1: 書きためないのでゆっくり短めに。期待は無しで 2012/12/09(日) 00:35:30.30 ID:8Kz69KT80
「…ここだな」

太陽も沈み切り、世界を照らすものは月と星だけであった。
月と星は全てのものを淡く輝かせる。
それは、この女性に対しても同じであった。

夜の闇によく似た真っ黒の髪と、それに反するように燃えがるような赤い瞳を持ち
腰には銀色のナイフを、背中には銀色の切先をもった矢を携えている。

月の光は、その銀色を、より冷たく、悲しげに輝かせていた。


彼女が見つめるさきには、小さな石造りの塔がある。
人の気配もないその場所には、吸血鬼が住むという。

今よりも昔に、悲運にも吸血鬼という存在を追い求める運命を背負った彼女は
その噂を聞きつけ、故郷から遠く離れたこの地にやってきたのだった。

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 00:40:48.81 ID:8Kz69KT80
彼女は、木でできた立てつけの悪そうなドアの目の前に立つと
銀のナイフを手に持ち、息を整える。

心臓の鼓動が早まる
――――昂っているだけだ
手の震えが止まらない
――――うずうずしているのだ、吸血鬼の血を見たくて

そう、心に何度も何度も言葉をかける。

今まで何人…何匹もの吸血鬼を相手にしてきたが
その恐怖心は、いつも付きまとっていた。

此方の首元を狙うものも、逃げ惑うものもいた
ただ、そのほとんどは、ただただ死を受け入れるのみで

それは、まるで人間を手にかけるようだった。

左手で、ドアに手を伸ばし、ゆっくりと開く
ドアは今にも壊れそうな、悲鳴に似た音を立てた

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 00:48:33.26 ID:8Kz69KT80
ドアを開けたその先の空間には、階段があるだけであった。

「…はっ」

息をしていたのを忘れていて、あわてて冷たい空気を吸う。
ただ、うまく肺に取り入れられずに、小さな音だけがなるだけだ。

雨?いや、それは雨粒ではなく、彼女自身の汗である。
冬にもかかわらず、極度の緊張から、ほほを汗が伝う。

何とか呼吸をつづけながら、彼女はゆっくりと階段をのぼっていく。

それほど高くない塔だ。
段数も少ない。少ないはずだ。

だが、その数が積み重なればなるほどに、足は重く
時間は長く、感じられる。

まだか、いや、まだ来なくていい、誰もいないでも良い
それではいけない、私には吸血鬼を滅ぼす使命がある

何度したかもわからぬ問答を繰り返していると
壁がほのかにオレンジ色に光っている

ろうそくの灯り。間違いなく、誰か…おそらく、自分の追い求めている者がいるのだ。
彼女の心臓は、これでもかというほどに、彼女の胸を叩いていた。

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 00:58:30.18 ID:8Kz69KT80
一段、一段、のぼっていく。
世界の音は、自分の息と、自分の靴底が石をける音
世界に存在してる物体は、私自身と、それ。

ふ、と彼女が頭を横に向けると
頼りない四本の足が支える、古びた机と椅子があり
灰色と赤のコントラストが美しい、ローブを羽織った
ひとりの女性が置かれていた。
それ以外には何も存在しない、風景があった。

その女性は、本を枕に規則的に肩を揺らしている。
顔は見えない。

黒髪はナイフを持ち直し、彼女に近づく。

「っ…は―――」

息を殺し、音を殺し
彼女の後ろに立つ。
銀のナイフを高らかにあげ、振り下ろさんとしたとき
その世界をオレンジ色にしていた炎が、ふと消えてしまった。

女性はあわてて、後退する。

その時、小さな石ころを蹴飛ばしてしまい、その石ころは不運にも
階段を転がり、下へと落ちて、その静かすぎる世界には大きすぎるほどの音を立てた。

灰色と赤に包まれたその影が、もぞりと動く。

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:07:54.98 ID:8Kz69KT80
『―――誰?』

掠れた音が鳴った。
それは、本当に声と言うよりは、音であった。
調律されていない、オルゴールのように、ぽつ、ぽつと世界に音を響かせる。

「っ、は、はっ」
息を押しつぶす。
それでも、その体は必要以上に空気を欲していた。

『誰、なの』

机に置かれていた影は、ゆっくりとこちらを向く。
短い間隔で取り入れられた空気は、なんとか
それに返せるほどの言葉を生み出す余裕を作り出した。

「私は…吸血鬼ハンターだ」

「お前を…殺しに来た」

『私を、殺しに?』

黒髪は、はっとした。そして、手の震えが体全体へと伝播していく。
この感じは、この声とも言えない声は、死を待ち望んでいる声だ。

一番、聞きたくない声。なぜ、ここで聞かせるのか。

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:17:48.19 ID:8Kz69KT80
黒髪は、ぐっと足に力を入れ、自分の身体が、心が揺るがないように支えた。

「そうだ…お前は、私の、このナイフで、殺される」

『そう、やっと…やっとなのね、やっと私は…死ねるのね』

黒髪は、自分の脳内に必死に言葉をかけて、音が体を揺らさないようにした。
それ以上、こいつの言葉を聞いてはならない。
考えてはいけない、考えるな。
彼女は、私の敵だ。憎い、憎い存在だ。
人間ではない、怪物だ。殺せ、殺せば…殺せば終わるのだから。

「うわああああああああ!!」

灰色と赤の影はそこから言葉をさらに紡ごうとしていたようだが、そのすべてを聞き入れることなく
銀色の刃が突き立てられた。

その銀色は、そのローブと同じに赤色を含んでいく。

『か―――ぁ』

「死ね、死ね…早く…早く」

「早く死んでくれ…っ」

祈りにも似た言葉が、どんどんと振動していく。
その赤い瞳からは大粒の雫がこぼれ、黒い影を作っていく。

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:28:02.17 ID:8Kz69KT80
「はっ、はっ…」

どれほどの時間が経っただろう。
その石の床は、赤黒い液体で染められている。

灰色と赤色の影は、ピクリともしない。

あぁ、終わったのか。
そう思うと、手から力が抜け、銀色だけがさっきよりも赤を多く含んだ灰色の影に残る。
ガラスも何もない、窓から入る月明かりは、外にいたときと同じに、銀色を輝かせていた。

「はぁ―――――っ」
息が、静かになっていく。
黒髪は、床に倒れた影と反対の方の壁に背を預ける。

また、この世界から一つ、吸血鬼が消えた。
憎き敵が消え去ったのだ。

顔を俯けると、石の床はぽつぽつと黒いしみをたたえている。
これまでかれるほどに涙を流したのに、まだ泣くことができるのか。

そんなことを考えていると、視界の端にあった赤黒い液体が揺れた。

「え…っ?」

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:34:24.21 ID:8Kz69KT80
顔をゆっくりあげた。
すると、先ほどまで物であったそれが、再び動き始めている。

「う、嘘だ…」

自分の腰に手をやる。
ナイフ、無い。
痛みは…ある。
夢ではない。
なぜ?銀で刺されたら、吸血鬼は死ぬはずでしょう。

「い、いや」

影は、ゆっくりと上半身を起こすと
ファーストコンタクトと同じように、ゆっくりと顔を此方に向けた。

「み、見るな、うわぁっ」

これまで、憎しみと恐怖と、悲しみが入り混じっていた彼女の心は
今ではすでに恐怖のみが満ちていた。

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:44:19.47 ID:8Kz69KT80
『な、ぜ』

『なんで…』

影は音を紡ぐ。
鼓膜を揺らす。

『なんで…死ねないの…』
「なんで…死なないんだ…!」

目をゆっくりと開くと、ぼやけた世界の中で
黒髪と向き合ったその顔がまるで鏡合わせのように
頬に涙を這わせていた。

吸血鬼は、胸に突き立てられた銀のナイフをつかみ、ゆっくりと引き抜くと
『くっ――――あ―――』
その赤と銀の刃を床へとおろした。

金属が石と触れ合う音が、からんと鳴る
それと同じくらいに、その影から、すすり泣く声が聞こえ始めた

「なんで…そんなに…」

先ほどまで恐怖に満ちていた体が、やっとのことでこの事態に対応し始める。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:51:06.21 ID:8Kz69KT80
――――――――――――――――――――――――――

しばらくすると、その影のすすり泣く音がおさまっていた。
そのころには、黒髪の涙も止まっていた。

そして意外にも、その体を支配していた恐怖などと言うものは消え去り
ただ、自分に対して殺意を全く向けてこない、ただ泣いているだけの影に対する
問いだけが頭の中に浮かんで、消えてを繰り返していた。

いつの間にやら、黒髪はその中の一つの問いを
声にして、その影に投げかけていた。

「…お前は…いつからここにいるんだ」

影が一度こちらを向き、そしてゆっくりと背を向けて、音を発し始める。

『わかりません…』

「なぜ?」

『…いつの間にか、ここにいたんです』

「記憶がないのか」

『えぇ…黒い世界から抜け出すと、いつの間にか一冊の本と、ともにここにいたのです』

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 01:57:26.11 ID:8Kz69KT80
「そうか…」
「それじゃあ、なぜ死なないのかも、わからないのか」

『はい…全く』

その掠れていた音は、黒髪と交わされていくうちに
段々と声となっていった。
きっと、声を発したのが久しぶりだったのだろう、と黒髪は思いながら話をつづけた。
―――なぜ、私はこれほどまでに落ち着いているのか。
先ほどまでの気持ちが嘘のようだ。
相手が、憎い、恐怖の塊だというのに。

今ではむしろ安心感を覚えている気がする。

『あなたは…』

「ん?」

『あなたは、なぜ…私を殺して下さろうと』

「…あー…」

殺して下さろうというのは、なんて変な言い方だろう。
こんなことを考える余裕もある。
いつもは、かたき討ちでいっぱいいっぱいなのに。

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:05:12.71 ID:8Kz69KT80
「そう、その…かたき討ちだ」

『私が何かを…してしまったのですか』

「違う。…吸血鬼がした」

『吸血鬼が』

「そう…あれは、今日と同じような、月が美しい夜のことか」

「私は、姉と一緒に住んでいたんだ」

『お姉さんといっしょだったのですか。ご両親は…』

「うん。両親は戦争で死んでしまったんだ」

『あ…』

まぁ、その…近所でも評判の、仲の良い姉妹で」

「特に姉の愛想が良かったから…小さかった私たちにいろいろと食べ物を分けてくれてたんだ」

「誰にでも優しくて、穏やかで、私のことをずっと考えてくれる」

「そんな姉が、誇りだった。姉がいてくれれば、親も、何もいらないと思うほどに」

「私は、姉が大好きだった」

「平和に暮らしていたある時、事件が起きた。それが、今日のような夜の日だ」

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:14:09.91 ID:8Kz69KT80
「いつになく、騒がしい夜だと思っていたんだ」

「こんなにもきれいな月の夜だっていうのに、心がざわざわしていた」

「しばらくすると、夜はいつもの静けさを取り戻したんだ」

「心のざわざわは止まらなかったんだけど…姉が、隣で一緒に寝てくれたから」

「私は、だんだんと安心して、目を閉じたんだ」

「黒い世界に、少しずつ、風景が流れてき始めたとき」

「姉の叫び声がした」

「驚いて、目を開けて見たら…」

『あっ…』

黒髪の瞳からは、また大粒の涙がこぼれ始めていた。
影はゆっくりと近づいて、その涙を、赤く染まっていない灰色の部分で拭ってやる。
黒髪は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ顔を俯けた。

「うっ…く」

『ごめんなさい…』

「いや…っぐ、ごめん…は、なしを続ける」

「は―――っ…め、目を開けて見たら、目の前の…姉の首が…っ真っ赤に染まってたんだ」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:24:38.22 ID:8Kz69KT80
「わ、私の頭の中は…真っ白になった…」

「ただ、目の前の風景を、頭に伝えるだけで…何も考えられなかったんだ」

「そして、目を姉の後ろにやったら」

「なによりもまっくらで、おぞましい何かが、こっちを見てたんだ」

「すごくこわかった…全てを壊してしまいそうな、そんな影だった」

「―――気が付くと、私は知らない部屋にいたんだ」

「体を起こしたら、女の人がいて…何かを叫んでて」

「男の人があわてて私に近づいてきたんだ」

「なんだかんだと言っていたけど…あんまり覚えてない」

「そしてこれも、なんだか覚えてないんだけど…」

「私は姉のことを何度も何度も聞いていたそうだ」

「…その男に人は答えてくれなかった」

「だけど、そのあと、水を汲みに行った途中で、大人たちが話しているのを聞いたんだ」

「村が吸血鬼に襲われた、でも、一人だけ助かったらしいってね」

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:35:26.09 ID:8Kz69KT80
「その一人が私…」

「その日から、私は…吸血鬼を、姉のかたき討ちをしようと思ってさ」

「吸血鬼ハンターを探し出して、弟子入りして…訓練してもらって」

「…それで、今日、お前を…殺そうという行為に至ったわけなんだ」

『…』

全部、言い終わった後になって、黒髪は不思議に思った。
なぜ、ここまでのことを言おうと思ったのだろう。
先ほどから謎の安心感が体を包んでいるのだが
それも、どこからくるものなのか、わからない。

これほどまでに恨みのあるはずの吸血鬼を目の前にしているのに。


と、目の前の影が動く。
今までのゆっくりとした動きではなかった。

影は立ち上がると、机に向かった。
先ほどまで自分が枕にしていた本を手に取ると、月明かりのもとにさらした。

これまで、静かで、暗みをたたえていた影は、影ではなくなっていく。

『シリウス』

その音…ではなく、声に、黒髪ははっとした。
シリウスは、冬、南に輝く星の名前。そして、間違いなく、それは、自分の名前でもあった。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:44:00.69 ID:8Kz69KT80
「な…なんで…その名前を」

黒髪は、光に照らされた姿に近づく。
そして、うすあかりのもとで、うっすらと見える、本の文字は間違いなく
[Sirius]という名前を表していた。

今、気付いたが、その本は、本と呼べるものではなく
ただ、その6文字だけがつづられた紙のあつまりであった。

『シリウスでしょう?』

2度、発せられたその名前
完全に声となった音はシリウスの鼓膜を懐かしく震わせた。

「カペラ…姉さん…?」

それまでは掠れていて、気付くことが無かったが
それは間違いなく、自分の姉の、カペラのものであった。


いつの間にか、シリウスは、カペラの腕の中に包まれていた。
あの頃より、幾分腕は細くなっている気がしたが
このぬくもりは、抱きしめ方は、間違いなく、実の姉のものであった。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 02:53:48.14 ID:8Kz69KT80
「姉さん…会いたかった…さみしかったよぉ…!」

『ごめんなさい、シリウス…ごめんなさい』

こわばっていた表情は、いつの間にか子供のような
あるいは、愛する人の前で見せるそれに変わっていた。

月明かりに照らされた二人は、床に落ちた銀のナイフよりも
輝いているようであった。

『すべて…すべて思い出したわ』

『あの夜のことも…シリウスのことも』


―――あの夜、謎の黒い影に襲われた村は、ひとりを残して全滅した。
なぜ、一人だけ残ったのか。
それは、姉の、妹を守ろうとする気持ちによるものであった。

首筋をかまれ、死の淵をさまよっていたカペラだったが
その黒い影がシリウスを襲わんとしているのを見て、
両親の形見である銀の懐中時計をとっさに取り出し
手に巻きつけた後、そのその影に押し付けたのであった。

影は、悲痛な叫び声とともに、煙となっていったのだが、
最後の最後で、”呪い”として、この塔にカペラを
吸血鬼と言う運命を背負わせて、しばりつけたのであった。

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:04:36.23 ID:8Kz69KT80
『…私も会いたかった…あぁ、シリウス』

カペラは、再び彼女を抱きしめ、愛 した。
シリウスも、胸に頭を押し付け、甘えるようなしぐさをする。

しばらく撫でられていると、シリウスが口を開く。

「…帰ろう、姉さん」
「あの村はないけれど、また、家を借りて」
「一緒に暮らそうよ」

その声から鋭さは消え、年相応の少女のものとなっていた。

『えぇ、そうしましょう』

カペラも、その投げかけに喜んで答えた。
立ち上がり、ゆっくりと足を進める。
シリウスが前、カペラが後に。足が階段にさしかかったとき
カペラは急にその動きを止めてしまった。

「また、姉さんのシチューを食べられるんだ…嬉しい」

「…あれ?姉さん、どうしたの?」

『…』

『ダメよ、シリウス…』

『やはり、私たちは…いっしょには暮らせないみたい』

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:11:00.23 ID:8Kz69KT80
「えっ…」

先ほどまで喜んでいた彼女の顔は、曇っていた。
それと同じように、月が雲に隠れていく。

「どうして…」

『私にかけられた呪い…』

『それが、これ以上私を進ませてくれない』

「そんな…うそでしょ?冗談はよしてよ、姉さん」

シリウスは、カペラの手を取り、進もうとする。
だが、動かない。カペラが動かないのではない。自分まで、動かないのだ。

「あれっ、な、何でっ、動け、動け」

『駄目、駄目なのよ…シリウス』

『私にかけられた呪いは、強かったのよ』

「な、なんで…動いて…動いてよ…」

『あれは…』

『あの時、私たちを襲ったのは、吸血鬼なんかじゃない』

『きっと…神様なのよ』

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:17:30.25 ID:8Kz69KT80
「えっ…神様…?」

「な、何言ってんだよ姉さん、神さまがこんなことするはず」

『違うの、私が…私が悪いのよ』

『私が、犯した罪にふさわしい罰を、下すったの』

「罪って…姉さんは何もしてないじゃないか!いつだって優しかった」

「誰かを傷つけるようなこともしないし、むしろ困っている人がいたら助けたじゃないか」

「罰を受けるような人じゃないじゃないか!!」

『シリウス…』

『聞いてね、ちゃんと聞くのよ』

『私はね、神さまの教えに背いたの』

『神様は、女の人は、男の人を愛さねばならないと言ったわ』

『それに、近しい人とは結ばれてはいけないと』

『でもね、シリウス…私が、私が愛したのは、ずっと愛そうとしたのは』

『シリウス、貴女なのよ』

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:22:54.24 ID:8Kz69KT80
「えっ…!?」

『ふふ、驚いたでしょう?…軽蔑したでしょう』

『私は…妹であるあなたに、妹である以上の愛を感じていたの』

『おかしい、わよね』

『だから…罰を受けて当然なのよ』

カペラは、ゆっくりとシリウスの手をほどくと、彼女に背中を向けた。

『シリウス、ごめんなさい』

『貴女は、カペラと言う姉のことは忘れて』

『もう、この世に姉は存在しないわ。いるのは、同名の吸血鬼だけ』

『いるのは、貴女と違う、怪―――


―――なら、私も罰を受けなきゃね、姉さん」

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:27:50.23 ID:8Kz69KT80
『シリウス…?』

気付けば、カペラは背中にぬくもりを感じていた。
シリウスが、抱きついていたから。

「私も…私も好きだよ、姉さん」

「さっきも言ったよね、姉さんがいれば何もいらないって」

「私の世界は、姉さんそのものだったんだ」

その、抱きしめる腕に力が入る。
シリウスの手に、カペラは手を添えようとしたが、直前で手を止めた。

『さっきも、言ったでしょう』

『もう、貴女の姉はいない…いるのは怪物だけだって』

「嘘。この声も、この匂いも、ぬくもりも、全部姉さんのじゃないか」


「――――姉さんは…カペラはここにいるよ」

30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:36:48.25 ID:8Kz69KT80
シリウスは、カペラの正面に回ると、
カペラの目を見て、にこりと笑った。

瞬間、カペラの瞳から涙が流れだし、シリウスを強く抱きしめた。

月は雲から抜け出して、再び、部屋を淡く照らしていた。
涙が、一瞬流れ星のように輝いて、落ちていった。


「もう、姉さんがいない世界なんて、考えられないんだ」

『えぇ』

『私もよ、シリウス』


二人は、二人のために、神の教えに背いた。
神の教えに背いたものには、当然の罰が下る。

罰をもって、罪を償う必要があった。

「ここから、抜け出そう、姉さん」

『シリウス、良いの?貴女は』

「いいんだ、姉さんと一緒なら、どこだって寂しくないんだから」

「一緒に、償って、一緒に、行こう」

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:43:11.87 ID:8Kz69KT80
二人は、月が照らされる場所に立つ

手には、等しく、銀の矢が握られていた。

「汝、カペラ あなたはこのシリウスを健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も」 

「愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

『はい、誓います』

『汝、シリウス あなたはこのカペラを健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も』

『愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか』

「はい、誓います」

そう言ったあと、しばらく見つめ合った二人の口からは笑みがこぼれた。

どうしてもこぼれてしまう笑みを抑えながら、二人は改めて向き合う。

「指輪が無いね、姉さん」

『そうね、でも、必要ないわ』

「そうだね」

『それじゃあ』

「誓いのキスを」

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/09(日) 03:52:29.75 ID:8Kz69KT80
月夜に照らされた影が、一つに交わる。

と、同時に

互いの手に握られた銀色が影と重なった。

神は、同性との愛を、禁忌を

死を持って償わせた。

それによって、二人の罪は許されたのだ。

許された二人は、その石の塔よりもはるか高い世界へと、ともに旅立った。


月に照らされた日本の銀の矢は、何よりも暖かく、美しい光を放っていた。


[Ever After]

引用元: 女ハンター「お前を殺す」吸血鬼「私を殺して」