3: 翼厨 2011/04/18(月) 19:11:53.53 ID:NHKglsXT0
 『こんなとこで苦しんでないで、とっとと帰んなさい』

 少女は、その一言を伝え、そしてーー

 

5: 翼厨 2011/04/18(月) 19:18:40.31 ID:NHKglsXT0
 「う……?ここ、は……?」

 白。
 目を開けた少年がまず感じたのは、その色。

 「……夢、だったのか?」

 少年ーー介旅初矢は、目を覚ます直前に自分の脳に届いた声を、そう表現した。
 すると、その呟きにピンポイントで合わせたかのように、

 「やぁ、調子はどうだい?」

 と。カエルに似た顔の医者が、扉を開けて介旅の病室に入ってきた。

 

6: 翼厨 2011/04/18(月) 19:24:36.89 ID:NHKglsXT0
 「医者……だとするとここは、病院?」

 未だに目が覚めきっていないのか、ボンヤリとした思考で介旅は呟く。
 だが。

 「あぁ、そうだよ。病院だ。残念なことに、退院しても家には帰れないんだが、ね?」

 「ーーーーッ!」

カエル顔の医者の放ったその一言で、介旅の思考は強制的に現実に引き戻される。

7: 翼厨 2011/04/18(月) 19:40:57.29 ID:NHKglsXT0
 (そうだ……僕はなんてことを……!)

 介旅の記憶の底から、自らの行いが鮮明に浮かび上がる。

 「全く……連続虚空爆破事件、だったかな?君も派手なことをしでかしたね?」

 カエル顔の口に出した虚空爆破(グラビトン)事件というのは、アルミを基点に重力子の速度を増加させて周囲にまき散らす能力、量子変速(シンクロトン)によって引き起こされた爆破事件である。
 多くの施設を混乱に陥れ、九人もの風紀委員を負傷させた大事件。その犯人こそ、他でもない介旅なのだ。

 (僕を助けられなかった風紀委員への逆恨み、か。バカな事を考えたもんだ)

 介旅は、含みを持たせて笑った。
 とある少女に説教とキツイ一発をもらい、今では介旅も、自分のしたことが間違っていたと認められる。
 だが、しかし。
 反省しているからといって、過去の過ちが許されるわけではない。
 

8: 翼厨 2011/04/18(月) 19:48:29.60 ID:NHKglsXT0
 人間は死ななければ、いくらでもやり直せる。
 しかし。 
 それとこれとは、話が別だ。
 罪とは罰によって征されるものであり、悔い改めればハイおしまい、とはいかないのだ。

 (いいさ。どんな罰でも、甘んじて受けてやる)

 そして介旅自身も、それは仕方のないことだと考えていた。
 だから、 

 「事情聴取に、負傷した人たちへの懺悔廻り。一日や二日では帰れないね?」

 というカエル顔の言葉に、

 「……へ?」

 という、間抜けな声を出してしまったのも、仕方のないことだろう。

9: 翼厨 2011/04/18(月) 20:04:07.97 ID:NHKglsXT0
 「え?……え!?何で……僕はあんなことをしでかしたのに……」

 「『今回の事件の加害者は、深く反省し、被害者に誠心誠意、謝罪の意を述べること。尚、加害者への罰則は第二学期の停学処分とする』」

 介旅の言葉を遮るように、カエル顔はゆっくりと言った。

 「幻想御手(レベルアッパー)、だったかな?あの事件の後、緊急の理事会議が開かれてね?親船最中くんの提案の元に、満場一致で決まったんだよ?」
 
 まがりなりにも12人しかいない統括理事会の一人に『くん』をつけられるのは、暗にこの医者の地位を表しているのか。
 ともあれ、介旅の方はしばし呆然とした顔でうつむき、

 「……ハァァァッ!?」

 ここが病院であることも気にかけず、懇親の叫び声を、あげた。

19: 翼厨 2011/04/23(土) 07:03:45.79 ID:x3Wict1F0
 「え、それだけ!?ってか統括理事会!?幻想御手!?停学!?何がどう……」

 驚きが進みすぎて、最早一周回って落ち着いてしまうのではないかと思うほどパニックになる介旅。
 取り合えず、他の患者の迷惑でもある。
 そんな状況になった介旅を救い出すために、カエル顔は説き伏せるように、丁寧に語った。

20: 翼厨 2011/04/23(土) 07:14:03.52 ID:x3Wict1F0
 ーー幻想御手によって、多くの人間が昏睡状態に陥ったこと。

 ーーその犯人は木山春生という研究者で、彼女が共感覚性を刺激する音楽ソフト『レベルアッパー』により脳波を繋げ、一万人もの脳で構築された電子的ネットワークによる巨大な演算装置を作ろうとしていたこと。

ーーそのような『大人の事情』に子供が巻き込まれたことを考慮し、幻想御手の使用者の能力によって行われた死亡者を出していない犯罪については長期停学と補習、厳重な反省の確認によって埋め合わせを課す、と統括理事会(親船最中含む平和派の数人以外は流れに身を任せていたが)にて決定されたこと。

21: 翼厨 2011/04/23(土) 07:25:47.69 ID:x3Wict1F0
 そして、今日が介旅が昏睡に陥ってから数日が経過した七月二十五日であること、他の昏睡患者の大半は昨日の時点で退院していること、などだ。
 
 昏睡直前の記憶は曖昧で、自分が警備員による取り調べの最中に倒れたと聞いたときには驚いたが、それ以外のほとんどに関してはそもそも話のスケールが大きすぎて、介旅の思考では理解が追いつかない。
 
 カエル顔はそんな釈然としない介旅をよそに、

 「……ん?そろそろ時間だね?」

 と、スライド式のドアの方に視線を投げる。

 「……?」

 つられて、介旅もそちらに目を向ける。
 すると、数秒の間の後、

 「失礼するじゃん」

 がらりとドアを開け、一人の女が病室に入ってきた。

22: 翼厨 2011/04/23(土) 07:44:13.83 ID:x3Wict1F0
 女、と表現したが、それはあくまでも声から判断したに過ぎない。
 眼鏡をかけていない介旅には、その人物は緑色の何かーー恐らくは着ている服、ジャージの色だろうーーにしか見えていないのだ。

 「……誰?」

 介旅は、その怪人緑ジャージ(仮)を見て、呟く。

 「あぁ、自己紹介が遅れたな。お前の事情聴取その他もろもろ含めて担当する、警備員の黄泉川愛穂じゃん」

 警備員、と聞き、介旅は驚いてカエル顔の方を見る。

 (警備員を呼ぶなら、最低十分ぐらいは必要なはず。僕との会話中にそんな素振りは見せなかった……ってことはコイツ、僕の目覚める時間を正確に予測してたのか?)

 介旅が目を丸くしていると、カエル顔は軽く片目を瞑った。

 (ボクは医者だからね。患者の容態くらいは正確に把握しているよ?)

 介旅としてはもう少し詳しく話を聞きたかったのだが、その前に黄泉川と名乗った警備員が、

 「ほら、早く着替えて。署まで行くじゃんよ」

 と、介旅に促した。

24:   2011/04/23(土) 08:06:10.31 ID:x3Wict1F0
 (もう少しゆっくりしたかったけど……そんな虫のいい話はないか)

 黄泉川に言われるまま、介旅は手術衣を脱ぎ、サイドテーブルに乗っていた眼鏡と着替えを取る。
 ……一応言っておくが、黄泉川は介旅の要請により病室の外に出ている。断じて、黄泉川の前で着替えるなどという羞恥xxxではない。
 
 「OK、着替え終わったぞ」

 介旅は、ドアの方に声をかける。すると、

 「ったく、わざわざ私を外に出さなくてもいいじゃんよ」

 ぶつくさと文句を言いながら、黄泉川が病室に入ってきた。
 イヤあんたの問題じゃなくて僕が恥ずかしいんだけどね!?という心の声を、介旅はなんとか喉元で抑える。それを言うと、ますますややこしくなりそうだからだ。

 「おっと、もうこんな時間じゃん?ホラ急いで急いで」

 腕時計を見て、黄泉川が焦ったように言うが、そう言われても、今ベッドから立ち上がったばかりの介旅は、若干足元がおぼつかない。

 「あの、一応僕は病み上がりなんだが」

 と、介旅がいささかげんなりとした感じにいうと、

 「じゃあ引きずってくしかないか」

 「へ?」

25: 翼厨 2011/04/23(土) 08:27:09.62 ID:x3Wict1F0
 今、この巨 緑ジャージじゃんじゃん女は何と言った?引きずる?そんなバカな、と介旅が思ったところで、

 「ヤバい!これ以上遅れると説教食らっちまう!というわけで行くじゃん愉快なバカ小僧!」

 黄泉川が意味不明な奇声を発した。
 誰が愉快なバカ小僧だ、と介旅は言い返そうとし、
 その途端、ガシィッ!と、万力のような握力で手首を掴まれた。

 「……ハイ!?」

 見れば、介旅の手首を掴んだ黄泉川はもう片方の手を床につけ、足を前後に開き、姿勢を低くしていた。
 一言で言おう。それはまさに、
 
 「クラウチングスタート!?」

 そう、それはまさに、陸上選手も顔負けの完成されたクラウチングスタートのフォーム。
 つまり、
 
 「な、なぁ、引きずるとか冗談だよな?」

 「……」

 黄泉川は、何も言わない。
 無視されている訳ではない。黄泉川が何も言わないのは、ただ、彼女が目を閉じて精神を統一しているからに過ぎない。
 介旅の顔から、サアッと血の気が引く。

 「3……2……」

 黄泉川の口から漏れるのは、カウントダウン。
 それは、発射前のジェットコースターに乗っているときのような緊張感を覚えさせた。

26: 翼厨 2011/04/23(土) 08:50:16.45 ID:x3Wict1F0
 実質、それは間違っていなかっただろう。
 黄泉川の唇が、さらに動く。

 「……1……」

 黄泉川の目が開かれ、そしてついにその時がやってくる。

 「……0、Go!」

 黄泉川の足が床を蹴り、ヒュゥ、と介旅の喉がおかしな音をたてる。あまりに強烈なGに、空気を吸い込むことが出来なくなったのだ。
 黄泉川の足が地を駆け、階段を一跳びで越え、数秒の内に外に飛び出す。
 その光景に誰もが息を呑み、唖然とし、挙げ句の果てにはソニックブームに薙払われる。
 その場に戦闘に詳しい者がいたなら、あるいはその衝撃波の正体が分かったかも知れない。
 そう、人はそれをこう呼ぶ。
 音すら置き去りにして足を運び、見る者の目に緑の残像を焼き付け、単なる移動手段であるにも関わらず衝撃波だけで全てを薙払う、彼女だけの必殺技。
 すなわち。

 「ーー『黄泉川ファントム』ッ!」

35: 翼厨 2011/04/27(水) 22:22:48.16 ID:2pG4mFn40
 「ーーーーっし、取りあえず今日の分はこれで終わりじゃん」

 「まだあるのかよ……」


 病院から半(?)強制的に警備員の詰め所まで連れてこられた介旅を待ち受けていたのは、
書類、書類、また書類。
 軽くノイローゼになれるんじゃないかと思うほどの、圧倒的大質量の書類の山だった。


 「反省文、ねえ……まぁ、少年院に行くよりはずっとマシだけどさ」


 被害者への、誠意溢れる謝罪文。
書類に要求されていたのは、簡単に言えばそんな内容だった。

36: 翼厨 2011/04/27(水) 22:34:29.34 ID:2pG4mFn40
 とはいえ、元々文章はパソコンで打つ派の介旅には、アナログな「直書き」という方法が、人一倍堪えた。
 そんな中で何十枚も書き上げたのだから、介旅の努力は評価に値すると言えよう。


 「じゃ、僕はコレで帰ることにするよ」


 心身共に疲れきった介旅は、ため息をつきながら言った。
 今日の連行のされかたといい、さっきから監視してるのか妨害してるのか分からないレベルに口を挟んできたり、色々と文句を言ってやりたいのだが、今の介旅にはそんな体力は残っていない。
 久しぶりにネトゲ友達の家に行こう、やっぱたまにはネットだけじゃなくてリアルの方でも熱いハック議論を繰り広げてみようかいいなそれうはははははー!と、軽くトリップしかけた介旅だったが、


 「何言ってるじゃん?反省文その他もろもろ、終わらせるまでは帰れないじゃんよ?」


 との黄泉川の言葉に、一瞬で現実に引き戻された。

37: 再開。 2011/04/27(水) 23:01:15.80 ID:2pG4mFn40
 「……は?」


 開口一番、介旅の口から漏れ出たのは間抜けな声。
 は行ア段、HA、破 の音。
 一方、黄泉川の方も訳が分からないといった調子の顔をしている。まるで、知っているはずの事をなぜ知らないのか、と問いかけるような。


 「えっと……」


 黄泉川はとても不思議そうに、


 「カエル先生から聞いてなかったじゃんか?」


 その言葉に、ぽかんと口を開けて固まっていた介旅は、何か引っかかるような感触を覚える。


 (カエル……?)


 その単語が指すのは、恐らくあの医者のことだろう。
 数秒考え込み、そして介旅は一つの言葉に思い当たった。

38: 翼厨 2011/04/27(水) 23:10:14.48 ID:2pG4mFn40
 『残念なことに、退院しても家には帰れないんだが、ね?』


 自分が起きて間もない頃、あの医者は確かにそう言っていた。
 聞いたときは少年院にぶちこまれるものだとばかり思っていて、さして気にしていなかったその言葉。
 だが、介旅は思い当たってしまった。
 その『帰れない』という言葉の意味が、
 『少年院に収容されて帰れない』
 ということではなかったとしたら。
 まさか。
 これがもしマンガだったなら、介旅の顔には大量の縦線が入っているはずだ。
冷や汗を垂らしながら、介旅は黄泉川の次の言葉、言い換えるならば死刑宣告を待つ。


 「全部済むまで、監視付きでココに泊まってくじゃんよ」

 「……orz」
 

 黄泉川の言葉に、介旅は膝から崩れ落ちた。

39: 番外編 2011/04/27(水) 23:12:24.24 ID:2pG4mFn40
行間?

          
『とある上条サイドの爆発しろ』

40: 番外編 2011/04/27(水) 23:27:14.49 ID:2pG4mFn40
ーーとある安アパートーー

 「シスターちゃぁん!?それは上条ちゃんに食べさせてあげるお粥なのですよー!?」


 ここは、とあるオンボロ(死後)アパートのとある一室。
 家主、月詠小萌の叫び声が、部屋中に響きわたった。
 それもこれも、全ては彼女の可愛い(本人談)教え子、上条当麻が原因である。
 かいつまんで言うと、気絶した上条にやるはずのお粥を、同上条が拾ってきた欲望全開の暴食シスターが持っていってしまったことによる。
 このシスター、そこらの力士と大食い勝負をやっても圧勝できるであろう超神秘的胃袋を持っているので、あんなお粥じゃ一分と持たずに食べられちゃいますー!?、と心配というか恐怖の領域に達した小萌の心の叫びが一部出てしまったのが先ほどの叫び声にあたるのだが、当のシスター、インデックスは


 「違うんだよ!私が食べるんじゃなくて、とうまに食べさせてあげたいだけかも!」


 と、かなり平和な意見を出していた。

41: 番外編 2011/04/27(水) 23:36:09.34 ID:2pG4mFn40
 「そ、そうですか。それなら……」


 そういう自主性を出されてしまうと、教育熱心な小萌先生としては口を出せなくなってしまう。
 まぁ、上条ちゃんに食べさせてあげるだけみたいですし、別におーけーなのですよー、と若干不満げに小萌は言う。
 ちなみに、その傍らで。


 「はい、とーま、あーん」


 真っ白なシスターさんが、怪我人にお粥を食べさせてあげるという超平和的シーンが広がっていた。
 ただし。
 シスターさんの箸がグー握りで、なおかつ適当にガーッ!と口の中に突っ込んだせいで口からお粥が溢れているのも、果たして平和と言えるだろうか。

42: 番外編 2011/04/27(水) 23:46:43.02 ID:2pG4mFn40
 「上条ちゃんの顔のいたるところがお粥パラダイスにッ!?いや、というか鼻が塞がってますー!?呼吸が止まってしまいますよー!?」


 小萌の叫びに、インデックスは過敏に反応する。


 「呼吸が止まる!?大変かも!今すぐ人工呼吸をするんだよ!」
 「なぜそこまで話が飛ぶのですかー!?」


 人の話を全く聞いていない暴食シスター。しかも、よく耳を澄ますと、


 「禁書目録十万三千冊の中から該当図書検索……発見。命名、『蘇生の息吹(ナチュラルキッス)』発動準備完了。即実行します」


 すっ、と、十万三千冊に導かれ、インデックスの顔が上条に近づいていく。


 「シスターちゃん、それ以上はまずいというかその口と鼻のお粥をとってあげれば済む話なので頼むから聞いてくださ、あぁぁぁぁぁ!?」


※ご想像にお任せします

43: 番外編 2011/04/27(水) 23:51:10.88 ID:2pG4mFn40
 「離せ神崎!僕は今からアイツを焼き殺しに行くんだぁぁぁぁぁ!」

 「落ち着いてくださいステイル!私が見ていない間に何を見たのですか!?」


 その頃、とあるビルの屋上では双眼鏡を握りつぶす不良神父とそれを羽交い締めにする露出狂女が目撃されたとかされてないとか。

52: 翼厨 2011/05/02(月) 23:36:23.37 ID:ws+iucqd0



ーー介旅がソファに寝転がっていると、隣の部屋から水音が聞こえた。

53: 翼厨 2011/05/02(月) 23:51:38.75 ID:ws+iucqd0
 ……いや別に、卑 な意味ではない。
 単純に、【☆警備員休憩室じゃん★】と書かれた札の下がっている部屋から、水の流れる音がするだけの話だ。
 グチョ、とかピチャ、とかいう感じではない。そんなもの書けないし。


 (黄泉川、かな?)


 結局あの後、「もう決まっちまったことはどうしようもないやもーいーやどーにでもなれよ」と、ネトゲ廃人とかにありがちな思考回路でソファに転がり、寝てしまった介旅。  
 寝る前はまだ空は夕焼け、明るさもそれなりだったのだが、
チラリと外を見ると、とっくに日は落ち、明かりのついている建物すらまばらになっていた。


 (シャワーでも浴びてんのか?)


 この時間にここに残っているのは、恐らく彼女も言っていた『監視』のためだろう。
 本人はやる必要もないと考えていたような雰囲気だったが、規則なので仕方無く、といったところだろうか。

 というか、警備員の詰め所に勝手にバスルームを増築する(本当のところは知らないが、明らかに増築されている。その周りだけ壁と床が新しい)
ような女が馬鹿正直に規則を守るとも思えないのだが。

54: 翼厨 2011/05/03(火) 00:06:07.12 ID:0vvqGwr/0
 (……あ、そういえば一週間近く風呂に入ってないことになるのか)

 
 入院中は看護士やら何かが体を拭いてくれていたのかも知れないが、それはなんとなく風呂に入るのとは違う気がする。


 (黄泉川が上がったら、僕も入らせてもらうかな)


 と、介旅はのんびりと考えていたのだが、


 「てっそぉ~、もーちょっと入ってたいじゃんよぉ」

 「そ、そんなこと言われましても、もう十分長く入ったじゃないですか……」


 ドアの方から、二人分の声。
 一人は分かる。恐らく、というか確実に酔っている黄泉川の声だ。


 「おい黄泉川、他に誰かいるのか?」


 介旅は迷っていても仕方がないと判断し、黄泉川に声をかけた。


 「お?かいたびー?私の後輩に何か用じゃーん?」

 「あ、ホラ黄泉川先生、あの子も入りたいんじゃないですか?早く出てあげましょうよ」

 「あ、別にそこまで気を……」

 
 使わなくてもいいけど、と言おうとしたところで、介旅はふと思い当たる。

55: 翼厨 2011/05/03(火) 00:19:11.95 ID:0vvqGwr/0
 (酔っぱらった黄泉川は、相当タチが悪いだろう。声を聞いた感じでも分かるし)
 (で、そんなのと一緒に入ってるこの後輩さん(仮)は、無理矢理付き合わされてるのか)
 (なら……)

 
 とても寝起きとは思えないスピードで、介旅の思考が回転していき、やがて一つの答えを導き出した。
 

 「あぁ、早く出てくれるとありがたいな。僕も早く入りたいし」
 「……!」


 介旅が口にしたのは、一見自分勝手ともとれる発言だが、その実、酔っぱらいの魔王から後輩さんを救う、一筋の光明。
 後輩さんのものと思しき、安堵の色を含んだ息に、介旅は己の人生ベスト5に入るであろうファインプレイを実感する。

 だが、しかし。
 彼の計画に穴(別に卑 な(ry)があったとすれば、それはすなわち。

        ・・・
 「はいはーい、今すぐ出るじゃんよー」


 ーー黄泉川の酒癖の悪さを、見くびっていたことだろうか。

56: 翼厨 2011/05/03(火) 00:27:46.86 ID:0vvqGwr/0
 
 「………………は?」


 あまりの爆弾発言に、介旅の思考が完璧にフリーズする。


 「え?ちょ、よ、黄泉川先生!?」

 「はいはーい、生徒のためならどこへでも、黄泉川愛穂先生じゃーん」


 そして、介旅が危機を察知し、具体的な行動に移すよりも早く。
 ドバーン!と勢いよくドアが開き。
 それによってドアの近くにいた介旅が派手に転び。
 そして、


 「ホラホラ出たよー、介旅早く入るじゃん」


 介旅の目の前に、なんか、その、言葉で表現してはならない感じの姿の爆 女教師が。

57: 翼厨 2011/05/03(火) 00:38:18.42 ID:0vvqGwr/0
 
 「ーーーーーー!?」


 幸か不幸か、湯気のおかげでギリッギリの、そのまた限界ぐらいのところまでは辛うじて隠れているのだが、仮にも健全な男子高校生である介旅にとっては刺激的すぎる。

 だが。
 介旅の不幸(幸せ)は、まだ止まらない。
 「おぅっ?」という間抜けな声を出し、
 黄泉川が、バランスを失ったのだろう、勢いよく倒れて、
 「あ、危なーー!?」
 と、黄泉川を支えようとした後輩さんの体がつられて倒れて。

 
 どんがらがっしゃーん☆


 と、漫画的な効果音をたてながら、一糸纏わぬ女教師×2が、同時に介旅の上に倒れ込んできた。


59: 翼厨 2011/05/03(火) 00:55:36.63 ID:0vvqGwr/0

 「へぶッ!?」


 予想外の重量に、介旅の口からカエルが潰れたような声がもれる。


 (こ、呼吸がーー!?)


 割と本気で生命の危機を感じた介旅は、自分の口を塞いでいる何かをどけようとして、 


 ーーむにゅっ


 直後、彼の掌に、何やら柔らかい感触。

 おや。こんなところに特大の肉まんが。


 「ーーーーッ!」


 ズババババッ、と音速で首を横に向ける介旅。
 
 口の中、というか鼻の奥から鉄臭い味がするのは気のせいではないだろう。

 危ない、もう少しでトブところだった、と一安心し、
 そこで介旅は見た。


 黄泉川を何とか立ち上がらせようとする後輩さんを。
 
 一、両手は黄泉川を起こすために使われている。
 二、風呂場から出たために湯気バリアはオフ。


 さて問題。
 介旅君は、一体何を見たでしょうか?

 今日の介旅君予報。
 今日の介旅君は、紅い衝動のちダウンするでしょう。
 
 こうして、いろいろカオスなまま、詰め所生活の夜は更けていく。

60: 翼厨 2011/05/03(火) 01:12:16.43 ID:0vvqGwr/0
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー

 深夜。
 学園都市、第十学区の路地裏に、小さな足音が木霊する。


 「はぁっ、ハッ、ヒッ、ヒュウッ、ハッ、フッ」


 耳を澄ませば、吐息も聞こえてくる。
 吐息と足音の主は、小柄な少女。
 汗を垂らしながらも、それを全く不潔に思わせない整った顔立ち。
 街灯の照り返しを受けて輝く、ツインテールの美しい金髪。
 小柄な体にぴったりとフィットしている、赤いランドセル。
 どれをとっても、学園都市で最も治安の悪い学区、更にその中でも特に寂れた路地裏には、その小学校高学年程度の少女は驚くほどに不釣り合いだった。


 「ゼッ、ガッ、ヒュゥッ、ヒッ、グッ」


 時折背後を確認しながらも、少女は全速力で細い路地裏を駆け抜けていく。

 少女がその足を止めたのは、幾多もの路地を抜け、隣の第七学区にたどり着いた時だった。

61: 翼厨 2011/05/03(火) 01:31:32.61 ID:0vvqGwr/0

 「フウッ、ハッ、ま、撒けた、かな」


 路地を抜け、大通りに出ると、少女はようやく安堵の声を漏らした。

 スッ、と腕時計に視線を投げると、その針が指していたのは‘3’。
 少女が走り出した時間から、今に2時間が経過しようというところだった。


 「よく走ったな、私……」


 優に、フルマラソン程度の距離は走っただろう。陸上競技の大会だったら、間違いなく表彰台に立っているはずだ。


 「もう、追ってこないよね……」


 呟き、少女はその場に座り込む。
 まだまだ体力が足りないや、と少女はぼやくが、
 あれだけの速度で、これだけの時間走り続けたのだ。
 呼吸を取り戻せている事ですら、異常と呼べるかもしれない。


 (今日の計画は失敗、か……仕方ない、その辺のホテルにでも泊まって、また明日出直そう)


 そのまま、しばし『明日の計画』を練ってから、少女は軽いかけ声と共に立ち上がる。
 
 直後、だった。


 轟!!と。オレンジ色の閃光が、少女の身体を吹き飛ばした。

65: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:05:06.63 ID:ZDL+PJin0
 轟!!というオレンジ色の閃光は、
 その直撃を避けた少女の体さえも軽々と吹き飛ばした。


 「ぐッ……アガッ!?」


 数メートルも宙を舞った少女の体は、ビルの壁にぶつかり
 ようやくその動きを止める。

 ゴッ!という激突音が、路地中に響きわたった。


 「ーーッーー!」


 痛みによる声を押し殺しながらも、
 少女は閃光の出所を探す。

 否。正確に言えば、探す必要は無かった。


 「よぉ。ひっさしぶりだなぁ」


 攻撃の直後に姿を現したのは、
 紫色の駆動鎧(パワードスーツ)を身に纏った女。
 狂喜に満ちた表情を浮かべる女の駆動鎧の右腕からは、
 闇の中でも目立つ、白い硝煙が立ち上っている。

 女は、嘲笑をしながら言う。


 「ハッ、何だよその顔。まさかこの程度で私の追跡を
  振り切ったつもりだったのかぁ?欠陥品ごときが、生意気なんだよ」

66: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:05:41.41 ID:ZDL+PJin0
 欠陥品、という言葉に少女は眉を潜めるが、
 それについてとやかく言うつもりもない。

 この話題についていくら話しても、
 意見が合うはずがないのが分かりきっているからだ。


 「……そんなこと言ってて、楽しいのかしら?テレスティーナ」


 返答の代わりに、少女は女の名を口にする。

 テレスティーナ=木原=ライフライン。

 少女の親類であると同時、
 永遠に分かり合うことの出来ない相手だ。


 「あ?テレスティーナ‘さん’だろ?
  テメェはいつから私のコトを呼び捨てに出来るほど偉くなったのかしら?
  なぁおい。一族の出来損ない、那由他ちゃん如きがよぉ」


 お返しと言わんばかりに、テレスティーナも少女の名前を呼ぶ。

 木原那由他。

 少女の名前は少々特殊ではあるものの、
 そんなありふれたものだった。

 ただし。

 その『ありふれた』名前も、ここ学園都市では別の意味を持つ。

67: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:32:30.20 ID:ZDL+PJin0
 木原。

 彼女が持つその姓は、学園都市の闇に位置する。

 学園都市の上層部でさえも躊躇いを見せる実験を、
 『実験対象の犠牲と引き換えに』成功させる、
 狂科学者(マッドサイエンティスト)達の家系。
 
 上層部の間では、『木原一族』と呼称され、
 その研究を掘り起こすことは禁忌とされる。

 そんな一族において、那由他は齢十にも満たないうちから、
 研究対象を壊さないような実験をすることに秀でていた。

 しかしそのために研究の成果は低く、一族の一部、
 特にテレスティーナなどからは『欠陥品』と呼ばれ、忌み嫌われていた。

 これに対し、木原一族の性質を最も表しているのがテレスティーナ。

 研究のためならば自らを被検者とすることにすら躊躇しない、
 正真証明の‘狂’科学者。

 他人を使わないために自分を実験台にする那由他とは、
 水と油のように考えが合わない人間だ。

 だからこそ、だろうか。

 二人は、お互いの考えが手に取るように分かる。

 似て非なる者同士、相手が何を感じているかも分かるし、
 時には同じことを思考することもある。

 端的に言えば、彼女達は既に知っていたのだ。

68: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:32:58.96 ID:ZDL+PJin0






ーーお互いがお互いを、殺したいほど憎んでいることを。







70: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:57:30.24 ID:ZDL+PJin0
 テレスティーナの砲撃によって崩された瓦礫の山から、
 一つのコンクリート片が転がり落ちた。

 それが、戦闘の引き金。


 「「ッ!」」


 テレスティーナと那由他が、同時に動く。

 敵の元へと走って行く那由他に対し、
 テレスティーナの動きは実にシンプルだった。

 ジャギリ、と音をたて、テレスティーナが砲口をセットする。


 (マズッ……!?)


 先ほど、衝撃波だけで自分の体を吹き飛ばした一撃。
 駆動鎧の構成から見て、砲身はあの右腕だろう。

 そして更に。
 那由他の見立てが正しければ、あの攻撃は。


 (……フレミングの法則を利用して、金属性の弾丸を超音速で発射する、
  学園都市第三位をモデルにした最新兵器……ってことはまさか……!?)

 「なぁ」


 那由他の思考を読み取り、テレスティーナは満足げに口を歪め、


 「超電磁砲(レールガン)って知ってるか?」


 刹那。

 駆動鎧の右腕、正確にはそこに備え付けられた砲身から、
 銀色の弾丸が射出された。

71: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:58:11.58 ID:ZDL+PJin0
 発射と同時、銀の銃弾はオレンジ色の閃光へと変貌を遂げる。

 爆音は、遅れて鳴り響いた。

 最早、『弾丸』と形容することは出来ない一撃。

 那由他の目に捕らえられたのは、一筋の閃光、その残像。

 それは獰猛に、かつ正確に。

 

72: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 21:59:15.76 ID:ZDL+PJin0





ーー那由他の右肩を、喰い破って行った。




73: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 22:19:55.83 ID:ZDL+PJin0
 「あ、あぁあああぁぁあぁ!?」


 看過できない激痛に、反射的に足を止めてしまう那由他。

 テレスティーナは、それを読んでいたかのように
 地を蹴り、数メートルの距離を一瞬で詰める。


 「遅っせぇ!!」


 ーッ、ーーッ!と。
 放たれたのは、ショットガンにも匹敵する威力の足技。

 波の自動車程度なら軽々と粉砕するほどの絶望的な力を前に、
 那由他の華奢な体はなす術もなく砕け散る、


 



 はずだった。

74: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 22:20:42.55 ID:ZDL+PJin0
 次の瞬間。

 ゴッーーギィィン!!と、人体が奏でる筈のない音と共に、
 那由他の左腕がその蹴りを受け止める。

 そして、那由他はそこだけに留まらない。

 左腕を防御に使った直後、那由他は体を浮かせ、独楽のように回転する。

 ギュォッッ!と、大気を切り裂き、那由他の蹴りがテレスティーナの顔面を狙う。


 「ッ!?」


 己の攻撃の威力を逆に利用された、必殺のカウンター。
 テレスティーナは、これを首を振ることによって寸前でかわす。

 攻撃自体には触れていないはずなのに、
 彼女の顔の皮膚が引きつって切れる。

 テレスティーナは瞬時に拳を振るうが、


 「チィッ!」


 見れば、那由他は既に自分から数メートル程距離を取っている。

75: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 22:41:29.98 ID:ZDL+PJin0
 「ナメやがって……殺す!絶対にテメェはぶっ殺してやる!」


 激昂するテレスティーナに対し、那由他は思考を巡らせていた。


 (超電磁砲……アレが厄介ね……。
  『五感強化(ハードセンス)』で細かい照準を定めてるみたい)


 考えながら、那由他は右肩を押さえる。


 (マズッた、かな。長期戦は、こっちに不利になるだけ)


 那由他の負ったダメージは、決して軽くはない。

        ・・・・・・・・・・・
 いかに彼女が『サイボーグ』という特徴を備えていても、
 それは変わらないことだ。

 しかし、幸か不幸か、テレスティーナは激怒している。
 那由他の危惧するような、長期戦に持ち込まれることはないはずだ。


 (やっぱり……『アレ』を使うしかない!)


 那由他は覚悟を決め、目を見開く。
 
 そして。
 ダンッッッッ!と、那由他は力強く足踏みをした。

78: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 23:02:36.97 ID:ZDL+PJin0
 (何のつもりだ……?)


 テレスティーナは、那由他のその行動を不審に感じた。


 (威嚇、のつもりか……?)


 だとしたらお笑いだな、と考えた直後、それは覆されることになる。

 足踏みをした那由他の足元にあったのは、崩れ落ちたコンクリート片。
 彼女は、それを思い切り踏みつけたのだ。

 衝撃音と共に、コンクリート片が粉々に砕け散る。


 「しまった……目眩まし!?」


 舞い上がった欠片が、街灯の明かりを遮る。
 事前に準備をしていなかったテレスティーナには、
 那由他の位置を捕捉することが困難になったわけだ。

 しかし。

 忘れてはならない。

 彼女の能力が、『五感強化』であることを。


 「……とでも言うと思ったか!?
  バカが、テメェの位置くらい、聴力の強化で手に取るように分かんだよ!!」

79: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 23:04:42.25 ID:ZDL+PJin0
 聴力の強化により、那由他の心音、呼吸音をサーチしたテレスティーナは、
 迷わずそちらに右手を向ける。

 莫大な電力が右手に収束し、バチバチと音をならす。


 「これで……終わりだ!」


 叫び、テレスティーナは三度弾丸を装展する。


 「死ね!!!!」


 言葉と同時。
 またもや、音を置き去りにした弾丸が空を切り。

 グシャッ!!という音をたて、





 ・・・・・・・・・・
 路地にあったゴミ箱を消し飛ばした。

80: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 23:28:45.37 ID:ZDL+PJin0
 「な……!?」


 驚くテレスティーナの耳に、
 ガジャキッ!という金属音が届く。


 「!?しまっーー」


 そちらに目をやれば、粉塵の中からこちらを見る那由他の姿。
 無論、テレスティーナはそんなことに恐怖を覚えることはない。
 相手が十メートル以上離れたところにいるのでは、
 那由他がこちらに来るよりも自分が体勢を立て直すことの方が
 早いに決まっている。

 だから、テレスティーナが恐怖を覚えたのはそこではない。

 那由他の左手。
 厳密に言えば、その手に握られている黒光りする物体。

 「マ、ズ……!」


 慌てて逃げようとするテレスティーナだったが、
 もう既に遅い。

 ガァァァァン!!、と。
 小型の見た目にそぐわない大音量の銃声が、鳴り響いた。

81: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 23:32:04.72 ID:ZDL+PJin0
 「ッ!?」


 那由他の体が、後ろに大きく転がる。


 「なっ……!?」


 二度、三度と地面を転がり、更に十メートルほど移動してから、
 ようやく那由他の体が停止する。


 「痛ッ……!」


 那由他は思わず身構えるが、どうやら今の衝撃は、
 テレスティーナの反撃というわけではないらしい。

 と、すると。


 「は、反動強すぎるでしょ……?」


 那由他は恨みがましく、己の左手にある銃器を見つめる。

 小型対戦車用拳銃、通称『暴れ馬(レスティブホース)』。
 二十二口径の拳銃で、対戦車用ライフル『鋼鉄破り(メタルイーター)』と
 同等の威力を出せることを目標に設計された、超怪物兵器である。

 分類は『護身用対戦車拳銃』という訳のわからないものだが、威力は折り紙付き。

 軍用兵器開発にて、『反動だけでも通常の護身用拳銃を食らうよりも
 ダメージが大きい』という理由で廃案となった、曰く付きの逸品でもある。

82: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/05/20(金) 23:49:39.19 ID:ZDL+PJin0
 何はともあれ、戦車を爆砕するほどの高威力の弾丸を叩き付けたのだ。
 死んではいないだろうが、これで
 大きな障害となるテレスティーナは撃破できた。

 那由他はそのことに胸を撫で下ろし、
 青黒く変色した左手首と、刈り取られた右腕の治療をしながら呟く。


 「私はまだ、止まるわけにはいかない」


 思い浮かべるのは、一人の男の顔。
 笑顔などめったに見せなくて、いつも仏頂面で。
 ふとした拍子に、顔をほんのりと赤く染めながら見せてくれた、心の底から笑う顔。

 
 「待っててね、数多おじさん」


 顔に刺青を入れた、全く研究者らしくない男の顔。

 今は亡き男の、最期の顔。


 「おじさんの遺志は、必ず継いでみせる」


 その声が微かに震えていることに、気づく者はいない。

 決意を胸に、数滴の滴を後に。

 那由他は、再び歩み出す。

86: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 15:41:50.04 ID:vE3NxUY30
 静寂。
 路地に流れるそれの中、テレスティーナは目を開けた。


 「痛ってぇ……クソが」


 呻くように言うが、その言葉を告げるべき相手は、ここにはもういない。


 「……チッ」


 那由他に、負けた。
 テレスティーナの脳内に渦巻いているのは、その事実だけだった。

 サイボーグだとか駆動鎧だとか、その性能差だとか。
 そういったところで負けていたのなら、まだマシだったのかも知れない。

 だが、違った。

 実際に戦って、分かったことがある。
 那由他の体の七割を形作る機械群は、自分の駆動鎧よりも旧式、かつ低性能だった。
 あの化け物銃器、暴れ馬を入れても、それは変わらぬ事実。

 にも関わらず、負けた。

 その現実は、テレスティーナの心に重くのしかかる。

 那由他の能力は、『能力障害(AIMブローカー)』。
 相手のAIM拡散力場を見て触り、能力を暴発させるその力で、
 彼女はテレスティーナの五感強化を騙したのだろう。

 そこまでは、分かる。

 だが、違うのだ。
 テレスティーナが負けた理由は、そんなに複雑なことではない。

87: 2011/06/01(水) 15:43:50.47 ID:vE3NxUY30
 何故負けたのか、そう問われれば、答えはすぐに見つかる。

 ただ、彼女にとってそれは、絶対に認めたくないものだった。


 「な、んでだよ……」


 自らの祖父、木原幻生の声が蘇る。


 『お前には、才能がない』

 「イヤ、だ……」


 否定しても、拒絶しても。
 ‘答え’は、頭の中に響き出す。

 木原の姓。
 それに伴い、受け継がれてきた技術。
 それが。


 「私に、無いだって……?」


 認めたくない、『本当』。
 目を背けたい、『真実』。

 常に相手を見極め、自分の力を過信せず、相手の終わるときまで気を抜かない、
 その才を色濃く持った少女に勝とう、そう思って。
 才を持たず、才を追いかけ、才を補った末に辿り着いたこの体が、負けた。
 苦しくも、最後は『能力』という、才能の固まりによって。

88: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 15:46:49.52 ID:vE3NxUY30
 才能が無いから。
 有り体に言ってしまえば、理由なんてそんなものだった。

 認めたくなかったのに、認めざるを得ない。
 否定したかったのに、肯定せねばならない。


 「ち、く、しょう……」


 気づけば、声が出ていた。
 胸の装甲が突き破られ、コンピュータ部分が破壊され。
 動かなくなった駆動鎧を着たまま、テレスティーナの両眼から、液体が流れ落ちる。


 「ク、ソ」


 それは、紅くて。
 それは、どろどろとしていて。
 それは、悔しさからではなくて。


 「ちくしょう、チクショウ!あの野郎、殺す、コロス、絶対ぇにぶち殺してやる!!
 何が一族最高の才だ、何が木原の落ちこぼれだ!構うもんか、ドタマぶち抜いて、
 血の花ぁ咲かせて、確実にぶっ殺す!!!!ギャハハハハハハハハハーーーー!」


 怒りに身を震わせ、般若のような表情で、血の涙を流しながら、テレスティーナは叫ぶ。


 「暗部だ!もっと闇の奥の、最暗部と接触する!!開発中だろうが何だろうがどぉでもいい!
 兵器だ!力だ!手に入れるぞ、着いてこいMAR!!」


 路地裏に、叫びが木霊する。
 煌めく夜は明け、漆黒の朝が始まる。

89: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 16:05:52.18 ID:vE3NxUY30
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー

 「すっげぇ……まさかこんなところに来るなんて思ってもみなかった」


 石造りの洋館のような建物を見上げ、介旅初矢は呆然と呟いた。
 といっても、介旅の目の前にある豪奢な建築物は、見た目の通りに、
 昔気質な大富豪の別荘とか、そんなものではなく、


 「すごいでしょ。これが、学園都市五本の指に入ると言われる超名門、常盤台中学の女子寮よ」


 応じたのは、介旅の斜め後ろに立つ、眼鏡をかけ、黒髪を後ろで縛った女性。

 彼女の名は、鉄装綴里。
 とある学校の教師であり、同時に学園都市の治安を司る『警備員(アンチスキル)』の一員である。
 の、だが、


 (む、無駄にテンション高い……やっぱこれはあれか、
  昨日のことを気にしてるってことか……!?)


 小刻みに震える介旅の頭に浮かぶのは、昨日のヴィジョン(発音注意)。

 立ち上る湯気、一面の肌色、そして――

90: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 16:57:20.78 ID:vE3NxUY30
 そんなことを考え出した途端。
 ツ……と、鼻の辺りに感じる違和感。


 (うぉ!?まさかの二度目!?)


 ババッ!と高速で鼻に手をやる介旅だったが、出血は無いようだ。


 「ふぅ……危なかった」


 安心のため息をつく介旅。
 別に賢者にジョブチェンジしてしまったわけではないのであしからず。


 「……てか、思えば今日も不幸な日だったなぁ」


 まだ朝八時であるにも関わらず、そんなことをぼやく介旅。
 何を言っている、と笑い飛ばす者もいるだろうが、
 歩いていたところを高速で走る女の子にぶつかられて吹き飛ばされたり、
 烏のフンを頭にピンポイント爆撃されたり、
 空き缶を踏んで、その辺を歩いていた二メートル位の神父にぶつかって睨まれたりしたのだから、
 全く笑えない。

 黄泉川が二日酔いでダウンして、代わりに鉄装が選ばれたのも不幸と言えるかも知れない。

 「だー……今日のアンラッキー星座はピンポイントで僕でしたー、とか言われても驚かねぇぞ」

 「?行くよ、介旅君」

 「……はぁ」


 怪訝な顔をする鉄装に促されるまま、介旅は女子寮のインターフォンを押した。

91: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 16:58:13.17 ID:vE3NxUY30
 「♪~♪」


 常盤台中学女子寮、厨房にて。
 メイド服を着た小柄な少女、土御門舞夏は鼻歌を歌いながら皿洗いをしていた。

 彼女が上機嫌な理由は一つ。


 (うふふふー今日は『とある兄妹の 乱目録』の発売日だからなー。
  早く研修終わらせてとっとと買いに行かないと)


 メイドとして、というか女子中学生としてダメだろ、つーかそれ明らかにR-18だよね!?
 という感じの少女マンガの表紙を思い浮かべながら、舞夏はクネクネクネーーッ!と腰を踊らせる。

 ちなみに、その傍らでもしっかりと皿洗いはしている。
 学園都市に十人しかいないと言われる超エリートメイドの称号は、伊達ではないのだ。

 と、そんなブラコン少女ことエリートブラコンメイド舞夏は皿を洗い終えると、
 その場でクルリと一回転する。

 さーいざコンビニ!と勇みよく一歩を踏み出したところで、


 「待て、土御門」


 刺すような冷気を帯びた言葉に、舞夏の足が縫い止められる。

92: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 17:06:01.96 ID:vE3NxUY30
 「りょ、りょりょりょりょーかん!?」


 舞夏は思わずマミってしまうが、それも無理ないこと。

 逆三角の眼鏡に、ビシッとしたスーツを着こなす、その女性の正体は、寮監。
 ただの寮監とあなどるなかれ、その本性は実に凶悪。

 拳銃をも軽々と相手取る常盤台のお嬢様達を、一糸も報いさせずに、
 返事のないただのしかばねに変貌させることの出来る、正真正銘この寮のBOSSなのだ。

 そんな寮監に全く良い思い出のない舞夏は、体を硬直させたまま首だけで振り向く。


 「な、何のことかね?私は別に官能小説とかマンガとか
  そんなものを買いに行くつもりは一切ないんだぞー?」

 「……ほう、そうかそんな者を買いに行こうとしていたのか」

 「いやだから違うんだぞー!アレは少女マンガであって別にそんなのじゃ……」


 自ら墓穴を掘っていることに気づかず、どんどん暴露していく舞夏。
 寮監は頭に手をやり、呆れた目で舞夏を見ると、


 「土御門。私は別に処罰に来たわけではないのだがな」

 「だからその……って、え?」

 「お客さんだよ。君に」

93: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 17:06:29.85 ID:vE3NxUY30
 「客……?」


 怪訝な顔をする舞夏。
 客など、呼んだ覚えはないのだが。


 「さぁ、どうぞ入って下さい」


 疑問符を頭に浮かべる舞夏をよそに、寮監は客とやらを呼ぶ。


 「……?」


 厨房に入ってきたのは、やはり見知らぬ、二人の人間だった。

94: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 17:31:38.50 ID:vE3NxUY30
 ところで。
 常盤台中学には、二人の超能力者(レベル5)がいる。

 一人は、精神感応(テレパス)系能力者のなかでも最高の力を持つ、
 第五位『心理掌握(メンタルアウト)』こと食蜂操祈。
 そして、もう一人はというと……




 「うぅ……メンドクサイ」


 項垂れながら、トボトボと女子寮の廊下を歩く少女が一人。
 彼女こそ、超能力者第三位『超電磁砲(レールガン)』こと御坂美琴。
 常盤台のエースであり、お姉様と崇められる彼女がグッタリとしている理由は、至極簡単。


 「門限破りの罰則って……何なのよもう」


 本来ならば一緒に罰則を受けるべき後輩、白井黒子は
 『風紀委員(ジャッジメント)』の仕事で欠席し、結果的には美琴が一人で
 罰則を受けることになってしまったのだ。

 そんなこんなで、美琴のテンションは現在マイナス。
 与えるダメージは四分の一である。

 食事を終えた後部屋にて必要な物を用意し、現在は罰則を受けるために
 再び食堂に向かっているわけである。

95: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/01(水) 17:34:13.26 ID:vE3NxUY30
 美琴に課せられた罰則は、食堂の片づけ。
 昨日はプール掃除であったため、大分楽になったとは言える。

 しかし、二百人を収容し、さらに一人一人に大テーブルを付けるような大食堂である。
 おそらく、相当時間がかかることだろう。


 「アレを一時間で終わらせちゃう土御門も、相当すごいわよね」


 今更ながらプロメイドの技術に愕然としながら、美琴は食堂に足を踏み入れ、





 「……え?」






 そこで、信じられない光景を目の当たりにする。

103: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 05:31:19.09 ID:gF1hpHof0
 今一度確認しておこう。

 御坂美琴は、非常に正義感の強い人物である。

 また、それと同時に友達思いでもある。

 そんな絵に描いたようなヒーロー性を備えた彼女には、
 しかし致命的な欠点があった。





 「な、んで」


 誰に言うでもなく、美琴はぽつりと呟く。

 その声に混じるのは、不安と恐怖。
 自分ではなく、自分の大切な人が傷つこうとしている時に感じる、
 得体の知れない悪寒。


 「何でよ……ッ!」


 声を震わせ、拳を握る。
 喉は干上がり、掌には汗が滲む。

 極度の緊張の中、美琴の口はようやく言葉を紡ぐ。

       ・・・
 「何で、あの爆弾魔がここにいるのよ!?」

104: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 05:40:16.62 ID:gF1hpHof0
 彼女の視線の先にいるのは、『連続虚空爆破事件』を起こし、
 その中で自分と自分の友人を殺そうとした、あの爆弾魔。

 迫り来る爆風の猛威が、今更になって美琴の脳にフラッシュバックしてくる。

 そんな危険人物が、何故かこの寮に侵入している。
 そう考えただけで、喉元から恐怖がせり上がってきた。

 それだけならばまだいい。
 大能力者程度、美琴なら数秒の内に倒すことが出来るのだから。

 問題なのは、その近くにいる、メイド服の小柄な少女の方だ。


 (土御門!?)


 爆弾魔の傍らにいたのは、土御門舞夏。

 美琴の、大切な友達の一人だった。

 彼女が爆弾魔などのそばにいる理由は、一つしか考えられない。


 (ま、さか……人質にされてる!?)

105: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 05:40:55.54 ID:gF1hpHof0
 そう考え出した途端、不安はみるみる肥大化し、
 美琴の平らな胸を埋め尽くす。

 普段なら、人質を捕られようが美琴は困らない。
 怪我をさせない程度に弱めた電撃で、人質ごと撃ってしまえばよいからだ。

 だが、しかし。


 (ここで下手に電撃を撃ったら……!)


 そう、舞夏がいるのは厨房なのだ。
 万が一でもガス栓に電撃が当たれば、大変なことになってしまう。


 (どうすれば……?)


 美琴は考えるが、自らの大きな武器を封じられた今、
 使える選択使はほとんどない。

 よって、


 (突撃するしか、ない……ッ!)


 その手段を思いつくのに、大した時間はいらなかった。

106: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 06:32:56.84 ID:gF1hpHof0
 さて。

 いつもの美琴なら、この辺りで気づいたかも知れない。

 この寮に入るためには、あの寮監を倒さねばならず、爆弾魔程度の実力では
 到底不可能であるということに。

 そこで気づけなくても、走っていく途中で、
 爆弾魔と舞夏が会話をしていることには気づけたであろう。


 『僕のせいで怪我をさせてしまったみたいで……ホント、ゴメン』

 『別にいいんだぞー?私は飛んできたガラス片で少し切っただけだからなー』


 二人の会話を聞き、その内容を考えれば、自ずと答えは出てくるはずだった。

 しかし悲しきかな、今の美琴にそれを判断する余裕はない。

 よって、

107: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 06:33:51.75 ID:gF1hpHof0
 何が起こったのか、分からなかった。

 介旅はついさっきまで、連続虚空爆破事件の
 被害者の一人である少女に謝罪していたはずだった。

 しかし、現在。

 彼の体は、フライアウェイしていた。


 (ちょっと待て、本気で何が起こってんだぁぁぁぁ!!)


 ノーバウンドで吹き飛びながら、介旅は今しがた起きたことを思い返す。

 ~以下、回想~


 『人の友達に、何してんのよぉぉぉぉ!!』

 『ひでぶ!?』


 ~回想終了~


 (分ッかんねぇぇぇぇ!何この回想!?何の意味もねぇ!!)


 ここまで考えるのに、僅か0,2秒。
 人間、窮地に陥ると思考速度が上がるってホントなんだなぁ、
 と現実逃避を始める介旅だったが、飛んでいるものはいつかは落ちる。

 と、いうことで。

108: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 06:34:56.99 ID:gF1hpHof0
 「ごふぁ!?」


 プライスレスの空の旅も終わりを迎え、介旅は床に叩きつけられる。

 運動不足が売りの彼に受け身など取れるはずもなく、思い切り背中から。
 ミシィ!と、背骨の辺りから嫌な音が響いたのは、気のせいではないだろう。


 「な、何が……」


 明滅する意識の中、介旅はとっさに、自分を突き飛ばした影の方を見る。

 そこにいたのは、


 「ゲッ……超電磁砲!?」

 「失礼ね!私にはちゃんと御坂美琴って名前があんのよ!」


 そこにいたのは、かつて爆弾魔となっていた自分を止めた、一人の少女だった。







 ――介旅初矢と御坂美琴が再び交差する時、物語はついに始まりを告げる――!




 「あれ?私はほったらかしなのかー?」


 一人置いてけぼりにされている舞夏は疑問を口にするが、
 そんな彼女に関係なく、物語は加速する。


 「え?ちょ、待」


 介旅初矢の受難の物語、始まり、始まり―%#8213;

109: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/11(土) 06:37:38.60 ID:gF1hpHof0
投下終了。
最後のはやってみたかっただけです、はい。
ついに再会した二人、はてさてこの後どうなるのか?
それは>>1にも分からない。




……てか、介旅さん宣言するまでもなく相当な受難の日々だよね

115: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/18(土) 21:58:43.68 ID:/xk+KHLN0
 「アンタ、私の友達に何をしようとしてるの?返答次第じゃただじゃおかないわよ」


 バヂリ、と。
 美琴の前髪から、紫色の火花が散る。

 この距離なら外さない、と。
 そう言って、美琴は介旅に掌を向ける。

 冷静な対応とは、思えない。
 明らかに誤解し、錯乱している。
 様子のおかしさから、その位は気づいてもよさそうなのだが、


 (ヤバい、ヤバいってバチバチいってる死ぬ絶対死んだよコレ)


 介旅本人も錯乱に近い状態に陥っているので、どうしようもない。

 口を閉ざす介旅に、美琴は電撃を放とうとし、

116: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/18(土) 22:00:53.33 ID:/xk+KHLN0
 「規則違反だ。罰を与える」


 直後、首に手刀を叩き込まれ、地面に倒れ伏した。


 「な……!?」


 介旅は驚愕する。
 なにせ、軍隊と渡り合えるとも言われる七人の超能力者、その一人が、
 たったの一撃で床に沈んだのだから。

 介旅は、改めて美琴の後ろに立っていた人物を見る。

 真夏にも関わらずビシリとスーツを着こなし、
 逆三角形の眼鏡は買ったばかりのような輝きを保っている。
 その腕は振り抜かれており、靴と共に煙をあげ――

 ……煙?


 (まさか空気摩擦で何かが焦げたとでもッ!?いやありえない、でも、そんな、まさか……!)

 「こちらの生徒が、大変迷惑をかけました。すみません」


 と、戦々恐々としている介旅に構わず、淡々と謝罪の言葉を述べる
 常盤台中学学生寮寮監。

 どうでもいいから、足元に転がっている生徒(半死体)をどけてもらいたい介旅なのだが、
 この寮監の言葉を遮る勇気は、彼には無かった。

117: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/18(土) 22:13:40.19 ID:/xk+KHLN0
 「……では、意識が戻ったら謝罪に向かわせますので」


 それだけ告げると、寮監は美琴の首根っこを掴み、
 『寮監室』と書かれた部屋に引きずっていった。

 何か猫みたいだなー、と、安心感からかいまいち回らない頭で考えていると、

 『拷監室』
  §
 【寮】

 『寮監室』と書かれたプレートから、何かが剥がれ落ちた。


 (見なかった事にしよう)


 『監』の下に隠された文字が『問』でないことを祈りながら、
 介旅はひとまずイスに座り込む。


 (はぁ……今日は三割り増しで不幸な一日だな)


 そんなことを考えながら、うとうとと微睡み、


 「……って、あれ?介旅くぅん!?」


 女警備員、鉄装の声をバックに、介旅の意識は闇の中に落ちる。

122: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 04:27:15.22 ID:FLum7BtP0
 暗闇の中。
 少女が、俯いている。
 介旅よりも、少し幼い。
 中学生、といったところであろうか。


 「どうしたの?」


 その茶髪の少女に、介旅は優しく問いかけた。

 すると、少女は僅かに驚いたような素振りを見せ、俯いたまま口を開く。


 「ーーは、ミーー見えーーか」


 少女の声は、小さい上にはっきりとしておらず、とても聞き取りづらかった。


 「……?ごめん、聞き取れなかったな。もう一回言ってもらえない?」

 「……あなたは、ーーがーーですか」


 多少はクリアになったものの、未だに肝心の部分が聞き取れない。

 もう一度大きな声で、と介旅が言うよりも早く、少女は三度言葉を紡ぐ。


 「あなたは、何故」


 その、雑音混じりの小さな声に、介旅は意識を集中させる。


 「あなたは何故、ミサカが」

 「ーーきなさい」


 言いながら、少女は徐々に顔を上げていき、


 「あなたは何故、ミサカが見えるのですか、とミサカは再度問いかけます」

 「ッ!?」


 介旅が見たその顔は、血にまみれた、見覚えのあるーー

123: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 04:28:32.94 ID:FLum7BtP0
 「起きなさいって言ってんでしょうが」

 「ばみゃぁ!?」


 首筋に走る衝撃に、介旅は思わず奇声を上げる。


 「な、何を……!?」


 とっさに背後を振り返ると、そこには、


 「あ。ようやく起きたわね」


 指先から火花を散らす、どこか楽しげな顔の美琴が立っていた。

 どうやら先程の痛みの正体は、能力による簡易スタンガンだったようだ。


 「……って、超電磁砲!」

 「だから御坂美琴だっつってんでしょうが。人の名前ぐらい覚えなさいよね」


 慌てて後退る介旅に、美琴は面倒臭そうに言う。

 その軽い態度にふと違和感を覚え、介旅はピタリと動きを止めた。


 「……あれ、怒ってないの?」

 「あー……そのことなんだけどさ」

 「?」


 気まずそうに目をそらしながら、美琴は顔の前で手を合わせ、


 「ゴメンね、あれ私の勘違いだったみたい!」

 「……はぁ?」

124: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 04:57:31.28 ID:FLum7BtP0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー


 「えーっと、つまり」


 介旅は苦い顔をして、こめかみのあたりを掻きながら言う。


 「友達……土御門だっけ?の近くに、元爆弾魔の僕がいて、
  友達が危険に晒されている思った……ってことか」

 「まぁ、そういうことね」


 なるほどな、と介旅は納得する。
 確かに、犯罪者が知り合いに近づいていれば、そのぐらいの勘違いをしてもおかしくない。
 犯罪者の肩書きの前に元・と付こうが付くまいが、被害者側には知ったこっちゃないのだ。

 もし自分が同じような状況に置かれたら、絶対に誤解するだろう。
 ……もっともそんな友達、介旅にはほとんどいないのだが。


 「いや、でもさ?確認もせずにいきなりアメフトばりのタックルはどうかと思うんだ」

 「だ、だからそれは謝ってるじゃない!」


 腰をさすりながら嫌みったらしく言う介旅。
 美琴の方も、自分が悪いのは分かっているようで、あまり強く言い返せない。

 介旅はそんな美琴を見てため息をつきつつ、

125: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 04:58:33.38 ID:FLum7BtP0
 「……まぁ、別にいいけどな。このくらいのケガ、日常茶飯事だし」

 吐き捨てるように、そう言った。


 「……?」


 どうやら、何を言っているのか分かっていない様子の美琴に、介旅は丁寧に説明する。


 「イジメられてんだよ。悪口から始まって、暴力、カツアゲ……分かるだろ?」

 「……!」


 何を当たり前のことを、といった調子で、介旅は更に言う。


 「ウチの学校、いわゆる底辺校、不良校ってやつでさ。みんな好き勝手やってるんだ」


 介旅は自嘲するように、苦笑しながら言葉を続ける。


 「そんな学校に通うのも親の都合。それで、その親が二人ともそこそこ名のある研究者でさ。
  使い道も無いのに金ばっかり貯まって、それが自然と僕に回ってくる。
  ひ弱で、金も持ってる。カツアゲの対象にされるのは、時間の問題だったよ」


 言っていて楽しいことでも無かろうに、介旅は笑いながら話を進める。
 もしかすると、彼は存外、こういった自分語りが好きなのかも知れない。

126: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 05:11:06.01 ID:FLum7BtP0
 「それに、友達もほとんどいなくてーー」

 「分かった。もういいわ」


 美琴は、自虐気味に続く介旅の話を遮り、そう言った。
 その適当な扱いに、もしや自分の話が華麗にスルーされていたのではないかと
 不安を感じなくもない介旅だったが、


 「早い話が、イジメられて、友達も、頼る人もいなくて。それが嫌だったんでしょ?」


 どうやら、その心配はいらなかったようだ。
 美琴は、介旅自身でも驚くほど簡潔に、要点を押さえて話を聞いていたのだ。

 ついでに、そのせいで介旅の心が少しずつ抉られていっているのだけれど。

 心ない、と言うか自分の言葉を改めて聞かされて若干ブルーになっていることなど
 気にも留めず、美琴は介旅の方を向いて片目を瞑り、


 「じゃあさ」

 「……?」

127: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/06/26(日) 05:11:57.06 ID:FLum7BtP0










 「私が、アンタの新しい友達になってあげる」

 「……え?」










136: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/03(日) 13:44:09.49 ID:W94jlQ7W0
---------------------------------------------------------------

 入学早々に決定した、両親の転勤と、それに伴う転居。
 その先から、簡単に通える距離にあった。

 自分につり合わない、レベルの低い高校に転校することになった理由は、そんなものだった。


 「すまない、初矢。研究の時間を増やすためなんだ」


 父は、すまなそうな顔でそう言った。

 別にいいよ、と自分は答えた。


 「ごめんなさいね、初矢。あの子のためなの」


 まだ小学校低学年の、年の離れた弟の方を指して、母は言った。

 大丈夫だよ、と自分は応じた。

 弟と、両親のためなんだ。仕方がないよ。
 自分に、そう言い聞かせた。

 両親の転勤先は、第十学区。
 学園都市でも最も治安が悪く、最も地価の安いエリア。

 そんなところに転勤した理由は、大声では言えない研究内容、すなわち
 『能力者の死体の調査』にあった。

137: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/03(日) 13:45:23.04 ID:W94jlQ7W0
 死体、と一口に言っても様々だが、二人が研究していたのは、死んだばかりの新鮮な死体。
 病院の霊安室は立ち入り禁止となっているため、それ以外で一番新鮮な状態を調べるためには、
 学園都市に数少ない死体処分所のある、第十学区に常駐している必要があったのだ。

 それだけならば、問題ではない。
 ここで重要になってくるのが、幼い弟の存在だ。

 まだ幼い弟に、両親と離れて暮らさせるのは余りにも酷だ。
 しかし、転居先についていくとしても、更に問題が発生する。

 小学生の弟と、研究者の両親では、帰る時間の差が大きすぎるのだ。
 そのため、その間の弟の世話をするために、介旅もついていかなければならない。

 こうして、介旅は底辺校への転校を余儀なくされたのである。

138: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/03(日) 13:46:09.78 ID:W94jlQ7W0
 もっといい方法だって、あったはずだ。

 例えば、少し無理をしてでも、引っ越し先から遠い高校に通うとか。

 あるいは、メイドやら何かを雇って貰って、自分は寮暮らしでもいい。

 そもそも、両親に頼み込んで、転居自体を取り止めてもらえば。


 だが、介旅はそうはしなかった。
 その選択支に、気づかなかったわけではない。
 そんなことをすれば、誰かが悲しんでしまうのが分かりきっていたからだ。

 自分が一緒にいられる時間が減れば、弟は悲しむだろう。
 転居を取り止め、研究時間を削ってしまうのは、あの研究者肌の二人へ、
 どんな悲しみを与えるか想像すらつかない。

 それでも、きっと彼らは笑顔で、こう言うだろう。

 「ありがとう」と。

 何もしてやれず、何も頑張れず。そんな惨めな自分に、感謝の言葉など向けられても虚しいだけだ。

 だから彼は、いいよ、と言った。

 自分が我慢することで、みんなを悲しませずにすむなら。
 出来ることなら、それで幸せになってくれれば。

 それでいい、と介旅は思った。

 努力なんか、出来ないけど。
 才能なんて、これっぽっちもないけれど。

 我慢するのは、得意だから。

143: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/03(日) 23:43:19.18 ID:lO1USvVV0
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 趣味はネット、特技は我慢。
 そんな介旅にも、もちろん我慢の限界というものがある。

 例えば、虚空爆破事件。
 引っ越し、悪化するイジメ、そして忙しい弟の世話。

 そのストレスが重なって、行き場を無くしたイライラを放出した結果だ。

 あのときほどではないものの、彼は現在、またしても我慢の限界を迎えようとしていた。

 介旅は、ピクピクと眉を動かしながら言う。


 「『友達だから手伝え』と。そうかそうか、つまり君はそんなやつだったんだな」

 「あっはっはー。一体何のことかしらねー(棒)」


 一切悪びれずに、しれっと肩をすくめる美琴。

 まぁそんなわけで。
 彼は現在、掃除の手伝いをさせられているのであった。

 『友達になってあげる』
 笑顔でそう言われたときは、不覚にも若干トキメいてしまったのだが……


 (そんなジャイアン的理論の友達だとは思わなかったよチクショウ)


 あのキラキラした感じの背景効果は、本気で何だったのか。
 改めて見てみると、キラキラどころかどす黒いオーラが見える。

144: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/03(日) 23:50:42.09 ID:lO1USvVV0
 百歩譲って、手伝うのはいいとしよう。

 そうしても、自分の担当が床というのにも納得がいかない。
 机を拭く美琴にその点を告げてみたところ、
 真顔で「レディーファーストだけど何か?」と返されたのだから笑えないものだ。


 「(自慢じゃないけど、体力なら絶対僕の方が少ないはずなのに……理不尽だ)」


 と、そんな口の中でぶつくさと文句を言っている介旅に、美琴は一言、


 「ホラ、手が止まってるわよ。口より手動かしなさいよね」

 (おぉぉう……待て、待つんだ僕。落ち着け。そう、それ。その握り拳を、そっと開け)


 あまりの言い草に反射的に出そうになった拳を、
 額に青筋を浮かべながらもすんでのところでセーブする介旅。
 こんなところで暴力事件なんて起こしたらどうなるか分かったもんじゃない。

 ……いや、まぁ、能力を使うまでもなく組伏せられるのがオチだろうが、気分の問題だ。

145: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/04(月) 00:04:15.37 ID:d4jNX7g60
 やれやれ、と額を押さえながら、介旅は再び手を動かし始める。

 これ以上争っても、不毛なだけだ。

 口からは、自然とため息が漏れる。

 元々、掃除なんて好きではないのだ。
 面倒で、疲れる。
 ちゃんとやる義理なんてなければ、今すぐ放り出しても責める者などいない。

 止めてしまえ、と心の声は言っていた。
 人のことなんかほっとけ、と。

 それでも嫌々掃除を続ける介旅の顔には、どこか疲れたような色が浮かんでいた。

 けれども、


 (何か、楽しいな)


 その中に、どこか嬉しげな感情が存在するのも事実だった。

146: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/04(月) 00:11:43.40 ID:d4jNX7g60
 こき使われているだけだとは分かっていても、
 『友達の手助けをしている』と思えば、どこか楽しい。
 介旅自身、気づかないうちに、顔に笑みを浮かべていた。


 「何よ、急に笑って?」

 「……だー」


 だがまぁ、無理矢理手伝わされているのにそれを伝えるのは、何だか癪だ。
 なので、介旅は適当に茶を濁した受け答えをしようとして、


 「……ッ!?」


 直後、ヒラリと舞ったスカートに視線を奪われる。


 「あー、いい風。って、アンタどうしたの?」

 「あ、ああ、別に何でもないけど」


 疑問顔の美琴に対し、介旅は愛想笑いをしながら適当に答える。

 その視線の先は、常盤台中学校制服、そのスカートの端に固定されている。

 そう。美琴は気づいていないようだが、介旅は床の雑巾掛けをしているために目線が低く、
 彼女のように短いスカートだと、もう少しでイロイロと見えてしまいそうなのだ。

147: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/04(月) 00:17:13.92 ID:d4jNX7g60
 そんな状況など露知らず、美琴は窓から入ってくる夏の風にあたって、
 気持ちよさそうに目を細める。
 
 その斜め後ろでは、介旅がヒラヒラ動くスカートを注視して目を細めているのだが、
 やはり気づいていない。
 ついでに言うなら、恐らく見ている本人も無意識だ。


 (惜しい、あと少し……って何考えてるんだ僕は!?
  相手はチューガクセーだというのにぃぃぃぃ!)


 と、そんな風に一人格闘するムッツリ   の望みが、
 鉄壁の短パンにより打ち砕かれるのは、もう数分ほど先の話。

 相手の態度とかから先に気付よと思うかも知れないが、
 まず三次元のオンナノコと話す機会が乏しい介旅(オタメガ)には、厳しいことなのだ。

 そんなわけで、ちょっぴり苦い教訓を覚える介旅なのであった。

157: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 00:51:35.13 ID:kghKsO620
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 (今日の成果は……こんなものかな)


 工山規範はハッカーである。
 どこかの企業に雇われて敵会社のデータを盗んだりなんかしなければ、
 何か巨大な陰謀の中心にいるような某国スパイでもない。
 簡単に言ってしまえば、ネット犯罪を興味本意で行う人間だ。


 「ふぅ……ちょっと疲れたな、休憩するか」


 工山は息を漏らしながら、ネットカフェの机に置いたパソコンの画面から目を離す。

 ネットというのは便利なものだが、長時間やっていると目の疲労感が大変なことになる。
 ましてや、ハッキングのような精密作業ともなればそれも一層だ。


 「……あー、目が乾く……ドライアイになりそうだよ」


 学園都市の最新の医療技術を使えば、そんなものは文字どおり瞬く間に解決するのだが、
 いかんせん料金が高い。
 別に払えないわけでもない額なのだが、そんなことに使うよりは電子部品につぎ込みたい。

 ……もっとも、そのせいでネット時間が長くなり、
 目の乾きも加速するという悪循環になっているわけなのだが。

158: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 00:56:35.67 ID:kghKsO620
 今度安い医者でも探してみるかなー、などと考えつつ、工山はウエイトレスを呼んだ。

 まさにそのテの人御用達です、といった感じ満載の制服を着た少女(恐らくは学生だろう)
 に適当に注文をすると、ふわふわとした(しかしところどころ綿がはみ出ている)座席に
 深く腰を下ろし、目を休めるために軽くまぶたを閉じる。

 ゆったりのんびりがウリのこの店の注文を待つ間に、工山は昔のことを思い出していた。

159: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 01:03:19.84 ID:kghKsO620






 数年前。
 工山は、ハックそのものを楽しむ無差別な犯罪者だった。

 彼が、中学生にしてネット上の恐怖とされていたころの話だ。


 (っし、かかった!)


 仮装空間内にて友好的に近づいた上で、気づかれぬ内に相手のデータを破壊する。
 その手口と巧妙さから、ついた異名は『懐に巣食う病魔(フレンドシック)』。

 自己顕示欲の強い彼は、そのような畏怖の念によって余計に調子づいていたのだが、
 恐れている側としては知ったことでは無かったようだ。


 (コイツをヤれば、丁度千人……ボクの力は証明されたも同然だ!)


 チャット場でたまたま出会った一人に狙いを定め、工山はガチャガチャとキーを叩く。

 すさまじい速さで会話を続けながらも、その傍らで相手のシステムに侵入を試みているのだ。

160: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 01:09:35.72 ID:kghKsO620

 (これで……終了!)


 カタン

 工山の指が、エンターキーを押し込む。
 これで、相手のパソコンのデータは完全に破壊され、
 見るも無惨な姿へと変貌を遂げている


 ーーはずだった。



 『ERROR!このコマンドは実行できません』

 「……は?」


 エラー。警告。
 画面に表示された文字に、工山の思考が寸断される。

 そして、凍り付いた脳が回転を始める前に、更なる異変が起きた。

161: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 01:22:40.32 ID:kghKsO620

 (そんな、バカな)


 工山の両目が凝視しているのは、とあるメッセージ。


 『ID:firstarrowさんよりメールが届きました』

 (な、んで……!?)


 簡素なその文面。
 それが意味するのは、つまるところ、


 (ボクのハックに気づいて、なおかつそれをボクに気づかれず回避した……?)


 言ってしまえばそれだけだが、その道に深く入り込んだ工山には分かる。

 それが、果たしてどれだけの技術を要するのか。そして、それが自分にできないことも。


 (……ハ)


 だから、


 (ハ、はははあひひははひゃくきははっっっ!」


 工山は、笑う。
 ここが公衆の面前であることなど気にも留めず、思わず口に出してしまったというように。


 (面白い!やってやる!!そうだ、こんなヤツだよ!
  コイツに勝つ、そうすればボクの実力の証明にはもってこいだ!)

162: ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/17(日) 01:25:23.54 ID:kghKsO620

 相手が強ければ強いほど、燃える。
 ある程度の情熱を何かに捧ぐ人間ならば、経験したことのある現象だろう。

 そのような感情が、工山には特に顕著なのだ。 
 あるいは、彼の能力の系統にも起因しているのかも知れないが。


 (あひゃっ、グヒイッ、き、きゃあははははははは!)


 狂い、喜び。
 二つに支配され、工山は指を滑らす。

 周囲など気にせず、他人など見ず。

 工山規範は、まだ見ぬ相手に戦いを挑んだ。

167: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 21:46:04.06 ID:aoMGgqxZ0
ーーーーーーーーーーーーーー

 (うっわ……気持ち悪いな当時のボク。しかもそれで負けたとか……)


 自作の対人ハッキング用ツール『トロイの木馬』を畳み、
 別の画面を立ち上げた工山は溜め息をつく。

 なんだろうか、コレは。
 一種の黒歴史とかいうヤツなんだろうか。


 「うーん……中二病をこじらせて、って感じかな?」


 あの時、具体的に何が起きたのかは思い出せない。
 何にせよ、数時間にも及ぶ激闘の末に自分が負けたのだけは確かだ。


 「だー。ダメだ駄目だ。リフレッシュしないと」


 自分の黒歴史を思い出しても、気が滅入るだけだ。
 そう考えた工山はブックマークを開き、お気に入りのサイトへと移動する。

168: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 21:57:51.60 ID:aoMGgqxZ0
 画面いっぱいに表示されたのは、『都市伝説~学園都市壱百物語~』の文字。
 いかにも怪しげ、というか普通に怪しいサイトだった。

 しかしながら、そんなサイトがブックマークされているという事実。

 そう。
 まさかとは思うかもしれないが、正真正銘、これこそが工山の趣味なのだ。


 (さて。オカルト系は読み飛ばして……)


 だからといって、別に工山はオカルトマニアとかではない。
 むしろ、そんなものは根本から否定するような人間だ。

 だから、工山が見ているのはそこではない。


 (『実際にありそうな都市伝説』)


 工山が見るのは、その項目。
 ありそうだけどないだろうと思わせておいて実はあるような、そんな噂話。

169: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:16:04.54 ID:aoMGgqxZ0
 都市伝説というものには、必ずと言っていいほど根拠がある。
 『あの店のハンバーガーからミミズみたいな臭いがした』というようなものから、
 『使うだけで実際に能力が上がった』というような実体験まで多岐に渡る。

 そんな、都市伝説の『元ネタ』を探る、それこそが工山の唯一にして至高の趣味なのである。


 (それに、この前の『音速で突っ走る女警備員』みたいな例もあるしね)


 そんなことばかりしていると、ごく稀にではあるが、
 都市伝説が真実であることを証明できる場合もある。

 工山の調べた『音速警備員』の真相は、
 駆動鎧の運動性能部のみを抜き取った軍用兵器
 『発条包帯(ハードテーピング)』強化バージョンの試験運用。

 もっとも、体への負担があまりにも大きすぎて、
 警備員の中でも使いこなせるのは数人のみとのことだったが。

170: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:27:02.57 ID:aoMGgqxZ0
 (ま、そんなことはいいさ)


 工山は何度か瞬きを繰り返し、やっと出されたカプチーノに口をつけながら画面に目をやった。

 片手で画面をスクロールさせて、気になったものだけを記憶に留めていく。


 〔学園都市の各地に、見つけると幸せになれる天使の羽が落ちている〕

 (落ちている……多分、最近話題のばらまかれたマネーカードのことかな)

 〔学園都市統括理事長は、実はホルマリン漬け〕

 (どういう……ことなんだ……?)

 〔空腹を訴え、食べ物をたかるシスターがいる〕

 (妹って意味のシスターなんじゃなかろうか)


 心の中でツッコミを入れたり、驚いたりしながら、工山は更に画面を動かしていく。

 程なくして、目的に合うものは見つかった。

171: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:38:05.33 ID:aoMGgqxZ0
 〔店一軒分のファンシーグッズを大人買いする常盤台中学生〕

 (よし、これに決めた)


 証明しやすく、しかも面白味のある話題。
 ボクが調べるにふさわしい、と工山は呟いた。


 (そうと決まれば)


 工山はカップの残りをすべて口に含んで両手を自由にすると、
 再びハッキングツールを呼び出す。
 先ほどとは違い、対ファイアウォール用に特化した仕様のものだ。


 (こういう系統は、監視カメラのハックが最適。狙うは地下街)


 学園都市の監視カメラは、全て警備員によって掌握されている。
 ともすれば、相当ブッ飛んだことを考えているかのように見える工山だが、


 (クリア、クリア、クリア。OK、侵入成功)


 数回キーを叩いただけで、それを成し遂げてしまうのだから笑えない。

 工山は慣れたことのように、まずはとある場所の監視カメラの映像を見て、

172: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:39:43.85 ID:aoMGgqxZ0







 「…………は?」






 あまりの衝撃に、一瞬我が目を疑った。

173: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:49:27.69 ID:aoMGgqxZ0
 映っていたのは、一組の男女。
 人工の明かりの下で、仲良く何かをしている。

 そこまでなら、別にいい。
 問題は、その後にある。

 まず、その内の女の方、中学生ぐらいの少女が、常盤台の『超電磁砲』のように見えること、
 その場所のイメージが、少女からあまりにもかけ離れていること、そして、




 「かい、たび?」




 その隣に立っている男子高校生が、紆余曲折の末に友人となった、firstarrowーー
 もとい、介旅初矢のように見えることだ。

174: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/24(日) 22:54:01.28 ID:aoMGgqxZ0
 「何で……なんでアイツと常盤台のコが一緒にいるんだぁぁぁぁ!?」


 周りからの視線が工山に突き刺さるが、彼にそんなことを気にする余裕はない。

 おかしい。
 絶対におかしい。

 介旅が、女の子を連れてあんなところに?


 「チクショォォォ!何でなんだよぉぉぉぉ!?」


 工山の絶叫は、収まらない。

 店内に静けさが戻ったのは、ゴリラっぽい人が店の奥から出てきて、
 数分ほどたってからだった。

 

180: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/31(日) 23:17:32.67 ID:Z4+OfJb20
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「はっ!ホラホラどうした、もう終わりなのか!?」

 「や、……ん!やめ、てぇ!!」


 ほのかな暗闇の中で、男女の声が響く。

 ここは地下街の、とある施設。
 学業の街である学園都市にとってはあまり好ましくない、
 けれども年頃の学生達の懇願によって実現した、光り輝く建物。

 その中で、介旅初矢は興奮に息を荒げつつ、乱暴な口調で叫ぶ。


 「これで終わりなら、早すぎる!僕はまだ、全然満足できてないぞ!!」

 「も、もう限か……や、そ、そ、こ、は……ダ、だメェェ!!!!」


 人の肉同士がぶつかり合う音が連続し、少女の叫びが空を斬った。


 その声の主は、御坂美琴。


 何故、彼女のような実力者がこうも一方的に攻められているのか。
 それこそ、誇り高き超能力者第三位ですら、
 介旅の前では全くの無力であること、その証明ですらあった。


 「へ、止めろって?ダメダメ。途中で止めるなんて、僕にはできない。
  ……イイ感じに溜まってるし、そろそろ吐き出すよ」

181: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/07/31(日) 23:19:30.32 ID:Z4+OfJb20
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「はっ!ホラホラどうした、もう終わりなのか!?」

 「や、……ん!やめ、てぇ!!」


 ほのかな暗闇の中で、男女の声が響く。

 ここは地下街の、とある施設。
 学業の街である学園都市にとってはあまり好ましくない、
 けれども年頃の学生達の懇願によって実現した、光り輝く建物。

 その中で、介旅初矢は興奮に息を荒げつつ、乱暴な口調で叫ぶ。


 「これで終わりなら、早すぎる!僕はまだ、全然満足できてないぞ!!」

 「も、もう限か……や、そ、そ、こ、は……ダ、だメェェ!!!!」


 人の肉同士がぶつかり合う音が連続し、少女の叫びが空を斬った。


 その声の主は、御坂美琴。


 何故、彼女のような実力者がこうも一方的に攻められているのか。
 それこそ、誇り高き超能力者第三位ですら、
 介旅の前では全くの無力であること、その証明ですらあった。


 「へ、止めろって?ダメダメ。途中で止めるなんて、僕にはできない。
  ……イイ感じに溜まってるし、そろそろ吐き出すよ」

194: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/01(月) 11:22:04.77 ID:tyaX6E6Y0

 「な、なんでさっき出したばっかなのにそんなに溜まっ……や、やめ」

 「っ、ふっ……そろそろ、かな」


 冷房の効きすぎた屋内であるにも関わらず汗を垂らしながら、介旅は手に力を込める。
 ヌルヌルと滑りそうになる掌を使い、その中身の震えを押さえ込む。

 そして、ついにその時はやってきた。


 「一気に出すぞ……う、おあぁぁぁ!」

 「やだ、やめ、ヒッ、あ、あぁぁぁぁ!?」


 飛び散る鮮血、そして体液。
 足腰をやられたのか、少女の体が地面に倒れ込んだ。


 「そ、んな……嘘、こ、んな、初、めて」


 美琴は呆然と呟く。

 無理もない。

 この地下街、ネオン溢れるこの施設で。

 彼女は、初めて、本当に初めてーー

195: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/01(月) 11:22:40.62 ID:tyaX6E6Y0








 1P WIN !

 2P LOSE……






 「おっしゃ完全勝利ぃぃぃぃ!!」

 「は、初めて負けた……ッ!?」







 ーー初めての敗北を、味わったのだから。






 そんなわけで、ゲームセンターに来ている二人なのであった。

196: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/01(月) 11:44:19.41 ID:tyaX6E6Y0

 「ふん、ゲーセンクイーンが笑わせるな」


 宇宙船で戦うゲームの画面に映る「Perfect」の文字を見ながら、鼻で笑う介旅。
 自らの船の中で地に伏す美琴の操作キャラを満足そうに眺めると、
 ゲームの[終了]ボタンを軽く押し込んだ。


 「な、何で私の十六方向レーザーを全部交わした挙げ句に
  出したばっかの極太溜めレーザーを連発できるのよぉ!?」

 「企業秘密でーす」


 結果に納得できないのか突っかかってくる美琴を軽くいなし、介旅は次のゲームへと向かう。


 「コントローラーに振動を与える特殊攻撃も通用しないし……ホント何なのよ」


 ブツクサと言いながらも、美琴は介旅に合わせ、次のゲーム機にメダルを入れた。


 (……それにしても)


 チャチな効果音と共に流れるオープニングを見ながら、美琴はぼんやりと考える。


 (『メダルゲームでガチンコ対決』、ね……何でこんなことしてるんだっけ)

 《three_two_one_Go!》


 ありきたりなかけ声で始まった戦闘に意識を向け、コントローラーをガチャガチャと叩きながら、
 美琴は頭の裏側辺りで、記憶の海へと潜り込む。

202: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/03(水) 20:16:32.39 ID:qzdS5KWD0
 何故、二人がこんなところに来ているのか。

 時は、数十分ほど前に遡る。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「お守り?」


 そんなことが話題に上ったのは、数時間にも及ぶ掃除を終えて、ようやく一息ついていた時だった。


 「あぁ、親がくれたんだ。綺麗だから携帯に付けてるんだけど」


 そう言うと、介旅は大きな鞄に手を伸ばした。

 慣れた動作でチャックを開けると、
 ゴチャゴチャとした小物の山に手を突っ込んで、自分の携帯を探す。


 「あれ?携帯、ポケットとかに入れとかないわけ?」

 「いや、さっき掃除おわった時にさ。汚れてたから、着替えただろ?
  そんときにどうやら、着替えといっしょに携帯まで入れちゃったみたいなんだ」

 「あー、そういや来客用トイレで何かコソコソやってたわよね。別にここで替えてもいいのに」


 僕が良くないんだよ!というツッコミを何とか飲み込んで、介旅は携帯探しを続行する。

203: ちょっと私用で抜けてました、すみません…… 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/03(水) 20:51:46.63 ID:qzdS5KWD0
 しばらく探していると、指先に、プラスチック特有の硬い感触。


 「っと……コレかな」


 指先に当たった物を、掴み直して引っ張り出す。

 ズルズルと出てきたのは、探していた携帯。それから、


 「……うっわ。何そのジャラジャラしたストラップ。気持ち悪い」

 「べ、別にいいじゃねぇか!暇だからクレーンゲームで取りまくってただけなんだし!!」


 反論する介旅だが、ぶっちゃけ説得力は皆無である。

 というか、真ん中の方に何がついているか見えなくなるほどの量の小物をつけている時点で、
 よほど説得力のある弁解でもない限りは無意味なのだが。


 まぁそこはどうでもいいのだが、
 美琴にはもっと気になることが一つ。


 「てか、何でこんなに時間かかったのよ?確かにそのバッグは大きいけど、
  物が見つからなくなるほどじゃ……って何よそれ!?食器販売でも始めるの?」


 その理由を探ろうと横から鞄をのぞき込んだ美琴は、ほぼ反射的に絶句する。

 何故ならその中身は、


 「スプーンで一杯にして何がしたいのよ……」

204: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/03(水) 21:14:05.76 ID:qzdS5KWD0
 そう、その中身はまるで、食器の宝箱(オンリースプーン)。

 アルミの塊が、ギンギラギンにさりげなくもっさりと詰まっていたのだ。


 「いやまぁ……武器?」

 「ったく、そんなのいらないでしょ。使う度胸もないのに」

 「おい今の言葉地味に傷ついたぞ。僕の心の傷ヤバいぞ」


 文句を言いながらも、介旅は美琴に携帯を渡す。

 このままだと、本題から外れてしまいそうだ。


 「って、渡されても困るのよね。こんな山の中から見つけられるわけないじゃない」

 「あーっと……赤い紐でくっついてるヤツないか?小石みたいな形の、透明な」

 「えー?どれよ」


 と、美琴はストラップの海をかき分けていき、





 「……え?」





 そこで、まるで信じられないものでも見たかのように目を見開き、固まってしまった。

209: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 21:13:54.87 ID:KSzHykOb0
 「そ、そんな……ウソ、なんで……」

 「お、おいどうしたんだよ!大丈夫か!?」


 急にガクガクと体を震わせ出した美琴に、介旅は慌てて近寄る。

 見れば、目は虚ろで、焦点が定まっていない。
 体中から、べっとりとした汗が吹き出ている。


 「おい、おい!何なんだ、一体どうしたってーー」

 「ーーーー」

 「御坂?……御坂!しっかりしろ!!」

 「ーーーー?」


 介旅は必死で呼びかけるが、それすらも無駄に終わったのか、美琴は一切の反応をしない。


 (ど、どうしたんだ……ッ!?ヤバい、もしかして何か病気とか……)


 あまりの反応の無さに危険を感じた介旅は、救急車を呼ぶために携帯を取り返そうとしーー


 「ーーーー、た?」

 「……ッ!」


 そこで、美琴の口が動いた。

 辿々しく、しかしハッキリと紡がれ行く言葉に、介旅は全神経を集中させる。


 「こ、た?」


 そして、発せられた言葉は、

210: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 21:21:10.28 ID:KSzHykOb0

















 「ーーゲコ、太……?」




 「………………」









 ……どうやら、ストラップの中の一つ、ファンシーなカエルに向けてのようだった。










211: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 21:29:07.12 ID:KSzHykOb0
 「……はぁ」


 「ね、ねぇアンタこれどこにあったの?セブンスミスト?地下街のショップ?それともーー」

 「……たかがカエルに、何をそんな熱心な」

 「カエルじゃない!ゲコ太よゲ・コ・太!
  ねぇアンタこれどこで手に入れたのよ教えてお願い今度なんか奢るからぁ!」

 (うわぁ、真性だコイツ)


 とか思いつつも、根は親切な介旅は、美琴が持つ緑のカエルの出所を教えてあげる。


 「あ、それな。今じゃもう手に入らないよ」

 「ぶッ!?な、なななな何で!!」


 衝撃の事実を突きつけられて、何だか顔に縦線が入っているようにさえ見える美琴。

 介旅はちょっとほくそ笑みながら、容赦なく次の言葉を投げかける。


 「それ、僕が今使ってる携帯の購入特典だからな。どこにも売ってないよ」

 「そ、そんな……」


 ガクリ、と項垂れる美琴。

 そんな彼女を見て、介旅は少し可哀想にーー

212: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 22:01:56.79 ID:KSzHykOb0
 「ざーんねーんでしたー。よくあることだ、気にすんなよ(笑)」


 ーー思うはずなど、これっぽっちもなかった。


 「……(イラッ)」


 美琴の目付きが少々鋭くなるが、調子に乗っている介旅は全く気づかない。

 彼は命の危険も察知できず、散々人をバカにした笑顔を作ると、


 「ふん、まぁ今なら『初矢様、どうかこの哀れな私めにこのストラップをお譲りください』
  とでも言えばやらないこともないけど、どうすー」

 「……(ニコッ)」

 「……、る?(ビクッ)」


 何かしらの臨界点を越えたのか、急にニッコー!と笑顔になった美琴に、
 さすがの調子ライダー介旅も恐怖を覚え、数歩ほど後ずさる。

 そんなHETALE介旅に、美琴は笑顔のまま、


 「あら、くれるの?そうね、じゃあただで貰うのも悪いし、ここは公正に。
  何かで勝負して、私が勝ったら貰えるってことにしましょう」

 (……言えねぇぇぇ!ここで誰がタダでやるなんて言ったんだとか
  ツッこんだら殺されるぅぅぅう!!)

213: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 22:13:46.78 ID:KSzHykOb0
 思わず周りを見渡すが、生憎と今日は夏休み。
 生徒なんかいるはずもなく、つまり誰も助けてなんかくれない。

 そもそも、悪いのは介旅の方であって、完全に自業自得なのである。


 「そうね、じゃあ野球なんかどう?」

 (なんか勝手に話進めてるし!俺の意志は完璧に無視!?)


 と、理不尽の塊を投げつけられて呆然とする介旅だったが、


 (待てよ。野球って平和的だよな)


 少なくとも、路上でガチンコファイトなんかするよりはよっぽど良い。

 スポーツなどとは縁がない生活を送ってはいるものの、介旅は男子高校生だ。
 風紀委員でもないただの女子中学生に、運動で負けるはずがない。


 「そ、そうだな。そうしようか。で、どういう勝負にするんだ?」


 そこまで考えた介旅は、現状で最も安全なその案を受け入れることにした。

 大丈夫。負けるわけがないし、負けたとしてもそんなに大きなデメリットはーー


 「勝負の仕方?そうね……」

 「ああ。できれば、一人でも出来るように……」

 「そうだ、私がバッターやるから、アンタはボール」

 「ごめん、やっぱり却下で」

214: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/04(木) 22:16:40.31 ID:KSzHykOb0
 訂正。
 負けても勝っても、デメリットが大きすぎる。


 「しょうがないわね……じゃぁサッカー」

 「同じことじゃねえか!どうせ僕がボールなんだろ!?」

 「何言ってんの。そんなわけないじゃない」

 「え、ホント?良かっ……」

 「当たり前でしょ。アンタの役目は……ゴールに決まってるじゃない」

 「お願い!その後ろにキーパーって付けてくれ!それだけで平和になるから」


 まぁ、直接蹴られるのよりはマシといったところなのだろうが。





 そんなこんなで、介旅なりの必死の説得や、
 警備員の緊急召集に行ってしまった鉄装からのメールなども相まって
 美琴の機嫌も収まり、結局はゲーム勝負をすることで落ち着いたのだった。

218: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/07(日) 08:17:46.50 ID:5/Rtli2s0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんなこんなで、再び現在。



 美琴と介旅はというと、





 『♪てーててててーてれててれてってって♪』



 「はははは15連勝ぉぉ!!」



 「何でよぉぉぉぉ!?」







 ……まだゲームをやっていた。

219: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/07(日) 08:21:49.25 ID:5/Rtli2s0
 もう昼時だというのにこの二人、ゲームに熱中するあまり時間すら見えていない様子。

 いや、周りが見えないほどまで、戦いが白熱していたーー訳でもない。

 そこで行われているのは、戦闘ではなく、一方的な虐殺。

 どちらがどちらを、というのは言うまでもない。


 「そらそらそらハメ技連打打ち上げからの溜め技でフィニィィィッシュ!」


 と、奇声をあげながら老若男女問わずに嫌われそうなコンボを繰り出しているのが介旅で、


 「えちょ、待、それはやめ……って死んだぁぁぁぁ!?」


 と、老若問わずオトコノコ(特に大きいお友達)に愛されそうな甘い声を出しつつ
   えげつないコンボのターゲットにされているのが美琴である。

220: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/07(日) 08:27:17.91 ID:5/Rtli2s0
 華麗な(しかし美しくはない)16回目の勝利を収めた介旅は、
 満足そうな目で画面と美琴を交互に見ると、


 「ハァ、もういいだろ?16戦16連完全勝利。僕の勝ちだ」

 「……っ、わ、分かってるわよ!だからそのドヤ顔をやめなさいってこの!」

 「ドヤ顔とは失礼な。勝者の余韻を楽しんでるだけさ」


 本人はそう言っているが、誰がいつどこでどのようにどうやって見ても完璧なドヤ顔
 ……というよりは、明らかに相手を挑発している感じの顔である。

 美琴は反射的に電撃を使ってしまいそうになるが、さすがにそれは押さえつける。

 こんなところで電撃を出したら、その被害額がどんなものになるか想像もつかない。
 取り合えず、常盤台のお嬢様でも苦笑いを浮かべたくなるレベルであるのは間違いなかろう。


 八つ当たりするわけにもいかず、やり場のない怒りをどうしようかと考えながら、
 美琴は少しため息をついて、

221: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/07(日) 08:40:04.52 ID:5/Rtli2s0
 「はいはい、確かに私の負けよ。で、罰ゲームは何?」

 「……は?」


 これに困惑したのは、介旅の方だ。

 罰ゲーム?何それ、聞いてないよ?

 ?で頭の中をいっぱいにしている介旅に、美琴は若干ムクれながら言う。


 「何驚いてんのよ?私が勝ったらソレを貰えるって話だったじゃない。
  じゃあ、私が負けたときにはデメリットが無いとダメでしょ?」


 介旅の携帯についているゲコ太(カエルではない、要注意)を指さし、
 さも当然のような顔をして、美琴は言った。


 なるほど、と介旅は思う。

 これは、彼女なりのスジの通し方なのだろう。

 彼女にとって、これは必然であり、当たり前であり、もっともなルールなのだ。


 (やれやれ……正義感が強いってのも、面倒くさいよなぁ)


 勿論、もとより介旅は罰ゲームなどさせるつもりは無い。
 ゲームで楽しめたんだから、別にいいじゃないか。
 そんなニュアンスの言葉を、乏しい語譲の中から探し、

222: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/07(日) 08:42:16.11 ID:5/Rtli2s0





 (……あれ?待てよこれってもしかしてチャンス?)





 結局はそんな思考に行き着いてしまうのが、ダメ男介旅なのだった。まる。






225: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/09(火) 17:50:21.32 ID:z/4P5brx0
 罰ゲーム、と聞いたとき。

 人は、何を思い浮かべるのだろうか。

 一発芸やピンポンダッシュ、パシリに加え、場合によっては告白、なんてものもある。

 しかし、こと介旅初矢の脳内において、その常識は通用しない。


 そう、その単語から彼が連想するのはーー





 (メイド服……いや、ナース?待てよバニーなんてのも……)




 すなわち、コスプレ。

226: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/09(火) 18:08:06.44 ID:z/4P5brx0
 (あ、 エプロンってのもいいかな?いやでもそれはなぁ)


 くれぐれも言っておくが、罰ゲームだからといって何でもするなんてわけではない。
おそらく、そんなことを口にした暁にはヤムチャよろしくズタズタにされてしまうであろう。


 (……ハッ!?何を考えてるんだ僕は!違う違うそうじゃねえだろ!)


 と、このあたりでようやく正気を取り戻す介旅。
 取り合えず、ボロ雑巾ルートは回避できたようだ。

 危ねー何かとんでもないコトを口走りそうになった気がする、と介旅が僅かに身震いしていると、


 「ねー早く決めなさいよ、こっちは覚悟出来てんだからさ」

 「はぅあッ!?」


 ここで、予想外の本人からの催促。

 さっきまでイロイロと妄想していて後ろめたさMAXの介旅にしてみれば、
 まさに心臓が止まりそうなほど驚くハメになってしまった。


 「な、なんだよ驚かすなって!」

 「いや、むしろアンタの変な声にビックリさせられたんだけどさ。
  それよりも、罰ゲーム早く決めなさいって」

227: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/09(火) 18:19:06.73 ID:z/4P5brx0
 「あ、あーはいはい罰ゲームね。もう考えてあるから。その、アレだよアレ、ほら」

 「アレって何よアレって」


 ついつい虚勢を張ってしまう介旅だったが、もちろん考えているはずもない。

 必死で脳から捻りだそうとするも、こういうときに限って思考は完全フリーズ。

 いや、フリーズというよりも、


 (どうすんだよやっぱ正直に考えてないって……ダメだ何か気にいらねぇ!
  となるとアレだ! エプロンで僕にかしずじゃなくてえっと……)


 どちらかというとフリーズではなくオーバーヒートしている脳に、
 思考能力など残されている筈もない。

 マジでどうするか、介旅は頭を悩みに悩ませ、




 グウ~ッ




 突然鳴り響いた、腹の虫。

 無論、常盤台のお嬢様がそんな下品なことをするはずもなく。


 「んー?……お腹空いてんの?」

 「あ?あ、そうだな今朝ロクに食わなかったからなあっははは」

228: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/09(火) 18:19:47.08 ID:z/4P5brx0
 実際には、頭を使いすぎたためとかそんなものなのだろうが、
 バカ正直にそんなことを言えるはずがない。

 まぁ話もそれたし今のうちに考えるかな、と思ったところで、


 (……あ、いい方法あった)

 「?どうしたのよ、そんなアイデアの神が降りてきたみたいな顔して」


 不思議そうな顔をする美琴だが、介旅は気にもとめない。

 彼は自信満々に一言、






 「罰ゲーム決ーめた。昼飯奢れよ」





 「……?別にいいけど」

235: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/11(木) 21:38:49.26 ID:/qWzpq0N0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「~♪~♪」


 とある公園のベンチにて。

 介旅初矢は、音楽プレイヤーからイヤホンを通して流れる曲に合わせて、
 思わずといったような調子で鼻歌を歌っていた。

 再生しているのは、魔法を使う女子中学生達が絶望の運命に立ち向かっていく、
 鬱になる感じの深夜アニメのオープニング曲だ。

 余談ではあるが、彼の音楽プレイヤーの中身の九割九分はアニソンである。

 そんな自他共に認めるオタク介旅が、どうしてこんな健康的なところにいるかというと、




 「……遅いなぁ、御坂……」




 それだけ聞かれればどっかのツインテ風紀委員とかに串刺しにされそうな言葉を口にしながら、
 介旅は更に音楽プレイヤーを操作する。

 次に流れ出したのは、テンポのいい曲。

 今度は、バカがバカみたいにバカをやるhurt full(綴りに注意)学園コメディのエンディングだ。

236: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/11(木) 21:46:32.90 ID:/qWzpq0N0
 「~♪~~♪」


 リズムに合わせて軽く足を動かしながら、介旅はニヤッと笑う。

 そう、状況だけ見れば彼は
 『待ち合わせ場所』に『女の子』を『呼び出して』いるのだ。

 ついつい顔が緩んでしまうのも、無理はないことである。

 もっとも、彼が気持ちの悪い笑い方をしているのはこの状況を喜んでいるからではなく、


 (この前は工山に『どうせお前女の子と二人で出かけたこととか無いんだろ』
  とか言われたからな……あの野郎見てろ、今にギャフンと言わせてやる)


 まぁ要するに、ネット中毒の癖にコミュニケーション能力があってそこそこ美形で
 成績も悪くなく更に大能力者であってつまりは大分モテる友人へ自慢がしたかったわけなのだ。

 あのリアル二次元両立するスケコマシ馬鹿であっても、
 名門常盤台中学生となれば文字どおり格が違う。

 そんな女の子とデート(みたいなもの)をしたと言ってしまえば、
 アイツの高い鼻を明かしてやることもできるだろう。


 (ははははは甘いぞ工山!ハックの技術と運だけは、僕の方が上なんだぜ!!)

237: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/11(木) 22:00:09.95 ID:/qWzpq0N0
 自分で言っていて悲しくならないのだろうか、暗にそれ以外は負けてるぜイェーイと
 自ら宣言しながら、今もどこかでコンピュータを触っているであろう工山に勝利宣言をあげる介旅。

 ちなみに、その本人は現在ちょっとしたショックで
 寝込んでいるわけなのだが、介旅には知る由もない。



 と、そんな意味もない優越感に浸っている介旅の元に、少女の声がかけられる。


 「はい、買ってきたわよ。これでいいんでしょ」

 「お、サンキュって冷たぁっっ!?」

 「ぷっ、あはははは!まさかこんなイタズラに引っかかるとか思わなかったわよ」


 振り返った途端に頬に刺すような冷たさを感じ取った介旅がもう一度声の方に向き直ると、
 そこには氷菓子の入ったビニール袋を持ちながら、腹を抱えて笑う美琴が。


 「(……そういうのは、指でやってほしいもんなんだけどなぁ……)」

 「んー?何よう」

238: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/11(木) 22:07:09.78 ID:/qWzpq0N0
 何でもない、といった内容のことを伝えて、介旅は美琴から昼食の入った紙袋を受け取る。
 どうやら、中身はパンか何かのようだ。


 「……つか、コレ買った後にコンビニにも行ってたのか。そりゃ遅いわけだ」

 「あら待たせちゃった?ごめんごめん」

 「んーいやそこはいいんだけど何つーか……まあいいや。
  ところでこのパン、どこで買ってきたんだよ?紙袋には書いてないけど」

 「あー、その辺に新しく出来たのよ。『ベーカリーテッラ』だったかしら?
  特別な小麦を使用してます、とかいう触れ込みで……確か5000円くらいだったかしら」

 「高ッッか!え、何このふんわりとおいしそうなメロンパンはそんなに値が張るのか!?」


 衝撃のプライスに、動揺を隠せない介旅。
 同年代と比べても手持ちの多い彼にしても、流石にその額は有り得ないだろうと思う。

 やはり、少し金のあるだけの凡人と根っからのお嬢様では、
 どこかしらに次元の壁があるのだろうか。

 そんなことを考えながら、冷や汗と共に香ばしい匂いのする生地にかぶりつく。

 うん、悔しいけどおいしい。

 黙々と食べきってしまうのに、そう時間はいらなかった。

244: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/13(土) 23:56:05.41 ID:UKLFw2KV0
 量子変速。

 電撃使い(エレクトロマスター)や念動力(テレキネシス)、精神感応(テレパス)系などの
 メジャーな力に比べれば、幾分か珍しい部類に入る能力である。

 その効果は、『アルミを爆弾に変える』……と言ってしまえば簡単だが、正確には少し違う。

 使用者はまず、爆発させる物体(要・アルミ)に触れ、爆発させるための下準備をする必要がある。
 また、この『アルミに触って、爆発できる状態にする』作業は、
 専門用語で『基点設置(ポイントロック)』とも言う。

 基点設置の数に制限は無く、その限界は質量のみによって決まる、
 というのは意外に知られていない事実だ。

 次の操作は、アルミに含まれる重力子の加速。
 この加速に時間をかければかけるほど、爆弾の威力は上昇することとなる。
 逆に、威力を低く設定すれば、基点設置の直後に起爆するのも不可能ではないわけだ。

 なおこの操作を実行するには、基点となる物体にある程度
 近づいていないといけないという面倒な制限も存在する。

 そしてここまで来て、ようやくこの能力は発動するのだ。

245: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/14(日) 00:09:01.44 ID:kneMsjM/0
ーーーーーーーーーー

 「ちなみに、爆発の威力は加速時間と物体の体積、あとあんまり知られてないけど
  表面積によっても変わる。一番大事なのは加速時間だな。
  最大まで加速したのが、セブンスミストのワンフロアを爆破したときさ」


 少々誇らしげに自らの能力の解説を終えた介旅は、一息ついた後、暗い表情を見せて、


 「……まぁ、今はレベルも戻ってるし、あそこまでのことは出来ないだろうけど」

 「んー……ま、そりゃそうよね。所詮は借り物の力だったわけだし」


 介旅の話を聞いていた美琴は、そう相鎚を打った。

 続きを促すような美琴の語調に、介旅は少し逡巡しつつも口を開く。


 「はっ……情けない話だよな。そんな借り物の力でも……失ったのが、未だに悔しいんだ」


 暗い笑みを浮かべながら、介旅は言う。


 「あの力を手にしたとき、僕は思ったんだ。あぁ、これで僕は救われたんだなって。
  でも現実は、全く変わらなかった。アイツラは変わらず、僕を虐め続けた」


 沈んだ表情で、楽しくもない話をしていて。
 だけど彼は、どことなく憑き物が取れたような、気楽な声をしていて。

246: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/14(日) 00:21:18.43 ID:kneMsjM/0
 (何だかなぁ……ほっとけないじゃない)


 美琴が率直に思ったのは、そんなことだった。

 力が無くて。
 虐げられて。

 力を欲して。
 ようやく掴んだそれは、手の中からするりと抜け落ちていって。


 いくらその過程がねじ曲がっていても、結局はそれだけだったのだ。


 彼が本当に望んでいたのは、爆弾テロでも、風紀委員への復讐でもなくて。



 みんなが笑いあえる、そんな世界だったのだろう。


 そんな願いを持って、だけれど成し遂げられなかった彼を。

 自分に出来た、新しい一人の友達を。



 放っておくのも、見捨てるのも。

 出来るわけがなかった。

247: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/14(日) 00:24:49.20 ID:kneMsjM/0
 「はは、何話してんだろうな僕は。悪いな、こんな暗い話を……」

 「悪くなんかない」

 「……え?」

 「だから悪くないって言ってんでしょ。
  少なくとも私は、嬉しかったわよ。また一つ、友達の悩みを聞けてさ」


 優しくて柔らかな、そんな笑顔で、美琴は言った。

 弱者を慰めるのでも、年上を敬うのでもなく。



 同じ目線の『友達』として、彼女は笑いかける。


 「私は、どんな力を持ってようと、その力だけを誇るようなヤツは大っ嫌い。
  でも、今のアンタは違う。これだけは言わせて。アンタはもう、力が無くても大丈夫よ」

248: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/14(日) 00:30:58.87 ID:kneMsjM/0
 「……」


 何なんだろう、この少女は。
 介旅は、疑問に思わずにはいられなかった。


 凍った心すらも解かすような暖かい笑顔を浮かべたかと思えば、
 次の瞬間には何でも射抜くような強く、けれど優しい眼差しが、そこにはあって。



 そして、その顔は、何というか、その。



 (何か、アレだよなぁ……輝いてるってかさ、何つーか)



 認めたく、ないけど。

 ちょっとだけ、いや本当にそれだけなのかは分からないけど。


 可愛いなぁ、なんて。


 場違いなことを、思ってしまったのかもしれない。

254: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 20:24:10.96 ID:dsYyHLLD0
 (……いやいやだから何を考えてるんだ僕、相手は中学生なんだってば!)


 なんだか、思考が変な方向にシフトしつつある。
 介旅は頭を振って、ちょっとピンク色になりかけていた想像を吹き飛ばした。

 ダメだ、本当にダメだ。
 せっかく友達が相談に乗ってくれているんだから、こちらもそれに応じなければ。


 「……つってもさ。やっぱ、力ってのは欲しいもんなんだよ。
  あの時みたいな、借り物の力でもさ、僕にとっては嬉しかったんだ」


 ポツリ、と。
 介旅は、本音を漏らす。

 我ながら情けないと思うけれど、結局はそれが全てだ。

 不良から逃げないですむような、力が欲しい。

 自分の意志を貫けるような、力を手にしたい。

 そして、誰かを守れるような……そんな優しい、力を誇りたい。

 力なんてなくていい、と言われた矢先にこれだ。

 今更になって己の貪欲さを再確認することになった介旅に、美琴はもう一度笑いかけて、




 「そう、ね。今じゃ第三位なんて地位にいる私も昔は、
  どこにでもいるような平凡な能力者だった。だから、その気持ちはよく分かるわ」

255: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 20:30:27.31 ID:dsYyHLLD0
 アンタと同じ異能力者(レベル2)だったことだってあるのよ、と美琴は付け加える。

 返答が予想外だったのか、ポカンと口を開けた介旅に苦笑しつつ、美琴は続けて、


 「そりゃ、あんな手段にも縋りたくなるわよ」

 「……でも、」

 「ええ、分かってる。自分で言ったものね、そんなのはダメだって」


 介旅の言葉を遮った美琴はそこで、だから、と言葉を切って、





 「悔しいとか、欲しいとか思うんならさ。身につけてみなさいよ、本当の力を。
  あんな偽物じゃなくて、自分の努力で手に入れる、アンタだけの力を、さ」

256: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 20:38:43.24 ID:dsYyHLLD0
 「……それは、」


 続く言葉を、介旅はなんとか飲み込む。

 努力が実ったお前だから、言えるんだろ。

 自分にその気はなくとも、その言葉はきっと、美琴を攻めるものになってしまう。

 努力が実った。

 それは、運が良かったのか、元々才能があったからだろう、と介旅は思う。

 努力する人間はごまんといるけれど、成功する人間は一握りしかいない。

 それは事実であり、真理であって真実だ。

 努力すれば救われるなんて甘いルールは、この世界には存在しない。

 どのみち最後に栄光を手に入れるのは、才能のある人間と、運の良い人間だけなのだ。

257: 書いてる途中でフリーズったorz……  翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 21:10:26.94 ID:dsYyHLLD0
 「……、」


 肯定は出来ず、否定するわけにもいかず。

 介旅は、開きかけた口を再び閉ざす。

 しかし、その沈黙は最早、その内包する真意を隠し通せてはいない。

 一方で、その意味を汲み取った美琴は、


 「まぁ、アンタの考えなんて大体分かるけどさ」


 予想外に平然とした受け答えに呆然とする介旅に、美琴は歯を見せるように笑って、


 「努力をして失敗したくないってなら、いっそのことキッパリ諦めなさい。
  でも、失敗するかもしれなくても努力をするつもりなら、精一杯頑張りましょう」

 「……はは」


 そうか、とやっと介旅は気付く。

 この少女は、きっと才能があったのだろうし、運が良かったのかも知れない。

 でも、それでも。

 失敗を恐れずに努力をしたのは、確かだったはずなのだ。

 これだけ言われたのなら、せめてやれるだけやってやろう。

 その結果がどんなものだったとしても、誇れる過程を作り出すために。


 「あぁ、そうだな。やってやるさ」

 「うん、よろしい♪」


 その答えに、どうやら美琴は満足したようだった。

258: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 21:35:14.43 ID:dsYyHLLD0
 「……ってあれ?なんか一緒にやる雰囲気になってね?」

 「え?ハナからそのつもりだったわよ?」

 「マジか」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「oh……マズイことになったわね」


 こんな真っ昼間っから、堂々と来るとは。

 内装も何もない雑居ビルの中で、白衣を着た少女、布束砥信は嘆息した。

 彼女の視線の先ーーより正確には部屋の出口の前にいるのは、数人の男達。

 不良グループのように見えるその集団の中から、
 リーダー格と思わしき痩身の男が出て、布束の方へと歩み寄って来た。


 「一応確認させて貰うけどよ……嬢ちゃん、このマネーカード、
  アンタがばら蒔いてるってことで合ってるよな?」


 男が差し出した一枚のカードに、布束はチラリと目を向け、


 「what?そんなもの、見覚えが無いけれど」

 「とぼけんじゃねぇよ。『路地裏のお宝』……『天使の羽』とも呼ばれてたか?
  とにかく、アンタがコイツを置いてったのを見たってヤツがいるんだよ」

259: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 21:54:04.80 ID:dsYyHLLD0
 言い分だけ聞いてみれば、警察か何かのように思えなくもないが……
 まさか、『マネーカードのポイ捨ては禁止です』なんてことではないだろう。

 となれば当然、


 「may、捨てるぐらいなら寄越せ、と」

 「ま、そういうこった。否定するつもりはねぇらしいな、さっさと渡せば危害は加えねぇよ」


 別に捨てている訳でなく理由はあるのだが、こちらの事情など知ったことではないようだ。


 「trublesome……せめて夜に来てくれればいいものを」


 いざという時のために考えておいた戦法は、暗闇を利用したものだ。
 この時間帯にこの人数を相手取るのは正直キツイが、泣き言も言ってられない。

 と、布束が渋々戦う覚悟を決めたところで、


 「はいはい邪魔だよ邪魔じゃまー、おじさんたち早くどいてくれない?」


 何故か入り口の辺りから、第二次性徴期を迎える前の少女のような声がした。

260: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 21:55:32.35 ID:dsYyHLLD0
 「あん?」

 「あん、じゃなくてさ。のいてったら」


 布束が首を傾げていると、そんなやり取りが聞こえてきた。
 どうやら、ここに用のある少女がいるらしい。


「悪いがちっこい嬢ちゃん、こっちは取り込み中なんで、帰ってくんねぇか?」


 流石に無関係の少女を巻き込むのは気が引けたらしく、
 優しく追い返そうとする太めの男に、少女は一言、


 「うっせぇな早くどけっつってんだよデブ」

 「ッ!?」


 何だか一瞬化けの皮が剥がれた感じの少女の言葉に、
  ただでさえ低い不良の沸点は今すぐに限界を迎えようとして、


 「落ち着けバカ、何をガキ相手にマジになってんだ」


 そう諭したのは、中肉中背の不良B。
 小刻みに震えていた不良Aは、その言葉でようやく平静を取り戻して、


 「お、お嬢ちゃん?そういうことはあんまり人に向けて言うもんじゃないよ?」

 「あ、ご、ごめんなさい」

261: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 22:14:50.76 ID:dsYyHLLD0
 すごまれて怖気づいたのか、急にしおらしくなって謝る少女。
 その、なんだか今にも泣き出してしまいそうな声に、慌てる不良A。

 彼は大げさに身振り手振りを交えながら、


 「な、泣かなくていいよ!ほら、俺怒ってないからさ!」
               ・・・・・・・・・・・・・
 「ほ、本当にごめんなさい……ついつい、本音が出ちゃって」

 「ぬぁぁぁぁ!?」


 と、全く心のこもっていない(ていうかもう貶してる)謝罪に、
 今度は本気でキレそうになる不良A。

 そんなAを宥めるように、今度は不良C(ガタイが良い)が肩を叩いて、


 「やめろって。簡単にキレるのがおまえの悪い癖だ」

 「は、はぁ、チクショウ、そうだな、あぁ」

 「そうそう、ウドの大木さんの言うとおりだよ、ピッツァさん」

 「「ぬがぁぁぁぁ!?」」

 「!?denger!逃げて!!」


 何かこいつら面白いなー、などと人間観察をしていた布束は、そこでやっと思い出す。

 ここは恐喝の現場であって、決して何らかの交流会などではないのだ。

262: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 22:23:18.72 ID:dsYyHLLD0
 だが、気づいたときにはもう遅い。

 本気でキレた不良二人は、赤いランドセルを背負った少女につかみかかり、




 「うるさい」

 「「ごぶふぁ!?」」


 その二秒後には、二人仲良く壁に叩きつけられていた。


 「……は?」


 そしてその直後、少女の手が呆気に取られていた、近くの不良Bに伸びる。

 少女は男を引き寄せると同時、体を回しながら腰を屈めて、


 「は?ま、ちょ待て何それごっふぁぁ!?」


 ようやく事態を察知し始めたその男に、華麗な一本背負いを決めた。

263: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 22:40:39.70 ID:dsYyHLLD0
 「な、何だこのガキ!?」

 「どういうことだよオイ!?」


 ここまで来れば、周りの不良達も何かが起こっていると理解できる。

 その畏怖の視線に晒されながら、少女は金髪のツインテールをポリポリと掻く。

 そうしてから、少女はやっと何かを思い出したように
 背中のランドセルに手を伸ばし、何かを取り出した。


 「あ、ごめんね腕章付けるの忘れてた」


 そう言ってから、のんびりとした動きで袖の辺りに何かを取り付けると、
 ビシィッ!と指先を男達に向けて、


 「えっと、先進教育局特殊学校法人RFO所属、木原那由他です。
  暴行未遂で拘束します。風紀委員(ジャッジメント)ですの!」

 「「は、はあァアァァ!?」」


 驚く不良達(いつの間にやら復活していたABC含む)に構わず、
 『あははは、このセリフ言ってみたかったんだよねー』
 などと訳の分からないことを呟く、那由他という少女。

 対して不良達は、なんか負けるオーラプンプンするけど逃げるわけにもいかないよね?
 といった感じで、取り合えず迎撃体制に入る。

264: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/15(月) 22:47:34.37 ID:dsYyHLLD0
 「こ、こっちはこの人数なんだ、負けるはずがねぇ!……たぶん」

 「「そこはせめて自信持てよ!!」」

 「ジャッジメントですの!……違うなぁ、ですのー?でぇぇすのぉぉっ!!」

 「待てまだ覚悟できてなゴブ!?」

 「おいせめて一撃で終わらせグッハァァ!?」

 「てか俺まだ何も喋ってなひでぶぅっっ!!」





……不良部隊壊滅まで、残り45秒。

270: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/18(木) 22:37:09.71 ID:iwfOYouf0
 「crazy……あの人数を、この短時間で薙ぎ倒してしまうだなんて。あなた何者?」

 「あれ、言いませんでしたっけ。風紀委員ですよ」

 「ウソおっしゃい。一介の風紀委員に、こんなこと出来るはずが無いでしょう」


 ゴミの山のように積み上げられた不良達を指さしながら、布束は嘆息する。

 丁寧に痛めつけられた肉体に、気絶するまで追いやられた精神。
 こんなことを出来るのが一般的な風紀委員だったのなら、
 この町に住む無能力者達は不良になる気を無くすだろう。

 もっとも、わざわざ腕章を付けたり不良達をキチンと拘束していたりと、
 本物の風紀委員であることも確かなようだが。


 「ひどいですね。普通の風紀委員なのにこんなことをしてる人だっているんですよ?」


 通称『腹黒パンダ先輩』ね、と意味不明なことを言う少女に布束は眉を潜め、


 「in short、あなたは『普通の』風紀委員じゃないって認めているのね」

 「……鋭い人ですね」

 「dear、今のはあなたがボロを出しただけでしょう。それと、その気持ち悪い敬語は何?」

 「あれ、年功序列に厳しいって聞いたから合わせてたんだけど失敗だった?」

271: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/18(木) 22:59:00.21 ID:iwfOYouf0
 「as expected、そっちが素のようね。別に素に戻さなくてもいいのだけれど」

 「ううん、堅苦しいのは嫌いだし、こっちで話をさせて貰うわ」


 取り合えず、といった形だけの敬語を止めたせいか、少女の顔に余裕が増したようにも見える。

 普段なら、敬語を使わない人間にはローリングソバットを決めてやる布束なのだが、
 この少女には注意をする気にすらなれない。

 というより、そもそも敬語を使えるような人間ではないのだろう。
 明らかに不自然な敬語を聞いていると、逆に気分が悪くなる。


 「で?私についてそこまで調べてくるということは、must、何か理由があるのでしょう」

 「ええ、話が早くて助かるわ。
  精神医学関連において学園都市随一の研究成果を生み出す天才心理学者、布束砥信さん」

 「no、御託もお世辞もいらないわ。用件を言いなさい」

 「はぁ、冷たいなぁ。
  ……まぁ簡単に言うなら、協力の要請ってとこかな」

 「what、協力?」

 「そう。私とアナタが、共に抱えてる問題を解決するための、協力」

 「問題……?まさか」

 「えぇ、そうよ」

272: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/18(木) 22:59:53.91 ID:iwfOYouf0















 「『絶対能力進化(レベル6シフト)実験』の凍結、もしくは中止。
  ……あなたと同じで、私もそれを望んでるの」












273: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/18(木) 23:13:47.30 ID:iwfOYouf0
 「何、故、そのことを……ッ!?」


 布束は、戦慄する。

 少女の言ったその言葉の、その意味に。

 こんな小さな、自分の3分の2程度の人生しか歩んでいないはずの少女が、
 それを知っているという事実に。

 対して、少女は事も無さげにこう言った。


 「何を驚いてるの?もう一回名乗らないとダメかな。
  私の名前は、『木原』那由他っていうんだよ?」

 「『木原』……なるほど、ね。納得したくないけれど、納得したわ」


 布束は、冷や汗を流しながら応える。

 それは、この町の『闇』に、少なからず関わる布束ですら、ほんの少し聞いた程度の深い『闇』。

 なんでも、昼夜問わずに非人道的な実験が行われているとかいう研究所があって。
 そこの主任を任されているのが、木原の姓を持つ者達なのだとか。


 「but……何故その木原が、『実験』の邪魔立てをするのか、理解できないわね。
  あなたたちが噂通りの人間なら、むしろ好みそうな実験ではないかしら」


 身の毛もよだつような冷徹な『実験』の内容を思い出しながら、布束は言う。

 その問いに那由他は苦笑しながら、

274: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/18(木) 23:15:06.41 ID:iwfOYouf0
 「違うの、木原一族はこの実験に協力的よ。『実験』側に雇われてる奴もいるぐらいだし」


 右肩の辺りを押さえながら、那由他は続けて、




 「だから私は今、一族を追われてる状態なの」

 「……ッ!?まさかあなた、そんな状態で『実験』を止めようと……?」

 「だから協力者が欲しかったの。お願い、出来るよね?」

 「……sure」


 布束がそう言うと同時、小さな右手が、目の前にずい、と突き出された。

 戸惑う布束に、那由他はにっこりと、年相応の子供らしく無邪気に笑って、




 「約束の握手。しよ?」

 「……allright」


 手のひらに、人肌の暖かさを感じながら、布束は思う。

 また、守りたいものが増えてしまったな、と。

 そして決心する。


 この温もりも、絶対に失わせはしない、と。

279: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 22:06:48.35 ID:nGEPu8aM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 能力開発。
 そう言えば聞こえはいいが、簡単に言ってしまえばただのトレーニングだ。

 才能、種類など、別口の要素もあるが、筋トレと同じものだと思っても大した違いはないだろう。
 例えるなら、投薬や脳への電気刺激は蛋白質(プロテイン)の役割をなすわけだ。

 と、いうことで……








 ピィン、と。
 気味の良い音と共に、一枚のコインが宙を舞う。

 日の照らしを受けて銀色に光輝くそれは、しかし美しき放物線を描くには至らない。

 何故ならば。


 「おォオ、ラァッ!」


 という叫び声と同時に。


 ゴッ!と。
 唐突に、それ自体が爆ぜたからだ。


 通常の燃焼とは違う、上方向への指向性を持たぬ爆風は、
 コインを中心に半径30センチ程の鈍い光球を形作る。


 「……、」


 それを間近で見つめていた少女は、爆風の煽りと閃光に目を細めながら、ゆっくりと口を開いた。

280: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 22:18:17.16 ID:nGEPu8aM0






 「ーーダメね、全然ダメ。もう何がダメってダメなところが見つからないぐらいダメ」

 「言い過ぎだろ!?お前その短いセリフの中でどんだけダメを引用してんだよ!!」


 美琴センセーの(スパルタ)能力指導教室が始まってから、早一時間。
 介旅は、美琴によるダメ出し72回を記録しているところであった。


 「何よ、ダメなのが悪いんでしょ。
  その証拠に、最大出力がさっきから全く変わってないじゃない」

 「そりゃ一時間で変わるわけもないだろ!そんなんで能力が上がるんなら誰も苦労しねぇよ!!」

 「そんなことないわ。アンタが真面目にやってればもっと上がったはずなのよ」

 「え、マジで!?どのくらい?」

 「そうね、上手くいけば1ジュールくらいは」

 「目で見て分かんねぇ!
  比べるのもアレだけどダイナマイト火薬1ミリグラムの爆発力にも満たねぇじゃねぇか!」

 「何言ってんのよ、キャッチボールの50分の1ぐらいのエネルギーじゃない」

 「比べる対象がおかしいんだよ!しかもそれで50分の1って虚しくなるわ!!」

281: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 22:41:26.68 ID:MwTEjGyt0
 渾身のツッコミを入れるが、肝心の美琴は気にも止めていない様子。

 介旅は顔に流れる汗を手の甲で拭いながら、無駄な体力を使ってしまったことを後悔する。


 (そういえば、こんな風に汗を流したのなんて久しぶりかもな)


 中身のゴチャゴチャした鞄の中からハンカチを探しながら、介旅はそう思った。

 考えてみれば、最近かいた汗といえば冷や汗ばかりだったような気がする。
 たまには健康的な汗ってのもいいもんだな、なんて思いながら、ふと顔を上げると、


 「……あれ?」

 「?どうしたのよ、私の顔になんかついてる?」


 勿論、そんなわけではない。
 むしろその逆であって、顔に特に何も付いていないのが気になったのだ。

 つまり、


 「……お前、なんで汗かいてないの?」


 夏休み、ともなれば猛暑日の続く今日この頃。

 能力の使用で疲労している介旅はもちろん、この日差しの下に突っ立っているのだから
 美琴もそれなりに汗をかいていないとおかしいのだが、何故か涼しい顔をしている。

282: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 22:57:10.99 ID:MwTEjGyt0
 そのことを指摘すると、美琴はああコレのこと、とさも当然のように、


 「ほら、私の能力って発電系でしょ?
  だから、生体電流とか空気中や肌表面の水分とかに干渉して、
  動いてない間くらいなら快適な温度に保てるの」

 「……生体電流に干渉ってアレか?感覚神経をごまかして、涼しく感じさせるとか」

 「そんなことができたらいいんだけどね、私に出来るのは自分の痛覚の遮断ぐらいかしら。
  まぁ、そんなことしても体が危ないだけなんだけどさ、そうじゃなくて。
  発汗を抑えたり、逆に促進してすぐに蒸発させることで気化熱を奪ったりってだけよ」


 出来ない、というところが嫌だったのか苦笑いをする美琴だが、
 まぁ要するにコイツは人に散々指導した挙げ句自分はエアコン完備室内にいるような状態なのだ。

 協力して貰っておいて言うのも難だが、やはり理不尽さを感じずにはいられない介旅。

 自分のレベルが上がっても、どうせあんな便利なことは出来ないんだろうなー、と
 能力の種類自体に不満を覚えながら、介旅は取り合えず自販機に手を伸ばす。

283: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 23:17:13.33 ID:MwTEjGyt0
 その存在目的のほとんどが能力の練習である学園都市の公園に相応しく、頑丈かつハイテク
 (無論どこぞの金を飲み込むボロとは違い、斜め45度から蹴ったごときでタダで出てくるはずもない)
 な作りとなっているそれは、品ぞろえも豊富。

 定番のレモン牛乳にいちじくソーダ、さらにはなんと塩ココアまでってちょっと待て。


 「ま、まともなのがねぇ!レモン牛乳って確実に中で固まってんだろ!?
  塩ココアって何だ、想像もつかねぇけどマズイのは間違いない!」


 結局、迷った末に一番まともないちじくソーダを購入した。

 販売機の中のサラサラという音から察するに、原材料の粉末を
 その日その時の気温や湿度に合わせて自動調合してカップに入れてくれるタイプのものらしい。

 ぶっちゃけ、そんな無駄にハイテクな事するよりも商品のラインナップにこだわれよと思わなくもない。

 出てきたカップに口を付けると、以外と美味しかった。


 「……いや、これは機械の力なんじゃないだろうか」

 「別にいいんじゃない?てか、どっちかというとそっちのために作られたんだと思うけど」

284: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 23:40:09.32 ID:MwTEjGyt0
 いつの間にか隣にいた美琴が口を挟むが、介旅としては喉が潤せればいいので気にしない。

 口当たりが良くて、ものの数十秒で空にしてしまったカップを
 ちょうど近くを通った清掃ロボの方に投げ飛ばした介旅は、再び公園の真ん中あたりに戻る。


 「っし、じゃあやるかな。アドバイス頼んだ、先生」

 「わざわざ頼まなくても。乗りかかった船なんだし、最後まで付き合うわよ」


 呆れたように笑う美琴の前で、介旅はゲームセンターのコインを取り出し、能力を行使する。


 (始点設置……完了。加速、開始)


 コインを構成する重力子の加速を、ありありと感じる。

 後は、それが臨海点に達するまでひたすら待つだけーー


 「……ってあれ、ちょ、まさかごめんストォォォォッップ!!」


 ーーのはずだったのだが、そこに突然、美琴の大声が。


 「う、おぉぉぉぉ!?」


 驚き、コインを取り落としてしまった介旅は、そこで気づく。

 コインの表面に刻まれた、カエルの絵柄に。


 「おい、まさかこれかよぉぉぉぉッッ!?」

285: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 23:49:45.03 ID:MwTEjGyt0
 そう。
 介旅には知る由もないが、彼が今し方爆発させようとしたそれは、
 とあるゲームセンターでごく稀に手に入る、ゲコ太系統のレアメダルだったのだ。

 とはいえ、彼にそんなことを考えている余裕はない。

 何故ならば。


 「ヤバい……!」


 介旅の頬に、最近おなじみの冷や汗が伝う。


 「これだけ加速した重力子、止まるかどうか分かんねぇ!!」


 自分から引き離すべく、とっさにコインを蹴り飛ばすが、
 力加減を間違えたらしく、公園の外へと飛んで行ってしまった。

 それだけならいい、のだがしかし。


 「……?これは、コイン、ですか?」


 更に運の悪いことに、蹴り飛ばしたコインを誰かが拾ってしまったらしい。


 「クソ、間に合えーーッ!」


 介旅は、加速を止めることだけに全神経を集中させ、そして。















 爆発音は、しなかった。

286: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 23:54:37.27 ID:MwTEjGyt0
 「……止まっ、た?」


 呟いたのは、どちらだったのか、あるいはどちらもか。

 数秒の沈黙を置いて、介旅が口を開く。


 「ふぅ、何とか大丈夫だったみたいだな」

 「ほ、ほら、きちんとコントロールできないとそんな風に焦るハメになんのよ!」

 「う、うるせぇな!だいたいそもそもの原因はお前だろ!?」

 「違うわよ!アンタがケロヨンのメダルに気づかないからでしょ!!」

 「ケロヨンだかゲロヨンだか知らねぇけど普通気づかねぇよ!!」

 「ゲロ……っ!?何てことを!!ケロヨンに謝りなさい!!」

 「何が楽しくてカエルごときに頭下げなきゃ……」

 「あの、お忙しいところすみませんが、これは貴方達の物ですか?」


 ヒートアップしていった口喧嘩に、割って入る声。

 その話し方からするに、どうやらコインを拾ってしまった被害者のようだ。

 介旅と美琴は、ばつの悪いように黙り込むと、謝りながらそちらへ振り向く。


 「ご、ごめんなさ」

 「すみませ……」


 そこには、

287: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/21(日) 23:57:15.39 ID:MwTEjGyt0




















 「いいえ、気にする必要はありません、とミサカは諭します」



















      ・・・・・・・・・・・・
 そこには、もう一人の御坂美琴がいた。

294: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 20:38:06.67 ID:XVmAHcxk0
 「……は?あれ、えっと……?」


 その少女を見たとき、介旅が一番に感じたのは『戸惑い』だった。

 肩の辺りで切り揃えられた茶色の髪に整った顔立ち、その身に纏うは名門・常盤台中学の制服。

 それは、額の辺りに暗視ゴーグルらしきものを引っかけているのを除けば
 ーー否、そこを考慮したとしても、まさしく『御坂美琴』であって。


 (違う)


 だが、即座に介旅はその答えを否定した。

 振り返るまでもない、さっきから自分といっしょにいた『御坂美琴』の気配が、そこにある。

 ならば。

 目の前にいる、この『御坂美琴のような少女』は。


 (……一体、何者なんだ……?)


 そこまで考えて、介旅はゆっくり後ろに振り返る。

 元より、大して出来の良い頭でもないのだ。

 あれこれと考えるよりも、誰かに聞いてみるのが一番早いだろう。

 こんなにも瓜二つなのだ、美琴の関係者と見ても良さそうだ。

 常識的に考えれば双子、そうでなければ異様にそっくりな家族や親戚だろうか。

 そう考えながら背後を見た介旅の目に飛び込んできたのは、

295: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 20:44:25.89 ID:XVmAHcxk0



 「あ、れ?わ、たし?」



 「ーーーーッ!?」


 目に映った美琴の表情に、介旅は再び戸惑いを覚える。

 その顔に浮かんでいたのは、間違いなく己と同じ『戸惑い』。

 そう、『己と同じ』。

 それが意味するものを理解するのに、数拍の時が必要だった。

 即ち、未知へ対する困惑。

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 言ってしまえば、美琴はこのもう一人の美琴について何一つ知らないという事実。

 自分と同じ顔の人間が実際に存在していて、にも関わらずその人間を全く知らない。

 普通ならば有り得ない。

 誰かは、ドッペルゲンガーとでも言うかもしれない。

 ある人は、白昼夢だと一笑に伏すだろう。

 またある人は、他人の空似だとでも言い放つだろうか。

 だが、違う。

296: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 20:56:07.81 ID:XVmAHcxk0
 普通ならば、有り得ない。

          ・・・・・・・・・・・
 だが、だからこそ、普通でなければ有り得る。


 この街の名は、学園都市。


 その少女の名は、御坂美琴。


 『普通ではない』この街の、


 その中でも飛び抜けて『普通を越えた』能力者。


 そして同時に介旅は、友人の言った『ある噂』を思い出す。


 『なぁ、こんな噂知ってるか、介旅?』


 そうだ、友人の、工山規範の口にしたそれは、









 『『学園都市第三位には、軍用に開発されたクローン体が存在する』』

297: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 21:10:40.80 ID:XVmAHcxk0
 「……おい、まさか」

 「……ねぇ、もしかして」


 震える美琴の声と、自分の声が重なる。

 しかし、介旅は構わずに、そのまま言葉を紡ぐ。



 「お前は」「アンタは」






 またもや声が重なり、しかしまたも双方は譲らずに、口を動かす。














 「クローン人間、なのか?」「私のクローン、なの?」

298: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 21:19:25.37 ID:XVmAHcxk0
 二人の言葉を聞いた少女は、しばし黙り込む。

 自らの素性は隠し通す、ということか。
 それも、当然の反応だろう。

 しかし、これは禁則事項だと言われたところで、はいはいそうですかと引き下がる二人ではない。


 (どこかの研究機関が製造した?
  国際法に触れる人体のクローンを、本人の承認すらなく?一体何のために)


 と介旅は自分なりに様々な可能性を探し、


 (知らない間に、私のDNAマップが採取されていた?……まさか『あの時』ーー)


 と美琴が身に覚えがあることを一つ一つチェックしていると、





 「はい、そうですよ、とミサカは肯定します」




 意外にもあっさりと、本人の口からそれは暴露された。

299: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 21:26:28.37 ID:XVmAHcxk0
 「え、えぇぇぇぇ……?そんなにアッサリ」

 「ちょ、マジメにどう口を割らせようか考えてた私がバカみたいじゃない!?」


 想定外のカミングアウトに、思わず調子を崩されかける二人だったが、
 美琴はハッと頭を左右に振ると、気持ちを切り替えたように、更に質問を重ねる。


 「ねぇアンタ、どこのどいつに何のために造られたの?」


 その問いに少女はまた黙り込んで、


 「ZXC741ASD852QWE963'、とミサカは符丁の確認を取ります」

 「は?」

 「おい、それって暗号コード……?」

 「やはりあなた方は実験の関係者ではないのですね。先程の質問にはお答えできません」


 少女は納得したようにそう言うと、美琴の方へと手を伸ばし、


 「あぁ、そうそう。先程も伝えましたが、落とし物ですよ、お姉様」


 そう言って少女の突き出した掌の上には、安っぽいアルミ製のコイン。

 間違いなく、自分の不注意で飛ばしてしまった物だった。

300: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 21:36:08.70 ID:XVmAHcxk0
 「あーはいはい、ありがとね。それでさっきの質問に戻るけど、何で言えないの?
  アンタが私のクローンなら、私はアンタの親なんでしょ?知る権利はあると思うけど」

 「機密事項だからです、とミサカは簡潔に答えます」

 (そのコインは一応僕のなんだけどなぁ……あ、コインケースに仕舞いやがった。
  ま、いっか。突っ込める雰囲気でもねぇし)


 一人場違いなことを考えている介旅など気にも留めずに、美琴の尋問は続く。


 「じゃあもういい、勝手に尾いていくわ。
  アンタが帰った場所まで行って、製造者に直接聞いてやる」

 「……そのような事態への対処はインプットされていません。
  お好きにどうぞ、とミサカは伝えます」


 強い語調の美琴に、飄々と答える少女。
 だがその様相とは裏腹に、交渉は美琴に有利に進んでいるようだった。


 「何を偉そうに……まぁいいわ、じゃあ遠慮なくそうさせてもらおうかしら」


 危ない感じの笑顔を浮かべる美琴に、介旅は少しげんなりしつつ、


 「えっとさ、一応聞くけど……帰っていい?」

 「何言ってんの、アンタも一緒に来るに決まってんでしょ」

 「ですよね……」

301: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/24(水) 21:39:59.69 ID:XVmAHcxk0
 (まぁ、どうせ暇なんだしいいか)


 と、介旅は楽観的に考えて、


 (あれ?それってもしかして端から見るとストーカーじゃね?)


 美琴といっしょにいる分には構わないだろうが、もしかするともしかするかもしれない。

 また警備員さんにお世話にならないように気をつけよう、と心に決めた介旅であった。
















 「そうだ、ちなみにお前、名前なんてーの?」

 「ミサカの名前はミサカですよ、とミサカは返答します」

 「だー……御坂は御坂でミサカはミサカなんだな、分かった」

 「ちょっと、そんな紙に書かないと分からないような区別やめてよ」

307: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/27(土) 09:20:57.72 ID:TVJjbFHY0
 木々の葉の間から漏れる陽光が、乾いた地面を優しく照らす。

 風が吹き抜け、時折噴水の水飛沫のかけらがその中に混じり、より一層の涼しさを演出する。


 「むー……」


 そんな、真夏の一日とは思えないほど爽やかな環境の中、介旅初矢は悩んでいた。


 「……やっぱビリビリでよくね?」

 「あだ名だしムカつくから却下」

 「じゃあ、そっちを御坂妹って」

 「誰かに聞かれたら面倒なことになる。却下」

 「み、美琴」

 「気安く下の名前で呼ばないでよね」

 「ヒデェなオイ!?僕今結構勇気を振り絞ったんだよ!?」

 「ほらほら、いいからさっさと考えて」

 「クソ、お前らの呼び分けを何で僕が考えないといけないんだ……」


 そうは言うものの、やはり一度引き受け(させられ)た手前断りづらいのか、
 介旅は再び思考を始める。

308: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/27(土) 09:33:34.31 ID:TVJjbFHY0
 「あの、お言葉ですが」


 と、あまりにも真剣に悩む介旅を哀れんでか、ミサカがそこで口を挟み、


 「抑揚……イントネーションを変えればよいのではないでしょうか、とミサカは提案します。
  例えばお姉様は『御坂(↑)』ミサカは『ミサカ(↓)』といったように、とミサカは補足します」

 「「……」」


 介旅と美琴は、数秒ほどお互いに顔を見合わせてから、




 「「それだ!」」



 「えぇと……適当に言っただけなのにそんなにプッシュされると少々気まずいのですが、
  とミサカは本音をぶちまけます」

 「えー、でもいいじゃない。それなら知り合いに聞かれても平気だし」

 「呼び分けは混乱しそうだけど、見分けるのも混乱するんだし同じことだろ」


 とまぁ、二人してミサカの意見を押しまくっている訳なのだが、要するにアレである。
 会議が長引いたときに出された適当な案が適当に賛成され易いのと同じだ。

 後で面倒くさいことになるとか関係なしに、取り合えず今
 面倒なことを終わらせたいという心理が働いているのだ。

309: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/27(土) 09:41:56.16 ID:TVJjbFHY0
 とまぁ、よくある集団心理に引っかかっている二人だが、ミサカの方もそれに気づいていない。
 この時点で、彼女もある程度集団心理の中に取り込まれているのだろう。

 ともあれ、一度可決されてしまった案を今更変えるのも面倒だと
 思い直したミサカは二人の方に向き直って、


 「では、ミサカはこれで失礼させていただきます、とミサカは告げます。
  尾けてくるなら勝手にどうぞ」

 「はいはい、んじゃお言葉に甘えて」


 言うと同時に歩き出したミサカと美琴に、慌てて着いていく介旅。

 というか尾行を公認するのって間違いなくアウトじゃね?などと思いながらも、介旅は歩く。


 「つーか、クローンなんて聞いたからアレだな、本人を殺して成り代わる
  なんてのを想像してたのに、まさかこんな平和なやつだとはな」


 何気なしに介旅はそう言って、


 「いえ、ミサカ達は平和などとは程遠い存在ですよ、とミサカは訂正します」

 「?おい、それってどういうーー」

 「達!?達ってどういうことよ!まさかアンタみたいなのがまだいるわけ!?」

 「おや、あんなところに雀が」

 「聞けっての!」

 (……なんだかなぁ)

310: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/27(土) 09:44:04.02 ID:TVJjbFHY0
 意味深な台詞に得体の知れない不安を覚えたのがバカみたいだ、と介旅は思った。


 どうせ、『軍用』クローンだから、とか
 そんな理由なんだろうな、と。


 そう思って、何故か震える体を抑えつけた。


















 彼がその真意を知り、後悔することになるのはーー






 もう少し、ほんの一寸だけ、先の話。

315: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 11:12:56.09 ID:HyEge9bB0
 『定時連絡。南ゲート付近ブラウンマーブルよりマーブルリーダー。
  18時00分ジャスト。こちら異常ありません』



 『北ゲート付近イエローマーブル、同じく異常ありません』




 『こちら学区外巡回中レッドマーブル。予想よりも早く気づかれましたが、許容範囲です』




 己の部下達からの三件の報告。
 いずれも想定内だ。今からやることに影響は及ぼさない。

 テレスティーナ=木原=ライフラインは、笑みを噛み殺しながら指令を出す。


 「よし、時間だ。始めろ」




 言葉は、簡潔だった。



 直後。


 学園都市第23学区の一角を、轟音が包み込んだ。

316: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 11:29:44.59 ID:HyEge9bB0
 音の正体は、この学区にある、とある倉庫の扉を無理矢理こじ開けるため
 ーーではなく、扉そのものを吹き飛ばす為の大量の爆薬。

 あまりの音に、テレスティーナは顔をしかめる。

 もう少し薬量を少なくしておけばよかったか、と思うも、やはり無理だと考え直した。

 四十ミリグレネード砲程度ではびくともしない壁を破るには、
 どうしてもそれなりの量が必要になってしまうのだ。


 「……チッ、能力使って聴覚を遮断しとくべきだったか」

 「どうしました?」

 「何でもねぇよ、さっさと行くぞ」


 言うと、テレスティーナは駆動鎧を軋ませながら走り出した。

 慌てて着いてくるパープルマーブルの隊員達のことは特に気にかけず、
 一歩で数メートルの距離を移動しながら彼女は自らの状態を確認し、


 (……クソ、やっぱり昨日のダメージが残ってやがる。
  駆動鎧の姿勢制御コンピュータ部分を破壊されたんだから当然か。
  他の駆動鎧から移植しても上手く機能しやがらねぇ)

 『リーダー、作戦よりも若干の遅れが見られます。
  今後の活動にも影響を及ぼす可能性があるのではないでしょうか』

317: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 11:45:51.15 ID:HyEge9bB0
 「分かってるっつの。『アレ』を手に入れた後で、改造ついでに修理しておくわ」


 慎重派過ぎる隊員の声に、通信をブツリと切る。

 と、そこでようやくおいついたパープルマーブルの一人が心配そうに、


 「リーダー、大丈夫なんですか?通信部隊との連絡を切ってしまって」

 「平気だよ。あっちは私の計画の補助程度だからな。
  大体、わざわざ緊急召集までして警備員の配置を変えたんだ。
  失敗するわけがねぇだろ」


 簡単に言い切った彼女の表の顔は、警備員特殊部署、先進状況救助隊(MAR)の所長。
 つまりは、警備員の中でも特別扱いされている人間なのだ。

 そんな彼女が緊急召集を要請したのだから、通らない方が不自然というものだ。

 案の定、召集の後に行った会議にて
 第23学区の警備員を全てMARに変更させることが成功、今に至るわけである。

 要するにこれは、戦艦で撃ち合うゲームで
 最初から相手の船の中が味方だけであるようなものなのだ。
 学区外の警備員が来る(タイムアップ)までに事を終わらせてしまえば、後は何の問題もない。

 自分達は、正体不明の侵入者に撃破されたと言っておけばいいわけだ。

318: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 11:58:21.19 ID:HyEge9bB0
 「……っと、ここかぁ?」

 「の、ようですね」


 辿り着いたのは、申し訳程度の明かりすらない闇の空間。
 倉庫の最深部からある一定のプロセスを踏むことによって発見できる、秘密の部屋。


 「しかし、何故『表側』の保管庫に?裏には裏の倉庫があるものではないですか?」

 「スペースの都合で間借りしたか、もしくは裏でも引き取りたくないような代物か
  ……今回の場合は、後者の可能性が高いがな。
  持ってるだけで抗争になるような兵器だ、裏側が手を出しにくい表側に保管したんだろ」

 「しかしそのおかげで、表にパイプを持つ私達には都合がいい、と」

 「そういうこった。ほら、分かったらお前等も探せ。時間がねぇんだ」


 駆動鎧に備え付けのライトと能力を使って、テレスティーナは
 ゴロゴロと置いてある兵器たちをかき分けながら目的の物を探していく。

 とはいっても、隊員の方にそんな能力はないので、完全なる手探りで探すことになる。

 リーダーとは違ってか弱い乙女なんですよ、というセリフをなんとか飲み込んで、
 チームの紅一点(自称)の隊員はライトを点けた。

319: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 12:10:48.17 ID:HyEge9bB0
 「……あ、リーダー。これじゃないですか?」

 「あ?どいつだよ」

 「ほら、これ。えっと、FIVE……あとは暗くて読めませんね」

 「そいつだ!早くこっちに寄越せ!」

 「給料上乗せしておいてくださいね」

 「生憎とテメェラの顔なんざ覚えてねぇんでな。テメェの名前すら分かんねぇから無理」

 「えー、そんなー……」

 「フン、嘗めた口聞きやがって。普段ならモルモットにしてやるとこだが、
  今日は機嫌がいいんだ、勘弁してやる。次からは気いつけるんだな」

 「りょーかいです、リーダー」


 次は本気でモルモットにしてやろうかと思わなくもないテレスティーナだったが、
 取り合えずは目先にあることが最優先だと考え直し、手に入れた『兵器』を分解する。


 「あれ、壊しちゃうんですか?」

 「あぁ、私が欲しいのは発射部分だけだからな。コイツのコンピュータは未完成だし」

320: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 12:14:21.20 ID:HyEge9bB0
 いくつかの専用ツールを使って、分解を進めながらテレスティーナは思う。


 「……ッ、」


 これさえあれば。


 「ヒヒ、ひゃは」




 これさえあれば、あの少女に勝てる、と。




 「ハハ、アッハッハッハッヒャッハァッヒヒヒハクハはははははは!!!」




 木原那由他に、地獄を見せてやれる、と。





 「待ってろよ那由他ちゃぁーん!?ギッタンギッタンにしてやるからなぁぁぁぁ!!」

321: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/29(月) 12:14:48.85 ID:HyEge9bB0
 「……うわぁ、リアルでギッタンギッタンって言葉使ってる人初めて見た」

 「よぉし、テメェのお望みはモルモットだな?」


 そうは言っても、ヤる気になれない。
 今日はなんだか調子の狂う日だ。

 情緒不安定予備軍であるテレスティーナは、今日一日をそう締めくくった。

328: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 22:52:12.16 ID:SQfHFu320
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「はぁ……何だかなぁ」


 夜、とは言ってもまだ地平線の向こうで夕焼けが薄く赤らんでいるような時間帯。

 最終下校時刻間近の道路を、介旅は歩いていた。

 今頃、夏期留学に出ている弟はどうしているだろうか。

 淡い朱色は、どこか感傷的な気分を誘った。


 「ガラじゃない……いや、一周回って逆にフィットしてるんじゃね?」


 それはない、と心の中でセルフツッコミ。

 はぁ、とまた溜め息をついて、介旅は今日一日を振り返る。



  
329: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 23:02:38.41 ID:SQfHFu320
 『そんなに必死で謝らなくても、別にいいんだぞー?』


 メイドの修行中だという、小柄な女の子に出会った。


 『人の友達に、何をする気よ!!』


 勘違いをした少女に、突き飛ばされた。

 その少女は、因縁のある相手だった。


 『私が、アンタの新しい友達になってあげる』


 笑顔の似合う、活発な少女だった。

 元気で、優しくて、……可愛かった。

 この笑顔を失わせたくないと、そう思った。


 『いいえ、気にする必要はありません、とミサカは諭します』


 今度は、少女のクローンときた。

 現実味を帯びないその存在は、確かにあそこにいた。  
330: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 23:09:16.45 ID:SQfHFu320
 『ムム。お腹がすきました、とミサカは報告します』

 『何でアンタは、そんな期待した目でこっちを見るのよ』


 まるで本物の双子みたいだった二人と一緒に、いろんなところに行った。


 『食後はカフェでくつろぐものですよね、とミサカは確認を取ります』

 『この炎天下は、水分だけでは乗り切れません。
  ちょうどあんなところにアイス屋さんがありますよ、とミサカはさりげなく伝えます』

 『尾行を許したのですから対価はあってよいのでは、とミサカは報酬にぬいぐるみを要求します』


 ファストフードを食べた。
 喫茶店でのんびりした。

 ダブルのアイスを頼んで、片方落としていた。
 どうでもいいことを口実に、ファンシーグッズを買わされそうになった。

 そこにいたのは、普通の人間だった。
 自分と何も変わらない、たった一人の。



  
331: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 23:12:46.90 ID:SQfHFu320
 あぁ、そうそう。

 帰り際には、ちょっとガッカリさせられたんだった。


 『ミサカはこれから実験の手伝いに行かなければならないので、施設には戻りません』


 何だそりゃ、と。
 思わずツッコんでしまった。

 あの苦労は一体何だったのか。
 そう言ってやろうとも思ったが、よくよく思い返してみれば全く苦労なんてしていなかった。

 それならいいや、と。
 そこで、尾行は終わってしまった。

 帰り道が違ったから、そこで美琴とも分かれた。

 最終下校時刻のバスに乗れ無かったので、とぼとぼと歩いてここまできた。


  
332: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 23:15:22.93 ID:SQfHFu320
 「……ついた」


 思案を止めて、前を見る。

 無骨な外観に、ハイテクノロジーの素材。

 いつの間にか、警備員の詰め所に着いていたようだ。

 介旅は、ドアの取っ手に手をかけた。

 今は、ここが自分の居場所だから。

 一切躊躇わずに、介旅は言う。




 「ただいま」






 そして、ガチャリと開いたドアの先で待っていたのは、


  
333: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/08/31(水) 23:16:02.64 ID:SQfHFu320





 「うだー……。ダメじゃんよぅ」







 と机に突っ伏す黄泉川愛穂と、




 「うわ、何だコレ」




 大量の書道半紙にしたためられた『禁煙』の文字であった。


  
339: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 05:54:07.46 ID:VpbN1VOR0
 「えっと……黄泉川さん、何してんの?」


 机の上に上半身を投げ出している黄泉川に、介旅は問いかけた。

 黄泉川は軽くこちらを見て、手に持っていた煙草の火を消してダストシュートに放り捨てると、


 「いやぁ……見ての通り、禁煙に失敗したじゃん」

 「いや見ても分かんねぇけどな」


 まぁ確かに『禁煙』と書かれた紙が散らばってはいるのだが、
 そこから禁煙失敗の意を読みとるのは困難というものだ。

 あるいは、精神感応系の能力者になら可能なのかもしれないが。 
 身近にいる精神感応系が特殊すぎてあまりそっち方面の知識がない介旅には、
 よく分からない分野のことだ。


 「……で、一応聞くけど。何日保ったんだよ?」

 「1/12日」

 「……それって禁煙なのか?」


 二時間というのは、どちらかといえば「吸わない」ではなく「吸えない」
 時間に該当したのではないか、と何となく介旅は思う。


  
340: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 06:11:00.44 ID:VpbN1VOR0

 「失礼な。これでも頑張った方じゃんよ」

 「ちなみに最長記録は」

 「1/31ヵ月」

 「わざわざ分数にしなくてもよくね?」


 うん、コイツはただ単に我慢の足りない人だ、と納得した介旅は呆れたような目で黄泉川を見る。

 当の本人は別段気まずそうな顔もせずに、


 「ニコチンとタールの無い世界の名は地獄じゃん。禁煙なんて無理無理」

 「おいそれでいいのか生徒指導の教師」

 「駄目だから禁煙してんじゃんか。介旅、お前何かいい方法知らないか?」

 「え?んーっと……」


 聞き手に回っていたところに突然話を振られ、介旅はしばし考え込む。

 その間にも、黄泉川はどんどんニコチンを接種して、気力を回復させていた。

 というか、二時間でコレなら一日で干枯らびるんじゃなかろうか。


 「……じゃ、ちょっと荒療治だけどいいか?」


 そうこうしている間に考えがまとまった様子の介旅の顔に、黄泉川は期待の眼差しを送る。


  
341: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 06:22:22.47 ID:VpbN1VOR0

 ちなみにそのキラッキラした視線には、
 これでもう『煙草を吸う女性ってちょっと……』とか言われなくてすむんだっっ!!!!
 という切実な思い(むしろ事実。五年ほど前)が上乗せされているのだが、介旅はそんなことは知らない。

 彼にしてみれば、禁煙ぐらいでそんなに期待されても困るのだ。

 介旅はちょっと苦笑いを浮かべつつ、


 「そうだな……ようは、吸えないようにすればいいんだろ?じゃあ僕が道具を預かっとくよ」

 「……えー?それは辛いというか別の方法はないじゃんか?」

 「辛いぐらいじゃないと駄目だろ。ホラ、ライターと煙草出して」

 「そんなぁ……」


 落胆した声を出してはいるものの、やはり禁煙は必要だと悟ったらしく
 黄泉川は涙目になりながらも喫煙用具たちを差し出す。


 「先に言っとくけど、絶対に吸っちゃ駄目じゃん?」

 「こんな間近で依存者を見せられて吸いたくなるわけ無いだろ」

 「あと、そのライターの燃料漏れると危険だから気をつけるじゃん」

 「危険?」

 「何か試供品らしいけど。どうも、爆薬みたいな燃料を使ってるらしいじゃん」

  
342: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 06:37:42.57 ID:VpbN1VOR0

 「……確かに危険だな」


 もっともそれで通常のライターとして使えるあたり、さすがは学園都市の技術力。
 ミリグラム単位で燃料の出力を調整できたりするのだろう。


 「……ん?」


 と、ライターを受け取った介旅はそこで首を傾げ、


 「そういえば、今日は警備員の緊急召集があったんじゃねぇの?鉄装さんが言ってたけど」

 「体調不良で欠席じゃん」

 「……二日酔いは体調不良なのか?」

 「体調が良くなかったんだから嘘ではないじゃんよ」


 黄泉川は、さらりとそう言い放った。
 ここまですんなりと言われると、逆に正しいことのようにも思えてしまう。


 「……いや、やっぱダメだろ」


 介旅がそう口に出した、その時だった。

 黄泉川の携帯が、軽快な着信音を鳴らす。


  
343: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 06:48:52.45 ID:VpbN1VOR0
 安っぽい液晶画面に表示されたのは、『警備員本部』の文字。

 黄泉川は纏う空気を一変させ、携帯を耳元まで持っていく。


 「はい、こちら黄泉川愛穂です」


 電話に出た瞬間、彼女の顔に先程までの面影は残っていなかった。
 いわば、仕事モードというやつだろうか。

 向こう側の声は聞こえないので、介旅にその内容は分からない。
 だが黄泉川の表情を見るに、深刻な事態が起きていることは容易に想像がついた。


 「……了解。すぐに向かうじゃん」


 そう言って通話を切った黄泉川は介旅の方に向き直り、


 「はぁ……どうやら、23学区の地下倉庫に侵入した奴等がいるらしいじゃん。
  あんな胡散臭い連中の言いなりになったって聞いたあたりから、想像はついたけどな。
  てなわけで悪いな介旅。しばらく現場に向かうから、留守は任せたじゃん」

 「分かってるっての。行って来いよ」


 介旅が言い終えたときには、既に黄泉川の姿は無い。

 さてとりま夕食でも作るかな、と介旅はキッチンへ向かおうとして、あるものを見つけた。


  
344: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 06:58:02.95 ID:VpbN1VOR0

 「……ん?アレって」


 机の上のパソコンが、電源付けっぱなしになっている。
 しかも、ログアウトすらしていない状態で、だ。

 全く、不用心なこと極まり無い。
 誰かに勝手に使われたらどうするのだろうか。


 (……勝手に?)


 そこでそんなことを考えてしまうのは、彼の性か。

 今ならバレない。久しぶりにパソコンが使える。
 そう思った二秒後には、彼の手はキーボードの上にあった。


 「さて、何をするかな……」


 ネットサーフィン?ハック?それとも……、と挙げていった介旅は、ふと思い出した。


 (……パスワード解読)


 思い浮かべるのは、あの少女。

 思い出せ。
 あの時、ミサカは何と言っていた?


  
345: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 07:07:55.64 ID:VpbN1VOR0
 
 パスの確認を取る。
 そう、確かそう言っていたはずだ。

 学園都市に紙のデータはほとんどなく、ほぼ全てがデジタルに収められている。

 つまり。



 (パスワードを解読してハックをかければ、アイツの関わる実験のデータを入手できる!)



 カタカタカタカタ、と介旅の指がキーボード上を滑る。

 意外にもセキュリティが甘かったことと、このコンピュータの情報ランクが『B』
 つまり教職員用レベルであることが幸いとなったのだろう、データはすぐに見つかった。

 介旅はそれに目を通して、







 「……嘘だろおい」






  
346: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 07:14:47.57 ID:VpbN1VOR0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 「ウソでしょ……?」





 同時刻、とある電話ボックスの中で御坂美琴は震える声で呟く。

 手に持ったPDAに表示されたのは、とある実験のデータ。
 あのクローンの少女が使われる、その実験の内容は……、





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そして同時刻、とある路地裏。


 「時間です。被験者は所定の位置へ、とミサカは伝えます」

 「あァ、分かってンよ」


 被験者と呼ばれた少年は、引き裂くように笑う。


 「ンじゃ、まァ……始めるか」


 白く、白く、白い。
 最凶の最強と歌われる少年は、笑いながらそう言った。


  
347: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/02(金) 07:16:39.81 ID:VpbN1VOR0



 物語の中心は、加速装置の少年と電撃使いの少女。


 役者は出揃った。

 観客は集まった。





 これより、惨劇の舞台が幕を開ける。





 舞台に立つ筈でなかった少年は、果たして何をすべきか。






 それは、誰にも知り得ない。




  
354: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:09:01.94 ID:GB9qa5I80

 「これより第九九八二次実験を開始します、とミサカは告げます」


 言うと同時、少女は駆け出す。

 その手に握るのは、最新型低反動アサルトライフル『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』。

 密林の猛獣程度なら一撃で仕留める威力を持つそれを、少女は少年へと向け、




 「ーーーーッ!」




 直後、轟音が発生した。


 少女の打った弾丸の炸裂音、ではない。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 少女の体が、鉄筋コンクリートの壁へと激突した音だ。




 「……がッ……ふ……?」



 訳が分からない、といったような表情を少女は浮かべた。


 少女の目には、少年が軽く足踏みしただけにしか見えなかった。

 ・・・・・・
 にも関わらず、少女の体は吹き飛ばされ、壁面に叩き付けられた。

355: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:24:11.13 ID:GB9qa5I80


 「あン?なァにを驚いたみてェな顔してやがンですかァ?
  そンなンで俺の相手をしよォなンざ片腹痛ェっつの……人形如きがよォ」



 少年は、笑っていた。


 警戒する必要など、無いと言うかのように。

 笑いながらでも、指一つ動かさずとも危険は無いと言わんばかりに。


 間違いなくこの現象を引き起こした張本人であろう彼にとって、
 少女とはつまりその程度の相手なのだ。



 「……油断していると、足下を掬われますよ、とミサカは忠告します」

 「あァ?」


 絞り出すような少女の声に、少年が反応した瞬間、

 プツン、と唐突に、路地裏を照らす街灯が一斉に機能を停止した。



 「ヘェ……成程ねェ」



 感心したような声を出す少年に、少女は迷わず銃口を向ける。

356: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:29:09.49 ID:GB9qa5I80
 月明かりは雲に隠され、街灯も消した。

 つまりこの暗闇の中で視界を確保できるのは、暗視ゴーグルを装備している少女のみ。

 少年には、この攻撃に反応することは不可能。



 「足下を掬われましたね、とミサカは勝ちどきを上げます」



 宣告と共に、弾丸が空を切る。


 各種センサーを利用し、標的に合わせ最も効率的な弾道を計算する
 『オモチャの兵隊』の弾丸から、逃れる術など無い。


 五・五六ミリ弾が、少年の体中に襲いかかった。

 その中の数発は、間違いなく急所に届いている。


 そして、



 「………………?」



 少女には、何が起こったのか分からなかった。



 自分が撃ったはずの弾丸が、少年の体に引き寄せられるように飛んでいった弾丸が。



 自らの体を、貫いていった。

357: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:34:08.22 ID:GB9qa5I80

 「…………がッ!?」



 激痛が、直後に襲いかかる。

 銃痕は肩に二カ所と、わき腹に一カ所。

 計三カ所の穴から、赤黒い血液が大量に流れ出す。



 「ハッ、何を痛がってンだ人形!ほら次の手はどォした、あァ!?
  早くしねェとぶっ殺しちまうぞ!」


 「ーーーーッッ!」



 痛む体に鞭打ち、少女はとっさに横に転がる。


 次の瞬間、先程まで少女の頭があったはずの地面を、少年の足が踏み砕いた。


 ギリギリのタイミングに冷や汗を流す少女だったが、
 少年の攻撃は未だ終わってはいない。


 砕かれたコンクリート片が突然、少女の方へと発射されたのだ。

358: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:47:33.87 ID:GB9qa5I80

 どすどすどす、と鈍い音が連続した。



 「ひぎッ、……いぁ……!!」



 尖った破片が、とっさに顔を守った腕の中へ埋没している。

 ザラザラとした表面に、肉が削がれ、神経を抉り取られていく。



 「チッ……もォ終わりか?クソつまンねェなオイ」



 見上げれば、退屈そうな少年の顔。

 その手が、少女の体に迫ってくる。



 「ーーーーッッッ!!!」



 痛覚が麻痺し、ほとんど何も感じない腕を振り上げ、
 少女は役に立たない『オモチャの兵隊』を少年に投げつけた。


 突然のことに驚いたのか、少年が一瞬怯む。


 その隙に、少女は駆け出した。


 死の路地裏から、逃げ出すために。

359: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/06(火) 06:55:31.81 ID:GB9qa5I80


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 まさに体の限界を示すような、
 タッタッタタッタッッ、と不規則な足音を聞きながら、少年は笑った。



 「逃げンのか?イイねェ……食われるだけの豚じゃなくて、狩人を楽しませる狐ってワケか。
  ……つーか、狐狩りってなァ確かイギリスの伝統だっけか?」



 少年の能力なら、少女を逃がさずに止めを刺すことなど簡単だ。

 いやそもそも、最初の一撃で少女を殺すことも可能だっただろう。


 少年がそれをしなかった理由は、至極簡単。


 少年にとってこの実験は『人』を『殺す』ことではなく。

 逃げる『人形』を楽しみながら『壊す』ものなのだから。



 くつくつと笑いながら、少年は言う。



 「そォそォ、そォやってもっと俺を楽しませてくれよ。
  人形なら人形らしく、俺の玩具になれ」


 少年は、少女の走っていった方向へ体を向ける。


 さぁ、鬼ごっこのはじまりだ。


365: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 16:35:03.89 ID:tkcS7crE0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 『「妹達(シスターズ)」を運用した絶対能力者(レベル6)への進化法』

 学園都市には七人の超能力者が存在する。

 しかし、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を用いて予測演算した結果、
 まだ見ぬ絶対能力へ到達できる者は一名のみという事が判明。

 この被験者に通常の時間割り(カリキュラム)を施した場合、
 絶対能力に到達するには二五〇年もの歳月を要する。
 [参考資料:別紙『人体を二五〇年間活動させる方法』]

 我々はこの『二五〇年法』を保留とし、実戦による能力の成長促進を検討した。
 特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで、
 能力の成長の方向性をこちらで操る、というものだ。

 予測演算の結果、一二八の戦場を用意し、超電磁砲を一二八回殺害することで
 被験者は絶対能力者へと進化(シフト)できる事が判明した。

 しかし、当然ながら一二八人もの超電磁砲を確保するのは不可能である。
 そこで我々は、同時期に進められていた超電磁砲の量産計画『妹達』に注目した。
 [参考資料:『超電磁砲量産計画「妹達」最終報告』(閲覧不可)]

366: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 16:51:44.79 ID:tkcS7crE0

 追記:『妹達』の報告書が抹消されたため、簡潔に概要を説明する。

    『妹達』計画とは、超能力者を生み出す遺伝子配列パターンを解明し、
    偶発的に生まれる超能力者を100%確実に発生させることを目的とした計画である。

    計画の素体には『超電磁砲』御坂美琴を使用。
    クローン体の仮名称(コードネーム)は『妹達』。

    交渉人(ネゴシエイター)を介して素体のDNAマップは確保完了。
    素体の毛髪より採取した体細胞を利用し受精卵を生成、
    投薬と『学習装置(テスタメント)』による肉体・精神の成長により、約十四日間で妹達は完成する。

 尚、生産費用は一体当たり十八万円と安価であるため、大量生産も可能。


    このようにして生産ラインが確立された『妹達』計画であったが、
    計画の終盤に思わぬ事態が発生した。

    『樹形図の設計者』によって予測演算を行ったところ、
    妹達は目標の超能力者に到達することはなく、強力な個体でも強能力者(レベル3)
    を越えることは不可能であるということが判明したのだ。

367: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 17:00:36.67 ID:tkcS7crE0

    無論、異能力者(レベル2)に商品価値は無い。
    これにより『妹達』計画は中止、及び永久凍結となった。


 当実験には、『妹達』計画の装置と研究チームを流用する。

 問題の性能(スペック)差を武装と大量投入により埋めることとして
 コストパフォーマンス・時間短縮の両点から再び『樹形図の設計者』に演算させた結果ーー






 「……『二万体の「妹達」と戦闘シナリオにより、
     絶対能力者へと進化可能であることが判明した』……?」



 馬鹿げている、美琴はそう思った。

 自分を殺す?
 代用にはクローン?

 そして……絶対能力者、だって?

 悪ふざけにも、程がある。
 そう笑い飛ばそうとしても、口から漏れるのは乾いた笑いだけだった。


 「有り得ない。そんなこと、あるはずないわ。そうよ、こんな計画、実現できるはず……」


368: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 17:12:55.03 ID:tkcS7crE0
 いくら否定の言葉を並べても、流れ落ちる冷や汗は止まることはない。

 実験開始日時、という文字が目に焼き付く。

 そこに書かれていた日付は七月二十六日ーーつまり、今日。
 開始時刻は、数十分ほど前。


 「ーーッ……!」


 気づけば、美琴の足は動き出していた。

 止まらなかった、と言った方が正しいか。


 (これは『確認』……こんな実験、あるはずないんだから。
  そうよ、そうに決まってる。まずは『実験』なんて無いことを確認して、それからーー)


 否定する要素はいくつも見つかるのに、その全てからは確証が得られない。

 唇を噛みしめながら、ただひたすらに美琴は走る。

369: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 17:26:38.62 ID:tkcS7crE0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「……は、はは。おいおい、どうしちゃったんだよ?
  『妹達』に『絶対能力』
  ……いつから、都市伝説ってのはこんなに具体的になってんだ?」


 無理矢理にでも楽観的に考えようとする介旅だったが、心の奥では気づいていた。

 こちらのセキュリティランクは『B』。対し、先ほどの侵入先はランク『A』。

 セキュリティ『A』と言えば、まさに研究者達の使用するランクである。

 ランクの詐称は可能ではあるが、侵入時の迎撃体制からしてもおそらく本物だったのだろう。


 「くそ、」


 つまり。
 この報告書に書かれていることは、


 「……全部、本当ってことかよーーッ」


 驚愕と同時に、生暖かい恐怖が身体を這う。


 「……はは、そういうことか」


 頭のどこかで、何かがつながった気がした。


 『ミサカは、平和などとは程遠い存在ですよ』

370: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 17:35:07.09 ID:tkcS7crE0


 そうだ、ミサカは確かに言っていた。

 それが何を指すのかは、もはや言うまでもない。


 「……チクショウ」


 あの時、その言葉を聞き流さずにミサカを問いただしていれば。

 何も変わらなかったかもしれない。
 実際、何も変わらなかっただろう。

 だが。
 それでも、それが悔やまれた。

 あるいは今、美琴も同じことを感じているかもしれない。

 だが、彼女と介旅とでは、大きな差があった。


 (くそ、くそ……何で。なんで僕は、そこに行こうとできない……?)


 介旅には、力が無かった。
 介旅には、勇気を持てなかった。

 そして、それなのに。

 介旅は、それを見過ごせるほど冷徹にはなれなかった。

 広い部屋の中で、彼は悩み続ける。

 その間も、時計の針はゆっくりと進んでいく。

371: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 17:50:51.41 ID:tkcS7crE0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「ハッ、ハッ、ヒッ、ハッ、ーー」


 少女は走る。

 一瞬の隙を突き、少年の元から逃げ出した少女は、とある操車場へ続く階段に差し掛かっていた。

 とん、とん、とん。

 失った体力を回復せねばならない。
 そう考えた少女は、ひとまずの隠れ場所を探し、階段を駆け降りる。

 とん、とん、ととん。


 「……?」


 自らの足音に混じった、僅かな音。
 その違和感に気づいた少女が足元へ向いていた顔を上げた瞬間、








 「ひゃは、見ーィつーゥけたーァ」








 目の前には、狂笑する少年の顔があった。

372: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/09(金) 18:04:10.62 ID:tkcS7crE0

 階段の上から、頭を下に落ちる。

 少年の、常人ならば自殺行為となるであろうその行動に、少女が気づくより前に。


 「あは、捕まえたァ!タァーーッチィ!!」


 さらり、と、少年の細い手が少女の頬を撫でた。
 ・・・・・
 そう見えた、次の瞬間。



 「かッーーはっ、あ!?」



 少女の頬に、平手打ちとは比べ物にもならない程の衝撃が走る。

 ぐらり、とバランスを失った体が揺れ、


 「ーー、しまっ……」


 気づいたときには、もう遅い。

 少女の体は古びた手すりを簡単に乗り越え、夜の闇に吸い込まれていった。


 「ひひゃ、あは、ぎひゃあははははあはははは!!」


 暗闇の中、少年の笑いだけが木霊する。

378: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/12(月) 23:35:16.53 ID:HnKjDiZR0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 着地の衝撃は、思いの外軽いものだった。

 落ちた高さは、精々五、六メートルといったところだろう。

 適当にそう推測した少女は、仰向けに寝転んだまま己の現状を確認する。

 左肩に二カ所の銃創、右腕の肘から先には大量のコンクリート片が埋まっている。

 視線をずらせば、わき腹にもう一カ所の銃創。

 頬はじんじんと痛み、強かに打った全身に鈍い痛み。


 「ッ……」


 ズキリ、と頭が痛む。

 体中からの痛みの信号が麻痺してしまったのか、その総計が脳の許容範囲を越えたのか。

 最早、上半身にまともな感覚を保つ部位はない。

 肉体的なダメージの影響か、思考は十分に回らなかった。

 少女は思わず意識を手放そうとし、



379: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/12(月) 23:57:59.06 ID:HnKjDiZR0




 「あァ?オイオイ、もォ壊れちまったのか?」




 「ーーーーッ!」




 少年の声が耳に入った瞬間、少女の意識は急速に現実へと引き戻された。


 見上げれば、己を覗き込む少年の姿。


 油断していた、と少女は舌打ちする。

 少年は、上段から落ちていく途中で少女を引き落とした。

 つまり彼は、少女より先に着地していたはずなのだ。


 少女が状況を把握するまで待っていたのは、作戦なのか、あるいは只の余裕か。


380: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/13(火) 00:08:41.14 ID:0KqC7z5e0

 ともあれ、とにかくこの位置関係は少女にとって圧倒的に不利だ。

 少年の足は、少女の頭のすぐ脇にある。

 軽く蹴られただけで、少女の頭蓋骨などいとも簡単に粉砕されてしまうであろう。

 突然の危機に、少女は身を転がすようにして起き上がろうとする。

 その無駄のない動きは、素人なら反応もできないほどの敏捷性を備えている。

 相手によっては、そのまま背後に回り込むことすら出来るかもしれない。


 だが。



 「遅っせェ!!」



 声と同時に少年のした動作は単純。軽く足踏みをする、ただそれだけ。

 たったそれだけの動作によって、敷き詰められた砂利が舞い上がり、
 少女の体を一気に吹き飛ばした。


 「ッがっ……!?」


 悲鳴を上げる、暇もなかった。

381: もうやだ……書いてる途中でフリーズorz ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/13(火) 00:26:19.80 ID:0KqC7z5e0
 木の葉のように、少女の体が宙を舞う。


 その先にあるのはーー剥き出しになった、鉄骨。



 「ーーーーッ!!」



 通常ならば、激突は免れないコース。

 だが、少女は空中で身を捻り、尚克つ磁力を操作することによりすんでのところでこれを回避。

 更に、ボロボロになった右腕を鉄骨に引っかけることで無理矢理速度を緩め、受け身を取って着地する。

 腕に例えようもないほどの激痛が襲いかかるが、気にする余裕などない。



 「へェ、やるじゃねェか」


 「……ッ!?」



 感心したような言葉に振り返ると、いつの間にかそこに少年が立っていた。

 少女は瞬間的にバックステップで距離を取ろうとするが、やはり少年の方が速い。

 またしても、石の散弾が少女の体を浮かせる。


 「あっ……ぐ……!」


 漏れ出る声は、既に弱々しい。


382: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/13(火) 00:38:26.54 ID:0KqC7z5e0
 と、そこで少女は違和感に気づいた。


 (横方向への移動が……無い……?)


 それが意味するのはつまり、空中での無謀備な浮遊。


 「あひゃ、こンなンはどォだァ?」


 少年の声が、聞こえたと思った瞬間。

 その足が、少女の腹部へとめりこんでいた。


 「あッ……が、はぁ……!?」


 ミシミシメキメキメギ!!と凄まじい音が鳴り響き、遅れて体が動きを始める。






 少年の顔が、愉しげに歪んだ。






 直後、ズドン!!という轟音と共に、少女の体が鉄骨に直撃した。




383: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/13(火) 00:52:35.90 ID:0KqC7z5e0

 「あっ……いぎああぁあぁぁあぁあ!?」


 激突と同時に、体中のセンサーが悲鳴をあげた。

 背骨が折れていないことが、奇跡だった。

 少女は、フラフラと揺れ動きながら立ち上がる。

 だが、そこまでだった。

 もう、彼女には少年から逃げるほどの体力も残されていない。


 「ハハっ!流石にもォ無理かァ?」


 じゃり、じゃりと、少年の足音が近づいてくる。

 少女にとってそれは、死に神の足音にも聞こえた。


 「ンだよ、マジで動けねェのか」


 嘲るように言う少年。

 だが、その通りだとしか言いようがない。

 そう、何故ならば。

384: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/13(火) 01:28:03.75 ID:0KqC7z5e0

 「さァて、ンじゃ終わりにすっか」


 少年はそう言って、少女に近づく。

 そして、





















 ドッーーーーゴォォォォン!!と、爆発音が炸裂した。








389: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:00:06.04 ID:i+rqzeHM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「な、なーんだ、ホラ。何もないじゃない。
  あはは、やっぱりあれは、タチの悪いただのイタズラよね」


 美琴は、路地裏で乾いた笑いを漏らした。

 あの『実験』のレポートによれば、
 今日行われるのは第九九八二次実験、座標が指すのはこの路地裏。

 だが、美琴の立つその場所ではもちろん、そんな狂気の実験など行われていない。


 (……何よ、もう。心配して損したわ)


 全ては、馬鹿な誰かの作り出した空想上の都市伝説にしか過ぎなかったのだ。

 即座にそう判断した美琴は、そのまま寮へ直行しようと踵を返し、


 その途端、その足が何か丸い物を踏みつけて、勢いよく滑った。

 そして当然ながら、足が滑れば体の方も同じ運命を辿るわけで。


 「……って、うわぁっ!?」


 思いっ切り変な方向に投げ出された足の反動で、美琴の体が後ろに倒れる。

 安心して脱力しきった矢先のことであったためか、上手くバランスを取ることもできず、




 どすん、と、美琴は尻餅をついてしまった。

390: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:10:12.70 ID:i+rqzeHM0

 「痛ったー……何なのよもう」


 美琴は腰の辺りをさすりながら、忌々しそうに足の下にあった物を見る。


 小綺麗に磨かれた革靴と、汚いアスファルトとの間に挟まれていたのは、






 「…………え?」







 細長い円筒形の、『何か』だった。







391: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:13:22.13 ID:i+rqzeHM0

 「……何よ、これ」


 『それ』が何なのかは、美琴自身よく分かっていた。

 注意深く見れば、その辺りの地面にも幾つか同じ円筒が転がっている。

 美琴の指と同じくらいの太さのその物体の示す意味は。


 「嘘……でしょ……?」


 散乱するライフル弾の薬きょう。

 そこから答えを導き出せないほど、美琴の頭の回転は鈍くない。


 だが、認めたくなかった。

 これはイタズラなんだ。


 そう信じたかった。



 (違う。これは、ただのイタズラ。だから、何も心配することなんかーー)


 その時だった。


 どこからか、耳をつんざくような爆発音がした。

392: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:24:27.12 ID:i+rqzeHM0

 「ーーーー、」


 何を呟いたのかは、本人にも分からなかった。

 ただ爆発音のした方向を見ながら、美琴は思う。



 どうか、何かの冗談であってほしいと。



 ギリリと奥歯を噛みしめる。

 痛いほどに、堅く手を握る。



 気がつけば、美琴は走り出していた。


 (お願い、お願い!どんな理由でもいい。
  だからお願い、バカみたいって笑い飛ばせるような、そんなくだらない嘘であって!!)


 焦燥を胸に抱きながら、美琴は走る。

 走って、走って、その先に待っていたものは、




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

393: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:46:09.82 ID:i+rqzeHM0
 『絶対能力進化実験』の第九九八二次実験は、
 元々『路地裏から操車場まで』を範囲として行われる予定だった。

 しかし、被験者の少年にそれは知らされていない。
 少年側が下手に『実験』の内容を知れば、『実験』自体が失敗に終わる可能性があるからだ。

 対し、少女には最初からそれが知らされており、
 尚克つ彼女には戦場への細工が認められていた。


 つまりその『認識のズレ』を叩くことで、
 遥か格上の少年と対等に戦おうというのが、今回の実験の内容だった。




 「目標、完全に沈黙……?とミサカは確認をとります」


 満身創意の少女は、倒れ込みそうになる体の重心を取りながら呟く。


 爆発したのは、実験開始前に操車場の各地に仕掛けておいた地雷。

 衝撃ではなく、電流に反応して爆発するタイプのものだ。

394: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 00:58:36.40 ID:i+rqzeHM0

 (ミサカは、標的の能力を未だに把握できていません。
  ですがこれまでの実験結果を参照したところ、
  恐らくはバリアのような物を展開する系統の能力であるようです)


 晴れて行く爆煙を見ながら、少女は思考する。


 (しかしながら標的は地に足をつけて歩行している
  ーーつまり、足元にはバリアを展開していないということになります)


 少女が消した街灯が、今更になってようやく復旧を開始した。


 (結論、標的を仕留めるには足元からの奇襲が最有効です、とミサカは推測します)


 動く必要はなかった。

 ターゲットがタイミングを合わせられる程度の速度で歩いてくれれば、それで事足りる。

 とはいえ、地雷の設置地点付近に蹴り飛ばされたのは偶然ではあるのだが。


 「目標からの応答が無い場合、即救助、
  及び実験の一時凍結が求められますが、とミサカは問いかけます」


 無駄だと思いつつも、少女はマニュアル通り煙の中に話しかける。

 数秒の沈黙の後、少女は体の力を抜きながら、


 「それでは、これにて第九九八二次実験を終了とーー」

395: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 01:05:35.29 ID:i+rqzeHM0















 「オイ、待 て よ」














396: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 01:14:30.27 ID:i+rqzeHM0

 「ッ!?」


 有り得ない。

 煙の中から響いた声に、少女はそう思いながら振り返る。

 そこには、


 「残念、オマエの考えはてンで的外れなンだよなァ」

 「な……!?」


 少年は無傷だった。

 それどころか、髪の一本から爪の先まで、爆発前と何一つ変わっていない。


 特別何かをしたようにも見えない。

 つまりは、それが少年の『普通』ということなのか。


 「……、…………」


 それは余りにも遠すぎる、と少女は思った。

 少年はどれだけの攻撃を受けようと、傷どころか煤一つもつかない。


 地雷で駄目なら、その上には大砲、ミサイル、究極的には核爆弾がある。

 だが、少女から見た少年は、その全てを笑いながら受け流してしまいそうにすら見えた。

397: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/16(金) 01:25:56.61 ID:i+rqzeHM0

 そして恐らく、それは正しい。

 そのぐらい出来なければおかしいと、そこまで思わせるほど少年の力は絶大だった。


 「……ッ!」


 考えを振り払うように、少女は少年に掌を向ける。

 だが、


 「はァ……飽きた」


 そこから電撃が放たれるよりも早く、少年は少女の懐に潜り込んでいた。

 少年は、まるで恋人にするかのように少女の背に手を回し、言う。


 「なァ」


 顔を青くする少女に、少年は引き裂くように笑いかけて、



 「人間の骨がさァ、どこまで曲がるか……試してみたくねェか?」


 瞬間。

 ゴギリ、という鈍い音とともに、少女の全身に激痛が走った。

401: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 21:48:40.25 ID:Aaa9vhig0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 『それ』は、あまりにも唐突だった。

 素人目にも分かる、戦闘という定義に当てはめられるのか疑わしいほどの一方的な虐殺。

 その最中、『圧倒していた側の』少年が突然『圧倒されていた側の』少女に、優しく抱擁をした。


 ただ、それだけのはずだった。


 しかし、ただそれだけのことで、少女の体は見るも無惨な姿へと変貌を遂げてしまった。


 そこに、人としての面影はない。


 ぐにゃり、と曲がったシルエット。


 髪も、目も、鼻も口も手も足もーー

 それらのパーツは少女のもので間違いないのに、それは少女としての原型をとどめていない。

402: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 21:59:23.04 ID:Aaa9vhig0

 「……うっ、えぶ」


 まるで趣味の悪いオブジェみたいだ、と介旅は思った。


 込み上がる胃酸が、喉のあたりを焼いている。

 つん、とした刺激臭が、嫌でも鼻につく。


 吐くな、と理性は告げていた。

 あれはミサカなんだぞ、と。


 一方で、本能は急かしていた。

 吐け、吐いて楽になれ、と。


 介旅は操車場倉庫の陰で、詰め所から拝借してきた暗視スコープを目から外す。

 これ以上見ていたら、本当に気が触れてしまう。

 いや、知り合いを目の前で殺されたのにそんなことを考えられる時点で、
 あるいはもう、気が触れてしまっているのかもしれない。


 そんなネガティブな思考に捕らわれそうになった、その時だった。


 ピカソの絵画を現実世界で再現したような、不気味な空間に背を向ける白い少年へ。


 それを引き留めるように、か細い声が投げられた。

403: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:10:56.65 ID:Aaa9vhig0











 「待っ……て、くださ……い」



 それは、紛れもなく少女の声だった。

 全身の骨を限界以上に湾曲され、もう指先すら動かせないような少女の、弱い声。


 介旅は、とっさに暗視スコープを装着する。


 立ち去ろうとする少年に、少女は感情のこもっていない瞳で、

404: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:17:26.69 ID:Aaa9vhig0










 「検体……番号……九九八二号……は……未だに……生命活動を、続けています。
  まだ、実験は……終わっていません……とミサ……カは報告します」











 それはあまりにも冷徹で、あまりにも無機質で、何よりも機械的な言葉だった。

405: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:23:13.32 ID:Aaa9vhig0
 

 「……チッ、そォだったな。分ァったよ、すぐに終わらせる」


 少年の顔から、遊びが消えた。

 彼自身が言った通りに、『飽きた』のだろうか。

 少年は高く足を上げると、少女の頭上でぴたりと止める。


 「ンじゃ、サヨナラ」


 降り下ろされる足を止める術は、介旅には存在しない。


 悪魔の鉄槌は、少女の頭蓋骨へと吸い込まれていく。








 そして、








406: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:36:00.59 ID:Aaa9vhig0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 美琴は、夜の街を疾走していた。


 街灯も消え、月明かりもない夜だったが、その足取りに危なげはない。


 彼女は学園都市最高位の電撃使いである。
 そしてその力故に、意識しなくても常に電磁波をまき散らしている。

 普段なら、動物を怖がらせてしまったり精密機器に悪影響を与えたりと
 迷惑極まり無い力だが、こと暗闇においてそれは一転する。

 電磁波の反射を観測することによって、物体の位置や大雑派な形などを知ることが出来るのだ。


 「はっ、はっ、はぁっ!」


 だが、いくら物の位置が分かっても絶対に躓かないという結果にはならない。

 できるだけタイムロスを無くすため、細心の注意を払いながら走ってきた彼女は
 精神的にも相当の疲労を蓄積させていた。

407:  ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:57:29.01 ID:Aaa9vhig0

 (……確か、爆発があったのはこっちの方……)


 美琴は、とある鉄橋の上に差し掛かっていた。


 その下には、確か操車場があったはずだ。


 美琴は、鉄橋から身を乗り出すと、周囲に向けて軽い電撃を放った。

 適度に調節された電流が、切れていた街灯を一時的に点灯させる。


 明るく照らし出された操車場。

 その中心にいるのは、



 「……うそ、そんなっ」




 足を振り上げる少年と、何の抵抗も見せない少女。


 これから何が起こるのかは、日を見るよりも明らかだ。


 「ダメよ、やめーー」



 制止の言葉も、少年には届かない。

 そして。










 少女の頭が割れ、砂利の地面に真っ赤な花が咲いた。

408: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/18(日) 22:58:44.27 ID:Aaa9vhig0



 「…………、あ」




 気が付けば、美琴は鉄橋の欄干を掴んでいた。

 それからどうするのか、など考えてはいられなかった。


 当然のことのように、欄干を一気に飛び越える。




 「あぁあああああぁぁあああぁぁああぁあぁあああぁぁ!!!!」




 一〇億ボルトの電圧を身に纏い、下方向からの莫大な風圧を受けながら美琴は叫ぶ。




 怒りに任せ、ただ少年を攻撃するために。





413: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/21(水) 23:20:02.13 ID:rmnEMTp80
親「買ってもいいけど、契約料とか通信料とか……払えるの?」

それはねーよwwww

……ねーよ……

買うだけで残金ほぼゼロなのに払える訳ないでしょぉがぁぁぁぁ!!
大体、使用料>>>>月々の小遣い だしね!?破産するしね!?
普通はそのあたりどうにかこう優しくしてくれるもんじゃないのかなぁぁぁぁ!!




……取り乱しました、失礼
てなわけで、ノーパソは無理だたです、すみません

まぁ、どうせタイピングの遅い>>1が書き溜めできる量なんてたかが知れてますし
結局、レス間隔だけの問題なんですが……やっぱりね

とにかく、今まで通り続けていくことになりそうです
情けない>>1ですが、できればこれからもお願いします


さて、では気持ちの悪い自分語りは終わりにして投下です
介旅視点から

414: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/21(水) 23:23:03.78 ID:rmnEMTp80
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 暗視スコープというものは、基本的に暗闇での使用を前提に作られている。

 特に高性能なものほどこれは顕著に現れ、学園都市に存在する中でも最新の型などは
 六等星程度の明かりを太陽光と同じレベルまで増幅することが可能である。

 介旅が(勝手に)借りてきた暗視ゴーグルも、警備員の装備用ということもあってか
 最新型とはいかないまでも相当の性能を誇っていた。

 月明かりは無ければ街灯も点いていない真っ暗闇ではあったが、
 ゴーグルを装着した彼の目にはまさに昼間と同じような明るい景色が映ったはずである。


 だが、当然ながら『暗闇』での使用を前提に作られたモデルでは、
 『明かり』の中での使用には耐えられない。

 正確に言うならば、『装着者が』耐えられない、といったところか。

 例えば、例に挙げた最新モデル。
 六等星が太陽光に見えるなら、六等星を直接見るだけで目に相当の負荷がかかる。

 星座を見るために視力を失う、といえば分かりやすいだろうか。

 それとは比べものにならないほどとはいえ、介旅がかけていたのも相当の高性能品。

 つまり……、

415: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/21(水) 23:45:26.07 ID:rmnEMTp80

 (あ、ぐぁ……?目が、目がぁっ!?)



 突然点いた街灯の光に目をやられ、介旅は思わず両手で顔を覆う。

 ゴーグルにはどうやら安全装置が付いていたようで失明することはなかったが、
 それでも介旅の視界に強烈な残光が焼き付く。


 (な、何でいきなり……?)


 目を堅く閉ざしながら、介旅は舌打ちする。

 これでは、ミサカがどうなったのか分からない。

 少しでも周りの様子を知ろうと介旅が耳を澄ました、

 ーーーーその時。







 「あぁああああぁぁぁぁあぁあぁああぁ!!!!!!」





 「……ッ!?(この声……!?)」





 耳に入ってきたのは、聞き覚えのある声とーー雷鳴、だった。






416: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/22(木) 00:00:12.48 ID:6RbNO1j80
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 バッヂィィィィィィ!!という轟音の正体は、超高電圧の電撃が空気を引き裂く音。

 一〇億ボルトーー自然界の雷にも達する威力の電撃は、迷わず少年へと突き進んだ。


 だが。


 少年に当たると同時、雷撃は四方へと受け流される。



 「ッ!」

 「あン?」



 少年が虚空を睨むのと、美琴が磁力操作でゆるやかに着地したのが同時。

 しかし、美琴は既に相手へと照準を定めているのに対し、少年はこちらの位置すら把握出来ていない。

 どちらが有利かなんて、小学生にも分かることだった。

417: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/22(木) 00:12:01.48 ID:6RbNO1j80
 (バリア系能力……なら、有効なのは多方向からの奇襲!!)


 思考に、時間はいらなかった。

 彼女の豊富な実戦経験が、直感にも似た早さで戦術を組み立てる。



 「は、ああぁあぁぁぁあぁぁ!!」



 叫び声と同時、操車場の地面が不気味に黒く蠢く。

 声に気づいた少年がこちらを見るが、もう遅い。


 地表を這った黒が、少年の足元から竜巻の如く噴出される。

 数メートルにも及ぶその渦は、磁力によって操られた地中の砂鉄。

 一粒一粒が細かく振動することでチェーンソーのような切れ味を持つそれを
 少年へと放つことに、美琴はためらいを覚えなかった。


 ガギャガゴギガギゴキガッ!!と、破壊の嵐は火花を飛ばしながら少年を包み込む。




 だが。




 「ふゥン、磁力で砂鉄を操ってンのか?面白ェ使い方だな」





 少年は何食わぬ顔で、ただ本当に感心しただけであるかのように笑いながら言った。

418: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/22(木) 00:29:01.05 ID:6RbNO1j80

 「なっ……!?」


 紙片の一片すらも残さないはずの死の渦から聞こえたその声に、驚く暇もない。

 直後、磁力によって統制されているはずの砂鉄が、強制的に元の状態へと戻された。



 「まァ、タネが割れりゃどォってことねェけどなァ。
  おいおい、手品師ならタネを隠して観客を楽しませてみろよ」


 少年は退屈した風に髪を掻き毟りながら、



 「ンで、オマエは次の人形ってことでいいのか?」


 「ーーーーッ!」



 沈黙する美琴の周囲で、バチリ、と紫電が踊る。

 瞬間、操車場のあちこちから鉄骨が飛び出し、集まる。

 地上十メートルほどの高さまで延びるそれが形造ったのは、巨大な手。

 美琴は、『手』を多少引いて、


 ーー少年めがけて、一気に振り下ろした。


419: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/22(木) 00:55:48.96 ID:6RbNO1j80
 長さは十メートル、質量にして十数トン。
 下手な戦車程度ならその重さだけで破壊できるほどの鋼の塊が、轟ッ!とうなりをあげて襲いかかる。

 対し、少年は一歩も動かない。

 そして、少年の華奢な体が破壊の手の中に飲み込まれた。


 そう見えた、直後。


 ゴウン!!と鈍い音をたて、少年に突き刺さったはずの鉄骨が全て弾き飛ばされた。



 「ーーッ!?」



 自分の方へと飛んできた鉄骨を、辛うじて避ける美琴。

 だが、端が引っかかったのだろうか、髪が数本ブヂリと嫌な音を立てながらちぎれた。


 (な……)


 美琴は一歩後退し、体制を立て直しながら考える。


 (バリア系、だけじゃない?一体……)


 当然といえば当然の疑問。


 まもなく彼女は、その答えを嫌でも知ることになる。

426: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:01:03.42 ID:4gxKlJAM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 (あァ?……何だ、コイツ?)


 様々な攻撃を次々と受け流す白い少年であったが、実のところ彼は困惑していた。

 少年は、突然目の前に現れた少女を訝しそうに見ると、


 (……オカシイな。確か今日の実験はさっきので終わりなンじゃなかったか?)


 確か、などと曖昧な表現を使ってはいるものの、彼の思考に迷いは無い。

 学園都市最高とさえ歌われる彼の頭脳にとって、
 たかが二万の『実験』の内容を記憶することなど造作もないのだから。

 彼の記憶の中のデータといくら照らし合わせても、
 今日この日、この時間に行われる実験など無いはずだった。

 だが、それならば、


 (だとしたら、コイツは一体どォいうことだ)


 少年が睨み付けるように見つめる少女は、『実験』に使われる『人形』たちのうちの一体のはずだ。

 実験が行われるわけでもないのに、何故少女は攻撃を仕掛けてきたのか。


 (可能性としちゃ、『向こう』が勝手に実験の日時を変えやがったってのもありえるが……)


 違ェな、と少年は即座に否定する。


427: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:06:58.77 ID:4gxKlJAM0

 (元々が、俺の一存でどォとでもなっちまう実験だ。
  勝手なコトをして万が一俺の機嫌を損ねちまったら元も子もねェ)


 しかし、そうなるといよいよこの状況のわけが分からなくなってくる。

 まさか『妹達』が反乱をおこしたわけでもあるまい。


 (ったく……何だよなンだよ何なンですかァ?
  クローンのクセして、時間を間違えやがったとでも……)


 と、少年は心の中でぼやいて、どうしたものかと頭を悩ませ、



 (……あン?)



 直後、何かに気付いたように眉を潜めた。



 (待て。俺は何が気になってンだ?
  時間を間違える……違ェ、もっと前だ)


 少年は、考え込むように目を閉じ、


    ・・・・
 (……クローン)



 成程な、と少年は口を歪めた。


428: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:14:32.34 ID:4gxKlJAM0

 (そォ考えてみりゃ、全て辻褄が合う)


 思えば、不可解なことは他にもあった。


 例えば、電圧は恐らく億に達していたであろうあの高圧電流。

 平均して異能力者程度の欠陥電気に、あんな電圧を扱えるはずがない。


 例えば、あの態度。

 感情という概念をインプットされていない妹達が取れるものではない。


 そして、尚克つ『実験』を行いに来たわけではないと仮定するならば。


 答えは、自ずと一つに絞られる。


429: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:33:02.71 ID:4gxKlJAM0


 「……ハッ」



 少年は、溜め息をつくように薄く笑った。



 「そォか、そォか」



 口の中で、言葉を転がす。



 「予定と違うから何かと思ったら」



 そして、少年は解を告げる。


 まるで、紐解いた問題の答え合わせをするかのように。



430: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:39:58.89 ID:4gxKlJAM0
















      ・・・・・
 「オマエ、オリジナルか」
















431: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 22:53:30.15 ID:4gxKlJAM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 瞬間。

 御坂美琴の首筋を、得体の知れない悪寒が走った。


 『オリジナル』というのが自分を指しているんだろう、
 とか、そんなことを考える余裕はなかった。


 ただ自らの第六感の告げる通りに、必死で身をかわす。


 直後。

 轟ッ!!と、その身体のすぐ横を何かが通過していった。



 「ーーーーッ!」



 その『何か』が一粒の砂利であったことを把握出来るほど、美琴の視力は常人離れしていない。


 彼女が見たのは、少年の足元から自分に向かって伸びる閃光の残像だけ。

 しかし、それは絶望するには充分すぎるほどの事柄だった。



 (な……私の超電磁砲並み……いや、下手したらそれ以上の速さーー)



 とはいえ、これだけ思考できる時点で彼女の思考能力は常人の遙か上にあることは間違いない。


432: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 23:01:44.32 ID:4gxKlJAM0


 ゴッ!!と。

 直後に、衝撃があった。

 その正体は、物体が音速を越えて移動するときに発生する衝撃波、ソニックブーム。



 「がッ……!?」



 美琴の上半身全体を、均等に莫大な風圧が襲う。


 体の中で嫌な音が響いた。


 グラリと、体が一瞬バランスを失った。


 しかし、そこで終わりではない。



 「遅ェな、オイ」


 「ーーーーッ!?」



 いつの間に、どうやってだろうか。


 気づけば、少年が目の前にいた。


433: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 23:27:43.54 ID:4gxKlJAM0

 「そンなンでホントに同じ超能力者なのか?シケたもンだな」



 冷たく言い、少年は腕を振り下ろす。


 とん、と。

 その指先が、美琴の肩に触れる。


 割れやすい陶器に触れるのと同じぐらいの繊細な動作だった。


 にも関わらず、それだけで脱臼しそうな程の衝撃が襲いかかる。



 「ッ……あああぁあぁ!?」



 反射的に肩に手を当て、前屈みになってしまう美琴。


 その隙を、少年は逃しはしなかった。


 足が振り上げられる。

 美琴の腹部に、少年の膝がめり込んだ。



 「あッ……ふ……!?」



 彼女の体が、数センチほど浮く。



434: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 23:36:13.01 ID:4gxKlJAM0

 そのあたりが限界だった。


 蹴り上げられた体が、重力に従って砂利の上に落ちる。



 「……ぁッ」



 激痛が体中を駆け抜けるが、その痛みに叫ぶだけの力は残っていなかった。


 意識が朦朧とし、呼吸も上手くいかない。


 内蔵が潰れていないことが奇跡だと思った。


 うつ伏せに倒れた体は、ピクリとも動かない。



 「……これで、力の差ァ分かったな?」



 頭上からつまらなそうな声がするが、そちらに顔を向けることもできなかった。


 だが、少年は言葉を止めない。

 聞いていなくても構わないと思っているのか、面倒臭そうに彼は続ける。





 「この辺で勘弁しといてやる。だから、とっとと日常に帰れ。
  実験を止めに来たのかどォかは知らねェが、オマエじゃ俺には勝てねェよ」



435: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 23:43:22.42 ID:4gxKlJAM0




















 「学園都市第一位、七人の超能力者の中でも飛び抜けた頂点。
  最強の能力者であるこの俺、一方通行(アクセラレータ)にはよ」


















436: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/28(水) 23:54:04.50 ID:4gxKlJAM0


 少年は告げた。

 彼の能力名、そして彼自身の名を。


 一方通行。


 防御するということを考えず、ただ相手を切り裂く、ナイフの切っ先のような彼の名前。






 「、ーーーーっ」



 やっぱりか、と美琴は思った。

 最初の攻撃を無効化されたあたりから、薄々感づいてはいた。

 超能力者である彼女の一撃を受け止められるのは、同じ超能力者ぐらいのものなのだから。


 だが、可能性を考えることと実際に提示されることは別物だった。


 どうしようもない絶望感が、体全体を満たしていく。


 痛みで動かせなかった体が、鉛を流し込んだようにその重さを増す。


437: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:04:51.94 ID:Ynijzgd70


 「ーーじゃあな」


 少年、もとい一方通行は美琴に背を向けると、コキコキと首を鳴らしながら歩きだした。

 どうやら、見逃すというのは本気だったらしい。

 単なる気まぐれなのか、それとも別の何かなのかは分からないが。


 何にせよ、彼が行ってくれるならそれはありがたいことだ。

 本来なら、彼の気が変わらないようにそっとしておくべきだ。


 だが、





 「ーー待って」




 思わず、美琴は口に出していた。


438: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:08:01.17 ID:Ynijzgd70


 「あン?まだ何かあンのか?」



 美琴の声に、一方通行は不機嫌そうに立ち止まる。


 見つめただけで人を殺せそうな程の視線に、しかし美琴は臆しない。



 「お願い。一つだけ、聞かせて」




 どうしても、聞きたいことがあった。


 例え彼の気を損ねて殺される可能性があっても、絶対に聞いておきたかった。


 美琴は顔だけを動かし、一方通行を見る。


 先程のことを思い出しながら、強い眼差しを向け、口を開く。


439: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:20:53.34 ID:Ynijzgd70



















 「アンタはなんで、こんな実験をしてるの?」




















440: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:23:19.84 ID:Ynijzgd70



 「ハッ。理由、ねェ」



 問いに、一方通行は笑った。


 しばし考え込むと、彼は両手を広げ、空を見上げて口を開く。



 まるで小さい子供が夢を語るような、恍惚とした表情で、彼は言った。


441: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:27:38.32 ID:Ynijzgd70




















 「『絶対』になるため。



  善も悪も、過去も未来も、生も死も。

  全てを超越し、全てを使役する存在。

  つまンねェ『最強』なンかじゃねェ。そンな『絶対』に、俺はなりてェンだ」




















442: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/09/29(木) 00:28:53.28 ID:Ynijzgd70





「……え……?」




 一方通行の言葉に、美琴が違和感を覚えた瞬間。


 一時的に光を取り戻していた街灯が消え、辺りは再び暗闇に包まれた。



 美琴は慌ててレーダーを展開するが、辺りに人間の形をしたものは一切ない。



 操車場には、美琴と、一人の死体だけが取り残された。






448: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/01(土) 23:24:23.32 ID:bhPQzvQg0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 息が上手く吸い込めない。
 ひゅうひゅうと、喉がおかしな音をたてる。

 日頃の運動不足が祟ったのか、少し走っただけで呼吸が乱れてしまったようだ。


 「な、何なんだよ、あれ……!?」


 目を開けた瞬間、飛び込んできた光景。
 それは真っ赤に染まった地面と、一方的にいたぶられる美琴の姿だった。

 それを見た瞬間に、介旅初矢は逃げ出していた。

 美琴を助けようとか、誰かを呼んでこようとか、そういうことを考える余裕は一切無かった。


 (何でだ、何でなんだよ!
  アイツは……御坂は、第三位の超能力者のハズだろ!?
  それが、何であんなことに……)


 思考する介旅だったが、彼は既に答えの見当をつけている。

 思い出すのは、あのふざけたレポート。


449: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/01(土) 23:28:29.34 ID:bhPQzvQg0


 『学園都市第一位』。

 その肩書きが示すのは、即ちこの街の頂点。

 二三〇万の中の、最高にして至高の存在。


 走っていたときの筋肉の疲れなのか、足が震え出す。

 介旅は、ゆっくりとその名を呟く。


 「あ、『一方通行』……ッ!」


 ぶるり、と。

 言葉にするだけで、体中に鳥肌が立った。

 真夏の熱帯夜だというのに、空気は肌を刺すように冷たい。

 許容量を越えてしまった恐怖の仕業なのだろうか。

 そんな思いを振り払うように、介旅は頭を左右に降って、


 「だ、大丈夫だよ。心配なんかしなくても。そうだ、アイツは第三位なんだ。
  あの血の海だって、タチの悪い冗談に決まってる。当たり前だろ」


 口を突いて出たのは、思ってもいない戯言だった。

 確信しているのでも、本当にそう思い込んでいるのでもない。

 そう思い込むことで、恐怖心を少しでも和らげようとしているに過ぎなかった。

 だから、


450: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/01(土) 23:34:23.24 ID:bhPQzvQg0





 「うーん、残念だけど……
  悲しいことに、少なくとも後者は本物なんだよね」





 背後からそんな応えが返ってくるなど、思っても見なかった。

451: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/01(土) 23:47:28.81 ID:bhPQzvQg0

 「こんばんは、お兄さん。
  ちょっと話があるんだけど……いいかな?」


 幼い声だった。
 恐らくは、第二次性徴期の半ばといったところだろうか。

 少女が近づくにつれて浮き上がってくるシルエットも、介旅より頭一つ分近く低かった。


 「……、」


 しかし、だからこそ介旅は警戒する。

 最終下校時刻を過ぎたこの時間に、そんな少女が出歩いているという事自体が妙なのだ。

 一歩ずつ、慎重に後ろへと退がっていく。


 じり……、と素人なりに間合いを取ろうとする介旅を見て、少女はくすくすと笑った。


 「やだなぁ、そんなに警戒しないでよ」


 軽く言う少女に、介旅は言葉を選びながら言う。


 「……ごめんな。ちょっと色々あったからか、神経質になってるんだ。
  取り合えず名前を教えてくれると、少しは安心できるかもな」


 不躾な言葉だったが、どうやら少女は気にしていないようで、
 あぁ名前か、と軽く呟くと、

452: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/01(土) 23:48:44.28 ID:bhPQzvQg0






 「オッケー、教えてあげる。木原よ。木原、那由他。

  お兄さんに協力して貰いたいことがあるんだけど……お願い、出来るかな?」






458: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 21:54:31.96 ID:EuZga9ig0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『ご安心ください、お姉様。死亡したミサカの検体番号は九九八二号。
  本日お姉様方と行動を共にした一〇〇三二号とは別の個体です、とミサカは補足します』


 あの後。

 『実験』の後始末にやってきた、『妹達』の中の一人はそう言った。

 同じ顔の人間が、次々と作業を終えてゆく横で。

 表情も声色も、何一つ変えずに。

 自分と同じはずのその瞳には、感情が欠落してしまったかのように一切の光が点らない。


 「………、」


 なんでなんだろう、と美琴はぼんやりと思った。

 クローンとはいえ、生きているはずなのに。命があるはずなのに。

 なんで、あんな残酷な運命を受け入れられるというのだろうか。


 「…………っ、」


 その姿は、まさに実験動物そのものだった。

 檻の中から出ることも叶わず、ただ悪戯に身体中を弄ばれ。
 用が済めば焼却炉に放り込まれ、足りなければ籠のなかで掛け合わされる。

 それは、彼女達の在り方とあまりにも酷似していた。



459: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 22:09:39.17 ID:EuZga9ig0


 あるいは、『死』そのものを成功とする分には、こちらの方が余程狂っているのかもしれない。


 非人道的、という言葉が頭に浮かんだ。

 倫理に反する。人間性を疑う。あってはならない。

 非難の言葉だけなら、いくらでも思いつく。
 彼女の頭には、一般の枠を越えたレベルの知識が集まっているのだから。

 だが、足りない。

 言葉では、この実験は止められない。
 試しても見ない内からではあるが、それぐらいは確信できた。

 ならば、必要なのは一つ。


 「…………ッ!」


 砂利を踏み締め、ゆっくりと、しかし力強く立ち上がる。

 じっとしているわけにはいかない。

 実力行使に出るのなら、それだけの準備が必要だ。

 ザリ……、と美琴が最初の一歩を踏み込む、



460: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 22:13:22.21 ID:EuZga9ig0






 「Excuse me.ちょっと話があるのだけれど、いいかしら?」






 その瞬間に、声がした。



461: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 22:29:16.04 ID:EuZga9ig0


 「なッ!?」

 「Don't worry.身構えなくても大丈夫よ。話があると言ったでしょう」


 暗闇から出てきたのは、ウェーブのかかった黒髪を肩の辺りまで伸ばした女。

 白衣の下に着ている制服は確か、名門高校・長点上機学園のものだったはずだ。

 混乱する美琴に、女は諭すように言う。




 「まずは自己紹介から始めましょうか。
  私の名前は布束砥信。この最低の『実験』を止めるために動いている、しがない一人の学生よ」





462: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 22:36:09.70 ID:EuZga9ig0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 話を聞くと、どうやら那由他と名乗った少女は、
 あの『実験』を止めるために動いている人間らしい。

 そして、そのための協力者を探している、とも言った。


 「無理に、とは言わないけどね。アナタだって、あんなのは間違ってるって思うでしょ?」


 ツインテールにした綺麗な金髪を揺らして、那由他は小首を傾げる。
 同意を求める仕草なのだろうが、彼女がするとどこか媚びているように見えた。

 そういう見た目だもんな、と介旅は苦笑しつつ、


 「……で、そこで何で僕を選ぶんだ?むしろ僕じゃ足手まといだろ。
  選ぶんなら、御坂みたいな超能力者とか……」

 「美琴お姉さんのところには、別の人が行ってるもん。
  あ、あとその人によるとお姉さんは無事だったらしいから安心してね」


 無事、という言葉を聞いて胸を撫で下ろす介旅だったが、そこでふと気がつく。


 「その人によると、って……念話能力者か何かなのか?
  携帯で連絡を取り合ってるようには見えなかったけど……」




463: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 22:49:55.86 ID:EuZga9ig0

 あぁそれはね、と那由他は言って、


 「うーん、そういうのじゃなくって……まぁ直接見せた方が早いかな?」


 彼女は左手で自分の右腕を掴むと、少々難しそうな顔をして、


 「えい」


 途端、ペキペキペキっという軽い音をたてて、彼女の右腕が外れた。

 関節が、とか筋肉が、とかではない。
 文字どおり、肩口のところから綺麗に右腕が抜けたのだ。


 「……はぁ!?」


 抜けた右腕が、左手の中でぶらぶらとだらしなく垂れ下がっている。

 介旅の予想通りのリアクションに、那由他は面白そうに右腕を見せつけながら、


 「びっくりしたでしょ。私ね、サイボーグなの。
  昔にちょっとやらかしちゃったせいで、体のほとんどは機械になっちゃってさ」


 あははドジだよねー、と明るく笑う那由他だったが、
 介旅としては死ぬほど驚かされたところである。

 というか、いきなりそんなことをされたら、誰でも驚くであろう。
 笑う奴がいたら間違いなく精神異常者だ。

464: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 23:11:13.41 ID:EuZga9ig0


 「……はぁ、つーかまだ肝心のところ聞いてないんだけどな。
  一体、僕に何をさせようっていうんだ?」


 当然のような問い。

 しかし、那由他は何を言っているのかと言うように首を傾げて、






 「えっと……ハッキングでの私達のバックアップ以外に、何かやることがあるの?」






465: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 23:14:50.19 ID:EuZga9ig0


 「ーーーーッ!!」


 那由他が言ったのは、大したことではない。

 にも関わらず、介旅の背筋に冷たいものが走った。


 その何気ない一言が示すのは、つまり、



 (な……僕がハッカーだってバレてる!?)


 しかもこの口ぶりだと、知ったのは結構前のようだ。

 ハッカーとしての介旅は、誰にも見つからないよう
 慎重に隠ぺいを重ねていた筈なのだが……、

 戦慄する介旅に、那由他は笑って、


 「ねぇ、協力してくれるよね?
  もしダメだったらそう言ってくれればいいよ。
  でもダメだったら悲しいなぁ。
  悲しさのあまり、警備員さんに連絡をいれちゃうけど気にしないでね」


 ニッコリ笑顔で強迫というのは予想以上に怖いものだな、と、この日介旅は新しく知った。




466: おまけ ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 23:19:21.54 ID:EuZga9ig0
前から考えてたけど没になった会話



介旅「ところで、なんでお前が僕のところに?」

那由他「え?あなたの家のパソコンの履歴を調べたら」

・画像掲示板←小学生画像
・動画サイト←金髪外人モノ

那由他「……ってなってたから、好みに近いであろう私が」

介旅「」



467: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/05(水) 23:19:58.47 ID:EuZga9ig0
投下終了です

前回から若干明るくなった感じですかね?

あと、おまけは今後もちょいちょい付けていきます

472: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/09(日) 00:04:07.24 ID:HH6iOubG0

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 「あれ?遅かったね、砥信お姉さん」

 「sorry.少々手間取ってしまってね」


 ここはとある廃ビルの、使われていない一室。

 布束は玄関先で溜め息をつくと、那由他のいる室内へと入っていった。

 ソファに深く腰掛け、手足をだらりと投げ出す姿を不思議に思ったのか、那由他は怪訝そうにして、


 「あー、もしかして美琴お姉さんにフラれちゃったのかな?」

 「……right.彼女、中々に強情でね。
  ひたすら『自分で止める。手を出すな』ばかりで聞かなかったのよ」

 「あっちゃー。ま、しょうがないよね。交渉って難しいし」

 「むしろ、あなたがどうやって交渉を成功させたのか疑問なところね」

 「そこはホラ、私独自の交渉術でなんとか」



473: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/09(日) 00:17:20.07 ID:HH6iOubG0
 ちなみに、実際には『交渉』ではなくただの脅迫であったのだが、
 那由他はその辺には一切触れず言葉を続ける。


 「まぁ別に砥信お姉さんの責任じゃないから、気にしないで
  ……って言いたいトコだけど、やっぱり美琴お姉さんがいないってのは残念かな。
  お姉さんがいるといないで、計画の成功率がまるで変わって来ちゃうし」


 那由他の言葉に、布束はばつの悪そうな顔をして、


 「あら。一応あの計画は、元々一人でやるために立てたのよ?」

 「うーん……一人であんな無茶なことをする気が起きるってのは凄いよね」

 「それは褒め言葉ととってもいいのかしら?」

 「ふふ。まぁいいんじゃない?もう少し安全にやってもらいたいのは事実だけどね」


 軽く笑いながら、那由他は夜の空を見上げつつ、


 (介旅お兄さんには、悪いことしちゃったかな)



480: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 21:14:10.00 ID:b96lPZG+0


 「物思いに耽っているところ悪いけれど」


 とそこで、布束は部屋の隅の窓枠に腰掛ける那由他に声をかけて、


 「向こうの……Mr.介旅の連絡先は聞いてあるのかしら?」

 「……あ」


 やってしまった、という表情で固まる那由他に、布束は肩をすくめながらため息をつき、


 「言っておくけれど、顔や名前のようにハッキングして調べるのは不可能よ。
  元々あれは色々な学校から『学校内の要注意人物』のリストを拝借しただけなのだから」


 もちろん、学校内のリストにはわざわざ携帯番号まで書いていない。

 別の方法で探そうと思えば探せないこともないが、どれもこれも非効率だ。

 よって、


 「さ、やるべきことは分かるわね?」

 「はーい……」


 渋々と玄関を出ていく那由他を見送って、布束は椅子に深く腰掛けた。
 机の上にあるティーポットに、手を延ばす。

 コポコポ……、という音の後、脇にぽんと置かれた砂時計が、紅茶の蒸らし時間を計測し始めた。



481: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 21:22:50.48 ID:b96lPZG+0
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 介旅初矢は、小心者で臆病でひ弱で力がなくてメガネでオタクである。
 見た感じからしても、そして実際にもそうなので救いようがない。

 その手の人からしたらヒーローともいえるステータスではあるが、
 逆に言えばこの世の大部分を占める『その手じゃない人』にとってはただの生ゴミである。


 ところで話は変わるが、『オタク狩り』という単語に心当たりはあるだろうか。

 簡単に言えばオヤジ狩りの発展で、
 リストラ間近で赤字続きのショボいリーマンよりは
 ソッチ系のグッズを買いあさるオタクの方がたくさん脅し取れるんじゃ?
 という考え方に基づいて行われるカツアゲである。


 さて。
 もちろん、この長ったらしい前置きにはきちんと意味がある。
 何故なら、この前置き自体がまさに介旅の現状であるからだ。


 「いいから早く金出せっつってんだろカネカネ」

 「何ならクレジットカードでも可だよー。ただし暗唱番号付きな」

 (わーなんかすっげぇ久しぶりの展開だなおい)


 端的に言おう。

 介旅は、ガラの悪い連中に絡まれていた。

482: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 21:39:47.20 ID:b96lPZG+0


 (さーどうするよ僕。現金は持ってないしカードやるわけにはいかないし
  殴られるのもイヤだしでもそんな調子のいいことできるはずないし)


 見たところ相手は三人。
 だが、物陰に仲間が潜んでいたりといった可能性も十分にある。

 この人数を相手取って喧嘩するなど、介旅には到底不可能だ。
 というかそもそも、相手が一人だったところで勝率は一割にも満たない。

 逃げる、というのも不可。
 いくら相手がアルコールとニコチンで体を壊しているとはいえ、介旅は正真正銘の運動不足だ。
 走り出して二秒で捕まる自信がある。

 さてどうしたものかなー、と必死で頭を悩ませる介旅。
 その間にも不良達は着々と介旅包囲網を作っていく。

 気づけば、四方の路地出口全てに人員が配置されていた。
 どうやら、どうやっても逃がすつもりはないらしい。



483: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 21:48:02.93 ID:b96lPZG+0


 (……やるしかないか)


 しかし、介旅の目に諦めは浮かばない。

 逃げられない、戦えないのなら第三の手を使うまでだ。

 即ち、攪乱。

 軽く爆発を起こしてそちらに意識を向けさせれば、その隙に路地の外に飛び出せる。
 四人がバラバラの配置なのだから、逆に言えば一カ所当たりの突破難度は低いのだ。


 (問題は‥…誰のところを通るか、か)


 手の中にあるスプーンを汗ばんだ手で握りしめながら、介旅はそれぞれの出口をこっそりと確認していく。

484: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 21:56:23.59 ID:b96lPZG+0

 まずは正面。
 立っているのは、屈強な大男。


 (ムリムリ、明らかに怖いわ)


 次は右。
 腕を組んでいるのは、痩せぎす長身の男。


 (うーんと、足が早そうだよな……)


 焦りながら左を見る。

 つま先を地面に突きながら口笛を吹いているのは、金髪のチャラ男。


 (……お?行けそうじゃね?)


 確認程度に後ろを見る。

 つま先で倒れた男を突きながらウインクしているのは、金髪のロリ。


 「……へ?」



485: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/11(火) 22:03:41.84 ID:b96lPZG+0


 介旅が思わず口に出した、次の瞬間だった。

 ビュオッ!!と、辺りを一陣の風が吹き抜ける。

 常人には、そう感じることが精一杯だっただろう。

 だが違う。

 那由他の振るった『何か』が、不良三人の意識を纏めてさらっていったのだ。


 「やっほう、介旅お兄さん」


 那由他は、手に持っていた紐付きダンベルをランドセルにしまいこんで、


 「メアド交換しにきたんだけど。お願いね」


 意外にもファンシーな携帯電話を取り出して、輝くように笑った。

 その頬に返り血が付着しているのは、見なかったことにしておきたい。