数時間後、私は病院のベッドにいた。隣には生まれたばっかりのレオナが、寝息をたてている。

母親になる、なんて、一年前までは想像もしてなかったな…

4年前に、シャトルの事故で、宇宙線に長時間晒されて、

なんとか帰還してからの検査で、大学時代からの友人だったユリウスに告知されたのが、卵細胞異常だった。

 それから、宇宙線の影響なのかショックなのか、何ヵ月も寝込んだのを覚えてる。

ユリウスはそんな私のところに、毎日お見舞いに来てくれた。

そのお陰で私は元気を取り戻して、なんとか、立ち直ることが出来た。

 その後、私の論文をドクターフラナガンに紹介してくれたのもユリウスだ。

彼女には助けてもらってばかりで、頭が上がらないのが正直なところだけど、

そう言うのを嫌う彼女なので、今はそんなことは気にせずに、友達として一緒にいる。

そんなユリウスが、病室に顔を見せた。

「よっ!お母さん!」

冷やかすように、そんなことを言ってくる。

「あら、いらっしゃい、パパ」

言い返してやったら、ユリウスはカカカといつものように笑って

「そんな趣味はねえよ」

だって。強がりなのは知ってんだよ?私のこと、好きなクセに。

ユリウスが、私のベッドの枕元にあったイスに腰掛ける。私の顔を覗き込んでニカッと明るい笑顔を見せると

「母親って、どんな気分なんだ?」

と聞いてくる。

うん、うまく説明できないんだな…何て言うか、もうとにかく暖かくてそれでいて、強くなった気分。

思ったその通りを伝えたらユリウスは、また声を上げて笑って

「それ、母子同一期っていうんだって知ってた?」

だって。

「心理学用語でしょ?あんたは、どうしてそう、ロマンのないこと言うのかなぁ?」

「科学者に必要なのは感情的になることじゃなくて、夢見ることだ」

「なっ…くっ、それはロマンな言い方だ…!」

悔しい、言い負かされた。こうなったら、急所を突いてやる!

534: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:17:51.99 ID:nGGHAbg30

「ユリウスも子ども産めば分かるって」

「あたしは、産まないよ」

「どうして?」

私は追撃をかける。逃がすもんか!

「子ども作りたい、って相手がいないからな」

ユリウスもまぁだ強がる。まったく、あんたも強情だな…なら、最後の手段だ!

「作りたい って思った相手の遺伝子が使い物にならないからでしょ?」

そう言ってやったら、ユリウスはやっと顔を赤くした。ヒヒヒ、いいきみだ。

「そ、それは反則だ!」

「意見は却下します、さぁ、正直に言いなさい、パパ!」

私は止めの追い込みを突き立てて、ユリウスの顔を見つめた。彼女は、ほんとうに真っ赤になりながら

「あ、あんたがいりゃ、それでいいんだよ…」

よしよし、白状したな。許してやろう。私は満足して、また、ベッドに横たわった。

それにしたって、こんな大事な時に、妻に賞賛も労いも掛けない、なんて、どういう了見なんだよ、

この遺伝子オタク女は!なんて言えるはずがなく、むしろ、来てくれたことが、何よりうれしい。

 ふと、レオナがムニュムニュ言ったと思ったら、かすかな声で泣き出した。あらら、起きちゃった…

どうしたらいい?    かな?トイレ?

 「お腹すいたんだな、暴れん坊め」

ユリウスはそう言って、見たこともない優しい顔つきで、優しい手つきで、レオナをベッドから抱き上げると、

ゆっくり私のところまで運んできた。

「授 のさせ方、わかるだろ?」

「うん」

私は返事をして、検査着の方袖を抜き、レオナを抱っこして胸を彼女にあてがう。

レオナは、もぐもぐと宙で口を動かしながら  を探し当てて、キュッと口に含んだ。

 得体の知れない恍惚感が、私の体に広がっていく。そんな私の隣にユリウスが腰かけてきた。

さりげなく、私の腰に腕を回して体をぴったりと寄り添わせてくる。

そのせいで、そのおかしな快感が勢いを増して私を包む。

 あぁ、これが、幸せってやつなんだな。

今まで、実感したことがないと言ったらウソだけど、でも、こんなに鮮明に感じたのは、初めてだ。

 レオナ、生まれて来てくれてありがとう。血は繋がってないかもしれない。でも、あなたは私の大事な娘だよ。

ユリウスも、きっとそう思ってくれてる。あなたのことは、私たちがいつでも守るからね…。

だから、レオナ、ありがとうね…ありがとう…。

535: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:18:22.24 ID:nGGHAbg30



UC0070.1.16



 「よぉ、姫さまは元気か?」

そんなことを言いながら、ユリウスが久しぶりに顔を出してくれた。

私はレオナと近所の公園に行く準備をしていたところだった。

「あー!ユーリ!」

3歳になったレオナが黄色い声を上げる。その気持ちは痛いほど良く分かる。

私だって、黄色い声のひとつも上げたい。

「ユリウス、久しぶり」

私は、胸の中に湧き上がる思いを押し込みつつ、そう声をかける。するとユリウスは、怪訝な顔をして

「久しぶりって…一週間留守にしてただけだろう?」

と言ってきた。その一週間が、長かった、っていうんだ。

学会発表だかなんだか知らないけど、妻と子どもを置いていくなんてどういうことよ!

 文句を言ってやろうと思ったけど、私はともかく、レオナはこの研究所を出るには、ずいぶんと手のかかる手続きが要る。

そこまでしたって、学会なんか、難しい顔した堅物か変人ばかりで、レオナが楽しめるとは思えない。

3歳になって、おしゃべりもずいぶん達者になってきたとは言え、

いくらなんだって研究発表を聞かせるなんて飛び級過ぎる。今のレオナには、絵本くらいがちょうどいい。

最近のお気に入りは、「お菓子のいえ」が出てくるから、という理由で「ヘンゼルとグレーテル」だ。

まったく、食いしん坊だなぁ、レオナは。

「あのね、レオナね、公園行くの!」

レオナは得意げにユリウスに報告している。ユリウスは、そんなレオナの頭をゴシゴシっとなでて

「そんなら、あたしも一緒に行ってもいいか?」

とレオナに聞いた。レオナは満面の笑みで

「うん!ユーリも行く!」

と返事をして、彼女の手を握った。

 うんうん、親子三人、水入らずで、幸せだよ、私さぁ。

536: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:19:05.02 ID:nGGHAbg30

 ユリウスと二人でレオナの両手を取って、三人でならんで公園に向かった。

研究所から出てすぐのところにある公園は、芝生と噴水と、ほんの少しの遊具があるだけだったけど、

わんぱくレオナが駆けずり回るには、ちょうど良いくらいだ。

 「よーし、レオナ、サッカーだ!」

ユリウスがそう言って、持ってきたボールを芝生の上に転がせた。

レオナが笑顔で、キャッキャッと声を上げながら、ユリウスの足元のボールに絡みつく。

 私は、といえば、その様子をベンチに座って微笑ましく思いながら眺めていた。

なんだかんだ言って、ちゃんとお父さん役やってくれてるんだな、ユリウス。

まぁ、もちろん、半分は実験のためだってのは分かってる。

より良い成長のためには、適度な母性と父性を別の対象から受けることが望ましい。

絶対に必要ってわけじゃないけど、そういう条件を整えられることができるんなら、それにこしたことはない。

情操教育、ってやつだ。

 でも、待った。なんで帰ってきて早々に、ユリウスがレオナを独り占めなんだ!

レオナ、悪いけど、ユリウスは私のもんだ!

 思い立って、私はベンチから飛び上がって二人めがけて突進し、

ユリウスの足元のボールめがけて華麗にスライディングで滑り込んだ、つもりだったんだが。

それは本当につもりだけで、実際はただ足を滑らせて、無様に仰向けにすっ転んだだけだった。

 けっこうな衝撃が全身を襲う。くそぅ、痛いぞ、ユリウス!

私はそれにもめげずに立ち上がって、ユリウスの下半身にタックルでつっこんだ!

 「お、おい!あんた、なにやってんだよ!」

苦情はあるだろうけど、一切、受け付けませーん!

さすがのユリウスも足を捉えられてバランスを崩して芝生の上に倒れ込んだ。

「レオナ!ユリウスやっつけろー!」

「おー!」

「な、なんでそうなるんだよ!?っ!うわぁぁっ!」

ユリウスの悲鳴を楽しむように、レオナが倒れたユリウスの上に飛び乗った。

ケタケタと笑い声を上げながら、レオナはさらにユリウスにのしかかる。

私も負けじと、足元からユリウスの上半身へと這い寄る。

「私たちを置いて行ったお仕置きだ!」

「おしおきだぁー!」

私はユリウスのわき腹に手を伸ばして、指先を肋骨の間に軽く食い込ませて、小刻みに動かしてやった。

「うひっ!くはっ、ははははっ、ちょと、やめろっ、やめろって!」

私がユリウスをくすぐっているのに気づいたレオナも参戦して、そのちっちゃいかわいらしい手でユリウスの脇をコチョコチョし始める。


537: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:20:32.00 ID:nGGHAbg30

「くっ…ひゃうっ!こ、このっ、性悪親子め!」

不意に、ユリウスは体勢を無理やり起き上がらせて、私と私の前にいたレオナをまとめて抱きかかえたと思ったら、

そのまま勢い良く、横向きに芝生に倒れ込んだ。

私もレオナもたいした抵抗もせずにユリウスにされるがままに倒れ込む。

「きゃぁー!」

「ぎゃー!」

レオナも私も、楽しくって声を上げていた。

 それからしばらく、芝生でプロレスごっこをしたり、追いかけっこをして遊んだ。反射ミラーが時間と共に傾いて、
コロニーの中が薄暗くなってくるころには私たちは研究所へと戻った。

 夕食を作って、ユリウスにも振舞ったら、今晩は泊まっていく、というので、

ついでにレオナのお風呂と寝かしつけも頼んだ。

私は、持ち帰りの仕事がまだ少し残っていたので、その間にそれを片付ける。

 ちょうど、最後のデータの分析が終わったところで、レオナを寝かせてくれたユリウスがリビングに戻ってきた。

 「ありがと」

私がコンピュータをシャットダウンしながら言うとユリウスはニコッと笑って

「なに、久しぶりに満喫させてもらった」

と言ってくれる。

「一週間しか経ってないのに、なに言ってんの?」

と言い返してやったら、危うくヘッドロックで私の大事な頭脳が破壊されるところだった。

まったく、人類史に残る重大な損失になるところだよ、ホント…なんてね。

538: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:21:06.49 ID:nGGHAbg30

ひとしきりふざけてから、ユリウスはソファーにドカッと腰を下ろして

「保育所、無期限停止だってな」

といってきた。

 マルコさんに聞いてきたんだろう。語彙が増えて、おしゃべりがうまくなっていくにしたがって、

レオナの感応能力は次第に良く観察できるようになってきた。今回のことも、その一端、といえるだろう。

保育所で、他の子から気味が悪い、と言って避けられ、挙句にケンカになったそうだ。

保育所の担当のスタッフは、なんとか仲を取り持つから、と言ってくれたが、

私としては、どうしても保育所が必要だったわけではないし、

その気になれば、研究室に連れて行くって手もある、いい子のレオナは私の手なんてそれほど煩わせない。

同年代の子ども社会になれて欲しいと思って入れた保育所だったけど、トラブルが起きてしまうんなら、

すこし期間を置いて感応現象の能力を伸ばしたり、レオナ自身に理解させてからだって、遅くはないだろう。

今は、ギスギスするのが眼に見えている保育所に入れたままにしておくほうが有害だ。

 私がそう説明すると、ユリウスは

「まぁ、そうだなぁ」

と穏やかなに相槌を打った。

 私は、作業に使っていた書類やらを片付けてから、ウイスキーとグラスを持ってきて、一つをユリウスに手渡して、
注いであげる。

「学会、お疲れ」

そう言ってグラスを傾けたら、ユリウスも

「ありがとう、ただいま」

と返してきて、グラスをカチンとぶつけてくれた。

 「学会、どうだった?」

「あぁ、畑違いの話だけど、去年の、ほら、例の発表の噂で持ち切りだったよ」

「ドクターミノフスキーだっけ?」

「そう!あの素粒子の発見、物理学会の連中は驚天動地だったらしいけど、

 遺伝子学会の方にも影響与えてくれそうなんだ」

「そりゃぁ、そうだな。だって、あれ、理論的には反重力装置とか、熱核融合なんかにも応用できるわけだし。

 私としては興味あるんだな」

「あっちの分野はあんたのほうが詳しいだろうな。遺伝子ばかり弄くってるあたしには、縁の遠い論文だったけど」

ユリウスは自嘲気味にそう言って笑った。

539: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:21:54.23 ID:nGGHAbg30

 「発表は?うまくやったんでしょ?」

「まぁ、な。そっちは抜かりない。感応遺伝子の配列についての文句ばかり言ってくる地球の学者が居たんで、

 揚げ足とってからの一突きで沈めてやった。キーッてなってて面白かったぞ?」

「あはは、あんたらしいや」

ユリウスが可笑しそうに話すので、私も思わず笑ってしまった。ホント、怖いもの知らずだよなぁ、ユリウス。

「それで、評価のほどは?」

「そっちは、まぁ、気に入らないけど、いつもどおり。

 『キミの研究は非常に独創的で面白い』だと。面白いんじゃないんだっての、分かってないんだよな。

 まぁ、そんなのはまだ良いほうで、中には、『どんな実用性があるのかね?』なんてことを聞いてくるやつが居る始末だ。

 実用性じゃない、今、あたしらは人類の進化を目撃してるかも知れないってのが、なんでわっかんないのかなぁ」

まぁ、感応現象なんてことを本気になって捉える科学者なんて、私達くらいかもしれないけど。

でも、ユリウスが確信を持っていたし、私を引っ張ってくれたフラナガン博士の論文は非常に優秀で、

一考の余地があるものだ。

 私にしてみても、その可能性は信じていたし、今、こうしてレオナの母親になってみて、分かる。

感応現象は、確実に存在している。

それが遺伝的な変化によるもので、進化なのかは、私にはまだ良くはわかっていないが。

でも、ユリウスが言うのだから、あながち的外れではないと思う。

 そんなことを考えていたら、突然、ユリウスが私の腕を捕まえた。あ、やばい、もうウィスキー回った?!

「な、アリス。この一週間、寂しい思いさせて、悪かったな…」

ユリウスは私の腕を無理やりに引っ張って、彼女より一回り小さい私の体を抱きとめると耳元でそんなことをささやいてきた。

低いトーンの、妖艶な声色が私の背骨をゾクゾクと貫く。

ユリウスのメガネの向こうの、トロンとして涙を潤ませた目が、ジッと私を捉えて離さない。

 こんなところで…止そう…あぁ、いや、ホントは止めてほしくなんかないんだユリウス。

ダメだって…あ、うん、ダメなことなんか1ミトコンドリア分もないけど、ほら、そういう風に言っておくもんじゃん?

あぁ、もう、なんで酒飲むとそんなに妖艶な感じになんの!?シラフのときみたく、ガバッと襲っといでよ!

ムード作られると、乗っちゃってトびそうになるから、やばいんだって。

 抵抗する気もなく、そんな危機感とも期待感とも取れない気持ちを抱えた私の唇を、ユリウスの唇がふさいだ。

 ああ、落ちる…またあんたに落とされるよ、ユリウス。

 私は、頭のどこかで、理性がはじけ飛ぶ音を聞いた。

540: ◆EhtsT9zeko 2013/08/12(月) 21:22:39.00 ID:nGGHAbg30

つづく。

 

545: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:06:06.58 ID:VbWE6aCM0


 UC0074.8.1

 「ん、良い感じ。今度は、右を動かしてみて」

私は、ここのところ、レオナを研究室に連れ込んでは、実験の手伝いをしてもらっていた。

7歳になるレオナは、私とユリウスの英才教育のおかげか、小学校に行かずに、

もっぱら中学生用の教科書やなんかで勝手に勉強している。

利発、と一口に言ってしまってはもったいないくらい、頭の良い子だ。

「ん」

そんなレオナは、頭にいっぱい電極を貼り付けて、目の前にある私が作ったとある実験装置を見つめている。

バッテリーと簡単なモーターに受信機、それから電気信号で収縮する人間の筋肉を模して造られた特殊繊維を使って作った。

本体から特殊繊維と金属のフレームを使った二本のアームが伸ばしてあるだけの、簡素なものだけど。

 キュインと音を立てて、向かって右側のアームが動く。うん、上々かな。

まさかこれほどうまくいくとは思わなかった。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。キュウン、と機械のアームが意思を失ったように垂れ下がる。

「どうぞ」

私が声を掛けると、研究室に入ってきたのはユリウスだった。まぁ、特に驚くようなこともない。

「ほら、差し入れ持って来たぞ」

ユリウスは、手にドーナツショップの紙袋を抱えていた。これはありがたい。

この実験をすると、レオナ、ちょっと憔悴気味になるんだ。甘いものでも食べさせてあげないと、申し訳ないと思ってた。


「わー!ドーナッツ!」

レオナはパァッと明るい笑顔を見せた。今日もかわいくてなによりだ、レオナ。

 「ちょっと休憩にしよか。紅茶淹れるから、レオナはテーブル片付けといてよ」

「うん!」

レオナは素直にそう返事をして頭から電極を外し、テーブルの上にあった機材を片付け始めてくれる。

私も、部屋に備え付けの電気ケトルからポットにお湯と茶葉を入れて、適当にカップも揃えて、テーブルに並べた。

「今日のは?」

「地球産の、ちょっと良いヤツ。アールグレイ、って言ったかな?」

「地球産か。これは期待できそうだ」

ユリウスも、相変わらずのきれいな顔でそう言い、笑う。

しなだれかかりたくなるのを抑え込んで、紅茶を淹れて、テーブルに着いた。

546: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:06:58.59 ID:VbWE6aCM0

 ユリウスとは、今朝、一緒に部屋を出てから3時間ぶりに会う。と言うのも、2年前の、

「もう、毎晩通ったりするのとか、なんかいろいろめんどくさい」

と言うユリウスの投やりともとれる発言がきっかけで、

私とレオナと、ユリウスは研究所の宿舎の2部屋とリビングダイビングのある部屋で一緒に生活することになった。

そりゃぁ、もう、ね。毎晩毎晩、ユリウス腕枕で寝られる私の涎の量が増えたのなんのって。

「あたしが言えたことじゃないけどさ、変なことしてるよな」

ユリウスはドーナツを配りながら、私の作った機材に目を向けて、そんなことを言ってくる。変て、人聞き悪いな。

「新人類のための新たな機材を作ってんの。変、とか言わないで」

「カカカ、悪い悪い」

ちょっとぶすくれてみたら、ユリウスは悪びれる様子もなく謝った。

 「いただきまーす!」

レオナが元気にそう言って、ドーナツを口に運ぶ。

「で、要するにバイオフィードバックみたいなもんなんだろ?」

「まぁ、近い、と言えば近いかな。

 別に、自分の体を調整するわけじゃないから、そもそものバイオフィードバックとは違うけど」

「脳波で機械を動かす、ってんだろ?」

「そう。手元にある測定器で脳波を検出して、それを電気信号にして機械へ送って操作する、

 荒っぽく解説するとそんなとこ」

私が説明すると、ユリウスは怪訝な顔をして

「そんなの、別に電気だけで良くないか?たとえば、シャトルの無線操縦かなんかみたいにさ」

と言いながら紅茶をすする。

「それだと、細かいことまでできないんだよ。

 私が目指してるのは、例えば、コロニーの外壁の修理とか、そう言うこと」

「あぁ…なるほど、そうか」

納得したのかユリウスは、宙を見つめながらそうとだけつぶやく。

「それに、電気信号だと、ほら、例の素粒子が、ね」

私は、そのことも付け加える。

 ミノフスキー粒子の発見から、数年。革新的な技術が発展するとともに、それは地球連邦と対立関係にあり、

ジオン共和国を名乗って独立を宣言したサイド3との軍事的思惑に絡め取られた。

素粒子本来の性質を利用した電波妨害は、

これまでの通信やレーダーを利用した兵器誘導と言った電子戦を、一瞬にして無効化する効果を持っている。

軍事能力的遂行能力が無条件に一世代退化させられることになった。

それに伴い、ジオンは、ミノフスキー粒子を利用した核反応コントロール技術を応用して小型の熱核融合炉を開発、

それをモビルワーカーのような機体に積み込んで、高いエネルギーを持たせた人型の兵器を開発した。

ミノフスキー粒子によって退化せざるを得なかった軍事作戦上、新たな戦術として発案されたのが、

この人型兵器による汎用的な任務遂行。

特に、これまでのような遠隔デジタル戦術の利用が出来なくなった以上、

近接戦闘による白兵戦をいかに優位に進めるかがネックになってくる。

戦闘機や戦艦に求められてきたようなスピードやステルス性能ではなく、必要なのは、小回りと汎用性、なんだそうだ。

547: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:07:36.71 ID:VbWE6aCM0

 いつの時代も、科学は戦争に利用される。悲しいことだが、かと言って、研究をやめるわけにはいかなかった。

暴走した科学を抑えるのもまた、科学の役目。

せめて、自分の開発したものが、人を殺すためではなく、人を守るために使われることを祈るばかり、だ。

ドクターミノフスキーも、数年前にそれを理由に連邦へ亡命してしまった。ドクターの想いも理解できる。

まぁ、理論ばかりでまともな発見も開発もできていない私にとっては、まだ縁遠い話ではあるんだが。

 「ママ、難しい話?」

ドーナツを頬張ったレオナが、私の顔を覗き込んでくる。複雑に思っていた私の胸の内を感じ取ったようだった。

私はレオナに笑ってあげた。

「ん、ちょっと考え事。大人って、大変」

「ん、大変そう」

レオナはムムムっと眉間にしわを寄せて考えるようなしぐさを見せた。あはは、そうだな。

レオナ、あなた達子どもが生きて行く未来に、せめて明るい希望が残せるような発見をしておきたいもんだ。

「リモートコントロールで作業ねぇ、まぁ、精度が確かになるんなら便利っちゃ、便利だけどな」

「リモートコンロトールじゃないんだ」

「えぇ?」

「これは、新しいタイプのマン・マシン・インターフェイス。名付けて、サイコ・コミュニケーター」

私が自信満々に言ってやったら、ユリウスはいつもどおりにカカカと笑った。なんだよ、笑うところじゃないぞ!?

「仰々しい名前だな。それに見合う開発が出来る様に祈ってるよ」

ユリウスはニヤニヤしながら、残りのドーナツを口に頬り投げて、紅茶をすすった。

それからふと、気が付いたみたいに

「そういや、この紅茶。良い香りだな」

なんて話を変えた。うん、そうだ。せっかく3人でいるんだし、仕事の話は、やめにしよう。

もっと、楽しい話をするべきだ。

 それから私たちは、レオナの自由研究の話題で盛り上がった。

学校の宿題じゃなくて、私とユリウスからそれぞれご褒美をもらうための研究だ。

レオナは、私の人間工学でも、ユリウスの遺伝子学でもない、化学に興味があるらしかった。

 そんなレオナが決めた自由研究は、ずばり、科学調合によるうま味成分の再現、だ。

要するに、おいしい料理の味を如何にして科学調合で再現して、あのマズイチューブ食をおいしく召し上がれるようにするか。

ホントに、食いしん坊のレオナらしい。楽しみにしてるよ、って言ってやったらレオナは胸を張って

「任せて!」

なんて言ってきた。これは、ゆくゆくは私達なんか抜かされるくらいの科学者になってくれるかもね、レオナは。

548: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:08:22.35 ID:VbWE6aCM0

 その晩、レオナが眠ってから、ユリウスが私を呼び止めた。

その表情は、これまでとは一転してなにやらくぐもっている。

悪い予感は感じたが、それでも話さなきゃいけないことなのだろうと言うのは、感じ取れた。

不安を胸に抱えて私は席についた。

 まさか、別れたい、とか、出ていくとか、そう言う話じゃない、よな?

「今日、上から指示が来た」

ユリウスが話し始める。この研究所で上、と言えば、ドクターフラナガンを筆頭とした、執行部会。

研究の方向性や内容を検討する意思決定機関だ。それが、ユリウスにどんな指示を?

私は黙ってその先を促す。ユリウスは、重々しそうな唇をやっとの思いで動かしながら言う。

「来年、施設の拡張が済んだら、レオナはそこで生活をさせることになるらしい」

ユリウスの言葉の意味が一瞬、理解できなかった。

「ま、待って…私も、一緒でしょ?」

私の問いかけに、ユリウスは力なく首を横に振った。

「レオナ一人での生活になる。

 ジオンからの資金を増額する見返りに、感応現象に関する研究体制の整理と強化が目的らしい」

「そんな…だって、親権は私に持たせるって契約だったはず…」

「あぁ、うん。親権の移動や譲渡はない。放棄も条項の要件にはなっていない。

 ただ、研究体制を整えるために、生活棟が、常時モニターを行える新しい施設になる、ってことだ。

 他の子ども達も、恐らくそこに集められる…」

ジオンの資金…それは、もしかしてあの能力を軍事転用することが目的なの…?!レオナが、兵士に?

それとも、前線に出向いて、レーダーの代わりになれとでも言うの?!

 ふざけんじゃない…ふざけんじゃないよ!

私は思わずユリウスの胸ぐらをつかんでいた。

「あんた、私にとってあの子がどういう存在か分からないなんて、言わせない!」

言ってしまってから、しまった、と思った。

だってユリウスの目からはボロボロと涙がこぼれていたから…ユリウスが泣いているところなんて、初めて見た…

 私は全身の力が抜けていくのを感じて、イスにへたり込んだ。

「幸い、レオナの担当はなんとかあたしに割り振らせた。多少強引だったが、他の研究者には任せておけない」

ユリウスが…レオナを見ててくれるんだ…。

「それに、面会が謝絶されるってわけでもない。

 テストのない時間に会って遊んだり出掛けたりするのは今まで通りで構わないそうだ」

そうか、会ったりすることは、出来るんだ…

「すまない。あたしもずいぶん食い下がったんだが…力不足だった…」

ユリウスは力なく肩を落とした。

549: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:08:48.34 ID:VbWE6aCM0

 なんだか、ショックというよりも、呆然としてしまった。ユリウスと三人で暮らすようになって、2年。

毎日、楽しかった。それが、来年からなくなってしまうなんて、想像が出来ない。

想像は出来なくても、それはやってくる、ってのが突きつけられて、

まるで私の頭脳が考えることを放棄したみたいだった。

 ユリウスがイスに座ったままの私を抱きしめてくれる。そっと、その手に触れる。

背中から伝わる体温で、少しだけ気持ちが戻ってくる。

 大丈夫、寝るところが変わるだけ。今、こうして、別の部屋で過ごすのと大きく変わらない。

施設の中に居れば、会いたいと思えば会いにいける。

担当がユリウスだっていうんなら、多少のワガママも聞いてもらえる。大丈夫、大丈夫だよね?

「ね、ユリウス、何もないよね?大丈夫だよね??」

私の言葉に、ユリウスは私の体に回した腕に力を込めて、

「大丈夫だ。上のやつらの好きにはさせない。レオナはあたしが守ってやれる」

といってくれた。また少し胸のつかえが取れた感じがする。

 ユリウス、頼むね。私も出来ることはなんでもする。

だから、私の手の届かないところにレオナがいるときは、あんたが守ってやって…。

あの子は、私の宝者なんだ。あんたがくれた、私の掛け替えのない、希望なんだから…。

550: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:10:24.53 ID:VbWE6aCM0

UC0075.11.13

 あぁ、いよいよ来てしまった。今日は、執行部会から支持のあった日。

レオナが、この部屋を出て行く日だ。レオナには何ヶ月も前にこの話を伝えていた。

でも彼女は、別段寂しそうな顔を見せずに、

「わかった」

と言って、笑っていた。

 今日も、そうだった。

昨晩から荷物の整理をしていたが、私はそのときからずっと、突き上げるような不安感と悲しみで、心が壊れて泣き崩れそうだった。

だけど、レオナは、洋服や本なんかを几帳面に箱に詰めながら、動揺1つ見せずにいた。

 どうしてなんだろう。私、何か間違ってんのかな。

一生懸命、レオナを育ててきたつもりだったけど、レオナは別れが寂しくないんだろうか?

それとも、崩れてしまいそうな私を思って、気を使ってくれているんだろうか?

 お昼過ぎ、この部屋で食べる最後の昼食を摂り終えたころに、ユリウスが戻ってきた。

口を真一文字に結んで、険しい表情をしている。

それなのにレオナは、よく面倒をみてくれていた研究員が用意してくれた台車に自分の荷物を積み上げて

「お待たせー」

なんて軽い様子で、ユリウスと私の前に姿を現した。

「準備、出来てるみたいだな」

ユリウスは低い声でレオナに確認する。

「うん!大丈夫!」

レオナは、はつらつとしていた。

「じゃぁ、アリス。行って来る」

ユリウスは私にそう確認した。私は、昨晩、ここで見送るようにとユリウスに言われていた。

私の状態を察したユリウスの、厳しいやさしさだった。

 私はうなずいて、レオナを抱きしめた。

「レオナ…ママは、おなじ建物の中にいるから、寂しく思わなくたっていいんだからね」

それは、レオナに、というより、自分に言い聞かせるようにそう言った。

レオナは、そんな私の頭をゴシゴシとなでてくれた。

「ママ、わたし、寂しくないから、大丈夫だよ」

レオナは少しだけ不安そうな顔をした。でも、その顔は自分が不安なんじゃない。

私のこんな状態を心配してくれているからだ。それから、ふと、私の首元に目をやって

「ね、それ、ちょうだい?」

と指さしていってきた。レオナが際示したのは、私のつけていたチョーカーだった。私は、チラッとユリウスを見やる。

「かまわないよ、それくらい」

ユリウスは言ってくれた。私はチョーカーをはずしてレオナの首にかける。彼女はうれしそうにして

「これで、わたしとママはいつでも一緒だよ!だから、大丈夫だよ!」

と笑う。レオナ…私、ダメなお母さんだね…子どものあんたに、こんな気の使い方させてさ…

 私は、気持ちを押し殺してうなずいた。レオナはまた、ニコッと笑った。

「じゃぁ、行って来ます、ママ!」

元気にそういって、レオナは部屋を出て行った。

551: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:10:56.24 ID:VbWE6aCM0
 あぁ、行ってしまった…レオナ…私は、ユリウスが出て行くまで我慢して、ドアが閉まってから膝から崩れ落ちた。


 あんなに楽しかったのに…レオナ、いなくなっちゃった。研究のために、引き離されちゃった…

もう、あの突き上げてくるような悲しささえこみ上げてこなくなった。

まるで、こころにぽっかり穴が開いたみたいに、むなしさだけが私の胸を締め付ける。

ハラハラと、涙だけが頬を伝っていた。

 どれくらいそうしていたか、私は、部屋の内戦が鳴る音で、我に返った。

よたよたと立ち上げって、内戦の受話器を手に取る。

「…はい」

<あぁ、私だ>

電話の向こうからしたのは、私の新しい上司で、執行部会のメンバーの一人、ドクターバウマンだった。

「なんでしょうか…?」

憔悴しきった心からは、そんな味気ない言葉しか出てこない。

<話がある。すぐに私の研究室に来てくれたまえ>

ドクターは一方的にそうとだけ伝えてきて、電話を切った。

 こんなときに、なんだって言うんだ。慰めてくれるようなタイプの人じゃない。

きっと、レオナのことなんかこれっぽっちも気にせずに、また味気ない仕事の話でもするつもりなんだろう。

 やっと形になってきたサイコ・コミュニケーター、サイコミュ技術には興味を示してくれているみたいだし、

それについての話かもしれないな。

 私は、顔の涙をぬぐって、思いっきり鼻をかんでから、部屋を出て、ドクターの研究室へと向かった。

ドアをノックして中へと入る。

 ドクターは、イスにふんぞり返ってココンピュータのモニタを見ていたが、

部屋に入った私に気がつくとひとつ咳払いをして

「あぁ、よく来た」

と言ってモニターを横へずらした。

「お話、とは?」

私はドクターにそう促す。もう、今日はたぶん、ダメだ。話なんかとっとと終えて、部屋でユリウスを待っていたい。

「うむ、他でもない、君のサイコミュの研究についてだ」

やっぱり、な。

「着眼点、発想、実用性、どれを取っても、非常に有意義な研究であるといえる」

なんだ、すごく持って回ったような言い方だ。なにか、あるのか?

「ついては、先日の執行部会会議で、研究そのものを感応能力研究に次ぐ実践的内容であると判断され、

 以後は執行部会で組織する研究班で専門的に行うこととなった。

 また、今回の君の成果に経緯を評し、明日からは、研究企画室主任としての仕事をしてもらう」

552: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:11:24.85 ID:VbWE6aCM0
…待った。どういうこと?その、執行部会特別編成の研究班に、私は入れないってこと?

それも、栄転名目で、研究企画室、だなんて…。あんなところ、研究員のいる場所じゃない。

あそこは方々の研究室から上がってくる書類にサインするだけのただの事務職。

 これは…私は、研究を奪われた…?研究さえ、私は、奪われるの…?

大切なレオナすら、もう、私の手元にはいないって言うのに…

「…わかり、ました」

もう、そうとしか返事を出来なかった。私は、その後、どうやって部屋へ戻ったのかも、覚えていなかった。

気がついたら、部屋のベッドにいて、傍らには、殻になったウィスキーの瓶と、酸えたにおいを放つ吐しゃ物が床に広がっていた。

 ねぇ、レオナ。いったい、なにがどうなってるっていうの?あなた、無事よね?

ユリウスに守ってもらってるよね?

 私、どうしたらいいの…研究も、あなたもなしで、私は…私は…ここでなにをしていればいいの?

誰か、誰か教えてよ…ユリウス…早く、帰ってきて…。

 私は、明らかに自分の精神の異常を感じながら、それでも、

自分自身ではどうすることも出来ない喪失感を抱えて、ただただ、ベッドに身を委ねて泣き続けた。

553: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:12:22.03 ID:VbWE6aCM0



 水音と、カチャカチャと言う食器のぶつかる音が聞こえて、私は目を覚ました。

見ると、私はいつのまにかリビングのソファーにいて、薄く開けたまぶたの向こうに居たのはユリウスだった。

キッチンで、洗い物をしている。

 「ユリウス…」

私が彼女を呼んだら気が付いたようで、私を見やって、かすかに笑った。

ユリウスは水をとめて、タオルで手を拭いて、ストン、と私の頭の方に腰を下ろした。

水で少し冷たくなった手が、私の額に触れて心地よい。

「ずいぶんと荒れたみたいだな」

「うん…」

ユリウスの、低い、優しい声が心地よくて、私は目を閉じた。

「異動の件、聞いた」

「うん」

「文句言ってきた」

「なんだって?」

「決定事項だ、の一点張り。揚げ足取る隙もない」

「そっか」

私は目を開ける。ユリウスが心配げな顔つきで、私を見下ろしていた。

 「私、何やってんだろう」

「え?」

「レオナに、金輪際会えなくなるわけじゃない。会おうと思えば、明日にだって会えるわけでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「研究だって、同じだ。企画部にまわされたからって何もできないわけじゃない。

 その気になれば、サイコミュの研究を独自にやる方法だってある。

 サイコミュじゃなくても、他に調べてみたいことなんて、いくらでもある。

 そんなに、しょげる様なことでもないのに」

「連続で来られたんだ。仕方ないさ」

ユリウスは、なおも優しく言ってくれる。そうだ…それに何より

「あんたが、私と一緒に居てくれる」

私は、ユリウスの手を握る。

「昔と一緒で、変わらずに、一緒に居てくれる。私は、最初は、本当にそれだけで良かったはずなんだけどな。

 贅沢になったもんだよ」

私の言葉にユリウスはほほ笑んだ。彼女の手を離して、そっと顔に触れる。彼女の顔が近づいて来た。

微かに唇が触れ、ユリウスは、ためらいがちに私にキスをした。

頭に手を回そうとした次の瞬間ユリウスは、

最近開発されたと聞く、ミノフスキー充填式の素粒子砲から射出されるビーム如き勢いで私から唇を離した。


554: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:12:58.69 ID:VbWE6aCM0

 あまりの勢いで、正直、ショックとかそう言うのではなく、単純に驚いた。

「…な、なによ」

「ごめん、思った以上に口がゲロ臭かった」

こ、この女…それが同じ乙女に言うべきセリフ!?

と、内心憤慨しながら、それでも一応、口と鼻を手で覆って確かめてみる。あぁ、うわ、これは、臭う…

だからユリウス、ちょっとためらったんだ。私ならその時点でクッセー!って声あげてるよ。

ごめん、ユリウス、あんたが正しい。

それに、一度はちゃんとキスしてくれたあんたを、私は誇りに思うし、惚れ直した。

「歯磨きしてくるわ」

「そうしてくれ」

 私はソファーから起き上がった。ユリウスが支えてくれる手のぬくもりが伝わってくる。

この感じが、やっぱりすごい安心するんだ。

 それから私は念入りに歯を磨いて、さらに念入りに口をマウスウォッシュでゆすいだ。

それでもまだ、どことなくあの臭いが鼻につく。体か服にも着いているのか、

それとも、鼻の粘膜の方か、ただの気のせいかわからないけど、とりあえずシャワーに入るまではキスはやめておくことにした。

 洗面所から戻ると、ユリウスが簡単な夕食の準備をしてくれていた。

私のことを考えて、なのだろう。良く煮込んだスープと、やわらかめのパンだった。

 席について、スープを口に運ぶ。ユリウスが作った味がする。美味しい。

「しかし…上は何を考えてやがるんだ?」

不意に、ユリウスが言った。このタイミングで、私を研究から外したことを、言っているらしい。

「向こうにもいろいろ都合があるんじゃないの?ほら、資金のこととか」

そんなことを言いながら私も思索を走らせる。

あの技術は、宇宙空間での遠隔操作を目的としてるだけ。危険な場所で、より効率的に作業をするためのもの…

どうしてそれが、そんなに優先的な研究対象になるっているのか?何かほかに、重要な使い道があるというのだろうか?

「ジオンの、資金…」

 ユリウスが呟いた言葉で私はハッとした。レオナの件と、同時進行なんだ、これは。

555: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:13:35.34 ID:VbWE6aCM0

上層部は、感応能力と私のサイコミュを、軍事転用するつもりなんだ。感応能力とサイコミュを戦場で利用すれば…

理論的には宇宙空間で、無人の砲台そのものをコントロールして戦うことすら可能なはずだ。

敵艦隊を相手にしても一人の思念によって、全周囲からの無差別攻撃を実行できる…

人の乗る、あのモビルスーツとか言う人型の人形で近接戦闘をするまでもない…

 ジオンの資本が入っている、去年から、研究所の中で頻繁に聞かれるこの言葉。

それはすなわち、この研究所そのものが、ジオンの傘下として、軍事技術をジオンに提供しているということではなかったか。

そうだ、一年前のあの日、ユリウスの言葉に私は思ったはずだ。「あの子を、前線に送るつもりなのか」と。

どうしてそのことを突き詰めて考えなかったんだ。

ジオンは、この研究所は、感応能力を軍事転用して、あの子どもたちを戦争に投入しようとしているんだ…。

 私は、ユリウスの顔を見た。ユリウスも、私を見ていた。彼女にも当然、導き出されたはずだ。

私のと、同じ答えが…。

「軍事転用…くそ、確かにあの軍属どもが好きそうな内容じゃないか!」

ユリウスは声を押し殺して、テーブルを叩いた。

 これはもう、レオナと私達だけの問題じゃない。事は、もっと大きくなってしまっている。

感応能力とサイコミュの実用化が現実になって、戦線に投入されれば、戦力の拮抗なんてものは起こらない。

組み合わせ自体が大量破壊兵器みたいなものだ。

本当に一人の感応能力者が、艦隊規模の戦力を瞬く間に殲滅できる可能性があるんだ。

556: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:14:11.88 ID:VbWE6aCM0

「止めないと…」

「どうやって!?」

私の言葉に、ユリウスがそう言ってくる。

 方法は、あるはずだ。ニュータイプを戦場で不要にする手だてが。

これは、科学の暴走だ。暴走した科学を抑えるのもまた、科学の役目。

私は、その言葉を思い出した。

 感応能力は、戦場にいる人の感覚を頼りに攻撃をしかける。

だとすれば、それに対抗しうるのは、人ではないものであるはずだ。

サイコミュを利用した兵器の火線をかいくぐって、優先的に、感応能力者を攻撃するための兵器…。

 自分でも、恐ろしいことを考え付いてしまったのは分かっている。

それは、もれなく、もしかしたらレオナに向かって行く兵器なのかも知れないからだ。

だが…このまま現状を放置すれば、ここにいる子ども達どころか、

膨大な量の感応能力を持っている可能性のある人たちが戦場へ投入されて行く。

親の気持ちも、本人たちの気持ちも、汲み取られぬまま。

そんな先に描かれる未来が、明るいわけがない。

ユリウスは言った。あの能力は、人の進化の形なのかもしれない。

進化によって切り開かれる未来が、破滅であってはいけない。

 科学は、そんなもののためにあるんじゃない。科学は、人の未来を照らす、灯台でなければいけないんだ。

 感応能力者の天敵を作り、戦場から彼らの居場所を失くせば、あるいは、

これ以上の実験や研究を中止させることが出来るかもしれない。

遠まわしにはなるが、彼らを救う手立てになるはずだ。

 そのために必要なのは…人工知能。戦場を自らの判断で駆け、感応能力者の脳波や、

今確立されつつあるミノフスキー通信技術を感知して、その発信源を優先的に停止させる機能を持った人工知能が必要だ。
 

「おい、アリス」

「ユリウス、私、やる。レオナを…あの子たちを戦場へ出させやしない!あの子たちは、私が守る!」

557: ◆EhtsT9zeko 2013/08/13(火) 20:14:45.57 ID:VbWE6aCM0

つづく。


 

560: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:48:26.27 ID:p5dyD009o


UC0075.12.1

 って、意気込んだはずなのに。まったく、慣れないことはするものじゃない。

二か月前に一念発起で、企画室の仕事をする傍らに人工知能の研究を始めてはみたが、

そもそも私の専門はマン・マシン・インターフェイス・デバイスの開発。

人からの指示が考慮されていない人工知能のことなんて、基礎的な理論以外に知識的蓄えはない。

結果、寝る間も惜しんで論文や理論書を読む必要があったのだが、無理がたたって、一気に体調を崩してしまった。

「だぁから無理しすぎだっつったろ」

キッチンでオートミールを作りながら、ユリウスがそう言ってくる。

「ぐぬぬぬ」

悔しいけど、ユリウスの言う通り過ぎてそんなうめき声しか出てこない。

もっとこう、慰めの言葉とか、そう言うの言ってくれても良いんじゃないの!?

「あんたにぶっ倒れられると、あたしまで研究が手につかなくなるんだからな。ホント、止めてくれよ、無茶はさぁ」

うん、よし、許す!今のは100点満点中、95点!

 ユリウス印のオートミールをおいしくいただいてから、一緒に湯船に浸かった。

ユリウスはしきりに私のことを心配して、肩をマッサージしてくれたり、

他愛もない話に付き合ってくれたりしてくれた。

ビタミン剤を飲んで、それから、飲み合わせが良くないかもしれないから、と、あまり良い顔はされなかったけど、

以前にユリウスが調達してきてくれた睡眠導入剤も胃の中に放り込んだ。

 確かにユリウスの言うとおり。私は、疲れすぎている。少しだけでもいい、ゆっくりと休む必要がある。

 私はそのまますぐにベッドに潜り込んだ。

ほどなくしてユリウスも来てくれて、私の隣に横になって、いつものようにグイッと腕を伸ばしてくる。

私は、彼女の腕を枕に、一回り大きい彼女の胸元に顔をうずめた。

「…ムラムラしない?」

「病人相手に欲 するほど、飢えてないよ」

ちょっと誘ってあげたのに、そんなことを言われてしまった。残念。

そうは言っても、私の方も、疲れと、薬が効いてきて、意識がぼんやりとしてくる。

体の力が抜けてまるで沈んでいくように、その心地よい気だるさに身を任せて、私は眠りに落ちた。



―――ママ、ちゃんと寝ないと、ダメだよ


561: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:49:10.79 ID:p5dyD009o

―――ママ、ちゃんと寝ないと、ダメだよ

レオナ?

―――レオナが子守唄、歌ったげるね

レオナ、なの?

―――The journey begins, Starts from within, Things that I need to know―

レオナ…

―――The song of the bird, Echoed in words, Flying for the need to fly―

レオナ…心配かけて、ごめんね…

―――Thoughts endless in flight, Day turns to night, Questions you ask your soul―

レオナ…ありがとう…

―――Which way do I go? How…how…あれ?

レオナ、なに、どうしたの?

―――続き、忘れちゃった、えへへ

なによ、もう!続きは、こうだよ。

Which way do I go? How fast is to slow? The journey has it's time, then ends.

If a man can fly over an ocean, and no mountains can get in his way.
Will he fly on forever, searching for something to believe?

From above I can see from the heavens, Down below see the storm raging on.
And somewhere in the answer, There is a hope to carry on.

When I finally return, Things that I learn, Carry me back to home.
The thoughts that I feed, planting a seed, in time will begin to grow

The more that I try, the more that I fly,
The answer in itself, will be there.

…レオナ?

おーい、レオナ?

なに、寝ちゃったの?

もう、子守唄歌いに来て先に寝ちゃうなんて、ユリウスじゃないんだから。



歌いに、来た?

レオナが?

レオナ…レオナ…!



562: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:50:23.05 ID:p5dyD009o
「レオナ!」

「うわっ!」

私は叫び声をあげて飛び上がった。ユリウスが、寝ぼけ眼で、でも、驚いたような表情で、私を見ていた。

「な、なんだよ」

「レオナが、話しかけてきた」

「はぁ?」

「レオナと、話した」

私は、今の体験を説明できずにいた。ただ、感じたことだけをユリウスに説明する。

ユリウスは、私の目をじっと見て

「なぁ、今日って何日だか、分かるか?」

と聞いてくる。なんで、そんなことを?

「え…11月30日?あ、もう日付変わったから、12月1日、か」

「なら、本当のあんたは今、どこにいる?」

「本当の私?なにそれ、私はここにいるじゃん。いつもの研究室の、私達の部屋でしょ」

私が答えたら、ユリウスは黙った。あれ、なんか変なこと言ったかな、私?

「ビョーキ、ってわけでもなさそうだ、な」

「あ、統合失調とかって思ってた?」

「ちょっと、疑った」

「ホントなんだって!」

私は枕でボフッとユリウスの頭を殴りつける。

でも、その枕は受け止められてしまって、私はそのまま、ベッドの中、ユリウスの腕の中へ引き戻された。

「悪い、医者のクセみたいなもんだ。感応能力かも知れないな、レオナの」

ユリウスはそんなことを言った。


563: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:50:48.92 ID:p5dyD009o

「そんなこともできるの?あの力、って?」

「あぁ。向こうの棟の夜勤担当の連中が、そんな話をすることがある。

 そのたんびに精神鑑定やらされるから、黙ってるやつも多いけど」

「じゃぁ、今のは本当に、レオナの声?」

「どうだろうな。あんた疲れてるし、だたの夢、ってこともあるかもしれない」

「なんだ」

「…あぁ、なぁ、明日、休み取ってレオナと出かけないか?

 感応能力なら、レオナに聞くのが一番早いし、それに、あんたもたまにはレオナとゆっくり会え。

 研究に必死なのも理解できるけど、一番大事なことを忘れんなよな」

ユリウスは、そう言ってくれた。私は、ユリウスの胸元に改めて顔をうずめる。あぁ、私、本当にこの人が好きだ。

こういう優しいところも、たまに厳しいところも、知的で、強くて、誰にも従うつもりはない気高いところとか、

あと、ほのかに香る匂いとか、そのほか、もろもろ。

「うん、ありがとう…ユリウスも一緒?」

「あたしを仲間外れにすんなよな」

「そんなつもりないよ。弁当でも作って、公園でのんびりしようか」

「うん、それがいいな」

「楽しみ」

「あぁ。だから、早く寝ろ。あたしももう、眠いんだ」

「うん。おやすみ、ユーリ」

「あぁ、おやすみ、アリス」

564: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:51:27.48 ID:p5dyD009o



 翌日、私は朝食を摂ってから、ユリウスに連れられて感応能力研究棟へと向かった。

そこは、想像していたよりも明るくて清潔で、子ども向けの施設らしく、庭や遊具があったり、

棟内にもおもちゃや絵本がたくさんあった。一見すれば、良い環境だと思える。

だが、レオナを“取られた”私にとっては、そんなものも、子どもをここに無理やり適応させるための道具にしか見えなかった。

 子ども達の走り回る廊下を抜けて、ユリウスは一つの部屋のドアをノックした。

ガチャッとドアが開いて姿を見せたのは、レオナだった。

 レオナは見るからに元気そうにしていた。前に会ったのは確か、一週間も前だ。それも、チラッと私が見かけただけ。

一緒に住んでいた部屋を出て行った時から、ちょっと髪が伸びている。

でも、かわいい笑顔はこれっぽっちも変わってはいなかった。

「ママ!」

レオナは私を見るなり、全力で私に飛びついて来た。目一杯、ギュウギュウに抱きしめてやる。

「ママ、昨日は先に寝ちゃってごめんね」

レオナはさも当然のようにそんなことを言ってきた。

私はユリウスと顔を見合わせて、それからしばらくはその話について根掘り葉掘り聞いていた。

 なんでも、物心つくころには、すでに意識してあれが出来ていたらしい。

そばにいる私達には使うことはなかったけど、施設内にいる他の子と話をする、なんてこともできたようだ。

この棟に移ってきて、いろいろな実験やトレーニングを受けている中で、

徐々にそれが鮮明に使いこなせるようになってきたのだという。

昨日私に“話しかけて”来たのは、なんとなく、疲れている感じが伝わってきたからだ、と言った。

感応能力は感じるだけのものだと思っていたが、そもそもがコミュニケーション能力の側面を持っていたんだ…

受け取るだけではなく、発信もできたなんて…私のサイコミュの実験は、間違ってなかったんだ…。

 一瞬、頭の中があの実験のことで埋め尽くされそうになったので、私はいったん、考えるのをやめた。

今日は、レオナと過ごすって決めたんだ。仕事のことを考えるのは、やめよう。

565: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:52:23.36 ID:p5dyD009o

「レオナ、今日は一緒にお出かけしようと思ってきたんだ」

私はレオナを体から離して、そう言った。でも、それを聞いてレオナは少し複雑な表情をする。

「うーん、そっかぁ…」

「どうしたの?」

「今日ね、友達と遊ぶ約束してたの」

レオナはモジモジとそんなことを言う。友達が、出来たんだね。それは、なんだかすごく嬉しい響きだった。

「友達って?」

ユリウスがレオナに尋ねる。

「グレミーくんと、レイラと、マリオン!」

「ふうん」

それを聞いて、ユリウスは宙に視線を走らせた。何かを考えている感じだ。

「そうだったんだ…急に来ちゃってごめんね」

「ううん、約束は今度にしてもらってくるよ!みんなとはいつでも遊べるし!」

レオナはそんな優しいことを言ってくれる。でも、気を遣わせてしまうのは、なんだ気乗りしないな。

 「おやおや、これは、エビングハウス博士」

不意に、そう声がした。振り返ったらそこには、中年の作業着を着た男が立っていた。

「あぁ、モーゼス博士」

ユリウスは男の名を呼んだ。知り合いなの?

「アリス、紹介するよ。彼は、最近赴任してきた、クルスト・モーゼス博士。

 感応能力研究室所属で、あたしとは違う班なんだけけど」

ユリウスは私に博士を紹介してくれる。私はとりあえず立ち上がって、モーゼス博士に手を差し出した。

「アリシア・パラッシュです。人間工学を専門にしています」

「ご丁寧に。クルスト・モーゼスです。

 電子工学を専門にしてるんですが、なんの因果か、ここで世話になることになりましてね」

モーゼス博士は私の手を握った。見かけは横柄な人かと思ったけど、意外と紳士だな。

「モーゼス博士、アリシアは…」

「エビングハウス博士のアレ、ですな。噂はかねがね聞いております」

「あー、まぁ、そうなんだ」

ユリウスはなぜだか照れた。違う、ユリウス、ここは胸を張るところ!

566: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:53:15.24 ID:p5dyD009o

 そんなことを思ってチラッと睨み付けたユリウスは、パッと表情を明るくした。

「なぁ、モーゼス博士、マリオンはあんたのトコの班の担当だったよな?」

「えぇ、そうですが、彼女が何か?」

「いや、レオナを連れて遊びに行こうと思ってたんだけど、

 マリオンとかうちのグレミーやなんかとも遊ぶ約束をしちゃってたみたいでさ。

 もし、暇だったら、マリオン連れて一緒に来てくれないか?」

ユリウス、何か考えてると思ったら、そう言うことだったんだ!もう!素敵!

「あぁ、構いませんよ。それなら、申請を出してくるので…20分後に、棟の前で良いですかな?」

「あぁ!ありがたい、よろしく頼むよ!」

「では、さっそく行ってきましょ。後ほど!」

モーゼス博士は、そう言い残して、廊下の奥へと消えて行った。

 「みんなで行けるの!?」

話を聞いていたレオナが、ピョンと飛び跳ねて言ってくる。

「そうみたい」

「やった!」

レオナは嬉しそうに、またピョンピョンと跳ねた。うーん、かわいい!

娘ながら、いっぺんの隙もなく、かわいい!

「じゃぁ、アリス、あたしも、グレミーとレイラの外出申請出してくるから、レオナと待っててくれな」

ユリウスは、なぜか、私の頭をゴシゴシと撫でながらそう言って、モーゼス博士とは別の方の廊下の奥へと歩いて行った。


567: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:54:07.24 ID:p5dyD009o


 30分後、私達は研究所を出て、道路を挟んで反対側にある公園にいた。

「いくよー!ほいっ!」

テンッ

「グレミー、お願い」

「え?うわわっ!」

テンッ

「レイラ、いったよー!」

「ええ!」

テンッ

 子ども達は、芝生の上で、持って来たバドミントンで遊んでいる。

しかし、あれだな。こうしてみると、レオナが一番かわいいな。

いや、どの子もみんなかわいいんだけど、レオナだけはとびっきりにかわいいな、うん。

「アリス、よだれ垂れてるぞ?」

「ふぇ!?」

ユリウスの言葉に驚いて、私は思わず口元をこするけど、別にそんなもの出てはいなかった。謀られた!

「もう!」

ちょっと恥ずかしくて、ユリウスの肩口をひっぱたく。カカカと、彼女はいつものとおりに、笑った。

 「子どもは、いいですなぁ」

「お?大変だ、アリス、警察に電話しろ、xxxxxxだ」

「い、いや!そう言う意味ではなく!」

ユリウス、モーゼス博士、明らかに年上だってのに…さすが、怖いもの知らず。

 「みんな、いろんなところから連れてこられたのかなぁ…」

私は、彼らを見て、そんなことが気になった。

だって、レオナは、私が産んだからいいけど、他の子は、親元から引き取られたりしているって話を聞いたことがある。

同じ施設内にいるのに、生活する部屋が別になったっていうだけで、私はあそこまで落ち込んだんだ。

他の子の親が、もしそんなことを感じていたらと思うと、気が気ではない。

568: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:55:17.57 ID:p5dyD009o

「ん、中には、な。あたしの班の担当は、みんな人工授精児なんだよ。

 グレミーは、ほら、レオナの研究の流れの第3被験体。一応、遺伝的には、レオナの異母兄弟にあたる」

「そうなの?!母親は誰なの?!」

「あー、そいつは、決まりで、言えないんだ。あの子はいろいろと政治的な問題をはらんでてだな…

 本来は、出産後すぐに、引き取られる予定だったんだが…今はここで預かってる」

ユリウスは難しそうな顔をした。政治的問題、か。確か、父親はザビ家の血筋だって話だけど…

それと問題になるような、相手、ってことだよね?

 年頃は、5歳くらいか。ここ5年で、ザビ家と反目するような政治家はいなかったはずだけど…5年前、か。

確か、ちょうどそれくらい前に、ジオン・ダイクンが亡くなったよな…いや、もう少し前だったけ?6年?7年かな?…

サビ家の政敵、って言ったらあの人くらいだったろうけど…


……


そう言えば、ジオン・ダイクンの国葬で見たファーストレディ、アストライア・ダイクンと子ども達って、

あのグレミーくん、てのと同じ、綺麗なブロンドだったよな…

あれ、もしかして、そういうこと?

いやいや、ないない。なんでわざわざそんなことをジオン・ダイクンが死んでからする必要がある?

そんなのってザビ家にこれっぽっちもいいことないわけだし、ね…

だ、だけど、仮に、仮にだよ?もしそうなら、スキャンダル物だよね?そりゃぁ、存在を隠したくなるよな…

あれ、なんだろう、背筋が寒い。

「どした?アリス」

「いいいいいいいや、なんでもないよっ!」

ミステリーは嫌いじゃないけど、このことを詮索するのはさすがに得策じゃない。

もし、想像通りの出自だったんなら、一歩間違えれば、いつどこで“交通事故”にあったって不思議じゃないし…。

「レ、レイラちゃんも、そ、そうなんだ?」

私は必死で話題をそらす。

「あぁ、レイラは、レオナのときのデータをもとに、純粋に遺伝子的な配列の実証するために計画されて人工授精された子なんだ」

「どこぞの政治家のエゴは関係ないってことか」

「まぁ、大きい声じゃ言えないが、そうなるかな」

 話を聞いていて、なんだか変な気分になった。感応能力者の研究に携わっているからかもしれないけど…

まるで、機械を作るみたいに、子どもを“合成”してない?私達って…?

少なくとも、グレミーやレイラは、この研究所に、家族って呼べる存在がいないってことだよね?

彼らは…いったい、自分たちが置かれている状況を、どれほど理解しているのだろう?

疑問に感じることはないのだろうか?

569: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:56:09.75 ID:p5dyD009o

 「モーゼス博士、マリオンはどうだったっけ?」

「彼女は、孤児だと聞いてますな。ニュータイプスクリーニングテストで引っ掛かった子らしいです」

「ニュータイプ?」

私は聞きなれない言葉に反応して、そうたずねていた。

「あぁ、我々の仲間内では、感応能力者をそう呼んどるんです」

「ニュータイプ…新しい型の、人類、か」

「そうですな…」

モーゼス博士は、そうつぶやくように返事をした。

 「私は時々、彼らが怖いのですよ」

急に、博士はそんなことを言いだした。

 怖い?あの子たちが?

「どういうことだ、博士?」

ユリウスが先を促す。

「彼らの能力は、我々、古いタイプの人間を、いつかは消し去ってしまうのではないか、と思うと、と言いますかな」

「あぁ、まぁ、適者生存が進化の法則だからな。抗おうとすることは、無意味だ」

博士の言葉にユリウスは言った。私もそう思う。

もし、あの子たちが新しい人類なんだとすれば、古いタイプの人類がいずれ数が少なくなっていくんだろう。

それが、戦いによるものか、あるいは、吸収されるような形で、なのかは、分からないが。

「そうとも言えますな。だが…彼らの能力は、我々を殲滅するのに、余りある。

 人口の10%が入れ替われば、古い我々はたちまち淘汰の憂き目にあうでしょう」

「あたしには、あの子たちがそんなことをするとは思えないけどね」

ユリウスは言った。

「あの子たちの力は、過密状態から宇宙へと進出した人類が必要だと選択して得た力だ。身近に接していてわかる。

 あれは、人間が人間たるための能力なんだよ。

 人口過密と、資源不足、そしてこの広大な宇宙へ飛び出るって経験の中で、

 よりよく他者を理解し、共生して行くための能力だと、あたしは思ってる」

「そうでしょうな、悪い物であるとは思いません。ですが、人類の種として意思と、人間の意思とは必ずしも一致ますまい?」

博士の言いたいことは、分かる。子ども達の能力は、脅威だ。

私も想像した通り、その気になれば、あの能力を利用して無数の人間を殺すことだってできる。

だから、私達は、あの子たちを“ちゃんと”育てなきゃいけないんだ。

善悪、道徳、そう言う物をきちんと教えておかないといけない。

脅威だから、と言って迫害すれば、それこそ、敵対する者に容易に牙をむける存在になる。

それは、ニュータイプでも、古いタイプの人間でも、同じことだ。

570: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:57:06.69 ID:p5dyD009o

「私も、能力があるからこそ、真摯に向き合っていくべきだと思います。

 私たちは敵対するものではないと、能力の有無にかかわらず、同じ人類として、

 一つの仲間として扱っていくべきだと思います…

 もしかしたら、ここでの研究も、本来は、するべきことではないのかもしれない…」

思わず、そんなことを口にしてしまった。だが、間違っているとは思わなかった。

彼らに、人としての尊厳がどれほどあるのか?そう問われたら、私には、答えるすべがない。

それが、すべてなんじゃないか…

「軍事転用は、やっぱ、違うよなぁ」

ユリウスは言った。この研究所にどれくらいの時期からジオンの資本が入っているのかはわからない。

レオナもまた、ザビ家の血縁であることからも、あの時期にはすでに何らかの介入があったともとれる。

だとするなら、ニュータイプに関する研究や実験そのものが、そもそも軍事転用を目的にされていたものなのかもしれなかった。

「止める方法は、今のところ、ありませんな…」

博士は肩を落として言った。いや…ないことも、ない。それが正しい方法かわからないけど…

彼らの軍事的有用性を否定すれば、あるいは…

「博士は、電子工学が専門でしたね?」

「え?ええ、研究所では、主に思考能力の情報的解析を行っていますが…それが?」

モーゼス博士は、なぜ?言わんばかりの表情で、私を見やる。

「ニュータイプの彼らには、特殊な脳波を発します。

 たとえば、それを頼りに、彼らを殲滅するような人工知能の開発は可能だと思いますか?」

「彼らを殺す兵器を作る、と言うので?」

「いいえ、実際に運用されなくても構わない。いいえ、されない方が良い。

 ですが、開発することで、彼らの軍事的優位性を切り崩せれば、軍事転用は白紙になるかもしれない…」

「ふむ、つまり、普段は人間が操縦しつつ、例えば軍事転用されたニュータイプを感知出来次第、

 人工知能の起動を持ってあの能力に影響を受けずに戦闘を行う兵器、その開発、ということになりますか…」

「ええ」

博士は、じっと考え込んだ。どれくらい経ったか、彼は、何か強い思いのこもった目で言った。

「可能かも知れませんね…」

571: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:57:50.40 ID:p5dyD009o





 0079.2.1

 今日もまた、朝から戦況報告のラジオが鳴っている。

私は、圧し掛かる絶望感を振り払って、ベッドから体を起こした。ユリウスが隣で寝苦しそうな表情でいる。

ラジオを切って、代わりに音楽プレーヤーの電源を入れた。

聞き古されたクラシックの旋律が響き、いっときの静寂が心の中に訪れる。

 先月の三日、ジオン公国が、独立宣言とともに地球連邦政府に対して宣戦布告を行った。

事前に計画されていたのだろう、それとほぼ同時にサイド3へ近いサイドへの一斉攻撃が始まった。

 公国軍はミノフスキー粒子の散布を行い、それによって半ば無力化された連邦兵力に対して、

モビルスーツ、ザクでの近接戦闘攻撃を行った。結果は、予測通りだった。

 瞬く間に戦線は拡大し、連邦軍の駐留しているコロニーは、次々と破壊されていった。

挙句には、コロニーの一つを地球に向けて落下させる暴挙まで働いたらしい。馬鹿としか思えなかった。

そんなことをしていったい、何になるというんだ。

 戦端が切り開かれるのとほぼ同時に、サイド6は中立宣言を行い、両国はこれを合意した。

ここにジオン贔屓の研究所があることを考えれば、この中立宣言も、どこか胡散臭く感じてしまう。

ここには、すでに、モビルスーツも、モビルアーマーと呼ばれる次世代兵器の試験プランまで舞い込んできているというのに。

 私とモーゼス博士の実験は、間に合わなかった。

いや、正確に言えば、まだこの研究所から実戦に送られた子ども達がいない分、時間はあるともとれるが、

それもおそらく、ほんの僅かだ。

 EXAMシステム、と名付けられた人工知能は、完成を見せた。レオナの友達、マリオンの犠牲を以って…。

今は、それを搭載する機体の選定に入っているが、理論上、今のザクではフレームや間接の強度が足りない。

システムの出力を落とすかでもしない限りは、とてもじゃないが実用は出来なかった。

572: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:58:42.70 ID:p5dyD009o

「…朝、か」

ユリウスが目を覚ました。私は、彼女の髪を撫でつける。ユリウスもまた、落ち込んでいた。

 開戦の直前、この研究所には、耳をふさぎたくなるような実験計画がたびたび持ち込まれた。

クローン、薬物や精神手術による能力強化、人体実験、エトセトラ。

 もちろん、それを行うよう指示されるのは、担当のユリウス達。彼女は、猛烈にそれに反対した。

だが、上層部は、彼女を切り捨てなかった。切り捨てるには、ユリウスは知りすぎていた。

彼女はそれを察知していた。だからこその反対ではあったのだが、行き過ぎは命に関わった。

ユリウスもそのギリギリのラインで必死に戦った。その結果、レオナを、試験対象から外すことに成功した。

でも、その代償として研究企画室への異動とともに、一つの計画の片棒を担がされた。

 古い神話の、神々から力を得た、狼の姿をした戦士たちの名を取った、ウルフヘズナル計画。

計画の名称自体が、異常だ。暗に、自分たちが神だと言わんばかりじゃないか。

 計画の内容は、簡単。遺伝子操作によって、肉体やニュータイプ能力の強化を施したクローンの作成。

しかも、依りによって、オリジナルとなるのは、レオナだ。

上層部としたら、レオナを放棄する条件として、代わりになる物を手に入れようとしたのだろう。

レオナに直接手を下そうとすれば、私やユリウスが黙っていないのはあいつらも分かっているはずだから。

 ユリウスは、悩んだ末に、その指示を受け入れた。レオナからips細胞を取り出して、その中の遺伝情報を操作した。

細胞は空になった卵子に入れられ、代理母の子宮へ着床された。

 レオナは、ちゃんと、私達の部屋に戻ってきた。

嬉しかったけど、だけど、心のどこかには手放しで喜べない自分がいた。

サイコミュの着想と開発、ユリウスの研究やクローン胚作製の作業。

私たちは、今まで、何をしてきたのだろう?実質、ここでの研究は、ただ単に、戦争の準備をしていただけじゃないか。

その事実が、私達に重くのしかかっていた。そして、開戦してしまった今、それを挽回することなど、不可能に近い。


 私はただ、宇宙空間での作業を安全に行えるようにしたかっただけなのに…

ユリウスは、人類の進化を見ていたかっただけなのに…

私たちは、そのことばかりに集中していて、もっと肝心な、もっと巨大なものをみることができなかったんだ。

 カチャッと静かな音がして、ドアが開いた。

「ママ、ユーリ、おはよう」

レオナが、笑顔で部屋にやってきた。

「おはよう、レオナ」

私も笑顔を返して、両腕を広げて、レオナを迎え入れる。レオナはピョンと、私の腕の中に飛び込んできた。

そのまま、ベッドに倒れ込む。ユリウスも、レオナを私ごと抱きしめてくる。

573: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 22:59:30.12 ID:p5dyD009o

 この時間も、そう長くは続かないだろう。ニュータイプの実戦投入の準備が整いつつある。

時が来れば、レオナも、私達を殺してだって、連れ出される。反抗すれば、強化手術と言う手法もある。

チェックメイトまで、あと数手、だ。私たちにはもうほとんど、打つ手はない。

「ママ、ユーリ」

レオナが静かに口を開いた。

「ん、どした?」

ユリウスが、レオナにそうたずねる。

「…私、怖い…」

レオナは震える声で、そう言った。

「人の声が、たくさん聞こえる。苦しい、怖い、ってそう言ってる…」

腕の中のレオナは、かすかに震えていた。

 ニュータイプ能力で感じるんだ。戦死者の声を、苦しみを…。

 私は、レオナにまわした腕に力を込めた。

「大丈夫だよ、レオナ。私とユーリがついてる。怖がらなくっていい」

「そうだな。いざとなったら、三人で逃げ出しちまえばいいさ」

ユリウスも、そう言ってくれた。逃げ出すことすら、簡単ではない。当然、私達は見張られているだろうから。

 そう、だから、もしものときは…レオナ、あなただけでも、生きていれば、それで…。


それで、いい。


574: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 23:00:35.35 ID:p5dyD009o


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クルスト=モーゼス博士 脱走、亡命に関する報告書 概要


 UC0079.9.22に発生した脱走事件について、脱走に際して、以下の資料が持ち出された形跡が発見された。
・モーゼス博士の独自研究による人工知能に関する研究資料
・NT-001(レイラ・レイモンド)に対する強化手術式に関する資料


また、以下の被験体の持ち出しも確認された。
・EXAMシステム被験体、マリオン=ウェルチ
・遠隔感応遺伝子検討実験、実験体、レオニーダ=パラッシュ


なお、脱走に絡む武装禁止区域外での戦闘で、貨物シャトル一機の撃墜を確認。
搭乗していたとみられる、以下のスタッフについては行方不明。
・エトムント=バシュ博士
・アリシア=パラッシュ博士
・シェスティン=フランソン研究員
・パオラ=ヒノモト研究員
・サブリナ=ジェルミ飛行士


加えて、脱走にあたり、所属不明のジオンMS部隊と当研究所の試験機が交戦した。
現在、軍部に確認して当該部隊の割り出しを依頼している。
撃墜に成功したMS部隊機2機の残骸はすべて当該部隊により回収されている。

交戦した当研究所のエルメス1号機は被弾、大破のため、回収後、処分。テストパイロットは死亡。
公式記録には、ビットの暴走による自爆と表記。
戦闘データのバックアップは回収し、現在組み立て段階の2号機への調整対応で反映する予定。


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575: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 23:02:26.63 ID:p5dyD009o




 それらしい資料を見てからのレオナは大変だった。頭を抱えて苦しむわ、泣いたり笑ったり錯乱するわの大騒ぎ。

あまりの騒ぎに起きてきたマリがレオナを見たときの怯えた表情もかなり壮絶だった。

なんとかレオナを落ち着けた頃にはあたし達は再びサイド3の港に到着して、シャトルをケージに係留し終えていた。

「大丈夫?」

あたしは、ギャレーで淹れた紅茶にハチミツをいっぱい入れてレオナに差し出す。

レオナは黙ってうなずきながら、それを口に運んでため息をついた。

それから、沈んだ声色で一言

「私、記憶操作、されてたんだね…」

と、呟いた。

違和感は感じていた。

レオナは昔の話をたくさんしてくれてきたけど、

そのどれもが断片的で深く聞こうと思えば思うほどうやむやな言葉ばかりが出て来ていた。

レイチェルのことも、両親のことも。本当に確かだったのは、マリ達のことだけだった。

あるいは、それが記憶を操作される直前の、一番新しい鮮明なものだったからなのかもしれない。

 人為的に隠されていた記憶が噴出したときのショックを考えれば、あんなに取り乱したって仕方ない。

 それにしても…あたしは、これまで目を通してきた記録を思い出す。

レオナは、間違いなく、そのアリシア・パラッシュという研究者に愛されていたんだ。

それこそ、アヤさんがレナさんやレベッカを守ろうとしたように、アリシア博士は、命をかけて、レオナを守って、

地球圏に送り出した。同僚の亡命を手助けして…。彼女に、どんな覚悟があったんだろう。

 自分の立場や、命や、仲間や、そういう大事なものを振り捨ててまでレオナを助けようとした彼女は、

まるで、あたしやアヤさん達がしてきたことと一緒だ。でも、彼女はあたし達とはちょっと違う。

たった一人で、誰の支援もない中で戦い抜いたんだ。

アヤさんやレナさんのために、あたしは自分の命を掛けられるかな…

そりゃぁ、いざとなったらやるかもしれないけど…でも、絶対にそれ以外の道を必死で探すだろうな。

それは、良い言い方をすれば諦めないってことだけど、素直な気持ちをいえば、恐いからだ。

出来ればそんなシチュエーションには遭遇したくない。

576: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 23:03:50.11 ID:p5dyD009o

 アリシア博士は、亡命したかっただろうな。生きて、レオナと一緒に地球へたどり着きたかっただろう。

 もしかしたら、レオナに施された記憶操作は、クルスト・モーゼスという博士の親切心からだったのかもしれない。

その出来事を聞かされたか、聞かされる前だったか分からないけれど、

レオナの心を守るために、家族の記憶を封印してくれたのかもしれない。

今のレオナのように、それを受け入れる準備が整うまで…。

 レオナは紅茶をグッと飲み干して、あたしの目の前に突き出してきた。お代わりを要求しているようだ。

あたしは、とりあえずポットでもう一杯紅茶を入れてあげる。

それに口をつけたレオナは、ふと、視線をあたしの背後に走らせた。

 振り返るとそこには、マリが居た。マリは、オドオドしながら、扉の影からこちらをのぞくようにして見つめている。

 「マリ、ごめんね。もう大丈夫」

レオナは笑っていった。その表情にあまり力はなかったけど。

 それを聞いたマリが、やっぱりオドオドしながら、あたし達の方に歩いてきた。

レオナの腰掛けていたソファーの隣に座って、戸惑いながら、レオナの手を握った。

「姉さん、悲しかったの?」

マリがそう尋ねる。そう、あのときのレオナから漏れていた感情は、悲しみに似ていた。

でも、ただの悲しみだけじゃなくてもっと複雑で激しい感じだったけど。

 「うん」

レオナは静かにそう返事をして、やんわりとマリを抱きしめた。

マリは抵抗することなく、力を抜いてレオナに身を任せる。レオナは、マリに回した腕に力をこめた。

「マリ…私達のお母さんは、立派な人だったよ…実験のためだけに、私を産んだんじゃなかった。

 私を愛して、守ってくれた。私は…やっぱり、道具なんかじゃ、なかったんだ…」

レオナはそういいながら涙をこぼした。それからクスっと笑って

「マリは、お母さんを知らなかったんだったね。ごめん、分からないことを言って」

とマリを開放する。でも、マリはレオナの手をとったまま、まっすぐにレオナを見据えて言った。

「分かるよ。姉さんは今、悲しいけれど、寂しくはない。そうでしょ?」

マリは穏やかな笑顔で笑った。でも、それからシュンと不安げな表情になる。

「わたし達は、道具として生まれて来たのかもしれない。だから、いつも寂しいんだろうなって思う…

 姉さん、わたしも、姉さんと一緒にいたら、そうじゃなくなれる日が来るかなぁ?」

マリの瞳は、涙に震えていた。レオナはまた、ギュッとマリを抱きしめた。

「うん。約束するよ」

レオナも、震える声でマリにそう伝えた。

 あぁ、ダメだ、あたし。じっとしてらんないよ…こんなの!

 そう思った次の瞬間には、あたしは、二人に飛びついて力いっぱい抱きしめていた。

「レオナも、マリもあたしが守る!守ったげるから…大丈夫…大丈夫だよ!心配なんてしなくていい!

 だから、だから…もう、泣かないで…!」

そんなことを叫んでいたあたしが、レオナよりもマリよりもひどい顔をして泣いていたらしいけど、

まぁ、そんなことは気にしない。

レオナたちが笑顔になってくれれば、あたしだってすぐに負けないくらいの明るい顔で笑ってやれるんだから!


577: ◆EhtsT9zeko 2013/08/14(水) 23:04:16.40 ID:p5dyD009o


つづく。


 

580: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:08:20.34 ID:oUgkPfPRo


 「あぁ、いっぱい泣いちゃったなぁ」

レオナは、アイスクリームを頬張りながらまるで他人事のようにそうつぶやいた。

 ルーカスは、シャトルの整備を済ませて、キャビンで寝こけているはずだ。

マリももうずいぶん前に、寝室でレオナに添い寝されて再び眠りに落ちた。

一緒に寝るものだと思っていたのに、レオナはしばらくしてラウンジに戻ってきた。

あたしは、資料をさらにくまなくチェックしている最中だった。

 ギャレーから持ち出したアイスクリームを自分の分だけお皿によそってひたすら食べ続けながら

レオナはポツリポツリと、昔の話を始めた。たぶん、話したい気分なんだろう。

 アリシア博士と、一緒に住んでいたエビングハウス博士の話、一緒に公園でピクニックをした話、

自由研究を言いつけられた話、住むところが変わって、動揺したアリシア博士をなだめた話…

どれもこれも、暖かな思い出の様で、聞いているあたしも、なんだか和んだ。

すこし悲しかったけど、でも、それを話すレオナの表情は明るくて、満ち足りた穏やかなものだった。

 ふと、話しながら、彼女が首から下げていたチョーカーをいじっているのに気が付いた。

あれって、レベッカの写真を入れてた記憶媒体、だよね?でも、待って。

今の話だと、確か、アリシア博士にもらったチョーカーってのも、それ、だ、よね?

 え?あれ…?ちょ、ちょっと、待ってよ…?

 

581: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:08:54.04 ID:oUgkPfPRo

 「ね、ねぇ、レオナ」

あたしは、何かを感じて、聞かずにはいられなかった。

「ん、なに?」

「そのチョーカー、アリシア博士にもらったもの、なんだよね?」

「あぁ、うん、そうだよ。ママがくれたの」

レオナはニコッと笑ってそう答える。

 ってことは、アリシア博士は、レオナに、記憶媒体だって分かっててそれを渡したってことだよね…

…まさか、ね…でも、ありえない話じゃない…よね…?

「レ、レオナ、ちょっとそれ、貸してくれないかな?

 ほら、レベッカの写真見せてくれた時みたいに、パキッて外して…」

「え?良いけど…」

レオナは、なんの疑問も持たずに、首につけていたチョーカーのヘッドをパキッとひねって、あたしに手渡してくれた。

「これの中身、見るけど、良い?」

「えぇ?うん、写真くらいしか入ってないけど…どうして?」

レオナはスプーンを咥えたまま、首をかしげてそんなことを言った。

レオナ、そんなカワイイポーズであたしを誘惑してる場合じゃないかもしれないよ!

 あたしは、チョーカーのヘッドをコンピュータに差し込んで、中身を確認した。

そこには写真のデータが分けられて入っている。一見して、何も変なところは見当たらないけど…

…でも、この表示じゃ、分からない。

 あたしはキーボード叩いて、一度画面を閉じ、それから、ロジック表示に切り替える。

データの階層構造が、画面に文字列で表示された。その文面に注意深く目を走らせる。

「なに、どうしたの、マライア?」

レオナは、アイスクリームを乗せたスプーンをあたしの目の前に差し出しながらそんなことを聞いてくる。

 そのスプーンに食らいついて、冷たいアイスクリームを味わっていたら、見つけた。

やっぱり、あった…!

背中に、ゾクゾクとした何かが走った。

 

582: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:09:35.13 ID:oUgkPfPRo

 これは…ずいぶん高度に暗号化されているけど、明らかに、何かのデータだ。巧妙に隠蔽されている。

おそらく、独自のOSを使って作ったデータを暗号化したうえで、記憶媒体の基本システムの合間に入れ込んだんだ。

16進法…いや、違う。これは…32進法のロジックをテキストデータにしてからさらに16進法で変換しているの…?

そんなに大きいデータってわけじゃなさそうだけど…

 あたしは、ロジックの内容を一度、テキストソフトにコピーして、丁寧にそれを分解して計算しなおす。

16進法は、解けた。やっぱり、このロジックは32進法…これをもう一度計算し直して…

 出てきたのは、見たことのない、不可解な文字列…これは、見たことのない暗号コードだ。

やっぱり、このデータを作ったOSじゃないと、解き様がないのかな…

 「なに、これ?」

レオナが画面を見てあたしに聞いて来た。

「レオナのチョーカーに隠れてたデータ。

 ママがこれをくれたのなら、何かが隠してあるんじゃないかと思って探してみて、

 それっぽいのはあったんだけど、あたしじゃぁ、暗号がわかんないんだ」

どうしよう?ダリルさんにデータを送って解析してもらう?でも、もしかしたら、かなりヤバイ内容かもしれないし…

巻き込むのは、ダメだよね。だとすると、暗号の傾向から基本OSを再現する必要があるかもしれないな…

時間もかかるだろうし、そもそも、そんなことはさすがにうまくいく気がしない。

いくらあたしが、ダリルさんやアヤさんに情報技術について叩き込まれていたとしても、

相手は比べものにならないくらいのレベルの技術者。そんな人の考えた暗号が、果たしてあたしに解けるんだろうか?

「んー、これってさ、言葉遊びみたいなものじゃない?」

「へ?」

難しい顔をしながら画面を見ていたレオナが、そんなことを言いだした。

「こ、言葉遊び?」

「うん、そう。こういうの、良く、ユーリとやったんだよね…例えばさ」

レオナはそう言いながら、スプーンの先っちょでモニタを差して

「この記号、なんていうのかな、ほら、数字が割り当てられるじゃない?」

記号に、数字…?それって、テキストデータの文字コードのこと?いや…もしかして…!

「だとしたら、これは2302番だよ」

「それをさ、アルファベットに置き換えるんだよ。それで意味が通らなかったら、逆順かもしれないけど」

レオナは、スプーンをフリフリしながら解説してくれる。

全部の文字と記号を、テキストコード化して、それをアルファベットに置き換える。

…暗号と言えば暗号だけど、ひどくアナログだ。デジタルばかりやってる暗号解読では決して解けない方法…。

でも、それでこそ、このデータを残した意味が量れる。これは、レオナに解けるように作られた暗号なんだ…

 あたしは大急ぎで文字列をコードに置き換える。

レオナはそんなあたしの作業を見守りながら、ときどきアイスクリームを乗っけたスプーンを口元に押し付けてきた。

いや、レオナ、こういう時に甘いのは大事だけど、今はそんなにいらないから!

583: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:10:37.12 ID:oUgkPfPRo

 全部の数字が出そろった。前からアルファベットに置き換えてみるか…ダメだ、意味通らない。

「逆順だね」

レオナが言った。あたしは、数字の列を逆からアルファベットに置き換えていく。

「ア…ス…テロイ…ド…ベ…ル…ト…へ…タ…ツ………ユー、リ…」

あたしと、レオナは声をそろえて、そう読み上げた。


 アステロイドベルトへ、発つ…!


エビングハウス博士が、そう残したの…?そうか、このデータを残したのは、チョーカーを渡した日じゃないんだ。

レオナの話では、一度3人の暮らしに戻れた時期があったらしい。

きっとそのとき、亡命の計画を立てた時点で、こっそり仕掛けた…

確かに彼女が亡くなったって情報は出て来てない。

そもそも、レオナやアリシア博士が研究所を脱走した時点で、エビングハウス博士にも疑いの目が行くのが自然だ。

だけど、訴追した形跡も、殺害した記録も残っていない…

そうだ、レオナ達の脱走騒ぎを支援した後か、あるいは同時に、それを隠れ蓑にして、研究所から抜け出したんだ…!

混乱に乗じるのは隊長の良く使う手…その成功率は、身を以って体験済み。これって、もしかして…もしかして!

「もしかして、ユーリが生きてる、かも…?」

レオナがポツリと口にした。

「そうだよ、レオナ!エビングハウス博士は、あなた達が亡命するのと同じタイミングで

 無事にあのコロニーを脱出出来ていたのかもしれない!」

あたしは、興奮してレオナの方を振り返った。レオナは、目に涙をいっぱい溜めていた。

「マライア…アステロイドベルトって…遠いの?」

遠いけど、このシャトルでもいけない距離じゃない…でも、、気がかりなのは、そこじゃない。

その当時にアステロイドベルトに逃亡したってことは、アクシズへ逃亡したというのと同じ意味だ。

でも、アクシズは先の戦闘以降は、連邦の手に落ちたと聞いている。

そこに居たとしたら、逮捕されているか…それとも難民収容コロニーに送られているか…

いや、それは連邦のデータベースに侵入すればわかることだ。

とにかく今は、アステロイドベルトじゃなく、この地球圏にいる可能性が高い。

「アステロイドベルトっていうのは、アクシズのことだよ、レオナ。

 今回の戦争に巻き込まれているかもしれないけど…博士はきっと生きてる。

 こんなメッセージを残すくらいだもん。諦めて死んじゃうような人じゃないはずだよ。

 今も、きっとどこかで生きていて、あなたを待ってる…」

あたしはレオナにそう言った。レオナは、全身を震わせながら、なんども、なんどもうなずいた。




584: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:11:11.24 ID:oUgkPfPRo




 翌朝、あたしはPDAでジュドーくんに電話を掛けた。

サイド3へ戻る約束をしていたのは明日だから、まだジュドーくんはここにプルツーと一緒に居てくれているはずだ。


 数回コールが鳴って、電話に出た。

「マライアさん?」

ジュドーくんだ。

「あぁ、ジュドーくん?ただいま!」

「早かったんですね。明日って話じゃなかったですっけ?」

あたしが挨拶をしたら、彼はそんなふうに言って、こっちのことを気遣ってくれるようなことを言ってくれた。

優しい子だなぁ。

「うん、そうだったんだけど、意外に首尾よく運んだってのもあってね」

「そうだったんですね。それで、欲しかった情報ってのは、手に入ったんですか?」

「うん。そのことで、ちょっと話があるんだ。良かったら、会えないかな、プルツーと一緒に」

あたしは、ジュドーくんにそう頼んだ。

これからあたし達は、情報を集めて、ネオジオン残党の居場所を突き止めて、そこへ乗り込むつもりだ。

こればっかりは、さすがに、危険を伴う。

プルツーにも説明しなきゃいけないし、死ぬようなことはしないけど、でも、もうここへ戻ってこれなくなるかもしれない。

すこし、苦しいけど、プルツーに、選んでもらわなきゃ、いけない。

「あぁ、ちょうどよかったです。俺からも、話があって…。ホテルの一階のカフェにいます。待ってますね」

ジュドーくんから、話?なんだろう、ジュドーくんも忙しくなるのかな?

それとも、プルツーに関して、思うところでもあるんだろうか?

まだ14歳だっていうけど、でも、彼になら彼女を任せても、心配はないけど…でも、うん、とにかく、会って話をしよう。

いろいろ考えるのは、そのあとでも良い。

「わかった。これから行くから、すこし待っててね」

あたしはそう伝えて電話を切った。

「ジュドーなんだって?」

マリが電話を切ったあたしに、聞いてくる。。

「うん、カフェで待っててくれるって」

あたしが言うと、マリはピョンと飛び跳ねて

「カフェ!?やった、ご飯!」

と喜んだ。うーん、マリ、今日ばっかりは、楽しい気分で食事させてあげられるって保証はできないよ。

プルがどんな反応するか、ちょっとまだ読めないんだ。

 そんなマリに苦笑いを返したあたしのところへレオナがやってきて

「あんまりはしゃいじゃダメだからね。他のお客さんに、迷惑になっちゃうから」

とマリをたしなめた。うん、まぁ、テンションあがっているところから一気に下まで落ちるより、

そこそこのところから落ちた方がショックは小さくて済むしね…

マリのことは、とりあえずテンションを上げさせないように気を付ければ大丈夫か。

 そう思い直して、レオナを見やる。彼女はあたしの目を見て、ニコッと笑った。

 

585: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:11:57.17 ID:oUgkPfPRo

 それからあたし達は、そろって港を出て、タクシーでホテルへと向かった。

カフェに入ると、一番奥の席に、ジュドーとプルツーが座っているのが見えた。

「ジュドー、お待たせ」

あたしが声を掛けると、ジュドーがこっちを向いて、無言で手を振ってきた。

 席について、とりあえず、飲み物だけを注文した。

話がある、ってのは分かっていたので、マリは素直に、オレンジジュースを頼んで大人しくしている。

 ふぅ、さて、話をしなきゃな…チラッとレオナを見やったら、彼女もすこし神妙な面持ちでコクッと頷いた。

今日、説明するのはあたしの仕事だ。レオナが出て行くことを言ってしまうと、プルツーの動揺を大きくしてしまいかねない。

できる限り中立のあたしがしないと…。

 「サイド5で、情報を手に入れて来たよ」

あたしは、口火を切った。ジュドーとプルツーは黙ってあたしを見つめてくる。

「そこで、レオナの過去を調べた。いろんなことが分かった…

 レオナがどうして生まれたのか、とか、どんな生活をしていたのか、とか、

 お母さんが死んじゃったってことも、全部わかった…」

「姉さん…」

プルツーが、そう不安そうに声を上げた。レオナのことを心配しているんだろう。それを聞いたレオナは、

「ん、大丈夫だよ」

と明るくプルツーに言っている。

 「…でも、レオナのお母さんと一緒にレオナを育ててくれた、もう一人の女性が、まだ生きてるかもしれないんだ」

「もう一人の女性?」

ジュドーが聞き返してくる。うーん、二人の関係って、うまく説明しづらいよな…。

いくらしっかりしているからって、14歳にそう言う、オトナの難しい状況をうまく飲み込んでもらえるかどうか…

しかたない、当たり障りない程度にしておこうか…

「説明が難しいんだけど…育ての親、みたいな人、かな」

あたしがそう言ったら、ジュドーは納得したようで「ああ」と声に出しながらうなずいた。

「その人は、たぶん、9年前の戦争のあと、アクシズに逃れている。

 今回の紛争でどうなったかって足取りはつかめてないんだ。

 でも、あたし達はレオナとその人を会わせてあげたいって思ってる。

 だから、今度はサイド3を拠点にするんじゃなくて、宇宙をあちこち彷徨うことになると思う」

あたしは、コクッと息を飲んだ。あぁ、これ言うの、イヤだな…。

「だから、プルツー。あたし達は、近いうちにサイド3を出る。だから、あなたに選んでもらわなきゃいけない…」

あたしはプルツーの顔を見た。思ったほどの動揺はない。むしろ、キュッと真剣な顔をしてあたしを見つめ返してきている。
 

586: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:12:25.19 ID:oUgkPfPRo

 「そのことなんだけど」

プルツーの反応を見ていたら、隣に座っていたジュドーが口を開いた。

「実は…俺、木星探査船への乗船を志願したんだ」

「え…?」

木星探査…?あの、ジュピトリスへ…?それって…つまり、どういうこと?

「プルツーとも良く話した。相談して、プルツーはマライアさん達にお願いしたいと思ってる」

ジュドーは言った。

 良いの…?本当に、それで、良いの?あたしは、そんな思いがいっぱいになって、今度はプルツーの方を見る。

彼女は表情を変えないまま、話し始めた。

「ジュドーとは、ちゃんと話をした。わたし、マライアちゃん達と一緒に行くことにするよ。

 ジュドーは…家族を亡くしたんだ。たった一人の妹だった。

 だから、家族がどれだけ大事か、って話してくれた。一緒に居たくても、それができない人もいるんだって。

 わたしには、そうなってほしくないんだって。わたし、ジュドーと離れるのは、寂しいよ。

 でも、ジュドーが言ってることも、分かるんだ。だから、わたしは姉さんたちと一緒にいようって思う。

  木星に行っても、3年したら帰ってきてくれるって約束もした。それなら、わたし、待っていられる。

 だから、今は、姉さんたちと一緒にいようと思うんだ」

ジュドーくんは、妹を亡くしてたの…?そんな話、これっぽっちもしなかったじゃない…。

もしかして、ジュドーにとって、プルツーは妹みたいな存在だったのかな…?

もし、もしだよ?本当にそうだったとしたら、あたし、すごくひどいことをしているんじゃない…?

 そんな思いで、あたしはジュドーくんを見た。ジュドーくんは、笑った。それから

「任務が終わったら、すぐに会いに行きます。だから、プルツーを、頼みます」

と、あたしとレオナをまっすぐに見つめて言ってきた。

 そんな目をされたら…飲むしか、ないじゃない…。

「プルツーは、それでいいのね?」

レオナが、穏やかな口調で、プルツーに聞いた。

 プルツーは、黙って、口をへの字にしてうなずいた。

 辛くない、なんて言ったら、ウソだろうな…。絶対に寂しいし、悲しいだろう…

でも、もしかしたら、逆にジュドーくんに着いて行くことにしていたって、彼女は同じ顔をするかもしれない。

そもそも、そう言うことを迫っていたんだ、あたしは。どうにか、うまい案があればよかったけど…

でも、残念ながら、どうしようもない。

 うん…そうだよね。どっちを選んだって、辛いんだ。

でも、あたし達を選んでくれたんだったら、あたし達が責任を持たないとね。

プルツーに後悔させないように、レオナと一緒で、良かったって、思ってもらえるように。

 「わかったよ、プルツー。じゃぁ、あたし達と一緒に、行こう」

あたしは、自分にできる、最大限の笑顔を作って、プルツーにそう言ってあげた。

それを聞いて彼女は、今日初めての笑顔で応えながら

「うん!」

と返事をしてくれた。
 

587: ◆EhtsT9zeko 2013/08/15(木) 22:12:55.08 ID:oUgkPfPRo

 その二日後、あたし達は、港でジュドーとお別れをすることになった。

 プルツーは最後まで泣かなかった。泣くのをずっと我慢していたけど、それでも、泣かずに、

出来るだけ笑顔でいた。それはやせ我慢なんかじゃないってのは、なんとなく伝わってきていた。

プルツーは、ジュドーくんといるのが、本当に楽しかったんだな…

だから、たぶん、最後まで彼と笑って過ごしていたかったんだろう。

 シャトルに乗り込んで、ケージがシールされて、宇宙へ続くハッチが開く。

窓の外のジュドーくんが、どんどん視界から遠ざかって行って、ついには見えなくなった。

 そのとたん、プルツーは大声を上げて泣き出した。まぁ、そうなるよね…良く頑張ったね、プルツー。

あたしは、彼女の頭をなでてやる。と、フワリとあたし達の前に、マリが浮いて来た。

マリは、プルツーの後ろからそっと彼女の肩に両手を置いた。それからそのままマリは、後ろからプルツーを抱きしめる。

 マリは、何も言わなかった。プルツーも何も言わなかった、大声で泣いてはいたけど。

もうしかしたら、「アレ」で語りかけてるのかな…

あたしは、二人に感応しようと思って、感覚を研ぎ澄ませ始めたところで、思いとどまった。

二人の関係に、あたしが入り込むなんて、無粋かもしれない、なんてことを思ったからだ。

せっかく、マリがプルツーを慰めようとしてるのに、水を差したくなんてない。

マリだって、いろんなことを考えてるんだ。

彼女なりに、姉で、自分自身でもあるプルツーを助けたいって思ってるんだろう。

手を貸してあげるのは簡単だけど、それって、違うよね。

 レオナも言ってたし、隊長も言ってくれたし、あたしもそう思う。

自分に何ができるのかって、それを考えることが大事なんだ。それがきっと、この子達を大人にしてくれる。

お手本になれるかどうかわかんないけど、あたしやレオナが、すこしだけそうなれたみたいに、ね。

 あたしは、マリの肩を叩いた。マリが顔を上げてあたしを見る。

「プルツーを、お願いしても良い?」

あたしが聞いたら、マリは穏やかな笑顔を見せて、小さくうなずいた。

 あたしは、プルツーをマリに託して、レオナの手を引いて操縦室へと向かった。のんびりもしていられない。

すぐに、カラバにエゥーゴに連邦のデータベースへアクセスして、情報を漁らなきゃいけない。

エビングハウス博士が今、どんな状態にいるかわからないんだ。

 場合によっては、人呼んでカラバの隠し兵器、ティターンズのお喋り悪魔、連邦の泣き虫エースのこの

マライア・アトウッドが、邪魔するやつを根こそぎぶっ飛ばしてやる!

ジオンだろうが、アクシズだろうが、連邦だろうが、たとえエゥーゴやカラバだって、

一緒に居たいって家族を邪魔するんなら、あたしは絶対に許さないんだからね!




 

602: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:15:55.17 ID:woWQEVjWo

 ガタガタと風雨を防ぐための雨戸が音を立てている。びゅうびゅうという風の音と、激しい雨音も聞こえてきている。


私はホールにいた。アヤは、ロビンとレベッカを寝かしつけながら一緒に眠ってしまった。

昼間、ハリケーン対策で走り回っていたから、疲れていたのだろう。

アヤは、こういう嵐をあまり好きにはなれないみたいで、

ハリケーンが来るたびに憂鬱そうな顔をしてあれこれとせわしなく動き回るんだけど、私は、あまり嫌いではなかった。

もちろん、天災だから注意はするし、備えもする。

だけど、こんなのは気象を管理されているコロニーでは起こらない現象だ。

たとえどんなにひどいハリケーンでも、それは、私達が身を寄せ合って、

この青い地球に住んでいるから、体験できることなんだ。

それに、嵐は嵐で、青い空と海と同じように、それなりの風情があって、良い。

たとえば、ホールに響いている雨戸のがたつく音と、雨風の隙すさぶ音がそうだ。

 ホールの電気は消して、小さな電池式のランタンと灯しながら、私はボーっと、ホールのソファーに腰掛けていた。

マライアのことを考えながら。

彼女たちが出かけて、もう一か月以上になる。

毎晩、ってわけでもないけど、2日に一度はメッセージを送ってきて、無事で、元気でいるのは分かっている。

戦争も終わったみたいだし、それほど心配をしているわけでもなかった。アヤもアヤで、

「あいつは、やると言ったら、やるやつだ。アタシよりもガンコなやつだからな」

なんて言って、笑っていた。ガンコ、っていうより、忠実なんだと思う、自分自身の気持ちに。

なんて、そんなことを思ったのを覚えている。

 パタン、と音が聞こえて、ホールに人が入ってきた。シイナさんだった。

「悪いかったね、シャワーまで借りちゃってさ」

シイナさんは、バスタオルで髪を拭きながらそんなことを言ってくる。

「ううん、気にしないで」

私はそう答えて笑ってあげた。

 シイナさん達は、今朝方、アルバに戻ってきた。

アイルランドはひどい状況だったらしいけど、生存者もそれなりにたくさんいて、ハロルドさんと一緒になって、

他の現地の人やボランティアの人たちと一緒に、避難所の運営や救助作業なんかを手伝っていたらしかった。

一週間ほど前にやっと本格的に現地に軍や政府の支援が入ってきたらしくて、それを見届けて、アルバ島に戻ってきてくれた。

正直、マライア達よりシイナさん達の方が心配だったから、無事に戻ってくれたことが嬉しかった。

でも、タイミング悪く、今日はハリケーン。

シイナさん達は、つかれた体のまま家のハリケーン対策をしたり、忙しくしていたので、

私は夕飯を準備してウチで食べようと誘ってあげた。

結果、食べ終わるころにはハリケーンがひどくなってしまって、

歩いて3分の二人の家に帰すのも危ないかもしれないから、今晩は泊まって行けば、と言うことになった。

603: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:16:57.04 ID:woWQEVjWo

「どうしたのさ、真っ暗にしちゃって」

「うん、なんだか、そんな気分でね」

そんなことを話しながら、シイナさんは私の座っていたソファーに腰を下ろした。

「なにか、飲む?」

「あぁ…悪いね、なにかあるかい?」

「うん、バーボンで良い?」

「あぁ」

私はシイナさんの返事を待って、キッチンへ向かってバーボンとグラスを二つに、ロックアイスを持ってホールに戻った。

 氷の塊をグラスに放り込んで、それから、バーボンを注ぐ。

シイナさんはその片方を手に取って私に向かって掲げてきた。

なんだか、らしくなくて、クスっと笑ってしまったけど、私はカチンとグラスを合わせて、バーボンに口を付けた。

 「ふぅ」

シイナさんが、そう声を上げる。

 カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。

 「アイルランドは、どうだった?」

私は、二人が帰ってきてから聞きあぐねていた質問をしてみた。

ロビン達が起きていて、なんとなく聞けない感じだったから、避けていたけど、今なら大丈夫だろう。

「あぁ、うん…ひどいもんだったさ」

シイナさんは、うなだれて答えた。

「絶望的な光景は見慣れたと思っていたけどね…強烈だったよ、実際…一面、なんにもありゃしないんだ。

 ぽっかり空いた穴と、元がなんだったのかさえわからない金属片だけが散らばってて、ね…」

シイナさんが見ただろう景色は、テレビ放送で何度も流れていたし、容易に想像が出来た。いや、景色だけじゃない。

その場所に立ちこめていただろう、気配すら、私には手に取るようにわかった。

「報道じゃ、何千万人って話さね、死んじまったのが、さ」

シイナさんは、空になったグラスにバーボンを注ぎながらそう話す。

「けが人は、もう、数える意味なんてありゃしなかったよ。それこそ、見渡す限り、さ」

私は、バーボンを味わいながら、シイナさんの話に耳を傾ける。

コロニーが落ちた、と聞いたその日、私は、いてもたってもいられなくなった。

だって、それは、ただの繰り返しにすぎなかったからだ。

前の戦争で、私達の祖国は、あの巨大な塊をこの地上にたたきつけた。何億もの人々を犠牲にした。

それは、いくらアヤが「どうすることもできなかったことだ」、と言ってくれても、変わらない事実。

それと全く同じことを、ネオジオン、と名乗る集団が行った。止めることはできなかった。

でも、せめて、あのときにできなかったことを、侵略者としてこの地球に降り立った私とは違ったことをしたかった。


604: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:17:36.99 ID:woWQEVjWo
 前の戦争で落とされたコロニーを、住民を虐殺してまで奪取させられたシイナさんにとっては、

もっとつらい出来事だっただろう。でも、だからこそ、彼女はあの地へ行ったんだ。シイナさんは、いつか言った。

「私は、死なせちまった以上の人を助けてやんないといけないんだ」

って。

その命に代えても、罪が雪がれるでもないけど、それでも、ひとりでも多くの命を救って、

そして、救えなかった人のために、祈らなきゃいけないんだ、って。

その言葉は私の胸にも響いていた。コロニーのことだけじゃない、私も地球方面軍として、緒戦で連邦軍と戦った。

モビルスーツのレバーを引いて、戦闘機や戦車を破壊した。何も疑わずに、なんの疑問も持たずに…

その行為の意味が分かってしまっていたから、私もシイナさんと一緒にアイルランドへ行かなきゃ、と思った。

アヤが止めてくれなかったら、ロビン達を置いて、向かっていただろう。それが良かったのかどうかわからない。

でも、戦争のさなかでも観光客や、時折訪れる傷ついた兵士たちの相手をしていたら、吹っ切れるところもあった。

アイルランドに行かなくても、私には、出来ることがあった。この場所で、そういう人たちを助ける…

この戦いの続く世の中で、誰もが心を休めることのできるこの場所を守ることもまた、

私にとっての、“祈り”なのかもしれなかった。

まぁ、もっとも、アヤと、ロビンにレベッカに、オメガ隊の皆と一緒に居られる嬉しさもあるんだけどね…

でも、それに浸ってばかりいるわけじゃ、ないんだ。

「手当てをしてるとさ」

シイナさんが、続ける。

「ありがとう、なんていうのさ、あいつら。こっちが謝ってやりたいくらいなにの…。

 私なんかに、礼をする必要なんてありゃしないのにさ…」

シイナさんは、かすかに目を細めた。彼女からは、悲しみだけが伝わってくる。

「それはきっと、“許し”なんだよ」

「許し?」

「うん…ありがとう一つで、ひとり分の、許し…」

私が言ったら、シイナさんは黙ってうつむいた。バーボンを、クッと飲み干して、

「許し、か…」

とつぶやく。相変わらず、悲しい感じばかりが伝わって来るけど、仕方のないことかもしれないな。

いつの日かシイナさんが、今の気持ちと、それ以外を割り切っていられるようになれれば…

私は、そう願ってやまなかった。シイナさんのために、そして、死んでしまった人達のために…。

 パタン、と音がした。ホールの入り口の方を見たら、そこには、ロビンが居た。

605: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:18:06.62 ID:woWQEVjWo

「ママ、起きちゃった」

ロビンは目をこすりながら、そんなことを言ってくる。それから首をかしげて

「シイちゃんとお話?」

と聞いてくる。

「うん、お話してた」

私が答えるとロビンはさらに首をかしげて

「大人のお話?」

と言ってくる。ふふ、ロビン、ホントにあなたは、私の娘だね。そう言う気の使い方、私に良く似てる。

「ううん、大丈夫だよ。ロビンもおいで」

「そうさね。こっちへ来なよ」

私が言うと、シイナさんもそう話を合わせてくれる。

ロビンはそれを聞いて安心した表情を浮かべて、私の腕の中にすっぽり収まった。

私はロビンを抱き上げて、膝の上に横向きに座らせて両腕で抱え込む。

ロビンは私の腕に頭を乗せて、すっかりくつろぎモードだ。

 ロビンは、レオナが出かけてしまって寂しそうにしていたレベッカにとても優しかった。

片時もそばを離れずに、あれこれと心配をしては、励まそうと一生懸命だった。

アヤは、気を使いすぎだ、なんて言ってたけど、いいじゃない、って言ってあげた。

その代わりに、私達がロビンを甘えさせてあげれば、これっぽっちも問題なんてないんだ。

 ロビンはほどなくし、私の膝の上で寝息を立て始めた。もう、かわいいんだから。

 そんなロビンをシイナさんとみていたら、不意にテーブルに置いておいたPDAが音を立てた。

メッセージを受信した着信音だった。

「シイナさん、ちょっと見てくれる?」

「いいのかい?」

「うん」

私が頼むと、シイナさんはそう確認してきて、私のPDAを手に取って操作した。それから、クスっと笑って

「宇宙からの報告書だよ」

と、私にPDAの画面を見せてきた。マライアからだ。

606: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:18:36.32 ID:woWQEVjWo


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レナさんへ

 アヤさんにメッセージ送ると返事が硬くてムズムズするから、レナさんに送りました。

やっとの思いで、レオナの生まれが分かったよ。時間が掛かっちゃった。レベッカ、寂しくしてないかな?

 もしそうだったら申し訳ないんだけど、実は、もうちょっと時間がかかりそうなんだ。

レオナを育ててくれた人が、まだ生きているかもしれなくて、今は、宇宙中の情報を集めて足取りを追ってるところ。

 9年前の戦争中に、アクシズに亡命して、今回の紛争があってからの行方を捜しているんだ。

それで、ちょっとお願いなんだけど、もしできたら、ソフィアあたりに、

秘密の集合地とかないかって聞いておいてくれると嬉しいな。

 今はもう、ネオジオン側の人間は、難民コロニーに行っているか、宇宙のどこかに隠れているかしかないと思ってるんだ。

難民コロニーの方は今情報を攫っているんだけど、めぼしいものがなくて、困ってて。

 忙しくしてると思うけど、聞いてくれたら結果報告お願いします。



 寝てるときにメッセージ届いて起こしちゃったりしてたらごめんね。

 あとひと頑張りして、地球に帰るから、待っててね!



                                      マライア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

607: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:19:20.83 ID:woWQEVjWo

「ジオンの集合地、か…聞いたことないな…」

私は、文面を読み終えてそう口にしていた。

 私は、開戦してしばらくしてからの入隊で、入隊直後はすぐにHLVで北米に降下して連邦軍と戦闘になった。

私の知っている退路は、キャリフォルニア打ち上げ基地から、サイド3までのルートくらい。

地球では戦後、アフリカあたりに残党軍がけっこう残っていたって話だけれど、

あれはオデッサを中心としたヨーロッパから撤退した部隊が結果的にあそこに集合してしまっただけで、

なにかの打ち合わせが事前にあったわけではない。

 宇宙の戦闘はほとんど経験したこともないし、そんな集合場所が、本当にあるんだろうか?

 「秘密の集合地、か」

ポツリ、とシイナさんがそう口にした。そう言えば、シイナさんは宇宙を拠点にしてたよな。

何か、知っているのかな?

 私がシイナさんの顔を見つめると、彼女はすこし苦々しい表情をしながら

「L2ポイントだよ」

と言った。

 L2ポイント…ラグランジュポイント2。

ジオン本国のサイド3と月面都市グラナダのちょうど中間ほどにあるポイントだ。

たしかあそこは、ア・バオア・クー建造のときに出た余剰鉱石群を廃棄した場所だ…

デブリが多い上に、月の影に隠れると太陽の光さえ届かなくなる“暗礁”になる。

基本的に航行を避けるべき宙域だったはず…。

「カラマポイントだ。あの戦争の後、生き残った公国軍はあの場所に集まった。

 それから、私達を置いて、アクシズに向かったんだ。

 アクシズの生き残りなら、あの場所を知ってたっておかしくはない。

 探している育ての親、ってのがもし見つからないっていうんなら、そこを探してみる価値はあるだろうさ」

シイナさんは、そう言って遠くに視線を投げ、グラスをあおった。

昔のことを、思い出してるんだな…故郷を追われた日のことを…。

 胸が痛みそうになるのをこらえて、私はPDAのメッセージでシイナさんの今の話をマライアに知らせた。

送信画面を確認して、PDAをテーブルに置く。

 レオナを育てた人、か。だったら、レベッカのおじいちゃんかおばあちゃん、ってことだよね。

そんなことを思ったら、ふっと、脳裏に父さんと母さん、兄さんのことが浮かんできた。

死んだ、って聞かされた家族が生きてたら、きっとどれだけ嬉しいだろう。

レオナは、きっと今は、そんな気持ちなんだろうな。

 レオナ、必ず無事に帰ってきてね…。その育ての親って人がどんな人かわからないけど…なんだか、さ、

変なんだけど、自分の家族みたいに思えるんだよね。当然かな、家族の一員のレオナの親なんだもんね…。

 生きてると良いね、レオナ。無事に、二人でここへ帰ってきてね。

 私は、そう願わずにはいられなかった。

608: ◆EhtsT9zeko 2013/08/30(金) 01:19:46.89 ID:woWQEVjWo

つづく。


 

612: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:40:26.86 ID:8hpv4eXMo
 「プル、大丈夫?」

あたしは、宇宙空間に浮かぶ小さなデブリに掴まって、同じようにしてデブリにしがみついているプルに尋ねた。

「うん…ちょっと、怖いね」

プルはそう言って、キュッと身をこわばらせた。

 宇宙には慣れているあたしも、こんなのは、怖いと言わざるを得ない。

なんたって、モビルスーツなしで、宇宙空間に浮いているんだ。

移動速度の速いデブリなんかに衝突されたりしたら、一貫の終わり。

背中に背負っているランドムーバーと呼ばれる推進装置の出力の計算を間違えれば、これまた、宇宙遭難。

もちろん、接近が敵に気付かれても、たぶん、助からない。

AMBACがシステム的に組み込まれているモビルスーツなら、姿勢制御はある程度簡単なんだけど、

それを生身でやるとなると、そう簡単な話じゃない。

いったんバランスを崩して変な回転でも始めようものなら、それを止めるので一苦労してしまう。

そうなったら、ランドムーバーの燃料の減りも早くなって、計算をし直さなきゃならなくなる。

宇宙空間では、移動状態から停止するだけで、加速時と同じだけの燃料がいる。

それを極力抑えるためには、こうして、低速移動をしながら、デブリ掴まって停止しながら、

慎重に進路を見極めつつ進まなくてはいけない。

 この緊張感は、怖いし、シビれてくる。さすがに、お喋りするのも、忘れてしまいそうだ。

「次は…あのデブリまで行こう」

「うん」

あたしは、今掴まっているやつから、Y軸10時方向にある、ほぼ停止状態と見えるコロニーの構造物だったものらしいデブリを指して言う。

プルの返事を確認して、あたしは慎重にデブリを蹴って、一瞬だけ、かすかにランドムーバーを吹かす。

体が軌道に乗ったのを確認して、続いてくるプルを見やる。彼女も、うまく離れられたようだ。

 ほどなくして、あたしが先にデブリにたどり着く。振り返ったら、プルがすぐそこに迫っていた。

待って、プル、速い!

 そう感じたのもつかの間、プルは、デブリの表面に衝突し、滑るようにその軌道を変えた。

あたしは、目についた出っ張りを握って、反対の腕で、プルを抱き留めて、引き寄せる。

 ふぅ、肝が冷える。腕の中のプルの顔をヘルメット越しに見ると、

彼女は、汗で前髪を濡らしながら、すこし、動揺した表情を見せていた。

 「すこし休憩しよう」

あたしは、プルを抱きしめたまま、そう提案した。プルは、黙ってうなずいた。

 

613: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:41:42.54 ID:8hpv4eXMo
 ジュドーと別れた日に、あたし達はネオジオンの情報を集めるべく、月面都市グラナダに赴いた。

そこで、アムロに協力を仰いで、戦時捕虜や避難民、戦争前のアクシズ巨樹者のリストやらを見せてもらった。

エビングハウス博士が偽名を使っている可能性はおおいにあったので、そのリストを慎重に調べて行って、

あたし達は、ついに見つけた。それは、捕虜でも、避難民のでもなく、居住者のリストにあった。

 軍医として住民登録されている、モニカ・シャリエ、と言う人物だった。

他にも軍医、医者、研究者、とされている人たちのこともしらみつぶしに調査して、

その中で、このモニカ・シェリエの医師免許の顔写真を入手できた。

それが、レオナの記憶していたユリウス・エビングハウス博士の顔と一致していた。でも、そこからがまた大変で。

 博士の居所は、難民キャンプでも捕虜収容所でもなかった。

その所属は、紛争終結直後から行方が分からなくなっている、ネオジオン所属のエンドラ級戦艦内の医療班だということも、そのデータから分かった。

だけど、そのエンドラ級がどこにいるかがわからない。

それこそ、エゥーゴや連邦軍が血眼になって探しているにも関わらず、見つかっていないネオジオン残党戦力が多数あるくらいだ。

 そういうことで、あたし達はエンドラ級の足取りがつかめずに困っていた。

でも、そんなとき、地球に状況報告として送っていたメッセージに、返信が来た。

 レナさんからだったけど、そこには、元ジオン軍中佐の、シーマ・ガラハウ、

今はシイナ・カワハラと名乗っているけど、その人からの伝言があった。

「L2の暗礁宙域、カラマポイントに、ジオンの秘密の集結地がある」

 そのメッセージを見て、ノコノコとこんなところにやってきた。ここは、かつてサイド2のあった位置に程近い。

戦闘によるコロニーの破片を初めとするデプリがあちこちに浮いている。

確かに、隠れる場所が豊富なところではある。

この宙域に来て、しばらくの捜索をしたあたし達は、

博士が所属する班の搭乗するエンドラ級が、デブリに偽装して留まっているのを発見した。

軍用の暗号通信を解読して、おおよその位置を割り出せたのが、幸いだった。

 そんなわけで、今、あたしとプルは、エンドラ級に潜入に向かっている最中だ。

離れたところでシャトルからゼータガンダムで近づいて、手ごろなデブリに機体を固定して、さらにそこからエンドラ級を目指している。

シャトルは、あたし達とは別動で、遭難船として、あとからエンドラに救助要請を出す手はずになっている。

あたしとプルで博士を確保したら、収容されたシャトルに乗せて、それをモビルスーツで援護しながら脱出する手はず、だ。

それにしても、ただでさえ、ノーマルスーツだけの姿で宇宙遊泳なんて怖いことこの上ないのに、

この場所ときたら気味が悪すぎる…プルは、幼いのによくこんな状況で取り乱さずにいられるな。

あたしは、プルの体にまわした腕に力を込めながら、そんなことを考えていた。

 

614: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:42:18.29 ID:8hpv4eXMo

 そういえば、ジュドーくんと別れてシャトルに乗ってから、これまでずっとプルツー、と呼んでいたあたし達に、

彼女が言ってきた。

「わたしのこと、プルって呼んで」

それは、エルピー・プルのことじゃなんじゃ?なんて聞いてみたら、

「もうどっちがどっちとか、関係ないかなって。あたしは、エルピー・プルじゃないけど、プルなんだよ」

なんて言っていた。

 その感覚は、いまいちよく分からなかったけど、

たぶん、エルピー・プルの方の感覚がプルツーにビンビンに伝わった結果、なにか良い変化が起こったんだろう。

彼女はもう、プルツーでも、エルピー・プルでもない、レオナの妹の、プル、として在りたい、

そう思っているように感じられた。

それは、頭で考えると、なんだか引っ掛かることがあったけど、でも、プルの笑顔を見ていたら、それでよかったんだな、と思えた。

 プルが一緒にいるようになって困ったのは、マリと見分けがつかないことだ。

マリの方が、なんとなく馴染んでいるから、多少の雰囲気の差はあるんだけど、

「姉さん」

と話しかけられたレオナが自信満々に

「プル、どうしたの?」

と返したら

「わたしはマリだよ!」

と言われて謝る姿がおかしくて笑わせてもらってる。

本人たちは、半分面白がっているのか、前後の会話の流れ的に絶対にマリなのに

「わたしはプルの方」

と言ってわざと混乱させようとする節もある。

 そんなやりとりを見ているのは楽しかったし、あたしもそれに混ざれることが嬉しかった。家族、か。

あたしも帰ったら、実家に帰ってみようかな。もう1年くらいは戻ってないもんね。

メッセージは頻繁にやり取りしてるけど、レオナ達を見ていると、なんだか顔を見たくなってしまった。

 そのためにも、とっととこんなところからは逃げ出して、あの青い地球に帰りたい。

 

615: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:43:03.93 ID:8hpv4eXMo

「マライアちゃん、わたし、大丈夫」

不意に、プルのそう言う言葉が聞こえた。

「うん、じゃあ、行こうか」

あたしはそう言ってプルをゆっくり開放して、次に飛び移るデブリを探す。次は、正面に見えるあれがいいかな。

 プルを気遣いながら、足場を蹴って、デブリを目指す。

エンドラ級は、もう目と鼻の先。気づかれている様子はない。

ここからは、ランドムーバーは極力使わずに行きたいんだよね。光で気づかれちゃうかもしれないから…。

 次のデブリにたどり着いた。今度は、プルもうまくしがみ付く。

あと、2つか3つ経由できれば、直接エンドラ級に辿り着ける。

 「プル戦艦に取り付くから、慎重にね」

あたしがそう言うと、プルはコクっとうなずいた。

 プルのリアクションを確認してから、エンドラ級を見やる。あのクラスの船だ。

どこかに、メンテナンス用の外部ハッチがあるはず。

モビルスーツデッキや、通常のハッチから潜入するのは、さすがに危険すぎるから、

居住区じゃなくて、そう言う機関の隙間に入り込まなきゃいけない。

そういうのがあるのは、後部のエンジン周りか、対空兵器周りと相場が決まっている。

さすがに、ネオジオンの戦艦の構造図なんて手に入らなかったから、場当たり的な判断が必要になってくる。

 あたしが目指していたのは、後部下方にある、対空砲だった。

ここなら、もしあの場所に目当てのハッチがなくても、エンジンの方へ移動してハッチを探すのに都合がいい。

引き返せないこういう作戦のときほど、保険は大事だ。

 あたしはデブリを蹴った。エンドラ級が近づき、ついには、装甲を止めているリベットの一本一本が見える距離にまでなる。

すこしだけランドムーバーを吹かして方向とスピードを調整して、ノーマルスーツの電磁石のスイッチを入れて装甲に足を付けた。

両足を取られるような形で前につんのめった体を両腕を付いて支えて起き上がって、飛んでくるプルを受け止める。

 なんとか、たどり着けた…ふぅ、と思わずため息が出る。と、ほとんど同時に、無線でプルのため息も聞こえた。

思わず、顔を見合わせて笑ってしまう。

 あたしは、アンカーワイヤーを1mほどまで巻き取って、プルと繋がったまま、対空砲を目指して進む。

そのすぐそばに、点検口と思しき切れ込みがあるのを見つけた。

良かった、ないはずはないと思ってたけど…あってくれて、安心した。

 あたしは、工具を取り出して、その点検口の入り口のボルトを回す。

二つ外したところで、厚手の金属板が、宇宙空間でふわりと開いた。

工具をしまって、ライトを取り出して中を覗く。

中は真っ暗だが、点検用の狭い通路があって、通ることは出来そうだ。

給弾された弾に、対空砲を直接制御しているんだろうコンピュータなんかがぎっしりと詰まっている。

中にはまだ酸素はない。居住区画では、ない、ね。

616: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:43:44.70 ID:8hpv4eXMo

 あたしはその中に入り込んで、プルを引き込み、点検口を内側から閉じて再びボルトで留めた。

それから足場を蹴って、対空砲の制御コンピュータに飛びついた。

 これも、計画のうち。絶対に必要、ってわけじゃないけど、チャンスがあったらやっておこうと思っていた。

携帯コンピュータを出して、ケーブルで制御コンピュータに接続する。

こういう、各部の制御装置はそのほとんどが状態モニターのために、艦の基幹システムに接続されている。

情報も取れるし、その気になれば、艦のシステム全体をクラッシュさせて、一定時間は制御不能に陥れることもできる。

これも、“保険”だ。

 あたしは、艦内部の見取り図を探して保存して、外部ハッチの開閉センサーのシステムをいじって、

それから事前に作ってきていたプログラムをシステムのデータベースに移して、隠ぺいする。

あたしがこの自前のコンピュータで命令を出すか、あるいは、警報装置か火器管制システムの起動を感知したときに、

システム全体を破壊するプログラムだ。

この艦の技術者のレベルや、対処策の有無にもよるけど、30分は行動不能に出来る。

脱出するときにトラブルがあっても、時間稼ぎにはなるだろう。

 作業を終えてコンピュータのモニタに艦内の見取り図を出す。それをプルに見せた。

「医務室の場所とか、分かる?」

「うん…たぶん、生活区画の、このあたりだと思う」

プルはそう言いながら、モニタの一部を指差した。艦中央部の、一番行きにくそうな場所にある。

これは、ちょっと困るな…さすがにこんなところにまで点検用の通路が続いているとは思えないし、

見つからないように進むのは至難だ。

一応、ネオジオンの制服をこのノーマルスーツの下に着込んではいるけど、ここは基地やなんかじゃなくて、戦艦だ。

自分の艦に乗っている人間に、知らない顔がいたらすぐさまバレちゃう。今回は、隊長戦法は使えない…

可能性として期待できるのは、居住区画に空気を送り込んでいるエアダクト、か。

人が潜り込めるスペースがあれば良いんだけど…

 あたしは、そう思いながらプルに合図をして点検用の通路を先へ進む。どこかに、艦内へ続くハッチがあるはず。

ハッチのセンサーは無力化しておいたから、あとは入る場所さえ見つけられれば、とりあえず艦内へ潜入は出来る。

 「マライアちゃん、あそこ」

プルがそう言ってあたしの肩を叩いた。そこには、今入ってきたのと同じ大きさの、ハンドルが付いた小さな扉があった。

 あたしは、コンピュータでその扉の位置を確認する。後部対空砲台のすぐそば…見つけた。
このハッチのことだ。

エンジンルームへ続く、整備用のハッチのようだ。図面によれば、ちゃんと二重構造になっている。

これならエアー漏れでバレてしまうこともなさそうだ。

 

617: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:44:25.84 ID:8hpv4eXMo

「プル、ちょっと下がってて」

あたしはプルにそう伝えて、扉から距離を置かせて、ハッチのハンドルを回した。すぐに、音もなくハッチが開く。

中を確認すると、人が1人立ち止まれる程度のスペースがあって、そのすぐ先に、もう一枚ハッチが見える。

良かった、図面どおりだ。

 あたしは中に入って、それからプルもその狭い空間に招き入れる。

後ろのハッチを閉じてから、今度は慎重に艦内へ続いているだろうハッチのハンドルを回す。

この先は空気がある可能性が高い。

音も響くし、なにより、エアーでハッチが開かないか、逆に勢い良く開いてしまう恐れもある。

ゆっくりとハンドルを回して行くと、フシューという音が漏れ出した。

ハッチの隙間から、向こう側のエアーが入り込んでいるんだ。

あたしはしばらくその位置でハンドルを動かすのをやめて、この狭い空間に空気が充填し切るのを待つ。

ものの2,3分でエアーが漏れてくる音がやんだ。これなら、大丈夫のはず…あたしは、ハンドルを一気に回した。

ゴンと音がして、ハッチが開いた。

 腰に挿しておいた、銃身を短く切り詰めたデザインのサブマシンガンを手にとって、ハッチの向こう側を覗く。

そこは小さな小部屋で、工具やエンジン補修用のものらしい部品が整頓されておかれていた。

部屋の反対側の壁にはドアがある。図面どおりなら、あの向こうはエンジンルームだ。整備員が居る可能性がある…。

プルを部屋に引き入れて、すぐにハッチを閉じる。

それから、部屋の棚の影に身を隠して再度、コンピュータの図面を開く。

「これから、どうするの?」

プルが心配そうにそう聞いてくる。

このサイズの船だ。エアーを行きわたらせるために、絶対どこかに通気ダクトがあるはず。

この部屋には、メインダクトからの枝分かれが来ているらしい。

位置的には、天井…?あたしは、部屋の天井を見上げた。そこには、頼りない金網でふさがれた穴ぼこがある。

この枝分かれのダクトが人の通れる太さならいいけど…。

「あそこから行くよ」

 あたしは飛び上がって、金網に取り付いて中を覗いた。

それほど大きい、というわけではないけど、でも、さっき見た対空砲の砲口くらいのサイズはある。

狭いけど、なんとか通れそうだ。あたしはナイフを取り出して金網と天井の隙間にねじ込んでひねった。

メキっと音を立てて、金網が宙に浮く。プルを先に穴に押し込んで、あたしは後から入って、金網を元に戻して、粘着シートで固定する。

こうしておけば、逃げるときにもつかえるかもしれないもんね。

 あたしはプルのお尻をつつきながら、タクトの中をゆっくりと這って行く。

コンピュータ上の図面では、このダクトは合流と分岐を繰り返している迷路だ。

それに生活区域の天井裏も通っている。物音は極力立てるべきじゃない。

618: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:45:15.53 ID:8hpv4eXMo

 なんとなく、胸が詰まるような感じがする。おかしいな、こういうのはなれたものなんだけど…

自分の感覚に疑問を感じてよくよく探ってみると、これは、違う、あたしの感覚じゃない…

プル、まだ緊張しているの?

「プル、大丈夫?」

あたしは無線でささやくように彼女に尋ねる。するとプルも小さな声で

「ちょっと、緊張してる」

と言って来た。

「安心していいよ。あたし、潜入のプロだからね」

顔が見えないので、仕方なしにお尻に笑いかけながら言ってみる。するとプルは意外な返事を返してきた。

「ううん、ここに入るのはそれほどでもないよ。だって、エンドラ級はそもそも私たちの船だし」

違うの?じゃぁ、なんで???

「それじゃ、どしたの?」

「博士、って人は、わたしと…プルを作った人、なんでしょ?」

「うん」

「わたしを見たら、どんな顔するのかな、って。怖がられたり、しちゃうのかな?」

そういえば、気になるところだ。エビングハウス博士は、戦争が終わる前にアクシズへと向かったはず。

プル達は博士のことは知らない、と言っていたから、そのときには一緒じゃなかったってことになるのかな?

レオナを取り戻したのは、開戦直後…だとしたら、プル達はまだお腹の中にいたって計算になる、か。

一緒じゃなかったとしても、博士が、プル達もアクシズへ合流したことを知らないなんてことがあるんだろうか?

アクシズがどんなところか、いまいちイメージできないけど、でも、

アクシズへわたる際に博士は偽名を使っていたってのは確認できた。当然身分も偽っているだろう。

かたや、研究所の実験データやら、成果であるプル達は機密事項。

プル達がアクシズに到着しても、研究所の所属ではない、ただのお医者になっていただろう博士が

それを知ろうとしたって、簡単じゃないかもしれない。
 

619: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:45:58.46 ID:8hpv4eXMo

「平気だよ。ちょっとびっくりされるかもしれないけど、あなたはちょうど、戦争中だった頃のレオナと同じくらいの年齢だし…

 レオナと、おんなじ顔してるしね。きっと、うれしいんじゃないかな…あ、その角、左ね」

「うん。…そうだと、いいな」

「うん」

あたしは、頭の代わりに、目の前のプルのお尻を撫でてあげる。

いや、ほら、気分を紛らわせてあげようと思って、ね?

怒るか、嫌がるかすると思ったのにプルはほとんどなんのリアクションも示さなかった。

なにか反応してよ、プル。あたしが変な人みたいじゃない。

そんなことを思っていたら、また、プルの声が聞こえた。

「お母さん、ってわたしが呼んだら、嫌がるかな?」

お母さん…?ど、どうだろう?博士はプルを生んだわけじゃないし…

プル達がレオナの妹なら、プルのお母さんは、一応、アリシア博士、ってことになるのかもしれないけど…

だけど、急にそんなことを聞いて、なにかあったの?

「どうしてそんなこと思うの?」

「そう呼んでみたいんだ。だって、博士は、姉さんからわたし達を作ってくれたんでしょ?

 これまで、つらいことのほうが多かったけど…でも、お母さん、って呼んで、笑ってくれたら、

 あたし、嬉しいなって思うんだ」

「プル…」

プル達がどんな生活を送ってきたのかは、マリからおおよそ聞いていた。

一日の大半をスリープカプセルで過ごして、感覚の強化や戦闘についての睡眠学習を強制させられていたらしい。

起きている時間は、モビルスーツの操縦訓練くらいしか出来なかったといっていた。

レオナ以上に、この子達には“素地”がない。それって、いまさら埋めてあげられるようなものなのかな…

エビングハウスがどんな人かはわからないけど、でも、アリシア博士と一緒に、レオナを守ろうとしてくれた人だ。

プルが今の気持ちを伝えることが出来れば、きっとそれに答えてくれる…そう、信じたいな。
 

620: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:47:13.68 ID:8hpv4eXMo

 そんなことを話しながら、あたしとプルはダクトを進んだ。途中でようやく、基幹部に出ることが出来た。

中腰でくらいなら立って歩けるほどの高さで、これまで進んできたダクトよりも丈夫に出来ている。

これなら、多少は進みやすい。

 目指している医務室は、もうすぐそこだ。あたしは、プルの前に立って進む。

プルは、やっぱりなにか不安らしく、あたしの腰のベルトをつまんで着いてきていたので、手をつないでゆっくり先導してあげた。

あたしは、図面を見て、足を止めた。傍らには細い枝分かれのダクト。これが、医務室の天井に続いているはずだ…。

「この先だよ」

あたしが言うと、プルはヘルメットの中でコクっと喉をならしてうなずいた。

その表情があんまりにも不安そうだったから、思わず引き寄せて、肩を叩いてあげてしまっていた。

「大丈夫だよ、プル」

笑顔で言ってあげたら、プルもかすかに笑った。うん、やっぱり、あなた達には笑顔が似合うね。

 身をかがめて、今度はあたしが先頭になって、細いダクトを進む。

ほんの数メートルほど進んだところで、前方に明かりが見えてきた。

ダクトに入り込んだ最初の小部屋についていたような華奢な金網がある。その先は部屋になっていた。

 金網越しに中を覗く。眼下に、コンピュータに向かってキーボードを叩いている人の姿がある。

白衣を着て、短く刈り上げた髪の人物。顔や性別はうかがうことができない。部屋には他に人影はないけど…

あたし、博士の顔は写真でしか見たことないし、顔が見れても本物かどうかいまいちわからないのが困ったところなんだよね…

感覚を駆使すればおおよそどっちかは分かると思うんだけど、もし不用意に出て行って人違いだったりしたら、

たちまち囲まれて逮捕拷問だもんな。

もうしわけないけど、ちょっと手荒に行かせてもらう必要があるよね、安全のために。

 あたしは、手にしたサブマシンガンの弾倉と機関部を確認する。弾はちゃんと装てんされてる。

「プル、一気に行くから、ついてきて」

あたしはそうプルに声を掛けて、思い切り金網を蹴破って、ダクトから飛び出た。

物音に気がついたその人物がこっちをみる。女性だ。

エビングハウス博士は、計算だと、もう40を超えているはずだ。

でも、目の前の女性は、アヤさんよりちょっと年上くらいにしか見えない。

なにより、切れ長の二重に、キリっとした眉、すっと通った鼻筋に、きゅっと結ばれた口角の広い唇。

今まで見たことのない、とびっきりに、とんでもない美人だった。

あたしは、戸惑いそうになった気持ちを一気に引き締めなおして上から降りかかるような体勢で女性の肩口を掴むと

引き寄せて一緒に床に倒れ込んで銃口を突きつけた。

とりあえず、制圧は完了、かな。

 傍らにプルも降り立ってくる。もう一度部屋の中を確認する。うん、この人、一人、だ。

「なんだ、あんたは?」

女性は、落ち着いた様子であたしにそう問いかけてくる。

まぁ、そうだよね…この人が博士でもそうじゃなくっても、寝耳に水だよね、これ。
 

621: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:47:44.57 ID:8hpv4eXMo

 あたしは、ヘルメットのバイザーを上げて

「危害は加えません。少し話をさせていただきたいんです。抵抗はしないようにお願いします」

と女性に伝えた。女性は鼻で笑って

「お願いします、なんて言えば聞こえがいいと思ってるのか?銃を突きつけておいて」

とこっちを煽るように言ってくる。まぁ、そうなんだけどさ…ホントなんだもん。

 あたしは、女性を支えるようにして体勢を入れ替えて遠心力がかかっている床に座り込んでから、女性を掴んでいた手を離した。

女性は、俊敏に床を蹴って、あたしに向き直る。これ以上警戒されたら、通る話も通りにくくなっちゃいそうだ。

あたしはそう思って、サブマシンガンを腰のホルスターに戻して、両手のひらを彼女に向けて見せ付けた。

危害は加えません、のメッセージだ。伝わるといいけど。

 女性は、あたしのしぐさを確認して、ふう、とため息をついた。どうやら、とりあえずは、信用してもらえたらしい。

「で、どこの誰で、アタシにどんな用だって?」

女性は、それでも怪訝な表情でこっちを見つめながらそう聞いてくる。うんと、なにから説明すればいいかな…

とりあえず、自己紹介して、博士かどうか、確認してみようか…

「あたしは、マライア・アトウッド。元連邦軍で、元ティターンズで、今はカラバの予備役やってます」

我ながら、正直に話すととんでもなく不可解な経歴だな。そんなことを思ったら、なんだかひとりでに笑えた。

「元ティターンズで、カラバ?なに言ってんだ、あんた?」

「あぁ、まぁ…そこは、おいおい説明します。

 とにかく、今、あたし達は、カラバとして戦時被災者の救助活動を行っている最中だったんですけど…

 あなたは、ユリウス・エビングハウス博士で、間違いありませんか?」

あたしが尋ねたら、彼女は、一瞬だけ、反応が止まった。すぐに

「誰だよ、それ。知らないね」

と、さも、なに言ってんだ、みたいな口ぶりで言ってくる、けど。

今の一瞬の間は、少なくとも名前は知っているくらいの可能性として捉えてもよさそうだね。

あとは、もう、事実を付きつけてこっちを信用してもらうしかない。手っ取り早いのは…やっぱり、プル、だよね…。

 あたしはプルをチラッと見やった。プルもあたしを見た。

あたしがうなずいたら、プルにはすべてが伝わったようだった。

彼女は一瞬戸惑いを見せてから、それでも、ノーマルスーツの首元を操作して、ヘルメットを脱いだ。

プルの手に払われたヘルメットが宙に浮いて、いつもの顔が現れる。

 それをみた女性は、明らかに動揺した。顔はこわばって、一方後ろに下がって、身を引くような姿勢でプルの顔をじっと見つめている。

あぁ、そんな反応はしないでほしいな。プルが傷ついちゃうでしょ…
 

622: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:48:48.83 ID:8hpv4eXMo

「なんだ…あんたは…その顔…どうして…?ま、まさか、あのときの、クローン…!?」

彼女は、強ばった口調で、そういった、やっぱり、プル達のことは知らなかったんだね…。

そんなことを思いながらあたしもヘルメットを取った。ふう、と、ため息が出るのはお約束だ。

「彼女は、プルです。レオニーダ・パラッシュの妹の、プル」

あたしがそう言ってあげると、女性は、愕然とした顔であたし達を見つめた。

「これに、メッセージを残してくれてたんでしょ?」

プルからも緊張しているのが伝わってくる。彼女はそういいながら、胸元に手を突っ込んで、何かを引っ張り出した。

それは、レオナがつけていた、あのチョーカーだった。

 彼女は、それを見てもっとびっくりした表情を見せた。もう、言葉を失ってる、って感じだ。

うん、これはもう、完璧、間違いないよね。

「レオナは…あいつは、生きてるのか…?」

掠れて、聞き取るのもやっとの声で、彼女は聞いて来た。

「うん、レオナも、近くまできています。あたし達はある人を探しに来たんです。だから、教えてください。

 あなたは、ユリウス・エビングハウス博士で、間違いないですか?」

あたしは、改めて女性に尋ねた。

 女性は、あたしの言葉を聞いて、すこしためらってから、でも、クッと唇を結んで、頷いた。

 その瞬間に、あたしはホッと胸のつかえが取れるのを感じた。良かった…やったよ、レオナ!

博士、ちゃんとまだ生きてたよ!あなたの、もうひとりのお母さん、生きてるよ!


「あ、あたしは!マライア・アトウッドです、レオナの友達で…あぁ、ホントに生きててくれた!」

興奮しているのを無理矢理に抑え込んで、あたしはなるべく簡単に事情を説明する。

でも博士は聞きたいことがたくさんあるようで、あれこれと聞き返してくる。

そろそろ、ルーカス達が行動を起こす時間になってしまう。嬉しいし、いっぱい話してあげたいけど、時間は惜しい。


「細かい話は後でします。今はとにかく、あなたをここから連れ出したいんです」

あたしが言うと、博士は一瞬、何かを言いかけて、急にバシっと両手で自分の顔を引っ叩いた。

「すまない。ちょっと混乱してる…。5分、いや、3分でいい、時間をくれないか?」

博士はそんなことを言ってきた。

 どうしよう…あまり時間はないけど…でも、今のまま連れて行っても、逆に動揺をひどくさせてしまうかもしれない。

この船についてはプル以上に博士の方が良く知っているはずだ。

だとしたら、落ち着いてもらって、安全な脱出方法を一緒に考え直すんでもいいのかもしれない。

その間に、あたしはルーカスに無線で状況の変更を伝えられる。

あ、そうしたら、レオナと話もしてもらえるし、一石二鳥じゃない。それがいいな!
 

623: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:50:06.60 ID:8hpv4eXMo

「分かりました。すこし、待ちます」

あたしが言うと、博士はまた、ふう、とため息をついて、デスクの上にあったポットから紅茶をマグに注いた。

お茶の葉の、良い匂いが香ってくる。落ち着く、薫りだ。

 「あ、あの!」

急に、プルが声を上げた。な、なによ、プル…急に大きい声出されるの、ダメなんだってば…

「あの…わたしは、プル。プルツーです。レオナ姉さんの体から作られた、クローンです」

プルは、まるで搾り出すように言葉を並べだす。あぁ、そうか。さっきの話だね…

大事な話だもん、今しておいた方がいいかもしれない。この先しばらくは、そんなこと話す余裕はないかもしれないし…。

「だから、わたしには、家族は居ないけど…レオナ姉さんは、家族だって言ってくれた。

 あの、だから、博士も、博士のことも、あたし達を産んでくれた人だって思ってる、だから…」

胸がきゅっと詰まる。がんばれ、プル。あなたの気持ち、きっと伝わるから…勇気、出して…!

そんなことを考えてたあたしは、自分でも気がつかないうちに胸の前で両手を握っていた。

「本当の家族じゃないかもしれないけど、あたし、博士のことを、母さんって、呼びたい!」

言い切った!頑張ったね、プル…!あとは…博士の反応、か…あたしは博士に視線を向けた。

彼女は、紅茶の入ったマグを手に、プルの顔を見て呆然とした表情をしていた。

なんだか、ムズムズする沈黙が部屋に立ち込める。

どれくらい時間が経ったか、不意に、博士が俯いたと思ったら顔を上げて、笑った。



624: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:50:37.36 ID:8hpv4eXMo

「そんなふうに、思ってくれてたんだな…。アタシは、あんた達を作って、見捨てて来ちまったって思ってたのに。

 恨まれて当然だって、そう思ってたのに…母さん、なんて呼んでくれるのか?」

博士の目には、うっすら涙まで浮かんでいる。

 博士の言葉に、プルは頷いた。それを見た博士はマグを置いて、プルに歩み寄って、抱きしめた。

背の高い博士の腕の中にプルがすっぽり収まる。

「ごめんな…アタシ、なんとかあんた達も助けてやりたかった…

 だけど、あんた達は当時は、被験者になってくれてた人のお腹の中で、彼女たちは身重だったし、

 連れだしてやることもできなくて…アタシ、あんた達を見捨てちゃったんだ…今まで、どこでどう暮らしてたんだ?

 聞かせてくれよ…全部、聞くから。辛かったことも、苦しかったことも、全部アタシにぶつけてくれていいから…

 ごめんな、本当に、ごめんな…」

博士は、泣きながら、膝から崩れ落ちた。彼女は、罪だ、と言った。

あまつさえ、遺伝子操作で生み出した命を、見捨てたことを。でもね、違うよ、博士。

どんなことがあったって、どんな出自だったって、プルやマリは、生まれて来れたんだよ。

彼女たちはこれからだって、自分の選んだ運命を歩ける可能性がいっぱいある。

プル達も、それが分かってるんだ。今、プルがこの話をしたことも、あたし達に着いてきてくれたことも、

マリが、レオナやあたしに、いっぱい甘えてくることだってそう。二人は、あなたのことを恨んでなんかない。

罪だと思ってもいない。

 今はまだ、言葉にならないかもしれないけど、そのうちにきっと二人は、ありがとうって、あなたに伝えられると思うんだ。

「母さん…」

プルが呟くように言った。博士の腕にいっそう力がこもる。

 博士、プルでさえこんなになっちゃうんだもん。レオナになんか会ったら、発狂しちゃうんじゃないかな?

ふふ、それはそれで、見てみたい気持ちもするな…レオナに、プルにマリに、博士の四人家族、か。

ロビンやレベッカからしたら、博士はおばあちゃん、だね。おばあちゃんなんて呼んじゃうには若いし、綺麗だし、ちょっと抵抗あるなぁ。

 あたしはそんなことを考えながら、無線機を取り出していた。暗号通信でルーカスに知らせて、作戦を変えなきゃ。

何か良い案があれば良いんだけど…ね…。

625: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 11:52:21.32 ID:8hpv4eXMo


つづく


ドキドキ潜入大作戦、あえてレオナじゃなくプルを連れてったマライアたん。

そして次回!マライアたんがユリウス博士に体を狙われて大変なことに…ならない。

続きは今晩投下予定です。

630: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:47:40.54 ID:8hpv4eXMo

 しばらくして、落ち着きを取り戻した博士は、あたし達にも紅茶を振る舞ってくれた。

そんなことをしている暇はあんまりないんだけど…と思いながらもカップに口を付けて、驚いた。

こんな紅茶、今まで飲んだことないよ!?

すごく上品な香りがするし、味も、まろやかで、コクがあって、渋みも少ない…

今まで飲んできたのは紅茶じゃなかったんじゃないの!?そう思えるくらいの代物だった。

アクシズやこんな軍艦にいて、こんな上物どうやって手に入れているのか気になってしまう。

それを聞こうと思ったら、先に、博士の方が口を開いた。

「来てくれたことには、感謝してる。だけど、アタシも、すぐにはここを出れないんだ」

出れない?どうしてまた?

あたしは一緒に出してもらったお茶菓子を頬ばっていたので、尋ねる代わりに首をかしげてみる。

博士はそんなあたしのしぐさを見て、クスっと笑ってから

「アタシもここに、あえて潜り込んだんだよ。どうしても、助けてやりたい子がいるんだ」

と言った。

「助けてあげたい、子?」

あたしの代わりに、プルがそう聞いてくれる。ありがと、プル。今飲み込むから、それまでお願い。

 あたしはクッキーをボリボリ言わせながら、また博士に視線を向ける。

「あぁ…。もとは、アタシの居た研究所で、レオナと同じように人工授精で生まれた子で、ね。

 プル、あんた達と違って、見つけるのは簡単だったんだ」

博士は、すこし申し訳なさそうに言った。

「その子を追って、この船に搭乗した、ってことですか?」

なんとかクッキーを飲み込んで、博士にそう聞き返す。

「まぁ、そんなとこかな」

博士は、そう言いながら、デスクの上のキーボードをたたいた。

それから、チラッとモニターを確認して、あたし達のほうにそれを向ける。

 そこには、プルと同じくらいの年ごろの女の子が写っていた。

プル達よりももう少し色素の薄い、亜麻色のショートカットで、碧い目をした女の子。

あれ?あたし、この子、どこかでみたことあるな?誰だろう…

一瞬、プルにも見えたけど、でも良く見ると似てはないよね。ううん、思い出せないな…

本当に一瞬チラっと見たくらいの記憶なんだけど、でも、見たことある、って感じるくらいだから、

よっぽどの状況で見たようにも思うんだけど…

 あたしが一生懸命考えていたら、横にいたプルが声を上げた。


631: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:48:22.22 ID:8hpv4eXMo

「姫様!」

姫、様?…そ、それって、もしかして…ネオジオン総帥の…ミネバ・ラオ・ザビ…!?

あたしはハッとしてモニターに視線を戻した。

そうだ、この子は確かに、数か月前、ネオジオンが地球に降下してきて、

ダカールでパレードをしていたときの映像で見た子だ!彼女がこの船に乗っているの?

っていうか、待って、ミネバ・ザビは、人工授精児だったの?!

 あたしは、博士の顔を見やる。博士はまた、申し訳なさそうな表情で言った。

「彼女は、ミネバ・ザビじゃない。れっきとした、アタシの作っちゃった、人工授精児。

 影武者としてネオジオン総帥に祭り上げられた、偽物なんだ」

「影武者!?」

「ああ。本物は、先のグリプス戦争終結前後に、何者かによって拉致された、っていうのがアタシが得ている情報。

 それ以降、ずっと影武者として裏に居た彼女が、本物のミネバ・ザビとして引っ張り出されたんだ」

「じゃぁ、以前、地球でパレードをやったミネバ・ザビは…」

「あれも、この子。偽物だったんだよ」

博士はそう言いながら紅茶を飲んだ。

「そんな子が、どうしてまだここに?」

「エゥーゴや連邦は、どうやら事実をつかんでいるみたいでね。

 サイド3にいるところを、ネオジオンの残党が奪い返してきて、ここにいる。

 偽物だって分かっているんだろうから、奪回も容易だったんだろう。

 でも、ネオジオンはまだ、彼女を利用する気でいる。だから、アタシは彼女を連れ出しにこの船に乗ったんだ。

 これ以上、戦争の道具にされないように、な」

戦争の、道具…レオナがいつも言っている言葉、だ。

この子も、そうなんだね…戦争のために生み出されて、望んでもいないのに、戦争のために運命を利用されている…

そんなのって…ない。

 一人や、二人、逃がす人が増えたって、支障はない、よね?

「なら、その子も、一緒に」

あたしは、博士を見つめて言った。それを聞いた博士は、ハッとした表情であたしを見つめ返してくる。

「いいのかよ、危険だぞ?」

「大丈夫です、慣れてますから。それに、建前だったけど、あたし達は、戦時被災者の保護が目的。

 プルやその子が戦争の被害者でなくて、いったい何を助けるっていう、話ですよ」

あたしは、笑って言ってやった。ここまできたら、乗りかかった船、だ。

そんな重要人物、追手がかかるだろうけど、なんとか対応してみせる。

「だから、一緒に脱出プランを練ってください。この船のことは、あたし達よりも博士の方が詳しい。

 使えそうな機材にルートに、脱出方法、なんでもいいんです、教えてください!」

あたしが言ったら、博士はその表情をキュッと引き締めてうなずいてくれた。

 

632: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:49:21.71 ID:8hpv4eXMo

 博士の話だと、姫様、ミネバ・ザビ、本名はメルヴィ・ミアっていうらしいけど、とにかくその子は、

ここから2区画離れたエリアにお付きの人と一緒にいるらしい。

博士は、その人達も一緒に助け出したい、と言った。あたしはそれも了解した。

だって、そばにいてくれた人と離れるのは、寂しいからね。

助け出しても、最悪、あたし達が一緒に居てあげることにしたって、やっぱり、埋めきらないものもあるだろうし。

 そこへ行くのは、やっぱりエアダクトが一番だろう。

ここから2区画なら、さっき通ってきたメインのダクトへ戻って、すこし進めばたどり着ける。

下手に廊下に出てリスクをかぶる必要はない。

 問題は、そこからだ。重要人物が行方不明、となったら、艦内は大騒ぎになるだろう。

なるべく悟られないように船から逃げ出したい。

できたら、ノーマルスーツにランドムーバーを付けて、プルとここへ来た道を戻って行くのが一番安全なんんだけど、

それはそれで時間がかかる。もし、いないのがバレて、モビルスーツでも出されたら、たちまちアウト、だ。

それを考えると、こっちもモビルスーツで脱出したいところだけど、全員を乗せることはできない。

モビルスーツとは別に、脱出に使う輸送船か何かが必要だろう。

 そう思ってモビルスーツケージの位置を確認する。救助する区画からは、そんなに距離はない。

だけど、この部分は船の中枢。どうしてもリスクは高まる…。

 困ったな、助ける、とは言ったものの、これはちょっと、ずいぶんと難問じゃない…。

 あたしは腕を組んで悩んでいたら、プルが口を開いた。

「二手に分かれた方が良いかもね」

「二手に?」

博士がそう聞き返した。

「うん。かたいっぽうで、先に脱出のための船のそばにいる。

 もう片方で、姫様たちを連れ出して、いったん合流して、

 それから、モビルスーツの確保の班と、脱出船の確保の班とに分かれる」

「合流しなくても、最初から別れた方が良いんじゃないか?」

いや、違う。プルの考えが正しい。パズルに興味津々で、マリと一緒に集中していたプルらしい組み換えの発想だ。

それは人数じゃなくて、戦力の問題。万が一のことを考えたら、どうしたって救助の方には戦力がいる。

これは、あたしとプルが担当するほかない。

でも、救助したからってそのまま一緒に輸送船に乗り込んじゃったら、今度はモビルスーツが出せなくなる。

だとしたら、救助する間に、輸送船での脱出準備を、比較的艦内を動き回りやすい博士に頼んでおいて、

救助が済んだら姫様たちを引き渡して、それから、今度はモビルスーツを奪いに、

あたしとプルでモビルスーツケージへ向かう…簡単じゃないし、複雑だし、負担も大きいけど…

万が一のときに備えて、マリにゼータで待機していてもらうこともできる。

あんまりモビルスーツには乗せたくないけど…こればっかりは、そんなことを言っている場合じゃない、よね。


633: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:49:56.07 ID:8hpv4eXMo

 あたしは、改めて作戦を確認した。

まず、あたしとプルで、姫様の部屋に行く。

博士にはその間に、輸送船での脱出準備をできる限り安全なところまでやっておいてもらう。

あたしとプルで姫様たちを助け出したら、いったん、どこかで合流して、姫様達を輸送船に乗せる班に引き渡す。

この段階で、ルーカス達に行って、援護のために近くで待機してくれるように頼む。

で、あたしとプルはその足でモビルスーツケージへ向かって、適当に拝借して、

ケージとデッキを追手が出れないように破壊したうえで脱出する…こんなところかな。

「やりづらそうだけど、それが一番だな」

「うん、大丈夫、出来るよ」

博士とプルが言っている。あたしも、黙ってうなずいた。漏れはない。

念のため、ちょっとだけ感覚を使って、この船に危ないパイロットが乗っていないかどうかは調べた。

特に、気になる反応が返ってきたわけじゃないから、たぶん、モビルスーツ戦になれば、

あたしとプルにマリが居れば、シャトルも輸送船も守り切れる。大丈夫、だよね?

 「向こうには、連絡しておく。すぐに出られる準備をしておけるように」

博士はそう言って部屋にあった内線を取った。

「ノーマルスーツを着ておいて、って言っておいてください」

あたしはそう伝えながら、プルの腰に着いていた暗号通信用の無線機を博士にほおった。

「あたしへの連絡はそれで。あたしとプルは、ヘルメットの通信で事足ります」

「了解した」

博士は、いったん受話器を置いて、あたしにそう返事をしてそれからニコッと、レオナやプルの比じゃない、

とてつもない笑顔を見せてきて

「来てくれてよかった…9年前にも、あんた達みたいな頼もしい仲間がいたら、って思っちまったよ」

なんて言ってきた。あぁ、アヤさん…あたし、今回の旅で、どうしてこうも、変な誘惑に出会うのかな?

もういっそ、それでもいいかも、と思ってる自分がいるよ…あぁ、もう!違う違う、あたしは違うんだって!

 あたしは、そんな得体の知れない考えを頭の中から追い出して

「きっと、無事に、レオナと一緒に逃げ切りましょう」

と言い返して笑ってあげた。

 それからプルと一緒に、ダクトへと戻る。その間に、ルーカスへ作戦の内容を説明した。

ルーカスはすでに気を利かせてくれていて、あたしがゼータを隠した位置まで移動して、

マリが搭乗してくれているらしい。それに、アムロとブライトキャプテンにも連絡をつけてくれていたようだった。

ちょうど運良く、月へ帰ってきていたところらしくて、2時間もすれば到着してくれるとのことだ。

これは、頼もしい。

アムロの他にどんなパイロットが乗ってるのかは知らないけど、誰が乗ってたって、

アムロがいて、こっちはあたしとプルとマリがいる。もうこれ、最強じゃない?

634: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:51:19.72 ID:8hpv4eXMo

 そんなことを考えているうちに、あたし達は目的の部屋のそばまで来た。

さっきと同じように枝分かれのダクトへ入って、部屋の中を覗き込む。そこには、4人いた。

子どもが二人に、大人が二人。子どもの内の一人は、メルヴィ・ミア。もう一人は、分からない。

大人は男女一人ずつ、だ。連絡は来てるはずだから、大丈夫だよね…?

 そうは思いつつ、だけど、あたしは念のためにサブマシンガンを抜いてから一気に部屋の中に突入した。

床に転がるまでの瞬間に大人二人の反応を見る。びっくりしている様子だったけど、こっちに敵意は感じられなかった。

 宙で体を回転させて、あたしは床に降り立つ。

「ちょと!避けて!」

跪くような体勢で着地した次の瞬間、そんな声がしたかと思ったら上からの衝撃で顔面から床に突っ込んだ。

したたかに、鼻をぶつける。

「ご、ごめん、マライアちゃん…大丈夫?」

どうやら、プルが上から降ってきてしまったらしい。もうっ!大人二人に注意してて、気が付かなかったよ!

「だ、だいじょうぶだよ、プル」

あたしは、起き上がってそう答える。幸い、鼻血やなんかは出てないみたいだ。

635: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:51:49.66 ID:8hpv4eXMo

 「え、ええっと…」

男の方が、そう声を上げた。あぁ、かっこ悪いとこ見られた…恥ずかしい…

「あ、あたしは、マライア・アトウッド。元軍人で、今は戦時被災者保護の活動を行ってます」

とりあえずあいさつをしてみたけど…さすがに、きまりが悪い、よね。

「わ、私はオリヴァー・マイだ。話は聞いてる。よ、よろしく頼む…」

男の方も挨拶を返してくれたけど…なんだろう、視線が、痛い。

「世話になるわ。私はモニク・キャデラック…ねぇ、本当に任せて、大丈夫?」

もう一人の、女性の方もそう言ってくる。くぅ、あたしとしたことが…とんだ失敗だ…。

 床に崩れ落ちそうになるのをこらえてあたしは虚勢でもなんでも、とにかく胸を張る。

「ま、任せてください!これでも、いくつもの死線をくぐってきてますんで!」

そうは言っても、今のあたしは恥ずかしくって自爆したい気持ちだけど…。

 「プルも、一緒だったのですね」

不意に、後ろで声がした。

振り返ると、そう言ったのは、ミネバ・ザビの影武者、メルヴィ・ミアだったみたいで、

彼女は立ち上がってあたし達をじっと見ていた。

「姫様」

プルはそう言って、突然に跪いた。あれ、なに、そう言う関係なの、二人って?

「プル、私は、ミネバさまではありません。どうか、顔を上げてください」

メルヴィはそう言って、跪いたプルに手を掛ける。促されて、プルは顔を上げた。

「これから一緒に逃げてくれるのですよね?あなたと一緒なら、心強いです。どうか、よろしく頼みますね」

「はい!」

プルは、そんな返事できたんだ、と思うくらいにシャキっとした様子で返事をした。

って、ちょっと待ってよ、プルを見て頼りになる、って、そんな、あたしが頼りにならないみたいじゃん!

姫様、あぁ、いや、影武者様!それってあんまりじゃないの!?

「よろしく、お願いします」

あたしがプリプリしていたら、もう一人の子ども、彼女も女の子だったけど、そう言ってきた。

「あなたは?」

私が聞くと、女の子はニコッと笑って

「カタリナ、と言います。ミネバさま…いえ、メルヴィの身辺係を務めています」

と自己紹介してくれた。うん、あなただけだよ、ちゃんとあたしを見てくれてるのは。

なんかあったら、最優先に助けてあげるのはあなたで決定ね。他の人はもう知らない!

プルにでも助けを請えばいいじゃない!

…なんて、子どもみたいなことは思わないけど、ね。

でも、ちょっと転んだくらいで、この扱いはないと思うんだ、うん。

やっぱり、釈然としないものを感じながら、あたしは暗号無線機を取り出した。

636: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:52:32.19 ID:8hpv4eXMo

「こちら、マライア。博士、そちらの準備は?」

<あぁ、アトウッド。こっちは、研究用の資材運搬、って名目で、食料や医療品なんかを輸送船に積んでもらった>

「運搬?そんな、どこかに行く当てがあるんですか?」

あたしが聞くと博士は笑って

<難民コロニーへの物資輸送だ。あっちとは、多少、連絡を取れているんでな>

と言ってきた。なるほど、それなら、発進準備もいい具合に進んでいるだろう。ここからは、時間が勝負。

メルヴィが居なくなったのがバレた段階で追手がくるから、出来ればそれまでに輸送船を発進させて、

モビルスーツで暴れておきたいところだ。

「了解、これからそっちへ向かいます」

<あぁ、待ってるよ。急いでくれ>

博士の返事を待って、通信を切った。

 あたしは、4人にノーマルスーツを着こませて、来た時を同じようにダクトへと入った。

今度は、あたしが先頭で、その後ろに、オリヴァー、モニク、メルヴィ、カタリナと続いて、最後尾に、プルだ。

 輸送船のケージには、メインダクトがそのままつながっている。

何かトラブルがあったときに、一番エアーが抜けやすい場所だ。

その分、素早く再充填が出来る様に、そんな構造になっているんだろう。あたし達にとっては願ってもないことだった。

 あたし達は、難なく、ダクトでケージの天井に辿り着いた。

下を見下ろしたら、そこには、あたし達のシャトルとサイズは同じくらいだけど、

出力の高そうなエンジンを積んだ輸送船があった。

「博士、こちら、マライア。ケージの天井に着きました」

<了解。人払いは済んでるから、降りてきな>

博士の言葉に、あたしは、金網を押しのけてケージへ出た。そこは、思ったよりも狭い空間だった。

この輸送船一隻しか置いてない。

「博士、ここは?」

「この船は、ケージが隔壁で仕切られてるんだ。有事の際に、被害が広がらない配慮さ」

博士がそう言いながら眼下で手を振っていた。

 あたし達は博士の下に降り立った。オリヴァー達に博士が作戦を説明する。

あたしはその間に、無線機を取り出した。

「ルーカス、聞こえる?輸送船ケージに到着。これから、モビルスーツケージに移動するから、接近お願い。

 見つからないようにね」

<了解。万一に備えて、ミノフスキー粒子散布の準備も整ってます。

 マリは、ゼータを隠していたデブリからさらに戦艦近くへ向かいました。合図で、いつでも拾いに行けます>

「ありがと。マリ、聞こえる?」

<マライアちゃん、聞こえるよ。大丈夫?>

「うん。脱出のときに、デッキの一部を破壊するから、その光が見えたら、援護しに来てくれると助かる」

<任せて!>

マリの元気のいい声が聞こえる。そう言えば、マリ、ゼータに乗ってるんだよね…大丈夫かな?

あの機体、あたしには扱いやすいんだけど、基本的にすごく敏感でクセっぽいんだよね…

うまくコントロールできてると良いけど…。


637: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:53:58.56 ID:8hpv4eXMo

 そんなことをしている間に、博士は説明を終えたようだ。メルヴィ達が輸送船に乗っていく。

博士も乗る…と思ったのに、なぜか、カタリナと残った。

「博士?」

あたしが尋ねると博士は

「モビルスーツデッキは、ちょっと特殊なんだ。案内するから、着いてきな」

と言って手を振って、宙を舞った。どこへ行くのかと思ったら、

ケージのすみっこにあった、隔壁に取り付けられた小さなハッチを開けてくれる。

「ここから、整備用の通路を通って、左舷ケージに出られる。急げ」

あたしは、プルと頷きあって、博士とカタリナのあとに続いた。ハッチから中に入って、薄暗いエリアに出る。

どうやら、モビルスーツ発進用の射出装置の点検ルームらしい。あたし達はそこに作られた通路を飛んでいく。

しばらく行って、戦闘を行っていた博士がとまった。彼女にしがみつくようにして、カタリナも停止する。

あたしもプルに腕を回して、そばにあったパイプをつかみ、体を止める。

 博士が、天井を指差している。そこには、金網があった。

あたしはその向こうを覗くと、ちょうど、モビルスーツの足元にあるようで、大きな黒っぽい塊が立っているのが分かる。


「ここは、ケージっていうより、倉庫に近いけどな。こいつ、ニュータイプ専用機で、この船にはもう乗れるやつがいないんだ」

博士がそう言う。ニュータイプ専用機…?

「見せて」

あたしがそう思っていたら、プルがあたしの体を昇るようにして、金網を覗き込んだ。

「キュベレイ!」

プルがヘルメットの中で叫ぶ声がした。

「知ってるの?」

「うん、あたし達専用の!まだ予備があったんだ…」

プルはなんだか感慨深げにそんなことを言っている。


 「いま、照明を落とすから待てよ」

博士は、そう言いながら、持っていたコンピュータのキーボードをたたいた。

バツっと音がして、金網から洩れていた光が消える。

「今だ、行くぞ!」

博士がそう言って金網を押し上げた。あたしはサブマシンガンを抜いて、先頭でケージの中へ入る。

人の気配はあるけど、こっちに気が付いてはいない。

あたしは、浮き上がったまま、一番傍にあったモビルスーツに取り付いて下を見た。

プルが同じように上がってくる。あたしはその場で待って、上がってきたプルを捕まえた。

「プルはこの機体に乗って。あたしは、向こうのやつを借りるから」

プルにそう伝える。もう一機、同じ黒い機体、キュベレイが置いてある。

向こうへ飛び移ろうとしたとき、プルがあたしの腕をつかんだ。

「マライアちゃん、待って。母さんと、あの、カタリナって子を、乗せて行ってあげて」

プルはそんなことを言ってきた。
 

638: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:54:29.45 ID:8hpv4eXMo

「どうして?」

「たぶん、マライアちゃんにキュベレイで戦闘は出来ないと思う…これ、すごく難しいんだ」

プルは、言った。難しい、って言ったって、モビルスーツに変わりないでしょ?

すくなくとも、ゼータよりは動かしやすいと思うけど…そんなことを思っていたら、下から博士とカタリナもやってくる。

無線で話を聞いていたようで

「こいつは、サイコミュ兵器を積んでるんだ。ファンネル、って呼ばれてる。慣れないうちは、止めておいた方が良い」

と博士もそんなことを言ってくる。うーん、ファンネルって、あのファンネル・ビットのことだよね?

確かに、遠隔操作の武器なんて、正直、イメージつかないな…

じゃぁ、博士とカタリナを乗せて、マリと合流して、ゼータとキュベレイ交換して、

マリに二人をシャトルまで連れて行ってもらおう。

その間に、あたしとプルで、輸送船とシャトルを護衛すれば、平気かな…。

「わかった。じゃぁ、二人とも、来て」

あたしは、博士とカタリナにそう声を掛けた。

 キュベレイの腰の部分に脚をかけて蹴る前に、ふと、なぜかプルに触れておかなきゃ、と思った。

変な感じだったけど、あたしは、とりあえず、プルを抱きしめておいた。

「どうしたの、マライアちゃん?」

プルが聞いて来た。まぁ、そうだよね。なんかわかんないけど、そうしたくなった…

もしかしたら、ライラのことが頭をよぎっているのかもしれない。大丈夫、そんなことはない…

自分に言い聞かせた。

 すくなくとも、ライラみたいに、あたしの手の届かないところで戦って死なせちゃうようなことには、ならないはず。

だから、安心してよ、あたし。

「無理しちゃだめだよ、プル。一番大事なのは、死なないこと、だからね」

あたしは、プルにそう言い聞かせた。

「分かってる。もう、無茶なことはしないよ」

プルはそう言って、ヘルメットの中で笑顔を見せてくれた。

あたしも、プルに笑顔を浮かべて、もう一機のキュベレイのところまで移動する。

すでに、博士たちはコクピットに乗り込んでいた。
 

639: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:55:35.01 ID:8hpv4eXMo

 コクピットを閉じて、プルに無線をする。

「プル、そっちはどう?」

<大丈夫、いつでも行けるよ!>

プルの、しっかり、はっきりした返事が返ってきた。

 よし、じゃぁ、作戦開始、と行こうか。

「こちら、マライア。オリヴァーさん、聞こえる?」

<こちら輸送船のオリヴァー・マイ。準備よし>

「合図でハッチを破って、一気に離脱して。5、4、3、2、1、てっ!」

あたしは自分で合図をして、レバーにあったトリガーを引いた。

細いビーム兵器が炸裂して、目の前にあったハッチに大穴が空く。

その先は、モビルスーツの射出デッキになっていた。

「プル、行くよ!」

<了解!>

あたしは、プルに先んじてケージを抜け出した。なんだ、このモビルスーツ、素直でいい子じゃない。

ゼータより操縦が素直で、割といいよ、うん。

 あたしはそんなことを考えながら、こんどは無線でルーカスを呼び出す。

「ルーカス!脱出した!」

<了解、すぐに援護に向かいます!>

「マリ、見える?!」

<もう、出口のところに着いてるよ!>

マリの無線を聞いて、あたしは、射出デッキの先を見た。

そこには、見慣れたシルバー薄いネイビーのカラーリングが施された、ゼータガンダムが待機してくれていた。

射出デッキから飛び出して、すぐにマリのゼータにしがみつく。

接触通信でマリに機体を交換したいと伝えると、すぐにマリがゼータのコクピットを開けてくれる。

 「あたしは、向こうに行きます。こっちは、マリ…もうひとりの、レオナの妹に任せます」

あたしは、博士たちにそう伝えて、キュベレイのコクピットからゼータへ飛び移った。

途中の宇宙空間で、マリとすれ違う。マリも、プルとおんなじに、笑っているのが見えた。
 

640: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:56:34.66 ID:8hpv4eXMo

 ゼータのコクピットに辿り着いて、ハッチを閉める。

モニターでキュベレイの様子を確認すると、マリも無事に向こうへ到着できたようで、キュベレイも動き出していた。

「マリ、あなたはその人たちをシャトルへ運んで!」

あたしはマリにそうお願いする。

<マライアちゃんは!?>

「あたしもすぐに行くよ。でも、その前にこの船の足止め、やっておきたいんだよね」

<…わかった、無理しないでね!>

マリがそう言い残して、キュベレイをシャトルの方向に駆った。

 <マライアちゃん、デッキの出口、破壊するよ!>

今度は、プルの声…って言っても、声、おんなじなんだけどね。聞き分けられた自分を、ちょっと見直した。

いや、そうじゃなくて。

「了解、あたしはエンジンに穴開けてくる!」

この場はプルに任せて、あたしはそのまま後部に向かう。

ビームサーベルを抜いて、エンジンから突き出ている噴射ノズルに斬りつけた。

あんまりやりすぎると爆発しちゃうから、ちょっとだけ、ね。

 片側のエンジンさえ使えなければ、そうそう追いかけては来れないでしょ。

あとは、モビルスーツ射出用のデッキさえふさいじゃえば…

 そう思っていたあたしの耳に、突然警報が響いた。下…!?

 咄嗟にフットペダルを踏み込んで、その場から脱出する。

誰もいないところをビームが飛んで行って、戦艦のエンジン部をかすめた。

<ごめん、マライアちゃん!右舷のデッキ、間に合わなかった!>

プルの声が聞こえる。うぅ、やっぱ、あたしが右舷に行っておくべきだった!ここまで対応が早いなんて…!

あたしはモニターとレーダーで敵の位置を確認する。

3機いる…とりあえず、下から撃って来た、あんた!

 あたしは機体を翻らせるのと同時にビールライフルを発射した。

緑色の、バウとかってモビルスーツに当たって、小爆発を起こした。

 

641: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:57:32.43 ID:8hpv4eXMo

 あとの2機は…!?あたしはさらに敵機を追う。

2機はそれぞれ別行動で…1機はシャトルへ、もう1機は輸送船に向かっていた。あぁ、なんでそっち行くのよ!

<マライアちゃん、輸送船はあたしが守る!マライアちゃんはデッキ壊して!>

プルの声が聞こえた。プル、なんだかんだ言って、戦闘には慣れてるよね!頼っちゃうよ!

「ん、了解、プル!マリ、1機そっちに行っちゃった!対応できる!?」

あたしはそう言いながら機体を反転させて、右舷の射出デッキに狙いを定めてトリガーを引いた。

パッと光が広がってデッキの出口が完全につぶれる。よし、これで大丈夫…な、はず。

 そう言えば、マリからの返答がない。あたしはマリが飛んで行った方に目をやった。

マリは、バウに撃ちまくられて、なかなか反撃ができないでいた。

「マリ!」

<ごめん、マライアちゃん!こっち二人乗ってて、思うように動けない!>

あたしは、ゼータを飛行形態にしてマリの下へ突っ込んだ。敵の動きに集中する。

マリを正面から撃ち損じたバウは、いったん、距離を置いて、下方に回った。残念、その軌道は、相対速度で回避難しいんだよ。

 飛行形態のまま、搭載状態にされたビームライフルを撃った。

ちょうど、マリに向かって上昇を始めていたバウの進行後方を通過する軌道で。

バウはあたしの射撃に気付いたけど、もう遅い。慣性が付いてるから、どうしようも、ないんだ。

ビームがバウを貫いた。バウは、爆発はしなかったものの、完全に停止してしまった。

 さって、プルの方も苦戦してなければいいけど…あたしは、機体を旋回させてプルと輸送船の方を見る。

そこには敵機の姿はなくて、輸送船にへばりつくようにして飛行しているキュベレイの姿あった。

「プル、そっちは大丈夫?」

<うん、1機くらい、敵じゃないよ!>

プルの元気な声が返ってきた。ふふ、さすがだね!
 

642: ◆EhtsT9zeko 2013/09/01(日) 23:58:41.44 ID:8hpv4eXMo

 そう言って、褒めてあげようと思ったら、また、コンピュータに反応があった。今度は、戦艦からだ。

そっちを向くと、戦艦のデッキに明かりが見えた。あれは…爆発?まさか、ハッチを射撃で取り除いたの!?

 そう思ったのもつかの間、射出デッキから、何かが飛び出してきた。光点が3つ、こっちへ迫ってくる。

モビルスーツだ。でも、なんだ、この感じ?なんだか、スカスカして…まるで、誰も乗ってないような…

 モニター越しにモビルスーツの機影を拡大して確認する。またバウだ。でも3機とも真っ青に塗装されている。

量産型は、さっき見た、ザクと同じ緑。あれは、エース機…?

だけど、この感触は、エースでも、ましてやパイロットとも違う感じがする。

 そこまで考えて、あたしは背中を走る、強烈な寒気を感じた。

 パイロットの乗っていない、蒼い、モビルスーツ。機械のような動きをする、蒼い、モビルスーツ…

9年前のソフィアの話が、脳裏によみがえってきた。

 あたしは、戦慄を覚えずには、いられなかった。 


 

647: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:07:11.93 ID:KrMwBe1wo

 光点が3つ、こっちへ迫ってくる。モビルスーツだ。

でも、なんだ、この感じ?なんだか、スカスカして…まるで、誰も乗ってないような…

 モニター越しにモビルスーツの機影を拡大して確認する。またバウだ。でも3機とも真っ青に塗装されている。

量産型は、さっき見た、ザクと同じ緑。あれは、エース機…?

だけど、この感触は、エースでも、ましてやパイロットとも違う感じがする。

 そこまで考えて、あたしはハッとした。

パイロットの乗っていない、蒼い、モビルスーツ。

機械のような動きをする、蒼い、モビルスーツ…

9年前のソフィアの話が、脳裏によみがえってきた。

 あたしは、戦慄を覚えずには、いられなかった。

 敵の前線を、たった1機で突破してレーダー基地を破壊して、

さらにキャリフォルニアベースで10機以上のモビルスーツを撃破した、連邦の、蒼いモビルスーツ…!

機械のようだ、とソフィアが言っていた、あの、モビルスーツは、もしかして…

「あいつら、EXAMを…!」

エビングハウス博士の声が聞こえる。やっぱり…そうなんだね。

アリシア博士の開発していた人工知能の性能の話が本当なら、

9年前の蒼いジムには、亡命したレオナと一緒に居たモーゼスって博士が連邦に持ち込んだ人工知能が搭載されていたんだ。

そう考えればソフィアの話してたあの被害状況にも説明がつく…

あのとき聞いたジムの戦果が、あの人工知能の戦闘能力…だとしたら、あいつらは…!

「おい!アトウッド!気をつけろ、そいつら、ネオジオンの技術者が研究所から持ち出された資料をもとに復元した

 人工知能を搭載した試験機で…!」

「バケモノ、だよね」

あたしは、エビングハウス博士の言葉に、そうとだけ返した。

あのモビルスーツはサイコウェーブを感知して、攻撃をかけてくるはず…

ファンネルを使っているプルやマリは、格好の標的だ…!

「オリヴァー、ルーカス!合流はいったん中止!全速力でこの宙域から離れて!

 プル!マリ!サイコミュを使っちゃダメ!あのモビルスーツは、あたしに任せて、あなた達も船を援護したまま離脱して!」

「マライアちゃん!」

マリなのかプルなのか分からない声が聞こえてくる。

 マリ達のニュータイプ能力はあたしなんかよりも強い。

でも、そもそもこの人工知能は対ニュータイプ戦闘のために作られたもの。

その点、ニュータイプ能力を無視すれば、実戦経験はあたしのほうが豊富。

動きを察知し切れない人工知能を積んでいて、

なおかつサイコウェーブを感知して攻撃を仕掛けてくるモビルスーツが相手では、マリ達では、勝てない…

こいつらは、あたし一人でやるしか、ない。
  

648: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:07:45.86 ID:KrMwBe1wo

 あたしは、シャトルから離れた。近くで戦えば、巻き込んでしまう。

離れながら、あたしは一気に集中力を高めた。

ほら、食いつけ!あんたたちの敵は、こっちにいるよ!

 とたん、3機のモビルスーツの機動が変わった。猛スピードでこっちに進行方向を変えて突進して来る。

まるでアムロのように…ううん、あの鋭い旋回は、アムロでも無理。あんなの、人間が出来る動きじゃない。

中に乗っている人が、Gでつぶれる…これが、人工知能…リミッターをはずした、モビルスーツの性能なの?!

 3機の蒼いバウがいっせいに射撃してきた。あたしはスラスターを駆使して最低限の機動でそれをよける。

射撃がやんだ瞬間には、もう、3機との距離はあたしが反撃する隙もないほどに迫っていた。

「くっ…!」

咄嗟にバーニアを吹かしながらスラスターで機体を滑らせて回避する。

でも、3機は、停止することもなく、ほとんど直角に近い角度で軌道を変えてあたしを追随してきた。

 ダメだ、機動性じゃぁ、かなわない…

でも、格闘したって、あんな動きが出来るくらいのパワーを持ったモビルスーツとやれるの!?

 背中に、冷たい何かが伝った。これは…恐怖じゃ、ない。胸のうちを締め付けるあの感覚とは違う。

これは…なに?寒い…寒くて、体が震える。

 あたしは、追従してくるモビルスーツにビームライフルを掃射する。

3機は一瞬にして四散し、迂回するように軌道を変えてしつこくあたしを追ってくる。

あのビームを避けるなんて…こっちの動きを計算されている!?普通に戦ったんじゃ、ダメだ!

 あたしはスラスターを全力で吹かした。AMBACを切って、手動操作に切り替え、機体を不規則に揺さぶる。

敵の攻撃の照準がバラ付いた。この動きは、行ける…!AMBACの動きを計算しているんだ、あのAI!

あたしはそのまま、バーニアで加速して旋回を繰り返す。内臓が潰れそうなGがかかる。

頭が冷たくなり、目の前が白んでくる。

―――まだ…まだだ…あの動き…良く見て、マライア!右、左…最短の軌道を来る…そこ!

 あたしは、レバーのトリガーを引いた。

ゼータガンダムのライフルから光跡が伸び、狙っていた蒼いバウの両脚と交差して、爆発した。

―――やった!

 そう思った次の瞬間、爆煙の中からビームが伸びてきた。息を飲んで、フットペダルを踏み込んだ。

鈍い衝撃があって、機体が回転しそうになる。姿勢制御を…手動じゃ、ダメだ、AMBAC!

あたしはコンピュータを操作しながら、爆煙に向かってライフルを連射した。

と、パッと明るく何かが光った。
 

649: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:08:12.39 ID:KrMwBe1wo

 「よし、今度こそ、やった!」

「マライアちゃん!」

油断だった。マリの声が聞こえたのと同時に、再び鈍い衝撃。

機体が予期しない急旋回でメリメリと音を立てている。あたしの体もバラバラになっちゃいそうな遠心力…!

歯を食いしばって、必死にレバーを握りながら、ビービー鳴っているコンピュータに目をやって損害を確認する。

片脚を持って行かれた…もう!ABMAC入れた途端に直撃なんて…!

 宇宙を映し出すモニターの向こうに、光点が暗闇を切り裂くように動いている。

まずいよ、あの機動に、脚一本失って、追いつくのはおろか、逃げるのなんてもっと無理だ。

 背中にまた、冷たい何かが伝った。肩から、腕に、小刻みな振動が伝わる。

あたし、震えてる…これは、恐怖なんかじゃ、ない…怖くなんか、ない!

「マリ!プル!シャトルと姫様、頼んだよ!」

「マライア!」

レオナの叫ぶ声が聞こえた。それはもう、悲鳴に近かった。

 思考が狭まる。頭の回転数ばかりが上がって、対応策は沸いてこない。

脚をなくしたゼータガンダムの振動のせいなんかじゃない、冷たい感覚で全身が震える。

胸が、詰まってくる。呼吸が苦しい…違う、怖いんじゃない!これは、Gのせいだ!

怖くなんかない、だから、考えるのをやめるな!動きを止めるな!じゃないと、また何も守れない!

あのときの、ソフィアのときのような思いはもうたくさんだ…あたしだって、あたしにだって戦えるんだ!

逃げ場なんてない、助けなんか待ってられない、あたしが、あたしがやるしか、ないんだ!

―――ライラ!

 あたしは、ペダルを踏んで、レバーを引いて、バーニアを全開にして、蒼いバウへ突進した。

ビームが機体をかすめて行く音がする。

「うわぁぁぁぁ!!!」

あたしは、シールドを突き出して、バウに突っ込んだ。逃がしたら、追い回される。

もう、これしかない!あたしは、シールドをパージせずに、バウの肩の関節部にマニピュレーターをねじ込ませた。

反対の腕で、ビームサーベルを抜く。バウも近接戦闘に反応して、サーベルの柄を手にした。

サーベルの起動を確認する前に、あたしは先端をバウの胸部に押し付けた。

ちょうど良く伸びたミノフスキー粒子の反応炎が、バウの装甲を一気に溶かす。このまま、八つ裂きに…

 ゾクっと、背筋が凍りつく感覚が、またあたしを襲った。

―――後ろ!

 あたしはバウを捕まえていたほうの腕を放し、予備のサーベルを抜いた。

そのまま逆手に持って、後方へ突き出す。

そこには残った一機のバウがサーベルを振り上げてこっちへ突進してきていた。

バウの頭部に、サーベルが突き刺さる。それと同時に、バウのサーベルがゼータの腕を切り落とした。

 まだ!機体を分解するまで、油断しちゃ、ダメ!

 あたしは最初に貫いた方のバウに突き立てていたサーベルを振り上げて、胸から頭までを切り裂く。

振り上げたそのサーベルで、機体を捻らせて後ろのバウに袈裟掛けに切りつけた。
 

650: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:09:08.26 ID:KrMwBe1wo

 フットペダルを踏み込んで、2機の間から脱出する。

距離を置いて見下ろしたとき、2機は小さな爆発を起こして、宇宙空間に弾けて行った。

 あぁ、勝った…あたし、生きてる、よ、ね…?

「マライアちゃん!大丈夫!?」

脱力していたあたしの耳に、マリの声が聞こえてきた。

見渡したら、すぐそばに、マリの乗るキュベレイが近づいてきていた。

「マリ…うん、大丈夫だよ。ケガもない。ちょっと、腰が抜けそうだけど…博士たちは?」

「シャトルに乗せてきたよ!ねぇ、マライアちゃん、こっちに来て!ガンダム、爆発しちゃうよ!」

マリがそう怒鳴っている。確かに。コンピュータはビービーと鳴りやまない。

腕と脚を失って、あのバウとの衝突でフレームもガタガタ。

なにより突っ込んだときに何発も食らった攻撃が、致命的な損傷につながっている。

よくもまぁ、あんなギリギリまで動いてくれた。

「すぐ行く。捕まえて」

あたしは無線でそう話して、コクピットを開いた。ベルトを外してシートを蹴り、宇宙空間へ飛び出す。

キュベレイのマニピュレータがあたしを受け止めて、そのままコクピットへと押しやってくれる。

「マライアちゃん、はやく!」

キュベレイのコクピットが開いて、マリが顔を見せた。

あたしはマニピュレータを蹴って、マリに受け止められながら、その中に飛び込んだ。

コクピットが閉まり、全周囲モニターが点灯する。

シャトルは、後方、下側…お姫様を乗せた輸送船と、プルの姿が見えない。

「ルーカス、プルは?」

「ずいぶん離れてしまったみたいです。そちらから、1時方向上方」

あたしはそれを聞いて上を見上げた。遠くに、かすかに、エンジンの物らしい光点が光っていた。

ふと、視界に何かが入った。

あれは…星?小惑星…?ううん、違う…あれは、もっと、大きい…船だ…!

「きょ、巨大船を肉眼で視認!距離…1万!?1万あって、このサイズだと…!?」

「ジュドー」

プルの、つぶやくような声が聞こえた。

「あれが、ジュピトリスⅡ…」

プルの言葉に、あたしはそう口にしながら船を見つめた。あそこにジュドーくんが…

「マライアちゃん!戦艦から、モビルスーツ!」

あたしはハッとしてエンドラ級に視線を戻した。キラッと、複数の光が瞬く。あの蒼いモビルスーツが出てきたら…

想像して瞬間的に肝を冷やしたけど、モニターに映っているのは、普通の量産機だった。

でも、数が多い。6機、いや、9機、3個小隊?こっちはいくらファンネルを使えるとは言っても、あの数は簡単じゃない。

プルと合流しなきゃいけないってのに…!
 

651: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:09:42.57 ID:KrMwBe1wo

「マライアちゃん、操縦して!ファンネルはあたしが動かす!」

マリがレバーを握りしめてそう言う。シャトルと守りながら、プルの方に転舵しつつ、9機とやりあう…

簡単じゃ、ないよ!?でも、マリ、その判断は正しいと思う!

「うん!」

あたしはそう返事をして、マリの座っていたシートに割り込んだ。二人で折り重なるようにしてシートに着く。

 体はすでにガタガタだ。神経も、精神的にも消耗が激しい。正直、万全の状態とは、ほど遠い。

何も守る必要がなくったって、厳しい状況だと言わざるを得ないけど…でも、そんな泣き言、言ってる場合じゃない!


来なさいよ!アムロには連絡が付いてる。もうすぐ、来てくれるはず…!

それまで、シャトルにも輸送船にも、指一本、触れさせないんだから!

「マライアちゃん!すぐそっちに行く!待ってて!」

プルの声が聞こえてくる。

「ダメだよ、プル!あなたは、輸送船の直掩について!」

あたしは無線に怒鳴り返した。戦艦の火器管制が回復するまでに残された時間も長くはない。

合流は、たぶん、もう無理だ。だとしたら、プルには、輸送船を守ってもらいながら、この場を離れてもらう方がいい。

「だって、マライアちゃん!」

プルが必死にそう叫んでいる。

「行きなさい、レベッカ…いいえ、プル」

不意に、無線からそう言う声が聞こえた。レオナの声だった。待って、今、レベッカ、って、そう、言ったの…?

「レオナ姉さん!」

「プル、聞いて。あの大きな船を追いかけて。あそこに、ジュドーくんがいるんでしょ?」

「そうだけど、でも!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もないの。

 道具や兵器としてじゃない、プルっていう一人の人間として、あなたの運命を、生きなさい」

死んでしまった、クローンの一人は、レイチェル、と呼んでた。

そうだ、もう一人、“プルツー”につけた名を聞いたこと、なかったな…。

レベッカ、ってつけてあげてたんだね、レオナ。アヤさんレナさんの遺伝子を持った、あのレベッカと同じように、

あなたは、あの子を愛してあげようって、そう思ってたんだね…。

「プル、行って。私たちに気を遣わなくても大丈夫。ジュドーくんと一緒に行きたいのはしってる。

 だから行っていいの。たとえどんなに離れてても、どこへ行っても、私達は家族。

 どこへ行っても一緒よ、それを忘れないで」

レオナは、優しく、諭すように、プルにそう言った。




 

652: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:10:13.81 ID:KrMwBe1wo


UC0079.9.22



 港の建物の中には警報が鳴り響いている。

私は、ユリウス達が用意してくれていた脱出路を抜けて、一足早く、このシャトルへと乗り込んでいた。

準備は済んだ。あとは、レオナ達が来てくれるのを待つだけ…!

 不意に、激しい銃声が聞こえた。来た…!

<パラッシュ博士!こちら、ジェルミ!ケージへ到着しました!>

無線機から、そう叫ぶ声が聞こえてくる。

「了解!ハッチをシールする、下がって!」

私はそう叫んで、手元のコンピュータを操作した。ここに来るときに、すでに空港のシステムは一部掌握済み。

ハッチを閉めたら、物理的に破壊されるまでの時間くらいは稼げる。

<ハッチ閉鎖を確認!ありがとうございます!>

ジェルミ飛行士の声が聞こえてくる。とりあえず、無事みたい。良かった。

 私は機材をカバンにまとめて、シャトルを飛び出した。

 ケージには、ノーマルスーツに身を包んだ一団が、肩で息をしつつ、思い思いにヘタレこんでいる。

その中に、レオナの姿はあった。

「レオナ!」

私が声をかけたら、レオナはハッとした様子でこっちをみて

「ママ!」

と声を上げて駆け寄ってきた。胸に飛び込んできたレオナを私は力いっぱい抱きしめる。

「無事で、良かった。怖い思いさせて、ごめんね」

「ううん、平気だよ…」

あやまる私の体にまわしたレオナの腕にも力がこもる。私は、レオナの感触を全身で感じ取った。

ユリウス達が私達のために稼いでくれた時間は、もう残り少ない。

「レオナ、聞いて」

私がそう声を掛けると、彼女は顔を上げた。

「自由研究、覚えてる?」

「うん、料理の研究」

「地球に行ったら、続きをやろうね」

私は、なるだけ穏やかにそう言ってあげる。

「うん…でも、なんでそんなこと言うの?」

「ん?だって、ユーリが一緒じゃないでしょ?ご飯作るの私だけになっちゃうし、できたらレオナにも覚えてほしいんだ」

「わかった」

レオナは、素直にうなずいてくれる。

「あぁ、でも、ユーリがいないと、失敗作を食べてくれる人が居なくて困るよね」

続いてそんな風におどけたら、レオナは笑ってくれた。

私の大好きな、大切な宝物の笑顔で。
  

653: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:11:01.99 ID:KrMwBe1wo

「レオナ」

「なに?」

「その笑顔を忘れないでいてね」

「え?」

私はそう言って、もう一度レオナを抱きしめてから、

「レオナ、あなたは向こうのシャトルに乗って。私も、別のシャトルですぐに追いかける」

と伝えて体を離した。ノーマルスーツの中のレオナの顔が不安にゆがむ。

「ママは、一緒じゃないの?」

「一緒よ、大丈夫。あとから、必ず行くから」

私は、ヘルメットのシールドを開けて、レオナの頬をさすってあげた。

でも、すぐにシールドを閉じて、立ち上がった。あまりこうしていると、決心が揺らぐ。

「パラッシュ博士、もう時間がない」

そばに、モーゼス博士がやってきて、そう言った。

「えぇ、モーゼス博士。レオナをお願い」

「確かに、引き受けました。あなたも、無事で」

彼はそう言って、私に握手を求めてきた。その手を握り返して、そのまま彼とレオナをシャトルの方に促す。

何人かの研究員がいまだ意識を取り戻していないマリオンの体を支えながらシャトルへと向かう。

最後に残ったのは、私と一緒に行くメンツと、もう一人。

わざわざこんな作戦のために志願してくれた、一号艇を担当するジオンの若いパイロットくん。

「ねぇ、シャトルの操縦、どうかお願い…無事に地球まで、みんなを届けて…!」

私は彼を捕まえてお願いした。彼は、ヘルメットの中でクスッと笑い

「大丈夫。俺たちが援護についてますからね。なんたって、キマイラ隊のライデン少佐まで出張ってきてるんです。

 シャトルの2機くらい、なんとか抜け出して見せますよ」

と胸を張って言った。

「ジョニーくん、ね。彼にも、お礼を言っておいて」

「どういうことです?」

「二号艇は、囮が目的だから」

私は、彼に伝えた。彼は、あまり驚かなかった。ただ、真剣な表情で

「いいんですか?」

と聞いて来た。良いワケない。でも、それが一番確実に、レオナを地球に送る方法。

誰かがそれをやらなきゃならない。あのエルメスは、ビットを使った全周囲攻撃ができる。

狙われたら、いくら腕のいい援護が居たってシャトルなんてまず間違いなく落とされる。

レオナのシャトルを逃がすには、陽動が必要。

だから、そうするしかないんだ。
 

654: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:11:38.33 ID:KrMwBe1wo

 私は、何も言わずにうなずいた。

「…わかりました…では、ご武運を!」

彼は、そう言って私に敬礼をし、シャトルの方へと走っていた。一号艇も発進の準備が整う。

ケージ内のエアーが抜けた。ハッチが開いて、シャトルが発進する。

一号艇は、地球方面へ、二号艇は、戦闘の始まっているギリギリのラインへ、盾として進む。

「ママ!どこにいくの、ママ!」

ヘルメットの中に、レオナの叫ぶ声が聞こえてくる。私は、唇を噛んで、涙をこらえた。

「レオナ…行きなさい…!」

「ママ!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もない。

 被験体や道具や兵器としてじゃなく、レオニーダ・パラッシュっていう一人の人間として、

 あなたの運命を、生きなさい!」

「ママ、ママも一緒じゃなきゃイヤだ!」

「レオナ、どこへ行っても、私達は家族。どこへ行っても一緒だよ。

 あなたには、素晴らしい能力があるんだもの。私はいつも、あなたのそばにいるよ。それを…忘れないで」

「ママ!」

私は、ヘルメットの無線を切った。これ以上は、聞いていられない。

 カッと、目の前が明るくなった。

エルメスのビットから放たれたビームが、二号艇をつらぬいた。


 レオナ…元気でね…あなたの笑顔、また、見たい、なぁ…





 

655: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:12:26.56 ID:KrMwBe1wo

 「レオナ姉さん…あたし、行ってくる!」

プルの叫ぶ声が聞こえた。

「うん」

レオナもそう返事をする。

「絶対、絶対に、帰ってくるから、待っててよ!」

「うん。プル、いってらっしゃい。地球で、あなたの帰り、待ってるよ…」

レオナはもう、涙声になっている。

「うん、レオナ姉さん!母さん!ありがとう!マライアちゃん、マリ!」

プルは今度はあたし達の名前を呼んだ。あたしは、マリにかぶりを振ってあげる。

「姉さん…!」

マリの瞳にも、涙が滲んでいるのが分かる。

「マリ、わたし、ちょっと出かけてくるよ…だから、母さんと、レオナ姉さんをお願いね!」

「うん…わかった!姉さんも、元気でね…死んじゃだめだよ…帰ってきたら、またパズルやろうね…!」

マリはプルの言葉に力強く答えた。

「マリ…わたし、プル姉さんにはひどいことしちゃった…だからそのぶん、あなたとはちゃんと仲良くしたいんだ。

 絶対に帰ってくるから、また、遊ぼうね…!」

「うん…!待ってる!」

 戦艦からは、まだモビルスーツが出撃してくる。15機?ううん、もっといる?もう、数えるの、めんどくさい!

 そんなことを考えてたら、何か、得体の知れない感覚があたしを襲った。

振り返ったら、マリが目をつむっていた。なに、この気配…なにをしてるの、マリ…?!

「姉さんの邪魔はさせない!!」

次の瞬間、戦艦の周囲に、無数のビーム弾幕が走って、モビルスーツが4、5機、いっぺんに爆発した。

今のが、ファンネル!?あんなにたくさん!?…いや、違う、これは、この機体のファンネルだけじゃ、ない…

プルだ、プルがマリに、ファンネルを残して行ったんだ!

「ルーカス!すぐに撤退して!マリ、このまま敵を引きつけるよ、出来る!?」

「うん、任せて!」

マリは目をつぶったまま、答えた。戦艦から、さらに数機のモビルスーツが出てくる。

でも、やられるわけには行かない…プルを逃がすんだ…シャトルを無事に、逃がすんだ!

そうだ、もうこれ以上、誰も泣かすわけにはいかないんだから!

邪魔す奴は、カラバのお喋り悪魔こと、このマライア・アトウッドさんが吹っ飛ばしてデブリにしてやるんだから!

死んじゃっても、恨まないでよね!
 

656: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:13:07.31 ID:KrMwBe1wo

 あたしは、キュベレイを駆った。それからのことは、なにをどうやったのか、良くわからない。

でも、なにか、とてつもなく強い意思に導かれたみたいに、とにかく戦った。

もう、どれだけ撃墜したかも、どれだけ撃ったのかも斬りつけたのかも、記憶になかった。

 ハッとして、我に返った時、あたりには、半壊したモビルスーツが無数に漂っていた。

「大尉!大尉、聞こえるか!?」

無線が、鳴り響いた。この声、来てくれた?!

 コクピットの中に、何かが表示された。

「ガ、ガンダム!?」

マリがビクッとして、レバーを握ろうとする。

「マリ、大丈夫、あれは、味方だよ。あたしの、友達」

「大尉、それか…?」

あたしは、アムロに向けて信号弾を上げた。それからすぐにアムロのそばに飛んで、編隊を組む。

「大尉、無事の様だな」

「うん、お陰様で…」

「どうした?様子が変だぞ?ケガでもしているのか?」

「ううん、なんか、放心しちゃっただけ…」

あたしは、アムロにそう言って、後ろにいるプルの様子を見る。プルもどこか視点が定まっていない。

これは、お互いに、相当消耗しちゃってるね…そう思ったら、なんだか余計にぐったりしてきた。

あぁ、ほんとに、疲れちゃったよ。

「ルーカス達は、回収してくれた?」

「あぁ。ダークペガサスに収容した。ここの処理は俺たちに任せて、大尉も船へ行ってくれ」

アムロがそう言ってくれる。でも、ごめん、アムロ。これ、どうもあたし達だけじゃ、帰れないや…

「ごめん、アムロ。もうクタクタで、ダメだわ。そっちへ乗せてもらっていいかな?

 一緒に連れて帰ってくれると、助かる」

あたしがそう頼んだら、アムロの笑い声が聞こえた。

ふふ、アムロ、いつも憂鬱そうな顔してたけど、笑うことなんてあるんだね。

「了解だ。こっちへ」

モニターのむこうでアムロのゼータがコクピットを開けてくれた。

あたしは、マリのノーマルスーツにアンカーワイヤーをひっかけて、キュベレイの自爆装置をセットした。

これをアムロの船に運び込んじゃうのは、反則だからね。

 コクピットを開けて、ゼータヘと飛び移る。

キュベレイを捕縛しようとしていたアムロに動力部が破損したから、爆発するかも、と言って、回収を諦めてもらった。

ごめんね、アムロ。でも、ネオジオン残党の位置知らせてあげたから、五分五分ってことで許してよね。

 それからあたし達は、アムロの操縦するゼータの中で、眠りこけてしまった。こんなに疲れたのは、初めてだ。

あのときの、妙な感覚はいったい、なんだったんだろう?

まるで、本当に、なにか、得体の知れない意思みたいなものに、体を明け渡したみたいな感じだった。

もしかしたら、あるいは、あれが、ニュータイプの意思、ってやつなのかな。あたしには良く、分からないけど…

 疲れちゃったけど、でも、悪い気分じゃ、なかったし、ね…。ね、あなたも、そうだったよね、マリ?

あたしは、夢の中で、マリにそんなことを話しかけていた。

 

657: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:13:39.78 ID:KrMwBe1wo




 気が付いたらあたしは、ベッドに横たわっていた。

起き上がろうとして体を起こしてみたら、ひどいめまいがして、座っているのもやっとなくらいだ。

 しかたなくまた横になって、あたりを見渡す。ここは、シャトルの居住スペースだ。

あたし、死んじゃったりしてないよね?大丈夫だよね?

 そんな心配をしてたら、ひょっこりとレオナが顔を出した。

「マライア!」

レオナはあたしが目を覚ましているのに気が付いて、フワッと宙を飛んでベッドに飛び込んできた。

「良かった…目を覚まさないから、心配してたんだよ…」

レオナは半べそになってそう言ってくる。

そっか、アムロのゼータの中で寝ちゃって、それから…どれくらい経ったんだろう?

「どれくらい寝てたの?」

あたしが聞くと、レオナは宙を見据えて

「んー、3、4時間くらい?」

「なんだ、ちょっとじゃん」

あたしが言ったらレオナはプウっと頬を膨らませて

「それでも!心配だったの!」

と怒った。もう。怒らなくたっていいじゃんか、こっちはヘトヘトだったんだから。

 そんなやりとりをしてたら、エビングハウス博士も部屋にやってきた。

「あぁ、もう目が覚めたか」

博士はそんなことを言いながらあたしに近寄ってくる。その手には、注射器が握られていた。

「ふらつきがひどかったろ?ずいぶんと派手に能力を使ったみたいだったからな。

 念のために、睡眠剤を打っといてやったんだ」

「睡眠剤?」

「あぁ、知らなかったか?能力の使い過ぎは、脳への負担が大きいんだ。回復のためには、睡眠が一番なんだよ」

博士はそう言って笑う。それから、あたしの腕を消毒して、注射器の針を刺した。

「これは中和剤。ふらつきがすこしはマシになるだろうが、正直、もう少し寝ててもらった方が良い」

「ありがとう、ございます」

あたしは、なんだかため息が出てしまった。そう言えば、エンジンの音が聞こえない。

どこかの港にでもいるのかな?それとも、アムロ達の船の中?

今、状況はどうなっているんだろう?マリは大丈夫かな?

 なんだかいろいろと聞きたいことがいっぱいだ。待って、整理しよう…

とりあえず、安全かどうか、と、マリの容体だけでも聞いておかなきゃ、安心できない。

「今は、どこにいるの?」

「アムロさん達の船だよ。月へ送ってもらってるの」

レオナが答えてくれる。

「マリは、大丈夫?」

「うん。あの子は、もっと元気。ラウンジでルーカスとおしゃべりしながら、アイス食べてるよ」

アイスか…あたしも食べたいな…甘い物。まぁ、でも、とにかく、無事なら良かった。
 

658: ◆EhtsT9zeko 2013/09/02(月) 20:14:06.75 ID:KrMwBe1wo

 ふぅぅ、とため息が出た。なんだか今日は緊張したりなんだりで、ため息ばっかり出る様な気がするな。

はぁ、こんなんじゃ歳とっちゃうよ、まったく。

 そんなことを思っていたら、ふと、目の前の二人に気が付いた。もうすっかり落ち着いちゃってる感じだけど…

「ね、感動の再会は、どうだったの?」

あたしが聞いたら、レオナがニコッと笑った。

「もう、済んだよ。マライア、本当にありがとうね…」

レオナはそう言ってくれた。あぁ、良かった。別にお礼が聞きたかったわけじゃないけどさ…

でも、レオナが幸せに感じてくれることが増えたんなら、あたし、それで満足だよ。疲れもふっとんじゃうくらいね。

 そこへ、あたし達の会話を聞きつけたらしいマリとルーカスも姿を現した。

「あー!マライアちゃん、目、覚めた!」

マリはそう言いながら、アイスのカップを抱えてあたしの方に飛んでくる。

マリはあたしのベッドの脇まで来ると、スプーンですくってアイスを突き出してきた。あたしはそのスプーンに食らいつく。

疲れてるときは、睡眠と、あと、甘い物、だよね。

冷たくて舌でとろけるアイスはなんだか体だけじゃなくて、心にも行きわたって、ふつふつと安心感が湧いてくるようだった。

 「大尉、今回ばかりは、ダメかと思いましたよ」

ルーカスが心配そうにそんなことを言ってくる。あたしは苦笑いしか出なかった。

「ごめんね…ルーカス」

なんとかそう口にしたら、ルーカスはすこし、辛そうな顔をして

「ライラ大尉に続いてなんて、俺は嫌ですからね。置いて行かないでくださいよ、大尉」

なんて言ってきた。

ふふ、ルーカスってば、かわいいんだから。あなたにはこんな迷惑かけてばっかりだもんね…

すこしは自重するべきかな?でも、ああでもしなかったら、あなた達かマリ達の方がやられてたかもしれないしね。

今回も、まぁ、無事だったんだし、許してよ、ね?

そんなあたしの気持ちを察してくれたのか、ルーカスはふうとため息をついて

「ともかく、月へ戻ってます。そこでシャトルを点検して、地球へ帰りましょう」

と言ってくれた。うん、点検は大事。

ここまで来て、大気圏突入のときにトラブってドカーン、じゃシャレになんないもんね。

あたしはルーカスの報告に満足して、笑ってあげた。

 「母さん、あともう少しで月につけるから、準備してって、アムロってお兄さんが…」

そんなことを言いながら、誰かが部屋に入ってきた。あぁ、カタリナ、だっけ。

確か、メルヴィの身辺掛かりで…って、え?

 お、母さん?博士の娘さん、だったの?

 あたしは、思わず博士を見やった。彼女はクスッと苦笑いを見せて

「今は休みな。落ち着いたら、ちゃんと説明するよ」

と言ってふん、と鼻で息を吐いた。

 今聞きたい気もするけど、ダメだな。とてもじゃないけど、頭が付いてこない。

月に着くまでもう少しウトウトしていよう。

そう思って目をつぶったあたしだったけど、整備が済んだシャトルで地球に戻る間に博士に聞かされた話に、

びっくりせざるを得なかった、ってのは、このときはまだ、ぜんぜん想像すらできていなかったんだけど、ね。

 

666: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:44:00.32 ID:TIniHMsXo

 
Epilogue




 カランと、グラスの中の氷がなる。

私は薄暗くしたホールのソファーに座って、まだこの場にかすかに残る興奮の熱を感じながら、静かに話をしていた。


 マライアからメッセージがあったときは、すこし驚いた。

レオナの妹に、それからもう二人連れて帰ってくる、と言うのだ。

翌日、キャリフォルニアに降りたマライア達は民間機でアルバの空港へと帰ってきた。

 マライアは相変わらずで、アヤに飛びつこうとして関節技を決められたり、

いじられまくって半べそかいていたりと、にぎやかだった。

 レオナの妹は、それはもうレオナにそっくりで、

私やアヤを見てすこし照れたときの表情なんかは、レオナに負けず劣らずのかわいらしさだった。

それから、もう二人の連れは、レオナの育ての親、と言う人とその娘。

ユリウス、なんて男みたいな名前の女性は、とても美人で、息を飲んでしまいそうになるくらいだった。

もちろん、彼女の娘さんと言うのも、ちょうどレオナの妹、マリと同じくらいの年齢だったけど、

彼女とは違う、どこか凛とした雰囲気の魅力を持った子だった。

 お決まりのようにペンションに全員を連れて帰ってきて、それからはどんちゃん騒ぎ。

アヤは、ユリウス、レオナはユーリ、と呼んでいたけど、その人と息が合ったみたいで、

二人してマライアをいじめては、私に叱られていた。

レオナの妹のマリは、やっぱりなんだか照れた様子でぎこちなかったけど、

私やロビン、レベッカに気を使われまくって、夕飯ごろにはなんとか打ち解けてくれた。

 さんざん騒いで、今日のところはとりあえず、全員客室に泊まってもらうことにした。

母屋の方にも準備は出来ていたけど、こんな日は、こうしてゆっくり余韻を楽しめるスペースのあるペンションで過ごすに限る。

 飲み干したグラスに、レオナがバーボンを注いでくれた。

「ありがとう」

私が言ったら、レオナは静かに微笑んだ。今日、久しぶりに会ったレオナは、どこか、旅に出る前の彼女とは違っていた。

すごく落ち着いていて、余裕があって、なんだか暖かい。

大変だった、ってマライアが一生懸命に喋っていたけど、レオナにしてみたら、それ以上にたくさんのことがあったんだろう。

それをレオナはちゃんと乗り越えてきたんだ。

出かける前にあった、どこか子どもみたいな印象はすっかり影を潜めて、今は、もう、りっぱな大人の雰囲気が漂っている、って感じかな。
 

667: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:44:43.34 ID:TIniHMsXo

 「久しぶりの地球は、どう?」

「うん。ここは、やっぱり、暖かくて、気持ちが開いて行くね」

レオナはそう言って、また笑った。

「お母さんのこと、残念だったね…

 私もさ、戦争で家族をみんな亡くしちゃったから、辛かっただろうなっていうのは、なんとなくわかるよ」

「レナさんも、そうだったね…。でも、私行って良かったよ。

 いろんなことを思い出して、辛くて壊れそうになったこともあったけど…

 私、ママやユーリに愛されてたんだな、守ってもらえていたんだなって分かった。それが、すごく嬉しかった」

レオナがグラスを傾ける。窓から差し込む月明りで、きらりと彼女の瞳が輝いたのが見えた。涙、かな。

 「ね、レナさん」

グラスをテーブルの上に置いて、レオナが改まって声を掛けてくる。

「ん、なに?」

私が首をかしげて聞くと、レオナはとても優しい笑顔で

「ここに住もう、って言ってくれて、ありがとう。

 レナさんやマライアに会えなかったら、私、今こうしていることもできなかったって思う。本当に、ありがとう」

なんて言ってきた。

 お礼を言われるようなことじゃないよ、レベッカのこともあったけど、そうでなくたって私達はけっこう、

誰にだってこんな感じなんだ、って言おうかとも思ったけど、止めておいた。せっかくの、レオナの言葉だ。

私も、レオナに言ってげないと、ね。

「レオナこそ、ありがとう…レベッカを産んでくれて、守ってくれて」

私がそう言ったら、レオナは少し照れたみたいにして笑った。でもそれから、またちょっと真剣な表情で

「これからも、よろしくおねがいします」

と言って、また笑った。

「うん。こちらこそ!」

それ以上、言葉はいらなかった。
 

668: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:45:33.53 ID:TIniHMsXo

 パタンペタンと廊下を歩く音がした。

ホールのドアに目をやったら、ユーリさんが、眠そうな目を擦りながら、ホールに入ってきた。

「あぁ、ユーリ。どうしたの?」

レオナの表情が一段と明るくなる。

「あー、いや、マリのやつにベッドから蹴り落とされて、な」

ユーリさんはボリボリと頭を掻きながら大あくびをして、私達のソファーに崩れるようにして腰を下ろしてきた。

「ユーリさんも、飲みますか?」

「うん、頼むよ」

私は、開いていたグラスに氷を入れて、バーボンを注ぐ。彼女は、グラスを口元に近づけてクンクン、と匂いを嗅いだ。

「これ、なんだ?」

「バーボン。トウモロコシが原料の、ウィスキーの一種」

私が説明したら、彼女はふぅん、と鼻をならして、グラスに口を付けた。それから、ニコッと笑って

「いいな、これ」

と言ってくれた。アヤのお気に入りだし、そう言ってもらえると私も嬉しい。

 「ユーリさんは、これからどうするつもりなの?」

私は彼女に聞いてみた。

「うーん、レオナは今、ここに住んでるんだろう?それなら近くに家でも借りて住まわせてもらえれば、それがいい。

 さすがにアタシやカタリナまで住まわせてもらうわけにもいかないしな」

ユーリさんはそんなことを言った。レオナの家族なら、まぁ、義理の親、みたいなものだし、

私としては全然かまわないんだけど、逆に気を使わせちゃうかもしれない、ってことを考えたら、

その方がお互いに安心できるかもしれない、なんてことも思う。

「このペンションを紹介してくれた不動産屋さんがいい人だから、今度一緒に連れて行くよ」

「ホントか?それは助かる」

私が言ったら、ユーリさんは本当に嬉しそうな顔をしてそう返してくれる。

「ユーリはお医者さんなんだよ、レナさん」

「そうなんだ!それなら、開業できるようなスペースのある物件が良いかもね。

 ここじゃぁ街の中心に総合病院があるだけで、風邪やなんかだと、混んじゃってて行きづらかったりするんだよ。

 町のお医者さんがいてくれたら、みんな助かると思う」

「町医者、か。ここでならそれも、悪くないかもなぁ」

ユーリさんは、宙を見つめて、ニコニコしながらグラスのバーボンを空けた。

お代わりいるかな、と思って、バーボンの瓶を手に取ろうと思ったら、

ユーリさんは急に、隣に座っていたレオナにしなだれかかった。

 

669: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:45:59.64 ID:TIniHMsXo

「あ…」

レオナが、何かを思い出したようで、そう声を上げる。

「どうしたの?」

「ユーリ、お酒にすごく弱いんだった」

「え、でも、一杯しか飲んでないよ?」

「い、一杯でも、ダメなんだよ!酔っぱらったユーリは…ユーリは…!」

レオナは、何かにおびえたような表情で恐る恐る、ユーリさんの方を見る。

「レオナ…あんた、やっぱ、アリスに似て、美人だな」

ユーリさんはそんなことを言いながら、レオナの髪を撫でつけた。

 頬が赤く染まって、とろんとしたまぶたの中の瞳が潤んで、かすかに震えている。

理性を射抜かれそうなその視線が、レオナをまっすぐに見つめていた。

「ずっと、会いたかったんだ…なんども夢に見た…。もう、放さないからな。

 アリスの分まであんたを、アタシが愛してやる。守ってやる。だから安心しろ…」

ユーリさんはそう言って、まるで母親が小さなこともにするように額にキスをして、レオナを胸の中に抱きすくめた。

「ユ、ユーリは、お酒が入ると、感情のブレーキが利かなくなるの…これ、まずい、私、溺愛される…」

レオナがそう言ったのもつかの間、ユーリさんは抱きしめたレオナにキスの嵐だ。

「ちょっと、ユーリ!やめてよ、恥ずかしいよ!」

レオナはじたばたしながらそんなことを言って抵抗しているけど、私はその光景をほほえましく眺めていた。

 ふと、ユーリさんの姿に、母さんの面影が重なったような気がした。お母さん、か。

ふと、10年近くも前の、出征するときのことを思い出す。母さんや、父さん、兄さんと揃って食べた最後の夕食のこと。

思い出すと、すこし切ないけど、でも、今の私には、あのころの家族と同じ、大好きで、暖かい家族と、仲間たちがいる。

だから、寂しくなんかはないんだ。

母さんたちが私を見守ってくれているのも、私には感じられるし、ね。

 そんなことを思いながら、私は、グラスのバーボンを飲み干した。

なんだか、無性にアヤとロビンとレベッカを抱きしめたい衝動に駆られながら、それでも私は、

じゃれ合っているレオナとユーリさんを眺めていた。

 良かったね、レオナ。良かったね、ユーリさん。

私たちも一緒にいるから、これからは今までの分まで、昔以上に、幸せになってね。

ううん、これからもっと、幸せになろうね。


 

670: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:48:29.28 ID:TIniHMsXo

 青く突き抜けた空に、エメラルドグリーンに透き通った海!吹き抜ける潮風の香りに、

ジリジリ照りつける日差しに、おいしいお酒と、おいしいお肉!もうさ、天国って、こういうことを言うんだよね!

 あたし達は地球に着いて一週間ほどして、アヤさんの船でいつもの島に強制連行されていた。

アヤさんに、レナさんに、ロビンにレベッカ、それから、レオナとマリに、ユーリ博士とカタリナ。

それに、ルーカスも、だ。

 初めてビーチなんかに連れてこられたマリとカタリナはどうしたらいいのか、最初のうちはドギマギしていたけど、

アヤさんとレナさんに謀られて海へ投げ込まれたり、ロビン達と砂浜でお城を作ったりして、

なんとなく、楽しめているみたいで良かった。

 ユーリ博士は、

「地球がこんなところだなんて、想像もしてなかったよ」

なんて、感心しながら、気が合ったらしいアヤさんと、チビちゃん達にを混ざって楽しそうに遊んでいる。

それを見ながら写真を撮りまくっているレナさんとも、仲良し、って感じだ。

ルーカスは、そう言えばここには初めて連れてこられたようで、しかも、彼以外みんな女で、水着、と来ている。

さすがにいろいろと感じるところがあるのか、砂浜の隅っこの方で、アヤさんに借りた釣り竿から糸を垂らしていた。

デリクも誘えばよかったんだけど、あいにくと、ソフィアが出産したばかりで、それどころじゃないようだった。
 

671: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:48:55.22 ID:TIniHMsXo

 それにしても、カタリナの話には、驚いた。

お母さん、と呼んだ時にもきっと驚かされるんだろうな、とは思ったけど、もう、想像していたよりもびっくりな話だった。

 カタリナは、博士の子で、レオナの異父姉妹、だというのだ。

最初は、あぁ、なるほど、彼女も人工授精で生まれた、被験体の一人だったんだ、なんて思ったのだけど、そうじゃ、なかった。

いや、厳密に言えば、確かに自然に出来た子どもじゃなかったんだけど…カタリナは、卵子間結合胚で生まれた子なんだ、と博士は言った。

片方の母親は、ユーリ博士。もう片方の母親は、あのアリシア博士だというのだ。

待ってよ、だって、アリシア博士は、事故で子どもが作れない体になっちゃったんじゃ?

なんて聞いてみたら、博士は自分のシャツをめくって見せてくれた。

今、水着姿の彼女の右のお腹に見えている手術痕だ。で、シャツをめくって傷を見せてきた博士は胸を張って、言った。

「アタシを誰だと思ってんだ!?宇宙一の名医、ユリウス・エビングハウスだぞ。

 アリスの卵巣を直接回復させることはすぐに出来なくても、

 卵巣になる幹細胞を採取して、培養することくらいはできる!」

つまり、彼女は、あろうことか、アリス博士の卵巣を再建するために、事故に会った直後には、

自分の腹部にアリス博士の幹細胞を埋め込んで、拒絶反応を軽減する薬を何年も飲みながら、

自分の体に三つ目の、アリス博士の卵巣を再建した、と言うのだ。当のアリス博士にも、ナイショで。

そして、実験で使われるはずだった卵子と、ユーリ博士の体の中にあったアリス博士の卵巣の卵子をすり替えて生まれたのが、レオナで、

その後、卵巣自体は体に影響を及ぼしそうになったから摘出したものの、卵子だけは冷凍保存していたらしい。

そんなもの、最初からアリス博士の体でやればよかったんじゃないか、と聞いたら、

どうも研究所でアリス博士がレオナを産むことができたのは、自分の卵子が使えなくなっていたことが大きかったとのことで、

そのため、研究所にいる間にはそれができなかったそうだ。

 遺伝子治療とか、細胞研究てのは、ほんとうにすごいよな。

博士くらいのレベルになれば、代わりの臓器を作ったりすることもできちゃうなんて。

 で、アクシズへ脱出後、卵子間結合胚で、自分の卵子とアリス博士の卵子を使って生まれたのが、カタリナなんだそうだ。

もちろん、産んだのはユーリ博士。でも、待ってよ?それって結局、どっちも博士の体の中にあった卵子だよね?

遺伝情報は違っても、細胞を作ってた成分は、博士の体の物と同じなわけであって、遺伝情報は違っても、

結局、その、どっちも博士が摂った栄養とかを使って育ったもの、ってことでしょ?

それって倫理的に大丈夫なのかな?なんて思っても見たけど、

そしたら博士になんかとてつもなく難しいレベルの説明をされてギブアップした。

とにかく、違う遺伝子同士が出会ってできた子どもなんだから、良いんだ、とそう思うことにした。

いや、実際そうだし、そう考えれば別に問題があるわけじゃない。

 だからそんなわけで、レオナは本当にアリス博士の娘で、カタリナはアリス博士とユーリ博士の娘、

と言うわけだ。これはもうさ、あたしもびっくりしたけど、レオナの動揺っぷりって言ったら、なかった。

だって、ずっと血がつながっていないと思っていたアリス博士と、実は本当に親子だったんだもん。

そりゃぁさ、うれしいよね。もう、死んじゃった人だったとしても、さ。
 

672: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:49:26.96 ID:TIniHMsXo

「ほらほら、マライア。もっと飲むでしょ?」

そんなレオナがあたしのそばにやってきて、ウィスキーをソーダで割ったのを持ってきてくれた。

あたしは礼を言ってそれを受け取ったら、レオナは嬉しそうな顔で自分のグラスをあたしに押し付けてきた。

なんだかその笑顔がかわいすぎて赤くなっちゃいそうだったけど、とにかくあたしはレオナのグラスに自分のをぶつけてから、

ゴクゴクと中身をあおった。あぁ、おいしい、幸せだぁ。

 「っと、アタシはお肉いただいちゃお!」

子ども達との遊びをひと段落させて戻ってきたユーリ博士も楽しんでいるようで、

BBQコンロから焼いたお肉を何枚かお皿に乗せてあたしとレオナのところにやってきた。

博士は、レオナにお茶のグラスを催促して一口貰うと

「うはぁーこれ、最高だな!」

と満面の笑みを見せて言った。見ない。あたしは、その顔は見ない!見たらヤバいから、絶対に見ないんだ!

「レオナは、こんな良い人たちと一緒に暮らしてるんだな」

博士は肉を食みながらそんなことをしみじみ言ってくる。

「そうなんだ。すごく暖かくて、明るくて、優しくて、私、だから、ユーリ達のことをちゃんと思い出さないとって、そう思った」

「記憶操作だなんて、モーゼス博士も妙なことをしたもんだ。気でも使ったつもりだったのかな、あの人」

「私は、そうだったんだと思ってるよ」

レオナは少しさみしそうな表情で言った。

「そう言えば、昨日、レナちゃんに不動産屋に連れてってもらって、ペンションのすぐ近くに良い家を見つけたんだ。

 一階が店舗に使えるようになっててな。そこで町医者やりながら、のんびり暮らしすることに決めたよ」

それはナイスアイデアだね。総合病院はいつも混んでて診察行くにも半日は覚悟しなきゃいけないから、

フラッと行って気付けのお薬くれたりとか小さい子の風邪なんかを診てくれるところがあったら、みんなうれしいと思うし。

 「あー、はしゃいだはしゃいだ!」

そんなことを言いながら、アヤさんが楽しそうな余韻を引きずって、あたし達のところにやってきた。

なにをするのかと思ったら、イスに座っていたあたしをグイッと担ぎ上げた。

うぇ!?うそ、流れとかいっさい無視で!?

あたしはアヤさんの肩の上でジタバタ暴れてみたけど、こうなってしまったら、もう覚悟を決めるしかない。

 アヤさんはそのまま、ザバザバと海に駆け込んで、あたしを放り投げた。身を丸く縮めて、

いっぱいに息を吸って、ザブン、と海中に落っこちる。

腰までもない浅瀬だから、すぐに体制を立て直して、立ち上がった。

と、思ったらアヤさんがすぐ目の前にいて、あたしに組み付いて、両腕を取って、脚を払って、また海中に引き倒した。

アヤさんがそのままあたしに圧し掛かってくる。

 なに、なんなのアヤさん、なんか今日は、すごく執拗だよ!?

 わけがわからず抵抗していたら、不意に、アヤさんの声がした。

「心配した」

え…、と思って振り返ったら、アヤさんが、見たことのない悲しい顔をしていた。
 

673: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:49:53.64 ID:TIniHMsXo

あたしは、全身から力が抜けて行くのを感じた。ザブン、と、海中に座り込んで、胸まで水に浸かってしまう。

 アヤさんは、そんなあたしの頭を、まるで何かを確かめるみたいに、ゴシゴシと撫でてくれる。

「あ、あたしは平気だよ!なんてったって…」

強がろうと思って、空元気でそう言おうとしたら、アヤさんが頭を撫でていた手をあたしの口に当てた。

「あんたにしかやれなかった。あんたに任せるしか、なかった。

 結局あんたは、その腕に抱えられる以上の命を、助けて来てくれた。

 大変な役目を押しつけちゃって、悪かったな、マライア」

アヤさんは、悲しそうな顔で、そう言った。

アヤさん、心配してくれてたんだね…嬉しいよ。さすがに今回は死にかけたし、無理しすぎたかな、って反省はしてる。

あたしもアヤさんに、心配かけちゃったことは謝るよ。

でもね、アヤさん。せっかく帰ってこれたんだから、そんな顔しないで…

あたしの大好きな、太陽みたいな顔で笑って、あれを、言ってほしいんだ!

「アヤさん、あたしもごめん。心配かける様なやり方しかできなかった。次からは気を付けるよ。

 でも、こうして帰ってきたんだからさ、いつもみたいに笑って、『おかえり』って言ってよ!」

あたしが言ったら、アヤさんは、いつもの笑顔じゃなくて、今まで見たことのない、優しい顔であたしにほほ笑んでくれた。

「あぁ、そうだな。おかえり、マライア。無事で、何よりだ」

それからアヤさんは、いきなりあたしをギュッと抱きしめてくれた。

とっても力強く、アヤさんの胸の鼓動が伝わってくるくらいに、ギュッと。

あぁ、やっぱり、こうされるのはすごく嬉しいな。

マリがレオナに姉さん、姉さん、って懐く気持ちがすごくよくわかるよ。

アヤさんになら、あたし、どんな弱みも泣き言も見せられるよ。全部こうやって受け止めてくれるもんね。

やっぱり、アヤさんが一番。あたしの一番大好きな、大事な、お姉さんだよ。

あたしは、どうしようもなく甘えたくなって、全身の力を抜いてアヤさんに身を任せた。

 しばらくして、アヤさんがスッと、あたしを解放する。

うん、あれ?

解放された…

あたしが、っていうか、その、胸が…

あたしの水着の、トップスがなく、なって…

 ハッとして顔をあげたら、立ち上がったアヤさんがあたしのことをニヤニヤとイヤらしい表情で見下ろしていた。

その手には、あたしの着ていたはずの水着のトップスが…

―――しまった、謀られた!
 

674: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:50:51.26 ID:TIniHMsXo

「ルゥゥゥゥカスゥゥゥ、ちょっと良いもん見せてやるよぉ!」

アヤさんはそう言ってケタケタ笑い声をあげながら、あたしの水着を人差し指にひっかけてくるくる回しつつ

ルーカスの方にザバザバと水しぶきを上げて走って行く。

ちょ、アヤさん!やややや、やめてよ!あたしはそのあとを慌てて追いかける。

「どうしたんですわあぁぁぁぁ!!!」

アヤさんに呼ばれて、ルーカスがこっちを向いちゃった。あぁ、見られた…!

寄りにも寄って、ルーカスに見られた!あたしはとっさに胸を両腕で隠す。

くぅっ、これじゃあアヤさんに追いつけない!くやしい!大好きだなんて思わされたのがくやしい!

 「おーい、アトウッド!タオルタオル!」

砂浜でユーリ博士がそう言って大きいバスタオルを広げてくれている。

あたしは、ひとまず、あのバカ姉を追うのを諦めて、砂浜へと向かう。

バカアヤさんは、あたしの水着を頭の上に乗せて、ルーカスにほれほれと言わんばかりに絡んでいる。

今日という今日は本気で怒った。真剣勝負を挑んでやる!アヤさんはこんなところで呆けて暮らしてるんだろうけど、

こっちは修羅場をかいくぐって生きてきたんだ!とっちめて、こらしめてやる!

 砂浜に辿り着いたあたしは、ユーリ博士からバスタオルを受け取ろうと思って腕を伸ばした、ら、

なぜか博士があたしの腕をガシっとつかんだ。

 へ?

「かかれ!」

「とつげーき!」

そんなことを思っていた次の瞬間、バスタオルの陰からマリが出てきて、あたしの腰めがけてタックルしてきた。

いや、ちょ、待て、待って、待って待って待って!

マリ、ダメだって!!

下はダメだってば!!!!

 でも、気が付くのが遅すぎた。片腕は博士に掴まれ、もう片方は上半身の防御で手一杯。

仲間だと油断しきっていた博士が持つバスタオルの陰からの

ニュータイプで強化人間のマリの奇襲に、対応できるはずなんてない。

憐れあたしは、全身剥かれて、海の中に倒れ込んでしまっていた。

「よぉし、撤退!」

「了解!」

 アヤさんが爆笑する声が聞こえてくる。許さない、許さないんだから!

あたしが起き上がったその時には、マリも博士も逃げ足早く砂浜の奥、テントを張っているあたりへピューと逃げて行った。

「よーし、じゃぁここで!本日のメインディッシュ!ニホン産の牛肉と、

 レオナ達の帰還祝いで奮発したシャンパンで乾杯しよう!子ども達にはアイスも持って来てるからな!」

アヤさんがテントに駆け込んでそんなことを言っている。

 な、なんだと!?あたしが身動きできないのをいいことに、そんなおいしそうなものを食べるつもりなの!?

ズルい!ひどい!あたし、今回も相当頑張ったのに!こんな仕打ちって、あんまりだよ!!!

許さない、絶対に仕返ししてやる!!!!

 そう勢い込んで怒っても、海から出れないあたしになにをするすべもない。

結局あたしはそのまま、見かねたレナさんが助けに来てくれるまで、ギリギリと歯ぎしりをしている他はなかった。
  

675: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:51:20.99 ID:TIniHMsXo

 それからなんとか水着は奪回して、あたしも食事の輪に加わった。

プリプリ不機嫌ぶって困らせてやろうと思ったけど、

マリがデザートのアイスを食べようかどうしようか真剣に悩んでいる姿があって、可笑しくって笑ってしまった。

お腹がいっぱいなら、取っておいてもらって、あとで食べなよ、と言ってあげたら

「マライアちゃん、頭良い!」

だって。宇宙で戦闘したときは頼もしかったのに、すっかりただの10歳に戻っちゃった。

ううん、その方が良いんだよね。だって、マリはまだ本当に10歳なんだもん。

子どもはちゃんと子どもさせてあげるのが一番だ。

 そんなことを思っていたら急に、PDAが音を立てた。なんだろう、と思ってみたら、メッセージが2件入っていた。

 あけてみたら、1通はプルから、もう1通はアムロからだった。

 プルからは、ジュピトリス追跡の追加情報が入っていた。

ジュピトリスは脚が早いらしくてまだ追いつけていないらしい。

でも、追手はないし、発信前にユーリ博士が積み込んでいた大量の物資のお陰で、1年は航行が出来そうだという話だ。
地球から木星までは、概算で見積もって、およそ240日。

まぁ、木星が近づけばジュピトリスも速度を落とすだろうから、追いかける側としてはもっと期間は短くて済む。

さらに、あの輸送船が大気圏突破ができるほどのエンジンを積んでいたとするなら、

少なくとも第二宇宙速度までの加速は出来るはず。そうしたら、さらに期間は短くて済む。早く会えると良いな。

それにこうしてちょくちょくメッセージをくれるのはすごく嬉しいことだ。あとで、マリにも見せてあげなきゃな。

 そう思いながら、こんどはアムロからのメッセージを開く。これには、添付資料が付いていた。

「アムロさんから、だね。なにか用事?」

レオナがPDAを覗いて聞いてくる。

「うん。ちょっと、あたしが戦ったあのEXAMっていう人工知能のことが気になってね。

 ほら、レオナの友達の、マリオンって子も一緒に地球へ降りたんでしょ?

 その子の居場所とかがわかったりしないかなと思って、調べてもらってるんだ」

あたしはそう説明をして、本文を読み進める。

なんでも、アムロの方はあまり情報がつかめなかったらしくて、

知り合いのジャーナリストに調べてもらった結果の書類を付けてくれいるらしかった。

 あたしは画面を操作して、その書類を開いた。

 

676: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:52:43.57 ID:TIniHMsXo

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1年相当時、連邦軍では複数の人工知能と思しき研究計画があったって情報は掴んだ。

だが、規制が厳しく、保身上、つっこんだ調査はそっちで勝手にやってほしい。入手した情報は以下の通りだ。

各リンクからツリーになっているから、適当に見といてくれ。

EXAMシステム[datalink]

ファントムシステム[datalink]

ALICEシステム[datalink]

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

677: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:53:09.91 ID:TIniHMsXo

これは、あたしに向けて、ってより、アムロに向けて書かれたメッセージだね。

 アムロにジャーナリストの知り合いがいる、って話はチラッと聞いたことがあるな…なんていったっけ?

確か、女性の、ベル…ベルチ…あぁ、忘れた。確か、アムロと良い仲だったなんて噂もあった人なんだけどな。

その人にでも頼んだのかな?それにしてはずいぶんぶっきらぼうな文面だけど…

あ、もしかしてアムロ、痴話げんかの最中だったのかな?

そうだとしたら、なんか悪いことしちゃったなぁ。

 データを見るよりも先に、アムロにごめんなさいメッセージを送っておいた方が良いかもしれない。

いったん、メッセージを閉じて新規のメッセージ作成画面を開こうと思ったら、レオナが叫んだ。

ビクビクンと背中が飛び跳ねる。

「ちょっと!マライア、今の画面戻って!」

「な、なによ、レオナ!?急にでっかい声出さないでって言ったじゃん!」

「いいから、戻って!ユーリ!ユーリ、ちょっと来て!」

レオナはなんだか、すごく夢中な表情でわめき散らしている。

EXAMシステムの情報がそんなにびっくりするようなことなのかな?

あたしは訳が分からず、首をかしげたまま、レオナとユーリ博士に奪われたPDAとアムロへのメッセージはあきらめて

アヤさんに焼いてもらったニホン産の薄くスライスされたビーフを運んだ。

ビールに合ううま味たっぷりのお肉を味わいながら、あたしは、二人のやりとりを見つめていた。

 その5分後に、イスの上で飛び上がるくらいにびっくりして、

バランスを崩して顔面から砂浜に墜落することなんて想像もしていなかったんだけど。




678: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:54:09.07 ID:TIniHMsXo
 
 「…わかりました…では、ご武運を!」

彼は、そう言って私に敬礼をし、シャトルの方へと走っていた。一号艇も発進の準備が整う。

ケージ内のエアーが抜けた。ハッチが開いて、シャトルが発進する。

一号艇は、地球方面へ、二号艇は、戦闘の始まっているギリギリのラインへ、盾として進む。

「ママ!どこにいくの、ママ!」

ヘルメットの中に、レオナの叫ぶ声が聞こえてくる。私は、唇を噛んで、涙をこらえた。

「レオナ…行きなさい…!」

「ママ!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もない。被験体や道具や兵器としてじゃなく、

 レオニーダ・パラッシュっていう一人の人間として、あなたの運命を、生きなさい!」

「ママ、ママも一緒じゃなきゃイヤだ!」

「レオナ、どこへ行っても、私達は家族。どこへ行っても一緒だよ。あなたには、素晴らしい能力があるんだもの。

 私はいつも、あなたのそばにいるよ。それを…忘れないで」

「ママ!」

私は、ヘルメットの無線を切った。これ以上は、聞いていられない。

 カッと、目の前が明るくなった。エルメスのビットから放たれたビームが、二号艇をつらぬいた。

 レオナ…元気でね。もう一度、あなたの笑顔、見たい、な…

 二号艇の爆発が、涙で滲んで見えた。

レオナ、頑張ってね…!どれだけ時間がかかってもかならず、あなたの笑顔を見に行くからね…!

 

679: ◆EhtsT9zeko 2013/09/03(火) 21:54:59.10 ID:TIniHMsXo

「博士、行きましょう…!」

飛行士のジェルミが、私の肩を叩いてそう励ましてくれる。

私は、彼女に頷いて見せた。

 先乗りしていた二号艇に人工知能を搭載して、回避行動を延々と繰り返させるようにプログラムしたのは、

レオナを確実に戦域から遠ざけるためだけじゃない。私たちが、別路でここを抜け出すための、時間稼ぎでもあるんだ。

 私は立ち上がって、ランドムーバーを背負った。

あの爆発に戦場が気を取られている隙に、私達はリボーコロニーから出航した連邦のシャトルと合流する。

 ジェルミが先頭になって、開いたケージのハッチから宇宙空間に飛び出た。コロニーの外壁にそって移動しながら、

戦闘区域から離れていくと、暗がりに浮かぶ、一隻のシャトルが目に留まった。

<あーこちら、“民間輸送船”。宇宙空間を漂う、投棄物らしき浮遊物を発見>

合言葉が聞こえてきた。

「こちら、アリシア・パラッシュ。ミズ・ルーツ博士、“贈り物”はいかがでしたか?」

<これは、パラッシュ博士。素晴らしい内容でしたよ、感謝しています。

 こちらの研究と、博士からいただいた資料を元に、なんとか基礎構造の完成をみました>

「それは良かった。亡命へのご協力、お願いできますね?」

<えぇ、その程度のことでよければ、いくらでも手をお貸しいたしますわ。

 あぁ、そうそう、完成した新しい人工知能の名称ですけどね>

「名前、ですか?」

<ええ。博士に敬意を表して、お名前を拝借しましたこと、お許しくださいね>

「私の、名前を?」

<はい。詳しい話は、シャトルの中でいたしますが、先に申し上げておいた方が良いと思いましてね。

 私たちは、新しい人工知能を論理・非論理認識装置の頭文字を取って“ALICE”と名付けさせていただきました>

「ふふ、なんだか、恥ずかしいですね」

<それほど、博士に感謝しているのですよ。今、迎えの者を出します。シャトルまで、どうか気を付けて。

 一緒に、地球へ参りましょう、娘さんとの、新しい暮らしを取り戻されるんでしょう?>

「えぇ、これはそのための戦いです。ご協力に感謝します!」







――――to be continued





692: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:20:45.89 ID:+7RdnsZDo


ZZ Extra1



 アナハイムエレクトロニクス社 ロサンゼルス第二研究所


 物静かな廊下をあたし達は歩いていた。

「ね、フレートさんは、あのゼータガンダムのテストはやったの?」

「あぁ、一応な。でもあれ、操縦性悪すぎるよ。なんだってあんなに敏感に反応するようになってんだろうな?

 コントロールするので手一杯だったよ」

あたしが聞いたら、フレートさんは、苦々しい顔でそんなことを答えてきた。

…レナさんのときと、今回のことでトータル20機以上撃墜してるって、言わない方が良さそうだね…

しかもあたしにとってはあのくらいの反応速度でちょうど良かったんだけど…これも黙っておこうかな。

フレートさんには、エースでいてもらいたいし、ね。

「マライアも、良くあんな機体を買ってったよな。使い物にならなかったろ?」

フレートさんは、あたしがそんなことを思っていたのを知ってか知らずか、同意を求めてきた。

「うへへっ、はは、そ、そうだったよー、もうね、宇宙飛んでるだけで、精一杯で」

「だよなぁ」

思わず、変な笑い方をしちゃったけど、幸い、気に止められてはなさそうだ。

「それにしたって、なんだって、スキナー博士なんかに用事があるんだよ?あの人、変人で有名だぜ?」

「んー、詳しく話すと、長いんだ。とりあえず、会わせてよ。おいおい、ちゃんと説明するからさ」

フレートさんは、本当にいい人だなぁ…いい人過ぎて、心配になる。

だって、レナさん助けに行ったときだって、工場のゼータをフレートさん名義で勝手に徴発しちゃったし、

宇宙へ行くのだって、かなり無理行ってゼータを回してもらったし…

今回も、こんな突拍子もないお願いをしながら、めんどくさくて説明を省いていても

「そっか。まぁ、いろいろあんだろ。感謝しろよー!

 たまたま偶然、同じチームにいるジェルミってテストパイロットが、博士と知り合いらしくて、

 なんとか頼み込めたんだからな」

なんて、気軽さだ。フレートさん、変な詐欺とかに引っ掛かったりしないよね?

大丈夫だよね?そんな心配をしながらも

「うん、感謝してるよ、フレートさん!さっすが、我らがエース!頼りになるんだから!」

なぁーんて、おだてておけば、問題ない、と思うあたしもいる。

 まぁ、なんていうか、さ。需要と供給じゃない、こういうのって?
 

693: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:21:39.64 ID:+7RdnsZDo


 そんなことを思っている間に、前を歩いていたフレートさんが立ち止った。

「ここが、スキナー博士の研究室だ」

フレートさんが、ドアをノックする。

「お約束頂いてた、テストパイロットチームの、フレート・レングナーです」

フレートさんがそう言うと中から

「すまないけど、今、取り込んでるんだ。勝手に入ってきて」

と声が聞こえた。

「じゃぁ、失礼します」

フレートさんがそう言ってドアを開けた。あたし達も続いて部屋に入る。

中は薄暗くて、コンピュータのモニターの明かりだけが煌々と青白く点っている。

書類が散乱し、食べ散らかしたインスタント食品や、ジュースの空き缶が転がっている。

その人物は、コンピュータの前に座って、モニターを見つめていた。

時おり、カタカタとキーボードを叩いてはカップに淹れたコーヒーをあおっている。

コンピュータからは無数の配線が伸び、その先にあった電極を頭につけた、若い女性も、一人。

これはニュータイプ識別テスト?サイコウェーブを検出する方法に似ているけど…

と、不意に部屋のなかがパッと明るくなったって振り替えったら、

ユーリ博士が、照明の電源に手を伸ばし終えたところだった。

 スキナー博士があたしたちの方を睨み付けてくる。

「人の実験を邪魔するなんて、いい度胸だね」

彼女は大きくため息をついて、そう言った。電極をつけられていた女性も渋々といった様子で、

頭から電極を外しつつ大きくため息をついた。

「相変わらず、変な実験ばっかやってんだな」

そんな二人の様子に目もくれず、ユーリ博士はそう言って、笑った。

 その途端、スキナー博士は、ガタン、とイスを倒して立ち上がった。

「ね、ちょっと、ユーリ!早く中入ってよ!」

部屋の外から、レオナの声がする。

ユーリ博士は、部屋の入り口で通せんぼするみたいに、してレオナ達の入室を邪魔している。

「あー、レオナ、これあんた、入らない方がいいわ。

 こいつ、ジャンクの食い過ぎで、ブクブクのひどい体になってるぞ。あんたこれ見たらショック受けちゃう」

スキナー博士は、どっちかっていうとやつれている感じだけど…なんだろうね、こういうやりとり。

もしかしたら、昔もおんなじようなことをして遊んでたのかもしれないな。
 

694: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:22:06.40 ID:+7RdnsZDo

 「嘘…嘘だよ…!」

スキナー博士は、口元に手を当てて、そんなことをうわ言のようにつぶやいてる。

 そんな彼女をしり目に、ユーリ博士は、若い女性の方をちらっと見やって、すこし意外そうな顔をした。

「あんた、マリオンか!?はは、そうだよな、マリオンだよな!!なんだ、あんた、意識戻ってたのかばっ!?」

喋っていた途中で、そんな悲鳴とも嗚咽ともわからない声が漏れて、

ユーリ博士は床につんのめるようにしてぶっ倒れた。その上にレオナとマリがのしかかっている。

タックルでもされたのかな…意地悪なんてするからだよ、博士!

 ユーリ博士の上に倒れ込んだ、レオナが顔を上げて、スキナー博士を見た。

その顔が、パァッとまるで太陽みたいに明るく輝いた。

「ママ!」

レオナはそう叫びながら立ち上がって、…ユーリ博士を踏みつけて、スキナー博士に飛びついた。

うーん、感動の再会、のはずなんだけどな。

「レオナ…あなた、本当に、レオナなんだよね!?」

スキナー博士は、レオナを抱きしめて何度も、何度もそうたずねている。

「母さん、大丈夫?」

倒れたユーリ博士を、カタリナが心配そうに覗き込む。

ムクっと起き上がったユーリ博士は、目にいっぱい涙を溜めて

「スゲー痛い…泣きそうに、痛い」

と言って、へたくそに笑った。あぁ、そっか。博士ってば、ずるいな、そう言うのは。

 そんなことをひとしきりつぶやいてから博士は、アリス博士とレオナのところまで歩いて行って二人をまとめて抱きしめた。

あぁ、なんだろう、これを待ってたんだよね、あたし。

こんな感動的で、幸せな光景、世界のどこを探したって、そう簡単にみれるものじゃないもんね。

 あたしは思わず、そばにいたマリとカタリナの背を押した。

あなた達も、あれに混ざって良いんだからね、家族なんだもん。二人は、きょとんとした顔をしてたけど、

「ほら、あんた達も…」

とユーリ博士に促されて、おずおずとその輪に加わった。

あたしはしばらく、その光景を、ワケが分からん、って顔をしているフレートさんと、

マリオン、って呼ばれた女の子と一緒になって眺めていた。
 

695: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:22:39.07 ID:+7RdnsZDo



 キッチンから、香ばしいにおいがしてくる。もう、何度目になるか、私は地球での朝を迎えた。

隣のベッドで眠っていたはずのマリの姿はもうない。毎朝のことだけど、彼女はいつも早起きだ。

伸びをして、着替えを済ませて、リビングに降りる。

「あ、おっはよー!カタリナ!」

キッチンには、いつものようにアリス“ママ”が立っていて、明るい笑顔で私を出迎えてくれた。

「おはよっカタリナ!」

テーブルにお皿を並べていたマリも、元気にそう言ってくれる。

「おはよう、ございます」

私は、二人にそう笑顔を返すと、案の定、“ママ”にプクッとほっぺたを膨らまされた。

「敬語はなしだって言ってるじゃん!」

私が丁寧コトバを使うのを、“ママ”はひどくイヤがる。

家族なんだから、って、“ママ”は言うけど、でも、私はなかなか直せない。

イヤだって言うんじゃないんだけど、なんだか、ムズムズしちゃって、うまく出てこないんだ。

「母さん、配膳終わったよ!」

マリが“ママ”に報告する。

「はーい!もうできるからね!あ、カタリナ、ユーリ起こしてきて!」

“ママ”は私の頼んでくる。

「…うん」

はい、って出そうになったのを我慢して、私はアリスママと母さんの寝室へと向かった。

 ドアをノックして中に入ったら、母さんはベッドに大の字になって、お腹を出してスヤスヤと寝息を立てていた。

「母さん、朝ごはんだよ。起きて」

私が体をゆすると、母さんはうっすらと目を開けて、私を見た。

「あぁ、カタリナ、おはよう」

母さんはあくびをしながらそんなことを言ったかと思ったら、私の体を捕まえてベッドに引きずり込んだ。

「ちょっと、母さん」

「んー、カタリナぁ」

母さんはなんだか甘い声を出しながら私にほっぺたを擦り付けてくる。好き好き攻撃が激しいのはいつものこと。

こんなときは、母さんが満足するまで、されるまんまになっているに限るんだ。

イヤがると、返って長引いちゃうから。

 少しして、母さんは私を放してくれた。むくっとベッドから起き上がって、ふわわ~と大きい欠伸と一緒に伸びをする。

「ん~今日も良い天気だな!」

母さんはそう言ってニコッと私を見て笑ってくれた。私の大好きな、母さんの笑顔だ。

 私達がそろってリビングに降りたら、もう、朝食の準備が整っていた。

「遅いよー母さんもカタリナも!」

マリが待ちきれないって感じで、言ってくる。

「あぁ、悪い悪い、お待たせ!」

母さんはそう言って、席に着く。私もマリの隣に座って、みんなで一緒に朝食を食べ始めた。
 

696: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:23:05.51 ID:+7RdnsZDo

 これまではずっと、アクシズや船の中で、母さんと二人か、メルヴィとオリヴァーさん達と食べるかのどっちかだった。

「ん!オムレツ、おいひい!」

「こーら、マリ、お口に物が入ってるときにしゃべらないのっ」

「あはは、怒られてやんの!おっ、このスープ、出汁変えたか?」

「ユーリもでしょ!お行儀悪い!」

「ねね、カタリナ、パプリカとカリフラワー交換してっ」

「あ、うん。マリ、ダメだもんね、私もカリフラワー好きじゃないから…」

「割り当てたお野菜食べないと、デザートのオレンジなしだからねっ!」

「えぇ?!うぅ、分かったよ、食べる!頑張る!」

「…うん、私も、がんばろう…!」

 食事をしていて、こんなに楽しい気持ちになるなんて、地球に来て、4人で暮らすようになって、初めてだった。

アヤさん達のところで、レベッカちゃんと一緒に暮らしているレオナ姉さんが、家族、って言っていたけど…

きっと、家族ってこういうことを言うんだよね。

「ね、アリスママ。今日のお勉強は何?」

私は、ママに聞いてみた。

「ん、今日はね、化学と数学と、英語かな!」

「げぇ~、化学も数学もきらーい!」

「マリ、能力でカタリナに答え聞いたら、減点だからね」

「うぅっ…バレたっ!」

マリはママにそう言われて、楽しそうにテーブルに突っ伏した。

なんだかそれが可笑しくて、私もクスっと笑っちゃう。

「あ、カタリナ!」

「ん、なに、ママ?」

「敬語抜けてる!満点、二重丸!」

「あっ…」

“ママ”にそう言われて、私は気が付いた。なんだか、顔が熱くなって、縮こまってしまいたくなる。

そんな私のカリフラワーを、“ママ”フォークで突いて、食べてくれた。

「あっ!ずるーい!」

「ふふ、ご褒美!マリは、今日の数学で80点取れたら、夕飯のあとのデザート選択権を進呈します!」

「ホント!?わたし、がんばる!」

「あはは!マリはホント、レオナに似て食べることには目がないよな!」

「ユーリは食べ物口に入れて喋らない!」

「ぷぷ、母さん、怒られてんの!」

ふふふ、楽しいな、“家族”って!
 

697: ◆EhtsT9zeko 2013/09/07(土) 01:23:39.32 ID:+7RdnsZDo

 朝食を済ませて、身支度を整えた私とマリは、“ママ”と三人で歩いて、20分くらいのところにある建物に向かった。

そこは、親と一緒に暮らせない子どもとかが生活している場所で、

門のところには、「ボーフォート財団・ハガード・チルドレンホーム」って立派な看板がかかっている。

この中には、小さな教室があって、“ママ”はこの島に来てから、そこで子ども達に勉強を教えている。

島の公立小学校では物足りない私と、あんまり勉強をしたことがないマリも、一緒になって、そこで勉強をしていた。

 「あー!アリス先生!カタリナ!マリ!」

中に入ったらすぐに、女の子が私たちの名前を呼んだ。彼女は、ソニア、12歳。私にできた、初めての友達。

「ソニア、おはよう!」

私が手を振ったら、ソニアは私達のところに走ってきた。今日のお勉強のことを話しながら教室に向かう。

 教室には、もう、何人も子ども達が来ていた。

その中でも目立つのは、15歳の男の子、無口なラデクくんに、お喋りで明るい、14歳の男の子のマルコくん。

それから、みんなのアイドル、美人な17歳のお姉さんのサブリナ。

あとは、一番小さくて、いつもにこにこしてて優しい、6歳のディーノくん。

ラデクくんはいつもきつい目をしてて、ちょっと怖い。周りにあんまり、他の子も寄りつかない感じ。

反対にマルコくんは明るくて楽しくて、いつも周りに誰かいる。

サブリナさんは、座っているだけで目立っちゃうくらい。

ディーノくんは、なんだかのんびりしていて、見ているだけであったかい気持ちになっちゃう感じがする。

 「はいはーい、それじゃぁ、始めるよー!」

“ママ”がそう号令をして、みんながそれぞれの席に着いた。私とマリも、自分の席に着く。

これからお昼ご飯までは、みっちりお勉強だ。

私はいろんなことを教えてもらったりするのは好きだけど、他の皆は、そうじゃないみたい。

でも、お勉強が終わったら、みんなでお昼を食べて、午後は自由時間。

お庭で遊んだり、公園に行ったりして良い時間になる。

お勉強をさぼっちゃうと、ロッタさん、っていう怖い寮母さんに怒られちゃって遊びに出してもらえなくなっちゃうから、みんなも一生懸命だ。

「それじゃ、今日は最初に数学から!プリント配って、順番に説明するからね~!」

ママ、ううん“先生”がそう言ってプリントを配り始める。

「よ、よし!デザート選択権!アイスクリーム、アイスクリーム…!」

マリが隣でそんなことを言って、やる気を見せている。

その姿がやっぱりなんだかおもしろくって、思わず笑ってしまった。
 

708: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:48:17.22 ID:QsUoJHLUo

 お勉強の時間が終った。

ここの子ども達はみんな、一度、寮舎に帰ってお昼ご飯だ。

私とマリにママは、この教室でお弁当の時間。

机をひとつを三人で囲んで、“ママ”の作ってくれたお弁当を食べる。

今日はバターロール二つに、コールスローと、トマトと、ソーセージに、朝のオレンジの残りだ。

「いただきまーす!」

マリが元気にそう言って食べ始める。私と“ママ”もおんなじようにしてお弁当を食べ始める。

「カタリナとマリは、午後はどうするの?」

「うんと、マルコ達と公園に行くんだ!」

ママが聞いたら、マリがニコニコしながら答える。

「カタリナも一緒?」

「ううん、私はソニアと図書館にいくん…だ」

危ない、また丁寧コトバが出ちゃうところだった。

「図書館か、へぇ~勉強熱心だね」

“ママ”がニコッと笑ってくれた。でも、そう言われちゃったら、ちょっと言いにくいよ…

「う、ううん、あのね、絵本、見に行くの」

「絵本?」

“ママ”は、ちょっとびっくりした様子で聞いてくる。

「うん、私ね、絵本が好きなんだ…あ、もちろん、図鑑とか、参考書とかも好きだけど…ね」

「へぇ~!絵本か…アクシズにはあんまりそう言うのは無さそうだもんね!そっかそっかぁ~!」

“ママ”はそんな風にまるで、すごいね!って感じでそう言ってくれた。

なんだか、ちょっと嬉しい気持ちになる。

「そっかぁ、それなら今度、大きい本屋さんにでも行ってみようか?

 この島はあんまり大きいお店ないしね。

 フェリーで海渡った向こうの街は開けていそうだったから、今度、アヤちゃんに聞いてみるね」

「ホントに!?」

私は、マリがいつもするみたいに飛び上がってしまった。それ嬉しい!

図書館の絵本はもう半分くらい見ちゃったし、1週間しか借りれないし…

好きな絵本、お部屋の棚に置いておいて、いつでも読めたらいいな、って思ってたんだ!

「いいないいなぁ~わたしも行きたい!」

「うん、ユーリのお休みの日に、みんなで行こうね!」

「やった!」

ママがそう言ってくれたので、マリもピョンと飛びはねた。

「あ、そうだ、マリ、今日は頑張ったよね、プリント!」

「あ、忘れてた!」

ママが思い出したみたいで、そう言った。マリもはまた、ピョンと飛び跳ねる。

そう、マリ、今日の課題、苦手な数学のプリントでなんと100点を取れたんだ!

マリは、びっくりして喜んでたけど、ママはその倍くらい喜んでいた。

「じゃぁ、今夜の夕飯のデザートはマリに決めてもらわないとね」
 

709: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:49:01.48 ID:QsUoJHLUo

「うん!あのね!あのね…!…」

当然、元気にアイスクリーム、って言うと思ったら、マリは私を見た。それから急に

「ね、カタリナは何が良い?」

って聞いてきた。

「どうして私に聞くの?」

私はついつい聞き返していた。

だって、頑張ったのも、100点取ったのもマリだよ?せっかくアイスクリーム食べたいって言ってたのに…

そう思ってたら、マリは言った。

「だって、カタリナのおかげで今度はお出かけ連れて行ってもらえるんだもん。だからほら、その…仕返し…?」

「うん、仕返しじゃなくて、お返しだよ」

「あ、そうか、間違えちゃった」

私が教えてあげたら、マリはペロッと舌を出して笑った。

でも…いいの?だって、お出かけはマリだけじゃなくて私も一緒に行くんだよ?

だけど、マリがせっかく頑張って100点取ったのに、私がマリの食べたいアイスクリームじゃないもの言ったら、

マリはそれ食べられなくなっちゃうよ?

「マリは、それでいいの?」

私の代わりみたいにして、ママがマリに聞いてくれる。そしたらマリはニッコリ笑って言った。

「いいんだよ!あのね、例えばアイスクリームとチョコビスケットがあるとするでしょ?

 アイスクリーム食べるのも、チョコビスケット食べるのも、どっちも幸せだけど、一緒に食べられたらもっと幸せなんだよ。

 だからね、ちょっと違うけど、でも、わたしはカタリナのおかげでお出かけになって幸せで、

 それでカタリナが好きなデザート食べられたらそれも幸せだもんね!ほら、幸せが2つで、もっと幸せでしょ?

 わたしの好きなデザートになっちゃったら、わたしの幸せは2つだけど、カタリナの幸せは1つになっちゃう。

 わたし一人で幸せなだけなのはダメなんだよ。だって、そうしたらまた幸せ1個になっちゃうもん!」

私は何も言えなかった。ママも黙っていた。

だって、マリがそんなこと考えてたなんて全然知らなかったから。

そりゃあ、いつでも食べ物のことばっかり考えてる、とか、なんにも考えてない、とかって思ったことがなかったら嘘になっちゃうけど…

マリ、それなのに、私のことを…ううん、私だけじゃないよね、きっと。

ママや母さんのことだって、きっとそういう風に思っているんだよね…ごめんなさい、マリ。

私、ちょっと勘違いしちゃってたよ…ありがとう、

って言おうと思ったらその前に、ママがマリを抱き締めた。

「マリ、マリ!もうっ!大好きだよ!100点!ううん、200点花丸あげちゃう!」

ママはそんなことを言ってぎゅうぎゅうとマリにほっぺたを擦り付けた。

「ちょっと、母さん!やだよ、やめてってばっ」

マリは嬉しそうに笑いなが言った。それからすぐに、ママにもみくちゃにされながら

「だ、だからカタリナ、デザートなにがいい?」

って聞いてくれる。

うーん、私は、デザートはさっぱりしたフルーツとかが好きなんだけど…

でも、ここで私の好きな物を言ったら、良くないよね。

だって、マリの言い方を借りたら、それじゃぁ、私だけ幸せ2つになっちゃうもんね。
 

710: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:49:39.83 ID:QsUoJHLUo

「私、アイスがいいな」

「アイス!?」

「ふがっ!?」

私が言ったら、マリがママの腕の中で飛び上がった。マリの頭がママの顎に当たって、ママがそんな声を上げる。

「アイスがいいの!?」

マリが聞いて来た。

「うん、アイスがいいな、白いヤツ」

私は答えた。フルーツの方が好きだけど、でもアイスも嫌いじゃないし。

それに、マリに喜んでもらえた方が、私、嬉しい気がする。

「あぁ、カタリナ!あんたも200点!」

ママはそんなことを言いながら、私まで抱きしめて来た。私はマリと一緒に、ママの腕の中でギュウギュウされてしまう。

「もう!今日は特別に、アイスにチョコビスケットも付けちゃう!」

「ホントに!?幸せ、3つ目!」

ママが言ってくれたので、マリも嬉しそうにママを見上げた。

「もうね、大好き、あんた達、大好きだよぉ!」

そんなマリを気にも留めないで、私とマリはそれからまたちょっとのあいだ、“ママ”にもみくちゃにされていた。
 

711: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:50:32.51 ID:QsUoJHLUo


 お昼ご飯を食べ終わってから、“ママ”は母さんの手伝いとお家のことをしに帰った。

私とマリは門のところで“ママ”を見送って、それから、マリはマルコくんや他の子達と一緒に公園へ向かった。

私は、ソニアと図書館まで歩いた。

 図書館は二階建てで、一階は、子ども向け、二階には大人向けの本がある。

二階ももちろん好きだけど、やっぱり一階の絵本コーナーが一番好き。ソニアはもっと文字がいっぱいある本を良く読んでいる。

私は、絵本の棚でお気に入りの絵本を探した。

 一番好きなのは「きたのうみのせいれい」と言うお話。小さい頃に母さんに良く、寝る前に聞かせてもらった。

まさか、こうして本であるなんて思ったことなかったから、見つけて読んだときは、すごく嬉しかった。

 このお話は、北の海に住んでいるとても強くて、勇敢な精霊のお話。

精霊は、人々を守ろうとして戦うんだけど、いつのまにか、彼女は自分が守ろうとしていた人たちを傷つけてしまっていたことを知って、

さらにはその人たちに追い出されてしまう。

でも、その人々が再び困ったときに彼女は舞い戻って、今度は人知れず、みんなを守ってあげる、ってお話。

 最初のころは、精霊はすごく怖い絵で描かれているんだけど、終わりの方には、おんなじ絵なのに、

なんだかとってもきれいで、優しく描かれている。

ソニアに見せたら、最初の精霊は怖くて嫌い、って言ってたけど、私はどっちの精霊も好きだった。

小さい頃は良くわからなかったけど、このお話は、物事の二面性についてを教えてくれているんじゃないかな、って感じる。

怖い精霊も、優しい精霊も、厳しくて怖い時と優しくて楽しい時とがある母さんやママと、私にはおんなじに思えていた。

 そこで夕方まで本を読んだり、ソニアとおしゃべりをしてから、私はソニアと別れて家に戻った。

マリはまだ帰ってきてないみたい。ママがキッチンで、夕ご飯の支度をしていた。

 「ママ、ただいま」

「あー、おかえり、カタリナ」

「なにか手伝う?」

「良いの?じゃぁ、これの皮剥いてくれ?」

私が聞いたら、ママはピューラーと大きなジャガイモを3つ、私に手渡してくる。

「それ、アヤちゃんのところで獲れたんだって」

ママはそんなことを言いながら、トントンと野菜を刻んでいる。
 

712: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:51:34.92 ID:QsUoJHLUo

 ガチャっと玄関を開ける音がした。

「ただいまぁ」

そう言いながら、マリがリビングに現れた。なんだか、疲れたような顔をしている。

「あら、おかえり。なんだか、ぐったりしてない?」

ママも気が付いたみたいで、マリにそう尋ねている。

「うん、遊びすぎちゃった…」

マリはそう言って苦笑いをする。

「そっか。先にシャワー浴びてきたら?そうすればすこしさっぱりするかも」

「うん、そうするね」

ママに言われてマリはニコッと返事をして、部屋へ戻って行った。

 「ママ、ジャガイモ、終わったよ」

「ありがとう、じゃぁ、それ蒸かすから頂戴」

ママはお鍋に布を張ったものの上にジャガイモを置いて、火をかけて蓋をした。

それ、布が燃えたりしないの、と聞いてみたら、布の下には水が張ってあって、その蒸気でお芋を“煮る”んだって教えてくれた。

アクシズにいた頃は毎日出来合いの食事ばかりで、自分で作る、なんて考えたこともなかったけど、

こうしてお料理をするのも、楽しいな。

 それからもママを手伝って、夕飯が完成した。

その頃には、一階から母さんが帰ってきて、マリもシャワーから出てきた。

今日は、2種類のパスタにポテトサラダに、塩とお魚の小さいのを煮込んで味を付けた、冷製スープ。

 4人そろって、夕ご飯を食べだす。

「うはっ!今日はパスタか、うまそうだなぁ!」

母さんがそんなことを言いながら、大皿に盛ったミートソースを自分のお皿にとって口に運ぶ。

「こっちのサラダは、カタリナに作ってもらったんだよ」

「ホントか?どれ、味見…ん!おいしい!やるじゃないか、カタリナ」

「ううん、ママの言うとおりにやっただけだよ」

「そうか?アタシは料理とかできないからなぁ、昔もアリスに頼ってばっかりだったよな」

「何言ってんのよ、あんたの方が上手でしょうに」

「え、そうなの、母さん?」

「そうよ~?レオナが小さい頃なんかは、けっこうしょっちゅう作ってくれてたんだから。

 ユーリはね、スープとか、それから、ライス使った料理が得意よね。リゾットとか」

「へぇ、母さん、そんなことできたんだ!アクシズじゃ配給食だったし、初めて聞いた!今度作ってよ!」

「えぇー?仕方ないなぁ、じゃぁ、仕事のない日にな」

「やった!」

そんな話を、食べながらする。ふと、隣に座ったマリが気になった。元気がない。

話にも入ってこないし、そう言えば、食事も進んでない。
 

713: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:52:09.01 ID:QsUoJHLUo

「マリ、どうしたの?」

ママもマリの異変に気が付いてたみたいで、マリにそう聞く。

「うん、ごめんなさい、なんだか食べたくないんだ」

マリは静かにそう言う。

「私のサラダ?お、おいしくできたと思うんだけど…い、いやだった?」

私は心配になって聞いてしまった。でも、マリはぶんぶんと首を横に振って

「そうじゃないよ、カタリナのサラダ、食べてみたい。でも、食べたくないんだ…」

と言う。どういうこと?そう思ったら、急に母さんが立ち上がった。

「マリ、あんた…」

母さんはそう言いながら、マリのおでこに手を当てる。そしてすぐに険しい顔をした。

「…40度は出てるな…アリス、悪い、すぐに氷嚢頼む」

「あら、具合い悪かったのか」

母さんは、ママとそんなやりとりをしたと思ったら、そのままマリを椅子からグイッと持ち上げて抱き上げた。

まるで大きい赤ちゃんみたいに、マリは母さんに抱っこされる。

 母さんはそのまま、マリを部屋に運んで行った。マリ、体調悪かったんだ…

だ、大丈夫、かなぁ…あのマリが食事もできないなんて、よっぽどのことだよね…

 私は少し心配になってママを見た。ママは私の視線に気が付いて

「大丈夫、ただの風邪でしょ」

って言って笑ってくれた。私はその言葉と笑顔に、なんだかちょっとだけ、安心できた。

 それから、私とママは二人で夕食を食べ終えて、片づけをしてから部屋に向かった。

母さんがマリのベッドに寄り添うようにして、何かをやっている。

「どう、様子は?」

ママが聞くと、母さんは苦笑いを浮かべて

「なにかの感染症みたいだ。ケガとかはないから、破傷風ってわけでもないんだけど…

 反応的に見て、細菌、ってよりは、ウィルスかなにかのセンの方が濃そうだな」

「だとすると、特定は難しそうね」

「そうなんだ」

母さんは肩をすくめた。そんな母さんの手をマリがギュッと握る。

「ユーリ母さん、私、死んじゃう?」

マリは、とっても辛そうに、怖そうに、母さんにそんなことを聞く。でもそれを聞いた母さんはカカカって、笑った。

「こんなんで死んだら、コロニー作らなきゃならないくらいまで人間が増えたりしないよ。安心しな」

母さんがそう言ってマリのおでこを撫でる。
 

714: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:53:18.52 ID:QsUoJHLUo

「でも、わたし、前にも死にそうになったよ」

マリは、続ける。

「マライアちゃん達と会って、お腹空いてて、おいしいご飯食べていいよって言われて、

 いっぱい食べたら、急に苦しくなって、それで…」

「あぁ、急性ショックか。宇宙旅行症候群、なんて言ったっけな。ははは、そんなのとは全然違う。

 今、マリの体には悪いバイキンが居て、それとマリの体の中の…防衛部隊が戦ってるんだ。

 そのバイキンは、マリの体に攻撃は出来るけど、防衛部隊を攻撃することはできないから、負けることはない。

 もちろん、マリの体はちょっとダメージを受けるかもしれないけど、死ぬようなことはないよ」

「…分かった」

マリは、母さんの返事を聞いてうなずいた。なんだか、真剣な表情だ。

戦う、と言われたら、モビルスーツに乗っていたマリのことだ、なにか、そう言う、心構えみたいなものがあるんだろうな。

「状況が分からないから、とりあえず抗生剤は打っておいたけど、

 ウィルスなら種類特定してワクチンが欲しいところだよな。アタシ達にも伝染しないとも限らないし」

「そうだね。総合病院に連絡してみる?」

「うん、アタシがやっておくよ。アリスは、アヤちゃんのところに聞いてみてくれないか?」

「アヤちゃんに?」

「あの子達、この島での生活が長いんだろ?なにか知ってるかもしれないし、な」

母さんはそう言って笑った。

 それから電話を掛ける、と言うので、ママと母さんは部屋を出て行った。

私はマリのベッドの枕元に座って、じっと様子を見つめる。

 汗をいっぱいかいて、暑そうだ。苦しそうにゼーゼーと息をしている。

「カ、カタリナ…」

マリが、苦しそうにしながら私の名前を呼んだ。

「ん、どうしたの?」

「わ、わたしが死んじゃったら、母さんたちをお願いね」

真剣にそんなことを言うから思わず笑っちゃった。

「大丈夫だよ、マリ。母さんは宇宙一のお医者さんなんだから。母さんが大丈夫と言ったら、大丈夫なの」

私はマリにそう言ってあげる。それから

「なにか、飲む?あと、お腹空いてない?」

と聞いてあげると、マリはうーん、って唸ってから

「アイス食べたい。暑い」

なんて言ってきた。

「うん、分かった。母さんに聞いてくるから、ちょっと待っててね」

私は、マリの肩をポンポン叩いてあげてから、リビングへ向かった母さんたちのところへ向かった。
 

715: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:54:10.90 ID:QsUoJHLUo

 母さんやママが電話で確認したところ、マリの症状はたぶん、この島周辺に良くあるウィルス性の熱病で、

一週間ほどすれば治る、とのことだった。

でも、母さんの言った通り、私達にも順番に伝染する可能性が高いから、ワクチンを接種したほうが良いらしくて、

こんな時間だけど、夜勤のドクターが対応してくれると言うので、母さんが総合病院までお薬を取りに行くことになった。

お医者さん同士なら、こういう話は早いんだ、って母さんが言って笑った。

でも、病院まではちょっと距離がある。歩いて行ったら、往復で二時間はかかってしまうくらい遠い。

そこで、ママが電話していたアヤさん達に、車を出してもらうようにお願いした。

アヤさんはマリを心配してくれてすぐに行く、って言ってくれた。

 ちょっとして、すぐ玄関のチャイムが鳴った。

 ママが玄関に出て、戻ってきたらアヤさんが一緒だった。

「あぁ、ごめんな、アヤちゃん。夕飯食べてた時間だったみたいなのに」

母さんがアヤさんに謝る。でもアヤさんははははって笑って

「いや、こっちのことは良いんだよ。あの病気辛いからな。早く薬もらってきて、休ませてやんないとかわいそうだ」

って言ってくれた。

 アヤさんは、強くて優しくて、面白くって、マライアさんも、島の他の人たちも、みんなアヤさんが大好きだ。

もちろん、私も、アヤさんは母さんやママの次くらいに安心できて、頼れて、好きな人だ。

「じゃぁ、ユーリさん、行こうか」

アヤさんはそう言って、母さんと一緒に出て行った。
 

716: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:54:46.41 ID:QsUoJHLUo



 「カタリナ、大丈夫?」

マリが心配げに私を見下ろしている。死にはしない、なんて母さんは言ってたけど、これってすごく苦しいね…

これでも、あらかじめワクチンを接種をしてたはずなのに…なんにもなかったマリはもっとつらかったんだろうな。

 アヤさんが車を出してくれて、母さんが病院から薬を譲ってもらってから一週間。

母さんの治療の甲斐あって、マリはみるみる元気になった。

明日からは一緒に遊んだりできるねっていうときに、今度は私が同じ病気になっちゃった。

 母さんも言っていたし、あの日もアヤさんも、それ、順番に罹るから覚悟しとけよ、なんて言ってたけど、

まさか本当にこんなことになるなんて。

しかも、私だけじゃなくて、三日前にはママも発症して倒れてしまっていた。

これだと、母さんも時間の問題かもしれない…

マリのときもそうだったし、私達のことを診てくれているし、一緒に居る時間が長い分、いつそうなってもおかしくはないけど…。

「大丈夫だよ、マリ…これ、苦しいね」

私は笑顔を作ってみたけど、うまくいったかどうかは分からなかった。

「お水とか欲しかったら言ってね。あと、アイスとか、氷とか、エアコンの温度とか、

 やってほしいことあったら言うんだよ?」

マリがあれこれ心配してそんなことを言ってくる。

「ありがとう」

私はお礼を言って、またぐったりとする。そこへ、ドアをノックして母さんがやってきた。

「おーい、カタリナ。具合いはどうだ?」

母さんは注射のセットを抱えてそんなことを言ってくる。

「けっこう、苦しい」

私が言うと、母さんは苦笑いを浮かべた。

「この手のウィルスは増殖力が爆発的だからな。

 初期症状に気が付かないと、一時的に免疫機能の反応が遅れるから、ひどくなっちゃうんだよ」

そんなことを言いながら、母さんは注射器で小さな瓶の何本かからちょっとずつ薬を吸い込むと、消毒をした私の腕にチクっと刺した。

「これは?」

「ん、解熱剤と、追加のワクチンと、栄養剤。こいつで多少、苦しいのは取れるし、

 あとで生理食塩水の点滴もしてやるから頑張りな」

注射器を抜いて、そこをまたアルコール綿でギュッと押さえながら母さんは言った。

なんだか、ふうって息が出てしまった。具合悪いって、辛いよね。
 

717: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:55:13.68 ID:QsUoJHLUo

「マリ、ごめん、私、氷欲しいな」

私は、すごく暑く感じていたので、マリにお願いした。マリは、

「うん、待ってて!」

って、すごい勢いで立ち上がったかと思ったら、バタバタと部屋から出て行ってしまった。

「あはは、張り切ってるな、マリのやつ」

それを見て母さんが笑う。

「張り切ってる?」

「うん。マリ、自分が具合い悪いときに、ずっとあんたに世話してもらってたの、すごくありがたがってたから、

 たぶん、そのせいだろ」

母さんはニッコリ笑ってそう言った。世話する、なんて言っても、昼間のうちにちょこっとだけ様子見て、

なにかほしいものはないか、なんて聞いてただけだったけど。

ママは教室に行って勉強を教えなきゃいけなかったし、私もそれについて行っていたから、

一階の病院でお医者さんをやっている母さんがいちばん面倒を見ていたと思うんだけど…

「私、なにもしてないよ?」

私が聞いたら、母さんはまた笑って

「具合いが悪くなると、心細くなるもんなんだよ。特に、マリ、最初は死んじゃうかも、なんて思ってたくらいだ。

 カタリナが多少でも世話を焼いてくれてたのを、ちゃんと覚えてるんだよ」

って教えてくれた。そっか、そうかもしれなな。だって、私も今ちょっと心細いもん。

夜寝るときとか、マリが一緒に、同じ部屋で寝ていてくれたら安心するな。

私は、マリのときは伝染するから、って言われて一緒に寝てあげられなくて、代わりに母さんが私のベッドで眠っていたけど…

 バタバタと足音をさせて、マリが戻ってきた。両手で氷嚢と、砕いて小さくしてくれた氷の入った小皿を大事そうに抱えていた。

「食べたいのか冷やしたいのかわからなかったから、両方持って来た」

マリも母さんとおんなじ、優しい笑顔でそう言ってくれた。

マリから氷嚢を受け取って、タオルに包んで首元におく。冷たくって、気持ちいい。

「氷は?食べる?置いておく?」

マリが聞いてくる。

「うん、一個食べる」

ちょっと食べたら、もうすこし冷めるかな、体…そう思って、返事をした。そしたらマリは、ひとつぶ氷を持って

「はい、あーん」

なんてやってきた。

「だ、大丈夫だよ、それくらい自分で出来るからっ」

「ううん、ダメダメ、具合い悪い時は休んでないといけないって、母さん言ってたから」

なんだか、悪いなって思って、遠慮したのに、マリはそう言ってやめてくれなかった。

仕方ないから、マリの指から氷を口で受け取ると、マリは嬉しそうに笑った。
 

718: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:56:08.45 ID:QsUoJHLUo

 そんなとき、玄関のチャイムの音がした。今日は土曜日でお休みの日。こんな時に、誰だろう?

「わたし、出てくるね!」

マリがそう言って、また部屋から飛び出した。母さんも相変わらず、その様子を可笑しそうに見ていた。

その眼はとっても優しくて、私に向いているわけじゃないのに、なんだか私まで嬉しい気持ちになってくる。

家族って、不思議だね。ここで一緒に過ごしている時間って、まだ一か月くらいしか経ってないのに、

マリは私のことや、母さんや、ママのことをすごく大切に思ってくれてるってのが分かる。

もちろん、私もそんなマリを大切な人だって思う。一か月前に会ったばかりのママも同じ。

だから、よけいに不思議。だって、一か月前は知らない人同士だったのに…

こうやって、心配したりされたり、母さんみたいに、優しい顔をして見つめたり、叱ったりするんだもん。

好きだ、って思っても、そんなに簡単に行くのかな、ってちょっと思ってるんだ、本当は。

 「母さん、レナちゃんが来てくれたよ!」

マリがそう言って部屋に戻ってきた。後ろには、アヤさんの家族のレナさんが居た。

「お日様熱が拡大中だって聞きましたよ」

「お日様熱?」

「ここいらでは、そう呼ぶらしいんですよ、その病気。島に来て、お日様にいっぱい照らされ慣れていない人が罹るから」

「なるほど、うまく言ったもんだな」

レナさんの言葉に、母さんがそう言って笑った。

「これ、果物持って来たんです。市場で、知り合いのおじさんが安くしてくれたんで、たくさん買えて。

 良かったら、食べてください」

レナさんがそう言って、大きなビニールのバッグを母さんに差し出した。

「いいのかよ、ありがとう!悪いな、気を使ってもらっちゃって」

「いえいえ。持ちつ持たれつ、ですよ」

「わー!おっきいオレンジ!リンゴもあるよ!」

マリが袋の中を覗いてそんな大声を上げた。

「あ、そうだ、カタリナ、食べるか?朝から何も食べてないもんな、あんた?」

母さんがそう言ってくれた。うん、冷たくしたやつだと、もっと嬉しいな。そんなことを思って、私はうなずいた。
 

719: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 01:57:06.48 ID:QsUoJHLUo

「そっか。今切ってくるから、待ってろな。レナちゃん、良かったらお茶でも出すからさ、すこしゆっくりして行ってくれよ」

「ふふ、お邪魔しちゃ悪いですから、すぐにお暇しますよ」

「あ、母さん、私が切ってカタリナに持って来るから、オレンジ頂戴!」

マリがそんなことを言って、バッグに手を突っ込んだ。でも、私の気持ちは、ちょっと違った。

オレンジも食べたいけど…でも、それよりもしてほしいことが、実はあるんだ…。

「マリ…」

私はそう言って、マリを呼び止めていた。

「ん、なに、カタリナ?あ、オレンジが良い?リンゴ?」

「ううん、マリ、行かないでここにいてくれない?

 お話できる元気はないかもしれないけど、ひとりになっちゃうと、なんだかさみしいかも、って思って…」

私が言ったら、マリは一瞬キョトン、って顔をしたけど、すぐにあの真剣な表情で

「うん、分かった!一緒に居るよ!」

なんて言って、私のベッドのそばに座り込んだ。

「見てて上げるから、ゆっくり眠ったほうが良いよ!」

いや、フルーツは食べたいんだけど、な…そんなことを思ったけど、マリの言葉が嬉しくって、私はうなずいて目を閉じた。

 熱が高くて、暑いし、呼吸も苦しいし、全然、楽でもなんでもないんだけど、それでも。

目を閉じても、そばにマリがいるのが分かる。なんだか、それが、私にはとっても嬉しくて、暖かく感じられていた。
 

720: ◆EhtsT9zeko 2013/09/10(火) 02:02:06.12 ID:QsUoJHLUo

つづく。


軸がぶれているようでぶれていないと思いたいペンション日記。

描きたいのは、クリス、シーマさんと同じく、幼いマリが考える、これからのこと。

“自分で決めた運命を生きられないなんて…”とルーに言われたプルツーの妹として、

マリが自分で“決めた運命”を見つけるまでを楽しんでいただけたら、と思います。