【ここまでのあらすじ】

(世界全土をシンカイセイカンが覆いつくし、オカルティック技術が普遍化した未来。世界平和など稚気じみた夢。

 人々は茶色のバラックシティに棲み、夜な夜なダイバースペースへ逃避する。

 人類よりも力を持つシンカイセイカン群が、海洋を背後から掌握する。ここはネオヨコスカ。鎖国体制を敷かれた日本の鎮守府だ。

 そして、マッポー的なこの時代に伝説化され空想の産物であると考えられていたグンカンが突如現れ始め、暗躍している……)

 テイトクはネオヨコスカ鎮守府の誇るカーネルである。彼は温厚で誠実な人柄で艦娘から慕われているが、実は違う。

 その本性は人々の狂気と絶望を好む血に飢えた狂犬だった。

 「フィーヒヒ」彼の齎す策略により次々と大破・轟沈していくカンムス。果たして彼女たちに未来はあるのか。アカギ=サンはカワイイ、いいね?)


「イヤーッ!」アカギ=サンの容赦のないウンヨウ・ジツ。レ級に襲い掛かる九九カトン・モータークラフト。なんたる制空力か!これがアカギ=サンのシリアス!スゴイ!

「オヌシは……」アカギ=サンの鋭い眼光。「カガ=サンの食べたマグロよりもヒサンな死体になって貰う。それが運命だ。ハイクを詠め」

 二人の正規空母が居た。提督の財布は燃え上がった。何故だか判りますか?彼女たちがエアーキャリアー・カンムスだからです。

 おお、なんたることか!レ級に襲い掛かるのはそれよりも凄惨な運命だ!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」レ級を吹き飛ばし、揺れるアカギ=サンの胸部装甲は実際豊満だった。隣の大鳳は装甲空母。装甲空母は母性がない。実際平坦だった。カナシイネ!


「ウフフ……テイトク=サン、ウフフ」ハヤシモはトリップを味わっていた。ソウマト・リコールのように脳内で繰り返されるテイトクとの日々。「イイ……遥かにイイ……」

 テイトク=サンはハヤシモを受け入れてくれた。彼の澄んだ目。四六センチトリプルモーターガンの砲口めいた黒い瞳は、ハヤシモの過去を聞いても揺るがない。

 ハヤシモは、テイトク=サンと結ばれるべきだと確信した。彼ほど立派な男はこのネオヨコスカには存在しないだろう。

「テイトク=サンは私のもの。近付く女は……」ハヤシモの妖艶な笑みが変貌した。真っ直ぐに伸びる黒髪から覗く鋭い眼光。オニめいてコワイ!「テウチする。私の命令で」

 よちよちとヒヨコめいた航行をするサミダレ=サンに迫る魚雷。ああ、なんたることか!彼女は気付かない。そのまま魚雷の穂先が迫り来るではないか。

 ハヤシモのアンブッシュは、ボーキサイトを盗み食うアカギ=サンよりも隠密だ。傷付いたサミダレ=サンの電探には掛からないのだ。

「サヨナラ……フフ、サヨナラ……」ハイクを詠む暇もなく爆発四散したサミダレ=サンを眺めるハヤシモはどこか悲しげだ。彼女も、味方を手にかけるのはこれが最初だったのだ。

「サヨナラ……ああ、サヨナラ……」それほどまでに高められたテイトク=サンへの愛。ハヤシモの笑いが泊地に木霊した。「テイトク……イイ……遥かにイイ……アーイイ……」


「フィーヒヒ、ハヤシモ=サン……オヌシは捨て駒だった」テイトクの邪悪な笑い。ハヤシモ=サンはこれまでからは信じられないほどのテイトクの悪魔めいた変貌に、目眩いを感じた。

「そんな……テイトク=サン……そんな……」ハヤシモ=サンの嘆き。レ級改の雇ったパンクスたちによる違法な前後の最中、彼女が必死に思ったテイトクはどこにいったのか。

「ハヤシモ=サン。これまでご苦労だった。オヌシは実際」いや、そんなものは最初から居なかったのだ! 「これからはあの世で休むがいい!」

 その証拠に……ああ、ああ……! テイトクがスイッチを押した途端、レ級改ごとハヤシモ=サンは無惨にも爆発四散! 死体は残らない! なんたる最期だろう!

 実際彼女は悪辣だった。だが考えて頂きたい。ここまでされる謂われはない。彼女はテイトクへの純愛を誓ったのだ。

 これは、まさしくテイトクが悪鬼なのだ! その証拠に……ああ、なんと……見よ!

「アーイイ、実にイイ……アー」 アオバ=サンに覆い被さるテイトク。うら若き乙女の柔肌に舌を這わせながら殆ど違法な前後。

 おお、なんたる邪悪な所業か! ブッダよ、寝ているのですか!

「そこまでであります!」 だが見よ! ブッダは彼女を見捨てては居なかった! ゴミ・ステーションのカラスめいた黒服。カラテがみなぎる四肢。

 ああ、彼女こそは貧弱な海の娘とは比べ物にならない……ああ、見よ! これこそが真の軍人、真のカンムスだ!

「ドーモ、テイトク=サン。アキツ・マルです。オヌシの邪悪は見させて貰った」「ドーモ、アキツ=サン。テイトクです……ならば死んでもらうまでよ」

 死人にくちなし! 死んでからはハイクを詠めぬ! 同じように死人が喋る筈がないのだ。つまりテイトクはアキツ・マルを闇へ葬りさろうというのである。コワイ!

「オヌシのカラテではムボウ……おとなしくハイクを詠め。カイシャクしてやる、であります」「こちらには人質が……アバッ!?」「既に奪い返した」「アイエエ……」

「覚悟を決めるのだ。ブッダも泣いている」「ヤメロー! ヤメロー!」追い詰められたテイトクが、ニワトリめいて首を振る。ブザマ!「ヤメロー! ヤメロー!」

「オヌシの行く先は深海よ! ……で、あります!」

 ゴウランガ……おお、ゴウランガ! カンムスは常人の一万倍以上の馬力を持つ。スリケンめいて回るアキツのレップウ・スマッシュ・ジツ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 インガオホー! テイトクはしめやかに爆発四散!

※嘘です※

40: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/09(木) 23:19:11.69 ID:Y8xI7qk/O

あきつ丸「……ここに、いるでありますか」

あきつ丸「……」

あきつ丸(激戦区、南方……司令部もこちらに力を入れようとしているからこそ、提督殿に援軍をしっかりと送らなかった)

あきつ丸(あの人は完全に壊れていたが……)

あきつ丸(少なくとも戦況がもっと全うなら、あそこまで艦娘の犠牲も出さなかった……)

あきつ丸(つまり、提督殿の最後のトリガーを引く原因は外にもあった……で、あります)


???「……マズっ」

???「やはりフナムシは食用には向きませんね……」

???「いや、油で揚げれば……」

???「……」

???「重油とお砂糖のコラボレーション! 味の宝石箱……」

???「……マズっ」

???「重油臭い」


あきつ丸「……」

44: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/09(木) 23:33:38.55 ID:Y8xI7qk/O

あきつ丸「……何をやっているでありますか?」

赤城「あら、お久しぶりですね」

あきつ丸「ああ、えっと――」

赤城「それよりあきつ丸さん、服を持っていませんか?」

あきつ丸「どうした本当」

あきつ丸「……で、あります」


 視線の先には――深海棲艦の死体の山に鎮座する、正規空母赤城。

 人目見ても判る。これが最強の空母。人類の保有する最終戦力の一角。

 未だに改二には至らないまま、経験と鍛練に裏付けされたその精密さだけで敵を倒し続ける――最大練度艦。


赤城「いや、輸送を行っていた友軍が包囲されていたので……」

あきつ丸「ほう」

赤城「皆の撤退を助けるためにここに残って戦っていました」

あきつ丸「ほう」

赤城「やはり……もう誰かが死ぬところは、見たくありませんから」

あきつ丸「……」

あきつ丸「ところで赤城殿」

赤城「なんでしょうか?」

あきつ丸「輸送船が運んでいたボーキ、どこへやったでありますか?」

赤城「……貴女のような勘がいい船は嫌いです」


47: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/09(木) 23:47:32.32 ID:Y8xI7qk/O

赤城「だ、だって私一人で敵を倒さなきゃいけないですから」

あきつ丸「……」

赤城「どうしてもホラ……あの、艦載機の補充にはボーキサイトが必要といいますか」

あきつ丸「……」

赤城「い、いくら艦娘と言っても……補給なしで戦い続ける事も出来ませんし……」

あきつ丸「……」

赤城「それに、船員の方を連れての撤退は完了したんです! ここで資源を無駄に捨てて深海棲艦に渡すよりもよほどマシでしょう?」

あきつ丸「……」

赤城「だ、だから……」

あきつ丸「……」

赤城「あ、あの……」

あきつ丸「……」

赤城「わ、私……」

あきつ丸「……」

赤城「……」

あきつ丸「……」

赤城「……」

あきつ丸「……」

赤城「……たべました。欲望に負けて」


 辱しめられた、と頬を染める赤城。

 ……それよりも前にやることがあると思うの。例えば、口回りのボーキサイトの粉とか。鼻の頭の重油とか。頬っぺたの鉄鉱石とか。

 なんというか、相変わらずというか。


あきつ丸「……ところで、服というのは? 見たところ着ている風でありますが」

赤城「ああ、手土産に服に包んで持って帰ろうと……」

あきつ丸「……」

赤城「冗談です」

赤城「冗談なんです」

赤城「冗談なんです!!!!!」

あきつ丸「……」

赤城「そんな目で見られたらお嫁に行けませんね……どうしよう……」

50: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/10(金) 00:00:13.56 ID:u7N7G/sLO

あきつ丸(ああ、多分この人は――)

あきつ丸(きっと世界が終わるその日でも、こんな風なんだろうな……)

あきつ丸(強いというか……揺るがないと言うか……)


 半ば諦め、半ば尊敬。半ば感心、半ばガンジー(ツッコミ的な意味での非暴力)。

 なんというか、強い。

 悩みなんてないんじゃないか、というくらいに。


あきつ丸「ふふ」

赤城「笑ってくれましたね」

あきつ丸「え?」

赤城「私たちは……生き残ったから……」

赤城「吹雪さんや加賀さん、提督の分までも……笑って生きないと」

赤城「それが……せめて残された私たちにできること、なんです」

赤城「笑って、前を向いて……いつか平和な、静かな海を取り戻す」

赤城「それが私たち、遺された者の使命です。……意思を継ぐことが」

あきつ丸「赤城殿……」


 凛としながらも、どこか遠くを眺める――柔らかい笑顔。

 そう、赤城とて心までは鋼ではない。

 彼女もまた、人としての心を持ち合わせ生まれ変わった軍艦。挫折を知らぬ訳ではない。

 挫折を知っても立ち上がってまた前を向けるからこそ彼女は最強なんだろうし、また、艦娘なのだろう。

 そんな彼女に対して、一つだけ言うとしたら――。


あきつ丸「……赤城殿」

赤城「なんでしょうか?」

あきつ丸「一つ貴方に言うことがあるとしたら――」

赤城「……」

あきつ丸「笑わせるのと、笑われるのは別物であります」

赤城「ひ、酷い……」


53: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/10(金) 00:33:22.01 ID:u7N7G/sLO

 ――嫌だ? 何が?


 ――駆逐艦なのにこんな身体をして、誘っているのはそっちだろう?


 ――本気で嫌なら、もっと抵抗するんじゃないのか?


 ――ほら、君も楽しんでるじゃないか。身体も熱くなっているんじゃないのか?


 ――息を止めようとするな。ちゃんと口を開きなさい。


 ――声、漏れているじゃないか。


 ――いやらしい身体だ。戦うために生まれた? 兵器? ならこの身体はなんだ?


 ――『せめて妊娠はしたくない』?


 ――大丈夫だ。艤装を付けている限りは問題ないから。


 ――ない、とは言われている。


 ――そう、艤装を付けている限りは……だ。意味は判るな?


 ――まあ、君がどんな選択をしても自由だよ。そう、自由だ。


 ――はっ。


 ――潤んだ目でそんなに睨んで、誘っているのか?


 ――もう随分と時間を使ってしまったが……あと一回くらいはできそうだな。


 ――そうだ。早くしろ。私の為に。そう、もっとだ。


 ――ん、見つかって困るのは君じゃないか?


 ――ああ、いい具合だった。段々こなれてきたな。この 売め。


 ――次からはこっちを試してみるか? なあ?


54: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/10(金) 00:45:53.99 ID:u7N7G/sLO

あきつ丸(……はぁ)

あきつ丸(あの戦いの戦友を尋ねる……というのはいいでありますが、それが出来るのは憲兵になってから)

あきつ丸(……)

あきつ丸(憲兵になっての、本来任務もあるということで)


 どうにも――気が進まない。

 外と一致団結して戦えればよいものを、内への監察と処分に向ける。

 他人からは死神とか、人でなしとか、警察気取りとか、厄介者とか好き勝手に呼ばれる。

 もっとも、あきつ丸とてその言葉には同意するところではあるが。


あきつ丸(まあ、今度はあの提督殿のような邪悪は出さない……仲間を守る)

あきつ丸(その為だと思えば、悪・即・斬であります!)

あきつ丸(……)

あきつ丸(それにしても、この軍刀の扱いもなれてしまって……)

あきつ丸(艤装よりもしっくりくるなど、何かの冗談みたいであります)



 そんな刀を片手に来たのは、とある基地。

 あの戦いの後――例の泊地での戦友が、配備されたと言う場所である。

 草を棚引かせる風に、帽子の鍔を押さえるあきつ丸は。


あきつ丸(うーむ、であります)

76: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 00:46:23.42 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「できれば穏便に運べば良いのでありますが……」


 部屋の前へ。

 途中、哨戒を行っていた艦娘は裸締めで気絶させた。

 そのまま彼女たちの衣服で体を縛り上げ、ついでに 着を放り捨てて置いたので早々騒ぎにはならないだろう。

 ドアの向こうからは、くぐもった吐息と、何事かを囁くような音にならない声。

 はあ、と息を一つ。


あきつ丸「どーも、憲兵であります」


 前蹴りを一つ。扉を蹴り破った。

 部屋の内には、ベルトを外しズボンを下げようとする男――ここの提督だろう――と、セーラー服をその豊満な胸元までたくし上げられた少女。

 唇を噛みながら顔を紅潮させ、その白い胸に歯形を残して仰向けになった彼女を――浜風を前に。

 やれやれ、とあきつ丸は首を振った。



あきつ丸「信じたくはなかったでありますが……現行犯であります、な」

浜風「……」

中佐「な、なな、なななな、な、なんっなにっ!?」

あきつ丸「落ち着いてその、……えっと、粗末なものを仕舞うであります」


 顔を手のひらで覆い、若干向きを変えながら――しかし指の間から視線が零れる――あきつ丸は投げやりに言った。

 言われた、当の彼はモノを仕舞わずにズボンを引き上げ、浜風は腕で  を隠しつつも身を起こす。

 決まりが悪そうにあきつ丸に視線を合わせない彼女に、やはりあきつ丸は居た堪れない気持ちを覚える。


中佐「こ、これは……その、誤解だ! 誤解なんだ!」

あきつ丸「五回……若さとは凄まじいものでありますな」

中佐「そ、そうだ! 合意の上だ! 合意の上なんだ! なあ」

あきつ丸「……やれやれ、であります」

79: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:00:18.36 ID:rBheiMDQo

中佐「私は……私は、その、違う! 違うんだ! これは――」

あきつ丸「――後悔は地獄でしろ、であります」


 傾いた鞘。下がる柄頭。親指で鍔を押す。鯉口三寸。右の拝み手。鍔元近く畳まれる指。

 提督が、唾を飲んで硬直した。鳴る喉。見開かれた眼。

 鞘を払って抜刀したあきつ丸は、片手下段――その後一足で距離を詰め、踏み込んだ右足と共に袈裟懸け。

 ところで、峰打ちとは何か知っているだろうか。

 峰で殴りつけて気絶させるが故の峰打ち――などではない。

 鋼鉄の棒で殴ったら、死ぬ。言うまでもないが。一キロほどの棒である。

 それに、殴りつける角度が甘かったのならば気絶には至らぬし――何よりも刀が伸びる。峰打ちを殴打と考えるのは、剣術を知らぬ者の言葉。


 峰打ちとは、真剣勝負だから起こる。

 互いに真剣で、或いはどちらかが真剣で、過度に緊張状態にあり――受けたならば死ぬと。

 そう、考えるような状態。どちらが早いか抜き打ちを行うガンマンに等しい緊迫感。

 そんな中相手から斬撃を受けて、結果、これ以上緊張しても意味がないと精神が手綱を放し、また、相手に当てられたと思い込むからこそ。

 であるが故に、峰打ちで気絶する。

 正しくは、峰で抜くのだ。瞬間、刃を返して、そして手首を和らげて――相手の体を撫でる。

 強烈に叩きつければ刀が撓み、また、骨折などの威力で相手は覚醒する。

 この力加減こそが剣術家の妙であり――そして十分に刃の威力を知るからこその、結果。

 提督たちが軍刀を差していなければ、或いは憲兵が人を斬るものと言う認識がなければ成り立たぬのだ。


あきつ丸「……さて、これで邪魔者はいなくなったでありますが」

浜風「……」

あきつ丸「自分には信じられない……いや、信じたくないであります」

あきつ丸「憲兵に処罰される心当たりがあるのですか……浜風殿?」

浜風「……」

80: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:22:53.00 ID:rBheiMDQo


 彼女は――見ていた。

 彼女は、彼を見ていた。


 きっと彼女が以前から彼を知らなくて。

 そして彼の元で戦う事に乗り気でないからこそ、気付けたのだろう。

 それからは彼を見ていた。一挙手一投足を観察した。

 人を壊すという事を――彼を通じて学んだのだ。


 あとは、簡単だった。

 男から無理に押し切られて、関係を迫られるのだ。

 僅かに、少しずつ、男の脳裏に浜風の仕草を刻み込んで。徐々にその心に芽生えさせて。

 それから隙を見せてやればいい。

 この雌を己の物にしたいという獣欲を抱かせて――そして弾みで男の中の情欲が弾ける場面を作ればいい。

 そこからは抵抗をする。激しくはない。されど抵抗をする。

 そうすれば男は浜風に心が伝わるとは思わずに、何とかして――多くは後ろめたい方法で彼女を縛り付けようとするのだ。

 あとはそれに抗う所作で、男に流されていく女を演じればいい。

 そうやって自尊心と征服欲を満たしてやれば、相手は己が主導権を持っていると思い込む。

 あとはその嗜虐心を煽ってやるような反応をしてやればいい。

 気付かず、男は浜風に絡みとられていく。


 無理やり組み敷かれようとも。

 好い様に身体を弄ばれようとも。

 嫌悪が先立つ体液を浴びようとも。

 不浄の禁を破られようとも。

 それは全て――浜風が、静かに男を操ったが故である。

 そうして溺れさせ引き摺り込み、破滅に向かわせる。

 それがいつしか――――浜風の求める愉悦となっていた。

82: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:34:25.35 ID:rBheiMDQo

 時には執務室で。

 時には浜風の個室で。

 時には工廠で。時には船渠で。

 前から。後ろから。横から――男が浜風に溺れていく。

 歯を食い縛り、かすかに漏れる吐息に興奮する男を眺めるのだ。身体が繋がっていても、心だけはどこか別から。

 これは復讐だった。

 彼女だけが生贄に差し出された。あの激戦区に、差し出された。

 他は更なる改造が残っているからと、一番練度が低い彼女が――手前勝手な言い訳の為に差し出されたのである。

 それまで信頼していたのに。なかった事のように。

 だから――これは正当なる復讐だ。


浜風「沈めたら罪……ですが」

あきつ丸「……」

浜風「溺れるのを見ているのは……罪ではないわ」

あきつ丸「その果てに……自害する事となっても?」


 浜風に溺れた男の行為はエスカレートする。

 そうして、既に家庭を持つものは崩壊した。或いは女に不慣れなものは他も浜風と同じだと、関係を迫り罰を受けた。

 彼女に溺れた男は、文字通り水底へと沈むのだ。人生の。

 復讐だった。

 そう、前世でも同じだ。人は繰り返す。

 身勝手な体裁の為に。己の保身のために。戦う者を差し出す。

 あの時は取り返す事が出来なかったが――今度は減らせる。報復を与えられる。


浜風「金剛が死んだ」

あきつ丸「……」

浜風「このままなら大和も…………大和が毒牙に掛かる前に、あの男がいなくなってよかったです」

あきつ丸「……」

浜風「私の罠に嵌るようなものは……いずれどこかでやるかもしれません」

あきつ丸「……」

浜風「淘汰されてしかるべきだと……そう思いませんか?」

83: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:51:30.74 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「なら……」

浜風「……」

あきつ丸「なら、なんでそうも嗤っている……でありますか?」

浜風「え?」


 浜風が頬に手をやったその瞬間に、右足を送る。

 片腕一本。逆袈裟に。左上から右下に薙ぎ払われる刀身を、しかし浜風は前髪数本と引き換えに回避した。

 大げさに身を捩り体を開き、斬撃から左に仰け反っての回避である。

 既に一度、斬撃は見た。刀身長さは把握した。

 だからこそ、可能であるのは誠に大した戦闘経験という他ないが――。


浜風「――!?」


 刃が歪な弧を描くそのまま振り切られ、しかしあきつ丸は止まらず。

 半回転。いや、四分の一回転。踏み込みに釣られて置かれた左足が、軸足をスイッチング。

 そのまま遅れて繰り出された右足の踵――後ろ回し蹴りが、彼女の腹部に突き刺さった。


あきつ丸「……」


 これも或いは峰打ちと同じ。

 刃に意識を引きつけさせ、そして、その意識という隙を突く。意を刈る剣――である。


あきつ丸「残念で……あります」

浜風「……」

あきつ丸「せめて……本当に男たちに弄ばれていたのなら、慰める事はできた。守る事はできた」

あきつ丸「だけど……」

あきつ丸「こうなってしまったら……どうしようもないで、あります」

浜風「……」

あきつ丸「何か、言い残す事は……?」


 ふるふると、振るわれる首。

 

84: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:51:58.76 ID:rBheiMDQo






 ――――その首が、飛んだ。



86: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 01:59:18.62 ID:rBheiMDQo


あきつ丸「……」


 はあ、とため息を盛らす。

 戦場から帰還したというのに、何故こうも艦娘が死ぬのか。

 今まで彼女が訪ねた中で、無事なものは二人だけ。それ以外は二人ほどあきつ丸が手を下し、二人は己で死んでいた。

 これがあの提督の残した爪痕なのか。

 それとも、戦いが後に齎すものなのか。

 或いは――前世から引き継いでしまった、しがらみだろうか。

 そう考えるとどうにもやるせない気分になる。

 これから会う艦娘もまた、そのような災禍を抱えているのだろうか。


あきつ丸「……」

???「あのー」

あきつ丸「……」

???「あのー」

あきつ丸「……」

???「あのー! って、呼んでるんですって!」

あきつ丸「……自分で、ありますか?」

???「あきっつだよ、あきっつ」

あきつ丸「自分はそんな愉快なアイドルみたいな名前でないではあります。……確かにアイドル級の美貌ではありますが」

???「え」

あきつ丸「……なんでもないであります」
 

88: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 02:04:46.98 ID:rBheiMDQo


 しかし、この。

 快活そうな褐色の美少女は誰だろうか。

 ふと頭に、ハイエースとかおくすりとかいう単語が思いついた。

 ……きっと気のせいだろう。


あきつ丸「えーっと、どちらさまでありますか?」


 「えー」と、明らかに口を尖らせる少女。

 表情がコロコロと変わる女の子で……その、見覚えはないが、一度見たら忘れなさそうな印象。

 何とも沈んだ心を元気にさせてくれるような――


呂500「もー」

呂500「あれだけ一緒だったのに、忘れるなんて酷いよ……って!」

あきつ丸「一緒……?」


 どう見ても小麦色に日に焼けた少女と。

 そして、病的なまでに色白のあきつ丸。

 一緒と言われても――――日焼けサロンに一緒に行った事はない。プールで焼いた覚えも無ければアイスティーも知らない。

 というとこれは……


呂500「もー!」

呂500「ゆーちゃん改め、ろーちゃんです!」

あきつ丸「アイエエエエエ!?」


 なんぞこれ。誰。

94: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 02:24:24.43 ID:rBheiMDQo


 ……で。


あきつ丸「へー、今は広報の仕事でありますか」

呂500「皆と一杯話せて、日本語も一杯覚えられたかなって」

あきつ丸「はあ……」


 U511改め、呂500は――その。

 一言で言い表すのが難しい。

 敢えて言うとしたら、こう、夏休みデビュー! 家庭教師とあの子の話!とか。

 秘密の特訓、流れるプールと親戚のお兄さん!とか。

 夏祭り! 帰り道にてハイエース!とか。

 がいがーかうんたー……は関係ないか。


 いや、一言で言い表す丁度良い言葉があった。これ以上ないくらい正確な言葉が。

 そう。

 ――ドイツさんごめんなさい、だ。


呂500「そう、日本の習慣も一杯覚えましたって」

あきつ丸「習慣、でありますか?」

呂500「えっと、えっと……こう」

あきつ丸「……?」

呂500「んしょ、難しいなぁ……って」

あきつ丸「何を、しているでありますか?」

呂500「てーとくのまね?」


 いきなり、ブリッジをするU511……ではなく呂500。二つも名前があるとか面倒というか。

 なんというかドイツごめんなさい。

 そこから……


呂500「這って動く……」

呂500「白!」

あきつ丸「……」

呂500「じゃなくて、黒……?」

呂500「これじゃあ、日本のギャグが出来ないかな……って」

あきつ丸「……」

呂500「どうしたの?」 

あきつ丸「その提督、テウチするであります」

108: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 02:55:05.32 ID:rBheiMDQo



↓ 1~6 >>2名 ※コンマ+数字な ※ゾロ目はポイント高いぞ

109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:06.95 ID:efLSfIrco
清霜 55

110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:08.36 ID:PFL+QnGUo
瑞鶴99

111: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:08.38 ID:I0WcSQxzo
夕立 33

112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:09.04 ID:beTwMJX6O
鈴谷 05

113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:09.07 ID:jN0CUmL30
島風

114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 02:55:09.23 ID:LBzJIi0Lo
加古 10

125: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 02:59:24.68 ID:rBheiMDQo





 ――それは、猟犬だった。


132: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 03:10:12.21 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「うー、夜は冷えるであります」


 軍刀を片手に、街を歩く。

 警邏の真似事――というか警邏だった。これでも憲兵である。

 黒い外套は闇に紛れる。……が、白い顔はそう上手くは行かない。何度か車のヘッドライトがあきつ丸を照らし、その度に悲鳴を上げて高速で走り去る。

 何とも失礼。あきつ丸は肩を怒らせた。うら若き乙女を相手になんたる無礼だ。

 ……なお、彼女のあずかり知らぬところではあるが。

 あきつ丸が警邏を行うようになってから、ハイエース犯罪率は低下していた。

 それもハイエーサー(ハイエースを行う者たちの略称。別名を未成年者略取罪のヨタモノという)の間で、ある伝説が広まっているから。


 ――奴らは、蒼い鬼火と共にやってくる。


 奴らの持つ走馬灯や影絵のランタンを見たものは、テウチにされて地獄に引き摺り込まれるというのだ。

 実際に幾人もが犠牲となっており、そして、知能指数が高いと嘯く輩が噂に拍車をかける。

 となると、ハイエーサーはタツジンを除いては引退するのだ。何せこの世の中、仏も言ったところの末法である。


あきつ丸「……あれは」

清霜「~♪」


 見れば懐かしい顔ぶれである。あきつ丸は常人の三倍の視力を持つので、宵闇の中でも索敵は容易い。

 るんたったと、紙袋を手に首を左右に振りながら歩く清霜。

 松葉杖がどことなく痛々しいが、それでも当人がそれを引け目に感じていないところが幸いだろう。

 これは丁度良かったと、声をかけるか走り寄ろうかと考えて。


あきつ丸(ん……?)


 あきつ丸は、彼女の後方から走り寄る黒いバンを発見した。

 エニグマ……ではなくエス○ィマ。エ○ティマといえば、ハイエースについで誘拐確率が高い車であった。(ネオヨコスカ鎮守府調べ)


清霜「うちゅーうせんかーん~♪」

134: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 03:22:15.41 ID:rBheiMDQo

 舌打ち一つ。鍔を弾いて抜刀。やはり右手にぶら下げて、走り寄ろうにも――その距離およそ二百。

 果たして間に合うか。

 流石の艦娘と言えども、海上ですら時速七十キロに届く船は稀。

 ましてや陸上となるとあきつ丸では難しいところだが……。


あきつ丸「――」


 躍り出た、影。

 白く棚引く帆。宵闇を裂く赤き燐光。そして何よりも――張り付いたような三日月。

 それが、清霜と――彼女目掛けて走り寄る車の直線に飛び出ていた。

 ヘッドライトの二つの輪の中心。影を二重にして、おもむろに降り立つ一つの躰。

 あれは、知っている。


夕立「――あはっ」


 笑みを一つ。

 迫りくる車にも動じずに、立ち尽くす。

 これに当惑したのは車の主だ。それも当然だろう。

 車椅子の、警戒心の足らない少女一人を攫おうとしたそのところに――まさかの人身事故願いの人身御供。

 極めつけは、ライトに照らされたその顔。

 半分が痛々しい火傷に覆われており、もう半分が歯茎を剥き出しにした鬼の形相。

 それでいて実に愉しそうに笑うものだから――。

 夜道とあっては、亡霊に遭遇したに等しい。


 結局車は、寸前までそのまま走り――そして。

 その人影が避けようとしないと見るに、ハンドルを右に切った。そこまでは良いだろう。

 それに驚愕したのはあきつ丸と運転手。彼女以外の全ての人間だ。


夕立「どこ行くの?」

夕立「――素敵なパーティしましょ?」


 角度を変えた四輪と、軌道をズラした車体。

 そこに、その先に目掛けて少女が――夕立が身を躍らせたのだから。

 余計な恐慌に、運転手の顔が強張り。


夕立「大した事、ないっぽい?」


 そして頼れる街の仲間たちに激突して、動きを止めた。


清霜「ひゃぇええええ!?」

153: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 22:23:37.46 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「……」


 どうするか――と逡巡。

 ハイエースの奴らは……いや、エスティマだが――――自業自得。因果応報だ。

 それよりは、もう一人を負うべきだろう。

 彼女が悪戯に一般市民(とは呼べない与太者であるが)を殺傷するのでは、あきつ丸としての立ち位置に関わる。

 清霜と話したいのはまた今度として、ここは


あきつ丸(追う――であります!)


 足に力を籠めて、塀へ向かって。

 踏切を意識する。そこに壁はなく、道が続いている意識。或いは断崖が(RJではなく)そびえているような感覚で。

 壁があると思うから体が詰まり、足は止まる方向の運動を行おうとする。

 壁を飛ぶのはつまりは、意識一つの問題。

 その壁を突き抜けるかのように三歩――右/左/右で踏み切って、そして壁を前に漸く上へと飛ぶ。そうすれば、足場にだって出来る。

 そのまま塀へと飛び乗ったあきつ丸には気付かず/あきつ丸も気付かず。


清霜「えーっと、違うよ! 違う違う」

清霜「助けなきゃ!」


 清霜は一人松葉杖のまま、電柱に衝突した車へと走り寄った。

154: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 22:58:13.07 ID:rBheiMDQo


 ――――大丈夫? 待ってて、今助けるからね?


 ――――いいから、ほら、掴まれる?


 ――――大丈夫。大丈夫、大丈夫。ほら、安心して!


 ――――あたしが助けるから、大丈夫よ。ね、安心して!


 ――――戦艦になるんだから、こんな位なんともないっ。うん!


 ――――え、どうしたの? どこか痛い? どこ? どこなの?


 ――――なんでって、うーん、えー……うーん。


 ――――ほらほら、それより逃げないと。逃げないとだーめ!


 ――――え? いや、うーん。


 ――――だって、目の前で困ってる人がいたら助けるでしょ? そうじゃないの?


 ――――それより、ほーら! 無事な人はそっち持って! そうそう……その人、外に出そ?


 ――――え、またその質問?


 ――――うーん。


 ――――誰かが死ぬところを見たくないからじゃ、駄目?

156: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 23:04:12.57 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「……ハァ。やっ、と……追い、ついた……で、あります」

夕立「追っ手? 敵?」

あきつ丸「見ての通り、艦娘であります!」

夕立「見ての……通り……?」


 艤装――なし。

 砲――なし。

 丈の長い黒コート。軍刀。制帽。


夕立「艦娘要素ないっぽい?」

あきつ丸「うぐ、確かに……」

夕立「あ、でもその匂い――分かるっぽい」

あきつ丸「に、匂いでありますか」

夕立「そう……戦場の匂い。人の死んだ臭い」


 すうっと細まる瞳に、あきつ丸は反射的に柄に手をかけようとした。

 これは――どっちだ。

 夕立のその目が、爛々と光る。

 半ば鬼火めいていて……そう、青の燐光を漂わせていた。


夕立「それで、どうしたんですか? あたしに何か?」

あきつ丸「さっきの、件であります」

夕立「さっきの――?」

あきつ丸「車」

夕立「ああ、あれ? なんか嫌な感じがしたから……やっちゃったっぽい?」

あきつ丸「……」

157: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 23:19:05.25 ID:rBheiMDQo

あきつ丸「殺すのを、愉しんでいるでありますか?」


 戦場帰りには――多いと聞く。

 狙われ続ける恐怖と、殺し続ける重圧に耐えかねて、己自身を鈍化させる。

 そんな者に感じられる唯一の生の実感は、矛盾であるが恐怖。そして生死の遣り取り。

 それ以外は全て現実感が薄い。戦闘にのみ、ただ一つの現を覚えるのだ。


夕立「んーん、そんな事はしないですよー?」

あきつ丸「なら……」


 何故、あのような危険行為を。


夕立「てーとくさんと、皆のしたことを嘘にしたくないから」

あきつ丸「……?」

夕立「皆が護ったのに、助けたのに……その価値がないとか悲しいっぽい」

あきつ丸「……」


 しかしその提督は……。

 当の本人こそが、何よりも代えがたい悪鬼であった。

 己の欲望を誰かにぶつけるというのは――あるだろう。己の手で何かを穢そうとする事はあるだろう。

 だが。

 己を神か何かのように、人を操り、その運命を歪めて楽しむというのは。

 それは余計に、冒涜的な所業である――筈だ。


あきつ丸「それは……」

夕立「てーとくさんの事は助けられなかったけど……あの前に、てーとくさんは駄目になっちゃってたけど」

夕立「それでもてーとくさんがそれまで人を助けたのは嘘じゃないから」

夕立「何があっても、嘘じゃないから」

夕立「だから――その事を嘘に変えないためにも、人を守るっぽい」

あきつ丸「……」


 夕立も、壊れてしまったのだろうか。壊れたまま、歪んだまま、それでもまた純粋なのだろうか。

 或いは。

 これこそを、狂っていると呼ぶのかもしれない。

187: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 23:51:01.46 ID:rBheiMDQo

 ――また、手の届かないところで終わってしまった。


 見ているだけで。

 何もできないで。

 そのまま。終ってしまった事を知らされて。


 闘えないで。

 何もできないで。


 ……これでは。

 これでは。

 意味がない。生きている理由がない。また守れなかった。

 姉が死んで。仲間が死んで。その果てに指揮官まで失って。

 果たして。

 果たして自分に生きている意味があるのだろうか。


 だから――理由が居る。

 生きている理由が必要だ。

 そう、決めたのだ。証明しないと――と。

 自分がこうして生き残った事には理由があるのだと。

 姉妹の中で、唯一最後まで生存していたあの戦いにも意味はあったのだと。

 生きていていいのだと。

 証明しなくてはならない。自分の有用性を。

 だから、働かないと。動かないと。動き続けないと。

 そうでないと――自分が自分である事に耐えられない。


 そう、艦娘の存在価値。

 それは――――深海棲艦を倒す事だ。

 好き勝手、人の命を弄ぶあの敵を――撃滅しなければならない。


 闘う事が有用性の証明であって。

 闘えない船に、居場所などないのだから。

188: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/11(土) 23:59:16.66 ID:rBheiMDQo

 誰が必要だと言ってくれても、他ならぬ自分自身が許せない。

 君が居るだけでいいなどという甘い言葉など必要ない。

 大切なんだから、死なないでくれなんてお題目は――要らない。


 ただ、使って。

 使って、使って、使い果てて。使い果たされて。

 そうして何もかもを燃やし尽くし、最後に何もないものが残ったときにだけ――。

 その時にだけ。

 自分は、何かあったのだと証明できる。

 虚無が残る事だけが、虚無でない事の証明となる。

 全てを使い尽くしたのだと自分自身に胸を張れる、証明となる。


 だから――。


 仰角を決定。砲身を稼働。同航戦。自分と並行して進む敵艦隊。

 これなら計算はいらないかと言われたら――否だ。

 敵と速度を同等とすれば、その分、船体の加速度の差による砲弾の着弾点の計算は不要となり、命中は容易になる。

 だが半面、それは敵にも言える。

 その戦いで必要になるのは仰角の計算。要するに、距離を如何に早く図るかにかかってくる。

 ――――命中弾を生み出す角度を割り出す事が、即ちは必殺であり戦闘の要訣。


 だが、速度が異なるなら。また別の話だ。

 速度の差の分、弾が流れる。

 左右への舵は、余剰な力を生む。その分、速度が削れる。

 それを互いに利用して、砲撃の可否を図るのだ。

 故に速力とは、選択肢を意味する。振れ幅が多岐に渡る分だけ、個々の戦闘の幅も増える。



 ああ――こうして戦っているときは。何もかも忘れられる。

 闘っているときだけは。

 生きていると、今を間違いなく生きているのだと思えるのだ――。

190: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 00:04:01.70 ID:7PYeP2R7o


 ――――教えてください。


 ――――榛名は、生きていてよいのでしょうか。


 ――――仲間を喪って、姉に先立たれて、提督を守れなくて……。


 ――――そんな船は、生きていてよいのでしょうか。


 ――――……ごめんなさい。出過ぎた事を言いました。


 ――――はい、榛名は大丈夫です! ちゃんと戦えます!


 ――――どうしたのですか?


 ――――えっ、と……。


 ――――ちゃんと戦えます! 戦いには支障はありません!


 ――――大丈夫です! 榛名は、大丈夫なんです!


 ――――大丈夫なのに……。大丈夫、って言ってるのに……。


 ――――休め、って。


 ――――……判りました。


 ――――榛名は、艦隊のお役には立てないんですね。


 ――――あ、そ、それでも! 榛名は榛名に出来る事をします! なんとか艦隊のお役に立ちます!


 ――――だから、榛名は大丈夫です!

192: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 00:18:28.34 ID:7PYeP2R7o

 明るく、ひたむきで、頑張り屋で――。

 そんな彼女が何故突然――というのが大方の話だ。

 こういう時、自分の服にはうんざりする。正装で、且つ黒服だ。葬式には丁度いいだろう。


あきつ丸「……こうしてると」

あきつ丸「自分が、死神にでもなった気分であります」


 ふう、と漏らす。

 向けられる視線も刺々しい。

 元々陸軍という事で好奇の目を向けられていたが……。

 憲兵となったら、また輪を掛けて酷い。

 死肉漁りのハイエナや野良犬でも見やるみたいな、侮蔑と拒絶の入り混じった眼差し。


鈴谷「……ぁ」

あきつ丸「ちーっす」

鈴谷「へ」

あきつ丸「……自分のキャラじゃない、でありますな」


 いつも笑顔を浮かべていた鈴谷にも、笑いはない。

 まあ、当然だろう。不謹慎すぎるというものだ。

 ……そう思うと、場違いだったのではという気もしてこなくもない。


 ただ……。

 あまり思い詰めて欲しくはない、というのがあきつ丸の意見である。

 死んだ人間はどうしても戻ってこないが、生きた人間はそれからの人生もあるのだ。

 肉塊と肉体には、大きな差がある。


鈴谷「なに、それ」

あきつ丸「……申し訳ない、であります」

鈴谷「……」

あきつ丸「……」

鈴谷「……ちょっと、出れる?」

あきつ丸「自分はいつでもデレデレであります」

鈴谷「は?」

あきつ丸「……も、申し訳ないであります」

鈴谷「……」

193: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 00:26:45.81 ID:7PYeP2R7o

鈴谷「どーなってんの」

あきつ丸「何が、でありますか?」

鈴谷「……」


 ボソボソと、呟くような声。

 言霊というものがある。或いは忌み数のようなものも。

 口に出すのも憚られる――という奴だ。


鈴谷「あの時の、仲間が……」

あきつ丸「……ああ」

鈴谷「折角、皆生き残ったのにさ……どうして、どうしてこんな」


 提督の仕掛けた爆弾――のようなものなのだろうか。

 或いは彼も。初めから。

 精神に付け入る隙があるものを集めたのかもしれないし……。

 そうでなければ、まだ揺れる余地がある心を持つものが多数いたからこそ、ああして毀す事にのめり込んだのかもしれない。

 ただ。

 それを鈴谷にいうのは憚られた。


鈴谷「生きてれば……いい事とか、あるのに……」

鈴谷「マジ、なんで……どうして……」


 時にはそれがいい事だけではないから――と。

 口にしそうになって、あきつ丸は止めた。知らなくていい事まで知る必要はない。

 わざわざそうして、死者に引きずられる必要はないのだ。


あきつ丸「……鈴谷殿には、いい事があったのでありますか?」

鈴谷「えっ」

あきつ丸「暗い話ばかりでは気が滅入る、であります。そういうからには……いい事とか、あるのではないでありますか?」

鈴谷「え、えっと、いや、えっと……その、一般論っていうか……えっと」

あきつ丸「……男」

鈴谷「っ!?」

あきつ丸「なるほど、男が出来た……でありますか」

195: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 00:36:27.55 ID:7PYeP2R7o

あきつ丸「なるほどなるほど、男でありますか」

鈴谷「違っ、あいつはそんなんじゃないし!」

あきつ丸「“あいつ”」

鈴谷「っ」

あきつ丸「なるほどなるほど、随分と親密でありますなぁ」

鈴谷「ちちちち、違うって! ちーがーうー!」

あきつ丸「大丈夫大丈夫、自分にはわかるであります」

鈴谷「何その生暖かい目……むーかーつーくー!」

あきつ丸「それ以上は言わなくても大丈夫であります」

鈴谷「うー」


 目を半眼に唸る鈴谷に、あきつ丸は肩を下ろした。

 鈴谷とて、あの提督に対して思うところはある――というか甘酸っぱい何かを抱えていた風であったが。

 別にそういう相手が見つかったということは、消化はできているのだろう。

 そういう意味では、悪くはない。……どんな相手かは知らないが。


あきつ丸「で、どういう人でありますか?」

鈴谷「ちょっと強引で、その――――って何言わせてんの!?」

あきつ丸「言ってるだけであります。勝手に。自分は知らないであります」

鈴谷「うー」

あきつ丸「……まあ」

鈴谷「?」

あきつ丸「そういう風に、幸せにしてるのは……きっといい事であります」

あきつ丸「提督も……死んだ仲間も……」

あきつ丸「遺された人間が笑っているのが、何よりの手向けになる……と、思うであります」

鈴谷「……そ、っか」


247: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:15:21.56 ID:7PYeP2R7o

あきつ丸「それで、状況でありますが……」


 ――――ふむ。


あきつ丸「……という感じであります」


 ――――なるほどな。


あきつ丸「やはりどうにも、あの泊地帰りには多い風に見受けられるであります」


 ――――諒解。調査ご苦労。


あきつ丸「それにしても……うーむ」


 ――――どうした?


あきつ丸「なぜ、今になってこんな?」


 ――――ああ。

 ――――その腰の軍刀は真打だが、まあ、別には鋳造品の量産品がある。俗にいう、三度切ったら切れなくなるような。

 ――――逸れに倣って諸君たちを“真打ち”と呼ぶなら、“贋艦”とか“数打ち”とでも呼ぶところか。

 ――――人間を艦娘にする技術が見つかった。作り上げた、というべきか。

 ――――今迄だって容れ物は人間だったのだから、不可能ではないだけの話だ。


あきつ丸「ほう。これで、戦力に関しては融通が利く……と」


 ――――応よ。

 ――――その過程で、なんだが……懸念事項が生まれてな。

 ――――実証の必要があると考え、……というより正確には懸念材料の消化を求められたというか。

 ――――ただ、どうにも杞憂だったらしい。


あきつ丸「それで……次は何を?」


 ――――おかげでこれからは忙しくなる。……が、その前に積み残しだ。

 ――――大和と大鳳を連れていけ。

 ――――万全を期すなら、その程度の戦力は必要だからな。


あきつ丸「――諒解、であります!」

248: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:22:43.23 ID:7PYeP2R7o

 ――痛みが、消えない。


 いつまでも、いつまでも。

 動かなくなった手に焼きつけたキルマーク。その焼印。

 びっしりと埋め尽くされた右腕が、熱くなる。

 熱い。

 熱い。

 喉が渇く。

 熱い。

 あの日から。あの、仲間を焼き払ってしまったあの日から。

 ずっと消えない。

 使い尽くした腕の持った熱が忘れてくれない。そこに心臓が出来たみたいに。


 熱い。

 熱い。

 熱い。


 どうして、死んでしまったんだろう。

 何故、加賀は死んでしまったんだろう。

 強くても生き残れないのは、なんでなんだろう。

 あいつは気に喰わなかったけど――――本当に本当に嫌味な奴で嫌いだったけど。


 ――――そう、ですね。あなた方もやるようになったみたね。

 ――――あの人も、喜んでくれるでしょう。

 ――――……何? 何ですか?

 ――――どうしたの? 私に、まだ何か?


 あのとき、少しだけ笑ったんだ。

 笑ったのに。

 笑ったけど、死んでしまった。


「あは、あはは」


 だから、笑ってみる。

 おかしくないけど、笑ってみる。

 ただ、ずっと笑ってみる。本当の笑い方なんて、忘れてしまったけど――。


「アハハ、アハハハハハハハハハ、アハハ」


 そうしてたら、いつか本当に笑えるんじゃないだろうか――。

249: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:31:58.69 ID:7PYeP2R7o

 ああ、いい雨だ。

 雨はいい。雨が降っているときは……あの人も寂しそうにしてて。いつもと違う感じで。

 そばにいると、あの人と一緒になれている気がする。

 ……あの人の心に降った雨は、止んだんだろうか。

 結局、その雨の正体にまでは気付けなかったけど。聞く事は出来なかったけど。

 止んでないと、いい。

 その雨に病み続けていると、もっといい。

 そうして濡れて濡れて、動けなくなっているその体を温められてあげられたらいい。


 だから、もっと雨を増やさないと。

 もっともっと、雨を降らさないと。

 この雨は暖かい雨だけど。降り続けていれば、いつかは冷たくなるだろう。

 そうしたらきっと、彼も喜んでくれる。

 会いにいける。

 もっと、雨を降らさないと。


「こんな……こんなのもう、やめてください……」


 どうして。

 だってこうしていると――きっと行ける。彼の元に行ける。

 そうしたら、また会える。

 きっと、隣に居てくれる。

 だからもっと、増やさないと。降らさないと。


「まるゆたちは……まるゆたちは、人を助けるために……」


 ああ、うるさいなあ。

 うるさいなあ。

 だけど、これで丁度いいかもしれない。

 その事に気付いたのは全くの偶然だったけど……ただの弾みだったけど。

 こうして。

 恨みを浴び続ければ。返り血を浴び続ければ。最後に絶望したまま死ねば。

 もっと、楽しいところにいけるんだ。彼の隣に。


250: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:41:27.61 ID:7PYeP2R7o

あきつ丸「ふーむ、そろそろ例の海域でありますな」

大和「……」

大鳳「……」


 同行する、二人の顔は暗い。

 それも仕方がないか――と、あきつ丸は思う。任務が任務だ。楽しい話ではない。

 あきつ丸とて面白いとは思ってはいないが、やる事をやるだけだ。

 どうせ自分たちは兵器なのだから、だったら人様のお役に立つのが本望というもの。

 生者が死者に犯される事があってはならないし、死者が生者を引き摺り込む事があってはならない。

 死ぬために死ぬ事と、死ぬために生きる事はどちらも無意味だ。

 死んだらそこでお終い。それ以上のお話はない。

 だから、それからもお話がある生者が死者の犠牲になるような事があってはならない。何よりも冒涜的だ。


大和「……本当に」

あきつ丸「ん?」

大和「この海域に、深海棲艦が……?」

あきつ丸「という話であります」

大鳳「……」

あきつ丸「これも任務、であります! 人を守る大切な任務であります!」


 一人拳を握るあきつ丸に対しても、残る二人の顔色は優れない。

 まあ、無理にとは言わないが……事の重大さを理解して欲しいと、あきつ丸は溜め息を漏らした。


あきつ丸「恐らくは……軽く見積もっても、あの時死んだ艦娘と同等の深海棲艦が居る筈であります」

あきつ丸「それが……」

あきつ丸「それが、提督殿を殺した――と言ったら?」

大和「……ッ」

大鳳「……!」

あきつ丸「……という訳で、この戦いが終わらないと、あの泊地の戦いは終わってない事になるであります」

251: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:53:24.70 ID:7PYeP2R7o

 単純に、実に単純な話だ。

 死ぬときに恨みや嘆きを持って死ねば――それは人を害する深海棲艦となり。

 死ぬときに祈りや願いを持って死ねば――それは人を守る艦娘になる。

 船の魂が分かれたのか。乗員の魂が乗り移るのか。

 そればっかりは判らない事だが、とにかく、そうなるものと決まっているらしい。それが分かった。

 なら、人を守る艦娘が死んだら――何になるのだろうか。


 今迄は、判らなかった。

 何故なら最後の瞬間にも、誰かを思いやったり、平和を希って死ぬ船ばかりだったから。

 だけど。

 だけど今回ばかりは違った。

 それというのもあの提督が、最期の最期に未練だとか絶望だとか――。

 そんなものを与えて、殺してくれたからだ。

 軍としては、ある意味、有効な結論だったのかもしれない。

 だからこそ――。

 だからこそ、異様な数の艦娘が沈んでも、決定的には問題視がされなかった。

 その後の、量産体制が取られるから――つまり替えが利くから――丁度どうなるかと、実験を行ったのであろう。

 そして結果が。

 まあ、お察しという奴だ。


 おそらくあきつ丸が直接報告などしなければ、或いはもっと闇の内に葬られていたのかも知れないし、実験も継続したのかもしれないが。

 どうしても公式に出してしまった以上は、提督の処分も必要となったのだ。

 その結果の最期の最期で、軍が出した理論が証明されてしまったのは――彼の身を以って証明されてしまったのが――皮肉という他ないだろう。


あきつ丸(それにしても……)

あきつ丸(全部が全部、絶望して死んだ船とは限らない……)

あきつ丸(いくらかは、提督が殺そうと思って殺した訳でない船も居るとは思うでありますが……)

あきつ丸(……)

あきつ丸(……或いは、艦娘から深海棲艦に為ったものから)

あきつ丸(最後の瞬間に何かを吹き込まれたりするかもしれないであります)


 そこらへんは、要検証だろうかと頷いた。

 ただまあ。

 これからはそんな風に、今迄なら平和を願ってそこで終了――という船も深海棲艦になるかもしれない。

 そんなリスクも生まれたのである。

252: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 01:58:12.78 ID:7PYeP2R7o

 実際のところあきつ丸が介錯した船が深海棲艦にはならなかった。

 ということは。

 ただ死ぬ事や、ただ絶望する事が条件ではない――と思われた。

 まあ、なるべくは満足した状態などで殺す事を心掛けたが。

 自殺者などはその限りではない。あきつ丸の手の及ばない事である。

 それでも染まっていないという事は――――条件が海なのかも知れない。


あきつ丸「……っと、どうにも来たみたいであります」

大和「……全主砲、回頭」

大鳳「……全機発艦用意」


 まあ、何にしても――とりあえずは。

 目の前の敵を倒せばいい。それだけは確かな事だ。

253: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 02:09:27.14 ID:7PYeP2R7o


 ――彼女の記憶にあるのは、目の前で仲間が嬲られるその様だ。


 囮として取られた人質に、それでも助けようとして。

 随伴した駆逐艦が、虜囚の憂き目に遭った。

 女性としての尊厳を奪われて。

 人間としての誇りを踏みにじられて。

 ただの道具みたいに玩具にされた。

 憎き敵と、自分の戦闘の装備と、護るべき人々に穢されて。

 それでも口を結んで歯を食い縛って、汚辱に耐えるその姿だ。

 その果てに――。

 挙句、虫けらにより身を堕とされ、心を砕かれるなど――――。


大鳳「第一次攻撃隊……向かって」


 許せる筈がない。

 あれを繰り返してはならない。

 ともすればあの深海棲艦は、あきつ丸の言うような“変種”だったのかも知れない。

 だから、それを生んではならない。


大鳳「七面鳥などとは、呼ばせないわ……!」


 七面鳥という言葉に、ピクリと深海棲艦が動いた。

 やはり、この船は――。

 この深海棲艦はきっと――。


大鳳「……」


 努めて、目を瞑る。

 彼女とは空母機動部隊として、一緒だった。

 それを――変わり果ててしまったとしても、それを、己が殺さなければならない。

 歯を食い縛らなければ……食い縛っても耐えられない鬼畜の所業だ。

 隣の大和の砲撃で、飛行収容区画が吹き飛んだ。艦載機を失った深海棲艦。正しく七面鳥。


254: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 02:17:27.80 ID:7PYeP2R7o


 ――――思い出すのは在りし日の事だ。



「え、大鳳じゃない! 久しぶり! っていうか、こっちでもまた会えるなんて!」


「翔鶴姉にももう一度会えるし……よかったなぁ。うんうん、よかったよかった」


「今度は、赤城さんたちも居るみたい。あーあ、これで栄えある第一機動部隊もお役御免なのかなー」


「なーんて、冗談よ冗談! もう、あの時みたいな事にはならなければそれでいいの。ね?」


「うん、今度は頑張ろう! 艦載機だって、たくさんあるし! ね!」


「まー、にしても……加賀の奴ムカツクぅ~! 人間の体を持ったら持ったで、なんか余計にムカつく!」


「『貴女たちの練度はそれまでなの?』とか『随分と空母というのも敷居が下がったものね』とかさぁ!」


「それに何より……」


「『あら、でもちゃんと空母らしく振舞おうとしているのね。その飛行甲板とか。身を以って示すなんて』とか! あの一航戦!」


「だーれが甲板胸よ! これでもちょっとはあるし、きっと女は中身で勝負なんだから! ちゃんとブラだって必要な程度はあるの!」


「……」


「……あっ」


「……ごめん」


「……その、ごめん」

257: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 02:22:02.13 ID:7PYeP2R7o

 甲板は兎も角として。

 甲板は置いておくとして。

 甲板はどうでもいいとして。

 甲板休題……ではなく、閑話休題だとして。


大鳳(……あの時、一緒に仲間を守ろうと誓ったけど)

大鳳(貴方を……守れなかったのね)

大鳳(……)

大鳳(その分、進むわ。……今度こそは、今度こそ)

大鳳(……ごめんなさい)

大鳳(艦載機を全て奪ってから、殺すなんて)

大鳳(何度も何度も、殺すなんて……こんな……)

大鳳(……)

大鳳(だから……他でもなく、この大鳳が……)


 戦友だったからこそ。

 友人だったからこそ。

 その最期を――――決めなくてはならない。


 これ以上、彼女が人を傷つけない為にも。

 これ以上、誰かが傷付くところを見ない為にも。

 これ以上、彼女自身の祈りを踏みにじらせないためにも。


 ここで――撃つのだ。

259: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 02:30:36.85 ID:7PYeP2R7o


 彼は――――大和の有用性を示してくれた男だ。


 大和を重宝がって、前線に赴かせない訳でも。

 飾り物のように、仕舞い込んでしまう訳でも。

 厄介者のように、冷淡に見る訳でもなく。

 大和を――――戦艦大和を、戦艦として使ってくれた。戦艦として生かしてくれた。


 だから慕った。だから敬った。だから憧れた。

 一切の容赦のない激戦区に、他の艦娘と同じように――差別などせず。

 投入して、大和を使い切ってくれたのは彼だけだ。

 そんな彼が死んだときは……ただ只管に悲しんだ。己の半身をもぎ取られたような感覚だった。

 そして。

 きっとまた、あの生活に戻るのだと思っていた。


 だが――


大和(聞こえますか、司令)

大和(これが、大和の機関の音です)

大和(これが、大和の主砲です)

大和(これが、大和の戦いです)


 こうして、また闘う機会に恵まれるとは。

 しかもそれが彼の仇討ともなれば――――最早、最上という他あるまい。

 自然と眉が吊り上がり、頬が歪む。

 この憎き相手を。

 彼を殺したものと同等の存在に成り果てたものを。

 かつて抱いた想いを否定するものを――己自身の存在意義を手放させられてしまったものを。


 存分に、屠れる。

 それができるのも、この主砲。

 この体が、最強の戦艦だから。他ならない、戦艦大和だから。

 だから――戦える。


大和(聞こえますか、司令)

大和(大和はここにいます)

大和(大和はここで戦っています)

大和(大和は司令の分も、こうして敵を倒しています)

大和(大和は――司令が憎んでいたあの深海棲艦を、倒しています!)


 ああ――。

 戦艦大和として生まれて、よかった。

260: 1 ◆8awvOzhCwi6S 2015/04/12(日) 02:36:56.17 ID:7PYeP2R7o




 きっとこれからも、戦いは続くだろう。


 平和なんてものは、訪れない。


 誰かが齎した悪意は伝染する。


 初めに彼の母親が彼に与えた傷は、多くの存在を傷付けた。


 そうして生み出された禍も、また多くを蝕んでいく。


 或いは彼の母親も、別の誰かから人生を歪められたのかもしれない。


 悪意とは、病のようなものだ。


 どこからか発生し、どこかで増えて、どこまでも広がっていく。留まるところを知らない。


 ならばせめて。


 そんな破綻を楽しむのが、救いなのかもしれない。




引用元: 【艦これ】提督「安価で艦娘を壊す……?」EX