介旅「新しい世界が来る。僕が君を救う」美琴「……え?」 前編

491: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:12:11.10 ID:4sclTb2I0
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 むかーし、むかし。
 とはいっても、今からほんの数年前のお話。

 あるところに、一人の男の子がいました。
 その男の子はちょっと気が弱いけれど、優しくて頭の良い子でした。

 だけれども、男の子には友達がいませんでした。

 なぜかと言えば、男の子の見た目が周りとは少しだけ、ほんのちょびっとだけ違ったからです。

 男の子が近づくと、子ども達はみんながみんな口を揃えて言います。


 「バケモノ」「ようかい」


 男の子は、それを聞いて悲しくなりました。

 しかし、男の子はずっと、友達がほしいと思い続けていました。



492: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:22:30.66 ID:4sclTb2I0


 そんなある日のこと。

 男の子は、真っ赤な夕焼け空の下を歩いていました。
 いつも通り、学校から帰る途中でした。

 学校でも、男の子はひとりぼっちです。

 どれだけ難しい計算を解いても、褒めてくれるのは大人ばかりで、子供たちには見向きもされません。

 それでも男の子は、きっと自分のがんばりが足りないのだと思って一生懸命に勉強をしました。

 なのに、勉強をすればするほど、男の子は子供たちから避けられるようになっていきました。

 男の子ががんばればがんばるほど、その髪の毛は雪のように真っ白に、
 その目は夕焼けと同じ真っ赤に染まっていったのです。

 男の子は勉強はできたのに、そんな簡単なことにも気付くことができませんでした。


493: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:28:02.93 ID:4sclTb2I0


 ですから男の子は、その日も熱心に勉強をしながら帰っていました。
 頭の中では、高校生にも解けないような難しい計算がぐるぐると回っています。

 と、そんな男の子の目の前に、一個のボールが飛んできました。

 白と黒の五角形が並んだ、柔らかめのサッカーボールでした。

 男の子はそれを見て、ふと思いつきました。

 これを飛ばしてしまった子は、きっと困っているはず。
 だからこれを届けてあげれば、その子は喜んで、もしかしたら自分となかよしになれるかもしれません。

 そんな子供らしい考え方で、男の子はボールを拾うと、飛んできた場所を探しました。

 そんなに広くもない場所でしたので、そこはすぐに見つかりました。
 小さな公園で、同い年ぐらいの子供たちがボールを探していました。



494: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:37:51.81 ID:4sclTb2I0


 男の子はそっと公園にはいると、にっこり笑って言いました。


 「これ、だーれの?」


 子供たちは、一斉に男の子の方を見ると、途端にぎゃぁぎゃぁと騒ぎだして、


 「にげろー!おにがきたぞー!」

 「つかまったら食われちゃうぞー!みんなにげろー!」


 誰かがそう叫ぶと、子供たちはみんな走り去って行ってしまいました。

 一人だけ残ったのは、たぶんボールの持ち主なのでしょう、体の大きな少年でした。
 怒ったように顔は真っ赤で、拳をプルプルと握りしめています。

 男の子は、少年が何でそんな風になっているのか分からなかったので、不思議そうな顔をして、


 「これ、きみの?」

 「…………」


 少年は、下を向いて黙っています。



495: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:43:18.20 ID:4sclTb2I0


 少年が返事をしないので、男の子は、違ったのかな、と思って話を変えることにしました。


 「なんで、みんないなくなっちゃったの?」

 「…………」


 少年は、なにもしゃべりません。

 どうしたのかな、と男の子は思って、そこでさっきの子供たちが「おに」と言っていたのを思い出しました。
 そういうことか、と男の子は納得して、少年に聞きました。


 「あ、わかった。みんなでおにごっこやってるんだね?」

 「…………」

 「ねぇねぇ、教えてよ。どこまで逃げていいの?ぼくも入っていい?ねぇってば」

 「…………う、」

 「ねぇねぇ聞いてる?ぼくもーー


    「う、うるさい!ばけもの!!」



496: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:45:15.68 ID:4sclTb2I0


 突然、今まで黙りこくっていた少年が声をあげました。

 顔はますます真っ赤になって、拳は振り上げられています。

 男の子はびっくりして、思わずサッカーボールを強く抱きしめました。

 それを見ると、少年はさらに怒って、


 「返せよ!触るな、ばけもの!!」


 男の子は、怖くなってギュッと目を瞑りました。

 少年の手が、男の子の腕からボールを奪い取ろうとします。



497: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:51:15.22 ID:4sclTb2I0






    ぼきり






498: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:57:58.15 ID:4sclTb2I0




 少年の腕が、真ん中の辺りから変な方向を向きました。






499: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/14(金) 23:58:24.20 ID:4sclTb2I0


 「あ……ぇ……?」


 男の子には、訳がわかりませんでした。

 何が起こったのかも、自分が何をしたのかも、全く分からず、ただ呆然としていました。


 泣き叫ぶ少年をぼんやりと眺めていると、大人がやってきました。

 一目見て事態を把握した大人は、男の子を止めようと体に手を触れました。



 ぽきん



 大人の右の手首が、左の手首と同じ方向に曲がるようになりました。



500: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/15(土) 00:00:42.87 ID:aaknkivG0


 そこから先は、同じことの繰り返しでした。


 竹刀を持ってきた大人は、自分で自分の頭を打ちました。


 恐ろしい銃を持ってきた警備員は、体中に新しい穴を作りました。


 戦車が来ました。
 こわれました。


 ヘリコプターが飛んできました。
 落ちて燃えて、周りの人を巻き込みました。


 男の子は、その間ずっと、目を瞑っていました。


 目を開けたときには、空はすっかり暗くなり、
 代わりに地面が夕焼けよりも、もっとずぅっと真っ赤な海になっていました。



507: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:12:22.73 ID:CIDrZXsw0


 次に気付いたとき、男の子は教室にいました。

 いつもの学校の教室、ではありません。

 男の子の机は、広い教室の中でひとりぼっちでした。
 それはまるで、今の男の子を表しているようでした。

 先生は言いました。
 この教室は、男の子のためだけに作られた特別クラスなのだそうです。

 それを聞いて、男の子は知りました。
 彼には、他の子供たちとはあまりに違いすぎる力があったのです。

 たぶん、このクラスは男の子が力を使いこなすためにあるのでしょう。

 周りを巻き込まないために。
 もう誰も傷つけないように。

 そうなりたいと思って、男の子は頑張って力を操りました。

 その力が、まさにその逆の方向に使われることになる、などとは思いもせずに。



508: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:23:12.71 ID:CIDrZXsw0
 

 いつしか、男の子には名前が無くなりました。


 二文字の名字と、三文字の名前は、きれいさっぱり忘れ去られて行きました。


 そしていつしか、男の子の呼び名は能力の名前へと変わっていました。


 漢字で四文字、カタカナで七文字。


 それが、男の子の新しい名前でした。



509: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:34:09.43 ID:CIDrZXsw0


 ある日、男の子は転校をしました。
 といっても、彼自身が望んだのではありません。

 大きくなりすぎた彼の力は、『特別クラス』でも手を焼くほどになっていたのです。

 それは、転校した先でも同じことでした。

 最初は扱い切れていた彼の力も、彼の成長とともに手の付けようが無くなっていったのです。

 そして転校の度に、学校での『授業』はひどいものになりました。
 成長していく男の子に合わせたのですから、当たり前のことでしょう。

 その先々で、男の子はこう呼ばれました。


 『化け物』『怪物』


 あぁ、何と言うことでしょう。
 ここまで来ても、彼はあの時と、なんら変わらない扱いを受けていたのです。



510: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:47:08.72 ID:CIDrZXsw0


 そんな中で、彼は気付いてしまいました。

 彼はどこにいようが、何をしていようが、結局はそう呼ばれる存在だったのです。

 彼を受け入れてくれる大人たちは皆、
 彼の能力は受け入れても、彼自身を受け入れてはくれないのです。

 それを知ってしまった彼は、学校を飛び出していきました。
 大人達は必死で止めようとしましたが、その全員が彼の力に弾かれました。

 寒空の下で降りしきる雨の中、ひっそりと暗い路地裏で、彼はぼんやりと考えます。

 このままじっとしていたら、いつかは死ねるのかな、と。

 考えながら、ウトウトと目を閉じかけた、そのときでした。



511: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:51:18.65 ID:CIDrZXsw0


 そんな中で、彼は気付いてしまいました。

 彼はどこにいようが、何をしていようが、結局はそう呼ばれる存在だったのです。

 彼を受け入れてくれる大人たちは皆、
 彼の能力は受け入れても、彼自身を受け入れてはくれないのです。

 それを知ってしまった彼は、学校を飛び出していきました。
 大人達は必死で止めようとしましたが、その全員が彼の力に弾かれました。

 寒空の下で降りしきる雨の中、ひっそりと暗い路地裏で、彼はぼんやりと考えます。

 このままじっとしていたら、いつかは死ねるのかな、と。

 考えながら、ウトウトと目を閉じかけた、そのときでした。



512: 連投申し訳ない…… ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 22:55:10.88 ID:CIDrZXsw0



 「あーん?何だボウズ。こんなクソ寒いのに外で寝るなんざ、死にたがりかぁ?」


 頭の上から、ぶっきらぼうな声がかけられました。

 見上げれば、そこには白衣の男が立っていました。


 「……おっさんには、関係ないよ。もういいんだ。ほっといてくれ」


 男の子は言いましたが、白衣の男は聞く耳を持ちません。

 最初から、返事を聞く気なんて無いんでしょう。
 男の子の頭の上に傘を差し出しながら、面倒臭そうに言います。


 「まぁ関係はねーけどよぉ。ここで会ったのも何かの縁だ、お前俺に拾われてみねぇか?」



513: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:03:11.55 ID:CIDrZXsw0


 突然の申し出に、男の子は目を丸くして聞き返しました。


 「拾う?僕を?」

 「あ?何でイチイチ聞き返すんだよ。
  やっぱあれか、こんなとこで寝るような奴は頭の中クルクルパーなのか?」

 「う、うるさいなぁ!僕は将来の第一位って期待される能力者なんだぞ!!」


 言ってしまってから、しまった、と男の子は思いました。

 この人は、自分のことをそんな大物だと思っていなかったから声をかけてくれたのでしょう。
 言ってしまえば、この人もきっと自分を恐れ、逃げ出してしまうに違いありません。

 ところが、白衣の男は興味なさげに、


 「ふぅん。その割にゃあお前、全然嬉しそうじゃねぇのな」

 「……え?」



514: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:14:15.57 ID:CIDrZXsw0


 「そんなすごい能力者ならよぉ、もっと自信を持てよ。
  ハッキリ言うと今のお前、見た感じその辺のガキンチョと変わらねぇぞ?」

 「……うっさいな。誇れる訳ないだろ。


  ……人を傷つけるしか出来ない力なんて、さ」


 そうか、と白衣の男はニヤリと笑って、


 「じゃあ、俺に任せな」

 「は?それってどういう……」






 「俺といっしょに来いっつってんだよ。
  これでも俺、いっぱしの研究者だからな。
  お前が誇れるように、その力ぁ鍛え上げてやるよ」




515: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:23:04.59 ID:CIDrZXsw0


 「ど、どうして?何で、僕なんかを 「うるせぇんだよ。理由なんてどーでもいいだろうが」


 白衣の男は、男の子を睨み付けながら言いました。

 その目付きは、今まで見たことも無いほどに鋭くて、
 ……けれど不思議と、全然怖くはありませんでした。

 呆気にとられる男の子に、男は続けて言います。


 「で、どうすんだボウズ。
  ここで野垂れ死ぬか、クソみてぇな研究所に戻るか


  ーーそれとも、俺の家に来るか」


 その問いに、始めから他の答えはありませんでした。

 男の子は、食いつくようにその選択をします。

 予想通りの答えに、男は満足そうに頷いて、優しく微笑みました。



 
 これが、男の子とその優しくてステキでカッコよくて頭のキレる養父との、最初の出会いでした。

516: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:24:18.13 ID:CIDrZXsw0


 「ーーおしまい、っと」


 ふぅ、とため息を吐きながら、男は絵本(自作)を畳み、目の前の部下へと尋ねる。


 「マイク、どうよ?これ結構イケてねぇか?」


 マイク、と呼ばれた男は呆れたような顔で、


 「……木原さん、一応聞きますけど……何ですか、それ?」

 「あぁん?『反抗期の息子との絆を修復するための絵本読み聞かせ計画』に決まってんだろうが。
  そんなことも分かんねぇなんざ、俺の部下失格だぞコラ」


517: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:38:27.64 ID:CIDrZXsw0


 余りにも理不尽な上司・木原数多の言葉に、マイクは失笑を通り越し
 『何言ってんだこの人?』という表情を隠せない。隠す気もないが。

 ため息を吐くと幸せが逃げるらしいけどなら俺の幸せってどのくらい減ってんだろうなー
 などと考えながら、マイクはまたもため息を吐き、


 「あのー……取り合えず何なんですか?その最後の意味もない詰め込み。
  大体、あんたらそんな出会いしてないでしょうに」

 「は?ここは俺の偉大さを示すために必要不可欠だろふざけんな。
  あとあれだよ。お前じゃあ『研究機関を回されてきた末、ここが居心地よかったので
  定住することに決めました』の方が良かったってのか?」

 「だから何でノンフィクションにするんですか……
  つーか今の話、向こうのトラウマをグリグリ抉ること間違いなしでしょう」

 「んなわけねぇだろ!アイツは絶対、これに感動して仲直りしてくれるね!!」

518: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/17(月) 23:54:49.63 ID:CIDrZXsw0


 もうダメだこの人。
 そう判断したマイクは、面倒なのでツッコむのをやめた。

 一方で木原は上機嫌に、


 「おし!んじゃ早速行ってくっか!」


 息子の部屋へとダッシュしていった木原を見送ると、マイクは操作していた携帯端末を見る。

 表示されていたページは、『ダメな上司のフォロー法』。

 今日もまた、フォローに徹する彼の日常が始まる。




 (つーか、わざわざ自宅に呼ぶ必要あるのか?電話でよくね?
  あと、読み聞かせ聞いてくれるんならそんなに仲悪くないだろ。
  更に言うと、今までツッコまなかったけど計画名長過ぎじゃね)




 そんなことを考えるマイクに、木原が泣きついてくるまであと十五分。



519: おまけ 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/18(火) 00:07:45.17 ID:x6rJt5iB0

マイク「ところで、ケンカの原因はなんだったんですか?」

木原「いや、アイツがやってるゲームが面白そうでよ。
   ストーリーをすこーしだけ勝手に進めたんだが……」

マイク「そこで何が?」

木原「いや、どうやら会話の選択肢をミスったらしくよ。
   『トゥルーエンドが見れなくなったじゃねェか!テティの花ァ欲しかったのに!』
    ……って怒られた」

マイク「あぁ、ファ●タシースターですか」

木原「ポータブル2インフ●ニティエピソード1だ。間違えんな」

マイク「メンドくさ……
    てか、俺持ってますけどあげましょうか?」

木原「『エンディングをきちンと楽しみたい』って言って聞かねぇんだ」

マイク「まぁそうでしょうね……」



524: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/20(木) 23:50:16.56 ID:mExtAvgU0
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 「……一応、もう一度だけ聞いておこうか」


 静かに言い放たれたその言葉が内包するのは、鋭い冷気。

 特に空調を使っているわけでもないのに、明らかに室内の空気が冷たい。

 震え上がる介旅に、声の主ーー黄泉川は更に言葉を続ける。


 「な・ん・でお前は!留守番を頼んでおいたにも関わらず平気で出歩き、
  挙げ句の果てにはこんな時間に帰ってきたじゃんか!?」


 ビシィッ!!と黄泉川が指さしたアナログ時計の針は、両方とも『12』を指していた。
 完全下校時刻などどこ吹く風の暴挙っぷりに、さすがの黄泉川も耐えきれなくなったのだ。

 そんな黄泉川の怒りに介旅は、


 (って言われても、バカ正直に『殺人実験の真相を確かめに行ってました』
  じゃ……マズイよなぁ……)


 ちなみに、こんな時間になった真の理由は那由他にある。

 介旅が渋々協力を決め(させられ)た後、彼女が「せっかくだし、私たちの隠れ家でお茶でもどう?」
などと誘ったりしなければ、少なくとも一時間は早く帰宅できていたはずなのだ。

 それをふまえた上で、介旅は口を開く。



525: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/20(木) 23:51:01.75 ID:mExtAvgU0


 「いや、だから、お茶会に行っていたと」

 「んなわけないじゃん?
  ……つーかもう大変だったじゃんよー!
  勝手に使いやがったパソコンには意味のわかんないメールが入ってくるし……!」

 (一応は真実なのになぁ)


 とはいえ、100パーセント真実ですとも言い切れないこのジレンマ。

 うーんあーでもないこーでもない……、と上手い伝え方を悩む介旅。

 そんな様子を見て、黄泉川ははぁ、とため息をつくと、


 「……まぁそんなに言いたくないなら、深い詮索はしないでおくじゃん。
  ただし、次からはこんなことが無いようにな」


 それだけ言うと、黄泉川はさっさと仮眠室へと入っていった。

 意外にもすんなりといったことに疑問を覚えつつ、介旅はソファに身を沈め、目を閉じる。

 そうやって今日一日を振り返るうちに、彼の意識は夢の中へと飛んで行ってしまった。



530: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 21:18:50.90 ID:Xg9vqRzd0







 暗闇。

 静寂をBGMに、眼前に広がるのは真っ暗な空間。

 介旅は、いつの間にかその中心に立っていた。


 「……夢、だよな」


 ポツリと呟いたその言葉の宛先は、確認するまでもなく自分自身だ。

 響くその声に、彼は自分で肯定を返すつもりだった。

 しかし、



 「あぁ?人を勝手にテメーの妄想の産物にすんじゃねぇよ」



 暗闇の中から突然、否定の返答があった。



531: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 21:25:38.11 ID:Xg9vqRzd0


 そこにいたのは、気だるそうに立つ一人の男。
 余りにも暗すぎて、顔や服装は識別できなかった。

 男は、頭を掻きながら言う。


 「いい加減に現実を認めな。
  テメェはもう、     だよ」

 「……ハイ?」

 「だから    っつってんだよ、     。
  日本語ワカリマスカー?」


 男は何故分からないんだ、とでも言いたげに繰り返すが、むしろその意味が介旅には理解できない。

 男の言葉が、時折『飛んで』いるのだ。

 最初はふざけているのかと思ったが、違う。

 男の口は、絶えず動いている。
 だが、話が核心に差し掛かった瞬間に、言葉が聞こえなくなるのだ。

        ・・・・・・・・・・・・・
 まるで、それが知ってはならないことであるかのように。



532: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 21:38:40.72 ID:Xg9vqRzd0


 いぶかしむ介旅の様子を見て男も異変に気がついたのか、顎に手をやって考え始める。
 その仕草から見るに、教師か何かをやっているのかもしれない。

 数秒ほど考え込んだ後、男は介旅に問いかける。


 「オイお前、まさか『そっち』の人間か?」

 「へ?『そっち』って……」

 「だーから、    ない……じゃなくて……
  そぉだな。お前は今、毎日を楽しんでるか?」

 「ま、まぁ大体は」

 「なるほどな」


 返答を聞くと、男は合点がいったかのように頷いた。
 そう思った瞬間には、既に別の考えに移っている。

 男の尋常ではない思考速度に付いて行けていない介旅は、ただ呆然としているしかなかった。



533: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 21:49:30.86 ID:Xg9vqRzd0


 男の方も、もう介旅に説明する気は無いらしく、一人でブツブツと
 「    と会話……?そういえば、前に    が    って    があったな」
 「待てよ?ってことは   を   て    っつーのも……いや、   ?」
 などと呟いている。

 さっきの会話よりも飛んでいる部分が多く、
 もはや日本語として正しいのか分からないレベルだった。

 考え続ける男をよそに、
 これ以上変な夢を見ていても仕方がないな、とふんだ介旅は、その場で寝転がった。

 自分だけなのかどうかは知らないが、夢から覚めるためには夢の中で寝ればよい。

 だんだんと白く消えていく空間の中で、介旅は一つの声を聞いた。


 「イイ体質を持ってんな、お前」


 褒め称えるような言葉を背に、彼の意識は現実へと戻っていく。



534: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 21:56:17.16 ID:Xg9vqRzd0
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 「うー……どうしたらいいじゃんかー?」


 寝室にて、自分のパソコンのチェックを行っていた黄泉川は弱った声を出した。

 彼女は警備員内でも屈指の身体能力を誇るが、そのぶん他の分野に弱いところがある。

 例えば、電子機器関連。

 現在パソコンに表示されている乱雑な文字列が『何かおかしい』程度は分かっても、
 どうやったら止められるかまでは分からないのだ。

 そもそも、それがウイルスなのかハッキングなのかすら見当が着いていない。


 「だーくそ、やっぱり『To介旅』なんて件名からおかしいと思ったじゃんか。
  ウカツに開くんじゃなかった……」


 そうやって後悔している間にも、ウイルスの浸食はどんどん進んでいく。



535: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/22(土) 22:04:52.50 ID:Xg9vqRzd0


 「しょうがない、シャクだけどアイツに聞いてみるしかーー」


 と、彼女が決意し電話を持ったところで、

 ぴー、ぴー、プツン。

 安っぽい電子音の発生源は、もちろんパソコン。

 画面には、腹の立つAAと共にこんな文言が添えてあった。


 『色々と見せて頂きました。
  セキュリティをこんなに軽くして頂き、真に有り難うございました。
  292827867524263002010』


 最後の数字は暗号か何かなのだろう。
 果てしなくナメた態度のウイルスの制作者に、黄泉川は顔の色を青から赤へと変え、
 手に持つ受話器を握りつぶしそうな勢いで決心した。


 よろしい。


 全力でとっちめてやるじゃん。



539: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/26(水) 00:00:50.70 ID:3EEhgr6r0
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 「……ふぅ、やっと終わった」


 深夜にも関わらずフル稼働中の研究所の中で、女性は小さく伸びをした。

 彼女の名は、芳川桔梗。
 とある実験の計画を担う研究施設の、そこそこ高い地位にいる職員である。

 彼女は大きく息を吐き出すと、だるそうに椅子の背もたれに身体を預け、


 「はあぁ……わたしも年かしらね。
  若い頃なら、こんな時間には遊び呆けてた筈なのに」


 いやいやそんなことはないわよまだまだピチピチよ、と思いつつも、
 実際問題、体に残る疲労感は消えない。

 もっとも、疲れの原因は『実験』そのものだけでは無いのだが。

 さて、この疲れをどう発散しようか。


 「……、薄情よね」


 取り合えずその辺のカラオケでも行くかな、と周囲を見渡すと、芳川は肩を落として言った。

 同僚たちは、既にノルマを達成して帰ってしまっていたのだ。

 要するに、残っているのは芳川ただ一人だけだった。



540: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/26(水) 00:22:30.58 ID:3EEhgr6r0


 「まったく。やっぱり優しさが足りてないわね、研究者ってのは」


 自分のことを棚に上げて……
 ではなく、自分を含めたすべての研究者に対して芳川は言った。

 ともすれば自嘲とも取れる発言ではあるが、
 彼女にはここの研究者の大半よりは良識があるという自信があった。

 別に、彼女自身の人格が特別優れているというわけではない。
 単純に、他の研究者たちの人間性が著しく破壊されているというだけの話だ。


 (人間をモルモットと同率に見られるなんて、一体どういう神経してるのかしら)


 そうは思うものの、その凶行を止められなかった責任は当然彼女にもある。
 だからこそ、彼女は自分と他の同僚をまとめて『研究者』と呼んだのだ。


 (文句は言うけど、止めはしない。
  可哀想だとは思うけど、ただそれだけ。
  ……わたし、やっぱり甘いのよね)


 結局は、それが彼女の全てだった。

 『優しい』のではなく『甘い』だけ。

 なまじ中途半端に助けようとするぶん、こちらの方が質が悪いか。



541: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/26(水) 00:47:56.22 ID:3EEhgr6r0


 (それにしても)


 芳川はだらりと手を投げ出したまま、


 (『あの子』がこんな実験を受けるなんて、思いもしなかった。
  原因は……やっぱりあの事故かしら?)


 その辺りまで考えてようやく、彼女は自分の携帯が鳴っていることに気がついた。

 画面を確認すると、表示されたのは「黄泉川 愛穂」の文字。

 自分の持っていない『優しさ』を持つ旧友からの着信に、
 芳川は多少面倒くさそうな表情で応答した。


 「愛穂?こんな時間にどうしたの」

 『ああ桔梗!唐突で悪いが、頼みがあるじゃん』

 「頼み?私は面倒臭いことは嫌いよ」

 『そう言わずに!私のパソコンにウイルス流し込んだバカヤローを特定してほしいじゃん!』

 「どうやってよ」

 『うー……口で伝えるのは難しいじゃん。
  とりま画像送るから、そっから頼んだ』



542: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/26(水) 00:52:20.58 ID:3EEhgr6r0


 面倒くさい、という言葉を全力で押さえ込み、思い切り嫌そうな顔を作る芳川。
 だが悲しきかな、電話の向こうにはそんなものが通じるはずもない。

 それから数秒すると、ピロリン♪という受信音。
 添付は、シンプルなテキストファイルだった。

 芳川は画面を見て数十秒考え込むと、



 「……面倒くさい。
  いろんな方式が混ざってるせいで、解答者を苦しませて楽しむだけの問題になってるわ。
  時間さえあればなんとかなるかもしれないけど……」

 『はぁ!?桔梗でも分からないじゃん?』

 「そのようね。他をあたって頂戴」


 それだけ言うと、芳川はプツリと電話を切った。

 久しぶりの友人との会話は楽しかったが、予想通りに疲れた。

 人と話すというのは、いいことばかりじゃないな。

 芳川はそう結論づけると、寝る前の一杯を買いに夜の町へと出ていく。



543: こたえ ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/26(水) 01:05:23.55 ID:3EEhgr6r0
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???「さて、暗号の解き方を教えようか」

???「まずは、数字を右から順に0→1→2……と消していくんだ」

???「これで、残った数字は
    22287226000となるハズだ」

???「あとはこの数字を携帯で入力する」

???「2(カ行)が三回、8(ヤ行が一つ……)とやっていくと」

???「答えはズバリ『工山規範』……そう」

工山「このボクだ!」

工山「出来たか?出来なかっただろう!ははははははははッ!!」




548: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/29(土) 17:03:44.36 ID:tgDAhGR60
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふぁ、ん。ふぁぁ……」


 日が昇って、しばらくした頃。
 大きな欠伸をしながら、介旅は目を覚ました。


 「ん……。今何時だ?」


 寝ぼけ眼で時計を見ると、デジタルの液晶画面に表示された時刻は六時半。
 いつも通りの生活なら考えられない時間だ。

 あるいは、ベッドではなく寝にくいソファで寝たから、というのもあるのかも知れない。
 ともあれいつもよりも相当早い時間に起床した介旅は、ベッドから降りて冷蔵庫の方に歩き出す。


 「んーと、コーヒーは……っと」


 探しているのは、某宇宙人のCMで有名な缶コーヒー。
 もちろんブラックではなく、甘ったるいカフェオレだ。

 昨夜の帰り道に買ってきたそれを、気持ちいい朝のための一杯にしようと介旅は冷蔵庫を開けて、


 「……あれ、無い?」


 ガサガサと掻き回すように探すが、昨日買ったはずの缶は一向に見つからない。


549: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/29(土) 17:40:51.74 ID:tgDAhGR60


 「おっかしいなー……黄泉川が飲んだとか?」


 まぁ気にするほどの事じゃないかな、と介旅は軽く考えて、
 それでもやはり飲みたいのでコンビニでもう一本買ってくることにした。

 仮にも拘束中の身なので、本来なら外出許可を貰わなければいけないのだが、
 こんな時間に起こすのも気の毒かと思い直し、勝手に出ていくことにする。


 (まぁどうせ昨日も破っちゃったようなルールだしもういいか)


 と、介旅が自分なりの気遣いをしてこっそり出ていこうとしたところで、


 「うー……待つじゃんよぉ……」

 「ひゃう!?」


 地獄の底から這い出るような声をかけたのは、
 目の下に大きな隈を作ったバイオハザード状態の黄泉川。

 ふらふらとした足取りで必死に職務を全うしようとしているらしく、介旅の方へと歩み寄ってくる。


550: 夕食のためまた後で 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/29(土) 17:55:10.21 ID:tgDAhGR60


 介旅は黄泉川との距離を少し遠ざけながら、
 
 
 「な、なぜこの時間に起きているっ!?そして何だそのゾンビ状態!」

 「教員ナメんな。早いときはもっと早いじゃんよ。
  ……早く許可取るじゃん許可。ほら黄泉川センセーにお願いしてみ?」

 「そんな適当でいいのかよ……んじゃ、オネガイシマス」


 いや教員とバイハザは関係ないよな?と思いつつも、介旅はツッコミを諦めた。
 ここでツッコむと、何だか面倒なことになる気がする。

 具体的には、うっかり解いてしまった暗号のせいで悪友の一人が逮捕されるとかそんな感じの。


 というわけで、取り合えず外出許可を貰った介旅は、
 コーヒーの空き缶の山を持った黄泉川に見送られてコンビニへと向かう。



551: 再開 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/29(土) 19:56:26.25 ID:kN0F0yQs0






 「わぁお、見事にブラックだけねぇや」


 コンビニの棚にすっぽりと空いた空間を見て、介旅は思わず呟いた。

 別にカフェオレを愛飲する彼には関係の無いことなのだが、
 大きな棚の一区画に空間が広がる絵面はリアクションせざるを得なかったのだ。

 横の棚を見てみると、こちらはストレートティーが一種類まるまる売り切れている。


 (何だよこれ……?アレか、最近のブームってやつなのか?)


 まさかこれを全部一人で買ったなんて訳は無かろう。
 そんなことをする人間など、学園都市に数えるほどもいるかどうか。

 どうかその魔の手がカフェオレに届きませんように、と切に思いながら、介旅はレジに商品を差し出すのであった。



552: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/10/29(土) 20:00:42.81 ID:kN0F0yQs0


 かしこまりましたー、とやる気のない店員が
 レジを打ち終えるのを待つ間に、何気なく外に目を向ける。

 すると、


 (あれ……?みさ、か?)


 安っぽい自動ドアの向こう側に移った影は、疾走する美琴の姿。

 だが、様子がおかしい。

 まず服装からして変だった。
 義務づけられているはずの制服着用を無視した、黒っぽいシャツと短パン。

 そしてそんな格好をしておいて、誰かに会いに行くというような表情ではない。

 そう、あれはまるで、何かに焦らされているようなーー、


 (……一体、何だっていうんだ?
  昨日のことと何か関係が……?)


 いくら考えても、答えは出ない。

 代金を支払い、ありあとあっしたー、という店員の声を背中に受けながら、介旅は店を出る。

 美琴は既に、見える範囲にはいなかった。



557: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/01(火) 23:30:38.36 ID:Uf1B/xnk0






 そんなこんなでカフェオレを買ってきた介旅はそれを飲み終えた後、
 寝間着代わりのジャージから制服へと着替えていた。

 何故夏休みにも関わらず制服なのかというと、これから第二回・懺悔の儀があるからである。

 それにしても何でこんな早くに……、と介旅が不満に思っていると、
 何やらスイッチが入ったらしくピシッと仕事モードの黄泉川(ただし目の下には隈)は察したように、


 「まぁそう面倒くさいって顔すんな。
  開店時間前に行った方が、向こうにとっては好都合じゃんよ」

 「そりゃそうなんだろうけどさ……」


 今日向かう予定の洋服店の開店時間は午前九時。
 今から向かった後に話が長引いたとしても八時には終わる筈なのだから、
 もう少しゆっくりしてから行けばいいのではなかろうか。

 黄泉川はそんな介旅の思いまで理解したかのようにふんふんと頷くと、
 玄人が素人にするように両手を広げてゆっくり首を振りつつ、


 「分かってないな。決まった時間よりも早く行くってのは向こうに好印象を与えるじゃんよ。
  こういうことから更正させていくのも、教師としての務めじゃん」




 
558: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/01(火) 23:43:15.98 ID:Uf1B/xnk0


 「ふぅん……参考にしとくよ」

 「ん。素直でよろしい、じゃん♪」


 言うと、黄泉川は出入口から外に出て、警備員の物らしく特徴のない車の運転席に入った。
 介旅は慌ててそれを追いかけ、助手席のドアを開けて車内へと入る。

 それを確認すると、何やらリモコンの様な物を出した黄泉川は遠隔操作で詰め所の鍵を閉め、
 安全運転の速度で丁寧に車を発進させた。


 目的地は、第七学区の洋服店『セブンスミスト』。



 
559: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/01(火) 23:51:37.25 ID:Uf1B/xnk0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 (参りましたネ……)


 とある研究所の中で、所長と呼ばれる男は思案した。

 男の周りでは、慌ただしい声の職員達が次々と被害の報告を飛び交わせている。


 「研究所で火災発生!磁気異常研ラボです!!」

 「品雨大学DNA解析ラボもです!!」

 「動研思考能力研究局からの通信途絶!?くそ、同時多発テロかッ!!」

 「落ち着きなさイ。それぞれから状況報告を優先。
  救助は後回シ。どうせ助かりはしないでしょウ。
  今はそれよりも、被害の拡大を押さえることに力を入れなさイ」

 「わ、分かりました!」


 全ての報告に冷静に的確な指示を出していく男だったが、内心では非常に焦っていた。


 (このままでハ……研究施設の全滅も有り得ル。なんとしても阻止しなけれバ)



 
562: 寝落ちってたorz  翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/02(水) 17:01:02.74 ID:7VEI4cOq0


 その時、一件の報告が男の耳に届いた。


 「テロリストの攻撃方法が判明!通信回線を通じて機材を破壊している模様です!!」

 「能力者カ。分かりましタ。
  ネットを介した情報伝達は禁止シ、連絡用スタッフで代わりとしなさイ」


 すぐさま指令を実行する職員達だったが、果たして間に合うかどうか。
 朝ということで職員が少ないために、予想以上の施設が破壊される危険も高いだろう。

    ・・
 (……また厄介事、カ。)

             ・・・・・・
 男は、数カ月前に起こったとある出来事を思い出しながら、


 「仕方がありませン。多少費用がかかりますガ、もう一度暗部を雇いましょウ。
  ここまでの能力者ならば、回線を封鎖したとしても実力公使でくるはずでス」


 「で、ではまた『彼ら』を?」

 「いいエ。彼らは優秀ですが、戦力にバラつきがあル。
  今回は別部隊を要請した方が良いでしょウ」




563: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/02(水) 17:01:47.28 ID:7VEI4cOq0


 「は、はい、分かりました。ではそのように上に報告します」


 指示通りに電話器へと向かっていった部下を見送ると、男はリラックスした様子で椅子に腰掛けた。

 そんな男の様子を見ても、部下達は特に気にも止めず報告を続ける。
 男の下で働いてきた彼らは、それが男のスタイルなのだと知っている。


 「電気的通信回路の全遮断に成功!今後はどういたしましょうか」

 「犯人は恐らく、今度は直接襲撃にくるでしょウ。
  施設の一つや二つは諦めて、情報収集に専念しなさイ」

 「了解しました」


 従順な部下達に指示を飛ばしながら、男は口の端を歪める。
 そうして男は、歪に笑った。


 (ふ、フフ……面白イ。この仕事は、これだから止められませんネ)


 未だ知り得ぬ進入者に想いを馳せながら、男は笑みを深める。




568: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 00:04:29.22 ID:c/XXy5Gg0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 第七学区の大衆向け洋服店『セブンスミスト』は、
 つい先日爆発事件があったにも関わらず、通常通りの営業を再開している。
 大規模なバーゲンセールなどでは、開店前から入り口前に大きな行列を作ることもしばしばだ。

 とはいえ、流石に特に何もない日の開店数時間前にはその法則は当てはまらないようで。
 介旅はそんなガラガラの入り口から、職員の人に案内され店内へと入った。

 ちなみに、黄泉川は外で待機している。
 「謝るのは一人で。私がいても、邪魔なだけじゃんよ」とのことだった。

 だが、介旅は知っている。
 彼女が『店内禁煙』の文字を見てから、急に態度を改めたことを。

 喫煙道具は介旅が預かっているはずなのだが、
 恐らくもう条件反射になっているのだろう。
 喫煙者の性、というわけだ。


 「こちらへどうぞ」


 そんな職員の声に、介旅は思考を中断させ、改めて周りを見る。
 すると、何と目の前にあったのは簡素ながらも威圧感を持った金属のドア。

 介旅はその上に掛かっているプレートを見て、ひっそりと息を呑む。



569: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 00:20:38.42 ID:c/XXy5Gg0


 店長室、と。
 口の中で呟き、介旅はうっすらと冷や汗を流した。

 この先では、自分の被害者が待っている。

 昨日の舞夏のように笑って飛ばしてくれるはずのない、本物の被害者が。

 その表情は、一体どんなものだろうか。

 先で待っているものが、例え憤怒だろうと悲哀だろうと。
 受け止めて見せよう、と介旅は一人誓った。

 緊張に震えの収まらない手で、ドアノブを掴む。

 数秒の逡巡の後、介旅はゆっくりとドアを押し開ける。


 「し、失礼します」


 震えは手だけでなく、声までも達していたようだ。

 自分の情けなさに呆れながら、俯く顔を上げた介旅の視線の先にいた店長は、



570: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 00:37:03.94 ID:c/XXy5Gg0




 「やぁやぁやぁ、よく来てくれたね。まぁそこにかけてくれ」





 何故か笑顔で、予想外にフレンドリーだった。







571: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 00:53:04.65 ID:c/XXy5Gg0



 「……ハイ?」

 「おや、座らないのかい?
  立ち話というのもなんだ、ゆっくり話をしようじゃないか」

 「は、はぁ……」


 眼鏡をかけた髪の薄い初老の男に促されるまま、介旅は取り合えず革椅子に座り込む。
 光沢のある黒のその椅子は、将来の介旅の給料の一ヶ月分くらいの値はしそうだった。

 天井の電灯から床の絨毯まで、『何かが違う』部屋の雰囲気にガチガチになりながらも、
 介旅はちょっと勇気を出して聞いてみる。


 「あ。えっと、その……ちょっといいですか?」

 「む、何かな?あぁ、飲み物かい?待っててくれ、すぐに出すから」

 「ち、違います!そうじゃなくて、えっと……」


 すぅ、っと介旅は一度息を吸って、



572: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 00:58:47.58 ID:c/XXy5Gg0


 「その。えっと、店長、さんは……怒って、ないんですか?」


 まっとうともいえる質問に、
 ふむ、と店長は顎に手を当てて、


 「そうだね。少し、話をしようか」


 手を組んだ店長は、低めのテーブルを挟んで反対側に座る介旅の方に軽く背を曲げた。

 苦笑しながら、彼は言う。


 「正直なところ、私も最初は怒っていましたよ。
  そりゃあ、自分の大切な店ですからね。当たり前です」

 「……、」

 「ぶっちゃけ、憎んでいました。犯人は誰だ、ってね。」

 「っ、じゃあ、何でッ!」

 「人の話は、最後まで聞きなさい」


 店長の柔和な笑みに、介旅はう……、と言葉を詰まらせる。
 店長は満足そうに頷いて、言葉を続けた。



573: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 01:17:54.04 ID:c/XXy5Gg0


 「ところで話は変わるが、私は『終わりよければ全て良し』という言葉が好きでね。
  部下たちにも、日々言って聞かせているぐらいなんだよ」

 「それが、一体……?」

 「ふふ、まぁ聞いていなさい。
  それで、君を憎んでいた事件の翌日。あの事件がニュースで流れた直後のことだった。
  ……何が起きたと思う?」

 「え……店の信用を無くしたとか、ですか?」

 「いい線を行ってますがね、逆だよ逆。
  ウチの株価が、僅かだが上がったんだ」

 「……え?」

 「何で、と思うだろう?
  何と、あの事件で負傷者を出さなかったことが認められたらしいんだ!」

 「で、でもそれは……」

 「その後、私は閃いたよ。
  清掃と建物の修復をすぐに終わらせて、たった二日で営業を再開させたんだ。
  予想通り、業界の評判は高まって株価は更に上昇。君の出した被害額分は、すぐに元がとれたよ」

 「でも、それは結果論でしか……ッ!」



574: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/06(日) 02:13:16.01 ID:c/XXy5Gg0



 「だから言ったろう?終わりよければ全て良し。
  私は、結果以外は気にしない主義なんだ」

 「……そう、ですか」

 「さぁ、話はこのぐらいにして。どうだい、紅茶でも?」

 「……はい、お願いします」


 上機嫌でティーセットを取りに行った店長の背中を見ながら、介旅は今の会話を反趨する。

 終わりよければ、全て良し。

 本当に、そう片づけてしまってもよかったのだろうか。

 それで、自分は納得できたのだろうか。


 「さぁ飲んでください。
  実はこれ、私の趣味なんですよ。この茶葉はですね……、」


 考えている内に戻ってきた店長の蘊蓄を聞き流しながら、
 彼の持ってきた白地に金の装飾が付いた成金趣味のティーカップに口を付ける。

 ーー昨日飲んだものの方が、美味しかった気がするな。

 あまり紅茶に詳しくない介旅は、そんな感想を抱いた。



580: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 20:48:06.43 ID:Q5ZwggeL0








 店長の話は、ざっと一時間以上長引いた。


 「……なんか、時間の進み方がおかしい」


 開店時間になったことで店長も流石にマズイと感じたようで、
 ついさっきようやく話から解放された介旅は、心なしかゲッソリとしていた。

 明らかに無駄な時間を過ごしたな、と。
 頭で思うどころか、もう顔に表れている。

 客の流れを邪魔せずに店から出るために裏口へと向かう、彼の足取りは重い。
 原因としては、精神的なものの他に右手に提げた紙袋も挙げられる。

 『これは私の趣味の一つでね。つまらないものだが、お土産に持っていってくれ』
 とのことだったが、つまらないものなら渡すなよと思わなくもない。というか思う。


 「……つーか、謝りに来たのに感謝された挙げ句お土産貰うってどうよ」




581: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 21:05:32.48 ID:Q5ZwggeL0


 キツく怒られなかっただけでも喜ぶべきところなのかもしれないが、
 その代わりにあったのが中年の長話では素直に嬉しくはなれない。

 というか、趣味や自慢話ならともかく
 過去の恋愛経験とか聞かされたのは辛かった。割と本気で。
 中年の恋愛トークはガチでナイ。


 「だーもう……本題を忘れそうじゃねぇかよ」


 はぁ、と溜め息を吐きながら、ようやく見えてきた出口の方へと歩く。

 右肩が痛くなってきたので、紙袋を右手から左手に持ち変えてから、ドアノブに手をかけた。







582: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 21:19:15.41 ID:Q5ZwggeL0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「さて、と。『あの事故』の資料は……」


 彼女にしては珍しく早起きした芳川桔梗は、誰もいない研究所の一室にいた。

 部屋は、いわゆる資料室だ。
 デジタル化の顕著なこのご時世にも関わらず、紙の資料が山ほどある。

 学園都市においてこのようなアナログのデータ媒体が使われる理由は大きく二つある。

 まず一つは、万が一にも盗まれてはならない機密情報。
 アナログはネット上からのデータへの侵入に対抗する、最高で最大の手段なのだ。

 もう一つは単純に、『データとして保管するに値しない』と判断された資料。
 テラを単位に使うような大容量コンピュータでも、
 ゴミのようなデータが溜まっていけばそれだけ動作が遅くなる。
 それを防ぐために、かさばるアナログにしてまで無駄なデータを削除しているのだ。


 (……と、いうのが定説だけど。わたしには、もう一つ理由があるように思えるのよね)


 ガサガサと紙の束をかき分けつつ、芳川は考える。



583: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 21:29:39.12 ID:Q5ZwggeL0



 もう一つの理由。
 彼女が思い当たったそれは、


 (情報の、意図的な制限)


 一つの段ボールの中身を調べ、そして順番を直してからもとの箱に戻し、次の箱を取る。
 もう、何時間費やした作業だろうか。

 だが、それを繰り返せば繰り返すほど疑念は強まる。

 情報としては、残しておかなければならない資料。
 しかし、もしそれが誰かにとって不都合なものだったら?

 答えは簡単、それを仕舞いこんでしまえばいい。

 探すのも億劫になるほどの紙の山の、その奥深くへと。

 ちょうど、今のように。


 「っ、これね」


 やっと発見した数枚の紙に、芳川は目を落とす。

 その資料の題は、こうある。
 『木原数多の研究所にて発生した事故と彼の死に対する考察』



584: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 21:42:02.64 ID:Q5ZwggeL0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ごくん、と。
 黒くて苦い液体を、喉から胃へと流し込む。

 今日でもう何本目だろうか。

 少年は飲み終わったコーヒーの缶を、その辺に投げ捨てる。

 足りない。
 喉の乾きは、いくら飲んでも消えない。

 仕方がない、と、右手に持った袋から同じ銘柄の缶コーヒーを引っ張り出す。

 そうしてから、慣れた手付きでプルタブに手をかけた、その時だった。


 「うーっす。今、帰りか?」

 「わざわざ徒歩でお出かけとはな。驚いたぜ」


 いかにも頭の悪そうな不良が、前方に二人。

 いや、違う。

 気配から察するに、恐らくは十人程度だろうか。
 少年のいる路地の外へとつながる道に、その仲間が配置されているようだ。

 取り囲まれている。
 このために、自分の通り道をチェックしていたのだろうか。

 ただの不良にしては周到すぎる計画性に、しかし少年は余裕を崩さない。




585: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 21:54:25.91 ID:Q5ZwggeL0


 「なンだよ、オマエラ。俺はそこを通りてェンだが」


 あくまでも自然体で、好戦的な感じは一切見せずに、少年は言う。

 しかしどうもこの不良たち、その程度で引き下がる連中ではないようだ。


 「残念ながら、行かせねぇよ。
  この計画に何日かけたと思ってやがる」

 「テメェを殺せば、俺らの名声は確実だ。
  そんなわけだからな、まぁ死んでくれや」


 言うと同時、不良達は一斉に武器を構えた。
 ナイフやハンマーといった一般的なものから、ブラックジャック、さらには拳銃まである。

 ともあれ、そこに共通する意思は一つ。

 少年に対する、圧倒的な殺意だ。



586: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/09(水) 22:06:54.59 ID:Q5ZwggeL0



 しかし、少年はそれらに脅ない。
 少年には、それらに脅える理由がない。

 だから少年は、こう告げる。




 「本気でやンのか?
  イイぜ、なら選ばせてやる。
  複雑骨折と大量出血、好きな方の四字熟語を選ぶンだな」



 「ハッ!上等ォォォォ!」


 数々の武器が、同時に襲いかかってくる。

 一撃でも貰えば致命傷になりそうな攻撃が、一斉に。

 だが、彼は気にも止めない。



 『最強』と『最狂』と『最凶』を冠する少年・一方通行は、残虐に笑った。



593: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/13(日) 13:17:54.80 ID:vfI5067z0









 「ひ。い、あっ……バ、化けも、あぐっ」

 「人聞きの悪ィこと言うなよ。これでも今はまだ、人間の領域なンだぜ?」


 いつかはそれを越えなきゃならねェンだがな、と独りごちた一方通行は、
 その辺に転がった不良たちを軽く蹴飛ばし、目立つようにと道端に山積みにしておく。

 死んではいない、はずだ。
 出血の多い者もいるが、明日までに見つかれば恐らくは無事だろう。

 というか、無事で済むような手加減をしたのだから、死なれては困る。


 「……なンでこンな事しなくちゃならねェンだか」


 勝負は、ただひたすらに一方的だった。
 諸々の武器は彼の肌どころか、髪にも傷をつけることが出来なかった。

 実際問題、彼がその全てを不良たち自身に返していたならば、
 彼らは二分で挽き肉と化していただろう。

 全ての衝撃を致命傷を避ける形で跳ね返し、時には全く別の方向へ流すことで、
 彼らは辛うじて生かされているのだった。


 「……クソが。手加減なンざ、性に合わねェよ」


 吐き捨てて、彼は思う。




594: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/13(日) 13:32:55.39 ID:vfI5067z0



 いつから、だろうか。

 いつから自分は、人を殺すことに躊躇いを覚えるようになった?


 昔所属していた研究所では、そんなことはなかった。
 様々な実験で、彼はそれよりもずっと悲惨なモノを見ていたのだから。


 と、すれば。

 思い当たるのは、一つしかない。



 (……木原、数多)



 頭に描くのは、一人の男の名前。

 一方通行という能力の開発者にして、彼の養父だった男だ。


 だった、と過去形であることには、理由がある。




 彼が死亡したと聞かされたのは、つい数カ月前。





 風の生温い、春先のことだった。





595: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/13(日) 13:45:33.47 ID:vfI5067z0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「『AIM拡散力場の収束実験』、ね」


 芳川は手の中のレポートに目を通し終わると、軽く伸びをした。

 そうしてから、もう一度確認し直すように、レポートを再び読み始める。


 「『本実験の目的は、AIM拡散力場を人工的に操作し、
   今後の能力開発の新たな礎とすることである』」

 「『この実験の主導は、木原数多。他、とある科学者夫妻にも協力を要請している』」

 「『以下、簡潔に内容を記す。
   始めに、AIMの核となる物体ーー“天使の涙”を精製。
   そこにある一定の刺激を加えることで、周囲のAIMに干渉しーー、』
  ……ここは読み飛ばしても構わないわよね」


 以下に続く小難しい理論の説明を流し読みすると、芳川は結果の欄に目を止めた。


 「『このように進められるも、実験は失敗。
   その時に発生した爆発事故により、木原数多は死亡。
   夫妻は奇跡的に無傷であったが、管理責任を問われ
  “詳細研究”の名目で第一○学区の研究所へと転勤になった』
  ……第一○学区というと、死体・死因研究センターかしら」



596: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/13(日) 13:47:00.30 ID:vfI5067z0



 言ってから、芳川は眉を潜めて、


 「……おかしいわね。
  このレポート、その後の『天使の涙』の消息が書かれていない……?」


 となれば、消滅してしまったのか、あるいは誰かが持ち出したのか。

 持ち出したとなれば、それは恐らくこの『夫妻』だろう。

 だが、


 「……いや。あの二人は、そんなことをするはずが……、」


 偶然にもその『夫妻』と知り合いである芳川には、その可能性が信じられなかった。


 「もし。本当に、もしそうだったとしたら……」


 あの二人は、一体何を思ったのだろうか。

 友人であったはずの木原を死なせてしまったそれに、一体どんな思いを抱いたのだろうか。

 いや、それ以前に。
 あの二人は、本当に『失敗』したのかーー?


 考えるほどに、謎は深まる。

 もう少し詳しく読まなければ、見えるものも見えてこないかもしれない。

 気合いを入れ直して、芳川は再び数字に意識を浸からせる。



601: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 20:33:51.43 ID:WN+eZz2P0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 思春期の男、特に中学二年生辺りの子供は、現実には有り得ないようなことに憧れやすい。

 例えば、自らに宿る特別な力で世界を防衛するとか。

 もしくは、学校に侵入したテロリストを策を巡らせ壊滅させるとか。

 あるいは、敵地に潜入した味方のサポートとして、オペレーターをやるとか。


 そんなことを考えていた苦い時期も経験したことのある介旅は、路地裏で一人思う。


 全国の中二たち。
 やりたければ、代わりにやってくれよ、と。



602: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 20:44:32.34 ID:WN+eZz2P0


 そんなことを考えていた矢先。

 ゴッ!!と、介旅のいる路地から大通りの反対側にある建物の一部が、派手に爆破された。


 (那由他ちゃん、だっけ。派手に暴れてんなぁ……)


 他人事のように思う介旅だったが、その流れで現実逃避には持っていけない。

 肩と顔の間に挟んだ携帯端末から、その那由他の声が響いてきたのだ。


 『ポイントC-4-3破壊完了!介旅お兄さん、次の移動先のセンサー類は?』

 「無問題(オールグリーン)。既に全部封じてあるよ」

 『おっけー。次のとこもお願いね』


 了解、と返す間もなく、一方的に通信が切られる。

 介旅は、ブツッという嫌な音に顔をしかめながら、


 「だーくそ。謝罪回り終わった直後に呼び出されるとか、マジツいてねぇ……」


 そう言いつつも顔が輝いているのは、布束から借りたハック用ノートパソコンの性能によるものか。

 夕闇に包まれた路地裏で、介旅は滑らかにキーボードに指を滑らせる。



603: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 20:53:05.15 ID:WN+eZz2P0


 呼び出されたときに介旅が聞いたところによると、布束の計画ではまず
 二十を超える実験の関連施設を、『実験を続けるのが困難である』
 と思わせるに足る状況に追い込まねばならないらしい。

 美琴も同じように施設を潰しにかかっているため、
 こちらの負担は予想よりも軽い、とのことだった。

 だが、


 (……こんなの、一人の女子中学生がやることじゃねぇよ)


 介旅は、思う。

 年齢の話で言えば、小学生である那由他の方が低い。

 しかし、そういうことではないのだ。


 那由他には、仲間がいる。

 布束砥信も、そして心許ないが自分もそうだ。


 だが、それが一人だったらどうだろう。


 辛いことを分かち合えず、成果を共有することも出来ない。


 そんな状態に、那由他は耐えられるだろうか?



604: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:15:19.48 ID:WN+eZz2P0


 答えを言うなら、それはイェスだ。

 共にいた時間が短い介旅にも分かるほど、
 那由他は強い意志を持っているし、折れない心を備えている。


 とはいえ、それが美琴にも当てはまるとは思えない。

 異性と話す機会の乏しい介旅にも、なんとなくは分かる。
 あぁいった感情表現豊かな人間ほど、逆境では折れやすいのだ。


 だから、介旅は思う。


 (……僕達が少しでも早く実験を止めることで、アイツの負担を減らす)


 どうせやるなら、早く終わらせたい。

 それで美琴の負担を減らせれば、何よりだ。


 ふと、那由他のサポートで各種センサー類を潰していた介旅の指の動きが止まる。

 センサー類との接続が、唐突に切れたのだ。

 パソコンと施設内機器との接続を担当している布束のミスではあるまい。

 と、なると、


 「……お疲れさま」

 『うん、疲れたよー。でも、設備系統は全部グレネードでふっ飛ばしたから安心してね』


 携帯から流れる那由他の声に、介旅はホッと胸を撫で下ろす。



605: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:30:18.01 ID:WN+eZz2P0


 見れば、布束も役割を終えたという顔でこちらに向かって来ている。

 介旅はノートパソコンを畳むと、地面から立ち上がった。


 「お疲れさま……でした」

 「non.私は特別なことはしていないわよ。それよりも、あなたがgood jobね」

 「いや、それほどでもない、です」


 語尾が不自然に敬語になっているのは、布束が年功序列主義だからだ。
 ミスしたときのローリングソバットの痛みを、介旅は決して忘れない。


 「それで、今日はどうするの?『アレ』を細工しに行くって手もあるけど」


 と、気がつけば那由他も近くまで来ていた。

 お疲れ、と伝えてから、介旅は那由他の言葉を考える。


 『アレ』とは、学園都市が打ち上げた人工衛星に搭載された、
 超高性能スーパーコンピュータ……『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』のことだ。
 そして同時に、この実験の核となる予測データを打ち出した、全ての元凶でもある。

 それに細工を加え、『一方通行の絶対能力進化は不可能である』という偽の予言を吐かせ、
 研究者たちが混乱している間に関連施設を潰しきるというのが、布束の計画の保険プランだった。



606: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:38:43.39 ID:WN+eZz2P0


 それによって、通常ならどれだけ施設を潰そうが引き継がれていく実験は、
 混沌の内に沈んでしまうこととなる。

 予算のかかる引き継ぎの意志を、根本から揺るがしてしまう訳だ。


 しかし、


 「それなんだけど、さ。止めにしないか?」

 「?、何で?」


 学園都市が誇る最高の演算機器。
 ともすれば、その警備も一筋縄ではいかないだろう。

 何より、そんなことをすれば自分たちはテロリスト扱いだ。

 そして、そんなことよりももっと大切な理由がある。


 「あれってさ。学園都市中の技術者の、憧れだと思うんだ。
  それを壊しちゃうってのは、なんだかさ」


 そう。
 電脳世界が好きな介旅は、それが分かる。

 世界最高の頭脳。
 究極にして至高の、最先端の科学の結晶。

 その道の人間にとっては、挑まずにいられるものか。



607: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:49:10.07 ID:WN+eZz2P0


 「……ダメ、かな?」


 ただの小細工、といっても、その結果がどうなるかは介旅にも予測がつかない。

 しかし、今までのような正確な演算が出来なくなる可能性も大きいだろう。

 そうなってしまったら、今までそこを目標としてきた人間はどうすればいいのか。


 ただのエゴだというのは、分かっている。

 そこには、一万の命が懸かっているのだ。

 けれど介旅には、どうしても納得ができなかった。


 「……」


 俯き、黙り込む介旅。

 そして、那由他はゆっくりと口を開き、




 「……うん。いいんじゃないかな」





 「……いいのか?」


 思わず聞き返してしまうほどあっさりと、那由他は軽く口にした。



608: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:50:51.39 ID:WN+eZz2P0



 「ていうか、元々私でも突破は厳しそうな警備だしね。
  やらないならやらないで、本来の計画を達成すればいいんだから」


 「well……そうね。
  無理にやる必要は無いのだし、まぁ問題はないでしょう」


 「あ、ありがとう……」



 あまりにもあっさりと通ったことに疑問を覚えつつも、
 意見を聞き入れて貰った介旅は、特に気にしないことにした。



 「さて、と。じゃ、今日はこの辺で解散かな?
  あんまり無茶をすると後々辛いし」


 「Yeah、そうしましょうか。
  早く終わらせたいところだけど、無理は禁物ね」



 達成感のある笑みを、二人は同時に浮かべた。


 連られて、介旅も笑顔になる。



 笑い合って、そして彼は日常へと舞い戻る。


 計画の締めとなる明日までの、束の間の休息を満喫するために。




609: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 21:56:06.67 ID:WN+eZz2P0







 その夜。





 一人の英雄が、一人の少女を救った。




 その代償として、彼は大切なものを失った。




 そして。




 その余波は、天空に位置する最高の頭脳を、貫いた。




 それが、もう一人の主人公がもう一人の少女を救うきっかけとなることは、未だ誰も知らない。




610: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/17(木) 22:01:10.15 ID:WN+eZz2P0





 真の主人公が、取りこぼしてしまった少女。


 与えることが出来なかった、救い。




 陰から持ち上げられただけの仮初めの主人公は、果たして少女を救うに至るのか。




 彼の選択は、未来を大きく変えることとなる。





616: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/19(土) 20:40:14.63 ID:9q1afKTA0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「製薬会社からの依頼、ねぇ……メンドクサイな」

 『面倒くさいとか言わないの!……ったくこいつと来たら。
  侵入者から施設守るだけの簡単なお仕事だしギャラも良いんだから、ちゃんとやりなさいよね』

 「あーハイハイ。分かってますよーっと」


 スピーカフォンに設定した携帯端末から流れる女の声に、
 長身とふわふわした茶髪が特徴の少女・麦野沈利は言葉通り面倒臭そうな表情で返答する。


 「まぁ結局、依頼は断れない訳よね。
  ……それよりも、ギャラが良いってどのくらい☆?」

 「超落ち着いてください、フレンダ。
  ギャラが超良いということは、どうせ内容も超楽では無いはずです」


 横から口を挟んだのは、金髪碧眼の少女・フレンダ=セイヴェルンと、
 背が低く、茶髪でボブの女子中学生・絹旗最愛。

 麦野はそんな彼女達の意見などは特に聞かず、『電話の声』に向かって、


 「つっても、取り合えずは襲撃者の見た目と能力ぐらいは教えてもらわないと話になんないわよ。
  つーか、むしろその情報が無い時点で難易度は高いんじゃないの?」




617: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/19(土) 20:53:37.40 ID:9q1afKTA0


 麦野の言葉に、『電話の声』は資料に目を通しているのかしばらく黙り込み、


 『……恐らくは発電系能力者だってことぐらいしか言われてないわね。
  てか、向こうは目星が付いてるけど敢えて言ってない感じ?
  多分何かの事情があるんでしょうね』

 「……そりゃまた、面倒な話だ」

 『とにかく!そっちに資料送るから、キッチリやりなさいよね!以上さらば!』


 言うが早いか、『電話の声』は有無を言わさず通話を切ってしまった。

 あまりにも適当すぎる上司に、麦野はガリガリと頭を掻きながら、


 「ハァ……滝壺、資料来てる?」

 「うん、むぎの。今から送るね」


 応答したのは、肩で切り揃えられた黒髪にピンク色のジャージを着た少女・滝壺理后。

 彼女が携帯を操作すると、全員の携帯に資料が転送された。

 麦野はそれに一通り目を通すと、
 他のメンバーが読み終わったのを確認してから、締めくくるようにパンパンと手を叩く。



618: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/19(土) 21:00:39.66 ID:9q1afKTA0




 「さぁ、それじゃ明日までに各自準備して。

  ……出撃するわよ、『アイテム』」




 麦野沈利、絹旗最愛、フレンダ=セイヴェルン、滝壺理后。


 現在キャンピングカーの中にいる彼女達四人は、『アイテム』。



 学園都市を裏から支える、暗部の一角である。



619: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/19(土) 21:21:30.35 ID:9q1afKTA0


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 非日常なんてすぐに慣れてしまうものなんだな、と介旅初矢は思った。

 そんな彼が今いるのは、とあるスーパー。


 「……まぁ、統括理事会から補助金も出たことだし。
  そんなに謝られちゃ、許さんわけにもいかんわなぁ」

 「あ、ありがとうございます!」


 何度も頭を下げる介旅に苦笑いで応えていた店長は、
 そこで黄泉川の方に話を向け、


 「えっと、あなたはこの子の保護者さんですかね?
  失礼ですが、そんなお年には見えませんが」

 「いやいや、ちょいと身柄を預かってる警備員じゃんよ」

 「へぇ、そうなんですか。お勤めご苦労様です。
  良かったらこれどうですかね、ウチの新商品なんですが」

 「た、タバコ!?」

 「おや、お吸いになりませんか。これは失礼」

 「いや、その……今禁煙中なんじゃんね……」

 「でしたら電子タバコなどいかがでしょう?お安くしときますよ」

 「え、で、でも……」



620: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/19(土) 21:22:07.57 ID:9q1afKTA0


 ……何か商売モードに入ってねぇか?と介旅が疑問に思っていると、
 黄泉川はばつの悪そうな顔をして、


 「介旅、お前先帰ってな。今日の分はここで終わりじゃんよ」

 「……それは禁煙になるのか?」

 「さぁ何のことやら。ほらさっさと帰りな。
  こっからなら歩いて帰れるじゃんよ」

 「……はぁ」


 やっぱ自分に甘い大人っているもんだなー、と思いながらも、
 介旅はもう一度店長に頭を下げてから店を出た。

 その瞬間ガラスに、財布を取り出す黄泉川の姿が映ったが、もう気にしない。


 と、そこで介旅は、路地裏の方から手招きする陰があるのに気が付いた。

 一瞬首を傾げるが、人影を見た途端、彼の顔色が変わる。

 あそこに立って、笑っているのはーー、



625: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:22:09.11 ID:zzV+AI6t0


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 「……チックショウ。まさかゲーセンであんなにスるとは思わなかったぜ」


 無能力者・狭川史郎(さがわ しろう)は、緩いジーンズのポケットに手を突っ込みながら
 薄汚れた空を見上げてぼやいた。

 彼は現在、一人だった。
 日頃から彼と吊るんでいる二人の悪友は、補習授業を受けているところだ。

 かといって、彼も頭が悪い方であることに間違いはない。
 その三人の中では一番マシだったというだけの話だ。

 とはいえ、こんなに暇を持て余すのだったら補習を受けた方が良かったかも知れない。
 いや別に、真面目に受けるつもりは微塵もないが。


 「……だークソ。本気でムシャクシャするわー。
  その辺にイイカンジのサンドバッグとか落ちてねーかな」


 無論、そんな都合の良いことなど起こるはずもない。

 狭川はため息を吐き、家への道を帰ろうとしたところで、


 「……あ、」


 見つけた。
 イイカンジのサンドバッグ。

 しかも、殴るとお金が出てくるヤツ。



626: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:26:28.31 ID:zzV+AI6t0


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……さ、がわ?」


 介旅は、自分に手招きするその人物に呆然とした。

 狭川史郎。
 恒久的に彼を虐め続けていた三人組の中の一人だ。
 その中でも、直接的な暴力を振るわれる回数が一番多かったような気がする。

 関われば、ロクなことにならない。
 そう考えて、無視して立ち去ろうとした介旅だったが、


 「介旅」

 「ーーッ!」


 特に荒くもないその言葉に、しかし条件反射的に体が硬直してしまう。

 蛇に睨まれたように動けなくなった介旅に、狭川は満足そうに笑いかけて、


 「ちょっとこっち来いよ。トモダチだろ?」

 「……、っ」



627: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:30:56.01 ID:zzV+AI6t0


 理性は告げていた。

 逃げてしまえ、と。

 後で何を言われるか分かったものではないが、
 取り合えずこの場の危機は乗り越えられるのだ。
 それが、最も賢い選択だろう、と。

 だが、


 (……待てよ)


 別の思考が、彼の中で生まれる。
 かつての彼なら有り得なかったであろう思考が。


 (ここで逃げたら、何にも変わらねぇだろ!
  それじゃあ今までと同じ、ただの弱者じゃねぇか!)


 そう。
 短い間だったが、美琴と共に鍛えた能力。
 それを使わないでどうする、と。

 大して成長していないとか、そんなことは関係ない。
 要は、今まで虐げられてきた奴等を見返してやればいいのだ。

 二つの渦巻く思考に、介旅は数秒考え込む。

 そして、



628: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:41:25.40 ID:zzV+AI6t0






 「……う、うるせぇんだ、よ……!
  散々殴っといて、何が友達、だ!

  も、もうお前なんか、の、思い通りには、ならねぇ、ぞ!」




 恐怖に震える体を抑え付けながら、
 同じく震える声で、介旅は宣言した。




629: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:43:57.86 ID:zzV+AI6t0



 「……あん?」


 対し狭川は一瞬、訳が分からないといったように首を傾げ、




 「ぷ、はは。調子ノンなよキモオタ野郎!」




 ゴギリ、と。

 笑いながら、拳を鳴らした。



630: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:54:59.69 ID:zzV+AI6t0



 「イイぜ、かかってこいよ!!」


 言うが早いか、狭川は拳を握り、介旅の元へと走ってくる。

 対抗するように、介旅はバッグの中のスプーンを取り出し、能力を行使する。

 が、


 「んな手が使えると思ってんのかテメェはよぉ!」

 「うぐっ、ぃ、あっ!?」


 能力の発動よりも早く、狭川の右拳が介旅の顔面に突き刺さる。

 痛みに、能力の制御を失う。
 その直後、左手首を掴まれて思い切り捻られた。


 「アッ……ッ!」


 握り込んだスプーンが、地面に落ちた。
 そう思った次の瞬間、鳩尾に膝がめり込んだ。

 フラリ、と体が揺れる。

 しかし、介旅の体が倒れるよりも早く、狭川の左手が彼の髪を掴んで強引に立たせる。



631: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/21(月) 22:56:26.50 ID:zzV+AI6t0



 「オラどうした、もっと鳴けよ!
  さっきの威勢はドコ行ったんだ?」


 言葉と同時、介旅の左手を解放した右手がボディーブローを叩き込む。

 ズドン!!と鈍い音が炸裂した。


 「ぶっ……か、はぁっ……!」


 今度こそ、介旅の体から力が抜けきった。

 だが、そこで終わるほど狭川は甘くない。

 掴んだ髪を離し、崩れ落ちる介旅にタイミングを合わせる。

 そして、


 「ら、あぁっ!!」


 渾身の力を込めた蹴りが、介旅の側頭部を正確に捕らえた。

 ゴンッッ!!という音をたてて、彼の体が数十センチ程浮いてから地面に落ちる。


 狭川は笑って、嘲るように言う。


 「ハッ、チョーシ乗ってんじゃねぇぞ、クズが」



637: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 19:08:48.85 ID:VQEnKdlg0











 「…………」


 狭川との喧嘩によってボロボロになった介旅は、
 ビルの壁に背を預けて座り込んでいる。

 下手をするとまた誰かに絡まれそうな路地裏だが、彼は気にしない。
 そんな些細なことに気を配れるような精神状態ではなかった。


 「……今、何時、だ?」


 手を動かすのも億劫だったが、それでも何とかカバンから携帯を取り出す。

 大きな衝撃を受けたにも関わらずヒビ一つ入っていない液晶に表示されたのは、
 【PM4:30】を示す簡素な時計。

 どうやら、あれからもう3時間ほど経っているらしい。

 思ったよりも時間が過ぎていくのが速いな、と彼は思いながら、


 「……情けねぇよな、ホント」


 力が抜けたように、そう呟いた。



638: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 19:24:19.10 ID:VQEnKdlg0




 あの後。

 騒ぎに気がついて駆け寄ってきた黄泉川を見るなり、狭川は走り去っていった。
 まだ金は奪られていなかったが、警備員に捕まるのはマズイと判断したのだろう。

 黄泉川は追うかどうか迷ったようだが、逡巡した後に介旅の方へ近づいてきた。
 加害者の確保よりも、被害者の介抱を第一としたらしい。

 職務上の責任か、しつこく事情を聞いてきたが、介旅はその全てに無言で答えた。

 そして、困り顔になった黄泉川が救急箱を取りに行っている間に、ここまで走ってきたのだ。


 何故逃げたのかと問われれば、彼自身、明確な答えを出せる自信はない。

 周囲から向けられる好奇の目に耐えられなかったのもあるし、
 同情されるのが嫌でもあった。



 だが。


 それ以上に、虚しかった。




639: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 19:54:54.87 ID:VQEnKdlg0



 虚勢を張って、あっさりと負けた自分が。


 無様に敗北したことそのものが。


 勇気が、勇気でなく、ただの無謀であったことが。


 正しさなど関係なく、強い者が勝つのだという事実が。


 無意識の内に、それらを悟ってしまったということが。




 本当にどうしようもなく、虚しかった。



 「…………、ーー」


 ようやく血の味が引いてきた口を、開ける。

 何を言おうとしているのかは、自分でもわからなかった。


 ただ、それを言えば今までの自分が崩れ去ってしまいそうな、そんな言葉を呟こうとして、



640: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:08:47.92 ID:VQEnKdlg0



 『♪ーーーー♪』

 「っ、」


 彼の思考を遮るように、携帯の着信音が鳴り響いた。


 再び画面に目を向けると、表示されたのは『木原那由他』。

 介旅はしばし躊躇ってから、通話ボタンを押し込み、端末を耳元まで持ってくる。


 『もっしもーっし、介旅お兄さん?
  美琴お姉さんが予想以上に施設襲撃を進めてくれてるから、
  私たちも計画の最終段階に移行したいところなんだけど。

  今、時間開いてるよね?
  実は一つ気になることがあってーー』


 聞こえてきた明るい口調に、彼は一瞬、どうリアクションしていいか分からなくなった。
 開けた口が、言葉を紡ぐ前に再度閉じる。

 沈黙に多少の違和感は感じ取ったかもしれないが、それでも構わず、那由他は続けた。



641: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:16:52.49 ID:VQEnKdlg0



 『ーー私が信頼できる知り合いから聞いた話だと、どうやらとある組織が動いてるみたい。
  詳しいことは言えないけど、相当ヤバい連中よ。
  だから、介旅お兄さんは美琴お姉さんが危ない橋を渡らないか見ててくれない?
  その間に、私と砥信お姉さんで本来の計画を終わらせておくから』


 一方的な通達だった。

 危険な連中と言っておきながら、一般人である介旅をその危険に巻き込ませようとする。

 美琴を心配するあまりに、介旅が受ける危険性を全く考慮していない。

 理不尽だし、不公平だし、上から目線だ。


 だが、介旅は感覚的に理解した。

 それが那由他の、彼に対する信頼の表れなのだ。


 何故なのかは知らないが、那由他は出会って間もない介旅を買ってくれている。
 彼が確実に危険の中から戻ってくるのだと、無意識の内に思っている。

 だからこそ、彼に危険なことをさせようとするし、頼んでくるのだ。


 理由は分からないが、確証が持てた。



642: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:18:13.81 ID:VQEnKdlg0





 それはとても嬉しいことだな、と介旅は思う。


 身に余る期待だし、彼の矮小さには大きすぎる信用だった。
 しかし、その期待に応えて見せたいと、彼は確かに思った。





643: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:32:02.16 ID:VQEnKdlg0







 ・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・・
 だが、それでも介旅は、その信頼を裏切る。








644: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:33:54.35 ID:VQEnKdlg0





    「……嫌だ」





645: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:41:29.82 ID:VQEnKdlg0



 『……へ?』


 介旅の言葉を、理解できなかったのだろう。
 電話の向こうで、那由他は間の抜けた声を出した。

 まだ幼い少女の期待を裏切ることに罪悪感を覚えながらも、介旅は更に続ける。


 「ごめん。でも、もう嫌なんだ。
  何で僕みたいな弱い人間が、そんなことしなくちゃいけないんだよ。
  普通、逆だろ。御坂みたいな強い奴が、僕みたいな弱い奴を助けるべきだろ」

 「まして、超能力者のアイツでさえ解決できない問題を僕が解決なんて……おかしいよ。
  大体、僕にやらなくちゃいけない義務なんて無いじゃないか」


 正論だった。

 介旅の口から飛び出したのは、泣き言ながらも筋の通った、一般的な正論。


 『……』


 那由他は、何も言わない。

 介旅は全てを吐き出すように、言葉を紡ぐ。


 「出来るはずがない。やる義務もない。
  それなのに……何で僕が、そんな危ないことをしなくちゃいけないんだよッ!」




646: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 20:52:29.07 ID:VQEnKdlg0



 ハァ、ハァ、と。

 全てを吐き出しきった介旅は、息を切らせながら次の言葉を待つ。


 数秒の沈黙。


 介旅の待っていた那由他の声が、それを破った。



 『……そっか』


 声色に含まれていたのは、落胆でも失望でもなかった。

 ただ、平淡。

 至極冷静な声で、那由他は言った。


 『こっちこそゴメンね、介旅お兄さん。
  私、ちょっと勘違いしちゃってたみたい。
  そうだよね。お兄さんは、数多おじさんじゃないんだもんね』



647: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:13:32.04 ID:VQEnKdlg0



 数多、というのは人の名前だろう。

 それこそ、彼女のヒーローだったのかも知れない。

 だとすれば彼女は、介旅とそのヒーローを重ね合わせていたのだろうか。


 もしそうなら、介旅はその幻想を、粉々に打ち砕いてしまったのか。


 『ねぇ、でもこれだけは聞かせて』


 そう言った那由他の声は、微かに震えていた。

 ぐらり、と、介旅の心が一瞬揺らぐ。


 だが、介旅は思い直す。

 それがどうした。


 ーー結局僕は、何よりも自分の身が大切なーー




 『介旅お兄さん。あなたは、大切な人(ともだち)を守りたいって……思わないの?』





648: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:23:04.64 ID:VQEnKdlg0


 「ッーーーー!」


 もう一度、先程よりも大きく、心が揺さぶられた。

 言葉は、止まらない。



 『助けたいって思うんだったら、私達と一緒に行動しようよ。
  逃げたいって思うんだったら、私はもう止めない。
  どちらにしても、私は責めない。だから、答えを教えて』



 口調は、普段となんら変わらない。

 にも関わらず、那由他の言葉は不思議と冷たく、介旅へと突き刺さった。


 『教えてよ、お兄さん。
  あなたにとって、友達ってどんな存在なの?』


 那由他は、容赦無く言葉を続ける。

 彼女自身も、自分の言っていることが理不尽だと自覚しながら。


 『力が無い。あなたは、そんな理由で友達を見捨てられるの?』


 「……、」



 介旅には、それ以上耐えられなかった。



649: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:32:58.43 ID:VQEnKdlg0



 「…………僕だって」



 絞り出すように、小さく呟いた。


 次の瞬間には、声は呟きでは収まらなくなる。




 「僕だって、助けたいよ!友達なんだ、当たり前だろうが!!
  でもどうしろって言うんだよッ!力が無いのにさぁ!!
  努力しろってか!?そんなことでどうにかなったら苦労しねぇよッ!!

  努力ってのはな、平気で人を裏切るモンなんだ!!!」



 いつの間にか、介旅は叫んでいた。

 それが、言葉が本心であることを、何よりも分かりやすく伝えていた。




650: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:38:08.19 ID:VQEnKdlg0




 『……うん、そうだね』



 対し、那由他は否定をしなかった。

 介旅の言葉を、気持ちを、心を。
 全て噛み砕き、受け止めているのだ。


 そしてその上で、那由他は言う。



 『そう。確かに、努力は人を裏切るよ』 
 『でもね』
 『それが、努力を止めていい理由になんか、ならないんじゃないかな』


 「ーーっ、そんなの、ただの綺麗事ーー」


 『綺麗事だと思うんなら、思い出してみて』
 『何度裏切られても努力を続けて、努力を実らせた人ーーいや、』
 『裏切った努力を振り向かせた人が、いるんだよ』
 『その人は今、必死で頑張ってーーそして、危ない目に合ってる』




 『今度は、あなたがその人を助けるために努力する番なんじゃない?』






651: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:42:25.61 ID:VQEnKdlg0



 『もう一回言うよ、介旅お兄さん』


 『助けたいって思うんだったら、力を貸して』


 『逃げ出したいって思うんだったら、賢い選択。私は止めない』


 『その上で、もう一回だけ聞くよ』





 『大切な人を守るために、努力してみる気は無いの?』






652: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/11/26(土) 21:46:17.69 ID:VQEnKdlg0



 「……」



 本当に理不尽な子だな、と介旅は思った。


 結局は、介旅の安全なんて考えてくれてはいない。


 もしかしたら、本当に死んでしまうかもしれないのに。


 なのに、『努力しろ』ときたものだ。


 とっても勝手な、屁理屈だ。


 「……はッ」



 けれど、


 「やってやるよ。やれるだけ、な」


 『……!うん、その意気だよ、“初矢”お兄さんっ!』




 何故か、その言葉はすんなりと心に染み渡った。





661: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/01(木) 00:47:26.58 ID:7p2y8irT0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (水穂機構付属・第一製薬工場
  ……薬学的に筋ジストロフィーを治療するために作られた製薬工場、か)


 機械に埋もれた広大な空間で、薄手のTシャツを纏った御坂美琴は思考していた。


 警報装置を誤作動させたことで、研究者たちは既に追い払った。

 電気的なセキュリティは全て、物理的に破壊してある。

 後は侵入して研究の核となる機材をスクラップにしてしまえばいい。


 そのはず、なのだが、


 (ーーイヤな予感がする。ここまで、すんなりと突破できすぎてる。
  普通なら、自立型の耐電警備ロボぐらいは動員されててもいいぐらいなのに)


 そう考えた直後、美琴は目を閉じ、電磁波のレーダーに全意識を注ぐ。

 精密度と範囲を大幅に上昇させる。
 普段なら背後の人影を察知する程度のレーダーは、
 工場内を埋めつくし、その全貌を美琴へと伝えた。


 (……やっぱり。全フロア各地点に大量の不審物。それと……ッ!?)


 と、美琴は驚きで息を飲み、



 (……前方二十メートルの物陰に、人影ッ!)




662: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/01(木) 00:54:46.09 ID:7p2y8irT0



 一般人、のはずはない。

 ならば、答えは一つ。


 (雇われの用心棒、ね……)


 だとすれば、やることも一つしかない。

 美琴は、人影の方に掌を向ける。

 瞬間、死なない程度に加減された、雷の槍が射出された。


 バヂィッッ!!と唸りを上げ、雷光が遮蔽物ごと人影に襲いかかる。


 そして、


 「残念。結局、対策は万全って訳なのよね」

 「なッ!?」


 人影に当たる直前に、電撃が不自然に進行方向を変え、近くの金属片を撃ち抜いた。



663: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/01(木) 00:55:21.01 ID:7p2y8irT0



 電撃が無効化されたーー否、誘導された。

 その意味を、美琴は一瞬考えて、


 (……避雷針……?ハナから私が電撃を撃つと予想して、待機場所に仕掛けてたってこと?
  ……ってことは、まさか、マズーー)

 「いい判断だけど、結局遅いって訳よ!」


 相手の意図に気づいた美琴は急いで回避行動に出るが、
 物陰から飛び出した金髪の少女ーーフレンダの動きの方が速い。

 彼女は、壁に貼ってあるテープのようなものに手を伸ばした。


 そして、ゴバッ!という爆音が響くと同時、天井に亀裂が走り、砕け散った。

 その残骸が、美琴の立っている辺りめがけて大量に降り注ぐ。

 そう。
 一個一個が数百キロ単位の重さの、鉄の固まりが。


 「ーーーーッ、」


 叫ぶ暇もなかった。

 ドォン、という振動と煙が、工場内を埋め尽くす。



669: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/03(土) 23:59:48.49 ID:H53xkZf00



 「ふふ。結局、こんなんで終わるなんてあっけなーい訳だけど」


 瓦礫が建材を破壊して巻き上げた粉塵の範囲外で、フレンダは軽く言う。

 彼女は、美琴の立っていた場所にもう一度目をやってから、


 「……やっぱり、そんな簡単にはいかない訳ねっ!」


 体を屈めると同時、紫色の電光が彼女を掠め、最寄りの避雷針へと吸い込まれる。

 その発生源は、当然ながら御坂美琴。
 どうやったのか全ての落下物から逃れた彼女は、
 照準を合わせるように、フレンダに掌を向けている。


 「チッ……外したッ!」

 「にゃっははーん♪結局、まだまだ甘いって訳よ!」


 茶化すフレンダに、美琴は電撃を数発撃ち込むが、どうしても当たらない。
 ギリギリのところで、事前に準備してあったであろう避雷針に妨害されてしまうのだ。


 (ッ……ただの金属片じゃ、ない……?
  空間内に電圧をかけて、『電流の流れやすい道筋』を作ってるわけか)


 ならば電圧を引き上げてしまえばいいようなものなのだが、そうもいかない。

 一つは出力が大きすぎることによる、相手への深刻なダメージ。
 そしてもう一つは、高出力による息切れだ。

670: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/04(日) 00:31:37.12 ID:sX69QqWA0



 「なるほどね。磁力で落下物の軌道を逸らした……か」


 対し、フレンダはそのことに気づいたように笑みを浮かべ、


 「……でもそれ、相当の電力が必要なんじゃない?」

 「ッ!」


 意図に気づかれた美琴はフレンダの方へと駆けるが、
 フレンダは臆せず、懐から柄の付いた太い針のような物を取り出し、それを床に投げつける。


 次の瞬間、爆炎が上がり、一直線に美琴へと襲いかかっていく。



 (くっ……避雷針の効果範囲内に入ろうとしたのがバレたか……!)


 舌打ちをしつつも、美琴は走るのを止めて横に飛び退く。

 爆炎の速度は脅威だが、軌道自体は一直線だ。

 落ち着いて見れば、避けることは難しくない
 ……と、そこまで考えたところで、美琴は見た。



671: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/04(日) 00:43:24.65 ID:sX69QqWA0



 爆炎の出所にある、テープのようなもの。


 その先にあるのはーー西洋風の、大きめの人形。


 なんて場違いな、と普段なら思うだろう。


 だがこのシチュエーションでなら、その中身を想像するのは難しいことではない。


 人形、という共通点が、嫌でもあの虚空爆破事件を想起させる。



 (んー、アイツの方がぬいぐるみの趣味は良かったかなー

  ……じゃなくって、ヤバーー)



 と、そんな暢気なことを思った直後。


 テープの爆炎がぬいぐるみに到達し、
 その中の火薬が爆発を引き起こした。



672: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/04(日) 00:55:32.93 ID:sX69QqWA0



 ゴッ!!!!という爆音が炸裂する。


 美琴はとっさに、近場にあった建材を磁力で引き寄せ、盾にしていた。

 だが、


 カチリ、と、時計のような音。

 その正体は、時限爆弾。



 (ッ!?私が盾に使うことを予想して、ハナからこの中に……!)



 爆弾が炸裂する一歩手前で、建材を引き離す。

 ゴゥン!という鈍い爆発音は直接の衝撃波とはならないまでも、
 美琴の耳を狂わせるのには充分すぎた。



 (あ。ぐ……。平衡、感覚が……)



 判断ミスによって起きた、致命的な一瞬の隙。


 そしてそれを逃すほど、フレンダは甘くない。



673: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/04(日) 00:57:18.84 ID:sX69QqWA0



 「結局、まだまだ甘いって訳よ!」


 叫び、フレンダは両手に四本ずつ、都合八本の針を取り出し、
 あらかじめ張り巡らされたテープへと投げる。


 針の正体は、爆薬を起爆するための電気を発する着火装置。

 そしてテープは、金属性の扉を破るために使われるツールの一種。
 直接攻撃に使うためのものではないが、使い方にさえ気をつければとても有用な導火線となる。



 そして。

 轟!!と、八方向からの爆炎が、美琴を襲う。




678: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 08:23:40.44 ID:DDUdbOa00



 (どうよ結局、このフレンダ様のスーパーコンビネーションは!)


 自らの計算通りに美琴に迫る炎を見て、フレンダは笑みを浮かべる。

 彼女の頭の中ではすでに、美琴の死体の片付けから
 仕事のギャラの使い道までの計画が進行されている。

 逆に言えば、それだけ余裕を持てるほどの完璧な攻撃。


 (床に三つ、前方一つに、天井に二つ、後方から二つ!
  結局この全方位攻撃から逃げられるハズないって訳よ!!)


 だから、爆破テープの先にある爆弾の配置位置など、わざわざ心配する必要もない。
 あくまでもこれは、ただの確認だった。

 そうしている間にも、最初の爆弾に炎が触れる。


 ゴッ!と人形が炸裂し、爆煙が視界を遮った。

 だが、それはただ単に、美琴の前方で爆発させて彼女の動きを止める誘導用爆破。

 その後一秒も経たない内に、本命の床からの爆発が巻き起こる。
 そしてさらに間髪入れず、追撃のために天井と後方からも爆発を引き起こす。


 連続した爆発は、全て合わせて一つとなり、轟!という音の渦を産んだ。



679: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 08:34:54.13 ID:DDUdbOa00


 計算し尽くされた、まさに達人業とも言うべき爆発。

 爆弾のスペシャリストであるフレンダにとっても、改心の一撃だった。


 だが。


 そこに、一つだけ計算違いがあったとすれば。



 「……ッ、ふっ!?」


 鳩尾に走る、鈍い衝撃。

 その正体を認識するのに、数瞬の間が必要だった。


 (なっ……!?)


 そして、フレンダは目の当たりにすることになる。


 前方の爆弾が爆発してから床の爆弾が炸裂するまでの
 僅かな誤差にタイミングを合わせて、
 爆煙の中から飛び出してきた、御坂美琴の姿を。



680: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 08:45:45.14 ID:DDUdbOa00


 飛び出してきた、とは言っても、単純な脚力だけではない。

 磁力。

 彼女の驚異的な速さの正体は、彼女と壁とを繋ぐ強力な磁力の糸。

 そして、その壁というのは、


 「ナ、メんなぁぁァァ!」

 (マ、ズーー)


 フレンダの両足が、僅かに浮く。

 次の瞬間には、彼女は美琴の体に押され、背後の壁まで吹き飛ばされていた。



681: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 09:14:05.83 ID:DDUdbOa00


 ゴゥン!!と、鈍い音が響いた。

 金属性の壁と美琴の体とに挟まれた体から、ミシミシと嫌な音が聞こえる。


 「ーー、……ぁ、ッ!」


 口から、声にならない叫びが漏れる。

 だが、彼女はそこで倒れない。


 「ーーっ、け、っ局、ナメてんのはそっちだって訳よ!」


 美琴が磁力を解除し、フレンダを押す力が弱まったその瞬間。

 フレンダは無防備な美琴の頭に、思い切り肘を落とす。


 「あ、がッ!しまっーー」

 「結局、油断大敵って訳よね!」


 思わず身を丸めた美琴の腹を、フレンダは容赦無く蹴り上げた。



682: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 09:26:21.47 ID:DDUdbOa00


 「かッ……、はっ……!」

 (……っと。そういえばコイツは電撃使いだった訳よね。
  避雷針が使えない距離で戦うのは危険か……)


 そう判断したフレンダは、咳込む美琴を満足そうに眺めてから距離をとる。

 しかしそれは、逃げるためではない。


 (……結局、『コイツ』を使うのが一番だって訳ね)


 フレンダが取り出したのは、液体の入った小瓶。

 それを、美琴の方に軽く放り投げる。


 「ッ!」


 条件反射的に、美琴はそれを電撃で撃つ。


 だが、それこそが命取り。


 ドッッ!!と、小瓶が一気に弾け飛んだ。


 (しまった、爆薬か……!)


 爆風に目を細める美琴に、フレンダは歌うように告げる。



683: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/10(土) 09:27:42.04 ID:DDUdbOa00


 「学園都市製の気体爆薬『イグニス』」


 気づけば、フレンダは施設を走るパイプのバルブを開けていた。

 端から見れば、隙だらけの状態。
 だが、だからこそ美琴には想像できてしまった。

 彼女が、一体何をしているのかを。


 「この気体は人体には害が無いけど、放出後一瞬で拡散して空間を満たす。
  香水瓶程度のサイズでさっきの威力なんだから……後は言わなくても分かるわね?」


 シュウー、という音と共に、煙のような物が広大な空間を埋め尽くしていく。

 それが分かっていても、美琴には止める術がない。


 フレンダの口元が、ニヤリと歪む。


 そして、一方的な攻撃が、始まった。



689: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/13(火) 23:28:31.71 ID:PIHV5joX0





 第三位の超能力者であるということを除けば、美琴はごく普通の女子中学生だ。

 もちろん、常盤台中学という名門中の名門で学んでいるのだから、
 一般人のそれとは比べようもない知識を持っているし、各種武術も多少は習得している。


 だが、ただそれだけだ。

 肉体的に見れば、他人よりも運動が出来る、という程度でしかない。


 対しフレンダは、体格としては美琴と大きな差は無いまでも、
 長年の暗部としての活動で鍛え上げられた筋力や格闘センスを保持している。

 彼女自身も、路地裏の不良クラスなら5人までは体術で相手取れる自身があった。
 そして恐らく、その自信は事実となんら遜色がない。


 つまりは、だ。

 能力さえ封じられてしまえば、美琴はどう足掻こうがフレンダには勝てない。

 奇襲のような攻撃ならまだ可能性はあるが、
 少なくとも真正面から挑んだ場合の勝算はゼロだ。

    ・・・・・・・・・
 そう、ちょうど今のように。




690: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/13(火) 23:54:31.30 ID:PIHV5joX0



 「まぁ精々……頑張ってちょーだいッ!」

 「!……、ッ!?」


 フレンダの蹴りが、ガードに使った腕ごと美琴を弾き飛ばす。

 右腕に走った激痛に顔を歪める美琴だったが、直後その顔は驚愕に染め上げられる。


 「ふっふふ~ん♪」


 ジャキリ、という金属音。
 その音源は、フレンダの靴の踵の仕込み刃。


 「へぇ、上手いガードね……なら、コッチはどうよ?」

 (刃物!?ヤバ……)


 右方向から円を描くように飛んできた上段の回し蹴りを、
 美琴は体を反らすことでギリギリ避ける。

 だが、右足で着地したフレンダが、二撃目に放った左の蹴りは、
 交差させた腕の隙間から、まともに腹に入ってしまう。
 左足には刃が仕込まれていない様子なのが、唯一の救いか。


 「かっ……はっ、……!」


 短く息を吐き出す美琴の懐に、それを好機と見たフレンダは一気に潜り込む。



691: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 00:12:32.74 ID:Icn0KKtP0


 「アハハハハ!結~っ局、能力がなきゃタダのお子ちゃまって訳ね!」

 「ッ!」


 繰り出される左右のジャブを、美琴の手が次々と弾く。

 一見拮抗しているように見える勝負だが、実際は違う。
 攻撃の手を休めないフレンダと、防戦一方の美琴とでは、あまりにも前者に分があるのだ。


 「いいガードだけど……守るだけじゃ勝てないわよ?」

 「っ……!?」


 と、突然、攻撃の手が止む。

 相手の拳をさばくことだけに集中していた美琴の思考に、一瞬の空白が生まれる。

 次の瞬間。

 美琴の側頭部に、重い衝撃が加わった。


 「い、ぎぁ……!?」


 その原因が、渾身の力で振り抜かれた肘だと気づくのに数瞬。

 そしてそれを認識したときには、既にフレンダの右足は動いていた。


 「んじゃま、フレンダ先生のレクチャーも終わったところで……
  いっちょ終わりにするかにゃーんっ」

 (……、マズ……避けられな、)


 先程以上に、完全に完璧なタイミングでの攻撃。

 その一撃が、美琴の脇腹へと一直線に突き刺さる



692: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 00:20:49.47 ID:Icn0KKtP0





 「……え?」




 その直前で、美琴は見た。




 フレンダの背後。

 より正確には、彼女の背中から数十センチほどの空中。


       ・・・・・・・
 そこに飛ぶ、銀色のスプーンを。





 「ーーーー、ッ……」



 言葉が、口に出るよりも早く。



 それは、起爆した。





693: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 00:32:48.33 ID:Icn0KKtP0



 爆発音が響く。


 「ッ、ぁ……!!」


 無防備な背中から爆発を受けたフレンダの体がよろめき、
 放っていた蹴りは美琴の服を掠めるにとどまった。


 「……あは」


 だが、それでも彼女は倒れない。


 「あッははハハハハッッ!!
  このフレンダ様に、爆弾で奇襲をかけた?
  結局、最高にムカついたって訳よォォォォ!!」


 先刻までの余裕の面影は、全く無い。
 その顔にあるのは、ただ怒り。

 自らの得意分野を使われたことへの、純粋で単純な激怒。

 襲撃者の姿が見えないと判断するや否や、その矛先は目の前の美琴へと向けられる。


 「……ハッ!姿見せないってんなら、まずはコイツからやってやんよォォォォ!!」


 このタイミングで割り込んで来たということは、恐らく襲撃者は美琴の仲間だ。

 まず美琴を確実に殺すことで、その襲撃者への見せしめにしようとして、



694: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 00:59:53.12 ID:Icn0KKtP0



 「……ん?」


 そこでフレンダは、何やらその辺でバチバチと音がしているのに気が付いた。

 そう。まるで、どこかの誰かが電撃でも使っているような。


 (……ヤバい!?しまった、今のでハッタリがバレ……)

 「ぷっ……あはははは!
  こりゃまた私も、随分と簡単に騙されたわね。
  さっきから充満させてたのは、気体爆薬なんかじゃ無かった訳だ。
  ホント、笑っちゃうわよねぇ……うふふふふふふふ」

 「……あ、あはは、はははははは……」


 乾いた笑いが、喉に張り付く。

 どうしようマズイよこれ絶対殺される短い人生だったなイヤイヤまだ終わってない諦めるなこっからよこっからどう持ってくかで全ては決まるんだからーー!
 ……とひとしきりパニックになったフレンダは、取りあえず可愛らしいポーズをとってみて、



 「……テヘペロ☆」



 直後彼女は、感電の痛みを知ることとなる。



695: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 01:06:22.44 ID:Icn0KKtP0





 「……出てきなさいよ。アンタなんでしょ?」


 調子に乗ったバカを粛正したところで、美琴は物陰の方へと声をかける。


 「……この状況で僕じゃなかったらおかしいだろーよ。色々と」


 と、気を抜かれたような感じで出てきたのは、
 大きめのバッグを肩に掛けた介旅初矢だ。

 心なしか、緊張の糸が切れて疲れが出ているようにも見える。


 「アンタ、いつからいたのよ?」

 「この場所に来たのはついさっきだよ。
  ちなみに潜入は少し前。気づかなかったかもしれないけど、
  お前が正面突破するタイミングで裏口から入ってたんだよ」


 なるほどな、と美琴は納得する。

 フレンダは当然裏口側にも気を配っていた筈だが、
 こちらに現れた美琴に集中したおかげで介旅には気付けなかったのだろう。

 逆に言えば、少しでもタイミングが違えば介旅がフレンダに狙われた可能性もあるのだが。


 「……ったく、アンタも危ないことするわよね。
  知らなかったんだろうけどアイツ、気体爆薬を充満させたなんてハッタリをかましてたのよ?
  もしそれが本当だったら、私達今ごろ瓦礫の下じゃない」



696: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 01:11:28.65 ID:Icn0KKtP0


 と、呆れたように言う美琴だったが、


 「……いや?お前の携帯に細工したから、そのハッタリも全部聞いてたけど」


 返答は予想外のものだった。主に二つの点が。


 「け、携帯に……?ってホントだ!?
  通話ボタン押してないのに通話状態になってるじゃない……!」

 「僕の腕なら、インターネットにつながるモノは大体なんでも好き勝手できるのさ」

 「うわ何それ怖い……じゃなくて!
  何!?じゃあアンタは爆薬が充満してるかもしれないのにあんなコトしたの!?」

 「いや?会話を聞いたときはコイツ正気じゃねーだろと思ったけど
  実際に来てみればただのハッタリだって分かったからな」

 「ど、どうやってよ……」


 美琴の質問に、介旅は得意そうに腕を組んで、


 「まぁこれは、爆発系で専攻取ってないと知らないようなことなんだけどさ。
  イグニスっていうのは、独特の刺激臭がするんだよ。
  そいつがしなかったってことは多分、窒素ガスか何かだったんじゃねぇかな」



697: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/14(水) 01:17:12.76 ID:Icn0KKtP0


 「……あぁ、そういえばアンタ爆発物にやけに詳しかったっけ」

 「ま、専門だからな」


 お互いに軽口を言い合い、ははは、と笑い、

 そこで、美琴の態度が変わる。


 「……で、アンタは何でここにいるの?」

 「……、」


 何の気無しに、といった表情で言われたその一言は、
 介旅が最も聞かれたくなかったことの一つだった。



703: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 16:55:08.58 ID:yYGzV1Nn0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はじめまして。あなたが……」

 「御社の『学習装置』の監修をしました布束です。よろしく」


 Sプロセッサ社、脳神経応用分析所。
 残り二つの『実験』の協力機関の片割れに、布束砥信は招かれていた。

 心の内では反吐を吐きながらも、顔には一切出さず無表情に握手をする。


 「それで、要件というのは?」

 「いえ、ちょっとしたトラブルが起きましてね。
  今夜中……いや、今から数時間で、ここの研究データを移さなくてはいけないんです」

 「では、私は何をすれば?」

 「なに、何もしていただかなくて結構ですよ。
  『量産型能力者計画』からの協力者がいてくださるだけで、私達の士気も変わります」


 体面を取り繕ってはいるものの、要はトカゲの尻尾になれということだった。
 心理学を究めた布束にとって、言葉に出さない相手の感情の機微を読みとることなど容易い。

 相も変わらず人間の醜いところを凝縮したような性根の研究者に、布束は嘆息する。


 「……どうされましたかな?
  お体の具合でも悪いのですか?」



704: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:09:12.46 ID:yYGzV1Nn0


 体の具合よりも、お前の醜さに心の具合を悪くしたよ。
 ……などと口に出す訳もいかず、布束は軽く頭を押さえる演技をしてから、


 「……えぇ、少々頭痛が。
  どこかで休ませては頂けませんか?」

 「あぁ、それは好ましくありませんね。そのような時にお呼びして申し訳ない。
  応接室が空いておりますので、そちらでお休みください」


 心にも無いことを、と思いながらも、軽く頭を下げた布束は案内された部屋に入る。


 「しばらくしたらこちらに戻って来ます。
  それまではゆっくりとお休みください」


 そう言い残して、職員は扉を閉めて去っていく。
 それから一分ほど間を置いてから、布束は携帯電話を取り出し、番号をプッシュした。

 コール音はせず、プツンと軽い音ともに通話がつながる。


 『もしもし砥信お姉さん。
  状況報告だよね。そっちはどうなってるの?』

 「潜入には成功したわ。
  取り合えずは第一関門突破というところね」

 『了解。私の出番までは時間があるかな?』

 「まだしばらくはかかりそうだけど……何をするつもり?」

 『ん。ちょっと、新参ヒーローさんの手助けにね』



705: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:22:37.18 ID:yYGzV1Nn0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (どうする、僕……っ!)


 介旅初矢は、悩んでいた。
 原因は一つ、美琴の質問だ。

 何故ここにいるのか。
 つまりは、何故助けに来たのか。

 もちろん、その理由など分かりきっているし、一つしか無い。
 ……の、だが、


 (い、言えねぇぇぇぇ!
  大切な人を守りに来たんだとか絶対!!口が裂けても言えねぇよ!!)


 ……とまぁ要するに、あまりにもクサすぎるのだった。

 多少言い回しを工夫すればいいようなものなのだが、
 残念ながらそこは介旅。そんなアドリブに対応できる性能など無いのだ。

 と、そんな一人身悶えする挙動不審な介旅を見て美琴はおかしな物を見るような目で、


 「……どうしたっていうのよ?
  そんな答えにくい質問だった?」

 「ま、まぁ……、な。うん」

 「そっか。じゃあ、言い方を変えるけどさ」


 そう言って、美琴は笑いながら、



706: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:25:04.89 ID:yYGzV1Nn0






 「アンタは、私が心配だと思ってくれたの?
  それとも、アイツらに協力するため?」






707: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:34:21.82 ID:yYGzV1Nn0



 美琴は、カラカラと笑う。
 自分で言っていることがバカらしいかのように、空しく笑む。


 「……、っ」

 「あら?やっぱり答えにくかった?
  そりゃそうか、アンタは優しいから、私のためじゃないなんて答えるのは辛いんだ。
  バカだよね私。まるで子供みたいに、誰かが助けてくれるなんて少しでも思って……」


 虚勢だけの言葉だった。
 心を読むのが苦手な介旅にも、それだけは分かった。

 虚ろな瞳で、さらに言葉を続ける美琴に、介旅は思わず拳を握りしめる。


 「……、に……るだろ」

 「何?聞こえないわよ。
  私に現実を見せてくれる気になったんなら、早くーー」



708: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:46:06.25 ID:yYGzV1Nn0





 「……心配したに、決まってるだろッ!!」






709: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:54:41.50 ID:yYGzV1Nn0



 自分でも知らない内に、介旅は叫んでいた。

 呆気に取られる美琴へと、彼は更に言葉を叩き付ける。


 「……ふ、ふぅん、ありがと。お世辞でも、嬉しーー」


 「本気だってのが分かんねぇのか!
  あぁそうだよ、確かに僕は一度、お前を見捨てようとしたッ!
  でも今は違う!僕はお前が心配で、お前を守りたかったからここに来たんだ!!」

 「……ッ、な、んでーー」


 「理由なんて決まってる、友達だからだ!
  それ以外の理由が必要なのか!?」




710: ちょっと抜けます  翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 17:59:00.27 ID:yYGzV1Nn0


 はぁ、はぁ、と、介旅は息を荒げる。

 言いたいことは、言い尽くした。

 それが届いているかどうか、その確認に、彼は今一度美琴へと向き直り、


 (……って、うおぉぉぉぉあ!?)


 直後に、彼が高速で顔を反らしたのも仕方の無いことであった。



 「……ひっぐ、ぐす、うぇ、ぇぇぇん……」



 美琴は、泣いていた。

 ボロボロで浅い介旅の言葉なんかで、彼女は泣いていた。


 「…………」


 かける言葉が見つからず、介旅は硬直する。

 その間にも、美琴は涙を流し続ける。


 居心地の悪い沈黙が、場を支配していた。



711: 再開 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 18:54:07.70 ID:yYGzV1Nn0



 「……おーおーおーおー。
  女ぁ泣かせて、そのまま放置かい。アンタ結局、罪な男ねぇ」


 何やら空気を読まない発言に、介旅はイヤイヤ視線を移す。

 そこにいたのは、さっきから身動きが取れずジト目でこちらを見ていたフレンダだった。


 「……お前今の状況分かってんの?
  いつでも殺られる状態でよくそんなこと言えるよな」


 もっとも、殺す度胸なんてないのだけれど。

 とりあえずうるさい口を封じるのには役立つかな、と介旅が言ってみると、




 「……はぁ?結局、状況が分かってないのはアンタの方なんじゃね?」





712: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 18:55:38.80 ID:yYGzV1Nn0




 そんな馬鹿な、と介旅は言おうとした。



 だが、彼は見てしまった。



 フレンダの視線の先には、施設の分厚い壁。



 そこに、融けるような光の波紋が広がっている。




 「ッ!?」




 身に迫る危機に気づいた彼が、慌てて美琴を突き飛ばし、自らも伏せたその時だった。





713: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/17(土) 18:56:06.45 ID:yYGzV1Nn0



 じゅ、と、金属が蒸発する音と共に、
 不健康な白色の光が、施設の中を突き抜ける。

 そう、ちょうどコンマ数秒前まで、介旅の頭があった位置を。



 「っッ~~!?!?」



 混乱する介旅の耳に、低い女の声が届く。



 「ったく……一人で勝手に突っ込んだ挙げ句、救難信号を送るとか……
  バカなのは見た目だけじゃなく頭の中身もかぁ?このクソ舶来野郎が」



 壁に開けた穴から、その女は堂々と入ってきた。

 縁には融解した金属の広がる穴の中を、何の躊躇いもなく。


 その後に続き、眠そうな眼の少女も施設の床を踏む。



 「さぁて」


 気楽そうに、女は口を開く。


 「自己紹介をしとこうか。
  麦野沈利だ。よろしくな、侵略者(インベーダー)さん」



717: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/20(火) 18:00:05.13 ID:6oc6b0yZ0



 「「ッ!」」


 得体の知れない乱入者に対し、とっさに身構えることが出来たのは
 先刻の緊張感が未だに残っていたからだろうか。

 女が一言を終える頃には、介旅は鞄から取り出したスプーンを持ち、
 美琴は涙を拭った掌を女へと向けていた。


 「へぇ。素人にしちゃ中々の動きじゃない」


 麦野は感心したように漏らし、フレンダを睨みつけて、


 「……つっても、まだまだ隙だらけじゃねぇか。
  アンタはこんな雑魚どもに負けたって?」

 「ま、待ってよ!あのメガネはともかく、女の方は相当の高位能力者で……っ!」

 「大丈夫。私は相手の力量を読み間違えたふれんだを応援してる」

 「違っ、でもあのメガネの乱入が無けりゃ……」

 「どっちだよ使えねーー」


 麦野の言葉が途切れた理由は、実に明確。

 ゴッッ!!という音と共に。
 美琴が磁力で操った瓦礫が、恐ろしい勢いで彼女の元へと突っ込んだからだ。

 突然の行動に、介旅も思わず面を食らってしまう。




718: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/20(火) 18:14:39.04 ID:6oc6b0yZ0


 「い、いきなり何やってんだよ!?まだ敵かどうかも分かんねぇのにやり過ぎだ!
  あんなの当たったら即死じゃねぇかよ!!」

 「……その台詞、まずはあれを見てから言ってくんない?」


 言われなくても、と介旅は麦野の立っていた辺りに視線を投げて、


 「……マジかよ」


 愕然とする介旅が見つめるのは、何一つ変わらずそこに立つ麦野の姿。

 いや、正確に言うならば変化はあった。

 彼女の眼の前。
 飛来した瓦礫と彼女の、ちょうど間に挟まるように。

 濁った白色の『盾』が顕現していた。

 直径一メートルほどのそれからは、使用者を危害から守るといった防御性は感じられない。
 むしろ、危害を完全に粉砕するといった攻撃性を象徴する『盾』だ。


 「ったく……これだからガキは困る。早漏過ぎんだよ」


 言いながら、数百キロの瓦礫を塵一つ残さず破壊した盾を解き、介旅へ向き直る。

 彼が向けられた指先を避けるように首を振ったのは、ただのカンだった。


 瞬間。

 一筋の閃光に、揺れた髪の端が綺麗に消し飛ばされる。




719: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/20(火) 18:26:26.71 ID:6oc6b0yZ0


 「あれー?まさか外れるとは思ってなかったんだケドな。
  やっぱもうちょっと調整しないと当たるモンも当たらないか……?」


 ギリギリのタイミングに冷や汗をかく介旅だったが、
 麦野の方は外れたことに納得がいかない様子で、少し考えるような仕草をすると、


 「……あ、そーいやこんな諺があったっけ」


 ニヤリ、と笑う。

 見ようによっては美しくも見えるであろう笑顔。
 だがしかし今の状況では、死神の微笑みにしか見て取れない。

 彼女の周囲に、数個の光球が浮かぶ。


 「ーー下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる、だっけ?」

 「……ッ、させない!」


 不穏な響きに、美琴が電撃を放ってこれを阻止に出る。

 だが、それは麦野の元には届かず、またもや避雷針に妨害される。


 (……!しまった、それがあったか……!?)


 自分の誤算に舌打ちする美琴だったが、時は既に遅い。



720: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/20(火) 18:42:03.57 ID:6oc6b0yZ0


 光球が、まとめて炸裂する。

 その全てから溢れ出る閃光が、介旅へと殺到した。


 「が、ああぁあぁぁあぁッ!?」


 腕を、脇腹を、脚を。
 服ごと肉を抉り取られていく激痛に顔をしかめ、叫び、


 そこで、介旅は気付く。


 (……?生き、てる?)


 そう。

 あれだけの数の閃光を受けて、何故か一本も急所に直撃していないという事実に。

 単純に、運が良かったでは済まされない。

 となれば、考えられるのは二つ。

 わざと外したか、外から妨害が入ったか、だ。

 そして、あの状況で外す意味は皆無。

 ならば、後は一つしかない。



721: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/20(火) 18:43:55.50 ID:6oc6b0yZ0



 ガン!!と、施設の非常口の扉が蹴破られる。

 十メートル以上も吹き飛んだ扉がフレンダに向かうが、
 麦野はそちらに目をやることをしない。
 アルミ性の軽い扉程度なら命の危険は無いと踏んだのだろう。

 慌てて避けるフレンダを尻目に、麦野は非常口方向に目を向ける。


 「チッ……次から次へと鬱陶しい!」


 牽制に放たれた閃光が、その姿を照らし出す。
 
 そこにいたのは、




 「……ふぅ。ギリギリセーフって感じ、かな?
  初矢お兄さん、まだ生きてるよね?」


 「な……那由他、ちゃん!?」




 金髪のツインテールとオッドアイに、危険物の詰まった赤いランドセル。


 まさしく、もう一方の施設に向かった筈の木原那由他そのものであった。



727: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 17:21:29.51 ID:uRHFrm7K0


 「誰だか知らないけど……私の邪魔をしたってことはブチ殺して構わないわね?」


 突然割って入ってきた那由他に、いち早く反応したのは麦野だった。
 相手の出方を伺うことさえもなく、いきなり光線を発射する。


 だが、それが那由他の細身な体を貫くことはない。

 本来の狙いから僅かに外れた光線が、彼女の頭上十数センチの位置を通過していく。


 「……あん?」


 まさか外れるとは思っていなかったのだろう、麦野が怪訝な顔をすると同時、那由他は動く。

 ダン!!と驚異的な脚力で床を蹴ったその体が、一直線に麦野へと駆ける。

 だが麦野とて、安易に接近を許すほど甘くはない。
 光線の乱射によって、那由他の接近を防ごうとする。

 が、


 「クソが!何で当たらねぇんだよ!?」


 恐らくは正確に狙いを付けているであろう光線は、
 那由他の皮膚を削ることはあっても、直撃することはない。


 「ッ……ハァッ!!」


 身を削っていく光線をものともせず、数秒で麦野の懐に入った那由他が、正拳を放つ。



728: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 17:39:34.62 ID:uRHFrm7K0


 「結局、んなことさせると思った?」

 「ッ!」


 だがそれが麦野の鳩尾に決まる直前、横から割り込んで来たフレンダの飛び蹴りが炸裂した。

 那由他の体が、数メートル弾き飛ばされる。


 「ナイスだ、フレンダ。ギャラ一割増してやるよ」

 「そんなに余裕持ってていいの?」

 「は?」


 麦野が眉を潜めた直後、美琴が操った瓦礫が彼女の元に飛来する。


 「チィッ!」

 「その子に気を取られて、私たちがいるのを忘れてんじゃないわよ」


 慌てて盾を作り、瓦礫から身を守る麦野。
 その顔からは、徐々に余裕が消えつつあった。


 「……滝壺ォ!『使え』!!」


 叫び、麦野は何かを投げる。

 シャープの芯のケースのような物を受け取ったのは、眠そうな瞳の少女だ。

 そのケースを見た那由他の表情が、途端に険しくなる。



729: 夕食のため中断 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 17:51:18.89 ID:uRHFrm7K0


 「『体晶』……ッ!」

 「!へぇ。やっぱり知ってたか。
  アンタも私らと同じ『闇』の匂いがするものねぇ」

 「……そんなモノを平気で使う人と、一緒にしないで貰えないかな」

 「言ってろ」


 言葉と同時、またもや閃光が炸裂する。

 先程まで何度もいなし、かわしてきた攻撃。
 それだけならば、何の驚異にもならないハズだった。

 だが、


 「ッ!!?」


 那由他が全力で首を振らざるを得なかった理由は単純。
 光線の太さが、先程とは比べものにならないほどに増していたからだ。


 「ハッ。アンタはどうやら、
  私の『原子崩し(メルトダウナー)』の軌道を逸らせるみたいだからね。
  逸らしても当たるサイズにすりゃ、避けるしかないでしょ?」

 「しょ、正気……!?そんな出力で能力を使い続けられる訳が無い、すぐに枯渇しちゃう!」



730: 遅くなりました再開 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 21:15:13.54 ID:uRHFrm7K0


 『AIM拡散力場』という、能力者が無意識に放出している力がある。

 発火能力者(パイロキネシスト)の周辺は気温が上がり、
 風力使い(エアロシューター)の周囲では風が吹きやすい、というように。

 これは能力者の『自分だけの現実』が外界に影響をもたらして発生するものであり、
 それに干渉することが出来れば、ゆくゆくは能力者の『自分だけの現実』を組み替えて、
 能力の強化・変更から多重能力(デュアルスキル)の可能性まで視野に入れることが可能になる。

 実際に、これを利用して能力者が安易に能力を使用できないようにする機械もある。

 那由他の『能力障害』は、このAIM拡散力場に『見て、触る』ことが出来る能力だ。
 これにより、能力の組み替えとまではいかずとも、相手の能力を簡単に暴発させることが出来る。

 しかし、実は彼女の本質はそこにはない。

 重要なのは、『触る』ではなく『見る』ことだ。

 力の流れを見ることで、相手の能力の種類や強度までを読みとることが出来る。



731: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 21:21:39.25 ID:uRHFrm7K0


 その彼女が「枯渇する」と言ったのだから、麦野は相当無理をしているということになる。
 だが、彼女は自らの負担など全く見せず、悠々と口を開く。


 「つーかさ、何か勘違いしてるのかしら?」

 「……?」

 「別に私は、常にこの出力で戦おうって言ってるわけじゃないのよ?」

 「何、を……?」


 那由他が疑問を口にしきる前に。
 変化は、突然訪れた。

 薄手のシャツとピンクのジャージを纏った滝壺と呼ばれた少女が、
 麦野から投げ渡されたケースの中の粉末を口にした。

 それだけのはずだった。

 たったそれだけで、一つのアクションで。
 少女の雰囲気が、ガラリと変わる。


 「戦闘範囲である施設内の全能力者の検索を開始。
  電撃使い、強度5。推定能力名、『超電磁砲』。
  電子使い、強度5。推定能力名、『原子崩し』。
  AIM干渉系、強度3。推定能力名、『能力障害』。
  無能力者のピックアップは省略」

 「なッ!?」

 「……なるほどね、そっちのお姉さんが『能力追跡(AIMストーカー)』か」



732: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 21:32:16.95 ID:uRHFrm7K0


 能力を言い当てられ、驚く美琴に対し、那由他は納得したように言う。
 まるで、最初からその可能性を予測していたかのように。


 「さーて、じゃあ麦野お姉さんから問題。
  ウチの大能力者・滝壺ちゃんと、たかが強能力者のテメェ。
  同系統の能力ならば、強いのはどーっちだ?」

 「……そういうこと、か」

 「わかったかにゃーん?
  つまりはこういうコト」


 と、麦野は一度言葉を切って、


 「テメェの妨害なんざ、もう効かねぇってなぁ!!」


 「「ッ!!」」


 直後だった。

 美琴と那由他、両名を狙って。
 何本もの光線が、発射された。

 美琴は壁に張り付いて避けるが、
 そのような便利な能力が無い那由他は、思い切り横に飛び退くしかない。



733: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 21:49:25.27 ID:uRHFrm7K0


 「オラオラオラ!避けてんじゃねぇぞオォォォ!!」

 「ッ!固まっちゃダメ!
  美琴お姉さんはそっちから回り込んで!!」

 「アンタ、誰だか知らないけど敵では無いのよね!
  出来れば協力してくれる?」

 「最初っからそのつもり!」


 次々と撃たれる光線を避け、徐々に美琴とのコンタクトも取りながら、那由他は思考する。

 このままでは勝てない、と。

 元々、『原子崩し』は狙いを定めるのに時間が必要な能力だった。
 だからこそ、強能力者の那由他でも付け入る隙があったのだ。

 だが、その妨害作戦もより高度な能力に阻まれてしまった。

 頼みの綱は美琴だが、彼女はここ二日で相当の体力を消耗している。
 恐らく、発揮できるポテンシャルは本来の半分もあるかどうかといったところだ。

 では、どうすればいいのか。

 そこまで考えて、那由他はそっと微笑む。


 (……さて、初矢お兄さん。このピンチを凌いでこそ、本物のヒーローだよ)


 彼が、自分の乱入のドサクサに紛れて出ていったのを、那由他は見ていた。

 そして同時に、信じていた。


 (……絶対、助けに来てくれるよね!)



734: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/25(日) 21:50:17.54 ID:uRHFrm7K0


 確証など無い。

 事前に打ち合わせた訳でもない。

 だが、那由他は確信していた。


 彼は逃げたのではなく、勝つための準備をしているのだと。


 そして彼はきっと那由他を信じて、時間稼ぎを任せているのだと。



 (おっけー。任せてよねお兄さん。
  ヒーローは遅れてやってくるんだもんね)



 激しい戦闘の中、いつ致命傷を負ってもおかしくない攻防の中で。

 しかし明確に笑みを浮かべる那由他は、自分の体内のとある機械を操作する。



 (さてさて、じゃあお兄さんに特別サービス。
  ヒーローの条件をもう一個持たせてあげるよっ!)



 義眼と耳に、軽度のノイズが走る。

 気にも留めず、那由他はランドセルから拳銃を取り出した。




739: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 21:04:06.54 ID:FYxTnv/v0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……っ、はっ、はっ、ハァッ」


 製薬工場内、とある通路にて。

 介旅初矢は、傷ついた四肢を引きずりながら走っていた。

 それはもちろん、この危険極まりない戦場から早く抜け出すためーーではない。


 (……クソッ。こんなことなら、日頃から運動しときゃ良かった……!)


 息を切らしながらも、介旅は止まらない。
 無い体力を振り絞って、全速力で駆ける。

       ・・
 (……早く、アレのところに行かないと……)


 介旅の脳裏をよぎるのは、ハッキングで手に入れた施設の図面。
 その中にあった、逆転のきっかけとなる『とある機材』。

 上手く使えば、介旅初矢(レベル2)でも麦野沈利(レベル5)に勝てるかもしれない、
 最後の切り札(ジョーカー)となるべきそれの在処。

 驚くほど鮮明に動く思考に、介旅は苦笑いして、


 (これは……アレだよなぁ。
  非現実的すぎて、逆に恐怖感が湧いてこない、みたいな)


 ゲームの中か何かと、勘違いしているのだろうか。

 だとすれば、ストックは1機、セーブは無し、のかなりシビアなゲームだ。


740: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 21:12:33.39 ID:FYxTnv/v0


 (その上、主人公の特殊能力は雑魚、敵キャラは全攻撃が一撃必殺、と。
  はは、チートでも使わないとくぐり抜けられないぞオイ)


 気楽に考えてみるが、現実世界に反則的な裏技(チート)なんて存在してはいない。
 あるのは、圧倒的な戦闘能力(ステータス)の差だけでしかないのだから。


 (まぁそこで、強化アイテムの出番って訳だよな)


 チートを使わずに、愕然とするレベル差を乗り越える。
 そのために必要なのは、ゲームバランス調整の鍵(アイテム)。

 だが残念なことに、この世界(さんじげん)は、
 クリアするために作られた世界(にじげん)とは違う。

 道の無い空中に隠しブロックは用意されていないし、
 不死身の魔王を封印する勇者の剣も無い。

 最善を尽くしても、何とかなるとは限らない。
 その事実を噛みしめながらも、介旅は思考を止めない。

 止める理由も、意味も、何一つ無いのだから。



741: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 21:29:19.66 ID:FYxTnv/v0


 (……考えろ。『アレ』を使っても、勝てるとは限らない。
  むしろ、攻撃する前にこっちが撃ち抜かれる可能性の方が高いんだから)


 かといって、気付かれずに仕掛けられるような攻撃でもない。

 ひとまずは自分の武器を見直そうと、介旅は己の所有物を思い出す。


 (鞄の中には、財布・音楽プレーヤー・大量のスプーン・ライターと煙草……は黄泉川の。
  この硬いのは……セブンスミストのオッサンから貰った紙袋、か。
  ポケットに入ってるのが携帯withストラップ。後は眼鏡と身に着けてる服、と)


 やはりというか当然というか。
 武器になりそうなものは、一つたりとも入っていない。
 正確にはスプーンが武器になるとはいえ、少々心許ないような気はする。

 いや、例えマグナム拳銃が入っていたとしてもあの相手の前では頼りないが。


 (この中身を使って、出来るだけ隙を作る。
  その間に『アレ』を仕掛ければ……何とかクリア出来そうだな)


 何とか、とは言ったものの、成功率は相当低いだろう。
 確率論にしてしまえば、一撃必殺で三タテできるというのと同じぐらい。


 

742: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 21:57:31.90 ID:FYxTnv/v0


 (何かがないか。思い出せ。
  この中で、使えそうなモノはーー)


 酸欠で、徐々に思考が麻痺してくる。
 それでも介旅は、走り続ける。


 やがて、目的の物が見えてくる。
 ダン!と床を踏み鳴らし、そこで介旅はとある会話を思い出す。


 「……ッ!はっ、あっ……たっ!!、はっ、はぁっ……」


 走り終えるのと、思考がまとまるのがほぼ同時。


 さらにいうならば、それと同時に、彼の携帯が着信を示した。


 そこに表示されていたのはーー、






743: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 22:01:46.73 ID:FYxTnv/v0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (……おかしい。絶対に有り得ないわ。
  この条件でこの実験をやって、事故が起こるはずがない。
  未開拓のAIMに関するものとはいえ、単なる収束実験でこんな……)


 薄暗い資料室で、芳川桔梗は机に向かい、用紙にガリガリと難解な計算式を書いていた。

 その結果が、先程の思考の通り。

 木原数多の死亡事故には、不可解な点が多すぎるのだ。


 (……これは、一度『彼ら』に話を聞いてみた方が……
  いや、まずは『上』に掛け合って……?)


 と、その違和に対し、芳川が具体的な方針を決めようとしたところで、


 「……何をやっている、芳川桔梗」

 「……あら、天井亜雄。どうしてここに?」


 音もなく部屋のドアを開け、室内に入ってきたのは同僚の天井亜雄。
 ボサボサの黒髪以外に、特徴らしい特徴のない中年の男だ。

 天井は、面倒臭そうに口を開く。


 「そんなもの決まっている。いちいち言わないと分からないのか?」



744: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 22:07:19.90 ID:FYxTnv/v0


 「あら。もしかしてデートのお誘い?
  嫌ではないけど、できたら紫外線は浴びたくないわね」


 冗談めかして返す芳川だったが、その手にはじっとりとした感触がある。

 分かっていた。
 こんなところに保管してある時点で。

 ・・・・・・・・・・・・・
 深入りしすぎればどうなるかなど、百も承知だった。

 言わずとも、最悪の結末を想像してしまう。


 天井は、バカバカしいとでも言わんばかりの表情を作り、


 「あぁまぁ、似たようなものだろうな。お前には、私に着いて来て貰うのだから」


 それに喜べ、と天井は一旦言葉を切ってから、




745: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 22:20:56.21 ID:FYxTnv/v0





 「お前が嫌いな紫外線に、以後一切出会わなくて済むぞ。
  魅力的なプランじゃあないか」




 言葉と共に、芳川の額に黒い金属が押し当てられた。




746: おまけ? 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2011/12/30(金) 22:23:31.22 ID:FYxTnv/v0




 『芳川桔梗を拘束、か。君も大胆な手段に出たものだね』

 「この場合はしょうがないでしょウ。彼女は知り過ぎましタ」

 『しかし、一体どのような理由をでっちあげたんだね?
  あの資料は、閲覧フリーだったと記憶しているが』

 「でっちあげるとは人聞きの悪イ。
  なに、彼女が仕事で犯したちょっとしたミスを、わざと大きな事態に発展させ、
  そのミスが混乱を招くための悪質なものだったとしたまででス」

 『……強引すぎやしないかい?』

 「こうでもしないと危険だったんでス。
  例のあのことが、万が一ばれたら……」

 『むぅ……仕方がないことか。なんせーー』





 『木原数多が、事故死でなく他殺されたなどと。
  絶対に、知られてはならないのだからな』






753: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/03(火) 23:00:50.12 ID:gy4JhyD90
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 介旅が急ぐ間にも、一方では戦局が動きつつあった。

 『アイテム』の三人対、美琴と那由他。
 その構図が、大きく揺らぐ。




 パパァン!!と、軽い炸裂音が連続した。

 那由他の手の中から。
 その中に握られた、小型の拳銃から。


 「ッ……!マズ、」


 歯噛みしたのは、起爆ツールを取り出していたフレンダ。
 ただし、その理由は被弾ではない。


 「美琴お姉さんの電撃を妨害してた避雷針。
  ただの金属片じゃない、精密機械なら……コレで壊せたハズだよね!!」

 「ッ!コッチ来い滝壺ォ!!」

 「食っっ……ら、えぇぇぇぇ!!」


 空になった二発入りの弾倉を投げ捨て、那由他が笑む。
 同時に、二人の超能力者の叫びが交差した。

 直後、億に達する電圧を伴った電流が、轟音と共に空を切る。


 「ちょっ!麦野、私も庇ってーーぎゃんっ!?」


 麦野とフレンダ、両名を狙って放たれた雷の槍。
 その片割れが、美琴の目測通りにフレンダの胸を貫いた。

 確かな手応えに、美琴の顔に僅かながら余裕が戻る。



754: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/03(火) 23:11:05.08 ID:gy4JhyD90


 だが、


 「チッ!早々にヤられやがってクソが!!」

 「なっ……!?」


 麦野の手の動きに合わせて、電撃が曲がる。
 強制的に、曲げられる。

 それを見た瞬間、美琴の表情は再び困惑に染め上げられる。

 カウンターに放たれた光線を辛うじて避け、美琴は那由他の近くまで跳び移る。


 「ちょっと、どういうこと!?ビームを撃つだけじゃなくて、電撃を曲げるなんて!
  一体どうなってんのよアイツの能力は!?」

 「アレは『原子崩し』!詳しい説明は省くけど、要はもの凄く特殊な電子線!!
  壊せない物体は無いって考えた方が良いと思うよ!
  さっきのは、電子で電流を誘導したんじゃないかな!!」

 「何でも壊せるって……さっきの盾も同じ原理なんでしょ!?
  だったら、最強の盾と矛を兼ね備えてるみたいなもんじゃない!!
  何か弱点みたいなものは無いの!?」

 「一応、照準が不正確な上に弾幕を張れないっていうのは弱点かな!!
  とはいえ、それをカバーする道具類も多分……っ!」

 「お喋りは……そこまでだガキ共ォォ!!」


 那由他の言葉を遮るように、その耳元を原子崩しが掠めていく。



755: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/03(火) 23:23:44.09 ID:gy4JhyD90


 「……ッ」


 痛みというよりは熱に近い感覚。
 生身の部位であったために、少量とはいえ流血は避けられなかった。

 更に。
 予期していた悪い事態が、那由他の視界に飛び込む。


 「……!それ、まさか!?」

 「おーおー。試作品らしいけど知ってんだ?」


 ピン、と軽い、ほとんど聞こえないような音。
 麦野が、トランプのカードのような板を上に弾き上げた。

 その次の瞬間。

 ゴッシャァァァァ!!と、何十もの光線が四方へと拡散する。


 「っ……やっぱり、『拡散支援半導体(シリコンバーン)』!」


 転がるようにして光線の雨から逃れた那由他は、冷や汗をかきながら呟く。

 学園都市の、得体の知れない新技術の塊。
 薄く堅いそれが、オリジナルの原子崩しを幾十もの光線の束に変化させたのだ。


 「ーー、これでもっっ!!」

 「鬱陶しいわね」


 美琴が磁力で操る鉄塊を、見やりもせずに消し飛ばす。

 そうしてから麦野は、今度は美琴の方にプレートを弾く。


 「ナメてんじゃないわよ甘ちゃんが」



756: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/03(火) 23:35:38.36 ID:gy4JhyD90


 言葉と共に、閃光の渦が美琴を襲う。

 しかし、


 「ナメてんのは……そっちなんじゃない?」

 「!?チィッ!」


 その中心に立っていたにも関わらず無傷の美琴が、返す刀で電撃を放つ。
 予想だにしていなかった反撃に、麦野の頬が軽く引き吊った。


 「テメェ、一体どういう理屈で……!」

 「あら、アンタが私の電撃を曲げたのと同じ要領よ?」

 「……ハッ!成程な。じゃあ出力を上げても受けきれるか?」

 「望むところ!」


 短い会話の応酬の後、超能力者が激突する。

 原子崩しが飛び、電撃が舞い、光線が反れ、電流は曲がる。

 それはさながら、大自然の激突にすら見えた。


 (っ……!悔しいけど、私の干渉限界を越えてる……!)


 歯軋りする那由他。

 だがその原因は、己の不甲斐なさだけではない。



757: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/03(火) 23:43:03.48 ID:gy4JhyD90


 白が蹂躙し、紫が受ける。
 蒼が引き裂き、白が止める。

 鮮やかな攻防を見つめ、いつでも反応できる準備をしながら、那由他は思考する。


 (マズイ、かも。このままだと……間違いなくスタミナ勝負になる)


 彼女が懸念しているのは、美琴の体力切れだ。

 全快の状態ならまだしも、食事も碌に摂っていないであろう状態で
 暗部の人間相手にスタミナ勝負を仕掛けたところで、結果は見えきっている。


 (……向こうのために体力は取っておかないとだけど……
  そうも言ってられないか……?)


 と、彼女がダメージ覚悟で銃器『暴れ馬』を取り出そうとしたところで、





 「(那由他ちゃん。悪いけどコレ、持っててくれ。後は……僕がやる)」





 ポン、と頭に置かれた手の感触に、思考が全て持って行かれた。





763: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 00:37:05.83 ID:5tBUqVZa0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 介旅は、迷わなかった。


 麦野の原子崩しが、徐々に美琴に迫るのを見て。

 美琴から迸る電流が、目に見て分かるほどに弱々しくなるのを見て。

 それ故に、彼は躊躇をしなかった。


 主人公(かいたび)は、魔女(むぎの)へと走り、飛びかかる。


 肩には重い鞄を引っ提げたままで。


 「おおォぉォォぉ!!」



 闇雲に、殴り付ける。



764: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 00:42:28.90 ID:5tBUqVZa0



 グシャッッッ!!と、肉の潰れる音が響いた。


 ただし、それは介旅の握った拳の先から、ではない。


 介旅の腹。

 そこにめり込んだ、麦野の後廻し蹴りが。



 「がっ……はっ……!!」


 「……ったく、ドイツもコイツも見くびりやがって。
  私達『闇』が、その程度の不意討ちを食らうとでもおもってんのかにゃーん??」



 ミシ、ミシ……と己の肋骨がきしむ音を、介旅は確かに聞いた。

 だが、それも一瞬。


 体が浮き、数回のバウンドをしながら壁まで吹き飛ばされる。


 鞄が、肩から外れ、麦野の前方へ飛んでいく。

 財布に入れていたのだろう、小銭が一面に巻散らされた。



765: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 00:54:38.12 ID:5tBUqVZa0



 「ハッ!甘ぇんだーー」


 あまりにも情けなく蹴り飛ばされた介旅に、麦野は嘲笑を投げかける。
 想像だにしていなかった非力さが、滑稽でたまらないといったように。


 「……、よ?」


 だが次の瞬間、その表情は改められることとなった。


 原因は、大きく二つ。


 一つは、奇襲を失敗したにしては一ミリ足りとも悔しさを見せない彼の表情。


 そして、もう一つはーー、



 「……滝、壺?」



 横方向数十センチほどの位置でおきた、爆発音。

 同時に、どしゃりと何かが倒れるような音。


 その二つから状況を把握できないのなら、暗部組織の一員である資格は無い。



766: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 01:00:23.15 ID:5tBUqVZa0



 「……まさか……!」


 不安を振り払うように、振り返る。


 そこにいたのは、



 「テ、メェ。何を、しやがった!!?」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 まるで何か大きな衝撃を受けたかのように、床に吸い込まれていく滝壺理后。




767: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 01:12:22.79 ID:5tBUqVZa0



 麦野には知る由もない。


 介旅が、殴りかかると同時に上方に能力を行使したスプーンを放り投げていたことを。

 それが滝壺の無防備な背中に触れるのに合わせ、思い切り起爆させたことを。


 だが、

 彼女にとって、そんな細かい事象はどうでもいい。


 彼女に必要な情報は、ただ一点。



 「へぇ……やってくれんじゃないの、●●野郎」



 こんな、何の力も無い人間が。

 自分の組織(プライド)に、大きな損害を与えたこと。

 その元凶を、迅速に処理する方法。



 「ーー本気で潰してやろうか」



 今一度、超能力者が殺意を剥き出しにする。




768: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 01:26:19.99 ID:5tBUqVZa0



 「……望むところだ、オバサン」



 その殺意を、身体中で感じる介旅は。

 ともすれば恐怖に竦み上がってもおかしくないにも関わらず、冷静だった。


 恐れが無い、訳ではない。

 現に、足は震えているし、冷や汗もじっとりとかいている。


 しかし。


 それより先に、気付いてしまったから。



 (本気のコイツと戦って、勝てば。僕は御坂を救える)



 受けて立たぬ手はない。

 売られた喧嘩は買ってしまえ。


 布石は打った。

 残すは、詰みまで持って行くのみ。



 今ここより、介旅初矢の逆転劇が幕を開けるーー!



769: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/09(月) 01:26:59.26 ID:5tBUqVZa0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……初矢、お兄さん」


 麦野沈利へ走る介旅を見、那由他は義眼のカメラと集音機の電源を切る。

 それぞれ、テレビ電話を利用し、介旅に現在の状況を逐一伝えていた機材だ。



 (……ふふ。ヒーローの絶対条件『タイミングのいい登場』はクリア。
  お兄さんがどんなヒーローになってくれるのか、楽しみだなぁ)



 期待に、目を細めながら。

 そこに、かつて彼女のヒーローであった男を当てはめて。

 那由他は、にっこりと笑った。



774: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 22:18:52.00 ID:wIDpHJ5a0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (オカシイ……AIM拡散力場を感知する滝壺が、よりによって能力で不意打ちを受けた?
  どんなカラクリを……いや、単に『体晶』の過剰摂取のせいか……?
  まぁどっちにせよ、ブチコロシ確定だにゃーん)


 滝壺の負傷に少なからず戸惑うも、麦野沈利は揺るがない。
                   さつい
 それこそ「いつも通り」の、ありふれた感覚で。

 標的(ターゲット)を、撃ち抜く。


 空間を、白光が一閃した。

 直後に、じゅう、と悪臭が立ちこめる。
 『原子崩し』に融かされた建材の臭いだ。


 「……チッ」


 己の能力の強度証明である筈のそれを嗅ぐも、しかし麦野の表情は優れない。

 顔をしかめざるを得ない異臭のため、ではない。


 確実に胸を貫く軌道で撃った『原子崩し』が。

 介旅に、掠りもしていなかったことに対して、だ。


 理由など、どう考えようが一つしかない。


 「やってくれんじゃねぇか、チビガキが!」


 言葉と同時、標的を変えた『原子崩し』が那由他に襲いかかる。



775: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 22:36:28.61 ID:wIDpHJ5a0



 「ッ!初矢お兄さん!」


 那由他は手に持つ紙袋を介旅の方に投げると、転がるようにしてその一撃を避ける。

 光線は那由他の柔肌ではなく、床に穴を穿つに留まった。


 「チョコマカと鬱陶しい……!
  テメェはゴキブリかってのッ!!」

 「生憎と、これが『木原流』なんでねっ!」


 距離を詰めようとする那由他に、当たらぬことは承知で
 牽制の『原子崩し』を撃ち込む。

 華麗なステップを踏むように閃光から逃れる那由他を見ながら、同時に麦野は思考する。


 (第三位はもう、スタミナ切れで使いものにはならないハズ。
  向こうのメガネは問題外。ある程度不意打ちを警戒しときゃ何の驚異にもなりゃしねぇ。
  ……となると、後はコイツだが……)


 自らの負担も省みず、徐々に連射のペースを上げていく。

 能力の流れを『視』られているためか、無駄のない動きで正確にかわされる。
 だがその姿に、麦野は一つの確信を得た。



776: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 22:44:37.97 ID:wIDpHJ5a0


 (コイツも……体力の限界が近い!)


 表情はポーカーフェイスで誤魔化せても、額の脂汗はどうしようもない。

 加えて、先程からほとんど攻撃を反らしていないことを考慮すれば確実だ。

 美琴と同じく、那由他にも『電池切れ』が迫っている。


 「オラどうした、張り合いがねぇぞ!!」

 「っがっ!!」


 光線に気を取られた隙を突き、瞬時に接近した麦野の蹴りが那由他の鳩尾に炸裂する。
 多少なりとも体術の腕はあったようだが、不意を突かれて対処出来るような一撃ではない。

 ガハゴホと咳き込む那由他の首を、容赦なく鷲掴んで吊り上げる。


 「さぁーてゴキブリちゃんはどんな死に方がお好みでちゅかー?
  つっても、頭と体がサヨナラコースしかないんだけどさぁ!!」


 後は、そのまま『原子崩し』を行使すれば終わり。
 苦しみもなく一瞬であの世へ送ることが可能だ。

 麦野は首を握る手に力を込めて、




 「……あ?」




 そこで彼女の嗅覚は、奇妙な臭いを察知した。




777: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 23:03:56.01 ID:wIDpHJ5a0


 今までに嗅いだことのない、という意味での『奇妙』ではない。


 だがそれはあまりにも、この場にそぐわない臭い。


 首を握る力は弱めぬまま、麦野は後ろを振り返り、




 「…………は?」




 そこで再び、困惑する羽目になる。



778: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 23:15:22.82 ID:wIDpHJ5a0



 彼女が感じたのは、煙の臭い。


 彼女自身は吸わないが、路地裏の不良からはよく漂うそれ。


 その出所は、




 「悪い、那由他ちゃん。二回も時間稼ぎを任せちゃって」




 介旅の手の中の、煙草だった。





779: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 23:21:32.03 ID:wIDpHJ5a0



 「……、っっ余所見は、良くない、よっ!」

 「っ!しまっーー」


 思わぬ事態に、無意識に力が抜けてしまったのだろうか。
 体に力を取り戻した那由他の蹴りを避けるために、仕方無く手を放してしまう。

 形勢を取り戻そうと距離を取った瞬間、背後数メートルから声。


 「ほら、危ねぇぞ!」

 「ッ!?」


 見れば、空中二メートルの辺りには放り投げられた煙草。

 そして、介旅が持っているのはーー、


 「……ははっ、」

 「……なるほど、テメェの狙いは……っ!」

 「今時珍しいよな、竹製の水鉄砲なんてさぁ!」


 中身は勿論、液体。
 そして宙には、火の点いた煙草。

 ならば。

 そこから導き出される答えは、



 「爆発で吹き飛ばそうってかぁ!!」


 答えはなく、代わりに爆薬ーー正確には、ライターの燃料ーーが発射される。




780: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 23:35:16.77 ID:wIDpHJ5a0



 液体が、空中の煙草に触れる。
 途端に、それは燃え上がり、紅蓮の爆炎となる。


 迫る朱の面。

 しかしその先にいながら、麦野は至極冷静だった。

 なぜなら、


 (……あらゆる物体を消し飛ばす盾。ならば炎で攻めればいい、とでも?
  おめでたいゲーム脳だな、燃焼だって結局は分子の運動だ。
  ならそれを『原子崩し』で吹き飛ばせない訳がねぇだろうが!!)


 思考とほぼ同時に、麦野は能力を行使する。

 ただし、守るための『盾』ではなく。
 貫くための、『矛』だ。


 (高出力で、私の体が通るサイズの穴を作りゃダメージは負わねぇ!
  テメェ如きの攻撃に、防御に移る必要なんざーー)


 ない、と、考えようとしたところで。
 麦野は、見た。

 介旅が背を付ける壁、そこから。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 天井まで続くテープのようなものに沿って、壁を駆け上がる炎を。


 (ーー!アイツ、ハナからこれをーー!)



781: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/11(水) 23:36:27.40 ID:wIDpHJ5a0


 介旅は注射器のような要領で、片手で水鉄砲を使っていた。

 ならばその時、もう片方の手はーー?

                     ・・・
 煙草を投げた直後に、その手はポケットからある物を取り出し、壁に回されていた。

 そしてその物とは、ライターの着火部分に使われる装置。
 ・・・・・・・・
 電気式の着火装置。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 それはつまり、フレンダの仕掛けたテープ爆薬を着火させることが可能であることを示す。



 (クソが!ふ、れんだぁぁぁぁ!!)



 テープの先など、見るまでもない。

 フレンダが美琴に攻撃した後にも、天井は一部を除いて健在だ。

 そして、麦野がいるのは当然、その『一部』の真下ではない。


 頭上からは瓦礫。
 前方からは炎の壁。

 どちらも致命傷には間違いなく、
 しかし『原子崩し』で防げるのはタイミング的に片方が限界。


 決断の間は無い。

 二つが同時に、麦野を襲う。




785: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 18:24:50.77 ID:PwN//HTC0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (炎を吹き飛ばせば瓦礫に飲まれる。
  かといって瓦礫に対処すりゃ火ダルマ、か……)


 炎と瓦礫が迫るコンマ数秒の間にも、麦野沈利の思考は冷静に回転していた。

 恐れることも、涙することも、慌てることもない。
 暗部に所属する彼女に、そんな感情など存在し得ない。


 (原子崩しは基本的に、一発につき一方向にしか撃てない。
  攻撃同士の角度が九十度近くもあれば、両方撃ち落とすなんて出来やしねぇな。
  オマケに速度は自然落下。二発も撃つ時間があるワケがねぇ)


 自分の明確な死を意識しながらも、麦野は顔色一つ変えない。
 今までに死を意識した回数なんて、とても数えられるものではないのだから。

 だがそれを考慮に入れても、と彼女は思う。


 (なるほど、確かにコイツはマズイ。今までで一番とは言わねぇが……
  警戒度との差で見れば間違いなくトップだろうな。
  ハッ、●●クンだと油断してたら実はテクニシャンってか。見事にハメられちまったなオイ)


 惜しみもなく心中で介旅を称賛する。
 一方で、暗にこうも考える。

 所詮この程度、と。


786: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 18:35:44.68 ID:PwN//HTC0


 迫る炎壁と降り注ぐ瓦礫の雨。
 到着の瞬間までに撃てる原子崩しは、連射性能的に一発が限界。

 どちらかを排除すればもう片方によって。
 直撃すれば死は免れず、しかし避けることはかなわない。

 絶体絶命であると同時に、絶対絶命。
 意地の悪い謎掛けのような、究極の選択。

 しかし、


 (確かに、悪くない戦法だ。合格点をやってもいいレベル。
  ……でもまぁ、私を逝かせるにゃ経験不足か。直前で萎えさせんじゃねぇよ)


    DEAD or DIE
 その、焼死と圧死の二択に。


 (逃れる方法はいくらでもある……例えば『こう』するとかなぁ!)


           A L I V E
 あろうことか麦野は、第三の答えを提示する。




787: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 18:43:33.53 ID:PwN//HTC0



 コン、と軽い音。
 それと同時に、麦野の体が勢い良く倒れる。

 その軸は、足元。
 絡まった両足。

 一見すれば足がもつれたようにしか見えないが、
 実際は彼女が自らの足を払ったことによるものだ。

 何故、わざわざ隙を見せるような真似をするのか。
 答えは純粋に単純。


 「……ッ!」


 即座にそれを理解したのか、介旅の顔色が変わる。
 己の失策を悔いているのか。だがもう遅い。


 突然身を下げたことで、炎の海は彼女の目前を素通りしていく。
 その中の数滴が降り懸かる直前に、麦野は迷わず真上に『原子崩し』を照射する。


 「甘っっめぇんだよ雑魚がァアァァァ!!」


 ジュッッワァァァァ!!と激しい煙を出し、瓦礫と炎滴が消失した。




788: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 18:57:02.49 ID:PwN//HTC0


 考えても見れば、簡単なことだったのだ。

 一度に破壊できるのは一直線。
 攻撃は二つで、別方向から。

 だがその二つは当然ながら『麦野沈利』を標的として放たれたもの。

 逆に言うならば確実に、麦野の近くで一直線に重なるはずなのだ。

 後は、一直線になるポイントを作り体勢を整えれば良い。

 ただそれだけで、二つは一瞬の内に消え失せる。



 (床に着いた瞬間に受け身をとる。
  そこからもう一度原子崩しを撃てば……終わりだ!)


 もはや彼女は、自分の勝利に何の疑問も抱かない。
 決死の一撃を避けて見せた時点で、彼女の勝ちは決まったようなものだ。


 だから、



789: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 19:13:38.42 ID:PwN//HTC0


 「……、」


 (……なん、だ?)





 介旅の、その表情に。



 「……ハッ!」




 (なんでアイツはーー笑ってやがる!?)



 端の欠けた眼鏡の下に浮かぶ、その獰猛な笑みに。



 「はははははははははっ!!」



 その心情を、すぐには理解することが不可能だった。




790: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 19:14:40.45 ID:PwN//HTC0



 (おかしい。この状況で笑う?自棄になった……いや違う。じゃあ何で……?)



 考える間にも、床は迫る。

 麦野はひとまず体勢を立て直すため、右手を使って衝撃を和らげようとし、


 直後、その掌に不自然な感触があった。


 「ッ!?」


 突然の事態に対応できず、受け身を取れぬまま倒れる麦野。
 その体が再び立つだけのバランスを取り戻すまでに、彼女は感触の正体を知る。


 それは、金属性の通貨だった。
 平たく言うならば、小銭。

 先程介旅が蹴り飛ばされたときに、落下したもの。


 その中にある、一円玉が。
 アルミで構成された、小さな円盤が。



 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
 大きな内圧を受けたように、球状に膨らんでいた。



791: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/23(月) 19:21:03.04 ID:PwN//HTC0


 (……、オイ、こりゃ一体何が……待てよ。聞いたことがある。

  例の『虚空爆破事件』で使われた能力ーー『量子変速』。

  そうだ、アレは確か、アルミを爆弾にするってーー!)



 「ハハヒッ!見事に引っかかってくれてアリガトウ!!
  僕の狙いは最初っからコレをすること!!
  生憎と威力不足だから、わざわざ爆心からの距離を縮めさせたのさ!!

  それじゃ行くぜーー」



 (ク、ソが!まさか最初の奇襲は滝壺を戦闘不能にするためだけじゃなかった!?
  あの野郎、ここまで想定してやがったってのか!!)



 麦野の体が、ようやく床に打ち衝けられる。
 全力で起きあがろうとするが、もう既に遅い。



 「ーーBOMB♪」



 パチン、と指を鳴らす音。




 そして。施設床の至るところで、半径30センチほどの爆風が炸裂した。





798: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:08:55.88 ID:XNWAq18D0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「……読み聞かせ?フザけてンのか、木原クンよォ」


 一方通行の部屋を訪れた木原数多に、返ってきたのは不満の声だった。
 不満というには些か嘲りの色が濃いような気がするが、これが彼らの日常なのだから仕方ない。

 そんな小馬鹿にしたような態度の一方通行に、
 木原は特に気分を害した様子もなく、ただ肩をすくめる。


 「何言ってんだか。俺ぁマジメもマジメ、大真面目だぜ?」

 「そォかい。じゃあ今すぐ病院行くべきなンじゃねェか?
  オマエ、頭の大事なネジが外れちまったみてェだぜ。
  木原一族の専門医か、冥土帰しとかいう名医か。
  早く選べよ音速の三倍で投げて届けてやるから」

 「死ぬわ馬鹿。あと周りの迷惑も考えろクソガキ。
  ソニックブームで町並み全壊だぞ大惨事じゃねぇか」


 暴言にも顔をしかめることなく、慣れた様子で返す木原。
 暗にそれが、彼が一方通行を『子供扱い』していることの証明でもあった。

 ただし、それに更なる暴言で返すあたり精神年齢は同程度のようだが。

 その辺りの残念さ加減には気づかず、薄く息を吐きながら彼は続ける。


799: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:24:30.44 ID:XNWAq18D0


 「……つーかよ。頭のネジが吹っ飛んでんのはお前の方だったりするんじゃねぇか?」

 「あン?オマエ謝りに来たンじゃねェのか何だそれは喧嘩売ってンのかよオイ。
  そりゃ一体どォいう意味で……」


 額に青筋、頭上に疑問符を浮かべる一方通行。

 そんな彼に、木原は呆れたように一言。


 「『絶対能力進化実験』」


 「ーーーーーーッ!!」



 平坦な声で告げられたその単語に、彼の顔色は焦燥へと変化する。

 やはりか、と頷く木原に、一方通行は噛み付くように反射的に問いかけた。


 「オマエ……なンで、それを?」

 「残念だったな。俺に隠し事なんざ10の60乗年早ぇんだよ」

 「宇宙の寿命そンなに保つのかよ……って、話を逸らすンじゃねェ。
  こっちは真剣に聞いてンだぞ。オマエはどォして……」

 「どうして、はこっちの台詞なんだがなぁ」

 「……あ?」


 どこまでも飄々とした話し方。
 だが、そこに僅かな怒りが混じるのを一方通行は見逃さなかった。

 わざと隠しているのか、自分でも気づいていないのか。
 木原はあくまでも冷静に口を開き、



800: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:41:48.05 ID:XNWAq18D0




 「俺に隠して、あんなイカれた実験に参加しようとしてんのは
  どういうことだって聞いてんだよこのクソガキが」



 「ーーっ、」



 一瞬、呼吸が止まったかと思った。

 いや、実際に止まっていたのかもしれない。
 喉が引きつけを起こしたように震え、上手く息を吸えない。

 力の抜けた、どうでもいいような口調なのに。
 そこに僅かでも含まれた攻撃的な意思が、明確に一方通行へと突き刺さる。


 じり……、と、彼は思わず後退りしていた。
 床に手をついたまま、数センチではあるが後方へと移動した。

 それが木原に気圧されたということだと理解した瞬間に、彼の思考は悔しさで埋め尽くされる。


 悔しい。木原の目を見る。
 睨まれる。怖い。怖い?いや、怖くない。
 怖がってはいけない。俺は第一位。最強。頂点。だから怖くない。
 怖がる理由がない。俺にはある。反射。だから怖くない。はず。

 あまりにもずさんな自己暗示。
 だが、学園都市最高峰の『自分だけの現実』が、それを成立させる。


 「……俺は、」


 そして、恐怖を振り払った視線が木原のそれと交差する。
 明確な意思で、彼は言う。



801: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:52:06.61 ID:XNWAq18D0





 「ーー俺は、『絶対』に、なるンだ」



 告げる。
 自分の本気の意志を、伝えてやった。

 見ろ。俺はオマエには負けない。どうせ答えられないとか思っていたんだろう。
 いつまでも父親面しやがって。自分の優位が永遠だと思ったら大間違いだ。
 さぁ、オマエはこれを否定できるのか。

 そんなことを考えながら、一方通行は不敵な笑みで木原を見やり、



 「お前さぁ、バッカじゃねぇの?」



 「は、?オイ何をーー、ぶはッ!?」


 直後に待っていたのは、握り締められた拳だった。

 水っぽい音と共に、胡座をかいていた体が仰け反り、後ろに倒れる。

 いくら血縁が無いといっても、自らの息子を殴る強さでは無かった。

 そこまで考え、感覚の無くなった鼻を押さえてから初めて、彼はとある異変に気付く。


 (……は、『反射』が、働いてねェ、だと?)


 「おーおーイイ感じに困惑してくれやがってあんがとよ。
  長年かけて編み出しただけあんな、『コレ』。『数多神拳』とでも名付けるか」

 「なっ……オマエ、何しやがっ……」



802: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:53:45.97 ID:XNWAq18D0


 「くだらねぇ種明かしは後回しだ。それよりも話ィ聞かせてもらう。
  お前は、俺が繊細なチューニングを施した超能力者で、学園都市の頂点だ。
  俺を除けば、お前に勝てる奴なんざ存在しねぇんだよ。
  それ以上強さを求めて、一体何になる?」



 語尾こそ疑問系ではあるが、恐らく彼は答えを確信している。

 そしてだからこそ、彼は今日、ここにやって来たのだろう。



 「……悪ィのかよ」



 俯き、鼻を押さえ、歯を食いしばりながら。

 彼は、静かに呟く。


 木原からの返事がないのを確認すると、彼は言うかどうか迷ったように一瞬の硬直を見せ、

 それから頭を上げると、勢いに乗せて叫ぶ。



803: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/01/25(水) 22:54:43.29 ID:XNWAq18D0





 「誰にも傷つけられねェ、誰も傷つけねェ!

  そンな『絶対』になることが、本当に悪ィことなのかよ!!」






809: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/02(木) 20:02:16.90 ID:jYgQHkKp0


 怒声。

 部屋を震わせるほどの大声。
 心からの叫び。

 一方通行が放ったのは、そんな本気の言葉。


 「……フザけんなよ、クソガキ」


 だが、木原は動じない。

 当然といえば当然すぎる。
 息子の言葉に怯む父親など、あっていいはずがない。


 「その過程が問題だっつってんだろうが大馬鹿野郎!!
  お前だって、本当は気付いてんじゃねぇのか!!」


 吠えるような返答に、体を縮ませたのは一方通行の方だった。


 「……!か、勝手に決めつけンじゃ……」

 「決めつけじゃねぇ」

 「ッ……?な、にを根拠に……!」

 「じゃあコイツはどう説明すんだ!」

 「ッ!」


 木原が突きつけたのは、書類の束。
 それに見覚えのある一方通行の表情が、固まる。

 そこに、書かれていたのはーー、




810: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/02(木) 20:14:00.42 ID:jYgQHkKp0



 「『「絶対能力進化実験」第一次実験は、
   クローン体処分段階における被験者の体調不良により延期。
   被験者からの連絡があるまで、本実験は一時的な中断状態を保つものとする』」

 「……それ、は……」

 「はん、オカシイな。
  お前に体調不良?んなワケがねぇ。
  お前の能力は自分自身の体調管理程度、朝飯前だよなぁ?」

 「っ……!」

 「これだけじゃ何があったかなんて分かんねぇし、予測の域は出ねぇがよ。
  まぁこの俺の優秀な頭脳が導き出した推測だと……、

  恐らくお前は、実験の内容を詳しく知らされずに臨んじまった。
  ただの『戦闘実験』とでも言われたんだろうな。

  だがそこで待ってたのは、クローンの殺処分命令。
  慌てたお前は体調不良を装い離脱。

  このぐれぇが関の山なんじゃねぇか?」

 「……ただの、妄想じゃねェか。くだらねェ」

 「そう言われたら言い返せねぇんだけどな。
  でもまぁこう考えれば、お前が最近イライラしてたのにも説明がつくとは思えねぇか?」

 「……、……」


 沈黙は、即ち肯定だった。


 馬鹿が、と吐き捨て、木原は続ける。



811: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/02(木) 20:16:31.40 ID:jYgQHkKp0


 「……はぁ。んなモンだろうと思って用意してきた紙芝居なんだが……もういいか」


 言いながら、木原は二十枚程度の紙の束を握力だけで二つに裂く。

 色とりどりの絵の切れ端が、嫌でも目についた。


 「『俺がお前を、一人前の能力者にしてやる』」

 「……っ、」

 「『あの日』の約束、忘れたとは言わせねぇぞ」


 木原の言葉に、一方通行は押し黙る。

 本当に忘れてしまった、のではない。
 覚えているからこそ、彼はその意味を噛み砕き、もう一度飲み込もうとしているのだ。


 一人前。

 それは果たして、二万の犠牲の上になんて成り立つのか。


 「俺、は」


 決断は速かった。

 父の言葉はスポンジに落とされた水滴のように、彼の心に染み渡る。


 「俺は、『実験』を……中止する。……それで、いいンだよな?」


 「……ハッ」



 是とも否ともせず、木原は立ち上がり、ドアに手をかける。

 だがその背中は、彼の満足をありありと息子に伝えていた。


 

812: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/02(木) 20:16:57.40 ID:jYgQHkKp0






 一方通行が木原を見たのは、それが最後。



 その数日後、彼はこの世を去ることとなる。






 その原因は、不慮の事故。

 少なくとも一方通行は、そう聞かされた。




820: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 21:17:45.05 ID:QucpYPYH0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 床一面で起きた爆発は、建材を砕き巻き上げ、宙に漂う粉塵を生み出していた。

 灰色のカーテンによって、視界が遮られる。

 その先では、麦野沈利が倒れている……筈だ。

 超能力者とはいえど、ベースは人間。
 零距離で爆発を受けて立てるわけがない……と信じたい。



 「勝っ……、た?」


 まだ信じられないといった様子で、介旅はぼんやりと呟いた。

 最初は夢から覚めたばかりのように、続いて現実味を帯びた表情で。

 初めて言葉を覚えた赤子の如く、確認するように繰り返す。



 「勝った、のか?僕が。レ、超能力者、に?」


 震える声で辿々しく呟き。

 そしてようやく、彼はその意味を理解する。




821: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 21:22:54.82 ID:QucpYPYH0



 「……は。ははっ、勝った……勝った!
  ーー僕は勝ったんだ……、超能力者に!!
  は、ははは、アハハハハハハハっ!   ……っ、と?」



 介旅が疑問の声を発する前に、彼の体はバランスを崩す。

 緊張が解けた所為か、力が抜けてしまったのだろう。

 そもそも、とうに体力は限界を越えていたのだ。
 転ばないようにという気力すら浮かばず、ただ重力に引かれて体を投げ出す。

 これに反応したのは、粉塵の薄い部屋の隅を通り、介旅の近くに来ていた美琴だった。


 「……、と。危ないわよーー」


 言いながら、彼女は介旅に駆け寄ると、彼に向かって手を伸ばす。
 互いの手が触れ合ったところで、美琴は腕の力を使い介旅を支えようとする。

 となれば、当然ながら手を握るような形になるわけで。


 (……柔らかくって、暖ったかい…………って何考えてんだ僕は)


 強さを感じさせる、それでいて滑らかな感触に、思考が一瞬埋め尽くされる。

 それから慌てて、彼は支えて貰った腕に力を入れ、体勢を立て戻そうとし、



 「……って、あれ?」



 直後、美琴の身からも同じように力が抜けた。




822: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 21:46:42.39 ID:QucpYPYH0



 「……、はい?」


 一時的に立て直しかけた体勢を再び崩しながら、介旅は思う。

 おい待てよ、と。


 確かに。確かに、だ。

 美琴はついさっきまで、体力を切らしてぺたんと座っていた訳だし。
 そこから数分もたっていないのだから、もちろん体力なんて残っていないだろう。

 駆け寄ったりその辺のことが出来たのは、戦闘後でハイになってたからかも知れない。

 だからまぁ、力が抜けてしまったとしてもしょうがない、うん。

 だが。


 (……よりによって、何でこのタイミングでーー!?)


 なんとも間の悪いことに、美琴の力が抜けたのは、倒れゆく介旅が手を掴んだ直後。
 彼の持つ運動エネルギーが、すべて美琴の手に伝わる瞬間だったのだ。

 要するに、彼は美琴の手を思いっ切り引っ張ってるのと同義なのである。

 つまり、そこから想定される結果としては。



 「……あっ、」

 (待て待て待てこれはマズーー)



 介旅の手に引かれるように、美琴までもが倒れてしまうことーーなどが挙げられる。




823: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 22:09:34.69 ID:QucpYPYH0



 ごつん、と後頭部に走る鈍い衝撃。
 それが床との衝突だと認識するまでもなく。

 ぼすん、と、やけに軽い第二の衝撃が襲いかかる。



 (ーーーーっcga何mk嬉gjm否penajp!?)


 言葉に……というかこの世界の言語になっていない叫びは、
 彼の口から漏れることはなくただ頭の中を走り抜ける。


 「あ、痛ったたた……アンタ、大丈夫ーー?」


 吐息が、耳をくすぐる。

 何事もなかったかのように言葉を発せられるのは、
 恐らく彼女が未だに現状を把握できていないからだろう。

 だが、倒れながらもその後の流れを考えていた介旅は、
 既にこの状況を把握してしまっている。


 握った右手は離され、右腋が介旅の左肩のあたりに。

 彼女の左肩は介旅の顎の辺りに当たっている。

 顔は、彼女から見て右方に寄せられていて、介旅は左頬に髪の感触を感じられた。

 胸は介旅のそれと重なっていて、薄い服と脂肪を通して心音が聞こえてきそうな程だ。

 お腹から下は、介旅の右脇腹の上を通って彼の右手側に。


 つまり有り体に言うと。


 何か密着してた。



824: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 22:28:45.50 ID:QucpYPYH0



 (……あーっと、右手に伝わるこのしっとりしたモノは……
    ふともも?短パン?だよなうん。セーフ。
    あれなんかちょっとがっかrじゃねぇよあと脚とはいえアウトだよバカヤロウ)


 以外と冷静に分析しているようにも思える介旅だが、
 明らかに普段の彼の思考パターンとは違う。

 パニックが240度ぐらい回って冷静っぽく見えるだけである。


 「っ……ってアンタ何で私の下にってかえ何まさかこれってーーきゃっ!?」


 バッ!と、腕立て伏せでもするように肩の力で身を起こし、
 体を反らすことで介旅の体から離れる美琴。

 本人は取り合えず距離を取りたかったのだろう。
 確かにその考えの通り、密着していた体は離れた。


 しかし、腕の長さや体勢などの関係だろう。
 膝を立てるべきだったのを、密着から離れることしか考えていなかったために。


 「んなっ!?」

 「あ……っ!」



 至近距離で、見つめ合うような感じになってしまっていた。




825: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 22:39:26.88 ID:QucpYPYH0


 顔と顔の距離は、僅か15センチもない。

 しかも支えているのが腕だけで、非常に不安定だ。

 ここで手が滑ったりすれば、ーー何が起こるかは想像に難くないだろう。


 「あ、こ、コレはその何かゴメン!す、すぐにどくから……」

 「あ、ああぁ、分かっ、分かった」


 ここで焦ってくんずほぐれつ、みたいな展開もありそうではあるが、
 実際にはそんなことにならず、美琴がゆっくりと立ち上がって事は収まった。


 仰向けで顔を赤くしたままぐったりしている介旅に、
 同じく顔を赤らめた美琴は苦笑いしながら手を差し出す。


 「ほ、ホラ!気を取り直して!立ちなさいよ」

 「あ、うん。ありがとな」



 今度こそ力を入れて腕を引き合い、介旅は緩やかに立ち上がる。


 (……そういえば、那由他ちゃんはどこに行ったんだろ)


 熱冷ましにふと考えてみるが、それらしき人影は見あたらない。

 粉塵に隠れてしまっている可能性も考えたが、そこで彼は思い出した。


 彼女は本来、布束の手助けに行く予定だったのだ。

 こちらのカタが付いたと感じてすぐに、『向こう』に向かったのだろう。



826: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 22:54:27.81 ID:QucpYPYH0


 (……なーんか。忙しい子だなぁ)


 手伝いに向かおうとも思ったが、今の自分では足手まといだと思い直す。

 あの子ならどうせ、無事に帰ってくるだろう。


 そんなことを考えていると、横合いから声をかけられた。


 「なーに?何か考え事?」


 何もない場所を見つめていれば、なるほど確かにそう見えるだろう。

 介旅は返答をしようとそちらに顔を向け、


 「んあぁ、ちょっとーーうわっ!?」

 「っあ、!」


 顔を背けてしまったのは、彼女の顔が予想以上に近かったから。

 さっきの光景が一気にフラッシュバックし、瞬時に顔が真っ赤になってしまう。


 (だーもー、何だろ変に意識しすぎなんだよなーー、)


 ひとまず顔を冷やそうと、明後日の方に顔を向けた彼は、


 「あ」



827: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 22:57:36.57 ID:QucpYPYH0





 どん、と。


 唐突に美琴の肩に触れ、思い切り突き飛ばした。






828: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 23:01:47.31 ID:QucpYPYH0



 「……?」


 強く押された。

 気付いてすぐに感じたのは、困惑だった。


 続いて後ろに倒れるにつれ、美琴の中で徐々に苛立ちがこみ上げてくる。


 突き飛ばした?女の子を、理由もなく?


 不満を隠そうともせず、彼女は眉間に皺を寄せて介旅をにらみつけ、


 「……あれ?」


 そして、気付く。


 彼は、自分の方を見ていないのだ。


 なら一体、どこに注目して……?

 彼の視線を追い、その先を見て、



 「あ」



 そしてようやく、彼女は事態を理解する。




829: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 23:09:48.21 ID:QucpYPYH0


 薄れた粉塵。


 その中にあるのは。

 その中にいるのは。


 「あ、あぁ……」


 服はボロボロになって、ところどころ下着のような物が皮膚に癒着していて。

 それでも立ち上がり、手の中に純白をたたえるそれは。


 「だめ、」


 介旅に視線を投げる。

 彼は、静かに笑っていた。


 『急に押して、ごめんな』


 言葉はなかった。

 息を吐く間もなかった。

 ただ彼の目が、確かにそう言った。


 「いやだ、そんな」


 次の瞬間。



 彼の姿は、不健康な白色の光線に隠された。




830: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 23:20:03.02 ID:QucpYPYH0



 閃光の軌跡が、空気に溶けるように消え去る。

 それまでのコンマ数秒は、美琴にとっては永久よりも永いものだった。


 白が消え去り、汚れた空気が場を満たす。

 そして。

 その先を見て。



 「ーー、そん、な……」



 絶句。

 口から出たのは、それだけだった。



 「ーー、はは。そんな顔すんなよ、御坂」



 そこで、介旅は何も変わらずに笑っていた。




831: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 23:21:36.29 ID:QucpYPYH0





   ぼたり  、と






832: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/07(火) 23:25:35.93 ID:QucpYPYH0




 消失した右腕の根本から、鮮血を滴らせながら。





842: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:03:19.35 ID:gOkSiL+20



 「かっ、は、は。ザマァ見ろ、ガキが。
  『闇』を……『暗部(わたしたち)』を、ナメてっからだ」


 即座に起こったのは、嘲笑。

 粘つくように笑み、粉塵の中で立ち上がるのは麦野沈利。

 立ち居振舞は覚束ない。
 だが、灰のベールを通してもはっきりと分かるほどに、その体には妙な活力があった。

 彼女がそうまでして戦う理由は、もはや一つしかない。
 強者(むぎの)のステージに上がった弱者(かいたび)を叩き潰す、ただそれだけ。

 それだけのために彼女は、限界を迎えた体に鞭を打つ。


 「……あーあー。つーか、私が狙ったのは超電磁砲だってのによ。
  見事に身代わりになってくれやがって……何だ、ヒーロー気取りか?
  弱者がしゃしゃり出ると、早死にするわよ」


 かつ、かっかっかか、と。

 見るからに危なげに、体を揺らし足を鳴らし。
 しかし麦野は、ひたすらに笑う。

 自分が圧倒的な優位である。それを知る者の笑みだ。

 彼女は自分の仲間である筈の二人の無事すら確認せず、ただ介旅に言葉を投げる。


 「……じゃ、まぁ。予定は変わっちゃうけど。
    まずはテメェから、ね」



843: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:11:21.70 ID:gOkSiL+20



 (……ッ、ヤバい……ッ!)


 膨れ上がる麦野の殺気に、美琴は思わず身震いした。

 それは、言わば死神の大鎌のようなものであろうか。
 介旅を確実な死に誘う、冷酷な死刑宣告。


 (……麦野沈利は、あの爆発で相当弱ってる。
    まだ足に力は入んないけど、それでも逃げきることができるくらいに。

  ……でも、)


 逃げようと思えば、逃げられる。
 しかしそれは、美琴一人ならば、の話だ。

 介旅を連れて逃げるとなれば、状況はまるで違ってくる。

 大怪我、という言葉では生温いほどの傷を負った介旅には、歩くことすらままならない。
 そんな彼に、後方からの追撃を避けながら逃げるなどという芸当は絶対に不可能だ。


 (ダメだ。どう逃げようとしても、アイツを置いていくことになっちゃう。
  体力が万全なら背負っていくこともできたけど……。
  ……あーもう、こんな時にあの那由他って子はいなくなっちゃうし……!)


 身体能力の高い那由他なら、あるいは介旅を背負って走れたかもしれない。
 そんな『もし』を考えてしまうほど、この状況は絶望的だった。



844: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:15:59.13 ID:gOkSiL+20



 あくまでも介旅の意志を汲むならば、美琴は彼を見捨てて逃げるべきなのだろう。

 彼は、己の危険も省みずに彼女を助けたのだから。
 下手を打って命を落とせば、それは彼の決意を無為にするも同じだ。

 そんなことが分かる程度には、美琴の思考は冷静だった。

 だが、


 (……理屈じゃない。アイツを残して逃げるなんて、そんなのイヤだ)


 ショック死したとしてもなんら疑問を覚えないほどの傷を負い。
 けれども、麦野を見据え立ち続ける彼を見て。

 その気力が、誰のため、何が為に沸き上がるのか考えて。

 そのような選択など、出来る訳がなかった。


 (やってやる。能力が使えなくても、できることはある。
  不意を突いて突っ込んで、大きな隙を作れば。
  撃たれる前に逃げられる……かも)



845: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:22:25.29 ID:gOkSiL+20


 勝率などゼロに等しい。

 勝算なんてまるでない。

 相手が弱っているとはいえ、それはこちらも同じ話。


 更に麦野の『原子崩し』は、まだ死んでいない。

 最悪、二人まとめて撃ち抜かれてしまうかもしれない。
 そうなるよりは、美琴だけでも逃げた方がマシなのかもしれない。


 だけれども、


 (成功するかどうかなんて分からない。けど、私はアイツを助けたい。
  ……だから、やってやる。絶対に、やり遂げてみせる!!)


 決意を固め、拳を堅め。

 そして、麦野へと走り出す、




 その直前に。



846: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:25:25.21 ID:gOkSiL+20





 「ッハは、」





 美琴の足を床に縫い止めたのは、一つの笑い声。




847: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:25:55.95 ID:gOkSiL+20


 「何、考えて、んだよ」


 「……え?」



 美琴の口から、思わず疑問が口に出る。


 その内容に対して、ではない。

 ・・・・・・・・・・・・・・
 そんなちっぽけなことではない。


 例え麦野に企みを看破されようが、美琴は構わず突き進んだだろう。


 「聞こえ、なかった、か?」


 だが、違う。

      ・・・・・・・・
 声の主は、麦野沈利ではない。



848: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:33:15.27 ID:gOkSiL+20


 「何、バカなこと、考えて、んだって、言ったんだ、よ」



 その、これ以上ないほどに弱々しく。

 今にも倒れてしまいそうなほど掠れた。


 けれど、何処か力強い声の主は。





849: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:39:46.29 ID:gOkSiL+20




    ・・
 「ーー御坂」





850: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/14(火) 04:42:28.26 ID:gOkSiL+20


 笑いながら、言ったのは。


 圧倒的劣勢にありながら、微笑むのは。


 未だ折れず、精神力だけで立ち続ける彼の名は。




 「……下手な横槍は、止めてくれ。
    ここはまだ、僕の見せ場、だからな」



 介旅初矢は、挑戦的な笑みとともに告げる。





 ここからが本番だ、と。





854: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 20:38:57.29 ID:Xttyr6BX0


 「……ハァ?」


 諦めないーー否、それどころか勝利を確信してすらいるような言葉に、
 怪訝な顔をしたのは麦野だ。

 おかしい。例え素人だろうが、この状況で自分に勝算があるなどと考えられる筈がない。

 痛みでイカれてしまったのだろうか。実につまらない。
 そんなことを考えながら、麦野は鼻で笑って口を開く。


 「へぇ、言ってくれるじゃないの。
  アンタの見せ場、ねぇ。まぁ確かに、死に様は見せ場の一つではあるけどよぉ」

 「……、はっ、残念、ながら、死に花咲かせる、つもりなんて、毛頭ねぇよ」

 「あん?」

 「ここで、お前を、倒す。
  それが僕の、一番の見せ場だ」

 「……」


 麦野が押し黙ったのは、先程のような多重攻撃が仕込まれている可能性を考えたからだ。

 アレをもう一度食らえば、確かに危ない。
 ただでさえ意識の朦朧し出した体に、あんな連撃をくぐり抜けるのは、なるほど不可能だ。


 (……いや。アレはあくまでも、私が他のガキに気を取られてたところへの奇襲だ。
  真正面からやろうとしたところで、行動前に三回は殺せる、か)


 そう気を取り直すと、麦野は再び笑んで、


855: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 20:51:28.30 ID:Xttyr6BX0


 「あぁ、まーたさっきみてぇにコンボ叩き込むつもりか?
  まぁやりたいなら好きにしなさいよ。無駄な足掻きだけどね」

 「……、ハ。お前、今の状況、分かってんのか?」

 「そいつはこっちの台詞だ。
  私の気まぐれ次第で、アンタは一秒もせず死ぬのよ?」

 「じゃあ、その一秒が経つ前に、決めればいいだけだ」


 流血し続ける右肩を押さえ、左手を真っ赤に染めた介旅の足は、既にふらついている。
 失血により、意識を保つのが難しくなってきているのだろう。

 いっそのこと、このまま放置して倒れるまで待つのも一興だろうか。
 思考した直後、麦野は自らそれを振り払う。


 「そうか。じゃ、やってみな」


 言うと同時、麦野の左手に白の光が収束を始める。


 (さっきは油断して、足元を掬われた。同じ轍は踏まねぇよ)


 確実に、殺す。

 オーバーキルと言われるほどの威力でいい。
 大袈裟すぎるほどの規模で構わない。

 介旅初矢という敵を、今度こそ排除するために。
 最大の威力、かつ最高の精度の『原子崩し』を用意する。



856: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:08:05.35 ID:Xttyr6BX0


 だが演算を始めた直後、麦野は眉根を寄せた。


 (チッ……上手く頭が回らねぇ。
  こりゃ時間がかかりそうだ……一秒以内ってな無理だったか)


 度重なる疲労のためか、欠伸が出るほどに発動が遅い。
 ゆっくりとしか成長しない光球に苛立ちを覚え、介旅に目を向ける。


 「どうした、?一秒で、殺すんじゃ、なかったのか」

 「口の減らねぇ野郎だな。猶予をやってんだよ、有り難く思え。
  本来ならテメェみてぇな弱者如き、指一本で1,000回は殺せんだからよ」

 「……ッハハ、」

 「……?何が可笑しい」


 今の発言のどこが琴線に触れたのか、突然介旅は笑いだした。

 何か滑稽なものでも見るような笑みに、純粋な疑問として麦野は問う。


 「いや、さ。お前、もしかして、勘違いしてないか?」

 「あ?何をだ」


 聞き返すと、介旅は一瞬笑みを止め、そしてまたもや口角を釣り上げて、




 「言っとく、けど。弱者イコール敗者、じゃ、ないぞ?」






857: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:15:41.29 ID:Xttyr6BX0


 「…………はぁ?」


 浮かんだ感情は、怒りや憤りではなく、不可解だった。

 コイツは一体、何を言っている?


 「分かんねぇ、か?お前の、言う通り、確かに僕は、弱者、だけどさ。
  それが、僕が負ける、なんて、根拠には、ならない、んだよ」

 「……分かんねぇな、オイ。
  戦えば当然、強者は勝って弱者は負ける。当たり前のことじゃねぇか」

 「いや、むしろ、逆、なんだよ」

 「……あぁ?」


 疑問を口に出しながら、感じていた口中の苦みを吐き出す。
 塗装の剥げた床に飛び散ったのは、予想通りの赤。


 「弱者だから、準備を整えて、負けを防ぐ。
  臆病だから、負ける可能性を、根本から叩き、潰す。
  ほら、こう考えて、みれば、弱さは勝ちに、つながる、じゃねぇか」

 「ハッ。んなの、ただの詭弁じゃーー」


 言いかけて。


 麦野は、ピタリと口を止めた。


 会話の中で、嫌な感触に気付いたからだ。


 血は吐き出したはずなのに、口の中に、まだ苦い何かがある。



858: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:27:43.71 ID:Xttyr6BX0



 「……あ……?」


 ジャリジャリと、舌に触れる砂粒のような何か。

 最初は、建材の破片を吸い込んでしまったのかと考えた。

 だが、明らかにそれだけではない。


 「……ッ!」


 思考の中で『ある可能性』に思い至った彼女は、慌てて己の右手に目をやる。

 付着しているのは灰色の、建材の粉。

 ・・・・・・
 だけではなく。


 銀色の、それよりもさらに小さな粒。

 砂のように軽く小さく、爆風によって空中を漂っていたそれは、まさか。



859: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:41:08.55 ID:Xttyr6BX0

         ・・・・
 「ッ!?テメェ、こんな物どこで……!!」

 「あぁ、この工場、超高性能な製粉機が、用意してあったんだ。
  第五世代の、ウォーターカッターの原理で、大体何でも粉に出来るヤツ」


 何のためにあったのかは知らねぇけどな、と介旅は笑いながら付け加える。

 対照的に、麦野の焦りは加速していく。


 「クソが。テメェ、いつの間に……
  ……ッ!待て、まさか……!!」


 麦野は右手に向けた注意を、自らの後方に向ける。


 そこにあったのは、大きなスポーツバッグ。

 爆発に巻き込まれて、否、巻き込まされて、大きく裂けたそれから、

 ・・・・・
 銀色の粉が。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 まるでスプーンを小麦粉ほどの粒子に砕いたような、きめ細かい粉末が、漏れ出ていた。




860: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:51:28.17 ID:Xttyr6BX0


 『今の状況、分かってんのか?』


 つい先刻の言葉が、鮮明に頭を流れる。


 「ほら見ろ、気付いた時にはもう遅いのさ。

  ……弱者と戦う危険性を、臆病者を敵に回す恐ろしさを、身をもって知れ」


 途切れ途切れだった介旅の言葉は、ここに来て流れるように滑らかになっていた。

 しかし麦野には、そんなことに気を配る余裕はない。

 自分の身を守るために、それ以外の一切を考えられない。



         ・・・・・
 (フザけんなよ、アルミ粉末だと!?
  一刻も早くこの煙の中から出てーーいや、ダメだ!?
  私は既に、吸い込んじまってる!!)



 自身を覆う危機にようやく気付き、しかしそれはもう遅すぎる。



861: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 21:59:05.06 ID:Xttyr6BX0


 さぁ、と介旅は意地悪く笑い、


 「チェックメイトだ。僕の勝ちだよ、オバサン」


 「チ、クショウがぁァァァァァ!!」
 (殺す!能力発動前に殺せば、それでーー!!)



 麦野は、掌でループした『原子崩し』を介旅に放とうとする。


 だが、それよりも介旅の能力行使の方が圧倒的に速い。


 あるいは、彼女が自己を守ろうとせずに介旅を撃ち抜いていれば、そこで終わっただろう。

 だが彼女は第一に、身を守ることを考えてしまった。

 それが、彼女の敗因。


 直後。


 麦野沈利の体内。

 鼻と口から入り、気管や食道に付着したアルミニウム粉末が。


 ごく小規模の、爆発を起こした。




862: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/15(水) 22:00:04.27 ID:Xttyr6BX0



 ごふ、と、麦野の口から小さな声が漏れた。


 続き、濁った血が唇の端から垂れる。


 その体から全ての力が抜け、左手に溜まった白い光が空気に溶けて消えていく。



 それを見届けた介旅の全身も、同じように脱力した。



 広々とした工場内に、人が二人倒れる音が反響する。






 「……へ……?」




 一人ぽつりと残された美琴は、広がる血の海を見ながら、暫く惚けていた。





868: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 20:38:56.03 ID:fydU1fkM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 カツン、カツン、と金属音が壁に反響する。

 微かな音がここまで大きく聞こえるのは、静かな場所だからという以上に、
 自分が焦りを感じているからであろう、と布束砥信は冷静に自己分析をする。


 (……虚しいわね。自分の感情を、他人事のように認識できるというのは)


 彼女は現在、当てがわれた部屋を抜け出して、薄い明かりの下で梯子を降りていた。

 無論、このハイテクのご時世に意味もなく梯子なんてものがあるわけがない。
 にも関わらずそれが存在しているということは、そこに何かしらの意義がある訳だ。

 具体的には、一般の作業員などがエレベーターで迷い込むのを防止する必要がある、
 『そのテのモノ』を扱っている研究室へと続く裏口的な通路の一部である。

 機材などを搬入したりする通路ーーいわゆる表口も当然あるのだが、
 そんなヒミツの研究所においそれと立ち寄らせて貰える筈もない。

 よって、彼女は仕方無く(白衣があるとはいえ)スカートの制服には辛い、
 この道を使う羽目になってしまったのだ。




869: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 20:53:46.40 ID:fydU1fkM0


 そのまましばらく金属音を鳴らし続けると、やがて右足の裏に平らな感触が伝わった。

 布束はあまり大きな音をたてないよう慎重に、梯子からもう片方の足を降ろす。


 (……さて、と。那由他ちゃんは遅れているようだけれど……。
  まぁ、最悪『コレ』さえ守り抜けば大丈夫でしょう)


 考えながら、白衣のポケットに入った『ある物』を握りしめ、彼女は足を運ぶ。


 やがてたどり着いたのは、やや小さめのスライド式のドア。

 布束は息を深く吸い、吐くといったことを数回繰り返し、
 気分を落ち着かせてから、その取っ手に手をかける。

 予想外にレールの滑りは良く、からりと小さな音がしただけだった。


 (……、トラップは……無いようね。
  やや拍子抜けなところはあるけれど、これなら私だけでも何とかなるかしら)


 暗部組織が雇われたという話だから多少は警戒していたのだが、
 今のところ妨害に入るような気配は見せていない。

 美琴が派手に暴れていて、その対処で精一杯、ということなのだろうか。


 ……実際、暴れていたのはむしろ介旅の方なのだが、
   彼女がそれを知るのはもう少し後の話である。



870: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 21:07:23.81 ID:fydU1fkM0


 よく見ると部屋の一部はガラス張りになっていて、
 そこからは心身の調整中の妹達の姿を見られた。

 カプセルのような容器で、学習装置を装着したその姿に目を細めてから、
 布束は壁際に並ぶ機器へと近づく。


 (……とうとう、『コレ』を使うときが来たようね)


 左手で操作パネルを叩きながら、右手を使い、ポケットから直方体を取り出す。

 黒っぽい色をしたそれは、この施設のスパコンに対応した記録媒体。

 15センチほどの長さを持つそれに入力されているのは、
 彼女が今までに出会った人間達の感情のデータだ。


 (コレを、学習装置を利用して妹達の一人にインストールする。
  そうすれば、このデータは『ミサカネットワーク』を通じ、全妹達に送られる)


 もちろん、この程度のデータでは真の感情が芽生えることは期待できない。

    ・・・・・・・
 だが、それでいいのだ。


 (一時的で疑似的なものでもいい。自らの運命を嘆き、悲しんでくれれば。
  那由他ちゃんの言っていたことが本当なら……それが『彼』の心を動かせるなら。
  ……この『実験』は、止められる!)



871: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 21:22:00.12 ID:fydU1fkM0


 二つある操作パネルの内、片方でやるべき操作を終えた布束は、
 もう片方の前へと多少体をずらす。

 一呼吸の間を置くと、彼女は目にも止まらないような速さでパネルに触れ、
 次々とロックを解除していく。

 目の前に設置されたモニターの上には、やがて一つの文章が光り始めた。


 『入力する情報端末を挿入してください』


 (……、よし!)


 それを確認した瞬間、布束は右手の端末を素早くユニットに差し込む。


 (後はこれを押し込んで、パスワードを入れれば……!)


 焦りながらも、正確に手順を確認した布束は、最後の仕上げとなるその作業に取りかかり、



872: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 21:28:32.20 ID:fydU1fkM0







 直後、ゴン、という衝撃が彼女を襲った。







873: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 21:30:20.31 ID:fydU1fkM0


 「……あ、が……?」


 右肩が動かない。

 その原因が後ろから捻り上げられていることにあると気づくには、
 瞬間以上の時間が必要だった。


 「関係者であるかどうか、上に確認を取るのに超時間が必要でしたが……
  データ類の輸送が済むまでは超立ち入り禁止とのことでした。
  こちらはアナタを超侵入者として認識してます。構いませんね?」


 かけられた声は、幼かった。

 女子中学生……いや、下手をすると那由他と同じ年代かもしれない。

 それにしては力が強すぎるようだが、その辺りは少女の能力なのだろう。

 身体強化系の能力者なのかもしれない。が、そんなことはどうでもいい。


 (……っ、あと一歩だった、のに……!)


 ギリ、と歯を噛みしめる。

 何で、よりによってこのタイミングで。


 「ま、私達(わたしとフレンダ)の役割は超防衛でしたからね。
  遊撃隊(むぎのとたきつぼ)が動いても、自陣は離れないって計画でしたし。
  ですから、そんなに超悔しがらなくても。どのみち見つかってたんですから」



874: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/20(月) 21:44:38.96 ID:fydU1fkM0


 軽い調子で言った少女は、顔にかかったフードを取る。

 その下から現れたのは、予想通り幼い顔。


 少女は、つまらなそうに笑いながら言う。




 「あぁ、自己紹介が超遅れましたね。


  『アイテム』所属、絹旗最愛です。


  以後、超お見知りおきを」




879: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/24(金) 23:06:12.52 ID:5Ejejadg0


 「っ……、離して……!」

 「……はぁ。そう言われて離す超バカがドコにいるっていうんですか。
    少なくとも私は超違いますからね、勘違いしないでください」


 絹旗と名乗った少女は、呆れたように受け答えすると、
 布束の右腕を更にキツく捻り上げる。

 痛みのためか、布束の体が小さく震えた。
 口からは、小さな呻き声が漏れ出す。


 「無駄な抵抗は超よして、大人しく捕まって下さい。でないと……、」


 と、ここで絹旗は言い淀むように言葉を切った。

 とはいえそれは、布束に対する同情とか、敵を哀れに思ったとかではないのだろう。

 演出しているのだ、恐怖を。

 それも、ただ単純に、抵抗される面倒を避けるためだけに。


 なるほどそれは、確かに有効だろう。
 力の入れ方を強くしたのも、恐らくはそのため。

 一般人なら、痛みから逃れるために降伏してしまうに違いない。
 例え、その後にどんな地獄が待っているか知っていたとしても、だ。


 (……無駄な、抵抗……?)


 だが、ここに来て布束の頭に響いたのは、恐怖でも痛みでもなかった。



881: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/24(金) 23:14:43.42 ID:5Ejejadg0


 無駄な抵抗。

 絹旗が何気なしに放ったその言葉が、布束の心を大きく揺さぶる。


 確かに、そうなのかもしれない。

 仮にこの計画を止めたところで、クローンという特殊な出生の彼女たちには、
 問題はまだまだ大量にある。


 例えば、世間からの評価。

 科学の結晶である彼女たちに、悪い方向の興味を持つ者は少なくないだろう。

 そして逆に、クローン人間を法的に禁じている国際社会の中で、
 彼女たちは学園都市に対する不満をぶつける格好の的になってしまう。

 周囲から向けられるのは好奇の目。
 国際的に向けられるのは非難の声。

 そんな状況に、彼女たちは耐えられるのだろうか?


 例えば、寿命。

 特別な薬品で細胞分裂を促された彼女たちは、
 元々短いとされる体細胞クローンのそれよりもさらに短命だ。

 ペットとして飼われる犬や猫の方が長く生きられるほどに。

 いや、寿命で死ねたらまだ幸せかもしれない。

 下手をすれば、養う人間がいない故の餓死などをしてしまう可能性だってある。



882: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/24(金) 23:33:51.24 ID:5Ejejadg0


 これらの問題は、布束では解決することができない。

 否、例えそれが美琴だろうと那由他だろうと、不可能だ。

 問題の大きさも、質も、まるで違う。
 超能力者だろうがサイボーグだろうが、たかが「個人」で解決できるものではない。

 一つだけ道があるとすれば、彼女たちを造った張本人である学園都市による協力。

 だがむしろ、それこそ無謀といっても差し支えない。

 利用価値の無い、そのくせ非難の対象になるようなモノを、
 彼等がわざわざ生かしてくれるとは限らない。

 リスクとリターンの天秤にかければ、その結果は「処分」となってしまうだろう。



883: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/24(金) 23:41:48.76 ID:5Ejejadg0


 ならいっそ、このままでいいではないか。


 彼女たちは「実験動物」として、役目を果たし死んでいく。

 彼女たちの存在意義の、まさにそのままに。

 それが彼女たちの生まれた理由で、
 それが彼女たちの唯一の使命なのだから。


 ……そう、何度も思った。



 (……でも)



 そんな時、半ば諦めていた自分を、奮い起こすモノがあった。


 それは、ある男の遺志を継ぐと言った那由他で、

     口にはせず、妹を守ると誓った美琴で、

     大切な人を守ると告げた介旅だった。



884: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/24(金) 23:53:15.22 ID:5Ejejadg0



 『頑張ろうね、砥信お姉さんっ!』


 無邪気に笑った少女の顔が浮かぶ。



 『私一人で十分よ。

  ……これは、私の問題だから』


 冷たく、寂しげに笑った顔を思い起こす。



 『僕でよければ、力になります。
  御坂を……僕の友達を助けることにつながるんですよね?』



 弱々しくも芯の通った、強ばる笑みを思い出せ。




885: 寝落ち…… 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/25(土) 06:43:05.11 ID:1tPi/bNg0



 フッと、そこまで考えてから布束は笑った。


 (……なんだ、簡単なことじゃない)


 彼女の様子を不審に思ったのか、絹旗はより強く腕を捻り上げる。

 だが、


 (私は、あの子たちを助ける。
  ……邪魔は、させないッ!!)

 「なっ!?」



 その拘束は、既に意味を為さない。

 痛みを利用した拘束は、逆に言えば。

 ・・・・・・・・・・・ ・・・・・
 痛みを受け入れることで、抜け出せるのだから。



886: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/25(土) 06:43:41.88 ID:1tPi/bNg0



 布束の取った行動は、至極単純だった。


 左手の方向に、無理矢理体を捻る。


 ただし、それを後ろ手に拘束された状態で行うとどうなるか。

 答えは、簡単。


 布束の腕の中で、ゴギメギミシギチ!!と破壊の音が連続する。



 「アナタ、超馬鹿ですか……!?
  そんな、自力で腕を折るなんて……」



 掴んでいた絹旗の方が、信じられないといったように目を見開く。


 構わず、布束は白衣から取り出した物を絹旗の眉間に突きつける。



887: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/25(土) 06:44:38.12 ID:1tPi/bNg0



 黒く光る小さなそれ。


 小口径で、ライフルと同じ威力を生み出す怪物兵器。



 「那由他ちゃんから借りておいて、正解だったわ」


 「……っ!」



 左手だけで『暴れ馬』を構えた布束は、反動も気にせず一気に引き金を引く。



 ガァァァァン!!と、部屋を震わせるような音が響いた。


 そして……、



892: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 21:04:43.36 ID:9wWRv3KM0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「まったく……レディーは大切に扱いなさいって習わなかったのかしら?
  そんなことだから、あの年で未だに女性経験が皆無なのよ」


 天井亜雄に連行されてブチ込まれた牢の中で、芳川桔梗はひたすら愚痴っていた。

 本人は単に苛立ちや日頃の鬱憤を吐き出しているだけなのだが、
 後ろ手にかけられた手錠をガチガチ鳴らしながらというのはなかなかにシュールである。

 というか、天井に向けた愚痴の三割ぐらいは自分にも当てはまるブーメラン発言なのだが、
 そんなことは置いといてブツブツ言い続ける芳川なのであった。
 自分のことは棚に上げる、というヤツだ。

 そんな芳川は、腰が痛くなってきたなと石の床から立ち上がり、
 鉄格子とは反対側ーーといっても五メートルほどしか離れていないがーーにもたれかかる。


 彼女がこの監禁部屋に連れてこられたのは、つい一時間ほど前。

 拳銃、しかも軍用の大口径を持った天井に対して、抵抗の余地は無かった。
 そう悟った芳川は、大人しく無抵抗のままエスコートされてきたのだ。



893: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 21:15:13.87 ID:9wWRv3KM0



 (それにしても……まさかここまでのVIP待遇とは、ね。
  あの資料に、そんな重要な意図が隠されていたのかしら?)


 ふと口を止めた芳川は、彼女が拘束された原因でもあるあの資料を思い出しながら、


 (あそこから考えられるのは、木原数多の死因が人為的なものだということ。
  更に言うならば、それに介入したのは収束実験の関係者の可能性が高い)


 抱いたのは、素朴な疑問。

 能力開発とは別の分野においてその才能を認められた彼女の、
 優秀な頭脳がフル回転して答えを探っていく。


 (ここで不審に思えるのは、やはり『あの夫妻』。
  思えば、木原は死んだのに彼らが無傷という時点でおかしい。
  そこに何らかの細工があったと考えるのが妥当ね)


 と、そこまで考えてから芳川は目を細めた。

 彼女は、その『夫妻』とは旧知の仲である。
 友人を疑うということに、些かの抵抗を覚えたのだ。


 (こんなことは考えたくもない。
  でも、事故を起こしたのが二人だとすれば、色々な辻褄が合う。
  ……たとえば、一番分かりやすいのは動機)



894: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 21:19:41.07 ID:9wWRv3KM0



 疑うことしか出来ない自分に苛立ちを感じながらも、芳川は思考を止めない。


 (彼らが、木原の作った『天使の涙』を奪いたかったのだとすれば。
  こうやって事故を起こすのも、実験後『天使の涙』が見つからないのも説明できる)


 考えるにつれ、掌からは汗が滲み出す。

 焦り。自らの仮説に、驚くほど筋が通っている恐怖。


 (あるいは、少しでも関係のあった『絶対能力進化実験』に参加しない彼に、
  別の方面からアプローチをかけた結果だとも考えられる。
  現に、事故の直後に『実験』は再開されているのだし)


 だが何にせよ、このままではただの仮説にすぎない。

 これを断定するにも否定するにも、証拠となるものはまるでない。

 だからこそ彼女は、その『夫妻』に連絡を取ろうとしていたのだが。


 (……まさかあそこで横槍を入れてくるとは。
    ホンットに空気が読めないわねあのダメ中年……)


 ここまできて、天井亜雄への憤りに話がループ。

 またもや愚痴を言ってしまいそうになるが、気を取り直して芳川は考える。

 どうにかしてここから出て、彼らに会わなければ、と。



895: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 21:34:12.71 ID:9wWRv3KM0



 (リスクやリターンの話じゃない。
  わたしは、ただ単に知りたい。彼を取り巻く環境の変化について)


 無駄だとは分かりつつも、両手を動かして何とか手錠を取ろうとする。

 しかし、当然ながら強い合金の鎖はビクともしない。

 彼女の行動は、無意味にガチャガチャとした音を立てるに留まる。

 と、そんな彼女に、かけられる声があった。


 「……何をしている?芳川」

 「?あらダメ中n……天井亜雄。わたしに何の用かしら?」

 「お前、今何か失礼なことを言いかけなかったか?……まぁいい。
  お前に客……いや、面会者、かな?とにかく会いたい人間がいるそうだ。今通す」


 客、という言葉に芳川は眉を潜める。

 彼女が捕らえられてから、まだ一時間。
 そんな短い時間で、情報を手に入れられるものなのだろうか?

 天井は疑わしげな顔の芳川に構わず、客とやらに声をかける。


 「面会の許可が出た。来るなら早くしろ」

 「……えぇ、どうもありがとう」


 そして、細い声とともに芳川の前に姿を現したのは、



896: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 21:53:10.24 ID:9wWRv3KM0



 「あ……っ、」


 芳川は、思わず叫びそうになっていた。

 慌てて口を押さえ、何とか声を飲み込む。


 「?どうかしたのか」


 不審な目で芳川を見る天井に、


 「……いえ。私と会うのが久し振りなので、驚いているんでしょう」


 答えたのは、芳川ではない女の声だった。


 「ふん、そうか。では私は上階で待っている。
  10分以内に戻ってこなければ呼びに来るぞ」

 「……えぇ、ではまた後ほど」


 それだけ言うと、天井はさっさと階段を上って去っていった。
 彼の退席からたっぷり30秒ほどの間を置いてから、女は芳川に語りかける。


 「……おひさしぶり、ですね」


 肩よりも10センチほど下まで伸ばされた黒髪。
 化粧っ気の無い色白の顔には、赤色の眼鏡が乗っている。

 十人並みと呼ばれる程度の外見を持ったその女こそ、芳川が最も会いたかった人物。

 芳川は声が震えないように気を使いながら、柔らかな声で応える。


 「えぇ、久しぶりね。去年の合同実験以来かしら?」


 そして、彼女はその名を呼ぶ。


897: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 22:04:31.34 ID:9wWRv3KM0




   ・ ・  ういの
 「 介 旅  初 野 」





898: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/02/29(水) 22:05:47.04 ID:9wWRv3KM0



 大人の世界に生きる者。


 子供の闘いに活きる者。


 過去を紐解き、未来を切り開く。


 それぞれの役割は、あるべきそれぞれが担う。

    おとな     おとな
 無力な親たちと、権力の科学者。

    こども       こども
 平凡な弱 者と、突き抜けた強 者。


 二つの道が交わることはない。


 ただ平行し、並行しながら。


 物語は進んでいく。


 全知の大人は語る。

 無知なる子供は踊る。


 学園都市という、広く矮小な舞台の上で。



903: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 08:17:23.07 ID:T558VNnn0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (痛っ……ッ、)


 仰向けに倒れた布束砥信は、思わず顔をしかめる。

 両腕に、鋭い痛みが断続的に走っていた。


 (分かっていてやったことだけど……。これは辛いわね)


 拘束を振り解くために自ら折った右腕は、肩と肘の中間辺りから感覚がない。

 残った左腕も、『暴れ馬』の反動のためか動きがぎこちない。
 もしかすると、どこかで脱臼でもしているのだろうか。


 (……あの子、は?)


 倒れたまま、視線を横に動かす。

 数秒もしないうちに、探したものは見つかった。

 それほど離れたところではない。
 床に、血にまみれた茶色の髪が散らばっている。


 「……ごめんなさいね。威力が高すぎて、
  急所を外したとしても死なせてしまうって知っていたから」


 小さな声で謝り、激痛に耐えながらゆっくりと立ち上がる布束。

 彼女は寄りかかるように機械の前に立つと、ほとんど機能しない左手で、
 本来の何倍もの時間をかけてキーを押し、番号を入力していく。



904: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 08:30:46.06 ID:T558VNnn0


 [UNLOCK_端末内のデータを確認中……]


 表示された文字列に、布束はピタリと指を止める。

 まるでそれを合図にしたかのように、画面は次々と表示を変化させる。


 [……確認完了

  同データを検体:Misaka19090thに入力中……完了
  続いて'Misaka-Network'に接続します……]


 流れるように移り変わるメッセージ。

 それらを見て、ようやく布束の顔が綻ぶ。


 (これで、全てが終わる。
  ……いいえ、違うわね。ここが、全ての始まり)


 彼女は笑みを見せながらも、
 これから起こるであろう困難、それに対する解決策を考えて、



905: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 08:38:47.69 ID:T558VNnn0






 [接続がネットワーク側から中止されました]





 ブー、という警告音と共に表示されたメッセージに、彼女は目を見開くこととなる。




906: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 08:47:57.84 ID:T558VNnn0



 それを皮切りに、画面は刻一刻と変化を重ねる。


 [Error]

 [WARNING!]

 [警告]

 [上位個体20001号のものでないコード]

 [検体名Last-Order以外からのコードは受付不可能です]

 [Misaka19090thへインストールされた同コードをデリートします]

 [……システムエラーによりデリートは不完全]

 [システムマスター:天井亜雄へ通達します]



908: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 09:01:32.60 ID:T558VNnn0



 「何だ、これは……ッ!?

  上位個体?ラストオーダー?いつの間にこんなセキュリティが……!」


 驚愕する布束の背後に、さらにそれを加速させる声がかかる。



 「よく分かりませンが……あなたの目論見は超失敗したよォですねェ」


 「ッ!?バカな……っ!!」


 反射的に後ろに振り向く。


 そこにいたのは、




 「ごめンなさいね。
  能力が超強すぎて、急所に当たったところで致命傷にはならないンですよ。
  ……まァ、そこまでの威力だと超痛ェ訳なンですけど」




 額から血を流した、しかし明らかに撃たれたほどの傷を負ってはいない、絹旗最愛。




909: しばらく抜けます 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 09:14:03.33 ID:T558VNnn0



 (そんな……!ただの身体強化能力者に、そんなことができるハズがない!!)


 「あァ、その顔はひょっとして、私のことを超ただの身体強化系だと思ってたとかですか?
  だとしたら超ハズレですね。特別に教えてあげましょうか?私の能力は、」




 「『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。違うかな?絹旗ちゃん」




 「ッ!」



 投げられた声に、絹旗はとっさに腕を交差させて回避行動に出る。

 その瞬間、



 ゴッ!!と、ガラスを破って飛び込んできた木原那由他の蹴りが絹旗を吹き飛ばした。




910: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 12:38:45.30 ID:T558VNnn0


 突然やってきた那由他を見て、場違いとは思いつつも布束は頬を緩める。


 「あら、遅かったじゃない那由他ちゃん」

 「あはは、初矢お兄さんの手伝いに手間取っちゃって」


 対し、壁に叩き付けられた絹旗は、特に痛がる素振りも見せずに那由他を睨む。


 「……超何者ですか。私の能力をすぐに見抜くなンて」


 「見抜いた訳じゃなくて、知ってただけだよ。
  あーくんやおじさんが関係してる実験は、全部教えてもらったからね」


 「っ、というと。『暗闇の五月計画』も超知ってるンですね」


 「まぁね。……でも、やっぱりあーくんの『自分だけの現実』は凄いね。
  どうもあなたのチカラは、私の能力じゃ完全には乱せないみたい」


 気楽そうに言いながらも、那由他は冷や汗を流す。

 絹旗の能力『窒素装甲』は、体の周りに厚さ数センチほどの圧縮窒素を纏い、
 物理攻撃の大半を無効化してしまう能力だ。
 さらに、その鎧は攻撃においても相当の威力を発揮する。

 率直に言ってしまうと、接近戦では勝ち目がないのだ。



911: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 12:39:22.75 ID:T558VNnn0



 「どォしたンですか?超威勢が良かった割には、後退ってるよォに見えますが」


 「あ、バレちゃった?私、勝てない戦いをするほどバカじゃないからさ」

 「じゃあ、やっぱりバカなンじゃないですか?
  こンな逃げ道の少ない場所に入って来てしまった時点、で……?」


 語尾が疑問系になっているのは、彼女自身が気付いたからだ。

 自分の言ったことの、違和感に。


 「……待ってください。超オカシイですね。
    会社の中からここまでは、小さな通路の一本道。
    そこから私に気付かれず忍び込むなンて、超不可能に近い」


 と、なれば。

 考えられるのは。


 「……まさか、機材運搬用の入り口から入った……?
  内部からシャッターを操作しなければ超入れない、あの入り口から……!」


 そこで絹旗は、何かに気付いたように布束に向いて、


 「……そォか、あの時!そこの機材で、入り口を超開いたンですね?」

 「あら、今ごろ理解したの?
  そうよ、その通り。だから、まぁ……逃げ道は広いわよ」



912: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/03(土) 12:41:12.88 ID:T558VNnn0


 布束の言葉に、絹旗は壁を蹴って飛びかかる。

 同時に、那由他が取り出した発煙筒が炸裂した。


 「ッ!?超、煙幕……?」


 煙に目測を逸らされ、見当違いの場所に着地する絹旗。


 「逃げるよ、砥信お姉さん!」

 「えぇ、エスコートをお願い」

 「ッ……そこ、か!」


 足音と声を頼りに、絹旗は腕を振り回す。

 だが、



 「……チィ、超逃げられましたか」


 煙が晴れると、部屋には誰もいなくなっていた。


 ひとまず任務失敗の報をするか、と重い気持ちで出口に歩いたところで、



 「……ん?コレは……?」


 彼女は、床に落ちた分厚い書類の束を見つけた。

 恐らくは侵入者が落としたのであろうそれに軽く目を通し、


 「これはまた、麦野が超喜びそうですね」


 彼女は苦笑しながらそれを取り上げ、再び歩き出した。


917: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:52:06.67 ID:RtKbKIgmo
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「砥信お姉さん、大丈夫?腕……」


夜中――とはいっても街灯の灯りにより読書すらできそうなほどの路地を、走る影が二つ。

そのうちの一人.木原那由他は、並走する布束砥信に気を遣うように声をかけた。

対し、当の布束は痛みに歯を食い縛るような様子すら見せず、
寧ろ何故そんなことを気にするのかといった表情で、

「ええ、大丈夫。問題ないわ。
少し痛むけど、走れない程ではないから」

「……無理しちゃダメだよ?」

「それをあなたが言う?一番ハードな動きをしてるでしょうに」

「う……そ、それはその……」

「言い訳しない。頑張ってくれるのは嬉しいけど、
何もあなたが全部やらないといけないわけじゃないのだから」

「は、はぁーい……って、いつの間にか論点がすり替わってるような……?」


何とも言えない違和感に首を傾げる那由他だったが、どうもその正体には気付けないでいる。

実際のところは、心配されるのを嫌に思った布束が強引に話題を切り替えただけなのだが、
流石そこは心理学者、得体の知れない呼吸法やらなんやかんやで上手いことやっているのだろう。

もっとも、両腕に深手を負い、精神を乱される状態でそんな芸当の出来る人間など、学園都市にも十人といないだろう。
というか、いたら怖すぎる。


「……なーんか釈然としないなー……まーいっか」

「ところで聞きたいのだけれど、私達は今からどこへ行けばいいのかしら?」


首を捻っているところに飛んできた質問に、那由他は若干呆れたような顔をして、


「……お姉さん、何言ってんの?病院に決まってるじゃん」

「いえ、それは分かるのだけどね。病院といっても色々あるでしょう。
こんな状態の患者を確実に受け入れてくれる確証なんてあるの?」

「なんだ、そんなこと?なら心配いらないよ」

「なぜ?」

「あそこの『カエルのお医者さん』なら、絶対だいじょーぶだから。
私の体の機械部分が壊れちゃった時、いっつもお世話になってるとこだもん」

「あぁ、あの『冥土帰し』の、ね」

「そ、そ。ほら、見えてきたよ」


那由他が指差す方向を見れば、なるほどそこには彼の有名な病院が。

ようやく落ち着ける、と顔には出さずとも疲労を蓄積させていた布束が一安心したところで、


「……?救急、車?」

「みたいだね」

横合いからのサイレンの音に、二人の注意が一気に引かれる。



918: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:53:32.53 ID:RtKbKIgmo


別段、なんということはないはずの光景なのに。
そこからは何故か特別な、予感めいたものを感じて。


「君、大丈夫か!しっかりしろ!!」

「ひどく衰弱している模様!至急、集中治療室へ!」


杞憂であってくれと願いつつ。
病院前で、担架に乗せられ車から運び出されるその人物を見て。


「……そんな」

「……ウソ……」


彼女たちは、絶句することとなる。

二の句を継げぬ彼女たちに代わるかのように、一人の医師が呟いた。




「やれやれ。つい先日退院したばかりだというのにね?
君はそんなにこの場所を気に入ってしまったのかな?」




麦野沈利との戦いに辛勝し、そしてその代償として片腕を奪われた、介旅初矢を見て。






919: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:54:18.36 ID:RtKbKIgmo

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?―?―?―?―?―


同時刻。

麦野沈利は、異様に揺れの少ない、重傷人輸送用の特別車で目を覚ました。


「あ、起きましたか。やっぱり超丈夫ですね。
見るからに一番重傷なのに、他の二人よりも早く目覚めるとは」

「絹旗、か……ッ!?」


見下ろす二つの瞳に鬱陶しそうに返答する。
途端、彼女は痛みに顔を顰めた。


「ダメですよ、超喋っちゃ。
肺とか気管支とか……傷付いてるんですから、イロイロと」


心配するような口調に、つい言い返しそうになる。
だが、大きく息を吸えばそれだけで激痛だ。

哀れみはいらねぇぞクソ、と言おうとして、しかし発音できない。

くそが!!とジレンマに身悶えしていると、絹旗はニヤニヤと笑って、


「ほらほら、たまには超素直になって」

「うるせ、……ゲホっ!!」

「ちょ、ちょっと!ホンキでダメですってば!
いつ血吐いてもおかしくないんですから大人しく!!」


麦野を宥めながらも、少々からかい過ぎたと感じたのか、
絹旗はちょっぴり縮こまって、


「……はぁ。じゃあ、状況報告といきますか」



920: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:55:25.31 ID:RtKbKIgmo



「……」


無言で頷いたところをみると、気になって仕方なかったらしい。

あのメガネは?第三位は?きっちりブッ殺したんだろうな?
……とかいう感じで、目が語っている。

そんな威圧的な視線に、うわこれ言ったら怒るんだろうな、と思いつつも絹旗は一言、


「えー、超率直に言いますとですね。
あのヒトタチは、逃がしました。今頃は私が手配した救急車で移動中でしょうね」

「あぁ!?テメェ何を……ゴホッ!」

「お、落ち着いてください!
超ちゃんと理由ありますから!」

「……」


疑うような厳しい目付き。
これは紛うことなく『納得のいく説明はあんだろうな?』だ。
ここで一歩間違えると大変なことになる。
具体的には上半身と下半身がおさらばするとか。

そんな緊張感に、絹旗はうっすらと冷や汗をかきながら、


「見てもらった方が超早いと思いますよ。
ほら、コレです」

「……ァ?」


腕が使えるほどには回復していない麦野のために、絹旗は多少キツイ体勢で書類を広げる。

目の前に出された書類に、寝転がったまま目を通していった麦野は、


「……絹旗」

「ハイ?」

「ナァァァァイス判っ断♪確かにコレは泳がせた方が面白……ッがっ!!?」

「そうでしょやっぱr麦野ぉぉおぉォォォ!?」


あまりの興奮に再び吐血した麦野の元に、非常信号を聞いた乗組員が慌てて駆けつける。

騒ぎの中で床に落ちてしまった書類には、こんなことが書いてあった。





『絶対能力者進化実験について※Nayuta』







921: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:56:12.91 ID:RtKbKIgmo



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?―?―?―?―?―


「うーん……あんまり非科学的なコトは言いたくないんだけど……、
コレは'運命'としか言いようがないよねぇ」

「まぁ、偶然にしては出来すぎているものね」


溜め息を吐きながら、那由他は自らの手の中にあるモノを見る。

小さな手に握られているのは、人間の腕……の『代用品』。
つまりは、義腕。

装着には体の方にジョイントが必要であるため、
正確にはサイボーグの部品といった方がいいが。

しかし、それは那由他の物ではない。

彼女の腕と比べても、明らかにサイズが大きい。
平均的な体格の高校生の腕、といったところだろうか。

規格が合わないのは、別に那由他が好き好んでそうしたわけではない。
とあるルートで手に入れた特別製のそれが、たまたま那由他に合わなかったまでだ。


「私の体には接続不可能。そしてちょうど『右腕』」

「何の巡り合わせかしらね、これは」

「妹達への感情入力は失敗して、『樹形図の設計者』は消息不明。だから、」

「となれば、最も避けたかったプランを実行しなければならない」

「プラン3……『一方通行を、力業で捻じ伏せる』、だっけ」

「そのために必要なソレを、アナタが使えないのなら」

「……それしか、ないよね」


腕を吊った布束と、機械の腕を持つ那由他。
二人は、諦めたように同時に嘆息する。

しばらくの沈黙の後、那由他は呟く。


「ごめんね、初矢お兄さん」


腰掛けたベッドに眠る、介旅に向かって。

寂しく笑って、語り掛ける。




922: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:56:51.30 ID:RtKbKIgmo







「お願い。あーくんを、倒して」





死刑宣告としか捉えられない、その言葉を。






923: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:57:26.85 ID:RtKbKIgmo



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?―?―?―?―?―

『……処分?そりゃ、つまり……』

『了解、しました。戦闘を、続行、します、とミサ、カは、告げ、ます』


何の気なしに臨んだ、『絶対能力者進化実験』の第一回。

そこで一方通行が伝えられたのは、『検体を処分しろ』――つまりは、『殺せ』の言葉。

彼の視界の端で、倒れた『ミサカ〇〇〇〇一号』が、取り落とした武器を拾い上げる。


『……ッ!』


放たれた弾丸が、音よりも速く一方通行の柔肌に触れ、


『……ク、ソがァァァァ!!』


直後、『反射』の設定を組み替えた彼の力で、あらぬ方向に弾き飛ばされる。

ギリギリのタイミングに冷や汗を流した一方通行は、備え付けのカメラに向かって何かを叫んだ。




924: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:58:09.15 ID:RtKbKIgmo




「へぇ」


その様子を眺めていた男は、楽しそうに呟いた。

細身の体に、クシャクシャとした茶髪が印象的な男は、
一方通行の突然の要望に戸惑う職員の肩を叩き、


「おい、今の聞こえただろ?体調不良だから実験中止しろとよ」

「へ?し、しかしあと少しで……」

「白衣サンの悪ぃクセだねぇ。被験者がぶっ倒れたら元も子も無くすぞ?
まぁ俺は見学に来てるだけだし、この『計画』がどうなろうと知ったこっちゃねぇけど」

「……」

「お偉いさん方にとっちゃ、『計画』は重要なんだろ。
万が一にも頓挫なんかしたら……消されんじゃね?」

「……ッ!検体番号一!今すぐ戦闘を中断しろ!!」

「おーけぃ、それでいい」


飛び付くようにマイクを掴んだ研究者を見て、男は満足そうに頷いた。

保身に全力を尽くすその姿を、醜いとは思わない。
そんなこと、とうに分かりきったことなのだから。


「……さーて、と」


椅子から立ち上がり、軽く伸びをした男は気軽そうに、




「数多さんのトコの息子、か。一応挨拶に行っとくかな」




そう言うと、部屋の出口へ歩き出すのだった。





925: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:58:45.90 ID:RtKbKIgmo



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―?―??――?―?―?―?―?
?―?―?―?―?―


「クソが……二万のクローンを殺す実験だと?フザケやがって」


実験場から外に出た一方通行は、誰ともなしに悪態を吐く。

ともすれば、返事など期待していない独り言、
ないし自分に向けた言葉とも取れるようなものだったのだが、


「そーそー。科学者ってのはどっか頭が狂ってやがるよな。
……って、俺も科学者なんだよな……ハハ」

「……誰だ」


何気ない呟きに返事をした……言わばツイートに対しリツイートしたのは、
痩身に傷んだ茶髪、顔立ちに全く似合わない白衣という格好の男。

一方通行は突然現れた男に警戒しながらも、
暇潰しにはなるかと会話を切ろうとはしなかった。


「んー、そうだな。
さっきのキミの要望を、クソッタレな研究者に呑ませた人間だよ」

「あァ?……オマエが?いったい、なンのために」

「何の為、って言われてもなぁ。
今度『とある実験』でお世話になる、木原さんの息子だったから……ってトコかな」

「今度の実験……ってコトはオマエ、『AIM拡散力場収束実験』に参加する……」

「そうそう。……ありゃ、まだ名前言ってなかったっけ」


と、そこで男は一度言葉を切って、




926: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/16(金) 11:59:40.62 ID:RtKbKIgmo







「申し遅れたね。俺は介旅破魔矢(はまや)。旅を介して魔を破る矢、と書く。

妻の名は初野で、長男は初矢、次男は継矢(つぐや)。

どこかで会ったら、その時はよろしく頼むよ」








933: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:07:58.89 ID:vRZL+NBUo





【木原那由他の日記――とあるコンピュータに納められていたデータより】





934: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:08:27.28 ID:vRZL+NBUo





・約7年前(抜粋)





935: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:09:34.22 ID:vRZL+NBUo




〇がつ×にち、はれ

きょうは、ひさしぶりにあまたおじさんにあった。

かみのけをわしゃわしゃーってなでてもらった。
らんぼうだけど、いたくなくってきもちいい。なんでかな?

きいてみたら「それがおれの『きはら』だ」だって。
うむむ、よくわかんない。

せかいには、わたしのしらないことがいっぱいある。




936: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:11:02.94 ID:vRZL+NBUo




〇がつ△にち、くもり


げんせいおじいちゃんのところにいったら、てれすてぃーなおばさんにあった。
おばさんはいっつも「おばさんじゃねぇ、おねぇさんだ」っておこってくるからきらい。

おばさんはおばさんなのにねぇ。

えんしゅうちゃんは、「それが『おんなごころ』なんだよ」っていってた。

『おんなごころ』ってなんだろう。
えんしゅうちゃんにきいたら、しらないっていってた。

ぜんぜんかんけいないことだけど、えんしゅうちゃんはひらがなをまちがうことがある。
わたしよりおねえさんなのに、ふしぎ。




937: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:11:38.17 ID:vRZL+NBUo




〇がつ□日、あめ


きのう、おじいちゃんのうちでねむっちゃったから、おとまりさせてもらってたみたい。
おきたらおじいちゃんのかおがめのまえにあって、ちょっとびっくりしちゃった。

おひるになったからおうちにかえろうとしたら、またてれすてぃーなおばさんにあった。
ふつかつづけてあうなんて、ついてない。

「こんにちは、おばさん」ってあいさつしたら、「おねぇさんだ!」ってげんこつされた。いたい。
ないてたら「うるせぇんだよ」ってもういっかいなぐられた。

たんこぶになっちゃうかも。




938: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:12:09.26 ID:vRZL+NBUo



〇がつ◎にち、くもり


あまたおじさんにあった。いっしゅうかんぶり。
きのうなぐられたことをはなしたら、なんだかこわいかおになってた。

しんぱいして「おじさん、だいじょうぶ?」っていったら
「おじさんはだいじょうぶだけど、おばさんはだいじょばないかもな」って。

わらっていってたから、たぶんだいじょうぶだとおもう。
でもやっぱりしんぱい。わるいことするときのえがおだったから。

たんこぶにはなんなかった。よかった。




939: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:13:09.04 ID:vRZL+NBUo



■がつ▽にち、あめ

てれすてぃーなおばさんがうちまでやってきた。
なんのようかとおもったら、あやまりにきたんだって。

おけしょうでごまかしてるけど、よくみるとかおにあざがあった。
なにがあったんだろ?




940: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:13:54.82 ID:vRZL+NBUo



・約三年前(抜粋)




941: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:15:22.46 ID:vRZL+NBUo




●月△日、くもり、のち晴れ

朝、数多おじさんから電話がきた。

「会わせたいヤツがいる」って。

そんな、お見合いみたいなコト言われてもねぇ……。
まぁ、おじさんが言うんだから面白い人がいるんだよね。

少なくとも、乱数おじさんの寒いシャレよりは。

今日はいそがしいから、明日行くことにした。




942: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:15:52.03 ID:vRZL+NBUo




●月□日、快晴

おじさんの家にいたのは、見知らぬ男の子(最初は女の子に見えた)。

無口で、ぶあいそな子だった。私より四、五歳くらい年上かな?
どうやら、おじさんが今度あずかることになったんだって。

おじさんは、私が前「お兄ちゃんがほしい」って言ったのを覚えてたんだね。

……肌が真っ白で、キレイ。顔もカッコイイ……かな、うん。
足も長い。でも、体は細い。男の子なのに、私より細い。

その子の名前は、アクセラレータっていうらしい。
アクセラレータお兄さん、だと長いからあーくんって呼ぶことにした。

あーくん。……うん、いいひびき。




943: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:16:29.80 ID:vRZL+NBUo




●月◎日、晴れ

昨日に引き続き、数多おじさんの家に行った。
……あーくんに会いに行った訳じゃないもん。ひまだったからだもん。

おじさんに聞いたんだけど、あーくんは超能力者のそしつを持ってるんだって。
すごいね、って言ったら、あーくんは少し恥ずかしそうだった。
白いから、顔が赤くなるのがすぐわかっちゃう。

能力名は『一方通行』……って、それ名前じゃなかったの?

名前をわすれちゃったから、しかたなく能力で名のってるんだとか。

なんだか、かわいそう。



944: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:17:01.26 ID:vRZL+NBUo




・約一年前(抜粋)





945: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:18:35.81 ID:vRZL+NBUo



☆月×日、曇り

今日は面白いことがあった。

路地裏を抜けようとしたら、スキルアウトに絡まれた。結構いるもんだね、  コン。
まぁ当然、護身用紐付きダンベル(十キログラム)を振り回そうとしたんだけど……

そこで、その中の一人が誰かに吹き飛ばされた。

私も含めて騒然とする路地裏。
その空気をブチ壊すように、不良たちが次々と宙を舞う。

そして、私以外の全員が気絶したところで、ようやくそれが誰の仕業か分かった。

誰だと思う?

それはね、 あーくんだったの。

数多おじさんに言われて、私を迎えに来たんだそう。
……確かに、今日は数多おじさんの家に泊まりに行く予定だったけどさ。

迎えが必要だなんて、言った覚えはないけど。

でも、おじさんはそれだけ私のことを心配してくれたんだ。嬉しい。




946: ちょっと中断 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:19:39.80 ID:vRZL+NBUo



☆月★日、曇り

昨日書き忘れてた。

久し振りに会うあーくんは、随分と大きくなってた。
声も低くなってたし、顔もちょっと大人っぽかった。

でもまだまだ女の子みたいだし、細い。
ダイエットを気にし始めた私としては、うらやましかったり。

泊まりに来たのは、私に格闘を教えてくれたおじさんに、自主練の成果を見せるため。

……結果?ボロボロだよチクショウ。




947: 再開 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:40:14.89 ID:vRZL+NBUo






・数ヶ月前(抜粋)





948: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:40:55.86 ID:vRZL+NBUo




◆月☆日、雨

……嘘でしょ?

数多おじさんが、亡くなった?

病理おばさんの、嘘つき。

諦めなさい? それが現実だ?

私は認めない。何かの間違いだ。




949: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:41:32.08 ID:vRZL+NBUo






◆月◇日、豪雨

お通夜に行った。


だめだ、もう何にも考えられない。






950: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:42:07.21 ID:vRZL+NBUo




◆月〇日、霙

あーくんが『実験』を始めた。

私はとめた。でも聞かなかった。


……いやだ。イヤだよ、あーくん。

私のお兄ちゃんだった優しいあーくんは、どこに行っちゃったの?





951: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:42:43.83 ID:vRZL+NBUo




◆月■日、曇り

あのおじさんが、事故なんかで死ぬわけがない。

そういう可能性を、片っ端から叩き潰すのがおじさんだ。


となれば、考えられるのは人為的な……殺人。


私は、絶対に真実を見つけてみせる。





952: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/03/24(土) 12:46:09.60 ID:vRZL+NBUo





(日付不明)


ようやく見つけた。

とある場所に遺された、数多おじさんの遺志と遺品。

ここを隠し通してくれた『猟犬部隊』のみんな
ーーヴェーラおねえさん、ナンシーおばさん、ケインズおじさん、デニスおにいさん、その他にもみんな、ありがとう。

そして、見つけた真実は。



……あぁ、



(日記はここで途切れている)







962: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:34:48.43 ID:1WcrGhSko


――――――――――――――――――――――――――――――――――
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(……ここ、は……)


介旅初矢が目を開けると、その先にあったのは白い天井だった。
ほんの数日前と同じ光景に、タイムスリップしたかのような錯覚を感じる。

しかしよく見ると、隣に一メートルほど離れたところにはもう一つベッドが並んでいた。
カーテンで仕切られてはいるが、隙間から見える備品などを見るに女性のようだ。

同室に異性の患者同士を入れることなんかあるんだな、と納得しつつ、
彼は思考を現状の確認に回す。


(何でこんなところに……って、そうか、僕はあの後……)


ぼんやりとした頭で、昨夜の一戦を思い出す。

閃光。爆発。鮮血。激痛。

あまりにも非現実的すぎて、実感の湧かないビジョン。
そして、自分が確かにそこにいたのだという不思議な感覚。

そんなもやもやとした思いのまま、彼はふとその象徴である自分の右肩に視線をやると、





963: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:35:40.07 ID:09BViB2Ho






「………………は?」



・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこには、まるで何事もなかったかのように右手がくっついていた。






964: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:37:37.87 ID:8dRHODDCo



「あら、お目覚め?」


混乱する介旅に、横のベッドから声がかかる。

カーテン越しにでも分かる、その大人びた声の主は、


「え……ぬ、布束さん!?」


言った途端、開閉ボタンのようなものを押したのだろう、機械音と共にカーテンが開く。

そこにいたのは、ゴスロリのようにあちこちにフリルをあしらった寝間着姿の布束砥信。
彼女は、吊られた両腕を示すように少し動かして、


「Yes、正解よ。昨日少しミスをしてしまってね。
……by the way,何か聞きたいことでもあるのではないの?」

「聞きたいこと……?」

「えぇ。for example,その右腕のこと、とか」

「……知ってるん、ですか?」

「Of course,それを用意したのは私達だからね」

「用意?」


人体に使うのは不適切と思われる言葉に、介旅は眉を潜める。

対し、布束は当然のように軽く頷いて、


「簡潔に言いましょうか。その腕はね、機械仕掛なの」



965: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:41:05.91 ID:LmNulOJpo



「……義手――いや義腕、ってことですか?」


回りくどい説明を自分なりに噛み砕き、問いかける。
布束は、少し考えるような仕草をし、


「well……装着というよりは、接続に近い付け方だから……
どちらかというと、そうね。サイボーグと言った方が正しいかしら」

「………………………………はい?」

「おや、聞こえなかった? サイボーグよ、サイボーグ。
それとも言葉の意味が分からない?」


もちろん知っている。

小さいころ、語感に憧れたあのサイボーグだ。
機械の体で悪者を薙ぎ倒す、あのサイボーグだ。

しかし、単語の意味が分かるからといって言葉の意味が分かるわけではない。
自分が寝てる間にサイボーグになったと聞かされてはいそうですかと納得できるものか。


「えっと……、それはあれですか介旅初矢は改造人間である的な?」

「そんなところね」

「……」



966: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:41:54.15 ID:LmNulOJpo



冗談混じりに言ったのに真顔で答えられて、ちょっぴり傷心気味の介旅である。

ショックでなんか固まってしまった介旅にフォローを入れようと、布束は珍しく慌てながら、


「ば、but,機械になっているのは右肩から先だけだから。
高性能な義腕だと考えてくれても問題はないわ」

「結局はそうなるんですか……」


呟いて、再び視線を右に向ける。

手術衣に隠れているため、継ぎ目になっているであろう右肩は見えない。
だが少なくとも、そこから伸びる骨格や筋肉など、
おおよそ人体の構成物であるものの再現は出来ているようだ。

下手な義手などよりは、確かに人間らしく見える。
いや、むしろ注意深く見なければ本物の腕と区別がつかないレベルだろう。

とはいってもまだまだ発展途上の技術であるため、
汗や日焼けなど、不自然さを出してしまう要素は多くあるのだが。


「……まぁ別に、いいんですけどね。便利そうですし」

「ふふ、良かった」


満足げに微笑む布束。

つられて介旅も笑おうとするが、ここで気になることがひとつ生まれた。




967: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:43:02.62 ID:LmNulOJpo



「……あれ? なんで僕にこんなものを。
よくわかんないけど、値が張るんじゃないですか、こういうものって?」


それを言うと、布束は少し困ったような顔をして、


「hmm……そうね、強いて言うなら"ちょうど良かったから"、かしらね」

「ちょうど良かった?」

「そう。詳しくは、後で話しましょうか」

「後……って」


言葉の端に不穏な響きを感じ取った介旅が、繰り返すように聞き返す。

問いに、布束は口角を上げ、自嘲気味に笑んだ。





「那由他ちゃんが来たら、話し合いましょう。
私のしてしまった失敗と、あなたに託された未来のことを」





968: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:43:46.01 ID:LmNulOJpo


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「……さて。どうしたものかしら、ね」


学園都市某所、とある研究所の地下にある隠し部屋にて。

芳川桔梗は、何度目かの溜め息を吐いた。

彼女の頭を廻っているのは、昨夜、介旅初野から伝え聞いた『真実』。

数ヶ月前の事故――否、事件の。
当事者だからこそ知り得た、その実態。


『……まず話しておきましょう。
予想はついていたでしょうが、あの爆発事故は……私達が故意に起こしたものです』

『っ、ということは……!』

『……はい、その通り。

――木原さんの死因は、私達にあります』


あの女は、彼女の旧友は。

眉一つ動かさずに、言い切った。

木原数多の死。
ひいては、今なお続く『実験』の引き金。

それを引いたのが、己である、と。




969: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:48:29.70 ID:ag3YHTqWo


(……ッ、)


初野の話したことが本当なら、と芳川は思う。
絶対に止めなければならない。この、負の連鎖を。

だが、具体的にどうやって?

滑らかに廻る思考が、そこで急に止まってしまう。

至極当然のことであろう。
彼女に、この牢から逃れる術はないのだから。


(彼女は、『あなたに伝えることに意味がある』と言っていたけれど……、
わたしにあの話をして、いったい何の意味が……?)


と、芳川が何度目かの思考の渦に浸ろうとしていた時だった。





ッ――ガァァァン!!と突然、部屋の奥、鉄格子の向かい側の壁で何かが炸裂した。





970: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:49:31.85 ID:+13+2J+9o



(なっ……爆弾!?)


突然の爆風と光。

慌てて身を屈めながら、芳川は即座にその正体を看破する。

そして正確に言うならば、それはC4爆弾。
たったの百グラムで、鉄筋コンクリートのビルを吹き飛ばせる代物だ。

至近距離にいた芳川が傷を負わなかったところを見ると、
爆発したのは微々たる量であるようだが……、


ゴゴゴガガガァン!!と、上階からも似たような音が連続する。

この様子では、外からも異常が丸分かりだろう。


(熱っつ……! なぜこんなところに爆薬が!?
……いや、どう考えても彼女が仕掛けておいたものに違いないわね。

……でも、何のために?わたしを助けるため?でもあの位置じゃ、この檻は破れないし……、)


疑問の答えは、すぐに出た。

というのは、彼女がその理由に思い当たったからではなく……、



971: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:51:29.69 ID:SOvuDBsQo



「な、何事だ!?」

「爆弾です!何者かの手によって、爆弾が仕掛けられていました!!」

「機材は無事です!火の燃え広がりもなく、実質的な被害はほぼゼロかと!」

「そ、そうか。なら良かっ……」



「警備員です!今の爆発は何ですか!?」

「そのような実験の許可は出されていないぞ! 調査させてもらう!!」

「コトと次第によっちゃ、テメェら全員危険物取り扱い条例違反で逮捕じゃん!!」



「「「っ!?」」」


「警備員だと!?いくらなんでも到着が早すぎるぞ!?」

「いやー、付近で凶悪事件の捜査してたもんで」

「チィッ、運が悪い……!」

「いやちょっと待て!捜査段階なのに完全武装してるわけねぇだろ!!」

「ッ!?まさか貴様等、最初からココを張って――!?」

「じゃあ、この爆発も仕組まれてたってのか!?」

「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせぇじゃんよ!
さっさと地下し……内部の捜査させな!!」

「おいテメェ今地下室って言いかけただろ!?」

「クソ!明らかにグルだチクショウ!!」

「さぁね。私はただ単に、『ここの連中が危ない実験してる』ってタレコミ受けただけだし?
グルだのなんだの、難しいことはわかんねーじゃーん」

「じゃあ何で地下室の存在を知ってんだよ!?」

「あぁ、そのタレコミしてくれた人と世間話しててさー、
たまたま地下室の話題になったから。……とかいう理由でどうじゃん?
つかどいてくんね、早く友達を助けたいんだけど」

「もはや隠す気ねぇだろオイこらアマァ!!」

「うるっせぇんだよ!黄泉川先輩のお通りだ道を開けろボンクラァァァァ!!」

「ぷぎぃ!?」





972: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:52:24.03 ID:ai7lmqM3o



入り口の辺りから聞こえてくる喧騒に、芳川の頬が僅かに緩む。

学生時代の友人の、真剣で楽しそうな声。
その声に、昔のバカ騒ぎを重ね合わせながら。



(……介旅初野。これも、あなたの考えの内、ということかしら。
……だったら、お礼をしなくてはならないわね)



恐らくは数分後に再び目の当たりにすることとなる、『優しい』笑顔を思い出して。




「やってやろうじゃないの。

……わたしは伝える。真実を、あの子に!」




973: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:53:34.25 ID:09BViB2Ho


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【数ヶ月前】


「んじゃ、俺は仕事があっから」

「おォ、じゃあな木原クン」


子供らしく無邪気に笑い、手を振る。
そんな一方通行――自分の養子の姿を横目で見てから、木原数多は部屋のドアを閉める。



途端、その顔から洗い流すように笑顔が消え去った。




974: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:54:59.68 ID:DXOOLTOEo



彼は、即座に白衣のポケットから携帯電話を取り出す。
すると直後に、まるで計ったかのようなタイミングで着信があった。


「何の用だ」


画面を確かめることもなく、木原は開口一番、殺気を込めて言い放つ。

一般人ならそれだけで失禁してしまうレベルの威圧。

だが、


『言わなければ分かりませんか?』


電話の相手は、それを何事もなかったかのように受け流した。

歴戦の戦士……というよりは、機械のような冷徹さで処理されている感覚。
苛立ちを隠そうともせず、木原は続ける。


「……俺の邪魔をする気か」

『邪魔とは心外です。大体、我々の邪魔をしようとしているのは貴方の方でしょう。
我々はただ、正当防衛をするまでですよ』

「お前らの、邪魔? オイオイ、俺がしようとしてんのは『実験』の妨害なんだが?
上層部のお偉いさん方にはなぁんの関係もねぇと思いますけどねえぇぇ?」


侮蔑を表すため、電話口に向かって思い切りバカにしたような表情を作る。

音声通話なので見えているはずもないのだが、
どうせ上層部専用の特殊回線でも使って映像を見ていることだろう。



975: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:56:34.21 ID:z4dF4kzDo



『もう一度聞きますよ。わざわざ言わなければ分かりませんか』

「ハッ。大層ご立派な『プラン』だなぁ、オイ」

『そもそも何故、貴方は妨害などを?
一方通行本人が拒絶の意を示しているのなら、貴方が出張る必要は皆無かと』

「それこそ、わざわざ言わなきゃ分かんねぇか?」

「……」


悪趣味な意趣返しに、電話相手は言葉を失ったように黙り込む。

木原は相手からの返答が無いのを見ると、顔に意地の悪い笑みを浮かべ、



「まぁ、テメェが言わねぇってんなら俺は答えてやるけどよぉ。

……例えあのガキが断ったところで、テメェらクズ共は強制的に『実験』をさせる。
間違いなく、な。手段としては、街中で突然襲わせる……ぐれぇか?」

『……さぁ? 私は「実験」の担当ではありませんので』

「担当じゃなかろうと分かんだろ、そんぐらい」


まぁとにかくだ、と木原は言って、



「ウチのガキが絶望しちまう可能性が、ほんの少しでもあんなら。俺は全力で叩き潰すぞ。
主導者はあのエセ外人だな? 初期段階の今なら、アイツをブチ殺せばそれで終わるだろ」



976: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 17:59:03.38 ID:DXOOLTOEo



口を挟むことを許さない、一方的な通達。

有無を言わさぬ言葉に、説得は不可能と悟ったのだろう。
電話相手は、仕方ないですね、と溜め息を吐いて、


『そちらがその気ならば、こちらも対処させて頂きましょう。
貴方の管理するのは「猟犬部隊」でしたね。
ではこちらは「白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)」あたりが無難でしょうか』

「……ッ、あの  ガキ共か」

『「尖った超能力者より、安定した大能力者」をコンセプトに作られた能力者達です。
単騎の戦闘能力は、第三位の超電磁砲と渡り合えるクラス。
……「猟犬部隊」程度では勝ち目がないかと。止めておいた方が賢明では?』


電話を握る手に、思わず力がこもる。

交渉でも説得でもない。
これは脅迫だ、と木原は考える。

『白鰐部隊』。
繊細な調整によって全く同じ能力を手にした、少女達の集団。

彼女達の能力『油性兵装(ミリタリーオイル)』は、石油の精製物を自在に分解・再構築する。
つまり、現代兵器を扱う『猟犬部隊』にとって最悪の相手なのだ。

どんな最新兵器を持ち出したところで、素材に分解されしまっては意味がない。
事実を淡々と確認し、木原は大きく舌打ちをする。


「……クソが」


『貴方ほどの人材を失うのは、こちらとしても手痛い。
ここは退いていただけませんか』



静かな言葉と共に、通話が切れる。





「…………」


携帯から流れる、平坦な音を聞きながら。

春先の肌寒い廊下、木原数多は拳を握り締めた。



977: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 18:00:47.02 ID:0inxgUego


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「へ……?」



正午。

清潔感溢れる病院の一室で、ベッドの上に身を起こした介旅初矢は自然と声を漏らしていた。

隣のベッドに腰掛ける布束砥信は、とても申し訳なさそうな顔をする。
一方、何故か介旅の横に座った木原那由他は、期待するような眼差しで口を開いた。


「だからね、初矢お兄さん」


再度確認するために、少女はもう一度口にする。

何気無いことのように。
しかしよく見れば、不安の混じった表情で。


「砥信お姉さんはね、計画を失敗しちゃったの。
……いや、情報不足のせいで、計画自体が破綻してたって方が正しいかな」


とにかくね、と那由他は呟く。

その視線が、介旅のそれと交差する。


「『実験』を止めるために、私達が出来ることは一つだけ。
そして、それが可能なのはお兄さんだけなの。だから、」


続く言葉を躊躇うように、那由他は俯く。

介旅はゴクリと喉を鳴らし、その先を待つ。

やがて意を決し、那由他は口を開いた。


「残酷な要望だっていうのも、無茶な要求だっていうのも分かってる。
――けど、これしかないの! だから、お願い!!」


今一度、那由他は顔を上げる。

介旅の眼を見つめ、ハッキリと口にする。



978: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/09(月) 18:01:30.14 ID:TrtnIa6zo







「あーくんを……一方通行を、力ずくで止めて欲しいの!!」






983: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:24:11.68 ID:zFoOxCRjo


自分の眼を真っ直ぐに見つめる那由他の言葉に、
おいおい、と介旅は苦笑する。

何の冗談だよ、と。

一方通行と……学園都市で最強の能力者と、戦う?
こんな、どこにでもいるような、平凡な能力者の自分が?

聞き間違いか、もしくは幻聴の類ではないのか。
思考が、未だに現実を認めようとしない。



「……冗談……とかじゃ、ないんだよな?」

「冗談じゃあこんなこと、言えないよ」

「……そっか」


984: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:25:00.99 ID:2dEcdcZuo


普段通りの無邪気さを装い、表情の強張りを隠そうとする那由他を見て、直感する。

この子は今、とても怖いんだろう。


今まで信じてきた相手に、無茶を頼むことが。
それが断られて当然だと思っているからこそ。

ここで介旅が断れば、那由他にはそれを引き留められない。

昨日のように、説教をすることも敵わない。
彼女自身が、断りたい気持ちを理解できてしまうのだから。

なまじ頭の良い利発な少女であるために、自分自身の無理を通そうと思えないのだ。


介旅は思う。

自分はやっぱり、この子を助けてあげたい。
それが美琴を助けることに繋がるのだから、尚更だ。


・・・
だけど。

・・・・
それでも。



985: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:25:39.70 ID:JJpMEfylo


(無理なものは、無理……だよな)


だから、介旅は言う。

これ以上、無駄に少女を苦しめないために。

その意志を、はっきりと伝えるために。



「……悪いけど、無理だな」

「……っ、」


言うと同時、那由他の顔が、今にも泣き出しそうに歪む。

そこに追い討ちをかけるように、介旅は続ける。



986: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:26:17.30 ID:0YFq6SSHo





・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
「そんな少ない情報じゃ、無理に決まってる。もっと詳しく聞かせてくれ」






987: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:27:04.76 ID:jL26p4/Qo



「……へ?」


俯いた顔が、上がる。

日本人離れした色の両眼が、介旅を再度見つめる。


「ほら、僕って臆病だからさ?
作戦とか、そういうのをきちんと聞いておきたいんだよね」


介旅は気楽に言う。

自分の言っていることの意味を正しく理解しておきながら、それでも自然体で続ける。


「……初矢、お兄さん?」

「わざわざ三人集まったんだ。作戦会議でもするつもりだったんだろ。
だったら、早くしよう。時間が勿体無い」


消え入るような声を無視して、言う。

肩を竦めて、おちゃらけて。

何気無い会話をするように。
那由他が、少しでも責任を感じないようにするために。



988: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:27:35.12 ID:0YFq6SSHo


「学園都市最強、か。ラスボスには打ってつけじゃねぇか。任せてくれよ。
汚い手だろうが策略だろうが、何だって使ってやる」

「お兄さん……? えっと……自分の言ってること、分かってる、の……?」

「もちろん、分かってるさ」


そして、告げる。

自分で決めた、己の道を。

静かな、けれど力強い芯の通った声で。



989: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:28:02.01 ID:5W3TJ1KBo





「アイツは……一方通行は、僕が止める」





990: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:29:49.27 ID:Z6WP9gtKo


「本当、に……?」

「嘘じゃあ、こんなことは言えないさ」


介旅は笑う。

重い左腕を動かし、那由他の頭に乗せる。
サラサラとした金の髪を、優しく撫でる。

いつの日か、泣いて帰ってきた弟にそうしたように。


「……ぁ…、…」


張り詰めていた気が抜けたのか、小さな口から小さな吐息が漏れた。

そうして那由他を落ち着かせてから、呑気な表情で介旅は口を開く。



「さぁ聞かせてくれ。あるんだろ、作戦?」

「……、うんっ!」


返事はとても元気で、思わずこちらも笑顔になってしまうようなものだった。




引用元: 介旅「新しい世界が来る。僕が君を救う」美琴「……え?」