1: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:01:06.07 ID:nKE2iyndo

虚空爆破事件の犯人・介旅初矢くんって不憫で仕方ないなー……という思いから始まったこのss。
当初は100レス程度で終わると思っていたのにまさかの二スレ目。見通しが甘かった。

前スレはこちら↓

介旅「新しい世界が来る。僕が君を救う」美琴「……え?」 前編 

介旅「新しい世界が来る。僕が君を救う」美琴「……え?」 後編


簡単に言うと、介旅くんが美琴ちゃんのために大活躍する再構成ものです。
アホみたいに主人公補正かかってますので注意。
あと、過去が相当ねじ曲がってるのでそっちも注意。主に木原クン関係で。

その他にも、那由他ちゃん・布束さん・芳川さん・工山くん(笑)などなど登場人物大勢。
風呂敷広げすぎて畳めるか心配なような気がしなくもない。


以下、時系列表。
ここに記されてない出来事もあります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1334458865(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/04/15(日) 12:06:07.56 ID:jjnRFNano

【細かすぎてウザイ☆時系列表】


<三年前>
・一方通行、木原家へ。那由他と知り合う。


<数ヶ月前>
・一方通行、第一次実験を中断。介旅父と出会い、介旅家の面々の名前を聞く。
・この日から一方通行の機嫌が悪くなる。

<その数日後>
・木原、一方通行に説教。
・一方通行の機嫌回復、実験を断る決意。
・木原、自らの手で秘密裏に実験を止める計画をする。
⇒『暗部』からの警告がかかる

<さらに数日後>
○『AIM拡散力場収束実験』が行われる。
・木原数多が、何らかの原因で死亡。

<その翌日>
○木原の死が、『事故』という形で公にされる。
・木原の死を聞かされた一方通行、実験を再開。
・那由他は、独自に事故の調査を開始。

・介旅の両親は、研究のため第十学区へ。
⇒介旅が不良校に転校するハメになる。直後よりイジメられる。



<この期間のどこかで>
・那由他が、木原数多の遺志を聞き、遺品を手に入れる。

・介旅が、両親からお守りを貰う。


<7月11日>
・イラついた介旅が連続虚空爆破事件を起こし始める


<7月18日>
・美琴(と上条)の活躍により介旅お縄につく


<7月19日>
・幻想御手の副作用で介旅倒れる


<7月24日>
・美琴により木山春生が撃破され、幻想御手事件終幕


<7月25日>
○介旅、病院で目覚める。前スレ冒頭。
・カエル医者と黄泉川に出会う。
・その後事情を聞き、詰め所まで強制連行。
・反省文書いたりイロイロ、詰め所生活が始まる。


3: 酉ミスった 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:10:00.50 ID:LHgvIpUUo

<7月26日>
○午前3時ごろ、那由他vsテレスティーナ(以下テレス)
・那由他は右腕と左手首負傷、テレスは駆動鎧が大破
・その後、那由他は治療のためカエル医者の病院へ(実はその途中で介旅にぶつかった)

○午前八時、介旅は鉄装と共に、舞夏への謝罪のため常盤台女子寮にGO
・介旅、美琴と再会。身の上話をする。
⇒その後、美琴とフレンドになり、門限破り罰則の掃除を手伝う

・このあたりで、テレスが警備員に緊急召集をかける

○美琴と介旅、ゲーム勝負。介旅が16戦16勝。
・工山は監視カメラでその映像を見る。
・罰ゲームにより、美琴は介旅とプチデート

・布束が不良による襲撃を受け、助けに来た那由他(怪我は完治)と知り合う。

○公園にて、介旅のための能力特訓with美琴。
・ミサカ一〇〇三二号に出会う。実験に関係するパスワードを聞く。
⇒研究者に会うため、後をつける。というか一緒に行動する。
⇒その後、研究所には帰らないと聞いて解散

○午後六時、テレスが二十三学区を襲撃。
・テレスは[ピーーー]を入手

○最終下校時刻、介旅は詰め所に帰還
・黄泉川の禁煙のためにライターと煙草を預かる
・黄泉川、テレスを止めるため第二十三学区へ。
⇒付けっぱなしのPCを発見した介旅、パスを解読して実験の情報知る
⇒迷った後に実験場へ

・美琴、実験のデータを入手し実験場へ直行

○第九九八二次実験、開始
・ミサカ九九八二号vs一方通行。一方的な虐殺。
・介旅と美琴の見る前で、ミサカが殺害される。
⇒美琴は乱入し、介旅は一時的に目を潰され動けず。
⇒美琴は打ちのめされ、それを見た介旅はランナウェイ。一方通行は去る。

・布束、美琴に自分達との協力を要請するも断られる。

○逃げ出した介旅、途中で那由他と出会う。
・半ば強制的に協力をさせられることに。
・その後オタク狩りに遭うも、戻ってきた那由他に助けられる。
⇒なんかお茶会に誘われたので行ってみる。

・工山、黄泉川のPCにウイルスを送る。

・深夜12時ごろ、帰宅が遅れた介旅は黄泉川に説教される。
↑ちなみに、帰り道でコンビニ寄ってカフェオレ買ってた。

・この辺りから翌日早朝にかけて、 一方通行と[ピーーー]が同コンビニに来店。
ブラックコーヒーとストレートティーを買い占める。

・黄泉川は芳川に、ハックされたことについて相談の電話。

・芳川、木原の死因に興味を持つ。


4: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/15(日) 12:13:25.10 ID:jkdF+gh6o


<7月27日>

○美琴が実験の関連施設を破壊し始める
・『所長』の判断により、『アイテム』に防衛を依頼。

○介旅が、『セブンスミスト』店長に謝りに行く。
・ものっそい簡単に許される。
・おっさんの自分語りを聞いた後、趣味の逸品とやらを貰う。
↑趣味とは竹細工のこと。よって竹製の水鉄砲。

・芳川、木原の『事故』の資料を発掘。

・一方通行、不良に囲まれるも全員半殺し。

○夕方、介旅は那由他たちと共に施設を襲撃。
・介旅の提案の結果、『樹形図の設計者』へ細工するプランはナシに。


<7月28日>

・上条当麻と自動書記の戦いにより、『樹形図の設計者』が破壊される。

・朝っぱらからゲーセンに行った狭川(いじめっこ)、金欠になる。

○昼頃。介旅、コンビニへの謝罪した後に狭川にケンカを売る。
⇒ボコされてメンタル破損。
・那由他から、美琴を助けてほしい旨の連絡。
⇒だが断る
⇒那由他から説教される
⇒やる気を出す

○夜。美琴、製薬工場にてvsフレンダ。
・劣勢のところに介旅が乱入、逆転勝利。

○布束、別の関連施設に潜入成功。
・一緒に行動していた那由他、介旅のヘルプのため一時的に別行動。

○フレンダの救難信号により、介琴vs麦フレ開戦。
・那由他乱入、介旅逃げ出し、滝壺の体晶使用、フレンダの脱落などで
那琴vs麦フレ、那琴vs麦フレ壺、那琴vs麦壺、と対戦カードが変化。
⇒最終的に、戻ってきた介旅が奇襲&秘策により勝利。しかし右腕を喪失。

・芳川、天井によって捕縛され施設に監禁。

○布束、施設奥に潜入。妹達への疑似感情入力を試みる。
・途中、絹旗からの妨害を受けるも入力には成功。
⇒だが、ラストオーダーの存在によりMNWから拒否られる。
・合流した那由他の手で、なんとか逃亡に成功。
・この時、那由他は実験の資料を落とし、偶然にも絹旗がそれを拾う。

・戦いを終えた面々は、病院へ……

・芳川、介旅母から『事故』の真相を聞く。


11: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:32:12.16 ID:5UHQoRXio


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「……ぁ……?」


第七学区。

ビルとビルとの隙間。
人の入る可能性など無いに等しい、暗闇の路地裏。

そこで。

御坂美琴は現実を認められず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「な、んで……」


その先に続く言葉は、彼女自身にも分からない。


何で、道端に落ちてるローファーなんか見付けてしまったんだろう。

何で、その先に細い路地裏があることに気付いてしまったんだろう。

何で、そんなところを覗き込んでしまったんだろう。

何で、その地面に薬莢が落ちているのを見てしまったんだろう。


何で。なんで。なんで、


「なんで、なの……?」


なぜ、もっと奥に行こうなんて思ってしまったのか?
それは、心当たりがあったから。

なぜ、戻ろうとはしなかったのか?
それは、胸騒ぎを押さえつけられなかったから。


目の前に、"こんな光景"が広がっていることは。
予想できていたはずなのに。


「なんで、よ……、『実験』は、終わったはずじゃないの……?」




12: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:33:30.20 ID:5UHQoRXio


美琴の視線の先には。
人影が倒れていた。


それは、輝く茶色の髪を持っていて。


学園都市でも五本の指に入る名門・常盤台中学の制服を身に纏い。


その風貌にそぐわない、無骨な軍用ゴーグルを額に乗せて。




それら全てを、赤黒い血に染め尽くした、ミサカの姿。




「おかしい……こんなの、おかしいよ……」


声が震える。
その背中に、冷たい声がかかった。



「――お姉様?」


「~~ッ!?」




13: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:34:48.77 ID:5UHQoRXio



気が付けば、彼女は無数の『妹達』に囲まれていた。
『実験』の"後始末"に来たのだろうか。


電磁波のレーダーを持つ美琴が、接近に気付けないわけはない。
無意識の内に、認識することを拒否していたのだ。

自分と同じ姿形の存在を。
転がる死体と同じ顔を。


「アンタ達……なんでここに……?」

「何故と言われましても……『実験』の"残骸"の処理です、としか言えませんが」

「残……がい……」


会話の間にも、他の『妹達』は着々と死体の始末をしていく。

ある者は大きな寝袋に骸を仕舞い、
またある者は酸性のスプレーでDNAの痕跡を融かす。

そうやって、一つの死が無かったことになる。
一人の命の残滓が、跡形もなく消え去る。


「何か問題でもありましたか、とミサカは尋ねます。
このまま死体を放置しておけば、一般人に発見される危険があるため、迅速に処理を――」

「……は、あははは……」



14: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:35:30.24 ID:5UHQoRXio



美琴は、俯いたまま静かに微笑う。


あぁ。

この街は、こんなにも。


「お姉様、どうかしましたか?」


いや。

この世界は。私の生きる、この日常は。


「……お姉様?」

「あははははっ……」


――こんなにも理不尽で、暴力的で――――。


「この暑さで熱中症を発症したのでしょうか、とミサカは推測します。
ですが、体温の異常な上昇などは見られませんね……とミサカは自らの考えを改めます。
となると、この不可思議な精神状態は一体……?」



15: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:36:48.18 ID:5UHQoRXio


「……ってオイオイ、なーに失礼なコト言っちゃってんのよ?
私はダイジョーブだっつの」


嫌な考えを取り払うように、明るく笑う。

――でも、まだ道はある。


「そう……ですか、とミサカはいまいち納得できていないのを包み隠して頷きます。
あぁそれと、とミサカは付け加えます。
ミサカはお姉様に一つ忠告しなければなりません」

「いやいや、包み隠せてないから……。まぁいいわ、何よ忠告って?」

「はい。これはミサカ個人ではなく、ミサカネットワーク全体の総意です。
私達がお姉様に要請するのは、ただ一つ」


ミサカは無表情にそう言うと、感情の籠らない瞳を美琴に向け、




「お姉様。もうこれ以上、この『実験』に関わらないでください。
……と、ミサカは全てのミサカを代表しお姉様に伝えます」




「……、っ」


無理矢理作った笑顔が、固まる。

そんな機微に気付くこともなく、ミサカは続ける。


「お姉様は、ミサカ達とは違います。
替えの効かない、ただ一人のオリジナルです。

だから、もう止めてください。
ミサカは、お姉様が危険に晒される事を望みません。
……と、ミサカは『妹達』の共通意見をお姉様にお話ししました」


「…………」


話し終えると、ミサカは応えを待つように口を閉ざす。



16: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:37:58.21 ID:5UHQoRXio


「……」

「…………」




長い沈黙があった。

それを破ったのは、美琴が漏らした小さな笑いだった。


「……、あははっ」


口を押さえる。

笑いは止まらず、輪郭の無い音はやがて言葉に収束する。


「ったく、もう……」


美琴が浮かべたのは、まるで点の悪いテストを親に見付けられた子供のような苦笑。

それでいて、どこかに慈愛を思わせる微笑み。


「なんだ、安心した。アンタ、そんなことも言えるんだ」


ミサカが示したものへの、喜び。

ちっぽけだけど大切な、親心のような感情が美琴を突き動かす。



17: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:38:34.58 ID:5UHQoRXio



「けどさぁ」


口が動く。

言葉が流れる。


そして美琴は、口にする。

それまでの自分を振り切るかのように。

目の前の道を、迷わず進むために。






「妹が、姉のやることに一々口出しするもんじゃないわよ」







18: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:39:11.94 ID:5UHQoRXio



それだけ言うと、美琴は振り返った。

目指すは、路地の出口。

明かりに、その先の僅かな可能性に向かい、彼女は走る。


「……お姉、様……?」


静止の手は、伸ばされなかった。

呼び掛ける声に後ろ髪を引かれながらも、美琴は前に進む。

ミサカ達のために。

いや。

大切な、妹のために。




19: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:39:53.42 ID:5UHQoRXio



ミサカが示したもの。

それは、紛う事無き優しさだった。

人生経験をほとんど持たず、それ故に感情表現に乏しい彼女達の。
打算など混じる余地もない、精一杯の優しさだった。

彼女達は、殺されるしかない自らの運命を呪うこともなく。
挙げ句、その運命を変えようとする美琴の身を案じていたのだ。


けれども。

その優しさが、美琴を追い詰める最後の一押しとなってしまう。


――なんで。なんで、その優しさを自分に向けられないの?


堂々巡りを続ける思考が、やがて答えを導き出した。


――あぁ、そっか。

――この子達には、まだ自分の価値が分かってないんだ。

――死ぬことの辛さを知らない訳じゃない。

――でも、生きることの喜びを。

――知らないんだ。


ならば、と美琴は思う。

知らないのなら、学べばいい。

今すぐでなくとも、いつかは分かる。

だから。


死なせない。

それを知るまでは、絶対に。

これ以上、一人たりとも。



20: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:40:25.91 ID:5UHQoRXio



――分かってる。そんなに甘くは無いことぐらい。


だから、手段は選ばない。


――賭けてやる。安全だって、命だって。


目指すは、第二十三学区。

『樹形図の設計者』との交信センター。


(『実験』の関連施設が幾つあるかは知らない。
潰した端から引き継がれていくなら、意味はない。……、けど。

元凶さえ……大本の『樹形図の設計者』の予言さえどうにかすれば……!)


テロリストの汚名を着せられようが構わない。

それで妹を救えるのなら、喜んで被ろう。

覚悟を決め、美琴は突き進む。


その歩みを阻む者は、未だ現れない。





21: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:41:05.10 ID:5UHQoRXio


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「オイオイ、マジかよ……」


体に残る疲労も顧みず、ひたすら走る美琴。
その姿を、眺める影があった。

人影は頭を抱えると、現実から逃げそうになる思考を強制して三次元に巻き戻す。


「……ていうか、足速すぎるだろ追い付けない……」


面倒臭そうにぼやく彼の"目"は、街の至るところにある。
しかし、"目"を切り換えるために注意を散漫にした瞬間、美琴の姿が消えてしまうのだ。


「……だーもう、これはボクの流儀ではないんだけど……仕方がないか」


人影は一旦全ての"目"を閉じると、別の"目"を開くための準備をする。

今度の"目"が見るのは、学園都市の全体だ。


「ま、コイツなら電磁波に邪魔されることもないかな……っと」


人影の頭の中に、次々と複雑な演算式が浮かぶ。

それと呼応するように、ゆっくりと"目"が開いていく。


「さて、必要なステップは踏んだ。

後は……多少不安だけど、アイツに任せるとするか」



22: 次回予告(仮) 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/04/22(日) 19:48:27.18 ID:5UHQoRXio


「よぉ、久し振り」

――介旅の夢に度々現れる謎の人物 【白衣の男】



「オイ、お前今何してんだ!?」

――街中に無数の"目"を持つ少年 【謎の人影】



「行くしかねぇだろ」

――ありふれた異能力者の筈だった少年 【介旅初矢】



27: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:07:45.23 ID:bMqfTQZRo


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「よぉ、久し振り」

「……またこの夢か……」


介旅初矢は、真っ暗な空間の中に立っていた。

前後左右どころか、上下すら不覚。
床も天井もない、ただひたすらに闇が広がっている。

その中に一つだけ、スポットライトを照らしたように明るく浮かび上がる存在があった。

凶悪な顔に、白衣を纏った男。
服装はまるで研究者のようだが、それにしては体格がゴツすぎると介旅は思う。


「だから夢じゃねぇっつってんだろが。理解力のねぇガキだな。
が だから……ってクソ、音が飛びやがる……」

「……ハァ……どうせ夢に出てくんなら美少女がいいなー……。
こんなオッサンと二人きりの夢とか誰得だよ」

「コッチが何とか頑張って伝えようとしてる時に変な妄想してんじゃねぇ!
ってかお前現実でも美少女が近くにいんだろがウチの那由他ちゅわんとかよぉ!!」

「夢の中だからこそ出来ることってあるじゃないっすかー分っかんないかなぁ」

「お、ようやく会話が成立したな、うん。じゃあ本題に入るが……」

「じゃあ僕そろそろ現実に戻るんで」

「おぉぉぉぉいちょい待てクソガキ!」


何かオッサンに呼びかけられてるけど、ぶっちゃけ何の後ろ髪も引かれない。
これが萌え系美少女だったら話は別だったのだろうけど。

そんなことを考えながら、介旅の意識は徐々に覚醒へと向かう。


「オイ! 早く伝えねぇと間に合わなくなるかも知れねぇってのによぉ!!」

「はいはい、また今度でー」


気の抜けた返事を返す頃には、暗黒の世界はほとんど霞んで見えなくなっていた。

だから、


(……ん? "ウチの"那由他……?)


頭に浮かんだその違和感を解消することは、叶わなかった。




28: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:08:48.54 ID:bMqfTQZRo


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「ん、んぁ……あふ」


ベッドの上で安らかな一時を過ごした介旅は、大きく伸びをする。

時計を見ると、どうやら三時間ほど寝ていたようだった。


「……布束さんは……まだ寝てる、かな?」


横のベッドを見ても、カーテンに阻まれていてよく分からない。
まぁ、返答が無いということは意識も無いということなのだろうけれど。

ともあれ体を起こすと、介旅はぼうっと宙空を眺める。

ぶっちゃけ、やることがない。
暇である。


「あんだけカッコつけといて……なんかなぁ」


呟く介旅。
その体調は、(当たり前だが)万全からは程遠い。

よって、一方通行に挑む前にある程度の療養が必要なのである。


「……こうしてる間にも、『実験』は行われてるかもしれない。早く、しなくちゃ……」


焦りだけが、頭の中で加速していく。




29: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:09:23.11 ID:bMqfTQZRo


だが、思い悩んでどうにかなるものでもない。
ならば気楽に行こう。そう介旅が思い直したとき、


『♪ー♪~♪ーーー♪』

「わわ、ヤベっ……」


唐突に病室に鳴り響いた着信音。
音源は、紛れもなく介旅の携帯だった。


「ah,感心しないわね。病院で携帯電話とは」

「へ?ぬ、布束さん起きてたんですか?」

「アナタの独り言がうるさくて起きたのよ。anyway,早く止めたら?」

「あ、はい……」


不機嫌そうな布束の声に、慌ててベッド脇の携帯へ左手を伸ばす。

少々手間取ったが、なんとか電源ボタンを押して音を止めた。




30: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:09:52.50 ID:bMqfTQZRo



「ふぅ……電源切っとくべきだったか……」

「or,少なくともマナーモードにはしておくべきだったわね。
最近の医療器具は携帯の電波ぐらいじゃ誤作動しないけれど、
不快に感じる人だって大勢いるのだから」

「以後気を付けます……」


もっとも、同室にいるのが布束一人である以上、
その"不快に感じる人"というのは彼女自身のことなのだろうが。

まぁ寝起きは誰だって機嫌が悪いよな、と自分を納得させ、
介旅は未だ着信を続ける携帯をマナーモードに設定し、


「……ん?」


そこで、とある違和に気付く。



31: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:10:29.00 ID:bMqfTQZRo



「……あれ? 僕はさっき、確かに……」


電源ボタンで、着信を止めたはずの携帯が。
消音状態で、変わらず震え続けている。

通常ならば有り得ない動作。
それはつまり、一つの異常の発生を示す。

電子機器に、使用者の意思から外れた作動をさせる。
その技術の呼称は。

・・・・・
「ハッキング? 最強クラスのセキュリティを突っ込んだ僕の携帯に?
そんな事が出来る奴なんて……まさか」


思い当たり、画面を注視する。

通知されている番号は、『292827867524263002010』
明らかに偽造と理解できる、常識的に考えて有り得ない桁数の電話番号。

だが、そこに隠された意味が介旅には分かる。
悪趣味な暗号文が、特殊な思考回路で迅速に処理されていく。

解読時間、僅か数秒。
それとほぼ同時に、携帯の設定が強引にスピーカーフォンに変更され、電話が繋がる。



32: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:11:56.44 ID:bMqfTQZRo



『はぁ……やっと繋がった……っ!』

「お前……、」


流れた声を聞いて、確信する。

それは久しく聞いていなかった、悪友の声。

電話相手は、介旅と同レベルのハッキング技術の持ち主――工山規範。

彼は普段の気障な態度をかなぐり捨てると、
開口一番、叫ぶように言う。


『オイ、お前今何してんだ!?』

「……工山? なんで……」

「sorry,but……ここは病院よ。後で屋上に出て、その時にかけ直して……」

『なんでとか後でとか、そういう問題じゃないんだよッ!!
お前の知り合いが――「超電磁砲」が……っ!』




33: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:12:49.29 ID:bMqfTQZRo


「……、『超電磁砲』、だって? 」

「wao…………」


聞き捨てならないその単語に、介旅は反論の弁を止める。
背後の布束も、同様に口を噤んだ。

二人が静まったことを確認すると、工山はやや落ち着きを取り戻して話し出した。


『……、まず確認しとく。「超電磁砲」……御坂美琴は、お前の知り合いで間違いないな?』

「あ、あぁ……。友達、だけど」


友達、と言う瞬間、介旅は多少顔を赤くした。
未だに不思議な感覚なのだ、友達というのが。

とはいえ、直接向き合っているわけでもない工山に、それが伝わることはなかったが。


『友達……ねぇ。お前がなんでそんな大物と友達なのかは気になるとこだけどな、
まぁ今はそんなことどうでもいいか。話を戻そう。

……率直に言う。あの娘、今トンデモないことをやらかしてるぞ』


「……は?」

「……というと、どういうことかしら?」

『あー……っと、さっきから気になってたんだけど、そこにはもう一人いる感じかな?
あんまり、一般人に話せるような内容じゃないんだけど』

「この人は大丈夫だよ、僕が保証する。
……それより、アイツが……御坂が何をしてるって?」




34: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:13:27.76 ID:bMqfTQZRo


恐らく本人は気付いていないだろうが、介旅の声は相当震えていた。

そこに込められた感情を知ってか知らずか、工山は小さく溜め息を吐き、


『相変わらず、謎の人脈を持ってるんだなお前……。

まぁいいか、本題に入ろう。「超電磁砲」……あの娘は今、とある施設を襲撃しに行ってる』

「施設……?」


介旅の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、新たに引き継がれたという『実験』の関連施設。

昨日のようなことがあるかも知れないのだから、確かにそれは止めなければならない。
だが、何故工山がそんなことを知っているのだろうか?


「工山、お前どうやって……」

『あー……お前の想像してる「施設」とは違うと思うぞ?
あんな有象無象じゃない、ただ一つのオンリーワンだ』

「僕の想像する『施設』、だって……?
お前やっぱり、『実験』のことを知って……!?」

『「実験」だのなんだの、細かい話をしてる場合か?』


疑問の声を、工山は遮る。

だがその返答は、彼がその問の意味を理解しているという証拠に他ならなかった。

しかし、工山がその問に答えることはない。

そんなことは後回しだと言わんばかりに。
その先を伝えることが最優先だと、暗に示して。



35: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:14:01.29 ID:bMqfTQZRo



「……、その辺は後でキッチリ聞かせてもらうからな。
で、どこなんだ、その『施設』って?」

『あぁ、あの娘が向かってる施設はな――』


ごくり、と喉が動く。


『――第二十三学区の――』


「……っ、なるほど、な」


次の言葉を待つ前に、介旅は小さく呟いた。

横では、布束が頭を抱えている。


その先が予測できてしまったから。

美琴の覚悟と、それが水泡に帰す悲劇を、容易に想像できてしまったから。


電話先の工山は、静かにその先を告げる。



36: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:14:35.07 ID:bMqfTQZRo





『――「樹形図の設計者情報送受信センター」だ』



「……だろうな」

「でしょうね……」



想定通りの返答に、もはや溜め息すら出てこない。

ただ額に手を当てて、現実を認めるしかない。


「……、くそ」


最悪だ、と介旅は思う。

布束の計画にも『樹形図の設計者へ細工する』というものはあったが、
それは暗部にコネのある那由他が味方にいたための発想だ。
美琴に、そんなツテがあるとはとても思えない。

学園都市の遥か上空に位置する、『最高の頭脳』――『樹形図の設計者』。
無計画にそんなものに手を出せば、いくら美琴でもテロリスト扱いは免れない。



37: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:15:05.89 ID:bMqfTQZRo



そして、更に最悪なことに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『樹形図の設計者』は、既に存在していない。

那由他の知り合い――『猟犬部隊』からの情報によれば、
かの人工衛星は一昨日の深夜、正体不明の熱源体により機能を停止したということだった。

つまり。

テロリストになってでも妹を救うという、彼女の覚悟は。


全て、無駄に終わってしまうということ。




38: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:15:36.81 ID:bMqfTQZRo



「……さて、どうするの? アナタにはいくつかの選択肢があると思うけれど。
全てを投げ出して逃げる? それとも電話をかけて、止める? 」

「……はは、ヤだな布束さん。最初っから分かってるでしょうに」

『電話すんなら早くしろよ、介旅。
戦闘が始まれば、彼女自身が出す電波のせいで携帯は通じなくなる』

「いや、多分それは無理だ。 アイツのことだ、もう誰にも関わる気はないだろう。
僕なんかが電話をかけたところで、電源を切られるのがオチだ」


二方向からの声に、介旅は力を抜いて首を振る。

全くもって、ナンセンスだ。

そんなチンケな方法じゃ、あの少女を救うことはできない。


だから。

どうせ、できないのなら。




39: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:16:27.78 ID:bMqfTQZRo



「……アナタ……まさか……」


『介旅、お前……?』


「やだな、二人とも。分かってたことだろ?

……僕は、臆病者なんでね。 出来ない。ムリだよ」



不可能と分かっていることに挑戦するほど、無謀じゃない。

出来ないことをしようとするような、勇気もない。




だから……!





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「友達を失うなんて、そんな恐ろしいことを見過ごすなんて、できないよッ!!」





40: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:17:21.56 ID:bMqfTQZRo



「あら」

『へぇ』


感心するような二つの声に、見せ付けるように勢い良く立ち上がる。

身体中が悲鳴を上げるが、意地で無理矢理抑えつける。


『少し見ない内に、だいぶ考え方が変わってるみたいだな。なにかあったのか?』

「いや、ただ気付いただけだよ。このままじゃダメだって」

「さぁ、ではもう一度聞きましょうか。
アナタは、どうしたいの?」


微笑を湛える布束に、介旅はしっかりと眼を見つめ返して、



「どうする、って……行くしかねぇだろ」





41: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:18:15.71 ID:bMqfTQZRo


――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――
――――――

「アイツ、ほんっとに訳分かんない人脈を持ってんのな。
まぁそれを言うなら、このボクもその一因な訳だけど」


数多くのモニターに囲まれた暗室の中で、工山規範は呆れるように笑った。

一員ではなく、一因。
「工山規範」としてではなく、一人の大能力者としての特殊性を思い。


「……っていうか、アイツ本当にどうしちゃったんだ?
あんなヒーロー性溢れる奴じゃなかったと思うんだけどなぁ」


一つのモニターを注視しながら、工山は考える。

彼に起こった変化は、果たして何によるものだったのか。


「……やっぱり、"これ"か?」


そう言って工山が取り出したのは、数枚の書類の束。


そのタイトルは――『「妹達(シスターズ)」を運用した絶対能力者(レベル6)への進化法』。



42: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:18:52.84 ID:bMqfTQZRo



工山がそれを手に入れたのは、単なる偶然の積み重ねだった。


事の発端は、監視カメラの映像に常盤台生と並ぶ介旅を見付けたことから。

不審に思い独自のルートで調査した結果、警備員に身柄を拘束されていることを知った。

そして――工山は、その警備員のパソコンにハッキングをかけてしまった。
それが、最悪の結果を招くこととなる。


そのパソコンには、不自然なアクセス履歴があった。

素人でも確認できるような、"表の履歴"は消してある。
だが、工山のようなハッカーにとってみればそれは消したとは呼べない。

履歴など、いくらでも復元できる。
そして履歴の元にアクセスした結果――彼は知ってしまったのだ。

学園都市の闇で起きている、狂気の実験。
ありふれた都市伝説に紛れていた、とんでもない真実を。



43: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:19:32.32 ID:bMqfTQZRo



だが、彼にはその『実験』を止めようと思うことはできなかった。

当然といえば当然のこと。
『妹達』も『超電磁砲』も、彼には関係がないことなのだから。


知らなければ良かった、と後悔した。

知らなければ、こんな罪の意識を感じずに済んだのに、と。

人が殺されて、それを知ってなお黙っていることしかないなんて。
そんな罪深いことをしなければならないなんて。


だから、街中を疾走する美琴を見たとき、彼は真っ先に介旅に連絡をした。

彼女を助けるのは、自分の役目ではないと思ったから。
罪深い自分ではなく、友達としての介旅がするべきだと思ったから。

事実、その選択は間違ってはいなかったと工山は思う。
介旅が『実験』のことを知っていたのには多少驚いたが、
そもそもあの不自然なアクセス履歴が彼のものだったのだとすれば納得がいく。

兎にも角にも、工山には美琴を助けようという気は起きない。

友達でもなんでもない、赤の他人だ。
そんな人間のために命を投げ打つなんて、馬鹿げている。




44: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:20:05.79 ID:bMqfTQZRo



そう思うも、工山は未だ割り切れずにいた。

本当にそれでいいのか。

――良くない。

直感的に、彼は思う。
このままじゃ、ダメだ。

介旅が命懸けで戦っているかもしれないのに。
自分だけ安全地帯で見守るなんて、有り得ない。

だから工山は、納得できる理由を探した。
赤の他人のためではない、彼自身が満足できる理由を。



45: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:20:47.50 ID:bMqfTQZRo



「……探してみると、意外と簡単に見付かるもんだねぇ。
まさに灯台もと暗しってヤツ?」


笑いながら、工山は再びモニターに眼を投げる。

『黒いゲートウェイ』と呼ばれるハッキング用サーバーを利用して傍受した、
学園都市の監視衛星『ひこぼしⅡ号』のカメラの映像。

最大限まで拡大した画面の中に、信じられないスピードで動くものがあった。

それは、毒々しい紫色の駆動鎧。
片手に銃器らしきものをセットした、明らかに治安維持組織のものではない人型兵器。

それが、真っ直ぐに――明らかに狙いすまして、第二十三学区へと向かっている。



46: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:21:31.04 ID:bMqfTQZRo



「そうだよなぁ。他人のために動けないなら、友達のために動けばいいだけじゃないか。
……介旅――お前がお前の友達を助けるっていうなら、ボクはお前を助けよう」



格好をつけるのを忘れずに、工山は椅子から重い腰を浮かす。

モニターの画像を携帯に飛ばすよう設定すると、直後に彼は窓を開けた。


工山が住んでいるのは、学生寮の三階。

よって、窓の位置も当然のごとく三階である。
ビル風が吹き抜けるなか下を見ると、アスファルトの黒が太陽の光を吸収している。

大通りの割に、不自然なほど車通りの無い道。

工山は携帯の時計を確認すると、


「3,2,1……go!」


タン、と軽く窓枠を蹴ると、外に向かって飛び出した。




47: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:22:08.40 ID:bMqfTQZRo




「ヒャッホウっ!」


誰かが見ていれば、自殺だと止めただろう。

たかが三階とはいえ、設計の都合上地上から十メートル近くは離れている。
人間が死ぬには十分の高さだ。

だが実際には、工山の身体が路上に叩き付けられることは無かった。

なぜなら、


ギャリリリリリッ!!と、タイヤの擦れる音を響かせて。
車体の上にクッションを乗せた大型トラックが、落下する工山を受け止めたからだ。


「おふっ……、さぁ、出陣だっ!」


奇妙なことに、そのトラックの運転席には誰も座っていなかった。

学園都市には自動操縦のバスも存在するが、
それは予めバスのルートが決まっているから出来る芸当である。

道路の状態により臨機応変な対応を求められるトラックでは、まだ実用段階では無い筈だ。

では何故、そんなものが実在しているのか。

当然ながら、それを知るのは利用者本人――
車体の上で座っている、工山規範その人ぐらいのものだった。




48: 投下終了 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:24:58.98 ID:bMqfTQZRo
実は伏線だった工山くん。当スレで最もボランティア精神が溢れてる子。

では、おまけと次回予告(仮)をば

49: おまけ 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:26:51.84 ID:bMqfTQZRo


介旅「行くしかねぇだろ」


布束「ふんっ」ゲシッ


介旅「痛ったぁッ!?」


布束「敬語」


介旅「……」



50: 次回予告風な何か 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/05(土) 08:33:40.18 ID:bMqfTQZRo




「止まって貰おうか、御坂君」

――学園都市の暗部組織『メンバー』のリーダー 【博士】


「邪魔よ。どいて」

――妹のため奔走する、学園都市第三位の超能力者 【御坂美琴】


「引いて頂けると、有り難いのですが」

――『メンバー』の構成員で、強能力者 【査楽】



57: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:40:50.19 ID:x//6gudIo


――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――

――PM 3:15、第二十三学区――


「……何よ、アンタ?」


御坂美琴は、不機嫌そうな声で問い掛ける。

対し、その声の先に居た人物は、苦笑しながら口を開く。


「我々が何者なのか、という点については語る必要はないさ。
『メンバー』とだけ言っておこうか。
そして、重要な用件の方は……分かっているだろう?」


白髪の男の言葉に、美琴は聞こえよがしな舌打ちをする。

男の後方に目をやれば、そこには巨大なアンテナを持つ建物があった。

それこそが、美琴の目指していた『樹形図の設計者情報送受信センター』なのだが……、


「……、やっぱり、簡単には通してくれないってわけね?」

「あぁ、そうだ。無理だとは思うが、一応お願いしておこう。
……止まって貰おうか、御坂君」

「私、アンタには恨みとかないのよね。
だから言わせてもらうけど、邪魔よ。どいて」


建物入り口の前に立つ男に向かって、目付きを鋭くし再度言う。



58: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:41:34.26 ID:x//6gudIo



男は一度小さく嘆息すると、着ていた白衣の懐から数本の試験管を取り出した。


「ふむ……では仕方ない。
貴重な超能力者を失うのは惜しいが……、まぁまた作ればいいだけの話か」

「……あんまり抵抗しないでよね。
私、人を殺したくはないから」


美琴の前髪から火花が散り、同時に言葉の応酬が止む。

直後、男は試験管の詮を外し、中の液体を周囲に撒いた。


「ッ!」


直感的に、美琴はそれを危険な薬品だと判断し、転がるようにこれを避ける。

だが、地面に降り注いだ薬品は音も煙も立てず、静かに蒸発していくのみ。
特殊な酸か何かだと推測していた美琴の思考に、僅かな空白が生まれた。


「おや、余所見をしていてもいいのかな?」

「くっ……!」


その一瞬の隙に、男は次の動作の準備を完了させていた。

美琴は回避行動に移るため、男の方へ注意を向け直し、


「……?」


男の握る"それ"に、混乱を隠せなかった。



59: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:43:24.37 ID:x//6gudIo



「ふふ、最近新しい趣味を見付けてね。
良かったら聞いてくれたまえ」


男の手にあるのは、金属製の楽器。

一般的な認識で言えば、ハーモニカと呼ばれるものだった。

それを口に当てた男の手が、滑らかに動く。
皺の目立つ手とは裏腹に、澄んだ音色が辺りに流れる。

変化は、迅速に起こった。


「ッ!?」


ぞぞぞぞぞざざざざざ!!!!と、空気が波立つ。

悪寒を感じた美琴が飛び退った時には、足下から生える緑の草がちょうど消失していた。

冷や汗を流す彼女がもつ電磁波のレーダーが、
即座にその現象の正体を看破する。




60: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:44:13.20 ID:x//6gudIo



「空気中に何かある……まさか、ナノデバイス?
細胞を一つ一つ毟り取っていってるの……!?」


「いや、"私のは"そんなに高性能ではないよ。
特定の刺激に対し特定の反応を示す、反射合金の粒だ。
これに複数の刺激を与えることで、ゲームでコマンドを入力するように動かせる。

普段は反応しない状態にして空気中の微生物などに相乗りさせているのだが、
特殊な薬品を振り掛けることでコマンドの入力を受け付けるようになる。
そこかしこで妙な事態を引き起こしては困るのでね。その対策というわけだ」


「刺激、ね……。この場合はそのハーモニカの音色ってこと?
操作するなら、電波とかの方が確実だと思うけど」


皮肉をこめて言うと、男は苦虫を噛み潰したような表情で応える。


「その方式のもの……『オジギソウ』というのもあるにはあるのだがね。
君のような発電系能力者にはジャミングを受けてしまう危険がある。
今回は、こちらの『ネムリグサ』を使わせてもらうよ」

「なるほど……、襲撃者が私だってことは予測してたって訳か……っ!」



61: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:45:06.93 ID:x//6gudIo



「――えぇ、まぁ。博士の分析力にかかれば、その程度造作もないことですから」

「なっ!?」


思わぬ方向からの声。

場違いに丁寧な口調に、美琴は後方へと振り返る。

先程まで誰もいなかったはずのその場所には、ダウンジャケットを着た少年が立っていた。
片手に西洋風の鋸を携えた、高校生程度の少年だ。


「遅かったな、査楽。もう少し早い登場を期待していたのだが」

「博士が、『ネムリグサ』の正確な散布範囲を教えてくださらなかったので。
細胞単位でバラバラにされては敵いませんからね」


査楽と呼ばれた少年は飄々とそう言うと、彼を睨み続ける美琴に目をやり、


「さて、御坂さん……でしたか。退いて頂けると、有り難いのですが。
こちらとしても、無駄な争いは避けたいのでね」

「――ッ!」




62: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:46:35.00 ID:x//6gudIo



その言葉に対する返答は、可及的速やかに行われた。

即ち、音よりも速い電撃が空間を切り裂く。

だがそれが直撃する寸前、査楽の体が虚空に没する。


「っ……『空間移動能力者(テレポーター)』か……っ!」


博士と呼ばれた男の背後に、査楽が再び出現する。
同時に細い音が響き、『ネムリグサ』が美琴へと迫る。


美琴はこれをバックステップで回避し、
その直後磁力を使って、後方から奇襲を試みた査楽に手近な警備ロボを投げ付ける。


この間、僅か一秒にも満たず。


博士も査楽も、そして美琴自身にも気付く余裕はなかったが、
彼女の普段のポテンシャルを大きく凌駕する動きだった。


まるで、眠れる獅子が目を覚ましたかのように。


追い詰められた少女の精神(ココロ)は、彼女本来の力を呼び起こす。


昨夜の疲労も忘れ、美琴はその全力を発揮する。



「――許さない」



思わず、声が漏れる。




――ユルサナイ。



――ジャマヲスルナ。



――ワタシヲ、トメルナ。



63: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:47:37.50 ID:x//6gudIo



「私はあの子達を助ける……邪魔するなら、許さないっっ!!!」



怒声と共に、雷鳴が炸裂する。

莫大な電圧が、空気を爆ぜさせた。

爆風により、鋸を振り下ろす査楽の体が木の葉のように吹き飛ばされる。


「ッ!?」


博士は慌ててハーモニカを吹くが、『ネムリグサ』が動く様子はない。
空気中の微粒子が爆風に薙ぎ払われたために、
『ネムリグサ』も吹き飛ばされてしまったのだ。


「あら、もう打つ手がないの?
偉そうな口聞いてた割に、呆気なかったじゃない」


冷ややかな侮蔑の声に、博士の体が震え上がる。

絶縁素材で身を被っているとはいえ、とても楽観視できる状況ではない。

その悪寒を裏打ちするように、数台の警備ロボが宙に吊り上げられる。

そして――――――、





64: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:48:25.51 ID:x//6gudIo


――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

――PM3:20,第二十三学区へ続く広大な路地――


「……あん?」


美琴が襲撃中の――正確には、その後那由他が現れるであろう――施設に向かう途中。

テレスティーナ=木原=ライフラインは、奇妙な音を聞いた。

ギャリギャリギャリリリリッッ!!と、何かが擦れるような音。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう、まるで、最高速度を出したトラックが、ブレーキもかけず突っ込んでくるようなーー


「チッ――っ!!」


明らかに悪意のある攻撃だ。

そう判断した瞬間、テレスティーナは音源に右腕を向けていた。

そこには、とてつもないスピードで爆走するトラックがあった。
テレスティーナに衝突するまで、二秒とかからない距離だ。



65: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:49:01.55 ID:x//6gudIo



だが、テレスティーナは焦る様子を見せない。

寧ろ笑みすら浮かべた彼女の駆動鎧の右肩で、何かの文字が光った。


「試し撃ちにゃ……丁度イイ!!」


莫大な電力が、砲塔に供給される。

放つのは、ローレンツ力により加速する弾丸。
第三位の能力を参考に作られた兵器――『超電磁砲』。

原理としては、先日那由他に放ったものと同じ。


だが。


前回と違うのは。



右肩の文字が、存在を主張するように再度煌めく。


そこには、金色でこう書いてあった。




66: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:49:44.16 ID:x//6gudIo






"F I V E - O v e r Modelcase "RAILGUN""
【超能力者の超越者】 【参考型式……『超電磁砲』】




――"Gatling-Railgun"
『 超電磁連射砲 』





67: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:50:34.76 ID:x//6gudIo




ッッッッッ!!!!と、音にならない轟音が炸裂した。



金属と強化プラスチックで構成されたトラックのフレームが、
水に浸した紙のように千切れて四散していく。


弾丸の雨、という表現でも生温いほどの連射。
言うなればそれは、弾丸の滝。


開発途中にして、2000発/分という桁違いの弾を発射する、
その兵器の名は『ガトリングレールガン』。


暗部組織の間でさえ手に余るとされたそれは、
トラック一つ粉々にするには十分すぎるほどの性能を備えていた。



68: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:51:15.50 ID:x//6gudIo



「……はん」


乗り込んでいた襲撃者は、どう考えても死んだ筈だ。

だが、テレスティーナの顔は晴れない。

襲撃者は、彼女に楯突いた誰かは、死んだ筈なのに。
――その人物が、本当に車内にいたのなら。


「コッチは囮、ってとこかぁ?」


能力に強化された彼女の聴覚は、忍び寄る足音を正確に捉えていた。

紛れもなく、襲撃者の足音だ。

その音が止まり、そして恐らく何かを仕掛けようとした瞬間――彼女は、動いた。


駆動鎧に包まれた腕が、唸りを上げる。



69: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:52:07.09 ID:x//6gudIo



「ッ!?」


襲撃者は一瞬たじろぎ、次いでその腕に持ったものを動かす。

だが、既に遅い。


「ッ――、はっ――!」


後方に迫っていた襲撃者――クセのある黒髪の少年――が何かを振り上げた時には、
その脇腹にテレスティーナの裏拳が炸裂したところだった。

ミシミシと骨を軋ませ、少年の体がノーバウンドで数メートルも吹き飛ぶ。


「ッ……が、はっ……っ!」

「甘ぇんだよ、ガキが」


少年は地面を転がると、苦しそうに胸を押さえ、血を吐いた。

どう見ても軽傷ではないが、運の良い奴だとテレスティーナは思う。

当たり処によっては内臓が破裂していたし、電柱に頭でもぶつければ即死だった。
その辺りは広い路地なのが幸いしたようだ。



70: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:53:00.04 ID:x//6gudIo



「でもまぁ、どっちみち死ぬんだけどな」


肋骨の二、三本は折れているであろう少年に向かって、
テレスティーナはガトリングレールガンの砲口を突き出す。


彼女は一瞬、少年の傍らに落ちているバズーカ砲のようなものに目をやると、
僅かに感心したように笑ってから口を開く。



「ソイツは……HsLH-02か。警備員の使う、隔壁を破るためのリニアハンマーだな。
確かにソイツを使えば、駆動鎧の上からでもダメージを与えられる。

……素人にしちゃ、イイ考えだ。ウチの部下に欲しいレベルだよ」


そう言いながらも、テレスティーナは砲口を逸らそうとはしない。


誰であろうと、刃向かったものは殺す。




71: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:53:35.67 ID:x//6gudIo



「あぁ、そうだ。名前聞いといてもイイか?
テメェみたいに有名なトコ通ってる奴は、死んだのを揉み消さなきゃなんねぇからよ」


少年の、擦りきれて血に塗れた制服を指しながら、面倒臭そうに言う。

紺色のブレザー。
能力開発において、学園都市最高峰とも呼ばれる名門――長点上機学園の制服。

そのような学校の生徒が"消息不明"ともなれば、学園都市どころか日本中で大騒ぎになる。
そうならないよう、精神感応系の能力者を使って裏工作しなければならない。

テレスティーナのそんな思考を知ってか知らずか、
少年は痛みに顔を顰めながらもゆっくりとした口調で応える。


「……――、だ」

「……、あ?」


あっさりと教えられるとは思ってもみなかったテレスティーナは、
反射的に聞き返してしまった。

少年は気にも留めず、寧ろ微笑みすらしながら再度息を吸って、



72: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:54:15.11 ID:x//6gudIo






「……工山、規範……だ、覚えときなよ、オバサン……」



「……どうやら、今すぐ死にてぇと見えるなぁ」




73: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/05/19(土) 23:55:07.55 ID:x//6gudIo



テレスティーナはこめかみをヒクつかせながら、
ガトリングレールガンの照準を再び合わせる。


後は少し力を加えるだけで、工山の体は木っ端微塵に砕け散る。


全身を強打し、骨折すらしている彼に、逃げ道はない。



「あばよ、工山とやら。
安心しな、テメェの知り合いの頭からは、
テメェの記憶はキレーサッパリ消え去るからよ」



宣言とともに、腕に力が籠る。



そして――――――――、



78: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:13:47.83 ID:iDL8EyUCo


――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――

――PM 4:00、第二十三学区――




「は、はは……なんだよ、これ……?」


介旅初矢は、戦慄していた。

・・・・・
目の前の建造物――『樹形図の設計者情報送受信センター』だったもの――
を見上げながら、震える声で誰にともなく呟く。



「誰が、こんなことを……?」



まず目に入るのは、中ほどから真っ二つに折れた巨大なアンテナ。

そして、穴の開いた外壁から顔を覗かせているのは煩雑な電子機器類。

警備ロボたちは軒並み動作を停止していて、ただの高価な鉄屑と化していた。



79: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:14:05.43 ID:iDL8EyUCo


――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――

――PM 4:00、第二十三学区――




「は、はは……なんだよ、これ……?」


介旅初矢は、戦慄していた。

・・・・・
目の前の建造物――『樹形図の設計者情報送受信センター』だったもの――
を見上げながら、震える声で誰にともなく呟く。



「誰が、こんなことを……?」



まず目に入るのは、中ほどから真っ二つに折れた巨大なアンテナ。

そして、穴の開いた外壁から顔を覗かせているのは煩雑な電子機器類。

警備ロボたちは軒並み動作を停止していて、ただの高価な鉄屑と化していた。



80: 早速ミスったorz 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:15:09.39 ID:iDL8EyUCo



「……っ、」


分かっている。
自問するまでもない。

この惨状と、ここに至るまでの経緯。
総合すれば、答えは単純なものだ。

ただ、それを認めたくないだけ。


「御坂……アイツ……!」


自ら告げたその名に、膝を折りそうになる。

しかし、一度そう思ってしまえば別の考えは浮かばない。


崩れた外壁はうっすらと帯電しているし、
よく見れば辺りには溶けたコインの欠片のようなものが散乱している。


紛れもない。

この景色を作り出したのは。

最後の手段に出てしまったのは。



御坂美琴しか、有り得ない。




81: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:16:09.06 ID:iDL8EyUCo



「初矢お兄さんっ!」

「……那由他ちゃん?」

「いま『猟犬部隊』の方に問い合せてみたんだけど、
向こうには美琴お姉さんの襲撃は伝わってないみたいだよ、安心して」

「そっか、……」


無線を操作してどこかと通話していた那由他の言葉に、張り詰めた気が多少緩む。

だがその直後、介旅は難しそうな顔をして、


「……そりゃまた、おかしい話だな?」

「うん?」

「御坂は、学園都市でも重要な施設のひとつを襲ったんだぞ?
既に『樹形図の設計者』が機能してないからって、普通見過ごすかよ?」


『警備員』の管轄であるから"暗部"側には連絡がいかないのかとも思考するが、
直感的にそれは違うと思い直す。

社会の表側だろうが裏側だろうが関係なく、
こんな大きな事件が伝わらないという点で既におかしい。


「うん、それなんだけどね……」

「……?」



82: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:16:48.54 ID:iDL8EyUCo



那由他の暗い口調に違和感を覚えた介旅は、不思議そうな顔で首を傾げる。

それが先を促すものだととった那由他は、躊躇いを見せながら沈んだ顔で、


「たぶん、『無駄だから』じゃないかな、って思うんだ」

「無駄、だって?」

「そう、無駄。指名手配なんか、するだけ無駄だって思われてるんじゃないかな」

「……どういう……こと、だ……?」


脈絡の読めない言葉に、訝しむように目を細める。

疑問に答えるのは、悟ったように笑う那由他。


「ねぇ、初矢お兄さん。美琴お姉さんはいったい、今何をしてると思う?」

「何、って……『樹形図の設計者』がもう無いってことを知って、
覚悟の末に選んだ最後の手段を失って……どうしようも、なくなって……っ!」


言葉を重ねるごとに、絶望に頭を垂れる美琴の姿が鮮明に浮かび上がってくる。

左手が拳を形作り、血管を浮かばせながら小さく握り締める。

助けなければ。
救わなければ。

一般の定義に表すならば正義と呼ばれるであろう感情が、沸々と沸き上がり、



83: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:17:24.17 ID:iDL8EyUCo



「ううん、そうじゃないよ」


その矢先に、首を振った那由他の言葉によって瞬時に霧散させられた。


「……な……にを……?」


「じゃあさ、初矢お兄さん。
仮に美琴お姉さんが絶望してるんだとすれば、目的なんか見え無くなっちゃうよね?

……でもこの施設を破壊したあと、お姉さんはどこかに行った……
つまり、何かしらの目的があったと考えるのが自然なんじゃない?」


「けど……けどアイツは、『樹形図の設計者に細工する』って最後の手段を
……失……っ……て……ッ!?」


否定の言葉を述べながらも、その中で介旅は気付いてしまう。

否定の中での否定。
否定に必要な前提が、崩れてしまっていることに。



84: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/02(土) 23:18:31.22 ID:iDL8EyUCo



「……おい、待てよ……?まさか……ッ!」

「……ようやく気付いたみたいだね。
そう、確かに美琴お姉さんは最後の手段を失ってしまった。だけどね、」

「そうか……『樹形図の設計者』が無いことを知ってしまえば、
アイツにはもう一つだけ、新しい手段が生まれる……!」


那由他の言を引き継ぎ、冷や汗を流しながら介旅は言った。

そして直後、大きく舌打ちしながら吐き捨てるように口を開く。


「ちくしょう……アイツ、まさか死ぬ気なのか……!?ふざけんなよ……!!」


不条理な社会を恨むように、苛立ちを顕に介旅は叫ぶ。

その叫びは空しく木霊し、誰の耳に届くこともない。



89: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:38:18.28 ID:A4VBhlaao


――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

――PM3:50,第二十三学区へ続く広大な路地――


工山規範は、最後まで目を瞑らなかった。

目の前に、戦車を粉々に吹き飛ばす兵器を突き付けられても。
その銃口が、ゆっくりと回転し始めるのを見ても。

決して、力なんてものに怯えることはなかった。

恐怖がないわけではない。

だが、それでも。

恐れる必要性を、彼は感じなかった。





90: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:40:49.00 ID:A4VBhlaao




そして現在。
とある路地の上には、二人の人間がいた。


一人は地に伏し、もう一人はそれを見下ろしている。


疑惑など、入り込む余地もない。
工山規範と、テレスティーナ=木原=ライフラインだ。



「な、んで……」



倒れる人物は、困惑の眼差しでもう一人を見上げる。


その視線に気付くと、もう一人の人物は歪に笑い、
愉しそうな表情を作り出す。


そして。






__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
工山規範は、地面のテレスティーナを見下ろしながら、紅く濡れた唇を静かに拭った。


91: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:41:48.55 ID:A4VBhlaao




「テメェ……一体何をしやがった!?」



這い蹲るテレスティーナは、力を振り絞って吠える。


血圧は上がり、脈拍は速くなり、全身の筋肉が小刻みに震え出す。



だが、その体は動かない。


ピクリとも、動かない。





92: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:42:31.99 ID:A4VBhlaao




「教えてあげようか?」


工山は、落ち着いた口調で侮蔑するように言い放つ。

その懐から、衝撃吸収材と血糊の瓶が落ちた。


「ッ!?」

「まぁ見ての通り、ボクは最新式エアバッグで衝撃を吸収し、
血糊で大怪我を装ったわけだ。
これでまず、ボクが平然と立ってられる理由はわかっただろ?
といっても、これはただの余興でしかないんだけど、ね」

「テ、メェ……ッ!!」


歯軋りするも、やはり体は動かない。

地面に縫い付けられたように、無様に伏せ続けることしかできない。


「じゃあ次は、体が動かないことについて
……と言っても、こっちにはトリックも何もないけどな」


ふぅ、と一息ついて、髪を掻き上げる工山。

その胸で、長点上機の校章が光る。




93: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:43:35.04 ID:A4VBhlaao



「なんてことない、単純なチカラだよ。
この街のあらゆるところで、当たり前のように受け入れられてる存在さ」


工山は言う。

つまり、それは。


「能力」


短く告げられたその単語に、テレスティーナの眉が小さく動く。


「本当にその分類に振り分けてしまっていいのか分からない、
同系統能力の中でも最大級の異質」




94: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:45:25.18 ID:A4VBhlaao



体は、動かない。


いや。


違う。


これは。


動かないのは、体ではなく――







「ボクは大能力(レベル4)の『機巧仕掛(マシナリーハート)』……"機械限定"の精神感応能力だよ」




――それを包む、紫の駆動鎧の方、だ。





95: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:48:02.17 ID:A4VBhlaao



「ク、ソが……そういう、ことかよ……ッ!」


当然のことだが、駆動鎧は重い。
一度止まってしまえば、人間一人の力では、どう足掻いても動かすことはできない。

つまりは、そういうこと。

工山規範は駆動鎧に干渉することで、テレスティーナの動きを完全に封じてしまったのだ。





「残念だったね、オバサン。そもそも、アンタじゃボクには相性が悪すぎたんだよ。

……まぁ、このチカラにも欠点はあるんだけどね。
対象に触れないと発動できないところとか」



それだけ言うと、工山はバズーカ砲のようなリニアハンマーをゆっくりと持ち上げる。


殺しはしない。
だが少なくとも、しばらくは眠っていてもらわなければならない。




「……、ひっ、……」




怯えるような声にも、躊躇はしない。





ガンゴンバギン!!!!と、金属の砕ける音が連続した。





三回も打ち付けると、声は出なくなった。






96: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:48:58.55 ID:A4VBhlaao


――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


――PM4:30、???(移動中)――



「……で、その後どうなったと?」

『いやぁ、ホントはすぐに連絡したかったんだけどさ。
あのオバサンの手下が近くにいたから、そうもいかなくてね。
幸いにも全員駆動鎧を着てたから、能力で拘束してから逃げたわけなんだけど』

「さらっとトンでもないコトを言うよなお前は……」


電話口の悪友の声に、介旅は危機的な状況も忘れて思わずため息をついてしまう。

まったく、これだからコイツは苦手なのだ。
臆病な自分とは違い、何にでも無謀に挑戦して、しかも無事に帰ってきやがる。

もっとも、それだけ違うからこそ友達でいられるのかもしれないとも思う。




97: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:49:37.20 ID:A4VBhlaao



「トラックの操縦は、アレか。緊急時自動ナントカってのに干渉したわけか?」

『緊急時自動回避システム、な。ちょっくらコネとカネを使って手に入れてみたんだ。
……まさか、跡形もなく吹き飛ばされるとは思ってもみなかったけど』

「あ……なんか、その……ごめんな」

『いいっていいって。ボクが勝手にやったことだし。
それに、珍しい兵器のデータも取れたし、さ』


口調は、軽い。

まるで、部活で良い汗を流したと笑うような、その程度の気軽さ。

当然といえば、至極当然である。

この機械の街――学園都市で、彼の力は間違いなく最強クラスに分類されるのだから。




98: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:50:23.65 ID:A4VBhlaao



「へぇ、緊急時自動回避システム、か……。
じゃあ"これ"も同じように動かしてるの?」


スピーカフォンでの通話に横から口を挟んできたのは、那由他だった。

少女の声につられ、介旅も彼女と同じく上を見上げる。


そこには、天井があった。

床からの距離は、二メートルと少し。

座っている今はともかく、立って手を伸ばせば余裕で届く位置だ。

そして、そこにあるのは天井だけではない。

横を見れば、今彼らが座っているのと同じ座席が数多く並んでいる。

そして数メートルほど前には、誰の操縦もなしに動くハンドルが。

端的に言えば――彼らは、工山の用意したバスの中にいるのだった。




99: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:51:03.69 ID:A4VBhlaao



『いや、バスに関しては自動操縦システムが実装されてるからね。
そいつをジャックするだけでいいんだよ、……えっと、那由他、ちゃん』

「うふふ、覚えててくれてありがとね、工山お兄さん。
それにしても便利な能力だね、それ。遠隔操作もできるんだ?」

『まぁ、 一度触ればいつどこでも作用できるからね。
ある程度以上のAIと、 自立できる動力さえあればだけど』

「すっ……ごぉい……。そんなの、どんなハッカーも目じゃないんじゃないのっ?」

『まぁ、ね……。ただ、それじゃ全然楽しくないし、さ。
結局は自分の技術だけでやっちゃうのがほとんどだよ』

「はいはい、『ハッカーの美学(キリッ』乙ー。
那由他ちゃん、コイツそんな大した奴じゃないからねー」

『ちょ、お前、人がせっかく カッコつけようとしたとこで……!』

「あー、僕お前のそういう余裕ぶってるとこ嫌いだからさー」


脱力的に軽口を叩くと、向こうも冗談だと理解しているようで、
押し殺すような笑いが漏れた。

こういうブラックな冗談が通用するあたり、やはりコイツとは馬が合うのだろう。

不意にそんなことを考えると、少し気恥ずかしくなってしまった。

それを紛らわすため、介旅はとってつけたように別の話題を振ってみる。


「つーか、そういやこのバスはどうやって調達したんだよ?
これもどっかわけのわからないルートで買ったのか?」



100: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:51:47.05 ID:A4VBhlaao



彼自身としては、そこそこ無難な話題を選んだつもりだった。


しかし、



『いや?そんな面倒なことをするはずがないだろ?』

「……、は?」



返ってきた特級地雷の答えに、介旅の思考がしばらく処理落ちする。



101: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:52:26.49 ID:A4VBhlaao



「……おい、」


待てよ、と。

数瞬のラグの後、ようやく取り戻した正常な判断能力が、
フルスロットルで危険信号を打ち鳴らす。

なんだろう、この胸騒ぎは。

それは例えるなら、錆び付いた檻の中の飢えたライオンを見ながら、
「檻があるから大丈夫」と生肉を見せ付けているような、そんな感覚。

この先を聞いてはならない。

たとえ結果が同じでも、知らなくていいことはたくさんある。




102: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:53:33.32 ID:A4VBhlaao



『いやぁ、以前に乗ったバスが、たまたま近くにあったからね』


やめろ、と叫びたくなる衝動を、必死で堪える。

いや、堪えざるを得なかった、という方が適切なのかもしれない。

聞こえたからだ。

聞こえてはならない音が、確かに。


「うーんと、工山お兄さん。変な音が聞こえるのは、気のせいかな?」

『あれ?もうバレたのか。警備員も意外と優秀だね』

「……なぁ、お前今警備員って言ったな?
なぁおい、間違いないよなオイ?」


最早、疑う余地はない。

それほどまでに、音は近付いている。



103: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:54:15.02 ID:A4VBhlaao




「よし、もういいや。
確認させてもらうけど、このバスは一言で言うと?」


覚悟を決めて……というか、半ば自暴自棄になりながら、
介旅は清々しく言い放つ。

それに対する返答も、当然のごとく鮮やかに一言。




『うーん、盗難車、かな?』




直後。

真横まで来たサイレンの音に混じって、拡声器で増幅された声が響く。





104: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:55:23.50 ID:A4VBhlaao



『おーい、止まれ!止まるじゃんよー!!
どうやったのかは知らねーけど、バス一台窃盗とはいい度胸じゃーん!!』


「しかも最悪の人選じゃねーのこれ!?
どうすりゃいいんだようわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」



この数日で聞き慣れた、しかし今は一番聞きたくない声に、
ついに介旅の思考能力がパンクした。


彼が使い物にならないと判断した那由他は、
取り合えず首筋に手刀を叩き込んで黙らせてから逃亡の準備を図る。



一方でその元凶はといえば、




『がんばってこいよー介旅。ここで死んだらカッコ悪いからなー。
必ず生きて帰ってこい。お前を待ってる人がいるんだぜっ』



などと、いらんフラグを立ててばかりいるのであった。




105: 設定説明的な何か 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/16(土) 23:57:02.03 ID:A4VBhlaao



【機巧仕掛(マシナリーハート)】
レベル4、能力者:工山規範
"機械限定"の精神感応系能力。
電気機械を使わずにハッキングのようなことが可能。


『外からデータを入力してプログラムに干渉し、機械を操る』ではなく、
『機械のプログラムそのものを操る』能力なので、防ぐことは実質不可能。


精神感応系に属すのも、そういった強制力ゆえ。


能力発動のためには、機械自体に触れる必要がある。
一度触ってしまえば、半永久的に時場所を問わず作用できる。


ただし、操れるのはあくまでもプログラム部分のみ。
例えば、普通の車に使ったところで、
コンピュータ制御の行き届かない(=手動操作を主とする)機構、
つまりハンドルなどに干渉できないので、運転ができない。



112: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:48:44.51 ID:+boT96bdo


――――――――――――――――――――――――――――
―――【鉄橋の上で―I must ×××―】―――
――――――――――――
――――――――
――PM7:15 第七学区、とある鉄橋――




「…………」


御坂美琴は、ぼんやりとした眼差しで何もない中空を眺めていた。


橋の欄干に身体を預け、茫然と曇り空を見つめる。


「………………」


悲しさを感じられるほど、心に余裕はなかった。

ただただ無力感だけが、意識を支配している。


「……なんで、こんなことになっちゃったのかな?」


ぽつりと、呟く。

言葉にすることに意味はない。
もとより、誰かに聞かせるつもりはなかった。


「私のせい、なのかな?」


呟きを重ねるごとに、虚しさは増していく。

変えることのできない現実が、運命が。
彼女の心を、蝕んでいく。



113: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:49:32.56 ID:+boT96bdo



「……けて」


言葉は、自然と漏れていた。


聞く者など、一人としていないのに。



「たすけてよ……」


声には、いつの間にか涙が混ざっていた。


バカだ、と思った。

助けてくれるヒーローなんて、どこにもいないのに、と。


自分は一体何を期待して、口にしたのだろう。


広い世界の、一つの小国の、小さな小さな街の、その片隅で。

いくら嘆いたところで、聞き入れる者など……、






「――呼んだか?」



「……え……?」




114: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:50:17.77 ID:+boT96bdo



唐突だった。


その声の主は、あまりにも自然に歩み寄っていた。


美琴の意識の外から、声は突然掛けられた。



「お望み通り……助けに来たよ」



幻聴などでは、決してなかった。


幻では表せ得ない重さが、そして暖かさが、美琴の耳を打つ。

瞳に涙を湛える少女は振り返り、そして目にする。



"彼"の姿を。

大きな力を持たずとも、一度は道を踏み外そうとも。
幼く拙く、けれどそれ故に優しい心を持った、介旅初矢を。





115: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:50:54.02 ID:+boT96bdo


――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――

遡ること数分。

介旅初矢は、街中を疾駆していた。

手には工山と繋がる携帯電話を持ち、疲労に立ち止まることもなく走り続けた。

その理由は、唯一つ。


友達を、助けるため。

強く気高いあの少女に、追い付くために。


彼はもう、迷わない。

自分の身が大事とか、他人の事なんてどうでもいいとか。
そんな無駄なことなんて、考えていられない。



116: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:51:38.59 ID:+boT96bdo



『介旅、その角を左に曲がって、まっすぐ50mだ。
後は、自分でなんとかしなよ』

「……ってことは、あの鉄橋か?」

『ああ、そうだよ。早く行ってあげな』

「言われなくてもそうするさ……! ありがとな、工山!!」

『どういたしまして。貸しだからな、覚えとけよ』


通話を切った携帯を胸ポケットにしまうと、介旅は一層足を速める。

警備員から逃げた後、用事があると言う那由他とは一旦別れた。
介旅の傍らには今、誰もいない。

工山との通話が途切れた今、彼は完全に一人。
美琴の元へ走る彼を、後押しする者はどこにもいない。

逃げたところで、責める者など一人もいない。



117: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:52:22.50 ID:+boT96bdo



「……それがどうした」


恐れることはない。不安など毛頭ない。

あの少女を、救いたい。
気持ちは単純で、しかしそれ故に感情は燃え盛る。


走る。


走る。


ひたすら、走る。


何のために?

――決まってる。アイツを、友達を助けるためだ――



118: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:52:56.59 ID:+boT96bdo



思い返せば、彼が持つのはたった一つの目的だった。

一つの目的のために、ここまで強い思いを持ったことはなかった。

そこまで考えてから、何か引っかかりを覚えたように首を捻る。


彼の持つ、"目的"とは。

果たして本当に、"友達"を助けたい、それだけだったのだろうか。


そこに何か別の感情が混ざり込んではいないのか。
そしてそうでないとすれば、その感情とは――――、


「……何なんだろな、ホント……」


今は、その感情を理解することはできない。

あるいは、理解するという類の感情ではないのかもしれない。

しかし。

少なくとも、彼の歩みを止めるべきものでないことは確かだった。


それだけ分かれば、十二分。

迷うのも悩むのも、躊躇うのも想うのも。
全てが終わってからでいい。



119: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:53:36.63 ID:+boT96bdo



「……見つけた」


視線の先に捉えるのは、項垂れる少女。

介旅の目は、その瞳に光る涙を捉えた。
彼の耳は、その口が紡ぐ言の葉を聴いた。


「たすけて……」


彼はもう、迷わない。

最強を前に逃げ出した、あの日とは違う。
少女を見捨てた、あの夜とは違う。


静かに。けれど力強い声で、話し掛ける。


「――呼んだか?」

「……え……?」


美琴が、驚いたようにこちらを向いた。

表情は、今までに見たことがないほど弱々しい。

これほどまでに。
これほどまでに、この少女は傷つけられていたのか。



120: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:54:27.44 ID:+boT96bdo



「お望み通り……助けに来たよ」


遅くなって、ごめんな。

辛かっただろ?

心配したんだぞ。

続く言葉は浮かんでは漂い、結果として音声になることはなかった。

それよりも先に、美琴の声が割って入った。


「アンタ……なんで、ここに……?」


何を今更、と介旅は吐き捨てるように言った。


「言ったろ、助けに来たんだよ」

「……何よ、それ……、別に、助けてもらうことなんか……」


一見して、機嫌を損ねたように眉を潜める美琴。

だが、介旅は見逃さなかった。
彼女の瞳が動揺で一瞬揺れたことを。

彼は聞き逃さなかった。
その声が涙に震えるのを。



121: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:55:08.60 ID:+boT96bdo






「……お前、死ぬ気なんだろ?」





「――ッ、!?」


今度こそ。

取り繕う事もできないほど、美琴の瞳孔が開く。


「……なんで、それを……」

「少し考えれば、分かることだ。
――『樹形図の設計者』が無くなった今、『実験』を止める方法は一つ。
いや、寧ろ"無くなったからこそ"、使えるようになった方法。

"樹形図の設計者の演算には、バグがあった"……そう思い込ませることだ」

「…………っ」

「そのための手段は、ふたつ。

ひとつは、"一方通行に勝ち、一方通行が学園都市最強であるという仮定を崩す"こと。
ただしこれは、一方通行の能力を考慮すれば不可能に近い。
……となれば、お前が選ぶのは必然的にもう一つの方――」


介旅は、淡々と言葉を続ける。

心の内の煮えたぎるような感情も、表には出さない。
出したところで、会話の阻害になるだけだ。


「"御坂美琴が、一方通行に初撃で敗北する"……それにより、
"御坂美琴は一方通行に最高185手で殺される"というシミュレート結果から
信憑性を奪い、実験を止める……これで合ってるか?」


合っているか、と聞きながらも。

全身を強張らせる彼は、実際その問いに是を返して欲しくはなかった。

そんな手段を取ろうとしているなんて、考えたくもなかった。


……なのに。


「――えぇ、その通りよ。凄いわね、アンタ。
多重能力(デュアルスキル)で予知能力(ファービジョン)でも目覚めた?」


あっさりと。

まるで謎々の答えを聞かされたときのように。

美琴は、介旅の追及を肯定してしまった。

あってほしくなかったことが。
現実に、なってしまった。



122: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:55:47.36 ID:+boT96bdo



「……考え直して、くれないのか?」

「考え直す? 考え直して、それであの子達を見捨てろとでも?」

「そういうことを言ってるわけじゃ、ない」

「だったら何よ。他に方法を見付けろって?
その方法とやらを探すうちに、一体何人の『妹達』が犠牲になるの……!?」


美琴の言葉には、徐々に怒気が含まれ始めていた。

当然のことだろう。
彼女自身、悩み苦しんだ末に出した結論のはずだ。
それを否定されて、黙っていられる訳がないのだ。

だが、それでも。
介旅はあくまでも、自分の意志を貫き通す。


「……イヤ、なんだ……」

「……何よ、?」

「イヤなんだよ……そんな方法は……!!
それじゃ、お前が救われねぇだろ!?」


抑え込んだ感情が、爆発する。

説得には余計なものだとわかっていても、それを殺すことはできなかった。



123: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:56:37.68 ID:+boT96bdo



「……っ! 別に、いいでしょ!?
私一人の命で、あの子たち全員が助かるんだったら!!
それで十分、ハッピーエンドじゃないの!!」



「――――フザけんじゃねえ!!!!」


「っ――ッ!?」


嘗て聞いた事がないほどの声量に、美琴の息が詰まった。

感情を剥き出しにした介旅は、勢いを殺さず更に続ける。


「勝手に自己犠牲のヒーロー気取んなよ、バカ野郎!!
それは、確かにお前にとってはハッピーエンドかも知れねぇ!
――けど、よぉ……っ!」


語気が、少しずつ弱まる。

吐き出した怒りが複雑に絡み合い、別の感情へと昇華されていく。


「他の奴らからしてみれば……少なくとも、僕からしてみれば!
そんなの、バッドエンドとなんら変わりねぇんだよ……!!」



拳を、血が滲むほど強く握りしめる。



124: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:57:27.59 ID:+boT96bdo



「……じゃあ、どうすればいいのよ……!?
私が死ぬ以外、あの子達が助かる道なんて、もう……!」


美琴の表情が、ヒステリックに彩られる。

それを見て、漸く介旅の心に自制が戻り始める。
大きく深呼吸をして荒げた息を整えると、落ち着いた声で再び口を開く。


「あるさ……。さっき、言ったろ?」

「……え……?」


美琴は一瞬怪訝そうな顔をするが、
介旅の意味するものに気付くと目を伏せながら首を振った。


『"一方通行に勝ち、一方通行が学園都市最強であるという仮定を崩す"こと――』


「……無理よ、そんなの……」


絶望に塗れた顔で、静かに否定する。


「私なんかが一方通行に勝つなんて、出来る訳ない……!」


それは、悲痛の叫び。
怒りのままに挑み、呆気なく敗北したあの夜の痛み。
文字通りに格の違いを見せ付けられた、絶望感。

介旅だって、分かっている。
美琴では一方通行に勝てないことぐらい、分かっている。



125: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:58:12.41 ID:+boT96bdo



だから、


_・・・・・・・
「そうじゃねぇよ」

「……?」

「お前が一方通行に勝てねぇのは分かってる。だからそうじゃない」

「そうじゃない、って……どういう……?」


言ってから、美琴は何かに感付いたように目を見開く。


「……まさか……!」

「あぁ、そのまさかだよ」


口の端を吊り上げながら、介旅は言う。

固めた決意を。昂る感情のまま、口にする。



「……僕が戦う。僕が、一方通行を倒す」



126: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 12:58:53.28 ID:+boT96bdo



「……そんなの……無理に、決まってるでしょ……?」

「無理じゃないよ」

「無理よ! 昨日の麦野ってヤツを倒して浮かれてるのかもしれないけど、
一方通行はあんなヤツとは格が違うのよ!?

そもそも、アイツの『ベクトル変換』がある限り、勝ち目なんて……!」

「分かってるよ」


分かっている。美琴の言うことが、正しいことぐらい。

一方通行は、七人しかいない超能力者の中でも次元の違う存在だ。

麦野沈利は、最強の盾と矛とも呼べる能力『原子崩し』を持っていたが、
その隙を突いて攻撃を加えることぐらいはできた。

しかし、一方通行はわけが違う。

彼の『ベクトル変換』とそこから生まれる『反射』は、
彼自身を最強の矛にし、盾とする。

早い話が、一撃を加えることすら出来ないのだ。

そんな相手に勝つなんて、夢物語どころの話ではない。
例え介旅が世界の全軍隊を率いて立ち向かったところで、
カスリ傷一つすらつけられないのだから。



127: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:00:12.65 ID:+boT96bdo


勝ち目がない戦いに挑むのは、馬鹿のすることだ。
そんなもの、言われなくても分かりきってる。

けれど、と介旅は呟く。


「――勝ち目がなかったら、挑んじゃいけないのか?」

「っ……!?」

「可能性(さいのう)が無かったら、努力しちゃいけないのか?」



端的に言ってしまえば、彼が諦めない理由はそれだけだった。

美琴が教えてくれたのと、同じことだった。




128: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:01:06.34 ID:+boT96bdo



「……そんなの、詭弁よ……っ!
本当に命がかかってるのに、そんなこと……」


「詭弁だろうとなんだろうと、筋は通ってるだろ。
ほら、もう僕を止める理由なんてねぇじゃん?」


「でも……っ!」



反論の言葉は無視して、だからさ、と介旅は呟いて、





129: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:01:55.42 ID:+boT96bdo






「お願いだ。僕に、お前を……大切な人を、守らせてくれ」




「――ッ!」




介旅の眼は、真っ直ぐに美琴の瞳を射抜く。



「……、ぁ……」



ふらりと、美琴の体から力が抜けた。



倒れこむように前に踏み出した少女の体を、
両手を広げて受け入れる。



130: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:02:42.07 ID:+boT96bdo




「う、ぁ、ぁ…………」


「大丈夫。もう、悲しまなくていい」



胸に触れる暖かさに、心を奪われる。

安らかな感情が、頭の中を満たしていく。

そうして漸く、彼はその感情の名に気付く。


――そうか……僕はこの子を、守りたかったんだ……


守りたい、という気持ち。

受け止めてあげたい、という思い。


その源は、言うなれば――好き、という感情だったのだろう。


それに気付いた瞬間、
彼は美琴の背中に回した手により一層の力を込めた。

同時に、彼女の暖かな両手は介旅の首筋へと回された。



131: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:03:35.55 ID:+boT96bdo



「……私、ね。アンタに、言わなきゃならないことが、あるような気がするの」

「あぁ……何だって言ってくれ」


何処か擽ったいような感触に身を任せながら、耳を傾ける。

少女は涙をこぼしながら、彼の耳元へと口を持っていき、
――震える声で、口にした。


「ありがとう。
――アンタが来てくれなかったら、私、きっとダメになってた。

それと、もう一つだけ……」


そう言うと、美琴は顔を介旅の真正面に持ってくると、
微笑みながらその眼を見つめた。



132: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:04:53.56 ID:+boT96bdo






「――ごめんね」







133: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:05:26.48 ID:+boT96bdo




言葉に、反応する暇すらなかった。




ただ、首筋から――美琴の手があった場所から、
何かが這い上がってくるような感覚があって――、




そこで、介旅の意識は途切れた。






134: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:06:13.24 ID:+boT96bdo


――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――



「ごめんね、ホントに……。
気持ちは、すっごく嬉しかったよ」


意識を失った介旅をそっと地面に横たえると、
美琴は優しい笑顔でそう口にした。

言ってから、生体電気を操ったその両手に視線を落とす。


「でも、やっぱり無理よ……アンタには、荷が重すぎる。

私なんかを『大切な人』って言ってくれたアンタに、
そんな無茶させられないよ……」


言いながらも、美琴は自己嫌悪で一杯になっていた。


残酷な話をしてしまえば。

もしここに立っていたのが、あの少年だったら。
特別な右手で、彼女を何度もいなしてきた、あの少年だったなら。

きっと、情けない顔で送り出したのだろうな、と思う。


結局。
嘗て介旅に諭した、美琴自身が。
能力で人は決まらないと怒った、彼女自身が。

皮肉なことにも、最終的には能力の有無で人を見限ってしまったのだ。



135: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:06:56.10 ID:+boT96bdo



「ありがとう……介旅。最期にアンタに会えて、良かった。
安心してね。アンタが起きた時には、全部終わってるはずだから。

……じゃあね、……さよなら……」


穏やかな声で言ってから、美琴は夜の闇を見つめる。

その先に待ち構える、あの白い超能力者を思い浮かべる。


「大丈夫。もう、怖くない」


とん、と軽い足音とともに、磁力を操った美琴の体は
猛スピードで街中を駆ける。

その足取りに、迷いはない。

今はもう、迷いに打ち勝つ勇気がある。


その勇気を与えてくれたのは。

これまた皮肉なことに、彼女を止めようとした介旅初矢なのだった。



136: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/06/30(土) 13:07:25.51 ID:+boT96bdo


【鉄橋の上で―I must die ―】Fin.


142: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:15:59.12 ID:G4hags2Zo


【闘う理由―their own hearts―】


143: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:17:09.46 ID:G4hags2Zo


――――――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――――

――PM7:20,警備員詰め所――



「お待たせじゃん。桔梗」

「お帰りなさい、愛穂。……と、こんな砕けた態度じゃダメね。
一応、わたしは取り調べを受けてる身なんだから」


黄泉川愛穂が詰め所の戸を開けると、
コーヒーを啜っていた芳川桔梗は、彼女へと微笑んだ。

ここは芳川の家ではないし、現に彼女が今座っているのも
取り調べ用の硬いパイプ椅子なのだが、
そんなことはお構い無しの寛ぎっぷりだった。


「いや、取り調べっつーか事情聴取っつーか……。
まぁ、聞きたいことは大体聞けたからいいじゃんね?」

「愛穂。分かってると思うけど、さっき話したことは……」

「もちろん、私だってバカじゃないさ。
上に報告するような真似はしないじゃん」

「理解力があって助かるわ。
……上層部の連中は、概ねこのことは知っている。その上で見逃している。
報告なんてしたところで、口を封じられるのがオチよ」


気怠げに言うと、もう一口カップに口を付ける。

その苦さは、彼女の心情と見事なまでに一致していた。



144: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:17:47.46 ID:G4hags2Zo



「……それにしても。『絶対能力進化実験』、ね……
この街でそんなことが行なわれてるなんて、思いもしなかったじゃんよ」

「まぁ、感付かれないように秘密裏にやっているから、
それが当たり前なのだけれどね」


力無く笑ってから、黒い液体を飲み干した。

そういえば"あの子"もコーヒーが好きだったな、と思い出しながら、
その変貌ぶりに責任を感じ眉を潜める。


「あ。そうだ、秘密裏といえば。ついさっきの事件は真逆も真逆。
白昼堂々、バスを丸々一台盗んで乗り回しやがった大バカじゃんよ」


芳川の暗い雰囲気に、何かを察したのだろう。
黄泉川はいかにもわざとらしく、別の話題を振ってきた。

……ここは、素直にその好意に甘えさせてもらう。



145: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:18:27.89 ID:G4hags2Zo



「それはまた、あなたの好きそうな事件じゃない。
罪を犯す人間がそんなバカばかりなら、世の中はもっと平和でしょうね」

「いや、確かにこういう大バカ野郎は大歓迎なんだけど……」

「あら、歯切れの悪い言い方ね。何かトラブルでもあったの?」

「いや、トラブルっつーか、その……」


黄泉川は俯いて頬を掻きながら、


「そのバスに乗ってた犯人らしき奴が……
どうも、最近ココで預かってる生徒っぽかったというか……」

「あらあら、それは大変ね。そんなやんちゃな子だったの?」

「いや、あんな目立つことするようなタイプじゃないと……
でもよく考えりゃ起こした事件が事件だしなぁ……」


覇気の無い表情で呟く黄泉川。

芳川はその言葉にどこか予感めいたものを覚え、思わず口を開いた。



146: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:19:28.93 ID:G4hags2Zo



「……事件って?」

「あれだよあれ。『虚空爆破事件』
一時期話題になってたじゃん」

「……『虚空爆破事件』……?」

「あれ、知らなかったじゃんか?」


そんなわけがない。

知っている。むしろ、知りすぎている。

なぜなら、その事件の犯人は――


「……もしかして……その子、介旅って名前じゃ……?」

「おう、そうだけど。何で知ってるじゃん?」

「……っ……いえ、その子の親と知り合いなものでね」

「へぇ、妙な巡り合わせもあるもんじゃん」


そうね、と肯定しながらも、
偶然ではない、と芳川は心中で呟いていた。


147: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:20:01.22 ID:G4hags2Zo



――これもまた、介旅初野の書いた脚本の通りなのだろう。

だとすれば。
ここで、芳川のすべきことは。


「――愛穂、パソコンを貸してくれない?」

「え……?いや、一応そこにあんのは仕事に使ってるから
――っておい、勝手に使うなっつってんじゃんよっ!」


後ろからかかる黄泉川の声を無視して、
芳川はコンピュータの前に座り急いでキーボードを叩く。

消されていた履歴を復元し、幾つかのセキュリティを突破して、


「……やっぱり……!」


――表示されたのは、見慣れた内容のレポート。

『絶対能力進化実験』の概要と、その詳細。

当然、黄泉川が表示したものではないだろう。
彼女が機械に弱いのは、芳川が一番よく知っている。



148: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:20:40.08 ID:G4hags2Zo


「おい、どういうことじゃんよ、これ……?」


信じられない、といった様子で、黄泉川は首を振る。

なぜならば、これが意味するところはつまり、


「――、愛穂ごめん! わたし、行かなきゃ!!」

「行くって、どこに……っ!」

「あなたの予想しているところよ!」

「――っ!? なら、私も行くじゃん! 」

「ダメなの……これは、わたしの役目だから……!」

「おい、待て……桔梗ォォおおおおおお!!」


制止の声を振り切り、芳川は壁にかかった白衣を取ると、
扉を開けて夜の街へと飛び出した。


「くそ、私も……!」


黄泉川も、当然のように後を追おうとする。が、


「……っ!? 鍵が……?」


詰め所の鍵がない。
恐らくは、芳川が持っていったのだろう。

そして今、詰め所の中には黄泉川を除き誰もいない。
つまり、ここで芳川を追うことは、
警備員としての責務を投げ捨てるも同然だ。


「あのヤロー……!」


詰め所から離れることを許されない彼女に、
出来ることはもはや一つ。

黄泉川は口の両側に手を当てると、
大きく息を吸い、思い切り叫ぶ。


「桔梗ーっ!絶対、すぐに帰ってくるじゃんよぉぉおおーっ!」




149: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:21:19.08 ID:G4hags2Zo


――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――


「……ありがとう、愛穂……」


生温い夜気を全身に浴びながら、
芳川桔梗は小さく呟いた。

慣れない運動と機能性の無い靴のために、
何度も足がもつれそうになる。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

黄泉川の発言、そしてコンピュータに残された履歴。
その他様々な条件を合わせれば、
初野の息子――確か初矢といったか――が、
「実験」を止めようとしている可能性は高い。

だとすれば、芳川は行かなければならない。

行って、「彼」に伝えなければならない。



ひとつの悪意の上に築かれた、この悲劇を。
終わらせなければ、ならない。




150: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/14(土) 23:21:57.73 ID:G4hags2Zo



いま、絶望渦巻く舞台の上に、新たなる役者が上る。


その担いしは、「語り部」の役。


役者たちすら知らぬ脚本を、
語り聞かせる一人の女。


知るはずのなかった筋書きを、知ってしまった役者達は。


果たして何を思い、何を選ぶのか。


彼女は、彼等の運命を大きく変える。


それを知らぬは、幸か、不幸か――。



154: あれ、酉ミスった? ◆yAv0SCkos2 2012/07/28(土) 21:46:04.82 ID:EYM6cUsSo

――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


ぺちぺちぺち。

ぺちぺちぺちぺちぺち。


「……ん……ぁ?」


暗闇の中。

介旅初矢は、平たい音に目を覚ました。


ぺち、ぺち、ぺちんっ

――――いさん、――て――


音は、四方八方からぼやけるように響き渡る。


「ここ、は……」


介旅はゆっくりと身を起こし、周りを見渡した。

前後、左右、上下……。
どこを見ても、そこには何もない。
果てしなく、深い暗闇が続いているだけ。

方向がわからない。

自分がどこにいるのかも、わからない。


155: こうか ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:47:00.13 ID:EYM6cUsSo



「……前にもあったなあ、こんなこと……」


介旅は、どちらかと言えば思考力が高い方の人間だ。

だから、自分のいるこの場所が、
言うなれば「意識の底」であると察するのに、そう時間はかからなかった。

そして同時に、ぺちぺちと鳴り響く音の正体も。


「那由他ちゃん、か……。
起こそうと、してくれてるのかな?」


じんわりと痛みを持つ頬を押さえながら、苦笑いして言う。

彼はもう、起き上がることはできない。
起き上がるころには、全てが終わっている。


「ったく……まさか、あんなふうに不意を撃たれるとはね……」


溜め息を吐いて、自嘲するように笑った。


――これだから、僕ってヤツは。


彼は所詮、詰めが甘すぎたのだ。

どんなに慎重に考えて。
どんなに優れた策を思いついても。

それを実行する時にこれでは、意味がない。



156: 最後に半角スペース入ってたのね…… ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:48:02.11 ID:EYM6cUsSo



「……はぁ。ダメだな、僕……」


額に手を当てて、小さく息を吐く。

彼の力では、無理だったのだ、と。
誰かを救うなんて、できなかったのだ、と。

諦めの色が、彼の心を支配していく。
周囲の暗闇も、心なしかその深さを増していくように見えた。

……けれど。


「諦めるべきだけど、諦めたくない。
どうにもならないけれど、どうにかしたい。

……救えなくても、救いたい……!」


理屈ではない別のものが。
その弱音を、即座に否定する。

気付いてしまった本当の気持ちが。
彼の、彼自身に対する最後の砦となる。


考えろ。この状況を、打破する方法を。


諦めるな、絶対に。




157: お目汚し失礼 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:49:18.08 ID:EYM6cUsSo


「ここから逃れないと。
意識を、現実世界に引き戻さないといけない。

……その具体的な方法は……」


小さく舌打ちをしてから、頭を左右に振る。

凝り固まった考えを、吹き飛ばす。

このままでは、無理だ。

何かが必要だ。
この状況を打破できる、何かが。


「……くそ、何か……何かないか……?
この世界にあって、僕の干渉できる……」


あるわけがない、そんなもの。

もう一度頭を振り、思考を切り替えようとしたところで、




「――おいクソガキ。無視してんじゃねぇっての」



「……ッ?」


まるで、スポットライトに照らされたように。

暗闇が、解けた。



158: お目汚し失礼 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:50:20.68 ID:EYM6cUsSo



「何かよぉ、俺にも関係ありそうなことじゃねぇの。
……テメェみてぇな正義の味方ぶった奴は嫌いなんだがよ、
ウチの息子が絡んでるとなっちゃ話は別だ」



暗闇に包まれていたのは、白衣の男だった。

ガラの悪そうなくすんだ金髪に、
何の冗談か顔面には刺青が入っている。


……知っている。


介旅は、この男を知っている。



159: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:52:06.74 ID:EYM6cUsSo



「……アンタ、確か夢の中で……」

「あん? 夢ぇ? ……まぁそんなこたぁどうでもイイ。
お前よぉ、今から起きれたとしたら、どうするつもりだ」

「……御坂を、助けに行く……!」

「お前を見限った奴だぞ?」

「それでも……僕は助けたい。大切な友達なんだ」


怪訝そうな表情の男に、堂々と言い放った。

途端、男の口元が愉しそうに曲がる。


「そうかそうか、そうでなくっちゃなぁ」


男は笑うと、介旅の顔を指差して口を開く。


「オーケー、坊主。
そういうことなら、俺が力ぁ貸してやるよ。
さっさと起きて、嬢ちゃんを助けてやりな」


利害も一致してるしな、と、付け加えるように男は言った。

その笑みは下卑ていて、決して聖者のそれではなく、
しかしどこか、安堵の心を覚えさせた。



160: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:52:39.13 ID:EYM6cUsSo



「……起きるって、どうやって……」

「ん? あぁ、まぁ手っ取り早くショックを与える。
一応この俺なら、現実世界に干渉出来るしな」


そう言うと、男は介旅の右腕を掴んで、


「さぁーて、ではではステキな激痛走りまァースッ!
あまりにも痛すぎてマゾに目覚めちまうかもだけどなぁっ!」


不穏な言葉に、待て、と言う暇もなかった。

気付いたときには、男の手は動いていた。

肩から指先へ。
撫ぜるように、滑らかに手は動く。

そして、その動きと呼応するように、変化が訪れた。



161: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:53:19.10 ID:EYM6cUsSo



「ッ――!?」


介旅の腕が、何かに貪り食われるようにぐちゃぐちゃになっていく。

皮膚が、血管が、筋肉が、脂肪が、骨が……。
ミキサーにかけたかのように、粉々になり混ざり合い、消えていく。


痛くない。介旅は、先ずそう思った。
だが、違う。

痛覚は、遅れて反応していた。
その遅れを、感じ取れなかっただけだった。



そして、その時は訪れる。



麻痺した痛覚が、再び動き出す時が。




162: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:53:45.52 ID:EYM6cUsSo

――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――
――――――――

「ッ、が、あァァァァああああああ!!??」

「初矢お兄さん!」


迸る激痛に、介旅は文字通り"飛び"起きた。

傍らに居た那由他が心配するように声をかけるが、
痛みにのたうつ彼の耳には届かない。

昨夜、麦野沈利に抉られたときのような――
否、それ以上の痛みが、燃えるように彼の腕を包んでいた。

痛みの根元である腕に、反射的に手をやる。

その瞬間、彼は気づいた。


「ッ……はっ、はっ、痛み、が……?」


一瞬前まで彼の身体を蝕んでいた激痛が、
嘘だったかのように綺麗さっぱりと消えている。

思い出したように右腕を見るが、当然そこには何の怪我もない。



163: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:54:35.47 ID:EYM6cUsSo



「……何、だったんだ……?」

「大丈夫? 初矢お兄さん……」


柔らかい声に視線を向けると、
那由他が怯えたような目で介旅を見下ろしていた。

どうやら予想通り、今さっきまでずっと
彼を起こそうとしてくれていたようだ。

そのせいで頬が少し腫れているような気もするが、
細かいことを気にしてはいけないだろう。


「あぁ、大丈夫……ありがと、那由他ちゃん」


年下に心配される自分を情けなく思いながらも、
介旅は服についた埃を軽く払うと、ゆっくりと立ち上がる。

胸ポケットの携帯を取り出して時間を見ると、
15分ほど気絶していたようだった。

もっとも、本来は明日あたりまで目覚めなかった筈なのだろうが。



164: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:55:08.13 ID:EYM6cUsSo



「……ったく、あのオッサンには感謝しないとな……」


だが、起こすだけなら他に方法があったのではないだろうか。
多少割り切れない不満を口にする。

すると突然、那由他が遠くを見るような目で口を開いた。


「そっか、……お兄さん、数多おじさんに会ったんだね」

「へ? 数多、おじさん……?」


聞き返すと、那由他は小さく頷いて、



「そう。数多おじさん。
私の、初恋のひとだよ」




165: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:55:33.19 ID:EYM6cUsSo


続きは、移動しながらにしよっか。

那由他の言葉に振り向くと、
そこにはエンジンのかかった二人乗りのバイクがあった。


『ハロー、お二人さん。コイツに乗ってきなよ。
こんなこともあろうかと、布束さんが手配してたんだってさ』


ハンドル付近に縛り付けられた携帯の声に、
介旅は安心したように息を吐いて、


「はぁ……工山、お前には助けられっぱなしだな……」


急かす那由他と共に、座席に座る。

バイクに特有の揺れを感じながら、
少女は憂うような口調でゆっくりと話し始めた。



166: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:56:03.36 ID:EYM6cUsSo


――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――


木原数多は、特異な者ばかり集まる"木原"の血筋の中で、
最高クラスの才能を持つ男だった。

彼の業績は裏の世界にとどまらず、
表の世界においても活躍し、多くの利益を上げた。

極めつけには、幾多もの研究者が挑み、
そして失敗した『第一位』の能力を、いとも簡単に開花させてしまった。

だから、利益目的で彼に言い寄る女は多くいた。
その99%は一蹴され、残る1%はしつこく言い寄って
射殺されているのだが、まぁそんなことはどうでもいい。


大事なのは、那由他は彼のそんな表面的なところに
惹かれたわけではない、というところだ。



167: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:56:46.71 ID:EYM6cUsSo



幼い頃からいつも、彼は那由他に優しくしてくれた。

時には厳しい言葉を投げることもあったが、
それは大抵、彼女が自暴自棄になったり、道を外れていた時だ。

おばのテレスティーナから理不尽な仕打ちを受けたときは、
(たまにやりすぎだとも思ったが)いつも彼が守ってくれた。


那由他に格闘の基礎を教えてくれたのも、彼だった。

一族最強とも呼ばれた彼の格闘術を、
那由他はどんどん吸収していったし、
彼もそれを自分のことのように喜んでくれた。

特に足技においては、那由他のそれは
彼のものと遜色がないほどまでになった。

最終的に、彼の格闘術の中で那由他が習得できていないのは、
『第一位の能力を破る』術だけだった。



168: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:57:15.03 ID:EYM6cUsSo



兎にも角にも、彼は父親のいない(正確には失踪した)
那由他にとって、最も身近にいる男だったのだ。

ならば当然、幼いながら恋心と呼べるものを抱くのも時間の問題だった。

まぁ、それを伝えた直後に「十年早い」
と、つき返されてしまったのだが。

しかしその後も、那由他はその思いをずっと抱き続けていた。
何年も何年も、ずっと。

だから、



彼が死亡したと聞いたとき、



那由他は現実を見ることができなくなった。





169: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:57:47.89 ID:EYM6cUsSo



それから数ヶ月の間、那由他は謎の失踪を遂げた。

彼女がどこにいたのか、それを知るのは彼女自身しかいない。

ともあれ、彼女はその数ヶ月の放浪の末、
とある場所にたどり着いた。

そこは、嘗て木原の部下であり、
現在はその存在を抹消されている『猟犬部隊』の隠れ家だった。


『お待ちしておりました、お嬢。
木原さんからの最期の贈り物です。

……どうぞ、お受け取りください』


そう言うと、木原に近い部下だったデニスは、
ふたつのものを差し出した。


ひとつは、USBメモリ。
木原数多が自らの思いを遺した、ひとつのテキストファイル。

ひとつは、義腕。
那由他でさえ本物と見紛うほど精巧に作られた、
特別なサイボーグ部品。



170: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:58:14.09 ID:EYM6cUsSo



『……ありがとう。ここを、守ってくれて』



やっと出てきたのは、それだけの言葉だった。


その先は、涙に紛れて声にはならなかった。


そんな自分を、元『猟犬部隊』のメンバーは暖かく迎えてくれた。



171: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:59:05.80 ID:EYM6cUsSo



後に、ファイルを読み取った那由他は知ることとなる。



木原数多は、まだ完全に死んではいないということを。



彼が再び、那由他の前に現れてくれるのだということを。



__・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は、彼自身の脳をコピーしたAIとして、


__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼の遺した義腕の中に未だ息づいているのだということを。




172: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 21:59:41.47 ID:EYM6cUsSo



そして那由他は、逃げることを止めた。


彼の遺志を継ぐ。
それだけを心に決め、少女は戦う使命に身を委ねた。


少女は、やがて一人の少年と巡り合い、
彼と、もう一人の少女の運命を大きく変えることとなる。


その物語は、再び語るまでもない。



173: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:00:30.33 ID:EYM6cUsSo


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――

――PM7:30,学園都市内、とある裏路地――


『やめてよ、あーくん……
こんなの、私の知ってるあーくんじゃない……!』

「……はン」


頭の中に響いた声に、小さくため息をつく。

幾度目だろう、あの言葉を思い出すのは。


「……関係ねェ。俺はもォ、止まれねェンだ」


呟きは、夜の闇に溶けて消えゆく。

長い息を吐くと、
白い少年は背を預けていた壁から体を離す。

動くと同時に、湿った空気が肌にまとわりついた。

不快感をあらわにしながら、最強の超能力者は街を歩く。



174: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:00:57.25 ID:EYM6cUsSo





「……何で、こンな風になっちまったンだろォな」




一瞬。

本当に注意しなければわからないほどの、一瞬。

その声が、揺らいだ。

まるで、泣き出す直前の子供のように。



175: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:01:46.84 ID:EYM6cUsSo




『君は確か、木原数多を実の父の如く慕っていたね』

『……それがどォした』

『――生き返ってほしい、と……思いはしないか?』


あの日。

研究者の甘い言葉に、誘われた自分は。


『君には、優れたチカラがある。
それを最大限に活かせば、あるいは――』

『……本当、なのか?』

『可能性は否定できない、というだけだ。
君は、挑戦せずして結果を知れるとでも?』


唯一の道標だった、木原との約束すらも破り。


『……そうか、それが君の選択かい』

『オマエに何か言われる筋合いはねェよ』

『いや。木原さんがどう思うかな、って考えてたらね』

『……正直、オマエはブチ殺したくてしょうがねェンだ。
木原と同じ場所にいながら、自分だけ助かりやがった。
だから……黙れ。本気で殺すぞ』

『助かったのは妻の初野も同じだよ。
そして君、本当に殺すつもりはないんだろ?
そのつもりなら、忠告なんてしないはずだ。

……木原さんに聞いた通りだ。君は優しい子だね』


どこか柔らかい眼差しを向けていた、
介旅破魔矢の言葉も聞かず。


『――ではこれより、第一次「絶対能力進化実験」を始めます
……と、ミサカは銃器を構えつつ再開を告げます』


『実験』に、臨んだのだ。



176: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:03:23.33 ID:EYM6cUsSo


「……気が付きゃ、もォ一万を越えてたンだったか」


足が自然に行き着いていた操車場で、
彼は暗がりに声を投げる。

その声は、もう震えてはいない。

いつも通りに、最凶で最狂で最強の、
冷たく鋭いナイフのような声。


「はい。ミサカの検体番号は一〇〇三二号ですから、
二万のおおよそ半分ですね、
とミサカは小学生にもできる計算を披露します」


応えたのは、今宵の実験で『壊す』『人形』だ。



177: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:03:56.70 ID:EYM6cUsSo



「……オマエさァ、実際に小学生に会ったことあンの?」

「いえ、ありませんが……
初等教育の過程で、この程度の商算は習うというデータがあります。
と、ミサカは自らの知識量をアピールします」

「……ダメだなァ、やっぱオマエラとは会話できねェわ。
その口調からして会話に向いてねェし」

「いえ、ミサカには日常会話スキルがインプットされています。
と、ミサカは失言に対し訂正を求めます」

「いや、それ組ンだのはあのギョロ目女だろ?
アイツ自身が日常会話オカシインだが」


そうは言いながらも、二人が交わしているのは
間違いなく、会話と呼べるものだった。

それが可能であることに、
一方通行は別段驚かなかった。

戦闘前の会話なんて、
これまで一万ほど繰り返されてきたし、
これからも一万ほど繰り返されるのだろう。

殺戮の前の、穏やかなひと時。
時間がこのまま止まってしまえばと、
何度思ったことだろうか。

だが、無情にも時間は流れる。

全人類に等しく与えられた時という資源は、
それ故に誰の為にも在り方を変えない。


178: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:04:41.69 ID:EYM6cUsSo



そして、時はやってきた。

ふたたび、殺戮の『実験』が始まる。


「――午後八時ジャスト。 時間です。

ただいまより第一〇〇三二次実験を開始します。

被験者は、所定の位置についてください」


人形の声が、操車場の中で静かに響く。


呼応するように、最強の口から小さな吐息が漏れる。



179: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:05:08.42 ID:EYM6cUsSo




そして。




『実験』開始当初の予定よりも随分と早い、
七月二十九日午後八時〇〇分。




幾度となく繰り返された殺戮の舞台が、再び幕を開けた。





180: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/07/28(土) 22:05:59.58 ID:EYM6cUsSo



【闘う理由―their own hearts―】Fin.



187: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:46:48.49 ID:9oElwE2Wo




【操車場の戦い―You can live―】



188: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:47:26.48 ID:9oElwE2Wo


――――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
――――

―PM7:35、学園都市某所―

「……で、何なのよ、アンタたち?」


御坂美琴は、不機嫌そうな声で呟いた。

その声の先にいるのは、黒系の装備で身を固めた、
十人程度の人影。

最新式の装備に身を包んでいることだけ見れば、
警備員の人間だと考えられたかもしれない。

しかし、見た目や装備以上の言わば雰囲気とでも表せるものが、
明らかに彼らのような"正義"を掲げる組織とは異なっている。

敵意を込めた視線を送ると、
その中の一人が代表するように話し始めた。


「そうね……風紀委員や警備員とは別の切り口から、
学園都市の平和を守っていた組織。
……と言えば、分かるかしら」


顔を隠しているので分かりにくかったが、
その装備の下から聞こえてきたのは女の声だった。

よく見てみれば、体型も細身で女性らしさがある。
もっとも、その体型も装甲服の下であるため分かりづらいが。


189: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:47:58.61 ID:9oElwE2Wo


美琴は女の言わんとすることを理解すると、
鋭い目を向けて、


「……要するに、暗部ってことでいいのね?」

「今はその前に"元"が付くけれどね。
まぁ大体その解釈で間違いないわ」

「ねぇ、ちょっと喋りすぎじゃない、ナンシー?」

「あぁ悪いわね、つい」


ナンシーと呼ばれた女は、敵意の込められた視線を
軽く受け流しながら、隣に立つ同僚の言葉に応える。

声や体型を見たところ、こちらも女性のようだ。
ただし、ナンシーよりも口調が穏やかさを感じさせる。


「……へぇ、じゃあその元暗部さんは、何が目的なのよ?」

「そうですね……簡単に言ってしまえば、
あなたの足止め、といったところでしょうか」

「足止め?」



190: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:48:29.01 ID:9oElwE2Wo


穏やかな口調の女の返答に、美琴は眉を潜める。

このタイミングで美琴の前に現れるということは、
『実験』の関係者が邪魔者を消しに来たと考えられた。

しかし、彼女は殺害や捕縛ではなく、足止めと言った。
女達が美琴の推測した通りの部隊ならば、
そんなことを言うはずがない。


「まぁ、これは私達の目的というよりは、
"お嬢"の目的と言った方が正しいでしょうか。
私達は"お嬢"に言われたことをやっているだけですから」

「ちょっと。アンタこそ喋りすぎでしょヴェーラ」

「あ……まぁ、いいんじゃない?」

「へぇ……じゃあ、その"お嬢"ってのは
随分と私のことが嫌いみたいね」


軽口を叩きつつも、美琴の頬には汗が浮かんでいた。

ヴェーラとナンシーは、会話をしながらも
決して警戒を解いているような素振りを見せていない。
素人の美琴にも分かるほど、訓練されたプロの挙動だ。

そしてそれは、二人の後方に待機する数人も同様。
武器を構えた腕には、一切の迷いがない。



191: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:49:02.45 ID:9oElwE2Wo


「嫌い? まさか、その逆よ」

「そうそう。言ってたものね、好きだって」

「……話が見えてこないわね。いったい誰なのよ、そいつ?」


思わぬ言葉に、睨むように問い掛ける美琴。

その問いに、ヴェーラとナンシーはほぼ同時に口を開いた。


「「木原那由他」」

「なっ……!」


返されたのは、想定すらしていなかった答え。
驚愕に、美琴の息が一瞬止まる。


192: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:49:36.46 ID:9oElwE2Wo


油断を見せたのは、ほんの一瞬だった。

しかし。
そもそも、相手は"その道"のプロ集団。
一瞬の隙に、十の銃弾を打ち込む訓練を受けている連中だ。

よって、その結果は実に明瞭。
美琴が動揺した僅かな隙を突き、幾つもの銃弾が発射される。


「っ、ハッ……!?」


息を吐く暇は、無かった。
それよりも早く、数十の弾丸が美琴の腹へ突き刺さった。

ズドン!と、一塊になった衝撃が美琴の全身を駆け抜ける。



193: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:50:05.72 ID:9oElwE2Wo


「っ、……がっ、ごぼ、ごほ……」


濁った声で咳き込み、喉に引っ掛かるような唾を吐き出す。
そうしてようやく、美琴は気付いた。

彼女の身体に、風穴は空いていない。
鈍い痛みはあるが、出血はしていない。


「……ッ!」

「ぐっ!?」

「ちぃっ!」


バヂン、と散った火花に、黒尽くめが退いた。
直後、その鼻先を掠めるように黒色の剣が舞う。

仕切り直すように磁力で操った砂鉄の剣を振ってから、
ようやく息を吸った美琴は荒い息で呟く。


「っ、はっ、これ、ゴム弾……?」



194: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:51:24.57 ID:9oElwE2Wo



地面に転がったのは、溶けた黒色の樹脂。

美琴はゴム弾と判断したが、実のところそれは
発射の衝撃自体に耐えられない、
ゴム弾としても出来損ないの代物だ。

敵対者の無力化という、最低限の目的すら達成できない弾丸。

そんなものを使う理由は、もはや一つしかない。


「言ったでしょう……」


ヴェーラが、低く抑えた声で語り掛けるように言う。


「那由他お嬢は、あなたを殺したいわけでも捕らえたいわけでもない。
ただあなたを止めたい、それだけなんです……!」

「っ……なんで……」

「自分から死にに行くアンタを、
見てられないからに決まってんでしょ……!」

「でも……仕方ないでしょ!?
"あの子達"を助けるにはこうする以外、方法が……」




「――うるっせぇんだよ!!!」



「っ!?」

「ヴェーラ、アンタ……?」


美琴が悲痛の叫びを上げるのと、
ヴェーラが怒鳴ったのは、ほぼ同時だった。

それほどまでに彼女は、美琴の言葉に過敏に反応した。

今まで一度も見たことの無いヴェーラの表情に、
直接それを向けられたわけでもないナンシーまでもが身を強張らせる。


195: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:52:04.83 ID:9oElwE2Wo



「あなたは……あなたを大切に思っている人が
大勢いることを、知らない訳じゃないでしょう!?

お嬢が言っていましたよ……
介旅という少年も、その一人なのだと!
その彼が、あなたを止めに行ったのだと! !」

「っ……何も、何も知らないくせにそんなことを……!」

「彼はきっと言ったはずですよね、あなたを守りたいって!
そんなの、聞くまでもなく分かりますよ!!

……それで、あなたはどうしたんです?
裏切ったんでしょう? その彼を!」

「っ! でも……アイツは……アイツじゃ……!」


「『アイツじゃ』、何なんですか!?
あなたを救えないとでも!? 最強には敵わないとでも!!?

彼は言ったんでしょう! あなたを助けるって!!

じゃあ……信じろよ!!
守ってくれるって!! 助けてくれるって!!!!」


「だ、まれ……黙れェェェェええええ!!!!」

「っ……が、っ……!」

「ヴェーラ!!」


ヴェーラが感情に任せて武器を振るった直後、
激昂した雷神の一撃が彼女を貫く。

対電仕様の装甲服ですら、
美琴の怒りを受けきることはできなかった。
それを認識するよりも早く、ヴェーラの体が崩れ落ちた。
どさり、と小さく重たい音が、辺りの空気を大きく変える。



196: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:52:37.58 ID:9oElwE2Wo


「っ、ヴェーラさん!」

「大丈夫よ、計器を見たところ、脈はある!
それよりも自分の身を守りなさい……!」


焦って駆け寄りそうになった隊員を鎮めるナンシーだったが、
その実彼女自身すらも焦りを隠せないでいた。

彼女達『猟犬部隊』は元々、逃げる標的を追い、
確実に仕留めることに特化した部隊だ。

専門分野に関しては右に出るチームはいないレベルだが、
その反面攻められることに慣れておらず、
反撃に極端に弱い側面も持ち合わせている。

つまり対『超電磁砲』専用に選別した装備を突破された時点で、
彼らの能力は全くといっていいほど発揮できなくなったのだ。


197: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:53:15.14 ID:9oElwE2Wo


「もう、いい……時間がないの。
さっさと片付けさせて貰うわよ」

「っ――!」


マズイ、とナンシーは直感した。
隊員全員に動揺が走っていくのが、見ずとも分かる。


「う、……あ、あ、うわぁああぁああああ!」

「っ!? ダメ、止めなさ……!」


緊張に耐えきれず、誰かが闇雲に発砲する。

震える銃口から発射されながらも、
銃弾は一直線に美琴に向かい、

直後、黒色の剣によって真っ二つに切断された。


198: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:53:47.97 ID:9oElwE2Wo


「ッ!!?」

(ヤバい……!完全に"空気"を持っていかれた……!)


ナンシーの背筋を、ぞわりとした悪寒が這い上がる。

その根本にあるのは、彼女の実戦経験に基づいた
単純かつ正確な『直感』とでもいうべきもの。

余程力の離れた者同士の戦いでなければ、
場の"空気"を掴んだ者がそれを制する。

不意を突いた攻撃すらも迎撃されたことで、
彼らの心には少しでも「勝てないかも」という思いが生まれてしまった。

そして、"集団"という枯れ草の中に生まれた"疑念"という火種は、
瞬く間に燃え広がり"恐怖"という業火へと姿を変える。

本来彼らの最大の武器であるはずの『集団』は、
その脆さを突かれ、完全に足枷と化してしまっていた。


199: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:54:18.73 ID:9oElwE2Wo


「さて、じゃあ……終わらせてあげる」


美琴が、感情の無い声で静かに呟く。

右手には、砂鉄で形作られた黒色の剣。
左手には、迸る十億ボルトの雷光。

そのどちらもが人を死に至らしめる両手が、
ゆるりと動く。


「……! 怯むんじゃないわよ……!
思い出しなさい! 私達は誰のために戦ってるのか!!」

「……は、ハイ!」


ナンシーの叫びに呼応するように、
隊員たちの纏う空気が一変する。

一瞬とはいえ美琴の"空気"の支配から逃れた彼らは、
自らの役目を全うするために力強く武器を構えた。


「行くわよ……全員、――撃て!!!」

「手加減は出来ない。死んでも知らないわよ」


200: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:54:44.39 ID:9oElwE2Wo


恐怖は、当然あった。

逃げ出せるものなら、逃げ出したかった。

しかし。

彼らは決して、一歩たりとも退こうとはしなかった。


かつて彼らが敬愛した、一人の男。

木原数多が、最も愛した少女のために。

彼らは絶対に、逃げ出さない。



201: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:55:16.82 ID:9oElwE2Wo



銃声が轟き、黒の壁に阻まれる。

砂鉄の渦が、装甲服すらも削り飛ばす。

莫大な電圧が、何人もの胸を貫く。



戦闘時間は、僅か数分。

足止めというには、あまりにも短すぎる時間だった。



こうしてナンシー達、『猟犬部隊』第1班は壊滅した。


その身に課せられた使命を、果たすことすらなく。



202: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:55:44.37 ID:9oElwE2Wo

――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
―――――――


―PM8:15,操車場―


戦闘開始から、15分が経過していた。

ミサカの『作戦』は、着実に『最強』の防御を掻い潜り、
彼の息を切れさせることにまで成功していた。

このままいけば、一方通行を打ち破れる。
彼女がそう確信した瞬間。

甘ェンだよ、と。

最強の口が、小さく動いた。



203: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:56:18.42 ID:9oElwE2Wo



「そンなンじゃ、百年経っても
俺を殺すことなンざできねェよ!」


咆哮と同時に、あらゆる『向き(ベクトル)』を味方につけた
一方通行の体が、とてつもない速度で空を切る。

両手を伸ばしたまま地面と平行に飛び、
数メートルの距離を一瞬で詰める。
明らかに物理法則を無視したその動きも、
彼の能力にとっては容易いものでしかない。


「く……っ!?」


超速度の突進を、ミサカは転がるように間一髪で避ける。

白い悪魔の手が、頭の横を通り過ぎた。
そう認識し、反撃に移ろうとした瞬間だった。


「ダメなンだよなァ、それじゃあ」

「ッ!?」


笑う彼の足が、とん、と軽く地面を踏む。

ミサカは視界の端でそれを捉え、


「……、ぁが、っ、!?」


直後、体を貫いた衝撃に息を詰まらせる。

その正体が飛来した数十もの砂利であると気付いた時には、
既に彼女の体は数メートル先の地面に叩きつけられていた。



204: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:56:53.94 ID:9oElwE2Wo


「オマエさァ、誰と戦ってるか分かってンのか。
一方通行。学園都市の第一位なンだぜ?
その程度で避けた気になってンじゃねェよ」

「くっ……!」

「オマエは中々楽しませてくれた。
まさか酸素を電気分解してオゾンを作り出すとはな。
俺の『反射』の弱点を突いた、効果的な攻撃だ」

「ッあっ!!」


立ち上がり何らかの反撃をしようとしたミサカを
蹴り飛ばしてから、だがな、と一方通行は眉根を寄せて言い、


「そもそも本気で俺を殺そォとすンなら、
オマエは俺の前に現れるべきじゃなかった。

オゾンを振り撒くオマエ自身は、
俺に見つからねェよォに隠れて。
気づかれねェ内に俺に攻撃しなきゃならなかったンだよ」



205: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:57:32.11 ID:9oElwE2Wo



糸の切れた操り人形のように転がるミサカの髪を、
彼は掴んで持ち上げる。

彼女の目の高さを自分自身のそれに合わせる。
髪を掴まれているというのに、彼女は嫌がる素振りも見せない。

赤い瞳が、感情の無い瞳の奥を射抜くように見つめる。


「……。何度も聞くが。オマエ、死ぬことは怖くねェのか?」


「怖い怖くないの問題ではありません。

ミサカは死ぬために生まれた。

ですから、死を拒否するなど有り得ません。
と、ミサカは『妹達』の共通見解を述べます。

ちなみに全個体の総計で、同様の問答は528回目ですね。
とミサカは補足します」


そォかよ、と、吐き捨てるように一方通行は言った。

瞳の赤色に、諦めという不可視の色が混じる。



206: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:58:23.47 ID:9oElwE2Wo



「じゃあ、終わりにするか」


言うと同時に、ミサカの体を乱暴に投げ捨てる。

小さな悲鳴が漏れたが、それも恐怖によるものではない。
痛みに対する反射的なものでしかない。


「壊れろ、人形」


彼は静かに言い、ミサカの頭を踏みつける。

後はこのまま力を入れれば、今回の実験は終了だ。

そこに意味など無い。変化も無い。
一万回以上も繰り返された、ただの作業でしかない。

______・・・・・・・
――そのはずだった。


207: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:59:05.40 ID:9oElwE2Wo



なのに。



「――止まりなさい、一方通行!!」




その瞬間、操車場に制止の声が響いた。



凛とした、少女の声が。




208: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/11(土) 23:59:32.31 ID:9oElwE2Wo


――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

怖くない、と言ったのは、丸っきり嘘だった。

操車場に辿り着いた瞬間から、
恐怖で喉が干上がりそうだった。

手も足も出ず一方的に攻められた記憶が、
原始的な感情となって体を縛りつけようとしていた。

けれど。

御坂美琴は、それでも力強く叫んだ。


『最強』の暴力を止めるために。

大切な『妹』を、守るために。



209: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:00:03.11 ID:vj77h9eho


「……また。オマエ、か」


ナイフの切っ先のような少年の言葉が、美琴の心に突き刺さる。

未だ嘗て経験したことすらないほどの殺意が、
明確に自分へと向けられている。

それを認識しただけで、恐怖に体が震えた。

……けれど。


「お姉、様……?」


逃げ出したいという気持ちには、ならなかった。

妹を助けるという決意が、弱い感情を跳ね除けていた。



210: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:00:46.42 ID:vj77h9eho



「ゴメンね。アンタたちに、
少しもお姉ちゃんらしいことしてあげられなくて」


掌が、じとりと汗ばむ。

その中にあるコインを弾けば、もう後戻りは出来ない。

『超電磁砲』は反射され、美琴の体は音速の三倍で撃ち抜かれる。


「……でも、大丈夫だから。
ここで、全てを終わらせるから」


ゆっくりと手を開き、その中身を確認して、


「……あ、」


思わず、声を出してしまった。


211: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:01:15.51 ID:vj77h9eho


コインには、見覚えのあるマークがあった。

カエルをモチーフにしたマスコットキャラクター。

介旅と再会した、あの日のものだ。


(……アイツが持ってたコイン、か。
無意識のうちに貰っちゃってたんだ……)


そういえば、ちょうど『妹達』と初めて出会ったときに、
うっかり自分のコインケースに入れてしまったのだった。

あの後は色々なことが続け様に起こって、
そんなことを考えている余裕もなかった。


(……これも、運命ってヤツなのかしらね。
随分と皮肉なもんじゃないの)


美琴はもう一度小さく笑うと、
腕を伸ばし、コインを構える。

不思議と、恐怖は消えていた。


212: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:01:50.69 ID:vj77h9eho


(――さよなら。私の、最後の友達)


そして、コインは弾かれる。

宙に投げたコインは、放物線を描きながらゆっくりと落ちてくる。

時間が、本来の何倍にも感じられた。


「――――」

「――、――――!」


一方通行が呆れるように何かを言い、
その足から解放されたミサカが慌てるように何かを叫んだ。

声は、聞こえない。

音のない世界の中、コインは伸ばした手に吸い込まれ、
――撃ち出される。


描かれゆくオレンジ色の軌跡は、誰にも止められない。


――これで終わる。何もかもが。


美琴がそう思考した、瞬間だった。



213: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:02:21.73 ID:vj77h9eho






ゴッ!!!!と。





__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何の前触れもなく、音速の三倍で飛んでいたはずのコインが爆ぜた。





214: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:02:58.92 ID:vj77h9eho




「……、あ……」



あまりにも突然の出来事だった。


にも拘らず、美琴は何が起こったかを瞬時に理解した。


理解できて、しまった。



215: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:04:01.09 ID:vj77h9eho



『……ってあれ、ちょっ、まさかごめんストォォォォッップ!』


『ヤバい……! これだけ加速した重力子、止まるかどうか分かんねぇ!』



蘇る。

"あの時"の会話が、鮮明に。


――一度触ってしまえば、一定距離内ならいつでも爆破できる。


『彼』は自らの能力について、そう言っていた。



216: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:04:27.93 ID:vj77h9eho


「……はは、ギリギリ、間に合った……か?」



穏やかな声が、美琴の耳を打つ。



「嘘……でしょ……?」



振り返るまでもなかった。


この声を、忘れるはずがなかった。


臆病で、弱くて、情けなくて。

それでも優しく強く頼りになる、この声の主を。



217: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:04:54.06 ID:vj77h9eho



「介、旅……アンタ、何で……!」


視界に入った彼を見て、
嘆くように、美琴は声を張り上げた。

こうなってほしくなんか、なかったのに。
彼には、こんな危ないところに来てほしくなんかなかったのに!



「何回も言うよ。 お前を……美琴を、助けに来たんだって」


「ッ……!」



一言で、涙腺が弛んだ。


決意が、簡単に揺らがされてしまう。



218: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:05:26.32 ID:vj77h9eho


「わ、私、は……! アンタに助けてもらいたくなんか、ない……!

あ、アンタのことなんか、大っ嫌いだから……!
だから、そんな奴に助けられたって、ちっとも……!!」



苦し紛れに叫ぶが、嗚咽混じりのそれには一切の説得力がなかった。


子供のように涙を流す美琴に、
介旅は今までに見たことがないほど強い微笑みを見せる。



「例えそれが、本心だろうがそうじゃなかろうが。
僕のやることは変わらないよ」


「なんで……なんでよ……っ!
私は、アンタを裏切った!酷い言葉を浴びせた!

なのに、なんで……っ!!」


「僕が、そうしたいから。
それ以外に、理由はいらないよ」


219: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:05:55.79 ID:vj77h9eho



「……、何よ、それ……反則じゃない……!
そんなこと言われたら……! でも……」


だからさ、と。

美琴の言葉を遮るように、介旅は言って、


「お前は、古い考え方にとらわれすぎなんだよ、美琴。

異能力者じゃ超能力者には勝てないなんて。
僕が最強にかなうわけがないなんて。

そんなの、お前の世界だけの常識でしかない」


そこまで言うと、介旅は腕を広げる。

空気をつかむように。
世界を己の中に受け入れるように。



220: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:06:23.68 ID:vj77h9eho






「僕に任せてくれよ。そして、自分の世界を見つめ直してみろ。
凝り固まった常識の中に、絶対にいくつもの綻びがある筈だ。

その綻びを、僕が直してやる。
そうすればきっと、新しい世界が来る。

何にも縛られず、誰にも止められない世界が。


異能力者だとか超能力者だとか、

脇役だとか主人公(ヒーロー)だとか、

弱者だとか強者だとか。


そんなものは関係無い。


ただ単純に、僕が君を救う。それだけの話だ」



221: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:07:00.75 ID:vj77h9eho



言い切ると、介旅は一方通行へと視線を向け直す。

美琴に向けていた微笑は消え、
代わりに怒りを込めて睨み付ける。


「さぁ、勝負だ最強。
――――本気で、かかってこい」


222: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/08/12(日) 00:07:26.13 ID:vj77h9eho






そして、操車場の戦いの火蓋は切って落とされる。

誰もが予測せぬ結果に終わる戦いが、いま始まる。







230: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 21:57:31.34 ID:rxAtBZzSo



「……。へェ。面白ェな、オマエ」


戦意を剥き出しにする介旅とは対照的に、一方通行は嗤う。

笑いながら、数十メートルの距離を二歩で詰める。


「最っ高に……面白ェぞ!!」


ゴバッ!!と砂利が爆発する音は、遅れて聞こえた。

白く細い体躯が、銃弾のごとく空を走る。


広がる腕は、死神の大鎌。

右の毒手、左の苦手。
一瞬触れただけでも致命傷になる両手が、介旅に迫る。



231: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 21:57:58.78 ID:rxAtBZzSo



「……っと」


対し介旅は、軽くステップを踏むように左へ飛んだ。
同時、一瞬前まで彼の頭があった位置を最強の右手が通過する。

一見して無駄のない、完璧な回避行動だ。

だが。

忘れてはいけない。

彼の相手は、学園都市の第一位。
そんな相手に、通常の「回避」が通用するわけがないのだ。



232: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 21:58:27.03 ID:rxAtBZzSo



「ダメ、です……と、ミサカは……警告します……!」


倒れ伏すミサカの口が、小さく動く。

届かぬことは分かっていても、
必死の思いで声を上げる。


「それでは、避けたことには、ならない!
気を抜かないで、ください、とミサカは……!」


叫びも虚しく、一方通行の足が地面を叩く。

彼の足元の砂利が散弾と化し、介旅を襲う、


「……、え?」


その瞬間。

ミサカは確かに、介旅の声を聞いた。


分かってるよ、と。

小さく動いた唇は、明確にそれだけを伝えて。


直後、彼の体は大量の砂利に覆い隠された。




233: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 21:58:53.22 ID:rxAtBZzSo



「あ……っ!」


泣き出しそうに息を飲む美琴を見て、違う、とミサカは思考する。

一方通行が放ったのは、砂利の散弾。

その用途は、あくまでも『標的を吹き飛ばす』ことにしかない。


「……あァ?」


一方通行は、怪訝な声を上げる。

乱入者の体は、砂利に吹き飛ばされたのでも、
まして貫かれたのでもなく、『覆い隠された』。

つまりは、


(避けた、だと? 完全に不意を突いた俺の攻撃を。
……ハッ、なかなかやンじゃねェか)


今まで彼に勝負を挑んできた者の中には、
一撃目を躱した者は数知れぬほどいたが、
追って放たれる二撃目では数える程しかいない。

そして、


「ハッ、――ホンットに面白ェな、オマエは!!」


そこから、返す刀で拳を放ってきた者に至っては。
――彼が、初めてだ。



234: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 21:59:29.65 ID:rxAtBZzSo



「――、っ!!」


決して速いとは言えない介旅の拳が、
正確に一方通行の顔を狙う。

だが、一方通行はそれを避けようともしない。
避ける理由が、ない。


(……あァ? 何かと思えば、普通に殴りかかってくるだけ、だァ?
なンだよ、さぞ大層な能力者かと思ったが、期待ハズレじゃねェか)


彼の『反射』は、絶対の防壁だ。

この世に存在するあらゆる『向き』は彼に使役される。

核爆弾の爆発すらも無傷で受けきるその壁に、
生身の拳で挑むなど笑止千万――


思考して、一方通行が口元を歪めた次の瞬間。


介旅の右手が、彼の顔面に到達し、




__・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのまま、反射されずに振り抜かれる。





235: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:00:10.86 ID:rxAtBZzSo



「……、あ?」


視界が、突然揺れる。


前を見ていた筈の視線が、
いつの間にか空に向いていた。


理解が追い付かない。


頬が、じわりと熱を持っている。



236: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:00:41.04 ID:rxAtBZzSo



「あ、は……? イタ、い……?」


それは、数ヶ月ぶりの現象。

痛みという名の、原始的な感覚。


「な、ンだよ、これ……」


能力を使えば簡単にできることなのに、
それすらも忘れてゆっくりと立ち上がる。

体の芯に力が入らないまま、
あまりにも呆然とした様子で目の前の少年を見る。



237: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:01:12.83 ID:rxAtBZzSo



「痛い、だァ? なンなンだよ、オイ、コイツはよォ」


壊れた人形のように、ゆっくりと首を動かす。

虚ろな視線で、介旅の顔を見つめる。

ようやく現実を認識し始めた瞳が、
少しずつ鋭くなっていく。


「……ッ! なン、なンだよ、オマエはァ!!」


戸惑いを振り払うように、腕を大きく振るう。

風を切る左腕は薄く研がれたナイフの如く首筋を狙う。

だが、


「遅い……っ!」

「っ――!?」


大振りの攻撃は、介旅に掠りさえしない。

軽く屈んだだけで腕を回避した介旅の拳が、握り締められる。


「――ふっ!!」

「ッ、はッ!?」


アッパーカットの如く真下から、
介旅の右手が一方通行の顎を打ち抜く。


238: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:01:40.45 ID:rxAtBZzSo



脳を揺らされた怪物の体がよろめくのを見て、
介旅はさらに追撃を仕掛けようとし、


『フェイクだ、避けろ坊主!
十時四十五分の方向に47センチ移動して体を33センチ落とせ!』

「っ!?」


頭に響いた声に、体重を動かしかけていた彼の動きが一瞬で止まる。

硬直を振り払った介旅が動き出した時には、
既に一方通行は足を振り下ろしていた。

小石が、凄まじいスピードで飛び散る。

回避が1テンポ遅れた介旅の皮膚を、
その内のいくつかが削りとっていく。



239: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:02:10.00 ID:rxAtBZzSo



「っつ……」


左腕で顔を庇いながら、一方通行を睨み付ける。

砂利を飛ばした際に後ろへ跳んだのか、
彼の体は先程より十メートルほど離れたところにあった。


(……どうすんだよ、木原さん。
距離をとられちゃったけど?)


一方通行に注意を向けたまま、介旅は頭の中に呼びかける。

念話能力者とはこんな感覚なのだろうな、と
場違いに呑気なことを考えていると、 脳内に別の声が響いた。


『おら、目の前のアイツに集中しな坊主。
アイツぁ考え事しながら勝てるような相手じゃねぇぞ』

(分かってるさ。で、具体的にどうすべき?)

『……口の聞き方がなってねぇなクソガキ。
俺がその気になりゃ二回は死んでるぞ』

(僕が死んだら、今僕の精神の中に潜り込んでる、
アンタまで死ぬことになるんじゃ?)

『……まぁ、義腕の方に保存されたデータが失われれば
俺は死ぬ、つーか消えることになるわな。

って、んなこたイイんだよ別に。
距離を取られたなら、詰めるだけだ。指示通り動け』

(はいはい、ミスの無いようにお願いしますよーっと)


思考だけでの会話を終えると、介旅は勢いよく地面を蹴った。

決して速くはないながらも、針の穴を通すような正確さで。
その足取りが、一方通行との距離を一気に詰める。


240: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:02:35.92 ID:rxAtBZzSo



「っ、ッ、くそがッ! なンで、当たンねェンだよ!?」


接近を止めるべく、一方通行は幾多の攻撃を仕掛ける。

ある時は音速を超える石の礫が。
ある時は引っこ抜かれた鉄道のレールが。
ある時は砂利の散弾が。

『最強』の能力は形を変え、近付く介旅を襲う。

だが、


『左、右、右、ジャンプ、一歩引いて待て、全力で走れ!』


そのどれもが、介旅に決定打を与えるには至らない。

頭に響く声の通りに動く介旅には、
それらの攻撃は紙一重の距離にすら接近を許されない。

そして、


「――っ!?」

「っ、!!」


十メートルが詰められるのに、三秒とかからなかった。

介旅の拳が再び振り抜かれ、一方通行の腹部へとめり込む。

くの字に折れ曲がった彼の肺から、残った息が吐き出される。


241: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:03:15.26 ID:rxAtBZzSo



「が、っは……ッ!」


砂利を巻き散らすことも忘れ、ほぼ反射的に後方へ飛んだ。

それほどまでに、彼にとっては恐ろしかった。

絶対の防御を打ち破る、あの拳が。
介旅初矢の持つ、不可思議な右腕が。


「オ、マエ……何なンだよ、その変な右腕はよォ……!」

「あ、もうバレちゃったか。
まあさっきから右手でしか殴ってないから当たり前か……」

「答えろ! 一体どォいう原理で俺の『反射』を……ッ!」

「ああ、まぁこの右手に機巧があるんだよ。
実はこいつ、とある事情で義腕でさ。
で、義腕といってもまた特別なものなんだ」


介旅は立ち止まると、見せ付けるように右腕を差し出す。

顔を顰める一方通行に構わず、
彼は更に説明を続ける。


「マイクロマニピュレータ、って知ってるか?
ミクロサイズの研究とかで使う、細かい動きをするための機材。
それと同じ機構が仕込まれてんだよ、この右手」

「答えになってねェぞ。
ンなモンで、『反射』を突破できるわけが……」

「ヒントはやった。後は自分で考えろよ」


242: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:03:52.48 ID:rxAtBZzSo



言うと同時、介旅は再び動き出す。

戸惑いながらも応戦する一方通行の攻撃を、
ある時は身を曲げ、ある時は飛び越えるように避ける。

片や一方通行は、介旅との距離が詰まると同時に
攻撃できるだけの距離を保ち後退する。


(次で……決める!)

(落ち着け。今までの戦い方から見るに、
アイツは接近しなけりゃ攻撃できねェ。

……なら、近づかせなけりゃイイだけだろォが!!)


追う介旅に、退がる一方通行。

僅かな蟠りを残したまま、戦局は完全に固定される。

だが、その膠着も長くは続かない。

『攻められた』経験の無い一方通行は、
初めての『逃げる』という行為に。

介旅に至っては単純に、走り続けることに。

体力と精神力を、少しずつ消費していく。


均衡の崩れは、刻一刻と近付いている。



いや。



もう既に、訪れている――。



243: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:04:39.68 ID:rxAtBZzSo



「ッ!? 」


ゴウン!!と、飛び退った一方通行の背が、一つのコンテナに激突する。

無論、『反射』を持つ彼にとってそんなものはダメージにはならない。
ただし、


激突と同時に、彼の背中はコンテナを吹き飛ばしてしまう。

_________・・・・・・・・・・・・・・・
そう、彼自身の運動エネルギーを使って――。


「しまっ――」

「後ろには気を付けろよ、なっ――!」


全ての運動エネルギーをコンテナに移し、
一方通行の体は速度を失う。

後方への推進力を無くした彼の眼前に、介旅の拳が到達する。



244: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:05:07.33 ID:rxAtBZzSo



「く、そっ!」


回避は――間に合わない。

ならば、先に殺す――これも間に合わない。

耐える事は――不可能だ。

優秀すぎる彼の頭脳は、試行の前に結果を予測できてしまう。


(……ここで、終わンのか――)


静かに思考しながら、一方通行は目を閉じた。

既に、見る事に意味は無いとでも言わんばかりに。

近付く拳が切り裂く空気の感触を、肌で感じながら、



245: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:05:34.34 ID:rxAtBZzSo






(終わっちまうのかよ。タノシかったのによォ)




彼は、引き裂くように笑う。




246: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:06:03.81 ID:rxAtBZzSo



「オマエさァ」

「ッ!!」


声に構わず、介旅は拳を振り下ろす。
正確には、"振り下ろすように見える動作"をする。

その先を聞きたくはなかった。

本能が、聞くなと告げていた。

だが、


「自分で首締めてちゃ世話無ェよなァ」

「が、っ!?」


振り下ろした拳が、弾かれる。

肩口に走る痛みに顔を顰めた時には、
既に一方通行の足が空間を薙ぎ払っていた。

能力によって強化された蹴りが、介旅の脇腹を直撃する。



247: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:06:29.59 ID:rxAtBZzSo



「あ、が、っ……!」

「ひゃはっ!! 吹っ飛べ!!!!」


蹴り飛ばされた介旅の体が、四肢を投げ出しながら
地面を転がっていく。

内臓が潰れたのではないかと思うほどの激痛が走るが、
それでも明らかに、手加減されているという感覚があった。

一方通行が本気で『向き』操作を使えば、
介旅など一瞬で粉微塵にされてしまったはずだ。

つまりは、遊びがある。

『反射』を貫く術を持つ介旅は、
彼にとっては恐怖の対象だったはずなのに。

一刻も早く、殺してしまいたいはずだったのに。



248: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:06:55.99 ID:rxAtBZzSo



(は、『反射』対策が、破られた……?
いくらなんでも、解析が速すぎる……っ!)

『が、ざ、ざざ……ち、げぇ――ざざ、』

(っ! 木原さん、どうしたんだっ!?)

『うる、せぇよ――ざざざざ――くそが、あのガキ。
解析じゃねぇ。テメェの言葉から、ヒントを得たんだろうよ』

(ヒント、って……?)


ゆっくりと起き上がると、口の中に鉄の味を感じた。

不快なそれを地面に吐き捨てて、
介旅は痛みに耐えながら一方通行に目を向ける。

視線の先の彼は、面白くて仕方がないと言った調子で笑っていた。

もはや、追撃を仕掛けることすらしない。
彼にとって、介旅とは既にその程度の相手でしかなかった。



249: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:07:21.53 ID:rxAtBZzSo



「よォ、どォだ? 自分の言葉を逆手に取られる感覚は」

「どう、いう……?」


「俺のチカラは、『向き』操作。
操れる『向き』は、運動量に限らねェ。

……ここまでは知ってるよなァ?」


一方通行は、余裕を見せつけるようにゆったりと話す。

まるで、謎解きの答えを教える子供のように。


「オマエは言った。その右手には、マイクロマニピュレータ
――要するに、精密な機械が仕込まれてるってな」

「……それが、どうしたって……?」

「精密機械ってなァ、強力な磁力によって誤作動する。
_______________・・・・・・・・・・・
でもって、磁力には『向き』がある。

……これがどォいうことか、分かるな?」

「……まさか、磁力の『向き』を操って……?

いや、おかしい。一体どこから、そんな磁力を供給して……っ!」



250: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:07:47.43 ID:rxAtBZzSo



おかしいとは言いながらも、介旅にはもう検討がついていた。

磁力の供給源。
地球上のどこにいようが利用できる、膨大な磁力の源。

それは、この星で最も大きな永久磁石。
つまりは――"地球そのもの"。


忘れていたことを、再認識させられる。

目の前に立つ彼――学園都市の第一位は。

この星の莫大な力すらも支配する、最強の能力者。
小細工で打ち破れる『反射』など、彼の力の一端でしかないのだということを。



251: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:08:13.20 ID:rxAtBZzSo



「さァ、じゃあもォ一度見せてもらおォか」


質問には答えず、一方通行は笑う。

介旅の知る限り、最も凶悪な笑みで。


「この俺に真っ向から勝負を挑む、その無謀さをよォ!!」

「っ!」


一方通行の体が、地面を舐めるように飛ぶ。

磁力で右手を封じられた介旅には、それを避けることしかできない。



252: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:08:39.72 ID:rxAtBZzSo



力関係は、一瞬で逆転していた。


それはまるでオセロの如く、
たった一手で形勢の変わる本物の戦い。


一方的な展開(ワンサイドゲーム)では終わらない。


あるいは、二者択一の勝敗(シーソーゲーム)ですらないのかもしれない。



253: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/09/08(土) 22:09:05.79 ID:rxAtBZzSo



「はっ……お望みなら、見せてやるよ……!」


勝算は、薄いどころの話ではない。
存在しているのかさえ疑わしい。


だがそれでも、介旅は拳を握り締めた。


絶対に諦めない。
その覚悟を、ハッキリと示すかのように。



259: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 07:58:30.12 ID:XWvdaorAO

――――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――――――



 「ウソ、でしょ……?」


 御坂美琴は、戦慄していた。

 何が起こっているのか、全く分からなかった。


 予想に反し、介旅初矢は一方通行を追い詰めていた。

 あの少年は、そんな有り得ないことを成し遂げてしまった
 ――かのように思えた。

 そして。


 莫大な磁力がまき散らされると同時、すべての形勢が逆転していた。



260: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 07:58:59.23 ID:XWvdaorAO



 なまじその流れ――磁力線を見ることが適う彼女だからこそ、
 その光景は果てしなく絶望的なものとして眼に映し出された。


 吹き荒れ続ける膨大な磁力の嵐。

 突如として焦りを見せた介旅。

 何が起こっているのかは、分からなかった。
 だがそれでも、一つだけ分かってしまうことがあった。


 すなわち、介旅の持つ策が無効化されたということ。
 彼が最強に対して振るった優位が、失われてしまったということ。


 それがどんな結果を招くかなんて、考えるまでもなかった。



261: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:00:01.33 ID:XWvdaorAO



 「おら、どォした三下ァ!
  タネはその機械の右手だけかよ、オイ!!
  ――そンなンじゃつまンねェ、もっと楽しませろ!!」


 たんたんたん、とリズムを刻むように、一方通行が足踏みをする。
 その動きにつれて、無数の砂利が介旅へと飛ぶ。


 「当たんねぇ、よっ!」


 介旅はその軌道を読んでいるかのように、軽く身を動かす。

 だが、


 「どォせ、ウナギみてェに避けンだろォけどよォ。
  ――『コレ』は避けれンのか?」

 「な――ッ!?」



 介旅が、信じられないといった様子で目を見開く。

 その目の前には迫る砂利と、そして
 ――圧倒的な速度で砂利に追いついた、一方通行の姿。

 彼はそこから体を捻り、無数の砂利に触れる。



262: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:00:27.98 ID:XWvdaorAO



 すると、どうなるか――答えは、簡単だった。


 「マ、ズ……っ!」

 「ひゃっ――はッ!」


 二段階に『向き』を変えられた大量の砂利は、
 さらなる加速を経て介旅へと集結する。


 「ぐ……、が、あっ……!?」


 予想外の方向からの攻撃に、反応すらできていなかった。

 硬直したその体を、砂利の散弾が軽々と吹き飛ばす。

 跳ねながら地面を転がる彼の体は、
 十数メートルほど進んだところで静止した。



263: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:00:54.07 ID:XWvdaorAO



 「……っ、はっ……!」

 「おら、ノロノロしてンじゃねェよ亀。
  急いで逃げねェと……潰れちまうぞ?」


 すでに決着はついたようなものなのに、
 一方通行は尚も容赦をしない。


 「……なっ……!?」

 「そんな……っ!」


 ふらつきながら立ち上がった介旅の目が捕らえたのは、
 空を覆い尽くす幾つものコンテナ。

 大きさにして数メートル、質量にして何トンもの鉄塊の群れ。
 一方通行が巻き上げたそれらが、
 上空から一斉に介旅へと襲いかかる。



264: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:01:21.48 ID:XWvdaorAO



 ズドン!!と、鼓膜を破るかと思うほどの音が轟いた。

 一つも直撃していないのは、奇跡的だった。


 だがそれでも、安堵に胸を撫で下ろすことはできない。
 それだけの大質量は着地と同時、砂利を大きく炸裂させる。

 到底、避けることなど不可能だった。

 介旅の体を、全方位から均等に衝撃が襲う。


 「う、あ、がっ……」


 単純な打撃とは違う多方位からのダメージは、
 彼の体を倒れさせることすらも許さない。

 棒立ちのまま、彼の姿勢はその位置で固定されてしまう。



265: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:02:14.61 ID:XWvdaorAO



 「ただのサンドバッグに成り下がってンじゃねェよ!
  もっと動いて楽しませてみろよオイ!!」


 狂ったような叫びを上げ、一方通行の体が一瞬で介旅に肉薄する。


 「――ッ!」


 彼は反射的に右腕で迎撃を試みたようだったが、
 それは当然のごとく『反射』の壁に阻まれる。

 痛みを感じる暇が、あったかどうか。

 次の瞬間、一方通行の裳底が介旅の腹を打ち抜く。


 「ごっ!!ばっ……!?」


 細身の体が、撃ち出された砲弾のように吹き飛んだ。



 最強の超能力者による一撃で加速された介旅の体は、
 コンテナの鉄の壁すらも突き破り数十メートルをノーバウンドで飛んでいく。

 そしてその軌道上にあるのは、
 風力発電のために建設された巨大なプロペラの支柱。




266: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:02:41.49 ID:XWvdaorAO



 「――っ!」



 声にならない悲鳴を上げた美琴の耳に、
 ゴウン!!という鈍い音が届く。


 背中から鉄柱に打ち付けられた介旅の体から、
 ゆっくりと力が抜けていくのが分かった。


 「……、ぁ、」


 その口から垂れる赤い液体に、思わず目を伏せる。

 これ以上、その惨い姿を見ることには耐えられなかった。



267: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:03:08.36 ID:XWvdaorAO



 介旅は、ぴくりとも動かない。

 追い討つように近づく一方通行に反応することもない。
 ただその体はゆっくりと、地に吸い込まれるように崩れ落ちる。


 「……もう、いいよ……っ!」

 「……あァ?」


 しゃくりあげるような悲鳴は、無意識に出ていた。

 介旅に歩み寄っていた一方通行が足を止め、美琴に視線を向ける。

 その肉食獣のような眼光に体を震わせながらも、美琴は言葉を続けた。



268: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:03:35.94 ID:XWvdaorAO



 「もういいっ! もう、十分だよ……っ!
  やっぱり、アンタには荷が重すぎたのよ……。
  ……だから、もうやめて。お願いよ、すぐに逃げて。
  私が、時間を稼ぐから……っ!!」


 口からこぼれたのは懇願であり、失望であり、恐怖であった。

 それが、彼の戦った意味を失わせてしまうと分かっていても。
 美琴には、それを言うことしか出来なかった。



269: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:07:52.28 ID:XWvdaorAO


 「……ごめんね」


 分かっている。

 それが、彼の意志を侮辱するに値する行為だと。

 彼にとってそれがどれだけ辛いことであるかも。


 けれど。
 それでも、





 「――それでも私は、アンタに生きててほしいんだと思う」




 恐怖を覆い隠すように、無理矢理微笑む。

 氷のような殺気に、真正面から向き合う。




270: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:08:20.39 ID:XWvdaorAO



 理由なんて、一つに決まっていた。


 友達だから。

 一緒にいた時間は短くても、紛れもなく彼は
 美琴にとって大切な、一人の人間だったから。


 「こっちへ来なさい、一方通行。……私が、相手になるわ」


 だから彼女は、圧倒的な存在にも立ち向かえる。

 生物としての本能が伝える恐怖に、打ち勝つことができる。




 「……く、かか」




 ――そんな幻想は、たった一言で打ち砕かれた。





271: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:08:54.16 ID:XWvdaorAO



 「オマエも、面白ェなァ……」


 「、あ……ぁ、」


 悲鳴を上げることすら、できない。

 無理に作った微笑は、瞬く間に恐怖で上塗りされる。


 それほどまでの殺意。いや、悪意と言った方が正しいだろうか。

 先程まで美琴が感じていた殺気なんて、その断片に過ぎなかった。
 それだけで呼吸を狂わせるような黒い感情が、美琴に向けられる。


 ――介旅初矢は、こんな恐怖に立ち向かっていたのだ。



272: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:09:40.46 ID:XWvdaorAO


 「……ッ!」


 改めて思い知る。

 弱いと見くびった、あの少年の強さを。
 儚いと侮った、その心の力を。



 「時間を稼ぐ、ねェ。どォやってだよ?
  オマエと俺じゃ、同じ超能力者でも力が違いすぎる。
  ……オマエ如きじゃあ俺の足を十秒も止められねェよ」



 突き刺すような言葉が、美琴の心を抉る。
 今すぐにでも逃げ出したくなるような恐怖が、背を這う。


273: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:10:54.96 ID:XWvdaorAO



 じゃり……と、一方通行の足が一歩踏み出された。

 死を体現する足音が、思わず美琴の足を後退らせる。


 それを見た彼が蔑むような笑みを浮かべ、



 「じゃあまずは、手足の一本でもハジいてやるよ。
  その後でもォ一度同じコトが言えるか、試して……」


 嘲るように言った、その瞬間だった。


 「や、る――ッ!?」




 ゾワッ!!と、得体の知れない悪寒が彼の言葉を止める。





274: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:12:03.55 ID:XWvdaorAO




 「やめろ……」


 「……、あ……っ!」


 低く押さえられた、小さな声。

 息も絶え絶えで、覇気のないその声が、
 一方通行の全身の毛を逆立たせる。



 「――それ以上、美琴に近付くんじゃねぇ……っ!」


 ぎちぎちと音を立てそうなほどゆっくりと、
 一方通行は首を回して後方を振り返った。


 そこに居たのは。


 最強の超能力者である彼に、そこまでさせたのは。



 「お前の相手は、僕だろうが。
  余所見してんじゃねぇ、まだ決着はついてねぇぞ……!」



 そこには、介旅初矢が立っていた。




 風に吹かれれば倒れてしまいそうなほどボロボロで。

 いつ死んでしまってもおかしくないような傷を負いながら。


 彼の眼は、未だに前を見ていた。


 彼の心は、まだ死んでなんかいなかった。





275: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:12:29.37 ID:XWvdaorAO



 「……ハッ、イイじゃねェかオマエ。
  まだ立てンのかよ、面白ェ……ッ!」


 最強の声は、美琴にすら分かるほど震えていた。

 隠しきれない恐怖が、その吐息にすら漏れていた。


 つまりは、余裕な態度の裏で彼は怯えていたのだ。

 死に損ないの、介旅という存在に。



276: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:13:42.14 ID:XWvdaorAO



 「……でもよォ、もォ飽きたわ。
  だからイイ加減……楽になれよ……っ!!」



 苛立つように叫んだ一方通行の足が、地面を蹴る。
 最適化されたエネルギーが、通常の何倍もの速度でその体を動かす。

 二人の間の距離は、文字通り瞬く間に縮まっていく。


 図式としては、先程と同じ。

 ただし、一方通行にはもう『遊び』がない。

 その手に触れれば、今度こそ介旅の全身は弾け飛ぶだろう。


 けれど、


 「……」


 介旅は、その攻撃を避けようとすらしなかった。

 超高速で距離を縮める一方通行を、静かに見ていた。

 最強は敵意に満ちた眼で、その視線を見つめ返した。




 ――そして、二つの影が交差する。




 学園都市最強の超能力者と、どこにでもいる平凡な異能力者。

 余りにも力に差がありすぎる二者の激突は、
 周囲にその余波を及ぼすことすらない。




277: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/01(月) 08:14:37.47 ID:XWvdaorAO




 ぐちゃっ!と、水っぽい音が響き渡った。




 「――っ!」


                   ・・・・・・
 一方通行の能力が、介旅を貫いた音――ではなかった。



 「……、、ァ……?」



 二人が交差した、その瞬間。


 「な゛、ンでだ、よ」


          ・・
 振り抜かれた介旅の左手の裏拳が、



 「何でオ゛マエに゛は、『反射』が効か゛ねェンだよッ!?」




 ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
 一方通行の鼻を、真正面から叩き潰していたのだ。