【艦これ】加賀「……さて、と」 前編

489: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:42:29.45 ID:tpxx/i590



幹部会議中、船渠にて


三◯七司令『なんということだ……なんということだ……』

霰『……』

加賀『……』

霰と加賀に向かい合うようにして、三◯七司令が立っている。

三◯七司令『まさか……輸送船を……喪失するとは……』

霰『……』

三◯七司令『輸送船を握っているから……帰還が遅れたのではなかったのか……?』

490: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:43:08.15 ID:tpxx/i590
はは、は……と乾いた笑いが三◯七司令の口から漏れる。

三◯七司令『それがなんだ……
加賀を曳航していたせいで時間が掛かっただけだと……?』

霰『……申し訳、御座いません……』

三◯七司令『……ッ!』

三◯七司令は加賀の頬を張った。

三◯七司令『貴様はッ!貴様は今まで一体何の訓練を重ねていたのだ!』

加賀『……』

三◯七司令『貴様もだっ!適切な状況判断がなぜ出来ない?!』

霰『……』

491: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:43:52.99 ID:tpxx/i590
三◯七司令『……何とか言わんかぁぁあ!!』

三◯七司令は激昂する。
霰も頬を張られる。

霰『……』

その様子を、加賀は黙って見つめていた。
下唇が白くなるほど、噛み締めて。

三◯七司令『お前の所為で俺は終わりだ……終わった!!
この、役立たずがぁぁぁ!!』

霰『……申し訳……御座いません……』

三◯七司令『謝るくらいなら……今すぐ輸送船を持って帰ってこい!!』

霰『……申し訳、御座いません……』

三◯七司令『……貴様ぁぁぁ!!』

バキッ、と鈍い音がし、霰が殴られた勢いでバランスを崩し、倒れる。

倒れたその腹に、追い打ちの蹴り。

492: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:45:44.29 ID:tpxx/i590
霰『っ……』

呼吸が詰まる霰とは対照的に、三◯七司令は肩で息をしていた。

三◯七司令『……ハァ……ハァ……
くそっ……俺は……終わった……』

霰『……』

三◯七司令『何故、こんな事に……
俺はただ、深海棲艦を殺したかった……
ここまで来るのに……どれだけ苦労したと思っているううう!!』

もう一度殴られる、霰。

霰『……』

三◯七司令『何なんだ、貴様も、あの男も……何なんだ!!
何で俺なんだ!!』

霰『……』

加賀『……っ』

493: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:46:10.96 ID:tpxx/i590
三◯七司令『どいつもこいつも気持ち悪いんだよ……くそっ……』

霰『……』

三◯七司令『……何で……訓練通りに物事を出来ないんだ……』

霰『……申し訳、御座いません……』

三◯七司令『……何でだ……何で輸送船が……』

そう繰り返し呟く男の背中は酷く惨めで。

三◯七司令『……お前達が……代わりに沈めばよかったのに』

494: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:46:59.84 ID:tpxx/i590



会議終了後、上司の部屋


提督『失礼致します。会議が終了致しましたので、出頭致しました』

上司『ああ……』

書類から目を離し、上司は提督を見る。

上司『……最低限の身だしなみ程度、整えたらどうだ』

酷い顔だな、と付け足す。

提督『申し訳ございません。緊急の会議でしたので』

495: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:48:22.67 ID:tpxx/i590
上司『フン……まぁいい。
……これを見ろ』

そう言って、提督に手渡したのは一枚の書類。

提督『……これは……』

上司『そろそろ限界という事だな』

提督『……』

上司『今回の事で、それは明らかになっただろう……
いや……ハナからわかっていた筈だがな……』

提督『……』

上司『もう時間は無い。それに……資源も無いんじゃ無いのか?』

提督『……』

上司『フン……まぁよく考えることだな……
……用は済んだ。失せろ』

提督『はっ。失礼致します』

496: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:49:07.80 ID:tpxx/i590



提督『……ついに……いや……来るべくして来たというべきか……』

上司の部屋を出、大きくため息を吐きながら独り言を呟く。

提督『……今のうちに……最大限、出来ることを……』

その表情は厳しい物だった。

暗澹たる気持ちのまま、提督が歩いていると。

提督『……あん?』

加賀『……あ……』

同じく、厳しい表情の加賀とばったり鉢合わせた。

497: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:49:37.36 ID:tpxx/i590



バッと顔を伏せる加賀。
消えてしまいたい。
今すぐに。

加賀《合わせる……顔が……無い……》

自分のせいで、自分のせいで輸送船を失ってしまった。
無論、その貨物も。

提督には失望されたろう。

もう温かい言葉は期待出来ない。

そのことに、私は耐えられない。

加賀《……逃げる……べきです……》

方向転換して。
この場を去るのだ。

提督はまだ遠い。
今なら間に合う。
今逃げ出せば、言葉を交わさずに済む。

498: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:50:11.43 ID:tpxx/i590
はやく、はやく。

震えて動かない足よ、上がれ。

なんて。
思っている間に。
提督はすぐそばまで来ていた。

動悸がする。
息が上がる。
どうなる。

提督の手が、スッ…と伸びて。

加賀《……ッ》

加賀の頬を撫でた。

提督『……なんだ』

加賀『……』

加賀は目を伏せたまま、黙り込む。
その様子を見て、提督はふぅ、とため息を吐くと。

今度は加賀の頭をぽんぽん、と撫でた。

499: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:51:06.07 ID:tpxx/i590
加賀『……あ……』

思わず顔を上げる加賀。

提督『よく生きて帰って来た』

加賀『あ……あ……』

少し屈み、提督は加賀と目線を合わせる。

提督『……無事でよかった』

加賀『……』

違う。

提督『霰もなんとか帰って来たそうじゃないか』

加賀『……』

違う。
違う。

提督『……まぁ、その、なんだ。あまり落ち込むな』

加賀『……』

違う。
違う。
違う。

自分は甘い言葉を、掛けられるべきではない。

提督『普段の訓練の、賜物だな』

500: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:51:57.53 ID:tpxx/i590
加賀『……ッ』

違うッ……!

のに。

何も言えない。

提督『……後の事は、俺に任せろ。
お前は今は、休むと良い』

加賀『……』

否。

言わない。

言いたくない。

加賀『……はい』

提督『……良し。しばらく休め』

501: ◆hsyiOEw8Kw 2015/12/27(日) 00:52:23.08 ID:tpxx/i590
その時、久しぶりに正面から見た提督の顔は酷くやつれていて。

加賀『……ありがとう、ございます』

提督『ああ。すまんが、俺はこれから急ぎの会議だ。またな』

そう言って、疲れた顔で笑う提督。
そのまま、離れていく彼に、加賀は。

加賀『……』

何も言えず。

彼が見えなくなった頃に。

自分でもよくわからない涙が。
頬を伝った。

515: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:41:23.32 ID:wkwcWwaN0
提督の自室


ガチャ、と扉を開けて、提督が入室した。

提督『……』

赤城『……お疲れ様です』

提督『……何故、お前がここに居る?』

赤城『……』

提督『訓練場で待機しろ、と告げた筈だが』

赤城『……提督』

516: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:41:50.74 ID:wkwcWwaN0
提督『なんだ』

赤城『加賀さんが……帰還なさったと聞きました』

提督『ああ』

赤城『……』

提督『だったらどうした』

遠回しな物言いに対し、苛立ちを隠そうとしない提督。

そんな提督に、赤城は悲しそうに告げた。

赤城『……燃料が、足りなくなりますよ』

517: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:42:18.19 ID:wkwcWwaN0



燃料が不足する可能性がある。

訓練開始前。
補給官に問い合わせ、帰ってきた答えに赤城は驚きを隠せなかった。

加賀は帰還したものの、燃料をほぼ全喪。
その為、今回の訓練の為に燃料を用いれば、加賀の次回出撃用の燃料は足りなくなる。

赤城は告げられた言葉を反芻しながら、提督に向き直った。

赤城『訓練を行えば、任務の遂行が不可能になります』

518: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:42:47.36 ID:wkwcWwaN0
加賀の艤装の復旧までは時間がかかる。
とすると、自分がその代わりに任務に出なければならない。
その為、尚更燃料を使っている場合ではない。
赤城はそう考えていた。

提督『……何を、言っている……?』

そんな赤城に対し、提督は溜息を吐いた。

赤城『……?』

赤城は自分の理論がおかしいとは思えず、怪訝な表情になる。

提督『俺が、お前に与えた任務は何だ?』

赤城『……訓練です。
……しかし、加賀さんの復帰が難しい以上ーー』

519: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:43:13.69 ID:wkwcWwaN0
提督『お前はいつから参謀になったんだ、赤城』

赤城『なーー』

提督『お前に与えられた任務は、訓練だ。
それ以外の事は、お前の気にする所ではない』

若干語気を強めて、提督は言う。

赤城『っ……』

提督『わかったらとっとと行け。
俺もすぐに向かう』

赤城『……』

520: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:43:40.94 ID:wkwcWwaN0



赤城はわからなかった。
この男の意図が。
何故、この男は無意味な訓練を、使えない知識を、自分に与えるのか。

自分の身を削ってまで。

赤城『……いつ、眠ってらっしゃるんですか?』

ポツリと、言葉が漏れた。

普段とは違いすぎる。

目の下の大きな隈。
ボサボサの髪。
無精ヒゲ。
そして何より、疲労から来ているであろう、苛立ちを感じて。

提督『……何を突然』

521: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:44:07.70 ID:wkwcWwaN0
赤城『……わかりません。
なぜ、そこまでなさるのか』

提督『……』

赤城『燃料が無いんですよ?
あなたも休む必要があるのではありませんか?』

提督『休んでる暇は無い。加賀の件の処理もあるし、輸送計画にも遅れがある』

赤城『今からのっ……私の訓練を取り止めれば、あなたは眠れるではありませんか!』

提督『……』

赤城『今は雌伏の時なのではありませんか?
私にだって輸送任務は出来ます、何かの足しにはなるはずです!』

提督『……』

赤城『……ですから……今は……』

522: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:44:33.95 ID:wkwcWwaN0



提督『なぁ、赤城』

赤城『……?』

提督『俺は作戦司令室付きとなり、艦娘の指揮を基本的には執らない。
にもかかわらず、何故、お前は俺の所に居ると思う?
加賀は他へ回されたぞ』

赤城『……それは……』

提督『なんだ』

しばしの沈黙の後。

赤城『……。
……訓練の、為ですか』

523: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:45:00.42 ID:wkwcWwaN0
提督『違うな。
……赤城。俺はお前を高く評価している』

赤城『……』

提督『その賢い頭なら、本当の答えはわかっているはずだ』

赤城『……』

俯き加減で、唇を薄く噛む赤城に。
提督は、口にしろ。と急かした。

赤城『……それは……』

悲しい事実だ。

赤城『……私が、誰にも必要とされていないからです』

524: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:45:41.56 ID:wkwcWwaN0
提督『そうだ。お前の評価はそんなものだ』

赤城『……』

加賀は輸送能力があると判断されたから、別途配属された。
しかし赤城は配属すらされず。
任務の割り当てすら無かった。

そういう事だ。

提督『時間はいつまでもあるわけじゃない。
お前はお前の価値を証明しなければならない。
速やかにな』

提督は、だから休んでいる暇は無いんだ、と締めくくった。

赤城『……何故、そんなゴミの為に、そこまでなさるのかがわからないと言っているんです!』

525: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:46:08.40 ID:wkwcWwaN0
提督『……』

赤城『あなたのキャリアの為ですか?それとも……それとも、同情ですか?』

悲痛な表情で赤城は言う。

赤城『もうやめて下さい……!
私に、私にそんな価値はーー』

提督『それ以上考えるな』

赤城『……』

提督『裏の意図を読もうとするな。
赤城、お前は俺の艦娘だ』

赤城『っ……』

提督『命令に従う以外に道は無いし、それ以外に理由も要らない』

赤城『……』

526: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:46:35.43 ID:wkwcWwaN0
沈黙の後、提督はバツの悪そうに付け足した。

提督『……まぁ、なんだ。
時には考えない事が正しい事もある』

赤城『……はい』

提督『……燃料やら任務やらに関しては、お前の思い悩む所ではないという事だ』

赤城『……』

提督『……わかったら、訓練に行くぞ。
先に行ってろ』

赤城『……はい。失礼致します』

暫く俯いていた後、赤城は静かに部屋を出て行った。

527: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 19:47:06.17 ID:wkwcWwaN0
提督『……しっかし、状況が良くないのは事実だな』

赤城が出て行った後、提督は1人思案する。

提督《動かせる艦娘が減ったのは事実だ。早急に補修せねばならないからな…》

燃料もそうだが、あれ程の傷だ。
大量の鋼材が必要になる。

提督《なんとかして工面せねば……》

すこし工廠に寄って技術屋の連中と相談するか、と呟いて、提督は椅子から立ち上がった。

528: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:04:38.94 ID:wkwcWwaN0



工廠にて


提督『……相変わらず、酷い状態だな……』

吊るされた加賀の艤装を眺め、溜息を吐く。
作業員に担当の工務官を呼んでくるように頼み、来る迄の間、提督はぼーっと加賀の艤装を眺めていた。

提督『……果たして、修復が可能なのかどうか……』

手元のスイッチをいじり、艤装を回転させ、被弾により装甲が飛び、内部が露わになった箇所を正面に捉えた。

提督《加賀の艤装の断面は、こうなっているんだな……》

記憶にある、無傷の艤装のイメージと比較しながら見る。

529: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:07:11.99 ID:WbeveSrlO
と。

提督《……?》

提督は気が付いた。

提督《……なんだ、この空間は……》

艤装の断面に、扁平な空間がある。

提督《燃料容器では無い……かと言ってここに弾薬を入れる訳では……》

一体何の空間なのか、と考えたところで。
提督の頭を、ある考えがよぎった。

提督《……まさか……いやだがあり得る……!
いや、どうして今まで思いつかなかったんだ……!》

その瞬間。
加賀の艤装の事や、赤城との関係、そして工務官を呼びつけた事すらも忘れ。
提督は訓練場へ向けて走り出していた。

530: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:08:12.39 ID:WbeveSrlO



訓練場にて


提督『赤城……赤城……!』

赤城『は、はい』

既に艤装を装着していた赤城は、息も絶え絶えに呼びかける提督に、驚きと共に応じた。

赤城『如何致しましたか?』

提督『格納庫だ……お前の艤装、艦載機の格納庫があるんじゃないのか……!』

赤城『……格……納庫?』

提督『そうだ……!
よく考えてみろ、弾薬は艤装に突っ込んで初めて砲撃出来るだろう……
艦載機も同じじゃないのか?』

531: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:08:51.46 ID:WbeveSrlO
赤城『……つまり、艦載機を飛行甲板の上に直接置くのではなく、一度艤装の中に収納してから……という事ですか?』

提督『ああ』

赤城『……』

一理ある。
弾薬も、艤装に補充せねば発砲出来ない。
艦載機が同じ仕組みだったとしても不思議ではないが……

ついに頭がおかしくなったか、と思った。
飛行甲板と艤装は直接接続されてはいない。
艤装に艦載機を仕込んだとして、それがどうやって飛ぶと言うのか。

赤城『……探してみましょう』

しかし。
赤城は黙って、従うことにした。

532: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:09:54.48 ID:WbeveSrlO
艤装はブラックボックスだ。
艦娘と同様に比強度が凄まじく、人間の手ではとても加工が出来ない。
その為わかっていない事が多く。
故に。
妄言すら試してみる、価値がある。

赤城『……』

赤城の艤装は、格納庫があるとは思えないスリムなサイズだ。
手元の艦載機と見比べ、これが入りそうな位置を考えてみて。
見つける。

赤城《……》

まさか、ここかしら。と思う。
でも、とも。

燃料補給口付近。
分厚い鋼板で覆われた箇所。

ここ以外に艦載機が入る余地のある横幅は無い。
が、どう見ても、ここに燃料タンクがあるとしか考えられない。
周囲の分厚い鋼板は、タンクを保護するものだと推測するのが妥当だ。

533: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:10:37.55 ID:WbeveSrlO
赤城《……》

しかし、格納庫がもしあるとしたら、それには出入り口がある筈。
そして、出入り口があるとしたら、此処しかない。

赤城は試しに鋼板の端を掴んで、グッと引っ張ってみる。
が、それはビクともせず。
やはりただの鋼板としか思えない。

赤城《……これ以上引っ張って、良いものでしょうか……》

艤装を装着した艦娘の膂力は凄まじい。
本気を出せば、艤装の鋼板一枚程度、楽に引き千切れるだろう。

しかし。
この鋼板がもし、燃料タンクの一部だったとしたら。
無理に引き剥がした事による艤装の破損と、燃料の流出が起こるだろう。
そして、位置的にその可能性は高い。

資源が逼迫している今。
やって、良いのか。

534: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:11:10.84 ID:WbeveSrlO
赤城は不安げに提督を見た。

提督『やれ』

間髪入れずに答える提督。

赤城《……どうにでもなれっ……!》

その答えに、赤城は覚悟を決めると、息を止めて。
鋼板を全力で引く。

ミシ……ミシ……と暫く鳴っていたそれは、数瞬後、バカン!という音と共に勢い良く開いた。
そう、開いた。
断面に蓄えられた、大量の塩と錆を撒き散らしながら。
埃臭い、空の格納庫が露わになる。

535: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:11:49.26 ID:WbeveSrlO



提督《やはりあったか……!》

提督の握り拳に力が入る。

提督《あんなところに格納庫があると、燃料は一体どこに入っているんだと言う疑問が生まれるが……
今は、そんな事を気にしている場合ではない》

提督『赤城っ。艦載機は入るか!』

赤城『……はい……!』

艦載機がギリギリ入る、丁度のサイズ。
中のフックに吸い込まれるようにして、艦載機は固定され……

536: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:12:30.38 ID:WbeveSrlO
赤城『……格納庫を、閉鎖します……』

赤城は格納庫を閉じた。
異物のせいで閉まりにくい扉を、無理やり押し込むとーー。

赤城『……』

提督『……何か、変化は……』

赤城『……ありません』

提督『……』

当然ながら。
無い。

538: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:19:28.33 ID:WbeveSrlO



赤城『……』

当然だ。
格納庫から艦載機が飛び出すとでも言うのか。

だが、あれは確かに格納庫だった。
一体、この格納庫の意味とは……

提督『……腕を掲げろ』

赤城『……?』

提督『プロペラを回せ』

一体何を言って……

提督『燃料を注射だ』

誰に、言って……

提督『エナーシャ用意……』

539: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:23:16.93 ID:WbeveSrlO
赤城『どう……どうしたら、いいんですか……っ!誰に言って……』

提督『わからん』

狼狽する赤城を、提督は真っ直ぐに見つめて告げる。

赤城『なっ……』

提督『わからんが、お前以外には出来ない』

赤城『……』

提督『知識はあるな……お前は、学んだ筈だ』

学ばせた。
大量の書物で。

提督『やってみろ。
お前以外の、誰にも出来ない』

540: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:25:43.92 ID:WbeveSrlO
赤城『……』

腕を掲げ、イメージする。
飛行甲板。
その上の艦載機を。

赤城《……》

何事も、形式が重要だ。

頭の中で、まずは計器類を確認。
問題無しと判断すれば。

赤城《……油回りを、よくする……》

プロペラを軽く回し始める。

赤城《……注射……》

燃料の混合比は最濃。
手動ポンプによって、燃料をエンジンに入れる。
これがシリンダで、爆発の呼び水となるのだ。

541: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:26:51.65 ID:WbeveSrlO
赤城『……』

腕を掲げ、イメージする。
飛行甲板。
その上の艦載機を。

赤城《……》

何事も、形式が重要だ。

頭の中で、まずは計器類を確認。
問題無しと判断すれば。

赤城《……油回りを、よくする……》

プロペラを軽く回し始める。

赤城《……注射……》

燃料の混合比は最濃。
手動ポンプによって、燃料をエンジンに入れる。
これがシリンダで、爆発の呼び水となるのだ。

542: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:30:57.92 ID:WbeveSrlO
赤城《……次は……》

カウルフラップを開いて……

赤城《……エナーシャ》

エナーシャスターターを回し、フライホイールを回転させる。
重いそれは、はじめはゆっくりと、やがて高速で回転して。
ヒュイイン、と、特有の音が響く。

クリアに、聞こえる。

赤城『……コン……タクト……』

レバーを引く。
ガチン!と音がして。
フライホイールとエンジンのクラッチが噛み合う。
プロペラがゆっくりと回り始める。

543: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:31:40.70 ID:WbeveSrlO
赤城『スイッチ、オン……』

震える声と共に主電源を入れて。
エンジン、スタート。
そして。
スロットルを、若干開けば。

赤城『……油圧、電圧、問題無し……』

小気味の良い音と共に。
赤城の掲げられたその右腕の上で。
一台の艦載機が。
確かに、白い煙を吹いていた。

赤城『エンジン、始動しました……!』

提督『……ああ……』

斜陽を写し、眩く輝くプロペラの前に。
提督と赤城は、それ以上、何も言えなかった。

544: ◆hsyiOEw8Kw 2016/01/13(水) 20:32:06.49 ID:WbeveSrlO



しかし。
この素晴らしい瞬間が。
新たなる、より厳しい試練の始まりであるという事を2人が知るのは。
数秒後、飛び出した艦載機が空を飛べずに海へ沈むのを、呆然と眺めてからだった。

ぼちゃん、という情けない音と共に。

597: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 19:46:33.96 ID:cW5OBhKe0



数週間後……

赤城『……』

赤城はボロボロになっていた。
精神的にも、肉体的にも。

赤城『……もう、飛びませんよ、こんなの……』

弱音を吐いてしまうほどに。

ガクッと。

海面に膝をついてしまうほどに。

赤城『無理ですよ……』

掠れる声で、繰り返す。

598: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 19:55:40.38 ID:cW5OBhKe0



時はまた戻り……


艦載機を右腕に出現させる事が出来るようになって、気付いた事がある。

艦載機からの景色がはっきりと見えるのだ。
まるでコクピットに自分がいるかのように。

最初は幻覚の類かと思っていた。
しかし、そうでは無かったのだ。

赤城《……自ら操作しないといけない……ということですよね……》

試しに目を閉じて、艦載機へと意識を集中させる。

赤城《……このまま加速していけば……》

飛び立つのではないか。

599: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 19:56:21.17 ID:cW5OBhKe0
そう考えた赤城は、艦載機のスロットルを全開にしてみた。
甲板の上で、一気に加速していく艦載機。

初めての感覚に、赤城は緊張しつつも操縦桿を前に倒した。

赤城《これで……お尻が浮いたら……操縦桿を引けば……!》

飛ぶはずだ。
が。
甲板長は短い。

赤城《……浮かない……!》

尾翼は浮かずとも、海は近づく。

赤城《……》

目の前の地面が消え、慌てて操縦桿を一杯に引くが。

ガッという音がして、艦載機は錐揉み回転しながら海へと落ちていった。

赤城《……尻が……甲板のヘリに当たった……》

ふむ、と少し考え、そして顔を顰めた。

これは、

赤城《……難易度が、高いのでは……》

600: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 20:03:46.29 ID:cW5OBhKe0



提督『……全力航行だな……』

赤城『……』

やっと艦載機が利用できる状態になったにも関わらず、提督の表情はパッとしない。

それもそのはず。
赤城は静止状態から、一度も艦載機を飛ばす事が出来ずにいた。

提督『風上に向かってな』

赤城『……風力を稼げ、と』

提督『ああ』

揚力は向かい風から生じる。
静止状態で浮かない以上、走るしかないだろう。
自分の爪を見つめながら、そう告げる提督。

赤城『……わかりました』

やってみます、と言ってはみる物の。
全力航行状態で艦載機を発艦させる事の難しさに、赤城は既に気が付いていた。
無論、提督も。

601: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 20:06:01.32 ID:cW5OBhKe0
提督『……まぁ、それは明日以降で良い。
今日は休め』

ふぅ、とため息をついて。

提督『準備もあるしな……』

そんな提督に。

赤城『……あの』

提督『なんだ』

赤城『この事はご報告なさらないので?』

提督『……ああ。まだだ』

赤城『……』

提督『タイミングは俺が決める。お前は愚直に訓練を続けろ。
ーー……聞きたい事はそれだけか?』

赤城『……はい。
……。……失礼致します』

やや不服そうにしながらも、赤城は部屋を去った。

提督『……俺も俺の仕事をするか……』

その後ろ姿を見送ると、提督は重い腰を上げて。

602: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 20:08:31.90 ID:cW5OBhKe0



コンコン

上司『……入れ』

提督『失礼致します。少々お時間を頂けますでしょうか』

上司『……なんだ。私は今忙しい』

提督『内密なお話が御座います』

上司『……』

上司は少し怪訝な顔をしたが、ふー……、と長い溜息を吐くと、筆記具を置いて提督に向き直った。

上司『とっとと話せ』

提督『はっ、ありがとうございます。
ご承知の通り、赤城の件なのですがーー』

上司『ーー何?』

603: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/02(土) 20:10:00.28 ID:cW5OBhKe0



翌日


提督『さて……訓練だ。やるぞ』

赤城『……その前に、提督』

提督『なんだ』

赤城『燃料については如何なさるおつもりですか』

提督『……』

赤城『全力航行をショートスパンで繰り返せば、燃料はーー』

提督『良い。燃料や……あー、資材については……俺がなんとかする』

赤城『なんとかするって……』

提督『赤城。お前が求められているのは唯一つ。
ーーその玩具を飛ばす事だ』

赤城『……』

提督『それも、出来る限り早く、な』

赤城『早く、ですか』

提督『……。戦時中なんだぞ。
当たり前だろ』

赤城『……』

提督『ともかく、今は飛ばす事だけに集中しろ。良いな』

赤城『……はい』

提督『良し。じゃあ、始めてくれ。
まずは現状把握からだ』

610: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/08(金) 02:50:20.58 ID:EXQBMprt0



訓練海域にて


赤城『……』

艦載機の発艦は予想以上に難航していた。
特に甲板の、揺れの制御が。

赤城《どうしても、どうしても揺れてしまう……》

甲板は肩のハードポイントに接続され、更に赤城の腕全体と連動して動く。

すなわち、腕が揺れれば甲板は揺れ。
それが発艦を決定的に阻害する。

611: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/08(金) 02:51:35.53 ID:EXQBMprt0
赤城《……!》

波もある中、全力航行しながら腕を常に水平に保つということは、常識的に考えて不可能に近い。

赤城『波が……読めない……』

視覚と足の感覚を総動員するが……
それでも、上下左右へ揺れる海面は読めるものでは無い。

そして。

本体がそんな状態なのに、艦載機まで気が回る筈もなく。
艦載機のスロットルを入れる事すらままならない空母がそこにいた。

赤城『……くっ』

それでも赤城は幾度も強引に発艦させようとした。

しかし。

612: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/08(金) 02:52:11.84 ID:EXQBMprt0
何機かは速度が足りずに甲板のヘリで尻を打ち。
何機かは甲板の強い振動と共にホップして壊れ。
そして。
多くは一直線に海へと突っ込んでいった。

赤城《……重い……》

甲板上部に出現した艦載機がその上を進んで行くとき。
まるで、自分の肩から腕にかけて鉄球を転がしているようだ、と赤城は感じていた。

艦載機が甲板上を走っているだけで、甲板の重心が変わる。
無意識のうちに、だんだんと腕が下がってしまうのだ。
だから。

赤城《下向きに、射出されてしまう……!》

苛立つ赤城。
その様子を見て、提督は溜息を吐いた。

提督『……今日はその辺にしておこう』

赤城『……はい』

提督『上がれ。戻るぞ』

613: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/08(金) 02:52:43.69 ID:EXQBMprt0



提督の部屋ー


提督『今日の訓練で判明した課題はーー』

椅子に深くもたれかかりながら、提督は告げる。

提督『安定性だな』

赤城『……』

提督『甲板が動き過ぎているから飛ばない。それだけだと俺は推測する』

それだけ、が難しいのだが……とも付け足して。

提督『なんとかせねばならん。がーー』

614: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/08(金) 02:53:12.98 ID:EXQBMprt0
赤城『……』

提督『都合よく振動を抑制する装置なんてモノは無い。要するに……』

全てお前次第だ。と告げた。

赤城『……』

赤城の表情は厳しい。

艦載機が甲板上に見えた時、すぐに飛ばせる物だと思っていた。
問題となるのは、発艦ではなく着艦の方であろう、と予想していた。

赤城《思わぬ落とし穴……でしたね》

唇を噛む。

赤城《甲板の姿勢制御がここまで難しいとは……》

撃つのは一瞬で済む砲撃とは訳が違う。
水平に保たねばならない時間が長い。

赤城《……これも、訓練あるのみ、ですか》


624: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:26:34.94 ID:qc/+dB+rO



生半可な事ではない事は。
わかっているつもりだった。
つもりだった。

提督の書斎で、赤城はその事実を再認識する事になる。

提督『3°だ』

赤城『……え?』

提督『甲板の傾きの許容範囲は、プラスマイナス3°だ』

赤城『……』

赤城の顔が強張る。

625: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:27:18.65 ID:qc/+dB+rO
提督『……マイナス3°以上下を向くとーー』

提督は机から白紙を取り出すと、絵を描き始めた。
デフォルメされ、妙に可愛らしい赤城が紙面に表れる。

提督『お前の肩の高さから艦載機が出た場合、海に突っ込む』

そのデフォルメ赤城の甲板から飛び立った飛行機は、紙の中の海に攫われた。

赤城『……絵がお上手なんですね……』

提督『……プラス3°以上、上を向けると速度が不足する』

赤城のつぶやきには何も返さず、提督は続けた。

626: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:27:58.84 ID:qc/+dB+rO
紙面の上の、小さな赤城の表情が描き換えられ、少し困ったような顔になる。

提督『強いロールも許容されない。艦載機が横滑りする』

言いながら、提督は表情を更に描き加える。

提督『勿論縦揺れもダメだ。艦載機が浮いたら放り出される』

最終的に、提督がペンを放り出した時、紙上の赤城は泣きそうな顔になっていた。

赤城『……』

赤城は無表情に小さな自分を見つめる。

提督『と言うわけだ』

ふー、と溜息をつき、赤城を見つめる。

627: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:28:26.77 ID:qc/+dB+rO
提督『……お前の甲板の長さから考えるとーー』

上下4センチ。
水平面に対して、甲板の先のズレが許容されるのは、上下4センチ。

告げられた長さに、赤城は眉をひそめた。

赤城《……4センチと言われても……》

親指と人差し指で、この位か?と見積もってみるが、実感は湧かない。困惑する。

628: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:29:04.74 ID:qc/+dB+rO
提督『……今言った以上の事は、理論的には可能だ。理論的には、な』

赤城『……』

提督『イマイチ実感がわかないかもしれないが……
4センチと言うのは恐ろしく達成が難しい数字だ』

赤城『……』

それは、なんとなく、わかる。
なんとなく。ここ数日の経験から。

提督『……だが、やって貰わねばならない』

提督の表情は全く明るくなかった。

赤城『……はい』

同様に、赤城の返事も。

629: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:29:34.31 ID:qc/+dB+rO



翌日。
提督が何処かしらから、そこそこの量の燃料やボーキサイトを確保してきたらしい。
一体どこからそんな物を、という赤城の抱いた疑問は島全体の疑問でもあるらしく。
すれ違いざまに同僚に悪態をつかれる提督を、赤城は複雑な面持ちで見守っていた。

しかし提督は全く気にするそぶりを見せずにいる。

提督『赤城、やるぞ』

赤城『……はい』

630: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:31:11.00 ID:qc/+dB+rO
なんとなく無言のまま、二人は訓練海域へ出て。
その日の海は、波一つ無く。
完璧な練習日和に思えた。

これならあるいは、と思っていた。

しかし。

赤城『……!』

いざ挑戦すると、4センチの壁はあまりにも大きい。

赤城《海面に対してほぼ水平……って……》

全力航行しつつ、歯ぎしりする。

赤城『ここまで難しいものですか……!』

こんなに波が無いのに。
それでも、全然上手くいかない。

631: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:31:42.83 ID:qc/+dB+rO
赤城《……艤装の振動も、確かに大きい》

最高船速で運動しているのだ、脚部艤装から伝わる揺れは大きい。

が。

赤城《けれど、一番の原因はーー》

体が無意識にバランスを取ろうとして腕が動く、こと。

特に、飛ばそう飛ばそう、と思うあまり、意識は艦載機の方に行きがちだ。
それくらい艦載機に集中しなければ、飛ばす事は難しいのだが。

赤城《……焦るな》

赤城は足を止め、ほう、と息をついた。
そして自分に言い聞かせる。

赤城《ここまで波が無いのは本当に珍しい……》

そうだ。
千載一遇のチャンスなのだ。

赤城《今日を逃す手は……ありません……!》

意気込む。

632: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/13(水) 23:36:04.94 ID:qc/+dB+rO
赤城はここ数日で気付いた事があるのだ。
提督は明らかに、何かに焦っている。
何に?わからない。
ただ、赤城の件を上に報告しない事と関係が有るのだろう。そんな気がする。

それはおそらく、赤城が艦載機を飛ばす事が出来れば、解決する。

だとすれば。

否、だとしなくとも。
赤城がすべき事はただ一つ。

赤城《波が無くても難しい、じゃない》

出来ない、じゃない。
波が無いから。

赤城《今、飛ばすの……!》

641: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:42:24.97 ID:lxNirJAXO



提督の自室


加賀『あ……』

赤城『……どうも』

赤城が扉を開けて入ると、加賀がちょこんと椅子に座っていた。
くたびれた声での挨拶に、加賀は頭を少し下げて応じる。

加賀『……』

赤城『……』

加賀はチラチラと赤城の方を見ているが、赤城の疲れた顔はそっぽを向いていた。
まるでわざと、目を合わさないようにしているように。

642: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:42:50.57 ID:lxNirJAXO
加賀『……!……。……』

加賀は何かを言おうとしては止める事を繰り返し。
気まずい沈黙が続いていた。

加賀『……あ、の』

やがて意を決し。
その沈黙を破ったのは加賀だった。

赤城『……はい』

加賀『……。提督、 は……』

当たり障りの無い話題……を探してみたものの、赤城と加賀の間の“当たり障りの無い”話題など、提督の事ぐらいしか加賀には思いつかない。

赤城『……』

しかし、赤城にとって、今はどんな話題も“当たり障り無く”は無かった。

643: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:43:27.78 ID:lxNirJAXO
赤城《……飛ばせなかった……》

加賀の話など聞いてはいない。

赤城《……結局、今日も……》

ギリ、と歯がなる。

加賀『……?』

訝しげに首を傾げる加賀。
その時の、僅かな衣摺れの音で思い出したかのように、赤城は質問に答えた。

赤城『もうすぐいらっしゃいますが』

加賀『そう、ですよね……』

その突き放すような言い方に、加賀は俯いてしまう。
そこから、また沈黙。
自責の念にかられる者達の間に。
長い静寂が訪れた。

644: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:44:55.06 ID:lxNirJAXO



提督『……すまない、遅くなった』

提督が部屋に踏み込んだ時、中の雰囲気は最悪に近かった。

加賀は俯き加減で表情が読み取れず。
赤城は顔をこちらに向けつつも微妙に視線を外していた。不機嫌そうに。

提督《まさか……揉めたのか……?》

不安になる。

提督《最近の赤城は常に苛立ちを抱えているからな……》

艦載機を出せるようになってから、しばらく経つが、その訓練は一切上手くいっていなかった。
時間の取れる限り訓練を繰り返してはいるが……。

645: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:45:34.45 ID:lxNirJAXO
提督《……時間を取れば良いというものでもない、か》

一度休ませてやりたい。
休んでからやると、良い結果が出た例もある。

しかし。

提督《……もうそんな時間は、無い……》

赤城の予想通り、提督は焦っている。
だから、赤城を急かす。

それでもどうしても。
上手くいかなくて。
赤城の己への苛立ちは。
募るばかりだった。

何と衝突が起きても不思議ではない、が。
起こって良いという事ではない。

646: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:46:05.33 ID:lxNirJAXO
提督『どうした』

とりあえず、訊いてみる。

赤城『……?』

加賀『……』

二人が不思議そうに提督の方を向いた。

提督『……。飯だぞ。もっと喜んだらどうだ』

二人ともなんて顔だ、と提督は心の中でため息をついた。
自分の顔も、酷くくたびれている事を自覚しながら。

647: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:46:48.92 ID:lxNirJAXO



控えめに食事を摂る加賀を見て、赤城の苛立ちは募る。

赤城《……この人は……》

艤装が全く使えない今。
加賀はじっとしている他無く。

赤城《……何もせずに……》

いつからか。
加賀が腹立たしく思えて仕方なかった。

赤城『……』

そう考えてしまう、自分が嫌だ。

赤城は自分のプレートをす……、と提督に差し出した。

648: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:49:34.10 ID:lxNirJAXO
提督『……なんだ』

赤城『……提督、あなたもお食事を摂るべきです』

まともな、と付け足して。

提督『……いや、俺はもう食ってきたんだ』

最近大食いで有名になってしまったんだ、と苦笑する提督。
は、は、と力ない笑い声が後に続いた。

赤城『……嘘を仰らないで下さい』

提督『……嘘じゃ無い。お前はそれを食え』

そう言って、提督は何処からか取り出したレーションを口の中に放り込んだ。

提督『お前は訓練がある』

649: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:50:27.68 ID:lxNirJAXO
赤城『作戦司令室付きとしての職務があるではありませんか』

提督『椅子に座っておくだけだ。飯は要らん』

赤城『……』

戦局が悪化する今、そんな訳がない。
そんな無能ならとっくにその椅子から蹴落とされているだろう。
事実、提督は目に見えてやつれていた。

なんだかカッとなり、赤城は言いかける。

赤城『そもそも私にっ……』

私に飛ばす事なんて出来ない、と。今日、無理だったのだから、と。

が。
赤城はすんでのところでその言葉を飲み込んだ。

提督『……』

提督は、敢えてその言葉の真意を訪ねずに腕を組み、目を瞑っている。

650: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:51:31.54 ID:lxNirJAXO
赤城『……いえ、なんでも……。申し訳ございません』

消え入りそうな声で訂正。

赤城《……言っては、いけない》

言ったら、ダメだ。
俯く。

そんな二人の様子を、加賀は心配そうに伺っていた。

赤城《……本当はわかってる》

項垂れながら、思う、赤城。
加賀を見て抱く苛立ちは。
自分への苛立ちそのものなのだと。

赤城《何も出来ずに居るのは……》

自分も同じだ。
否、提督の負担を増やしている分、自分の方がタチが悪いかもしれない。

651: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:53:20.34 ID:lxNirJAXO
赤城《……それだけでは無い》

嫉妬らしきものも、ある。
赤城は嫉妬という表現が適切かの判断を面倒で下さないが。

赤城《……加賀は……過程を評価されている……のに……》

赤城だって、先の出撃で加賀がどうして大破したかくらいは知っている。
提督はその加賀を責めはしなかった。
むしろ褒めさえしたのでは無いか。

赤城《……》

その例だけでは無い。
加賀は射撃や運搬任務も上手くやっているとは言えない。
負担はかかっているのかもしれないが。
そんな努力なら自分だって、と思う。
特にここ最近は。

拳を強く握りしめた。

652: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:53:55.28 ID:lxNirJAXO
疑念が渦巻く。
なぜ、提督は上に報告しないのか。
赤城は艦載機を出したのだ。
それでは十分な結果だと言えないと言うのか。
評価に値しないのか。
提督は一体何を考えてーー

赤城《……いえ、止めましょう》

赤城はふっ、と手の力を抜いた。

赤城《……求められていることは、飛ばす事。
提督がーー……人間がやれと言うのなら、やるしか無い。報われなくとも》

ちらりと提督を見ると、目が合う。

赤城『っ……』

自分の考えを見透かされたような気がして、赤城は慌てて目線を逸らした。

提督『……』

653: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:54:49.86 ID:lxNirJAXO



翌日からも。
赤城は来る日も来る日も訓練を続けた。
来る日も来る日も。

その次の日も。さらに次の日も。
嵐の日にすら、飛ばす事は無理でも、安定性の追求の為に海に出る。
更に、提督は日が落ちてもしばしば赤城を訓練に連れ出したりもした。

飽きるほどに。
苦痛なほどに。
繰り返して。

でも、飛ばなかった。

654: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:55:59.16 ID:lxNirJAXO
数週間を経て。

赤城『……』

赤城はボロボロになっていた。
精神的にも、肉体的にも。

赤城『……もう、飛びませんよ、こんなの……』

弱音を吐いてしまうほどに。

ガクッと。

海面に膝をついてしまうほどに。

赤城『無理ですよ……』

掠れる声で、繰り返す。

655: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:57:20.48 ID:lxNirJAXO
それに対する提督の対応は、非常に冷ややかなものだった。

提督『……まだ、格納庫に艦載機は残っているだろう』

赤城『っ……』

提督『立て、赤城。訓練はまだ終わりじゃ無い』

赤城『……』

提督『今晩から、また嵐が来るらしい。
出来ることは、今のうちにーー』

赤城『……もう、止めませんか』

656: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:58:18.21 ID:lxNirJAXO
提督『……何?』

赤城『……私じゃなくても、いいんじゃないですか』

海面に四つん這いになりながら。

赤城『加賀さんの艤装にも、格納庫、あるんでしょう』

きっと、艦載機を出す所までは簡単にいくだろう。
そしてそれは、今の赤城と同じラインだ。

震える声で言う。

赤城『お気に入りの……加賀さんに、やらせたら良いじゃないですか……!』

657: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:59:05.58 ID:lxNirJAXO
言うべきではない、言ってはいけないと思っていても。

疲弊した心は、それを止める堰たり得ない。

しんどい。報われない。
……逃げたいのだ。

しかし。

提督『赤城、お前がやるんだ』

赤城『っ……』

提督は許さなかった。

提督『今の話は聞かなかった事にしてやる。……とっとと立て』

怒気は無く。
冷徹にすら感じる提督の声は、赤城のこころを余計に傷つけている気がした。

赤城『っ……んでっ……なんで……!』

提督『……』

赤城『私は……!これ以上出来ない無能なんですよ……!』

ドン、と海面を握りこぶしで叩いた。
上がる水柱は赤城と提督を濡らし。
周囲の注目を集めた。
群衆が集まってくる。

赤城『何故私に拘るんですか……?』

提督『……』

赤城『私はっ……私には出来ないのに……!』

提督『……』

658: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 19:59:39.07 ID:lxNirJAXO
赤城『……提督、あそこから見ている連中からどう見られているかご存知ですか?』

提督『……』

赤城『あなたは……あなたはっ……!フネを 婦にしてる男だとかっ……!
私と加賀さんを自室に招き入れているからっ……
毎晩、艦娘とまぐわっている変 だとかっ……!
人間の、う、裏切り者だと言う人だって居るんですよ……!』

提督『……』

赤城『そ、そんな汚名を背負ってっ……まで……く、くや、悔しくないんですか……!』

何故か。
嗚咽が。
漏れる。

提督『……』

赤城『……一体、な、何がしたいんっ……ですか……?』

海水とは違う液体が、赤城の頬を伝う。

659: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:00:24.19 ID:lxNirJAXO
赤城『同情ですか……?地位ですか……?名誉ですか……?
報告しないのは、他の人間に追い抜かれるのが、嫌なのですか……?』

提督『……』

赤城『……何故、私を使うのですか……?』

提督『……』

尚も沈黙を守る提督の帽子を。
ポツポツ、と、どこからかの水が湿らせる。

雨だ。

赤城『……私を使い潰して、何かを得るおつもりなら……それでも構いません……
でも、でもっ……私には出来ないんです……』

提督『……』

660: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:00:55.02 ID:lxNirJAXO
赤城『……私は……貴方が休みの時間を削って、私の訓練に出ている事を知っています……』

まともに休みを取れていないことも。
でも。

赤城『私に、その価値は無いんです……。
貴方の食事も、時間も、私には過ぎたシロモノなんですよ……』

最早、自分が何に対して腹を立てているのか、わからない。

だんだんと勢いを増す雨が、二人を濡らす。
そこそこ居た見物客も、いつの間にか退散していた。

やがて、提督が重い口を開く。

661: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:01:36.20 ID:lxNirJAXO
提督『……立て、赤城』

赤城『……』

提督『お前は立ち上がらなければならない』

赤城『……』

提督『お前は特別で無ければいけないんだ』

赤城『……』

赤城の立ち上がる気配は無い。

提督『……お前を処分するという決定が。
俺の手の届かないところで下された。
随分と前にな』

赤城『っ……』

662: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:02:05.72 ID:lxNirJAXO
提督『ここの戦闘が落ち着いたら、迎えが来る。
そしてお前は処分される』

赤城『……』

赤城は。
そんな事は。薄々わかっていた。
でも、それだからこそ、なぜ自分にやらせるのか。
それがわからない。

提督『俺の権限ではどうしようも無い』

提督は。
できたらしている。
だから。

提督『お前が助かる為にはーー』

赤城『……助……かる……?』

思い掛け無い言葉に。
驚く。

提督『ーーお前が特別で無ければならない』

赤城『……』

663: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:03:58.04 ID:lxNirJAXO
提督『格納庫?あれは俺が見つけたんだ。お前じゃ無い』

赤城『っ……』

提督『良いか、赤城。格納庫に艦載機突っ込むぐらい誰にだって出来るんだよ。
横並びなんかじゃダメだ。
それじゃあ処分される』

赤城『ぅ……』

提督『お前は、ワンオフじゃ無いとダメだ。
お前自身が換えの効かない存在とならないとダメだ……!』

赤城『ぅぅ……』

提督『有能さを示すしか無いんだよ、赤城……その証明を』

664: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:04:34.39 ID:lxNirJAXO
赤城『……ふっ……ぅ』

赤城の奥歯がギチギチと鳴る。

赤城『貴方はっ……私の為にこれをしているとっ……そう、言うのですか……!』

提督『俺が何の為にこうしているかなんざ関係無いだろ』

赤城『……』

提督『赤城、良いか、よく聞け……!俺が何を考えているとか、俺がお前らを囲っているとか、 婦だとか、そんな物は関係無い……
お前にとって一番重要なのはそこじゃ無いだろ……!』

赤城『ぅ……ぅ』

赤城の。
いつの間にか握り締められていた掌に、力が篭る。

665: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:05:01.46 ID:lxNirJAXO
提督『他に構うな。
目先のモノを追え……!
そんな所で喚いている場合じゃないんだよ……!』

雨はもう土砂降りの様相を呈している。
でも、その声はやけにクリアに聞こえる。

提督『立て、赤城……!』

赤城『ぅぅ……ぅぅ』

膝に力を入れて。

提督『立つしか無いんだ……!
お前の!お前自身の為に!
立て!』

赤城『ぅぅぅぅ……!』

歯を食いしばって。

提督『立てぇぇぇ!赤城ぃぃぃ!』

赤城『ああああああ!』

666: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/20(水) 20:05:55.92 ID:lxNirJAXO
立つ。

雨の嵐の中。
確かに立ち上がった。

提督『そうだ。
……それで良い』

赤城『……』

提督『……これから。
お前が泣いて良いのは、処分される時だけだ』

赤城『……は、い』

提督『……このままでは、終わらんぞ』

680: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:23:49.31 ID:O1rXuCk8O



次の日から。
基地内では奇妙な光景が見られるようになった。

それは。

常に、真っ直ぐに片腕を伸ばす、一人の艦娘。

廊下。
整備。
船渠。
ドック。
果てには、射撃訓練中でさえ。

彼女の腕が、下がる事は無かった。

681: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:24:35.96 ID:O1rXuCk8O



『……出たぞ』

赤城が歩いていると。

『寝てるときも、あのままらしいな……』

『信じ難い。一体何のために?』

『さぁねぇ。あの男の考える事は俺たちには理解不能だ』

『違い無い』

どこかしらから。
そんな会話が。
ヒソヒソと聞こえる。

赤城はそれらを耳に入れつつも、意識的に無視した。

無論、腕はピンと伸ばしたまま。

682: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:25:09.84 ID:O1rXuCk8O
赤城《……与太話に耳を貸す必要は、ありませんね》

そんな余裕もありませんし、と。
そう考える赤城の掌には水平器が載っている。

赤城《……日常生活する分には、全く問題無いんですけど、ね》

ほう、と溜息をつく。
最初の数日こそ腕はぐらついたものの、今や腕がグラつくことが珍しい。

見つめる先で、小さな窓から覗く泡が僅かな腕の振動を伝えていた。

今、ある揺れは。

赤城《鼓動……》

生命の証だ。

赤城《……》

ーー生きねば。

683: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:25:50.92 ID:O1rXuCk8O



叱責されたあの日から。
嵐は長く続いている。

海には出れない。
その間に、何か出来ないか、と考えていた。

今まで、努力していなかったわけでは無い。

ただ、それは、十分だったのか?
赤城は自問する。

確かに自分は、己の限界を感じて、そして精神的にもギリギリまで追い込まれていた。

だが。
それは本当に自分の限界なのか。
やれる事を全てやって、本当にもう打つ手は無いのか。

684: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:26:38.86 ID:O1rXuCk8O
本当に限界まで追い込まれたのか?

ーーそんな事は、無い。

怒る余裕が、あった。
泣く余裕が、あった。

自分は知っている筈だ。
限界を迎えた時に、流れる涙は、海面を叩く力は、無いと。

フン、と赤城は鼻を鳴らした。

そうだ。
自分は限界を知っているではないか。
どうして、アレが限界などと言ったのか。

泣くだなんて。
泣いて、どうしたかったのか。

ーー否、認めよう。
現実から目を背けていた。

辛い事から。
逃げたくなったのだ。

そして。

決して口にはしなかったが。
人の温もりは、心地よかった。

それを知ってしまった。

685: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:27:15.99 ID:O1rXuCk8O
同時に、そこは艦娘の居て良い場所では無いと。
わかった。

いつから、辛いなんて感情を持ったのだろう。

本来の艦娘は。
己の中の名状し難い何かを、ただひたすらに敵にぶつける事しか出来ない。
そんな、闇の中に立っていなければならない。
名状し難い何かが、怒りや苦痛である事すら知らずに。

艦娘は、怒りすら、苦痛すら知らない。
知ってはならないのだ。

知れば、喜楽を知ってしまうから。
何よりーー

ーーそれらを知れば、人間を憎んでしまうから。

686: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:27:49.04 ID:O1rXuCk8O
なのに。
赤城は。
知ってはいけない事を知り、手に入らない筈の物に手が届きそうになっていた。

授けられたのだ。
それを、今初めて自覚した。

あの男に。
与えられた知見は、とても興味深く。
なんでも無い会話は、実は楽しかった。
叱責に、ひそかな幸せを感じて。
自分を、失う事が怖くなっていった。

わかってしまった。

嫉妬を、苦痛を、苛立ちを、艦娘が知ってはいけなかったのだと。
知らない事は、幸福だったのだと。
知る事は、破滅へ繋がると。
あの男は触ってはならない物に触れてしまったのだと。

提督は深淵に踏み込むべきでは無かったのに。
赤城は暗黒から拾い上げられた。

もう、そこへは戻れない。

687: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:28:22.03 ID:O1rXuCk8O
光を知った蟲の如く。
赤城は光の方へ這うしかない。
例え、死ぬ事になっても。
例え、その光に殺されても。
死ぬまで、蠢く。
即ち、限界まで。

だから赤城は腕を上げた。

赤城《海に出れぬなら、ここでやればいい》

不名誉な噂が立とうとも、死にはしない。

だから赤城は腕を下ろさない。

赤城《陸で腕がガタガタ揺れるのに、海で揺れない訳が無い》

腕が、肩がいくら悲鳴を上げようとも、死にはしない。

だから赤城はそれを続ける。

赤城《死なないなら》

まだ這える。

688: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:28:54.48 ID:O1rXuCk8O



嵐の止む気配は無い。
だからこそ。
赤城は過酷な環境に自身を置くと決めた。

赤城《……行きますか……》

ふぅ、と一息つく。

そもそも基地内の歩行で腕がズレる事はない。
ストレスをかけねば。
もっと、もっと厳しい状況に身を置かねば。
出来るならば、海よりも厳しい場所へ。

そう自分に言い聞かせ。
赤城は基地を飛び出した。

689: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:30:53.88 ID:O1rXuCk8O
土砂降りと剛風の中、手を前に突き出したまま赤城は島の外周を走る。

例え砂浜に足を取られそうになっても、腕は水平に保つ。

土砂降りと剛風の中、赤城は下半身だけ海に浸かった。

例え波に攫われそうになっても、腕は水平に保つ。

土砂降りと剛風の中、赤城はずぶ濡れになって基地に戻った。

例え余りにも体が冷え、歯がガチガチと鳴るほど震えても、腕は水平に保つ。

ただ、ひたすらに。

690: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:31:21.36 ID:O1rXuCk8O



その行為は何日も何日も連続し。

加速していく。

最早腕が下がる事は許せない。
腕が下がれば自分は死ぬのでは無いかとさえ思っていた。

何時しか、赤城は倒錯していたのだ。
死を恐れているのか、水平を渇望しているのか。
最早わからない。

わからないままに。
赤城は腕をもたげ続ける。

そして。
赤城は己に眠る事を許さなくなっていた。
執念とも呼ぶべき意思は、夜通し腕を水平に保ち続ける事を望んでいる。

赤城はただその意思に従うだけ。

691: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:32:06.05 ID:O1rXuCk8O



取り憑かれたようになった赤城を見ても、提督は何も言わなかった。
提督は、何も言わなかった。
が。

『おい』

ある日。
フラフラになりながらも廊下を歩いていたら、呼び止められた。

赤城『……はい』

赤城は腕を上げたまま緩慢に振り向く。
そこには、赤城に興味を持ったらしい提督の同期。

『何故、腕をあげたままなんだ?』

同期はニヤニヤしながら質問を投げかけた。

赤城『訓練です』

間髪入れずに答える。

『なんの訓練なんだよ』

赤城『お答えしかねます』

提督が言わないのだ。赤城が言う必要はない。

692: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:32:34.87 ID:O1rXuCk8O
しかし、下衆はその答えを受けて思案し始めた。

『ははーん……提督の性癖だな?何をさせられてるんだ?』

赤城『お答えしかねます』

安い挑発だ。

だが、提督が何を言われても動じないのだ。
赤城が怒る道理は無い。

面白みの無い返答に、同僚はち、ち、ち、と大きく舌を鳴らした。

赤城『……それでは、失礼致します』

その反応を無視して、赤城は一礼と共に去ろうとした。

が。

693: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:34:29.72 ID:O1rXuCk8O
『待て』

呼び止められる。

赤城『……何でしょうか』

無表情に振り返る赤城。

『腕を下ろせ』

赤城『……何故でしょうか』

『不愉快だ』

嫌味な艦娘を目の前にし。
実に不愉快そうに告げる同期に対して。腕を下げるのを、別に断る理由は無かった。
赤城が、冷静だったならば。

この男が過ぎ去ってから、また上げれば良い。
それだけの話だ。
しかし。
今の赤城にその選択肢がある筈は無かった。

赤城『お断りします』

赤城は即答。

694: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:35:27.24 ID:O1rXuCk8O
『?!……』

予期しなかった艦娘の反抗に、たじろぐ同期。
その驚きの表情は、次第に怒りへとその姿を変えて。

『……人間に、口答えするのか……』

赤城『……』

赤城は答えない。

『貴様ぁ!腕を下ろせぇ!』

怒鳴り声にも動じず、赤城は頑ななままだ。

赤城『お断りします』

『このっ……!』

頭に血の登った同期は思いきり赤城を殴りつけた。

695: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:35:53.20 ID:O1rXuCk8O
赤城『……っ!』

殴られた頬が熱い。
だけど腕は水平のまま。

『腕を、下ろせっ……!』

尚も動かぬその姿を見て、同期は直接赤城の腕を殴った。

赤城『……っ』

苦痛に赤城の顔が歪む。
だけど腕は水平のまま。
双眸は水平器の方へ固定されている。

『このっ……!』

大の大人の本気のブローが鳩尾に入る。

赤城『こひゅっ……』

呼吸が出来なくなる。
腹を抱えて丸くなりたい欲求に駆られる。

しかし。

グッとこらえて。

腕は、腕は水平のまま。

696: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:36:26.79 ID:O1rXuCk8O
『何を見てるんだっ……』

同期が掌の水平器に気付き、それを奪い取って投げ捨てた。

あっ、と声は出たが。
それでも、赤城は腕を動かさない。
そして。
見つめるものを失った赤城の両目は、同期を真っ直ぐに捉えた。

『何なんだ……』

冷や汗が流れる。
余りに、余りに不気味だ。

『何なんだお前はぁ!』

訳もわからぬ恐怖から、その叫び声は裏返り。
同期は無抵抗な赤城にラッシュをかけた。

697: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:37:03.89 ID:O1rXuCk8O
赤城『ぁぐっ……』

鼻が砕け、血が止まらなくなる。
右目にもろに拳を当てられ、白目が真っ赤になる。
指先を殴られ、変な方向に指が曲がる。

赤城『……ゴホッゴホッ』

キツイ。
激痛や疲労から、意識は朦朧としていて。
しかし。
ついに赤城の腕から水平が失われる事は無かった。

『はぁっ……はぁっ……』

肩で息をする、男。
心なしか、その吐息は震えている。

赤城『……』

そんな大の大人に。
焦点の定まらない視線を送り続ける赤城。
ずっと腕は水平のまま。

その時。

ピシャアアンと言う轟音と共に、落雷があった。

698: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:37:33.14 ID:O1rXuCk8O
窓からの鮮烈な光によって、不気味な影が赤城自身に浮かび上がり。

『うお……うおおおおお!!』

得体の知れない闇を赤城の瞳の中に見た気がして、同期の恐怖はピークに達した。

そのまま。

赤城『あっ……』

赤城に、足払いを仕掛ける。

完全にバランスを失って。
赤城は前に勢い良く倒れ始め。

赤城の世界が、回る。

699: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:38:08.10 ID:O1rXuCk8O



その瞬間、赤城はありえない程に集中していた。

最早、水平への執着は偏執へと変化を遂げ。
赤城の周りの時間の流れが急にゆっくりになり。

頭は朦朧としていてもーー

赤城《ーーわかる……》

バランスの喪失によって水平から傾きかけていた手が。
水平に補正される。

赤城《……わかる……》

次にどうすべきか。

胸を大きく逸らし、払われた右足の制御を取り戻した。

700: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:38:36.07 ID:O1rXuCk8O
そして、敢えて軸足の左足で小さく飛び、体幹の乱れを正し。

赤城《……》

赤城は左手と右足の二点を床について着地。
衝撃は肘と膝に吸収された。

右腕は、ずっと水平なままで。

ずっと、水平なままで。
ずっと、水平なままで。
ずっと、水平なままで。

『あああー!!ああああー!!』

絶叫と共に同期は、地面に這いつくばる赤城の頭を踏みつけた。

床に叩きつけられ、グシャっという音と共に、少なくない量の血がフロアを濡らしていく。

でも。
でもでも。

腕は水平のまま。
だった。

701: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:39:21.00 ID:O1rXuCk8O
『フゥッ……フ……うああ……』

荒い息と共に、同期は後退りし。

『い、いいい異常者め……!』

捨て台詞を残して、逃げ出した。

その間も、腕は水平のままで、ずっと腕は水平のままで、ずっと水平の腕のままで、そして腕はずっと水平のままだった。

赤城『……』

しばらくして、赤城がムクリと起き上がるまで。
起き上がった後も。
ずっと。

702: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:40:02.52 ID:O1rXuCk8O



提督『……赤、城……?』

赤城が提督の部屋に入った時、余りの酷い様子に、提督は言葉を失った。

提督『おい、どうしたんだそれは……』

赤城『鍛錬です。問題ありません』

提督『っ……』

赤城は一体何を何処までやるつもりなのか。
提督にはわからない。
だが、もうやめろ、とは言えない。

言えないから。

提督『そうか。……船渠か?』

黙るしかない。

赤城『はい。ありがとう御座います』

それだけ言うと、ボロボロの体と精神で、赤城はヨロヨロと提督の部屋を後にした。

704: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:40:35.77 ID:O1rXuCk8O
提督『……』

赤城の挙動が異常なのは把握している。
しかし、提督は赤城の力になる術を持っていなかった。
この嵐では、海上の個人的な訓練は許可が下りない。

しかし、刻々とタイムリミットは迫っている。

だから、どうする事も出来ない。

提督『……くそっ……』

苛立つ提督。

彼と、赤城の雰囲気とは対照的に、嵐にも関わらず基地の雰囲気は悪くなかった。
嵐に乗じた作戦で、前線基地が持ち直したからだ。
だから、この嵐を神風と呼び、喜んでいる。

が、これは良い知らせでは無い。
赤城にも、提督にも。
嵐が終われば、本格的な補給作戦が開始される。
物資のやり取りが盛んになり。
赤城は恐らく処分に回される。

705: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:41:20.00 ID:O1rXuCk8O
時間はもう、本当に無い。

提督『……』

物事がここまで上手くいかないのは、提督にとって人生初の経験だった。

今まで、自分は要領も頭も悪くなく、何でもそつなく越してきた。
だからこそ、この状況が辛い。
自分が何も出来ないのが、辛い。

天井を見上げる。

赤城に、処分の事は伝えたくなかった。
出来るならば、自然に飛ばして欲しかった。
しかし、時間も物資も足りなかった。
仕方なかったのだ。
そう、自分自身に言い聞かせる、日々。

706: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:42:00.05 ID:O1rXuCk8O



船渠


赤城《……慢心してはだめ……慢心しては……》

船渠の湯船。
腕をもたげつつ、回復に努める。

眠気との厳しい戦いであった。

赤城《上げるのよ、赤城……だめ、踏みとどまって……》

だが、瞼は余りに重く。
争う事は辛くて。

時折、完全な暗闇に包まれた。

だけど、その度に。

脳裏に浮かぶ、ことが、赤城を揺らし起こす。

お腹が空いたとか。
提督のしょうもない話とか。
憎たらしい他の人間の顔とか。
憎しみ、怒り、苦痛、嫉妬、とか。
射撃訓練中に見上げた空とか。
そこを飛ぶ、鳥、とか。

707: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:42:58.27 ID:O1rXuCk8O
本を読んだ。
貰った本だ。
他愛もない、飛べない鳥の物語だった。
ずっと、提督に返せないでいた、物語。

傷ついた鳥がまた、飛び立つ。
きっと、そんな結末なのだろう。

きっと、と言うのは。赤城は結末を知らないからだ。
赤城には何故か、最後のページをめくる事が出来なかった。

物語のクライマックスで、鳥は高い木から飛び出す。
バサッ!と。
その先は知らない。

鳥は飛べずに死ぬんじゃないか。
そう思うとめくれなかった。

708: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:43:26.70 ID:O1rXuCk8O
これまでの朗らかな物語の雰囲気とは打って変わって、グロテスクな最期を遂げるのではないか。

その事を考えると、なんだかいつも、泣きそうになる。

赤城『……っ……ダメ……』

ぐっ、と堪える。
泣いてはいけない。
まだ限界じゃない。
泣いていいのは、その時が来た瞬間だ。

それまで、赤城は己の打ち立てた妄執に縋るしかない。
どんなに苦しくとも、辛くとも。

赤城『……上がりましょう』

ザバ、と湯から上がった。
この場に長居は不要だ。

709: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:43:56.73 ID:O1rXuCk8O



加賀『あ……』

己の部屋に戻ると、中に居た加賀と目があう。

彼女の上司、三○七司令は更迭された。
彼は消された。提督に。

だから加賀はこの場所に戻ってきたのだ。

赤城『……』

ペコっと小さく礼をして、赤城は部屋に入る。

赤城は、馬鹿な人だと、ため息をついた。
無論提督の話である。

710: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:44:28.66 ID:O1rXuCk8O
赤城『……』

きっと彼は自分のしていることに自覚が無いのだろう。

何の意図でそんな事をしてるのか、やはり赤城にはわからない。
意味があるのか、ただ、愚かなだけなのか。

赤城《……まぁ、あの人がどうであれ。
もう、取り返しはつきませんけど》

赤城の行動は変わらないのだ。

赤城は疲労から、フラフラと壁に寄りかかり、肩を壁に擦り付けながら座り込んむ。

加賀『だ、大丈夫ですか……?』

赤城『……大丈夫』

そんな訳は無かった。
睡眠不足による疲労は凄まじいし、先程痛めつけられた身体は回復しきってはいない。

ただ、心配されても仕方が無い。
たとえどんな小さな事であれ、エネルギーをほかの事に回す余裕が無いから。
そう、答える。
これから眠気との、長く辛い戦いが始まるのだから。

711: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:45:14.31 ID:O1rXuCk8O
加賀『……そう、ですか……』

赤城は答えない。

加賀『……今日も、寝ないつもりですか』

赤城『……』

加賀『……鍛錬、ですか……?』

赤城『……』

加賀『……辛く、無いんですか……?』

赤城『辛いですよ』

イライラした口調で、ついに赤城は答えた。

赤城『辛かったら、どうかするんですか』

加賀『……いえ……それは……』

俯く。

赤城『……もう、寝た方が良いです。
時間も時間ですから』

加賀『……そう、ですね……』

赤城『……』

辛いに、決まっている。
限界じゃない。
それだけなのだから。

睡魔に耐えて、耐えて。
唇を噛み。
頬をつねり。
耐える。

712: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:45:54.48 ID:O1rXuCk8O



何時間経ったろうか。
ふと。
赤城は小窓から月の光が差し込んでいる事に気が付いた。

妙にクリアなそれに、目が惹きつけられる。

静かな時間だ。

そう、静かだ。

赤城『……嵐が止んだ……』

風の音も、雨の音も無い。

静謐な空気の中、赤城はきつく目を瞑った。

ついに、嵐が止んだ。

加賀『……明日は、晴れるそうです』

赤城『……起きてたんですね』

突然の声に、少し驚く。

713: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:46:23.84 ID:O1rXuCk8O
加賀『……それは、少し……気になるというか……』

赤城『……』

何が、とは聞かない。
明日晴れるのなら。
何が気になるかは明白だ。

赤城『……そうですか。晴れますか』

また窓を見る。
月明かりを、さっきよりも強く感じた。

すっ……と立ち上がり。

赤城『……そうですか……』

月を見据えた。

赤城『……晴れますか……』

光は冷徹に赤城を包んで。
時の終わりを伝えていた。


714: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:47:08.28 ID:O1rXuCk8O



日が昇り。
太陽がキラキラと海面に反射する。
海鳥達が鳴き。
時折魚が海面から跳ねる。

いつも通り。
否、嵐が去り、何時もより綺麗な世界。

そんな事を認識する心は、今の赤城には無かった。

彼女は波を見つめていた。
それは高く無いが、低いわけでも無い。
そこそこ風もある。

ベストコンディションとは言い難いけれど。

海の上で目を瞑った。

関係無い。

715: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:47:36.25 ID:O1rXuCk8O
ふぅ、と深く息を吐いて、集中。
艤装が軋む。

赤城は右腕を見た。

そうだ、波の強さは関係無い。
揺れを読めるか、どうか。
外乱を把握できるか、どうか。

提督『……待たせた』

と。
考えていると。
声が聞こえて。

赤城『……いえ』

提督が来た。

提督『始めようか』

赤城『……はい』

そして、審判が始まる。

716: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:48:02.58 ID:O1rXuCk8O
赤城は艤装に火を入れながら、ペロリと左薬指を舐めた。
それを頭上に突き出す。
風向きのチェックだ。

赤城『……風向きは……南南東……』

風速は十分。

よし、と呟き、赤城は風上へと舵を切った。

そのままゆっくりと、しかし確実に加速していく。

最高速度に到達するまでの数十秒間。
赤城は自分の甲板を眺めていた。
特になにも考えずに。
否、正確には、思考がはっきりとはしていなかったのだ。
だから、ぼーっと甲板を見つめる。

赤城『……』

そこで気付いた。

717: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:48:37.18 ID:O1rXuCk8O
自分はさっきから。
疲労によって意識は朦朧としており。
腕を水平にする、という事を考えてはいなかった。

にも関わらず。
微動だにしない、自分の右腕。
最早腕は赤城から独立した生き物のようになっていた。
まるで空間に腕だけ固定されたかのように、動かないのだ。

赤城『……』

それがどういうことか、なんて事はもう考えない。

間も無く赤城は最高速度に到達する。

目を瞑った。

現れる艦載機。
広がる艦載機からの視界。
左を見れば、目を瞑った自分が見える。
そして。
驚く程の安定感。
艦載機から、揺れを感じない。

いける。

718: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:49:13.48 ID:O1rXuCk8O
なんども繰り返した作業を、始める。

エナーシャスターターを回し、フライホイールを回転させれば。
ヒュイイン、と、高い音が聞こえてくる。

赤城『コンタクト』

クラッチが噛み合う。

赤城『スイッチオン』

エンジンが始動し、白い煙に機体が包まれて。

ーーエンジン始動。

赤城『……赤城、出ます』

719: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:49:39.55 ID:O1rXuCk8O
スロットルオープン。
ブレーキを離して、スピードを上げていく。

不気味な程水平な甲板を走り、順調に速度を得て。

飛び立った。

瞬間に。

ガクンと落ちる。
機体はキチンと水平のままだ。

揚力が足りずに、水平な姿勢のまま、下へ、海へと落ちていく。

ああ、と諦めた時。
ボチャン、と絶望の音が聞こえた。

二度、三度、繰り返す。
が。

赤城『……』

やはり、無理だったかーー。

720: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:50:11.01 ID:O1rXuCk8O
腕は水平だった。
発艦シーケンスも悪く無い。

提督の指示が間違ってるという事もあるまい。

乾いた笑いが出た。

という事は。
私には、もう、無理ーー。

その時。

提督『胸を張れ、赤城っ!!』

提督の。

提督『諦めるな!!最後の瞬間まで!!』

活が飛んできた。

提督『……頑張れ!!』

怒声だ。

今まで人間の怒声は何度も聞いてきた。
威圧する声音だった。

でも、この怒声は違う。
必死な声だ。
利己的じゃない必死さだ。
愚かな必死さだ。
きっと私の為の、必死さだ。

何故だろう。
涙が出そうになった。

721: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:50:39.72 ID:O1rXuCk8O
赤城『……っっ……はいっ……』

震える声で返事をして、赤城は次の発艦シーケンスを開始する。

くたびれた体に鞭を打ち。
胸を張って、腕の位置を高くし。
潤んだ目はしっかりと見開いたら。

再び艦載機が白い煙に包まれた。

赤城『……赤城、出ます……!』

722: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:51:08.97 ID:O1rXuCk8O
ブレーキを離す。
ゆっくりと加速していくキャノピーからの景色。
視界を占める青がだんだんと増えていく。
そこで。
艦載機の尻が少し浮いた。
その時、前はもう全部海だ。
前輪が崖っぷちへと突っ走る。
ふわっと。
浮遊感。
そのまま。
青に。
下に。
吸い込まれていく。
ああ、だめだ、と思う。
海面に落ちる前に、ここで切り上げて次の発艦シーケンスに取り掛かろうかと思う。

だけど。

今回は最後まで諦めなかった。

723: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:52:02.22 ID:O1rXuCk8O
赤城『上がれっえええ……!!』

操縦桿を全力で引き。
フラップを調節する。

それでも下がる。
下がって下がって下がって。
もうだめかと赤城が思うけど。
全力で操縦桿を引き続けて。
やっぱり無理かもって。
でも引き続けて。

海面に、叩きつけられる直前で。


落下が止まった。

724: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:52:29.27 ID:O1rXuCk8O
そして。

ふわふわと、しかし確実に。
ソレは操縦桿に従って。

上昇していく。
上昇していく。
上昇していく。

飛んだ。
飛んだ。

赤城は無意識に、フラップを収納して、操縦桿を戻した。

そのまま意識の大半を艦娘の方に戻せば。

ブゥゥゥ……ン

って。
プロペラが風を切る音がする。

青い、青い、空に。
ちっぽけな鳥は確かに飛び立っていて。

725: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:52:56.86 ID:O1rXuCk8O
ツー……、と。
赤城の頬を一筋の光が、伝い。

ポロポロ、と。
涙滴が、その光を追っかけて。

赤城『飛んだ……』

ゆっくりと提督の方を向く。

その視線の先で、提督は帽子を握りしめたまま呆然と立っていた。

赤城『飛んだ……』

フラフラと提督に近づく。

赤城『飛んだっ……』

ブルブル震える指で。
鳥を指差し。

赤城『どんだっ……!』

滂沱の如く、涙を流した。

726: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:53:24.01 ID:O1rXuCk8O
提督『ああ……』

赤城『どんだっ……飛んだっヒぐっ……飛んだ……!』

提督『ああ……!』

赤城『どんだぁ……!えぐっうくっ……!』

嗚咽で息がつまる。

提督『ああ……ああ……』

赤城『と、とんっ……飛んだのぉ……!』

右腕はいつの間にか自分のもとに戻ってきていて。
視界を遮る涙を、なんとかしようとしていた。
でも、涙は後から後から出てきて。
もう、提督の表情も何も見えない。
辛く無いのに。
止めようとしても。
涙は止まらなくて。

727: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:53:52.83 ID:O1rXuCk8O
赤城『ううううー……ううううー!』

提督『そうだな……そうだな……飛んだな……』

赤城『飛んだ!飛んだ!』

腕を振り回して。
子供みたいに。
何度も何度も指をさす。

提督『ああ……飛んでるな……』

赤城『ああああぁ……!あぁあああ……!』

提督『飛んでるぞ、赤城。飛んでる……』

赤城『どんでる"っ……うぐっ……どんでるぅ……!』

728: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:54:22.81 ID:O1rXuCk8O
提督『ああ……飛ばしたんだ、赤城。
お前が飛ばしたんだよ。
だから……笑ってご覧』

泣かなくても良いんだって、提督は言う。

赤城『笑……う……って……』

口角を吊り上げてみるけど。
わからない。
よくわからない感情の奔流に邪魔されて。
笑うのは難しい。
なぜだか涙が止まらないから。

赤城『笑っで……まず……』

729: ◆hsyiOEw8Kw 2016/04/28(木) 23:54:49.06 ID:O1rXuCk8O
提督『……そうだな』

赤城『わだじばっ……わらっでまっ……!』

だって。

赤城『とんだがらっ……飛んだぁ……』

提督『ああ、飛んだ。飛んだよ……赤城……』

赤城『ああああぁ……!飛んだぁぁぁ……』

大声で泣き続ける。
いつまでも。
ずっと。

750: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:30:08.56 ID:SipO2JOT0



数日後


加賀『て、提督……』

赤城『……』

将校『では、赤城と加賀を預かる』

提督『はっ』

赤城と加賀は、本部への異動となった。
それも、提督では無い男の下に。


751: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:30:33.34 ID:SipO2JOT0




数日前、提督の自室


ドン!と言う轟音と共にドアが勢いよく開いて、険しい表情をした赤城が入ってきた。

あっけに取られる提督。

提督『おいおい、ノックをだなーー』

赤城『どういうことですか』

その言葉を無視して、バンと机を叩く赤城。

提督『……』

赤城『……何故、私達が異動に?』

752: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:30:59.55 ID:SipO2JOT0
提督『……仕方あるまい。あれだけの騒ぎになったんだ。
本部もそれを知る所にーー』

艦載機が飛んだ日。
基地は大騒ぎになった。

他の艦娘が、基地上空を飛ぶ艦載機を発見したのだ。

まさか敵襲かと、基地はバケツをひっくり返したような騒ぎになった事は記憶に新しい。

赤城『……嘘は。仰らないで下さい?』

が。
見抜かれて。

753: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:31:52.13 ID:SipO2JOT0
赤城『騒ぎからまだ一週間ですよ。
予め異動が決まっていたとしか思えません』

提督『……そんなことはないさ』

赤城『いえ、あります。
……まさか私が何も知らないと?』

提督『……参ったな』

はぁ、とため息をつく。

赤城『噂の段階なら、まだ理解は出来ます。しかしーー』

赤城はトントンと机を指で叩いた。
提督のクセが移ったのか。

赤城『辞令が下るのがいくらなんでも早すぎます。
申請から承認や、事実確認を考えれば答えは明らかです』

754: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:32:19.99 ID:SipO2JOT0
提督『……来た時は何も知らない艦娘だったと言うに……』

嘆息して、瞑目。

提督『……余計な知識をつけたな……』

赤城『……お陰様で』

提督は椅子から立ち上がった。
そして窓から外を覗きつつ、言う。

提督『……仕方なかった』

赤城『……やはり、予め決まっていたのですね』

はぁぁ、と呆れ顔の赤城。

755: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:36:17.52 ID:SipO2JOT0
提督『それが、物資を都合する為の条件だったからな』

赤城『……手柄を明け渡せ、と』

提督『そうなる』

赤城『……馬鹿な……』

提督『お前、上官になんてクチを……』

赤城『……いえ、賢い選択なのでしょうか?
これだけ行動が早いとなると、かなり上の立場の方でしょうか。
となると、良い売名になる……』

提督『……おいおい……よせ、人聞きの悪い。
お前がアレを飛ばせなければ、飛んでいたのは俺の首だぞ』

一連托生だ……、と嘯く。

756: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:36:47.22 ID:SipO2JOT0
赤城『私の為に全てを投げ捨てたとでも言うおつもりですか?』

提督『信じない奴だな、お前も』

そう言って肩をすくめてみせる提督に。

赤城『……まぁ、その方が嬉しいですけどねーー』

赤城は付け足した。

赤城『ーー私は』

提督『……。
……ともかく。もう決まった話だ。
今更どうこう出来る物ではない』

赤城『……そうですね。
意図が確認出来ただけでも、良しとしましょうーー』

横目で提督を見つつ。

赤城『ーー私は』

757: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:40:29.56 ID:SipO2JOT0
提督『……言いたい事はハッキリと言え』

赤城『何故、加賀さんまでも?』

提督『……』

赤城『とても正気の沙汰とは思えません。
加賀さんは……私とは違うんですよ?』

わかってますよね?と聞く赤城。
それに対して提督はしばし沈黙する。

提督『……加賀は……俺にも予想外だった……』

赤城『予想出来た事だったのでは』

提督『……何度も説明したんだがな……』

赤城『答えになってませんね……』

赤城はやれやれ、と首を振った。

758: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:40:55.75 ID:SipO2JOT0
提督『……なぁ、赤城』

赤城『無理です』

提督『……何も言ってないだろう』

赤城『力になってほしい、と言いたかったのでは?』

提督『……』

赤城『……加賀さんが、私に対して良い感情を抱いているとは思えませんから』

提督『……そこをなんとか、ね』

赤城『……』

はぁ、と溜息。

赤城『……努力しましょう』

提督『ああ……助かる』

赤城『……それでは、私はこれで』

提督『……ああ』

パタン、と出て行った赤城の居た場所を見つめて。

提督『……ああ……』

提督は脱力したように呟いた。

759: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:41:22.27 ID:SipO2JOT0



引き渡し当日

将校『お前には、新たな艦娘が引き渡される事になっている。
実はもう連れてきているんだ』

提督『それは……。ありがとうございます』

将校『アタゴ……と言ったかな?
後ほど部屋に向かわせよう』

提督『はっ』

その後、提督だけに聞こえるように。

将校『……お前の能力は高く買ってる。
輸送任務の監督としても結果を出してるそうじゃないか』

提督『……優秀な同僚達の力にです』

将校『まぁまぁ、謙遜するなよ』

提督『……』

760: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:46:29.39 ID:SipO2JOT0
将校『お前はすぐに本土に呼ばれるさ。
こっちが上手くいった暁にはーー』

ちらりと空母を見る。

将校『僕が便宜を図ってやるしな』

提督『……ありがとう、ございます』

将校『じゃあ僕は出立の準備をしてくるよ。
空母の最終調整を頼む』

ポンポン、と提督の肩を叩くと、将校は去っていった。

761: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:46:55.79 ID:SipO2JOT0
残された3人。
加賀は涙ぐんでいる。

提督『……まぁ、なんだ』

赤城『……』

加賀『……』

提督『元気でな』

加賀『……っ。提督っ……どうしてっ……』

提督『……お前にとって、この方が良い道になる』

加賀『……そんな……ことっ……』

ついにポロポロと泣き出してしまう加賀。

提督はその涙をそっと拭いてやりながら、赤城を見た。

762: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:47:22.62 ID:SipO2JOT0
提督『……お前は泣かんのか』

赤城『はい』

提督『……つまらん奴だな……』

赤城『泣くなとおっしゃったのは、あなたでしょう』

提督『……』

赤城『それにーー』

赤城は提督に歩み寄る。

赤城『ーー今は惜別の時ではありません』

提督『……?』

赤城『あなたは……自分が何をしたかを……
もう少し自覚すべきです』

提督『……』

黙る提督の胸を、赤城は拳でドン、と強めに押して言った。

赤城『このままでは、終わりませんよ』

763: ◆hsyiOEw8Kw 2016/05/09(月) 22:47:50.26 ID:SipO2JOT0

そして、それだけ言うと。

赤城『加賀さん。行きますよ』

加賀『あっ……』

加賀の手を掴んで、半ば無理やり引っ張った。

少し恨めしそうな目で提督を見ながら、加賀は赤城に手を引かれてゆく。

その様子を無言で見つめていた提督だったが。

やがて二人の姿が見えなくなると。

提督もそこから姿を消した。

786: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:21:26.62 ID:dHAKT3W3O
◇一節◇
No.1~153
要らない艦娘が集められた南方のとある島。
その名も、サセン島。
そこで燻っていた足柄、榛名、隼鷹達に、新たな司令官が着任した。
「お前達は磨けば光る」
なんてクサい事を言うその提督の下には、更に3人が加わって新たな生活を送り始める計6人の艦娘達。
だけど榛名が暴走したり、足柄が粗相をしたり、隼鷹が酒を飲んだりして……?!

787: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:22:27.34 ID:dHAKT3W3O
No.154~234
榛名が秘書艦となってから数週間。
彼女はポロポロと主張派の黒提督との過去を語り始めた。
そして雷とも段々と打ち解けていく提督。
全てが順調に見えた提督はしかし、鳳翔に上着をパクられ、更に飲み会で大変な事になってしまった。
「これが酒のパワーだ」
鳳翔と足柄に酒を振舞っている場合か?!
頑張れ提督!

788: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:22:54.69 ID:dHAKT3W3O
No.235~351
ケツに矢の刺さった男、北提。
どんな状況でも加賀を離そうとしない姿勢に、加賀は苛立ちを隠せない。
そんな加賀を諌める日向と瑞鶴が恋の火花を散らす中、戦いは間近に迫っていた。
「那珂ちゃんのCD買ってね?」
臨時で加わった吹雪達3人組も加えての攻略戦。
ブチギレ加賀さん達一行が戦う相手とは……?

789: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:24:10.04 ID:dHAKT3W3O
No.358~443
サセン島の、榛名の悩み。
それは己が役に立っていない事。
思いつめた榛名は、自主訓練を決意した。
勝手な行動とは知りつつも、射撃を開始する榛名。
その破壊衝動を止める者は……。
「ちょっとは修理費について考えて欲しい」
そんなバーサーカーをよそに、雷が、足柄が、鳳翔が、提督とイチャコラしている。
大丈夫なのかサセン島?!

790: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:24:39.21 ID:dHAKT3W3O
No.444~490
夜中に突如掛かってきた電話。
その内容は決して芳しい物では無かった。
そしてそのまま、提督の本土行きが決定する。
榛名と不知火もそれに同行する事となり、様々な思いが各々の中で渦巻く中、出発の日が来た。
「何故だ!何故酒が飲めないんだー!」
突如勃発した弁当バトル。
その勝者は……。
あれれ?足柄のお顔が真っ赤だぞ?

791: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:26:58.01 ID:dHAKT3W3O
No.496~542
金剛。川内。そして……加賀。
本土行きの船内で物思いに耽る提督。
そんな彼を見て、何やら思いつめた様子の不知火。
ついに、泣き出してしまう彼女に、提督は……
「登場前から苦手って言われてマース?!」
提督が、太郎や南方長官らと再開する傍ら、金剛と榛名も対面していた。
金剛と意気投合する榛名に迫る、影の正体は……?

792: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:28:04.69 ID:dHAKT3W3O
No.560~616
本土に到着した北提一行。
北方長官に挨拶に向かったその帰り、出会ったのは川内。
怒る日向を、しかし、加賀は止め、一行は昼食へと向かう。
その場で加賀と不知火は、再会を果たす事になった。
「謝罪よりも……わかるわね?」
金剛は川内を牽制するが、それで止まる川内では無い。
言葉を失う榛名が目にした物は。
提督とは。

793: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:28:38.52 ID:dHAKT3W3O
No.617~720
中央鎮守府に各方面軍長官と英雄提督が揃い踏み、これからの方針について激しく議論していた。
主戦派と堅実派の二派に分かれ、紛糾する会議の中で、提督は情報開示を要求していく。
そんな折、翔鶴と太郎の関係が明らかになって……?
「世の中の大体の事は愛と勇気でなんとかなる」
暗躍する川内。
その昏い意思は、災いを呼び込み。
榛名の暗黒が明らかになる。

794: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:29:24.83 ID:dHAKT3W3O
No.729~805
北提一行が油断している所を目撃し、嘆息する提督。
北方長官の襲来に気付かぬ彼らを守った提督はしかし、加賀には目もくれなかった。
最近いい所が無い提督。
トボトボ歩くそんな提督に後ろから飛びかかった影は。
「川内、お前と金剛とでは声が違い過ぎるだろ……」
夜戦隊の話を聞いた提督は、それをあっさりと断った。
そんな、飲みすぎてひっくり返る提督の元を訪れる影があって……?
寝ている場合か!?起きろ、提督!

795: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:29:51.17 ID:dHAKT3W3O
No.812~894
飲み過ぎで寝坊しただらしない提督。
しかし、彼の提案は会議を通過する。
ほっと一息つき、飛龍と蒼龍の視察を行った彼は、帰りに土砂降りに見舞われた。
この雨が呼び水となったかのように、提案は加賀との再会を果たす。
「まさか……ホ なの……?」
如何わしいシーンにも関わらず動じない提督。
その後、川内の乱入や飛龍と一悶着あるが、そんな事はどうでも良い。
艦娘ばかりの中で、ホ が許されるのか?!提督!

796: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:30:38.95 ID:dHAKT3W3O
No.923~
提督達が宿舎に戻ると、不知火が病んでいた。
そのまま加賀と口論になる不知火。
すれ違う二人の側には川内が居て……
そんな中、瑞鶴はとある覚悟を決めていた。
「ここまで長かったな」
本土を去る、提督。
一体ここから先、どうなるのか。

797: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:31:23.96 ID:dHAKT3W3O
◇二節◇
No.1~159
突如爆誕したベルゼブブに蹂躙されるサセン島。
そして流行るクレンザー。
鳳翔と提督がイチャつく傍ら、ダークマター大会の末に全員が息絶える。
「これは食べ物と呼んで良いのか」
暗黒物質を制覇した提督は一人、夜風に当たっていた。
その呟きの真意とは。

798: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:31:49.41 ID:dHAKT3W3O
No.164~281
情報開示。
流れる不穏な空気。
魘される鳳翔に、焦る榛名。
そして雷もショックを受けていてーー
「極秘資料だ!特上のな……!」
飲まされて転がる提督の傍ら、  本探しに夢中になる艦娘達。
しかし提督は起きていた。
彼の我儘とは一体。

799: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:32:16.42 ID:dHAKT3W3O
No.282~858

サセン島vs18戦隊、開幕。

800: ◆hsyiOEw8Kw 2016/06/08(水) 12:32:43.35 ID:dHAKT3W3O
No.859~直近
勝利の余韻に浸るサセン島。
何故か脅迫される足柄。
おねむの榛名、そして甘える鳳翔。
平和に見えるこの島に、だが確かに闇は迫っていた。
「……さて、と」
本土もついに重い腰を上げ、物語は佳境へと向かう。
提督の回想の先に、何があるのか。

838: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 09:59:13.66 ID:RMUHDeXZ0



サセン島


鳳翔「……あら」

雷「あら」

食堂へ向かう途中、二人は廊下でばったりと出会った。

鳳翔「おはようございます」

雷「おはよっ、鳳翔さん。食堂に?」

鳳翔「ええ。朝の支度を」

雷「手伝うわ!」

鳳翔「あら、ありがとうございます」

にっこりと微笑む。

839: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:00:17.53 ID:RMUHDeXZ0
近くの窓からは朝日が差し込み、二人を包む光は1日の始まりを告げていた。

雷「……今日も暑くなりそうね」

鳳翔「そうでねぇ……。最近は特に暑いですから」

はぁ、と嫌そうな溜息を吐く雷に、苦笑する鳳翔。

雷「……艤装にクーラーって付かないの?」

鳳翔「それは……どうなんでしょう」

顎に手を当てて思案する。

鳳翔「……効果、ありますか?」

840: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:00:45.32 ID:RMUHDeXZ0
雷「あるある。多分ちょっと涼しいわ!」

鳳翔「扇風機で良い気がしますが……」

雷「!……ダメよ!羽根に髪の毛が絡まるわ!」

鳳翔「う……ん?雷さんショートーー」

雷「ロングよ」

鳳翔「……そうですか」

雷「そうよ」

鳳翔「……」

雷「……」

微妙な空気を纏いつつ歩む二人は、もう少しで食堂に到達する。

841: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:01:34.21 ID:RMUHDeXZ0



食堂


雷「ーーつまりね?私はロングなのよ」

鳳翔「はあ……」

力説する雷に適当な相槌を打つ鳳翔は、相手が何を言っているのかわからない風だ。

鳳翔「雷さんがロングなら、私は一体……」

雷「ロングよ」

鳳翔「……そうですか」

どうやら全てがロングらしい。
鳳翔は理解を諦めて、曖昧な微笑みを浮かべた。

鳳翔「……あら?」

胸を張る雷から目を離し、食堂の中を見ると。

雷「提督?」

842: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:02:18.12 ID:RMUHDeXZ0
提督が机にうつ伏せになっていた。
その前には冷えた食べさしの料理。

鳳翔「朝ご飯……という感じではなさそうですね」

雷「ええ……」

近寄る。

鳳翔「最近お疲れのようですからーー」

そっとしておきましょう。と言いかけて。

提督「ん……」

体をビクリと震わせて、提督がうつ伏せのまま、顔だけ起こした。

提督「……」

鳳翔「あら。おはようございますーー」

843: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:03:24.60 ID:RMUHDeXZ0
提督「……?!」

しばらくそのままボーッとしていたが、途端にガバッと立ち上がって。
その突然の起立に、座っていた椅子がひっくり返った。

ガタァン!という音が、静かな空間に響きわたる。

鳳翔「……提督?」

音に驚きつつ、怪訝な顔をして尋ねる鳳翔。

提督「ああ……鳳翔か。いや……すまんすまん」

提督は鳳翔に向き直ると、軽く謝罪した。

提督「妙な夢を見ていたようだ。
……俺とした事が、ここで寝るとは……」

自分に苦笑して、肩をすくめてみせる。
が。
鳳翔と雷は神妙な面持ちのままだ。

844: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:03:58.98 ID:RMUHDeXZ0
提督「……?どうした?」

流石に違和感を覚えて、尋ねる。

鳳翔「……いえ……その……」

雷「……提督、泣いてるの?」

提督「……は?」

慌てて己の頬に触れると。
濡れる、指先。
提督は動転した。

提督(なんだ……これは……)

激しい目眩が提督を襲った。

提督(……そうか)

強烈に歪む足元に、フラつく。

提督(……俺はあの夢を……)

厳しい表情で、クソッ……と自分に毒付いた。

845: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:04:32.70 ID:RMUHDeXZ0
提督「……すまん」

雷「……大丈夫?」

提督「……問題無い」

鳳翔「な、何か……」

提督「問題無いと言っている」

提督は不快感を覚えた。
それは己に対する物だ。
八つ当たりに自己嫌悪し、居た堪れなくなった提督はその場を去ろうとする。

鳳翔「て、提督」

その行く手を鳳翔が阻んで。
心配そうな表情で此方を覗き込む。

846: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:05:03.19 ID:RMUHDeXZ0
提督「……どいてくれ」

鳳翔「し、しかしーー」

尚も不安そうな鳳翔。
誰かに、重なる。

提督「ーー鳳翔」

鳳翔「……っ」

いつもより数段冷たい声音。
確かな苛立ちが感じられる。
鳳翔はそれに少し身を震わせて、それから項垂れた。

鳳翔「……は、い……」

提督「……」

その姿に言葉をかける事も無く。
提督はその場を足早に去った。

己に嫌悪しながら。

847: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:07:21.84 ID:RMUHDeXZ0



提督の去った後。


鳳翔「……」

雷「……急に不機嫌になったわねー……」

地雷踏んじゃったかしら、と独りごちる。
答えるものは無い。

鳳翔「……」

雷「……鳳翔さん、元気出して。
あの人も今、きっと大変なのよ」

鳳翔「……そう、ですね」

俯いたまま答える。

848: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:07:48.12 ID:RMUHDeXZ0
雷「……弱みを見せたく無いのよ。
そういう手合いは……いるわ。……沢山ね」

鳳翔「……それは、わかります。けど……」

いじけたように鳳翔は雷を見て。

鳳翔「提督も……少しは頼って下さらないかしら……って……」

雷「……そりゃ、ねぇ」

あたしもそう思ってるわ。
フン、と鼻を鳴らしながら雷は答える。

鳳翔「……」

俯いたまま。
溜息を吐いて視線を横にずらすと。
床を照らす朝日が、少し淀んで見えた。

849: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:08:38.31 ID:RMUHDeXZ0






足柄「……提督が?」

鳳翔「ええ……」

足柄「ふーん……」

哨戒から戻り、昼ご飯にありつく足柄。
その傍らに、頭を軽く抱える鳳翔が居た。

鳳翔「怒らせましたかね……」

事の顛末を報告していたのだ。

足柄「大丈夫よ、大丈夫。そんな事でどうこうする人じゃねーわよ」

足柄は努めて明るく返す。

鳳翔「だと良いのですが……」

だが、溜息。

鳳翔「……難しい物ですね」

850: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:09:11.60 ID:RMUHDeXZ0
足柄(……夜はそんな風に見えなかったんだけど……ふむ)

繰り返し嘆息する鳳翔を尻目に、足柄は飯を掻き込む。

足柄「……気にし過ぎないで、大丈夫よ」

あたしもそーだったし。と付け足して、ぽんぽんと鳳翔の肩を叩いた。

鳳翔「うう……提督、お元気が無さそうでしたから……と思って……」

足柄「……」

鳳翔は相当沈んでいる。
どうしたものか、と足柄が思案していると。

851: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:09:58.99 ID:RMUHDeXZ0
それまで黙っていた雷が突然声を上げた。

雷「それよ!!」

鳳翔「……?」

足柄「……お?」

突然の大声に驚く二人。

雷「提督は元気が無いの……!だったら……」

足柄「……だったら……?」

雷「する事は一つじゃない……!」

握り拳を頭上に掲げる雷。

足柄「……全然意味わかんないわ……」

雷「なんでよ!!」

身を乗り出し、パン!と控えめに机を叩きながら続ける。

雷「料理でしょ?!」

852: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:10:48.02 ID:RMUHDeXZ0
目を輝かせる雷の発言からややあって。

足柄「……ああ」

鳳翔「……成る程」

二人もコクリと頷いた。

雷「……な、何よそのやる気の無さそうな返事は」

足柄「……だってウチは……ねぇ」

鳳翔「特別に作った料理に、あまり良い記憶が……」

足柄「……主に誰か二人の所為でね……」

思い出すだけで胃が痛くなるわ……と少し青い顔の足柄。

鳳翔「……ま、まぁでも、あの二人に知られなければ……良いアイデアーー」

鳳翔が人差し指を唇に当てながらボソッと告げる。
その時。

何処か近くで。

ガサッと物音がした。

853: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:11:25.78 ID:RMUHDeXZ0
足柄「……?!何奴!!」

しかし。
あたりは既に静かで。

雷「……聞か……れた?……誰に……?」

足柄「隼鷹……は哨戒……?
だとしたら……マズイわよ……」

3人の頬を嫌な汗が伝う。

鳳翔「……いけませんね」

雷「……そうね」

ふー、と一旦息を落ち着けて。

雷「……良い?」

雷は足柄と鳳翔、二人の顔を覗き込むようにして告げる。

雷「これは最重要任務よ」

コクリ、と頷く二人。

雷「……不知火と、榛名をーー確保せよ」

854: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:12:07.37 ID:RMUHDeXZ0



厨房


鳳翔「何か動いたような」

辺りを見回していた鳳翔が、厨房に影を見出した。

鳳翔「あれは……?!……!!不知火さぁぁぁぁん!」

不知火「……チッ!バレましたか……!」

厨房の中で何やら怪しい料理をしていた不知火。

鳳翔「足柄さん!こっちです……!」

少し離れた場所から、了解よー!との応答が聞こえる。

不知火「クッ……囲まれる前に脱出しなければ……」

焦る不知火。

855: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:12:40.87 ID:RMUHDeXZ0
鳳翔「不知火さん!あなたという人は……!出禁だと何度言えば……!」

不知火「ちゅ、厨房は共有財産です!料理する権利を!」

鳳翔「あなたの作ってるものは料理じゃないでしょう……!」

足柄「そう!産業廃棄物はお腹いっぱいなのよ……!」

足柄も到着し、ジリジリと追い詰められる不知火。

不知火「な、なんて失礼な人達ですか……!人の料理を産業廃棄物だなんて……!」

足柄「毒物だと言わないだけ優しさを感じて欲しいわね……!」

不知火「今言いましたけどねっ……!」

856: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:13:19.95 ID:RMUHDeXZ0
不毛な言い合いをしている間にも、ぐんぐん追い込まれていく不知火。

不知火「くううう……」

鳳翔「観念なさい……」

足柄「もうあなたは終わりよー!終わりなのよー!」

ぐわーっと不知火に迫る足柄。

鳳翔「ちょっと足柄さん……追い詰め過ぎたら何をされるかーー」

鳳翔が足柄の方を向いた、その一瞬の隙に。

857: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:14:23.93 ID:RMUHDeXZ0
不知火「……今だっ!」

不知火の目が怪しく煌めく。

足柄「……?!」

仕掛けてくる。
直感が告げた。

足柄は反射的に重心を下げる。
膝のスプリングは準備万端だ。
全周へいつでも飛べるだろう。

だが。
不知火の動きは足柄の予想の外を行った。

不知火「ふっ……喰らえ……!
栄養満点スープ!」

859: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:29:37.06 ID:RMUHDeXZ0
オタマで抱えた鍋の中身を鳳翔と足柄にぶち撒ける不知火。

鳳翔「えい……よう……?……ひゃぁぁぁあ?!」

慌てて避ける鳳翔。
そして床に落ち、ジュッと音を立てる緑色の液体。

足柄「……栄養満点スープじゃないわよこれ?!床溶けてるんだけど?!」

予想外の飛び道具に焦りつつも、ツッコミはしっかりこなす足柄。

不知火「ふっ。
こいつは何でもスープになる魔法の液体なんですよ……!」

足柄「……またの名を?」

不知火「硫酸」

足柄「頭おかしいわこの子……!」

860: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:33:52.91 ID:RMUHDeXZ0
鳳翔「その理解は絶対に何かが間違ってます……!」

不知火「ええい、うるさい!
とりあえず栄養のありそうなものを溶かしまくるのです……!」

足柄「や、やっぱりこの子本物の馬鹿だわ……!」

ガルル、と威嚇する不知火に恐れを抱く足柄。

足柄「この私をビビらせるなんて……やるじゃない……」

鳳翔「やってほしくなかったですけどね……?!」

ジリジリと間合いを保つ三人。

861: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:34:37.47 ID:RMUHDeXZ0
足柄「……ちなみになにを溶かしたの?」

不知火「リン酸とか鉄とか……ですね」

鳳翔「ひっ……?!と、とかって何ですか……?」

不知火「……チタンとか……多分溶けてますね……あとプラスチッ……なんでもないです」

鳳翔「……」

足柄「……」

不知火「……」

鳳翔「……チタンとプラスチックって鍋ーー」

862: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:35:15.20 ID:RMUHDeXZ0
不知火「……隙あり……!
とあぁぁあ……!」

再びオタマを振るう不知火。

鳳翔・足柄「「いやぁぁぁあ?!」」

慌てて飛び退く二人。

その間隙を、不知火はネズミのように駆け抜け、見事包囲を破った。

足柄「あっ?!」

鳳翔「しまった……!」

不知火「よしっ……失礼します!」

脱兎の如く走る不知火。

足柄「待てえええ!……いいえ、待ってえええ!お願いだから待って……!」

全速力で追い上げながら、最早懇願する足柄と。

鳳翔「お仕置きが必要ですね……」

目が据わり、怖い顔をしたまま走る鳳翔。

そんな3人の姿を見守る影があった。

863: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:36:55.42 ID:RMUHDeXZ0



榛名「……ふぅ、三人は居なくなりましたね……」

鳳翔と足柄が不知火と争っていた時、密かに影に潜んでいた榛名。

誰も居なくなり、厨房には今彼女しかいない。

榛名「……これは、チャンスでは……」

むむ、と思案する。
そしてニヤリと。

榛名「私も、料理を!」

864: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 10:37:28.22 ID:RMUHDeXZ0



雷(気が付いたら……)

そっと影から厨房を覗く雷。

雷(榛名さんが料理をしてる……)

緊張からゴクリ、と唾を飲む。
頬に一筋の汗を流す雷はしかし、榛名を止めなかった。

何故ならば。

雷(……まともに料理をしているように、見える……!)

ご機嫌な鼻唄交じりに、視線の先の榛名は行程を進めていた。

雷(材料は……)

白い粉2種類と卵と牛乳、バター。

雷(……ケーキっぽいわね!)

問題は。

雷(……あの白い粉……何あれ……)

小麦粉と砂糖ならば問題無いのだが。
果たして。

865: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:17:27.59 ID:RMUHDeXZ0
雷(……)

ぐぐーっと首を伸ばして、白い粉の包装に記された文字を読み取ろうと試みる。

雷(……もうちょい……)

これでもか、というほど伸ばした時。

雷(……あーー)

パッケージの一部だけが見えーー

雷(ーーおかしいわね)

セメ、と言う二文字が見えた。
残りは影になって見えない。

雷(セメ……何?)

セメ○○なんて名前の小麦粉を雷は知らない。

866: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:44:34.77 ID:RMUHDeXZ0
雷(……)

嫌な予感がする。

否。

嫌な予感しかしない。

雷「……は、榛名さーん……」

声をかけた。

榛名「……?!」

雷「い、一体何を作ってるのかしらー……?」

榛名「……」

榛名はダラダラと汗をかいている。
それもそのはず。

雷(この子も厨房出禁なんだから……!)

867: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:45:10.15 ID:RMUHDeXZ0
榛名「……け、ケーキですよ……?」

雷「ほ、本当にそうなのかしら……?」

榛名「ほ、本当ですから……!」

絶対に違うと思う雷。

雷「……ええい!見せなさい!
そもそもあなたは厨房出禁なんだから……」

榛名「くっ……折角良い感じに出来上がってるんですから……!
ここは譲れません……!」

雷「なんで?!」

榛名「止められる訳には行かないのです……!」

雷「やっぱり止められるような物なのね?!」

榛名「……さらばっ」

雷「あー!」

ボウルやら何やらを持って、雷を飛び越え逃げる榛名。

雷「ちょ、ちょっと待ちなさーい!」

雷も慌ててその後を追う。

868: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:45:45.31 ID:RMUHDeXZ0



雷「足はっやいのよ……あの子……!」

ぜーぜーと息を切らしながら辺りを見回す雷は、完全に榛名を見失っていた。

雷(マズイわね……)

このままでは得体の知れない物がまた出来上がってしまう。

どうしたものか、と歩きながら思案していたところ。

足柄「……!雷ちゃん」

雷「……あら!」

鳳翔と足柄に出会った。

鳳翔「……どうしてここに……」

疲れ切った顔で訊く鳳翔。

869: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:46:11.01 ID:RMUHDeXZ0
雷「……いやー……その、ね……。
キッチンにね……榛名さんが居て……」

足柄「……」

鳳翔「……」

雷「……」

……。

全てを察したが故の、深い沈黙。

足柄「……作戦を練りましょう……」

鳳翔「……手遅れになる前に……」

雷「……ええ……」

870: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:46:52.45 ID:RMUHDeXZ0



鳳翔は考えながら走っていた。

鳳翔(不知火さんも榛名さんも……料理に必要な道具は所持している……)

ならば、彼奴らの考える事は何か。
行く所はどこか。

簡単に答えは出た。

鳳翔「……あそこですね」

鳳翔の目が細められる。

足柄の提案は簡単だった。

待ち伏せだ。
誰かが榛名と不知火を追い込み、待ち伏せていた仲間が二人を狩る。

獲物を追い込むのは、鳳翔と雷。
待ち伏せ役は足柄に決めて。

問題は、獲物の居場所だけだった。

鳳翔はそこへと急ぐ。

今度はお仕置きの内容を考えながら。

871: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 11:47:19.02 ID:RMUHDeXZ0


不知火「ククク……もうすぐ究極のスープの完成です……」

不気味な笑みを浮かべているのは、右手にバーナーを持った不知火。
その口から吹き出す炎は、目の前の鍋を焼いている。

榛名「フフフ……こちらも出来上がりそうですよ……」

対する榛名は焼き入れ用の炉の前で邪悪な微笑みを浮かべていた。

そう。
ここは工廠。

榛名と不知火は炎を求めてここへ来たのだ。

875: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:03:46.27 ID:RMUHDeXZ0
不知火「クク……クフフ……
スープ完成の暁には是非提督に……」

非常に頭の悪そうな笑い声と共に呟く不知火に、答える声があった。

鳳翔「……その前に、ご自分で試飲なさってみては?」

不知火「?!」

驚いて振り返ると、そこには非常に嫌そうな顔をした鳳翔。

鳳翔「ここまでです。堪忍しなさい」

榛名「くっ……」

不知火「……」

狼狽える榛名に無言で鍋を構える不知火。

そして。

不知火「……煙幕」

中身を足元にばら撒いた。

876: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:06:50.66 ID:RMUHDeXZ0
鳳翔「……ちょーー」

煙幕になる食材とは一体何なのかーー。

そんなツッコミを入れる余裕すらなく。
ジュワーっと嫌な音がして、地面が溶ける。

と同時に体に悪そうな煙が大量に上がった。
不知火と榛名を鳳翔の視界から覆い隠す程の。

鳳翔「……」

その光景を。
ハァ、と溜息を吐いて、鳳翔は見ていた。

鳳翔(ここまでは予想済みです)

腰に手を当てて考える。

鳳翔(次、何処に行くかーー)

恐らく、寮。
ないし、船渠。

雷は寮を張ると言っていた。

ならば。
自分は取り敢えず船渠だ。

思考が終わる頃、ちょうど霧も晴れ始めた。
やはり、影は無い。
そして、空いている背後の扉。

鳳翔「……さて、行きますか」

もう一度溜息を吐いて、鳳翔は歩みだした。

877: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:07:48.66 ID:RMUHDeXZ0



艦娘寮


不知火「ここまで逃げれば大丈夫でしょう……」

榛名「は、はいぃ……」

肩で息をする二人は、寮の自室の前まで来ていた。

不知火「料理もほぼ完了していますし……あとの仕上げは自分の部屋で……できます!」

榛名「ですね!」

ふふっ、と不敵に微笑み合う二人。

不知火「しかし……鳳翔さんもしつこかったですね……」

なんとか撒けましたが、と溜息。

榛名「ま、まぁ……私達出禁食らってますし……」

不知火「その話はやめましょう」

榛名「えぇー……」

878: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:08:23.80 ID:RMUHDeXZ0
気の抜けた会話をしつつ、自分の部屋のドアノブに手を掛けた不知火。

不知火「ま、この料理を提督にお届けしたら……」

榛名「したら……?」

不知火「私は素早く消えます」

榛名「鳳翔さんに消されるの間違いなのでは……」

不知火「……」

榛名「……」

879: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:08:52.53 ID:RMUHDeXZ0
不知火「……と、とにかく!今は部屋の中に隠れましょう!」

榛名「で、ですね!」

中から鍵を閉めておけば大丈夫ですし、と呟きつつ、不知火は自分の部屋のドアを開けた。

雷「あ」

不知火「あ」

中に雷が居た。

不知火「……」

バタン!と扉を閉める。

ふぅ、と深呼吸。

榛名「……どうしたんですか?」

怪訝な表情で榛名が聞く。

不知火「……いえ。少し幻覚を見ただけです」

榛名「えぇー……」

880: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:09:42.22 ID:RMUHDeXZ0
ふぅ、と息を整えて。

不知火はそっとドアを開いた。

不知火「……」

チラリと中を伺う。

不知火「……誰もいませんね」

榛名「こ、怖い事を言わないで下さいよ……」

不知火「アハハ、すみません。どうやら本当に幻覚を見ていたみたいです」

榛名「一体何の幻覚ですか……」

881: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:10:15.46 ID:RMUHDeXZ0
不知火「ちょっと雷さんが中に居たような……」

榛名「……まさか」

雷「……あなた、疲れてるんじゃない?」

不知火「……確かに、ここまで色々苦難の連続でしたからね……」

榛名「……そうですけど……」

雷「……幻覚を見るのはどうかと思うわ……」

榛名「……そうですよねー……」

不知火「……ま、兎に角!ここまで来たんですから」

雷「そうね」

不知火「ら長い旅も終わりを迎えようとーーえ?」

榛名「……ん?」

雷「ここでーー」

雷の両手がガッチリ不知火と榛名を掴む。

雷「ーー終わりだわ」

ニヤリ、と笑って。

882: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:39:30.78 ID:RMUHDeXZ0
不知火「チィィィィ!いつの間に……」

榛名「くっ……」

雷「さ、観念しなさい……!」

榛名「と、と言うか!今自然な感じで不知火さんの部屋から出て来ませんでした?!」

雷「可哀想に……幻覚を見ているのね……」

不知火「いや、間違い無く中にいましたよね。
最初ドア開けた時見えましたよ」

雷「可哀想に……幻覚を見ているのね……」

榛名「ひええ……この人これで押し通すつもりですよ……」

883: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:40:19.07 ID:RMUHDeXZ0
雷「なんなのよ、もう!
二回目ドア開けた時私いなかったでしょう!」

不知火「中に居なかったのなら、何故ドアを二回開けた事をご存知で……?」

雷「……」

榛名「と言うか……部屋内に居なかったと言うのなら、そもそもどこに居たんですか……」

雷「……」

沈黙。

884: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:40:45.22 ID:RMUHDeXZ0
雷「……出現したのよ……」

不知火「……はい?」

榛名「……雷さんが……?」

雷「そう……」

不知火「どこから……」

雷「……ほら、床とかそこらへんから……出現……」

不知火「……」

雷「……」

榛名「……」

雷「……ごめん。やっぱ今の無しで……」

不知火「……はい……」

再び沈黙。

885: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:41:20.84 ID:RMUHDeXZ0
雷「にゃー!煩いわねぇ!あなた達は黙ってお仕置きされたらいいのよ!」

榛名「えぇー……」

雷「問答無用!あなた達は幻覚を見てたの!いいわね?!」

不知火「……どうせドア開いた瞬間、天井にでも張り付いてたくせに……」

雷「ぎくぅ」

雷の動きが止まる。

榛名「まさかそんなーー」

雷「き、気づかれてたとは……」

榛名「ーーはい?本当ですか?」

不知火「普通にドン引きなんですけど」

雷「……」

プルプルと震え始める雷。

886: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:41:57.76 ID:RMUHDeXZ0
榛名「手足に吸盤でも付いてるんですかね」

不知火「いえ、そんな事より何故私の部屋に……」

榛名「確かにそっちの方が大きな問題ですね」

不知火「全くです」

ジト目で雷を見つつ、二人は喋る。

不知火「これからはスパイダー雷とでも呼びますか」

榛名「フロッグ雷とかどうですかね」

不知火「それもアリですね。ーー」

雷「う……」

不知火「ーーう?」

雷「うるさいうるさいうるさーい!」

うがー!と。
威嚇するように両手を上に挙げる雷。

そう。
両手を挙げた。

掴んでいた不知火と榛名を離して。

その一瞬を逃す不知火達では無く。

不知火「ぬかりましたねっ」

雷「……?!しまっーー」

榛名「離脱!」

雷「ま、待ちなさーい!」

不知火「お断りです!」

不知火と榛名は駆け出した。

887: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:42:29.34 ID:RMUHDeXZ0
雷「逃がさな……きゃぁぁあ?!」

後を追う雷の前にばら撒かれたのは、例のスープ。
圧倒的異臭と煙により、雷の嗅覚と視覚が封じられた。

不知火「さらばです!」

どこか遠くから不知火が雷に呼びかけた。

雷「……も……もおおおおー!」

標的を逃した。
ように見える雷は。
わざと悔しそうな声を出した。
それも、聞こえるように。

雷「……行ったかしら」

暫くして、呟く。

雷「……さて。鳳翔さんは船渠へ向かった……のよね」

思案する。

雷「あの二人は足柄さんが捉えてくれるだろうし、鳳翔さんも居ない」

と言うことは。

雷「……もう少し、調べる事ができそうね」

888: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:42:56.13 ID:RMUHDeXZ0
一体。
何を調べるのか。

さっきは危なかったわ~、と呟きつつ、不知火の部屋に戻る雷。

その顔に、周囲を安堵させるような笑みは無く。

細められた双眸から覗く視線は、あまりに鋭い。

889: ◆hsyiOEw8Kw 2016/08/06(土) 13:44:04.56 ID:RMUHDeXZ0
ここまで

何処かの国がEU離脱して下さったお陰で大変な目にあってました。
また書きます。
次スレで終わるかな……

引用元: 【艦これ】加賀「……さて、と」