機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―  その1

198: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:39:06.29 ID:9muAHG2qo



 「マライアちゃん!」

インダストリアル7の格納庫に着いて、モビルスーツを係りの人に引き渡してから、

まぁ、とにかく危機を退けたんだからいいじゃない、って押し通して戻ってきた港のシャトルに入ったら、

ロビンがそう言って飛びついてきた。

「マライアちゃん、心配したんだよ…!」

ロビンは、涙目になりながらあたしにそんなことを言ってくる。ん、ごめんね、心配かけて…

あたしはそう思いながら、ギュッとロビンを抱きしめてあげる。

それから、格納庫に到着してすぐに、膝が笑っちゃって動けない、

とか泣き言いってあたしにしがみついてたミリアムをプル達に引き渡して、あたしもやっと一息、キャビンのソファーにドカッと腰を下ろした。

重力がないから、って、虫みたいにあたしにへばりついてるロビンはそのままだけど、

まぁ、これはこれでかわいいから好きにさせておこうかな…

 「はい、お疲れ様」

マリがそんなことを言って、ポットに入った紅茶を蓋付きのマグに入れてくれる。いい香りが鼻をくすぐった。

それを一口飲んでから、あたしは、あたしとミリアムの周りに集まってきてくれていたみんなの顔を一人ずつ眺めた。

なんだろうな…なんだか、急に大人になった、って感じがする。

なんていうのか、顔つきが変わった、って言うんじゃないけど…

あたしがこんな表現をするのも、なんだかおかしい気がするけど、

なんていうか、人間としての深みが増した、って言うか、そんな感じも思えるな。

箱を探しに行ったことが、そんなにみんなを大人にしたんだろうか?そのあたりの話も、じっくり聞いてあげたいな…

もちろん、箱の中身、って言うのがなんだったか、も知りたいけど。

「それで、そっちはどうだったの?」

あたし達が聞く前に、マリがそう言ってきた。あたしは、チラッとミリアムを見た。

ミリアムは、わざとらしく首をかしげて“なにが?”って表情をしている。もう、なんで肝心なときはそうなのよ!

そんなことを思いながらあたしはもう一口紅茶を飲んでから

「んー、敵が来て、ミリアムが能力に目覚めて、勝った。

 あぁ、あと、フレートさんが来てくれたよ、たぶん、ブライトさん経由で、ジュドーくんも来てる」

と報告した。そのとたん、プルが飛び跳ねて

「ジュドーが!?」

と叫び、アヤさんくらいのまぶしい笑顔になった。嬉しそう…プル、本当に彼が好きなんだな…

それでも、地球にいることを選んだのは、やっぱり、きっとたくさん考えるところがあったんだろうな…

でも、良かったかな、うん。

「うん、会ってないけど、声聞いたし、感じもほら、するでしょ?すぐ近く」

あたしが言ったら、プルはふっと、シャトルの天井を見上げてから、またパァッと表情を明るくする。
 

199: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:40:00.25 ID:9muAHG2qo

 「ミリアムちゃん、能力が出てきたの?」

カタリナがミリアムにそんなことを聞く。そしたらミリアムは

「なんか、実感ないんだけどね…でも、今カタリナ、ちょっとうらやましいな、って思ってる?」

なんて聞き返して、曖昧に笑った。

「うん、いいなぁって思う」

カタリナは、キラキラした目でミリアムを見つめてる。

カタリナも、たぶん、本当は全然分からないってワケじゃないんだってのは、なんとなく知ってるんだ。

きっと虫の予感、じゃないけど、うっすらといろんなことを感じられてるんだって思う。

もしかしたら、カタリナもこれから何かをきっかけにして、それが伸びるかもしれないもんね。

 「そっちはどう?箱、見つけた?」

あたしは、話を本線に戻して、みんなに聴いた。

そしたら、みんなは顔を見合わせて、ニコニコ笑って、ロビンが代表してあたしに言ってきた。

「見つけたけど、受け取らなかったよ」

え…?う、受けとら…え?…えぇぇ!?

「な、なんでよ!?」

「んー、なんか、あたし達が持ってるべきものじゃないな、って思って」

「い、いや、たとえそうでも、それを確保して姫様に渡せば、あとは姫様が…」

「それも考えたんだけどね。でも、きっとあれは、ミネバ様自身で辿り着いて手にするべきだと思ったんだよ。

 そのための手助けを、私達はするべきだ、って、そう思ったんだよ」

混乱していたあたしに、プルがそんなことを言ってきた。

「そうそう。その代わりに、いろんな話を聞かせてもらったんだ」

今度はマリが口を開いた。

「うん、大事な話だった…」

カタリナが、何かをかみ締めるみたいに言う。いや、でも…えっと、それで、いいの…?

あたしは、メルヴィを見やった。彼女は、ロビン達と同じ、やわらかい笑顔で

「あの箱は、人と人を、地球と宇宙を、途切れさせもし、繋げもする可能性を持ったものでした。

 繋がり方を知っている私達には、不要なもの…

 ミネバ様があの箱の中身に触れ、そして、それをどうお感じになるかはわかりませんが…

 いえ、ミネバ様なら、必ず人を繋ぐ可能性を見出されるでしょう。

 私達は、そのミネバ様に守られる代わりに、それを手にするまでミネバ様をお守りするべきだ、と、決めました」

と、さらりと言った。

 箱を、あえて、置いてきた、っていうんだ…話はまだ全然見えないけど、でも…

みんなで話をして、みんなで納得して、そう決めてきたんだね…戸惑ってはいるけど…

だけど、それが良い、って、そう思えたんだね。だったら、ロビンとケンカしたときと一緒だな…

あたしはもう、そのことについては何も言うべきじゃないよね、きっと。それが正しいか、なんてわからないし、そもそも、正しければ良いってもんでもないんだろうけど、

とにかく、あたしは信じられた。彼女達は、自分達の意思で考えて選んできたんだ。

能力で感じなくたって、その、表情で、言葉で、なんだかいきなり大人になっちゃったみたいな雰囲気で、分かるよ。

それはきっと、大事な何かを請け負ったって証拠だって思う。

それが何であれ、そんなことが出来るのは、すごいことだって思える。だから…うん、そうだね…!
  

200: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:40:36.24 ID:9muAHG2qo

「そっか…分かったよ」

あたしは、みんなの言葉にそう答えた。それから、いいよね、ってミリアムをみたら、彼女もニコッと笑って

「なんだか、まぶしいわね」

なんて言った。

 「それで、箱の中身、ってなんだったの?それくらい、聞かせてくれてもいいよね?」

あたしは元諜報員としてはそれだけはどうしても気になっていたので、とりあえずそれだけでも、と思って聞いてみた。

そしたら、ロビンがニンマリと笑っていってきた。

「それは、ね。“我が、唯一の望み”、だよ」

「え?」

ロビンが、なにか変なことを言い出した。なに、それ?なにかのことわざ?

意味が分からなくて、そばにいたカタリナを見たら、彼女もクスっと笑って

「“あるいは、希望”、かな」

といった。うん、いや、希望って言葉くらいは分かるけど…だから、なに?え?ね、ねぇ、ちょっと…

誰か分かるように説明してよ!

「私は“可能性の光”、ってやつが好きかな」

と、今度はマリまでそんなことを言い出した。もう、ちょっと!もったいぶらないで教えてよ!

 そうわめこうと思った矢先、ガリガリっと音が聞こえて、シャトル内に無線が鳴り響いた。

<マライア、こちら、フレート。応答できるか?>

フレートさんだ!輸送船の拿捕作業、終わったのかな?

あたしは、ノーマルスーツのポーチから取り出しておいた無線機を取り出す。

「フレートさん、聞こえるよ。状況はどう?」

<こっちは、輸送船を確保した。別働隊に引き取ってもらって、こっちは事態の収拾に当たる手筈になってる。

 とりあえず、状況を確認したいから一度合流できるか?そっちのシャトルならこっちの船に接続できる。

 いったん会って、詳しく話を聞かせてくれよ>

こっちの船、か。このクラスのシャトルを接続できる、ってことは、少なくとも巡洋艦クラス、ってことだよね。

アナハイム社の自社製品、ってとこかな?そしたら、予備のモビルスーツなんかも積んでるかもしれないね。

そうなったら、姫様の支援もしやすいと思うし、助かるかな。

それに、このコロニーに長居したら、モビルスーツ勝手に借りたし、なぁんか面倒なことにもなりそうだし、ね。

「うん、分かった。これから港から出るから、ちょっと待ってて」

あたしはそう無線に言ってから、みんなに了解を取った。

プルは、その船にジュドーくんが乗っているって言うのが分かったらしくて、いつになくうきうきとして、

はしゃぎ出してしまいそうになっている。

お兄ちゃんなんだもんなぁ、昔のあたしにとってのアヤさんみたいなもんだよね、きっと。

 そんなことを思いながら、あたしはキャビンを抜けて操縦室に向かった。
 

201: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:41:41.43 ID:9muAHG2qo

 シートに座って、エンジンを起動させる。

モニターで船内に異常がないことを確かめてから、管制室に連絡してハッチを開けてもらって、あたしはシャトルを宇宙に浮かべた。

そこには、アーガマを小型にしたような中型の船がいて、シャトルに向かってレーザー誘導装置のリンクを発信してきていた。

あたしはコンピュータをいじって操舵をオートパイロットにして、その誘導装置もオンにする。

これであとは、向こうが送ってくるデータ通りの位置について、

マグネットで船同士をくっつけたらあっちがこのシャトルの腹側にあるハッチに気密されてる通路を圧着してくれる。

もう疲れちゃったから、あとはもうホント、休みたい、ってのが正直なところなんだ。

あたしはそれからグタっとシートに体を委ねた。

 「マライアちゃん!マライアちゃん!!起きて!大変!」

突然、そんな声がして、あたしはシートから飛び上がった。

「な、なに!?あ、あたし、寝てないよ!?」

「いや、寝てたって!お願い、マライアちゃん、助けて!」

とりあえずそう言ったら、いつの間にかそばにいたプルがあたしの服を掴んであたしを揺さぶっていた。

あ、あれ?ホントに今、一瞬、意識飛んでたみたい…

あたしはシートに腰掛ける前まで見えていた輸送船がすでにそこにはなく、

代わりに壁のようなものがシャトルの腹側から前方へと地面みたいに延びているのに気がついた。いつの間に、接続したんだろう…

「マライアちゃん!」

プルの叫ぶ声で、あたしは我に帰った。えっと…そう、そうだ、プルは助けて、ってそう言ってた。

「どうしたの?何かあったの?」

あたしが聞いたら、プルは必死の形相で、あたしの両腕を掴んで言ってきた。

「あの子が、危ないんだ…!お願い、そこに行かなきゃ…!」

あの子…?あの子って…あ、そうか…姫様のところで言ってた、12番目のプル…。マリやプルの妹が…!?

 あたしはそれを聞いて、まず感覚を研ぎ澄ませた。でも何も感じない…でも、プルには感じられてるんだね!?

「分かるの?!」

「うん…!近くはないけど、苦しんでる…きっと、戦ってるんだ…!」

プルは唇をぎゅっとかみ締めた…行かなきゃ…もしかしたらそこには、姫様もいるのかもしれない…

その子が危ないっていうんなら、姫様も危険な可能性がある…!

「プル、一緒に来て!」

「うん!」

あたしはそうプルに伝えてからシャフトに飛び上がる。

シャフトを、シャトルのハッチの方へと進みながら無線機を取り出してフレートさんを呼び出した。

「フレートさん、緊急事態!」

<あぁ!?なんだ、どうしたってんだ、急に!?>

「今から外に出るから、ちょっとモビルスーツ貸して!リゼルあるでしょ!?」

シャフトを出て、ハッチ前のホールでノーマルスーツを着込みながらフレートさんに頼む。

こっちのシャトルの格納庫は腹側が開く作りになってるから、ジェガンを出すには接続をいちいち外さないといけない。

それに外したところで、あのポンコツジェガンじゃ、急ぎたくても急げない…

でもフレートさんの乗ってきた船には、小さいけどカタパルトも付いてる。

それでリゼルを射出してもらったほうが、その分の加速も付くから早く到着できる…きっと、その方法が最速…!
 

202: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:42:14.80 ID:9muAHG2qo

「あぁ、良かった、間に合った!」

そう声がしたと思ったら、シャフトからマリが飛び出てきた。

「マリ、急いで準備して!」

「うん!」

マリも行くんだ…大丈夫かな…?いや、そんなことを気にしている場合じゃない、か…。とにかく、急がないと!

 ノーマルスーツを着終えたあたしは、プルとマリの気密確認が終わるのを待って、外へ続く二重ハッチの手前のほうを開けた。

プルに閉鎖を頼んで、すぐさまあたしは一番外のハッチを開く。バシュ、とエアーが抜けていく。

足元の電磁石の電源を切って、ハッチから外に出て、外からまたきっちりと閉めなおす。

それから、ランドムーバーでフレートさんの船のカタパルトへと向かう。

 カタパルトには、リゼルが一機、発信準備をしながら待っていた。

この船のカタパルトは1本…あれで出たとしても、あとの2機分を待つ必要がある…

どうしよう?あたしは、今はまだその子の居場所が分からない…先に、プルだけ行かせる…?

マリも位置はつかめているのかな…あぁ、もう!戦闘のときの安全性をとるか、時間をとるか…難しいな…!

 とにかくあたしは、リゼルに飛びついた。そこに、プルもマリもやってくる。

「どうする!?次を待つ!?」

あたしが聞いたら、マリの声が聞こえた。

「マライアちゃんが操縦して…あたしとプルは、とにかくあの子に呼びかける…!」

そっか、そうだね…間に合うかどうかわからないあたし達の戦力がどうこう、っていうより、

こっちから働きかけてこっちが到着できるまでの時間を稼いでもらうほうがいいよね…

「分かった、乗って!」

あたしはリゼルのハッチを開いて中に飛び込んだ。予備のシートなんてついてない。

リニアシートシステムのこのコクピットじゃ、浮いてるみたいなこのシートにしがみつくか

無理にでも座るかでもするしか方法はないけど。そんなこと、構ってるときじゃない。

あたしはシートに座って、アンカーワイヤーをマリとプルのノーマルスーツのワイヤーに引っ掛けて、

リールをロックした。二人のリールもロックしてあげる。これで、多少は体のコントロールはし易いはずだ。

「マリ、プル、掴まってて!フレートさん、射出お願い!」

あたしは無線に再び怒鳴る。

<よし、カタパルト、グリーン。コールしろ!>

「了解、マライア・アトウッド、リゼル、出ます!」

そう報告をしながら、あたしはペダルを踏み込んでバーニアを全開にする。

次の瞬間、体が弾かれたような衝撃が襲ってきて、機体が加速しカタパルトからはじき出された。

激しいGが収まるのを待って、プルとマリを確認する。

「大丈夫?二人とも」

「平気だよ、マライアちゃん達とは作りが違うんだから」

「そうそう!」

確かに、そうだったね。いいよなぁ、その身体能力の強さはさ。

ハイGターンでも頭白んで来ないなんて、楽そうじゃん、なんだか。あたしも鍛えたらなれるかな…

いや、心肺機能ばっかりはさすがに無理か。
 

203: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:42:52.47 ID:9muAHG2qo

「良かった。で、その子の場所は?」

「うん、アストロナビってどれ?」

マリがシートに付いたモニタパネルを覗く。あたしはそれを操作して、位置情報システムを起動させた。

それを見たマリとプルは、一瞬、集中をさらに研ぎ澄ませた。

「分かった…たぶん、この位置から、こっちへ向かってきてる」

「合流するのなら、この手前のポイントに出て、それから正面に出るコースがいいね」

二人はそう報告をくれる。

「オッケ、それなら、あまり時間かかんないはず…限界まで加速するから、掴まって!」

確かに近くはない…でも、この距離で、このリゼルならそう時間はかからないはずだ。

ウェーブライダー形態…これって、メタス系統の変形になってるなぁ…

でも、ブースターとスラスターを後ろに集めたほうが絶対に効率もいいよね…

あたしはそう判断してリゼルを飛行形態に変形させて先を急いだ。そんなあたしに、プルが静かに言ってくる。

「マライアちゃん…あんまり、近づいちゃ、ダメ…」

「え?」

「過剰に近づいたらダメ…あの子、あいつと戦ってる…」

プルはそう言ってヘルメットの中で唇を噛んだ。あれ、って…まさか…!

「プル、それって…!?」

「うん…たぶん、あの白いやつ…強い憎しみが伝わってくる…マリーダって名前だって、ミネバ様は言ってたよね…

 マリーダ…お願い…応えて…助けに行く、それまで、がんばって…!」

プルはそう言ってヘルメット越しに、祈るように組んだ手を額に押し当ててつぶやき始めた。

妹と、意思をつなごう、って、そう思ってるんだね…それにしたって、またあの機体とおなじところを飛ぶの…?

ミリアムに増援を頼もうかな…

ううん。あの船にはジュドーくんも乗ってるし、こっちに向かってもらうように頼もう。

プロトタイプだったけど、あたしとミリアムで何とかなったんだ…

ミリアムと、そこにジュドーくんも加わってくれれば、きっともっと楽になるはず…あたしはとにかく、急がないと…!

 コクピットのコンピュータで、フレートさんにメッセージと一緒に位置座標データを添付して送る。

それを終えてから、あたしはさらにペダルを踏み込む。

焦る気持ちを無理矢理に押し込んで破裂しそうな胸の痛みにこらえながら、モニター越しに、目指すポイントを見つめる。

ふと、あたしの感覚に煮えたぎるような暑い感覚が触れた。

 これは…怒り?憎しみ…?ホントだ…これは、あの機体のNT-Dが起動しているときの、感情がハウリングして膨れ上がっている感覚…!

間違いない、マリーダは、あの機体と戦ってるんだ…敵味方がどうなってるんだろう…

あの白いのは、袖付きに鹵獲されてから、その後はどうなったんだろう?マリーダは姫様の味方?それとも敵…?

ううん、プルたちの妹が、“マスター”を攻撃することは、きっとない。

特に、ずっと戦いに生きてきて、強化が解けるきっかけがなければ、余計にそうだ。

マリーダの感じも、うっすらと感じられ出す。これは、正気を失っている感じじゃない。

彼女は、正気だ…あの、強烈な敵意と憎しみを浴びながら、

それでも、戦う意思を、守るんだ、って気持ちが折られていない、恐怖を押さえ込んで、コントロールして、

それでも戦ってる…すごい、なんて、強い子なんだろう…!
 

204: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:43:28.35 ID:9muAHG2qo

 プルとマリの感覚が強くなった。二人は、目をつぶって意識を集中している。

目で見えてくるんじゃないかって思うくらい、二人の体はビンビンと思念を発しているのが感じられる。

「プル…!プル!!」

不意に、マリがそう叫んだ。その声にあたしは思わず、ふたりの方を見やる。

すると、プルのヘルメットの中が、ぼんやりと緑に光っていた。

なに…この光…?あたしは、じっと目を凝らしてプルを見つめる。

すると、プルのノーマルスーツの首元から、細い糸のような、

かろうじて目で見えるくらいの光の筋が漏れ出ているのが見えた。

待ってよ…これ、おかしい…だって、ノーマルスーツだよ!?

宇宙線も遮断する、空気も通さない素材なんだよ?光なんかが漏れ出てくるはずない…

だけど、これは確かに…プルの内側から出ている…

 プルも、マリに言われてハッとして、それから、ヘルメットのバイザーを開けて、

そこから自分の胸元に手をねじ込んで、何かをひっぱりだした。それは、T字の金属のヘッドのチョーカーだった。

姫様と話をしに行った帰りに、プルが宇宙で拾った、って言っていた…

その金属のヘッドは、ほのかな緑色の光を放っていた。この光…とっても暖かい感じがする…

「なに…これ…この光…マライアちゃんを助けたときに見たのと、おんなじ感じがする…」

プルが、そんなことを言った。プルがあたしを助けたとき…?

そうだ、クワトロ大尉が蜂起したネオジオン紛争で、

ミリアムとケンカしたあとにやってきた連邦のモビルスーツ部隊からプルがあたし達を守ってくれたときに、

アクシズを地球から弾き出した、あの緑の光と、同じ感じだ…これって…もしかして、サイコフレーフの鋼材なの…?

ってことは、この光は…Iフィールド!?

 「プル、何か、感じる!?」

あたしはプルに聞いた。プルは、すこし戸惑いながら

「…うん、感じる…マリーダの息遣い…これ、どうして?

 マリーダには届いてない感じなのに、マリーダのことは伝わってくる…なにか、別のものに引っ張られてる感じだよ!」

別のものに、引っ張られてる…?Iフィールドが、別の何かを選んでいる、っていうの?

マリーダの息遣いが聞こえるくらい近くの、なにか、に…?…!そ、そうか…もしかして、あのつぼみの機体…!

「プル、それたぶんサイコフレームの鋼材なんだよ。

 それが反応しているのは、たぶん、つぼみのモビルスーツの機体に載ってる、サイコフレームなんだ!」

「どうしてそんなことがわかるの!?」

「そうとしか説明できないからだよ!そこから伝わってくるのは、あの白い機体の感覚じゃないんでしょ?!

 だとしたら、マリーダのすぐそばにある機体…マリーダの乗ってる機体しかないじゃない!」

あたしがそう言ったら、プルはハッとして、ぎゅっとチョーカーのヘッドを握りしめた。
 

205: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:44:27.18 ID:9muAHG2qo

プルから伝わってくる思念が、変わった…マリーダに向けて、じゃない。彼女、あの機体に思念を送ってるの…?

―――クシャトリア、お願い、マリーダを守って…!

姫様は、確かにつぼみの機体をそう呼んでたね…

もしかしたら、これが、あのときあたし達が見たアクシズを押し返すようなIフィールドを発生させるなら…

マリーダも無事で済むかもしれない…!

 プルの手を、マリが握りしめた。マリからも、強い思念が伝わってくる。

光が、さらに大きく、濃く、放たれてくる。これは…本物だ…!

 アムロ…どうしたらいい?これでいいんだよね…?

サイコフレームの力、あたしよくわかんないんだよ…!

マリーダって子を守るためには、こうやって思念を送ればいいんだよね!?

―――俺も力を貸そう、大尉。

―――アムロ!

あたしは、何かに操られるみたいに、いつのまにか、マリと一緒になって、プルの手を握っていた。

プルとマリのマリーダを守りたい、って意思が流れ込んできて、

それがあたしの意思と感覚を増幅させて、光をさらに強くしている。

これが…サイコフレームのハウリング?これが、マリーダの機体のサイコフレームを共振させてくれる力なの?

―――まだ、生きている妹がいたんだな、プル。俺にもやらせてくれよ。

―――今度は、俺の力をみんなに貸す番だ。協力させてくれ。

今の感じ…ジュドーくん?それに、ジュドーくんとフレートさんと一緒にいた、もう一人の人の感覚も…

 なんだかよくわかんないけど、お願い…お願い、みんな!

マリーダを、あの子を…戦争の道具なんかのまま死なせたくない…!だから、力を貸して…!

あたし達ニュータイプは、殺しあうために生まれてきたんじゃない…

この広い宇宙で、つながりあうために生まれ来たんだ!レオナの、プルやマリの妹に、それを伝えてあげたいんだ…!

―――力を貸して…姉さんたち!

「マリーダ!」

何か、どこからか声が響いてきたと思ったら、プルが叫んだ。

次の瞬間、何か、身に覚えのない、強烈な、それも、なぜかとてもあたたかな感情が弾けるようにして伝わってきた。

そして、モニターの中央、はるか遠くの方で、何かが爆発するのが見えた。近くには、何かが居る…

あれは、ネェル・アーガマ!まずい、近づきすぎた!?

そんなことを思ったあたしは、ふと、それまであふれ出るようになっていた緑の光が、鼓動を刻むように、

ゆっくり、ゆっくりと小さくなっていっているのに気がづいた。

それに、今の爆発…ま、まさか…間に合わなかったの…!?

あたしは、そう感じて、がくがくと全身の力が抜けていくような感覚に襲われた…

あたし、守れなかった…?ミラお姉ちゃんのときと、ライラのときと同じで…

また、あたし…胸の真ん中に、ナイフでも突き立てられたみたいな痛みがする。

どうして…どうしてこんなことになっちゃうの…!
 

206: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:44:57.79 ID:9muAHG2qo

「マライアちゃん、まだだよ!」

プルが叫んだ。と思ったら、彼女はシートのパネルに手を伸ばしてきて、宇宙空間を拡大した。

それから、押し殺した声で言った。

「まだ、生きてる…!ここにいる!」

それは、アーガマから4キロ後方の位置。私は、デジタル補正を加えて、さらに画面を拡大する。

そこには、猛スピードでアーガマから遠ざかる方向で飛んでいる何かが見えた。

アルゴリズムの解析が間に合ってないから、それが何かまではわからないけど…でも…

「プル、これが、彼女なの?」

「うん…そうだよ!急いで!」

あたしが聞いたら、プルは答えた。その言葉に、迷いはなかった。プルにはわかるんだね…?

「わかった。爆風にあられたんだね…あの速度じゃ、急がないとやばいね…」

あたしは、そう思って、ペダルを踏み込んでスラスターで方向を変える。

その何か、は、ネェル・アーガマからかなりの速度で離れていく。

あたし達はネェル・アーガマの左舷側にいる。あたし達も、あの塊を追っていく形だ。

これなら、あのヤバい機体にも見つからなくて済みそう…とにかく今は、あの塊を確保しなきゃ…

 そう思って、そっとあの白い機体らしい感覚を探る。

でも、なぜかあの機体らしいのからは、さっきまでの憎しみや恨みが感じられてこなかった。

伝わってくるのは、後悔と、贖罪の気持ち…?いきなり、どうしたっていうんだろう…?

プル達の思念が、あっちの機体にも影響したのかな?

それとも、マリーダの最後のあの強烈な意志がそうさせたのかな…?いや、両方あるかもしれないな…

でも、そにかく、あっちの戦闘も終わったみたい…と、あたしは、また別の気配を感じた。

 これ…姫様…?ネェル・アーガマに、まだ乗ってたんだ…

ネェル・アーガマの航路はインダストリアル7に向いてる…よかった、姫様の方も、箱の場所に気が付いたんだね…。

あとで、連絡を入れるから、それまでは辛抱してね…!

 「マライアちゃん、近づいてきた!」

マリの叫ぶ声が聞こえた。あと、200キロ、ってところかな…相対速度的には、やっぱりこっちがかなり早い。

減速しよう。あたしは、そう思って機体を倒しながらバーニアとスラスターを進行方向に向けて少しずつ噴射していく。

この距離なら、レーザー測量で距離を測れるな。あたしはパネルを操作して、その塊に向けて測距を行った。

画面には180と出て、それがどんどん、縮んでいく。150、120、90、60…もう少し減速を…

 さらに速度を落とす。50、40、30、20…さらに、減速…15、10、5まだ、早い…!3…2.5…2.5…っと、落としすぎたかな?

あたしは今度は速度を速めてみる。2.3、2.1、1.9…よし、よし、いい感じ!もう、すぐそこだ!
 

207: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:45:28.43 ID:9muAHG2qo

「マライアちゃん、私が出て、回収してくるよ」

「了解。これでも、まだかなりスピード出てるから、周りに浮いてるかもしれないデブリには気を付けて」

あたしが言ったら、プルはコクっとうなずいて、シートに下にあったランドムーバーを背負った。

 1.0、0.9、0.8、0.7、さらに、少しだけ、減速…0.5…0.4…0.3…あと、200メートル!

これで、少し減速してみれば…0.2…0.2…よし、相対速度、ほぼ同じ!

「プル、ハッチ開けるよ。マリは、捕まって」

あたしはそういいながら、マリをぎゅっと抱き寄せて、コクピットのハッチを開いた。

プルがアンカーワイヤーをつないだまま、ゆっくりと宇宙へ飛び出していく。

プルは、ランドムーバーを小刻みに吹かせながら、あの爆発から飛び出してきた塊に近づいていく。

 やがて、彼方でプルが、半ばデブリのような塊へと取り付くのが確認できた。

「プル、大丈夫!?」

マリが心配げに声をあげる。するとすぐに

<私は大丈夫だよ…これは…コクピットの鋼材…?待って、脱出ポッドが中で潰れてる…!>

と声が返って来た。でも…あたしは、感じ取っていた。

この距離で、ようやく分かるほどだけど、あのポッドからは、息遣いが聞こえる。

かすかだけど、意思も感じ取れる…生きてる…マリーダって子は、生きてる…!

<脱出ポッドの中に入れたよ…いた…マリーダ…マリーダ…?しっかり、今連れ出してあげるから…!>

プルの、小さな声が無線越しに聞こえてくる。やがて、プルが、何かを抱えてデブリの表面に姿を現した。

<マライアちゃん、リール巻き取ってコクピットに戻るよ!>

「了解、気をつけて!」

あたしはそう伝えながらあたりに気を配る。

こっちに向かってくるような、目で見えるサイズのデブリやなんかはなさそうだ。

プルは、コクピットへと、スルスルと近づいてきた。

マリがハッチから身を乗り出して、プルとプルの抱えたマリーダを捕まえて、コクピットの中に引き込んだ。

プルは、助け出したマリーダらしいパイロットスーツの人物にしがみつくようにして抱きしめている。

その二人をまとめてマリが抱え込んでいる。

んー、ノーマルスーツ着てると、感動が半減…顔見えないし、ね…

でも、この感じは、あたしにも分かる…マリやプルと同じ感じがする。この子は間違いなく、二人の姉妹だね…

「こちらマライア。フレートさん、聞こえる?」

あたしはそう思いながら無線に呼びかけた。でも返事はない…ちぇっ、ミノフスキー粒子かな?

それとも、距離の問題?まぁ仕方ない、か。とりあえず、あのチビのアーガマと合流できる進路を取ろう。

ホントにあたし、もう今日は疲れちゃったよ…すこし休んでおかないと、ね。

きっと、これからもうひと働きしないといけないだろうから。

あたしは、念のためにフレートさんにメッセージを打って、それから機体をオートパイロットにしてシートに身を預けた。

ふぅ、今はまだ、寝るわけにはいかないけど…向こうに戻ったら、すこしだけ寝てもいいよね…

ミリアムも、フレートさんもいることだし、ね。



 

208: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:45:56.43 ID:9muAHG2qo






 アタシはベッドに寝かせた。マリとプルとおんなじ顔をした女の子を、そばに座って、ジッと見つめていた。

いや、すごいね、これ。ホント、みればみるほどそっくりそのままだ。

こっちの子の方が、ちょっと痩せてて、血色もあんまり良くないけど…。

まぁ、マリとプルも見間違えるくらいそっくりだし、

別にいまさら、それについて驚くようなこともないのかもしれないけど、

いざこうしてもう一人、なんていわれると、やっぱりびっくりしちゃうよね…。

 彼女の腕には、カタリナの打った点滴の管がつながっている。

ここに運び込まれた彼女は、全身がひどい打撲状態になっていたらしかった。

たぶん、爆風に煽られたときの衝撃がひどかったんだろう、って、マライアちゃんは言ってたけど、

船のメディカルルームでの検査では大きな怪我やなんかは見つからなかったから、

痛み止めだけでも、と、船医さんがくれたので、それを使ってる。まぁ、大事がなくて良かった良かった。

 なんてことを思ってたら、エアモーターの音をさせて、カタリナが部屋に入ってきた。

「彼女、大丈夫そう?」

って聞いてくるので、

「うん」

と答えてあげる。そしたら、カタリナはすこしの間黙ってから

「もう少しで、増援って人たちが到着するみたい」

とすこししょんぼりして言った。もう、なにしょげてんのよカタリナ!

なんて言おうかな、と思ったけど、やめた。そりゃぁ、心配なのは分かるよ…

でもね、たぶん、それ、要らない心配だと思う…。

フレートさんはどうか知らないけど、フレートさんと一緒に来たジュドーさんと、それからもう一人の男の人…

あの人たちは、たぶん、相当強いよ…特に、もう一人の男の人、確か、カミーユ、って言ったっけ?

あの人の能力はもう、ほとばしってるって感じ…

二人とも、もともとパイロットだったって言うし、マライアちゃんとミリアムちゃんにあの二人、ってことになれば、

そう簡単にやられるとは思えないもん。まぁ、もちろん、絶対はない、ってわかってはいるけど、それでも、ね。

「アタシ達は、アタシ達の出来ることをするだけ、だよ、カタリナ」

アタシはそう言って、カタリナの肩をポンと叩いてあげた。

「そっか…そうだね。私達は、今はきっと、この子を守ってあげなきゃいけないんだろうね…」

「うん、マライアちゃん達とプルが戦いに行くから…こっちはアタシ達で請け負わないと」

アタシはカタリナを見て言った。カタリナも、頷いてくれた。

 またモーターの音がした。振り返ったら、今度は、マリとプルが入ってくる。プル

はノーマルスーツに身を包んでいて、キリっと引き締まった顔をしている。

マリは、プルに比べると、なんだかカタリナとおんなじように、ちょっと元気のない顔をしていた。
 

209: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:46:33.99 ID:9muAHG2qo

「プル、やっぱり行くんだね…」

「うん」

アタシが聞いたら、プルは穏やかに笑って頷いた。横で口を尖らせたマリが

「私も行くって言ったのに…」

と不満そうにしている。

「言ったでしょ、マリは、サブリナさんとミシェルちゃんとこっちのシャトルを守って欲しいんだよ」

「それって、なんか取って付けたみたいな理由で、好きじゃない」

「そんなことないよ。この宙域には、敵が集結してくる。もしシャトルが目を付けられたら

 防衛がいないと危険になっちゃう。ロビン達のことは、マリに頼むしかないんだ」

プルが言ったら、マリは相変わらずの表情だけど

「…分かってるよ…」

なんて言う。マリも、プルが心配なんだよね…。

 「ん…」

不意に声がした。ベッドの上のマリーダが、うめいた声だった。

彼女は、モゾモゾと体を動かして、それから小さなうめき声をあげて、目を覚ました。

「良かった、気がついたね!」

アタシはパァッと嬉しい気持ちになって、マリーダの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの顔を見てしばらく呆然としていたけど、腕に点滴が刺さっているのを見て、

バッと起き上がって管に手をかけようとした。彼女からは、強い緊張感が膨れ上がったのを感じる。

でも、次の瞬間には彼女は顔をしかめて、身動きを止めた。

「あぁ、もう!だめだよ、安静にしてないと!」

アタシはあわててそう伝えて、彼女をベッドに寝かそうと促す。でも、マリーダはアタシを睨んできて

「誰だ、お前は!?ここはどこだ…!?私を、どうするつもりだ?!」

と噛み付いてくる。ありゃりゃ、これ、混乱してるのかな…?

「落ち着いて、マリーダ。大丈夫だよ」

プルが、優しく言った。その声を聞いたマリーダは、ハッとしてプルの顔をみて、

それからすぐ隣にいたマリの顔にも目をやって、絶句した。顔が恐怖に歪むのを、アタシはみた。

彼女の胸の内から、飲み込まれそうになるような黒くて冷たい感情が膨れ上がる。

「ここは…私は、死んだのか…?」

「バカ言わないで。助けたんだから、死んじゃったりされてたら、返って驚いちゃうよ」

プルがそう言って、マリーダのベッドに腰を下ろした。

「あなたは、12番目だ、って、姫様に聞いたよ、マリーダ。私は、プルツー」

プルが言った。それに続いてマリが

「私は、9番目だよ」

と言い添える。

「…姉さん達…?まさか…本当に…?」

マリーダは、言葉を失ってる。

プルはノーマルスーツを半分脱いで、引き抜いた手でマリーダの頭をクシャっと撫でた。
 

210: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:48:11.22 ID:9muAHG2qo

「検査するときに、体を見たよ…辛かっただろうね…ひどい目にあったんでしょ…もう大丈夫だから…」

そう優しく言ったプルの言葉に、マリーダの目に、涙が浮かんできた。

 アタシも、マリーダの体は、見た。傷だらけで、ひどい去り様だった。

あれはたぶん、戦争の傷跡なんかじゃない…あれは、拷問とか、そういう類の傷だと思う。

でもなければ、あんなに、執拗な感覚を受ける傷にはならないはずだ。プルもそれが分かってたんだ…。

 <プル。そろそろ作業に入るから、一度こっちに来てくれる?>

不意に、プルの持っていた無線がそう音を立てた。マライアちゃんの声だ。作業、ってことは、アタシも行かなきゃな…

 それを聞いたプルは、ノーマルスーツを着なおすとマリーダに言った。

「マリーダ。あなたはここで、みんなと休んでてよ。あとは、私達が引き受けるから」

「…そうだ…姫様…!マスターも!みんな、無事なのか!?」

マリーダがプルに掴み掛かってそう聞く。プルは、相変わらず優しく、マリーダを諭すように言った。

「うん…無事だよ、今のところ。さっき連絡が入って、姫様は、箱の中身を放送で公表するみたい。

 袖付きの連中が、あちこちのジオン残党に協力を呼びかけた。

 もしかしたら、連邦や、アナハイムとビスト財団の連中も出てくるかもしれない。

 これから私達は、インダストリアル7へ続く宙域を封鎖して、そいつらを食い止めにいくから、安心して…」

「それなら、私も…つっ!」

「そんな体じゃ、戦闘どころか、操縦も無理だよ」

体を動かそうとして、痛みでうめいたマリーダに、プルは苦笑いで伝えて、立ち上がった。

それから、穏やかな表情で彼女に言った。

「大丈夫。あなたをのけ者にするんじゃないだよ。あなたは、もう十分戦ったんだ。

 あとは、私達がそれを引き継ぐ。私達は戦争の道具じゃない。

 だけど、あなただけに戦争を押し付けるわけにはいかないでしょ?

 だから、ここで待ってて。姫様も、あなたのマスターって人も、私が必ず守ってみせる。

 あなたの、“希望の光”は、誰にも消させはしないから」

マリーダは、黙った。戸惑っているのが伝わってくる。なにを言っていいか、分からない、って感じだ。

ふふ、なんにも言う必要なんてないのに、ね。

 そんなマリーダを意識してか、そうでもないのか、プルは

「マリ、こっちはお願いね。ロビン、行こう」

と声をかけてきた。アタシが頷いたら、プルはシャフトへ飛び上がる。
 

211: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:49:26.07 ID:9muAHG2qo

「待って!」

そんなアタシ達に、マリーダが叫んだ。

プルがシャフトの入り口で止まってしまったので、アタシはどうしようもなくて、プルに追突してしまう。

そんなアタシを捕まえながらプルはマリーダを見やった。

「…姉さん…姫様と、マスターを…死なせないでくれ…お願いだ…」

マリーダはすがりつくような瞳で、プルにそう言った。そしたらプルは、あの一番かわいい、明るい笑顔で笑った。

「うん、任せてよ」

プルはそう言って、シャフトに飛び込んでいった。

「じゃぁ、戻ってくるまでに出発の準備しててね!」

アタシもそう言ってシャフトの中に飛び込んだ。向かう先は、操縦室。

そこで、マライアちゃんとミリアムちゃんが、最終の調整を行っているはずだった。

アタシはメルヴィと一緒にその手伝いをする手筈になっていた。まぁ、出来ることなんてあんまりないんだろうけど…

でも、マライアちゃんがそう言って頼んでくれたから、アタシは引き受けた。

 操縦室に着くと、そこにはマライアちゃんとミリアムちゃんと、

それから、フレートさんの船に一緒に乗ってきたんだという、サブリナさんとミシェルちゃんがいた。

ジュドーくんと、カミーユ、ってお兄さんも一緒だ。

「ごめん、お待たせ」

プルがそう言いながら、床に降り立った。

「あぁ、大丈夫。今、増援が来てるところ」

プルの言葉に、ミリアムちゃんがそう言って、操縦席に座って無線をしているマライアちゃんに頭を振った。

「こちら、民間シャトル、ピクス。接近中のモビルスーツ、信号を受信できますか?」

<確認した。そこにメルヴィはいるのだろうな?>

増援だっていう、モビルスーツのパイロットらしい人の声が聞こえる。なんだか、トゲトゲした感じの声だな…

怖そうな人…
 

212: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:50:05.80 ID:9muAHG2qo

「メルヴィです。お久しぶりですね」

メルヴィちゃんが、マライアちゃんの横から身を乗り出して、マイクに向かってそう話しかける。

<メルヴィ。連絡をいただいたときには驚きました。無事だったのですね…>

あれ、メルヴィにはやけに丁寧じゃない?この人も、ジオンの人だったのかな?メルヴィの知り合い?

「そちらこそ、健勝そうで何よりです…それにしても、ナナイさんを説得していただけたのですね!」

<メルヴィの頼みとあらば、断るわけにも行きません>

「止めてください、私は、姫様ではないのですから」

そう言ってきた声に、メルヴィちゃんはなんだかちょっと恥ずかしそうな顔をして答えている。

なんだか、仲が良さそうだな…身近な人だったのかもね。それにしても、ナナイさんが来てくれてるんだ!?

アタシはそのことにびっくりした。だって、あんなに悲しそうで、空っぽだったのに…

この声の人、どんな風に言って、ナナイさんを立ち直らせたんだろう…?

分からないけど、でも、感じる…ナナイさん、すこし元気になってるな。

まだ悲しいのがなくなった感じはしないけど、でも、なんだろう、反対に、力強い感覚もある。

何かをしなきゃいけない、って、そんな感じだ。

 「な、なぁ、おい。カミーユさん、この声って、まさか…」

「あ、あぁ…間違いなさそうだ…」

ジュドーくんとカミーユさんが、そんなことを言って言葉を失っている。なに、どうしたの?

二人もこの声の人、知ってるの?

「知り合いなの?」

アタシはそう思って、ジュドーくん達に聞いてみた。そしたら、二人は、引きつった表情で笑った。

「ちょ、ちょっと、な」

唇の端をヒクヒクさせて答えてくれたジュドーくんの顔が、なんだかおかしくって、アタシは笑ってしまっていた。





 

213: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:51:44.43 ID:9muAHG2qo





 あたし達は、チビアーガマのブリーフィングルームにいた。

30分前に、ロビン達は、サブリナとフレートさんに任せてシャトルで離脱してもらった。

この船に残ったパイロットは、あたしとミリアムと、プルと、ジュドーくんにカミーユくんに、

それから、ナナイさんと、ナナイさんを連れてきてくれた、彼女。

 「生きてたんだな」

「ふん、ネオジオンやアクシズが消えたとしても、姫様の安全を見届けるまでは死ねるものか。

 それにしても、戦場に上がりさえしなければ二度と会うこともないと思ったが、

 よりによってジュドー・アーシタとカミーユ・ビダンがお揃いだとは、恐れ入った」

「俺は、あなたがこんなところに来るなんて方が、不気味に感じるよ」

「相変わらず貴様は無礼だな、カミーユ・ビダン。初対面で人の記憶を覗き見る俗物が」

「なに、カミーユさんそんなことしたの?さすがにそれはデリカシーってやつがなさすぎでしょ?」

「俺だって、やりたくてやったわけじゃない。敵か味方か分からないあの状況で、分かり合えるんじゃないか、

 って思ったら、自然とそうなってしまったんだ」

「貴様の無礼な行いがなければ、私はティターンズなぞと手を組むこともなかっただろうさ」

「えーっと、あの、ブリーフィングを始めます…」

「えぇ!?じゃぁ、グリプス戦役って半分はカミーユさんのせいじゃない!」

「もっともだな」

「なっ…言いがかりだ!…あなただって、そうだろうに!」

「そうだな、否定はしない…私も、愚かな咎人には違いない」

「その点については、私も、背負っているつもりでいるよ」

「プルツー…ダブリンのことは、もう気にするなって」

「お優しいのだな、ジュドー・アーシタ?」

「茶化すなよ。あんただって同じだ…」

「ほう?私にも優しい言葉をかけてくれるというのか?」

「あー、いや、そのだから…あー、もう!昔の話は、今はいいでしょ!それよりこれから戦闘なんだ!

 あんたのこと、信じて大丈夫なんだろうな?」

「安心しろ。もはや、なんの未練もない…あの男に化かされた愚かな女達だと、後悔することはあってもな」

「あの、ブリーフィングを、ですね…」

「そうね…これは、契機なのかもしれない」

「ナナイさん…」
 

214: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:52:38.41 ID:9muAHG2qo

「そうかよ。カミーユさんは、それで大丈夫?」

「…クワトロ大尉、か…。分かったよ、信じよう…

 あのときだって、俺は分かり合えるんじゃないかって、そう思ったんだ」

「よ、よし、じゃぁ、とりあえず、一時休戦ってことで!

 こっちは、ゼータタイプのモビルスーツを使えるって話だけど、そっちの乗ってきたあの鳥頭は使えるの?」

「うむ、ヤクトドーガだ」

「あれは、第二次ネオジオン抗争のときに試用されたニュータイプ専用機。

 グラナダ工場の地下格納庫に機密裏に保管されていたものを拝借してきたわ。

 ファンネルも搭載しているし、私は実験レベルでしか使ったことはないけど、彼女になら使いこなせると思う」

「造作もない」

「ファンネルかぁ。いやな思い出しかないなぁ」

「同感だ。たしか、あのときの機体はキュベレイって言ったよな」

「あんな型落ちでは、ここからの戦場は戦えん。ゼータガンダムなどでやろうとする貴様達の方がよほど不安だ。

 死んでくれるなよ」

「いや、リゼルはちゃんと性能も上がってるから平気だよ!って、聞いてる?ねぇ、聞いてる?」

「なに、心配してくれちゃってんの?」

「こちらの負担を増やすなといっている」

「またまたぁ。そんなことより、指揮ってどうすんの?カミーユさんやれる?」

「俺はリハビリって言っただろう。それに指揮を執るなんて、柄じゃないよ」

「たしかあなたは指揮官だったのよね?」

「決まっているだろう。指揮は私が取る」

「いや、あの…もしもーし、指揮は一応、あたしが一括してとりますよ…」

「あんた…大丈夫かよ?」

「問題ない」

「いや、だってさ…グレミーのこととか…」

「…!」

「あっ…」

「なっ…ど、どうしたんだよ、急に?」

「ちょっと、あなた!良く分からないけど、それ言っちゃまずいことなんじゃないの!?」

「おっ、おい、なんだよ…急に泣くなよ!」
 
「…ど、道化だったにせよ…私とて…よっ、良かれと思って…っ」

「ジュ、ジュドー!い、今の、謝んなきゃダメ!」

「そうだな、今のはジュドーが悪いよ」

「…わ、分かったよ…悪かった!だから、泣き止んでくれって、な?」

「…ぐすっ…ふん…私もずいぶんと感傷的になったものだ…裏切りの記憶にこれほど胸が軋ませられるとは…」
 

215: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:53:25.45 ID:9muAHG2qo

いや!

いやいやいやいや!

泣きたいの、あたしだから!

ブリーフィングするって言ってんじゃん!

なに、この人たち!?なんなの、我が強すぎでしょ!?

ここ、ジュニアスクールじゃないよね!?

いや、ジュニアスクールの子達だって、先生の話はちゃんと聴きましょう!って言われてるよね!?

なんなの!?本当になんなのこの状況!?

「ミ、ミリアムぅ…」

あたしは行き場のない感情をどうにかしたくって、ミリアムを見つめた。

ミリアムはあたしをギュッと抱きしめてくれた。

うぅ、なんだろう…そこはかとなく、泣きそうだよ…戦闘より辛いよ、これ…

「私が変わるわ」

ミリアムは、あたしをひとしきり撫で回してから、そう囁いてブリーフィングルームのディスプレイの前に立った。

そして、そんなに大きくはなかったけど、でも張りのある声を高らかに上げた。

「はい、注目!」

とたんに場が静まり返って、全員がミリアムを注目した。あれ、なに、これ…なにがどうなってんの?!

「それでは状況を説明するまえに、まず、本作戦の指揮を取ります、マライア・アトウッド班長は

 ただいま傷心中につき、代理指揮を執ることとなりました、ミリアム・アウフバウムです。よろしく」

ミリアムの挨拶に、みんな真剣に聞き入っている。ていうか、あれ、一瞬であたし指揮官解任されたよ!?

「では、状況説明に入ります。

 現在、当宙域には、各所から袖付きのし支援要請に応えたジオン残党が接近しつつあります。

 我々の主任務はこれを迎撃し、ミネバ様の要るインダストリアル7を死守することにあります。

 また、これは不確定要素ですが、連邦軍の一部、アナハイアム社の一部も、戦局に介入してくる可能性があります。

 現在、我が方の諜報班が、グリプス2付近でアナハイム社の無線が頻繁に交信されているのを掴んでいます。

 おそらく、あのコロニーレーザーを再利用しようと言う思惑があると思われます。

 こちらについては、現在、通報したロンド・ベルの主力艦隊が対応中ですので、制圧は時間の問題と思われます。

 その他、連邦軍の第3機動艦隊の一部の消息を確認できていないという情報も入っており、

 こちらについては鋭意索敵中で、続報があり次第、連携します。以上、ここまでで何か質問は?」

ミリアムがそう言ってみんなを見回す。

す、すごいな…ミリアム。さすが、元学徒部隊の部隊長…

くぅ、そっち方面の経験は、ミリアムの方が豊富だなぁ、こればっかりは悔しいけど、認めるしかない、か…
 

216: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:54:41.66 ID:9muAHG2qo

「ないですか?では、次に班編成を行います。1班は、マライア、カミーユ、ジュドー、2班は私と、ナナイさんに、ハマーン…様です」

あれ、今、ミリアム、ハマーン様って読んだ?なに、ミリアムも知ってるんだ?あの人?

あ、そっかもともと、ネオジオンで姫様の警護してたんだもんね…そりゃぁ、知ってるか…。

「畏まらなくていい、アウフバウム元特務大尉。ここは軍ではない。あなたが私にそうすべき理由などないのだ」

「はっ…あ、いえ…う、うん」

ミリアムはなんだか、ちょっと恥ずかしそうな顔をしてそんな風に答えている。うー、いいないいなぁ。

あたしもそうやって、かっこよく指揮して、それから部下に優しい言葉とか賭けられたかった…

ルーカスがいたらなぁ…

「ほかに質問がなければ、最後に、元指揮官のマライア・アトウッドより、話があります」

なんてことを思っていたら、ミリアムは突然そんなことを言って、あたしのために、なのか、ディスプレイの前を空けた。

―――な、なにそれ、聞いてないよ!?

―――いいからなんか喋りなさいよ!士気を上げて、みんなをまとめられるようなこと!

―――なにそれ!ハードル高っ!

あたしは、ミリアムとそんな無言の会話を交わしながらそれでも、ディスプレイの前に立った。

 話す、って言ったって…こんなのしたことないから、よくわかんないよ…。どうしたらいいかな?

こういうのって、いろいろ考えちゃダメなんだろうな…

えらそうなことを言うのとか、得意じゃないし、やろうと思ったって出来ない…でも…うん、そうだ。

思っていることを伝えるのは出来る。

あたしは、そう思って、胸いっぱいに息を吸い込んで、思いのたけをみんなに伝えた。
 

217: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:55:27.98 ID:9muAHG2qo

「みんな、今日は、力を貸してくれて、ありがとう。

 あたしは、今日、この日、この場所にいられることを、すこしだけ誇りに思ってる。

 これから行われるのは、たぶん、あたし達にとっては、そんなに過酷な戦闘にはならないと思う。

 だけど、その意味は、これまで行われてきたどんな戦闘よりも意義深いものかもしれない、ってそう思う。

 これから、姫様は、彼女は、きっと新しい道を示してくれるって信じてる。

 ラプラスの箱の持ち主は、プル達に、“希望の光を灯してつながれ”って言ってくれたって聞いてる。

 たぶん、彼女の演説は、あたし達ニュータイプや、スペースノイド、アースノイド達にも、

 そんな光を灯せる可能性のあるものになると思う。それはきっと大火じゃない。

 ろうそくの火ほどの小さなものかもしれない。それでも、あたしは、それが灯ることを信じたい。

 ううん、それはもう、少しずつ灯っているんだと思う。
 
 ここに、こうして、ジュドーくん、カミーユくんと肩を並べて、ハマーンと、ナナイさんがいるのがその証拠。
 
 

218: ◆EhtsT9zeko 2014/03/04(火) 01:57:37.42 ID:9muAHG2qo

 この宇宙には、宇宙世紀開略以来、渦巻いてる淀んだ感情の沼地がある。

 そして、特に感覚の鋭いあたし達は、どうしたってその沼に一度はハマって、

 大事なことがなにも見えなくなってしまうことがある。もちろん、あたし達のような存在だけじゃない。

 そうやって、繰り返し、繰り返し、何度だって戦いが起こってきた。

  でも、今日、これから、それを変えるチャンスが来るかもしれない。

 こうして、ここにこのメンバーが揃ったのは、それが出来るってひとつの証拠だと思う。

 過去をなかったことには出来ない。でも、これからを生きるあたし達にとって大事なのは、

 過去にこだわることよりも、未来を信じることだと、あたしは思う。

 そして、あたしは、スペースノイドが誇りを持って生きることの出来る社会が来ることを信じたい。

 それをきちんと受け止め、受け入れることのできる地球社会ができることを信じたい。

 そのためにはあたし達が、その土壌を作らなきゃいけないと思う。

 これまで、悲しいけど、たくさんのニュータイプが戦争に投入されて死んでいった。

 でも、あたし達は、戦争の道具じゃない。まして、戦争の引き金でもない。

 あたし達は、本来、みんな同じように願ってるはずなんだ。

 戦争とは真逆の、理解し合える世界を、助け合える仲間の存在を…。

  それはきっと戦争じゃ、見つけられないもの。それを、あたし達は理解して、守って、

 次の世代に伝えていかなきゃいけない。たとえどんなに小さくても、あたし達はその火を消しちゃいけないんだ。

 だから、これからするのは戦闘かもしれないけど、戦争じゃない。

  あたし達は、戦って勝ち取るんでも、敵を撃ち倒して守るんでもない。

 あたし達は、もう二度と、あたし達のような思いを、あとに続く子ども達のお手本になれるように、“選ぶ”んだ。

 あたし達は、あたし達が、したいって思って、出来る唯一のことをする。それは戦うことなんかじゃない。

 奪うことでも、守ることでもない。繋がりたい、って、そう思って、信じて、手を差し伸べ続けることなんだ。

 それがどんなに辛くたって、どんなに苦しくたって、あたし達はそれをやめちゃいけないんだ。

 信じよう、あたし達の明日を。子ども達の未来を…姫様の、成功を…!

 きっとここから、あたし達の新しい時代が始まるんだ…!」

みんながあたしを見ていた。ただ、ジッと、見つめてくれている。

不思議と、それは、安心感と一緒に、あたしを支えてくれるみたいな、力強いなにか、だった。

胸の内側に、得体の知れない力が…暗い海に漕ぎ出すための、勇気が、湧いてくるように思えた。

「さぁ、行こう!スペースノイドでもアースノイドでもない、あたし達、みんなの未来のために!」





 ――――――――――to be continued to their future...

231: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:34:50.59 ID:4tGXi4G7o





 今日もいつもと変わらない、綺麗な青空だ。

まだ朝も早いから、それほど日差しも強くないし、気温も上がってない。サラッと吹き抜けて行く風が心地良い。

私は、と言えば、そんな中、朝早く起きて洗ったシーツを庭先に干していた。

こんなに気分が良いと、自然と鼻歌なんて口ずさんでしまう。

「なやんだ日々に答えなんてぇ歩き出すことしかないよねぇ~、

 か~さねあう~寂しさは~ぬくもりをぉおしえ~てくぅれたぁ~、

 抱き合えば~なぁみださえ~わぁけもなくぅ、いとぉしいぃぃぃ~」

アヤ風に言えば、ほんとにもうご機嫌で、シーツをピンピンに伸ばして洗濯ばさみで止めて行く。

まるで、このシーツの白みたいに、私の気持ちも真っ白で、すがすがしい。

 パタン、と音がした。振り返ったら、そこにはアヤが眠そうに欠伸を漏らしながらいて、

私を見つけてこっちに歩いて来ているところだった。

「未来のふたぁりにぃ、今を笑われないように~、ねぇ、夢をぉみようよぉ~」

なんて、いつまでも歌いながら、ミュージカル気分のステップなんかを踏んで、私はアヤを、両腕を広げて出迎える。


「いや、起きたばっかりだから。今、夢から覚めたところだから」

なんて言いながら、アヤは私の腕の中にドンっと収まってきて、チュっとおでこにキスをしてくれた。

なんでおでこなのよ!そう思って、私が唇にキスを返したら、アヤはデレっと笑った。

「おはよ」

「ん、おはよう。もう港行くんだね」

「あぁ、うん。ほら、なるべく早くに連れて行ってやりたいなって思ってね。

 ちょっとエンジンのチェックとかだけでも、先にやって来るよ」

「ふふ、だからって、早すぎ。ね、ちょっと手伝ってよ」

私はそう言ってアヤを解放して、別に二人でやるような作業でもないけど、一緒になってシーツを干す。

6枚洗濯したのに、あっという間に終わってしまった。んー、思ったより、早かったな…

たまには、二人でこういうのもいいんじゃないかなぁって思ったんだけど…残念。

 なんて思ってたのが顔に出てたのか伝わっちゃったのか、アヤはいつもみたいにゴシゴシと私の頭を撫でまわして、

「共同作業は、また夜に、な」

なんて言って笑った。もう、アヤってば。

私が横っ腹をベシっと叩いたら、アヤはなんだか嬉しそうに笑って、それから

「じゃぁ、ちょっと行ってくるな」

なんて言って、手を掲げた。

「うん、行ってらっしゃい、気を付けてね」

私もそう返してアヤを見送った。
 

232: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:35:21.36 ID:4tGXi4G7o

 昨日の昼過ぎ、ロビン達が、デリクくんの操縦する飛行機で空港に帰ってきた。

一連の事件の発端になった日、マライアから無線で話を聞いたときに、私は、一瞬、背筋が凍るように感じたけど、

そばにいたアヤは、すぐに自分の気持ちを立て直して、マライアに言った。

 「頼む」

って。アヤからは、なんだか、すごくいろんな気持ちが伝わってきたけど、

でも、不思議と、心の中にいっぽん、ビシっと筋が通ったように感じられた。

それが何なんだろう、って考えて、聞いてみたら、それはたぶん、親としての覚悟じゃないか、って、そう言った。

それを聞いて、私も、感じるところがあった。確かに、いつまでも、子どもじゃない。

そうは言っても、ロビンはまだ13だけど…でも、もうそろそろ、いろんなことを経験してもいいはずだ。

いや、いきなり戦争なんて、と思うところも、半分、ロビンが決めたのなら、そうしてみればいい、って思うのも半分。

アヤの覚悟、っていうのは、そう言う不安の一切合財を押し込めて、

ロビンの好きにやらせてやってくれ、って言うのを、マライアに伝えるために必要だったんだな、って、そう思った。

そうしたら、私にもその芯が通るような気がして、少しだけ驚いたのを覚えている。

レオナも、レベッカも、マリオンも、私とアヤの様子を見て、なんとなく、覚悟を決めてくれたみたいだった。

レオナがユーリさん達にそのことを知らせてくれらた、ユーリさん達なんかは慣れたもので、

「そっか…あの子達なら、そう言いだそうだね」

なんて言って、笑っていられるくらいだった。うーん、やっぱり、箔が違うよね、お母さんとしての、さ。

 まぁ、でも、なにはともあれ、ロビン達は帰ってきた。

空港へ迎えに行ったアヤとレベッカに連れられてペンションに戻ってきたロビンは、なんだか、見違えるくらいに大人の顔をしていた。

それがなんだか、とっても嬉しくて、必要以上に撫でまわしてしまって、迷惑がらせてしまったけど…。

 あとは、マライアとプルにミリアムが心配だな…

まぁ、大丈夫だって、連絡はあったから、そのうちいつごろ戻る、とか言って来てくれるとは思うけど。

いや、うん、その前に、とにかく、だ。

 ロビンも、マリも、カタリナも、それからマリとプルそっくりの、マリーダって言う、

レオナの最後の妹って子が帰ってきたんだ。私達にできるのは、旅の疲れとそれから、戦争の傷跡を癒してあげること。

いろんな気持ちを洗い流してまっさらになってもらうこと、だ。

真っ白で、ピンピンになった、このシーツみたいに、ね!

 なんて思って、私ははためくシーツを見ながら洗濯カゴと、洗濯ばさみの入ったケースを抱えて空を見上げた。

「よっし、洗濯、終わり!」

 ん、今日も平和で、良い天気だ!




233: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:35:48.40 ID:4tGXi4G7o




 「おーい、ロビン!そろそろ起きてー!」

誰かがアタシを呼んでる声がする。これ…レベッカ?あれ、なんでレベッカ、宇宙にいるんだっけ?

ペンションで留守番してるんじゃなかった…?ん、なんか変だな…体が重い気がする…

えっと、うん、まぁ、とにかく、起きなきゃ…

そう思って、ベッドマッドの上に手を突っ張るようにしたけど、あれ、やっぱりなにか変だ。

いつもなら、これでふわっと体が浮き上がるはずなのに…

浮き上がるどころか、これ、腕曲げたら、またベッドに逆戻りじゃん…あれ、なんで浮かないんだろう…

「ロビン?」

ん、レベッカ、アタシ変なんだ…うまく体が動かない、って言うか、重いって言うか、眠いって言うか…

「ロビーン」

そんな声が耳元でしたと思ったら、耳を何かがスルスルとくすぐって、そのゾクゾク感がアタシの背筋を駆け抜けた。

「ひゃんっ、あひゃぁっ!」

アタシは、そのこそばゆい感覚に、そんな悲鳴を漏らして飛び起き…ようと思ったら、

何か重いものがアタシに圧し掛かっていて、体の自由が効かない…ていうか、重い、って…

あ、そうか、アタシ、地球に帰って来てたんだ。この重い感じは、そのせいかな…

 そう思って目を開けて改めて起きようと思ったら、

アタシに圧し掛かっていたのは、地球の重力なんかじゃなくて、レベッカだった。

「ん、起きたね。お寝坊姫」

レベッカがそんなことを言ってくる。ていうか、重いんだけど…レベッカ…

「今、なにかしたでしょ?すっごい、ゾクゾク来たんだけど」

「あぁ、ちょっと耳がおいしそうだったから、ハムハム、っと、ね」

「ちょっ、やーめーてーよー!」

そんな文句を言いながら、アタシは起き上がろうと思って腕に力を込めたけど、

レベッカはのしかかってきたまんま、どこうとしない。

それどころか、さっき以上に体重をかけてきてグイグイとアタシをベッドに押し付けてくる。

234: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:36:18.04 ID:4tGXi4G7o

「もう、ちょっとー!」

たまらずにそう悲鳴を上げたら、不意にレベッカがアタシの体をギュッと抱きしめてきた。

あ、あれ…なに、これ?どうしたの、レベッカ…?あ、あなた、泣いてるの…?

アタシはレベッカから漏れ出て来る感覚に触れてそのことに気がついた。

レベッカにしがみつかれながらアタシはなんとか体を動かしてレベッカの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの胸元に顔をうずめて、声もなく涙を流していた。ど、どうしたのよ、レベッカ…?

そう思っていたら、レベッカは蚊の鳴くような、細く小さな声で言った。

「心配、したんだから…」

その言葉で、アタシは全部理解できた。あぁ、そっか…ごめんね、レベッカ…

あなたが来てからはずっと一緒で、楽しいのも悲しいのも、一緒に経験してきたんだもんね。

それが急に、アタシ一人で行った宇宙で、あんなことになっちゃって…そりゃぁ、心配だよね…

アタシ逆の立場だったらいてもたってもいられなくって、誰かに頼んであとを追いかけようとしてたかもしんない。

心配かけて、ごめんね、レベッカ。

「ごめんね…」

アタシは謝って、レベッカをギュッと抱きしめた。

「ママ達も母さんも、マナにマヤもマライアちゃんも大事だし、大好きだけど…

 ロビンだけは、もっと特別なんだ…研究所で、ひとりぼっちのあたしに話しかけてきてくれて、

 ずっとそばにいてくれた…あなたがいたから、あたし、寂しくなかった…

 あなたがいなくなったら、あたし、心に大きい穴があいちゃう…

 だから、もうあんな危ないこと一人でしないって約束して…するくらいなら、あたしを一緒に連れて行ってよ…」

レベッカは、絞り出すようにそう言った。うん、ごめんね、レベッカ…

「うん…安心して。アタシ、もうあんな危ないことは二度と進んではしないよ。

 アタシにとって、仲間や家族が、どれだけ大事で、ううん、アタシにとってだけじゃない。

 宇宙にとって、アタシ達、戦場にいないニュータイプが、どれだけ大事かっていうのが分かった。

 だから、もうあんなことはしちゃいけないんだって、思う。

 アタシ達は、そうじゃない方法を探して、選んでいかなきゃいけないし、きっとそれが出来るんだって、わかったから…」

そう言ったら、レベッカは一度、腕にギュウっと力を込めてきて、しばらくしたら、

それを緩めて、アタシに馬乗りになるみたいに起き上がった。

235: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:37:05.28 ID:4tGXi4G7o

レベッカは、笑いながら涙で濡れた頬っぺたを拭って

「絶対だよ?」

と念を押してくる。

アタシは、ぐいっと体を起こしてレベッカの涙を一緒に拭いてあげてから

「うん、絶対。約束する」

と両手を取って、言ってあげた。そしたら、ようやく安心してくれたみたいで、

レベッカはアタシの上から降りてくれて、ベッドからギシっと立ち上がった。

「じゃぁ、着替えて降りてきね。ご飯、一緒に食べようよ」

「うん!」

アタシはそう返事をして、部屋から出て行くレベッカを見送った。

着替えながら、アタシはレベッカの気持ちに想いを馳せていた。ううん、レベッカだけじゃない。

母さんや、ママ達だって、同じだったかもしれないんだ。

母さん達は何も言わなかったし、感覚をボヤかして、アタシにはわからないようにしてるけど…

でも、きっとそうだったんだろうな。

そう思ったら、なんだか、自分がとても申し訳ないことしちゃったな、って感じた。

後悔してる、ってわけじゃない。でも、もっとちゃんと説明するべきだったし、

帰ってきてからも、甘えてトロトロになってばっかりで、ちゃんと謝ってなかったな…

うん、そうだね。それはちゃんと言わなきゃダメだ。

 アタシは今日の目標をそれに決めた。

母さんに、レナママにレオナママに、マリオンと、あと、ユーリさんとアリスさんにも、ごめんなさいしに行かなきゃいけない。

これは、アタシが言い出しちゃったから起こったことだ。最後まで責任取らなきゃね。

 そう決心をしながら、アタシは一階に降りてリビングに向かった。

母屋ができて、こっちで生活をするようになってからは、寝坊してもあんまり気にしなくていいから楽だよね。

リビングでは、今日は船番で、そんなに早くなくて良いはずの母さんと、レベッカがいた。

マリオンちゃんは今日は宿直明けだから、まだ向こうだし、

レナママとレオナママは朝食の準備と洗濯やなんかがあるから、いつも朝早いんだ。

 「おはよう」

「あぁ、ロビン、やっと起きてきたな、おはよ」

母さんはそう挨拶を返してくれたけど、渋い顔をしてタブレットコンピュータの画面を見つめている。

この表情してる、ってことは、来てるのかな、アレ。

「ハリケーン?」

アタシが聞いたら、母さんはチラっとアタシを見てニコっと笑ってからまた渋い表情に戻って、

「あぁ。今度のは、ちょっと勢力が強うそうだからなぁ。予報じゃ、かすめて行く程度、って言ってるんだけど、

 時期も時期だし、こりゃぁ、うろちょろしそうなタイプに見える」

なんて言って、モニターを見せてくれる。

うーん、確かに、この位置で発生するのって、北上すると見せかけて、なぜか西進してくるのが多い気がするなぁ…

ふむ、これは対策必要かもね。

236: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:37:35.51 ID:4tGXi4G7o

「明日には、準備しといた方がいいかもしれないね」

アタシは、レベッカがよそってくれたスープに口を付けながら言う。ん、これこれ、レオナママのスープの味だ…

なんだか、嬉しいなぁ…。

「あぁ、そうだなぁ。こりゃぁ、マライアのご帰還も遅くなりそうだ」

母さんも、ガーリックトーストをバリバリ言わせながらそう言う。え、マライアちゃん、帰ってくる見込みついたんだ?

「いつごろ戻ってこれるかわかったの?」

「ん?あぁ、さっきメッセージが入っててな。今日の夜くらいにはキャリフォルニアに降下出来る予定だ、

 とは言ってたんだけど、ハリケーンのコースがこっちに来てから北上する、ってなると、

 フロリダは直撃するだろうからなぁ、このあたりの航空便は飛べそうにないだろ。

 さすがに、ハリケーンの進路を避けて、運行してないパラオの方の空港を経由する航路で迎えに行ってくれ、

 なんて言えないしなぁ」

まぁ、カレンさんなら二つ返事でやってくれるんだろうけど、ね。

でも、無事なら、まぁ、2,3日帰ってくるのが遅れるったって、大した問題じゃないよね、きっと。

 なんて思ってたら、母さんはコンピュータをテーブルの端に押しやって本格的に食事を始めながら言った。

「まぁー、今日のうちに遊んでおこうな!ダイビングにするか?それとも、島に行くか?

 あぁ、そういや、レオナの一番下の妹ってのも、無事なんだろ?その子も一緒に連れてってやったら、

 きっと喜ぶだろうな!」

ふふふ、母さんってば、ホントに元気だなぁ。アタシも見習わないと!寝坊なんかしてる場合じゃない!

「うん、島がいいな!お客さんもいるんでしょ?

 なら、そっちの方が色々と都合も良さそうだし、マリーダも泳げるかわからないし、その方がいい!」

「今日は、あたしも着いて行く!ロビンと遊ぶんだ!」

アタシも言葉に、レベッカも言った。アタシ達の言葉を聞いて、母さんは嬉しそうに声を上げて笑って、

「ははは!じゃぁ、食べ終わったらとっとと準備しような!ユーリさんのところにも連絡しておくよ!」

なんて言ってくれた。




237: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:38:02.91 ID:4tGXi4G7o




 「ひゃー!うぅぅー!やっぱ、こうでなきゃね!」

飛行機から伸びたとたん、ロビンがピンピンに体を伸ばしながらそういった。

飛行機のハッチをあけたとたんに、熱気とじりじりと言う日の光が私たちを包む。

マリもタラップをジャンプで飛び降りて、ロビンとエプロンでじゃれ合っている。

「大丈夫?マリーダ?」

ロビンに続いてマリが滑走路に下りて、その後で4段しかない機体に格納できるタイプのタラップを降りた私は、

振り返って、飛行機の中にいる彼女に声をかけた。

「…まぶしい…」

ハッチのところから外を見渡したマリーダが、片手で顔を覆って、口をぽかんと開けている。

地球には、ついこの間、来ていた時期がある、って言ってたっけ。

でもきっとこんなところは初めてだろうな…好きになってくれるといいな…

私は、そう思いながらマリーダに手を伸ばして、タラップをおろさせて、マリーダは大地を踏みしめた。

 私とロビンと、マリ、それにマリーダはあれから、シャトルで直接、地球へ戻ってきた。

迎えに行ったはずのメルヴィは、姫様に万が一のことがあったときの保険、ってことで、マライアちゃん達と宇宙に残った。

私達のシャトルはキャリフォルニアに降下して、フレートさん達とはそこで分けれた。

キャリフォルニアにはデリクさんが迎えにきてくれていて、私たちはそれに乗ってここ、アルバ島に帰って来た。

 滑走を歩いていると、上からの太陽に、暖められたアスファルトに照り返されてくる輻射熱もジリジリと熱い。

空は真っ青だし、風はカラっとしていて気持ち良い。

なぁんか、ドタバタした旅だったけど、なんとか無事に帰ってこれたな…

あとは、月の位置の関係で、途中までしか連絡を取れなかったから、それだけがまだ少しだけ心配だったけど、

きっと大丈夫だろう…たぶん、ね、うん…。

あぁ、こんなときに私もニュータイプの能力であれば、きっともう少し安心していられるんだろうなぁ…。

 「ここは、何という場所なんだ?」

不意に、マリーダが呟くように言った。あれ、いけない私、なんにも言ってなかったね、ごめんごめん。

「ここは、アルバ島だよ、マリーダ。ようこそ、私たちの島へ!」

そう言ってあげても、彼女はまだピンと来ないようで、ポカーンとしてはいたけど。

 私達は、ロビンを先頭にして空港の建物の中に入った。

いつものところに、見ただけで嬉しくなっちゃう顔ぶれが待っていてくれる。

「いた!」

ロビンがそう言って駆け出した。

走っていった先に居たのは、アヤちゃんとレベッカで、タックルくらいの勢いで突っ込んでいったロビンを、

二人してがっちりと受け止めてはしゃぎだす。

私も、同じくらいのことしたい気分だけど、さすがに恥ずかしいから、ちょっと止めておこうかな。

アヤちゃん達のすぐそばで、ママと母さんが、こっちを見て手を振ってくれてるけど、

マリも、ロビンたちを見て、あはは、って笑いながらのんびり歩いてるしね。

238: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:38:31.45 ID:4tGXi4G7o

「おかえり、マリ、カタリナ」

ユーリ母さんが、そう言ってくれる。

「元気そうでよかった」

ママも、ニコっと笑ってそう言ってくれた。

 二人とも、いつまでも若くって美人で、私の自慢なんだ!

さすが、宇宙一のドクターとその妻だけのことはあるよね。

見かけだけなら、母さんは特に、私が5歳くらいのときとほとんど変わってないし、

ママに至っては、たぶん、最初に会ったときより若返ってる気がする…医学って、すごいよね…。

「うん、ただいま」

「だたいま!」

私は、プルとそろってそう言う。ママはそんな私たちをニコニコした顔で見つめてから、私たちの後ろに視線を移した。

「あなたが、そうなのね…」

「あっ…マリーダ、クルスと、いいます」

マリーダがそうあいさつをしたら、ママはクスっと笑って

「楽でいいわよ。宇宙の様子も慌しいし、しばらくはうちで療養していきなさい。

 そのままこの子達の姉妹として一緒に、私たちと家族になったっていいし、

 なにかしたいことがあるんならそれを目指すのもいい。でも、その前に、あなたには休息が必要だわ」

とマリーダの手をキュッと握っていった。マリーダは、まだ、相変わらずポカン、って顔をしていたけど、

それを見たママが、ん?って首を傾げたら、マリーダもちょっと慌てて

「は…はい」

と返事をした。なんだか、困り顔だけど、ま、そのうち慣れるよね。

マリはまぁ、ずっとあっけらかんってタイプだったけど、私はママに慣れるのにはしばらくかかったし、

プルも3年前にこっちに来たときには、やっぱりリラックスするまでには1週間は掛かったって言ってた。

もしかしたら、マリーダはもっと時間がかかるかもしれないな…だって、つい何日か前まで、戦争をしてたんだ。

それがいきなりこんなところにつれてこられて、そう言うのとは縁のない生活が出来るんだ、

って言われたって実感わかないだろうし、落ち着かないかもしれないしね。

 私はそう思って、マリーダの肩ポンポンって叩いてあげた。

私を見たマリーダに、出来る最大級の笑顔を見せてあげて

「大丈夫!とにかくさ、美味しいもの食べて、すこしゆっくりしよう!何か好きな食べ物とかある?」

と明るく言ってみる。そしたら、マリーダは

「…アイスクリーム、とか…」

って、控えめに答えた。ぷっと思わず笑ってしまった。

いや、うん、何て言うか、ホント、味覚とか嗜好まで似てるんだな、と思ったらなんだかおかしくて。

でも、それを見たマリーダはちょっと不機嫌な顔をした。

239: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:39:02.98 ID:4tGXi4G7o

「…なにがおかしい?」

「あぁ、ごめんごめん。みんなそうなんだな、と思って。さっすが姉妹だね」

あたしはそう言ってマリを見やる。そしたらマリも笑ってくれて

「そうそう、あたしもアイスと生クリームには目がないんだ。あ、アイスはさ、フレーバー何が好き?」

なんてマリーダに聞いてくれる。そしたら、マリーダはまたきょとんとした顔で

「フレーバー?アイスクリームはアイスクリームの味だろう、おかしなことを言うな」

とマリに言い放った。あ、そっか…

ずっと輸送船とあとは、どこかの鉱石採掘用の衛星暮らし、だったんだっけ…

アクシズと同じような生活だったんだろうな…

そしたら、地球みたいにアイスにあれこれ味がついてるなんてことはきっとないな…

ていうか、アイスの味がするあのドライフードの可能性だってある…ん、これは由々しき事態だよ、マリ!

そんなことを思ってマリを見つめたら、マリは妙に真剣な顔をして、頷いた。

「うん、よし…ちょっとおいで」

「なっ、何をする…!」

それからマリはそう言うが早いかマリーダの腕を取って、

反射的に抵抗しようとするマリーダを近くの売店に引きずり込んだ。

「あはは、ありゃぁ、洗脳の解き甲斐がありそうだな」

そんなやりとりを見ていた母さんが笑いながらそんなことを言う。やっぱり、まだ影響あるんだよね…?

「それ、やっぱり必要なんだ?」

「ん?あぁ、まぁな…洗脳、って言うか、あの子達はたぶん、刷り込みの方だと思うんだけど…

 マスターの命令は絶対、ガンダムは敵、自分は道具、って、な」

「そっか…」

あたしは、なんだか気分がシュンとなってしまう。

想像はしていたけど、プルやマリもおんなじように、小さい頃からそうされてきたんだよね…

それって、どんなに辛いことだったんだろう…

話を聞けば想像は出来るけど、私にはそれを自分のことのようにして感じることはできない。

もし、私にも能力があって、マリやプルみたいに、マリーダの気持ちに沿うことが出来たら、

きっともっと、力になってあげられるんだろうけど…

 私はなんだかそんな気持ちになりながらも、マリーダと売店に入っていったマリのあとを追った。

そしたら案の定、マリとマリーダは、アイス売り場の前にいた。

240: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:39:34.11 ID:4tGXi4G7o

「こ、これが全部そうなのか…!?」

マリーダはそんなことを言って、言葉を失ってる。

でも、目だけは小さい子みたいに輝かせて、ガラスのケースの中を食い入るように見つめていた。

「んー、スタンダードなのはこのバニラ、ってやつだよね。私は、チョコのやつが好きなんだけど…

 あと、カタリナはアイスよりもこっちのシャーベットの方が…」

「チョコ?チョコレート味のアイスもあるのか!?」

マリの言葉にマリーダは、ニュータイプの私じゃなくても感じちゃうくらい、信じられない!

って感じ全身で表現してる。

「こ、これは、その、あれか、た、高いのか?」

これもまた、すぐに分かった。食べたいんだな。やっぱり、なんだか可笑しい。

可笑しいし、子どもみたいでかわいいな…表情はいつもあんなに怖い感じなのに。

「あーはいはい、チョコのでいいんだね?カタリナはなんにする?」

マリがそんなことを言って私に話を振ってきた。んー、そうだな…

「イチゴのにしようかな」

私が言ったら、マリは

「そっか。じゃ、私はクッキーのにしよ」

と言ってガラスのドアをあけ、チョコとクッキーとイチゴのアイスの小さいカップのやつをひとつずつ取り出した。

「ま、待て。わ、私は連邦の金は持ち合わせていないぞ!」

「あーいいっていいって、大した額じゃないし」

なんだかひとりでいっぱいいっぱいになっているマリーダをよそに、

マリはレジで会計を済ませてからマリーダの袖口を引っ張って売店を出た。

あぁ、やばい、笑いそう…でも、あれかな、笑ったらまたキッて睨まれて、何が可笑しい!、って言われちゃうね、きっと。

別に怖いとかそういうんじゃなくて、そうされるのはイヤなんだろうなって感じだから、我慢だ、我慢。

241: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:40:02.12 ID:4tGXi4G7o

 「ん、用事済んだ?」

売店の外で、レベッカとアヤちゃんにひとしきり撫で回されているロビンを見ていたママが私たちに気がついてくれてそう声をかけてくれた。

「うん、おませ!」

マリがはつらつ、って感じでそれに答えた。

「よし、それじゃ、今日のところは、帰ってのんびりしようか」

母さんもそう言ってアヤちゃんたちに声をかけて、一緒に空港を出て駐車場に向かった。

いつもならこんなあとは、アヤちゃんのところでパァっと、ってやつが始まっちゃうんだけど、

今はまだ、マライアちゃんたちが戻ってきてないから、それを待ってからでもいいだろう、ってことだった。

なんでも私達が到着する2時間くらい前にマライアちゃんからは連絡があって、

全員無事に、作戦は終えられた、って話があったらしい。姫様の放送は、私もシャトルの中で聞いた。

 姫様は、私達の思った通りのことを、地球にも、宇宙にも、伝えてくれた。

あの放送を聞いて、少しでも多くの人が、私達のように、戦う以外の、なにか、新しい道を探し始めてくれることを願うばかりだな…

 アヤちゃんの車に乗って、私達は空港を離れた。アヤちゃんは、私達を先に家に送ってくれた。

 とりあえず、マリーダを家の脇の玄関から招き入れて、そのまま二階のリビングへと向かう。

マリーダは、物珍しそうな、戸惑ったような感じだ。

マリは、それを感じてはいるみたいだけど、何も言わないし、何もしない…

なんだか、悩んでるんじゃないかな、って言うのが伝わってくる気がした。

もしかしたら、マリーダが戸惑っているのを、もらっちゃっているのかも…なんて思ってしまうくらいだった。

 そんなマリーダだけど、リビングで一息ついて、お茶なんかを飲んでから、

マリが思い出したように冷蔵庫から取り出した、空港の売店で買ったアイスクリームを見るや、

一瞬だけ目を輝かせて、マリと私と3人でそれぞれのアイスを食べながら舌鼓を打っていた。

食べ終わってから、あぁ、一口ずつ分けられたら、少しは安心してもらえたかもしれないな、なんて思って、

ちょっぴり後悔しちゃったけど。

 これが、昨日、私達が帰ってきたときのこと、だ。
 
 

242: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:40:34.68 ID:4tGXi4G7o



 じゅうじゅうと、ベーコンがフライパンの上で音をたてる。スープはもう大丈夫かな…

ん、ジャガイモ煮えてるし、オッケーだね。

あとは…昨日のポテトサラダが残ってるから、野菜はそれで済ませればいいかな。

昨日、帰りに買ったパンをカゴに乗っけて…うん、出来上がり、かな!

 「あー、カタリナ、ありがとう」

そんなことを言いながら、ママがリビングにやってきた。

「ううん、平気。そっちは大丈夫?」

私が聞いたらママは、オタマにスープを取ってペロっと舐めて

「ん、おいし」

なんて言いながら

「うん。マリが手伝ってくれてるから、大丈夫。あれ、たぶん虫垂炎だわ。

 結果が出たら救急搬送するから、朝ご飯はお預けかなぁ」

って教えてくれた。今朝方、母さんのPDAに緊急の連絡があった。

なんでも、急にお腹が痛くなった、とかで担ぎ込まれてきた患者さんが、今ひとしきり検査をしている。

正直、うちの病院の施設で手術なんてよっぽど緊急じゃないとまずやらない。

もし、手術が必要な患者さんがいたら、総合病院に入院してもらって、母さんが執刀するのがいつもの流れだ。

一応手術室はあるけどね。でも、あそこは半ば母さんの研究所で、手術なんてほとんどしたことない変わりに、

検体調べたりとか、あとは、処置室代わりになってるかな。

まぁ、急患なんて珍しくないから、慣れっこだけど、最近はずっとプルも居てくれたから手が足りてたんだけど、

まだ宇宙から帰ってないし、忙しいのは仕方ない。

パタンとドアの閉まる音がした。

「あ、マリーダ。おはよう」

ママがそう言ったので振り返ったらそこには、マリの服を借りたマリーダが、すこし呆けた様子で突っ立っていた。

「おはよう、マリーダ」

私も彼女にそう声をかける。マリーダは、それから何かに気がついたみたいな感じで少しだけ顔色を変えて、

「えと…おはよう…ございます」

とおどおどしながら言った。敬語だなんて、変なの。まぁ、いつかのことを考えたら、私が言えたことじゃないけどさ。
 

243: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:41:02.95 ID:4tGXi4G7o

 ピピピッと、電子音が鳴った。

「おっと、呼んでる。じゃぁ、ごめんねカタリナ。ちょっと二人で先に食べてて」

ママはそう言うと、私の頬っぺたにチュッとキスをしてパタパタとリビングから出て行った。

それを見送った私の視界には、相変わらずどうしていいのか分からない、って感じで突っ立っているマリーダの姿がある。

「なにかあったのか?」

と、彼女は、下の騒ぎを感じ取ったのか、そんなことを聞いてきた。

「ん、急患みたい」

私はそう答ながら、バターロールを包丁で切って、そこに洗ったレタスとベーコンに、スクランブルエッグを挟み込む。

あの様子じゃ、お昼までは帰ってこれないかもしれないから、持たせてあげたほうがよさそうだもんね。

「…その、ユーリさん、は、医者だと言ってたな」

「うん、そうなんだ。あれで、かなり腕がいいんだよ」

私はそう言ってマリーダを見た。彼女は、ふぅん、って感じで首をかしげてからまた、気がついたみたいに

「いいにおい」

と口にした。ふふ、知ってるよ、マリとプルと同じで、きっとあなたも食いしん坊なんだよね。

昨日話をして、宇宙でも固形物を食べてた、って言ってたから、虚血性ショックの心配はないって母さんも太鼓判だった。

もちろん、夕食を食べても平気そうにしていたから、朝ご飯がダメ、ってこともないだろう。

「あぁ、食べようか。母さん達、このまま総合病院に患者さん運んでいくって行ってたから」

私はそう説明をしながら作り終えたバターロールのサンドイッチをラップで包んで、

ワゴンに出しておいた食器にマリーダの分と私の分のスープをよそった。

「はい、これ、並べておいて」

マリーダにそう頼んだら、彼女は

「あっ…うん」

と、また、おどおどしながら、私の方までやってきて、お皿を受け取ってくれた。

パンとベーコンにスクランブルエッグは大皿に乗っけて、お好みで。冷蔵庫からサラダも出した。

お茶もポットに淹したし、オッケーかな。あ、いけない、サンドイッチ。
 

244: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:41:29.93 ID:4tGXi4G7o

 「ごめん、ちょっと待ってて。これ、渡してくるから」

私はテーブルの脇に突っ立ってまだ呆然としているマリーダにそう断って、

引出しから引っ張り出した布のバッグにサンドイッチを詰めて病院へと下りる内階段を駆け下りた。

そこには、レントゲンの写真を専用のケースに詰めているマリと、

それから患者さんの容態を記録しているママの姿があった。母さんは、車出しに行ってるのかな?

「マリ、これ、朝ご飯」

私はマリにそう伝えて布バッグをマリに差し出した。

「うわっ!ありがとう!朝ご飯はあきらめかけてたところだったんだよ!」

マリはすぐさまそんなことを言って、パッと明るく笑った。

ふふ、ニュータイプじゃなくったって、マリのことならなんだってお見通しなんだからね。

そんなことを思ったら、マリは照れたような笑顔に変わって

「へへ…あ、マリーダのこと、お願いね」

なんて話を変えてきた。まぁ、それも大事なこと、だよね。

「うん、大丈夫、任せて」

私もそう言って笑顔を返して、マリーダの待っているリビングに戻った。

 マリーダは私が出たときのまま、ボーっとテーブルの脇にたたずんでいた。

どうしていいか分かんない、ってのは、それを見れば誰だって分かる。

「ごめんね、マリーダ、お待たせ」

私はひとこと彼女にそう謝ってから

「座って!食べよう」

と席に促して上げた。

 二人して席について、食事を始める。マリーダは、節目がちに黙々とスープに手をつけている。

なぁんにもしゃべらない。うーん、まぁ、昨日の夕飯もそうだったし、そうだろうなと思ってたけど、案の定、だね。

普通ならこういうのって息が詰まっちゃうんだろうけど、あいにくと私は、どっちの立場も経験済みだから、

なんとなくどうするのが一番いいのか、ってのは分かるんだ。

「あ、マリーダ。ベーコンとスクランブルエッグと、こっちのサラダは、自分で食べたい分だけ取り分けていいからね」

とりあえず、自分の分を取り分けながらそれを教えてあげる。

って言うか、今の一言を話すために、あえて事前に言わなかったんだけど、ね。
 

245: ◆EhtsT9zeko 2014/03/09(日) 00:41:57.90 ID:4tGXi4G7o

「え?…あぁ、分かった」

マリーダはそう言って、私が終わるのを待って、トングをもって自分のお皿に、それぞれをよそった。

あら、これはちょっと予想外。もうちょっと控え目かと思ったけど、意外に大胆だね、サラダなんて、山盛り。

 「いっぱい食べるんだね」

そう言ってあげたら、マリーダはちょっとギクっとした感じで

「その…いけなかっただろうか?」

と聞いてきた。あ、いや、そういう意味じゃないんだ、ごめんごめん。

「あ、ううん。そういう意味じゃなくて、ただの感想。どんどん食べて良いからね!」

私は、出来るだけの笑顔を見せてマリーダにそう言ってあげた。

そしたらマリーダは、すこし安心したみたいな表情を見せて、食事に戻った。

 洗脳に刷り込み、か…母さん、そんなに意識することない、って言ってたけど、でも、やっぱり心配だよね…

マリやプルは、一緒に暮らすようになったときには比較的落ち着いてて、すんなり慣れていけたけど、

マリーダはやっぱりすこし違うな…本当に、ついこの間まで、生死を賭ける戦場で戦っていたんだ…

彼女は、ここでの生活で何を感じて、何を思うんだろう…

 たぶん、家族になる、とか、そう言うことはまた、全然先の話だよね、きっと。

まずは、ここでの、何も起こらない日常に慣れることから始めたほうがいいんだろうなぁ…

だとしたら、いろんなことを一緒にやったりとか、そういうことからやったほうがいいのかもしれないなぁ…

あ、そうだ!

「ねぇ、ご飯食べたら、ちょっと一緒にお出掛けしない?」

私は、思いついてマリーダにそう聞いてみた。マリーダはきょとん、として

「お出掛け?」

と聞き返してきた。

「うん、そう!買い物とかあるからさ、手伝ってくれると、助かるんだよ」

まぁ、冷蔵庫を見た感じ、それほど買い足さなきゃいけないものがあるって感じではなかったけど…

でも、まぁ、買い物するがてら、島を案内するのもいいかもしれないしね。

「そうか、分かった」

マリーダは、そう言ってコクン、と頷いた。そうと決まれば、プラン練らなきゃな…

街は、車がないかもしれないからまた今度にして…ペンションまでの道にある雑貨屋さんで、

調味料を買って、あと、その先のパン屋さんでパンも買えたらいいかな。

で、そのままペンションに行って、おしゃべりして、時間があったら港に連れてってもらって、

船とか海とか、見せてもらえるかもしれない。

とりあえずその辺りを見てもらっておけば、一番身近な生活圏は十分だよね。

あ、そうだよ、レオナ姉さんにも紹介しないと!きっとビックリするだろうな…

ふふ、なんだか、楽しみになってきた!

 そんなことを一連想像してしまったら、思わず私は笑みをこぼしてしまっていた。


 

252: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:40:30.46 ID:0nquc7UXo



 マリーダに手伝ってもらいながら朝食の後片付けをした私は、彼女に服を貸してあげて、一緒に家を出た。

そういえば、着る物もちゃんと揃えてあげないといけないよね…マリーダ、傷だらけだから…

きっと、着る物は、モノを選ばなきゃいけないだろうし、あぁ、そんなこと言ったら、家具も居るよね。

今はプルのベッドに寝てるけど、プルが帰って来たら寝るところなくなっちゃう。

いや、私がリビングのソファーで寝ればそれですむんだけど、それはそれで、変に気を使わせちゃいそうだしね。

そう言うのは、明日かなぁ。

 私はマリーダとペンションへと続く道を歩く。

ほんの少しの間離れてただけだけど、なんだかこの道も懐かしく感じて、どこか気分が嬉しくなる。

ジリジリ照り付けてくる太陽に、潮の香りに、道の脇に立ち並んでいる民家の芝生の匂い。

柔らかく吹き抜けていく風も心地良い。

マリーダは、ギラギラのこの太陽になれていないみたいで、手をひさし代わりにして、まぶしそうにしていた。

サングラスとかあったほうがいいかな…私も、生まれてからはずっと宇宙に居た身だから、分かる。

ここの太陽は、本当にまぶしくって、慣れないうちってけっこうキツく感じるんだよね。

 「まぶしい?」

私が聞いたら、マリーダは目を細めて

「あぁ、うん」

と言葉すくなに答えた。雑貨屋さんに売ってたっけな、サングラス…

確か、安物が何個か、レジのところに掛けてあった気がするな。あれ、買ってあげたほうがよさそうだね。

 雑貨屋さんが見えてきた。

「あの店か?」

マリーダが、聞いてきた。

「うん、そう。お塩と、あそこはソイソースも売ってるから、それを買うんだ」

私が言ったら、マリーダは首をかしげて

「ソイソース、というのは、聞いたことがないな」

と呟くように言った。

「大豆っていう、マメから出来てるソースなんだよ」

教えてあげたらマリーダはふうん、と鼻を鳴らした。

「料理、興味ある?」

「えっ?」

更に私はマリーダに聞いてみる。

マリーダはそんなことを聞かれたのが意外だったのか、ずいぶんと驚いた顔して私を目をパチパチさせながら見つめてきた。

プルもマリも、作るのも食べるのも好きだから、きっとそうじゃないかな、って思うんだけど…

「どう?」

「…考えたこともない…そうか、自分で料理を作るのか…」

マリーダはそんなことを言って、口元に手を当てて俯いた。
 

253: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:40:57.39 ID:0nquc7UXo
何かを考えてるみたい。と、不意に顔を上げて

「出来るだろうか…私に?」

と聞いてきた。

「まぁ、最初はなれないかもしれないけどね。でも、きっと大丈夫だと思うよ」

私が答えたら、マリーダはまた俯いて

「そうか…」

なんて言った。これなら、誘ってみたら、料理も一緒に出来るかもしれないな。

それももしかしたら、マリーダにとってはプラスになるかもしれないね。

少しでもやれそうなことはやってあげた方がいいと思うんだ。ゆっくり、ちょっとずつ、ね。

 「こんにちはー」

私はそう声をかけながら雑貨屋さんの自動ドアをくぐった。

「おっ!先生のとこのお嬢ちゃんじゃないか!」

「こんにちは、おじさん!風邪はもう大丈夫?」

「あぁ、お蔭様でな。先生が来てくれてからは、あんな風邪でも診てもらえるから助かってるよ。

 街の総合病院しかなかったころには2、3日寝込んでるしかなかったもんなぁ」

おじさんはそんなことを言いながらガハハハっと笑っている。それ、毎回言うよね、おじさん。

でも、うん、調子はすっかりいいみたいだね、良かった良かった。

なんて思っていたら、おじさんは私の後ろから入ってきたマリーダにも声をかけた。

「お、双子のお嬢ちゃんの方も一緒かい」

それを聞いたマリーダはなんだか困ったような顔をして私の顔を見やった。

双子、か…うーん、確かにこれまではそう言ってたけど、ね…ま、難しい説明を省いちゃってもいいか。

「おじさん、この子はね、プルやマリの生き別れの姉妹なんだよ」

「えぇ?!ってぇ、ことは、三つ子だった、ってのかい?」

「うん、まぁ、そんなところ」

私が言ったら、おじさんはまた、へぇーと大げさに驚いて見せたけど、でも、なんだか今度は訳知り顔で、

「まぁ、このご時世だ、お嬢ちゃんらも、いろいろあったんだろ?

 これまで大変だったろうが、無事にこうして会えてよかったじゃねえの!

 ま、俺なんかにはなにしてやれるわけでもないけどな。困ったことがあったらなんでも言ってくれや!」

といってくれた。ふふ、おじさんってば、相変わらず変な人。

「ありがと、おじさん。迷子になったりしてたら、ペンションへの道を教えてあげてね」

「おぉよ。アヤんとこなら安心だな」

私がお願いしたら、おじさんはそう言ってまた、ガハハハと笑った。
 

254: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:41:55.12 ID:0nquc7UXo

 「っと、で、おじさん。お塩とソイソースもらっていい?」

私はおじさんにそうお願いする。

「お、いつものだな、待ってろ」

おじさんはそう言うが早いか、カウンターの下から塩を、後ろの業務用の冷蔵庫からソイソースのボトルを出して、

ビニールのバッグに入れてくれた。代金を支払って、バッグを受け取る。

と、カウンターの脇に下がっていたサングラスに、私は気がついた。

「あ、ごめん、おじさん、これも頂戴」

私は、その1つをとってカウンターに置いた。

「ん、こんなん、どうするんだ?」

「うん、彼女、まだここの日差しになれてなくって」

私が説明したら、おじさんは、あぁ、と声をあげて私からのコインを受け取った。

私はそれをマリーダに渡して、お礼を言いながらお店を出ようとドアの方へと向き直った。

「おっと、そうだ、お二人さん!」

と、後からおじさんが声を掛けてきた。振り返ったら、

「これ、もってきな」

と私達に何かを投げてよこした。マリーダがその二つを器用に両手でキャッチする。

「んっ!?」

マリーダはビックリしたみたいにそう声をあげて、キャッチしたものを指先で摘むように持ち替えた。

どうやら、冷たかったみたい。それは、水色をしたアイスキャンディーだった。

「ここに来たばかりじゃ、暑さも堪えるだろ。それ食ってちっと涼んでくれや」

「わぁ!ありがと、おじさん!」

「いいってことよ!先生によろしくな!」

私は、おじさんにそうお礼を言って、マリーダと一緒にお店を出た。

 「…カタリナ、これはなんだ?」

店から出るなり、マリーダが受け取ったアイスキャンディーを顔の前に二つ掲げて私に聞いてきた。

「アイスキャンディー。知らない?シャーベットみたいなものなんだけど…」

「アイスクリームとは違うのか?」

「うん、アイスクリームは、ミルクで出来てるんだけど、それは、氷に味を付けてある、っていうか。まぁ、食べてみれば分かるよ」

そう言ったら、マリーダの表情が一瞬緩んだのを私は見逃さなかった。

片方を私に手渡して、自分も、包装を破いて中身を取り出す。

私もマリーダの顔を見ながらアイスキャンディーを取り出して、ハムっと咥えてみせる。

マリーダも、私を真似してそれを口に入れた。と、思ったら

「んぐっ」

と悲鳴を上げて、なにかに驚いたみたいにすばやくそれを口から出した。

「…くっ、キーンとなった…冷たいな、これ」

「ふふ、アイスみたいにかじるとそうなっちゃうからね。こういうのは、    舐めたりするもんなんだよ」

「そ、それを先に言ってくれ」

マリーダが、ちょっと起こった顔をして私にそう言ってきたけど、アイスキャンディーを舐めた彼女は、すぐにまたほんのちょっとだけの笑顔を取り戻した。

んー、硬いけど、まぁ、仕方ない、じっくり、じっくり、ね。
 

255: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:43:18.05 ID:0nquc7UXo

 それから私達は雑貨屋さんからほんの少し歩いたところにあるパン屋さんで、明日の分の食パンを1斤買った。

そしたら、最近代替わりしたパン屋のお姉さんが、揚げたてだよ、って言って、ドーナッツを2つオマケでくれた。

アイスキャンディーを食べ終えてから、ペンションまでの道のりを歩きつつ、今度は二人してドーナッツを頬張る。

アイスキャンディーよりもこっちの方が好きみたい。

マリーダの目が、キラキラと輝いているのをみて、なんだか私も嬉しい気持ちになった。うん、幸せ2つ、だ!

 ドーナッツを食べ終えるころ、私とマリーダは、ペンションに着いた。

庭先でレナちゃんがマナとマヤを遊ばせていて、レベッカが敷き詰められた芝生を、

掃除機みたいな芝刈り機で手入れしているところだった。

「あれ?カタリナ!そっちの子は、昨日会ったマリーダちゃん?!」

そんなレベッカが、私達に気がついてくれた。レナちゃんもこっちを見て、笑顔になってくれて

「あら、お二人さん、おはよう。どうしたの?」

と聞いてくれる。

「ちょっと、買い物がてら、マリーダを案内してるんだ」

私はそう説明をしてからマリーダにレナちゃんを紹介する。

「マリーダ、この人は、レナちゃん。ロビンやレベッカのお母さんで、アヤちゃんの奥さんで、このペンションの…オーナー?」

「んー、影の支配者?」

「いや、ママは影って言うか、どこからどう見たって、ここの経営の責任者だよね」

「そんなことないわよ?大事なことは、ちゃんとアヤと合議でやってるから問題ないわ」

レベッカとレナさんがそんなことを言いながら笑ってる。

ひとしきりそんな話をしてから、レナちゃんがマリーダを見て言った。

「マリーダちゃんね。話は、ロビンから聞いてるわ。よろしくね」

「あ…えぇと…は、はい」

レナちゃんの笑顔の挨拶に、マリーダはぎこちなくそう返事をした。それから、ふと気がついたみたいに、

「そっか、レオナに会いに来たんだね…良かったら、上がってってよ。レオナ今、お昼ご飯の下準備してるところだから」

と提案してくれた。そっか、忙しかったんだね…さすがにちょっと迷惑かな?

なんてことを思っていたら、レベッカがマリーダの手を掴んだ。

「ね、マリーダちゃん!来て来て!あそこから見える海がきれいなんだよ!」

「なっ、ちょ、いきなり…やめないか…!」

そんなことを言うマリーダを気にせず、レベッカは庭から一段高くなっているデッキにマリーダを引っ張り上げた。

「ほら、あっち!」

レベッカが海のほうを指差す。あそこから見える景色は、私も知っている。

ちょうど、港へ向かう坂道が見える場所で、その先に、あのエメラルドグリーンの海が広がっているんだ。
 

256: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:44:20.50 ID:0nquc7UXo

「さっきね、母さんが電話して、一緒に島に行かないか、って誘おうと思ってたんだけど、

 なんだか誰も出なかったんだよ、カタリナのところ」

マリーダに海を見せながら、レベッカがそう言ってくる。

「あぁ、ごめん、今日朝から急患が入って、みんなその対応してて出てるんだ」

「そっかぁ。ね、二人だけでも良かったら、一緒に行かない!?」

私が言ったら、レベッカはそんなことを言って私達を誘ってきた。

あの島、かぁ、んー、マリ達には申し訳ないけど…マリーダにもあそこは見せてあげたいし…暇だし、良いかもしれないな…!

 「レナ、呼んだ?」

そんな声が聞こえた。

見たら、レオナ姉さんが、エプロン姿でホールから続いているデッキに出てきてこっちを見ていた。

いつ呼んだんだろう?また、あれかな、意識集中して、ってやつかな…?

「あー、レオナ!ほら、マリーダちゃん!」

レナちゃんがそう言って、マリーダをさす。

そしたら、レオナ姉さんは、みるみる内に表情を緩めて、パッとデッキから飛び降りてきて、マリーダに駆け寄ってきた。

 マリーダは、レオナ姉さんの顔を見て、目を見開いて、なにが起こってるんだ、って顔をしている。無理もない…

レオナ姉さんも、マリーダ達に瓜二つだもん。でも年齢は違うから、自分達とは違うんだ、だけど、

どうしてこんなにそっくりなんだろう、きっとマリーダ、そんなことを思って混乱しているんじゃないかな…

「初めまして、マリーダ。私は、レオナ。レオニーダ・パラッシュよ。

 ユーリ母さんと、アリスママの娘で、あなた達のお母さんか、お姉さん、ってところかな」

「あ、あなたは…一体…」

レオナ姉さんの言葉に、マリーダは口をパクパクさせながら、そう聞いた。

うん、まぁ、そうだろうね…ワケわかんないよね、普通。マリーダが全身を固くさせて、緊張しているのが伝わってくる。

「プル…あぁ、プルツーね。彼女やそのお姉さんのエルピー・プルは私の細胞を使った、私のクローンなんだ。

 プルツーの体細胞を使って出来たのが、あなた達。

 体を分け合った、あなたの…うん、やっぱり、姉さん、って言うほうがしっくりくるかな」

レオナ姉さんは、そう優しい表情で言って、マリーダを抱きしめた。

「長い間、ひとりにしてごめんね…辛い目にあわせて、ごめんね…本当は、私やユーリが守ってあげなきゃいけなかったのに…!」

レオナ姉さんの、マリーダを抱きしめる腕に力がこもる。

マリーダ、困るだろうな、これ…だって、マリやプルに会ったときだって、混乱して、どうして良いか分からない、

って顔してたのに、今度はお姉さん、だなんていう、おんなじ顔した年上の人が現われちゃったんだからね…
 

257: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:44:48.08 ID:0nquc7UXo

ピクっと、マリーダの手が動いた。なにをするのか、と思ったら、

マリーダは、その手で、レオナ姉さんの体にためらいがちに触れて、着ていたシャツをギュッと掴んでいた。

緊張感はやっぱりあるけど、でも、マリーダは、それ以上に、動揺が大きいみたい。

「…姉…さん…?」

マリーダは、そう、小さな声で言った。レオナ姉さんの肩に隠れて顔は見えないけど…

でも、プルや、マリのときとは、反応が違う。戸惑ってるし緊張もしているけど…でも、明らかに、何かを感じて…

たぶん、喜んでる…

「そうだよ、マリーダ…」

レオナ姉さんがそう答えたら、マリーダは姉さんの腕の中で、ガクガクと脚を震わせて、その場にしゃがみこんでしまった。

姉さんも、マリーダを抱きしめたまま、芝生の上に座り込む。

私は、そんな二人を見て、胸がギュッと詰まるような、そんな気持ちになっていた。

マリーダが、心を許せる存在に、レオナ姉さんがなってくれるのかな…

それだとしたら、私はすこし安心できる…でも、でも…

もし出来たら、私やマリや、プルに、ママや母さんとで、そうしてあげられたらいいのに。

それが出来ないかもしれない、って思うのは、なんだかすごく歯がゆい…血のつながった、姉妹なのに…

私は、マリーダになにをしてあげられてるんだろう?なにをしてあげられるんだろう?どうしたらいいのかな…

ね、ママ、母さん…アヤちゃん、マライアちゃん…

 ぶるぶると身を震わせるマリーダと、彼女を抱きしめているレオナ姉さんを見つめながら、

私は、嬉しい気持ちを半分感じながら、そんなことを考えさせられていた。



 

258: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:45:56.00 ID:0nquc7UXo





「ロビーン、ここ!ここいたよ!」

「ほんと!?レベッカ、ナイス!ジェーンちゃん、来て来て!いたって!」

ロビンとレベッカが、そんなことを言って、お客のアンダーソンさんのところの娘さんと、

このあたりに割と多くいる種類の熱帯魚を、ゴーグルにシュノーケルを着けて追い掛け回してる。

あの魚は、レベッカのお気に入りだ。

さすが、お気に入りだけあって、探す場所も心得てるんだなぁ、

なんて、アタシはバーベキューの準備を済ませて、冷たいお茶をあおりながら見つめてた。

 まったく、あいつらも大きくなったよな…宇宙から帰って来たロビンは、見違えるくらい良い顔になってたし、

レベッカはレベッカで、レオナやレナに似て来て、穏やかなのに頑固でしっかりしてるんだ。

アタシがあのくらいの年頃は、シャロンちゃんにくっ付いてたり、ユベールユベールって言って甘ったれたり、

釣りに行ったり裏路地街で悪さしたり、ってなもんだったもんなぁ。

ホントにあいつら、誰に似たんだか出来が良いよ。

そのくせ、まだまだしっかり甘えてくる、って言うのもまた、かわいいったらないんだけどな。

 っと、そんなのんびり親バカやってる場合じゃなかった。野菜炒めておかないと。

アタシは思い出して、気を取り直して赤く焼けた炭に鉄板を掛けて、その上に軽く油を敷いてレオナに切ってもらった野菜を広げた。

ジュウー!という音がして、たちまち芳ばしい匂いがアタシの腹をくすぐる。

くぅ、うまそうだ。ロビンが庭で始めた家庭菜園が、今じゃぁ立派にうちの食材だからなぁ。

もっと規模を大きくすりゃぁいいのに、って言ったら、ロビンは口を尖らせて

「これはまだ実験農場だから、これくらいでいいんだよ」

なんて言って来た。どうやらロビンなりにいろいろと考えてるらしい。

悔しいから、アタシも魚、とは言わないけど、貝やなんかの養殖でもしてみようかな、なんて思わされたもんだ。

 ん、よし、野菜はもう良さそうだ。あとは、肉と魚だな。

アタシは、クーラーボックスからとりあえず先にホイルに包んでくれてあった魚を出す。

中身を確認してから、網の上に乗せて、肉のほうは準備が出来てから一気に焼き上げれば良い、か。

「あー、アンダーソンさん、昼食の準備できたんで、良かったらどうぞ!」

アタシは、砂浜で小さな男の子を遊ばせているアンダーソンさん夫婦にそう声を掛けてから、

一瞬だけ、ギュッと意識を集中させる。ロビンとレベッカなら、これで気がついてくれる。

あとは、っと。
 

259: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:47:26.64 ID:0nquc7UXo

「カタリナ、マリーダ、一緒に食べよう」

アタシは船のそばの波打ち際で、パシャパシャと跳ね回っているカタリナと、それを呆然と見つめているマリーダに声を掛けた。

マリーダは、体に傷がたくさんある、って言われたから、アタシのラッシュガードを上下貸してやった。

カタリナの水着は、船のクローゼットに常備してある。

それこそ、多いときには週に2、3回ここに一緒に来ることもあるからな。

そんなとき、ってのは、だいたいお客が子連れだったり多かったりして、

ちょっと人手が足りないときに助けてもらえるように、ってお願いして付いてきてもらってるんだけど。

 「はーい!」

カタリナがそう言って、海から上がってくる。

マリーダもこっちを向いて、無言で頷いてこっちへ向かって駆けて来るカタリナの背中を見送ってからアタシのところへやってきた。

「ほら、先ずは野菜からだぞ。好き嫌いはダメだからな」

アタシはそう言って、マリーダに野菜を山盛りにした皿を押し付けた。

「は、はい…」

マリーダは、そんな控えめな返事をして、皿を受け取る。

 うーん、なんだろうな、この子の、この感覚…あんまりいないタイプだけど…

いや、でも、初めてじゃ、ない…この子は、虐待やなんかを受けて来た子のそれに似ている。

自分の腕の中で、大事な姉さんが死んじゃった、って言ってたあの頃のマライアともすこし似ていたけど、

でも、マライアにはそれでもベース、って言うか、基本的な部分はあった。

マリーダはそうじゃない。怒りも、喜びも。誰かとつながりたいって気持ちも、まるでない様な感覚。

だけど、本当にそんなに無感覚なやつは少ない。

たいていは、爆発しそうな怒りや悲しみを、無理矢理押さえつけているから、こんな平坦な感じに見えることがあるんだ。

いったん、タガが外れてしまったら、感情が自分も相手も傷つけまくって、何もかもをダメにしてしまうかもしれない、

って確信を持っている感じだ。

感情の抑制が効かないことを、自分でもよく分かってるんだろう。

だから、膨れ上がる前に、抑えておくって言う手段なんだろうな。

こういう子は…案外、本気でケンカしてやると、いろんなものを吐き出せていいんだけどな…

まぁ、アタシの思いつく限りは、だけど。

 マリーダはアタシに言われたとおり、素直に野菜をモシャモシャと頬張っている。

あ、いや…マリーダ、一応、タレとか、塩コショウとかあるけど…味付けないだろ、その野菜…ま、いいか。

「よっし、じゃぁ、肉と魚どんどん焼いて行くから、どんどん食べちゃって!」

まぁ、この際、細かいことは抜きだ!とりあえず、今は、腹一杯食べてもらうこと!

それ以上に大事なことなんてないもんな!

 それからしばらく、みんなでギャーギャーやりながら食事をした。

ロビンとレベッカは、ジェーンちゃんとすっかり仲良くなって、

食事を終えるや、今度は一緒になって、寝転がったレベッカに砂を盛り始めている。

それをみながら、カタリナとアンダーソンさん夫妻が大笑いしていた。

 ああして楽しんでくれれば、アタシも満足だ。やっぱ、アタシがここが好きなように、お客にもここを好きになってほしいからな。

で、また遊びに来てくれれば商売的にも良しだし、それに、ここに住んでくれるようなことにでもなれば友達も増えるし、

はは、良いことずくめだよなぁ、うん。
 

260: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:49:19.34 ID:0nquc7UXo

 なんてことを思っていたら、サクっと砂を踏む音がした。振り向いたらそこには、なんだか神妙な表情をしたマリーダが立っていた。

無意識に、彼女からにじみ出てきている感覚に集中する。

ん、なんだろう、これ…?

ゾワゾワしてる感じだ…ビビってる、っていう風でもないな…本当に、なにかを迷っている、って感覚、っていうか…

「どうした?」

アタシはそう思いながら、なるだけ笑顔で、彼女にそう声を掛けてやる。

すると、なんだか、不安そうにうつむいていた彼女は、一瞬、戸惑ってから、でも、すぐに口をへの字にして、なにかの覚悟を決めた表情になった。

「あの……頼みが、あります」

「頼み?なんだよ、急に?」

ちょっと予想外だった。

 アタシのところに来る前に、庭でレオナに会って、ちょっとだけ何かが緩んだ気がする、

なんてカタリナはチラっとアタシに言ってきたけど、

でも、それでも彼女は、どこか頑なで、気持ちを押し込めているところがあるように感じてた。

ただ、きっと加減の出来ないタイプだと思ってたから、そういう気持ちを吐き出す先をさがして、

アタシに話しかけてきたのかと、そう思ったんだけど…これ、どうもそうじゃないみたいだな。

アタシはそんなことを思いつつ、マリーダにそう聞き返していた。そしたら彼女は、ゴクンと、一度、喉を鳴らしてから

「私を、働かせてくれませんか?」

とアタシの目をまっすぐに見て、言ってきた。働かせて欲しい…?

ペンションで、ってことか?別に、やりたいっていうんなら、構わないけど…

今は家族経営みたいなもんだし、レナが毎月みんなに配るお小遣いくらいは出してるけど、

ソフィアのときみたく従業員、って感じで給料を出してないし、

ソフィアのときもそうだったけど、あんまりたいした金額出せるわけじゃないし、

それこそ、街のコーヒーショップのパートタイムとトントンくらいなもんだけど…いや、待て、その前に…か。

「別に構わないけど…どうしてか、聞いてもいいか?」

アタシはマリーダにそう投げかけた。マリーダは、また、ひと息、グッと飲み込んで言った。

「私は…私は、今、自分が何者なのか分からないんです…確かに、姉さん達がいて…その、レオナ…姉さん…も、

 母親だという、アリスさんもいます。だけど、それだけでは、私は私自身を規定出来ないんです。

 私には、マスターがいました…私のことを救ってくれた、恩人です。

 姫様をお助けするために、私はマスターにわがままを許して欲しいと、そう頼みました。

 命令に背いて…マスターは、言ってくれました。心のままに、と。でも、今は、状況が変わってしまって…

  私には、私の心が分からなくなってしまいました。だから、もう一度マスターが必要なのです。

 私が、私の心を取り戻すために…。だから、私のマスターになってもらえませんか?」

マスター、か…たしか、マリやプルもそうだった、と言っていたけど、強化人間だって話だったよな。

基本的に高い能力をさらに底上げして、身体能力も強化されてるはずだ。

それから、“使用者”に忠実に従うよう、意識の“調整”もされる場合がある、って、ユーリさんは言ってたな。

その、マスターってのは、“使用者”なんだろう。命令には絶対に忠実に働く、“戦争の道具”、か…。

でも、そのマスターにこの子は言ったんだろう。その命令は違う、従いたくない、って。

それは、マライアの言っていたジオンの姫様を守りたいって、気持ちが起こっていて、だから、マスターにそう言ったんだ。

そのマスターってのも、この子のそんな気持ちをちゃんと受け止めてくれるような人間だったんだろうな…心のままに、か。
 

261: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:50:01.88 ID:0nquc7UXo

 こりゃぁ、アタシが思ってたのとも、ちょっと違うな。

この子は気持ちを我慢してるんでも、押さえつけてるんでもない。

単純に、それがなんだか分からなくなってるんだろう。

自分の役目を失って、信頼していた繋がりからは遠く放れてしまって、

自分が何者なのか、自分がどうしたいのか、って言うのが見えなくなっちゃってるんだ…

アリスさんは、ここで一緒に暮らそうとは言ってなかった。

とりあえず、休む必要がある、って、そうとだけ言っていた。

きっとそれは、この意識の“調整”ってやつを解くための時間をここで過ごすべきだ、って意味だったんだろうな…。

だとしたら…ここで、マスターとそれに従う人間、ってのに分かれたんじゃ、意味がない気がする…。

 要するに、あれだろ?この子は、今一人きりなんだ、ってことだろ?

他人との関係を、マスターとそれに従う自分って規定する以外の方法を知らないのか、

それとも、そういう意識が協力すぎるから、どう人と接したらいいか、

どう、アタシ達とつながっていいかがわからない、ってことなんだと思う。

たしかに、そう考えたら、カタリナやマリが相手だと、どうしたって、上下関係は付けづらいよね、同い年だし、姉妹だしな。

それで、アタシ、ってワケか…。だけど、それは違うよな…意識“調整”を解くんだったら、

そういう関係じゃない繋がりを探させないとダメなんじゃないかって、アタシは、そう思う。

「そういうのは、受け入れかねるな」

アタシは、考えた末に、そう伝えた。マリーダの顔が、悲しげに歪む。

「どうしても、ですか…?」

マリーダは、懇願するみたいに、アタシを見つめて、そう言ってくる。

「うん…アタシも、あんたには“心のままに”生きて欲しいと思う。だから、マスターなんて存在にはなりたくないよ」

アタシが言ったら、マリーダはシュン、と肩を落した。ちょっと、話聞いてやったほうがいいな、これ。

その前のマスターってのは、心のままに、なんて言えるような、いいやつだったんだろうな…

その辺りの話と、気持ちを、ちゃんと聞いてやりたい…気がつけばアタシはそんなことを思っていた。

「な。その、マスターって人のことを聞かせてくれないか?あんたに“心のままに”って言ってくれたっていう、さ」

アタシが頼んだら、マリーダは、表情こそさっきのままだったけど、コクっと頷いて話し始めた。

 「私達のことは…どの程度知っていますか?」

「あ、えーっと、たしか、プルのクローンで…最初のネオジオンの紛争のときに、部隊が全滅した、って言うのは、マリから聞いた」
 
 

262: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:50:43.42 ID:0nquc7UXo


「はい…私も、その中にいました。

 キュベレイが撃墜されて、運良く、脱出ポッドが無傷で投げ出された宇宙空間をどれくらいの間彷徨ったかは、わかりません。

 でも、あるとき、脱出ポッドに振動があって、急にハッチが開きました。

 男が数人乗ってきて、衰弱していた私を抱え揚げて、シャトルの部屋で、治療を受けました。

 そのときは、正直、助かったんだ、と言う安心感でいっぱいでした。

 ポッドの中では、怖くて、寂しくて、寒くて、どうしようもなく不安で…

 だから、“また、安全なところに辿り着くことが出来たんだ”、と言う感覚は…

 それまで生きていて、初めてのことだったように感じるくらいでした。

 ですが、そのシャトルは、安全とは程遠かったのです。

 やがて私は、シャトルを降ろされ、どことも知れぬ場所へと連れて行かれました。

 そこは、いわゆる“売春宿”だったんだ、と、マスターは言っていました。

 その言葉にどういう意味があるのか、今では分かりますが、当時はそんなこと、想像すら出来ていなかった…

  一日に、何人も男がやってきて、私を抱きました。置かされました。

 抵抗して、男達を殴ると、直後には、両腕を繋がれ、その状態で、何度も…。

 不思議と、死にたい、とは思いませんでした。怖いという思いも、えづくような不快感も嫌悪感もあったはずでしたが…

 それでも、あのときの戦闘と、そしてポッドでの漂流中の恐怖が、私の中に深く根を下ろしていたんでしょう。

 そこでの生活がどれくらい続いたのか分かりません。

 ですが、あるとき、強烈な腹痛と吐き気が来て、私は牢獄のような部屋でのたうち回っていました。

 苦しくて、苦しくて、このまま死ぬのかと、そう思っていたときに、部屋の扉がパッと開いたんです。

 いつもは夜にしか開かないその扉からは、まぶしい光が差し込んできて、そこにいたのが、マスターでした。

 客かと思って、おびえた私の、錠を外してくれたマスターは、私の体を見て、すぐに病院へ運んでくれました。

 私はそこで手術を受け、命はとりとめましたが、女性としての機能は失われたと、伝えられました…」

マリーダは、淡々と語った。

 アタシは、アタシは…怒りなのか、悲しみなのか分からなかった。

だけど、とにかく、全身をガタガタ震わせている自分に気がついていた。

だって、そのころ、って言ったら、まだ10歳かそこいらだったはずだ。

それなのに、戦争の道具にされて、生き残ったかと思ったら、今度は、クズ野郎共の道具にされてただなんて…

そんなこと…そんなことあっていいのかよ!

 だけど、マリーダはそんなアタシに構わずに続けた。
 

263: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:52:04.09 ID:0nquc7UXo

「マスターは当時、不当に監禁されていたり、利用されたりしている元ジオン軍人を秘密裏に救出して、

 残党軍やアクシズへ送る活動をしていたと聞きます。

 私を助けてくれたのも、その活動の最中だったようです。依るべきもののない私に、マスターは言ってくれました。

 この艦が、俺達の家だ、俺達が、お前の家族だ、と。

 それからずっと、私はガランシェールで、マスター達とともに働いてきました。

 最初のころに、私は、私の仕事の一環と思い、マスターの体に奉仕しようとしたことがありました。

 でも、そんな私をマスターは厳しく叱りました。

 それは、間違ったことだと。そんなことをする必要はないんだ、と。

  私は、叱られたはずなのに、それがどうしてか、嬉しくて、ポッドから救助されて感じたとき以来、

 二度目の安心感を得ました。そして、それは、あの船では恐ろしいことには変わりませんでした。

 私は、マスターの命令に従いながら、あのマスター達と一緒に、ジオン軍の生存者の救助に当たっていましたが、

 あるとき、シャア・アズナブルと名乗る男と出会い、マスターは彼の依頼を受けて、

 地球にいる姫様の敬語を請け負うこととなりました。

  そして、第二次ネオジオン紛争中に、姫様をスィートウォーターから退避させて以降は、

 姫様とともに宇宙を漂流し、袖付きとの合流を果たし、そして、今回の戦いとなりました」

そっか…その、マスターは…マリーダのことを守ろうとしてくれたんだな…

家族として、たぶん、部下として…分かるよ、それ…。隊は、家族だもんな…

「何て名前だったんだ、その、マスター?」

アタシは、そう聞いた。

「スベロア…ジンネマン…」

マリーダは、すこし戸惑い気味に、そう教えてくれた。あぁ、そっか…そうだよな。

なんだか、気持ちが複雑に絡んでて、よく分からなかったけど…気がついたよ、アタシ。

そりゃぁ、そうだよな…世界で唯一、安心できる相手だったのかもしれないもんな。

そう考えれば、今のこの子の気持ちは、当然だ。

「寂しいんだな…会いたいだろうに…」

アタシはマリーダの目を見つめて、なるだけ穏やかに、そう伝えてやった。

そしたら、マリーダの目に、みるみるうちに涙がこみ上げてきて、頬を伝った。

渇いていたような、押し込めていたような彼女の感情が膨れ上がってくるのが感じられる。

ようやく、出てきてくれたな…あんたの心…。

「おいで」

アタシはそう言って、マリーダの手を取って引き寄せ、デッキチェアのとなりに座らせた。

そのまんま、髪をクシャっとやって、頭を撫でてやる。
 

264: ◆EhtsT9zeko 2014/03/11(火) 00:52:35.11 ID:0nquc7UXo

「ごめん、アタシは、やっぱりあんたのマスターにはなれない…

 だけど、あんたが望めば、アタシも、ユーリさんもアリスさんも、あんたの家族…

 あんたの母親、母さんになってやることは出来る…あんたがこれからどうして行きたいのかは、分からない。

 たぶん、まだ決めかねてるんだろうけど…でも、その答えがどうだって、アタシ達は構わない。

 どんな答えがでようが、アタシ達はあんたを大事に思う。それだけは、絶対に変わらないと約束できる。

 あんたがどんなわがままを言おうが、どんな辛くて悲しい思いをしようが、アタシ達はそれをちゃんと受け止めてやる。

 嬉しいときには、一緒に笑ってやる。だから、安心していい…

 そんな主従関係がなくったって、アタシ達はそうやって繋がっていけるんだ」

マリーダは、固く歯を食いしばって、何かを必死にこらえている。それはきっと、涙なんかじゃないんだろう。

そんなのは、さっきからずっと、ボロボロとこぼれ出している。

そんなの、がまんする必要なんてないんだ、マリーダ…アタシで良けりゃ、全部そいつを受け取ってやる…

だから、吐き出せ…

「アリスさんが言ったみたいに、ここでゆっくり休んで、そういうもんを見つけて行けよ…

 それがここで出来る様になりゃ、そのマスターってのにまた会うことが出来た時には、

 ちゃんと、道具としてじゃない、あんたの気持ちを伝えられるようになる。

 たぶん、マスターにも、あんたにも、それが必要だ。だから、構うことなんてない。

 あんたの好きなようにやっていいんだ…もう、強がってなくったっていいんだよ」

マリーダは、ギュッと拳を握った。うん、頑張れ…勇気出せ。

あんたは、小さい頃からずっとずっと、誰とも繋がれないで育って来たんだろ…

だから、やりかたも分からなきゃ、不安で怖いのは分かる。

だけど、良かったのは、“調整”を受けてたせいだろう、根っこのトコが、

まだ歪まずに、汚れずに、真っ新で残っててくれたことだ。

そいつを、その気持ちを引きずり出せ…アタシ達なら、大丈夫だから…

「泣いて喚いて、すがりつけ…もう、我慢なんてしなくったっていいんだ。もう、誰かに甘えて、いいんだ」

アタシは、そう伝えて、マリーダの頬に伝った涙をぬぐってやった。と、マリーダは、そんなアタシの手を取った。

マリーダは、アタシの手を両手でギュッと握りしめて、自分の手の甲を口元に押し当てて、

嗚咽をこらえながら、肩を震わせて泣き出した。

 張りつめていた感覚が、解けて行くような感じがして、アタシはふぅと、息を吐けた。

頑張れた、かな。うん、まぁ、不器用だとは思うけど…でも、それでも、なんとか一歩踏み出せたじゃないか…

偉いぞ、マリーダ。あんたも、昔のレオナやプル達と良く似てる。何があっても融通利かないくらいにまっすぐで、

頑固すぎるくらい意思が固くて、でも、強いんだ。

それを良い方向に持っていけさえすれば、どんなことがあっても乗り越えられると思える。それに、みんな知ってる。

あんた達姉妹には、笑顔が一番似合うんだ。

 そんなことを思いながら、アタシは、空いている方の手をマリーダにまわして彼女を引き寄せて抱きしめてやった。

マリーダは、戸惑いがちにアタシにしがみついてきて、アタシの肩に顔をうずめて、また嗚咽を漏らす。

 そんな彼女の体温を感じながら、アタシは、伝わってくる安心感で胸の奥がいっぱいに満たされていた。
 

272: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:52:50.08 ID:7V6ONPw4o

 それから、私達は島でひとしきり遊んで、ペンションに戻った。

マリーダとアヤちゃんが何か話してて、マリーダが何かを受け取ったんだろうな、ってのは、なんとなく分かった。

ペンションに戻ってからもマリーダの様子はあまり変わらなかったけど、でも、患者さんの手術を終えて帰って来て、
私とマリーダが島に行っている、って言うのを聞きつけた母さん達に会ったときに、

「あの、お疲れ様、でした」

と言ったマリーダの表情が、昨日よりもちょっとだけ緩んでいたのには気が付けた。

私達がなんとかしなきゃいけなかったかもしれないことなのに…アヤちゃんてば、やっぱりすごいよね。

懐の深さもそうだけど、たぶん、自分も含めて、いろんな人の、たくさんの困難を共有して、

それを一緒に解決してきたんだろうな。

そう言う経験が、アヤちゃんの人を照らし出す力の源なんだろうな、って、そう思える。

私、ううん、私達は、きっともっと、アヤちゃん達から学ばなきゃいけないことがたくさんあるんだ。

これからの、未来を背負ってたつ希望として、ね。

 レナちゃんが勧めてくれて、私達はペンションで夕ご飯にあやかってから、自宅に戻った。

時間も時間だったし、シャワーに入って、身支度を済ませる。

マリーダはプルの部屋のベッドを貸してるから、そっちで。

私は、いつもと変わらずに、マリと同じ部屋で、ベッドに潜り込んだ。

今日は久しぶりに海ではしゃいじゃったし、疲れたな。ぐっすり眠れそう。

 なんてことを考えてたら、パタン、と静かにドアを閉めて、マリが部屋に戻ってきた。

「あぁ、早かったね、シャワー」

私が言ったら、マリは小さな声で

「ごめん、起こしちゃった?」

と聞いて来た。電気も消しちゃってたからかな。

「ううん、まだ全然」

私が言ったら、マリは暗がりで安心した表情をして笑った。

それから、自分のベッドには行かずに、私のベッドにそっと腰を下ろした。

「マリーダのこと、ありがとね」

「ううん。マリの方こそ、手伝い、お疲れ」

「まぁ、手伝いはいいんだけどさ。私達を置いて島に行っちゃうなんて、ひどいよ」

マリは、不満そうに口をとがらせてそう言ってきた。

「ふふ、ごめんね。レオナ姉さんにマリーダ紹介しに行ったら、なんだかそんなことになっちゃってさ」

怒ってるってわけでもなかったけど、私がそう言い訳をしたらマリは、パッと私の方を見た。
 

273: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:53:42.34 ID:7V6ONPw4o

「それで、かな?マリーダの様子がちょっと変わったの…」

「あー、うん、それもあるかもしれないけど…たぶん、一番はアヤちゃんじゃないかな」

私は、ベッドから起き上がって昼間のことを話した。そしたらマリはうーん、と唸って

「やっぱさ、すごいよね、アヤちゃん。私どうしたらいいかわかんなくって、戸惑ってたんだよ」

なんて言う。

「それって、もしかしたら、マリーダが戸惑っていたのを共感しちゃってたのかもね」

私が言ってあげたら、マリはハッとした表情をして

「あっ…そっか、この感じは、そうだったんだ…」

なんて、妙に納得して見せた。そんな仕草がおかしくって、クスクスと笑ってしまう。

「私達、あの子になにしてあげられるのかなぁ」

それからマリは、天井を見つめるみたいにしてそんなことをつぶやいた。うん、それは、私も考えてた…。

マリーダは、決してかたくなに人と関わりを持ちたくない、って思ってるわけじゃないんだと思う。

ただ、どうやって関わったらいいかを、本当の意味で知らないんじゃないかな、って言うのが、今日一日の感想。

もちろん、日常的なやり取りは普通に出来るし、彼女自身が興味を持てば、

今日の、アヤちゃんに話しかけたみたいにできることもある。

でも、それってある意味で、密接に関われてる、っていう感じではない気がする。

もっと、なんて言うか…ある一定の距離感がないと、そういう気持ちが刺激されない、って言うか…

なんだろう、やっぱり、上下関係なのかな…?

それも、ママ達みたいに、近しい存在じゃない人との、上下関係。それって、要するに、たぶん…

「マスターを、探してたのかもしれないね」

マリがボソっと言って私を見た。

「うん…そう、思う」

私が答えたら、マリはドサッと、私のベッドに倒れてきた。

「だとしたら、難しいなぁ。だって、私達はあの子のマスターには不向きだし…

そもそも、マスターとの主従関係って、幸せ2つにならないんだよ」

マリは難しい顔をしてそう言った。
 

274: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:54:12.62 ID:7V6ONPw4o

そうだよね…命令する側と、盲従する側…利害は一致して、お互いに得ることはあるのかもしれないけど…

それってやっぱり、道具としてのニュータイプにしかならないし、家族の間でそんなことしたくなんてない。

だけど、マリーダはそれを求めていて、私達が作っていきたい関係って言うのを、マリーダはうまく認識できない…

確かに、困っちゃうよね。

「あの子は、私以上に、苦しい体験をしてきたんだろうな…ほら、私なんか、楽な方なんだよ。

ちょっと怖かっただけでさ、すぐにマライアちゃん達に助けてもらえたから…。

プルは…姉さんを殺して、目の前でマスターを失って…

それでも再起して、ジュドーを追いかけてメルヴィと木星にまで行って…

考えてみたら、すごく大変だったんだろうなって思う。そう言う経験のない私って、どう乗り越えたらいいかとか、

どう解決していけばいいのかって方法を真剣に考えたことないからさ、なんだか無力だな、って思っちゃうよ」

マリは、あの日、プルが戦いに行く、と言って、シャトルを後にしたときと同じ、シュンとした顔をしていた。

「そんなことないよ、マリ。幸せ分け合うって言うのは、あなたが一番うまくできるんだから。

それってきっと、一番大事なことの一つだって、私は思うんだ」

私はマリにそう言ってあげた。本当のことだから。

マリほど、誰かと一緒に、幸せを分け合おうって思ってる人は、そうそういないんじゃないかな。

アヤちゃん達だってママ達だって、島の他の人たちだって無意識にそうしてくれることはたくさんあるけど、

考えてやれてるのはきっとマリくらいだと思う。

考えてそれをできる分、マリは人よりもたくさん幸せを感じられる子で、幸せを感じられてるからこそ、

それを誰かと分け合えることができるんだからね。

「へへ。それは、ちょっと恥ずかしいよ。うれしいけどさ…」

マリはそう言ってはにかんだかわいい顔で笑った。つられて、私も笑顔になっちゃう。

「まぁ、さ。もしかしたら、考えすぎなのかもしれないしね、私達」

「あぁ、うん。それはちょっと思う。自然じゃないよね、あんまり」

「そうそう」

マリの言葉に私はそう返事をして

「とにかく、してあげたいって思ったことをしてあげようよ。

それぞれがあんまり効果なくてもさ、ちょっとずつ、何かを変えていけることだってあるかもしれないし」

と言って、マリの額を撫でてみた。

「うん、そうだね…服とか一緒に買いに連れてってあげたら、喜ぶかなぁ」

マリはそんなことを言いながらクスクスっと笑った。
 

275: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:55:17.98 ID:7V6ONPw4o

 コンコン、と、不意に、ドアをノックする音が聞こえた。

誰だろう、なんて言うのは、マリの表情を見て、すぐにわかった。マリは私の目をジッと見て、うなずく。

マリーダ、なんだね…?

「どうぞー」

マリはそんな抜けた声で返事をした。

そしたら、ギィっと音を立ててドアが開いて、マリのパジャマを着て、枕と毛布を抱えたマリーダが部屋に入ってきた。

 

なんだろう…なんだか、すごく神妙な表情をしてる…そう思って、私はチラっとマリを見やる。

と、マリの口元が微かに緩んでいるのを私は見逃さなかった。マリ、なにを感じてるんだろう…?

 そう思っていた矢先に、マリが口を開いた。

「どうしたの?」

そしたらマリーダは、モゴモゴと口ごもってから

「その…こんなことを頼んで良いのかわからないが…寂しいんだ。だから、その…一緒に寝ても構わないだろうか?」

照れてる、って感じじゃない。本当に、こんな変なお願いをして申し訳ない、って顔をしてる。

でも、あまりのことに、私は笑うことさえ忘れていた。

レオナ姉さんと会って、アヤちゃんと話して、マリーダは確かに、何かが変わった。

何が変わったのかはよくわからないけど…なんて言うのかな、今まで気が付いてなかった、寂しいとか、

そんな自分の気持ちに目が向くようになった、って言うか、気が付けるようになったんだ、って言うか…

「うん!私とにする?それともカタリナが良い?」

マリが起き上がって明るく言った。マリーダはマリが良いかな?その方がきっと安心するだろうな…

私でも全然かまわないけど、どっちがいいかな?

「あーいや、待った!」

と、マリはすぐさまそう言って、マリーダの返答を遮った。それから私をチラっと見て

「ベッドくっつければ、3人で寝れるね!」

と、笑って言った。正直、そんな発想、思いもよらなかったけど…でも、さすがマリだね!それなら、幸せ3つかな!

「カタリナ、私のベッド引っ張るから手伝って!

マットレス、縦に割れてると寝づらそうだから、くっつけて横向きに並べ直そうよ!」

「うん、そうしよう!」

私はマリとそう言い合って、ベッドをくっつけて、シーツを剥してマットレスを並べ替えて、

段差がちょっと気になったから余ってた毛布を敷いてシーツを掛けてたちまちダブルサイズのベッドが完成した。
 

276: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:56:14.38 ID:7V6ONPw4o

「ほら、マリーダは真ん中」

マリはなんだか嬉しそうにそう言って、ボンボンとマットレスを叩いてマリーダを呼んだ。

マリーダは戸惑いながら、でも、ちゃんとベッドにやってきて、ごろんと横になった。ふふ、私も嬉しいな。

こういうの、久しぶりだ。私とマリも横になる。うーん、嬉しいけど、なんだかゾワゾワ落ち着かないな…

なんだろう、これ。悪い感じじゃない。

むしろ、なんだかこう、ロビンのところにお泊り会してるみたいで興奮しちゃって、目がさえてきちゃってる感じだ。

 「二人に、言わなきゃならないことがあるんだ」

不意に、マリーダがそんなことを言いだした。私達に、言わなきゃいけないこと…?なんだろう、急に?

「なに?」

マリが聞いたら、マリーダは穏やかな声色で、言った。

「マリ姉さん…アイスクリームをごちそうしてくれて、ありがとう。それから、カタリナ姉さんも…

ずっと、私を気にかけてくれていて、ありがとう」

ハッとして、私はマリーダの顔を見た。彼女は笑っていた。

私の良く知っている、マリとプルとレオナ姉さんと同じの、あの、優しくてかわいい笑顔だった。

 私は、なんだか胸がキュンと締め付けられた。もう、なんだってあなた達はそろいもそろって、それができるのよ。

マリやプルにだって、その顔されると私までデレっとした気持ちになっちゃうのに…

昼間はあんなに険しい顔をしてたマリーダにされたら、マライアちゃんやアヤちゃんが言ってるみたいに、

私だって愛でたくなっちゃうでしょ!いや、もう、今日は愛でる!一緒に寝ようって言ってくれたんだ!

愛でまくってやる!

 私はそう決心をしてマリーダに抱き着いてやろうと思ったら、それよりも早く

「ちょっ…な、なにをする…!ね、姉さん!」

とマリーダが小さく声を上げた。見たら、マリがマリーダの頭をぎゅうぎゅうに抱きしめていた。

あぁ!ずるい!抜け駆け!マリが頭なら、私は胴体だ!私は、そう思ってマリーダの体にしがみついた。

「…!?カ、カタリナ姉さんまで!」

マリーダがまた、囁くような悲鳴を上げた。でも、知ーらない!

マリーダはそれからしばらくモゾモゾと私達を振り払おうと抵抗していたけど、

少ししたらそれも無意味だと悟ったのか、大人しくなった。ふふ、素直になってくれたかな?

ちょっと強引だったかもしれないけど、でも、良いよね、こっちの方が!

 トクン、トクン、とマリーダの力強い心臓の音が聞こえて来る。

マリや、プルのと同じ、強くて、はっきりしていて、それでいて、普段は、私達なんかよりもずっとゆっくり動いてる。

スポーツ選手の心臓と同じようなもんなんだ、と母さんは言っていたっけな。

心臓の筋肉がすごく強いから、自然と心拍が少なく済むように自律神経が働きを調節してゆっくりにしているらしい。

私は、実はこの音がとっても好きだった。

 ゆっくりで、それでいて、力強い脈動は、なんだかとっても安心するんだ…

まるで、母さんのお腹の中にいるときに聞いていたのを覚えているような感じになったりする。

実際、そんなこと全然覚えてないんだけどね。でも、安心するのは本当なんだ…。

 ふっと、まぶたが重くなってくる。
 

277: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:56:48.56 ID:7V6ONPw4o

「ねぇ、マリーダ。今日は、アヤさんとどんな話をしたの?」

「あぁ、うん…私の話をした。キャラに撃墜されてから、脱出ポッドから救助された後の話だ」

マリとマリーダが静かな声で話し始めた。マリーダの静かな低い声が、耳を押し当てている胸の中に響いている。

それも、とても心地良い。

「ふぅん…それ、聞いたことないけど…あれ…なに、これ…?涙…?あれ…わっ、私、どうしたの…?」

「…ごめん、姉さん…私のせいだ…感じ取ってはいけない」

「マリーダの感じなんだね…これ…あぁっ…嘘でしょ…」

「…本当なんだ…」

なんの話、してるんだろう…?眠くて、良くわからないや…

「…そんな…」

マリ、マリ?どうしたの…?どうしてそんなに悲しいの…?

「…そんなのって…あんまりだよ…」

「仕方ない。もう過ぎたことだ」

「…ごめん、ごめんね、マリーダ…私だって、きっと近くに居たのに…

 マライアちゃん達に拾われるまで、私きっと、あなたと同じあたりを漂っていたはずなのに…

 私、あなたに気付けなかった…もし、もし私が、あのとき自分の気持ちをもう少しだけ早く立て直すことができてたら、

 あなたを助けてあげられたのに…そうしたら、こんな、こんなことになんて、ならなかったはずなのに…

 ごめんね…ごめんね…!」

「姉さんのせいなんかじゃない…だから、泣かないでくれ…」

「…無理だよ…!マリーダだって、泣いてるじゃん!」

「それは…姉さんが泣くから…だから…!」

なぜだろう…話、全然わからないのに…眠たくって、全然なんにも考えられないのに…

胸がキュっと締め付けられるみたい…どうして私、こんなに悲しいって感じてるんだろう…?

おかしいな…なんでだろう…どうしてこんなに眠いのに…涙ばっかりこぼれてくるんだろう…

ねぇ、マリーダ…あなたは、どんな人生を生きてきたの?

…撃墜されてから、あなたに…なにがあったの……?マリーダ……私…あなたが、心配だよ…

あなたを守るために、私はどうしたら…いいの…?あなたは、どうして……欲しいって、思っているの……?

ねぇ、マリーダ……マリー……ダ…。マリ…ダ……



 

278: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:57:14.89 ID:7V6ONPw4o




「…さん、……姉さん」

ん、あれ…?誰かが、私を呼んでる…誰、あなたは…?マリ?ううん、プル?

「姉さん、カタリナ姉さん」

「んんっ」

私は、返事をしようと思って漏らした自分の声に気が付いて、目を覚ました。出窓から明るい日の光が差し込んできている。

あれ…朝、だ…えっと、あれ…私、昨日の夜、寝る前になにか考えてなかったっけ…?えぇと…なんだっけな…

「おはよう、姉さん。マリ姉さんが呼んでる」

「マリーダ…」

私は、ベッドを見下ろすようにして私の肩に手を伸ばしていた彼女を見て、思わず、名を呼んでいた。

それと同時に、思い出した。昨日の夜に感じていた、奇妙な悲しみを。

マリーダ…あれは、あなただったんだね…それに、マリのも混じってた…わかるよ、私…

「マリ姉さんが、朝ごはん、だって」

マリーダが言った。私は、ハッとして我に返った。いけない、今日って、ママが施設に勉強教えに行く日じゃなかったっけ!?

朝ごはん当番、私じゃない!

 それを思い出して、私はベッドから飛び起きた。そしたら、マリーダが、クスっと笑った。

えっ…今…笑った…?私が、思わずそれにびっくりして何かを言おうと思ったら、マリーダは

「ほら、早く」

と私の手を引っ張って、ベッドから立たせてくれた。

「着替えて来て」

マリーダはそんな私に柔らかい表情のままそう言って、部屋から出て行った。

 えっと…マリーダ、ずいぶんと柔らかくなったね…昨日の夜、マリとあれからいっぱい話出来たのかな?

後で、こっそりマリに聞いてみようかな。

もしかしたら、マリ、打ち解けてもらえるようにほぐしてくれたのかもしれないし、ね。

 私はそれから着替えを済ませてリビングに出た。

そこには、すでに朝食を食べ始めている母さんと、マリとマリーダの姿があった。壁に掛かっていた時計を見る。

ママは、もう出掛けちゃったか…

 「マリ、ごめんね、今日私だったのに」

「あぁ、いいよいいよ、たまにはさ」

「明日は代わるよ」

「うん、お願いね」

私は、マリとそう言葉を交わしながらテーブルに付いた。朝ごはんは、マフィンとサラダに、マッシュポテトだ。

おいしそう。そう思って、まずはポテトをフォークでつついて口に運んだ。

思った通り、マリの料理の、幸せの味がした。
 

279: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:57:43.38 ID:7V6ONPw4o

 朝食を済ませてからも私たちは、リビングにいた。

マリーダのため、ってわけじゃないけど、でも、昨日少し料理に興味持ってたみたいだったし、と思って、

パンを作ってみることにした。

朝ごはんを終えてすぐに準備をした小麦粉をこねる機械から生地を取り出して、あとは形作って焼くだけ、なんだけどね。

 「カタリナ姉さん…これは、どうしたらいいんだ?」

「あー、適当でいいんだけど、そうだなぁ、握り拳よりすこし小さめくらいだといいのかも。

 これからまた膨らむからね」

「うー、お腹空いてきた。早く焼いてよー」

 マリーダはなんだか物珍しそうに生地に触れて手でもてあそんでいる。

私は、冷蔵庫から細切れにしたベーコンにチーズに、それからバターなんかを用意した。

マリは後ろ前にしたイスに腰かけて、背もたれにしがみつくみたいにしながら、あれこれと楽しそうに野次を飛ばしてくる。

やればいいのに、ってチラっと言ってあげたら、マリは今日はマリーダにたくさんやってもらいたいから見てるよ、

なんて言ってた。こういうことを体験するのも、幸せのうちなのかもしれないね。

 「ベタベタするな、これ」

マリーダがそんなことを言っている。

「うん。この粘り気がおいしいパンを作るには大事なんだよ」

いつも行っているパン屋さんにもらった特性のイースト菌おかげだ。

生地はシールみたいにベタベタとくっつくくらいになってて、コシも強い。

これで焼き上げると、フワッとしててそれでいてキメの細かいパンに仕上がる。焼き立てなんか、とくにおいしいんだから。

 「これでいいだろうか?」

マリーダが私の言ったとおり、手のひらでなんとか握れるくらいの塊にした記事を見せてきた。

「うん、いい感じ。そしたら、これをギュッと押し込んで」

私はそう説明して、自分の作った生地に、ベーコンとチーズを押し込んで見せた。

マリーダは真剣な表情をしてコクリと頷くと、見よう見まねで生地に具を押し込んだ。

「これで、大丈夫かな?」

「うん、マリーダ上手じゃん」

私が返事をしてあげたら、マリーダはなんだか、照れくさそうに笑った。

 それから、チーズをつまみ食いしようとするマリと、それを防ぐ私とで攻防を繰り広げたりなんかしながら作業を続けて、

生地をオーブンに入れてスイッチをおした。これでお昼ご飯には完成するかな。

パンだけじゃ寂しいから、あとはなにか別のものを作っておこうかな…なにがいいかなぁ、シチューとかがいいかな。

カボチャの冷製のポタージュとかかな?うん、それがいいね!

 そんなことを思ってたら、マリが今度は私がやるよ、と言って、マリーダと一緒にポタージュを作った。

マリってば、いつもはもっとピョンピョンとはしゃいでいるのに、マリーダと一緒にいると、

お姉さんっぽい雰囲気になるから不思議だ。特に無理をしてる、って感じじゃない。

もしかしたら、マリーダにはそのほうがいいって、そう感じてるのかもしれないな。

マスターに従うことしか知らなかったマリーダだから、考えちゃうところもあるけど…

でも、お姉さんって感じのほうがマリーダが付き合いやすいんだなっていうのは昨日のレオナ姉さんや、

アヤさんとのことを見てたら感じたから、ね。
 

280: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:58:16.30 ID:7V6ONPw4o

 ポタージュが出来上がって、お昼ご飯の準備をしてから、お茶を入れておしゃべりをしている間にチン、と音がしてパンが焼きあがった。

 「うはっ!焼けた焼けた!」

マリが声を上げて、イスの上で飛び上がった。ふふ、我が家の食いしん坊さんは、相変わらずだね。

その様子を見て、マリーダはどんな顔するんだろう、なんて思って、彼女をチラっとみたら、

マリーダも目をキラキラ輝かせてうずうずと体を動かしている。それをみたら、噴き出さずには要られなかった。

「ふふ、マリーダ、オーブン開けていいよ。熱いから気をつけてね」

そう言ってあげたら、マリーダは目をいっそう輝かせて私の方を向いて

「りょ、了解」

と言うのとほとんど同時に立ち上がってオープンに駆け寄り、ハッチみたいになっているドアをゆっくりと開けた。

中からは、芳ばしい匂いがフワフワと漂ってくる。

「んー!いいにおい!」

マリがそう言いながらマリーダの後ろから飛びついて、オーブンの中を覗き込んだ。

「うぅっ!おいしそう!」

マリはそう言いながら、オーブングローブを手につけて、中の鉄板ごとパンをオーブンから引っ張り出した。

キッチンからリビングいっぱいに、芳ばしい匂いが広がってくる。

 私がテーブルに耐熱のクロスを強いて、マリが鉄板をその上に置く。うん、焼き色もいいし、うまく行ったみたい。

良かった。私はなんだか嬉しくなって、思わずマリーダの顔を見た。

そしたら、マリーダはまた、キラキラと目を輝かせてパンを見つめていた。

おいしそう、って言うのもきっとあるんだろうけど、でも、それ以上に、純粋に感動しているって風にも思える。

初めて自分で作った料理だもんね。

私も、地球に来て、ママや母さんにいろいろ教えてもらいながら初めて作ったスープのこと、すっごく良く覚えてるもんな。

きっと、あのときの私とおんなじ気持ちなんじゃないかな…

「ね、ひとつ食べてみようか」

私は、マリーダにそう言ってあげた。私もそうだったから、分かる。

食べて、おいしい、って言うまでが料理だもんね!

「い、いいのか!?」

「うん、この大きいやつ千切って、三つにして食べようよ」

「うんうん!賛成!待ちきれない!じゃぁ、他のは冷ますから、それだけ取っちゃって」

マリがそう言って賛成してくれた。マリーダが一番大きいパンを手に取る。とたんに彼女は

「あっ…熱っ…」

なんて、手の上でパンをころころと転がし始めた。もう、そりゃぁ、熱いに決まってるじゃん!

私はとっさにテーブルに並べておいたお皿を差し出して、そこにパンを置かせてあげる。

ホッと、安心したような表情を、マリーダはした。

「手、大丈夫?やけどしてない?」

「あ、あぁ、問題ない。少し驚いただけ」

私が聞いたら、マリーダは初めて、なんだかちょっと恥ずかしそうな顔で答えてくれた。

「ほら、切り分けよう!」

マリがパンを乗せた鉄板をキッチンにおいて、代わりにパンナイフを持って出てきた。

マリがそれでパンを三つに切ってくれる。私はなんとなく端っこを選んだら、マリも反対側の端を選んで取った。
 

281: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:58:43.75 ID:7V6ONPw4o

と、マリとほんの少しだけ目が合った。彼女は、私を見るなり微かにニコっと笑って見せる。

ふふ、考えてることはおんなじだね。一番おいしいところは、マリーダに食べてもらわなきゃ、ね!

そんな私たちの気持ちを知ってかどうか、マリーダはおずおずとパンに手を伸ばした。

さっきの、熱かったのを警戒しているみたいで、ちょんちょんと指先でつついている。もう大丈夫だって、私達も持ててるでしょ。

「大丈夫だよ」

私は笑いながらそう言ってあげた。マリーダはコクっと頷いて、そっとパンを手にとって、そっと口に運んだ。

私もマリも、自分の分のパンを食べながら、どうしたって、マリーダの様子が気になっちゃって、

知らず知らずのうちに彼女の顔をジっと見つめていた。

 そんなマリーダの顔は、パンを口に入れた瞬間に、パァっと、明るくほころんだ。

心臓をつかまれたみたいになる、あの笑顔だ。

 「おいひい」

マリーダは、パンをもう一口、ガブリとかじって、満足そうに微笑む。マリーダ、変わってきてるね…

アヤちゃんや、レオナ姉さんのお陰で…。私、こんなことしかできないけど…

それでも、あなたのことをいっぱい考えてるつもりなんだ…役に立ててるかわからないけど、でも…

「カタリナ」

なんてことを考えてたら、マリが私を呼んだ。

「なに?」

「難しく考えすぎ。昨日言ってたよね?」

マリは、そう言ってニヒヒ、と笑った。うん…そうだった。考えすぎちゃうのは、悪い癖だ。

あれこれ考えたところで、読まれちゃってるかもしれないし、それが余計に負担になるとも限らない。

こういう時は、素直にするのが一番だ。素直に…今、一番したいこと…それって…

私は、そう思ってマリーダの顔を見やった。うん、そりゃぁ、ね、もう一回、みたいじゃない、あの笑顔!

「ほら、マリーダ、もう一口、あーん」

「いっ、いや、姉さん、それは姉さんの分だろ」

「いいかいいから、ほらほら、あーん」

私は、なぜだか抵抗するマリーダの口元に自分のパンを押し付けてるんじゃないかってくらいに突き出してそう言った。

マリーダは観念したのか、控え目に口を開いたので、ムギュっとパンをその隙間からねじ込んであげた。

「どう?おいしい?」

「…おいひいけど、いったい、どういうつもりで…」

マリーダは、私に文句を言いながら、それでも、パンの味には勝てないようで、

怪訝なお表情を浮かべようとしたのが失敗して、奇妙な、ニヤついたみたいな笑顔になった。

あぁ、もう、そんなんでもかわいいんだから!
 

282: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:59:14.93 ID:7V6ONPw4o

「あぁ、ほら、私のもいいよ!食べなよ!」

今度は、マリがそう言ってマリーダの口元にパンを差し出した。

「い、いや、姉さん達!自分の物は自分でっ…ふがっ!マリねえしゃん、まら私しゃべってっ…んくっ」

「どう?おいしい?おいしいよね?」

「むぐっ、いや、だから…」

マリが調子に乗ってグイグイ押し付けていたので、私の乗っかって、残っていたパンをマリーダに押し付けてみた。

 と、急に、マリーダの顔から表情が消えた。あ、ヤバっ!

「いいかげんにしろ!」

マリーダは急にそう声を上げた。こわっ!顔、こわっ!!

「ヤバいっ、逃げろ!」

とたん、マリがそう言って駆け出した。え、なに?!そんな感じで大丈夫なの!?

私は、瞬間的に謝ろうと思ったけど、マリがそう言って逃げ出したので反射的に一緒になって駆け出していた。

「あっ…待て!」

背後からマリーダの声が聞こえる。ちょ、ちょっと!怒ってるよ、マリーダ!

そう思って、後ろを振り返った瞬間、私達二人目がけてマリーダがとびかかってきた。

「きゃっ!」

「ぎゃぁぁ!」

私とマリは、仲良くマリーダにタックルをお見舞いされて、ラグの敷いてある床に倒れ込んでしまった。

「やられっぱなしの私だと思うな!」

マリーダはそう言うが早いか、上から圧し掛かってきて私達に腕を回してギュウギュウと締め付け始めた。

「くっ、くはぁっ…まっ、負けるかぁ!」

マリは、ケタケタと笑いながらそう叫んで、マリーダの腕に掴まりながら、彼女の脇腹に指を這わせた。

「んん!?」

ビクン、とマリーダが体をのけぞらせて、力が緩んだ。

「カタリナ、いまだ、反撃!」

マリはそう言って起き上がると、反対にマリーダを組み敷いた。い、いや、えっと、だ、大丈夫だよね?

本気でケンカなんかにならないよね?!なんて、私は心配しちゃったけど、

なんのことはない、マリとマリーダはお互いに脇腹に指を立て合って悶えながら笑っている。

その様子を見たら、やっぱり、心配していた自分が考えすぎだな、って思えて、反省するのと同時に、なんだか笑ってしまった。

「カタリナ、笑ってないで、支援!」

「い、いや、姉さん!こっちに援護を…!」

うーん、でも、これ、二人が身悶えしながらせめぎ合ってるの見てる方がおかしくって笑えちゃうんだけど…

参加しないとダメなのかなぁ…?

そんなことを考えている間にも二人は笑いをこらえながら、

お互いに手を払い合いながら、なんだか楽しそうにじゃれ合っている。

ふふふ、なんだか、昔の私とマリみたいだね。ここに来て仲良くなってからは、良くあんな風にじゃれ合ってたっけ。

ああいうのが、マリの奥の手、なのかな。誰かと繋がるために、不安とか、

そう言うのを乗り越えて、誰かと信頼しあうために、マリはああやって体を使ってじゃれてるんだろうな、

ってそう思う。私も体験したから、それがけっこう効くんだっていうのも、知っている。
 

283: ◆EhtsT9zeko 2014/03/15(土) 01:59:44.48 ID:7V6ONPw4o

それにしても、平和だなぁ…ね、そう思うでしょ、マリーダ?

マリのやり方だけじゃない。もっと他にもたくさん、そうして楽しめることがあるんだよ。

幸せだな、って、ジンワリ感じられることが、たくさん、たくさん、あるんだ。私、それをあなたにあげたい。

一緒に、それを分け合いたいんだ…だって、昨日、私は、あなたの悲しいのを知っちゃったから…

あなたの、心が、分かったような、そんな気がしたから…

 と、どこかで電子音がした。

「電話だ」

私はハッとして、テーブルの上に置いてあった電話の子機を取って、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「姉さん…!いい加減、あきらめたらどうだ!」

「わぁー、ちょ、マリーダ、ちょっと待って!電話、電話!静かに!」

マリがそう言って、じゃれ合いを中止させる。うん、助かる。急患とかだったら、大変だからね。

「もしもーし?あ、カタリナちゃん?」

この声は、ロビンか、レベッカか…あ、いや、私のことをカタリナちゃん、って呼ぶのはレベッカだ。

「うん、そうだよ!レベッカ?」

「うん、私!あのね、今、ミリアムちゃんから連絡があって、プルちゃん達と一緒にそろそろ空港に着くって!」

え…?プル、帰ってきたの…!?だ、だって、もうちょっと遅くなるかも、って話を、昨日アヤちゃん達がしてたのに…

でも、でも…ホントに?プル、帰ってきたんだ!

私は、胸の奥から込み上げてきた安心感と、嬉しいのと、

あと、なんだかよくわからない興奮した気持ちを抑えきれなくなって、マリ達に叫んでいた。

「マリ!マリーダ!プルが帰って来るって!母さんに言って、空港まで迎えに行かなきゃ!」






 
  

300: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:33:23.46 ID:ve3AFPAMo




 「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。

「平気だよ。あたし、これでもお偉方には顔が利くんだ。向こうは今回のことの詳細を知りたいって思ってるんだろう
から、そこに付け入ればこっちの要求も通せるだろうし」

あたしはそう言ってあげる。

まぁ、ミリアムとしては、姫様の処遇も気になるだろうから、こうもしつこく聞いてきてるんだ、

ってのは分かってる。心配性なところはホントに変わらないよね、なんて言おうとして、やめた。

今回のことに関して言えば、ミリアムなんかよりもあたしの方が心配ばっかりしてた気がする。

そこに触れてミリアムをたしなめるのは、なんだか自分自身の居心地が悪くなっちゃいそうだから。

「とりあえず、さ。ミリアムは、プルとメルヴィと一緒に先にアルバに戻っててよ。

 心配してるだろうし、あたし達のことを伝えるって意味でも、直接アヤさん達に言ってくれた方がいいと思うしね」

「うん…」

あたしが言ったら、ミリアムは冴えない表情でそう返事をした。

困ったのは、ミリアムから伝わってくるのが、姫様のことや戦後処理への心配がメインなんじゃなくって、

もう少しあたしと一緒に戦いたかった、って気持ちが真ん中にあることだ。

まともに取り合ってそれを面と向かって言われたら断れなさそうだし、なにより、くすぐったくてたまんない。

それに、地球にプル達を連れて帰るのも大事な役目だよ、うん。だから、そんな顔しないでよ。

「…ん、わがままで、ごめん」

そんなあたしの気持ちを感じ取ったのか、ミリアムは情けない顔をしてそう言ってきた。あー、うぅ、調子狂うな。

いつもみたいにガツガツ絡んで来てよ、もう。そんな顔されたんじゃ、帰れって言いづらいでしょ。

 あたし達は、あの宙域を離脱して、フレートさんのチビアーガマに接続させておいたシャトルで、

今はルオコロニーに来ていた。あたしとミリアムとプルは、コロニーの管理を行っている建物の応接室で、

商会のお偉いさん達の乗ったシャトルが到着するのを待っている。こんなところにいる理由は簡単。

この件にあたしが関わっている、って言う情報が、ブライトくん経由でカラバとルオ商会のお偉いさん達の耳に届いたからだ。

巨大な経済基盤を誇るビスト財団の崩壊が、現実味を帯び始めている。

商会としては、こんな状況、またとないチャンスでもあるし、気をつけなければ崩壊に巻き込まれて共倒れしかねない。

それほどの規模のビスト財団の崩壊に、なにやら、元カラバの諜報員が一枚噛んでいる、

なんてことを聞けば、そりゃぁ呼び出すのも当然だろう。

あたしとしては、多少予測はしていたけど、こんなにも早い召集は思いも依らなかった。

あるいは、ブライトくんが気を効かせてくれたのかもしれない。

姫様達のこともあるし、あまり長い時間放置しておくにはリスクが膨れ上がる危険もあった。

それこそ、ネェル・アーガマが姫様を強引に連れだして連邦政府に引き渡す、なんてことは、

ブライトくんの目の黒いうちはないだろうけど、そこに誰かからの横槍が入ってくる可能性は否定できないもんね。

だけど、その程度の話ならあたし一人でどうとでもなる。

それよりも、あたしは、ミリアムやプルを一刻も早く地球に帰してあげたかった。待ってる人たちもいることだし、ね。
 

301: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:33:51.28 ID:ve3AFPAMo

「別に、私一人でもちゃんと帰れるから、ミリアムちゃんも残してあげればいいじゃん」

プルがそんなことを言ってくる。まぁ、それもそうなんだうけどね…

正直、あんまり長いこと連れまわしたら、ルーカスに怒られちゃうんじゃないかな、って言う気持ちもあるんだよ、あたし。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。と、こっちの返事もなしに、ガチャっとドアが開いた。

スーツ姿でガタイの良い男がさっと部屋の中に入ってきたと思ったらそのままドアを支える。

その後ろから、同じくスーツの男達を引き連れた高齢の男性が顔を出した。

 わー!久しぶり!なんて、あたしが感動していたら、さらにその後ろから、見慣れた顔つきの男が二人。

ブライトくんと、カイくんだった。当然といえば当然、なのかもしれないけど…まぁ、来てくれてよかった。

これなら、本題を話すとなっても、あれこれ手を回さなくって良いから、楽できそう。

 「立って」

あたしはミリアムとプルにそう告げた。二人が立ったのを確認して号令を取る。

「敬礼!」

ミリアムは条件反射みたいに、プルは、柄にもなくあわてた様子で、背筋を正して敬礼をした。
 

「あぁ、堅いのは要らん。まぁ、座んなさい、マライアちゃん」

しわくちゃの笑顔を見せて、彼がそう言ってくれる。

「ありがとう、ウーミンおじいちゃん」

あたしも、おじいちゃんに笑顔を返して、ミリアムとプルに席を勧めて自分も座った。

「ね、誰なの?」

ミリアムが耳打ちしてくる。あぁ、知らないか…あんまり、人前に顔出さないもんね、おじちゃんの方は。

「ルオ・ウーミンさん。ルオ商会の、当主で、最高顧問だよ」

「この人が…あの…!?」

ミリアムか瞬間的に体を堅くする。まぁ、無理もない、か。

ルオ・ウーミン、といえば、ティターンズが活動していた時期、

商会の全権を娘のステファニーに委譲して自分は地下にもぐりアナハイム社と連携してカラバやエゥーゴを支援していた張本人。

ホンコンシティあたりじゃ、彼の名前を出すと、どこからともなく男達がやってきてボコボコにされる、

と言う事件が起こるくらいに、徹底して地下の世界に身を置いて生きてきた人物だ。

そんな噂だけ聞くと怖い、って思われがちなんだけど、あたしは一度だってそう思ったことはない。

同じくエゥーゴを支援していたアナハイム社が接触役に任命していたウォン・リーって幹部と違って、

人間味のあるいいおじいちゃんなんだ。

「おじいちゃん、元気そうで何よりだね」
 

302: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:34:19.04 ID:ve3AFPAMo

私が言ってあげたら、ウーミンおじいちゃんはガッハッハと笑って

「もう、あちこちガタが来ておるからな。長くもあるまいが…その割には確かにピンピンしておるわ」

と嬉しそうに言った。

「変なこと言わないでよね。心配になっちゃう」

「そう思うたら、ワシの傍で面倒を見てくれると助かるんじゃがの」

「まぁたまた!あたしなんかより若くてきれいな子を大勢、囲ってるんでしょ?」

「ガッハッハ!さすがにお見通しじゃの!」

うんうん、元気そうだ。これならまだあと10年はいけるね。っと、今は、そんなことより、だ。

「おじいちゃん、紹介するね。あたしの仲間の、ミリアム・アウフバウム元ネオジオン軍大尉と、

 こっちが、プル・パラッシュ。彼女はアクシズで調整された強化人間で、ニュータイプなんだ」

「ミリアム・アウフバウムです」

「プ、プル・パラッシュ、です」

ミリアムとプルがなんだか堅くなって挨拶をする。もう。そんなにならなくったって、大丈夫だってば。

「ほほぅ、なるほどなるほど…こりゃぁ、確かに、いい面構えをしておるな」

「でしょ?あたしに負けず劣らずの美人を揃えてみたよ!」

「これもお見通し、か!」

あたしが口を挟んだら、おじいちゃんはペシっと自分の額をはたいてまた豪快に笑った。

もう、ス  じいさんなところは相変わらずだね。

「あんまり変なこと言ったら、ステファンに言いつけちゃうからね!」

「おいおい、そりゃぁ、ちと度が過ぎやしないかい、マライアちゃんや!」

あたしが言ってあげたら、おじいちゃんは悲鳴を上げてからまた笑う。

 「し、しかし…ネオジオンの大尉だったんだな…」

不意に、傍にいたブライトくんがそんなことを口にした。

あぁ、いけない、ブライトくんたちはちゃんと紹介してないね。

「ごめんごめん、ミリアム、プル。彼は、ブライト・ノア。

 あたしと同い年なんだけど、今や泣く子も黙る、ロンド・ベルの司令官。そっちの彼は、カイ・シデンくん。

 あたしと同じ、カラバの諜報班にいたんだ。

 彼はジャーナリスト、って立場で情報収集をしてるオープンなスパイ。

 仲間内にもほとんど知られてなかったクローズドなあたしとはちょっと役割が違うんだけど、優秀なんだ」

「先の作戦で無線で話をした方ですね…複雑な状況でしたでしょう」

ブライトくんが、ミリアムにそういう。でも、当のミリアムはあっけらかん、としていて

「あぁ、いえ。所属なんてどうでもいいんです。私は、ミネバさまをお守りすることが出来れば、それで」

と言って笑った。

…3年前に、彼に言われてクリス達があたしの連れてたミリアムと姫様を追いかけてた、ってのは、今は内緒にしておこうかな、うん。
 

303: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:34:46.25 ID:ve3AFPAMo

「まさかあんたが噛んでるなんてな。分かってたら、そっちに情報をまわすんだったのにな」

「そうでもないよ。ブライトくん経由でくれたアナハイム社と連邦艦隊の動きに関する情報は、助かったし」

カイくんの言葉にそう帰してあげたら、彼はヘヘっとニヒルに笑った。

 「さて、それでは、始めようかの。マライアちゃんや。一体、なにが起こったんじゃな?」

話がひと段落したところで、おじいちゃんはギラリと目つきを変えてそう話を始めた。あぁ、本題に入っちゃったよ。

先に、二人を帰して良いかって、相談したかったのに…

「うん、ちゃんと説明するよ。でも、その前にちょっとだけ、相談したいことがあるんだ」

あたしがそういったら、おじいちゃんは片方の眉をピクリ、と上げてあたしを見た。

ふふ、さすが、もう気がついたみたいだね。まるでニュータイプみたい。

頭が良いと、状況だけでそこまで推測出来ちゃうっていうんだから、正直、本当におじいちゃんをすごいって思えるんだよ。

「交渉、かね?」

「うん、まぁ、そうなるかな。別に悪い話じゃないと思うんだ。聞くだけ聞いてよ」

「ふむ、良かろう」

おじいちゃんは、ワクワクとなんだか楽しそうな表情をしている。

あたしがなにを言い出すのか、どんな出方でおじいちゃんを口説こうとするのか、それを待っているみたいだ。

まるで、若い子とチェスを差すベテランって感じだ。ふふ、楽しませて上げられるといいんだけどな。

 あたしはそんなことを思いながら、おじいちゃんに本題を打ち明けた。

「ミネバ・ザビと他数名の警護員の身柄の保証を、ルオ商会にお願いしたいんだ」

「なっ…!なんだと!?」

聞いた途端に声を上げたのは、ブライトくんだった。

まぁ、そうだろうね…彼女達の身柄は、今はネェル・アーガマにあるんだもん。

だけど、ブライトくん、いくら外郭部隊だから、といって、ロンド・ベルだけで姫様を守れるとは、あたしは思えない。

中央からの通達ひとつで動けなくなっちゃうかも知れない、ってことをあたしは知ってる。

だとしたら、そもそも載せてなかった、と書き換えてもらう方が都合がいい。

あの演説の放送を終えてから、姫様はお付きの人たちとともにルオコロニーを訪れて、保護を求めた。

筋書きはこんなところ、かな。おじいちゃんにはわかるでしょ?これが、どういう意味合いを持っているか、って…。

 

304: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:35:17.95 ID:ve3AFPAMo

「ふむ…」

薄いひげを伸ばした顎を触りながら、おじいちゃんはそう唸って、首を捻る。

それもつかの間で、おじいちゃんはすぐに、口を開いた。

「アナハイム社、か」

さっすが!話が早いんだから!

「どういうことです?」

ブライトくんが混乱したようで、そう言っている。

「…ミネバ・ザビの後見を、ジオン共和国でも、連邦政府でもない、ワシとルオ商会がすることで、アナハイム社の肩をもつ、と。

 今回の騒動はアナハイム社の内部にも亀裂を生んだと聞く。加えて、ビスト財団の信用の失墜。

 件の放送を行った彼女はもはや連邦の敵でもジオンの味方でもない。

 一人の、融和主義者として、その理想を広く知らしめることに成功した。

 地球とも、宇宙ともない、人の幸福を説いた彼女を保護することはすなわち、彼女の理想に共鳴する意を示す。

 こと、あのような放送があった直後だ。すくなくとも連邦はこれについてはとやかく言うことは出来んだろう。

 あの演説じゃ。本人がどちらかに身を寄せる、と言うこともあるまいな…。

 彼女の保護を発表し、ルオ商会は、彼女の理想に共感することを表明するとともに、アナハイム社の反財団派へ肩入れする。

 社会的には、方や、エゥーゴの支援をしていたアナハイム社はルオ商会の云わば盟友であり…それに」

「ティターンズと戦い、その後には地球を攻撃してきたネオジオンとも戦った。

 姫様を囲い込むことで、カラバとルオ商会は、連邦政府と言う体勢側でも、

 ジオンをはじめとするスペースノイドの過激派寄りでもない、ただ、平和と発展を望んでいるんだ、

 という大きな意思表示になる。

 これは、アースノイドとスペースノイド、いずれの味方もし、依頼があれば武器を製造し提供するアナハイムとは、

 真逆の生存戦略。アナハイム社よりもはるかに敵を作らず、はるかに広く膨大な数の一般市民へ受け入れられる」

「アナハイム社に肩入れするともなれば、人事権もウチである程度は好きに出来るじゃろうな…。

 そうなれば、反財団派を登用し、これまでの所業とともに財団派を排し、社を健全化させる。

 それに際し、こちらの息のかかる物を登用できれば、アナハイム社の利益の数割はワシらの懐に入る、

 という寸法じゃな」

「そう。それに、アナハイム社もこのままじゃ他社に食い物にされるか自壊するのを待つだけ。

 それなら、盟友のルオ商会に助けてもらった方がよほどいいと思う人たちは少なくはないはず」

「ミネバ・ザビを保護する理由としてはもっともだ…」

おじいちゃんは、下唇を突き出して、相変わらずひげをいじっている。でも、しばらくしてポン、と、膝を叩いた。

「うむ、いいじゃろう。なかなか気が利いておるしのう」

「ホント!?よかった!さっすがおじいちゃん!」

おじいちゃんの言葉にあたしは思わず、パンと手を叩いて喜んでしまった。
 

305: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:35:45.29 ID:ve3AFPAMo

「ガッハッハッ!感謝なら、ハグしてくれてもええんじゃぞ?」

「ブッブー!セクハラ、ダメ絶対!」

「まったく、マライアちゃんはつれないのう」

「ステファンに電話しよーっと」

「わ、分かった分かった。まったく…」

あたしとそんなバカ話をしたおじちゃんは、ふっと思い立ったように、脇に突っ立っていた黒服の男に目配せを送った。

すると男は、ササッとPDAを取り出しておじいちゃんに渡す。

「マライアちゃん、1週間ほど、ワシに付き合ってくれやせんかね?あんたがいてくれた方が、何かと話が早そうじゃ」

おじいちゃんはPDAを操作しながらそうあたしに言ってきた。うん、もちろん。最初からそのつもりだよ!

「うん、まかせて」

「うむ。そういうことじゃから、な」

おじちゃんはそう言って、ブライトくんを見やった。うん、そうだね、ブライトくん。

あたしもそう思って、彼を見る。ブライトくんは一瞬呆けた顔をしたけど、次の瞬間にはギクッと体をびくつかせた。

「ネェル・アーガマを、ここへ向かわせろと!?」

「うむ、お主も昔から、理解が早くて助かるわい。いや、もうちょっと考え方が柔軟じゃと、もっと良かったんじゃがなぁ」

「し、しかし…彼女は…」

「ブライト、この二人相手にやりあうのは諦めな。相手が悪すぎる」

カイくんが、援護のつもりなのか、そんなことを言って空笑いをしている。

ブライトくん、たいぶ物腰は柔らかくなったから、まぁ、こんなことも飲んでくれるよね、きっと。

考えてもらえればわかると思うんだ。

これが、たぶん、負けを作らない、なるべく多くの人が少しずつの幸せを分け合える方法だって、あたしは思う。

きっとね、たくさんの戦いを経験してきて、たくさんの人と出会って、

たぶん、たくさんの人たちと死に別れてきたんだろうブライトくんにも、分かってもらえるって、そう思うんだ。

「ね、ブライトくん、お願い!」

あたしは、誰にも言われたことないけど、自分で思ってる必殺の笑顔で、ブライトくんにそうお願いした。

ま、お願い聞いてくれないようなら、あたしとカラバとルオ商会を敵に回すから、そのつもりでね!

ってのは可哀そうだから言わないでおいてあげた。



 

306: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:36:38.45 ID:ve3AFPAMo




「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。って、あれ、こんなこと、一昨日も思ったよね?

デジャブじゃないよね?

 そんなことを思ったあたしは、自分の頭をぶんぶん振って思考を入れ替える。

違う違う、今はそんなの、どうだっていい。

 あれから二日後。あたし達はルオコロニーの港に来ていた。

昨日、姫様達を乗せたネェル・アーガマと、それを護衛するロンド・ベル全艦隊がこのコロニーに到着した。

いや、実際近くで見るのは初めてだけど、ロンド・ベル艦隊全部を眺めるのは、さすがに壮観だった。

あんな艦隊を指揮しているブライトくんもすごいの一言に尽きるよね。

 着いて早々、姫様達とルオおじいちゃんとあたしと、あと、商会の他の重役さん達と話し合って、

今後はおおむね、あたしの考え付いた案で行こうってことに落ち着いた。

姫様もそうだけど、ハマーンやナナイさんも、まとめて面倒見れくれる、って言うんだから、

さすがおじいちゃんは一味違う。やっぱり、頼って正解だったなぁ。

「大丈夫だって。おじいちゃん、あたしの言うことは割と汲んでくれるし、ブライトくんも協力してくれてるし、

 表だったことはカイくんがやってくれるし、あたしだっていなくても大丈夫なくらいだけど、

 言いだしっぺだし、一応残る、って感じだからさ」

あたしはそう説明をしてベシベシっとミリアムの頭をはたく。こうでもしないと、納得してくれなさそうだもんな。

まったく、ミリアムのあたし好きにも困ったもんだよ、ほんと。

「来週には、居残り組と一緒に地球に戻るからさ」

「うん」

ミリアムは、なんだか半分泣いてるんじゃないか、って思うくらいの表情をしてそう返事をした。

なんだか、意地らしいっぽく見えてかわいいと思わないこともないけど、いや、でも普段のミリアム知ってるし、

騙されちゃいけない。この子は、こんなことでもない限りは、もっとこう、あたしをイジリ倒してくるんだから。

 「メルヴィ、しばしのお別れですね」

「メルヴィ。あちらの気候にはくれぐれも気を付けてください」

「はい。あちらでお待ちしていますね、姫様、ハマーン」

メルヴィに、姫様とハマーンがそんなことを言っている。

ていうか、ハマーンって、メルヴィと姫様と話すときはすごく上品だよね。

姫様は分かるけど、メルヴィにもそうするのはちょっと不思議。

でも、旧ジオンの中でも有力な政治家の娘さんらしいし、きっと本当は育ちは良いんだろうな。
 

307: ◆EhtsT9zeko 2014/03/23(日) 22:37:16.76 ID:ve3AFPAMo

 「プルも、メルヴィをお願いしますね」

姫様にそうお願いをされたプルは優しい笑顔を見せて

「はい、任せてください、姫様」

なんて、普段はあんまり聞いたことのない敬語を使って返事をしている。プルのそう言うところ、あたし好きなんだよね。

固くなるわけでもなくって、自然にそうやって使い分けられる器用さ、って言うか、場数の豊富さ、って言うか。

なんだか、見ているだけで安心しちゃう。

「アウフバウム。メルヴィは姫様と同じく私にとっては大切な方。どうか、よろしくお願いする」

「はっ…あ、いや…うん、任せて。って、言っても、別になにがあるわけじゃないから、大丈夫」

ハマーンがミリアムに言ったら、ミリアムはケロっとした表情になってそう返事をした。

なんだ、意外に平気なんじゃんか。いや、それはそれで悔しい気がしないでもない気もするよ?

あれ?いやいや、なんでもない、深く考えるのはやめとこう。

 「ま、とにかく、先に行ってのんびりしててよ!」

あたしはそうミリアム達に言った。プルなんて、きっとマリーダ達が待ってると思うからね。

「ね、マライアちゃん、ちゃんとジュドーにも連絡してよ!」

そう思ったのを感じ取ったのか、プルがそんなことを言ってきた。

ジュドーくんは半日ほど前に、ルオコロニーを出港したネェル・アーガマに乗ってグラナダへ向かった。

そこで、妹のなんとか、って子とか、昔の仲間とかと待ち合わせしてるんだって。

合流したら地球に降りる、なんて話をしてたから、だったら島に遊びにおいで、って、そう言ってあげた。

プルも喜ぶだろうし、きっと楽しいよね、うん。

「分かってるよ。ちゃんとあたしの連絡先も渡してるし、あたし達と同じくらいにはアルバに着けるんじゃないかな」


そう返事をしてあげたら、プルは本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、やっぱりあたし自身もゾクゾクっと嬉しい気持ちにさせてくれた。

待っててね、きっとすぐに戻るから、そしたらまた、ぱぁっとみんなで騒ごうね。

ふふ、アルバ島も、どんどん人が増えて行くね…

幸せを分け合える仲間が、こんなにたくさんになるだなんて、最初の頃のアヤさん達は、思ってもみなかっただろうな…。

アヤさんとレナさん、メルヴィがアルバに来るのだって賛成だったもんね。

きっと、大勢で移住したって、なんにも言わないどころか、きっと喜ぶだろうな。

二人の笑顔は、仲間が多ければ多いほど、明るく輝くんだって言うのをあたしは知ってる。

そんなこと考えたら、あたしも早く地球に戻りたくなってきた。だって、さ。

やっぱりね、あたしの幸せはあそこにあるんだもん。大事な大事な、あたしの宝物が、ね!


 

318: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:18:11.28 ID:Dzv8GF1Jo




 空模様が怪しい。ハリケーンが発生した、って話で、

今夜にはここも暴風域に巻き込まれる、って予報がテレビから流れていた。

朝はあんなに晴れていたのに、今は風も強いし、どんよりとした雲がものすごい速さで走っている。

まだ雨は降って来てないけれど、それも時間の問題かもしれない。

 私は、部屋で身支度を整えて、リビングに出た。

そこにはもう、マリとマリーダに、それから施設での授業が終わって戻ってきていたママが準備を終えて私を待っていてくれた。

「ごめん、お待たせ」

私が言ったら、マリが笑って

「ううん、まだアヤちゃん迎えに来てくれてないし、大丈夫。お茶してたんだ」

と言って、マグを掲げて見せてくれる。そう言えば、リビングには紅茶の良い匂いが香っていた。

マリーダがソーサーに添えられてるビスケットをかじっては幸せそうな表情で笑っている。

うん、本当に大丈夫そう。

「そっか。まだ残ってる?私も飲みたいな」

「うん、座って座って」

私が言ったら、マリが席を勧めてくれて、準備してあったカップにポットから紅茶を淹れてくれた。

ふんわりとした、優しい香りのする紅茶だ。これは、なんだろう?

「いつものじゃないね?これ、新しいの?」

私はカップを手にしながらママに聞いてみる。

「あぁ、うん。なんてったっけ、ニルギリ、だったかな?マドラス辺りが原産のお茶なんだって」

「へぇ…」

ママが教えてくれたので、私は一口、舐めるように含んでみる。

ん…これ、香りと同じで、いつものよりもあっさりしてて飲みやすいね…!レモンとか、ミルクティーなんかにも合いそうだな。

「これ、美味しいね!」

私が言ったら、マリが横から

「そう?私は、いつものヤツの方が甘いのに合って好きなんだけどなぁ」

なんて首をかしげて言う。そりゃぁ、甘いのとセットならそうかもしれないけど、これは紅茶だけでも美味しいじゃない?

なんて言おうと思ったけど、良く考えたらマリは合わせて美味しい方が好きなんだったね。

「ふふ、その方が、幸せだから、でしょ?」

「そうそう」

私が言ってあげたら、マリはそう言ってにっこりと笑ってくれた。

 「それにしても、天気大丈夫かな?飛行機到着するまでに持てばいいけど…」

なんて、マリが話を変えた。

「そうね…少し気がかりだけど、まぁ、多少荒れても、カレンちゃんのことだから大丈夫だとは思うけどね」

「でもさぁ、到着が遅れたりしたら、待たなきゃいけないじゃん。私、早くプルに会いたいよ」

ママの言葉に、マリがそう言ってもじもじと体を動かす。ふふ、マリってば。私もそうだけど、そればっかりは仕方ないじゃない。

 なんて思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
 

319: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:18:56.16 ID:Dzv8GF1Jo

「はーい」

なんて言いながら、ママが席を立って、インターホンに出る。

「はーい、ありがとう!すぐに行くね!」

ママはそう言ってインターホンの受話器を置いた。

来たんだね、アヤちゃん!私が立ち上がるのよりも早く、ママはニコっと笑って、

「アヤちゃん着いたって!さ、行こう!」

と言ってくれた。

 私達はそそくさを紅茶を片付けて、一階で診療中の母さんに出掛けることを伝えて、すぐに玄関を出た。

そこにはアヤちゃんとロビンが、車から降りて私達を待っていてくれた。

「悪い悪い、ちょっとペンションの方のハリケーン対策に時間くっちゃってさ」

アヤちゃんがそんなことを言いながら笑ってる。その横でロビンが嬉しそうに

「早く行こう!」

なんて言っている。

「うん、行こう行こう!」

マリもノリノリでそう返事をしたと思ったら

「ほら、乗って乗って!」

とマリーダの背中を押し始める。

「お、おい、姉さん!押すなって!」

マリーダはそう言いつつ、ワゴン車の後部座席に押し込まれ、続いてマリも乗り込んだ。

私とママもお邪魔して、スライドのドアを閉める。

ロビンとアヤちゃんも乗り込んで、アヤちゃんの運転で車は空港へと走り出した。

 空の様子を気にしながら、ふと、私は後ろに座ったマリーダを振り返った。

彼女は、なんだか微かにソワソワとした雰囲気になっていて、落ち着かない様子で窓の外を見やったり、

髪をいじったりしている。見つめていた私の視線に気が付いて、不思議そうに首をかしげたので笑顔を返して

「楽しみだね!」

って言ってあげたら、マリーダは、少し照れたように笑って頷いた。

 マリーダにとっては、プルはきっとお姉さん、って思えるんだろうな。

私やマリは、どっちかっていうと妹、って感じだよね。

だって、すぐふざけるし、楽しいことと食べること大好きだし、基本的に甘えん坊なところがあるからね。

プルは、たぶん、経験のせいだろうけど、落ち着いてるし、どこか、寂しげな一面もある。

そこは、現在我が家で療養中だから、きっとそのうちなくなると思うけど…

でも、たぶん、マリと比べると、プルの方がマリーダの見てる世界に近い物を知っているんだと思う。

とっても、悲惨で残酷な世界のことだ。

そんなときを過ごしてきたのはとてもつらいことだけど、でもそれは、今プルが明るく笑えるように、

マリーダもそのうちきっと、一日中、あの笑顔でいられる時間を過ごせる可能性が少なくない、ってことだって思える。

もしかしたら、プルがいてくれたら、私達お気楽組と、マリーダとの橋渡しになってくれるかもしれないな、なんて思うところもある。

まぁ、それはともかく、早く会いたいな!あ、今日焼いたパン、食べてもらわなきゃだね!
 

320: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:19:39.90 ID:Dzv8GF1Jo

 そんなことを考えているうちに、車は空港の駐車場へと入った。

アヤちゃんの先導で、私達はエプロンへ続いている方の到着ロビーへと向かった。

「あと、20分、てとこかな」

アヤちゃんが時計を見やってから、ロビーの窓から外を眺める。

「風速…20メーターくらいか…タフなランディングになりそうだなぁ」

そう呟くアヤちゃんの表情は、少しだけ不安げだ。カレンちゃんのことを心配している、って感じじゃない。

いや、心配は心配なんだろうけど、アヤちゃんはカレンちゃんと昔からの友達なんだ。

カレンちゃんの操縦技術を疑うようなことはあんまりないだろう。

それよりもアヤちゃんは、こんな天気が嫌いなんだ、ってのを、私はなんとなく知っていた。

 「これは、嵐なのか?」

外の景色に気が付いたようで、マリーダがそんなことを聞いてくる。

「うん、ハリケーン、って言ってね。すごい風と、すごい雨になるんだよ、これから」

私が説明してあげたらマリーダはふぅん、と鼻を鳴らして、

「なんだか、落ち着かないな」

と、アヤちゃんみたいな心配げな顔をして、窓の外を見つめた。

まぁ、確かに、ね…私は、嫌いじゃないんだけどね、雨とか、曇りとか、さ。

 そんな話をしていたら、アヤちゃんが唐突に声を上げた。

「あれだ」

そう言って指をさした先には、一機の小型機が、スゥっと滑走路に進入してくる姿があった。

確かにあれ、カレンちゃんのところの飛行機だ。

 飛行機は、すでに車輪とフラップって言うらしい板を下ろしている。

機体はそのまま、空気の上を滑るようにして、スムーズに滑走路に降り立った。

「さすが。やるなぁ、カレン。あの操縦は、見事だよ」

アヤちゃんがそんなことを言って、うなった。

昔は仲が悪かったんだよ、なんて、いつか言ってたことがあったけど、今はそんなの少しも感じない。

アヤちゃんにとって、カレンちゃんがどんなに大切な友達か、なんて、見ていれば誰にだって分かっちゃうんだ。

 飛行機は、そのまま、エプロンへと走ってきた。やがて、窓からすぐのところに、機体を揺らして飛行機は停止した。
 

321: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:20:11.08 ID:Dzv8GF1Jo

「到着!行こう、マリ!」

ロビンがそう言うなり、マリと一緒にロビーを駆けだした。人ごみを縫って行き、エプロンへ続くドアを飛び出る。

「あぁ、もう!二人とも!」

私はそんな姿を見て、思わずそう口に出してしまった。それから気を取り直して、マリーダの手を取って、

「行こう!」

と声を掛けて走った。マリーダは、何も言わずに着いて来てくれて、私達もドアを出て、エプロンに出た。

すると、ちょうどハッチが開いて、タラップが地上に設置するところだった。

そこに、ニュッとミリアムちゃんが顔を出す。

「おかえり!」

ロビンがそう声を上げたら、ミリアムちゃんも笑顔になった。

「ロビン!マリ達も!出迎えありがとう!」

ミリアムちゃんはそう言いながら軽い足取りでタラップを降りてくる。ロビンがミリアムちゃんに飛びついた。

ミリアムちゃんはロビンを抱きしめてひとしきり頭を撫でまわしてから、ふっと後ろを振り返った。

そこには、メルヴィの手を引いてタラップを降りてくるプルの姿があった。

「姉さん…」

隣にいたマリーダが、囁くようにして言った声が聞こえた。

マリーダの顔からは明らかに嬉しい、って気持ちが感じ取れる。

 と、プルの方もマリーダに気が付いた。プルは、襲い来るマリのタックルをひらりと躱すと、

軽い足取りで私達に駆け寄ってきて、とんとん、と目の前で歩調を緩めたと思ったら、そっとマリーダを抱き寄せた。

 「マリーダ…元気そうで、良かったよ…体、大丈夫?」

プルは小さな声でマリーダに聞いた。

「あぁ、うん…姉さんこそ、無事で良かった…」

マリーダはそう答えながら、プルの体に戸惑いながら腕を回す。

マリーダは、安心したような表情で、プルの肩口に顔をうずめる。

「うん…みんな、良くしてくれたみたいだね」

プルがそう言って、体を少し離してマリーダの顔を覗き込む。マリーダは、

「うん…みんな、私に優しくしてくれた」

と、クスっと笑顔を見せてプルに言った。
 

322: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:20:44.89 ID:Dzv8GF1Jo

「えー、ちょっと、プル。なんで避けたんだよー」

マリが後ろから、メルヴィを連れて私達のところにやってくる。

「ごめんごめん、マリが元気なのは分かってたからね。マリーダが心配だったんだ、私」

ずるい、って言いだしそうな顔をしていたマリに、プルがそう言って笑いかける。

それを聞いたらマリも急に笑顔になって

「もう!しょうがないんだからー!」

なんて言った。うん、そうだよね。

何はともあれ、だけど、とにかくプルがこうして無事に帰って来てくれたのは、何よりうれしいことだもんね。

 宇宙で、何があったのかな…マライアちゃんや、他の人たちの話も聞かせてくれるかな。

きっと、マリーダも姫様のこと、心配だと思うしね。あぁ、話したいことがたくさんだ。

 そんなことを思っていたら、プルが私の顔を見て笑った。きっと、私の気持ちを感じ取ってくれたんだろう。

なんだか、プルの暖かい手のひらが、私の心に触れたような感じがして、私の胸に、いっそう穏やかな安心感が広がってくる。

―――おかえり、プル。お疲れ様。

声には出さないで、心の中でそう思ったら、プルはまた、私の顔を見つめて、ニコっと、あの笑顔で笑ってくれた。




 

323: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:21:12.51 ID:Dzv8GF1Jo



 ガタガタと雨戸が音を立てている。風の音も、雨が叩きつける音もかすかに聞こえて来ている。

私は、自分の部屋でクッションに座って、温かいお茶をすすっていた。

 あれから私達はいったんアヤちゃんのペンションに行って、プルがレオナ姉さんにただいまの挨拶をして、

メルヴィの部屋のことをお願いして、ハリケーンがひどくならないうちに帰宅した。

プルを見た母さんは何も言わずに微笑んで、ポンポンと頭をなげてあげてから、

思い出したみたいに、おかえり、って声を掛けていた。

プルは本当に嬉しそうな表情で、ただいま、って、母さんに返していた。

母さんには話を聞いていたし、普段のプルを見ていて多分そうだろうな、とは思っていたけど、

プルに取って、母さんはレオナ姉さんと同じくらい、特別な存在なんだと思う。

もちろん、私やマリがそうじゃない、って意味じゃないけど、

プルは、マライアちゃんと一緒にあのエンドラ級に乗り込んできたときに、

母さんのことを、“母さん”って呼びたい、ってそう言ったんだって話だ。

母さんはそれを聞いて、プルに泣きながら謝ったらしい。放っておいてごめん、助けられなくてごめん、って。

 アクシズでの母さんの様子は、ずっとそばで見ていたから今でもはっきり覚えている。

ときおり、夜な夜なデータベースにアクセスしては、何かの情報を探っている様子があった。

今になって思えば、あれはたぶん、研究所からアクシズに持ち出された研究資料や、プル達のような子どもを探していたんだろう。

資料は分からないように改ざんして、子ども達は、理由を付けて逃がしてあげたりしていたのかもしれない。

それでもプル達を見つけることができなかったのはたぶん、

誰かがこっそりと、それも厳重にプル達を隠していたからなんだと思う。

そうでなければ、同じアクシズにいて、分からないはずがない。

もしかしたら、当時の母さんは、アリスママや、レオナ姉さんの面影を探して、

そんなことをしていたのかもしれないな、なんて思ってみることもあるけど、実際に聞いたことはない。

どうでもいいことだし、ね…今になったら。

 パタン、と音がしてプルが部屋に戻ってきた。短く切った髪をタオルで拭きながら、ふぅ、とため息をついてクッションに座り込んだ。

 今夜は、マリがどうしても、と言うので、プルもこの部屋にお泊りすることになった。

帰還祝いのお酒を飲んじゃったマリは、自分が言いだしたくせに、誰よりも早くにベッドで寝こけてしまった。

マリに勧められてお酒を飲んだマリーダも、慣れてなかったせいか、

コップ半分ほど飲んだくらいで、フラフラとベッドに倒れ込んで寝息を立て始めていた。

そんなわけで、残された私とプルは、順番にシャワーに入って、今、だ。
 

324: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:21:43.79 ID:Dzv8GF1Jo

 私は、ポットのハーブティーをプルのカップに注いで上げる。

「ありがと」

プルはそう言ってカップを受け取って、ズズっと一口すすって、ふぅ、と、また幸せそうなため息を吐いた。

 「どうだったの、あれから?」

私は、プルにそう聞いてみた。そしたらプルは、んー、っと考える様なしぐさをみせてから

「ジュドーに会えたのが嬉しかったかな。戦闘は、私達の方は特にひどくはなかったよ。

 姫様の演説も流れてて、相手も迷っていたみたいだったし…もっとも、姫様の方は大変だったみたいだけど」

と教えてくれる。

「袖付き、って言ったっけ?そんなに数が居たのかな?」

「いや、姫様付きの部隊の数が多くなかった、って言うのもあったんだろうけど、

 実は、コロニーレーザーがインダストリアル7に発射されちゃってさ」

プルが二口めをすすりながらそんなことを言ってくる。

「コロニーレーザー!?」

私は思わず声をあげてしまった。

だって、コロニーレーザーって言ったら、コロニーまるまる一つを射出装置にして、

目に見えないレーザー光線を発射するアレ、でしょ?

現存するどんな方法でも、発射されたら逃げる外に対処方法がないはず…

「うん…でも、なんでか、インダストリアル7は無事だったんだ…

 あの、白いモビルスーツが盾になった、って話を聞いたんだけど…」

プルはそう言って口ごもる。プルの考えていることは、想像がついた。

たぶん、結果的に、インダストリアル7は無事だったんだろう。あの白いモビルスーツが盾になったから。

でも、そう、でも、なんだ。コロニーレーザーから発射されるのは、圧縮されたミノフスキー粒子なんかじゃない。

ただの高出力の光エネルギーだ。

ミノフスキー粒子なら、あのアクシズを押し返すほどの力を秘めてさえいるIフィールドだか、サイコフィールドだか、って言うのがあれば、

干渉して威力を軽減させることができる。でも、レーザーほどの強力な光エネルギーを物理的に軽減させることは難しい。

少なくともミノフスキー粒子の反応を使って防いだり、軽減したりすることができる類のエネルギーじゃないはずなんだけど…

でも、実際にそれが起こった、って言うんだよね?

「おかしなこともあるもんだよね」

私が聞く前に、プルはそんなことを言って笑った。

まぁ、確かに…無事だった、って言うんなら、きっとそこには何か理由があったんだろう。

明日、ママに聞いてみようかな…興味津々で、計算式なんかを書きだすかもしれないな…

なんてことを思ったら、プルがクスっと声を出して笑った。それからすぐに

「ママなら、やりそう」

って言い添えて、クスクスと声を押さえて笑い出す。そんなプルを見ていて、私も安心して笑いが漏れてしまった。

良かった、プル、なんにも変ってない。

私の知っているプルのまま、ちゃんと帰って来てくれた…良かった…本当に、良かった…!
 

325: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:22:17.18 ID:Dzv8GF1Jo

 「んっ…」

そんな声がしたと思ったら、モゾモゾと何かがベッドの上で動いた。

あ、しまった、うるさかったかな…と思って振り返ったら、ベッドの上で、マリーダが起き上がっていた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや…大丈夫だ」

マリーダがすこし呆けた様子でそう言うと、立ち上がっておぼつかない足取りでドアの方へと歩き出した。

「ついて行くよ」

プルが私のそう言って立ち上がった。

「どうしたの?」

私が聞いたらプルは苦笑いで

「トイレみたい」

と言って、マリーダの方へと早足で近づいて行って、背中を支えながら一緒に部屋から出て行った。

プルってば、帰ってくるなり“お姉さん”だな…

頼もしいけど、でも、そうしなきゃいけない、って思っているんだっていうのを、私は知っている。

前に話をしてくれたことがあった。プルは言ったんだ。

「私は、姉さんを殺しちゃったんだ」

って。今は、そんなエルピー・プルの思念がプルの中に焼き付いていて、

もう、自分がどっちだか、分からないくらいだ、なんて笑うこともあるんだけど、

それでも、プルはそのことを悔いている。

だから、エルピー・プルの代わりに、みんなの姉さんをしなきゃいけない、ってそう思っているんだ。

もちろん、エルピー・プルの思念に突き動かされてそうしているところもあるんだろうけど…

その言葉は、私には辛く思えたのに、プルはニコニコと笑って言っていたのを覚えてる。

もしかしたら、それは、プルにとって罪滅ぼしなのかもしれないのと同時に、

プルの中で、エルピー・プルとプルツーが手を取り合うことになるのかもしれないし、

誰かに温もりを与えられる、って言う感覚が、嬉しいのかもしれない。あの表情は、なんだかそんな感じに思えた。

 そんなことを思っていたら、マリーダを連れたプルがすぐに部屋に戻ってきた。

「おかえり」

なんて声をかけた私は、プルが何かを抱えているのが目に入った。それはカップのアイスだった。

「ひひひ、おつまみ」

私が、こんな時間に、太っちゃうよ、って言う前に、プルはそう言って笑った。

もう、マリにバレたらきっと怒るよ?

そんな私の心配をよそに、プルは静かにクッションの上に座った。

と、ベッドの上から自分の枕を取って、クッションがわりにジュウタンの敷かれた床に置いて

マリーダをそこに座らせた。
 

326: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:22:50.40 ID:Dzv8GF1Jo

「姉さん、早く」

マリーダは待ちきれないって様子で、アイスのカップを抱えたプルを急かす。

「分かってるって」

プルはなんだか嬉しそうにしながら、そう返事をしてアイスのカップを開けた。

スプーンでバニラのアイスをすくって、マリーダの持ってきていたガラスの器によそっていく。

やがて、器に山盛りにされたアイスを満足そうに見て、プルはカップを閉めて部屋の冷蔵庫の上段に押し込んだ。

私はそのあいだに、マリーダ用のハーブティーを入れてあげる。

「ふふ、やっぱりこれだよね。地球に来て一番嬉しいことのひとつなんだ」

プルはそんなことを言って器の一つを手にとった。

「ね、姉さん、それが一番多いんじゃいのか?」

「えー?どれも一緒だよ」

「な、ならそれを私にくれないか?」

「え、いや、これは私の分だから…マリーダはほら、こっちで…」

「やっぱりそれが多いんじゃないか」

マリーダの言葉にプルは相変わらず嬉しそうな顔しておどけながら

「えー?そうかなぁ?」

なんて言って、それから不満そうなマリーダの表情を見て

「うそうそ。ほら、ちゃんと分けるから」

と、小さなスプーンで、均等になるように自分のアイスの山を崩して私とマリーダのとに分けてくれた。

マリーダってば、ムキになっちゃって、かわいいんだから。なんて思ったら、マリーダはまた不満そうに

「ね、姉さんが私をからかうから…」

なんて言って、ふくれっ面を見せた。もう、それだって、なんだか可愛く思えちゃうんだから、不思議。

 私達はそれから、とりとめもないことを話しながらスプーンでアイスをすくって口に運んだ。

冷たくて濃厚な甘味と、暖かいハーブティーのあっさりとした苦味と香りが良く合って、美味しさが引き立つ。

 ガタガタと、雨戸がなった。

「風、強いんだな」

「まぁ、そうだね。ハリケーンだし」

マリーダの言葉に、私はそう答える。

「このあたりでは、こんなのが普通なのか?」

「んー、まぁ、夏から秋にかけては多いかな」

今度は、プルが答える。

「四季というのは、聞いたことはあるが実際にはそんなに違うものなんだろうか?」

「この島だと、あんまり実感ないかもね。

 アヤちゃんに言わせると、潮の流れとか、風向きとかが違うんだ、なんて話だけど、

 正直、私にはよくわからないくらい。もう少し北か南にいくと、雪が降ったりするらしいよ」

「雪、というのは…白くて、フワフワしているという、あれか?」

「そうみたい。私も見たことないんだ」

私が言ったら、マリーダはふぅん、と鼻を鳴らした。そりゃぁ、見るもの聞くもの、みんな初めてみたいなものだもんね。雪は、私も見てみたいな…

確か、北米のもっと北の方なら見れるってカレンちゃんが言ってた気がする…いつか見に行ってみたいなぁ。
 

327: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:23:17.44 ID:Dzv8GF1Jo

 ビュウっと風の音がして、また、雨戸がガタガタと鳴る。

壁や屋根を叩きつける雨音も、一層激しくなっているように感じられた。

それが響いている室内は、返って静けさが際立っている。こんな時間が、私は好きだ。

穏やかで、ゆっくりと時間が流れていく。

レナちゃんがハリケーンが嫌いじゃない、っていう気持ちが、私にはわかる。

レナちゃんもきっと、こういう時間と空間が好きなんだろうな。

 「姉さん…」

不意にマリーダが、その静寂に溶け込むような声色で口を開いた。

「ん、どうしたの、マリーダ?」

プルはアイスのスプーンを口にくわえながらそう聞き返す。

「姉さんは…その、姫様達には、あったんだろうか?」

マリーダは、いつのまにか、プルを真っ直ぐに見つめていた。

その表情はもう、私がかわいい、なんて冷やかせるようなものじゃなかった。真剣に、プルから何かを聞こうとしているのが分かった。

「うん、会ったよ。姫様と、その護衛、って人たちにも」

プルは、アイスのスプーンを置いて、ハーブティーを一口飲んでから、そう答えた。

プルは、マリーダの質問の意図を理解しているみたいだった。プルの顔も真剣になる。

でも、マリーダと違って、真剣だけど、すこし優しい感じがする。

「その…スベロア・ジンネマン、という男と、他にも何人かいなかったか?」

「うん、いたよ。会って、話した。

 あの人は、私を見るなり飛びついてきて、『マリーダなのか…?』って、言ってきた」

プルの言葉で、私も分かった。そのすベロア・ジンネマン、という人は、マリーダのマスターだったんだ…

「そうか…無事、だったんだな?怪我はしていなかったか?」

「うん、大丈夫。

 彼らは、インダストリアル7のコロニービルダーに格納されてた対空兵器で袖付きを迎撃する役目を負っていたんだって。

 戦闘が終わって、ルオコロニーってとこで、姫様の乗ったネェル・アーガマと合流したら、

 一緒に乗ってきていたんだよ。誰かが死んだ、って話もしていなかったし、安心していいよ」

「そうか…」

マリーダは、消え入りそうな声で、そうつぶやいた。安堵の空気が、マリーダからにじみ出てくるのを私は感じた。

「彼は…生きているんだな…」

そう言った、マリーダの言葉を聞いて、プルはクスっと笑った。
 

328: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:23:48.80 ID:Dzv8GF1Jo

「呼んだっていいんだよ、マスター、って」

プルが言ったら、マリーダはハッとして顔をあげた。

その目は部屋の小さなランプの明かりを反射させて、ふるふると震えている。

「でも…でも…私は…私は…」

マリーダはそう言って両手で頬を押さえて、その手は耳を、そして、頭を抱え込むように滑っていく。

そんなマリーダの肩をプルが抱いた。

「マリーダ…いいんだよ。マスターでも…

 あなたの言う“マスター”は、もう、私たちに命令をするだけの“マスター”って意味じゃないのは分かってる。

 会ったから、わかるよ。あの人は、あなたをちゃんと家族として愛して、守ってくれようとしていたんだろ…?

 だから、彼、なんて言わないでいいんだ。マスターでも、“お父さん”でも。

 私達は、あなたの言葉と、あなたの気持ちを信じる。

プルの言葉を聞いたマリーダは、ついには瞳だけじゃなく、体を振るわせて、そのままプルにしな垂れかかった。

プルはマリーダの体を受け止めて、ギュッと抱きしめる。

「…姉さん…ありがとう…ありがとう…」

マリーダは、鳴き声とも、うわごととも取れるような小さな声で、何度も、何度もそう繰り返した。

 そんなマリーダを見て、私は、何かが胸にぐっと溢れてくるのを感じた。これは…嬉しいの…?

そっか…マリーダは、誰でもない、私たちに気を使っていたんだ。

私達の前で、戦争の道具であってはいけないんだ、って、そう思って、

マリーダはマスターって言う言葉を避けたんだ。それを私達が嫌うと思ったから…

道具なんかじゃない、一人の人として在ってほしい、ってそう思っているっていうことを感じてくれているから…

それは、きっと私達の気持ちが届いている証拠。

マリーダを大切に、守りたい、なんとかしてあげたい、って言うきもちが、

マリーダはちゃんと受け取ってくれていたんだ…それで、返って悩ませちゃったのは申し訳ないけど、

でも、うん…私達は、間違ってなんかなかったんだ。何ができたかなんてわからない。

それでも、マリーダを励ましてあげようと思って、自由で居ていいんだよって伝えたくて、

私達がママや母さんや、レオナ姉さんや、マライアちゃんたちにもらったたくさんの暖かくて幸せなものを分けてあげたいって、ずっとそう思ってた。

それが、ちゃんとマリーダはわかってくれていたんだね。

それを受け止めてくれて、そう在ろうって思ってくれたんだね…良かった、本当に良かった…
 

329: ◆EhtsT9zeko 2014/04/04(金) 20:24:56.75 ID:Dzv8GF1Jo

 そんなことに気がついたら、私まででなんだか胸のつかえが取れたような感覚になって、

気がついたら、ボロボロと泣き出してしまっていて、

それに気づいたプルに、マリーダと一緒に抱きかかえられてしまった。

―――カタリナ、ありがとう。マリーダを、ちゃんと見ててくれて

プルの声が聞こえてくる。うん、当然だよ。だって、姉妹だもん。

私の大事な大事な、家族だ、って、そう思ったから、家族でいてあげたかったから、そうしたんだよ。

―――うん…そうだね。私も、そう思う

また、プルの声が頭に響いてきたと思ったら、私を抱きしめてるプルの腕に力がこもった。

 幸せだな。ふと、そんな感覚が頭に浮かんできた。

おかしいな、こういうの、ずっとずっと、感じてきていたはずなのに。

これをマリーダに分けてあげたいって、そう思ってたはずなのに、まるで、私が改めて感じているみたい…

これって、マリーダなのかな…?おかしいな、私、ニュータイプの能力はないはずなんだけどな…

プルが仲介してくれているのかな…?それとも、マリーダが私にそう伝えてきてくれてるのかな…

よくわからないし不思議だな…でも、まぁ、そういう細かいことは今はいいや。

とにかく、私は今、とっても嬉しくって幸せなんだ…

…マリーダ、分かる?あなたは、大切な家族だよ。

たとえどんなに離れてても、どこへ行っても、誰といても、私達は家族。 どこへ行っても誰といても、

私達は一緒だよ…ね、マリーダ。

 そんなことを思っていた私の耳には、プルの鼻をすする音が、ガタガタと鳴る雨戸の音に紛れて聞こえていた。



 

339: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 21:59:37.06 ID:3EmBe8YOo




 「ありがとね、おじいちゃん」

「がははは!この歳になって、こんな面白い勝負をやれるとは思わなんだわ。マライアちゃんに感謝じゃな」

「もう!ありがとうを言ってるのはあたしなのに!」

あたしがそう言ってもう一度感謝したら、おじいちゃんはまた笑って

「約束は忘れてないじゃろうな?」

と念を押してきた。

「うん、もちろん。落ち着いたら連絡頂戴ね。島で、水着美女を待たせておくからね」

こないだした約束をあたしは確認する。そしたらおじいちゃんは満足そうな顔をして

「なら、ええんじゃ」

と頷いた。うーん、これならまだしばらくは元気でいてくれそうだね、おじいちゃん。

 あたしは、半分呆れながら、それでもどこか安心して、おじいちゃんにお別れを告げた。

このルオコロニーに滞在してもう10日。

みんなもそろそろ、地球に連れて行ってあげたいし、あとのことはおじいちゃんに任せることにした。

まぁ、正直ここから先のことはあたしが居ても大した役には立てそうもないし、ね。

 「じゃぁ、またね」

「おうおう、元気での!」

「おじいちゃんも!」

あたしは手を振っておじいちゃんの執務室を出た。建物の廊下を歩きながら、PDAを取り出して電話を掛けた。

呼び出し音がしばらく鳴って、相手が電話口に出る。

「あ、もしもし?ナナイさん?そっちはどう?」

<こちらは、彼をすでにシャトルに運んだわ>

「あぁ…あの子ね…」

あたしはナナイさんの言葉で、気がかりなことを思い出してしまった。

彼、というのは、バナージ・リンクス、という名の少年だ。彼は、あの白いモビルスーツに乗っていたらしい。

そして、あの戦いの終盤、ブライトくんが止め損ねたグリプスⅡのレーザー狙撃を、身を挺して防いだというのだ。

単純な光エネルギーのレーザーは、Iフィールドなんかじゃ防げない…と、普通なら思うだろうけど。

あたしは、あのサイコフレームって鋼材の力を身近に感じたから、分かる。

あと、アリスさん達にミノフスキー工学についても基礎の基礎レベルをちょこっと教えてもらった、っていうのもあるんだけど、

おそらく、ミノフスキー粒子を高密度に圧縮させたものを展開すれば、それも可能だ。

同じミノフスキー粒子を相殺するIフィールドは、ミノフスキークラフト技術とほとんど同じで、

相反する配列のミノフスキー粒子を交互に展開する構造だけど、光エネルギーはそんな複雑な構造はいらない。

あのサイコフレームの力を使ってミノフスキー粒子を圧縮して、目に見えるくらいの膜にすればいい。

それはそのまま、日傘の要領でインダストリアル7を守ってくれる。

もっとも、戦艦すら一瞬で融解させることのできるコロニーレーザーを防ぎきれるような“日傘”なんて、

普通考えたら無理だけど…それでも…

サイコフレームと極限まで共鳴して、地球の重力に曳かれて落下するアクシズを押し返すような力を引き出せれば、あるいは…
 

340: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:00:07.77 ID:3EmBe8YOo

 そう、彼は、そうしたんだろう。その結果、彼は、ほとんど目覚めないまま、だ。

ここに来てからの何日間かの間で目を覚ましたこともあったけど、そのときの彼は、まるで2歳児のような奇行を繰り返して、

ベッドから転げ落ちたところを危険と判断されて、麻酔で昏睡状態にさせられてしまった。

彼を見ていた姫様の表情が沈痛だったのが思い出されて、あたしまで胸が痛くなってくる。

 ともかく、だ。療養をするなら、アルバ島がいいに決まってる。

あそこには、ニュータイプ研究の権威と、最高の環境と、彼の意識に働きかけることのできる能力を持った人たちがたくさんいるし、ね。

 そんなことを思いながら、あたしは建物を抜けて、車で港まで送ってもらった。

港ではすでに商会が用意してくれたミノフスキークラフト技術を使った中型のシャトルがあたしの到着を待っていてくれた。

しかし、こんなサイズのシャトルにミノフスキークラフト用の装置を詰め込めるくらいになったんだから、

技術の発展ってのは本当にすごいな。

 シャトルに入ったら、すでにみんなは席に付いていた。

「お待ちしていましたよ、マライアさん」

「あぁ、ごめんね、姫様。おじいちゃんが寂しがるからさぁ」

あたしが言ったら、姫様はクスっと笑った。彼女の並びのシートには、体を器具で固定されているバナージくんの姿ある。

その隣で、ナナイさんが彼の状態を逐一チェックしてくれていた。

さらには、彼の容体を心配して、カミーユくんも残ってくれた。

彼も、ゼータに搭載されてたバイオセンサーをフルに使おうとした結果、一時的に正常な意識を失くしてしまった、って話していた。

ていうか、ゼータって、バイオセンサーなんてついてたんだね…

あれって、要するにサイコミュと一緒で、サイコウェーブを使ってビットファンネルじゃなくて機体の操作を補助するってやつだよね?

あたしが乗った時にも付いていたのかな…さすがにリゼルには搭載されてないみたいだったけど…

プル達を助けたあの3号機、あいつにはもしかしたら積んでたのかも…

あれ、もともとアムロ達の隊に配属されるヤツだった、ってフレートさん言ってたしね…

そんなことを思いながら、あたしは席にはつかないでコクピットまでとんだ。

コクピットでは、ガランシエール隊の操舵クルーの面々が、和やかに談笑しているところだった。

「いよっ!よろしくたのむよ、アレクくん!」

あたしが言ったら、操舵桿を握っていた青年が振り返ってなにやら嬉しそうな表情で

「任せてください。ガランシエールよりは小回りが利くんで、どうとでもなります」

と言ってきた。マークを彷彿とさせる年下くんだな、彼は。

「そっちも、よろしく。えっと、フラストくん、だっけ?」

あたしは今度はもう一人の青年にそう声を掛ける。彼は肩をすくめて

「戦闘しようってんじゃないんで、俺はいらないようなもんですけどね」

なんておどけた。うん、どっちかって言うと、彼は友達になれそうなタイプかな。
 

341: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:00:35.89 ID:3EmBe8YOo

 カランシェール隊は他に27名のクルーがいる。この一連の紛争で、前線に出て行った3名が帰らなかったって話だ。

残念だけど…うん、仕方ない、よね。

その27名のうちのクルーの半分以上は、家族やなんかが身を寄せていた資源採取用の衛星パラオに帰って行った。

あっちはあっちで、連邦の手が入る、なんて情報が入ってたから、アナハイム社の戦力とおじいちゃんに、先だって押さえてもらった。

あそこは以降は、ルオ商会の資源衛星になる予定だ。もちろん、連邦の査察を受け入れる必要はあるけれど、

武装解除とかそのあたりのことは、カラバの生みの親、ルオ・ウーミンの腕の見せ所。

うまく言いくるめて、ルオ商会お雇いの警備隊、かなんかにこぞって転職させてもらえるだろうな。

そっちはあんまり心配はしていないんだ。それよりも、ここに残った、放浪を決め込んでいるあのオジさん達…

あたしは、チラっと席を見る。姫様の後ろの席に座っているオジさん、こと、ジンネマン元大尉。

マリーダを助けてくれた、あの日まで守ってくれた人…。

プルを見て、動揺していたのが懐かしいけど、プルから事情を聴いた彼は、とたんに表情を硬くしたのを覚えている。

まぁ、分かるけどね、気持ちは。でも、きっとマリーダにとっては、辛い話になるだろうな…

まぁ、そこらへんは、おいおい考えることにしよう。今からそればっかりだと、さすがに気持ちが滅入っちゃいそうだ。

 「マライアと言ったな。早くしないか。いつまでこんな安い席に姫様を座らせておくつもりだ?」

あたしのそんなことをみて、彼女がそう言ってきた。もう、だからその凄むクセ、なんとかならないの?

「別にそんな言い方されたって怖くないけど、それ、良くないよ、カーラ?」

あたしが名前を呼んだら、一瞬呆けた表情になったけど、不意にハッとして、

「ふん、偽名など、わずらわしいだけだ」

とそっぽを向いた。

「いや、そうは言ってもあなたの名前は割と有名だからさ。しばらくはカーラ・ハーマンで行っておくべきだよ」

あたしが言ってやったら、カーラは不満そうな表情のまま

「分かっている」

と返事をした。まったく、素直じゃないんだから。

 そんなことをバレないように思いながら、あたしは艦長席に着いて、ベルトを締めた。

それから無線機でコロニーの管制室に連絡を入れる。

「こちら、4番格納庫のシャトル“アーク”。管制室、出向許可を求む」

<了解、“アーク”これよりハッチを解放する。衝撃に備えよ>

「了解」

あたしはそう返事をして無線を切る。

その直後、上部にあったハッチが開いて、エアーが吸い出され、シャトルの機体が小刻みに揺れる。

「あとの通信はよろしく、チュニック」

あたしは、機体に異常がないことを確認してから、コクピットの最後の一人、通信係のチュニックにそう頼んだ。

「了解です、マライア船長」

彼も、屈託のない表情であたしにそう返事をしてきてから、無線を引き継いだ。

 エンジンの音が高まって、シャトルがふわりと格納庫を浮き上がる。

あたしは、それを感じて、胸が高鳴ってくるのに気が付いた。

そんなに長い間留守にしたって、わけでもないのに、なんだかもう、ずいぶんとアルバに帰ってないような気がするな。

でも、もうすぐでまたあの場所へ、あたしの居場所へ帰れるんだ。

あたしの宝物の家族たちと、それから、あたしの大事な大事な、天使さま達の待っているあの島へ、ね!

 

342: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:01:04.57 ID:3EmBe8YOo




 「おじちゃーん、こんちわ!」

開きかけた自動ドアをこじ開けて店に入ったアタシは、

カウンターで新聞を読みながら煙草をふかしていたおじちゃんにそう声を掛けた。

「おっ!来たな、わんぱく娘ども!」

おじちゃんは威勢よくそんなことを言いながら、新聞をとじて煙草をもみ消してから立ち上がった。

「こんにちは、おじさん」

あとから入ってきたレベッカもおじちゃんにそう挨拶をする。

「おうおう、元気そうだな!」

「ね、こないだのコーヒーの豆ってまだあるかな?それから、ソイソースと、あと、砂糖3袋に、お塩も3つ欲しいんだけど」

「おぉ、なんだ、大口の客でも来るのか?」

アタシが頼まれていたお使いを言ったらおじちゃんはそんなことを言いながらカウンターの上にドンドン、

っと業務用の調味料一式と母さんに頼まれて取り入れるようになったコーヒーの豆を出してくれた。

「うん、身内なんだけどね」

アタシは紙幣をカウンターに出しながら押してあげると、おじちゃんはガハハと笑って

「あぁ、いつものヤツか。いいよな、いつも賑やかでよ、お前さん達の周りは」

なんて言ってくる。うらやましいって思ってるわけじゃないけど、まぁ、おじちゃんも騒ぐの好きそうだよね。

「おじちゃんだって、いつも港の漁師さんとか市場の人たちと大騒ぎしてるじゃん」

アタシが言い返したらおじちゃんはまたガハハと笑って

「そりゃそうだな!」

だって。ホントに、アタシが言うのもなんだけど、おもしろいよね、おじちゃん。

 アタシはお釣りを受け取って持って来たカゴに商品を詰めて、レベッカと分けて持つ。と、おじちゃんが

「おっと、待て待て」

とカウンターの下にもぐった。ふふ、またいつものアレ、だね。

なんて思って、レベッカと顔を見合わせて笑っていたら、おじちゃんは案の定、スナックの袋を3つと、それからアイスキャンディーを出してきて

「ほれ、もってけ」

とアタシ達の持っていたカゴの中に投げ込んでくれた。

「いつもありがとう!」

アタシはとりあえずお礼を言っておく。そうしたらまたまた、おじちゃんは豪快に笑って

「なぁに!こっちこそ、いつも買ってってくれて助かってるよ!」

と言ってくれる。この商店は、市街地区のスーパーじゃ手に入らない業務用の調味料やなんかを取り寄せて売ってくれるから

ペンションとしてかなりお世話になっている。

だからって、こうも毎回、オマケをくれるとなんだか心苦しいところもあるんだけど、

まぁ、こういうのも、持ちつ持たれつだろ?って母さんも言ってたし、こうしてもらえるのは嬉しいから、甘えておこう、うん。
 

343: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:02:07.62 ID:3EmBe8YOo

「じゃぁ、またお願いね!」

「おうよ、アヤ達によろしくな!」

アタシはもみ消したタバコをくわえてまたそれに火をつけようとしているおじちゃんに手を振りながらお店を出た。

 重い買い物かごをぶら下げながら、アタシとレベッカはスキップするみたいな足取りでペンションへと急ぐ。

何しろ今日の夕方にはマライアちゃんの乗ったシャトルが空港に到着するんだ。

ミノフスキーなんとか、って機体らしくで、打ち上げも滑空しながらの着陸も必要がないから、

普通の空港でも大丈夫なんだ、って母さんは言ってた。

まぁ、難しいことはよくわからないけど、キャリフォルニアに降下してそこから飛行機ってことになると

いちいち大変だっていうのはわかるし、そんなことができるんなら、便利でいいよね!

「ね、今日は何作る?」

不意に、レベッカがそんなことを聞いてくる。

「うーん、そうだなぁ、ビーフシチューみたいなものがいいかな。

 あとは、海鮮のサラダに、あとは、なにがいいかな…ピザとかどうだろう?」

「あぁ、いいね!みんなで食べれるし」

アタシの提案に、レベッカはそう言って賛成してくれる。それからレベッカはんー、と唸って

「なら、私は生地の準備しようかな。他の下準備はロビンの方が早いでしょ?」

なんて声を掛けてきた。まぁ、確かに、どっちかって言ったら、アタシの方が包丁さばきには慣れてるけど、

レベッカだってそんなに違いはないと思うんだけどなぁ。

ま、でも分業しておいた方が良さそうだ、ってのは、確かにレベッカの言う通りだと思う。

「早いかどうかはわかんないけど、仕事分けといた方がスムーズかもね」

「でしょ!」

アタシが言ったら、レベッカはそう返事をして笑った。

 ペンションが見えてきた。と、アタシは庭先に誰かが居ることに気が付く。あれ、キキかな?

そう思ったら、向こうもアタシ達に気が付いた。やっぱりキキだ!

キキは、レオナママと一緒に、マヤとマナを庭であやしている。デッキのところには、レナママとアイナさんの姿もあった。

「おかえりー!」

キキがそう声を掛けて来てくれる。

「来てたんだ!」

アタシも手を振り返してキキにそう言う。

 3年前、ネオジオンって連中がラサに5thルナ、ってのを落下させる直前にこっちに避難してきたアイナさん達は、

それからはここに住みついてしまった。

母さんは、最初からこうしときゃよかったのに、なんて笑ってたけど、でも、なんだか嬉しそうだったし、

アタシもいつでもキキやアイナさんに会えるようになったのは、嬉しいなって感じたのを覚えてる。
 

344: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:02:55.25 ID:3EmBe8YOo

 「なんか、マライアちゃんがお客さんをたくさん連れてくるんでしょ?手伝いに来たよ」

キキがニコニコ笑ってそう言ってくれる。

「大丈夫だって言ったんだけどね」

「いつもごちそうになってばかりじゃ申し訳ないですからね」

レオナママの言葉に、アイナさんはそう答えて柔らかい笑顔を浮かべた。

 「料理するんでしょ?一緒にやろう!」

「じゃぁ、お願いしようかな」

「ほら、貸して!」

キキはレベッカと話して、レベッカの手から買い物かごを奪い取るようにして担ぎ上げた。

「さぁ、なんでも言ってよ料理長!こうみえて、割と手際は良いと思うんだよね」

キキがそんなことを言って、アタシを見つめてくる。りょ、料理長だなんて、や、や、止めてよっ!

アタシまだそんなんじゃなくって、いや、レナママやレオナママの方が上手だし、そのえっと、だから…!

「ほら、急がないと!」

キキの言葉に、思わず顔を赤くして取り乱しちゃったアタシの背中をレベッカがポンッとたたいてくれた。

う、うん、そうだった。急がないと、量がたくさんだから、マライアちゃん達が先に帰って来て待たせちゃったら大変だ。

 「う、うん!よっし、じゃぁ、ペンション炊事隊、出動!」

「おー!」

アタシが調子に乗って叫んだら、レベッカとキキが乗ってくれて、掛け声をあげてくれた!

マライアちゃんは、きっと疲れて帰ってくる。

そりゃぁ、いつもの調子でヘラヘラ、ニコニコしながらなんだろうけど、

それでもいつだって、任務から帰ってくるマライアちゃんは、どっと疲れてる。

そんなマライアちゃんに、アタシの料理を食べてほしいんだ!

ママ達が作るのにかなうかどうかは分からないけど、でも、お疲れ様、って気持ちをたくさん込めて、

早く疲れを取ってもらえるように、ね!


 

345: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:03:30.23 ID:3EmBe8YOo



 <現在、高度1500。シャトル、着陸態勢に入ります>

無線からフラストくんの声が聞こえて来る。

あたしは、それを聞いてハーネスを改めて確認してからマイクに返事をした。

「了解。こちらマライア。ハッチ内の減圧も確認。ペイロード開放して」

<了解>

フラストくんの声。あたしは、ハーネスであたしの体に固定してある姫様の体を抱いて、

もう片一方の手で、そばにあったウィンチの支柱をつかむ。

「カーラ、そっちも、一応何かに掴まって!」

「分かっている」

カーラはそう返事をして、剥き出しになっていた隔壁の鋼材に手を掛けた。

ビービーと言う警報音とともに、目の前のハッチが開いて行く。

強烈な風が巻き起こって、体があおられそうになるのを支柱を握ってなんとかこらえる。

まぶしい光で一瞬視界を奪われたけど、開放されたハッチのそとに見えたのは、あの眩い海と、懐かしい街並みだった。

「姫様、ゴーグル付けてね」

あたしは姫様にそう伝えて、それから自分も頭に付けていた防塵ゴーグルを目の位置まで下げる。

カーラの方も、それをしたのを確認してから、姫様の様子を見る。

少し不安げだけど、それほど怖がっているのは感じられない。さすが、と言うしかないね、こればっかりは。

3年前以上に肝が据わってるよ、姫様。

 なんてことを思ったら、姫様は振り返ってあたしに笑いかけてきた。

「3年前を思い出しますね」

「ホント!空を飛ぶなんてしなかったけど、あのときも相当過激だったからね!」

そう返事をしたら姫様は嬉しそうに笑って

「はい!今回も、お願いしますね、マライアさん!」

と言ってきた。

「任せといて!パラシュート降下は、空戦よりも慣れてるから!」

あたしはそう返事をして姫様の肩を叩いた。

 まぁ、慣れてるのは、パラシュート降下と言うか、イジェクションの方だけど、

こっちの訓練も、カラバでなんどもやってるから特に問題もない。

「こちらマライア、降下します!下で待ってるからね!」

<了解です、気を付けて!>

フラストくんの素直な返事が聞こえてくる。それを確認しながら、あたしは眼下を眺めた。

あった、見つけた!あれがあたし達のペンションだ!

「カーラ、先に飛んで!あの、赤い屋根の建物がそうだから、あの庭を目指して!」

「了解した!」

カーラの返事が聞こえて来る。あたしよりも、むしろカーラの方が心配だ。こんなこと、やったことないだろうに…

彼女の肝の据わり方も、正直尋常じゃない、って感じられる。

事実、彼女から伝わってくる感覚に、微塵の動揺もない。アクシズを率いていただけのことはある、か。
 

346: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:04:21.83 ID:3EmBe8YOo

 カーラはハッチのすぐ際まで行くと、あたし達を振り返った。

「姫様を頼むぞ!」

「任せて!」

あたしは彼女のことばにそう返事をした。そしたら彼女は、ニコっと笑顔を見せて床を蹴り空中へと身を投げた。

あたしは、姫様と息を合わせながらハッチのところまで行って下を眺める。

そこには、白いパラシュートが漂っているのが見えた。うん、大丈夫そうだ。

「姫様、あたし達も行くよ!」

「はい!」

姫様の返事が聞こえてきた。よし、じゃぁ、行こうか。アヤさん、今帰るよ!

 あたしはそんなことを思いながら、ハッチを蹴って機体の外に身を投げた。

地上の方から、強烈な風が吹き付けてくる。あたしはそれに乗れるよう体制を整えて、うつぶせに地上を向く。

落ちる距離が長くなると、マイナスGのあの気持ち悪い感覚もすぐになくなっちゃって、体が解き放たれたみたいになる。

それでも、この風圧は侮れない。宇宙遊泳とはまたちょっと違うんだ、大気圏の降下、ってのは。

 あたしはまた、片手で姫様を支えて、もう一方の手を背負っていたパラシュートに伸ばしてその取っ手を引っ張った。

途端に、ガツンと言う強烈な衝撃が走って、空に引き戻されるような感覚に襲われる。

次の瞬間には、綺麗に広がったパラシュートに吊り下げられていた。風は…南から、かな。時期が時期だし、読みやすい。

「フラストくん、降下した。ハッチ閉めて、空港へ向かって!」

あたしは無線にそう叫ぶ。

<了解です!>

付けていたイヤホンから返事が聞こえた。あっちはあっちで、地球での慣れない着陸になるだろうから、

集中してもらわないとね。まぁ、あたしも、それほど悠長に構えているほど、余裕ないけどさ。

 無線を終えて、あたしはバラシュートのコントロールラインを握る。ペンションの庭に降りるんなら…

そうだな、すこし南に下って、そこから風に乗ってアプローチするのが良いかな…あ、カーラも同じ発想みたい。

あれに続いて降りよう。

 あたしは右で握ったコードを引っ張ってパラシュートを一度南へ向ける。そこから旋回しつつ、位置を会わせる。

高度は、900。位置は…すこし、西に寄っちゃったかな?微調整しながらのアプローチになりそうだなぁ。

 そんなことを考えながら、あたしはパラシュートをさらにコントロールする。眼下の街並みが近づいてくる。

もう、手が届くんじゃないかってくらいの距離だ。ペンションも、窓が見えてくるくらいにまで近づく。

庭先に、誰かいるな…あれ、レオナかな?

待って。カレンさんもいる!あたしは、それに気が付いてなんだか異常に嬉しくなった。

もう!パラシュートって加速できないから嫌いだよ!

 そんなことを思っている間に、カーラが庭先に無事に着地した。

いや、すごいよね、ほとんど初めてのはずなのに、ちゃんとあそこに降りられるなんて…。

あたしもそれに続いて、小刻みにコードを引きながら位置を調整して、庭の芝生の上に、サクっと降り立った。

コントロールコードをギュッと引っ張って、パラシュートの孕んだ空気を抜いて、庭の上に降ろす。

ほとんど反射で、姫様のハーネスを外して、芝生の上に広がったパラシュートを丸めて、

体から外したハーネスでギュッと固定する。これで、片付け完了、っと。
 

347: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:05:29.26 ID:3EmBe8YOo

 それからあたしは、改めて、足元を見た。

帰ってきた…あたし、帰ってきたよ!地球に!アルバに!ペンションに!みんなのいる、あたしの居場所に!

「ただいま!レオナ!カレンさん!」

あたしは、二人にそう叫んだ。

「お、おかえり、マライア…」

レオナはなんだか、呆然としている。

反対にカレンさんは、あたしの天使ちゃん達と同い年のミックを抱きながら大声で笑っていた。

「珍しい船が来てるなと思ったら、あんた、なんでそんなことやってんのよ!」

ケタケタと笑うカレンさんがなんだか嬉しくって、あたしは思わず笑顔になっていたけど

「いやさ、こっちの子、有名人になっちゃったからね。許可自体は下りてるんだけど、

 空港やなんかを使うといろいろと面倒で。だったら、空挺降下で直接来ちゃえばいいかな、って思ったんだ」

あたしが説明したら、カレンさんはなおも笑って

「あははは!そういうとんでもない発想は相変わらずだな!」

なんて言う。もう、変わった発想をするのは、カレンさんにはかなわないよ、正直。

「あ、あの、マライアさん?」

不意に姫様がそう声を掛けてきた。あっと、いけない。そうだったね、ちゃんと紹介しなきゃ。

「カレンさん、レオナ。この子が、例の」

あたしはゴーグルを外して、二人に姫様を紹介する。すると姫様は丁寧な口調で

「初めまして。ミネバ・ラオ・ザビです。

 こちらではルオ商会に用意していただいたジュリア・アンドリュース、と名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

とあいさつをした。

「あぁ、こりゃご丁寧に。私は、カレン。カレン・マクレガー。こっちは息子のマイケル。ミックって呼んでやって」

「私は、レオナ・パラッシュです。よろしくお願いします、ミネバ様…あ、いえ、ジュリア」

二人も、そう言ってミネバ様に自己紹介をする。ふと、姫様が、レオナの顔を見て、表情を変えた。

「あなたは…」

あぁ、そっか。うん、確かにそっくりだもんね、レオナ。

「ジュリア、レオナは、マリーダ達プルシリーズのオリジナルなんだよ。彼女の遺伝子から、プル達は作られたんだ」

あたしが簡単に説明したら、姫様は神妙な面持ちになって、

「そうですか…一族の者が」

「あーっと、なしなし、そう言うの、なし!」

何かを言いかけた姫様の言葉を、レオナは声を上げて遮った。それから、みんな大好きなあのまぶしい笑顔で姫様に言った。

「なにはともあれ、今、私は幸せです。だから、そう言うのは全然良いんですよ」

レオナの言葉に、姫様が微かにどうようしたのを感じた。

ふふふ、ここはこんなこと言う人ばっかりだから、これくらいでグッと来てたらあとが持たないよ、姫様!
 

348: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:06:00.63 ID:3EmBe8YOo

 「マライアさん!」

不意に声がした。顔を上げたら、デッキにアイナさんが出て来ていた。

「あれ、アイナさん!来てたんだ!」

あたしが飛び跳ねて手を振ったら、アイナさんはサンダルをつっかけてあたし達のところまで小走りにやってきた。

「はい、お客さんがお見えになるとうかがったので、お手伝いをさせていただこうかと」

「あー、そういうの良いのに」

「ふふ、それは名目で、騒がしくするのなら混ぜていただきたかったんですよ」

あたしの言葉に、アイナさんはそう“言い換え”た。

本当に手伝いに来たんだろうけど、そう言った方が、あたし達が気を使わない、ってのを、アイナさんは分かってるんだろう。

付き合い長いしね。そう言うのは、すごく嬉しいよ。
 

349: ◆EhtsT9zeko 2014/04/11(金) 22:06:35.49 ID:3EmBe8YOo

 「なぁ、マライア。あっちの人は…?」

と、今度はカレンさんがそんなことを言って、指を指した。

「えぇい、布風情が!この私に刃向おうというのか!おっ、大人しくせんか!」

そこには、風にあおられるパラシュートのキャノピーを畳もうと悪戦苦闘しているカーラの姿があった。

「あぁ、ごめんごめん、大丈夫?」

あたしは慌てて彼女のところまで駆け寄って、一緒になってパラシュートを畳んであげた。

ようやく一息ついた彼女にもみんなを紹介しなきゃな。

「えっと、こっちは、カーラ・ハーマン。姫様の側近みたいな人かな」

「見苦しいところを見せて申し訳ない」

カーラは、微妙に赤くなりながら、仏頂面でそう自己紹介をする。んー、なんだろうな、この子は…

意識してやっているのか、素なのか、まったくわかんないんだけど…

これ、意識してやってるんなら、相当の策略家だよね。

い、いや、待ってアクシズを率いて、一時期は地球の半分を制圧してた彼女だよ!?

も、もしかして、狙ってやってるの!?だとしたら、恐るべしだよ、アクシズ摂政ハマーン・カーン!

 「あなたは…ハマーン、なのですか…?」

そうそう、ハマーンなんだよ、この人。こんなだけど、モビルスーツに乗せたらすごく強くて勇ましいんだから…

って、あれ?なんでハマーン知ってるの?

あたしはハッとして、そう言った声の主、アイナさんに視線を送った。

と、次の瞬間、傍らにいたカーラが激しく動揺するのが伝わってきて、今度はそっちに視線を向ける。

そしたらカーラは、ガクガクと全身を震わせながら、半分目に涙を浮かべて、言葉をなんとか紡ぎ出していた。

「…!?ま、まさか…ア、アイ、ナ、姉様…なのですか…?!」

ア、アイナ姉様…?え、待って、ちょっと待って!知り合い?二人は、知り合いなの!?

「ハマーン!」

そんなあたしの混乱をよそに、感極まっているらしいアイナさんがそう叫んでカーラに駆け寄った。

「アイナ姉様!」

カーラもカーラで、アイナさんの腕の中に飛び込んだら、すがりつくようにして身を震わせシオシオと泣き出した。

その姿はまるで、10歳くらいの子どもに見えた。いったい、なにが起こってるの…?

た、確かアイナさんって、ジオンの名家の娘さん、だったよね。

確か、ハマーンも、カーン家って言ったら、ザビ家の腹心みたいな存在だった、って話は聞いたことあるけど…

もしかして、知り合いだったのかな?あれ、もしかした、あたし、また“引いた”?

い、いや、さすがにもしそうだったら自分が怖いって言わざるを得ないけど…

でも、そっか…そんなこともあり得るかもしれないね…アイナさんがもしかしたら、

家族も、部下も、愛した人も失った彼女に唯一残った幼い頃を知っている人なんだとしたら、そりゃぁ、嬉しいだろうな…

ふふ、思ってもみなかったけど、でも、良かったかな。だって、カーラから伝わってくる感じは、悪い感覚じゃない。

本当に、子どもみたいな無邪気で、純粋な手触りがする。難しいことはいろいろあるだろうけど、

でも…カーラの姿を見ていたあたしは、そんなこと考えもせずに、ただただ、嬉しいな、って、そう感じていた。

 
 

369: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:29:49.10 ID:LSiKZqMvo



 アタシはそのとき、港で船のメンテナンスをしているところだった。

ロビン達が張り切って夕飯の準備なんかを始めるもんだから、

手持ち無沙汰だと言って、珍しくレナが港まで着いて来て、一緒に船のチェックをしてくれている。

なんだか、こういうのは久しぶりだ、なんて思うところもあるけど、

案外、ちょこちょこっと二人で過ごす時間はある。特にどちらかが宿直当番でペンションに残ってるときの夜なんかは、

まぁ、二人で宿直しているようなもんだからな。

 「アヤ、細いパイプのところの油の跡は大丈夫なの?」

エンジンルームの方から、レナの声が聞こえる。

アタシは、二階部分の計器のチェックを中断して、下を覗き込むようにしてレナを見やる。

「細いパイプ?んー、ラジエーターのところの?」

「たぶん、そう」

「あぁ、なら大丈夫。それは、一昨日アタシが吹いたサビ落としの跡だと思う」

「そっか、なら、こっちは大丈夫」

レナがそう言いながら、後部デッキの床下から這い出てくる。

こっちの計器は、去年新しいのに入れ替えたばかりだから、調子が良い。

船自体は、もうちょっと型落ちにもほどがあるんだけど、手入れはちゃんとしてるから、

機関部も内外装も、まだまだピカピカだ。さすがにこいつを買い替えるとなると、

もう一軒母屋を建てるくらいの金額がとんでっちゃう。

工面できない額じゃないけど、まだまだ元気に走るし、それにレナが手放させてくれないだろうし、

まぁ、アタシも愛着があるから乗り換える気はさらさらないし、な。

 「エアコン、治ったんだっけ?」

レナがデッキの床を閉めながらそう聞いてくる。アタシはラダーでレナのいるデッキに降りてから

「たぶんな。もしあれでダメなら、いよいよ大元を替えるっきゃないけど、たぶん大丈夫だと思う」

エアコンの方はちょっと調子が悪い。まぁ、空調の機械を取り換えるのは大して金額はかからないけど、

もし替えるとなると、後部デッキの点検口から出し入れができないんで、

床板を取り外すところから始めなきゃいけないから、作業的に大がかりになる。

今日みたいな日は良いけど、普段はお客がひっきりなしだから、そんな暇はないしな。

できたらもうしばらく、機会がくるまでは誤魔化しながら使っていく方が都合がいい。

 アタシは、船内の操舵室に置いておいたクーラーボックスの中からソーダの瓶を2本取り出してその1本をレナに手渡す。

 

370: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:30:17.26 ID:LSiKZqMvo

「ありがと」

レナは笑顔で短くそう言って、栓を切って瓶に口を付け、ふぅ、と一息吐く。

アタシもレナをマネして一口飲んで、ふぁっと大きく息を吐いた。

 クークーとウミネコが鳴いている。ザン、ザン、と船底を波が叩く音も心地良い。

アタシは、デッキの手すりに腰掛けてレナを眺める。レナは、クシャっとなった髪を結い直していた。

もう数えきれないくらい見てきたそのしぐさだけど、なんだか毎回、あの旅の車の中で、アタシが変装をさせたときのことを思い出す。

あのテンガロンハット、どこやったけっけな…なんて思っていたら、ふと、何かが肌に触った気がした。

「ん…?」

同時にレナも、何かに反応する。これ、上?空か?

アタシは、その感覚に導かれるように、青く澄みきった空を見上げた。

そこには、見たことのないタイプの輸送艦が滑空するんじゃないスピードで移動しているのが見えた。

エンジン音もそれほど大きくない、ってことは、あれは、ミノフスキークラフト機か。

気配もするし、あれで間違いなさそうだな。

「あれに、マライアが?」

「そうみたいだな」

アタシとおんなじように空を見上げているレナにそう返事をしたのもつかの間、

何かが、輸送艦から零れ落ちるのが見えた。

黒いつぶのように見えたそれは、ビンビンと、ニュータイプの感覚を放っている。

そのうちの一つは…マライアか?あんた、何を…?

 次の瞬間、その黒い粒から白い物がパッと広がった。

「パラシュート?」

レナのつぶやく声が聞こえて来る。

あぁ、うん、パラシュートだな…マライア…あんた、なにやってんだ?

わざわざそんなことをしなきゃいけない理由…例の、姫様って子のため、か?

そんなことを思っていたら、もう一つ、空にパラシュートが開く。

二つのパラシュートは、いったん、島の南側に旋回して見せてから、居住地区へのアプローチをする体制に入った。

「あ、あいつ、まさか…!?」

「なに、どしたの?」

「あのバカ、あのままペンションに降りる気だ!」

「えぇ?!どうして?!」

「例の姫様のためだろ。まったく、あいつの思考回路はどうしてこうも突き抜けてんだよ!」

アタシはそんなことを言ってから、ソーダの瓶の中身を一気にあおって飲み干した。それからすぐに

「レナ、急ごう!」

「うん!」

アタシの声掛けで、レナはすぐに全部を理解してくれたようだった。
 

371: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:31:13.21 ID:LSiKZqMvo

アタシ達は船室やエンジンルームの施錠を済ませ、二階の操舵塔にシートをかぶせて船からハーバーに飛び降りた。

そのまま、二人でならんで、オンボロまで小走りで行って飛び乗る。

キーをひねったら、素直にエンジンが掛かってくれた。こいつも、良く走ってくれるよな。

もう、100年選手なんじゃないのか?

これ、骨董品のレベルだよ!そんなことを思いながら、それでもアタシは構わずにアクセルを踏み込んだ。

オンボロはまだまだ、と主張するつもりなのかどうなのか、グングンとスピードが上がっていく。

ハーバーを出てペンションへの坂道を駆け上がると、そこには、庭先で談笑しているマライア達の姿あった。

 車をガレージの方へ回すと、マライアがアタシ達に気が付いて、手を振ってきた。

アタシはガレージの前に車をとめて、外に飛び出した。

「アヤさん、レナさん、ただいま!」

「おかえり、マライア!」

アタシが言うよりも早く、レナが笑顔でそう言って、マライアに駆け寄る。

アタシはそんな二人が抱き合って喜ぶ様子を遠巻きに見つめてから、芝生を踏んで二人に歩み寄った。

「相変わらず、今回も派手にやらかしたらしいな」

アタシがそう言ってやったらマライアはエヘヘと笑って

「いやぁ、こんなことになる予定はこれっぽっちもなかったんだけどね」

なんて言う。まぁ、大目に見てやるよ。

全員無事で帰ってきたし、何より、ロビン達の表情の変わりようったらなかったもんな。

きっと、代わりの効かない、大事な体験をさせてくれたんだろう。

「まぁ、無事で何よりだ」

アタシがそう言ってマライアの頭をポンポンと撫でてやったら、マライアはパァっといつもの笑顔を浮かべた。

まったく、いい歳していつまでも妹の気でいるんだからな。

宇宙をまたにかけて、なんだかんだ大舞台の隅っこで重要なことを毎度毎度やってきてるマライアにこういう表現もなんだけど、

いいかげん、しっかりしてくれよな、ホント。

いや、こう思っちゃうアタシ自身が、マライアを妹だと思ってるからなのかもしれないな。

だとしたら、まあ、これはこれで良い、ってことにしておくか、うん。

 「で、なにがどうなってるの?」

レナが改まってマライアにそう聞く。確かに説明は欲しいよな。

なんか、アイナさんに抱きついて泣いてるのもいるし。アタシもマライアの顔を見て頷いて見せる。

そしたらマライアは、あっと思い出したような顔をして

「ごめんごめん、今紹介するね」

とあわてた様子で言った。いや、忘れてたのかよ!どれだけアタシとレナに夢中なんだよ、あんたさ。

「こっちが、噂の姫様。顔が知れちゃってるから、空港でパニックにでもなったらイヤだったんで、パラシュート降下で来てみたんだよ」

「ミネバ・ラオ・ザビです。こちらでは、ジュリア・アンドリュースと名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

ジュリア、と名乗った彼女は、どこか凛とした芯のある強さを感じさせる子だった。姫様、ね。

こりゃぁ、イメージとちょっと違ったな。

姫様、なんて呼んでたから、もっと高飛車でお高くとまったのを想像してたけど、この子はどっちかって言うと、

そう言うのとは無縁の、奔放な感じを受ける。それにしても、なんだろう、この感じ、なんだか、マライアを見てるのと同じ気持ちになってくるな…

マライアと違って、かなりいろんなものを背負いこんで、苦労してきたんだろうな、って感じるけど、それでも、この子の強さはどこか、マライアに似ているように、アタシには思えた。
 

372: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:31:58.18 ID:LSiKZqMvo

「よろしく頼むよ。アタシは、アヤ・ミナト。このペンションのオーナー」

「初めまして、ミネバ様…いえ、ジュリアさん。私は、レナ・ミナト。アヤの妻で、同じくペンションを切り盛りしています」

アタシに続いて、レナもそう挨拶をする。と、ジュリアの表情がキョトン、となった。あぁ、まぁ、そうなるだろうな…そう思ったら案の定、ジュリアは

「妻、ですか?」

と首をかしげて聞いてくる。

「あぁ、まぁ、それについては、おいおい話すよ」

アタシ達の会話に、苦笑いしたマライアが割って入ってきた。

それから今度は、アイナさんに抱き着いてメソメソないてる方の女性を指差して

「彼女は、カーラ・ハーマン。元アクシズの摂政で…どうも、アイナさんの知り合いだったみたい」

と相変わらず苦笑いでそう言ってくる。その表情、ってことは、あんたも知らなかった、ってことか?

そう思ったらマライアが

「そうなんだ」

と返事をした。まぁ、よくわかんないけど、あとで話を聞けばいいかな、そっちも。

それよりも、こんなところでずっと立たせておくわけになんていくわけない!

「まぁ、とりあえず、ようこそ!アルバへ!上がってくれよ!なにか冷たい物での出すからさ!」

アタシは気を取り直して、出来る最上級の笑顔でそう言ってやった。マライアから、話は聞いてる。

この子達が、どんなに重い物を背負って戦ってきたのか、を。そんなのさ、ほっておくわけにはいかないだろ。

ここはアルバで、アタシ達のペンションなんだ。山ほどつらい経験をしてきてヘロヘロにくたびれた心を、

ピンっと洗い直してまっすぐに出来る、アタシの自慢の場所なんだからな!
 

373: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:32:25.14 ID:LSiKZqMvo

「あぁ、それなんだけど、ね、アヤさん」

アタシの言葉に、マライアがそう口を挟んできた。

「アヤだ、っつってんだろ?」

「慣れないよ、やっぱり、それ!あぁ、それより、ちょっと車貸してほしいんだ。ユーリさんのところに行きたいんだよね」

「ユーリさんのトコ?なんでだよ、注射なら明日以降でも良いだろうし、今夜はこっちに来てくれる手筈になってるよ?」

アタシがそう言って首を傾げたら、マライアはなんだか口ごもった。言いにくい、ってことじゃないらしいけど、

説明が難しいな、って顔してる。あぁ、分かった分かった、悪かったよ、マライア。

なんか、やらなきゃいけないことがあるんだな…

「分かった。ほら、キー」

アタシはそう言って、乗ってきたポンコツのキーをマライアに手渡した。

「ありがとう、アヤさん」

「アヤで良いって」

「だから!それ、あたしにはすっごく不自然なの!」

アタシが言ってやったら、マライアはそう頬っぺたを膨らませて言い返してきた。でも、すぐに笑顔になって

「でも、そう呼んで欲しい、って言ってくれるのは、すごく嬉しいよ!」

なんて言葉を添えてくる。アタシとしては不満なんだけど…

まぁ、マライアがそう言うんなら、強制させるようなことじゃないよな。

マライアに言わせりゃぁ、アタシとレナは卵子提供しただけで、

マライアと結婚したわけでも養子縁組したわけでもないし、ただアタシがいつまでも妹扱いしてちゃいけないかな、

なんて思うからそうしてほしいって思ってたんだけど…それを言ったら、アヤさんはアタシの姉さんでしょ!?

なぁんて、軽々言いきるから、反論できないんだよなぁ。ホントに、出来の良い妹で、幸せだよ、アタシさ。

 アタシはマライアの頭をポンポンと叩いてやった。そしたらマライアは満足そうに笑って、

「じゃぁ、ちょっと行ってくるね。夕飯までには戻るから!」

とふざけて敬礼なんてして見せた。

「あぁ、行って来い。いつものバーボン用意して待っててやるからな」

アタシも、そう返事をしながら、二本指で敬礼を返して、マライアに笑いかけてやった。



 

374: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:33:01.56 ID:LSiKZqMvo




 玄関のチャイムが鳴った。

と、それまでリビングテーブルに座っていたマリーダが、椅子の上で飛び上がったと思ったら、

インターホンの受話器に飛びついた。

「こ、こちらマリーダ!」

「いや、無線じゃないから普通で良いんだよ、マリーダ」

マリがクッキーをモサモサと頬張りながらそんなことを言って

マリーダが耳に当てている受話器に反対側から耳を押し付けて一緒になって電話を聞いている。

「あぁ、分かった…えぇっと…」

「マライアちゃん、もう着いたんだ!上がって上がって!」

マリーダの代わりにマリがそう言ったら、階下でガチャン、とドアの開く音がした。

マライアちゃん、帰ってきたんだなぁ。無事で良かった。みんなも平気だって話だけど、なんだか折り入って、

母さんに話したいことがあるから、っていう連絡を受けていたから、ちょうど待っているところだった。

母さんは下の診察室でなにか調べものをしていて、ママもそれにつきあっているらしい。

 「カタリナ、お湯、まだある?」

そんなことを考えていたら、一緒にキッチンに立っていたプルがそう聞いて来た。

あ、いけない、そうだね、マライアちゃんのお茶、淹れてあげないと。

「二人分。姫様も一緒みたい」

プルが優しい笑顔でそう言った。姫様…?それって、ミネバ様、だよね?え?来てるの?

ちょ、大丈夫かな…家、その、そんなに広くないし、このお茶も安物だけど…

「プ、プル、あっちの、こないだ患者さんにもらった高い方のお茶にした方が良いかな?」

「あぁ、そんなに気を遣わなくても大丈夫。何もなければ、ただの普通の女の子だから」

私の心配を感じ取ってくれたのか、プルはそんな風に言って、私達の分のお茶を淹れたポットにお湯を足して、お客様用のカップに注いだ。

そ、そっか…それならいいんだけど…あ、でも、お茶菓子くらいは、確か戸棚に先週買った美味しいのがあったよね。

それ、出してあげないと、お口に合わなかったら大変!
 
 そう思って慌てて食器棚の上の戸棚を上げて箱を出した私を見て、プルはクスクスと笑った。

もう、仕方ないでしょ、これでも私だって、元々はアクシズにいたんだから!姫様、って言われたら、緊張しちゃうよ!

プッと頬っぺたを膨らませたら、プルはなおもクスクスと笑って

「ごめんごめん、悪かったよ」

なんて言って、私の手からお菓子の箱を受け取ってくれた。

 そうこうしているうちに、マライアちゃんがリビングに顔を出した。
 

375: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:33:31.30 ID:LSiKZqMvo

「やっほー、ただいま!みんな元気ー?」

相変わらずの明るい声。聞くだけでなんだか気持ちを元気にしてくれるこの感じは、本当に、アヤさん譲りだよね。

「おかえり、マライアちゃん!」

そう叫んでマライアちゃんにタックルで突っ込んだマリが、腕を取られて動きを封じ込められ

マライアちゃんに撫でまわされている。マリの方も嬉しそうで、まるで甘えてる猫みたい。

と、マライアちゃんの後ろから、メルヴィに良く似た女の子が姿を現した。あれが…姫様…!

私はちょっとだけ、緊張が込み上げてくるのを感じた。そしたら次の瞬間にはプルが脇腹に人差し指をめり込ませて来た。

「ひぃっ」

思わずそんな声を上げながら身をよじってしまう。な、なにするのよ、プル!

そう思ってプルを見たら、彼女は相変わらず、クスクスと笑っている。

うぅ、分かったよ、分かったから、ちょっと時間を頂戴、すぐに慣れるから!

「姫様!」

「マリーダ…!無事で何よりです…!」

「姫様こそ…!放送、拝見しました。ご立派でした…!」

マリーダの目にも、ミネバ様の目にも涙が浮かんでいる。この二人も、不思議な関係だな…

突き詰めれば、血は繋がっているから、私とプル達と似てるけど私とプル達は異父姉妹、ミネバ様とプル達は…

親戚みたいな間柄のはずなんだけどね、たぶん。でも、こうして見ていると、本当の姉妹みたい。

ううん、家族に本当も嘘も、きっとないんだ。そうだって思えれば、家族になれるんだよね…ね、マライアちゃん?

 そう思って、二人の様子を柔らかい笑顔で見つめていたマライアちゃんに投げかけたら、

彼女は私にも、同じ笑顔で笑いかけてくれた。

 「すまない、遅くなった」

そんなところに、一階から母さんとママが上がってきた。手には分厚いファイルを持っている。

「あぁ、ユーリさん、アリスさん」

マライアちゃんが二人に気が付いて声を掛ける。

「状況を聞かせてくれる?」

ママが少し険しい表情でマライアちゃんにそう言った。

マライアちゃんは、それを受け止めたみたいに、笑顔をキュッと引き締めて、ミネバ様達に言った。

「ジュリア。ちょっといいかな。彼女が、シャトルの中で話したドクター・ユリウス。

 こっちは、ドクター・アリシア。二人ともニュータイプ研究の権威なんだ」

「あっ…この度は…お力添えをいただけると伺いました…感謝してもしきれません。どうか、お願いいたします」

ミネバ様は、そう丁寧に二人に頼む。そしたら、それを見た母さんは急にヘラっと表情を変えて

「あぁ、そう言う形苦しいのは、良いよ。これでも医者だし、

 ニュータイプのこととなると、軍事開発を切り開いて来た一端を担ってたんだ。

 もう責任を背負いこんでる、なんて言うつもりはないけど…でも、困ってるって言うんなら、助けにはなるはずだ。

 話を聞かせてくれるか?」

母さんは、ミネバ様にイスを勧めながら、自分もドカッと腰を下ろしてそう言った。

「…はい」

ミネバ様は母さんの目を見て、はっきりと、力強く返事をした。
 

376: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:33:57.45 ID:LSiKZqMvo

 ここに二人が来るって話は、昨日の昼間に連絡を貰った。マライアちゃんが、直接母さんと話したい、って言うんで、

診療中だった母さんにわざわざ電話を繋いだ。

夕食のとき、母さんはマライアちゃんに聞かされたことを教えてくれた。

バナージ・リンクス、という名前の少年の話だ。彼は、ニュータイプの能力の使い過ぎで、精神をやられてしまったのだという。

それを、この島の病院に入院させて治療をしたい、というのが、マライアちゃんの話だったのだという。

それを聞くや、マリーダが持っていたスプーンを取り落とした。マリーダも、彼のことを知っていた。

まだ16歳で、あの白いユニコーンのモビルスーツに乗っていたんだという。

そのモビルスーツには、サイコフレームと言う機材?が積み込まれていて、

それは、ニュータイプのサイコウェーブを増幅させるもので、マリーダは、その波にのまれたんじゃないか、って話をしていた。

その点は、マライアちゃんからの説明で、母さんもおおむね聞いていたらしい。

その話に一番興味を示したのは、ママだった。

それは、すごく単純に、そのバナージって子が心配だから、というんじゃなくて、技術的なところに何かを感じたんだと思う。

もちろん、バナージって子がどうでも良いってわけじゃなかったけど…。

 そんなママはマリーダにサイコフレームについてあれこれ質問して、しばらく考え込んでから、

サイコフレームって言う物についての仮設を話してくれた。

それは、バイオセンサーに良く似たものだけど、それをさらに発展させたんじゃないかって話だ。

難しいことは正直良くわからないけど…サイココミュニケーター装置に必要な、

サイコウェーブを感知できる特殊なチップをモビルスーツのフレーム自体に均等に配置していき、

メイン回路から増幅させたサイコウェーブを送信することによって機体自体を遠隔操作する技術なんじゃないか、

と言っていた。

それ自体は、バイオセンサーっていうのもほとんど同じ発想らしいんだけど、

それは、いわゆるファンネルビットの代わりに手足をサイコウェーブで操作するのに対して、

サイコフレームは電気信号のようにサイコウェーブがフレームを伝って各部を操作できるんじゃないか、って。

これまでどうしてもミノフスキー通信技術に頼っているところが大きかったサイココミュニケーターシステムも、

直接サイコウェーブを伝えることによってその精度も強度も高くできる可能性があって、

なおかつ、ファンネルビットのようにミノフスキー通信技術を使うにしても、

その精度や強度はこれまでとは比べものにならないかもしれない。加えて、サイコウェーブが電気信号ではなくて、

電波みたいなもので、サイコフレームのようにそれを感知して隣へ伝えるチップは、

共振を起こしていると考えられて、操縦者のサイコウェーブの出力と、

それを媒介するサイコフレームの量や質に依存している可能性もあって、

それがマリーダの言う、機体に飲まれる、ということなのではないかってことらしい。

うん、いや、後半からどころか、頭っから全然何の話だかは分からなかったけど、

ママの話をひとしきり聞いた母さんには理解できたようで

「要するに…その共振で返って感情神経が揺さぶられた、ってことか…外因による器質性の感情障害、って理解するのが順当だろうな」

とポツリと言った。
 

377: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:34:39.93 ID:LSiKZqMvo

「治りますか?」

と聞いたマリーダに、母さんは渋い表情で

「仮説だらけだから何とも言えない…もし、脳の感情神経に物理的なダメージが出ているようなら、

 回復は簡単じゃない…いや、もう回復は見込めないだろ。逆に、一時的な混乱ってことも考えられる。

 それなら、時間を掛ければ正気にはなるだろう」

と答えていた。そのときのマリーダの心配げな顔は、まだ私の脳裏に焼き付いている。

ミネバ様を守ってくれた人、って言う感じだけでもなかった。

きっと、マリーダにとっての弟みたいな存在だったのかもしれない。

とにかく、大事な人なんだな、って言うのは、なんとなく分かった。

 「それにしても…なるほどな…その、サイコフレーム、ってのを暴走させて、光エネルギーすら防いでみせたのか…」

「やはり…難しいでしょうか?」

「正直、なんとも言えない。もし仮にマライアちゃんの言うように、

 ミノフスキー粒子を使って物理的な障壁を作ってそれを防いだとして、アタシにはそれがどの程度の負荷なのか、

 さっぱりわからないからな。とにかく、診てみないことには、何とも言えない」

母さんの言葉に、ミネバ様の表情は冴えなかった。ミネバ様どころか、マライアちゃんまで…

でも、そんな雰囲気を打ち壊すみたいに母さんがポンと膝を叩いた。

「ま、とにかく、早く会わせてくれよ。病院にいるんだろう?」

そう言って母さんはミネバ様にニコっと笑った。

「大丈夫。最善を尽くす、って、約束するよ」

母さんのそんな笑顔に、ミネバ様の表情が、かすかに緩んだ気がした。

 それからすぐに、私達はマライアちゃんの運転で病院に向かった。マライアちゃんが車を停めている間に、

私は母さんとマリーダにプルとミネバ様と一緒に、病院に入った。車の中でマライアちゃんのPDAに連絡があって、

こっちであのナナイ、って人が待っていてくれてるって話だった。
 

378: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:35:30.97 ID:LSiKZqMvo

 病院のロビーを歩いていたらプルがふと、なにかに反応した。

「あれ…ジュドー?」

「え?ジュドーさん?」

プルの言葉に私が思わず聞き返した時、ロビーの奥へと延びている廊下から一人の男の人が姿を現した。

あれ、でも、あれはジュドーさんじゃない…よね?

「あれ、カミーユ」

プルはそう呟いて大きく手を振った。男の人は、確か、ジュドーさんと一緒に来てたカミーユさん…

カミーユさんもプルに気が付いたみたいで軽く手を振ると、私達の方に歩み寄ってきた。

「やぁ、待っていたよ」

カミーユさんはそう言ってプルに笑いかけた。それから、私達を一人ずつ見やり、ミネバ様に気が付くとまたニコっと笑って

「ミネバ様。彼が待ってますよ」

と優しい声色で言った。

「…はい」

ミネバ様は、そう返事をしてコクっとうなずいた。それから

「はじめまして。僕は、カミーユ・ビダン。元はエゥーゴのパイロットでした。

 僕も、今のバナージくんと似たような症状に陥ったことがあって…それで、何かの役に立てるんじゃないかと思い、
 こうして、一緒にここまで来ました」

と自己紹介をしてくれる。この中でカミーユさんを知らないのは母さんとマリーダかな。私は二人をチラっと見る。

そしたら母さんもニコっと笑って

「カミーユ、か。はは、かわいい名前だな、女の子みたいだ。アタシは、ユリウス・パラッシュ。

 医者だ。あんたとは逆に男みたいな名前だけど、あはは、笑わないでくれよな」

と懐っこく言った。それを聞いたカミーユさんは、なんだか嬉しそうな表情で母さんの言葉に応えてくれていた。

「みんな、お待たせ!」

そんなことを話している間に、車を置いたらしいマライアちゃんがロビーにやってきた。

「お揃いですね、それじゃぁ、行きましょう」

カミーユさんはそう言って、私達を先導して、奥にあったエレベータに乗って、病棟の5階へと向かった。

 エレベータを降りてすぐ、警備員が暇そうに突っ立っている扉の前に来た。ここは…閉鎖病棟だ…

この階は確か、精神科の病室がある階だったよね…隔離しておかないとマズイ、ってことなのかな…

なんだろう、私、そのバナージって人に会ったことないのに、すごく心配になってきた…

もし、見るに堪えないような状態だったら、どうしよう、なんてそんなことを考えてしまっている…

ズドンっと鈍い痛みが、脇腹に走った。振り返ったらそこには、優しい笑顔で私を見つめてくれているプルがいた。

「深呼吸。カタリナがそんな風に感じる必要はないんだから。

 むしろ、姫様とマリーダを支えなきゃいけないかもしれないんだよ?しっかり」

「う、うん、ありがとう、プル」

確かに、プルの言う通りだ。ここにバナージって人が入院しているんなら、

姫様はきっとこの島でしばらくは生活をするんだろうと思う。そうなったら、うちか、アヤさんのところにお世話になるのかな?

どっちにしても、プルの言う通り、私達がフォローして行ってあげなきゃいけない。

ミネバ様は強いけど、でも、これは戦ってどうこう、って言う話じゃないから、不安だったり焦ったりしちゃうかもしれない。

そう言うときは、私達の出番…そうだね、プル?

 そう思ってプルを見つめたら、プルは、どうしてか、母さんに良く似た笑顔をニコっと浮かべてうなずいてくれた。
 

379: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:36:05.50 ID:LSiKZqMvo

 「ここです」

カミーユさんがそう言って、病室のドアを開け放った。私達は母さんを先頭にして部屋に入る。

 そこには、ベッドに上体を起こして呆然としている男の子の姿と、それを心配げに見つめる女性の姿があった。

あ…この人…

「ナナイさん!」

私は彼女を見て、思わず声を上げていた。ナナイさんが私達の方を振り返って、かすかに、表情を緩める。

「ナナイちゃん、お待たせ」

マライアちゃんがそう言って、ナナイさんに歩み寄って、それから、バナージって人らしい、ベッドの上の少年を見つめる。

「どういう状況?」

「特に大きな変化はなし、ね。ここへ移しても、特段反応がないと言うのが、良いことなのか悪いことなのか、判断はまだついていないけれど…」

マライアちゃんの質問に、ナナイさんはまた、顔をしかめる。

「バナージ…」

ミネバ様がそう呟くのが聞こえた。マリーダに至っては、固く唇をかみしめている…

二人にとって、彼は、大切な存在だったんだな…私にはそれが、痛いくらいに伝わってきて、やっぱり胸が締め付けられるようだった。

 「マライアちゃん、その彼女は?」

母さんが、そんな二人に声を掛けた。

「あぁ、ごめん。ユーリさん、彼女は、ナナイ・ミゲル、って言って、元ネオジオンの士官で、研究員。

 ナナイさん、この人は、ユリウス・エビングハウス博士。あ、今は、もうパラッシュだっけ?」

「ユリウス…エビングハウス?まさか、あの“感応能力者の遺伝配列の研究”の…?」

マライアちゃんの紹介を聞いたら、ナナイさんはなんだか驚いたような表情を見せて、母さんを見つめた。

母さんは、なんだか可笑しそうに笑って

「あぁ、あれね。ずいぶんと古いのを読んでくれたんだな。そうそう、それ、アタシが書いた論文だ」

と返事をする。それを聞いたナナイさんは、ピッと背筋を正して、

「お会いできて、光栄です」

と手を差し出した。母さんは、にこやかにその手を握ってから、バナージ少年を見つめる。

「これが、過感応の結果、か…脳波のデータ、あるかな?」

「えぇ、はい…こちらです」

ナナイさんはタブレット型のコンピュータを母さんに差し出す。母さんはそれをマジマジと見つめてふぅん、

と鼻を鳴らした。

「なるほどね…まるで、感情野を迂回して記憶野に直接バイパスしているような感じだな…。

 まぁ、逆説的だけど、当然かな」

「当然?」

母さんの言葉にナナイさんが聞き返した。そしたら母さんは、あぁ、と声を上げてから

「まぁ、あとで順を追って話すよ」

と言って笑って、ミネバ様の方を振り返った。それから、彼女の肩をポンとたたいて、また、笑う。

「彼も、彼の意思も、きっと生きてる。時間は多少かかるかもしれないけど…アタシが、必ず治してやる。安心しな」

そう言われたミネバ様の表情は、かすかに、だけど、安心したような気がした。
 

380: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:36:36.45 ID:LSiKZqMvo

 「あの…“母さん”…」

不意に、マリーダがそう口を開いた。

「ん、どうした、マリーダ?」

「彼に、話しかけても構わないだろうか?」

マリーダは、すこし不安げに、母さんにそう聞いている。でも母さんは、ニコっと笑って

「うん、そうしてあげて。多分、脳神経自体に大きな損傷はないと思う。

 話しかけて刺激してあげれば、良い影響が出るかもしれないしね」

とマリーダに言った。それを聞いたマリーダは、コクリと頷いて、バナージくんのそばまで歩み寄る。

そして、虚空を見つめる彼の手を握った。

「バナージ…姫様を守ってくれて…感謝している…ありがとう。今度は、私がお前を助ける番だ。

 どんなに時間がかかっても…それでも、私は、お前と姫様のために、力を尽くすと約束する…

 だから、早く、元に戻ってくれ…頼む…」

「マリーダ…」

マリーダの言葉を聞いて、ミネバ様がそう呟いた。

なんだか、マリーダが、どれだけミネバ様のことを想っているかが、私にも伝わってきたような気がした。

そして、バナージくんにも、マリーダは、強い信頼を置いているようにも感じられる。

彼女は、確かにつらい経験をしてきた子だ。でも…それでも、彼女には、最後には、支えてくれる大切な人たちがいた。

支えなきゃいけない、守らなきゃいけないと思える人もいた。

きっとそれが、マリーダを戦場で生きながらえさせたんだろう。

強化人間の洗脳から、一線引いたところに、彼女をとどめさせたんだろう。

 きっと、彼女のマスターと言う人も、同じくらい暖かい人なんだろうな…

もう、ペンションに到着してるはずだよね…。

早く、会わせてあげたいな…私は二人の様子を見ながら、そんなことを思っていた。



 

381: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:37:05.21 ID:LSiKZqMvo




 「やっと泣き止んだな、ハマーンちゃん…じゃない、カーラ、か」

「申し訳ありません…挨拶もせずに、このような姿を見せてしまって…」

「あぁ、まぁ、そう言うことは気にしないで。ウチのウリは、そう言うのを全く気にしないところだからな」

「ご配慮、痛み入ります…」

「あはは、あんまり畏まらないでくれよ、アタシもなんだか窮屈に感じちゃう」

母さんが、ソファーに座ってアイナさんにもたれかかっているハマーンさんに、タオルを渡しながら、そう言って笑っている。

いや、なんて言うか、ものすごくびっくりしてるけどね、アタシ。

だって、あのハマーンさん…あ、いや、カーラさんは、あのときフレートさん達の船で聞いた無線の人でしょ?

ジュドーさん達の知り合いだったって言う…あのときは、あんなにツンツンした声の人だったのに…

この変わり様は、一体どういうことなの!?

だって、今のカーラさんは、なんて言うか、アイナさんみたいに、おしとやかで丁寧で、イイトコのお嬢さん、って感じだ。

 「カーラさんは、アイナさんと知り合いだったの?」

レベッカはツンツンのカーラさんを知らないから、さして驚いた様子もなく、そうアイナさんに聞いた。

「ええ…私の一族、サハリン家も、ハマーンのカーン家も、元々はダイクン派の政治家の家系だったんですよ」

「ダイクン、って、確か、ジオンの…思想家、の?」

うんうん、その名前は、インダストリアル7でおじいちゃんから聞いたね。

ニュータイプの存在を言い当てる様な言葉を残したって言う人だ。

「ええ、そうです。ですが、当時の政争はすさまじく、私の父は、ダイクン派とザビ派の争いに巻き込まれて失脚し、

 その後に病死してしまったのです。

 その後、ジオン・ダイクンも亡くなり、ザビ派がダイクン派の政治家の粛清を行いました。

 その中をうまく生き抜いたのが、カーン家です。当主のマハラジャ・カーン様は、

 その後、サビ家の重臣として、政局にかかわることとなりました。私達兄妹は、父が亡くなってからしばらく、

 同じダイクン派で、交流のあったマハラジャ様に本当に良くしていただきました。

 兄が…当主としてサハリン家再興を目指すにあたって、サビ派に根回しし、

 受け入れていただける土台を築いてくれたのも、マハラジャ様でした」

アイナさんは、そこまでは難しそうにしていたのに、とたんにクスっと笑って

「カーン家にお世話になっている間、私は、彼女の教育を頼まれていたんですよ」

とカーラさんを見やった。カーラさんは、なんだか恥ずかしそうにモジモジして

「ね、姉様…!あの頃の話は…やめてください!」

なんて言っている。うーん、と、誰だっけこれ?カーラ、うん、そう、カーラさんだ。

これは、あの船で聞いたハマーンって人とは別人だ。きっとそうに違いない、うん。

「良いではないですか。お転婆でこれと思ったらどこまでもまっすぐに突き進むあなたは、とてもかわいらしかったんですよ」

「で、ですから、それは…まだ、私が10歳にもならないころの話ではないですか!」

アイナさんが何か言うたびに、カーラさんは顔を赤くしてそんな風に訴えている。

なんだか、まるで、本当に10歳の子どもみたい。

見ているだけで、カーラさんがどれだけアイナさんを信頼して、頼りに思っているのか、って言うのが分かる。

それはなんだか、見ているだけで、気持ちがあったかくなってくるような光景だった。
 

382: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:37:37.42 ID:LSiKZqMvo

 と、テーブルの方から声が聞こえる。うーん、あっちは、そう言う穏やかな雰囲気じゃないよね…

なんだか、みんな落ち着かないみたい。

 そこにいたのは、男の人ばっかり、10人くらい。

レナママとマリオンが対応しているけど、なんだか心ここにあらず、って感じだ。

「へぇ。じゃぁ、1年戦争当時は学徒部隊だったんだ?」

「はい、って言っても、俺はモビルスーツ隊は欠格で、輸送船のクルーだったんですけどね。

 今思えば、前線に出てったやつらに比べたら、楽な任務だったんだなって思います」

「まぁ、そうとも言えるけどね…無事だったんだから、良かったじゃない」

「レナさんも、元軍人、って、あのチビっ子が言ってましたけど、そうなんですか?」

「あぁ、ロビンが?そうそう、私は、キャリフォルニアに降りたんだよ。ジャブロー降下作戦にも参加したりね」

「ほ、本当ですか!?」

「エリートパイロットじゃないですか!」

「いやぁ、あの作戦もロクなもんじゃなかったよ…

 私の隊の、隊長も、後輩も、結局、降りる前に撃墜されちゃったからね…

 あとから聞いた話じゃ、どうも地上での降下はそれ自体が囮で、本命は地下水脈から潜入した水中部隊だった、

 なんて噂だし」

「激しかったんでしょうね…」

「そりゃぁ、ね…あ、えっと、ジンネマン元大尉は、1年戦争時は、どこに?」

レナママが、さっきから一番ソワソワしているおじさんにそう声を掛けた。おじさんはハッとした様子で

「ん、あ、あぁ、俺はアフリカ戦線だ。宇宙にも逃げられず、その後しばらくは捕虜生活さ」

と言葉少なに答えた。ママはその様子を見て、それ以上聞くのを諦めていた。

まぁ、仕方ないよね…アタシは、おじさん達がここへ来たときに、大まかに理由は分かった。

おじさん達、庭先にいたレオナママのことを見て、マリーダなのか?

って、戸惑っていたから、ね。きっとこの人が、マリーダのマスターってやつなんだろう。

話で聞いていた、強化人間のマスターって人は、もっとこう、人間を道具くらいにしか思ってない人、

って感じだったんだけど、この人の感じは全然違う。

それこそ、アタシが宇宙で、マライアちゃん達を心配しているときと、全くおんなじ感じだ。

このおじさんも、それから、他のクルーの人たちも、マリーダのことを本当の家族みたいに思ってるんだな、ってのが、伝わってくる。

ふふ、これじゃ、マリーダに再会出来たら、きっと泣き出しちゃったりするんじゃないかな。

それ、ちょっと見てみたいなぁ…早く帰ってこないかな、マライアちゃん達…

 そんなことを思って、アタシは何気なく感覚を集中させていた。そしたら、感じた。マライアちゃんの感じ…!

それに、マリにプルにマリーダに、あと、カミーユさんも、ミネバ様もいるみたい!もう着くところかな?
 

383: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:38:08.43 ID:LSiKZqMvo

―――今、ガレージの前に着いたよ

アタシが思ったら、そんな声が頭に響いて来た!良かった、ようやく、だよ!

アタシは嬉しくなってイスから飛び上がった。

「ん、どうした、ロビン」

母さんがそう言ってきたけど、すぐに、母さんも感じたみたいだった。

「あぁ、帰ってきたか」

そう呟いて、母さんも立ち上がる。それに、レベッカもソファーに跳ねるみたいにして立つ。

ご飯の準備しなきゃね!きっとみんな、腹ペコに決まってる!こんなにたくさんお客さんが来るのは初めてだから、

アタシとレベッカとキキとで、気合入れて作ったんだからね!きっと、喜んでもらえると思うんだ!

 アタシはそう思って、レベッカと顔を見合わせてから、母さんと三人で、キッチンへと駆け込んだ。

 キッチンで保温していたお皿を、リレー形式でテーブルに準備していたら、ホールの扉が開いた。

「んー!良い匂い!」

マライアちゃんが、嬉しそうな表情で、そんな声を漏らしている。そんなマライアちゃんの脇から

「わっ!今日はなんだろう!?」

と言いながらヒョコっとマリが顔を出した。そのとたん、ジンネマンさんがガタっとイスを引いて立ち上がった。

「マ、マリーダ…!」

他のクルーの人たちも、ゆっくりと立ち上がってマリの方を見つめている。

プルはその視線に気づいて、なんだかぎょっとした表情をした。

「い、いや、私確かに一応、マリーダって名前だけど…その、えっと…多分、お探しのマリーダとは別人だと…思います…」

そんな様子を見て、マライアちゃんがブッと吹き出して笑った。と思ったら

「ほら、止ってないで、早く入ってよ!」

と言いながら、マリの背を押してホールにプルが入ってきた。

「マ、マリーダか!?」

ジンネマンさんは、今度はガンっ、とテーブルの上に前のめりになる。

「ジンネマンさん、私、プルだよ。ルオコロニーで話したでしょ?」

そんなことを言っているプルの脇で、マライアちゃんが声を殺してお腹を抱えて笑っている。

ジンネマンさんは、なぜだか、カチコチに固まって反応しない。

そんなジンネマンさんとマライアちゃんを気にも留めないで、プルは後ろを振り返って、誰かを手招きした。

そして、プルに手を引かれて、マリーダがホールに入ってきた。

「マリーダ!」

「…マスター!」

ジンネマンさんがそう叫んで、テーブルを乗り越えてマリーダに飛びつく。

マリーダも、声を上げて、ジンネマンさんに抱き着いた。

 そんな二人のすぐ横からカミーユさんとミネバ様に、ナナイさんもホールに姿を現した。

ナナイさんとカミーユさんは入って来るなり、抱き合っている二人を見て、不思議そうな表情をしている。

ミネバ様はなんだか感慨深げな表情だ。
 

384: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:38:37.66 ID:LSiKZqMvo

 マリーダ、やっぱり、ずっと会いたかったんだよね…心配だっただろうな…

「ほら、ロビン、ピザ」

と、レベッカがニコニコしながらそう言って抱えていたお皿をアタシに押し付けてきた。

「あぁ、ごめん」

アタシはそれを受け取って、テーブルの上に並べる。

「はは、ようやく会えたな」

ふと、声がしたのでみたら、母さんがサラダのボウルを抱えて立っていた。

母さんは、まるでアタシやレベッカや、マナマヤを見るみたいに優しい、温かい表情をしていた。

それを見たら、アタシもなんだか、気持ちが弾むような感覚になった。

二人とそれを見ているガランシェールで一緒だったって言う、マリーダの家族たちは、なんだかとっても幸せそうだ。

安心と、弾けそうに嬉しい感じと、それから、なんだかよくわからない、

胸をキリキリ締め付けるみたいな切なさが伝わってくる。

「良かった…」

アタシは思わずそう呟いていた。そしたら、ポンポン、と頭に何かが乗った。もちろん、それは母さんの手だ。

「いいよな、こういうの」

母さんも嬉しそうに笑っている。

「うん!」

アタシもいつのまにか笑顔になって、そう答えていた。

 大切な人との絆を紡ぐ場所、心に受けた大きな傷を癒す場所、美味しい料理と、

穏やかな時間を楽しんでもらえる場所。

ここが、アタシ達の自慢のペンション、アタシ達の自慢の場所、アタシの自慢の家族なんだ!




 

385: ◆EhtsT9zeko 2014/04/24(木) 21:39:11.05 ID:LSiKZqMvo

つづく。