗り込んだ飛行機が、ルーカスの操縦で滑走路を離れる。

機内でシートを倒してのんびり空を見ていたら、隣に座ったレオナが話し掛けてきた。

「ありがとう、マライア」

「なにが?」

あたしはしらばっくれてやった。いまさらお礼なんて、必要ないじゃん。

こんなことを言うと、アヤさんはあんたは押しかけだけどな、って言うんだけど、

一緒に住んでる家族じゃん!困った時は、お互い様だよね。

「着いて来てくれて」

「あぁ、うん。まぁ、アヤさんにああ言われちゃね。それに、レオナに何かあったら、あたしもイヤだもん」

そう言って上げると、レオナは時々見せる、あたしもドキッとするくらいの、まぶしい笑顔を見せて笑った。

この破壊力は、アヤさん以上なんだよ…狙ってこんな表情できるようならすごいんだけど、

あいにく、レオナ自信はあんまりそういう意識がないらしい。これは、本人には言わない方がいいよね、うん。

無駄に乱発されてもありがたみが減っちゃうし。

 レオナの妹の、その、レイチェルって子も、こんなにかわいい顔して笑うのかな?

無事だと良いな…地球に連れて帰って、これまで離ればなれになっていた分までレオナと一緒に居て幸せになってもらわなきゃ。

 あたしはそんなことを思っていた。飛行機は半日ちょっとのフライトでサンフランシスコへ着いた。

385: ◆EhtsT9zeko 2013/07/14(日) 19:21:58.92 ID:wdMbbXOG0

 そのまますぐに、準備態勢に入っていたシャトルへと乗り込む。

 キャビンでノーマルスーツを着込む。

レオナは、これを着るのは久しぶりなようで、着用に四苦八苦していたのがおかしかった。

手伝ってあげて、あたしは副操縦席へ。ルーカスが操縦席に座る。レオナはちょっと後ろの、乗務員席だ。

<こちら、キャリフォルニア基地管制塔。貴機の打ち上げを担当するフォルク中尉だ。

 これより、リニアマスドライバーカウントダウンに入る。エンジン出力を確認>

「こちら、シャトル“ピクス”。よろしく頼む、フォルク中尉。現在、当機のエンジンはアイドリング状態」

<ピクスへ、了解した。カウント5で出力を最大にせよ>

「了解した」

<カウント開始する。15、14、13、12、11…>

ルーカスが管制塔と通信して、カウントダウンが始まった。

 どうしようもなく、胸がドキドキする。あの場所へ帰るんだと思うと、仕方なかった。

<8、7、6、パワーマックス>

ルーカスがスロットルを目一杯前に押し込んだ。エンジンが高鳴って、シャトル全体が震える。

「レオナ、大丈夫?」

「はい!」

ちょっと心配になって、ノーマルスーツ内の無線機でレオナに様子を聞く。

レオナからは、しっかりとした返事が返ってきた。平気そうだ。

<3、2、1、ランチ!>

ガツン、と言うものすごい衝撃が体を襲った。

内臓が潰されそうになるほどの強烈なGが掛かって機体が急速に加速し、

5キロもある滑り台みたいなマスドライバーが、ものの数秒で通り過ぎた。

機体は空中に放りだされ、夕焼けに染まった空が、目の前に広がる。

雲を突き抜けて、Gがさらに体に圧し掛かり、呼吸が苦しくなる。頭から血が抜けて行くような感覚。

見る見るうちに、真っ赤だった空の色が変わっていく。

最初は、紫に、そして、次第に紺に変わり、最後には、うっすらと白んだ黒になった。

その空の色の変化とともに、体にかかるGも軽くなり、外に星が輝きだしたころには、すっかり楽になっていた。

386: ◆EhtsT9zeko 2013/07/14(日) 19:22:28.14 ID:wdMbbXOG0

「こちらピクス。軌道上へ到達」

<こちらキャリフォルニア管制塔、フォルク。了解した。無事を祈る>

「感謝する、中尉」

 ルーカスが無線を終えてため息をついた。あたしは景気をチェックする。

気密状態は、大丈夫。他の異常も見当たらない。ここまでくれば、安定だ。

 「機体、オールグリーン」

ルーカスにそう報告する。

彼は、返事の代わりに、ノーマルスーツのヘルメットのシールドを開けて息をいっぱいに吸い込んだ。

そんな気分だよね。あたしは思わず笑ってしまった。

 それよりも、レオナの様子が気にかかる。ヘルメットを脱ぎ、ベルトを外して席を蹴る。

体がふわりと浮きあがった。天井に手をついて軌道を変え、レオナの据わっている席へと体を押し出す。

 レオナの席に飛び込んで、ヘルメットの中のレオナの顔を覗き込んだ。

レオナは焦点の合わない瞳を震わせていた。初めての大気圏離脱なんて、こんなものだ。

訓練もなしに、良く気を失わないで済んでいる方だ。

 あたしは、レオナのヘルメットを脱がせた。

「レオナ、聞こえる?ゆっくり、大きく深呼吸だよ」

そう言ってあげるとレオナは、一瞬、正気を取り戻して、酸素を胸いっぱいに吸い込んだ。

そして、その吸い込んだ空気を、ため息と一緒に吐き出す。

「すごいんですね…打ち上げって」

冷や汗をぬぐいながらレオナが言う。

「マスドライバーは速度が出るから特にね。ブースターの打ち上げの方が多少は楽なんだけど、

 この機体だと使い捨ての補助ロケットが必要で、高くついちゃうんだよ」

あたしはそう言いながら、レオナのベルトを外した。

 ふわりと浮きそうになったレオナがとっさにあたしの体にしがみついてきて、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

窓の外には、青く輝く地球が見える。

 帰ってきたんだ、宇宙へ。ライラ、いる?ただいま…。

あたしは、いつの日だったか、ライラと一緒に戦艦の甲板で同じ地球を見上げていたときのことを思い出して、

こころの中で思わず、そう語りかけていた。

394: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:04:19.14 ID:a4CMWmdY0

 宇宙空間の航行は、退屈だ。何しろ、移動の距離が地球なんかとは違いすぎる。

戦闘の警戒をしていなければいけない戦艦なんかと違って、こっちは常に共通ビーコンを発信して位置を周囲の船に知らせている民間船。

戦闘に巻き込まれることはそうそうないし、エゥーゴにしても連邦にしてもネオジオンにしても、

攻撃前に一声かけてくるのが普通だ。

 サイド3までは、通常のルートで10日。

先月、サイド3は連邦からアクシズへと譲渡され、アクシズとサイド3を結ぶ宙域は、

エゥーゴ先方の連邦軍とアクシズ率いるネオジオン軍とが戦闘状態にある危険な場所だ。

うまく迂回してなるべく安全なルートを通らなきゃいけないから、それを見極めるために、もう少し時間がかかるかもしれない。

 とはいえ、そのあたりまではまだまだ数日かかる。

船は戦闘で撒かれた残留ミノフスキー粒子雲に入らなければ座標情報を入力してほとんどオートパイロットだし、

パイロットたるもの、無重力状態での筋力低下に備えたトレーニングは欠かせないけれど、それにしたって、暇だ。

持って来た映画のデータディスクはもうほとんど見終えちゃったし、

景色を楽しもうにも、どこまで言ったって星とデブリが浮いているくらいなもの。

動かす機会の訪れていないZガンダムの整備なんて、一回したら済んじゃったし…。

 あたしは船内の居住スペース、重力装置の稼働するエリアにあるラウンジでボーっとレオナを観察していた。

重力装置、なんて言っても、居住エリア全体が一種のポッドになっていて、

それが船の内側でぐるぐる回転して遠心力で重力っぽい物を生み出しているにすぎず、

ちょっと思い切りジャンプしたらすぐに振り切ってポッドの中に浮き上がってしまうんだけど。

 そんな中、レオナはジッとソファーに座って、虚空を見つめていた。

時折、おびえたような表情をしたかと思ったら、ぶんぶんと首を横に振って、ヘラッとにやけてみたり、

そうかと思えば、急におおきなあくびをしたり。まぁ、変に緊張しまくっているよりはいいんだけどね。

レオナもなんだか、開き直ってしまってるんだろうな。

 それにしても…

 暇だ…

395: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:04:53.00 ID:a4CMWmdY0

「ね、レオナ。なんかお話ししよ」

ふと思い立って、そんな無茶ぶりをレオナにしてみた。レオナはキョトンとして

「は、話って…なにを?」

と返してくる。まぁ、そうなるよね、こんな話題の振り方したって。

「たとえば…好きな食べ物、とか」

あたしが言うと、意外にレオナは真剣に考えて

「んー、甘い物。生クリームのケーキとか、チョコレートとか、アイスクリームとか」

とニコニコしながら言ってきた。

 アイスクリームか、そう言えば、ギャレーの冷凍庫に1ガロンのカップで買ってきたやつがあったなぁ。

「食べよっか!」

あたしが言うと、レオナの目が輝いた。

「あるの?!」

「うん、ギャレーの冷凍庫にあるよ」

「ちょっと行って持ってくる!」

レオナはそう言うが早いか、ソファーから飛び上がってラウンジの隣のギャレーへと飛んで行った。

レオナも、もうすっかり無重力にはなれたみたい。

いや、もともとスペースノイドだから、初めてってわけでもないかな?

でも、いくらスペースノイドだからって、基本的にはコロニー暮らしで、

そうそう、こんなフワフワした空間に出るってことはないだろうし。

まぁ、ただ、慣れたんなら良いことだ。下手をすると、本当にケガしちゃったりするんだよね、宇宙って。

396: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:05:29.07 ID:a4CMWmdY0

 それにしても、レオナは面白い。真剣なときは、凛々しいっていうか、

あたしの方が年下なんじゃないかって思うくらいに張りつめた表情を見せるのに、

そうでないときは、ああやって子どもみたいにはしゃぐんだ。

そんなのを見てると、ハンナとは違うかわいさがあって、気持ちがなごむ。

小さい頃から、ずっと研究所で育ったからなのかな。

そう思うと、少しつらい気持ちになるけど、でも、レオナの心の底、っていうか、真ん中っていうか、

そう言うところにある本当に大事な部分は、とてもまっすぐで健やかなように感じられる。

研究所に入れられる前は、両親に大事にされてたんだろうな…

そう言えば、レオナの両親のことって、聞いたことないな。

妹がいる、ってことは、少なくともそれまでは生きていたってことなんだろうけど、

今はどうなんだろう?もしかしたらそれを調べることも含めて、サイド3に行きたいって思ってるのかもしれない。

もう少し、サイド3に近づいたら、いろいろと聞いてみよう。

今聞いて、変に意識させた状態を長く続けさせるのはつらいもんね。

 そんなことを考えていたら、レオナがサーブボックスと何かの袋を抱えて戻ってきた。

397: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:05:57.04 ID:a4CMWmdY0

「おかえり」

「マライア、このビスケットも食べていいかな?」

袋は、確かルーカスが持って来たやつだ。

「良いんじゃないかな」

あたしはそう返事をしながら、両手の塞がっているレオナを捕まえて、ソファーに座らせる。

 レオナはサーブボックスの中からお皿とスプーンとチューブに入った紅茶を取り出してテーブルに並べ、

さらに中に詰め込んできたらしいアイスクリームを別のスプーンでかきだして、

ホントにもう、ニッコニコしながらお皿に盛りつけて行く。

アイスクリームを分け終わると今度は、ビスケットの袋を開けた。

「あ!これ、チョコレート着いてる!」

途端に、また、顔がキラキラと輝く。なんだかなぁ、こんな無邪気なの、まるでホントに10歳の子どもみたい。

 レオナは、片面にチョコレートのコーティングのされたビスケットを二枚ずつアイスクリームに添えて、

一皿をあたしの前に差し出してきた。

 連邦軍は宇宙では基本的にチューブ食。こういう甘い物とかが支給されることはすくないから、

常に楽しみとして自分で持参して乗船しておくと、気が滅入った時には即効性があっていいんだ。

あたしがアイスクリームを持ち込んだのも、ルーカスがビスケットを持って来たのも、そう言う習慣だったから。

他にも、いろいろと持ってきてる。無くならないように、ちょっとずつ使ってペース配分していくのが大事だ。

 レオナは、早々とビスケットでアイスクリームをすくって口に運んでいる。

パクッとビスケットにかじりついたレオナは目を満面の笑みで

「んー、おいしい!」

と身もだえしている。

 あぁ、アヤさん。あたしはそう言う気はないから、最初は、アヤさんがレナさんとイチャイチャしてるのを見て、

なんか複雑な気持ちだったけど、でもレオナのこういう顔、レナさんも良くアヤさんに見せるよね。

今だけはなんとなく気持ちが分かるよ…これは、なんていうか、目一杯愛でたくなるね。かわいいんだもん。

 レオナは幸せそうにアイスクリームを食べ続ける。

あたしも、とりとめのない話をしながら、レオナの幸せそうな笑顔を見つつ、久しぶりの甘味を楽しんだ。

398: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:06:30.86 ID:a4CMWmdY0

 アイスクリームを食べ終えて片づけをして一息ついていたとき、不意に船内に警報が鳴った。

あたしはなんだか、不謹慎にもちょっとワクワクとしてしまって、一気にソファーを蹴って、操縦室へと飛び込む。

「ルーカス、どうしたの?」

「レーダー波を感知。何者かにキャッチされました」

あたしが聞いたら、ルーカスがそう答えた。

「ネオジオン?連邦?」

「未確認です…いや、待ってください」

<こちらはエゥーゴ所属艦。航行中の民間シャトルへ。この宙域は現在、警戒区域に指定されている。

 侵入の目的を説明せよ>

唐突に無線が入ってきた。エゥーゴか…逮捕されるなんてことはないだろうけど、いろいろ聞かれると面倒だなぁ…

 「こちら、民間シャトル“ピクス”。当船は、ビスト財団より戦災遭難者の捜索と救助に当たっている慈善団体です。
  現在は、サイド3付近の宙域へ移動中」

<あそこは現在戦闘区域だ。民間船の侵入は禁止されている>

「そんなの、あんた達が勝手に決めたことでしょ?戦闘でモビルスーツや戦艦から投げ出された人を、

 あんた達は敵味方区別なく救助してるわけ?違うでしょ?悪いけど、警告は承知でいくからね!」

あたしは思わずそんなことを口走っていた。この無線のヤツ、偉そうで気に入らない。

こっちの身を案じているんなら、もうちょっと優しく言ってくるべきだし、ただ邪魔なんだって言うなら、

こっちにだってそれ相応のやり方があるってことで納得してもらおう。

 そんなことを思っていたら、急に、無線の声が変わった。

<あなた…姓官名を、名乗れますか?>

あれ?こっちの人はなんか物腰がちょっとやわらかい感じ…。しかも、どこかで聞いたことのある声…

「マライア・アトウッド…大尉。カラバの、非正規構成員だけど?」

<やっぱり大尉なんだな!>

声の主は、すこし興奮したみたいにそう言ってきた。あたしは、それだけで、彼が誰かを確信できた。

「アムロ・レイ!?やだ、嘘、久しぶり!」

399: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:07:11.61 ID:a4CMWmdY0

<こちらが見えるか?そちらから、左舷、12時方向>

あたしはアムロの声を聴いて、外を見やった。

進行方向から見て左側の上方に、ペガサス級の戦艦が航行しているのが見える。

ただ、ペガサス級には珍しく、塗装が黒い。宇宙空間での偽装色。あれは…なにか、隠密任務を帯びているの?

「見えたよ」

<サイド3へ行くと言うのは本当なのか?>

アムロがそう聞いてくる。

「うん。ちょっと用事があってね」

あたしが返事をしたら、アムロは黙った。

長い付き合いってわけじゃないけど、ティターンズとカラバの二重スパイ時代、2、3度作戦で一緒になったことがある。

彼にも、あたしの能力は知ってもらえている。

彼らエース部隊ほどじゃなかったけど、それでも、あたしだってそこいらのパイロットには引けをとるレベルじゃない。

彼となら、話が早そうだ。

<…そうか…それならば、止めないが。万が一のときに戦えるのか?>

「うん、ケージにZガンダム積んでるから、まぁ、あなたクラスのパイロットに絡まれなければ、なんとかなるでしょ」

あたしが言ってやったら、アムロはちょっと声を上ずらせて

<大尉の腕なら、そうだろうな>

なんて返事をしてきた。なにこの褒め合い。ちょっとむず痒い。

400: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:07:41.22 ID:a4CMWmdY0

 それにしても、アムロ、いつ宇宙に上がったんだろう?

しかもあんな戦艦に乗っているなんて…ワケありには違いないよね…

「アムロこそ、そんな真っ黒な木馬に乗って、なにか大事な任務でも?」

<あぁ…ある男を探しているんだ>

「ある男…?」

<この状況を、静観しているらしい…何かを企んでいる可能性がある>

アムロは、なぜだか憎々しげに言った。これは、あんまり深入りしない方が良さそうだな。

なんだか、直感的にそう感じた。

「良くわからないけど、あなたがアクシズと戦うよりもそっちを取ってるってことは、よっぽどのことなんだね…」

そんな風に返事をしてから、ハッと、彼のことを思い出した。そう言えば、旧知の間柄だったはずだ。

 「その、ハヤトの話は、聞いてる?」

<ああ…残念だった>

アムロは、無線でも表情がうかがえそうなくらいに落ち込んだ様子でそう言った。

「家族がいたんだよね…」

<あぁ、俺の幼馴染だ…>

「そっか…ショックだっただろうね」

なんだか、こっちまで気持ちが落ち込んでくる。

<覚悟はしていただろうさ>

アムロはやっぱり、落ち込んだ様子だった。でも、すぐに切り替えられたみたいで

<サイド3に行くのなら、近くまで運ばせよう。俺たちも月へ戻る最中だ。この艦ならそのシャトルより、足も速い>


と言って来てくれた。

 急ぐならありがたい話だけど…あたしはルーカスをチラッと見やって、

それから、いつの間に後ろに来ていたレオナの顔も見る。

「大丈夫なの?」

レオナが心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。あたしは笑顔を作って

「うん!レオナの脱出の手助けもしてくれた人なんだ!大丈夫だよ!」

と言ってあげた。

 それから連絡を取って、あたし達のシャトルは黒いペガサス級のドッグに着艦した。

エアーの充填を待って、アムロが軍服であたし達をシャトルまで迎えに来てくれた。

事情を説明してほしい、と言うので、あたしはこの船の艦長なんだという、ブライトと言う人物とアムロとだけになってもらって、

レオナと一緒に事情を説明した。アムロはさえない表情を見せて、

「すまない。俺たちが、ニュータイプの正しい道を作れていれば…」

と謝った。あたしも思ったけど、レオナはそれに、そんなことはないですよ、と異を唱えた。

アムロなんかが気にすることじゃない。これは、人が宇宙に上がったそのときから始まっている負の連鎖なんだ。

 一通り話をしてから、あたし達は艦の部屋に通された。

あたし達の民間船に改装されたシャトルの居住スペースに比べると、簡素で飾り気のない空間だったけど、

ライラといた頃のことを思い出して、なんだかすごく懐かしい心持ちになっていた。

401: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:14:46.99 ID:a4CMWmdY0




 時間にして42時間後、あたし達はアクシズ近くの宙域に到達した。

辿り着く5時間ほど前から、あたし達は出発の準備を進めていた。この先で、アムロ達の艦は月へ戻る。

あたし達は、このまま、アクシズとサイド3をつなぐ地帯へと突入する。艦長のブライトは、態度とは違って親切で、

準備しているあたし達に、現在行われている戦闘の要旨と場所、

それから付近に展開しているエゥーゴ・連邦軍勢力と、分析から判明しているネオジオン軍の勢力の配置図のデータなんかを渡してきて、

心配そうな面持ちであたし達の送り出しに立ち会ってくれた。そ

んな表情のままあたし達それぞれに握手をしてくるくらい思い入れてくれたらしくて、

ありがたいやらオーバーに思えるやらで、なんだか笑えてしまった。

 <大尉、気を付けて>

「ありがとう、アムロ。あなたもね!」

あたしはアムロと無線でそう言葉を交わして、ルーカスの操縦で戦艦からシャトルを出した。

ブライトのくれた情報では、つい12時間前、この場所では、エゥーゴとネオジオン、そして、

ネオジオンから反乱を起こした艦隊の三つ巴の戦闘が繰り広げられていたらしい。

ネェル・アーガマと言う戦艦の持つ、エゥーゴの先遣部隊の活躍で戦端が切り開かれていて、

今やエゥーゴ艦隊の主力はサイド3間近に迫っているって情報も手に入っていた。

あそこまで地球を追い込んだネオジオンが、たった一個部隊にここまで押し込まれているなんて…

おそらく、その反乱と言うのが相当の混乱を呼んだに違いない。

エゥーゴや連邦にとっては、これ以上ないチャンスだっただろう。

402: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:15:29.15 ID:a4CMWmdY0

 あたし達の船は暗闇を進む。アムロの艦から離れて数時間。明らかに周囲に浮かぶデプリの数が増えていた。

時折、ガンガンと、シャトルの外壁に何かがぶつかる音がする。

これは、地球に戻る前にちゃんと点検しないと、突入時に摩擦熱が入りこんだら途中で吹き飛んじゃうかもしれない。

 「大尉。近接レーダーを起動させます」

「うん、了解。このデプリ群はやっかいだね…」

ルーカスの報告にそう返事をしつつ、あたしは周囲を見渡す。浮かんでいるデプリは、コロニーの残骸だけではない。

戦艦や、モビルスーツの破片みたいなものもある。

時折、そのどれでもない、明らかにかつて人間だった物の破片なんかも、見て取れた。

本当にここは、戦場だったんだ…あたしは、その気配に気持ちを引き締める。

 「ルーカス、Zガンダム出す準備ってできてる?」

「はい。大尉が乗ってから、20秒で射出できますよ」

「オッケ、ノーマルスーツ着といた方が良いね」

あたしはそう言って、後方に居たレオナを見た。レオナはキョトンとしていたけど、

「レオナ、ここからは、ノーマルスーツを着ていよう。
 なにかあったときに、のんびり着込んでる余裕はないかもしれない」

と言ってあるげると、

「うん」

と返事をしてニコッとほほ笑んだ。

 ルーカスと操縦を交代しながら、ノーマルスーツを着用する。

ミノフスキー粒子が濃くて、超短波の近距離レーダーでさえも、ほとんど機能していない。

こんなレーダーあってもなくてもおんなじようなものだ。

だって、レーダーに映るくらいのサイズのデプリなんて、映る手前から肉眼で見えてるんだから。

「マライア…!」

急に、シートを離れたレオナが、副操縦席の後ろに飛んできた。

「レオナ、危ないよ!」

あたしはそう言いながら、レオナをつかまえて引き寄せてから

「どうしたの?」

と聞き返す。レオナは厳しい表情をして、真っ暗な宇宙のかなたを見つめている。

403: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:16:05.64 ID:a4CMWmdY0

「いる…生きてる…」

「生存者?感じるの…?」

あたしは、レオナからほとばしっている研ぎ澄まされた感覚を捉えて、自分も神経を集中させる。

この一帯には、戦闘の痕跡だろう、恐怖や苦しみの感覚が広がっている。

それにとらわれないように、かき分けるように閉ざしながら、レオナが感じているだろう何かを探る。

 寒さ…これは、寒さだ…それに、恐怖…?いえ、これは死者の思念?ううん、違う。これはもっとリアル。

生きている人の、震える感覚…。

 「ルーカス、速度落として、慎重に。誰かいる」

「了解」

ルーカスがスロットルをいくつか操作して微かなマイナスGが体にかかる。

あたしは自分と前に抱いたレオナのノーマルスーツからアンカーワイヤーを引っ張って、シート下のフックにひっかける。

 そうしながら、暗闇のデプリ群に目を凝らす。感じる…近く、近づいている…もっと先、もう少し…すぐ、近くだ…!


「あれ!」

レオナがそう言って声を上げて指を差した。そこには、進行方向から迫ってくる球体があった。あれは…脱出ポッド!

 「速度落とします。大尉、あれを回収するのは無理です。Zで直接、パイロットだけを回収しないと」

「うん、分かった。ケージへ行くよ。乗り込んだら、連絡する」

あたしはそう言ってレオナを解放してアンカーワイヤーを外した。席を立とうとしたあたしをレオナが捕まえた。

いつの間にか、レオナもワイヤーを外している。あたしの慣性に引っ張られて、レオナと一緒に天井にぶつかる。

柔らかく受け身を取りながら、レオナはノーマルスーツのヘルメットの中からあたしを力強い目で見つめて

「あたしも連れて行って…」

と言ってきた。その瞳は、確信だった。まさか、あれが、レイチェル?わかるの、レオナ…?

 天井に跳ね返ったあたしは、レオナをつかまえたまま操縦室の中を漂う。

別に、中の人を回収するくらい、ひとりでもできそうだけど…でも、かなり怖がっているのは確かだ。

レオナが一緒に居てくれれば、錯乱でもしていたりしたときに落ち着かせてくれるかもしれない。

「わかった、レオナ。行こう」

あたしはそう言って笑ってあげた。レオナも、ヘルメットの中で嬉しそうに笑顔になった。

404: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:16:55.66 ID:a4CMWmdY0

 あたしはレオナの手を引いて、操縦室から居住スペースを抜けてケージへのハッチを開ける。

レオナに合図をして、ヘルメットのシールドを閉じさせて、酸素ボンベを開く。

ケージの中も気密されているけど、これもまぁ、一種の習慣ってやつだ。

 ケージに横たわるZガンダムのコクピットを開けて乗り込む。

機体の酸素供給装置にあたしとレオナのノーマルスーツを繋いで、

操縦席にいたときとは逆にあたしがシートの前に座り、レオナを後ろにして二人まとめてベルトで固定する。

「ルーカス、準備出来た。ハッチ開けて」

<了解。ハッチ、開けます>

無線が聞こえてくるのと同時に、機械音がして背中側のハッチが開いた。

シャトルのアームが動き、モビルスーツがシャトルの外へと放り出される。

 スラスターを吹かして機体を安定させる。周囲を360度見渡せるモニターであたりを確認する。

脱出ポッドは、シャトルのすぐ上を飛びぬけて、後方へと流れて行っている。

バーニアを点火させて脱出ポッドを追って捕まえ、逆噴射でポッドも機体も制止させた。

 「脱出ポッドに乗っているパイロット!助けに来たよ!ハッチ開けて!」

あたしは接触通信でポッドへのコンタクトを試みる。でも、ポッド側からは何の反応もない。

死んじゃっている…感じではない。これは生きている人の感覚。

こちらの呼びかけに答えられないほどにおびえているんだ…。

 「マライア」

レオナがそう声を掛けてくる。考えてることは、なんとなくわかる。

「私が連れてくる。ここでモビルスーツの操縦をお願いしていい?」

レオナはそう言ってきた。そうするほかにないよね。

レオナにモビルスーツの操縦は出来ないし、あたしが声を掛けて反応がないのに、なおもあたしがポッドへ行ったって、状況が変わらないかもしれない。

あたしはまた、ノーマルスーツからアンカーワイヤーを引っ張ってシートにひっかけた。

一度ベルトを外してレオナをシートから浮かせてからシートにもどってベルトをする。

「レオナ、開けるね」

「うん」

レオナの返事を待って、あたしはコクピットを開いた。

コクピット内に充填されていた補助のエアーが一瞬にして外に吹き出す。

そのエアーの勢いに乗って、レオナが外へ飛び出していく。

アンカーワイヤーが伸びて行って、あたしの操縦でZガンダムが抱えている脱出ポッドへレオナが漂っていく。

レオナが脱出ポッドにぶつかって、姿勢を安定させた。

 あぁ、なんだかハラハラしてきた…胸がキュッと、詰まるように苦しくなる。

405: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:17:33.34 ID:a4CMWmdY0

 レオナはそれから、ポッド中を確認し、外側にある強制開放のボタンを操作した。

ハッチが開いて、ポッドからもエアーが吹き出る。

そのエアーと一緒に出てきたパイロットを、レオナは両腕と両脚を絡めて捕まえた。

レオナは、そのままスーツのワイヤーを自動リールで巻き取って、コクピットへ戻ってきた。

 レオナの腕に抱えられたパイロットは、ダークグリーンと白っぽいカラーリングの、

ジオンの汎用的なノーマルスーツに身を包んでいて、ブルブルと目で見てわかるくらいに震えていた。

小さくなって…いや、違う。このパイロットは、小さいんだ。子ども、なの…?

 そんなことを思いながらコクピットを閉じてシャトルへ戻りながら、ルーカスに連絡した。

「ルーカス、パイロットの保護完了。これから収納位置につくから、回収お願いね」

<了解。位置についたら、連絡をください>

あたしは、それを聞きながらモビルスーツをシャトルの下側に仰向けにすべり込ませる。

ルーカスに連絡をしてすぐに、シャトルのケージから伸びたマグネットアームがモビルスーツをつかまえて、

ケージの中へ引き込んでくれる。

 「収納完了。異常ないよ」

<了解、ハッチ閉鎖>

出た時と同じ機械音がして、シャトルのハッチが閉まる。ほどなくしてまたルーカスから無線が入り

<ケージ内、エアーの充填完了しました>

と知らせてくれた。あたしは、コクピットを開ける。

レオナのアンカーワイヤーを外して、片腕を引き、居住区へと続く廊下へのハッチの中へと引きこんだ。

 ハッチを固く締めて、気密を確認してから、ヘルメットを取る。ふぅ、と、ため息が出た。

パイロットはまだ、レオナの腕の中で震えている。

「レオナ、居住スペースへ行こう」

レオナにそう言って、廊下を抜け居住スペースに向かう。

くるくる回っている居住スペースのラウンジに据え付けのソファーに手をかけて、遠心力に体を預ける。

あたし達は、フワッと居住スペースの床に降り立った。

 すぐにルーカスが操縦室から中へ入ってくる。

 レオナが、パイロットのヘルメットの中を覗き込んでから、首元のボタンに触った。

プシュッと言う、空気が漏れる音とともに、ヘルメットが外れた。レオナがそのヘルメットを取って、床に置く。

その中から出てきたのは、レオナと同じ亜麻色の髪の少女だった。

恐怖と混乱にゆがんだその表情は、レオナに良く似た…ううん。

レオナと瓜二つの、まるで、10年前くらいの、まだ子どもの頃のレオナ本人みたいだった。

406: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 14:21:28.10 ID:a4CMWmdY0

 あたしはルーカスに言って、甘いお茶と、楽しみに取っておいた地球から持って来たお菓子を取ってきてもらった。

それを、レオナにそっくりなこの子は、戸惑い気味に口にした。

一口食べて、お茶を飲ませたら、何かが緩んだんだろう、残りのお菓子を口一杯に頬張って涙を流した。

なんだか、どれだけ怖かったのかが伝わってきてしまって、胸が詰まった。

 それから、体の自由が利かないくらいに震えた彼女のノーマルスーツを脱がして、リラックスをさせた。

ルーカスは、デプリのない宙域まで船を移動させ、

あたしとレオナも、ノーマルスーツを脱いでこの、“小さなレオナ”のそばに着いていた。

 「あの…助けてくれて、ありがとう…」

どれくらい経ったか、落ち着きを取り戻した彼女はおどおどしながらそう言ってきた。

なんだか、拾ってきた子猫みたいだ…ふと、そんなことを思ってしまう。

「あの、あなた達は、誰…で、すか?アクシズ?エゥーゴ?」

「どっちでもないよ。どっちでもないけど、あなたの味方。あなたを助けに来たんだよ」

レオナがそう言う。

「わ、私の…味方…ですか?」

彼女はなおもおどおどと、慣れてなさそうな敬語を使ってレオナの言葉を繰り返す。

なんだか、気が重くなっちゃってダメだな、こう言うの。そう思ったあたしは

「普通に喋っていいよ!あたし達は偉い人でもあなたに命令するような人でもないんだからさ」

って言ってあげた。そしたら彼女は、少しだけ何かを緩めたような気配をさせた。

よかった、話せばちゃんと、分かってくれる子みたいだ。

「あたしは、マライア・アトウッド。よろしくね」

「私は、レオニーダ・パラッシュ…あなたの、お姉さん、みたいなものかな。レオナって、呼んで」

あたしが名乗ると、レオナも名乗った。

…あれ?レオナ、今、お姉さんみたいなもの、って言った?姉妹だったんじゃないの?

この子が、レイチェルじゃ?それとも、いきなり驚かせないようにしているのかな?

「私の…姉さん?」

彼女は、ハッとした表情でレオナを見返す。

「あなたの、名前は?」

レオナは、彼女にそう尋ねた…待ってよ、レオナ。名前って、やっぱりこの子、レイチェルじゃないの…?

こんなにそっくりなのに、血のつながりがないなんて思えない。

だけど、レイチェルではない。他の姉妹が居たってこと?

 あたしがそんなことを思っていたら、名を聞かれた彼女は少し困った顔をして戸惑いながら、言った。



「名前…?分からない…。でも、私達はプルって呼ばれてた。私も、プル。プル、ナイン」






411: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 19:16:58.81 ID:a4CMWmdY0

「名前…?分からない…。でも、私達はプルって呼ばれてた。プルナイン」

プルナイン?ナインがファミリーネーム?でも、レオナはパラッシュ、だったよね?

ホントに姉妹じゃないってこと?それとも養子か何かに出されたってことかな?

それに…今、彼女の言った「私達」 、って、どういうこと?

あたしはレオナを見やった。彼女は、真剣な表情であたしを見つめ返して来る。そして

「マライア…怒らないで、怖がらないで聞いてくれる?」

と言ってきた。

ビビり屋のあたしとは言え、レオナやこの子が幽霊だなんてことでもない限り、

別に怖いなんて思う事もないって言い切れるけど…怒る、ってのは、気になる。

何か、あたしに対して罪の意識でもあるのかな?たぶん、怒るなんて事もないだろうけど、

もしレオナがそんな風に感じてるんだったら、余計に話は聞いてあげた方が良いのかも知れない。

「大丈夫だから、話して」

あたしがそう言うと、レオナはコクッと頷いた。それから、静かに喋り出した。

412: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 19:17:45.07 ID:a4CMWmdY0

「彼女は、厳密に言えば、私の妹じゃないの。まだ戦争も始まる前のジオンに居たときに、

 ちょうど、私はこの子くらいの歳だったけどね…私の体から取り出されたips細胞から、二人のクローンが作られたの。

 ニュータイプって言う言葉の概念はなかったけど、ある種の遺伝的要素が、

 特殊な脳波とコミュニケーション能力を発現させる、と考えていた博士がいてね。

 軍事転用も見据えていたんだと思うんだけど…

  とにかく、そう言う現象の研究対象だった私から取り出された細胞に、

 それぞれ異なった遺伝子操作を加えて産まれた二人の子がいた。

 エルピー・プルと、プルツーって呼ばれる、双子。

 そして、産まれてすぐの検査で、よりニュータイプとしての能力が高いと見込まれたプルツーのクローンとして、

 その細胞を使って産まれた10人の子ども達がいた。

 彼女達はプルシリーズって呼ばれて、プルツーと同じように、番号を振られていたの。

 彼女は、その中でもプルナイン、9番目のプルとして生を受けた子…。

  最初のクローン、エルピー・プルは、私の名前からとったんだ」

「レオニーダ・パラッシュ…L.P…」

「うん、そこに人々、って意味のピープルを掛けて、

 最初のクローンの二人はエル・ピープル、と呼ばれることになった」

「レオナ達、って意味、か…」

「うん…そもそも、プルって名前が一人歩きした時点で、オリジナルは最初のプルとプルツーになったんだろうけどね…」

「そうだったんだ…でも、それでどうしてあたしが怒るって思ったの?」

「だって、ずっと妹だって、言って嘘を付いてたし…それに、クローンだ、なんて事も…

 怖がらせたり気味悪く思われたりするんじゃないか、って…」

「あぁ、なるほど、そう言うこと…」

「うん」

「別にそんなこと思わないよ。

 こっちに来る前にいきなり、クローンだなんて言われてもどう受け止めて良いか混乱しただろうしね。

 でも、こうして彼女を見たらそれも納得しちゃうよ。だって、レオナに瓜二つだもん。

 姉妹だって言う方がなんだか不自然なくらいだし。それにさ、そうやって命を道具みたいに扱うのは良くないとは思うけど…

 でも、そのお陰でこの…プルナインちゃんは産まれたわけでしょ?

 本人がするのならともかく、無関係なあたしがそこを否定しちゃってもさ、なんだかかわいそうじゃない」

あたしはそう伝えてあげてから、プルナインの方に、怖がらせないようにゆっくり近付いてからそばにしゃがんで、

ガシガシと頭を撫でてあげた。

「無事でよかったね…あたし達が守ってあげるから、安心していいよ。

 もう誰にもあなたを道具としてなんか扱わせないからね…!」

そう言って笑ってあげると、プルナインの目に涙が涌いてくるのが見えた。

413: ◆EhtsT9zeko 2013/07/15(月) 19:18:30.48 ID:a4CMWmdY0

「ね、レオナ。この子にちゃんとした名前をつけてあげようよ!ナインなんて番号じゃなくてさ。

 レオナ・パラッシュの妹としての名前を、さ」

「私に、名前を?」

「良いかも知れないね」

「じゃぁ、何にする?」

「うーん、それじゃぁ、マライアとレオニーダからそれぞれ文字って、マリーダ?」

「あ~…それはいろいろとどうかなぁと思う…ニュータイプ的に」

「そう?」

「マリーダ?」

「そう。私の妹だから、マリーダ・パラッシュ」

「それがいい!」

レオナの言葉を聞いた瞬間に、プルナインの表情が輝いた。

「いいの!?」

「私を助けてくれた二人の名前なんでしょ?それ、嬉しい!」

プルナイン、いや、マリーダは顔をキラキラさせてそう言って来る。

「本人が気に入っちゃったんじゃ、なぁ」

あたしはそう呟いて渋々レオナの顔を見て頷いてあげた。良いのかなぁ、そんな名付け方で…?

いいのかな、ね、平気か

な、これって?

そんなあたしの気持ちなんか知りもせずに、レオナはマリーダと嬉しそうに話をしている。

「姉さんは、レオニーダって名前でレオナなんだね!なら、私は、マリ?マリー?」

「マ、マリがいいんじゃないかな!それがかわいいと思う!」

あたしはその会話を聞き逃さずに、相づちを打った。するとマリーダは

「ホントに!?」

と、一層顔を輝かせる。そして本当に嬉しそうな顔をして、

「じゃぁ、私は、マリーダで、マリが良い!」

と声をあげた。

それにしても、かわいいな。素直に、そう思った。無邪気って言うか、天真爛漫って言うのか。

こんな子が、噂に聞いたジオン、アクシズのニュータイプ専用機に乗せられて、戦闘に参加させられていたというんだ…

そして…さっきの話を考えれば、少なくとも彼女の姉妹達、10人近くが、戦闘で死んでいるってことになる…

戦争のために作られて、戦争のために死んでいったんだ…こんな、無邪気な子ども達が…

 ニュータイプは戦争の道具なんかじゃないのに…この計画を考え付いた連中は命を何だと思ってるのよ!

まだ生きていておんなじことしようとしてるんなら、あたしがそこにいる皆を助け出した上で、

ハイメガ粒子砲で吹き飛ばしてやるんだから!

 あたしがそう怒っていたら、不意にマリのお腹がグウと鳴った。

レオナがクスクスと笑う。何がおかしいの?と言わんばかりのマリの頭を、レオナはごしごしと撫でると

「食事にしようか。船の中じゃ、良いもの出してあげられないけど…

 もうしばらくしたら、コロニーに入れるから、そうしたらそこでおいしいもの食べようね」

「うん、食べる!」

マリはまた、キラキラの笑顔でそう言って、レオナに抱きついた。

433: ドダイ ◆EhtsT9zeko 2013/07/28(日) 23:44:56.96 ID:zKUMyycL0

 「ねぇ、大丈夫?」

道を歩きながら、レオナが心配そうにマリを支えている。

あたし達は、マリを助けた場所からしばらくの航行で、サイド3にたどり着いた。

コロニー入りを管理していたエゥーゴの連中には怪しまれたけど、結局あたしの軍籍をカラバに確認してもらって、

なんとか許可が降りた。いちいち地球に確認するなんて、疑り深い指揮官だったなぁ。

こっちは、そんなこともあろうかと思って、

ちゃんとカラバのワッペン付きのジャケットを人数分用意して着込んでたっていうのに。

 サイド3に着いてからすぐに、あたし達は都市部の喫茶店へと脚を運んでいた。

もちろん、マリとの約束を果たすためだったけど、はじけ飛んじゃうんじゃないかってくらい喜んだマリは、

ハンバーグのランチとデザートにチョコレートパフェを食べて少ししてから、気分が悪い、お腹が痛いと苦しみだした。

 あたしも、マリが食べているときにちょっと気になってて、止めれば良かったんだけど、

要するに、宇宙旅行症候群、ってやつだ。

 宇宙では、固形物を食べるよりも、栄養素を混ぜ込んで作ったチューブ食がメインの食生活になる。

大人でも、二本食べれば摂り過ぎなくらいで、長く宇宙にいると胃が縮小しちゃう、ってあれのこと。

マリがどんな生活をしていたのかはわからないけど、すくなくともずっとアクシズなんかに居たんだとしたら、

まともな固形物なんて、初めて食べるかもしれない。多少、気分が悪くなっても仕方がない。

 「マリ、頑張って。もうちょっとで港だからさ」

あたしは青い顔をしたマリをそう励ます。

でも、マリは返事もしないまま、レオナにもたれるようにしておぼつかない足取りで歩いている。

434: ◆EhtsT9zeko 2013/07/28(日) 23:45:45.99 ID:zKUMyycL0

 「ねぇ、大丈夫?」

道を歩きながら、レオナが心配そうにマリを支えている。

あたし達は、マリを助けた場所からしばらくの航行で、サイド3にたどり着いた。

コロニー入りを管理していたエゥーゴの連中には怪しまれたけど、結局あたしの軍籍をカラバに確認してもらって、

なんとか許可が降りた。いちいち地球に確認するなんて、疑り深い指揮官だったなぁ。

こっちは、そんなこともあろうかと思って、

ちゃんとカラバのワッペン付きのジャケットを人数分用意して着込んでたっていうのに。

 サイド3に着いてからすぐに、あたし達は都市部の喫茶店へと脚を運んでいた。

もちろん、マリとの約束を果たすためだったけど、はじけ飛んじゃうんじゃないかってくらい喜んだマリは、

ハンバーグのランチとデザートにチョコレートパフェを食べて少ししてから、気分が悪い、お腹が痛いと苦しみだした。

 あたしも、マリが食べているときにちょっと気になってて、止めれば良かったんだけど、

要するに、宇宙旅行症候群、ってやつだ。

 宇宙では、固形物を食べるよりも、栄養素を混ぜ込んで作ったチューブ食がメインの食生活になる。

大人でも、二本食べれば摂り過ぎなくらいで、長く宇宙にいると胃が縮小しちゃう、ってあれのこと。

マリがどんな生活をしていたのかはわからないけど、すくなくともずっとアクシズなんかに居たんだとしたら、

まともな固形物なんて、初めて食べるかもしれない。多少、気分が悪くなっても仕方がない。

 「マリ、頑張って。もうちょっとで港だからさ」

あたしは青い顔をしたマリをそう励ます。

でも、マリは返事もしないまま、レオナにもたれるようにしておぼつかない足取りで歩いている。

 これは、ちょっとかわいそうだな…。薬局でもあれば、胃薬の一つでも買ってあげられるんだけど…

もし、ひどい症状だったら、そんなのじゃ収まらない。病院に行って、点滴でもすれば早いんだけどな…

 あたしはそう思ってあたりを見渡す。きれいな街並みではあるんだけど、どこか、寂れた印象のある街だった。

オフィスビルのような建物は、半分以上がカラッポ。

お店も、開いているのはまばらで、ほとんどはシャッターを下ろしてしまっている。

 このコロニーは、連邦の管理下におかれてから、凄惨な事が起こっていたってことを、あたしは知っていた。

1年戦争以降、駐留していた連邦軍の兵士たちが、ここでどんなことをしていたか…

そんなの、いまさら言うまでもない。あたしは、なんとかできないかって、何度も思った。

でも、それもつかの間、ティターンズ将校でもあったあたしには地球降下の指令が降りてきて、

サイド3の心配ができるのも、それっきりになってしまっていた。

 こんなことを考えてしまうのは、ひどいことだと思う。でも、あたしは考えずにはいられなかった。

―――レナさん、地球に残ってくれて、良かったよ…。

 「マライア、やっぱり病院につれて行った方が良いかもしれないよ…」

レオナが不安そうな表情であたしに言ってくる。確かに、そうかもしれないね…

そう言えば、宇宙旅行症候群のひどいときって、食事のあとにショック症状が出て、

最悪死んじゃう、なんて話も聞いたことある。確か、胃腸に血液が回りすぎて、脳まで血が行かなくなるとかなんとか…

えっと、なんて言ったっけ、急性…ナントカ不全?

435: ◆EhtsT9zeko 2013/07/28(日) 23:46:29.23 ID:zKUMyycL0

 「大尉、あれ、病院じゃないですかね?」

不意に、隣にいたルーカスがビルの中からヒョコっとひときわ高く頭を突き出している建物を指差した。

その建物の外壁には、棒のようなものに、ヘビが巻き付いているマークが描かれている。

あれって、確か…………

…………なんだっけ…。

 「あのマークは?」

「アスクレピオスの杖、だよ。神話で、医学をつかさどる神様が持っているっていう、杖だ」

あ、そうそう!アクスピ…え、ルーカス、今のもう一回言ってくれない?

 「神話に由来を取る辺り、ジオンらしいな。大尉、俺、先に行ってみてきますね」

「え…あ、うん、お願い」

あたしの返事を聞いたルーカスは軽い足取りで、建物の方へと続いている道を小走りに駆けて行った。

 その姿を見送ってから、あたしはマリの顔色を見る。相変わらず、真っ青で、しかも、唇まで紫になってきてる…

あれ、これって、かなり危ないんじゃない?

 なんとか建物のそばに着いたとき、ちょうど中からルーカスが出てきた。

思った通り、病院らしく、ルーカスが手続を済ませてくれたらしい。ルーカスに続いて白衣を来たナースも駆けてきて、

マリの顔を見るなり、キュッと厳しい目をして

「すぐにICUへ運びます」

と言ってきた。あ、やっぱりかなり危ないよね?

 それから、ストレッチャーが出てきてマリをそこに寝かせて、ガラガラと病院の中に突入して、ICUへと入った。

マリは、すごい勢いで体にいろんな機械を取り付けられる。と、思ったら、マリは突然に叫んだ。

「やめろ!そんなもの、つけるな!」

 思わず、ビクッとしてしまった。な、なによ、マリ。急に大きい声出さないでよ!

 マリは叫びながら、体に付けられた電極やなんかを薙ぎ払うようにして体から引っぺがした。

どうしたのよ?それやっとかないと、治療始まらないんじゃ…

 暴れてベッドから落ちそうになったマリをレオナとルーカスが支えた。

それでもマリは、真っ青な顔して、息を荒げて抵抗しようとしている。

「マリ!マリ!!落ち着いて!これは治療よ!実験じゃないわ!」

レオナが叫んだ。

 あぁ、そうか…。レオナの言葉に、あたしは思わず、納得してしまった。やっぱり、マリもそうなんだね…

強化人間なんだ…。だとしたら、医療機器なんて、信用できないよね。

だって、電極なんかは見てくれは洗脳に使う装置に似てそうだし、

血圧や心拍のモニターなんか、きっと実験そのまんまじゃない。そりゃぁ、さ、イヤだよね…。

436: ◆EhtsT9zeko 2013/07/28(日) 23:47:03.56 ID:zKUMyycL0

 あたしは、ふぅっと大きく深呼吸をした。こういうときの対処法を、実は心得ていた。

カラバにも、不安定なのが何人か居たからね…モビルスーツに乗ったまま錯乱するレイラとかジークくんとか、さ。

 なんだか、たいして昔のことでもないのに、そんなことを考えたら懐かしい気持ちがこみ上げてきた。

うん、ちょうどいい。こういう心持ちなら、きっと大丈夫…。

 あたしは、意識をマリに集中させる。

―――マリ…大丈夫だよ…これは実験じゃない。怖くも、痛くも、辛くもないよ。

ずっとそばで見ていてあげるから、怖がらないで…ね、マリ…

―――…!マライアちゃん!

 頭の中だったのか、耳で聞こえたのかわからなかったけど、マリがそうあたしの名を呼ぶ声が響いて、

いつのまにかつぶっていた目を開けたら、ベッドの上のマリは大人しくなっていた。

 ルーカスが体を離す。レオナは、まだ、おっかなビックリ、って感じで、マリの体をベッドに押し付けている。

「レオナ」

あたしは、レオナに声を掛けてから、マリの体を押さえているレオナの手に優しく触れて、そっと引き離してあげる。

それから、マリの頭を撫でで、手をギュッと握ってあげる。

 「大丈夫。なにかされそうになったら、あたしが必ず助けてあげるから、安心して」

そう言ってマリに笑いかけてあげた。マリは、一瞬、呆けたみたいな顔をして、でも、コクッと頷いた。

それを見届けてから

「ごめんなさい、ちょっと、怖がりな子で。もう、大丈夫です」

とナースに声を掛けた。ナースは、たいした動揺も見せない毅然とした感じで、

改めてマリの体に電極と、心拍計に血圧計を取り付けた。

 一瞬、マリの手に力がこもるのを感じたので、一度ギュッと握り返してから、もみほぐすようにして力を抜いて行く。


 マリの表情は、怯えていた。なんだか、それが切なくて、キリキリって、胸が痛んだ。

 それから点滴の針を刺されたマリは、30分もしないうちに、ふぅ、と大きなため息をついて

「マライアちゃん、治った!」

と言って笑った。ホントに、もう、単純だね、マリは。

 その様子に、なんだかあたしまで笑えてしまった。まぁ、たいして心配もしてなかったけどさ。

「良かった…」

そんなことを思っていたら、そばでレオナがそう言って、ヘナヘナとマリのベッドに崩れるようにして倒れこんだ。

あぁ、レオナ、ごめん、そんなに心配してたんだ?もうちょっとちゃんと対応してあげればよかったな…

これは、反省しないと…。

 なんてお気楽なことを思っていたら、そのあとやってきて症状の説明をしてくれた医者の言葉に、

今度はあたしが青くなっちゃいそうだった。

437: ◆EhtsT9zeko 2013/07/28(日) 23:47:40.31 ID:zKUMyycL0

 なんでも、かなり危険な状態だったらしい。

でも、マリの心肺機能が強かったお陰で、なんとか脳まで血が届いていて、事なきを得たんだって。

普通の人なら、食べて10分もしたらバッタリ倒れて、5分くらい痙攣して、そのまま動かなくなる、らしい。

 なによ、それ…脅かすの、やめてよね…。

あたしは、シレッとした顔で説明をした医者を、知らず知らずジト目で睨み付けていた。

でも、そのあとで、今度は医者があたしを睨み返してきて、あんた達は戦争被害者救助のために来てるんだろう、

空腹の人間に急に大量の食事を与えたらどうなるかくらい、分からないのか、と一喝してきた。

何か言い返してやりたかったけど、でも、言えることといったら、

「それは名目上のこと!」

と言う取り返しのつかないカミングアウトくらいなものだったから、もう、黙って反省するしかなかった。

 うん、これは、確かにあたしのミスだよね…さすがに、お気楽過ぎた。反省、反省。

 そんなあたしをよそに、マリは、すっかり気分が良くなったのか、スヤスヤと寝息を立て始めていた。

なんだか、すごくかわいい寝顔で、ションボリしかけたあたしの気持ちをホンワカと緩めてくれるような感じがした。

451: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:14:15.89 ID:tVi3RIMI0

 その日は、念のために、と言うことで、医者から入院させる、と言い放たれてしまった。

まぁ、確かに、命の危険があったわけだし、たぶん、あたしへの戒めの意味もあるんだろう。

 やり方は気に入らないけど、結局は、マリのことをいろいろと考えてそうしてくれている、ってのは分かる。

だから、まぁ、ここは穏便に従うことにした。

 「えー、船に帰る!」

マリはもちろん、その話を聞き入れたがらなかったが、とりあえず、あたしが一晩中そばにいることを条件に、

なんとか飲んでくれた。

 レオナはルーカスと一緒に船に戻らせた。マリ一人なら、あたしが守ってあげられる。

レオナにしてもルーカスが付いていてくれれば安心だ。それに、レオナは調べ物をしなければならないはずだ。

そこらへんは、全部ルーカスに任せてある。まぁ、任せてある、といっても、 エゥーゴの顔見知りを探して、

サイド3の公文書館への入館を許可してもらうだけのことだけど。戸籍とか、そういうのも閲覧できるだろう。

レオナも、自分自身のことを早く見つけられると良いな。

 そんなことで、あたしはマリと一緒に、病室にいた。

マリはすっかり元気で、年相応の、なんだが本当にかわいい話題を一生懸命にあたしに投げかけてくる。

「かわいい洋服はどこにあるかな?」

とか

「廊下を歩いていた子どもが持っていたモフモフそうなものはなに?」

とか。

 逐一、洋服は、病院でたら買いに行こうね、とか、あれはヌイグルミって言うんだよ、なんて答えると嬉々として


「そうなんだ!」

「わたしも買っていいかな?」

って言って来る。

 その笑顔が本当にかわいくて、あたしまでほっこりと笑顔にさせられた。

まったく、レオナ一人じゃなくて、マリまで、なんてね。あたし、そっちの道に目覚めちゃったらどうしよう!?

あ、まぁ、アヤさんたちいるし、それでもいいか。仲間に入れてもらうくらいの気持ちで…

いや、ダメか、あそこは夫婦だもんね。

 「ねぇ、マライアちゃん。わたし何か食べたい。おなかすいた」

「お医者さんに病院食だけしかダメだって言われたでしょ?」

「でもー!食べたいの!退屈だし」

そういって両手両足をジタバタさせて駄々をこねる姿すら、なんだかいとおしい。あぁ、やばいな、これ、あたし。


「消化の良いものだったら、下の売店で買われて召し上がっても良いですよ」

不意に声がしたので、振り返ると、ICUからここに運ばれて、担当になってくれた、という、ナースが笑顔を見せていた。


452: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:15:07.17 ID:tVi3RIMI0

「大丈夫なんですか?」

「えぇ、先生からの伝言でね。ゼリーとか、ヨーグルトとか、そういうものでしたら、かまわない、って」

「ほんと!?」

マリが表情を輝かせる。

「マライアちゃん、わたし行きたい!」

マリはベッドの上でピョンと飛び上がった。

 「あはは、そうね、ちょっと検査だけさせてくれたら、お散歩に行って来てもいいからね」

ナースは優しい笑顔でマリにそういってからあたしの顔を見た。

 ご機嫌取りがうまいな、この人。たぶん、これからする検査で、マリが抵抗しないようにする下準備なんだろう。

マリのこのテンションを見れば、それが成功したのはどうなのかは、一目瞭然だ。

 「じゃぁ、ちょっと採血と体温だけ測らせてね」

ナースはそういって、体温計をマリに手渡して、マリがそれを脇に挟むのを確認してから、

マリの腕をまくって消毒した。これも、うまいね。

体温計を脇に挟んでなきゃいけない、と思えば、腕を振り払おうとしたって、ちょっとした抵抗になる。

 ナースは、驚くほどの手際で、マリの腕を消毒すると、その腕に採血用の注射器の針を突き刺した。

あたしは、マリの顔を見ていて、少し心配したけど、針をさされた瞬間にマリは、なんだか意外そうな顔をした。

 「ん、どうしたの?」

ナースがそれに気づいてマリに尋ねている。

「いや…いつもされている注射より、痛くなくて…」

マリは戸惑ったように、そう語る。

「そう。まぁ、注射にもいろいろと種類があるし、それに、ほら、上手とか下手とかもあるものなのよ」

「へぇ、そうなんだ!」

ナースの言葉に、マリは素直に感嘆した。

 「はい、オッケー」

しばらくして、ナースは注射器から伸びたチューブの先にある試験管みたいなものを取り外してマリにそういい、

なれた手つきで針を抜き、消毒液のしみこんだ綿を傷口に押し当てて、片手で絆創膏をその上に張って、綿を固定した。

 ピピピ、とまるでタイミングを待っていたかのように、体温計が音を立てる。見ると、37.3℃。

まだ少し高いかもしれないけど、もしかしたら、これがマリの平熱なのかもしれない。

何しろ、心肺機能が相当強いんだ、と言う話だ。多少、熱量が多めだったりしても、うなずける。

「ん、微熱、かな。じゃぁ、検査はおしまいだけど、あまり無理しちゃダメよ」

ナースはそういってマリの肩ポンとたたいて、立ち去ろうとした。

 「あ、すみません!」

そういえば聞き忘れていた。

「あの、なにか食べさせてあげても、いいんですか?」

「ええ、消化の良いもので、一日、一品まででお願いしますね」

あたしの問いかけにも、ナースはニコッと笑って答えて、部屋から出て行った。

、妹がいたら、こんななのかも知れないな。かわいいよ、マリ、あなたね。

453: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:15:58.62 ID:tVi3RIMI0

「大丈夫なんですか?」

「えぇ、先生からの伝言でね。ゼリーとか、ヨーグルトとか、そういうものでしたら、かまわない、って」

「ほんと!?」

マリが表情を輝かせる。

「マライアちゃん、わたし行きたい!」

マリはベッドの上でピョンと飛び上がった。

 「あはは、そうね、ちょっと検査だけさせてくれたら、お散歩に行って来てもいいからね」

ナースは優しい笑顔でマリにそういってからあたしの顔を見た。

 ご機嫌取りがうまいな、この人。たぶん、これからする検査で、マリが抵抗しないようにする下準備なんだろう。

マリのこのテンションを見れば、それが成功したのはどうなのかは、一目瞭然だ。

 「じゃぁ、ちょっと採血と体温だけ測らせてね」

ナースはそういって、体温計をマリに手渡して、マリがそれを脇に挟むのを確認してから、

マリの腕をまくって消毒した。これも、うまいね。

体温計を脇に挟んでなきゃいけない、と思えば、腕を振り払おうとしたって、ちょっとした抵抗になる。

 ナースは、驚くほどの手際で、マリの腕を消毒すると、その腕に採血用の注射器の針を突き刺した。

あたしは、マリの顔を見ていて、少し心配したけど、針をさされた瞬間にマリは、なんだか意外そうな顔をした。

 「ん、どうしたの?」

ナースがそれに気づいてマリに尋ねている。

「いや…いつもされている注射より、痛くなくて…」

マリは戸惑ったように、そう語る。

「そう。まぁ、注射にもいろいろと種類があるし、それに、ほら、上手とか下手とかもあるものなのよ」

「へぇ、そうなんだ!」

ナースの言葉に、マリは素直に感嘆した。

 「はい、オッケー」

しばらくして、ナースは注射器から伸びたチューブの先にある試験管みたいなものを取り外してマリにそういい、

なれた手つきで針を抜き、消毒液のしみこんだ綿を傷口に押し当てて、片手で絆創膏をその上に張って、綿を固定した。

 ピピピ、とまるでタイミングを待っていたかのように、体温計が音を立てる。見ると、37.3℃。

まだ少し高いかもしれないけど、もしかしたら、これがマリの平熱なのかもしれない。

何しろ、心肺機能が相当強いんだ、と言う話だ。多少、熱量が多めだったりしても、うなずける。

「ん、微熱、かな。じゃぁ、検査はおしまいだけど、あまり無理しちゃダメよ」

ナースはそういってマリの肩ポンとたたいて、立ち去ろうとした。

 「あ、すみません!」

そういえば聞き忘れていた。

「あの、なにか食べさせてあげても、いいんですか?」

「ええ、消化の良いもので、一日、一品まででお願いしますね」

あたしの問いかけにも、ナースはニコッと笑って答えて、部屋から出て行った。

454: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:16:47.97 ID:tVi3RIMI0

 「マライアちゃん、売店行きたい!」

医者の許しが出ているんなら、かまわないよね。

 あたしはそれを確認してからマリに

「よし、じゃぁ、いこっか」

といって手を引いてベッドから立ち上がらせてあげた。

 病室を出て、廊下を歩く。マリは本当に、入院が必要なのか、って感じてしまうくらいで、

楽しそうにあたしの周りをちょろちょろとしたり、スキップして付いてきたりしていた。

あたしはお兄ちゃんしかいないけど、妹がいたら、こんななのかも知れないな。かわいいねぇ、マリ。

 廊下の交差した地点にある、エレベータホールまで着いたあたし達はそこからエレベータで1階にと向かった。

エレベータホールのすぐそばに、売店はあった。

品揃えが多いわけでもなかったけど、病院らしく、栄養ドリンクとか、スポーツ飲料とか、雑誌とか、

お菓子なんかも売っていた。探すのは、ゼリーがいいかな。

なるべく果肉なんかの入ってない、さらっとしたやつか、あるいは、デザート用のチューブ食。

あれも確か、飲むゼリーみたいな感じで、栄養補給目的でない、

ちゃんとした飲むゼリーみたいな感じでいい味付けがしてあるはずだ。

「マリ、どれがいい?」

あたしが聞いたら、マリは店の中を一通り目をキラキラさせたまま見て回って、それから、

アイスクリームのコーナーで、箱のアイスを指して

「これがいい!」

と言い出した。

 うーん、アイス、か。あんまり良くない気がするな…

「マリ、それはちょっとまだお腹に悪いかも。今日のところは、やめておこう?」

あたしが言うとマリは見るからに不満です!と言いたげに頬を膨らませて

「これがいいの!」

と訴えてきた。まったく、こういうところは、本当に子どもだよね。

そう思ったら、なんだかちょっと可笑しくなってしまった。

「また、お腹痛くなってもレオナが心配しちゃうからさ。こっちのゼリーにしておこうよ。オレンジのなんかおいしいんだよ」

あたしはそういって、冷凍棚においてあってゼリーをひとつとってマリに見せてあげた。

「これはじめて!おいしいの?」

「うん、あたしは結構好きかな」

「そうなんだ!じゃぁ、わたしこれにする!」

マリはそういって満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる。あぁ、なんだか無性に頭をなでたくなる子だなぁ、マリって…。

 そんなことを思いながら、マリがオレンジのゼリーを選んでいたので、

あたしはグレープ味の紫のやつを手にして一緒にレジへと向かった。

 ニコニコ笑顔のマリと会計を済ませて、店を出たとき、あたし達の前に、一人の少年が立っていた。

彼は、なんだかすごくびっくりした表情をして、あたし達を見ている。いや、あたし達、と言うか、マリを、だ。

455: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:20:51.00 ID:tVi3RIMI0

 「あの、どうしたの?」

あたしが聞くと、彼はとたんに顔つきを変えて、あたしをにらみつけてきた。

「あんた!この子をどうするつもりだ!?」

彼が込みあがっている怒りを押さえつけている様子で、拳を握りながらそう言ってくる。

 どうするって…別に、変なことをするつもりはこれっぽっちもないけど、そんなことしそうに見えるのかな?

それとも、あ、マリの知り合いとか?

 ふとそう思って、マリに目をやるが、マリもキョトンとした顔をしている。

「マリ、知ってる人?」

聞いてみるけど、マリは首をかしげて

「うーん、知らない…」

と答えるだけだ。

 そんなマリの言葉に、少年は絶句した。それからまた、憎しみの篭った目であたしを見つめて、

「あんた!この子に何をしたんだ!?また、洗脳をしたってのかよ!?」

といってくる。

 洗脳…?そうか、この子は、マリが強化人間だって知っているんだね…

だとしたら、研究所で、同じような研究対象にされてたのか…あるいは、関係者か…

 そんなことを思っていたら、少年はガバッとマリの体をつかんで揺さぶりながら

「目を覚ませ、プルツー!」

と怒鳴った。

 プル、ツー?違う、違うよ、君。この子は…プルナイン、あなたが思っているプルとは違う人だよ…

でも、あなたは、プルツーのことを知っているのね…?

「なにするんだよ!」

マリがそう言って、少年の腕を振り払った。少年は、それを見て愕然とした表情をしている。

あっと、まずいね、これ。たぶん、いろいろ勘違いしているんだ、彼は。ちゃんと話してあげないと…

「ね、この子は、たぶん、あなたが言っているのとは、違う子だよ。あなたが言った呼び名で、なら、

 この子は、プルナイン。あなたが知っているんだろう、プルツーとは、別のプル、だよ」

あたしは、なるべく冷静にそういいながら、ちょっと動揺しかけていたマリをそばに抱き寄せて安心させる。

 この少年、背格好はあたしと同じくらいだけど、たぶん、けっこうケンカ慣れしてるタイプだ…

ま、でも、油断しなければ、2手…ううん、3手で制圧くらいはできるだろうな。

 そんな感覚があったから、あたしのほうもまだ、冷静でいられた。

 反対に、目の前の彼は、ひどく動揺しているように見える。

 それにしても…プルツーって、もしかして…レオナが言ってた、最初のクローン達の一人、ってことだよね。

つまり、そのプルツーこそ、レイチェルに違いない…。それに気がついて、ハッとした。

この少年は、レイチェルの居場所を知っているのかもしれない。何とか聞きだしておきたいな…

先に、こっちのことを話しておこうか…。

「あたしは、マライア・アトウッド。カラバのスタッフで、今は戦時の遭難者や被災者の救援活動をしてるの。

 その途中であったのが、彼女。宇宙で拾い上げて、それから、ここにつれてきたのよ。

 今は、3階の病室に入院してるわ」

あたしが言うと、彼の表情が、変った。険しいけれど、警戒はなさそうだ。

456: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:21:38.97 ID:tVi3RIMI0

 「そうだったのか…変な言いがかりをつけて、悪かったよ」

彼は静かに言った。これは、いけそう、かな?

「プルツーちゃんて、この子の…姉妹、だよね。もともとの家族が、一生懸命居場所を探しているんだ。

 もし、生きてるんなら、居場所を教えてくれないかな?」

あたしがそういうと、少年はあたしとマリを見つめてきた。まるで、何か品定めをするかのような視線。

違う、この子、ニュータイプだ…!あたし達の腹のうちを探ろうとしている。

まぁ、探られて痛む腹じゃないから、なるだけ良く見てもらえるように、こっちもこの探りの感覚を受け入れてみる。


 どれくらい経ったか、彼はふうとため息をついて、静かに口にした。

「この病院にいるよ…」

え…ここに?!驚いた。こんな偶然…でも、待って、じゃぁ、会える…の?

「その…会って、話をできたり、するのかな?」

あたしが聞いてみると、彼は力なく首を横に振った。それから、沈んだ声でこういうのだ。

「意識が戻らないんだ。もう、一週間近くになる…」

彼の表情は一転して真っ暗になってしまった。

 「意識が…?まさか、戦闘で?」

あたしが聞くと彼は相変わらずのしょげた顔で

「そうなんだ…」

とつぶやいた。

 そっか…そんな状態だから、こんな近くにいても分からなかったんだ。でも、生きて、この場所にいるんだね。

会わなきゃ…とにかく、その子に…。

 「連れて行って、あたし達を」

気が付いたら、あたしは彼にそんなことを頼んでいた。彼は、神妙な面持ちで、コクっとうなずいた。

 それからあたし達は、5階にあった個室へと案内された。

「ここだ」

彼はそう言って、病室のドアを開けた。

 急に、胸が苦しくなる。これは、プルツーの感覚…?ううん、違うね。これは…単なるあたしの緊張だ。

戦闘でのケガ…しかも、場所は、宇宙だ。もし…もし、コクピットから投げ出されて、

ノーマルスーツが破損していたりしたら、真空に皮膚がさらされて、血液が沸騰して、どんな状態になってるか…。

脳裏に浮かんできたのは、宇宙で戦死した仲間の遺体や、腕と脚が吹き飛んだ、8年前のソフィア姿だった。

ゴクッと唾を飲み込んで、握っていたマリの手を握りしめてしまう。

 「マライアちゃん、大丈夫だよ」

不意にマリが言った。その顔を見たら、マリは満面の笑みを浮かべていた。

「2番目の姉さんには初めて会うけど、姉さん、苦しんでる感じしないんだ。だから、きっと平気」

「マリ…うん、そうだよね…」

あたしは、マリの言葉を聞いて、気持ちを決めた。

457: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:22:17.90 ID:tVi3RIMI0

病室の中に入る。

 心拍を刻む電子音と、人工呼吸器の音だけが、部屋に響いている。

 彼女は、ベッドに横たわっていた。あちこち傷だらけで…だけど、穏やかで、きれいな顔をしていた。

 頭に浮かんでいたのが、悪い妄想だったことに安心して、あたしは思わずため息をついていた。

 あたしは、マリの手を引いて、ベッドのそばに近づく。

 半透明の呼吸器マスクに顔が覆われているけど、彼女は、

マリやレオナと同じ色の髪、同じ透き通るような肌の色、同じ顔をしていた。

 「姉さん…」

マリが、そう口にした。あたしの手を離して、プルツーの顔に触れた。

それから、その手をプルツーの手に触って、キュッと握った。

「姉さん…」

マリはまたつぶやいた。

 マリ、まさか、この子を呼んでるの?…そんなこと、できるの?

 あたしは、マリにそう確認しようとして、言葉を飲み込んだ。

マリから、得体の知れない雰囲気がほとばしっていたからだ。この感じ…ニュータイプとしても、初めての感じだ。

まるで、何かを話しかけているみたい…長さを変え、波長を変えて、まるで、無線の周波数を合わせるみたいに、

意識を集中させている。

 「…んっ…!」

プルツーが、うめいた!

 あたしはその顔をじっと見つめる…でも、それっきり、彼女はまた、静かに呼吸をするだけだった。

 「ふぅ…」

マリが、大きくため息をつく。マリはそれから、フラッとバランスを崩した。

慌ててマリを抱き留めて、そばにあったイスに座らせた。マリは、うっすらと脂汗をかいている。

458: ◆EhtsT9zeko 2013/07/30(火) 22:22:56.57 ID:tVi3RIMI0

「マリ、大丈夫?」

あたしが聞くとマリはニコッと笑って

「うん、平気だよ!」

と明るく言って、それから、チラッと男の子を見やると

「あなた、ジュドーっていうのね」

と言ってまた笑った。

 ジュドー、と呼ばれた彼は、すこしびっくりした表情をして

「あ、あぁ…ジュドー・アーシタだ」

と名乗った。

 「姉さんが、名前を呼んでたよ…ジュドー、ジュドー、って」

「プルツー…」

マリに言われて、ジュドーはプルツーの顔を切なそうに見た。

 この子は、どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。戦闘に参加したんだろうけど…

もしかしたら、このジュドーってのを庇ったのかな。レオナの妹だもん、それくらいのこと、するよね、きっと…。

 見つけたよ、レオナ…。ルーカスに電話して、早くここへ連れてきてもらわないと…。

レオナ、もし、さっきマリがしたみたいに、この子に“話しかけ”られるなら、

この子もしかしたら目を覚ますかもしれない。あなたとマリの二人で呼びかけたら、もしかしたら…もしかしたら…。

469: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:00:46.92 ID:rbswC/840

  それから二週間後、一人、サイド3の港にいた。

「悪いな、見送りなんて」

ジュドーがそう言って笑いかけてくる。

「ううん。まぁ、一応ね」

あたしは肩をすくめて答える。

 彼、まだ若いから素朴で、それでいて素直だから、なんだか好感が持てた。

 ブライトさんに聞いた話では、エゥーゴと連邦の軍の高官が参加する会議で、ブライトさんをぶん殴ったらしい。

事情はあんまり詳しくは話してくれなかったけど、その会議で扱われていた議題に腹を立てたって話だ。

殴っちゃうのは良くないけど、でも、そんな場でも自分を貫けるってすごいことだ。若さだね。

 「じゃぁ、プルツーのこと、たのみます」

ジュドーはそう言ってきた。

「うん。任せて」

あたしが言うと、彼はすっきりした顔で笑った。

 彼はこれから、ネオジオンの残党の対応のために、また宇宙へ行く。

あたし達はつい一昨日、彼からその話を聞かされて、いまだに目を覚まさないプルツーのことを頼む、と言われた。

そんなこと、頼まれないでもやるつもりだけどね。

 「それより、ジュドーこそ、気をつけてね」

あたしは、むしろそっちの方が心配だった。

ニュータイプなのは分かったんだけど、モビルスーツの操縦のことは分からない。

ブライトさんの話じゃ、結構なもんだって事らしいけど…でも、やっぱり戦場へ行く人を見送るのは、心配だよ。

一緒にいければ、絶対に死なせない自信があるだけに、ね。

 ジュドーはあたしの言葉に空笑いを返してきて

「大丈夫ですよ。必ず、帰ってきます」

と言って手を差し出してきた。

 あたしはその手をぎゅっと握って、ジュドーを見送った。

470: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:01:21.05 ID:rbswC/840

 あれでまだ、14歳だって言うんだから、驚いちゃうよね…。

あたしの14の時なんか、泣き虫で、ビビリまくって、自分の言いたいことも言えない、ただのダメな甘ったれだったからな。

今は…そうだな、ガンガン戦う甘ったれ、だね。

 あたしは、港のロビーを後にした。港を出て、市街地へ向かうモノレールの駅へと向かう。

 歩いている人はまばらで、そのすべてはティターンズや連邦の軍服を着ている。

ふと、あの忌まわしい時期のサイド3が脳裏をよぎった。

このコロニーが、これからまた、良い方向に向かってくれるといいのだけど…でも、きっとダメだろうな。

あたしは、そんなことを思っていた。

 サイド3に来て二週間。

エゥーゴの人たちは徐々にこのコロニーから遠ざけられ、連邦軍所属の部隊が数を増している。

政府がここを、以前の様に占拠下に置こうとしているのがうっすら感じられた。

今のうちに、地球やほかのコロニーへ抜け出るためのルートを確保しておいたほうが良いかもしれない。

エゥーゴの中で、ここへとどまる話の分かる人がいれば良いんだけど…

 不意に、先日契約したPDAが音を立てた。ディスプレイを見たら、レオナの名前が表示されている。

「もしもし、レオナ?こっちはジュドーをちゃんと見送ったよ」

あたしは電話口に出て、そう報告する。

「マライア!」

でも、電話の向こうのレオナは、それどころじゃない様子であたしの名前を呼んだ。

「プルツーが、プルツーが目を覚ました!」

プルツーが?!胸の中がざわめいた。良かった…意識、戻ったんだ!

大丈夫かな、障害とか残ってないかな…?脳とか、腕とか、脚とか、ちゃんと動くかな…?

どうしても、ソフィアのことが、頭をよぎってしまう。あんな想いは、もうしたくない。

 あたしは、モノレールの駅から飛び出して、タクシーを掴まえた。運転手に言って、病院へ急ぐ。

15分もせずに、あたしは病院の前のロータリーにたどり着けた。

471: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:02:05.37 ID:rbswC/840

料金を払って、病院に駆け込んで、エレベーターに乗って、プルツーの病室へ向かった。

五階に着くと、なにやら騒がしい声が聞こえた。

「―――!」

「――――――――!」

「―――!――!」

なんだ…?これ…レオナの声?妙な予感がする…あたしは廊下を走った。プルツーが寝ていた部屋に駆け込む。

「放せ!」

「放さない!」

「落ち着いて!プルツー!」

「レオナ、落ち着け。プルツー、マリも、落ち着くんだ!」

「うるさい!出て行け!わたしを放せよ!」

…なんだ、この状況…。

 マリが、半裸のプルツーと激しく揉み合っている。

目覚めたばっかりってのもあるのか、マリが優勢で、プルツーはマリに両手首をつかまれて壁に押し付けられている。
そんな体勢で二人は、自由になっている脚で蹴りの応酬をしている。

レオナは、ルーカスに支えられおろおろと取り乱している。目じりからは、かすかに出血している。

ルーカスも、対応に困っている様子で、声を掛けるだけで、身動きしない。

…まったく…なにがなんだかわかんないけど、とりあえず、止めなきゃな、これ。

 あたしは、ツカツカと壁際の二人に歩み寄って、まず、プルツーを壁に押し付けているマリの首根っこをつかんでひっぱり、

それにひっついてきたプルツーの首根っこも掴まえて二人を引き離した。

「あんたなんだよ!放せっ!!」

「マライアちゃん、放して!こいつ、思い知らせてやるんだから!」

あたしに捕まえられてもなお、二人はジタバタと暴れている。こういう時は、気合い一発だ。

「うるっさい!!!!!」

あたしは、二人を一喝した。

 とたん、マリとプルツーは瞬間的におびえた顔になって、シュンとなった。よし、いい子いい子。

472: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:02:42.70 ID:rbswC/840

 あたしは、プルツーをベッドへ、マリを反対側にあった壁際のイスへ腰掛けさせた。

プルツーの着ていた検査着を直してそれから、レオナに声を掛ける。

「レオナ、平気…?」

「あ、う、うん」

レオナは、相変わらずおろおろとした様子で返事をした。

「ルーカス、一緒にいて止められなかったのは、ペナルティ1だよ」

「申し訳ないです」

あたしがそんなことを言ったら、ルーカスもシュンとしてしまった。

 ふぅ、まったく…とりあえず、あれだね、あたしの心配は、ただの思い過ごしだったみたいで良かった。

これだけ暴れられるんなら、怪我の影響もなさそうだ。

 あたしは部屋を見渡した。

もともとそんなに物がおいてあるわけでもなかったけど、プルツーについていた電極やなんかがつながっている機械が倒れていたり、

ベッド脇のカーテンがレールから外れたりしている。あの機械、壊れたりしてないと良いけど…

 と、それにしても…。さて、まず、どうしようか、これ…。

 あたしは、チラッとレオナを見た。目じりの、ちょっと上。眉のところから血が出ている。

「レオナ、傷、見せて」

ベッド脇にあったティッシュを何枚か引き抜いて、あたしはレオナを呼び寄せた。

「うん…」

レオナはあたしの近くにやってくる。ティッシュで軽く押さえて血を吸わせてから、傷をみる。

特に、大して深いわけでもない。

切れているって言うより、ちょっと擦って、ホントに血がちょっと滲んでいるだけだ。まぁ、大事無くてよかった。

473: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:03:23.30 ID:rbswC/840

 「それで、今、どういう状況なの?」

あたしが聞いてみると、マリが

「姉さんが目を覚まして、すぐ、暴れて…」

と口にした。そのとたん、プルツーが

「わたしに妹なんていない!姉さんなんて呼ぶな!」

と声を上げた。いちいち噛み付かれると、話が進みそうもない。あたしは、キッとプルツーをにらみつけた。

プルツーは、またビクッとなって、押し黙る。

 「で、レオナは何で怪我を?」

今度はレオナにたずねる。

「私は、単に、二人を止めようとしたら、ベッドにけつまずいて、転んじゃって…」

レオナも、なんだか落ち込んだ様子でそういった。

 あぁ、なんだろう、この空気。重いし、ピリッとしてるし、イヤだなぁ…。原因は、プルツー、か…。

でも、この子を叱るのは、まだ良くないよね。初めて会ったわけだし…この子だって、混乱している可能性もある。

まぁ、マリの様子を見れば、まだまだ子どもなんだっていうのが正直なところだけど、

でも、今はなにより、落ち着かせて、こっちの話を受け入れさせるのが第一だろうな。

 「プルツー」

あたしはそう思って、プルツーの名を呼んだ。

「…なに」

プルツーは警戒するような、不機嫌なような感じで返事をする。

「みんなの自己紹介は聞いた?」

あたしが聞くと、プルツーは何も答えなかった。代わりにレオナが静かに

「まだだよ」

と短く教えてくれる。

 そっか、なら、そこから始めなきゃね…。

空気は最悪だけど、お互いに名乗らないと、始まらないし説明にも入りにくい。

「そう。なら、あたしからだね。あたしは、マライア・アトウッド。

 元カラバの構成員で、ここには、戦争で怪我した人を助けに来たんだよ」

あたしはとりあえずそう伝える。レオナとプル達の関係を話すのは、あたしからではないほうがいい。

「…俺は、ルーカス。マライアさんと同じ元カラバの人間だ」

あたしにルーカスが続く。それを聞いたあたしは、今度は目で、マリに話をするように訴える。

マリは、それを感じ取ったのか、渋々、といった様子で

「わたしは、マリ。元の呼び名は、プルナイン」

と不機嫌そうに口にして、そっぽを向いた。まぁ、マリは仕方ないかな。あとは、レオナだ。

 あたしはレオナに視線を送る。レオナは、クッとあごを引いて、口を開いた。

「私は、レオニーダ・パラッシュ。レオナよ。あなたやエルピー・プルの…お姉さん」

レオナの言葉に、プルツーは反応した。

憎しみでも、恐怖でも、ましてや、嬉しいのとも違う、ただただ、驚いたような表情を浮かべていた。

474: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:04:02.16 ID:rbswC/840

 「姉さん…?あたしに?」

マリの話を聞いて、妹なんかいない、といったさっきのプルツーとは、違う表情だ。

レオナのことを、知っていた、って感じでもないけど…どうなんだろう?

「そうだよ、あなたのお姉さん」

レオナは、繰り返した。プルツーは、驚いた表情のまま、レオナをじっと見ていた。

まぁ、嘘は言ってないよね…姉妹って言うよりも親子に近いし、親子って言うには、あまりにもおんなじすぎるけど、さ。

 「そんな…嘘だよ…だって、わたし、わたし…」

プルツーは、そういいながら、頭を抱えてうなりだした。

 強化人間は、記憶操作を受ける、なんて話をふと思い出した。確か、アムロが言っていたはずだ。

プルツーはニュータイプだけど、もしかしたらその資質を伸ばすために強化手術を受けてしまっているのかもしれない。

この反応は、それに近い気がする。

 あたしは、意識をプルツーに集中させる。

けして、踏み込み過ぎないように、でも、大丈夫だって伝えてあげたくて、

そっと寄り添うように、意識を向けて、「こっち」に戻ってこられるためのアンカーを打ち込む感覚で、

彼女の意識から少し離れたところに、自分を投げかける。

 ふと、別の何かが、あたしの中に触れた。これは…マリ?チラリと目をやると、マリも、じっとプルツーを見つめていた。

そして、あたしがしているのを真似るように、踏み込まないように、遠巻きにプルツーの意識の外側で彼女を見ている。

こんな器用なこともできるんだね、マリ。すごいじゃん。

 「ジュドー…」

不意に、プルツーがつぶやいた。

「彼は、任務で、今は宇宙にいるよ。すぐに帰ってくると思うけど…」

あたしが言うと、プルツーは顔を上げた。

「会いたい。わたし、ジュドーに会いたい」

「うん、分かってる。きっと一週間もすれば帰ってくるよ。だから、安心して。

 あたし達は、ジュドーくんに頼まれて、あなたの面倒をみることになってるの」

あたしが説明すると、プルツーはまた、顔を伏せた。それから、ちょっぴり押し殺したみたいな声で

「…ごめん」

と口にした。

 謝れるんだ、あなたも、偉いね。そんなことを思ったら、クスっと笑いが漏れてしまった。

それに応じるみたいに今度はマリが

「わたしも、ごめん」

と謝った。まぁ、基本的に思考回路は似てるだろうからね…感応すれば、反応は似てきて当然かな。

レオナとプルツーやマリはちょっと違う感じがするのは、たぶん、前に聞いた遺伝子操作ってやつの影響かもしれない。

 「ん、仲直りできた?」

あたしが聞くと、二人は、黙ってうなずいた。うん、いい子いい子。

475: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:04:57.73 ID:rbswC/840

 あたしはそれを見届けてから、倒れた機械を起こして、カーテンを直した。

それから、ルーカスとレオナに、医者を呼びに言ったついでに傷を見てもらうように言った。

女の子がいつまでも、顔に傷作ってちゃダメだからね。

 病室の空気も、やっと少し軽くなった頃に、二人が医者を連れて戻ってきた。

プルツーから緊張した感じが伝わってきていたから、大丈夫だよ、と声を掛けながら、ちょっとした検査を受けさせる。

幸い、後遺症やなんかの心配はなさそうだった。

でも、やっぱり念のため、と言って、また心拍や血圧のセンサーは取り付けられて、プルツーはベッドに寝かされた。

 病室に、妙な静けさが訪れる。

「…わたし、生きてるんだね…」

ふと、プルツーがそんなことを口走った。

「そうだよ」

あたしが言ってあげると、突然、彼女はポロポロと目から涙をこぼし始めた。

 正直、あまり驚かなかった。さっき、彼女の意識と感応を試した時に、なんとなく、感じていたから…

それは、後悔、だった。

 「わたし…殺しちゃった…」

うん、そうなんだね…

「殺したって…誰を?」

レオナが、恐る恐る尋ねる。

「…プルを…姉さんを…」

 プルツーは、手で顔を覆った。

「エルピー・プルを…?」

「うん」

レオナの質問に、プルツーは答えた。

 レオナ、しっかりね…そんなことはないと思うけど、怒っちゃ、ダメだよ…

レオナはそれを聞いて、ドサッとイスに崩れ落ちた。

グルグルと、ごちゃごちゃになった感情があふれ出てくるのが伝わってくる。

あたしは、とりあえず、今は、ふうとため息をついて、それを遮断した。これは、もらっちゃいけないやつ、だ。

476: ◆EhtsT9zeko 2013/08/04(日) 13:05:29.81 ID:rbswC/840

 「ごめん…ごめんなさい、姉さん…ごめんなさい…」

プルツーは、顔を覆って泣きながら、うわ言のようにそうつぶやいている。

姉さん、ってのが、レオナのことなのか、エルピー・プルのことなのか、分からないけど…。

 そんなことを思いながら、あたしは、これまでのレオナの感じてきたことに、納得がいく気がした。

たぶん、あの日、レオナが感じたレイチェルって子が、エルピー・プルのことだったんだ。

聞いてみたわけじゃないけど、そんな気がした。

きっと、コロニー落着前後に、あのダブリンで戦闘になって、エルピー・プルは、レイチェルは、死んだんだ。

でも、たぶんレオナは、そこに居たプルツーのことも同時に感じ取っていて、そのことに気付けなかった。

プルツーとプルナイン、マリは、本当に同じような感じがある。エルピー・プルの感覚も、そっくりだったはずだ。

まだ完ぺきに開花しているわけじゃない、力の扱い方が分かっていないレオナが、

遠く離れて同じ場所に居た、会ったことのない二人を識別したり、弁別するのは無理があったんだろう。

 エルピー・プルのことは、残念だったけど…でも、レオナのお陰で、少なくともマリを助けることは出来た。

プルツーとも、こうして会うことができた。レオナにとっては、ショックなことだろうけど…でもね、レオナ。

時には、そう言うことだって起こっちゃうんだよ。だって、戦争なんだもん。人は死ぬよ。

どんなに助けたいって思ったって、手の届かないところで起こっている何かを、完全に押しとどめるなんて、

出来ないんだ。そうやって、あたしの宇宙での仲間も、何人も死んでいった。

あんなに仲良くなった、ライラでさえ…ね。

 あたしは、感覚を閉じた代わりに、レオナの肩に手を置いてさすってあげた。

こんなときばっかりは、昔のあたしがムクムクと胸の中に息を吹き返す。

認めたくないけど、でも、こんなときに、あたしは無力だ。

レナさんみたいに、気の利いたことが言えるわけでもない。

アヤさんみたいに、明るく笑ってあげるんでも、大丈夫だよって自信持って伝えてあげることもできない。

 そりゃぁ、口先でそんなことを言うのは簡単だけどね。

でも、それはやっぱり口先だけの言葉で、こんなになっているレオナを励ますことも、

プルツーを元気づけることも、きっとできないだろう。

アヤさんの「あれ」は、一緒に居て、どんなに学ぼうと思っても学べるようなことじゃなかった。

 だけど、今のあたしは、昔とはちょっと違う。できないことがあるからって、悩んだりなんかしない。

できないことは、できないんだ!こういうのは、あたしには無理!これからしなきゃいけないのは、一つだけ。

この子達を、なだめすかして、どうにか地球に連れて帰ること。

あとは、もう、アヤさん達に丸投げでいいよね、アヤさん!

 あたし、この三人が、仲良く笑ってるところが見たい、って今、そう思うんだよ。


489: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:55:15.31 ID:Wzwnx14z0

 バタバタと足音が聞こえて、ドカン、と病室のドアが開いた。

あたしはビクッとして、剥いていたリンゴを取り落としそうになって振り返った。

 そこには、ジュドーくんが居た。

「プルツー…!」

ジュドーくんは、プルツーを見るなり、ウルウルと目に涙を溜め始めた。

「お兄ちゃん!」

プルツーはまるではじけ飛ぶみたいにベッドから飛び起きると、ジュドーくんに飛びついた。

ジュドーくんが涙をこぼすよりも早く、プルツーの方がジュドーくんに顔をうずめてワンワンと泣き出した。

ジュドーくんは、そんなプルツーを優しく抱きしめて、頭を撫でてあげている。

 …お兄ちゃん、ってどういうこと…?

 あたしは、頭にふっと湧いたそんな疑問を、とりあえず隅に追いやって、二人の再開を眺めていた。

なんか、あれだな…こういうのって、見てるとすごく嬉しい気持ちになって来るよね…。

 どれくらい経ったか、プルツーは泣きやんで、そっとジュドーくんのそばを離れた。

「プルツー、お前、大丈夫なのか?」

ジュドーくんの問いかけに、プルツーは笑って

「うん、なんだか、変な感じだけど」

と答えた。

「変な感じ?」

「うん…一人じゃないみたいなんだ、わたし」

プルツーは、自分でも不思議そうな顔をしてジュドーくんに言った。

 一人じゃ、ない…それって、マリや、他のプルシリーズがどうのこうの、って話とは、違うよね…?

あたし達と一緒にいたから、ってことでもないんだろうな…きっと。あたし、その感じ、たぶん、分かる…

「どういうことだよ?」

ジュドーくんが聞いたら、プルツーは自分の胸に手を置いた。

「ここにいるんだ、プルが」

「え?」

うん、知ってた…。マリとケンカになったあとに、感応したあたしとは別に、あなたの中には別の思念があった。

それはとても穏やかで、優しい誰か。ううん、あたしは、それが誰かも分かっていたのかもしれない。

まだ不安定なプルツーを支えるために、レイチェル、エルピー・プルが遺して行ったんだね。

「うまく言えないんだ。でも、わたしのここに、プルもいるの」

「…そっか」

たぶん、ジュドーくん、あんまり意味分かってないだろうけど、でも、すごく優しい目をして、

またプルツーを抱きしめた。なんだろうな、この14歳。すごく大人に見える…お兄ちゃん気質、なんだね。

490: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:56:09.60 ID:Wzwnx14z0

 「マライアさん、ありがとう」

それからジュドーくんは、あたしに向かってそう礼を言ってきた。あたしはなんだか照れくさくって

「いえいえ、別にぃ。レオナの妹だしね。面倒みるくらい、当然だよ」

なんて、ヘラヘラしながら言ってしまった。でも、言ってしまってから、はっとした。

そうだった、あたし、この子を地球に連れて帰りたい、なんて思ってたんだった…。

でも、今の様子を見ちゃうと、なんか言い出しにくいな…

プルツー、ジュドーくんをホントにお兄さんみたいに思ってるもんね…あんまり、引き離したくないなぁ…。

 「どうしたんだよ?」

顔に出てたのか、それとも気配を読まれたのか、ジュドーくんがそう聞いて来た。説明、しておいた方が良いよね…

あたしは、一息、大きく深呼吸をして、背筋を伸ばして言った。

 「あたし達はさ、ゆくゆくは地球に帰るんだ」

プルツーはすこしびっくりしたような表情を見せた。

「帰っちゃうの?」

そう言って今度は寂しそうな顔になる。

「…うん、帰りを待っててくれてる人たちがいるんだ…」

「そうなんだ…」

プルツーは途端にシュンとしてしまった。

491: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:56:57.48 ID:Wzwnx14z0

「ホントはね、あなたも一緒に、って思ってたんだけど…どうしようかな、って。

 あなたは、ジュドーくんとも居たいんでしょ?」

あたしがそう言ってあげたら、プルは難しそうな顔をした。でも、

「わたしも、一緒に居ていいの?」

と聞いてくる。

「もちろん!あなたが一緒に居たい、って言うなら、あたし達もうれしいし、一緒に帰りたいって思うよ」

「ありがとう」

プルは満面の笑顔を浮かべて答えた。だけど、すぐにまたシュンとして

「でも、そうしたらお兄ちゃん…ジュドーとは、お別れになっちゃう…」

と口にした。

「うん」

「困ったな…」

「うん」

「どうしたらいい?」

「うーん、プルツーのしたいようにすればいいよ。

 ジュドーくんと一緒に居たいっていうなら、あたしもレオナも、ジュドーくんにプルツーのことお願いするし、

 一緒に帰るんだったら、それはそれでジュドーくんともちゃんと話をしなきゃいけないしね」

あたしは肩をすくめていう。こんな選択、彼女みたいな小さい子に強いてしまうのは、正直酷だけど、でも…

あたし達もいつまでも宇宙にいるわけには行かない。いつかは地球へもどる。

そのときになって悩ませてしまうよりは、良いだろうと思うんだ。

 「まぁ、明日とか明後日すぐに帰る、ってわけじゃないからさ。ちょっと考えて置いてくれると嬉しい、かな」

あたしが声を掛けたら、プルは静かに

「わかった」

と返事をした。あぁ、また凹ませちゃったな…こういう子に、現実を突きつけるのって、なんだかひどく残酷だよね。

本当に、どうしようもないんだけどさ、こればっかりは。

 さて…なんか、暗い話になっちゃったな…どうしよう?まぁ、とりあえず、プルツーの笑顔を拝んでおこう。

それさえあれば、パッと明るい雰囲気になるしね。

 そんなことを思ってあたしは持ってきていた紙袋からチョコレートのクランチを取り出して

「食べる?」

とプルツーに聞いてみた。プルツーは案の定、目をキラキラに輝かせて

「うん!」

と返事をして笑顔を浮かべてくれた。


492: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:57:36.42 ID:Wzwnx14z0

 それからしばらくして、病室にレオナとマリ、ルーカスがやってきて、少しだけジュドーと話をした。

マリはプルツーのために、と言って買ってきたらしいジグソーパズルを小さなボードの上に広げて頭を寄せ合っていた。

二人は、あたし達をよそにパズルに集中し始めてしまった。

子どもだから、なのか、それとも、ニュータイプ的ななにかなのか、強化人間的なものの影響なのか、

あるいは、育ちのせいなのか、こういうのへの集中力がこの二人は異常に高い気がする。

シャトルの中でもマリがあたしの暇つぶしツールの一つ、立体迷路のオモチャを2日かからないでクリアしてしまったし。

頭が良い、と言うより、視覚認識能力がすごく高いんだと思う。パイロットとしては大事な能力だ。

遺伝子操作の影響かもしれないな、なんてことを考えながら、仲睦まじくパズルに興じる二人を眺める。

 うーん、それにしてもこれは…なんだかこう、平和な感じで、仲睦まじそうで、いいね、すごい、贅沢…

いや、待ってあたし!今、道踏み外しそうになってない!?落ち着いて!

 病室には、今夜はジュドーくんが泊まってくれることになった。

あたしは安心して、ジュドーくんにプルツーを任せて、港への道を、4人で歩いた。

 公文書館での調査は、まったく進展してないらしい。なんでも、レオナの戸籍すら見つからないのだという。

このコロニーに来てから一か月近く経って、そこまでなにも出てこないとなると、情報が消されている可能性は高い。

そもそも公文書館なんて、連邦の検閲が通った書類しか置いてない。

高度に政治的なものや、機密に関するものの多くは、連邦政府によって秘匿処理されているだろう。

と言うことは、問題は連邦が実験やなんかの情報を消したのか、ジオンが消したのか、だ。

 ジオンっぽいよな、勘だけど。

 港について、自分たちのシャトルが泊まっているケージへ向かう途中で、あたしは見覚えのあるランチを目にした。

それは、ペガサス級に搭載されている特殊なやつで、

高速航行が可能なペガサス級への航行中の発着を可能にする強化されたワイヤーアームとドッキング機構が設置されている。

 ジュドーくんが乗ってきたのかな?確か彼…アーガマ級の新鋭艦に乗ってたはずだけど、

あれもペガサス級と基本コンセプトがおんなじだから、このタイプのランチを使ってるかも…

493: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:58:16.36 ID:Wzwnx14z0

 「大尉!」

そんなことを思っていたら、不意に、あたしを呼ぶ声がした。見たら、そこには、アムロが居た。

「アムロ!来てたんだ!」

「ああ、ちょっと用事があってな」

アムロはそう言ってニッと笑うと、あたしに何かを差し出してきた。これは…データディスク?

「これは?」

あたしが聞くと、アムロはあたしをじっと見据えて

「こないだ、艦の中で話を聞いて、いろいろ調べてみたんだ。ジョニーからも聴取した。何かの役に立つと良いが」

と言って笑った。ジョニー?あの、「カラバの欠番エース」のジョニー・ライデンのことだよね?

「ジョニーさんをご存じなんですか?」

急に、そばにいたレオナが声を上げた。なに、レオナも知ってるの?

「あぁ、彼は仲間だが…君は?」

「私は、その、オークランドでアムロさんにお世話になる前に、ジョニーさんにも助けてもらって…」

「そうだったのか…彼も、人が良いな」

アムロはそう言って笑った。

 「それで、このディスクには、なにが?」

「あぁ、旧サイド6にあった、ジオンのニュータイプ研究所に関してだ」

「フラナガン機関の?」

あたしは、思わず声を上げてしまって、慌てて口をふさいだ。

だって、それは、ジオン軍の中でもかなりの機密事項だったはずだよ。

終戦直前に真っ先に閉鎖されて、資料はどこかに移されたって話は聞いていたけど…

「俺にも詳しくは分からないが、とにかく、ディスクを見てくれ。ジョニーから送られてきたデータをコピーしてある」

ジョニーから…彼、確か、強化人間じゃなかったはずだけど…

でも、フラナガン機関と関係していたってことは、何らかの施術は施されていたのかもしれない。

モビルスーツに乗れなくなった、って噂はそれの影響…?

494: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:58:46.94 ID:Wzwnx14z0

「その…ありがとう、ございます」

レオナがそう言って、へこっと頭を下げた。アムロはニコッと笑顔を見せて

「大尉には、世話になったからな。恩返しだと思ってくれ」

…あたし、アムロの世話なんかした覚えないんだけど…なにかしたっけ?情報流してあげたりとか?

でも、あれ、直接アムロをどうにかしたわけでもないと思うんだけどな…まぁ、良いや、ありがたいことには違いない。


「ありがとう、アムロ」

あたしもアムロに礼を言った。アムロはちょっと赤くなって、

「いいんだ。それじゃぁ、俺は仕事があるから、失礼するよ」

と言い残し、手を振って廊下を歩いて行った。

 「あの人も、隅に置けないな」

ポツリと、ルーカスが言った。

「え、なに、ルーカス、何か言った?」

「いいえ、なにも」

聞き逃したあたしが聞いたら、ルーカスはそう言って笑いながら首を振った。

 なによ、ルーカス、変なの。

495: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 19:59:31.73 ID:Wzwnx14z0

「サイド5へ?」

昨日、アムロからもらったデータを見つつ、あたし達は会議を開いた。

ジョニーが集めた、というデータファイルの中には、旧サイド6、今のサイド5にあったフラナガン研究所に関する

相当量の情報が詰まっていた。

そのなかでもあたし達が目を付けたのは、研究所のあったコロニーの隣に浮いている居住用のコロニーだった。

ジョニーのくれた情報が正しければ、そこには研究所のデータのバックアップや緊急時に退避させるためのサーバー施設があるらしい。

終戦前から中立を謳い、表だっては連邦からもジオンからも干渉を受けなかったサイド6が、

終戦後、連邦へ取り入るための手土産にジオンの研究施設を連邦側に内通させるってことがあったんだけど、

あたしの記憶が確かなら、そのときにこっちのコロニーの名前はあがっていなかった。

おそらく、サイド6政府も存在自体を認識して居ないんだろう。

ここならまだ、検閲されるはずだった情報が残っている可能性が高い。

このサイド3でほとんど何も手にできていないあたし達にとっては、希望が繋げられる場所だ。

レイチェルのことは、残念だったけど、マリは助けた。プルツーもなんとか無事だ。

状況的に、マリとプルツー以外の発見は望めないと思う…たぶん、もう、生きてないだろうし…。

 だからあとは、レオナのことだ。彼女は、あの朝ペンションで言った。

私は自分の運命を戦うんだ、って。運命「と」戦うんじゃなく、運命「を」戦い抜くんだって、そう言った。

レオナには、家族についても、自分についても、どんな現実が突き付けられたって、それを受け入れようって決意があった。

それってすごく辛いことだよね…そんな決意を決められるレオナが弱いなんてこれっぽっちも思わないけど、

でも、戦うんなら援護してあげたいのがあたし達だと思うんだ。

だから、レオナが行くって言うのならあたしは手伝うよ、って言ってあげた。

レオナは半べそで

「ありがとう、お願い…!」

なんて言ってくれた。まっかせてよ、レオナ!

ティターンズとカラバからオメガ隊に戻ってきたあたしは、伊達じゃないんだからね!


496: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 20:00:11.07 ID:Wzwnx14z0

 で、旧サイド6に向かうにあたって、一言相談しておかなきゃいけないのが、ジュドーくんとプルツーだった。

明日退院の予定で、片付けやなんかをしていた二人にその話をしたら、ジュドーくんがそう聞き返して来た。

「うん、フラナガン機関の跡地を調査しに行くの」

ジュドーくんにレオナが答えた。

ジュドーくんには、プルツーの面倒を任せてもらえるようになる話し合いのときにレオナが直接、自分の話をして、

境遇は理解してもらっていた。

 プルツーのことはジュドーくんにとっても他人事じゃないだろうけど、でも、だからこそ、ちゃんと話をしたいとレオナは言った。

あたしは、もちろん賛成した。

別にプルツーを置き去りにする訳じゃない、用事が済んだら戻ってくるつもりでいるけど、それでも、ね。

「姉さん、出掛けるの?」

プルツーはすでに、今にも泣き出しそうな表情だ。

「うん…私、知りたいの。私や、あなた達がどうして生まれたのかを、ね。

 今が不満って訳じゃないけど、でも、それを知ることが出来たら、

 もっとちゃんと自分を大事にしてあげられる気がするんだ…」

レオナは、真剣に、言い聞かせるように、プルツーに言った。プルツーは、顔を伏せて口をモゴモゴさせる。

「それにね」

何かを言いかけたプルツーの言葉を、レオナはそう遮り、レオナは続けた。

「あなた達にも、そうなって欲しい、って思うんだ」

497: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 20:00:49.18 ID:Wzwnx14z0

「わたし達に…?」

プルツーが顔をあげる。

「うん…私は、誰よりもあなた達に、生きる意味をあげたいの。美味しいものを食べたり、遊んだり、

 大切な誰かと一緒にいることも嬉しくて幸せだけど…でも、分かるんだ。私もそうだから。

 楽しいことがあっても、私達の心にはどこかぽっかり小さな穴が空いてて、

 幸せなときも、どこかで虚しさを感じてる。寂しさを感じてる。誰かと一緒に居たいって願ってる。

 優しくして欲しい、愛されたいって、そう思ってる。でもきっと、それは“誰か”では埋まらないんだよ。

 私達が、自分は何者か、ってことを理解して、それで、そんな自分をそれでもいい、って思えるまでは…ね」

「分からないよ…そんなの…」

プルツーはレオナの話にそうとだけ返して、また、俯いた。

 レオナの話、何となく分かるな…たぶん、昔のあたしがそうだったんだ。

みんなに認めてほしくて、みんなと一緒に居ようとしたけど、結局、自分の情けなさを痛感するだけで、

心の隅っこでいつも孤独を感じてた。

いつまで経ってもヒヨッ子で、甘ったれで弱虫なマライア・アトウッドだった。

ソフィアの決断と、アヤさんの発破で宇宙に飛び出したあたしは、こんな知り合いも誰もいない暗い場所で初めて、

大好きだったオメガ隊に居るために必要だったものが、一緒に居たいって思う気持ちとは真反対の、

自立心だったってことに気がついた。

 守られるだけの存在じゃなく、仲間として一緒に居るために、隊長やアヤさんに憧れてマネするんじゃなく、

あたしはあたしだ!って、言い切れるようにならなきゃいけなかったんだと思う。

そうなって初めてあたしは、アヤさんにも隊長達にも困ったときには頼られる、オメガ隊員の一人になれた。

 まったくおんなじってワケじゃないけど、レオナの言っていることは、レオナはレオナだって、

自分自身が言い切れるようになること、なんだよね。

 マリやプルツーにも同じことを感じて欲しくて、そのためには、自分達がどういう人間なのかを、

事実がどんなであれ、伝えてあげたいんだ。

 そしてたぶん、それを受け入れた二人が、道具じゃない、人間として生きる、って決められるときまで、

そばで見守るつもりでいるんだろう。

宇宙へ飛び出して連絡も極力絶っていたあたしを、忘れることなく、

帰ったときに「おかえり」って、言ってくれた、隊のみんなとおんなじようにね。

498: ◆EhtsT9zeko 2013/08/10(土) 20:01:31.81 ID:Wzwnx14z0

「用事が済んだらちゃんと帰ってくるから、まだ心配しなくていいよ」

レオナは優しい笑顔でそう言って、プルツーの手を握った。

プルツーは、しばらく黙っていたけど、辛そうな顔で、一度、ギュッと目を固く閉じてから、

今度は一転、寂しそうな表情をして

「姉さんにとって、大切なことなんだね」

と掠れた声で言った。

レオナは頷いて

「うん…きっと、あなた達にとっても」

と、また優しい声色で伝えた。

「居なくなったりしないよね」

「うん、約束する。寂しかったら、ほら、このPDAを置いていくよ。ジュドーくんに使い方聞いて。

 メッセージのやり取りくらいならできるようにしておくから」

レオナは、不安げなプルツーにそう言ってPDAを手渡す。プルツーは、それを手にとって、ギュッと握りしめた。

それからプルツーはキュッと口を結んで、言った。

「探しに行くんだね…わたしを探してくれたみたいに、姉さん自身を…」

その言葉に、正直、ちょっと驚いた。感応でもしたのかな?そんな雰囲気はなかったけど…

でも、驚いた以上に、彼女の口からそんな言葉が出たのを聞いて、なんだかホッとした。

レオナの気持ちが、ちゃんとプルツーには届いているみたいだ。

「…うん、そう。私達の魂を、探しに」

レオナが力強く言うと、プルツーは

「…イヤだけど、分かった」

と返事をして、うなずいた。

「ありがとう」

プルツーの言葉に、レオナは彼女を優しく抱きしめた。それから、また、穏やかな口調で、彼女に囁いていた。



「大丈夫。離れていても、私はあなたのそばにいるよ。私達の力は、そのためにあるんだもの」



504: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:23:06.40 ID:iPU4IZC90

 あたし達は翌日、サイド3の港からシャトルを出した。

係留費もバカにならないから港から出られるのはありがたい。

何しろ、ビスト財団からもらった資金はもうカツカツだ。

まぁ、一応、マリは助けられたし、名目としては問題ない。

頑張って探しましたけど、ひとりしか見つかりませんでした、って報告書を上げればいいんだ。

あとは、財団の方がそれを頼りに連邦を叩いてお金をせびったり、

サイド3に医薬品を売り込むネタとしてビジネスチャンスにするだろう。

 それはそれとしても、サイド6、か…今は、確か、コロニー再生計画のせいで場所が変わって、

サイド5、に名前を変えているはずだ。

実は、宇宙暮らしは長いけど、今のサイド5、旧サイド6には一度しか行ったことがない。

その一度、っていうのも、旧サイド6のリボーコロニーにあった連邦の試験所から試作機に乗って

ティターンズの本部だったグリプスへ向かう輸送船に乗せるだけの簡単で手短なお仕事。

だから、ほとんど初めてみたいなものだ。

 「あそこは、まぁ、ガツガツしたところですよ」

ルーカスがそう言って肩をすくめた。旧サイド6の経済力は良く知っている。

あの場所にあった中立政府は戦後に解体されてしまったけど、今でも旧サイド6のコロニー群は経済基盤が強く、

連邦への経済や食料の支援を行っている。

ルーカスの言う、ガツガツしている、ってのはきっとそう言う商売っ気と言うか、そんな風なところを現しているんだろう。

 昨日、プルツーと話をしてから、マリの様子がちょっとおかしい。なんだかプリプリしているっていうか、そんな感じだ。

 相変わらず宇宙は退屈だ。あたしは、ラウンジでくつろぎながら、マリにそのことを聞いてみた。

「ね、なに怒ってるの、マリ?」

「え?怒ってないよ、別に!」

マリはプリプリと返事をした。それを怒ってるっていうんだよ、マリ。

「ふふ、そう?なら、聞かないけど」

「えっ」

あたしが言ってやったら、マリはそう言って顔を上げた。聞いてほしいんなら、そう言えばいいじゃん、もうっ。

505: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:23:42.28 ID:iPU4IZC90

「なに、なにかあったんなら話してごらん?」

あたしが言ったら、マリはもじもじ何かを考えながら、恐る恐る、って感じで口を開いた。

「…レオナ姉さん、わたしと、二番目の姉さんと、どっちが好きなのかなって」

「どっちが?」

「だって、昨日、二番目の姉さんに、すごく優しくしてたでしょ。わたしと、どっちが好きなのかって気になる」

マリは言った。あぁ、なるほどね。ヤキモチ、ってわけか。

独占したいのかどうかわかんないけど、まぁ、怒ってる、っていうより複雑な気分なんだね。

「マリは、レオナと、プルツー、どっちが好き?」

あたしは来てみると、マリは眉間にしわを寄せた。

「待って、マライアちゃん、それ、難しい…」

マリはそんなことを言いながら、腕組みまでして悩み始める。なにこれ、なんかかわいい。

そのまま眺めていたら、マリは相変わらず難しい顔をして

「ちょっとだけ、レオナ姉さんの方が好きかな」

と言った。苦渋の決断みたいで、可笑しい。

「じゃぁ、ちょっと質問を変えよっか。アイスクリームとチョコレートのビスケット、どっちが好き?」

「え?!」

「教えてよ、どっちが好き?」

あたしが重ねて聞くとマリはまた腕組みをしたけど、今度は

「ね、それって、ビスケットにアイス乗っけて食べたらダメなの?」

と聞いて来た。うんうん、そう!それでいいんだよ、マリ!

「そうするのが一番美味しいもんね。それとおんなじだよ。

 マリとプルツーは、レオナにとってアイスクリームとチョコビスケットなんだよ。

 それぞれで食べても幸せだけど、一緒に食べる方がもっと幸せな気持ちになれるでしょ?

 レオナはマリと居てもプルツーと居ても幸せだけど、二人と一緒に居るともっと幸せなんだよ」

あたしがそう言ってあげたら、マリはパアッと顔を輝かせた。

「マライアちゃん、頭いい!」

「分かってくれた?」

「うん!じゃぁ、わたしもレオナ姉さんもプル姉さんもどっちも好き!」

マリはなんだか感動したような表情で元気にそう返事を返してきた。

うんうん、よしよし、素直で大変よろしい、二重丸!

506: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:24:19.63 ID:iPU4IZC90

 「マライア、そろそろ着くって」

そんな話をしていたら、コクピットの方からレオナが飛んできて、そう教えてくれた。

「あ、了解。マリ、一応、コクピット行くよ」

「うん」

あたしはマリを促して、レオナの背に手を置いたまま、コクピットへと浮いて行く。

 コクピットに着くと、目の前のウィンドウの外に発行信号が見えた。色は青。“着港ヨロシ”だ。

ジオンのニュータイプ研究所があったのは、パルダっていうコロニー。ここはその隣、リノと呼ばれるコロニーだ。

「ルーカス、どう、対応の感じは?」

「手慣れてますね。さすが、ってところです。こちらの所属と目的は事前に説明してありましたけど」

目的は、もちろん、人命救助。

まぁ、今回は救助名目ではなくて、そのための物資調達、ってことにしておいてはあるけど。

「サイド3に入るときの連邦の士官に見習わせてあげたいね」

「まったくです」

あたしが言ってやったら、ルーカスもそう言って笑った。

 シャトルは、ゆっくりと港の中のケージへと誘導されて着港した。ケージが密閉されて、また、青色のランプが灯る。

それと同時に、無線が聞こえた。

<こちら、リノ管制室。シャトル“ピクス”、ケージの気密、完了しました>

「了解、リノ管制室。行き届いた誘導、感謝する」

ルーカスはそう感謝をして無線を切った。

 さて、ここからが、問題だ。ジョニーの情報によれば、サーバー施設は現在、このコロニーの市街地区の地面の中。

正確に言えば、コロニーの壁の中にあるらしい。場所については大まかに分かっているけど、

そこが気密されているのかどうか、とか、どういうルートで行けばいいのか、とか、そこまでのことは記されていなかった。

 とりあえず、市街地を歩いて目的の場所の近くに行ってみよう。その付近で、まずは調査だ。

もしかしたら、壁内へ続く通路でもあるかもしれない。何しろ、サーバールームだ。

少なくとも使用している最中は、定期的にメンテナンスを行っていたはずだ。そのための通路があっても、おかしくはない。

507: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:24:51.43 ID:iPU4IZC90

 「レストランあるかな!?」

マリは、こないだあんなに苦しんだっていうのに、もうそんなことを言っている。

まぁ、サイド3で固形物にもなれたから、もうあんなことにはならないだろうけど…

それでも、今度はあたしも、食べ過ぎそうになったら注意してあげないとな。

 そんなことを思いながら、あたし達は準備をしてシャトルを出て、レンタルのエレカを借りて市街地へと向かった。

 あたしが地図を見ながら、ルーカスが車を走らせて市街地を進む。地図通りなら、たぶん、この辺りで間違いない筈だ。

 あたしはルーカスにそれを伝えて、路肩の駐車スペースに車を入れてもらって、表に出た。

閑静な街並み、と言う言葉が似合う雰囲気で、どこもかしこもこぎれいでピカピカしている。

道を行く人達も、なんだかちょっと上流っぽい感じで、きらびやかに見えなくもない。

 レオナ達も車から降りてきてあたりをキョロキョロしている。まるでお上りさんだ。

まぁ、ある意味宇宙に上がって来たってことだから、お上りさん、には違いないんだろうけど。

 「ね、マライアちゃん、ご飯まだかなぁ?」

マリがあたしの顔を覗き込むようにして聞いて来た。もう、マリったら、そればっかりなんだから。

でも、確かにサイド3からこっちまでぶっ通しだったし、休憩がてらにご飯を食べるのも良いかもしれないね。

 「あぁ、あそこがいいんじゃないかな」

あたしは、辺りを見渡して通りの角に、カフェを見つけた。

「そうですね。とりあえず、休憩にしますか」

「ホント?良いの?」

マリが満点の笑顔でそういってくる。

「うん?お昼だしね、食べよう食べよう!」

あたしが言ってあげると、マリはますますうれしくなったようでその場でぴょんぴょん飛び跳ねて

「ごはん!ごっはっんー!」

とはしゃぎ始めた。

 「食べすぎには注意ね」

レオナがそんなマリに苦笑いで注意する。

「うん…あれはもう、つらいから…」

レオナの言葉に、マリはちゃんと青くなって答えた。うん、いい子だ。

 席に通されて、あたしとレオナはパスタ、マリとルーカスはバンバーグのランチを頼んだ。

チョコレートパフェを我慢したらしいマリが、最後まで悩んでいたので、

食べ終わって平気そうだったら頼もう、と言ってあげたら喜んだ。

508: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:25:30.23 ID:iPU4IZC90

 「で…施設の位置だけど」

「ええ、おそらく、この区画だと思います」

料理を待っている間に、ルーカスはそういって、このあたりの地図を取り出すと、

今いるカフェのある一帯の1ブロックにペンで丸をつける。

商店や飲食店なんかが入っているビルがいくつかあるエリアだ。おおよそ、50メートル四方で、それほど広いってわけでもない。

「しらみつぶしにやってみますか?」

「うーん、やってみるにしたって、ないかもしれないものを探させてくれ、って言って、

 建物の地下に入れてくれるとは思わないんだよね」

「まぁ、確かに」

ルーカスは腕を組む。

「コロニー公社から、図面でも取り寄せられると良いんだけどね…」

レオナがつぶやく。

 図面、か。このコロニーのメンテナンスをしている部署もどこかにあるはずだ。

そこから図面を手に入れるってのも、悪くない。

ネットワークに接続さえ出来れば、ハッキングでもなんでもして、情報を引っ張ってくるのは簡単だ。

ただ、問題はこの施設が果たしてそんな図面に載っているような通路の先にあるのかどうか、だ。

1年戦争が終わってから、ここの場所がジオン以外の誰かに知れたという形跡はない。

設置の段階で、通路を勝手に作ったか、あるいは、通路なんかなくて、もっと別の方法でそこに施設ごと運び込んだか…

でも、やはりメンテナンスの事もある。きっとどこかに、直接アクセスできる場所があるはずだ。

「通路を探す、として、何か当てはあるんですか?」

ルーカスが聞いてきた。

「そりゃぁ、地下に部屋のある建物を当たるのが一番だろうね。

 どう考えても、地上エリアからそのまま地下に降りられるような改造は出来ないと思う。

 あるとすれば、もともと地下階があって、そこからさらに通路を作ったほうが簡単でしょ?」

あたしが言うとルーカスはうなずいた。

それから、黙ってはいたけど、もしその場所に入り口があるというのなら、警備がいる可能性も否定できない。

研究所が放棄されてからもう9年近く経つけど、内容が内容だけに、誰かが監視しててもおかしくはないんだ。

 そんなことを考えていたら、店員が料理を運んできた。

ルーカスとマリの頼んだハンバーグの鉄板がじゅうじゅうと音を立てている。

509: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:26:05.26 ID:iPU4IZC90

「うわー!おいしそう!」

マリがイスの上で飛び跳ねて、うれしさを全身で表現している。まったく、かわいいんだから、もう。

 あたし達は料理に舌鼓を打って、追加で頼んだデザートも平らげて、お店を出た。

マリは、今日はぴんぴんに元気で、いまだに幸せそうにニコニコと笑っている。

 さて、地下のある建物か。あたしは周囲に目を走らせる。

あたりにあるのはスーパーやなんかの入った建物が多くて、地下がありそうな感じのものはない。

そのまま通りを進んで、次の角を左に折れる。今まで歩いていた通りに比べるとすこし細めの道路だ。

さらに歩きながら、立ち並ぶ建物に目を向ける。こっちは、商業用のビルが多いのかな。

会社のオフィスやなんかが入っている感じだ。あるとすれば、このあたり、か。

地下階のある建物に架空の会社名義でオフィスを借りて、地下にサーバーを運び込む…これなら自然だし不可能じゃない。

 「大尉、あれ」

不意にルーカスが指をさした。その先を追うと、そこには古ぼけたビルがあり、

その正面にビルの中に入っているだろう会社の社名がいくつか書かれたプレートが設置してある。

確かに地下階があるみたいだ。2階から、地下1階までを「ロム無線機器株式会社」という名の会社があるって標識が出ている。

「ロム…?」

それをみたレオナが声を上げた。

「知ってるの?」

あたしが聞くと、レオナは少しいぶかしげにしながら

「確か、ジオンの研究所、フラナガン機関って呼び名だけど、それって創始者のフラナガン博士の名前なんだ。

 博士のフルネームが、フラナガン・ロム…」

と小さな声で言った。

 ロム…か。それも同じだし、地下階もあるし、何より無線機器って怪しいよね。

コロニー間の情報のやり取りは有線じゃ無理だし、そういう会社なら、ある程度強い電波を発していても、怪しまれないで済む。

目星は、ついたね。

「ここ、調べて見る価値ありそうだね」

あたしが言うと、ルーカスは黙ってうなずいた。それから

「準備をしましょう。解析用のコンピュータと、忍び込むのなら警備システムをチェックしておかないといけないですし」

とすでにあれこれ考えているような感じで言った。

「うん。いったんシャトルに戻って、作戦会議だね。作戦が決まり次第、必要なものの買出しに出てこよう」

 それで、良いよね、という思いを込めて、あたしはレオナを見やった。彼女は力強い目で一度だけ、コクっとうなずいて見せた。

510: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:26:48.07 ID:iPU4IZC90





 その晩、あたし達は、昼間見つけたビルのそばにいた。

車を道端に止めて、あたりの様子を伺う。車に乗っているのは、あたしとレオナ。

ルーカスとマリは、別働で支援をお願いしている。まぁ、正直、マリをこっちに引っ張ってくるわけにはいかなかったし、

かといってシャトルで一人留守番をお願いするのも、イヤがるだろうしね…。

それに、マリのニュータイプの感覚はもしものとき、無線なんかよりもよっぽど頼りになるかもしれない。

そういう意味では、支援としてすごくありがたい存在だ。

 「マライア、大丈夫」

外を見回して、レオナが言った。あたしも周囲を確認する。人影は、ない。

 あたし達は車を降りた。ドアをそっと閉めて、建物へと近づく。

昼間、買出しの帰りに、この建物によって、警備システムの回線にデータ送受信用のモジュールをバイパスさせておいた。

あたしが教えたとおりにルーカスがやれていれば、もうじき、オッケーの連絡がくるはず…。

 ブブッと、PDFが震えた。あたしはポケットからPDFを取り出してそっとモニターを確認する。

ルーカスから、「処理完了」とだけのメッセージが届いている。さすがルーカス!頼りにしてるよ…。

 あたしはレオナの目を見て一度だけ確認する。レオナも、あたしの目を見て、うなずいた。

 あたしは、腰から下げていたポーチから先端の曲がった細い金属の棒を取り出した。ピッキングツールだ。

潜入の基本だよね。

 その棒を、ビルの出入り口にあるガラス戸の鍵穴に差し込んで手ごたえを探る。カキカキと、金属同士が擦れ合う。

鍵穴の中にある突起物に、先端を何とか引っ掛けて、それをクイッと捻りあげる。カチッと音がした。

ゆっくりとドアを押し込む。ガラス戸は、キィっと音を立てて開いた。

二人でそろって中に入り、内側から鍵を閉める。それからレオナに懐中電灯を渡し、あたしは拳銃を抜いた。

モビルスーツと違って、生身のやり取りはそれほど得意じゃない。

アヤさんにあれこれ教わったけど、アヤさんに比べて体の小さいあたしは、基本的にリーチが短くてちょっと不便なんだ。

どっちかって言うと、ユージェニーさんに教えてもらった体術の方が慣れてはいるんだけど、

あれはあれで相手に密着しないと仕えないから、相手が武装なんかしてるときには奇襲でもしない限り、

まったく手が出なくなってしまう。小さいころにもうちょっと牛乳とか飲んで置くんだったな…

って、あれは迷信なんだっけ?

 あたしとレオナは階下へと続く階段を発見した。ふぅ、と息を吐いて、あたしが先に階段を降りる。

クッと胸が苦しくなってくる。それを軽くするために、音が出ないようにしながら、さらにゆっくり息を吐く。

バクバク言い始めた心臓をなだめながら、一歩一歩階段を下る。

511: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:27:29.15 ID:iPU4IZC90

 ふと、何かが聞こえた。あたしは咄嗟にレオナに合図を出してライトを消させる。

その場にしゃがんで、暗がりに耳を澄ます。これは、音楽?人の声も…テレビか、ラジオみたいだ…。

あたしは、さらにゆっくりと階段を下りていく。

すると、階段の壁の向こう側に、明かりのついた部屋があるのが目に入った。

壁越しに中を覗くと、そこは守衛室のようで、制服を着た男が一人、机に足を投げ出して、

小さなテレビに視線を送って時折笑いを漏らしている。

 普通の警備員、だと良いんだけど…サーバーのことを知ってて守ってる相手なら、ちょっと手ごわいかもしれない…

感覚的に、そんなに強そうな印象は感じないけれど…。

「マライア、どうするの?」

レオナが小声で聞いてくる。どうするもこうするも、この階をくまなく調べたいんだったら、眠ってもらうほかはないよね…

守衛室にこっそり入って行って、うしろから、かな。

「ちょっと行って来るよ。あたしがヘマしたら、すぐにルーカスに電話してね」

あたしはレオナにそう言い残して、一人で階段を下りていく。

地下階に降り立って、腰をかがめて守衛室から死角になるように気をつけながら、その入り口のドアまで近づく。

あたしはノブに手をかけて捻り、ほんのすこしだけドアを開けた。それからすぐにノブから手を離す。

ドアは自重でそのまま音もなく開き切る。ポーチから取り出したミラーで中を確認する。気づいている様子はない。

 あたしはその場を一気に駆け出した。警備員の背後に飛びつくと、首の後ろから手刀を叩き込んだ。

「ぐっ…」

若い警備員は、そんなうめき声を上げて、イスの上でノびてしまった。

 ふう、とため息をついた。

「レオナ、オッケー。来て良いよ」

あたしはレオナに声を掛けながら、警備員をイスから引き摺り下ろして床に転がした。

それから、座っていたイスも床に倒しておく。

これで、襲われたんじゃなくて、転んで意識を失ってた、って思ってくれると良いんだけど…。

 そんなことを願いつつ、あたしは、ポーチの中のタブレットケースから一粒錠剤を取り出して、

こじ開けた男の口の舌の下へ押し込んだ。これで3、4時間は目が覚めないはずだ。とりあえず、制圧完了、だ。

 一息ついて、今度は守衛室からあたりを見回す。この男一人、とは限らない。

別の人間がいないかどうかに注意しながら、探索を始めることにしよう。

 レオナが、あたしの肩に手を置いてきた。なんだろう、と思ってみたら、レオナは手に、このフロアの見取り図を持っていた。

どうやら、警備員が足を投げ出していた机の引き出しから見つけたらしい。やるじゃん、レオナ!

 あたしはその見取り図に目を走らせる。地下は半分がオフィス、半分かビル全体のためのボイラー室やら電源室、

上下水の管理室になっている。

昼間の仮説が正しくて、ロムって会社がが施設を守備する目的で配置されているんだとして、

通路があるのなら、オフィスの方だろう。

 あたしは黙って、見取り図を一緒に見ていたレオナの目を見て、オフィスの場所を指差した。

レオナはコクっとうなずいた。

512: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:28:41.57 ID:iPU4IZC90

 守衛室を出て、オフィスの入り口へと向かう。薄暗い廊下に、あたし達以外の気配はない。

程なくして、「ロム無線機器株式会社」と書かれたドアの前に差し掛かった。

見取り図を確認するとオフィスの中に地上階へ続く階段がある。どうやらここはオフィスの裏口のようだ。

両開きのそのドアを確認すると、やはり鍵がかかっている。

ピッキングツールを差し込んで、さっきと同じ要領で鍵を開ける。今度のは、構造が簡単だったので、すぐに開けられた。

 そっとドアを押し込んでオフィスの中へと入る。

廊下同様オフィスも薄暗く、誰もいないデスクと、おそらく昼間は使っていたんだろう機材があちこちにおいてある。

廊下よりも、こういう雑然としたところに一切人がいないって方が、かなり不気味な感じがする。

 着ていたシャツの袖口が何かに引っかかった。

見たら、なんてことはない、レオナがあたしのシャツをギュッと握り締めていた。

うん、いや、レオナ、気持ちはすごい分かるよ。オバケとか出そうだもんね、これは。

気持ち分かりすぎちゃうから、その、あれだ、も、もっとくっ付いてくれて、いいいいいいいんだからね…。

 あたしもなんだか背筋が寒くなって、袖を握っていたレオナの手を引き剥がして、

代わりに近くへ引っ張り寄せて、腕にしがみつかせた。よ、よし、これでちょっと安心する…。

 それにしても…隠された通路があるとしたら、どういうところだろう?

壁面にそんなものがあったら一目瞭然な気もする。

壁をライトで照らすけど、例えば壁材の継ぎ目なんかは特に見当たらない。ってことは、あとは、足元、だよね。

 あたしは、カーペットの敷き詰められた床を確認する。

けど、一面、同じ色のタイルカーペットが敷き詰められていて、こっちも注目するべきポイントもない。

壁よりはこの下の方が怪しいんだけど、かといって、さすがに一枚一枚、

カーペットをはがして確認するのは時間がかかりすぎる。何か、手がかりがあるはず…。

天井に付いた非常灯だけがぼんやりと浮かび上がるオフィスの中を、懐中電灯で照らしながら、あたしは恐る恐る進む。

レオナが体をぴったり寄せてついてくる。こんなんじゃ、まるでオバケ屋敷だ。

だ、だけど、で、電気なんてつけたら、さすがにヤバいしね…。

 「マ、マライア」

急に耳元でボソボソっと言う声が聞こえて、瞬間的に背中にゾクゾクゾクっと悪寒が走り抜け飛び上がりそうになった。

もちろん、呼んだのはレオナなんだけど、そ、そんな耳元で呼ばなくてもいいでしょ!

 半分涙目になりながら、レオナを見る。すると、レオナは懐中電灯で何かを照らしている。

そこには応接用のソファーとテーブルのセットが置かれていた。パッと見、おかしなところはないけど…

「あそこの床」

レオナが言うので、テーブルが置かれているその下を見る。

すると、一面灰色のタイルカーペットのはずが、その下だけが、うっすらと赤い感じのカーペットになっている。

ちょうど、上品にテーブルの下やソファーの足元にラグが置いてあるみたいな雰囲気になっていて気づかなかったけど、

確かに、あそこだけ別の色のタイルカーペットが敷いてあるみたいだ。

 あたしはレオナと一緒にそのテーブルまで近づいていく。どうみても普通のテーブルには間違いない。

しゃがみこんで、テーブルの足元確認する。警報装置やトラップなんかが付いている様子はなさそうだ。

 「これ、どかそう」

レオナに言って、テーブルの両端を二人で持って、少しだけ位置をずらす。

それから、あたしは赤いタイルカーペットを慎重に剥がして行く。

すると、その下から30センチ四方くらいの点検口の蓋のようなものが現れた。

513: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:29:16.79 ID:iPU4IZC90
ネジ止めしてあったので、ポーチからドライバーを取り出してその蓋を開けてみる。

 中から出てきたのは、下へ降りる階段とかではなくて、コンソールと、データ用のケーブルを接続する端子口だった。

 これって、もしかして…あたしは、持ってきていたコンピュータを取り出して、データケーブルをその端子口に差し込んだ。

コンピュータを起動させて、ケーブルの先の情報を確認する。これは、どこにつながっているの…?

 しばらくして、画面に文字が表示された。





 パスワード、ね…わからないな、さすがに。でも…待って…ね。

あたしは、いったんその表示を消して、パスワードを要求してくるセキュリティのシステム自体の命令コードを確認する。

つらつらと表示されるコンピュータ言語のそのロジックを、あたしは見た覚えがあった。

これは…ソフィアを助けるために、あの旧軍工廠で、砲弾を遠隔爆破させるためのシステムを組み上げるために解析した、

ジオンのコンピュータのメインOSのとそっくりだ。だとしたら、さっきのセキュリティは…

 あたしはキーボード叩く。64進法の基本的な計算式と、共通情報言語で記述されてるこのシステムのロジックなら、
この命令文を送ってやれば…

 コマンドを入力し終えて、エンターキーを叩いた。ウィンドウが閉じて、しばらく画面から表示が消える。

処理中、の表示が出た次の瞬間、画面に表示されたのは、いくつかの選択肢の表示だった。

 マハル、リゾンデ、タイガーバウム、アキレス、ブリュタール、ウィルヘルムスハーフェン…

これって、サイド3のコロニーの名前だ…もしかして、これ、各サーバーに付けられた名前、ってこと?

あたしはその中のひとつを選んで中を見てみる。

 これは…当たりだ!そこには、無数のファイルが並んでいた。

ファイルのタイトルのいくつかには、「強化」や「NT試験」なんて文字列がある。間違いない…。

 あたしはコンピュータにデータディスクを差し込んで、サーバーの中身をコピーする。

処理の進行状況を示すバーがいっぱいになって、ディスクが吐き出された。一枚じゃ足りないみたい。

別のディスクを差し込んで、さらにコピーを続ける。

 結果的に、5枚のデータディスクが必要になった。これは、ちょっとすごい量だ…。

この下に、どれだけのパワーのあるサーバーが隠されているんだろう。

9年前の機材だって言うのに、これだけの情報量を保管しておけるなんて、さすが研究所の施設だけのことはあるね。

出来ることなら、サーバーごと持って帰ってあたしがためてる情報をみんなここに移してみたいな…

いや、どうでもいいか、別に。

514: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:29:54.19 ID:iPU4IZC90

 コピーが終わって、ほっとして端子からケーブルを引っこ抜いて、コンピュータを片付ける。

蓋をしてネジで止めて、タイルカーペットを敷きなおして、テーブルを元の位置に戻す。

これで、あけたことはバレない、と、思う。

まぁ、システムにつけた足跡は消したし、アクセスしたあたしのコンピュータは署名を消してあるから、まず辿られる心配はない。

カメラもルーカスがつぶしたし、問題はないよね。

 あたしは、相変わらずくっ付いていたレオナに合図をして、オフィス内の階段を上った。

地上階に出たら、そこから外へ続く扉はすぐのところにあって、オフィスの鍵を内側から開けて、静かにビルの外へと脱出した。

 ぷはっ、と大きく息を吸い込んで、それからレオナの手を引いて車に駆け込む。

周囲を一度確認して、見られていないことを確かめてからあたしはアクセルを踏み込んで車を走らせた。


515: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:30:31.71 ID:iPU4IZC90



 「姉さん!マライアちゃん!」

シャトルにもどったあたし達を、マリが叫びながらの突撃で迎え撃ってくれた。

あたしが受け止めたから良かったものの、レオナの方に突っ込んでたら、

一緒に吹っ飛んで行っちゃってもおかしくないくらいの勢いだった。まったく、いつでも全力なんだから、この子は。

「はいはい、ただいま」

あたしはマリを抱きしめてそういってあげる。

「大丈夫でしたか?」

ついでルーカスがシャトルの中にあたしたちを向かえ入れながら聞いてきた。

「うん、警備が一人いたけど、たぶん、バイトくんだったんじゃないかな」

あたしが言ってやると、傍らでレオナが苦笑いを浮かべた。まぁ、悪いことしちゃった、とは思うけどさ。

「情報は、バッチリ」

あたしはポーチからデータディスクを取り出してルーカスに手渡す。受け取ったルーカスは、ギョッとした顔を見せて


「こ、これ全部、ですか?」

といってきた。

「うん、相当な量だよね。検索するのに苦労しそう」

あたしはへばり付いていたマリを引き剥がして、レオナの方に押し付けて、ラウンジのソファーにドカっと腰を下ろした。

「とりあえず、シャトルを出して、サイド3に戻ろうか。

 心配されてるとあれだし、ないとは思うけど、オフィスに侵入してたのバレたら、追っ手付いちゃうしね」

「はは、了解です。すぐに」

ルーカスは笑顔でそう返事をしてくれて、ハッチを閉じるとコクピットの方へと飛んで行った。

 さて、とりあえずは、一休み、だ。休んで、マリを寝かしつけたら、あのディスクの検索をしないと。

レオナのことや、マリ達に関する情報が詰まっている可能性は高い。

出来たら、レオナの家族のこととか、そういうのまで、出ていると良いんだけど…まぁ、それも見てみれば分かる、か。

516: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:31:02.13 ID:iPU4IZC90


 ふと、マリの甘え攻撃に全身で応えて、まるででっかい猫がじゃれ付くみたいになっているマリをあやしているレオナを見やった。

 レオナはどんな気持ちでこのデータを見るのかな。うれしいのかな、怖いのかな…きっとドキドキはするだろうね。

良い物であってほしいけど、もしかしたらそれは、レオナを苦しめたり傷つけたりするようなものかもしれない…

でも、そんときはそんとき、だよね、たぶん。あたしはそのために来たんだ。

本当のことを知って、何を思うかわからないレオナを、とにかく引きずってでも地球に戻すために…

戦うことより、助けることより、アヤさんはそのことを心配していたんだよね。大丈夫だよ、あたし。

ちゃんと約束は守るからね。

 不意に、ブルブルとPDFが震えた。画面を見ると、アヤさんの名前が表示されている!

まるで図ったみたいに送られてきた…なに、あたしとアヤさんって以心伝心?

 なんだかうれしくなってメッセージを開いたらなんのことはない、たまたま今届いただけで、

送信されたのはもう4時間も前のことだったようだ。これだから、宙間通信は困るんだよなぁ。

 あたしは、文面に目を走らせる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
親愛なるマライアへ


 お元気ですか?宇宙での生活はいかがでしょうか。

私は、宇宙へは本当に幼いころに出たくらいで、それからはまったく経験がなく、

どのような場所か想像がつきませんが、

レナの話では、いろいろと怖い思いをするようなところだということで、マライア達の身を案じています。

 さて、先日になりますが、かねてより計画していました母屋がついて完成しました。

リビングの広さと部屋数を確保するために、各個室は少々手狭になってしまった感が否めませんが、

それでも二人くらいまでなら快適に過ごせるかと思います。洗濯室に、シャワー室に、立派なキッチンもあります。

 写真を添付しておきます。みんなが元気に帰って来る日を、待っています。


                                 アヤより
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ふふ、アヤさんてば、いっつも通りのメッセージだな。普段あれだけラフなのに、

どうして手紙やメッセージになると、こんな丁寧になっちゃうのよ。

“親愛なるマライア”って何よ?なんだか、アヤさんがそう書いているかと思うと、

そこはかとなくむずがゆいんだけど。

 もっとこう、

「マライアへ、おーい、元気かー?母屋完成したから写真送る!早く帰って来いよー!」

みたいなノリで良いのにね。もしかしたら恥ずかしいのかな?いや、この文章書くほうが恥ずかしいよね?

ラフなほうが書きやすいよね?

 そんなことを考えていたら、ポカポカと胸にぬくもりがともった。データは手に入った。

マリとプルツーも助けたよ。もうすぐ、地球に戻るからね。だから、待っててね、アヤさん、レナさん。

517: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 12:31:38.55 ID:iPU4IZC90

つづく。

 

521: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:36:07.34 ID:iPU4IZC90

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UC0074.10.10
遠隔感応遺伝子の検討実験 第4次報告会 目次

【被験体概要】
①被験体名:第2被験体LP

②遺伝沿革:■■■■■■■■■■■■■■(卵)(遺伝型は別紙資料1に記述)■■■■■(精)(遺伝型は別紙資料2に記述)間による人工授精。③遺伝操作項目:別紙資料3

【v!9!”#$A■; --^:;lk



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ウルフヘズナル(人工ニュータイプ)計画 第13期報告 概要

1.人工胚への遺伝子操作による身体機能強化についての経過報告
 ①前回報告からの変化
 ②遺伝的負因の検討

2.人工胚への遺伝子操作によるNT能力についての経過報告
 ①前回報告からの変化
 ②遺伝的負因の検討

3.第一次被験体LP1、LP2の成長報告
 ①身体面
 ②精神面
 ③NT能力

4.第二次被験体群PLS3-12の成長報告
 ①身体面
 ②精神面
 ③NT能力

5.人工子宮(スリープカプセル)内での身体およびNT能力の変化率の報告
 ①身体、NT能力などの変化
 ②カプセル内での強化施術結果と精神面への影響

****************************************

522: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:41:06.30 ID:iPU4IZC90

****************************************

【感応現象研究被験体B成長記録:アリシア・パラッシュ研究企画室主任


UC0067.1.5
 受精卵、着床が確認される。体調に異常なし。


UC0067.6.9
 頻繁な胎動あり。当職の精神的な変化は、なし。概ね、順調であると思われる。


UC0067.8.10
 7ヶ月目検診、異常なし。


UC0067.11.1
 10ヶ月目検診、異常なし。緊急対応に備h;-;、病室にて経過観察。


UC0,^-―j:―a、
2時間の陣痛の後、出生。女児。3120*/,


;0-as^ad
:-l1ah生k[1から2日目。異常なし。母乳を飲む。排泄等、異常なし。


UC0068.5.29
 通常よりも夜鳴きが多い印象。多感なのか、人の出入りについても敏感に反応する。
感応的な能力のためかは、現段階では、判断できず。


UC0068.6.4
 首、腰はおおよそ据わる。視線を当職に向けてしきりに追いかけてくる様子あり。視界より消えても、泣かず。
居住室から出ようとすると号泣。壁一枚隔てても、こちらを認識出ている印象がある。


jo^-a/w;dl



*-;s0.11.25
 レオニーダは心身ともに健康な状態を維持している。
来週で出産から3年目となるが、現在のところ、知的、精神的発達は通常児の平均に即した成長を遂げている。
感応能力に関してはまだ推察の域を出ないところではあるが、いくつかの事例を記述する。

当月10日、午後15時頃の会話の中で彼女より、「なぜ、ここにはたくさんの子どもがいるの?」との問いかけあり。
これまでの養育の中で、保育所を除く施設内で他の研究対象と接触した経緯が記録上はないことから、
感応能力による察知であるとも取れる。

次に保育所での出来事として、カードで遊んでいる最中、彼女が他の子どもの持っているカードの中身が分かる、と発言していることが報告としてあがっている。

また、些細ではあるが、当職との生活の中で、準備するデザートを言い当てる場面もある。
いささか、主観的な部分があることは否めないが、近日中に正式なテストを行うことが可能であると判断する。



523: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:42:15.02 ID:iPU4IZC90

UC0070.1.7
 あちこちに擦り傷を作って帰宅。
送迎担当の研究員に話を聞いたところ、保育所にてカードの中身を見た、見てない、ということが原因でケンカになり、
彼女が激昂して他の子ども複数と揉み合いになったとのこと。傷の程度は軽く、身体的な問題は見られない。

 目立つものだけに手当てを行い、傾聴と肯定を主体に彼女の話を聞く。
内容としては研究員の話と合致しており、記憶的な改ざんはないと判断。
攻撃行動に出た理由についてたずねると、いつも、イジメる、仲間はずれにする、などの言葉が聴かれる。

保育所の担当保育士との確認も必要になってくると思われるが、彼女の能力が徐々に開花傾向にあるのではないかと感じられる。


UC0070.1.10
 担当の保育士と面談。その担当の話によれば、「勘の良い子」で、
誰かが欲しているものや考えていることが分かるのかもしれない、とのこと。
分かる上で、その先回りをして他児に対応することが多くなってしまい、入所当初はやさしいと人気だったが、
徐々にそれが気味悪さに変化していったという話だった。

彼女のこれまでの精神的影響を鑑み、デルクマン研究科長とのカンファレンスにて、しばらく保育所を休ませることとなる。
その報告に、安心した表情を見せる。


UC0070.1.14
 保育所の休みを利用して、第一次感応試験を開始する。
手始めに、裏返したカードの絵柄と数字を当てさせてみるが結果は10試行中、正答0。
この際、彼女より「見てくれないと分からない」というので、当職がカードを見ると正答する。

同じ要件で当職が持っているカードの場合は10試行中、正答9。
残りの1答については、当職のカードの誤認(6を9と認識してしまったため)によるものである可能性が高い。
試行後、しばらくして糖分摂取を要求してくる。疲労感あると思われる。


UC0074.2.15
 脳波検査の方法を教える。
装置の物々しさにやや不安を感じている様子であったので、糖分を与え、ホールディングによる心身支持を行い、落ち着く。
検査にも集中して望めた印象。*結果はDr.■■■■■■の報告書へ記載。


UC0074.5.1
 研究所外へ出たいと要求がある。デルクマン研究科長に許可を取り、外出。
コロニー内のショッピングモールにて、ヌイグルミを購入。ラウンジでソフトクリームを食べる。笑顔。
 ヌイグルミに「タイガー」と名をつける(ヌイグルミはクマである)。

理由を聞いてみると、「レオニーダ」はレオン、つまり自分はライオンであるので、友達はトラがいいのだという。
しかしそのヌイグルミはクマであると指摘すると、「あたしだって人間だけど、ライオンでしょ」と笑う。


UC0074.8.2
 当職の顔を見るなり、「怒ってる?」と尋ねてくること、多数。
「そんなことはない」と繰り返すも、しきりに心配してくる。ホールディングとスキンシップで、安定を図る。
笑顔あるも、どこか不安げ。


UC0075.11.13
 8歳になる。当初の計画通り、今後は別生活となることを説明。
以前より、そのことについては話していたので、理解はスムーズ。
生活が別になるだけで、会うことは可能であることを何度も伝えるが、彼女は笑顔。不安がないのか。

当職がつけていたペンダントが欲しいと言ってくるので、担当技術仕官の許可を取り譲渡する。
彼女は別れの最後まで笑っている。


UC0075.12.1
 夜半、宿舎で就寝中、レオニーダの呼び声で目を覚ます。
脳裏に彼女の姿や声を知覚するも、視覚、聴覚からの刺激ではないことを確認。

感応能力と思われるが、当職は現在、極度の精神衰弱状態にあり、妄想との識別が必要と思わ






524: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:47:21.90 ID:iPU4IZC90

UC0067.8.10



「お、ずいぶん出て来てんじゃねぇか」

中年の研究員、マルコがそんな風に声を掛けてきた。

「あはは、今近づいて来ないでくださいね~悪阻酷いんで、マルコさんに吐きますよ?」

「え、なに、俺臭う?」

マルコさんはそんなことを言いながら、スンスンと自分の体の匂いをかぎだした。

いつもと変わらず、ヒョイヒョイ私の冗談に付き合ってくれて、優しいんだから。

悪阻なんて、もうあるわけないじゃない、7ヶ月でガッツリ安定期よ!

「で、どうなんだよ、他人の子どもを身ごもる、ってのは?」

「案外、悪い気分じゃないんですよ、これが!

 血が繋がってなかろうがなんだろうが、私が産む、私の子どもになるんですし」

私はイシシ、と笑って言ってやる。マルコさんは眉をヒョイっと吊り上げて

「そりゃぁ、代理母の鏡だな」

と皮肉ってくる。よし、決めた、悪阻とか関係なく、この男に昼に食べたアップルパイをお見舞いしてやる。

「なに、やってんだい、あんた達?」

そんなバカなやり取りを見られてしまった。そばにたっていたのはドクター・ユリウス・エビングハウス。

男みたいな名前の男みたいな性格の、見かけだけが麗しい女研究者。私の親友。

「その様子じゃぁ、心配は必要無さそうだね」

ユリウスは両手を腰に当ててだらしなく白衣を羽織って、ふんぞり返ってそう言ってくる。

「お陰さまで」

そんな彼女に笑顔を返す。

 持つべきものは、友達だよね!子どもを作れない“卵なし”の私に、まさかこんなことを任せてくれるなんて!

一生出来ないと思ってた体験をできるわけだし、驚くことに研究所のお偉方から、

産んだ子どもの親権まで持っていいなんて許可まで取り付けてくれた。

 もうね、私のダンナはあんたで決定だと思うんだ。

「なによりだよ。それよりも、ほら、さっさと準備しな。検診のお時間だ」

ユリウスはそう言って私を肘でつつく。

「はーい!アリシア・パラッシュ、参ります!」

525: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:48:18.21 ID:iPU4IZC90

 病室って退屈だ。朝起きて、朝食とって、軽い運動して、お昼ご飯食べて、

ちょっとやすんでまた少しだけ体を動かして、夕飯食べて、シャワー浴びて、消灯。他にやることなんてない。

これならまだ、事務作業に忙殺されてた方がマシかもしれないな。

 って話をしたら、ユリウスはカカカと高らかに笑った。

「まぁ、今は休んでおくのもあんたの仕事だ。ほら、面白そうな論文持ってきてやったから、これでも読んでな」

「わ!ありがと!」

ユリウスが紙袋に入ったファイルを山ほど持ってきてくれた。これでしばらくは暇をつぶせるし、勉強にもなるから、一石二鳥だ。

「で、体調は問題ないよな?」

「え?うん、すこぶる元気!昨日からこの子も良く動くし、もうじき始まるかもしれないよ」

「そっかそっか、まぁ、24時間体制であたしが見てるからな。それに関しては、心配しなくていい」

「産婦人科の医師免許なんて、持ってたっけ?」

「医師免許なんて、どれも同じだ。まぁ、任せとけ」

ユリウスはそう言って胸を張り、私の頭をポンポンと撫でた。まぁ、それでも、ユリウスは天才だ。

遺伝子研究が主な専攻だけど、外科手術からメンタルケアまで、どれをとっても業界の第一線で活躍する医者に引けを取らない。

私も医学の知識はあるけど、専門はもっとフィジカルな部分で、人体工学が専攻。

特に、脳波を利用した機器操作に力を入れている。

今年の頭に発表した論文がこの研究所の責任者であるドクターフラナガンに気に入ってもらえて、

それまで居た大学の研究室から抜擢された。

 ドクターフラナガンの論文は幾つか読んだことがあったけど、

特に面白いのが感応現象と呼ばれる、いわゆるテレパシーの一種の研究を盛んにしていた点だった。

言葉だけ聞くと眉唾ものの怪しげなものでしかないんだけど、

中身を見ればそれがどれだけ有意義な研究であるかは、一目瞭然だった。

 彼が目を付けたのは、いわゆる感応現象を引き起こす、と言われる人のDNAの分析だった。

彼の研究では、その遺伝子は本来、人がすでに備えているものであるらしいんだけど、

その感応現象を発現させる個体の遺伝子には、特定の組み合わせがある、とのことだった。

ここら辺は、私にはよく理解できなかったんだけど、

それは有機配列の中では感覚をつかさどる遺伝子がどうのこうの、ってことらしい。

 まぁ、私にとって重要なのは、その感応現象が、機器操作にいったい、どれほどの影響力を与えることができるのか、だ。

もし、感応現象のことが子細に判明すれば、脳波で遠隔操作が出来る様な、作業用機械の開発なんてこともできるかもしれない。

この宇宙では、作業するだけで宇宙線にさらされる危険が付きまとう。

離れたところから、例えば作業用のモビルワーカーなんかを動かせたら、それってとてつもない安全につながるわけでしょ。

そうしたら、私みたいに、被ばくで卵細胞が死滅する、なんて、悲劇も、ぐんと少なくなるわけだし…ね。

 ユリウスと話をしていたら、ふと、何か変な感覚があった。なんだろ、これ…なんだか、変にムズムズするよ?

それになんか…お尻のあたりが、汗っぽい、っていうか…

 私は、それに気づいて、布団の中に手を入れて、自分の股ぐらを確認した。濡れてる…なんで?

ユリウスと話してたら、濡れちゃったの?

いや、確かに性格は男前だし、良い女だし、抱かれてもイイ!って思えるけど…そういうことじ、ないよね、これ…。

 私の行動に疑問を持ったのか、ユリウスもそっと布団の中に腕を入れてきた。彼女の手が私の◯◯に伸びる。

あ、ちょっと、ユリウス…そんな大胆なこと…

526: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:49:20.83 ID:iPU4IZC90

 「お、おい!破水してんじゃないかよ!」

ユリウスが、股を一撫でした手を引っこ抜いて、そう叫んだ。

 破水?あ、これ、破水なんだ?え、じゃぁ、なに、このムズムズ感って…陣痛?

「陣痛来てないのか!?」

「え、なんかムズムズはするけど…痛いってほどじゃない…」

「早期破水か…!」

ユリウスは医学用語っぽい何かを口にして、私の枕元にあったナースコールを押した。

「早期破水だ!エコー持ってきて!」

「え、なに、もう生まれるの?」

私は、ユリウスが臨戦態勢になったので聞いてしまう。

「あぁ、元気な子らしい。早く出せって暴れてるみたいだ」

ユリウスはそう言って笑った。それから、キュッと表情を引き締めると

「念のため、だ。促進剤使うよ。結構な量が出てるし、部屋も滅菌室に移す。こっから、5時間、勝負どころだ」

と私の肩をポンと叩いた。

 そっか、ついに生まれてくるんだね…私、頑張るよ!ユリウス、頼むわよ!

 それから私は、着替えさせられ、ストレッチャーの乗せられて滅菌の分娩室に担ぎ込まれた。

病室でユリウスに打たれた注射のせいで、お腹全体が痙攣するみたいにギュゥゥゥっと痛んでくる。

あぁ、これは、きっついよ!やっぱ話に聞いてた通り、戦いだ、これは!

えぇっと、なんだっけ、ヒッヒッヒッ、ってやつ…あぁ、ダメだ、かなり練習したのに、

こんな状況でうまくやれって方が無理だよ…あっ、あぁっ、ま、また来るっ!

「うぐぅ…!」

 下腹部全部の筋肉が一気に収縮する。壊れる、筋肉が壊れるっ!

「アリス、頑張れ!」

おっぴろげになった股の間から、マスクと帽子をかぶって、メガネ保護のためのゴーグルまでしたユリウスが顔を出してくる。

そんなことより、ユリウス、いつからそんなとこにいるのよ!

「ちょ、ユリウス、恥ずかしいんだけど!」

「黙って、呼吸!」

ユリウスに怒られた。私は仕方なしに、練習通りに呼吸法で痛みを和らげる試みを始める。

でも、ホントに効くの、これ!?

527: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:49:48.52 ID:iPU4IZC90

「アリス、次のヤマが来たら、いっきにいきんで!」

ユリウスがそう言ってくる。

「はぁい!」

私も必死になって返事をした。次のヤマったって、もう1分間隔ぐらいでお腹がギュウギュウなるんだけど…

って、ほら、また来たっ…!!!

「いきんで!」

「がんばって!」

ユリウスの他、そばにいるナースたちの声が聞こえる。

 私は、縮み上がる腹筋に思い切り力を込めた。次の瞬間、ニュルン、と妙な感覚があった。

え?と思っていたら、今度はか細い泣き声が分娩室に響く。

 「処理、頼む」

ユリウスの声。ナースたちが一斉にユリウスの周りに集まって、何やら作業をしている。

すぐに、ゴーグルの下で、満面の笑みを浮かべたユリウスが、血だらけになった赤ん坊を抱いて姿を見せた。

 これが…私の子…?私の、赤ちゃん!なんだか、本当に、もう、感無量だった。

こんな状態じゃなければ、飛び上がって、ユリウスに抱き着いて喜びたいくらいだ。

 もっと近くで見たい…私がそうお願いする前に、ユリウスは赤ちゃんを私の顔のすぐ横まで抱いてきてくれた。

「ほら、挨拶しろよ」

 赤ちゃんは、元気に、力いっぱい、泣いている。元気で、良かった…

良くわからない気持ちがこみ上げて、目から涙がこぼれた。



「こんにちは、初めまして…レオニーダ。私が、ママだよ」


 

528: ◆EhtsT9zeko 2013/08/11(日) 18:50:57.17 ID:iPU4IZC90

つづく