あたしが姫様たちをペンションに案内してすぐに、ホールでいつもの騒ぎが始まった。

しばらくしたら、シーナさんのところと、デリクとソフィアに、マーク達とミリアム達にそれからクリスとなんでかシローと仲良しになった彼女の旦那のなんとか、って小説家の人も来てくれた。

さすがに集まりすぎでいったいぜんたい何の会合なのかわけわかんなくなってたけど、まぁ、でも、みんなしばらくはこの島に滞在する予定だし、

とりあえず顔だけでも覚えておいてもらえれば、あとはまぁ、少しずつ時間をかけて知り合っていけばいいし、ね。

 今日の分の食費やなんかは、あたしの方からまとめておじいちゃんの方に請求を出すつもりだ。

ちょっと図々しいけど、おじいちゃんが来た時に、それ以上のおもてなしをすればいいわけだから、そこら辺は抜かりはない。

もちろん、そのときの代金はお客さんとしてやってくるおじいちゃん持ちだけど、そういう“細かい”金額を気にするようなおじいちゃんじゃないから、ね。

 夜もずいぶんと更けて、アルバに住んでるみんなは、それぞれ家に戻って、カランシェールの面々と姫様にメルヴィに、カーラとナナイさんは、ペンションの客室へと上がってもらった。

もちろん、これもルオ商会に請求するけどね。こっちも商売だから、部屋が埋まっちゃってるのは、あんまりよろしいことじゃないし。

 ロビンとレベッカに、遅くまで残ってくれてたアイナさんとキキとで、ホールの後片付けをしてくれた。アヤさんは、明日は島に行くんだ!

と張り切っていて、夜な夜なレナさんと船のチェックに向かってしまった。あれ、なんかいやらしいことするつもりだな、たぶん。

あたしは、そんな勝手な疑惑を胸に秘めつつ、マリオンにマヤマナの寝かし付けを頼んで、宿直室で今日の分の帳簿を書いてから、シャワーを浴びてきた。

帰って来て早々、あたしは宿直当番の名乗りを上げた。

今日はレオナの当番の日だったけど、もし困ったことがあったときには、あたしが居た方が、みんなも安心するかな、と思ったからね。

シャワーから上がって、適当に髪を結わいて、最後のお仕事、ペンションの見回りをする。

懐中電灯片手に、ペンションの中の照明を、非常灯に切り替えたり、窓の施錠とかを確認するだけのことだけど。

二階へあがって、廊下の照明を消していく。ガランシェール隊のものらしい、盛大ないびきが廊下まで聞こえてくる。

ふふ、ゆっくり休めてもらってるな。マリーダとの再会は、マリとプルが先に出て来て可笑しかったけど、でも、嬉しそうで本当に良かった。

ルオコロニーであたしとプルと話をするまでは、彼ら、マリーダが死んだものと思っていたんだから、嬉しいにきまってるよね。

思い出すだけで、なんだか幸せな気持ちになってくる。

あたしは、足取り軽く、二階のチェックを済ませてから、一階に降りて玄関ホールと裏の納戸の施錠を確認する。

それからキッチンへ戻って、火の元を確認してから、夕方からみんなで騒いだホールへと出た。

 と、あたしは、すでに非常灯に切り替わっている薄暗いホールの奥のソファーに誰かが座っているのに気が付いた。

 「あれ、カーラ。まだ起きてたの?」

そこにいたのは、カーラだった。

391: ◆EhtsT9zeko 2014/04/25(金) 01:38:50.91 ID:/KTZDBzVo

「あぁ、アトウッド」

カーラは、どこか穏やかにそうあたしの名を呼んだ。

「どうしたの?眠れない?」

あたしが歩み寄ってそう聞くと、カーラは鼻で笑って

「あぁ、情けないことだがな」

と吐き捨てるように言った。情けない、って、眠れないのがそんなに情けないことなのかな?そう思ったので、あたしはそのまま聞いてみた。

「別に、眠れないってだけで情けない、なんて言いすぎだと思うけど…枕が変わると、眠れないタイプだ、とか?」

「いや、そうではない…」

カーラはそう返事をして、深くため息をついた。なんだろう、この感じ…なんだか、ずっしりと重い感覚だ…

この子、何か、変なこと考えてるんじゃないのか…

あたしは、そう思わされてしまった。自殺、とまでは言わないけど、でも、もしかしたら、このままフラっと姿をくらましたりとか、

なんか、そういう気持ちになっているんじゃないか、って思ってしまうような、そんな感じだ。

あたしは、なんだか不安になって、カーラの隣に座ってさらに質問を続ける。

「だったら、どうしたの?」

そしたらカーラは、ふぅ、と大きなため息をついて言った。

「今日は、楽しかった。私の人生の中でも、こんなに楽しかったのは、子供のころ以来だと言って良い…だが、気付いてしまったんだよ」

なにに?という代わりに、あたしは彼女の顔を覗き込みながら首をかしげる。

するとカーラは、ソファーの背もたれにトスっと身を預けて、溜息とともに言った。

「ダブリンでも、こうだったのだろうか、と、な」

ダブリン…?6年前の、あのコロニーの、落下地点…?

「コロニーの?」

「あぁ…私がしたことは、連邦の権力者どもを抹殺しただけではない…このような日常をも、奪い去ったのだな…」

そう、かすれた声で言ったカーラは、頭を抱えるように、身を丸めてうなだれた。

 そうだ。彼女は、旧ネオジオンの摂政。事実上の権力者で、地球侵攻作戦や、ダブリンへのコロニー落としを指揮した人物。

彼女のせいで、確かに多くの人命が失われた…彼女ほどの人が、それを悔いているというの?

「後悔しているの?」

「後悔か…そうだな。あの男に憑りつかれ、我を忘れた自分自身を悔いているのだ」

カーラは、そう言って顔を上げた。

「…愚かだな、私は…アイナ姉さまが、あれほど私の手本となってくれていたはずなのに…

 この言葉遣いにしても、人を人とも思わぬ行動にしても、私は、姉さまから何一つ学べてなどいなかったのだ」

ハラリと、彼女の頬に涙が伝った。あたしは、なんだか…こういう言い方が正しいのかはわからなかったけど、彼女がかわいそうだ、と、そう思った。

392: ◆EhtsT9zeko 2014/04/25(金) 01:39:31.11 ID:/KTZDBzVo

シャア・アズナブル、クワトロ・バジーナは、確かに、魅力的な人だった。

父として、兄として、男性として、リーダーとしての素質を持った、すごい人間だったと、あたしも思う。

それでも…ううん、それを恐れたからこそ、ザビ家は彼を殺害する方法を模索したんだろう。

結果的に、それは成功せず、キャスバル・ダイクンは、シャア・アズナブルとしてジオン軍に入隊し、ザビ家を討った。

そして、その後は、クワトロ・バジーナと名乗って、ティターンズやアクシズと戦うことになったけど…

ある意味で、ザビ家の行動は成功していたともいえる。彼は、その時にはもう、歪んでしまっていた。

愛したものを愛していると言えず、傷つけ、苦しんだ。そうしながら、それでも彼は、彼を受け入れてくれる何者かを探していた…。

たぶん、その何者か、が、アムロだったんだと思う。アムロの方はどうか知らないけど、少なくとも、クワトロ大尉は、アムロに固執し、

アムロや、アムロの大切なものを傷つけながら、それでもアムロに理解と受容を求めていたんだ。

カーラは、そういう男に、憑りつかれた。彼女は、彼を愛し、彼を倣った。彼以上に彼になろうとした。

あるいは、彼が、カーラを裏切ったことを認められずに、彼を真似ることで、彼を自分の中に取り込みたかったのかもしれない。

 その気持ちを、あたしは、十分に理解が出来ていた。だって、あたしも同じだったから。ううん、今だってそうかもしれない。

あたしは、ミラお姉ちゃんのようになりたかった。アヤさんのようになりたかった。うん、やっぱり、今でもそうなりたいって思ってる。

誰かを助けるために勇敢に戦えるミラお姉ちゃんのように、誰かの暗闇を、まっすぐに見つめて、まっすぐに踏み込んで、明るく照らすアヤさんのように、あたしは、なりたい。

きっと、そう思うこと自体は悪いことじゃないんだって思う。誰にだって、憧れはある。理想だってある…

だけど、もし、カーラが…幼い日のハマーン・カーンが愚かだった、というのなら、シャア・アズナブルという男のことを見極められたなったことだろう。

でも、ある程度分かっていたあたしだって、3年前は完全に彼の雰囲気にのまれて、危うく、ミリアムと刺し違えるところだったくらいだ。

当時まだ14歳だった、今のロビンと変わらなかった彼女が、彼を目の当たりにして冷静でいられるはずはなかっただろう。

特に、恋心なんて抱いていたんじゃ、余計に…ね。だから、気にすることなんて、ない…

一瞬そう思ったあたしの気持ちに、なにか棘が刺さってみたいな違和感が生まれた。

あたしは、その違和感の正体を探ろうと、自分の気持ちに注意を向ける。

なんだろう、この違和感…あたし、彼女に大丈夫たよ、ってそう言ってあげようと思うのに…うまく言葉が出てこない。

うまく、気持ちが付いてこない…こんなのは、初めてだ…

どうして…?いったい、なにがそんなに気にかかるというのだろう?

そう思ったあたしの胸の内に、ふっと、その理由が浮かんできた。

そう…この子は、ダブリンに、コロニーを落としたんだ…

393: ◆EhtsT9zeko 2014/04/25(金) 01:40:04.21 ID:/KTZDBzVo

「まぁ、気にするな、って言っても、そうもいかないと思うし…すっぱり忘れちゃう、ってのも、違うと思うし、ね…あ、ねぇ、今日会った、シーナさん、って覚えてる?」

あたしはカーラの顔を覗き込むようにして尋ねた。彼女は、ふっと首をかしげてから

「あの、髪の長い女性のことか?」

と聞き返してくる。

「そうそう、正解。あの人ね、もとの名前は、シーマ・ガラハウって言って、ジオン軍の中佐だった人だったんだよ」

あたしは、カーラの顔色を確かめながらそう告げる。案の定、カーラの顔色がみるみる変わった。

驚いているのと、まるで、おぞましい何かを感じたような、そんな雰囲気だった。

「まさか…あの、シーマ艦隊の指揮官だというのか?」

「そう、その通り。彼女が、当時のサイド2の8バンチコロニー、アイランドイフィッシュをガス攻撃した部隊の指揮官」

「そのようなものが、なぜこんなところに!?」

カーラは憎悪とも驚愕ともいえない表情で、あたしにそう聞いてくる。

「彼女はね…知らなかったんだよ」

「知らなかった…?」

「うん…彼女は、アイランドイフィッシュを、無血奪取せよ、と命令を受けていた。

 彼女の部隊が抱えていったガスボンベも、催眠ガスだと聞かされて、ね…。あたし、その話を聞いてから、一応、本当かどうか調べたんだ。

 そしたらね、無線記録を見つけたの。発は、キシリア中将、宛は、当時の彼女の上官だった、アサクラって大佐だった。

 その任務を任されたのはね、彼女の部隊が初めてじゃなかった。キシリア中将から、毒ガス攻撃の命令を受けた部隊は、3つ。

 そのうち2つの部隊の指揮官は、それを拒否して反逆罪で射殺された。

 そこで、最後の1隊、シーマ艦隊には、そのアサクラって大佐にこう命令が下ってた。

 『“造反なきよう、本攻撃は、催眠ガスによる、無力化が目的である”と説明せよ』って、ね。なんなら、マスターデータもあるけど、聞いてみる?」

あたしが言ったら、彼女は首を横に振った。まぁ、聞きたいようなものでもないだろうし、ね…カーラはそれから、力なくうなだれた。

「…彼女たちは、知らなかったのか…それにも関わらず、大罪と汚名を背負わされ、アクシズへも来れずに…」

「まぁ、そうなんだ。で、ね。この話には、まだ続きがあって」

あたしが言うとカーラは、顔を上げた。大丈夫、ハッピーエンドとは言えないかもしれないけど、でもね、救いのない話ではないと思うんだ。

「0083年の、デラーズフリートの決起に、あたしは連邦の防衛隊として参加してた。そのときに、撃墜された彼女を拾ったの。

 あたしは、味方に内緒で彼女を保護して、こっそり地球に…っていうか、この島に送ったんだ。

 そしたらね、ここには、アイナさんと夫のシローが遊びに来てた」

「アイナ姉さまが…?」

「うん。夫の、シローはね…アイランドイフィッシュ出身で、攻撃のあったときには、連邦の下士官として、あのコロニーにいた…

 彼は、目の前で、シーマ・ガラハウと彼女の部下に、家族や友達を、コロニー全体が殺されるのを、見ていた…そんな二人がね、ここで出会った」

カーラは愕然としていた。彼女の心のうちに混みあがってきていたのは、恐怖だった。

もし、自分が、ダブリンで生き残った人間にあったとしたら、どんな目にあうか、なんてことを想像しているのかもしれない…

そんなカーラを確認しながら、それでもあたしは続けた。もう、自分でも、止められなかった。

394: ◆EhtsT9zeko 2014/04/25(金) 01:40:50.25 ID:/KTZDBzVo

「そこで、シイナさんは言ったんだって。自分のことは、気が済むのなら殺してくれていい、って。

 でも、部下のことだけは、許してやってくれ、って。

 彼らは、何一つ知らなかったんだ、自分が命令しなければ、そんなことをするようなやつらじゃなかったんだ、って。それを聞いたシローはね…

 笑ったんだって。わかったよ、って。信じるよ、って。

 それから、部下や、コロニーのみんなの分まで、ちゃんと生きてくれ、ってシイナさんにお願いしたんだって」

「あの男性が…?」

カーラは、ホールであった、アイナさんの夫のシローのことを思い浮かべているみたいだった。それから、呆然とあたしの顔を見つめる。

「それから、シイナさんは、当時の部下を捜索しながら、戦時被災者を救護する団体を立ち上げた。

 それこそ、ダブリンにコロニーが落ちたときには、3日後には現地に入って、救助活動に参加していたんだ…」

あたしはそこまで言って、じっとカーラを見つめた。そして、思っていたことを、彼女に伝えた。

「あたしはね、カーラ、あなたが、シイナさんと同じだとは思わない。

 いくら、クワトロ大尉のせいで混乱していたからって言っても、ダブリンへのコロニーは、あなたの意思で落とされた…

 あたしはね正直、あなたを許す気には、なれない…戦争だから、仕方なかったとも思えない…

 さっきあなたが言ったように、今日、このホールで過ごした穏やかだったかもしれないダブリンを、あなたは、一瞬で、地獄に変えたんだよ」

カーラは、あたしをキッとにらみつけた。でも、次の瞬間には、その表情のまま、目に大粒の涙を浮かべて、しまいには、ぽろぽろとそれを頬にこぼし始める。

「わかっている…」

カーラは、目を伏せて、そうつぶやいた。

「わかっている…私は…私は…」

カーラは、そう言ってまた、頭を抱える。ごめんね、カーラ…でもね、あたし、言っておかなきゃいけない、ってそう思った。

あなたを責めるつもりはない。でもね、あなたのしてしまったことは、あまりにも重すぎる…

あなたが決して、それから逃げようだなんて思っているとは思わない。

だけど、あたしは、一人の平和を求める人間として、あなたに戒めみたいなものを与えてあげなきゃいけないんだと思う…

あなたの幸せを、今のあたしは、願ってあげられない…だって…だって…あそこで、死んだんだ、ハヤトは…彼は、フラウと子ども達を残して…

あの場所で…。

 カーラは、声を殺して、子供のようにしゃくりあげていた。あたしは、そんなカーラの隣に座ったまま、奇妙な脱力感に襲われていた。

シローは、すごいな…知らなかったにせよ、彼は、家族や友達を殺したシイナさんを許してあげられたんだ…

ハヤトが死んじゃったことで、あたしはカーラに対する気持ちがこんなに整理がつかないのに、家族が…

あたしにとっての父さんや母さんや兄さんや、アヤさん達が死んじゃったのと同じくらいのことなのに、シローは、許してあげられたんだ…

それに比べて、あたしは、ダメだね…あなたのこと、嫌いじゃないのに。

かわいい子だな、ってそう思うのに…ごめんね、カーラ…本当に、ごめんね…

 あたしは、いつのまにか静かに涙を流しながら、心の中で、なんどもそうつぶやいていた。



 

403: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:52:42.78 ID:LhX8FjPvo




「ミネバ様!あ、じゃなくって、ジュリア!こっちこっち!」

「はい!今まいります!」

「メルヴィも!大丈夫だって、そんなに怖がらなくったって!」

「い、いえ、ですが…」

「メルヴィ、一緒に行こう。手、持っててあげるから」

「プルと私でエスコートするよ!」

「わー!マリーダがずっこけた!」

「くっ…!ゲホゲホッ!砂に足を…!このサンダルとかいう履物、どうにかならないのか!」

ロビン達が腰まで海に浸かってはしゃいでいる。どうやら、いつもの熱帯魚をこぞって探しているらしい。

あれだな、ホールに大きい水槽でも買おうかな?そうすりゃぁ、いつでもあの魚見られるし…

いや、海で見るからいいのか。ちっぽけな水槽に入れておくなんて、ちょっと野暮だもんなぁ。

「アヤさん、お肉、もういる?」

そんなことを考えてたら、マリオンが小さな声でそう聞いてきた。

「あぁ、うん、頼むよ。おーい、野菜焼けたぞ!」

アタシはマリオンにそう頼んでから、海の中で遊んでる子供たちに大声で怒鳴った。

「はぁーい!」

ロビンがピョンピョン飛び跳ねて返事をしてる。

「いったん上がろう!お昼お昼―!」

マリはいつものように、食事には目がないみたいだ。

「…うわっ!」

と、突然マリーダがつんのめるようにバランスを崩した。また砂に足でもとられたか?

そう思ったのもつかの間、マリーダは派手に海面に倒れこんでしまった…

前を歩いていたジュリアのトップスをはぎ取りながら…

「なっ…!何をするのです、マリーダ!」

「わー!ちょちょちょ!かくして!みんな!ジュリアを守って!SPのごとく!」

「見ちゃダメ!男性は見たら、銃殺刑!」

「あっ!プル!私、手を離されたら…!わっ!」

ジュリアを目隠しするために飛び出したプルが手を放してしまったせいで、今度は慌てたメルヴィが海に倒れこんだ。

「わー!メルヴィ!」

「ロ、ロビン!そこ動いたらジュリア丸見え!」

「ジュリア、しゃがんで!首まで浸かって!」

「マリーダ!早く、水着を返しなさい!」

「も、申し訳ありません、姫様!」

「メルヴィ!大丈夫?!」

「ゲホっゲホっ!ひ、ひどいではありませんか、プル!」

「ご、ごめん!びっくりしちゃって…!」
 

404: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:53:11.21 ID:LhX8FjPvo

…なぁにやってんだ、あいつら?まぁ、楽しそうだからいいか。好きにやらせとこう。

アタシは半ばあきれて、野菜を男連中に盛って手渡す。

「いやぁ、良いなぁ、こういうところ…」

そんな男連中の中の一人、無線を担当していたっていうチュニックがそうつぶやいた。

呆れていたアタシだけど、その一言を聞いて閃いてしまって、次の瞬間には思わず叫んでいた。

「おい!チュニックが見ちゃったらしいぞ!」

「な!本当ですか!?」

「ちょ!な、何を言うんですか!」

「銃殺だ!」

「いや、手っ取り早く沈めよう、そうしよう!」

「よし、アルバ島防衛隊、出撃!」

マリがそう叫ぶやいなや、プルとマリとロビンにレベッカが駆け出した。

アタシが言うのもなんだが、ご愁傷様だな、チュニック。

あいつらが束になったら、アタシでもちょっと危ういぞ?慌てるチュニックに、ロビン達が一斉に襲い掛かる。

「や、やめろ!」

案の定、チュニックはロビンに腕の関節を決められたところを、マリとプルに引き倒され、

レベッカとロビンがそのまま両足を抱えて、両腕をマリとプルに掴まれて、そのまんま海の中に投げ飛ばされた。

ガランシェールの連中が声をあげて笑い出す。もちろん、アタシもおかしくって笑う。

それにナナイも、一緒に来ていたアリスさんと、それからレナもマリオンも声をあげて笑っていた。

そんな様子を、カーラだけは、ポツンと船のデッキに腰かけたまま、呆然と見つめていた。

 今朝方、メソメソ泣きながらアタシのところにやってきたマライアに、大雑把に話は聞いた。

正直なところ、一瞬、なにをバカやってんだ、と言いそうになったけど、でも、アタシはマライアを怒れなかった。

代わりに、アタシは黙って、マライアを抱きしめてやった。マライアも、苦しかったんだろう。

そうでもなけりゃ、あんな泣き方して、アタシのところに話になんて来ない。

アタシは、そんなマライアの気持ちを受け止めてやりたいと、そう思った。

カーラの方は、まぁ、あとでじっくり話をしてやろう。

そうだな、できれば、アイナさんも一緒にいてもらえたら助かりそうだ。マライアの気持ちも、十分わかる。

でも、せっかく、こんないい天気なんだ。前を向いてもらいたいと思うのが、アタシと、レナの気持ちだ。

な、そうだろ、レナ?

 なんて思って、マリオンと一緒にクーラーボックスから野菜を出しているレナを見やったら、

レナは何も言わずに、ニコっと微笑んだ。

―――うん、そう思うよ

だよな!
 

405: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:53:42.96 ID:LhX8FjPvo

 子ども達にも野菜を配って、鉄板を網に取り換えてからその上にレナと一緒に肉を並べる。

ジュウゥと言う音とともに、香ばしい匂があたりに漂う。

今日のは、人数もいるしとびっきり、って言うんでもないけど、でもまぁ、そこそこの肉を仕入れたつもりだ。

オーストラリア産だったかな?

あそこも、コロニー落下の影響でしばらくは家畜なんて飼える状態じゃなかったらしいけど、

ここのところは割と市場に出回るようになった。

復興の勢いも加速がついているらしいし、まぁ、こないだのトリントンでのことはあったにしても、

普通の市民が暮らしていけるようになってきてるんだな、ってのを実感できる。

そんなことでも、アタシにとってはなんだか嬉しいことのように感じられた。

 「うぅぅ、おいしそう!アヤちゃん、お肉まだ焼けないの!?」

マリが奇妙に体をくねらせながらそう聞いてくる。もう、我慢の限界だって言いたいらしい。

「今乗せたばっかりなんだから、もうちょっとだけ我慢してくれよ」

アタシが笑いながらそう言ったら、マリは今度はなんでかクルクル回りながら、

「待てない!早く!はっ、やっ、くっ!」

と踊りだしてしまった。まったく、ホントにあんたは、レオナの妹だよな。

そう思ったら、また、可笑しくって笑えてしまった。

 マリやプルに、ロビン達にとってはいつものことだけど、宇宙から来たガランシェールの連中にとっては、

バーベキューなんてよっほど珍しいらしくって、口々に、

「こんなうまいもん初めてだ!」「うちの船で食ってたあれは、本当に食い物だったのか?」なんて言いながら、

用意していた分の肉と野菜をペロっと平らげてしまった。

喜んでもらえたのも嬉しかったけど、ちょっと量が少なかったかな?

軍人てのは、なんでか知らないけど揃いも揃って良く食うんだよな。

 もうちょっと食わしてやりたいけど、もう残りはないしな…あとは、自給自足、か。

「レナ、ここちょっと頼めるか?」

「うん、いいけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと、食糧追加、だ」

「あぁ、うん、了解」

アタシが言ったら、レナはそう返事をして笑ってくれた。
 

406: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:54:27.96 ID:LhX8FjPvo

 アタシは船の後部デッキの床下の物入れから、釣竿を引っ張り出す。

エサは、網やら袋に残った肉の欠片さえあれば十分だ。

時間的には潮が止っちゃってるから、あんまり食いつきは良くなさそうだけど、

この時期なら、このC字型した島の突端のところの岩場から外に垂らせば、パームヘッドが掛かるはずだ。

あとは…もう一本仕掛けを作って、そっちは置きっぱなしで海底のヒラメ辺りを狙っておけば、

まぁ、何かしらは釣れるだろ。

 準備を終えてデッキから砂浜に降りたら、食事を終えたロビン達は、

いつもの食休みと同じに、代わり順番に穴を掘って砂に埋まって笑っている。

でも、あれなら、海が怖いらしいメルヴィも楽しめるな。

と、そこにガランシェール隊の連中も加わって、ケタケタ笑いながらマリーダに大量の砂をかぶせている。

あれ、マリーダ、キレるな、そのうち。なんてことを考えてたら、ふと、アタシの視界にあいつらの隊長が入った。

スベロア・ジンネマン、って言ったっけ。確か、マリーダのマスターだ、って言ってたよな…

ガランシェール隊は、家族なんだ、ってマリーダに言った、っていう…

 ふと、アタシはそのことを思いだして、気が付いたら、何となしに、ジンネマンさんに声を掛けてた。

「なぁ、釣りでもどうだ?あそこの突端から糸を垂れれば、食えるのが釣れるんだよ」

ジンネマンさんは、ちょっと意外そうな顔をしたけど、でも、ちょっと考えるしぐさをみせてから

「付き合おう」

と返事をして、髭もじゃの唇の端っこをクッと上げて笑った。

 岩場からみる海は、いつも通り青く澄んでて、底の方に魚が泳いでいるのが見える。

大型の回遊魚なんかが来ると、小さいのはみんな逃げたり隠れたりしちゃうけど、今のところはまだ大丈夫そうだ。

潮が動き出すとどうしてもあいつらはこの辺りをウロウロするから、潮が止ってる間にここで釣果が上がるのは、

回遊魚のいない間にエサを取ろうとする習性が小さいのに身に着いたせいだとアタシは踏んでいる。

まぁ、そのおかげで今度はアタシらに食われちゃうんだけどな。

 とりあえず手頃な岩に腰を下ろして、竿を一本ジンネマンさんに渡したアタシは、

レナに詰めてもらったバーベキューの肉の残りを針先にひっかけて海中に落とした。

トプン、と水音を立ててエサと重りが沈んで行って、プカっと浮きが立ち上がる。

 ふと、少し離れたところに腰を下ろしたジンネマンさんも、妙に手慣れた様子で針にエサを掛けて、

海へと投げ込んでいた。

「やったことあるの?」

アタシが聞くと、彼は

「ん?あぁ、昔な」

と静かに答えた。昔、か…

「地球にいたことでもあるのか?」

「あぁ…1年戦争のときだ。オデッサが奪回されてからは、陸路でアフリカへ転戦してな…そこで、捕虜になった。

 転戦の最中に、補給がままならなかったところを、地元の人間に教えられて、な」

ジンネマンさんは、なんだか遠い目をしてそんなことを話し始めた。
 

407: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:55:16.73 ID:LhX8FjPvo

「あの戦争にゃ、イヤな思い出が多い。戦争が始まるずっと前から俺は軍にいたが…

 オデッサじゃぁ、部下の死に目に何度も立ち会ってきた…逃げおおせたアフリカでも、だ。

 結局俺たちの部隊は満身創痍のまま連邦に包囲され投降。そこから終戦まで、収容所生活さ…

 あそこもまたひどかったが…その後のことに比べりゃぁ、まだのんきなもんだったさ…」

「その後のこと?」

アタシは、ジンネマンさんが妙に含んだ言い方をしたのが気になって、そう聞き返していた。

彼はアタシをチラっと見やってからふぅ、と大きくため息をついてアタシに聞いた。

「聞きたいか?」

うん…なにか、ありそうだな…こいつは聞いてやって、受け止めてやったほうがいいことだって、アタシはそう思う。

それがアタシのペンションでの役割だ。

「ああ…聞かせてくれよ。辛いんだろ、それ、自分の中に溜めこんでおくの」

アタシはジンネマンさんにそう伝えた。そしたら彼は、また、ふぅ、とため息を吐いて口を開いた。

「お前さん、グローブってコロニーを知ってるか?」

グローブ…?聞きなれないな…

「いや、すまない。知らないな」

「俺たちの、故郷だったコロニーだ」

ジンネマンさんは、そう言ったっきり、しばらく黙った。でも、アタシには分かった。

彼からは、とてつもない感情の混乱が沸き起こっているのが感じられる。

その故郷に、何かがあったんだ…

「その場所で、なにが?」

アタシは、怖かった。あまりにも急にこんな話になって、彼の中の感情が大きく膨れ上がるのを感じて、

正直、一瞬、ひるんだ。

でも…だけど、そんなのを、抱えさせたままにしておきたくはない。

それは、受け止めるアタシが感じる辛さの、何倍も苦しい筈なんだ…そう思えば、アタシは、そう聞かざるを得なかった。

「…ガス抜き、ってやつだ」

ジンネマンさんは、ポツリと言った。ガス抜き…?ストレス発散、って、やつか…?

コロニーで、どうやってそんなことを…い、いや、待て…まさか…

「…虐殺…?」

「…虐殺なんてことなら、まだマシだったろうさ…」

ジンネマンさんはそう言って、ワナワナと肩を怒らせた。彼の強烈な感情がアタシの胸をまるで焼き尽くすみたいにはい回る…

怒り…とてつもない、怒りだ…アタシは、それを、竿をギュッと握ってこらえる。

だけど、ジンネマンさんは、堰が切れたように、感情に任せて、言葉をつづけた。
 

408: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:55:52.20 ID:LhX8FjPvo

「終戦後、サイド3の主だったコロニーには、連邦の宇宙軍が駐留していた…

 ア・バオア・クーの戦闘からそのまま駐留軍となったやつらは、故郷にも戻れずに溜まっていたうっぷんを、

 それぞれの場所で撒き散らし始めた。コロニーに住む、一般住人に、な…

 0083年のクリスマスイブだったって話だ…

 それを憂慮した連邦の指揮官は、当時、宇宙作業用員が暮らす小さなコロニーに目を付けた。

 1バンチコロニーの3分の1ほどの、小さく貧しいコロニーだった。

 あとから調べたところじゃ、連邦と、ジオンの当時終戦を決定した政府の密約はこうだ。

 『コロニー内での連邦軍人の違法行為は、徹底的に取締る。ただし、作業用コロニー、グローブはこれに含まない』…。

 連邦も、そして、連邦の力におびえた政府も、“受け入れ先”を探していたんだ…

 そして、生贄として祭り上げられたのが、グローブ…ほんの2日の出来事だったらしい。

 グローブに残っていた連中は、そのほとんどが殺された…ただ殺されたんじゃない。

 もてあそばれ、踏みにじられ…まるで、ガキが虫ケラを殺すのと同じように…」

ギリっと、彼は歯を軋ませた。弄ばれて…か。

それは、たぶん、慰み者にされたやつらもいただろう…

銃の的にされたようなやつらもいたんだろう…

おそらく、想像できる全てのことを、いや、想像できる以上のおぞましい出来事が、そこで起こったんだ…

アタシは、ジンネマンさんの怒りとは別の感情が沸き起こるのを感じた。

これは、アタシの怒りだ。

ふざけるなよ…無抵抗の人間をいたぶって…なにがガス抜きだ…何が終戦だ…何が…何が、地球連邦だ…!

「その後、事態が地球の本部に知れ、現場の司令官は解任…秘密裏に、銃殺された、なんて噂もあるが…真実は定かじゃねえ。

 ただその後、連邦は事態隠ぺいのために、グローブは、武装解除に応じないジオン軍残党が立てこもったため、

 やむなく攻撃し、これを壊滅させたと書類上の処理をした…それを信じる者も多い。

 信じたくない、と思う者も多いだろう。連邦だけではなく、ジオンにもな…だが、俺たちの故郷は、そうして闇へと葬られた…」

ジンネマンさんは、そう言って、懐から何かを取り出した。

それは、若い女性と、そして幼い女の子の姿が映し出された写真だった。

うん、アタシは、分かってた…彼の頭の中に、心の奥底にあったのは、その“叫び”だった…

「家族がいたんだな、そのコロニーに…」

「あぁ…」

アタシの言葉に、ジンネマンさんは、そうとだけ答えた。

いつの間にか…彼からあふれ出ている感情は、渦巻く怒りと憎悪から…心を切り裂いて行きそうな、悲しみに変わっていた。

「怖かっただろうに…痛かっただろうに…」

アタシは、その感情に揺さぶられるままに、そう口にしていた。

途端に、自分でも意識していないのに、ポロポロと大粒の涙がこぼれてくるのが分かった。

途端に、ジンネマンさんはアタシの顔を見やって、そして、自分も、涙でボロボロに濡れた顔を両手で覆った。

 それから、アタシ達はしばらく、釣りをするのも忘れて、こんな天気のいい日だって言うのに、爆発しちゃいそうな悲しみを吐き出すように、

アタシはただひたすら歯を食いしばって、無言で、ジンネマンさんは大声を上げながら、とにかく泣いていた。
 

409: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:56:48.05 ID:LhX8FjPvo

 どれくらい経ったか、アタシは、顎の筋肉が痛むのを感じて、顔を上げて、大きく口を広げてから、

肺いっぱいに空気を吸い込んで、それをゆっくり吐き出した。

胸の内には、何もかもを失くしちまったみたいな空虚感が、ぽっかりと穴を開けている。

だけど、頭はなんとか、少しすっきりはしてきてた。アタシはその頭で、ジンネマンさんのことを考える。

彼にとって、売春宿で見つけたマリーダは、たぶん、あの写真に写ってた娘と重なったんだろう。

たぶん、そうだ。だから、マリーダを助けて、船に置いたんだ。

手の届かなくなる“安全な”コロニーなんかじゃなくて、今度は、何があっても、自分自身で守るんだと、そう思ったんだろう…

隊は、家族、か…いや、ジンネマンさんにとってマリーダは、きっとそれ以上の存在だったんだな…

失くした“はず”の娘、だったんだ…

「奥さんと、娘さん…名前は、なんて言ったんだ?」

アタシは、なんとか気持ちを整えたらしいジンネマンさんにそう聞いた。

「フィオナと…マリィ、だ」

彼は、写真をジッと見つめて、それからアタシの顔を見て、悲しげに笑って教えてくれた。

マリィ、か…やっぱり、そうだったんだな…マリーダの名前は、その娘から取ったんだ…

「マリーダに、娘さんを重ねてたんだな…」

アタシが言ったら、ジンネマンさんはまた微かに悲しげな笑顔を見せて

「あぁ、そうだ…」

とつぶやくように言った。それから、アタシがしたように大きく息を吸って、ゆっくり吐いてから

「マリーダには…悪いことをした…」

と砂浜で遊んでいるロビン達の方を見て言った。

「悪いこと?」

「あぁ…俺はずっと、あいつを娘の代わりだと思ってきた…実の娘のように、と言えば聞こえはいいかもしれんが…

 結局俺は、あいつのことを…マリーダ・クルスでも、プルトゥエルヴでもない、あいつと言う人間が、

 何を考え、どう生きて行きたいのかを、俺は考えてやらなかった…それを俺は、今回のことで思い知ったよ…

 俺は結局、あいつをそばに置いておきたいばかりに、あいつを戦闘に巻き込み、

 そして、危うく死なせるところだった…いや、死んでいただろう…あいつの姉妹が来てくれてなきゃぁ、な…」

ジンネマンさんはそう言って、笑った。

「あの顔を見ろ…俺は、あんな表情をするあいつを、いまだかつて見たことがねえ」

シンネマンさんの視線の向こう。

砂を掛けられ埋められていたマリーダが、体の上に出来た砂の山を二つに割って飛び出して、

悪乗りしたガランシェール隊のチュニックやフラスト達をマリとプルにロビンと一緒に掴まえては海に放り込んで、

笑っていた。

アタシ達の良く知ってる、あの太陽みたいな笑顔で…!

「あいつが、本当の家族に出会えて、俺は幸せだ…家族は、家族のところにいるべきだと、俺はそう思う…」

そう呟いたジンネマンさんは、アタシを見て笑った。悲しいのと、嬉しいのと、寂しいのが混ざり合ったような、そんな笑顔だった。

それからまた、ふうと息を吐いて、今度は軽い口調でジンネマンさんは続ける。

「ルオ商会から、引きが来ていてな…ルオコロニーの警備隊として働かねえか、って話だ…

 所詮、俺たちはならず者…地球での生き方なんぞは知らんし、あの暗い海を漂っているのが性に合っている。

 この島はお前さん達のお陰でこの上なく居心地がいいが…俺たちには、まぶしすぎる場所だ…」
 

410: ◆EhtsT9zeko 2014/04/27(日) 03:57:28.31 ID:LhX8FjPvo

そうか…彼は、マリーダとここで別れる決意をしているんだ…いや、マリーダだけじゃない。

彼は、妻や娘のことも、これ以上悲しむものかと、そう決めているんだ…

マリーダがこれから進んでいくだろう人生を見守るために、自分も、マリーダのように、

何が起こっても、それでも、と、前を向かなければいけない、と、決めてるんだ…。

でも…でも、本当に…本当にそれでいいのか?マリーダは、どう思うんだ…?

少なくとも、マリーダは、ジンネマンさんが、自分のことを本当に考えていなかったなんて思ってない。

マリーダは、血がつながってなくても…レベッカやロビンが、レオナをそう言うように、本当の親だと思ってる。

そんなこと、大した問題じゃないんだ…家族だと思って、そうあろうとすれば、誰だって家族になれる…

アタシ達は、そう信じて、そうやって、ここでこれだけ“家族”を増やしたんだ。それが間違ってるなんて思わない…

だけど、ジンネマンさんのマリーダに対する想いは、本物だ…

アタシも、マリーダがもっとプルやマリやカタリナや、ユーリさんにアリスさんに、レオナと、

それに、アタシ達との時間を過ごしていった方が良いとも思う…

少なくとも、ユーリさんの言う、洗脳や刷り込み、きれいさっぱり洗い流されるまでは…

 でも…だけど…

 そんなことを考えていたら、ビクン、と手に何か重みが掛かった。とっさに手にギュッと力を込める。

そうだ、アタシ、釣りしてたんだ!慌てて立ち上がり、リールを巻き上げるとそこには30センチくらいのヒラメがぶら下がっていた。

「ははは!なんだその不細工なやつは!」

途端に、ジンネマンさんがそう言って野次ってくる。

ったくもう…考え事してたってのに、あんた、掛かるんならもう少し雰囲気読んで掛かってくれよな…!

なんて、心の中でヒラメニ文句を言いながらアタシはムスっとした表情を見せてジンネマンさんに言ってやった。

「こいつを食ってみたら、同じことは言えなくなるから、覚悟しとけよな!」





 

436: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:45:53.56 ID:qO6Uwfh1o





 眩しい太陽が青空に昇って、いつものように、島を明るく照らしている。

今日は風も穏やかで心地良く潮の香りを孕んで吹き抜けていく。お散歩日和だね、まぁ、午前中は、だけど。

午後になったら暑くなりそうだな。帰ってくる時間を考えないと、二人がぐったりしちゃうかもしれない。

 「ままーどこいくのー?」

「びょーいん?ゆーりしゃんのところ?」

ベビーカーに乗せたマヤとマナが、持って来た小さなぬいぐるみで遊びながら、そんなことを聞いてくる。

「ん、ウリエラのお家だよ」

あたしは、ベビーカーを覗き込むようにしてそう言ってあげる。

そしたら二人は、ふーん、って感じでまた人形遊びに夢中になる。まぁ、そりゃそうか。

まだよくわかんないよね、そう言うのは。もうちょっとしたら、遊びに行きたい、なんて騒ぎ出すんだろうなぁ…

それはそれで、なんだか楽しみだな!

 あたしは、朝からペンションで洗濯やらを終わらせて、あとのことはレオナとマリオンに頼んで、

ミリアムの家に向かっているところだった。

昨日あんなことがあって、今朝はアヤさんにすがり付いちゃって、なんだか気持ちがフワフワしちゃっていた。

相談、ってわけでもないんだけど…こういうときは、ミリアム達と話すのが一番すっきりするんだ。

あたしの抱えてる問題でも、どうでもいいバカ話でもなんでもいい。

とにかく、なんだか無性に顔を見て話したくなってから、電話をかけてみたら、

じゃぁ、一緒にお昼でもどう、なんて誘ってくれたので、こうして二人を連れて、ミリアムの家を目指している。

 レオナは、見てるからお留守番させたら、なんて言ってくれたけど、あたしはこの子達と一緒に居たかった。

だって、しばらく留守にしちゃってたからね。その分の埋め合わせはしてあげなきゃ。

って言っても、あたしが帰ってきたって、二人はどこ吹く風でペンションから出かけるときとおんなじ様子だったんだけど。

接し方間違ってたのかなぁ、なんて思っても見たけど、そう言うことじゃなくって、

きっとアヤさん達が、ちゃんと二人のことを守ってくれてたからだろうし、それに、ね。

二人は、ロビン達と一緒で、こんな歳なのに、ふっと能力のような感覚を感じさせることがあるんだ。

もしかしたら、宇宙にいたあたしのことも、身近に感じるくらいのことが出来たのかもしれない。

まぁでもとにかく、一緒に居る時間をたくさん作って、二人にも、ロビンやレベッカと同じように、

ノビノビ育って欲しい、って、そう思うんだ。

 ペンションから歩いて10分弱。

あたしはペンションのある場所からもう少しだけ丘を登ったところにあるミリアムの家に到着した。

この辺りはまだ新しい住宅街で、新しく島に移り住んできた人たちが割と多く住んでいる。

ミリアムもそうだし、マーク達も、このあたりの区画に家を建てた。

と、あたしは、ミリアムの家の敷地の中に、見慣れた車がとまっているのを見つけた。あれは、ソフィアのだ。

ふふ、ミリアムが呼んでくれたのかな?さすが、あたしのことならお見通し、って感じだね。
 

437: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:46:42.72 ID:qO6Uwfh1o

 なんだかちょっと嬉しい気持ちになりながら、あたしはミリアムの家の玄関のチャイムを鳴らした。

ほどなくして

「はいはい」

と声がしてドアがあく。そこには、エプロンをつけたルーカスが、ウリエラを抱きかかえて顔を出した。

その姿に、やっぱりなんだか笑ってしまう。ルーカスがお父さんだなんて…しかも、エプロンだなんて…可笑しい。

でも、ルーカスなんてまだ似合う方だ。

 3年前にカレンさんと結婚したダリルさんなんか、カレンさんが会社が忙しくて家事なんかほとんどできないもんだから、完全に専業主夫。

エプロン姿でミックを抱いたまんま、料理したり洗濯したりするダリルさんの姿を見て、

あたしとアヤさんは、もう我慢が出来なくなってお腹を抱えて笑ってしまった。

カレンさんに怒られるかな、と思ったけど、カレンさん自身もそれを可笑しく思っているらしくって、

一緒になって大笑いしてた。

でも、ダリルさんはまんざらでもないようで、

家事の合間に、契約しているコンピュータ会社のソフトウェアやなんかを作ったりしながら、悠々自適に暮らしてると、笑っていた。

 「笑わないでくださいよ、これしないと怒られるんです…」

ルーカスがバツが悪そうにそう言って苦笑いする。

怒られる、って、それ、明らかにあたしから一笑い取りたくって無理矢理に着させてるよね?

いや、あたしにとっても、素直にあれこれ言うことを聞いてサポートしてくれる後輩だったけど、

ここまで尽くすタイプだとは正直思わなかった。ミリアムの 教のたまもの、かな?

 なんてことを思っていたら、ルーカスの後ろからミリアムが顔を出した。

「あー、来た来た、待ってたよ。ソフィアも来てるんだ、上がってよ」

ミリアムはそんなことを言ってあたしを中へと促してくれる。

マヤとマナを降ろしたベビーカーを畳んで、中にお邪魔する。と、リビングには、紅茶をすするソフィアの姿があった。

 ソフィアはあたしを見るなり

「あら、泣き虫マライアちゃん、いらっしゃい」

だって。ソフィアも相変わらずだ。

マヤマナは、さっそく同い年のウリエラと一緒になって、ルーカスにまとわりついている。

ごめん、ルーカス、ちょっとだけお願いね。あたしは心の中でそんなことを頼みながら、ソファーに腰を下ろした。

「なんだか、お悩みなんだって?」

座る早々、ソフィアがそんなことを聞いてくる。どうやら、話は大方、ミリアムから聞いてるみたいだ。

438: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:47:16.81 ID:qO6Uwfh1o

 ミリアムがアルバに来てから、あたしはまず真っ先に、ソフィアを紹介した。

だって、今のあたしがあるのは、ソフィアのお陰みたいなもんだからね。

まぁ、お陰、って言うか、ソフィアを守れなかったから、って言うか…

そ、そこらへんは、すぎちゃったことだからいいとして…だ。

 あたしをおちょくってばかりのソフィアだけど、

それでも、フェンリル隊と一緒に撤退したあとは南米に戻って一緒に生活してたし、すごくいい子なんだ、ってのは、もちろん知ってた。

あたしもソフィアを信頼できたし、ソフィアもあたしを頼ってくれてた。

あたしがこれだけ仲良くなれたんだ、ミリアムともきっと、良い友達になれるんじゃないかな、って思ってたけど、

案の定、二人はすぐに打ち解けてくれて…二人して、あたしをおちょくるようになった…で、でも!

それでも、あたし、この二人の親友が好きだよ!

「うん、まぁ、そうなんだ…そこは、まぁ、おいおい、ね?」

あたしが言ったら、ソフィアはふぅん、と鼻を鳴らして、なんだかニヤニヤしながらあたしを見つめてくる。

な、なによ、もう!べ、べつに逃げてるわけじゃないんだからね!

ミ、ミリアムが来て、ば、場が暖まるまで待ってるだけなんだから!そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、

ソフィアはクスクスと笑いながら義手でティースプーンをつまんでいる。

「調子良さそうだね、それ」

「うん、お陰様でね。アリスさんがその道のプロだなんて、驚いちゃった」

ソフィアの義手は、アリスさん特製だ。

なんでも、アリスさんはそもそもが、人間工学の専門家で、マン―マシーンインターフェースの開発を専門にしていた、

って話で、詳しいことはよくわからないけど、要するに、人間が自分の意思で機械を自由自在に動かすための技術のことなんだと思う。

サイコウェーブを使った、サイコミュの原型を開発したのも、その延長だって話だ。

 もちろんソフィアはニュータイプじゃないし、これは普通の筋肉の電位変化を感知して動くタイプのものらしいんだけど、

それでも、ソフィアはアリスさんのところに通って微調整を繰り返しながら、毎日なんだか感動していた。

義足の方もそうだけど、ちょっとした動きなんかは普通の手足とさして変わりがない。

アリスさんは、完成したら、アナハイム社に売り込みかけるから、お金はいらないよ、って笑ってたけど…

モニターとしてはソフィアとシローがいて最適だし、

正直、これ、この戦争が続いてた世の中的には、かなり需要ありそうだよね…

いやぁ、やっぱ、そう言う専門知識って、お金にもなるんだよねぇ…なんて思いながら、あたしはてんで明々後日のことも考えていた。

 「それさ、アタッチメントとかにして、用途別にいろいろ取り換えたりとかできたら良さそうだね」

「用途別?」

「そうそう、例えば、電動ドライバーとかさ、窓ふき用のモップとか、

 あとは、もしものときにはミニガン付けて、ババババーっ、とか!」

あたしが言ったらソフィアは何それ、と言いながらケタケタ笑って

「でもね、実際問題、それはそれで不便なのよ。現状ある物を現状あるままで使えるようにしておく方が、よっぽど有用なんだよね。

 場面ごとに取り換えるなんて、わずらわしいでしょ?生活の中じゃ、汎用性の高さが一番、ってわけ。

 モビルスーツと同じね」

と言った。ん、まぁ確かに…ビスをねじ込むのに、いちいち電動ドライバーモードのアタッチメントに付け替えるよりも、

転がってるドライバーを拾って固定できる機能があれば、それで済んじゃうもんね。

あ、いや、でも、ビス締める時くらいはこう、手首のところが高速回転でグァーっとか…

ダメかな?いや、うん、ダメだよね。

439: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:47:57.70 ID:qO6Uwfh1o

 「お待たせ」

なんてことを考えていたら、ティーポットとカップをトレイに乗せたミリアムがリビングに姿を現した。

「あ。ありがとう」

あたしのお礼を聞いたミリアムはニコっと笑って、あたしの分の紅茶を淹れてくれた。

それから、小さなため息とともにソファーに腰を下ろして

「それで、どうしたの?」

と話を促してくる。

 あたしは、一瞬、ズーンと落ち込んだ気持ちになったけど、でも…

せっかく時間取ってもらったんだし、ちゃんと話さないとな…話しにくいけど…

ううん、話しにくいからこそ、ミリアムに頼んだんだし、ソフィアも居てくれるんなら、もっと安心できるけど…やっぱり、怖いね、こういうのは…

 ふう、と大きく深呼吸をした。ビビるな、マライア。

二人とも、拒否したり逃げたりしないでちゃんと聞いてくれる。それで、きっとあたしをぶっ叩くような気持ちで、

それぞれの気持ちを聞かせてくれる。大丈夫だ、大丈夫…

「あのね」

あたしは口を開いた。二人の視線が、あたしに注がれているのがなんとなく心苦しいけど、

でも、あたしはちゃんと、話を続けた。

「昨日、カーラ…ハマーンと話したんだ」

「あぁ、例の、カーン家のご令嬢ね」

ソフィアがそう言う。あたしはうなずいて返して、昨日の夜のことを説明する。

「夜にね、ひとりでホールにいて…で、どうしたの、って聞いたら、自分は、とんでもないことをしてきたんだな、って言いだして…

 あたし、彼女を慰めなきゃって思って、話を聞いたんだ…でもね、結果的に言うと、あたし、出来なかった。

 出来なかったどころか、彼女のその傷にもう一回ナイフを突き刺すみたいなことを言っちゃったんだ…」

「なんて?」

すでに、あたしは胸の奥から煮えたぎるような悲しみが吹き上がりそうになっているのを感じていた。

それをなんとか押さえつけようとするけど、それが苦しくって辛くって、手が震えてくる。

ミリアムが、心配そうな表情でそう聞いてくれた。

「あたし…ダブリンへのコロニー落としのときに、カラバにいた頃にずっと協力して仕事をしてたカラバの幹部が、

 そこで死んじゃったんだ。コロニー落下の報を聞いて、街から避難しようとする民間人の援護に出ていたんだって…

 あたし、カーラの話を聞いてたら、そのことを思いだしちゃって…それで、あたし…

 どうしても、彼女を慰めてあげられなくって…『あなたのことが許せない』、って、そう、言っちゃった…

 あたし、分かってたはずなのに…カーラは言い訳したかったわけじゃないんだ。

 ただ、アイナさんに会って、あたし達と過ごして、やっと我に返ったんだ、ってこと。

 それで、自分のやってしまったことがとんでもないことだったって気が付いて、

 それで沸き起こった気持ちの扱いに戸惑っていただけだって言うのに…

 あたし、それを受け止めてあげるどころか…傷ついてる彼女を、余計に傷つけちゃった…」

あたしはそう言って顔を上げた。甘ったれてる、って言われたら、多分そうだろう。

アヤさんはあたしの気持ちを受け止めてくれた。

でも、それだけじゃ、今のあたしには足りないんじゃないか、って思ってる。あたし、誰かに叱ってほしい。

なんてこと言ったんだバカ、って。そうじゃないと…あたし、あたしも、自分のしたことで、つぶれちゃいそうだよ…。

440: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:48:26.24 ID:qO6Uwfh1o

 「ふぅむ…」

ミリアムがそんな風に唸って、ソファーの背もたれに体を預けて、ソフィアを見やった。

ソフィアは、じっとあたしを見つめてから、ミリアムの視線に気が付いて、ふっと虚空を見やった。それからふと

「なら、何が正解だった、って思うの?」

とあたしに聞いて来た。正解…?あの場で、カーラにあたしは、なんて言うべきたったのか…ってこと?

「そ、そりゃぁ、本当は、ちゃんと話を聞いてあげて、それで、彼女の気持ちを整理するのを手伝って…

 気の利いたことの一つでも言ってあげてさ…

 それで、とにかく、彼女を前向きにしてあげるのが正解なんだろうと思う、けど…

 そうだ、あとはシローさんがシイナさんにしたみたいに、ちゃんと許してあげたかった、って言うか…」

あたしが言ったら、ソフィアはなんだかちょっとムスっとした表情になった。うわっ、これ、来る…

「私ね、あのとき、シローさんとシイナさんの話聞いていたけど…

 シローさんの苦しみ方も、シイナさんの想いの悲しさも、普通じゃなかった…。

 たぶんね、そんな簡単なことじゃないんだよ。あのときに、シローさんは何も言わなかった。

 シイナさんを責める様なことは、何一つね。でも、私には、彼とシイナさんが、戦ってるように感じた。

 ううん、実際にそうする方が、きっと簡単だったかもしれない…

 彼は特に、実際に手でも上げちゃえば、どれだけ気持ちが楽だっただろうって、そう思うよ。

 でも、シローさんはそうしなかった。シイナさんの告白に、彼自身が、一番つらいって感じるだろう選択をしたんだって思う。

 なんでか、って言ったら、たぶん、彼は、それが正解だって、信じたからだと、私は思う。

 彼は、あの短い時間で、きっとすごくたくさんのことを考えてた。

 短い時間の中で、彼は、自分の信じられる正解を自分で出して、そのために戦ってたって、私は思う」

ソフィアはあたしの目をじっと見て、そう言ってくる。それから、少し声のトーンを落として、あたしに聞いた。

「マライアは…そのとき、何が正解か、とかって、少しでも考えた?」

ソフィアの言葉に、あたしは、返事に詰まった。

だって、そんなの、今、ソフィアに聞かれて考えたばかりだったから…で、でも、アヤさんも言ってたし…

人の気持ちをどうにかしてやりたいときは、ちゃんと話を聞いてあげるのが一番だ…って…。

 「考えたわけじゃないけど…でも、あたし、そうするのが良いんだろうって思って、それで…」

あたしがそう答えたら、ソフィアはまた厳しい表情であたしを見て言った。

「マライアには、あったの?彼女の話を、ちゃんと聞いてあげる覚悟とか、そう言うのが。私は、そう思えないんだ。

 良かれと思って、やったんだとは思う。でもね、私だったら話を聞く前に彼女のことをいろいろ考えると思う。

 彼女が、自分の大切な友達を死なせた原因を作った人間だって言うことも含めて、ちゃんと思い出して、

 それでちゃんと話をすると思う。それでも許せないって言う気持ちなのだとしたら、それは仕方ないこと。

 でも、あなたのはそうじゃない。なんとなく、混乱してそうだったから、なんとなく悲しそうだったから、

 話を聞いてあげなきゃって思った、ただそれだけ。

 そう言う覚悟もなしに向き合おうとしたから、あなたは、自分の中に急に湧いて来た気持ちに驚いて、

 逃げたんだよ、彼女と、彼女の気持ちから」

逃げた…?あたし、逃げたの?彼女から…?

ソフィアの言葉が、あたしの胸に、鋭利な刃物みたいに突き刺さったようだった。

そう…そうだ…あたし…あのとき、本当に何にも考えないで、カーラと話をしたんだ。ハヤトのことも忘れてた。

カツを失って悲しんでたフラウが、ハヤトが死んじゃって、もっと落ち込んでたってこともすらも、忘れてた。

441: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:48:58.25 ID:qO6Uwfh1o

 ソフィアは、シローとシイナさんは、戦っていたみたいだった、って言ってた。

だとしたら…だとしたら、あたしがしたことは、なんとなくって気持ちだけで、戦場に出て行ったのと同じなんだ。

それがどれだけバカな行為か、なんて、考えないでもわかる。「ヤバくなったら逃げる」のとは質が違う。

遊び半分で銃を扱うようなものだ。無暗に誰かを、敵味方の区別なく傷つける…自分が、死んじゃうかもしれない…

それくらいのことだったんだ…

 ハラっと、涙が零れ落ちた。

 バカだ。あたし、バカだ…全部…全部、自分のせいじゃないか。なにがカーラを許せない、だ。

なにが、あなたの幸せを願えない、だ。端から、願えるかどうかなんて考えてもいなかったくせに…

端から、許せるかどうかも考えていなかったくせに…

急に、それを突きつけられて、びっくりして、あたしは、逃げたんだ。

この話をする直前に、あたしが怖がってた拒絶と回避を、あたし自身がしてたんだ…。

しかも今度は、見捨てるどころか…とどめを刺すようなことまでして…!

「まぁ、マライアの気持ちも分かるけどね…

 人と正面切って向き合うのって、時と場合によっては、すごく難しいことってあるじゃない?

 アヤはよくいつでも全力で人に向かって行けるなって、思うんだ」

ミリアムが、あたしに気を使ってなのか、そう口にする。そしたらソフィアもクスっと笑って

「確かにね。アヤさんのアレは、ホントにすごい。マネなんかできないよ。

 あの人は、本当に特別なんだな、ってそう思う」

とミリアムに同意した。そしたらミリアムは今度はあたしを見て言った。

「やっちゃったことは仕方ないでしょ、マライア。今大事なのは、どうフォローして行くか、ってこと!」

「あ、まぁたそういう美味しいところばっかり持っていく!いっつも私ばっかり怖い方じゃない!」

「だってソフィアはガツンって言ってくれるんだもん。私は、さ、そういうの向いてないからね」

「良く言うわよ。ミリアムだってこないだ、私にズケズケ言って凹ませたじゃない」

「あれはソフィアが悪いんでしょ?ヤキモチなんか焼いてさ!相手はキャリフォルニア支部の整備士さんだっけ?若くて美人な!」

「だからあれは、デリクが誰彼かまわないで優しくするから…!」

「でも、そんなところが好きなんでしょ?」

「そ、そうだけど…って、そうじゃなくて!」

「あはは、赤くなってる!」

ミリアムとソフィアが、そう言い合って笑っている。

なんだか、そんな様子が嬉しくって、可笑しくって、聞いていたあたしも涙を拭きながらついつい笑顔になってしまっていた。

良い友達を持ったな、あたし…辛い時に話を聞いてくれて、ときにはこうして叱ってくれて、

一緒に楽しい時間も過ごせる…お酒飲んだりバカ騒ぎしたりもするし、のんびりしたり、子どもの話をしたり、

時には命を賭けて戦える…アヤさんとカレンさんは親友だって、アヤさんが真っ赤な顔しながら言ってたけど…

うん、あたしにとっての親友は、やっぱりこの二人だよね…!

442: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:49:30.37 ID:qO6Uwfh1o

「ありがとね…あたし、ちゃんと考えてみるよ、カーラとのこと。

 どうやって気持ちの整理着けたらいいか、まだ全然見えてないけど…

 でも、あたし、カーラの力になってあげたいって思うのはホントなんだ…。

 どうしてあの子が、我を忘れちゃったのか、ってのっが、分かってるから、余計に…ね」

あたしは二人にそう言った。そしたら、ソフィアが優しい笑顔を見せてくれて

「それは、シローさんに相談するのが良いと思う。私が言ったのは、あくまでも私が見てて感じたことだからね。

 シローさんがあのときどう思ったのかってのを聞いておくのは、参考にはなると思う」

って言ってくれた。

「うん…ありがとう、ソフィア」

あたしはソフィアにそうお礼を言ってから、今度はミリアムにも

「ミリアムも、ありがとう…あたし、また弱気になってた。ちゃんと逃げないで、考えるよ。

 あたしが傷つけちゃった分も、カーラを支えてあげられる言葉」

と伝えた。でも、それからふっと、なんだか自分が情けなく感じてしまう。

「ダメだね…宇宙でのロビンとのときもそうだったのに…気持ちが高ぶっちゃうと、全然なんにも見えなくなっちゃう…

 ううん、弱い自分が出てきちゃう、って言うのかな…情けないけど、あの頃と全然、あたし変わってないや…」

「あはは、まぁ、変わってないのはここぞっときの勇ましさだと思うけどね私は。

 弱虫マライアは、とっくに卒業したでしょ?昔のあなたは、戦場に上がることを恐れてたけど、今は違う。

 あなたはちゃんと戦えるし、それに、考えることもやめない。

 なにかあったら泣いて震えちゃうあの頃に比べたら見違えるみたいだよ」

あたしの言葉にソフィアがそう言ってくれた。

「昔のマライアは分からないけどねぇ…まぁ、でも、お礼なんて良いんだよ。

 私もソフィアも、あなたなしじゃぁ今頃死んでただろうからね。恩返し、なんていうつもりはないけどさ…

 アヤやレナと、同じよ。あなたが私達をここに連れて来てくれたの。

 だから…そうだな、感謝とか、そう言うことじゃなくて、

 私達のためにも、自分のためにも、私達を誇りに思ってくれていいんじゃないかな」

今度はミリアムがそんなことを言ってくれる。な、なによ、もう…せっかく泣き止んだのに…

また泣けてきちゃうじゃん!ソフィアは怪我させちゃったし、ミリアムも振り回して傷つけちゃったりしたけど…

そんな風に言ってくれるなんて…

でも、涙が出そうになってきていたあたしを知ってか知らずか、途端にソフィアが声を上げた。

443: ◆EhtsT9zeko 2014/04/30(水) 02:51:08.78 ID:qO6Uwfh1o

「なぁんかそれ、半分自分を持ち上げてない?」

「あ、バレた?」

「幸せに思いなさいよね?って聞こえたよ」

「そりゃぁそうでしょ!なんたって一番の親友ですから!」

「ちょっと待ってよ。あとからやってきて一番ってどういうこと?

 一番はもう10年以上の付き合いの私に決まってるでしょ?」

「いやいや、こういうのって、付き合いの長さとかそう言うことじゃないと思うんだよね。

 関係性の深さとか、そう言うことじゃないかなぁ?」

「あぁ、だとしたらやっぱり一番は私だね。ミリアム、マライアにお風呂で全身洗ってもらったこととかないでしょ?」

「なっ…マライア、ソフィアとそんな関係だったの?!

 い、いや、でも!私は、命を賭けてまで守ってもらったことがあるし!」

「それなら私だって、ギュッと抱きしめられて、『死ぬときは一緒』って言ってもらったことがあるなぁ」

「な、なにそれ!?ちょ、ちょっとマライア!どっちなの!?私とソフィアとどっちが一番の親友なの!?」

「もちろん私よね、マライア?」

え、え、えぇ!?ちょ、なに、なにそれ!?なんであたしそんなモテモテになってんの!?

て言うか、別に恋人とかそう言うことじゃないんだから、どっちも一番で良いじゃん!?

みんなで仲良くで、それで良いよね!?

「別に一番なんてないよ!二人とも、あたしの大事な親友!」

あたしが言ったら、二人は怪訝な顔をして

「サイテー、二股宣言ですわよ、奥様」

「まったく、女の風上にも置けないわね」

「ここはひとつ、私とソフィアとで仲良く、ってことでいいよね?」

「そうね。二股女はもう知りません!」

なんて一気に態度を裏返した。

え…えぇ?!なんで!?なんであたしが仲間外れに!?ダメだよ、いじめダメ絶対!

「だーかーら!どうしてそうなんよ!?」

あたしが声を上げたら、二人はクスクスと笑いだして、終いには大声を上げて笑っていた。

もちろん、あたしも、楽しくって、可笑しくって、幸せで、一緒になって、大笑いしてしまっていた。

 「あーその、悪いんですけど…」

不意に、声が聞こえたので振り返ったら苦笑いを浮かべたルーカスが立っていた。

「ん、どうしたの?」

ミリアムが聞いたら、ルーカスは、はぁ、とため息を吐いて、

「今、お昼寝やっとしてくれたから…その、なるべく静かに…お願いします」

と言ってきた。なんだか、そんなルーカスの言い方がおかしくって、

あたし達3人はまた、顔を見合わせて、クスクス笑ってしまっていた。

451: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:44:28.16 ID:lAmdgmVbo


 「申し訳ありません、お疲れのところ…」

ジュリアが、そう言ってナナイさんに謝っている。

「いいえ、構いません…私にできることがあれば、ぜひ、力になりたいと思っていますから」

ナナイさんは、そう言いながらジュリアに笑いかけた。

 私は、アヤちゃんのペンションに戻ってから、シャワーを借りて着替えを済ませて、

ママの運転する車で病院へ向かっている。

車には、プルとマリーダも一緒。車の定員のこともあったので、マリはペンションで待っていてくれることになった。

それと言うのも、車にはマリオンちゃんが乗っているからだ。

なんでも、昨日母さんからひとしきりバナージくんの容体を聞いたママが、

マリオンちゃんにならバナージくんへの投げかけが出来るかもしれないと言って、

島でマリオンちゃんに事情を説明して着いて来てもらっていたからだ。

 私には、具体的にどういうことかは分からなかったけど、

でも、マリオンちゃんは、地球に降りてからはずっとママと能力についての研究をしていたらしいし、

きっとなにか特殊なことなんだろう。

この話をしているときに、ママは、プルとマリーダにも説明をしていて、

出来たら、方法だけでも覚えてくれれば、助かる、って言ってた。

きっと、ニュータイプの力の使い方のことなんだろう。私には、あんまりわからないけど…

でも、もしそれをマリーダが使えるようになれば、マリーダもバナージくんや姫様の助けになれるし、きっと嬉しいだろうな。

 車は、病院の駐車場に入った。空いていたスペースに車を停めて、私達はそぞろ車を降りる。

と、病院の入り口のところに、暇そうに母さんが突っ立っているのが見えた。

「ユーリ、お待たせ」

ママがそう声を掛けると、母さんは、あぁ、って感じで片手を上げて、私達を出迎えた。

「彼にはもう会ったの?」

「あぁ、うん。カミーユくんが面倒を見ててくれてた。カミーユくん、ちゃんと休めてるのかな…アヤちゃんから何か聞いてないか?」

「いや、分かんないな、なんにも言ってなかったよ?」

「そっか…本人に聞いてみるかな。とにかく行こう。昨日言ってた、マリオンに手伝ってもらうやつを試してみなきゃ」

「そうだね」

母さんはママとそう言葉を交わして、先頭に立って病院へ入った。もう夕方で、外来の診察が終わっているのか、


ロビーには人影もなく、がらんとしている。そんなロビーを抜けて、病棟へと向かうエレベータに乗る。

精神科の階で降りて、いつもの通り、守衛さんに鍵を開けてもらって中に入った。

 母さんが先頭になって、バナージくんの病室の扉を開けたら、そこには、見たことのない女の人がいて、

バナージくんの体を、上半身を脱がせて体を拭いていた。看護師さんじゃ、ないみたい…誰だろう、この人?

アジア系だけど…アヤちゃんか、シャロンさんの知り合いかな?
 

452: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:45:03.10 ID:lAmdgmVbo

「あれ、あんたは?」

母さんも知らないみたいで、ちょっと驚いた感じでそう聞く。

「私は、ファ・ユイリィです…あなた方は…?」

女の人はそう答えて、逆に母さんにそうたずねてきた。なんだか、少し警戒しているような雰囲気がある。

「ユーリさん」

と、背後で声がした。振り返ったらそこには、カミーユさんの姿があった。

「あぁ、カミーユくん、遅くなって悪かったな」

「いえ、こちらこそ、外していてすみません。彼女を紹介しますよ。僕の幼なじみで、看護師をしてました、ファです」

カミーユくんがそう紹介すると、ファと名乗ったその女性は、安心した表情を浮かべて

「カミーユの知り合いの方だったんですね。失礼しました。ファです。改めまして、よろしくおねがいします」

と笑顔を見せてくれた。

「彼女は、僕がバナージくんのようになっていた時期に、ずっと看護をしてくれていたんです」

カミーユさんが言うと、ファさんはなんだか恥ずかしそうに笑って

「大したことじゃないんです…清拭したりとか、そういうことくらいで…」

なんて言っている。確かに、このファって人からはどこかとても柔らかい感じが伝わってくる。

なんだかこういう感じは自然に好きになっちゃうんだよね。このファって人とも、仲良くなれたらきっと楽しいだろうなぁ。

「あはは、行き届いた看護だったんだろう。カミーユくんを見ればわかるさ」

母さんがファさんにそう言って笑った。

 それからカミーユさんは私たちについてもそれぞれ紹介してくれた。

話がひと段落したところで、母さんが下げていたバッグから何やら装置を取り出し始めた。

「さて、じゃぁ、はじめようか」

母さんが取り出したのは、脳派を測定する機械だった。

ヘッドギアのような形をしていて、吸盤についた電極がコードでいくつもぶら下がっている。

「カタリナ、手伝って」

「あ、うん」

この手の機械はあまりお目にかかったことはないな…実際、ほとんど初めてくらいだ。

でも、母さんの指示通りに、私は電極をバナージくんの頭皮にくっつけて、最後に母さんがヘッドギアをかぶせて全体の電極を覆い隠す。

さらに取り出した別のコンピュータのような機械をヘッドギアにつないで、そこから部屋の電源を引っ張る。

と、ピピっと音がして、母さんの持っていたコンピュータのモニターに光がともった。
 

453: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:45:32.44 ID:lAmdgmVbo

 母さんは手慣れた様子で設定を済ませたようで、ほどなくしてママを振り返っていった。

「じゃぁ、アリス、始めて」

「ん、了解」

ママはそう返事をして、私のすぐ隣にいたマリオンちゃんに目くばせをした。

マリオンちゃんはコクっとうなずいて、部屋の隅にあった椅子を持ってくると、バナージくんのベッドの横に腰を下ろす。

と、マリオンちゃんは不意に顔を上げて

「皆さんは、少し、気持ちを落ち着けてもらって良いですか?私もまだ不慣れなので、集中したいんです」

とミネバ様…ジュリアやマリーダのことを見ていった。二人は、神妙な面持ちでうなずいている。

それを見たママが笑って、

「ふふ、“発信”にだけ気を付けてもらえればいいよ。むしろ、マリオンの集中の仕方を感じていて」

と言っている。でもそれからすぐにママは真剣な表情になって、

「じゃぁ、マリオン、AからCのパターンで、一つずつ確認していきたいからよろしくね」

とマリオンちゃんに頼んだ。マリオンちゃんはまた無言でコクっとうなずく。

 そんな様子に私までなんだか緊張してきてしまった。いや、別にこれ一回でバナージくんが回復する、ってことはないんだろうけど…

でも、目の前ですごい治療を試そうとしているんだな、っていうのは、わかる。

なんだか、とてもすごいことが目の前で起こってるんだ…

 「いい?まず、Aパターン、ね」

アリスさんが言った。とたんに、マリオンちゃんから何か、不思議な感覚が漂ってくることに、私は気が付いた。

なんだろう、これ…

温かいような…涼しいような…不思議な皮膚感覚…まるで、今日行ってきた、あの島の海に浸かっているみたいな心地よさだ。

 と、ママがチラッと母さんを見やった。母さんは、コンピュータのディスプレイに目を落としていたけど、

ややあって、軽く手をかざしてママに合図を出した。

「マリオン、Bで行ってみようか」

それを見たママはマリオンちゃんにそう言った。すると、マリオンちゃんから感じられる雰囲気が変化する。

さっきまでの温かい感じにも似ているけど、ちょっと違う…

これって、なんだろう…とても明るくて…優しい感じのする…これは、景色?そう、そうだ。

なんだろう、ペンションなのかな?今日行ったあの島なのかな…?はっきりとはわからないけど…

でも、なんだかとてもきれいな景色のように感じられる。

 また、ママがチラッと母さんを見た、母さんもさっきと同じようにさっと手をかざしてママに合図をする。

「マリオン、Cで」

ママが言ったら、マリオンはふぅっと息を吐いて、また何かに集中し始めた。今度は、何…?これは、音…?

一定の、ゆっくりとしたリズムで、何かを刻む音がする…これ…これって、心臓の鼓動?

私はふと、マリーダの体にしがみついて寝た日のことを思い出していた。

マリーダの強くてゆっくりと脈打つ心臓の音。あのときと同じような心地良さが私をつつみこんでいるみたい…
 

454: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:47:42.99 ID:lAmdgmVbo

 「ん、よし、オッケー」

不意に母さんがそういった。そしたら、マリオンちゃんが溜息をつくとともに、私の中からも感覚が消えていった。なんだったんだろう、今の…?

ニュータイプでもない私にも感じられた、不思議な感じ…今のは、マリオンちゃんのイメージなのかな…?

「今のは、どういうことなんですか?」

ナナイさんが母さんに聞いた。そしたら母さんは、

「あぁ」

と言ってコンピュータを操作し、ディスプレイをナナイさんに見せた。

「これが、今の3つのパターンでの、彼の脳電位の変化。あと、下に出しているのが、ここにきて最初に取った脳波のデータだ」

「これは…!感情野に反応が戻っている…!」

「あぁ。アタシはこれを、神経的な退行現象だと思ってる。

 防衛のためか、あるいは、サイコウェーブを強烈に発するときにはなんだか心地よい感覚になるって話を聞いてるから、

 それによるものかもしれないけど、とにかく、状態として一番近いのは、彼の脳は今、胎児に近い状態にある、

 っていう見立てだ。で、今マリオンにしてもらったのが…」

母さんがそこまで説明をして、ママを見やる。

「マリオンにしてもらったのは、簡単なイメージの発信なんだけど…

 要するに、言語に頼らない感覚的な知覚をベースにした物なの。ユーリの胎児期への退行って言う見立てが適切なら、

 そこにでも働きかけることの出来る刺激を脳にサイコウェーブで直接響かせたらどうだろう、ってことね。

 感じてもらえたと思うからわかるだろうけど、Aは触覚、Bは視覚、Cは聴覚ね。

 おそらく、言語的な働きかけは退行に影響で受信できても処理されないと思うから、

 こうしてベーシックな刺激で試してみたワケ。結果は、ユーリの方に任せるけど」

ママはそう言って母さんを見つめ返した。すると母さんは手元のデータを改めてナナイさんに見せて笑って言った。

「この通り」

「つまり…どういうことなのですか?」

たまりかねたのか、ジュリアがそう母さんに聞いた。母さんは、あっと何かに気が付いたみたいな表情で

「あぁ、ごめん、専門的すぎたね。まぁ、要するに、今の方法なら、彼の脳にいい刺激を与えることが出来る、ってのが分かった。

 これだけで回復するかは分かんないけど、まぁ、高圧チャンパーなんかも併用しながらやっていけば、

 そう長くはかからないんじゃないかな」

と説明する。ジュリアはそれを聞いて、おずおずと、口を開いた。

「その…では、バナージは…」

「あぁ、うん。この様子だと、今のところはまだ確定ではないけど、脳に深刻なダメージがある、ってわけではなさそうだ。

 感情野も刺激してやればちゃんと反応するし、おそらく、人格的なところの損傷もないと思う。

 あとはまぁ、時間がどれだけか、って問題が一番かな」

「それなら、及ばずながら、俺も協力しますよ。マリオンさんのやっていた方法は分かりましたし、

 自分も同じような状況だったのだと思うし、駆け出しですが医者ですしね」

カミーユさんがそう言う。あれ、て言うか、カミーユさんってお医者だったんだ!?知らなかった!

「あはは、まぁ、この手の治療は忍耐が大事だ。ナナイちゃんも、それにマリーダもジュリアも、プルも、今のマリオンの方法は分かっただろ?

 ゆっくり時間を掛けて、あんた達にも手伝ってもらいながら、彼が戻ってくるのを待とう」

母さんが、ジュリアたちの方を見やってそう言った。

なんだか、ジュリアとマリーダは、キラキラとした嬉しそうな表情で母さんを見つめてうなずいていた。
 

455: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:48:36.40 ID:lAmdgmVbo

 それから私達は、母さんのコネでこの病院に引っ張ってやるよ、なんて言われていたカミーユさんに見送られて
ペンションに戻った。

マリオンちゃんとジュリアを無事に送り届けて、マリを回収して家に戻る。

ナナイさんは、母さんとあれこれ話したいらしくて、今日はうちにお泊りすることになった。

客室はもうないけど…まぁ、母さん達の部屋か、私とマリの部屋を使ってもらえばいいよね。

私達は一晩くらい、リビングのソファーでなんとでもなるしさ。

 夕食を終えてから、リビングでは母さんとママとナナイさんが何やら話し始めてしまったから、私はなんとなく部屋に戻っていた。

机に向かって、そう言えば、宇宙から戻ってきて以来、あんまり手を付ける暇のなかった通信制の大学の教材を広げる。

この島には大学なんてないし、フェリーで渡った向こうにはあるけど、通うのは大変だからアパートでも借りなきゃいけないけど、

正直、ひとり暮らしなんてしたくない。親離れしてないのか、なんて言われたらそうなんだろうけど、でも…

今の私には、ここが一番大事なんだ。

それに、母さんの跡を継いでお医者になりたい私とプルにとっては、母さんと一緒に仕事をするって言うのは、

他のどんな場所で勉強をするよりもためになることだって思うからね。

 テキストを開いて、参考書なんかを本棚から引っ張り出して机に戻ったとき、コンコン、とノックをする音がした。

マリかな?なんて思いながら

「大丈夫だよ」

と声を掛けたら、キィっとドアが開いてマリが顔をのぞかせた。

机に着いていた私を見るやマリは少し申し訳なさそうな顔をして

「あ、ごめん、忙しかった?」

って聞いてくる。別に急いでやらなきゃいけないわけじゃないし、大丈夫だけど…

そんなのを気にする、ってことは、もう二人も一緒、ってことかな?

「ううん、大丈夫だよ。時間あったから、ちょっと手を付けてみようかな、って思ってただけだから」

私がそう言ったら、マリは安心したのか笑顔で

「良かった」

と言ってから、部屋に入ってきた。案の定、プルとマリーダも一緒だった。
 

456: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:49:13.56 ID:lAmdgmVbo

 「課題?」

プルが私に聞いてくる。

「あぁ、うん」

参考書を閉じながら答えた私にプルは苦笑いで応えて

「ね、15番のやつって、もう出来た?」

と聞いてくる。

「あぁ、まだ。免疫学のやつだよね?あれは、こっちに来たときに母さんが“お日様熱”対策でいろいろ集めた本があるっていうから、それを読んでからにしようと思って」

「あ、そんなのあるんだ!それ、今度一緒に見せてよ」

「うん、母さんが暇そうなときに聞いてみよう」

私はそうプルと言い合って笑う。

 「何の話なんだ?」

そんな私達の会話にマリーダが聞いてくる。

「ん、大学の話だよ」

「ダイガク?」

「あー、学校、かな?」

「士官学校のようなものか?」

「戦術勉強してるわけじゃなくて、医学の勉強」

プルがひとしきり説明するとマリーダは

「なるほど、そうか」

と頷いた。そんなマリーダに、私は、なんだかいつもとは違った印象を覚えた。

なんて言うか、まるでマリみたいな感じの…ぴょんぴょん跳ねるんじゃないか、っていうか、

そんな…楽しい、って感覚だ。楽しい?ううん、これはきっと違うね。

似てるけど、たぶん、マリーダは嬉しいんだ。

バナージくんがきっと大丈夫だろうって話を聞けて、内心は安心して、嬉しくって仕方ないんだなって、そう感じた。

「バナージくん、良かったね」

私はマリーダにそう声を掛けてみた。そしたらマリーダは、予想に反して、途端に満面の笑顔を見せたくれた。

「あぁ…ありがとう、姉さん…!」

そんな笑顔にキュンとなって、マリーダに飛びついた私は、マリーダが怒るまで彼女を撫でまわしてそれから、

何となしにマリのベッドの上に4人で集まって、のんびりお喋りがはじまった。
 

457: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:50:41.61 ID:lAmdgmVbo

「明日さ、マリーダの服とか、あと家具買いに行こうよ!」

「あぁ、いいね、それ。服は別に私のと共用でも良いけど、いつまでもお客様用の簡易ベッドじゃ体痛くしそうだしね」

「プル姉さんのベッドを借りているから問題ない」

「いや、それは私が問題あるって。これからもずっと毎晩おんなじベッドは、さすがに窮屈だよ」

「姉さんは私と一緒はイヤなのか?」

「そうじゃないけど…」

「イヤならイヤと言ってほしい。もしそうなら私は、マリ姉さんかカタリナ姉さんのベッドで一緒に寝ることにする」

「あぁ、ひとりで寝るのはイヤなんだね」

「イ、イヤと言うわけではないが…その、そうしたんだ。ダ、ダメだろうか?」

「ううん、全然大歓迎だけどね、私は。カタリナは?」

「ふふ、私もいいけど?プルが狭いって言うんならこっちにくる?」

「せ、狭いなんて言ってない!ただ、毎晩だとちょっと、って話だよ!」

「あ、じゃぁさ、ローテーションはどう?毎日順番で」

「あぁ、それ楽しそう!」

「じゃぁ、今日は誰にする?」

「ん…今日は、やはりプル姉さんが良い。一番安心するんだ」

「あーそれさ、なんかちょっとショックなんだよねぇ、同じ姉として」

「そんなことはない。楽しいことをするのは、マリ姉さんと一緒が良いんだ」

「役割、ってことかぁ」

「ね、それなら、私は?」

「カタリナ姉さんは、困ったときやここでの生活でわからないことがあったときに頼りたい」

「あぁ、わかるなぁ、それ!」

マリーダの言葉に、マリがそう声をあげる。ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいな。

力になれてるかはわからないけど、でも、頼りにしてもらえてるんだ、って言うのはやっぱり嬉しい。
 
「で、話し戻すけど、明日はマリーダの服を買いに行く、ってことでいいよね?」

「うんうん、賛成!マリーダ、どんなのが好き?」

「私か?そうだな…プル姉さんに借りた物の中では、あのトレーニングウェアが着心地は良かったな」

「ジャージかぁ、まぁ、通気性も良いし、この辺りで肌を出さないようにするには良いけど、かわいくはないよねぇ」

「色はどうかな?何色が好き?」

「い、色か…?そうだな…緑、とか…」

「あぁークインマンサカラーだね。あ、いや、どっちかって言うと、クシャトリアっぽい緑?」

「そ、そうだな」

「なんだか暑そうだね」

「白いシャツとか似合いそうなんだけどなぁ」

「あ、分かる分かる!ピチっとした感じで、下に黒っぽいアンダーとか着てさ」

「それならパンツは七分丈のベージュのカーゴとかどうかな?」

「あぁ!さすがプル!それは絶対に似合う!」

「そ、そうなのか?服の種類は良くわからないが…見立ててくれると助かる」

マリーダは、そんなことを言って顔を赤くした。ふふ、なんだか楽しみになってきたなぁ。3人でマリーダにいろいろ着てもらおう!傷跡のことはあるけど、女の子だもんね!きっと、そう言うのも興味ないわけじゃないと思うんだ!
 

458: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:51:15.56 ID:lAmdgmVbo

「美容院とかも行けるといいんだけどね。伸ばしっぱなしみたいだし、ボリュームあるし」

「私達ってホント量多いよねぇ、髪」

「髪?髪を切るのか?それならプル姉さんのように短くしてもらいたい」

「あーいやいや、待って。それはさすがにちょっと困る。正直、見分けつけられる自信ない」

「ダメか…しかし、この長いのはわずらわしいと思っていたんだ。どうにかなるようなら、頼みたい」

「うん、じゃぁ、そっちは明日じゃないかもしれないけど、行けるように手筈を整えておくよ!」

マリがそう言って胸を張った。ふふ、マリも張り切ってる。

もちろん私もだけど、マリやプルはきっともっと嬉しいんだろうな。

自分と身を分けた妹が、戦争の中で、たくさん傷付いてきたけどこうして生きて居てくれて、

それで、一緒に話して笑っていられるってことが。

マリーダと過ごす時間が、マリーダにとっても、私達にとっても、幸せを分け合えてるってことだもんね。

 だから、ね、マリーダ。もっとたくさん、楽しい時間をすごそうね。

あなたの気持ちは、昨日、あなたのマスター達に会ったときに感じたから分かってる私が分かるくらいだから、

マリもプルもきっと分かってると思うんだ。

それを分かってるから、こうしてあなたとの時間をもっともっと大切にしたい、って、そう思ってるんだよね。

マリーダ、あなた自身もきっとそうなんだよね。

 うん…少しだけ寂しいけど、でも、マリーダがそうしたい、って言うんなら、私達はそれを応援したい。

あなたの心の中に、確かなつながりを残しておいて、あなたがどんな遠いところに行ったって、あなたの支えになれるように在りたい。

そのために、私達はもっともっと、こうやって楽しい時間をすごして行くべきだって思うんだ。

ね、マリーダ、あなたもそう思うでしょ…?

 私はそんなことを思いながら、マリがおかしなことを言う物だから、声を上げて笑っていた。

マリも、プルも、マリーダも、おんなじように笑ってる。

そんな笑顔のマリーダから、ポロリ、ポロリと、涙がこぼれていた。悲しいんじゃない、寂しいんじゃない。

マリーダは、ありがとう、ありがとうって、何度も何度も、心の中で、そう言っていた。




 

459: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:51:45.25 ID:lAmdgmVbo




 「あの子達は?」

「あぁ、部屋じゃないかな?いつものお喋りだと思う」

「そうですか…」

「あぁ、ナナイちゃん、何か飲む?紅茶は各種と、コーヒーとお酒もあるけど」

「えぇと、その…お構いなく」

「ん、そう。じゃぁ、私が飲みたいのを適当に淹れるね」

私はキッチンから顔を出して、ナナイちゃんにそう確認してから、お気に入りのダージリンの葉をポットに入れて、お湯を注ぐ。

たちまち、良い香りがキッチンに漂う。ん、やっぱこれだよね。

ユーリはアールグレイが良いって言うんだけど、私としては絶対にこっちがいいと思うんだ。

戸棚からこないだアイナちゃんのところにもらったクッキーを出してお皿に開けて、トレイに乗せてリビングに運ぶ。

 カップを並べて紅茶を淹れていたら、パタパタと足音をさせてユーリが髪をバスタオルで拭きながら姿を見せた。

「おかえり」

「ん、ただいま。ナナイちゃんも、待たせて悪かったね」

「あぁ、いえ…問題ありません」

ナナイちゃんはそう言って、さっきまで難しい顔をして手にしていたタブレット端末をテーブルに置いた。

 ユーリは髪を拭き終えて、ふぅ、と小さなため息を吐いてイスに腰掛けた。

紅茶のカップを口元まで持って行って、香りを確かめてから

「ダージリンか」

と私をチラっと見て言ってくる。

「アールグレイが良かった?」

皮肉っぽく返事をしてみたらユーリはカカカと笑って

「さっぱりしたいときはこっちが良いよな」

と言ってズズズとカップに口を付けた。もう、そう言う良い方はズルいんだから。

そんなことを思いながらも、私も席に着いてクッキーを頬張る。ナナイちゃんにも紅茶とお菓子を勧めてから

「それで、話って?」

と聞いてみる。

 夕食のあと、カタリナ達がリビングから出て行ったところで、ナナイちゃんが不意に、聞かせてほしいことがある、と切り出してきた。

それまでは、ユーリのニュータイプに対する意見とか、私のサイコミュについてあれこれ質問してきていた。

率直に、なんだか、かわいい後輩が出来たみたいで嬉しくて、あれこれ止めどなく喋ってしまった。

だから、改まってそんなことを言われて、少しだけ戸惑った。

マライアちゃんから、彼女のあらかたは聞いているから、まぁ、それについての話なんだろうってのがなんとなく理解できたので、

それについては、私とユーリが落ち着いて話を利ける状態になるまで待ってほしい、とお願いした。

私は夕食の後の片づけやそのほかの家事を、ユーリは病院の方の片づけとシャワーを終えて、今、だ。
 

460: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:52:19.40 ID:lAmdgmVbo

 「はい…」

ナナイちゃんは、紅茶のカップをカチンとソーサーに置いて呟くように言った。

「私のことは、どの程度ご存じなんでしょうか?」

「んー、マライアちゃんに聞いた話だと…新生ネオジオンの技術仕官で、総帥秘書で、ニュータイプ、ってことくらいか」

「では…私が、サイコフレームを開発し、ラサへの5thルナ落としを支援し、新生ネオジオンで強化人間を調整していたことも?」

「あぁ、うん、大まかには、聞いてるよ」

ユーリがそう言って私を見た。私は、ナナイちゃんを見やってうなずいて見せる。

そしたら彼女は、キュッと唇をきつく結んでから、力のこもった目で、私達を見つめて来て、言った。

「率直に…お二人が、私をどう思っていらっしゃるのかお聞かせ願いませんか?」

どう…どうって…?それ、難しいね…意図が良くわからない。

まぁ、大変だったんだな、くらいには思っているけど…そう言うことでもないんだよね?

「戦争に加担した技術者として、ってことかな?」

ユーリがナナイちゃんにそう聞き返す。彼女はまた、口をぎゅっと結んでうなずいた。

なるほど、そう言うこと、か…戦争に加担した技術者ね…それは、私達も同じだから、ね。

ううん、きっともしそれが罪だ、っていうんなら、私やユーリの開発したあらゆることは、彼女の所業なんかよりももっと罪深い。

いうなれば、今の宇宙世紀を作り出した一端は、確実に私達の技術開発によるものだからだ。

「まぁ、難しいよなぁ、ナナイちゃんの立場も…」

ユーリはそう呟いて私を見た。うん…そうだよね…

私も、あれからの戦況を聞くにつれ、自分がなんてことをしてしまったんだろう、と思ったことが何度もあった。

特に、あのサイコガンダム、と言う巨大なモビルアーマーのデータを見たときは、全身の震えが収まらなかった。

あれこそが、私の恐れていた最たるものだったからだ。

ニュータイプや強化人間の能力を力に替えるようにして機動する、サイコミュ搭載機…

あれはニュータイプにとっては悪夢そのものの兵器だった。

「私達も、同じよ。私はサイコミュの着想を試験して、元となるデータを蓄積させた。

 ユーリは、ニュータイプ研究や強化人間の調整に関する実験を繰り返していた。

 どう思うか、と言われたら…そうね、申し訳ない、って感じかしら?」

「も、申し訳ない…とは?」

私の言葉に、ナナイちゃんはなぜかかなり驚いたようで、前のめりになってそう聞いて来た。

「うーん、だってさ…そう言う物を、戦争の道具として作り出しちゃったのは私達で、

 もし、私達がそれを作らなければ、少なくともナナイちゃんは同じことをして悩んだり苦しんだりはしていないと思うんだよね…」

「あぁ、まぁ、そうだな…それに、マライアちゃんからは、あんたの経歴も聞いてる…

 あんただって、アタシ達のせいで人生を歪められちゃった人の一人なんだろう?」

そう、そうだったね…。ナナイちゃんは確か…
 

461: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:53:04.95 ID:lAmdgmVbo

「わずか13歳で、サイド3に連邦のテコ入れで作られたフラナガン機関の研究を引き継ぐ施設の研究員…

 そこで、ニュータイプの訓練を受けた。

 その後、連邦政府機関の研究所に引き抜かれ、さらにはティターンズ系の強化人間研究施設に抜擢。

 その後、ローレン・ナカモト博士と、あぁ、彼はフラナガン機関でアタシらと一緒だったんだけど、

 彼とともに、カラバに投降し、グリプス戦役以後は、エドワウ・マスと名乗る人物の息のかかった民間研究所で

 ニュータイプ研究に従事…その後、その施設は、新生ネオジオンのお抱えのニュータイプ研究所となった…」

ユーリが私に代わって、マライアちゃんに教えてもらった彼女の経歴を話す。それから、ため息を一つ吐いて

「特に最初の…サイド3の施設や、ティターンズの研究所であんたが何をされたのか…

 ってことを想像するのは、難くない…それは、アタシらの発想の延長上にあるんだ…

 そこまで行き過ぎたことは考えたこともなかったけど、でも…倫理的に大事な何かを無視すれば、想像は簡単だ」

と言って顔を伏せた。そう…そうなんだ…。

きっと彼女は、強化施術を受けている…確証はない。

でも、その後の彼女の生き方は、まるで“何かにすがる”ようで…

それは、マスターを必要とするあの手の方法に囚われた者に良く見られる事例とほとんど同じように、

私とユーリには思えていた。

 ナナイちゃんは、絶句していた。それでも彼女は、なんとか言葉を絞り出す。

「そこまで、ご存じだったのですね…お、お二人は、わ、私が、強化人間だとおっしゃりたいのですか?」

「そのあたりの線引きが、実はすごく曖昧なんだ。

 ナナイちゃん、ここからは、気持ちと思考を別にして聞いてほしいんだけど…

 アタシは、あんたはニュータイプの素質を強化施術と訓練によって人工的に能力を伸ばされた存在…

 プル達と同じだとそう思っている。

 今、あんたがアタシ達にこんな話をして、アタシ達に従おうという気持ちでいる。

 それが、その可能性を示してると思う。

 そして、あんたが以前に仕えたマスターが、赤い彗星、シャア・アズナブルだ。

 ただ、そこだけは少し腑に落ちないところもある。

 そしてそれが、あんたが強化施術を受けたんじゃないか、と思わせる要因を見えづらくしている。

 あんたとシャア・アズナブルとの関係は、普通の強化施術を受けた子供らとマスターとの関係とは違う。

 施術の方式が違うのか、それとも、あのシャアって男が、あんた自身に働きかけたのか…」

ユーリの言葉に、またナナイちゃんは黙った。でも、今度は言葉を失っているのではない。彼女は考えていた。

沸き起こってくる感情と思考を切り分け、必死になって、自分の中に答えを探している、私には、彼女がそうしているように見えた。

 どれくらい経ったか、ナナイちゃんはゆっくりと、短く、言葉を発した。

「彼は…私を、愛してくれました…」

そう言葉にした瞬間、彼女の目から、ハラハラと涙がこぼれ始める。ギュッと、胸が詰まる想いがした。

彼女の切ない気持ちが伝わってきたからではない。

彼女が、そう感じてしまっている、と言う事実が、私の心を締め上げた。
 

462: ◆EhtsT9zeko 2014/05/06(火) 16:54:35.59 ID:lAmdgmVbo

「そして、そんな彼を、あんたは、自分の手で、壊したと思っている」

ユーリは、そんなナナイちゃんの目を見つめて言った。でも、その言葉にナナイちゃんは首を横に振った。

「いいえ…彼は、もう、戻らなかったんです…バナージとは違いました。彼はほとんど脳死状態で…

 それでも、可能性を捨てきれなかった私は…いいえ、可能性を過信していた私は、彼のまがい物を作り出してしまった。

 ですが、先日の戦闘のさなかに、私は彼の意思を感じました。彼は、私に、アレを壊してくれることを望んだ。

 『私を解き放ってくれ』と、彼は私にそう言って来ているように、そう感じて…

 それをなしてくれたのが、バナージでした…」

「…そうか…シャアは、あんたに、自身の判断で物事を推し進める自由を与えたんだな。そして、マスターと従者とは違う情緒的関係をあんたに手渡した…

 それが彼の狙いだったのか、あるいは、大切にしようと思ったのか…いや、彼のエゴ故の行為だったのか…」

ユーリはまたそう言ってチラっとナナイさんを見やる。ユーリの言葉に、ナナイちゃんは大きな動揺は見せなかった。

ただ、くぐもった声で

「…彼の…独りよがり…だったように思います…」

と言葉にした。

「そっか…」

ユーリはふぅ、と息を吐いて背もたれにギシっと寄りかかった。

それから、ボーっと天井のあたりを見つめながら言った。

「…すまなかった。アタシらのせいで…あんたを苦しめてしまった。

 アタシらが、ニュータイプを道具として使う方法の研究なんかしてなきゃ、それを押しとどめることさえできてりゃぁ…」

でも、それを聞いたナナイちゃんは、顔を手で覆って、ぶんぶんと首を横に振った。

「いいえ…おかげで、私は、彼と出会うことが出来ました…彼とともに起こしたことが正しいと言い切るつもりはありません。

 ですが、すくなくとも、あの人とともに過ごした時間は、私の人生の中でも大切なものでした」

その言葉は、やっぱり、辛い。だけど、彼女自身にも、もう分かっているようだった。

自分が、“そう言う存在”に従うように、依存するように仕向けられていたということには。

頭も良いし、しっかりした子だ。ユーリの言った、気持ちと理屈を分けて、ってことの意味をきちんと理解できている。

「ナナイちゃんも、しばらくこの島にいるべきだね。

 マリーダと同じで、少しずつ調整をほぐして行けば、きっと自分で進みたい未来がつかめると思う。

 うちの手伝いでも良いし、ユーリなら病院の仕事も紹介できるし、私はあんまりそう言うコネはないけど。

 でも、まぁ、アヤちゃん達に相談してみても良いし。

 とにかくさ、ラサのことも、ニュータイプ研究のことも、全部私達に預けてくれていい。

 あなたには、あなたの人生を取り戻してほしいの」

私は彼女にそう伝えた。彼女は、また、顔を覆って、テーブルにうなだれる。

やがて、彼女から微かな嗚咽か聞こえ始めた。辛かったんだろうな、これまで。

そんな先で出会った、シャア・アズナブルは、彼女にとって、きっとひと時の安らぎだったんだろう。

5thルナの件が仕方ないとは思わない。だけど、それは彼女の起こしたことじゃない。

彼女もまた、意思なき者として時代に求められ、戦争に投入された存在なんだ。

直接的か間接的かの違いはあるけれど、彼女はプルと同じで、私達の作り出してしまった悲しみ。

背負うつもりも、いまさら自分たちをとがめる気はない。だけど、この時代を作ってしまった責任者の一人として、私達はあなたの人生を見届ける義務があるんだと思う。

なるだけ平穏で、なるだけ幸福な人生をあなたが過ごせるために支えて、そしてそう在れるように願ってる。

 だからもう、その肩の荷は降ろして良いんだよ、ナナイちゃん。

  

471: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:04:26.82 ID:n2PS/aHUo



 「よーし、それでは!ペンション防衛隊、リネン班整列!」

「あい!」

「あいぃ!」

「これより、洗い終えたシーツの天日干し作業を行う!各員、遺漏なくあたれ!」

「了解!」

「あい!」

「あい!」

マライアちゃんが、マヤとマナを連れて、庭の真ん中でカゴいっぱいの洗い終えたシーツを抱えてそんなことを言ってはしゃいでる。

空は真っ青で、雲ひとつない突き抜けそうなくらいの晴天。ジリジリと焼けそうな日差しが、アタシを焦がす。

「ロビン、12ゲージのラチェット」

母さんが、アタシにそう言ってくる。

「ん」

アタシは、そんな気の抜けた返事をして、落ちないように脚に括ってある道具袋からラチェットを出して母さんに渡した。

 先週来た台風のせいで調子が悪かったアンテナが、ついに昨日完全に壊れて、

テレビやら母さんとマライアちゃんの持ってるどこに繋がってるんだかわかんない、怪しげな無線機の電波の通信も全部つながらなくなった。

有線でマークさんが働いている島のネットワーク会社の方は地下配線だから支障はないけど、

母さんとマライアちゃんの無線機は大事だしとりあえず、今は二人でこうして屋根に上ってアンテナを修理しているところ。

気持ちいいから屋根の上は好きだし、手伝いをしながら母さんと過ごすのも好きだし、まぁ、いいんだけど。

 「ふぅ、まぁ、こんなとこだろ」

なんてことを考えてたら、母さんがそう言ってアタシにラチェットを返しながら笑いかけてくれる。

それを受け取りながら首をかしげてみたら、母さんはハハっと笑って

「あんた、いい顔になってきたよな、宇宙から帰ってきてからさ」

なんていってくれた。自分ではあんまり自覚ないけど、そりゃぁ、ね…けっこう、壮絶な経験だったし…

まぁ、母さん達が潜り抜けてきたいろんなことに比べたら、そうでもないんだろうけどさ…

アタシなりに、いろいろ考えて、がんばったつもりではいた。それを認めてもらえたみたいで、なんだか嬉しくなる。

「世の中って、さ、難しいね」

アタシが言ったら、母さんはアンテナの角度を調整しながら

「ん、まぁ、そうだな」

なんて答えてくれる。

「でもさ、だからこそ、一生懸命何かをするんだよね」

「違いない」

聞いているんだかいないんだかわかんないけど、まぁ、でもそんな話したい気分なんだ。いいでしょ、母さん。

なんて思ってたら、母さんはまたハハハっと笑って

「大人の雰囲気だな」

なんて言ってきた。まだ、そんな自覚はないけどね、って思ってたら、母さんはなんでもない風な顔して

「好きな男でも出来たか?」

って聞いてきた。そういわれて、ふっと、ユージーンくんの顔が浮かんできてしまった。

あぁ、しまった!不意打ち過ぎてごまかせなかった…これはさすがに、隠せないな…
 

472: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:05:01.63 ID:n2PS/aHUo

「うん、ユージーンくん」

正直に言ったら母さんは

「あぁ、やっぱり…シャロンちゃんに言っといてあげないとな」

なんて、からかってくる。でも、アタシそれからすぐ、アタシがリアクションをするよりも早く、ふと何かを思い出したようにアタシを見た。

「そういや、あんたが宇宙に行ってる間に、レベッカがユージーンとデートしてたぞ、何度か」

な、な、なななななな…なんだって!?レ、レベッカがユージーンくんと…!?

な、なによ、自分はライオン隊長のとこのケヴィンくんが好きって言ってたくせに!う、裏切り者!

アタシはいきり立ってしまって立ち上がろうとしたら…雨で濡れた屋根に張ってあったタイルみたいなのに足を滑らせた。

そのままバランスを崩して、アタシは屋根材の上を、傾斜で勢いが付いてしまって転がっていく。

ヤバっ…止まんない…お、落ちる!

と思った次の瞬間、ガツン、と鈍い衝撃が体に走って、屋根の際からほんのちょっとのところで、体が止まった。

恐る恐る顔を上げたら、腰に結わいていた安全帯代わりのロープを屋根の上のほうで、

母さんがしっかりとキープしてくれていた。うぅ、助かった…死んじゃうかと思ったよ…

 アタシは、ふぅとため息をついてから、足元を確認しつつ母さんのところまで戻った。

「大丈夫か?」

母さんは、苦笑いでアタシの顔を覗き込みながらそう聞いてくる。

「うん、ごめん、油断した。ありがとう」

そうお礼を言ったら、母さんは肩をすくめて、

「あぁ、こっちこそ、ごめん。レベッカとユージーンの話は、あれ、冗談だ」

と白状した。なんだよ、もう!危うく死に掛けたじゃない!バカ!

「もう!母さん、嫌い!」

「なんだよ、アタシは好きだぞ?愛してるぞ?」

ふくれっ面で言ってやったのに、母さんは反省してるんだかどうなんだか、ニタニタと笑ってそう言ってきた。

もう、しょうがない母さんなんだから。

「アタシも本当は大好きだよ、愛してるよ!だから、いつまでも元気でいてくれなきゃヤだからね!」

そう言ってあげたら、案の定母さんはデレデレっとした表情になって

「や、やめろよ、そういうの!」

なんて言って、忙しいなぁ、なんて嘯きながら、アンテナいじりを再開した。ふふ、照れ屋さんなんだから、ホントに。

そんな母さんの照れ笑いに、なんだかアタシも幸せな気持ちになったから、

まぁ、からかって来たのは許してあげることにした。
 

473: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:06:07.81 ID:n2PS/aHUo

 「おーい、アヤぁ!」

急に、どこからかそんな母さんを呼ぶ声がした。母さんは屋根の際まで行って下を見下ろし大きく手を振る。

「あぁ、カレン!」

アタシもそばによって見ると、そこにはいつもの車を表通りに止めているカレンちゃんの姿があった。

「ロビン、降りるぞ」

「え?あぁ、うん」

アタシは母さんにそう言われて、工具なんかをまとめて脚に括ったバッグに突っ込んでから、

屋根の際で命綱を外して、そのロープを滑車に付け替えてる母さんにしがみついた。

「良いか?」

「オッケ!」

「うし、行くぞ!」

そう言うが早いか、母さんは屋根を蹴って下へとぶら下がった。

リペリング、というやつで、スルスルとロープを滑ってすぐに地上まで到達する。

 地上に降りって、母さんから飛び退いたアタシをカレンちゃんが出迎えてくれる。

「悪いな、わざわざ迎えに来てもらって」

「なに、こっちも誰かに頼みたかったところだし、ちょうど良かったよ」

母さんの言葉に、カレンちゃんがそんなことを言って笑っている。

なんの話だろう?と思って母さんを見上げたら、母さんもアタシも見つめてニヤニヤとしていた。

あれ、なに、アタシに関係のあること?

このあとは、アタシもレベッカも、母さんと一緒に、ポンコツ号のメンテ、って予定だったけど…

「あぁ、ポンコツのメンテの方は、今日はなし。悪いんだけど、あんたとレベッカとでカレンの手伝いしてやってくれないかな?」

母さんが変わらずニヤニヤした表情でそんなことを言ってきた。

「カレンちゃんの手伝い?うん、それは全然オッケーだけど…何するの?」

「あぁ、ほら、あのガランシェールってやつらが乗ってきた船があるでしょ?

 あいつ、今は空港管理の格納庫に入ってるんだけど、そっちだといろいろと金がかかるんだよ。

 まぁ、ルオ商会が出してくれるんだろうけど、他の民間の機体の手前、

 いつまでも置きっぱなしってわけにはいかないし、とりあえずウチの格納庫に移すことにしたんだ。

 そっちなら、しばらく置いといたって支障ないしね」

カレンちゃんがそう説明をしてくれる。あの、ミノフスキークラフトって言う機体のことだ。

あれ、確かにカレンちゃんのところの中型輸送機と同じくらいのサイズだったもんね。

駐機料も高そうだし、格納庫なんてもっとすごい金額になるはずだ。

でも、そんな大仕事にアタシ達が役に立てるんだろうか?

「アタシ達は何すればいいの?」

「うん、んまぁ、平たく言えば目になってもらいたいんだ。

 特に、うちの格納庫に入れるときはちょっと苦労しそうだからさ。

 無線持って、安全確保しながらゆっくり入ってく必要がありそうなんだ。

 今日はデリクは出ちゃってるし、本社の連中はバタバタだし、ダリルも来てくれる予定だけど、

 ミック連れて、だからあんまり役には立たないだろうしね」

なるほど、誘導みたいなことをすればいい、ってことね。それなら、お互いによく知ってるカレンちゃんとならそんなに難しくない気がする。
 

474: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:06:52.50 ID:n2PS/aHUo

「うん、それなら大丈夫そう!レベッカに声かけてくるね!」

「ああ、うん、頼むよ」

母さんがそう言ってくれたので、アタシはペンションの中に駆け込んでホールでレナママと掃除をしていたレベッカに母さんとカレンちゃんの話を説明した。

レベッカも二つ返事でオッケーしてくれたので、アタシ達は準備をして母さん達のところに戻る。

 「あぁ、準備できた?」

「うん、いつでも!」

「そっか。なら、早速お願いするよ」

カレンちゃんはそう言って車の方に頭を振った。

そういえば、カレンちゃんの会社の格納庫に行くのはずいぶん久しぶりだな。ふふ、なんだか楽しみになってきた。

「悪いな、カレン。頼むよ」

「あぁ、こういうのは昔っから私らの仕事だからね」

母さんとカレンちゃんがそんなことを言っているのが聞こえた。どういうことだろう?

そんな考えを走らせる前に、カレンちゃんが

「さって、じゃぁ、行こうか」

と言って、アタシ達の頭をポンポンっとなでてくれる。

今でこそあんまり言わないけど、でも、カレンちゃんには昔から本当に可愛がってもらっている。

それこそ、天使ちゃん、なんて呼ばれてたこともあるくらい。

今も、カレンちゃんからは、アタシ達をミックと同じように大事に思ってくれているのが伝わってくる。

それは、少し照れくさいけど、でも、やっぱりすごく嬉しいことだってアタシは感じていた。

 レベッカと二人でカレンちゃんの車の後部座席に乗り込む。カレンちゃんも運転席について車を空港まで走らせた。

「カレンちゃん、誘導って、具体的にどうすればいいの?」

運転をするカレンちゃんにレベッカがそう聞く。

「あぁ、別に複雑なことはいらないよ。

 外壁にぶつかりそう、とか、こっち側には余裕あるよ、とか、そういうことを逐一報告してくれれば良いんだ。

 何しろ物がでかいし、飛行機ならいざ知らず、シャトルとなると不慣れだからさ」

カレンちゃんがそう説明をしてくれる。確か、カレンちゃんも母さんも、元は戦闘機のパイロット。

シャトルの操縦と戦闘機の操縦は全然物が違いそうだし、慣れてない、っていうのも分かる。

もちろん、慣れてるガランシェールの誰かにやってもらうこともできたんだろうけど、

そのあたりは、やっぱり母さんもカレンちゃんも避けたいんだろうな。うちのペンションだもんね。

そういうのを手伝いするのも、おもてなしの内、だよね。
 

475: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:07:20.67 ID:n2PS/aHUo

「終わったらちゃんとパート代も払うからさ」

「え、いいよ、そんなの!持ちつ持たれつ、だよ!」

「そうそう!そんなんだったら、手伝わないよ、カレンちゃん!」

急にそんなことを言い出すので、アタシとレベッカはそう言って反発する。

そしたらカレンちゃんはケタケタと笑って

「冗談だよ、冗談。まぁ、でも今度お礼にどこか好きなところ連れてってあげるよ」

なんて言ってくれる。感謝が欲しいわけでも、お駄賃が欲しいわけでもないから、

そういうの、なんだか気が引けるんだけど…

「だって、カレンちゃん忙しいんでしょ?」

「まぁ、多少ね。でも、ほら、私もさ、あんた達の喜ぶ顔を見るのが嬉しい変わり者だからさ」

遠慮しまくっているアタシ達にカレンちゃんがそんなことを言ってくれる。

うぅ、そう言われたら、なんだか断り続けるのもちょっと違う気がするね…行きたいところ、かぁ…

そうだなぁ、そういえばこないだ、マリーダ達が雪ってのを見てみたいね、って言ってたっけ。

それなら、カタリナ達にも声をかけて、一緒に北のほうか、うんと南の方にでも連れてってもらえたら、

アタシ達も楽しいし、カタリナ達も喜ぶだろうな。アタシも雪って見たことないしね。

「うん…じゃぁ、ちょっと考えておくね」

アタシはカレンちゃんにはそうとだけ伝えた。

なんだか、やっぱり気になっちゃって、とりあえず帰ってから母さん達に相談してみよう、って、そう思って。

でもカレンちゃんはなんだか満足そうに

「あぁ。好きなところでいいからね」

なんて笑って言ってくれた。

 そうこうしているうちに車は空港に到着した。

カレンちゃんの会社の格納庫は、空港に隣接した敷地に建てられている。大きな格納庫が2棟もあるんだ。

片方に小型機が2機、大きい方にはいつもは中型の輸送機が入ってるんだけど、

それは今は、北米のキャリフォルニア支社の格納庫に入っているらしくて、ちょうどよく1棟が空なんだそうだ。

 とりあえずアタシ達はカレンちゃんの会社の格納庫のある場所まで車で向かって、隅の方にとまった車から降りる。
ここからは、空港内を移動する為のカートのような物に乗って行かなきゃ行けない。

車ほどスピードは出ないけど、なんだか面白い乗り物なんだ。

格納庫の中に入って、そこに置いてあったカートに乗る。前を走る機関部と荷物や人を載せる積載部とに分かれていて、

その間は金属の連結でつながっている、レベッカに言わせると、列車みたい、なんだって。

アタシはそういうの見たことないからよくわからないけど…レベッカがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

カレンちゃんが片手で優雅に操縦していたカートは、やがて空港管轄の格納庫街に入って行って、

「M3」と書かれた大きな扉の前で止まった。
 

476: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:07:53.12 ID:n2PS/aHUo

「ここがそうなの?」

レベッカがカレンちゃんにそう聞く。カレンちゃんも格納庫を見上げて

「あぁ、話では、な」

と言っている。とそこへ格納庫に付いた小さな扉を上げて、エメラルド色をしたツナギを着込んだ中年の男性作業員が姿を現した。

彼はアタシ達を見るなり

「あぁ、カレンさん、待ってました」

と声をかけてきた。この空港の職員のほとんどはカレンちゃんの知り合いらしい、って話は聞いていた。

この人もきっとそうなんだろう。

「ジェイソン、わざわざ悪かったね」

「いえいえ、このサイズの機体を長いこと止めとくのは得策じゃないですからね。

 自社格納庫に移動してもらえるんなら、こっちも使える枠が増えるんで、願ったり叶ったりですよ」

カレンちゃんの言葉にジェイソンって呼ばれた作業員はそう言ってヘヘヘと笑った。それから改まって

「こっちが、関係書類です。目を通して、サインをお願いします」

と手にしていたバインダーをカレンちゃんに手渡した。

カレンちゃんは本当に読んだのかどうか、ほとんど時間をかけずに胸元から取り出したペンでバインダーに挟まっていた紙にサラサラと何かを書き込んで、

ジェイソンさんに突き返した。それを確認したジェイソンさんは満足そうな表情で

「では、今からハッチ開くんで、準備をお願いします」」

と会釈をして格納庫の中に戻っていった。

 その後ろ姿を見送ってから、カレンちゃんがアタシ達を見つめる。

ん、いよいよお仕事が始まる、ってことだね。

「まずは、何すればいい?」

アタシが聞くとカレンちゃんは笑って肩からかけていたショルダーから無線機を二つ取り出して

アタシとレベッカに手渡した。それからふぅ、とため息をつきながら手首をグリグリと回しつつ

「まずは、あのデカブツを格納庫から出して、今通ってきたゲートの前まで運ぶ。とりあえず、ハッチが開いたら…

 そうだね、ロビンに左翼、レベッカに右翼を見ててもらいたい。

 なるべくまっすぐ出るようにはするけど、何があるかわからないしね。

 10mごとに確認の無線を入れるから、その都度、状況を教えて。

 あぁ、まぁ、ミノフスキークラフト機だから、ないとは思うけど、一応安全のために、機体からは30mは離れておいてね」

と作業の説明をしてくれる。ミノフスキークラフト、っていうのがどういう仕組みで浮いてるのかはよくわからないけど…

まぁ、油断はしちゃいけない、ってことだけ覚えておこう。

「了解、機長!」

「なんでも行ってね、社長!」

アタシとレベッカが口々にそう言ったら、カレンちゃんはなんだか嬉しそうに笑った。

 それからすぐに格納庫の大きな扉が開いて、シャトルの移送が始まった。

シャトルは、うちのペンションくらい大きくて、ちょっとびっくりしてしまった。

マライアちゃんと一緒に宇宙へ飛んだシャトルも大きかったけど、これはあれより一回りくらい大きい気がする。
 

477: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:09:04.30 ID:n2PS/aHUo

<ロビン、レベッカ、聞こえる?>

無線機からカレンちゃんの声が聞こえてきた。

「こちら左翼、ロビン!感度良好!」

<右翼のレベッカです。こっちもよく聞こえるよ!>

<よし。これから、浮遊状態に入るよ。もしかしたら、無線の感度が悪くなるかもしれない。連絡はこまめにとって行こう>

カレンちゃんがそう言ってきた。なるほど、ミノフスキークラフトっていうくらいだから、

多少はミノフスキー粒子の影響が出るのかもしれないな。アタシはそんなことに妙に納得しながら、

「了解っ!」

と返事をしておいた。

 ほどなくして、奇妙な、冷蔵庫のファンが回っているようなグングンという重い音が聞こえ始めて、

シャトルの巨体がまるで風船みたいに宙に浮いた。

「こちら、ロビン。左翼側、問題なし」

<こちらレベッカ。右翼側も浮いてるよ。カレンちゃん、聞こえる?>

アタシ達はそう無線に呼びかける。と、すぐに

<こちら、カレン。無線は今のところは大丈夫みたいだね。それじゃぁ、移動を開始する。

 気を付けながら、指示をお願い>

とカレンちゃんが言ってきた。ゆっくりとシャトルが動き出す。

<そのままそのまま!>

「こっちも平気!まっすぐ出て!」

レベッカとアタシとで声を掛けながら、カレンちゃんのシャトルを誘導していく。

ゆっくりと移動するシャトルはやがて、カレンちゃんの会社の格納庫があるエリアまでたどり着く。

<ダリル、格納庫開けてくれ>

<了解した>

不意にそう声が聞こえたと思ったら、カレンちゃんの会社の格納庫の前扉が警報音とともに開き始める。

中には、ミックを抱っこ紐で体に括り付けているダリルさんの姿があった。

 シャトルは格納庫の前でゆっくりと向きを変えると、そのまま後進する形で、格納庫へ収まっていく。

ほどなくシャトルは、格納庫の中にすっぽりと納まった。

機械音がして、シャトルから接地用の脚部が伸びてきて、冷蔵庫のファンみたいな音が緩やかに小さくなっていく。

シャトルはフワリフワリとゆっくり、地上に降り立った。

<ふぅ、こんなところ?>

カレンちゃんの脱力したみたいな声が聞こえた。

<うん、大丈夫だと思う!>

<ダリル、そっちは?>

<あぁ、問題ない>

レベッカにダリルさんの確認の声も聴こえた。

「カレンちゃん、こっちも大丈夫そう!」

アタシも最後に無線でそう報告をする。そしたらカレンちゃんが、今度は安心した明るい声で

<了解。すぐ降りるから待ってて>

と言ってきた。それからすこしもしないうちに、カレンちゃんはシャトルのハッチを開いて姿を現した。駆け寄って行ったミックを抱き上げて、アタシ達の方に歩いて来る。
  

478: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:09:52.14 ID:n2PS/aHUo

「無事に済んだね。二人とも、ありがとう」

カレンちゃんはそう言ってくれた。でも、これホントにアタシ達必要だったのかな?

カレンちゃんの操縦、全然安定してたしあちこちカメラついてたみたいだし、あんまり必要なかったんじゃない?

「ううん、全然。アタシ達いらないくらいだったよ?」

アタシが思ったままに言ったらカレンちゃんは笑って

「こういうのは備えが大事なんだよ。

 完璧な安全なんてない、でも、予防措置を何重にも用意しておくことで完璧に限りなく近付けるんだ」

と胸を張って言った。確かにそうかもね…お客さんに出す料理を準備するときの衛生管理と同じだ。

手を洗って、消毒して、生ものはなるべく出さないとか…気をつけてることはたくさんあるもんね。

そんなアタシの考えを読んだのか、急にレベッカが吹き出して、

「また食べ物?」

なんて言って笑った。そりゃぁ、好きだからね、ってアタシも胸を張って言ってやった。

「しかし、良い船だね…金とノウハウがあれば、崩壊したビスト財団の交易ルートに進出出来るんだけど…」

今度はアタシもレベッカと一緒に吹き出して笑ってしまった。

「なによ?」

カレンちゃんが戸惑った表情で聞いてくる。なに、って、ねぇ?

そう思ってレベッカを見たらバシっと目が合ってまた笑ってしまう。

「カレンちゃんは、またお仕事のことだね、って」

口を開いても笑い声しか出てこないアタシの代わりにレベッカがそう言ってくれる。

そしたらカレンちゃんはアタシ達と同じように声をあげて笑って言った。

「そりゃぁね!私だって、あんた達と幸せ分け合いたいんだ!宇宙からの旅行者を運んでやれたら、みんな幸せ、でしょ?」

あはは!もぅ、そんな事をいつも思ってくれてるカレンちゃんがアタシ達大好きなんだから!!

それは、アタシの気持ちだったのか、レベッカのだったのか良く分からなかったけど、とにかく嬉しい気分になって、

二人してミックを抱えたカレンちゃんに飛び付いていた。



479: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:10:18.61 ID:n2PS/aHUo





「こんちわー!」

玄関の方で叫び声とも知らない呼び声がする。キキの声だ。

あたしが行く、って言ったのに、アイナさんにシローってば、遊びにいかせてください、って言って聞かなくて、

結局こうしてわざわざペンションに遊びに来てくれた。

ありがたいやら申し訳ないやら複雑な気持ちだけど、いや、そうは言っても感謝以外に言葉は見つからないんだけどね。

「あー、待ってたよ」

今度はアヤさんの声。待ってた、って、アヤさんも用事があったのかな?

だとしたら、申し訳ないのが半分になって良いんだけど…

そんなことを思いながらあたしがマヤとマナと遊んでいたホールにキキとシローが入って来た。

 「あぁ、ここにいたのか」

シローがあたしを見るなりそんなことを言ってきた。と、すぐそばを抜けてキキがあたしのそばまでやってくる。

「なにか話があるって聞きましたよ。マヤマナちゃんは私が見てますから、ゆっくりしててくださいね」

キキは笑顔でそんなことを言ってくれて、ぬいぐるみで遊んでいたマヤとマナのあいだに割って入っておどけて笑わせてくれていた。

あたしってば、昨日のルーカスもそうだし、宇宙に行ってたときはアヤさん達に任せっぱなしだったし、

ここ最近、ちゃんと母親やってあげられてないな…こんなんじゃいけないよね。

マヤとマナも、アヤさんとレナさんにレオナに、マリオンとロビンとレベッカと同じ。

まず、誰よりもその笑顔を守らなきゃいけない存在のはずなのに。早く、自分の気持ちの整理をつけてあげないと、

あたし、またなにか失敗をやらかしちゃいそうだ。

「ごめんね、キキ。ちょっとだけ、お願い」

あたしはそんな気持ちと、それから、キキに感謝を込めてそうお願いした。

キキはあたしに、笑顔だけで返事をしてくれた。

 あたしは、マヤマナから少し離れたテーブルにシローを座らせて、自分も向かいに腰を下ろした。

それから、カーラのことを簡単に説明する。それから、一昨日、あたしがしてしまったことも。

シローは何も言わずに、黙ってあたしの話を聞いていてくれた。

「それでね…あたし、カーラに謝らなきゃいけないって思うんだ。

 それから、あたしが傷つけちゃったぶんも含めて、カーラの話を聞いてあげなきゃいけないとも思う。

 そのためにも、気持ちの整理をつけたい、って思って、シローに話を聞きたかったんだ。

 もし、辛くなければ、その…シイナさんとのときのことを、教えてもらえたりしないかな?」

あたしは、シローにそう頼んだ。シローはとたんに渋い表情を見せる。

やっぱり、難しいかな…そうかもしれない、とは思ってた。

だって、シイナさんとのことを思い出せば、シローは絶対に、死んじゃった家族や友達…

地球に落とされたアイランドイフィッシュのことも合わせて思い出さなきゃいけないはずだから…
 

480: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:10:51.18 ID:n2PS/aHUo

 でも、でも、シローは、渋い表情のまま、あたしが思ってもいなかった言葉を発した。

「あぁ、別に今更辛いってほどのことでもないけど…ただ、うーん、難しいな…

 まぁ、俺のことを言わせてもらえば、俺は別に、シイナを許したわけじゃない」

え…?シ、シローは、シイナさんを許してない、っていうの…?あたしは驚かずにはいられなかった。

だ、だって、今はあんなに仲良しだし…

こんな話題でも振らない限り、全然昔のことなんて気にしていない風に見えるのに…

「ゆ、許してあげたんじゃ、ないの…?」

そう、詰まりかけた言葉を絞り出したあたしに、シローはケロっとした顔で答えた。

「許してやる、なんて、上から過ぎると思うんだ…

 それに、許すと言ってやったって、シイナの背負ったものが消えるとは思わなかったし、

 あいつ自身もそんなことを望んじゃいなかった。シイナは、ひたすらに、部下達の汚名を晴らそうとしていた…

 ただ、それだけだった。俺は、そんなあいつを信じた。俺がしたことなんて、それくらいだ」

シイナさんを、信じた…?許してあげたとか、そういうことじゃなくて…?

「シイナさんの、何を、信じた、って言うの?」

あたしは思わずシローに聞いていた。そしたらシローは、ちょっと戸惑ったような表情を見せてから、んー、と唸って

「あはは、なんだろうな、うまく説明できないが…たぶん、人間性とか、そういうことだと思う。

 戦時中にどんなだったなんて知らないし知ろうとも思わない。

 ただ、俺の目の前で跪いて部下たちの汚名を晴らそうって言うあいつは、

 少なくともためらいなく大量虐殺が出来る様な人間ではないと信じられた。それなら、あとは同じだろ。

 俺だって、ジオンの軍人を殺した。アイナだって、軍人も、もしかしたら民間人を殺しているかもしれない。

 でも、それは終わったことだ。

 そして、少なくとも俺とアイナは、“そういうこと”から逃げてきた。

 それをシイナだけに被せてしまうのは…理屈に合わないだろう?」

と、なんだか、すっきりした表情で言った。

 理屈に合わない、か…でも、理屈で割り切れないのが気持ち、っていうものなんじゃないの?

と聞こうと思って、あたしは慌てて言葉を引っ込めた。
 

481: ◆EhtsT9zeko 2014/05/14(水) 00:11:22.51 ID:n2PS/aHUo

ふと、昨日のソフィアとミリアムとの話を思い出したからだった。

そう、きっとシローは、割り切る覚悟で、シイナさんの話を聞いたんだ。

あの煮えたぎるような感情も、胸を刺すような痛みも、全部洗い流そう、って、そう決めて、シイナさんと向き合った。

そうしてあげたいって思ったんだろう。シローがシイナさんを信じた、って言ったのはきっとそういうことなんだ。

そこまでしてでも、シイナさんの気持ちを受け入れてあげたいって、そう思えたからなんだ…

だとしたら、あたし、本当になんの覚悟もなかったんだな…そんなこと、これっぽっちも考えてなんていなかったもん。

 カーラを受け入れる覚悟…ダブリンでのことも、その他のことも、第一次ネオジオン紛争で起こった全てを、

悲しかった過去として整理し直す覚悟…うん、そうだよね。あたしは、それをしなきゃいけない。

カーラのために、そうしてあげたい。

きっと彼女は、この先このあいだみたいに、自分のしてしまったことを悔やんで、責める日が何度もあるんだろう。

あるいは、誰かに罵倒され、責任を取れと言われるかもしれない。

そんなときに、あたしは、彼女の助けになってあげたいって、そう思う。彼女のそばで、彼女を支えられる存在でありたいって、そう思う。

たとえ、宇宙中の誰もが、彼女を許さなかったとしても、あたし一人くらいは、彼女の味方で在ってあげたい。

 それはあたしの個人的な思いだけど、たぶんね、そういう気持ちが、

きっとこの世界を変えていくために大切なことなんじゃないか、とも思うんだ。姫様の、あの演説にあったように…

うん、アヤさんとレナさんが、お互いに信じあえたように、あたし達は、敵でも味方でもない、

手を取り合える関係を探し続けていく必要があるんだと思う。

 新しい世代、新しい世界のために、あたし達は、あたし達が絶ち切ってしまったものを、

もう一度結び直して行かなきゃいけないんだ。
 



493: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:56:43.25 ID:LJNHgt4mo

 会社の格納庫にシャトルを移動させてカレンちゃんの運転でペンションに戻ったら、

ちょうどユーリさん達が昨日、ユーリさんのところにお泊りしたっていうナナイさんを送って来てくれたところだった。

 ナナイさんはどこかすっきりとした表情をしているように、アタシには見えた。

伝わってくる感じも、どこか穏やかで、寂しさみたいな心に穴があいちゃったような感覚は相変わらずだったけど、

それでも不思議と、晴れ晴れした様子に変わっていた。

ユーリさんたちと何かあったのかな?きっといいこと、だよね。

レオナママだけじゃなくて、カタリナはもちろん、プルにマリを元気にしてくれた二人だもん。

きっとナナイさんの心につっかえてた何かを洗い流してくれたんだな、ってアタシには思えた。

 「あー、ロビン、レベッカ!出かけてたんだ!」

カレンちゃんが車をガレージの前に停めてレベッカと一緒になって庭の方に向かったら、

マヤマナをキキと一緒に遊ばせてくれているマリとカタリナの姿があった。

「ねーたん!」

「おかり!」

マヤとマナがアタシ達を見つけて飛びついてくる。もう、二人とも可愛いんだから!

アタシは母さん似で、レベッカはママ似だって話だけど、こうして見ると、二人は両方共、マライアちゃんにそっくりだね!

 アタシは飛びついてきたマヤを抱き上げて追いかけてきたカタリナとマリを出迎える。

「プルちゃんとマリーダちゃんは一緒じゃないの?」

レベッカが二人にそう聞くと、

「あぁ、中にいるよ。ほら、マリーダのマスターっておじさんがいるじゃん」

とカタリナが教えてくれる。そっか、きっとお話でもしたいんだね。

こないだ再会したときも、大好きなんだ、って、すっごく伝わってきてたしね。

 「あぁ、おかえり!」

と今度はガレージの中からいきなり声がした。見たら、小さな扉をあけて、母さんが出てきていたところだった。

「アヤ、二人貸してくれて助かったよ」

「なに、こっちこそ。で、どうだったんだ?」

「まぁ、どっちも大丈夫だとは思うよ、いちおう、ね」

母さんに聞かれて、カレンちゃんがニヤっと笑っている。

何かを企んでるんだろうな、とは思うんだけど、二人共、かなり巧妙にごまかしてて、うまく思考を読み取れない。

でも、まぁ、きっとまた、びっくりサプライズでも企画しているんだろうな。

誰か誕生日の人いたっけな…いない気がしたけど…そのうち教えてくれるか。

 「母さん。ポンコツはどう?」

「あぁ、エンジンはなんとか機嫌が良くなったよ。でも流石に限界かもなぁ。

 買い替えられない、ってことになると、

 あとはまぁ、機関部だけでもエレカのモーターとギアボックスにでも取り替えてやれば、躯体自体はまだいけそうだから、

 長いスパンでそっちへの移行も視野に入れといた方が良さそうだ。その方が燃料の心配しなくって済むしな」

最近は、この島への純度の高いガソリンが入ってくる量がちょっと減った、って話をちょくちょく聞いていた。

バイオ燃料でも代わりになるけど、有機燃料はよっぽど質が良くないとエンジンには良くないんだ、とも言ってたので、確かにそこは悩みどこだ。

 でも、アタシもレナママと同じ意見で。この車のエンジンの振動がなんだか心地よくって好きだったから、

できたら今のままで頑張ってほしいな、とは思うんだけど。
 

494: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:57:24.68 ID:LJNHgt4mo

 「なぁ、ロビン、レベッカ」

そんなことを考えていたアタシとレベッカに、母さんがまた声をかけてきた。

「今日はシローところも来てるし、ユーリさんのとこも、あとカレンもダリルも来てくれたしな!

 庭でパァーっとなんてどうかな、って思うんだけど、どうだ?」

うんうん!確かに!カレンちゃんもユーリさんのところもほどんど毎日こっちには顔出してるけど、

シローさんのところは2週に一回くらいだし、もちろん、お客さんもいるしね!

そうした方が下準備が簡単だし、後片付けも楽だし、楽しいから、もってこいかも!

 「どうせなら、シャロンちゃんのとこにも声かけとくか。あと…マークのとこに、デリクは今は北米だっけ?」

「あぁ、今夜は戻らない予定になってるよ」

「そっか、じゃぁ、ソフィアにあとはミリアムのところとシイナさんのとこだな」

母さんが楽しそうにそんなことを言っている。もちろん、アタシだってワクワクっと心が踊っていた。

「じゃぁ、母さん!私が連絡しておくよ!時間は何時くらい?」

レベッカも嬉しいみたいで、そう言ってニコニコと母さんを見つめている。

「うん、じゃぁ、レベッカは先に連絡を頼むな。ロビン!いや、料理長!

 あんたは、好きなメンツを連れてすぐに下準備にかかれ!レナとレオナにも報告しといてな!」

りょ、料理長だなんて!ア、アタシ、張り切っちゃうんだから!

「レベッカ、カタリナ、マリ、あと、キキも!バーベキューの準備するから、支援要請!」

アタシが言ったら、三人とも飛び上がって

「了解!」

なんて返事をしてくれた。よし、そうと決まれば…

「キッチンへ突撃!遅れるなー!」

「おー!」

アタシは言うが早いか、そう叫んでキッチンへと駆け出していた。

 「カレン、あんた達はホールで休んでてくれよ」

「私はあんたを手伝うよ、ダリル、ホールで少しのんびり座っててくれよ」

「へいへい、よろしく頼んだぜ」

ダリルさんのそんな気だるそうな声が聞こえる。

「アヤ、これからコンロの準備だろう?」

「あはは、ありがたい。じゃぁ、頼む、一緒に倉庫まで来てくれよ」

カレンちゃんと母さんの仲の良さそうな話し声も後ろに聞こえている。ふふふ、なんだか、また楽しくなってきちゃった。

がんばるぞ、アタシ、頑張っちゃうんだから!
 

495: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:57:52.75 ID:LJNHgt4mo

 アタシ達はマヤとマナをホールでの話が終わったらしいマライアちゃんに返して、

そのまま一気にキッチンへとなだれ込んだ。そこではまた、ママ達がお昼ご飯の後片付けをしている最中だった。

「どうしたの、お揃いで?」

レオナママがお皿を拭きながらアタシ達を見て目をまあるくしている。

「あのね、母さんが、夜はバーベキューにしないか、って!」

そういうやいなや、奥の方でお鍋を洗っていたレナママがクスクスと笑い出して

「なるほど、アヤってば、そういうこと…」

と口にしてから、

「お揃いで、下準備しに来てくれたんだね?」

と聞いてくる。

「うん、そうなんだ!」

レベッカがそう言うと、レオナママもレナママも優しい顔で笑った。

 「それなら、冷蔵庫のお野菜の在庫確認しておいたほうがいいかも。大人数でバーベキューするほど残ってない気がするんだ」

「あ、それならお肉も、できたらそれ用に仕入れてきてもらえると助かる。

 今保存してるのは、毎食の夕飯分でもう割り振っちゃってるやつだから」

二人は口々にそう言ってくる。なるほど、まずは買い出し、ってわけだ。

「ロビンの野菜はどう?」

「うーん、トマトあたりは大丈夫だと思うけど、そんなにたくさんはないからなぁ。どっちみち、買いに行かなきゃだよ」

レベッカが聞いてきたのでアタシは肩をすくめて答えてから、レベッカと一緒にマリをみつめた。

「え、私運転!?」

「うん、そう!」

「ちぇー、わかったよ!それなら早く行こう!」

マリは口ではそんなことを言ってたけど、笑顔でそう言った。

「あ、ロビン!レベッカ!」

と、キッチンから出ようとしたアタシ達をレナママが呼んだ。

振り返ったらママは、濡れた手をエプロンで吹いて、ポケットからジッパーのついた袋を取り出して中からお札を二枚取り出した。

「これで、考えて買ってきね。任せたよ、料理長に営業部長!」

レナママはアタシ達にそんなことを言ってくれた。

アタシはまた嬉しくなって、レベッカと顔を見合わせてニヤニヤと笑い出てくる笑いを堪えられなかった。

 それから、プルが母さんに言ってポンコツを引っ張り出しているあいだに、

アタシとレベッカでみんなに電話で招待の連絡をしてからペンションを出た。

 買い出しに行くのは、島の中心地じゃなくって、この住宅・リゾートエリアと中心地のあいだにある市場だ。

そこには魚から野菜からお肉まで、島に船や空路で荷揚げされた物資が集まってくる。

街の方に行けばスーパーやなんかもあるけど、どっちかって言うとそういうのを使うのは観光客の人が多くて、

アタシ達みたいな地元の人間はだいたい、この市場で食料を仕入れる。

うちはペンションで、いつもたくさん買っていくから、市場の人たちにはだいたい顔を覚えられてて、

いつも良くしてもらってる。

あの商店のおじちゃんじゃないけど、オマケつけてくれたり、ちょっと安くしてもらったりね。
 

496: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:58:28.02 ID:LJNHgt4mo

 「じゃぁ、手分けして行こう!アタシは一人でお肉仕入れに行ってくるよ」

「なら、私とキキで野菜かな」

「それじゃ、私とマリで魚を見て回ればいいかな?」

「お肉は量が多そうだし、魚仕入れ終わったら援護に行くよ」

「うん、了解。そのときには“呼ぶ”から、駆けつけてね!」

アタシ達はそう言葉を交わしあって、市場の人ごみの中へと散り散りに突っ込んでいった。

 それから1時間くらい買い物をして、アタシ達はまたマリの運転でペンションに戻って下準備を開始した。

 大量のお肉や野菜を切り終わるころには、ペンションにはもうみんなが集まってきていてホールや庭でワイワイと、

今や遅しの状態になっていた。

 「ロビン、準備どう?」

そう言いながら、レナママがキッチンにやってきた。

「あ、ちょうど良かった!今運び出そうと思ってたところ!」

レベッカがそう返事をする。アタシ達は、切り終えた食材をワゴンに載せている最中だった。

それを見たママはなんだか満足そうに笑って

「さすがだね!じゃぁ、私は飲み物運んじゃうから、そっちはよろしくね!」

と言って、食器棚から大量のグラスとアルコールやジュースを別のワゴンに手早く載せていく。

いけない、そっちの方は考えてなかったな…

「ママ、お酒とか、足りる?」

「あぁ、うん。こっちは母屋の地下のセラーにストックがたくさんあるから大丈夫だよ」

そっか、良かった。アタシはまだ飲めないけど、母さん達にしてみたら、お肉と野菜があるのにお酒がない、なんて

メープルシロップのかかってないパンケーキみたいなものだもんね。いや、それでも十分美味しいんだけどさ。

 アタシ達はワゴンを押してホールへと出た。そしたらなぜか、拍手喝采で出迎えられた。

あれ、そんなに待ち遠しかったのかな?遅くなって申し訳ないことしちゃったなぁ。

 なんて思っていたアタシの頭を母さんがガシガシっとなでてくれた。

「ありがとな、ロビン!おかげでこっちの準備もスムーズにできたよ」

母さんはアタシにそんなことを言ってくれる。もうっ、母さんてば…大好きだよ!

「さて、あとはアタシに任せな!あんた達はパーっと楽しんでこい!」

そういうが早いか母さんはアタシ達からワゴンを奪い取るようにしてデッキまで引っ張っていくと、

そこからはカレンちゃんとレオナママと一緒に食材を庭に準備した特大のコンロの方まで運んでいった。

レナママは、もうお酒やジュースを配って回っている。

 みんなが笑顔で、楽しそうにそんな様子を眺めたり、おしゃべりしたりしている。

それを見てたら、アタシ、なんだかすごく幸せな気持ちになってきた。

ふと、後ろを振り返ったら、レベッカもマリもカタリナもキキも、おんなじような笑顔になって笑ってみんなを見ていた。

きっと、アタシもあんな顔してるんだろうな。不意に、ふふ、っとレベッカが笑ってマリを見た。

あはは、アタシも今、感じたよ!

「幸せたくさん、だね?」

レベッカがマリの顔を伺うようにしてそう言う。それを聞いたマリは、満面の笑みを浮かべて頷いて

「うん!」

って、また、あの眩しい笑顔を見せてくれた。
 

497: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:58:58.97 ID:LJNHgt4mo

 それからは、もういつも通りの大騒ぎ。いっぱい食べていっぱい飲んで、カタリナ達とふざけ合ったり、

ユージーンくんと話をしたり、ニケ達と一緒にマークさんをからかったり、

最近ちょっと元気のなかったカーラさんも、ジュリアとメルヴィとアイナさんと一緒に静かにニコニコしながら

デッキでみんなが楽しんでるのを見てた。

 夕方も過ぎた頃、ダリルさんがミックくんを寝かせる、と言って

ベビーベッドをペンションから運び出しておいた母屋の方に向かったのをきっかけに、

マライアちゃんとシイナさんとミリアムちゃんもチビちゃん達を連れて母屋に向かった。

それからは、さすがに疲れてきた感じで、なんとなく全体のトーンが落ちて、ようやく落ち着いて来た、って感じになった。

ガランシェールのみんなはホールに入って、まだお酒を飲んでいる。

シローさんは、キキちゃんを連れて家にかえって行った。

ナナイちゃんもカミーユさんも、カミーユさんのフィアンセのファさんも客室に戻る。

ソフィアちゃんにルーカスくんに、カレンちゃんとユーリさん達に母さん達がホールで続きをやっている。

カーラさんたちは相変わらずデッキで4人で穏やかにおしゃべりをしていた。

アタシは、といえば、なんだかはしゃぎ疲れて、ホールのソファーでレベッカとマリとカタリナとプルと、

それからマリーダと一緒に、何をするでもなくのんびりとした時間を味わっていた。

「いやぁ、あの、途中で食べたお肉は絶品だった」

「あぁ、あれね!オーストラリア産だったけど、柔らかくて美味しかったねぇ」

「ふふふ、マリとロビンはいつも食べ物のことばっかり」

「なによぅ、そういうカタリナだって、けっこう食べてたじゃん」

「そうだな、姉さんが一番食べていたような気がする」

「いや、マリーダ、それはさすがにウソだよ。どう考えたって、私かマリかマリーダのうちの誰かだよ」

「強化人間って、胃袋も強化されてるの?」

「ふふ、そんな話し聞いたことないけど、もしかしたらそうなのかも?」

「じゃぁ、ロビンも強化人間ってことになるよね」

「いや、アタシはまだそういうのされたことないよ。でも、胃袋強くしてくれる方法があるんならやってほしいなぁ」

こんなことをおしゃべりのネタにできるのはアタシ達くらいだろうね、きっと。

なんて思ったらまたクスクスと笑えてきてしまった。

 「マリーダ」

不意に誰かがマリーダを呼んだ。

顔を上げたら、その声の主は、向こうのテーブルに座っているマリーダの“マスター”、ジンネマンさんだった。

その表情を見て、アタシは一瞬にして今までの楽しい気分が吹き飛ぶのを感じた。あれは、緊張した顔だ。

緊張していて、そして、どこか冷たくて、かたくなな感じ…アタシ、この感じは知ってる。

ジンネマンさんは、何かを覚悟しているみたいだ。
 

498: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 22:59:39.39 ID:LJNHgt4mo

「マスター…?」

マリーダも、ジンネマンさんのそんな雰囲気を感じ取ったらしい。

そう言いながら、立ち上がった彼女は、どこか体を緊張させていた。

「少し、話がある。こっちへくるんだ」

ジンネマンさんは、そう言った。マリーダはクッと顎を引いて頷き、テーブルの方へと歩いていく。

「マリ」

「うん。カタリナも」

「わかってる」

マリ達もそう言い合って立ち上がると小走りにマリーダの後ろを着いて行く。

取り残されたアタシとレベッカは顔を見合わせていたけど、でも、なんだか、得体のしれない雰囲気だ…

マリーダに着いててあげなきゃ行けない…そんな気がして、同じ様にそう思ったらしいレベッカと頷き合って、あとを追った。

テーブルにはジンネマンさんとガランシェールの主だった何人かに、ユーリさんとアリスさん。

それにレオナママも座っている。カレンちゃんと母さんは少し離れたところで、

相変わらずお酒を飲んでヘラヘラと何かを話してはいるけど、でも、こっちの様子には気がついている気配がする。

 ジンネマンさん以外、テーブルについている人たちは、ジンネマンさんの意図を理解しかねているのか、

一様に戸惑いの表情を浮かべていて、イスに腰掛けるマリーダとジンネマンさんを代わる代わる見つめている。

「マリーダ…俺たちは明後日、ここを経って、ルオコロニーに戻る」

ジンネマンさんが口を開いた。ルオコロニーへ…?あ、そうか、確か、ルオコロニーの警備隊にスカウトされてる、

って言ってたっけ…それでなんだな。

「そうか…了解した」

マリーダは、沈んだ様子で、そう返事をした。そうだ…マリーダはお別れになるんだな…

彼女は、ずっと長いあいだ、ガランシェール隊と一緒だった、って言ってた。隊は家族、だもんね。

せっかく仲良くなれて残念だけど…でも、今のマリーダにはその方がいい。

まだ少し硬いところもあるけど、それでも、楽しい時なんかには、プル達と同じ、あの明るい笑顔で笑えるようになった。

ユーリさん達がどういう判断なのかはわからないけど、洗脳ってやつだって、きっともうだいぶ良くなってるに違いない。
 

499: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:00:40.93 ID:LJNHgt4mo

 アタシは、それでもなんだか急に寂しくなった。お別れなんだね…マリーダ。

でも、アタシなんかより、プルやマリやカタリナの方が、もっと寂しいに違いない。

アタシばっかりしょげてちゃダメだ。アタシは、3人をしっかり慰めてあげないと…

そう思って、アタシはそばにいたプルの顔を見た。でも…プルは寂しい、って顔をしてなかった。

ううん、それどころか、プルは怒っていた。ど、どうしたの、プル…?

アタシが慌てて声をかけようと思った矢先に、ジンネマンさんが言った。

「お前は、ここに残れ」

「なっ…」

「お前を一緒には連れていかない」

「どうしてだ、マスター!私も一緒に行く!」

ドン、とテーブルを叩いて、マリーダが立ち上がる。その目からはすでに大粒の涙がこぼれ落ちている。

ここに残れ、って地球に?アルバに?マリーダを残して行く、っていうの?だ、だって、隊は家族じゃないの?

どうしてそんなこと?

「これは命令だ。お前は…ここで暮らせ」

「め、命令なんて!私はもう、マスターの指示には従わない!あのとき、心のままにと言ってくれた!

  これは私の意志だ…私も一緒に連れて行ってくれ!」

マリーダがジンネマンさんに掴みかかる。しかし、彼は一瞬の同様も見せなかった。

マリーダの体を手のひらで押し返すと、覚めた瞳で、マリーダに言った。

「ここには、お前の本当の、血の繋がった家族がいる。家族は、家族の元にあるべきだ。俺たちは所詮他人同士。

 別々の道を行く方が自然だ」

な、なに、それ…?違う、ジンネマンさん、それは違うよ…家族は、家族っていうのは…

アタシがそう思って絶句した次の瞬間、何かがジンネマンさんに浴びせかけられた。

見たら、プルが空になったグラスを握っていた。水、ぶっかけたの…?

プルが、ジンネマンさんに?そう思っていたのも束の間、プルはうつ向いて低い声でつぶやくように言った。

「今、なんて言った…」

ガタガタと、肩が震えているのが分かった。プルから漏れ出てくる煮えたぎるような感情。

怒ってる…プルが、あんなに…!

ガタンとイスを倒しながらプルは立ち上がって、ジンネマンさんの胸ぐらを掴んでイスから引きずり下ろした。

「許さない…取り消せ!」

プルは大声でそう怒鳴りながら、ジンネマンさんの着ていたシャツの襟首を絞り上げる。

「や、やめろ!マスターに手を出すな!それ以上は、いくら姉さんでも許さない!」

「黙ってなよマリーダ!この人は、一番言っちゃいけないことを言った!あんたを…あんたの気持ちを…!」

ガランシェール隊の人たちが、ジンネマンさんを救出しようとプルに飛びかかった。

でも、それをマリが母さんに教えてもらった関節技を駆使して片っ端から投げ飛ばしていく。

マリからも、プルとおんなじ感じがする。声にも、言葉にも出してない。でも、肌の焼けるようなこの感覚…

ううん、感覚なんてものじゃない。あの表情を見れば、マリもどれだけ怒ってるかなんて一目瞭然だ。

「謝れ!マリーダに…謝れよ!」

「くっ…」

ジンネマンさんは、プルにシャツの襟で首を締め上げられてそううめいている。
 

500: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:01:12.12 ID:LJNHgt4mo

「やめろと言っている!」

ついに、マリーダがプルに飛びかかった。でもそれをマリが抱きとめて阻む。

「マリーダ…あなた、それでいいの!?今、おじさんがなんて言ったのか聞こえなかったの?!

 ううん、たとえあんたがそれで良くったって、私は許せない…家族は、血が繋がってるから家族なんじゃない…

 アヤちゃんが言ってた。家族だって思うから、家族なんだって。それを今、おじさんは否定した…

 あなたの想いも、私達の幸せも…!」

「違う…マスターは…マスターは!」

マリーダが、マリに羽交い絞めに合いながら叫んでいる。マリーダの気持ちがアタシに届いた。

ううん、アタシにだって、分かった。ジンネマンさんは、本気でそんなことを思っているわけじゃない。

でも、マリーダをここに残して、プル達と生活させてあげたいって思っているのはきっと本当。

ジンネマンさんは、自分が悪者あつかいされても、マリーダの幸せを願ってるんだ…

でも…でも、だけど、それは違う。そんなのは、嬉しい幸せじゃない。

幸せっていうのは、分けあって始めて幸せなんだよ。

誰かが寂しい思いをして、もう一方の誰かだけが幸せになるなんてことは、絶対に違う。

「俺は…もう10年近くお前と一緒に宇宙をさまよってきた。お前を救おうと、強化手術の情報さえ集めた。

 だが、俺には最後の最後まで、お前の本当の笑顔を取り戻させてやることができなかった。

 だが、ここにいるお前の家族は違った。たった数週間で、お前を見たことのない笑顔にして見せた…

 だったら、いつまでも家族ごっこをしているなんて滑稽じゃねえか…」

「黙れ…黙れよ!」

プルが、聞いたこともない金切り声で叫んだ。

 どうしよう…ジンネマンさんは、きっと地球では生活していけない。

ううん、ジンネマンさんだけならなんとかなるかもしれない。でも、他の隊員たちと一緒じゃ、そうもいかない。

仕事のことも、生活の場所のこともある。だから、宇宙に帰るしかないんだ。

マリーダの幸せを考えたら、ここに残したいって気持ちも分かる。

でも、プル達が怒ってるのだってアタシにはわかっちゃう。だって、みんな、みんなアタシの家族なんだ。

レオナママやマライアちゃんやマリオンちゃんだけじゃない。

カレンちゃんも、アイナさん達も、ユーリさんもアリスさんもプルだってマリだってカタリナだって、

血なんかつながってないけど、アタシの家族なんだ…だから、あんな言い方は傷つく。でも…でも…

 アタシは答えなんか出るはずないのに、考えた。多分、宇宙に行った時以上に頭を回転させた。

だって、こんなのってあんまりじゃん。

お互いを想い合っているはずなのに、これじゃぁ、そういう大事なところが伝わらないで、傷付けあったままになっちゃうよ…

そんなのは、そんなのは、ダメだ!

 ポン、っと不意に何かがアタシの頭に乗った。振り返ったらそこには母さんがいた。

母さん、お願い、みんなを止めてよ!こんなの、違うよ!これじゃぁ、誰も幸せになんてなれないよ!

そうすがるように見つめたアタシと、同じように頭に手をおいているレベッカの顔を交互に見て、ニヤっと笑った。

「大事なことは、情報収集と分析、ヤバくなったら逃げろ、考えることをやめるな、だ」

母さんはそう言うと、フラっと身を翻して、元いたテーブルの方へと戻っていった。

どうして…?母さん、助けてくれないの?止めてよ、このままじゃ…このままじゃ…!
 

501: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:01:40.09 ID:LJNHgt4mo

 「ロビン!」

急にレベッカの声が聞こえた。

びっくりしてレベッカを見たら、彼女は、さっきまでとは違う、真剣で、冷静な眼差しでプル達を見つめていた。

「考えて!」

レベッカはまた叫んだ。考える?何を?アタシ達になにが出来るっていうの?

母さんの言葉は、いつも口を酸っぱくして言ってることだけど…

それを今、改めてアタシ達に伝えて、母さんは笑った。

いつもならヘラヘラ笑ってああいう事態の真ん中に躍り出ていく母さんが、

今はカレンちゃんと二人して、遠巻きに見つめているだけだ。も、もしかして…

―――アタシ達に、なんとかしろ、ってことなの!?

アタシはそのことに気がついて、レベッカを見つめた。レベッカは口をへの字に結んで

「きっと」

と頷く。もう!なによ!よりにもよってこんなことを任せることないのに!で、でも、とにかく考えなきゃ。

情報収集と分析…情報って、何!?何を分析したらいいの!?

考えることはやめないけど、何を考えたらいいのかわかんないよ!

 「レベッカぁ」

アタシは頭が真っ白になりそうで、思わずレベッカの名を呼んでいた。

レベッカはまだ、真剣な表情でプル達をじっと見つめている。そして不意に、口にした。

「幸せ、たくさん、にする方法…」

幸せたくさん…そう、そうだ。今のままじゃ、みんな悲しいだけだ。幸せを分け合える方法を考えないと!

でも、どうしたらいいの?ジンネマンさんは、宇宙に帰るしか方法がない、この島でみんなが生活してくのは難しいから…

なるべく家族がバラバラになりたくないって気持ちは分かる。

マリーダも、できたら、地球に残って、プル達と一緒に過ごすべきなんだ。

少なくとも、みんなが、マリーダ本人が、大丈夫だって、そう思えるまで。

でも、マリーダはジンネマンさん達に着いて行きたがってる。

ジンネマンさん達を説得してマリーダを一緒に連れて行ってもらうの?

それとも、ジンネマンさんたちが地球にいられる方法を探すの…?

難しいけど、きっと地球にいられる方法を探すほうがいい。だって、その方が絶対笑顔が増えるはずだから。

プル達もジンネマンさん達も、笑っていられるはず。

マリーダが宇宙へ行っちゃったら、もしかしたら、プル達も、アタシも、泣きたいほど寂しいって思うかもしれないんだ…

それがマリーダの決めたことだ、ってわかっていたとしたって…
 

502: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:02:23.99 ID:LJNHgt4mo

 でも、じゃぁ、どうしたらいいの!?ガランシェール隊で残っているのは12人。

そんな人たちをいっぺんに生活させる仕事も、家も、準備なんて簡単じゃない…どうしよう?どうしたらいい?

情報、情報の収集と分析…情報…仕事の、情報…漁をしたりとか、どうかな…

母さんや島の漁師さん達に教えてもらって、船を買って…いや、でもそんな資金があるとは限らない。

第一船を買うお金なんてルオ商会が出してくれるかな!?わかんない…マ、マライアちゃんに確認しないと…

でも今マライアちゃんいないし…船じゃなければ…え、待って、船…?船!?

 ふっと、頭に昼間の出来事が浮かんできた。カレンちゃんだ!

「カ、カレンちゃん!」

アタシはハッとして、自分でもびっくりするくらいの大声を上げていた。

一瞬にしてホールが静まって、他のみんなや、プル達にジンネマンさんの視線さえ、アタシに集まっていた。

ほとんど同じタイミングで、レベッカも何かに気がついたような表情になって、アタシを見てた。

「ビ、ビスト財団が崩壊したら、宇宙に隙ができるんだよね?」

「輸送ルートがどうとか、って言ってた昼間の話!」

アタシとレベッカが立て続けにカレンちゃんに聞く。

「なんだよ、急にでっかい声だしてさ…。あぁ、まぁ、そうだけど?

 ビスト財団は美術品を中心に、地球と宇宙の物資輸送を行うルートを牛耳ってたしね」

カレンちゃんは、なんだか嬉しそうな表情でそう返事をする。でもそれに構わずアタシ達は続けた。

「昼間、カレンちゃん、ノウハウがあればって話をしてた」

「この島に、物や人を宇宙と直接結ぶことができたら、きっともっとたくさんの人がこの島に来てくれるし、たくさんの物が入ってくるようになるかもしれないんだよね?」

「そりゃぁね」

そう、きっとそうだ。昼間、母さんとカレンちゃんがしてた話は、そういう事なんだ。

アタシ達に、ちゃんとヒントを出してくれてた。そのためのお手伝いだったんだ!

「ジンネマンさん!」

レベッカがプルに捕まっていたジンネマンさんに声をあげた。

「ジンネマンさんは、宇宙詳しいよね!?」

「ずっと宇宙を飛び回ってたって聞いたよ!航路とか、コロニーの経済状況とか、生活水準とか、そういうのも分かる!?」

「わかるが…一体何を…」

ジンネマンさんは戸惑った様子でアタシ達にそう言ってくる。でも、アタシ達は構わずに、カレンちゃんに聞いた。

「カレンちゃん、ガランシェール隊に人たちをみんな、カレンちゃんのとこで雇うことって出来ない?」

「ノウハウと人手がないって、昼間言ってたでしょ?ガランシェール隊を雇えば、

 ノウハウも、人でも、それにあのシャトルも使える!宇宙へのルートが開ければ、お客さんも物も、たくさん運べるよ、きっと!」

「どうかな、カレンちゃん!?」

また、ホールが静まり返る。みんなが、カレンちゃんの返事に注目していた。

そう、母さん達は、きっとそれがいいって思ってたんだ。カレンちゃんの会社なら、社員寮もある。

さすがに12人分の部屋が空いてるとは思わないけど、でも、建て増したり、住宅手当とかを出してる人もいるって聞いたことがある。それなら、みんな地球に住める。

うまくいけば、カレンちゃんの会社にも儲けが出て幸せ、

ガランシェール隊もアルバを拠点にできるから、隊のみんなも、マリーダも幸せ、

プルやカタリナ達だって、もちろんアタシ達も、マリーダと一緒にいられるから、幸せ…

そうだ、この方法が一番いい!
 

503: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:03:34.74 ID:LJNHgt4mo

 「あははは!そりゃぁ良いアイデアだ!な、カレン、そうしろよ!」

カレンちゃんよりも先に、母さんがそんなことを言って笑い出した。もう!知ってたくせに!

ていうか、こうなることが読めてたんなら事前に言っといてよね!

「あぁ、そりゃぁ、確かに一考の余地はあるね。

 ノウハウは十分だろうし、人手の方も全員うちでやってくれるって言うんなら満足だ。 あとは、特にあの船だよね。

 ミノフスキークラフトだからメンテナンスやらの心配はあるけど、打ち上げしない分コストはかからなそうだし、

 利便性と安全性が高いし…なるほど、うちの社もついに宇宙進出かぁ」

あぁ、もう!そういうお芝居はいいから、早く本題に入ってよ!

アタシがヤキモキしてたのを感じたのか、母さんが苦笑いで

「プル、あんたもいい加減、その手離してやんな」

とプルに声をかけた。プルは、アタシ達のせいで急に勢いを削がれたみたいで、

くたっとジンネマンさんのシャツから両手を離した。

「悪く思わないでやってくれな。プルやマリは、マリーダと同じなんだ。それでも、ここで家族に出会えた。

 アリスさんとは血が繋がってるって話は聞いたけど、ユーリさんとは違うらしい。

 でも、プルにマリも、ユーリさんを家族だって思ってる。アタシだってそうだ。家族に嘘もホントもない。

 家族だってお互いに思って、そう在りたいって努力すれば、もうそいつらは家族なんだと、そう思ってる。

 アタシも、隊は家族だ、って思ってたクチだし、まぁ、育ちが特殊だから、とくにそういう繋がりの大事さがよくわかるんだ。

 アタシやプル達だけじゃない。ここにいる奴らは、多かれ少なかれ、そう思ってくれてるんじゃないか、って、そう思ってる。

 血が繋がってようがなかろうが、関係ない。アタシ達は、家族なんだ。

 お互いに心を通わせて、一緒に居たいと思って、こうしてここで楽しくやってる。

 それぞれの胸のうちにある悲しみやら辛い記憶を、洗い流して“思い出”にして、な。

 だから、まぁ、あんたのさっきのは、アタシ達を全否定することになっちゃうんだ。

 言葉のあやだってのはわかるけど…特にプルとマリは本当に、そういう繋がりに救われた子達だから…

 うん、許してやってくれよ」

母さんはそう言った。ガタン、とイスの音がした。見たら、ユーリさんが立ち上がっている。

ユーリさんは、ジンネマンさんを離したプルと、いつの間にかマリーダを開放していたマリの手を優しく引いて一旦二人を胸に抱きしめた。

「怒ってくれて、ありがとうな。嬉しかった。

 でも、アタシも、子の幸せを願う親として、ジンネマンさんの気持ちは分かる。

 本心でそう思ってるわけじゃないんだ。

 本当だったら、レオナがプルを、ジュピトリスへ送り出したときみたいな言葉を掛けてやれたら良かったんだろうけど…

 みんながそう器用なわけじゃないからな」

プルとマリは、ユーリさんの胸元に顔をうずめてそれを聞いている。

そんな二人の肩をポンと叩いて、ユーリさんは、二人をジンネマンさん達に向き直らせた。

「ほら、二人とも謝んな。行き違いがあったからって、やって良いことと悪いことがある。

 あんたたちのは、今回はちょっとやりすぎだ」

そう言ってユーリさんは二人の背中をトンとつつく。

「その…悪かったよ」

「ごめん…」

二人は、仏頂面だったけど、そう言って謝った。
 

504: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:04:10.55 ID:LJNHgt4mo

それ聞いたジンネマンさんは、床に座り込んで、

「俺も…すまなかった。言葉が過ぎた」

とうつむく。でも、そんなジンネマンさんに、プルが言った。

「私達は、別に良い。家に返って、甘いものでも食べておしゃべりすれば忘れる。

 それよりも、ちゃんとマリーダと話してよ。

 あんな言葉じゃくて、あんたの、父親としての思いを、ちゃんとマリーダに伝えてやってほしい」

「あぁ…そうだな…」

ジンネマンさんは、コクっと頷いた。それからジンネマンさんはおもむろにマリーダに向き直った。

「マリーダ…正直にいう。俺はお前を、娘の身代わりと思っていた。

 あの売春宿でお前の姿を見たとき、連邦軍の駐留部隊の連中になぶり殺しにされたっていう娘と重なったからだ。

 だから俺は、本当のお前を見てやれなかった。俺は、お前の父親なんかじゃない。俺は、父親失格なんだ。

 俺は、あんな明るい笑顔で笑うお前を見たことがなかった。

 あれを見ただけで、ここでの生活がお前にとってどんなに大事か、どんなに幸福かってのを思い知らされた。

 ここには、お前とちゃんと向き合ってくれる人たちがいる。

 情けない俺が、いつまでもお前を、マリィの代わりとしか思えなかった俺が、お前に与えてやれなかったもんを、

 ここにいる人たちはお前に与えられたんだと思っている。だから、お前はここに残るべきだと、そう思った。

 こんな俺になんかじゃなく、本当にお前を愛してくれる人たちと一緒にいるべきだと、な。

 俺は気づくのが遅すぎたんだ。お前が、“父さん”と読んでくれる瞬間まで、俺は自分の過ちに気付けなかった…

 本当に、すまなかった…」

「マスター…」

ジンネマンさんの言葉に、マリーダはそう口からこぼした。それから、一度、キュッと口を結んでから、言った。

「でも、それでも、マスター…あなたは、私を救ってくれた、希望の光だ…私のかけがえのない大切な人だ。

 バンシィに乗せられて我を忘れた私をその身一つで助けに来てくれた。私を、正気に引き戻してくれた。

 マスター、あなたは私を大切にしてくれた。守ってくれた。たとえそれがエゴなんかだったとしても、私は…

 それが嬉しかった…大好きなんだ…!まだ、私はマスターと一緒にいたいんだ…!」

マリーダは、ボロボロと涙をこぼす。ジンネマンさんなんかは、もう、とっくにオイオイと泣き出している。

「本当に、いいのか…?」

ジンネマンさんは、弱々しく口にした。

「こんな俺を、まだ親だと、そう思ってくれているのか?」

「もちろんだ…私には、母親が二人、姉さん達が4人…それに、私を守ってくれた父さんがいるんだ…

 みんな、私のだいじな人たちなんだ…」

マリーダがよたよたと、座り込んでいるジンネマンさんのもとに歩み寄って、すぐそばに座り込んだ。

「俺を…許してくれるのか?」

「責めるつもりなんてない…父さんは、父さんだ…」

「マリーダ…!」

マリーダの言葉を聞いたジンネマンさんは、いきなりガバっとマリーダを抱きすくめた。

まるで、小さい子にするみたいに、ヒゲもじゃの顔をマリーダに擦り付ける。そうしながら

「すまなかった…マリーダ、すまなかった…!」

って、何度も何度もマリーダに謝った。
 

505: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:04:40.68 ID:LJNHgt4mo

 トン、と何かが肩に乗った。二人の話に夢中になってたけど、でも、それが何かはすぐに分かった。

振り返ったら、そこには母さんがいた。両手が、アタシとレベッカの肩に置かれている。

「よくやった」

母さんは、そう言って笑ってくれた。

「もう、母さん。こんなの、マリーダ達がかわいそうでしょ?

 最初からその気なら、ちゃんと言って上げればいいじゃん」

レベッカがそう苦情を言う。うんうん、それはもっともだよ。いくらなんだって、こんなのはやりすぎ!

アタシもそう思ったけど、母さんは笑って言った。

「あの二人には、これが必要だったんだ。カレンのところで雇うのは簡単だった。

 でも、それじゃぁ、なんの解決にもならなかったんだよ。なんとなく、また一緒に時間を過ごすんじゃない。

 ちゃんとこうやって、お互いにもう一度向き合おうって仕切り直しが必要だった」

確かに…もし、これがなくって、母さんやカレンちゃんが仕事を紹介して島にガランシェール隊が住むことになったとして、

こんな話になったかは、わからなかった。

もしかしたら、ジンネマンさんは、今言ったみたいに、ずっと自分は父親失格だって、思い続けていたかもしれない。

マリーダの思いを受け止めることを躊躇しながら生活を続けていたかもしれない。

そう考えたら、こうやって、すこし荒っぽかったけど、お互いの気持ちをぶつけ合うことも必要だったのかもしれないな。

 そんなことを思っていたら、クシャクシャと母さんがアタシの頭を撫でてきた。それから

「だから、よくやったな。さすが、我がペンションの誇る料理長と営業部長だ」

なんて言ってくれた。もう、やめてよね、それ。照れちゃうじゃん。

そう思ってレベッカと顔を見合わせて笑っていたら、母さんはアタシ達二人をまとめて抱きしめてきた。

なんだか、嬉しくってあったかくって、二人して母さんにしがみつきながら、アタシ達はおんなじように抱き合って、

大泣きしているジンネマンさんとマリーダを、幸せな気持ちで見つめていた。







 

506: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:05:19.22 ID:LJNHgt4mo






 マヤとマナを寝かしつけて、母屋のことはミリアムにちょっとだけお願いしてあたしは、

ペンションの方に戻っていた。中庭を歩いていたら、デッキに人の姿が見えた。

アイナさんにジュリアびメルヴィ、それにカーラだ。

取り立ててびっくりするでもなく、あたしはむしろなんだか安心したような気持ちになって四人に歩み寄った。

「まだここにいたんだね」

そう声をかけたら、ジュリアがびっくりしたみたいに振り替えってあたしを見つめてきた。

「マライアさん…」

ジュリアの表情はなんだか不安げだ。なんだろう、と思って聞き耳を立てたら、

ホールの方から言い合いをしてるみたいな声が聞こえてくる。

あたしはふと、昼間アヤさんがこっそりあたし達を捕まえて話をしてきたことを思い出した。

あたしやデリクを育てたアヤさんらしいな、と思って懐かしい気持ちになった。

アヤさんの読み通り、どうやら中では一悶着起こってるみたいだ。

「大丈夫だよ、ジュリア。アヤさんがいるから、もしものときもきっとまとめてくれるって」

アヤさん、ジュリアには話してないはずだけど、もしかしたらアイナさんが説明してくれたのかな?

まぁ、ジュリアは放っておいたらあそこに飛び込んで行っちゃいそうだし、必要だったかもね。

「はい…」

そうは言っても、ジュリアは不安そうだ。

あたしは、ジュリアをおもってそれからしばらく、一緒になって中の様子に聞き耳をたてていた。

どれくらい経ったか、やがてホールは静かになって、マリーダがジンネマンさんにしがみついている姿が見えた。

うん、なんとかなったみたいだ。頑張れたんだね、ロビンとレベッカ。あたしもあとで、二人を誉めてあげなきゃな。

なんて思っていたら、ジュリアも安心したようなため息を吐いて笑った。

ふふ、そりゃぁ心配だったよね…マリーダは姉妹みたいなもんだもんね。

ジュリアの表情にもなんだか和んじゃって、思わず笑顔になってしまう。
 

507: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:06:01.34 ID:LJNHgt4mo

 あたしもカーラと話さなきゃいけないけど、安心してね、ジュリア。あたしはもう大丈夫。

マリーダ達みたいに、大騒ぎにはならないから、ね。そう思って、あたしはカーラを見やった。

カーラもあたしを見てた。お互いに準備オッケー、ってことなんだろうな。

あたしはカーラにニコッと笑いかけた。そしたらカーラも、あたしを見て、優しい笑顔を返してくれた。

「こないだはごめんね、カーラ」

あたしは言った。

「いや…私も、図々しい話をしたと思っている。元カラバだと言うなら、感情的に憤りがあって当然だっただろうに」

そう言われてしまうのは辛いけど…でも、本当のことだもんね。あたしがいけなかったんだ。

「あのね…こないだも話をしたけど、ダブリンで友達が死んだんだ。避難する人達の退路を確保するためだったんだって」

「その人の名は?」

あたしの言葉に、カーラが聞いてきた。ふふ、なんだか嬉しい気持ちになってきた。

打ち合わせたわけでも、感応しあった分けでもないのに、あたしもカーラも、きっと同じことを考えてる。

そう、あたし達は、一緒にハヤトの話をするべきなんだと思う。

責めるとか謝るとか、加害者と被害者とかそういうんじゃなくて、関係者の一人として、

お互いに一つの出来事を、共通の認識として持っているべきなんじゃないか、って、そう思って。

「ハヤト。ハヤト・コバヤシ。彼は、元は一年戦争のときのホワイトベースのクルーで、パイロットだった。

 戦後は孤児を引き取って幼なじみと結婚して、その人との間に子どもも出来た。

 カラバに参加してからは、グリプス戦役でエゥーゴに編入した孤児の一人が死んじゃったりして…

 彼も、戦争に翻弄された人間のひとりだったんだ」

「そうか…」

あたしが説明したら、カーラはそうとだけつぶやいた。それから、ふっと宙を見つめたと思ったら、静かに言った。

「ラカン・ダカランだ」

「え?」

「その、ハヤト、という男を撃墜したのは、ラカン・ダカランという人間だった」

ラカン・ダカラン…そう言うんだね…ハヤトを落としたパイロット。

「その人は、どうなったの?」

「死んだよ。ネオジオンを離反したグレミーという男に着いたが、ジュドーが撃墜したと聞いている。

 古くからジオンやアクシズに身を捧げて来た男だったが…結局は、戦闘と怨念に憑き殺されたようなものだ」

カーラはそう言って、深くため息をついた。そう、それが戦争なんだよね。敵も味方も、良いも悪いもない。

一度それが起これば、人が死ぬんだ。それは、ただ単純に…

「悲しいね」

あたしは、ポロっとそう言葉にした。

「あぁ、そうだな…悲しいものだな…」

カーラもそう言う。その言葉が、あたしの胸に静かに、溶けていくように響いた。

許すとか、許さないとか、そういうことじゃない。

ただ少なくとも、あたし達は、立場とかそういうことを抜きにすれば、あそこで起こったことを共有できる。

そして、そこに蔓延している感情を汲み取れる。そう、あの場所で、ダブリンで起こったことは、悲しい出来事だった。

それ以上でも以下でもない。

それを共有できただけで、なんだかハヤトのことのわだかまりが、スっと消えて行ったように、あたしには感じられた。
 

508: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:06:48.77 ID:LJNHgt4mo
 
 「いずれにせよ、私の成してしまったことだ。アトウッド、先日のあなたの言葉を私は重く受け止めているつもりだ」

「それ、忘れて。本当は、あんな話をするつもりじゃなかったんだ。

 あたしは、カーラの辛いのをなんとかしてあげたいって、そう思ってたのに、

 自分が気持ちの整理も付けないままにカーラの話を聞いちゃったもんだから、驚いちゃって、

 それで、あんなひどいことを…」

「だが、真実には違いない」

カーラは言った。でも、彼女は、もうあのときのように泣いてはいなかった。

それは開き直った、って感じじゃない。むしろ、これまでのことを全部背負っていく覚悟を決めて、

それとじっと対峙しているようにも感じられた。

それはたぶん、私の言葉のせいなんかじゃ、きっとないんだろうって感じた。

これは、もっと違うこと、違う意思が、カーラの中に芽生えている感覚だ。

「そんなに、気負わなくてもいいのに」

あたしが言ったら、カーラはクスっと笑って、

「あなたこそ、気にする必要はないのだ。これは私の決めたこと。

 あなたの言葉を重く感じているとは言え、そのことと今回の決断とは、関係はないのだ」

なんて、あたしの考えを読んだまんまのことを言ってきた。もう、ずるいよ、それ。

思わずあはは、と声を上げて笑ってしまった。

 「カーラはこれからどうするつもりなの?」

あたしは彼女に聞く。すると彼女は悲しげな表情で遠くを見つめながら言った。

「あの男とは別のことをしようと思ってな…拘りには違いないのだろうが、今度はあの男の後を追うのではなく、弔いとしてだ」

「何をするの?」

「この地球を掃除してやろうと思う」

そ、掃除って…カーラが言うと全然平和な雰囲気に聞こえないから不思議。

いや、本心はちゃんと感じられているから分かるけどさ…いくらなんでも、言葉の選び方が悪くない!?

「環境を破壊する人類でも駆除するつもり?」

あたしが言ってやったら、カーラはあたしに一瞥をくれてからニヤっと笑って

「いや、そうではない。本当に、ただの掃除だ。ダカールの砂漠化に歯止めを掛けるでもいい。

 大気汚染を浄化する活動をするでも良い。あなた方がしているように、私も未来を紡いでみたくなったのさ」

と言った。その意味をわからないほど、あたしはバカじゃない。それがあなたなりの贖罪なんだね…

気にするな、しょうがないなんてとても言えない。だけどね、あたしはそれを応援はできるよ。

そして、この先いつか、あなたに幸福を感じられる瞬間が訪れる事を願う。
 

509: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:07:41.31 ID:LJNHgt4mo

 そう思っていたら、カーラはクスっと笑った。まぁ、今はお互いに気持ち駄々漏れだから驚かないけど…

でも、何かおかしかった?

「もう訪れているよ、アトウッド。メルヴィと姫様に再びお会いできた。

 こうして、わだかまりを越えようとしてくれるあなたと出会えた。罪深い私が、おおよそ望めないと思っていた幸福だ」

そう言ったカーラは、これまで見た中で一番の穏やかで、優しい笑顔を見せてくれた。

「お礼をいいます、アトウッドさん…私に、生き直すチャンスを与えていただけたことに」

急に丁寧な言葉遣いになったから、一瞬びっくりしちゃったけど…でも、そう言ってもらえるのは何にもまして嬉しかった。

そんな大それたことをしたつもりはない。あたしはただ、カーラの支えになりたい、ってそう思っただけなんだから。

 ホント言うとね、もし、あたしがアヤさんたちと出会わないで宇宙に出ることになってたら、

いや、たぶんそんなことがあったらとっくに死んでるんだろうけど、もし、戦い抜いて生き残ってたとしたらね。

あたしも、クワトロ大尉に心酔してたかもな、って思うんだ。

身も心も、彼と彼の思想に捧げて、きっと彼のために死んでいったんだろうって思う。

それくらい、彼は優しくて、魅力的で、求心力があって、それでいて、残酷だった。

 そう思ったらまたカーラがクスっと笑う。

「そうだな…見染める相手を誤った。唯一にして最大の過ちだ」

「そうだねぇ、それは紛れもなく真実だと思うよ…まぁ、次はまともな人を選ぶようにしないとね」

って、あれ、言葉遣い戻っちゃったの?あたし、丁寧な方が好きだな、ね、戻さない?ね?
 

510: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:08:07.47 ID:LJNHgt4mo

そんなことを思っていたあたしを知ってか知らずかカーラは言った。

「昼間、気持ちと考えを整理するのに、ミナトさんと話をした。

 アイナ姉さまもいてくれたが、ミナトさんは今後の私の見習うべき人だと確信したよ」

え!?ちょ、えぇ?!待って待って!カーラ、アヤさんのことが!?

いやいやいや、待ってよ、確かに見習いたくなる気持ちはすっごくよくわかるけど、

アヤさんはあたしの!…じゃないけど、いや、ほら、あたしのお姉さん的な、お姉さんていうか、

その、えぇっと、関係性がちょっとあれで難しいんだけど、その、だから、えっと…

と、とにかく!アヤさんは売約済みだからダメだよ!?

「ふふ、あの器だ。二人も三人もさして変わりはあるまい?」

あたしが動揺してたらカーラはそんなとんでもないことを言ってきた。な、なんて子なの!

やっぱり、元アクシズ摂政ハマーン・カーンは只者じゃない…

堂々と側室宣言だけど、もしかしたら、謀略で正妻の座を狙ってくるつもり!?

「ア、アヤさんはダメ!みんなで公平に分け合うものなんだから!」

やっきになって言ったら、プっとカーラが吹き出した。

それと同時に、メルヴィもジュリアもアイナさんまでクスクスと笑い出す。あれ…?あれ??

なに、これ、あたし謀られた!?それに気がついて、あたしはなんだか恥ずかしくなってしまって、

思わずペシっとカーラの肩口をひっぱたいてしまった。

やっちゃってから、しまった、怒るかな、なんて思ったら、カーラは構わずに笑い続けている。

こうしてると、あたし達と何一つ変わらない。ふざけ合って、笑いあう、どこにでもいる普通の大人の女性、だ。

 あたしは、カーラのそんな姿を見れたのが嬉しくって、今度はギュッと抱きついてやった。

アヤさんが昔よくしてくれたみたいに、ゴシゴシ頭を撫で回して、それを目一杯カーラに伝える。

良かった、本当に…。またひとり、大切な友達ができた気分だ。

シローさんやアイナさんにとって、シイナさんが特別に仲良しな理由がなんとなくわかった。

わだかまりを超えて、ちゃんと向き合った人って、なんだか特別に感じるものなんだね。

これって、なんだかすごく嬉しいな。これからよろしくね、カーラ。

あたしはそんな風に思ってたのに、さすがに絡み過ぎたみたいで、直後にあたしは庭の芝生の上にぶん投げられちゃったんだけど。

もう、嬉しくって、油断してた。やっぱりおそるべし、ハマーン・カーン。



 

511: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:08:40.69 ID:LJNHgt4mo





 今日も抜けるような青空が広がっている。風は穏やかで、雲一つない。気温は、さすがにちょっと上がってきたかな。

気持ちいい、いつものアルバのお昼前だ。

 「カーラさん、ホントにいいの?」

「あぁ、レベッカ。やってくれ」

「レオナ姉さん、私は短くしたいんだ。プル姉さんと同じくらいに」

「慣れるまでしばらく見分けつかなくなりそうだなぁ」

「大丈夫だよ、行っちゃえ行っちゃえ」

「でも、せっかく長いんだし、整えるだけにしておくのもいいかもね。その方が女の子って感じで、きっと可愛いよ」

「そ、そうだろうか…?それなら、長いままでも…」

「えぇ?!マリーダ意見翻すの早っ!」

「じゃ、じゃぁ、行くよ?行きますよ?」

「あぁ。アヤさんと同じくらい、バッサリと頼むぞ」

「迷ってしまうな…どうしたらいい?」

「とりあえず長めに残してもらったら?それで気に入らなきゃ、短くしてもらうのがいいよ」

 朝から庭に集まって何をしてるのかと思ったら、カーラのけじめの断髪式と、ついでにマリーダの美容院、なんだそうだ。

何をやるにも楽しそうで、見てると少しだけ羨ましくなる。なんだかんだ言っても、やっぱりまだ子どもだよね。

 「レナさん、次の終わったよ」

「あ、ありがとう、マリオン」

デッキからマリオンが洗い終えたシーツが山盛りになったかごを持って来てくれる。

私は、といえば、まだ最初の洗濯で洗い終えたシーツを干している最中だ。

「あとどれくらいで全部いけそう?」

「次で終わると思う」

「了解、じゃぁ、そっちお願いね」

「うん」

マリオンはそう返事をしてから、ロビン達の方をチラっとみやってから、私を見て、クスっと笑った。

そうだよね、なんか見てると面白いよね。私も思わず笑顔を返して、マリオンがペンションへ戻るのを見送った。

 昨日の夕方に、ジンネマンさん達ガランシェール隊は、カレンの会社の初仕事で宇宙へと出立した。

目的地はサイド5って言ってたかな。帰ってくるまでに2,3週間かかるって話だから、

そのあいだにカレンが不動産屋さんと建築屋さんに相談して、新しい社員寮をひとつ建てるんだ、と言っていた。

まったく、どこからそう言うお金が出てくるんだか不思議でしょうがないんだけど、

会社の内情の話をよく聞いているアヤに言わせたら、カレンはビジネスの天才なんじゃないかって感心したくらいだし、

よっぽどうまく行ってるんだろうな。

資金に余裕があるってのは、経営やってる身としては正直うらやましい。裕福な生活がしたいってわけじゃなくて、

もっとペンションを充実させるための投資をしたいんだよね。お客さんに喜んでもらえるように。
 

512: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:09:09.87 ID:LJNHgt4mo

 マリーダは結局、ユーリさん達と一緒に暮らしている。

ジンネマンさん達が戻って、社員寮が完成したら、遊びに行くってことになっているらしい。

あの日以来、カタリナたちだけには見せていたらしい甘えん坊っぷりを誰彼構わずに発揮するようになって、

かわいいったらない。

これまでずっと一緒にいたっていうジュリアが呆れるのを通り越して、なぜか感動するくらい、

すっかり末っ子のポジションに収まっている。あの様子なら、洗脳ってやつもだいぶ緩んできてるんだろうな。

 カミーユくんとファちゃんは、ユーリさんの紹介で街の総合病院勤めに落ち着けたらしくて、

先週には近くにアパートを借りてそこでの生活を始めた。

ファちゃんには内緒だけど、カミーユくん、内心そろそろ結婚を考えてるようなところがあった。

ふふ、これは近いうちに、また結婚パーティーの準備が必要だね。

 カーラは、ルオ商会の援助を得て、環境改善基金を設立するんだと息巻いている。

そのためにはまず、地球を見て回る必要があると来週からあちこちへ飛ぶ準備も進めていた。

さすがの行動力だな、と感心してしまった。

メルヴィはそんなカーラが心配なのか、それとももっとほかに思うところがあるのか、着いて行く、と言って聞かずに、

結局カーラがそれを承諾した。あの二人が揃って地球をなんとかしてくれる、って言うんなら、

なんだか期待せずにはいられない、って思うのは私だけじゃないはずだ。

 そんなわけで、うちに残るお客さんはジュリアとナナイちゃんだけになる。

ジュリアの方は、バナージくんが元に戻るまではこの島にいるつもりらしいから、

もうお客さん、っていうよりも一緒に住んでる、っていう感覚になってきてる。

ずっとうちに居てもらったって全然構わないけど、でも、病院へ通うのは日課だ。

今は断髪式を取り囲む野次馬に混ざっているけど、午後からはまた病院に行くだろう。

そんなジュリアの姿を見ていると、バナージくんには早く回復して欲しいな、とも思うんだ。

 ナナイちゃんは唯一、まだ身の振り方が決まっていない。

すごく優秀で、いろんな分野に精通しているからどんなことでもできちゃいそうだけど、

今は、マリオンやジュリアと一緒に、バナージくんの治療に力を貸してくれている。

彼女自身、彼の容態に思うところがあるんだろう。

ナナイちゃんも、自分の進む道を見つけられるといいんだけどな。

まぁ、でも、焦らずのんびりはしておいて欲しいんだけどね。

513: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:10:23.18 ID:LJNHgt4mo

 「ふぅ」

思わずため息が出る。14枚シーツを干し終えた。

洗濯機2台をフル稼働させてるけど、さすがにガランシェール隊のみんなのおかげで満室が長いこと続いたから、シーツのストックはギリギリだ。

今日のお昼過ぎには、プルの友達だっていうジュドーくん、って子と、その友達が団体様で島に来ることになっている。

それまでに、今夜分のシーツだけでも乾かしておかないとね。

 不意にエンジン音がして、ポンコツ号が敷地の中に入ってきた。

ガレージには入れないで門に入ってすぐのところに止まって、中からアヤが降りてきた。

「あぁ、おかえり!」

私が声をかけたらアヤも笑顔で

「ただいま」

と返してくれて、真っ白なシーツのはためく中にいた私のところに来てくれる。

 「どうだった?」

「あぁ、まぁ、なんとかなったよ。4人がかりでやっと、だったけどな」

アヤはそう言って苦笑いを浮かべる。古くなってた船のエアコンがついに動かなくなって、

アヤは今朝早くから港に出張って業者の人と一緒に機材の入れ替えをしていた。

甲板の床板をはがして出し入れしなきゃいけない、なんて話をしてたけど、やっぱり大変な作業だったみたい。

「お疲れ様」

私はそう言って背伸びで頬にキスをしてあげる。

とたんに、苦笑いをデレっとした表情に変えたアヤは私をギュッと抱きしめた。

「まったく、こんなときに旅行だなんて、マライアの飛び回り癖にも困ったもんだよな」

私の体を開放してからアヤは笑顔でそう文句をいう。

 マライアは、一昨日からマヤとマナを連れて

「あたしずっとお母さんサボってたから、ちょっと3人でお出かけしてくるね!」

とか言って、ニホンのシズオカ、ってところに飛び立った。なんでも、知り合いが住んでるらしい。

でもアヤに言わせると、たぶんカーラとのことで、思い立ったんだろうって話で、たぶん前に聞いたフラウ、って人と子ども達がそこにいるんだろう。

「まぁ、マライアは顔が広いからいろいろあるんだよ」

私はそうフォローしてあげてから

「中に入ってお茶でも飲んできなよ。私も、マリオンが最後のシーツ持ってきてくれたらそれ干して中に入るからさ」

とアヤに言ってあげる。でもアヤは

「あはは、そうだな。でも、部屋の片付けがまだだろ?そっちをやってから、一緒にゆっくり昼飯にしよう」

なんて言ってくれた。

「ふふ。うん、そうだね、それがいい。お願いできる?」

「あぁ、任せとけ」

そう言うとアヤは、また私にキスをして、名残惜しいフリなんてしながら、ペンションの中へと入っていった。

それと入れ違いで、最後のカゴを持ったマリオンが庭に出てきた。

「これで、最後」

「了解。干しちゃおう!」

私はマリオンにそう声を掛けて、二人して残りのシーツを一気に干した。

たちまち、庭の隅を埋め尽くす量の真っ白になったシーツが風にはためく。今日の天気なら、2時間もすればパリっと乾いてくれそうだ。
 

514: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:10:56.64 ID:LJNHgt4mo

 私はマリオンと並んで、改めてその光景を見やる。

「きれい」

ふと、マリオンがそんなことを言った。うん、確かに。

太陽の光を反射して、なのか、なんだかまぶしい位に輝いている気がする。

「ほんとに。まるで、マリーダやカーラみたい」

なんて私が言ったら、マリオンはクスっと笑って改めて断髪式をみやった。

「ほーら、マリーダじっとして」

「う、うん…なんだか、落ち着かないな」

「まぁ、これだけ見られてるからね」

「うわぁ、レベッカ、大胆…」

「そ、そうかな?これでも遠慮してるんだけど…」

「構うことはないぞ。ためらうことの方が残酷なこともある」

「ふふふ、お似合いですよ、カーラ」

「えぇ、本当に。さっぱりしていて、良いですね」

ここに来たばかりのときには、迷ってたり、後悔や悲しみを抱えてたりしてたあの二人が、

今じゃあの表情で、笑ってみんなと話している。

辛い記憶が消えるわけではないけど、でも、この真っ白なシーツと同じように、

真っ新な気持ちで、きちんと前をむいている。

そんな彼女たちは、やっぱり、なんだか輝いて見えて、きれいだな、って言葉がぴったり当てはまる気がした。

命の洗濯、か…私達って、もしかしたら、そういうことをやってきたのかもしれないね。

ただ、ここで羽を伸ばして、できたら辛い気持ちを整えてほしい、って思ってただけで、

洗濯なんてそんな哲学的な難しいことを考えてやってたわけじゃないけど、さ。

それにああしていられるのは、私達があれこれやったからってわけじゃない。

カーラやマリーダ達がきちんと悩んで、それで答えを出せたからだ。私達はそれをほんの少し手伝っただけ。

「レナさん、あとは昼食の準備?」

不意に、マリオンがそう声をかけてきた。おっと、いけない。

あの子達に見とれて、仕事を忘れちゃうところだった。

「うん、そうだね。手伝って!」

「ええ」

私はマリオンとそう言葉と笑顔を交わして、カゴを抱えてデッキの方に向かう。
 

515: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:11:34.39 ID:LJNHgt4mo

と、突然なんだか慌てた様子のアヤがデッキに飛び出てきた。

「ミっ…じゃ、ない!えと、ジュリア!ジュリア、電話!ナナイちゃんから!バナージくん、ってのが、目を覚ましたって!」

アヤは電話の子機を振り上げて、断髪式に混ざっていたジュリアに大声でそう言った。

「…!本当ですか?!」

「バナージ!」

ジュリアとマリーダが一緒になってそう反応する。

「あっ」

「わっ」

「あらー…」

その途端、マリーダの髪を切っていたレオナとそれを見ていたロビンたちがなんだか微妙な表情を浮かべる。

「な、なんだ…どうした?」

「いや、その…マリーダが急に動くから…ちょっと一部、ザク、っと…」

「き、切れちゃったのか!?」

「うん、割と、大胆に…」

「もしもし、ナナイさんですか?私です…ええ、ええ…あぁ、良かった…はい、はい!すぐにまいります!」

ジュリアは、すでに半分涙目になって、そんなことを言っている。良かった…!良かったね、ジュリア!

「アヤ!」

私はそんなことを思いながら、アヤを呼んだ。アヤもわかっていたみたいで

「あぁ、うん!」

とだけ返事をして、ジュリアの手を取った。

「ほら、行くぞ!」

「…!はい!」

「すまない、レナ!部屋の方と頼む!お昼はお預けだ!」

アヤは庭を小走りで駆け抜けながら、私に電話の子機を手渡しつつそう言ってくる。
 

516: ◆EhtsT9zeko 2014/05/16(金) 23:12:12.03 ID:LJNHgt4mo

あ、ちょっと待って!私は、ポンコツ号に乗り込もうとしているアヤに駆け寄った。

「アヤ、これ、お昼代」

「あぁ、ありがと!」

「気をつけてね!ジュリアをよろしく!」

「うん、そっちも、ペンション頼むな」

「任せて。いってらっしゃい」

「行ってくる」

私達は、いつものようにそう言い合ってキスをして、それからアヤを送り出した。

さって、そしたら、ちょっと忙しくなりそうだな。

マリオンに部屋の方をお願いして、私はお昼の準備で、あの様子じゃ、マリーダも早く病院に行きたいだろうから、

あっちはマリにお願いしよう。マリーダ達を送り出す前までにお昼は準備してあげないとね!

「は、離してくれ!私も病院に行くんだ!」

「いや、いやいや、さすがにその状態はまずいから!」

「おとなしくして!整えるだけ!整えるだけにしておくから!」

「レオナママ、これって整うの?大丈夫なの?」

もう、本当に、相変わらず!そう思って、また私はマリオンと顔を見合わせて笑った。

「私は、部屋の方をやるね」

「うん、お願い。ちょっと急いだ方がいいかもね」

「了解」

私はマリオンと確認し合ってペンションの中に急ぐ。

 また、柔らかい風が吹き抜けて行く。潮の香りが微かにした。太陽は、変わらずに私達を照らしていてくれる。

青々と伸びた芝生も、白いシーツもキラキラと輝いていた。

今日もアルバは、平和でいい天気で、それに、幸せたくさん、だ!





――――――――――――To be continued to their future

 
  

542: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:33:57.30 ID:noKOhFnDo





「ちょ!待て、アヤ待てって!」

「待つわけないだろ、覚悟しろ!」

「くっ…だぁ、わぁぁ!」

サバーン、と派手な音を立てて、カレンがアヤに、海中へと投げ込まれた。

でも、すぐに立ち上がったカレンは、そのまま勢いよくアヤにタックルを掛けてアヤを海中に引きずり倒す。

それから何かもみ合いを続けているな、と思ったら、なんのことはない、お互いの水着のトップスを引っ張り合っている。

まぁ、いつものことだ。割と表情が真剣だけど、それも込でいつものことだ、うん。

 私は、といえば、すっかりお腹がいっぱいで、レベッカとレオナが誘ってくれたので、岩場から釣り糸を垂れていた。

ロビンは、アヤとカレンのそばをつかず離れず飛び回りながら、大声で実況を続けている。

マリオンは、食事が終わってからパラソルの下でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。

いつだったか私が勧めてからというもの、絵を描くのはすっかりマリオンの趣味になっているみたいだった。

 ミリアム達がアルバに来て、1ヶ月。ミリアムはペンションから、ルーカスが元手をだして買った家に引っ越した。

あのふたりは、見ているととても不思議な感じがする。

どことなく、お互いによそよそしいところがあるのに、

気持ちのどこか奥の方ではちゃんとお互いを信頼していてそれでいて、好きなんだ。

長い時間、離れ離れになっていて、それも、お互いが死んじゃってた、なんて思っていればなおのこと、

お互いへの気持ちをどうにか消化しようってそう思っててもおかしくはないだろう。

そんな、二人がそれぞれ過ごしてきた時間の長さが、きっとあんな不思議な感じにさせてるんだろうな。

ああいうのも、そのうちなくなるといいんだけど。

 マライアは、今日もそんなミリアムのところに遊びに行っている。

どうやら、ソフィアと三人でおしゃべりするのが楽しいらしい。

ソフィアも最近じゃ、子どもも大きくなって学校にいくようになったし、

時間ができたから、そういうことを楽しみたいって気持ちのようだ。

なら、一緒に島に来ればいいのに、って言ってあげたんだけど、今日はなんでも、ミリアムに料理の指南をするんだ、

とソフィアと二人で盛り上がっていたので、無理やり引っ張ってくるのはよしておいた。

 今日と明日は、久しぶりにお客がいない。

「たまには一家水入らずで島に行こう!」なんてアヤが言ってくれたから、

こうして久しぶりにのんびりとアルバの空気を味わっている。

カレンは、まぁ、住んでいるわけじゃないけど、夕飯はほとんどうちで食べていくし、

休みの日は必ず決まってうちに来てウダウダやってるし、まぁ、実質住み着いているみたいなものだ。
 

543: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:34:24.64 ID:noKOhFnDo

 「ロビーン!あんたも、加勢してくれよ!」

「ロビン、こっちを手伝ってくれよ!」

「ギャー!何すんの!!」

カレンに水着をひん剥かれてテンションがおかしくなってるのか、アヤはそばにいたロビンに襲いかかっている。

ロビンは逃げる気があるんだかないんだが、カレンに羽交い絞めにされて、嫌だ嫌だと言いながら笑ってる。

まだ10歳とはいえ、どうなのよ、あれ?

いや、まぁ良いのかな…一緒に露天風呂に入るときなんかは、別に気にしないし、今は島には私達しかいないしね。

 ビクン、と握っていた竿が震えた。

「きた!」

私はそう言って竿を立て、リールを巻く。とたんにギュッと竿がしなって、腕にかなりのじゅう重量が感じられる。

これは…けっこうな大物だ!今晩のおかずになるかも!

「おぉぉ!レナママも来た!」

「レナ、逃がさないで!」

レベッカとレオナが自分たちの竿を上げながらそう歓声をあげる。

私はそれに励まされながら竿を上下させつつリールを巻き続ける。と、海中に何かが踊るのが目に入った。

あの色は、パームヘッド!鯛の仲間だ!私は竿を下げて一気にリールを巻き上げると、

タイミングを測ってヒュっと竿を振り上げた。

海面から赤とピンクの中間くらいの背中をした魚が飛び出してきて、私達のいた岩場の地面にビタっと落ちる。

「わぁぁ!いいサイズ!」

「ホント!今夜のおかずはこれで決まりだね!」

二人が揃って 声をあげる。魚を改めて見て、私も飛び跳ねたくなった。

そこにいたのは、30センチはあるんじゃないかってくらいのサイズのパームヘッドだった。

ふふふ、これはアヤに自慢しないとな!

 そう思いながら針を外して、持ってきていたビクとかっていう、

海の中へ投げて魚を活かして捕まえておく網の中へ投げ込んだ。

これで、レベッカが2匹に私とレオナが1匹ずつ。今日の夕食は本当に魚で決まりだね。

そう思って二人の顔をみやったら、レオナのレベッカも、嬉しそうにニコニコと笑っていた。

それからまたしばらく釣り糸を垂れていたけど、

潮目が変わったみたいで、小ぶりなものが増えてきたので釣りを終えて浜の船の方へと戻った。
 

544: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:35:55.54 ID:noKOhFnDo

 なにがどうしてそうなったんだか、お互いの水着のトップスを交換したアヤとカレンに、水着の代わりにタオルを巻いているロビンが

私達を出迎えてくれた。

「なにが起こったの、三人に」

レオナがおかしそうにそう聞くと、三人は笑って

「カレンがアタシの水着を奪うから仕方なくカレンのを奪い取ったらこうなった」

「先に仕掛けてきたのはそっちでしょ?」

「アタシはねぇ、なんか楽しそうだから脱いでみたら、タオル巻かれたの!」

そうだね、女の子がノリで脱いだらダメだよ、ロビン…

私は、そんなことを言ってあげようかとも思ったけど、なんだかやっぱり三人がおかしくって、笑顔しか出てこなかった。

 「ふぅ、さて、おふざけもこれくらいにして、そろそろ片付けないとな。続きはペンションに戻ってからだ」

「そうだね。それより、アヤ。あんたのこの水着、なんか窮屈だからそれ返してくれない?」

「あぁ?なに言ってんだ、カレンの水着の方がキツキツだぞ?」

「なに言ってんのよ、あなた、私のより大きいつもり?」

「いや、別にサイズとかに興味ないけど、これはさすがにキツすぎるからなぁ」

二人共キツいってどういうことよ…どうせ私がつけたらブカブカですよーだ!

なんだかそればっかりはカチンときたから、竿とビクをレオナに渡して、私は二人めがけて突進して海中に引きずり倒してやった。

 「ぶはっ!なんだよレナ!」

「誰もあなたの胸が私達より小さいなんて言ってないでしょ!」

「言ってなくても、なんか当てつけに聞こえた!ていうか、今の言い方は悪意あるよね!?天罰!」

私はそう叫んでカレンの水着に手を伸ばした…けど、か、体が、動かない!?

気がついたら私は、先にタックルをして海中に引き倒しておいたアヤに捕まっていた。

「レナ、アタシに挑んでくるなんて、いい度胸じゃないか」

「レナ、私にも何か言いたいことがあったんだってね?」

ついにはアヤに羽交い絞めにされて逃げられなくなった私にカレンがノソノソと迫ってくる。

くっ!しまった!かくなる上は…私は、覚悟を決めて、アヤに掴まれている腕をなんとか伸ばし、

指先で自分の水着の紐をつまんで引っ張った。

 ハラリ、と私のトップスがめくれる。

「なっ!?」

「レナ、レナさん、あんた、何してんだ?!」

「隙ありぃぃ!」

私はそう叫んで、自分でもビックリするくらいのスピードで二人の水着のトップスを剥ぎ取って、砂浜の上へと駆け出した。

いや、まぁ、状況だ状況だけに、アヤもカレンも、私がしたのと同じで隠すようなこともなく、

全力疾走で後ろから私を捕まえてきて、二人に担がれて私は水着もろとも海中に投げ込まれたんだけど。

海の中に沈んでから、こっそりアヤのもカレンのも胸に当ててみたけど、

やっぱりなんだかちょっとゆとりがあって不安な感じのサイズだった…

別にだからどう、ってわけじゃないけど、身長もたいして変わらないのに、って、なんだか悔しいと思う自分がいた。
 

545: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:36:28.31 ID:noKOhFnDo

 それから私達は協力して片付けを済ませてペンションに戻った。代わり順番にシャワーを浴びて、

ピザのデリバリーを頼んで、おしゃべりしながらそれを食べて、お酒も飲んでもうすっかりリラックスして楽しい気分になってしまっていた。

 時間も時間だったので、ロビンとレベッカは母屋に帰した。

レオナとマリオンも今日は朝早くからだったから疲れたみたいで、早々に母屋の方へ帰って行った。

夕方前にミリアムのところから戻ったマライアは、今日はお客はいないけど、宿直当番だから、と見回りやなんかをしてくれている。

 それにしても…

 そう思って、ふう、とため息が出てしまう。それを聞いたアヤが私の顔を見て苦笑いしてきた。

なによ、と思ったら、アヤは手をヌッと伸ばしてきて私の髪をクシャクシャとなでた。

「疲れてるみたいだな」

「そりゃぁ、ね」

アヤの言葉にそう言って微笑んだら、アヤも優しい笑みを返してくれた。

やっぱり、島で一日遊び通した、ともなれば疲れてしまうのは仕方ない。

いくら慣れてるとはいえ、限界ってものもある。と、アヤがフワァとあくびをしながら大きく伸びをした。

「まぁ、アタシもだけど、な。そろそろ寝るか」

そう言ってからアヤは、先程からテーブルに突っ伏して寝こけているカレンの肩を揺すった。

「ほら、カレン。いつまでもそうやってないで、ソファーで寝ろよ」

「ん…アヤ…やめろっ…」

「ん?」

カレンの言葉に、アヤはその手をパッと離した。驚いたみたい。でも、私も感じた。

かすかだけど、今カレンは、何か必死になってアヤにそう言ったみたいだった。具合でも悪いのかな?飲みすぎた?

なんて思ってたら、またカレンがつぶやくように言った。

「右…こうか…しれ…マラ…アが…」

どうしたの、カレン?何をそんなに必死になってるの?

なんだか心配になって私は椅子から立ち上がってカレンの様子を見ようと近づいたけど、クスっとアヤの笑う声がして、

私は顔をあげた。アヤは確かに笑っていた。なに、どうしたの?

「あぁ、カレン、昔の夢でも見てるみたいだ」

アヤは笑顔でそう言って、肩をすくめた。

「昔の夢?それって空戦のときの?」

「あぁ、たぶんね。『右へ降下だ、マライアが狙われてる』って、さ」

「起こさなくていいの?悪い夢でも見てたら、かわいそうだよ」

私はアヤの言葉に少し心配になってそう聞く。でもアヤはのんびりした様子で言った。

「なに、大丈夫だろ。楽しい状況ってわけでもなかったけど…でも、あれはあれで、アタシとカレンの大事な思い出だからな」





 

546: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:37:14.51 ID:noKOhFnDo



0079.3.1 地球連邦中央アジア方面軍 バイコヌール宇宙港基地




<くそ!こいつら、どこから湧いて出た!?>

<あれがモビルスーツってやつなのか!>

<3時方向!上空から何か婦ってきてるぞ!?>

<地球へ侵攻だと!?やつら、制宙権が狙いじゃなかったのかよ!>

<来るぞ、トゲツキ3機!>

<なんてこった…まだ降ってくる…!いったいどれだけの戦力をそろえてんだ?!>

 無線から、悲鳴がまるで断末魔の叫びのように響いている。空も地上も、もう組織としての機能を果たしていない。

人生初の戦闘が、まさかこんな奇襲戦になるだなんて、思ってもみなかった。

私だけじゃない、おそらく、この宇宙港基地の誰しも、こんなことになるなんて想像すらしてなかっただろう。

私も、悲鳴や弱音を吐きたい気持ちでいっぱいだった。とにかく、空に上がれただけでも幸運だ。

だけど、この数、この火力、それに…

<やったぞ!直撃弾!>

<バカ!油断すんな!>

<うわっ!う、撃ち返して来た?!おいおい、嘘だろ…無傷だってのかよ!?>

あの装甲の厚さ…ジオンのやつら、伊達や酔狂ってわけではないらしい。

あんなものを、これほどの規模で投入してきて…本気で地球を取る気なの?

 <カレン!>

隊長の声が聞こえた。

<そっちは無事か?!>

「えぇ、なんとか!ベネットとフィリップも一緒です!そちらは!?」

私は無線に怒鳴り返す。

<こっちもトラビスとドミニクと一緒に上がってる。パトリク隊は離陸前を狙われて、全滅だ>

パトリク副隊長達が…!?くそっ!あいつら!

「隊長、反撃許可を!このままじゃ、基地が!」

<…いや、もう無理だ>

なんとかしてやりたくってそう進言したが、隊長は冷めて沈んだ声でそう返してきた。

キャノピーの外に、旋回中の隊長達の小隊が見える。下を観察してるんだ。私も機体を傾けて眼下を見やった。

そこには、あのトゲツキが中心の地上部隊が、基地の中をズンズンと侵攻している様子が見えた。

あの数、あの火力、あの装甲…私達戦闘航空隊が束になったって、勝てる相手じゃない…

こっちの主力のミサイルは電波妨害か何かのせいで、使い物にならない。

たとえロック出来たとしても、命中したって、戦闘機にひっかき傷を残す程度の威力じゃ微々たる損害すら与えられないのが現実だった。

唯一、私達と同じタイミングで空中退避した攻撃航空隊が持っていた対戦車ミサイルと無誘導爆弾で敵を中破させたのを見かけたが、

それでさえ敵の動きを止めるには至らない。

宇宙港基地らしく、対空設備はごまんとあったはずなのに、対空ミサイルはレーダーの異常とともに機能停止。

目視で対空機銃を打ち上げてもいたけど、レーダーもなしに当てられるはずもない。

 地上では、数少ない戦車部隊が奮戦しているけど…すまない、制空戦闘しか考慮されてない私達の部隊には、掩護すらしてやれない。
 

547: ◆EhtsT9zeko 2014/05/21(水) 23:37:42.53 ID:noKOhFnDo

<こちら、第7飛行隊!タイガー戦闘機隊だ!司令部!応答せよ!司令部!>

隊の2番機、トラビスが無線にそう怒鳴っている。だけど、司令部からは何の返答もない。

私は改めて機体を傾けて眼下を見下ろす。司令部のあったばしょからは、もうもうと黒煙が立ち上っていた。

すでに、司令部が…

「隊長、司令部がやられてる」

<くそっ…確認した…!>

<どうするんです?>

<反撃は、無理だ>

隊長の、冷めた声がまた聞こえた。あぁ、私もそう思う。

これは、抵抗できる状態じゃない…地上のやつらには申し訳ないけど、私らがどうあがいたって、足止めにもなりゃしない。

出来て、囮になるくらいなものだ。私は、それを認めて、拳を握りキャノピーをぶん殴った。

なにも…なにもできなかった…一瞬の出来事だったんだ…格納庫に敵砲弾が飛び込んで、爆発して…

私らは泡食って空中退避しただけ。いや、本当に、上がれただけで幸運だった。

ほとんどの奴らは、空に上がるまでもなく、滑走路上に破片になって散らばっているか、いまだに格納庫の中、だ。

<バイコヌール基地上空の連邦軍機に告ぐ>

隊長の声が、乾いた様子で言う。

<全機、方位300へ。オデッサ基地へ撤退する…>

<うっ…うぅっ…!>

無線の向こうで、誰かの呻く声が聞こえる。あぁ、分かるよ…

私も、同じ気持ちだ…くそっ…なんだって、なんだってこんなことになっちまうんだよ!

私はそう思いながらも機体を傾けて進路を300へと向けた。自分の無力をかみしめながら…

 あの基地に赴任して、もう2年経ってた。連邦軍の航空学校を卒業して、初めて配属された今の隊と一緒に、だ。

あそこは、私の故郷と同じだった。故郷のオーストラリアは、もうない。家族ももういない。

こんな態度も口も悪い私を引き取ってくれた隊長や、

あれこれ文句も言わずにいてくれた隊の連中は、みんな本当にいい奴らばっかりだったのに…

ここは、私に残されたすべてだったはずなのに…なんにも、なんにもできなかった。守ることも、戦うことさえも…

あのときと同じだ。ただ、空からコロニーが降ってくるのをテレビで見ているしかなかった、2か月前の開戦のときと…

家族を逃がしてやることすらできなかった、あのときと…

<副隊長…ニーナ、イグン…うぅっ…>

無線から、泣き声が聞こえてきた。

「ベネット!泣くな!」

私は無線にそう怒鳴ってしまった。

泣きたいのは自分も同じだって言うのに、私は、ジオンに向けられなかった怒りを、

あろうことか、身内に向かって発散しようとしていた。

それに気が付いてしまって、途端に何かがむなしくなって、私は無線を切った。

頬を伝う涙をぬぐいもせずに、操縦桿を握ったまま、

絶望なんだろう、脱力した体で、ホワイトアウトしたレーダーを眺めていることしかできなかった。


 

559: ◆EhtsT9zeko 2014/05/26(月) 00:53:01.26 ID:vkqLVc9Jo



 それからしばらくして、私達6機は、オデッサの鉱山基地へと降り立った。

バイコヌールからは、他に、攻撃飛行隊の連中が3機と、唯一逃げられた輸送機隊うちの1機。

それから、奇襲の直前、レーダーが使えなくなったおかげで、バックアップのために慌てて飛び立って難を逃れたAEW、早期警戒機が1機の合計11機が撤退してきていた。

あの基地には、2個戦闘飛行中隊に、3個攻撃飛行隊、輸送機隊は3機編成が3つ、ヘリ部隊や電子戦機もいたって言うのに、たったこれだけ、だ。

 私達は滑走路に設けられた臨時のスペースに機体を止めさせられ、基地の中に連れて行かれて根掘り葉掘りと状況を聞かれた。

だけど、私も、たぶん他の連中も、誰一人正確なことを伝えられるやつはいないと思う。

戦術士官の質問は、例えば、敵の規模は?数は?主力武装の威力は?指揮系統は?なんて感じだ。バカじゃないのかと正直思った。

数なんていちいち数えてられるわけがない。

それこそ、見渡す限りだったし、主力のあのバカみたいにデカイマシンガンの威力なんかどう説明すればいい?

戦車砲弾くらいもありそうな弾丸を、秒間4,5発でぶっ放してくる、とくらいしか言いようがないね。

指揮系統なんて、てんでダメだ。敵がどういう編成で行動してたかすら見る余裕もなかった。

 そんな話をしたら戦術士官は、不愉快そうな顔で

「貴官らは、軍人としての自覚はないのか?敵の情報も確かにつかまぬうちに撤退してきたというのか?」

なんて言ってきたもんだから、思わずカッとなって首根っこを?まえて顔をテーブルに押し付けてしまった。

拳銃でも突きつけてやりたかったけど、さすがにそうなると隊長を困らせるだろうから、やめておいた。

 とにかく私は、そんな温い頭をした聴取を受けてから、兵舎の空きオフィスに通された。そこにはすでに隊長達がいた。

どうやら、ここが私達の“格納場所”らしい。ご丁寧に、支給品の寝袋まで用意されている。

ここで寝泊まりしろ、ってことなんだろうね、まったく。

 「どうだった、カレン?」

ソファにグッタリと腰掛けていた隊長がそう聞いてくる。

「どうもこうもありませんよ」

私がさっきあったことを説明すると、隊長はふう、とため息を吐いた。それから他の連中に目配せをして

「どこも同じ、か。頭痛くなるな」

とうなだれた。他の連中も肩をすくめたり、ため息を吐いたり、落ち着きなく貧乏ゆすりをしたり、だ。

と、不意に隊長が懐から何かを取り出した。それはいつもの写真だった。隊長の家族の、だ。

「隊長のご家族は、確か…」

「あぁ、プラハだ」

私の小隊の新人のベネットの言葉に、隊長はまた乾いた口調でそう返事をした。

写真の中で隊長と一緒に笑ってるのは、また2歳になったばかりの隊長の娘、フールカと、奥さんのアビークさん。

戦争が始まるまでは基地のすぐそばに住んでいて、私も顔見知り程度には知っている。

あのコロニー落着があってから、基地のそばは危険だ、と言う隊長の判断で二人はプラハへ疎開していた。

いつもならどんな感情も表に出さない、ドライでクールなベネディクト・スラヴァ少佐も、さすがに堪えてるんだろうね。
 

560: ◆EhtsT9zeko 2014/05/26(月) 00:53:32.35 ID:vkqLVc9Jo

 ドン、とデスクを殴る音が聞こえた。隊長の率いる第一小隊のドミニクだった。

「あぁ、思い出したらむかっ腹がたってきやがった!」

こいつは、短気にも程がある。頭の方も軽くて、訓練じゃいつも隊長を困らせてた。

私が言えたことじゃないかもしれないけど、こんなときにトラブルは起こさないで欲しいもんだ。

「デカイ声出すなよ、ドミニク…」

もうひとりの隊長の小隊員、トラビスが背中を丸めたままドミニクにそう言う。

「…すまん」

ドミニクは、怒りっぽいくせに、文句を垂れられるとすぐにしょげてしまう。

トラビスは見てのとおり、センの細いやつで、空じゃすぐに頭が真っ白になるは、泣き言を言うわで、これまた隊長がほっとけないって言うんで自分の小隊に組み込んでる。

 「敵さん、ここを目指してくるだろうな」

私の隊の二番機で、私の相棒を頼んでいるフィリップがボソっと言った。

「あぁ、おそらくね」

私が言葉を返すとフィリップは大きく深呼吸をしてから声をあげた。

「仇討ち、か。どうなることやら、だ」

フィリップのことは、隊の中でも隊長の次くらいに信用していた。

ひょうひょうとしたやつで、いつだって真剣なんだかどうなのかわからないような感じだけど、

こんな状況になってもそれが崩れないところを見ると、やっぱり多少は度胸は座っているらしい。

ここへ来て、いつも以上に私はフィリップを信用できていた。

「フィ、フィリップさんは、なんだってそんなに平気そうなんですか…」

隊の最年少で、私の後輩のベネットが情けない声色でそう訴え出る。それを聞いたフィリップはヘラヘラっと笑って

「平気なもんか。俺はただ、“そのとき”まで考えないようにしてるだけさ」

と肩をすくめて見せた。

 「隊長、うだうだ言ってても始まりません。私たちもこの基地の防衛作戦に参加すべきです」

私は隊長にそう言った。隊長はそれをまた、表情を変えずに聞いてチラっと私をみやってから

「まぁ、そうだろうな。上の連中からの出撃命令を待つ」

と静かな声で言った。命令を待つ、だって?冗談じゃない!

「隊長!あんたわかってるはずですよ!あいつらは、もう2時間もすればここへたどり着く!上の連中は、それをわかってないんだ!

 あの兵器の怖さも、ジオンがどれだけ本気かってことも、理解してない。このままじゃ、この基地もバイコヌールと同じように…!」

私はいつの間にか語気を荒げてしまっていた。隊長はそれでも平然とした表情で私を見て言った。
 

561: ◆EhtsT9zeko 2014/05/26(月) 00:54:29.39 ID:vkqLVc9Jo

「ここにいるのは戦闘機隊2個中隊と攻撃飛行隊が2個中退。そりゃ、後方の鉱山基地と工廠を防衛している部隊はもう少し多いが…

 陸上戦力はほとんどあてにできない。確かに、かすかでもあいつらをたたける可能性があるとしたら、俺たち飛行隊だろう。

 だが、あのモビルスーツには機銃弾なんぞ効かない。

 今換装を頼んでる対戦車ミサイルは、レーダー誘導が効かなければ、ただのロケット弾と同じ。

 唯一、有効打を確実に望めそうなのは、無誘導爆弾だけだ。俺たちの機体には、搭載量6発。6人合わせて36発。

 一発必中で落として、運良く全て一撃で行動不能にできたとしよう。あいつらは、全部で何機いた?カレン、お前も見たはずだ。

 あの、地面を埋め尽くすようなモビルスーツの群れを。50なんて数じゃ足りない。100以上はいた。

 ここの駐留部隊と俺たちだけで、数は足りると思うか?」

隊長の言葉に、私は何も言えなかった。抵抗する方法はいくらだって思いつく。

高射砲の水平射撃や、対空機銃を総動員して地上目標を狙えば、それなりの飛距離と火力にはなる。

弾幕を張って足止めしいたところを私らで上から爆弾を降らせればいい。

 だけど…それから先は、隊長の言うとおりだ。

おそらく、手持ちの武装を全部命中させたところで、敵部隊を半壊させることすらできないだろう。

敵だって、バイコヌールを制圧した連中が全部ここに来るかどうかはわからない。オデッサは広い。他の拠点や部隊はまだまだいる。

だが、それでも…私には、隊長が危惧していることの想像がついてしまっていた。

どんなに善戦したところで、あのモビルスーツの集団には勝てない…

少なくとも、既存の戦術や兵器では、モビルスーツがあれだけの数揃ったら、とてもじゃないが太刀打ち出来ない…負けるのか、私達は…?

「じゃぁ、どうしろって言うんです!?」

 私はまた、大声で怒鳴ってしまっていた。

「カ、カレン、落ち着けよ」

そう言ってきたトラビスを、思わず睨みつけてしまう。

 戦わなきゃ…あいつらに、好きに暴れさせるわけにはいかない。確かに、隊長の言うとおり、この基地すべてを守ることはできないかもしれない。

でも、、私達がここで戦って、数機でもいい、あいつらを減らすことができれば、あとに続く連中の助けになれるはずだ。

「撤退を援護する…敵の撃破は目的としない。ナポリまでたどり着けば、ヨーロッパ方面軍の支援も得られるだろう。

 あいつらに、今の俺たちは勝てない。できるだけ戦力を維持したまま、反撃の機会を探るのが賢明だろう」

だけど、隊長はそう言った。確かに、それもそうだとは思う。だけど、あいつらは…副隊長達を…私らの基地を襲ったんだ…

一矢報いてやりたいじゃないか!

「でも、隊長…!」

「命令だ、従え」

隊長は、聞く耳を持たない、って感じで私に冷たい視線を浴びせかけてそう言った。隊長のいうことはもっともだ。

だけど…あいつらは、私の家族も、仲間も…!私は、たまらなくなってデスクをぶん殴った。ベネットとドミニクがビクっと体を震わせたのが分かった。

あぁ、くそっ…あんたらをビビらせるつもりはないんだ…!

 私はそうは思っても胸のうちに湧いた感情を処理できずに、たまりかねてオフィスを飛び出した。
 

562: ◆EhtsT9zeko 2014/05/26(月) 00:54:56.42 ID:vkqLVc9Jo

 表はバカみたいに天気がいい。こっちの気持ちも知らないで、澄んだ青空が広がってる。

強い日差しの熱を冷ますような心地よい乾いた風も吹いていた。私は、戦闘機を止めてあるエリアまで歩く。

そこには既に、対地攻撃装備に換装された愛機達が静かに佇んでいた。

「タイガー隊の方ですか?」

不意にそう声を掛けてくるやつがいた。一瞬、どこからか分からずにあたりを見回していたら戦闘機の車輪の影から、若い女性兵が姿を現した。

まだ、年頃は10代だろう。訓練校を出たばかりくらいの、17,8歳に見える。

浅黒い肌に、暗い色のそれほど長くない髪を後ろで結いている彼女は、作業用のツナギの上半身を脱いで腰のところに縛り付けた、なんともラフな格好をしていた。

顔や腕には、あちこち黒い油がコベリついている。

「あぁ。あんたは?」

私が聞くと彼女は笑って

「貴隊の整備を任されました。エルサ・フォシュマン軍曹です。よろしくお願いします」

と明るく言って敬礼をしてきた。私も思わず、敬礼を返してから、整備してくれたって言う機体をみやった。

まぁ、6機全部をこの子一人でやるなんてことはないだろうから、きっと他にも整備員はいるんだろうけど…

「どうしてこんなところに一人で?」

私が聞いてみるとエルサは恥ずかしそうに笑って

「すみません、私、気になっちゃってダメなんですよね。万全の状態にするのはもちろんなんですけど、そ

 れ以外にも、何をするわけじゃないんですけど、状態を確認して満足したい、っていうか」

と肩をすくめる。

「そっか…私らにとっては、ありがたい話だよ」

そう言ってやったら、エルサは嬉しそうに明るい笑顔を見せてくれた。でも、それからすぐにその表情を曇らせる。

「話は、少しだけ伺いました。敵のモビルスーツっていうやつは、火力も装甲も戦車なんかとは比べ物にならない、って」

それから私の目をジッと見つめて聞いてきた。

「勝算は、あるんですか?」

私は、また胸に込上がってくる苛立ちを覚えた。勝目は、おそらくない…それを堪えて葉を食いしばる。

「…レーダーが潰されて、誘導兵器の類が使えなくなったら、勝ち目は薄い…地上兵力はほとんど有効打を与えられない。

 私ら航空隊が、対地攻撃を仕掛けて、多少の被害を与えられる程度、だ」

私の言葉に、エルサは黙って俯いた。ギュッと、拳も握りしめている。怖いのか、悔しいのか…どっちだろうな…

 「あんた、出身は?」

私は、なんとなく話題を変えてやりたくて、そう聞いてみた。そしたら彼女は、なおも俯いたまま、ボソっと言った。

「パリ、なんです」

パリ…か。話題を変えるどころの話じゃなかった。私は、彼女の気持ちが理解できてしまった。

パリには、アイランドイフィッシュが大気圏外で重力によって四散した際の、一番“小さな”破片が落着した。

シドニーほどじゃないけど、衝撃波で街は壊滅。郊外に巨大なクレーターができた、って話だ。

 「そっか…あんたも、なんだな」

私がそう言うと、彼女はハッとして顔をあげた。
 

563: ◆EhtsT9zeko 2014/05/26(月) 00:55:37.28 ID:vkqLVc9Jo

「自己紹介がまだだったね。私はカレン・ハガード少尉。タイガー隊の第三小隊長をしてる。出身は、シドニーだ」

私が言うと、彼女はまるで何かが痛んだみたいに、ギュッと目をつむって唇を噛み締めた。その痛みは、わかるよ…ありがとうね。

 私は、彼女の肩に手を置いて、そっと撫でてあげた。

「…少尉は…やつらと、戦うんですか?」

「本当なら、そうしたいところだけどね…あいにく、隊長がそれを許可しないんだ」

彼女が、涙が溢れそうになっている瞳で私を見上げて聞いてきたので、そう答えた。

「わかります…無駄に抵抗するよりは、戦力の温存をすべきだと、そういうことですよね?」

「あぁ、うん…」

彼女は、私の言葉を聞いて、またギュッと唇を噛み締めた。彼女に、なんて言葉を掛けてやったらいいんだろう…

私は、自分の気持ちのことなんて忘れて、気がつけばそんなことを考えていた。

私は、例えば、気持ちがどうしても収まらなかったら、命令を無視してだって、敵につっこんで行くことは出来る。

その気になれば、勝算があろうがなかろうが、いくらでも戦える。でも、彼女は違う。

戦闘要員じゃない。整備兵だ。戦闘機にのることも、戦車を操ることも、たぶんできないだろう。

ありうるとしたら、トラップでも仕掛けて、自爆をするとか、そう言うことくらいだろう。

勝てなくても、敵を道連れにするくらいはやってしまいそうだ。

私が、そう思っているのと同じように…

 相変わらず言葉が見つからなくて、それでも、何か、声を掛けてやらなきゃとそう思って口を開いたときだった。

 基地内に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 



 

568: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:05:43.51 ID:Owzp8VMdo

 基地内に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 「これは…!」

エルサが呻いた。あいつら…もう近くまで!?

なんて行軍スピード…私達から、3時間も遅れてないなんて…

バイコヌールを制圧した連中とは別動の部隊の可能性もある。もしそうだとしたら、敵の規模は…

 私は、そこまで考えて頭を振った。そう、そうだ。隊長の言う通り、今は退避すべきだ。

抱えてる爆弾とミサイルを全部浴びせかけて、それから撤退する…

あの私を聴取した士官の言う通りだったのかもしれない。

私達は、生きて撤退して、あのモビルスーツってやつとの戦い方を練る必要がある…。

 「少尉!誘導します、準備を!」

エルサがそう怒鳴ってきた。

「あぁ、分かってるよ!」

私はエルサの肩をバンとたたいて自分の機体の取り付けられていたラダーをよじ登った。

コクピットに身を投げてヘルメットをかぶる。計器は…問題ない。装備チェック…火器管制も大丈夫だ。

左右の制動板も垂直尾翼も問題なし。整備のエルサに感謝、だ。

 「少尉!」

離陸準備を整えていたら、エルサがラダーをよじ登ってきた。

何かと思ったら、一通り私が確認した計器を自分の目で見て確かめている。

確かに、丁寧すぎるくらいな仕事だよ、あんたさ。

 「カレン!」

隊長の声が聞こえた。見ると、隊長を戦闘に、隊の連中がこぞってこっちに走り寄ってきていた。

「整備終わってます!いつでも上がれます!」

隊長達にエルサが怒鳴った。それから、私の顔を見つめて、言ってきた。

「少尉…私も、出来る限りのことをします。ですから、少尉も…」

分かってる、そう答えるつもりだった。でも、出来なかった。

私には、彼女のことが、なぜがどうしようもなく心配に感じられてしまった。

もし彼女が、さっき思った通りに私と同じ気持ちでいるのなら…

彼女は、きっと死もいとわずに、戦い方すら知らないかもしれないのに敵に向かって行くだろう…

どうにもそれが、私には許せなかった。

 私はとっさに、エルサの襟首をつかんでコクピットに引っ張り込んだ。

「しょ、少尉!?」

そう悲鳴をあげる彼女を無視してそのままシートの後ろの空間に押し込み、

掛かっていたラダーを取り外して地面に放り投げた。

「ど、どういうつもりですか、少尉!?」

「ここにいたら、遅かれ早かれ、敵の捕虜になる。一緒に来なさい」

私はそう言ってやった。戦うのは、今じゃなくたっていい。

今、あいつらに向かって行って死んじゃうのは、たぶんただの犬死だ。

それに…こうして彼女を乗せていれば、私の理性も保てる。被弾して、イジェクトシートで逃げるわけにはいかない。

となれば、私も無茶すべきじゃない。彼女を助けるために、だ。
 

569: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:06:15.87 ID:Owzp8VMdo

 私は予備の酸素マスクをシートの後ろに伸ばした。

ベルトは無いから、彼女の体を、シートの下から引っ張り出したピストルベルトで背もたれに固定する。

これなら、多少の機動でもコクピットの中で飛び跳ねたりはしないはずだ。

ヘルメットがないのが申し訳ないけど、そんなこと、もう考えたって仕方ない。そう思って私はエンジンを始動させた。

「少尉!」

「黙って乗ってな!逃げ延びた先でも、整備員が必要なんだよ!ここで死なれたら、私らが困るんだ!」

「そうじゃなくて!私、飛行機ダメなんですよ!」

「な、何言ってんのあんた!自分が整備した機体でしょ!?」

「そうですけど!あの、出来ればマイナスGはやめてくださいね!?フワっとするのが、どうしても怖いんですよ!」

「そんなの、戦闘になったら保証できないよ!怖かったらシートにしがみついてお祈りでもしてな!」

私はそう言ってやってから、自分が微かに笑みを浮かべていたことに気が付いた。

なるほど、こいつも、思いつめて自爆するようなやつじゃなかった、か。

だとしたらなおのこと、こんな基地に置いとくわけにはいかないね!

<おい、カレン、後ろの荷物はどうした?>

隊長の声が無線越しに聞こえて来る。

「整備員です。逃げた先でも一人いれば、機体のメンテもできる」

私が言ってやったら、隊長からもかすかに笑い声が聞こえてた。

 <こちら、セイバー隊。管制塔、離陸許可を求む!>

不意に無線が入ってきた。友軍機が上がるらしい。私はコクピットから外を見やった。

格納庫から出てきた機体が3機、滑走路に進入していく。

<こちら管制塔。敵部隊は東より進行中>

<こちらセイバー1、了解。離陸して、東へ向かう!>

<頼むぞ。セイバー隊、離陸せよ!>

管制塔の無線が響くのと同時にセイバー隊が滑走を駆け抜けて、空へと登っていく。次は私達の番だ!

<こちらタイガー隊。続いての離陸を要請する>

隊長の静かな声が聞こえる。

<タイガー隊?あぁ、バイコヌール脱出組だな。ついてる、モビルスーツ戦闘を経験してる隊が2隊とはな…

 っと、すまない、タイガー隊、滑走路へ進入せよ>

管制塔がそんなことを口にした。私達の他にも、モビルスーツと戦ったやつがいるって言うの?

今の、セイバー隊のこと?そう思いながら、私は滑走路に機体をすべり込ませる。
 

570: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:06:50.92 ID:Owzp8VMdo

 隊長達第一小隊が位置に着いて、まず離陸していく。

<タイガー隊第三小隊、離陸せよ!>

隊長達の離陸を確認してから、管制塔からそう指示が聞こえてきた。

「了解。フィリップ、ベネット、遅れないで!」

私はそうとだけ言って、スロットルを一気に押し込んだ。エンジンが高鳴り、機体がぐんぐん加速していく。

背後から、エルサの微かな悲鳴が聞こえてきたけど、気にしている余裕なんてなかった。

私は操縦桿を引いて、一気に上空へと駆け上がった。

 隊長達の編隊を見つけて、その後ろに位置取る。

「隊長、第三小隊、位置に着いた」

<了解した>

私の方向に返事を返してきてから、隊長の声が、また聞こえた。

<セイバー隊、聞こえるか?>

<こちら、セイバー1。そちらは?>

<バイコヌールから撤退してきた。タイガー隊のベネディクト・スラヴァ少佐だ。貴隊は3機編成の様だ。

 こちらの6機と合流して、中隊編成の提案をする>

<こちら、セイバー1、フランク・マイスター大尉。了解です、少佐>

そう聞こえてきたと思ったら、どこからともなく私達と同型の戦闘機がふわりと姿を見せた。

<こちらはセイバー2。エイミー・バウアー・マイスター中尉です、よろしく>

<…セイバー3、ユウ・カジマ…少尉です。よろしく頼みます>

他の2機もそう言ってくる。

<こちらは、タイガー2のドミニク>

<同じく3番機、トラビス・ジョナサン少尉です>

「7番機のカレン・ハガード少尉です、よろしくお願いします」

続けて私もそう無線を入れる。フィリップとベネットの自己紹介を聞いてから、私はセイバー隊に聞いた。

「セイバー各機へ。貴隊は、モビルスーツとの戦闘の経験が?」

<こちら、セイバー2、エイミーです。同じ女性パイロットが居て嬉しいわ。

 おっしゃるとおり、私たちにはモビルスーツとの戦闘経験は確かにあります。

 私達は元々、宇宙軍所属です。ルウム戦役で所属部隊が壊滅して、バイコヌールへ降下してきました。

 それからは、オデッサ配属で、地球での戦闘は初めてだから、すこし不安で…

 うまく引っ張ってくれることを期待してます>

エイミー、中尉と言っていた女性がそう教えてくれる。地上は初めて、か…

でも、まともにモビルスーツとやりあったことがあるのなら、ノウハウは必ず活かせるはず…

「了解です。私達は、バイコヌールから撤退してきました。

 モビルスーツをまともに相手にしたことはありませんが、地上での飛行時間は豊富です。

 その点は、お力になれると思います。

 こちらは戦術的なところは、参考にさせていただくところが多いかと思います。協力して行きましょう」

<ええ、ありがたいわ…。モビルスーツには、こちらの機銃攻撃はほとんど意味をなしませんが…突破口はあります>
 

571: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:07:47.79 ID:Owzp8VMdo

「突破口?」

<はい。頭部です。頭部のランプは、コクピット内に映像を映し出すためのメインカメラだという話です。

 あそこになら、25mm機銃弾でも、損傷を与えられます。相手の視力を奪えば、こちらの優位が保てます。

 別の箇所なら、正面装甲は頑強ですが、背部の噴射装置か、側面からのタセット連結部への攻撃が有効です>

中尉はそう説明をしてくれた。タセット…脚の付け根を守ってる、あのぶら下がった装甲のことだ。

そうだ、どんな兵器にだって、弱点はある…そいつをうまく突けば、性能の差は埋められる…!

<見えた、敵大部隊!>

<相変わらずの数だな…>

隊長達の声が聞こえたので、私は地平線をみやった。

そこには、あのモビルスーツの大群が砂埃を上げながら接近してきていた。

<高射砲部隊へ支援射撃を要請。座標は090、550、範囲100!時限信管を切って、砲撃頼む!>

<馬鹿言うな!こっちは高射砲部隊だぞ!?着弾地点の計算なんて出来るかよ!>

隊長の指示に、そう言い返す声が聞こえてきた。なに悠長なこと言ってるんだよ!

「敵になぶり殺しにされたくなけりゃ黙って撃ちなよ!グズ!」

気がつけば、私はそう怒鳴りつけていた。

<くそっ…だ、第一砲塔!仰角60度、方位090、時限信管設定なし、単発で装填せよ!測距を行う!てっ!>

<砲撃来るぞ、注意しろ!>

セイバー隊のフランク大尉が叫んだ。数秒して、何かが私達の頭上を飛び越えて、敵軍の中程に着弾した。

なんだよ、やれば出来るじゃないか!

「高射砲部隊!距離が伸びすぎた!着弾は、700!」

<よ、よし…全砲、時限設定なしで装填!方位090、仰角、64度。全力砲撃だ!てっ!>

私が報告すると、高射砲部隊の指揮官らしい男がそう叫んだ。また、数秒の静寂。

次の瞬間、敵の最前列に砲弾が降り注いで爆炎と砂埃が上がった。

<よ、よし!敵部隊前面に着弾!>

<こちら航空隊、引き続き、同座標へ撃ち込んでくれ!各機、砲撃をくぐり抜けてくるモビルスーツを叩くぞ!

 砲撃に注意せよ!>

隊長がそう指示をくれた。なるほど、それなら、あの数全部に銃口を向けられることはなさそうだ。

それなら、各個で撃破出来る…!

<着弾地点から、敵が左右に散開を始めています!>

エイミー中尉の声が聞こえる。まともに突っ込んでくるほどバカじゃないってことか…

でも、そうならあの砲撃は敵にとっては打撃になっている、ということになる。これなら、十分に戦える!

「隊長、右翼へは私達が行く!」

<了解した。セイバー隊、左翼を頼めるか?こっちは中央で、正面突破をしてくる敵を叩く>

<こちらセイバー1、了解した!>

隊長からのお許しが出た。よし…バイコヌールの仇だ!私は、内心そう闘志をたぎらせて、操縦桿を握り直した。

「フィリップ、ベネット、降下しつつ右翼へ展開!」

私はそう指示を出しながら、レーダーと計器をチェックする。どっちもまだ正常に機能している。

あの素粒子を撒かれる前に、ミサイルを撃ち込んでしまうべきだ。
 

572: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:08:17.94 ID:Owzp8VMdo

「対戦車ミサイルの発射準備!ミサイルを先に手放すよ!」

<了解!>

<りょ、了解です!>

二人の返事を聞いて、私も火器管制をオンにした。設定を対戦車ミサイルに合わせる。

そうしているあいだにも、敵は散開しつつ、基地へ接近していた。よし、覚悟を決めなよ!カレン!

「二人とも!離れないで!」

そう無線に怒鳴って、私は一気に操縦桿を倒した。

「ひいぃぃっ!」

どこからか、引きつった悲鳴が聞こえてくる。あぁ、しまった、あんたのこと、すっかり忘れてたよ…

でも、堪えてくれ…ここで先制しておかないと、とても足止めなんて出来やしないだろうからね…!

私はさらに操縦桿を押し込む。高度3000フィートまで機体を下ろして水平飛行に映った。

不意に、ヘルメットの中にピピピという発信音が響く。

よし、レーダーは生きてる…私が目を落としたレーダー内にアイコンが光っている。

HUDを覗き込むと、敵集団の先頭にいる機体とそのすぐ右側の機体に、赤い四角が灯った。ロックした!

「7番機、ロック完了!」

<8番機、敵をロックオン!>

<9番も、ロックしました!>

「よし、全弾発射!」

私はそう指示をしながら、操縦桿のボタンを二度素早く叩いた。機体に軽い振動が走って、ふわりと浮き上がる。

眼下に、白煙を引きながらミサイルが飛翔していくのが見えた。この機に搭載できる対戦車ミサイルはたった2本。

あとは、無誘導爆弾と、貧弱な航空機銃に頼るほかはない…

そうなる前に、敵の出足を送らせるには、やはり全力で応戦して二の足を踏ませる以外に方法はないだろう。

 ミサイルは、ロックした敵めがけて突き進んでいく。と、敵がマシンガンを発射した。

ミサイルを撃ち落とそうとでも言うんだろう。

だが、高速で接近するミサイルに、秒間5発のマシンガンじゃ有効打は与えられない。

ミサイルはさらに吸い込まれるようにモビルスーツに接近し、着弾して小さな爆発を起こした。

前列にいた6機全部に命中し、数機は腕をもぎ取られ、胴体の真ん中に命中した2機は後ろに倒れるように崩れ去り、

そのうち1機は爆発を起こした。

<やった、有効打だ!>

ベネットのはしゃぐ声が聞こえた。私も内心は飛び上がりたいぐらいだった。

見たか、ジオンめ!地球で好き勝手出来ると思ったら、大間違いなんだよ!

「無誘導爆弾投下準備!フライパスしながら全弾放り投げるよ!」

<よしきた!>

<了解です!>

そう指示をしながら、私は火器管制を切り替えて、爆弾の投下準備を済ます。HUD上に予測着弾地点が表示された。

初撃のミサイルで、敵は脚をとめて、左肩につけた板のようなものをこちらに向けて待機している。

あれは…シールド?守りを固めて、こっちが飛び抜けるのを待っているの?だとしたら、好都合だ。

そうして脚を止めててもらえるんなら、こっちも狙いをつけやすい!
 

573: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:09:15.16 ID:Owzp8VMdo

「フィリップ、ベネット!機銃掃射しながら接近して投下して!」

私はそう叫びながら操縦桿のトリガーを引いた。エイミー中尉は、頭を狙えと言っていた。

空から見れば、ランプが点っているのは微かな隙間の中だけど、回避を考えないで打ち続けられるんなら…!

轟音とともに、曳光弾の破線が伸びていく。

私の機隊の両脇からも、フィリップとベネットの放った銃弾が線を引いてモビルスーツに降り注いでいる。

確かに、有効打は与えられてない…でも、本命は、この機銃じゃないんだよ!

 HUDの中のカーソルが、敵部隊の前列と重なった。今だ!

「投下、投下!」

私は、操縦桿のボタンを押しっぱなしにしながら無線に叫んだ。

それと同時に、スロットルを目一杯まで押し込んで、操縦桿を引っ張る。

速度が上がり、一気に機体は空へと上昇を始めた。

<う、うわっ!て、敵、撃ってきた!>

ベネットの叫び声がした瞬間、私達の周りに敵の曳光弾が幕を張るように飛び抜けてだす。

くっ…やっぱり、この火力は強力すぎる…!

「慌てないで、振り切るよ!」

私はそうとだけ声を掛けて、操縦桿を握り締める。

こういう時は、焦って旋回したほうが、返って速度が落ちたり弾幕と交差したりして危険なんだ。

とにかく、一目散に飛びぬけた方が安全に抜けられる。

私はそう自分に言い聞かせて、空気を切り裂く音をさせながら飛び抜けていく敵の弾のプレッシャーをこらえた。

さらに高度を上げ続けると、敵は諦めたのか、それ以上の攻撃がなくなった。

ふぅ、とため息と一緒に、緊張感が抜ける。

「ベネット、フィリップ、無事?」

そう声をかけると無線から

<あぁ、なんとか、な>

<こ、こ、こっちも、だ、だ、大丈夫です>

少しこわばった声色のフィリップと、震えてるのが分かるベネットの返事が返って来た。

今のばかりは、私も相当怖かった。無事なら、それでいい。そう思いながら私は高度計を見た。

2500フィートを少し超えたくらい。敵のマシンガンの射程は1000メートルにも満たない程度だ、ってことだ。

なるほど、弾のサイズは戦車砲並で、連射速度は戦車以上だけど、射程は極端に短いな。

ミノフスキー粒子と併用した近接戦闘が目的で作られた兵器だけのことはある。

あの厚い装甲を頼りに懐に潜り込んであいつをぶっ放すって運用が基本なんだろう。

でも、それは3次元機動のできる宇宙での話だ。地上では、重力に縛られるからそうもいかない。

残されたこっちの航空機関砲の射程は対地攻撃で撃ち下ろすんなら1500メートルは有効射程に入る。

あの装甲相手にして1500メートルでダメージを与えられるなんて思ってはいない。

でも、相手より先に撃ち始めることができるっていうのは大きなアドバンテージだ。

それこそ、さっきエイミー中尉の言っていたように、頭部のカメラさえ破壊できれば、戦線から離脱する可能性が高い。

それなら、わざわざこっちが懐に飛び込む必要はないし、打ち続ければ足止めにはなる。
 

574: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:09:41.80 ID:Owzp8VMdo

 あいつら、数と性能にものを言わせて一気に攻め込むつもりなんだろうけど、

やっぱり地球での運用のことは机上の想定だけらしい。そこに私たちがつけ入る隙がありそうだね…!

「各機へ!敵の主力マシンガンの射程はこっちの航空機関砲に比べて短い!敵の射程外から反復攻撃を行って足止め、
 そこを高射砲部隊からの砲撃を要請で打撃を加えられる!敵の射程内に飛び込まないように注意!」

私は無線で報告した。するとすぐに

<なるほど、宇宙とは違って重力もあるし、慣性のない分、あのマシンガンの火力は落ちている、ってことですね…!>

とエイミー中尉の言葉が返ってきた。

なるほど、そうか、宇宙空間では重力の干渉も受けないし、高速移動しながらの発射ってことになる…

そもそも、射程なんて考えられたつくりにはなってないのかもしれない…

「そうです。恐らく射程は1000メートル以下。こちらの機関砲なら1500メートルは取れます。

 500メートルのアドバンテージは一瞬ですが、メインカメラのみを狙うのであれば、その僅かな隙を有効に使えれば…!」

<時間にすれば、わずか2秒弱…しかし、やれることはありそうだな>

隊長の声が聞こえる。

<こちらオデッサ東基地防衛飛行隊だ。話は聞かせてもらった!全機、ミサイルと爆弾を放り出したら反復で機銃掃射だ!外すなよ!>

さらには、私達の駐留していた基地からの援軍らしい無線が響いた。

その声に呼応するように、他の声がたくさん、意気軒昂と応じた。

そして、それをひとしきり聞いたんだろう、エイミー中尉が力強い、頼もしい声色で言った。

<チャンスね…やるわよ、カレン少尉!>

私はそれを聞いてなぜだか嬉しくなって

「はい、中尉!」

なんて、珍しく張り切った返事をしてしまっていた。敵を押し返せるなんて思ってはいない。

だけど、高射砲部隊の砲撃と、こちらの機動性と射程の長さの利があるこの状況なら、負ける気はしない!

私はそんな昂った気分のままにフィリップとベネットに指示を出していた。

「フィリップ、ベネット!旋回して再攻撃!高度4500フィートで接近、機銃掃射しながら右へスライスバックで加速し離脱!」

<了解した。やれそうだな>

<は、はい!ついていきます!>

二人の声を聴きながら、私は機体を滑らせて敵の右側面へと位置取る。背後の二人も、ちゃんと着いてきている…

よし、行くぞ!

「掃射!」

そう怒鳴って、私は操縦桿のトリガーを引いた。狙いは、あの頭部だ!

曳光弾の破線が伸び、モビルスーツの上半身に当たって弾ける。敵がこっちへ銃口を向けてきた。

外れたか…回避だ!

「回避行動急げ!」

さらに無線にそう叫びながら、私は機体を右へと翻した。急旋回で体にGが襲ってくる。

そういえば、後ろのエルサは大丈夫だろうか?最初の降下以降、全然声を聞けてないけど…

私はそんなことを心配しながらも、機体を180度反対方向に向けてモビルスーツ群から遠ざかる。

フィリップもベネットも、ちゃんとついてきているな。
 

575: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:10:12.71 ID:Owzp8VMdo

「よし、旋回して再攻撃をかけるよ!」

私はそう指示をだした時だった。無線に、微かに聞こえる程度のボソっと言う声が鳴った。

<隊長、敵後列にモビルスーツ用ランチャーらしきものを確認>

今の声、確か、セイバー隊の3番機の、ユウ・カジマ、って少尉の声?ランチャーって、なんのこと…?

私は、まるでその声に導かれるように、敵軍の後方に目をやった。確かに、何かが見える。

煙突のような、大きな筒を抱えている一団が…

<マズい…!各隊、散開!>

エイミー中尉の切り裂くような声が聞こえた。ランチャー?

あのモビルスーツってのには、他にも武装があったっていうの?あのマシンガンだけじゃなく、砲撃まで出来る…!?

<敵、砲撃を確認!着弾するぞ、散開急げ!>

今度はセイバー隊1番機のフランク大尉の叫び声。でも、その声はほとんど、私の耳には届いていなかった。

私は、敵軍の後列から細い白煙を引きながら飛翔してくる無数の物体に意識を奪われていた。

「フィ、フィリップ、ベネット!上昇!上昇!!」

私はそう怒鳴って、再びスロットルを前に倒して操縦桿を引き起こした。機体が空を仰ぎ、体に強烈なGがかかる。

顎が上がりそうになるのをこらえて、歯を食いしばる。

「エルサ!大丈夫!?」

ふっと、また、エルサのことが意識に登ってきて、私はコクピットに響き渡たるくらいに声を張り上げる。

「は、はいぃぃ!」

エルサの声が、微かに聞こえた。だけど、次の瞬間には、彼女のことは意識から吹き飛んでいった。

 轟音。眼下で、敵の砲弾が爆発した。無数の砲弾が空中で弾け飛んでいた。

<あぁぁぁ!>

<くっ!脱出する!>

<や、やられた…だ、誰か…!>

無線に悲鳴が、いや、断末魔が響き渡る。あとから来た基地の防衛飛行隊の反応が半分、レーダーから消えた。

<くそっ!近接信管か!やはり、火力は圧倒的に…!>

隊長が呻く声が聞こえる。私は、もう、言葉もなかった。あれは、弾幕なんて生易しいものじゃない。

こっちの集団を一気に蹂躙して叩き潰す、一方的な爆撃みたいなものだ。

駆けつけてきてくれた20機が、瞬く間に、10機になった…くっ…!カレン!カレン!落ち着け!ひるむんじゃない!

折れるんじゃない!戦え、戦えよ!あいつらの好きにさせておいたらいけないんだ!

「フィリップ、ベネット!降下機動!上空から撃ち降ろすよ!合図で左へスライスバック!」

<了解、落ち着いて行くぞ>

フィリップの声が聞こえる。ベネットは…まさか、落とされたのか!?私は慌ててレーダーを確認する。

だけど、そこには私の機体の真後ろにベネットの機体がマークされている。なんだ、驚かせないでよ…!

「ベネット!指示は了解している!?」

<カ、カレン少尉…も、もう、無理ですよ…!>

私の確認に帰ってきたのは、ベネットのそんな鳴き声だった。
 

576: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:10:59.01 ID:Owzp8VMdo

「ふざけるんじゃない、ベネット!ここでやらなきゃ、こいつらこのあと何をしでかすか…わからないんだよ!?

 あんたの故郷のヨーロッパだって、こいつらに踏みにじられるかもしれないんだ!」

<そ、そ、そんなこと言われても、俺…俺、もう、手が震えて…>

ベネットの声は、完全に涙に濡れていた。焦れったさに、いらだちが湧き上がる。

「こんな状況でへこたれてるんじゃない!男だろう!?」

そんな私の叫びをかき消すように、また、無線が鳴った。

<敵砲撃、第二射、きます!カレン少尉!回避を!>

エイミー中尉の声だった。私はハッとして前を見やる。そこには、私達の編隊めがけて飛んでくる砲弾が見えた。

回避は…間に合わない…!

<ひっ…>

ベネットの声が聞こえる。ダメだ、ベネット!旋回でもしたらモロに喰らうぞ!

「フィリップ!機銃掃射!切り開くよ!」

<はいはい、こりゃぁヤバそうだ>

私はフィリップの声を聞くまでもなく、トリガーを引いて機銃弾をバラ撒いていた。当たれ!当たれ…!

頼む、当たってくれ!!

 次の瞬間、パッと目の前が真っ白になった。ガンガンガン、と何かが機体に突き刺さる音が聞こえる。

コンピュータがけたたましい警報を鳴らし出す。だけど…だけど、私はまだ空にいた。

「フィ、フィリップ!ベネット!無事なら距離を取って!」

私はまた無線にそうとだけ言って、機体を翻した。

機動性は、まだ落ちてはいない。良かった、かなり破片はくらったみたいだけど、致命弾は避けられたみたいだ。

<カ、カレン!すまない、負傷した!>

フィリップの声が聞こえた。まさか…フィリップ、やられたの!?

私は慌ててコクピットの中からフィリップを振り返った。後ろにはまだ、ちゃんと2機ともくっついてきている。

ボロボロになっているけど、火も煙も吹いてない。

だけど、フィリップの機体は、キャノピーの一部が白く変色しているように見える。破片が当たったんだ…

「フィリップ、ケガの程度は?」

<肩に破片をもらった…今すぐどうこうなる傷じゃないが…これ以上の戦闘は…>

くっ…ここまで、なの…!?

 <こちら、タイガーリーダー。タイガー、セイバー両隊へ>

隊長の声が聞こえてきた。なんです、隊長?

<ミサイル、爆弾の残弾数ともにゼロ。あの砲撃の射程を掻い潜って機銃攻撃を行うリスクは大きすぎる…

 これ以上、手はない。撤退する…後方、中央鉱山基地へ向かう>

隊長…わかってます…わかってますよ…私は、それでも…それでも、あいつらを…!

そう思いながらも、私は機首を西へむけた。そう、今やられることに意味はない。逃げて、戦力を温存して、それから…
 

577: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:11:29.51 ID:Owzp8VMdo

 <おい、なんのつもりだ?>

不意にまた、隊長の声が響いた。今度はなんです、隊長…?

<一蓮托生、ってやつですよ>

ドミニクの声だ。なんだ、何を言ってるんだ?私はレーダーに目を落とした。

そこには、オデッサ中央鉱山基地へ向かう私たちとはてんで別の方位、

敵部隊のど真ん中へ突っ込んでいこうとする2機の機体が映し出されていた。まさか…隊長!

「た、隊長!あんた、何する気です!?」

<ん、なんてことはない。トラビスと、パトリク達の仕返し、だ。それに、誰かが殿をしなきゃならない。

 基地の連中が撤退するまでは、な>

トラビス…?まさか、嘘だろ?トラビス…あんた、いつやられたんだよ!?私はまたレーダーを確認する。

いない…どこにも、トラビスの機体が写ってない…そんな…そんな…!

<カレン、フィリップとベネットを頼む。それから、セイバー1、フランク大尉>

<こちら、セイバー1>

<うちの奴らを頼む。無事に逃がしてやってくれ…>

<…了解しました、ベネディクト少佐>

バカ言うな…バカ言うなよ、隊長!

「勝手なことばっか言わないで!隊長!あんたが死んだら、奥さんとフールカはどうするんだよ!」

私は叫んだ。逃げましょうよ、隊長。

クールでドライなあんたが、なにもよりによってこんな時に熱くなることなんてないんだ。

ねぇ、帰りましょう、隊長…!

<すまないな…カレン、生きてどこかにたどり着けたら、伝えてくれ。愛してた、ってな>

「隊長!隊長!バカなことはやめてください!隊長!」

私は無線に何度も呼びかけた。でも、隊長は通信を切ったのか、それからは一言も、答えてなんてくれなかった。

できるなら、あとを追って一緒に戦いたかった。でも、今はお客さんも一緒だ…私一人なら、喜んで死んでやれる。

でも、後ろでノビてしまっている、若い整備兵…

エルサ、あんたの意思を聞かずにそれをやってしまうのは、あまりにも勝手すぎるね…。

ごめん、エルサ。別に、あんたを恨もうだなんてこれっぽっちも思わないよ。

でもね、こんなことになるんなら、私、あんたを乗せるんじゃなかった…

隊長…なんでなんだよ、隊長…バカ野郎…!私は、また、震える体をこらえて、操縦桿をグッと握りしめているしかなかった。
 

578: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:12:01.14 ID:Owzp8VMdo

 それから1時間もしないうちだった。キャノピーの向こうに、黒い煙が何本も登っているのが見えた。

<まさか…すでに中央基地にまで、敵が!?>

エイミー中尉の呻く声が聞こえる。レーダーで敵を確認しようとしたけど、いつの間にかホワイトアウトしている。

ここには、例の粒子が撒かれている…あれが…敵の本体なの?

<こちら、東基地所属の飛行隊!中央基地、応答願います…!>

<ガッ…ザーー…ちら、中央基地管制室。当基地は敵の攻撃下にある。貴隊は、戦闘可能か?>

<…こちらは、武器弾薬をほぼ使い切っています…補給可能なエリアはありませんか?>

<敵の電波妨害が激しく、周辺の基地との連絡が取れない。南へ進路を…あぁ、くそバツッ、ガーーーー>

<中央基地管制室!管制室、応答願います!>

やられたの…?いくらなんでも、早すぎる…後方にあったこの基地にまで敵の手が及んでるっていうの?

<こちら、セイバー1。各機、高度を上げて基地上空をフライパスして状況を確認する>

フランク大尉の声が聞こえた。そう、そうだね…まだ、落ちたってわけじゃ、ないのかもしれない…

私は、先を行くセイバー隊に着いて、機体を上昇させた。基地が、まるで大きな衛星写真でも見ているくらいに小さくなる。

それでも、私の目には見えていた。

無数のモビルスーツが基地内を踏み荒らし、抵抗する戦車部隊や、対空機銃部隊をなぎ払って行く様子を…

やっぱり、ダメ、なんだな…ここが落ちたら、東基地の連中、どこへ撤退するって言うんだよ…

あいつら、みんな、捕虜になっちゃうのかな…殺されたりするのかな…

あの高射砲部隊の指揮官も、私を取り調べたあの士官も、シドニーと同じに、パリと同じに…

バイコヌールと同じように…ジオンに、あいつらに壊されるっていうの!?

 <おい、誰か聞こえないのか?>

不意に無線が鳴り響いた。聞きなれないダミ声…まだ、余裕のある味方がいるの!?

<こちら、東鉱山基地所属飛行隊。東基地は敵多数のため、歯が立たず、撤退中…

 そちらの所属は?どこかで、武器弾薬の補給は可能か?>

<こちら、ヨーロッパ方面軍所属、108戦闘飛行隊、ウォードッグ。先行して威力偵察を押し付けられて来たが…

 こりゃぁ、ここも手の施しようがねえな…>

ダミ声の男はそう言って、ため息を付いた。ここも…?ここも、って言ったの?このパイロット…?

「どういう、意味ですか?」

私は、まさか、と思いながら、それでもなんとか言葉を絞り出した。

でも、彼の言葉は、私の思っていた通りの内容だった。

<あぁ。西側の基地も、もう壊滅的な打撃を受けていた。とてもじゃねぇが、押し返せる状況じゃねえ>

やっぱり…もう…いくらあがいたところで、どうしようもないのね…私は、つい認めてしまった。

認めざるを得なかった。私達は、負けたんだ。また、負けた…

なんにもできずに、大事なものだけを、ただただ、奪われたんだ…もう、怒る気力も湧いてこなかった。
 

579: ◆EhtsT9zeko 2014/05/28(水) 01:13:24.77 ID:Owzp8VMdo

 <隊長、9時!>

<あん?なんだってんだ?>

ウォードッグ隊のやり取りが聞こえる。

<ちっ!戦車部隊が追われてやがる…!南に下れ、ってのは伝わってはいるようだが…

 あれじゃぁ、遅かれ早かれ、だな。仕方ねえ、叩くぞ、戦闘準備だ。おい、負傷した機体は南へ向かえ!

 カイロ訓練基地だ!そこで機体を補修して、あとはどこへなり、好きな場所で本体と合流しな!>

ウォードッグの隊長は、私達にそう言ってきた。

「了解、です…」

私はそうとだけ返事をして、進路を南に変えた。後ろからは、黙ってフィリップとベネットの機体がついてくる。

 <ウォードッグ隊、お供します。こちら、フランク・マイスター大尉>

<おぉ、よろしく頼むぜ。ただし、無茶はなしだ>

<了解です>

<よし、行くぞ。ブービー、ナガセとチョッパー連れて戦車隊の直掩に付け!

 サイファーとピクシー、メビウスにグリム!お前らは後続を叩いて増援を遮断しろ!

 ソーズマンは俺と上から監督だ。援護が必要なやつは言えよ>

<我々は、敵先頭を足止めします!>

後方からそう声が聞こえてきている。本当なら、私もあそこに残るべきだったのかもしれない。

でも、もう、私は、なにか大事な物が途切れたみたいに、全身から力を失っていた。

戦う意思も、怒鳴る気力も、感謝の言葉さえ出てこない。

ただ、操縦桿を握り、HUDの中の水平計と方位を見つめたまま、

くり返しくり返し、頭の中を響く言葉に、うもれて行っているみたいだった。

 どうしてなんだよ、なんでこうなったんだ…ねぇ、隊長…隊長…なんで、みんな、死ななきゃならなかったんだよ…!

 



 

587: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:47:05.14 ID:iZm4o+5Lo





「少尉、ラチェット取ってもらえます?」

「はいよ。どうなの、具合いは?」

「これでオイル漏れは止まると思いますけど…ガトリング砲の換装はもう少し時間欲しいですね」

「そう…なにか必要なら手伝うから言ってね」

「はい、ありがとうございます」

エルサは、機体の腹に上半身を突っ込んだままそう答えた。

ここは、カイロにある戦闘機パイロットの養成施設。訓練基地、というやつだ。

私達がオデッサからここへ撤退してきてもう一週間。

フィリップのやつは、ここへたどり着いてすぐに基地内の病院で手術を受けた。

幸い、骨や神経に損傷はなかったようで、予後は良いだろうと軍医にお墨付きをもらっていた。

ベネットは基地に着くなり、原因不明の高熱に教われた。恐らく極度のストレスのせいだろう。

もう軽快してはいるけど、精神的なダメージはかなり大きいのだと思う。

とりあえず、休暇だと言って休ませてはいるけど…この状況で休めてるのかどうかはわからない。

 エルサは、ここに着いた翌日には息を吹き替えし、しきりに私達の機体の世話をしてくれている。

ベネットとは反対に、エルサは、こんな状況だって言うのに、機体をいじりはじめてからは水を得た魚で、

見ているこっちがあの戦闘を忘れてしまいそうになるくらいだった。

 オデッサはあれからしばらくは継戦していたようだったけど、

翌日の昼、ヨーロッパ方面軍の本隊が到着したときにはすでにジオン手に落ち、

彼らはオデッサから撤退できた残存兵力を回収して引き返して行ったらしい。

あの中尉や、ウォードッグという増援がどうなったかという情報は入って来なかった。

生きていてくれればと思ってみることもあったけど、

結局確認すらとれないところで考えて心配するだけ無駄だと思うようになってしまった。

「ふぅ、これで良い、はず…」

エルサは、ため息をついて機体から抜け出てきた。オイルを頬につけ、明るい表情をみせている。

「汚れてるよ」

そう言って指で頬をぬぐってやると、彼女は恥ずかしそうに笑った。

「さて、私は休憩にしますね」

「あぁ、ありがとう」

「いいえ!では、失礼します」

エルサはそう言うと、機体のそばにあった機材運搬用のプチモビに飛び乗った。

兵舎へ戻るのかと思いきや、エルサは、機材が詰め込んであったコンテナから大きな箱を取り出して器用にそれを開けた。

中からはイジェクションシートが姿を現す。それをプチモビで掴んで持ち上げると、私の機体のコクピットへとはめ込んだ。

「休憩って言ってたじゃない」

私が言うと、エルサはあははと笑って

「これは私の安全を守る個人的な作業だからいいんですよ」

なんて言った。この基地に着いてから、時間を見てはコクピットの中をいじってスペースを作っていたのはしっていたけど、このためだったんだね。
 

588: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:48:01.59 ID:iZm4o+5Lo

「少尉こそ、別にずっと見てて頂かなくても大丈夫ですよ?…あ、私の整備、心配ですか?」

作業をしながらエルサはそんなことを聞いてくる。

こんな丁寧な仕事をする整備兵が心配なことなんて微かにもあるわけないじゃない。

「そんなこと思ってないよ。手持ち無沙汰なだけ。何かしてないと、落ち着かないし」

そう言ってやると、エルサは嬉しそうに笑った。

それからしばらく作業をしたエルサは、私の機体のコクピットに自分用のシートを取り付け終えた。

プチモビから移動したコクピットからラダーで降りて来た彼女は、

日陰に置いてあったミネラルウォーターのボトルをあおると

「さて、じゃぁ、50mmガトリング砲への換装作業に入ります」

なんて言って、日焼け防止のために着ていた長袖を捲った。

まったく、元気って言うか、機械バカって言うか、機体をいじってる間のあんたは疲れ知らずだね。

そう思ったら、なんだかひとりでに笑えてしまった。

 さらにそれからその日は、遅くまでエルサ整備を見届けて、夕方には終えて兵舎にもどった。

夕食まではまだ時間があったので、兵舎の奥にある病院エリアへと向かう。

守衛に挨拶をして病棟にはいるとそこには、腕を三角巾で吊ったフィリップが売店をボーッと眺めている姿があった。

「フィリップ」

声をかけたら、フィリップはさして驚いた様子もなくこちらを向いて

「あぁ、カレン」

なんて、興味があるんだかないんだかわからない返事をして、眺めていた雑誌ラック視線を戻し、

週刊誌のような物を一冊手に取りって会計を済ませる。

「具合いは?」

私が聞くとフィリップはケガのない方の肩だけをすくめて

「痛みさえなけりゃ、支障はない」

と曖昧に笑う。

「そっか…」

そう答えた私の顔を、フィリップは珍しく意味ありげに覗き込んできた。それからポリポリと顔を掻いて

「お前こそ、大丈夫なのかよ?」

と聞いてきた。本当に珍しいな…あんた、そんなに他人を気にするようなやつだったっけ?

私がいぶかしげに思っていたらフィリップはまた、本当に笑っているのかどうかわからないくらいの笑顔を見せて

「無理すんじゃねえぞ」

と私の肩を小突いてきた。なんだか、ムッとしてしまう自分がいた。あんたは、気にしなさすぎなんだ。

私みたいに、家族が死んで、隊長達も死なせちゃって、普通にしてられる方がどうかしてる。

「あんたは気楽そうでいいよね」

思わず、そんな皮肉が出てしまった。だけどフィリップは、それすら気にかけない様子であははと声だけで笑い

「気楽でいないと、潰れちまうからな」

と私に言って病室の方へと歩き出した。まったく、なんだか掴めないやつだ…私は、慌ててそのあとを追う。
 
 

589: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:48:56.00 ID:iZm4o+5Lo

 「やめとけよ、お前に隊長のマネごとは無理だ」

フィリップは自分の病室に入って行ってベッドに身をなげてから、抑揚のない口調でそう言ってきた。

隊長の、マネ?私が?どうしてそんなことを思うんだよ?私は別に、そんなことを思ってるわけじゃない。

私はただ、ほかにすることがないから…いいや、本当は私は…

「そうでもなけりゃ、エルサや俺やベネットのところへ毎日足繁くやってくる理由がない」

だけど、私の思いとは裏腹に、フィリップはそう言った。まるで何か確信があるような表情をしている。

い、いや、違う。私はそんなんじゃない。私は…手持ち無沙汰だ、なんていうんじゃない。

私はただ、あんたたちが心配で、気になってたから…そうは思っても、フィリップは毛布を被りながら言った。

「普段はもうちょっと距離置いてんだ。無理してると、潰れちまうぞ」

フィリップの言葉は私に対する、励ましにも聞こえたし、諦めにも感じられた。ただ…でも、フィリップ、違う。

違うんだ。私は…本当にあんた達が心配で…だから、様子をみておきたいって思うのに…

やっぱりそうは受け取ってもらえやしないんだね…なんだか心が痛んだ。

私はこういう、自分の気持ちが高ぶっているときに口を開けば、いつだってひどい態度で相手にぶつかってしまう。

そんなことしたいわけじゃないのに、どうしたってうまくいかない。

そのせいで、これまでもずっと隊の連中にいやな思いをさすてきた。気の弱いトラビスやべネットなんかには特にそうだ。

 それでも、この隊はいままでに経験してきたどんな場所よりもマシだったんだハイスクールのころは、

口を開けば殴り合いのケンカになった。

なくなった実家でも同じで、父親と言い合いになったり、母さんを泣かせたりしてきた。

それでも家族は私を愛してくれていた。でも私は…どこかで孤独を感じてた。

今フィリップと話して感じているこれと同じのを、何度も何度も、繰り返しね…

私はただ、自分を受け止めて欲しいだけなのに…怒りや悲しみも、誰かを思いやる気持ちや、親しくしたい、って思いも…

 フィリップはそんな私の思いも知らないでまるで何もなかったように週刊誌のページを繰っている。

気持ちは分かって欲しいけど…やっぱりそれをあんた何かに期待するのは無理そうだね、フィリップ。

あんたはいつだってそうやって、誰とも何とも向き合おうってことをしないやつだ。

私がこんなじゃなくたって、あんたは分かろうとすらしないよね。

 私は、フィリップのベッドの横に呆然と突っ立って、そんな事を思ってしまっていた。

そうやって思ってしまうことが、すでに自分が受け止めてもらえない原因なんだって、確信しながら…


   

590: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:49:30.56 ID:iZm4o+5Lo




 翌日の午前中、私はエルサに頼まれて、換装した50mm機関砲の照準調整をしたいから、と言われていたので、

ベネットを連れて機体を止めてある仮設ハンガーに向かった。

ハンガーに入るとすでにエルサは到着していて、準備を進めていてた。

「早いんだね」

と声をかけたら、エルサは相変わらずの笑顔で

「少尉!おはようございます!」

なんて言ってきた。気分はさえないけど、でも、あんたのその笑顔はやっぱり悪くないよ、なんてことを感じていた。

私たちはエルサの指示で機体を試射場へと引っ張り出して、そこで昨日取り付けた50㎜ガトリング砲の最終調整を行った。

エルサの仕事は、そばで見ていると想像以上に丁寧で、やはり感心してしまう。

整備兵は、たいていみんな丁寧に、ミスなく仕事をしてくれるけど、彼女の気配りや仕事ぶりは別格のように感じられた。

 試射と調整は昼前には、おおかたが終わった。

この50㎜の徹甲弾がどれだけモビルスーツの装甲に効くのかは、やってみないとわからない。

以前の25㎜よりは効果があるだろうけど、それであの兵器を破壊できるかは、未知数だ。

装弾数も半分以下になってしまうし、扱いには気を付けないとね…

 作業を終えた私たちは機体を仮設ハンガーに戻して、そろって昼食をすることにした。

ここは訓練基地らしく、ヒヨッコのパイロット達がたくさん生活をしている。

食事も、レストランに並んでるようなものはなくて、兵舎のホールで支給されるのと同じ配給食だ。

味も素っ気もないけど、食べられるだけまだマシだね…死んじゃったら食べれないし…

このさき、戦況の推移次第では、生きてたって食べれない日が来るかもしれないし、ね。

「ここの料理は、イマイチですよね」

ふと、エルサが小声でそんなことを言った。そんな感想も漏らしたくなるだろう。

「まぁね。訓練所の食事なんて、たいていこんなものでしょ」

「そうですか?技術科の訓練校の食事はボリュームもあっておいしかったんですけど…」

エルサは、硬いパンをモゴモゴとはみながら不満げに言う。

それがやっぱり、少しだけおかしくて、私の気持ちをどこか緩めてくれる。

「地域的なものもあるよね。あんたのその基地は、どこだったのさ?」

「えぇっと、キンキ?ってとこでした。ニホン地域です」

ニホン、か…極東方面についてはあまり詳しくはないな…

確か、シドニーからニホンへのフェリーや航空便は頻繁に出ていたと思うけど…

そこまで考えたとき、ズキっと胸が痛んだ。故郷のことを思い出すと、平常心ではいられなくなる。

家族のことも、戦争のことも、いろんなことが一気に湧き上がってきて、正直、気がおかしくなりそうになるんだ。

 私はその気持ちをおしこめるために、故郷のことを頭から追い出して溜息をつく。

そんな私を、エルサは不思議そうに見つめてきた。
 

591: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:50:27.69 ID:iZm4o+5Lo

「君は元気でいいよな」

と、急に黙りこくっていたベネットが、急にそう口を開いた。

「そうですか?そりゃあ、戦争のことを考えたらつらいし悔しいですけど…まぁ、凹んでたって仕方ないですからね…」

エルサは、そう言ってまた、ニコっと笑った。ベネットはそれを聞いてまたうつむいて黙り込む。

私は、といえば、あの日、始めてエルサに会った日のことを思い出していた。

あの日、エルサは確かに、悔しさと無念さを抱えて、苦しんでいた。

それこそ同じものを抱えていた私が心配してしまう程だった。

彼女は、もともとこういう性格だったのか、

あるいは、あの日、私が戦闘機に引っ張り込んで戦闘を間近で体験させたから何かが変わったのか、

それはわからないけど…少なくとも、私には彼女のこの明るさが、

無茶をやる気力を奪って、冷静な思考の中にとどめておいてくれているような気がしていた。

「戦闘に出ないから、そうしていられるんだよ…」

ベネットがまた、ポツリと言った。まて、あんた、今何を…ガチャン、と音がした。

見ると、エルサは持っていたスプーンを取り落として、ベネットのことを見ていた。

その表情は、どこか、悲しんでいるのに似ていた。

「違う…違います、私は、私は、ただ…!」

エルサは、体をこわばらせ、絞り出すように何かを口にする。でもそれをベネットが遮った。

「何が違うんだ…君は、戦闘を知らないからそんなことが言えるんだよ。

 敵に狙われて、死の恐怖を味わったら、そんな明るくなんていられないはずだ」

ベネットあんた、何言ってる…?あんたの怖がりを、こいつに押し付けないでよ…

あんたの苛立ちや恐怖は、私にだって分かってる。それをどうして、この子にぶつけるんだよ?

エルサは、そんなのんきにこんな態度をしてるんじゃない、あの悔しさや痛みを知ってて、それでもこうしているんだ。

それを…それをあんたなんかが…

「もし違うって言うんなら、予備機でもなんにでも乗って、敵と戦ってみればわかるよ」

私は、次の瞬間、机を拳でぶん殴って立ち上がっていた。

「ふざけるな、ベネット!エルサをあんたみたいな腰抜けと一緒にしないで!

 あんたは、ただ自分がビビってることの言い訳をしようとしてるだけでしょう!」

私が大声をあげたもんだから、シンと、食堂が静まり返っていた。あぁ、しまった、またこんな言い方を…

それに気づいて、私は改めてベネットを見た。ベネットは、全身をひどく硬直させて、肩をすくめて、怯えていた。

「ベネット…」

こいつが怖いのは分かってる。それでも戦ってるってことだって、わかってた。

謝ろうと思ってそう声をかけたけど、ベネットはまるで、小さな動物が危険を感じたみたいに椅子から飛び上がり、

食堂の外に駆け出して行った。

 まったく…どうして、どうして私はこうなんだ…

なんだか、無性に悲しくなって、私は頭を抱えて椅子に崩れるみたいに座り込んでしまった。

そんな私の背を、エルサが優しくさすってくれる。

「すみません、少尉…」

なんで謝るの?あんたが悪いなんてことはこれっぽっちもない。あんたが背負うことなんて一つもない。

これは、ベネットと私の問題だ。あんたは、十分にやってるよ。それこそ、空で戦う私達以上のことを、ね。
 

592: ◆EhtsT9zeko 2014/06/03(火) 23:51:07.17 ID:iZm4o+5Lo

 そう言ってやらなきゃと思ったとき、ガリっと基地内のスピーカーが音を立てた。

<カレン・ハガード少尉、至急、基地司令部へ出頭せよ。繰り返す、カレン・ハガード少尉。至急、基地司令部へ出頭せよ>

司令部へ…?なんの用事だろう?ヒヨッコどもの訓練でもさせられるのか…譴責される覚えはないし…

一瞬、そんな考えが頭をよぎったけど、とにかく、行けばわかること、か。

私はそう思い返して、残りのパンとスープを腹の中にかきこんで席を立った。

 「あ、しょ、少尉!」

そんな私を見て、エルサが小声で私を呼んだ。

「あ、あの、着いて行っても、良いですか?」

「え?どうだろう、呼ばれてるのは私だけだから…」

「指令室に入れなくても、表で待ってますから…その、今、ちょっと一人になりたくなくって…」

エルサは、ひきつった笑顔で、私にそう言ってきた。あぁ、うん、そうだね。

そんな顔されなくったって、放ってなんておけなかっただろうけど。

「そうだね。一緒に来な」

私が言ってやったら、エルサは少し安心した表情になって

「ありがとうございます」

なんて言ってきた。

 だけど、そのときの私たちは、そのあと、二人して初めて会ったあの日のように、

煮えたぎるような悔しさと、無力感に叩き落されるなんて、少しも考えてなんていなかった。


 

598: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:49:43.59 ID:f2fjQNT1o




 その翌日、私らは空にいた。眼下には、黄色く広がる砂漠地帯だけが広がっている。

見上げる空も、色を失っているようで、どこか白い明るいだけに思えた。

 ヘルメットの遮光バイザーを下ろしてから、私はレーダーを見やる。2機と15機、ちゃんとついてきてるね…

「こちら、ハガード少尉。各班、異常はない?」

私は無線にそう声をかける。

<こちらフィリップ。ベネット機とも、異常ない>

<こちら、1班。大丈夫です>

<2班も、問題なし>

<3班です。飛行に問題はありません。ですが、燃料が30パーセントを下回ってます>

各班から、そう声が聞こえてきた。

「情報じゃ、そろそろトンポリの航空基地が見えてくるはずよ。燃料計より、レーダーと景色に目を向けて」

<りょ、了解です、少尉>

3班の班長の、戸惑った声が聞こえた。負傷しているフィリップとベネットの他に私が率いているのは、訓練基地のヒヨッコ達。

昨日、訓練基地の指令室に呼び出された私に、基地司令は命令ではなく、頼みがある、と口を開いた。

頼みというのは、ほかでもない、ヒヨッコ達を逃がしてやってほしいんだ、ってことだった。

訓練基地のさらに北側にあったカイロの守備隊の偵察機が、カイロに接近するモビルスーツ部隊を補足したらしい。

先遣隊のようだが、と司令は言葉を濁らせて、恐らく、中央アジア。

オデッサへ降下してきた部隊の一部が、カイロに流れて来るのだろうと話した。

それから、先日、北米へジオンの大部隊が降下してきたという情報も入っている、とも教えてくれた。

 オデッサで資源、北米で工業地域を制圧するつもりなんだろう。

だとするとやつらの狙いは、こっちの生命線を絶つなんて生易しいものじゃない。

取り込んで、自分たちの“銃”をそろえるつもりなんだろう、この地球で、だ。

このアフリカ方面にどれほど戦略的な価値があるかは私にはわからないけど、

少なくとも、この勢いで万が一、キリマンジャロでも制圧されたら、ジャブローは北米とアフリカの二面作戦を強いられることになる。それは、事実上の敗北と言ってもいい。

大部隊でジャブローを包囲してから交渉でも迫られようものなら、あとはどんな条件さえ飲むしかないからね…

 そんなことを考えていた私に、基地司令は言った。訓練生たちを連れて、西のトンポリへ退避せよ、ってね。

その先の状況如何では、そのままジャブローに飛べ、とも言われた。

 それを聞いた私と、私にくっついてきたエルサが唇をかみしめたのは当然だろう。上の判断は、残念ながら正しい。

このヒヨッコ達は、まだ巡航飛行を覚えたばかり。戦闘機道はおろか、火器管制の使い方まで知らないと来ている。

各地の戦線では新兵や、予備役も戦闘に参加しているって話だ。

同じ訓練兵でも、ある程度戦闘訓練を積んでいる者なら戦線に投入されているらしい。でも、このヒヨッコ達は違う。

まだ、戦闘訓練なんて受けていない。飛行機を飛ばせるだけの普通のパイロット達だ。

航法も空中給油もままならず、途中の基地で着陸と補給を繰り返すしかない彼らの世話を私は仰せつかった。

基地司令は私に言った。優秀な子が多い、きちんと訓練さえ積めば、いずれは貴重な戦力になってくれる、と。

言いたいことはわかる。だからって、どうして私なんかに託すのよ…自分の気持ちを抑え込むのには慣れてる。

ずっとそうして生きてきたから。そうしなければ、周りをおびえさせたり、妙な目で見られてしまうばかりだったから。

でも、そうは言ったって、こんなときまで私に、それを強いるなんてね…つくづく、そういう星回りの下に生まれてきたんじゃないか、って、そんなバカげたことを考えてしまいたくなる。

599: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:51:12.30 ID:f2fjQNT1o

<カ、カレン少尉!何か来ます!>

不意に、そう声が聞こえてきた。後ろのシートに座っている、エルサの声だ。私はレーダーに視線を落とす。

そこには、4機編隊でこちらに接近してくる機影が映りこんでいた。方角は、東。私達が向かっている正面からだ。

じっと私は空のかなたに目を凝らす。キラっと、白く輝く空に何かが光った。セイバーフィッシュ…大気圏内仕様だ。味方機らしい。

<こちら、連邦アフリカ方面軍第3支部所属の要撃飛行隊。接近中の編隊に告ぐ。所属と姓官名を報告せよ>

無線に、この編隊のものらしい声が聞こえてきた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍所属のタイガー隊の残存機、及び、カイロ訓練基地から退避してきた訓練部隊。

私は、指揮を任されています、カレン・ハガード少尉です」

<…オデッサからの撤退組か…戦闘状況は聞いている。ご苦労だった…こちらは、アフリカ第3支部トンポリ所属の第2要撃飛行隊だ。

 先導する。着いて来い>

そう声が聞こえた。すると、かなたに見えていた機体がまた、キラっと太陽を反射して翻る。

お客様待遇、だね。まぁ、邪険にされるよりはマシ、か…

「感謝します。よろしくお願いします」

私は、とりあえず無線に、そうとだけ告げた。

 それからほどなくして、私たちは基地へとたどり着けた。

先にヒヨッコ達と、負傷しているフィリップを着陸させて、最後に私とベネットが地上へと降り立った。

基地へ着いて驚いたのは、そこに、オデッサから逃れてきた陸戦隊がかなりの数いたからだ。

この暑いのに、基地のはずれにテントを張って、一様にうなだれている。

なんでも、ジオンに追われて地中海を渡ってここまで逃げてきたらしい。

ヨーロッパ方面もすでに戦火に巻き込まれ混乱しているという話だった。

ふと、隊長の家族がプラハに疎開していたって話を思い出して、気が重くなる。どこか安全なところに避難してくれているといいけど…

プラハほどの街なら、必ず攻守の要衝になる。戦闘の被害が出ないなんて言いきれない。

余裕があれば、戦況情報を集めてみたほうがいいかもしれないね…知ったところで、私にはどうすることもできない、ってわかっていたとしても。

 私達の後に着陸した、この基地の所属隊だという飛行隊のパイロットが、私とエルサのところにやってきた。

アラビア系の、精悍な顔つきをした人のよさそうな男だ。

「よく無事でここまで」

男は、そう言って、わざわざはめていたグローブを外して私に握手を求めてきた。何を言ってるんだか、私は何もせずに逃げてきただけ。

労りも気遣いすら、受ける資格があるとは思えないのだけど。

「いいえ。逃げるだけしか手立てがなかっただけです」

そう答えながらも、一応、男の気持ちにこたえる。こんなところで変な主張をしたって、何一つ得はない。

それに、自分で言っておきながら、逃げるだけしかできなかった、というのはウソなんだろうとも思えた。

その気になれば、私にだってできたはずだ。隊長たちのように、死ぬことだって。

それに、どれほどの意味があったのかどうかは、考えないにしても。だけど、男はそれでも肩をすくめて私に言った。

「映像で敵の新兵器は見ている。あれに奇襲されては、逃れるだけでも至難の業だ」

労う気持ちは本当なんだろう。
  

600: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:51:47.66 ID:f2fjQNT1o

「お心遣い、感謝します」

私がそう返すと、男はすこし満足したのか、私の手を放して滑走路の向こう、オデッサの陸戦隊に頭を振った。

「彼らからも、話を聞いています…陸戦隊では、ほとんど歯が立たないようですね…唯一対抗できるのは我々航空隊だと。

 もし、戦術面で気付いたことがあれば、ぜひご教授願いたい」

「私に語れることはそう多くはありませんが…」

ふと、男の着ていた飛行服には、少佐の階級章が縫い付けられているのに気が付いた。左官なのに、私にここまで丁寧なんてね…

返って気を使ってしまうところもあるけど、本当に、悪いタイプの人ではないようだ。

「実戦経験は、ほかのどんな訓練よりも参考になります。基地司令に言って、宿舎を用意しています。良ければそちらで話を聞かせてください」

「ええ、私程度でよければ。その前に、基地司令のところへ案内してもらえませんか?受け入れていただけたお礼をお伝えすべきかと思いますので」

「ええ、もちろん。では、こちらへ」

男はそう言って私たちを誘導するように歩き出した。

私は、エルサをチラっと見やってからヘルメットを脱ぎ、一緒に男の後へとついていった。

 面会した基地長は、恰幅の良い中年の男性で、パイロットの男以上に私たちをほめたたえた。

だけど、嬉しいどころか、心地が悪くて、いたたまれなかった。それから案内されたのは、基地スタッフ用の宿舎だった。

外でテントを張っている陸戦隊の連中と比べたら、破格の待遇であることは間違いない。

エアコンも効いているし、水も、食べ物に、着替えまで用意してもらった。

フィリップやベネットに、ヒヨッコ達も、私に準じた扱いのようだった。

部屋でヘルメットや飛行服を脱ぎ、ブリーフィングルームに出向いてあのパイロットに、エイミー中尉から聞いたモビルスーツの弱点や、

私が見た武装の話や、あの分厚い装甲のことなどを話すと、彼は難しい表情をしながらそれでも、

「まったく太刀打ちできない相手ではなさそうですね」

と不敵に笑った。1対1なら、そうだろう。だけど、ジオンはこの作戦に相当計画的に準備を進めてきていると思える。

地上での運用はまだまだ経験不足なんだろうけど、やつらはモビルスーツの特性を心得ている。

ミノフスキー粒子と併用してある程度を超える数を揃えられたら、通常の戦闘ではこっちが同じ数だけの戦闘機を揃えたところで勝ち目はない。

あるとすれば、戦略爆撃機であの“群れ”を絨毯爆撃するくらいなものだろうけど、

果たしてこの電撃戦で、そんな機体が各地域にどれほど残っているかはわからない。

彼が想像しているほど、甘くはないだろう。でも、そんな絶望に満ちた観測は口にしなかった。

脅かしても何をしても、彼は戦うつもりだろう。それなら、士気を折るようなまねはすべきじゃない、と、そう思った。

 ブリーフィングルームから部屋に戻ると、エルサが何やらソワソワと窓の外に目をやっていた。

「どうしたの?」

「あ、いえ…ちょっと、陸戦隊が気になって…」

そうか、彼女もオデッサ基地で拾いあげた。同じ基地所属だった部隊も、もしかしたらここにたどり着いているかもしれないんだね。

私はエルサの行動の意図を理解した。

「少しブラついてみようか。知り合いでもいれば、少しは気が晴れるかもしれない」

私がそう言ってやったら、彼女はすでに嬉しそうな、晴れやかな表情になっていた。
 

601: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:53:57.00 ID:f2fjQNT1o

 私たちは兵舎の外に出る。また、肌を焦がすような日差しが私たちを熱し上げる。

テントがあると言ったって、こんな中に留め置かれるなんて陸戦隊の連中は災難だね。

逃げてきたってのは同じなのに、ただ空を飛んでたっていうだけであの待遇は、やはり落ち着かないな。

そう思いながら私たちは、陸戦隊の連中のキャンプ地を歩く。戦車や装甲車、輸送トラックに対空機銃部隊までいる。

みんな一様に疲れた顔をして、テントや車両の日陰でうなだれてじっとしていた。

エルサは、そんな彼らの顔を一つづつ確認しながら早足で歩いている。まるで誰かを探しているような、そんな感じだ。

さっき見せてくれた明るい表情から一転、とても切なそうな表情をしている。知り合いの一人でもいたっておかしくはない。

そうは思っていたけど、この様子はちょっと妙だ。誰か、深い付き合いのやつでもいたのだろうか?

 そんなことを考えていたら、先をズンズンと歩いて行ったエルサの足が止まった。

彼女が視線を向けるその先には、戦車のエンジンルームを開けて、整備中のエルサと同じように体中をオイルまみれにしながら、

一心不乱に整備を続けている男の姿あった。エルサは、立ち止まったままその場に立ち尽くしている。

私はすぐに彼女に追いついた。背中に手を当ててその顔を覗き込むと、安堵とも、興奮とも取れない表情を浮かべていた。

なんだろう、恋人かなにかなのか…

 そう思っていたら、エルサはつぶやくように口にした。

「…よかった…兄ちゃん…!」

兄さん?兄貴、か?私はようやくエルサの表情の意味を理解した。そうか、あんた兄さんがいたんだね。

パリ出身で、コロニーが落ちたから家族はみんな死んじゃったと思っていたけど、そっか。あんたにはまだ、大切な人が残っていたんだね。

「ほら、行ってやりなよ」

私はドン、とエルサの背中を押した。エルサはまるでそれを待っていたみたいに、勢いよく駆け出して叫んだ。

「兄ちゃん!」

その声が届いたのか、戦車の整備をしていた男が顔を上げた。

男がエルサを確認するよりも早く、彼女が男に飛びついて、その胸に顔をうずめた。

「エルサ…エルサなのか…?」

「そうだよ!兄ちゃん…よかった…生きてた…兄ちゃんが、生きてた…!」

戸惑う男に抱きすくめられたエルサは、そういったとたんに、まるで子どもみたいに、ギャーっと声をあげて泣き出した。

兄ちゃん、と呼ばれた男も、頬にツッと涙を伝わせて、エルサを抱きしめて、二人して崩れるようにその場に座り込んだ。

 それを見ながら、私は、妙な心地を覚えていた。

一瞬、うらやましいというか、恨めしいというか、そういう感情が湧き出てくるんじゃないかと思った。

そうでもなければ、同じ境遇だと思っていたエルサに、置き去りにされたって感じるんじゃないのかとも思った。

でも、そんな気持ちは微塵も感じられなかった。

 私は、ただ単純に、いや、ただ、本当に純粋に、エルサの嬉しいだろう気持ちに共感していた。

たった一人残されていただろう家族と離れ離れになって、不安だったに違いない。そんな様子、私の前では少しも見せなかったけど、

エルサももしかしたら、私のように、気持ちをおしこめて我慢することには慣れているタイプなのかもしれない。

いや、そんなことは、この際、どうだっていいだろう。

とにかく、良かった。良かったね、エルサ…なんだろう、こんなの変な感じだけど、まるで自分のことみたいに嬉しいよ、私もさ。

 

602: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:54:33.24 ID:f2fjQNT1o

 胸にポッと灯ったぬくもりを感じながら、私は二人に歩み寄った。兄ちゃんの方が顔を上げて私を見つめて来る。

「あなたは…?」

「カレン・ハガード。バイコヌール宇宙港基地の防空隊に居た。撤退に撤退を重ねて、こんなところまで来ちゃったけどね。

 エルサは、オデッサの東部基地で会って、拾い上げて逃げてきたんだよ」

私が説明すると、兄ちゃんはグッと唇をかみしめて、まるで私に祈るみたいに頭を下げた。

「ありがとう…妹を、助けてくれて…!俺は、オデッサの中央基地で整備兵をしていたんだ。撤退する陸戦隊にくっついてここまで来たんだ」

そういえば、あのとき、中央基地から撤退する陸戦隊を見た。

確か、ウォードッグってヨーロッパからの部隊残って支援しようとしていた部隊だ。もしかしたら、あれがこの人だったのかもしれないな。

あのウォードッグって部隊、よっぽどうまくやったらしい。

あのモビルスーツから、陸戦隊を援護するなんて簡単な戦闘じゃなかったはずなのに…。

「で、兄ちゃんの方は、名前は?」

私が聞くと、彼はハッと顔を上げて、バツが悪そうに笑った。それから

「俺は、カルロス。カルロス・フォシュマン曹長…です。すみません、少尉殿」

と、名乗っている最中に、私の階級章に気付いたらしくて、そう言葉遣いを改めてきた。

「気にしないで」

そうとだけ言ってあげたらカルロスは、まるでエルサそっくりの明るい顔で笑ってみせてくれた。




 

603: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:55:01.69 ID:f2fjQNT1o




 それからまた10日ほどが経った。私たちはまだ、トンポリの基地にいる。

話じゃ、カイロの基地がジオンの連中に突っかけられているらしい。

でも、あの辺りは砂漠地帯で、ジオン軍のモビルスーツと言えども、侵攻に時間がかかっているみたいだ。

カイロへはキリマンジャロ基地から武器に弾薬に燃料から増援まで、ありとあらゆる支援が届けられている。

砂漠地帯の戦闘では、さすがに足回りの点で戦車に部があるらしく、1対複数の集中砲火で、戦果を挙げているって報告も届いている。

ここまで快進撃を続けてきたジオンも、さすがに地球の厳しさに直面しているらしい。さすがにこれ以上の侵攻を許すとなるとかなり厳しい。

特に、カイロ周辺は貴重な燃料の産出地だ。

最近では合成燃料も出回っているけど、原油からの生成の方が手間が掛からずにできるというから、今の戦況では重要度が増している。

ここを守り切れるかどうかは、このあたりの戦線の死活問題だろう。

 バイコヌールを逃げ出してから、もうどれくらい経つだろうか?あれは3月の頭だった?

だとしたら、撤退を続けて、その先で休んで、を繰り返して、もう1か月近い。

本当にただ逃げているだけたけど、精神的にも肉体的にも、疲労感はぬぐえないでいた。

 エルサは、兄貴のカルロスと再会できて、まるで水を得た魚で、

私らの機体だけじゃなく、ヒヨッコ達のや、この基地所属の航空隊の整備までを買って出ている。

あんな姿を見ていると、私もどうしてかなにかやらないと、という気持ちにさせられるし、

何より、バイコヌールを逃げ出してからこっち、まともなことのできていない私が

唯一した彼女を無理矢理に戦闘機に乗せたという自分の行動が、“よかった”と思える。

それが、今の私にとっては救いだった。それが、今の私を支えていると言ってもいいくらいだった。

 そんな私は、と言えば、ここに到着した翌日から、ヒヨッコ達に戦闘機動の訓練を施していた。

基地長が、キリマンジャロ基地からの燃料を私達にも分配してくれて、なんと実現できている。

航法や火器管制類のシステムの説明は、ケガで自由に飛べないフィリップが引き受けてくれた。

ベネットのやつは、カイロで私が怒鳴りつけてからというもの、まともに口も利かずに、ここへ着いてからはほとんど部屋にこもりっきりで姿を見ていない。

まぁ、ベネットのことはともかく、ヒヨッコ達がこんな付け焼刃で戦闘ができるとは思わないけど、

もしものとき、敵から逃げるだけの技術を身につけさせておくのは大事なことだ。

そうでもないと、接敵した瞬間に、たちまちあのバカデカいマシンガンの弾幕に突っ込んで火だるまだ。
 

604: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:55:30.30 ID:f2fjQNT1o

 そんな訓練兵の中でも、私の目を引くのが二人ほどいた。

一人は、3班の班長をしているクラーク・マルチン軍曹。

これは、いわゆる問題児、ってやつで、物の覚えは早いけど、プライドが高くて高飛車で、自分は特別だ、と思っているクチだ。

実際、何をやらせても頭一つ抜けているから、あながち間違えではないのかもしれないけど、それでもまだまだ戦闘をさせるには足りないことが多すぎる。

インメルマンターンが出来たからって、それだけで敵に勝てたら世話はない。

でも、このクラークは、あんな古典的な機動を身に着けただけで敵に勝ったつもりでいる。

悪いことに、彼の班員はもはやだたの彼の取り巻きで、冷静に彼に何かを指摘できる人物がいない、と来ている。

もう何日かして、戦闘機動に慣れてきたあたりに一度全力で叩いて身の程を教えてやる必要があった。

 そして、もう一人は2班の班長をしているリュウ・ホセイ曹長。という大柄で恰幅の良い訓練兵だ。

こっちは、クラークとは正反対にセンスはそこそこだけど、謙虚で自分の限界を知っている。

それを知ったうえで、それをいかにして伸ばすかをちゃんと考えるやつだ。それから兄貴肌、というのか、

班員への気遣いもできる気の利くところもあって、これもクラークとは真逆の意味で、彼を慕っている者も多いようだった。

「よし、では、本日の訓練はこれで終了する。各員、十分に休息をとって明日に備えること。

 明日は、これまでの機動の復習を兼ねて、連続機動の訓練を行う。自身のない者は、教本によく目を通しておくこと」

私がそう告げると、ヘヘヘと笑い声をあげる訓練兵が居た。またあんたか…

「復習なんてちょろいな。俺はもっと高度な訓練の方が性に合ってるぜ」

口を開いたのは、もちろん、クラーク・マルチンだ。

「マルチン曹長、なにか言いたいことがあるのか?」

私はそう言ってジト目でクラークをにらみつけながらそう言ってやる。するとクラークはなおもニヤニヤと笑いながら

「俺たちは、もう十分戦えると思うぜ。なんなら、今からカイロに行ってあの人形をぶっ壊してきてやるよ」

と得意げに言う。まったく、こいつは…なんとかしておかないと、本当に万が一のときには死にかねない。

「マルチン曹長。それが上官に対する口の利き方と習ったのか?」

私がなおもにらみつけて言ってやると、さすがに気が付いたようっでピッと背筋を伸ばして

「今のは、意気込みを口にしただけであります!」

なんて言ってはぐらかす。まぁ、いい。明日の訓練で、チビるほどに追い立ててあげるから、覚悟しておきなよね。

私は胸の内でそんなことを思いながらう

「それなら良い。各員、いいか。今は戦時で、ここは前線にほど近い。

 いついかなる状態でも出撃命令が下る可能性があることを常に意識していろ。

 そうでなければ、出足が遅れて空に上がる前に死ぬことになる。わかったな?」

「はっ!」

私の言葉に、全員がビシっと敬礼をした。私も敬礼を返してから

「よし、では解散」

と指示を出して、私はその場を後にした。
 

605: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:56:10.18 ID:f2fjQNT1o

 その足で向かったのは、着陸してすぐに機体を運び込んだ、ほったて小屋同然のハンガーだ。

そこではさっそく、エルサが機体の整備に取り掛かってくれている。

「エルサ、いつもありがとう」

私はそう声をかけてエルサのところへ歩いていく。と、エルサは機体の下部に何か妙なものを取り付けている最中だった。

半球のドーム型をした黒い物体だ。

「あぁ、少尉!お疲れ様です!」

エルサは私に気が付いて、生き生きとした返事をしてくる。

「それ、何付けてるの?」

「あぁ、これですか?レーザー照射装置です」

「レーザー?」

「はい、セミアクティブミサイル誘導用のレーザーです」

エルサはニコっと笑った。それから真剣な表情をして

「レーダー誘導ミサイルだと、例のミノフスキー粒子を撒かれたら最後、機能しないじゃないですか。ジャミング下でも、レーザー誘導なら効くはずです」

と言ってきた。確かに、そうかもしれない。でも、レーダーと違ってレーザー誘導は目標にレーザーを当て続ける必要がある。

ミサイル自身にレーザー誘導をさせるアクティブ方式もないことはないけど、ミノフスキー粒子の戦場投入なんて想定していなかったらしくて、

生産数もそこそこだし、技術的にコストがかさむ。

それなら、簡易なアクティブレーダー方式の方が有用性が高いって理由で、軍ではほとんどがそっちを使っていた。

「レーザー誘導でもセミアクティブなら数も確保できるし、ほら、それに、巡航ミサイルも使えるかもしれません」

「だけど、そいつをロックしておく方法はあるの?」

私が聞くと、エルサは急にまた笑顔になって胸を張った。

「それは、私がやります。ロックオン機構は、まだシステムの調整中ですけど、

 この照射器、カメラもついているタイプなんで、最悪は目視で敵を捕らえ続けることもできると思うんです」

確かに、それならこれまでミノフスキー粒子を警戒して多く積み込めなかった対戦車ミサイルも、

弾頭のシーカーさえ交換してやれば誘導できるから、機体に限界まで搭載しても有効打を得られる可能性はぐんとあがる。

ただし、これを操縦しながら操作することは、私にはできない。戦闘機で回避行動をとりながら、

目視でレーザーを敵に当て続けるのはどんな手だれでも不可能だと思う。そこまで考えて、私はハッとしてエルサを見た。

 エルサは、笑っていた。

「少尉、私も、戦いたいんです。死んじゃった人たちの敵討ちなんかじゃなくて、今生きてる、明日、生き残れるかもしれない人たちのために」

今生きている人のため…明日を生き残れるかもしれない人のため…

そう、きっとそれは、彼女の兄、カルロスのことを言ってるんだろうことはすぐにわかった。

でも、私は彼女の言葉に、ハッとさせられる思いだった。シドニーが消滅して、バイコヌールやオデッサを奪われて、

隊長達が死んで、私は、ずっとその仇討をこの胸におしこめていた。報復を、仕返しをしてやるって、そう思っていた。

でも、今のエルサは違った。死んでしまった人のためじゃなく、今生きている人たちを守るために戦いたいんだと、そう言った。

そんなこと、考えもしなかった。明日を生き残れるかもしれない人のために、か…

「そうだね…あんたの気持ちは、分かる気がするよ…」

私は、エルサにそう言いながら、自然と笑顔になっていた。

もし、そういう戦い方ができるんだとしたら、私は…ヒヨッコ達と、フィリップにベネットを守ってやらなきゃいけないんだろう。

だとしたら…この撤退も、それはそれで、私の戦いだった、とも考えられるな…

まぁ、そう考えたからって、胸のつかえが取れるわけじゃないけれど、それでも、ね…
 

606: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:56:36.64 ID:f2fjQNT1o

「それなら、私も手伝ってあげないとね」

私はそう言って、ポンとエルサの肩を叩いてあげた。

 それからエルサを手伝って、機体にレーザーを取り付けて、さらには対戦車ミサイルのシーカーを取り換えた。

私がプチモビをつかって、機体にミサイルを装填している間に、

エルサはレーザー装置のロックオンシステムを組み込んだポータブルコンピュータをレーザー装置にリンクさせている。

私が、両翼の発射装置にそれぞれ3本ずつのミサイルを取り付けた終えたころには、

エルサの方も作業を終えて、コクピットから這い出し、ふぅ、とため息をついていた。

 「今日はこれくらいにしておこうか」

チラっと時計を見やって、私はエルサに声をかける。もうそろそろ、夕食の時間。食べられるときに食べておかないといけないのは、変わらない。

それに、明日には陸戦隊の連中が西の湾岸にやってくる輸送船に乗ってジャブローへ撤退するという話を聞いている。

私もヒヨッコ達を連れてそれに同行する予定だけど、エルサにしてみたら、しばらくはあえなくなるし、もしものことがないとも限らない。

できたら今夜は一緒になれる夕食の時間をゆっくりとってあげたいし、ね。

「あ、はい、了解です!」

エルサはラダーを降りた。私も、プチモビをハンガーの隅に戻しておく。二人してハンガーを出ると、外には真っ赤な夕焼けが広がっていた。

「わぁ!きれい!」

エルサがそう声を上げた。確かに、こんなに真っ赤な夕焼けは、私も初めて見る。

まるでオレンジの絵の具を振りまいたように、雲のない空が燃え上っているようだった。

こんな景色をみると、一瞬、今が戦時だっていうことが意識から消えていくようで、

胸の奥にひっそりと張らずにはいられなかった緊張感が途切れて心地よい脱力感に襲われる。

チラっとエルサの顔をみやったら、彼女も、オイルのついた顔を赤く染めて、うるんだ瞳で夕焼けを見ていた。

ふふ、あんたもあの夕焼けとおんなじかもしれないね。そんなことを思ってしまった自分がおかしくて、私は一人で笑顔になってしまう。

それから私たちはしばらくそこで足を止めて、そのきれいな景色を眺めていた。

 ふと、何かが聞こえた気がした。奇妙な音だ。風の音とも、戦車や飛行機のエンジン音とも違う。

ましてやモビルスーツのあの駆動音でもない。あたりを見回すけど、近場には動いている機械はない。

それに、この音…どこか遠くから響いてきているような…

「どうしたんです、少尉?」

私の様子に気づいて、エルサがそう聞いてきた。

「ね、妙な音が聞こえない?なんていうか、タービンが回ってるみたいな…」

私が聞いてみると、エルサも耳元に手を当ててゆっくりとその場で一周する。エルサは二週目に入ったところで、ピタっと動きを止めた。

「あっちから聞こえる気がします」

エルサは滑走路のある南側を指さした。でも、そこには本当に滑走路しかない。

それ以外にははるかかなたまで続いて見える地平線があるくらいだ。

いや、待って、あれは何?

 私は、地平線すれすれの位置に何かを見た。
 

607: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:57:24.59 ID:f2fjQNT1o

それは、沈みかけた太陽の光が、夜の闇と混じって紺色に輝いているあたりに、小さな黒い点のように浮かんでいた。

気のせいか、ゆっくりと移動しているように見えなくもない…飛行機?友軍機なんだろうか?

確かに、ここより南にはカイロへと続く連邦の補給路がある。そこへ向かう機体なのか、それとも…

いえ、あの機体は、こっちへ向かってきている…補給でも来たっていうの…?この時間に、もう夜になるっていうこのタイミングで…?

 そう思ったとき、私ははっとした。まさか、と思って、ポーチに常備している方位指針を取り出してみる。

掌に載せて針の動きを確認した。そして私は、息をのんだ。針は、南をまっすぐにささずに、ゆらゆらと不安定に揺れ動いている。

まるで、磁力が弱まっているように、だ。

 「エルサ、ハンガーへ!」

私はエルサの手を取って駆け出した。

「な、な、なんです!少尉!」

「あれはミノフスキー粒子が散布されてる!あの機影は、敵機だ!」

「て、敵機!?ジオンが飛行機を飛ばしているって言うんですか?!」

エルサは私の言葉にそう聞き返してきた。私だって信じたくはない。でも、たぶん間違いないんだ!電話だ、電話が要る!

 私たちは仮設ハンガーに駆け込んだ。

エルサに発進準備を頼んで、私は取り付けてもらって電話に飛びついて受話器を上げてダイヤルした。

呼び出し音が数回なって、不意に電話の向こうに基地司令が出た。

「司令!ハガード少尉です!基地南方に、敵らしき機影!至急、レーダー員に周囲の索敵を指示してください!」

私が言うと、司令は緊張した声色で言ってきた。

「レーダーは現在、機能不全でシステムチェック中だ…が、今、南、とそう言ったのかね、少尉?」

「はい、南です!」

「…やられた、レーダーの異常ではなくミノフスキー粒子というやつか…!少尉、当基地所属の部隊も出す!

 至急、南方の確認に向かってくれ!」

「了解です!支援、頼みます!」

私はそう返事をして受話器を叩きつけた。エルサが、ハンガーのシャッターを開けてくれている。

私は車輪を止めているチョークを蹴り飛ばしてからコクピットによじ登って、キーを差し込みエンジンのスイッチを押した。

アイドリングが開始される。ヘルメットをかぶって、景気をチェックする。機体は、万全。さすがだね、エルサ。

 準備を整えている間に、エルサもヘルメットをかぶってコクピットに上ってきた。

ラダーを外して地面に投げ捨てて、キャノピーを閉じる。

「少尉、敵なんですか?」

「あぁ、間違いない!ジオンが何かを飛ばしてるんだ!そいつを偵察しに行く!」

「本当に飛行機、ですか…まいったな、対空装備は全部外しちゃいましたよ!?」

エルサの言う通り、対モビルスーツ戦のために、本来装備されていた対空兵器は全部外して、対地装備になっている…。

「大丈夫!もし空を飛んでるんなら、50㎜ガトリングの一掃射で叩き落せるから!」

私はそう怒鳴りながら、温まったエンジンの出力を上げた。機体が、ゆっくりと動き出してハンガーを出る。

と、基地内になにか警報のようなものが鳴り響きだした。基地司令、スクランブルをかけてくれたみたいだね…ありがたい!

 そう思いながら私は、無線で管制塔を呼び出す。

「管制塔!こちらタイガー7!離陸許可を!」

<こちら管制塔!司令より、状況は聞いた。すぐに滑走路へ進入せよ!タイガー7のあとに、チャーリー隊続け!>

管制塔がせわしなくそう指示を出している。敵の能力を見極めないといけないけど、相手がモビルスーツじゃないんなら、私にだって十分やれるはず…!叩き落してやる!
 

608: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:57:56.56 ID:f2fjQNT1o

 機体が滑走路へとたどり着いた。

「こちら、タイガー7!発進準備完了!」

<こちら管制塔!タイガー7!発進せよ!頼むぞ!>

管制塔の許可を聞いてから私は

「エルサ、行くよ!」

と声を上げるのと同時にスロットルを目一杯に前へ押し込んだ。エンジンが高鳴り、機体が弾けるように加速を始める。

「は、はい!」

少し遅れて、エルサの詰まったような声が聞こえた。加速中は黙ってろ、って言ってやってなかったね。舌噛むと痛いからさ。

 機体がふわりと宙に浮く。私は操縦桿を引き起こして一気に機体を上昇させた。

大気を駆け上がった機体を、高度3000フィートで水平にして、南を目指す。

「エルサ!レーザー誘導は使えそう?」

「戦闘機みたいに高機動する相手の追従は多分できませんよ」

「何でもいい、とにかく万が一の時は撃てるようにしておいて!」

「了解です!」

エルサと言葉を交わして、私はキャノピーのアクリルの向こうに浮かぶ黒い点に目を凝らす。

あんた、何なんだ?戦闘機の機動じゃない。だけど、明らかに飛行している。陽炎や蜃気楼の類でもない。

このタイミングで、ミノフスキー粒子を散布しているともなれば味方じゃないだろうってのはわかる。

薄暮攻撃でも仕掛けようって言うんだよね、きっと。でも、私が気付いたからには、そうはさせない。

空での戦いなら…引くつもりもない!

 <こちら第2要撃飛行隊、チャーリー隊だ!ハガード少尉、聞こえるか!>

この声…私たちを基地へ誘導してくれた、あの少佐の声だ。

「こちらハガードです!」

<こちらも離陸したが、貴機と距離がある。こちらの編隊に加わるのなら、旋回して後ろについてくれ>

「いえ、少佐!私は先に向かって敵情を視察します!」

<…了解した、無茶はしないと約束してくれ>

「ええ、無茶はしません。ですが、敵の規模や目的を探る必要性はあります」

<…わかった。注意してあたってくれ>

「了解です」

私は無線を切って黒い影を見つめた。距離が詰まってきているのか、点に見えていた影の形がおぼろげに確認できる。

「少尉、見えるんですか?私全然わからないんですけど…」

「パイロットは、目だけは良いんだよ。見たことのない機体だ…やっぱり、連邦機じゃない」

私は見えてきた機影を確認してエルサにそう言った。ずいぶんとずんぐりとした機体だ。戦闘機、ってわけでもなさそうだね…

爆撃機か、輸送機か…あんな形の機体が浮かんでるなんて、空力的に見ると奇妙だ。揚力で浮いている感じじゃないね…

まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく、ジオンの兵器なら叩き落すまでだ。
 

609: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:58:26.20 ID:f2fjQNT1o

「エルサ、もっと高度を上げる。マスクつけてる?」

「着けてます、大丈夫です、少尉!」

「よかった。行くよ」

私は操縦桿を引いて、スロットルを押し込みさらに高度を取る。足の遅い機体には、こうして急降下して襲い掛かるのがセオリーだ。

普通ならそれなりに対策を練っているものだけど、ジオンが空戦の経験や情報をどれだけ持っているかは怪しいもの。

戦いは、先手必勝だ。

 影が徐々に大きくなる。いや、待って…あいつ一機じゃない…!私は上昇して気が付いた。

あの機体の後ろにも、同型が複数機、列をなすようにして飛行している。明らかにトンポリの基地を目指している。

あの基地をやろうっての?今回ばかりはそうはいかない…あの基地は、あの基地には、守らなきゃいけない人がいるんだ…

シドニーや、オデッサのようにはいかせない!

「エルサ!基地へ連絡!敵はトンポリを目指してる!至急、迎撃準備を!」

「りょ、了解、連絡します!」

無線が無事なうちに、連絡は任せよう。私は、敵の出方を見て…そう思ったとき、何かが光った気がした。

反射的に、私は操縦桿を引いた。次の瞬間、私の機体の真下に、まぶしく輝く何かがまっすぐに通過していった。

「しょ、少尉…い、今のは…!?」

エルサが絶句する声が聞こえる。まさか…今のは、メガ粒子砲?ミノフスキー粒子を圧縮して打ち出すっていう、あれ!?

そんな…あんなのは、高出力のエネルギーが確保できる戦艦くらいにしか装備できないって話じゃなかったの?

連邦のサラミス級やマゼラン級に積んでる戦略兵器のはずなのに…あんな航空機に装備させられるなんて…!

「メガ粒子砲…!」

「少尉!また来ます!」

エルサの声がするのと同時に、敵の機体がまた光った。私は機体を旋回させて敵の射線から外れる。

「エルサ!味方に連絡!敵はメガ粒子砲を搭載した大型航空機!接近には厳戒せよ!」

「了解です!」

私はエルサに指示をしてから、体制を整える。あのメガ粒子砲の射角はわからない。不用意に接近するのは危険すぎる…

それに、あの機体の後ろにはまだ同じ型の航空機が続いている。側面からの攻撃は危険だ。同じ理由で後方にも回れない…

安全に叩くのなら正面に回らなきゃいけない…

それでも、あのメガ粒子砲の攻撃をかわしながら、はるかに射程の短いガトリング砲を浴びせかけないといけない…ジオンめ…!

なんて厄介なものを出してくるのよ!
 

610: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 22:59:11.93 ID:f2fjQNT1o

「少尉!対戦車ミサイル、発射できます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。それはモビルスーツ相手に取っておきたいけど…

でも、こいつの方がもっとヤバイかもしれない…とにかく、有効打を浴びせておかないと…!

「エルサ、先頭の機体に照準!」

「了解!光学照準完了、目標、ロックしました!」

「よし、ミサイル1番、発射!」

私はエルサの声を待って、操縦桿のボタンを押した。パイロンから離れたミサイルが白煙を引いて敵の航空機へ伸びていく。

敵がミサイルを迎撃するためか機銃のようなものを発射し始める。

その弾幕をすり抜けて、ミサイルは敵に吸い込まれるように誘導されてはじけ飛んだ。敵からは黒煙があがる。だけど、バランスを崩しもしない。

「そんな…確実にダメージはあるのに…!」

エルサの悲鳴が聞こえる。いや…まだ…まだだ!

「エルサ!2番、3番も発射する!レーザー照射!」

「りょ、了解です…!敵、照準固定!」

「発射!」

再び、今度は二本のミサイルが飛び出す。しかし、次の瞬間には機体が光った。まずい!私は今度は機体を降下させる。

金色に輝く光の帯が、機体のすぐそばを飛びぬけた。ミサイルは、その光の帯に飲み込まれて、空中で消滅していた。

くっ…メガ粒子砲…!

 <ハガード少尉!こちらも戦闘に参加する!>

あの少佐の声が聞こえる。良かった、来てくれた!

<各機へ!敵の主砲に注意せよ!>

<了解!>

私の機体を追い越して、味方機が敵へと突っ込んでいく。敵の機銃が放つ曳光弾が壁のようにばら撒かれてこちらの接近を防ごうとしている。

だけど…!

「エルサ!もう一度!」

「はい!照射します!」

この混戦なら、もう一度ミサイルを叩きこめる!

「いけます!」

「発射する!」

私はボタンを押した。4本目のミサイルが飛び出す。ミサイルは再び敵へと直撃し、爆発を起こす。

機体の装甲に穴が見える。それでも…まだ、敵は進路を変えない…

「くっ…!なんて構造してるの!エルサ!私たちも突っ込むよ!」

「わ、分かりました!」

私は、スロットルを押し込んだ。機体が加速して敵の上をとびぬけた。後方の敵とはまだ距離がある。

旋回して体制を整えるのは安全だろう。私は機体を傾けて、一度敵から距離を取る。そのとき、私は奇妙なものを見た。

敵機の後ろ側の装甲が大きく口を開けている様子だった。あれは…?何をするつもりなの?

そう思ったのもつかの間、その開口部から何かが姿を見せた。濃緑の装甲に、トゲ付きの肩…ピンクの一つ目…!

間違いない、モビルスーツだ!
 

611: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 23:00:16.12 ID:f2fjQNT1o

「まさか!あの機体…モビルスーツの輸送機なの!?」

「輸送機なんて、生易しいもんじゃない…あれは、空母だ!」

エルサの言葉に私はそう言ってやった。モビルスーツだけじゃない、こいつは!私は、気付いていた。

味方機に紛れて、レーダーの利かない私の機体の真後ろについている、見たことのない戦闘機!

「エルサ!ここからはあんたにはきついよ!吐きそうなら、袋使ってよね!」

私がそう怒鳴って、操縦桿をひねった。スライスバックで転舵しつつ速度を稼ぐ。

敵の航空空母がこっちへと機銃を撃ち下ろしてきた。でも…速度がある…抜けられる!スロットルを押し込んで速度を上げた。

さらに、シャンデルに移って敵の機動を見極める。

敵の戦闘機は、こっちの機動に追従しようとしているけど、その速度も機動性もこっちの機体には遠く及んでいない。

このまま叩ける!

私はシャンデルからさらに操縦桿を引いて再びスライスバックに入る。一瞬にして、後ろを飛んでいた敵機が目の前に現れた。

空戦には慣れてないようだね…それに、機体性能も違いすぎだ!

 私は、HUDのレティクルに敵機を合わせてトリガーを引く。

これまでの25mm砲とは違う爆裂音とともに、曳光弾が飛び出した。

その破線が敵機と交差した瞬間には、敵機は爆発しながらバラバラに飛び散った。こいつらは敵じゃない…!

だけど…!次の瞬間、下から轟音とともに破線がとびぬける。モビルスーツが降下していた。

あいつら、空挺ってわけか…でも、装備はあのマシンガンだ…こっちの機銃でも戦える…!

「少尉!上からも来ます!」

エルサの怒鳴る声が聞こえた。私は反射的に操縦桿を倒して高速で旋回をする。

上空からあの空母の対空機銃が降り注いできていた。上も抑えられてると来ている…あんな鈍足に!

「エルサ!いったん距離を取るよ!」

「はい!」

私は旋回を続けて敵と距離を取った。空母から降下したモビルスーツは3機。地上からこっちへと打ち上げて来ている。

だけど、分かってないね。そんな射程の短いマシンガンじゃ、あの空母より上空に居れば脅威じゃない。

低空にもぐりこみさえしなけりゃ、支障はないはず…今はとにかく、あのメガ粒子砲付きの空母を落とさないと!

「エルサ!レーザー照準!残り2発をあのデカブツに撃ちこむよ!」

「了解です!…照準、よし!いけます!」

「落ちろ!」

私は思いを込めてそう言い捨て、ミサイルを発射した。

ミサイルは、敵空母の左から迫って、一発が左翼に、一発が胴体にぶつかって爆発を起こした。

敵機の左翼がひしゃげるように折れ曲がり、バランスを崩した。
 

612: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 23:00:50.15 ID:f2fjQNT1o

「やった!」

エルサの歓声が聞こえる。私の操縦桿を握りながら、内心で踊るような気分を感じた。

敵の空母はそのまま、左側を下にして降下し、地面にぶつかって大爆発を起こした。

 「敵空母、撃破!」

<ハガード少尉!さすがだ!>

少佐の声が聞こえてきた。さすが、なんてほどでもない。やっと、やっと一矢報いてやれた。本当にだた、それだけ、だ。

<後続、来ます!>

不意に、別の無線が聞こえた。そうだ、あの空母は1機だけじゃない。まだ後ろにいくつか続いていたはずだ。

私は高度を上げて、敵の数を確認する。列をなすように進んできている敵の空母群は、見える限りでも10機…

今落とした空母と同じく1機につき、3機のモビルスーツを搭載しているんだとしたら、単純計算で、残り30機…

その数でトンポリにたどり着かれたら、たちまち基地は蹂躙されるだろう。なんとか阻止をしないと…!

 私はそれからも迫りくる空母へ攻撃をかけた。

だけど、ミサイルを撃ち尽くし、50㎜ガトリング砲の弾をばら撒くだけでは、決定打を与えられない。

そうしているうちに、私はそのガトリング砲すら打ち切ってしまった。

 「弾切れ…!」

「少尉!基地に戻れば、10分で再装填できます!戻りましょう!」

エルサがすかさずそう言ってくれた。

「了解…!チャーリー隊!こちらタイガー7!残弾ゼロ!補給のために一度帰投する!」

<了解した、タイガー7!このデカブツ、武装は厄介だが機動は鈍い。弾数さえあれば、十分に叩ける相手だ。待っている!>

報告した少佐も、そう答えてくれた。

「了解!少しの間、頼みます!」

私は返事をして、機体をトンポリの基地へを向けた。戦闘地域が遠ざかっていく。

そんなときになって、私は初めて、操縦桿を握る自分の手が震えていることに気が付いた。

ビビっているのか、単純に過剰に興奮しているのか…これは、両方だろうね…。

私はそんな自分に、それでもどこか、満足感すら感じていた。

今まで、逃げることしか出来なかった自分が、ようやく戦えた…そんな実感が押し寄せてきているような感じだった。
 

613: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 23:01:24.18 ID:f2fjQNT1o

 でも、そんな気分も、本当につかの間だった。機首を向けたトンポリ基地の方向に、黒煙が立ち上っているのを見たからだった。

「嘘、でしょ…?」

「まさか…基地が!?」

私たちはその光景を見て、言葉を失った。

基地が見えるほどの距離に差し掛かったとき、その敷地内をあのトゲツキが10機ほどの数で闊歩していたからだ。

「別働隊…!」

私は理解した。あの空母群は、単純にトンポリを目指していたわけじゃないんだ。

この周辺にある連邦軍の基地を、片っ端からつぶして回っているやつらなんだ。

必死に抵抗をしているカイロを抑えるために、カイロよりこっち側の、キリマンジャロを中心にした連邦の補給路を断つつもりで…!

「カレン少尉…!もっと、もっと高度下げられませんか!?」

エルサの声が聞こえてくる。彼女の思いは、分かった。私も、フィリップやベネットのことが気になる…

そう思って操縦桿を倒そうと思ったとき、ノイズ音とともに、無線が飛び込んできた。

<…ザッ…レン!カレン!>

今の声…フィリップ?

「フィリップ?!あんた、無事なの!?」

<あぁ、なんとかな…ベネットも、新米どもも無事に上がってる。上だ>

フィリップの声に、私は上空を見上げた。そこには、20機弱の編隊を組んでいる、連邦機がいた。

「何があったんだ?」

<20分前に、西側から接近してきた。こっちは、南方に気を取られてて、対応が遅れてな…>

「兄ちゃんは…!撤退してきた陸戦隊はどうなりましたか!?」

エルサが恐る恐る、と言った感じでフィリップに聞く。エルサの心配もわかる。

でも、基地には陸戦隊の兵器の残骸らしいものはほとんど見えない。たぶん、無事だとは思うけど…

<陸戦隊?あぁ、やつらは、カレン達が出撃してからすぐに西へ向かった。大西洋岸で北米離脱の輸送艦隊と合流するって話だったろう?

 明日の朝ってことだったが、事態が事態だ。基地司令が命令して、すぐに出た>

「そう…なら、無事、なんですね…」

そうだろうとは思ってた。でも、改めて言葉で聞くと私も少しだけ安心した。でも、下の基地は…

「フィリップ、基地司令は…?」

私は、気になったのでそう聞いた。フィリップは、いつもの、まるで他人事のような声色で

<最後まで基地守備隊の指揮を執ってた>

「そう…」

正直なところ、気落ちした。あの司令、私達にあれこれよくしてくれた…思い入れがあったわけじゃないけど…

でも、また、助けられなかった…私を、私たちを助けてくれた人を…
 

614: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 23:02:09.77 ID:f2fjQNT1o

<カレン、どうする?このまま飛び続けてても、ジャブローまでは燃料が持たない>

フィリップが私にそう訪ねて来る。

「…いったん、北のナポリ基地へ向かう…そこで、ドロップタンクと装備を調達して、撤退する陸戦隊を支援しよう…

 私達は、守られてばかりで、これまで何一つ守ってない…私はもう、そういうのは苦しいんだ…エルサ、チャーリー隊に報告して。

 ミノフスキー粒子で無線が通じるかわからないけど…トンポリ陥落、撤退せよ、って」

「…はい…」

私は、気が付けば胸の内に詰まっていた思いを口にしていた。意識してたワケじゃない。でも、ずっと感じていた。

この胸を締め上げる思いの正体だった。オデッサのときも、カイロのときも、ここでもそうだ。

どこへ行っても基地司令や他の幹部たち、陸戦隊も、整備員も、管制官も、私たちに希望を託して、空に上げてくれた。

危険が迫れば、第一に退路を確保してくれた。それは、私達航空隊が、あいつらに唯一対抗できる戦力だってわかってたからと思う。

それに…隊長達のこともある。私は、そういう人たちの思いを背負って戦っていく必要があるんだ。

そうじゃなければ、私は…私たちを逃がしてくれた人たちに申し訳がたたない。

「フィリップ、文句はないね?」

<…隊長さんの言うことだ、黙って従うよ>

フィリップの声が聞こえた。

 本当に、あんたは、まるで他人事だね…でも、それでもいい。私は、隊長からあんたとベネットを頼まれた。

カイロの基地でヒヨッコ達を頼まれた。この基地で、オデッサで何もしてやれなかったエルサの兄貴たちと会った。

私には、あんた達を守る義務がある。

たとえ、私一人が戦うようなことになったって、たとえ、私が死ぬようなことになったって、あんたたちのことは必ず守ってやる…

それが、私を守ってくれた、私に託してくれた人たちの思いに応えることだ…。

だから、ごめんね、エルサ…もし、兄貴たちと合流できたらそのあとは、私一人で飛ぶよ…

あんたも、私の守らなきゃいけない人の一人だからね…

 私は、そう思ってギュッと操縦桿を握りしめた。




 

615: ◆EhtsT9zeko 2014/06/07(土) 23:03:15.95 ID:f2fjQNT1o

つづく。


キャノピ絵が進化している今日この頃。

キャタピラの誤字は改善しない今日この頃。