1: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:23:04 ID:LtTj
お久しぶりです。夏の長い夜は、ちょくちょく夜食のお世話になることもあるかもしれません。夜食なんですからその時点でカロリー云々を考えてはいけません。美味しくて腹を満たせればいいのです。
今回も趣味全開で書きました。よければぜひ。

2: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:26:36 ID:LtTj
【オードブル:この~場なんの場気になる場】







「場」とは何か。

 一言で言ってしまえば座標の関数のことである。いきなり何を小難しいことをと思うかもしれないが少しだけ我慢して付き合って欲しい。

 例えば空間のある一点を指定したとする。そしてそこにはある関数──特定のルールに従って値を返す乗り物のようなもの──が張り付いているのだ。

 例えば温度などを想像して欲しい。モスクワでもニューヨークでも東京でもどこでもいいが、ある位置を指定したときに、「その位置の温度はこれこれだ」という対応づけができることはわかるだろう。

 他にも例えば風速何メートル、などと天気予報で聞いたことがあるだろう。沖縄には台風が近づいてきていて、那覇ではどこどこの向きに風速何メートルの風が吹いています、などとニュースで聞かない年はない。

 これもある場所に風向きという方向と、風の強さという大きさ、つまりベクトルが張り付いているという「場」の例だ。

 つまり、空間上のある一点を指定した時にその位置に応じてある値(それはスカラー、数値であってもベクトル、矢印であっても良い)を返す「対応」が存在する。これが「場」というもののイメージだ。

 よくゲームとかで「踏むとその方向に進むパネル」みたいなものを見たことがあるだろう。あれも場の一種だ。その位置に着いたら、これこれの方向に進むという速度ベクトルが定義されていると考えれば良い。

 また、ここまで言ってしまったらもうなりふり構わずわかりやすい例を出してしまおうと思う。

 スパ○ボとかやったことある? 格子状に区切られたマップの各マスに、「このマスではこのような効果が発揮する」とか書いてあるじゃん。あれだよあれ。本当か? 本当だ。

 さて、何を長ったらしくつまらん話をダラダラしているかといえば、それには当然狙いがあるわけで、それが俺の目下の悩みでも不満でもある。

 こうしていかにも誰かに語りかけているかのように思考しているものの、それは俺の脳内だけの会話であって(冷静に考えてみれば恐ろしいことだ)、現実に目の前に映る景色は殺風景そのものである。灰色の無人事務所だけだ。信じられる? ここは現代日本ですか? 

 しかも何と言っても今日は今日は水曜日。週の真ん中であるというのにいったいこの様子はどうしたことだろう。

 今流行りのテレワークというやつだろうか。そうだとしたら事前に連絡が欲しかったものである。メールを検索してもそれらしい文面のものは見当たらない。もしかしてサイレントテレワーク? もう、お茶目さんめ。

 馬鹿者、そんなことあるわけがなかろう。大体そこまで人と人とのコミュニケーションを避けたければいっそ働かずにいるのも一興だ。働かずにいればどうなると思う? 知らんのか。俺も知らん。



 もとい。



 愚痴を垂れ流すのも精神安定上良くないので、端的に自らの現実を受け入れようと思う。

 今日は海が遠くに聞こえる水曜日。同期・上司・後輩などの人的要素はおそらくゼロ(某アイドル曰く、この時期のこの時間は特に『いる』らしいが、何がいるかまでは聞いていない。というか聞いても答えがなかった)。

 空調は未だ不安定なまま、ごうごうとけたたましい音を鳴らしながら、そよ風ほどの冷風を送り続けている。



「どうしてこうなった……」



 いやほんと。アイドル事務所のプロデューサーというのは、こんなにも辛いお仕事だったのだろうか?

 責任者はどこか。確実に俺である。


3: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:29:10 ID:LtTj




 まず、なぜ人がいないのか。現代社会であるフロアに全く人がいないなんてことありえるか? いくら何でももぬけの殻になるなんてことがあるわけはない。ここはそこそこ大規模なアイドル事務所のはずである。

 仕事に追われる後輩や、隠れてソシャゲをやってる同僚や、何かすごい勢いでスクリプトを量産している先輩が少なくとも昨日までは確かに存在していたはずである。

 部長がウザ絡みに来ないのは嬉しいことだが、我々の心のアイドル(実際のアイドルに負けず劣らずの美貌を兼ね備えている!)ことちひろさんの姿もない。

 エナドリ欲しいですちひろさん。給料から天引きしといていいから今一本いただけないでしょうかちひろさん。やっぱ天引きは嫌っす。

 てかこの明細に書かれてる「備品」ってこれのことじゃないよね? 今度聞いてみるべきだろうか。ははは、そんなことできるわけがないだろう。もし本当だったらどうするんだ。いや、本当だったらそりゃ問題なんだろうけどさ……

 それはそれとして。

 次に、なぜそれを連絡しないのか。「今日は来ません」「遅れます」「早く帰ります」なんてのは事前に少しくらい相談があって然るべきだろう。休むなとは言わない。むしろ休んで欲しい。死ぬ前に休めマジで。

 何連勤したかを競うのは不健康そのものだと思うけど、もう競うまでもなくそれが日常化してるのも良くないと思うよ俺は?

 だから理由なんて適当に見繕って人生を謳歌してほしい。お前の休日にもお前の人生が張り付いているはずである。いわゆる日常場だ。そんな用語はない。

 しかしそれにしても理由なんてどうでもいいからせめて結果の「休みます」だけでも連絡してくれると嬉しい。他の人には連絡した?やーめーてーよーそういうの。

 今度事務所のお菓子買うときルマンド以外も希望通してあげるからさあ。ちひろさんには俺から話通しておきますよ。

 いろいろ考えたが、しかし。

 どちらの問題にも理由らしい理由は思いつかない。ないはずがないとは思う。何でも物事には理屈がある。というより理屈をつけて説明できる。

 だから今日だって、今だって説明できないなんてことは絶対にないし、そうすることを諦めてはいけなあーーーーーーーきっと理由なんて多分ないのだろう。

 そんなことも生きてればあるよ。そうさ Take it easy! 素晴らしい今が待っているじゃないか!

 さて、こうも鮮やかに主張を翻すということはもちろんそれに足る理由があるのである。人がいないとか別にいいじゃないか。休んでるんだろう。俺も休みたい。連絡を忘れることもあるだろう。たまたま、何かの偶然で、運悪くここに人がいないという事実が積み重なっただけだ。

 そんな時もあるよ、人生長いんだから。

 

 だから、そう。



 例えば、こんな『真夜中』にさ。

 担当アイドルが鮮血に染まって事務所に入ってくるなんて、そんなことがあってもおかしくないのだろう。



「あら、プロデューサーさま」

「──シスター。俺のことは、愛を込めてプロデューサー『さん』とお呼びください」

「そ、そうですか……少し恥ずかしいですが……コホン。プロデューサーさん。こんな夜更けに事務所にいらっしゃって、何をなさっているのですか?」



 ───いや。何度考えても、こんな光景があってたまるものかよ。

 まさしくアイドル事務所という『場』に相応しくない光景である。

 どんな天文学的確率を乗り越えればこんな関数が張り付くのであろう。

 やはり現実は小説よりも奇なり、ということである。

 はあ。


4: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:31:29 ID:LtTj




 今どうしてこの場にいるのか。ちょっと前まで何をしていたのか。明日はどうする予定なのか。話すべきことなんて、いつでもどこでも大抵がこのくらいのものだ。もっとある? 俺もそう思う。

 でも怖い答えが返ってきたらどうすればいいんだ。泣くぞ、俺は大人だろうがなんだろうが怖いものにであったら泣き喚くぞ。

 しかし泣き喚いてばかりいても問題は解決しない。解決する必要はあるのか、それは本当に俺ができることなのか、そもそも俺が解決すべきものなのかという諸々の問題には目を瞑る。

 なけなしの勇気を振り絞ってシスターことクラリス女史に聴かねばならないことを聞いてみよう。



「いや、その……シスターこそ、何をしてらっしゃったんです?」

「私ですか? ええ、ご覧の通り、魔を払っておりました」

「服についてるその赤っぽい滲みは……」

「返り血です。お恥ずかしい。私は怪我などしておりませんので、ご安心を」

「そっか。じゃあよかったです」

 よかったのだろうか? 自分に問う。怪我してるよりしてない方が良くない? それはそう。だからオッケー。

「プロデューサーさんは……」

「ああ、仕事ですよ。次のライブで良い案が思いつきましてね。ちょっと日程がキツキツなんで、急いで書類を作ってたんです」

「もう夜中の3時ですが……」

「そうですね。いつもなら誰か残ってるからスマ○ラとか、ス○ラとか、押し相撲とかしたりしてるんですが」

 最後のは嘘である。してたまるか。ははは、とおどけるが、シスターの顔はすこし険しくなった。

「プロデューサーさん」

「はい」

「私たちのためにお仕事をしてくださるのは嬉しいです。いつも、とても感謝しております」

「それほどでもぉ」

 キッと睨まれた気がした。怖い。ふざけないようにしよう。

「ですが、それでプロデューサーさんが体調を崩してしまったら、私たちはそれ以上に悲しみます。

 私は、私たちは。誰かに喜んで欲しい。笑って欲しいと思ってアイドルになったのです。それは顔も見ぬ誰かでもあり──隣にいる、あなたのことでもあるのですよ」

 いつもはほんわかぽやや、しっとり穏やかといった優しいシスターの口調が今日は特に厳しい。甘えや反論は許さないといった感じだ。

 ふざけるなんてもっての他だ。誰だこんなシリアスなトーンの中でひょいひょい話をこなそうとしていたやつは。

 まあ返り血べっちょりのどう考えてもただごとではないシスターの前でおふざけをかまそうなんて人間は俺を除いて他に知らないので、確実に俺なのであるが。

 というかここには俺とシスターしかいないのだった。答えは自ずと明らかである。というかマジで、ここに俺しかいなくてよかったな……よかっよね?

 でも、彼女の言葉にはハッとさせられるところもあった。さすがシスターである、面目躍如というとこか。

 そうか。

 笑っていてほしい、か───。

「……すいません」

「わかっていただけたら、それで良いのです」

 むむ、なんかこんなシスターは初めて見た気がする。いつもの感じでは The・cute と言った感じだが、これはちょっとクール系のお仕事を入れてもいいのではないだろうか……? 

 よし、さっきの企画はさっさと終わらせて、そのまま───。

「……もう、しませんよね?」

「え」

 心臓に氷が当てられたかのような錯覚。今の今まで結構真面目に怒られていたというか、彼女が真剣に、すこし怒っているかのような声色を浮かべていたから、急になんかその──緩急、というか。

 とにかく、消え入りそうな。いつもの彼女よりもずっとずっと、細い声。

 思考がショートしてしまって、何も言うことができない。

 言葉にならないということは、何も考えられないことと同じだ。

 彼女は、きっとそんな俺を見て──ああ、何を考えたんだろうか。多分、きっと、何かを思ったに違いない。俺の頭が働けば、きっと彼女のこんな表情に理屈をつけるのは造作もないことなのだろうけれど──。

「もう、しないって。約束、ですよ?」

 真っ白な頭では、何も考えられなくて。何を、とか。いつまで、とか。───どうでもよくなって。

「……はい」

 ただ彼女の言うままに、頷くしかなかった。


5: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:32:51 ID:LtTj




「つってもなあ……」

「プロデューサーさん?」

 わかっています、わかっていますからシスター。おお、なんかシスターの背後に不動明王が見えそうな禍々しいオーラが立ち上っている。錯覚に違いない。シスターは多分不動明王が出てくる感じの信仰じゃないと思う。

「いえ、家に帰ろうにも終電もないなって」

 それはそうである。この時間になると近いのは始発の方だ。

 しかし始発に乗って帰るなんてことをしてしまったら今日の俺は確実に無申告テレワークに陥ってしまうに違いない。世はそれを無断欠勤と呼ぶ。部長から烈火の如く怒られること請け合いである。

「ならば、私が連れて行きましょうか?」

「遠慮します」

 それは本当に遠慮する。連れて行くってなんだ。どこにだ。どうやってだ。

「一応、上の階に仮眠室があるので。今日はそこで休もうと思います」

「でも、この部屋と近いですよね……」

「大丈夫ですよ。戻って仕事なんてしませんって」

 むう、と訝しむような表情を浮かべるシスター。よっぽど信頼がないのだろうか。

 まったく、よくこんな調子でアイドルのプロデューサーを続けていられるものである。担当アイドルとの信頼関係構築は「基本のき」、何においてもまずそこから取り組むべき業務であるはずだろうに。

「それに」

 冗談半分に俺は言う。

「そんなこと言うなら、シスターの方が心配ですよ。今何時だと思ってるんですか」

 ───だから、もう半分は真面目に。

「……私なら、大丈夫です」

「あれ~、シスターよくないなあ。『自分は大丈夫』ってのは、いつか身を滅ぼしますよぉ~?」

 よし。ようやく会話の主導権を握れた気がする。

「大丈夫です。人は、話せばわかってくれるものです」

 ん? なんか明後日の切り返しで仕手に持ってた主導権が溶けて消えてしまった気がするんだけど?

「人じゃないヤツは……?」

 一応聞いとこう。一応。そんなのいないだろうけど……

「滅します」

 いるんかい。そんで滅すんかい。

 てか、さっきまで悪魔祓いって言ってましたもんね……厳密には悪魔ってのは病気の一種で、存在するってより『憑く』ものなんだって依田さんも言ってた気がするな。

 って、そうだ。

 悪魔祓いって、たしか。

「シスター、もしかして今───」



 グウぅ~~~~~~~~~~~~……………………。



「……何でもないです」

「いや、何も言ってないけど」

「うう……な、何でもないのですぅ……」

「いや、あるじゃん……」

 目は口ほどに何とやら。腹は、何よりよく語る。

 なんか近い将来、こんな事ばっかに巻き込まれる気がする。

 別に恥ずかしいことでも何でもない気がするけど(動いたら腹が空くなんてアタリマエだ)、なんかシスターはこれをすごく恥ずかしがる。

 どんなかっこいい顔をしていても、キリッとした雰囲気を漂わせていても、今日みたいにすこし怒ってお説教モードでも。彼女のお腹の音で、ニンマリ笑っちゃう俺がよくないのかもしれないけど。

 でも、真っ赤になって恥ずかしがるシスターは、何だろう……何だろう……小動物、弱い生き物って感じがして、クるものがあるんだよな。

 まずい。なんか変態さんみたいなことを思ってしまった。そうではないぞ。ただ、そう。

「……本当は良くないんでしょうけど」

 そう言って、彼女の頭をぐるり、ぐるりと二回、回すように撫でる。

「すこし、お腹を満たして帰ってください」



 いっぱい食べて、笑っていて欲しいだけなんだ。



6: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:35:03 ID:LtTj
【メインディッシュ:坦々麺】







 夜食の定番、インスタントラーメン。

 しかし栄養バランスのあれやこれやで、この給湯室における支配者こと五十嵐響子女史と首藤葵女史に蛇蝎の如く忌避されているため、男子は不健全図書のように各々隠し持つしか方法はない。

 当然俺もそうしているわけで──ラーメンの話な?

 しかしその隠し持っていると言う事実の背徳感が如何程のスパイスになることも論を待たないであろう。夜な夜な男子数人で集まって秘蔵のコレクションを自慢し合いながらいそいそとことに及ぶのである。

 繰り返すけどラーメンの話な?

 さて、そんなインスタントラーメンではあるけれど、ただ作って食べるだけでは少し寂しい気がする。いやもちろん美味しいんだけど、ひと手間を加えることで一枚も二枚も上等なラーメンが食べられるのである。

 そう。今日はあんまり仰々しいことはやらない。あくまで少し手を加えるだけ。

 それだけで、驚きのやみつき度を持つ料理に早変わり。

 今日は、インスタントラーメンで坦々麺。燃えるような辛さの赤が、鮮やかなんだ。







────まず、ひき肉150g(!)を油小さじ1で炒める。ちなみにこれは一人分だ。一人分で挽肉150gというのはめちゃくちゃ多いので、注意されたし。普通ならその三分の一だ。

 だがあえて言おう。肉が多くて困ることあるか? 「やべ~よ、肉余っちゃったよどうする?」なんてあるか? いや、ない。ないったらないのである。肉が余ったら食え。足りなかったら調達せよ。

 とにかく、肉が多くて困ることはひとつもない。あえて一つだけ挙げるとしたらカロリーが……考えないことにする。そもそもシスターだって悪魔祓いの後だし疲れていることだろう。つくづく悪魔祓いって何?



────ひき肉が色づいて赤い部分がなくなってきたらうま味調味料を3振りし、輪切りの唐辛子(鷹の爪)一本と、豆板醤大さじ1と甜麺醤大さじ1(なければ醤油大さじ1/2と同量の砂糖)を入れて、さらに絡める。

 甜麺醤は焦げやすいので注意。全体が良く絡まったら、これらは皿に開けて、一旦休ませておく。



────次に、水 300ml を肉味噌を作ったフライパンに投入する。これで、フライパンに残った旨みを水に入れていく。

 ただし、水にお酒大さじ2とみりん大さじ1、そして白だし小さじ2を混ぜておくこと(これらを混ぜて300gになるようにしておく)。

 さて。坦々麺と言ったら、何がそれを特徴づけているか。思うにそれは、練り胡麻のコクと唐辛子の辛味だ。肉味噌に唐辛子が入っているので、後者は取り入れているが前者が取り入れられていない。

 そしてここに、簡単に胡麻の旨みを取り入れる秘密兵器がある。それがこれ。胡麻ドレッシングだ! 胡麻ドレッシングはそれ自体が美味しく味付けされているので、料理全体の味を整えてくれる働きもある。

 胡麻ドレッシングを大さじ2入れて、水を沸かす。



────沸いたら、インスタント麺付属のスープと豆乳(もしくは牛乳)200ml を入れ、続いて麺を入れてほぐしていく。表示時間の一分前になったら、もやしを 100g ほど入れ、一緒に煮込む。これでほぼほぼ完成だ。



────器にスープと麺を。そして休ませておいた肉味噌を順に入れ、周りにラー油を小さじ2ほど全体的に回しかける。小ネギがあれば彩りがいいので、それをかけてもいい。最後に、胡椒をすこしまぶす。



────これでできた。麺によく絡む甘辛肉味噌がたまらない。もやしもシャキシャキ、スープも濃厚、胡麻の香りがこんなにも食欲をそそる。夜食革命ここに成る。



 坦々麺の出来上がりだ。


7: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:35:45 ID:LtTj




「シスター。できましたよ」

「はぅぅ……キッチンから漂ってくる香りだけで私、もう辛抱たまらないところでございました……しかしそこを何とか耐え抜き、それではいざ実食と参ります! プロデューサーさん、いただきます」

「はいどうぞ。……どうですか?」

「ん、んん~~~~~~~~!!!!! いっぱいのお肉がすくった麺の合間に挟まり、口の中で旨みと辛さが融合して……! それに、甜麺醤の甘みが、この辛さを邪魔せずに、でもまろやかにしてくれています!」

「辛みの角を取ってくれてるんですよね。辛いのが苦手なら唐辛子を入れなかったり、ラー油をかけなかったりして調整が効きますけど……深夜に食べる辛いものって、何でこんなに美味いんでしょうね」

 一口だけで、身体の芯から燃え上がるような気分だ。あー、これだよこれ。

「それに、スープがすごく濃厚です。インスタントラーメンのスープ自体も美味しいですが、それでは得られない深みというか……コクをすごく感じます」

「それは胡麻のおかげですね。練り胡麻があればそれを使えばいんですけど、ゴマドレッシングなら他の料理にも使えますし、これだけ買っとけばいいやってなるから便利なんですよ。

 冷蔵庫開いて、『練り胡麻はあったけど胡麻ドレッシングがない』って事態はあんまないでしょうし」

「ああ……まるでお店で食べているかのようです……ここに餃子やチャーハンなどがあれば、もうそこは街の中華屋さんです……」

 シスター、流石の食いしん坊発動ですね。それはそれは魅力的な提案です。

「作りましょうか?」

「へ?」

「へって」

 シスターって、ご飯食べてる時は表情がコロコロ変わってすごく……一般の意味で、可愛いんだよな。綺麗なんだけどどこかに幼さがあって……なんか、幸せにしてあげたくなるっていうか。

「餃子ならすぐですから。それに、ほら。僕からしても、ビールって言えば……ね?」

「あっ、プロデューサーさん。ビールなんて開けて……」

 職場で飲む酒はマジで美味い。背徳感のなせる業だ。まあ、今はもう終業中なのでとやかく言われることもないだろう。誰もいないし──そうだ。誰もいないんだ。そんなことを、ふと、思った。



 この場には。

 シスターと、俺以外。

 ここには。

 誰も、何も──。



 ……っと。何を考えてるんだ。落ち着け。落ち着くんだ俺。やっぱり疲れが溜まってるみたいだな。この後仮眠室で寝ることにしよう。ああ、流石に疲れが出てきたな。まずいまずい。



 でも、その前に。

 おかわり欲しそうな子がいるんだから。

 それだけは作ってからにしよう。


8: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:37:26 ID:LtTj
【デザート:夢の中へ】







「うん、クラリスくんのこの企画は良さそうだね。進めてごらん」

「ありがとうございます。それでは、その方向で」



 次の日。……と呼ぶのはちょっと微妙なんだけど。

 当然、日が昇れば上司も同期も後輩も、当然ちひろさんも出勤してくる。それはそう。健全な社員の出勤時間は午前八時である。

 午前八時て。なんたって世界は朝型の人間に都合がいいように作られているのだろう。それがマジョリティだからではないか、などというそれっぽい意見はいらない。そんなことは百も承知である。

 夜型人間の俺であるが、半周すればこの日ばかりはどんな人間よりも朝型を取り繕うことができる。真っ先に仕事に取り掛かっていた俺を見て誰もが「早いな」「大丈夫か」「強く生きろ」と声をかけてくる。最後のはなんだ?

 それに早いんじゃなくて遅いんだと言いたい気持ちを抑え「まあな」と『だんでぃい』に一言呟く。かっこいいでしょう? とちひろさんに絡んだら無視された。辛辣すぎない?

 しかし。なんかやたら体調がいい。どうしてだろう。大抵仮眠室で寝た時って次の日身体が重いんだけど。風呂入れなくてシャワーだけだしな。

 あー、昼になったら外回り中にサボって温泉でも入ろうか、なんて思ってたけどその必要もなさそうだ。

 その調子の良さは他人から見ても明らかだったのだろうか、熊のようなでかい図体をした男が眉間に皺を寄せまくって、でかい声で内緒話を持ちかけてくる。多分その声、ちひろさんまで聞こえてるぞ。

「おい……知ってるか」

「無敵の要因か?」

「何言ってだお前」

「まあよく聞け。やはりな、辛いものにはビールが合うってことさ」

「そりゃまあそうだろうけど」

「何だい。微妙な反応だな。いつものお前なら『知ってライ! ライラライラライライ!』と叫びだすものを」

「古いんだよ」

「うるさいやい。そんで何だ。何かあるからそんな神妙な態度なんだろう」

 む。眉間に皺が寄ってるだけならいいが、何やら顔色まですこし悪いのではないかお前。

 学生時代に風邪の方が怖くて逃げ出すと揶揄されたお前も、年には勝てんということか。もうすぐ俺らも三十路、体も心も思うように動かなくなってくるのだろう。合掌。

「……何に手を合わせてるんだお前」

「運命ってやつさ。それで、もったいつけずに話せよ」

 熊のようにデカくてムサい同僚の男はキョロキョロと周りを警戒し、こっそりと(しかし身体のサイズに似つかわしいやたらでかい声で)耳打ちする。

「あのな、さっき給湯室の前を通ったんだよ」

「うむ」

「そしたらな、そこに五十嵐がいて」

「え」

「『ゴミ箱にインスタントラーメンの袋が捨ててありました。

 昨日冷凍しておいたお肉も少々なくなっています。

 調味料の減り方を見るに、何を作ったかは想像に難くありません。そこまではいいのですが、一緒に置いてあった小松菜だったり青梗菜を使った様子がありません』と」

「ちょっと具合が悪くなった帰るわ」


9: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:37:38 ID:LtTj
「どこにですか?」


10: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:38:24 ID:LtTj
 ……振り向くことすらしたくない。なんだこのプレッシャー。宇宙世紀でも絶対活躍できるタイプのやつでしょ。



「あー、五十嵐響子さま。ちょっと僕今から外回りに……」

「へえ。じゃあ、夜まで待った方がいいですか?」

「……学校あるんじゃないの?」

「創立記念日です」

「さいで……」



 ここまで鮮やかに一瞬で犯人確保にまで至るとは、もはや小説のネタにもゲームのネタにすらなりはしない。

 インスタントラーメンを隠し持っていたことはすこし怒られるだけで済むだろうが、栄養バランスについては申し開きもない。確実に半日を栄養学講義に費やすこととなろう。強く生きろとはこのことか。

 ってか全員じゃあこの状況をわかってたんだなこの野郎……!? あ、ちひろさんがあんな態度撮ってたのはこれを見越してたんだな……!? ズルいさすがちっひすごいズルい。

 しかしここで何もせず討ち取られるだけの俺ではない。逝ねばもろとも地獄の共行き。具体的には俺一人だと耐えられない。



「あー……なんか、部長も最近お腹が出てきたって言ってたよ」

「そうですか。じゃあ今日はお二人と、健康的な生活の重要さと、それを達成するにはどうすればよいかをお勉強しましょう」

「おー……」

「おー!」



 部長には犠牲になってもらった。響子が嬉々爛々として部長のデスクへと向かっていった。何やら視線を感じるが気にしないことにする。何やかんやそっちの方が面白いしな。許せ部長。反省はしていない。

 

 さて、とため息をつく。今日はこれから長くなりそうだ……と。



 そうだ。その前に一通だけ、メールを打っておくことにしよう。


11: 名無しさん@おーぷん 21/08/22(日)11:38:36 ID:LtTj




 クラリスさん



 お世話になっております。プロデューサーです。

 昨日はありがとうございました。なぜかすごく体の調子も良く、きっと楽しい時間を過ごせたからだと思います。

 さて、シスターは、今日はダンスレッスンですよね。レッスンが終わったら、一度事務所にお越しください。新しいお仕事が入りましたので、そちらの案内を。

 簡単に、ここで内容だけ簡単に書いてしまいますね。詳しい話は後ほど。

 

 7月の中旬から、二人組ユニットを対象にしたライブ・ロワイヤルが行われます。

 シスターには、白菊ほたるさんとユニット『 Little bell 』を組んで、それに参加していただきたいと思います。



 それでは。暑い日が続きますので、体調にはくれぐれもお気をつけください。



 プロデューサー



 P.S. 今日の夜ご飯は、豚の生姜焼きです。特別美味しいやつですし、キャベツをたくさん使いますから、栄養バランスもバッチリです。楽しみにしててください。


引用元: 【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;坦々麺【幕間】