ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
『……嘘だろ、オイ。マジで成功させやがった……?』
(あぁ、何でかは知らないけど……この動き、異様に体に馴染むんだ。
体が自然とアンタの動きを覚えてる、ってことなのかな?)
『“コイツ”はそんな次元のモンじゃねぇんだが、なぁ……』
呆れたような木原の声に取り合うこともなく、
介旅は己の左手へと目をやる。
一方通行のへし折ったその手の甲は、
鮮血の赤黒い色に染まっている。
・・・・・・
――だけではなく。
明らかに不自然な青黒い色が、その手首を覆っていた。
284: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:36:32.71 ID:MmYjCQLIo
(……っ、)
『まぁ、完璧に扱うことはできなかったみてぇだな。
俺の格闘術は特殊すぎる、当たり前のことだ。
……んで、大丈夫なのかよ?』
(何がさ?)
飄々と口にする介旅。
その視線の先では、後方に薙ぎ倒された一方通行が
よろめきなから立ち上がるところだった。
『……アイツは……一方通行は、この程度じゃ倒れちゃくれねぇぞ。
その腕で――ザザ――戦えんのか?』
頭に響く木原の声に、突然ノイズが混じり出す。
一時的に失った磁力のコントロールを、取り戻したのだろう。
これで、木原の力を借りることはできない。
体が覚え、原理を聞いたその動きを、精密に再現するしかない。
285: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:37:12.86 ID:MmYjCQLIo
『坊主、――ザザ――負けんじゃ――ザ――ねぇぞ――』
(……言われなくても……!)
それを最後に、木原の声は聞こえなくなった。
磁力の干渉で、機械が機能できなくなった――わけではないだろう。
介旅の集中を妨げないように、配慮してくれているのだ。
「く、そ、が……ッ!」
立ち上がった一方通行が、右掌で鼻を拭う。
能力をどのように使ったのか、たったそれだけで、
血に塗れた鼻から汚れが落ち、出血も止まる。
だがそれでも明らかに傷を負っているのが分かるほど、
彼の鼻は不自然な方向へと曲がっている。
286: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:37:50.83 ID:MmYjCQLIo
「成程、な。オマエのそのワケの分からねェ攻撃は、
完全に機械に頼って放たれていたンじゃねェ。
精度を上げるために機械を使っただけ、ってか」
一方通行の指摘は、どこか的を外れていた。
けれど、わざわざそれを教えてやるような義理もない。
だから、介旅は口を開くと、短くこう言った。
「ビビってぐちゃぐちゃ言ってねぇで、
さっさと来いよ『最強』」
「――ッ!」
最強、という単語が、一方通行のプライドを大きく揺さぶる。
一方通行。
世界中の軍隊を敵に回そうが、その全てを殲滅することができる能力。
その持ち主が、
――こんな平凡な、たった一人の男を、恐れている、だと――?
287: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:38:37.13 ID:MmYjCQLIo
「っ、調子に……ノってンじゃねェぞ三下ァ!」
激昂した一方通行の両手が、介旅の首を狙う。
だが、冷静さを欠いたその一撃が介旅に当たる筈も無い。
両腕の間を軽くすり抜け、介旅の体は一方通行の懐へと潜り込む。
「ンの、野郎……!」
介旅の視界の端で、一方通行の足が動いた。
砂利の散弾でも使って、介旅を吹き飛ばす気なのだろうか。
あるいは、直接その足でもって彼を粉砕するつもりかもしれない。
しかし、いずれにせよもう遅い。
踏み込むと同時に、介旅の拳は既にその頬に向かい放たれている。
288: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:39:15.65 ID:MmYjCQLIo
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
どうすれば、自分が生み出した最強の能力『一方通行』を打ち破れるか。
どうすれば、彼に父親としての威厳を見せられるか。
生前、木原数多はふと見出したその課題に対し、思考を重ねていた。
結果、彼が思い至ったのは至極単純な答え。
一方通行の『反射』は、無敵の防御ではない。
ただ単に、向かってくる攻撃の『向き』を逆方向へ変換しているだけだ。
ならば。
・・・・・・・・・・・・・・・
その性質を逆手にとってしまえば。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
すなわち、その肌に触れる瞬間に、拳を引き戻してしまえば。
・・・・・・・・・ ・・ ・ ・・・・・・・・・・・・・・・
逆方向に変換された『向き』は、彼自身へと牙を向くのではないか――?
289: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:39:57.23 ID:MmYjCQLIo
理論の構築自体は、木原にとっては造作もないことだった。
しかし、実践の段階となればそうは行かない。
コンマ数秒、十分の一ミリのズレさえ致命的なほど繊細な動作。
無意識のうちに微妙に変更される、『反射』のパターンの把握。
それらを全て会得する過程で、彼はとある機材にも目を付けた。
つまりは、マイクロマニピュレータ。
顕微鏡サイズの操作に使われるそれは、
『反射』を貫くにも十分な性能を誇っていた。
290: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:40:35.81 ID:MmYjCQLIo
……だが、そんなものに頼ってしまっては彼の父としての強さは誇れない。
"いつかどこかで、自分以外の誰かが、過ちを犯した息子を止めるため"
それだけを思い、彼は自らのもてる全てを使って一本の義腕を作り上げた。
そして長きに渡る訓練の末、彼は素手にしてその技術を扱うまでとなった。
習得した後にも、気を抜けば失敗してしまうほどの繊細すぎる格闘術。
科学者として、だけではない。
格闘技にも秀でた才能をもった彼だったからこそ身に付け得たのだ。
彼以外に、会得できる者がいるとは考えられなかった。
だからこそ彼は、わざわざ義腕なんてものを作り上げたのだから。
――しかし、
――その考えが今、覆される――
291: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:41:19.66 ID:MmYjCQLIo
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
(ギリギリまで、近付いてから――)
介旅の左拳が、一方通行の顔面に迫る。
ゆっくりと狙いを定めている暇はない。
相手の足は既に、介旅を攻撃する準備に入っている。
その先端が、一方通行の皮膚に触れたかどうかというタイミングで。
彼は僅かに、力を込める方向を変化させる。
(――思い切り、引く!!)
292: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:42:06.65 ID:MmYjCQLIo
「っがっ――!?」
瞬間、止まったかのように見えた拳が一気に振り抜かれ、
一方通行の体が後ろに大きく仰け反る。
同時に、微妙なミスによる反動が介旅自身の拳へも降りかかる。
「っ……!」
その口から、小さな呻きが漏れた。
ただでさえ関節を破壊しかねない衝撃が、二回もかかっているのだ。
手首の色はいよいよ真っ青に染まり、骨折さえ疑われるほどになる。
293: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:42:51.15 ID:MmYjCQLIo
『チッ……もう――ザザ――無理だろ、ほとんど感覚ねぇだろうが。
ここは一旦引いて、完全にマスターし直して――ザザ――から、もう一度出直すぞ』
木原の言う通り、介旅の左手は既に感覚を失っていた。
到底、このまま戦闘を続けられるとは思えなかった。
……けれど、
(ダメだ……!)
『……な、にを……?』
(長引けば長引くだけ、ミサカ達は死んでいく……
ここで逃げたら、美琴が悲しむことになる……ッ!)
『バ、カ野郎! んなこと言ってる場合じゃ……!?』
294: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:43:39.64 ID:MmYjCQLIo
木原の忠告は、すぐさま驚嘆へと変化する。
だん!!と、介旅の足が地面を力強く蹴った。
その勢いで体を回転させ、彼の左踵が体勢を崩した一方通行に向かう。
『――おい、まさか――!?』
木原が驚愕の声を挙げた、その直後。
ゴッ!!と。
完璧なタイミングの一撃が、一方通行の脇腹に直撃する。
「ァ、が……っ!?」
これまでになかったほどの衝撃に、その体がバランスを失う。
口から粘液を漏らしながら崩れ落ちるその姿を見て、今度こそ介旅は確信する。
・・・ ・・・・・・・・・・・・・
(やっぱり、だ。――コイツ、実はめちゃくちゃ打たれ弱い――!)
295: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:44:15.49 ID:MmYjCQLIo
考えても見れば、それは当然のことだったのかもしれない。
全ての攻撃を跳ね返す『反射』。
全てを一撃で粉砕する『最強』の能力者。
だからこそ。
・・・・・・・・・・
彼は、殴られた経験に乏しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は、殴られることの痛みを全くといっていいほど知らない。
つまり彼には、『痛み』に対する免疫が無いのだ。
そう、介旅のような弱者の攻撃ですら、重く突き刺さってしまうほどに――。
296: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:44:51.17 ID:MmYjCQLIo
「――、ァ――?」
糸の切れた操り人形のように、彼の体が地面に落ちる。
仰向けに倒れたその四肢に、最早力は残されていなかった。
「――ミサカ達だって、生きてるんだぞ――」
気がつけば介旅は、彼に声をかけていた。
口から溢れ出すのは、ひとつの怒り。
木原から『それ』を聞いた時から、ずっと胸中にあった思いが、
――『本人』を目の前にした今、とどまることなく流れゆく。
297: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:45:17.96 ID:MmYjCQLIo
「――なんで、あいつらが!!
絶対になるとか、誰も傷つけないとか!!
――そんなお前の『甘え』のために死ななきゃいけねぇんだよ!!」
298: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:46:44.20 ID:MmYjCQLIo
それは、彼が『実験』に臨むこととなった動機。
彼が止まらない理由、その根幹にある信念。
それを、
「――くだらねぇモンに手ぇ出しやがって、この大バカ野郎!!」
介旅は、一言で切って捨てた。
くだらない、と。
そんなものが、ミサカ達を殺していい理由になんかなりはしない、と。
「そのぐらい、自分でどうにかしてみせろよ!!」
それは、彼の全てを否定するような行為。
一万回繰り返されたすべての『実験』を、最低だと切り捨てる言葉。
299: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:47:28.36 ID:MmYjCQLIo
なのに。
「――、はッ……」
全てを否定されたはずの一方通行の口元は、歪んでいた。
――彼は、笑っていた。
300: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:48:16.07 ID:MmYjCQLIo
「……ッ!?」
あまりにも冷たく、乾いた笑い。
今までのまとわりつくような恐怖とは別種の悪寒が、介旅の全身を襲う。
一方通行は、立ち上がろうとすらしない。
ただ、静かに笑っているだけだ。
それなのに、介旅は動くことができない。
その口が開くのを待つように。
その言葉に、聞き入らざるを得ないように。
――そして暫しの沈黙の後、彼の口が動く。
雪山の吹雪のように冷気をおびた言葉が、ゆっくりと紡がれる。
「――例えば、の話をしよォか」
301: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:48:43.24 ID:MmYjCQLIo
「――人を生き返らせるチカラ、なンてモノがあったとしたら。
欲しいとは、思わねェか?」
302: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:49:33.91 ID:MmYjCQLIo
「――ッ!!」
小さく呟かれたその一言に、介旅は息を飲む。
分かってしまったから。
一方通行が何のために『実験』を始めたのか、
その本当のきっかけが理解できてしまったから。
「……お前、まさか……」
「例えば、大切な『誰か』を失ったとして。
その『誰か』を取り戻せる方法があったとしたら、どォする」
「答えろ! お前は、まさか……っ!」
303: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:50:05.09 ID:MmYjCQLIo
介旅の声に、それまでの余裕は残ってはいなかった。
それも、当然のことだろう。
なぜなら。
その予想が正しければ。
「お前は、――!」
彼の思い描いた、最悪のシナリオの通りなら。
「――木原さんを生き返らせるために、その方法を得るためだけに、
絶対能力者になろうとしてたってのか――!!?」
――彼の戦う理由は、大きく変わってしまうのだから――。
304: ◆Stw.e6Ocjg 2012/10/22(月) 07:50:45.05 ID:MmYjCQLIo
対して、一方通行の反応はシンプルだった。
たった一言を、彼は静かに口にする。
悪ィのかよ、と。
「っ……!」
つまりは、それが彼の全てだった。
それだけで、全ては肯定されてしまったようなものだった。
310: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:50:45.61 ID:VCL23kJ/o
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーー
「……悪ィのかよ」
「、っ……!」
一方通行の突然の独白に、美琴は何かが腑に落ちるのを感じていた。
……そう、彼は"あの時"言っていたではないか。
『善も悪も、過去も未来も、生も死も。すべてを超越する存在』になる、と。
怒りのままに勝負を挑み、そして完膚無きまでに叩き潰された、あの時。
夢を語る子供のように、彼が言い放ったその言葉。
今改めて思い出し、そして気付く。
そう口にした時の、彼の表情に。
それこそが、美琴が覚えた違和感だったのだ。
311: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:51:55.39 ID:VCL23kJ/o
あの時。
地に這い蹲る美琴の前で。
一方通行は、
「ーー、はっーーーー」
――哀しく、どこか諦めたように、笑っていた――、
312: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:53:08.67 ID:VCL23kJ/o
コワ ニンギョウ ナ オ ス
「殺した『妹達』だって、生き返らせるコトができる、
俺は絶対能力者になって、そォいうチカラを手に入れる」
彼の言葉を額面通りに受け取るならば。
絶対能力者となった彼が手にするのは、恐らくは『時を操る』力。
確かに、それは不可能なことではないだろう。
時間の経過を"物体が時間軸の中を移動していく"と捉えれば、そこには『向き』が在る。
そして『向き』が存在するならば、彼の力はそれを自在に操れるのだから。
「――それでも、同じコトが言えンのか」
静かに尋ねるように、一方通行は口にする。
その口調に含まれているのは、薄く研がれたナイフのような殺気ではない。
そこにあるのは、錆び付いた斧のように重厚な意志。
一言で言い表すことの適わないほど、複雑に入り交じった感情の塊。
313: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:53:35.98 ID:VCL23kJ/o
「――それでもオマエは、俺が間違ってるって言えンのかよ……?」
314: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:54:13.44 ID:VCL23kJ/o
ダメだ、と美琴は直感する。
ここで彼を倒しても、『実験』は終わらない。
そこに至るまでの経緯はどうあれ、
今の彼には目的しか見えなくなっている。
『実験』中止の命が下ったとしても、彼は絶対に止まらない。
――否、"絶対に止まれない。"
自らの意思で最初の『実験』に臨んだ時から。
初めて自分から望んで人を殺した時から。
彼にはもう、止まるという選択肢は残されていなかった。
315: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:54:43.91 ID:VCL23kJ/o
「――ダメよ、介旅!
そいつに勝つだけじゃ、何も解決しない!
だから――、っ!」
その先を、美琴は言い淀む。
『実験』が中止になっても、一方通行が止まれないのなら。
あとの選択肢は――彼を殺すことだけ、だ。
だが。
それでいいのか。
それで本当に、ハッピーエンドなんて言ってもいいのか?
彼はただ、自分の大切な人に生き返って欲しかっただけなのに。
世界のだれもが抱くようなささやかな願いを抱いただけなのに。
それを真正面から全否定して、彼の生命を絶つことが。
本当に、正しい事なのか――?
316: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:55:34.16 ID:VCL23kJ/o
「……なに言ってんだか、この三下は」
「、あ、ァ……?」
そんな美琴の心中とは裏腹に。
声を向けられた当人は、至極落ち着き払った声で応えた。
そのくらい分かっている、とでも言わんばかりに。
美琴を静止するかのごとく、彼女に向かって手を伸ばしながら。
「くだらねぇ質問だけど……いいぜ、答えてやるよ――
・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
――そんなのは当然、間違ってるに決まってる」
317: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:56:26.98 ID:VCL23kJ/o
「――、な、にを――っ!」
一方通行の声に、怒気が含まれる。
その白い肌が、怒りで紅潮する。
ミシミシミシ……! と、空気が"軋んだ"。
意識的なものではない。
強い感情により漏れ出た一方通行の力が、周囲に作用しているのだ。
「何を、言ってンだーーッ!!」
「人を生き返らせたい? 結構なことじゃねぇか。
自由にしろよ、"願うだけなら"な……!」
肉食獣のような鋭い眼光にも怯まず、介旅は言い放つ。
「でも……例え、その願いのためだとしても。
こんな方法は、絶対に間違ってる!!」
「――だ、から――生き返らせるって、言って――!」
言い訳のように反論をする一方通行に、
そういうことじゃねぇんだよ! と、怒声が飛んだ。
318: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:57:25.00 ID:VCL23kJ/o
「生き返らせる? だから殺してもいい?
――何を言ってんだよ、この馬鹿が!
……本当に、後で生き返るとしたって。
結局お前がミサカ達を苦しませて殺す事に、変わりはねぇだろうが!!」
「――――ッ!!」
例えば、の話。
幼い赤子の柔らかい腕には、爪を立てることすら憚られるように。
か弱い仔猫をナイフで傷付けるのが、誰にでも間違っていると分かるように。
つまり介旅が言っているのは、そういうこと。
一方通行の言う通りに、妹達が「生存している」という結果があるとしても。
その過程で彼女たちが「苦しみ、死ぬ」ことには何ら変わりがないのだ、と。
そんなことを、彼は決して許さない、と。
319: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:58:08.67 ID:VCL23kJ/o
「ふ、ざ、けンな」
対し。
一方通行の返答は、短かった。
たった一言の否定。
そこに、彼のすべてがあった。
結果を求め、その為に手段を選ばなかった彼だからこそ。
手段を理由に結果を否定されることだけは、絶対に許せない。
320: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:58:47.14 ID:VCL23kJ/o
「殺す。コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――!!!!」
カタカタカタッ!!!と、介旅の足下で小石が不気味に振動する。
今度は、無意識の力ではない。
正真正銘、一方通行の意志により放出された『チカラ』だ。
一度圧倒したとはいえ、介旅と一方通行の力の差は歴然としている。
それが一度でも直撃すれば、自分が死ぬ事も分かっていた。
それでも、介旅は言葉を紡ぐ。
余裕を見せるわけではない。
ただ単純に、それを伝えるべきだと確信しているというだけの理由で。
321: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:59:27.55 ID:VCL23kJ/o
「……いいぜ。お前が、それでもミサカ達を苦しませるのをやめないなら。
お前に、選ぶことができる選択肢がそれしか残されてないって言うなら――」
「――――――ッッ!!!!」
言葉の終わりを待たずして砂利の散弾が放たれ、
同時に起き上がった一方通行が十数メートルほど後退する。
だがその攻撃を当然のごとく介旅は躱し、
続いて開いた距離をものの数歩で詰めにかかる。
そして軽く笑みを作りながら、彼は言葉を続けた。
322: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 00:59:55.75 ID:VCL23kJ/o
「――救ってやるよ。お前も、お前の世界も」
「ふ、ざ、け、ンなあァァァ!!!!」
323: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:00:36.95 ID:VCL23kJ/o
至近距離で、二つの拳が飛ぶ。
最強の拳と最弱の拳。
先に届かせたのは、介旅の方だった。
ミシッッ!!!と何かが砕けるような音が響く。
それはまさしく、完璧に『反射』を抜けた介旅の左拳が一方通行の頬骨に突き刺さる音だ。
今にも骨折しかねない左拳だが、『反射』を利用する以上反動は無い。
そのまま力一杯に、彼の顔面を殴り飛ばす。
――そして、
324: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:01:15.96 ID:VCL23kJ/o
――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――チカラが要る。
介旅の拳をまともに受けて、意識を失いかけながらも。
表面上の激昂とは裏腹に、一方通行の思考はクリアだった。
落ち着き払った静かな頭の中で、彼は思う。
(――チカラが必要だ。目の前のコイツを黙らせる、圧倒的な力が)
325: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:01:59.48 ID:VCL23kJ/o
今までの攻撃手段では足りない。
もっと絶大で、もっと絶望的な力が無ければならない。
体の力を失い、ゆっくりと後方に倒れながらも、彼はまだ諦めてはいなかった。
(考えろ。……いや、違ェ。"観測する"ンだ。
俺には、それが可能な能力がある)
ただ単に物体の運動に力を加えるだけでは、全く足りない。
根本的に"違う"材料はないか。
思考を続ける彼の髪を、一迅の風が靡かせる。
326: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:02:29.06 ID:VCL23kJ/o
(――、か、ぜ……?)
――その瞬間、"何か"が彼の脳を駆け巡った。
(――風。大気の流れ。……流れの、『向き』……?)
だがその一方で、殴られた激痛はいよいよ意識を刈り取ろうとしている。
恐らく、この背が地に付けば彼は完全に意識を失うだろう。
それまでの猶予は、コンマ1秒も無い。
そしてそれは即ち、彼の敗北を示すこととなる。
327: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:03:15.67 ID:VCL23kJ/o
(――負けン、のか)
視界が揺らぐ。
生暖かい夜気が、闇を誘うように全身にまとわりつく。
(――こンな、ところで)
そう思考した直後だった。
328: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:05:13.27 ID:VCL23kJ/o
嫌だ、と。
小さな感情が、頭の中で爆ぜた。
(――、負け、て、たまるか。こンなところで――)
それをきっかけに、全てが変わった。
(こンなところで、負けるわけには、いかねェンだよーーッ!!!!)
揺らいだ意識が、瞬間的に普段以上のポテンシャルを発揮する。
抜けた力が、何倍にもなって全身に漲る。
329: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:05:57.55 ID:VCL23kJ/o
「――ォ、」
ザリィ!!という音。
それが、彼の足が再び地面を掴み直した証拠だった。
「おおおおおォォォォォ!!!!!」
「――っ!!??」
330: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:06:55.17 ID:VCL23kJ/o
一方通行が急速に体勢を立て直すと同時、介旅は後方に飛び退った。
カウンターを喰らうことを警戒したのだろう。
しかし、その読みは甘いと言わざるを得ない。
“コレ”はその程度で回避できるような、単純な攻撃ではない。
「殺、せェェェェェェ!!!!!!」
轟!!と、風が渦巻く。
漸く事態を察したらしい介旅の顔が強張る。
けれど、もう何もかもが遅過ぎた。
一点に集約された風の『向き』が、介旅にその鎌首を向けた。
そして。
331: 翼厨 ◆Stw.e6Ocjg 2012/12/16(日) 01:07:26.19 ID:VCL23kJ/o
――その瞬間。
操車場から、全ての音が消えた。
336: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:10:36.22 ID:9X0ISgUKo
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
木原が死んだ、と聞かされた時。
一方通行は真っ先に、『事故』という可能性を否定した。
あの、木原が。
あの木原が、そんなことで死ぬはずがない、と。
さらに、上層部がその死因を『事故』と断定した裏に、
何かがあることにも薄々感づいていた。
彼がすぐさま疑ったのは、木原を邪魔に思う何者かによる『殺人』。
そして殺人であると仮定した時、その犯人として最も可能性が高かった人物は、
「――介旅、破魔矢……ッ!!」
彼と木原はつい最近から、共同で研究を行っていた。
もしその過程で、何らかの摩擦が二人の間に生じたのだとすれば。
――木原を殺すには、十分すぎる理由なのではないか――?
337: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:11:44.43 ID:9X0ISgUKo
考え始めれば、怪しい事にはキリがなかった。
例えば、木原が開発していたとされる『天使の涙』という素材が無くなっていること。
例えば、その『天使の涙』が『AIM拡散力場』に関連し――
つまりは、介旅夫妻の研究に密接な関わりを持っていたこと。
けれど。
思い至った時には、既に遅かった。
介旅夫妻は、その住居と研究施設を他の場所へと移していた。
表向きには、事故の責任を取らされ左遷されたように。
しかしその実、その裏に潜む事情を知るものからすれば
まるで上層部の手によって守られているかのように。
転居先も研究内容も、不自然なまでに徹頭徹尾、包み隠された状態で――。
338: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:12:21.93 ID:9X0ISgUKo
――――――――――――――――――
――――――――――
――――――
―PM8:45,とある路地―
(お願い、初矢お兄さん。あーくんを止めて)
布束の用意したバイクに跨り風を切る(運転免許などどこ吹く風である)那由他は、
介旅を降ろした操車場とは全く別の場所を走っていた。
彼を降ろして去った理由を、介旅は聞かなかった。
それだけの余裕が無かったというのも一つの理由だろう。
しかしそれ以上に、彼は那由他の目的を看破していたのかもしれない。
そう考えたところで、ハンドルに取り付けられた携帯から工山規範の声が流れた。
339: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:13:18.20 ID:9X0ISgUKo
『もうすぐだ。あと少しで、ボクがテレスティーナと戦った場所だよ』
「ありがとう、工山お兄さん」
『……介旅の方は、どうなってるんだろうな』
「工山お兄さんなら確かめられるんじゃないの?」
『適当なカメラをジャックするのは簡単だけどね。
映像だけ見たって、何をすることもできない。その無力感が嫌なんだよ』
「……難儀な性格してるね」
なら直接その場に行けばいい、などと無責任な事は言わない。
一方通行と彼の能力との相性は(そもそも『一方通行』に相性の良い能力など存在しないとはいえ)
最悪に近いと言える程だ。行ったところで戦闘に巻き込まれるのが関の山だろう。
340: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:13:57.18 ID:9X0ISgUKo
『難儀な性格、ねぇ。それは自分のことかな?』
「……女性に対する発言とは思えないんだけどなー」
『そのちんちくりんで女性ってのは無理があるな。
女子という評価に甘んじているが良いさ』
「……むー」
閉口している間にも、バイクは目的の場所に辿り着く。
ちなみにその速度はスピードメーターが振り切れて二週しかねない程だったので、
普通の人間なら閉口どころか目を開けることすらままならかったはずなのだが。
素早く、且つ静かにエンジンを止めシートから降りた那由他は、
工山に別れを告げると闇の中へと飛び出す。
341: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:14:38.04 ID:9X0ISgUKo
『――しかしまぁ、君も難儀な性格には違いないだろうさ。
そこまでしてしたいものなのかね、復讐なんてさ』
那由他が降りたのを見届けた後。
呆れたような工山の声は、街中を不自然に流れる風の中に掻き消された。
342: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:15:22.44 ID:9X0ISgUKo
――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――
暗く重たい闇。
水を打ったような静寂。
それが、操車場にある全てだった。
「ハッ、初めてにしちゃ上出来の威力じゃねェか」
砂利は飛び散り、コンテナの山は崩れ落ち。
プレハブの小屋も倒壊したその破壊の中で。
最強の少年は、独り呟く。
343: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:16:09.57 ID:9X0ISgUKo
「――だが、まだ足りねェ。もォ少し調節が必要だな」
軽く言いながら、地面に目をやる。
そこにあるのは、一冊の生徒手帳。
戦闘の最中、介旅のポケットから落ちたのであろうそれを取り上げ、
(介旅――初矢)
その名を見た瞬間、一方通行の表情が一瞬固まる。
続いてその口元が歪み、彼は介旅の吹き飛んだ先
――崩れたプレハブの小屋へと視線を戻した。
「『オリジナル』が呼ンだ時から予想はついてたが……
そォかよ、介旅、ねェ。やっぱりオマエは――あの野郎の息子か」
応答は期待していなかったが、予想に反し反応はあった。
瓦礫の中から、一つの影がゆっくりと立ち上がる。
344: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:16:47.95 ID:9X0ISgUKo
「……げ、ほっ……。――父さんを、知ってるのか……?」
口から生命の赤い液体を垂らしながら、震える足で介旅は立つ。
一方通行は面食らったように目を丸くすると、
少し思考してから納得したように笑った。
「丈夫な――イヤ、運の良い野郎だな、全く。
プレハブの脆い壁がクッション代わりになったってワケかよ」
「答えろ! お前は、父さんを――っ」
「あァ、知ってるよ。――仇、だからな」
「ッ――――!?」
345: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:17:32.40 ID:9X0ISgUKo
満身創痍で言葉を詰まらせる介旅を追い詰めるように、一方通行は続ける。
「オマエの親は、俺の親も同然だった男――木原を殺した。
それがまるで事故であるかのよォに見せかけて、な」
「そんな、わけっ……!」
「あァ、確かに物的な証拠は一切見つかってねェよ。
……だが、そのときの状況を鑑みりゃソイツは火を見るよりも明らか。
上層部の連中は隠したがってたみてェだが、隠し通せやしねェ」
「……ッ!!」
反論をする余地もなかった。
一方通行は一旦言葉を切ると、小さく暗く、笑って言う。
「文句があンなら、かかってこいよ――三下」
346: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:18:14.38 ID:9X0ISgUKo
――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
その女は暗い路地に立ち、ペットボトルに入った紅茶を飲んでいた。
先刻まで着ていたらしい駆動鎧が、その足元に転がっている。
銃を構える音に気付くと、彼女は空になったストレートティーのボトルを投げ捨てる。
いつも一緒にいるのに、なかなか"彼"とは趣味が合わないな、と。
適当なことを考えながら、女は気だるそうに口を開く。
「――よく分かったわね、私の居場所」
「居場所じゃない、目的が分かってただけだよ。
……依頼を無視して勝手な行動を取ったおばさんを処分する。
そういう依頼を『実験』側から受けてるんでしょ?」
静かに言いながら、那由他は地面に目を落とす。
動きを停止した駆動鎧の中のテレスティーナは、どうやら意識を失っているようだ。
347: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:19:17.22 ID:9X0ISgUKo
「うーん。残念だけど、それは建前でしかないわ。
私のオトコ、どうやらコイツに恨みがあったみたいでね。
私怨ついでに依頼を受けただけよ」
肩を竦めながら、女は聞いてもいないことを得意気に話し出した。
内容はほとんど耳に入ってこなかったが、
テレスティーナを殺す正当な理由を手に入れるため、彼女の暴走に協力しただの、
そのためにわざわざ彼女の部隊で側近的な立ち位置に成り切っただの、大体そんなものだった。
耳障りな声を聞き流しながら、那由他は長い息を吐く。
348: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:23:42.79 ID:M2ilkNX3o
「……まあ、どうでもいいかそんなこと。
重要なのは、数多おじさんの仇であるアナタがココで死んでくれる事なんだから」
「あら。やっぱり知ってたのね、私が木原数多を殺したんだって。
……彼の部下――マイクだっけ?――に聞いたのかしら。一緒に殺しておくべきだったわね」
「ううん。『猟犬部隊』のみんなは、私に復讐をさせたくなかったみたいで、教えてくれなかったよ。
だから、自分の力で暗部の依頼の記録を漁ったの。
おかげで元々、アナタ達二人のどちらかだとは知ってたんだけど――
その答えで確信できたよ。ありがとう、正直に教えてくれて」
「……カマをかけられたってワケか。ガキのクセにやるじゃない、流石は『木原』」
銃を突きつける那由他に、会話の相手は小さく笑う。
引金を引かれれば頭が吹き飛ぶ状態でもなお余裕を見せる彼女は、
神に祈るかのような動作をして嘲るように言う。
・・・・・・・・・・・
「――でも。できるのかしら、優しい心を持つあなたに」
349: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:24:30.12 ID:M2ilkNX3o
「――ッ!!!」
引き金にかかった人差し指に、力が篭る。
だが、
「ふふ。撃てないでしょう?
心を許した人間に引き金を引けるほど、アナタは『木原』に染まっていない」
「――、ぁ、う、――」
那由他の右手に握られた拳銃は、カタカタと震えていた。
あと1センチ。
それだけ指が動けば、木原数多の仇、目の前の女を殺せるというのに。
できない。
たった1センチが、まるで何光年もの距離のように感じられる。
350: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:25:00.03 ID:M2ilkNX3o
「な、んで……っ!」
悔しさからか、握りこまれた左拳から血が滲んだ。
そんなことには興味なさげに銃を取り出すと、女は冷徹に銃口を向ける。
「残念だったわね。復讐なんて考える程度の心じゃ、私を殺すなんて無理よ」
那由他には、向けられた銃口から逃れることすらできない。
心を開いた人間に裏切られる。
それは那由他の幼い精神を蝕むには十分すぎる理由だった。
女の口が、横に長く歪む。
直後。
パン、と、乾いた銃声が響いた。
351: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:25:39.00 ID:M2ilkNX3o
――――――――――――――――――
――――――――――
――――――
『介旅が、俺を殺した――ねぇ』
釈然としない。
A I =A.KIHARA
木原数多――いや、木原数多の複製は、自律思考モードでその思いを募らせていた。
彼が最後に持つ記憶、つまり木原数多が生前残した最後の記憶は、
当然のことながら彼が死を迎えるよりも前にしかない。
具体的に言うならば、それは数カ月前、『AIM拡散力場収束実験』の朝まで。
逆説的に、機械の脳を持つ故に彼はその時までの記憶を完全なまでに記憶している。
だからこそ、彼は一方通行の言葉に納得できないでいた。
352: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:26:13.15 ID:M2ilkNX3o
『話としちゃ確かに整合性が取れてる。
……だが、確証に至るにゃ性急すぎんだろうが。
アイツだって、少し考えりゃ分かるに決まってんだがなぁ』
自らの思考をまとめると、彼は声を投げる。
介旅初矢の思考領域の一部。
世界で唯一、彼ら二人だけが会話を交わすことのできる場所へ。
『気にするな。どうやらアイツは、誰かに責任を押し付けねぇと心が保たなかったらしい』
(……じゃあ、木原さんは本当に父さんに殺されたんじゃない……?)
『真実は知らねぇよ。証拠が足りねぇとしか言えねぇ』
違う、と言い切れないのは確証の無いことへ断言をしない科学者としての性質か。
はたまた、息子の言葉を多少なりとも信じようとする父親としての甘さか。
353: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:26:46.17 ID:M2ilkNX3o
(……そう、なんだ……)
『……はー……』
情けない心の声に、木原は小さく嘆息した。
無理もない、と思える心は彼にもあったが、今ここでその感情は無用だろう。
『ウジウジしてんじゃねぇよ、小僧』
(……、でも、)
『まぁ、アイツの言ったことが真実である可能性は確かに捨てきれねぇ。
けど、な――』
(…………っ?)
不思議そうに眉を潜める介旅に、見えないと分かっていながらも笑いかける。
『アイツの言葉と、お前から見た両親の姿。
どっちを信じるかは、お前次第じゃねぇのかよ』
354: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:27:15.76 ID:M2ilkNX3o
(……)
『どうなんだ。お前から見た両親は、本当に俺を殺すような人間だったか?』
(……、違う)
『じゃあ、迷う理由はねぇよな。
……真実なんてモンがどうであれ、そんなのは後で気にすりゃいい。
まず今やらねぇとならねぇことは……』
(分かってるさ)
『……可愛げのねぇ野郎だ』
その目に再び光を宿し直した介旅は、前を見据える。
最強の超能力者。
どうしても乗り越えなければならない、一枚の大きな壁を。
(行くよ、木原さん。あと少しだけ、力を貸してくれ)
『失敗は許されねぇぞ。この俺サマが協力してやんだからなぁ!!』
355: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:28:02.55 ID:M2ilkNX3o
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
「っ……おおォォォォォォ!!!」
「威勢はイイが……体が追い付いてねェよォだな」
自分に向かい走る介旅を、一方通行は哀れむような目で見つめていた。
全身を血で赤く染め、前に倒れるようにして辛うじて進むその姿に、最早脅威は無い。
「――――ッ!!」
破壊された範囲の外側に居た美琴の喉から、悲鳴が漏れた。
今にも息絶えんとする介旅を案じてか。
それとも彼女自身に待ち受ける絶望の運命を知ってか。
その程度の感情の機微に、一方通行は関心すら示さない。
彼の目には、笑えるほど遅い足取りで近付く介旅しか入っていない。
356: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:30:04.53 ID:Rx+OxDfmo
「あァ、そォだ。そォいやさっき、面白ェこと思い付いたンだ。
くかか、丁度イイからよォ、オマエで試してやンよッ!!!」
言葉と同時、轟!!と風が渦巻く。
操られた風が向かうのは、介旅ではなく。
一方通行、その頭上へ。
圧縮された空気が、やがて一つの凶器の型を成す。
357: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:30:48.34 ID:pcMB979/o
「圧縮、圧縮。空気を、圧縮ゥッ!!!!」
「――――ッ!?」
それは空気を構成する分子から、あまりの圧力により電子が抜けてしまった状態の、
凄まじく大きなエネルギーを持つ陽の電気を帯びた塊。
プ ラ ズ マ
――即ち、高電離気体。
地上数十メートルで生まれた、一点の光。
それが爆音とともに、瞬く間に巨大な光球へと成長を遂げる。
358: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:31:27.31 ID:pcMB979/o
「痛っ――!」
「ひゃっ――はははははッ!!
スゲェ、スゲェなオイ! 見ろよコレ、ぎゃはははははっ!!」
遥か上空で起きたはずの現象は、熱という形で地上にまでその余波を与える。
白色の光球、その温度は摂氏にして一万度オーバー。
地上に届くのはその百分の一にすら到底届かないような熱量だが、
それでさえも肌に痛みを覚えさせるには十分すぎる。
その光球が、ゆっくりと――しかし確実に、地上へと接近してくる。
359: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:31:58.05 ID:pcMB979/o
「ま、ず……っ!!」
危険に感付いたのか、介旅の足が早まる。
しかし、ろくに体勢も保てない彼の足では、
光球の着地よりも早く一方通行にたどり着くなど不可能だ。
そして、超高温の高電離気体が地面に接触すれば、辺り一帯は跡形もなく吹き飛ぶ。
運の良い悪いで生き残れる威力ではなく、必死で走って逃げきれる範囲でもない。
そもそも、核シェルターをも簡単に掘り返してしまうほどの一撃だ。
人間に向けて放つなど、オーバーキルも甚だしい。
つまりは今度こそ、介旅初矢は完全なる死を迎える。
皮肉にも、彼が守ろうとした二人の少女をも巻き込んで。
360: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:32:54.13 ID:pcMB979/o
(第三位の電撃使いなら、電子を操って高電離気体を消す事も出来るかも知れねェが……
無駄だな。俺が高電離気体を生成するスピードには追い付けねェ)
この一撃は、一体どれだけの範囲を吹き飛ばすだろうか。
少なくとも、未だ嘗て彼が具現させたことも無いほどの大破壊をもたらすのは間違いない。
確実なステップアップだった。
これも、『実験』による影響の一つなのだろう。
(今度こそ、終われよ雑魚がッ!!)
後は、指を少し動かしてやるだけでいい。
それを合図に光球は加速し、一瞬の後には介旅を地盤もろとも焼き尽くす。
勝利を確信し、口元に笑みを浮かべる。
その瞬間だった。
361: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:33:30.47 ID:pcMB979/o
――――ヒュウ――――
笛を吹くような、甲高い音。
それを認識し、出処を探ろうとした直後。
空気に溶けて、混じり合うように。
まるで、最初からそこには何もなかったかのように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・
莫大に膨れ上がっていた高電離気体が、一瞬で霧散した。
362: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:34:07.13 ID:pcMB979/o
「――――、な、ンだと……?」
風の操作を失った。
原因に思い当たるのは、早かった。
演算に不備があったか、あるいは間が悪く街中で誰かが風を操ったのか、と勘繰る。
だがその考えは、続く声によって否定された。
「お前の能力は風使いじゃない、あくまでも『向き』操作だ。
自ら風を起こすんじゃなく、元々の風の『向き』を変化させるだけ。
そのための演算式は、馬鹿みたいに複雑になってるはずだ」
流暢に介旅は言い、次いでその足を更に早める。
その速度は、既に彼の持つトップスピードに近かった。
先程までの遅い歩みは、一体なんだったのだと思わせるほどに。
363: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:35:10.62 ID:pcMB979/o
「な――ッ!?」
「複雑な演算は、少しのミスでもすべてが破綻してしまう。
つまり演算を乱す『向き』を持つものを空気に混ぜてやれば、風の操作は出来なくなる」
「――ッ、弱ったよォに見えてたのは、俺の油断を誘って少しでも安全に近付くためか。
確実に演算を乱すため、近距離から音を聞かせよォと――ッ!!」
嫌な考えを振り払うかのように、一方通行は再び風の『向き』を掴み直す。
――そう何度も、繰り返し妨害出来る訳がない。
その甘い考えは、介旅が指を咥えて音を出すと同時に打ち砕かれる。
364: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:35:48.47 ID:pcMB979/o
「~~~~ッ!!」
「ただの指笛でも、この右手で演算を逆算して、
"正確にその音を出すための振動"をさせてやればお前の能力に干渉できるワケだ」
「――ハッ。分かってたってのかよ。
演算能力の問題で、風と磁力を同時に操れねェってのも!!」
「お前の浅い底ぐらいなら、最初から分かってるさ」
「野、郎……ッ!!」
ダン!!と、介旅の足が地を強く押し出す。
最後の一歩で急加速した身体が、一方通行に肉薄する。
365: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:36:39.56 ID:pcMB979/o
「喰らえよ、最強!!」
「っ、、、ああァァァァァッッッ!!!」
苦し紛れに繰り出した拳は、いとも簡単に身を捻って躱される。
喉を干上がらせた最強の顎に、介旅の膝が炸裂する。
「ッが――!」
ゴッ!!と、鈍い音が響いた。
脳を揺さぶられた一方通行の口から、赤黒い液体が漏れる。
それだけでは終わらない。
『反射』を逆手に取った蹴撃は、彼の細い体をノーバウンドで何メートルも吹き飛ばした。
数瞬の時を経て、その体はドサリという音を立て背中から地面に落ちる。
366: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:37:53.04 ID:pcMB979/o
「、っ――」
それを見届けると同時、介旅の両足から力が抜けた。
無理な挙動と失血によって、意識が遠のく。
どう見ても、そこが限界だった。
一方通行と介旅初矢は、ともに倒れる。
それが、決着。
・・・・・・・・・
そうなるはずだった。
367: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:39:56.98 ID:pcMB979/o
雌雄は決したはずだった。
引き分けという形で。
痛み分けという形で。
それ以外に、結果があるはずがなかった。
なのに。
「――まだ、だ。まだ俺は戦える。まだ俺は、負けちゃいねェ!!!!」
「……こっちだって――。そう簡単に行くとは思ってねぇよっ!!!!」
なのに両者は、再び立ち上がる。
二本の足で。
折れずに立ち上がり、眼光は再び敵意を燃やす。
368: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:40:37.86 ID:pcMB979/o
身体の限界は、とっくに超えていた。
ならば二人を立たせるものは、一体なんなのか。
――お互いに、気付いていた。
相手も自分も、共に精神力だけで立っている。
だからこそ、負けるわけには行かない。
能力も何も関係ない。
ここで負けるのは、信念の強さで負けるのと同義だから。
369: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:41:14.22 ID:pcMB979/o
片や風に揺れる柳の葉のように。
片や水面に浮かぶ白い泡のように。
不安定な体が、頼りない身体が。
意志という一本の芯だけで、信じられない程の力を漲らせる。
「っ…………」
「ッ――――」
次の攻防は、恐らく今度こそ最後になる。
言葉を交わすまでもなく。
思考を巡らすまでもなく。
本能的なところで、両者はそれを感じ取っていた。
370: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:42:23.36 ID:pcMB979/o
空気が貼り詰める。
汗の落ちる音ですら、最後の引き金と成り得る程の緊張感が漂う。
それが何なのかは、分からなかった。
だが、何らかのきっかけがあった。
「「ッ!!!」」
靴底が砂利を踏み鳴らす。
最後の全力を振り絞り、最短距離で相手へと突撃する。
・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――その動きは、しかしその寸前で強引に停止させられる。
371: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:43:12.20 ID:pcMB979/o
「――止まりなさいっ!!」
「「っ!?」」
激突せんとする二人の足を止めたのは、あらぬ方向からの声。
極限まで集中力を研ぎ澄ませていたからこそ、それを崩され出鼻を挫かれる。
その声は、ミサカのものでも、美琴のものでもない。
耳をすませば、聞こえる。
操車場の外側。
誰もいないはずの場所。
そこから、ひとつの足音が近付いていた。
372: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:43:51.83 ID:pcMB979/o
「――そこまでよ。止まりなさい、二人とも」
そして現れたのは、白衣の女。
その姿を見た瞬間、一方通行は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。
「……芳川、桔梗……?」
「久し振りね、一方通行」
「オマエ、一体何の為にココに……っ」
「何の為、か。そうね……」
女は柔和な笑みを作ると、ゆったりとした歩調で歩み寄る。
介旅と一方通行、双方から数メートル程の場所まで来ると、
彼女は漸くその足を止めた。
373: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:44:30.96 ID:pcMB979/o
「――この無意味な戦いを終わらせるため、といったところかしら」
「っ……!?」
「な、にを……」
驚愕する二人に微笑みかけながら、芳川は続ける。
落ち着き払った声で、優しく言葉を口にする。
「――アナタ達には、知る権利がある。
だから語りましょう。木原数多の死、その真相を」
374: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:45:09.05 ID:pcMB979/o
そして語り部は、紡ぐ。
役者すら知らぬ、物語の裏側を。
375: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:45:57.72 ID:pcMB979/o
【操車場の戦い―You can live―】Fin.
376: ◆Stw.e6Ocjg 2013/01/25(金) 20:46:26.20 ID:pcMB979/o
Next Episode……
【全ての始まり―give them the truth―】
382: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:15:42.08 ID:uwgSZMjUo
【全ての始まり―give them the truth―】
383: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:16:46.51 ID:uwgSZMjUo
――――――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――――
――数ヶ月前、学園都市郊外の研究所――
「……こりゃまた、大したモンだなオイ」
研究所の扉を開けた途端、木原数多は驚きを隠せないように呻いていた。
その外観は窓の無い真っ白な、縦20メートル横50メートルほどの巨大な直方体。
木原がいるのは、その側面にただ一つだけある扉のところだった。
見てくれからして既に建築基準法を堂々と無視している建築物だが、
その中身は更に常軌を逸している。
高さ5メートルほどのところにある白の天井から吊られた照明が、
所狭しと並べられた大量の機材を照らし出す。
内部には障壁も柱も無く、建物そのものが一個の部屋となっていた。
こうなると天井が自重で落下しかねないのだが、一体どんな技術で支えているのだろうか。
壁と床は天井と同じ白で統一されていて、
そこに一片の汚れも無いことを如実に示している。
384: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:17:31.18 ID:uwgSZMjUo
異物の無い環境に、整った設備。
研究に使うにはこれ以上のものは無いクラスの条件だが、
それ故にその中に立つ人物の異彩さが際立っていた。
「あぁ、どうも今晩は。すみません、機材がデカいんで狭いでしょう」
燻んだ色の傷んだ茶髪。
細身だが芯が通りしっかりした体。
その身に纏う白衣は手入れに気を使っているのかあまり着ていないのか(恐らくは後者)、
買ったばかりの新品のように皺一つ無い。
全く科学者らしからぬ風貌の(木原が言えたことではない)その科学者の名は、介旅破魔矢。
快活に笑う彼の影には、コンピュータで何らかの操作を行う彼の妻、初野の姿もあった。
385: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:18:46.07 ID:uwgSZMjUo
「いや、問題ねぇよ。ところで……また、すげぇ設備だな」
「またまた、天下の『木原』様が何をおっしゃる。
アンタらのトコのに比べりゃ、恥ずかしくてお見せできないような設備レベルですよ」
何を馬鹿なことを、と木原は内心吐き捨てる。
周りに大量に設置された機材群。
それらの一つ一つに、家を何軒買えるか分かったものではないほどの莫大な価値がある。
これだけの設備を築くなど、いくら『木原』でも至難の技だ。
それをこの男は、僅か一ヶ月で完璧に揃えてしまった。
環境のおかげではない。
コネを使ったわけでも先代のノウハウを用いたわけではなく。
目の前の彼は、自分の持つ純粋な才能と努力だけでそんな無茶が出来るまでに成り上がったのだ。
「……まぁいい。それで、こっちの用意は『コレ』でいいんだよな?」
「えぇ、助かります」
386: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:19:49.92 ID:uwgSZMjUo
破魔矢が頷くのを見ると、木原は懐から取り出した宝石のようなものを投げ渡す。
意外にも機敏な動作でそれを受け取った破魔矢は、感心するような声を漏らした。
「――へぇ、これが『天使の涙』――」
「正確には『複製品』だが、な」
「……そっちの知識に疎い俺でもわかりますよ。
――コイツは間違いなく、『オカルトの領分』でしょう。
手に持った瞬間、変な感覚が全身に伝わってくる」
「……、」
苦笑するその顔に、思わず木原は目を丸くした。
まさか自分以外にも『科学では説明できない何らかの力』に気づいている人間がいたとは。
しかし驚愕と同時に、どこか納得している自分が居ることも明らかだった。
そうでなければ、こんな突拍子も無い実験を思いつくはずがない、と。
387: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:21:39.88 ID:uwgSZMjUo
「……あぁ、そうだよ。元々は『天使と会話できる』とかいう触れ込みだった石だ。
原理はさっぱり分かんねぇが、周囲から何らかのエネルギーを集める性質があった。
それをそのまま科学的に出来る限界まで再現したワケだよ」
「当然ながら元の石の性能は発揮できない、その代わりに似たような性質を得た。
とどのつまり、この石は周囲からAIM拡散力場を集めることができる。
そういうことですよね、木原さん?」
「ったく、それを今から説明してやろうと思ってたんだが」
「すみません、早く実験に移行させて頂きたく存じまして」
慇懃無礼、ここに極まれり。
大きく嘆息し、調子が出ない様子の木原は頭をガシガシと掻く。
388: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:22:50.35 ID:uwgSZMjUo
「この機材ってよ、今は試運転の最中なんだよな?」
「えぇ、そうですよ」
「そうか。ならちょっと出掛けてきてもイイか?
腹減っちまってな、コンビニ行きてぇんだわ」
腹を擦るジェスチャーをすると、破魔矢は小さく笑った。
返事はないが、良いということにしておこう。
内心で申し訳なく思いながらも、木原は引き戸の取手に手をかけて、
「ーー本当に、『ちょっと』で済むんですかねぇ?」
389: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:23:37.11 ID:uwgSZMjUo
「ーーッッ!!!?」
破魔矢の冷たい言葉は、木原の背筋に悪寒を走らせるには十分すぎた。
急いで外に出ようとするが、案の定ドアは開かない。
いつの間にかロックされている。
「……ッ……何の真似だ」
「ねぇ木原さん、今日は上層部を出し抜くには最適の日ですよね?
AIM拡散力場に干渉する機材の影響で、AIMジャマーと同じ原理で
この研究所の周囲百メートル程度では能力者が思うように能力を使えない」
「……ッ!!」
390: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:24:24.84 ID:uwgSZMjUo
そういうことか、と木原は歯噛みする。
わざわざこんな町外れの研究所を選んだのも、"知られてはならないこと"があったからか。
「何故それを知ってるーーイヤ、聞くまでもねぇよな」
「そのような状況下では、例えアナタが『絶対能力進化実験』を止めるために
研究者達を皆殺しにしようとしても『白鰐部隊』を差し向けることはできない。
そこまで分かってるんだから、当然上層部のすることは一つ、ですよね?」
破魔矢の返答は返答で無いようでいて、明確に疑問への答えを提示している。
冷や汗を流す木原は、敵意を込めた視線で彼を射貫く。
「テ、メェら……っ!!」
「まぁ要するにさ、木原さん」
破魔矢は屈託無く笑って、
391: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:24:55.66 ID:uwgSZMjUo
「俺ら、上層部から、アンタを殺すように依頼されてるんですわ」
392: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:25:48.75 ID:uwgSZMjUo
木原がドアを蹴破って外に出ようとするのと、
初野がコンピュータのエンターキーを叩くのがほぼ同時だった。
壊れたドアが倒れるよりも早く、入力された数値が効果を発揮した。
壁に向かって繋がれたケーブルの先にあるのは、壁紙の下に埋め込まれた爆薬。
電気信号を受けた大量のTNT爆弾が、一気に炸裂する。
393: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:27:09.00 ID:uwgSZMjUo
(ご、げふっ、が、、っ、あァァアアァァッッッ!!!??)
迸る閃光、遅れてやって来る衝撃。
爆風の余波に全身を絞られるような感覚に、木原は絶叫しようとした。
だがそれさえも不可能。
爆発で酸素が大量に消費された結果、気圧が大幅に下がり呼吸すらままならなくなっている。
「――ッ!!」
酸欠で意識が朦朧とし始める。
木原は咄嗟に地面に倒れ込み、なんとか新鮮な空気を確保し気絶を回避した。
394: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:28:08.47 ID:uwgSZMjUo
「ーーはっ、はぁっ、、危ねぇトコだった……!」
冷や汗が滝のように流れ出てくる。
一応、これでも運は良い方だろう。
爆風の直撃を受けたら間違いなく死んでいた。
安堵と同時、背後からの足音に木原は身を固くする。
爆炎に包まれた研究所から現れた二つの影が、彼にゆっくりと歩み寄る。
ここまでか、と観念するように眼を瞑る。
だが、次に耳に入った声は彼の予想を大きく裏切るものだった。
395: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:29:01.68 ID:uwgSZMjUo
「だーもー、無理に外に出るから危なかったじゃないですか」
「そもそもあそこまで警戒させることを言った破魔矢さんの責任では?」
「だってまさかあのドアを蹴破れるとか思わないしなー……」
「……、何、を?」
破魔矢と初野。
二人の会話を聞いて、木原は拍子抜けしたように口を開けてしまう。
おかしい。
どう考えても、人を殺そうとした人間たちのする会話ではないーー。
396: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:29:58.05 ID:uwgSZMjUo
「さ、立ってください木原さん。
地面はコンクリートで固めてあるんで、火は燃え広がりはしないはずです」
「何を――テメェは何を言ってる!?
今俺を殺そうとしたのはお前自身だろうが!!」
「失礼ですが、木原さん。
あなたは本当に、私達があなたを殺そうとしたとお思いですか?
最新兵器を用意する事も出来たのに、『爆殺』なんていう不確実な方法で」
「ーー、」
冷静に言い放つ初野の姿が木原を益々混乱させる。
信じられるわけがない。
今しがた、彼は実際に死にかけたのだ。
397: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:30:51.29 ID:uwgSZMjUo
だが、彼女の言うことの論理性も十二分に分かっていた。
そもそもあの爆発の指向性はどう見ても研究所の外部に向いていた。
自分たちの身を守るためという理由もあるだろうが、
それで木原を殺せる可能性を減らしていては本末転倒。
むしろ木原が外に出て危険に曝される方が、彼らにとって想定外のことだったのだろう。
そこまで考えることはできる。
だがそこまで考えると、木原の思考はある一点でぴたりと止まってしまう。
「……何が目的だ。
上層部の依頼を蹴ってまでして、俺を生かす。
お前らにとってそれがどんなメリットになる?」
「いや、まぁ依頼っつーか報酬を用意してあるだけで実質命令だったし。
蹴るなんて恐ろしい事は出来ませんでしたよ、だから一応"殺す意思"は見せた。
人を殺すなんて後味悪いしね。
ただそれだけのことでしかないですよ」
398: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:33:11.46 ID:uwgSZMjUo
十分に納得のいく理論だった。
だがそこで、木原は再び眉を潜め言い放つ。
「……そんなワケねぇよな。
ならわざわざ『爆殺』なんて手段は取らねぇ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーーわざわざ空気中に散布されている統括理事長専用監視網、
・・・・ ・・・・・・・・・・
『滞空回線(アンダーライン)』を吹き飛ばしてくれる理由になんかならねぇ。
俺の計画の中で一番厄介で、力任せに突破しようと思ってた障害を、な」
「――やりづれぇなぁ、アンタは」
399: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:35:48.04 ID:uwgSZMjUo
破魔矢は降伏するように両手を上げる。
降参だ、と言ってから彼はばつが悪そうに笑う。
「あーもーそうですよチクショウ。
子供を助けようとするアンタを放っとけなかったってだけの話。
後はまぁもしかして、一方通行くんが可愛かったのもあるかもな。
丁度ウチの長男と同じくらいの年頃だったし、さ」
「……、は?」
なんだそれは、と。
予想外、想定外の返答に木原の思考が固まる。
理解できない。
同じ言葉を話しているはずなのに。
単語の意味は分かるのに。
この男が何を言いたいのか、全く見えてこない。
400: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:36:32.51 ID:uwgSZMjUo
「私にとってはむしろ後者の方が大きいですね。
街で見かけた時にわざと目の前でハンカチを落としてみたんですけど、
もう、仏頂面で拾って渡してくれる姿がかわいくて可愛くて」
「……え。ちょっと待ってそんなの聞いてねぇよ!?
何してんの初野ちゃん!!」
「可愛い物には弱いんですよ、私」
「……は、はは……?」
そんなバカなことが有り得るのだろうか。
賑やかな二人の会話を聞きながら、
木原はその言葉に呆然としていた。
上層部の命令に逆らってまで、自分を助けてくれた?
それが発覚すれば、彼らの命すら危ないのに。
その理由が、そんな簡単なもの――?
401: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:42:14.66 ID:uwgSZMjUo
善意。
言ってしまえば簡単なものだ。
木原だって、少しぐらいの善意の持ち合わせはある。
だが、これだけ大きな善意が現実問題、自分のような人間に向けられるなど有り得るのか――?
「本当は電波を遮断された場所で木原さんにも相談しときたかったんですけどね。
俺らと『彼』がそうしたのと同じように。
ただ、どうしても都合が合わなくて」
「、『彼』、だと……?」
混乱しながらも、木原は会話を続ける。
そうでもしなければ、目の前の彼らを直視することすら出来なくなってしまうかもしれない。
「えぇ。アンタが一番信頼してる部下。
マイクさんにはこの計画を既に伝えてあります。
今頃は、あのエセ外人のトコに向かってるはずですよ」
「……アイツの動きが『滞空回線』で察知される恐れは?」
「大丈夫、『滞空回線』の通信方式はちゃんと計算済みですよ。
吹き飛んだのはこの付近十数メートルですけど、
そこで発生したエラーは連鎖して半径一キロ――ヤツらの研究所すらも包みます。
マイクさんにはそのエラーの発生する範囲を動くよう伝えておきました」
「……用意周到ってレベルを越えてんな」
マイクは既に銃器の用意もしている。
もうこれで、彼らの行く手を阻むものは何もない。
必要事項を確認し終えると、木原は破魔矢に背を向けてからぽつりと呟く。
402: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:42:50.96 ID:uwgSZMjUo
「……、恩に着る」
403: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:43:37.25 ID:uwgSZMjUo
走り出した木原は、二度と後ろを振り返ることはなかった。
残された破魔矢と初野は、小さく微笑みながらその背中を見送る。
「……、上手くいくかね?」
「ここまでお膳立てをしたんです。成功してもらわないと」
「この腐った街の上層部をこんなことで出し抜けたんならいいけど、な」
冷静に答える初野とは対照的に、破魔矢はどこか心配そうに爪を噛む。
理路整然とした初野に比べると、彼は些か勘のようなモノに頼る性分があった。
その勘が告げている。なにか良くないことが起こる、と。
杞憂であって欲しかったその心配は、しかし現実のものとなってしまう。
彼がそれを知るのは、もう少し後の話。
404: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:44:04.29 ID:uwgSZMjUo
【全ての始まり―give them the truth―】Fin.
405: ◆Stw.e6Ocjg 2013/03/24(日) 16:44:44.12 ID:uwgSZMjUo
Next Episode……
【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】
410: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:44:03.65 ID:9/rbk74go
【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】
411: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:45:12.76 ID:9/rbk74go
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
「――これが、わたしの知っている全て。
初矢くん、あなたのお母さんから伝え聞いた真実よ。
その後木原数多が何故死亡したのかは、推測するしかない。
でも順当に考えれば、『実験』側につく上層部の手にかけられたと考えるのが妥当ね」
芳川は柔らかく微笑むと、介旅と一方通行双方の顔を見る。
初野の話が真実であるという確証は無い。
だがそれでも、伝える事に意味はあった。
「さあ、分かったでしょう。本当の敵が誰なのか、何なのか。
この悲劇の原点が、いったい何処にあったのかが」
この戦いを止める。
無意味な戦いを、無駄な犠牲を。
今ここで、完全に止めて見せる。
それだけが、芳川の願い。
『甘い』彼女が初めて見せたその『優しさ』。
412: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:46:02.85 ID:9/rbk74go
「拳を下ろして、二人とも。
そして考えて。これを聞いた上で、あなたたちが何をすべきか」
二人が口を開くのはほぼ同時だった。
脱力し呆然と彼女に耳を傾けていた二人が、ゆっくりとその顔を上げる。
「――駄目だ」
「……無理な相談、だな」
413: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:46:59.11 ID:9/rbk74go
「――、え?」
予想外の返答に、芳川は眩暈すら覚えた。
何故、と。
一瞬で干上がった喉が、辛うじて声を上げる。
「……俺はもう、止まる気は無ェ。
木原を殺したのが上層部? それがどうした。
そンなモノは、『絶対能力』を諦める理由にはなりゃしねェンだよ」
「芳川さん、だっけ。その話を聞いて確信が持てたよ、ありがとう。
……でも、違うんだ。それを聞いたところで、コイツは止まらないよ。
『結果』のために『手段』を犠牲にしたコイツは、
たとえ間違っていると分かってもその『結果』を得るまでは絶対に止まれない。
……だから、駄目なんだ。僕が止めてやらないと、さ」
「……っ!!」
芳川が口を挟む間もなかった。
二人の間で再び空気が張り詰め、一触即発の緊張感が場に漂う。
こうなっては、もう芳川の言葉など何の意味も為さない。
止められない『流れ』が、既に始まってしまっている。
414: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:48:07.42 ID:9/rbk74go
だが、
「――介旅!!」
その『流れ』を止めたのは、予想だにしない方向からの声だった。
御坂美琴。
ミサカの介抱をする彼女が、介旅の背後から強い意志の込もった視線で彼を見つめている。
「美、琴……?」
その時。芳川は自然と安堵のようなものを覚えていた。
御坂美琴――彼女はもう、一方通行の恐ろしさを十分に知っているはずだ。
介旅の行いの無謀さを見咎め、彼を止めようとしているのだろう、と。
本来の目的とは多少異なるが、それでも構わない。
この戦いを止められるのならば、そのくらいの誤差は気にする事ではない――と。
415: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:49:57.48 ID:9/rbk74go
けれど芳川は、そこでひとつの誤算をしていた。
それは誤差というにはあまりにも大き過ぎる誤算。
「――絶対、負けないで」
美琴の眼に浮かんだ色が、心配ではなく信頼であったこと。
それを向けられるほどに、介旅は一方通行とまともに戦えてしまうということ。
「――あぁ、絶対勝つさ」
自信に満ち溢れた声に、芳川は声をかけることすらままならなかった。
それほどまでに、彼女にとってこの現状は受け入れ難いものだった。
416: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:50:44.66 ID:9/rbk74go
「――、そん、な……ダメよ、待って……っ!」
積み重なった『想定外』。
それはつまり、芳川の計画の失敗を意味する。
拳を納めさせる事は適わない。
となれば、その結末は二つに一つ。
介旅が勝つか、一方通行が勝つか。
結局のところ、話はそこへと帰結するのだ。
417: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:51:30.17 ID:9/rbk74go
「さぁ、これで最後にしようぜ一方通行。
今の話のおかげで、ここがまだ『中継地点』だって分かった。
父さん達も関わっている『妹達』、そして学園都市の『闇』について知るための」
「だから、何だってンだ」
「こんなところに時間を割いていられない。
さっさと決着を付けて、次のステップへ進むって言ってんだよ」
「……。イイねェ、オマエ。今日一番でムカついちまったよ。
お望み通り、すぐに終わらせてやろうじゃねェか」
「――行くぞ」
「――あァ」
418: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:52:10.04 ID:9/rbk74go
拳が鳴り、空気が揺らぐ。
ダン!!と、両者の靴底が砂利を蹴り出す。
最短距離で激突した二つの拳が交差し。
一方通行の死の両手を避けた介旅の左拳が、彼の顔面へと突き刺さる。
419: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:52:37.54 ID:9/rbk74go
「ッ!!!」
「――――っ!」
骨と骨のぶつかる鈍い音が響き。
渾身の一撃を受けた一方通行の体は後ろに振れ、
420: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:53:29.84 ID:9/rbk74go
――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
(痛っ――!?)
介旅は、左手首に走る激痛に顔を顰める。
『反射』の突破に失敗したのではない。
そもそも、そんなことが起こる状況ではない。
(――コイツ、一瞬だけ『反射』を解除して――!?)
彼の左手は度重なるダメージにより、人を殴り飛ばせるような状態ではなかった。
『反射』を逆手にとって利用することで、
打撃の反動を一方通行の方へ押し付けていたに過ぎない。
だからこそ。
一方通行は打撃の瞬間に、『反射』を完全に解いた。
『反射』を利用する介旅を、無力化するために。
421: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:54:14.98 ID:9/rbk74go
(クソ、木原さんの格闘術の原理を見抜いてた? いつの間に――!?)
『イヤ、不思議でもねぇ。以前、一度だけアイツに対して使ったことがある。
その時から余剰演算領域を使って解析を試みてたとしたら、あるいは、な。
……だが、重要なのは――本当にマズイのは、「そこじゃねぇ」!』
(、なん、だって――?)
『本来のアイツは極度に「痛み」を恐れていた。
いくら『反射』を解けば意表を突けるとわかってても、出来るはずが無かった。
……つまり、今アイツにはその恐怖を克服するだけの「信念」があるってことだ!!』
422: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:55:00.85 ID:9/rbk74go
木原の言葉は、あるいはその道の人間にとっては恐ろしく耳に入っただろう。
信念。
心の強化。
それが意味するのは、『自分だけの現実』拡張の可能性。
無論、能力開発について知らぬ介旅含めた大多数の学生には知る由も無い。
しかし、それでさえもその後に起こることは予想がついた。
背後へふらついた一方通行の眼に、妖しい光が宿る。
慌てて追撃を放とうとする介旅よりも、彼がアクションを起こす方が早い。
『向き』を操作し後方に跳んだ一方通行の周りで、『何か』が動く。
423: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:56:15.03 ID:9/rbk74go
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――
(……『反射』は切った。効果が無ェなら使わねェ。
余剰分の演算領域を使い、奴へ有効な攻撃手段を見つけ出す)
静まり返った思考で、一方通行はそっと目を閉じた。
感じる。
莫大な力の奔流を。
今までに無い新たな『力』が、彼の手に宿っている。
(……終わynりだ)
『新しいパラメータ』は入力された。
今度こそ終わりだ、と一方通行は笑う。
その思考の中にノイズのような信号が走っていることに、彼自身は気付かない。
424: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:57:30.13 ID:9/rbk74go
(大気よりも磁td力よりも、ずっと身近にあっhgた『向き』。
くかか、何で気付かなtgdmかった。あンじゃねェか、うってつけの『jgam弾nqvr』がよ)
何かを掴むように、手を緩やかに握る。
常人には、そこには何も無いように見えるのだろう。
だが、彼には『観える』。
あらゆる『向き』を掌握した彼は、遂に『それ』を操作するに至った。
学園都市を満たすその『向き』を。
(小細iob工は通じねuzkェぞ。今度こそ、トドメcwだ)
介旅との距離は十メートル。
時間にして二秒もあれば届くだろう。
しかし。
そもそもそれだけあれば、狙いを定め『弾』を当てるには十分すぎる。
(終tfわれよ――)
「――介g旅、初矢ァァァァァァァァ!!!!」
425: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:58:17.06 ID:9/rbk74go
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
(ヤ、バイ――っ!!)
一方通行の元へと走る介旅初矢は、戦慄していた。
視線の先は、彼に固定されている。
両手で何かを掴むような格好は、見ようによっては滑稽に映ったかもしれない。
けれど、
『マズイ、ぞ。「アレ」は、まさか――!?』
ただの空間。塵と空気だけで構成されているはずの『そこ』で、"何か"が動いている。
片栗粉の溶けた水をかき混ぜた時のように、
色も形もなく、しかし感覚的に見える"何か"の流れ。
その『向き』が、徐々に彼の手の中へと収束されている。
426: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:59:03.96 ID:9/rbk74go
・・・・・・・
『間違いねぇ、アレはAIM拡散力場――ッ!?
「自分だけの現実」の拡張だけじゃねぇ、新たな演算領域の獲得まで――ッ!!!』
(……何言ってるかは分かんないけど、感覚で分かるよ。
『アレ』が、さっきの高電離気体が可愛く見えるくらいのものだってのは!)
『分かってるなら話は早い。絶対に喰らうんじゃねぇぞ!!』
言われずとも、と返事をしようとした。
しかしそれよりも先に、姿勢を低く沈める一方通行が目に入った。
「――ッ!!」
「死yrgねbt」
427: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 22:59:42.47 ID:9/rbk74go
瞬きすることすら許されなかった。
それだけの暇があれば三回は死んでいただろう。
沈められた足が僅かに伸びたのを見た次の瞬間。
一瞬で肉薄した一方通行が、空間の『歪み』を掴んだ手を繰り出す。
『ッ!? 全力で身体ぁ捻れ!! 当たったらオシマイだぞ!!』
脳に直接響く木原の声は、どこか遠くのもののように聞こえた。
極度の緊張感に、全身の神経が焼け付くように痛む。
目の前の『死』を逃れんとして、全ての感覚が極限まで研ぎ澄まされる。
428: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:00:26.83 ID:9/rbk74go
「――こ、の……ッ!!!」
避けるのが精一杯。
身を躱しつつ攻撃を放つためには体勢が不十分。
だが逆に言うならば、避けるだけなら不可能な話では無い、と介旅は確信する。
(――最後の最後で選択を間違えたな、一方通行。
僕を殺すのに、一撃必殺の攻撃なんていらなかった。
逆に、お前にとって最大威力の攻撃なら。必ずそれ相応の隙が生まれるはずだろ!!)
『分かってるとは思うが一応言っておく。
この攻撃は、命中精度を上げるため極端に近付いてきちゃいるが形状は「弾丸」だ。
恐らく直線的に飛ばす程度なら可能な筈。
後方に距離を取って安心すりゃ、そのまま貫かれんぞ!』
429: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:01:32.82 ID:9/rbk74go
音声データではなく純粋な『情報』として脳に流れる木原の声が、介旅の思考に流れ込む。
これが死の淵へ追い詰められた窮状だったなら、パニックを引き起こした可能性もある。
だがあくまでも介旅にとって、これは決着をつける最後の『チャンス』でしかない。
(左足を下げ、後方に下がる素振りを見せてから右足を軸に右方へ回転。
相手の勢いを利用し背後に回り込んで、無防備な後頭部に打撃を加えて意識を落とす!)
勝利の具体的な算段を立て、即座に実行に移す。
左足を下げた瞬間、想定通りに空間の『歪み』が射出される。
430: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:02:14.19 ID:9/rbk74go
(――、行ける。勝っ――)
回避のタイミングとしては紙一重。
しかし前提として「必ず成功する」と分かっているからこそ、
彼の思考はそう切羽詰まってはいない。
寧ろ、勝利を導く方法を再度反芻する程度の余裕はあった。
・・・・・
――だからこそ、と言ってもいいだろうか。
余裕があった。だからこそ、介旅は気付いてしまう。
431: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:02:49.45 ID:9/rbk74go
「――、あ、」
『弾丸』の軌道は、一本の直線。
既に放たれたその動きを変えることは不可能。
だから。
つまり。
・・・・・・・・・
介旅の背後の人間は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方通行と介旅を結ぶ直線上に座る御坂美琴は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その暴力的な破壊の直撃を受けてしまう――ということ。
432: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:03:33.57 ID:9/rbk74go
一方通行自身、意識しての行動ではないだろう。
ただ偶然その攻撃の先に美琴がいた、それだけの話なのだろう。
しかし。だからこそ、その攻撃を止めさせることは不可能。
唯一止められる可能性のある彼自身が、その結末に気付いていないのだから。
433: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:04:19.39 ID:9/rbk74go
「――――おォォォッ!!!!」
介旅の全身を嫌な悪寒が駆け抜ける。
不快な汗が一気に吹き出る。
美琴が超能力者の『超電磁砲』であることなんて、少しの安心材料にもならなかった。
そもそも、この世界に存在する真っ当な物理法則で
真正面から受けられる攻撃だとはとても思えなかった。
地面を蹴る。
回転する体を止めて、無理矢理逆方向に引き戻す。
434: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:05:35.32 ID:9/rbk74go
「っ……一、方、通行ァァァァァァァッッ!!!」
人の体一つなどティッシュペーパー一枚程度の気休めにすらならないとか。
介旅が何もせずとも、美琴は自ら危機を察知し避けられたかもしれないとか。
・・・・・・・・・・・
そんなどうでもいいことは、頭の中に残されていなかった。
御坂美琴に。大切な人に迫る危機。
それだけで、介旅にとって自らが盾となろうとするには十分すぎるほどの理由となる。
435: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:06:18.12 ID:9/rbk74go
そして。
目を見開く美琴の目の前で。
一方通行の放った渾身の一撃が。
背後を庇うように両腕を広げた介旅の、左胸に突き刺さる。
436: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:06:58.49 ID:9/rbk74go
音が破裂した。
空間が炸裂した。
それまで辛うじて受け流し続けてきた学園都市第一位の攻撃。
軽く触れただけで人を殺すほどの力を持った、遥か格上の相手の。
全てが込められた、全力の一撃。
「ーーーー、ぁーーーー」
まともに喰らえばどうなるかなんて、分かりきったことだった。
絶大な衝撃を受けた介旅の口から、紅色の液体がこぼれ落ちる。
437: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:07:48.84 ID:9/rbk74go
――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
その瞬間。
勝った、と一方通行は確信していた。
彼が放った一撃――AIM拡散力場の塊は、
炸裂すれば直線距離1キロは跡形もなく消し飛ばせる程度の威力があった。
それだけの攻撃を、介旅はあろうことか生身で、しかも心臓の真上に受けたのだ。
どう考えても生きているはずがない。
死んだ。
介旅初矢は、一方通行の『敵』は、死んだ。
438: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:09:12.77 ID:9/rbk74go
――そう考えるのが妥当。
・・・・・・・・・・・
そうでなければいけない、はずだった。
だが待て、と一方通行の脳裏におかしな信号が走る。
勝利の爽快感よりも先に猛烈な違和感が、彼の思考を支配していた。
(――1キロを吹き飛ばす威力の攻撃。
・・・ ・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
なのに、なンで。何でコイツの体は、そのまま原型を留めてる――ッ!?)
439: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:10:07.04 ID:9/rbk74go
介旅の体は、倒れない。
いや、そればかりではなかった。
あらゆる『向き』を操る一方通行は、その体表面の状態から容易に確認できてしまう。
介旅の身体を流れる血液が、未だ止まらず動き続けていることを。
導き出される結論は一つだった。
介旅初矢は、生きていた。
一方通行の全力を真正面から受け止めてなお。
その身体が折れることは、なかった。
440: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:11:42.95 ID:9/rbk74go
心理学的にとか生物学的にとか、そんな次元ではない。
物理学的に、絶対に有り得てはいけない現象。
そもそも彼の体は消し飛んでいなければならない筈なのに。
馬鹿な、と一方通行は思わず呟いていた。
瞬間。介旅が更に深く笑んだのを、彼は確かに見た。
ゴガッ!!!と、硬質な音が響く。
同時、彼の視界を赤色が埋め尽くした。
それが介旅の右手に殴られた自分の血だと気付いた時には、もう全てが終わっていた。
441: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:12:25.81 ID:9/rbk74go
「が、ァ、――」
意識が飛ぶ。
それが分かっていながらも、最早抗う事すら出来なかった。
脱力したその身体が、四肢を投げ出しながら地面に落ちる。
砂利が『反射』に弾かれることなく、その背に突き刺さった。
442: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:13:10.09 ID:9/rbk74go
つまりは。
今度こそ、本当の決着だった。
介旅初矢の勝利。
操車場の闘いは、それをもって幕を閉じることとなる。
443: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:13:35.88 ID:9/rbk74go
【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】Fin.
444: ◆Stw.e6Ocjg 2013/04/28(日) 23:14:21.57 ID:9/rbk74go
Next Episode……
【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】
450: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:22:07.64 ID:uzxn1W+5o
【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】
451: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:22:42.62 ID:uzxn1W+5o
――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――
「……何で生き残れたのかは、さっぱり分かんねぇけど。
取り敢えずコレは、僕の勝ちって事でいいんだよな」
静かに息を吐き、口の周りの血を拭ってから、介旅は肩の力を抜く。
地面に倒れた一方通行を見やるが、起き上がる様子はない。
『……AIMの方は、不発――ってトコか? 運が良かった、ってことでいいのか……?』
木原は腑に落ちないようなことを言っていたが、介旅にしてみればどうでもよかった。
そんなことよりも、勝ったという事実の方がよっぽど大事なのだから。
452: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:23:40.35 ID:uzxn1W+5o
『まぁ、それはそうと。最後に右手を使ったのは正解だったな。
対「反射」の設定では小手先の動作だけだからほとんど気付く事もねぇが、
思い切り振るとなりゃ普通の腕よりは硬く重たい。鈍器を使う感覚だ』
(……アンタの子供だから、アンタの形見の腕で……みたいな発想にはならないのな)
『そんな感傷的な事を考える余裕があったわけでも無ぇだろ』
(確かに左手が痛いから右手を使っただけなんだけどさ)
そこまで会話したところで、介旅は背後からの暖かい感触を感じた。
不意の感覚に一瞬戸惑うが、暫し考えてから体の力を抜く。
「ほら、勝てた。約束通りだろ、美琴?」
「……こんなにボロボロになるまで……。
アンタ、分かってる? もう少しで死んじゃうところだったのよ?」
「ヒロインになった感想はどう?」
「……バカ」
453: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:24:08.14 ID:uzxn1W+5o
飄々と口にする介旅だったが、腰に回された手に一層の力が篭ったことに気付き押し黙る。
気まずそうに頬を掻くと、少し思考してから小さく呟く。
「……ごめん、心配かけて」
「ううん、ありがとう。私とあの子を、守ってくれて」
抱きしめられた手が、少しずつ上体に沿って上がってくる。
腕が首に回ると、擽ったさに少し身を動かし、介旅はそのまま微かに笑った。
「……そういうのは、寧ろ僕が後ろ側に回るモンじゃないの?」
「いいの、別に。アンタ細いから腕が回しやすいし」
「身長差があるから、体勢キツいだろ」
「いいの。私がこうしたいんだから」
454: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:24:54.22 ID:uzxn1W+5o
そうしていたのは、一秒だったかも一時間だったかもしれない。
時間の感覚が狂っていた。
どんな時間も平等に、永久のように長く感じられた。
……が、
「……若いって、いいわね」
「どうも見せつけてくれますね、とミサカは学習装置のデータから最適な言葉を浴びせます」
「っ!?」
「あはは……」
突然浴びせられた冷ややかな言葉に、美琴が慌てて手を離し跳び退る。
現実に引き戻された介旅は火照った顔を悟られぬよう手で煽ぎながら、
次の行動を取るため闇に目を凝らした。
455: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:25:30.90 ID:uzxn1W+5o
あれだけの戦闘の中でも倒壊しなかった数個の街灯のおかげで、
目当てのものはすぐに見つかった。
「……ケータイ。戦い始めたときに胸ポケットから落ちたみたいだ。
早いとこ連絡取って、『向こう』の状態も知りたいんだけど……って、アレ?」
取り上げた携帯から"何かが足りない"ような違和感を覚えた介旅だったが、
後で調べればいいと気を取り直し携帯自体に意識を向けなおす。
画面を点けて動作を確認する。
流石は学園都市製というべきか、
大きな衝撃を受けたにも関わらず内部機構に影響は無いようだった。
最低限の検査を終えると、介旅は急ぎ電話をかける。
1コールが終わるか否かといったところで、相手はすぐさま応答した。
456: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:25:56.24 ID:uzxn1W+5o
『よう、介旅。電話をかけてきたって事はそっちは円滑に終わったってことかな?』
「終わったよ、その話はまた後でしてやる。
それより工山。まだ『回線』は切ってないな?
那由他ちゃんは今どうしてる?」
『……何のことだか』
「さっき芳川って研究者に聞いた。
僕の両親と、那由他ちゃんの親戚――木原さんにある程度の関わりがあるって。
つまりは那由他ちゃんが僕を仲間に引き入れたのは偶然でもなんでもない、
その辺りの因縁みたいなものを知っていたからだと考えるのが妥当だ。
……そこまで知れたんなら、あの子が木原さんを殺した真犯人を知っててもおかしくない。
時を見計らい仇を討ちに行くってのも容易に想像が付くよ」
『……憶測を根拠にしすぎじゃないか?
推理の方針としては落第点も良いとこだ』
「生憎と今欲しいのは答えだけだ、批評はいらない。
で、僕の推測は合ってるかな?」
457: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:26:30.43 ID:uzxn1W+5o
有無を言わせぬ介旅の物言いに、工山は呆れたように嘆息した。
数秒の沈黙の後、諦めるような口調で彼は話し始める。
『……ご名答だよ。しかし勘が良すぎるな、新しい能力にでも目覚めたか?
都市伝説にあったな確か。「全知無能(ワールドノウン)」とかいう――』
「手短に頼む。那由他ちゃんは今どんな状況だ」
『……口止めされてるから詳しくは言えない。
一つ言えるのは、「終わったから心配するな」ってことだ』
「……大丈夫、だったんだな?」
眉を潜めながら語調を強くして聞くと、電話口から聞こえたのは小さな笑いだった。
間髪入れず、自信に満ち溢れた声で工山は続ける。
『あぁ。なんせ――"ボクがついていたから"ね』
458: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:26:58.87 ID:uzxn1W+5o
――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
―PM9:00,とある路地―
女の言った通り。
木原那由他は、心を許した相手に引き金を引けるような人間ではなかった。
そして、女の取り出した拳銃は確かに那由他の眉間を狙っていた。
順当に行けば、女の発砲した銃弾が那由他の脳髄を砕く事に疑いはない。
459: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:27:38.49 ID:uzxn1W+5o
だけど。
それでも、
・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それでも、銃声を発したのは那由他の手にある拳銃だった。
460: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:28:04.82 ID:uzxn1W+5o
「……、え……?」
ドサリ……と重たい音がした。
自分の体が倒れる音だと認識するのに、数秒の時間が必要だった。
胸を撃ち抜かれた女の表情が、混乱の一色に染まる。
何が起こったのか分からない、と。
口は動かずとも、その目が雄弁に語っていた。
461: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:28:36.13 ID:uzxn1W+5o
「アナタ、一体、何、を……?」
「能力は、解けた……ね。
良かった。後腐れが無く済みそうで」
「……その、様子だと。冷徹になりきって撃った、訳じゃない……?」
「答えてあげる義理があると思う?」
「ふふ。確かに、無い……わね」
低く抑えた声に、返ってきたのは否定の返事だった。
那由他は次の弾を装填すると、銃口を地に伏す女の脳天へ向ける。
462: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:29:06.40 ID:uzxn1W+5o
「さて、仇は討たせてもらうよ。
数多おじさんを殺したって言うから相当の実力者だと覚悟してたんだけど。
……案外、呆気なかったね」
「……それ、を。"彼"に会って、からも言える、かしら、ね」
決着は一瞬だった。
最後の抵抗とばかりに落とした銃を拾おうとした女の頭を、
那由他が放った大口径の銃弾が撃ち抜く。
463: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:29:34.88 ID:uzxn1W+5o
――――――――――――――――――――
――――――――――
――――
―PM9:10,とある路地―
「……はぁ。危ないところだった」
木原那由他が立ち去り、動く者は誰もいなくなった路地で。
一つの影が、ゆっくりと立ち上がる。
人影は那由他が去った事を確認すると、怠そうな様子で携帯電話を取り出した。
464: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:30:05.10 ID:uzxn1W+5o
『よう。予定よりも遅い報告だな』
「えぇ、想定外のトラブルがあってね。
『コーティング』が無かったら死んでいたかも」
『あぁ、例の「木原」か』
「木原……那由他だったかしら。対策も不要だと思っていたから不意を突かれたわ」
電話先の男の声に、頭に銃撃を受けたはずの女は淡々と応える。
その語調になにか感じ取ったのか、男の口から微かな笑いが漏れた。
465: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:30:37.89 ID:uzxn1W+5o
『ほら、やっぱり正解だっただろ? その特別製の「全身タイツ」着てて』
「……『コーティング』と言って」
『いや、どっから見ても全身タイツじゃ』
「『コーティング』!」
『はーいはい。どうでもいいことを気にすんのなお前は』
「印象の問題よ。私嫌よ、『全身タイツ』なんか着てるって言うのは」
言いながら、女は自分の腕を軽く撫でる。
返ってきたのは本来の瑞々しい肌とは程遠いザラりとした感触。
厚さにして1ミリ以下の薄い布状の物体。
彼女の体を覆うそれが、那由他の銃弾を完璧に防いだ物の正体だった。
『今度から正式着用にするか? 全し――じゃなかった、「コーティング」をよ』
「冗談じゃないわ。夜の任務で、しかも電灯のほとんど無い場所だったから渋々着たのよ。
明かりの下で見たら全身が失敗した写真みたいに白く写って、気持ち悪くて仕方ないわ」
『……微妙にショックだったりするぞ、俺としては』
「私に着せたいならもう少しマシなデザインにして」
466: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:31:09.39 ID:uzxn1W+5o
適当に言いながら、地面の銃弾を拾う。
暗闇だったことが幸いしたのだろう、
那由他がこちらが出血すらしていないことに気付くことは無かった。
最も、気付かれたところで女の側が傷を負う事は無かっただろうが。
『それで。木原那由他は、お前の『能力』をどうやって突破したんだ?
以前のヤツのプロファイリングを分析した感じじゃ、
正面からは切り抜けられそうに無かったが』
「……私の勘で言わせてもらうと多分、同系統能力で上書きされた感じね。
あの子の体の"機械部分"だけが私の間接的な支配を逃れてた
――つまり、あの子自身の意思とは無関係に動いてたように見えたわ」
『機械だけ、ってとこがミソか。珍しい能力だから特定は早いだろうな。
"次"が終わったら、ブラックリストに入れといてやるよ』
「次、っていうことは……」
『あぁ、今から"出る"』
467: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:31:36.91 ID:uzxn1W+5o
男の口調の微妙な変化に、女の身体が強張る。
軽薄に見せかけたその言葉の中にあるのは、絶対的な覚悟。
隠し切れない冷たい殺意が、暗い感情に慣れた彼女すらも震えさせる。
『終わったらまた連絡する。それまでは待機してな』
「……えぇ」
短い言葉を最後に、電話は切れた。
女は短く息を吐き携帯をしまう。
それから思い出したように地面のテレスティーナへ視線をやるが、
468: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:32:04.67 ID:uzxn1W+5o
「……あら?」
気付けば駆動鎧だけが場に残され、中にいたはずのテレスティーナは消えていた。
見ていない間に彼女が意識を取り戻し、
同時に動きを止めていた『何者か』のチカラも効力を失っていたのだろうか。
「これは、怒られちゃうかもね……」
間違いなく、自分が油断していた故の出来事だ。
また面倒なことになった、と溜め息を吐く。
「まぁ、いいわ。丁度いい暇つぶしになるでしょ」
469: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:32:40.31 ID:uzxn1W+5o
・・・・・・・・・・・・
そして、赤いドレスを身に着けた女は再び駆動鎧に身を包む。
・・・・ ・・・・・・
暗部組織に身を置く、『心理定規(メジャーハート)』の能力をもつ彼女が暗闇へと踏み出す。
470: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:33:37.04 ID:uzxn1W+5o
――――――――――――――――――――
――――――――――
――――――
『万が一の事が起こった時のために、
那由他ちゃんには一度ボクの家まで来てボクと接触してもらった。
本来は気絶でもした時に機械部を操って逃げ出すために使おうとしてたんだけど、
そいつを使って敵さんの不意を突けたみたいでね』
「じゃあ、那由他ちゃんはこっちに向かってるんだな?」
『……何でそこまで分かる?』
「色々と『昔話』を聞いたからな。ともあれ、それだけ聞ければ十分だ」
『そうか。じゃあな、介旅。今度会う時は病院のベッドの上か?』
「冗談なんだろうけど、本当のことになりそうだよ……じゃあな」
力なく笑いながら、介旅は通話を終える。
改めて自分の体を確認すると、相当に酷い有様だった。
これは全治何週間になるだろうか、とぼやいたあたりで、
彼はふと携帯の違和感の原因に気付いた。
471: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:34:02.75 ID:uzxn1W+5o
「あ……『お守り』が無くなってる? どこにいったんだろ」
ストラップにして携帯につけていたはずの「お守り」の紐が千切れ、
先に付いていた石が無くなってしまっていた。
恐らくはこれも戦闘中に落ちたのだろう。
地面を探そうと下に目を落とすが、
この暗闇で小さなものを探すのは無理だと思いとどまる。
472: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:34:31.36 ID:uzxn1W+5o
「……介旅、初矢」
――横合から突然声をかけられたのは、その時だった。
473: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:35:08.52 ID:uzxn1W+5o
「……どうした?」
介旅は緊張で再び冷や汗を流しながらも、悟られぬよう軽い声で応える。
声の主は当然、一方通行。
この短時間で意識を取り戻した彼が、仰向けのまま脱力して話しかけていた。
「反射」は取り戻している様子だが、そもそも体を動かせないため大した攻撃は出来ない。
木原に急ぎそれだけを確認すると、介旅は緊張を解いて肩の力を抜く。
「……俺は、オマエに負けたのか」
「取り敢えず、今回はそういう結果になったな」
「……『今回は』?」
「お前のことだ、どうせこれじゃ諦めねぇんだろ。
『実験』中止の連絡が来ても、構わず続けようとする。
お前の力なら、研究員を脅して『実験』を継続させるのくらい簡単なことだろうしな」
「ハッ。分かってンじゃねェかよ、自分で。
オマエが無駄なことをしてたってのはよ」
「無駄なんかじゃないさ」
「どォする、俺を殺すのか? 『反射』があるとはいえ、動けねェ今なら可能だが」
「いいや」
474: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:35:35.08 ID:uzxn1W+5o
その言葉に対し疑問符を浮かべる一方通行に、介旅は挑発するような仕草で、
「今日この場はこれで終わりだ、これ以上の戦いはしない。
そして、お前が再び『実験』を始めようとしたら……
その度に止めてやるよ、この僕の手で」
「………………は?」
枯れた喉から出た掠れた声には、ただ困惑のみが表れる。
一瞬思考してその意味を理解すると、
浮かび上がったのは怒りでも驚きでもなく呆れの色だった。
475: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:36:05.00 ID:uzxn1W+5o
「驕ってるワケじゃねェが……、俺が負けたのは、不意打ち的な面が強かったからだ。
次となりゃこうはいかねェぞ、次はオマエが負ける番だ。
そして俺は、自分の邪魔をする奴を生かしておくよォな――」
「負けないよ、負けられないから」
「……」
「このまま『実験』を続けるってんなら、それこそ無駄なことだ。
その度に僕に止められるんだからな。
……だから、もうやめよう。これ以上、誰かが傷つく必要なんてどこにも無い。
美琴も『妹達』も、――それにお前自身も」
「……出来るワケ、ねェだろ。俺は、止まれねェ。
……最初に『妹達』を殺したあの時から、一度道を踏み外したあの時から。
俺はもう、この過ちを最後まで犯し続けるしか――」
悟すような介旅に対し、一方通行の声は、突き放すように冷徹だった。
それでいて、それはどこか泣き出しそうな子供の心の叫びのようだった。
そこには、無理矢理に取り繕われた大義名分なんて存在しない。
紛れもなく、それが彼の本音だった。
476: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:36:40.63 ID:uzxn1W+5o
弱く幼い理屈だ、と介旅は思う。
正義の人間にとってみれば、そんな理論は真正面から否定されるべきものだ。
けれど、
「誰が決めた? 一度間違えたら、ずっと間違え続けないとならないなんて」
「……ッ!」
介旅は、決して『正しい』人間なんかじゃない。
いくらでも間違えてきた。
いくらでも道を踏み外してきた。
でも。
だからこそ。
介旅には分かる。
介旅には言える。
「もう、いいんだよ。
間違えた事をした人間が、正しい事をしちゃいけないなんてルールは無い。
我慢する必要なんてない。自分が正しいと思う事をしたって、いいんだ」
477: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:37:23.56 ID:uzxn1W+5o
本当に『正しい』事をし続けてきた人間には、決して言えないことだった。
ただの綺麗事なんかじゃない、
聖人君子の、上から目線の慰めでもない。
介旅初矢だからこそ。
間違いを犯し、それでも正義を成そうと足掻いた人間だからこそ。
彼には、一方通行の想いを正しく理解できる。
その言葉は、紛れもない心からの言葉としての意味を持つ。
「……、やり、直せるのか。この、俺が。
正しい事をするのが、許されるのか?」
「お前が犯した罪は消えない。許されることじゃない。
それこそ、例えお前が『妹達』を生き返らせようと、な。
……でも、それはお前が正しい事をしちゃいけない理由になんかならない」
「……だからって。俺に、自分を守るしか能のねェ俺に、出来る事なンて――」
「布束さんが言ってた。『妹達』を取り巻く問題は、この『実験』自体に留まらない。
まだまだ解決しないといけないことが、沢山ある。
……それに、『上層部』の動きも気になる。分かるだろ、お前の力が必要なんだ」
「……正気、か?」
「多分、お前にとっては辛いことだと思う。
『妹達』を殺したって罪を、余計に重く感じる結果になっちまうだろう。
ただ、それでもさ。
要はお前の選択は、『妹達』を殺すか救うかの二択だ。
――ヒーローになるか、悪役のままでいるか。どちらかに決めろよ、自分自身で」
「――――、」
478: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:37:55.66 ID:uzxn1W+5o
暫しの沈黙があった。
一方通行は、何かに思いを馳せるように目を閉じていた。
そうしていたのは、時間にすれば僅か数秒。
けれどきっと確かに、彼はその時間を永久の如く感じていたに違いなかった。
やがて何かを振り切るように、彼はその首を左右に振る。
新たな覚悟の宿った赤の両眼が、再び介旅を見つめる。
479: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:38:22.40 ID:uzxn1W+5o
「――俺は――」
言葉が紡がれる。
震える唇が、静かに開かれる。
480: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:38:49.41 ID:uzxn1W+5o
――よりにもよって。
――その瞬間、だった。
481: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:39:16.90 ID:uzxn1W+5o
視界に突然、何かが入り込んだ。
直後に響いた鈍い音に、介旅は始め何が起こったのか把握できていなかった。
「がっ、あ……?」
数瞬の後、漸くそれが自らの身体の中から響くものだと認識する。
その原因が脇腹に突き刺さった爪先だと気付いた時には、もう"切れて"いた。
何らかの能力によるものではない。
原理としては至極単純な、ただ一発の蹴り。
雑魚を散らすようなその一撃で、介旅の身体から力が抜け地面へと沈む。
明滅する意識の中に、滑り込んだのは軽薄な声だった。
482: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:39:44.76 ID:uzxn1W+5o
「やっほう。殺しに来たぜ、第一位。
――名乗る必要はあるか?」
483: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:40:16.39 ID:uzxn1W+5o
「超能力者序列第二位、『未元物質』――垣根帝督だ」
空になったストレートティーのペットボトルが、
垣根と名乗った男の手から放され砂利の上に落ちる。
その軽い音を最後に、介旅の意識は深淵へと引き摺り込まれた。
484: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:41:02.08 ID:uzxn1W+5o
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――
【とある電話回線】
「砥信お姉さん、聞こえる?」
『えぇ……何かあったのかしら。焦っているように聞こえるけれど』
「悪いお知らせと良いお知らせがあるけど……順番の問題で、良い方から言わせてもらうね」
『どうぞ』
「『猟犬部隊』から連絡があった。
……上層部が独自の情報網で、『介旅初矢の一方通行への勝利』を確認したって」
『――Wow――まさか、本当にやり遂げてしまうなんて……』
485: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:41:30.65 ID:uzxn1W+5o
「……じゃあ、次。悪いお知らせの方」
『やけに淡々としているわね。
そこまで「悪い」知らせ、ということ?』
「――約一時間前、初矢お兄さんが戦闘を開始した頃から。
暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督の行方が分からなくなってるの」
『……Frankly,喜んでいる暇は無い、と』
「考え過ぎかもしれないけど、もしかしたら――とってもマズイ、かもね」
『In case……もしも彼が、「アナタの考えていること」をしようとしているなら。
私に、なにか手伝えることはあるかしら』
「うん、お願いしたいことがあるの。
お姉さん、『実験』関連の研究員にある程度の繋がりがあるよね?」
『Of course、ただしそこまで権限の強い人間はいないわ。
それでも十分かしら』
「問題ないよ。それじゃあその人達に『お願い』して、
『妹達』の検体メンテナンスに使う『バイオポッド』を借りて。
工山お兄さんが車を回してくれるから、それに乗せて操車場付近まで運ばせて!」
『……アナタ、何を……?』
「工山お兄さんに協力して貰って、『垣根帝督と戦える術』を組み立てるのに必要なの!」
『出来る、の? そんなことが――』
「勝算は薄い。けど、やるしかない! お姉さん、お願いだから協力して!!」
486: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:42:17.17 ID:uzxn1W+5o
【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】Fin.
487: ◆Stw.e6Ocjg 2013/06/08(土) 00:43:18.32 ID:uzxn1W+5o
Next Episode……
【操車場の戦い#2―LEVEL5 vs.LEVEL5―】
494: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:13:48.50 ID:V2F04mhVo
【操車場の戦い#2―LEVEL5 vs.LEVEL5―】
495: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:14:17.96 ID:V2F04mhVo
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――
垣根帝督と名乗った男は、格好だけ見れば街を闊歩するホストのようだった。
フォーマルな雰囲気のするスーツを見事に着崩し、
大きなエメラルドか何かのネックレスを着けたその姿は、
『闇』なんて言葉とは無縁に思えたかもしれない。
一方通行が即座にその危険性を感知できたのは、
単純に男の方に隠すつもりが まるで無かったからに過ぎない。
殺気、警戒、悪意。
そういった本来なら隠されて然るべきモノを、彼は見せ付けるかのように顕にしている。
「死ね」
殺しに来た、と彼は言っていた。
その宣告通りに、彼は何の躊躇もなくその右足を振り上げ一方通行の首へと落とす。
496: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:15:13.06 ID:V2F04mhVo
「――っッ!?」
咄嗟に腕を交差させたのは、先程までの『反射』を使わない戦い方の影響でしかなかった。
もし仮にそれがなければ、本当に死んでいたかもしれない。
ゴキリ、と鈍い音がした。
『反射』で守られているはずの両腕に、垣根の靴底がめり込む音だった。
497: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:16:06.27 ID:V2F04mhVo
「がっ!!??」
有り得ない現象だった。
介旅から受けた打撃とも違う。
もっと別種の、もっと危険な『何か』がある――。
「……へぇ。資料と違うじゃねぇか。
普段『反射』に頼りきってるせいで、咄嗟の反応が遅れるって話だったのによ」
「オ、マエ、一体、どンな原理で……?」
「うーん? まぁ、大したことはしてねぇんだけどな。
なんせ、お前自身が『反射』の中に俺の攻撃を素通りさせてくれるんだからよ」
「……どォ、いう……」
疑問は、口をついて出たものだった。
答えなど期待してはいない。
垣根の側に答えるメリットが存在しないのだから。
だが予想とは裏腹に、垣根は得意そうな顔すらせず、
・・・ ・・ ・・・・・・・・・・・・
「分かんねぇか? お前の『反射』は絶対じゃねぇだろうがよ。
音を反射したら何も聞こえねぇ、光を反射したら何も見えねぇ。
強さによってフィルターはかけてあるだろうが、
とにかくお前は自分に無害なモノを『反射』の対象から外してる」
498: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:16:45.02 ID:V2F04mhVo
「それが、一体……」
「俺の『未元物質』は『この世に存在しない物質』を生み出し操る能力だ。
『未元物質』が干渉した『向き』は、この世のものとは違う現象を起こす。
つまり、この能力を使えばお前の『反射』を突破する――
『反射』のフィルターには『無害』と認識され、
且つお前にダメージを与えられる『向き』を作り出すことも出来るってわけだ」
垣根の言ったことは確かに、理論的には可能ではあった。
しかし机上論は机上論。
それを実践するとなれば、話はまるで別のことになってくる。
「……そンなこと、出来るワケがねェ。
それをするためには、俺の『反射』の演算式を完全に把握する必要がある。
何の準備も無く、いきなり出来るワケが……」
振り絞るように一方通行は否定する。
それは己の能力への過信ではない。
客観的に――いや、事実として見て。
垣根にそんなことが可能ならば、演算能力の面で一方通行を遥かに超えることになる。
それならば第一位と第二位の序列が逆になっているのが自然なはずなのだから。
499: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:17:18.58 ID:V2F04mhVo
「あーあー。成程な。確かに的を射た考え方だ。
……でも違うんだな。お前は一つ大きな勘違いをしてる」
小馬鹿にするように垣根は肩をすくめ、首を大きく振って言う。
「なぁ、第一位。俺がいつ、今この場所に到着したところだって言った?
お前と介旅初矢との戦闘中に『反射』の演算式を逆算してなかったとでも言ったか?」
「な――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず気付けよな。『反射』のフィルターを最強にする戦闘中に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
髪が風に揺らされることなんてねぇはずだろうが」
「――っ!!」
垣根のその一言に、一方通行は戦慄する。
そうだ。
彼が『風の操作』を思い付いたそのきっかけは、髪を風に揺らされたことだった。
つまり遅くともその時までには、
垣根は演算式の逆算を殆ど終えて戦闘に介入すらしていたのだ。
500: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:17:49.57 ID:V2F04mhVo
「理解したか。お前はもう既に、俺の掌の上で踊ってるだけにすぎねぇんだ」
「ッ!!」
犬歯を剥き出しにして笑いながら、垣根は思い切り足を振るう。
一方通行は反射的に両腕を使い体を庇った。
だがその隙間を掻い潜る形で、垣根の蹴りは彼の脇腹に突き刺さる。
「ぎ、あッッ!!」
501: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:18:32.60 ID:V2F04mhVo
まともな叫び声さえ出なかった。
口の中に鉄の味が充満する。
垣根の一撃は、最早鈍器のそれだった。
内臓が一つも潰れていないのが、むしろ不思議なことにすら思われる。
「ガードが甘ぇよ」
「……野、郎……っ」
「ん? 卑怯だとでも言いてぇのか?
それとも、やめてくださいって懇願か」
「違、ェ。オマエは一体、何が目的で――」
「知る事が必要か? これから死ぬテメェによ」
冷徹に言うと、垣根は三度足を上げる。
動くことの適わない一方通行を、ただ殺す。それだけの作業のために。
つまらなそうに息を吐きながら、彼は己の足に人を殺すに足るほどの力を籠める。
502: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:18:59.56 ID:V2F04mhVo
――しかし、その足が振り下ろされることは無かった。
503: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:19:39.81 ID:V2F04mhVo
「――ッ!?」
轟ッッ!!と。
音すらも置き去りにして、橙色の閃光が一方通行の目の前を通過する。
学園都市第三位の超能力者の。
異名の由来ともなった攻撃が。
504: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:20:06.88 ID:V2F04mhVo
ドン!!!!と、音は遅れてやってきた。
その時には既に垣根の体は、遥か彼方へと吹き飛ばされていた。
「――超電、磁砲?」
有り得るわけが無かった。
その閃光が指す意味は、有り得ていい筈が無かった。
目を見開き、一方通行は掠れた声を発する。
505: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:20:48.62 ID:V2F04mhVo
対して。
「……勘違いしないで」
磁力を使って砲弾のように加速し、その脇に降り立った御坂美琴は。
憮然とした表情で、こう付け足す。
「別に、アンタを赦したワケじゃない。
……そもそも、"加害者"の側である私にアンタを赦す権利なんてないしね。
でも、アンタの出した答えすら聞かずに見殺しにするなんて出来ない。
それに――どう見ても、アイツは私達の味方には見えないし」
506: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:21:18.33 ID:V2F04mhVo
彼女の言葉に、迷いは無かった。
憎悪の対象であったはずの一方通行を助ける事に、何の抵抗も無いような声色だった。
――否。抵抗が無いはずなど無い。
それほどまでに、一方通行の犯した罪は重い。
だが、美琴の答えは「それでも助ける」ことだった。
介旅初矢が、悪人として以外の道を示したように。
御坂美琴もまた、彼に別の道を示しているのだ。
507: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:22:16.15 ID:V2F04mhVo
「……、オリジナル。オマエは、……」
続く言葉は、出てこない。
言いたいことは、言うべきことは。
いくらでもあるはずなのに。
それを口に出すことの恐怖が、彼の唇の動きを止めてしまう。
その躊躇いはもしかしたら、彼から最後の機会を奪い去ってしまったのかもしれない。
ザリ……、と。
静かに小石を踏み歩く音に、一方通行は体を硬直させる。
508: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:22:47.30 ID:V2F04mhVo
「――痛ってぇな」
そして。
暗闇から現れたのは、一人の男。
傷すらなく。
もはや彼自身の放ったその言葉ですら真実か疑わしくなるほどの軽い足で。
垣根帝督は首を鳴らすと、警戒する様子もなく美琴の目の前で立ち止まる。
509: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:23:31.84 ID:V2F04mhVo
「……へぇ。流石は、私より上の序列を名乗るだけの事はあるわね。
死なないとは思ってたけど、まさか無傷だなんて。
ホスト崩れみたいな格好の割には、やるじゃない」
美琴の言葉は、誰にでも分かるような強がりだった。
あの超電磁砲は、間違いなく垣根の不意を突いていた。
少なくとも、骨の一本や二本持っていく程度の期待はしていたのに。
「……そしてムカついた。俺の邪魔をするってんなら容赦はしねぇ。
絶対的な力の差ってのを教えてやるよ格下」
軽く言う垣根は、緩く拳を握り腰を落とす。
それが戦闘開始の合図。
傍からすれば無謀にも思える、電撃使いに対する徒手空拳。
けれど美琴には分かる。
それは驕りでも油断でもない。
獅子は兔を狩るのに全力を注ぐ必要などない。
適切な力を適切に使う――まさに本来の王者の在り方。
恐らくは、それが垣根と美琴の間にある圧倒的な実力の差を表している。
それでも、美琴は逃げない――絶対に。
ア ク セ ラ レ ー タ
介旅が勝てるはずも無かった敵に立ち向かったように。
彼女もまた、自らの思いを貫き通す。
510: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:24:13.52 ID:V2F04mhVo
勇気と無謀は違う。
しかし、慎重と臆病もまた違う。
美琴は相手の動きに警戒しながら、じりじりと自分の戦いやすい距離を測る。
(……ここはマズイ。一方通行と介旅を巻き込んじゃう。
まずは適当なところに誘導して――)
「イキナリ考え事か。随分と余裕だな」
「チッ!!」
舌打ちと同時に、ダン!!と地面を強く踏みしめ、後方に勢いよく飛び退る。
だが、垣根の追撃はそれよりも圧倒的に速い。
一瞬で距離を詰めた垣根の蹴りが、美琴の腹に突き刺さる。
――それよりも一瞬早く、彼女の左腕がガードに出ていなければ。
その一撃で、既に勝負が決まっていただろう。
511: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:24:55.21 ID:V2F04mhVo
「っ――!」
「おー、何だ。素手での戦闘能力自体もなかなかみてぇだな。
俺の蹴りを片腕で受け止めるとは」
蹴りの勢いで美琴は本来の着地地点よりも大きく後方に着地し、
なおも勢いを殺しきれず革靴が砂利の上を滑った。
想像以上に重い一撃に、受け止めた左腕がビリビリと痛む。
何度も喰らえば、骨にまでダメージが入りそうな感覚があった。
跳び退った瞬間、つまり正面からの打撃の勢いが殺されているにも関わらずそれだ。
まともに受けたらどうなるかは考えるまでもない。
「それはどうも。――だけど、隙だらけよっ!!」
痛みを振り払うと、美琴は右手から最大出力の雷撃を放つ。
片腕の痛みと引き換えに手に入れた隙に、叩き込むのは10億ボルトの電圧。
御坂美琴。『超電磁砲』。
その全力を、真っ直ぐに。
掌から打ち出した電流が、垣根の胸へと直進する。
512: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:25:24.80 ID:V2F04mhVo
ズバヂィ!!と、鋭い音が激しく響いた。
胸の中心を射抜いた電撃が、空気を焦がし異臭を漂わせる。
しかし、垣根の表情に苦痛の色は見られない。
あくまでも平然とした様子で、垣根はその一撃をこう評価する。
「――ハッ。その程度か」
「ッ――、効かない、か――っ!」
「残念だが、届かねぇよ。お前程度の攻撃じゃあな」
焦りを見せながらも体制を立て直そうとする美琴だったが、それすらも許されない。
一瞬で肉薄した垣根の拳が、嵐のような打撃となって襲いかかる。
513: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:25:55.53 ID:V2F04mhVo
「――、ッの……!!」
徐々に後退しながら、その攻撃をなんとか凌ごうとする。
休む暇など一瞬たりともなかった。
隙を見せない事を重視した細やかな連?は、能力を使う時間すらも与えない。
右手の攻撃を凌ぎ、左を避けた時には既に右が次?を放っている。
僅かでも気を許せない連打だが、
かといって両手の攻撃だけに集中すれば小刻みに動く足が飛んでくるだろう。
ドガガガガッッ!!と、およそ格闘とは思えないほどの音が連続した。
垣根の攻撃は美琴にまともに入ってはいなかったが、
美琴の方はそもそも決定打となるものを放つことすらできていない。
デフォルトで展開している電磁波のレーダーのサポートはあるが、
それでも互角かそれ以下の肉弾戦だった。
受け損ね、避け損ねた攻撃が少しずつ、けれど確実に美琴の体力を削っていく。
514: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:27:54.85 ID:V2F04mhVo
(くっ――このままじゃマズイ!
身体能力と格闘センスが、段違い――っ、)
防戦一方では、いずれ枯渇する。
そう判断した美琴は、敢えて一度攻撃を流さず片腕で受け自ら大きな隙を作る。
それを好機と見たのか、あるいは誘いを見抜いた上で乗ってきたのか。
垣根の手足が、それまでとは違う、明らかに「殺す」ための動きへと変化する。
タイミングを合わせて反撃しなければ、そのまま意識を狩られていただろう。
だがレーダーを持つ彼女にとって、カウンター自体はさほど難しい話ではない。
首に伸びる右手を左手で外側へ払い、
左手のアッパーカットを右掌で押さえ込んで何とか演算するだけの時間を確保する。
「ッ――やるじゃねぇか――!」
515: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:28:28.44 ID:V2F04mhVo
「これなら、どうよ……っ!!」
重い打撃を受けた事で腕が痛むが、そちらに気を配る余裕はない。
次いで垣根が足を出すよりも早く、地中から掻き集めた砂鉄がその足を捕えた。
「チッ――鬱陶しい!」
「まだよ! これだけじゃ終わらない!!」
動きが止まったその隙を突き、美琴が後ろへ跳んだのを皮切りにして、
チェーンソーの刃のように高速振動する砂鉄が、次々と垣根の体にまとわりついていく。
相も変わらず、垣根の顔に苦痛を感じるような素振りは見られない。
ただ今度ばかりは明確に、有効打ではあった。
黒い鎧のように体を覆った砂鉄が、拘束具となり垣根の動きを阻害する。
『未元物質』と自称した彼の能力がどんなものなのかは知らないが、
もしかすると防戦向きで、砂鉄の拘束を破るだけの突破力が無いのかもしれない。
516: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:28:58.39 ID:V2F04mhVo
「はっ……この程度で、俺の動きを完全に止めたとでも思ってんのか?」
「――やっぱり、そう甘くは無いか……っ!」
砂鉄の中から聞こえる異音に、美琴は小さく舌打ちした。
どういう原理かは知らないが、砂鉄が徐々に自分の制御下から外されていくのを感じる。
そう長くは保たない、という予感があった。
だが逆に、ほんの少しなら余裕がある、とも取れる。
「じゃあ――見せてあげる」
その足は、速度を上げながら後方へ。
目算で25メートル。
正確に計測すれば、24.85メートル。
そこまで退がったところで、彼女はポケットから取り出したコインを宙に放り投げる。
その数は十。
そして軽く広げた十本の指が、それぞれを導く別々のレールを形作る。
517: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:30:21.50 ID:V2F04mhVo
「『超電磁散弾砲(レールショットガン)』ってところか!
だが甘ぇ、数が増えた程度じゃ俺に傷一つ付けられねぇぞ!!」
黒い砂鉄の塊が砕け、垣根の身体が拘束を振り解いたのはまさに撃ち出す瞬間だった。
だが、その足は未だに砂鉄に囚われている。
着弾までにそこから逃れ、次の一撃を避けることは不可能だろう。
だから美琴は、高々と力強い声で口にする。
・・・・・・・・・・・・・・・
「残念。ショットガンなんかじゃないわよ」
518: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:30:59.36 ID:V2F04mhVo
「な――」
「喰らいなさい。
――これが、私の!! 全、力、だぁぁぁぁ!!!」
バチン!!と、一際大きな音が炸裂する。
それを合図に、宙に浮かんだコインが一斉に放たれた。
それぞれの速度は、音速の三倍。
衝撃波を伴ったオレンジの閃光が、まとめて垣根へと襲い掛かる。
519: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:31:35.34 ID:V2F04mhVo
――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
(――、何だ? 威勢の割には大した事がねぇ。
一発一発の威力が足りねぇんだ、何発撃ったって同じだってことは分かると思ってたが……)
垣根帝督は、半ば呆れたような調子で迫る閃光を見ていた。
なんとまぁ、一つ順位が下がるとここまで違うのか。
これでは、わざわざ手加減してやっているのも無駄骨かもしれない。
(しかしまぁ、狙いも杜撰なもんだな。
こんな弾道じゃ俺に直撃するのは精々一、二枚程度――)
520: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:32:11.23 ID:V2F04mhVo
と、そこまで考えて垣根は気付く。
・・・・・・・・
そんなわけはない、と。
御坂美琴の『超電磁砲』は発射の際に、相手との間に磁力線レールを敷く。
レールがある限り、彼女のコインは確実に自分の急所を狙い打たなければおかしいのに。
(――ま、さか)
ドグン、と。
垣根の心臓が、大きく跳ねた。
思い至った"ある可能性"。
その脅威に、今更になって気が付いてしまう。
(まさか――っ!)
垣根の目が捉えたのは、コインの弾道――『ではない』。
より正確には、コインが周囲に撒き散らす衝撃波。
通常は拡散されエネルギーの無駄となるはずの衝撃波、その『向き』。
521: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:32:51.87 ID:V2F04mhVo
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(コイツ、『超電磁砲』の衝撃波の『向き』を合成してやがる――!?
本命はコイン本体じゃねぇ、それが発生させる衝撃波の槍か!!)
向きの違う10の衝撃波は、互いが互いを強め、『向き』を変えて干渉する。
そして形作られるのは、鋭く巨大な槍。
ただの『超電磁砲』とは比べ物にならない射程と威力を持った、
それまでの彼女のものとは格の違う攻撃手段。
言うならばそれは、貫通力を極限まで高めた『超電磁貫通砲(レールライフル)』。
(こんな威力の攻撃が可能だなんてデータにゃ無かったぞ!?
……ってことは、まさかこの短時間で独自に作り上げた――?
ここまで複雑な演算を、土壇場で組み上げられるはずが――)
否。
思い当たる節は、あった。
この攻撃は、『向き』を重ねて放つ超電磁砲だ。
――そう、『向き』を。
(――成程。一方通行の戦闘を見て、『向き』の攻撃的な利用法を学んだってか――!)
522: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:33:23.74 ID:V2F04mhVo
暗部のそれなりに深いところの人間ならば、『暗闇の五月計画』を思い浮かべるだろう。
第一位の『自分だけの現実』を能力者に植え付け、
『向き』操作による応用の効く能力へと変化させる計画に、どことなく似通った部分がある。
(――面白ぇ。第一位の真似事の『向き』操作程度、真正面から受け止めてやる!!)
垣根は口の端を上げながら両掌を差し出す。
直後、その掌の中心に衝撃波の槍が突き刺さる。
「ぐ、……おーーっ」
能力で守られているはずの腕が、押し戻される。
彼の能力で作り出した『コーティング』が割れ、両腕が弾かれる。
衝撃波の槍は直進して無防備な彼の胸元へと飛び込み、そしてーー。
523: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:34:03.19 ID:V2F04mhVo
――――――――――――――――――――
――――――――――
――――――
ズドォン!!! と、爆音が鳴り響いた。
美琴が作り出した衝撃波の槍は、確かに垣根の懐へと飛び込んでいた。
だが、分かったのはそこまで。
着弾した瞬間に舞い散った粉塵が、彼女の視界を完全に遮ってしまう。
「っ――」
美琴は目を細めて煙の奥を注視する。
粉塵の中では電磁波のレーダーが機能しないため、
垣根の状態は視覚で判断するしかなかった。
524: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:34:59.38 ID:V2F04mhVo
「……やばっ、やり過ぎた……?」
正直なところ、『向き』操作を応用した超電磁砲など今まで試したことすらない。
どれだけの威力か、そもそも成功するのかまで分からなかった。
加減が分からないので、『取り敢えず』全力で撃ってみたのだが……。
「この威力じゃ、介旅まで巻き込んじゃったかも……!?」
己の失策を嘆きながら、粉塵の中へ踏み込む。
介旅を巻き込んだかもしれない、という不安は当然あったし、
垣根を殺してしまったかもしれないということも不安材料の一つだった。
(垣根、だっけ。その辺に、動けないくらいの重傷で倒れててくれると助かるんだけど……)
目を凝らし、粉塵に覆われた地面を注意深く見ようとする。
その結果、美琴はそこで無事に倒れている介旅を発見しただろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・
――突如として背後から襟元を鷲掴みにされ、強引に後ろへと引き倒されなければ。
525: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:35:40.32 ID:V2F04mhVo
「痛ッ――!?」
「あーあー、ったくよぉ」
苛立ちを顕にしながら、垣根は美琴の肩を踏みつける。
鉄柱のように頑強な足で美琴を拘束すると、彼は前髪を掻き上げながら口を開く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「用意に時間がかかる『コーティング』が剥がれちまったじゃねぇか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
対艦砲程度なら真正面から受けられる代物だぞ。
・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いくら俺でも、身に付けられる重さと薄さでこの強度を維持するのは骨が折れるんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・
どうやって落とし前付けるつもりだよ、おい」
「っ――――」
肩の痛みに耐えながら、美琴は絶句していた。
対艦砲を受け止めるとか、そういう言葉の内容に対してではない。
その言い方に対して。まるで気に入りの洋服を汚されたチンピラのような口調に対して。
それはつまり垣根にとって、
美琴の攻撃はその程度のものでしかなかったということだ。
526: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:36:10.84 ID:V2F04mhVo
決定打を浴びせられない、なんて次元ではない。
勝負にすらなっていない。同じ土俵にすら立つことを許されない。
絶対的な力の差、という言葉が美琴に重くのしかかる。
その意味を、ようやく今になって実感する。
……思えば、一方通行に対峙した時もそうだった。
美琴は手も足も出なかった。
介旅がいてくれなかったら、彼女はあそこで終わっていただろう。
けれど、今度は違う。
守られるだけじゃない。今度こそは、美琴が誰かを守る番だ。
527: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:36:49.96 ID:V2F04mhVo
「……つーかよ、お前の原動力って何なんだ?
お前にとっちゃ第一位は『仇』だろうが。
これから利用するつもりだったならまぁ納得できなくはねぇが、
そうだとしてもそこまで必死に守ろうとする義理はねぇだろうがよ」
「……あ、はは……」
垣根の言葉に、美琴は力なく笑う。
諦めや自嘲、ではない。
逆だった。
そんな風にしか物事を考えられない彼に。
彼女は、哀れみすら覚えていた。
528: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:37:18.31 ID:V2F04mhVo
「――アンタには多分、一生分かんないわよ」
「それはつまり、死にてぇって意思表示と取っていいんだな?」
額に青筋を浮かべた垣根が、肩を踏んでいた足を振り上げる。
全体重を乗せた踵で、肋骨をまとめて折りに来るつもりなのだろう。
狙いを定めるため、垣根が美琴に目を向ける――その瞬間を、彼女は見逃さなかった。
バヂヂッ!と即座に生み出した電流が、正確に垣根の両眼を狙う。
529: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:37:48.10 ID:V2F04mhVo
「ッ――!」
「どんなもんよ!」
電撃自体に意味はない。
それ自体微弱なものだったし、仮に最大出力でも難なく止められてしまっただろう。
だが、少なくとも雷撃に伴う光は防がれない。
垣根が普通の人間と同じく眼を頼りにしているのは、
行動を少し見るだけで分かるようなことだった。
閃光と共に身を起こし、美琴は後方へと走る。
一方通行や介旅を置き去りにする形になるが、
垣根は彼らよりも自分を優先して追ってくるという確信があった。
530: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:38:22.45 ID:V2F04mhVo
「ッ……の……! 逃がす訳ねぇだろ!」
背後から怒鳴るような声が近付く。
目眩ましが効いているのか、あまりスピードのある動きではない。
だがそれもいつまで保つか分かったものではない。
美琴は足を急げ、横っ跳びにコンテナの影に飛び込む。
それを追った垣根が、何の冗談かただの跳躍によって
散乱したコンテナの一つを飛び越え、美琴に追い付く――直前だった。
531: ◆Stw.e6Ocjg 2013/07/14(日) 07:39:31.95 ID:V2F04mhVo
――ゴッッ!! と。
物陰から飛び出した那由他の蹴りが、垣根の横っ腹に直撃する。
コメントする