あたしは、突然に突き上げてきた感情の波にのまれて、瞬間的に自分自身を見失った。
あの日、ソフィアが目の前で粉々に吹き飛んでしまったような幻覚を見た気がして、体が震えだしたのを無理矢理に止めた。
違う、これは、あたしの感覚じゃない…ソフィアは生きてる…
あの子は、今は、デリクと、子どものグレンくんと、三人で笑って暮らしてる…違う、これは、違うんだ!
なんとか、我に返ったあたしは、とっさにこの感情を探っていた。
これは、まさか…ミリアム?ミリアムなの…?
あの子、この船に乗ってるっていうの?その感触は、ミリアムの物に違いなかった。
それにしても、この強烈な絶望感…いったい、なに?ミリアム…あなたに、何かあったの?
あたしは、さらにその出所を探る。
近い…すぐ、そばだ。
あたしは、コンピュータを閉じてダクトのなかを歩いた。
途中でさらに正気に戻って、自分の能力は最低限にして、気持ちも落ち着ける。
高ぶれば、クワトロ大尉に感づかれてしまう。
うまくコントロールしておかないと…
10メートルも進まないうちに、あたしは、ミリアムの気配の真上に来た。
この下だ…このダクトの枝の先に、ミリアムがいる…他の人間の気配はない。
今なら、大丈夫…
あたしは、思い切って、そのダクトへと飛び込み、先にあった金網を蹴破って、部屋におりたった。
そこは、個人部屋で、ベッドに、冷蔵庫に、コンピュータくらいしかない。壁には、写真が掛かっている。
荷物と言えば、スーツケースくらいの、簡素な部屋だ。
その部屋のベッドに、ミリアムは寝ていた。寝苦しそうに、うーうーと唸っている。
悪い夢でも見てるんだな…前に見せてもらった、あの傷を負ったときの夢かもしれない。
起こしてあげたいけど…どうだろう。今は、ちょっとまずいかな…
ふと、思い立って、もう一度部屋の中を見回した。コンピュータがある。
ここへ来たのも何かのタイミングだろう。
あたしは、据え置きのコンピュータからケーブルを抜いて自分のコンピュータに差し替え、
まだほとんど細工していないワームシステムを戦艦の制御系の複数の箇所に潜入させた。
30分後には、一斉に動き出して10分もすれば、制御系コンピュータのメモリを完全に使い切るくらいまでの計算に膨れ上がってくれるはず。
そうなれば、この艦はしばらく動けないはずだ。
あたしは、作業を終えて、ケーブルを据え置きのコンピュータに戻した。
ふと、コンピュータの脇に掛かっていた写真に目が留まった。ミリアムと、もう一人女性が写っている。
あれ、誰だろう、これ?どこかで見たことある人に思える…どこだっけな…
そんなことを思っていたら、うぅっとミリアムが呻いた。
おっと、まずいね…ごめん、ミリアム。
事が落ち着いて、お互いに無事だったら、またちゃんと謝りに来るからね。
本当に、ごめんね。
234: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 19:40:26.11 ID:4okZT7Gko
あたしは、心の中でミリアムに謝りながら、落ちて来たダクトまで飛び上がろうと膝を曲げた。
その瞬間
「マライア!」
ミリアムが、絶叫した。あたしは、だから大きな声はやめてって言ってるでしょ!
とビクビクっとなってしまって、危うくそう口に出そうだった。
ミリアムは、呼吸を荒くしている。でも、やがて、ふう、とため息をついて、呼吸を整えた。
まずいよね、これ、まずいよ。どうしよう…今飛び上がったら、確実にバレるよね?
で、でも、このままってわけにも、行かない…よね?
い、いや、ミリアムは寝起きで、ぼんやりしてるし、寝ぼけているかもしれないし…
ほ、ほら、暗がりだから、じ、じっとしてれば、あたし見えないかもしれない!
自分でも、どうしてそんなことを考えたのかわからなかったけど、とにかくあたしは、その場でジッと動きを止めた。
ミリアムが起き上がって、部屋の中を見渡す。
ミリアムの視線が、あたしを通り過ぎて、冷蔵庫の上を向いた。
お…おぉ、バ、バレなかった!?
なんて思っていたのもつかの間、ミリアムの視線があたしに戻ってきた。
ミリアムはあたしをジッと見つめて、何かに気が付いたみたいに、顔を恐怖にこわばらせて、叫んだ。
「ア…アトウッド!な、なにをしてるの!?」
「い、いやさ、こう、じっとしてたら、バレないかな、とか思ったんだけど…」
あたしは、相変わらずダクトへ飛び上がろうとした姿勢のまんま、じっとしながら、ミリアムにそう言ってみる。
これも夢だって、思ってくれないかな…そんな、子どもじみた期待はさすがに通用しなかった。
ミリアムはベッドから跳ねるように飛び起きると、枕元にあった拳銃に手を掛けた。
もう、こんなこと、したくないのに!
あたしは、とっさに床を蹴って、ミリアムへ飛び掛かった。ミリアムの拳銃があたしに向けられる。
あたしは、それを左手でつかんで、右手で手首を固定する。
そのまんま、左手でスライドを押し込んで機関部から装填されていた弾丸を排出させて、右手でマガジンを抜き取る。
左手の薬指で、スライドの留め金を外して、そのまま引っ張ってやった。
拳銃は、グリップの部分と、スライドの部分に分かれる。
ふぅ、これ、ユージェニーさんに教えてもらってから、実戦では初めて使ったかも。うまく行って良かった。
なんて、あたしが安心していたら、今度はミリアムが血相を変えて飛び掛かってきた。
ちょ、ちょちょちょ!待って、待ってって、ミリアム!
そんなあたしの想いとは裏腹に掴み掛ってくるミリアムをあたしは反射的に受け流して、
腕を取ってひねり上げ、ベッドの上に押し戻した。
「くっ…!」
ミリアムがそう声を漏らしながら、すごい形相で、あたしを睨み付けてくる。
うぅ、そうだよね、やっぱり…許して、なんて、都合よすぎるよね…。
235: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 19:41:25.60 ID:4okZT7Gko
あたしは、なんだか悲しくなってしまった。
だって、さっきに、夢で見ていた絶望的な感覚は、もしかしたら、あたしのせいかも知れないんだ。
あたしが裏切っちゃったせいで、あたしが抱えようとしてあげてたミリアムの重くてつらくて、
壊れそうな過去が、行き場のないままに彼女の心に溢れているのかも知れないんだ。
あたしは、ミリアムを傷つけた。あたしが、もっと良い案を考え付かなかったばっかりに…
あのとき、クリス達の援助要請じゃなくて、あなた達を期日通りに宇宙へ上げることを選ばなかったばっかりに…。
いや、実際には、選べなかったんだけど、でも、それでも、あたしは…
ミリアム、あなたを苦しめたくなんてなかったんだよ…。
「ミリアム…聞いて…」
「黙れ!裏切り者の言葉なんか聞きたくない!」
「お願い…お願いだから…!」
「黙れって言ってるだろ!」
ミリアムは、あたしの腕を振りほどこうとしてもがき始める。でも、この関節技は、そう簡単には外れない。
あたしは、少しだけ力を込めて、ミリアムの動きを制する。
「ミリアム…ごめんね。言い訳はしないよ。あたしは、あなたをだまして、裏切った。
あなたを傷つけた。だから、ごめんなさい」
「いまさら何を言っても遅い!」
「お願い、最後まで聞いてよ…」
あたしは、まるで、胸に穴が開くような感覚を覚えた。
その穴は、黒くて、深くて、どんどんと大きく広がってくる。自然に、目から涙がこぼれ始める。
「あたしは、あなたも、姫様も助けたかった。ラサも、あそこに住んでいる人たちも助けたかった。
あたしは、信じてる。人間は、分かり合える生き物だって。
そのためには、憎しみをこれ以上、増幅させちゃいけないんだって思ってる。
だから、止めたかった。5thルナの落下も、あなた達を捉えようとしてた、マハも」
「出まかせを言わないで!あなたも私達を人質にしようとしていたんでしょう!?」
ミリアムのその言葉に、あたしは、何も言えなかった。だって、本当のことだ。
そのうちに二人を宇宙へ逃がすつもりがあったにせよ、ラサを守るために、
地球にとどめようと思ったのは、人質だって言われたら、その通りだから。
あたしは…あたしは、分かってた。自分が、一番しちゃいけないことをしたんだって。
姫様を、地球を守るための道具に…戦争の、防衛の道具に仕立て上げようとしたんだってことを…
こんなの、ミリアムや、姫様に見限られるだけじゃない。
きっと、レオナだって、アヤさんだって、レナさんだって、あたしを軽蔑するはずだ。
だって、あたし達は、そう言うことから逃げてきたんだ。
人が、戦争の道具じゃなく、戦争の駒でもない、ひとつひとつの命として生きたいって願って、
大切な誰かが、そうであってほしいって願って、あそこに集まったんだ。
それなのに、それなにのあたしは、あたしは…
236: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 19:42:35.86 ID:4okZT7Gko
「あたしは、弱いんだよ、ミリアム」
ついには、ポタポタと涙がこぼれた。
そのしずくが、ミリアムの頬に落ちて、彼女は抵抗をやめ、あたしを振り返るようにして見上げた。
「あたしは、弱くて、バカなんだ。臆病で、弱虫で、泣き虫で…本当は、誰かを守りたいって思ってるんじゃない。
誰かが傷つくのを見るのが怖いだけなんだよ。誰かを傷つけてしまうのが怖いだけなんだ。
でも、それでも戦わなきゃいけないときがある。だからあたしは笑うんだ。笑いながら、逃げてるんだよ。
戦えば、誰かが傷つく。誰かの命が失われる。
でもね、本当は、あたし、誰かの命を奪おうとしている人だって、本当は死なせたくなんてないんだ。
傷ついても欲しくないんだ」
「そんなの、ただの理想論よ!これは戦争…誰かが死に、誰かが生き残る…そう言うものよ!」
「そんなの、分かってるよ!」
「なら、何だって言うの?」
「…だから、あたし、アクシズを止めたい。
この作戦を止めて、出来たら、ネオジオンとロンドベルの衝突も止めたい。
ロンドベルには、あたしの仲間が話す。だから、ミリアム。一緒に、シャア総帥のところに来て。
あたしに協力して…お願い。あたしを許してくれなんて言わない。憎んでいていい。
全部が終わったら、気の済むまで殴っていい、なんなら、殺してくれたっていい。
だけど、その前に、あたしは、この戦いを止めたいんだ…お願い、力を貸して…!」
あたしは、ミリアムに言った。彼女は、黙って話を聞いてくれた。
あたしが話し終わっても、彼女はしばらく黙っていた。どれくらい経ったか、ミリアムは、笑い出した。
なんだか、とても可笑しそうに…
「はは…あははは!バカなこと言わないで…私に、あたなと同じになれっていうの?
私を裏切ったあなたと同じように、私も、ネオジオンを裏切れって?そんなこと、何があったってごめんだわ…!」
ミリアムは、あたしをあざ笑うような笑顔を見せながら言った。
「私は、13年前の戦争で、守りたいと思っていた、守らなきゃいけないと思っていた人達の半分以上を、
味方に殺されたの…とても支えきれるような戦線じゃなかった。
戦線を支えられるほどの経験も技術もあるパイロット達じゃなかった。
でも、あいつらは私達の撤退を許さなかった。あろうことか、あいつらは撤退を始めた私達を撃って来たのよ。
それで、何人も死んだわ。腕も機体性能も雲泥の差があった。彼らが生き残れるはず、なかったのよ。
私の機体を撃ちぬいたのも、敵か味方かわからない。
宇宙に放り出されて、死ぬはずだった私は、援護に来てくれた海兵隊のモビルスーツに拾われた…
私は、ただ運が良かっただけ。いいえ、運が悪かったのかもしれない。
こんな憎しみと絶望だけを残して生かされたんだからね…私達は、圧倒的な力を持った味方に、殺されたんだ!
だから、私は、裏切りを許さない。仲間に手をあげるようなことは絶対にしない!
私はあいつらとは違う…アトウッド、あなたとも違う!
私は、ネオジオンを裏切ることも、あなたに協力することもしない!」
237: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 19:43:18.85 ID:4okZT7Gko
ミリアムは、そう怒鳴って、グッと力を込めてきた。
あたしは、今以上に、ミリアムを押し付けることができなかった。あたしも、彼と一緒だ。
あたしを思い切り蹴ることすらできなかった、クワトロ大尉と…
ミリアムは、かすかに起こした体の下から腕を引きずり出すと、壁に付いていたボタンを叩いた。
とたん、部屋に警報が鳴り響く。部屋だけじゃない。おそらく、艦全体に行きわたる、緊急警報だ。
空気漏れやなんかのときに鳴らすものだけど、なんにしたって、これじゃぁ、ここに人がいっぱい駆けつけてくる。
あたしは、そう思って、思わずミリアムに込めていた力を緩めてしまった。
ミリアムは素早くあたしの腕を振りほどくと、床を蹴って、反対の脚を水平にあたしに向かって突き出してくる。
間一髪、あたしはその動きを感じ取って身をよじり、直撃をかわす。あたしはミリアムから離れて床を蹴った。
このままじゃ、次は牢屋じゃなくて、確実に殺される。逃げないと、ね。
あたしは涙をぬぐって、そのままダクトに飛び込んだ。部屋の方で、バタバタと足音が聞こえてくる。
「なにごとですか、アウフバウム大尉!」
「侵入者です!すぐに追跡部隊を組織してください!」
男の声に、そう命令するミリアムの声が聞こえる。
さすがに、いくらこのダクトの中って言っても、入ってこられたら、アウトだよね…
あたしは、胸の真ん中に沸いて広がり続ける、奇妙な空虚感を必死にこらえながら、ダクトの中をクリーニングルームへ急いだ。
クリーニングルームに降り立ったあたしは、すぐにここに来るときに着ていたノーマルスーツを着こんで、
さらにそのまま、侵入してきたトイレへと向かう。
幸い、艦内はバタバタとしていて、ノーマルスーツのバイザーを下ろしたままなら、誰もあたしには気づかない。
あたしは無事にトイレに到達できた。
もう、迷ってなんていられない。あたしは、元来た便器の内側の隔壁をボタンで開けて、その中へ飛び込んだ。
管の中を下って行って、侵入してきたのと同じパネルを開け、機関部に出る。
そこには、入るときに取り外したランドムーバーが、まだちゃんとあった。
あたしは急いでそれを取り付けて、機関部を抜け、手ごろな部分から戦艦の外へと飛び出した。
宇宙空間に、ランドムーバーひとつでどこかに辿り着けるわけはない。
あたしの目標は、すぐ近くを、レウルーラと並行して航行していたムサカ級だ。
レウルーラと同速度で並行して動いているなら、相対速度では止っているのと同じ。
あたしは、迷うことなく、ムサカ級を目指した。
243: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:37:08.38 ID:dNEy8UsNo
レナが、庭で空の遠くを見つめている。
青空のその彼方には、こんぺいとうみたいな形をした何かが浮いているのが見える。
ついに、見えてくる距離になっちゃったか…。
「来たか、アクシズ…」
シイナさんが、まだ2歳にもならないダイアナを抱きながら憎々しげにそう言う。
ハロルドさんは、黙ってその隣に立ち尽くしていた。
「母さん、あれが、そうなの…?」
13歳になった、チビだったキキが、アイナさんに寄り添うようにして言っている。
「ええ、そうよ」
アイナさんが、静かな声で言う。シローも、おっきいキキも空を見上げている。
「ママ…あれ、ここに降って来るの?」
レベッカが、レナにそう聞いている。レナは、レベッカに笑って言った。
「大丈夫だよ。マライア達が、あそこで戦ってくれてる…きっと、何とかしてくれるはずよ…」
「“隊長”死んじゃったり、しないよね?」
今度はロビンがアタシを見上げてくる。アタシは、ロビンの頭を撫でてやる。
「大丈夫だよ。マライアは、アタシなんかよりもすごいんだ。
あんなところで、バカやって死ぬようなことはしないさ」
「マライア…」
車イスに座ったソフィアは、まるで、マライアに語りかけるみたいに口にした。
傍らで、グレンを抱いたデリクがその肩に手を置く。
「マリ、今日はずっとそうしてるよね…マライアちゃんに話しかけてるの?」
カタリナが、相変わらずに顔の前で手を組んで、固く目をつぶりうつむいているマリに声を掛けた。
マリはカタリナの声掛けに反応すら見せない。
アタシは、祈るようなマリから、洗練されたイメージがあふれ出ているのを感じていた。
きっと、宇宙のマライアに届くように、全神経を集中させているんだろう。
返事がないマリに代わって、ユーリさんがカタリナの肩を抱いた。
「大丈夫だ。あたしらをあの戦艦から逃がしてくれたマライアちゃんだぞ。あんなところで、死ぬはずない」
ユーリさんの言葉に、カタリナがうなずく。
244: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:37:34.21 ID:dNEy8UsNo
「あの…ママ、何してんの?」
レオナは、変な機械を片手に、細いドライバで突いているアリスさんに聞いている。
「あぁ、うん、こういう時って、機械いじってると落ち着くんだ」
アリスさんは、そう言ってドライバで機械の蓋を閉じ、アタシに突き出してきた。
「なにこれ、アリスさん?」
「小型サイコミュを搭載した、おもちゃだよ」
アリスさんはそう言うと、その棒状の機械をそーっとプルに近づける。
するとそれは、音もなく小刻みに、高速に振動を始めた。
「能力を感知して無段階に強度を調整できるんだ」
そう説明したアリスさんは、アタシにそれを押し付けてきた。
アリスさん、これってるつまり…その、大人のおもちゃっていうか、その…えぇ?!
こんなときになに作ってんの!?
アタシはそう大声をあげそうになったのをこらえて、それを受け取った。
と、とりあえず、ポケットに入れておこうか、うん…。
「アヤ」
カレンが、庭の先から声を掛けてこっちへやってきた。シェリーも一緒だ。
「カレン」
アタシはカレンの手を取って、すぐそばに引き寄せる。
「施設の方には、声を掛けてきた。
落下地点が特定されて、ヤバそうなら、すぐに私とシェリーで迎えに行くことになってる」
「それなら、アタシも…」
「いや、あんたは、ここにいる奴らを頼む。
デリクには、ヤバくなったら、あんた達を連れて、すぐに空港へ行って飛行機で離脱するように言ってある。
施設の方は、私とシェリーに任せな」
カレンはそう言って、ポンポンとアタシの肩を叩いてくる。
まったく…ホントにあんたは、いつからそんなに“アタシの家”に手を焼いてくれるようになったんだっけな。
もうさ、あんたには、感謝の言葉しか出てこないよ。ありがとうな、カレン。
アタシはカレンの言葉にただうなずいて、青空の彼方のアクシズを見つめた。
「お願い、急いで…お願い…お願い…!」
マリがそうつぶやく声が、アタシ達の耳に届いた。
245: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:38:00.89 ID:dNEy8UsNo
なんとかあたしはムサカ級の中に入ることには成功した。
さすがに、レウルーラの乗組員もこんな短い間にまさか宇宙空間を飛んで隣の艦に乗り移っているとは思ってもないみたいだった。
というのも、こっちの艦にはそれほどの騒ぎや混乱は起こっていない様子だったから。
でも、どこか警戒している様子も感じられる。
レウルーラに潜入していた人物がいた、という情報くらいはこちらにも届いているんだろう。
隠れられるような場所をくまなくチェックしている様子を、
あたしは今度は、モビルスーツデッキのすぐそばの、機材点検室の床下から見かけた。
ミリアムのことを思い出しそうになって、あたしは、やめた。今は、感傷に浸ってる場合じゃない。
なんとしても、レウルーラを止めないといけないんだ。
あたしが仕掛けたワームは、そろそろ起動して活動を開始する。
プログラムの中に減速の命令が組み込んであるから、ワームが乗算を繰り返せばそれが定期的に発信されて、徐々にアシが止まってくるはず。
あとは、コンピュータが操作可能な軽い段階で駆除されないことを祈るばかりだ。
「ルーカス、ルーカス。応答できる?」
あたしは、声を押し殺しつつ、ルーカスにそう呼びかけた。
<大尉、聞こえます。状況はどうです?>
「ごめん、ヘマしちゃった」
<大丈夫なんですか?>
「うん。地球で一緒に逃げてた子に会って、思わず、話しかけちゃってさ…。
今は、とりあえずレウルーラからは離れて、ムサカ級に乗り換えたから、まぁ、一息ついてるところ」
あたしが言うと、ルーカスのため息が聞こえた。
もう、あたしだって、ため息つきたいくらいの気持ちなんだから、やめてよね。
<とにかく、無事ならそれでいいと思うことにしておきます>
ルーカスが諦めたような声色でそんなことを言ってきた。今回は、本当にルーカスを心配させてばかりだな。
ううん、もしかしたら、ルーカスも不安なのかもしれないね。
一緒にいれば、あたしを助けることくらいルーカスにも出来るけど、今はそうじゃない。
ライラのときと同じだ。そこで戦ってる、って分かっていながら、直接手助けが出来ない…
確かに、逆の立場だったら、すぐにだって駆けつけて上げたい気持ちになるだろうな。
そう考えたら、ルーカスのお小言も素直に聞いておいてあげるべきだ、とも思えてきた。
<こちらは、さきほどロンドベル隊旗艦のラー・カイラムに合流しました。
これから、ブライト・キャプテンと話をさせてもらいます>
「了解。あ、ルーカス、ブライトは、キャプテンじゃなくて、今はコマンダーだから、失礼のないようにね」
<あぁ、はい。それじゃぁ、コマンダー・ブライトと呼んでみます。嫌がられそうですけど>
「たぶん、嫌がるだろうね」
あたしはそんなことを言って、クスクスっと笑った。ルーカスのかすかな笑い声も聞こえてくる。
246: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:38:40.62 ID:dNEy8UsNo
<それで、そっちは、レウルーラを止める手立てはどうなってるんです?>
「あぁ、うん。ワームを作って、基幹の制御系に複数感染させてきた。
そろそろ起動して、メモリを食うように無駄な計算をし続けるだけにしたから、
セキュリティシステムには引っかからないと思うし、
でも、制御系のシステムを不自由に出来ると思うから、時間は稼げると思うんだけど…
すごく簡素な作りにしちゃったから、見つかったら、すぐにでも駆除されちゃう可能性があるかな。
もし、あと3時間間ってレウルーラのアシが鈍くならなかったら…」
<最後の作戦に移る準備が必要、ってことですか>
「そうなるかな。アクシズの位置は?」
<すでにこちらから光学測量で視認できる距離にまで接近してきています。
おそらくは、あと4、5時間で、こちらは防衛部隊を出撃させるでしょうね>
ルーカスの渋い声が聞こえる。それって、ちょっとマズいよね…
あたしは、できればルーカスが運んできてくれるモビルスーツを待ちたい。
リ・ガズィでも、この際、ジェガンってやつでもいい。
ここのモビルスーツを盗んで一人でやるには、機体性能も、条件も悪すぎる。
ここのモビルスーツデッキにあるのは、ギラ・ドーガって言う、ネオジオンの量産機体だけ。
これだって、そんなに性能が悪いわけじゃないんだけど、でも、リ・ガズィに比べたらあんまり動けないし、
何より、レウルーラにはクワトロ大尉がいる。
性能差がある機体で、彼に勝てる気はまったくしないし、逃げ切れる可能性もほとんどないだろうな。
同じ機体に乗って、なんとか無事に逃げおおせることができるくらいなものだろう。
彼もアムロと同じ、歴戦のニュータイプエース。あたしなんかがまともにやって、勝てる相手じゃない。
だけど、戦闘開始が今から長く見積もって5時間だとしても、
ルーカスが首尾よくロンドベルからモビルスーツを借りられてこっちに向かってくれるとしたって、2、3時間はかかる。
いや、合流点の位置を考えたら、2時間あればなんとかなるかも知れないけど…
いずれにしても、ギリギリのラインだ。
そこまでアクシズが近づいたら、レウルーラを止めようが、ムサカ級をいくら撃沈しようが、アクシズ落しは決行される。
引き返せないラインを超えちゃう。
そのタイミングなら、ロンドベルがアクシズを止められる公算の方が高くなるだろうけど、
そうしたら、ネオジオン側にかなりの被害が出てしまう。それじゃぁ、あんまり意味ないよね。
だって、これまでの憎しみの連鎖をまた繰り返すだけになっちゃうから。
決起したスペースノイドを、連邦が叩き潰した、って言う、繰り返し…。
だから、もっと違う方法を探ってもらうためにも、時間がほしい。
ワームが効かなかったときに備えて、なるべく早くに、アクシズが引き返すことの出来るうちに、
なんとか作戦を中止させるための別の案を考えておかないと。
247: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:40:16.47 ID:dNEy8UsNo
「了解、ルーカス。なるべく急いでくれると、うれしい。
あたしは、ワーム意外に出来ることがないかどうか、考えてみるよ」
<了解です。大尉>
「無理はしないから、安心して」
あたしは、ルーカスに言われる前に、自分からそう伝えた。ありがとう、ルーカス。
大丈夫だよ、あたし。バカなことは、もうしない。絶対に、しない。
<信じてますよ、大尉>
ルーカスが、クスっと笑ってそう答える声が聞こえてきた。
「ありがとう、それじゃぁね」
あたしは無線を切った。
さって、どうしようかな…このムサカを足止めするくらいじゃ、レウルーラは止まらないと思う。
レウルーラ自体にこれ以上の妨害をするのは、きっと無理だ。
だとしたら、あと、残されているのは…アクシズ。
アクシズに直接攻撃を仕掛けて、あのバカでっかいエンジンを破壊する。ううん、破壊しちゃダメだ。
慣性ついてるから、動きは止まらない。乗り込んでいって、上手く方向を調節するくらいが良い、か…
でも、アクシズに乗り込むとなると、ここからならモビルスーツがいるよね…
強奪するようなことをしたら、多分、クワトロ大尉に追われて、撃墜されちゃうし…。
あー参ったな、最初からアクシズに向かっておくべきだったんじゃない、これって?
クワトロ大尉のことばっかり考えてたから思わずこっちに乗っちゃったけど、そうだよね。
アクシズを止めることが一番の目的なんだから、足止めとかそんなけち臭いこと言ってないで、
とっととリ・ガズィ借りてアクシズで暴れておけばよかった…
あぁ、でも、そっちにクワトロ大尉が援護に来ないとも限らない、か。
うーん、どうしよう…やっぱり、レウルーラをどうにか止めるしか方法がないのかなぁ…
<管制室より、モビルスーツデッキクルーへ。レウルーラより、ランチが来る。
そちらで回収し、搭乗しているアウフバウム特務大尉をお迎えしろ。繰り返す、管制室より、モビルスーツデッキクルーへ…>
不意に、そんなアナウンスがデッキ内に響き渡った。ミリアムが、来るの?
この艦に?!
何しに…て、そんなの、決まってる、か。
あの子、クワトロ大尉から、あたしを探して始末をつけるように言われてきてるんだろう。
ううん、もしかしたら、あの子が自分で志願したのかもしれないな…。
ミリアムは言ってた。大事な人たちを味方に殺されたから、あたしは裏切りが一番許せないんだ、って。
あたしがしたのは、ただ彼女を裏切ったわけじゃなかったんだね。
ただ、人質として、戦争の道具として利用したってだけじゃなかった。
彼女の過去を繰り返させてしまったんだ…やっぱり、もう、取り返しがつかないのかなぁ…
また、ふっと胸に、あの空虚感が戻ってきた。同時に、焦りも沸いてくる。
時間がないってのに、ミリアムから逃げながら、レウルーラを止める方法を考えなきゃいけないなんて…
できるかな…ううん、できるかな、じゃない、やらなきゃいけないんだ…!
248: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:40:42.75 ID:dNEy8UsNo
あたしは、凹みそうになった気持ちを立て直して、その場を離れた。
この艦のコンピュータから、艦隊管制のシステムを経由してレウルーラに遠隔で潜入して、
もういちどシステムをいじろう。安全に出来ることといったら、それくらいしか出来ない。
もうあたしの潜入はバレているわけだし、不自然にならないように気を使う必要もない。
無理やりにでもセキュリティこじ開けて、ダリルさん特性の性格の悪いワームを使ってやる。
あれは、システムの主要部分を食い荒らして機能不全にさせるシステムだ。
あたしのワームで動きが鈍っているところへ、ダリルさんのを感染させれば、
バックアップの反映も、初期化もおぼつかなくなるはずだ。
確実に、レウルーラは止まる。レウルーラが止まれば、作戦も、きっととまる…それに賭けよう。
あたしは、一度だけ大きく深呼吸をして、その場を移動した。
目指すは、艦隊管制をつかさどっているメインコンピュータ。艦隊の間で、常に情報を共有しているはずだ。
そこにワームを落とせば、あとは勝手に広がってくれる。
たぶん、その手のコンピュータは艦橋の近くにあるはず…ミリアムも来ることだし、急がないと、ね。
あたしは足早にその場所を離れて、さっき抜き取った見取り図を頼りに、艦橋の方へと急いだ。
もう、時間がないんだ…。
床下をはいずり、エレベータシャフトの近くまで行く。
そこから、一度廊下に出て、今度は天井の上に上がって、張り巡らされているパイプや配線の間を上に登った。
5、6メートル行ったところで、改めてコンピュータ上の見取り図を確認する。
このあたりに、艦隊管制システム用の受信サーバーがあるはずなんだけど…あたしは、ライトをともして周囲を確認する。
すぐ近くに、大型のコンピュータらしい機材が色とりどりの明かりを点けているのを見つけた。
たぶん、あれだ。
あたしはそのコンピュータに取り付いて、ケーブルを差し込んで中身を見る。
データベースに、回線チャンネルに、エリアマップ…当たり、だ。
キーボードを叩いてさらに中身をよく確認する。
すると、あたしのコンピュータのモニターに、艦隊の現在位置がマップで表示された。
アクシズの位置も出ている。ルーカスの読みどおり、あと4時間もあれば、突入コースに入れる。
まずいな…急がないと…あたしは、さらにキーボードを叩く。
厳重に圧縮して機能を殺しているダリルさんのワームを艦隊管制システムのサーバーにコピーしようとしたら、エラーメッセージが表示された。
あたしのコンピュータには書き込みの権限がありません、という内容だ。
まぁ、セキュリティとしては当然、か。
249: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:41:31.11 ID:dNEy8UsNo
あたしは、表示をロジックに切り替えて、セキュリティの構造を解析する。特に複雑な仕組みではない。
こういうときは、擬似的な信号をランダムで送って、認証コードを特定するのが一番だ。
あたしは、そのための命令文を打ち込んでエンターキーを叩いた。
すると、とたんにあたりからけたたましい音が鳴り響いた。
まさか…警報!?罠だった、ってこと!?まさか、クワトロ大尉に先手を打たれてたの!?
あたしはケーブルを引っこ抜いて移動を開始した。おそらくネオジオンの兵士がここに来る。
とにかく、場所だけは変えないと…
移動しかけたあたしは、ふと、頭に浮かんだ考えに取り付かれて、身動きが出来なくなった。
クワトロ大尉が、こんな形まで読んでいた、ってことは…もしかして、あたしが作ったほうのワームもすでに駆除されている可能性が…
だとしたら、まずい…レウルーラを止められずに、このまま戦闘に突入しちゃう。
ま、また、向こうに戻らないと…できるかな?
相当に警戒されているはず…しかも、こっちの船に移ったことはバレちゃってる。
だとしたら、次に宇宙に飛び出したときに対空機銃で狙い撃たれる可能性だってある。
うぅ、後手後手だよ!
「こっちだ!」
「サーバーに傷はつけるなよ!」
上の方から声が聞こえる。来た…!と、とにかく、今は逃げよう…
あたしは、そう決めて、さらにその場を離れた。
目指すは、さっきいた、モビルスーツケージ近くの点検室の床下。
あそこからなら、モビルスーツに乗ることも出来る。
ここにあるのはギラ・ドーガだけだけど…でも、一目散に逃げるだけなら、なんとかなるかもしれない。
ううん、一発でも、レウルーラを撃っておくべきかもしれない。状況が状況だ。
ワームが駆除されていることを想定して動かないといけない。
でも、たぶん、そんなことをしていたら、あたし、確実に撃墜されるな…
死んだら、アヤさんにもレナさんにもレオナにも、きっとルーカスにも怒られるだろうな…
怒るだろうし、きっと悲しむだろうな…
特にルーカスなんか、ライラが死んじゃったときのあたしよりひどいことになっちゃうかもしれない。
そもそも、彼はジオンにいたころだって、たくさんの仲間を殺されて、一人だけ生き残って、
連邦艦に拾われた経験があったって話してた。
そんなことを、繰り返させたくはない、な。そうだ、ヤバくなったら、逃げるんだ。
それを、ちゃんとやらないと…。
だとしたら、何するの…?ええと、ええっと…あぁぁぁ!もう!頭が、回らない!あたしは、いったい何がしたいの!?
250: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:48:48.42 ID:dNEy8UsNo
あたしは、グルグルと空回りして、半ばオーバーヒートしそうになっていた頭の回転を、止めた。
違う…これは、あのときと同じだ。
この、何も浮かんでこないで、ただ回転数だけが上がる感じ。
これは、ソフィアのとき、あの場所から逃げられなかった、何もできなかったあたしと、同じ…。
そう、これは違う、これは、考えてるんじゃない。
焦ってるだけだ。感情に突き動かされているだけで、衝動的で、刹那的な“反応”でしかない。
落ち着いて、マライア。あなた、ミリアムと姫様のことがあってから、おかしいよ。
あなたなら、5thルナを落とされずに、でも、二人を期日どおりに宇宙へ上げる方法を考えたはず。
レウルーラが発進する前に、アクシズへ向かって、あれを奪還する手はずを整えたはず。
あなたは今、戦っちゃってる。前線に出て、真正面から問題っていう名の敵とやりあってる。
でも、違うでしょ、マライア。あなたが隊長やアヤさんから教えてもらったのは、そんなことなんかじゃない。
大事なのは、逃げること。逃げて隠れて、タイミングを逃さないこと。
今回のあなたは、逃げずに戦って、全部のタイミングを逸してるじゃない!
違うよ、そんなの!
あたしは、隊長やアヤさんのように、“反則”を思いつくべきなんだ!
いくらモビルスーツをうまく動かせたからって、すべての相手をやっつけられるわけじゃない。
考えなさいよ!
戦うんじゃなくて、“うまくやる”方法を…!
あたしは、こころの中で、そう自分をしかりつけた。今回のあたしは、ホントにおかしい。
なんでこうも、直線的な発想しか出てこないんだろう?
あたしなら、いつものあたしなら、こんなとき、どうする?隊長なら、アヤさんなら、どう考える・・・!?
そう思って、思考を走らせたあたしは、また、後悔を始めてしまった。
戦いを避けさせたいんだったら、まず最初に戦力を奪うべきだったんだ。
狙うのなら、艦の制御系じゃなくて、モビルスーツデッキか、射出用のカタパルト…
初めから、そこを狙っておけば、多少の被害を出していたかもしれないけど、少なくとも戦力は削れていたはず。
それだけじゃない。あたしはいつからあんな奇麗事を言うようになったの?
誰も傷つけたくない、誰も殺したくない、なんて。
あたし、今までもたくさん、モビルスーツを撃墜してきたじゃない。
何も考えないで、大事なものを守るために…どうして、それをいまさらためらったりしたの?
極論を言えばアクシズを落とすくらいなら、レウルーラそのものを爆破したってよかったはず。
そのほうが被害が小さくて済むはずだから…被害?待って、どうして、あたし…いったい、なにを迷っているの…?
そこまで考えて、あたしは、さっきミリアムの部屋にいた自分を思い出した。
あたしは、そこで、ミリアムを押さえつけながら思ったんだった。
―――クワトロ大尉と、一緒だ、って…
251: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:49:55.92 ID:dNEy8UsNo
この感じ、この感覚、まさか、あたし、クワトロ大尉に飲まれていたって言うの?
ううん、大尉だけじゃない、もしかしたら、ミリアムがさっき話していた、彼女の経験した絶望にもあたしは飲まれていたんだ…
あたしは、気がついた。いつからだったんだろう。
あたし、完全に何か、自分とは違う、別の感情に動かされていたんだ。
でも、違うよね。こんなの、あのころの、情けないあたしのままじゃない。
誰も傷つけたくない、怖い、だなんて、いったいどの口が言うのよ!
あたしは、大事なものを守るためなら、どんな相手だって殴り飛ばすのが仕事だったんでしょ!
オメガ隊の、マライア・アトウッド曹長は、仲間のためになら、どんな相手にだって立ち向かっていくんだ。
それを恐れてたら、また、ソフィアのように本当に大事なものを傷つけちゃうかもしれない。
守れないかもしれない。そんなのは、そんなのは、絶対にダメなんだ!
あたしは、ノーマルスーツのシールドを開けて、顔をひっぱたいた。
しっかりしろ、マライア・アトウッド曹長!
あんたが今なんとかすれば、アクシズを止められるかもしれないんだから!
そう思いながら、あたしは、PDAを取り出した。
今、ペンションは何時くらいかな…迷惑じゃなければ良いけど…
そんなことを考えながら、あたしはペンションのナンバーをコールする。
程なくして、電話口に誰かが出た。
<はーい、ペンション、ソルリマールですー>
「あぁ、アヤさん。あたし」
アヤさんだ。アヤさんの声がする。
<マライア!あんた、大丈夫なのか?今こっち、すごいことになってるぞ?>
宇宙だから、音声通話はすこしだけ、遅れて聞こえてくる。
アヤさんは電話の向こうで、あわてた様子でそういっている。
「ごめんね、黙ってて。こうなるなんてことは想像してなかったんだけど、
でも、首を突っ込んでるのは、確かなんだ」
あたしは、アヤさんに謝った。また、少し遅れて声が聞こえてくる。
<別に、そんなことは今始まったことじゃないだろ?気にすんな。
そんなことより、大丈夫なのか?どうしたんだよ、急に電話かけてきたりなんかして?>
「うん、大丈夫。イヤね、5thルナのことがあってから、連絡入れられてなかったから、
電話しておこうかな、って思って。そっち、騒ぎになってるよね?」
<あぁ、まぁな。肉眼でもアクシズの形が確認できる。あれを落とされたら、さすがに遠くでもやばいだろうな…>
「ロンドベル隊が迎撃態勢を整えているから、きっと大丈夫だと思う。あたしも、ちょこっとだけ手伝ってるし、ね」
あたしが言ったら、アヤさんが笑った。
252: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:50:35.58 ID:dNEy8UsNo
<ちょっとだけ、か。まぁ、そう言うんなら、そう言うことにしといてやるよ>
笑いをおさめてそういったアヤさんは、今度は声のトーンを少し落として
<バカなマネだけは絶対にするなよ。
あたしらは、直撃か余波の被害を食うようだったらすぐにカレンの飛行機で逃げ出せるように準備を済ませてる。
だから、あんたもちゃんと帰ってこいよ…電話なんか掛けて来て、不安にさせるなよな…>
アヤさんは、そんなことを言ってくれた。心配かけちゃって、ごめんなさい。でも、そう言うのじゃないんだよ。
「ごめんね、アヤさん、心配かけて。でも、そう言うのじゃないから平気だよ。
あたし、今ちょっと負けそうになっちゃってた。
昔みたいに、情けないこと言って、へこたれそうになっちゃってたんだ。だから、アヤさんの声、聞きたかった。
ちょっと、叱ってくんないかな?」
<あははは!なるほど、そっか…でも、今はもう、アタシはあんたを叱るなんて出来ないよ。
あんたはアタシなんかよりも全然すごいことをやってんだ。だから、さ、マライア。頑張れよ。
あたしたちを、地球を守ってくれ。帰ってきたら、美味いバーボンと、上等なステーキ肉に、
アタシのコブラツイストで出迎えてやるからさ>
「アヤさん、コブラツイストはキャンセルで」
<そうか?じゃぁ、変わりにパロスペシャルでどうだ?>
「イヤだよ!たまには、やさしくしてよ!」
あたしは小声だったけど、本気でそう悲鳴を上げた。そしたら、また、アヤさんの笑い声が聞こえた。
<あはは。分かったよ、マライア。サービスしてやるから、ちゃんと帰って来いよな>
アヤさんは、優しくって穏やかな声色で言ってくれた。
「はい!がんばって、地球守って、胸張って帰るから待っててね!」
胸に力が溜まってくるみたい。
そわそわしていた、胸にぽっかり空いた空虚感が“埋まる”んじゃなく、
まるで影が太陽に照らされてなくなるみたいにすっと消えていくのを感じた。
そう、そうなんだよ、この感じ!変な感情に飲まれて忘れるところだった!
あたしの帰る場所のこと、あたしが大好きな人たちの温もりを、さ!
<ははは。じゃぁ、無理しない程度にがんばれよ。ヤバくなったら…>
「逃げる!」
<そうそう、とにかく、それが一番大事だ。上手く行こうが行くまいが、お互い生きてりゃまた会える!>
「うん!ありがとう、アヤさん!」
それからあたしは、散々アヤさんにお礼を言って、電話を切った。
253: ◆EhtsT9zeko 2013/11/16(土) 22:51:18.30 ID:dNEy8UsNo
まるで、ここ1週間ちょっとの悩みがウソだったみたいに思える。なにやってたんだろ、あたし。
慎重すぎた。縮こまってた。
作戦なんて、どーんとでっかいことをやったもの勝ちでしょ!
よし、こういうときは気合一発、だ!
「マライア、行くよ!」
あたしは、そう声を上げて叫んだ。
でも、次の瞬間、バタンとドアを開ける音がした。
「…声がした…?」
やややや、ヤバ!テンションあがりすぎて、なんにも考えてなかったわ!
あたしは、そそくさと床下から機関部を抜けてもっと隠れやすい場所をさがしに移動を始めた。
261: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:33:51.43 ID:kVP2hPbUo
さっきから、ルーカスへの無線が通じない。
ここの位置座標は無事に送れたけど、それからというもの、まったく反応がない。
距離的には、相当近いはず。
この無線機を中継させて、PDAでアヤさんにも電話出来たし電波的に、かなりの強度は保っていると思う。
暗号化にステルス機能も付けてもらってるから、この艦に見つかって、妨害されてるってわけでもないと思う。
それでも、これが通じないってことは、たぶん、ルーカスの方でミノフスキー粒子の散布が始まったんだ。
艦のコンピュータにはつなげないから、外の様子がまるでわからない。
位置情報だと、まだ戦闘空域からはちょっと離れているはずなんだけど…
でも、アヤさんはもう肉眼でアクシズが見え始めているって言ってた。
もしかしたら、アクシズを奪った部隊はすでに戦闘に入っているのかもしれない。
ってことは、この艦も、それを追って戦闘に突入する可能性が高い。急がないと…。
あたしは、時計を見やった。
ワームが起動するまで、あと5分…もうルーカスの対応を待ってなんて居られない。
ここのギラ・ドーガを分捕って、艦から逃げ出そう。
そのタイミングで、レウルーラのアシが止ったら逃げればいいし、もし止まらなければ、エンジンを片方撃ちぬく。
多少の被害は、覚悟の上だ。
あたしは、さっきいた床下から、モビルスーツデッキの天井裏に潜り込んでいた。
ここからなら、一気にギラ・ドーガを奪える。
縦に一列に並んでいるから、先頭のやつに乗り込んで、後ろに並んでるのをあのビームマシンガンで掃射して追撃を絶てば、問題ない。
あたしは、緊張してきた胸を落ち着けて、体中を伸ばす。たぶん、クワトロ大尉との追いかけっこになる。
さすがに、彼から何事もなく逃げおおせるとは思えない。
戦闘機動を繰り返しながら、ロンドベル艦隊の方に逃げることになるだろう。
体も機体もボロボロになるだろうな…いや、ボロボロになるくらいなら、まだいいか。
死んじゃう可能性もあるもんね、彼とやりあったら…。
ピピっと時計が音を立てた。ワームが起動する時間だ。あたしも、行こう。
ペシっと顔をひっぱたいて、あたしは、ヘルメットのシールドを閉めた。天井裏の金網を外して、外にでる。
天井を蹴って、先頭のギラ・ドーガ目がけて、ケージの中を飛んだ。
「おい、貴様!何をしている!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間、銃声が聞こえて、あたしのまわりを銃弾がかすめ飛んでいく。
見つかった…!でも、反撃は、あと!
あたしはランドムーバーを吹かして、ギラ・ドーガのコクピットに突進した。
開いたままになっていたコクピットの隔壁に思い切り叩きつけられた体が止る。
痛みなんか感じている暇はない!あたしはさらにその隔壁を蹴って、コクピットに飛び込んだ。
262: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:34:37.94 ID:kVP2hPbUo
ジオンのモビルスーツは初めてだけど…大丈夫、基本設計は、アナハイム社のモビルスーツと変わらない…!
あたしはコクピットのコンピュータを操作して、隔壁を閉めた。
全周囲モニターが点灯して、ケージの中が映し出される。
ノーマルスーツを着た衛兵とケージクルーが、あたふたと動き回っているのが見える。
お願い、みんな、逃げてね!
あたしは、ランドムーバーを外し、シートに付くと、レバーを引いてモビルスーツを動かした。
振り返って、後ろに並んでいたギラ・ドーガにビームマシンガンを一連射する。
ギラ・ドーガ達は、貫通したビームでズタズタになって行った。起動してなければ、爆発はしない。
推進剤に引火しなければ、ね。
ケージ内に、ビービーと警報が鳴り響きだす。
あたしはそんなことは気にせずに、今度は、ケージのハッチに照準を合わせた。
一気に引き金を引いてハッチを吹き飛ばす。エアが漏れ、機材やなんかが外へ吹き飛んでいく。
あたしの機体も、吸い込まれるように外へと放り出された。スラスターで姿勢を制御して、安定させる。
レウルーラは、向こう…!
あたしは機体を翻して、レウルーラの居るだろう方向を見た。
そこに居た艦は、エンジンを止めていた。
今は慣性で動いているだけに見える。艦の制御系は、完全に機能を失っているように見えた。
でも、あたしは、これっぽっちも、良かった、なんて思えなかった。
だって…だって、そこに浮いていたのは、レウルーラなんかじゃなかったからだ。
あたしが、あの艦をレウルーラだと判断したのは、スィートウォーター内のデータベースで、
港のあのケージにレウルーラが泊まっているという情報があったのと、あの特徴的な、3つの推進剤のタンクだった。
あたしは、実際にレウルーラ級なんて戦艦は見たことがなかったから…
でも、情報的にあれに違いないって、そう思っていた。
それに…それに、クワトロ大尉も乗り込んでいくのを見たのに…
こうしてみるあの艦は、あれは…あれは、あたしが向こうの船を飛び出して、
こっちの艦に移ってきたときに見たのと同じ、ムサカだ!
推進剤のタンクは3つに増設されているけど、あの形状は、あたしの後ろにある艦と同型…!
あたし…あたし、またハメられた!?
クワトロ大尉、あたしに邪魔をされないように…あたしを遠ざけるために、ダミーの情報を流して、
あたしをあの艦に誘い込んだの…?!
同時に、あたしは全神経を目の前の戦艦に集中させる。いない…感じない、クワロト大尉の気配…!
バレちゃいけないと思って、ずっと能力使ってなかったから、そのことにも気が付かなかった…
まさか、それも計算の内?乗ったように見せかけて、あたしが潜り込んでいる間に、本物のレウルーラに乗り換えたの…?
それとも、あのときみたクワトロ大尉自体が、偽物だった…?
確かに、遠目の姿しか確認していないし、気配も感じ取ってなかったから、本物かって言われたら、正直、自信がなくなっちゃう…
263: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:35:04.57 ID:kVP2hPbUo
あたしは、ハッとして、機体の向きを変えた。煌々と輝く、青い地球に向けて。
あたしが機体を向けたその先には、地球を背景に、アクシズと、それを取り巻くように走る無数の光線が見えた。
戦闘が、始まってる…!ルーカスとの連絡も取れなくなるはずだ…。
あたしの潜り込んでいた艦隊は、戦闘を横目に見ながら、地球へと進んでいる。
この先の引力圏近くまで行って、その加速を利用して、一気に離脱するつもりなんだろう。
この艦隊は、戦闘をする意思がないの…?
―――マライアさん!
なにかに呼ばれたような気がした。あたしは機体をもういちど翻してあたりを確認する。
レウルーラだと思っていた艦の他に、ムサカが2隻。さらにその後ろに、大型の貨物船らしい船が追従している。
この感じ…まさか…!
「姫様!?」
間違いはなかった。この感覚は、ミネバさまの感覚だ。あの貨物船に乗ってる。
そっか…あのときクワトロ大尉は、スィートウォーターから姫様を脱出させると言っていた…
この艦隊、姫様を警護するための艦隊なんだ!
だから、ミリアムもこのあの船に乗っていた…
それにしても、彼、どうしてそんな艦隊に、あたしを誘い込んだの?
まさか、この期に及んで、まだ、あたしに姫様を守って欲しかったっていうの…?!
<姫様!なりません!>
<手を放しなさい、ジンネマン!命令です、すぐにこの艦隊をアクシズへ向かわせなさい!
マライアさん、マライアさん、聞こえますか!?>
無線が鳴った。姫様の声だ…!
「姫様!」
<お願いです、私達と一緒に、アクシズを止めてください!>
<姫様!>
男の声が、そう怒鳴っている。でも、姫様は負けてない。
<命令です、すぐに艦隊を向かわせなさい。私が出向けば、シャアは戦闘を中止せざるを得ません!>
<姫様…私は、シャア大佐より、姫様のことを任されております。
たとえそれが、姫様の意思に反することになろうとも、です>
<やめなさい…くっ!マライアさん、お願いします…どうか…どうか、シャアを止めて…!>
無線が、切れた…姫様…分かった、分かったよ…あたし、行ってくる。
だから、姫様、あなたは逃げなきゃダメだよ…逃げて、逃げて、逃げ通してよね…
もし、この先、何かを変えられることのあるチャンスが残っているなら、姫様、あなたはそのタイミングを逃しちゃだめ。
それはたぶん、あたしや、アムロやクワトロ大尉にもできないこと。
あなたにしかできないことになるんだから。
だから、そのときまで、ちゃんと逃げなきゃダメだよ!
264: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:35:41.97 ID:kVP2hPbUo
あたしは、心の中でそう伝えて、機体を翻した。ペダルを踏んで、バーニアを全開に吹かす。
距離は…遠い。でも、間に合わないほどじゃない…!
1時間か…50分くらい?ううん、引力を使って加速すれば、もっと速度が稼げるはず…!
待ってて、アムロ!すぐに行くから!そっち着いたら、リ・ガズィ貸してね!
そのときあたしは、背後から言葉に出来ない悪寒を感じて、反射的にレバーを引き上げた。
次の瞬間、あたしがいたところを、ビームマシンガンの破線が飛びぬけていく。
撃たれた…艦隊からの攻撃?!
全周囲モニターで背後を確認する前に、あたしは聞こえてきた無線で、撃ってきた相手が誰だか、わかった。
<止まりなさい、アトウッド!>
ミリアムの声だった。
<ミリアム、やめなさい!>
姫様が、ミリアムを制止する声も聞こえてくる。でも、ミリアムは押し殺した声で言った。
<姫様…アトウッドは、ネオジオンの敵です。アクシズへは行かせてはいけません…>
その声色からは、冷静さではなく、冷たく、重い、憎悪が伝わってきた。
モニターで背後を確認する。そこには、アンテナの付いたギラ・ドーガとその傍らにはべるようにもう一機、
あたしの乗っているのと同じタイプのギラ・ドーガが位置取っている。
「ミリアム…」
あたしは、思わず彼女の名を呼んだ。
また、彼女の絶望があたしに迫ってくるようで、胸が苦しくなって、思考が狭まる。
<その声は…まさか…!あなたがスパイだったんですか?!>
もうひとつ、別の声があたしを非難した。聞き覚えのある声…
彼女は、レウルーラだと思っていたほうの船で、トイレからクリーニングルームへあたしを誘導してくれた子だ…
まさか、パイロットだったなんて…
<投降しなさい。さもなければ、撃墜する>
ミリアムの鋭い声が聞こえてくる。アンテナ付きのギラ・ドーガが、ビームマシンガンを構えた。
やらなきゃ、ダメなの?あなたを落とさないと、地球を…アムロを助けにいけないの…?
あたし、やりたくなんかないのに…あなたも、あたしを助けてくれたそっちの子も、傷つけたくなんて、ないのに!
「ミリアム、邪魔するなら、落とす!」
<相手になってやるわ!生身の格闘ほど、甘くないよ!>
あたしがブースターを吹かすのと同時に、ミリアム機もあたしに突っ込んできた。お互いに装備は同じ。
ミリアムの期待は、アンテナがついてるから、隊長機かもしれない。多少のチューンアップが施されている可能性がある。
機体性能は、あっちが上と思っておいたほうが良い。
<ジェルミ曹長、あなたは手出しをしないで!こいつは、私がやるわ!>
ミリアムの無線が聞こえる。1対1でやろうっていうのね。
バカにして…余裕のつもりでいるんなら、痛い目見るからね!
265: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:36:08.49 ID:kVP2hPbUo
あたしは、牽制の意味でビームマシンガンを発射した。
ミリアム機はそれを軽快に回避すると、さらに距離を詰めてくる。
あたしは、突進から上昇に転じて、ミリアムの機動を見極める。
ミリアム機は、するどい弧を描いてあたしの機体を追従してきた。
あたしは、そんなミリアムにもう一度ビームマシンガンを発射する。
3連射のマシンガンの、3発目をミリアムはシールドで受け流した。
―――来る!
ミリアムの機動が頭に流れ込んでくる。ミリアム機は、ビームをはじきながらビームアックスを装備していた。
ブースターの炎を大きく灯しながら一気にあたしに突っ込んでくる。
「・・・くっ!」
あたしはスラスターで機体を前転させるように回転させて下から来るミリアム機のビームアックスをかわし、
彼女の後ろからバックパックを蹴りつけようとレバーを引く。
でも、ミリアムはそれが分かっていたかのように、あたしにかわされた直後には機体を反転させていて、
こっちにビームマシンガンを向けていた。
それを感じ取っていたあたしは、蹴りの動作を中止して、バーニアを吹かして距離をとる。
離れていくあたしに、ミリアムがビームマシンガンを乱射してきた。
「うぅっ!ミリアム、本気だね…!」
あたしはビームをかわしながら、思わずそう口にしていた。
この射撃も、さっきのビームアックスの突撃も、確実にあたしを落としに来てる。伊達や酔狂じゃない。
距離が開いた。あたしは、今度は期待を下方へ駆る。
ミリアムはさらにあたしにビームマシンガンを撃って来ている。
あぁ、もう!すごい精度だよ!お手本みたいな予測射撃…!
ニュータイプの動きじゃないけど、それにかなり近いくらいの予測の仕方だ。
避けた先に撃って来て、またそれをかわした先に撃ち込んでくる。
逃げてばっかりじゃ、ダメだ…ごめん、ミリアム…脚の一本くらいにしておきたいから、あんまり変に回避しないでね…!
あたしは、届くわけはないと思いつつ、そう伝えながら、集中してミリアム機に向かって引き金を引いた。
でも、ビームが伸びていった先のミリアム機が、それをするりとかわすイメージが脳裏に走る。
あたしは、さらに引き金を引き、かわした先へとビームを撃ち込んで行く。
だけど、ミリアムはそれすらかわし、辛うじて掠めた一発も、シールドで器用にはじかれてしまった。
なんて操縦をするの、あの子!
ニュータイプって感じじゃない。でも、あたしの動きは読まれてる。
それに、操縦のキレも良い。操縦技術だけなら、たぶん、あたしよりも、上!
ミリアム機が今度はビームマシンガンを連射しながら突っ込んできた。ミリアムの気迫が伝わってくる。
やる気だね…
あぁ、もう!ホントにあんた、とんでもない頑固の石頭のバカだよ!
あたしはビームを避けながら、ミリアムが突進して来る方へと機体を加速させた。
考えてること、分かるよ、ミリアム。射撃では落とせそうもないって、そう思ってるんでしょ?
だとしたら、一撃離脱の接近戦に持ち込もう、って腹だよね…いいよ、あたしの方も、その方が都合が良い。
撃ち合いじゃなければ確実に、その腕、切り落としちゃうんだから!
266: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:37:04.33 ID:kVP2hPbUo
あたしは、ビームアックスをサーベルモードに切り替えた。柄からまっすぐにビームが伸びていく。
ミリアムも射撃を止めて、ビームアックスを装備した。ミリアム機は、アックスモードのままだ。
リーチはこっちが有利だけど、アックスモードの方が出力が集中している分、触れたら機体が損傷するのは早いけど、
大丈夫、あんなの、当たらなければ、どうってことない!
ミリアム機が眼前に迫った。あたしはレバーを引いてサーベルを構える。
ミリアム機は、ビームアックスを持っていない方の腕を動かした。
―――しまった…!
その距離になって、あたしは感じ取った。ミリアムの機体は、あたし目掛けて、クラッカーを放り投げてきた。
慣性のついた機体じゃ、避けるのは間に合わない…!あたしはとっさに肩のシールドを構えた。
次の瞬間、期待を鈍い衝撃が襲う。
「くぅっ…!」
あたしは歯を食いしばってそれに耐えつつ、煙で視界のなくなったモニターを見やる。
目潰しの目的もあったんだね…でも、その手は食わない…!
あたしは意識を集中させてミリアムの気配を感じ取る。来る…左!レバーを引いて左の腕を突っ張らせる。
そこに、ビームアックスを握ったミリアム機の腕が飛んできた。
あたしはそれを受け止めながら、右手に握ったサーベルをミリアム機の左肩周辺だろう個所に振り下ろす。
だけど、あたしの攻撃も、ミリアムに腕ごと受け止められる。
すごい…ミリアム、あなた、いったい、どこでそんな操縦を覚えたの?!
ニュータイプでもないのに、ここまであたしに対応できるなんて…腹が立つな…悔しいし、腹が立つ!邪魔ばっかりして!
「ミリアム…お願い、邪魔しないで!あたしは、地球を守りたいだけなの!」
<あなたの言うことを信じろと言うの?!裏切り者のクセに…!>
ミリアム機がスラスターとバーニアを吹かして圧力をかけてくる。
あたしもそれに対抗してペダルを踏み込み押し返す。
もう!確かに裏切ったのは本当だよ、あなたを傷つけたのも本当!だけど、いつまでもいつまでもグズグズと同じこと繰り返して、自分の気持ちばっかりにとらわれて!
あたしは、あたしは…
「こんのバカ!石頭!」
<黙れ、この軽薄女!>
「なによ!わからずや!」
<うるさい…!あんたに私の気持ちがわかるか!>
「分かってたまるか!あたしは…あたしは!
あんたみたいに、いつまでもウジウジしてるヤツが大っっっ嫌いなんだよ!」
あたしは、込みあがってきた感情に任せて、ミリアムの機体を蹴りつけた。
同時に、ミリアムのギラ・ドーガの脚が飛んできて、あたしの期待のお腹の辺りにぶつかった。
慣性で吹っ飛びそうになった機体をバーニアで支え、スラスターで姿勢を整えて、またミリアム機に突っ込む。
もう、怒った!いつまでもいつまでも!だいたいあんた、あたしに怒ってるんじゃないよね!?
過去にあったいろんなことをあたしにぶつけてるだけじゃんか!
自分自身でそれと戦いもせずに、全部あたしのせいだって押し付けて、なんとかすっきりさせようとしてるだけじゃない!
あたしは、そんな甘ったれた根性したあんたに、負けるわけには行かないんだよ!
あたしは、オメガ対の10番機、アヤさんレナさんのペンションの最強の防衛線、泣く子も黙る、マライア・アトウッド曹長なんだから…!
267: ◆EhtsT9zeko 2013/11/19(火) 00:38:27.00 ID:kVP2hPbUo
肩についたスパイクアーマー同士が衝突して、機体にミシミシとすさまじい衝撃が走る。
コンピュータのモニタ上で関節の各所に警告表示が出て、ビービ―と警報が鳴り響く。
損傷箇所は…どこ?!あたしが、そんなことを確認していたら、目の前のミリアム機が腕を振り上げた。
その腕があたしの期待の胴体に物凄い勢いで衝突してくる。
ズドンと言う鈍い衝撃と共に、全周囲モニタやコンピュータから火花が散る。
コンピュータには、胸部外部装甲破損の表示が出た。殴ったな…!この、ヘタレ女め!
あたしはレバーを勢い良く引いて、ペダルを踏みつけながら右の腕をミリアムの機体に叩きつけた。
ミリアム機の胸部の装甲が凹んだのが確認できる。いい気味だ!
<大尉!なにやってるんです!>
<アウフバウム隊長!ロンドベル機です!>
ルーカスの声が聞こえた。ほとんど同時にミリアムがジェルミと呼んだあの曹長の声が聞こえる。
モニターには、2機のジェガンが映り込んでいた。
<まったく、レウルーラに乗ってたんじゃなかったんですか?!位置情報確認できてなかったら、どうするつもりだったんです!>
あぁ、ルーカス、そのことは言わないで…あたしの人生の中でも、渾身のミスなんだもん…
「そ、そっちのジェガンがあたしの!?」
<向こうは手一杯で、予備機は俺の機体しか出してもらえませんでした。正直、あの戦闘を抜けてくるもの大変で…すみません…>
<…ユウ・カジマだ>
別の声が聞こえてくる。ルーカスを支援してくれてた、あの大佐がこんなところまで…?
<アウフバウム大尉、援護します、一旦、引きましょう!>
<ダメよ、ここで落とすわ!>
<来ますよ、大尉!大佐、援護願います!>
<…了解した>
あたし達が、戦闘に入りそうになった、その瞬間だった。
あたしは、遠くに、声を聞いた。
何…今の?悲鳴…?歓声…?
あたしは、機体の向きを買えた。地球の方へ。
その瞬間。
微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。
275: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:37:02.12 ID:srZDixOGo
その瞬間。
微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。
「ア、アクシズが…」
あたしの言葉に、その場にいた全員が、アクシズの方を見た。
<ブライト艦長…!やったのか?>
<まさか…!作戦が失敗したの?>
<待て…この軌道…マズイな…>
大佐の声が聞こえた。あたしは、崩れていくアクシズを見て、その言葉を理解した。
大きく割れたアクシズの後ろ側が、軌道を変え、それでもなお、地球への落下コースを辿っている…!
<アクシズが…>
ミリアムの声が聞こえる。
<ラー・カイラムにはまだ、核ミサイルが残っているかもしれない。援護が必要だ…!>
大佐が言う。そう、そうだ。あたし、こんなとこでミリアムとケンカしてる場合じゃない。あれを、止めないと…!
「大佐、アクシズへ急ごう!」
<逃げる気!?>
あたしが機体を滑らせてアクシズへのコースを取ったのを見て、ミリアム機が発砲してきた。
関節はやられてるけど、バーニアとスラスターでの機動には問題はない。
あたしはそのビームをかいくぐって、ペダルを踏み込む。
<大尉、行って下さい!ここは俺が引き受けます!>
ルーカスの声が聞こえた。ミリアムを相手にする気!?
ルーカス、あの女、あなたでもちょっと荷が重いかもよ?!
「ルーカス、そのパイロット、結構な腕だよ、気をつけて!」
<了解です、落とせなくとも、足止めくらいは出来ますよ。先に行って下さい、すぐに追いかけます!>
ルーカスの頼もしい返事が返ってきた。ルーカス機がミリアムの行く手を阻むように阻止してくれている。
ルーカスに勝てる相手じゃないだろうけど、でも、足止めして時間を稼いでもらえるくらいのことはできる。
ルーカスはそう簡単にはやられない。頃合いを見計らって、ちゃんと引いてくれるはずだ。
ここは、ルーカスに任せよう…!
「ルーカス、お願い!大佐、急ぎます!」
<了解。マッキンリー中尉、気をつけろ>
あたしと大佐はルーカスにそう声をかけて、その場を離れた。ジェガンと、ギラ・ドーガでアクシズへと急ぐ。
<ジェルミ!やつらを追って!こいつを落として私もすぐに行くわ!>
<りょ、了解です、アウフバウム大尉!>
あたし達のあとを、ギラ・ドーガが追いかけてくる。けど、撃ってくるつもりはないみたい。
彼女の感覚が伝わってくる…あの子、戸惑ってる…あたしを撃ってしまって、いいのか、って…
276: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:37:51.96 ID:srZDixOGo
ふと、今度はアクシズの方から強力な気配がまるで押し寄せるように伝わってきた。
アムロの叫び声だ…怒ってる、アムロが…。でも、怒ってるってことは生きてるんだね、アムロ。
良かった…クワトロ大尉はちゃんとぶん殴ってくれたかな…?待ってて、あたしがすぐに行くから。
あたしが敵をひきつけておいてあげるから、総攻撃でも核ミサイルでもいいから、アクシズの後ろ側の軌道を逸らさないと!
もうこんな絶望はたくさんだ…こんなことをしたって、なんにも残らないじゃない。
コロニー落としたり、衛星を落としたりすると、みんな悲しいんだよ。
それをすると、レナさんとシイナさんが、悲しい顔をするんだよ。もっとたくさんの人が、絶望しちゃうんだよ。
もうやめようよ、こういうの…
そうじゃなくたって、こんな戦いはどっちが勝っても、どっちが負けても、良いことなんてこれっぽっちも残さないんだ。
コロニーが落ちなくたって、5thルナが落ちなくたって、戦争があれば、大事な人が死んじゃうんだよ。
ミリアムやルーカスだって、前の戦争で、あんなに傷ついて、悲しい思いをしたんだ。
ルーカスも、当時はジオン側で、ア・バオア・クーでの戦闘で被弾して宇宙に放りだされたところを連邦軍の士官に拾われて、
引き抜かれる形で、連邦に鞍替えして新しい名前を用意してもらって、あたしの隊に配属されてきたって言ってたっけ。
ミリアムも、それから、最初のころのルーカスも、おんなじような絶望感だったよなぁ。
ア・バオア・クーの戦闘は壮絶だったんだね…撤退しようとする味方を撃墜するような戦場、あたしは体験したことないし…な。
ミリアムもルーカスも、ゲルググにたくさん仲間を殺されたって言ってた。
きっと、ひどいありさまだったんだろうな…
機体を駆りながら、あたしはそんなことを考えていた。
この戦闘でも、同じように感じる人がたくさん出てくるかもしれない。そんなことを、許したくはない。
あたしは、やっぱりできることをしないといけないんだ。
ミリアムとルーカスみたいに…
ミリアムと、ルーカス、みたい、に…?
なんだろう、この胸騒ぎ…あたしは、ペダルを踏み込んで加速するのを、一瞬ためらった。
なに、この感じ…?そう思って、あたしは瞬間的に自分の感覚に神経を集中させる。
これは、一体、なに?!
それは、ニュータイプの感覚なんかじゃなかった。
ただ、本当に、虫の予感としか言えなかったけど、あたしの中で全然別のことだって思ってた、
ミリアムとルーカスのことがつながった。
同じ戦場、同じ状況、同じ、絶望感…
―――まさか…
あたしはノーマルスーツの中の全身が寒気立つのを感じた。ゾクゾクと体中がこわばる。
<邪魔をするなら、叩き落とす!>
<できるものならやってみろ!>
二人の無線が交錯しているのが聞こえる。ダメ、ルーカス…待って、ミリアムと戦っちゃダメだ!
あたしはレバーを引いてギラ・ドーガの軌道を変えた。
277: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:39:00.93 ID:srZDixOGo
<どうした、大尉?>
「ごめん、大佐!あたし、ちょっと行かなきゃ!ロンドベルの援護の方、お願い!」
そう叫んで翻した機体が、追ってきたギラ・ドーガの脇をすり抜ける。
彼女は、一瞬迷ったような動きを見せたけど、思い直したのかすぐに体制を整えてまた大佐の方を追っていった。
ルーカスとミリアムはビーム兵器で激しい攻防を繰り広げている。
ルーカスも、負けてないけど、でも有利ってわけでもない。止めないと…二人を!あたしはさらにペダルを踏み込む。
ミリアム機が鋭い旋回をしながら、ビームマシンガンを放った。
ビーム弾が、ルーカスのジェガンのビームライフルに当たってライフルがはじけ飛ぶ。
でも、ルーカスはひるまずに、次の瞬間にはビームサーベルを抜いて、そのままミリアム機に突っ込んでいく。
ミリアム機も、それを迎撃するつもりのようで、マシンガンを収納してビームアックスを光らせた。
二人の思考が、頭の中で重なる。お互いに、決める気だ…
それを理解してしまって、あたしは全身から血の気が引いた。ダメ、ダメだよ、二人とも…!
あたしはさらに機体を加速させる。
バーニアの温度を示すメーターが危険域を指し示し、コンピュータから警報が上がっている。
オーバーヒートしたら、破損しちゃうかもしれないけど、そんなことに、かまってる余裕なんてない!
あたしは、お互いをめがけて突進していく、二機の間に機体を割り込ませた。
ミリアムの機体のスパイクアーマーが胸の装甲に衝突し、衝撃に襲われながらあたしは、
振り下ろされてくるミリアムのビームアックスが握られた腕を受け止める。
それと同時にルーカス機があたしの背後から突っ込んできて、あたしの機体ぶつかって衝撃が来るのとともに、
あたしをかわすように突き出したサーベルが、ミリアム機の腕の付け根に突き刺さっていた。
あたしが受け止めたミリアム機の腕に握られたビームアックスは、それでもルーカス機の腕をもぎ取っていた。
ミリアムと戦ったとき以上の警報が、コクピットに鳴り響いている。
フレームはガタガタだし、装甲はベコベコだし、ひどい状態。
モニター上の異常箇所を示す表示は真っ赤っかだ。
<何してるんです、大尉!>
<アトウッド!死にに来たの?!>
二人の声が聞こえる。
「良かった、二人とも、無事だね…」
あたしは、二人の声に安堵して、全身の力が抜けて行くのを感じた。
それでも、なんとかレバーを握って、二人の機体を掴んで接触通信をつなげる。
<アトウッド、なんのつもりなの?!まだ、きれいごとを言うつもり?!>
ミリアムの困惑した、でも、突き刺さるような声色の言葉が聞こえる。
でも、もうそれはあたしの気持ちを掻き立てるようなことはなかった。
278: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:39:57.03 ID:srZDixOGo
「ミリアム、紹介するよ。このジェガンのパイロットは、あたしの相棒のルーカス・マッキンリー元中尉。
13年前の戦争では、ジオンだったんだけど、戦場で連邦に保護されて、そこからは連邦所属になって、
今は、あたしと一緒にカラバの予備役やってるんだ」
<あなたもジオンを裏切ったの!?>
ミリアムが声をあげる。でも、ルーカスは逆に、すこし落ち込んだ様子で
<いや…ジオンが、俺たちをすてたんだよ>
と静かに答えた。ルーカス、また頭に血が上ってるんじゃない?
切羽詰ると、感じることを忘れちゃのは、もったいないよ、せっかく能力あるのにさ。
「ルーカス、こっちは、ミリアム・アウフバウム特務大尉。
13年前の戦争から、ずっとジオンで戦ってるみたい。ア・バオア・クー防衛戦にも参加してたって」
<ア・バオア・クー、に…?>
ルーカスがあたしの言葉を繰り返す。
<アトウッド、また何か企んでいるの?!>
ミリアムの叫び声にも思える言葉が飛んでくる。もう!ちょっと静かに、ミリアム!
「ルーカス」
<なんです…?>
あたしが声をかけたら、ルーカスは少し戸惑いながら返事を返してきた。
ルーカス、すこし冷静になってきたかな?落ち着いてよね。
「あなたの、ジオン時代の名前、聞いたことなかったよね。教えてくれる?>
あたしは、ルーカスに聞いた。彼は、それを聞いて、少しの間黙った。戸惑っている感じが伝わってくる。
でも、彼はすぐに、それを自分の力で、整理して、口を開いた。
<アレックス・オーランドは、死にました。俺は、今は、ルーカス・マッキンリーです>
<アレックス…オーランド…?>
そんな名前だったんだね、ルーカス。思ったとおり、ミリアムが、その名前に反応した。
彼女の機体からのプレッシャーが消える。ビームアックスから光が消えた。
<ウソ…ウソよ、彼は…彼は、死んだはず…>
ミリアムの、詰まりながらの声が聞こえる。
<…あんた、誰だ?アレックスって名前を、知ってるのか?>
ルーカスのサーベルも消えた。もう、大丈夫かな…とりあえず、このコンピュータの警報、うるさいから切っていいよね。
二人の話、聞き逃せないじゃない。あたしは、機体の制御コンピュータをオフにした。
<あなたは、本当に、アレックス・オーランドなの…?
ニュータイプ研究所出身で、終戦間際に、ジオンの学徒部隊に編入された…アレク、なの?>
ニュ、ニュータイプ研究所!?ル、ルーカス、あそこにいたの!?
で、でも、ユーリさんも、アリスさんも、レオナもミリアムも、なんにも言ってなかったよね!?
同じ施設にいて、顔を知らないなんてことあるのかな?そりゃぁ、年代は少し離れてるけど、
でも、ユーリさんやアリスさんは、知らなかったの!?
279: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:40:33.04 ID:srZDixOGo
<まさか…イレーナ中尉…?!だって、中尉、あのとき、撃墜されたはずだ…どうして…?
無事だったのか…!?>
ルーカスの声も聞こえてきた。ミリアムまで名前を変えてたんだ…イレーナ、ってそういうんだね、ミリアム。
<アレク!>
ミリアムの叫ぶ声がした。次の瞬間、あたしの目の前にあった、ミリアムのギラ・ドーガのコクピットが開いて、
ミリアムがランドムーバーもつけずに飛び出してきた。
<イレーナ!>
後ろにいたルーカスまでジェガンのコクピットを上げた。
ミリアムはあたしのギラ・ドーガに手をついて、装甲の表面を伝ってジェガンの方まで回ると、
そのコクピットの中、ルーカスの腕の中に飛び込んだ。
「っていうか、ルーカス、研究所にいたなんて初耳だよ!?
なんで、ユーリさん達助けに行ったときに言ってくれなかったの!?ユーリさん、それ知ってるの?!」
<すみません、大尉。昔の、アレックス・オーランドの人生には忘れたいことが多くて。
ユリウス博士たちのことは、知らなかったんですよ。
俺は、年齢が高かったたから、別の棟で生活をしていたんです。
ユリウス博士や、アリス博士は、レオナたちあそこで生まれたはじめの世代を担当してたんだと思います。
俺たちは、もっとも初期にサイコウェーブの検出に利用されてた世代なんです>
ルーカスの、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
そっか、だからあのときのルーカスは、あんまりあたしに絡んでこないで、
おとなしくシャトルの運転なんてしてたんだね。知らなかったとはいえ、悪いことしちゃったなぁ。
「二人は、どんな関係だったの?」
正直、そこまでわかっているわけじゃない。
まぁ、話と、今の二人の様子を見れば、お互いの守りたかった相手、だったんだろうなってのはわかる。
落ち着いたら、ちゃんと話w聞いてあげよう。きっと姉弟みたいな間柄だったんだろうな…。
<俺の、大切な人、でした>
ルーカスの涙でくぐもった声が聞こえて来る。大切な人、か。あたしにとってのアヤさんみたいなものかな?
まぁ、詳しい話は、あとで聞けばいいや。今は、それよりも、アクシズへ行かなきゃ…
でも、この機体じゃあ、正直、もう無理、かな…。
あたしは割れたモニター越しに、ミリアムの機体とルーカスのジェガンを見る。
ルーカスのジェガンは、まだ十分動きそうだ。ミリアム機は、もうダメだね。
ルーカスのビームサーベルが、機体の胸部装甲まで溶かしてる。基幹機能まで影響出ちゃってるかもしれない。
280: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:41:18.97 ID:srZDixOGo
「姫様、聞こえる?」
<マライアさん!>
あたしは無線に呼びかけてみたら、姫様はちゃんと、答えてくれた。
「ごめん、機体がぼろぼろになっちゃった。
もしよかったら、代わり出してもらえないかな?姫様自身を守るための戦力だってのはわかってるんだけどさ…
でも、この機体じゃ、もうアクシズへは向かえないかもしれない」
<…わかりました。ジンネマン、すぐにギラ・ドーガを一機、アウフバウム大尉の代替機として射出してください>
<し、しかし、姫様…!……!?あ、あれは、なんだ…!?>
<…!?…アクシズが、光っている…>
ジンネマン、と呼ばれた姫様の警護を命令されている人物と、姫様が戸惑った様子になっているのが聞こえて来る。
アクシズが、光ってる…?
あたしは、機体の向きをそっと変えて、地球の方を見た。そして、その光景を見て、息を飲んだ。
アクシズから、緑色の光がまるで絹のように広がっているのが見える。なんだろう、あの光?
優しい心地がする…あれは…サイコウェーブ?あんなに強力な、こんなに暖かい能力を引き出せる人が居るの…?
あたしは、まるで満ち溢れてくるようなその感覚を受け入れて、そして、その中心を探った。
アクシズが、地球へと落下して行く、その落下面から発生しているようにも感じる。
あの中心にいるのは…アムロ!?
<なんて、きれいな…>
<大尉、なんなんです、これは…?>
「わかんないよ…でも、あそこに、アムロがいる…」
<アムロ大尉が…?>
ルーカスがそう言って黙った。
次の瞬間、あたしは、もっと驚くような光景を見た。
アクシズの周囲にあった、モビルスーツらしい無数の光点が、きらめきながら機動して、アムロの居る、アクシズの落下面に突入を始めた。
嘘…嘘でしょ…!?
<あいつら、まさか、アクシズを押し返そうとしているのか?>
<そんな…無理よ…あんな数じゃ…!>
ルーカスと、ミリアムの声が聞こえる。
光学測量では機種までは判別できないけど、あの戦闘空域に居た光点のほとんどがアムロのところに集結している。
敵も、味方もない…みんなが、地球を守ろうって思ってる。
正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、あの下にいる人たちと、青い地球を、守ろうって思ってる。
あたしには、それが伝わってきていた。何を考えたわけでもないのに、自然と涙があふれ出してくる。
281: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:42:27.55 ID:srZDixOGo
もう、あたしが行っても間に合わないだろう…
モビルスーツがいくら集まったって、搭載しているバーニアなんかで、アクシズを押し戻すなんて、出来る芸当じゃない。
あれは、落ちる…でも、次々とモビルスーツが集結してアムロの周りに集まってる。
大気摩擦が始まって、引力と摩擦とで、いくつもの光点がアクシズから吹き飛ばされているのが見える。
それでも、それでも、誰も諦めてない…連邦も、ネオジオンも、あれを止めようとしている…!
不意に、アムロの居たあたりがひときわ明るく光ったと思ったら、そこからまっすぐに、碧の光が広がって行った。
暖かい…なんて、暖かい光なの…あたしは、もう、アクシズを止める、とか、そんなことを思う以上に、この感覚におぼれていた。
まるで、ペンションで、アヤさんとレナさんと一緒にあの白い砂浜にいるみたいな、心を温めてくれるような、温もりが…
<バカな…アクシズが…>
<押し戻されてる…?>
二人の声が聞こえた。アクシズの表面から、摩擦熱で光っていた赤みが消えた。
アクシズ自体が、軌道をゆっくりと変えている。押されているって感じじゃない。
まるで、大気圏の上を滑るようにして、ゆっくりと、でも確実に落下コースからは遠ざかっている。
アムロ、やったの…?あなた、やったのね!
地球から、アクシズが遠ざかる。碧の光が、地球を覆うように広がっていく。
あれは…iフィールド?地球全体に、iフィールドが展開されたの?
いったい、どこの誰がそんなことをやれるっていうの?アムロの力?ううん、違う。
あれは、アムロの感覚なんかじゃない。あれは…あの感じは、そうだ…
あれは、やっぱり、あの暖かい、島や、港や、砂浜の感じだ。あれは…あたし達が地球で感じてる暖かさだ。
地球が、アムロ達の意思に答えて、iフィールドを…?そんな、非現実的な事って、あるの…?
わからない…実際に目の前で起こったことなのに、どうしてなんだろう…?
帰ったら、アリスさんたちに聞いてみようかな…。
<マライア…>
そんなことを思っていたら、不意に、無線からそう声が聞こえてきた。ミリアムの声だ。そう言えば、今、名前を…
「また、マライアって呼んでくれたね、イレーナ、だっけ」
<ううん、イレーナの方が、偽名なの。私、身分も年齢も誤魔化して士官学校に入ったから…ミリアムが私の本当の名前だよ>
「そっか、じゃぁ、ミリアム、どうしたの…?」
<その…あの、ごめん、ね…>
ミリアムの声が聞こえてきた。あの光を見たせいかな…?ミリアムってば、やっと分かってくれた。
謝らなきゃいけないのはあたしの方なんだけど、さ。
「ううん、こっちこそ、ごめん。今回は、本当に後手後手でさ。
ミリアムを傷つけちゃったし、もう、いいトコなしだよ」
<ううん、もういいの…>
ミリアムの穏やかな声が聞こえる。ミリアムとも話したいことはいっぱいだな。
ま、それは落ち着いてからでいい、か。とりあえず、これでもう戦闘は終わるよね…
姫様に回収してもらうよう頼まないと。
あ、でも、姫様に回収頼んじゃったら、地球に戻りにくくなりそうな気がする…ミリアムとルーカスはどうするつもりかわからないな…
でも、もしミリアムが姫様のところに戻るつもりなら、今回収してもらっておいた方が良いよね。
じゃないと、これから逃げて行くあの艦隊がどこに隠れるか分かったもんじゃないし…
282: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:42:54.89 ID:srZDixOGo
「ね、ミリアム」
あたしがそのことを聞こうとして、ミリアムにそう話しかけた時だった。
ボロボロで警報だらけにコンピュータから、音がした。
これは…モビルスーツの反応?近づいてくる…
<なに、マライア?>
「ごめん、ミリアム、待って。ルーカス、レーダー確認して。これ、あたしの方の故障じゃないよね?」
あたしは、コンピュータに写ったレーダー情報を確認して、ルーカスにそう聞いてみる。
<…?!これは、連邦機…?10機…いや15は居る…!>
あたしのコンピュータに写っているのと、おんなじだ。
15機の連邦のシグナルを発しているモビルスーツが急速にこっちへ接近してきている。
あたし達を救助に来た、って感じの規模じゃなさそうだ…!
「まずい…!姫様!ジンネマンって人!連邦機が急速接近中!速度を上げて、離脱して!」
あたしは無線にそう怒鳴った。連邦のシグナルと、ロンドベルのシグナルの二種類いる。
こいつら、まさか、姫様を狙って…!?あのあったかい光を見てもまだ、そんなことをしようとするなんて…
こんな言い方したくないけど…オールドタイプの、頭の固い方の連中だ!
<アレク、迎撃して!ミネバ様を守らないと!>
ミリアムの叫び声が聞こえる。迎撃、って言ったって、簡単じゃないよ…
ルーカスの機体は、片腕がない。あたしのはもう動くので精一杯。
ミリアムの機体に至っては、多分、下手に動かそうとしたら、爆発しかねない。
だけど、何かしないと…艦隊が、危ない!最大戦速で離脱するんじゃ、モビルスーツの射出も簡単じゃない。
すぐに援護は出てこないかもしれない。これって、ヤバい!
「姫様!早く!」
<マライアさん達はどうされるのです!?>
姫様の声が聞こえる。あたしは、レバーを握っていた手に、ギュッと力を込めた。やるしか、ない。
「あたしは、あいつらを食い止める…!」
<そんな機体では、無理です!>
「無理でもなんでも、やらなきゃならないんだよ!姫様、逃げて!あたしとの約束、忘れないで!」
<…!わかりました…マライアさん、どうか、死なないで…!ジンネマン、最大戦速で離脱を!>
姫様、分かってくれた。良かった…ホント、ミリアムとは反対で、強くて物わかりのいい子だ。
そんなことを思ったら、笑えてきた。
あぁ、せめてこの機体がゼータだったらなぁ。ボロボロだろうが、15機くらいなんとか出来たかもしれないのに…
ギラ・ドーガじゃ、あたしの実力の半分も出せないよ。
ルーカスのジェガンと2機でやったって、とてもじゃないけど、うまく行く気はしないな。
それでも、なんでも、あたし達はやるしかないんだ。
姫様と、お互いを守るために、ね。こんな絶望的な状況でも、さ。
283: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:43:40.24 ID:srZDixOGo
<ルーカス、お願い!>
<ったく!あんたとの戦場は毎回これだ!ウリエラやキリの二の舞を見るのは、ごめんだよ!>
二人のやりとりが聞こえる。ミリアムと、ルーカスの戦場、か。ア・バオア・クーのことかな。
それとも、別のところかな。ミリアムは、この絶望で、大事なものを失ってきたんだね。
あたしは、もうなんだか、すでに疲れてるけど、きっと今って、ソフィアのときと同じだ。
味方には、損傷して消耗した機体があるだけ。敵は、ピンピンしたモビルスーツがいっぱい。
いくらあたしやルーカスの腕が良くったって、あのときの、フェンリル隊みたいに苦戦するのは絶対だ。
どんなに考えたって、勝てる策なんか出てこない。でも、大事なものを守るためには、逃げることもできない。
あはは、困ったな、13年経って、またおんなじ問題を突きつけられちゃったな。
成長したあたしは、ここで一体、何ができるんだろう?
この絶望的な状況で…
絶望―――そっか、ミリアムは、あたしと似てるんだ。
分かった…あたし、分かったよ、あなたのこと。あなたは、あたしだったんだね…
もう一人のあたし。あのとき、ソフィアを救えなかったあたし。
ライラもルーカスを死なせちゃって、デラーズフリートがしたコロニーの落下を止めることができなかったあたし。
地球でレナさんも、アヤさんも守るこのとのできなかったあたし…
だから、あんなに、イライラしたんだ…だから、大っ嫌いだって思ったんだ…
だから、こんなに助けてあげたいって、思ってるんだ…。
「ミリアム、ルーカス、聞いて」
そう思ったらあたしは、そう無線に話しかけていた。
<大尉、何か策でも?>
ルーカスの声が聞こえる。でも、違うんだ、ルーカス。ごめんね、ルーカス。
「あなた達は、ここを離れて。ジェガンなら、撃墜される心配はない」
<な、なにを言ってるんです、大尉!>
<マライア!一人でここを打開する案でもあるっていうの!?>
「策なんて、ないよ。ミリアム…ルーカス。あたし、二度目だ、こんな絶望的な状況。
あなた達もそうなんでしょ?ア・バオア・クーのときに、きっとこれとおんなじような目にあってるんだよね…?
あたしは、あのとき、たくさんの仲間に支えられて、なんとか最悪は避けられた。
自分の命も、ソフィアの命も、消える寸前のところで、救われた。
あなた達は違ったんだね。守りたいって思った人たちをみんな、失っちゃったんでしょ…?」
こんなの、怒られるよね。でも、ね、アヤさん。あたし、そうしてあげたいんだ。
だって、絶望ばっかりの人生なんて、かわいそうじゃない。
あたしがしてもらったのとは違う、みんなに助けてもらえてなかった人生なんて、寂しいじゃない。
「だから、行って。あなた達二人の“運命”はあたしが代わるから。
その代わりに、ミリアムとルーカスには、あたしの“運命”をあげる。アヤさんも、レナさんも、隊長も、
レオナや、ユーリさん達も、それからフレートさんにハロルドさんに、シイナさんも、カレンさんも、
隊のみんなも、みんなあげる…だから、これからは、あのあったかい陽だまりの中で、
みんなに囲まれて生きてって。あたしは、もう、みんなに十分、幸せにしてもらったから…!」
284: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:45:17.56 ID:srZDixOGo
<大尉、何バカ言ってんです!>
ルーカス、怒ってる…そうだよね、でも、最後くらい、優しい声聞かせてよ…ごめんね、ルーカス。
あたしは、握っていたレバーを引いた。
ギラ・ドーガが装備していたビームマシンガンから、ビームが発射されて、ルーカスの機体の脚を一本もぎ取った。
どう、連邦機…!あたし、ジェガンを撃ったよ!あたしは、あなた達の敵!かかってきなさいよ!
ただで落とせると思ったら、大間違いなんだから!姫様にも、ミリアムにも、ルーカスにも指一本触れさせない!
体がバラバラになったって、機体が粉々のデブリになったって、あんた達に、あたしの大事なものなんか奪わせない!
あたしの、命に代えても!
あたしは、思い切りペダルを踏み込んだ。連邦機があたし目がけて群がってくる。
<大尉!>
<マライア!>
二人の叫び声が聞こえた。はやく離脱しなさいって、言ってるでしょ!
「ルーカス、これは命令!さっさとどっかに消えなさい!」
あたしは、軋む機体を駆った。連邦機が、ビームライフルを掃射してくる。
ペダルを片方だけ踏みつけて、わざとバランスを崩しながら、AMBACの姿勢制御とスラスターで不規則に攻撃をかわしていく。
動きが鈍い!反応が遅い!これだから廉価機ってイヤなんだよ!あたしの腕が、十分に反映されないでしょ!
あたしはやっきになりながらレバーについたトリガーを引いた。
ビーム弾が、連邦のジムタイプに当たって、装甲をめくり上げる。まずは、1機!
ビー、と警報が鳴りだした。あぁ、Gのせいで、左腕の関節が負けた…!
ミリアムのバカ、あんたが殴ったせいだからね!関節の異常でAMBACの制御が突然に乱れる。
あたしは、なんとか機体の体制を整えようと、ペダルを踏み込む。艦隊の逃げた方へは行かせない…
ほら、着いてきなさいよ!あたしはさらに加速して艦隊とルーカス機から離れるコースを取る。
案の定、連邦機はあたしを取り囲むようにしてついてくる。バカなやつら…!誘われてるってことも知らないで…!
あたしは、もう、あたしの意思とは全然違う動きしかできなくなりつつある中で、でも、狙ってマシンガンを撃った。
外れる…ダメだ、機体がブレちゃって、定まらないよ…!参ったな…接近戦なら、やれるかな…!?
そんなことを思った瞬間、あたし目がけて、ビームが一直線に伸びてきた。
あぁ、これは、当たる!
避けることもできないまま、あたしは、そのビームを何とか構えたシールドで受け止める。
だけど、その反動で、機体がまるで、主翼を失くした戦闘機みたいな回転を始めながら、すっ飛んで行く。
レバーを引いて、スラスターを吹かして、ペダルを踏み込んでバーニアの出力を上げても、姿勢が立て直らない。
もう!もう!!まだ、1機しかやってない!あと、14機…こいつら全部、落とさないといけないんだ!
だけど、ついには、全周囲モニターの半分くらいが見えなくなった。遠心力で、機体が壊れてるんだ…
これじゃぁ、敵、狙えないじゃない…!そんなことを思いながら、それでも必死にレバーを引いていた目に、何かが飛び込んできた。
なんだろう、そう思った次の瞬間には、目の前がパッと明るく光った。
まぶしいくらいに、何も、見えなくなるくらいに…
あぁ、終わっちゃったのか、な…はは、さすがに、無理だった、な…
アヤさん、ありがとう…レナさん、ごめんね…カレンさん、アヤさんと仲良くね…レオナ…一緒に居れて、楽しかったよ…!
あたしは、そんなことを思いながら、まっしろに輝く視界に包まれながら、そっと、目を閉じた。
285: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:45:48.39 ID:srZDixOGo
ドシン、という鈍い衝撃があった。あぁ、着弾した、と思ったら
<マライアちゃん!>
と、あたしを呼ぶ声がした。
なに…?あたし、やられたんじゃないの…?
あたしは、そう思って、目を開けた。目の前には、まるで、網目のように交差するビームの残像が残っていた。
ビームの網目…?まるで、多方向から一斉にビームを撃ちこんだみたいだ。
そんなこと、出来る兵器って…ファンネル?まさか、いったい、誰が!?
アムロ…?それとも、クワトロ大尉なの…?!
<マライアちゃん、大丈夫!?>
また、あたしを呼ぶ声。ちょ、ちょっと待って…この声って、もしかして…
「マリ!?」
<マリじゃないよ、プルの方!>
プル…?プルって、え、だって…あなたは…なんで…?どうして…?
「プル!?だって、だってあなた、ジュピトリスで木星へ…」
<ジュピトリスは3年で帰って来るの知らないの?わたし、帰ってきたんだよ!>
あたしは、割れて、映らなくなっているモニターを確認した。
後ろに、見たことのないモビルスーツが取り付いている。接触通信…?このモビルスーツにプルが乗っているの…?
「それにしたって、なんでここが?ジュピトリスなんて、どこにも見えないのに…」
<マリが、呼んでたんだよ。マライアちゃんが危ないって、急いで、お願いって。
だから、ジュピトリスから高速のシャトルにこの子を乗せて、急いで先にこっちへ来たんだ>
マリが?だって、マリ、地球に居るはずだよね…?
まだ見えてもいないジュピトリスまで、思念を届けたっていうの…?そんなの、そんなのって…!
<大尉!>
ル、ルーカスの声だ。
<大尉、無事ですか!?その機体は!?>
「ル、ルーカス…これ、プルだって、言ってる…」
<プル!?>
<あ、そっちのは、ルーカスちゃん?>
<…!プル!一機撃ち漏らしてる!>
ルーカスの声が響いた。
ジェガンが1機、プルのサイコミュの攻撃をかわして、こちらへ突っ込んできている。
<生意気に!>
プルはそう言って、たぶん、10機以上のビットをいっぺんに動かして、そのジェガンに集中砲火を始めた。
でも、ジェガンは機体をひねらせ、急性動と急軌道を繰り返して、それをなんとか、といった具合で回避した。
<こいつ、やる…!>
「ちょ、ちょっとプル!そのパイロット、もう戦意ないよ!ほっといてあげよう!」
あたしは、あのジェガンから滲んできていた恐怖を感じ取った。
あたしの言葉にプルもそれに気づいて、攻撃をやめる。
ジェガンは、無傷だったけど、ほうほうのてい、って感じで、地球の方へと飛び抜けて行った。
286: ◆EhtsT9zeko 2013/11/21(木) 00:46:15.56 ID:srZDixOGo
一瞬で、助かっちゃった…はは、あはは…プル、プルだって…なんだか、ひとりでに笑えてきた。
まだちょっと信じられなかった。だって、プルは木星に行ってて、それで、あたしは、もう死んだと思って、それで、
えっと…あぁ、ダメ、すごい混乱してきた…
<マライアちゃん、その機体、もうダメだよ!こっちに来て!>
プルのそう言う声が聞こえて来る。あたしは、呆然としながらも、ギラ・ドーガのコクピットを開けた。
すぐ前にプルのモビルスーツのマニピュレータが伸びてきて、コクピットから飛び出したあたしを掴まえて、
プルの居るコクピットへ引き寄せてくれる。
あたしは、マニピュレータを蹴ってコクピットに飛び込んだ。
そこには、赤と黒のデザインのノーマルスーツに身を包んだ、マリと同じくらい大きくなったプルが居て、
あたしに笑いかけてくれていた。でも、すぐにふっと何かに気が付いたみたいに、顔を上げる。
それから、肩をすくめてあたしをみやって、
「ごめん、マライアちゃん。この機体、やっぱりダメだった。ルーカスちゃんに乗せてもらおう」
と言ってきた。ダメ、ってどうして?被弾しているようには、見えなかったけど…
あたしは、そうは思ったけど、プルに連れられたコクピットを出た。
ルーカスに信号弾を飛ばして迎えに来てもらう。
プルは、コクピットの中で何かを操作をすませて、外に出てきた。それから、ヘルメット越しに頭を押し当てると、
「ありがとう、クインマンサマークツー。あなたの設計は、きっと役に立つはず。あの子を助けてやって…」
とつぶやいた。先に乗り込んでいたジェガンに、プルを引き入れた。
プルは、クインマンサ、と呼んだ機体に何かの思念を送り込む。すると、機体は、姫様達の艦隊の方へと飛んで行った。
「プル、何をしたの…?」
「うん、あの艦隊の役に立つかな、と思って。わたしにはもう、必要ないからね」
そう言ったプルは、明るい笑顔で、ヘルメットの中で笑った。なんだか、もう、頭の中がおかしくなってる。
まともに物を考えられない。いろいろ聞いてみたいことがあるような気もするけど、それがなんだかも良くわからないや。
とにかく、全身疲労感でいっぱいだし、頭の中はこんなだし、もう、ちょっとダメだ、これ。
あたしは、そのままプルにしがみついた。あとはよろしく、プル。そんなことだけど思って、あたしは、瞳を閉じた。
プルが、あたしの体をキュッと抱きしめてくれるのが伝わってくる。あ、そうだ。
あたし、これだけは言っておかなきゃ、プルに。遠のき始めた意識を引き戻して、あたしは、ヘルメットのシールドを上げた。
それをみたプルも、不思議そうにあたしを見つめながら、自分のヘルメットのシールドを開ける。
「おかえり、プル。大変だったでしょ?あとでいっぱい、話聞かせてね」
あたしが言ったら、プルは、マリやレオナとおんなじ、いつものまぶしい笑顔で笑った。
「うん、ただいま、マライアちゃん!」
290: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:26:44.66 ID:2m8FIGYCo
滑走路に降り立った。どこまでも、青い空が広がっている。
肌を刺すみたいな日差しと、微かに香ってくる、潮の匂い。帰ってきた…
あたし、生きて帰ってきたよ、アルバに!
なんだか、飛び上がりたくなるような心持ちだった。
もう、嬉しくて嬉しくて、あたしは、プルの手を引いてズンズンと空港の建物の方に歩いていく。
自動ドアから中に入って、ゲートを抜けてロビーに出た。
見回したら、いた、見つけた。あたし達の方を見て、手を振ってくれてる…!
アヤさん、レナさん、ロビンにレベッカに、ユーリさんとアリスさんとカタリナとマリ。レオナも来てくれてる!
あたしは、ルーカスとマリオンをそこに置いて、
プルの手をグイグイ引っ張りながら半ば引きずるようにしながらみんなのところまで走った。
「ただいま、アヤさん!」
もう、タックルに近いくらいの勢いでアヤさんに突っ込む。
アヤさんは、そんなあたしをいつものように軽々と受け止めてくれた。
「お帰り、マライア」
ポンポンと、アヤさんがあたしの頭を叩いてくれる。
「あなたが、プルね。はじめまして」
レナさんが、あたしに引きずってこられたプルを見て、笑顔で挨拶をする。
プルはちょっと照れながら、レナさんに挨拶を返した。
プルの周りに、ユーリさんたちが群がって代わる代わるモミクチャにしている。でも、プルもうれしそうだ。
そこに、ルーカスろミリアムがやってくる。
「みなさん、ご心配をおかけしてすみませんでした」
ルーカスがそういう。まぁ、心配かけたのは、あたし1人だけど、ね。
なんて正直に言ったら、アヤさんにこのまま関節技をかけられそうだったから、黙っておいた。
そんなことよりも、だ。
291: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:27:12.15 ID:2m8FIGYCo
あたしは、ミリアムの顔をチラっと見やる。
彼女は、最初はなんだか首をかしげていたけど、次いで、びっくりしたような顔になって、
最後には、確信を持った表情で、目に根涙を浮かべた。
「レ、レナ…?」
ミリアムが、かすれた声でそうレナさんの名を呼ぶ。それに気がついたレナさんは、
「うん、そうだよ、イレーナ。久しぶり」
と笑顔を返した。
レナさんには、サイド5に居るときにこっそり連絡してやったからね。
ミリアム、びっくりしたでしょ?いい気味だよ!
偽のレウルーラの中で、ミリアムの部屋に入ったときに、壁に掛かっていた写真をあたしは覚えていた。
最初は、見たことある顔だな、カラバかなんかの知り合いだっけ、なんてのんきなことを言ってたけど、全然そんなんじゃなかった。
シャトルの中で思い返していたら、それは、あたしが初めて会ったときよりも、さらに数ヶ月前に取られたレナさんとミリアムの写真だった。
話を聞いたら、1年戦争当初、ミリアムは地球へ降下するジオン軍の防衛任務についていたらしい。
あの写真に写っていた人とは、兵学校時代からの友人なんだと、ミリアムは言ってた。
ミリアムは地球に降下するその友人を援護する任務についていたんだ、とも話してくれた。
やっぱり、ニュータイプの“引き”ってすごいよね。
「レナ!」
ミリアムはレナさんに飛びついた。ふふ、ミリアムも喜んでるし、まぁ、これも良かったかな。
あたしはやっぱりうれしい気持ちになって、自然と笑顔がもれていた。
「さて、とりあえず、ウチかな。大変だったんだろ、あんなことに首を突っ込んでたんだからな。
とにかく、うまいもの食って少し休め」
アヤさんがそういってくれた。あぁ、アヤさん、やっぱあたし、そうやって、優しくあったかくしてくれるアヤさんが大好きだよ。
そんなことを思いながら、あたしは、出来る限りの、全力の笑顔でアヤさんに返事を返した。
「うん!」
ペンションに戻ったあたし達は、いつものとおり、お帰り会をしてもらった。
久しぶりに飲む、アヤさんお気に入りのバーボンは美味しいし、本当に用意してくれてた、ニホン産のお肉も美味しいし、
それに、アヤさんもレナさんも笑ってるし、優しいし、もうホント生きてて良かったって、心のそこからそう思った。
プルはユーリさんとマリとレオナのおかげですぐに慣れたみたいだったけど、
ミリアムの戸惑いっぷりったらなかったな。そりゃぁ、きっとこんなのは初めてだろうしね。
結局ミリアムは、終始、ルーカスのそばに縮こまってくっ付いていて、まるで子どもみたいでおかしかった。
ミリアムもここにいればきっと明るくなってくれるかな。うん、絶対、そうなるよね。
だって、ここにはみんないるんだもん。
楽しくって明るくって、困ることも大変なこともいっぱいあるけど、それでも、みんなで力をあわせて乗り越えていくんだ。
ここが、あたし達の帰る場所なんだ。誰にも壊させない、誰にも邪魔させない。
ここが、あたし達の居場所。ここが、あたしの住処なんだから、ね。
292: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:27:42.36 ID:2m8FIGYCo
その晩、私は、なんとなく寝付けずに、昼間大騒ぎをしていたホールへ降りた。
シーンとしたホールに、アヤって人と、レオナって人の寝息が聞こえている。
私は、ホールの大きな窓から、外を眺めた。遠くに暗い海が見えて、そこに月が写り込んで、
キラキラ、ユラユラと輝いている。
そんな景色を見ながら、なのか、デッキに座っている人の姿が見えた。
―――あれ、マライア?
私は、それに気がついて、静かにサッシを開けて、デッキに出た。
マライアが気がついて私の方を見るなりうれしそうに
「あぁ、ミリアム」
なんて声を上げた。私は、彼女に笑顔を返す。
「寝れないの?」
マライアはあたしにそう聞きながら、私に隣に座るように促してくる。
「うん、なんだか、ね」
促されるがまま、私はマライアの隣に腰を下ろした。
サッと、柔らかな風が吹き抜けていく。マライアが何も言わずに、ビールの瓶の栓を切って私に押し付けてきた。
私も黙ってそれを受け取る。
「ん」
私が受け取ったら、今度は自分の瓶を持ってこっちに向けて掲げてきた。
なんだか、そのしぐさがおかしくって、すこし笑ってしまったけど、
私は自分の瓶をマライアの瓶にぶつけて口をつけた。
苦くて冷たい感覚とアルコールの風味が、口の中いっぱいに広がる。ふぅ、と思わずため息が出てしまった。
今度はマライアが、そんな私を見てふふっと笑った。
それから、私達はどちらからともなく口をつぐんだ。
私は、と言えば、口を開いたらまた「ごめんなさい」って言ってしまいそうな気がしていたし、
マライアはどう感じているのか分からなかったけど、でも、あれから私とマライアとの会話はいつだって、
「ごめんね」と「あたしこそごめん」の繰り返しだったから、マライアもおんなじことを思っているかもしれないな。
また、穏やかな風がサワサワと吹いてきた。
スルスルと肌を撫でて抜けていくその風は、まるで、いつかのマライアに感じたように、
私の心からくすんだ何かを取り去ってくれるような感じがした。
293: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:28:20.77 ID:2m8FIGYCo
「ね、ミリアム」
不意にマライアが口を開いた。
「ん、なに?」
私はそう尋ねる。
「…ミリアムはさ、これから、どうするつもり?宇宙に出て、姫様を探すの?」
マライアは、表情こそ、ボーっとした感じだったけど、そう、探るように私に聞いてきた。
「まだ、決めてないんだ。でも、ミネバ様を探すのは難しいと思う。
だったら、少し、ここで過ごしてみるのも良いかもしれないなって、思ってる。
こんなに軽い気持ちになれるのは、子どもの頃以来かもしれない。
明るいかもしれない明日に期待して、寝るに寝られない気分なんだ」
私は、感じていたことをそのまま話した。ミネバ様のことは、気にならないといえば嘘だ。
でも、あれだけの護衛もいたし、もしかしたら、ミネバ様は私なんかに心配されるほど弱くなんてないのかもしれない。
ミネバ様は、なにがあってもマライアを信じていた。
もちろん、ミネバ様に発現しつつあったニュータイプ的な能力のせいかもしれないけど、だけど、
私のように取り乱して、感情に飲まれることはなかった。
冷静に、マライアが一番安全な方法を瞬時に選択して、総帥に会わせるとまで言ったんだ。
それに、私ひとりで宇宙に上がったって、
散り散りになって身を隠しているだろうネオジオンの残党からミネバ様を探し出すのは無理だと思う。
もちろん、マライアに頼めば一緒に探してくれるだろうけど、ミネバ様にそれが必要かどうか、なんてわからない。
「そっか」
マライアは、私の話にそうとだけ返事をして、なにがおかしいのか、ヘラヘラといつもの調子で笑った。
私は、どうしてか、それがうれしかった。
294: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:28:46.81 ID:2m8FIGYCo
マライアとこうして笑い合えることを、私は望んでいたのかもしれない。
こんな、穏やかな時間をずっと求めていたのかもしれない。
あのとき、シャトルの中で妹を助けられなかった私が、戦争で、すべてを失ってしまったことに絶望した私が、
地球に降りて逃げ隠れするだけの暮らしを送り続けた私が、ずっとずっと、欲しかったものだったのかもしれない。
何気ない平穏とか、些細な楽しみとか、明るいかもしれない、明日、とか。
そういうものの全部を、私はマライアに貰った。
あの時、マライアは「あたしの運命をあげる」と言ってくれたけど、でも、
こうしていると、そんなことをされなくったって、マライア、あなたに会えた私は、もう救われていたのかもしれないね。
アレクと再会させてくれた。私を守ってくれた。そばに居て、支えてくれた。
姫様と5thルナの件でマライアはすごく悩んだんだろうし、それで私は、傷つけられたって感じてしまったけど、
でも、それでもマライアは常に私たちのことを考えてくれていた。
それだけは、変わらない真実。
カラバのお喋り悪魔、なんて自分では言って笑っていたけどね、マライア、あなたは私にとっては、
傷だらけで、それでも、あの暗い絶望にとらわれないで、不屈の精神を持った、傷だらけの優しい天使様、だよ。
「ぶっ!」
そんなことを思っていたら、突然マライアが噴きだした。
「な、なに?」
「いや、今、ものすごいイメージが伝わってきたら、思わず…」
あ…あぁ!しまった!今、私のイメージを共感したの!?
そ、そりゃぁ、頭の中に、ボロボロでも笑ってる、羽の生えた天使みたいなマライアを想像しちゃったけどさ!
そ、そこは黙っておこうよ!?なかったことに、かか、感じなかったことにしとこうよ!?
私は、顔が熱くなるのを感じて、思わず、マライアの肩口を平手で叩いてしまった。
でも、マライアはそれでも、クスクスと笑っている。
「あー、あたし、ミリアムの中でそんな風に写ってたんだねぇ。あははは、そっかそっか、これはうれしいな」
笑いながらそんなことを言っては、さらにお腹を抱えて笑い続ける。もう!もう!!やめてよ!!本当にやめて!!
でも、私の気持ちを知ってか知らずか、マライアはそれからしばらく笑い続けた。
最初は恥ずかしいやら悔しいやらでプリプリしていたけど、笑っているマライアを見ていたら、なんだか、
そんなことを気にしていることが自分でも可笑しくなって、気がついたら私も、声をあげて笑っていた。
二人してなんとか笑いを押さえ込んで、ふうとため息をついた。サラッと風が吹いてくる。
本当に、気持ち良いな、これ…
「マライア」
気がついたら、私は、彼女の名を呼んでいた。
「ん、なに?」
「私、あなたに出会えて、本当に良かった」
スルッと、何の抵抗もなく、そう言葉が出た。マライアは、満面の笑みで、私を見つめてきて
「うん。あたしもだよ、ミリアム!」
って、私の良く知っている、大好きな、いつもの笑顔でそう言ってくれた。
295: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:29:12.85 ID:2m8FIGYCo
鐘が鳴り響いている。あたしは、人ごみから少し離れて、教会の庭の隅っこの芝生に腰を下ろしていた。
あたしの視線の先には、白いドレスに身を包んだミリアムと、どこで借りてきたんだが、
あんまり似合わない白いタキシードを着込んだルーカスがいる。
その周りをみんなで取り囲んで、シャンパングラスを片手に、騒々しく談笑している。
ここは、島で唯一の教会。地球へ戻ってから半年、今日は、ミリアムとルーカスの結婚式だ。
ミリアムもルーカスも、見たことのない明るい笑顔で笑ってる。
あたしはそれを見ていたら、なんだか自分も幸せな気分になって、知らず知らずのうちにニヤついていた。
「なにやってんだ、あんた」
不意に声がしたので、振り返ったら、まるであたしに忍び寄るみたいに、パンツスーツ姿のアヤさんがいた。
うわっ、なにこれ、すごいかっこいい…あたしは、一瞬見とれてしまってから我に返って
「…う、うん、二人を見てたんだ」
と答えた。するとアヤさんは、顔をしかめて
「良かったのかよ、あんた」
なんて言ってくる。言葉の意味は、まぁ、分からないでもない。
あたしともう10年以上も一緒にいてくれているルーカスだ。
お互いのことは、夫婦みたいに知ってるし、まぁ、それこそ、同じテントで野営したりとか、
ルーカスの腕の中で泣きつかれて寝ちゃった、なんてことも、そりゃぁ、あったけど、さ。
「別に?あ、これは、負け惜しみじゃないよ?ルーカスは、なんか、弟みたいな感じなんだよね。
好きだけど、なんていうか男に見れないっていうかさ。
それに、ルーカスとミリアムはずっと昔から想い合ってたんだもん。
新参のあたしがクビを突っ込むなんて、野暮じゃない」
「そうかよ。まぁ、そこまで言うならもうなにも言わないよ」
あたしの言葉にアヤさんは納得したんだか諦めたんだか、そう言ってあたしのそばに腰を下ろした。
まさか、アヤさん、あたしを慰めに来てくれたとか?だとしたら、それはお門違いだよ。
あたしは、本当にルーカスのことは弟くらいにしか思ってなかったんだから。
そりゃぁ、頼りになる相棒だし、ミリアムと結婚したからって、なにかあるときは問答無用で引っ張っていくつもりだしさ。
断るようなら、ぶん殴って気絶させて、引きずってでも連れて行く。
だからまぁ、結婚しようが何しようが、今までのあたしとルーカスとの関係がどうこうなる、ってわけじゃないんだ。
296: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:30:07.93 ID:2m8FIGYCo
そんなことを思っていたら、今度はレナさんまであたしのところにやってきた。
レナさんは、アヤさん以上に複雑な顔して、あたしの表情を覗き込もうとしている。
だから、大丈夫だってば!もう!みんな心配性なんだから。
心配してくれるのは嬉しいけど、でも、今二人がしてるのは、まったく不必要な心配だし、あんまり役に立つ方のことじゃない。
ちゃんと説明して、疑いを晴らさないとな、疑いって違うか、壮大な憶測に基づく勘違いっていうか?
まぁ、いいや。とにかく、だ。
「あのね、10年一緒にいて、あたしとルーカスの間にはなぁんにもないんだよ!?
キスはおろか、そう言う雰囲気で手を握ったこともないんだから!
そりゃ、あたしがダメなときに胸借りて泣かせてもらったことは何度もあったけどさ…
それは、仲間として!恋愛感情でそんなことしてたわけじゃないんだからね!」
あたしは、二人に安心してほしくって、そう力説した。
そうしたら、アヤさんもレナさんも、それを聞いて盛大にため息を吐いた。
「なるほどなぁ、そっか。お前、惜しいことしたよ、ルーカス、良い男だったのにな」
「ホントに…。まぁ、ルーカスくんが手をださなかった、っていうのも問題だとは思うけどね…
今でこそミリアムとああして一緒になったけど、辛かっただろうな、10年間も」
「なんてったっけ、こういうの?据え膳?」
そう言い合って、二人はなんだか呆れた様子でまたため息をつく。
え、ん?待って、どゆこと、それ?なんで、そんなルーカスがあたしのこと好きだった、みたいな感じになってんの?
え…?あ、あれ…?えっ…えぇぇぇぇ!?ル、ルル、ルーカス、もももしかして、そそそそそそうだったの!?
あたしはびっくりして、二人の顔を交互に見据えた。アヤさんとレナさんは、渋い表情で黙ってうなずいた。
ああ、まずったなあ、そうだったんだ…近くに居すぎて、そんなこと全然感じ取れなかったもんなぁ…
あたしは、そんなことを思って頭を抱えてしまった。
「まぁ、もう手遅れだ、あきらめろ」
アヤさんがそう言って、あたしの肩をポンっとたたいてくれる。
ん…?あきらめる、って、なに?だから、それは違うって…
「ね、だから、それは違うんだって。あたしは、ホントにルーカスは弟みたいに思ってただけなんだから」
「じゃあ、なんでそんなにショックそうなの?」
レナさんがそう聞いてくる。そんなの、決まってるじゃん!
「だって、ルーカスそんな風にあたしを思ってくれてたのに、あたしってば、なんにも考えずにルーカスに抱き着いたり着替え見せちゃったり…!
いやこれ、逆の立場だったらただの拷問でしょ?!
っていうか、ルーカスどうしてあの状況で一切なんにもしてこなかったのよ!?鉄の意思すぎるじゃん!」
あたしが半狂乱でそんなこと言ったら、アヤさんとレナさんは、顔を見合わせてプッて噴出して、声を上げて笑いだした。
「ははは!なんだよ、ほんとにあんた、なんでもないのかよ!」
「あははは!ルーカス可哀そうだったんだねぇ!」
もう!笑い事じゃないんだってば!
あぁぁぁ、謝りたいけど、いまさらそんなこと言ったっておかしな方向に話がいっちゃうじゃん!
あたしは、10年間の罪を、ずっと胸にしまいながら生きて行くしかないんだね、この先ずっと…
うぅ、なんかルーカスの顔を見れなくなっちゃうかもしれない。
あたしは、なんだかシュンと気落ちしてしまうのを感じた。
鈍くてごめんね、ルーカス…気が付いて、聞き出してあげられてれば、ちゃんと振って、失恋させてあげられてたのにね…。
297: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:30:34.41 ID:2m8FIGYCo
「ったく、そんなんじゃあんた、一生結婚なんてできないぞ?」
アヤさんが、笑いを収めてそんなことを言ってきた。
「あたし、結婚するつもりなんてないよ?」
「は?」
「え?」
あたしが思わずそう言ったら、アヤさんもレナさんも、びっくりした表情であたしのことを見つめてきた。
な、なによう…そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃん。
「結婚しないって、じゃああんた、どうするつもりなんだよ?」
アヤさんが、そんなわかりきったことを聞いてくる。えぇ?今更それを説明しなきゃなんないの?
もう、しょうがないなあ…
「ずっとここにいるよ。ずっとアヤさんとレナさんのそばに居させてよ。
あたしは、そのためにずっとがんばってきたんだ。
アヤさんとレナさんの笑ってる顔を見ること、その笑顔を守るのが、あたしの生きがいなんだ。
だから、結婚なんてするつもりは、あんまりないんだよ。
だって、今以上の幸せって、たぶん、あんまり見つからないような気がするんだよね」
あたしは、思っていたことを、伝えた。迷いも、後悔も、ためらいもない。
だって、あたしは、マライア・アトウッド曹長なんだ。
アヤさんが家族だって言ってくれた、オメガ隊の末っ子の、泣き虫だけど、ここぞってときには、なんでもやれる、
自分で言うのはなんだか変な感じだけど、二人と、二人の大切なものを守る天使さまなんだよね。
それがあたしの使命で、あたしの幸せで、ここがあたしの帰る場所で、みんながあたしの家族。
他に行くところも依るべきものもない。
どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたしの宝物だ。
「あんた…なに、バカなこと言ってんだよ…」
アヤさんが、そう言ってきた。バカでもなんでも、いいんだ。
「マライア…本気なの?」
あたしはレナさんに頷いて返した。本気も本気!
でなきゃあたしは、今頃はラー・カイラムにでも乗って宇宙を駆け巡っては世のため人のため、とか思って戦ってると思うしね。
二人は、呆然とあたしを見つめている。あたしは、ふふん、と鼻を鳴らして胸を張ってやった。
ここに居て、あたしの宝物を守る、それがあたしの決めたことで、あたしの誇りだ。
298: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:32:50.40 ID:2m8FIGYCo
そんなことを思っていたら、唐突にレナさんがあたし目がけて突進してきた。
「うえぇ!?」
と声を上げる間もなく、あたしは座っていた芝生の上に、タックルされたラガーマンみたいに倒れ込んでしまっていた。
あたしの体に両腕を回して締め付けてくるレナさんがあたしの耳元で、掠れた声で囁いた。
「バカよ…マライア、あなた、大バカよ…」
だから、バカでも何でも良いって…あ、ちょ!ア、アヤさん!それはまずい!まずいって!!
レナさんに何かを言い返そうとしていたあたしの目には、レナさんの上からあたしに飛びかかってくるアヤさんの姿が映っていた。
ズムっとあたしの体にアヤさんの体重が降りかかってくる。こ、呼吸がで、出来ないっ…!
そんなあたしのことを知ってか知らずか、アヤさんはそのままあたしの後ろに回ると、抱きしめてるつもりなんだろうけど…
腕をあたしの首元にまわして強烈に締め上げ始めた。
「うっ…ぐぅぅ!」
あたしは、猛烈な勢いで熱くなる胸と脳の苦しみから逃れようと、必死にアヤさんの腕をタップする。
でも、当のアヤさんは
「ごめんな、マライア。アタシ、あんたにキツいことばっかりやさせて…命かけさせるようなマネばっかさせて…
もう、二度とそんなことしないからな。安心しろ。
あんたがアタシらを守ってくれるっていうんなら、あんたのことは必ずアタシとレナで守ってやる…
だから、もう、どこへも行くなよ…!」
目の前が、うっすら暗くなってくる。行くな、って言われても、ね、アヤさ、ん…あ、あた、し、い、逝…き…そ…
「ア、 アヤ!マライア、白目むいてるよ!?」
「えぇ?!うわっ!おい、大丈夫かよ?!」
レナさんの声が遠くで聞こえたと思ったら、アヤさんのびっくりしたような声も聞こえて、首に回っていた腕がほどけた。
止まっていた血と、酸素が脳へと送られ、呼吸がもとに戻る。くぅぅ、危なかった…今のは、本当に危なかった…。
「なにするのさ!この、鬼!悪魔!」
あたしは、そう叫んで、あたしの背後に居たアヤさんに腕をつかんでひねり上げようとした。でもアヤさんは
「あはは、悪い悪い」
なんて笑いながら、グニャリとそれをいなすと、反対にあたしの腕を絡め取ってそのまんま引っ張ってくる。
「ちょ、危ないよ!アヤ!マライア!」
それを止めようとしてくれたのか、レナさんがいきなり体当たりしてきた。
いやっ!レナさん、そんなことされたら…!
あたしは、レナさんの体当たりでバランスを崩してしまって、アヤさんとレナさんと一緒になって、芝生に倒れ込んでしまった。
299: ◆EhtsT9zeko 2013/11/24(日) 04:33:27.16 ID:2m8FIGYCo
「もー!いったいなあ!」
あたしが文句を言ったら、アヤさんが笑って
「だから悪かったって!」
なんて、言い訳にもならないことを言ってくる。
「ふたりとも、何年経ってもホントに変わらず元気だよね」
レナさんも、そう言って笑っている。なんだか、それをみたら、あたしもほっぺたが緩んできた。
だって、そうでしょ?
そばに立っていた木が、サワサワと風に揺れる。木漏れ日がキラキラと輝きながら降り注いでくる。
おんなじようにキラキラと太陽を反射させている海の潮の香りと波の音を、風が届けてくれている。
地球はこんなにきれいで、それに、アヤさんとレナさんが笑ってる。
こんなの、笑顔にならない方がおかしいんだよ。
「この先だって、ずっとずっとあたしは元気だよ!二人が居てくれれば!」
あたしは、そう言いきってやった。そしたら、ストン、と、アヤさんの手があたしの頭に降ってきた。
その手は、いつもみたいにあたしの髪をくしゃくしゃに撫でまわしてくれる。
レナさんも、あたしの肩に手を置いてくれる。
「あんたのためにも、アタシらは笑顔を絶やさないようにしないとな」
「大丈夫だよ。だってここに居て笑顔にならない方がおかしいんだから」
アヤさんとレナさんがそう言った。あたし達はそれから顔を見合わせて笑った。
ここがあたし達の帰る場所。みんながあたし達の家族。
どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたし達の宝物だ。
「ね、アヤさん、レナさん」
「ん、なんだよ?」
「実はさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに、マライア?」
「あのさ、良かったら、どっちかの卵子をあた、ぐぁっ!肘は痛い!もう!バカ!冗談だってば!」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!?」
「そう?じゃぁ、あたしの使う?マライア?」
「なっ!?レナ?レナさん!?」
「ホントにぃ!?」
「あんたは調子に乗るんじゃないっ!」
「ぎゃぁっ!やめてっ!三角締めはやめてっ!」
なんて、本当に他愛のない、いつものやり取りを飽きることなく続けていられる。
あぁ、もう、ほんと。あたしって、あたし達って、幸せだ。
――――――――――to be continued to their future...
309: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:07:04.51 ID:COZlmXEko
階下からにぎやかな声がする。
私は、慣れない雰囲気を感じて目を覚ました。
ここに来て、3日目。レナと、彼女の“妻”なんだという、アヤが経営するこのペンションに滞在している。
ここには、レナにアヤに、娘のロビンとレベッカに、マライアと、えぇと、それから、
レオナって言う、レベッカの産みの親と、それから物静かでいつも他の人たちを遠巻きに、優しい表情で見つめているマリオンって子がいる。
あと、ほぼ毎日顔を出すカレンという女性と、レオナの両親と妹達は、半ばここに住み着いているようなものだ。
それから、まだ一度しかあったことのない、シイナという人と、その夫のハロルドに、デリクと車イスのソフィアって夫婦がいるらしい。
ソフィアって子については、マライアからよくよく聞かされた。
なんでも、1年戦争答辞にジャブローに掴まってきた子で、マライアと彼女が所属していた部隊員たちとで脱走させた子なんだそうだ。
他の人たちについても、マライアはおおよその話を、私に聞かせてくれた。
ほとんどの人たちが、戦争を戦っていた人達だったけど、でも、最終的には何か大切なもののために、
“戦争と”戦って、ここにたどり着いたみたいだった。
そんなものと戦おうだなんて、考えたこともなかった。
特にアヤって人は、まるで難しい気持ちや考えを全部叩き壊して、信じたことをやり抜くような強さを感じられた。
マライアからも同じ感覚を受けたことがあったけど、アヤは、自分だけじゃなく、
周りにいる人に対してもそうするための勇気と強さを与えてくれるような感じもあった。
マライアがあんなだったのも、彼女の影響が大きかったのかもしれない。とにかく、豪快で力強い、そんな人だった。
私は着替えを済ませて一階のホールに降りた。
そこでは、ロビンとレベッカが手伝いをしながら、レナとレオナが配膳をしている。
昨日から宿泊している10歳くらいの男の子を連れた夫婦が、テーブルについて、準備をしているレナ達と楽しそうに談笑していた。
「あぁ、おはよう、“ミリアム”」
レナが、鳴れない呼び方で私にそう声を掛けてきた。
戦争前、妹と家族を失って、連邦憎しで兵学校に入る際、年齢の足りなかった私は、
事務をやっていた軍人に紹介されるがまま、年齢をごまかした戸籍をつくり、兵学校へ潜り込んだのだった。
それが、イレーナ・バッハと言う名前。あの戦争で、死んだ、ジオン軍の中尉だ。
「ミリアムお姉ちゃん、アタシの作ったオムレツ食べてよ!上手に出来たんだ!」
もうすぐ10歳になるんだ、と言っていたロビンがそばによってきて、私にそんなことを言ってくる。
その笑顔は、平和で、優しくて、温かくて、私も思わず、クスっと笑顔になってしまう。
310: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:07:34.83 ID:COZlmXEko
戦争から離れた私は、なにを思って生きるんだろう?
あの晩、マライアと話した私はずっとそんなことを考えていた。
いつまでもここで世話になっているわけには行かない。私は、戦うことじゃないなにかを、ここで見つけなきゃいけないんだ。
「うん、ありがとう、ロビンちゃん」
私はそう言って、彼女に促されるがままに、席についた。
ロビンが、自分で焼いたと言うオムレツと、それからスープのお皿を持ってきてくれる。
私の食事は、もう3日スープばかりだ。ユーリさん、とか言う、レオナの親だっていうお医者さんが、
宇宙旅行症候群対策で、私のために食事メニューを用意してきた。今日のはずいぶんと、ゴロゴロ野菜が入っている。
昨日の晩御飯は平気だったけど、こんなにたくさん、食べられるかな…
そんなことを不安に思っていたら、ロビンがニコニコしながら私を見つめてきているのに気がついた。
これは、残すわけにはいかないかな。私は、ロビンに笑顔を返して、先ずはオムレツを口に運んだ。
卵の中には、細切れのお肉と野菜が閉じられていた。
ほのかなバジルの香りと、卵に閉じられたお肉の味と野菜の風味が口の中に広がる。
うん、おいしい…これをロビンが?
私はそう思って、ロビンを見やる。彼女は、私が何かを言う前に、
「良かった!」
とうれしそうな笑顔で言って笑った。私、そんなに美味しいって顔してたかな?
「ロビン、ちょっとこっちきて手伝ってくんないか」
そうしてたら、アヤがそんなことを言いながらホールに入ってきた。ロビンは、ピョンと飛び跳ねて
「いいよ、どうしたの?」
と聞いている。
「ん、マライアにボンベの充填頼んでたの忘れててさ。あいつが向こうに行っちゃったから、
ダイビングの器材チェックとバッテリーの積み込みの両方やらなきゃいけなくて」
「分かった!ママに言ってくるね!」
アヤに言われて、ロビンは小走りにキッチンへと入っていった。昨日は学校だったけど、今日は休みらしい。
彼女は、ここの手伝いをするのが好きなのか、朝から楽しそうだ。
「騒がしちゃって申し訳ない。食事が終わるくらいには、準備が整うようにしておくんで」
アヤは私をチラっと見やってから、私の奥に座っていた家族を見て言った。家族は、明るくそれを了承している。
それからまた、私に視線を戻してきて
「な、今日はあんたもどうだ、ミリアム」
なんていってきた。どうだ、ってなにがだろう?と思っていたら、彼女は
「ダイビング。試してみないか?」
と言い添えてくれた。ダイビング、と言うのは、スキューバダイビングのことだろう。
ノーマルスールのようなものを着て、海の中に潜るあれか…
泳ぎは、ずいぶん昔、それこそ、サイド3にいたころにやったことはあるけれど…大丈夫かな?
311: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:08:38.74 ID:COZlmXEko
「やったことないけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、うん、宇宙をノーマルスーツで移動するより簡単らしいから、大丈夫」
アヤはそう言って笑ってくれる。そっか、なら、やってみてもいいかもしれないな。
ずっとここでのんびりしているよりは、すこしでも活動して、ここの生活になれておいたほうが良いと思うし。
「そっか、それなら、お願いします」
私がそういうと、彼女はうれしそうに笑って
「おし、そうこなくっちゃな!食事終わったら、レナに言ってくれれば、準備手伝えると思うから!」
と何でか分からないけど、胸を張った。
「母さん、お待たせ!」
パタパタと、ロビンがキッチンからホールに出てきた。
「うん、急がせてごめんな。頼むよ!」
「了解、任せて、船長!」
ロビンはうれしそうにそう言いながらアヤに飛びついた。
アヤはロビンを片腕でひょいと抱えると、ロビンと仲良く話をしながら、ホールを出て行った。家族、か。
私、もう15年以上もずっと1人だから、そんな感覚、忘れてしまっていたけど、そう、あれが家族なんだよね。
ちょっと形式の変わった家族だな、なんて思ってみるけど、でも、ここにいる人たちはみんな幸せそうにしている。
形はどうあれ、そのことがきっと一番なんだろう。
私は食べ終えたあとの食器を、キッチンに運んだ。
中を覗くと、レオナとレナが、キッチンの隅に小さなイスを出して、小ぢんまりと食事をしていた。
「あ、“ミリアム”、置いといてくれればやったのに」
レナがちょっと慌てた様子でそういってくる。
「ううん、アヤさんがダイビングに誘ってくれて、準備するなら、レナに聞けっていうから、そのついでに、ね」
私が言ったら、レナは納得した様子で
「あぁ、そういうこと!なら、ちょっとお茶でも飲んで待っててよ。すぐにこっち終わらせていくからさ」
レナの笑顔も、アヤみたいで、まるで太陽を反射して輝く、あの青い海みたいだった。
312: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:09:42.40 ID:COZlmXEko
港から、潮風を切って船は走っていた。ホールにいたお客に、私に、船を操縦するアヤとマライアに、ロビンもついてきている。
「ひゃっほーーー!海だーー!」
マライアが二階のデッキでそう絶叫している。
さっきからマライアはテンションが上がりっぱなしで、まるで子どもみたいだ。
それに引き替え、ロビンはお客の家族とニコニコしながら話を弾ませている。
営業ってわけでもないんだろうけど、でも、そう言う意識がもしかしたらあるのかもしれないな。
それにしても、蒼い海と、青い空と、輝く太陽に、吹き抜けて行く潮風。なんて、心地良いんだろう。
私は船の舳先に腰を下ろして、そんなことを考えていた。
港を離れて少し。前方に小さな島影が見えてきた。
近づくと、岩でごつごつとした島で、上陸には不向きそうだ。アヤはそんな島の岩場の近くに船を止めた。
エンジンが止まるのと同時に、彼女は軽い足取りで梯子を降りてくると、ゴーグルのようなマスクを装着し、
腰に重りを結びつけた。そんな彼女にマライアが何やら鉤状になった大きな釣り針のようなものを手渡した。
その釣り針には頑丈そうなロープが括ってある。
「んじゃ、頼むな」
「うん、了解」
そう言葉を交わしたと思ったら、アヤが突然に船から飛び込んだ。
舳先から海中を覗いたら、アヤはそのまんま、海底まで潜って行って、岩場にロープを括り付け、プクっと海面に浮かびあがってきた。
「よーし、オッケー。マライア、準備手伝ってやってくれ」
「はーい」
船から上がりながらアヤがマライアにそう言う。
マライアは素直に、家族連れにノーマルスーツみたいな、ウェットスーツを着込ませ、機材一式を装備させていく。
「ほら、ミリアムお姉ちゃんも早く」
ロビンが私に声を掛けてきた。私は舳先から後部のデッキへと向かい、ロビンとアヤにまるで着せ替え人形のようにされながら、
スーツとBCDと言う、ベストのようなものを付けらえた。それから背中に小型のタンクを背負う。
そこに、レギュレータを繋いで、さらにベストにもホースを繋ぐ。
私の準備が整う頃には、家族連れの方も準備が整っていた。
「じゃあ、ノースさん達はアタシがレクチャー役で。マライア、あんた、ミリアムとロビン頼むな」
「うん、わかった!」
マライアはそう返事をする。ていうか、マライア、アヤさんと一緒に居ると、ほとんどそんなことしかしゃべらないよね。
マライアが、彼女のことを心の底から信頼して、尊敬しているのが分かる。
でも、あの自信たっぷりで、どんなことにもくじけないマライアが、
こうも素直に他人の言うことを聞くのがなんだか可笑しくて、私はクスっと笑ってしまった。
313: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:10:23.57 ID:COZlmXEko
それから、私は、マライアとロビンの先導で、海中に潜った。透き通った海中には、色とりどりの蛍光色の魚がたくさんいた。
それだけじゃない。海の中に差し込んでくる太陽の光が、波に揺られてキラキラと輝く様子とか、水に包まれている心地良さとか、
マライアやロビンが捕まえてくる、なんだかうねうねしてたり、つんつんしてたりする見たことのない生き物たち…。
そっか、これが、地球なんだね…。
私は、改めて、そんな当たり前のことを感じていた。
それから、何度か、船と海中とを行ったり来たりしているうちに夕方近くになったので、船は港にもどった。
港から車でペンションに戻って、私はマライアに言われてシャワーを浴び、ホールに出された夕食を摂った。
水の中にいるってのが、こんなにも疲れることだなんて、知らなかった。これもまた、地球での新しい発見だ。
食事のあと、私はそんな疲れた体のせいで、ホールのソファーで居眠りをしてしまった。
居眠りなんて、もうずっと昔、子どものころにしたくらいだったな、なんてことを思いながら、睡魔に身を任せていた。
どれくらいたったか、目が覚めたときには、ホールは真っ暗だった。でも、そこには微かに人の気配がした。
体を起こそうとしたら、毛布がかけらていたのに気付いた。これは…?
314: ◆EhtsT9zeko 2013/11/27(水) 02:10:54.00 ID:COZlmXEko
私は、目を擦りながら暗がりのホールを眺める。すると、
「あ、起きた?」
と声がした。レナの声だ。
私は目を凝らすと、レナはホールのテーブルに座り、小さなランプのような明かりを灯した手元で、
小型のコンピュータのキーボードを優しく叩いている。
「ちょっと待ってね、もうすぐ今日の伝票打ち終わるから」
レナはそんなことを言いながら、コンピュータのモニタに視線を落としている。
私が体を動かしてミシミシ言う骨格を元に戻していたら
「ふぅ、お終い」
とレナが口にした。
「バーボン飲もうと思うんだけど、ミリアムも飲む?」
レナはコンピュータの画面を閉じながらそんなことを言ってきた。私は、それを聞いて黙ってうなずいた。
レナが用意してくれたバーボンをグラスに注いで、乾杯する。私がそれを口に運ぶと、レナは嬉しそうに笑った。
「まさか、こんな形でまた会えるなんてね。マライアから連絡をもらったときは、本当に驚いたよ」
レナがそう言ってまた笑う。
「レナは空港に来たときは知ってたんでしょう?
私はなんにも知らされてなかったから、一瞬、何が起こってるのか理解できなかったよ」
私はちょっと不満げに行ってみたら、レナはクスっと、またまた笑った。それから、遠くを見つめたと思ったら、
「ずいぶん経ったもんね、あれから…もう、14年くらい前、かな?」
と、静かな口調でつぶやくように言った。
「うん、そうだね。14年も前だ。まだ私が、17のとき。兵学校2年目の、モビルスーツ適正テストから数えて、ね」
「あぁ、あれね。あのときの教官は怖かったなぁ。
そのあと、正式に配属が決まってからの、ほら、なんて言ったっけ、えっと…」
「ん、ヤッケ・バルト大尉?」
「そうそう!あの人は愉快な人で、好きだったんだよね」
私が記憶の彼方から呼び起こした名を口にしたらレナはニコニコしながらそう言ってくる。
そう、14年前。私は、サイド3の一角にある小さな軍事用コロニーに居た。
2年目になって、各専科に配属するためのテストの一環で、兵学校からそこへと学生全員が移動していた。
3人一組の小隊が編成された私は、そこで彼女と出会った。
レナ・リケ・ヘスラー。
忘れもしない、絶望と怨恨に染まったイレーナ・バッハが、唯一心を許すことのできた、かけがえのない、友達の名だ。
319: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:24:45.64 ID:4DksFEN/o
0078.3.19
<貴様ら!それで教科課程を修了してきたというのか!?なっとらん!>
教官の怒号が無線から聞こえて来る。
<チャーリー、そっち、大丈夫?>
<あぁ、なんとか。お前はどうだ、イレーナ?>
「こっちもなんとか。こんなにも揺れがひどいなんてね…ちょっと、想像してなかったです」
私は、コクピットの中のレバーにしがみつきながらそう返す。
<それでも、イレーナ良い感じ。チャーリーの方が危なっかしいな>
<レナだって、同じようなもんだろう?>
<ふふ、まぁ、三人とも似たり寄ったりなのは確かかもね>
レナさんの声が聞こえたと思ったら、別の、耳をつんざくような怒鳴り声も響いて来た。
<おい!3班!私語をするな!譴責されたいか!>
<は、もうしわけありません>
レナさんが、そう言う声が聞こえてきたけど、教導隊との無線を切った彼女の機体のコクピットの映像がこっちにつながれた。
彼女は、ノーマルスーツのバイザーを開けて、ベーっと舌を出して笑っていた。本当に、すごい度胸をしているよな、彼女は。
私達は、サイド3の一角にある、軍事コロニーに居た。
士官学校の本校舎がある1バンチ、ズムシティから、訓練や試験のためのこの軍用の試験施設へと出向いてきていた。
現在私達はモビルスーツと言う新型兵器の適性テストの第3次試験前の練習の真っ最中。
だけど、変な方向に気合いの入りすぎている教導官が居て、どうにもやる気があがらない。
怒鳴ってばかりで人心を掌握できると思っているなんて、前世期の人じゃあるまいし、
二十歳にもならない私にだってもっと別の方法を考え付くだろうに、まったく、情けない人だ。
レナさんがあそこまでシレっと相手にしないのも分かるけど、
でも、彼女のやり方は少しだけ危うくて、あまりそばで聞いていて安心はできなかった。
だけど、あの怒鳴ってばかりの教導官の相手をするの気が滅入ってしまいそうだ。
そう言う意味では、レナさんと一緒にいることができて、幸いと思える部分もある。
レナさんは、同期の中でも異色の経歴の持ち主で、軍人の家系で、お父さんもお母さんも、お兄さんも軍人。
レナさん自身も、去年までは戦術課程に居たらしい。
そこから実戦訓練課程を受けに、わざわざ編入してきたのだという。
なんでも、そっちの方が絶対に役に立つから、と両親に言われたからだそうだ。
だから彼女は、私達よりも年齢が上だ。
まぁ、私自身のことを言えば、1つ年齢を誤魔化しているから、周りにいる人たちはみんな年上ではあるんだけど。
320: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:25:30.22 ID:4DksFEN/o
そんなことを考えていたら、先頭を歩いていたレナさんの機体が、事前にレクチャーされていたコースから外れた。
「レナさん、そっち違いますよ」
私が声を掛けたら、レナさんのムスっとした声が聞こえてきた。
<“レナ”だって、言ったでしょ、イレーナ>
「あ、う、うん、ごめん、レナ。そっちは、行き過ぎ。手前の廃ビルの間を9時方向」
<あちゃ、間違えた。どうも、方向感覚だけは鈍いんだよね。
宇宙で迷子になるようなことになったら、さすがに、笑えないな>
レナさん…レナはそう言いながらも、クスクスと笑った。
彼女とは、今朝一緒になったばかりだけど、なぜだろう、不思議と、そこはかとない安心感を覚えていた。
お姉さんみたい、と言ったら、きっと彼女はまたムスっとするだろうけど、
でも…きっと、それに近い感覚なんだろう、と私は心のどこかで感じていた。
訓練が終わってすぐ、私達は、寮の部屋割りが発表された。ここへきている中で、女子訓練生は数えるほどしかいない。
私はレナさん…レナと同じ部屋だった。そのことに、なんの感慨も覚えなかった。だって、当然だって思ったから。
嬉しいのも、嫌だなって思うこともなかった。
荷物を部屋に運び込んで、やっと休憩を貰えた。ここで2週間、みっちりと基礎訓練が行われる予定になっている。
基礎訓練が終わったら、学校へ戻って、今度は宇宙空間での飛行訓練。
それまでに、3分の1くらいはふるい落とされる、って話を聞いた。
ここに残るだけでも、相当の倍率だったけど、さらにここから絞られるんだと思うと、正直、落ち着かない気分ではある。
部屋に入って、荷物を開けている最中にそんな話をレナとしたら、彼女は
「まぁ、難しいこと考えても仕方ないよ。やれることを、出来る限りやるっきゃない」
なんて、あっけらかんと言ってのけた。
年齢のせいなのか、それとも性格なのか、なんにしても、そう言ってくれると、肩の力が抜ける思いがした。
そんなレナと一緒に居るせいだろうか、夕食を摂って、消灯時間になってベッドに入っていた私は、久しぶりに、あの夢を見た。
燃え盛るシャトルの中で、繋いでいた手を、放してしまった瞬間の夢。
振り返ったらそこには、大好きだった妹の姿がなかった、あの夢だ。
321: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:26:08.39 ID:4DksFEN/o
ハッとして、目を覚ました。汗をいっぱいにかいている。あぁ、そう、夢、夢だ…思い出すことなんて、ない。
忘れたままでいいんだ…私はそう思いながら、タオルで汗をぬぐおうと思って、体を起こした。
そんなとき、声が聞こえた。
「大丈夫?」
レナだった。彼女は、私のベッドの足元に腰掛けていて、心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。
レナが、私の手をそっと握ってくれる。
「怖い夢でも、見た?」
レナの瞳が、私をまっすぐに捉えた。
茶色い、大きなその瞳は、本当に私を心配して、見つめられているだけなのに、
なんだか、肩を抱かれているような暖かさがあるように感じた。とたん、涙が、頬を伝った。
あぁ、違う、違うの…これは…悲しくなんて、ないはずなのに…なんで…なんで…?
そのことに気が付いてしまった私は、強烈に切ない感情が胸の奥からこみ上がってくるのを意識してしまった。
止めどなく、涙があふれて止まらなくなる。
「ん、そっかそっか…なんだかわかんないけど、大丈夫だよ」
レナはやわらかな笑顔でそう言うと、空いている方の手で、私の頬の涙をぬぐってくれる。
それから、私をそっとベッドに押し戻した。
「ついててあげるから、寝な」
レナは、優しく私にそう言ってくれた。いや、その…でも…
「あ、あの…あ、汗を」
私が言ったら、レナはハッとした表情になって、それからバツが悪そうにへへへと笑った。
「ごめん、そう言うことだとは思ってなかった。じゃぁ、準備済んだら、声かけてね」
そう言ったレナは今度は優しく私をベッドから起き上がらせて、
自分は穏やかな鼻歌交じりに立ち上がって自分の荷物を広げたデスクに腰掛けて、
小さな明かりに照らされたノートに何かを書きこみ始めた。
私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。
322: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:26:39.98 ID:4DksFEN/o
私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。
お湯に浸したタオルで首回りと胸もとを拭いて、冷水で顔を洗う。なんとか、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。
幸い、冷たい水は、私を夢の世界から現実に引き戻すのに十分な温度で、あふれ出て来ていた感情も一緒に洗い流せた気分になった。
それから、小さな冷蔵庫から支給品のミネラルウォーターを出して、軽く口に含む。こっちも冷たくて、心地良い。
私は、すっかり落ち着けた気持ちのまま、部屋に戻った。
「あぁ、おかえり。もう寝る?」
レナが、そう声を掛けてきた。相変わらず、穏やかだ。
「うん、ありがとう。レナは、何してるの?」
「あぁ、手紙を書いてるんだ、家族に」
手紙、か。宇宙世紀のこのご時世に、電子メッセージじゃなくて、手紙だなんて、不思議なことをするんだな。
そんなことを思ったら、まるでレナはそれを感じ取ったみたいに
「なんだかね、こうして、手紙でやりとりする方が、家族を身近に感じられるんだ」
と、なんだか恥ずかしそうに笑った。
家族、か。ふと、胸の奥に、また、ぷつりと黒い影が浮かび上がる。レナは、そんな私の様子を見逃さなかった。
「夢…家族のこと、だったんだね?」
レナはそう聞いて来た。私は、うなずくしかなかった。
「そっか…ごめんね。そう言うつもりじゃなかったんだけど…。良かったら、家族のこと聞いてもいいかな?
役に立てるかわからないけど…でも、ほら、子守唄歌ったりはしてあげられるよ?」
子守唄、だなんて、まるで子どもみたい。でも、そう言ってくれるレナの気持ちは嬉しかった。
もしかしたら、彼女なりに、私の気持ちを理解してくれようとしているのかもしれない。
ううん、理解するだけじゃなくて、私を支えてくれようとしているのかもしれないな…。
「子守唄は、たぶん、必要ないけど…でも、聞いてくれる?ちっとも面白い話じゃないけど…私の、昔の話…」
私は気が付いたらレナにそう頼んでいた。レナは、相変わらず穏やかな表情で、ニコっと笑って、
「うん」
と、優しい返事をしてくれた。
お湯に浸したタオルで首回りと胸もとを拭いて、冷水で顔を洗う。なんとか、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。
幸い、冷たい水は、私を夢の世界から現実に引き戻すのに十分な温度で、あふれ出て来ていた感情も一緒に洗い流せた気分になった。
それから、小さな冷蔵庫から支給品のミネラルウォーターを出して、軽く口に含む。こっちも冷たくて、心地良い。
私は、すっかり落ち着けた気持ちのまま、部屋に戻った。
「あぁ、おかえり。もう寝る?」
レナが、そう声を掛けてきた。相変わらず、穏やかだ。
「うん、ありがとう。レナは、何してるの?」
「あぁ、手紙を書いてるんだ、家族に」
手紙、か。宇宙世紀のこのご時世に、電子メッセージじゃなくて、手紙だなんて、不思議なことをするんだな。
そんなことを思ったら、まるでレナはそれを感じ取ったみたいに
「なんだかね、こうして、手紙でやりとりする方が、家族を身近に感じられるんだ」
と、なんだか恥ずかしそうに笑った。
家族、か。ふと、胸の奥に、また、ぷつりと黒い影が浮かび上がる。レナは、そんな私の様子を見逃さなかった。
「夢…家族のこと、だったんだね?」
レナはそう聞いて来た。私は、うなずくしかなかった。
「そっか…ごめんね。そう言うつもりじゃなかったんだけど…。良かったら、家族のこと聞いてもいいかな?
役に立てるかわからないけど…でも、ほら、子守唄歌ったりはしてあげられるよ?」
子守唄、だなんて、まるで子どもみたい。でも、そう言ってくれるレナの気持ちは嬉しかった。
もしかしたら、彼女なりに、私の気持ちを理解してくれようとしているのかもしれない。
ううん、理解するだけじゃなくて、私を支えてくれようとしているのかもしれないな…。
「子守唄は、たぶん、必要ないけど…でも、聞いてくれる?ちっとも面白い話じゃないけど…私の、昔の話…」
私は気が付いたらレナにそう頼んでいた。レナは、相変わらず穏やかな表情で、ニコっと笑って、
「うん」
と、優しい返事をしてくれた。
323: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:27:05.52 ID:4DksFEN/o
それから1年もしないうちに戦争は始まった。1月の出来事だった。
3月卒業の私達は、機運高まる士官学校の兵舎の食堂で、戦況報道が伝えられるテレビを眺めていた。
ジオンは宣戦と同時のモビルスーツを主体とした電撃戦で、周囲のコロニーに駐留する連邦軍を次々と撃破。
あげくには、サイド2のコロニーのひとつ、アイランドイフィッシュを地球に向けて落下させた。
当初はジャブローの連邦軍本部を狙って落とされたはずが、連邦軍の思わぬ抵抗に合い、落下のコースが逸れた。
重力で分解したコロニーは、地球上のあちこちに破片となって降り注ぎ、多大な数の民間人に被害が出たという。
ジオンの報道は、自らの身を守るために、一般市民を犠牲にした連邦首脳部、と言う批判が湧き上がる中、
コロニーを落とす、という行為自体に疑問を投げかける人たちもいた。
私も、いくら戦争だからって、そこまでするのは、と戸惑った。
連邦は憎いけど、でも、政府や軍部とは関係のない民間人まで巻き込むような戦いは、
きっと、私のような人間を無数に生み出すだけだと感じたから。それが、つい、先週の話。
<ただいま、情報が入ってまいりました。先ごろより、特殊任務に就いていた我が公国軍第一連合艦隊が、
ルウム宙域周辺で連邦軍の大艦隊との交戦の末、連邦艦隊のおよそ半数を撃破したとのことです。
開戦からこのような大規模な戦闘は初めてであり、詳細な情報はまだ分かっては降りませんが、
我が軍の新兵器、モビルスーツは劇的な戦果をあげることができると証明されたといっても過言ではないでしょう>
アナウンサーが無意味に力強くそういうと、食堂中に喝采が沸いた。
「ははは!見たか連邦のモグラどもめ!」
「ジオン公国に栄光あれ!」
「ジークジオン!ジーク、ジオーン!」
私はそれほど興奮はしなかったけど、でも、盛り上がるのはきっと悪いことじゃない。
レナも同じなのか、みんなの様子を微笑みながら見つめている。
自由とか、権利とか、そんな難しいことは、正直どうだっていい。
私は、家族を殺した連邦に、苦味を味わってほしい、そうとだけ考えていた。
軍人の家系で、戦術的な視点でしか戦争をレナは、あまり喜ばなかったけど、
でも、それでも、彼女はあの日、家族が連邦に殺された話を穏やかに話を聞いてくれた。
「へスラー曹長」
不意にそう声がして、いつもは口うるさい教官が、食堂に入ってきた。みんなは、瞬間的に緊張した面持ちになる。
でも、今日の教官の様子は、なんだか普段とは違う。どこか、引き締まった、硬い表情だ。
「はい」
レナが、返事をした。レナの顔をみやった私は、彼女の表情もまた、こわばっていることに気がついた。
次の瞬間には、私はその表情の理由を理解した。大きな戦闘があったんだ。
今の放送では、こちら側の被害については話がでていなかったけど、でも、現実的に考えて、そんなことはありえない。
戦闘機の一機くらい、もしかしたら、軽巡洋艦の一隻くらいやられていたっておかしくはない。
レナの家族は、軍人だ。
まさか、彼女の家族になにかが…?
324: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:27:41.42 ID:4DksFEN/o
「少将殿…いや、校長がお呼びだ。至急、校長室まで出頭せよ」
教官は、抑揚のない口調でそういった。
「は」
レナは席から立ち上がった。表情だけじゃない。体中がこわばっていた。私は、思わずレナの手を握っていた。
「レナ…」
「なに、イレーナ…?」
レナが、表情を変えないまま、私を見つめてくる。そのこわばった表情からは、うっすらと恐怖すら見て取れた。
「私、部屋に居るから…。終わったら、戻ってきてね…」
すると彼女は、かろうじてそれが笑顔と分かるくらいの、かすかな、下手くそな笑みを返してきた。
握っていたレナの手がするりと抜けていった。
彼女は、小さな歩幅で、教官の待つ食堂の出口へと歩いていく。
私はその背中を見ながら、手の平に残ったレナの手の感触に気付いて握り締めていた。
なぜだろう、シャトルから逃げ出そうとして手を引いていた、妹を、“イレーナ”のことを思い出していた。
それから、1時間ほどして、レナは部屋に戻ってきた。
食堂を出て行ったときとは対照的に、まるで全身が脱力しているみたいに、おぼつかない足取りで、肩を落として、
まるで、そのまま消えてしまうんじゃないかと感じるほどだった。
「おかえり」
私が声をかけたら、レナは、私に笑って見せようとした。
でも、それは笑顔なんて呼べるようなものじゃなかった。
胸が、締め付けられるような気持ちになった。
レナの話、聞いて上げなきゃ…そうは思っても、どうしたって口が重い。でも…私、ちゃんと聞いて上げなきゃ。
レナも、私にすごく優しくしてくれた。今度は、私の番なんだ。
「…レナ、なにか、あったの?」
そう聞いた私に、レナは飛びついてきた。顔を肩口に埋めながら、かすれた声でレナは答えた。
「父さんが、死んだ…って…」
325: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:28:18.31 ID:4DksFEN/o
やっぱり、か。そんなことなんかじゃない、って信じていたかったけど、でも、私の直感は、悲しいことに、当たってしまっていた。
レナは、膝から崩れそうに私に体を持たせかけてくる。
ずり落ちないように、私はあわててレナの体を抱きとめて、一緒になって、じゅうたんの敷かれた床に座り込んだ。
レナの体は、震えていた。ブルブルと、まるでハイGで旋回しているときのコクピットのレバーみたいに…。
ズズッと鼻をすする音も聞こえる。
でも、レナは声を上げては泣かなかった。嗚咽すらこらえて、彼女は、胸のうちに沸いた悲しみに耐えようとしている…
胸が、何かが突き刺さったみたいに痛んだ。
彼女は、あの爆発しそうな悲しみを、なんとか処理しようとしているんだ。
大声で泣いてわめいても、晴れる事のない、あの悲しみを…
「レナ…」
気がついたら私は、レナに声を掛けていた。
「泣いて、良いんだよ…泣いてどうにかなるようなことでもないのかもしれないけど、それでもね、泣いていいんだよ。
そうじゃないと、辛いでしょ?心が壊れちゃいそうになるくらい…だから、泣きな。私、ついててあげるからさ」
私がそういったら、レナは突然、私の体に腕を回してきた。その腕にギュッと力がこもった。
「うぅっ…ふぐぅ…」
レナの声が聞こえた。大声でなくんでもなく、彼女は、私の肩に口を押し付けて、声を上げていた。
私は、その姿に、やっぱり胸を痛めながら、それでも、彼女の体はしっかり抱きしめて、しばらくの間、背中をさすっていた。
326: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:28:54.70 ID:4DksFEN/o
「本当に、いいの?」
「うん…もう引き返せないしね。それに、地球に降りれば、母さんと兄さんがいる。
場所は少し離れてるかもしれないけど、きっと会おうと思えば会える気がするんだ」
レナは、悲しそうに笑ってそういった。
あの日、私は泣き止んだレナに言われた。イレーナの気持ちが、すこし分かった、って。
お父さんを戦闘で亡くしたレナは、それでも連邦が憎い、とは言わなかった。
でも、彼女の中で何かが吹っ切れたのを、私は感じ取っていた。
言葉にすれば、“仕方がない”という感じだろうか。
戦争だから、家族が殺されてしまうのも、誰かを殺してしまうのも、仕方ない。
彼女はそうやって、お父さんのことを納得しようとしているみたいだった。
ただ、そんな考えにいたってしまったからこそ、彼女は、こんな任務に志願したんだ、ともいえる。
私達は、戦線の拡大と人員不足のために、訓練課程を省略されて、
少尉に任官されるのとともに実戦部隊に配備されていた。ここは地球へ向かう軽巡洋艦の二人部屋。
私達は当初、この作戦の護衛にと配属されたのだけど、
これから巡洋艦に乗る際に志願したレナは、他の部隊に混じってHLVに乗り、大気圏へと降下する。
先日、オデッサへ行ったのと同じ、地球降下作戦の一環だ。今回の目標は、北米、キャリフォルニア。
陸軍基地や空軍基地だけではなく、潜水艦隊基地や兵器生産工場を襲撃する。
これが成功すれば、オデッサに続き、ジオンは地球侵攻の足場を固めることができる。
オデッサからの資源を北米へ移送するルートを確保できれば、
キャリフォルニアの施設を使って、現地でモビルスーツをさらに大量に生産することが可能になる。
そうなればこの戦争の先も見えてくる。
だけど…だけど、わざわざレナが、そんなところに行くことなんてないのに…
部屋で二人、話をしていた私は、なんだか落ち込んでいた。いっときは、一緒に地球へ行くことも考えた。
だけど、もしレナが地球へ降りるのだというなら、その護衛についていて上げたい。この先はどうしたって戦闘になる。
連邦軍も、戦力を相当数減らされているとはいえ、地球へ踏み込むともなればそれなりの抵抗を見せるだろう。
特に、前回のオデッサに引き続きだ。
前回は奇襲だったけど、どんなに間抜けだって、同じ手を繰り返せば、対策を練るのが普通だろう。
今回も前回のように奇襲がうまく良くかの見通しは、オデッサよりも低いんだ。
そうなるのなら、私は友達としてせめて地球に降りるレナを安全に送ってあげたい。
HLVに微かでも損傷があれば、待機摩擦で分解、ってこともあるからだ。
敵をHLVに近づけさせるわけにはいかなかった。
初心者の私が、どれだけ動けるかは保証の限りではないんだろうけど、ね。
327: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:29:53.56 ID:4DksFEN/o
特に、レナを説得しようとか、そういうつもりはない。ただ、とにかく彼女が心配だった。
「ずっと、決めてたんだ。黙ってたのは、謝るよ。
まぁ、イレーナほどじゃないけど、操縦には定評があるしね、大丈夫」
レナはそう、明るく笑ってくれる。本当に、いつもとおなじ、あの明るくて穏やかな笑顔だ。
それに、離れ離れになるのは、寂しい。軍の学校に入って、ずっとひとりだった。友達なんて作ろうとも思ってなった。
でも、レナは気がついたら自然に私の隣に居てくれた。それが私にとって、どれだけ支えになってくれていたか…
それがなくなってしまう、と思うと、情けないけど、不安だった。
レナは、そんなことを知ってか知らずか、私の肩に手を置いてきた。
なにか、と思ったら、いつもの優しい笑顔で、レナは言ってくれた。
「大丈夫、離れ離れになっても、ほら、手紙書くし、手紙がダメなら、電子メッセージでも良いし、
これっきり会えなくなるわけでもないでしょ?
戦争を無事に終えたら、そのときは、ゆっくりおいしいものでも食べに行こう?」
レナの言葉に、私はうなずくしかなかった。
出会って1年。彼女は、凍りかけていた私の心を開いてくれた恩人だ。
シャトルでの事件が私の中から消えてしまうわけじゃなかったけど、
それでも私は、少なくとも今までとは違う気持ちで居られる気がする。
鬱々と塞ぎ込んでいても仕方がない。私も、私の仕事を果たさなきゃいけない。
ジオンがどうのとか、連邦がどうの、じゃない。最終的には、今、レナにしようと思っていることと同じ。
私は、二度と大切なものを失わないように、戦わなきゃいけないんだ。
あるいは、そうすれば、あのとき、時間が止まってしまったような私の心が、少しくらいは動いてくれるんじゃないかって、そう、思えるから。
「うん…分かった。約束ね」
私は、そう返事をした。もう、泣くつもりはなかった。レナが、また会おう、といってくれてるんだ。
なら、私は、別れを惜しむことよりも、また必ず会うんだ、っていう決意を固めるべきだ。
それが、彼女との約束を果たすために必要な最低限の、でも、たった唯一のハードルのはずだ。
<艦隊司令より、各艦艇に告ぐ。レーダーが敵艦隊を察知した。こちらにはまだ気付いていない。
各艦の攻撃部隊は至急、降下準備を始めよ。防衛部隊は、大気中の隊から順次発進し、警戒に当たれ!繰り返す…>
艦内に、そう放送が流れ出した。
レナが私を見て、笑った。私もレナの目を見て笑ってやった。そうだ、また、会うんだ、生きて。
そのためにも、今はレナを守る。レナを無事に地球へ送ったら、今度は、レナの退路を私が守ろう。
だから、レナ。
約束は守ってよね。
生きて、また会いましょう…必ずだから、ね。
でも、その数か月後。連邦に追われて北米から打ち上げられてきたHLVに乗った兵士に聞かされた。
レナ・リケ・ヘスラーは、ジャブロー降下作戦以降、行方不明。
おそらく、未確認だけど、たぶん、生きてはいないだろう、って。
328: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:30:22.03 ID:4DksFEN/o
話をしてたら、ミリアムはいつの間にかテーブルに突っ伏して眠り込んでしまった。
昼間のダイビングがよっぽど疲れたんだろうな。慣れないことだったろうしね。私も最初のころはそうだったなぁ。
ここへ来てもう10年以上。
アヤの徹底指導のおかげで泳ぎも覚えたし、釣りだって、私1人ででも、楽しむ程度ならできるようになった。
ミリアムにも、ここでの生活に早く慣れてもらえるといいな。
あ、そういえば、「お日様熱」の予防接種をユーリさんにお願いしておいたほうがいいよね。
あれやっておけば、症状はかなり軽くなるし。
そんなことを考えながら、私は、さっきまでソファーで眠りこけていたミリアムに欠けてあげていた毛布をとって、
もう一度、彼女の肩からかけてあげる。
飲み残していたバーボンのグラスを片付けようと思ってトレイにまとめていたら、ふと、気配がしたので、
私は自分のグラスだけは残して、ミリアムのだけを持って立ち上がる。
キィッと微かな音を立てて、ホールのドアが開いた。そこから、アヤがぬっと顔を覗かせる。
「お疲れさま」
私はアヤにそう声を掛けて中へと迎える。アヤの後ろからは、マライアもひょっこり姿を現した。
二人は今夜、お客さんを船に乗せて、夜釣りに案内していた。
ちょっと前に帰ってきて、お客さんはもう部屋に戻っている。二人は、あれこれと片づけをしていて、こんな時間だ。
「ミリアム、寝ちゃったの?」
マライアが、テーブルで寝こけているミリアムを見つけて、すこし残念そうに言う。
「うん、疲れてたみたい」
私が言うとアヤも肩をすくめて
「スペースノイドは、それでなくたって地球の重力はなれてないから疲れやすいからな」
なんてミリアムをフォローする。でもマライアはブーブーと頬を膨らまして
「そんなことないって。ミリアム、ずっと地球にいたんだよ、姫様を警護しながら。
ダイビング程度で音を上げるなんて、やっぱりヘタレなんだよ」
なんて言っている。もう、一緒に話をしたかったのは分かるけど、そこまで言うことないじゃない。
そんなことを思ったら、なんだかすこしおかしくてクスッと笑いがこぼれてしまった。
「シャワーも済ませてきたんだね。飲む?」
私は、アヤとマライアの様子を見て聞いてみる。
「あぁ、うん」
「飲む飲む!」
二人はそういってテーブルに着いた。グラスにバーボンを注いで、乾杯をする。
アヤもマライアも、グラスに口をつけて、ほとんど同時に、ふぅ、とため息をつくものだから、また思わず笑ってしまう。
そんな私につられてか、アヤもマライアも笑顔になった。
329: ◆EhtsT9zeko 2013/12/05(木) 20:30:49.62 ID:4DksFEN/o
「ミリアムとは、なにを話してたの?」
「ん、昔の話だよ。出会ったころの、士官学校でのこととか、そんなこと」
マライアが聞いてきたので、私は答えた。そしたら、ふぅん、と鼻を鳴らして
「その話、私も聞きたかったなぁ」
と残念がっている。
「きっとすぐにまた一緒に話す機会あるって」
そう言ってあげたけど、マライアはプリプリしている。もう、どれだけミリアムと話したかったの、マライアってば。
「昔話、かぁ」
不意にアヤがそんなことを言って宙を見つめた。なに?って感じでアヤを見つめたら、アヤは苦笑いを浮かべて
「いや、あたしとマライアの昔のことって、あんまり話したことなかったな、って思ってさ」
って言ってきた。そういえば、それって聞いたことないな…それ、ちょっと興味ある。
「あー、ね。あたしは、あんまり気が進まないけど…」
「私、聞いてみたいかも、それ」
私が言うと、マライアはちょっと渋い顔をして
「あんまり面白い話じゃないよ?」
なんて言ってアヤの法を見る。でも、アヤはニヤニヤ笑って
「そうか?面白いだろ、あんたの話?」
ってマライアをからかっている。なんでそんな風な言い方するのさ!
ってマライアが怒ったけど、まぁ、いつものことだ。
ひとしきりじゃれ合った二人は、二杯目のバーボンをグラスに注ぎながら
「さって、じゃぁ、どこから話すかな…」
「まずは、ほら、スカウトのところとかでいいんじゃないかな?」
「あぁ、そうだな。あれは、さすがのアタシもちょっと引いたもんなぁ」
「えぇ?!そうだったの!?だって、あのときは、誰でも一回は経験ある、なんて言ってくれたじゃん?!」
「あれ?アタシ、そんなこと言ったっけか?いやぁ、昔のことすぎて良く覚えてないなぁ」
アヤはそんなことを言いながら、ケタケタと笑って、ふう、とそれを収めてから、ゆっくりと話を始めた。
「アタシはそんとき、隊長に言われて、北米の戦闘機パイロットの訓練施設に出張してたんだ。
良く晴れた、気持ちいい日だったんだよ」
337: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:31:18.17 ID:3ULhR63Do
「ったく、なんでアタシなんだよ隊長?
副隊長になったハロルドさんは留守番する必要があるにしたって、
ハロルドさんの次に長いベルントあたりの仕事だろ?」
「バカ、あいつが新人なんぞの面倒を見れるタイプに見えんのか?」
「そりゃぁ、まぁ…そうかも知んないけどさ…」
アタシは今日、隊長に連れられて北米中部にある群の訓練施設に来ていた。
ここはアタシも少しの間世話になった場所だから勝手は分かっていたけど、ジャブローから輸送機で4時間もかかる。
正直、移動だけで気疲れしちゃうよ。
ここに来た理由は、新人のスカウト。宇宙艦隊補強のために転属しちゃったキール副隊長とリプトンの代わり探しだ。
副隊長はハロルドさんが引き継いでて問題はないから、
即戦力じゃなくって、これから育てる人材探しだって言うんで、こんなところだ。
「で、お目当てでもいるの?」
「いや、特になし、だな。基地長とは古い仲で、資料は回してもらってる。
気になるのは何人かいたが、まぁ、見てみないことにはなんとも言えん」
まぁ、その通り、か。
「俺たちは今日は1日、教官ってことになってる。士官に昇進したことだし、それらしく振舞えよ」
「はぁ、そういうの苦手だ。隊長がやってないことを部下のアタシがやらなきゃならないってのは、おかしいだろ?」
「ははは、違いない!」
アタシたちはそんなことを話しながら、輸送機の降り立った滑走路から基地の中央の施設までを歩く。
気持ち良いくらいに晴れてて、すがすがしい。
こんなとこに来る予定でもなけりゃぁ、休暇でもとって、フロリダあたりでのんびりするのも悪くないだろうな…
まったく、
「めんどくさい仕事だよ」
思っていたことが、思わず口に出てしまっていた。
「まぁ、そういうな。お前を拾ってやったのと同じだと思え」
隊長がそういってくる。まぁ、そのことについては感謝してるけどさ…
「分かってる。でも、探して選ぶ、ってのがイヤなんだ。こういうのってのは、縁だろ?
こっちが指名して連れて行く、なんて、何様だって話だよ」
「だから、それだってたいして変わらんだろうが。お前の言い方をすりゃぁ、ここへは人を探しに来たんじゃねえ。
その、縁ってやつを探しに来たんだよ」
ちぇっ、口がうまいよな、相変わらず。そういわれちゃ、やるっきゃないじゃないかよ。
アタシはふうとため息をついた。
アタシだって、あのとき、アルベルトのバカをかばって隊長とユージェニーさんにケンカを売らなきゃ、
今の生活はできてない。
ロッタさんは、軍人なんて、ってずいぶん反対したけど、隊長とユージェニーさんがなんとか口説き落としてくれたし、な。
まぁ、そういう出会いがここにもあるんだったら、それを否定する気はさらさらない。
だとしたら、ここでアタシにケンカを売ってくるようなやつを探せば良いってことか?
いや、違うか、それは違うよな、うん。
338: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:32:00.70 ID:3ULhR63Do
アタシと隊長は、基地の司令室で隊長の古い知り合いだって言う、司令官に会った。
隊長に負けず劣らず、横柄だったけど、人の良さがにじみ出ているような人で、なんだか好感が持てた。
アタシと隊長は更衣室に案内されて、パイロットスーツに着替えて訓練生が集まる講堂へ向かった。
この講堂には、アタシもずいぶん世話になった。
うん、まぁ、その、勉強が嫌いなアタシには、学科なんて悪夢そのもので、特に航法計算の学科なんかは、
文字通り血反吐を吐く勢いだった。
ダリルが居てくれなきゃ、隊長がどんなにしてくれたって、アタシはパイロットにすらなれなかっただろうな。
そういや、ダリルと会ったのもここだったな。
いやぁ、会って2日目のあいつとのケンカは、ホント、人生の中で一番の激戦だったなぁ。
隊長やユージェニーさんは別格としても、あそこまでアタシとやりあえるやつなんて初めてだった。
まぁ、ダリルの方は女のアタシにあそこまでやられて相当悔しかったらしいけど、まぁ、いまとなっちゃ、それもいい思い出だ。
アタシ達は講堂の前に立たされた。
アタシよりもちょっと年下くらいのやつらが、なんだか真剣な顔して席に座っている。みんなマジメだな。
はは、こりゃぁ、アタシとダリルが問題児だった、って言われても、納得だ。
「気をつけ!敬礼!」
講堂に居た教官の号令で、全員が立ち上がって敬礼をしてくる。アタシと隊長も訓練生たちに敬礼を返した。
「直れ!休め!」
ババっと、機敏に敬礼を下げた訓練生たちは、休め、の姿勢をとる。
まぁ、あれってたいして休めになんないんだよな、なんてことを考えているうちに、基地長が話を始めた。
「先日話していた通り、今日はジャブロー防空隊所属の部隊から諸君らの指導のために、教官をお招きしている。
お二人は、ジャブロー防衛の要を担う精鋭であり、今現在、最も錬度の高いパイロット一角である。
今日はお二人に学び、連邦屈指の技術を、ぜひ諸君の技術の研鑽の糧にしてほしい!では、ご挨拶をお願いします」
基地長はそんな風にアタシたちを持ち上げた。
まぁ、お客だしそう言っておくものなんだろうけど、うんと階級が下のアタシにまでそんな言い方するのはやめてくれよな。
アタシはオマケだし、隊長の腕がいいのは本当だけど、でも“最も錬度が高い”って言ったら、そうでもないんじゃないかな。
隊長がすごいのは操縦じゃなくて戦術の方なんだけど…それを伝えられる時間なんてないしなぁ。
「レオニード・ユディスキン大尉だ。
基地長に、腕のいいやつはうちの隊に引っ張って行って良いという許可を貰ってる。腕に自信のあるものは、どんどん見せてくれ」
隊長がそう言い終えて、アタシをチラっと見やった。もう、こういうのは苦手なんだよなぁ、ホント。
「あー、アタシ…私は、アヤ・ミナト少尉だ。
私もこの基地出身で、今の隊ではまだ若輩ではあるので、基地長の紹介は身にあまることで、正直恐縮してしまっているけど…
とにかく、まだまだ勉強中の身で、なにを教えて上げられるかはわからない。
だから、言葉ではなく、機動を見せようと思う。必要だと感じたところは盗んでもらっていい。
私の動きに着いてこられるようなら、たぶん、ジャブローでもそこそこはやっていけると思うから、
とにかく、真似をしてみてくれ」
アタシは、そう言って隊長を見やった。
「やればできんじゃねえか、少尉殿」
隊長が小声でそんなことを言ってきた。まったく、見くびるなよ。
これでも、礼儀正しいやりとりはロッタさんに叩き込まれてるんだ。普段は絶対に使わないけど、な。
アタシはそう思って、隊長を鼻で笑ってあしらってやったら、隊長はニヤニヤと笑いながら肩をすくめた。
339: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:33:14.06 ID:3ULhR63Do
それからすぐにアタシたちは、滑走路に並べられた練習機の前に居た。
訓練生は、アタシが半分、隊長が半分それぞれ交代で見ることになった。
アタシたちが主体だけど、もちろん他の教官たちもいて、逐一、訓練生たちを見ていてくれている。
アタシの動きについてこれないやつは、その教官達に任せることにした。
アタシについて来れないようじゃ、悪いけど、隊長の指揮には対応できない。
うちよりももっと、あれこれ臨機応変に動かない、固定戦術を得意にした隊のほうが向いてる。
アタシは訓練生たちを見渡した。どいつもこいつも、緊張した顔してアタシを見つめている。
あたしは、その中で1人、まるで、動物園の動物を見るみたいなキラキラした顔してこっちを見つめてきているのを見つけた。
茶色の髪にグレーの人をしたまだちょっとあどけない「男の子」、って感じのやつだ。
「あんた、ずいぶんと楽しそうだな」
アタシはそいつにそう声を掛けてみた。するとそいつはハッとした顔になって
「す、すみません!ワクワクしてしまって、つい…」
とあわてた。この空気の中でワクワクできるなんて、いい根性してるじゃないか。嫌いじゃないな、そういうやつは。
「あんた、名前は?」
「はっ!デリク・ブラックウッド軍曹であります!」
ブラックウッドは、ビシっとアタシに敬礼をしてくる。アタシも軽く敬礼を返して
「あぁ、さっきのワクワクって方がアタシもやりやすい。力を抜いていいぞ。あんたはアタシの分隊でついて来い。
あとの二人は、教官の指示に従ってくれ」
と、そう言ってそばにいた教官にかぶりをふった。彼はコクリ、とうなずく、おし、問題ないな。
アタシが教官に提案した演習は、仮想戦闘をイメージした戦闘機動訓練。
訓練生9名を3つの分隊に分けて、戦闘を行くアタシの分隊は想定される敵の機動に対応するための機動飛行をする。
後に続く2つの分隊にはアタシ達の分隊を敵と想定して同じ機動で追跡してもらう。
アタシの分隊は、アタシが直接機動を説明してから動く分、予測はつきやすいけど、
まぁ、実践で使える程度のスキルが必要だ。
逆に、距離を開けてついてくる後ろの分隊は、アタシらの動きは予測できないけど、
最短の距離で追ってこれるから、スキル的には、それほど難しくはない、と思う。
少なくとも、アタシにとっては、だけど。
「よし、では、少尉の分隊には、キサラギ軍曹、ノラッド軍曹が入れ。
私の分隊にはブラックウッド軍曹とノラッド軍曹を除くB班の3人、
ジェームズ教官の分隊には、A班の残りのメンバーが加われ」
「はっ!」
訓練生たちは、教官の指示に揃ってそう返事をした。それを確認し、全員を見渡した教官は
「では、準備にかかれ!」
と指示を出した。訓練兵たちがそれぞれに分散する。
340: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:34:13.21 ID:3ULhR63Do
自分に割り振られた訓練機に乗り込む準備をしていたら、アタシのところに、ブラックウッドがやってきた。
彼は、相変わらずキラキラした表情でアタシを見つめて
「あの!指名、ありがとうございます!俺、がんばります!」
なんて言って来た。んー、なんだ、かわいいやつだな。
アタシは思わず笑ってしまって、ブラックウッドの肩をバシバシ叩きながら
「とにかく、アタシの機動を良く見てついて来い」
と言ってやってから、ヘルメットを被って、訓練機に乗り込んだ。
ヘルメットに無線と酸素マスクを取り付けて、シートベルトを締め、キャノピーを閉じる。
電気系統のスイッチを入れて、計器をチェックしていく。
「こちら、アヤ・ミナト少尉。コールサインは、オメガ7。管制塔、これより滑走路に進入する。
ブラックウッド軍曹をアタシの二番機に。あとは、オズ教官の割り振りにしたがって誘導を頼む」
<こちら、シャイアン訓練基地管制塔。オメガ7、了解。ブラボー2はオメガ7に続け>
<デリク・ブラックウッド、ブラボー2です。オメガ7、よろしくお願いします>
ブラックウッド、デリク、の声が聞こえてきた。キャノピーから後ろを振り返ると、デリクの機体が右後方についている。
「あぁ、期待してるよ」
アタシはそう発破をかけてやった。それからすぐに、別の2機がアタシの後ろと、左後方についた。
「よし、第一分隊、離陸する。空に上がったら、フィンガーチップで後続の分隊を待つぞ」
アタシは後ろの連中にそういって、管制塔からの指示を待った。
すぐに連絡が入りアタシは機体を滑走路へと進め、一気にエンジンを吹かして機体を空に舞い上がらせた。
「おい、ついてきているか?」
<オメガ7、こっちは、3機とも大丈夫です>
デリクの声がする。まぁ、離陸程度で遅れられても困っちゃうもんな、褒めてやるには、まだ早い。
アタシらに続いて、後続の分隊が次々と空に舞い上がってくる。
すぐさま空には、4機で編成された3つの分隊、合計12機が揃った。アタシは、訓練空域になる基地から少し離れた荒野へと機体を向かわせた。
緑が見えていた基地周辺の景色が変わって、眼下には赤茶けた大地が見えてくる。地図上で位置も確認した。
そろそろ大丈夫かな。
「各隊、応答せよ」
<こちら、第2分隊。準備よろし>
<こちら第3分隊。こちらもオーケーだ>
アタシが無線に話しかけるとすぐに教官たちからそう返事が返ってきた。
「よし、それじゃぁ、戦闘機動に入る。教官さんたち、ヒヨッコたちを良く見ててやってくれよ」
<了解した>
「よし、第1分隊。まずはシャンデルから旋回機動に入るから、ハイヨーでいいからついて来い。
その直後にスライスバックで転舵する。了解か?」
<了解!>
よーし、いい子ちゃんたちだ。アタシは返事を聞いて、そのまま操縦桿を右に倒しながら手前に引っ張った。
341: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:34:50.41 ID:3ULhR63Do
機体がロールしながら機首を空に向け、さらに傾いて180度逆を向く。
そこからさらに、エンジンの出力を上げつつ、エアブレーキと制動板を駆使してハイGターンに入る。
体を強烈なGが襲い、息が詰まりそうになる。
<くっ!すごい…!>
<膨らむ…ダメか!?>
後ろの機体から苦しそうな声が聞こえる。
なんだよ、これっぽっちについてこれないようじゃ、どうしようもないぞ?
それでもアタシは予定通りに、今度は左に操縦桿を倒しながら前に押し込む。
今度は機体が地面のほうを向いて、さらに大気を滑ってもともと飛んでいた方角へと機首が向く。
ちょうど、空中にななめに8の字を描く機動だ。敵とやりあうときに、まずやれって言われてる動き。
2種類のハイGターンを連続でやって、どれだけ着いてこれるかを判断して敵の力量と機体性能を測るために、隊長が考え付いた動きだ。
「ちゃんとついてるかぁ?」
<オメガ7、こちらブラボー2!すごい機動ですね!>
期待してなかったんで、声が聞こえてきて驚いた。
キャノピーから後ろを振り返ったら、そこにはデリク・ブラックウッドの機体だけが、アタシの後ろにぴったりとくっ付いていた。
「やるじゃないか、デリク!」
<あんな鋭い機動、教官達でもできませんよ!初めてみました!>
デリクはうれしそうにそんなことを言っている。
こいつ、浮かれてるけど、自分もそれにちゃっかりついてきてるんだ、っての、わかってんのかな?
「あんたも、今のに着いてこれるなら見込みあるぞ!まだ行くからな!」
<了解、がんばります!>
いい返事だ。アタシは、なんだか内心、ちょっとワクワクしているのを感じてしまった。
明るいし、素直だし、腕も悪くない。隊長、こいつは、アタシとしては合格点だ。
それからさらにアタシは戦闘機動を続ける。
他の訓練生は60点、ってとこだけど、デリクだけはどんな機動をしてもなんとか喰らいついてきて、まぁ、80点ってとこかな。
点数を付けるのは趣味じゃないけど、でも、アタシは訓練機を駆りながら、
こいつがアタシ達の部隊に入ってきたら、どんな風かってのがぼんやりとイメージできていた。
342: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:35:16.76 ID:3ULhR63Do
それから20分ほどの行程を終えて、アタシ達は地上に戻った。
そこにはすでに隊長に受け持ってもらった訓練生も戻ってきていて、滑走路の脇に訓練機を並べて、
疲れた様子で思い思いに休憩を取っている。
アタシも訓練機を並べて止めて、コクピットから伸ばしたハシゴで降りると、
渋い顔をしながらミネラルウォーターのボトルに口をつけている体調のところへと向かった。
「どうだった、そっちは?」
「あぁ、どうもこうもねえ。資料で目をつけてたやつらも、それ以外も、あらかた残念な結果だったな」
隊長は渋い顔をしてそう言い、肩を落とす。それから
「そっちは?」
と聞いてきた。
「あぁ、うん、良さそうなのが1人居たよ。待ってくれな…」
アタシはそういって訓練生たちを見渡し、その中にデリクを見つけた。
「おい、ブラックウッド軍曹!ちょっとこっちへ来い!」
そう声を掛けたら、デリクはパッと駆け出してきて、アタシ達のところまでやってきた。
「こいつがそうだ。デリク・ブラックウッド軍曹。隊長の考えた、グルグルスペシャル1番についてこれた」
アタシが言ってやったら、隊長の表情がパッと明るくなった。
「あれに、か!」
「グルグル…?」
「あぁ、最初にやった連続軌道だ。まぁ、ネーミングは気にすんな」
デリクが不思議そうにしているのでそこはとりあえず忘れてもらって、とにかく隊長に目をやる。
隊長は、ニヤリと笑って
「よし、なら、休憩後はお前をメインにためさせてもらうとしよう。だはは、こいつは楽しくなってきたな!」
と声を上げてデリクの肩をバンバンと叩いた。良かった、隊長にも気に入ってもらえそうだ。
こいつ、いいやつっぽいしな、後輩にいるんなら、アタシも教育が楽でいいよ。
「なら、俺も1人、お前に頼みたいことがある」
「ん?そっちは期待はずれじゃなかったのかよ?」
「あぁ、大方はそうだったんだが、な」
そう言って隊長も訓練生の方をみやって
「おい、アトウッド軍曹!」
と声を張った。訓練生の中に居た、小柄なブロンドがピョンとびっくりしたように飛び跳ねて、こっちへ走ってきた。
女だ。それもなんだか、ビクビクっとしてて、アタシみたいのが声をかけたら、
すぐにでも泣き出しちゃいそうな顔をしている。
343: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:36:59.58 ID:3ULhR63Do
「この子?」
「ん、まだ、グレーなんだがな。こいつ、俺の機動を2度目で読んだ」
読んだ?隊長の機動を?
あのとんでも発想の動きを、か…?
いや、ありえないだろ。隊長の動きは、常識はずれもいいとこで、
こんなとこで習う基本戦術なんかとはまったくの別物で、読むどころか普通なら予想すらつかないってのに…
まさか、こいつも、アレが分かるタイプなのか…?
アタシはそう思って、目の前でフルフル震えているアトウッド軍曹を探ってみるけど、特になにも感じられない。
アースノイドの感じだし、特別何かがすごそうな感じもない。
いや、すごいどころか、なんか、弱々しくしか見えないけど…
「ま、まぁ、ホントならすごいけどな…あんた、本当に読んだのか?」
アタシはアトウッドにそう聞いてみる。すると彼女はビクビクしながら
「えと…あのっ…は、はい…なな、なんとなく、ですけど…」
と答える。ふぅん、なんとなく、ね。
それ素人だから常識に捉われない発想がある、とか、そういう割と良くあるやつなのかな?
「お前、次の班で飛ぶときは、こいつを後ろに乗せて飛んでくれないか?」
隊長がそんなことを言ってきた。後ろって、アタシの訓練機の、後ろ、ってこと?
「どうしてだ?」
「いや、まぁ、勘だが…もしかすると、一度体で体験すれば、あとは自分で飛べるようになるんじゃねえかって思って
んだ」
アタシが聞いたら、隊長は相変わらずの渋い表情でそんなことを言ってくる。隊長も、半信半疑なんだろう。
まぁ、普段の隊長ならこういうやつの見極めだってなんなくやっちゃうんだけど、こいつに関しては迷うのは分かる気がした。
「まぁ、そういうなら、やってみるよ」
アタシはそう言って、アトウッドを見やった。
「アヤ・ミナトだ。よろしく頼むよ」
「あ…あぁマライア・アトウッド、軍曹です!」
「アライア?」
「あ…あの、あ、いえ、すみません、マライア、です…」
「あぁ、マライア、か。よろしくな。あと10分、良く休んどけよ」
そう言ったアタシの顔を、マライアは見もせず、ただ、体をビシっと緊張させて、なんだか伏目がちにうなずいた。
344: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:37:27.67 ID:3ULhR63Do
「たく、とんだ目にあった…」
アタシは、訓練を終えて、訓練基地のシャワー室に居た。支給してもらったタオルで体を拭いて、においを嗅ぐ。
うん、よし、とりあえず、においは取れたな。
「す、すみませんでした!」
アタシがシャワーの個室から出てくるのをまってたらしいアトウッドが、アタシを見るなり、そう言って頭を下げてきた。
ブルブル震えてやがる。
まったく、本当に、気の小さいやつだな。そんなアトウッドに、思わずため息が出てしまう。
「まぁ、仕方ない。ああいう経験、戦闘気乗りならヒヨッコの頃には一度や二度はあるもんだ」
アタシはそう言って、アトウッドの頭をペシペシ叩いてやる。
まぁ、アタシが知っている限りでは、訓練飛行中に教官機の後ろでゲロ吐いて、
あろうことかそれを教官と一緒になって全身に浴びる、なんてやつは聞いたことないけど。
頭から手をどけて顔を上げたアトウッドの目にはいっぱいに涙がたまっている。
あぁ、もう、なんだよこいつ。なんでこんなのが軍なんかにいるんだよ?
戦争とか、そもそも戦うとかそういうのまったく向いてないだろう、あんたさ。
あんたみたいなのからは戦場じゃたぶん目を話せないんだろうし、まぁ、入ったって荷物になっちゃう可能性高いとおもうんだけど。
そう、“だけど”、なんだ。
ゲロを撒き散らした機内で、こいつは、緊急帰還前に一度やっておけと言った、
アタシが手本でやった隊長特製戦術のランクSクラスの機動を、そっくりそのままコピーしやがった。
ゲロまみれで地上に降りたアタシの報告を聞いた隊長は、ニヤっと笑って、
「俺の目に狂いはなかったな。あ、アヤお前、臭いからそれ以上近づくな」
とか言ってきやがったので、ぶん殴ってやろうと思ったのに、
そそくさと訓練機に乗ってアタシと交代した訓練生たちを連れて空に上がっていきやがった。
345: ◆EhtsT9zeko 2013/12/07(土) 15:38:20.08 ID:3ULhR63Do
とりあえず、新しく用意してもらった、服を着る。
ふと、置いてあったPDAがランプを点しているのが目に入った。
手にとって中を確認すると、隊長からのメッセージ。はぁ、隊長、本気かよ?まぁ、確かに、認めるけど、さ…。
アタシはポケットにPDAをしまって、シャワー室の出口へと向かう。
と、アトウッドがアタシの背中を見つめている気配が感じられて振り返った。
アトウッドは相変わらず全身をひどく硬直させて、目に涙を浮かべながらアタシを見つめている。
まったく、こいつは世話が焼けそうだな…
「なにしてんだよ」
「あ、え、え?えっと…」
「アタシ、今日はもう帰ってバーボン飲んで寝たい気分なんだ。さっさと部屋行って荷物詰めてきな」
アタシが言ってやったら、アトウッドは目に溜めていた涙をボロボロとこぼし始めたんで、驚いてしまった。
「な、なんだよ、急に!?」
「あ、あたし…ダメですか?あの、その、もう、ここ、訓練生クビですか?し、失礼なこと、しちゃったから…?」
あぁ、はぁ、なるほど。そっちに発想が行っちゃったか。
だぁ、もう。隊長、本当にこいつ、大丈夫なんだろうな?
アタシはそんなことを思いながらも、アトウッドの涙をぬぐって、もう一度頭をペシペシ叩いてやる。
「バカ。ここを出て、一緒にジャブロー行くんだよ。だからとっとと準備して来い」
そう言ってやったら、アトウッドは一瞬、呆然とした表情になって、
それから、やっと意味が分かったように、ビックリした顔になって
「え、あ…は、はい!」
と言って駆け出して、アタシを追い越し、シャワー室のドアに突撃した。
ノブを手にタックルするようにドアに2,3度ぶつかってから
「あ、引くドアだった…」
と言って、慌ててドアを引き開け、バタバタと足音をさせて廊下を走っていった。
…大丈夫か、あいつ、ほんと…。
隊長の決定だし、アタシもまぁ、センスは良いんだろうって認めるよ。
でも、あれ、どう考えたって…
アタシは、胸がいっぱいになりそうだったので、とりあえず大きくため息だけついといた。
352: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:02:30.06 ID:vXWccbnWo
基地へたどり着いたアタシは、とりあえず、アトウッドに隊長とデリクと、事務棟へ行って、転属の事務処理を頼んだ。
それから、デリクは隊長が、アタシは、アトウッドを兵舎の自分の部屋へと案内した。
兵舎は大体が2人で一部屋を使うことになっているんだけど、アタシの部屋は、今はアタシ1人。
事務の連中にとっちゃ、隊も同じになる予定だし、そのまま一緒に生活してくるんなら準備や調整の手間が省けていい、
てな程度の理由なんだろうけど、とにかく、アトウッドはアタシと同室になった。
勘弁してくれ、とは思わないけど、でも、まぁ、慣れるまでは多少気疲れしそうだな。
施設での暮らしで共同生活の長いアタシで良かったろ?
なんて声を掛けてやろうと思ったけど、アトウッドのやつは、
アタシと同室ってのが決まった瞬間に、また表情を硬くしてしまっていた。
うーん、参ったな、これ…どうしたもんか…あぁ、和ますのとか、意識してやれないんだよなぁ、アタシ。
くそ、こういうときは、ヴァレリオの手を借りたくなるな。
アトウッドをナンパでもしてくれりゃぁ、それを守る名目であんたの●●もつぶせるし、守ってやったってことで、
安心してもらえるチャンスもできるかもしれないし、一石二鳥なんだけどなぁ、ダメか、ダメだよな、うん。
「あぁ、まぁ、部屋は適当に使ってな。あんたのクローゼットはそっち。デスクはそこな。
ベッドは、すまないけど、アタシが上つかっちゃってるから、下で頼む。
それから、トイレや南下は共同だから、ここにはない。シャワーもな。
まぁ、それは訓練基地の寮も一緒だったから平気か。
それから…あぁ、そうそう、冷蔵庫はクローゼットの下に個人用のが入ってるのと、
エアコンのスイッチは部屋の電気のスイッチのとこにある。
まぁ、アタシはエアコンって好きじゃないから、こっちのファン使ってるけど。
ここは年中蒸してて暑いから、脱水には気をつけてな」
とりあえず、さし当たって思い浮かんだことを一気に説明する。
アトウッドは、それを部屋のドア口に大きなトランクを抱えながら突っ立って聞いていた。
「あぁ、もう。入りなって。別に、取って食べたりはしないからさ」
アタシが言ってやったら、アトウッドは、
「お、おじゃま、します…」
なんて言いながら部屋に入ってきた。
お邪魔します、じゃないだろ、なんて言ってやりたかったけど、まぁ、今はまだ、かわいそうかもな。
とにかく、ここはもう、新しい子が施設に居たときとおんなじに振舞っといたほうが安心してもらえるだろう。
そのほうが、気疲れはするけど、こんな状態のアトウッドとおっかなびっくり付き合っているよりはマシだ。
とりあえずアタシはそう決めて、その日はシャワーやら部屋の使い方だけしてベッドに潜り込んだ。
寝入りばな、かすかに、マライアのすすり泣く声が聞こえていたような気がしていた。
353: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:04:26.86 ID:vXWccbnWo
翌日、今日は午前中、アトウッドとデリクについて回って、一緒によその隊やら上の連中に紹介しろ、と、
アタシは隊長から言いつけられて、この地下にある貴地の中を、車であちこち動き回っていた。
毎日やってる訓練を抜けられるのは息抜きにはなる。
顔を見たい連中もいるし、そこのところはうれしいんだけど、上の連中に会うのはちょっとめんどくさい。
ちゃんとしなきゃいけないからな。あれ、けっこう、疲れるんだよなぁ。
だから、今さっきそっちを先に済ませてきた。イヤなことは先に処理しちゃうに限るもんな。
上の連中は、隊長からの推薦状と異動の提案書を見ているはずだから、二人のことは紙の上では知ってたはず。
いや、そもそも、末端のアタシらなんかにはたいして興味もない連中だからな。
紙の上で知ってもらえてるだけ、まだマシか。
アタシのときもそうだったらしいけど、割とこんな形でヘッドハンティングすることはよくある話しらしい。
所属先の責任者と、受け入れ先の責任者との合意の下で、書類が交わされて異動が決定する。
中には、成績良いやつらばっかり集めて、軍内での地位を勝ち取ろうとするやつなんかもいるけど、
幸い、うちの師団長は保守派で、そういう攻めた方法はとらずに今の地位を維持したいって人だから、
トラブルを起こすようなやつ以外は積極的に追い出したり、成績のいいやつを取り込んだりするようなこともしない。
アタシも入りたてのころには良くその流れで譴責を受けた。オフィスに帰ると決まって隊長が、
「バカ、バレないようにやれよ」
と豪快に笑ってたのを思い出す。
その言いつけだけはしっかり守って、最近じゃ、うやむやにしたり、セキュリティをこっそり無効化したりすることだけには慣れてきた。
ダリルに教えてもらえりゃ、ワケはないよな。
施設を出て、2年、訓練校で過ごした。で、隊に来て、また2年。もうかれこれ、4年か。
軍にいるうちは、食うことも生活することも全部支給品で困らないから、金を使う必要もない。
訓練生のころは微々たるもんだったけど、清拭に配属されて2年、施設に寄付してる以外にほとんど手をつけてないから、
もうけっこう溜まってるよな。船と家を買うには、そうだな、あと2、3年やれば十分だろう。
心配なのは、ここのところどうも宇宙がキナ臭いことだ。
サイド3の自治政府と連邦とが完全ににらみ合ってる状況になっている。
妙なことにならないようにいのるばっかりだな、これに関しては。
助手席にはアトウッド、後部座席にはデリクを乗せて、車を師団のオフィスからうちのオフィスの方へと走らせる。
デリクもアトウッドも、この地下基地が珍しいようで、始終、キョロキョロとあたりを見回していた。
確かに、こんなでっかい洞穴の中に住もうだなんて、すごい発想だと思う。
店やなんかもあるし生活に困るようなことはないけど、アタシみたいなやつは、1日一回、日の光を浴びに行かないと、
どうも調子が悪い感じがしちゃう。
いつもは毎日の訓練で、半日以上は空の上にいから、あんまり気にしたことはなかったけど、
うーん、今日は訓練抜き、ってことになると、やっぱり、あの青い空が恋しいな、なんて思っちゃう。
354: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:04:53.40 ID:vXWccbnWo
「ミナト少尉!あの建物はなんですか?」
後ろで立ち上がって、この屋根のない軍用のジープからあたりを眺めていたデリクがそんなことを言ってきた。
いや、待て、そんなことより、ミナト少尉は、やめてくれ、くすぐったいじゃんか。
「アヤ、で良いよ、デリク。あれは、ショッピングモールだ」
デリクが指さしている、遠くの建物を確認してアタシは教えてやる。
「ショッピングモールですか、アヤ少尉!」
いや、待て、分かった。アタシの言い方が悪かった。
「少尉ってのをやめよう、デリク。午後も一応、あんたたちの案内するように言われてるから…
そうだな、昼飯は向こうに出張って食べようか」
「えー、と、ミナトさ…あ、いや、アヤさん、良いんですか?」
デリク、あんた、素直で物分り良くっていい子だなぁ。
「あぁ、うん。歓迎会は今夜だからな。まぁ、その前にアタシがおごってやるよ」
アタシが言ったら、デリクは顔をぱっと明るくした。
「ありがとうございます!」
そんな様子を見てたら、なんだか笑いが漏れてしまった。ははは、本当にこいつは、まっすぐだなぁ。
こいつは、な…
アタシはそう思って、助手席に座っているアトウッドを見やった。
アタシと目が合うとアトウッドはビクビクっと体を反応させてから
「あ、あの…でも、申し訳ないです、上官ですし…」
なんていってくる。
「あぁ、いいんだよ、気にすんな。先輩を立てるつもりで、付き合ってくれよ」
アタシがそう言ってやったらアトウッドは、体を縮こまらせて…
「はい、えっと…その、あ、ありがとうございます…ミナト少尉…」
いや、お前、アタシとデリクの話、聞いてなかったのかよ!
「マライア」
アタシが名を呼んだら、アトウッド…マライアは、また、体をビクっとさせた。
「は、はい…」
「ア、ヤ、だ」
「あ、あああ、ごご、ごめんなさい、えと、アアア、アヤ、さん!」
うん、そうそう、それで良い。あんたも悪いやつじゃないってのは分かる。
もうちょっと慣れてくれば、少しは砕けてくれるって思っておいてやる。
だから、まぁ、その、なんだ、その泣きそうな顔、止めてくれ。
どんなことされたって、アンタをいじめて泣かすようなことはしないからさ。安心しろよ、マライア。
アタシは、そんな思いを込めて、マライアに笑いかけてやった。
355: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:05:29.39 ID:vXWccbnWo
アタシ達はそれから、あっちこっちの隊にあいさつ回りをした。っ言っても、同じ師団の中隊連中のところに、だけど。
あちこち回って、最後に隣の、レイピアのところへも行った。
レイピア隊は、隊長のアレの、ユージェニー大尉が隊長を務める部隊だ。
ジャブローへ来て、あれこれといたずらをしては譴責されていたアタシに
あの関節技が主体の奇妙な格闘術を教えてやる、ってことで、かなりしごかれた。
厳しいって感じの人ではないんだけど、あの格闘術をおんなじで、じわじわと真綿で首をしめるみたいに追い込んでくるんだ。
おかげでアタシはすっかりおとなしく矯正されちゃって、まぁ、そのおかげでまだこの隊に居ることができている。
そう、何事も、大事なのは正しくあることじゃなくて他人に迷惑をかけないで“うまくやる”ってことだ。
レイピアには他にも、キーラとリンって女性隊員が居る。
キーラは気さくで明るくて、リンは物静かだけど、凛とした雰囲気がある。
軍の中じゃぁ、アタシらみたいな前線に放り込まれる場所に女がいるのはけっこう珍しい。
キーラともリンとも休みの日なんかは一緒に買い物に行ったり、地上に出て、遠出して施設のある街に行ったりしてる。
隊の連中には、柄でもない、って良く冷やかされるんだけど、さ。
まぁ、確かに、どっちかって言ったら、ダリルと倉庫の酒をどうやってかっぱらってくるか、ってことを考えるのも楽しいけどさ。
でも、その作戦会議にはたまにキーラも混ざってくるし、
リンはリンで、かっぱらってきた酒を飲みに来るし、みんな同じようなもんだろ。
でも、今はそういうことじゃなくて、
もしかしたらこんなアタシよりもキーラかリンと、マライアが仲良くなってくれたら
こいつも少しは楽になってくれるんじゃないかな、なんて思った。
それから、ユージェニーさんに優しくじわじわと絞ってもらったほうが、今のこんな状態よりは多少はマシになるかもしれない。
こんなんじゃ、有事のときにまともに戦うことさえできないだろ。
とっさのときに体がこわばっちゃって動けないんじゃぁ、自分の身だって守れない。
連携とか、敵と戦うとか、そこまで期待しなくても、せめてアタシの後ろをついてきて、
万が一のときに、自分の身を守って、敵から逃げ切れるだけのことができるようにはなっておいてほしいからな。
これはあとで、隊長に相談してみるか。
世話が焼けるって思うのは正直なところだけど、施設にいて、そういうことをたくさんしてもらってきて、
自分もしてあげてきたからなんだろうか、悪い気はしないし、めんどうだと感じることもない。
まぁ、性分なんだろうな。
デリクみたいなやつもかわいいと思うけど、マライアみたいにビクビクでも、これはこれで、かわいいってもんだ。
356: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:05:59.41 ID:vXWccbnWo
それからアタシ達は、モールに入ったレストランで昼飯を食べた。
マライアのやつはやたらに遠慮して、一番安いサンドイッチのセットなんかを頼もうとするんで、
アタシはそれをキャンセルさせて、店で一番ボリュームあって高いやつを頼む、って注文してやった。
出てきたのは、カリカリのオニオンブレッドと
600グラムあるっていう特大のハンバーグがビーフシチューの中を泳いでるすごいセットだった。
さすがに、こんなちっこいマライアにこれは気の毒だったかな、と思ってたけど、
マライアは相変わらずカチコチに緊張してたのに、それをぺロッと平らげた。
無理してんじゃないかって心配したけど、どうもそんな感じもしない。
うん、よし、今度からはもうちょっと財布に入れてくるようにしよう。
それからアタシはいったん隊のオフィスに戻った。
午後は、基地内の施設を案内することになってたんで、その前に全体の見取り図を見せてやんないとならない。
見取り図は機密情報の一部だから、まぁ、ちょいちょいアクセスしちゃってるけど、基本的にデータ上でのアクセスは厳禁。
隊のオフィスに紙に出したでかいやつがあるから、それを使うつもりだった。
隊のオフィスに入ったら、うちの連中とは別に、見慣れない人の姿があった。1人は、中年の女性。
もう1人は、マライアと同じくらいの、小さい子…
ドアを開ける音で気がついたのか、二人がこっちを向いた。
あ、あ、あんたたち!
「アヤ姉さん!」
そう声を上げて、小さい方がアタシに向かって突進してきた。
アタシは彼女を受け止めて、すがりつくみたいにして寄せてくる体を抱きしめてやる。
「シェリー、なんだよ、どうしてこんなところに?」
「うん!こないだくれたお洋服と、お菓子のお礼の手紙をみんなで書いたから、代表で私がとどけに来たの!」
シェリーはキラキラした笑顔でアタシを見上げてそんなことを言ってきた。
あれは先月だったか、アタシがいつもみたいにお菓子と寄付金を施設に送ってやろうとして、
このオフィスで準備してたら、それを見つけた寡黙なベルントが
「良かったらこれも」
と言って、ダンボールいっぱいの子ども服を持ってきたのがきっかけだった。
それから、隊長とかキーラ達レイピアの連中まで、服だの文房具だのオモチャだの、いろんなものを集めてくれて、
結局、最終的にはダンボール8箱分にもなって、それを施設に送ってやっていた。
どうやら、その礼を言いたくて、わざわざ出向いてきたみたいだ。いや、それだけじゃない、かな。
「なんだよ、街までからじゃずいぶんとかかっただろうに、わざわざ来なくたって良かったんだぞ?」
アタシが言ってやったら、シェリーは笑って
「いじわる。遊びに来てくれないから、来ちゃったんだよ」
なんて言ってきた。あはは、それは、ごめんな。そろそろ行ってやろうかと思ってたところだったんだよ。
でもこっちもけっこう忙しくてさ。新人の面倒見たりとかな。
357: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:07:14.46 ID:vXWccbnWo
「悪いな。また今度、ちゃんと時間とって遊びに行くよ。それより、シェリーは大きくなったな。いくつだ?」
「今年で、13」
「13か、大人っぽくなって…あれか、もう好きな人とかできたんじゃないのか?」
アタシがそう言ってやったら、シェリーは真っ赤な顔して
「もう!そういうの、やめてよ!」
と笑いながらアタシをひっぱたいてきた。あはは、ホントにかわいいやつだな。
アタシがそんなことを思いながらシェリーの頭をなでていたら、一緒に居た、中年の人がアタシの方へやってきた。
この人はちょっとだけ知ってる、施設の寮母さんだ。
メイさん、ってアタシは呼んでたけど、そのメイさんが
「アヤちゃん、皆さんには先に言ったけれど、あんなにたくさんの寄付、本当にありがとうね」
と言ってくれる。
「いや、アタシはいつもどおりのことをしようとしてただけなんだよ。でも、こいつらが、あまり物を集めてくれたりしてさ」
あまり物、だなんて、ウソだけど。施設の子だからって、中古品送るわけにいかない。
確かに使ってない新品もあったかもしれないけど、ほとんどはみんな、
わざわざモールで買ってきてくれたものだってのを、アタシは知ってた。
「まぁ、あれくらい、なんてことはないよな」
ヨーロッパの士官学校出で、アタシやダリルなんかと同期で入隊したフレーとがダリルにそう言っている。
ダリルもガハハと笑って
「違いないな。その気になりゃ、車でもトラックでもなんだって都合してやれるからな」
なんてことを言ってる。
いや、ダリル、盗品を寄付するのはさすがにどうかと思うぞ?なんて言ってやろうかと思ったけど、
シェリーの手前、やめといた。
「未来の美人さんへの貢物だしな」
アタシより先の入隊だけど、二等兵からのたたき上げの曹長で軟派なヴァレリオが言い始める。
未来の、ってのは、どういうことだよ?シェリーはもう十分美人じゃないか。いや、だからってお前になんて
指一本触れさせないからな、てのも、言わないでおいてやった。
「年に一度くらい、こんなことをしてやるのもいいですよね」
「あぁ。サンタクロース、って風体じゃねえがな」
「いっそ、赤と白のパイロットスーツでも注文しておきますか?」
副体調になったばかりのハロルドさんと3番気のカーターと隊長がそういって笑ってる。
いつもは寡黙で無表情なベルントまでが、今日ばかりは優しくニコニコとしてた。
358: ◆EhtsT9zeko 2013/12/09(月) 20:08:20.76 ID:vXWccbnWo
施設や、こいつらのことを考えて、そんな顔してくれるのは、アタシにとっては、
ホントに、本当に、うれしいことだった。だから、ときどき思うんだ。
これは、施設っていう、血のつながってないやつらばっかりが身を寄せ合ってるとこで暮らしてたからかもしれないけど、
そうやって、アタシの大事なもんをおんなじように大事にしてくれるあんた達が、さ、
アタシは、家族みたいだな、って、そう思うんだ。
「おう、ヒヨッコ共もご帰還のようだな」
不意に、隊長がそんなことを言ってきた。あ、いけね、忘れてたよ。
アタシはシェリーの頭をポンポン撫でながら体を離して
「デリク、マライア、紹介するよ。
あたしのいた施設にいる子で、アタシの、血のつながってない妹の、シェリーだ。ほら、挨拶」
アタシが言ったらシェリーは
「うん」
とかわいく返事をして
「シェリー・アスターです。よろしくおねがいします」
って笑顔で挨拶できた。うん、さすがロッタさんも認める“しっかり者”。えらいぞ、シェリー。
「シェリー、この二人は、昨日からうちの対で働くことになった、デリクとマライアだ」
今度は、二人のことをシェリーに紹介する。ほら、お前らも挨拶、な。
「デリク・ブラックウッドです。よろしくね、シェリーちゃん」
デリクは、にこやかにそう挨拶をする。うん、爽やかだ。
アタシ、あんただったらシェリーを嫁にやったっていいと思うぞ、デリク。
それに引き換え…おい、あんた、相手は13歳だぞ、しっかりやれよ…?
でも、そんなアタシの思いをよそに、マライアは相変わらずにガチガチになって言った。
「えっと、あ、あライア・アトウッドです」
「アライアさん?」
「あ、う、ううん、あの、えっとね、マ、マライア」
「あぁ、マライアさん!よろしくお願いします!」
はぁ、と出そうになったため息をこらえて、アタシはとりあえずちゃんと挨拶できたシェリーの頭を
ペシペシっと叩いて褒めてやった。
367: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:22:27.17 ID:AOshTCCVo
シェリーたちとさんざん話をして、それからレイピアの方にも顔を出してもらって、
子どもたちが欠いてくれたって言う手紙とか絵とかを受け取って、メイさんの運転する車で基地を出て行った。
見送りに出てったアタシはシェリーに
「2ヶ月のうちには、きっと遊びに来るように!」
なんて約束を取り付けさせられてしまった。
そんなことしなくたって、ちゃんと行くから大丈夫だって、一応言っておいてやったけど、
訓練生時代に顔をだせなかったのが、シェリーにしてみたら寂しかったんだな、って感じだ。
他の誰にも頼りたがらないシェリーに、アタシにくらいは甘えろよ、って言ってやったのは、
シェリーが施設に来て半年くらいしてからだったかな。
確か、まだ、8歳くらいだった気がする。そのときには、アタシが16か17くらいだったっけか。
一緒にいたのはほんの2年くらいだったけど、とにかくそう言ってやって以来、シェリーはアタシにはああしてべったりだ。
でも、施設の中ではしっかり者で、年下の面倒を見てくれたり、年上の連中を支えてやったりしてるらしい。
アタシはそういう、子どもっぽくないところがイヤで、甘えろ、なんて変なことを言っちゃったんだけどね。
でも、だからこそ、こうしてちゃんと甘えてこれるシェリーはえらいし、アタシもそれをちゃんと受け止めてあげたい。
絶対に、約束する、と言って納得したシェリーは待ってるね、なんてニコニコしながら、車に乗り込んでいった。
で、それから、ずいぶんとほったらかしにしちゃってたデリクとマライアに基地の説明と案内をして、
夕方からは、歓迎会でいやって言うほど飲んでやった。
デリクはさっそく、フレートやダリルに気に入ってもらえたらしくて安心した。
マライアの方は、と言えば、相変わらず固まっていて、それをほぐそうとでもしたのか本気でナンパしようとしたのか、
ヴァレリオがあれやこれと口説き文句を並べ立ててたので、
フレートとダリルに羽交い絞めにしてもらったところにアタシがドロップキックを喰らわせてやったら、
マライアのやつ、いよいよ倒れるんじゃないかってくらい、になっちゃって、焦ってしまった。
途中でレイピアが来てくれて、リンが隣に座ってポツリポツリと話をしてくれてるのが目に入ってた。
リンには少し安心できたのか、気持ちが微かに緩んだのを感じて、アタシも胸をなでおろしていた。
その晩、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、マライアはすでにベッドに入っていた。
まぁ、緊張しっぱなしだったし、酒も入ってたみたいだし、疲れが出たんだろう。
アタシは、マライアを起こさないように、そっと二段ベッドの上に登って横になった。エアコンはついてないらしい。
アタシは枕元につけておいた小さなファンのスイッチを入れて濡れた髪をタオルで拭く。
歓迎会の最中に、隊長がユージェニーさんに言ったら、マライアの特訓を承諾してくれた。
ユージェニーさんはついでだから、とデリクもまとめてみてくれるとも言ってくれた。
明日からは、デリクとマライアはしばらく、午前中に飛行訓練、午後にはユージェニーさんの特訓、
夜は、隊長とダリルから学科の講義を受けて、昇給の条件になってる戦闘飛行隊への清拭な配属決定試験をパスしなきゃなんない。
二人とも士官学校を出てるから、試験をパスできれば曹長になって、その後半年問題がなければそのまま少尉まで昇進できる。
アタシやダリルが来たのとおんなじルートだ。
フレートは訓練基地で学科を修めて、そこで曹長に上がって、そのあとすぐ実戦飛行機動訓練って言う、
技術向上のための試験を受けて合格し、少尉に昇進してからうちに配属になったと言ってた。
368: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:23:13.24 ID:AOshTCCVo
入隊するにはいろいろとルートはあるんだけど、隊長が人事に自分の意思をねじ込みだすようになったのは最近だ。
それって言うのも、宇宙艦隊の増強やら、開発部への転属なんかが相次いでて、隊員の出入りが不安定なのがイヤだったみたいだ。
そりゃぁ、そうだろう。わずらわしいし、それに、結束力や連携の問題もある。
実戦のことを考えたら、なるべく“抜けていかなそうなやつ”を隊において要にしておきたいんだろう。
3番機のカーターも、宇宙艦隊の方へ転属しようとしてたのを、隊長が口説いて残らせたって話だ。
アタシは昇進にも興味はなし、まぁ、戦争がしたいってわけでもないけど、でも、船や家のためにしばらくは働きたいし、
施設のこともあるから、宇宙へなんて出るつもりはない。
それに、なによりここの隊のやつらがみんな好きなんだ。
ホントに、家族で、アタシは、なにより、あいつらと一緒にいるために、あいつらを守るために、ここに居たいって思えるんだ。
本当に、こればかりは性格なんだろうな、なんて思ったら、ひとりでに笑えてしまった。
もぞもぞと、動く音がする。しまった、マライアを起こしちゃったかな?
アタシは髪を拭き終わったタオルをベッドから手の届くクローゼットの前に取り付けたタオル掛けに通して、
ファンの出力をさげる。これで、多少は静かかな…
「あの…」
なんてことを思ってたら、声が聞こえた。今の、マライアか?
アタシは上から、下のベッドを覗き込むようにして見下ろすとそこには座り込んで、こっちを見上げているマライアの姿があった。
「悪い、起こしちゃったか?」
アタシが聞いたら、マライアは首を横に振って
「い、いいえ、起きていたんです。ミナトしょう…あ、アヤさんも、まだ、その、寝ないのでありますか?」
と、つっかえながら言ってくる。
うーん、そっか。あんまり、アタシの気持ちばっかり押し付けて、逆に困らせちゃってるんだ、これ。
「アタシ、あんまり固いの好きじゃないから、砕けてくれた方がいいんだけど、ちょっと、いきなりすぎたな。
まぁ、あんたの呼びやすいように呼んでくれて大丈夫だし、それに、口調も変に意識しなくたっていい。
一番、気を使わないしゃべり方でいいからさ」
アタシは、なるだけ穏やかに言ってやった。マライアは、薄暗い部屋の中で、コクっとうなずいた。
それから、クッとあごを引いて、唇を噛んでから、
「あの…も、もし、寝ないのでしたら、その…すこし、お話をしませんか?」
なんて言ってきた。肌にピリピリとしたものが伝わってきて、同時に胸が詰まるような感じがする。
こいつ、緊張してるんだな、こんなに…でも、分かるよ。
あんた、今、その小さい体の中にある小さな勇気をなんとか振り絞って、アタシにそう言ったんだろ?
だったら、アタシもちゃんと答えてやらないとな。
アタシは、上のベッドの柵を乗り越えて、柵にぶら下がりながら振り子の要領で下のベッドに飛び込んだ。
「キャッ」
とマライアの小さな悲鳴が聞こえる。
驚かせちゃったかな、と思って見つめたマライアは、アタシの顔を見て、口を手で覆って、恥ずかしそうに、少しだけ、笑った。
すかさずに、アタシはその頭を撫でてやる。
マライアは、肩をすくめて、
「ありがとう、ございます」
と、さっきよりもちょっとやわらかい笑顔を見せてくれた。
369: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:23:47.38 ID:AOshTCCVo
「で、どんな話がしたいんだ?」
アタシは、自分のベッドから毛布を引っ張って出して、
それを丸めて腰の後ろに突っ込んで策に背を持たせかけながら聞いてみる。
するとマライアは、また少し緊張した表情になりながら
「あの…こ、こんなことを聞いて良いのか分からないんですけど、その…
ミナト少尉は、どうして、軍に入ったんですか?」
と聞いてきた。
そんなもの、理由は簡単だ。
「ん、金のため、かな」
「お金、ですか」
アタシの言葉をなぞるように言ったマライアはそれからすぐに
「その…し、施設のため、なんですか?その、ミナト少尉は…」
とそこまで続けて、マライアはハッとしたようで、とたんに何かを怖がるような顔つきが恐怖にゆがんだ。
「あ、あ、あの、ごごごごめんなさい!たた立ち入ったことを、聞いちゃいました!」
施設出身なのか、そう聞こうとしたんだな、ってのは、なんとなく分かった。
まぁ、普通なら多少はナイーブな話ではあるよな。
どこの施設も、アタシがいたところみたいに良い場所だって保証はないし、いや、実際いろいろ聞くと、
相当ひどい環境のところもあるらしい。
そりゃぁ、施設って所は、いろんな境遇の子どもが来るから、虐待されたりして、捻じ曲がっちゃってるな、
なんて感じるような子どもも少なくはない。厳しくしたり、逆に内側が崩壊しちゃってる、なんて話も、割と聞く。
でも、アタシのいたところはそういうことは関係なく、寮母さんたちはアタシ達を大事にしてくれたし、
叱ってくれたし、褒めてくれたし、辛いときは一緒に泣いてくれたりしたこともある。
アタシはあそこが好きだし、恥ずかしいなんて思うことも、知られたくないなんて思うこともない。
だって、あそこはアタシの実家で、アタシの家族が居る場所だ。
「ま、そういうやつも中にはいるかもな。アタシは平気だから、安心しな。
そう、あんたが思ってる通り、アタシも施設出身だ。
ここから西へ、車で山を2つ越えたところにある街にあるんだよ。車なら、3時間ちょっとくらいかな」
そう言って、チラっとマライアを見やる。
彼女は、ホッとしたような、でも、まだ緊張が切れてはいないし、なんだか必死な顔をしてる。
おっかなびっくり、距離感を探ってる、って感じだ。
まぁ、焦るなって。
ちゃんと待っててやるし、なるべく分かりやすいようにしてやるからさ。
「それじゃぁ、やっぱり、施設のために、お金を?」
マライアはそう聞いてくる。あぁ、なるほど、そういうことか。
良くあるよな、施設出身者が仕事について、子どもたちには内緒でいつもプレゼントやらをたくさん届ける、って話。
なんだっけ、ボクシングだったか…あ、いや、違うな、なにかのスポーツだと思ったんだけどな…
あ、まぁ、それは、今は良いか。
370: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:24:41.04 ID:AOshTCCVo
「いや、そうじゃないよ。まぁ、昼間見てもらったみたいに、多少のお金とか物とかは入れてるけどね。
そのためってワケじゃないし、まぁ今回のは特別だったんだよ。金は、アタシの夢のための、貯金なんだ」
「夢、ですか…そ、その、それって、どんなか、って、聞いてもいいですか?」
「アタシさ、船がほしいんだよ!
そいつで、魚を獲ったり、ダイビングを教えたりしながら生活できたら、って思うんだ!
ここから北に行ったところに、アルバ島って島があって、そこがすごくキレイでさ!
そこで、そうやって、のーんびり暮らせたら楽しいだろうなって、な!」
アタシはなるだけ自分にブレーキをかけてその話をした。
どうも、船と海と釣りの話になると、夢中になりすぎちゃうところがあるんだ。
アタシの話を聞いて、しばらく呆然としてたマライアはちょっとしてから我に返って
「そうだったんですか…」
と口にした。どうも、意外だったらしい。反応に困っていそうだったので、今度はアタシから聞いてやる。
「マライア、あんたは、どうして軍なんかに?」
するとマライアは、グッと黙り込んだ。
あれ、なんだ、まずいこと聞いたか?
そうは思ったけど、マライアはアタシを見つめ返してきた。
そんなにまっすぐにアタシの目を見るの、初めてだよな。
「あの、話しても、いいですか?長いですし、あんまり面白い話じゃ、ないですけど…」
「うん、聞かせてほしいな」
アタシが言ってやったら。マライアは、コクっとうなずいて、それから何かを考え始めた。
いや、確かに、ちょっと長くなりそうだな。
だとしたら、ちょっとあれだ。
「ごめん、やっぱちょっと待った」
アタシが言ったら、マライアは急に悲しげな表情になる。
アタシはマライアの頭に手を置いて、
「長話になるなら、トイレ行って、あったかいココアでも淹れてからにしよう」
って言ってやった。
マライアはホッと安心したように柔らかな表情になって、
「はい、アヤさん」
って返事をしてくれた。
371: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:26:31.25 ID:AOshTCCVo
トイレを済ませて、お湯を沸かして用意したマグ二つにココアを入れた。
それから、またマライアのベッドに入り込んで、話を続きを促す。
「えっと…はい。あの、あたしが、10歳のころだったんですよ」
マライアは、すこし、寂しそうな表情をして、そう言った。
「当時、あたしは、家族で北欧に住んでました。小さな一戸建てで、2つ上の兄さんと、両親と4人家族でした。
その家の隣に、すごく仲良くしてた家族が住んでたんです。
あたし達兄妹より、うんと年上の、ミラってお姉さんと、それから、ミラさんのご両親の三人暮らしでした。
本当に小さいころからあたしと兄さんをかわいがってくれて、本当に、毎日遊びに行ってたんですよね。
ミラさんはとっても優しくて、しっかりしてて、あたしミラさんが大好きだったんですよ」
マライアは、言った。とっても、悲しそうな表情で。
アタシだって、馬鹿じゃない。
いや、バカだけど、でも、これくらいのことなら、分かる。
「死んじゃったのか、その人」
「…はい」
マライアはうなずいた。ふと、頭の片隅に、ユベールのことが思い出された。
掻き乱されそうになる感情を、ふっと吐き出して、それからアタシはマライアに言った。
「聞かせてくれるか?なにがあったのか」
でも、マライアは、急に口ごもった。
「でも…でも、ごめんなさい、やっぱり、あたし、この話したら、泣いちゃいそうで…ワケ分からなくなりそうで。
怖いんです…だから、さわりだけでも、その、いいですか?」
マライアはそう言いながらすでに涙目だ…。さわりだけ、か…でも、でも…良いのかな、ユベール…?
だってこいつ、話したらおかしくなりそうなことを、今でもずっと胸の中にしまい込んでるんだっていうんだろ?
ユベール…あんたなら、アタシがそんなだったら、放ってはおかないよな。
そんな状態で、こいつを放っておくなんて、それは…それは、絶対にダメだ。
「マライア。あんたはそれを話すだけで辛いんだろ?
だとしたら、胸の中にずっとしまっとくほうが、もっと辛いんだって、アタシは思う。
だから、泣いたっていい、ワケわからなくなって、パニくったっていい。
アタシがついててやる。だから、全部話せ。アタシが全部、一緒に聞いて、一緒にそれを抱えてやる。
どんだけ時間がかかっても、それでもいい。
アタシにとってオメガ隊は、アタシの家族だ。
だから、あんただって新入りだけど、アタシの妹みたいなもんだ。
家族が苦しんでるのを、アタシは放ってなんて置けない。だから、話してくれ。
辛いもの、悲しいのも、一緒になってアタシが抱えてやる。だから…な?」
アタシはマライアにそう言ってやった。マライアは、また、全身をフルフル震えさせて、硬直した。
でも、これは、今までのとは違う。安心しろ、マライア。あんたのことはアタシが守ってやる。
どんなに弱くったって、どんなに気が小さくてもいい。
それが、アタシが姉貴分としてやれることだ。
マライアは、それでも、フルフル震えて、ポロポロなみだをこぼしながら、固まっている。
まったく、本当に、世話の焼けるやつだ。
372: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:27:23.15 ID:AOshTCCVo
あたしはマライアの支給品のスエット地の寝巻きの胸倉を引っつかんで、自分の胸元に引き寄せた。
昼間、シェリーにしてやったみたいに、ギュッと抱きしめてやる。
肩より少し長めのブロンドを撫でてやった。
マライアは、最初はびっくりしてたけど、アタシが頭を撫でつつ、背中をトントンと叩いてやったら堰を切ったみたいに泣き出した。
とたんに、まるで呼吸が詰まるみたいに、何かがアタシの感情を揺さぶった。
マライアの体から、切り裂かれるような悲しみと、胸を押しつぶすみたいに、恐怖が流れ込んでくる。
こいつ…こんなもんを、ずっと抱えてたってのかよ…!
アタシは、普段なら締め出したくなるその感情を、全部受け入れた。
それが、マライアに伝わるとは思ってない。でも、少なくとも、アタシは知ってた。
ユベールが死んだときに辛いのも、悲しいのも全部、全部を分かってくれようとして、一緒に泣いてくれたロッタさんも、
アタシと同じ気持ちになってくれてたって。
他の子たちも、他の寮母さん達も、あの時はアタシと一緒になって泣いてくれた。
それが、アタシにはとっても安心できることだった。とってもうれしかった。
ユベールだけしかいない、なんて突っ張ってたのがバカらしいって思うくらい、ユベールが言ってくれたみたいに、
信じられる、って感じられる安心感とか心地良さに、アタシはそうやって貰って、初めて気がついたんだ。
この方法以外にもやり方があるのかもしれないけど、でも、他に知らないし、辛くて悲しくてきついけど、
でも、マライアだって同じなんだ。
安心してもらうために、アタシは、これをするのが一番だと思うんだ。
ひとしきりマライアが泣きまくって体を離したとき、アタシのスエットは涙と鼻水でべったりになってて、
思わずギョッとしちゃったけど…とにかく、アタシもなんとか気持ちを整えて、泣き止んだマライアに、静かに言った。
「大丈夫だから、聞かせてくれ」
静かにうなずいたマライアは話始めてくれた。
どうして彼女が、軍なんかに入ったのか。
どうして彼女が、こんなに怖がりなのか。
どうして彼女が、こんなに悲しいのか。
どうして彼女が、こんなに傷ついているのか…を。
「あれは、雪の降る、寒い朝でした―――」
373: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:28:16.43 ID:AOshTCCVo
朝、目がさめて、窓の外を見たあたしは、思わず飛び上がりそうになった。
今日も、雪が降ってる!
あたしは、冬が大好きだ。
寒くって、凍えそうで、指の先っぽとか、耳がジンジンって痛くなるけど、
でも、朝起きてあたりが真っ白だとワクワクするし、
それに、寒いときにはママとパパのベッドで一緒に寝ても良いってことになっててあったかいし、
あたしはそれがうれしいんだ!
あ、でも夏も好きだな。太陽はぽかぽかで、サワサワって、気持ちいい風が吹いてきて、
森は緑で、その向こうにある湖はキラキラしてて、とってもきれいなんだよ!
「マライアー、朝ごはんよー。起きてきなさーい」
下の階からママの呼ぶ声がする。
「はーい」
あたしは返事をして、昨日の夜に準備しておいた昨日、パパが買ってきてくれた新しいお洋服に着替えをした。
パパってば、早くに準備をして買ってたら、渡さないように我慢していられなかったんだって。
本当は昨日じゃなくて今日だったのに、パパったら、はりきりすぎ!
一階に降りたらパパは、テーブルについてコーヒーを飲みながら、板みたいな形をした機械で、
いつもみたいに配信されてくるニュース記事を読んでいた。
ママはテーブルにご飯を並べてくれていた。
今日の朝ごはんは、トロトロに解けたチーズがハムの上に乗ったトーストに、シチューに、それから、ココアもある!
「おはよう、マライア」
「おはよう、パパ!どう、似合うでしょ!」
あたしは、昨日パパがくれた白とクリーム色のしましまで首まですっぽりあったかいセーターに、
もこもこで防水の紺色ズボンを見せてあげた。
「ははは、思ったとおり、よく似合うよ」
パパは、そう言って笑ってくれる。
「ココア、こぼさないようにしなさいよ。白いんだから、目立っちゃう」
ママもニコニコしながら言ってきた。もう、大丈夫だってば!
「うー、おはよう」
ボリボリと頭をかきむしりながら、お兄ちゃんが降りてきた。その姿を見るなりママが
「マシュー、シャツが出てるわよ、だらしない」
ってお小言を言う。
「ん、あぁ、ほんとだ」
お兄ちゃんは、気にも留めずに、言われたとおり、セーターからはみ出していたシャツをズボンの中にしまってイスに座った。
374: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:28:50.64 ID:AOshTCCVo
「いただきまーす」
私はそう言って、ご飯を食べ始める。あったかいシチューは、体の中もあったかくなる。
寒い冬には、これを食べるのが一段だよね、って思って、スプーンにすくったシチューを口に入れたら、
思っていた以上に熱くって、アツアツってなってしまった。
「あぁ、もう、がっつくから」
ママがそう言って、パタパタとキッチンからコップにお水を入れてきてくれる。
それをゴクゴク飲んで、口の中を冷やす。
ふぅ、びっくりした。
そんなあたしを見て、ママとパパが笑った。
な、なによう、しょうがないじゃない、ママのシチューはおいしいんだからさ!
あたしはシチューはさめるまで、もうちょっと我慢することにしてトーストをかじった。
トロトロのチーズとハムが口の中で踊るのを楽しんでいたら、ママが話しかけてきた。
「マライア、今日は、何ケーキがいい?」
ケーキ、って聞いて、あたしはまた、飛び跳ねたくなるくらいにうれしくなっちゃった。
だって、今日はあたしの誕生日!パパはフライングして昨日プレゼントを渡してくれちゃったけど、
ママもお兄ちゃんも準備してる、って言ってたのを聞いちゃったし、
それに、先週のお休みの日、お家の前で遊んでたら通りかかったミラ姉ちゃんも来てくれるって言ってたんだ!
だから、今日はあたしの誕生日パーティーなの!
「うんとね、ケーキは…白のクリームとイチゴが乗ってるやつがいい!」
あたしが言ったら、ママは笑って、
「うん、分かった。楽しみにしててね!」
って言ってくれた。もうね、楽しみすぎて、あたし、学校までずっとスキップしていきたいくらいだよ!
朝ごはんを食べ終わって、歯を磨いて、髪の毛をママに結ってもらって、
イヤーマフつけて、ダウンのジャンバーを着てかばんをかけて、スノーブーツを履いて玄関を出た。
375: ◆EhtsT9zeko 2013/12/11(水) 01:29:19.39 ID:AOshTCCVo
空は鉛色で、フワフワと白い雪が降っている。吐く息は白くて、ほっぺたが冷たい。
あ、手袋忘れた!あたしがお家の中に戻ろうと思ったら、ママが出てきて
「忘れ物」
って言って、手袋を渡してくれた。
それから、もう冷たくなってきていたあたしのおでこにチュっとキスをしてくれた。
「行ってらっしゃい、マライア。気をつけなさいよ」
「うん、行ってくるね」
あたしも、ママのほっぺにキスを返して、学校への道を歩こうと思って、玄感の前の3段しかない階段を降りた。
そしたら、あたしを呼ぶ声がした。
「マライア、おはよ!」
あたしはその声に、またうれしくなって、パッと振り返った。
そこには、背が高くって、肩幅が広くって、茶色の長い髪に、茶色の瞳に、雪焼けした肌をした、
紺色のいつものかっこいいコートを身に付けた、ミラお姉ちゃんがいた。
あたしは思わずミラお姉ちゃんに駆け寄って飛びついた。
「お姉ちゃん、おはよう!今日、来てくれるんでしょ?!」
あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは笑って
「うん。緊急の呼び出しがなければ、ね」
って言って、寒いのにわざわざ手袋を外して、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
ミラお姉ちゃんは、町の消防士さん。
女の人なのに、男の人みたいに力持ちで、運動神経も良くって、すごくかっこいいんだから!
「待ってるね!」
あたしが言ったら、お姉ちゃんは
「うん」
って言って、また笑ってくれた。それからあたしを放して、
「ほら、遅刻しちゃうぞ!行ってらっしゃい!」
って背中をポンって、叩いてくれた。それがまた、なんだかとってもうれしくて、あたしは飛び上がって、
「うん、行ってきます!」
って、お姉ちゃんにいっぱい手を振ってから、雪の積もった道を学校までスキップで行った。
384: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:28:16.95 ID:g4jzLNiqo
「誕生日おめでとう!」
歌が終わってパパとママとお兄ちゃんと、それからミラお姉ちゃんとミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが言ってくれた。
「ありがとう!」
あたしは、みんなにお礼を言う。
「ほら、ろうそく!」
ママがケーキをあたしの前に押し出してくれる。あたしは、胸いっぱいに空気を吸い込んでお願いをした。
―――ママとパパとお兄ちゃんと、ミラお姉ちゃん達とずっと仲良く、一緒にいられますように。
あたしは、そんなお願いをしながら、ろうそくを一気に吹き消した。わっと、みんなが拍手してくれる。
なんだか、はずかしいな。
「ほら、マライア、プレゼント!」
お兄ちゃんがそう言って、抱えられるくらいのかわいい袋を出して渡してくれる。
「ありがとう!」
お礼を言って受け取って、袋の外から触ってみる。中には、ふわふわした物が入ってるみたい。
開けていい?開けていいかな?
「開けていい!?」
「おう」
やった!あたしは、袋の口を閉じていたリボンを引っ張って解いて、袋を開ける。
中には、クリーム色の、くりくりした目になんだか笑顔に見えるかわいい顔つきをして座っているクマのヌイグルミが入っていた。
「やぁー!かわいい!」
あたしは思わずそれを抱きしめる。
お兄ちゃん、自分の分のお小遣いで買ってくれてるんだ、って思うと、すっごくうれしい。
だって、お兄ちゃんは、自分用のラジコンが欲しくて貯金してたはずなのに!
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「うん」
あたしがお礼を言ったら、お兄ちゃんも笑顔になった。
「あー、それにしたんだ、結局」
ママがニコニコ顔してお兄ちゃんに言っている。お兄ちゃんは、なんだか照れてて、そっぽを向いて頭をかいている。
「じゃぁ、ママからね!」
今度は、ママが包装紙にくるまれた箱を渡してくれた。
なんだろう、ちょっと重たいんだけど…ワクワクしちゃって、もうダメ!
「ママ!開けたい!」
「ええ、どうぞ!」
あたしは返事を聞いてすぐに、包装紙のテープを剥がしてめくっていく。
中から出てきたのは、いつもパパが使っているみたいな、板型のコンピュータだった。
うそ、いいの、こんなの!
あたしは、思わずママの顔を見た。
「ふふふ、お兄ちゃんも学校の勉強で使ってるしね。マライアも、そろそろ自分のを持って使い方を覚えておかないとね!」
ママはそういってくれた。あたし用のコンピュータ…うれしい!あたし、いっぱい使えるようにする!
「ありがとう、ママ!」
385: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:28:48.76 ID:g4jzLNiqo
「えー、いいなぁ!これ、俺のやつよりいいやつじゃん!」
お兄ちゃんが包装紙の中から出てきた箱を眺めて言っている。
「マシューのは去年のモデルだったからなぁ。来年はジュニアハイだし、またそのときに考えようね」
なんて、ママはお兄ちゃんに優しく言っている。
「あぁ、俺もフライングしないで、今渡すべきだったなぁ」
パパが、うらやましそうにそうぼやいている。ふふふ!パパってば。
でも、昨日いきなり渡してくれて、びっくりしてうれしかったんだからね!
「じゃぁ、これ、私からのプレゼント!」
そんなことを思っていたら、ミラお姉ちゃんがそう言って、小さな包みを取り出した。
赤いきれいな包装紙に、かわいい緑のリボンがついてる。
「わぁ!ありがとう!」
ミラお姉ちゃん、来てくれるだけじゃなくって、プレゼントを持ってきてくれるなんて!
今日は夕方前に隣町で火事があって、ミラお姉ちゃんが出動したって、おじさんから聞いていたから心配した。
でも、お仕事が終わる時間にはちゃんと帰ってきてた。大丈夫だったの、って聞いたら、お姉ちゃんは笑って
「マライアのために、超特急で消火してきたよ!」
って言ってた。顔に黒いススの跡をつけて笑ってるお姉ちゃんの顔は、やっぱりかっこよくて、大好きだなって、思えた。
あたしは、ミラお姉ちゃんのくれたプレゼントを受け取った。
「ねぇ、開けていい?!」
「うん、どうぞ!」
お姉ちゃんの言葉を待って、ワクワクする気持ちを我慢しながら包装紙を剥がしていく。
中に入っていたのは、革みたいな材質でできた、四角い箱…なんだか、まるで、アクセサリーを入れておくみたいな箱だ。
え、え、え…?ア、アクセサリー?なの?
あたしは、ワクワクを通りこして、ドキドキに変わっていた気持ちにそわそわしちゃって、ミラお姉ちゃんの顔を見た。
「うん、いいよ、開けてみて」
ミラお姉ちゃんは、あたしを見て、にっこり笑ってくれた。
386: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:30:23.85 ID:g4jzLNiqo
あたしは、なんだか震えちゃいそうな手で、その箱の蓋をパカっと開けた。中には、小さな羽根の形をしたトップのついた、ネックレスが入っていた。
小さな青い石が、キラキラしたシルバーの材質に目立っている。
「わぁ・・・!」
あたしは、もう、胸がいっぱいで、そうとした言葉が出てこなかった。
「ね、付けてみて」
ミラお姉ちゃんがそう言う。あたしは、ネックレスを手でつまんで取って、金具を外して、首につける。
それから、リビングにあった鏡の前まで走っていって、どんなかって、見てみた。
すごい、なんだか、いっきにお姉さんになった気分!
「あはは、似合ってよかった」
ミラお姉ちゃんは、そう言って笑う。
あたしは、もう、なんだか、よく分からないけど、とにかくうれしくてうれしくて、ミラお姉ちゃんに飛びついた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
あたしはお姉ちゃんの体にギュッと抱きついて顔を埋めた。
お姉ちゃんは、あたしをフワッと抱きかかえてくれて、優しく頭を撫でてくれる。
嬉しいな…嬉しいな…!
ぐりぐりとお姉ちゃんの体に顔を押し付ける。柔軟材の匂いなのか、それとも、お姉ちゃんの香水なのか、なんだか分からないけど、
いつも香ってる、お姉ちゃんの匂いと、あったかい体温があたしを包み込んでくれる。
嬉しいな、本当に、嬉しいな。
あたしはひとしきりお姉ちゃんに抱きついてから、ママ達に促されてテーブルに戻った。ケーキ食べないとね!
あたしは、汚しちゃまずいから、と思って、貰ったプレゼントをとりあえずいったんしまっておこうって思って、
ヌイグルミもえっと、タ…タブレット?コンピュータも包装紙にくるみなおした。
それからお姉ちゃんに貰ったネックレスも外して、かっこいい革のケースに入れようと思ったら、
羽根のトップに、何か文字が刻み込まれているのを見つけた。なんだろう、これ?
あたしは目を凝らして、その小さくて、細かい文字を読もうとする。
「あぁ、それ?」
ミラお姉ちゃんが、そんなあたしに気がついたのか声を掛けてくれた。
「それはね、ファイヤーマンズプレイ、って言う詩の一節よ」
ミラお姉ちゃんはそう教えてくれた。
「消防士の、祈り?」
「そう、前世紀の、どこだかの消防士が書いた詩で、消防士の精神として語り継がれてるのよ。
そこに刻印してもらったのは、私が一番好きなフレーズなんだ」
「え、これって、手作りなの?」
「そうよ、知り合いの職人さんに頼んだの。ルナチタニウムって言う、丈夫な金属で作ってもらったんだから」
「そうなんだ…ありがとう、ミラお姉ちゃん!…“人を助けし我を、守りたまえ”…?これ、どういう意味…?」
「うん、火事の現場やなんかで、私達は命をかけて人を助けるわ。
でも、そんなことをしたら、いつか怪我をしたり、死んじゃったりするかもしれない。
みんな、怖く思うこともあって当然なんだよ。でも、そんなときにこの言葉を思い出すの。
困ってる人たちは、私が助けます、だから、どうか私を守ってください、って、ね」
あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは、そう言って笑った。
387: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:31:50.78 ID:g4jzLNiqo
「誰に、お願いしてるの?」
「原文なら、神様、なんだけどね。あたしは、あれは神様にお祈りをしているって感じじゃない気がするんだ。
でも、人ではない何か、ではあるんだけど…ね」
ミラお姉ちゃんは、そんな良く分からないことを言った。神様でも、人でもない人?
それってなんだろう…あたしは、しばらく考えて、ふと、トップが羽根の形をしているのを思い出した。
「そっか、天使さま、かな?」
あたしがそう言ったら、ミラお姉ちゃんは笑って、
「ふふ、そうかもね」
なんて言って、あたしの頭を撫でてくれた。
そっか、この羽根は、天使様の羽根なんだね。
あたし達が困ったときに、空からやってきて、あたし達に降りかかってくる困ったことを、全部まとめて取り除いてくれる。
そういうものから、あたし達を守ってくれる、強くて、優しくて、それから、たぶん、いっつも穏やかに笑ってる、
きっとそんな天使様なんだ。
あたしは、貰ったネックレスの羽根を指で摘んだ。電気の明かりに照らされて、キラッと、きれいに光った。
「はーい、じゃぁ、ケーキ切るわよ!」
ママがそう言って、ケーキ用のナイフを持って来た。
「あ!俺、そのチョコレート乗ってるとこがいい!」
お兄ちゃんがそんな声を上げた。ママがチラッとあたしを見る。
「ふふふ、今日は嬉しいから、お兄ちゃんはそれ食べていいよ!」
あたしはそう言ってあげた。チョコレートなんて、いっぱい食べてよ!
あたしは今日はすごく嬉しいから、もうこれ以上のよくばりはいらないんだ!
ママがケーキを配ってくれて、あたしとお兄ちゃんはジュースで、
ミラお姉ちゃんに、パパとママとおじさんとおばさんは、ワインで、みんなで乾杯をした。
あたしは、すっかり楽しくなっちゃって、ケーキにチキンに、それから、パスタも山盛りお皿によそった。
「お、これ」
ふと、パパがそんな声を上げた。見たら、パパは、テレビに目を向けていた。
そこには、2週間後に走り出す、新型の大陸間鉄道の車両が映っていた。
確かあれ、アジアの方を出発して、何日もかけて、
この町にあるターミナル駅に新しく出来たプラットフォームにも止るんだって、学校の先生が言ってた。
<これが、アジア-ヨーロッパ間をつなぐ大陸間鉄道が新規に導入した新型車両です。
ニューホンコンシティから北欧を経由し、プラハまでを2週間でつなぐこの列車、車内は、
これまでの車両以上の、生活しやすい工夫が施されています>
ナレーターの人がそうしゃべったら、電車の中の映像に切り替わった。
中は、なんだかホテルみたいで、ベッドにきれいなテーブルセットみたいなのもある。
388: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:32:24.84 ID:g4jzLNiqo
「だいたい、どうしてホンコンとプラハをつなぐのに、こんなことを通る必要があるって言うんだよ」
「あれでしょ、建設時に、なんとかって言う、この辺り出身の政治家が圧力かけたって話、あったじゃない」
「あぁ、そんな話あったよね。まったく、北欧なんて遠らなきゃ、もう3日は早く着けるだろうに」
ママにパパに、ミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが話してる。難しいことは良く分からないけど…
でも、あたしはこの町に止まってくれるのはうれしいな!
「あー、いいなぁ、これ。俺も乗ってみたいよ」
中の映像を見ていたお兄ちゃんがそう言う。うん、あたしもそう思う。
「ねぇ、これって高いのかな?」
あたしはママに聞いてみた。ママは苦笑いして、
「まぁ、安くはないわね。それに、アジアへ行くなら、列車よりも飛行機の方が全然早いし…
ママは、この電車を使うとどんないいことがあるのかはわからないな」
なんて言っている。もう、ママってば、こんなにきれいでピカピカのホテルみたいな電車なのに!
「パパ、こんどこれに乗ってお出かけしたい!」
あたしは、パパに言ってみた。パパはちょっと苦笑いを浮かべて、
「そうだな、まぁ、春の休みになったら考えておこうな」
って言ってくれた。
「ね、ミラお姉ちゃんも行こうよ!」
お姉ちゃんも来てくれたら、そんなにうれしいことないんだから!
あたしはそう思って、今度はミラお姉ちゃんにも聞いてみた。お姉ちゃんは、にっこり笑って
「うん、お休みが取れたら、ね」
って、あたしの頭を撫でてくれた。
<さて、次のニュースです。先日、ラサで起こった政府機関の入ったビルの一階が爆発、炎上した事件ですが、
捜査当局は、今日、ネットワーク上に拡散されている犯行声明映像に写る集団を犯人と特定し、
テロ事件として連邦軍諜報部と連携して捜査を開始しま――――
389: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:37:52.54 ID:g4jzLNiqo
「いいですか?ちゃんと列になってついてくること!」
先生が、駅の前でそう言っている。
「はい!」
あたしは、ちゃんと返事をした。今日は社会科の見学。
この間ニュースになっていた新しい電車が、この町の易に停車する。
あたしの学校は、鉄道を経営している会社からの招待を受けて、この列車に1時間だけ乗って、
少しだけ離れた大きな街まで行って、そこから別の列車に乗って帰ってくる、って言う見学会をすることになった。
話を聞いたときは、それはもう、飛び上がりたくなるくらいにうれしかった。
しかも、この見学会に来れたのはあたし達の学年の40人だけ。
お兄ちゃんにこの話をしたら、すっごくうらやましがって
「写真いっぱい取ってきてくれよな、あと、お土産もな!」
って、すっぱく言われちゃった。そんなの言われなくたって、ちゃんとやるから大丈夫だよ!って言ってあげた。
「はーい、いいですか、困ったことがあったら、先生か、案内してくれている職員さんに聞いてくださいね!
それじゃぁ、行きますよ!」
先生がそう言って駅の中に歩き出した。あたし達もその後ろに二列になってついていって駅に入る。
この駅は、あたしも何度も来たことがある。
なんでも、すっごく昔からある建物を、修理したり補強したりして使っているって聞いたことがある。
なんだか博物館か美術館みたいになっていたりして、あたしはこの駅が好きだった。
「なぁなぁ、昨日のテレビでやってた特集見たかよ?」
すぐ隣を歩いていたアーサーくんがそんなことを言ってきた。あたしは、ワクワクしててキョロキョロしてたから、
ちょっとびっくりしちゃったけど、でも、すぐに昨日のテレビでやってた情報番組でやっていたあの列車の話を思い出した。
「見た見た!部屋にバスルームまでついてるんだってね!」
「あ!それ、私も見た!」
今度は話を聞いたリズが後ろから話題に入り込んでくる。
「あのスイートルームって言うの、見てみたいなぁ、今日見せてくれるかな?」
リズも目をキラキラさせながら言っている。
スイートルーム、って、あの車両一両分を全部使ってある部屋のことだよね?あれ、すごかったなぁ。
大きいベッドに、冷蔵庫とキッチンまであったんだ。
バスタブなんて、プールみたいに大きかったし、テーブルに果物の入ったバスケットまで置いてあった!
「あたしも見たいな、あの部屋!あとで、聞いてみようよ!」
あたしが言ったら、アーサーくんが、
「まぁ、俺の親父に言えば、たぶん簡単だろうけどな」
なんて言いだした。
390: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:38:44.82 ID:g4jzLNiqo
「え、アーサーくんのお父さん、鉄道関係のお仕事してるの?!」
アーサーくんの言葉に、リズが驚いている。
「ふははは!なんたって、俺の親父は、大陸間鉄道を持ってる会社のCEOやってるんだぜ?」
「それって、あれでしょ、社長みたいなやつでしょ!?すごい、アーサーくん、お金持ちじゃん!
あ、って言うことは、この見学会もアーサーくんが言ってくれたの?」
「まぁ、そうだな。お前ら俺に感謝しろよ」
アーサーくんはそう言って腕組みをして胸を張る。だけどあたしは、ふふふ、って笑ってしまった。
「なに言ってるの?アーサーくん。あなた、うちから1ブロックのところにあるヘッジ工務店の一人息子でしょ?」
「ぬぁっ!?マライア、言うな!」
「え!ひどーい、アーサーくん、うそつき!」
声を上げたアーサーくんの肩を、リズが笑いながらひっぱたく。
「うっわ、折れた!今ので肩の骨が折れた!」
アーサーくんが大げさにそんなことを言って苦しみだした。
あたしはおかしくなって歩きながらお腹が痛くなるくらい笑ってしまった。
「お、あれ見ろよ」
急に痛がってたアーサーくんが何かを指差した。あたしとリズで、その先を見た。
すると、駅のホールの天井に、誰かが見える。人が、二人、高い天井に昇って、何かをやっていた。
「なにやってるんだろう?」
「工事じゃないか?俺の親父は良くやってるよ。こういう古い建物は、雨漏りとかひどいからな。
点検とか修理は欠かせないんだよ」
アーサーくんはまた胸を張って言った。
「ぶっ!もう!やっぱり?つきじゃん!お父さん、工事の人なんじゃん!」
リズがまた、アーサーくんの肩をペシっと叩いた。
「ぐわぁ!しまった!自分で言っちまった!」
アーサーくんはそんなリズに負けずに、わざとらしくそう言った。
あたしはもう、それがまた可笑しくてお腹を抱えて笑ってしまう。
もう、おかしくっておかしくって、夢中になっていたら、ドン、と何かにぶつかった。
あちゃ、ごめんなさい、って思ってあたしは前を見たら、そこには、怖い顔をした先生があたし達三人を見下ろしていた。
「ヘッジくん、アトウッドさん、マーラーさん!しっかり歩いてください!」
先生は、ギロっとあたし達を睨みつけてそう言った。もうさ、シュンとしちゃうじゃない…
「ごめんなさい」
あたし達三人は、そう言って先生に謝った。まぁ、でも、とにかく、今日は楽しいことには違いないんだ。
391: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:39:36.84 ID:g4jzLNiqo
それからあたし達は、一緒についていてくれた職員さんたちの案内で、ピカピカのプラットホームに案内された。
他のところよりも長いそのプラットホームには、あの列車を待っているんだと思う人たちがたくさん詰め掛けていた。
職員さんに言われて、あたし達はフォームの一番端っこの搭乗口、って書いてあるところに並んでいた。
「あと、5分ほどで到着しますからね!」
職員さんがそう教えてくれたので、もう、あたしもアーサーくんもリズも、他のみんなもワクワクが止まらなくなってしまった。
あたしは背負ってきていたかばんからパパに貸してもらった小型の電子フィルムタイプのカメラを出して、ドキドキをこらえながら列車を待つ。
もうね、口から心臓が飛び出そうなくらいのドキドキなんだよ!
飛び跳ねたり、わー!って声を出して走り回っちゃいたいくらいにドキドキしてるんだ!
そしてついに、ホームに列車が入ってきた。テレビで見たとおり、ピカピカの青い車体で、もうかっこいいのなんのって!
あたし達は職員の人に案内されて、その先頭車両に乗せてもらった。
あたし達が全員乗ったのを確認したみたいに、列車が動き出す。
それからはもう、興奮の連続だった。
あたし達は、客席を案内されて、それから、なんと、運転席まで見せてもらえた。
アーサーくんが運転席に座らせてほしい、と言ったら、運転手の人がちょっとだけ乗せてくれて、アーサーくんは大興奮。
興奮しすぎたアーサーくんは、直後にブパッと鼻血を吹きだしたんで、また笑ってしまった。
客席もピカピカで、スイートルームは見せてもらえなかったけど、
その次くらいに豪華だって言う部屋は、本当にホテルみたいで、あたしまで鼻血を吹いちゃいそうなくらい興奮した。
そんなだったから、列車はすぐに次の駅に着いてしまった。1時間って、あっという間だ。
そこから普通の特急列車に乗って、あたし達はいつもの町の駅まで戻ってきた。
「はい、じゃぁ、みんなで、職員さんにお礼をいいましょう!」
ホールに戻ってきてから先生がそう言って、二人の職員さんを前に
「ありがとうございました!」
と頭を下げた。
「ありがとうございました!」
あたし達も、声をそろえてお礼を言う。
「みんな、また来てね」
「私達も楽しかったです。今度は、お客さんで来てくださいね」
二人の職員さんはそう言ってくれた。
「はい、それじゃぁ、帰りますよー!学校まで、歩きですから、ちゃんと最後まで頑張りましょうね!」
先生がそう言った。いや、ちょっと、待って!待って!!
「先生!待って!」
あたしは、そう声を上げて手を挙げた。そんなあたしを、先生が不思議そうに見つめてくる。
先生だけじゃなくて、他の子まで、あたしを見てきた。うーん、そんなに見られると、すごい言いにくいよ…
「あの、あのね、先生、あたし、その…おトイレ行きたいんだけど…」
あたしが言ったら、先生はニコッと笑って
「はい、わかりました。それじゃぁ、アトウッドさんの他にトイレに行きたい人がいたら、行ってください!
他のみんなは、この掲示板のところで待ってますよ!」
って、先生が言ってくれた。良かった、と思ってあたしは他に行く子がいないか、周りを見た。
でも、あたしの他に立ち上がる人はいない。もう、あたしだけ!?恥ずかしいなぁ、もう…
392: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:41:53.72 ID:g4jzLNiqo
そんなことを思いながら、あたしは、仕方なくひとりで駅のトイレに行った。
トイレはそんな混んでも居なくって、あたしは、特に待つこともなく用事を済ませた。
手を洗って、バッグの中から出したタオルで手を拭いて、トイレを出た。
あたしは、みんなの待っている大きな電光掲示板の放を見やった。みんなはそこでワイワイしながら塊って待っていた。
あたしは、ちょっとだけ焦って、みんなのところまで走っていこうとして、足を踏み出した。
次の瞬間、あたりが、パッと光った。と思ったら、あたしの体は、宙を飛んでいた。
体を打ち付けるみたいな大きな音が聞こえる。
なに…?今の、何?そんなことを思っていたら、あたしは地面に叩きつけられていた。
そのときになって初めて、痛い、と思った。痛くて、痛くて、あたしは体を丸める。
背中が痛い…耳が痛い…床にぶつかった肩も痛い…痛い、痛いよう…!
でも、その痛みもあたしはすぐに忘れてしまった。
うっすらと開けていた目に、真っ赤な炎が見えたからだった。
火?なんで?燃えてるの…?さっきの、大きな音…爆発したの?何かが…?
そう思っている間に、駅のホールのあちこちから、大きな爆発音とともに、炎が上がる。
ホールに居たお客さんの叫び声が聞こえる。たくさんの人たちが、あちこちをめがけて逃げ回っている。
みんな…みんなは?あたしは、電光掲示板のあったほうを見た。そこには、みんなの姿はない。
みんな、逃げたの?
バリバリバリって、爆発とは違う音が聞こえた。あたしは、ハッとして顔を上げた。
そこには、何か、黒いものを抱えた、覆面をつけた人たちが何人も居て、
バリバリ音をさせる黒いものの先からパパパと明かりを撒き散らしている。
あれ…鉄砲?き、機関銃、って、やつ?…なに…?あれ、悪い人なの?ご、強盗?
あたしは目に映る光景が分からなかった。でも、ただ、あたしは、怖い、って、そう思った。
あたしは、痛い体を我慢して、立ち上がって、走った。
逃げなきゃ…逃げないと、殺されちゃう…!
あたしは夢中で走った。走って、走って、出口のほうへ近づいたとき、今度は、出口の方から何かが飛び込んできた。
ポン、ポンって、ドラムみたいな音も一緒に聞こえる。
飛び込んできたのは、缶詰みたいな、金属の塊…それは、床に落ちるのと同時に、シュゥゥッと白い煙を吐き出し始めた。
とたんに、目が、開けてられないくらいに痛くなってくる。なに…なによ、これ!
目が開かない…涙がいっぱい出てきて、痛くて、見えない…!
あたしは、とっさにそばにおいてあったソファーセットの間に飛び込んだ。
目を押さえて、床に腹ばいになった。
393: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:42:28.87 ID:g4jzLNiqo
「一斑、前へ!」
誰かの怒鳴り声がした。
そのとたん、バリバリバリていう、激しい銃声が聞こえだす。それだけじゃない。
ビュンビュンと弾が飛び交っている音も聞こえてくる。あたしの、頭のすぐ上を…
「警官隊だ!」
「殺せ!」
「3番の爆弾を使え!」
そう怒鳴る別の声も聞こえる。それと同時に、一段と銃声が激しくなった。
戦争?なんで、なんで急に戦争が始まったの?!
あたしの体を打ち抜くみたいな銃声と、あたしの心を打ち壊すみたいな怒声がホールの中に美引き渡る。
あたしは、目を押さえていた手を離して耳を塞いだ。でも、それでも、音は聞こえてくる。怖い…怖いよ…
死んじゃう…あたし、死んじゃうよ…!
胸が破裂しそうな感じがする。頭なんか、もう、真っ白を通り越して、おかしくなっていた。
あたしは、自分でもき月かなったけど、ずっと叫んでた。
―――やめて、お願い、もう止めて!
って。
また、爆発が聞こえた。
「く、崩れる…!」
「た、た、退避ー!」
ガラガラと、音がした。と、今度は、ズズズズンって、地鳴りみたいな振動が伝わってくる。
誇りが立ち込めて、あたりがうっすら暗くなる。電気も、消えた。
あたしのこぶしくらいもある石みたいなものがバラバラと飛んできて、あたしの背中にドカドカって降って来た。
あたしはまた痛くって、体を丸めて、頭を押さえながらソファーの陰へ陰へと体をもぐりこませる。
「た、助けてくれー!」
「ぎゃはっ、ぎゃははは!死ね!腐った連邦め!我々スペースノイドの苦痛を思い知れ!」
ダダダン!
「がはっ…あはは…ひゃははは!」
声…声が聞こえる。あたしは、ソファーの下から、その声のほうを見た。覆面を点けた人がそう言って笑ってる。
まるで、まるで、壊れたおもちゃみたいに…不気味に、気持ち悪く、笑ってる…
ダダダン!また、銃声。覆面の人が、体を波打たせた。赤い霧みたいなのが舞う。
う、撃たれたんだ…でも、覆面の人は、倒れなかった。
「思い知れ…思い知れぇ!」
覆面の人が、ひときわ大きな声で叫んだ。ビリビリと、空気が震えているんじゃないかって感じるくらい、怖かった。
でも、次の瞬間、ボンッて音がして、男の体が、吹き飛んだ。腕と頭が、散らばって、飛んでいく。
何か、赤い塊が、あたしの目の前の地面に、ビチャっと音を立てて貼り付いた。
これ…これっ…これって…て、て…手?
それは、手だった。ごつごつした、大人の男の人の、手。
半分に千切れて、親指と、人差し指と中指しかないけど…手だ、ひ、人の、手、だ…
394: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:42:54.50 ID:g4jzLNiqo
それが分かった瞬間に、あたしは胸の奥から何かが湧き上がってくるのを感じた。
次の瞬間には、あたしは絶叫した。言葉にもならなかった。叫んだ、とにかく、叫んだ。
そして、同時に、お腹の中がひっくり返るような感じがして、お昼に食べたお弁当を吐いた。
それでも、絶叫は止まらない。怖い、怖い、気持ち悪い、なんで、どうして?なにが、どうなってるの?!
もう、頭が壊れてしまった気がした。
バン、ババン、と銃声が小さくなっていく。あたしは、ソファーの下で、うずくまってそれを聞いていた。
あたしに見えるのは、ちぎれた手と、そこから見える崩れた駅のホール。
天井が落ちてきたんだろう。もう、瓦礫ばかりで、歩けるようなところもない。
もやもやと煙る誇りの霧の向こうでは、あちこちから炎が上がっているのも見える。
―――――――!
ふと、頭の中に、何かが響いた気がした。なに、今度は、今度は、なんなの!?
―――イア!
声?誰…?なに?
―――マライア!
誰…?あたしを呼んでる…これ、これ、この感じ、ミラお姉ちゃん?
あたしは、震えて、うまく動かせない体をそれでも少しだけ動かして、ソファーの下からあたりを見回した。
どこにも、人の姿なんてない。でも、でも聞こえる。これ、ミラお姉ちゃんの声だ…!
―――マライア、無事なの!?
「お姉ちゃん…!あたし、ここだよ!ソファーの下に隠れてる!助けて!」
あたしは、なんとかそう叫んだ。ううん、叫んだ、なんて言うほど大きい声が出なかった。
でも、それでもあたし、できる限りの声でそう、ミラお姉ちゃんを呼んだ。
―――待ってて、すぐ行く!
ミラお姉ちゃん、来て、来てくれるの?あたしを助けに、ここまで…?
あたしは、それを聞いて、ようやく我に返った。ここに、お姉ちゃんが来るの…?
だめ、だめだ、助けては欲しいけど、でも、ここは危ないよ…だって、戦争してるんだよ…?!
お姉ちゃんになにかあったら、あたし…あたし…!
395: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:43:20.81 ID:g4jzLNiqo
ドスンって、音がした。あたしは思わず、頭を抱えて、うずくまる。何かが、あたしの頭に触れた。
大きくって、あったかい手…
「マライア…良かった、無事だった…」
声が聞こえた。あたしの良く知ってる、大好きな声…!
あたしは顔を上げた。そこには、ヘルメットに、防火服に、酸素マスクを首からかけて、
マスクから、腰についている小型の酸素ボンベにホースがつながっている。
胸のところには、ハーネスのついたハンドアックスも下がっていた。
「ほら、立てる?」
ミラお姉ちゃんの手が、あたしの体に回った。あたしは、ミラお姉ちゃんの腕にしがみついて、なんとか体を起こした。
立とうと思ったけど、脚に力が入らない。
ケガでもしてるのかと思って、体を見回すけど、ううん、ケガはしていない。どうして?
でも、力が入らないよ…どうしちゃったの、あたしの体…?
「あはは、腰が抜けちゃったんだね」
ミラお姉ちゃんがそう言って笑った。それから、ギュッとあたしを抱きしめてくれる。
ごわごわした防火服だったけど、お姉ちゃんのほっぺたが、あたしのほっぺたにぴったりくっ付く。
あたしの体に絡みついている腕が、いつもみたいに強くあたしを捕まえてくれる。
安心して、あたしは、ミラお姉ちゃんの言葉を思い出した。
「こ、腰抜けたのって、なな、治る?」
そんなことを聞いたら、ミラお姉ちゃんはプッと噴出した。
「大丈夫、ここを出たら、すぐに元に戻るわ」
ガラガラっと、何かが崩れる音がした。あたし達は、二人してそっちを見る。
そこには、スーツを着た人が居た。顔には、覆面をつけている…ここ、この人、さっきの人と同じ…!
あたしは背筋が凍って、全身が固まるのを感じた。ギュッと、ミラお姉ちゃんの手を握る。
覆面が、あたしたちのほうを向いた。覆面の下の目は、普通じゃ、なかった。
「マライア!走って!非常口はまだ通れる!」
ミラお姉ちゃんがそう叫んだ。それと同時に、胸の前に掛けていたハンドアックスを握った。
「まだ、生きてるのがいたか…」
覆面の人が、つぶやくように言った。それから、ゆらり、と、覆面の体が揺れる。
その瞬間、ミラお姉ちゃんが、地面を蹴って、覆面に飛び掛った。
「お姉ちゃん!」
ダメ、ダメだよ、お姉ちゃん!逃げようよ、その人たちに近寄っちゃダメ…逃げないと…逃げないとっ…!
あたしは、でも、逃げることも、お姉ちゃんを止めることもできなかった。
ヘタッと、その場に膝から崩れ落ちて、覆面に組み付いたお姉ちゃんの後姿を見つめていた。
もう、痛くなりすぎて、胸は張り裂けちゃったみたいに、穴が開いちゃったみたいに、
いろんな気持ちが沸いては消えていくのを繰り返していた。
頭でもほとんど何も考えられない。
396: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:43:46.97 ID:g4jzLNiqo
バスバスっと、湿った音が、二回した。お姉ちゃんの背中から、赤い霧が吹き出た。
次の瞬間、覆面とお姉ちゃんが、二人して崩れるようにして、床に倒れ込んだ。
今の、なに…?お姉ちゃん、どうしたの…?赤いのが…血が、お姉ちゃんの体から噴出してた…
お姉ちゃん…ミラお姉ちゃん…!
あたしは、動かない脚の変わりに両腕を使って、なんとかお姉ちゃんのところまで這って行った。
覆面の人の首下に、お姉ちゃんが持っていたハンドアックスが深く突き刺さっていた。
お姉ちゃんは、うつぶせに倒れたまま、腕で、何とか起き上がろうともがいていた。
「ミラお姉ちゃん!」
あたしは、お姉ちゃんの体をうつぶせに返した。
「げふっ…がはっ!」
とたんにお姉ちゃんは苦しそうに席をして、口から値をあふれ出させる。着ていた防火服には穴が二つ開いてて、
そこから、血が…血が、いっぱい出てる…!
「お姉ちゃん!お姉ちゃん、しっかりして!」
あたしは、お姉ちゃんの肩を叩いて呼びかける。そしたら、お姉ちゃんは、うっすら目を開けて、微かに笑った。
「マライア…逃げて…逃げなさい、私は、もう、動けない」
なんで!なんでよ…!ダメだよ、そんなの!お姉ちゃん!
「やだ!一緒にいる!」
あたしが言ったら、お姉ちゃんは、また、笑った。
「わがまま、言わないで…あたしの、かわいい、天使、さ、ま…」
お姉ちゃんはそう言いながら、血だらけになった手であたしのほっぺたを撫でた。
それから、うっすらと涙を浮かべて
「お願い…私に、悲しい思い、させ…ないで」
って、言って、また、笑う。
「イヤだ!」
あたしは、叫んだ。そんなのイヤだ。こんなところにお姉ちゃんを置いていくなんて、できない!
「マライア…聞いて、私の、大事な大事な、大好きな、私の、妹…、私の、天使さま…。
なにがあっても、負けないで。なにがあっても、笑っていて。私は、あなたの笑顔が、大好きだったんだから。
だから、忘れないでね、笑顔でいること…泣いちゃうことが、あっても…最後は、きっと…笑ってて、ね…。
だから、早く、逃げて…。ここに、いたら…あなたまで、あぶ…ない…」
ダメ…ダメ…ダメ…!あたし、イヤだよ、お姉ちゃんを置いていくのも、イヤ、一緒にいる、あたし、逃げない…
でも、でも、このままじゃ、お姉ちゃん、死んじゃう。いっぱい血が出ちゃってる…どうしよう?
どうしたらいい?…ケガしてるんだ…救急車…そうだ、お医者さんだ、お医者さんに連れて行かなきゃ…!
でも、でも…お姉ちゃんを運べるかな…?あ、あ、あたし、脚が、今、う、動かないのに…
でも、でも…ミラお姉ちゃん、今、言った。あたしのこと、天使さま、って、そう、言った。
そうだ、あたしが守ってあげないといけないんだ。
困ってる人を助けるお姉ちゃんを、あたしを助けてくれる人を守るのが、天使の役目…あたし…やらなきゃ…!
397: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:44:16.09 ID:g4jzLNiqo
あたしは、お姉ちゃんの腰のベルトを外した。酸素マスクもボンベも全部外した。
防火服も、重いから、がんばって脱がせる。
「マ、マライア…い、いきな、さい…」
「バカ!お姉ちゃんを置いてなんていかないんだから!早くこれ脱いでよ!」
あたしは、お姉ちゃんに怒鳴った。お姉ちゃんは、ブルブル震えながら、それでも、あたしの言うとおりに、
重い防火服を脱いでくれた。
「マライア…」
お姉ちゃんがあたしの名前を呼んで、クイッと、あたしの頭に腕を回して、あたしの顔を覗き込んで、ニコっと、笑った。
笑って、って、お姉ちゃん、言ってた。
そうだ、あたし、負けない、こんなことなんかに、お姉ちゃんの天使さまは、負けちゃいけないんだ…!
そう思って、あたしは、精一杯の笑顔をお姉ちゃんに見せてあげた。
そしたら、お姉ちゃんもまた、優しくて、柔らかな、あたしの大好きないつもの顔で笑ってくれた。そして
「大好きよ、マライア」
って、お姉ちゃんは、大好きな笑顔で、そう言ってくれた。
それからすぐにランニング姿になったお姉ちゃんを、あたしは背負った。
ううん、背負う、なんてもんじゃなかった。
チビのあたしがおんぶしたって、お姉ちゃんの脚は、地面についちゃう。
それでも、なんでも、あたし、やらなきゃ…!
あたしは、いつのまにか動くようになっていた脚で非常口に向かって歩いた。
一歩、また、一歩、お姉ちゃんの脚を引きずりながら、とにかく、一生懸命踏ん張って、
急がなきゃ、急がなきゃ、って、それだけを考えながら、歩いた。
腰と背中の筋肉が痛くなる。気を抜いたら、潰れちゃいそうだ。
だけど、でも、止まってなんて、いられない、休んでる暇もないんだ。
あと、4歩。もうすぐ、非常口に手が届く。あと、3歩、2歩…ついた、非常口…!
あたしは、もう開け放たれていたドアから外を見た。明るい光があたしの眼に飛び込んでくる。
398: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:44:42.52 ID:g4jzLNiqo
「生存者だ!」
「子どもだぞ!」
「3班、保護しろ!救急隊、前へ!けがしてるぞ!」
男の人の、怒鳴る声が聞こえる。
やった、良かった…お姉ちゃん、警察の人たちも、救急隊の人たちもいっぱいいるよ。
助かる、お姉ちゃん、助かるよ…!
安心、した。と、思ったら、また、脚から力が抜けた。
お姉ちゃんを背負ったあたしは、そのまま、お姉ちゃんの下敷きになるみたいに、地面に崩れ落ちた。
あたしの周りに警察の人たちが駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、助かったよ」
あたしは、体を起こして、お姉ちゃんの上半身を抱きしめるようにして、お姉ちゃんの耳元にそうささやいた。
でも、お姉ちゃんは、ぐったりしてる。
「お姉ちゃん、安心してね、もう、大丈夫だから…救急隊もいるから、病院に急いでもらえるよ、お姉ちゃん…」
違う、そんなはず、ない。強くて、優しくて、大好きな、あたしのお姉ちゃんなんだ。
だから、そんなはず、絶対に、ない…!
「ね、お姉ちゃん…褒めてよ、あたし、お姉ちゃんを、守ったよ。
天使さま、って言ってくれたから、あたしがんばったよ、ねぇ、お姉ちゃん…」
でも…でも、お姉ちゃんは、動かない。
「お姉ちゃん…ねぇ、お姉ちゃん…!」
あたしは、お姉ちゃんの体をゆすった。でも、でも…でも…
お姉ちゃんは、笑ってるみたいに、優しい表情をしたまま、つぶった目を開けて、くれない。
「お姉ちゃん…ねぇ、ねぇ…起きてよ…お姉ちゃん!」
あたしは、もっともっと、お姉ちゃんの体を揺さぶる。
でも、いくら揺すっても、いくら耳元で声を掛けても、お姉ちゃんは、目を開けなかった。
身動きひとつ、しなかった。
だって、まだ、体、あったかいじゃん、ねぇ、お姉ちゃん…起きてよ、そんなの、いやだよ…
そんなの…やだよ…ねぇ、お姉ちゃん…お姉ちゃん…お姉ちゃん……!
「イヤっ…お姉ちゃん…いやぁぁぁぁぁ!」
399: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:45:20.72 ID:g4jzLNiqo
くすん、とマライアが、鼻をすすった。アタシもそれに負けずに、ズルルっと、音を立てて、鼻水を吸う。
マライアは、あれから、過呼吸を繰り返し、涙を流し、鼻水をたらしながら、全部、話した。
アタシは、ただ黙って、マライアの苦しみを感じながら、じっと話を聞いていた。
「それからのことは、よく、覚えてないんです。
ふっと、気がついたら、一ヶ月くらい経ってて、お姉ちゃんのお葬式も終わってました。
テロだったんだ、って、ニュースでは、言ってて、あの頃は良く分からなかったけど、今は、分かります。
あれは、スペースノイドの解放を掲げた、運動組織だったんですよね、たぶん…」
マライアは、ベッドのヘッドボードにあったティッシュを何枚か抜いて、ズビーっと鼻をかんだ。
それから、ふぅ、っと、ため息をつく。
「大丈夫か?」
アタシが聞いてやったら、マライアは
「はい」
と、力のない笑顔で返してきた。でも、まぁ、笑えるだけ、いい、か。アタシも、ふぃーとため息が出ちゃった。
お姉ちゃん、か。
はは、隊は家族だから、あんたは妹、アタシは姉ちゃんだ、なんて、それだけしか考えないで言ってみたけど、そっか。
なんか、アタシ、あんたの気持ちを感じ取ってたのかもな。
「あの、ミナト少尉…、あ、ううん、アヤさん…」
ふと、マライアがそう声を掛けてきた。
「ん、どうした?まだ、話してないことでもあったか?」
アタシが聞いたら、マライアは、気持ちを改めたみたいに、ニコッと笑って
「話し聞いてくれて、ありがとうございました」
って言ってきた。
「うん、あんたも、いろいろあったんだな…あんなビクビクしてたのは、その事件のせいか」
アタシが聞いたら、マライアはうずいた。
「はい。あれから、あたし、大きい音とか、大きい声とか、すごく、怖くなって…
人と関わるのも、しゃべるのも、できなくって…こ、これでも、ちょっとは、良くなった方、なんですよ?
がんばって、我慢すれば、乗り切れるようには、なったんです」
乗り切れる、ったって、さ。まぁ、よくはなったんだろうけど、でも、支障でまくりじゃないかよ、そんなの。
400: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:46:09.05 ID:g4jzLNiqo
「軍に入ったのも、その事件のせいか」
「はい。あのあとは、PTSD、って言うんですかね…
今のあたしより、もっとずっと怖いのと、ショックなのが続いてて、誰とも話せなかったし、
物音すらも怖かったし…
でも、それでも、あたしがんばらなきゃ、って思えたのは、ミラお姉ちゃんが、笑ってて、って、言ってくれたから。
天使さまって言ってくれて、あたしは誰かを守りたいって、思ったんです。
もしかしたら、お姉ちゃんを助けてあげられなかった罪滅ぼしをしようって思ってるのかもしれないんですけど…
分かってはいるんですけどね、そんなことしたって、お姉ちゃんが帰ってくるわけじゃないんだっていうのは。
でも、そう、したいって思うんです。
天使さまって呼んでくれた、お姉ちゃんの気持ちにこたえたいのかもしれないし、
あたしを守ってくれたお姉ちゃんみたいになりたい、って思ってるのかもしれないです。
だから、あたし、怖くても、怒られても、ぜんぜんできてなかったかもしれないけど、
でも、それでも、諦めなかったんですよ」
マライアは、また、ポロポロ涙をこぼしながら、言った。
それから、また、そんな涙まみれの顔でアタシを見つめてきて
「だから、うれしかったんです。お姉ちゃんとおんなじことを言ってもらえたのが。
妹だって、守ってやるって、そう言ってもらえて…」
なんて言って、笑った。アタシは、なんだか、なんにも言ってやれなかった。
そっか、アタシのあんな、思いつきみたいな言葉だったかもしれないけど、うん…
あんたの助けになれたんなら、良かったよ。
「でも、どうしてまた航空隊に志願したんだ?人助けなら、災害支援隊って方が良かっただろうに」
アタシが聞いたら、マライアはニコッと笑って、
「だって、天使さまは、空からやってくる物じゃないですか?」
なんて言った。あはは、なんだよ、結局、動機ってそう言うもんだよな。
アタシなんか大したこだわりもなくて、隊長に引っ張られるまんまにここに居るし、な。
そう思ったら、なんだか笑っちゃった。
「ていうか、そんなチビなのに、よく適正試験に通ったな。身長いくつだ?155センチギリギリか?」
アタシが聞いたら、マライアは今度は、へへへと苦笑いを浮かべる。それから
「内緒にしててくださいね?」
と確認してから
「ジャイアントスイング、って知ってます?」
は?今、身長の話してたのに、なんでプロレス技が出てくんだ?
知ってるかどうかって言われたら、知ってるに決まってんじゃん。
月に1回はそれでヴァレリオを投げ飛ばしてるからな。
「知ってるよ」
「あたし、身長153しかなくて、だから、適性検査直前に、同期の子に頼み込んで、
代わり順番にグルグルまわしてもらったんです」
「はぁ!?」
401: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:46:35.44 ID:g4jzLNiqo
こいつ…こいつ、何言ってんだ?ジャイアントスイングの遠心力で、2センチ身長伸ばしたってのか!?
いや、ほら、人間の身長って、背骨とか骨盤のところの関節が詰まったりすると縮むから、
朝と夜ではだいぶ変わるんだ、なんて聞いたことあるけど、遠心力で無理矢理伸ばすなんて聞いたことないぞ!?
こいつのことだ、たぶん、泣きながらグルグルまわされて、それでも、もっとやれ、とか言ってたんだろうなぁ…
こいつ…あんなにビビリだけど、もしかして、過去に話みたいなことでもなけりゃぁ、
もしかしたらアタシと似たり寄ったりなのかも、な。
なんて思ってみたりしたら、なんだかいっそう、こいつに愛着がわいて来た。
妹、か。
施設に居たアタシにとったら、楽しいのも大変なのも一緒に過ごして、
もっと言えば、同じ部屋、同じ屋根の下に過ごしてるやつなんて、みんなみんな大事な家族だ。
でも、マライアにとっては、もっと大きな意味があったんだな…死んじゃった、家族、か。
そういや、アタシ、ずいぶん長いこと、あんたの墓に行ってやってないな、ユベール。
次に、休みが取れたら、施設に遊びに行くついでに会いに行くよ。
好きだった、あのガーベラって花、持ってってやるからな。墓、か…
「まぁ、マライア。そのミラって人の墓、ちゃんと行ってやってんのか?」
アタシはマライアに聞いた。そしたらマライアは、シュンと肩をすくめてしまう。
「いいえ、行けて、ないんです…あたし、行ったら、いろんなこと思い出して、壊れてしまいそうで…
でも、いけないですよね、そう言うの。あたし、ちゃんと向き合ってない気がします…」
また、マライアの体から、悲しいのが滲み出てくる。まぁ、気持ちは分かるよ。アタシもそうだった。
でも、アタシには、あのとき、そばにアタシを支えてくれるたくさんの人が居た。
たくさんの家族が居て、アタシを助けてくれた…
そうだな、今度は、アタシがあんたを助けてやるべきなのかもしれないな…それに、気になることもある。
マライアは、天井が崩れて、瓦礫ばかりになったホールのソファーの下で、“声”を聴いた、みたいな話をしてた。
まぁ、ないとは思うけど、それ、確かめてみたいし、な。
「マライア、あんた、これからアタシと特別訓練だ」
アタシは、マライアにそう言ってやった。マライアは驚いた顔になって、あたしを見つめてくる。
「え、あ、あの、アヤさん、それって、どうして…?どういう…」
口をもごもごさせながら、マライアが言ってくる。こういうのは、勢いが大事だ。背中を押すだけじゃ、物足りない。
抱きかかえて、一緒に飛び込んでやるのも、ときには必要だもんな。
アタシは気持ちを決めて、ポケットからPDAを取り出してコールした。
ちょっとして、プッと通話状態になった音がする。
「あー、隊長か?こんな時間に悪い」
「ホントに、迷惑なやつだね、あんた」
女の声だ。あれ、おかしいな、アタシ、隊長のPDAにかけた気がしたんだけど…
あれ、番号は、間違ってない、よ、な。え、あ、ちょ、待て…こ、こ、この声、ま、まさか…
アタシは全身から鳥肌が立つのを感じた。
402: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:47:03.94 ID:g4jzLNiqo
「ユ…ユージェニー…さ、ん…?」
「あの人の電話に出る女が他にいるのかい?いるんだったら、とっとと白状しな」
うわっ、うわっ!まずいよ、こんな時間に、隊長と一緒にいるって、つまり、その、
うわぁぁぁ、最悪のタイミングで電話掛けちまった!
「いや、そ、その、そう言う、わけじゃないんだ…えと、その、あの…ごめん、邪魔するつもりは、なかったんだって!」
アタシは必死になって弁解する。いや、もううまい言葉なんてでてきやしなかったけどさ…
「まぁ、いい。で、彼に何か用事?」
ユージェニーさんは、声色を一段明るくしてくれた。
う、うん、助かるよ、ユージェニーさん…あんたの怒った顔想像したら、喋るにしゃべれなくなっちゃう。
「えっと、うん、隊長にお願いなんだけど、アタシとマライアに、
今から緊急でヨーロッパの、9支部へ主張命令出してほしいんだ。整備中の予備機あっただろ?
あいつの試験飛行とか、そんな名目でさ」
「え、え、えぇ?!ア、アヤさん!?」
マライアが驚愕している横でアタシは端的に用件を伝える。そしたら、ユージェニーさんは隊長に確認するでもなく
「あぁ、分かった。伝えておくよ。それだけでいいのかい?」
なんて聞いてくれた。
「うん」
「了解、あぁ、待って、何か言ってる…なに?うん、あぁ、うん、伝えるよ。アヤ」
ユージェニーさんは電話の向こうで隊長と何かを話したのかアタシの名前を呼んだ。
「うん」
「彼から、伝言。無茶はすんな、って」
クスっと、笑う声も聞こえた。ユージェニーさん、あんた、なんにも細かいこと聞かないんだな…。
助かる、帰ったら、かならず事情は話すからさ…。
「大丈夫、今回も、迷惑はかけないようにする」
「今回“こそは”にしておいてあげてね」
「うん…今回は、いたずらするわけなじゃないから、大丈夫」
「そう、なら行ってらっしゃい」
「ありがとう、行ってきます」
アタシは電話を切った。
403: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 19:49:39.00 ID:g4jzLNiqo
いやぁ、焦った。
でも、良かった、ユージェニーさん、なんとなくマライアのことだ、って分かってくれたみたいだ。
隊長にも、うまく言ってくれたんだろう。こういうときは、女同士の方が話通じやすいよな。
ふぅ、とため息をついて、アタシはPDAをポケットにしまってベッドから立ち上がった。
「ほら、行くぞ、マライア!」
「行くって、どこへ、ですか?」
こいつ、まだそんなこと言ってんのかよ。すこしは、デリクのこと見習えよな。
「言ったろ、墓参りだ。一緒に行ってやる。ちゃんと、そのミラって人に、礼を言いに行こう」
アタシはそう言って、いまだに呆然としてるマライアに手を伸ばしてやった。
マライアは、しばらくのあいだ、そのまま変わらずに呆然とアタシを見てたけど、
不意にぱっとアタシの手を取って、立ち上がった。
マライアは、力強くアタシの手を握り返してくる。
「ありがとう、ございます。アヤさん」
「だー!違う違う!あんた、家族に敬語使うのかよ?違うだろ?アタシは、あんたの姉さんだ、そう言ったろ?」
アタシはそう言って、空いている方の手で、マライアの額をピシッと指ではじいてやる。
「いたっ」
とか言って、額を押さえたマライアだけど、それからすぐに、会ってから見る中で一番の笑顔を見せてくれて
「うん、ありがとう、アヤさん!」
って言い直した。
そんなマライアの首元で、羽根の形をしたネックレスのトップが、
薄暗い部屋の中で、キラッと光ったように、アタシには見えた。
404: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 20:11:39.87 ID:g4jzLNiqo
あたしは、お墓の前には、埋葬されてからは、初めて来た。埋葬のときのことは、全然覚えてない。
ううん、あの事件から、しばらくの間の記憶は、本当に抜け落ちてしまったみたいで、
学校に行っていたはずなのに、それも覚えてないし、気が付いたときには、あたしは、身の回りのものすべてが怖い、
って感じるようになっちゃってた。
今でも、それは残ってる。
でも、でも、だけど…今日は、ちょっとだけ、それを克服できた気がするんだよ…
大好きだって、言ってくれた笑顔で、お姉ちゃんに会える気がしてたんだ…お姉ちゃん、ありがとう。
あたしを守ってくれて、本当に、ありがとう…でも死んじゃったら、なんにもなんないじゃん、バカたれっ。
あたしは、お墓の前に座り込んで、ずっと、胸の奥にあったいろんな気持ちを思い起こして、
お姉ちゃんに話しかけていた。
答えてなんてくれないけど、でも、こうしていると、本当に穏やかにお姉ちゃんのことを思い出せる。
楽しかったこととか、大好きだったこととか、そういうのを。
アヤさんは、そんなあたしのそばに、ずっと居てくれた。黙って、じっと、墓石を見つめてた。
あたしが祈り終わって、泣いて、しばらくして泣き止んで、帰ろうか、ってことになった。
帰る前に、パパとママを紹介するよ、って言って、お墓の前から移動しようとしたとき、
アヤさんが、ふと、足を止めた。
「どうしたの?」
あたしが聞いたら、アヤさんは、グイッとあたしの頭を押さえつけた。
指先がこめかみにメリメリめり込んでくる。
いだっ!いだだだだ!!!!
「ちょと、何するの、アヤさん!」
あたしが抗議しようと思って、腕を握ってなんとか引きはがそうとしているときに、何かが聞こえた。
「あぁ、うん、任せとけよ。あんたも、見ててやってくれよな」
アヤさん?
「アヤさん、なにか言った?」
あたしはなんとかアヤさんの腕を払いのけて、そう聞いてみる。でも、アヤさんは不思議そうな顔して
「ん?なにが?」
って聞いてくる。あれ、空耳かな…?アヤさんが何か言ってたような気がするんだけど…
「それより、アタシ腹へっちゃったよ。あんたの家で、飯でもごちそうになれないかなぁ?
さすがに徹夜で飛び続けだし、ここいらでまとまって休憩しないと、帰りがキツそうだ」
アヤさんは、お腹をペチペチ叩きながらそんなことを言った。
うん、もちろん!ママの料理は、そこいらのレストランなんかじゃ食べられないくらいにおいしいんだからね!
「うん!早く行こう!」
あたしはそのまんま、アヤさんの腕を引いて墓地を後にした。
―――大好きよ、マライア
ふと、ミラお姉ちゃんが優しくそう言ってくれてるような、そんな気がした。
405: ◆EhtsT9zeko 2013/12/14(土) 20:12:34.83 ID:g4jzLNiqo
つづく。
そして、開戦へ。
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