「各機、レーダーと前方の景色には気をつけて。このあたりはもう敵の手に落ちているはず。どこから撃たれても反応できるように、注意だけは切らさないで」

私は、無線にそう言いつけた。他の機体から、まばらに返事が聞こえる。緊張しているのが嫌でも伝わってくる。

この際、返事に張りがないのは、気にしないでおこう。

「エルサ、そっちは平気?」

私が聞いてあげたら、エルサは他のどのパイロット達よりも凛々しく

「はい、問題ありません」

と返してくれた。本当に、あんたはすごいね。あのヒヨッコ達だけじゃなくて、うちの隊の二人にも見習って欲しいもんだ。

そうは思いながらも、私は、エルサの返事に、どこか胸をなでおろしていた。

 私達は、あれから無事にナポリ基地まで到達できた。

そこで点検と装備の補充、外付けの燃料タンクを増設してもらって、半日もしないうちに基地を飛び立った。

目指すは、トンポリから西へ行った大西洋沿岸。陸戦隊は、すでにあのあたりに到着しているはずだ。

急がないと、もし集合地のカサブランカをモビルスーツに襲われたら、彼らの装備ではひとたまりもない。

私たちも南に下りすぎると、トンポリを落としたジオン部隊に探知されるおそれがあったので、しばらくは地中海上空を飛行するプランだ。

 ヒヨッコ達は、さすがにトンポリでの敵襲に相当衝撃を受けているようで、一様に暗い表情を隠せていなかった。

まぁ、それでも実感が湧いたのなら良かったと思う。いつまでもフィリップのように我関せずな態度でいられても困る。

かといって、ベネットのようにビビったままでいられてもそっちはそっちで問題なんだけど。でも、戦闘をさせられないのは変わりない。

ヒヨッコ達も陸戦隊と同じで私がジャブローに届けなければいけない。そう考えると、多少ビビッてくれていた方が守ってやりやすい。

 「少尉、大丈夫ですか?」

エルサが後ろの席から私にそう聞いてきた。無理もない。ナポリでもエルサはしきりに私を心配してくれていた。

戦闘のこともそうだけど、ほぼ寝ずに飛び続けている。疲労感はないといえば嘘になるし、気持ちの整理がついていないのも事実だ。

でも、だからと言って飛ばないわけにはいかないし、落ち込んで沈んでいる暇もない。

「ありがとう、エルサ。大丈夫よ」

私はそう返事をする。それでもエルサは納得がいかないのか、

「少尉は、無理しすぎです」

なんて言ってくる。わかってるよ、私にだって。

「仕方ないでしょ?飛ばないで腐ってたって、仕方ない…」

「そうじゃありません!少尉は、いつだってそうやって強がってます…そんなのって、絶対にしんどいですよ!」

エルサは、まるで私を非難するみたいに、そう言ってきた。

「強がってる?私が?」

「そうです…少尉は、オデッサ以降、ずっと一人で戦っているような気がします。

 もちろん、フィリップさんは怪我をしてるし、ベネットさんは飲まれちゃってるし、

 私や、あの新米パイロット達は戦えないから少尉が戦わなきゃ行けないってのは、わかります。

 でも…もっと誰かを頼ったっていいんじゃないかって思います」

「こんな状態で、誰を頼れって言うのよ?」

私は、そんなつもりはなかったけど、そんな皮肉っぽい言葉を口にしていた。エルサが心配してくれるのは、嬉しい。

だけど、現実的に、私が頼れる相手なんて、どこにもいやしないんだ。
 

620: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:33:21.28 ID:jFHORn+Jo

 私の言葉に、エルサはグッと黙り込んでしまった。言い方が、まずかったかな…

本当に、どうしてこんなひねくれた言い方しか出来ないんだろう、私は…こうやって、どれだけ自分から人を遠ざけてきたんだろう。

エルサのいうように、私が一人で戦っているんだとしたら、それはもしかしたら、自分自身が招いた結果なのかもしれない…。

「ごめん、エルサ。言葉が悪かったのは、謝るよ…それに、あんたには助けてもらってる。

 あんたが明るくしてくれなかったら、私は今頃もっと落ち込んでただろうさ。

 それこそ、空なんて飛べなかったか、もっと早くに、全部を投げ出して敵に特攻でもしかけてたかもしれない。私は、ひとりじゃないよ」

「…すみません、少尉…少尉だって辛いのに、私…」

エルサはエンジン音で掻き消えてしまいそうな、小さな声で言った。ごめんね、エルサ…あんたはちっとも悪くない。

悪いのは私なんだ…

「エルサ、気にやまないで。悪いのは全部私なんだ。私がもっと、ちゃんとやれてれば、こんなことには…」

「…少尉は、どうしてそうなんですか?少尉は、ちゃんと戦ってると思います。

少尉は、バイコヌールからずっと、なんとか守ろうって、そう思って、必死に戦っているじゃないですか…!」

「どうして、か…」

エルサの言葉に、私はふと、そのことに思いを馳せていた。そんなこと、今まで考えもしなかったけど…

いや、考えたくなかっただけ、か…答えは、わかっているもんね…

「私はさ、落ちこぼれなんだよ」

「え?」

こんな話、誰にもしたことはない。聞いてもらえるとも思ってなかったし、

それに、話したところで、非難されるだろうって、ずっと思ってきたから、一度だって口にはだしてこなかった。

でも、いいよね、あなたにだけは。年下で、まだ子どもと大人の中間みたいなあんただけど、でも、頼れるな、ってそう思うのは本当だから。

「シドニーの実家をね、私は追い出されたんだ。父親は、資産家の家系で、爺さんから引き継いだ事業をやってた。

 母親は、シドニーでも一番優秀な大学院を卒業した経済専門家でね。いわゆる、エリート家系、ってやつだったんだよ。

 そんな家の長女として、私は生まれた。そんなだったからなのか、教育には厳しくて、私は、褒められたことなんて一度もなかったんだ。

 何をやっても、うまくやれなかった。期待に応えられたことなんて、一度もなかった。

  それなのに、あとに生まれてきた弟や妹は、それはそれは優秀でね。家族皆の誇りだった。

 私も、出来の良い二人が大好きだったし、誇りに思ってたよ。二人共、エリートハイスクールに進学してね…そりゃぁ、嬉しかった。

 でもね、妹の進学が決まった年だった。父親が、三流の大学にしか入れなかった私に言うんだ。

 『お前には、努力をする根性が足りない』、ってね。それで、突きつけられたのが、入隊の申請書だった…

 『軍にでも入って、鍛え直せ』ってこと。なんだか、ショックだったのを覚えてる…

 父さんにも母さんにもあんなに好きになって欲しくて、嫌われたくなくって頑張ったのに、それでも努力が足りないからだ、なんて言われたのがね…

 それからは、もう本当に動きが早くて、私自身もそそくさと逃げるみたいに、大学をやめて、軍に入ったんだ」

エルサは黙っていた。後ろに座っているから、表情がみえない不安が募る。軽蔑してるだろうか?それとも、呆れている?

わからないな…でも、こうして話すのは、悪い気分じゃないような気もする…私は、エルサの反応を待たずに話を続けていた。

「軍に入るときに志願したのは航空隊。空を自分で飛んでみたいな、って想いもあったけど、

 正直に言えば、他のどの兵科よりもエリートだ、って認識があったから。

 昇進も早いし、それに、戦闘機パイロットともなれば、士官候補生は確実だからね…。

 今考えてみれば、情けない話だよ…あんな扱いをされたってのに、私はまだ、エリートだの優秀だの、ってことにこだわっていたんだからね…」

「少尉…」

エルサの小さな声が聞こえた。待ってね、エルサ。もう少しだけ話を聞いて…叱るんなら、そのあとでいいから、ね…
 

621: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:34:34.95 ID:jFHORn+Jo

「そのあとは、ただひたすらに戦闘機パイロットを目指してた。

 幸い、航法の授業も物理の授業もなんとか理解できたし、実際に飛行機を飛ばせるようになってからは、そのことだけが純粋に楽しくって、成績もそこそこ伸びた。

 試験にも無事通って、晴れて戦闘機のパイロットとして赴任したのが、

 バイコヌールのタイガー飛行隊だったんだ…あの基地も、隊も居心地が良かった。

 誰も私を落ちこぼれだって扱わなかった。成績なんて気にしないで接してくれた。

 フィリップもあんなだし、ベネットだってそうだけど、でもあの隊も、基地の連中もみんな好きだったんだ…」

「少尉…少尉は、ご家族が、嫌いだったんですか?」

「ううん、好きだった。成績や学校の話じゃなければ、普通の親だった。母さんはよく一緒におしゃべりしてくれたし、父さんは休みの日にはキャンプやなんかにも連れてってくれた。

 ハイスクールに入って、落ちこぼれだって私に言うくせに、どうしてそれ以外じゃこんなに優しかったりするんだろう、

 って思ったりもしてね。結局、そう言う気持ちをずっと素直に受け止めてこれなかったんだな、って思ったら、

 また自己嫌悪で苦しくってかんがえるのをやめてた。今だって、同じ。私を認めて欲しかった、って思いはある。

 決して、居心地がいい家ってわけじゃなかった。でも、それでも、大好きな家族だったんだ…」

ハタっと、操縦桿を握っていたグローブに、何かが落ちてはじけた。どうも、私は泣いているらしい。

こんなことで泣くなんて、まるで子供じゃないか…情けないったらないね、本当に、私ときたら…。

「少尉、少尉は…」

エルサが口を開いた。それを聞いただけで、私は、彼女が私を蔑んだりしないんだな、というのが分かった。

彼女の口調が柔らかだったから。なにを言ってくれるんだろう、こんな私に…そう思った瞬間だった。

<10時方向!>

急に無線の中で誰かが怒鳴った。私は咄嗟に左を見やる。私の目に飛び込んできたのは、こっちをめがけて飛翔してくる、何か、だった。

「…!ぜ、全機、散開!」

私は無線にそう叫んで、操縦桿を引いてスロットルを押し込んだ。次の瞬間、爆発音とともに衝撃で機体が激しく揺さぶられる。

<あぁっ…あぁぁ!>

<なんだ…ど、どうなってんだ!?>

<おい!バカやろう!脱出しろ!>

とたんに、無線から混乱した声が聞こえてくる。なんだ、なにがあった!?私は機体を傾けて周囲の様子を探った。

そんな私の目に映ったのは、黒煙を吹きながら落下していく、ヒヨッコ達の機体だった。それも、3機も…!

「イジェクションレバーを引いて!早く!」

私が怒鳴るのと同時に、落下していく2つからパラシュートが飛び出て、開いた。もう一機は、反応がない。

次の瞬間、その機体は地面に落ちきる前に爆発して飛散した。

 今のは…ジオンの砲撃か?あのときに受けた、あの巨大な炸裂砲弾だ…10時方向…どこだ!?姿がみえない…!

「被害を報告して!」

<こ、こちら2班班長、リュウ・ホセイ…1班が、全機、撃墜されました…!>

「全機!?5機とも!?」

<はい!>

くそっ…ヒヨッコ達まで守れないのか…私は!こいつらは戦い方を知らないんだ!民間人と軍人の間みたいなもんなんだ…!

まだ…戦いで死なせて良いようなやつらじゃないんだよ!

 パっと、はるか下の地面が光った。

「また来るよ!弾道を見極めて回避!」

私はそう指示しながら機体を滑らせて地上に目を凝らす…いた…!トゲツキ!あいつら、塗装を塗り替えたんだ…砂漠用迷彩ってわけね…!
 

622: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:35:14.32 ID:jFHORn+Jo

 「フィリップ!あなたはそのまま、ヒヨッコ達を連れて西へ!陸戦隊連中と合流して、待機!」

<カレン、お前はどうするんだ?>

「私は…ここであいつらを足止めする!」

<無茶だ、お前一機で何がやれる!?>

「だったら一緒に戦ってくれるっていうの!?あなたは負傷してて飛ばすだけで精一杯、ベネット、あんたは!?」

<お、お、俺はっ…!>

「あんたも、足でまといよ。私一人でやるほうが良い。早く行って、こいつらが接近してるってのを陸戦隊に伝えて!」

<待て、カレン!お前、気でもおかしく――――――

私は、無線のスイッチを切った。それから、後ろを振り返ってエルサを見やる。

エルサは固く唇を結んで、私をじっと見て、ただ、黙って私に頷いて見せた。

 「悪いね、こんなのに付き合わせちゃって」

「いえ。カレン少尉。あなたを一人でなんて、戦わせません」

ありがとう、そう返事をする代わりに、私もエルサに頷いて返した。そういえば、マイナスGが苦手だ、って最初の戦闘では言ってたっけ。

でも、後ろにシートを取り付けてからはそんなこと言わなくなったね。

トンポリの戦闘じゃ、ダメかと思ったのにあんな戦闘機動にも、吐かずに乗っていられたっけね。あんたは強いよ。

私なんかとは違う。あんたが味方してくれるって言うんなら、これほど頼もしいことはないね。

あんたを死なせるわけにはいかない。だから無茶をするつもりはない。

でも、この機体のミサイルと弾を全部撃ち切るくらいの抵抗はさせてもらう…ジオンなんかに、エルサの兄貴を、陸戦隊のやつらをやらせはしない!

 私は操縦桿を前に押し倒した。機体が急降下を始める。

高度がぐんぐん下がり、眼下に、黄土色に迷彩したモビルスーツの群れが見えてくる。数は…20?いや、30?かなりの大部隊だ…

モビルスーツだけじゃない、戦車らしい影も無数にいる…こんなのに追いつかれたら、戦車部隊はひとたまりもない!

「少尉!レーザー照準、完了!いつでもいけます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。こんな、私でも白んで来ちゃいそうなマイナスGの中、あんたよくそんなことやってくれるよね!ありがたい!

「1番、発射!」

私は操縦桿のボタンを押しながら、同時にトリガーを引いた。ガトリング砲がうなって、曳光弾が地表めがけて伸びていく。

高速降下しながらの銃撃だ、いつものとは一味違うよ!曳光弾がモビルスーツに当たって、火花を散らしている。

効いてる!そうしているあいだにミサイルがその中の1機に突き刺さって爆発した。

よし、まず一機!私は操縦桿を引いた。とたんに、慣性で体に猛烈なGがかかる。だけど、これくらい!

私は背骨が粉砕されそうな程の重みに耐えながら、コンピュータを操作して火器管制システムを切り替える。

エルサが取り付けてくれたレーサーサイトに内蔵されたカメラの映像が、レーダーモニタ下にある小さな液晶に映し出された。

喰らいなよ!

私はさらに操縦桿のボタンを押す。胴体の下に無理矢理に取り付けていた無誘導爆弾がバラバラと落ちていく。

爆弾は、地面にカーペットを敷くように列になって爆発を起こして、さらに数機のモビルスーツを巻き込んだ。
 

623: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:35:47.56 ID:jFHORn+Jo

 「エルサ!」

「だ、大丈夫です!」

体にかかるGを逃がすために、降下しながら大回りに旋回する。声をかけたエルサからは、まだ、力強い返事が返って来た。

よし、それなら!

 私は操縦桿を引っ張って、さらに旋回する。再び、正面にモビルスーツの群れを捉えた。

と、モビルスーツ群から、パパパと閃光が放たれた。来る…あの砲弾だ!

私はスロットルを押し込んだ。機体めがけて飛んでくる砲弾と高速ですれ違うと、次の瞬間にははるか後方で爆発を起こした。

「レーザー誘導!」

「…いけます!」

「よし、2番、発射!」

エルサと息を合わせて、私は二本目のミサイルを発射した。

今度のは、モビルスールの脚の付け根あたりに命中して、爆発はしなかったもののその場に擱座した。

喜んでもいられない。そろそろ、あのマシンガンの射程距離だ。私は機体をロールさせて高速のまま旋回して距離を取る。

一瞬、敵のマシンガンが発射されるのが見えた。でも、残念。そのマシンガンの弾は、この機体よりも遅い。

この速度なら、絶対に当たらないのは実戦で証明済みだ。機体はそのまま無傷でモビルスーツの群れから離れた。

 キャノピーの向こうに広がる敵の状況を見る。4機撃破…無誘導爆弾の効果は今ひとつ、か…でも、まだまだここから、だ!

「少尉!5時方向!」

エルサの声がした。私がそっちを見やると、キラキラと光る何かが動いたのが見える。航空機…?

いや、あの機体…昨日の、ジオンの戦闘機だ!

「エルサ、レーザー照準!あいつらと接敵する前に、ミサイルを使っておきたい!」

「了解、照準…!目標4、マーク!」

「発射!」

私は立て続けに発射ボタンを押し込んだ。ミサイルが飛び出して、白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

モビルスーツはマシンガンを撃ち始めた。その弾幕に、ミサイルが一本弾けて爆発を起こした。

その爆炎をくぐり抜けて、残りの3本がモビルスーツに直撃して

爆発を起こす。よし、7機目!

 「少尉!敵戦闘機、きます!」

気がつけば、私は敵の戦闘機10機程に囲まれていた。それでも、私は冷静でいられた。こいつの機動は昨日確認した。

ずんぐりしたあの頭じゃ、空母と同じように、空力的に無理があるんだろう。機動は鈍いし、旋回時の速度もない。

数は驚異だけど、落ち着いてひとつずつ叩けば…!

「エルサ!戦闘機動に入るよ!」

「了解、覚悟してます!」

エルサの返事を聞く前に私は機体を駆っていた。敵は、2機5編隊の10機…出てくるからいけないんだからね!

 私は、旋回中にHUDの中に飛び込んできた2機に向かってトリガーを引いた。一連射の50mm弾が弾けて、2機とも空中で分解する。

と、敵機は機銃を撃ち込んできた。でも、てんで的外れ。地球の空で私達航空隊に勝とうなんて、甘いんだよ!

私は戦闘軌道を駆使しながら断続的にトリガーを引き続けた。1機、2機、3機、と敵が空中で弾け飛んでいく。

気がつけば、私が最後の2機を追い詰め、最初と同じように一連射で、敵を空中に散らせていた。
 

624: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:36:19.54 ID:jFHORn+Jo

 よし、残りミサイルが1発と、機銃弾が300発弱…モビルスーツめ、もう少しだけ私と遊んでもらうからね…!

そう思って、機首をモビルスーツ隊に向けたときだった。ひどいノイズ音とともに、無線が鳴り響いた。

<ガーッ…ザーーす、ザザザーーら、撤退中の、隊、現在、敵モビスルーツ隊と戦闘――支援頼む、繰り返す―――

今の無線、陸戦隊?まさか、あっちにももう、敵が!?だとしたら、こんなところでこの部隊を相手にしている場合じゃない。

向こうへ援護にいかないと…!

「少尉、今の無線…!」

「ええ、分かってる!すぐに向かうよ!」

私は機首を西に向けつつ上昇した。後方から、ジオンがあの砲弾を撃ってくる様子はない。

ひとまず、向こうはこっちの一撃で泡食ってるんだろう。いい気味だ、ジオンめ!

「フィリップ、フィリップ聞こえる?」

<こちらフィリップ!カレン、無事か?>

「なんとか。そっちは陸戦隊と合流できてる?」

<いや、それがな…>

私が聞くと、フィリップは口を濁した。私が状況を聞く前に、視界に味方機が映った。あれは、フィリップ達?

なにをやってるの、こんなところで…!?

<少尉、俺たちも連れて行ってください>

声が聞こえた。これは…クラーク?あの生意気なヒヨッコ、こんなときに何を言ってる!

「ふざけないで!あんたたちを戦場に引っ張ったら、一瞬で木っ端微塵になるよ!」

<戦闘の方法は少尉から学びました。俺たちも戦えます!>

「戦闘の方法?戦闘機動の1つや2つできたところでどうにかなると思ってるんだったら大間違いだよ!」

私は苛立ち紛れに無線にそう怒鳴ってから

「陸戦隊の支援に行く。あんた達は黙ってついてくればいいんだ!」

と言い捨てた。こんなときに、まったく、余計な手間を増やさないでよ!私は、ヒヨッコ達についてくるように指示をした。

私の言葉に士気を折られたのかどうなのか、ヒヨッコ連中は一様に黙って、それでもちゃんと私のあとについてきた。

「よくと止めておいてくれたね、フィリップ。感謝するよ」

<いや…無駄死にさせるのも、気分が良くないからな>

私の礼に、フィリップは相変わらずの様子で言ったけど、まぁ、今回ばかりは責めないで置いてやるとしよう。

 「少尉…!」

不意に、エルサの声がした。

「なに、エルサ?」

「あれ、なんでしょう…?10時の方向…ほら、あの大きな砂丘の影に…」

エルサが後ろから手を伸ばして来て、必死に何かを指している。私は機体を傾けてエルサの示しているその何かを探した。

すると、確かに砂丘の影に何かが見える。なんだろう、あれ?何かのパーツみたいだけど…敵部隊が落として行った物…?

「カメラで確認してみます」

エルサはそう言って、レーザー照射機を操作した。私の方の液晶画面にも、その映像が映し出される。それは、腕のようだった。

あれは、モビルスーツの腕?いえ、でもおかしい…あれは落ちているんじゃない。まるで、あの砂丘に隠れているような…
 

625: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:36:52.37 ID:jFHORn+Jo

 私は気がついたらその方向へと機首を向けていた。急がなきゃ行けないのは分かってる。

でも、あれは妙だ。私は、距離があるのを分かりながら、あえてトリガーを短く引いた。

曳光弾が数発伸びて行って、砂丘にぶつかって砂を巻き上げる。と、その腕が動いた。

次の瞬間には、砂丘を押しのけるようにして2機のモビルスーツが姿を現した。

 でも、その2機は今まで見てきたのとは別物だった。それぞれ違う形をしている。

1機はトゲツキに似ているけど、肩にトゲもシールドもついてない代わりに、何か小さなポッドのようなものをつけている。

妙にヒトツメがでかいし、今まで見てきたのとは色も違う。

 もう1機はトゲツキと見分けがつかないくらいだけど、でも、アンテナの形状やトゲ付いた肩当ての形も違う。

なにより、こいつは今まで見てきたヤツ以上に角張って、追加の装甲らしい物をつけている。なんなんだ、こいつら?

どうしてこんな位置に、たった2機で…?

「少尉、あれ…もしかして、偵察型か何かじゃないんですかね…?」

偵察型?どっちが?いや、あの一つ目がでかい方、か…確かに装甲は薄そうだし、シールドも持ってない。

あの手に持ってる銃のような物も…敵を攻撃するには小型過ぎる…偵察型か…てことは、もう1機は護衛?

もしかして、あいつが陸戦隊の位置をさっきの部隊に知らせていたんだとすれば…そうか、ジオンはただ闇雲に進撃してきていたわけじゃない。

こいつで事前に綿密に情報を得ていたんだ…だとしたら!

「エルサあいつらを叩こう!こっちの位置なんかを報告しているんなら、潰しておけば、撤退の助けになる!」

「了解です!ミサイル、残り1発でしたよね!?どっちに照準しますか!?」

「偵察型に見える方に!」

「はい!照準します…行けます!」

「よし、発射!」

最後の一発だ…当たってくれ!ボタンを押して飛翔を始めたミサイルが白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

護衛機と思しきモビルスーツが発砲を始めた。待って、あのマジンガン…今まで見てきたのとは連射速度が違う…?

まさか、改良型!?次の瞬間、ミサイルが空中で炸裂した。

「ミ、ミス!ミサイル、空中で爆発!」

やられた…!あの護衛機の方、地球での戦闘に特化された新型なんだ!

まずい…このままだと、あいつらに陸戦隊の位置がバレたままになる可能性が…どうする!?

残りの武装は私の機体のガトリング砲と…あとは…!私はそこまで考えて思い出した。まだ、無誘導爆弾を下げてる機体があった。

ベネットだ…あいつの機体は、ナポリで爆装させておいた…

「ベネット、聞こえるか?」

<…はい、少尉…>

ベネットの、こもった声が聞こえてくる。

「私が援護する…抱えてる爆弾、全部あいつらの頭に降らせるよ」

<…っ!>

ベネットの同様が、息を呑む微かな声で伝わってきた。頼む、ベネット…ここでやらないと、エルサの兄貴が…陸戦隊が!

「ベネット…これは命令…投下機動に入って」

私は、気持ちを押し殺して、ベネットにそうとだけ伝えた。

<…りょ、了解…>

震えるベネットの声が聞こえた。編隊からベネットの機体が離れて来る。私は、一息、深呼吸をした。
 

626: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:37:28.40 ID:jFHORn+Jo

落ち着いて、敵の注意を引かなきゃ…ベネットの接近を悟られないように…

 私は、覚悟を決めてスロットルを押し込み、操縦桿を倒した。機体が急降下して、地上から1000mもない高度へと位置取る。

残り少ない機関砲のトリガーを、私は引いた。轟音とともに曳光弾が飛び出してモビルスーツを襲う。

次の狙いは、ミサイルを撃ち落とした方だ…あいつの注意さえ引ければ、偵察型はおそらく撃てない!

 曳光弾がモビルスーツの装甲に当たって弾け飛んでいる。やっぱり、装甲も強化されてる…!

だとしたら、狙うのはあの一つ目!私は機体の位置を調整してさらにガトリング砲を撃ち込み続ける。

モビルスーツはこっちの狙いがわかったのか、マシンガンを握った右腕を上げて顔を隠し機銃弾を防いでいる。

それでいい…もう少しだけ、その場に留まっててもらうんだからね!

<と、投下位置に到達…無誘導爆弾、投下します…!>

ベネットの声が聞こえた。よし、行ける!そう思った次の瞬間、モビルスーツが体制を変えた。

一つ目を守っていたのとは反対の、左腕を突き出した。その腕には、箱のような何かが取り付けられていた。まさか―――

「ベネット!回避行動!」

私が怒鳴るのと、モビルスーツの腕に付いた箱からミサイルが飛び出すのとほとんど同時だった。

<わっ…あぁぁぁ!>

無誘導爆弾を投下した直後のベネットの悲鳴が聞こえた。でも、機体は回避行動を取らない。あいつ…なにやってるんだ!

「ベネット!旋回して!」

私が再度怒鳴ったけど、ベネットは返事はおろか、回避なんてしないでそのまま真っ直ぐに飛び続けている。

頼む、頼むよベネット!落ち着いて回避してくれ…ベネット!

「避けなよベネット!!!」

ズズン、と轟音がして、ベネットの放り出した無誘導爆弾が、2機のモビルスーツを直撃した。2機とも、その場に擱座する。

だけど―――

 モビルスーツの放ったミサイルもまた、ベネットの機体に直撃していた。ベネット機が、空中で爆散した。

「ベネット!」

<ガ…カレンさ…イ、イヤだっ…助けて、少尉…!ザッガ、ザーーーン少尉!少尉、助けて――――

破片が、地上へと衝突して、鳴り響いていた警報も、ベネットの断末魔も、聞こえなくなった。ベネットが…やられた…?

あんなに、戦闘を怖がっていたのに、あいつ…あんなに戦いたくなかったのに…

それなのに、私、あいつに命令して…それで…あいつは…わ、わ…私の、私が命令したから…私の、せい、で…

胸の奥から、吐き気のような感情がこみ上げてきた。殺した、ベネットを、私は殺したんだ…戦闘を強要して、それで、私は…!

 私は気がつけば絶叫していた。言葉になんて、ならなかった。

守らなきゃいけないあいつを、隊長から託されたあの後輩を、私は、死なせたんだ。自分の命令で、あいつを…殺しちゃった…!

「少尉!少尉!しっかりしてください!少尉!」

エルサが後ろから手を伸ばして私の肩を掴んだ。その感触と、声で、微かに正気が戻る。

「少尉…!泣くのはあとにしてください!あなたが折れてしまったら、もっと犠牲が出るかもしれないんですよ!」

エルサは私に言った。分かってる、分かってるよ、エルサ。あのヒヨッコ達や、陸戦隊は守らなきゃいけないんだ。

こんな私には荷が重いけど…それでも、私は、託されたんだ…
 

627: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:39:12.34 ID:jFHORn+Jo

 私は、返事もできないまま、操縦桿を引き上げて機体を上昇させて編隊に戻った。誰も、誰ひとり私に声を掛けてこなかった。

悪かったね、ヒヨッコ達。こんな出来の悪い指揮官に命を預けなきゃ行けないなんてさ…本当に…本当に、ごめんね…

 そうとしか、思ってやれなかった。どんなに謝っても私に変わってくれる人なんて今はいない。私がやるしかないんだ。

責めたきゃ、責めてくれ。私は、それだけのことをしてきちゃったんだから…

 私はそれからしばらく、そうやって、自分の不甲斐なさをただただ噛み締めていた。

<12時方向、戦闘の痕跡>

どれくらいたったか、フィリップの声が聞こえてきた。ふと、私はキャノピーの向こうに目をやった。

そこには、地上にいるモビルスーツに機銃や爆弾を浴びせかけている戦闘機隊の姿があった。さらにその向こうには、陸戦隊の影。

そして、青く広がる海が見えた。あの部隊は、友軍?ヨーロッパ方面軍?それとも、北米の部隊?

私は、乱れていた呼吸を整えて、深呼吸をして気持ちをなんとか立て直す。それから無線に呼びかけた。

「こちらは、中央アジア方面から撤退中の部隊、戦闘中の連邦軍機へ!応答願う!」

でも、返事はない。ハッとしてレーダーを見やると、いつの間にか、ホワイトアウトしている。ここにもミノフスキー粒子が…!

こっちが味方だって伝えないと、戦闘の邪魔になる!私は咄嗟に、操縦桿を左右に動かして、機体を交互に傾ける。

友軍だって合図。すると、その中の一機が、こっちへ機首を向けた。そして、そのキャノピーがピカピカっと不規則に点滅を始める。

あれは…発光信号?…これは、無線の周波数?

 私はそのことに気がついて、コンピュータを操作し、無線の周波数を変えた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍の残存航空隊!交戦中の部隊へ!こちらは友軍だ、繰り返すこちらは友軍機だ!>

私はそう無線に向かって怒鳴った。すると、すぐに返信が聞こえてくる。

<こちら、ジャブロー防衛部隊所属の戦闘飛行隊。俺は、レオニード・ユディスキン大尉。そっちは?!>

ハスキーがかった、男の声。彼は私に聞いてきた。

「大尉!私は、カレン・ハガード少尉です!地上部隊の撤退はまだですか!?」

<まだ、東海岸からの輸送船団が到着していない。もう少し時間がかかる>

くっ…まずいね…もたもたしてたら、さっきの部隊にここがバレる…あの偵察型は潰したけど、既に情報が回ってないとは言い切れない…

「現在交戦中のモビルスーツは、敵の斥候です。本隊は、10マイルのところまで迫ってきています。モビルスーツ30機、戦車部隊が80ほどです!>

私の報告に、この大尉も、それから、他の部隊員も、息を呑む様子が聞こえた。

無理もない…あれだけの数を相手にするのは、絶望的過ぎるから、ね…

<30…とてもじゃねえが、やり合える数じゃないな…そっちの部隊、戦闘は可能か?>

「彼らは、教科未習のヒヨッコです!訓練施設からなんとか脱出してきたところを私の部隊が保護しましたが、

 こちらに向かう敵部隊と遭遇して、私の部隊は私と、もう一人のみ生存。他の8機は撃墜されました。ヒヨッコ達にも、5機、被害が…」

私がさらに現状を説明する。また、無線が音声を失って黙り込む。でも、それも束の間、別の声が響いた。

<隊長!>

指示をくれ、とそう訴えるような、女性の声。

<落ち着け…各隊、各機へ。敵の本隊が迫ってる。これより、オメガ隊は、敵本隊へ向かって陽動に入る。支援してくれる隊があれば、頼む>

大尉は、落ち着いた口調で、そう言った。それから思い出したように

<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。
 

 

628: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:40:27.98 ID:jFHORn+Jo

<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。

<ったく、オメガの旦那は人使いが荒いねぇ。おい、お前ら、さっさとこっちの斥候を叩いちまうぞ!

 脱出組!こちらはジャブロー防空戦闘飛行隊のヘイローだ!俺は隊長をやってるアイバン・ウェルタ大尉。長旅ご苦労だったな!

 あとは俺たちがやる、安全な高度で高見の見物でもしていてくれ!>

「ですが、大尉!」

私は大尉の言葉をそう遮った。また守られるのか、とそう思ったからだった。

この人たちも私達を守ろうとして危険な目に合わせるんじゃないか、ほとんど反射的にそう思ってしまっていた。

でも、その直後、眼下でモビルスーツが1機、爆発を起こした。

<はっはー!陸戦隊の戦車部隊が息を吹き返したぞ!そのまま援護射撃頼む!残り1機、美味しいところはこっちがいただかせてもらうぜ!>

ヘイロー隊の別の隊員らしい声が聞こえてきたと思ったら、また爆発が見えた。でも今度はモビルスーツじゃない…空中だ!味方機が落とされた!?

さらに爆発。今度は残っていた最後のモビルスーツだった。斥候らしい敵モビルスーツは、全て片付いたらしい。

<はは、コリンが敵モビルスーツと刺し違えた>

私の心配をよそに、そんなのんきな笑い声が聞こえた。

<コリン、無事だろうな?>

<いやはや、間一髪…すんません、今のは完全に油断でした>

見ると、空中にユラユラと揺れる白いパラシュートが見える。無事に脱出できたようだ。私は思わず胸をなでおろしていた。

<ったく、お前は、オメガのフレートといい勝負だな。あー陸戦隊の諸君、疲労困ぱいなところすまないが、そのバカを回収しておいてくれ。頼むよ>

隊長のウェルタ大尉の呆れた声が聞こえる。その声にすぐに返事が聞こえてきた。

<こちら陸戦隊。支援に感謝します。貴隊のエース殿はこっちで回収します、ご心配なく>

<エースだなんで呼ばないでやってくれ。そいつはただの向こう見ずだからな>

待って、今の声…!

「兄ちゃん!」

エルサが叫んだ。そうだ、今の声は、間違いない。エルサの兄貴の、カルロスだ。

<エルサ…お前か!?>

「うん!良かった、また、生きてた!」

<あぁ、お陰様でな。お前、今どこにいるんだ?>

「すぐ上を飛んでるよ!」

エルサがそう言って、キャノピーに顔を押し付けて真下を見下ろしている。私は、編隊から離れて、陸戦隊の上空でクルリと旋回してやる。

<その機体か…カレン少尉、聞こえていますか?>

「あぁ、聞いてるよ」

<エルサをありがとうございます…>

カルロスの涙声が、私にそう言って来た。でも、当の私は、そんなことを聞いている気持ちの余裕なんてなかった。

エルサも、兄貴も無事で良かったとは思う。でも…それにしたって、私には落ち度が多すぎた。

ヒヨッコ達が撃墜されたのも、私がうつつを抜かして警戒を怠っていたから。

ベネットを死なせてしまったのも、私があいつの特性を考えないで命令をだしてしまったせい…。

私は、結局、失わせてしまった方が大きいんだ。託されたのに…任されたって言うのに…!

 カルロスの言葉に、私は返事をできなかった。だって、なんて返せば良かったんだ?

何かを言おうとしたら、きっとまた皮肉しか出てこない。それがわかって、私は、ただ口をつぐんでいることしかできなかった。
  

629: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:40:53.54 ID:jFHORn+Jo

 <おい、お前ら、何をやってる!?>

不意に、無線が鳴った。なんだ?今の声、誰だ!?

<へっ!これ以上、やられっぱなしで黙ってられるかってんだ!>

この声、ヒヨッコのクラークか?私はそのことに気がついてキャノピーの外をみやった。

そこには、ドロップタンクを切り捨てて、編隊を離れていく5機の戦闘機がいた。どれも、ヒヨッコ達…3班のクラーク達の班だ…

「あんたたち、何してる!編隊に戻りな!」

<少尉!俺たちはもう、あなたの指揮にはうんざりだ!逃げてばかりで戦いもしない!俺たちが軍人の姿ってのを見せてやる!>

クラークの声が聞こえてきた。その言葉が突き刺さって、私の言葉を奪う。

<お前ら、いい加減にしろ!少尉は俺達を守るために撤退を選んでるんだぞ!>

別の声が聞こえる。これは、リュウ・ホセイか?

<おい、ヒヨッコども。お前らの腕じゃ、戦闘なんてできやしないぞ>

フィリップの声だ。

<ケガしてるフィリップ少尉よりはマシだ!>

ふざけるな…ふざけるなよ、あんたたち!こんなところで死なせられない…これ以上、私を傷付けないでくれ…!

「やめな!」

私は機体を旋回させてヒヨッコ達を追った。でも、ドロップタンクをつけたままの私の機体は、ヒヨッコ達に追いつけない。

あいつら、あんなにバーナーを吹かして…!オーバーヒートするからやめろってあんだけ言ってやったのに!それでも私は追いすがった。

だけど、ついには、ヒヨッコ達は私の視界から消えた。真っ白なレーダーで位置を確認することも出来ない。

あの本隊のいる方向に向かったのは分かってる…でも…私は、操縦桿をひねって機首を陸戦隊の上空へと戻した。

私は、残った奴らを守らないと…もう、仕方ないんだ…あいつらを止められなかったのも、私に指揮を取る力がなかったせい…

全部、全部、私のせいなんだ…隊長、あんたなんで死んじゃったんだよ、こんな私に、大事な隊を預けてさ…

私に、どうしろって言うんだよ、隊長…答えてよ、隊長!

 また、あの吐き気に似た感情が胸からせり上がってきて、最後には嗚咽になって私の口から漏れ出した。叫んで、喚いた。

そんな私を心配して、なのか、くり返し私の名を呼ぶ、エルサの声を聞きながら。




 

630: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:41:44.13 ID:jFHORn+Jo




 カラン、と瓶が転がる音がして、私は正気を取り戻した。腕時計に目をやると、もうかなり夜の深い時間になっていた。

起き上がろうとして、身を動かしたとたんに、猛烈な吐き気が胸を付いた。

思わず、そばにあったゴミ箱を引き寄せて、胃の中身をぶちまける。

何度か吐いた末に、すこし気分が収まってきたのを確認して、私は倒れ込んでいたソファーに腰を据え直した。

 あれから、数時間の飛行で、私はジャブローにたどり着いた。エルサの兄貴達陸戦隊は、無事に北米からの船に乗って、大西洋を横断中。

今は、支援に来てくれたオメガとヘイローという二つの隊に代わって、レイピアとゲルプという部隊が、船の直掩についているらしい。

ジャブローへ戻る最中に、オメガ隊の機体の数が一つ足りないことに、私は気がついていた。

聞いたら、私が止められなかったヒヨッコ達を守ろうとして、一緒になって撃墜されたパイロットがいたと教えられた。

また、私のせいで死なせてしまったのか、と思ったら、もう、いてもたってもいられなかった。

 私はジャブローに着いて、この間借りの兵舎に案内されてから、配給の士官に頼んで酒を大量に運び込んでもらった。

それを、文字通り浴びるほど飲んでやった。

本当なら、銃で頭を撃ち抜きたい気分だったけど、あいにく、そんな私の雰囲気を悟ったのかどうなのか、

到着して早々に、オメガ隊の隊長、レオニード・ユディスキン大尉が私から拳銃を取り上げた。

そんなバカを実際にはやらないとは思っても、とにかく気分は最悪だった。

 エルサは、私の状態を見て、そばにいようとしてくれたけど、断った。こんな姿を見せたくなかった。

今は、この兵舎のどこかで休んでいるはず。明日には兄貴もここに到着するだろう。そうすれば、私のことなんてすぐに忘れてくれる。

今は心配されると、苦しいだけだ。

 私は、酸えた口の中を、残っていたビールで濯いで、ゴミ箱に吐き出した。せっかく鈍くなっていた思考が、再びあの循環を始める。

 私達を守るために、いったいどれだけの人が死んだんだろう。バイコヌールの基地のスタッフに、オデッサの東基地の人たち。

隊長達に、その後で向かったカイロ基地の人たち。そして、トンポリ基地の人たちも…私達は、戦えなかった。

そんなにたくさんの命を散らせてまで、守る価値のある人間なんだろうか?ヒヨッコだった彼らは、

もしかしたらその可能性を秘めているのかもしれない。

でも、私はどうだ?託されたヒヨッコや部隊員を守れず、率いることすらできず、むざむざと死なせてしまった私なんかのために、

たくさんの命が消えたんだ。本当に一体、なんのために…?

ねぇ、隊長、あんたは、なんのために、私を生かしたんだよ、ねぇってば…!

 気がつけば、私の頬にはまた涙が伝っていた。眠る前に、あれだけ泣いたって言うのに、どうしてこうも節操なく流れてくるんだ…

そう思って、濡れた頬をぬぐい、目をおおった時だった。

 カツカツと足音がして、それが私のすぐ前で止まったのが分かった。

「よう、だいぶいい感じにキマってるじゃねえか」

ダミ声。私は、顔を上げて声の主をみやった。そこには、思ったとおり、オメガ隊の隊長、ユディスキン大尉がいた。

慌てて立ち上がって敬礼をしようとした私を大尉は手をかざしてソファーに押しとどめた。

「話は、あの小さな整備兵から、おおかた聞いた。ご苦労だったな、ここまで」

大尉は、そう言ってくれた。その言葉は、乱暴な口調なのに、どこか優しくて穏やかで、私の胸に届くような思いがした。

また、涙がポロポロと溢れ出す。

「…私は、ただ、逃げた来ただけです、大尉。何も守れず、戦うこともできず…」

私は、なぜかすがるように、大尉にそう言っていた。

すると大尉は、なんだか意外そうな表情をしてボリボリと頭をかいてから、言った。
  

631: ◆EhtsT9zeko 2014/06/10(火) 22:42:58.80 ID:jFHORn+Jo

「ん、聞いてた話と違うな…少尉は、バイコヌールからこっち、一ヶ月のあいだに、敵モビルスーツの撃破11、敵航空空母1、敵戦闘機の撃墜12じゃなかったのか?」

それは…確かに、私の撃墜数だ…

「はい、そうですが…」

私が答えると、大尉は満足げに笑って言った。

「ジオンの地球侵攻に関わる電撃戦でそこまでの戦果をあげたパイロットは、ヨーロッパのウォードッグ隊を除いて、俺は他には聞いたことがねえ。

 トータルのスコアなら、少尉はおそらく全軍の中でもトップクラスだろう」

トップクラス?私が?だって、私は、私は、何も、誰も守れなくて、それで…

「少尉がいなければ、あのヒヨッコ共も、陸戦隊も、生きちゃいねえ。きつい戦線だったろうが、劇的な戦果だ。

 俺はまだ少尉の上官ってわけじゃねえから、ま、褒めてやるのは役違いだが、その勇気と技術に、最大限の敬意を表しよう」

大尉はそんなことを言って、二本指でピッと軽く敬礼をしてから、ニっと笑った。

それから私の前にかがみこんで、私の顔を覗き込むようにして言った。

「明日、少尉に辞令が来る。俺の部隊へ引っ張った。まぁ、変なやつばかりだが…腕に覚えのあるやつらでもある」

大尉は、ポンと私の肩を叩いて、続けた。

「明日12時に司令部へ出頭しろ、わかったな?」

私は大尉を見つめていた。なんだろう、この人は?

まるでこっちの様子を気にしていないふうなのに、ちゃんと私を気遣って、いちいち反応を確認しているのが伝わってくる。

横柄さと、繊細で緻密な配慮が合わさったような、そんな感覚だった。

「おい、わかったのか?」

大尉はまた、私の肩をバンっと叩いた。私はハッと我に返って、泣くことも、悩むことをも忘れて、ただの一言、大尉に言葉を返していた。

「は、はい。了解しました」

 


  

641: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:18:56.52 ID:2m01vITKo



 「あぁ、ここだ」

キュっと言うタイヤの音をさせて、乗せてもらっていた軍用の四駆車が止まった。

「悪いね」

私が言うと、補給担当のその下士官はガハハと豪快に笑って

「なに、構いやしないさ。どうせ通り道だったからな!」

と言ってから、すぐ隣にいた別の下士官に頭を叩かれた。

「バカっ!お前!すいません、少尉、こいつバカで…」

「しょ、少尉!?うげっ!す、すみません!」

二人はまるでふざけ合っているように、そう言って私に慌てて敬礼をしてくる。

ここまで乗せて来てくれるあいだ二人とも私の階級なんて気にも止めなかったのに、

ここへ来て気がついて注意するなんて、どっちもどっちだよね。

「気にしないで。良くしてくれてありがとう」

私は軽く敬礼を帰して、後部座席から飛び降りた。

目の前には「第27航空師団101戦闘飛行隊オフィス」と書かれた看板が打ち据えてある建物がある。

もっとも、同じような航空隊のオフィスが立ち並ぶ一角ではあるから、右を向いても左を向いてもおんなじなんだけど。

 「んじゃ、また何かあったらな言えよな!」

「だからバカ!少尉殿だって言ってんだろ!」

二人はそんな話をして頭を叩き合いながら、手を振る私に笑顔を返して走り去っていった。

 つい1時間ほど前に、私はユディスキン大尉に言われた通りに師団の司令部へと出頭して、そこで辞令をもらった。

この101戦闘飛行隊への異動通知書だ。

司令部へと出向く途中でエルサと会った。

エルサは心配げに私を見つめてくるので、とにかく大丈夫だと言っておいた。

どれほどその言葉を信じてもらえたかわからないけど。

エルサも私と同じく、この第27師団に配属されたようだったけど、どこの部隊かまでは聞いてない。

いや、整備班はまた別の扱いかもしれないな。でも、何しろこのジャブローなら、そうそう危険はないだろう。

早く兄貴と合流できると良いね、と言ってやったら、なんだかくすぐったそうに笑っていたのが印象に残った。

 ともあれ、私の新天地は、ここだ。

こんな私を、昨日あんなにひどいことになっていたのに、それでも拾ってくれたあのユディスキン隊長の面目を潰さないためにも、

これまで以上に気合を入れてかからないと行けない。

そうでもないと、私はまた、この隊で孤立しかねない…

そう思って、私は一度深呼吸をしてから、オフィスのドアをノックして開けた。

 中はシンと静まり返っている。

覗き込んだ私は、そこで男たちが数人、テーブルに突っ伏している姿を見た。

テーブルの上には、酒瓶と空になった料理の皿が数枚乱雑に取り残されている。

「ん…くっ」

不意に声がしたのでそちらを見ると、

ユディスキン大尉が自分のものらしい自分のデスクのイスに座ったまま大きく伸びをしているところだった。
 

642: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:19:26.31 ID:2m01vITKo

「あぁ、来たな。待ってたぜ」

大尉はそう言ってまた、グッと伸びをしてから大声で言った。

「おら、お前ら!いい加減に起きやがれ!」

「ん、なんです、隊長?今日はオフでしょうに…」

「新人のエース様のご到着だ、フレート。お前、お払い箱だな」

「ん、例のカレン、って子か?って、くそ、俺今どんな顔してる?ちょ、ちょっと待ってくれ!

 トイレ行ってくるから少し待て!」

「ヴァレリオ、お前、少尉だからな彼女。うぅ、体が…こんなとこで寝るもんじゃねえな」

「ホントですねダリルさん…こないだ言ってたハンモック、本気で付けません?」

「あぁ、みんなおはよう。あれ、ベルントは?」

「いますよ」

「んだよ、お前ちゃっかりソファーで寝てたのか…つつつ、ダメだこれ、シャワー浴びてから解さねえとな…」

なんだろう、この状況は?い、いや、まぁ、昨晩かなり遅くまで飲んでたんだろうってのは、見てわかるけど…

その、なんていうか…なんだってこんなに緩い感じなの?

 私が困惑していたのを見たのかユディスキン大尉が口を開いた。

「あぁ、すまんな。昨日死んだ、カーターの弔いをやってたんだ」

大尉はあくび混じりにそう言いながら立ち上がった。昨日死んだ…?

ヒヨッコ達を庇おうとして死んだ、っていう、パイロット…?

「あぁ、お前ら、ちゃんと立て。あれ、ヴァレリオどこいった?まぁ、いいか、あいつ。よし、聞け。

 こちらが、本日づけてオメガに配属されたカレン・ハガード少尉だ。

 腕は昨日話したとおり、ジオンの地球降下作戦からこっち一ヶ月でモビルスーツ10機以上、

 敵戦闘機10機以上を叩いた実績がある。対モビルスーツ戦に関して言や、俺たちなんかよりもずっと経験があるだろう。

 ま、そこらへんは明日にでも手ほどきをしてもらうとしようじゃないか。そいじゃ、少尉、自己紹介を」

大尉はそう言って私に視線を送ってきた。私は頷いて、もう一度、小さく深呼吸をしてから口を開いた。

「カレン・ハガード少尉です。元は、バイコヌール守備隊所属でした。

 バイコヌールへジオンが降下してきてからは、撤退に撤退を繰り返しながら、ここまでたどり着きました。

 私なんかがどれだけ役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」

言い終えると、まばらに拍手が起こった。一部始終を見た大尉は満足げに笑って

「それじゃぁ、いろいろと説明と行こうか。まぁ、座ってくれ。ダリル、コーヒー頼めるか?」

「はいはい、隊長。他に飲む奴いるか?」

ダリル、と呼ばれた大男の言葉に、その場にいた全員が手を挙げた。

「お前は手伝えよデリク」

「あ、バレました?仕方ない、支援しますよ」

「仕方ないってどういうことだよ、見習いめ」

「へへ、すみません、すぐ行きます」

ダリルにそう言われて何が楽しいんだか笑顔を見せたまだ若い子がのっそりと椅子から立ち上がる。

そのあいだに、他の隊員たちがそそくさとテーブルの上を片付けて、私はイスに腰掛けさせられた。
 

643: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:19:56.17 ID:2m01vITKo

 「あーそういや、ぼちぼちのハズなんだが…」

ふと、大尉がそう言って、壁に掛けてあった時計をみやった。

なんのことだろう、と思ってその視線を追っていた私に気がついた大尉が肩をすくめて

「あぁ、いやな。うちの問題児と末の妹がぼちぼち戻る予定になってんだよ」

といった。末の、“妹”?

その意味はどういうことかはわからないけど、昨日、ジャブローへ戻る最中に力尽きて脱出したパイロットと、

その面倒を見るために残ったパイロットがいると聞いた。おそらくその二人のことを言ってるんだろう。

 テーブルの上が片付くのと同時くらいに、ダリルと呼ばれた大男がトレイにカップを山盛りにして現れた。

あとからついてくる小さくて若い、デリクと呼ばれていた子が、湯気の立ち上るポットを持っている。

ダリルは山の中からカップを見繕うような仕草を見せてから、大きな手でつまむように一つを選ぶと私の前に置いた。

そこに、従者のように付き従うデリクがコーヒーを注いでくれる。香ばしい、豊かな香りが私の鼻をくすぐる。

「ミルクと砂糖は?」

「いえ、大丈夫。ありがとう」

ダリル少尉が聞いてきたので、そう断る。

彼は静かに頷くと次は大尉のところに行って、カップを置き、デリクがコーヒーを注ぐ。

それからもうひとりの男にも同じようにして振舞ってから

「お前らは自分でやってくれ」

と周りを見ていった。

 「ま、飲みながら話をしようや」

大尉がそう言って私にコーヒーを勧めてくれる。

「ありがとうございます」

私はカップを口に運んで、すこし驚いた。美味しい!

豆のせいなのか、それとも入れ方のせいなのか…酸味は少ないのに、コクのある渋みが香りと一緒に口の中に広がる。

あんな大男がこんなのを淹れるなんて…すこし意外だった。

そんなことに驚いている私を知ってか知らずか、大尉は話を始めた。

「まずは、まぁ、隊員を紹介しておくか。俺はまぁ、知ってるだろう。

 順番に行くと、まずこいつが副隊長のハロルド・シンプソン中尉だ」

大尉が、ダリル少尉にコーヒーの準備をしてもらっていたもうひとりをさしていう。

「やぁ。いろいろ大変だったらしいね。

 まぁ、ここも楽なわけじゃないけど、少なくとも気を揉んだりする余裕はないだろうから、安心して」

穏やかな笑顔が印象に残る人だ。人の良さがにじみ出ているような、そんな感じがする。

「で、えーっと、次は、あぁ、そうだ、そのデカイの。3番機のダリル・マクレガー少尉。

 コーヒー淹れと、システム関係、それからトラブル起こしなんかが得意だ」

「トラブル起こしは、まぁアヤには負けますけどね」

「違いねえ」

ダリル少尉の言葉に大尉はそう言って笑う。
 

644: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:20:27.11 ID:2m01vITKo

「ん、あれ、次、誰だった?4番機…」

「ベルントですよ、隊長」

「あぁ、そうだった。あれ…ベルントどこいった?」

「さっきからここに座ってます」

大尉とハロルド副隊長のやり取りを聞いていたら、どこからかボソっという声が聞こえた。

見るといつのまにかテーブルに、表情の冴えない男がひっそりと座ってコーヒーをすすっていた。

「あぁ、いたのか。そいつが、ベルント・アクス少尉。存在感のかけらもないんだが、腕は相当立つ。

 まぁ、不思議と目立たないんだがな」

私はベルントに目をやると、彼は無表情でコクっと頷いてきた。私も頭を振ってそれに応えてまた、大尉に視線を戻す。

「次が、我が隊のエース、フレート・レングナー少尉だ。まぁ、もうお払い箱だけどな」

「いやいやいや!それじゃぁまたひとり欠員になるでしょうが!」

「お前のせいで報告書の量が増えるんだよ!いい加減、弾幕に突っ込むのやめろ!」

大尉に揶揄されながら笑っているのは、一見、ヘラヘラとしている男。

だけど、不思議と安心感も覚える雰囲気をしている。エースと呼ばれるにふさわしい物を持っているのかもしれない。

「つぎは、と…ヴァレリオは…いいか、放っておけば…」

大尉がすこし呆れた風に言った。さっきトイレに行くと言った男のこと?

そう思っていたら、唐突に部屋に声が響いた。

「待った!カレン少尉、俺が、オメガ隊のヴァレリオ・ペッローネ曹長だ。

 以後よろしく頼むぜ…あんたのことは、俺に任せておきな!」

ヴァレリオ、と名乗った男は、壁に持たれて何やら物憂げな表情で私をじっと見つめてきている。

「あぁ、あいつは一種の病気なんだ。ほっといてくれていい」

「誰が病気だ!ダリル!」

「お前、アヤがいないからって調子に乗ってると、あとで痛い目に遭うからな」

「うぐっ!」

なるほど、こっちは本当にナンパ男、ってわけね。軽くあしらっておくのが正解みたい。

「それから!最後が自分です!デリク・ブラックウッド曹長です!よろしくお願いします、カレン少尉!」

最後に残った、あの若い子がハツラツとした笑顔で私に言ってきた。人懐っこい感じのする、好感の持てる子だ。

どこか、エルサに通じる人当たりの良さがある。悪い子ではないだろうね。
 

645: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:20:55.04 ID:2m01vITKo

 「これが、今いるメンバーだな。あとは、アヤってのと、マライアってのがいるんだが…と、戻ってきたか?」

大尉がそう言いかけて、ふっと顔を挙げた。表でエンジン音が聞こえる。

そうしているあいだに、バタン、と勢いよくドアが開いて、飛行服に身を包んだ女性が姿を現した。

傍らには、なぜかヘッドロックを決められている金髪の女の子が悶えながら引きずられるようについてきていた。

「いやぁ、ひどい目にあったよ!」

「ははは、随分と早いお帰りだな。海水浴はどうだった?」

「どうもこうもない、捜索隊のやつらがのんびりしてたせいで、すっかりクタクタだよ!」

「アヤさん!痛い!離してってば!」

女性は、ダリル少尉と話しながら大げさに笑う。

ヘッドロックされていた子に抵抗されて、思い出したように彼女を開放してから、私に気づいた。

「あぁ、このうるさいのが、アヤ・ミナト少尉。うちの問題児でトラブルメーカーだ。

 もうひとりは、マライア・アトウッド曹長。デリクと同じく、見習いだ」

大尉がそう私に説明してくれる。それからアヤ・ミナトと呼んだ女性に私を紹介してくれた。

「アヤ、昨日の戦闘でヒヨッコ共を連れてたカレン・ハガード少尉だ。カーターの代わりにうちに来てもらうことにした」

「カーター少尉のことは、残念です。微力ながらお手伝いさせてください」

私は立ち上がってアヤ少尉に挨拶をする。すると彼女はグッと手を突き出してきて、笑って言った。

「あぁ!あんたがそうか!こっちこそよろしく頼むよ!男ばっかでむさくるしくてたまんなかったんだ!」

私がその手を握ったら、アヤ少尉は、まるで太陽のように明るい笑顔で笑って私の手をギュッと握り返してきた。

―――歓迎するよ!カレン!

 気のせいか、アヤ少尉の声が頭に響いてきたような、そんな暖かい心地が、不思議と私の胸に訪れていた。                                                                                                       


  

646: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:21:27.26 ID:2m01vITKo
                                                                                                   



 それから私は、歓迎会とアヤ少尉とマライア曹長の帰還祝いと、

カーター少尉の弔い会という名目で隊のみんなと軽く酒を酌み交わした。

たぶん、飲んで騒げれば理由なんてどうでも良い人達なんだろう。

 特に騒ぐことが好きというわけではなかったけど、

アヤ少尉がダリル少尉とフレート少尉に羽交い絞めにされたナンパのヴァレリオにドロップキックを見舞ったり、

それをけしかける他の部隊員の様子を見てたら、笑いをこらえきれなかった。

 夕方前にはお開きになって、私はそのままアヤ少尉とマライア曹長に連れられて女性兵士用の兵舎を案内されていた。

「アタシとマライアの部屋はとなりだから、なんか困ったら言いに来てくれよな」

アヤ少尉は、最初の時と同じ、あの明るい笑顔で私にそう言ってくれる。なんだろう、この感じは。

不思議と、胸の奥が暖かくなるような、そんな心地だった。本当に、不思議なんだけど…

 自己紹介が終わってから、短い時間で隊についての説明を受けた。

ここのところ、このジャブローにはジオンのあの航空空母が爆弾を満載して爆撃にらしい。

でも、ジオンはこのジャブローの位置を正確につかめてはいないようで、それはてんで的外れだったりしているようだ。

ただ、要所に危険が迫ったときにだけ迎撃するんでは位置をバラしているようなもの。

ジオンが爆撃に来るたびに、戦闘機隊は大挙して迎撃に向かっているって話だ。

それが、もれなくこれからの私の任務になる。

カーターって人が死んでしまった影響で、隊の構成の変更も同時に知らされた。

私は、このアヤ少尉の率いる第三小隊に編入されることになった。

正直にいえば、指揮官でなくてほっとした。

私が指揮なんてすれば、ベネットやあのヒヨッコたちのような目に合わせかねない。

このアヤって少尉がどれだけできるのかは分からないけど、ユディスキン大尉は信用して良い、と言っていたし、

私自身も、この砕け切ってはいても、芯の通った雰囲気を持つ彼女を信頼できた。

 「なにか分からないことあるかな?」

アヤ少尉が部屋や兵舎の説明をしてから私に聞いてくる。私はハッとしてアヤ少尉に視線を戻して

「いいえ、大丈夫。ありがとう、アヤ少尉」

と返事をした。すると、彼女があからさまに不快だ、という表情をして私に言ってきた。

「少尉、だなんてくすぐったいからやめてくれよ。アヤでいい。アタシもカレン、って呼ばせてもらうからさ」

それでも彼女は最後には笑顔になっていた。

「うん、ありがとう、アヤ」

そう答えてやったら、彼女は満足げな笑顔を見せた。
 

647: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:21:57.30 ID:2m01vITKo

 「カレンさん!私も、マライアでいいですからね!」

不意に、アヤにくっついていたマライアがそう言ってきた。ニコニコして、まるでしっぽを振ってついてくる仔犬みたいな子だ。

「うん、マライアもありがとう」

私が礼を言うとマライアは嬉しそうに

「でも、なんだか楽しみ!第三小隊は、女子チームになったんだもんね!これできっと、連携はばっちり!」

と言ってクスクスと笑う。

「まぁ、カレンの腕は言わずもがなだろうけどさ。マライア、あんたは足引っ張るなよな!」

「えー!?ちゃんと機動見せてくれれば覚えるから大丈夫!」

「ったく、泣き虫マライアが言うじゃないか!」

アヤがそう言うが早いか、マライアの頭を小脇にはさんでヘッドロックをかける。

「ぎゃぁぁ!痛い!痛いー!カレンさん、助けて!」

マライアは本当に助けてほしいのかどうなのか、楽しそうにそう叫び声をあげた。

そんな様子に、私はまた、クスっと笑ってしまう。本当に、どの人も賑やかで、大尉が言ったように変わってる。

でも、悪い隊じゃなさそうだね。私はそう思って、心のどこかで安心した。

 それからアヤとマライアは、私の部屋でひとしきり騒いで出て行った。

私もその日はすぐに身支度をしてベッドに入った。

 そして、今朝から、私はオメガ隊の一員として空に上がっていた。

私の腕を見るためと、それから、編隊機動の訓練だ。

 眼下には、鬱蒼としげるジャングル。中央アジアやアフリカ北部のような荒涼とした景色はどこにもない。

それは私にとっては、少し安心できることだった。

あの黄土色に乾いた大地を見下ろすと、また、ここへ来たときのような思考の連鎖にとらわれてしまいそうな気がしていたから。

 <よーし、野郎ども、準備いいか?>

ふと、先ほどから姿の見えない大尉の声がした。いや、姿が見えないのは大尉だけじゃない。

私達はこの空域で、小隊単位でバラバラに散らばって飛んでいた。

お互いの位置報告がないのを見ると、これも訓練の一環なんだろう。

<準備はいいけど、アタシは野郎じゃないって何度言えばわかってくれるんだよ隊長>

<似たようなもんじゃねえか、アヤ>

<ちょ!あたしもいますから!あたし、アヤさんよりもちゃんと女の子っぽいよ!>

<よし、マライア。あんたは後でコブラツイストな>

<しまった、ヤブヘビだ!>

訓練のときも、この調子ね。嫌いじゃないけど、すこし心配…戦闘のときは、引き締めてくれるといいんだけど…

 <よし、まずは第三小隊が仮想敵だ。第二小隊がかかれ。俺たちは上から見物だ>

大尉ののんびりとした指示が聞こえる。戦闘機動訓練なんて、と思うところもある。

モビルスーツ相手にはこんな訓練よりも、対地攻撃をメインにした方がいいとは思うんだけど…

今日のところは、私の様子見もあるようだし、

それに、ここではまだ、モビルスーツよりもあの空母と空母から出てくる頭でっかちの戦闘機がメインだって話だし、

とりあえずは、ってところかな…。
 

648: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:22:43.71 ID:2m01vITKo

<了解。カレン、マライアはまだ日が浅いんだ。悪いけど、見ててやってくれると助かる」

「了解、小隊長。目を離さないようにしておく、先導は任せるよ」

<よろしくお願いします、カレンさん!>

私達はそう言葉を交わした。

 <よぅし、アヤ!吠え面かかせてやる!>

無線からダリル少尉の声が聞こえた。

<はっ、冗談止せよ!負けた方が例のやつ、だからな!>

<望むところだ!>

ダリル少尉の言葉に、アヤがそう言い返す。相手はダリル少尉の率いる第二小隊。

少尉と、それからあのナンパのヴァレリオにマライアと同じ見習いのデリク、って子のはず。

お互いの位置を分からなくしてあるのは、索敵から訓練、って意味合いみたいね。

私は、キャノピーの外へと目を向ける。とにかく、ヘマをして白い目で見られたり、居づらくなるのはごめんだ…

せっかく大尉に拾ってもらったんだから、良いところを見せないと…

そう思うと、何かに迫られるような圧迫感が私の胸にこみ上げた。

私はそれをなんとか追い出そうと深呼吸を繰り返すけど、思うようにいかない。

緊張か…いや、これはもっと違う感触…きっと、怖いんだろう…自分自身を値踏みされて、

また、認めてもらえなければどうしよう、と、心のどこかに植え付けられた感覚が、古傷が開くみたいに疼いているように思えた。

 <妙だな…姿が見えない…マライア、そっちどうだ?>

アヤの声が無線に聞こえる。私は、ハッとして辺りをもう一度見回す。確かに、ダリル少尉の隊の機影はない。

そんなに広い空域ってわけでもないから、少し飛べばどこかでは視界に入ってくるはずだと思うんだけど…

<こっちも、見えない。カレンさんはどう?>

マライアが私に聞いて来た。

 私にも見えない、そう言おうとして、ふと、見えない敵の違和感の可能性が、頭の中でひらめいた。もしかして…!

<ちっ!カレン、マライア!散開!散開しろ!>

私が気づくのとほとんど同時に、アヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は、スロットルを押し込み“敵”から遠ざかる上昇機動を取って、高度を上げてから見下ろした。

そこには、私達よりもはるかに低い高度で私達を後方から追いかけて来ていたダリル少尉の編隊が居た。

<えー!嘘!反則だよ!>

マライアの悲鳴が聞こえる。

危なかった…あと1分でも気づくのが遅かったら、確実に摸擬射撃で撃墜されていた距離だ。

<マライア!カレンに着いて行けるか!?>

<えっ…カレンさん、どこ!?>

なるほど、私の機動を追えてなかった、か。本当にまだ見習いらしいね。

「上だよ、マライア。そのままスライスバックはマズイ。シャンデルで上昇しな!私が援護する!」

<あ、いた!了解です!>

<よし、マライアを頼む!アタシが引き付けてやる!>

マライアの返事に、アヤが反応した。

アヤはマライアのようにスライスバックの機動を取っていたけど、“敵”の位置をつぶさに確認していたんだろう。

すぐさま急旋回に入って、“敵”の後ろへと迫っていた。それなら私は、頭を押さえる!
 

649: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:23:16.36 ID:2m01vITKo

 私はインメルマンターンを終えた機体をすぐさまスプリットSで降下させる。

その途中で機体を裏返し左へ、水平方向の急旋回軌道を取る。そこで、上昇してきたマライアが見えた。

下からこっちへ目がけて駆けあがってきている。

「マライア!そのまま私の後ろへ!」

<はい!>

速度と旋回角度を緩くして、マライアの合流を待つ。するとすぐに

<着きました!>

と報告が来た。眼下では、ダリル隊がアヤの接近に気付いて、編隊のまま回避行動のために旋回している。

こっちの出方を待ってる、って印象だ。向かう先を押さえて、アヤに後を託すのが上策、かな…

 そう思っていたのもつかの間、ダリル小隊は突然散開してそれぞれがバラバラに上昇を始めた。

しまった…狙われるのは、私達!

「マライア!インメルマンターン!」

私はそう怒鳴りながら機体を急上昇させる。

操縦桿を固定しながら後ろを振り返ると、私達の機動に、3機は食らいついてくる。

でも、距離はある…これなら、行ける!

「マライア!着いて来てる!?」

<はい、大丈夫!>

「ターンの頂点で、背面のままスロットルを落としてブレーキを掛ける!慌てずに、私の機動を良く見て、着いて来て!」

<え?!えぇっ!?>

そんなマライアの叫び声を聞きながら、それでも私は機体を引き揚げて、背面飛行の状態になる。

「行くよ、マライア!」

そう声を掛けながら、私はスロットルの脇に付いたボタンを押しながらレバー自体も手前一杯に引っ張って、

操縦桿をさらにグイっと引き付けた。体にGが掛かり、シートに押さえつけられる。

でも、その操作で機体は失速ギリギリのところで真下を向いた。

その真正面に、こちら目がけて上昇して来ようとしているダリル小隊の背中が見えた。

<うわっ…うわわっ!なに、今の!?>

私はマライアの声に構わずに、スロットルを再度押し込んで、訓練用の火器管制から摸擬ミサイルロックを起動させた。

HUDの中にレティクルが灯って、ダリル小隊の1機を捉えた。

と、すぐにその機体が上昇をやめて翼を左右に振りながら編隊から離脱していく。
  

650: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:23:48.25 ID:2m01vITKo

<カレン、ナイス!追いこむぞ!>

「ええ、行くよ!」

アヤの声が聞こえたので、それに返事をしながら私はそのままスプリットSの要領で降下しながら“敵”を追う。

下からアヤの機体が駆け上がってきている。と、残りの2機が二手に分かれた。

<カレン、右へ!>

「了解!」

アヤの指示を聞いて私はすぐさま機体を捻って右へと旋回を始めた機体を追う。

<カレンさん!私が行きます!>

不意にマライアの声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ったら、マライア機は私にぴったりとくっついてきている。

まさか、着いて来ていたの?!見習いだなんて、ずいぶんな言い方…あの機動、私のとっておきだったってのに…!

「気を付けて、マライア!」

<了解です!>

そう言うが早いか、マライアはハイヨーヨーで“敵”に迫って、“撃墜”のマークを点灯させていた。

<やった!デリク機、撃墜!>

マライアの 声が聞こえて来る。

<だぁ、クッソー!>

次いで聞こえてきたのは、ダリル少尉がそう呻く声。どうやら、アヤの方もダリル少尉に勝てたらしい。

これで摸擬戦闘は私達の勝ち、ってわけだ。

<ははは!見え見えだよ、ダリル!ケンタッキーバーボン、約束だからな!>

なるほど、例の、って言うのは、お酒、ね。バーボンのことは知らないけど、きっと美味しいんだろう。

 それにしても…。これで、私は、少しは認めてもらえたかな…?正直、あのアヤの機動も普通じゃない。

かなり荒削りな戦闘をするけど、まるで敵の動きを読み切ったような動き方をする。あれはすごい才能だ。

それに、私の機動にぴったりとくっついて来たマライアも、ただの見習いとは思えない。

こんな人たちに認められるのは、そうそう簡単なことじゃないだろうけど、それでも、

今日の私は、それなりにうまくやれた気がする。少し、胸を張れる程度には。

<ははは、ダリル隊が負けたか>

大尉の声が聞こえて来る。

<カレンのとんでも機動にやられました…ありゃぁ、一体どうやったんだ?気が付いたら機首がこっちに向いてやがった>

「終わってから、ゆっくり説明するよ、ダリル少尉」

私はそうとだけ答えるとダリル少尉はまたうーと唸った。

<とにかく、負けは負けだ。隊長、仇討ち頼みますよ>

ダリル少尉の言葉に、私はハッとした。そうか、このあとは、あの大尉の小隊とやりあうんだ。

小隊編成については、昨日説明されたとおり。大尉の小隊は、いわば主力の攻撃小隊。

第二小隊と第三小隊は、基本的に主力の第一小隊の援護が仕事だ、と言っていた。

大尉に、副隊長のハロルド中尉、それからエースのフレート少尉に…あれ、えっと、もう一人は…誰だっけ?
 

651: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:24:15.74 ID:2m01vITKo

 <カレン>

そんなことを考えていた私の前に、アヤがそう声を掛けながら降りてきた。

<ここからが本番だ。気を引き締めてかかろう。隊長に勝てば、バーボンに高級ステーキが付いてくることになってんだ>

アヤの、楽しげな声が聞こえて来る。

なんだか、それを聞いていたら私も不安な気持ちがなくなって、思いがけずに笑ってしまっていた。

「ふふふ、ご褒美、ってわけね。良いよ、やってやろうじゃない」



 

652: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:24:42.59 ID:2m01vITKo




 訓練が終わったのは、夕方近かった。私達は結局、大尉たちの小隊には勝てなかった。

ファーストコンタクトで、フレートとベルントに挟まれたマライアがやられて、

私とアヤとでしばらく奮戦していたけど、アヤが隊長にへばりつかれてしまってからは、

私には残りの3機が群がってきて、とてもじゃないけど、手に負えなかった。

摸擬戦闘が終わってからは、対地攻撃機動の編隊訓練を行って終了。

それでも、ジャブローに戻ってきたのは、夕方近かった。

 格納庫から揃って軍用車でオフィスに戻り、そこでしばらくの反省会をして解散になった。

格納庫で機体から降りてきてすぐに、アヤが私のところにやってきて、あの機動、すごかったな、なんて褒めてくれた。

なんだか、それが素直に嬉しくて、照れ笑いしか返せなかったのが、心残りだった。

オフィスの反省会でも、私の機動について取り扱ってもらった。

そこで私は、今後はモビルスーツ相手の戦闘が主体になってくるから、

あんな機動がどれくらい役に立つかは分からない、と言うほかに、

ムズムズするお褒めの言葉から逃げるすべがなかった。

そんなときになって、自分がいかに褒められてこなかったのか、ってのを実感してしまったのだけど、

でも、彼らに評価してもらえたことは、ひとまず、私にとっては安心できることだった。

 シャワーを浴び終えて部屋に戻って、そろそろ夕食かな、と着替えをしようかと思っていたときに、

コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

私はそう返事をしてドアを開ける。するとそこには、なんだかニヤニヤと嬉しそうな顔をしたマライアの姿があった。

「マライア、どうしたの?」

私が聞くとマライアはなんだか一人で楽しそうに

「ねね、カレンさん、夕食まだだよね?」

と聞いて来た。まだも何も、兵舎の食堂で夕食が始まる時間まで、まだ10分はあると思うんだけど…

そんなことを思いつつ、

「うん、まだだけど?」

と答えたら、マライアはなおも嬉しそうな顔で

「あぁ、良かった!あの、ピザをいっぱい頼んだから、一緒に食べませんか?!」

なんて言ってきた。ピザ、って、ここ、軍の基地だよね…?デリバリーしたって言うの?

この地下基地のためのショッピングモールやらなんてのがある、って言うのは、昨日基地に来てすぐに聞いたけど…

まさか、そんなものまであるなんて、ね。さすがは本拠地。モグラの上層部の皆さんは、考えることが違うらしい。

撤退生活の間は、食べる物も食べられないかもしれない、なんて思っていたのに、ね。

まぁ、でも、そんなことを言ってしまうよりも、今はこのかわいい仔犬ちゃんのような凄腕パイロットのお誘いに乗ってみたい。

ふと、そう言えば、これまで誰かに食事に誘われたことなんて、ほとんどなかったな、って言うのを思い出す。

それこそ、撤退の最中にエルサに食堂へ誘われたくらいなものだったかもしれない。

エルサ…そう言えば、エルサの兄貴、もうここに到着していてもいい時間だな…どこかでちゃんと再会できていると良いけど…
 

653: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:25:09.76 ID:2m01vITKo

 そんなことを考えていたら、いつの間にかマライアが不思議そうに私を見つめていた。

そのことに気が付いて、私は慌てて

「あぁ、ごめんごめん。迷惑じゃなければ、ご一緒させて」

と返事をしてあげたら、マライアはまた嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 それから髪だけ結わいてすぐにマライアに連れられて、隣の部屋へと案内された。

部屋には、どこから持って来たのか円形のローテーブルが置かれていて、

その上にピザの箱が3つとビールの缶にバーボンらしい瓶も並べられている。だけど、アヤの姿が見えない。

マライアを見やったら、彼女も不思議そうに首をかしげて

「あれ、アヤさんどこ行っちゃった?今さっきまで居たのに…」

なんて言っている。

「おっと、悪い悪い」

急に声がしたと思ったら、アヤがドアを開いて部屋に入ってきた。

手には小さなボウル皿を2つ持っていて、小脇に大きめのクッションをいくつか挟んでいる。

「キムラのオッチャンにサラダねだりに行ってきた」

アヤはニヒヒと笑いながら、私に手に持っていたボウル皿を渡してきた。

確かに、中にはポテトサラダに、レタスに玉ねぎのスライスとトマトの乗ったサラダが盛り付けてあった。

「キムラ?」

私が聞くと

「あぁ、食堂の厨房にいる、キムラ給仕班長。大尉、だったかな?人の好いオッチャンなんだよ。

 その下のタムラって中尉のオッチャンの料理はやたら塩っぱいんだけど、キムラのオッチャンのはなんでも旨いんだ」

とアヤは悪びれる様子もなく、そう言う。そうじゃないか、とは思っていたけど、いくら所属が違うからと言って、

大尉をオッチャン呼ばわりするなんて、何と言うか、細かいことを気にしなさそうな、彼女らしい。

そう言えば、一昨日大量に酒を頼んだら何も聞かずに持って来てくれたのも、大尉の階級章をつけた中年の男だった。

あれがそのオッチャン、だったのかな?

「来てくれてありがとな!今日は小隊発足後の初訓練、初勝利の祝勝会だ」

「ふふふ、理由はどうあれ、騒ぎたいだけでしょ?」

「あはは!バレた?まぁ、いいじゃんか。ほら、座ってくれよ!」

アヤは豪快にそんなことを言いながら、持っていたクッションを床に置いてくれる。

私はボウル皿をマライアに渡して、そのクッションの上に座り込んだ。
 

654: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:25:44.31 ID:2m01vITKo

 「カレンさんは、ビールで良いですか?」

「あぁ、うん」

「アタシ、どうしよっかな。ダリルにもらったバーボンにするか…

 いや、まだ早いな。まずはビールからにしとこう。バーボンは食後だ」

 私達はそれぞれの缶を手に持って栓を切り、乾杯をしてささやかな祝勝会を始めた。

 アヤがケタケタと笑ってマライアをからかっては、マライアが笑ったり怒ったりを繰り返す。

昨日の歓迎会でもあったやり取りなんだけど、二人のそんな様子はどうしてか幸せそうに見えて、

二人の姿が、エルサと彼女の兄貴の姿に重なって見えた。

まるで本当の姉妹みたいだな、なんて、そんなことを思わされるくらいだ。

 アヤは、本当に豪快で勢いに任せて動くタイプに見える。だけど、今日一緒に飛んでみて、分かった。

豪快に見える部分の裏には、すごく緻密に物事を考えられるところがある。

勢いで動くのは本質なんだろうけど、でも、単純な無鉄砲って言うわけじゃなくて、

その場その場で、臨機応変に物事に対応できる柔軟さと、

“今”に対応しながら“これから”の対策を打てる、早くそして冷静な思考が出来る力を持っている。

それはきっと、刻一刻と状況の変化する戦場では、何よりも重要な能力の一つだろう。

それに、こんなに横柄な性格なのに、どうしてか憎めない、

ううん、それどころか、引き寄せられるような優しさと明るさを持っている。

そばにいるのが、無条件で心地良くなるような、そんな感じがする。

 マライアは、新米の見習いのはずだけど、今日の反省会でもアヤが言っていたように、

たぶん、空戦の才能は誰よりもあるんだろう。それは、私が見ても明らかだった。

一度見た機動は何か説明をする前からすでに身に着けることが出来る。

もちろん、相手が見知らぬ機動をした際の対応も早い。

それは、単純に技術力によるものだけじゃなく、私には本当に才能と言うしかないくらいの、

感覚的な認識能力に寄る物なんだろうと思える。

ただし、アヤが「ビビり」だと繰り返し言っていたように、いったん状況が悪くなると、

思考が固まって身動き出来なくなる様子を、大尉達の小隊とやりあっているときに見かけた。

あの感じは、ベネットの様子に似ていて、あいつのことを思いだしてしまって、胸が痛んだと同時に、

アヤがしきりに私に言ったように、守ってやらなきゃいけない子だと思わせた。

 二人とも、タイガー隊にはいなかった、不思議なパイロットだ。いや、二人だけじゃない。

オメガ隊にいる皆が、これまで私が出会ってきた人たちとは、どこか違う印象を私に与えてくれていた。

うまく説明はできないけど…まるで、ずっと一緒に空を飛んでいた仲間だったように思わせてくれる、と言うか…

「そういやさ、カレンのあの機動、反省会でチラっとだけ聞いたけど、いまだに動き方がわかんないんだよ。

 もう一回教えてくんないかな?」

ビールをあおりながら、アヤがそんなことを聞いて来た。私は我に返って

「あぁ、うん」

と返事をしてから、あのときの動きについて説明を始める。
 

655: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:26:15.44 ID:2m01vITKo

「まずは、上昇をするでしょ。そのときに後ろをみやって、敵との距離をだいたい図る。

 ターンの終わり直前くらいに、敵が上昇の機動に入るくらいの距離があれば、

 あとはそのまままずはブレーキをかけて、スロットルを引いて…それから…」

「あぁ、ちょっと、待った」

説明の途中でアヤがそう言って立ち上がる。何かと思ったら、アヤは自分の机から戦闘機の模型を2つ持って来て、

その一つを私に手渡してきた。

「アタシが追っかける方な」

アヤがそう言う。こんな席で機動イメージの教導なんて、彼女にはマジメな部分もあるのかな。

そんなことを思ったら、なんだか可笑しくなってしまって思わず笑顔になる。でもそのまま私は動きの解説を勧める。

「で、インメルマンターンならここで水平に戻すけど…

 敵との距離感にもよるけど、背面飛行のまんま、敵の動きを見ながらブレーキをかけて、

 スロットルを引っ張って速度を落として、そうしながら操縦桿をいっぱいに引き起こす…

 敵がそのまままっすぐ上がってくるようなら、そのままの慣性でクルっと回れる」

私はそう言いながら、模型の真ん中を持って、そこを中心にクルっと回転させて見せた。

すると、それを見たアヤがうーんと唸る。

「あぁ、なるほどなぁ…コブラ機動を背面でやるイメージか…」

「だいたい、そんな感じよ。機体が翻って敵を補足したら、スロットルを押し込めばスピードも戻せる」

私が言うと、彼女は自分の持っていた模型を子どもが遊ぶみたいに目の前でくるくると飛ばせてから、

「な、それ、もし敵がまっすぐ上昇してこないで旋回とかシャンデルかなんかに移行したらどう対応するんだ?」

と聞いてくる。

「あぁ、それはね。操縦桿を倒すのもそうだけど、ヨーが有効。

 敵が旋回した方向のペダルを踏み込むと、そっちだけに抵抗が掛かるから機体が自然にロールしてくれる」

私が言うと、アヤは

「あー!そうか、なるほどなぁ…!」

なんて、感心した様子で膝を叩いた。それからマライアを見やって

「あんた良くこんなこと咄嗟にやったな!」

と驚いている。

「それね、あたしも良くわかんなくって。

 とにかく、カレンさんにくっ付いて行かなきゃ、って思ったら、フワっと機体が返ってさ」

「フワっと、ねぇ…確かにあれは、木の葉がフワフワって舞うのに似てたなぁ…」

マライアの言葉に、アヤはまた感心したようにうんうん、と何度もうなずいた。

 あの動きは本当に私のとっておきだったから、褒めてもらえるのは嬉しいのだけど、

ここまでベタ褒めされると、やっぱり正直照れくさい。何とか話題を変えようと思って私は今見ていた様子を二人に伝えた。
 

656: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:26:42.62 ID:2m01vITKo

「二人とも、本当の姉妹みたいだね。仲が良い」

すると、アヤとマライアはなんだか嬉しそうに顔を見合わせて笑った。それからマライアが言った。

「アヤさんはね、私のお姉ちゃんなんですよ!死んじゃったお姉ちゃんと同じくらい好きなんです!」

死んじゃった、お姉ちゃん?私は、その言葉に一瞬、体を固めてしまった。

まずいことを聞いてしまったんじゃないか、って言うのが最初の想い。私も家族を亡くしてるから、分かる。

思い出すだけでも、辛い筈なのに…

 でも、そう思っていたらアヤがヘラヘラっと笑って

「まぁ、そうだな。隊は家族だ。

 ま、アタシなんか家族ってどんなか知らないで育ってるから、本当にそうだ、なんて言いきれないんだけどな」

と言ってから、私の目をジッと見つめてきた。その眼は、私に言っていた。大丈夫だよ、そんなこと。

気にしないよ、って…。

 「カレンさんは、ご家族とかはご無事なんですか?」

不意に、マライアがそう聞いて来た。

アヤも、私のことに興味があったのか、グッと前のめりになって、私をジッと見つめてくる。

 思い出したくはないけど、でも…

二人の話を聞いて、私自身が、今までのことをこらえきれない状態になってしまっていた。

ハラリと、涙が頬を伝った。それを見た、マライアがギョッとした表情を見せる。

アヤは、と言えば、私を見つめた表情のまま、かすかな、でも安心できる表情で、私の言葉を待ってくれていた。

「あっ、あっ…その、えっと、ごめんなさい、あたし、その…」

マライアがそう謝ってきた。。

 正直、思い出したくもない、そう思っていた。

家族のことだけじゃない、死なせてしまった隊長達、バイコヌールにオデッサに、カイロにトンポリ基地の職員…

死なせちゃった、ヒヨッコの10機に…ベネットも…声が、頭の中に生々しく思い出される…

コロニーが落ちる直前に、母さんの掛けてきた電話の声…オデッサ基地の陸戦隊の声、隊長の最後の言葉…

カイロの基地長が、ヒヨッコ達を私に預けてくれた時の言葉も、トンポリの基地司令の私達を気遣う言葉も、

ヒヨッコ達が墜ちて行くときの叫び声…ベネットの、悲鳴…

 私は、いつの間にか自分の腕で身を抱いて、ブルブルと震えていた。

私は、私は、守れなかった…なにも、誰一人、大事な人を…守らなきゃいけない、ってそう思っていたのに…

死なせたくなんてなかったのに…!そんな感情が、嗚咽になって喉からあふれ出てくる。

嗚咽と涙を止めたくて、私は、口を手で覆って、もう片方の腕を目に押し付けていた。

こんなの、ダメだ…こんなの、誰かにみせちゃ、ダメなんだ…
 

657: ◆EhtsT9zeko 2014/06/18(水) 00:27:12.37 ID:2m01vITKo

 ふと、何か、温もりが私の額に触れた。

ハッとして顔を上げるとそこには、さっきまでと同じ表情のまま、

アヤが、私の前に跪いて、その手を私の額に押し当ててくれていた。

私と目が合ったアヤは、そのままその手で、私の額を前髪ごとごしごしと擦ってから、笑って言った。

「カレン…あんた、そんなにいろんなこと、我慢しなくたっていいんだぞ…アタシらは、同じ隊の仲間だ。

 アタシにとってみれば、家族なんだ。

 アタシの知ってる家族は、辛いのも悲しいのも、嬉しいのも楽しいのも分け合って行くものだって思ってる…

 だから、聞かせてくれないか?あんたの家族のことも、これまでのことも、全部、全部さ」

隊は、家族…分け合うのが、家族…?私の気持ちを、あなたは分けて欲しいって、そう思ってるの?

こんな、身を裂かれそうな感情を、受け止めてくれる、って言うの…?

 そんな言葉は、生まれてこの方、聞いたことがなかったような気がした。

私は、あの家に生まれて、自分を認められなくて、辛くても、それを言えば叱られて…

タイガー隊でも、こらえきれなくなった気持ちを表現すれば、隊から浮いちゃってた、って言うのに…

あなたは…ううん、私は、あなたに今の気持ちを、話しても良いの…?

「良いの…?」

「あぁ、うん…そうしてくれると、嬉しい」

「だって…そんなの…もしかしたら」

あなたに嫌な思いをさせるかもしれない…私の甘えだと、そう思うかもしれない。

情けない、半人前の私が、すがっているだけだって、イラつかせるかも知れない…それでも、あなたは…

「大丈夫、アタシの価値感で話を聞くつもりはないよ。

 アタシは、あんたがどんなことを感じて来たかが知りたいんだ。

 どうしてあんたが、そんな風に我慢しなきゃいけないのか、どうしてそんなに、いろんなものを溜めこんでるのかを、さ」

アヤはそう言って、また、私の頭をクシャっと撫でた。

 もし…もし、私が、彼女に、この目の前の、暖かい女性に何かを…私の気持ちの欠片でも託していいんだったら…

私は、私は…

「…聞いて、くれる?」

私は、気が付いたらそう口にしていた。

「あぁ、うん、もちろん」

アヤはそう言って笑顔を見せてくれた。

「あっ、あたしも!」

マライアもなんだか半べそになりながら、それでもそう言ってくれる。

 おかしいな…なんだか、そんな言葉だけで、そんな笑顔や泣き顔だけで、

どうしてこんなに胸が軋むんだろう、暖かい感情がこみ上がって来るんだろう…

 私は、震える唇を一度だけかみしめて、全身の力を抜いた。そして、私は、私の人生の話を始めた。

今まで、誰にも話したことのなかった、誰にも受け入れられなかった、受け入れてもらえると思わなかった、私の想いを。


  

666: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:32:03.70 ID:/JNOwWKvo




 ガツン、と衝撃が走って、私は目を覚ました。

 何かと思ったら、マライアの腕が私の頭に降ってきていた。

「もう…」

私はため息を吐きながらマライアの腕を押し戻す。と、大きなあくびが出た。

時計を見やると、時刻は深夜の3時を回っていた。

 私はあれから、アヤとマライアに、家のことや、ここに来るまでの経緯を話した。

マライアは途中でたまらなくなったと言いだして、なんでか私にしがみつきながら、それでも話を聞いていた。

アヤは、ただ、ひたすら私のそばに座って、黙って話を聞いていてくれた。静かに、ハラハラと涙をこぼしながら…

 あんな気持ちになったのは、生まれて初めてかも知れなかった。

その感覚は、今まで経験したことのない、暖かな感情を私にくれた。

どう形容していいかわからないけど、もしかしたら、あれが、安心感って言う物なのかもしれない、なんて、

うっすらとそんなことを考えていた。それは、同時に、今まで経験したことのない、嬉しさでもあった。

 それにしても…私はマライアの寝顔を見ながらこの奇妙な状況に、笑いをこらえきれないでいた。

まったく、いくらなんでも、三人してこんな狭いベッドに寝ることないだろうに…。

私が話を終えて、二人にひとしきり言葉を掛けられてからまた泣いて、

それからはまたマライアとアヤがふざけ合っているのを笑っていたけど、いよいよ寝るぞ、となったときに、

私はマライアに強引にベッドに引きずり込まれた。アヤもそこに無理やり割り込んできて今に至る。

それはそれで、なんだか得体の知れない暖かさがあった。まぁ、正直、寝づらかった、というのも本当なんだけど…

そんなことを思って振り返ったら、そこにアヤの姿はなかった。

それもまぁ、当然だろう。さすがにゆっくり眠れる状況ではない。起きて、どこか別の場所で寝ているのか…

私はマライアを起こさないように気を使いながら、そっと2段ベッドの下からはい出た。

するとどこからか

「どうした?」

と声が聞こえた。振り返って見上げたら、そこには上の段で体を起こしアヤが寝ぼけ眼で私と見つめていた。

「あぁ、さすがに狭くてね」

私が言うアヤは二カッと笑って

「そりゃぁそうだよな。アタシも早々に退散させてもらったよ」

と肩をすくめた。それから頭をボリボリ掻いて、

「マライアの甘ったれにも、困ったもんだ」

なんて、なんだかうれしそうに言った。
 

667: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:32:31.46 ID:/JNOwWKvo

 「今日はありがとう。部屋に戻ってシャワーでも浴びに行ってから寝なおすよ」

私が言うとアヤはクスクスと笑って

「ああ、そうした方がいい。明日は哨戒任務だ。まぁ、出て来てもあの鈍足空母だけだろうけど…

 寝不足だと酔うしな、戦闘機動は」

なんて言う。まったく、その通りだ。

「うん、じゃぁ、また明日ね」

「あぁ、おやすみ、カレン」

「ええ、おやすみ、アヤ」

私はアヤとそう言葉を交わしてドアへと向かって歩く。そして、そのノブを握った瞬間だった。

 まるで耳をつんざくような音量で、部屋の中のスピーカーから何かの音が鳴りだす。

警報音だ、これは!私はそれに気づいてアヤを振り返る。

「空襲警報だ…ジオンめ、珍しく夜襲なんて掛けてきやがったな…!」

そう言ったのもつかの間、警報音に混じって、アナウンスが聞こえてきた。

<こちら、防空司令部。第27飛行師団98戦闘飛行隊、99戦闘飛行隊はスクランブル発進せよ!

 第100戦闘飛行隊、第101戦闘飛行隊は、至急支援準備に入れ!繰り返す…>

 それを聞いた瞬間、アヤがちっと舌打ちをした。101戦闘飛行隊…私達だ!

「ったく、勘弁してくれよな…カレン、アルコール、抜けてるか?」

アヤがそう言いながらベッドから飛び降りてくる。

「えぇ、大丈夫!」

「なら良かった。おい、マライア!スクランブル支援だ!起きろ!」

「ふぇ!?」

私の返事を聞きながら、アヤはベッドに寝ていたマライアを叩き起こす。

マライアも目を覚ました次の瞬間には、このけたたましい警報に気付いたようだ。

「よし、オフィスへ向かうぞ!マライア、走れよ!」

私はアヤの声を聞いてドアを開け放った。そこから3人で走ってオフィスへと向かう。
 

668: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:33:00.84 ID:/JNOwWKvo

 オフィスのドアを開けるとそこにはすでにユディスキン大尉と、ハロルド副隊長、それにベルントの姿があった。

「隊長、状況は!?」

アヤが隊長に尋ねると、彼は眠そうな欠伸を漏らして

「今はまだ情報を収集中だが…31番エリアの観測所が、敵編隊らしき光跡を多数視認しているって話だ。

 いつも通り、例の粒子をふんだんに使ってレーダーはホワイトアウト。夜襲なんて、今回が初めてだが…

 やつら、目視を奪えば、機動力の差を多少は埋められるってことに気付いたらしいな。

 それに、こっちが照準用に監視ライトでも照らせば、地上設備の配置が良く見える。

 敵にもどうやら、地上戦に慣れて来てる人間がいるらしいな。ったく、迷惑な話だ」

大尉がそう言っている間に、他のメンバーも集まる。

大尉はそこで改めて事態の説明をしてから、全員に出撃命令を出した。

 すぐにトラックで格納庫へと向かい、それぞれの機体に乗り込む。

<こちら、オメガ、101戦闘飛行隊だ。司令部へ。情報の確認を要請>

ヘルメットをかぶるや否や、大尉のそう言う声が聞こえて来た。

<こちら防空司令部。現在、上空でヘイロー、ゲルプが敵空母を複数目視している。

 詳細な数は不明だが、中規模編隊以上は確実とのこと。戦闘の空母群は、対空兵器を増設しているとの情報も入っている>

<露払い機の調整をしてきたか…本格侵攻か?>

<現在、統合参謀本部が判断を勧めている>

<はっ!どうせ全員招集するのに1時間はかかる!司令部の意見を聞かせてくれ!>

<こちらでも敵の状況を確認できていない…オメガ隊は、ヘイロー、ゲルプの直掩に付け。

 レイピアに敵状の偵察を指示する>

<こちらレイピア、了解した。レイピア各機へ。任務了解。

 敵の装備、搭載物、軌道を確認し、目的と目標を割り出すよ!>

大尉と司令部との無線に、そう言う女性の声が割り込んできた。レイピア隊…?

そう言えば、ジャブローに来る際に、輸送船団の護衛を交代しに来たのが、この部隊だったはず…

一連の作戦単位なんだろう。

 そうこうしている間に出撃の準備が整った。整備員が格納庫を開いて、機体を次々に誘導していく。

私もエンジンの出力を上げて格納庫から機体を出した。計器も、エンジンも大丈夫…制動板も問題ない。

火器管制もチェック…大丈夫、ちゃんと機能している。
 

669: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:33:28.30 ID:/JNOwWKvo

 <よし、オメガ隊、滑走路に到着。離陸指示を乞う!>

そう言った大尉の声の直後、

<こちら3番エリア管制塔。オメガ隊、離陸を許可する。頼むぞ!>

と管制塔からの指示が無線で入ってきた。

<任せろ、ヘマはやらねえさ。各機、遅れるなよ!オメガ隊、第一小隊離陸する!>

大尉の合図とともに、先頭に位置取っていた第一小隊がバーナーを吹かしてトンネルのような滑走路を走り抜け、

こちらからは見えない空へと駆け上がっていく。それを確認した第二小隊も離陸していった。

<よし、アタシら行くぞ!>

「ええ」

<了解です!>

アヤの合図にそう返事をして、私たちは機体を加速させて滑走路を走りトンネルを抜けた先で空へと駆け上がった。

 私たちはすぐに上空へとたどり着く。しかし、あたりは真っ暗。

キャノピーから見上げたはるか上空に、無数の星が瞬いているのだけが見える。

今日は新月、か…敵も、きちんと日を選んでいるらしい。

地上部隊はまだ、サーチライトを点灯させていないようだ。いや、それもそう、か。

こんな位置でライトを点灯させれば、ここに軍事施設があることがまるわかり。

それはそのまま、地下基地の位置をさらすことに等しい。

対空砲部隊の連中が暗視装置や赤外線カメラで敵を識別して打ち上げてくれれば、多少の援護にはなるだろうけど…

それすら、位置を露見させるリスクがある。可能なら、私たち航空隊だけで処理するに越したことはない…

 北の方角で、かすかに曳光弾の破線とビーム兵器らしい光跡が輝いては消えている。

<こちらヘイロー隊。敵を補足している。方位350から南下中。例のビーム砲の他、対空兵器を増設している気配がある>

先にスクランブル発信していたヘイロー隊の声が聞こえる。これは、私たちを保護してくれたあの体調の声だ。

<こちらレイピア。全機離陸完了。これより方位350へ向けて飛行する。ヘイロー、ゲルプ各隊は援護頼む>

先ほど大尉が少佐と呼んだ、レイピア隊の女性隊長の声が聞こえた。

レイピアは、敵の観察、私たちは、先行するヘイロー、ゲルプの援護、だ。

<了解した。こちらオメガ隊。第一分隊でヘイローを援護、第二分隊がゲルプの援護を担当する。

 こんな時間に、ミノフスキー粒子をバラ撒いて接近してくるような連中だ。作戦の真意がわからん。

 各機、警戒を厳にして任務に当たれ>

大尉はそう言ってから、隊の無線に切り替えて声をかけてきた。

<オメガ隊各機へ。分隊飛行に移れ>

<了解>

各機がそう無線に返事をして、いったん今の編隊を解く。

分隊についても、事前に説明を受けていたし、昨日も飛行機動の訓練の際に、実際に組んだ。
 

670: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:34:09.37 ID:/JNOwWKvo

 私は第二分隊。ハロルド副隊長の指揮下に入って、アヤと私とマライアの第3小隊に、

ダリル少尉を抜いた第二小隊のヴァレリオとデリクが加わる6機編成。

見習い二人を引き受けているとはいえ、彼ら二人の技術は平均的な見習いとはずいぶんと差がある。

前線を戦ってきたパイロットとそれほど引けを取らないはずだ。

それでも、気を使って、らしく、こっちは6機、第一分隊は4機編成だ。

まぁ、向こうは大尉をはじめ、フレートにダリル少尉に…あとのもう一人、腕の立つなんとか、ってパイロットの4人編成。

第一小隊の攻撃的性格をそのままにした分隊だから、それほど心配はいらないだろう。

私にとっては、今はこっちの分隊でしっかりやることが何よりも大事だ。とにかく、マライアとデリクからは目を離さないほうがいいだろう。

そう思ったとき、私の脳裏に、ふっとベネットの声が聞こえてきた。私は首を振ってその声を頭から追い出す。

大丈夫、デリクもマライアも、ベネット以上に腕がいい。マライアの方はベネットに通じる気の弱さがあるけど…

今は、私ひとりじゃない。マライアが信頼しているだろうアヤもいる。あのときのようには、なりようもないんだ。

だから、大丈夫…

 <こちらレイピア隊。敵編隊の高高度上空に到達。各隊へ状況を伝える>

不意に、ブライトマン少佐の声が聞こえてきた。私は集中してその言葉に耳を澄ます。

<敵は、航空空母10機編成。先頭に4機、その後方に、3機編隊が二組、続いている。いずれもV字編隊>

<やっぱそうか…先頭の4機は梅雨払い、後ろの2編隊が主力の攻撃任務を引き受けてるんだろう。

 レイピア1、敵はどの程度の距離で編隊を組んでる?>

<編隊感の距離は、おおむね10キロ…ずいぶんと間延びしているね…>

<ふむ…何か裏がありそうだが…とりあえずは仕事にかかろう。とっととお帰り願うのが一番だ>

大尉がそうとだけ告げて無線を切った。

<了解、こちらヘイロー。迎撃を開始する。オメガアルファ、援護頼む>

<こちらゲルプ隊。こちらも攻撃を始める。オメガブラヴォーの援護に期待する>

先行の二隊がそう連絡を入れてきた。とたん、暗闇に浮かぶ曳光弾の数が増えた。空戦が始まったんだ…こんな暗闇の中で…

<各機へ、こちらブラヴォーリーダーのハロルドだ。夜間戦闘の注意事項、マライア、その1はなんだ?>

<えっと、高度に注意!>

<そうだ。デリク、その2は?>

<敵味方問わず、距離感の誤認に注意!>

<正解だ。目を凝らすんだ。でも、外ばかりじゃなく、計器にも気を配るようにな>

副隊長のハロルド中尉が見習い二人にそう落ち着いて声をかけている。

この中尉も、どこかのんびりした印象の人だったけど、いざ戦闘になると、それが頼もしさに代わるような感覚を持っていた。

 <ハロルドさん、こっちでカレンとマライアを引き受ける。デリクとヴァレリオ、そっちに頼んでいいかな?>

アヤの声が聞こえてくる。分隊内での小隊行動、ね。

確かに、夜間だし、乱戦にならないためにも細かく戦闘単位を確かめておく必要はある、か。

<あぁ、了解した。そっちは任せるよ、アヤ>

<ありがとう。そっちも気を付けてな>

二人が会話をしてる間に戦闘区域が近づいてきている。

まずは、味方機を識別しないと…ミノフスキー粒子でレーダーが効かない。もちろん、IFFもダメだ。

夜間にレーダーもIFFもなしに戦闘をするのは誤射の危険が高まる。それは敵も味方も同じこと。

攻撃にはよくよく注意をしておかないと…
  

671: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:34:59.30 ID:/JNOwWKvo

 <真っ暗だなぁ…確か、暗闇で敵味方を正確に識別できるのは虫くらいだって話聞いたことあるな。ハチとかアリとか>

アヤが呟く声が聞こえてくる。彼女も状況の危険性は理解しているようだった。

<よし、来たぞ!各機、火器管制をチェック!無線連絡を密に!味方に発砲しないように気を付けろ!>

アヤの声が聞こえてくる。敵の放つ曳光弾の明かりがすぐ近くに見えてくる。

こちらの機体には対空ミサイルと50mmのガトリング砲に、ロケット砲が搭載されていた。

対空ミサイルは、赤外線誘導。うまくやらないと敵のエンジンには食いつかないが、

レーザー誘導兵器は照射を担当してくれる人間が同乗していないと正確にロックはできない。

今積んでいる赤外線誘導のミサイルも、昼間はこの地域の高温多湿の気候のせいで、

低高度だととくに誘導性能が落ちると聞かされていたけど、今は夜間だし多少はマシだろう。

 <こちらヘイロー!敵先頭編隊に攻撃を掛けている!こちらの攻撃の合間を縫って、支援攻撃を頼む!>

<こちらオメガブラヴォー、了解した!>

ハロルド副隊長の声が聞こえた。目の前を、曳光弾でもビームでもないない明かりがとびぬける。

味方のエンジン炎だ。

<各機、掃射!>

私はアヤの声を聴いて、敵がいるだろうあたりにトリガーを引いき機銃弾をバラ撒く。

暗闇にかすかな火花が散って、敵がフラッシュのように浮き出てくる。

なるほど、機銃弾でも敵の位置を知らせる目印になる、か。これなら、ヘイロー隊の支援になる。

<マライア、カレン!右旋回で離脱するぞ!>

さらに続くアヤの指示に従い、機体を右へ滑らせて敵から距離を取る。

私たちの回避したのとは逆側から、再びヘイローが舞い戻ってきて敵空母にミサイルと機銃を浴びせかける。

さすがに厚い装甲らしいけど、敵は無茶苦茶に撃ってくるだけ。こっちの攻撃は一方的に命中してる。

 不意に、夜空がパッと明るく光った。振り返ると、そこにはまぶしい炎を吹いて降下していく敵空母の姿があった。

<コリンがとどめを刺したぞ!>

その名は確か、あの日、陸戦隊を守ってモビルスーツと刺し違えたパイロットだったはずだ。

さすが、腕はいいらしい。
 

672: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:35:30.31 ID:/JNOwWKvo

 <マライア!炎を直視するなよ!暗闇の視力を奪われるぞ!>

アヤの声が聞こえる。確かに…私はそう思って、敵から目をそらして暗い夜空を見つめなおす。

そんな私の視界に何かが横切った。今のは…味方?

 「アヤ!今のはどこの隊?」

私はとっさにアヤに聞いた。ヘイローは敵の上空へと抜けて行ったはず。この方向には回避してきていない。

今のはどこから?

<…!?こいつら…くそっ!各隊、各機へ!敵は戦闘機を出してきたぞ!あのデカ頭だ!>

<この状況で敵機だと!?やつら、混戦するのがわかってないのか!>

<敵の狙いだ!やつら、こっちの混乱を誘ってこの戦域を抜けるつもりだ!>

敵の狙いは正確だ。混戦になれば、この暗闇でIFFなしに正確に敵味方を識別することなんて不可能。

そうなったら、私達は戦闘機めがけては引き金を引けなくなる。

それどころか、あの空母を狙うことの危険がともなう。これは、まずい!

 <アヤさん!後方から撃ってきてる!>

<…!?いや、待て…!ヘイロー!こっちは、友軍機だ!>

<オメガか!?くそっ…すまない!>

<おい、違うぞ!それは敵機だ!>

<待てよ、じゃぁアタシらを撃ってきてるのは敵か!?>

私は後ろを見やった。機関砲の発射する炎だけが私達を追いかけてきている。あれは、敵なの!?

それとも、ヘイロー!?

「アヤ!右へ旋回しよう!」

<なに!?なんだって右なんだよ!そっちはさっき敵機がとびぬけて行ったほうだろ!捕まるぞ!>

私の意見にアヤの言葉が聞こえてくる。でも、敵味方を識別する方法がいる…

それなら、ヘイローのいない右へ旋回する必要がある…!

「いいから!ヘイロー隊!こっちは右へ旋回する!」

<了解した!合図で行け!3、2、1、いまだ!>

私はヘイローの合図に合わせて操縦桿を倒しながら怒鳴った。

「マライア、アヤ!」

<カレン!勝手なことするな!>

「だったら、ほかに方法があるっていうの!?マライアを落とさせるわけにはいかないでしょ!?」

私はアヤに怒鳴り返す。
 

673: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:36:08.99 ID:/JNOwWKvo

 <こちらヘイロー!目標は依然、シザーズで回避している!オメガブラボー2、そっちは回避したんだな!?>

<あぁ…くそっ!こっちは回避した!あんたたちの目の前にいるのは、アタシらじゃない!>

<な、なら、行くぞ…撃つぞ…いいな、いいんだな!?>

<マライア!こっちも行くぞ!スライスバックだ!>

アヤの指示に合わせて私も操縦桿を引く。機体が翻り、眼下にどちらかも分からない機体のエンジン炎が見える。

こっちを狙ってきていたやつら、か。

<カレン、あれの後ろにつくぞ!>

「了解、アヤ!」

私はさらに操縦桿を引き続けて、目標の後ろに回る。射程距離だ。

<機銃を使う!ロックしろ!>

アヤの指示を受けて私は火器管制を起動させる。HUD上のレティクルが赤く光って目標をロックする。

そんなときだった。また、悲鳴に似た声が無線に響く。

<ロ、ロックされたぞ!?>

<ちっ!どこから湧いて出た!?>

<アヤさん!>

<あぁ!くそ!混乱しててどっちかわからない…集中しろよ、アタシ!>

アヤの苦しげな声が聞こえてくる。どうする、撃つのか、撃たないのか?今度は向こうに旋回させる?

でも、それでも正確に識別するのは難しい。この混乱で、この数だ。

同じタイミング、同じ機動で動く機体があってもおかしくはない…それなら…

<ヘイロー!こっちは撃つぞ!やられたら、すぐにイジェクションレバーを引け!>

アヤ、撃つ気なの!?味方かもしれないのに!

「待って!アヤ!」

私はそう声を掛けながらアヤの射線の前に出た。

<カレン!何してんだ!>

「待って、アヤ!」

光だ…光がいる。即席でそれをするなら、この方法が一番のはず…!

私はその位置から、敵をロックしたままスロットルを前に押し込んだ。

シザーズを繰り返しながら回避行動をしている目標の編隊がグングン近づいて来て、私はそのすぐ下を潜り抜けた。

さらにバーナーをふかして目標編隊の前を上昇する。

目標の目の前を通り抜ける機動…瞬間的に掃射されればそれまでだけど、でも真下からとびぬけるこの方法なら、

ギリギリまで敵には気づかれないはず…その一瞬だけ、目標をエンジン炎が照らし出せる。

アヤ…彼女なら、その一瞬を見逃しはしないはず…味方を危険にさらさずに確かな識別をするなら…

私ひとりが危険な目に逢うくらい、たいしたことなんかじゃない!
 

674: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:37:03.28 ID:/JNOwWKvo

 私はスロットルレバーについたバーナーのスイッチを押した。

機体が急激に加速して、Gで体がシートに押し付けられる。それでも私は、操縦桿を引き起こした。

目標の目の前を機体が通過する。次の瞬間、アヤの声が響いた。

<マライア!掃射!>

<了解!>

暗闇に曳光弾の破線がとびぬけて、カッと爆発が起こった。

ジオンのあの頭デッカチな戦闘機3機が炎を上げてはじけ飛んだ。

<カレン!あんた、無茶をするな!>

「ほかに味方に安全な識別する方法があったんなら、聞かせてよね!」

<ふざけんな!あんたを守るアタシの身にもなれよ!>

「私を守って他の味方を死なせる気なら、私なんて守らないでいい!」

アヤの言葉に、編隊に戻りながら私はそう怒鳴っていた。

 <ちっ!撃たれた!脱出する!>

<こちらゲルプ4!混戦で…敵空母へ攻撃する余裕がない!>

<こちらヘイローリーダー!司令部へ!サーチライトの点灯を要請する!このままじゃ、攻撃ができない!>

<こちら防空司令部。敵はすでに当基地上空に差し掛かっている。

 サーチライトを点灯すれば、こちらの位置が知られる。同じ理由から、すでに増援も出せない。

 なんとか対応してくれ!>

<くそっ!地上の腰抜けども、無茶言いやがって!>

<こちらゲルプ1、レイピア、そちらから援護はできないか!?>

<こちらレイピア!こっちも敵戦闘機に絡まれて支援できない…!あぁ、もう!ねぇ、レオン!あんた聞いてる!?>

そう鳴り響いた無線に、ダミ声が響いた。

<あぁ、聞こえてるぜ、ハニー!>

<ふざけてんじゃないよ、こんなときに!>

<ははは、すまねえ!で、なんの用だ?>

大尉の声…いや、待って、今、ハニーって、そう呼んだ…?この女性少佐と大尉は、そういう関係なの?

<おい、作戦中にイチャつくなよ、オメガの旦那!なにかアイデアないのか!?>

<防空司令部へ!こちら上空のブライトマン少佐!緊急事態につき、戦闘指揮をユディスキン大尉へ移譲する!>

<こちら防空司令部…了解した。今の無線記録は削除する。ユディスキン大尉、頼んだ!>

<だぁ!ったく、どいつもいこつも!俺が一言か、諾といったかよ!>

<いいからやりな!このままじゃ、後続の空母が何をするかわかったもんじゃないよ!>

なに?これは…どういうことなの?少佐が大尉に指揮権を移譲するって…!?

 

675: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:38:01.67 ID:/JNOwWKvo

 <あー、仕方ねえな…こういうときは、大昔の人間の発想をマネするしかねえ…各機へ、一度撤退しろ!>

撤退!?まさか、この位置でこれ以上引くっていうの!?そんなの、基地を無防備にさせるだけじゃない!

「大尉、本気ですか!?」

私はそう上伸した。でも、私の言葉に答えたのは、大尉じゃなく、アヤだった。

<カレン!あんたいい加減にしろ!いいから隊長の命令に従えよな!>

そうは言われたって、命令の真意が読めない…いったい、何を考えているの、大尉は!?

そう混乱していた私に、無線からまたアヤの声が聞こえてきた。

<カレン、隊長が何を考えてるか、なんて、気に留めるだけ無駄だぞ。

 付き合いの長いアタシでも、直前にならないと未だにわかんないんだ…でも、間違ったことは一度もない。

 だから、頼む、隊長の命令には従ってくれ>

アヤの声は、まるで懇願してくるようだった。でも…本当に、信じて大丈夫なの…?

<…そうだな…位置が位置だ。オメガ、レイピアは方位090へ、ゲルプ、ヘイローは方位270へ退避>

南下を続ける敵の両側へ?敵へ進路を開ける、とでもいうの?それとも、挟撃を掛けるつもり…?挟撃?

そうか…この布陣は…!

<なるほど、ね…さすが旦那だ。さえてやがるな!>

ヘイロー隊の隊長の声が聞こえた。ほかの部隊員も、おおむね大尉の考えていることが理解できているようだった。

<一撃離脱の波状攻撃、か…>

ダリル少尉の声が聞こえた。
 
 そうだ。これは、前世紀に起こった大戦中に、まだ、レーダーも誘導兵器もないころに考案された方法。

敵よりも高い高度から、降下しつつ接近して攻撃をしてまっすぐに離脱する。

それを隊ごとにタイミングを合わせて多方向から波状で攻撃を行えば、こんな闇夜の戦闘でも統制がとれる上に、

敵の混乱だけはあおることができる…

レーダーも誘導兵器も無力化された空でなら、こんな古めかしい戦法でも十分に有効、ってわけか…!

<そうだ。各隊、各機へ。やることはわかるな?最大推力で敵に突っ込んでとびぬけろ。

 連絡を密にとって、タイミングと方位だけには気を付けろよ。敵戦闘機が空母の直掩についている。

 衝突を避ける意味で、発砲はなるだけ早めに行って進路を切り開け>

<ははは!まるで騎士の戦い方だな!なら、一番槍は我がゲルプ騎士団が務めさせてもらおうか!>

<ヘイローはそれに続く。狙いは、先頭の露払い機でいいか?>

<いや、やつらは放っておいていいだろう。後続の空母を先に叩こう。

 何かを仕掛けてくるのなら、あいつらの可能性が高い>

<了解した!ゲルプ隊各機、いったん逃げるぞ!ついてこい!>

<こちらヘイローリーダー!ヘイロー各機、俺たちも行くぞ!ゲルプに遅れるなよ!>

<レイピア隊へ。私たちも行くよ。敵に構わず、速度で振り切りなさい!>

各隊がそう声を掛け合って戦域を離脱していく。
 

676: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:38:35.34 ID:/JNOwWKvo

<アタシたちも行くぞ!カレン、ちゃんと着いて来いよな!>

アヤが棘のある言い方で私のそういってくる。なぜだかそれが、私には腹立たしく感じられた。

いつもの私ならきっと、凹んでしまっていただろうに…

「いちいち言われなくったってわかってるよ!あんたの指揮じゃないんなら、従うにきまってる!」

<なんだと、カレン!>

アヤの怒気のこもった返事を聞いて、私は、後悔した。

また、やってしまった…戦闘のせいで興奮していたというのもあったんだろうけど、

どうしてこうも、私は、自分を孤立させてしまうような物の言い方しかできないんだろう…

でも、そんなことに気落ちしている場合ではなかった。

私はアヤの機体を追って、南下してくる敵から東の方向へと機首を向ける。敵は追ってきていないようだ。

だけど、一息ついている暇もない。これからまだ戦闘は続くんだ。気を抜いて良いわけはないんだ。

 私はそう思って、自分に気合を入れなおした。アヤからの譴責は、降りてから十分に受けよう。

あのときの私の判断は、間違ってはいなかった。もちろん、アヤの判断も当然だった。

だけど、私たちは違う方法を選んで、私は指揮官のアヤの命令に背いて、私自身の方法を選択した。

どうあれ、私に非があるんだ。仕方ない…それを主張したところで、また孤立してしまうだけ…

それなら、私は…自分の感情や発想を押し込めていくしかない。

これまでと、変わらずに…ふぅ、とため息が出た。これが私の生き方、というやつなんだろう。

どうあがいても変えることのできない、私の運命、と言ってもいいのかもしれない。私はそれを、受け入れるしかないんだ。

 無線から、ヘイローとゲルプが攻撃を掛け、効果を上げたという報告を聞きながら私はそんなことを思ってしまっていた。



 

677: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:39:01.58 ID:/JNOwWKvo




 それから、2時間。私たちは敵への攻撃をつづけ、

敵がそれ以上の侵入をあきらめて方向を転換してからしばらくして上がってきた別の部隊に追跡を任せて、

基地の滑走路へと降り立った。緊張感から解放されたことと、戦闘の疲労で体がぐったりとしてしまう。

それでも私は、無事に地上に降り立った9機と一緒連なって、滑走路から格納庫を目指して機体を走らせていた。

大尉が一撃離脱戦法に切り替えてからしばらくして、フレート少尉が敵の弾幕に突っ込んで火を噴いた。

フレート少尉はすぐさま脱出して、無事。少尉の機体は敵の空母をかすめて爆発し、ダメージを与えていた。

彼はすぐさま、地上を警備していた陸戦隊に保護してもらったらしい。

さすがエースと“揶揄”されているだけのことはある。私は、彼が気を噴いた瞬間は気が気ではなかったんだけど…。

 ほかの部隊にも多少の被害が出たらしいけど、幸いなことに死者は出ていないようだった。

撃墜され慣れているのかどうなのか、どのパイロットもイジェクションレバーへの反応が早い。

それは戦闘機乗りの鏡でもある。そしてそれは、私にとっては何よりもうれしい戦果だった。

 機体が格納庫の前に到達した。前の機体に続いて、格納庫へ機体を入れてエンジンのスイッチを切る。

ヒュウン、と空鳴りが聞こえて、エンジンが止まった。ヘルメットを脱いで、ふうとため息をつき、

体を襲うダルさに身を任せる。

 作戦が終わった。戦闘を切り抜けた。誰も、死なずに、無事に戦闘を終えた。

それは、私にとって初めての経験だった。

あの日、バイコヌールでジオンの奇襲にあった日から、どれくらいの時間がかかったのか…

私は…飛び立ったのと同じ場所に、誰一人欠けることなく、帰り着くことができたんだ。

 そんなかすかな充実感を胸に宿しながら、私はキャノピーを開けた。

整備員らしい姿の兵士が、ラダーを掛けてくれる。ベルトをはずしてそのラダーを降りようと思ったとき、

ヒョコっと良く知った顔がコクピットの中をのぞいた。

「少尉!」

「…エルサ!」

見間違うはずもない。それは、エルサだった。

「お疲れ様でした!無事で何よりです!」

エルサが、あの懐かしい笑顔を見せてくれる。

私はさらに胸の内の充実感が膨れるのを感じて、思わず彼女に微笑みを返していた。

「ありがとう、エルサ。あんたこそ、こんな時間に私たちの受け入れを待っててくれたんだね」

私がそう言ってあげたらエルサはエヘヘと笑って

「班長にお願いして、オメガ隊付きの班に配置換えしてもらったんです、昨日付けで」

なんて言ってきた。それから胸を張って

「また少尉の機体の整備をするために頑張って機付き長になりますから、楽しみにしててくださいね!」

とも言う。まったくあんたは、相変わらずだね…なんだかうれしくなってくるよ。

私は思わずエルサの頭をがしがしっと撫でてやってから

「ありがとう。でも、そこをどいてくれるとうれしいな。さすがに地上に降り立ちたい気分なんだ」

と伝えるとエルサはあっと言う表情を浮かべて

「すみません!」

と苦笑いでラダーを降りて行った。私はそのあとをついて機体から降りる。
 

678: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:39:45.36 ID:/JNOwWKvo

 他の隊員も、次々に機体から降りて伸びをしたり、談笑したりしている。こんな光景をみるのも初めてだ。

これが、勝利、ってやつなのかもしれないな…。

 「カレン!」

そんな気分も束の間。そう私を呼びつける声がした。

みるとそこには、目を吊り上げて肩を怒らせながらこっちへズンズンと歩いてくる、アヤの姿があった。

傍らには、彼女を止めようとまとわりついているマライアの姿もあるが、

残念なことに役にはたっているように見えない。

 アヤは私のところに来るなり、私の飛行服の胸倉をつかんで引き寄せた。

「あんた!なんでアタシの指示に従わなかった!?」

「すまないと思ってる…でも、味方かもしれないやつを撃たせるわけにはいかないでしょ?」

私はあのときの判断をそういって説明する。わかってもらえるとは、思えないけど…

「それだけじゃない、その前もだ!敵の前に飛び込むかもしれないあのときの右旋回は、無茶にもほどがあった!」

アヤはなおも私を追及してくる。

「あれは、敵の機動からそう危険じゃなかった。

 リスクを天秤にかけるなら、あのまままっすぐ飛んでいたほうがよっぽど危険だった、ってあなたわからないの!?」

私は思い出していた。

二番目の、敵の姿を照らし出す方法は確かに無謀だったし、

アヤの警告後の射撃なら、たとえ味方でも助かる可能性が高かったかもしれない。

でも、最初のは違った。あの方向にとびぬけた敵機は、こちらに背後を見せていたはず。

それなら、あの方向への旋回もそれほど大きなリスクではなかった。

むしろ、後方にいたのが味方機ではなくて敵機だったら、そちらの方が危険だったに違いない。

 私の言葉に、アヤの顔は一層、怒りに歪んだ。その表情は、寝る前に私に見せてくれたものとは別物だった。

まるで私が憎いみたいに、家族を殺そうとした存在みたいに睨み付けてくる。

「だいたい、指揮はアタシの仕事だ!あんたが勝手なことをすると、マライアが危ないんだよ、わかれよ!」

アヤがそう言った。それは、わかる。でも、アヤ、私は、マライアだけじゃない。

あなたも死なせたくはないと思ってる。そのために、私が危険に晒されることになったとしても、ね。

そう伝えようとした瞬間、すぐそばにいたエルサが大声をあげた。

「ちょっと!あなた、さっきからなんなんですか!少尉の悪口は私が許しませんよ!」

「あぁん?なんだ、あんた?整備兵は黙ってろよ!」

「整備兵は、ってどういう意味ですか?あなた方パイロットは私たちなしでは飛べないんですよ?

 それをご理解されているのですか?

 なんなら、少尉の戦闘機だけ機銃が撃てないような整備でもしておきましょうか?

 カレン少尉は、これまでずっと、私を含めたたくさんの人を守るために戦ってきたんです。

 支援もろくにない、ジオンが攻撃を仕掛けてくる最前線の中を、です!

 あなたたちみたいにジャブローにこもってる腰抜けの兵隊とはわけが違うんですよ!」

エルサはアヤにそうまくしたてた。それを聞いたアヤは、私じゃなくエルサの方へと顔を向けて言った。
 

679: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:40:23.55 ID:/JNOwWKvo

「整備の手抜きをしようってのか?上等じゃないか…そんなのでよく整備兵が名乗れるな!

 あんみたいにえり好みで仕事をしようってヤツが整備して、ちゃんと機体は飛べるのかよ!?」

アヤの言葉に、私は胸の内で膨れ上がる感情を覚えた。エルサが手抜き?エルサが、えり好み?

ふざけるんじゃない…私は、私たちは、この子のおかげで生きてるんだ。この子のおかげで、戦えたんだ!

あの戦場で、レーザー誘導の特性に着目して機体の改造と調整をしてくれなかったら、

この子が私の機体の後ろに乗ってくれなかったら、私も、ヒヨッコ達も、みんなみんな、死んじゃってたかもしれないんだ!

あんたなんかに、この子を悪くれる筋合いはない!

「アヤ、取り消して!この子はそんなことをはしない。この子は誇りをもって整備をしてる。

 私たちを無事に空に上げて、無事に帰ってこれるようにと願ってくれてる。この子を悪くいうんじゃないよ!」

気が付けば今度は私がアヤの飛行服の胸蔵をつかみ返していた。

「カ、カレンさん!アヤさんは、隊の…あたしや、カレンさんの安全のために…」

「あなたもこの人の肩を持つんですか!?小隊長機に乗ってましたよね?この人は!

 危険を顧みないで隊を守ろうとするカレン少尉の動きを理解できない人に、隊を指揮する資格なんてありませんよ!」

「な、なによう、あなた!アヤさんのこと何にも知らないくせに!

 アヤさんの悪口言うんなら、カレンさんの知り合いでも、あ、あたし許さないんだからね!」

マライアがいつにない鋭い目つきでエルサを見やる。でも、今はアヤだ。

「謝って、彼女に。そうでないと、私はあなたを小隊長とは認めない!」

私はアヤにそう言葉を突きつけた。アヤはギリっと歯を食いしばって、私を睨み返してくる。

そして私の飛行服を締め付けていた手にさらにギュッと力を込めて言った。

「いいよ、わかったよ…こういう時は、ウダウダ話し合うより手っ取り早い方法がある」

アヤはそう言って不敵に笑った。アヤの言っている意味は分かる。黙らせるんなら、腕づくで、ってことだろう。

「いいわよ、受けて立とうじゃない。ただし、そっちが負けたら、エルサへの謝罪と小隊長を降りるんだね」

「アタシに挑むなんて、バカにもほどがあるけどな…まぁ、その条件はいいよ。

 アタシが勝ったら以後はアタシの命令には絶対に従ってもらう。それから、そっちの子にアタシに謝ってもらうからな」

アヤが怒りのこもった形相で私を睨みつけてくる。

私も、アヤを目一杯に睨み付けてから、アヤの飛行服を突き飛ばすようにして離した。

アヤも私を小突くようにして開放する。

「ア、アヤさん、それはマズいんじゃないかな…ほ、ほら、みんなもいるし…

 ケンカすることあっても仲間だよ?同じ隊の、ほら、か、家族なんでしょ?」

マライアが猫なで声で急にそんなことを言い出し始める。

でも、アヤは無言でマライアを脇へと押しやって、着ていた飛行服を脱ぎだした。

中からは、白いランニングシャツから覗く鍛え上げられた肉体が姿を見せる。

さすがに、一端のパイロットではあるみたいね。でも、こっちは、私の方もだいぶ心得がある…

小隊長の話は弾みだったけど、エルサへの謝罪はしてもらうからね…泣きを見せてあげる…。

私も飛行服を脱いで地面に放り投げる。そして、アヤに正対する形で睨み付けた。
 

680: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:41:00.05 ID:/JNOwWKvo

「た、た、た、隊長!と、止めてよ!」

マライアが大尉を呼んでそう頼んでいる。すると、はぁ、というため息が聞こえたと思ったら大尉が

「アヤ、カレン」

と私たちを呼んだ。私はアヤに一瞥をくれてから大尉を見やって宣言した。

「止めないでください、大尉」

「隊長、黙っててくれ。アタシの隊の不手際だ、アタシが処理する」

私はアヤと一緒にそう隊長に告げる。すると大尉はまた大きくため息をついてから、ニタリと笑っていった。

「なら、仕方ねえ。3分1ラウンドだ。それ以上は認めん」

大尉はそういうと、サっと手を振り上げた。

すると傍らにいた整備兵の一人が、どこからともなく、紐で吊り下げたレンチを取り出した。

もう一方の手には、リベットの緩みを打ち直すハンマーが握られている。

何事か、と思ったら私たちの間にダリル少尉がやってきた。

「いいか、凶器なし、急所への攻撃はなし、だ」

ダリル少尉はそう言いながら私たちの手を握って上に持ち上げさせ、ファイティングポーズを強要する。

まったく、お遊びじゃないんだ、とは思うものの、

とにかく私たちを守ってくれたエルサへの謝罪はしてもらわないといけない。力づくでも、だ。

 私はアヤを睨み付けた。ダリル少尉がその場から一歩後ろに下がって手を振り上げたと思ったら、

金属のぶつかり合う音が高らかに響いた。あのレンチとハンマーで、ゴング、ってわけね。

そう思いながら私は、ファイティングポーズをとってアヤを睨み付ける。

 アヤは軽く腕と膝を曲げて、微動だにしない。なるほど、カウンターを狙ってくるタイプみたいだね…

なら、先手を取らせてもらうよ!

 私は、息を吐きながらアヤの膝下を蹴り付けた。アヤはそれを、脚を上げて衝撃を逃がしつつ受け止める。

でも、まだアクションは起こさない。ずいぶんと冷静じゃない…でも、これを受けておとなしくしていられる!?

私は続けざまに同じローキックを二発放った。二発ともアヤの膝をとらえて、アヤの顔が一瞬、苦痛に歪む。

次の瞬間、アヤは眼光を鋭く光らせて私に飛びかかってきた。私はアヤの動きに合わせて前蹴りを繰り出す。

でも、アヤはそれを身軽なステップで躱すと、左腕を素早く伸ばして私にジャブを放ってきた。

コンビネーションが来る!私はそのジャブをガードを上げてさばきながらバックステップで距離を取る。

それでも、アヤはさらにもう一歩こっちへ踏み込んできた。さらに左のジャブが私のガードにぶつかる。

ジンとしびれる痛みが、腕に走った。これ以上、踏みこまれたら、右がくる!

とっさにもう一度ローキックを放ってアヤの出足を抑える。

でも。アヤはそれを読んでいたように踏みこもうとしていた右足を引いて、それを軸にさらにもう一発、ジャブを放ってきた。

ローを蹴った瞬間で体の開いていた私の顔面に、アヤの炸裂する。

衝撃で頭がのけぞりそうになるのをこらえる。次こそ、右が来る…!私は体制を整えながら体をそらした。

次の瞬間、アヤの右の拳が空を切った。

チャンスだ!私はぐっと一歩踏み込んで、アヤの顔面に右のフックを叩き込んだ。

ガツンという鈍い衝撃とこぶしの痛みが走る。
 

681: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:41:31.92 ID:/JNOwWKvo

「おぉ!」

「アヤがもらったぞ!」

ギャラリーの歓声を聞きながら私は一気に攻めようとジャブを打っていく。

だけど、それをアヤはまたするりと躱して、私の目を見てニッと笑った。

くっ…!しまった!そう思ったときには、切り返してきたアヤの拳が私の左の頬をとらえた。

脳が揺さぶられる衝撃と痛みが走る。それが、私の闘争心を掻きたてた…この女…!

エルサのことなんて、この際どうでもいい…!どうにかして、地面にはいつくばらせてやる…!

ギリっと歯を食いしばって、私は右の拳をアヤの顔面にたたきつけた。

アヤはそれを避けなかった。ガツンというショックと一緒に、アヤがのけぞる。

でも、脚を一歩引いてこらえると、また、私を見てニヤっと笑う。

 なるほど、わかったよ…そういうのが希望、ってわけね…後悔しても、知らないからね…!

 体制を整えたアヤの拳を私も顔面で受け止める。くっ…まともに食らうと、なんて重さ…

でも…負けるわけにはいかない…この女には、負けたくない…!私はその一心で、またアヤに拳を叩き付けた。

それでもアヤはぐっとこらえて私に拳を返してくる。私が殴りつけるたびに、アヤは私を見て、ニヤっと笑う…

どこまでも、いけ好かない女だよ、あんたは!

私はそれを見るたびにそう思って、アヤに殴られてからもう一度殴り返すけど、その笑みは絶えない。

 もてあそばれてる感じじゃない。アヤも相当、参っているのがわかる…でも、どうして?

どうしてアヤは笑うの…?私を嘲笑しているのかとおも思ったけど、そうじゃない。

その笑顔は、まるで、何かを楽しんでいるような笑みだった。

 ガンっと、鈍い衝撃とともに、アヤがのけぞる。

体制を整え、切れた唇の端から流れ出している血をぬぐいながらアヤが低い声で言った。

「楽しいだろ?」

楽しい…?何が?この女、気でも違ったの?そう思っていた私に、アヤの拳がぶつかる。

もう、かなり危ない状況だ。ダメージもそうだけど、脳しんとうがひどい…いつ膝からくずれてもおかしくはない…

でも、私は気力で体を支えた。

「何が楽しいってのよ!」

私はそう怒鳴りながらアヤを殴りつける。

アヤは顔をしかめて、口の中の唾なのか血液なのかわからないものを吐き出して、また笑って言った。

「本気のやりあい、だ…あんたがやりたがってた、な!」

ガツンと、また衝撃。私の方も、口の中は血だらけだ。それにしても、今の言葉…

私がこんなのを望んでいた、っていうの?こんな殴り合いを?…いえ、違う…本気の、やりあい…?
 

682: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 02:42:33.93 ID:/JNOwWKvo

そう、私は、初めてだ。こんなに、自分の気持ちを表現できるのが…。

私の怒りを、私の感情をここまで真正面から受け止めてもらえるのは…そう、これは、この行為は…

眠る前に話を聞いてくれた、あのときと同じなんだ…彼女は、それをわかって、私にけしかけた、っていうの…?

 そう思いいたった私は、自分でも気づかないうちに、笑みを漏らしていた。

「なに、笑ってんだよ…」

そう言ってきたアヤもニヤニヤと笑っている。

「さぁね…あんたがバカすぎて、笑えて来てるのかも…」

私はそう言い放って、アヤを殴りつけた。それを受けたアヤは、やっぱりなおも笑みを浮かべる。

 あぁ、くそっ…こんな女に…こんなやつに…またこんな気持ちにさせられるなんて…

つくずく私は、ついてるんだか、ついてないんだか、わからないね、本当に…

アヤの拳を受けながら、私は自分の胸の内に湧き起っている感情に気が付いていた。

殴られすぎて、頭がおかしくなったんじゃないか、と思うくらいだったけど、

でも、それは確かに私には感じられていた。

 私は、嬉しいんだ。

こんな私を…真正面から受け止めてもらえることが…私の戦果でも、過去でも、戦闘の技術でもない…

私の感情を、私の存在のあるがままを、このアヤ・ミナトって女が、こんな方法で、だけど、

一歩も引かずに、その体で、その心で、受け止めてくれていることが…

私が、父さんと母さんにしてもらいたかった、唯一の、最大のことを、彼女がしてくれていることが…

それなら、もう少し付き合ってよ…まだ、倒れないでよね…

 そう思って、私が拳を振り上げたときだった。

 ピーーー!という、耳をつんざくような音が格納庫内に響き渡った。

「貴様ら!何をしている!戦闘状況は継続中だぞ!」

音のしたほうを見ると、そこにいたのはMPという文字の入ったヘルメットをかぶっている一団の姿だった。

「うげっ!MPの連中だ!」

「お、おい!ダリル!例の装置!早く!」

「逃げろ!3番出口だ!」

「各員!撤退!捕まるなよ!俺の始末書を増やすな!」

フレート少尉とユディスキン大尉が叫んだと思ったら、とたんにバツン、と証明が落ちた。

「逃げろ!」

「くそっ!見えない!」

「ほら!少尉!早く!」

混乱した声が響く中で、私はそう言う誰かに腕をひっつかまれた。声色から、エルサだろうというのは分かった。

「あぁ、うん!」

私はそう言って、おぼつかない足取りを彼女に支えてもらいながら格納庫を抜け出して、兵舎へと逃げ出していた。

 顔が痛くて仕方ないし、頭はくらくらするし、

ただでさえ、戦闘の疲労が残っているような状況で散々だ、っていうのに、私は、どこか満ち足りた気分で、

兵舎へ逃げながらも、漏れてくる笑みをこらえきれずにいた。
 

686: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 04:34:53.57 ID:/JNOwWKvo




 エルサに支えられて部屋に戻った私は、相変わらずアヤに憤慨した様子の彼女に手当てをされてから、

そのままベッドに横になって休んでいた。顔の左半分が、ジンジンと痛む。

まったく、アヤのやつ、何度も何度も、思い切り殴りつけて来て…

私が言えたことじゃないけど、もう少し別のやり口を思いつかなかったんだろうか?

いや、でも、あれはあの場だったからこそ出来たことなのかも、とも思える、か…

何しろ、アヤの様子を受けて、私も感情が膨れ上がったのは確かだ。

それに、辛さ以上に、私は、あの理不尽さから感じる怒りを溜めこむことを強いられていたように思う。

それをちょうどよく刺激された、あの場面だからこそ、アヤはあの方法を選んだのかもしれない。

つくづく、嫌になるほど気の効くやつだと思わざるを得ない…悔しいけど、感謝の言葉以外に見つからないんだ。

 エルサが部屋から出て行く際に、飲めと言って渡してきた頭痛薬のお陰か、

顔の痛みがだいぶ引いて来たように感じて私は体を起こした。ふらつきもだいぶいい。

私はそれを確認して、替えの下着と、タオルに石鹸の類を持って部屋を出た。

さすがに、寝入る前に汗を流しておきたい。戦闘から、アヤとのケンカで、そんなことをする暇がなかったからね。

 薄暗い廊下を歩いて、シャワー室へと向かう。時刻はもう早朝。

地上では太陽が昇っているだろうし、陸戦隊の連中が戦果確認でもしている頃だ。

あと1時間でもすれば、閉鎖型コロニーで使われてるって言う人工太陽が、この地下施設にも灯るはず。

明るくなる前に、寝入っておきたいところだな。

 シャワー室に着いた。照明が消えていたので、スイッチを入れる。

隅っこのブースに入ってカーテンを閉め、着ていたランニングとパンツを脱ぎ、

下着を取ってからシャワーのコックを捻る。勢いよく、シャワーヘッドからお湯が噴き出して、私の体を包み込む。

ふぅ、と思わずため息が出た。

熱いお湯が、私の体から汗と疲労と緊張感を流して行くような感覚を覚えて、私は抜けそうな腰を支えようと、

壁に手をついてもたれかかった。

 疲労や、緊張感だけじゃない。

私の体から、心から、あの胸を詰まらせていた想いが消えて行っているように思えた。

誰にも受け入れてもらえない、っていう現実が、いや、そう思い込んでいただけだったかもしれないけど、とにかく…

そう言う意識が作り出していた孤独感や卑屈な感情が溶けだして、汚れと一緒に、排水口に流れて行っているような、そんな感覚だった。

 そうだ…私は、ただ、受け入れてもらいたかった。

私の気持ちも、私の想いも、私の存在も、ほんの少しだけでいい…

私が、この世界に存在して良いと言う確信を得るために、それが必要だったんだ、って、今になればそう思える…

それをくれたのが、あのアヤ・ミナト…

あの、態度の悪い彼女を見ているとどこか疼く苛立ちを感じていたのは、

たぶん、彼女のそんな様子が私自身に似ていたからなんだろう。まるで、うじうじとした皮肉しか言えない。

私自身に似ていた。彼女のは、本当に素直に生きて居るからああなんだろうと思うけど、

それでも、認めて欲しかった、と思う私には、それが同じもののように見えていたんだ。

 バタン、と音がした。誰かがシャワールームに入ってきたようだ。早朝のこの時間だ。

兵舎の糧食部隊の連中かもしれない。ご苦労なことだな。
 

687: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 04:35:20.52 ID:/JNOwWKvo

 そんなことを思っていたら、すぐ隣のブースでシャっとカーテンが閉まる音がしたので、

私は思わずそちらを見やった。

背伸びすれば向こう側が確認できる程度の高さのついたてから、どこかで見覚えのある、ツンツンとした短い黒髪が覗いていた。

分かって隣に入ってきたのかどうか…いや、彼女なら、敢えてそうしてきても不思議ではない、か。

まぁ、別に気にすることでもない。私は、シャンプーを手に出して、濡れた髪に手櫛を通しながら馴染ませて擦る。

「あれ…なんだよ、カラッポだ…」

全体に馴染ませて、流そうと思っていたところへ、そう呟く声が聞こえてきた。

と思ったら、コンコン、とついたてを叩く音がして

「あぁ、すんません、隣の人…シャンプー、ちょっとだけ分けてくれないかな?」

と言ってきた。わざとなのか、本当に気が付いてないのか…読めない女だよ、ホント。

「はい」

私がそうとだけ言ってついたて越しにシャンプーを渡すと、それを受け取りながらついたての向こうの女は言った。

「ありがと…カレン、か?」

「知ってて入ってきたのかと思ったけど?」

私が言ってやったら、向こうから笑い声が返ってきた。

「あはは、手の内は読まれてきてる、か」

「そりゃぁね」

「あぁ、これ、ありがとな」

ついたての上からシャンプーのボトルが覗く。私はそれを受け取って、備え付けのソーサーに戻して髪を流す。

流し終えた髪をゴムで結わいて、今度はスポンジにボディソープを馴染ませて体を擦っていく。

肩に手を回したところで、首筋がピシっと痛んだ。アヤに殴られたせいだ。

「そっち、怪我は平気?」

私が聞くと、アヤはまた空笑いをして

「いやぁ、痛いよ、かなり」

と返事をしてくる。それから付け足すみたいに

「そっちこそ、どうなんだよ?」

と聞いて来た。

「最悪。バカ力すぎるのよ、あんた」

そう言ってやったら、アヤはまた笑い声をあげた。
 

688: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 04:35:54.46 ID:/JNOwWKvo

 それからまた、お互いに黙った。私は体を擦り終え、シャワーでくまなく泡を流す。

もうやることはないんだけど…どうにも、出る気になれなくて、ついたてに寄りかかって、

シャワーを浴びながらアヤに声を掛けた。

「隊長って認めない、って言ったの、謝るよ…あれは、弾みだった」

「あぁ、うん…こっちも、悪かった。あの整備兵にも、ちゃんと謝るよ」

「エルサ、って言うんだ、彼女。あの子のお陰で…私は生き延びた。戦果も半分は、あの子のお陰」

「へぇ…残りの半分は?」

「それは…私を助けてくれたたくさんの人たちの戦果、かな」

「あんたの成分はなし、ってわけか」

「まぁ、そうね。自分を誇ることに、興味ないし。それよりも、私を助けてくれた人たちを、私は誇りたい」

「殊勝なことだ」

「そうでもないよ。私は、生かされた。それだけで、私には生きる価値がある。生き残る理由がある…そう思っただけ」

「…そっか、何よりだ。あぁ、なぁ、そのエルサっての。出来たら紹介してくれないかな?

 あんたの前で謝るべきだと思うんだ」

「…そうね…オメガ付きの整備班に来たみたいだし、そうしておいた方が良いかも知れないね。

 出ないと、本当にガトリング砲に詰め物でもされるかもしれないし」

「おいおい、誇り高い整備士、なんだろ?」

「その誇りを疑うような言い方したのは、あんたでしょ?」

「ちぇっ。そう言われると、何も言い返せないな、今回ばかりは」

「まぁ、根に持つタイプじゃないし、あんたみたいな人なら一言伝えれば、あの子もすっきり流してくれると思うよ」

「…だと良いけどな」

キュッと音がして、アヤのブースのシャワーが止った。

「もう出るの?」

「なんだ、もっとお喋りしたいって言い方だな」

「…そうかもしれないね」

「…やめろよ、そう言うの。くすぐったい」

またキュッと音がしてシャワーの音が聞こえだす。

「…早く寝たいんだ。手短にしてくれよな」

「あら、相手してくれるの?」

「…そうしたいんだろ?あんたの気持ちは大事にしてやりたいって、そう思う」

「…やめてよね、それ。こそばゆい」

「仕返しだ」

アヤがそう言って、またケラケラと笑う。それから、お互いになんとなしに黙り込んだ。
 

689: ◆EhtsT9zeko 2014/06/21(土) 04:37:16.14 ID:/JNOwWKvo

不思議な、心地良い静寂が私達を包んでいた。妙なものだ。さっきまで、殴り合いをしていたのに…

私は、彼女を、かけがえのない家族か、親友のように思っている。

それこそ、私の本当の家族にすら感じたことのない、暖かな感情だった。

「なぁ、カレン」

不意にアヤがそう私を呼んだ。

「なによ?」

私が聞くと、アヤは少し黙ってから言った。

「…あんた、我慢しなくっていいんだからな。アタシも、マライアも、隊のやつらも、

 みんなあんたを拒絶なんてしない。あんたはもう、怖がることも、我慢も、しなくたっていんだ」

アヤの言葉が、胸にしみこむように感じられた。本当に、彼女の言う通りだと、そう感じられた。

それはまるで、探し求めていた私の居場所が、私の家が、やっと見つかったような、そんな感覚だった。

「うん…その、えっと…ありがとう」

素直に礼を言うのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

「…つつ、悪い、カレン。体あったまったら、腫れてるとこが痛みだした。先に上がらせてもらうぞ」

「あぁ、悪いかったね。引き留めて」

「なに…隊員の気持ちを慮るのも、隊長の仕事だろ?」

「はいはい、小隊長殿はご立派なことで」

「あんたさ、その皮肉っぽいのなんとかならないのかよ?口悪いぞ」

「我慢しなくって良いっておっしゃったのは、小隊長殿であります」

「ったく…マライアにあんたもだ。苦労するよ、アタシさ」

アヤがシャワーを止めた音がしたので、私もシャワーを止め、タオルで体を拭く。

着替えを済ませていたら、また、アヤの方から呻く声が聞こえた。

「痛むの?」

「あぁ、うん」

「エルサにもらった鎮痛剤あるけど、使う?」

「そりゃ、ありがたい…あぁでも、腹減ってるし、なんか物を入れておかないと胃に来そうだな」

「確かに。なら、厨房ね」

「そうだな。あぁ、キムラのオッチャンが当番だと良いなぁ…」

私達はそんなことを話しながら、身支度を整えてシャワールームを出た。

チラっとアヤの顔を見やったら、ボコボコのひどい顔をしていたけど、

それ以上になんだか気恥ずかしくて見ていられなくて、お互いにそっぽを向いた。

それでも、一緒に歩いて厨房まで行き、パンを一斤、倉庫から盗み出して部屋に戻る。

それからまた少し、どうでも良い話をして薬を渡して、それぞれの部屋に戻った。

 ベッドに潜り込んだ私が、心地良い暖かさを胸に抱いたまま眠りに落ちるのに、そう長い時間はいらなかった。



 
 

699: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:38:10.22 ID:CCUWC2FLo





 それから数日後、私達は地下の洞窟基地の市街地区にあるバーにいた。

エルサの休みと、私達の休みを合わせて、今日はここで、アヤがエルサへの謝罪をする。

店は、ここに来て日が浅い私の代わりに、マライアが探して押さえてくれた。

 夕方の時刻、市街地区へと向かうシャトルバスのバス停で、私とマライアはアヤの到着を待っていた。

約束の時間からは、少し過ぎている。

時間にルーズそうな印象はなかったし、今朝早くに出掛けて行ったって話をマライアに聞いていたから、

何か用事があったんだろう、なんて思って、

マライアと戦闘機動の話をしながら時間をつぶしている間に、アヤは姿をみせた。

「ごめん、遅れちゃったよ」

アヤは私達に苦笑いを見せてそう謝ってきた。

気にしないで、と答えながら私は、彼女の表情がどこかこわばっているのを感じ取っていた。

用事がなんだったのかはわからないけど、なにか悪いことでないといいな、とそんなことを思った。

 それからすぐにシャトルバスに乗って市街地区へたどり着く。

マライアの案内で店まで行き中へ入ると、まだ、エルサ達は到着していないようだった。

 そう、エルサ達。エルサの他に、私は彼女の兄、カルロスも招待していた。

紹介するのなら、二人一緒の方が手っ取り早いし、聞けば、カルロスはレイピア隊の整備班に配属されているらしい。

レイピアとはこの基地に着いてからというもの、ほぼ毎回任務で一緒に空を飛んでいる。

アヤ達にとっても、他の部隊以上に親密なようだったので、彼も紹介しておこうと思った。

 「あぁ、良かった。待たせちゃってたらどうしようかと思ったよ」

アヤがそう言って胸をなでおろしている。

義理堅いと言うか、他人のこととなると、そう言うことをアヤは妙に気にする。

そのことを指摘してみたらアヤはあぁ、と苦笑いを見せて

「約束は守らなきゃいけない、って、昔、こっぴどく言われてきたんだよ」

と説明してくれる。アヤの親も、そういうところは厳しかったのだろうか?

いや、厳しいだけで、こんなパワフルで明かるい人に育つはずはない、か。

アヤの家族の話は、あまり聞いたことがない…今度、機会があったら聞いてみたいな、とそんな気持ちになった。

 そうこうしているうちに、エルサがカルロスを引き連れて私達の通された個室へと姿を見せた。

エルサはどんな顔をしてくるのかと思っていたけど、珍しくなんだか不安げな表情だった。

彼女なりに、こないだの一件は気にしていたのかもしれない。

エルサの言いようは、私の知っている明るいエルサとは別人のようだった。

それほどまで私のために怒ってくれたっていうのも嬉しい反面、こんな表情にさせてしまったんだな、と思うと

申し訳なくもある。まぁ、でも、それも今日ですっきり水に流してもらえるといいんだけど。
 

700: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:38:36.40 ID:CCUWC2FLo

 エルサ達が席に着くのを待って飲み物を頼んで、それが到着するまでの間にアヤがさっそく口を開いた。

「あの、エルサ、って言ったっけ。こないだは、ひどいことを言っちゃって、悪かった…。

 あんたの話は、あのあとカレンからよく聞いたよ。カレンや、陸戦隊を守るために、一緒に戦ったんだってな…

 空にまで上がってパイロットを支援してくれる整備兵なんて聞いたことなかったよ」

「いえ…私こそ、上官に向かってあんな口の利き方で、本当に失礼しました…カレン少尉とのことは、もう済んだんですか?」

エルサの言葉にアヤがチラっと私を見やった。

私が笑みを返してあげたら、アヤはなんだか頬を赤らめてエルサに視線を戻して

「あぁ、うん。カレンにも、謝った。これからは、ちゃんと協力してやってけるよ」

と言葉にする。

「まぁ、またケンカにはなるだろうけどね」

私がそう言ってやったらアヤはやっと、クスっと柔らかい笑顔を浮かべて

「そうだなぁ。次は殴り合いはやめとこうな。任務に差し障るし」

なんておどけて言った。そんな私達の雰囲気がエルサにも伝わったようで、彼女も笑顔になってくれた。

それからマライアとエルサもお互いに謝り合って、あの日のことは全部片が付いた。

エルサは、迷惑をかけたうちの大尉達にも謝罪をしたい、と言ってきたけど、アヤが笑って

「あいつらは楽しんでたんだから、いいんだよ。

 だいたい、結果は引き分けでダリルとフレートが幾ら儲けたかを知ったら、謝る気も起きないぞ?」

なんて言った。そう。あの日、私達を見ていた隊の連中も、整備班の古株も、

私達の様子を見ながらどっちが勝つかで賭けをしていたらしい。

結果は、MPの仲裁のせいもあったけど、引き分け。

私とアヤ、それぞれの掛け金がそのまま、二人の懐に入った、って話は、翌日行った医務室で、アヤに聞かされた。

 そう思えば、即席のゴングに止める気のなかった大尉の様子にも納得がいく。

まったく、あんな状況でもふざけられるなんて、呆れるのを通り越して、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

 お酒が運ばれてきて乾杯をし、軽食を肴にグラスをあおると、雰囲気もだいぶ和やかになってきた。

エルサが私を、マライアがアヤを褒めちぎって何かを競い合ってるのを笑ったり、

アヤがエルサとカルロスにメカニック関係のことを聞いてしきりに感心したり、

マライアがアヤにヘッドロックを掛けられたりと、話題にも、笑いにも、困らない、幸せな時間が続く。
 

701: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:39:02.85 ID:CCUWC2FLo

 「それにしても、アヤ少尉があのときに支援してくれた部隊の方だったとは」

「あー、だから、カルロス、少尉はやめてくれって。くすぐったいんだよ、そう言うの!」

「カルロスさんは、陸戦隊にいたんですよね?」

「あぁ、そうなんだ。いやぁ、砂丘に隠れてたジオンのモビルスーツがぬっと姿を見せたときは、肝が冷えたよ」

「私とカレン少尉はそのときは、もう必死でしたね…」

「…あぁ、そうだね…まぁ、あいつらの仇は、なんとか取ってやれたって言えるくらいには叩けたって、そう思えるところが救いだよ」

「対戦車ミサイルをレーザー誘導とは考えたよなぁ。聞いた話じゃ、起動したてのモビルスーツには赤外線誘導が効かないんだろ?」

「そうなんですよ。ある程度動いた機体だと、排熱量が上がって誘導できるんですけど…」

「汎用性の無さは、不安要素でしかないよなぁ。

 排熱もこの熱帯雨林だと地上にいる目標をうまく捕捉できるか不安だし、かと言って、

 こっちじゃ、森やら障害物が多すぎてレーザー誘導は効き目薄そうだ…

 なんかこう、モビルスーツが攻めてきたときに効果的な兵器を見繕っておく必要があるよな。」

「それは少し考えてて、対戦車ミサイルの弾頭部分にロケット弾を仕込むとかどうかな、って思ってるんです」

「弾頭にロケットを?」

「はい。対装甲弾頭に比べると威力はかなり落ちるかもしれないんですけど、

 当たらなければその威力も意味がないじゃないですか。

 だから、赤外線誘導の近接信管を利用して、100メートルくらいのところで爆散してロケット弾がばら撒かれるような仕組みですかね」

「なるほど、散弾ミサイル、ってわけだ…確かにそれなら、多少なり打撃にはなるな…
 
 単純にロケットで撃ち出すより速度もあるからモビルスーツに対しては有効かもしれない…

 はは!悪くないアイデアだよ!あんた、整備じゃなくて開発局にでも転属したらどうだ?」

「開発局なんて、とんでもないです。私が出来るのはせいぜい武装の現地改修程度なので」

「はぁーなるほどな…カレンの戦績の半分はエルサのお陰、ってのも、理解できたよ」

アヤが感心したようすで私を見やった。

「でしょ?」

と言ってやったら、アヤは割と真剣な表情でコクンと頷いた。

 「カレン少尉もですけど、オメガ隊やヘイロー隊にも助けていただけましたからね、俺たちは」

不意に、そんな会話にカルロスが口をはさんだ。

「あぁ、あのときに陸戦隊にいたんだってな」

「はい。あのとき、皆さんが来てくれなかったら、斥候にすらやられていましたからね。

 カレン少尉が本隊を足止めてくれたことと、空から俺たちを支援してくれたおかげで、

 北米からの船になんとか乗り込めて俺たちは無事なわけですから」

カルロスの言葉に、ピクっとアヤがなにかの反応を示した。

彼女は、何かを思い出したように、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出す。それを広げながら

「あぁ…なぁ、カルロス…あんたのいた陸戦隊に、こんなマークをしたのが居なかったか?」

と言って、カルロスに見せた。
 

702: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:39:44.62 ID:CCUWC2FLo

 そこには、二匹の蛇がドクロに絡みついた絵柄が描きこまれていた。

カルロスはそれをしげしげと見つめていたけど、ややあって、首を横に振った。

「いえ…俺が一緒だったのは、オデッサの第一と第四機甲師団に、輸送部隊のかき集めと歩兵の生き残りでしたけど…

 オデッサの陸戦隊はほとんど花をモチーフにした部隊章を使ってましたから…

 少なくとも、俺が一緒に逃げてきたオデッサの部隊にはいませんでしたね」

「そっか…」

カルロスの言葉に、アヤは残念そうにそう言った。何があったのだろう?

「どうしたの?」

私が聞くと、アヤはすこし言葉に詰まってから

「ん…あぁ、いや、な…知り合いが、世話になったらしくて、礼を言いたくて探してるんだ」

と口にした。なるほど、今日の用事、って言うのは、そう言うことだったのかもしれないね。

「そうでしたか…あ、でも、待ってください…もしかして…」

「心当たりあるのか?」

カルロスの言葉に、アヤは前のめりになって先を促す。

「…確か、救助してくれた艦の中に、これに良く似たマークを付けた装甲車が乗ってました…

 それは、蛇二匹じゃなくて、ドクロに蔓が絡んでるような絵柄でしたけど…

 確か、北米の、ニューヤーク基地所属の部隊じゃなかったかな…」

「ニューヤークか…なるほどな…」

アヤはそう言って宙を見据える。まぁ、なんであれ、探しものなら見つかると良いんだけど。

私はその時はまだ、そんなのんきなことを思っていた。

 私達はそれからも酒を飲み、料理を食べて、くだらない話をしては笑った。

何も考えず、何も気にすることなく、ただただ、私はその席の雰囲気を楽しめた。

 それを感じるたびに思うんだ。

ありがとう、隊長、ありがとう、私達を逃がしてくれた、途中で立ち寄った基地の人たち、って。

この命を、決して無駄には使わないから、って。



 

703: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:40:16.83 ID:CCUWC2FLo




 <あぁーぁー、まったく!こっちは寝不足だって言ってんのに、あいつらめ!>

無線越しにアヤがそう言っているのが聞こえて来る。翌日、私達は空の上に居た。

スクランブル待機の当番だったのだけど、今日もやはり北方の見張り台からの連絡で、

敵の空母群の接近が確認されたという報が届いたからだった。

「早く上がったのに、寝なかった自分の責任でしょ?」

私が言ってやったらアヤは怒った口調で

<あんたはいちいちうるさいんだよ、カレン!>

なんて言ってくる。でも、無線の向こうのアヤが、あの時みたいに、ニヤリと笑っている顔が目に浮かぶようだった。

「なんなら、指揮交替しましょうか、小隊長殿?」

<バカ言うなよな!あんたなんかに任せてられるかよ!>

「へぇ、言うじゃない?それなら、しっかりやってみせなさいよね。だらしないところでも見せれば、すぐに代わってもらうから」

<上等だよ。あんたこそ、命令違反したら譴責だからな>

アヤはそう言ってから、それでも小さな声で

<マライアを、頼むな>

と言い添えてきた。まったく、そういう言い方はくすぐったいからやめてってあれほど言ったのに。

「分かってる、そっちも、しっかり頼むよ」

私の方も相変わらず、だけど、あれ以来、アヤに限らず、妙にそんな言葉を投げかけるのが照れくさくなった。

それこそ、昨日わざわざ仕事終わりに出向いて来てくれたエルサ達にお礼を言うときですらこんな調子だ。

自分の気持ちを素直に伝えるというのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

それでも、それは私にとっては嬉しい悩みではあったのだけど。

 <だははは!威勢が良くて何よりだな!>

隊長の声が聞こえる。隊長は、私をアヤが殴り合いを演じた翌日、師団司令部に呼び出しを食っていた。

そもそも、いくら誰一人MPに掴まらなかったとはいえ、あの場所は私達の機体が保管されている格納庫。

首謀者が誰であろうが、責任者である隊長が呼び出されるのは分かっていたことだった。

その話を聞いて謝りに言った私に、隊長は今と同じように、派手に笑って言ってくれた。

「お前らは、好きにやれ。それが出来る場所を支えるのが隊長としての俺の職務だ」

って。

 アヤが家族だ、と言うオメガ隊。それなら、隊長は、私達の父親、ってことになるんだろう。

そう思ったときに、隊長のその言葉はまるで、あの厳しかった父が私にくれなかった、

本当は欲しかった言葉のように思えて、嬉しかった。

そう思ってしまうのも、全部が全部、あのアヤのせいなんだろうけど…うん、感謝しかないよ、あんたには、さ。

 だから…。

 たとえまた、命令無視をしてあんたとケンカになったとしても、

私は、あんたと、あんたの守ろうとしているものを守る。それくらいのことはさせてくれるよね…

大丈夫、無茶はしないって約束するから。
 

704: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:40:43.43 ID:CCUWC2FLo

 <っと、レーダー、ホワイトアウト。そろそろ来るぞ。各機、無線チェックしながら、目を凝らせよ>

フレートの気の抜けた声が聞こえて来た。それが私達に程よいリラックス感をくれる。

私は無線のレベルをチェックして、それからどこまでも広がる森と空との境目に目を凝らす。

まだ敵の姿は見えない。監視台の報告によれば、今日は空母が3機だけ。

小規模だから、おそらく爆撃と言うよりも威力偵察の可能性があるだろう、と隊長は読んでいた。

私達の対応の速さや数なんかをいちいち確認しに来ているわけだ。

<レイピア。そっちはどうだ?>

<こっちも、感なし。妙だね…接敵してもおかしくない距離だっていうのに…>

隊長と、レイピア隊の隊長、ブライトマン少佐の会話が聞こえる。確かに、妙ではある…気を付けておかないと。

「マライア、アヤ、何か見えない?」

私も二人に声を掛けてみる。

<いいえ、特に、何も…>

<こっちもだ…なんだって言うんだ、一体?>

そう返事が返ってくる。そんな時、無線が鳴った。

<こちら、防空司令部。C99監視台より、敵空母が旋回し引き返していく姿を確認した、と言う報告が入った>

<どういうことだ?>

<ミノフスキー粒子の影響で付近の情報確認ができない。

 これより、当該空域に、方位090からヘイロー隊を侵入させて状況を確認させる。

 オメガ、レイピア両隊はその場に留まり、警戒活動を続行せよ>

<こちら、オメガリーダー、了解した>

<レイピア1、了解>

指令室と隊長達の会話が聞こえた。その直後、すぐに無線にあちこちからの溜息が聞こえだす。

<取り越し苦労、ってわけだ。まぁ、スクランブル訓練だと思っておこう>

<おい、フレート。まだ気を抜くな。何があるかわからんぞ>

<ふわぁぁ…眠い…まったく、飛んでるだけじゃ、キツイな。

 悪い、カレン、ちょっと旋回して目を覚ますから、進路そのままな>

フレートとダリルの会話を割って、アヤがそう言ってくる。

「どうぞ、ご自由に」

そう言ってやったら、アヤは返事もせずに編隊から離れて急旋回機動を試し始める。

そう高い高度ってわけでもないのに、アヤの機体の翼の先が、鋭く飛行機雲を引いた。

目覚ましに体を動かす、って言うのは、まぁ、良いことだろうね。

 そんなことを思っていた時だった。旋回して行ったアヤのボソっという声が聞こえた。

<な、なぁ、おい…ジャブローに、熊っていたか?>
 

705: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:41:10.23 ID:CCUWC2FLo

<熊だぁ?おい、寝ぼけてんじゃねえぞアヤ>

<聞いたことないがな…ジャガーなら1度見たことあるけど>

<じゃ、じゃぁ、あれ…なんだよ…?>

アヤの戸惑うような声が聞こえる。私はハッとして機体を傾けて下を見下ろした。

そこには、茶色い大きな何かが、1体、川の中を動いている姿があった。

本当に熊の様だ…で、でも、待って…お、おかしいんじゃないの、あのサイズ…?!

<お、おい、ホントだ…なんだあれ、ホントに熊か?>

<ちっ!バカ野郎!サイズを考えろ!あんなバカでかい生き物がいるかよ!ジオンの新型か何かだ!

 各機へ、火器管制確認!おい!防空司令部!敵の空母が妙なもんを降下させてったらしい!

 映像データを送る!ジェニー!地上と川だ!敵はモビルスーツ!>

そう怒鳴るのと同時に、隊長は機体を翻していた。それにすぐさま第一小隊が続く。

地上攻撃は、いつもの通り。第一小隊が攻撃を掛ける間、私達第三小隊と第二小隊が援護する!

<カレン!マライア!行くぞ!>

「了解!」

「は、はい!」

操縦桿を倒して先に旋回をしていたアヤの機体に追いつく。マライアも後ろにぴったりとついて来た。

さすが、機動を再現するのはうまい!

<各機へ。一気に行くぞ。新型は何して来るかわからん>

隊長がそう指示を出した。一気に、と言うことは、私達も攻撃に加われ、とそう言うことだ。

幸い、周囲に敵の姿がないのは確認済み。地上にいるあいつだけなら、少なくとも後ろから撃ちこまれるリスクはない、か…

<カレン、マライア!敵を照準!>

アヤの指示で火器管制を始動させる…でも、熱誘導のシーカーが反応しない…排熱がかなり抑えられてる…

これじゃぁ、ミサイルは当てにできない…

<こいつ…あのトゲツキとは別物らしいな…機銃掃射でどこまでやれるか…>

私達は、あの敵空母の接近に備えていたため、爆弾の装備がない。

積み込んでいるのはみんな、赤外線誘導のミサイルだけだ。それでも、この数で撃ちこめばそうとう堪えるはずだ…

撃破とまではいかなくても、擱座させることが出来れば十分な戦果…

いえ、新型なら、その方が鹵獲もできるし、ある意味ではもってこいではあるけど、

機銃掃射するのなら、必ず接近しなければいけなくなる。それだけ、リスクは高い…気を引き締めて行かないと…。

<俺たちが先に行く。続け!>

隊長の声が聞こえた。第一小隊が隊長を戦闘にして降下していく。

<アヤ、こっちは右から行く!>

<了解した!うちは、そっちが通過直後にこのまま真後ろから行く!>

アヤとダリルが打ちあわせた。このまま、真後ろから…おそらく敵は最初の隊長達を追うだろう。

その直後だから、私達第三小隊や、第二小隊へ攻撃が向くリスクは減る。

むしろ、隊長達への攻撃を阻止するという意味でも、私達は正確に狙いをつけて、可能なら撃破するのが望ましいだろう。
 

706: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:41:38.64 ID:CCUWC2FLo

 <いくぞ!撃て!>

隊長の合図とともに、第一小隊が機銃掃射を始めた。曳光弾が水中を移動していた物体に降りかかる。

茶色の巨大な物体は、移動をやめて立ち上がった。やはり…あれはモビルスーツ!

立ち上がったその物体は、形こそあのトゲツキとは違うけど、ピンクのヒトツメに、人型をしている。

間違いない、ジオンのモビルスーツだ…!

<こっちも行くぞ!撃て!>

ダリル小隊が立ち上がったモビルスーツの背後から襲いかかる。装甲に曳光弾が弾けた。

それに気付いたのかモビルスーツが右腕をダリル達へと伸ばして向ける。武装の類は持ってはいないけど…あの動作は…!

<ダリル!狙われてるぞ!回避だ!>

次の瞬間、モビルスーツの腕から光の筋がほとばしった。まさか…今の!

<ちっ!今の、メガ粒子砲か!?>

<だぁ!クソ!もらった!>

そう悲鳴が聞こえた。見ると、ヴァレリオの機体が煙を噴いている。

<ヴァレリオ!離脱しろ!>

ダリルの声が響いた。

<すまん…!>

ヴァレリオの声が聞こえて、機体が待機を滑って戦域を離れていく。

メガ粒子砲を食らって形が残ってるってことは、それほど出力が高くない、ってこと…

でも、あの速度と直進性はかなり危険だ。それに、こいつは隊長達の編隊を追わずに、迷うことなくダリル達を狙った。

確かな反応速度と正しい状況判断…このモビルスーツのパイロット、戦い慣れている…!

<カレン、マライア!行くぞ!>

アヤの声が聞こえる。あの腕の装備もそうだけど、それ以上に、このモビルスーツのパイロットは危険だ!

HUDに、モビルスーツの後ろ姿が映り込む。と、モビルスーツは、腕を向けるのではなく、妙な体勢でかがみこんだ。

何かしてくる気!?でも…先に撃ち込んでしまえば…!

<撃て!>

アヤの叫び声に合わせて、私はトリガーを引いた。轟音と共に曳光弾が伸びて行って、頭のあたりの装甲に弾ける。

あいつ、ヒトツメの可動域が広い作りになっている。あの隙間に弾をねじ込めば、視力を奪える…!

 しかし、次の瞬間だった。こちらに向けた頭から、発砲炎がほとばしった。曳光弾が私達の周りを飛び交う。

<加速だ!逃げろ!>

私はスロットルを押し込んで一気に機体を加速させる。モビルスーツの真上をフライパスした。

それでも、敵の攻撃は止まない。これは…最後尾のマライアが狙われてる…!くっ!この攻撃…!

うかつに懐に飛び込みすぎた!
 

707: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:42:25.03 ID:CCUWC2FLo

<撃たれてる…!アヤさん!>

「アヤ!右へ降下だ、マライアが狙われてる!」

私はとっさに叫んだ。このまま直進方向に飛び抜けても、敵の射程を抜けるには時間がかかる。

でも…右へ旋回すれば、マライアは私達の陰に隠せる…あの機銃、トゲツキのとは違う、地上戦用に調整されてる。

射程も威力も、あのマシンガンとは別物だ…それが4門も!

このままだと、マライアだけじゃなく、私とアヤも危ない。それなら!

<くそっ…!そうするっきゃないな…!>

アヤの声が聞こえた。同時に、操縦桿を倒して旋回を始める。

傾いた機体のちょうど真上から敵の機銃弾が飛んでくる。

<マライア!あんたはそのまますぐに左旋回!戦域を抜けろ!>

<そんな!アヤさん!カレンさん!>

「早くしな!これが一番、確実な方法なんだ!」

私とアヤがそう叫んだ。でも。次の瞬間、ガツン、と鈍い音がして、機体の制御が効かなくなる。

ヘルメットの中のスピーカーに警報音が鳴り響く。コンピュータのモニタには、左翼の損傷が表示されていた。

やれた…!

<カレン!…だぁ!くっそ、あいつ…!>

そう呻く声が聞こえる。コクピットから外を見ると、そこには煙に包まれているアヤの機体が見えた。

ガクン、と言う衝撃があって、機体が急降下を始めた。左の主翼が、弾け飛んだからだった。

「た、隊長!被弾しました!脱出します!」

私は無線にそう怒鳴ってから、激しく揺れるコクピットの中でイジェクションレバーを引いた。

強烈なGか掛かって、シートがはじき出される。

空中で一瞬制止したと感じた次の瞬間には、また衝撃が走って、パラシュートが開いていた。

その状態で私はあたりを見回す。すると、旋回しながらあのモビルスーツの射程の外へと飛び抜けたマライアの機体が見えた。

良かった…アライアは、無事ね…

<くっそー!やりやがったな、あの熊!>

アヤの声も聞こえた。彼女は私よりもさらに低高度で脱出出来ていたようで、眼下に白く広がったパラシュートが見えた。

 <アヤさん!カレンさん!>

<マライア!あんた、機体は無事か!?>

<大丈夫だけど…なんであんな危ないことを…!>

<あれが一番安全だった、って言ったろ。あぁでもしなきゃ、揃って木端微塵になってたよ>

<そんな…>

「そうだよ、マライア。これはうかつに飛び込むような指揮をしたアヤが悪いんだ」

<んだと!カレン!>

「なによ、違う!?」

<分かったよ…!あんた、降りたら勝負だ!今日と言う今日は、覚悟しろよ!>

「いいわよ!受けてたってあげるわよ!」

<ちょ、ちょっと、アヤさんカレンさん!ケンカしてる場合じゃないでしょ!>

私とアヤの言い合いに、マライアがそんな声を上げる。まぁ、これで、大丈夫、ってのは伝わったでしょ…

アヤが本当に怒ってなければ、これで丸く収まるんだけど…ね。
 

708: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:42:52.68 ID:CCUWC2FLo

 <アヤ、カレン。地上に降り立ったら、すぐにこの場を離れろ。あいつ1機だけどは思えねえ。

 すぐ近くに援護の機体が居る可能性がある>

隊長の声が聞こえる。

<了解、隊長。そっちも気を付けてくれ>

<お前に心配されるほど、ヘタレてねえから安心しろ。防空司令部!敵モビルスーツによる攻撃で被害3!対地攻撃装備の増援を寄越してくれ!>

<こちら防空司令部、了解した。ゲルプ隊を送る。それまで敵を足止めせよ>

隊長と防空司令部の無線が聞こえる。その間に、私は地上へとグングン近づいて行く。下には一面のジャングル。

どうあっても、木に引っ掛かる可能性が高そうだ。無事に地上に降り立てればいいんだけど…

 そう思っている間にも、うっそうと生い茂る森が眼前に迫ってきて、ついに私は、その木々の中に突っ込んだ。

 ガサガサと音を立てて、木の枝と葉が私に打ちつけてくる。

とっさに顔を両腕で隠してそれに耐えると今度はガツン、と言う衝撃が走った。

ベルトが体に食い込んで、一瞬息が詰まる。私は恐る恐るあたりを見やった。

 私は、案の定、木に引っ掛かって、地上4,5メートルのところに宙づりになっていた。

参ったね、これは…飛び降りるにしても、無事じゃ済まない高さだ…。

 とりあえず、体に着いた葉っぱや木の枝を払い落してあたりを確認する。

振り子の要領で近場の木にでも移れないかと思ったけど、どの方向にも手ごろな幹はない。

だとすれば、パラシュートのコードを昇って枝までいき、その枝をたどって地上に降りるか…

隊長の言う通り、この辺りにまだ敵が居ないとも限らない。

もし万が一読みが当たっていて、もしその敵が趣味の悪いやつなら、見つかった瞬間に八つ裂きにされかねない。

のんびりはしていたくない、な…イジェクションシートの下に、サバイバルキットが入っていたはず…

その中に、何かがあれば良いんだけど…でも、下手にベルトを外したら、それこそまっさかさまだね、これ…

 そんなとき、ガサガサ、っと草の擦れる音がした。

私は一瞬、心臓を握りつぶされるんじゃないかと思うくらいに驚いて、体がこわばった。

でも、その音のした方を見つめると、そこには、見慣れた飛行服を着た人物がいた。

「カレン、大丈夫か?」

もちろん、それは、私より先に降下して行ったアヤだった。

「えぇ、なんとか。脱出なんて、初めてだよ」

そう言うと、アヤはカカカと笑って、

「アタシも二回目だ。怖いよな、あれ」

なんて言って、肩に背負っていたサバイバルキットの入ったバッグを地面に置いた。

そのバッグの中からアヤは長いロープを取り出す。

「ほら、投げるから、受け取れ!」

アヤはそう言って、ロープの端をギュッと結んで玉にすると、それを私の方に放ってきた。

正確なコントロールで私のところに飛んできたロープをつかむと、それは良く見れば、

私のパラシュートに使われているのと同じコードだった。

なるほど、自分のイジェクションシートのパラシュートから調達してきたんだろう。

こういうところの機転は、さすがと言うほかにないね。

私はそれをぶら下がったシートに括り付けて、さらにそのロープで自分の体を固定し、シートの下のサバイバルキットを取り出してから、

手のひらでロープを滑らせてなんとか地上に降り立った。
 

709: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:43:22.93 ID:CCUWC2FLo

 ふぅ、と思わずため息が出てしまう。それを見たアヤは、カカカと笑った。

「ありがとう、助かったよ」

「なに、小隊長のつとめ、だからな」

そう言ってニヤつくアヤに、私は急に不安になった。

さっきのやり取り…あの時は、きっとアヤなら私の気持ちや考えを分かってくれると思ってああ言っては見たけど…

もし、それが私の一方的な勘違いだったら…私は、また…

「ね、さっきの、だけど…」

そう言いかけただけで、アヤは私の気持ちに気付いてくれたらしい。あぁ、と声を上げたと思ったら

「どうする、殴り合いしておくか?」

なんて言って笑って見せた。とたんに、私の胸から安堵の気持ちが湧いていて、ホッとため息に変わった。

それを見たアヤは私の肩を叩いて

「気にしすぎなんだよ。ああでもやっておかないと、マライアが気を使っただろうしな…

 それに、アタシ好きだよ、あんたとする、ああいう“遊び”」

なんて言ってくれた。そう、そうだね…あれは、アヤがヴァレリオにドロップキックをかますのと同じ、ってわけだ。
それはなんだか、私も隊の一員になれている証明に感じられて、そこはかとなく嬉しい気持ちになった。

いえ、待って、今はそれよりも…

「ありがとう。それより、早くここから離れた方が良いね。

 隊長が爆装した援軍を呼んだみたいだし、敵が居なくても、爆撃があるかもしれない」

「ああ、同感だな。とりあえず、南へ向かおう」

アヤがそう言って、バッグを背負い直す。私も自分のバッグを背負ってうなずき、二人して足早にその場所を後にした。




 

710: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:43:51.23 ID:CCUWC2FLo





 パチパチと音を立てて、たき火が燃えている。いつのまにかとっぷりと日が落ちた。

あれからしばらく、戦闘の音は辺り一帯に響いていたけど、結局戦果がどうなったのかまでは確認が出来ていない。

他の隊員が無事だと良いんだけど…

 そう心配していた私にアヤは、相変わらず笑って

「隊長の言うこと聞いてりゃぁ、みんな無事だから、心配するなよな」

なんて言ってくれていちいち私の反応を困らせた。

 私達は着地地点からまっすぐ南へ下ってきた。今は、川の水面を望める小高い岸壁の上に居た。

ここなら、見晴らしも良いから救助隊が来ればすぐにでもお互いに見つけられるだろう、って言うアヤの案だ。

人の脚だしあの着地点からそれほど離れたとは思えないのだけど、救助隊はてんで現れない。

今夜は、この美味しくないチューブ食で我慢だな、と思っていながら私が薪を集めている間に、

アヤは崖を降りて行った先で魚を2匹吊り上げて来ていた。

どこに釣道具なんて持っていたのかと聞いたら、サバイバルキットの中に入っていたハサミの手に持つループの部分と

パラシュートコードを解して作った糸と疑似餌で吊り上げたんだという。

正直、この子には本当に驚かされることばかりだけど、そのおかげで私は、少なくともチューブ食以外の物が食べられそうだ。

アヤはそれを手早くさばいて、拾ってきた木の枝に刺して火にかけた。

その間、私達は並んで星を見上げつつ、とりとめのない話をしていた。

 「あぁ、腹減ったなぁ」

「火があれだと、ちゃんと焼けるまでは時間がかかりそうね」

「そうだなぁ」

アヤがそう言って寝転ぶ。それからふわっと大きく欠伸をして

「星、綺麗だなぁ」

とつぶやいた。そんな彼女の言葉に、私も満点の星空を見上げる。

「あんなところでも、戦闘が起こっているかもしれないなんて、ね…」

「あぁ、ルナツーはまだ健在だし、な…まったく、面倒なことになったもんだよ」

アヤはそう言って、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出した。

昨日、エルサの兄、カルロスに見せていたあの部隊章の描かれている紙片だった。

「それ、いったいなんなの?」

私が聞くと、アヤはうーん、と言葉を濁した。私はとっさに

「あ、言いにくければ、無理には聞かないけど…」

と言い添える。正直、不安が過ぎったからだ。でも、そんな私の胸の内が透けて見えたのか、アヤはニコっと笑って

「あぁ、そう言うんじゃないんだ…ただ、ちょっと胸クソの悪い話で、さ…」

と紙を畳みなおして胸のポケットにしまいこむ。胸クソの悪い話?昨日言っていたのとは、違うじゃない。

だって昨日は、世話になったから礼をしたい、って…そんな疑問が湧いてきて、私は思わずアヤに尋ねた。

「お礼をしたい、ってことじゃなかったの?」

「ん、あぁ、まぁなんて言うか…“世話になったから、礼をしたい”んだよ…」

アヤは、昨日と同じ言葉を使った。…いえ、待って、それってもしかして…
 

711: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:44:24.07 ID:CCUWC2FLo

「つまり、あんたの知り合いに何かがあったから、その仕返しをしたい、ってそう言うこと?」

私が聞くと、アヤは少しだけ悲しそうな表情を浮かべてうなずいた。

それから、よっ、と言う掛け声とともに起き上がって、私を見やる。それから、少しだけ黙ったあと、口を開いた。

「…カレン、アタシさ…施設出身なんだ」

「施設?」

「そう。親を亡くした子どもやら、親に捨てられたり、虐待されたような子が入ってる施設」

アヤは、私から遠くの夜空に視線をなげつつ、そう言った。

施設…だとしたら、アヤも…その、私と同じで、家族に恵まれなかった子ども時代を送ってきた、って言うの…?

「家族と、なにかあったの?」

「うん…チビの頃に両親が事故で亡くなってね…ロクでもない親戚の家をたらい回しにあってから、そこに入ったんだ、アタシ。

 でも、良いところでさ…大好きな人がたくさんできた。今のアタシがあるのは、あそこのお陰だって、言い切ったっていい。

 あ、アタシをスカウトしてくれた隊長はまた別口だけどさ…」

アヤの表情には、悲しさはなかった。辛さも寂しさもない。ただ、まるで何かを懐かしむような、そんな目をしていた。

「もう、あそこを出て5年くらい経つけど…いまだに、月1回は顔を出してる。

 血は繋がってないけど、一緒に生活してた弟や妹がたくさんいてさ…かわいいんだ、あいつら」

アヤはそう言って、嬉しそうに笑う。でも、そんな彼女の表情が一瞬にしてまた、悲しみに覆われた。

「でもさ…一昨日、その妹のうちで、一番しっかりしてて、アタシが面倒を見てた子から電話があってな…

 街で、連邦兵に別の子が…乱暴されたんだ、って言って来た」

「乱暴…」

乱暴…その言葉を、叩いたり蹴られたりした、なんて額面通りに受け取るほど、私はのんきではなかった。

それはつまり… 的な暴行をされた…  れたんだ、って意味だ…

そうか、昨日アヤが朝から出かけていたのは、その子達のところに行くためだったんだ…

「それで、昨日それを描いてもらってきた、って言うのね?」

「…あぁ」

アヤは、ついにはがっくりとうなだれた。

「被害にあった子が…こんな部隊章を見たって、描いて渡してきた。泣きながら、怖かったって…痛かったって…

 そんなことを言いながら、それでも、頑張ってこれを描いたんだ。思い出すだけでイヤだったろうに、それでも…あいつ…」

「…その子も、戦ったんだね…精一杯…」

私がそう言葉にしたら、アヤはハッとして顔を上げて私を見つめた。わ、私、何か変なことを言ったかな…?

感じたままのことを思わず口にしてしまったけど…そう思ったらアヤは、なんだか少しすっきりした表情で

「そっか…そうだな…。ただ苦しがってたわけじゃ、ない、か…」

とつぶやいた。
 

712: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:45:10.74 ID:CCUWC2FLo

「だから、“世話になったから、礼を”ってことね」

「うん…あんまりおおっぴらにするようなことじゃないと思ったから、そんな言い方しかできなかったけど…別に嘘をつくつもりじゃなかったんだ。気を悪くしたら、謝る」

「ううん…その子のことを考えれば、当然の配慮だと思う…」

「そっか。そう言ってもらえると、安心するよ」

アヤはそう言ってまたごろん、と寝転んだ。ふう、と大きく深呼吸をしている。気持ちの整理をしているんだろう…

たとえば、もしエルサが同じ目に遭ったとしたら…私はどう思ったんだろう?

もし、妹が生きて居て、同じ目に遭ったら、私はどう感じたんだろう?

ふとそんなことが頭を駆け巡ったけど、止めた。そんなのは、ただのイメージでしかない。

そんなことで、アヤの気持ちが理解できるとは思わなかった。理解したいのなら、尋ねればいい。

アヤは、それを、我慢することなんてないと、そう言ってくれたのだから。

「どうするつもりなの、礼、って」

私が聞いたら、アヤは抑揚のない口調で言った。

「さぁな…でも、理性を保てる自身はない」

その言葉から感じられたのは、平たんに整理されていたけれど、確かに怒り、だった。

それに触れた私も、どこか落ち着かない心持ちになる。

「そう…もしそのときは…手を貸すよ」

そう言ってやったら、アヤはクスっと笑った。私が寝転んだ彼女を見やったら、笑顔で私に言ってきた。

「そのときに一緒に居たら、止めてくれよ。アタシ、犯人を殺さない自信がないんだ」

やはり、その言葉からも底知れない怒りが伝わってくる…でも、そうね。

あんたがそう言うんなら、私は、あんたの望むように在ろうと思うよ。

「分かった…半殺しくらいになったところでMPに通報して、それから仲裁に入ることにするよ」

そう言ってあげたらアヤは

「気が利いてるな。カレンらしい」

なんて言って声を上げて笑った。

 不意に、パチっと、たき火が音を立てた。

「おっと、いけね、長話してて忘れてたよ、魚」

アヤがそう言って飛び上がるようにして体を起こし、たき火に掛かった魚を確認する。

細い枝の先で突いた魚は、ボロっと身が崩れて、中からジュワっと水分をあふれさせた。

「はは、良い頃合いだ。ほら、カレンはこっちのな」

アヤはそう言って私にナマズのような姿の方を渡してくれる。アヤは、もっとこう、魚らしい形をした方を手にしていた。

「ちょっと、そっちの方が良さそうに見えるんだけど」

私がそう言ったら、アヤはニヤっと笑って

「あたりまえだろ。こういうのは釣ってきたヤツが優先的に選択で来てしかるべきだ」

と言い返してきた。でもそれからふっと真顔になって

「臭いはあるんだけど、そっちの方が脂乗っててうまいんだよ、ホントは」

なんて言ってきた。ふぅん、こんなのが、ね…

「なら、半分つずってことにしない?そっちのも食べてみたいし、アヤも、こっちが美味しいっていうんなら食べたいでしょ?」

私はそう提案してみる。今のアヤの言葉が本当なら、願ってもない提案だと思うし、

ウソなら、遠慮するふりでもなんでもして引き下がると踏んだからだ。もし引き下がれば、また“お遊び”のネタに出来て退屈はしなさそうだから、ね。
 

713: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:45:38.88 ID:CCUWC2FLo

「いいのかよ?じゃぁ…」

アヤは素直にそう返事をして、サバイバルキットのバッグの中から、応急処置用の無菌シートを引っ張り出してきて、

その上に魚を置き、枝で器用に身を解し始めた。ふふ、本当にこっちの方が美味しいらしいね。

なら、ひとりで食べるのは申し訳ない。アヤの言った通り、これはアヤの釣ってくれた魚なわけだし、ね。

そう思って、私もアヤをマネして、無菌シートの上で身を解し、それから二人して手づかみで魚を楽しんだ。

確かにアヤの持っていた方は、パサパサとして味気ない風味だったけど、私のナマズは肉感のあるいい味をしていた。

 そうして魚の味と、尋ねてみた釣りの話や、そこから転じたアヤの夢の話なんかを話題にしていると、

私達の耳に、遠くからバリバリと言う救助ヘリのローター音が聞こえだすまで、そう長い時間がかかったとは感じられなかった。




 

714: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:46:15.48 ID:CCUWC2FLo





 「あ、カレン、おはよう」

「あぁ、アヤ。早いんだね」

食堂で食事を受け取っていた私にアヤがそう声を掛けてきた。

「ん、ちょっとモールに買い出しに行こうかと思っててさ。そっちこそ、いやに早いじゃんか。なんかあるのか?」

「別に。蒸し暑くて目が覚めただけよ。シャワーで汗流したら、二度目する気分じゃなくなっちゃってね」

私が言うとアヤはそっか、と笑った。

 あれから、2週間が経った。私達は近づいて来た救助ヘリにサインを送って、その場で吊り上げられて基地に戻った。

オフィスに顔を出してから戻った兵舎で、マライアに無茶はしないで、と泣き付かれて、二人してなだめるのに苦労した。

それからも、哨戒任務や迎撃任務、スクランブル待機と、シフトに応じて出撃したりしなかったりを繰り返した私達だけど、

本当に幸いにして、誰一人死んだり怪我をしたりすることはなかった。

まぁ、フレートはこの2週間で3度も落とされていたけど、

彼、直撃弾を貰って爆発する機体からでも光のような速さでイジェクトするんだから恐れ入る。

あそこまで行くと、敢えて敵弾に突っ込んで行ってるんじゃないかって思うほどだ。

 今日は一週間ぶりのオフ。戦争中だ、って言うのに、休暇があるなんて、このジャブローくらいなものだろう。

まぁ、オフとは言っても、敵の攻撃が迫れば非常招集を受けてしまうのだけど、それもまぁ、慣れたものだ。

 私は席について、アヤが食事を貰って来るまで待ってから、一緒に食事を始めた。

「しかし、出撃数が減ったから、って言っても、あの訓練はちょっと堪えるよなぁ」

席に着くなり、アヤがそんなことを言ってきた。

「そうね…まさか、自分があんなのに乗って戦闘に出るなんて、考えもしてなかったよ」

私もそう返事をしてため息をつく。

 先週、私達に上層部から指令が下りてきた。

それと言うのも、ゲルプ、ヘイロー、レイピア、オメガの第27飛行師団の第2戦闘飛行戦闘単位は、

順次、新兵器への換装訓練に着け、とのことだ。要するに、連邦が開発したモビルスーツへの装備変換。

いや、ただの装備変換と言うレベルではないんだろうけど、軍上層部としては、戦車隊よりも戦闘機パイロットを優先して訓練に投入しているという噂らしい。

あんな人形の操縦なんて、戦闘機とはまるで違って、先日の初めての訓練…と言うか教科は、混乱しきりだった。

「先月くらいからそんな噂は聞いてたんだけど、まさかウチの隊にまで回って来るなんてなぁ」

アヤは相変わらずボヤく。まぁ、その気持ちも分かる。

いくらモビルスーツが強力とは言っても、自分があれに乗って戦うなんて実感は、これっぽっちも湧いてこなかった。

 「あ、そう言えばさ、カレン。あんた、モール行ったことあるのか?」

アヤが、思い出したようにそう話題を変えてきた。ショッピングモール、ね。

あの市街地区には、この間エルサ達と仲直りのセッティングをしてもらったバーくらいしか行ったことがなかった。

興味がないこともなかったんだけど、それよりも私は、隊に馴染めるかどうか、とか、

アヤとのこととかで、そんな方まで気持ちが向いてなかった。今となっては、要らない心配だったな、とは思うのだけど。

「ううん。こないだの会くらいでしかあっちには出てないよ」

私が言うとアヤは表情を輝かせて

「なら、一緒に行かないか?マライアのやつが、昨日ユージェニーさんに絞られ過ぎてバテてるから、ひとりで行こうかと思ってたところなんだ」

と誘ってくれた。断る理由なんてあるはずもない。
 

715: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:46:51.92 ID:CCUWC2FLo

「小隊長殿のご命令であれば断れませんからね」

「あん?ご一緒で来て光栄です、だろ?」

私達はそう言い合ってから笑った。

それから手早く食事を済ませて、一度部屋に戻って財布やらを持ってから、アヤの運転で市街地区のショッピングモールへと向かった。

 先日来たバーから1ブロック先にあった大きなショッピングモールは、こんな地下に作っておくにはもったいないくらいに立派な建物だった。

 アヤは子ども服とそれから文房具を見たい、と車の中で言っていた。

たぶん、こないだ話してくれた施設への送り物なんだろうっていうのはすぐに分かった。

こんなご時世だし、ジャブローでもなければ物が揃わないなんてこともあるかもしれない。

何しろこの南米はもはや周囲の地域のほとんどをジオンに制圧されている。

ジオンは民間企業や施設を戦闘の巻き添え以外では破壊したり輸送を妨害するなどということはしていないとは聞いているけど、

それでも、物資の往来は滞っているだろう。

それに…戦闘が続き、あちこちで戦火があがっている地球にいて、不安じゃないはずなんてない。

アヤの送り物は、きっと彼女の笑顔と同じで、施設にいる弟や妹に明るい何かを灯すことが出来るだろう。

 アヤは服屋で、柄にもなくはしゃぐようにして施設の子どものことを話しながら服を選んでいた。

そんな様子が、私にはとても暖かくて、自分のことでもないのに嬉しく思えて、

気が付けばアヤに、半分出すから、もう少し選んでやろう、なんて声を掛けていた。

最初は遠慮していたアヤだったけど、私がどうしても、と言ってやったら折れたみたいで、

そう言うつもりで連れて来たんじゃなかったんだけど、なんて言いながら、恥ずかしそうに礼をしてきた。

私も改まってそんなことを言われたもんだから、ぶっきらぼうにどういたしまして、なんて返事をするのが精一杯で、

そこから先は、しばらく二人して黙り込んでしまった。

 アヤの買い物も終えて、私も自分の服や、身の回りの物を買い込んだ。

軍の支給品はもちろんあるし、そんなにいろいろと必要な物があるというわけじゃないんだけど、

何しろ、バイコヌールからは着の身着のまま、戦闘機と飛行服以外の物は何一つ持って出れなかったし、

マグやコーヒーを淹れるポットくらいはあると重宝するだろうな、なんて思っていたからね。

 それから、アヤが服と文房具のお礼にどうしても、と言うので、モール内のレストランで昼食をおごってもらった。

食後のコーヒーを飲みながら、こんなのまるで、友達同士みたいだ、と言ってやったらアヤはケタケタ笑って、

友達とかやめてくれよな、なんて茶化すので、私もおかしくて笑ってしまった。

 まぁ、そうだよね。あんたにとっては、友達なんてそんな関係であるわけがない。隊は、家族なんだものね。

マライアは妹だけど、それじゃぁ私は何?って、今度聞いて困らせてみようかな、なんて、そんなことを思っていた。

 「ふぅ、いやぁ、昼から食べすぎちゃったな」

モールからの帰り道、運転するアヤがそんなこと言いながら満足そうに笑っている。

「あそこの店、美味しかったわね。次の休みも行こうと思うよ」

「だろ?デリクとマライアが来たときも、あそこ連れてってやったんだよ。

 マライアなんか、あのでっかいやつをペロっと平らげちゃってさ!」

「へぇ、あんな小柄なのにね」

「ホントだよ。燃費悪いだろうな、あいつ。なんてったっけ、えっと、エンジェルなんとか」

「あぁ、エンゲル係数?」

「そうそう、それ!」

私が言ってやったら、アヤはなにがおかしいんだか、声を上げて笑った。
 

716: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:47:32.93 ID:CCUWC2FLo

「あぁ、次の休みって言やさ、もしよかったら、一緒に施設に遊びに行かないか?」

笑いを収めたアヤは急にそんなことを言ってきた。

「私が?どうしてよ?」

「だって、送り物買ってくれたろ?せっかくだし、喜ぶ顔も見てもらいたいじゃないか」

私が聞いたら、アヤはやっぱり自分が嬉しいみたいな表情で、そんなことを言う。子ども達が喜ぶ顔、ね…

なんだか、くすぐったくなりそうで気は進まないけど…でも、悪くない気もするね、そう言うのもさ。

「分かった、考えとくよ」

私が答えたら、アヤは

「ああ。そうしてみてくれよ」

なんて言って、イヒヒと笑った。

 車が基地に到着した。ゲートをくぐって、兵舎のあるエリアへ続く道へとアヤが車を走らせる。

そんなとき、格納庫が立ち並ぶエリアのすぐ脇に何やら人だかりが見えた。

航空隊が多いこのエリアで、見慣れない陸戦隊の制服を着こんだ連中がたむろしている。

 「あれ、なにやってんだ?」

「さぁ…陸戦隊の輸送でもあるのかも知れないね」

アヤの言葉に、私もそんななんとなくの返事を返す。車がその一団のそばに近づいたとき、私はその中に1人、見かけた顔があるのに気付いた。

「ね、あれ、ヘイロー隊の人じゃないの?」

「えぇ?」

私が言うと、アヤが車の速度を落とした。それから人垣をジッと見やった。

「あぁ、ホントだ。6番機のニシネ少尉だ。あいつ、陸戦隊なんかと仲良かったのか?」

「仲が良い、って雰囲気じゃぁない気がするな…」

アヤの言葉に、私はそう口にしていた。何しろニシネ少尉は、壁際に追い詰められるようになっていて、

彼の周りの数人が彼に迫っている。その周りを、他の連中が目隠しするように立ちふさがっている感じだ。

「なるほど、ケンカみたいだなぁ」

アヤはそう言うと、車を一団のすぐそばに止めた。

「おい、あんたら―――」

アヤがそう声を掛けた、と思ったら、ほんの一瞬だけ、その動きを止めた。

次の瞬間アヤは私を振り返りもせずに、黙って車を降りて行った。ちょ、ちょっと…さすがに、いくらなんでもそんなの、考えがなさすぎじゃ…!

あの陸戦隊、ざっとみて1個小隊3、40人は居る。変に刺激したら、タダじゃ済みそうもないのに…

私は心配になって、車から飛び降りてアヤの後を追った。

 アヤは男たちの中の一人と、何やら話し込んでいる。知り合い、って雰囲気でもない…

いえ、アヤ、何かを見せてる…?なんだろう、あれ…遠目で良くわからないけど…あれは、写真?

 そう思った次の瞬間、アヤの拳が話していた男の腹に沈んだ。

あまりのことに私は一瞬、息を飲んでしまう。い、いったい、何がどうしたっていうの…?!

「ア、アヤ!あんたいったい何して…!」

私がそう言って駆け寄ろうと思った次の瞬間には、アヤは陸戦隊の連中に取り囲まれてしまった。

マズい、いくらアヤでも、この人数差はマズすぎる…!どうする…?なんとか、手を貸して逃げる方法を…

そう思ったときだった。私の目に、陸戦隊の軍服の肩に縫い付けらえていたワッペンが飛び込んできた。

それは、ドクロマークに、草が絡みついているデザインをしていた。
 

717: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:48:00.69 ID:CCUWC2FLo

 この部隊、まさか…アヤの妹に手を出した、って言う…あの…?!

それに気がついた私は、とっさに車まで走って戻った。助手席のダッシュボードに投げておいたPDAを手に取って、

オフィスへとコールする。ほどなくして、電話口に誰かが出た。

「もしもし!カレンです!」

<ん?あぁ、カレン。どうした、オフの日にここへ掛けて来るなんて?>

ダリルの声だ!

「ダリル!聞いて!アヤが陸戦隊と乱闘騒ぎを起こしそうなの!」

<あぁ?そんなのいつものことだ。巻き込まれんように、とっとと離れた方が良いぞ?>

「相手は1個小隊全部よ!?」

<い、一個小隊だ!?あんのバカ!どうしてそんな…!>

「施設の子が、あいつらに手を出されたって…それでかなりキレてて…」

<施設の子…?ちっ!いつだかの電話の話か…そいつはマズイな…!カレン、今どこだ!?>

「第2格納庫のすぐそば!」

<分かった!お前、なるべくあいつを押さえとけ!隊長達連れてすぐに行く!>

ダリルはそう言うとガシャンと音を立てた。ツーと言う機械音だけがスピーカーから聞こえる。

抑える、ったって、もう手遅れだよ…!

 私はそう思いながらも車からもう一度飛び出して、陸戦隊に囲まれているアヤに怒鳴った。

「アヤ!やめな!」

「カレン!手出すなよ…こいつらは、アタシ一人でやる…!」

アヤが私にそう言ってきた。その眼は…今までに私が見たことのない眼だった。鋭い、なんて言葉では生ぬるい…

その視線だけで、相手を射殺してしまいそうなほどの…怒りと、憎しみがこもった目つき…あの子、本気だ…!

 「おいおい、お嬢さん?こいつがあんたに何かしたかよ?」

陸戦隊の一人が、アヤにそう話しかける。

「…さぁな」

「ああん?なんだ、てめえ…頭おかしいんじゃねえのか?」

アヤの静かな返事を聞いた男が、そう言ってアヤの胸ぐらをつかみにかかった。でもその刹那だった。

男は手首を握り返したアヤに地面にねじふせられ、そして…さらに捩じり上げられたその腕から奇妙な音をさせた。

「あぐっ…あぁぁぁぁ!」

男の叫び声が響く。

「こ、この女!」

「嘗めやがって…やっちまえ!」

男達が一斉にアヤに飛び掛かった。ダメだ!そう思って、アヤを助けに入ろうとした私の目に映ったのは…

信じられない光景だった。
 

718: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:48:35.57 ID:CCUWC2FLo

 アヤは、正面から突っ込んできた男の顔面に拳を突き出した。崩れ落ちた男を踏みつけて包囲網から脱すると、

そのまま、飛び掛かってくる男たちのタックルに合わせて蹴り上げ殴りつけ、

飛んでくるパンチをかわして膝をたたき込み、横から迫ってくるのが居れば、

振り向きこともしないで正確に肘をこめかみに命中させ、

蹴りを受け止めるや、地面に倒し込んで、最初の男と同じようにメキっと音を立てるまでその脚を捻り上げた。

 あれだけの数…あれだけの男を相手に、アヤは…袋叩きにされるどころか…善戦するどころか…一発ももらってない…

い、いったい、なんなの…あの子は…?!

 不意に、キュッと言う音がした。見るとそこには一台の軍用車が止っていて、そこからダリルとフレート、

それに副隊長のハロルドさんと、隊長が降りてきた。

「カレン!」

ダリルがそう叫びながら、他の3人と一緒に私のところに駆け寄ってくる。

「お、おい、あ、あれ、アヤだよな…?」

フレートがアヤの姿を見て、そう言った。

「…アヤ、だな…」

ハロルトさんがそう言って、ゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。

 飛び掛かってきた男の顎をアッパーで殴りつけ、すぐ脇に居た別の男の胸ぐらをつかんでヘッドバットをたたき込み、鼻を粉砕する。

アヤの周りには、ぶちのめした陸戦隊の連中の体が足の踏み場もないくらいに転がっていた。

と、アヤがそんなやつらの一人の体に足を取られた。

次の瞬間、別の男がアヤの背後に回り込んで、彼女を羽交い絞めにする。すぐそばにいた男が、アヤの顔面に拳を振るった。

「アヤ!」

ダリルが叫んで駆け出そうとして、直後にはその脚を止めた。

 「あぁぁぁぁ!」

アヤが叫んだ。悲鳴じゃない…それは、雄叫びに近かった。

アヤは自分を殴りつけて来た男を前蹴りで蹴りつけると、

羽交い絞めしていた男の脚を踏みつけてひるませた隙に体制を入れ替えて肘を顔面に見舞った。

倒れ込む男を無視して、さらに飛び掛かってくる別の男へと拳と脚をめり込ませ、腕や足を捻り上げ、地面へとねじ伏せていく。

そんなアヤの表情が、私には…悲しみに満ちているような気がした。

「あいつ…人間か?」

不意にフレートが言った。

「そのはず、だがなぁ」

隊長が呟くように応える。それを聞いたフレートは口ごもってから、誰となしに言った。

「でも…あれ…まるで…鬼だ…」

そう…確かに、アヤから感じるこの圧倒的な威圧感と、絶望的な力は、まるで…

私の故郷の先住民に伝わる戦いの踊りの感覚に似ていた。相対している者の戦意を折り、飲み込み、蹂躙するような、

強烈なプレッシャーだ…でも、それでも私は、アヤの目から消えない悲しみを見逃してはいなかった。
 

719: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:49:06.98 ID:CCUWC2FLo

「おい、ハロルド、憲兵呼んでおけ」

「で、でも隊長、この状況だと…!」

「カレンとダリルの話が本当なら、施設の方で地元警察に被害届を出してるはずだ。アヤがそうさせてないはずがねえ。

 だとすりゃぁ、それなりの処分を受けさせられる…それとも、あいつに最後まで任せるか…?」

「あ…い、いや…すぐに、手配します」

憲兵…MPは確かに、呼ぶべきだ。話を聞いたとき、私もそう思った。でも…そう…あのとき、アヤは言った…

 殺さない自信がない、って。

 気が付けばアヤは40人全員を叩きのめしていた。地面の上で、男たちが痛みにもだえ苦しんでいる。

アヤはその中の一人の髪を握りしめて、顔を上げさせて聞いた。

「どいつだ?」

「あ…うぅっ…」

「どいつだって聞いてんだ!」

アヤはそう叫んで、男の顔を地面にたたきつけた。

「や、やめてくれっ…言う、言うよ!そ、そいつらだ…黒髪のやつと…ブロンドのに、スキンヘッドの…」

「そうか…」

アヤはそうとだけ言うと、男を解放し、そいつが指示した一人目を見降ろした。

「間違いないな?」

「あぐっ…この、クソアマ…!」

男がそう吐き捨てたとき、アヤは勢いよく足を振り上げて、男の●●を蹴りつけた。

「うぐっ…あぁぁぁ!」

男が、子どもみたいな悲鳴を上げながら動かなくなった。

「うぅぅ…」

「痛ってぇ」

ダリルとフレートが、なぜかそう言って縮み上がっている。アヤはそれからも残りの二人にも同じように蹴りを見舞った。

 肩で息をしながら、アヤは、男たちを見下ろしている。それでも、アヤからはあの雰囲気も、表情も消えていない。

ふと、アヤは格納庫の壁際を見やった。そこには、緊急用の消火器が置かれていた。
 

720: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:49:51.42 ID:CCUWC2FLo

「おい、あいつ―――

―――バカ!

私はとっさに駆け出していた。アヤは消火器を手に、一人目の男を見下ろしている。

不意に、両手で持った消火器を、アヤは振り上げた。

「いいかげんにしな!」

私は走ってきた勢いのまま、思い切りアヤの腹を蹴りつけた。でも。

アヤはまるで分かっていたかのように身をよじってそれをかわすと私目がけて消火器を振り下ろしてきた。

でも…怖くはなかった。なぜだかは、わからない。でも、私には確信があった。

この子は、なにがあっても私を傷つけたりなんかはしない。

彼女は、自分が守ろうとしたものに手を上げることなんて絶対にない。

「アヤ!」

私はただの一言、そう声を上げた。次の瞬間、アヤの手から消火器が離れ、ポーンと道路の方まで飛んで行った。

ガコン、ガラガラと地面に消火器がぶつかって転がる音がする。

アヤは、そのまま、私にしなだれかかってくるようにして体を預けてきた。私はグッとこらえて、アヤの体を受け止めた。

 「カレン…」

肩で息をして、汗と血にまみれたアヤが私の名を呼んだ。

「…気は、済んだ…?」

私が聞いてやったら、アヤは私の体にギュッとしがみついてきて呟いた。

「ごめん…ごめん、なさい…アタシ…アタシ…」

途端に、アヤの体が小刻みに震え始める。アヤが今、何を感じてるか、何を思っているかなんて私にはわからない。

わかるはずもない。でも、なぜだか、私の胸には、締め上げる様な悲しみがこみ上がってきていた。

私は、アヤに何も言わず、何も伝えず、ただただ彼女の体に回した腕に力を込めて、

その震えが早く止るように、と、抱きしめてやっていた。




 

721: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:50:23.32 ID:CCUWC2FLo





 それから私は、隊長の指示でフレートの運転する車に乗り、アヤと一緒に現場を離れた。

アヤは、まるで魂が抜けたように放心してしまっていて、私にしがみつきながらうわ言のように必死になって誰かに謝っていた。

ユベールだの、ロッタさんだの、シャロンちゃんだの、そんな聞きなれない名前だ。

おそらく、混乱しているんだろう。

 そのまま車でフレートが連れてきてくれたのは、兵舎だった。アヤを担いで、とりあえず私の部屋へと向かう。

アヤのところにはマライアがいるはずだけど、アヤはきっと、こんな状態の自分をマライアに見せるのは嫌だろうと思ったから。

 部屋に戻った私は、アヤをソファーに座らせて、モールで買ってきたばかりのポットとマグで、

二人分のコーヒーを淹れて、アヤの分をテーブルに置いた。

「あ…カ、カレン…砂糖…砂糖、あるかな?」

「え?あなた、ブラックじゃなかったっけ?」

「今、砂糖が欲しいんだ…ないかな?」

「ん、買ってはあるけど…」

私はそう言って、ジュガースティックの袋を開けてアヤに差し出した。

するとアヤはその中から二本スティックを引き抜いて、まとめてコーヒーの中に注ぎ込んだ。

「二本って…多すぎない?」

「わかんない…でも、今甘いものが食べたいんだ…」

アヤは、焦点の合わない様子でカップをそう言って、カップを手にとった。

でも、震えるその手から、ステンレスのマグが抜け落ちて、床に転がりコーヒーが水たまりのように広がった。

「あぁっ…ごめん…ごめん、カレン…」

アヤはそんな風に言って、床に這いつくばったと思ったら、

着ていた軍服の袖でこぼれたコーヒーを一生懸命に拭きはじめた。

「ちょ、ちょっと!何してるの!」

私は慌てて、アヤの体を掴まえてその場所から引きずって話す。

アヤは、抵抗こそしなかったけど、またうわ言のように

「あぁ、どうしよう…どうしよう…」

と繰り返す。これは、さすがに異常だ…なんだろう…なにか、ひどくアヤが幼く見える…

まるで、幼児退行でもしてしまったみたいな、そんな感じだった。
 

722: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:52:06.99 ID:CCUWC2FLo

 私は、コーヒーでぬれたアヤの軍服を脱がして、洗濯かごに投げ込み、雑巾でコーヒーをふき取ってから、

また、アヤを引きずってソファーに戻した。

「ごめん…ごめん、カレン、部屋…汚して…アタシ…」

アヤは、震える瞳で私にそう言ってくる。

あぁ、もう…なんだって言うんだよ、あんたさ…なんだか、その様子が居たたまれなくなって、私はアヤの隣に座って、

その両手をギュッと握って言ってやった。

「しっかりしなよ…あんたらしくもない」

でも、アヤは落ち着くどころか、私の手を力いっぱい握り返してきて

「だって…だって、アタシ…ひどいことを…あんな…なんてことを…」

と繰り返す。

「大丈夫、コーヒーこぼしたくらい、どうってことないでしょ?」

「ち、違う…違うんだ…アタシ…アタシ…あんたを、殺しちゃうとこだった…」

アヤはまた私の目を、震えの止まらない目で見つめて言ってきた。私を殺すところ?あぁ、消火器のときの話かな…

まぁ確かに、あれを振り下ろされてたら、無事じゃ済まなかっただろうな…

でも、私はあんたがそんなことするとは欠片も思わなかったよ。正気を失ってるってのは気が付いてたけど、

それでも…あんたは、私を、私達を傷つけない、って分かってた。

「バカ言わないで…あんたは、何があってもあそこで私に消火器を叩きつけるようなことはしなかったよ。

 怖くなんてなかってし、危険だとも思わなかった」

そう言ってやったら、アヤは涙をボロボロとこぼして体を丸めうめき声を上げた。いや、泣いてるのかな…。

それにしても、参ったね…これ、軍医に診せた方がいいんじゃないかな…?

やっぱり、どう考えてもまともじゃない。
 
 「あんなに…あんなに言ってくれてたのに…アタシ、なんであんなこと…」

「落ち着きなって。誰が、あんたに何を言ったっていうの?」

「ロッタさんが…ロッタさんが、いつも言ってたのに…暴力を暴力で返しちゃいけないって…それは自分や仲間を傷つけるかもしれない、って、そう言ってたのに…」

ロッタさん、か。さっきのうわ言にも出て来てた名前だな…

施設に居た、という話だし、そこの職員かなにかだろうか?

「アヤ、あんたは、妹がひどいことされて、怒ってたんでしょ?それなら、あれくらい、仕方ないじゃない」

「違う!」

私の言葉に、アヤはガバっと顔を上げて叫んだ。すこし、驚いた。急に大きい声を出されたから、だけど。

「な、なにが違うのよ?」

「カレンを…殴ろうとしちゃった…し、しかも、消火器なんかで…あれは、危ないことだった。

 それに…それに、アタシ、何人ぶちのめした?どれだけ、再起不能にした?…あんなことして、平気なはずないだろ…?

 誰かが責任取らなきゃ…ア、アタシ、軍をクビになるかな?い、いや、それくらいなら、いいんだ…

 でも、でも、もし隊長に…隊長が責任取れって言われて、クビにでもなったら…アタシ…アタシ…!」

正直、驚いた。動転して混乱して退行していると思っていたのに…

いや、実際にそうなっているだろうに、アヤは、そんな先のことまで考えていたのか…。

確かに、アヤの危惧するところは可能性を否定できない。
 

723: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:52:43.76 ID:CCUWC2FLo

アヤが骨を折ったか関節を外したかした陸戦隊は私が覚えている限りでも15人以上。

殴ったり蹴ったり、肘や膝を入れた中にも、まだ何人かどこかしら骨折しているのもいるだろう。

そして、主犯の3人は、おそらくもう再起不能だ。

軍部にしてみたら、一個小隊を身内に壊滅させられたって認識になるだろう。

アヤは一人だったってことや、あいつらのうちの何人かが悪事を働いていたからと言って、どれほど情状酌量が与えられるかは不透明。

場合によっては降格か、悪くすればクビどころか、軍事裁判にでも掛かって投獄、ってのもあり得る。

そうなれば、アヤの上司である隊長にもその責任が及ぶだろう。それこそ降格か転属の可能性もある、か。

「どうしよう…アタシ…隊長がここにいられなくなったら…どうしよう…」

アヤが心配しているのは、きっと隊長のことだけじゃない。隊長が転属してしまえば、そこに新しい隊長が来る。

それも、隊の品行が悪くて異動になったとなれば、お堅い厳しいのがやってくるというのは目に見えている。

たぶんアヤは、私達の心配を…私達に申し訳ないと、そう思ってるんだ。

 私は、アヤの気持ちを察して、思わず彼女の体を抱きしめていた。

「大丈夫だよ、アヤ…。あんたが想像しているようになんて、ならない…

 そのためなら私が嘘の証言でもなんでもしてやれる…ダリルも、隊長も何かしらの手段を講じるはず。

 あんた達は、家族なんだろう?あんたがクビになるのを黙って見てるだけのはずがない。

 隊長が出て行くかもしれないってのに、手をこまねいてるだけでいるはずなんてない。必ず、なにか手を打つ。

 誰もあんたに責任を負わせるなんてこと、したくはないはず。そうでしょ?」

私は、アヤにそう言ってやった。慰めなんかじゃない。きっと、隊長も隊の連中も、そう行動する。

私にはそんな確信があった。この隊に来て、まだ一か月とちょっと。それでも、そうするだろう、って思えた。

そうでもなければ…こんな私が、ここまで心を開くことなんて、きっとなかっただろうから…。

「カレン…アタシ達だけが家族なんじゃない…あんたもそうなんだからな…」

私の言葉の、そんな部分にアヤは反応して、私の服をギュッと握りしめてきた。

聞いてほしいのは、そこじゃなかったんだけどね…まぁ、そんな状態でも、そう言ってもらえるのは、嬉しいよ、アヤ。

 カツカツと廊下を歩く足音がしたと思ったら、誰かがドアをノックした。ビクっと、アヤの体が震える。

私はアヤの背を一撫でしてから、

「どうぞ」

と声を掛けた。MPのやつら、ってことはないだろうね…

 そんな心配をしていたら、ギっとドアを開けて、レイピア隊のブライトマン少佐と、その後ろから隊長が姿を現した。

二人は、アヤの様子を見て、顔を見合わせ揃ってため息を吐いた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

アヤが私に顔をうずめてそう繰り返している。隊長達だ、って、分かっているようだった。
 

724: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:53:13.76 ID:CCUWC2FLo

そんなアヤに、隊長が声を掛けた。

「アヤ・ミナト少尉」

ビクっと、アヤは体を震わせた。それでも、彼女は小刻みに震えている体を私から離して、隊長の方を向いた。

隊長はそんなアヤの姿を見て、ボリボリと頭を掻いてから

「今日より、一週間の謹慎処分を下す。謹慎中の給与については、満額が手当より減額される。

 以後の処分については追って知らせる。以上だ」

とアヤに伝えて、ふん、とまた、小さくため息を吐いた。これは、伝えなきゃならない、事務的な話…

隊長、続きがあるんでしょう?

「この様子だと、後見は私じゃない方が良さそうじゃないか」

ブライトマン少佐がそう言って隊長を振り返った。隊長は黙ってうなずき、今度は私の前にススっと移動してきた。

「カレン・ハガード少尉。以後一週間、アヤ・ミナト少尉の監視役を命ずる。この命令には拒否権がある。

 不服があれば、この場で申し出てくれ」

私は首を振って、答えた。

「いえ。問題はありません。私が行います」

すると、隊長は、やっとふっと力を抜いた表情になった。それを見たアヤが、途端に声をあげる。

「隊長…隊長、ごめんなさい…アタシのせいで…アタシ、隊長を…!」

そんなアヤの様子に、隊長は少しも驚かないでアヤの肩をポン、と叩いた。

「いいか、アヤ。お前はとにかく、一週間カレンとここで過ごせ。外のやつらとは口を利くな。あとのことは、俺たちに任せておけ」

隊長は、私がこのジャブローに着いて荒れていたときと同じように、力強く、落ち着いていて、優しい声色で、アヤに言った。

 それを聞いたアヤは、うぅっと唸って、何度もうなずきならが顔を覆って泣き出した。隊長はそれから、また私を見て

「すまねえな、カレン。めんどくさいことを押しつけちまって」

と謝ってきた。

「いいえ…仲間に入れてもらえてるみたいで、嬉しいです」

私が言ったら、隊長はニヤっと笑って

「“隊は家族”、だろ?一蓮托生だ」

と答えてくれた。それから改まって

「とりあえず、これからのことは、別途指示を出すから、それまで待ってくれ。今からオフィスで打ちあわせるんでな」

と教えてくれた。アヤのことは、任せたぞ、ってことね。私はそれに気づいて、黙ってうなずく。

それから隊長はまたボリボリと頭を掻いて

「これ、マライアとデリクには黙ってた方がいいだろうなぁ…

 変に集中力を欠くようなことになれば、戦闘で死にかねんしな…ったく、そこらへんはダリルに一任することにするか…」

と面倒そうに言って、やわらかく笑った。

 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。
 

725: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:53:54.57 ID:CCUWC2FLo

 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。

「なんです?」

「甘い物」

「甘い物?」

私はそれを受け取って中を確認すると、そこには売店で買ったんだろう、

チョコレートや菓子パンなんかが山ほど詰められていた。

「どういうことですか?」

「ん、アヤの古い知り合いに聞いたんだよ。甘い物食べさせてやってくれ、ってね」

「古い、知り合い…?」

ふと、さっきアヤが口にしていた人たちの名前が脳裏によみがえった。ロッタさんに、ユベールに、シャロンちゃん、か。

そのどれかなんだろうか?そんなことを思っていたら、隊長が

「んじゃぁ、俺たちは行く。あぁ、シャワーやなんかは、適当に行っていい。

 だが、ラウンジには寄らないようにしてくれ。食事も、夕飯までには手筈を整えとくから、食堂には顔を出すな」

と言い残し、ブライトマン少佐にかぶりを振って、一緒になって部屋から出て行った。

パタンとドアが閉まるなり、アヤがまるで背骨が抜けたみたいに私に体を預けて来て、メソメソと泣いた。

まったく…どうしちゃったんだよ、あんたさ。

 そう思いながら、ブライトマン少佐にもらった袋からチョコレートバーを取り出して包みを剥す。

「ほら、食べる?」

私が声を掛けてやったら、アヤはスンスン、と鼻をすすりながら顔を上げて、

私が握っていたチョコレートバーにかじりついた。いや、自分で持ちなさいよね…

「ごめん」

アヤはそう謝って、私の手からバーをむしり取った。

―――えっ? 

アヤは、一心不乱にバーにかじりついている。
 

726: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:54:53.88 ID:CCUWC2FLo

 私は…その様子を、混乱の中、見つめていた。い、今のは、何…?私、アヤに何も言わなかった…よね?

でも、アヤは、ごめん、てそう言って、私の思っていた通りに、バーを自分で持って食べ始めた…お、落ち着いて…

も、もしかしたら、口に出ていたのかもしれないし、そ、それに、アヤが私の様子を見て言った言葉が、

たまたま会話みたいにつながっただけかもしれないし…

い、いや、でも、私、今のは本当に言葉にしてない…していない、よね?

いきなりのことに、私は、自分の頭がおかしくなったとすら感じた。でも、そんな私を見やったアヤは、

「あぁ…ごめん、びっくりさせちゃったな…」

と言ってきた。ちょっと…ね、ねぇ、それ…今…今のって…

「うん、ちゃんと説明するから、ちょっと待って。もう一本だけ食べさせて」

アヤは…確実に、私と会話していた。ううん、私と、じゃない。私の頭の中の思考と、だ。ゆ、夢でもみてるの…私?

 そんな私をよそに、アヤは、スンスンと鼻をすすりながら二本目のチョコレートバーを食べ終え、

私のマグをあおって半分ほどコーヒーを飲んでから、ふう、とため息を吐いて、また、私に寄りかかってきた。

 「ね、ねえ…アヤ…?」

私が恐る恐る聞くと、アヤは

「うん」

と返事をして口を開いた。

「アタシね、人の頭の中が分かるんだ」

「考えてることが、読める、ってこと?」

「読める、って感じでもないんだけど…なんだろう、肌に伝わってくる感じなんだよ」

アヤは私の服の裾を、まるで小さな子どもがするようにギュッとつかんで続けた。

「最初に気が付いたのは、14のとき。一緒に施設で生活してた、大好きだったユベールってのが死んだあと、

 アタシ、ヤケになったときに知り合いとケンカになった。そのときに…なんて言ったらいいのかな…時間が見えたんだよ」

「時間が…?」

「うん…相手の動きとか、考えとか、そう言うのが頭の中に流れ込んできた、って言うか。

 次の瞬間に何が起こるのか、とか、相手が何をしてくるか、とか、そう言うのがブワって、ね」

アヤは私のマグを手に取って、飲んでもいいか、みたいな表情で見上げてくる。私はうなずきつつ、その先を促す。

「それからかな。アタシ、なんとなく人の感情を感じ取れるようになった。

 最初のときほど強烈じゃなかったけど、でも…妙な感じで、さ…

 この人は、今何を思ってんのかな、とか、何を感じてるのかな、ってのは、

 自分が感じてるみたいにはっきりとわかるようになったんだ」

「そ、それで、私の頭の中も読めた、ってこと?」

「うん、そう。でも、たぶん、もうすぐできなくなる…。今の感じは、14のときのと似てる。

 ブワっと、いろんなことが頭に入ってくる感じ。でもこれ、時間が経つと戻っちゃうんだ。

 これになると、そうとう疲れるし、やたら甘いものが欲しくなるし…情緒不安定になる…」

「今のあんた、ってわけね?」

「うん、そう…」

アヤは、小さな声で、そう言った。それから、

「これ話したの、カレンが初めてだ…」

と口にした。
 

727: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:55:33.26 ID:CCUWC2FLo

「あんまり言わない方が良いと思うよ、それ」

私が言ってやったら、アヤはかすかに笑って

「そうだよなぁ」

なんて答えてから、その笑いを収めて割と真剣な様子で私に聞いて来た。

「気味悪い、かな?」

まぁ、不思議ではあると思う…でも、世の中、人の気持ちに敏感なやつがいることも確かだし、それに…

私は、アヤの話にいろいろと納得がいった。アヤには、私が我慢していたことが分かっていたんだ。

親のことや、前の隊のこと、戦闘のことがあって、私が他の誰かに“見てもらう”ためには、

“本当の私”を抑え込まなきゃいけない、って思っていたことが。

だから、私の話を聞いてくれた。私にケンカを吹っかけて、怒りも苛立ちも理不尽な思いも、

全部受け止めてくれようとした。気味が悪いなんて、思うはずない。

その不思議な力は、少なくとも私を助けてくれた力なんだから…

「どう思うか、なんて、分かってるんでしょ?」

「うん…でも、言葉で聞きたいんだよ」

アヤはそんなことを言って、また、私を見上げてくる。情緒不安定、ね…

確かに、あんたのことを、かわいい、と思うだなんて、こんなことでもない限りはなかっただろうね…。

「気味が悪いだなんて思わないよ。それは、私を助けてくれた力なんだからね」

思っていたままを言ってやったら、アヤは、まるで屈託のない、子どものような笑顔で嬉しそうに笑った。

 それからアヤは、ジッと黙ったかと思ったら、袋に手を伸ばして3本目のチョコレートバーをかじりだした。

私は、アヤのこぼしたマグを洗って、自分のと合わせて新しいコーヒーを淹れ、

アヤのにはシュガーの代わりにハチミツを入れてやって渡してやった。

 バーを食べ終え、そのコーヒーに口を付けたアヤは、ふう、とため息を吐いて言った。

「あぁ、落ち着いて来たら、すげぇ恥ずかしくなってきた」

「あら、正気に戻ったみたいね」

私が言ってやったら、アヤはとたんにガバっと私から離れて、ソファーのアームレストに顔をうずめて

「ア、ア、アタシ!カレン相手に、何やってたんだ!」

と悶えはじめた。ふふふ、これはしばらくは、アヤをイジるのにネタの不便はなさそうだ。

そんなアヤの様子を見て、私はそんなことを思って笑ってしまった。

 「でも、その能力さ」

そのままにしておくのもかわいそうなので、さっきの話に話題を戻してあげる。

もちろん、もう少し聞きたいことがあった、と言うのも正直なところだけど。
 

728: ◆EhtsT9zeko 2014/06/25(水) 02:56:08.90 ID:CCUWC2FLo

「たとえば、戦闘なんかで、相手の出方が分かったりするわけ?」

「あー、うん。ほとんどの場合、ほんの一瞬だけな。

 アタシを狙ってるやつの気配を感じるくらいのことは出来るんだけど、行動まで読むのはなかなか難しくってさ。

 だから、アタシはいつも後出しなんだ」

「カウンターを狙っていくタイプよね、アヤは」

「そうなんだ。一手目を見せてくれれば、そのあとは状況と合わせれば二手目は読めるんだけど」

アヤの言葉に、ふと、先日二人して撃墜されたときのことを思いだしていた。

確かにあのときは、こっちから先制を掛けた結果、反撃を食って撃ち落された。

あれくらいのやり取りは“鬼”みたいになっていないときは読めない、ってことね。

そう思って確認してみたらアヤはなんだかイヤそうな顔で

「そうだけど…その“鬼”ってやめてくんないかな」

って苦情を出してきた。これも、可哀そうだからやめておこうか。

 そう、でも…アヤには、狙われてる、狙われる瞬間が分かる、ということ…

それは、ミノフスキー粒子のせいでレーダーの効かない戦闘に置いては、何にも代えがたい警戒手段になり得る…。

だとすれば…彼女は、小隊長なんかをしているよりも、もっとすべきことがあるんじゃないのだろうか…?

もちろん、マライアを守るという意味合いで、その力は有効だけど、

マライア一機くらいなら、私でも十分にフォローできる。

それよりも、アヤは…たとえば、隊長の僚機として飛んで、戦闘地域のありとあらゆる状況を隊長に提供して、

その判断を補助する…そうすれば、隊全体の危険も事前に排除できるし、生存率はかなり上げることができるんじゃないか…

「アヤ、あんた、小隊長私に譲る気はない?」

「はぁ!?いきなり何言ってんだよ、カレン!」

「これは、いつものお遊びじゃなくて、提案。小隊は私に任せて、あなたは隊長のそばを飛んでいるべきだと思う。

 隊長と、彼が守る、この隊の安全のために」

私が言ったらアヤはボリボリと頭を掻いて

「んー、まぁ、その発想は分かるけどさ…隊の編成は隊長の決定だし、いまさらそこに口をはさむのは難しいよな。

 アタシ、今、謹慎中だし…」

とバツの悪そうな表情で言う。

「だとしたら、私が実力で小隊長のイスを奪えばいい、ってことね?」

「な、なんでそうなるんだよ!それは負けた感じになるからイヤだよ!」

私が言ってやったら、アヤはいきりたってそう言い返してきた。

もう、割と真剣な話なのに、そうなられたらお遊びにするしかないじゃない…そんな不満を微かに感じたけれど、

でも、どうやら本当に落ち着いて来てくれているらしい。

このやり取りは、いつもの、私を対等に見て、受け止めてくれるアヤの姿そのものだ。

そう思ったら、私は、そんな不満を消し去るくらいの安心感が胸に湧いてきて、思わず、ホッとため息を吐いていた。
 


 

738: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:04:04.57 ID:u7tIi3x+o






 <まったく、連日連日、懲りないやつらだなぁ>

<ははは、そうだな。そろそろお引き取り願いたいもんだ>

<そういうお前は、そろそろ弾幕に飛び込むのに懲りてほしいんだがなぁ、フレート。

 お前が来て俺が書く始末書の枚数がどれだけになったか教えてやろうか?>

<よ、よーし、ジオンどもめ!今日も俺が叩き落としてやるぞ!>

<おーい、フレート、頼むから張り切らないでくれよ>

隊長たちのそんな会話が聞こえる。私たちは相変わらずのメンバーで空を飛んでいた。

<マライア、そっちは大丈夫か?>

<はい、問題なしです>

アヤとマライアの確認もいつも通り、だ。

 今日は、基地から西へしばらく行ったあたりの哨戒任務。先ほど敵の出現が報じられこうしてあたりを確認しているところだ。

10月に入ってからは何日かに一度、あの攻撃空母が爆撃にやってきて、森や地上兵器を焼こうとしていた。

諜報部からの話では、キャリフォルニアベース周辺の工業エリアが完全にジオンに抑えられ、ジオンのための兵器の生産施設に様変わりしているらしい。

だけど、つい先日、レビル将軍ってやつの率いるヨーロッパ方面隊が、総力戦でオデッサを奪回した、という報が飛び込んできた。

連邦がモビルスーツを投入し、初めてつかんだ戦術的な勝利だ。

オデッサが戻れば、そのまま南下してアフリカ大陸の入り口にある油田地帯も抑えることができる。

3月にあの場所を落とされた連邦が陥った資源不足を、今度はジオンが体験する羽目になるだろう。

この事実は、ジオンがこの地球上での資源的な補給を絶たれたことにほぼ等しい。

少なくとも地球でのジオンの継戦能力は低下の一途をたどるだろう。

 だけど、安心はできない。

それこそ、長いこと戦いをしていく力が乏しくなったとなれば、短期決戦を挑んでくる可能性も少なくはない。

ルナツーを中心に、ジャブロー上空の防衛力は整っているけど、またコロニーでも落とされればそれまで。

そうでなくとも、北米とアフリカの全軍がここジャブローを目指して侵攻してくる可能性もある。

そうなれば、私たちがどれほど抵抗できるかは、正直なところわからないだろう。
 
 アヤはあれから、一週間の謹慎の後に、オメガ隊に復帰した。

オフィスに出向いたアヤは、隊長になんども礼を言うと、隊長は笑って

「くたびれたぜ。もう二度とすんなよ」

とだけアヤに伝えていた。でも、私はダリルに事の詳細を聞いていた。かなり危険な状況だったらしい。

アヤは反逆罪を掛けられそうになっていたし、隊長の免職の話すら出たようだ。

でも、隊長たちは、MPと施設の被疑者の子との橋渡しをし、地元警察と連携をして、事件のあらましと状況を何度も確認した。

そして、写真での面通しを行い、アヤが再起不能にした三人と犯人が一致。

そこからは急展開で、アヤの逮捕は帳消しになり、むしろ、治安維持勲章授与なる表彰が行われた。

ただ、隊長に関しては監督不行き届きと判断が下され、2か月の減俸となってしまった。

それをこっそり聞いた私に、隊長はニヤっと笑って、

「金で解決できる問題なら、よかったじゃねえか」

なんて言って見せた。

やはり、彼の隊長というか、父親としての資質をみせつけられたようで、私までうれしくなったのを覚えている。
 

739: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:04:40.26 ID:u7tIi3x+o

 そんなこんなで、とにかく、私たちはまだ、一緒だ。何度となく戦い、そのたびに全員生き残って来た。

フレートをはじめ、出撃があるごとに、被害がない日の方が少なかった、というのも事実だ。

撃墜されることはなくても、被弾して戦域から離脱したり、不時着することもあった。

そのたびに肝を冷やしていた私だけど、それでも、一日の終わりにはいつだって笑顔でいられた。

 この隊に移ってきて半年近くが経つ。いつの間にか、私はこの隊に驚くほどの居心地の良さを感じていた。

それこそ、アヤが家族と言ってはばからない気持ちが、私には十分に理解できるほどに。

だからこそ、私は出撃の度、そんな大事な家族が欠けてしまうんじゃないか、って恐怖に襲われるようになった。

その恐怖心を拭うために、毎回私は、身を賭して戦ってきた。

時にはアヤの指示を無視してまた本気のケンカになったり、無茶はするなと隊長に叱られたりもした。

それでも、私は怖かった。やっとできた、仲間を、家族を失ってしまうことが。

でも、だからこそ、と、いつしか私は思うようになっていた。

 だからこそ、私は、毎日を全力で生きるんだ。

私に生を与えてくれた、死んでいったみんなのためにも、そして、オメガ隊の全員を、大切な家族を全力で守って、

また、一日の終わりに全力で笑うんだ、って、ね。

<気を抜くなよ。何か月か前に、油断して新型に落とされたのもいたからな>

隊長の声が聞こえる。もちろん、それは私たちのことだ。

<あー、だからそれはナシにしてくれって言ったじゃないか!>

「あれは小隊長の指示のせいですよ。仕方なかったんです、私は」

<なんだとカレン!>

<だははは、なんでもいいが、とにかく気を付けろよ!>

アヤの言葉に私がつっかけたら、隊長がそう言って笑い飛ばした。

「ミナト小隊長?あんまり気を抜いてると、不信任決議出しますよ?」

私がさらに無線にそう言ってやると、怒ると思ったアヤの笑い声が聞こえてきた。

<前回のは、あんたにも責任があるんだからな!一緒に落ちたくせに、偉そうなこと言うなよな!>

「はぁ?あんたの指示に従ってみたら落ちたんですけど?私が判断してたら二人とも撃墜されるようなことはなかったと思いますけどね、小隊長?」

<このぉ…!あんた、地上に降りたら今度こそ二度と文句が言えないようにしてやる!>

「いいよ、相手になるわよ!?」

 ここまで盛り上がると、すぐにたいていマライアが慌てて仲裁に入ってきて、

地上に降りてから私とアヤに変わり順番に関節技を掛けられる約束を取り付けさせられるのがいつものこと、だ。

<あ…あの、えっと…>

マライアの声がヘルメットの中に響く。ほら、思った通り。

<か、各機、えっと、その…うぅ、あー…!あっ、く、9時!9時方向!>

仲裁してくると思ったのに、珍しい、マライアがそんな声上げるなんて。そんな感想を抱きながら私は左手を見やった。

そこにはうっそうと茂るジャングルが途中で割れていて、その間に川が流れているいつもの光景が広がっている。

別になにも見えないけど…
 

740: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:05:23.36 ID:u7tIi3x+o

<なんだマライア、なにも見えないぞ?>

アヤのそんな声が聞こえる。

<も、潜った…水中に潜ったんです!ね、隊長!敵の水中型!>

マライアはそう主張した。水中型、ね…そういえば、以前見たあの熊みたいなやつも、

その後の諜報活動で水中型だと言う話があった。あれと同型、ってこと?だとしたら、警戒が必要だね…

それこそ、今のバカ話じゃないけど、懐に飛び込めばたちまちあの機銃4門の餌食になる…。

<おい、ほかに見たヤツいるか?>

隊長がそういう声がする。しかし、他の隊員は誰一人その姿を確認していないようだった。もちろん、私もアヤも、だ。

<隊長!私、ほんとに見たんですよ!>

マライアは必死になってそう声を上げる。

「まぁ、嘘を言ってるとは思ってないけど…」

私が言うと今度はダリルが

<それなら、いっちょ確かめに行くか…おい、フレート、付き合えよ>

と言ってから

<隊長、水中に、無誘導弾を一発、時限信管モードで投下してもいいすかね?>

と隊長に確認を取る。

<あぁ、そうだな…ダリルが投下を行え。フレートはもしものときの援護だ、了解か?>

<了解、任せてください!>

フレートの張り切る声が聞こえる。まったく…

「フレート、あんた張り切るとロクなことないんだから、気をつけなよ!」

私がそう言ってやってるっていうのに、フレートは笑って

「わぁかってる、って!」

といつも撃墜される前に言う返事を返してきて、ダリルと一緒に川の方へと機首を向けて飛び去った。

 <さて…鬼が出るか蛇が出るか…>

<はたまた、ワニかジャガーか…まぁ、いるとしたらたぶん熊だろうけど、な>

二人はそんなことを言いながら川へと近づく。ダリルが高度を下げて川への投擲体制に入った。

フレートはダリルよりも高い高度から観察している。私たちも二人の様子に目を見張った。

 ダリル機が降下し、胴体下の無誘導爆弾を川へと放り投げて上昇した。爆発は起きない。

時限信管だから、か。ダリルが上空のフレートと合流した。

<さて、カウントダウンだ…5、4、3、2>

ダリルがそこまで言った瞬間、ドン、という音とともに、川に高い水柱が上がった。

<おーい、ダリル!カウント間違ってるじゃないか!>

アヤのはやし立てる声が聞こえてくる。でもアヤは決してふざけてはいなかった。

私とマライアの先頭を行くアヤは、いつでもダリル達のいる川の方へ飛び込めるように、とヨーを効かせて微妙に機体の向きを調整してる。

 しかし、水面の変化はない。

<なんだよ、マライアの見間違えじゃないのか?>

<えー?でも、あたし、ちゃんと見たんですよ!>

フレートのヤジに、マライアが反論した次の瞬間、水面から輝く筋がバッと伸びてきて、

フレートとダリルの機体を抉り取った。
 

741: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:06:02.15 ID:u7tIi3x+o

 <ちっ!>

<イジェクトします!>

二人の声が重なったと思ったら、空中爆発を起こす直前の機体から二人がイジェクションシートで飛び出してきた。

よかった…脱出できた…!

<隊長!こいつ、あの熊じゃない!>

ダリルの叫ぶ声が聞こえた。あの熊型じゃないっていうの!?でも、今のはメガ粒子砲…!

まさか、あの機体以外にもメガ粒子砲を撃ちだせる機体を出してきている!?

<ちっ!目標、視認!なんだ、あれ…カニだ…!!>

<熊型もいるぞ!>

見るとそこには、見たことのないカニのようなモビルスーツと、その両脇にあの熊型のが二機寄り添うようにして立ち上がった。

やっぱり、新型の水中タイプ!

<くる…!カレン、右旋回!>

アヤの叫ぶ声が聞こえるのと、カニ型が腕を振り上げたのと、ほとんど同時だった。

私はアヤの言葉に反射的に右へと機体を滑らせていた。その直後、私の機体のすぐそばをビームの筋が何本も通過していく。

う、嘘でしょ…!?なんて連射性能…!

<だぁ、こいつはヤバいな…>

隊長のうめく声が聞こえた。

<おい、隊長、やめろ!>

不意にアヤがそう叫んだ。アヤ、隊長の動きを読んだの?!何をする気…隊長!?

<悲鳴あげる暇があったら援護しやがれ!>

隊長はそういうが早いか、機首を敵のモビルスーツに向けた。発射されるビームが隊長機を掠めていく。

そればかりか、カニ型のモビルスーツは頭部からミサイルを連続して発射してきた。隊長はそれを加速して切り抜ける。

隊長…!あんたいきなりそんな無茶を…!急にどうしたっていうんですか!?

<だぁ!もう!各機!隊長を援護だ!撃ちまくれ!>

心の中でそう叫んでいた私の耳にアヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は編隊飛行なんて無視して敵モビルスーツに機首を向けてトリガーを引いた。

他の機体から発射された曳光弾やロケットがモビルスーツに着弾する。それを受けて敵がひるんだ。

「隊長!逃げて!」

私は叫んだ。でも、隊長は回避行動なんてとらなかった。

 隊長機はモビルスーツをフライパスした瞬間に急上昇を初めて、上昇の頂点でくるりと機体を真下に向けた。

あれは…クルビット!私の得意な機動…!でも隊長は敵を撃つわけじゃなかった。

そのまま加速して真っ逆さまに、頭上から敵に迫る。まさか…特攻する気!?私は声を上げて隊長の暴挙を止めようとした。

でも次の瞬間、隊長機のキャノピーが吹き飛んで、中からイジェクションシートが弾け飛んで出た。

パイロットを失った機体は、加速をつづけたままモビルスーツの頭上から迫って、腕に衝突し、はじけ飛んだ。

爆発を起こした戦闘機には、無誘導爆弾と航空燃料にロケット弾が満載されてた。

隊長…戦闘機の機体そのものを武器にするなんて…!
 

742: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:06:36.15 ID:u7tIi3x+o

 戦闘機の直撃を受けたカニ型のモビルスーツは、片腕を失い、それ以外のダメージも明らかに負っている様子だった。

おそらく、破壊された腕と同じ側の脚にもダメージを受けている。まともに動けている感じはしない。

 <いまだ、お前ら!とどめをさせ!>

隊長の声が聞こえてきた。隊長、あんた、無謀すぎるよ!

私はそう思いながらもトリガーを引き、ロケット弾の発射ボタンを連続でたたいた。

ありとあらゆる火線がモビルスーツ3機に襲い掛かり、慌てた熊型2機が、カニ型を抱えるようにして水中へ没していった。

<だぁ!くそ!逃げられたか!>

アヤの声が聞こえる。でも、隊長はまだあきらめてはいなかった。

<ハロルド!司令部に通報して、下流域を水中機雷で封鎖させろ!>

<了解しました、隊長!>

ハロルドさんが勇ましくそう返事をした。



   

743: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:07:32.23 ID:u7tIi3x+o




 それから私たちはしばらく、その周辺の空域を警戒したけど、結局逃げだし3機を見つけ出すことはできなかった。

基地に戻って確認すると、どうやら仕掛けた機雷を爆破して、敵は外海へと逃げ出して行った可能性が高い、とのことだった。

まぁ、この際、撃墜できたかどうかなんて気にしない。大事なのは、また、全員が無事に生き残れた、ということだ。

 基地へ戻った私は当番だったのでオフィスで報告書をまとめていた。

まぁ、当番じゃなくたって、任務の後は用事でもない限りは隊員はみんなオフィスに集まって、

ソーダに軽食を摂りながら勝手気ままに反省会と言う名の団欒が始まるんだけど。

「いやぁ、しかし、隊長のあれにはびっくりしたよ」

ハロルドさんがソーダをあおりながらそんなことを言い出す。

「まぁ、そうですよねぇ…いきなりでしたからね、隊長」

それにデリクがうなずく。

「俺は付き合い長いが、あんなのは初めてだったなぁ。あのカニが相当ヤバいって踏んだんだろう。

 あぁでもして叩いておかなけりゃ、危ないって判断だったんじゃないかな」

ヴァレリオがいつになく落ち着いてそんなことを言った。

「でもさ!あれは、帰ってきたらちゃんと言ってやらないとダメだよな。危ないことすんな、って」

アヤがなんだかちょっと憤慨した様子で言っている。

「それはまぁ、俺の方から言っておくよ」

「いや、ハロルドさん、ここはみんなで言うべきだろ!あの人に何かあったら、困るのはアタシらなんだ!」

「そ、そうですよ…隊長に死なれちゃったら、あたしも悲しいですし…」

「あはは!そいつを聞いたら、隊長は喜ぶだろうな!」

「喜ばせたいんじゃないんだっての!」

アヤとマライアの言葉を聞いて笑い出したハロルドさんに、相変わらずの様子のアヤが声を上げた。

 そんなとき、オフィスの外で車のエンジン音が聞こえた。どうやら、ご帰還らしい。

「お、帰って来たな」

「隊長め…あんなバカ、他の誰かが許したって、アタシはそうはいかないからな!」

そういきり立っているアヤをよそに、隊長はヘラヘラと笑いながらオフィスに入ってきた。

むしろ、後ろからついてきているフレートとダリルが困惑した表情をしていた。

「お帰りなさい、隊長」

ハロルドさんがそう声をかけると隊長はガハハと笑って

「おう、心配かけたな!」

なんて悪びれる様子なんてこれっぽっちもない様子で言った。
 

744: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:08:54.10 ID:u7tIi3x+o

 「おい、誰かなんとか言ってやってくれよ」

フレートがそんな悲鳴を上げる。

「このおっさん、さっきからずっとこんな感じで俺たちの話なんぞ聞きやしないんだ」

ついでダリルがそう言う。

「バカ野郎、あんなもんのどこが危険なんだ」

隊長はダリルの言葉を聞くなり言って笑う。まったく、あれが危険じゃないんなら他になんだったんだ、って言うんだ。

さすがにそれを聞いたアヤが隊長につかみかかった。

「あんたな!アタシらがどれだけ心配したと思ってんだ!」

そんなアヤの権幕にも隊長はみじんも動揺せずに、そっとアヤの体を押し返しながら

「ま、援護がよかったんだ。お前らのおかげだな」

なんて嘯いた。

「だぁ、もう!あんたはなんでいつもそうなんだよ!ユージェニーさんに言いつけるぞ!」

「それは勝手だが…あんなもん、別にどうってことはねえだろう?」

アヤの言葉に隊長は不思議そうにそう言って、自分のデスクに行くと飛行服を脱ぎ始める。

はぁ、まったく、お気楽というかなんというか…仮に、隊長が死なない確信を持ってあれをやったにしたって、

それを私たちが心配するんだ、っていうのは、わかってほしい気もする。

毎度あんなことをやる人じゃないし、これまでもやった試しなんかないけど、なるべくならこれっきりにしてほしいものだし、ね。

 「なぁ、カレン、あんたも何とか言ってやってくれよ!」

アヤが困り顔で私にそう協力を要請してきた。

私はちょうど完成していた報告書をプリントアウトする操作をしてから、ふん、と鼻で息を吐いてアヤを手招きした。

まぁ、とにかく。私にも、他のやつらにとっても、ここはどんな手段を使ったって、

“うん”と言ってもらわないことには気持ちがおさまらないのが正直なところ、だ。

 近寄って来たアヤと、それからマライアを引っ張って来て、思いついていた策を耳打ちする。

「えぇぇ!?それ、やんのかよ!?」

「うっ…あたし、それできるかな?」

「マライア、あんたにはできる。アタシが保証する。問題はアタシだよ、そういうタイプじゃないだろ、アタシ」

「だからいいんじゃない。ギャップよ、ギャップ」

私はそう言ってアヤとマライアを隊長の前に引っ張っていく。隊長はさすがに私らを見てかすかに身構えたような表情になった。

まぁ、マライアはさておき、私とアヤとが責めたらいくら隊長だって、ヘラヘラしているわけにはいかないだろうから、ね。

でも、私はそんなことをしようってんじゃないんだよ、隊長。
 

745: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:09:46.99 ID:u7tIi3x+o

「ほら、アヤ」

私はアヤの脇腹を肘でつついて促す。するとアヤは、くっとかすかに唸ってから、隊長の胸ぐらをつかんでうつむいた。私はマライアに目くばせをして、隊長を引き寄せたアヤに体を密着させる。

「隊長…あんた…もう、あんな無茶しないって、約束してくれよ」

アヤがそう言って顔を上げた。私とマライアもそろって顔を上げる。

 私が二人に指示したのは、簡単。こういうときは、責めるよりも女の武器を使う方が手っ取り早いんだ。

「隊長…あたしも、お願いです。隊長に死なれたら、あたし、すごく悲しい…」

「私もだよ、隊長。あんたは、私たちの父親みたなもんなんだ。あんたのいないこの隊がどうなるか、なんて考えたくないんだからさ」

私たちは、それぞれそう言って、私の指示した通り、目に涙をいっぱいに溜めて上目づかいで隊長に“お願い”した。

 うぐっ、と隊長が息を飲むのがわかった。

「な、頼むよ?」

「お願いです、隊長…」

「…無茶はもうしないって、約束してください」

隊長の動揺がわかったんだろう、アヤがさらに隊長を引き寄せて言うので、私とマライアも隊長の目をじっと見つめて追い打ちをかける。

 すると隊長は、むぐぐ、と言葉にならない唸り声をあげてから、

「だぁ!もう、やめろ!わかった!約束する!あんなのは二度とやらんから、安心しろ!」

と声を上げてそっぽを向いた。

 とたん、オフィスが爆笑に包まれた。

「ぎゃははは!ヤバい、ヤバいぞ、隊長があいつらに落とされた!」

「お、おい、マライアとカレンは良い!アヤ、アヤが…お前はないだろ、あのアヤがっ…くっ…ぶははは!」

「ちょちょ、ちょ、待てよ!俺にもほら、もうナンパしないでってやってみてくれ!そうすれば俺ナンパやめられそうな気がするんだ!」

「女の武器、ですね…怖いなぁ…でも隊長がちょっとうらやましいですよ」

「あははは!さしもの隊長も、あれには叶わないみたいだね」

「黙れ!笑うなよ!ダリル、特にあんた今なんていった!?」

「あ、あたし、こういうの初めて…でも、けっこう使えるんですね、これ」

「そりゃぁ、あんたはかわいらしいからね。一番強力だと思うよ?」

「うわっ、お、おい、アヤが暴れだしたぞ!誰か止めろ!」

「やだよ!あいつなんかとやりあえるか!」

「よ、よしヴァレリオを盾にしろ!」

「な、なにすんだお前ら…わっ、アヤ、やめ…げふっ!」

「うわぁぁ!ヴァレリオがやられた!」

「ちょ、ア、アヤさん!ダメだってば!やめなさい!やめるって約束して!」

「マライア、アタシに上目づかいでお願いして効くと思うな!」

「ぎゃぁぁ!カレンさん助けて!」

まったく、また大騒ぎ、だ。ふふふ、でも…やっぱり、私たちの隊はこうでないと、ね。

「ちょっとアヤ!マライア離しなさいよ!」

「離すかよ!こいつ生意気だからちょっとしつけてやる!」

「離せって言ってるでしょ!」

「いだだだだだだ!痛いよカレンさん!そっちに引っ張らないでよ!抜ける!首が抜けちゃう!」

あぁ、本当にまったく…おかげで、今日も笑顔で一日を終えられそうだね。みんなに感謝、だ。

   

746: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:10:59.48 ID:u7tIi3x+o




 それから数日が経った。私たちは本当は訓練の予定だったのだけど、珍しく直前にキャンセルになって、オフィスに集められていた。

 オフィスに入って私たちの顔を見る隊長は、いつもと同じけだるそうな雰囲気だったけど、

いつもはだらしなく腰掛けている自分の席じゃなくて、私たちの座ったテーブルの前に立っていた。

傍らには、ハロルドさんもいる。

 いったい、なにが始まるっていうんだろう?

 バタン、とドアが開く音が聞こえて、オフィスにアヤが入ってきた。

「悪い、格納庫に向かっちゃってた」

アヤが申し訳なさそうにそう言いながら席に着く。それを確認して、隊長は私たち全員の顔を見つめて言った。

「昨日、キャリフォルニア、ニューヤーク両地域に潜伏中の諜報部隊から連絡があったらしい。

 敵は、相当数の攻撃空母とモビルスーツを準備して、出撃の準備を始めているようだ」

つまり…それは今までの爆撃任務ではなく…ここジャブローを直接制圧するつもり、ってこと…

「本格侵攻、ってワケですか…」

フレートがそう口にすると、隊長は黙ってうなずいた。

「諜報からの情報によれば、敵は、明日の朝にはこちらの上空へ差し掛かるだろう。俺たちは、戦闘機で出撃し、これを迎撃する」

隊長の言葉に、みんなは一様に息を飲んだ。ついに、恐れていた事態になった。

オデッサを失ったジオンが、勝負を掛けに来たんだ。

これまでの再三にわたる爆撃の様子からおおよそこちらの位置を掴んだのか…

あるいは、先日入港したあの白い木馬の新型戦艦が探知されたのか…

いずれにしても、ジオンは北米の部隊を投げ打っての総攻撃をかけてくる。こちらも相応の戦力を揃えて戦わなきゃならない。

総力戦になる、か…。

「おい、マライア。しっかりしろよ!」

アヤのそういう声が聞こえたのでみると、そこには身を縮こまらせているマライアの姿があった。

「そうだね…考えようによっては、ここうまく守り切れば、北米のジオン戦力を相当削り取ることになるかもしれない。

 そうなったら、オデッサと中央アジアに続いて、北米の奪回も可能になる…」

私が言うと、隊長がうなずいた。

「カレンの言うとおりだ。俺たちにしてもかなり消耗はするだろうが、ここでジオンを削れれば、

 オデッサで失ったヨーロッパ方面軍の補充を完了させる時間が稼げる。

 そうなればあいつらが中心になって北米へ攻め込める。オデッサに続いて北米さえ奪回すれば、

 ジオンの地球での継戦能力はほぼゼロだ。宇宙へと追い返せるチャンス、ってわけでもあるな」

そう、確かに、そうだ。でも私は、あの日、バイコヌールやオデッサに迫ってきたモビルスーツの大群を思い出していた。

ジャブローは川と森に隠された天然の要塞。

あの日のような部隊運用はできないはずだけど、でも、ジオンは今や、水中タイプのモビルスーツもかなりの数を導入している。

こっちも、それに対応できる機体が開発された、って話は聞いたことはあるけど、正直、それほど数が揃っているとは思えない。

それこそ、日ごろモビルスーツの訓練に時間を割いている私たちの部隊にも、廉価の量産機さえ配備されずじまいだからだ。

「とにかく、そういうことだ。師団長が、俺たち戦闘隊は、今日は休んで明日に備えて英気を養え、と言ってきている。

 情報と上の迎撃作戦が発表され次第、ブリーフィングはするつもりだが、

 ま、ついでに戦勝の前祝の準備でもしておこうじゃねえか」

隊長はそう言って、ため息交じりに笑った。
 

747: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:11:34.97 ID:u7tIi3x+o

「はぁーやれやれ、どうなることやら、だな」

「まぁ、生きていればのなんとやら、だ。そこんとこを各機忘れないようにしておかないとな」

「いや、お前がそれを言うかよ、フレート」

ダリルとフレートがそんなことを言っている。でも、私はふと、忘れていたあの恐怖感や不安感が胸にかすかによみがえるのを感じた。

一方的な攻撃力と防御力を見せつけられ、守るべきたくさんのものを守れずに、逃げるしかなかった、あの頃の気持ちだ。

入隊して、半年弱。やっぱり、私は、今まで出会ったことのない、温かい仲間…

“家族”を得られた幸福感を味わって過ごしてきて、今更思う。彼らの一人でも失うことになったら、

ううん、そんなのはダメだ…そうならないように、私はたとえ自分に危険が迫っても戦う必要がある…

 そんな私の気持ちをあの力で感じ取ったんだろう、アヤにポン、と肩を叩かれた。見るとアヤはニヤっとして私を見ていた。

「まぁ、そう意気込むな、って。大事なのは…」

「ヤバくなったら、逃げる」

「そうそう、アタシらは、それだけを考えて飛んでりゃいいんだ」

なんて、アヤは自分に言い聞かすみたいにして言った。それから、わざとらしく大きく伸びをして

「そんなら…そうだな。夕飯の準備でもしに行くか。アタシとマライアで買出しに行ってやるよ。

 飲みたいものと食いたいものあれば言えよな」

なんてみんなの顔を見て言った。ありがとう、アヤ…本当に、あんたは、いつだって私を助けてくれる…そう、そうだ。

例え敵の規模が大きかろうが、関係はない。それぞれが危険なことをしない、イジェクションレバーは常に意識して、

逃げ道だけは確保しておけば…どんな戦場だって、私たちは生還する。これまでそうだったのと同じように、だ。

「お、じゃぁ、メモ回すから、必要そうなもんは各自記入な」

「食い物やなんかは、キムラのおやっさんに頼んでもよさそうだけどなぁ」

「まぁ、いいから書くだけ書いとけ」

「俺、ワインがいいです!」

ダリルがどこからか取り出したメモ用紙に、男たちがこぞってあれこれ書き始める。それを横目に私はアヤに声をかけていた。

「私も一緒に行くよ。けっこうな荷物になりそうだし」

「ホントか?助かるよ」

私の言葉に、アヤはそう答えてくれた。それから、意味ありげに私の目をじっと見て、かすかにやさしい笑みを浮かべる。

その力は、素直にものを言えない私にとっては、本当にありがたい力だね。感じ取ってくれてるんだろう?

少し、一緒に居たいって思ってるのを、さ。別に弱気になってるわけじゃない。

でも、今の私にはすこしだけ、あんたのその明るい前向きさが必要だって思うだけだよ、うん。
  

748: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:12:05.68 ID:u7tIi3x+o

 それから、アヤとマライアに私もついて行って、モールで食料や酒を買い込んだ。

オフィスに戻って準備をしている最中に、上層部から明日の作戦についての連絡があり、前祝いを始める前にブリーフィングが行われた。

 私たちの部隊は、他の連中と一緒に敵の迎撃のため、北部方面の第3エリアの受け持ちに割り振られ、

戦域に侵入してきた敵と交戦する割り振りになったようだ。

本部直上の防空班やら、私たちよりさらに北部の第1エリアあたりだと、対空砲の支援もないし、

かなり厳しい戦域になる可能性が高い。

私たちのエリアも敵を前面で受け止める位置にあるけど、対空砲部隊がびっしり配備されているエリアだし、

味方の支援数という意味では第1エリアとは比べるべくもない。

厳しい戦闘には変わりないだろうけど、それでも恵まれた戦域に、私は胸をなでおろしていた。

 ブリーフィングを終えてからすぐ、そのままオフィスでいつもの騒ぎが始まった。

私もアヤに絡んではケンカ遊びをしたり、マライアをアヤといじってみたり、ヴァレリオを軽く受け流したり、

ベルントを探したり、とにかくその時間を楽しんだ。

明日になったら、もしかしたらこのうちの誰かが帰らないかもしれない、そんな考えが一瞬頭をよぎったけど、すぐに忘れてしまった。

帰らないかもしれない、なんて馬鹿げてる。

私たちは、なにがあっても、全員無事に帰還して、そのときに帰還祝いでまた騒ぐんだ。

それを楽しみに、それを頼りに、私も隊も、必ず生き残る。絶対に、絶対に、だ。



  

749: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:12:44.90 ID:u7tIi3x+o




 その晩、私は早めにシャワーに入って寝る準備を整えていた。

心がけ、というやつだ。明日になって、寝不足で動けなかったり、判断が鈍ったりしないように、自分を調整しておくのは大事だろう。

部屋に戻って髪を乾かしてから、レイピアのリンにもらった、リラックスできる葉っぱなんだというハーブのお茶なんかも入れてみた。

確かに、気持ちが落ち着く香りで、飲むよりも香りを楽しんでいたくなるような、そんなお茶だった。

 レイピアもヘイローもオメガも、明日は総動員。私たちと隣接するエリアでの戦闘になるらしい。

オフィスでのパーティーが終わった帰り際に、アヤとマライアと一緒に各隊のオフィスに出向いて行って、お互いの無事を祈ると話をした。

特に男所帯のゲルプのところではいたく歓迎されて、酒だの料理だのを無理やりに持たされた。

ヘイローにもリタとメアリーっていう女性パイロットたちがいるから、まぁ、特別扱い、ってわけじゃなかったけど、それでも歓迎してくれた。

レイピア隊に至っては、半ば同じ部隊みたいなものなので、歓迎されるというよりは、出入り自由、って感じだ。

とにかく、そうして私たちはお互いに士気を高めあって、無事を祈りあった。

 ハーブティーを飲み終えて部屋の流しでさっとすすいでから、私はベッドに腰掛けた。

アラームをセットして、横になろうと思ったとき、コンコンと、ドアをノックする音がした。

こんな時間に誰だろう、なんて思うわけもない。問題は一人か、二人か、ってことだ。

 「いいよ」

って声をかけると、シャワー上がりらしい髪を濡らしたアヤが顔を出した。

「あれ、悪い。寝るとこだった?」

「そうだけど、別にいいよ」

「そっか、よかった!」

私が言ったら、アヤはうれしそうな顔して部屋に入ってくる。アヤが後ろ手にパタン、とドアを閉じた。

あら、マライアはいないんだね。

「一人なんだ?」

「あぁ、うん。あいつはまだシャワー浴びてる」

アヤはなんでそんなことを聞くのか、って顔して首をかしげて言ってから

「ん、なんか良い匂いしないか?」

と、クンクンと鼻をならしてそう聞いてくる。

「あぁ、ハーブティー。飲む?」

「いいのか?」

「うん、貰い物だけど」

私はまだ暑いまま残っていたポットのお湯を使って、マグに二人分のハーブティーを淹れて片方をアヤにだしてあげた。

それからベッドに座りなおして、マグに口をつけながらアチチとか言っているアヤに声をかけた。

「なにか用事でもあった?」

そしたらアヤは、あーと唸って、少し言いづらそうに

「昼間さ、ちょっと様子が変だったから」

と私の顔色を覗き込むようにして言った。たぶん、少しだけ不安になってしまったときのことを言ってるんだろう。

そんなに心配するようなことでもないのに、なんとも、仕事熱心な小隊長だこと。
 

750: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:13:15.95 ID:u7tIi3x+o

「心配してくれたの?さすが、小隊長殿はお優しいですね」

「まぁ、部下の不安を取り除いてやるのも、仕事の内だからな」

私の皮肉に、珍しくなんでもないよ、って感じで答えたアヤは、マグに口を着けて笑って言った。

「ま、気楽に行こう。明日が特別、ってわけじゃないんだ。

 今までは敵も様子見、こっちもそれに合わせて様子見で、それこそ、1戦闘単位ずつしか投入してなかったんだ。

 明日は敵も全軍に近い勢いだろうけど、こっちだって、持ってる戦力総動員のはずだ。

 絶対数が同じなら、明日の戦闘だってこれまでといくらも変わらないだろ」

ふふふ、確かに。でも、そんなに心配しなくても、私はとっくに持ち直してる。要らない心配だよ。

「まぁ、それも小隊長殿の指揮にかかっていると、わたくしは思いますが」

そう返してニッと笑ったら、アヤはようやく私が平気だってのがわかってくれたらしくて、ニヤっと笑顔を返してきてくれた。

 「それよりも、心配なのはマライアの方。あの子、たぶん緊張で固まるでしょうね」

「あぁ…そうだなぁ…なるべくそうならないように言って聞かせてはおいたけど、明日いよいよ来るぞってときになったら、わからないもんな」

私の言葉に、アヤはそう言って同意してくれる。

マライアは、まぁ、地上にいる間はアヤにくっついてるおかげか、いや、隊の連中のおかげもあるだろうけど、

とにかくのびのびしいてて、いい子なんだけど、いざ空に上がってみると、いつだって過剰に緊張してるのを、私は感じていた。

いくら私やアヤの機動をそっくりに再現できても、それを応用して独自の動き方をして私たちを驚かせても、

いざっていうときに、思考が固まって体が動かなくなることが少なくない。

そんなときには、私やアヤの怒鳴り声がマライアの硬直を解くカギになる。

でも、そんな一瞬のラグは、やはり危険であると言わざるを得ないんだ。

「まぁ、あればっかりは、なるべく目を離さないで見ててやるしかないよな」

「うん、そう思う。根本的な解決をするには、まだ時間がかかりそうだね」

私の言葉にアヤはふぅ、っとため息をついた。

「まぁ、明日はアヤがマライアを引っ張るんでしょ?ブラヴォー1の援護をしながら、私とヴァレリオで見ててやるから、なんとかなるよ」

「はは、まぁ、そうだな。ヴァレリオも空じゃぁ頼りになるしな」

「彼、なんで昇進試験受けないんだろうね?隊長も、昇進させてやろうと思えば、あの成績ならいくらでも上申できそうなものなのに」

「あぁ、それはヴァレリオ自身が嫌がってんだよ。なんでも、曹長くらいの方がナンパしやすいんだと。

 士官になっちまうと、とたんに下士官からは上官って扱いをされて、それ以上に発展しにくいとかなんとかって、力説してたことがあった」

「…人のこと言えたものじゃないけど…バカなの?」

「バカだけど、ナンパに命かけてるあいつらしいって言や、筋が通っててカッコいい、とも言えなくもない。

 いや、待ってくれ、カッコいいは言い過ぎた。取り下げる」

私達はそんな話をして顔を見合わせて笑う。
 

751: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:13:52.15 ID:u7tIi3x+o

 それにしても。タイガー隊に居た頃も、私はフィリップっていう相棒がいた。

でも、あいつはドライすぎて、信頼はしていたけど、どこまで信じていいのか、っていう疑問が常に付きまとってた。

でも、アヤは違う。彼女のことを、私はどこまでも信頼できた。

彼女なら、口が悪くて気持ちもうまく表現できない私の思いや考えを、正確に受け止めてくれる。

いや、言葉なんて、もしかしたら要らないのかもしれない。それは、彼女の持っている不思議な能力のおかげなんかじゃない。

そんなものがなくったて、彼女は真正面から人と向き合って、理解しようと努力する。

そしてその実、私という人間をこれまで出会ったどんな人よりも理解していると思える。

私自身も、アヤのことを理解しようと思ったし、ある程度はできているって自信を持って言える。

そんな関係だからこそ、私は、彼女を信じて、彼女に背を預けて戦える。

どんなキツイ戦場になったって、私の手の届かない場所にアヤはいてくれる。アヤの手の届かないところに、私はいる。

そうやってフォローし合える、かけがえのない存在だ。これまでにだって、何度も思った。

でも、こうして話をしていると、やっぱり改めて思うんだ。アヤと出会うことができて、本当によかった。

 不意にバタバタと音がしたと思ったら、ドアをノックする音が聞こえてすぐに開いた。顔をのぞかせたのはマライアだった。

「あ、やっぱりここにいた!アヤさん、部屋にいないからどうしちゃったのかと思ったよ」

「あぁ、悪い悪い。明日の細かいことの打合せしたくってさ」

私のために来た、なんて言わないのがアヤだ。

「あれ、なんかいい匂いがする」

「あぁ、リンにもらったハーブティー。寝つきがよくなるんだって。マライアも飲む?」

私が聞いてやったら、マライアは目を輝かせて

「飲む!今、マグ持ってくるね!」

と言って一度ドアを閉めて出ていき、すぐに隣の部屋から自分のマグをもって戻って来た。

そこにお茶を入れてあげたら、アヤが嬉しそうに言った。

「さぁて、じゃぁ、オメガ隊第三小隊の戦勝祈願だ!」

「はい!」

「ははは、そうだね。明日も笑って、地上に帰ってこよう!」

「乾杯!」

私たちはそう言い合って、カチャン、とマグを打ち鳴らした。



 

752: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:14:35.54 ID:u7tIi3x+o




 <おい、敵さん見えるかぁ?!>

<団体様でお着きだ…すげー数だな…護衛の戦闘機か>

<ははは!そんなもん、ムシムシ!狙うはあのデカブツだ!>

<おい、フレートォ!お前、今日弾幕に突っ込んだら予備機手配しねえからな!>

<わかってますって、隊長!>

そう言いながら、隊長とフレートにダリルと…ベルントが高高度へ上昇していく。

しかし、あの大編隊を見てもいつもの調子だなんて、頼もしいったらないね、まったく。

まぁ、でもあの護衛の頭でっかちの戦闘機は確かに敵じゃない。

いたところで弾幕を張ってくるとか、進路を妨害してくるのが関の山。

戦闘機動でも速度でも私たちの機体には足元にも及ばない。油断は禁物だけど、ビビるようなことじゃないんだ。だから…

「マライア、気圧されてないだろうね?」

私はそうマライアに声をかけてみる。

<だ、大丈夫です…今のところは…あの戦闘機は、いくら数がいてもそんなに怖くないですし…>

マライアの返事が聞こえてきた。そうは言っても声色は緊張の色が隠せていない。

でもまぁ、合格、ってことにしといてあげようか。

<こちら、オメガリーダー。オメガブラヴォーへ。お前らはそこで降下してきた敵モビルスーツを狙え。

 上で煽ってやりゃぁ、焦って降りてくるだろう。なるべく体制を崩させるから、そこを狙え。

 おい、対モビルスーツ攻略の基本、その1、デリク、言ってみろ!>

隊長が昨日のブリーフィングで説明した作戦をサラッとおさらいして、それから見習い二人にそう聞いた。

<はい!装甲の弱い部分を狙う!>

<おーし、マライア!その2!>

<えーっと、バーニア、スラスターなど誘爆要因となる個所を狙う!>

<ははは!おい、教育係!しつけは順調だな!>

返事を聞いた隊長のうれしそうな声が聞こえる。

<バカ言うなって!アタシはなんもしてない!これはカレンとヴァレリオのお陰だ!>

「そりゃぁ、ね。小隊長が不甲斐ないから、手を貸してやったんだよ」

隊長の声にアヤがそう返したので、すかさずそう言葉をはさんでやったら、アヤはまたいつもの口調で

<なんだと、カレン!>

なんて荒げてから、とたんにトーンを落として

<…感謝してる。今日も、頼むぞ>

なんて言い直してきた。このっ…そういうのが一番答えづらいってわかってて言ってるでしょ、あんた!

そうは思ったけど、さすがにこれを皮肉で返すのは居心地が悪い。目には目を、だ。

「わ、わかってるよ。ちびちゃん達は任せな。そっちは、上のバカ共が無茶しないように見ててよね」

まったく…こういうこと言うこと自体、恥ずかしいっていうから、その手の方法で“仕掛けて”くるなとあれほど言ったのに…

まぁ、でも、アヤも通常運転だ、っていうことだ。私の方も大丈夫だとアヤには伝わっただろう。私たちはそれでいいんだ。
 

753: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:15:49.73 ID:u7tIi3x+o

 <おぉっと、おいでなすったぞ!露払いだ!>

ヴァレリオが言った。正面の空でキラリ光が瞬いて敵航空空母の護衛の戦闘機が無数に機体を翻してこっちに群がってきた。

<オメガアルファ、現在の高度を維持せよ。敵戦闘機は引き離せ。オメガブラヴォー、アルファの援護を頼む>

<こちらブラヴォーリーダー、援護了解。各機、小隊分散してアルファを援護せよ!>

<了解、ブラヴォーリーダー!こっちはブラヴォー2だ。カレン、マライア!遅れんなよ!>

これも昨日の作戦通り。

上空に上がった隊長達は攻撃担当、私達ブラヴォー班はそれよりもやや低空の位置で援護と降下してきたモビルスーツへの攻撃を担当する。

ハロルドさんとヴァレリオにデリクがブラヴォー1、私とアヤにマライアでブラヴォー2だ。

こっちの指揮は、もちろんアヤがとるけど、アヤは上空の隊長達に気を配らなきゃいけない。

その分、ブラヴォー1の援護をしながら私が指揮をフォローしつつ、マライアの援護をする手はずになっている。

最初は私の仕事が多い気もしたけど、ブラヴォー1のヴァレリオとデリクの分隊はマライアとアヤを援護する。

要するに私は、アヤ達を気にしながら、アヤ達を守るヴァレリオ達を援護すればいい。

意識する先が同じだから、大した労力も必要なかった。

私の援護はヴァレリオの分隊がやってくれるから、こっちも敵に食いつかれるのを気にすることはないけど、

そもそも私とハロルドさんはあの敵機に遅れは取らないと折り紙付きだから、この位置を任されてる、ってこともある。

これも、特に珍しい形態じゃない。分隊飛行するときの、オメガ隊の定石だ。

 ふと、レーダーがホワイトアウトしていることに気が付いた。私はさっそくアヤに怒鳴る。

「アヤ、レーダーがホワイトアウト!」

<ったく、手が早いやつはきらわれるぞ?各機、ミサイルは使えない。機銃掃射で弾幕はって避けつけるな!

 アタシとマライアでアルファの援護!カレンは、ブラヴォー1を見ててやってくれ!>

「任せて!」

「了解!」

<こちらブラヴォー1。こちらは、俺がアルファの援護に着く。デリクとヴァレリオにそっちの護衛を任せる!>

<了解です!>

敵機が私達に群がってくる。同時に地上から対空砲が撃ちあがって来た。敵の数はかなりのものだけど、でも、遅いね…

そんなんで私たちを落とそうなんて、甘いんだよ!私はスロットルを押し込んで加速する。

一気に敵の一団を引き離して旋回して、外から様子をうかがう。

案の定、隊長達に絡みつこうとしている敵機を狙っているアヤ達の後ろを取ろうと位置取りを決めにかかっている敵が複数。

それをヴァレリオの分隊が蹴散らしに突っ込んで行く。

私はその中で、逃げずに機動を反らしてヴァレリオ達をやり過ごした敵編隊を見つけた。まずはあんた達からだ!

私はその敵編隊に機首を向けてさらに加速した。グングンと迫ってくる機体をHUDにとらえて、機銃弾をバラ撒く。

今日は空戦がメインになるから、とエルサに頼んで、ミサイルの数は少なめにして、

その代わりにガトリング砲の弾を余分に積み込んでもらっている。あの戦闘機なら、いくらでも落としにかかってやれる!

 キャノピーの向こうで敵機3機が私の弾に縫われて爆発を起こした。さて、次だ!私は旋回をしながらさらに周囲を観察する。

と、アヤ達を援護していると悟ったのか、今度は敵機がヴァレリオ編隊に群がっている。

全部で9機…一撃で仕留めるには少し多いね…まぁとりあえず真ん中の奴らを狙って散らばせておこうか…

私は上方に居たヴァレリオ分隊を応用にシャンデルで機体を上昇させてヴァレリオ達の背後の敵機に迫る。

相手は、こっちの動きを感知してないらしい。あんな出っ張ったキャノピーしてるっていうのに、うかつすぎるよ!
 

754: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:16:40.40 ID:u7tIi3x+o

 私は速度を上げてヨーを効かせながらトリガーを引いた。曳光弾の軌跡が敵編隊を舐めるようにして撃ちぬいて行く。

それに合わせて、敵機の編隊が次々と爆発を起こした。

ようやく私の存在に気が付いたらしい残りの敵機2機が急な機動で回避行動に入る。

でも、その機体じゃなにをやったってダメなんだよ…すまないね!

 操縦桿を倒して機体を寝かせ、次いで思い切り引っ張って急旋回の機動で敵機に2機を追う。

すぐさま敵をHUDに捕らえて私はトリガーを引いてそいつらも処理する。さぁ、次は…!?

<カレン、後ろに付かれてるぞ!>

不意に、ヴァレリオのそういう声がした。まぁ、そうだろうね。順番的に私が狙われるのは分かってる。

<カレンさん!右旋回でこっちへ!援護します!>

デリクの声が聞こえた。でも、要らない心配だよ!

「デリク、こっちは自分で処理する!あんたたちは、アヤとマライアを見ててやってくれ!」

私は無線にそうとだけ怒鳴って、さらに機体を旋回させる。キャノピーの向こうに私の機動に追従してくる編隊が2つの6機。

距離はある…なら、あれが有効だろうね…!私は機体を水平に戻してスロットルを押し込み一気に機体を急上昇させる。

強烈なGがかかり、頭が白みそうになるところで耐Gスーツが反応して下半身が強烈に締め付けられる。

十分に上昇し、あたりに敵機がいないのを確認して私はインメルマンターンの機動に入り、

そのまま思い切りブレーキを効かせて機体を翻させる。

眼下に、のんびりとこっちへ上昇してきている敵が見えた。スロットルを押し込みながら、私はトリガーを引いた。

上昇中で機動力が落ちてきた敵機は私の銃撃をよけきれずに次々と爆散していった。

ふぅ、とため息をつきながら、上って来た分の高度を降りてまたヴァレリオ分隊とアヤ達を確認する。アヤ達も隊長達をうまく守れている。

ヴァレリオ達も、そつなくアヤ達へ接近する敵機を追い払って、あるいは撃墜していっている。いい感じだ。

あとはこのまま、隊長達があのデカ物空母を叩いてくれれば、今日の夜は祝勝会だね!

<敵空母接近!アルファ隊、上から攻撃をかけるぞ!高度を300上げろ!>

隊長の声が聞こえて、アルファがさらに高度を上げていく。

<マライア!アタシらはこの高度を維持!カレン、そっちは?!>

アヤの声が聞こえた。なんにも問題はない。私はこのまま、敵を潰し続ければいいだけ…

「こっちは平気よ!上を頼むわ…っ!?」

そう答えた瞬間だった。ガン、と鈍い金属音がして、コンピュータが警報を鳴らし始めた。撃たれた…?!

いったい、どこから!?私はとっさに旋回してあたりを確認する。でも、私を狙っている敵は確認できない。

その代わりに、上空に多数飛来している敵機を落とすための対空砲の曳光弾の閃光がまるで地上から上空へ降る雨のように、

無数に立ち上っていた。まさか、今の、対空砲部隊の連中が!?

「こ、こいつら!味方がいるの見えてないわけ!?」

<カレンさん、大丈夫ですか?被弾してますよ?>

「あぁ、大丈夫、飛ぶのに支障はないよ」

私はコンピュータで被弾箇所を確認してからデリクに答える。幸い弾は、エアインテークのカバーをかすっただけ。でも…

「でも、この対空砲は…!デリク、あんたも気をつけな!」

私はデリクにそう怒鳴る。地上のやつら、ミノフスキー粒子でIFFが効かないからって、手動でめちゃくちゃに撃ち上げてきてるんだ…

一か所や二か所だけじゃない、ジャングルの中から、これだけの数でそんな攻撃をされたら…!デカ物空母がさらに接近してくる。

襲いかかってくる敵機の位置を頭に入れながら、ヴァレリオ分隊とアヤ達に群がる敵機を追い払い続けるの!?

この無数に、不規則に飛び交う対空砲をかわしながら…!?
 

755: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:17:29.04 ID:u7tIi3x+o

 そう思っていた次の瞬間、アヤ達の背後に旋回しようとした敵機を撃ちぬいたデリク機が対空砲の曳光弾に重なった。

「あっ!」

私が声をあげるのと同時にパッと、デリク機に炎が灯った。

<デリクが被弾!おい!火吹いてるぞ!>

<くそぉ!地上の奴ら、見境なしですよ!すみません、先に出ます!>

デリクの声が聞こえた。

<了解、デリク!気を付けろ!>

<役に立てなくてすみません!みんなも気を付けて!>

ヴァレリオの返事を聞いたデリクがそう言い残して、機体からイジェクションシートで脱出した。くそっ!

地上のやつら何考えてる!味方を落としてなんになるっていうんだ!

<こちら、上空のオメガ航空隊!地上の対空砲部隊へ!射線を一定に取ってくれ!空が混乱する!>

隊長の怒鳴る声が聞こえるけど、対空砲の打ち上げが変わる様子はない。

<マライア!食いつかれてる!右旋回!>

唐突にヴァレリオの怒鳴り声がした。しまった…!地上に気を取られて、援護を…!

見るとマライアは敵機2機に食いつかれて回避行動をとっている。

<マライア!低空へ逃げろ!上で回避してると味方の対空砲につっこんじまう!>

<はい!>

アヤの指示を聞いたマライアはスライスバックで高度をさげつつ速度を稼いでさらに敵機から逃げる軌道に入る。ちょうど、私のいる高度と同じだ!

「マライア!そのまま5時方向まで旋回しな!そうすればこっちの正面にでる!私が叩いてやる!」

私はマライアにそう指示した。

<了解!>

マライアの強張った返事が聞こえた。でも、マライアは空を切り取るんじゃないかっていう鋭い機動で旋回してくる。

私はマライアの機体を横目に見ながらすれ違って、マライアを追っていた敵機の後ろに回り込むと一連射で2機を撃墜した。

「よし!排除したよ!」

<あ、ありがとうございます!>

そう返事をした次の瞬間、今度はマライアが地上から撃ち上げてきた対空砲に重なった。

とたんに機体が揺らめいて、バランスを崩す…

「マライア!」

<だ、大丈夫です!支障なしです!>

マライアの報告が聞こえてくる。よかった…そう胸をなでおろしたのも束の間、今度はヴァレリオの悲鳴が無線に響いた。 

<くっそ!こっちも下から食らった!>

ヴァレリオ…!どこに!?私は対空砲の動きに細心の注意を払いながら機体を旋回させてヴァレリオ機を探す。

そこには、白い何かを引きながら飛ぶヴァレリオ機の姿があった。

「ヴァレリオ!無理しないで、あたしの後ろへ!着いてきな!」

私はそう指示をしてやる。すると

<了解!頼むぜ!>

とヴァレリオの返事が返って来るとともに、機体から伸びていた白い筋が消えた。燃料タンクをやられたんだね…

でも、爆発しないでよかった。燃料の流出を止めれば、まだ安全に飛ぶくらいのことはできる…それにしても地上のやつら!

完全に混乱しきってるじゃないか!空の戦闘はこっちに任せてあんたたちはおとなしく援護だけしてりゃいいんだよ!
 

756: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:18:00.70 ID:u7tIi3x+o

「アヤ!下はダメだ!バカ対空砲部隊のやつら、敵も味方もあったもんじゃない!」

私はそう思ってアヤに怒鳴った。これは危険だ…すぐにでも高度を上げて密度の薄い空域へ移動する必要がある…!

<了解!隊長!中層域は対空砲の密度が濃すぎて危険だ!高度を上げるぞ!>

<了解した!すぐに退避しろ!気を付けて来い!>

アヤも同じことを考えていたようで、すぐさま隊長に言った。隊長からの返事を聞いたアヤはすぐに

<カレン!マライア!あと、ヴァレリオも!着いてこい!上にあがるぞ!>

と指示を出してくる。でも、次の瞬間

<だぁぁ!>

という誰かの声が聞きえた。

<くっそ、悪い、エンジンにもらった!>

ハロルド副隊長の声だ。まさか、ハロルドさんも?!

<アヤ、ブラヴォーの指揮を頼む!隊長、すんません!先に脱出します!>

私は上空にいたはずのハロルドさんの機体をさがす。

するとそこには、爆発する機体から何とか脱出したハロルドさんのイジェクションシートのパラシュートが開くところが見えた。

くそっ!デリクに、ハロルドさんも、敵じゃなくて、味方に落とされてる!

本当に地上のやつらは私たちを殺す気つもりなのか!?

 <上空からモビルスーツ!撃ってくるぞ!>

アヤの声に、私はもう一度空を見上げた。そこには、通り過ぎた空母の後部ハッチから降りてくるモビルスーツの姿が見えた。

下からは対空砲、上からは、モビルスーツのマシンガンとあの空母の対地機銃…!?待って、あのモビルスーツ…まずい!

「マライア、右上方へ回避!」

私は、マライアのとびぬけるその先に、敵のモビルスーツが降下していくのを確認してそう怒鳴った。

マライアが慌てた様子で機体を旋回させるけど、その機動に気づいたトゲツキがマシンガンを撃ち下ろし始める。

<くそ!マライア、もっとパワー上げろ!>

アヤがマライアに怒鳴った。パワーを上げても、その機動じゃモビルスーツの射界からは逃げきれない…なら!

「あたしが行く!マライア!そのまま逃げな!」

私はマライアにそう指示してスロットルを押し込んで機体を上昇させた。

<待て、カレン!そのコースはダメだ!>

アヤが私にそう言ってきた。おそらく、あのトゲツキの次に降りてきたヤツのことを言ってるんだろう。

私の視界にも入っていた。でも、このまま速度を上げていけば、あいつの下を潜り抜けられる…!

「マライアがヤバいのわかってんでしょうが!」

私はトリガーを引きながらマライアを狙っていたトゲツキめがけて上昇した。

2時方向から、アヤの機体がわざわざマライアの援護のために急降下してくるのが見える。

いや、マライアの援護だけじゃない。アヤ、あの機動でモビルスーツの注意を引いて、私の援護もするつもりだ…!

助かるよ…旋回して離脱するタイミングが一番危ないって思ってたところなんだ!
 

757: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:18:28.95 ID:u7tIi3x+o

 アヤの機体と高速ですれ違った。

次の瞬間、トゲツキが飛び抜けて行ったアヤへ注意をひかれてマシンガンをマライアから外し、私の機体からも遠ざかった。

逃げるなら、このタイミング!私は機体をトゲツキから離れる機動で旋回させる。

上空にはすぐそこに次のトゲツキが迫っていた…

でも、この機動なら背中側からあいつの下を抜けて、マシンガンの射程距離圏外まで一気に飛び去れる…大丈夫だ!

 そう思った瞬間だった。ガン!と音がして、コンピュータからまた警報がなりだした。また…また、対空砲だ!

私はとっさにコンピュータを見やる。するとそこには、左のエンジン異常の警告が表示されていた。

エンジン…!?まずい!出力が…!

 出力が落ちれば、速度は上がらない。敵の下を抜けるこのコースには、速度は…絶対条件だったんだ…

このままじゃ!私はコースを変えようと操縦桿を握る手に力を込めた。

「あぁ、くそ!」

でも、次の瞬間、私の目の前には、トゲツキの背中があった。

 激しい衝撃と轟音とともに炎にまかれた青空が見えた。私は、意識が遠のくのを感じた。

自分が衝突したのかどうかも定かではなかった。強烈な力で体が揺さぶられている感覚だけが、微かに分かった。

 あぁ、しくじった…まさか、こんなドジを踏むなんて…こんななら、アヤの言うとおりにこのコースはやめておくんだったな…

まったく、最後の最後、こんな形で命令無視の報いをうけさせられるなんてね…。

 隊長…私をオメガに誘ってくれてありがとう。

あのとき隊長に拾ってもらえなかったら、私、あれからどうやって過ごしてたかな…

きっと、あのまま腐って、どこぞの敵に特攻でも仕掛けてたか、そうでもなければ、もっと早い段階で今みたいに死んでたかもしれないね。

そう考えたら、本当に幸せな時間だったな…フレートも、ダリルも、ハロルドさんも、ヴェレリオにベルントも、本当に家族みたいだった。

デリクもマライアも、素直で健気でかわいかったな…アヤが、妹だ、弟だ、って胸を張ってたのを見て、

少しだけ優秀だった弟と妹のことを思い出したこともあったっけ。

それに…アヤ…。こんな私に優しくしてくれて、うけいれてくれてありがとうね…

あんたのおかげで、私、本当に大事なものを見つけることができたよ。ずっと見つけられなかった幸せを、

私はあんたのおかげで見つけることができたんだ…だから、ありがとう…

それから、命令守らずにこんなことになってごめんね…どうか私のように気にやまないでね。

悪いのは、いつまでも突っ張ってた私なんだから。ごめんね、アヤ…ありがとう…

―――カレン!このバカ!なんで命令守らないんだよ!

アヤの声が頭の中に響いてきた。ごめん…本当に、ごめん…


…待って…


頭の、中?

 

758: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:19:07.52 ID:u7tIi3x+o


 けたたましい警報音が鳴り響いていた。体が不規則な方向にまるで振り回されるように揺さぶられている。

マイナスGで視界が赤らんで見える。でも…でも、私…まだ生きてる!

意識が戻ってそう気が付いた瞬間に、私はとっさにヘルメットと飛行服の隙間に手をねじ込ませて自分の頸動脈を押し込んだ。

嘘かほんとか、マイナスGのレッドアウトは、頭に血液が集まりすぎた際に起こるから、

もしものときはこうやって頭へと集まる血液を止めればいい、と言ってたのはフレートだったか…

 とにかく私は、瞬間的に気を失っていたらしい…でも、そう、でも…私は生きてる!状況は…状況はどうなってるの!?

私はそんな思いからキャノピー越しの外を見やった。時折地上が見えたり空が見えたりと目まぐるしく景色が移り変わっている。

落ちてる…落下してる!しかも、かなりの速度で、だ!

そういえば、トゲツキとぶつかる瞬間に力を込めた操縦桿に反応して機体がギリギリで旋回の機動に入っていた。

そして衝突した瞬間、薄れゆく意識の中で私が見たのは、炎と、空…

そして今私はコクピットの中にいてしかも落下しているらしい…状況的に、どうやら機首だけは衝突を逃れて、

トゲツキの脇か股の間をすり抜けて分解して放りだされたんだ…

でも、このままじゃ、遅かれ早かれ、激突死は免れない…イジェクトを…でも、この状況で脱出して、無事でいられるの?

こんな不規則に回転したまま脱出したんじゃ、射出されたシートも慣性で回転を続けるに違ない。

そうなったら、パラシュートが開くどころか、そのままパラシュートにまかれて生身のまま落下していくことになる…

それももれなく激突死…だとしらた…

 私は、まだぼんやりする意識の中で考え付いていた。とれる策は一つ。

森に突っ込む直前にこのキャノピーが空を向いた瞬間にイジェクションレバーを引く…

それなら、少なくとも落下のスピードと射出のスピードが吊り合う。

そうなれば、慣性が加わってシートが多少回転しようが、問題はない。

パラシュートが開かなくても、あの厚い木々の枝が、クッション代わりになってくれる…

そこは、アヤと一緒に撃墜されたときに、実証済み…賭けるならその一瞬しかない。

 私はそう決心をして、片手で頸動脈を抑えて視界を維持する無駄かもしれない努力をしながら、

もう一方の手でシートの下のイジェクションレバーを握った。

 そうだ…私は、生かされたんだ…

バイコヌールでも、オデッサでも、カイロでも、トンポリでも、オメガ隊と出会ったカサブランカでも…!

私は、たくさんの人が守ってくれたおかげで生きてこれた…!隊長に誘ってもらって、オメガ隊に支えてもらって、アヤに…

あんたに救われて、生きてきたんだ!こんなところであきらめてたまるか!

私がここで死んだら、私のために犠牲になった人たちの命が、アヤ達が私にくれた想いが無駄になる…

そんなこと、許されるはずがないんだ!
 

759: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:19:46.15 ID:u7tIi3x+o

 よく見なよ、カレン!回転の方向と、落下の速度を…!タイミングが鍵なんだ…!

 見上げたキャノピーに、森が見えた。コクピットは空の方へ向かって回転をしている…!

今だ!私はイジェクションレバーを思い切り引っ張った。体がGに押し込まれ、息が詰まる。

でも…高度は…?向きはどう…!?

 私は必死になって、あたりを見渡した。森が…すぐ目の前に…!

そう思った瞬間には、私は全身を襲う鈍い衝撃とともに、生い茂る木々の中にシートごと突っ込んだ。

木々の枝が体に当たりあの時とは比べ物にならないくらいの痛みが体を襲う。

でも…でも…痛い、ということは生きてるって証拠…!

不意に、木々がなくなり…落ち葉と土と、まばらな雑草の生えた地面が見えた。

私は、そのときになって初めて怖い、と思った。想像していたよりもずっと早い…このまま衝突したら…確実に…

でも、そう思って両腕を顔の前で交差させて衝撃に備えようとした瞬間、別のショックが私を襲った。

パラシュートが、木の枝に引っかかって、落下の速度が急激に落ちた衝撃だった。

でも、そのおかげで私の体をシートに固定してくれていたベルトが食い込んで、激しい痛みが走った。

全身に力を入れて、ベルトの食い込みを抑えようとしたけど、骨が、軋む感覚があちこちに走った。

また、ガクン、というショックが来た。

あとから考えたら、それは、パラシュートのコードが切れて、再び私がシートごと地面に落ちていく前触れの衝撃だったんだけど、

そのときはそんなこと、思い浮かびもしなかった。

私はシートごと、4,5メートル下の地面にたたきつけられていた。

体が、動かなかった。痛くて痛くて、どうしようもない…

でも、それでも私は、骨が軋んで痛む腕を無理やりに動かしてベルトをはずし、シートの下からサバイバルキットを引っ張り出して、

地面に寝ころびながら、あたりを見まわした。

すぐ近くに、川が見える…この辺りって、ワニ、いたっけな?もし、出くわしたら…この腕で、拳銃、撃てるかな…?

救助が来るまで、どれくらいかかるだろう…ミノフスキー粒子の効果が薄れるまではどれくらいかな…?

ミノフスキー粒子が薄れれば、イジェクションシートの救難信号が届くはず。そうすれば、救助は必ず来る。

それまで…それまでの辛抱だ…どんなに痛くっても、どんなに苦しくても、最後まであきらめるもんか…死ぬもんか…!

みんなに生かしてもらったんだ!

また…必ずみんなのところに、

オメガ隊に、私の、大事な家族のところへ、

アヤのところへ戻るんだ…!

約束したんだ…!

死ぬもんか…絶対に、絶対に死ぬもんか…!



 

760: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:21:19.54 ID:u7tIi3x+o




―――い





――うい





――ンしょうい!


声だ…私を呼ぶ声がする…



誰…?誰なの…?


―レン少尉!少尉!


カレン少尉!


 ハッとして、私は意識を取り戻した。目の前には、なんだか懐かしい顔が涙目で私を見下ろしている。

 見下ろしている?待って、ここは…いったい?

そう思って体を起こそうとした瞬間、全身に激しい痛みが走って思わずうめき声をあげてしまった。

「ダ、ダメですよ、少尉!動いちゃ!」

懐かしい顔の、黒髪に、色黒で、相変わらずほっぺたにオイル汚れを付けたエルサが、

そう言って私の体にそっと触れて、ベッドに押し戻した。

 ベッド…私、今…?ここは、どこなの?

「エルサ…ここは?」

私は、ようやくそう声を出して、エルサに聞いた。自分で驚くほどに、かすれた声だった。

「病院です…!」

エルサはそう言いながら、ポロポロと溢れ出している涙を一生懸命になって拭いている。

待ってよ、エルサ…泣く前に状況を教えてほしいんだ…頼むよ、エルサ…

「軍の?」

私が聞くとエルサはブンブンと首を横に振った。

「ボゴタの市民病院です。カレン少尉、2週間前にここから30キロも下流の川べりで倒れてるのを地元の漁師さんが見つけて、

 慌ててここに運んだんだ、って…すぐに基地に連絡が入って、私いてもたってもいられなくて、飛んできたんですよ」

エルサは嗚咽を漏らしそうになるのをこらえて、私にそう教えてくれる。そうか…うっすら、覚えてる…

夢で見たような感覚だけど、意識も絶え絶えで、あれがあそこに落ちてから何日目の出来事かとか、

昼なのか夜なのかもよくわからないような状況だったけど、とにかく空になった水筒に入れる水を補給したくって、

サバイバルキットの中にあった浄水器をもって川べりまで這って行って、そこで動けなくなって…

それで、そのあと…確か、小さい漁船が来て…そこまで思い出して、私はハッとした。そうだ、みんなは?

隊の連中、みんな無事なの…?
 

761: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:22:04.37 ID:u7tIi3x+o

「エルサ、あいつらは?オメガのみんなは、無事?レイピアもゲルプもヘイローもみんな大丈夫だったの?」

「オメガは、カレンさん以外は全員無事です。レイピアも、大丈夫でした。でも、ゲルプは3人、ヘイローでも2人戦死者が…」

正直、よかった、と思ってしまった。

我ながら、なんてことを、とは思ったけど、それでも、オメガは私にとっては、他のどの隊のどの人たちよりも大切だったから。

「ヘイローとゲルプが展開した空域には、高射砲部隊の作戦域で、みんな、味方の高射砲に撃たれて死んだって、言ってました」

そっちも、か…私は、あの戦闘を思い出して気持ちが滅入った。陸上の対空兵器群を指揮してたのはどの司令部だったか…

責任問題どころの話じゃない、銃殺ものだ。そうでもなきゃ、私が撃ち殺してやりたいくらいだ…。

まぁ、でもそのことは、今は良い…

「それで、私の容体は?」

「全身15か所の骨折と、あと、肋骨が肺に刺さりかかっていて、その個所からの出血が少しあったみたいで、手術をしたって聞いてます」

「そう…奇跡、ね…」

私はそんなことを呟いていた。

エルサはいよいよ我慢の限界らしくって、痛い、って言ってるのに、私の腕に顔を押し付けて、

手をぎゅっと握ってよかった、よかったと連呼しながら泣き出してしまった。

良かった、か。本当にそうだね…まだ、あまり実感ないけど、どうやら私は生きてるらしい…

よかった…本当に、よかったよ…

「そういえば、エルサ。隊の奴らに知らせてくれないか…?あいつらの顔、見たいんだ」

連絡が取れれば、きっといの一番にアヤが駆けつけてくれる。

命令無視したこと謝って、それから、また言い合いでもすれば、本当に生きてるんだな、って実感できそうな気がするんだ。

 でも、そう頼んだ私にエルサは言いにくそうにしながら、オメガとレイピアが、北米に出立した、という話を聞かされた。

オメガやレイピアの連中がわざわざジオンを追いかけてジャブローを出ていくなんて思えなくって、なんでだと聞いたら、

エルサはさらに言いにくそうに、私に耳打ちしてきた。

それを聞いた私は、体が痛いって言うのに、笑いをこらえきれなくなって、痛くて涙を流しながら、それでも大笑いしてしまった。

 エルサが機体の整備をしようと思って格納庫に入ったら、そこでxxxされた捕虜を連れ出すんだ、

と息巻いている隊長達の姿を見たんだそうだ。

それから、オフィスで問い詰めたら白状したので、

エルサ自身も協力して、隊の連中がジャブローから北米へ向かう輸送機に乗せる荷物の中にその捕虜を隠したんだそうだ。

その輸送機が飛び立った日の午後、留守にしてたオメガ隊の留守番をしてたエルサ達整備班のところに、

私がこの病院に収容された、って情報が入ったらしい。

あいにく、オメガ本隊は作戦地域へ行っちゃった影響で連らがつかず、いまだに私が死んだと思っているらしい。

それにしても、まったく、我が隊ながら、あきれてしまう。呆れてしまうけど、オメガ隊なら、やりかねない。

何しろ、私たちは正義のためとか連邦のために戦ってたわけじゃない。

私たちはみんな大事な仲間を、大事な家族を守りたい、ってそう思って戦ってただけだからね。

うん、そう思えば、やりかねない、どころの騒ぎじゃない。

そういうことの一度や二度、必要に迫られればまよくことなくやってのけるやつらばっかりだ。

そう思ったら、またおかしくて泣きながら笑った。なんとか笑いを収めた私は気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。

それにしても、そうか…北米に、ね…まぁ、みんなのことだ。何があったって死ぬような無茶はしないだろう。

帰ってくるまでに、私もこの体、少しは治しておかないと、ね…
 

762: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:22:47.86 ID:u7tIi3x+o

 そんなことを思っていたら、不意に、ピリリと電子音が鳴った。

エルサがあっと言ってポケットからPDAを取り出して画面をのぞいた。

「あ、ちょっと、すみません!」

エルサはそう言って病室から駆け出て行ったと思ったら、数分もしないうちにまた慌てて駈け込んで来た。

何かと思って聞こうとしたら、エルサはバタバタとPDAを私の耳元に押し付けてきた。

なによエルサ…いったい、どうしったって…そう思っていた私の耳が、PDAから聞こえる懐かしい声を拾った。

<おい…幽霊、じゃぁ、ねえんだろうな?>

これ…隊長の声…?私はエルサを見やった。エルサはもう、ボロボロに泣きながら

「今さっき帰って来て、それで、留守番のみんなに、カレン少尉のこと…聞いた、って…それで、電話を…」

と事情を説明してくれた。

<おい、聞こえないのか?>

また聞こえる、この懐かしいダミ声。

「あぁ、ごめんなさい、隊長。エルサが泣いちゃっててね…どうやら、生きてるらしいですよ、私…」

私がそう言ってやったら、電話の向こうで盛大に歓声が上がった。

口々に電話口で何かを言っているけど、私は、と言えば、エルサと一緒に、大粒の涙を流して泣いていてよく聞き取れなった。

 生きてる…私、生きて、みんなのところに帰れる…!そんなうれしい気持ちと暖かな安心感が胸の中いっぱいに広がって、

体が痛むのも忘れてただただ、泣いていた。

 0079年の、12月29日のことだった。


 

763: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:23:14.13 ID:u7tIi3x+o





 何かが焼ける、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。カチャカチャと硬いものがかすかに触れ合う音や、ひそひそという話し声も聞こえる。

 うっすらと意識が覚醒してきて、私は心地よいまどろみに後ろ髪をひかれながらも目を開けた。ここは…どこ?

目に見える景色が、いまいち意識とつながらない。

まばゆい日差しが差し込んできている大きな掃き出し窓からは、青々と茂った芝生が見える。

広い部屋、大きなダイニングテーブルに、ソファーに…あぁ、そうか、ここはペンションのホールだ。私…眠ってたんだね…

 そのことに気が付いて、体を起こそうと思って手を動かした。

「あぁ、起きたな」

不意に声がかかったので見ると、キッチンから大皿を持ったアヤが出てきたところだった。

呆けている私を見て、アヤはあははと声を上げて笑った。

「大丈夫か?」

「あぁ、うん…私、昨日寝ちゃったんだ?」

「そうそう、ここで飲んでる間にな。そっちへ運ぶの大変だったんだぞ」

アヤはテーブルに大皿を置いてそう言ってくる。運ばれた記憶なんてもの、ほとんどない。

よっぽどぐっすり寝入っていたんだろう。だから、あんな夢を見たんだろうか…

懐かしい、辛かったり、怖かったりもしたけど、それでも暖かで、幸福な、あんな夢を。

「昔の夢、見てたみたいだったな」

アヤが今度は苦笑いでそんなことを確認してきた。

あの感応能力はそんなことまでわかってしまう、っていうのを今の私はなんとなく知っていた。

別に、アヤにそれを知られてしまうことになんの不快もない。むしろ、あの時間を一緒に過ごして…

私を助けてくれた彼女に知ってもらうことは、夢の中での気持ちを共有してもらえているようで嬉しくさえあった。

「うん…いろいろあったよね、あの頃は」

「そうだなぁ…ま、ケンカばっかりだったけどな」

「ふふ、そうだね。でも、それが楽しかった」

「…だから、それはやめろっての」

アヤがプイっとそっぽを向いてそんなことを言った。

そのしぐさを見て、私はハッと、自分がずいぶんと素直に、抵抗なくそんなことを口にしていたのに気が付いた。

いや、気が付いてしまったら猛烈に恥ずかしくなってくるものだと思ったけど、どうやらそんな気持ちも湧き起ってこない。

あんな夢を見たせいか…いつも以上に、気持ちが穏やかで開いているような、そんな感じがしていた。
 

764: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:23:42.16 ID:u7tIi3x+o

 「悪かったね、こんな時間まで寝ちゃってて。手伝うよ」

私はそっぽを向いたアヤのために、そう話題を変えてやる。するとアヤはすぐに笑顔に戻って

「そっか?こっちはロビンとレオナいるから大丈夫だけど…あぁ、じゃぁ、お茶淹れといてくれよ。今一式持ってくるから」

「いや、自分で行くよ」

私はそうアヤに断って、一緒にキッチンへと入る。

レオナとロビンにおはようを言いながら、ティーセット一式を出してホールに戻って、お茶の準備をする。

この島特産の麦とハーブをブレンドしたお茶の香りがホールに漂い始めるころ、

ロビンとレオナが大皿に乗せたサラダやポテトなんかを運んできて、食事の準備が整った。

そこにレナとレベッカにマライアにマリオンもやってきて、朝食を摂る。

 昨日の島での話や天気のことなんかの、他愛のない話をしながらの食事は、それだけで気持ちがよくなるのに、

ロビンが作ったんだというこのスープの味は私が作るよりもよっぽど美味しいように感じられてさらに幸せな気持ちになった。

食事を終えてみんなで後片付けをして、食後のお茶をしながら今日はどうしようか、なんて話をする。

「あたし、昨日島に行けなかったから、今日も島に行くに一票!」

マライアがそう声を大にして言い張る。でもアヤはそれには渋々と

「いやぁ、今日はもうおとなしくしてたい気分なんだよ。二日連続で島ではしゃぎまわるのは、さすがに体力が持たない」

なんて言って反対する。そんなアヤを非難するマライアをよそに、レナがロビンとレベッカに話を振ると

「んー、アタシは美味しいのが食べたいかな」

「私は、楽しければなんでもいいよ」

なんて答えている。

「マリオンは?」

「私は…そうね、ここでのんびりしているのがいいと思う」

レオナとマリオンはそう言葉を交わしていた。

 思えば、面白い“家族”だよね。女ばかりが何人も集まって、それぞれ協力しながら毎日を楽しく過ごしてる。

オメガにいた頃のアヤがこんな生活をするなんて想像はしていなかった。あぁ、でも、違和感があるってわけじゃない。

単純に、こんな構成は想定してなかったな、って思うだけ。

これもあのニュータイプってやつの力のおかげなのかもしれないな、なんて思って、私は内心、すぐにそれを否定した。

だって、ここには私もいるんだ。

もちろん、一緒に住んでるわけじゃないし、入り浸ってはいるけど、まぁ、狭い意味で私はこの家の“家族”ではない。

でも、ここは私にとっては、あの頃のオメガ隊と同じで、どうしようもなく居心地が良くて安らげる、私の“家”そのものだった。
 

765: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:24:24.31 ID:u7tIi3x+o

 「ねー!カレンさんも島がいいよね?ね!?」

マライアがそんなことを言って私に意見を求めてくる。私は、なんだかちょっとアヤと“あれ”をしてみたくなって

「私の意見なんて別にいいんじゃない?身内のことなんだし、身内で決めれば」

と言ってみた。するとアヤは待ってましたと言わんばかりに

「毎朝毎晩ウチで飯を食って、休みの日ごとにウチに来て一日過ごすような厚かましいヤツの言うセリフじゃないよな、それ」

なんて言ってきた。あんたが皮肉っぽい言い方をするなんて珍しい。私は内心そんな可笑しさを感じながらも

「あんた来てほしそうにするから来てやってるだけでしょ?」

と言ってやった。さて、照れるか、怒るか、どっちだろう?

「なんだと!?アタシいつそんなこと言ったよ!?母屋にあんた専用の部屋を準備してやろうか、って言っただけじゃないか!」

アヤは顔を赤くしながら、それでもそう言って私に言い返してきた。照れながら怒るチョイスだったか…

なら、乗っかっておいた方が楽しめそうだ。

「勝手に盛り上がって勝手に気を利かせただけでしょ!?そんなことされたら私居心地良くなってここに居座るよ!?」

「なんだと!?」

「なによ!?やろうっての!?」

「はいはーい、話が進まないから、それおしまいにしてね」

これから、ってときにレナがそう言って仲裁に入ってきた。なによ、レナ…

もうちょっとで二人でマライアに関節技をかけられるところだったのに…そう思いながら私はアヤと目と目と合わせて、笑いあった。

「で、カレン。なんかアイデアないのかよ?」

アヤは話をもどしてそう聞いてくる。アイデア、ね…ないこともないんだ。

ずっとペンション暮らしであんた達はあんまり遠出もできないからね…そのうち暇があったらやってやろうって思ってたことがあるんだ。

「これから私の機体でフロリダの隊長のところを奇襲する、ってのはどう?」

私が言ったら、アヤとマライアにレナがパッと表情を輝かせた。

「いい!それすごくいい!」

「フロリダかぁ、懐かしいな…!」

「それ楽しそうだけど、燃料代とかいいのかよ?」

「あぁ、うん。確か明日フロリダへ届ける荷物があったはずだから、一日早いけどそれを運ぶついでにね」

私が言ってやったら、ワッとホールが沸き上がった。それからすぐに、準備に取り掛かる。

私は空港に出ているはずの我が社発足以来の、ううん、発足前から絶大な信頼を置いている整備部長に電話をして、機体の準備をお願いした。
 

766: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:25:04.71 ID:u7tIi3x+o

 そんなことをしていたら、すぐに準備を終えたアヤが私のところにやってきて、嬉しそうな表情で私に言ってきた。

「ありがとうな、カレン」

バカ言ってるんじゃない。感謝したいのは私の方なんだ。

あなたが私の傷を受け止めてくれたから、あなたが私を支えてくれたから、あなた私と向き合ってくれたから、

今の私はこうしてここにいられるんだよ。ありがとうなんて、そんな言葉は、私にはいらない。

それは、私があなたに向けて言う言葉だ。その代わりに、私には、アヤに言ってほしい言葉があるんだよ。

わかってるだろう、ね?

 私はそう思って、アヤを見つめた。

そのとたんに、アヤは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたけど、でも、私は負けずに、アヤをじっと見つめて首をかしげて促してやった。

ほら、早く言ってよね。

 そしたらアヤは、くっと喉を鳴らしてから、咳払いをして口を開く。

「…その、や、やっぱりあんたは…アタシの、その…」

「なによ、はっきりしないね?マライアの弱虫がうつったんじゃないの?」

そう言って発破をかけてやったら、ムッとしたアヤはちょっとむきになって言い放った。

「あんたはアタシの大事な親友で、アタシ達の大事な家族だよ!文句は言わせないからな!」

親友、ってだけで十分だったのに…やっぱり、アヤ、あなたにとって私は家族なんだね…ありがとう…本当に、ありがとう…

夢の中の気持ちを引きずっていたのか、思いもよらずにアヤの言葉が胸に響いてきて涙が出そうになったので、

なんとかそれをこらえて声をあげて笑った。

なんでそんな誤魔化し方をしたんだか、一瞬自分でもわからなかったけど、でも、たぶん、可笑しかったんじゃない。

本当にうれしくて、頭がおかしくなりそうなくらいに幸せで、私は思わず笑っていたんだと思う。

 それから、なんだか憤慨しているアヤをなだめて、二人して他の6人の準備が終わるまでホールのソファーでのんびりと話に花を咲かせていた。

「へぇ、カルロスのやつがねぇ」

「まぁ、もともと優良物件だったしね、彼」

「そうだなぁ、ハロルドさんの次くらいに優良だよな」

「ほんと、そう」

「な、カレンはどうなんだよ、結婚とか、彼氏とか」

「私?私は、今はまだいいかなって思ってる。今はさ、ここであんた達と一緒にいる方が私には十分魅力的で幸せだからね」

「…カ、カレン、やっぱり…あんたまさかアタシのこと好…」

「あぁ!もう、だから違うって!私はストレート!そういう意味で言ってるんじゃないよ!」

そう、でも、ね。私はあなたが好きだよ。何よりも、誰よりも好き。

何にも代えがたい、誰よりもそばにいたい、私の大事な大事な、私の恩人。私の、親友なんだからね。





 

767: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:26:48.61 ID:u7tIi3x+o




 終戦から半年とちょっと。

軍の仕事もようやく落ち着きを取り戻してきて、戦争でふくらんだ軍人の数的整理なんかも始まった。

正規軍人の早期退役をするなら、退役金は1.5倍にするぞ、なんて広報もまわってきている。

 これを機に、というわけでもないのだけど、オメガ隊のみんなも、軍を去る決断をするのが何人か出始めた。

フレートは、アナハイム社の開発部に自分を売り込んで引きをもらうやいなや、

レイピアのキーラも一緒に入れろと無茶苦茶な言い分を押しつけて、半年後には二人してアナハイム社の開発部試験課へ引き抜かれることが決定している。

さすがは我が隊のエース。やり方は本当に無茶苦茶だけど、したたかな交渉と言えなくもない。

それから、ベルントも教師になるんだ、とかワケのわからないことを言って、退役を決めたらしい。

そして何より大きいのが、今年度いっぱいで隊長も退役を考えている、ということだった。

隊長がやめれば、この隊にこだわることもないし、それぞれがバラバラの道を行く決断をしても、それは仕方のないことだろう。

私は、最初はそれをさみしく思うのだろうと少し不安だったけれど、いざそういう話になってみると、

想像していたよりもショックを受けなかった。そんな話をしたら隊長は笑って

「いつまでも子どもをやれる子どもなんていやしねえ。十分遊んだら、自然に独り立ちしていくもんなんだよ」

なんて言っていた。そうかもしれないな、なんて私は思った。

アヤとこの隊に十分に幸せをもらった私は、いつのまにか、本当の強さってやつを知らずに身に着けているのかもしれない。

それがなんなのかはまだよくわからないけど…でも、不思議とそんなような気がしていた。

 そんな0081年の7月のことだった。

かねてより計画されていた一大作戦を決行するために、私達はレイピア隊と一緒に4日間の休みをとって、

ジャブローから北の中米はカリブ海の南岸に浮かぶアルバ島という島にいた。

これをやりたいがために、隊長は私の生存を彼女にはひた隠しにしてきた。もちろん私も口止めをされていた。

この半年ほど、どれだけ会いたいかと思うこともあったけど、でも、隊長の言う計画に乗っかって、

彼女の驚く表情を見てみたい、という葛藤にずいぶんと悩まされた。

まぁ、嬉しい悩みには違いなかったけど、それもこの滞在で全部すっきりさせることができるんだ。

 到着したその日は一日島を見て回って。

ホテルに泊まった翌日の朝、食事を終えて一休みしていた私達の中にいたマライアのPDAに連絡があって、

私たちはその足で荷物を抱え、アヤが経営してるっていうペンションに向かった。

話じゃ、マライアと生活してるソフィアとは別の捕虜を連れて逃げたアヤは、

今はその子と一緒に夢だったと言っていたペンションをやっているらしい。

まったく、アヤらしいと言えばそうだけど、相手がどんなやつだろうが、たちまち心を開かせちゃうんだから、本当にすごいと思わされてしまう。
 

768: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:28:22.51 ID:u7tIi3x+o

 ペンションについた私を、その元捕虜のレナ、って子が出迎えてくれた。

明るくてハキハキした感じの子で、物静かで毒のあるソフィアとは違った魅力のある子だった。

私達を中に案内してくれた感じはすごくしっかりしていてまじめで、なんだか私とも気の合いそうな子だな、と感じていた。

部屋に荷物を置いて、アヤの誕生会の準備で私は庭でバーベキューのコンロをセットしていたら、そこにそのレナって子がやって来た。

「あの、カレン、さん」

「あぁ、カレンでいいよ。私もレナって、そう呼ばせてもらうからさ」

私が言ったら、レナはアヤに似た、嬉しそうな笑顔で笑った。

「どんな人かと思ったら、気が合いそうな人で安心したよ」

コンロの準備を手伝ってくれながら、レナはそんなことを言ってくれる。

「ははは、私もそう思ってたところだよ。よろしくね、レナ」

「うん、よろしく!アヤがカレンのことを話すたびに、口が悪い、態度が悪い、なんて言ってたけど、全然そんなことないのにね」

「あぁ、それはアヤ相手にだけだからね。なんだか反りが合わなくってさ」

そう言った私を見て、レナはクスっと笑った。

「なにかおかしなこと言った?」

そう来てみたら、レナはにこっと笑って、私に言ってきた。

「ごめんごめん。今の顔、アヤがカレンのことを話すときとそっくりで、思わず」

レナはそう言ってからまた、クスクスっとおかしそうに笑った。

 それからまた、私はレナとお互いのことを話しながら準備を進めた。レナは思った通りの明るくてまじめでいい子だった。

そうだね、ちょうど、私とアヤの中間って感じのする子だ。私は自分で明るいなんて言えるほど明るくはないけど、

まぁ、まじめすぎるとはよく言われてきた。アヤは明るさだけが取り柄みたいなやつで、律儀ではあるけどまじめとは違う。

そりゃぁ、アヤのことを親友だと思ってはばからない私が、レナと仲良くなれないわけなんてあるはずもないだろう。

 外の準備を終えてから、こんどはホールの準備も手伝った。

なぜだか、初めてくるはずなのに、アヤが生活している気配がするからか、ペンションの中は居心地が良くて、

もうずっと長い間慣れ親しんでいるような、そんな感覚だった。準備を終えてあとはアヤが帰ってくるのを待つだけ。

隊長がまた、相変わらずのお祭り騒ぎで役割分担を決めて、それぞれの配置につく。と、表から車のエンジン音がした。

アヤが帰って来たらしい。

 レナが隊長の調子に合わせて敬礼なんてしながら、ホールの外へ出ていく。

ふと、私は自分の胸が高鳴っていることに気が付いた。緊張が少し、と、あとは、興奮だ。

アヤに会える、生きて、また彼女に会って、話ができる…そう思うと、なんだかいてもたってもいられない心地だった。

 コン、と一度だけ、ドアをノックする音が聞こえた。合図だ。

と、すぐにギッとドアが開いて、そこからひょいっと、あの、短髪で明るい顔をした、

ずいぶんとあってないように思える私の親友が顔を出した。

 けたたましいクラッカーの音とともに、オメガとレイピアの男連中が叫んだ。

「アヤミナト元少尉!ハッピーハースデーイ!!!」

「あ、あ、あ、あんた達、こ、ここで何してんだ!?」

アヤはまるで気が付いてなかったんだろう。本当に驚いて、目をまんまるにして戸惑っている。
 

769: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:29:36.58 ID:u7tIi3x+o

 そんなアヤの前に、ソフィアを連れたキーラが進み出た。

「あ!ソフィアじゃないか!なんだよ、怪我、大丈夫なのか!?」

アヤの顔がパッと明るくなってソフィアを軽くハグして聞いている。

「おめでとうございます!マライアから話を聞いて、ぜひお祝いしたいなと思って来てみました!」

「ありがとう!すげーうれしいよ!」

なんて喜ぶアヤを見ていたら、ソフィアの隣に立っていたキーラが私とリンの方をチラっと見つめてきた。

リンがコクっとうなずいて、今度はリンが私にアイコンタクトをしてくる。わかってるよ。

じれったいけど、その方が楽しそうだってのは同感だからね。

 私はリンの陰に隠れて、ゆっくりと歩く背中についていく。

ソフィアとキーラが脇へずれて、リンがアヤのすぐ前に立って、キーラたちと同じようにふっと横へと体を移動させた。

 私はすくっとたって、目の前にいるアヤをじっと見つめた。

半年しかたってないんだからそうそう変わるようなもんでもないとは思うけど、でも、

実感的には10年も会ってないような気がしていて、私はアヤをまじまじと見つめていた。

本当に、最後に会ったあのときと変わってないアヤが、そこにはいた。

アヤはまるでこの世のものとは思えない、幽霊でも見たような、愕然とも呆然とも取れない、すごい顔をした。

その顔があんまりにも面白くって、思わずクスっと笑ってしまう。

でもアヤはそんな私に一歩、また一歩と近づいて来て、ペタペタと確かめるように私の頬を触って来た。

私には、アヤの不思議な力があるわけじゃないけど、でも、アヤが今までみたことのない、

嬉しさで涙を浮かべた表情を見て、私は、アヤに言っていた。

「ただいま、アヤ」

そしたらアヤは私の来ていたシャツの襟をぎゅっと握って、目からいっぱいの涙をあふれさせて叫んだ。

「…カレン…カレン!カレン!!あんた!生きてたんだな!!」

そう言って私に飛びついて来たアヤは力いっぱい私を抱きしめてきた。

正直、相変わらずのバカ力に参りそうになっていけど、でも、私の方も膨れ上がる喜びに体を突き動かされていて、

たぶんアヤと同じくらい強く彼女の体を抱きしめ返していた。

「会いたかった、アヤ…また生きて会えたよ…!」

私はアヤの耳元で、涙と嗚咽に混じらせてそうささやいていた。アヤも、

「うん…うん…!」

とただただ繰り返してくれていた。

 それからは、いつもどおりオメガ隊名物の大騒ぎで、久しぶりにお腹のそこから声をだして笑って怒って暴れて、

とにかく力いっぱい楽しんだ。

 戦争当時のまま、私たちは、あのとき私が願ったように、誰一人欠けることなく、同じ時間を過ごすことができた。

名目はアヤの誕生パーティーだったけど、そんなさなかにアヤは私に言ってくれた。

「あのとき言ってた、帰還祝い。やっとできたな」

って。その言葉がまた嬉しくて、私は、アヤにケンカを吹っかけて、マライアを巻き添えに暴れた。
 

770: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:30:37.99 ID:u7tIi3x+o

 そう、そうだ。この感覚、この幸福感なんだ。私がずっとずっと欲しかったもの。アヤとオメガ隊が、私にくれたもの。

そして、たとえオメガ隊から独立したとしても、ずっとずっと大切にしていきたいもの…

気が付けば私は、そのためにはどうしていけばいいのか、なんてことを考えていた。

 その答えは、夕方、一人、また一人、と酒に倒れて三々五々の解散になったあと、

海の見える部屋で一人、外を眺めなていたら思いついた。

昼間、この島を見て回って、空港があるのに、島には運輸会社のないことに気が付いていた。

船便も航空便もそれほど数が多いわけでもなさそうだった割に、市街地には結構な人が住んでいるようだったし、観光客もかなりの数だ。

このカリブ海沿岸地域は確か、ビスト財団にボーフォート財団、あと、ルオ商会の資本が入っているホテルや旅行会社やなんかが多かったはず。

この島も、今はそれほど栄えてる、ってわけじゃないけど、昼間ここから見える海はきれいだし、アヤは泳いだりもできるんだと言っていた。

戦争も終わったことだし、観光事業もこれからは伸びてくるだろう。

だとしたら、荷物や客を運ぶ仕事は、案外、このカリブ海の小さな島々と北米や南米にヨーロッパをつなぐ航路は手付かずなところが多いんじゃないのか。

そこに、稼げるタネが転がっていそうだな。
 
 まったく、現地の状況をそんな目で見て、こんなことを瞬時に思いついちゃうのは両親譲りなのかもしれないね。

あるいは、落ちこぼれと言われて来た私だけど、それでも、たくさんのことを教えてもらってきて、

身に着けることができていたのかもしれない。

他人が聞いたら、理不尽に思うかもしれないし、私自身も頭ではそう思ってはみるのだけど、

不思議と脈略もないのに自然に私の心に、温かい気持ちがわいてきていた。

 父さん、母さん、生んでくれて、私を育ててくれて、軍へやってくれて、ありがとう…。
 

771: ◆EhtsT9zeko 2014/06/29(日) 21:31:30.03 ID:u7tIi3x+o

 そんな思いを胸に抱きながら、私はPDAを取り出して電話をかけていた。

<もしもーし>

「あぁ、私」

<少尉!アヤさんとの再会、どうでした?>

「あぁ、うん…泣いちゃったよ」

<あはは、そうでしょうねぇ、親友ですもんね!>

「やめてよ、それ。それよりも、ね、エルサ。相談なんだけど」

<はい?なんです?>

「私ね、軍をやめて会社を興そうと思うんだ。このアルバ島って島を起点に、お客や物を空輸する会社」

<そうですか…でも、戦争も終わったし、そういうのもいいかもしれないですね。さみしくなりますけど…>

「ううん、そうじゃないんだ。企業の資金の多少の援助と、それから空輸のための飛行機を整備してくれる人間が必要だなって思ってるんだよ」

<えっ、それってつまり…>

「うん。あんたと兄貴と私とで、さ。戦争とは違うけど、また一緒にやってほしいんだ。どうかな?」

<はい…はい!ちょっと、今兄ちゃんに聞いてくるんで、えっと…そうだ、またすぐ連絡します!>

「あぁ、うん。急ぎじゃないから、ゆっくりでいいよ」

私はエルサにそう言って、それから二、三、言葉を交わして、電話を切った。

 それから、胸の中に満ちてくる充実感に、身をゆだねていた。

 いいじゃない。

今度は、この島で、アヤ達と、エルサ達に支えてもらいながら、死ぬ心配のない新しい戦いをするっていうのものさ。

だって、私は生きているんだ。たくさんの人に助けられて、こうしてここにいるんだ。

自分のできることを、やれることを、精一杯やらないではいられないじゃない。

 生きていく、っていうのはきっとそういうことなんだ。

幸せのために、私たちは精一杯に生きて、そして、一日を笑って終える。

そう、あの頃、オメガ隊のみんなと、アヤと一緒に過ごしたあのときのように、ね。






――――――――――To be continued to their future