1: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 03:41:01.75 ID:w4MVYybr0
はじめに。
ライドウと咲の二次創作です。ライドウの未来に咲がある設定でやっています。
いくつか注意してほしいところがあります。
一つ。 文章がものすごく長い。
二つ。 設定が激変しているキャラクターが多いので気に入らないと思うことがあるかも知れません。
三つ。 前回「操り人形よ糸を切れ」の内容を引き継いでいます。
内容について。
まったく恋愛要素がありません。
今回はほのぼの八割で進行します。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427740861
ライドウと咲の二次創作です。ライドウの未来に咲がある設定でやっています。
いくつか注意してほしいところがあります。
一つ。 文章がものすごく長い。
二つ。 設定が激変しているキャラクターが多いので気に入らないと思うことがあるかも知れません。
三つ。 前回「操り人形よ糸を切れ」の内容を引き継いでいます。
内容について。
まったく恋愛要素がありません。
今回はほのぼの八割で進行します。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427740861
2: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 03:46:17.69 ID:w4MVYybr0
六月、インターハイ長野県大会会場で、宮永咲は立ち止まっていた。きょろきょろとあたりを見渡して、どこに進めばいいのかと必死に頭を働かせている。完全に道に迷っていた。
彼女は控え室までの道のりがさっぱりわからなくなっているのだ。トイレに行くために控え室から出て、トイレにたどり着くまではよかったのだ。
問題なのはトイレから出てからだった。というのが、トイレから出てきた宮永咲はちょうど人の移動に巻き込まれてしまったのだ。
何とか人波から抜け出そうとしたのだけれども、これが上手くいかずにいつの間にか流されておかしなところに取り残されてしまった。
控え室に戻ろうとしたのだけれども、始めてくる場所だったのでいまいち感覚がつかめず困って立ち止まっていたのである。
しかしいつまでも立ち止まっているわけにも行かなかったので、とりあえず人の気配のするほうへ進んでいった。
宮永咲は不安の色を隠せていない。しかし歩かないことには何にもならないので、とりあえず歩いていた。
そうして宮永咲が進んでいくと鶴賀学園の生徒たちとすれ違った。宮永咲はほっとした。まったく面識のない人たちだけれども、道を聞くくらいのことはできるからだ。
宮永咲が声をかけようとしたのだけれども、彼女は思いとどまった。
鶴賀学園の生徒の一人がずいぶん顔色が悪く、話しを聞けるような状況ではなかったからだ。
知的な雰囲気の女子生徒が
「大丈夫か蒲原?」
といって顔色の悪い女子生徒の背中をさすっていた。
顔色の悪い女子生徒は、
「心臓が止まるかと思ったぞ……」
といって震えていた。流石にこの状況で割り込んでいく勇気はない。
鶴賀学園の生徒とすれ違った宮永咲はそのまま進んでいった。少し不安の色が減っていた。
とりあえず人の気配がする方向に進んでいけば、どうにかなるという気持ちがあるのだ。
会場は広いけれども、歩き回っていればいつかは目的地にたどり着けるだろうという考えもある。
のんきなことを考えながら進んでいくと宮永咲は龍門渕高校の生徒たちとすれ違った。
とても背の低い女子生徒と、背の高いボーイッシュな女子生徒、メガネをかけた髪の長い女子生徒の三人である。
彼女は控え室までの道のりがさっぱりわからなくなっているのだ。トイレに行くために控え室から出て、トイレにたどり着くまではよかったのだ。
問題なのはトイレから出てからだった。というのが、トイレから出てきた宮永咲はちょうど人の移動に巻き込まれてしまったのだ。
何とか人波から抜け出そうとしたのだけれども、これが上手くいかずにいつの間にか流されておかしなところに取り残されてしまった。
控え室に戻ろうとしたのだけれども、始めてくる場所だったのでいまいち感覚がつかめず困って立ち止まっていたのである。
しかしいつまでも立ち止まっているわけにも行かなかったので、とりあえず人の気配のするほうへ進んでいった。
宮永咲は不安の色を隠せていない。しかし歩かないことには何にもならないので、とりあえず歩いていた。
そうして宮永咲が進んでいくと鶴賀学園の生徒たちとすれ違った。宮永咲はほっとした。まったく面識のない人たちだけれども、道を聞くくらいのことはできるからだ。
宮永咲が声をかけようとしたのだけれども、彼女は思いとどまった。
鶴賀学園の生徒の一人がずいぶん顔色が悪く、話しを聞けるような状況ではなかったからだ。
知的な雰囲気の女子生徒が
「大丈夫か蒲原?」
といって顔色の悪い女子生徒の背中をさすっていた。
顔色の悪い女子生徒は、
「心臓が止まるかと思ったぞ……」
といって震えていた。流石にこの状況で割り込んでいく勇気はない。
鶴賀学園の生徒とすれ違った宮永咲はそのまま進んでいった。少し不安の色が減っていた。
とりあえず人の気配がする方向に進んでいけば、どうにかなるという気持ちがあるのだ。
会場は広いけれども、歩き回っていればいつかは目的地にたどり着けるだろうという考えもある。
のんきなことを考えながら進んでいくと宮永咲は龍門渕高校の生徒たちとすれ違った。
とても背の低い女子生徒と、背の高いボーイッシュな女子生徒、メガネをかけた髪の長い女子生徒の三人である。
3: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 03:48:44.16 ID:w4MVYybr0
宮永咲はやったと思った。これで控え室に戻る道がわかる。そう考えたのだ。宮永咲が声をかけようとしたときだった。
とても背の低い少女が宮永咲に話しかけてきた。背の低い少女は少し日焼けしていた。日焼けしている少女はこういった。
「おっ、その制服。もしや清澄高校のものか?」
日焼けした少女に話しかけられた宮永咲は少し驚いた。少し間を空けてから、彼女は答えた。
「はい、そうですけど?」
まったく話しかけられると思っていなかった。そのため、声がひっくり返っていた。平静をよそおっていたけれども、おびえているのは一目瞭然である。
日焼けした少女が、こんなことをいった。
「やはりそうか。となると、須賀京太郎の知り合い、であるかな? 灰色の髪の毛の、背の高い」
須賀京太郎という少年を示すためのジェスチャーを行いながら日焼けした少女は話しかけていた。
須賀京太郎という少年が清澄高校の麻雀部に所属しているというのを日焼けした少女は知っているのだ。
そのため、宮永咲に話しかけてきたのである。もしかしたら京太郎と知り合いで、伝言を頼めるかもしれなかったから。
宮永咲はうなずいた。そしてこういった。
「はい、そうです。それでどういう?」
日焼けした少女がこういった。
「いや、たいした用事ではない。京太郎に連絡があってな、よければ伝えておいてくれ。天江衣が呼んでいたと。
呼び止めたりしてすまなかったな。では、失礼する」
日焼けした天江衣は宮永咲に伝言を頼むと会釈をして歩いていった。
日焼けした天江衣のあとをボーイッシュな背の高い女子生徒と、黒髪の女子生徒がついていった。二人の女子生徒は去り際に軽く会釈していた。
龍門渕の生徒が歩いていくのを宮永咲は呆然と見送った。いまいち何が起きたのかわかっていなかった。
道を聞こうと思っていたらいきなり伝言を頼まれたのだ。軽いパニック状態だった。
自分から話しかけようとしていたのに、向こうから話しかけられたので余計に驚いてしまったのだ。
やっと持ち直した彼女は、とぼとぼと歩き出した。せっかくのチャンスを不意にしてしまったからである。
しかし、天は彼女を見捨てていなかった。人気のない通路の行き止まりで須賀京太郎を宮永咲は見つけたのである。
通路の行き止まりにいる須賀京太郎を見つけて宮永咲はほっとしていた。そして、どうしてここに京太郎がいるのかという予想もつけられていた。
おそらく自分を探しに着てくれたのだろう。よくあることだったから、きっとそうに違いないと納得していた。
ほっとしたのもつかの間、宮永咲は先に進めなくなった。須賀京太郎の様子がおかしいことに宮永咲は気がついたのだ。
須賀京太郎の表情は青ざめていて、今にも倒れてしまいそうだった。死にかけている電灯に照らされている灰色の髪の少年は場の雰囲気もあって、妖しかった。
4: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 03:51:35.96 ID:w4MVYybr0
須賀京太郎に、宮永咲は声をかけていた。
「京ちゃん? どうしたの」
宮永咲の声は震えていた。自分の知っている須賀京太郎というのはこんな少年だっただろうかと不安になったのだ。
「もしかすると背格好が似ている別人なのではないか」
そう思うほど京太郎の見た目は昔と変わっている。灰色の髪の毛に人を寄せ付けない雰囲気。
学生服につけている腕章などさっぱり意味がわからない。三本足のカラスの紋章と、龍の紋章が刺繍されている豪華な腕章だ。
どこで手に入れたのかといって聞いても、教えてくれなかった。ほんの少し昔の京太郎なら、考えられないことだ。
また妖しい雰囲気など、発するような少年ではなかった。
青ざめている京太郎を心配する気持ちはもちろんある。しかし、どんどん変化していく京太郎のことがわからなくなり始めているのだ。
人は成長するものだ。宮永咲も成長したものの一人だ。小さなころよりも背が伸びている。いくらか女性らしくなっているだろう。
誰と比べるのかでずいぶん印象は違うだろうが、きっと成長していると思ってくれる人のほうが多いに違いない。
成長したからなのか、同い年の少年が子供っぽいとしか思えない時期もあった。小学校の高学年から、今に至るまで。
年頃の少女にありがちな感覚である。成長というのは男女差があるけれども、そのスピードの違いで感じるわずかな優越感のようなものがあった。
よくあることだ。
しかしタイミングの問題だ。変わらないものなどない。子供にしか見えなかった少年たちが成長する時期がある。
春に花を咲かせる植物がこの世の全てではない。冬に花を咲かせ実を結ぶものも多くいる。これもよくある話だ。
成長することがよくあることでも、追いつけなくなるという不安は恐ろしいものだ。肉体的な成長など、たいしたものではない。
背が伸びたくらいで何が変わるのか。筋肉がついたくらいで何が変わるのか。
問題なのは、心だ。精神的に成長し始めたものが成長しきったとき一体どんな存在となるのだろう。
「きっと自分が知っている彼のままではないだろう」
そしてこんなことを思うのだ。
「自分は、置いていかれるのではないだろうか。肉体的な距離ではなく、精神的な距離を開けられて、永遠に近づけなくなるのではないか」
そう思うと、不安でしょうがなかった。
「京ちゃん、どうしたの?」
という言葉は体調を心配しているというのもある。しかしそれ以上に彼女の不安がそのまま音になっていた。
宮永咲が声をかけると須賀京太郎は反応を返した。軽い調子で、「大丈夫」といって笑っていた。
そして、宮永咲に近寄ってきて、彼女の肩をポンと叩いた。宮永咲が知っているいつもの調子だった。しかし、なんとなく違っているのに彼女は気がついていた。
宮永咲が戸惑っている間に、須賀京太郎は歩き出した。そのときこういった。
「みんなのところに戻るぞ。遅刻して敗退なんて笑えないぜ」
プロローグ終わり。
5: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 03:57:20.55 ID:w4MVYybr0
五月の終わりごろ。夕方の清澄高校の廊下を京太郎は歩いていた。授業がすっかり終わり、部活動の時間である。
灰色になってしまった髪の毛をいじりながら、足音をまったくたたせずに廊下を進んでいく。京太郎は、高校生になってからは麻雀部に所属している。
ほんの数日前まではまったく休まずに通っていたのだが、さまざまな事情が重なりここ数日は部活に顔を出せていなかった。
しかしやっと部活動にも出てこれるようになったので、顔を出すつもりなのだ。
先に進む京太郎から少し遅れる形で宮永咲が歩いていた。普段は見せない困ったような表情を浮かべていた。
また、足を繰り出すスピードがそこそこ速かった。彼女、宮永咲もまた麻雀部の部員である。京太郎と同じように彼女も麻雀部に毎日顔を出している。
少し事情が違いほかの新入生たちよりも遅れて部活動に参加することになったのだが、部活動を始めてからは真面目に部活動に取り組んでいた。
毎日毎日、よほどの用事がなければ部活動をやっていた。本日も同じである。京太郎と行くところが同じだから、一緒に向かっているのだ。
自分たちの教室と部室との中間点で、宮永咲は京太郎との距離を縮めた。今まであったおどおどした様子がなくなっていた。意を決したのだ。
そして話しかけてきた。
「京ちゃんごめんね。お見舞いにいけなくて」
宮永咲は京太郎に謝りたかったのだ。しかし、謝るタイミングを逃し続けていた。数日前に京太郎は事故に会った。そして入院していた。
事故のことが小さな記事になったりもしている。宮永咲が申し訳ないと思っているのは入院していた京太郎のところに一度も顔を出さなかったことである。
しょうがない話だ。京太郎が事故にあったと知ったのが部活動の合宿から帰ってきてさらに、時間がたってからのこと。
京太郎が意識を失い眠り続けたことも、回復したが事故の後遺症で髪の色が変わってしまった話も、何もかもが終わってからだった。
だから、どうしようもないのだ。どのタイミングでも彼女はたどり着けなかった。
しかし彼女はその知らせを聞いたとき、自分が不義理を行ったと感じた。
何もかもが終わり、結果だけが残っている状態であったのがよけいに失敗したような気持ちにさせたのだ。
結果だけがある。もうすでに何もかもが終わっていて、介入する方法がない。できることといえば、ひき逃げ犯を責めるような話をするくらいのものだ。
ただ、それをしたところでどうなるわけでもない。もやっとするだけだ。そして結局、今の今まで話しかけることさえできなかった。
申し訳なさそうにする宮永咲をみて京太郎は、このように返した。
「謝らなくていいって。ぜんぜん気にしてないし、怒ってない。
本当に気にするなよ。機嫌が悪くてこんなことを言っているわけじゃないからな。本当に気にするなよ。泣きそうな顔をするな」
京太郎はまったく気にしていないようだった。久しぶりに歩く廊下を感心したように見てみたり、窓の外で走り回る高校生の姿を見て、微笑んでいた。
京太郎自身、その言葉通りまったく気にしていないのだ。
確かに入院していたし、三日ほど眠ったままであった。そして退院するまでに数日かかったというのも本当である。しかし、それだけのことだと京太郎は思っていた。
お見舞いに来てくれなければ友達ではないとか、不義理であるなどとはまったく思っていないのだ。卒業式だとかでは泣かないタイプである。
京太郎の返事を聞いて、宮永咲の表情は曇った。少しつつけば、泣いてしまうだろう。しかしそれでもしっかりと京太郎の歩くスピードにあわせて歩いていた。
別に誰が悪いという話ではない。たまたまタイミングが悪かっただけのこと。
それに仮に宮永咲が事故現場に居合わせていたとしても、また奇跡的にどこの病院に運ばれたのかという情報を手に入れられたとしても、おそらく病室まではたどり着けなかっただろう。
そもそも京太郎が事故にあったという話も、たまたま偶然に耳に入ったから知れた情報なのだ。ほかの部員たちも同じだ。たまたま偶然に耳に入ったのだ。
だから同級生たちのほとんど、学校の関係者のほとんどは、何が起きたのか知らない。確かに新聞には記事が残っている。調べれば、高校生がひき逃げにあったという記事を見つけられる。
しかし、それだけだ。だから
「一年生の須賀京太郎が事故にあったことを知っているか?」
だとか
「灰色の髪の毛になったのを見たか?」
などと世間に聞いて回っても
「知らない」
もしくは
「もともと灰色のような色合いだったのではないか?」
という反応しか返ってこない。それ以上のことは関係者以外知らない。
宮永咲の表情がずいぶん悪いのを理解したけれど、何もいわず京太郎は麻雀部の部室に向かって進んでいった。
簡単に宮永咲を置き去りにすることができるのだけれども、それはしなかった。おいていかないように気をつけながら、京太郎は歩いた。
自分が彼女を悲しませているというのはよくわかったからだ。また、自分が何を言ったとしても気に病むだろうというのもわかっていたので、何もいえなかった。
灰色になってしまった髪の毛をいじりながら、足音をまったくたたせずに廊下を進んでいく。京太郎は、高校生になってからは麻雀部に所属している。
ほんの数日前まではまったく休まずに通っていたのだが、さまざまな事情が重なりここ数日は部活に顔を出せていなかった。
しかしやっと部活動にも出てこれるようになったので、顔を出すつもりなのだ。
先に進む京太郎から少し遅れる形で宮永咲が歩いていた。普段は見せない困ったような表情を浮かべていた。
また、足を繰り出すスピードがそこそこ速かった。彼女、宮永咲もまた麻雀部の部員である。京太郎と同じように彼女も麻雀部に毎日顔を出している。
少し事情が違いほかの新入生たちよりも遅れて部活動に参加することになったのだが、部活動を始めてからは真面目に部活動に取り組んでいた。
毎日毎日、よほどの用事がなければ部活動をやっていた。本日も同じである。京太郎と行くところが同じだから、一緒に向かっているのだ。
自分たちの教室と部室との中間点で、宮永咲は京太郎との距離を縮めた。今まであったおどおどした様子がなくなっていた。意を決したのだ。
そして話しかけてきた。
「京ちゃんごめんね。お見舞いにいけなくて」
宮永咲は京太郎に謝りたかったのだ。しかし、謝るタイミングを逃し続けていた。数日前に京太郎は事故に会った。そして入院していた。
事故のことが小さな記事になったりもしている。宮永咲が申し訳ないと思っているのは入院していた京太郎のところに一度も顔を出さなかったことである。
しょうがない話だ。京太郎が事故にあったと知ったのが部活動の合宿から帰ってきてさらに、時間がたってからのこと。
京太郎が意識を失い眠り続けたことも、回復したが事故の後遺症で髪の色が変わってしまった話も、何もかもが終わってからだった。
だから、どうしようもないのだ。どのタイミングでも彼女はたどり着けなかった。
しかし彼女はその知らせを聞いたとき、自分が不義理を行ったと感じた。
何もかもが終わり、結果だけが残っている状態であったのがよけいに失敗したような気持ちにさせたのだ。
結果だけがある。もうすでに何もかもが終わっていて、介入する方法がない。できることといえば、ひき逃げ犯を責めるような話をするくらいのものだ。
ただ、それをしたところでどうなるわけでもない。もやっとするだけだ。そして結局、今の今まで話しかけることさえできなかった。
申し訳なさそうにする宮永咲をみて京太郎は、このように返した。
「謝らなくていいって。ぜんぜん気にしてないし、怒ってない。
本当に気にするなよ。機嫌が悪くてこんなことを言っているわけじゃないからな。本当に気にするなよ。泣きそうな顔をするな」
京太郎はまったく気にしていないようだった。久しぶりに歩く廊下を感心したように見てみたり、窓の外で走り回る高校生の姿を見て、微笑んでいた。
京太郎自身、その言葉通りまったく気にしていないのだ。
確かに入院していたし、三日ほど眠ったままであった。そして退院するまでに数日かかったというのも本当である。しかし、それだけのことだと京太郎は思っていた。
お見舞いに来てくれなければ友達ではないとか、不義理であるなどとはまったく思っていないのだ。卒業式だとかでは泣かないタイプである。
京太郎の返事を聞いて、宮永咲の表情は曇った。少しつつけば、泣いてしまうだろう。しかしそれでもしっかりと京太郎の歩くスピードにあわせて歩いていた。
別に誰が悪いという話ではない。たまたまタイミングが悪かっただけのこと。
それに仮に宮永咲が事故現場に居合わせていたとしても、また奇跡的にどこの病院に運ばれたのかという情報を手に入れられたとしても、おそらく病室まではたどり着けなかっただろう。
そもそも京太郎が事故にあったという話も、たまたま偶然に耳に入ったから知れた情報なのだ。ほかの部員たちも同じだ。たまたま偶然に耳に入ったのだ。
だから同級生たちのほとんど、学校の関係者のほとんどは、何が起きたのか知らない。確かに新聞には記事が残っている。調べれば、高校生がひき逃げにあったという記事を見つけられる。
しかし、それだけだ。だから
「一年生の須賀京太郎が事故にあったことを知っているか?」
だとか
「灰色の髪の毛になったのを見たか?」
などと世間に聞いて回っても
「知らない」
もしくは
「もともと灰色のような色合いだったのではないか?」
という反応しか返ってこない。それ以上のことは関係者以外知らない。
宮永咲の表情がずいぶん悪いのを理解したけれど、何もいわず京太郎は麻雀部の部室に向かって進んでいった。
簡単に宮永咲を置き去りにすることができるのだけれども、それはしなかった。おいていかないように気をつけながら、京太郎は歩いた。
自分が彼女を悲しませているというのはよくわかったからだ。また、自分が何を言ったとしても気に病むだろうというのもわかっていたので、何もいえなかった。
6: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:01:26.45 ID:w4MVYybr0
京太郎たちが部室に到着したときには部員たちが部活動を行っていた。京太郎以外はみな、女子である。三年生が一人、二年生が一人、一年生が京太郎を入れて四人。
部長が見守る形で部員たちが麻雀卓を囲っていた。麻雀部なのだから、その活動は麻雀である。野球部が野球をするように、麻雀部の部員ならば、やることは決まっている。
宮永咲と京太郎が部室に入ってくると部員たちの動きが止まった。今まで聞こえていた音がぴたりと止まるのだ。学生服のすれる音がうるさく感じるような静寂にはいった。
今までの動きが止まってしまったのは、京太郎に対して妙な罪悪感のようなものがあるからなのだ。もちろん彼女たちに罪があるわけではない。
京太郎に対して罪があるのは京太郎を車で引いた犯人だけだ。彼女たちの罪悪感というのはそこにあるのではない。
宮永咲と同じなのだ。早い話が不義理だったと思ってしまっている。彼女たちは京太郎に何が起きたのかというのを第三者から聞いている。第三者というのは噂話をする同級生であったり学校の先生だったり、自分の親だったりする。そうして誰かから聞くまで自分たちは何も知らなかった。
そこそこの付き合いがあるにもかかわらず、まったく関係のなさそうな人たちのほうがよく事情を知っていた。
そして話を聞いてみると人助けのために動いて事故にあったというではないか。
これが妙な罪悪感の正体なのだ。自分たちはいったい何をしていたのだ、彼が人助けをして死に掛けていたときに、自分たちはいったい。
それがどうにも心を苦しめる。苦しむ意味もなければ、理由もないのに。須賀京太郎は自分の意思で歩いたのだ。歩いて人を探したのだ。そして命を失いかけた。自分で歩いた結果だ。
彼女たちが歩かせたわけではない。気に病むことなど何もないのである。彼女たちは関係ないのだから。
一番初めに動き出したのは、背の低い女子の部員。名前を片岡優希という。ずいぶんあわてていた。片岡優希はこういった。
「大丈夫だったか京太郎!」
京太郎の格好が変わったのを見てよほど恐ろしいことがあったのだろうと察したのだ。京太郎が事故にあったという話を聞いたときには、めまいがするほどの恐れを感じたものだった。
実際に事故の後遺症(灰色の髪の毛)というのを目の当たりにすると、心配するような言葉しか出てこなかった。
飛び込んできそうな勢いの片岡優希に京太郎は答えた。
「心配しすぎだって、大丈夫だよ。ちょっと眠ってただけだ。髪の色が変わったくらいで、今は前よりも調子がいいくらいだ」
空元気ではない。髪の毛の色が明らかにおかしくなったということ以外はむしろ調子がいいのだ。全身に力がみなぎるようになり、京太郎の感覚は研ぎ澄まされている。
特に集中力が高まっていて、気がつかなかったものに気がつくようになっている。入院していたのは検査が必要だったためであって、動けなかったからではない。
両親に心配をかけたくなかったので、おとなしくしていたが目が覚めた瞬間から走り回れる元気はあった。茶化してもよかったが、心配してくれているのだ。誠実に答えるしかなかった。
京太郎がそう応えるのを聞いて部員たちの顔色が悪くなった。今まであった元気というのが、さっぱりどこかに消えてしまっている。彼女たちの顔色を悪くさせているのもまた、妙な罪悪感である。
しつこくいうけれども彼女たちが気に病む必要などない。しかしそう簡単に割り切れないのが人間である。人のことを思いやれるのは美徳だが、苦しみのもとでもあった。
顔色が悪くなった部員たちを見て、デザインパーマをかけているような髪型の部員が京太郎にこういった。
「まぁ、無事でよかった。きれいな金髪もにあっとったが、灰色もなかなかええのう。
それで、今日はどうするか。いつも通り京太郎はわしが見ようか? なぁ、部長」
二年生の、染谷まこである。いつも通りの口調だった。まったく気にしていないという風である。彼女は気を使ったのだ。一瞬の沈黙と、その後の流れを考えるといちいち止まっているわけにはいかなかった。
京太郎が気にするなといっているのならば、こちらが気にしていてもしょうがないし、また気にしたところで、とっくの昔に結果は出ているのだ。何を言ってもしょうがない。
それがわかっていたから、彼女はさっさといつも通りの空気を出して暗くなりそうな場を巻き込んだ。
染谷まこが話を振ると、部長竹井久はうなずいた。少しぎこちなかった。竹井久は、染谷まこの「きれいな金髪」
というところに引っかかったのだ。
「もともと灰色系統の金髪ではなかったか」
と竹井久は思ったのだ。
しかし染谷まこは金髪であったという。おかしなことだ。そして記憶を手繰ろうとした。しかし思い出そうと思ってもなかなかはっきりと思い出せなかった。
どこからか流れてきた情報によれば、事故の後遺症で灰色の髪の毛になったというのだから、もともとは別の色だったはず。しかし、なぜだか金髪ではなかったような気がするのだ。
実に不思議だった。おかしいとは思った。しかし考えてもしょうがないことだと思い、それ以上考えなかった。暗い雰囲気が漂っているほうがずっと問題だったのだ。
何とか持ち直してみんなに聞こえるように竹井久はこういった。
「それじゃあ、私とまこが交代で須賀くんをみましょうか」
部長がそういうので、京太郎はうなずいた。まったく反論などするつもりがなかったからである。部長が決めて、それに従うだけのこと。空気がいつもと変わらないのならば、それに越したことはなかった。
部長が見守る形で部員たちが麻雀卓を囲っていた。麻雀部なのだから、その活動は麻雀である。野球部が野球をするように、麻雀部の部員ならば、やることは決まっている。
宮永咲と京太郎が部室に入ってくると部員たちの動きが止まった。今まで聞こえていた音がぴたりと止まるのだ。学生服のすれる音がうるさく感じるような静寂にはいった。
今までの動きが止まってしまったのは、京太郎に対して妙な罪悪感のようなものがあるからなのだ。もちろん彼女たちに罪があるわけではない。
京太郎に対して罪があるのは京太郎を車で引いた犯人だけだ。彼女たちの罪悪感というのはそこにあるのではない。
宮永咲と同じなのだ。早い話が不義理だったと思ってしまっている。彼女たちは京太郎に何が起きたのかというのを第三者から聞いている。第三者というのは噂話をする同級生であったり学校の先生だったり、自分の親だったりする。そうして誰かから聞くまで自分たちは何も知らなかった。
そこそこの付き合いがあるにもかかわらず、まったく関係のなさそうな人たちのほうがよく事情を知っていた。
そして話を聞いてみると人助けのために動いて事故にあったというではないか。
これが妙な罪悪感の正体なのだ。自分たちはいったい何をしていたのだ、彼が人助けをして死に掛けていたときに、自分たちはいったい。
それがどうにも心を苦しめる。苦しむ意味もなければ、理由もないのに。須賀京太郎は自分の意思で歩いたのだ。歩いて人を探したのだ。そして命を失いかけた。自分で歩いた結果だ。
彼女たちが歩かせたわけではない。気に病むことなど何もないのである。彼女たちは関係ないのだから。
一番初めに動き出したのは、背の低い女子の部員。名前を片岡優希という。ずいぶんあわてていた。片岡優希はこういった。
「大丈夫だったか京太郎!」
京太郎の格好が変わったのを見てよほど恐ろしいことがあったのだろうと察したのだ。京太郎が事故にあったという話を聞いたときには、めまいがするほどの恐れを感じたものだった。
実際に事故の後遺症(灰色の髪の毛)というのを目の当たりにすると、心配するような言葉しか出てこなかった。
飛び込んできそうな勢いの片岡優希に京太郎は答えた。
「心配しすぎだって、大丈夫だよ。ちょっと眠ってただけだ。髪の色が変わったくらいで、今は前よりも調子がいいくらいだ」
空元気ではない。髪の毛の色が明らかにおかしくなったということ以外はむしろ調子がいいのだ。全身に力がみなぎるようになり、京太郎の感覚は研ぎ澄まされている。
特に集中力が高まっていて、気がつかなかったものに気がつくようになっている。入院していたのは検査が必要だったためであって、動けなかったからではない。
両親に心配をかけたくなかったので、おとなしくしていたが目が覚めた瞬間から走り回れる元気はあった。茶化してもよかったが、心配してくれているのだ。誠実に答えるしかなかった。
京太郎がそう応えるのを聞いて部員たちの顔色が悪くなった。今まであった元気というのが、さっぱりどこかに消えてしまっている。彼女たちの顔色を悪くさせているのもまた、妙な罪悪感である。
しつこくいうけれども彼女たちが気に病む必要などない。しかしそう簡単に割り切れないのが人間である。人のことを思いやれるのは美徳だが、苦しみのもとでもあった。
顔色が悪くなった部員たちを見て、デザインパーマをかけているような髪型の部員が京太郎にこういった。
「まぁ、無事でよかった。きれいな金髪もにあっとったが、灰色もなかなかええのう。
それで、今日はどうするか。いつも通り京太郎はわしが見ようか? なぁ、部長」
二年生の、染谷まこである。いつも通りの口調だった。まったく気にしていないという風である。彼女は気を使ったのだ。一瞬の沈黙と、その後の流れを考えるといちいち止まっているわけにはいかなかった。
京太郎が気にするなといっているのならば、こちらが気にしていてもしょうがないし、また気にしたところで、とっくの昔に結果は出ているのだ。何を言ってもしょうがない。
それがわかっていたから、彼女はさっさといつも通りの空気を出して暗くなりそうな場を巻き込んだ。
染谷まこが話を振ると、部長竹井久はうなずいた。少しぎこちなかった。竹井久は、染谷まこの「きれいな金髪」
というところに引っかかったのだ。
「もともと灰色系統の金髪ではなかったか」
と竹井久は思ったのだ。
しかし染谷まこは金髪であったという。おかしなことだ。そして記憶を手繰ろうとした。しかし思い出そうと思ってもなかなかはっきりと思い出せなかった。
どこからか流れてきた情報によれば、事故の後遺症で灰色の髪の毛になったというのだから、もともとは別の色だったはず。しかし、なぜだか金髪ではなかったような気がするのだ。
実に不思議だった。おかしいとは思った。しかし考えてもしょうがないことだと思い、それ以上考えなかった。暗い雰囲気が漂っているほうがずっと問題だったのだ。
何とか持ち直してみんなに聞こえるように竹井久はこういった。
「それじゃあ、私とまこが交代で須賀くんをみましょうか」
部長がそういうので、京太郎はうなずいた。まったく反論などするつもりがなかったからである。部長が決めて、それに従うだけのこと。空気がいつもと変わらないのならば、それに越したことはなかった。
7: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:06:31.24 ID:w4MVYybr0
部活動が始まって、数十分後のことだった。京太郎を染谷まこがほめていた。
「なんじゃあ、今日は調子がええのぅ」
無理やりにほめているというようなことはない。本当に感心しているのだ。
というのが、京太郎と二人で麻雀を打っていると京太郎がまったくといっていいほど危険牌を出さないのだ。二人で勉強をしていたのでいろいろな問題を出していた。
どれが危ないのかとか、相手の狙いはどんな形なのかとか。問題なので、それなりに難しいものばかりだった。
ひっかけ問題を出して失敗を誘うような状況がいくつもあった。しかしそれを、軽々と京太郎は超えていった。それを見て、彼女はずいぶんと京太郎の読みが上がったと感じたのだ。
しかしほめられた京太郎は、苦笑いを浮かべていた。素直に受け取ることができていなかった。
時間が少したち、竹井久が教えてくれるときがあった。染谷まこと交代して教えてくれたのだ。染谷まこも京太郎の世話ばかりをしているわけにはいかない。
後数日でインターハイ県予選が始まる。その大会で勝ち上るためには、彼女もまた力を高める必要があった。そのため、京太郎の練習を途中で竹井久に引き継いだのだ。
そのときもまた京太郎はほめられていた。竹井久はこういった。
「すごい、牌が勝手に集まっているみたい」
期待にみちていた。彼女がこういったのは、京太郎の勘が異様なほど研ぎ澄まされているのを実感したからである。
麻雀で思い通りの手配がくるなどということはめったになく、当然だけれどもどれだけ計算したところで運が絡むようになる。
偶然が絡むゲームのはずなのに、あっという間に役が完成するのだ。それが一度や二度ではなく何度も。これはもうとんでもない勘の冴えだった。
しかしここでほめられた京太郎は、また同じように苦笑いを浮かべていた。完全に、悪いことをやっているという罪悪感が表情から見て取れた。
しかしその表情を見て、京太郎が何かしているというように思ったものは少ないだろう。褒め慣れていないために、そういう顔をしたものだと思っているものばかりだった。
京太郎が、心の底から笑えないのははっきりとした理由があった。京太郎にはどこに、何の牌があるのかわかっていたのだ。
これは超能力のように絵柄が透けて見えているわけではない。透けてはいないのだ。
京太郎の目は牌についているわずかな傷を読み取ることができていた。しかしそれは、特殊な技術を使ったわけではない。練習をしたわけでもない。
ぼろぼろのトランプでババ抜きをするとどうなるかという話だ。何度か繰り返してゲームを続けていたら傷で絵柄が判断できるようになると思うのだが、それが麻雀牌でおきていたのだ。
しかし普通の感覚ではわからないような傷である。ほとんどの人はかまわないものだとしてゲームをはじめるだろう。麻雀部の部員たちと同じように。
しかし研ぎ澄まされた感覚の前にはあまりにもわかりやすい目印だったのだ。目印がついていれば、どれを出せばいいのかいやでもわかる。これを上手く使えば、勝負には勝てるだろう。しかし、京太郎はいい気持ちにならなかった。
「これで勝負に勝ってもしょうがない」
というのが京太郎の気持ちなのだ。やるなら、正々堂々、うしろめたくないようにしたかった。たとえ、敗北するとしてもかまわないのだ。後味の悪いものはよくなかった。
また、麻雀部の面々には聞かせられない感情も心の中に生まれていた。生まれた感情とは「退屈」である。どうしようもない退屈を麻雀に感じていた。今の京太郎にとっては作業なのだ。絵柄が見えているまま続ける神経衰弱だ。今まで楽しめていたものが完全に色あせて見えた。
部活動の終わりを告げるチャイムが鳴った。そのとき片岡優希が携帯電話を取り出して操作をし始めた。しかしすぐにこういった。
「なぁー、京太郎。メールの返事が届いてないみたいなんだけど、どうしたんだじぇ?」
京太郎に話しかける片岡優希は、おびえていた。実は京太郎が事故にあったことを知ってすぐに京太郎に連絡を取ろうとしていた。今日の昼のことである。しかしまったく京太郎からの返事はなかった。
「きっと見舞いに来なかった薄情な自分に怒っている」
はじめはそう思っていた。しかし、いつも通りに接してくる京太郎を見て、予想が違っていることを知った。おそらく、携帯電話の電源でも切ったままなのだろう。
そう納得した彼女は京太郎に放課後は一緒に帰らないかとメールを送っていた。
「タコスでもおごってやろう。回復した祝いとして」
しかし、まったく返事がないので、直接ききにきたのだ。やはり少し怒っているのかもしれないという、恐れの気持ちはここから生まれていた。
片岡優希の質問を受けた京太郎はこたえた。
「携帯? あぁ、そうだった。壊れたんだよ。どこで壊れたかはわからんけどな。週末にでも見に行かなくちゃ」
京太郎は笑っていた。まったく嘘はない。学生服も学生かばんも教科書のいろいろもなくなってしまった。そしてもう少し正確に言えば、携帯電話と学生服に関していえば、炎にあぶられたときに壊れてしまったのだというようになる。
8: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:13:32.35 ID:w4MVYybr0
しかし、どこで壊れたのかわからないという答え方でも嘘ではない。正確にどのタイミングで携帯電話が壊れたのか、京太郎にもわからないのだ。
京太郎の答え聞いて原村和がこういった。
「本当に無事でよかったですね。早く犯人が見つかればいいのに」
ずいぶんと真剣な口調だった。京太郎の答えを聞いてすぐ携帯電話がどうして失われてしまったのかという想像がついたのだ。もちろん、京太郎が体験した冒険を理解したわけではない。
京太郎の身におきたということになっている車の行為がそうしたのだろうと考えたのだ。そして、その行為のことを考えると、彼女の心は怒りに染まる。
知人がそんな目にあって穏やかではいられない。何せ、一歩間違えば、京太郎は戻ってこれなかったかもしれないのだから。
原村和がそういうのを聞いて京太郎は苦笑いを浮かべた。そしてこういった。
「そうだな。早く見つかってほしい」
力のない言い方であった。また怒りに燃えているということもない。犯人がすでにつかまっていると京太郎は知っているのだ。
そして事件そのものが嘘であると知っている。本当のことを話すべきかも知れない。しかし嘘をつかなければならない事件だった。話したところで理解されるものではないのだ。
悪魔に襲われたなどと話して納得してもらえるだろうか。まだ、ひき逃げされたのだという話のほうが現実味がある。
しかし嘘は嘘だ。妙にいやな感じがしてしまう。そして自分のために怒りを覚えてくれる人たち、心配してくれる人たちの姿を見ると、自分が悪いことをしているような気持ちになる。しかし本当のことを言うわけにもいかない。結局、空返事に近い対応しかできなくなるのだった。
部活動の終わりを告げるチャイムが鳴り、帰り支度が済んだところで部員たちは部室から出て行った。
そして校舎の中を進んでいるときであった。廊下で、先生と生徒が大きな荷物を前にして困り果てていた。
おじいさんといっていい年齢の先生と、細長い男子生徒である。彼らは大きな金庫を二人で持ち上げようともがいていた。金庫は大体高さ一メートル奥行き一メートルほどの古い金庫だった。さび付いていた。
おじいさん先生と細長い男子高校生が、金庫と格闘しているのは回収してもらうことが決まったからなのだ。業者に頼めばいいのだけれども、頼むほど重たいわけでもなく暇だからということで二人でどうにか運んでいたのだ。しかしいよいよ力の限界が来てしまった。そんなところだった。
すれ違うときに、先生と生徒が助けを求めてきた。
「すまんが、手伝ってくれないか。二人で持っていくのは無理そうなんだ」
おじいさん先生はずいぶん息が切れていた。また、男子生徒も息が切れていた。二人で何とか廊下まで持ってくることはできたのだが、流石に階段を下りていくのは無理だったのだ。
そして無理だと判断したところに、たまたま人が通りがかった。二人で足りないのなら、三人、四人と増やせばいい。そう思ったから手を借りたいといったのだ。
古びた金庫を運んでくれないかといわれたときに、部員たちはあまりいい顔をしなかった。女子部員たちはどこからどう見ても無理だろうという顔をしていた。
何せ、古びた金庫はそこそこ大きい。人数を増やせば、おそらく持ち上がるだろうし、運べるに違いない。しかし間違いなく明日は筋肉痛になるだろう。
また、おそらく手伝ってほしいというのも自分たちではなく、京太郎に対してというのがなんとなくわかっていた。平均的な男子よりも体格のいい京太郎の力ならば、役に立つだろう。
しかしそれは、病み上がりということになっている京太郎に無理をさせるかもしれないということ。それは彼女らにとっていいことではなかった。
さてどうやって断ろうかと考え始めた部員たちを差し置いて、京太郎がこういった。
「いいですよ。どこまでもって行きましょうか」
少しもためらうところがなかった。荷物を運ぶだけだ。断る理由がまったくない。京太郎の周りは京太郎のことを心配しているけれども、本人は調子がいい。むしろ体を動かしたくてしょうがないのだ。
金庫を運んでくれなどというお願いなんて、たいしたことではなかった。
京太郎がうなずくのを見て、おじいさん先生がこういった。
「下駄箱のところまでお願いするよ。そこからは明日、業者さんがやってくれることになっているから」
おじいさん先生と、細長い男子生徒はほっとしていた。ものすごく大きな金庫ではないけれども、中に書類なのか、何かが入っているようで思いのほか重たいのだ。
中身を捨ててから運ぶべきなのだけれども、さび付いてあかないのだ。そんなところに三人目が加わるということで、楽ができるとほっとしたのである。
やる気になっている京太郎を見たとき部員たちはあまりいい顔をしなかった。何を言っているのだこいつはという表情を浮かべているものばかりだった。
京太郎は元気があるといっているけれども、事故にあって意識不明になったまま三日間病院のベッドで眠っていたのだ。治ったといっているけれども、どのタイミングでおかしくなるかはわからない。無理をするのはよろしくないと思うのは自然なことだった。
しかしそんな心配する部員たちを置いたままで、宮永咲に京太郎はかばんを渡した。京太郎の学生かばんは事故のときにどこかに消えてしまったので、中学生のときに使っていたかばんを持ってきて使っている。かばんを宮永咲に渡したのは、邪魔になるからだ。
かばんを渡された宮永咲はこういった。
「大丈夫なの京ちゃん」
心配しているのがよくわかった。実際心配しているのだ。医学の知識がない宮永咲であるけれど、意識不明になった人間が力仕事をしていいのか悪いのか判断するくらいのことはできるのだ。
心配する宮永先に京太郎が答えた。
「大丈夫大丈夫、このくらいなら軽いもんさ」
実に軽い調子だった。むしろ楽しそうだった。京太郎は退院してから体の力をもてあましていた。麻雀部で異様な集中力の高さを発揮したときは困った結果になったけれども、発散したいという気持ちはある。
抑えているけれども爆発寸前なのだ。なのでむしろこういう体を動かせるチャンスがあるのなら、是非にという気持ちのほうがはるかに大きかった。
京太郎の答えを聞いた宮永咲はこういった。
「そうじゃないよ。体のこと」
口調でわかることだが、少し怒っていた。なぜ自分が心配しているのかまったく理解していない京太郎に怒ったのだ。
京太郎の答え聞いて原村和がこういった。
「本当に無事でよかったですね。早く犯人が見つかればいいのに」
ずいぶんと真剣な口調だった。京太郎の答えを聞いてすぐ携帯電話がどうして失われてしまったのかという想像がついたのだ。もちろん、京太郎が体験した冒険を理解したわけではない。
京太郎の身におきたということになっている車の行為がそうしたのだろうと考えたのだ。そして、その行為のことを考えると、彼女の心は怒りに染まる。
知人がそんな目にあって穏やかではいられない。何せ、一歩間違えば、京太郎は戻ってこれなかったかもしれないのだから。
原村和がそういうのを聞いて京太郎は苦笑いを浮かべた。そしてこういった。
「そうだな。早く見つかってほしい」
力のない言い方であった。また怒りに燃えているということもない。犯人がすでにつかまっていると京太郎は知っているのだ。
そして事件そのものが嘘であると知っている。本当のことを話すべきかも知れない。しかし嘘をつかなければならない事件だった。話したところで理解されるものではないのだ。
悪魔に襲われたなどと話して納得してもらえるだろうか。まだ、ひき逃げされたのだという話のほうが現実味がある。
しかし嘘は嘘だ。妙にいやな感じがしてしまう。そして自分のために怒りを覚えてくれる人たち、心配してくれる人たちの姿を見ると、自分が悪いことをしているような気持ちになる。しかし本当のことを言うわけにもいかない。結局、空返事に近い対応しかできなくなるのだった。
部活動の終わりを告げるチャイムが鳴り、帰り支度が済んだところで部員たちは部室から出て行った。
そして校舎の中を進んでいるときであった。廊下で、先生と生徒が大きな荷物を前にして困り果てていた。
おじいさんといっていい年齢の先生と、細長い男子生徒である。彼らは大きな金庫を二人で持ち上げようともがいていた。金庫は大体高さ一メートル奥行き一メートルほどの古い金庫だった。さび付いていた。
おじいさん先生と細長い男子高校生が、金庫と格闘しているのは回収してもらうことが決まったからなのだ。業者に頼めばいいのだけれども、頼むほど重たいわけでもなく暇だからということで二人でどうにか運んでいたのだ。しかしいよいよ力の限界が来てしまった。そんなところだった。
すれ違うときに、先生と生徒が助けを求めてきた。
「すまんが、手伝ってくれないか。二人で持っていくのは無理そうなんだ」
おじいさん先生はずいぶん息が切れていた。また、男子生徒も息が切れていた。二人で何とか廊下まで持ってくることはできたのだが、流石に階段を下りていくのは無理だったのだ。
そして無理だと判断したところに、たまたま人が通りがかった。二人で足りないのなら、三人、四人と増やせばいい。そう思ったから手を借りたいといったのだ。
古びた金庫を運んでくれないかといわれたときに、部員たちはあまりいい顔をしなかった。女子部員たちはどこからどう見ても無理だろうという顔をしていた。
何せ、古びた金庫はそこそこ大きい。人数を増やせば、おそらく持ち上がるだろうし、運べるに違いない。しかし間違いなく明日は筋肉痛になるだろう。
また、おそらく手伝ってほしいというのも自分たちではなく、京太郎に対してというのがなんとなくわかっていた。平均的な男子よりも体格のいい京太郎の力ならば、役に立つだろう。
しかしそれは、病み上がりということになっている京太郎に無理をさせるかもしれないということ。それは彼女らにとっていいことではなかった。
さてどうやって断ろうかと考え始めた部員たちを差し置いて、京太郎がこういった。
「いいですよ。どこまでもって行きましょうか」
少しもためらうところがなかった。荷物を運ぶだけだ。断る理由がまったくない。京太郎の周りは京太郎のことを心配しているけれども、本人は調子がいい。むしろ体を動かしたくてしょうがないのだ。
金庫を運んでくれなどというお願いなんて、たいしたことではなかった。
京太郎がうなずくのを見て、おじいさん先生がこういった。
「下駄箱のところまでお願いするよ。そこからは明日、業者さんがやってくれることになっているから」
おじいさん先生と、細長い男子生徒はほっとしていた。ものすごく大きな金庫ではないけれども、中に書類なのか、何かが入っているようで思いのほか重たいのだ。
中身を捨ててから運ぶべきなのだけれども、さび付いてあかないのだ。そんなところに三人目が加わるということで、楽ができるとほっとしたのである。
やる気になっている京太郎を見たとき部員たちはあまりいい顔をしなかった。何を言っているのだこいつはという表情を浮かべているものばかりだった。
京太郎は元気があるといっているけれども、事故にあって意識不明になったまま三日間病院のベッドで眠っていたのだ。治ったといっているけれども、どのタイミングでおかしくなるかはわからない。無理をするのはよろしくないと思うのは自然なことだった。
しかしそんな心配する部員たちを置いたままで、宮永咲に京太郎はかばんを渡した。京太郎の学生かばんは事故のときにどこかに消えてしまったので、中学生のときに使っていたかばんを持ってきて使っている。かばんを宮永咲に渡したのは、邪魔になるからだ。
かばんを渡された宮永咲はこういった。
「大丈夫なの京ちゃん」
心配しているのがよくわかった。実際心配しているのだ。医学の知識がない宮永咲であるけれど、意識不明になった人間が力仕事をしていいのか悪いのか判断するくらいのことはできるのだ。
心配する宮永先に京太郎が答えた。
「大丈夫大丈夫、このくらいなら軽いもんさ」
実に軽い調子だった。むしろ楽しそうだった。京太郎は退院してから体の力をもてあましていた。麻雀部で異様な集中力の高さを発揮したときは困った結果になったけれども、発散したいという気持ちはある。
抑えているけれども爆発寸前なのだ。なのでむしろこういう体を動かせるチャンスがあるのなら、是非にという気持ちのほうがはるかに大きかった。
京太郎の答えを聞いた宮永咲はこういった。
「そうじゃないよ。体のこと」
口調でわかることだが、少し怒っていた。なぜ自分が心配しているのかまったく理解していない京太郎に怒ったのだ。
9: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:16:36.45 ID:w4MVYybr0
宮永咲の心配する声も聞かずに京太郎は金庫に手をかけて持ち上げた。京太郎は古びた金庫の底に手をやって、ほかの二人が手伝う前に持ち上げたのだ。ヒョイという擬音が似合う動きだった。
むしろ軽すぎたのか持ち上げすぎてバランスを崩していた。京太郎は、そこそこ重たいといって情報を得ていたので、結構な力を入れて金庫に挑みかかったのだ。そうしていざ持ち上げてみると、それほど重くない。
そうなってみると重たくもないのに力を入れすぎたということになるわけで、勢いがあまって体のバランスを崩しかけたのである。
京太郎が荷物を持ち上げたところでおじいさん先生と細長い生徒が歓声を上げた。
「おお! すごいな君!」
「はぁ!? 何で持ち上がってんの!?」
二人とも目を見開いて、口を半開きにしてしまっていた。二人からすれば、古びた金庫というのはとんでもなく重たい荷物だったのだ。しかしそれが、目の前で冗談のように持ち上げられてしまった。
そうしてみると、目の前の京太郎というのはとんでもなく力持ちということになる。普通よりも少し体格がいいくらいの京太郎がどこにそんな力を持っているのだろうか。不思議でしょうがない。
さっぱり自体の飲み込めないものたちを尻目に京太郎は廊下を進み下駄箱へと向かっていった。金庫を持ち上げた京太郎は、驚いている先生と男子生徒をまったく気にせずに歩き出した。
その進むスピードというのは京太郎が宮永咲と一緒に歩いていたスピードよりもずっとすばやかった。また、京太郎は少しもつらいという様子がなく、むしろ楽しんでいた。
自分の力を抑えなくていい状況になったので、楽しくなってきたのだ。そのため自分の力を抑えて、人にまぎれるのを忘れてしまっていた。
京太郎がさっさと先に進んでしまった後で、おじいさん先生と生徒に竹井久が質問をした。
「あの、何がすごいんですか? あの金庫ってそんなに重たいんですか?」
ずいぶん冷静だった。あまりにもおじいさん先生と細長い生徒が騒ぐので、冷静になってしまったのである。そうして、冷静になってみると京太郎のどこがおかしかったのかというのが気になった。
確かに、金庫というのは重たいものだ。何百キロという重さのものもある。しかし、先ほどの金庫はせいぜい二十キロ。多く見積もって三十キロくらいのもの。もてないレベルのものではないはず。少なくとも彼女にはそう見えていた。
竹井久の質問を受けた先生が答えた。
「あの金庫の中にはね、まだ資料が入ったままなのさ。見た目こそ小さな金庫だけど、重さは半端ないよ。金庫のもともとの重さと資料の重さで四十キロくらいあるんじゃないかな。だから二人で運んでいたわけだけど。
しかし一人で持っていくとわね。あの生徒はずいぶん力持ちだ。しかも余裕そうだったし」
先生と生徒が感心しているところでが宮永咲に原村和が聞いた。
「須賀君ってスポーツでもしていたんですか?」
特に気になったわけではない。鍛えていない女性、おそらく麻雀部の女子部員たちには無理な重たさだろう。しかし鍛えている人間にとっては四十キロという重たさというのは、無理な数字ではない。当然、条件次第ではという言い方になるけれども。
たとえば、鍛えられた消防士、警察官たち。何十キロもある人間を運ぶというのはよく聞く話だ。背の高い京太郎なら、鍛えていればできなくはない。
質問を受けた宮永咲は答えた。
「してたけど、驚かれるほど力は強くなかったよ」
おそらく部員たちの中で一番京太郎を理解しているだろう彼女が一番京太郎を理解できないでいた。その困惑が、声から読み取れた。
しかしスポーツをしていたのは本当である。しっかりとスポーツをやっていた。しかし、そこまで筋肉があるというような話は聞いたことも見たこともなかった。しかし目の前で起きてしまったことがある。一応答えはしたけれども、彼女の心には謎が残った。
ひとしきり騒いだところでおじいさん先生と細長い生徒たちは作業の続きをするために姿を消した。さっさと掃除をしなければいつになっても帰れないからである。
そして、生徒と先生が消えたところで麻雀部員たちも下駄箱に向かった。部員たちは京太郎の怪力について話をしながら、また灰色になってしまった髪の毛について話をしながら歩いていった。
話しながらであったが早歩き気味だった。おそらく京太郎は下駄箱にいるはず。そして宮永咲にかばんを任せている以上は、帰ることもできないだろう。そういうことで彼女たちは下駄箱に急ぐのだった。
むしろ軽すぎたのか持ち上げすぎてバランスを崩していた。京太郎は、そこそこ重たいといって情報を得ていたので、結構な力を入れて金庫に挑みかかったのだ。そうしていざ持ち上げてみると、それほど重くない。
そうなってみると重たくもないのに力を入れすぎたということになるわけで、勢いがあまって体のバランスを崩しかけたのである。
京太郎が荷物を持ち上げたところでおじいさん先生と細長い生徒が歓声を上げた。
「おお! すごいな君!」
「はぁ!? 何で持ち上がってんの!?」
二人とも目を見開いて、口を半開きにしてしまっていた。二人からすれば、古びた金庫というのはとんでもなく重たい荷物だったのだ。しかしそれが、目の前で冗談のように持ち上げられてしまった。
そうしてみると、目の前の京太郎というのはとんでもなく力持ちということになる。普通よりも少し体格がいいくらいの京太郎がどこにそんな力を持っているのだろうか。不思議でしょうがない。
さっぱり自体の飲み込めないものたちを尻目に京太郎は廊下を進み下駄箱へと向かっていった。金庫を持ち上げた京太郎は、驚いている先生と男子生徒をまったく気にせずに歩き出した。
その進むスピードというのは京太郎が宮永咲と一緒に歩いていたスピードよりもずっとすばやかった。また、京太郎は少しもつらいという様子がなく、むしろ楽しんでいた。
自分の力を抑えなくていい状況になったので、楽しくなってきたのだ。そのため自分の力を抑えて、人にまぎれるのを忘れてしまっていた。
京太郎がさっさと先に進んでしまった後で、おじいさん先生と生徒に竹井久が質問をした。
「あの、何がすごいんですか? あの金庫ってそんなに重たいんですか?」
ずいぶん冷静だった。あまりにもおじいさん先生と細長い生徒が騒ぐので、冷静になってしまったのである。そうして、冷静になってみると京太郎のどこがおかしかったのかというのが気になった。
確かに、金庫というのは重たいものだ。何百キロという重さのものもある。しかし、先ほどの金庫はせいぜい二十キロ。多く見積もって三十キロくらいのもの。もてないレベルのものではないはず。少なくとも彼女にはそう見えていた。
竹井久の質問を受けた先生が答えた。
「あの金庫の中にはね、まだ資料が入ったままなのさ。見た目こそ小さな金庫だけど、重さは半端ないよ。金庫のもともとの重さと資料の重さで四十キロくらいあるんじゃないかな。だから二人で運んでいたわけだけど。
しかし一人で持っていくとわね。あの生徒はずいぶん力持ちだ。しかも余裕そうだったし」
先生と生徒が感心しているところでが宮永咲に原村和が聞いた。
「須賀君ってスポーツでもしていたんですか?」
特に気になったわけではない。鍛えていない女性、おそらく麻雀部の女子部員たちには無理な重たさだろう。しかし鍛えている人間にとっては四十キロという重たさというのは、無理な数字ではない。当然、条件次第ではという言い方になるけれども。
たとえば、鍛えられた消防士、警察官たち。何十キロもある人間を運ぶというのはよく聞く話だ。背の高い京太郎なら、鍛えていればできなくはない。
質問を受けた宮永咲は答えた。
「してたけど、驚かれるほど力は強くなかったよ」
おそらく部員たちの中で一番京太郎を理解しているだろう彼女が一番京太郎を理解できないでいた。その困惑が、声から読み取れた。
しかしスポーツをしていたのは本当である。しっかりとスポーツをやっていた。しかし、そこまで筋肉があるというような話は聞いたことも見たこともなかった。しかし目の前で起きてしまったことがある。一応答えはしたけれども、彼女の心には謎が残った。
ひとしきり騒いだところでおじいさん先生と細長い生徒たちは作業の続きをするために姿を消した。さっさと掃除をしなければいつになっても帰れないからである。
そして、生徒と先生が消えたところで麻雀部員たちも下駄箱に向かった。部員たちは京太郎の怪力について話をしながら、また灰色になってしまった髪の毛について話をしながら歩いていった。
話しながらであったが早歩き気味だった。おそらく京太郎は下駄箱にいるはず。そして宮永咲にかばんを任せている以上は、帰ることもできないだろう。そういうことで彼女たちは下駄箱に急ぐのだった。
10: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:21:21.87 ID:w4MVYybr0
髪の毛の話をしているとき異変に気がついたものが一人いた。染谷まこだ。異変といってもたいしたものではない。京太郎の灰色の髪の毛が、かつて
「金髪だった」
と断言できたのが、染谷まこだけだったのだ。ほかの部員たちは宮永咲も含めて
「金髪だったに違いない」もしくは「金髪だったかもしれない」
どまりだった。部員たちは金髪だったといわれれば、そうだったかもしれないとうなずくのだが、
「黒色だった」
とか、
「茶色だった」
と別の誰かが誘導すれば、すぐに間違えそうな不安定な状態であった。人間の記憶は怪しいものだ。完全に覚えていられるものは非常に少ない。
不思議なことではないだろう。ただ、程度がある。京太郎の髪の色を間違えるというのはいくらなんでも無理があった。
しかし今の自分たちの環境がおかしいと理解できたのは染谷まこ、ただ一人だった。しかし指摘できなかった。不気味で、恐ろしかったのだ。
たった一週間だ。一週間前まで綺麗な金髪だった少年が、灰色の髪の毛になった。これだけでもおかしいのに、京太郎は日本人で非常に珍しい金髪だったのだ。生まれつきの金髪である。綺麗な金髪はいやでも目を引く。いい意味でも悪い意味でも目を引くのだ。
しかしそれがわからなくなっている。そんなおかしなことがあるものか。おかしなことがあるものかと思うが、おきてしまっている。そうなってくると、染谷まこは考えてしまうのだ。
「自然に起きたのか、それとも『誰か』が行ったのか。仮に『誰か』だった場合、何が目的なのだろうか」
ヒントが少なすぎてわからないけれども、ひとつだけはっきりしているのは須賀京太郎を「誰か」が隠したいと思っているということ。毎日といっていいほど顔を合わせていた宮永咲の記憶すら怪しくしているのだ、よほど隠しておきたいということになるだろう。
そして、染谷まこは行き当たるのだ。
「情報操作に気がついたものはどう処理されるのか」
そんなことを思うと、指摘するのは無理だった。
京太郎が下駄箱に到着してから数分後のこと、部員たちが玄関に到着した。部員たちは、先ほど京太郎が見せた、怪力についてなどというのはすっかり忘れてしまっているように見えた。タコスの話をするものがいたり、麻雀部の予定について話をするものがいたりして、実に和気藹々としている。
少し遅くなってしまったのは彼女たちが話をしていたからではない。普通に歩けば下駄箱まで数分はかかる。京太郎が、少々行儀の悪い移動方法を取ったために、彼女たちよりもかなり早く下駄箱のある玄関まで移動してしまったのだ。
下駄箱に到着したとき部員たちは京太郎に近づけなかった。下駄箱で自分たちに背を向けている京太郎の姿を彼女たちは見つけたのだ。京太郎は夕焼けを避けるようにしてたっていたのである。結果、背中を見せるような形になっていた。
背中を見せている京太郎をみたとき片岡優希などはひとつ飛びついてやろうと考えてもいた。
しかし、できなかった。寒々しい荒野としか言いようのない空気が京太郎から放たれていた。彼女たちはこれを感じ取り、先に進めなくなってしまった。
一種の異界といっていい雰囲気を放つ京太郎は、彼女たちにとっては近寄りがたい存在でしかなかった。京太郎に近寄れるほどの勇気を彼女たちは持っていなかった。
一方で部員たちが玄関に到着したのを察した京太郎は声をかけた。
「とりあえずわかりやすいところにおいておいたんですけど、大丈夫ですかね、これで」
背後から近づいてきた部員たちが動き出すよりも早く、さっさと振り返っていた。そしていつもと同じように声をかけた。バタバタと足音を立てながら歩いてくる彼女たちなど、いちいち視界に納めなくともどこにいるのかはすぐにわかる。
そして、仕事が間違いなく行われたかというのを確認する必要があったので、部長に対して質問したのである。
京太郎に話しかけられたところで、やっと竹井久が口を開いた。
「えっ、ええ。大丈夫だと思うわよ。わかりやすいところにおいてあるから、文句は言われないでしょう」
ぎこちない笑顔を浮かべていた。気を抜いていた京太郎から漏れ出していた奇妙な空気からいまだ抜け切れていないのだ。しかし何とか返すことができていた。自分の感じた神秘的な雰囲気は夕焼けを背にしている京太郎を見た詩的な感覚だと納得したのである。
つまり神秘的な雰囲気というのは勘違いだったのだと判断したのだ。
竹井久がうなずいたのを見て、京太郎はうなずいた。ほっとしていた。もしも間違えたところに金庫を置きっぱなしにしていたら、きっと業者さんに面倒をかけるだろうと考えていたからである。
しかしそれがなくなった。自分はしっかりとやり遂げられたとわかって、ほっとしたのである。
そして、京太郎は宮永咲にこういった。
「かばんありがとうな、咲」
いつもと変わらない口調、表情を京太郎は浮かべていた。まったく疲れている様子などない。四十キロ近い荷物を持ったまま、人気の少ない廊下を風のように走り抜け、階段を飛び降りてきたというのにまったく消耗していなかった。
京太郎にとっては、たいしたことではないのだ。ちょっとしたお手伝いであって、息を切らせるような運動ではない。
京太郎のかばんを差し出すときに宮永咲はうなずいた。彼女の目は京太郎をじっと見つめていた。わずかにうなずいたのは、自分に笑いかける京太郎が、いつもと代わらない彼の姿だと受け入れることができたからだ。
しかし、宮永咲の目は京太郎から離れない。わずかに恐怖もあったから。この恐怖は、怪物を見るような恐怖ではない。この恐怖は変化の恐怖。京太郎の力だとか、髪の毛の色のことではなく、また、雰囲気が変わってしまったことでもない。
この恐怖は自分の家族が離れ離れになったように、この失いたくない人物もまた、どこかに消えていってしまうのではないかという別れの恐怖である。
11: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:25:18.54 ID:w4MVYybr0
麻雀部の部員たちと校門で別れた京太郎は一人で帰り道を歩いていた。京太郎は帰り際に買い食いでもしないかといって誘われた。しかし、「さっさと帰ってきて休め」と両親から言いつけられていたので、断ったのだった。
そうして、少し早歩きで、普通目に見るととんでもないスピードで帰り道を進んでいた。
帰り道を半ば過ぎたところで、金髪の女性と、背の低い黒髪の女性に声をかけられた。金髪の女性のほうがやや年上に見えるが、二人とも二十歳には届かない若さに見える。また、金髪の女性と背の低い女性はどちらもおそろいのワンピースを着ていた。
京太郎と、金髪の女性と、背の低い黒髪の女性が背の順に並ぶと、いい具合の階段になる。
金髪の女性は片手に買い物籠をぶら下げていた。金髪の女性はアンヘル。背の低い黒髪の女性はソックという。京太郎が数日前に出会った仲魔である。
足を止めた京太郎に金髪の女性アンヘルがこういった。
「龍門渕のお嬢様からマスターにパーティーのお誘いです。
表向きは無事に一族のものが戻ってこれたことを祝う場とのことですが、個人的にマスターにお礼がしたいらしいです」
龍門渕の事情などまったく興味がないというのが口調から読み取れた。アンヘルがいやいやでも京太郎にメッセージを伝えているのは仲良くしているメイドさんが龍門渕で働いているからである。
もしもメイドさんが一枚かんでいなければこのような伝言はしなかっただろう。
アンヘルが話し終わるのにあわせて、背の低い女性ソックがこういった。
「どうするマスター、断ろうか? 退院して調子が出ないからとでも言えば、引き下がってくれると思うが」
アンヘルと同じくソックも口調にやる気がない。さっさと伝言を伝えて、用事を済ませてしまいたいという気持ちがにじみ出ていた。裏社会の人間とコネクションでも作っておけなどといわないのはそんなものに興味がないからである。
伝言を伝えてくれた自分の仲魔に京太郎はこういった。
「そうだな、出席しておこうか、やることもないし」
龍門渕という巨大なグループにもヤタガラスに対しても敬意というのはない。自分の退屈を埋めてくれるのならば、それでいいという気持ちしかないのだ。退院してから妙に感じるつまらなさ。無駄にたまる体力。妙に高まっている集中力も、うっとうしくてしょうがない。それを京太郎はここで埋めてしまいたいと思っているのだ。
京太郎の返事を聞くと携帯電話を取り出してアンヘルがどこかに連絡をした。
「もしもし、一さんですか。アンヘルです。出席でお願いします、はい。
それでは、お嬢様によろしくお伝えください。いえいえ、マスターも乗り気みたいですから……えぇはい。そうですね楽しみにしてます。
お嬢様がサプライズを用意して……えぇ、大変ですねそれは、はい。
私たちはいつもと同じように入り込んでおきますから……はい。衣ちゃんに首を洗って待っておけと……はい。
それではよろしくお願いします」
先ほどのつまらなそうな声とは打って変わっていた。電話を取ったときの母親と同じような変貌の仕方だった。龍門渕に対してというより権力に興味がないだけで、その場所で暮らしている気に入った人たちに対してアンヘルは別の気持ちがあるのだ。
アンヘルが連絡をしている間に京太郎にソックが紙袋を手渡した。
「ほれ、マスター。約束のものだ」
紙袋は本屋でもらえるものである。京太郎に紙袋を差し出すとき、ソックは少しだけ鼻息を荒くしていた。京太郎が受け取ったものはソックに頼んでいた品物である。
入院中まったくやることがなかったので、京太郎は漫画を読んで暇をつぶしていたのだ。入院患者が好きなように読めるマンガというのが休憩室のような場所にある。
ソックに頼んでいたのは休憩室においてあった漫画の続きである。思いのほか面白かったので、お金を渡して頼んでおいたのだ。京太郎の仲魔は実に忠実にお願いを果たしてくれていた。
ソックが妙に鼻息が荒いのは、彼女もまた続きが気になっているからである。京太郎が興味を持っていたのをみてマンガに手を出して、そのまま抜けられなくなっているのだ。
ソックが紙袋を差し出すと京太郎は紙袋を手に取った。そしてソックに礼を言った。
「ありがとうソック。助かった」
京太郎はずいぶん嬉しそうにしていた。何せ非常に中途半端なところで、単行本がなくなっていたのだ。先が気になってしょうがなかった。そういうものを手に入れたので、京太郎はニコニコしてしまうのだ。
紙袋を受け取ってニコニコとしている京太郎を見て、連絡を終えたアンヘルがこういった。
「何ですかそれ?」
自分のマスターが何かソックにお願いをしているのは知っていた。しかしいちいち自分のマスターに問うのは仲魔としてどうだろうと自重していた。
しかし今、このタイミングならば、聞いたとしてもそれほどおかしくないだろうと彼女は試しに聞いてみたのだ。男子高校生だと答えにくい書物なのかもしれない、とも思ったがそれはそれで面白そうなのであえて踏み込んでいた。
12: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:30:23.11 ID:w4MVYybr0
京太郎が答えようとしたところで、ソックが先に答えた。
「漫画だな。宇宙生物と耽美な高校生が戦う話。古い小説を原作にしてて面白いんだ。
原作者のアサクラキチョウのほかの作品にも手を出してみたがなかなかよかった」
ずいぶんと早い反応だった。ソックが京太郎をさえぎったのは嫌がらせのためではない。お前も興味がわいたのかという感動と、同族を見つけたかもしれない興奮である。自分の趣味の話になると口が軽くなる現象が、ソックに起きているのだ。
ソックに先を越された京太郎が残念そうにしていると、アンヘルがこういった。
「あぁ、あれですか。ひとつ前はイナゴと戦っていましたよね。その前は巨大戦艦でしたっけ? マスター、マニアック漫画を読むんですね」
とても驚いていた。京太郎は文化だとか、文明だとか言うものから離れて、体を動かすのが好きな野生児的な人間というような印象があったからである。
インドア趣味は一つも持っていないと、そんな先入観を持っていた。
アンヘルがこういうと京太郎はこういった。
「入院しているとき暇すぎて、休憩所で読み始めたんだよ。それで、続きが気になってな、ソックに頼んで待合になかった最新作を買ってきてもらったんだ」
言い訳をするような後ろめたさがあった。マンガを読むことが悪いと思っているわけではない。むしろよく読むほうだ。しかし、どうも中学まで運動部であったことと、妙に体が大きなことが重なってインドアな趣味があるというような話をすると意外だといわれることが多かった。それで話しにくく感じていたのである。
京太郎が少し困っているとアンヘルがこういった。
「まぁ、そうでしたか。退屈はつらいですからね」
実に実感がこもっていた。退屈だからといって現世に現れ。食べ物の匂いにつられて歩いているところを襲われて死に掛けたバカをよく知っていた。京太郎の暇つぶしなどかわいらしいものだった。
話がいったん切れたところで、京太郎にソックが言った。
「では、今週の土曜日の予定は龍門渕でパーティーだな。たぶんだがお迎えが来るはずだから、それにあわせて動けばいい」
少し急いでいるようだった。腕時計をちらちらと見て、そわそわしていた。アンヘルとソックの用事というのがあまりぐずぐずしていると困ってしまう用事だったからだ。時間がかかっても問題は少ないけれど、できるだけ早いほうがよかった。
ソックの話を聞いた京太郎がこういった。
「二人はどうするんだ? 龍門渕には行かないの?」
自分の仲魔がソワソワしているくらいのことは京太郎にもよくわかる。彼女らが自分に反逆を企てないのと知っているので、一応予定だけを聞いて分かれるつもりなのだ。
京太郎が不思議そうな顔をしているところでアンヘルが答えた。
「私たちは直接向かいます。道順もわかっていますからね。もっていきたいものもありますし」
アンヘルはにっこりと笑った。にっこり笑っているのに何か悪巧みをしている雰囲気があった。
別れ際に京太郎は二人に聞いた。
「これだけのためにわざわざこんなところまで来たのか? 家に電話で済ませればいいのに」
まったくたいした用事ではないのだ。それこそ電話一本入れれば済む話。京太郎の携帯電話はお亡くなりになっているけれども自宅にかければおそらく母が電話を取るだろう。
すでに顔見知りになっているのだから、伝言くらいならば問題なかったはず。京太郎はそのことを少し疑問に思ったのだ。自分の仲魔が自分に忠誠を誓ってくれているのはいい。しかし、いちいち顔を見せなければならないほどのことではない。不思議だった。正直な感想なのだ。
質問を受けてすぐにソックが答えた。
「買出しついでさ。いつの間にか今日の晩ごはんの材料と、明日の朝ごはんの材料がなくなっていてな。
異常現象さ。神隠しにでもあったかな。なぁ、アンヘル」
ソックにこめかみに青筋が浮かんでいた。完全に犯人はわかっているらしい。かなりいらだっているのは、今日の晩御飯どころか、明日の朝ごはんの材料まで、というより、冷蔵庫の中にあったはずの食材がきれいになくなっていたからなのだ。
ソックの視線を受けたアンヘルはあさっての方向をむいた。かなり勢いをつけて首を振ったので、金髪の髪の毛がふわっとゆれてきれいだった。しかしずいぶん汗をかいていた。
十四代目葛葉ライドウに用意してもらった自宅ですでに長い説教を受けた後だ。かなり反省していたけれども、ソックの怒りにまた火がつくと面倒であったので、知らぬ顔で通そうとしていた。
アンヘルが買い物籠を持ち、その横をソックが歩いていくのを見送って、京太郎は家路を急いだ。
家に帰ってきた京太郎は自分の部屋にこもった。父も母もまだ家に帰ってきていないようだった。時間帯から考えるとは母は買い物に出ている時間帯である。父はまだ帰ってくる時間ではない。仕事中だろう。
一人きりでリビングにいても寂しいだけであるし、自分の仲魔に買ってきてもらった最新刊を楽しむ用事がある。そういうわけで京太郎はさっさと自分の部屋に閉じこもってしまった。
ソックに買ってきてもらった漫画を京太郎は読み始めた。ベッドに倒れこんで、そのまま読み始めた。実に真剣な表情だった。流石に話の続きが気になっていただけあって、その集中力は半端なものではなかった。
集中していたので、読み終わるのに五分もかかっていなかった。しかし京太郎は満足せずに、はじめから読み直した。そしてまた五分もせずに読み終わっていた。
何度も繰り返していると京太郎の名前を母が呼んだ。母の声の調子から、晩御飯だろうなと京太郎は当たりをつけた。
京太郎は漫画をいったん置いて母の元に向かった。流石に何度も繰り返して読み込んだのだ。名前を呼ばれているのに、聞こえていないふりをする必要はなかった。
13: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:34:18.74 ID:w4MVYybr0
京太郎が母の元にたどり着くと母がこういった。
「晩御飯ができたわよ。食べましょう」
母の髪の毛は綺麗な金髪だった。しかし日本人だ。京太郎よりもずっと背が低い、どこにでもいそうなおばさんだ。京太郎が持っているふんわりとした雰囲気は母親から受け継いだものだろう。
小さなころに京太郎がどうして自分たちは金髪なのかといって聞いたことがある。髪の毛の色があまりにも普通でなかったのが、気になったのだ。小さなころだから、余計に気になった。
そのときに金髪をもって生まれる人が多い家系なのだといって母は京太郎に教えてくれていた。遺伝子の不思議だと笑うのだ。
まったく嘘などない。本当に母の血統は金髪が生まれてくる。京太郎の母方の祖父は少し髪の毛が薄くなっているけれども金髪である。母方の祖父に話を聞いてみると長い御伽噺を聞かされることになって困ったのも、京太郎は覚えていた。
晩御飯の途中で、京太郎は母にこういった。
「土曜日、龍門渕にいってくる。なんか、パーティーがあるとかで招待された」
少し間を空けて母がこういった。
「ご飯がいらなかったら連絡してね。あ、携帯壊れてたわね。代わりの携帯電話をもらってくればよかったわ」
母は少し考え事をしているようだった。京太郎には何を考えているのかわからなかった。
母が困っているのを見て京太郎はこういった。
「大丈夫だよ。電話なら借りればいいし携帯電話がなくてもたいして困らないから」
携帯電話を持っていて当たり前な時代である。連絡を取るのも携帯電話がなければ難しい。
「人とのつながりもこれがなければ、どうにもならないぞ」
といわれるような状況だろう。しかしまったく気にしていなかった。携帯電話がなくともそれほど困ることがないのだと、実感してしまったからだ。問題があるとしても友達からの誘いをすっぽかしてしまうくらいのものである。
晩御飯を食べ終わった京太郎は、食器を片付けてさっさと自分の部屋に戻っていった。もう一度、マンガを読み返そうと考えているのだ。
部屋に戻った京太郎は飽きるまで漫画を読み続けた。そして満足した京太郎は独り言を言った。
「最終巻は限定版が出るのか……発売日は、今週の土曜日。タイミングがよければ一気に読みきれたのか……パーティー終わりにでも買って帰ろうか。
すこしは暇つぶしになるだろう」
漫画をすべて読み終わった後、風呂に入りさっさと眠る準備を済ませて、ベッドの中に入り込んで京太郎は眠った。
やることがさっぱりなくなったので、京太郎はおとなしく眠ることに決めたのだ。学校の課題というのも、学校で終わらせてしまっている。どうにも集中力が増しているのか、それほど苦労することもなくなっているのである。
そうして携帯電話もないし、読みたい漫画の最終巻も土曜日にならないと手に入らないので、眠るしかなかったのだ。
深い眠りについた京太郎は奇妙な夢を見た。その夢は白黒だった。夢に浮かび上がっている光景はどこかの海辺だった。ずいぶんきれいな砂浜と、見たことがないくらいきれいな地平線が広がっていた。
また、砂浜には自分の仲魔、アンヘルとソックの姿がある。奇妙なのは、夢の中で京太郎が声を出そうともがくのだが、上手く声が出せないのだ。
しかし夢ではよくあることだ。
また、その夢の光景は姿を変えて違ったものに変わった。浮かび上がる光景はまたもや白黒だった。この光景は太陽のような熱の塊を前にしているものだった。この光景にはアンヘルとソックはいなかった。しかし、この巨大な熱の塊を見ていると、京太郎は不思議と戦わなくてはならないという気持ちになるのだった。理由はさっぱりわからない。
この光景もまた姿を変えて、別のものに代わった。三度目に浮かび上がった光景もまた白黒だった。この光景には三人の男の姿が合った。男だとわかったのは、背格好があまりにもがっしりとしていて女性的でなかったからだ。また三人とも身長が高かった。男が三人立っているだけなのだが、非常に印象的だった。
三人が三人とも狐の面をつけていたのである。そして、三人とも奇妙な服装をしていた。一人は平安時代の貴族のような格好、もう一人は武者のような格好、そしてもう一人はロングコートを着たスーツの男だった。どこかで見たような気がした。答えを京太郎は出せそうになかった。
ここで夢は終わった。
土曜日の朝日が差し込んできたとき、京太郎は目を覚ました。目覚めた京太郎の顔色は非常に悪かった。体の調子というのはまったく問題なかった。しかし、どうにも精神的にめいってしまっていた。京太郎の見た夢が原因である。
というのも、夢の内容を京太郎はさっぱり忘れてしまって、ただ、夢を見たという実感だけが残っていたのだ。はっきりとしない、この微妙な感覚が、気分を悪くさせるのだった。
「晩御飯ができたわよ。食べましょう」
母の髪の毛は綺麗な金髪だった。しかし日本人だ。京太郎よりもずっと背が低い、どこにでもいそうなおばさんだ。京太郎が持っているふんわりとした雰囲気は母親から受け継いだものだろう。
小さなころに京太郎がどうして自分たちは金髪なのかといって聞いたことがある。髪の毛の色があまりにも普通でなかったのが、気になったのだ。小さなころだから、余計に気になった。
そのときに金髪をもって生まれる人が多い家系なのだといって母は京太郎に教えてくれていた。遺伝子の不思議だと笑うのだ。
まったく嘘などない。本当に母の血統は金髪が生まれてくる。京太郎の母方の祖父は少し髪の毛が薄くなっているけれども金髪である。母方の祖父に話を聞いてみると長い御伽噺を聞かされることになって困ったのも、京太郎は覚えていた。
晩御飯の途中で、京太郎は母にこういった。
「土曜日、龍門渕にいってくる。なんか、パーティーがあるとかで招待された」
少し間を空けて母がこういった。
「ご飯がいらなかったら連絡してね。あ、携帯壊れてたわね。代わりの携帯電話をもらってくればよかったわ」
母は少し考え事をしているようだった。京太郎には何を考えているのかわからなかった。
母が困っているのを見て京太郎はこういった。
「大丈夫だよ。電話なら借りればいいし携帯電話がなくてもたいして困らないから」
携帯電話を持っていて当たり前な時代である。連絡を取るのも携帯電話がなければ難しい。
「人とのつながりもこれがなければ、どうにもならないぞ」
といわれるような状況だろう。しかしまったく気にしていなかった。携帯電話がなくともそれほど困ることがないのだと、実感してしまったからだ。問題があるとしても友達からの誘いをすっぽかしてしまうくらいのものである。
晩御飯を食べ終わった京太郎は、食器を片付けてさっさと自分の部屋に戻っていった。もう一度、マンガを読み返そうと考えているのだ。
部屋に戻った京太郎は飽きるまで漫画を読み続けた。そして満足した京太郎は独り言を言った。
「最終巻は限定版が出るのか……発売日は、今週の土曜日。タイミングがよければ一気に読みきれたのか……パーティー終わりにでも買って帰ろうか。
すこしは暇つぶしになるだろう」
漫画をすべて読み終わった後、風呂に入りさっさと眠る準備を済ませて、ベッドの中に入り込んで京太郎は眠った。
やることがさっぱりなくなったので、京太郎はおとなしく眠ることに決めたのだ。学校の課題というのも、学校で終わらせてしまっている。どうにも集中力が増しているのか、それほど苦労することもなくなっているのである。
そうして携帯電話もないし、読みたい漫画の最終巻も土曜日にならないと手に入らないので、眠るしかなかったのだ。
深い眠りについた京太郎は奇妙な夢を見た。その夢は白黒だった。夢に浮かび上がっている光景はどこかの海辺だった。ずいぶんきれいな砂浜と、見たことがないくらいきれいな地平線が広がっていた。
また、砂浜には自分の仲魔、アンヘルとソックの姿がある。奇妙なのは、夢の中で京太郎が声を出そうともがくのだが、上手く声が出せないのだ。
しかし夢ではよくあることだ。
また、その夢の光景は姿を変えて違ったものに変わった。浮かび上がる光景はまたもや白黒だった。この光景は太陽のような熱の塊を前にしているものだった。この光景にはアンヘルとソックはいなかった。しかし、この巨大な熱の塊を見ていると、京太郎は不思議と戦わなくてはならないという気持ちになるのだった。理由はさっぱりわからない。
この光景もまた姿を変えて、別のものに代わった。三度目に浮かび上がった光景もまた白黒だった。この光景には三人の男の姿が合った。男だとわかったのは、背格好があまりにもがっしりとしていて女性的でなかったからだ。また三人とも身長が高かった。男が三人立っているだけなのだが、非常に印象的だった。
三人が三人とも狐の面をつけていたのである。そして、三人とも奇妙な服装をしていた。一人は平安時代の貴族のような格好、もう一人は武者のような格好、そしてもう一人はロングコートを着たスーツの男だった。どこかで見たような気がした。答えを京太郎は出せそうになかった。
ここで夢は終わった。
土曜日の朝日が差し込んできたとき、京太郎は目を覚ました。目覚めた京太郎の顔色は非常に悪かった。体の調子というのはまったく問題なかった。しかし、どうにも精神的にめいってしまっていた。京太郎の見た夢が原因である。
というのも、夢の内容を京太郎はさっぱり忘れてしまって、ただ、夢を見たという実感だけが残っていたのだ。はっきりとしない、この微妙な感覚が、気分を悪くさせるのだった。
14: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:38:19.68 ID:w4MVYybr0
朝ごはんを食べ終わった京太郎がリビングでくつろいでいた。本日は龍門渕のパーティーに一応呼ばれているので、京太郎はワイシャツとスラックスという格好をしていた。
そもそも一般市民の京太郎にとってパーティーなどという上流階級の催し物というのに縁がない。そのため、さっぱりその手の服装というのも持っていなければ、どういう振る舞いをするべきなのかというのもわからないのだ。
しかも、急な話であったから、良い対応をするという気持ちさえわいていない。一応、家族に相談してみたものの、家族もまた一般市民であって、当たり障りのない格好をしていけばいいだろうというようにしかいえなかったのだ。
そうなって結局、地味目な格好でそのときを待つことに決めた。問題があれば、そのつど対応すればいいだけで、また、パーティーに絶対参加しなければならない、などというような使命感もないのだ。
緩やかに時間が流れているところで、チャイムが鳴った。時計の針が午前九時をさすころである。ききなれたチャイムがリビングに響いた。
母が手を話せなかったので、京太郎が玄関に向かった。普段なら、母が動き出すのだけれども掃除機をかけるのだといって動き出していたので、京太郎が動いた。また、久しぶりに休めている父も
「龍門渕さんのところじゃないか?」
といって、京太郎を促して動かないので、京太郎が動くことになった。父も言うように、おそらく龍門渕からの使者だろうと予想もつくので京太郎に異論はなかった。
玄関の扉を開いた京太郎は、一歩足を引いた。これは玄関の前に立っていた執事風の男の存在感に押された結果である。京太郎は今まで見てきた人間の中で、それこそ十四代目葛葉ライドウと同じか、それ以上の奇妙な雰囲気を感じたのである。
悪魔とも違うなんともいえない冷え冷えとした空気である。この空気を体感した京太郎は、一歩引いてしまったのだ。しかしすぐに姿勢を戻すことができた。それは迎えに来た男に戦う気がまったくないからである。
奇妙な気配に押されながらもすぐに立て直した京太郎を尻目に、執事らしき男がこういった。
「はじめまして須賀様。龍門渕より参りましたハギヨシと申します」
非常にきれいなお辞儀をして、ハギヨシと名乗る執事は微笑んで見せた。龍門渕の一族を無事に連れ戻してくれた人間に対して危害を加える理由がない。そもそもパーティーに招待しているのだから、こういう対応になるのは当然であった。
ハギヨシと名乗る男の自己紹介が終わり、一拍おいたところで京太郎が反応した。
「これはどうも、ご丁寧に。須賀京太郎です。今日はよろしくお願いします。服とか、これでよかったですかね?」
ずいぶん早口だった。理由は二つある。まずハギヨシというのがはじめてみるタイプの人間だったこと。そのはじめてが緊張させる原因の一つ。
二つ目は、これから向かう場所が自分のような一般人に縁のない場所、いわゆる上流階級の集まりだということでわずかに緊張しているのがひとつである。この二つがかみ合って妙にあわてた感じが出てしまっていた。
京太郎の質問を受けてハギヨシがこういった。
「問題ありませんよ。格式ばったものではありませんから」
ニコニコと微笑んで、まったくいやみなところがなかった。自分が他人に対して妙な圧力を与えてしまうということをよく理解しているのだ。
そのため、京太郎のように緊張して取り乱す人というのを見ても、まったくおかしいとは思わないようになっていた。
また、京太郎の服装に関して特に注文をつけなかったのは、実際服装などというのには意味がないというのを知っているからなのだ。血まみれだとか、服を着ていないというのなら話は違うが、常識的な格好をしているのなら問題なかった。
京太郎がうなずいた。ほっとしていた。今までのあわてていた様子からは打って変わって、一気に調子を元に戻していく。
ハギヨシの空気に慣れてきたのだ。そして、胸の中にあった不安がなくなったことで、いつもの調子に戻ってきた。冷静さを取り戻すのもずいぶん早かったが、それも当然のことだろう。他人からみれば、同じような空気を発しているのだから、慣れるのも早い。
京太郎がうなずくのを見て、ハギヨシがこういった。
「車はこちらで用意させていただきました。準備がよろしければ、どうぞ」
玄関の前に止めてある大きな車にハギヨシは振り返った。京太郎でも知っているような、高級車だった。黒塗りで、ずいぶんぴかぴかに磨かれてあった。ほんの少しの擦り傷で何十万円もすっ飛んでいくのだろうな、などと考えて、京太郎は青い顔をした。
京太郎はこのように応えた。
「それじゃあ、少し待っていてもらえますか。家族に伝えてきます」
特に何を用意するというわけではない。服装もこれでいいということであるし、手ぶらでいいのならば、このまま車に乗るだけのこと。しかし家族に何も言わずに出て行くのは少し問題があった。
ただでさえ、心配させた後なのだ、何も言わずに出て行くなど京太郎にはできなかった。
そういうと京太郎はいったん玄関の扉を閉めた。当然、これから龍門渕に向かうという話をするためである。
玄関の扉を閉めた京太郎は父と母に事情を話した。実に簡単な説明だった。
「龍門渕の人が来たからいってくる」
すでに、事情は話しているし、家族もどういう理由で呼ばれているのかというのも承知していたので、非常に簡単な説明だけで済んだ。
父と母は、
「骨董品とか壊して帰ってくるなよ、弁償できないぞ」
とか
「食いだめして帰ってきなさい」
だとかいって、笑っていた。
家族に「行ってきます」といってから京太郎は玄関の扉を開いた。
そもそも一般市民の京太郎にとってパーティーなどという上流階級の催し物というのに縁がない。そのため、さっぱりその手の服装というのも持っていなければ、どういう振る舞いをするべきなのかというのもわからないのだ。
しかも、急な話であったから、良い対応をするという気持ちさえわいていない。一応、家族に相談してみたものの、家族もまた一般市民であって、当たり障りのない格好をしていけばいいだろうというようにしかいえなかったのだ。
そうなって結局、地味目な格好でそのときを待つことに決めた。問題があれば、そのつど対応すればいいだけで、また、パーティーに絶対参加しなければならない、などというような使命感もないのだ。
緩やかに時間が流れているところで、チャイムが鳴った。時計の針が午前九時をさすころである。ききなれたチャイムがリビングに響いた。
母が手を話せなかったので、京太郎が玄関に向かった。普段なら、母が動き出すのだけれども掃除機をかけるのだといって動き出していたので、京太郎が動いた。また、久しぶりに休めている父も
「龍門渕さんのところじゃないか?」
といって、京太郎を促して動かないので、京太郎が動くことになった。父も言うように、おそらく龍門渕からの使者だろうと予想もつくので京太郎に異論はなかった。
玄関の扉を開いた京太郎は、一歩足を引いた。これは玄関の前に立っていた執事風の男の存在感に押された結果である。京太郎は今まで見てきた人間の中で、それこそ十四代目葛葉ライドウと同じか、それ以上の奇妙な雰囲気を感じたのである。
悪魔とも違うなんともいえない冷え冷えとした空気である。この空気を体感した京太郎は、一歩引いてしまったのだ。しかしすぐに姿勢を戻すことができた。それは迎えに来た男に戦う気がまったくないからである。
奇妙な気配に押されながらもすぐに立て直した京太郎を尻目に、執事らしき男がこういった。
「はじめまして須賀様。龍門渕より参りましたハギヨシと申します」
非常にきれいなお辞儀をして、ハギヨシと名乗る執事は微笑んで見せた。龍門渕の一族を無事に連れ戻してくれた人間に対して危害を加える理由がない。そもそもパーティーに招待しているのだから、こういう対応になるのは当然であった。
ハギヨシと名乗る男の自己紹介が終わり、一拍おいたところで京太郎が反応した。
「これはどうも、ご丁寧に。須賀京太郎です。今日はよろしくお願いします。服とか、これでよかったですかね?」
ずいぶん早口だった。理由は二つある。まずハギヨシというのがはじめてみるタイプの人間だったこと。そのはじめてが緊張させる原因の一つ。
二つ目は、これから向かう場所が自分のような一般人に縁のない場所、いわゆる上流階級の集まりだということでわずかに緊張しているのがひとつである。この二つがかみ合って妙にあわてた感じが出てしまっていた。
京太郎の質問を受けてハギヨシがこういった。
「問題ありませんよ。格式ばったものではありませんから」
ニコニコと微笑んで、まったくいやみなところがなかった。自分が他人に対して妙な圧力を与えてしまうということをよく理解しているのだ。
そのため、京太郎のように緊張して取り乱す人というのを見ても、まったくおかしいとは思わないようになっていた。
また、京太郎の服装に関して特に注文をつけなかったのは、実際服装などというのには意味がないというのを知っているからなのだ。血まみれだとか、服を着ていないというのなら話は違うが、常識的な格好をしているのなら問題なかった。
京太郎がうなずいた。ほっとしていた。今までのあわてていた様子からは打って変わって、一気に調子を元に戻していく。
ハギヨシの空気に慣れてきたのだ。そして、胸の中にあった不安がなくなったことで、いつもの調子に戻ってきた。冷静さを取り戻すのもずいぶん早かったが、それも当然のことだろう。他人からみれば、同じような空気を発しているのだから、慣れるのも早い。
京太郎がうなずくのを見て、ハギヨシがこういった。
「車はこちらで用意させていただきました。準備がよろしければ、どうぞ」
玄関の前に止めてある大きな車にハギヨシは振り返った。京太郎でも知っているような、高級車だった。黒塗りで、ずいぶんぴかぴかに磨かれてあった。ほんの少しの擦り傷で何十万円もすっ飛んでいくのだろうな、などと考えて、京太郎は青い顔をした。
京太郎はこのように応えた。
「それじゃあ、少し待っていてもらえますか。家族に伝えてきます」
特に何を用意するというわけではない。服装もこれでいいということであるし、手ぶらでいいのならば、このまま車に乗るだけのこと。しかし家族に何も言わずに出て行くのは少し問題があった。
ただでさえ、心配させた後なのだ、何も言わずに出て行くなど京太郎にはできなかった。
そういうと京太郎はいったん玄関の扉を閉めた。当然、これから龍門渕に向かうという話をするためである。
玄関の扉を閉めた京太郎は父と母に事情を話した。実に簡単な説明だった。
「龍門渕の人が来たからいってくる」
すでに、事情は話しているし、家族もどういう理由で呼ばれているのかというのも承知していたので、非常に簡単な説明だけで済んだ。
父と母は、
「骨董品とか壊して帰ってくるなよ、弁償できないぞ」
とか
「食いだめして帰ってきなさい」
だとかいって、笑っていた。
家族に「行ってきます」といってから京太郎は玄関の扉を開いた。
15: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:42:12.59 ID:w4MVYybr0
玄関から出てきたところでハギヨシに招かれて、車の後部座席に京太郎は乗り込んだ。今まで生きていてまったく触れる機会がなかった超高級車を前にした京太郎の動きは非常にぎこちなかった。自分の体がぶつかって、何か失敗してしまったら大変なことになるという考えが頭にあるのだ。
「弁償だとか、そういう話になったとしたら終わりだな」
そんな悪い考えが頭に浮かんできてしまい、全身を上手く支配できなくなっている。
ハギヨシが後部座席に座ると、車はどんどん先に進んでいった。運転手の腕がいいのか、まったく不愉快がない。
車が走り出して数十秒ほどたつと、ハギヨシがこういった。
「お嬢様の招待を受けてくださって、ありがとうございます。本当なら身内だけで済ませるはずだったのですが、申し訳ないです」
本当に悪いことをしてしまったという気持ちが、声にこもっていた。普通なら、このようなセリフが飛び出していい立場にいる人間ではない。しかしハギヨシにとって謝っておかなくてはならないという気持ちになるほどの、問題だったのだ。京太郎にはわからないが、少なくともハギヨシにとっては、それほどだった。
ハギヨシが謝るのを見て、京太郎はこういった。
「いえ、あの、別に悪い気持ちはしませんから。謝らないでください」
このとき京太郎は、軽い調子だった。京太郎はハギヨシが謝っているのは、昨日の今日でパーティーに呼び出すようなまねをしたことだと思っているのだ。そのため、いまいちかみ合っていなかった。
京太郎がこういったあと、ハギヨシはこういった。
「そういってもらえると助かります。どうにもお嬢様は目的と手段がごっちゃになっているようで。困ったものです」
ハギヨシは微笑を浮かべてはいたが、すべてが冗談ではないのがわかる。実際京太郎をパーティーに呼ぶのを反対していた。
しかしお嬢様の一言
「一族のために働いてくれた恩人に、ド派手なパーティーを!
この龍門渕透華の開くパーティーが地味であっていいはずがない! そうでしょうハギヨシ!
盛大にやりましょう! 盛大に!
そうだ、何か目玉になるようなものを用意しなければ、何がいいかしら……何か度肝を抜くような……そうだ! 思いついた! ハギヨシ!
オロチを使いましょう! オロチ! あれを使えばできるはず!
決まりだわ、すぐに業者に連絡しなければなりません! さぁ、急ぎましょう!」
で、押し切られた。
お嬢様の考えをハギヨシが受け入れたわけではない。最終的に京太郎には二つの道しか残されていないのだから、時間の問題だと判断し、お嬢様の思惑に乗ったのだ。
二つの道というのは、悪魔たちを使役する人間たちの中で生きていくのか、それとも一般人として生きていくのかという道。
いつまでも情報をとどめておくことが不可能である以上、京太郎はどちらかを選ぶことになる。今回のパーティーが、道を分かつきっかけになる。そう考えてハギヨシは、お嬢様の思惑に乗ったのだ。
やや茨の道だけれども、いつかは来る道だからと。
困ったように笑うハギヨシを見て京太郎は空返事しか返せなかった。よその家の事情に首を突っ込めるほどの勇気は持っていなかった。
車がさらに先に進む中で、ハギヨシが京太郎に聞いた。
「須賀さまは、もうどこに所属するのかお決めになりましたか。そろそろヤタガラス以外の組織からも声がかかるはずです」
話の内容としては非常に重要である。しかし話しぶりは世間話をするような気軽さがあった。
また、ヤタガラス以外のサマナー集団からの接触があるだろうと話しているけれども、その可能性はないとハギヨシは知っていた。
龍門渕支部所属のヤタガラスが保護の名目で見張っているからだ。このような話を振ったのは、京太郎の仲魔アンヘルとソックが京太郎に何か助言を与えているのではないかと考えたからである。
京太郎は完全な素人である。しかし、京太郎の仲魔はそうではない。京太郎を主と認めている仲魔が京太郎のために助言をしている可能性があった。
もしもその助言で、京太郎が道を決めていたら、ハギヨシの考えている道を選ぶ必要というのがなくなるので、一応探りを入れたのだ。正直に答えてくれるとも思っていないけれど。
「弁償だとか、そういう話になったとしたら終わりだな」
そんな悪い考えが頭に浮かんできてしまい、全身を上手く支配できなくなっている。
ハギヨシが後部座席に座ると、車はどんどん先に進んでいった。運転手の腕がいいのか、まったく不愉快がない。
車が走り出して数十秒ほどたつと、ハギヨシがこういった。
「お嬢様の招待を受けてくださって、ありがとうございます。本当なら身内だけで済ませるはずだったのですが、申し訳ないです」
本当に悪いことをしてしまったという気持ちが、声にこもっていた。普通なら、このようなセリフが飛び出していい立場にいる人間ではない。しかしハギヨシにとって謝っておかなくてはならないという気持ちになるほどの、問題だったのだ。京太郎にはわからないが、少なくともハギヨシにとっては、それほどだった。
ハギヨシが謝るのを見て、京太郎はこういった。
「いえ、あの、別に悪い気持ちはしませんから。謝らないでください」
このとき京太郎は、軽い調子だった。京太郎はハギヨシが謝っているのは、昨日の今日でパーティーに呼び出すようなまねをしたことだと思っているのだ。そのため、いまいちかみ合っていなかった。
京太郎がこういったあと、ハギヨシはこういった。
「そういってもらえると助かります。どうにもお嬢様は目的と手段がごっちゃになっているようで。困ったものです」
ハギヨシは微笑を浮かべてはいたが、すべてが冗談ではないのがわかる。実際京太郎をパーティーに呼ぶのを反対していた。
しかしお嬢様の一言
「一族のために働いてくれた恩人に、ド派手なパーティーを!
この龍門渕透華の開くパーティーが地味であっていいはずがない! そうでしょうハギヨシ!
盛大にやりましょう! 盛大に!
そうだ、何か目玉になるようなものを用意しなければ、何がいいかしら……何か度肝を抜くような……そうだ! 思いついた! ハギヨシ!
オロチを使いましょう! オロチ! あれを使えばできるはず!
決まりだわ、すぐに業者に連絡しなければなりません! さぁ、急ぎましょう!」
で、押し切られた。
お嬢様の考えをハギヨシが受け入れたわけではない。最終的に京太郎には二つの道しか残されていないのだから、時間の問題だと判断し、お嬢様の思惑に乗ったのだ。
二つの道というのは、悪魔たちを使役する人間たちの中で生きていくのか、それとも一般人として生きていくのかという道。
いつまでも情報をとどめておくことが不可能である以上、京太郎はどちらかを選ぶことになる。今回のパーティーが、道を分かつきっかけになる。そう考えてハギヨシは、お嬢様の思惑に乗ったのだ。
やや茨の道だけれども、いつかは来る道だからと。
困ったように笑うハギヨシを見て京太郎は空返事しか返せなかった。よその家の事情に首を突っ込めるほどの勇気は持っていなかった。
車がさらに先に進む中で、ハギヨシが京太郎に聞いた。
「須賀さまは、もうどこに所属するのかお決めになりましたか。そろそろヤタガラス以外の組織からも声がかかるはずです」
話の内容としては非常に重要である。しかし話しぶりは世間話をするような気軽さがあった。
また、ヤタガラス以外のサマナー集団からの接触があるだろうと話しているけれども、その可能性はないとハギヨシは知っていた。
龍門渕支部所属のヤタガラスが保護の名目で見張っているからだ。このような話を振ったのは、京太郎の仲魔アンヘルとソックが京太郎に何か助言を与えているのではないかと考えたからである。
京太郎は完全な素人である。しかし、京太郎の仲魔はそうではない。京太郎を主と認めている仲魔が京太郎のために助言をしている可能性があった。
もしもその助言で、京太郎が道を決めていたら、ハギヨシの考えている道を選ぶ必要というのがなくなるので、一応探りを入れたのだ。正直に答えてくれるとも思っていないけれど。
16: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:48:25.96 ID:w4MVYybr0
ハギヨシの質問を受けた京太郎は答えた。
「いえ、まったく何も決めていません。あと、須賀さまはやめてもらえますか。なんだか、ざわざわするので」
ずいぶんはっきりと言い切った。そして運転手にもハギヨシにもわかるくらいに、所属をどうでもいいと思っているのがわかる口調だった。京太郎は自分がどこの組織に所属するべきなのかまったく考えたことがなかった。
正直に答えたのは、まったくサマナーたちについて興味がなかったからである。駆け引きをするという発想すらない。むしろ気になっていたのは、ハギヨシが妙に丁寧に話しかけてくれることだけだった。
京太郎がもぞもぞとしているのを見てハギヨシはうなずいた。そしてこういった。
「わかりました。では、須賀君、先輩からの忠告だと思って聞いてください。
あなたはこれから気をつけて行動しなければなりません。あなたが駆け引きの苦手な人間で、他人のために戦える人間と見込んで、正直に話をしましょう。
あなたはあなたが思っているより、微妙な立場にいます。
あなたはこれからヤタガラスに所属するかそれともまったく別のどこかに所属するかを選ばされることになるでしょう。
これは時間の問題です。今回のパーティーでほとんど確定するでしょうが、はっきりと決めなければ一週間以内にほかの陣営から声がかかる可能性がある。
コウモリは嫌われます。わかりますね?
あなたの仲魔が何も言わなかった理由はわかりません。しかしひとつだけはっきりとしていることがあります。
それは龍門渕のパーティーに出席するということはヤタガラスに所属する意思があると受け取られということ。
龍門渕はこの地域の支配者。サマナーたちの元締め。ヤタガラスの幹部です。あなたが何を言ってもほかの陣営はこう思うでしょう。
『あいつはヤタガラスに入ったのだ』と。もしもあなたが別のどこかに所属したいというのなら、または誘いがあるようなら、よく考えたほうがいい」
京太郎に話しかけるハギヨシはずいぶんわかりやすく話した。京太郎を自分の陣営に取り込んでしまえば龍門渕への貢献になるはず。龍文渕ではなくとも自分の味方にするということもできたはずである。
しかしそれをしなかった。このときのハギヨシは龍門渕に手を貸しているのサマナーではなく、ただのハギヨシだったのだ。京太郎が感じているように自分と同じような空気をハギヨシは京太郎に感じ取っていたのだ。
ハギヨシがこういうのを聞いて、京太郎は質問をした。
「ヤタガラスって公務員みたいなものだと聞いていたのですが、ほかにもそういうのがあるのですか?
まるでヤタガラスがよくないもののような感じがありますけど」
探りを入れる、などということはない。純粋にわからなかったのだ。警察だとか、消防士のようなものだというのがヤタガラスに対しての京太郎の印象だったからである。少なくとも今まで聞いた話のうちでは形だけでも正義の組織だろうと考えていた。
京太郎の質問にハギヨシが詰まった。ハギヨシの微笑が消えてしまった。完全に次の言葉がのどで詰まっていた。
ヤタガラスというのは真っ白な存在ではないとハギヨシはよく知っているのだ。
シンとしたところで京太郎の質問に運転手が答えた。
「ヤタガラスも真っ白な存在じゃないってことさ。ハギちゃんはそのあたりよく知っているからな。
何も知らない須賀君を取り込んでいいものかと気に病んでいるのさ。
うちのお嬢は微妙な力関係を考えないからな、困ったもんさ。俺たちの小さな心臓はいつも震えっぱなしよ」
陽気な声だった。おそらく二十代後半あたりと京太郎は当たりをつけた。ハギヨシに変わって答えたのは、ハギヨシが実に面倒くさい立場にいることをよく運転手は承知していたからである。
いちいち立場の説明をしてもいいが、そうなると若気の至りをハギヨシは自分で説明することになるので、運転手が気を回したのだ。
運転手の男の答えを聞いた京太郎は、うなずいた。そしてこういった。
「大変ですねハギヨシさん」
流石に、京太郎も理解したのだ。およそ一言では言えない、説明しきれない何かがあったと。しかし何かというのをいちいちたずねはしなかった。
答えられない質問だとか、踏み込んでこられると困る領域があるのは京太郎もよくわかるからだ。
京太郎の様子を見て、ハギヨシはこういった。
「わかってもらえると助かります。人が運営している以上いろいろと人間関係が面倒くさいことがありますから。
まぁ、大切なのは須賀くんのこれからのことです。
もしもこれ以上悪魔とかかわりたくないというのなら、はっきりとそういってください。そうすれば、ヤタガラスはあなたを保護対象として見守る姿勢をとるようになるでしょう。
し、十四代目はあなたのことを気に入っているみたいですが、そこは私が話をつけましょう。まぁ、そういうことです」
そういっている間に車はどんどん先に進んでいった。目指すは龍門渕である。
「いえ、まったく何も決めていません。あと、須賀さまはやめてもらえますか。なんだか、ざわざわするので」
ずいぶんはっきりと言い切った。そして運転手にもハギヨシにもわかるくらいに、所属をどうでもいいと思っているのがわかる口調だった。京太郎は自分がどこの組織に所属するべきなのかまったく考えたことがなかった。
正直に答えたのは、まったくサマナーたちについて興味がなかったからである。駆け引きをするという発想すらない。むしろ気になっていたのは、ハギヨシが妙に丁寧に話しかけてくれることだけだった。
京太郎がもぞもぞとしているのを見てハギヨシはうなずいた。そしてこういった。
「わかりました。では、須賀君、先輩からの忠告だと思って聞いてください。
あなたはこれから気をつけて行動しなければなりません。あなたが駆け引きの苦手な人間で、他人のために戦える人間と見込んで、正直に話をしましょう。
あなたはあなたが思っているより、微妙な立場にいます。
あなたはこれからヤタガラスに所属するかそれともまったく別のどこかに所属するかを選ばされることになるでしょう。
これは時間の問題です。今回のパーティーでほとんど確定するでしょうが、はっきりと決めなければ一週間以内にほかの陣営から声がかかる可能性がある。
コウモリは嫌われます。わかりますね?
あなたの仲魔が何も言わなかった理由はわかりません。しかしひとつだけはっきりとしていることがあります。
それは龍門渕のパーティーに出席するということはヤタガラスに所属する意思があると受け取られということ。
龍門渕はこの地域の支配者。サマナーたちの元締め。ヤタガラスの幹部です。あなたが何を言ってもほかの陣営はこう思うでしょう。
『あいつはヤタガラスに入ったのだ』と。もしもあなたが別のどこかに所属したいというのなら、または誘いがあるようなら、よく考えたほうがいい」
京太郎に話しかけるハギヨシはずいぶんわかりやすく話した。京太郎を自分の陣営に取り込んでしまえば龍門渕への貢献になるはず。龍文渕ではなくとも自分の味方にするということもできたはずである。
しかしそれをしなかった。このときのハギヨシは龍門渕に手を貸しているのサマナーではなく、ただのハギヨシだったのだ。京太郎が感じているように自分と同じような空気をハギヨシは京太郎に感じ取っていたのだ。
ハギヨシがこういうのを聞いて、京太郎は質問をした。
「ヤタガラスって公務員みたいなものだと聞いていたのですが、ほかにもそういうのがあるのですか?
まるでヤタガラスがよくないもののような感じがありますけど」
探りを入れる、などということはない。純粋にわからなかったのだ。警察だとか、消防士のようなものだというのがヤタガラスに対しての京太郎の印象だったからである。少なくとも今まで聞いた話のうちでは形だけでも正義の組織だろうと考えていた。
京太郎の質問にハギヨシが詰まった。ハギヨシの微笑が消えてしまった。完全に次の言葉がのどで詰まっていた。
ヤタガラスというのは真っ白な存在ではないとハギヨシはよく知っているのだ。
シンとしたところで京太郎の質問に運転手が答えた。
「ヤタガラスも真っ白な存在じゃないってことさ。ハギちゃんはそのあたりよく知っているからな。
何も知らない須賀君を取り込んでいいものかと気に病んでいるのさ。
うちのお嬢は微妙な力関係を考えないからな、困ったもんさ。俺たちの小さな心臓はいつも震えっぱなしよ」
陽気な声だった。おそらく二十代後半あたりと京太郎は当たりをつけた。ハギヨシに変わって答えたのは、ハギヨシが実に面倒くさい立場にいることをよく運転手は承知していたからである。
いちいち立場の説明をしてもいいが、そうなると若気の至りをハギヨシは自分で説明することになるので、運転手が気を回したのだ。
運転手の男の答えを聞いた京太郎は、うなずいた。そしてこういった。
「大変ですねハギヨシさん」
流石に、京太郎も理解したのだ。およそ一言では言えない、説明しきれない何かがあったと。しかし何かというのをいちいちたずねはしなかった。
答えられない質問だとか、踏み込んでこられると困る領域があるのは京太郎もよくわかるからだ。
京太郎の様子を見て、ハギヨシはこういった。
「わかってもらえると助かります。人が運営している以上いろいろと人間関係が面倒くさいことがありますから。
まぁ、大切なのは須賀くんのこれからのことです。
もしもこれ以上悪魔とかかわりたくないというのなら、はっきりとそういってください。そうすれば、ヤタガラスはあなたを保護対象として見守る姿勢をとるようになるでしょう。
し、十四代目はあなたのことを気に入っているみたいですが、そこは私が話をつけましょう。まぁ、そういうことです」
そういっている間に車はどんどん先に進んでいった。目指すは龍門渕である。
17: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:51:45.64 ID:w4MVYybr0
しかし普通に道が長かった。そのため思ったよりも話が合うハギヨシと運転手とで京太郎は暇をつぶしをしていた。
といってもたいしたことではなくただの世間話である。車の中でいろいろと話をしているときに、京太郎は自分の趣味を聞かれた。実にたいしたことではない。そのときに京太郎はこういった。
「麻雀ですかね、最近は漫画を読んだりしてますけど」
京太郎が答えると、運転手がこういった。
「麻雀か、お嬢たちがよくやってんな。というか、須賀くんは漫画とか読むんだな、アウトドア派だと思ってた。須賀くんは麻雀強いの?」
京太郎はこういった。
「いえ、ぜんぜんですよ。やっとやっとです」
京太郎が答えると、運転手がこういった。
「俺なんかさぁ、麻雀できないんだよねぇ。トランプとかも怪しいな。なんか、感覚が冴えちゃってさ、ちょっとした傷が目印になって模様が予想できちゃうのよ」
運転手の話を聞いて京太郎は少し大きな声で同意した。
「俺もっすよ! 大変ですよね、あれ。常にイカサマしてるみたいで」
京太郎が愚痴ると運転手は大きくうなずいていた。そして少し大きめの声で続けた。
「おっ! 須賀くんもか! わかるわかる。なんか、罪悪感が半端ないんだよな。まぁ、抑えようと思ったらできるけど、これがつらくてな。須賀くんもそのうちできるようになるぜ」
運転手がこういうと、京太郎は少しほっとした。自分と同じような人がいて、よかったと思ったのだ。
ほっとしている京太郎を見て、ハギヨシがこういった。
「まぁ、須賀くんのマグネタイトの総量と魔力なら一週間くらいで上手くコントロールできるようになるでしょう。
マグネタイトの総量が増えたことと、魔力を急に得たことで、発散が上手くいっていないのですよ。許容量以上のエネルギーが内側にたまってしまって感覚が常に強化されているのです。
上手く発散できるようになるまでは目を閉じて遊ぶしかないでしょう」
ハギヨシの説明を聞いて、運転手が笑った。
「麻雀牌をみないで麻雀を打つのか? 絶対に突っ込まれるって。まぁ、一週間ならすぐだな。俺のときは一ヶ月くらいかかったからな。最悪だった。
そういや、須賀くんは漫画を読むらしいけど何系を読むの? ジャンプ系? ガンガン系?」
京太郎は答えた。
「何でもいけますよ。今はまっているのは、あれですね、高校生が戦艦を日本刀でぶった切る」
京太郎がここまで言うと、運転手が割り込んだ。
「あぁ、ハギちゃんが好きなやつか。ハギちゃん、集めてたよな。確か今日、最終巻の発売日だとか……だろ? ハギちゃん」
運転手がこういうと、ハギヨシは少し誇らしげにこういった。
「そうですよ。仕事が終わったら、買いに行くつもりです。
それにしても驚きましたね、須賀くんがあれを知っているとは。面白いのになかなか読んでいる人がいなかったんですよ。職場で広めるわけにもいかないですし」
と、それからは、運転手とハギヨシと京太郎の漫画の話が続いた。その後、龍門渕に到着した。
といってもたいしたことではなくただの世間話である。車の中でいろいろと話をしているときに、京太郎は自分の趣味を聞かれた。実にたいしたことではない。そのときに京太郎はこういった。
「麻雀ですかね、最近は漫画を読んだりしてますけど」
京太郎が答えると、運転手がこういった。
「麻雀か、お嬢たちがよくやってんな。というか、須賀くんは漫画とか読むんだな、アウトドア派だと思ってた。須賀くんは麻雀強いの?」
京太郎はこういった。
「いえ、ぜんぜんですよ。やっとやっとです」
京太郎が答えると、運転手がこういった。
「俺なんかさぁ、麻雀できないんだよねぇ。トランプとかも怪しいな。なんか、感覚が冴えちゃってさ、ちょっとした傷が目印になって模様が予想できちゃうのよ」
運転手の話を聞いて京太郎は少し大きな声で同意した。
「俺もっすよ! 大変ですよね、あれ。常にイカサマしてるみたいで」
京太郎が愚痴ると運転手は大きくうなずいていた。そして少し大きめの声で続けた。
「おっ! 須賀くんもか! わかるわかる。なんか、罪悪感が半端ないんだよな。まぁ、抑えようと思ったらできるけど、これがつらくてな。須賀くんもそのうちできるようになるぜ」
運転手がこういうと、京太郎は少しほっとした。自分と同じような人がいて、よかったと思ったのだ。
ほっとしている京太郎を見て、ハギヨシがこういった。
「まぁ、須賀くんのマグネタイトの総量と魔力なら一週間くらいで上手くコントロールできるようになるでしょう。
マグネタイトの総量が増えたことと、魔力を急に得たことで、発散が上手くいっていないのですよ。許容量以上のエネルギーが内側にたまってしまって感覚が常に強化されているのです。
上手く発散できるようになるまでは目を閉じて遊ぶしかないでしょう」
ハギヨシの説明を聞いて、運転手が笑った。
「麻雀牌をみないで麻雀を打つのか? 絶対に突っ込まれるって。まぁ、一週間ならすぐだな。俺のときは一ヶ月くらいかかったからな。最悪だった。
そういや、須賀くんは漫画を読むらしいけど何系を読むの? ジャンプ系? ガンガン系?」
京太郎は答えた。
「何でもいけますよ。今はまっているのは、あれですね、高校生が戦艦を日本刀でぶった切る」
京太郎がここまで言うと、運転手が割り込んだ。
「あぁ、ハギちゃんが好きなやつか。ハギちゃん、集めてたよな。確か今日、最終巻の発売日だとか……だろ? ハギちゃん」
運転手がこういうと、ハギヨシは少し誇らしげにこういった。
「そうですよ。仕事が終わったら、買いに行くつもりです。
それにしても驚きましたね、須賀くんがあれを知っているとは。面白いのになかなか読んでいる人がいなかったんですよ。職場で広めるわけにもいかないですし」
と、それからは、運転手とハギヨシと京太郎の漫画の話が続いた。その後、龍門渕に到着した。
18: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 04:56:14.41 ID:w4MVYybr0
龍門渕の屋敷に到着した京太郎は、車から降りた。龍門渕の駐車場で車は止まっていた。
車から降りた京太郎は背伸びをした。背伸びをしたときに体がパキパキと音を鳴らした。
体を伸ばしているときに京太郎は綺麗なメイドさんを見つけた。大きく目を見開いて、非常に京太郎は集中していた。
というのもメイドさんという都市伝説なみに珍しい存在をこの目で見る日が来るとは思っていなかったからである。そして龍門渕にはメイドさんがいるのかといって感動していた。
それにくわえて、京太郎が見つけた綺麗なメイドさんというのが、非常に綺麗だったのだ。モデルのような長身で、顔も整っていた。髪型も綺麗にまとまっていて、お手本そのままのメイドさんだった。
年齢が二十五歳かそのあたりで、ロングスカートのメイド服に着られていない。よく着こなしてあった。
京太郎がメイドさんに驚いていると、小さな子供が現れた。。ずいぶん背が低かった。金髪で、髪が非常に長かった。頭に赤くて大きなリボンをつけている。しかしどうにもリボンと会わないジャージを着ていた。しかも上下ジャージである。
急いで走って車に向かってきているのだけれども、歩幅が狭いせいで一生懸命走ってもまったく走っていないように見えた。
京太郎が何事だろうかと見ていると、車から降りてきたハギヨシに小さな子供が飛び込んできた。
「ハギヨシィ! アンヘルとソックがぁ!」
アンヘルとソックという何者かに、何かされたらしかった。かなり悔しそうな顔をして、膨れている。
小さな子供が何か文句を言っているのを聞いてハギヨシは困ったような顔をしていた。アンヘルとソックと呼ばれている何者かに覚えがあり、また、この小さな子供がどういう目にあったのかというのが、大体予想がついているからである。
また、ハギヨシが困っているのと同じに京太郎の顔色は悪くなっていた。完全に遠いところに視線が泳いでいた。アンヘルとソックという名前をよく知っていたからだ。自分の仲魔である。
文句を言っている小さな子供にハギヨシが聞いた。
「アンヘルさんとソックさんがどうしました? 衣様」
ハギヨシがたずねると小さな子供、天江衣がこういった。
「ド○ポンでぼこぼこにされたぁ! 衣も一もがんばったのに、ぜんぜんだめだった! あいつら大人げなさ過ぎる! やりこんで来やがった!
真白はどこだ! あいつも巻き込んでやる!」
天江衣が続けてハギヨシに愚痴るのをききながら京太郎はあさっての方向を見つめていた。右手はキリキリと痛む腹に当てていた。
自分の仲魔が龍門渕の関係者と仲良くやっているのは知っていたが、友情破壊ゲームを持ち込んでいるとはまったく思わなかったのだ。というか小学校低学年にしか見えない天江衣をゲームでぼこぼこにするのは大人気なさ過ぎるとしか思わなかった。
真白も巻き込んでやるといって意気込んでいる天江衣にハギヨシが答えた。
「いないみたいですね。多分、用事ができたのでしょう。先ほどまでそこにいたのですが」
このときに、今まで京太郎が見ていたところにハギヨシの目線が動いていた。しかしハギヨシが見たところにはもう誰もいなかった。影も形もない。
愚痴を言っていた天江衣も落ち着いてきた。そしてやっと京太郎に挨拶をした。
「天江衣だ。アンヘルとソックの主、須賀京太郎だな。見苦しいところを見せてすまなかった。気軽に衣さんと呼んでくれ。後、一応言っておくが、高校二年生だ。よろしくな」
上下ジャージ姿であるが、非常に洗練された礼をとっていた。先ほどの醜態は、たまたま起きたことである。アンヘルとソックの作戦が腹立たしかったために、正気を失っていただけだ。いったん落ち着けば、年相応の行動をとれるのだ。
天江衣の自己紹介を受けた京太郎は三拍ほど置いてから自己紹介をした。
「須賀京太郎です。高校一年です。須賀でも、京太郎でも呼びやすいように呼んでください。衣さん。衣先輩のほうがいいでしょうか。」
ほんの少しだけ、目の前の現実が受け入れられなかった。しかし、切り替えが早かった。体から稲妻を出す人間だとか、髪の毛が灰色になる人間がいるのだ。天江衣のような人もいるだろうと受け入れた京太郎は、実に普通の自己紹介をした。
京太郎の自己紹介を受けた天江衣は少しはねるようなしぐさをした。そしてこういった。
「衣さんでいいぞ」
実にうれしそうである。頭のリボンがウサギの耳のように弾んでいた。自己紹介だけで機嫌がよくなるというのも変な話である。
しかし、なかなか年相応の対応をとってもらえない彼女はこういう対応がうれしいのだ。
というのが、もともと彼女の血族は実年齢よりもはるかに若く見えるものが多い。そういう特性がある。この特性を特に引き継いでいる彼女はいうまでもない。
そのため京太郎のように先輩扱いしてくれるものはまずいない。年齢を伝えても信じてもらえないことも多い。同じ教室にいても間違いだと思われることもある。だから普通にうれしかったのだ。
挨拶が終わると、ハギヨシが京太郎と天江衣にこういった。
「では、お嬢様のところに向かいましょうか。別館でしょうか?」
天江衣はうなずいた。
「撮りだめしていた番組を見ているはずだ」
ハギヨシはこういった。
「なるほど、わかりました。では、向かいましょうか。お二人ともついてきてください」
車から降りた京太郎は背伸びをした。背伸びをしたときに体がパキパキと音を鳴らした。
体を伸ばしているときに京太郎は綺麗なメイドさんを見つけた。大きく目を見開いて、非常に京太郎は集中していた。
というのもメイドさんという都市伝説なみに珍しい存在をこの目で見る日が来るとは思っていなかったからである。そして龍門渕にはメイドさんがいるのかといって感動していた。
それにくわえて、京太郎が見つけた綺麗なメイドさんというのが、非常に綺麗だったのだ。モデルのような長身で、顔も整っていた。髪型も綺麗にまとまっていて、お手本そのままのメイドさんだった。
年齢が二十五歳かそのあたりで、ロングスカートのメイド服に着られていない。よく着こなしてあった。
京太郎がメイドさんに驚いていると、小さな子供が現れた。。ずいぶん背が低かった。金髪で、髪が非常に長かった。頭に赤くて大きなリボンをつけている。しかしどうにもリボンと会わないジャージを着ていた。しかも上下ジャージである。
急いで走って車に向かってきているのだけれども、歩幅が狭いせいで一生懸命走ってもまったく走っていないように見えた。
京太郎が何事だろうかと見ていると、車から降りてきたハギヨシに小さな子供が飛び込んできた。
「ハギヨシィ! アンヘルとソックがぁ!」
アンヘルとソックという何者かに、何かされたらしかった。かなり悔しそうな顔をして、膨れている。
小さな子供が何か文句を言っているのを聞いてハギヨシは困ったような顔をしていた。アンヘルとソックと呼ばれている何者かに覚えがあり、また、この小さな子供がどういう目にあったのかというのが、大体予想がついているからである。
また、ハギヨシが困っているのと同じに京太郎の顔色は悪くなっていた。完全に遠いところに視線が泳いでいた。アンヘルとソックという名前をよく知っていたからだ。自分の仲魔である。
文句を言っている小さな子供にハギヨシが聞いた。
「アンヘルさんとソックさんがどうしました? 衣様」
ハギヨシがたずねると小さな子供、天江衣がこういった。
「ド○ポンでぼこぼこにされたぁ! 衣も一もがんばったのに、ぜんぜんだめだった! あいつら大人げなさ過ぎる! やりこんで来やがった!
真白はどこだ! あいつも巻き込んでやる!」
天江衣が続けてハギヨシに愚痴るのをききながら京太郎はあさっての方向を見つめていた。右手はキリキリと痛む腹に当てていた。
自分の仲魔が龍門渕の関係者と仲良くやっているのは知っていたが、友情破壊ゲームを持ち込んでいるとはまったく思わなかったのだ。というか小学校低学年にしか見えない天江衣をゲームでぼこぼこにするのは大人気なさ過ぎるとしか思わなかった。
真白も巻き込んでやるといって意気込んでいる天江衣にハギヨシが答えた。
「いないみたいですね。多分、用事ができたのでしょう。先ほどまでそこにいたのですが」
このときに、今まで京太郎が見ていたところにハギヨシの目線が動いていた。しかしハギヨシが見たところにはもう誰もいなかった。影も形もない。
愚痴を言っていた天江衣も落ち着いてきた。そしてやっと京太郎に挨拶をした。
「天江衣だ。アンヘルとソックの主、須賀京太郎だな。見苦しいところを見せてすまなかった。気軽に衣さんと呼んでくれ。後、一応言っておくが、高校二年生だ。よろしくな」
上下ジャージ姿であるが、非常に洗練された礼をとっていた。先ほどの醜態は、たまたま起きたことである。アンヘルとソックの作戦が腹立たしかったために、正気を失っていただけだ。いったん落ち着けば、年相応の行動をとれるのだ。
天江衣の自己紹介を受けた京太郎は三拍ほど置いてから自己紹介をした。
「須賀京太郎です。高校一年です。須賀でも、京太郎でも呼びやすいように呼んでください。衣さん。衣先輩のほうがいいでしょうか。」
ほんの少しだけ、目の前の現実が受け入れられなかった。しかし、切り替えが早かった。体から稲妻を出す人間だとか、髪の毛が灰色になる人間がいるのだ。天江衣のような人もいるだろうと受け入れた京太郎は、実に普通の自己紹介をした。
京太郎の自己紹介を受けた天江衣は少しはねるようなしぐさをした。そしてこういった。
「衣さんでいいぞ」
実にうれしそうである。頭のリボンがウサギの耳のように弾んでいた。自己紹介だけで機嫌がよくなるというのも変な話である。
しかし、なかなか年相応の対応をとってもらえない彼女はこういう対応がうれしいのだ。
というのが、もともと彼女の血族は実年齢よりもはるかに若く見えるものが多い。そういう特性がある。この特性を特に引き継いでいる彼女はいうまでもない。
そのため京太郎のように先輩扱いしてくれるものはまずいない。年齢を伝えても信じてもらえないことも多い。同じ教室にいても間違いだと思われることもある。だから普通にうれしかったのだ。
挨拶が終わると、ハギヨシが京太郎と天江衣にこういった。
「では、お嬢様のところに向かいましょうか。別館でしょうか?」
天江衣はうなずいた。
「撮りだめしていた番組を見ているはずだ」
ハギヨシはこういった。
「なるほど、わかりました。では、向かいましょうか。お二人ともついてきてください」
19: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:03:53.06 ID:w4MVYybr0
ハギヨシの案内で屋敷の中を進んでいるとき何人かお手伝いさんとすれ違った。先ほど見かけた若いお姉さんから、かなりいかついおじいさんまでいろいろと働いていて、年齢層はばらばらである。
時々京太郎が見つけたメイドさんと同じようなメイド服を着ている人もいて、服装もバリエーション豊富だった。
いろいろな人とすれ違っていくなか盛大に携帯電話を鳴らすものがいた。携帯のアラームというよりは警告音のような音だった。非常に静かな屋敷の中で警告音はよく響いた。それが一度なり、そしてすぐに二度目がなった。
警告音を鳴らしたのは携帯電話だった。その携帯電話は、メイド服を着た女の子の持ち物であった。
鳴らしてしまったメイドさんはごそごそとポケットの中をあわてて探っていた。あわてて動いているため長い黒髪がゆらゆらゆれてすごかった。
携帯電話を盛大に鳴らしているメイドを見て衣がこういった。
「ともきー、仕事中は電源を切っておくように言われたろうに」
怒っているのではない。これからメイドの少女に待ち受けているだろう運命を思い、哀れんでいた。仕事中に携帯電話を鳴らすというのがそもそもまずい。携帯電話を持つのならばせめてマナーモードである。
しかし、携帯電話を鳴らしたから、かわいそうなことになるのではない。同僚たちなら、注意するくらいで終わりだろう。問題なのは、ハギヨシの前で盛大に鳴らしたことである。彼女、沢村智紀は何度か失敗しているのだ。そしてそのたびに注意を受けている。注意をしたのはハギヨシである。
二度目の警告音を鳴らしている携帯電話をとめようと沢村智紀はあわてていた。あわてているせいで使い慣れているはずの携帯電話を上手く操りきれていなかった。そしてやっとで携帯電話の電源を落とした。
その様子を見たハギヨシがこういった。
「申し訳ないです、お客様の前で」
口調こそ柔らかいが、怒っているのがよくわかる。先ほどまではやさしげだったハギヨシの目が鋭くなっているのだ。ハギヨシはそれほど怒りやすいタイプの人間ではない。どちらかといえば寛容な人間である。しかし、再三の忠告を受けても携帯電話を持ち歩くようなまねをするメイドには教育が必要だと判断したのだ。
京太郎はこう返した。
「いえ、気にしないでください」
声が若干震えていた。ハギヨシの怒りのオーラというのがずいぶん恐ろしかったのだ。
携帯電話を鳴らしてしまった沢村智紀に一言つぶやいてから、京太郎と衣をつれてハギヨシは案内を続けた。
何をつぶやいたのか京太郎はわからない。しかし、沢村智紀の顔色からよくないことが起きたと予想をつけるのは簡単だった。
京太郎の近くにいた、天江衣が、京太郎にこっそり教えてくれた。
「何、心配することはない。一週間ほど電子機械と接触するな、くらいの程度の低い罰だろう。もっとも、ともきーにとっては地獄かもしれないがな。中毒から脱するにはいい機会だ」
それを聞くと京太郎は少し心が軽くなった。
ハギヨシの案内で天江衣が暮らしている別館にたどり着いた。京太郎の感覚からすると大きな屋敷にしか見えないが、お金持ち感覚で言えば、別館なのだろう。また、京太郎は別館を見てこんな印象を持った。
「よく、守られている」
しかし、声には出さなかった。人の事情をいちいち詮索する理由がないからだ。
玄関扉の前で衣がこういった。
「ここが私の住み家ということになっている。少々大きいがな。本当なら客室に案内するところだが、透華はいまここにいる。京太郎の仲魔の二人もな」
衣は精一杯背伸びをして扉を開いた。
そして京太郎にこういった。
「ようこそ龍門渕へ。京太郎」
別館に誘う衣は実に格好がよかった。上下ジャージ姿であったが、迫力がある。ハギヨシほどではないが、なかなかの圧力であった。しかし天江衣は別に京太郎を怖がらせたいなどと思っていない。自分の住み家に招待しているのだから、格好をつけておかないといけないと思っただけのことである。お客さまなのは間違いないのだから。
扉を開いて、その先に三人は進んでいった。そして、リビングの扉を開いた。扉を開くのと同時に、三人は固まった。
衣が扉を開いた向こう側には、実に混沌とした光景が広がっていたのだ。まず、ごちゃごちゃとしすぎだった。テレビゲーム機だとか、漫画の本が出しっぱなしになっている。またお菓子の袋だとか、ジュースのペットボトルもそのまままだ。掃除をする必要があるだろう。
そして姿勢というのがあまりよくない人がちらほらといる。たとえばメイド服を着た少女、国広一が上下ジャージ姿のアンヘルとトランプで遊んでいた。床に直接座って遊んでいるのだ。もちろんフローリングであるから、問題はないのだ。ただ、胡坐をかいていたり、微妙に寝転がっているような姿勢になっていたりするので、あまりよろしくなかった。
大きなテレビの前には二人の少女が陣取っていた。一人は金髪の少女。もう一人は黒髪のソックである。二人とも床に直接座り、だらけていた。黒髪のソックは上下ジャージ姿でアンヘルとおそろいだった。
ソックと同じようにテレビの前で陣取っている金髪で長い髪の少女はワンピースのような服を着ている。どこかのブランド物だろう。街中でならば人目を引くに違いない。しかしおかしなすわり方をしているのでワンピースのすそがめくれあがって台無しになっていた。
二人が見ているのは毎週日曜日に放送されている「アトラス戦隊ヒーロジャー」という番組、その先週分を録画したものである。
なかなかの話題作である。特にヒーロー物のお約束を破っているので話題になっていた。巨大ロボットというのが出てこないのだ。ロボットに当たるものはいるのだけれどもロボではない。メカメカしくないのだ。
一応、合体ロボットにあたるものというのがある。主人公の相棒たちが変形し融合に近い形で合体し、禍々しい巨人となるのだ。そしてこの巨人がロボの代わりにに巨大な怪物と戦うのである。最近の映像技術はすごいなと感心するできばえである。
それが思いのほか好評で、小さな子供たちの心をがっちりとつかんでいた。
しかし不思議なことでテレビ局にに苦情が入っているらしく完走が危ぶまれていた。
20: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:08:31.82 ID:w4MVYybr0
実に混沌とした光景を見てハギヨシの眉間に深いしわができた。完全に怒っていた。
またほとんど同時に京太郎の眉間に深いしわが寄っていた。怒っていたわけではない。ハギヨシの怒りのオーラが炸裂することを思い、心を痛めたのである。
ハギヨシが現れたことでやや騒がしくなったのだがそれも落ち着いて、金髪の長い髪の少女、龍門渕透華が京太郎に挨拶をした。
「まずは自己紹介から。
はじめまして須賀京太郎さん。私は龍門渕透華、ヤタガラス龍門渕支部の使者をまかされています。
そしてお礼を言わせてくださいませ。あなたが連れ戻してくれた龍門渕硯(すずり)は私の従姉弟。
あなたの勇気がなければ私たちは一族の一人を失うところでしたわ。本当に、ありがとうございます」
京太郎は御礼を受けてこう返した。
「いえ、俺は本当にたいしたことはしていませんから。俺の仲魔とライドウさんがいなかったらどうなっていたか。
あと、須賀京太郎です。須賀でも京太郎でも呼びやすいように呼んでください。龍門渕さん」
落ち着いているように見える京太郎であった。しかし内心驚いていた。先ほどまで床に寝転がってくつろいでいた少女と同じ人物だとは思えない変わり身だった。
京太郎が応えてすぐのことだった。龍門渕透華がこういった。
「まぁ、謙虚なこと。しかし、パーティーは派手にやらせてもらいますわよ。もう聞いてますわよねパーティーについて」
京太郎はうなずいた。
「はい、一応軽くは」
京太郎がこたえると龍門渕透華はこういった。
「そうですか、それはよかったです。葛葉一族の行方不明者たちが見つかった祝いの席ということになっていますが、実際のところはあなたに報いるために開いているのですよ。わかりにくくていやですわ」
京太郎が少し困った。何の話かさっぱりわからなかったのだ。
そのときハギヨシが耳打ちをした。
「建前が邪魔をしているのですよ。
そこそこ権力と力があるのに自分の家族を自力で取り戻せなかった人たちが多いですからね。
ヤタガラスでもなければサマナーでもない一般人に先を越されて、悔しくてしょうがないのです。情報を規制して一応は十四代目が仕事をしたということになっていますが、情報は漏れるものでしょう?
そもそも十四代目の仕事であれば情報規制する必要がないのに、規制をしているわけですから、少し考えればわかるでしょうね。
まぁ、なににしても感謝はしている。これは間違いない。しかし、素直になれない。
だから、建前と本音を分けて動いているわけです。このパーティーは無事に戻ってこれたことを普通に祝っている人たちと、須賀くんに会いたいと思っている人たちで分かれているわけです。
私が車の中で話したことを覚えていますよね? あれですよ。
龍門渕は運がよかったと思いますよ。あなたと接触できて直接交渉できるわけですから。十四代目が接触と情報を縛っていなければ、熊倉先生あたりは病室に乗り込んできていたでしょうね。
いろいろと面倒なことになってはいますが、須賀くんが配慮する必要はありません。そういうものだと思って気にしないでください」
京太郎は小さくうなずいた。大雑把にだが理解したのだ。京太郎は心の中でこんな風に受け取っていた。
「警察官が一般人に助けられて恥ずかしいみたいな話か?」
京太郎とハギヨシがこそこそとしているところで龍門渕透華がこういった。
「準備期間が短かったので派手さにかけますが、取っておきのイベントを考えています。楽しみにしておいてくださいな京太郎さん。
ねっ、ハギヨシ?」
パーティーが始まるまで一時間ほど余裕があった。ということで天江衣の別館でゲームでもするかという話になった。天江衣がこういったのだ。
「リベンジだ! やられっぱなしでやめられるか! 京太郎の前でぼろぼろにしてやろう!」
天江衣のリベンジ宣言に、アンヘルとソックがいやらしい笑みを浮かべた。そしてアンヘルがこういった。
「リベンジはいいですけど、良いんですか? 私たちは別に、麻雀でもかまいませんよ? 何ならトランプでも将棋でもチェスでも。
機械任せのテレビゲームなら衣ちゃんも封殺できてしまいますからね、退屈してしまいますぅ」
わかりやすい挑発だった。
アンヘルの挑発に天江衣が答えた。
「侮るなよアンヘル。天江衣は成長するのだ!」
天江衣は実にいい顔をしていた。ジャージ姿でなければ、格好がついただろう。
威勢のいいことを言いながら天江衣とアンヘルとソックがゲームの準備をしていると背の高いメイドさんが走りこんできた。ずいぶん急いだらしい、息が切れていた。
またほとんど同時に京太郎の眉間に深いしわが寄っていた。怒っていたわけではない。ハギヨシの怒りのオーラが炸裂することを思い、心を痛めたのである。
ハギヨシが現れたことでやや騒がしくなったのだがそれも落ち着いて、金髪の長い髪の少女、龍門渕透華が京太郎に挨拶をした。
「まずは自己紹介から。
はじめまして須賀京太郎さん。私は龍門渕透華、ヤタガラス龍門渕支部の使者をまかされています。
そしてお礼を言わせてくださいませ。あなたが連れ戻してくれた龍門渕硯(すずり)は私の従姉弟。
あなたの勇気がなければ私たちは一族の一人を失うところでしたわ。本当に、ありがとうございます」
京太郎は御礼を受けてこう返した。
「いえ、俺は本当にたいしたことはしていませんから。俺の仲魔とライドウさんがいなかったらどうなっていたか。
あと、須賀京太郎です。須賀でも京太郎でも呼びやすいように呼んでください。龍門渕さん」
落ち着いているように見える京太郎であった。しかし内心驚いていた。先ほどまで床に寝転がってくつろいでいた少女と同じ人物だとは思えない変わり身だった。
京太郎が応えてすぐのことだった。龍門渕透華がこういった。
「まぁ、謙虚なこと。しかし、パーティーは派手にやらせてもらいますわよ。もう聞いてますわよねパーティーについて」
京太郎はうなずいた。
「はい、一応軽くは」
京太郎がこたえると龍門渕透華はこういった。
「そうですか、それはよかったです。葛葉一族の行方不明者たちが見つかった祝いの席ということになっていますが、実際のところはあなたに報いるために開いているのですよ。わかりにくくていやですわ」
京太郎が少し困った。何の話かさっぱりわからなかったのだ。
そのときハギヨシが耳打ちをした。
「建前が邪魔をしているのですよ。
そこそこ権力と力があるのに自分の家族を自力で取り戻せなかった人たちが多いですからね。
ヤタガラスでもなければサマナーでもない一般人に先を越されて、悔しくてしょうがないのです。情報を規制して一応は十四代目が仕事をしたということになっていますが、情報は漏れるものでしょう?
そもそも十四代目の仕事であれば情報規制する必要がないのに、規制をしているわけですから、少し考えればわかるでしょうね。
まぁ、なににしても感謝はしている。これは間違いない。しかし、素直になれない。
だから、建前と本音を分けて動いているわけです。このパーティーは無事に戻ってこれたことを普通に祝っている人たちと、須賀くんに会いたいと思っている人たちで分かれているわけです。
私が車の中で話したことを覚えていますよね? あれですよ。
龍門渕は運がよかったと思いますよ。あなたと接触できて直接交渉できるわけですから。十四代目が接触と情報を縛っていなければ、熊倉先生あたりは病室に乗り込んできていたでしょうね。
いろいろと面倒なことになってはいますが、須賀くんが配慮する必要はありません。そういうものだと思って気にしないでください」
京太郎は小さくうなずいた。大雑把にだが理解したのだ。京太郎は心の中でこんな風に受け取っていた。
「警察官が一般人に助けられて恥ずかしいみたいな話か?」
京太郎とハギヨシがこそこそとしているところで龍門渕透華がこういった。
「準備期間が短かったので派手さにかけますが、取っておきのイベントを考えています。楽しみにしておいてくださいな京太郎さん。
ねっ、ハギヨシ?」
パーティーが始まるまで一時間ほど余裕があった。ということで天江衣の別館でゲームでもするかという話になった。天江衣がこういったのだ。
「リベンジだ! やられっぱなしでやめられるか! 京太郎の前でぼろぼろにしてやろう!」
天江衣のリベンジ宣言に、アンヘルとソックがいやらしい笑みを浮かべた。そしてアンヘルがこういった。
「リベンジはいいですけど、良いんですか? 私たちは別に、麻雀でもかまいませんよ? 何ならトランプでも将棋でもチェスでも。
機械任せのテレビゲームなら衣ちゃんも封殺できてしまいますからね、退屈してしまいますぅ」
わかりやすい挑発だった。
アンヘルの挑発に天江衣が答えた。
「侮るなよアンヘル。天江衣は成長するのだ!」
天江衣は実にいい顔をしていた。ジャージ姿でなければ、格好がついただろう。
威勢のいいことを言いながら天江衣とアンヘルとソックがゲームの準備をしていると背の高いメイドさんが走りこんできた。ずいぶん急いだらしい、息が切れていた。
21: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:13:14.67 ID:w4MVYybr0
息を切らせているメイドさんにハギヨシが声をかけた。
「どうしました、井上さん」
散らかった部屋を片付けながらハギヨシがきいた。
ハギヨシの問いかけにメイド、井上純が答えた。
「クロマグロが届かないって。道が急に変わって、今の戦力じゃ、抜けられないってさ。一応センターまでは来ているみたいだけどそれ以上が無理くさいらしい」
息を整えてから、一気に伝えた。
この知らせを聞いて一番変化が大きかったのは龍門渕透華だった。ゲーム機のコントローラーを落としてしまっていた。
そしてぶつぶつとつぶやき始めた。
「まさか、嘘でしょう? こんなことがあっていいわけがない。クロマグロの活け造り計画が失敗? そんな馬鹿な。
ド派手なパーティー計画が、おじゃん? 普通のパーティーを開くの? この私が? この龍門渕透華が?」
青ざめている龍門渕透華を尻目に井上純にハギヨシは指示を出した。
「それなら、仕方がありませんね。普通にやりましょう。なくとも問題ありません。
無理にやる必要はないでしょう。クロマグロは後で普通の食材として使えばいいだけです」
ハギヨシの判断を聞いてメイドの井上純はうなずいた。別にクロマグロの活け作り何ぞせずとも、まともなパーティーが開けると知っているのだ。
メイドの井上が出て行こうとしたところで龍門渕透華がこういった。
「ちょ、ちょっと待って! ハギヨシ、あなたがディーさんといっしょにいけば間に合うのではなくて? ディーさんならセンターまで一時間とかからないはず。パーティーにも間に合う!」
少し顔色がよくなっていた。自分の考えが、窮地を切り抜ける作戦となると信じているのだ。
透華の提案を受けたハギヨシがこう返した。
「だめです。確かに間に合いますが、ほかの準備ができなくなりますよ。全体を完成させるのが先です」
もともとクロマグロの活け作りに否定的だったハギヨシは非常に冷えた対応をしていた。そもそも活け作りをつくるのはハギヨシなのだ。面倒が多いのは勘弁してもらいたかった。
透華がこう返した。
「なら、ディーさんだけでも」
ハギヨシがこう返した。
「ディーだけだと道を使えません。ヤタガラスの幹部関係者がルールを破るのはだめです。それに私もディーもヤタガラスに嫌われていますから余計に難しいでしょう。
痛くもない腹をつつかれるのは勘弁してもらいたいです」
龍門渕透華は黙り込んでしまった。ハギヨシがどうやっても譲らないのがわかったからだ。そして、自分が無理を言っているのもわかっていたので、それ以上騒ごうとしなかった。
話が終わったところで京太郎がこういった。
「俺が行きましょうか?」
かなり軽い口調だった。困っているし、手伝いができるのならそれでいいじゃないかと考えたのだ。それに暇もつぶせるかもしれない。
京太郎が提案すると龍門渕透華の顔色がものすごくよくなった。しかしすぐにしおれた。透華はこういった。
「だめです。パーティーの主役にそんなまねをさせるのは駄目です」
龍門渕透華が小さくなってしまったところで男性の声が聞こえてきた。ずいぶん陽気な声だった。
「どうやら、困ってるみたいだな。どうしたの?」
京太郎を龍門渕につれてきた運転手だった。はっきりと顔を見るのはこれがはじめてだった。見たところ三十台手前、身長は京太郎とハギヨシとそれほど変わらなかった。ただ、ハギヨシのように線の細い感じではなく、荒々しい感じがあった。
ハギヨシが簡単に事情を説明すると、運転手はこういった。
「なぁ須賀くん、確か漫画の最新刊がほしいって話じゃなかったか?」
京太郎がうなずいた。
「はい、ちょうど今日が発売日なので」
運転手がこういった。
「なら、センターで買えばいいさ。センターにはいろいろなものがある。マニアックな漫画の新作ももちろんおいてあるだろう。須賀くんが買い物をしている間に業者から品物を俺が受け取る。
須賀くんはほしいものを手に入れて、俺たちもクロマグロをゲットできる。それで丸く収まるんじゃないか?どうよ、ハギちゃん」
22: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:18:40.44 ID:w4MVYybr0
自分のこめかみを人差し指で押さえながらハギヨシはこういった。
「わかりました。京太郎君とディーがかまわないというのならばそれでいいでしょう。
しかし、京太郎君の力が向こうで通用するか、はからせてもらいます。もしも駄目そうなら、この話はなかったことにします。
あなたがついていても危険なものは危険ですからね。最低限の力がないと許可は出せません。これは譲りませんよ。いいですねディー。お嬢様も」
ハギヨシにつれられて京太郎たちは中庭に移動していた。中庭に到着したところで、京太郎はずいぶん驚いていた。案内された中庭がとんでもなく大きかったのだ。小学校のグラウンドほどの大きさがある。お金持ちだとは思っていたけれども、ここまでぶっ飛んでいるとは思ってもいなかったのだ。
京太郎たちの移動が完了したところでハギヨシがこういった。
「では沢村さん、出てきてください」
ハギヨシの呼びかけに応じて、中庭にメイド服を着た沢村智紀が現れた。彼女は片手に携帯電話をもっていた。興奮しているらしく青白い肌が赤くほてっていた。
何が始まるのかと京太郎が困っていると、ハギヨシがこういった。
「これから彼女が悪魔を呼び出しますから須賀くんは呼び出された悪魔をたおして見せてください。その結果を見て、お使いにいけるかどうか判断させてもらいます。
ひとつ注意があります。サマナーに直接攻撃をするのはやめてください。これは殺し合いではなく、試験です。
では、はじめてください」
ハギヨシの合図を受けた京太郎は、まず待った。沢村智紀とは二十メートルほど離れている。距離を縮めないのはおかしなところかもしれない。
しかし直接サマナーを攻撃してはいけないという話なのだから、動けない。彼女はまだ仲魔を呼んでいないのだ。
直接攻撃がだめだということなのだから、待たなければならないだろう。当然だが、魔法もだろうし、足元にある小石を投げつけるのもだめだ。
京太郎が待っている間に、沢村智紀が携帯電話を操作して仲魔を呼び出した。
一体だけ呼び出された悪魔はとんでもなく長い髪の毛を三つ編みにしていた。大きくて長い三つ編みがひざまで届いていた。
服装はどこにでもあるティーシャツとジーパン姿だ。現代日本の女性に見える。年は多く見積もっても二十あたり。沢村智紀がこの仲魔を呼び出したのは、彼女が呼び出せる一番強い仲魔だったからだ。
また、京太郎のレベルがはるかに自分から劣ったものであるという考えから、この一体のみで十分だろうと判断した。
呼び出された悪魔を京太郎はじっと見つめていた。人間のように見えるけれども、人間ではない奇妙な雰囲気があった。自分よりもはるか格上が現れているはずなのに、京太郎にはまったく恐れがなかった。
そして不愉快というのもなかった。手伝いを申し出たというのに、面倒くさい試練を行わなくてはならないのに、むしろ楽しそうだった。京太郎は妙に高揚していた。
この様子を見て龍門渕透華は引きつっていた。そしてこういった。
「少し、やりすぎじゃないかしら。京太郎さんは確かレベル二十。実力としては下の中あたりのはず。
魔人になってしまったとは聞いていますけど修行を積んだヨモツシコメを倒せるほどの特殊技能は持っていないでしょう」
龍門渕透華にメイド服を着た井上純が答えた。
「携帯の電源をいれっぱなしにしていた罰を帳消しにしてもらえるかも知れないってんで本気出してんだろ」
京太郎の前に現れた強力な悪魔ヨモツシコメをみてもアンヘルとソックは動じていなかった。試練の結果がどうなるかというのを気にしているだけであった。龍門渕透華と井上純が心配しているレベルという概念について深く考えていないのだ。
まったくあわてもしないアンヘルとソックを見て天江衣は質問を二人に飛ばした。
「アンヘルとソックは参加しないのか? 主が心配ではないのか?
いくら魔人とはいえ鍛えられたヨモツシコメを押し返せるほどのレベルにはなかったはずだぞ?
マグネタイト保有量ならおそらくこの場の誰よりも、おそらく召還されたヨモツシコメよりも、少ないはずだ」
天江衣は京太郎をサマナーだと思っている。純粋に京太郎の心配をしているのだ。
サマナーの実力というのはどれだけ強い悪魔を味方につけているのかで決まってくる。強い悪魔が味方であれば、それだけでサマナーは強いのだ。なのに京太郎は仲魔アンヘルとソックを戦いに使う気配がない。
天江衣たちは京太郎が行方不明者を連れ戻ったとは聞いている。しかしその仕事ぶりというのはアンヘルとソックの力があってこそだと思い込んでいた。
アンヘルとソックが敵を蹴散らし、京太郎はマグネタイトを提供したのだろうと。だから、京太郎が当たり前のように前線に出て、一人で戦おうとしているのはおかしなことだった。
だから、龍門渕透華があわてたり、天江衣が心配したりすることになるのだ。魔人になったといっても、それだけだろうと。
「わかりました。京太郎君とディーがかまわないというのならばそれでいいでしょう。
しかし、京太郎君の力が向こうで通用するか、はからせてもらいます。もしも駄目そうなら、この話はなかったことにします。
あなたがついていても危険なものは危険ですからね。最低限の力がないと許可は出せません。これは譲りませんよ。いいですねディー。お嬢様も」
ハギヨシにつれられて京太郎たちは中庭に移動していた。中庭に到着したところで、京太郎はずいぶん驚いていた。案内された中庭がとんでもなく大きかったのだ。小学校のグラウンドほどの大きさがある。お金持ちだとは思っていたけれども、ここまでぶっ飛んでいるとは思ってもいなかったのだ。
京太郎たちの移動が完了したところでハギヨシがこういった。
「では沢村さん、出てきてください」
ハギヨシの呼びかけに応じて、中庭にメイド服を着た沢村智紀が現れた。彼女は片手に携帯電話をもっていた。興奮しているらしく青白い肌が赤くほてっていた。
何が始まるのかと京太郎が困っていると、ハギヨシがこういった。
「これから彼女が悪魔を呼び出しますから須賀くんは呼び出された悪魔をたおして見せてください。その結果を見て、お使いにいけるかどうか判断させてもらいます。
ひとつ注意があります。サマナーに直接攻撃をするのはやめてください。これは殺し合いではなく、試験です。
では、はじめてください」
ハギヨシの合図を受けた京太郎は、まず待った。沢村智紀とは二十メートルほど離れている。距離を縮めないのはおかしなところかもしれない。
しかし直接サマナーを攻撃してはいけないという話なのだから、動けない。彼女はまだ仲魔を呼んでいないのだ。
直接攻撃がだめだということなのだから、待たなければならないだろう。当然だが、魔法もだろうし、足元にある小石を投げつけるのもだめだ。
京太郎が待っている間に、沢村智紀が携帯電話を操作して仲魔を呼び出した。
一体だけ呼び出された悪魔はとんでもなく長い髪の毛を三つ編みにしていた。大きくて長い三つ編みがひざまで届いていた。
服装はどこにでもあるティーシャツとジーパン姿だ。現代日本の女性に見える。年は多く見積もっても二十あたり。沢村智紀がこの仲魔を呼び出したのは、彼女が呼び出せる一番強い仲魔だったからだ。
また、京太郎のレベルがはるかに自分から劣ったものであるという考えから、この一体のみで十分だろうと判断した。
呼び出された悪魔を京太郎はじっと見つめていた。人間のように見えるけれども、人間ではない奇妙な雰囲気があった。自分よりもはるか格上が現れているはずなのに、京太郎にはまったく恐れがなかった。
そして不愉快というのもなかった。手伝いを申し出たというのに、面倒くさい試練を行わなくてはならないのに、むしろ楽しそうだった。京太郎は妙に高揚していた。
この様子を見て龍門渕透華は引きつっていた。そしてこういった。
「少し、やりすぎじゃないかしら。京太郎さんは確かレベル二十。実力としては下の中あたりのはず。
魔人になってしまったとは聞いていますけど修行を積んだヨモツシコメを倒せるほどの特殊技能は持っていないでしょう」
龍門渕透華にメイド服を着た井上純が答えた。
「携帯の電源をいれっぱなしにしていた罰を帳消しにしてもらえるかも知れないってんで本気出してんだろ」
京太郎の前に現れた強力な悪魔ヨモツシコメをみてもアンヘルとソックは動じていなかった。試練の結果がどうなるかというのを気にしているだけであった。龍門渕透華と井上純が心配しているレベルという概念について深く考えていないのだ。
まったくあわてもしないアンヘルとソックを見て天江衣は質問を二人に飛ばした。
「アンヘルとソックは参加しないのか? 主が心配ではないのか?
いくら魔人とはいえ鍛えられたヨモツシコメを押し返せるほどのレベルにはなかったはずだぞ?
マグネタイト保有量ならおそらくこの場の誰よりも、おそらく召還されたヨモツシコメよりも、少ないはずだ」
天江衣は京太郎をサマナーだと思っている。純粋に京太郎の心配をしているのだ。
サマナーの実力というのはどれだけ強い悪魔を味方につけているのかで決まってくる。強い悪魔が味方であれば、それだけでサマナーは強いのだ。なのに京太郎は仲魔アンヘルとソックを戦いに使う気配がない。
天江衣たちは京太郎が行方不明者を連れ戻ったとは聞いている。しかしその仕事ぶりというのはアンヘルとソックの力があってこそだと思い込んでいた。
アンヘルとソックが敵を蹴散らし、京太郎はマグネタイトを提供したのだろうと。だから、京太郎が当たり前のように前線に出て、一人で戦おうとしているのはおかしなことだった。
だから、龍門渕透華があわてたり、天江衣が心配したりすることになるのだ。魔人になったといっても、それだけだろうと。
23: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:21:56.26 ID:w4MVYybr0
天江衣の質問にアンヘルが答えた。
「サマナーの作ったレベルなんてものさしは当てになりませんよ。真剣勝負の場でサイフの大きさと中身を気にするのは愚かです。
衣ちゃんの理屈だと、十四代目よりも衣ちゃんが強いことになりますよ?」
アンヘルはまったく動揺していない。アンヘルは自分の主人がどういう戦いをしてきたのかを知っている。そのため、京太郎と一緒に前線に出ようとはしないのだ。
戦いにおいて自分にできる最高の役割は足を引っ張らないように補助をすることと割り切っている。
そもそも龍門渕に招待されるきっかけになった事件も京太郎が前線に出て戦った結果である。ヨモツシコメの脅威などあの修羅場の連続を思い出せばたいしたことではない。
アンヘルが答え終わるとほとんど同時に、ソックがこういった。
「アンヘルよく見ておこうじゃないか。万全なマスターの戦いぶりを」
ずいぶんわくわくしていた。アンヘルもソックも万全の状態で京太郎が戦うところは一度も見ていないのだ。二人が見たのは消耗して、ぎりぎりのところで戦っている京太郎の姿ばかりである。
だから興味がある。余裕を持って力を出せる自分の主人の実力に。
京太郎が動き出そうとすると、大きな声をヨモツシコメが出した。
「ちょっと待って! 何事や!」
ヨモツシコメは京太郎に待てのジェスチャーをして、ハギヨシに視線を向けていた。沢村智紀の呼び出したヨモツシコメはまったく何がおきているのかがわからないのだ。呼ばれていきなり戦うという戦いのパターンというのももちろんある。しかし、今回はおかしかった。
特に、呼び出されたら不吉としか言いようのない存在が構えていたのだ。普通ならハギヨシが討伐するだろう存在である。
しかしハギヨシはただ見ているだけなのだからこれはおかしい。また、自分ひとりしか呼ばれていないというのもヨモツシコメには理解できなかったのだ。目の前の「あれ」を相手にするのなら自分ひとりではまったく手も足も出ないからだ。
ハギヨシが答える前にヨモツシコメのマスター沢村智紀が答えた。
「あなたには須賀くんのテストをしてもらいたい。もしもあなたが負ければ、私は一週間インターネット禁止になる。
絶対に勝ってほしい。私に一週間は長すぎる」
ずいぶん力がこもっていた。
まったく戦うつもりがなさそうなヨモツシコメを前にして、大きめの声で京太郎はこういった。
「あの、どうしましょうか?」
流石に準備ができていないところに不意打ちをかけるような外道ではなかった。二十メートルも離れているので大きな声を出さなくてはならないのが不便そうだった。
待ってくれというジェスチャーをしているヨモツシコメが答えた。
「サンキュー兄ちゃん、ちょっと作戦タイムや。ええか?
後、ハギヨシさんちょっとこっちへ」
京太郎はおとなしく後ろに下がった。目的はこれから向かうどこかに自分の力が足りているかどうかを判断してもらうことである。無理に戦いを始めてもしょうがないのだ。
京太郎が距離を開けると、ヨモツシコメがこういった。
「うちの引きこもりを殺すつもりかあんたは? あの子ホンマもんの魔人やんけ。
あと、マスターも油断しすぎやで。アナライズでもかけて楽勝やって思ったんかも知れんけど、サマナーの価値観ではかったらアカンやつやあれは。
魔人やってわかっとんのに、何でウチ一人だけやねん。全員呼びや。
あと、あんたはもう少し外にでぇよ、もやしになるぞ。
確認やけどハギヨシさん、うちらは何やってもええんか? 呼び出せるのは私だけか?」
かなり怒り気味のヨモツシコメだった。しかししょうがない話である。彼女にとってはマスターが殺されかけているようにしか見えなかったのだから。
ヨモツシコメが何を言っているのかいまいち理解できていない沢村智紀を置いて、ハギヨシが答えた。
「全戦力を使っていいですよ。一週間のインターネット禁止をかけているのに、ぬるい課題を私が出すわけがありません。
気合を入れてやりなさい」
ハギヨシはこういうとさっさと二人から離れた。
「サマナーの作ったレベルなんてものさしは当てになりませんよ。真剣勝負の場でサイフの大きさと中身を気にするのは愚かです。
衣ちゃんの理屈だと、十四代目よりも衣ちゃんが強いことになりますよ?」
アンヘルはまったく動揺していない。アンヘルは自分の主人がどういう戦いをしてきたのかを知っている。そのため、京太郎と一緒に前線に出ようとはしないのだ。
戦いにおいて自分にできる最高の役割は足を引っ張らないように補助をすることと割り切っている。
そもそも龍門渕に招待されるきっかけになった事件も京太郎が前線に出て戦った結果である。ヨモツシコメの脅威などあの修羅場の連続を思い出せばたいしたことではない。
アンヘルが答え終わるとほとんど同時に、ソックがこういった。
「アンヘルよく見ておこうじゃないか。万全なマスターの戦いぶりを」
ずいぶんわくわくしていた。アンヘルもソックも万全の状態で京太郎が戦うところは一度も見ていないのだ。二人が見たのは消耗して、ぎりぎりのところで戦っている京太郎の姿ばかりである。
だから興味がある。余裕を持って力を出せる自分の主人の実力に。
京太郎が動き出そうとすると、大きな声をヨモツシコメが出した。
「ちょっと待って! 何事や!」
ヨモツシコメは京太郎に待てのジェスチャーをして、ハギヨシに視線を向けていた。沢村智紀の呼び出したヨモツシコメはまったく何がおきているのかがわからないのだ。呼ばれていきなり戦うという戦いのパターンというのももちろんある。しかし、今回はおかしかった。
特に、呼び出されたら不吉としか言いようのない存在が構えていたのだ。普通ならハギヨシが討伐するだろう存在である。
しかしハギヨシはただ見ているだけなのだからこれはおかしい。また、自分ひとりしか呼ばれていないというのもヨモツシコメには理解できなかったのだ。目の前の「あれ」を相手にするのなら自分ひとりではまったく手も足も出ないからだ。
ハギヨシが答える前にヨモツシコメのマスター沢村智紀が答えた。
「あなたには須賀くんのテストをしてもらいたい。もしもあなたが負ければ、私は一週間インターネット禁止になる。
絶対に勝ってほしい。私に一週間は長すぎる」
ずいぶん力がこもっていた。
まったく戦うつもりがなさそうなヨモツシコメを前にして、大きめの声で京太郎はこういった。
「あの、どうしましょうか?」
流石に準備ができていないところに不意打ちをかけるような外道ではなかった。二十メートルも離れているので大きな声を出さなくてはならないのが不便そうだった。
待ってくれというジェスチャーをしているヨモツシコメが答えた。
「サンキュー兄ちゃん、ちょっと作戦タイムや。ええか?
後、ハギヨシさんちょっとこっちへ」
京太郎はおとなしく後ろに下がった。目的はこれから向かうどこかに自分の力が足りているかどうかを判断してもらうことである。無理に戦いを始めてもしょうがないのだ。
京太郎が距離を開けると、ヨモツシコメがこういった。
「うちの引きこもりを殺すつもりかあんたは? あの子ホンマもんの魔人やんけ。
あと、マスターも油断しすぎやで。アナライズでもかけて楽勝やって思ったんかも知れんけど、サマナーの価値観ではかったらアカンやつやあれは。
魔人やってわかっとんのに、何でウチ一人だけやねん。全員呼びや。
あと、あんたはもう少し外にでぇよ、もやしになるぞ。
確認やけどハギヨシさん、うちらは何やってもええんか? 呼び出せるのは私だけか?」
かなり怒り気味のヨモツシコメだった。しかししょうがない話である。彼女にとってはマスターが殺されかけているようにしか見えなかったのだから。
ヨモツシコメが何を言っているのかいまいち理解できていない沢村智紀を置いて、ハギヨシが答えた。
「全戦力を使っていいですよ。一週間のインターネット禁止をかけているのに、ぬるい課題を私が出すわけがありません。
気合を入れてやりなさい」
ハギヨシはこういうとさっさと二人から離れた。
24: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:25:58.85 ID:w4MVYybr0
ハギヨシが離れていくと、ヨモツシコメはこういった。
「マスター、全部だしぃな、あんたの呼べるヨモツイクサ五十体。戦い終わったら動けなくなっていてもいいくらいの気持ちでやらんとまけるで」
ヨモツシコメは整った顔をしかめていた。そして心の底から忠告していた。
ヨモツシコメは魔人という存在が侮れないものであるというのを常識として知っているのだ。
そのためマグネタイトの総量で強さをはかれると思っている自分のマスターに敗北が待ち構えていると知らせているのだ。
確かに、悪魔たちはマグネタイトをたくさん持っているものほど強い。これは間違いない。マグネタイトが悪魔の肉体そのものなのだ。多く持っているものほど肉体は大きく強くなる。
しかし、魔人は違う。人の性質と悪魔の性質を持っているのだ。マグネタイトの総量が少ないから弱いという話にはならない。そもそも大量のマグネタイトを持っている悪魔であっても少量のマグネタイトしか持たない人間に敗北するのだ。油断などすれば、どうなるかなどいうまでもないだろう。
ヨモツシコメがこういうと、沢村智紀はこういった。
「えっ? でも、そんなことしたら」
余力がなくなり動けなくなる、と沢村智紀は続けようとした。
しかしそうもいっていられないようになった。彼女はおとなしく、契約している仲魔の全部を呼び出した。総勢五十一体。ヨモツシコメが率いるヨモツイクサの軍勢である。ヨモツイクサはふんどし一丁の筋骨隆々の男たちである。
またヨモツイクサたちはかぶり笠(かさ)をかぶっている。昔話のかさ地蔵でおじいさんがお地蔵様にかぶせたものと同じタイプである。
ただ、今回の笠の下にお地蔵様のやさしい微笑みはなく、むき出しの頭蓋骨があるだけである。
ヨモツシコメが軽く右手を上げると、五十体のヨモツイクサはヨモツシコメを守るように隊列を組み始めた。ちょうど、サマナー沢村智紀とヨモツシコメを中心にして、輪を作るような形である。高いところから見るとドーナッツのような形である。
この形を作ったヨモツイクサたちはマグネタイトで槍を作り出して、京太郎に突きつけて見せた。
ヨモツイクサを展開した沢村智紀は非常に不本意そうだった。しかししょうがない。沢村智紀が文句を言おうとするとヨモツシコメが尻をたたいてくるのだから。
しかしこれで大丈夫だという安心感が沢村智紀の表情から見て取れる。これだけの軍勢、京太郎が抜けるわけがないのだから。
数をそろえて上手く立ち回れば上級悪魔さえ討ち取ることができるのだ。ならば当然、京太郎を討ち取ることができるだろう。多く見積もってもマグネタイトの総量はレベル二十程度。
「目覚めたばかりの魔人など、たやすく退けられる。たとえサマナーたちが恐れる魔人という存在であっても、レベルの差は絶対だ」
そう思っていた。
沢村智紀の呼び出した悪魔の群れを前にした京太郎はちらりとハギヨシのほうをみた。これから戦うというのにずいぶん気弱な目をしていた。
京太郎はさっぱりどのタイミングで戦いを始めていいのかがわからないのだ。もしもスタートを読み間違えるようなことをしてしまえばどうなるか。
きっと、失敗扱いだろう。京太郎はそれがいやだった。やるのならしっかりとやりたかった。
そしてハギヨシと目が合ったところで京太郎はこういった。
「もういいですか?」
少し声が震えていた。恐れているわけではない。目の前にそろった悪魔の群れと悪魔たちの独特の空気が京太郎の胸を弾ませているのだ。この震えは、武者震いである。
ハギヨシは京太郎に答えた。
「もちろん、どうぞ」
実にやさしげな微笑を浮かべてあった。
京太郎とハギヨシのやり取りを見た龍門渕の面々はやや気の抜けた笑みを浮かべた。
龍門渕透華も井上純も沢村智紀も国広一も天江衣もこれからおきることが予想できているのだ。京太郎の敗北である。数の暴力で、京太郎が圧殺される。しかも京太郎よりも質のいい悪魔の軍勢で。
つまり勝負にならないと思っているのだ。
馬鹿にしているわけではないのだ。すくなくとも京太郎を笑っているわけではない。
あまりにも圧倒的な状況を見ると笑うしかないということがあるが、それと同じである。やる意味があるのだろうかというようなあきらめの感覚に違いない。
「マスター、全部だしぃな、あんたの呼べるヨモツイクサ五十体。戦い終わったら動けなくなっていてもいいくらいの気持ちでやらんとまけるで」
ヨモツシコメは整った顔をしかめていた。そして心の底から忠告していた。
ヨモツシコメは魔人という存在が侮れないものであるというのを常識として知っているのだ。
そのためマグネタイトの総量で強さをはかれると思っている自分のマスターに敗北が待ち構えていると知らせているのだ。
確かに、悪魔たちはマグネタイトをたくさん持っているものほど強い。これは間違いない。マグネタイトが悪魔の肉体そのものなのだ。多く持っているものほど肉体は大きく強くなる。
しかし、魔人は違う。人の性質と悪魔の性質を持っているのだ。マグネタイトの総量が少ないから弱いという話にはならない。そもそも大量のマグネタイトを持っている悪魔であっても少量のマグネタイトしか持たない人間に敗北するのだ。油断などすれば、どうなるかなどいうまでもないだろう。
ヨモツシコメがこういうと、沢村智紀はこういった。
「えっ? でも、そんなことしたら」
余力がなくなり動けなくなる、と沢村智紀は続けようとした。
しかしそうもいっていられないようになった。彼女はおとなしく、契約している仲魔の全部を呼び出した。総勢五十一体。ヨモツシコメが率いるヨモツイクサの軍勢である。ヨモツイクサはふんどし一丁の筋骨隆々の男たちである。
またヨモツイクサたちはかぶり笠(かさ)をかぶっている。昔話のかさ地蔵でおじいさんがお地蔵様にかぶせたものと同じタイプである。
ただ、今回の笠の下にお地蔵様のやさしい微笑みはなく、むき出しの頭蓋骨があるだけである。
ヨモツシコメが軽く右手を上げると、五十体のヨモツイクサはヨモツシコメを守るように隊列を組み始めた。ちょうど、サマナー沢村智紀とヨモツシコメを中心にして、輪を作るような形である。高いところから見るとドーナッツのような形である。
この形を作ったヨモツイクサたちはマグネタイトで槍を作り出して、京太郎に突きつけて見せた。
ヨモツイクサを展開した沢村智紀は非常に不本意そうだった。しかししょうがない。沢村智紀が文句を言おうとするとヨモツシコメが尻をたたいてくるのだから。
しかしこれで大丈夫だという安心感が沢村智紀の表情から見て取れる。これだけの軍勢、京太郎が抜けるわけがないのだから。
数をそろえて上手く立ち回れば上級悪魔さえ討ち取ることができるのだ。ならば当然、京太郎を討ち取ることができるだろう。多く見積もってもマグネタイトの総量はレベル二十程度。
「目覚めたばかりの魔人など、たやすく退けられる。たとえサマナーたちが恐れる魔人という存在であっても、レベルの差は絶対だ」
そう思っていた。
沢村智紀の呼び出した悪魔の群れを前にした京太郎はちらりとハギヨシのほうをみた。これから戦うというのにずいぶん気弱な目をしていた。
京太郎はさっぱりどのタイミングで戦いを始めていいのかがわからないのだ。もしもスタートを読み間違えるようなことをしてしまえばどうなるか。
きっと、失敗扱いだろう。京太郎はそれがいやだった。やるのならしっかりとやりたかった。
そしてハギヨシと目が合ったところで京太郎はこういった。
「もういいですか?」
少し声が震えていた。恐れているわけではない。目の前にそろった悪魔の群れと悪魔たちの独特の空気が京太郎の胸を弾ませているのだ。この震えは、武者震いである。
ハギヨシは京太郎に答えた。
「もちろん、どうぞ」
実にやさしげな微笑を浮かべてあった。
京太郎とハギヨシのやり取りを見た龍門渕の面々はやや気の抜けた笑みを浮かべた。
龍門渕透華も井上純も沢村智紀も国広一も天江衣もこれからおきることが予想できているのだ。京太郎の敗北である。数の暴力で、京太郎が圧殺される。しかも京太郎よりも質のいい悪魔の軍勢で。
つまり勝負にならないと思っているのだ。
馬鹿にしているわけではないのだ。すくなくとも京太郎を笑っているわけではない。
あまりにも圧倒的な状況を見ると笑うしかないということがあるが、それと同じである。やる意味があるのだろうかというようなあきらめの感覚に違いない。
25: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:30:02.74 ID:w4MVYybr0
しかし次の瞬間にはその笑みというのは消え去っていた。
一瞬の出来事である。ヨモツシコメが軍勢に命令を飛ばそうとした瞬間、ヨモツシコメの頭部が消滅したのだ。
頭部が消滅したヨモツシコメもヨモツイクサの軍勢もマスターである沢村智紀も、何があったのか理解できていない。
一方で少しはなれたところから、戦いを見ていたものたちは理解できた。
実に単純な理由でヨモツシコメの頭部は消滅していた。京太郎の攻撃である。
やり方は実に簡単だった。ヨモツイクサの群れを足場にして、一気に京太郎が間合いをつめたのだ。
そして頭上を駆け抜けてヨモツシコメの肩に右足で着地、勢いを殺さず、サッカーボールをけるごとく頭部をけりぬいた。
それだけである。大道芸じみたパフォーマンスを京太郎は披露したのだった。確かにこれだけでもすさまじいものがある。普通の身体能力ではできない行動だ。
しかし龍門渕の面々の言葉を失わせるにいたった原因はその早さである。彼女たちはほとんど目で終えなかったのだ。けった瞬間は見えていたが、それ以外は怪しかった。
京太郎がいの一番にヨモツシコメを狙ったのは、彼女が司令塔だと推測していたからだ。これはサマナー沢村智紀との会話を見ていればおよそ予想は立てられる。
司令塔だとわかった以上、生かしておく理由はまったくなかった。ヨモツイクサたちの突き出している槍は恐ろしいものであるけれど、司令塔がいつまでも生きているほうがずっと面倒だったのだ。
だから、始まった瞬間、命令を出す前に始末した。
マグネタイトに戻っていくヨモツシコメを見ながら龍門渕の面々は理解した。
「もしもハギヨシが直接攻撃を禁じていなければヨモツシコメの代わりにサマナーの首が飛んでいただろう」と。
まったく言葉が出ない龍門渕の面々とは対照的なのは京太郎の仲魔たちである。彼女らはずいぶん喜んでいた。
ヨモツシコメの頭部が消失したところでアンヘルは拍手を始め、ソックは小さくガッツポーズをとっていた。
彼女たちはほんの少しだけ気分を害していたのだ。自分たちのマスターはこの程度の悪魔の群れに敗北するようなものではないと。正直スカッとしたのである。
戦闘開始から一分後、中庭には沢村智紀の呼び出した悪魔たちの姿はなかった。司令塔であるヨモツシコメが消えた瞬間に、勝負は決していたのだ。
基本的なことだが、仲魔は命令がなければ動けない。ということは五十体のヨモツイクサの軍勢は沢村智紀の命令を受けなければ動けないということになる。
勝手に動くと契約に反することになるからだ。
先ほどはサマナーの命令権を譲られていたヨモツシコメが軍勢に命令を出していたのだが、それが消えた。ヨモツイクサが陣形を組んだのもヨモツシコメの合図があったからなのだ。しかし、頭が消えてしまった。
となると、後に残るのは、自分の力で軍勢を率いなければならない沢村智紀と、常人が眼で捉えられないスピードで動き、攻撃を仕掛けてくる京太郎だけである。
そうなっておきるのは命令を出す沢村智紀のスピードと攻撃を仕掛ける京太郎のすばやさ勝負ということになる。
勝負の結果は京太郎の勝利だった。命令を出すスピードがあまりに遅く、命令を出せたとしても出したところからつぶされてしまっていた。
結果一分間で軍勢消滅という惨事がおきてしまった。普段の指揮をヨモツシコメに任せきりにしていたために起きた結果であるともいえる。
戦いが終わったところで京太郎は少しだけ呼吸を乱していた。流石に京太郎でも全力で動き回れば、息も切れるというものである。しかしその表情は晴れやかだった。スポーツを終えたスポーツマンのようなさわやかさだった。
戦いが終わったことを確認したハギヨシがこういった。
「お見事でした。サマナーの弱点をすぐに見抜けたみたいですね。これなら向こう側でも十分に通用します。それでは準備をしてきますから、ここで待っていてください」
こういうと、ハギヨシは姿を消した。自分の教えを受けた少女が敗北したというのに、彼はとてもうれしそうに笑っていた。
自分が願っていた結果を京太郎が出してくれたからだ。
最近だらけ気味の沢村智紀が冷静に戦ってくれるようになるのではないかとハギヨシは期待しているのだ。
今回は京太郎が圧勝しているけれども用心深く沢村智紀が立ち回れば、九割がた彼女が勝つだろうとハギヨシは読んでいる。
それほど難しい方法は必要ない。マグネタイトの総量が少ない京太郎に対して持久戦を挑めばいい。
サマナーの一番得意な戦法である。沢村智紀の敗北の一番の原因は油断だ。
ほんの少しのきっかけで敗北することがあるというのを、最近気の抜けている沢村智紀にハギヨシは思い出してもらいたかったのだ。
一瞬の出来事である。ヨモツシコメが軍勢に命令を飛ばそうとした瞬間、ヨモツシコメの頭部が消滅したのだ。
頭部が消滅したヨモツシコメもヨモツイクサの軍勢もマスターである沢村智紀も、何があったのか理解できていない。
一方で少しはなれたところから、戦いを見ていたものたちは理解できた。
実に単純な理由でヨモツシコメの頭部は消滅していた。京太郎の攻撃である。
やり方は実に簡単だった。ヨモツイクサの群れを足場にして、一気に京太郎が間合いをつめたのだ。
そして頭上を駆け抜けてヨモツシコメの肩に右足で着地、勢いを殺さず、サッカーボールをけるごとく頭部をけりぬいた。
それだけである。大道芸じみたパフォーマンスを京太郎は披露したのだった。確かにこれだけでもすさまじいものがある。普通の身体能力ではできない行動だ。
しかし龍門渕の面々の言葉を失わせるにいたった原因はその早さである。彼女たちはほとんど目で終えなかったのだ。けった瞬間は見えていたが、それ以外は怪しかった。
京太郎がいの一番にヨモツシコメを狙ったのは、彼女が司令塔だと推測していたからだ。これはサマナー沢村智紀との会話を見ていればおよそ予想は立てられる。
司令塔だとわかった以上、生かしておく理由はまったくなかった。ヨモツイクサたちの突き出している槍は恐ろしいものであるけれど、司令塔がいつまでも生きているほうがずっと面倒だったのだ。
だから、始まった瞬間、命令を出す前に始末した。
マグネタイトに戻っていくヨモツシコメを見ながら龍門渕の面々は理解した。
「もしもハギヨシが直接攻撃を禁じていなければヨモツシコメの代わりにサマナーの首が飛んでいただろう」と。
まったく言葉が出ない龍門渕の面々とは対照的なのは京太郎の仲魔たちである。彼女らはずいぶん喜んでいた。
ヨモツシコメの頭部が消失したところでアンヘルは拍手を始め、ソックは小さくガッツポーズをとっていた。
彼女たちはほんの少しだけ気分を害していたのだ。自分たちのマスターはこの程度の悪魔の群れに敗北するようなものではないと。正直スカッとしたのである。
戦闘開始から一分後、中庭には沢村智紀の呼び出した悪魔たちの姿はなかった。司令塔であるヨモツシコメが消えた瞬間に、勝負は決していたのだ。
基本的なことだが、仲魔は命令がなければ動けない。ということは五十体のヨモツイクサの軍勢は沢村智紀の命令を受けなければ動けないということになる。
勝手に動くと契約に反することになるからだ。
先ほどはサマナーの命令権を譲られていたヨモツシコメが軍勢に命令を出していたのだが、それが消えた。ヨモツイクサが陣形を組んだのもヨモツシコメの合図があったからなのだ。しかし、頭が消えてしまった。
となると、後に残るのは、自分の力で軍勢を率いなければならない沢村智紀と、常人が眼で捉えられないスピードで動き、攻撃を仕掛けてくる京太郎だけである。
そうなっておきるのは命令を出す沢村智紀のスピードと攻撃を仕掛ける京太郎のすばやさ勝負ということになる。
勝負の結果は京太郎の勝利だった。命令を出すスピードがあまりに遅く、命令を出せたとしても出したところからつぶされてしまっていた。
結果一分間で軍勢消滅という惨事がおきてしまった。普段の指揮をヨモツシコメに任せきりにしていたために起きた結果であるともいえる。
戦いが終わったところで京太郎は少しだけ呼吸を乱していた。流石に京太郎でも全力で動き回れば、息も切れるというものである。しかしその表情は晴れやかだった。スポーツを終えたスポーツマンのようなさわやかさだった。
戦いが終わったことを確認したハギヨシがこういった。
「お見事でした。サマナーの弱点をすぐに見抜けたみたいですね。これなら向こう側でも十分に通用します。それでは準備をしてきますから、ここで待っていてください」
こういうと、ハギヨシは姿を消した。自分の教えを受けた少女が敗北したというのに、彼はとてもうれしそうに笑っていた。
自分が願っていた結果を京太郎が出してくれたからだ。
最近だらけ気味の沢村智紀が冷静に戦ってくれるようになるのではないかとハギヨシは期待しているのだ。
今回は京太郎が圧勝しているけれども用心深く沢村智紀が立ち回れば、九割がた彼女が勝つだろうとハギヨシは読んでいる。
それほど難しい方法は必要ない。マグネタイトの総量が少ない京太郎に対して持久戦を挑めばいい。
サマナーの一番得意な戦法である。沢村智紀の敗北の一番の原因は油断だ。
ほんの少しのきっかけで敗北することがあるというのを、最近気の抜けている沢村智紀にハギヨシは思い出してもらいたかったのだ。
26: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:34:59.43 ID:w4MVYybr0
戦い終わった京太郎にアンヘルとソックが近寄ってきた。アンヘルはクワのようなものを持っていた。なぜかジャージの袖をまくっていた。
ソックはがっしりとしたウエストポーチを持ってニコニコ笑っている。ソックもアンヘルと同じようにジャージの袖をまくりあげていた。ジャージのズボンポケットからは軍手が飛び出していた。
呼吸を整えている京太郎に、アンンヘルがこういった。
「無事に試験終了というところですね。あのときよりもずっとよくなっていましたよ。やっぱりなじんできたからなんですかね?」
アンヘルは片手でクワを遊びながら、笑っていた。非常に満足いくパフォーマンスを京太郎が見せてくれたからだ。
自分と契約を結んだ京太郎がよくなっていくのが、うれしいのだ。
アンヘルが微笑んでいると京太郎にウエストポーチをソックが差し出した。ウエストポーチはなかなかの大きさだった。
そしてがっしりとして簡単には壊れないつくりである。
ソックがウエストポーチを京太郎に渡したのはアンヘルとソックの二人がお使いについていけないからである。用事があるのだ。
しかし丸腰で主を行かせるわけにはいかない。ウエストポーチにはお使いで使えるかもしれない道具がいろいろと入っているのだ。
京太郎がウエストポーチを受けとるとソックが説明した。
「ウエストポーチに、特製の栄養ドリンク(改良・祝福済み)三本と、いざというときにつかえる煙球を三つ入れておいた。
煙幕は地面に叩きつけたら使えるようになっているから、火はいらないぞ。
ドリンクは飲まなくても効果があるが、できれば飲んでくれ。粘膜からが一番吸収率がいい。
あと、タオルも入っているからな」
ソックがウエストポーチの中身について説明をしているとアンヘルがこういった。
「福引で当たったタオルを入れたんですか? かさばりませんか?」
クワをいじっているアンヘルにソックが答えた。
「いいんだよ。男子なんだからハンカチよりはタオルだろ」
アンヘルとソックの話を聞いていた京太郎が二人に聞いた。
「お前ら来ないの?」
寂しいわけではないけれども、二人がいてくれたほうが心強かったのだ。二人ともではなくていいから、一人でもいてくれたらいいのになという気持ちだった。
京太郎の質問にアンヘルが答えた。
「これから龍門渕の余っている土地に家庭菜園を作るんですよ。敷地内ですけど、あまってるみたいなんで借りちゃいました」
アンヘルは中庭の奥のほうの土地を指差していた。指差している方向には使っていない土地というのがひろがっていた。かなり広く、家庭菜園というよりも普通の畑が作れる広さである。
京太郎は驚いてこういった。
「よく許してもらえたな。しかしなぜに、家庭菜園?」
そもそも龍門渕の土地である。家庭菜園をしたいといっても使わせてくれるわけがない。たとえあまっていてもよしとはいわないだろう。
驚いている京太郎にアンヘルが答えた。
「お願いしたら透華さんが許可をくれましたよ。いいませんでしたっけ、植物を育てるの得意なんですよ」
嘘はついていない。アンヘルが「派手な植物も作れますよ」とか「美容にいい植物も作れますよ」といってお願いをすると簡単にうなずいてくれた。
アンヘルにソックが続いて答えた。
「そうそう、お話したら快く許可をくれた。まぁ、あれだよ。食費を少しでも抑えようとおもってな」
龍門渕透華の父親と祖父にも話をしたのだけれども、それも問題なかったのだ。とくに、育毛剤の材料になる植物をアンヘルが作り、ソックが調合すればいくらか儲けが出ますよという話をすると、透華の父親と祖父は、簡単にうなずいてくれた。
懐が寒いのも頭が寒いのも困るものなのだ。しかし、本当の目的は食費を抑えることである。魔人として受肉したばかりのアンヘルとソックは物理的におなかが減ってしょうがないのだ。
27: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:38:14.37 ID:w4MVYybr0
アンヘルとソックの説明を聞いて京太郎はこういった。
「それならいいけど、あんまり迷惑をかけないようにな」
アンヘルとソックが何を考えて行動しているのかというのはさっぱりわからない。しかし縛り付けたいと京太郎は思っていない。
ただ、あまりはしゃいでよそのうちの迷惑になるのだけは勘弁してもらいたかった。
とくに龍門渕はお金持ちであるから、何かあったときに京太郎だけでは対処できなくなる可能性が高いのだ。それは非常に困る。
京太郎が当たり障りのないことを言うと、仲魔二人は元気のいい返事をした。アンヘルは
「もちろんです。私たちはいい子ですよマスター」
といい。ソックは
「取れた野菜は加工してマスターに献上するから楽しみにしておいてくれ。肌がツルツルになる漬物とか、増毛効果のあるジュースとかな。
お父様もお母様も喜んでくれるだろう」
といって笑った。
アンヘルとソックは京太郎に反対されるのではないかと思っていた。なにせ、好き勝手に動き回っているのだから。
契約上、主人は京太郎だ。主人の命令は契約上絶対である。絶対に従わなくてはならない。
京太郎はまったく気にしていないけれども、ほかのマスターなら絶句するだろう。
「なぜ、悪魔を放し飼いにしているのか」と。
二人とも自覚があるのだ。
「自分たちは好き勝手に動き回りすぎている」と。
十四代目に情報を売り渡したのも、いつの間にか一般人に紛れ込んでいるのも京太郎に許可を取っていない。
事後承諾の形だった。京太郎が眠っていたのでしょうがなかったのだけれども、あまりいい印象を京太郎に与えていないと二人は考えていた。
だから今回の勝手を責められるかもしれないと思っていた。しかし、京太郎は笑って流した。二人の元気のいい返事というのはこの辺りに原因があるのだ。
京太郎がウエストポーチを身につけているとジャージに身を包んだ天江衣が現れた。そしてこういった。
「京太郎よ、アンヘルとソックのことなら私に任せておけ。私がしっかりと見ておこう」
天江衣もまたジャージの袖を捲り上げていた。両手には軍手がはめられている。天江衣がジャージを着ていたのはアンヘルとソックの見張りのためである。
見張りならばジャージに着替える必要はないのだが、二人に付き合って家庭菜園を手伝うつもりなのである。
龍門渕のパーティーに天江衣は出席するつもりがないのである。普通ならパーティー出席したほうがいいのだろうが、彼女はあまりヤタガラスの関係者に好かれていない。彼女自身も、龍門渕以外のヤタガラスはあまり好きではない。
そのためやむにやまれぬ事情がある以外は、出席しなければならないと強制されることはなかった。
ジャージに着替えて乗り気なのは、アンヘルとソックが提案をしているからだ。提案とは、手伝ってくれたら出来上がった野菜を少し差し上げますよという提案である。
大学で働いている父親と最近野菜が高いといって困っている母親に食べてもらおうと天江衣は考えているのだ。
それで、やる気満々でジャージを着て、軍手をはめているのだった。
元気に満ち溢れている天江衣に京太郎はこういった。
「よろしくお願いします衣先輩」
軽く頭を下げていた。天江衣が見ていてくれるのならば、自分の仲魔も大丈夫だろうと信じているのだ。
京太郎がお願いすると、天江衣は大きくうなずいた。
「それならいいけど、あんまり迷惑をかけないようにな」
アンヘルとソックが何を考えて行動しているのかというのはさっぱりわからない。しかし縛り付けたいと京太郎は思っていない。
ただ、あまりはしゃいでよそのうちの迷惑になるのだけは勘弁してもらいたかった。
とくに龍門渕はお金持ちであるから、何かあったときに京太郎だけでは対処できなくなる可能性が高いのだ。それは非常に困る。
京太郎が当たり障りのないことを言うと、仲魔二人は元気のいい返事をした。アンヘルは
「もちろんです。私たちはいい子ですよマスター」
といい。ソックは
「取れた野菜は加工してマスターに献上するから楽しみにしておいてくれ。肌がツルツルになる漬物とか、増毛効果のあるジュースとかな。
お父様もお母様も喜んでくれるだろう」
といって笑った。
アンヘルとソックは京太郎に反対されるのではないかと思っていた。なにせ、好き勝手に動き回っているのだから。
契約上、主人は京太郎だ。主人の命令は契約上絶対である。絶対に従わなくてはならない。
京太郎はまったく気にしていないけれども、ほかのマスターなら絶句するだろう。
「なぜ、悪魔を放し飼いにしているのか」と。
二人とも自覚があるのだ。
「自分たちは好き勝手に動き回りすぎている」と。
十四代目に情報を売り渡したのも、いつの間にか一般人に紛れ込んでいるのも京太郎に許可を取っていない。
事後承諾の形だった。京太郎が眠っていたのでしょうがなかったのだけれども、あまりいい印象を京太郎に与えていないと二人は考えていた。
だから今回の勝手を責められるかもしれないと思っていた。しかし、京太郎は笑って流した。二人の元気のいい返事というのはこの辺りに原因があるのだ。
京太郎がウエストポーチを身につけているとジャージに身を包んだ天江衣が現れた。そしてこういった。
「京太郎よ、アンヘルとソックのことなら私に任せておけ。私がしっかりと見ておこう」
天江衣もまたジャージの袖を捲り上げていた。両手には軍手がはめられている。天江衣がジャージを着ていたのはアンヘルとソックの見張りのためである。
見張りならばジャージに着替える必要はないのだが、二人に付き合って家庭菜園を手伝うつもりなのである。
龍門渕のパーティーに天江衣は出席するつもりがないのである。普通ならパーティー出席したほうがいいのだろうが、彼女はあまりヤタガラスの関係者に好かれていない。彼女自身も、龍門渕以外のヤタガラスはあまり好きではない。
そのためやむにやまれぬ事情がある以外は、出席しなければならないと強制されることはなかった。
ジャージに着替えて乗り気なのは、アンヘルとソックが提案をしているからだ。提案とは、手伝ってくれたら出来上がった野菜を少し差し上げますよという提案である。
大学で働いている父親と最近野菜が高いといって困っている母親に食べてもらおうと天江衣は考えているのだ。
それで、やる気満々でジャージを着て、軍手をはめているのだった。
元気に満ち溢れている天江衣に京太郎はこういった。
「よろしくお願いします衣先輩」
軽く頭を下げていた。天江衣が見ていてくれるのならば、自分の仲魔も大丈夫だろうと信じているのだ。
京太郎がお願いすると、天江衣は大きくうなずいた。
28: ◆hSU3iHKACOC4 2015/03/31(火) 05:42:16.27 ID:w4MVYybr0
三分ほどしてからハギヨシが戻ってきた。ハギヨシはジャンパーと帽子を抱えていた。
ハギヨシは京太郎にジャンパーと帽子を渡した。そして京太郎にこういった。
「ヤタガラスの制服です。これを着ていれば面倒なやからに絡まれることはないでしょう。
もしも名前を聞かれたりしてもできる限りは名乗らないでください。かりに名乗るとしても偽名がいいですね。
どうしても切り抜けられそうになければ龍門渕のサマナーだといえば大体どうにかなります」
ハギヨシの説明を聞きながら、京太郎はジャンパーと帽子を身に着けた。帽子の額部分に三本足のカラスのエンブレムがついている。
また、ジャンパーにも同じく三本足のカラスの刺繍がされている。ひとつは胸の辺りに。もうひとつ、背中に大きく刻まれていた。また三本足のカラスに負けないくらいにはっきりと真っ白な文字で龍門渕とジャンパーの背中に書かれていた。
ジャンパーと帽子を身につけ、動きやすいようにウエストポーチを京太郎がいじくっていると、ハギヨシがこういった。
「あぁ、そうだ、少し注意してほしいことがあります。
その帽子にヤタガラスのエンブレムがついているでしょう? そのエンブレムに発信機がついていますから大切にしておいてください。
もしも道に迷ったりしたときにはそれが助けになってくれます。ディーがいれば問題はないと思いますが、そなえておくのが正解でしょう。
須賀くんはジオ系統の魔法を身に着けていると聞いています。一発でも撃つと壊れますから使いどころは気をつけてください。おそらくそんなことはないでしょうけどね」
ハギヨシの話を聞いた京太郎は帽子の額のところにあるエンブレムを見つめてみた。エンブレムには小さな刻印が刻まれていた。アルファベットと数字が組み合わさった文字列である。京太郎はこれを見て製造番号だろうとあたりをつけた。
京太郎の準備が完了してしばらくするとディーが現れた。カーレースに出ているようなスポーツカーにディーは乗っていた。真っ赤なボディと妙に大きなタイヤが印象的だった。また、どこからどう見ても二人乗りだった。後部座席はない。当然、荷物をつめるような場所というのは見当たらない。
ディーの運転する車の助手席に京太郎は乗り込んだ。乗り込むとき、京太郎は困っていた。明らかに二人乗りにしか見えないというのももちろんある。
何せスポーツカーだ。ファミリーカーのように何人も乗れるような大きさではない。となればこれでは荷物を受け取るなどということはできないはず。それは困ったことになる。しかも荷物がクロマグロだというのなら、入りきるわけがない。
なぜ、この車なのかという疑問はもちろんある。
しかし問題は荷物をつめるかどうかではなく、スポーツカーの中身が問題だった。車の中身が京太郎を困らせていた。というのが、運転席と助手席は普通なのだ。見たままの状態であった。問題は後部座席があることだ。
外側からは見えなかった奥行きがあるのだ。軽トラックの荷台ほどの広さが広がっているのだった。
ありえないことだった。どう考えてもつじつまが合わなかった。まったく何がおきているのか京太郎はわからなかった。
わからなかったが、乗らないわけにはいかないので、京太郎は乗り込んだ。乗り込むときにも困ったことがあった。
スポーツカーに乗り込んだとき京太郎は妙な気配を感じたのだ。妙なとしか言いようのない気配だった。ハギヨシを前にしたときの気配に近いが、もっと騒がしかった。答えはさっぱり出てこなかった。
困りながらも助手席に座った京太郎に運転席のディーがこういった。
「見てなよ、もう少しで門が開く」
運転席のディーは気分が高揚しているようだった。ハンドルを指先でとんとんと叩いて飛び出すタイミングを計っていた。
京太郎が「門とは何か」とたずねるより早く、中庭に巨大な門が現れた。高さ二十メートルほどの大きな門である。サビついた鋼の扉が地面から生えてきていた。
また、高熱を持っているのか、湯気が出ていた。京太郎は湯気の匂いをかいで、ずいぶん油くさいと顔をしかめた。
そして続出する京太郎の疑問が解消する前に門が開き始めた。鋼のきしむ音が聞こえ、扉の向こう側から、蒸気が流れ込み始めた。
そうして向こう側から流れてくる蒸気はあたり一面を埋め尽くした。
車の中にいた京太郎などはまったく外の様子がわからなくなっていた。蒸気の白の世界であった。
門が完全に開ききったところで、ディーがアクセルを踏み込んだ。視界はまったくない。蒸気が視界を埋め尽くしている。しかし何度もくぐった門である。ディーは門が完全に開ききった音を聞き逃さなかったのだ。
パーティーまで一時間と少しだけしか余裕がない。手加減をして時間を無駄にするわけにはいかなかった。もしもお嬢様のお願いが聞き届けられなければ、数日間はへこんだままだろう。そうなると、送迎のたびにへこんでいる姿を見なくてはならなくなるのだから、がんばらなければならない。
蒸気をふきだす門の向こう側の世界に急加速して車は突入していった。ありえない急加速で車の中に強烈な圧力が加わる中、京太郎は目を輝かせていた。
ハギヨシは京太郎にジャンパーと帽子を渡した。そして京太郎にこういった。
「ヤタガラスの制服です。これを着ていれば面倒なやからに絡まれることはないでしょう。
もしも名前を聞かれたりしてもできる限りは名乗らないでください。かりに名乗るとしても偽名がいいですね。
どうしても切り抜けられそうになければ龍門渕のサマナーだといえば大体どうにかなります」
ハギヨシの説明を聞きながら、京太郎はジャンパーと帽子を身に着けた。帽子の額部分に三本足のカラスのエンブレムがついている。
また、ジャンパーにも同じく三本足のカラスの刺繍がされている。ひとつは胸の辺りに。もうひとつ、背中に大きく刻まれていた。また三本足のカラスに負けないくらいにはっきりと真っ白な文字で龍門渕とジャンパーの背中に書かれていた。
ジャンパーと帽子を身につけ、動きやすいようにウエストポーチを京太郎がいじくっていると、ハギヨシがこういった。
「あぁ、そうだ、少し注意してほしいことがあります。
その帽子にヤタガラスのエンブレムがついているでしょう? そのエンブレムに発信機がついていますから大切にしておいてください。
もしも道に迷ったりしたときにはそれが助けになってくれます。ディーがいれば問題はないと思いますが、そなえておくのが正解でしょう。
須賀くんはジオ系統の魔法を身に着けていると聞いています。一発でも撃つと壊れますから使いどころは気をつけてください。おそらくそんなことはないでしょうけどね」
ハギヨシの話を聞いた京太郎は帽子の額のところにあるエンブレムを見つめてみた。エンブレムには小さな刻印が刻まれていた。アルファベットと数字が組み合わさった文字列である。京太郎はこれを見て製造番号だろうとあたりをつけた。
京太郎の準備が完了してしばらくするとディーが現れた。カーレースに出ているようなスポーツカーにディーは乗っていた。真っ赤なボディと妙に大きなタイヤが印象的だった。また、どこからどう見ても二人乗りだった。後部座席はない。当然、荷物をつめるような場所というのは見当たらない。
ディーの運転する車の助手席に京太郎は乗り込んだ。乗り込むとき、京太郎は困っていた。明らかに二人乗りにしか見えないというのももちろんある。
何せスポーツカーだ。ファミリーカーのように何人も乗れるような大きさではない。となればこれでは荷物を受け取るなどということはできないはず。それは困ったことになる。しかも荷物がクロマグロだというのなら、入りきるわけがない。
なぜ、この車なのかという疑問はもちろんある。
しかし問題は荷物をつめるかどうかではなく、スポーツカーの中身が問題だった。車の中身が京太郎を困らせていた。というのが、運転席と助手席は普通なのだ。見たままの状態であった。問題は後部座席があることだ。
外側からは見えなかった奥行きがあるのだ。軽トラックの荷台ほどの広さが広がっているのだった。
ありえないことだった。どう考えてもつじつまが合わなかった。まったく何がおきているのか京太郎はわからなかった。
わからなかったが、乗らないわけにはいかないので、京太郎は乗り込んだ。乗り込むときにも困ったことがあった。
スポーツカーに乗り込んだとき京太郎は妙な気配を感じたのだ。妙なとしか言いようのない気配だった。ハギヨシを前にしたときの気配に近いが、もっと騒がしかった。答えはさっぱり出てこなかった。
困りながらも助手席に座った京太郎に運転席のディーがこういった。
「見てなよ、もう少しで門が開く」
運転席のディーは気分が高揚しているようだった。ハンドルを指先でとんとんと叩いて飛び出すタイミングを計っていた。
京太郎が「門とは何か」とたずねるより早く、中庭に巨大な門が現れた。高さ二十メートルほどの大きな門である。サビついた鋼の扉が地面から生えてきていた。
また、高熱を持っているのか、湯気が出ていた。京太郎は湯気の匂いをかいで、ずいぶん油くさいと顔をしかめた。
そして続出する京太郎の疑問が解消する前に門が開き始めた。鋼のきしむ音が聞こえ、扉の向こう側から、蒸気が流れ込み始めた。
そうして向こう側から流れてくる蒸気はあたり一面を埋め尽くした。
車の中にいた京太郎などはまったく外の様子がわからなくなっていた。蒸気の白の世界であった。
門が完全に開ききったところで、ディーがアクセルを踏み込んだ。視界はまったくない。蒸気が視界を埋め尽くしている。しかし何度もくぐった門である。ディーは門が完全に開ききった音を聞き逃さなかったのだ。
パーティーまで一時間と少しだけしか余裕がない。手加減をして時間を無駄にするわけにはいかなかった。もしもお嬢様のお願いが聞き届けられなければ、数日間はへこんだままだろう。そうなると、送迎のたびにへこんでいる姿を見なくてはならなくなるのだから、がんばらなければならない。
蒸気をふきだす門の向こう側の世界に急加速して車は突入していった。ありえない急加速で車の中に強烈な圧力が加わる中、京太郎は目を輝かせていた。
44: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:14:07.30 ID:Joyq1BtQ0
蒸気を吐き出す門を潜り抜けて、門の向こう側にスポーツカーが駆け抜けていった。門を潜り抜けたとき、車が一瞬持ち上がった。
門の向こう側に道がなかったのだ。しかしすぐ地面に着地した。そのとき大きく揺れたがシートベルトをつけていた京太郎とディーに問題はなかった。
蒸気を吐き出す門を潜り抜け軽い落下を体験した後、蒸気が晴れた。周りがよく見えるようになると、京太郎は目を見開いた。
蒸気機関とさび付いた金属たちが絡み合うむやみに広い世界が京太郎の前に広がっていたからである。しかし、人が暮らせるような建物はない。ただ、道が広がっているだけの世界であった。
ほとんどが、道なのだ。横幅五十メートルほどの道がいろいろな方向に向かって伸びていた。それが一本や二本ではないのだ。
何百本とひろがり、絡み合っている。見える範囲全てが絡み合った道で出来上がっているのだから、壮観である。
道の脇を固めているのは蒸気機関たちだ。なぜ、蒸気機関たちが道の脇に生えているのかはわからない。蒸気機関たちは草原に生えている草であったり、転がっている石ころのような存在だった。
ただ、そういうものだから、そこにある。それだけなのだ。
それでもスケールが違いすぎて、ただの雑草と小石のようなものに度肝を抜かれてしまう。大きくても主役ではないのだ。
はるか彼方で、煙を噴出す機械たちが絡み合って山のように盛り上がっていてもそれが一つや二つではなく広い世界にいくつも見えていても、この世界のメインではない。
また、大きく盛り上がっている部分とは反対に、まったく何もない部分もあった。地面にぽっかりと穴が開いているのだ。半径十メートルほどの大きな穴である。奈落に続いているのではないかと思うほど、何もない。
道が延々と続いている世界にそういう大きな穴がポツンポツンと模様のように大穴があるのは奇妙であった。
空を見上げれば、大きな光の塊が世界を照らしている。太陽ではないのはすぐに了解できる。なぜならあまりにも近すぎるからだ。
空のほとんどを占めている大きな光の固まりが太陽であれば、あっという間に世界は蒸発するだろう。しかし、太陽の役割をしているのは間違いなかった。
そして、大きな光の塊を隠すように雲がかかっている。しかしそれは蒸気機関たちが吐き出したものが集まっただけに過ぎない。この世界で自然な雨は降らないのだ。
異界に訪れるのは二度目の京太郎である。少しは心の準備というのもあった。しかしあまりにもぶっ飛んだ光景に驚きを隠せなかった。
目を見開いている京太郎を見てディーが言った。
「不思議な光景だろ。はじめてみたときは俺もずいぶん驚いたもんさ。とっくの昔に廃れたはずの蒸気機関が現役で、道を覆うのがレンガ。明かりになるのはガスランタンのような太陽なんだからな」
現代の空気とはまったく違った光景を見て、驚いたのは京太郎だけではないのだ。始めてこの世界に来たとき驚いたのをディー自身がよく覚えていた。
そういっている間にアクセルをディーが踏み始めた。アクセルペダルは思い切り踏みこまれていた。ディーはずいぶんとリラックスしていた。しかしまったく油断ない視線を道の向こうにある目的地に向けていた。本当ならば、ゆっくりとドライブしたいところである。
しかし、時間が押しているので、なかなかゆっくりとやっていられない。特に道が微妙に変わってしまっているということがあるので、いつもと同じ道を使えないのだ。何があるのかわからないので、少し急いでいかなければだめだろう。
どんどん車が加速していく中で京太郎にディーが聞いた。
「須賀くんはさ、車酔いするほう? もしも車酔いするようなら、少しスピードを落としておくけど。
とりあえず、ガルからかな……」
あっという間に百キロ近い速度まで加速した車をまったく問題なく操作しながら気軽に聞いてきた。
ディーがこのような質問をするのは京太郎を思いやってのことである。助手席に乗っていても車酔いをする人はする。
もしも京太郎が車酔いをするタイプであったとすれば、手加減をして運転をしなければならない。手加減をしなければ悲惨なことになるだろうから。
それはディーとしては避けたいことだった。急がなくてはならないのは確かだが、そのあたりはバランスの問題である。
百キロを超えてもまだ加速する車の中で京太郎が答えた。
「たぶん、大丈夫だと思います。助手席ですし、調子も悪くないから」
とんでもない速度で変わっていく景色をしっかりと京太郎の目は捉えていた。
しかし、わずかに顔色が悪い。車酔いが始まったのではない。普通の車ではありえない速度が、出ているのを体全体で感じているからだ。
そして、こうも思うのだ。
「この速度で運転操作ができるような技術を持っている人間などいない」
運転をミスすれば大事故は免れない。仮に事故が起きたとしたら、自分もディーも終わるだろう。
この不安感が、京太郎の顔色を悪くさせるのである。そろそろ三百キロ近くなる車の速度で、何かにぶつかればさすがに京太郎でも無事ではすまないだろう。
車酔いはしないという答えを聞いて、ディーはこういった。
「それなら少し飛ばしていってもオッケーかな? あまり時間をかけていたらパーティーに間に合わなくなってお嬢にどやされる」
数秒のやり取りの間にデジタルのスピードメーターが時速四百キロを示しているのだけれども、まったくアクセルベダルからディーは足を離していない。
それどころか、ちらちらと京太郎に視線をやって視線を道からきるようなことをやっていた。
ありえない速度で運転しているはずのディーに法定速度を守ってゆっくりと運転しているような余裕があった。
もともとクロマグロなどがなくともパーティーは、ハギヨシが見事に仕立て上げるだろうとディーは思っている。そのため心に焦りがすくない。
一応急いでいるのは、もしも時間に遅れるようなことをやれば、龍門渕のお嬢様がへそを曲げるからだ。問題はそれだけである。
門の向こう側に道がなかったのだ。しかしすぐ地面に着地した。そのとき大きく揺れたがシートベルトをつけていた京太郎とディーに問題はなかった。
蒸気を吐き出す門を潜り抜け軽い落下を体験した後、蒸気が晴れた。周りがよく見えるようになると、京太郎は目を見開いた。
蒸気機関とさび付いた金属たちが絡み合うむやみに広い世界が京太郎の前に広がっていたからである。しかし、人が暮らせるような建物はない。ただ、道が広がっているだけの世界であった。
ほとんどが、道なのだ。横幅五十メートルほどの道がいろいろな方向に向かって伸びていた。それが一本や二本ではないのだ。
何百本とひろがり、絡み合っている。見える範囲全てが絡み合った道で出来上がっているのだから、壮観である。
道の脇を固めているのは蒸気機関たちだ。なぜ、蒸気機関たちが道の脇に生えているのかはわからない。蒸気機関たちは草原に生えている草であったり、転がっている石ころのような存在だった。
ただ、そういうものだから、そこにある。それだけなのだ。
それでもスケールが違いすぎて、ただの雑草と小石のようなものに度肝を抜かれてしまう。大きくても主役ではないのだ。
はるか彼方で、煙を噴出す機械たちが絡み合って山のように盛り上がっていてもそれが一つや二つではなく広い世界にいくつも見えていても、この世界のメインではない。
また、大きく盛り上がっている部分とは反対に、まったく何もない部分もあった。地面にぽっかりと穴が開いているのだ。半径十メートルほどの大きな穴である。奈落に続いているのではないかと思うほど、何もない。
道が延々と続いている世界にそういう大きな穴がポツンポツンと模様のように大穴があるのは奇妙であった。
空を見上げれば、大きな光の塊が世界を照らしている。太陽ではないのはすぐに了解できる。なぜならあまりにも近すぎるからだ。
空のほとんどを占めている大きな光の固まりが太陽であれば、あっという間に世界は蒸発するだろう。しかし、太陽の役割をしているのは間違いなかった。
そして、大きな光の塊を隠すように雲がかかっている。しかしそれは蒸気機関たちが吐き出したものが集まっただけに過ぎない。この世界で自然な雨は降らないのだ。
異界に訪れるのは二度目の京太郎である。少しは心の準備というのもあった。しかしあまりにもぶっ飛んだ光景に驚きを隠せなかった。
目を見開いている京太郎を見てディーが言った。
「不思議な光景だろ。はじめてみたときは俺もずいぶん驚いたもんさ。とっくの昔に廃れたはずの蒸気機関が現役で、道を覆うのがレンガ。明かりになるのはガスランタンのような太陽なんだからな」
現代の空気とはまったく違った光景を見て、驚いたのは京太郎だけではないのだ。始めてこの世界に来たとき驚いたのをディー自身がよく覚えていた。
そういっている間にアクセルをディーが踏み始めた。アクセルペダルは思い切り踏みこまれていた。ディーはずいぶんとリラックスしていた。しかしまったく油断ない視線を道の向こうにある目的地に向けていた。本当ならば、ゆっくりとドライブしたいところである。
しかし、時間が押しているので、なかなかゆっくりとやっていられない。特に道が微妙に変わってしまっているということがあるので、いつもと同じ道を使えないのだ。何があるのかわからないので、少し急いでいかなければだめだろう。
どんどん車が加速していく中で京太郎にディーが聞いた。
「須賀くんはさ、車酔いするほう? もしも車酔いするようなら、少しスピードを落としておくけど。
とりあえず、ガルからかな……」
あっという間に百キロ近い速度まで加速した車をまったく問題なく操作しながら気軽に聞いてきた。
ディーがこのような質問をするのは京太郎を思いやってのことである。助手席に乗っていても車酔いをする人はする。
もしも京太郎が車酔いをするタイプであったとすれば、手加減をして運転をしなければならない。手加減をしなければ悲惨なことになるだろうから。
それはディーとしては避けたいことだった。急がなくてはならないのは確かだが、そのあたりはバランスの問題である。
百キロを超えてもまだ加速する車の中で京太郎が答えた。
「たぶん、大丈夫だと思います。助手席ですし、調子も悪くないから」
とんでもない速度で変わっていく景色をしっかりと京太郎の目は捉えていた。
しかし、わずかに顔色が悪い。車酔いが始まったのではない。普通の車ではありえない速度が、出ているのを体全体で感じているからだ。
そして、こうも思うのだ。
「この速度で運転操作ができるような技術を持っている人間などいない」
運転をミスすれば大事故は免れない。仮に事故が起きたとしたら、自分もディーも終わるだろう。
この不安感が、京太郎の顔色を悪くさせるのである。そろそろ三百キロ近くなる車の速度で、何かにぶつかればさすがに京太郎でも無事ではすまないだろう。
車酔いはしないという答えを聞いて、ディーはこういった。
「それなら少し飛ばしていってもオッケーかな? あまり時間をかけていたらパーティーに間に合わなくなってお嬢にどやされる」
数秒のやり取りの間にデジタルのスピードメーターが時速四百キロを示しているのだけれども、まったくアクセルベダルからディーは足を離していない。
それどころか、ちらちらと京太郎に視線をやって視線を道からきるようなことをやっていた。
ありえない速度で運転しているはずのディーに法定速度を守ってゆっくりと運転しているような余裕があった。
もともとクロマグロなどがなくともパーティーは、ハギヨシが見事に仕立て上げるだろうとディーは思っている。そのため心に焦りがすくない。
一応急いでいるのは、もしも時間に遅れるようなことをやれば、龍門渕のお嬢様がへそを曲げるからだ。問題はそれだけである。
45: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:18:14.02 ID:Joyq1BtQ0
申し訳なさそうに笑うディーに京太郎がこういった。
「オッケーです。飛ばしてください」
あまりオッケーという感じはなかった。
京太郎の動体視力でも追いきれない光景と、衝突事故が起きたら大変なことになるという危機感が、楽しいドライブを許してくれないのだ。
特に不安の種であるデジタルのスピードメーターは六百に近づいているのだから、気持ち的には最悪である。
しかし、ここで引くわけには行かない。運転席のディーはまだまだ余裕らしい。そういう雰囲気をかもしているのだ。
ここで、怖いからやめてくださいとはいえなかった。
京太郎がうなずくと、アクセルをさらに踏み込みながらディーが言った。
「助かるよ。あと、もしも気持ち悪くなってきたら教えてね。前にお嬢たちを乗せてドライブしたらひどいことになっちゃって、文句いわれまくったんだよ。
ハギちゃんばかり乗せていたから加減がいまいち下手なのよ、俺」
そろそろ七百近いところまでデジタルスピードメーターが数字を上げてきていた。まったく理解ができない速度である。窓の外の景色はただの残像だ。
京太郎に一応の注意をすると、恥ずかしそうに笑いながらディーはアクセルを完全に踏み抜いた。またアクセルを踏み抜いたところで、ディーがつぶやいた。
「ガルーラ」
ディーが運転を始めて唱えていた魔法と同じ系統の魔法である。はじめに唱えたのがガル、今となえたのがガルーラ。ともに風の魔法である。
ディーがこの魔法を唱えているのはありえない速度で地面を駆け抜ける車が空に飛び出さないようにコントロールするためである。
もしもガルとガルーラの魔法を使わずに、桁違いの速度を出し続ければ、あっという間に車は制御を失い空を飛ぶだろう。
風の呪文が唱えられた後、スピードメーターがありえない速度で上昇し始めた。このとき京太郎は少し息苦しさを感じていた。車が超高速で走り始めて、加速の重圧が京太郎の体にかかったのだ。
あっという間に消えていく残像を見送りながら京太郎はディーに質問をした。
「何キロくらい出せるんですかこの車」
あまりにもいかれた速度を出された結果、京太郎は考えることを放棄し始めていた。もう、とんでもない世界に来てしまったなという気持ちも、すっかり消えていた。
最高速度についてたずねたのは、純粋な興味である。いくら改造したところで見た目普通のスポーツカーが七百キロオーバの速度を出せるというのは不思議だったのだ。
ディーが笑いながら応えた。ずいぶん楽しそうだった。
「最高で千を超えるくらいだとおもうよ。大丈夫大丈夫、九百くらいなら事故らないから」
まったく京太郎に視線を向けず、超高速で流れる光景をディーは捉え続けていた。ディーの眼球がこれまた高速で動き回り、ハンドルは実にすばやい切り替えしを続けていた。
時々大きく揺れ、弾むことがあったけれども、何かにぶつかるということはまったくなかった。この運転中、何度かこらえきれずにディーは笑った。
「運転がすきなんだな」
とディーの横顔を見て京太郎は思った。ただ心の底から思うのは夢中になって事故を起こさないでくださいという一つだけだった。
京太郎が見抜いたとおり、ディーは単純に運転をするのがすきなのだ。特に早くなければならないということはない。ゆっくりとドライブするのも良いと思っている。
マンガが好きな人がいて、そういう人が少年漫画から、少女マンガまで広く楽しむように、安全運転で長々とドライブをするのも好きだけれども、たまにはスピードを出すのもすきなのだ。事故の危険が限りなく低い道が広がっているだけの異界というのは最高だった。
笑うディーの横顔を確認した京太郎は、なんともいえない顔をしていた。
スピード狂のディーに引いているわけではない。うらやましかったのだ。熱中できているディーがうらやましかった。
「オッケーです。飛ばしてください」
あまりオッケーという感じはなかった。
京太郎の動体視力でも追いきれない光景と、衝突事故が起きたら大変なことになるという危機感が、楽しいドライブを許してくれないのだ。
特に不安の種であるデジタルのスピードメーターは六百に近づいているのだから、気持ち的には最悪である。
しかし、ここで引くわけには行かない。運転席のディーはまだまだ余裕らしい。そういう雰囲気をかもしているのだ。
ここで、怖いからやめてくださいとはいえなかった。
京太郎がうなずくと、アクセルをさらに踏み込みながらディーが言った。
「助かるよ。あと、もしも気持ち悪くなってきたら教えてね。前にお嬢たちを乗せてドライブしたらひどいことになっちゃって、文句いわれまくったんだよ。
ハギちゃんばかり乗せていたから加減がいまいち下手なのよ、俺」
そろそろ七百近いところまでデジタルスピードメーターが数字を上げてきていた。まったく理解ができない速度である。窓の外の景色はただの残像だ。
京太郎に一応の注意をすると、恥ずかしそうに笑いながらディーはアクセルを完全に踏み抜いた。またアクセルを踏み抜いたところで、ディーがつぶやいた。
「ガルーラ」
ディーが運転を始めて唱えていた魔法と同じ系統の魔法である。はじめに唱えたのがガル、今となえたのがガルーラ。ともに風の魔法である。
ディーがこの魔法を唱えているのはありえない速度で地面を駆け抜ける車が空に飛び出さないようにコントロールするためである。
もしもガルとガルーラの魔法を使わずに、桁違いの速度を出し続ければ、あっという間に車は制御を失い空を飛ぶだろう。
風の呪文が唱えられた後、スピードメーターがありえない速度で上昇し始めた。このとき京太郎は少し息苦しさを感じていた。車が超高速で走り始めて、加速の重圧が京太郎の体にかかったのだ。
あっという間に消えていく残像を見送りながら京太郎はディーに質問をした。
「何キロくらい出せるんですかこの車」
あまりにもいかれた速度を出された結果、京太郎は考えることを放棄し始めていた。もう、とんでもない世界に来てしまったなという気持ちも、すっかり消えていた。
最高速度についてたずねたのは、純粋な興味である。いくら改造したところで見た目普通のスポーツカーが七百キロオーバの速度を出せるというのは不思議だったのだ。
ディーが笑いながら応えた。ずいぶん楽しそうだった。
「最高で千を超えるくらいだとおもうよ。大丈夫大丈夫、九百くらいなら事故らないから」
まったく京太郎に視線を向けず、超高速で流れる光景をディーは捉え続けていた。ディーの眼球がこれまた高速で動き回り、ハンドルは実にすばやい切り替えしを続けていた。
時々大きく揺れ、弾むことがあったけれども、何かにぶつかるということはまったくなかった。この運転中、何度かこらえきれずにディーは笑った。
「運転がすきなんだな」
とディーの横顔を見て京太郎は思った。ただ心の底から思うのは夢中になって事故を起こさないでくださいという一つだけだった。
京太郎が見抜いたとおり、ディーは単純に運転をするのがすきなのだ。特に早くなければならないということはない。ゆっくりとドライブするのも良いと思っている。
マンガが好きな人がいて、そういう人が少年漫画から、少女マンガまで広く楽しむように、安全運転で長々とドライブをするのも好きだけれども、たまにはスピードを出すのもすきなのだ。事故の危険が限りなく低い道が広がっているだけの異界というのは最高だった。
笑うディーの横顔を確認した京太郎は、なんともいえない顔をしていた。
スピード狂のディーに引いているわけではない。うらやましかったのだ。熱中できているディーがうらやましかった。
46: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:22:50.28 ID:Joyq1BtQ0
蒸気機関が軍隊のように整列して規則正しく働いている長い坂道に差し掛かった。
蒸気機関たちは坂道で一列に整列して、同じ姿で、同じように延々と動いている。何が目的なのかはさっぱりわからない。
ただ、動くたびに蒸気が吹き上がるのだ。何かをしているのは間違いなかったが、目的を察するのは難しい。
蒸気機関なのだから、何かしらのエネルギーを使い、何かを作っているのだろうが、力を伝えるための仕掛けが見えないのだ。
歯車とか、車輪とかがない。だから見るものはこう思うだろう。
「無駄な仕掛けだ」と。
坂道を上る間、京太郎は冷めた目で蒸気機関たちを見つめていた。
ディーがスピードを落とし始めたので、延々と続く無駄な蒸気機関たちを眺めることができたのである。
外の無駄な光景を見ていたのは、蒸気機関をだれが何の目的を持って設置したのだろうかと気になったのだ。きっと何かがあるはず。そう思ったから考えた。
一番に思いついたのは作業効率を上げるためという理由だった。一番わかりやすい目的だった。しかしすぐに違うだろうと却下した。
なぜなら、まったくエネルギーを伝える仕組みがないからだ。蒸気機関たちはそれだけで完結していて、つながっていない。
そして次々と蒸気機関を設置したものの意図を推理していった。しかし答えらしい答えは見つからなかった。
坂道をスポーツカーが上りきる寸前で、京太郎は微笑んだ。面白い考えが思い浮かんだのだ。京太郎が思い浮かんだ、面白い考えというのは
「動きたいから動いているのだ。彼らは報酬だとか、そういうものを求めているのではなく、作業の手間を省こうと思って働かされているのでもない。ただ、動くことが目的なのだ。彼らはそうありたいと思って、動いている」
というものだった。
実にありえない結論である。なぜなら、蒸気機関は道具だ。道具は意思を持たない。自由意志などない。使われるだけである。だからおかしかったのだ。まるで、道具が生きているかのような発想ではないか。ただ、このおかしな結論が京太郎の心にはすっと当てはまった。
長い坂道を登りきったところでディーがこういった。
「あー、ここからか。道がかなり変わってるな。ダッピしたのか?」
龍門渕の門から十分ほど走ったところである。ディーは何度かこの場所に来たことがある。この道を通り、先に進むことで異界物流センターと呼ばれる場所にたどり着く道に入ることができるのだ。
しかし、ディーは気配を感じていた。気配とは、この世界の道が微妙に変化してしまったという気配である。よくあることではないが珍しいことではないので、ディーはすぐに理解できたのだった。
スポーツカーのブレーキをディーが踏んだ。坂の頂上を少し走ってスポーツカーは動きを止めた。そのとき京太郎は目を見開いていた。車の外に広がっている光景を見たからである。
それはあまりにも不思議な光景だった。坂を上りきったところから見えるのは、地平線の向こう側までひろがっている無数の道である。このむやみに広い世界はすでに体験していた。問題はその道の上を走るものたちだ。
悪魔たちが走っているのだ。四本足の犬のような悪魔もいれば、馬のようなものもいる。それもたくさんだ。たくさんとしか言いようがなかった。
また、空には鳥のような悪魔もいて隊列を組んで移動していた。これまた数が多く、荷物をぶら下げて飛んでいるドラゴンのような悪魔までいる。
混沌としか言いようがない。
そしてまた不思議なことで悪魔たちの背中に人間らしきものが乗っているのも見えるのだから、これはさっぱりよくわからないことである。
混雑している車たちの流れを見ることがあるけれど、あれに多様な悪魔を加えて、常に流れ続けているような状況にすれば、京太郎の見た光景そのものである。
坂の上でスポーツカーを止めたディーは車から降りていった。そして、車の外に出たディーは地図を取り出して目の前の光景と見比べはじめた。
地図と目の前の光景を見比べているディーはずいぶん苦労していた。眉間にしわがより、目を細めている。
ハギヨシから道の形が変わったとは聞いていたけれども、ここまで激変しているとは思わなかったのだ。
ヤタガラスが作った地図を持っているのだが、この地図と見比べてもさっぱりどこの道が、どの道につながっているのかがわからなかった。
しかしここであきらめてしまったら、間違いなく道に迷いかえってこれなくなるので、ディーも必死だった。
47: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:27:24.01 ID:Joyq1BtQ0
そして少ししてから戻ってきて、車の中で呆然としている京太郎にディーがこういった。
「須賀くん、少し無茶してもいいかな。大分道が変わっているみたいで、ショートカット気味に移動しないと時間がかかりすぎて間に合わなくなりそう」
かなり申し訳なさそうな顔をしているディーに京太郎が応えた。
「あっ、はい、やっちゃってください」
今まで京太郎の心の中にあった不安がなくなっていた。元気に答えて、さっさとさきにいこうじゃないかという気持ちで満ちている。
京太郎というのは簡単なものである。
今まで心の中にあった事故になるのではないかという気持ちが、目の前に広がっている珍妙きわまった光景で消え去ってしまったのだ。
なぜか、心臓が弾んでしょうがなかった。
京太郎が応えるとディーは運転席に乗り込んだ。運転席に勢いよく座り、シートベルトをしっかりと締めて、気合を入れていた。
京太郎が自分の提案を呑んでくれたのをみて
「よしそれならば」
と覚悟を決めたのである。もちろん、自分の運転で京太郎の体調が変化する可能性があると考えているので、様子を見るつもりではある。
しかし助手席の京太郎が、よしといってくれるのならば、全力で走ってみようじゃないかという気になるのだった。やはり全力で動き回るのは楽しいものがある。
席についてシートベルトを身に着けたディーが言った。
「それで、何だけどちょっと協力してくれないかな。ちょっと無茶をするからさ、なんていうか、その、エネルギーが足りるかどうか怪しいわけよ。それで、ちょっと須賀くんのエネルギーをもらえないかなって」
ディーはずいぶんと情けない顔をしていた。しょげた犬のようだった。
しかし京太郎に頼まなければ、どうしてもだめだったので頼んだのである。というのが、このディーが運転する車というのは普通の車ではない。
エネルギーがマグネタイトの魔改造スポーツカーである。
当然だけれども動かすためにはマグネタイトが必要になるのだが、流石のディーであっても本気で車に力を注ぎこみ目的地に到着して、また、そこから帰ってくるというようなことをしようとすると、ぎりぎりエネルギーが足りなくなる可能性が高いのだった。
そのギリギリというのがどうにもまずい。できるのならば余裕を残しておきたい。もしかしたら不測の事態というのがあるかもしれないのだ。
そして、不測の事態が起きたときにスポーツカーが動かせなくなっているのはまずい。マグネタイトは無限にあるわけではないのだ。
不測の事態が起きたときに消耗して、動けなくなったら最悪だ。
なぜなら道ばかりが広がる世界というのは無限の砂漠とかわらない。行き先がわかっていないものは迷い、力のないものは息絶えるだろう。
それはどうしても避けたかった。しかも京太郎を隣に乗せているのだ。客人を乗せているのに迷って帰れなくなるというのは最悪だった。
だから、京太郎の手を借りたいと願うのだ。目的を達成しつつ、無事に戻ってくるためには必要だった。
エネルギーを分けてくれというディーに対して京太郎はこういった。少し困っているようだった。
「エネルギーを渡すってのはいいですけど、どうやって渡せばいいのか、わからないのですが」
京太郎は魔法だとか、魔法に連なっている技術だというものをさっぱり知らない。そのため、エネルギーを分けたいというように思っていても、どうすればいいのかがわからないのだ。
エネルギーを渡すのはまったく問題ない。そもそも力が有り余っていて感覚がおかしなことになっているのだ。使いたいというのなら使ってもらえばよろしいというのが京太郎の思うところであった。
京太郎がこういうとニコニコしながらディーがいった。
「あぁ、そんな難しいことじゃないよ。ちょっと待ってね。今出すから」
ディーは胸をなでおろしていた。京太郎がエネルギーを分けてくれるのであれば、問題なくセンターに到着してそして戻ってこれると、ディーは算段をつけたのだ。
実際、ディーのエネルギーが完全になくなり、動かせなくなってしまえば回復するまでかなり時間がかかる上に、パーティーまでに帰れなくなる可能性も高くなる。となれば、京太郎にうなずいてもらえることがどれほどうれしいことであるかはいうまでもないだろう。
ディーが左手でシフトレバーをこつこつと叩いた。すると運転席と助手席の間に細長い長方形の箱のようなものが現れた。この細長い長方形の箱は、金属らしい光沢があった。またこの箱は奇妙な鼓動を刻んでいた。
奇妙な金属製の箱はディーの運転する車につながっていた。
金属製のパイプが血管のようにつながっているところから京太郎はこの細長い金属製の箱がこの車の心臓部なのだろうと察した。
そして京太郎は奇妙な金属製の箱を見て顔色を変えた。眉をひそめて、金属の箱を睨んでいる。
奇妙な迫力を感じたのだ。細長い箱自体はたいしたものではないというのが京太郎の感想である。
問題なのは箱の中身だ。とんでもない力の塊がしまいこまれていた。
魔力という目に見えない力を使うことができるようになっている京太郎には、箱の中に納まっているとんでもない魔力の塊こそ、恐るべきものであった。
眉をひそめたのはそのためである。
睨み付けたのは箱が刻んでいる鼓動のためだ。箱の中身から感じる奇妙な鼓動。これがいまいちよろしくなかった。
この鼓動のリズムが調子はずれなのだ。狂っていた。音楽の授業でこのリズムを刻んだらきっと零点だろう。間違いなく音楽のセンスがなかった。
「須賀くん、少し無茶してもいいかな。大分道が変わっているみたいで、ショートカット気味に移動しないと時間がかかりすぎて間に合わなくなりそう」
かなり申し訳なさそうな顔をしているディーに京太郎が応えた。
「あっ、はい、やっちゃってください」
今まで京太郎の心の中にあった不安がなくなっていた。元気に答えて、さっさとさきにいこうじゃないかという気持ちで満ちている。
京太郎というのは簡単なものである。
今まで心の中にあった事故になるのではないかという気持ちが、目の前に広がっている珍妙きわまった光景で消え去ってしまったのだ。
なぜか、心臓が弾んでしょうがなかった。
京太郎が応えるとディーは運転席に乗り込んだ。運転席に勢いよく座り、シートベルトをしっかりと締めて、気合を入れていた。
京太郎が自分の提案を呑んでくれたのをみて
「よしそれならば」
と覚悟を決めたのである。もちろん、自分の運転で京太郎の体調が変化する可能性があると考えているので、様子を見るつもりではある。
しかし助手席の京太郎が、よしといってくれるのならば、全力で走ってみようじゃないかという気になるのだった。やはり全力で動き回るのは楽しいものがある。
席についてシートベルトを身に着けたディーが言った。
「それで、何だけどちょっと協力してくれないかな。ちょっと無茶をするからさ、なんていうか、その、エネルギーが足りるかどうか怪しいわけよ。それで、ちょっと須賀くんのエネルギーをもらえないかなって」
ディーはずいぶんと情けない顔をしていた。しょげた犬のようだった。
しかし京太郎に頼まなければ、どうしてもだめだったので頼んだのである。というのが、このディーが運転する車というのは普通の車ではない。
エネルギーがマグネタイトの魔改造スポーツカーである。
当然だけれども動かすためにはマグネタイトが必要になるのだが、流石のディーであっても本気で車に力を注ぎこみ目的地に到着して、また、そこから帰ってくるというようなことをしようとすると、ぎりぎりエネルギーが足りなくなる可能性が高いのだった。
そのギリギリというのがどうにもまずい。できるのならば余裕を残しておきたい。もしかしたら不測の事態というのがあるかもしれないのだ。
そして、不測の事態が起きたときにスポーツカーが動かせなくなっているのはまずい。マグネタイトは無限にあるわけではないのだ。
不測の事態が起きたときに消耗して、動けなくなったら最悪だ。
なぜなら道ばかりが広がる世界というのは無限の砂漠とかわらない。行き先がわかっていないものは迷い、力のないものは息絶えるだろう。
それはどうしても避けたかった。しかも京太郎を隣に乗せているのだ。客人を乗せているのに迷って帰れなくなるというのは最悪だった。
だから、京太郎の手を借りたいと願うのだ。目的を達成しつつ、無事に戻ってくるためには必要だった。
エネルギーを分けてくれというディーに対して京太郎はこういった。少し困っているようだった。
「エネルギーを渡すってのはいいですけど、どうやって渡せばいいのか、わからないのですが」
京太郎は魔法だとか、魔法に連なっている技術だというものをさっぱり知らない。そのため、エネルギーを分けたいというように思っていても、どうすればいいのかがわからないのだ。
エネルギーを渡すのはまったく問題ない。そもそも力が有り余っていて感覚がおかしなことになっているのだ。使いたいというのなら使ってもらえばよろしいというのが京太郎の思うところであった。
京太郎がこういうとニコニコしながらディーがいった。
「あぁ、そんな難しいことじゃないよ。ちょっと待ってね。今出すから」
ディーは胸をなでおろしていた。京太郎がエネルギーを分けてくれるのであれば、問題なくセンターに到着してそして戻ってこれると、ディーは算段をつけたのだ。
実際、ディーのエネルギーが完全になくなり、動かせなくなってしまえば回復するまでかなり時間がかかる上に、パーティーまでに帰れなくなる可能性も高くなる。となれば、京太郎にうなずいてもらえることがどれほどうれしいことであるかはいうまでもないだろう。
ディーが左手でシフトレバーをこつこつと叩いた。すると運転席と助手席の間に細長い長方形の箱のようなものが現れた。この細長い長方形の箱は、金属らしい光沢があった。またこの箱は奇妙な鼓動を刻んでいた。
奇妙な金属製の箱はディーの運転する車につながっていた。
金属製のパイプが血管のようにつながっているところから京太郎はこの細長い金属製の箱がこの車の心臓部なのだろうと察した。
そして京太郎は奇妙な金属製の箱を見て顔色を変えた。眉をひそめて、金属の箱を睨んでいる。
奇妙な迫力を感じたのだ。細長い箱自体はたいしたものではないというのが京太郎の感想である。
問題なのは箱の中身だ。とんでもない力の塊がしまいこまれていた。
魔力という目に見えない力を使うことができるようになっている京太郎には、箱の中に納まっているとんでもない魔力の塊こそ、恐るべきものであった。
眉をひそめたのはそのためである。
睨み付けたのは箱が刻んでいる鼓動のためだ。箱の中身から感じる奇妙な鼓動。これがいまいちよろしくなかった。
この鼓動のリズムが調子はずれなのだ。狂っていた。音楽の授業でこのリズムを刻んだらきっと零点だろう。間違いなく音楽のセンスがなかった。
48: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:32:36.25 ID:Joyq1BtQ0
調子はずれのリズムに眉をひそめている京太郎にディーが言った。
「これがこの車の心臓部分、というと正確じゃないがまぁ、そういう感じ。
須賀くんにはこいつにマグネタイトを吸わせてやってほしいのよ。手を置いておくだけで大丈夫。後はこっちでやるからさ。大丈夫そう?
これお嬢たちに見せたらドン引きしてたからさ、触れる?」
ディーは京太郎の様子を探っているようだった。京太郎の秘密を暴こうとしているのではない。本当に気分が悪くなっていたら大変であるから、気を使っているだけのことである。
もしも無理そうなら、それはそれでしょうがないという気持ちもあるので、ディーは無理にというようには考えていない。断られれば、ゆっくり走ってゆっくり帰ればいいだけのことだからだ。
自分たちの安全と、お嬢様の愚痴とならばディーは自分たちの安全を優先するつもりである。
心配そうにしているディーに京太郎が応えた。
「大丈夫ですよ。しかしすごいですねこれ。なんというか、ヤバイのが俺でもわかるっていうか」
強がっていた。しかし、いやだといっているわけではない。ただの感想である。
感想をつぶやいた京太郎は自分の手を奇妙な長方形の金属の箱に置いた。実に恐る恐る触れていた。口では強がってはいたけれども流石によくわからないものに触れるというのは勇気がいる行為だった。
またものすごくおかしなものに力を注ぐのだから、恐れる気持ちもある。しかしそうしなければ間に合わないというのならば
「しょうがない」
で抑えられる。そのくらいの嫌悪感だ。たいしたことではない。たいしたことがないのだから、触るだろう。
金属の箱に手を触れた京太郎は、わずかに顔をしかめた。細長い金属の箱に触れている手のひらから、自分の体内に抱えているエネルギーが抜け落ちていくのが感じられたのである。
これがよくなかった。この抜け落ちていくエネルギーの感覚というのが、どうにも変な感じだったのだ。
ほんの少しだけふれるのならば、気がつかないだろうけれども、じっと触り続けたままであればどうにももぞもぞとしていやな感じだった。
また、金属の箱がエネルギーを吸い取るに従い、わずかに京太郎はほうけた。集中力が弱まっていくのだ。この変化を京太郎は一人で納得してしまった。
「あぁ、ハギヨシさんが言っていたのは、こういうことか」と
京太郎の様子が変わり始めたところでディーが言った。
「ありがとう須賀くん。一応、中間地点は無事みたいだから、そこまで耐えてほしい」
すでにディーはアクセルを踏み込んでいた。京太郎からエネルギーを受け取っているのだ。無駄な時間をすごすわけにはいかなかった。
そうして、思い切りアクセルを踏み込んだ。だからであろう。車はとんでもない勢いで加速を始め、あっという間に道だけで出来上がった異界を駆け抜けていった。
京太郎のエネルギーを受け取ったディーの運転する車は異常な挙動を繰り返していた。アクセルを踏み込んでからすぐのことである。
車が飛んだりハネたりし始めたのだ。もともと異界の道にガードレールなどはない。当然信号機もなければ取り締まりの警察官もいない。かなり無謀な運転をしてもまったく問題ない。
そんな道を走っているためディーの運転するスポーツカーは勢いに任せて道を飛び出して、まったく別の道に乗り移ってみたり、急激な方向転換をかけて道を進んでいくのだった。
ディー自体は安全運転をモットーにしているのだけれども、道が絡み合った異界の形が変わっているために、どうしても探索しながら移動しなくてはならなかった。
また、急いでいるということがあるので、荒々しい運転になってしまうのだった。さながらジェットコースターのようだけれどもおそらくディーの運転する車のほうが、何百キロか速く動いているだろう。
車の中はとんでもないうねりが起きていたが、まったく二人とも問題なさそうだった。
運転席に座っているディーはせわしなく目を動かしていた。道を探しているのだ。道で埋め尽くされている異界の形を見逃さずに、自分の目的地に向けて走るためだ。情報収集に必死行い、自分の地図を作り上げていっていた。
一方で、京太郎は目の前の景色をみているばかりだった。京太郎の右手は金属の箱の上に置かれているままである。何か手伝えるようなことがあればいいのだが、残念なことに京太郎にできることは何もない。
一生懸命になって運転しているディーに声をかけるというのは気が引けるわけで、京太郎にできることといえば、あちらこちらに伸びて、絡まっている道を眺めるくらいのものだった。
がんがん先に進んでいくスポーツカーのなかでディーが京太郎に声をかけた。
「須賀くんのマグネタイトはさぁ。すごいね」
耐えている京太郎の、気を紛らわせるためである。ディーは自分の運転しているスポーツカーがそれなりにエネルギーを使うというのを知っている。そして、京太郎が大体どのくらいのマグネタイト容量なのかというのも把握できている。
そのため、あまり長い時間京太郎に協力してもらっていたら、京太郎の調子が崩れるだろうという予想を立てられていた。そして、エネルギーが車に流れ続けているというのを考えれば、あまりいい気分ではないだろうというのも、予想ができたのだ。
そのため彼は何とかしてやりたいと思うようになり、声をかけたのである。
声をかけてきたディーに京太郎がこういった。
「すごいって何がです?」
さっぱりいいたいことがわからない京太郎は困っていた。あいまいな笑みを浮かべていた。
京太郎は、悪魔だとかサマナーが生きている世界の常識というのをさっぱり知らない。そのため、業界の当たり前だとかレアケースというのがわからない。
当然だけれどもマグネタイトがいいとか、悪いとかいう感覚もわからないのだった。
「これがこの車の心臓部分、というと正確じゃないがまぁ、そういう感じ。
須賀くんにはこいつにマグネタイトを吸わせてやってほしいのよ。手を置いておくだけで大丈夫。後はこっちでやるからさ。大丈夫そう?
これお嬢たちに見せたらドン引きしてたからさ、触れる?」
ディーは京太郎の様子を探っているようだった。京太郎の秘密を暴こうとしているのではない。本当に気分が悪くなっていたら大変であるから、気を使っているだけのことである。
もしも無理そうなら、それはそれでしょうがないという気持ちもあるので、ディーは無理にというようには考えていない。断られれば、ゆっくり走ってゆっくり帰ればいいだけのことだからだ。
自分たちの安全と、お嬢様の愚痴とならばディーは自分たちの安全を優先するつもりである。
心配そうにしているディーに京太郎が応えた。
「大丈夫ですよ。しかしすごいですねこれ。なんというか、ヤバイのが俺でもわかるっていうか」
強がっていた。しかし、いやだといっているわけではない。ただの感想である。
感想をつぶやいた京太郎は自分の手を奇妙な長方形の金属の箱に置いた。実に恐る恐る触れていた。口では強がってはいたけれども流石によくわからないものに触れるというのは勇気がいる行為だった。
またものすごくおかしなものに力を注ぐのだから、恐れる気持ちもある。しかしそうしなければ間に合わないというのならば
「しょうがない」
で抑えられる。そのくらいの嫌悪感だ。たいしたことではない。たいしたことがないのだから、触るだろう。
金属の箱に手を触れた京太郎は、わずかに顔をしかめた。細長い金属の箱に触れている手のひらから、自分の体内に抱えているエネルギーが抜け落ちていくのが感じられたのである。
これがよくなかった。この抜け落ちていくエネルギーの感覚というのが、どうにも変な感じだったのだ。
ほんの少しだけふれるのならば、気がつかないだろうけれども、じっと触り続けたままであればどうにももぞもぞとしていやな感じだった。
また、金属の箱がエネルギーを吸い取るに従い、わずかに京太郎はほうけた。集中力が弱まっていくのだ。この変化を京太郎は一人で納得してしまった。
「あぁ、ハギヨシさんが言っていたのは、こういうことか」と
京太郎の様子が変わり始めたところでディーが言った。
「ありがとう須賀くん。一応、中間地点は無事みたいだから、そこまで耐えてほしい」
すでにディーはアクセルを踏み込んでいた。京太郎からエネルギーを受け取っているのだ。無駄な時間をすごすわけにはいかなかった。
そうして、思い切りアクセルを踏み込んだ。だからであろう。車はとんでもない勢いで加速を始め、あっという間に道だけで出来上がった異界を駆け抜けていった。
京太郎のエネルギーを受け取ったディーの運転する車は異常な挙動を繰り返していた。アクセルを踏み込んでからすぐのことである。
車が飛んだりハネたりし始めたのだ。もともと異界の道にガードレールなどはない。当然信号機もなければ取り締まりの警察官もいない。かなり無謀な運転をしてもまったく問題ない。
そんな道を走っているためディーの運転するスポーツカーは勢いに任せて道を飛び出して、まったく別の道に乗り移ってみたり、急激な方向転換をかけて道を進んでいくのだった。
ディー自体は安全運転をモットーにしているのだけれども、道が絡み合った異界の形が変わっているために、どうしても探索しながら移動しなくてはならなかった。
また、急いでいるということがあるので、荒々しい運転になってしまうのだった。さながらジェットコースターのようだけれどもおそらくディーの運転する車のほうが、何百キロか速く動いているだろう。
車の中はとんでもないうねりが起きていたが、まったく二人とも問題なさそうだった。
運転席に座っているディーはせわしなく目を動かしていた。道を探しているのだ。道で埋め尽くされている異界の形を見逃さずに、自分の目的地に向けて走るためだ。情報収集に必死行い、自分の地図を作り上げていっていた。
一方で、京太郎は目の前の景色をみているばかりだった。京太郎の右手は金属の箱の上に置かれているままである。何か手伝えるようなことがあればいいのだが、残念なことに京太郎にできることは何もない。
一生懸命になって運転しているディーに声をかけるというのは気が引けるわけで、京太郎にできることといえば、あちらこちらに伸びて、絡まっている道を眺めるくらいのものだった。
がんがん先に進んでいくスポーツカーのなかでディーが京太郎に声をかけた。
「須賀くんのマグネタイトはさぁ。すごいね」
耐えている京太郎の、気を紛らわせるためである。ディーは自分の運転しているスポーツカーがそれなりにエネルギーを使うというのを知っている。そして、京太郎が大体どのくらいのマグネタイト容量なのかというのも把握できている。
そのため、あまり長い時間京太郎に協力してもらっていたら、京太郎の調子が崩れるだろうという予想を立てられていた。そして、エネルギーが車に流れ続けているというのを考えれば、あまりいい気分ではないだろうというのも、予想ができたのだ。
そのため彼は何とかしてやりたいと思うようになり、声をかけたのである。
声をかけてきたディーに京太郎がこういった。
「すごいって何がです?」
さっぱりいいたいことがわからない京太郎は困っていた。あいまいな笑みを浮かべていた。
京太郎は、悪魔だとかサマナーが生きている世界の常識というのをさっぱり知らない。そのため、業界の当たり前だとかレアケースというのがわからない。
当然だけれどもマグネタイトがいいとか、悪いとかいう感覚もわからないのだった。
49: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:37:35.19 ID:Joyq1BtQ0
何が言いたいのか理解できない困っている京太郎にディーがこういった。
「味だよ味。マグネタイトがブランデーみたいな味がするのよ」
ディーもまた困っていた。いまいち説明しにくい問題だったからだ。マグネタイトには人それぞれ微妙に違った匂いと味のようなものがあるのだ。
ディーはそれを説明しようと思ったのだけれども、自分の味覚だとか嗅覚について説明をするというのは難しく、またどうしてそうなっているのかという理屈を説明しようにもさっぱり解き明かされていない領域であった。
そのためはなしを振っておいて、自分が困ることになったのだ。
ディーがこういうので京太郎がいやな顔をした。そしてこういった。
「俺の仲魔も同じようなことをいってましたけど、マグネタイトに味なんてあるんすか?
あと飲酒運転はだめですよ」
マグネタイトに味がついているという話よりも車の運転中に運転手が酔っ払うといういやなイメージが浮かんだのだ。
マグネタイトで酔っ払うのかどうかというのはさっぱりわからない。しかし、酒によく似ているのだと本人がいっている。
ならば何かあっても不思議ではないだろうというように思ってしまう。心配しすぎとはいえないだろう。
特にデジタルスピードメーターが百キロをきらないままで移動し続けているのだ。たまったものではない。
事故の心配をしている京太郎を見てディーがこういった。
「酔っ払ったりしないから大丈夫だ。そんな顔しないでくれよ。たとえ話だよたとえ話。
まぁ、須賀ちゃんは契約主だからマグネタイトを受け取ることはないだろうけど、マグネタイトには微妙に個人差があっていろいろと特徴があったりするのさ。
まぁ、普通は香るレベルなんだけどね。花の匂いみたいな人もいれば、くさくてしょうがない人もいる。
ほんの少し香るだけでもかなり珍しいけど、須賀ちゃんみたいな酒みたいなのは始めてかな。しかも味覚にまで届いてる。
ハギちゃんの仲魔になって六年の間にいろいろなマグネタイトとであったけど、ここまで特殊なのは初めてだわ」
言い訳にしか見えなかった。実際いいわけである。問題ないとディーは言った。しかし不思議なことでどういう理屈なのか微妙にディーに変化がおき始めているのだ。内心ディーは思う。
「もしも、直接マグネタイトをやり取りしていたら俺でもやばかっただろう」
なんとも微妙な空気が流れ始めた。それから少したち、車が大きく揺れた。道を大きく外れて、別の道に飛び移ったのだ。
映画のスタントでやるような動きそっくりだった。しかししょうがないことである。何せ別の道に飛び移らなければ、行き止まりになるのだ。
この行き止まりの先には何もない。大きな穴があるだけだ。光の届かない深い穴。奈落にでも続いているのだろう。
もしも車で突っ込んでいったとしたら、後は落ちていくだけだった。それを回避するためには、少しばかり無茶をする必要があった。
無理な動きを連続して続ける車の中で京太郎はディーに質問をした。少し気になったからだ。
「ディーさんは人の世界で長くないんですか?」
世間話をするような調子である。ディーの話を聞いていると、長い間人間の世界で生きてこなかったような言い方をしたように聞こえたのだ。
特に六年間しかマグネタイトの味について経験がないというのだから、見た目とずいぶん違っているではないか。
ぱっとみたところディーは二十代後半である。スーツを着ている姿は決まっている。
まったく何もエネルギー補給をせずにここまで生きてこれるわけがない。
もちろん、アンヘルのようなタイプということも考えられる。つまり大本から情報だけを移されて完成して生まれてきたタイプの悪魔だ。
京太郎はディーもその類ではないかと考えたのだ。
京太郎が質問をするとディーは少しもごもごとしてから応えた。
「鋭いねぇ。でも、須賀ちゃんが思っているのとは少し違うかもね。
俺はもともと人間だったのよ。で、いろいろとあって今は魔人、といっても正体不明の存在って意味だけどね。
人間でもなければ悪魔でもないってタイプ。
普通の人間だったときはサラリーマンで、ドライブが趣味だった。ハギちゃんとは同級生だった」
ディーはできるだけ明るく振舞っていた。自分が魔人という存在なのだというのはあまり気にしていることではないのだ。
しかし、この話を人に聞かせると大体が、申し訳なさそうな顔をする。暗い顔をして無遠慮だったというような反省をするのだ。それがどうにも、嫌いだった。
ディーは何も困ったことなどない。困ったとすれば、感覚がとがりすぎて一ヶ月ほど面倒だったことくらいである。
申し訳なさそうにされるのが、困るのだ。だから、明るく振舞うのだ。あまり暗くなってくれるなよと。
50: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:40:23.92 ID:Joyq1BtQ0
ディーの答えを聞いて京太郎は表情を曇らせた。そしてこういった。
「すみませんなんか、聞いちゃいけないことを」
何かあったのだとすぐに察せられたのだ。悪魔たちが存在し悪魔たちと契約する者たちがいる世界だ。
人に話せないような薄暗い道を歩くこともあるだろう。
京太郎は、自分自身がそういう道を歩いてきたものだから、無遠慮に踏み込んだことを申し訳なく思ったのだ。
申し訳なさそうにする京太郎に、ディーが応えた。
「ぜんぜん、たいしたことじゃないさ。魔人になったからといって死んだわけじゃない。むしろぴんぴんしてる。
確かに立場はハギちゃんの仲魔だ。でもきっちり給料が出てる。税金もきっちり払っているし、親に仕送りもできてる。
それに趣味だったドライブを全力で楽しむことができて退屈しない。まぁ、ちょっといろいろなところと、もめたけど楽しい六年間だった」
嘘はない。魔人というよくわからない存在になってしまったけれどもしっかりと生きている。そして、それなりに満足した生活を送ることができている。
とくに自分の趣味だったドライブを全力で行えるというのはサラリーマンをしていたときよりもずっといいだろう。
サラリーマンだったころにはドライブに行くような余裕はなかったのだから、いくらかましである。だから、嘘ではない。
ディーが応えるのを聞いて京太郎がわらった。ディーがずいぶん楽しそうに笑ったからだ。ディーに釣られて京太郎も笑っていた。
少し景色が開けてきて、遠くに大きな山が見え始めたところでディーが京太郎にこういった。
「まぁ、なっちゃったらどうしようもないからね。楽しまなくちゃ。
今は感覚がとがって麻雀が面白くないかもしれないけど、一週間も我慢すれば楽しめるようになるよ。ハギちゃんの見立ては大体当たるからね」
麻雀の話をしたのは京太郎の趣味というのが麻雀だと思っていたからである。麻雀の話がしたいわけではない。
ただ、趣味の話をして、暗くなった空気を変えていこうとしたのだ。
京太郎は少し困った。左手で自分の頭をかいた。そしてこういった。
「一週間……ですか」
喜んではいなかった。
確かに京太郎は麻雀部に所属している。しかし麻雀に京太郎は重きを置いていなかった。本当に熱中できているのかと問われたら、素直に熱中していると答えられないだろう。特に麻雀はもういいと思ってしまっている。鋭くとがった感覚が何もかもをはっきりとさせすぎた。
その体験は退屈を感じさせるのに十分だった。
しかし悲しいとは思っていない。惜しいとも思っていない。
仮に力を発散できるようになり、力を抑えられるようになったとしてもまた昔のように楽しめるかといえばありえないだろう。
困っている京太郎に、ディーがいった。
「まぁ、そのうちよくなるさ。そうしたらやってみればいい。
そろそろ、中間地点に着くよ、そこで少し休憩しよう。須賀ちゃんのおかげで、かなりショートカットできた。
ありがとう。後は普通に走れば間に合うはず。これならお嬢にどやされなくてすむ」
ディーは少しだけ微笑んでいた。京太郎の困っている様子というのが、青春しているように見えたのだ。そうして
「自分が少年だった時代にもこういう風に悩んだことが合ったのではないだろうか」
このように考えてそろそろ自分もおっさんなのだなとおかしくなった。
「すみませんなんか、聞いちゃいけないことを」
何かあったのだとすぐに察せられたのだ。悪魔たちが存在し悪魔たちと契約する者たちがいる世界だ。
人に話せないような薄暗い道を歩くこともあるだろう。
京太郎は、自分自身がそういう道を歩いてきたものだから、無遠慮に踏み込んだことを申し訳なく思ったのだ。
申し訳なさそうにする京太郎に、ディーが応えた。
「ぜんぜん、たいしたことじゃないさ。魔人になったからといって死んだわけじゃない。むしろぴんぴんしてる。
確かに立場はハギちゃんの仲魔だ。でもきっちり給料が出てる。税金もきっちり払っているし、親に仕送りもできてる。
それに趣味だったドライブを全力で楽しむことができて退屈しない。まぁ、ちょっといろいろなところと、もめたけど楽しい六年間だった」
嘘はない。魔人というよくわからない存在になってしまったけれどもしっかりと生きている。そして、それなりに満足した生活を送ることができている。
とくに自分の趣味だったドライブを全力で行えるというのはサラリーマンをしていたときよりもずっといいだろう。
サラリーマンだったころにはドライブに行くような余裕はなかったのだから、いくらかましである。だから、嘘ではない。
ディーが応えるのを聞いて京太郎がわらった。ディーがずいぶん楽しそうに笑ったからだ。ディーに釣られて京太郎も笑っていた。
少し景色が開けてきて、遠くに大きな山が見え始めたところでディーが京太郎にこういった。
「まぁ、なっちゃったらどうしようもないからね。楽しまなくちゃ。
今は感覚がとがって麻雀が面白くないかもしれないけど、一週間も我慢すれば楽しめるようになるよ。ハギちゃんの見立ては大体当たるからね」
麻雀の話をしたのは京太郎の趣味というのが麻雀だと思っていたからである。麻雀の話がしたいわけではない。
ただ、趣味の話をして、暗くなった空気を変えていこうとしたのだ。
京太郎は少し困った。左手で自分の頭をかいた。そしてこういった。
「一週間……ですか」
喜んではいなかった。
確かに京太郎は麻雀部に所属している。しかし麻雀に京太郎は重きを置いていなかった。本当に熱中できているのかと問われたら、素直に熱中していると答えられないだろう。特に麻雀はもういいと思ってしまっている。鋭くとがった感覚が何もかもをはっきりとさせすぎた。
その体験は退屈を感じさせるのに十分だった。
しかし悲しいとは思っていない。惜しいとも思っていない。
仮に力を発散できるようになり、力を抑えられるようになったとしてもまた昔のように楽しめるかといえばありえないだろう。
困っている京太郎に、ディーがいった。
「まぁ、そのうちよくなるさ。そうしたらやってみればいい。
そろそろ、中間地点に着くよ、そこで少し休憩しよう。須賀ちゃんのおかげで、かなりショートカットできた。
ありがとう。後は普通に走れば間に合うはず。これならお嬢にどやされなくてすむ」
ディーは少しだけ微笑んでいた。京太郎の困っている様子というのが、青春しているように見えたのだ。そうして
「自分が少年だった時代にもこういう風に悩んだことが合ったのではないだろうか」
このように考えてそろそろ自分もおっさんなのだなとおかしくなった。
51: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:51:36.61 ID:Joyq1BtQ0
この会話から三分後、スポーツカーは大きなビルような建物が立っている場所に向かって走っていった。先ほどまでの運転とは打って変わって非常に緩やかな動きと丁寧な移動だった。というのが、今までとは事情が少し違っているからなのだ。
今まで無茶な運転をディーが行えたのは周りに人の気配がなかったからである。無限に広がる道だけの異界でしかも事故の危険性が限りなく低かったために四桁近い速度で移動ができていたのだ。
しかし、ここからは違う。ここからは人がたくさん集まってきて、スピードを上げすぎると事故が起きる可能性が高くなる。それはとても困る。
だから一般の道を通るのと同じように丁寧な動きに変わったのである。
大きなビルを見て京太郎はまたもや、固まった。目の前に広がる光景に開いた口がふさがっていない。
何せ今スポーツカーが目指して走っている大きなビルはビルではないのだ。
遠くから見ると大きなビルに見えるのだが、近寄ってみると間違えているというのがわかる。
このビルは古い時代の建物から、最近の建物までがひとつの場所に集まって地層のように積みあがっているのだ。今の建築基準法で考えると完全に違法物件である。しかし不思議なことにまったく壊れる様子を見せない。むしろ安定しているように見えた。
建物が地層のように積みあがっている休憩所に到着するとディーがこういった。
「それじゃあ、十分間休憩で。あまり遠くに言っちゃだめだよ。迷ったら面倒だから。
トイレなら建物の中にあるからね。すぐに見つかると思う。
俺はハギちゃんに中間報告をしておくから、後で合流で。もしも道に迷ったら帽子のヤタガラスのエンブレムをしっかりと持っていてくれたらいい。
俺が見つけにいく」
ディーはそういうと運転席から降りた。運転席から降りたディーは大きく背伸びをしていた。そして携帯電話を取り出してハギヨシに連絡を取り始めた。
ディーが連絡を取り始めるのをみて京太郎は助手席から降りた。特に、用事があるわけではない。せっかくよくわからない奇妙な世界に来たのだから少し景色でも見ておこうと思ったのだ。
京太郎が車から降りると勝手に鍵が閉まった。京太郎は少し車を眺めていた。かなり不思議だったのだ。自動的に車の鍵がかかるということが不思議だったわけではない。今まで自分が乗っていた車の中と車の外とでずいぶんと空気が違っていることが不思議だったのだ。
ディーが車の中身を少しいじくっているという話をしていたが、これがそうなのかもしれないと京太郎は一人で納得していた。
あまりスポーツカーを見ていてもしょうがないので、ふらふらと京太郎は動き出した。歩き始めたとき、ほんの少しだけふらついた。
しかしすぐに持ち直して歩き始めた。京太郎はまったく問題ないと思っていたのだけれども、スポーツカーに吸い取られたエネルギーというのはそれなりに多かったのだ。
しかし、苦しくて動けなくなるような負担ではなかった。
「景色を見るのにいい場所はないだろうか」
そんな気持ちでふらついていた京太郎は展望台のような場所を見つけた。展望台らしき場所にはベンチが並んでいて、観光名所にあるような望遠鏡がおいてあった。また、すぐそばには石碑のようなものがたっていた。
この石碑は一メートルほどの大きさで、蛇のようなレリーフが刻まれていた。蛇というのは少し恐ろしいが、まったくこのレリーフからは恐ろしい感じがしない。
なぜならこのレリーフは妙なデフォルメがされていたからである。
展望台で景色でも見ようかといって近づいていた京太郎が足を止めた。ベンチに寝転がっている人がいるのに気がついたのである。
大人一人が横になれるような大きさがベンチにある。そのベンチのひとつにワイシャツとズボンという格好をしていて革靴を履いた男性が寝転がっている。
右手で顔を隠しているのでどういう人相なのかはわからない。人の気配というのを感じていなかったので京太郎はずいぶん驚いた。
自分以外に誰かが人がいると認めた京太郎は足音を小さくした。今までは無遠慮に刻まれていた足音が一気になくなった。
京太郎はベンチに寝転がっている人が気分でも悪くしているのだろうと考えたのだ。もしくは眠りたい人なのだろうと。
どちらにしてもあまり大きな音を立てるというのはよろしくない。そう考えた京太郎は、邪魔にならないように気配を消したのである。
展望台に到着して道だけで出来上がっている異界の奇妙な光景を京太郎が見ていると、ベンチで寝転がっている人がうめいた。
ずいぶんと辛そうな声だった。声の感じからそこそこ年をとった男性であることがわかった。京太郎の存在がうっとうしいからうめいたのではない。抑えきれない気分の悪さから逃れたいという気持ちが、うめき声に変わっているのだ。
ひどいうめき声を聞いた京太郎は何事かと振り返った。ベンチで人が休んでいることはよくわかっていたのもあって、反応するのは早かった。
京太郎が振り返ったところでは、ベンチで寝転がっていた人が起き上がって頭を抑えていた。三十代後半か、四十台に入ったようなおっさんだった。
顔色が非常に悪かった。今にも死にそうな調子である。このおっさんは気分の悪さに耐えかねて、起き上がったのだ。寝転がっているのもつらい状態なのだ。
うめいているおっさんを前にして少し考えてから京太郎は近寄って、こういった。
「大丈夫ですか?」
少し考えたのはここで声をかけていいのだろうかと悩んだからだ。もしも普通の世界でであったのならば、声をかけるくらいは問題はないだろう。
しかしここは普通の世界ではない。話しかけたら気分を悪くするような人もいるだろう。それを考えたのだった。しかし、京太郎は目の前であまりに辛そうにしているおっさんを見て、声をかけることに決めた。
ここで何もせずにどこかにいくというのは流石に心苦しかったのだ。
今まで無茶な運転をディーが行えたのは周りに人の気配がなかったからである。無限に広がる道だけの異界でしかも事故の危険性が限りなく低かったために四桁近い速度で移動ができていたのだ。
しかし、ここからは違う。ここからは人がたくさん集まってきて、スピードを上げすぎると事故が起きる可能性が高くなる。それはとても困る。
だから一般の道を通るのと同じように丁寧な動きに変わったのである。
大きなビルを見て京太郎はまたもや、固まった。目の前に広がる光景に開いた口がふさがっていない。
何せ今スポーツカーが目指して走っている大きなビルはビルではないのだ。
遠くから見ると大きなビルに見えるのだが、近寄ってみると間違えているというのがわかる。
このビルは古い時代の建物から、最近の建物までがひとつの場所に集まって地層のように積みあがっているのだ。今の建築基準法で考えると完全に違法物件である。しかし不思議なことにまったく壊れる様子を見せない。むしろ安定しているように見えた。
建物が地層のように積みあがっている休憩所に到着するとディーがこういった。
「それじゃあ、十分間休憩で。あまり遠くに言っちゃだめだよ。迷ったら面倒だから。
トイレなら建物の中にあるからね。すぐに見つかると思う。
俺はハギちゃんに中間報告をしておくから、後で合流で。もしも道に迷ったら帽子のヤタガラスのエンブレムをしっかりと持っていてくれたらいい。
俺が見つけにいく」
ディーはそういうと運転席から降りた。運転席から降りたディーは大きく背伸びをしていた。そして携帯電話を取り出してハギヨシに連絡を取り始めた。
ディーが連絡を取り始めるのをみて京太郎は助手席から降りた。特に、用事があるわけではない。せっかくよくわからない奇妙な世界に来たのだから少し景色でも見ておこうと思ったのだ。
京太郎が車から降りると勝手に鍵が閉まった。京太郎は少し車を眺めていた。かなり不思議だったのだ。自動的に車の鍵がかかるということが不思議だったわけではない。今まで自分が乗っていた車の中と車の外とでずいぶんと空気が違っていることが不思議だったのだ。
ディーが車の中身を少しいじくっているという話をしていたが、これがそうなのかもしれないと京太郎は一人で納得していた。
あまりスポーツカーを見ていてもしょうがないので、ふらふらと京太郎は動き出した。歩き始めたとき、ほんの少しだけふらついた。
しかしすぐに持ち直して歩き始めた。京太郎はまったく問題ないと思っていたのだけれども、スポーツカーに吸い取られたエネルギーというのはそれなりに多かったのだ。
しかし、苦しくて動けなくなるような負担ではなかった。
「景色を見るのにいい場所はないだろうか」
そんな気持ちでふらついていた京太郎は展望台のような場所を見つけた。展望台らしき場所にはベンチが並んでいて、観光名所にあるような望遠鏡がおいてあった。また、すぐそばには石碑のようなものがたっていた。
この石碑は一メートルほどの大きさで、蛇のようなレリーフが刻まれていた。蛇というのは少し恐ろしいが、まったくこのレリーフからは恐ろしい感じがしない。
なぜならこのレリーフは妙なデフォルメがされていたからである。
展望台で景色でも見ようかといって近づいていた京太郎が足を止めた。ベンチに寝転がっている人がいるのに気がついたのである。
大人一人が横になれるような大きさがベンチにある。そのベンチのひとつにワイシャツとズボンという格好をしていて革靴を履いた男性が寝転がっている。
右手で顔を隠しているのでどういう人相なのかはわからない。人の気配というのを感じていなかったので京太郎はずいぶん驚いた。
自分以外に誰かが人がいると認めた京太郎は足音を小さくした。今までは無遠慮に刻まれていた足音が一気になくなった。
京太郎はベンチに寝転がっている人が気分でも悪くしているのだろうと考えたのだ。もしくは眠りたい人なのだろうと。
どちらにしてもあまり大きな音を立てるというのはよろしくない。そう考えた京太郎は、邪魔にならないように気配を消したのである。
展望台に到着して道だけで出来上がっている異界の奇妙な光景を京太郎が見ていると、ベンチで寝転がっている人がうめいた。
ずいぶんと辛そうな声だった。声の感じからそこそこ年をとった男性であることがわかった。京太郎の存在がうっとうしいからうめいたのではない。抑えきれない気分の悪さから逃れたいという気持ちが、うめき声に変わっているのだ。
ひどいうめき声を聞いた京太郎は何事かと振り返った。ベンチで人が休んでいることはよくわかっていたのもあって、反応するのは早かった。
京太郎が振り返ったところでは、ベンチで寝転がっていた人が起き上がって頭を抑えていた。三十代後半か、四十台に入ったようなおっさんだった。
顔色が非常に悪かった。今にも死にそうな調子である。このおっさんは気分の悪さに耐えかねて、起き上がったのだ。寝転がっているのもつらい状態なのだ。
うめいているおっさんを前にして少し考えてから京太郎は近寄って、こういった。
「大丈夫ですか?」
少し考えたのはここで声をかけていいのだろうかと悩んだからだ。もしも普通の世界でであったのならば、声をかけるくらいは問題はないだろう。
しかしここは普通の世界ではない。話しかけたら気分を悪くするような人もいるだろう。それを考えたのだった。しかし、京太郎は目の前であまりに辛そうにしているおっさんを見て、声をかけることに決めた。
ここで何もせずにどこかにいくというのは流石に心苦しかったのだ。
52: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 04:56:39.49 ID:Joyq1BtQ0
京太郎がだずねるとベンチに横たわったおっさんがこういった。
「大丈夫だ。すまねぇな。ちょっと車酔いしただけだ」
いきなり話しかけてきた京太郎を一瞬にらんだ。そしてその後すぐに断りを入れた。
まったく面識のない京太郎が話しかけたことで警戒しておっさんはにらんだのだ。しかしすぐに悪意のある人間ではないと見抜いてしまった。
というのが京太郎があまりにも無防備だったからだ。ここまで何も考えずに近寄ってこられれば警戒心はもてない。
青い顔をしたおっさんがこういうと京太郎はほっと胸をなでおろした。
うめいているおっさんが何か病気にでもかかっているのではないかという考えも京太郎は持っていたからである。
もしもそうだったとしたら京太郎にできることなどひとつもないのだ。しかしただの車酔いならおとなしくしていればそのうちよくなる。
おっさんはつらいだろうが命に別状がないのならそれでよかった。
だが、京太郎がほっとしてもおっさんは苦しそうにしているばかりだった。京太郎がほっとしても、おっさんの車酔いが直るわけではない。
回復の異能力にでも目覚めていればどうにかできたのだろうが、残念ながら京太郎にそのようなまねはできない。
ということはおっさんは時間に任せるしかないということになって、うめくばかりなのであった。
しかしあまりにもおっさんが不憫に思えた京太郎は自分のウエストポーチから栄養ドリンクとタオルを取り出した。
そして青い顔をしているおっさんに、京太郎はこういった。
「あの、これどうぞ。きくかわからないですけど、よかったら」
自分の仲魔が持たせてくれた道具を使えばもしかしたらおっさんの調子も回復するのではないかと考えたのだ。
タオルを渡したのはおっさんが脂汗を額に浮かべていてどうにも大変な様子だったからである。
京太郎がタオルと栄養ドリンクを差し出すのを見たおっさんが微笑んだ。そしてこういった。
「すまねぇな。助かるよ」
京太郎からタオルと栄養ドリンクをおっさんは受け取った。そして一気にドリンクのふたを開けて、飲み干した。
ドリンクを飲み干したおっさんはこういった。
「かぁあ! やっぱりマッスルドリンコはきくな。大分よくなってきた。
しかしすげぇな、このマッスルドリンコは、効き目が段違いだ。坊主の心遣いのおかげかな?」
元気になってきたというアピールが強かった。おっさんは京太郎に報いようとしたのだ。お前のおかげでずいぶんよくなってきた。
心配してくれてありがとうというアピールである。しかし、気遣い以上に回復量というのも半端ではなかった。これも本当であった。
市販のマッスルドリンコよりも圧倒的に回復量が上がっていたのだ。しかしおっさんはつっこんきかなかった。回復量を上げる技術を持った人材というのは存在しているからだ。
顔色が回復してきたおっさんを見て京太郎は微笑んだ。さっきまで死にそうだったおっさんが急に元気になったのがうれしかったのだ。
落ち着いてきたところでおっさんがこういった。
「本当に助かった。礼を言うぜ。俺の相棒が買出しにいってくれているはずなんだが、もしかしたら迷っているのかもしれないな」
お礼を言いながらおっさんは名刺を京太郎に渡した。名刺にはマンサーチャーという言葉が書かれてある。そしておっさんの名前だろうサガ カオルという印刷が入っていた。
おっさんが名刺を渡してきたのは京太郎への礼のつもりなのだ。もしも、何か用事ができたのならば、自分に話を持ってきてくれという、一種のコネクションである。
マンサーチャーという言葉にものめずらしさを感じて京太郎は名刺をしげしげと見つめた。
そうしていると、パイナップルみたいな髪形をした女性が京太郎とサガカオルに声をかけてきた。パイナップル頭の女性はサガカオルとは違い少し派手な格好をしていた。片手にビニール袋を提げている。そのビニール袋からは品物がすりあう音が聞こえていた。
「あら、あんたもう大丈夫なの? せっかく薬を買ってきたのに。それにその子は?」
パイナップル頭の女性は京太郎に見覚えというのがさっぱりなかった。そしてサガカオルにヤタガラスのしかも龍門渕所属の知り合いがいるとはまったく思いもしなかったのである。
不思議な顔をしているパイナップルみたいな髪型の女性にサガカオルはこう応えた。
「俺の様子を見かねて、この坊主が助けてくれたのさ」
サガカオルはすっかり回復していた。顔色がよくなり、すぐにでも動き出せそうだった。
まだ額に脂汗が浮いているけれども、それもすぐに引いていくだろう。京太郎が持ってきたマッスルドリンコが思いのほかいい効果を発揮していたのである。
これほど早く調子がよくなるものだろうかと女性が不思議に思うくらいの回復の早さだった。
53: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:02:01.24 ID:Joyq1BtQ0
サガカオルが自分の首にかかっているタオルと空になったビンを見せるとパイナップルみたいな髪形の女性がこういった。
「あらまぁ! 親切な子ね! もう、本当にごめんなさいね、この人自分の年を考えずに飲みすぎちゃって、それで車酔いなんてしちゃって。
でもよかったの? マッスルドリンコは結構使うでしょう、自分の分がなくなっちゃうわよ。それにそのタオルもおっさんくさくなって使えなくなるわよ」
見た目こそ派手な女性だが話しぶりは母親と世間話をしているお姉さんがたとよく似ていた。
パイナップル頭の女性のいいように京太郎は苦笑いを浮かべた。どういう風に返していけばいいのかが、いまいち京太郎にはわからなかったのだ。
パイナップル頭の女性のいいようにサガカオルがこういった。
「まだそこまでおっさんじゃねぇよ。それに加齢臭がタオルにつくなんて……タオル?
おいおい、このタオル、まさか! ジャガースの限定品じゃねぇか!
何やってんだ俺! 臭いがつく! しかし何でまたこんなところに」
はじめはパイナップル頭の女性に怒っていたのだが、急にあわて始めた。あわてている原因は京太郎のタオルである。
このサガカオルという男はずいぶん熱心な野球ファンなのだ。特にひいきにしている球団があるのだが、その球団が非常に珍しいファンアイテムを作ったことがある。
そのファンアイテムというのは優勝記念のタオルだ。優勝記念のタオルなど珍しくもなんともない。しかしこのタオルは事情が違うのだ。
というのが残念なことに世の中には出回っていないのである。事情はやや複雑なのだが、簡単に言ってしまえば先走りすぎたということになるだろう。
優勝確実だと思ってタオルを作ったのだが、見事にひっくり返されて世の中に出せなくなったのだ。
このサガカオルという男はこのタオルがその幻のタオルであるとすぐに見抜いたのだ。何せサガカオルも優勝確実だと思ってぬか喜びをした一人だったのだから。
いきなりあわて始めたサガカオルを見て京太郎が一歩引いた。
今まで冷静そのものだったサガカオルが尋常ではない勢いでベンチから跳ね上がり騒ぎ始めたからである。その騒ぎようというのがあまりにもひどいので、流石に京太郎も受け入れるのに時間がかかっていた。
一歩引いた京太郎を見かねて、パイナップル頭の女性がサガカオルにこういった。
「限定品のジャガースグッズは後にしなさいな。ヤタガラスの子が困ってるじゃない。
ごめんなさいね、この人ジャガースのファンでね、グッズ類に目がないのよ」
パイナップル頭の女性がこういうので、京太郎は軽くうなずいた。完全に引いていた京太郎だったが、少し持ち直していた。
熱狂的な野球ファンというのがいるというのは知識として知っていたために、こういうものなのだなと受け入れる準備ができ始めたのであった。
京太郎の頭の切り替えの速さというのはそこそこ早かった。
そろそろディーがいっていた休憩時間の十分が過ぎようとしていた。時間が過ぎかけていると感じ取り京太郎が立ち去ろうとした。
「あのそろそろ行かなくちゃならないので失礼します」
別れの挨拶をしたのは失礼になるからというのがひとつと、少し無理やりにでも別れを告げなければここから離れられないように感じたからだ。
特にパイナップル頭の女性は話し始めると返してくれないような印象があった。
京太郎が別れを告げると、サガカオルがこういった。
「まてまて、ちょっと待て。もしかしてこれ俺にくれるのか?」
ジャガースのタオルについて何もいわずに京太郎が立ち去ろうとするのをみたからである。
とんでもない限定品なのだから、返してくれないかと京太郎がいうと思っていた。もちろんのどから手が出るほどほしいので譲ってもらえるように交渉するつもりもあったのだが、何もいわずに立ち去られるとは思いもしなかった。
サガカオルの問いに京太郎はうなずいた。特に何の変化というのも京太郎にはない。くれるのかと質問されたので
「そのつもりです」
という意味合いをこめてうなずいていた。京太郎には何か大金を払ってくれとか、返してほしいとかいう気持ちはない。
京太郎にはそういう交渉を行うという気持ちがないのだ。困っているから声をかけた。脂汗が吹き出ていたのでタオルを差し出した。それだけだったのだから、それ以上のことなど頭にない。
そうするとサガカオルがこういった。
「ならちょっと待ってくれ。マッスルドリンコの御礼もしなくちゃならん!」
そういってサガカオルは立ち上がって、どこかに消えていった。今まで青い顔をして寝込んでいたおっさんの動きではなかった。京太郎の目をもってしても捕らえるのが難しい俊足を披露した。
向かっているのはサガカオルの車である。このおっさんは自分が受け取ったものの価値というのをよく知っていた。そのため、自分がこのままもらいっぱなしになるとずいぶん不公平であるというように考えたのである。
京太郎が価値を知らなかったのだから、黙っておけばいいと考えてしまえば、それまでのことである。しかし、そうすることができないタイプの人間というのがいて、そういうタイプの人間がこのおっさんだったのだ。
「あらまぁ! 親切な子ね! もう、本当にごめんなさいね、この人自分の年を考えずに飲みすぎちゃって、それで車酔いなんてしちゃって。
でもよかったの? マッスルドリンコは結構使うでしょう、自分の分がなくなっちゃうわよ。それにそのタオルもおっさんくさくなって使えなくなるわよ」
見た目こそ派手な女性だが話しぶりは母親と世間話をしているお姉さんがたとよく似ていた。
パイナップル頭の女性のいいように京太郎は苦笑いを浮かべた。どういう風に返していけばいいのかが、いまいち京太郎にはわからなかったのだ。
パイナップル頭の女性のいいようにサガカオルがこういった。
「まだそこまでおっさんじゃねぇよ。それに加齢臭がタオルにつくなんて……タオル?
おいおい、このタオル、まさか! ジャガースの限定品じゃねぇか!
何やってんだ俺! 臭いがつく! しかし何でまたこんなところに」
はじめはパイナップル頭の女性に怒っていたのだが、急にあわて始めた。あわてている原因は京太郎のタオルである。
このサガカオルという男はずいぶん熱心な野球ファンなのだ。特にひいきにしている球団があるのだが、その球団が非常に珍しいファンアイテムを作ったことがある。
そのファンアイテムというのは優勝記念のタオルだ。優勝記念のタオルなど珍しくもなんともない。しかしこのタオルは事情が違うのだ。
というのが残念なことに世の中には出回っていないのである。事情はやや複雑なのだが、簡単に言ってしまえば先走りすぎたということになるだろう。
優勝確実だと思ってタオルを作ったのだが、見事にひっくり返されて世の中に出せなくなったのだ。
このサガカオルという男はこのタオルがその幻のタオルであるとすぐに見抜いたのだ。何せサガカオルも優勝確実だと思ってぬか喜びをした一人だったのだから。
いきなりあわて始めたサガカオルを見て京太郎が一歩引いた。
今まで冷静そのものだったサガカオルが尋常ではない勢いでベンチから跳ね上がり騒ぎ始めたからである。その騒ぎようというのがあまりにもひどいので、流石に京太郎も受け入れるのに時間がかかっていた。
一歩引いた京太郎を見かねて、パイナップル頭の女性がサガカオルにこういった。
「限定品のジャガースグッズは後にしなさいな。ヤタガラスの子が困ってるじゃない。
ごめんなさいね、この人ジャガースのファンでね、グッズ類に目がないのよ」
パイナップル頭の女性がこういうので、京太郎は軽くうなずいた。完全に引いていた京太郎だったが、少し持ち直していた。
熱狂的な野球ファンというのがいるというのは知識として知っていたために、こういうものなのだなと受け入れる準備ができ始めたのであった。
京太郎の頭の切り替えの速さというのはそこそこ早かった。
そろそろディーがいっていた休憩時間の十分が過ぎようとしていた。時間が過ぎかけていると感じ取り京太郎が立ち去ろうとした。
「あのそろそろ行かなくちゃならないので失礼します」
別れの挨拶をしたのは失礼になるからというのがひとつと、少し無理やりにでも別れを告げなければここから離れられないように感じたからだ。
特にパイナップル頭の女性は話し始めると返してくれないような印象があった。
京太郎が別れを告げると、サガカオルがこういった。
「まてまて、ちょっと待て。もしかしてこれ俺にくれるのか?」
ジャガースのタオルについて何もいわずに京太郎が立ち去ろうとするのをみたからである。
とんでもない限定品なのだから、返してくれないかと京太郎がいうと思っていた。もちろんのどから手が出るほどほしいので譲ってもらえるように交渉するつもりもあったのだが、何もいわずに立ち去られるとは思いもしなかった。
サガカオルの問いに京太郎はうなずいた。特に何の変化というのも京太郎にはない。くれるのかと質問されたので
「そのつもりです」
という意味合いをこめてうなずいていた。京太郎には何か大金を払ってくれとか、返してほしいとかいう気持ちはない。
京太郎にはそういう交渉を行うという気持ちがないのだ。困っているから声をかけた。脂汗が吹き出ていたのでタオルを差し出した。それだけだったのだから、それ以上のことなど頭にない。
そうするとサガカオルがこういった。
「ならちょっと待ってくれ。マッスルドリンコの御礼もしなくちゃならん!」
そういってサガカオルは立ち上がって、どこかに消えていった。今まで青い顔をして寝込んでいたおっさんの動きではなかった。京太郎の目をもってしても捕らえるのが難しい俊足を披露した。
向かっているのはサガカオルの車である。このおっさんは自分が受け取ったものの価値というのをよく知っていた。そのため、自分がこのままもらいっぱなしになるとずいぶん不公平であるというように考えたのである。
京太郎が価値を知らなかったのだから、黙っておけばいいと考えてしまえば、それまでのことである。しかし、そうすることができないタイプの人間というのがいて、そういうタイプの人間がこのおっさんだったのだ。
54: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:06:58.77 ID:Joyq1BtQ0
すばやいサガカオルを見て京太郎が呆然としているとパイナップル頭の女性がこういった。
「急に元気になっちゃって。ごめんなさいね。本当に」
あきれ気味であったが、喜んでいるようなところもあった。今までひどい顔色をして困っていた自分の相棒が、元気に満ち溢れて駆け回っているのだ。
そこそこ年齢を積んでいる人間がはしゃぎまわっているのは、どうにも言いようのない気分にさせるけれども、それはそれこれはこれという風情である。
あきれているようだけれどもうれしそうなパイナップル頭の女性に京太郎はこう返した。
「いえ、別にそんな」
苦笑いを浮かべていた。急に元気になったことに驚いたのではない。自分の目で追いきれないスピードでおっさんが駆け回ったのを驚いたのである。
自分自身もそれなりに動けるという自信が京太郎にはあったのだ。しかしサガカオルは更に上を行っていた。そしてなんとなくうれしくなっていた。
パイナップル頭の女性がこういった。
「そういえば自己紹介をしてなかったわね。私の名前はサガウララ。マンサーチャー、人探しを仕事にしているわ。
もしも何か聞きたいことがあったらこの名刺に番号が載っているから、ここにかけてね。
ヤタガラスとは何度か仕事をしたことがあるから気にせずにかけてくれたらいいわよ」
そういって二枚目の名刺を京太郎に渡した。サガカオルから受け取った名刺とよく似た名刺だった。
名前のところがサガウララとなっているところだけが違っている。
京太郎が二枚目の名刺を受け取ったところでサガカオルが帰ってきた。
首にかけていたタオルはすでになく、代わりに布に包まれた何かを小脇に抱えていた。サガカオルは短い時間の間に限定品のタオルと京太郎の手当ての礼を見繕ってきたのである。
そしてサガカオルは京太郎に抱えてきた布の包みを渡した。京太郎は手渡された布に包まれた何かを解いてみた。
すると布の奥に小さな拳銃が収まっていた。小さな拳銃はデリンジャーという種類である。
妙な金属で出来上がっていて人肌のような温度があった。京太郎はこの拳銃に触れたとき懐かしいものにふれたような気がした。
デリンジャーを京太郎に渡したサガカオルはこういった。
「オリハルコンで作られた拳銃だ。かなり質のいい武器で持ち主の魔力を吸って弾を作ってくれる。タオルとドリンクのお礼だ。もっていってくれ。
俺も相棒もつかわねぇからな。扱いに困っていたんだ」
サガカオルとサガウララが拳銃を使わないのは本当である。しかし、扱いに困っていたというのはやや嘘がある。
このデリンジャーをほしがるものは数え切れないほど存在している。売れば大金になるだろう。
これをあえてもってきたのは、京太郎から受け取ったものの対価としてちょうどいいものがこれだけだったからである。
オリハルコンでできたデリンジャーを京太郎が眺めているとサガカオルとパイナップル頭の女性はどこかに移動を始めていた。
サガカオルもサガウララも休憩していただけで別の用事があるのだ。ここは二人の目的地ではない。
京太郎に礼をすることができ、サガカオルの調子が復活した以上これ以上この異界にとどまる理由などないのだ。
二人が歩き始めたところで、京太郎ははっとした。そして二人の背中に京太郎はこういった。
「俺は! 俺の名前は須賀京太郎です。これ、ありがとうございます!」
離れたところにいる二人に聞こえるように名乗った。京太郎は自分が二人の名前を知っているのに、自分の名前を伝えていないことに気がついたのだ。
まだ自己紹介をしていなかったことに気がついて、あわてて名乗ったのである。
京太郎の名乗りを聞いたところでサガカオルがこういった。
「おう、じゃあな京太郎!」
サガカオルは足を止めずに、振り返っただけだった。サガカオルは笑っていた。京太郎が面白かったのだ。
また同じようにサガウララがこういった。
「じゃあね、須賀くん! 後、あまり大きな声で自分の名前を名乗っちゃだめよ。情報は大切に扱わなくちゃ」
サガウララも同じく立ち止まらずに軽く振り返るだけだった。サガウララもまた笑っていた。京太郎の無防備加減がおかしかったのだ。
しかしそれがまた面白かった。
京太郎は軽く頭を下げてから、その場を後にした。頭を下げた京太郎は、少し失敗したなという顔をしていた。
この異界に来る前にハギヨシから注意を受けたのを思い出したからだ。
55: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:12:14.37 ID:Joyq1BtQ0
ディーの運転する車に戻ろうとしたとき、京太郎は立ち止まった。きょろきょろとあたりを見渡していた。
誰かが自分を見ているような気がしたのである。しかし、危機感というのは京太郎からは感じられない。
どこからか視線を感じるけれども、その視線に悪意のようなものが混じっていなかったからである。
しかし感覚的なものであるから視線を感じるというところから含めて、勘違いというのも十分にありえた。
しかし、一応感じたものは感じたのだということで視線を感じる方向に京太郎は視線を向けた。視線の先には石碑が立っていた。
石碑というのは展望台に来たときに見つけた石碑である。
京太郎は不思議に思い、石碑に近づいていった。まったく警戒していない。普通に歩いていた。近寄っていったのは
「不思議だな」
と思っただけのことである。それ以上の深い理由はない。
石碑はただの石碑であった。ドンと立っているだけの石碑である。特に文字が刻まれているわけでもなく、これといった魔術がかけられている雰囲気もない。
石碑に彫られているヘビのレリーフが妙にかわいらしい、くらいのものである。
しげしげとヘビの石碑を見つめた京太郎は首をかしげた。というのが、ヘビのレリーフと目があっているような気がしたのである。
しかしあまり恐れというのは感じなかった。京太郎はヘビのレリーフが汚れていてそういう風に見えているのではないかと、あたりをつけることができたからだ。
汚れで見え方が変わるかと思うところではある。
しかし、人間の目というのは思いのほかあいまいである。ほんの少し手を加えるだけで同じものが別物に見えたり、別物が同じようなものに見えたりする。
このあたりはトリックアートなどを見てみればわかる。京太郎はそういう錯覚の技術について聞いたことがあるので、このレリーフもまた偶然の産物として錯覚を起こさせているのではないかと納得したのだ。
そして少し考えてから、石碑にくっついていたごみを取った。右手を差し出して軽くごみを払っていった。
これまた、まったく理由はない。なんとなく汚れているなという気がしたから、軽く手で払ってみようかという気持ちである。
特に深い理由はない。いえるとしてもせいぜい、京太郎が綺麗好きだったというだけのことだ。
そのときに指先が石碑に触れた。当然手でごみを払っているのだから触れる。そのときなのだ。
京太郎は気がつかなかったが、蛇のレリーフが少しだけ揺らめいた。生きているヘビのようなうごきだった。
しかし京太郎はその揺らめきに気がつかなかった。掃除に意識が向いてしまって、細かい変化を見逃してしまったのだ。
かるく石碑をきれいにしてからディーが待っている車に京太郎は戻っていった。ディーの待つ場所へと戻って行く京太郎は、晴れやかな表情になっていた。
石碑の汚れを払うと、みずみずしくてきれいなヘビのレリーフが現れたからだ。
京太郎が戻って来たときには、スポーツカーにもたれかかってディーが缶コーヒーを飲んでいた。
片手には携帯電話が握られていて何か操作している。ディーは京太郎が帰ってくるまでにハギヨシと連絡を取っていた。
そして異界の様子が変わりすぎているためにもしかしたら間に合わないかもしれないという話をし終わっていた。
そうすると、ハギヨシが最新の情報を携帯電話に送ってくれたのである。しかし、変化が急すぎるので完全な地図ではない。
未完成の地図を携帯電話で確認して、センターに向けて一番いい道を選ぼうとしていたのだった。
ちなみに異界でも携帯電話が働いているのは、特別な中継基地が異界と現世の境界線上に作られているからである。便利な時代であった。
京太郎が戻ってくるのを見てディーは一気に缶コーヒーをあおった。そして空になった空き缶を握りつぶして消した。
スチール缶を指先で縦につぶし、そのまま横につぶして、折り紙を折るような気軽さで、あっという間に小さくする。
そうして、手のひらに収まるところまで来たスチール缶を思い切り握り締めた。そうして手を開いたところには、もう何もなかった。
飲み終わったのはいいけれどもゴミ箱まで歩いていくのが面倒くさかったのである。だから握りつぶして、消し飛ばした。
ディーが乗り込んで、シートベルトをつけ終わったあたりで京太郎は助手席に座った。そしてこういった。
「すみません、遅れました」
ディーがくつろいでいたのが見えていたのだ。その姿をみて自分が後れて待たせてしまったと思ったのである。
謝る京太郎にディーがこういった。
「ぜんぜんだよ、むしろ早いくらいさ。それじゃ、いこうか」
ディーはまったく気にしていなかった。京太郎は時間通りに戻ってきたのだから。本当に、早かった。
京太郎がシートベルトをつけるのを確認してアクセルをディーが踏み込んだ。目指すは、異界物流センターである。
誰かが自分を見ているような気がしたのである。しかし、危機感というのは京太郎からは感じられない。
どこからか視線を感じるけれども、その視線に悪意のようなものが混じっていなかったからである。
しかし感覚的なものであるから視線を感じるというところから含めて、勘違いというのも十分にありえた。
しかし、一応感じたものは感じたのだということで視線を感じる方向に京太郎は視線を向けた。視線の先には石碑が立っていた。
石碑というのは展望台に来たときに見つけた石碑である。
京太郎は不思議に思い、石碑に近づいていった。まったく警戒していない。普通に歩いていた。近寄っていったのは
「不思議だな」
と思っただけのことである。それ以上の深い理由はない。
石碑はただの石碑であった。ドンと立っているだけの石碑である。特に文字が刻まれているわけでもなく、これといった魔術がかけられている雰囲気もない。
石碑に彫られているヘビのレリーフが妙にかわいらしい、くらいのものである。
しげしげとヘビの石碑を見つめた京太郎は首をかしげた。というのが、ヘビのレリーフと目があっているような気がしたのである。
しかしあまり恐れというのは感じなかった。京太郎はヘビのレリーフが汚れていてそういう風に見えているのではないかと、あたりをつけることができたからだ。
汚れで見え方が変わるかと思うところではある。
しかし、人間の目というのは思いのほかあいまいである。ほんの少し手を加えるだけで同じものが別物に見えたり、別物が同じようなものに見えたりする。
このあたりはトリックアートなどを見てみればわかる。京太郎はそういう錯覚の技術について聞いたことがあるので、このレリーフもまた偶然の産物として錯覚を起こさせているのではないかと納得したのだ。
そして少し考えてから、石碑にくっついていたごみを取った。右手を差し出して軽くごみを払っていった。
これまた、まったく理由はない。なんとなく汚れているなという気がしたから、軽く手で払ってみようかという気持ちである。
特に深い理由はない。いえるとしてもせいぜい、京太郎が綺麗好きだったというだけのことだ。
そのときに指先が石碑に触れた。当然手でごみを払っているのだから触れる。そのときなのだ。
京太郎は気がつかなかったが、蛇のレリーフが少しだけ揺らめいた。生きているヘビのようなうごきだった。
しかし京太郎はその揺らめきに気がつかなかった。掃除に意識が向いてしまって、細かい変化を見逃してしまったのだ。
かるく石碑をきれいにしてからディーが待っている車に京太郎は戻っていった。ディーの待つ場所へと戻って行く京太郎は、晴れやかな表情になっていた。
石碑の汚れを払うと、みずみずしくてきれいなヘビのレリーフが現れたからだ。
京太郎が戻って来たときには、スポーツカーにもたれかかってディーが缶コーヒーを飲んでいた。
片手には携帯電話が握られていて何か操作している。ディーは京太郎が帰ってくるまでにハギヨシと連絡を取っていた。
そして異界の様子が変わりすぎているためにもしかしたら間に合わないかもしれないという話をし終わっていた。
そうすると、ハギヨシが最新の情報を携帯電話に送ってくれたのである。しかし、変化が急すぎるので完全な地図ではない。
未完成の地図を携帯電話で確認して、センターに向けて一番いい道を選ぼうとしていたのだった。
ちなみに異界でも携帯電話が働いているのは、特別な中継基地が異界と現世の境界線上に作られているからである。便利な時代であった。
京太郎が戻ってくるのを見てディーは一気に缶コーヒーをあおった。そして空になった空き缶を握りつぶして消した。
スチール缶を指先で縦につぶし、そのまま横につぶして、折り紙を折るような気軽さで、あっという間に小さくする。
そうして、手のひらに収まるところまで来たスチール缶を思い切り握り締めた。そうして手を開いたところには、もう何もなかった。
飲み終わったのはいいけれどもゴミ箱まで歩いていくのが面倒くさかったのである。だから握りつぶして、消し飛ばした。
ディーが乗り込んで、シートベルトをつけ終わったあたりで京太郎は助手席に座った。そしてこういった。
「すみません、遅れました」
ディーがくつろいでいたのが見えていたのだ。その姿をみて自分が後れて待たせてしまったと思ったのである。
謝る京太郎にディーがこういった。
「ぜんぜんだよ、むしろ早いくらいさ。それじゃ、いこうか」
ディーはまったく気にしていなかった。京太郎は時間通りに戻ってきたのだから。本当に、早かった。
京太郎がシートベルトをつけるのを確認してアクセルをディーが踏み込んだ。目指すは、異界物流センターである。
56: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:17:16.96 ID:Joyq1BtQ0
休憩を終えた車はするすると道を進んでいった。今までのような道を飛び越えたりはねたりするような動きはほとんどなくなった。
それというのも、ハギヨシから送られてきた情報のおかげである。完全な異界の地図を手に入れられたわけではないのだが、それでもどこに進めばいいのかわからない状況よりはずっとましだった。
この不完全な地図のおかげで、異界物流センターまでの道のりはかなり普通のドライブになっていた。
そして、十分ほど穏やかなドライブが続いた。そうするとディーがこういった。
「そろそろ到着だ。道の先にある巨大な山みたいな建物が異界物流センター。通称デパート。
日本の魔法科学技術の粋を集めて作られた九十九神さ」
ディーはずいぶんほっとしている。パーティーの余興として必要な黒マグロを無事に手に入れることができたと思っている。
目的地は目と鼻の先なのだから。そして少なくとも手に入れてしまえば、後は戻るだけでいいのだ。お嬢様の愚痴を聞かなくて済むとほっとしていた。
ディーの説明を聞いた京太郎は目を見開いていた。京太郎の目には富士山のような大きな盛り上がった何かが、ある。
この富士山のような何かというのが、ディーの話によると異界物流センターということになる。しかし京太郎はずいぶん驚いていた。ディーの話が京太郎は信じられなかったのだ。
そして九十九神という存在であるというのならば、まったく想像することもできない規模の悪魔である。
あまりにもうそ臭かった。スケールが大きすぎて意味がわからなくなっているのだ。
富士山のような異界物流センターを見つめながら京太郎はディーにこういった。
「あの山みたいなのが九十九神? 九十九神って道具の妖怪ですよね? いくらなんでも大きすぎませんか?」
ディーの話が冗談だと思ったのである。
ディーはこう返した。
「別に不思議なことじゃないよ。人間が百年間使えば九十九神が生まれるって話なんだから、九十九神なんて、どこにでもいるのさ。
人類が始まってすでに数千年。親子二代で道具を使えばあっという間に九十九神がうまれてくる。それに武器だとか工芸品だけに命が宿るわけじゃない。
愛着を力にして生まれてくるのなら、建物にも命は宿る。
日本にはそういう建物が山ほどある。作るのなんて簡単さ」
ディーは実に真面目に説明をした。はじめてこの物流センターに来たときに京太郎と同じような反応をディーがしたことがあるのだ。
そのため、京太郎が信じきれないという気持ちもよくわかっていた。だから、昔自分が説明されたような方法で、説明をしたのである。
ディーの説明を聞いた京太郎はうなずいた。
「はぁ、そういうものですか。規模が大きすぎてわからなくなります」
一応は納得していた。しかしいきなり規模が大きくなりすぎたためにさっぱり想像力がついてきていなかった。
それにしても、大きすぎた。何せ建物が集まって富士山のように構えているのだから、いったいどれほど集まっているのかわからない。
あまりにもでかすぎるので実感しなければ納得できないだろう。
受け入れ切れていない京太郎にディーがこういった。
「これくらいで驚いていたらだめだよ。大きさだけなら異界物流センターはそれほど大きいわけじゃない。
ちなみに須賀ちゃんは確認されている悪魔の中で一番大きな悪魔ってどのくらい大きいか見当がつく? 大体でいいよ」
ディーは少し楽しげだった。京太郎の困っている姿というのが、なかなか面白かったのだ。これは、困っている京太郎を面白いと思っているのではない。
そういう意地の悪い考え方ではなく、もっと面白いものをこの少年に見せたら、どういう反応をしてくれるのだろうかという面白さである。
自分の故郷とか、自分が面白いと思っているものを人に勧めるときの気持ちというのが一番近いだろう。
それというのも、ハギヨシから送られてきた情報のおかげである。完全な異界の地図を手に入れられたわけではないのだが、それでもどこに進めばいいのかわからない状況よりはずっとましだった。
この不完全な地図のおかげで、異界物流センターまでの道のりはかなり普通のドライブになっていた。
そして、十分ほど穏やかなドライブが続いた。そうするとディーがこういった。
「そろそろ到着だ。道の先にある巨大な山みたいな建物が異界物流センター。通称デパート。
日本の魔法科学技術の粋を集めて作られた九十九神さ」
ディーはずいぶんほっとしている。パーティーの余興として必要な黒マグロを無事に手に入れることができたと思っている。
目的地は目と鼻の先なのだから。そして少なくとも手に入れてしまえば、後は戻るだけでいいのだ。お嬢様の愚痴を聞かなくて済むとほっとしていた。
ディーの説明を聞いた京太郎は目を見開いていた。京太郎の目には富士山のような大きな盛り上がった何かが、ある。
この富士山のような何かというのが、ディーの話によると異界物流センターということになる。しかし京太郎はずいぶん驚いていた。ディーの話が京太郎は信じられなかったのだ。
そして九十九神という存在であるというのならば、まったく想像することもできない規模の悪魔である。
あまりにもうそ臭かった。スケールが大きすぎて意味がわからなくなっているのだ。
富士山のような異界物流センターを見つめながら京太郎はディーにこういった。
「あの山みたいなのが九十九神? 九十九神って道具の妖怪ですよね? いくらなんでも大きすぎませんか?」
ディーの話が冗談だと思ったのである。
ディーはこう返した。
「別に不思議なことじゃないよ。人間が百年間使えば九十九神が生まれるって話なんだから、九十九神なんて、どこにでもいるのさ。
人類が始まってすでに数千年。親子二代で道具を使えばあっという間に九十九神がうまれてくる。それに武器だとか工芸品だけに命が宿るわけじゃない。
愛着を力にして生まれてくるのなら、建物にも命は宿る。
日本にはそういう建物が山ほどある。作るのなんて簡単さ」
ディーは実に真面目に説明をした。はじめてこの物流センターに来たときに京太郎と同じような反応をディーがしたことがあるのだ。
そのため、京太郎が信じきれないという気持ちもよくわかっていた。だから、昔自分が説明されたような方法で、説明をしたのである。
ディーの説明を聞いた京太郎はうなずいた。
「はぁ、そういうものですか。規模が大きすぎてわからなくなります」
一応は納得していた。しかしいきなり規模が大きくなりすぎたためにさっぱり想像力がついてきていなかった。
それにしても、大きすぎた。何せ建物が集まって富士山のように構えているのだから、いったいどれほど集まっているのかわからない。
あまりにもでかすぎるので実感しなければ納得できないだろう。
受け入れ切れていない京太郎にディーがこういった。
「これくらいで驚いていたらだめだよ。大きさだけなら異界物流センターはそれほど大きいわけじゃない。
ちなみに須賀ちゃんは確認されている悪魔の中で一番大きな悪魔ってどのくらい大きいか見当がつく? 大体でいいよ」
ディーは少し楽しげだった。京太郎の困っている姿というのが、なかなか面白かったのだ。これは、困っている京太郎を面白いと思っているのではない。
そういう意地の悪い考え方ではなく、もっと面白いものをこの少年に見せたら、どういう反応をしてくれるのだろうかという面白さである。
自分の故郷とか、自分が面白いと思っているものを人に勧めるときの気持ちというのが一番近いだろう。
57: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:21:09.62 ID:Joyq1BtQ0
ディーに質問を飛ばされた京太郎は間を空けて答えた。
「わからないですね。少なくともあの山よりは大きいんでしょうけど」
ものすごく困っていた。富士山サイズの悪魔がいるということだけでも相当とんでもないことである。しかしそれでもまだまだ足りないというのだから、どのくらいなのかがわからない。
体長一キロくらいだろうか、十キロくらいだろうか。そんな風に考えるのだけれどもまったく物差しがない京太郎にはわからないことだった。
京太郎が答えるのを聞いて、ディーが答えを教えた。
「最低でも日本と同じ大きさかな。存在は確認できているけど、まともに測ったことはないみたいだから、はっきりとはいえないけど。
それでも最低で、日本と同じ大きさがある」
正直に答えた。まったく嘘はない。日本最大の悪魔の大きさは最低でも日本と同じ大きさがある。
ヤタガラスがどうにかして全体を把握しようとしたことがあったのだが、あまりにも大きいために距離を測るのをやめてしまったほどなのだという話を、ハギヨシから聞いていた。
ディーの答えを聞いた京太郎は素直に質問をした。
「なんて悪魔なんです?」
物流センターの大きさ自体がすでにうそ臭いレベルだったのだ。富士山サイズを更に超えたレベルの存在がいるといわれても思いつくわけもない。
なので難しいことを考えるのはやめてしまおうという境地に至っていた。
今の京太郎の頭にあるのは、そのとんでもない存在がどういう名前を持った悪魔なのかという興味だけである。
京太郎の質問にディーがこたえた。
「通称オロチ。正式名称は『葦原の中つ国の塞の神(あしはらのなかつくにのさえのかみ)』
名前は仰々しいが、道の九十九神さ。俺たちが今走っているのはオロチの背中。時々体をくねらせるから道が変わって困るんだよね。
最低でも日本と同じ大きさだといったのはこいつが時々脱皮するからさ。
オロチの抜け殻は抜け殻だけれども、大きすぎてひとつの世界として成立している。そのままの意味で、世界が出来上がっているのさ。
そして、何十回何百回と脱皮している。
結果オロチの異界は膨大な空間を所有することになった。脱皮するたびに世界が増えるわけだから。
で、ヤタガラスは大きさを把握できないわけだ。
ちなみにこの巨大な蛇は現世の道を歩く命が発散するマグネタイトを分けてもらい生きている。ちりも積もれば山となる理論だな。
マグネタイトの管理はヤタガラスの精鋭が責任を持ってきっちりと行っている。
といっても管理の必要はほとんどないんだ。おとなしくて、びびりな性格らしい。
それに、オロチはいつも眠っている。ハギちゃんが言うには退屈で、不貞寝しているらしい」
ディーは半笑いだった。まったく説明をしている内容に嘘はないのだけれども、話しているディーでさえ、いくらなんでもむちゃくちゃな存在過ぎるというので笑えてしまう。昔ハギヨシにこの話を聞かされたときはハギヨシの頭の調子が悪くなったのではないかと、疑ったほどである。
京太郎はディーの話を聞いて呆然としていた。そしてこういった。
「道の九十九神ですか。だから、道路がアスファルトじゃなくてかなり昔の石畳なんですね」
かなり驚いていた京太郎だったのだがいくらか冷静になっていた。そういうものだと思い受け入れることに決めたのだ。
そもそも魔法だとか悪魔だとかが存在しているのだ。そういうものがいてもいいだろうと、割り切るのはそれほど難しいことではなかった。
京太郎が理解したところでディーがこういった。
「まぁ、そういうこと。後数十年もすれば、アスファルトの部分が多くなるだろうね」
二人が話している間に富士山のように巨大な異界物流センターにスポーツカーは入っていった。
遠くから見ると大きな山にしか見えない物流センターだが近くによって見てみると建物が組み合わさってできているのがわかる。
雑に組み合わさっているのではなく、きっちりと隙間なく建物が組み合わさっている。城の石垣を見るような気持ちよさがあった。
異界物流センターの中に続く一本道を進んでいくと、古臭い建物に囲まれて進むようになる。急に薄暗くなるけれども、ちょうちんの列が道を照らしてくれる。この一本道がどんどん上に上に螺旋を描いている。
そうして、一番上まで進むと駐車場があり、いろいろな車が止まっているのだった。センターの内装は新しい建物と同じだった。床がぴかぴかで、電灯もよく見るタイプのものである。
むしろ止まっている車たちに問題がありそうだった。トラックのようなもの、ワゴン車のようなものはいいが、馬車、人力車のようなものがある。
これもまだいいとして四本足の悪魔がつながれていたり鳥のような悪魔が駐車場で待ちぼうけを食らっているのは、どうにもおかしかった。
しかしおかしくとも品物を取りにいくためにはここにスポーツカーを止めて移動しなければならなかった。
「わからないですね。少なくともあの山よりは大きいんでしょうけど」
ものすごく困っていた。富士山サイズの悪魔がいるということだけでも相当とんでもないことである。しかしそれでもまだまだ足りないというのだから、どのくらいなのかがわからない。
体長一キロくらいだろうか、十キロくらいだろうか。そんな風に考えるのだけれどもまったく物差しがない京太郎にはわからないことだった。
京太郎が答えるのを聞いて、ディーが答えを教えた。
「最低でも日本と同じ大きさかな。存在は確認できているけど、まともに測ったことはないみたいだから、はっきりとはいえないけど。
それでも最低で、日本と同じ大きさがある」
正直に答えた。まったく嘘はない。日本最大の悪魔の大きさは最低でも日本と同じ大きさがある。
ヤタガラスがどうにかして全体を把握しようとしたことがあったのだが、あまりにも大きいために距離を測るのをやめてしまったほどなのだという話を、ハギヨシから聞いていた。
ディーの答えを聞いた京太郎は素直に質問をした。
「なんて悪魔なんです?」
物流センターの大きさ自体がすでにうそ臭いレベルだったのだ。富士山サイズを更に超えたレベルの存在がいるといわれても思いつくわけもない。
なので難しいことを考えるのはやめてしまおうという境地に至っていた。
今の京太郎の頭にあるのは、そのとんでもない存在がどういう名前を持った悪魔なのかという興味だけである。
京太郎の質問にディーがこたえた。
「通称オロチ。正式名称は『葦原の中つ国の塞の神(あしはらのなかつくにのさえのかみ)』
名前は仰々しいが、道の九十九神さ。俺たちが今走っているのはオロチの背中。時々体をくねらせるから道が変わって困るんだよね。
最低でも日本と同じ大きさだといったのはこいつが時々脱皮するからさ。
オロチの抜け殻は抜け殻だけれども、大きすぎてひとつの世界として成立している。そのままの意味で、世界が出来上がっているのさ。
そして、何十回何百回と脱皮している。
結果オロチの異界は膨大な空間を所有することになった。脱皮するたびに世界が増えるわけだから。
で、ヤタガラスは大きさを把握できないわけだ。
ちなみにこの巨大な蛇は現世の道を歩く命が発散するマグネタイトを分けてもらい生きている。ちりも積もれば山となる理論だな。
マグネタイトの管理はヤタガラスの精鋭が責任を持ってきっちりと行っている。
といっても管理の必要はほとんどないんだ。おとなしくて、びびりな性格らしい。
それに、オロチはいつも眠っている。ハギちゃんが言うには退屈で、不貞寝しているらしい」
ディーは半笑いだった。まったく説明をしている内容に嘘はないのだけれども、話しているディーでさえ、いくらなんでもむちゃくちゃな存在過ぎるというので笑えてしまう。昔ハギヨシにこの話を聞かされたときはハギヨシの頭の調子が悪くなったのではないかと、疑ったほどである。
京太郎はディーの話を聞いて呆然としていた。そしてこういった。
「道の九十九神ですか。だから、道路がアスファルトじゃなくてかなり昔の石畳なんですね」
かなり驚いていた京太郎だったのだがいくらか冷静になっていた。そういうものだと思い受け入れることに決めたのだ。
そもそも魔法だとか悪魔だとかが存在しているのだ。そういうものがいてもいいだろうと、割り切るのはそれほど難しいことではなかった。
京太郎が理解したところでディーがこういった。
「まぁ、そういうこと。後数十年もすれば、アスファルトの部分が多くなるだろうね」
二人が話している間に富士山のように巨大な異界物流センターにスポーツカーは入っていった。
遠くから見ると大きな山にしか見えない物流センターだが近くによって見てみると建物が組み合わさってできているのがわかる。
雑に組み合わさっているのではなく、きっちりと隙間なく建物が組み合わさっている。城の石垣を見るような気持ちよさがあった。
異界物流センターの中に続く一本道を進んでいくと、古臭い建物に囲まれて進むようになる。急に薄暗くなるけれども、ちょうちんの列が道を照らしてくれる。この一本道がどんどん上に上に螺旋を描いている。
そうして、一番上まで進むと駐車場があり、いろいろな車が止まっているのだった。センターの内装は新しい建物と同じだった。床がぴかぴかで、電灯もよく見るタイプのものである。
むしろ止まっている車たちに問題がありそうだった。トラックのようなもの、ワゴン車のようなものはいいが、馬車、人力車のようなものがある。
これもまだいいとして四本足の悪魔がつながれていたり鳥のような悪魔が駐車場で待ちぼうけを食らっているのは、どうにもおかしかった。
しかしおかしくとも品物を取りにいくためにはここにスポーツカーを止めて移動しなければならなかった。
58: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:25:32.41 ID:Joyq1BtQ0
異界物流センターの内部に入り駐車場に車をデーが止めた。シートベルトをはずしたディーは京太郎にこういった。
「それじゃあ、俺は荷物を引き取ってくるから、須賀ちゃんは買い物しててよ。大体十五分くらいで済むと思うから、急がなくていいよ。
あと、この異界物流センターはマグネタイトで買い物ができるから、お金が足りなかったらマグネタイトで払ったらいい」
京太郎に軽く説明したのは、京太郎が物流センターの仕組みを知らないのを知っていたからである。もしも京太郎が何か珍しいアイテムでもほしくなったときに支払いの仕方を知らなければ困ることになるだろうと、気を使ったのだ。
京太郎がうなずくと異界物流センターの中に書類を持ってディーが入っていった。
ディーがさっさといったのを見送った後。ウエストポーチの中に財布が入っているのを確認してから、異界物流センターの中に京太郎は入っていった。
異界物流センターの中に入った京太郎は出入り口の掲示板の前に立っていた。物流センターの出入り口の近くにはエレベーターがあるのだ。
その近くに掲示板があった。その前に京太郎は立っているのだ。
京太郎はこの建物の構造をさっぱり知らない。ほしいものは初回限定版の漫画であるから本屋に向かう必要がある。しかし場所がわからない。
さてどうしようかとなって歩き回るというのもいいのだが、京太郎はしなかった。
なぜならセンターの中は地図がなければ確実に迷うだろう造りになっていたからだ。広い上に店の数が半端ではない。
人もかなり多く、下手にうろつくと大変な目にあうのが目に見えていた。京太郎は早々に歩き回るのをやめて、エレベーターの近くにあった案内板をみて自分の行方を定めようとした。
そして買い物をするために本屋の場所を掲示板の中から京太郎は探しはじめた。今までにないくらい真剣な表情を京太郎は浮かべていた。
目を細めて、見逃さないように集中していた。理由は簡単である。
案内板が案内板として出来上がっていなかったのだ。混雑に混雑を極めているらしく、どこに何があるのかがさっぱりわからない。
米粒のような文字でいろいろな店名が書かれているのだけれども、読み取れない。
神経がとがって困っている京太郎でなければおそらく本屋の文字を見つけることはできなかっただろう。
かなり雑な案内板だったが、京太郎は本屋を見つけられた。発散できないエネルギーが集中力を増しているというのを覚えていたので、意識してエネルギーを溜め込んでみたのだ。そうすると、見事に集中力が高まり本屋の位置を探し当てられた。
ただ、やはりというべきか発散するべきものを溜め込んだ結果代償があった。
頭が微妙に痛んでいた。
本屋の位置を見つけた京太郎は痛みを感じながら混沌としたセンター内部を進んでいった。
実に進みにくかった。買い物客だと判断した客引きの悪魔を払いのけてみたり、自分の財布を狙ってくる小ざかしいチンピラどもを蹴り飛ばして進んだ。
また建物の中に崖があったり、壁を作っている悪魔がいたりしたので迂回する必要があった。
しかしそういう一切を乗り越えて、京太郎は物流センター内部の本屋にたどり着いた。そうしなければ自分のお目当ての商品を手に入れられないのだから、そうするしかあるまい。
混沌とした異界物流センターを進んだ京太郎は本屋の前に立っていた。少し疲れていた。しかしやっとここまで来たのだ。迷路のような建物。しつこく絡んでくる悪魔たち。よほどの用事がない限りはこの本屋を利用しないと京太郎は心に誓った。
また、本屋に来る前にきっちりとどこに何があるのかを確認しておいてよかったと、京太郎は自分をほめた。きっと、先に地図を確認していなければ迷い倒してイラついて壁を力づくで壊すようなことをしていただろう。
本屋の中に入った京太郎は本日発売のマンガを発見した。ずいぶんと見つけるのがすばやかった。本屋の店員が作ったポップが目に入ったからである。
京太郎はこのとき
「店の場所にもこういうポップをつけてくれたらいいのに」
と思った。
京太郎が漫画を手に取ったとき、ぴたりと動きが止まった。京太郎の手にある初回限定版の漫画には付録がついていた。オリジナルアニメ収録のブルーレイだ。普通のマンガではない。特別な仕様だ。京太郎は値段をしっかりと確認していなかったのだ。
すぐに京太郎は漫画の値段を確認した。
値段を見た京太郎がいやな顔をした。限定版というのは大体お高いものだ。漫画でも同じことがよくある。
京太郎はすぐに財布の中身を確認した、そしてため息を吐いた。完全に足りていなかった。自分の仲魔に買い物をお願いしたときに、お金を渡したのを忘れていた。
しかしすぐに持ち直した。そしてこういった。
「マグネタイトで払うか……そうしよう」
京太郎の顔色はよかった。お金がないならマグネタイトで払えばいいじゃないか。自分をここまで連れてきてくれたディーの助言がここで生きていた。
初回限定版を手にとった京太郎はカウンターに持っていった。足取りは実に軽かった。やっとこれで、ほしかったものが手に入るのだから、うれしくもなる。少しは退屈もまぎれるだろう。
59: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:29:13.39 ID:Joyq1BtQ0
本屋のカウンターにはどこからどう見て魔女という姿をしたおばあさんが座っていた。いったいどこで売っているのか、昔話の魔女が来ているようなローブ姿である。
そしてその隣にはスーツを着た女性が立っていた。髪の毛を肩辺りできれいに切ったおかっぱのような髪型である。スーツの女性は実に整った容姿をしていた。左右対称で、まったく無駄がないように見えた。
名札には
『花子』
とだけかかれてあった。普通の人間のように見える。しかし気になるところもあった。目だ。京太郎はその目を見て、かつて自分がであった女性悪魔のことを思い出した。そしてかつての自分自身の目も。
カウンターにたどり着いた京太郎は、少しだけ動きを止めた。カウンターのレジのところにいる花子と名札のついている女性の目を見つめていたのだ。とくにこれといった理由はない。
「よく似ている」
それだけだった。
京太郎が動きをとめたのを見て魔女ファッションのおばあさんが声をかけてきた。
「どうかしたかい。造魔をみたことがないのかね」
自分の店に来るお客というのは造魔のような新しい技術というのをいまいち好かないというのをおばあさんは知っていたのだ。
京太郎はずいぶん若い。しかし自分の店にわざわざ来るようなタイプなのだから、ここ最近出回っている造魔という存在になれていないのではないかと考えたのだった。
お婆さんに声をかけられた京太郎は首を横に振った。
「いえ。すみません。じろじろ見ちゃって。
あの、ここってマグネタイトで支払いができるってきいたんですけど、大丈夫ですかね?」
少し京太郎はあわてていた。女性の目をじっと見つめるなどということをやったのだ。理由はどうであれあまりよろしい振る舞いではない。
京太郎もそれがわかっていたので、少しあわてたのだ。いったい自分は何をやっているのかと。
京太郎がマグネタイトでの支払いができるのかと質問すると、おばあさんよりも早く造魔の女性、花子がこたえた。
「もちろん大丈夫です。キャッシュカードも図書券もご利用できます」
教えられたとおりに、教えられたまま対応していた。これが造魔としての正しい対応なのだ。人間のような姿かたちをしているけれども、中身は出来の良いロボットと変わらない。
淡々と説明をする造魔花子に京太郎はこういった。
「それならマグネタイトで支払います。申し訳ないんですが、どうやって渡せばいいか、教えてもらえますか。いまいちそういうのわからないので」
京太郎がこのように話をすると、おばあさんが口を開いた。
「ずいぶん丁寧な子だね。造魔に人間みたいな対応をするなんて」
おばあさんはいろいろなサマナーをみてきた。その関係者ももちろんよくみている。そうなってきてサマナーと悪魔の関係というのもよく見て知っているのだ。
サマナーにとって仲魔とは使い捨ての道具以上のものではないというのが、おばあさんの見かただった。特に造魔などになってくると命令を黙って聞く交換可能な奴隷という考えのサマナーがほとんどだった。
下手に美しいものだから、散々な目に合わされる者もおおい。
そんなところで、京太郎のような対応をするものなど、めったにいない。珍しいと思うのは当たり前のことだった。
不思議がっているおばあさんを無視して造魔の女性、花子が対応した。
「私の手を握ってもらえたらそれで完了です。商品を渡してもらえますか? レジに通しますので」
ずらすらと接客を行う造魔花子だった。この説明のしかたも、教えられたとおりに行っているだけである。
初回限定版のマンガを造魔花子に京太郎は手渡した。京太郎は対応に困っているようだった。造魔花子にではない。
不思議がっているおばあさんに対してである。というのが、京太郎は造魔というのが完全な人形であるとは考えていなかったのだ。確かに人間離れした美しさである。よく目を見ると人形のような印象がある。
しかしその目の奥にはわずかに意思が宿っていると京太郎は感ずいていた。そしておそらくすべての造魔が持っているものだろうと予想をつけている。
それを知っていたから京太郎は、人間と同じような対応を当たり前のようにするのだった。
なのでむしろおばあさんが、どうして人形扱いをしているのかというのがわからなかったのだ。よくみれば個性のようなものがあるのだから、人形扱いはできないだろう。
そしてその隣にはスーツを着た女性が立っていた。髪の毛を肩辺りできれいに切ったおかっぱのような髪型である。スーツの女性は実に整った容姿をしていた。左右対称で、まったく無駄がないように見えた。
名札には
『花子』
とだけかかれてあった。普通の人間のように見える。しかし気になるところもあった。目だ。京太郎はその目を見て、かつて自分がであった女性悪魔のことを思い出した。そしてかつての自分自身の目も。
カウンターにたどり着いた京太郎は、少しだけ動きを止めた。カウンターのレジのところにいる花子と名札のついている女性の目を見つめていたのだ。とくにこれといった理由はない。
「よく似ている」
それだけだった。
京太郎が動きをとめたのを見て魔女ファッションのおばあさんが声をかけてきた。
「どうかしたかい。造魔をみたことがないのかね」
自分の店に来るお客というのは造魔のような新しい技術というのをいまいち好かないというのをおばあさんは知っていたのだ。
京太郎はずいぶん若い。しかし自分の店にわざわざ来るようなタイプなのだから、ここ最近出回っている造魔という存在になれていないのではないかと考えたのだった。
お婆さんに声をかけられた京太郎は首を横に振った。
「いえ。すみません。じろじろ見ちゃって。
あの、ここってマグネタイトで支払いができるってきいたんですけど、大丈夫ですかね?」
少し京太郎はあわてていた。女性の目をじっと見つめるなどということをやったのだ。理由はどうであれあまりよろしい振る舞いではない。
京太郎もそれがわかっていたので、少しあわてたのだ。いったい自分は何をやっているのかと。
京太郎がマグネタイトでの支払いができるのかと質問すると、おばあさんよりも早く造魔の女性、花子がこたえた。
「もちろん大丈夫です。キャッシュカードも図書券もご利用できます」
教えられたとおりに、教えられたまま対応していた。これが造魔としての正しい対応なのだ。人間のような姿かたちをしているけれども、中身は出来の良いロボットと変わらない。
淡々と説明をする造魔花子に京太郎はこういった。
「それならマグネタイトで支払います。申し訳ないんですが、どうやって渡せばいいか、教えてもらえますか。いまいちそういうのわからないので」
京太郎がこのように話をすると、おばあさんが口を開いた。
「ずいぶん丁寧な子だね。造魔に人間みたいな対応をするなんて」
おばあさんはいろいろなサマナーをみてきた。その関係者ももちろんよくみている。そうなってきてサマナーと悪魔の関係というのもよく見て知っているのだ。
サマナーにとって仲魔とは使い捨ての道具以上のものではないというのが、おばあさんの見かただった。特に造魔などになってくると命令を黙って聞く交換可能な奴隷という考えのサマナーがほとんどだった。
下手に美しいものだから、散々な目に合わされる者もおおい。
そんなところで、京太郎のような対応をするものなど、めったにいない。珍しいと思うのは当たり前のことだった。
不思議がっているおばあさんを無視して造魔の女性、花子が対応した。
「私の手を握ってもらえたらそれで完了です。商品を渡してもらえますか? レジに通しますので」
ずらすらと接客を行う造魔花子だった。この説明のしかたも、教えられたとおりに行っているだけである。
初回限定版のマンガを造魔花子に京太郎は手渡した。京太郎は対応に困っているようだった。造魔花子にではない。
不思議がっているおばあさんに対してである。というのが、京太郎は造魔というのが完全な人形であるとは考えていなかったのだ。確かに人間離れした美しさである。よく目を見ると人形のような印象がある。
しかしその目の奥にはわずかに意思が宿っていると京太郎は感ずいていた。そしておそらくすべての造魔が持っているものだろうと予想をつけている。
それを知っていたから京太郎は、人間と同じような対応を当たり前のようにするのだった。
なのでむしろおばあさんが、どうして人形扱いをしているのかというのがわからなかったのだ。よくみれば個性のようなものがあるのだから、人形扱いはできないだろう。
60: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:33:38.40 ID:Joyq1BtQ0
京太郎が商品を渡すとすさまじく滑らかな動作で商品のバーコードを造魔花子は読み取った。
すでに構えていたバーコードリーダーを使い、あっという間の作業だった。これもまた教えられたとおりの動作である。
そしてこういった。
「一点で税込み二千五百円です。マグネタイトでのお支払いでよろしかったですね?」
造魔花子がこういうと京太郎はうなずいた。京太郎は少し心配していた。マグネタイトのやり取りを何度か京太郎は経験している。
しかし、こういうお店の形でマグネタイトをやり取りするというのは初めての経験だった。何にしても初めての経験というのは恐ろしいものである。
京太郎がうなずくのを確認して造魔花子は京太郎に向けて右手を差し出した。握手を求める形である。そしてこういった。
「では、私の手を握ってください」
マグネタイトを機械でやり取りすることもできる。しかしいったん造魔にマグネタイトを渡すことで、その後の処理を楽に行うことができるのだ。
たとえば、あとで造魔にためこんだマグネタイトを造魔ごと業者に渡しても良く、またで自分の仲魔に渡してもいいのである。
いちいち機械を使うよりは簡単で楽なのだ。
京太郎が手を握ろうとしたところでおばあさんがこういった。
「坊主、もしも気分が悪くなったらすぐにいいなさいな。すぐにとめるからね」
おばあさんは京太郎を侮っているわけではない。心配しているのだ。おばあさんは特殊な技術を使うのではなく、京太郎を見たときにマグネタイト量が少ないことに気がついていた。
そのため、もしかしたらマグネタイトを吸い取りすぎて、調子を崩すかもしれないと考えたのだった。
おばあさんの忠告に京太郎はうなずいた。そして造魔花子の手を握った。忠告を受けたためだろう、造魔花子の手を握る京太郎の手には力が入っていなかった。
しかしマグネタイトでのやり取りをやめようとは思わなかった。ここまで来て引けるわけもない。意地を張ったのだ。そんな気持ちもあったのだ。
京太郎の手を握った造魔花子の表情がわずかに変化した。今までの鉄面皮が崩れている。眉を八の字に曲げて、口元に力が入り始めていた。そして、耳と首が赤く染まり始めるのだった。
造魔花子の様子が変化してきたのは、京太郎のマグネタイトを吸い取り始めたからである。
京太郎はいまいちわかっていないことであるが、京太郎のマグネタイトには強烈な特徴がある。ディーや京太郎の仲魔、そしていくらか取引をした悪魔たちが口に出していた酒のような性質だ。
京太郎のマグネタイトには酒の性質があったのだ。特殊な契約を結んだことによる副作用なのか、それとも生まれついてのものなのかはわからない。
なぜなら、京太郎以前の真正の魔人たちはとっくの昔にこの世界から去っている。確認のとりようがないのだ。
しかし何にしても本当に悪魔たちを酔わせてしまう性質の強さがあった。常に京太郎からマグネタイトを供給されている仲魔や特に強力な力を持つディーのような存在ならまだしも、これといったチューニングも受けていない造魔花子がマグネタイトを受け取ればひとたまりもない。
それこそ、常時発散されているマグネタイトに当てられて酔うこともあるだろう。
握手で交換するようなことになれば当たり前のように酔うのだ。
三秒ほどでやり取りは終わった。京太郎の手を握っていた造魔花子の力が緩んだ。手を離したときに、造魔花子の体が、ユラユラと揺れた。
真っ白だった顔が真っ赤に染まり、視点がゆらゆらとゆれていた。吐き出す息には京太郎にもわかるほど酒のにおいが混じっている。
わずか三秒間の交換であったが、造魔花子を酔わすには十分だったのだ。
京太郎が手を離すと造魔花子はこういった。
「マるネタイトの交換完了しました。少々お待ちくらさいませ。商品を袋に入れまふ。ヒック……ヒック」
完全に出来上がっていた。手元がおぼつかない。しかしそれでも何とか接客を行おうとしているのは、造魔としてのプライドのためである。
様子のおかしい造魔花子をみておばあさんがこういった。
「坊主、あんた特異体質か何かかい? この子が酔っ払うなんて見たことないよ」
お婆さんは目をかっと見開いていた。自分の仲魔というのがこのような状態になるなどと思ってもいなかったのだ。変化に特に強いのが造魔という種族の特性なのだから、こんな簡単にグデングデンの酔っ払いになるというのはなかなか受け入れられないことだった。
十秒ほどかけて造魔花子は商品を大きなビニール袋につめた。大分動作が遅かった。京太郎のマグネタイトの性質が、そろそろ体全体に回ろうとしているのだ。完全に酔いつぶれていないのは、接客を完遂しなければならないという使命感の力である。
京太郎は商品を受け取ると、さっさと本屋を出て行った。脱兎のごとくというのがよく似合うすばやさだった。
本屋さんのおばあさんがずいぶんひどい目で自分を見ているのに耐えられなかったのだ。
立ち去る京太郎の背中に造魔花子がこういった。
「まらろうぞ、おこしくださいましぇ」
完全によいが回っていた。たっていられないらしくおばあさんに支えられて、いすに座らされていた。
それでも最後まで接客を行っていたのは見事としか言いようがない。
61: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:38:48.90 ID:Joyq1BtQ0
今回の目的だったマンガ本を手に入れた京太郎は物流センターの中をぶらついていた。さっさと駐車場にもどってもよかったのだがあまりにも早くことが済んでしまったので暇なのだ。
そもそも車に戻ったところで鍵がかかっている可能性が非常に高いのだ。待ちぼうけなどということになっても面白みがない。ということで初回限定版の漫画が入ったビニール袋を片手に京太郎は歩き回るのだった。
ふらふらとしていた京太郎は物流センターの広場に足を踏み入れた。超巨大な建造物異界物流センターの中をみて回ろうと思ったのだが、妙に人の気配を感じて気分が悪くなっていた。
人の気配が多いだけなのだけれども、とがった感覚の副作用であろうと京太郎は納得していた。
そして気分を入れ替えるため人のいないところへとふらふらと歩いていったのだった。そうすると、妙に開けた場所に出た。そこは空が見える広場で、芝生が植えられていた。広場の中心には、二メートルほどの大きな石碑が立っていた。
広場の中心部分にある大きな石碑に京太郎は近づいていった。妙に、広場の中心の空気が澄んでいるように感じたのだ。
人波にもまれていると気分が悪くなるときは、まったく人のいない冷めた空気というのが必要だろう。この大きな石碑の周りは冷めた空気があると感覚が京太郎に知らせていたのだ。京太郎はその感覚にしたがって、近づいていった。
石碑に近づいた京太郎は、石碑に手を触れた。右手の指先だけで、軽くなでるような動きだった。石碑がほこりで汚れているように見えたのだ。
掃除をしていないのかそれとも、もともとこういうものなのかはわからないが、ずいぶん汚れているように見えた。京太郎が休憩所で見た石碑と同じで、ヘビのレリーフが彫られていたのだけれども、これがしょぼくれているように見えるのだから、よほど汚れている。
京太郎はそれが少し気に入らなかった。
そして石碑についているほこりを手で払っていった。ほこりが落ちれば、いくらかいい状態になると考えたのだ。
右手を力いっぱい使って、さっさとほこりを取り除こうとした。手が汚れてしまうけれども、それはどうでもいいことだった。
後で水で流せばいいし、何なら自分のすぼんでぬぐってしまうのもいいだろう。今は目の前でしょぼくれているヘビのレリーフのほうが大切だった。
不思議なことがおきた。京太郎が石碑を触っていると石碑の色が変わってきた。だんだんと血色がよくなっていくのである。これが不思議なもので、京太郎がなでればなでるほどどんどんみずみずしく生き返っていくのだ。
石碑がどんどんきれいになっていくので、よけい力を入れて京太郎は石碑をなで始めた。きれいになっていくというのも力をこめる理由なのだが、お風呂場で小さな子供が遊ぶ色の変わるおもちゃに触れているような気分になっているのだ。そのため京太郎は、結構な勢いで石碑を撫で回していた。
五分ほどテンションをあげて京太郎が石碑を撫で回していると声をかけられた。ディーだった。
「須賀ちゃん、買い物は終わったの? というか、何やってんの? 掃除?」
ディーは肩に大きな木箱を担いでいた。長方形で大きな黒マグロでもすっぽりと入りきる大きさだった。ディーはずいぶん不思議そうに京太郎に聞いていた。それはそのはずで、京太郎があまりにも一生懸命に石碑をなでているのだ。
いったい何が楽しくて石碑を撫で回すのかわからないディーにとって京太郎の行動は謎だらけである。
声をかけられた京太郎はディーにこういった。
「ちょっと暇だったんで、なんとなくですよ。マンガなら買えました。初回限定版です。家に帰ってみるのが楽しみでっす」
石碑を撫で回していた京太郎はすっと手を引いた。ディーが用事を済ませたのなら、これから戻るだけだからだ。あまり石碑を撫で回してもどうなるものではないのだから、そうするだろう。石碑から右手を離した京太郎は、ズボンで右手を軽く払った。
京太郎が用事を済ませたと話すと、ディーがほっとしてこういった。
「そりゃよかった。面倒に巻き込んじゃったからねぇ。
あぁ、そうだ。なぁ、須賀ちゃん。ちょっとこの中身見てみねぇ? なんかおかしいんだよね」
箱を担いでいるディーに京太郎が聞いた。
「おかしい、ですか?」
京太郎は首をかしげた。箱がおかしいといわれてもさっぱりわからなかったからだ。ディーの担いでいる木箱は、普通の木箱にしか見えない。
漂ってくる冷えた空気というのもある。おそらくクロマグロを保存するために使われている氷だろう。
大きさも、処理の仕方もおかしなところところはなさそうなのだ。しかしディーはおかしいという。これはさっぱりわからない。
さっぱりわからないらしい京太郎に、ディーがこういった。
「なんかさ、軽いんだよね。黒マグロってさ、百キロとかさ、二百キロとかそのくらいじゃない? この箱さ、ものすごく軽いんだよ。確かに中身は入っているけど、氷込みで多く見積もっても百キロいくか、いかないかってところなんだわ。
小さなマグロをお嬢が頼んだって線もあるけど、派手好きのお嬢が小さいので満足するわけがない。おかしくね?」
ディーは頭をずいぶん働かせていた。
考え込んでいるディーに京太郎がこういった。
「ディーさんは俺と違って力のコントロールができているんですよね? なら勘違いってこともないでしょうから」
少し区切って続けた。
「ちょっと見るくらいならオッケーじゃないですか。もしかしたら、何かしらの手違いで商品が入れ替わっている可能性もありますからね」
京太郎はさっさと中身を確かめてしまえばいいといった。
自分の感覚が鋭くとがってコントロールが出来ていない自覚が京太郎にはある。しかし、ディーは違う。すでに自分の力をコントロールできているのだ。そのディーがおかしいというのならば、おかしいのだろう。そしておかしいと感じるのならば、確かめてしまえばいい。
これだけ混雑していて人も悪魔も出入りしている異界物流センターなのだ。商品の取り違えくらいあるだろう。もしも間違えていたのなら、ふたを閉めなおして、返してしまえばいいだけのことだ。
62: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:42:30.45 ID:Joyq1BtQ0
京太郎の提案でディーは意を決して箱の中身を確かめ始めた。肩に担いでいた木箱を下ろして、箱の封を解いた。釘で打ちつけられていたところもあったのだが、ディーの腕力の前には何の問題もなかった。
ディー自身も京太郎に提案されるまでもなく、確かめようという気持ちがあったのだ。京太郎の後押しがあったので、するすると実行に移せたのである。
箱の封印をといて中身を確かめたときディーは顔色を変えた。血の気が引いて真っ青になっていた。
箱の中身というのがどこからどう見ても黒マグロではなかったからだ。そして、黒マグロがどこかへと消えてしまったという問題よりも、入れ替わっている箱の中身が問題だった。
顔色を変えたディーを見て京太郎が箱の中身を覗き込んだ。
「どうしました? やっぱり、間違えていましたか?」
ディーの顔色があまりにも激しく変わったのをみて、何かとんでもないものが入っていたのではないかと興味がわいたのだ。
箱の中身を見た京太郎は言葉を失った。
箱の中には褐色肌の女性が氷詰めにされていたのである。女性は見たところ二十歳になるかどうかというところ、多く見積もっても二十五歳くらいであった。
身長は百六十センチあるかないかというところである。氷詰めの箱の中で胎児のように体を丸めて横たわっていた。
京太郎が身につけているヤタガラスのジャンパーとよく似たジャンパーを着ていた。ジーンズをはいているのだけれども氷の水分で変色している。
また、髪の毛を長く伸ばしているのだが、氷詰めにされているために妙な形で固まっていた。
褐色肌のためにわかりにくいが、どうみても生きているようには見えない肌の色になっていた。呼吸をしていないのだろう、衣擦れの音さえしない。
氷詰めになっている褐色肌の女性を見たとき京太郎の脳裏に浮かんだのは、次のような言葉だった。
「黒マグロって、そういうこと? ブラックジョークにしては黒すぎる。いや、もしかしたら、あるのかもしれない。
聞いたことがある、金持ちは俺みたいな小市民には理解できない趣向を凝らすことがあると。
しかしこれはいくらなんでもきつすぎる。超えてはならない一線を二つも三つも越えてやがる。もしもこれがサマナーの当たり前だったとしたら、俺は」
褐色の女性の氷詰めに完全に引いていた。
顔色の悪くなっている京太郎は、チラッとディーを見た。恐る恐るというのがよく似合う視線の送り方であった。京太郎は願っているのだ。
ディーの顔色の変化が自分と同じ理由であることに。もしも違っていたとしたら、京太郎は静かにヤタガラス、龍門渕と縁を切るだろう。
何とか持ち直し始めた京太郎の視線の先には独り言を吐くディーがいた。血の気が引きすぎて青を通り過ぎて白くなっていた。
「いやいやいや、いくらなんでもこれはない。流石に引くわ。あのお嬢が独断でこれをやったのか?
ありえねぇ。派手好きでもこういう趣味じゃない。無茶をやるにしてもせいぜい無断で花火を打ち上げるくらいのもの。
それにハギちゃんを通さないと物流センターは使えねぇ。なら、ハギちゃんがこれを知っていたか?
それもありえねぇ。ハギちゃんならこんな提案をされた瞬間お嬢説教間違いなし。話を持ちかけた業者は討伐リスト入り間違いなし。
ありえねぇ、ありえなさすぎる」
静かに混乱するディーを見て京太郎はほっとしていた。少なくともディーと敵対する可能性がほとんどなくなったからだ。
ほっとした京太郎はディーにこういった。
「とりあえずハギヨシさんに連絡しましょう。話はそれからですよ。それにこの女の人、ヤタガラスのジャンパーを着ています。もしかしたら何か、あったのかもしれません」
慌てふためいているディーよりもずっと京太郎は冷静だった。ディーに提案をしたのは、まずはハギヨシと連絡を取らなければ後で困るだろうと判断したからだ。
少なくとも氷詰めにされている女性を手放す選択肢はない。何がおきたのかを調べる必要があるだろう。どう見ても尋常ではないのだから。
ならばハギヨシと綿密に連絡を取ってこの状況を乗り越えなくてはならない。すでに黒マグロなどというのはどうでもよかった。
思いのほか冷静な京太郎に促されてディーがうなずいた。そしてこういった。
「あぁ、そうだな。そうだった。サンキュー須賀ちゃん。ちょっと混乱してたわ。
ハギちゃんに連絡して指示を仰ぐよ。マジ、勘弁してくれって感じだわ」
ディーは京太郎に声をかけられて、混乱状況から持ち直し始めていた。混乱から回復したディーは携帯電話を取り出した。ハギヨシに連絡を取るためだ。
63: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:46:10.54 ID:Joyq1BtQ0
ディーがハギヨシに電話を始めたので京太郎は氷詰めにされている女性を見ていた。
京太郎が女性を見つめているのは、暴走気味に高まっている感覚が妙にざわついていたからである。
どこからどう見ても女性は死んでいるようにしか見えないのだけれども、微妙に揺れているように感じられた。
それが京太郎の勘違いなのか、それとも死後硬直の影響なのかというのははっきりとわからない。しかしまだ何かおかしかった。
自分の直感を信じた京太郎は女性のくびに手を当てた。もしかしたら、この女性は仮死状態なのかもしれないと考えたのだ。
氷詰めになっていると冬眠に近い状態になることがあると、聞いたことがあったのだ。
そしてもしもそうだったとしたら、助けなくてはならない。京太郎は首に手を当てて、鼓動を確かめようとしていた。
女性の首筋に右手をそっと当てて京太郎は目を閉じた。感覚を右手に集中させているのだ。小さな鼓動があるとしたら、非常に小さなものだろうから、気合を入れる必要があった。
数秒間集中していた京太郎が目を見開いた。京太郎はわずかな振動を捕らえたのである。
「まだ生きている」
鼓動を確認するとすぐに、褐色肌の女性を氷の中から京太郎は引っ張り出した。
氷でいっぱいになっている箱の中に両手を突っ込んで、硬くなっている褐色肌の女性を抱き上げた。京太郎はこの女性が生きていることを察し、そしてまだ仮死状態から回復させることができると信じたのだ。
魔法と悪魔が当たり前のように存在する世界である。ディーに女性が生きていることを話し、回復させられる可能性があるといえば、動いてくれるという確信があった。
京太郎の突然の行動にディーが驚いて声を出していた。
「いったい何を!?」
氷詰めになっていた女性を芝生の上にに京太郎は寝かせた。そして動いていない胸に耳をつけた。
京太郎の耳はかすかに響く心臓の音を聞き逃さなかった。この心臓の鼓動は、かなり小さなものだった。しかし間違いなく動いていた。
電話片手のディーに向けて京太郎がこういった。
「まだ生きてます!」
京太郎の報告を聞いて、ディーが珍妙な声を上げた。
「はぁ!? どうみても死後数時間たっていた! もう、川を渡っているはず!」
しかしそれ以上ディーは聞き返せなかった。ハギヨシに電話が通じたからだ。
混乱気味のディーを尻目に京太郎は女性を救うために動き始めた。ウエストポーチの中に入っているアンヘルとソック特製の薬品を京太郎は取り出した。
これで助かるとは思っていない。しかしサガカオルの回復の様子を見るにただのドリンクでないとわかっている。
もしかしたら、ほんのわずかでも可能性があるのならば。そう考えた京太郎は、ドリンクをわずかに女性の口に含ませた。かなり無理やりな方法だった。
ビンの口の部分を、女性の口の部分に押し付けて飲ませていた。当然だが、かなりドリンクはこぼれてしまった。あわてて京太郎はドリンクを引っ込めた。
まだ三分の一ほどドリンクは残っている。
全てこぼれたかと思われたドリンクだが、ほんの少しだけ女性の口の中に入っていった。
ドリンクの効果は劇的だった。ほんの少しだけのドリンクで、冷え切っていた女性の体に熱が帯びはじめたのだ。冷え切った青から、赤く火照った肌への変化は京太郎の予想に答えをくれる。
間違いなく女性は生きている。そして、頼りになる仲魔のドリンクは命をつなぐきっかけになってくれると。
効果が見えるや否や、京太郎は手段を選ばずに行動し始めた。
京太郎は手に持っていたドリンクを口に含んだ。そしてこれを女性に飲ませたのであった。年頃の男子であるから、恥ずかしさというのがあるかもしれないが、まったく気にならなかった。
助けられるのならばという一念が恥ずかしさを吹っ飛ばしたのだ。
京太郎が薬を飲ませるとすぐに褐色肌の女性が動き出した。閉じられていたまぶたが震えだし、全身が芋虫がもがくように震え始め、手足を動かし始めたのだった。
ヤタガラスの構成員なのだからそこらの一般人とは違った身体能力を持っているのだろうけれども、それでもこの回復の速さは劇的としか言いようがない。
アンヘルとソックが京太郎に渡した薬はずいぶんと強力だった。
まだ震えている褐色肌の女性に京太郎は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけていた。もしかしたら何かの後遺症が残っているかもしれないからだ。
京太郎が女性を見つめているのは、暴走気味に高まっている感覚が妙にざわついていたからである。
どこからどう見ても女性は死んでいるようにしか見えないのだけれども、微妙に揺れているように感じられた。
それが京太郎の勘違いなのか、それとも死後硬直の影響なのかというのははっきりとわからない。しかしまだ何かおかしかった。
自分の直感を信じた京太郎は女性のくびに手を当てた。もしかしたら、この女性は仮死状態なのかもしれないと考えたのだ。
氷詰めになっていると冬眠に近い状態になることがあると、聞いたことがあったのだ。
そしてもしもそうだったとしたら、助けなくてはならない。京太郎は首に手を当てて、鼓動を確かめようとしていた。
女性の首筋に右手をそっと当てて京太郎は目を閉じた。感覚を右手に集中させているのだ。小さな鼓動があるとしたら、非常に小さなものだろうから、気合を入れる必要があった。
数秒間集中していた京太郎が目を見開いた。京太郎はわずかな振動を捕らえたのである。
「まだ生きている」
鼓動を確認するとすぐに、褐色肌の女性を氷の中から京太郎は引っ張り出した。
氷でいっぱいになっている箱の中に両手を突っ込んで、硬くなっている褐色肌の女性を抱き上げた。京太郎はこの女性が生きていることを察し、そしてまだ仮死状態から回復させることができると信じたのだ。
魔法と悪魔が当たり前のように存在する世界である。ディーに女性が生きていることを話し、回復させられる可能性があるといえば、動いてくれるという確信があった。
京太郎の突然の行動にディーが驚いて声を出していた。
「いったい何を!?」
氷詰めになっていた女性を芝生の上にに京太郎は寝かせた。そして動いていない胸に耳をつけた。
京太郎の耳はかすかに響く心臓の音を聞き逃さなかった。この心臓の鼓動は、かなり小さなものだった。しかし間違いなく動いていた。
電話片手のディーに向けて京太郎がこういった。
「まだ生きてます!」
京太郎の報告を聞いて、ディーが珍妙な声を上げた。
「はぁ!? どうみても死後数時間たっていた! もう、川を渡っているはず!」
しかしそれ以上ディーは聞き返せなかった。ハギヨシに電話が通じたからだ。
混乱気味のディーを尻目に京太郎は女性を救うために動き始めた。ウエストポーチの中に入っているアンヘルとソック特製の薬品を京太郎は取り出した。
これで助かるとは思っていない。しかしサガカオルの回復の様子を見るにただのドリンクでないとわかっている。
もしかしたら、ほんのわずかでも可能性があるのならば。そう考えた京太郎は、ドリンクをわずかに女性の口に含ませた。かなり無理やりな方法だった。
ビンの口の部分を、女性の口の部分に押し付けて飲ませていた。当然だが、かなりドリンクはこぼれてしまった。あわてて京太郎はドリンクを引っ込めた。
まだ三分の一ほどドリンクは残っている。
全てこぼれたかと思われたドリンクだが、ほんの少しだけ女性の口の中に入っていった。
ドリンクの効果は劇的だった。ほんの少しだけのドリンクで、冷え切っていた女性の体に熱が帯びはじめたのだ。冷え切った青から、赤く火照った肌への変化は京太郎の予想に答えをくれる。
間違いなく女性は生きている。そして、頼りになる仲魔のドリンクは命をつなぐきっかけになってくれると。
効果が見えるや否や、京太郎は手段を選ばずに行動し始めた。
京太郎は手に持っていたドリンクを口に含んだ。そしてこれを女性に飲ませたのであった。年頃の男子であるから、恥ずかしさというのがあるかもしれないが、まったく気にならなかった。
助けられるのならばという一念が恥ずかしさを吹っ飛ばしたのだ。
京太郎が薬を飲ませるとすぐに褐色肌の女性が動き出した。閉じられていたまぶたが震えだし、全身が芋虫がもがくように震え始め、手足を動かし始めたのだった。
ヤタガラスの構成員なのだからそこらの一般人とは違った身体能力を持っているのだろうけれども、それでもこの回復の速さは劇的としか言いようがない。
アンヘルとソックが京太郎に渡した薬はずいぶんと強力だった。
まだ震えている褐色肌の女性に京太郎は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけていた。もしかしたら何かの後遺症が残っているかもしれないからだ。
64: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:50:16.34 ID:Joyq1BtQ0
京太郎が声をかけると褐色肌の女性がつぶやいた。
「ヤタガラス? 私、生きているの?」
目の焦点が合っていなかった。しかし、間違いなく生きていた。ただ、目の前の状況を信じきれていないようだった。
褐色肌の女性は自分が永遠に眠ったままになる可能性を考えて動いていたのだ。そのため、もう一度眠りから目覚められたことが信じられなかった。彼女はそれほど、無茶な賭けをしていたのだった。
だから、できすぎだった。生きていることも、しかも目の前にヤタガラスの構成員がいるというのも、できすぎで信じられなかった。
褐色肌の女性が反応を返すのを見て、京太郎はディーにこういった。
「ディーさん! 大丈夫みたいです! ハギヨシさんに伝えてください!」
京太郎は女性の目の前で指先をふらふらと揺らしてみた。女性の目は、京太郎の指を追いかけていた。京太郎はそれを見て、少なくとも考えるだけの意識があるというのを確認できた。
また、京太郎の耳は、彼女の体の内側で強く心臓が打ち始めたのを聞き取っていた。この事実をディーに京太郎は伝えたかった。
京太郎の反応を見て、電話の向こうにいるハギヨシにディーが伝えた。
「ハギちゃん、事情が変わった。構成員を須賀ちゃんが蘇生させたみたいだ。何が起きたのか確認する。
それと、お嬢に黒マグロはあきらめろといっておいてくれ」
完全に死んでいるようにしか見えなかったヤタガラスの構成員が生きていたのだ。これから何があったのかを確認しなければならない。どのような事情があるのか知らなければ動けない。何にしてもまともな事件ではないだろう。
まだ震えている褐色肌の女性に、アンヘルとソックの薬のビンを京太郎は差し出した。先ほどあけたものではない。
ウエストポーチの中に入っていた最後の一本である。ほとんど死んでいる状態からあっという間に意識を回復させるドリンクなのだ。
目覚めた女性にもう一本飲んでもらえれば、体調もずいぶん回復するだろう。
京太郎はドリンクを手渡すときにこういった。
「これを飲んでください。少しはましになると思います」
京太郎から薬のビンを受け取ると褐色肌の女性は礼を言った。
「ありがとうございます。助かります。
あの……あなたたちはどこのヤタガラスなんですか。私は今、どこにいるんでしょう。知らせなくちゃならないことが、たくさんあるんです」
褐色肌の女性がこのように言ったのは、少し面倒くさい事情があるからである。彼女が持っている情報というのが、誰にでも伝えていい情報ではなかったのだ。重要な情報というのはそういうものだ。必要なところに、必要な情報を渡さなくてはならない。
仮に、同じ組織の人間であったとしても、知る必要のない情報というのがある。彼女の持っている情報というのはそういう類の情報だった。
アンヘルとソックのドリンクを飲んでいる褐色肌の女性に、ディーがこたえた。
「ここは異界物流センター内部、オロチの石碑前だ。俺たちは、龍門渕のヤタガラス。いったい何があった?」
ディーの声に混乱はなかった。褐色肌の女性をしっかりと見つめて、自分の仕事をしっかりとやり遂げる決意が声に宿っていた。
こういう明らかにおかしな状況というのはできるだけ正確に情報をやり取りすることが解決への一番の早道であるとディーは知っていた。
ディーの話をきいて褐色肌の女性がこういった。
「龍門渕のヤタガラス……九頭竜の?」
褐色肌の女性は少しおびえた。龍門渕のヤタガラスの評判というよりはハギヨシの評判を耳にしたことがあるからである。
彼女はその評判を知っていたためにわずかにおびえたのだった。
褐色肌の女性に、ディーがこたえた。
「ハギヨシの話をしているのなら、その通り。それで、いったい何があった。話してくれ。すぐに伝える」
ディーはまったく揺らがなかった。実に淡々としていた。自分たちの評判だとか、女性がおびえているという問題は目の前に転がっているもっと大きな問題の前にはたいした価値がないからだ。
何とか回復してきた褐色肌の女性は話を始めた。
「私は、ヤタガラス帝都支部所属のサマナー虎城ゆたかです。ライドウの指令で『松 常久』の内偵を進めていたところ、感づかれたらしく襲われました。
私は何とか逃げ延びたのですが、私の部下たちと内偵していた調査員は、おそらく」
淡々としているディーにずいぶん褐色肌の女性は圧されていた。しかし、しっかりと自分が何をしていたのかという話をした。しかし少しだけ、無用心であった。もしかしたら京太郎たちが偽者の可能性もあったからだ。
「ヤタガラス? 私、生きているの?」
目の焦点が合っていなかった。しかし、間違いなく生きていた。ただ、目の前の状況を信じきれていないようだった。
褐色肌の女性は自分が永遠に眠ったままになる可能性を考えて動いていたのだ。そのため、もう一度眠りから目覚められたことが信じられなかった。彼女はそれほど、無茶な賭けをしていたのだった。
だから、できすぎだった。生きていることも、しかも目の前にヤタガラスの構成員がいるというのも、できすぎで信じられなかった。
褐色肌の女性が反応を返すのを見て、京太郎はディーにこういった。
「ディーさん! 大丈夫みたいです! ハギヨシさんに伝えてください!」
京太郎は女性の目の前で指先をふらふらと揺らしてみた。女性の目は、京太郎の指を追いかけていた。京太郎はそれを見て、少なくとも考えるだけの意識があるというのを確認できた。
また、京太郎の耳は、彼女の体の内側で強く心臓が打ち始めたのを聞き取っていた。この事実をディーに京太郎は伝えたかった。
京太郎の反応を見て、電話の向こうにいるハギヨシにディーが伝えた。
「ハギちゃん、事情が変わった。構成員を須賀ちゃんが蘇生させたみたいだ。何が起きたのか確認する。
それと、お嬢に黒マグロはあきらめろといっておいてくれ」
完全に死んでいるようにしか見えなかったヤタガラスの構成員が生きていたのだ。これから何があったのかを確認しなければならない。どのような事情があるのか知らなければ動けない。何にしてもまともな事件ではないだろう。
まだ震えている褐色肌の女性に、アンヘルとソックの薬のビンを京太郎は差し出した。先ほどあけたものではない。
ウエストポーチの中に入っていた最後の一本である。ほとんど死んでいる状態からあっという間に意識を回復させるドリンクなのだ。
目覚めた女性にもう一本飲んでもらえれば、体調もずいぶん回復するだろう。
京太郎はドリンクを手渡すときにこういった。
「これを飲んでください。少しはましになると思います」
京太郎から薬のビンを受け取ると褐色肌の女性は礼を言った。
「ありがとうございます。助かります。
あの……あなたたちはどこのヤタガラスなんですか。私は今、どこにいるんでしょう。知らせなくちゃならないことが、たくさんあるんです」
褐色肌の女性がこのように言ったのは、少し面倒くさい事情があるからである。彼女が持っている情報というのが、誰にでも伝えていい情報ではなかったのだ。重要な情報というのはそういうものだ。必要なところに、必要な情報を渡さなくてはならない。
仮に、同じ組織の人間であったとしても、知る必要のない情報というのがある。彼女の持っている情報というのはそういう類の情報だった。
アンヘルとソックのドリンクを飲んでいる褐色肌の女性に、ディーがこたえた。
「ここは異界物流センター内部、オロチの石碑前だ。俺たちは、龍門渕のヤタガラス。いったい何があった?」
ディーの声に混乱はなかった。褐色肌の女性をしっかりと見つめて、自分の仕事をしっかりとやり遂げる決意が声に宿っていた。
こういう明らかにおかしな状況というのはできるだけ正確に情報をやり取りすることが解決への一番の早道であるとディーは知っていた。
ディーの話をきいて褐色肌の女性がこういった。
「龍門渕のヤタガラス……九頭竜の?」
褐色肌の女性は少しおびえた。龍門渕のヤタガラスの評判というよりはハギヨシの評判を耳にしたことがあるからである。
彼女はその評判を知っていたためにわずかにおびえたのだった。
褐色肌の女性に、ディーがこたえた。
「ハギヨシの話をしているのなら、その通り。それで、いったい何があった。話してくれ。すぐに伝える」
ディーはまったく揺らがなかった。実に淡々としていた。自分たちの評判だとか、女性がおびえているという問題は目の前に転がっているもっと大きな問題の前にはたいした価値がないからだ。
何とか回復してきた褐色肌の女性は話を始めた。
「私は、ヤタガラス帝都支部所属のサマナー虎城ゆたかです。ライドウの指令で『松 常久』の内偵を進めていたところ、感づかれたらしく襲われました。
私は何とか逃げ延びたのですが、私の部下たちと内偵していた調査員は、おそらく」
淡々としているディーにずいぶん褐色肌の女性は圧されていた。しかし、しっかりと自分が何をしていたのかという話をした。しかし少しだけ、無用心であった。もしかしたら京太郎たちが偽者の可能性もあったからだ。
65: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:53:14.88 ID:Joyq1BtQ0
しかし、完全に何も考えていないわけではない。彼女がすんなりと話をした理由は三つある。一つは、京太郎の服装。
もしも龍門渕のヤタガラスとわかる服装をしている京太郎がいなければ、このように正直に話すことはなかっただろう。
二つ目は、ディーの口からハギヨシの名前が出ていたこと。彼女が知っている評判と、評判を生むにいたった六年前の騒動のおかげである。
三つ目は、自分が生きているという事実である。
口封じをするのなら蘇生させる必要がない。何か情報を知りたいという可能性もあるが、それなら問答無用で読心術をかけていればいいだけのこと。
京太郎のように、ドリンクを飲ませる理由がない。死に掛けの状態で読心術をかければ処理もたやすいのだから。
この三つの理由で、彼女は簡単に話しをしたのである。また、この理由以外に彼女は感覚に従ったところもあった。
京太郎だ。目の前の京太郎があまりにもわかりやすいくらいに自分を心配しているので、疑う気持ちにならなかったのだ。
褐色肌の女性、虎城ゆたかの話をきくとハギヨシにディーは情報を伝えた。携帯電話の向こうにいるハギヨシに虎城ゆたかの名前を告げて、任務の内容を話した。
ハギヨシはすぐに反応を返してきた。
「わかりました。確認しましょう。虎城ゆたか構成員はそのまま龍門渕につれてきてください。保護します」
ハギヨシの返事を聞いたディーは京太郎と虎城にハギヨシの言葉を伝えた。
「虎城さん、ご苦労だった。後はこちらに任せてくれ。ハギヨシが直接動く」
ディーがこのように話すと虎城はほっとしていた。自分の安全が保障されたということも、もちろんある。
しかし一番大きい理由は別にある。前線で内偵調査を行っていたヤタガラスの調査員と自分の部下たちに報いることができると思えたことで彼女はほっとしたのだった。
何とか回復し始めた虎城にディーがこう聞いた。
「もしかして虎城さん、荷物をどけて箱の中に入り込んだりしちゃった感じ? 箱の中に荷物が入ってたはずなんだけどさ」
淡々としていた口調が打って変わって、砕けたものに変わっていた。真剣だった表情は今はもうない。そこらへんをあるいている若い兄ちゃんといった風である。
ディーは心配しているのだ。心配というのは黒マグロのことではない。氷詰めになって仮死状態になっていた虎城ゆたかの心のことだ。
ディーは虎城の追い込まれていた状況から見て、ほかの構成員たちの結末を予想できていた。そのため、おそらく虎城は肉体もそうだが、精神的に消耗しているだろうと見抜いている。
急いでこなさなくてはならない仕事があったために、冷たい態度をとっていたが、いったん終わってしまえば、必要ないのだ。
普段に戻っただけである。普段に戻って、相手がなごめるような話を始めたのだ。
ディーがこのように聞くと虎城は申し訳なさそうにこたえた。
「あの、ごめんなさい。マグロが入ってたんですけど、逃げるときにちょっと」
追っ手の追跡を振り切るために知恵を絞り荷物の中に虎城は紛れ込んだのだ。
しかしそのときに、自分の隠れられそうな箱の中にあった黒マグロを別の箱に移していた。
彼女は黒マグロが京太郎とディーの求めているものだとわかり、申し訳ない顔をした。おそらくもう、戻ってくることはないだろうから。
申し訳なさそうにする虎城にディーはこういった。
「あぁ、いいよいいよ。大丈夫大丈夫。うまいこと処理しておくから」
黒マグロの値段を考えるとあまり笑い事にはならない。しかし黒マグロの使い道を考えるとそれほど惜しいものではない。
ヤタガラスの任務のために犠牲になったのだ。おそらくハギヨシも同じような対応をするだろう。面倒くさいのはお嬢様が納得するかどうか、だけである。
派手好きなお嬢様ではあるけれども道理はわきまえているので割合簡単に納得してもらえるのではないかと、そう考えていた。
何にしても虎城が無事でよかったと喜んでいるところでディーはこういった。
「まぁ、とりあえず帰りましょうか。虎城さんもまだ本調子じゃないみたいだし。いいよね、須賀ちゃん」
もしも龍門渕のヤタガラスとわかる服装をしている京太郎がいなければ、このように正直に話すことはなかっただろう。
二つ目は、ディーの口からハギヨシの名前が出ていたこと。彼女が知っている評判と、評判を生むにいたった六年前の騒動のおかげである。
三つ目は、自分が生きているという事実である。
口封じをするのなら蘇生させる必要がない。何か情報を知りたいという可能性もあるが、それなら問答無用で読心術をかけていればいいだけのこと。
京太郎のように、ドリンクを飲ませる理由がない。死に掛けの状態で読心術をかければ処理もたやすいのだから。
この三つの理由で、彼女は簡単に話しをしたのである。また、この理由以外に彼女は感覚に従ったところもあった。
京太郎だ。目の前の京太郎があまりにもわかりやすいくらいに自分を心配しているので、疑う気持ちにならなかったのだ。
褐色肌の女性、虎城ゆたかの話をきくとハギヨシにディーは情報を伝えた。携帯電話の向こうにいるハギヨシに虎城ゆたかの名前を告げて、任務の内容を話した。
ハギヨシはすぐに反応を返してきた。
「わかりました。確認しましょう。虎城ゆたか構成員はそのまま龍門渕につれてきてください。保護します」
ハギヨシの返事を聞いたディーは京太郎と虎城にハギヨシの言葉を伝えた。
「虎城さん、ご苦労だった。後はこちらに任せてくれ。ハギヨシが直接動く」
ディーがこのように話すと虎城はほっとしていた。自分の安全が保障されたということも、もちろんある。
しかし一番大きい理由は別にある。前線で内偵調査を行っていたヤタガラスの調査員と自分の部下たちに報いることができると思えたことで彼女はほっとしたのだった。
何とか回復し始めた虎城にディーがこう聞いた。
「もしかして虎城さん、荷物をどけて箱の中に入り込んだりしちゃった感じ? 箱の中に荷物が入ってたはずなんだけどさ」
淡々としていた口調が打って変わって、砕けたものに変わっていた。真剣だった表情は今はもうない。そこらへんをあるいている若い兄ちゃんといった風である。
ディーは心配しているのだ。心配というのは黒マグロのことではない。氷詰めになって仮死状態になっていた虎城ゆたかの心のことだ。
ディーは虎城の追い込まれていた状況から見て、ほかの構成員たちの結末を予想できていた。そのため、おそらく虎城は肉体もそうだが、精神的に消耗しているだろうと見抜いている。
急いでこなさなくてはならない仕事があったために、冷たい態度をとっていたが、いったん終わってしまえば、必要ないのだ。
普段に戻っただけである。普段に戻って、相手がなごめるような話を始めたのだ。
ディーがこのように聞くと虎城は申し訳なさそうにこたえた。
「あの、ごめんなさい。マグロが入ってたんですけど、逃げるときにちょっと」
追っ手の追跡を振り切るために知恵を絞り荷物の中に虎城は紛れ込んだのだ。
しかしそのときに、自分の隠れられそうな箱の中にあった黒マグロを別の箱に移していた。
彼女は黒マグロが京太郎とディーの求めているものだとわかり、申し訳ない顔をした。おそらくもう、戻ってくることはないだろうから。
申し訳なさそうにする虎城にディーはこういった。
「あぁ、いいよいいよ。大丈夫大丈夫。うまいこと処理しておくから」
黒マグロの値段を考えるとあまり笑い事にはならない。しかし黒マグロの使い道を考えるとそれほど惜しいものではない。
ヤタガラスの任務のために犠牲になったのだ。おそらくハギヨシも同じような対応をするだろう。面倒くさいのはお嬢様が納得するかどうか、だけである。
派手好きなお嬢様ではあるけれども道理はわきまえているので割合簡単に納得してもらえるのではないかと、そう考えていた。
何にしても虎城が無事でよかったと喜んでいるところでディーはこういった。
「まぁ、とりあえず帰りましょうか。虎城さんもまだ本調子じゃないみたいだし。いいよね、須賀ちゃん」
66: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 05:56:59.55 ID:Joyq1BtQ0
ディーの提案に京太郎がうなずいた。まったく反対する気持ちなどなかった。
虎城が少し回復したことは見抜いていたがまだまともに動き回れるほど回復していないのが京太郎にはわかっていた。
これは京太郎の感覚的なものでしかない。なんとなく体の中にあるエネルギーが薄まっているように感じられるのだ。
ハギヨシやディー、天江衣を見たときに感じた巨大な太陽のイメージから考えると彼女のはろうそくの火のようなはかなさだった。
そして、もともと用事も済ませている京太郎にとって否定する理由などどこにもなかった。
さて移動するかというところで、虎城がふらついてしりもちをついた。
芝生にへたり込んでいた虎城は立ち上がろうとしたのだ。しかし腰を浮かせて立ち上がろうとしたところで動けなくなってしまった。
彼女は目を覚まし話ができるようにはなった。しかしまだ完全に回復したわけではないのだ。
肉体の欠損というよりはエネルギー不足なのだ。これではいくら万全であっても動き出せない。新品の車があったとしてもガソリンが入っていなければ動けないのと変わらない。
しりもちをついた虎城はもう一度立ち上がろうとしてまたふらついた。それをみて京太郎が虎城を支えた。
京太郎が虎城を支えたのをみてディーがこういった。
「いくらサマナーでも長時間氷詰めにされていたらそうなるだろうよ。須賀ちゃん、車を出入り口に回してくるから、虎城さんを運んであげてくれない?」
ディーは顔をしかめていた。虎城のマグネタイトがずいぶん消耗しているのに気がついていたのだ。ディーは思う。
「本当に自分たちがここに来なかったら、この人は死んでいただろう」と。
運がいいのか悪いのか。それを思うとどうにももやもやとしてしょうがなくなる。
ディーのお願いに京太郎はすぐにうなずいた。お願いをされるまでもなく、そのつもりだった。
ディーが先に歩いていくと虎城がこういった。
「ごめんね。もう少ししたら歩けるようになると思うから」
虎城は恥ずかしそうにつぶやいた。虎城は京太郎が自分よりも年下であると見抜いている。そのため自分よりも年下の構成員の前で情けない姿をさらすのが恥ずかしかったのだ。
後方支援をしている彼女はけが人をよく見てきた。そういうときに無茶をする人間というのもよくみてきている。そういうときにどうしておとなしく治療を受けてくれないのだろうかと思うこともあった。
しかし今になって彼女は彼らの気持ちがわかるような気がしていた。なんとなく恥ずかしい気持ちというのはこういうものなのだろう。
妙に恥ずかしげな虎城に京太郎はこういった。
「ぜんぜんです。気にしないでください」
こういう状況で、手を貸すのはおかしなことではない。悪い気もしない。そもそも氷詰めになった状態で何時間耐えたのかわからないのだ。
生きているだけで不思議である。これで当たり前のように動き回っていたらそちらのほうが不思議というものである。
そして、さっさと京太郎は虎城を背負った。実に滑らかな動きだった。
まずふらついている虎城の腕を自分の肩に沿わせるようにして、肩を組んでいるような形をとった。その姿勢から、あっという間に虎城の体を背中に滑り込ませた。そして京太郎の支えをなくして前のめりになっている虎城の勢いを利用して、一気におんぶの形までもっていった。
米俵のように担ぐことも考えたのだが、流石にそれは問題があるだろうと思ってやらなかった。おんぶの形をとったのは、いちいち虎城が歩いていくよりも自分が背負ったほうがはるかに早く安全だと判断したからである。
あっという間に虎城を背負った京太郎が歩き始めた。そうして数秒後、やっと背負われていることに気がついた虎城がこういった。
「須賀くん? でよかったんだよね。べつに仲魔に任せてもらってもいいんだよ? わざわざ須賀くんが運んでくれなくても」
おんぶされている自分がいるという状況が受け入れられていなかった。おんぶされるというのは子供のころ以来だった。
京太郎に仲魔の力を使ってもらってかまわないといったのは、まさかこういう扱いを受けるとは思っていなかったからだ。ヤタガラスの構成員なのだからサマナーに違いない。
違いないならば、荷物運びに仲魔の力を使うに違いない。そう思っていたところでまさかのおんぶを実行されたので彼女は困ったのだ。
そして思いのほかこのおんぶというのが恥ずかしかった。年下にというのもまた、拍車をかけていた。
虎城が少し回復したことは見抜いていたがまだまともに動き回れるほど回復していないのが京太郎にはわかっていた。
これは京太郎の感覚的なものでしかない。なんとなく体の中にあるエネルギーが薄まっているように感じられるのだ。
ハギヨシやディー、天江衣を見たときに感じた巨大な太陽のイメージから考えると彼女のはろうそくの火のようなはかなさだった。
そして、もともと用事も済ませている京太郎にとって否定する理由などどこにもなかった。
さて移動するかというところで、虎城がふらついてしりもちをついた。
芝生にへたり込んでいた虎城は立ち上がろうとしたのだ。しかし腰を浮かせて立ち上がろうとしたところで動けなくなってしまった。
彼女は目を覚まし話ができるようにはなった。しかしまだ完全に回復したわけではないのだ。
肉体の欠損というよりはエネルギー不足なのだ。これではいくら万全であっても動き出せない。新品の車があったとしてもガソリンが入っていなければ動けないのと変わらない。
しりもちをついた虎城はもう一度立ち上がろうとしてまたふらついた。それをみて京太郎が虎城を支えた。
京太郎が虎城を支えたのをみてディーがこういった。
「いくらサマナーでも長時間氷詰めにされていたらそうなるだろうよ。須賀ちゃん、車を出入り口に回してくるから、虎城さんを運んであげてくれない?」
ディーは顔をしかめていた。虎城のマグネタイトがずいぶん消耗しているのに気がついていたのだ。ディーは思う。
「本当に自分たちがここに来なかったら、この人は死んでいただろう」と。
運がいいのか悪いのか。それを思うとどうにももやもやとしてしょうがなくなる。
ディーのお願いに京太郎はすぐにうなずいた。お願いをされるまでもなく、そのつもりだった。
ディーが先に歩いていくと虎城がこういった。
「ごめんね。もう少ししたら歩けるようになると思うから」
虎城は恥ずかしそうにつぶやいた。虎城は京太郎が自分よりも年下であると見抜いている。そのため自分よりも年下の構成員の前で情けない姿をさらすのが恥ずかしかったのだ。
後方支援をしている彼女はけが人をよく見てきた。そういうときに無茶をする人間というのもよくみてきている。そういうときにどうしておとなしく治療を受けてくれないのだろうかと思うこともあった。
しかし今になって彼女は彼らの気持ちがわかるような気がしていた。なんとなく恥ずかしい気持ちというのはこういうものなのだろう。
妙に恥ずかしげな虎城に京太郎はこういった。
「ぜんぜんです。気にしないでください」
こういう状況で、手を貸すのはおかしなことではない。悪い気もしない。そもそも氷詰めになった状態で何時間耐えたのかわからないのだ。
生きているだけで不思議である。これで当たり前のように動き回っていたらそちらのほうが不思議というものである。
そして、さっさと京太郎は虎城を背負った。実に滑らかな動きだった。
まずふらついている虎城の腕を自分の肩に沿わせるようにして、肩を組んでいるような形をとった。その姿勢から、あっという間に虎城の体を背中に滑り込ませた。そして京太郎の支えをなくして前のめりになっている虎城の勢いを利用して、一気におんぶの形までもっていった。
米俵のように担ぐことも考えたのだが、流石にそれは問題があるだろうと思ってやらなかった。おんぶの形をとったのは、いちいち虎城が歩いていくよりも自分が背負ったほうがはるかに早く安全だと判断したからである。
あっという間に虎城を背負った京太郎が歩き始めた。そうして数秒後、やっと背負われていることに気がついた虎城がこういった。
「須賀くん? でよかったんだよね。べつに仲魔に任せてもらってもいいんだよ? わざわざ須賀くんが運んでくれなくても」
おんぶされている自分がいるという状況が受け入れられていなかった。おんぶされるというのは子供のころ以来だった。
京太郎に仲魔の力を使ってもらってかまわないといったのは、まさかこういう扱いを受けるとは思っていなかったからだ。ヤタガラスの構成員なのだからサマナーに違いない。
違いないならば、荷物運びに仲魔の力を使うに違いない。そう思っていたところでまさかのおんぶを実行されたので彼女は困ったのだ。
そして思いのほかこのおんぶというのが恥ずかしかった。年下にというのもまた、拍車をかけていた。
67: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:00:39.99 ID:Joyq1BtQ0
仲魔を使えばいいという虎城に、京太郎が不思議そうに聞き返した。
「仲魔ですか? 俺の仲魔なら龍門渕で農作業してますよ。
それに、俺のほうが力が強いですからね。あいつらがいても俺がやっていたと思いますよ」
実に当たり前の答えだった。淡々と京太郎は答えていた。そしてまったく嘘もない。アンヘルとソックと力で勝負をすれば勝つのは間違いなく京太郎だろう。
そしてこの時間帯、パーティーまで後十分ほどなのだが、おそらく龍門渕で天江衣と家庭菜園を作っている最中のはずだ。
本人たちがそういっていたのだからそうしているだろう。嘘をつく理由もまったくない京太郎だから、正直に答えたのだった。
京太郎の返事を聞いた虎城はこういった。
「ふふふ、面白いことを言うね。仲魔よりも力が強いなんて」
楽しそうに笑っていた。冗談だと思ったのだ。サマナーなのに仲魔より力が強いだとか、自分の仲魔に自由な行動を許しているとか、まったくサマナーらしくなかった。
そもそも仲魔とは悪魔なのだから、自由に行動させていたらとんでもないことになるではないか。
悪魔たちは自分たちと契約を結んでいるだけで忠誠を誓っているわけではない。古い時代には悪魔が忠誠を誓う英傑タイプの人間もいた。
しかし今はそうではない。冷めた機械の時代なのだ。いつ裏切られてもおかしくないのに、自由にさせるなどというのはおかしかった。
笑う虎城に京太郎はこういった。
「そうっすか?」
京太郎も笑っていた。虎城が笑ったからだ。少し元気になってくれたのだと思い、それがうれしくなった。
わからないなという京太郎に、虎城は短く答えた。
「そうっす」
笑いながら答えた虎城は
「うわっ!」
といって京太郎の体にしがみついた。まだ体の力が戻りきっていたないのだ。そのため、笑って油断しているとあっという間に落ちてしまいそうだった。
さて、虎城を背負ったまま京太郎がディーのところに向かうとディーが無精ひげを生やしたおっさんと話をしていた。
無精ひげを生やしたおっさんは四十代半ばというところである。ハギヨシよりも少し背が高いく。わかりやすいくらいに鍛えられた体をしていた。
鍛えられているためだろうか、無地のティーシャツとどこにでもありそうなジーパンとスニーカーでもさまになっていた。
京太郎はこの無精ひげのおっさんを見たとき、ハギヨシとライドウを思い出していた。
京太郎が虎城を背負って現れるとディーが手を振った。軽く手を振って、こっちだと導いている。
京太郎が近づくと無精ひげのおっさんがこういった。
「この少年か……」
低い声だった。見た目の迫力が手伝っているためか、妙な威圧感が言葉に乗っていた。無精ひげのおっさんは京太郎のことを知っていた。
しかし昔に出会ったということではない。資料と人づての情報で知っていたのだ。
京太郎が不思議そうな顔をしているとディーがこういった。
「この人は、ベンケイさん。ハギちゃんの兄弟子に当たる人だよ。たまたまそこであって世間話をしてたんだ」
ディーはすらすらと説明をした。京太郎が不思議そうにしているのを見て、京太郎が初対面だということを察したのだ。
虎城をおんぶしたまま京太郎はベンケイに挨拶をした。
「須賀京太郎です」
虎城をおんぶしているため深く頭を下げることはしなかった。しかし軽く目礼をすることはできていた。
自分の本名を名乗ったのはこの人ならば問題ないと考えたからだ。ハギヨシの兄弟子となれば、ヤタガラスの関係者であろうし、身内に違いない。またディーが親しくしているのなら、本名でも問題ないだろう。
「
68: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:04:27.08 ID:Joyq1BtQ0
京太郎の挨拶を受けてベンケイがこういった。
「ベンケイだ。ディーと同じで、あだ名みたいなものかな。仕事中はこのあだ名で名乗ることにしている。
申し訳ないな、名乗ってもらったのに」
ベンケイの礼も小さなものだった。京太郎から少しも視線をきっていなかった。本名を名乗らなかったのは、ベンケイがそれなりに力を持った人間だからだ。
本名がばれたところで敗北することはまずないだろう。しかし本名が知れることで自分の関係者たちに迷惑がかかるのを避けたかった。
ベンケイの挨拶を聞いた京太郎はうなずいた。名前が知れることで面倒くさい問題が生まれるというのは理解できたのだ。
サガカオルとウララに名乗った失敗を覚えているので余計に理解できていた。
二人が自己紹介を行ったところで、ディーがこういった。
「それじゃあ、これで失礼します。ベンケイさんもお仕事がんばってください」
ディーがこういうとベンケイもうなずいた。
「そっちこそ」
といってベンケイが微笑んだ。それをみてディーが運転席に乗り込んでいった。
ディーが乗り込んだところで、京太郎は助手席に虎城をおろした。スポーツカーの中がひろがっているのは知っているのだけれども、どこに座らせていいのかが問題だったからだ。
京太郎が虎城をおろすと、ディーがこういった。
「虎城さんは後ろにいてもらおう。助手席に座っているよりもずっと安全だ。一応シートベルトもついているから、それをつけていてほしい」
ディーがこのようにいうと虎城は動き出した。非常にゆっくりとした動きだった。四つんばいになってスポーツカーの内側の謎の空間へ虎城はもぐりこんでいった。
虎城がスポーツカーの謎の空間へと移動したあと、京太郎も助手席に乗り込もうとした。片手に持っていたビニール袋を先に車の中に入れた。
ビニール袋の中に入っている商品がそれなりに大きかったので、スポーツカーの中の謎空間にいる虎城に渡しておいた。
虎城がこういったのだ。
「私が持っておくわ。それくらいはできるからね」
そうしてスポーツカーの助手席に京太郎が乗り込もうとしたとき初老の男が大きな声を出した。
「ちょっと待ちたまえ!」
物流センターの駐車場に男の声がよく響いていた。
叫んだ男は、小男という表現がよく似合う男だ。背が低い。年齢のために背が低くなったのではなく、もともと低いのだ。
そしてお高いブランド物のスーツを着て、胸にきらきら光るバッチをつけていた。それが何のバッチなのかはさっぱりわからない。
有名どころの、たとえば弁護士のバッチのようなものではない。どこかの企業の紋章だろう。
この初老の子男が大きな声を出したのは自分が求めているものが見つかったからである。だから自分たちが今いる場所も考えずに、大きな声を出した。
声につられて、京太郎とベンケイが動きを止めた。声に釣られて振り返った京太郎の目は、ずいぶんイラついていた。ベンケイの目はずいぶん冷えていた。二人とも小男の大きな声が耳障りだったのだ。
ベンケイが初老の小男にこういった。
「なにか問題でもありましたか松さん」
ベンケイの口調が冷え冷えとしていた。この小男はベンケイの雇い主なのだ。ベンケイに護衛を頼んできたのである。
依頼人には優しくするのが普通だろう。しかしずいぶんベンケイはイラついていた。というのも長ったらしい道につき合わされたからなのだ。
まっすぐに目的地に向かえばすぐに到着できたのに、あちこち引き回されたのだ。非常に無駄な道のりだった。それだけでもすでに頭に来ているのだが、更に問題があった。
妙にたくさんの部下を引き連れて移動しているのだ。しかも二十台の装甲車を用意して部下たちを乗せていた。怪しいにもほどがあった。戦争でもはじめるのかという準備である。護衛以外の目的で自分を雇ったのではないかとベンケイは疑っていた。
仕事を断りたかったが、仕事は仕事である。仕事をしなければ生きていられない。そう自分に言い聞かせて、ここまで長ったらしい道のりに付き合ったのだ。
しかし今、はっきりと別の問題が生まれた。おそらく、京太郎たちに何かちょっかいをかけようとしている。
そろそろ、ベンケイの堪忍袋の緒が切れようとしていた。
「ベンケイだ。ディーと同じで、あだ名みたいなものかな。仕事中はこのあだ名で名乗ることにしている。
申し訳ないな、名乗ってもらったのに」
ベンケイの礼も小さなものだった。京太郎から少しも視線をきっていなかった。本名を名乗らなかったのは、ベンケイがそれなりに力を持った人間だからだ。
本名がばれたところで敗北することはまずないだろう。しかし本名が知れることで自分の関係者たちに迷惑がかかるのを避けたかった。
ベンケイの挨拶を聞いた京太郎はうなずいた。名前が知れることで面倒くさい問題が生まれるというのは理解できたのだ。
サガカオルとウララに名乗った失敗を覚えているので余計に理解できていた。
二人が自己紹介を行ったところで、ディーがこういった。
「それじゃあ、これで失礼します。ベンケイさんもお仕事がんばってください」
ディーがこういうとベンケイもうなずいた。
「そっちこそ」
といってベンケイが微笑んだ。それをみてディーが運転席に乗り込んでいった。
ディーが乗り込んだところで、京太郎は助手席に虎城をおろした。スポーツカーの中がひろがっているのは知っているのだけれども、どこに座らせていいのかが問題だったからだ。
京太郎が虎城をおろすと、ディーがこういった。
「虎城さんは後ろにいてもらおう。助手席に座っているよりもずっと安全だ。一応シートベルトもついているから、それをつけていてほしい」
ディーがこのようにいうと虎城は動き出した。非常にゆっくりとした動きだった。四つんばいになってスポーツカーの内側の謎の空間へ虎城はもぐりこんでいった。
虎城がスポーツカーの謎の空間へと移動したあと、京太郎も助手席に乗り込もうとした。片手に持っていたビニール袋を先に車の中に入れた。
ビニール袋の中に入っている商品がそれなりに大きかったので、スポーツカーの中の謎空間にいる虎城に渡しておいた。
虎城がこういったのだ。
「私が持っておくわ。それくらいはできるからね」
そうしてスポーツカーの助手席に京太郎が乗り込もうとしたとき初老の男が大きな声を出した。
「ちょっと待ちたまえ!」
物流センターの駐車場に男の声がよく響いていた。
叫んだ男は、小男という表現がよく似合う男だ。背が低い。年齢のために背が低くなったのではなく、もともと低いのだ。
そしてお高いブランド物のスーツを着て、胸にきらきら光るバッチをつけていた。それが何のバッチなのかはさっぱりわからない。
有名どころの、たとえば弁護士のバッチのようなものではない。どこかの企業の紋章だろう。
この初老の子男が大きな声を出したのは自分が求めているものが見つかったからである。だから自分たちが今いる場所も考えずに、大きな声を出した。
声につられて、京太郎とベンケイが動きを止めた。声に釣られて振り返った京太郎の目は、ずいぶんイラついていた。ベンケイの目はずいぶん冷えていた。二人とも小男の大きな声が耳障りだったのだ。
ベンケイが初老の小男にこういった。
「なにか問題でもありましたか松さん」
ベンケイの口調が冷え冷えとしていた。この小男はベンケイの雇い主なのだ。ベンケイに護衛を頼んできたのである。
依頼人には優しくするのが普通だろう。しかしずいぶんベンケイはイラついていた。というのも長ったらしい道につき合わされたからなのだ。
まっすぐに目的地に向かえばすぐに到着できたのに、あちこち引き回されたのだ。非常に無駄な道のりだった。それだけでもすでに頭に来ているのだが、更に問題があった。
妙にたくさんの部下を引き連れて移動しているのだ。しかも二十台の装甲車を用意して部下たちを乗せていた。怪しいにもほどがあった。戦争でもはじめるのかという準備である。護衛以外の目的で自分を雇ったのではないかとベンケイは疑っていた。
仕事を断りたかったが、仕事は仕事である。仕事をしなければ生きていられない。そう自分に言い聞かせて、ここまで長ったらしい道のりに付き合ったのだ。
しかし今、はっきりと別の問題が生まれた。おそらく、京太郎たちに何かちょっかいをかけようとしている。
そろそろ、ベンケイの堪忍袋の緒が切れようとしていた。
69: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:07:32.84 ID:Joyq1BtQ0
ベンケイが初老の男の名前を呼ぶと京太郎の動きが止まった。今までの穏やかな京太郎の姿はどこにもない。完全に警戒していた。
京太郎の目に力が宿り全身の筋肉が、今すぐにでも戦えるように準備を始めている。
体内で魔力が高まっていく中で、京太郎は別の景色を見ていた。京太郎は自分の周囲にあるものを全て手に取るように把握できていた。
視界には限界がある。たとえば頭の後ろだ。首をひねるか道具を使わなければ、見えないはず。しかし今の京太郎には、背後で何が起きているのか、頭上では何が起きているのかが、実際に見ているようにわかるのだった。
死角がなくなったのは修羅場に対応するため魔力を高めたことで京太郎の感覚が鋭くとがった結果である。視覚以外の感覚も鋭くとがったことで死角がなくなってしまったのだ。京太郎は視覚として感じ取っているけれども、実際は五感全てを駆使している状況である。
同時に、京太郎は顔をしかめた。頭蓋骨の内側で激しい痛みを感じたのだ。もともと京太郎の感覚の強化は正常なものではない。自分の器以上のエネルギーが感覚を暴走させているに過ぎない。
それは自然な状態ではない。自然な状態ではない状態が、更に高まったのだ。頭痛くらいで済んでよかったと思うべきである。
戦いの姿勢を京太郎がとったのは「松」という苗字に覚えがあったからだ。
つい先ほど耳にした名前である。忘れるわけがない。
「松常久」だ。虎城たちが追いかけていた何者かだ。しかしもしかしたら他人かもしれない。勘違いという可能性ももちろん頭にはある。しかし、油断をする理由はどこにもなかった。
ディーと虎城が乗り込んだスポーツカーを指差して松はわめき始めた
「ベンケイ君! その車に乗っている娘だ! その娘を捕まえてくれ!」
キンキンと高い声でわめいていた。この松という男は虎城を追いかけてここまで来たのだ。目の前に虎城がいるというのなら、なんとしても手に入れたい。
そして手に入れて永遠に消したいのだ。
わめいている松に対してベンケイがこたえた。
「あなたを無事に送り届けるのが私の仕事だったはずです。ヤタガラスに所属している構成員を捕まえるのは範囲外でしょう。
そもそもどうしてそのようなことを?」
ベンケイの目は松常久を射抜いていた。今のやり取りだけで、松常久の考えをベンケイは見抜いたのである。あまりにも怪しい仕事。むやみに多い部下たち。
そして、ヤタガラスの構成員を言外に始末しろという男。怪しいにもほどがある。信じて行動しろというほうが難しかった。
わめいている初老の男、松は黙り込んだ。ベンケイの視線から逃げるように目線をはずして、もごもごといい始めた。
松常久は自分の失敗というのを自覚したのだ。今のやり取りは誰から見ても怪しかった。
初老の男、松は搾り出した。
「その娘が、その娘を捕らえなければならない理由は……そうだ。
ヤタガラスの構成員を殺した犯人だからだ……私は見たんだ。そうだ、見たんだ!
その娘が構成員を殺す場面を! 君も、体裁だけでもヤタガラスならば身内殺しの犯人を捕まえるべきだろう!」
松常久は大きな声で虎城が犯人であると叫んだ。しかしずいぶん苦しい。松常久自身も苦しい言い訳だというのがわかっているようだった。
しかし強引でも虎城を捕まえる根拠を出さなくてはならなかった。
そうしなければ、ベンケイは自分の部下もろとも切り捨てるだろうから。ベンケイという男ならば、そうするという逸話を知っているのだ。
だから無理にでも自分を殺せない理由をでっち上げなければならなかった。
少なくとも、今回は成功している。なぜなら、確認ができないからだ。松常久はいかにも怪しい。しかし、真実を話しているかもしれない。
なぜなら松常久の話が真実であるという証拠も、虎城が真実を話しているという証拠もないのだから。特にベンケイには判断の材料がまったくないのだから決断は先送りにされる。
松常久の狙い通り、ベンケイは攻撃しなかった。松常久の狙い通りである。しかし、まったく信じてもいなかった。少しでも証拠らしきものが見つかれば、ベンケイは切り捨てるだろう。
京太郎の目に力が宿り全身の筋肉が、今すぐにでも戦えるように準備を始めている。
体内で魔力が高まっていく中で、京太郎は別の景色を見ていた。京太郎は自分の周囲にあるものを全て手に取るように把握できていた。
視界には限界がある。たとえば頭の後ろだ。首をひねるか道具を使わなければ、見えないはず。しかし今の京太郎には、背後で何が起きているのか、頭上では何が起きているのかが、実際に見ているようにわかるのだった。
死角がなくなったのは修羅場に対応するため魔力を高めたことで京太郎の感覚が鋭くとがった結果である。視覚以外の感覚も鋭くとがったことで死角がなくなってしまったのだ。京太郎は視覚として感じ取っているけれども、実際は五感全てを駆使している状況である。
同時に、京太郎は顔をしかめた。頭蓋骨の内側で激しい痛みを感じたのだ。もともと京太郎の感覚の強化は正常なものではない。自分の器以上のエネルギーが感覚を暴走させているに過ぎない。
それは自然な状態ではない。自然な状態ではない状態が、更に高まったのだ。頭痛くらいで済んでよかったと思うべきである。
戦いの姿勢を京太郎がとったのは「松」という苗字に覚えがあったからだ。
つい先ほど耳にした名前である。忘れるわけがない。
「松常久」だ。虎城たちが追いかけていた何者かだ。しかしもしかしたら他人かもしれない。勘違いという可能性ももちろん頭にはある。しかし、油断をする理由はどこにもなかった。
ディーと虎城が乗り込んだスポーツカーを指差して松はわめき始めた
「ベンケイ君! その車に乗っている娘だ! その娘を捕まえてくれ!」
キンキンと高い声でわめいていた。この松という男は虎城を追いかけてここまで来たのだ。目の前に虎城がいるというのなら、なんとしても手に入れたい。
そして手に入れて永遠に消したいのだ。
わめいている松に対してベンケイがこたえた。
「あなたを無事に送り届けるのが私の仕事だったはずです。ヤタガラスに所属している構成員を捕まえるのは範囲外でしょう。
そもそもどうしてそのようなことを?」
ベンケイの目は松常久を射抜いていた。今のやり取りだけで、松常久の考えをベンケイは見抜いたのである。あまりにも怪しい仕事。むやみに多い部下たち。
そして、ヤタガラスの構成員を言外に始末しろという男。怪しいにもほどがある。信じて行動しろというほうが難しかった。
わめいている初老の男、松は黙り込んだ。ベンケイの視線から逃げるように目線をはずして、もごもごといい始めた。
松常久は自分の失敗というのを自覚したのだ。今のやり取りは誰から見ても怪しかった。
初老の男、松は搾り出した。
「その娘が、その娘を捕らえなければならない理由は……そうだ。
ヤタガラスの構成員を殺した犯人だからだ……私は見たんだ。そうだ、見たんだ!
その娘が構成員を殺す場面を! 君も、体裁だけでもヤタガラスならば身内殺しの犯人を捕まえるべきだろう!」
松常久は大きな声で虎城が犯人であると叫んだ。しかしずいぶん苦しい。松常久自身も苦しい言い訳だというのがわかっているようだった。
しかし強引でも虎城を捕まえる根拠を出さなくてはならなかった。
そうしなければ、ベンケイは自分の部下もろとも切り捨てるだろうから。ベンケイという男ならば、そうするという逸話を知っているのだ。
だから無理にでも自分を殺せない理由をでっち上げなければならなかった。
少なくとも、今回は成功している。なぜなら、確認ができないからだ。松常久はいかにも怪しい。しかし、真実を話しているかもしれない。
なぜなら松常久の話が真実であるという証拠も、虎城が真実を話しているという証拠もないのだから。特にベンケイには判断の材料がまったくないのだから決断は先送りにされる。
松常久の狙い通り、ベンケイは攻撃しなかった。松常久の狙い通りである。しかし、まったく信じてもいなかった。少しでも証拠らしきものが見つかれば、ベンケイは切り捨てるだろう。
70: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:15:33.22 ID:Joyq1BtQ0
ベンケイと松常久がもめていると運転席に座っていたディーが降りてきて、こういった。
「松 常久さん、残念ですが構成員の引渡しには応じかねます。
すでに事情はヤタガラスで確認しております。申し開きがあるようならば十四代目葛葉ライドウと幹部たちの前でお願いします。お引取りを」
ディーの声は実に淡々としていた。死刑宣告をする裁判官のようだった。ディーがこのように話しかけたのは、松常久にあきらめさせるためである。
これ以上騒がれるのはうっとうしくてしょうがないのだ。
なぜライドウと幹部たちの名前を出したのか。それはヤタガラスの幹部たちが裁判を行うということが、わかりやすく真実をはっきりさせるからである。
サマナーの世界では非常にシンプルな方法で有罪なのか、無罪なのかが判断される。その方法というのは読心術である。
人間の心の表面だけをなでる読心術ではない。ヤタガラス本部で幹部立会いの下で行われる読心術は、術をかけられた人間が忘れている情報であっても白日の下にさらす。たとえ、生まれた瞬間に見た光景であってもはっきりと読み取るのだ。
この強力な読心術を容疑者にかければ白なら白、黒なら黒とはっきりする。そしてヤタガラスのボスの名の下に幹部が裁判を行うとなれば拒否権はない。
力づくで裁判の場に連れ出される。今回ならば内偵を命じていたライドウじきじきに引っ張りにくるかもしれない。
松常久が真実を話していようと、虎城が真実を話していようと関係ないのだ。もう、どうすることも松常久にはできない。
だから、黙って引き下がれとディーはいうのだ。松常久とのやり取りは一切無駄で、うっとうしいものだとディーは切り捨てていた。
ディーが突き放すと、松 常久は大きな声を出した。
「黙れ! 貴様私を誰だと思っている!ライドウがなんだ! こんなことが許されるわけがない! 私がどれほどヤタガラスのために働いたと思っているのだ! 私を疑うんじゃない! その小娘を疑え!」
松常久の叫びは駐車場に大きく響いた。この叫びがこの男のすべての気持ちである。ヤタガラスの判断方法をとられたら自分のすべてがあっという間に崩れることを理解していたのだ。
だから、叫んだ。何とか生き残るために、醜く叫んだのだ。
松 常久の叫びは奇妙な残響をおこした。
そして残響が収まったところでぞろぞろと男たちが現れた。男たちはスーツを着ていた。どの男もそれなりに鍛えているらしいことがわかった。
その中の一人がこういった。
「ボス、逃げられました。発信機のあとを追いかけてみたのですが、どうやら引っ掛けられたみたいです。
見てください。黒マグロですよ。しかも氷詰めの。こいつに帽子をひっつけて逃げおおせたみたいです。
あの短い時間によくここまで小細工ができたものだ。
後方支援担当班だったはずなんですけどねぇ。ずいぶん機転が利く。半端ものの四人とは違うらしい」
十名の黒服を着た男たち。その一人が魚のにおいが染み付いたヤタガラスの帽子を見せた。ヤタガラスの帽子にはエンブレムがついていた。
京太郎も同じものを持っているのだが、虎城はこのエンブレムを使い男たちから逃げていたのだ。
発信機の信号を追って松常久たちが追いかけてくると予想した虎城は発信機を逆手に取ったのだ。
十名の男たちを視界に治めた京太郎は鼻を押さえた。耐えられない悪臭を嗅ぎ取ったのだ。それは松常久から漂うものと同じ匂いだった。
今まで生きてきた中でこのような匂いをかいだのは初めてだった。
ぞろぞろと現れた黒服の男たちを見て京太郎がディーに合図を送った。京太郎の目が、ディーを見つめた。
そして、ディーと目が合ったとき京太郎は出入り口を見た。ディーはそれをみてうなずいて、運転席に滑り込んだ。
京太郎もディーもこの狭い空間で十人単位の敵と戦うのは難しかった。始末するのがではなく、駐車場にいる人たち、悪魔たちに危害を加えないように戦うのが難しかったのである。
黒服の男たちに向けて、松 常久がこういった。
「遅いぞお前たち! 娘ならここにいる。あの車の中にな!」
黒服たちが事態を飲み込めずにざわついている中、ウエストポーチに京太郎は手を突っ込んでいた。煙だまを取り出して使い、逃走の助けにしようとしているのだ。
京太郎の頭はさえていた。今の今まで感じていた激痛はどこかに吹き飛んでいる。
頭の中を駆け巡るのは戦いの方法と、この修羅場をどのように潜り抜けていくのかという思索ばかりだった。
考え付く方法の中で、一番よい方法というのは撤退だった。ここで完全につぶしてしまうというのも選択肢としてはありだった。しかし京太郎の魔法と乱戦の被害が異界物流センター全体に及ぶ可能性を考えると選べなかった。
71: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:20:35.35 ID:Joyq1BtQ0
京太郎とディーが周りを巻き込まないように逃げの一手を撃つべく動き始めると、ベンケイが話しかけてきた。
「なぁ、須賀くん。もしも君がヤタガラスに入るつもりだったりするのなら、やめておいたほうがいいと俺は思う
この世界は、こんなやつらばかりだからな。人の皮をかぶった悪魔ばかりだ。真面目に勉強しているほうがずっといい。
それでも、ヤタガラスに入るつもりなら、修羅にならなければならない。俺たちみたいに」
ベンケイは京太郎を見ていなかった。松常久とその部下たちをにらんでいる。
京太郎のことを思ってヤタガラスに入るなとベンケイは忠告していた。
ヤタガラスは巨大な組織だ。悪魔から人を守り、国を守り続けている。しかし、ヤタガラスといえど人の作る組織である。権力を持ったものが落ちていく腐敗の道からはヤタガラスも逃れられなかった。
ベンケイはその事実を身をもって理解している。そしてベンケイの弟弟子も同じように理解する羽目になった。ベンケイは京太郎にそうなってほしくなかった。それだけなのだ。
ベンケイの語りかけに応えることなく逃走の準備が完了するやいなや、京太郎は煙だまを地面にたたきつけた。
ベンケイに進退を答えている時間などないのだ。
煙だまはあっという間に周囲の視界を失わせた。煙だまを用意した京太郎の仲魔はずいぶん力を入れて作ったようで、駐車場が夜になっていた。
煙であたりの様子があいまいになっている間に、京太郎は助手席に乗り込んだ。煙によって光がさえぎられていたが、感覚がとがっていたことで普通に行動することができていた。
助手席に乗り込んだ京太郎の顔色はよくなかった。ぎらついていた目はもうない。京太郎の目は迷いの色を帯びていた。
ベンケイの忠告は京太郎に届いていたのだ。そしてベンケイの忠告から、恐ろしいことに楽しみを感じているという事実に京太郎は気がついてしまったのだ。
迷いが生まれていた。しかし駐車場から逃げ出さなければならないことは理解していたため見事に仕事を果たすことができた。
駐車場で戦えば、被害は半端ではすまない。ならば、逃げ出さなくてはならない。この異界物流センターを利用する人たちを巻き込んではいけないのだ。
京太郎が乗り込むのを確認するとディーはあっという間に車を発進させて、その場から逃げ出した。
スポーツカーのタイヤが鋭く回転し始めて、駐車場のアスファルトを削った。一秒もかからないうちに煙幕を突き破ってスポーツカーは姿を消した。
煙が晴れると松常久は部下たちに命令を出した。
「追え! あの娘を逃がすな! くそっ! 絶対にあきらめてなるものか!」
大きな声で叫んでいた。周りにいる人たちのことなどまったく気にしていない。松常久は自分のすべてを壊すのは、あの小娘、虎城ゆたかであると信じていた。あの娘さえいなければ自分の力を、権力を見事に使いきってこの難しい問題を乗り切れると信じている。だから小さな問題には目もくれない。
部下たちに命令を飛ばすと部下の運転する装甲車に乗り込み、ディーの運転するスポーツカーを追いかけていった。
松常久の目はベンケイを少しもみなかった。松常久が追い求めているものは目の前の明らかな破滅の種だけなのだった。
後に残されたのは、木箱に入った氷結した黒マグロと暗い顔をしたベンケイだけであった。駐車場での騒ぎを聞きつけて、異界物流センターの中からいろいろな人たちが顔を出し始めていた。
一人残されたベンケイの顔色というのは暗かった。というのが松常久たちの後始末を自分がしなくてはならない流れになっていたからである。
騒ぎを聞きつけて顔を見せ始めた物流センターの職員たちに説明もしなければならないし、置いてけぼりを食らい放置された黒マグロにも対処しなければならない。
そして今回の事件の事実確認もしなければならない。
面倒なことである。
どう職員たちに説明をするかと悩みながら、ベンケイはつぶやいた。
「最高速は隼並か。しかし、まともな訓練は受けてこなかったみたいだな。動きがまだぎこちない。
しっかりとした師匠につけば、更によくなるが…いまはよろしくない。
しかし、逃げるならこいつも持ってくれよ。このマグロ、どうすりゃいいんだ?」
龍門渕透華の用意した黒マグロである。かなり大きなマグロで二百キロ級である。このまま捨てておくわけには行かなかった。
悪魔に食べさせるというのもあったのだが、ディーが教えてくれたパーティーの話から持ち主が予想がついたので、それもできなかった。
この場で一番の貧乏くじを引いたのは間違いなくベンケイであった。
「なぁ、須賀くん。もしも君がヤタガラスに入るつもりだったりするのなら、やめておいたほうがいいと俺は思う
この世界は、こんなやつらばかりだからな。人の皮をかぶった悪魔ばかりだ。真面目に勉強しているほうがずっといい。
それでも、ヤタガラスに入るつもりなら、修羅にならなければならない。俺たちみたいに」
ベンケイは京太郎を見ていなかった。松常久とその部下たちをにらんでいる。
京太郎のことを思ってヤタガラスに入るなとベンケイは忠告していた。
ヤタガラスは巨大な組織だ。悪魔から人を守り、国を守り続けている。しかし、ヤタガラスといえど人の作る組織である。権力を持ったものが落ちていく腐敗の道からはヤタガラスも逃れられなかった。
ベンケイはその事実を身をもって理解している。そしてベンケイの弟弟子も同じように理解する羽目になった。ベンケイは京太郎にそうなってほしくなかった。それだけなのだ。
ベンケイの語りかけに応えることなく逃走の準備が完了するやいなや、京太郎は煙だまを地面にたたきつけた。
ベンケイに進退を答えている時間などないのだ。
煙だまはあっという間に周囲の視界を失わせた。煙だまを用意した京太郎の仲魔はずいぶん力を入れて作ったようで、駐車場が夜になっていた。
煙であたりの様子があいまいになっている間に、京太郎は助手席に乗り込んだ。煙によって光がさえぎられていたが、感覚がとがっていたことで普通に行動することができていた。
助手席に乗り込んだ京太郎の顔色はよくなかった。ぎらついていた目はもうない。京太郎の目は迷いの色を帯びていた。
ベンケイの忠告は京太郎に届いていたのだ。そしてベンケイの忠告から、恐ろしいことに楽しみを感じているという事実に京太郎は気がついてしまったのだ。
迷いが生まれていた。しかし駐車場から逃げ出さなければならないことは理解していたため見事に仕事を果たすことができた。
駐車場で戦えば、被害は半端ではすまない。ならば、逃げ出さなくてはならない。この異界物流センターを利用する人たちを巻き込んではいけないのだ。
京太郎が乗り込むのを確認するとディーはあっという間に車を発進させて、その場から逃げ出した。
スポーツカーのタイヤが鋭く回転し始めて、駐車場のアスファルトを削った。一秒もかからないうちに煙幕を突き破ってスポーツカーは姿を消した。
煙が晴れると松常久は部下たちに命令を出した。
「追え! あの娘を逃がすな! くそっ! 絶対にあきらめてなるものか!」
大きな声で叫んでいた。周りにいる人たちのことなどまったく気にしていない。松常久は自分のすべてを壊すのは、あの小娘、虎城ゆたかであると信じていた。あの娘さえいなければ自分の力を、権力を見事に使いきってこの難しい問題を乗り切れると信じている。だから小さな問題には目もくれない。
部下たちに命令を飛ばすと部下の運転する装甲車に乗り込み、ディーの運転するスポーツカーを追いかけていった。
松常久の目はベンケイを少しもみなかった。松常久が追い求めているものは目の前の明らかな破滅の種だけなのだった。
後に残されたのは、木箱に入った氷結した黒マグロと暗い顔をしたベンケイだけであった。駐車場での騒ぎを聞きつけて、異界物流センターの中からいろいろな人たちが顔を出し始めていた。
一人残されたベンケイの顔色というのは暗かった。というのが松常久たちの後始末を自分がしなくてはならない流れになっていたからである。
騒ぎを聞きつけて顔を見せ始めた物流センターの職員たちに説明もしなければならないし、置いてけぼりを食らい放置された黒マグロにも対処しなければならない。
そして今回の事件の事実確認もしなければならない。
面倒なことである。
どう職員たちに説明をするかと悩みながら、ベンケイはつぶやいた。
「最高速は隼並か。しかし、まともな訓練は受けてこなかったみたいだな。動きがまだぎこちない。
しっかりとした師匠につけば、更によくなるが…いまはよろしくない。
しかし、逃げるならこいつも持ってくれよ。このマグロ、どうすりゃいいんだ?」
龍門渕透華の用意した黒マグロである。かなり大きなマグロで二百キロ級である。このまま捨てておくわけには行かなかった。
悪魔に食べさせるというのもあったのだが、ディーが教えてくれたパーティーの話から持ち主が予想がついたので、それもできなかった。
この場で一番の貧乏くじを引いたのは間違いなくベンケイであった。
72: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/07(火) 06:23:26.23 ID:Joyq1BtQ0
ベンケイが困っていると異界物流センターの職員のリーダーが話しかけてきた。物流センターの職員たちはみな緊張の面持ちであった。
拳銃を構えているものもいれば、日本刀に手をかけているものもいた。
彼らは異界物流センターの守備も任されているのだ。問題が起きれば対処しなければならない。
集まってきた職員たちに、ベンケイは懇切丁寧に説明をした。両手を上げて、まったく抵抗する様子はない。
ベンケイは戦いたいわけではないのだ。また、職員たちに悪い気持ちを持っているわけでもない。
しっかりと説明をすれば、この状況を潜り抜けることができると思っていた。実際、職員たちはすぐに理解してくれた。
職員のリーダーがこういった。
「大変なことに巻き込まれたみたいですね、ベンケイさん。
事情はわかりました。私たちはこれ以上突っ込んで聞きません。突っ込んで聞いて巻き込まれたらたまりませんからね。
自分たちは仕事に戻ります。あと、そこにある黒マグロですけど、もって行ってくださいね。落し物として管理するのは面倒ですから」
三十を少し超えた男だった。ほかの職員たちに漏れず、鍛えられていた。職員は自分の同僚たちに撤収の合図を送っていた。
職員はベンケイの性格と、どういう仕事をしているのかを知っていたのである。そしてベンケイから事情を説明されたことで、あっという間に納得したのだった。
職員たちと買い物客はあっという間にどこかに消えていった。先ほどまでわらわらと集まっていたのに、今はもうどこにもいない。駐車場はとても寂しい状況になっていた。
寂しくなった駐車場で、ベンケイは携帯電話をかけた。携帯電話を操作するベンケイの表情は非常に暗かった。しかし電話をかけなければならなかったのだ。
「ヤタガラスの準幹部松常久」
が問題を起こしたということ。そして弟弟子の仲魔ディーが問題にかかわったのだ。非常に面倒くさいことになるのがわかる。
そうなって、問題解決を考えたときすぐに思い浮かぶのが師匠の姿だ。十四代目葛葉ライドウ。あの老人がかかわっているのならば、さっさと連絡をしていたほうがいい。
厄介な事件にかかわるのがライドウなのだ。情報は共有しておいて悪いことはなかった。ただ、師匠に電話をかけるというのはいまいちいい気分はしない。何せ、ほとんど破門状態なのだから。
電話がつながったところで、ディーはこういった。非常に緊張していた。
「お久しぶりです、ゴウトさん。義輝です。少しお話したいことがありまして……はい。すみません、最近忙しくて。はい。
それで師匠は……そうですか。ハギから電話ですか。
いえ、急ぎの用事ではありません。おそらく、あいつと同じ用件だと思います。一応ご報告をと思いまして……そうです、松常久の件で。
あぁ、そうですか、そちらですでに動いて……いえいえ。
それこそ、お互い様ですよ。師匠とゴウトさんにはお世話になりっぱなしで……はい。
娘も喜ぶでしょう。忙しいときにはいつでも呼んでください。部下を引っ張っていきますから。はい、はい。では、失礼します」
電話を切ったベンケイは大きく息を吐いた。そして、駐車場に残された巨大な黒マグロを見て、途方にくれるのだった。
拳銃を構えているものもいれば、日本刀に手をかけているものもいた。
彼らは異界物流センターの守備も任されているのだ。問題が起きれば対処しなければならない。
集まってきた職員たちに、ベンケイは懇切丁寧に説明をした。両手を上げて、まったく抵抗する様子はない。
ベンケイは戦いたいわけではないのだ。また、職員たちに悪い気持ちを持っているわけでもない。
しっかりと説明をすれば、この状況を潜り抜けることができると思っていた。実際、職員たちはすぐに理解してくれた。
職員のリーダーがこういった。
「大変なことに巻き込まれたみたいですね、ベンケイさん。
事情はわかりました。私たちはこれ以上突っ込んで聞きません。突っ込んで聞いて巻き込まれたらたまりませんからね。
自分たちは仕事に戻ります。あと、そこにある黒マグロですけど、もって行ってくださいね。落し物として管理するのは面倒ですから」
三十を少し超えた男だった。ほかの職員たちに漏れず、鍛えられていた。職員は自分の同僚たちに撤収の合図を送っていた。
職員はベンケイの性格と、どういう仕事をしているのかを知っていたのである。そしてベンケイから事情を説明されたことで、あっという間に納得したのだった。
職員たちと買い物客はあっという間にどこかに消えていった。先ほどまでわらわらと集まっていたのに、今はもうどこにもいない。駐車場はとても寂しい状況になっていた。
寂しくなった駐車場で、ベンケイは携帯電話をかけた。携帯電話を操作するベンケイの表情は非常に暗かった。しかし電話をかけなければならなかったのだ。
「ヤタガラスの準幹部松常久」
が問題を起こしたということ。そして弟弟子の仲魔ディーが問題にかかわったのだ。非常に面倒くさいことになるのがわかる。
そうなって、問題解決を考えたときすぐに思い浮かぶのが師匠の姿だ。十四代目葛葉ライドウ。あの老人がかかわっているのならば、さっさと連絡をしていたほうがいい。
厄介な事件にかかわるのがライドウなのだ。情報は共有しておいて悪いことはなかった。ただ、師匠に電話をかけるというのはいまいちいい気分はしない。何せ、ほとんど破門状態なのだから。
電話がつながったところで、ディーはこういった。非常に緊張していた。
「お久しぶりです、ゴウトさん。義輝です。少しお話したいことがありまして……はい。すみません、最近忙しくて。はい。
それで師匠は……そうですか。ハギから電話ですか。
いえ、急ぎの用事ではありません。おそらく、あいつと同じ用件だと思います。一応ご報告をと思いまして……そうです、松常久の件で。
あぁ、そうですか、そちらですでに動いて……いえいえ。
それこそ、お互い様ですよ。師匠とゴウトさんにはお世話になりっぱなしで……はい。
娘も喜ぶでしょう。忙しいときにはいつでも呼んでください。部下を引っ張っていきますから。はい、はい。では、失礼します」
電話を切ったベンケイは大きく息を吐いた。そして、駐車場に残された巨大な黒マグロを見て、途方にくれるのだった。
82: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/14(火) 04:36:23.16 ID:KlUD8s2/0
煙にまぎれて逃げ出したスポーツカーは来た道を急いで下っていた。アクセルは踏みっぱなし、回転数を上げていくタイヤは道にあとを残していく。
後ろから追いかけてくる松常久とその部下たちの相手をディーはしない。しかしこの逃走は、ディーが敗北を恐れているからではない。
京太郎と同じく加減のできない戦いに発展するかもしれないことを恐れたのだ。周りには異界物流センターを利用しようと集まっているサマナーたちが多くいる。巻き込むわけにはいかない。
全てのサマナーと悪魔が戦闘に特化しているわけではない。戦闘に尖った力を持つ京太郎とディーが全力で戦うことでおきる余波で、大きな被害が出てしまうのを避けたのだ。
どんどん加速してもと来た道を戻る中で、ハギヨシにディーが電話をかけていた。携帯電話を操作してハンズフリーの状態になっている。
ディーはできるだけ冷静に話をした。
「ハギちゃん、俺だ。どうにも面倒くさいことになった。
松 常久だが、内偵結果をうやむやにするために虎城さんを始末するつもりだ。須賀ちゃんの機転でセンターからは逃げ出せたが、すでに追いかけてきている。
どうする? 異界で始末しておくか? それとも、現世でやるか? 俺としては人気のないところで始末する方法を推薦しておく。
長引くと面倒くさいことになるぞ、あのタイプは」
ハギヨシに状況を説明しているのは、ここからは非常に面倒くさいことになるのが目に見えていたからである。
松常久はどこまでもあがくと覚悟を決めていた。これがそこらへんを歩いている力のない人間のやることならば、それほど恐ろしいことではない。
しかし権力を持ち、影響力を持っている人間だと話は違ってくる。なりふり構わず全力であがくのだ。
そうなった場合、判断を間違えると長期戦になる可能性が高くなる。殺しきれなくなるのだ。それこそ、スケープゴートを大量に用意されたり、証拠の捏造を連発されるようなことが起きる。
もちろんつぶしていけばいいだけの話だが、時間がかかり、影武者なんぞ立てられたときには本物を探索しなければならなくなる。面倒だ。
そして、何よりも面倒な人脈を使っての逃亡を行う可能性もある。
物理的な戦いではなく、人間関係の戦いだ。権力者同士の横のつながりを利用して逃げようとする。捜査を妨害することもあるだろうし、口裏を合わせるようなものもいるだろう。
類は友を呼ぶものだ。残念ながら、よくある話である。
これらをやられるとハギヨシもディーもつらい。追い詰める打ち合わせが必要になるだろう。
そしてライドウが一枚かんでいるらしいのだから、ヤタガラスの幹部龍門渕とも連携をとらなくてはならなくなる。
松常久といういろいろな場所に根を張っている巨大な問題を綺麗に消すためには周りとの連携が必要なのだ。
さっさと始末しないことでおきる面倒がディーには見えていたので異界の人気のないところで始末してしまおうと提案するのだった。
後ろから追いかけてくる松常久とその部下たちの相手をディーはしない。しかしこの逃走は、ディーが敗北を恐れているからではない。
京太郎と同じく加減のできない戦いに発展するかもしれないことを恐れたのだ。周りには異界物流センターを利用しようと集まっているサマナーたちが多くいる。巻き込むわけにはいかない。
全てのサマナーと悪魔が戦闘に特化しているわけではない。戦闘に尖った力を持つ京太郎とディーが全力で戦うことでおきる余波で、大きな被害が出てしまうのを避けたのだ。
どんどん加速してもと来た道を戻る中で、ハギヨシにディーが電話をかけていた。携帯電話を操作してハンズフリーの状態になっている。
ディーはできるだけ冷静に話をした。
「ハギちゃん、俺だ。どうにも面倒くさいことになった。
松 常久だが、内偵結果をうやむやにするために虎城さんを始末するつもりだ。須賀ちゃんの機転でセンターからは逃げ出せたが、すでに追いかけてきている。
どうする? 異界で始末しておくか? それとも、現世でやるか? 俺としては人気のないところで始末する方法を推薦しておく。
長引くと面倒くさいことになるぞ、あのタイプは」
ハギヨシに状況を説明しているのは、ここからは非常に面倒くさいことになるのが目に見えていたからである。
松常久はどこまでもあがくと覚悟を決めていた。これがそこらへんを歩いている力のない人間のやることならば、それほど恐ろしいことではない。
しかし権力を持ち、影響力を持っている人間だと話は違ってくる。なりふり構わず全力であがくのだ。
そうなった場合、判断を間違えると長期戦になる可能性が高くなる。殺しきれなくなるのだ。それこそ、スケープゴートを大量に用意されたり、証拠の捏造を連発されるようなことが起きる。
もちろんつぶしていけばいいだけの話だが、時間がかかり、影武者なんぞ立てられたときには本物を探索しなければならなくなる。面倒だ。
そして、何よりも面倒な人脈を使っての逃亡を行う可能性もある。
物理的な戦いではなく、人間関係の戦いだ。権力者同士の横のつながりを利用して逃げようとする。捜査を妨害することもあるだろうし、口裏を合わせるようなものもいるだろう。
類は友を呼ぶものだ。残念ながら、よくある話である。
これらをやられるとハギヨシもディーもつらい。追い詰める打ち合わせが必要になるだろう。
そしてライドウが一枚かんでいるらしいのだから、ヤタガラスの幹部龍門渕とも連携をとらなくてはならなくなる。
松常久といういろいろな場所に根を張っている巨大な問題を綺麗に消すためには周りとの連携が必要なのだ。
さっさと始末しないことでおきる面倒がディーには見えていたので異界の人気のないところで始末してしまおうと提案するのだった。
83: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/14(火) 04:40:37.22 ID:KlUD8s2/0
異界物流センターからディーの運転するスポーツカーがどんどん離れていく。ディーの運転するスポーツカーを猛追する車の群れがあった。その数二十。数が多いだけならよかったのに、見た目が悪い。
どれもこれも非常に物騒な車ばかりだった。戦車に車の車輪をつけたような車、装甲車である。
ただの装甲車ならいい。ディーの運転するスポーツカーは常識はずれの速度で走り、自在に動き回るのだ。すぐにでも振り切れる。
しかし、こいつらは追いついてくる。ディーのスポーツカーと同じように風をまとい、喰らいついていた。悪夢のような光景だった。
松常久は虎城を逃がす気がない。虎城を生かしておけば、破滅する未来が確定するからだ。内偵を受けるはめになった事件にも破滅の種があるが、ヤタガラスの構成員を襲ったというのも破滅の種だ。当然、生き残っている虎城は飛んでも大きな破滅の種である。
内偵を受ける羽目になった事件も、ヤタガラスの構成員を襲った件も、虎城がいなければごまかせる可能性が高い。言い訳がきく。苦しくともいいわけができる。
ならば、殺すだろう。ここはオロチの異界。証拠は残らない。たとえ人の道に外れても、ここで終わらせたい。
当然だが、京太郎もディーも一緒に消すつもりだ。内偵を行っていたヤタガラスを襲ったという情報が京太郎とディーに伝わっているのだから、特に消しておきたい。
とっくの昔にハギヨシに伝わっているけれども、京太郎、虎城、ディーがいなくなれば、言い訳はいくらでもできる。証拠がないからだ。
たとえ怪しい言い訳でも、命はつながる。ならば、生かして返す理由は一つもない。むしろ、松常久が生き延びるためにはなんとしても京太郎たちを皆殺しにしなければならないのだ。
追いかけてくる車を見た虎城は体を震わせていた。ディーのスポーツカーは奇妙なことで空間がゆがんでいる。しかも、どういう理屈なのか、しっかりと背後が見えるようになっていた。
虎城は見てしまったのだ。土煙を上げながらたくさんの装甲車が自分を狙って追いかけてくる光景を。いやな光景に違いない。
圧迫感はすさまじいものがある。装甲車は大きくていかにも硬そうだ。ぶつかり合ったわけではないのだから、強くないかもしれない。しかし見た目が強そうなものは恐ろしく思うのが人間なのだ。
それだけで人間は恐れを抱くのだから、こんなものが群れで襲い掛かってくれば、怖くてしょうがない。そして、もしもつかまったとしたらどうなるのか。これを考えるのが一番怖い。
虎城は当然消される。消されるだけならば、まだいいだろう。虎城は女性だ。消される前にどうにかされるかもしれない。
そして一番いやなことがある。それは京太郎とディーのことだ。
「自分が巻き込んでしまった。自分がこの二人の運命を変えてしまったかもしれない」
そう考えるとたまらなく胸が締め付けられるのだった。
虎城と同じように京太郎も追いかけてくる車の群れを見ていた。あせっているディーと恐れおののいている虎城とは対照的な表情をしていた。京太郎は冷えた目で装甲車の数を数えていた。
そして、じっくりと相手と自分の力をはかろうとしていた。今の状況は修羅場。穏やかな気持ちではいられない状況であるはず。
しかし不思議なことで、この修羅場の中で京太郎の頭はよく動き、またさえていた。つい先ほど、ベンケイから忠告を受けたというのに、京太郎は自分の心の中の、興味を抑えられそうになかった。
「どうすれば、あいつらをしとめられるだろうか」
この心の動きが、京太郎に奇妙な静かさと集中力を与えてくれているのだ。
装甲車の大体の数と特徴を数秒で観察し終わった京太郎は、ジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。実に滑らかな動きだった。迷いというのが少しもない。
自分たちの置かれている状況と、周りにいる人たちを巻き込まないように魔法をできるだけ使わないほうがいいという条件を合わせて、一番適切な攻撃手段を京太郎は、はじき出したのだ。
はじき出した攻撃手段というのは、京太郎のジャンパーのポケットの中に納まっているデリンジャーである。サービスエリアで出会ったサガカオルから貰い受けた一品だ。京太郎はこいつを使って、後ろから迫ってくる装甲車の群れ、約二十台を相手取るつもりである。
そして、ジャンパーのポケットからデリンジャーを引き抜いた京太郎は、電話中のディーに提案した。
「足止めしましょうか? 追いつかれそうですけど」
ディーが答えるよりも早く、京太郎は動き出していた。今までかぶっていたヤタガラスのエンブレムのついた帽子を脱いで、後ろの不思議空間に放り込んだ。そしてシートベルトをはずして軽く体を揺らした。
京太郎の提案を受けたディーは電話での会話を続けながらうなずいた。ディーの視線は目の前の道をしっかりと見据えていた。ディーの運転するスポーツカーは早い。
言葉通り桁違いのスピードが出せる。おそらく本気でアクセルを踏み込めば、あっという間に振り切れるだろう。しかしできない。追いつかれ始めている。
理由は簡単だ。自分たち以外の車が邪魔をしているのだ。異界物流センターはサマナーたちの物資をやり取りする拠点である。いろいろな場所からいろいろな種類のサマナーが姿を現すのだ。かなり広い道であっても、センターに近い道は混むのだ。
ディーは何とか車を走らせているけれど、それも事故を起こさないように気を配ってのこと。弾き飛ばしていくようなことはできない。そうして安全運転をしているため、簡単に追いつかれてしまうようなことになる。
追いつかれてしまえば、周りにサマナーたちがいる状況で戦うはめになる。そうなれば、被害は広がる。最悪だ。それを防ぎたいのならば足止めをするしかないだろう。今、この状況でできるだけ被害を出さないようにしようとすれば、京太郎しかいなかった。
84: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/14(火) 04:45:15.04 ID:KlUD8s2/0
ディーのうなずくのを合図に京太郎は助手席の窓から体を乗り出した。びゅうびゅうと風が吹いていた。京太郎の髪の毛が風に吹かれてゆれていた。
しかし京太郎の体は少しもぶれなかった。京太郎はこれから、デリンジャーという小さな銃を使って装甲車たちを足止めするつもりなのだ。しかもはじめて使う武器を使ってである。無謀だった。しかし、これしかなかった。京太郎の目に恐れはない。
一方で、体を乗り出した京太郎を見て虎城は驚いていた。顔色が真っ青だ。目を大きく見開いていた。虎城は見てしまったのだ。何の支えもない状態でスポーツカーの窓から京太郎が上半身を外に出している姿を。
デリンジャーで装甲車を迎撃するという行為より無謀だった。
彼女はすぐに悪い未来を予想した。その未来とは、京太郎が何かの振動でバランスを崩し車の外に落ちていく未来である。シートベルトもなしに高速で動いている車の外に身を乗り出すのだ。装甲車に追いつかれるという以前の問題として危なかった。
虎城はあわてて京太郎の下半身にしがみついた。かなり無茶な体勢に彼女はなっていた。助手席のシートを乗り越えるようにして京太郎の体にしがみついているのだ。しかし彼女が今できることといえば、このくらいのものだった。
車から身を乗り出した京太郎は、サガカオルから受け取ったデリンジャーの引き金を引いた。タックル気味にしがみついてきた虎城のことなどさっぱり気にしていなかった。
京太郎の目はよく物を捕らえていた。鋭くとがってしまった感覚が、役にたっている。この拳銃を渡してくれたサガカオルは京太郎に教えてくれていた。
この拳銃は特殊な金属でできていると。そして、特殊な効果があると。
「この拳銃は魔力を吸い取って弾を作る」京太郎はサガカオルの話を信じていた。
引き金を引いた直後、追いかけてくる装甲車の一台が動きを止めた。分厚い装甲に小さな傷跡が出来上がっている。五円玉ほどの傷跡だ。この傷跡は先ほどまでなかったものである。
京太郎がつけたものだ。京太郎の手のひらにあるデリンジャーの弾丸が装甲車を貫いたのである。そしてその貫いた弾丸が、装甲車の心臓部分を壊してしまった。そうして装甲車は動かなくなった。
的が大きかったために、そして多かったために京太郎の腕前でも簡単に当てることができたのだった。心臓部分に当たったのはたまたまである。
装甲車が一台動かなくなったところで、さらに京太郎は引き金を引いた。京太郎は笑っていた。楽しそうだった。引き金を引くときに自分の体から魔力が奪われているのも、思いのほか銃弾が当たらないのも面白かった。
オリハルコン製のデリンジャーが京太郎の性質に引っ張られて稲妻の力を宿しているのはどうでもいいことだった。
足止めが一番の目的と頭の中にしっかりとある。それをやり遂げなくてはならない。追いつかれたら面倒くさいことになるのだから、そうしないとまずい、とは思う。しかし、全力で戦うのは楽しくてしょうがなかった。
一台また一台と装甲車が動かなくなっていった。そしてついに追いかけてくる装甲車はなくなった。あっという間の出来事だった。京太郎が引き金を引く。銃弾が装甲車に当たる。装甲車は動かなくなる。
外れることもあった。しかし何度も繰り返していると大きな装甲車に弾が当たるのだ。そしてあっという間に終わってしまった。
京太郎はすこしも銃の練習をしたことがない。普通の高校生である。少し身体能力が高いだけだ。そもそもデリンジャーというのは長い距離で使うものではない。近い距離で使う護身用の銃である。
今回のようなまねができるわけがない。しかしできてしまった。これにはいろいろな理由があった。大きく分けて理由は三つ。
一つ目は装甲車が大きかったこと。的が大きいためにあたりやすい。
二つ目。道が狭くよけるということができなかった。たくさんの車で追いかけてくるのはよかった。しかし、ほかの利用者たちを潜り抜けて上手く弾丸をよけるというのは無理だった。ほかの利用者たちをよけて移動をするので的がどこに移動するのか予想がつきやすかった。
三つ目、オリハルコンのデリンジャーを京太郎が手に入れたこと。稲妻の魔力を持った京太郎から魔力を引っ張ったおかげで、弾丸が稲妻の力を持つことになったのである。装甲車を完全に破壊することはできないが、走行不能状態に持っていくことくらいはできるようになっていた。
結果、装甲車たちは大きな的にしかならなかったのだ。
追っ手の装甲車がなくなったところで、京太郎は体勢を戻した。上半身を揺らして、少しずつ体を移動させた。追っ手がいなくなったのだ。これ以上無理な体勢でいる必要はない。それに、いつまでも虎城にしがみつかれたままではいられない。
スポーツカーの中に戻ってきた京太郎に、電話をしながらディーが親指をぐっと立てて見せた。ディーは後ろから追ってきた装甲車が見えなくなったのを確認していた。
これで、龍門渕まで安心して戻ることができる。戦闘での被害を出すこともなくなる。いいこと尽くめだった。
しかし京太郎の体は少しもぶれなかった。京太郎はこれから、デリンジャーという小さな銃を使って装甲車たちを足止めするつもりなのだ。しかもはじめて使う武器を使ってである。無謀だった。しかし、これしかなかった。京太郎の目に恐れはない。
一方で、体を乗り出した京太郎を見て虎城は驚いていた。顔色が真っ青だ。目を大きく見開いていた。虎城は見てしまったのだ。何の支えもない状態でスポーツカーの窓から京太郎が上半身を外に出している姿を。
デリンジャーで装甲車を迎撃するという行為より無謀だった。
彼女はすぐに悪い未来を予想した。その未来とは、京太郎が何かの振動でバランスを崩し車の外に落ちていく未来である。シートベルトもなしに高速で動いている車の外に身を乗り出すのだ。装甲車に追いつかれるという以前の問題として危なかった。
虎城はあわてて京太郎の下半身にしがみついた。かなり無茶な体勢に彼女はなっていた。助手席のシートを乗り越えるようにして京太郎の体にしがみついているのだ。しかし彼女が今できることといえば、このくらいのものだった。
車から身を乗り出した京太郎は、サガカオルから受け取ったデリンジャーの引き金を引いた。タックル気味にしがみついてきた虎城のことなどさっぱり気にしていなかった。
京太郎の目はよく物を捕らえていた。鋭くとがってしまった感覚が、役にたっている。この拳銃を渡してくれたサガカオルは京太郎に教えてくれていた。
この拳銃は特殊な金属でできていると。そして、特殊な効果があると。
「この拳銃は魔力を吸い取って弾を作る」京太郎はサガカオルの話を信じていた。
引き金を引いた直後、追いかけてくる装甲車の一台が動きを止めた。分厚い装甲に小さな傷跡が出来上がっている。五円玉ほどの傷跡だ。この傷跡は先ほどまでなかったものである。
京太郎がつけたものだ。京太郎の手のひらにあるデリンジャーの弾丸が装甲車を貫いたのである。そしてその貫いた弾丸が、装甲車の心臓部分を壊してしまった。そうして装甲車は動かなくなった。
的が大きかったために、そして多かったために京太郎の腕前でも簡単に当てることができたのだった。心臓部分に当たったのはたまたまである。
装甲車が一台動かなくなったところで、さらに京太郎は引き金を引いた。京太郎は笑っていた。楽しそうだった。引き金を引くときに自分の体から魔力が奪われているのも、思いのほか銃弾が当たらないのも面白かった。
オリハルコン製のデリンジャーが京太郎の性質に引っ張られて稲妻の力を宿しているのはどうでもいいことだった。
足止めが一番の目的と頭の中にしっかりとある。それをやり遂げなくてはならない。追いつかれたら面倒くさいことになるのだから、そうしないとまずい、とは思う。しかし、全力で戦うのは楽しくてしょうがなかった。
一台また一台と装甲車が動かなくなっていった。そしてついに追いかけてくる装甲車はなくなった。あっという間の出来事だった。京太郎が引き金を引く。銃弾が装甲車に当たる。装甲車は動かなくなる。
外れることもあった。しかし何度も繰り返していると大きな装甲車に弾が当たるのだ。そしてあっという間に終わってしまった。
京太郎はすこしも銃の練習をしたことがない。普通の高校生である。少し身体能力が高いだけだ。そもそもデリンジャーというのは長い距離で使うものではない。近い距離で使う護身用の銃である。
今回のようなまねができるわけがない。しかしできてしまった。これにはいろいろな理由があった。大きく分けて理由は三つ。
一つ目は装甲車が大きかったこと。的が大きいためにあたりやすい。
二つ目。道が狭くよけるということができなかった。たくさんの車で追いかけてくるのはよかった。しかし、ほかの利用者たちを潜り抜けて上手く弾丸をよけるというのは無理だった。ほかの利用者たちをよけて移動をするので的がどこに移動するのか予想がつきやすかった。
三つ目、オリハルコンのデリンジャーを京太郎が手に入れたこと。稲妻の魔力を持った京太郎から魔力を引っ張ったおかげで、弾丸が稲妻の力を持つことになったのである。装甲車を完全に破壊することはできないが、走行不能状態に持っていくことくらいはできるようになっていた。
結果、装甲車たちは大きな的にしかならなかったのだ。
追っ手の装甲車がなくなったところで、京太郎は体勢を戻した。上半身を揺らして、少しずつ体を移動させた。追っ手がいなくなったのだ。これ以上無理な体勢でいる必要はない。それに、いつまでも虎城にしがみつかれたままではいられない。
スポーツカーの中に戻ってきた京太郎に、電話をしながらディーが親指をぐっと立てて見せた。ディーは後ろから追ってきた装甲車が見えなくなったのを確認していた。
これで、龍門渕まで安心して戻ることができる。戦闘での被害を出すこともなくなる。いいこと尽くめだった。
85: ◆hSU3iHKACOC4 2015/04/14(火) 04:49:54.13 ID:KlUD8s2/0
少しはましになるかとほっとしたところで、虎城が悲鳴を上げた。小さく短い悲鳴だった。彼女は自分たちを追いかけてくる怪物の群れをみたのだ。
スポーツカーを追いかけてくる怪物の群れは松常久の部下たちが呼び出したものだ。装甲車が一時的に使えなくなったために仲魔を使うことで京太郎たちを追い込もうとしたのである。
この怪物たちというのはまったく統一感がなかった。羽の生えた怪物、四足歩行の怪物、半分透けているような怪物と、とりあえず呼び出したという感じがしてしょうがない。まともに統率された軍団ではなかった。
しかし、数が多い上に殺意を隠していないというのは、なかなか迫力があった。自分を食らおうとする百鬼夜行というのを真正面から見れば、虎城のような気持ちになれるだろう。
虎城の悲鳴を受けた京太郎は先ほどと同じように助手席から上半身を出した。興奮のために頬が赤くなり、目には力が満ちていた。京太郎にとって追いかけてくるものが装甲車から悪魔の軍勢に変わっただけなのだ。
「追いかけてくるというのならば、くればいい。魔力が尽きるまで、弾丸を撃ち込んでやればいい。
そして、魔力がなくなり、追いつかれてしまったのなら、拳で相手をすればいい」
わかりやすい修羅場だった。しかしわかりやすい修羅場であったからこそ、心が高ぶるのだった。楽しくてしょうがなかった。
身を乗り出した京太郎を見て虎城はこういった。
「気をつけて相手も本気だよ!」
京太郎に注意をするのとあわせて、京太郎が飛んでいかないように虎城がしがみついた。結構無茶な姿勢をとる羽目になっている。シートを倒せばいいのだけれども、それをやるだけの腕の長さがなかった。
かなりつらい姿勢であるけれども、ここで京太郎をどこかにふっ飛ばしてしまうわけにはいかなかった。ここで振り落とされたらどうなるか。誰でもわかるだろう。なぶり殺しにされるだけだ。
自分の身を案じる虎城にかまわず京太郎はまた同じように拳銃のトリガーを引いた。京太郎はほとんど狙いをつけていなかった。とりあえず銃口を向けて、とりあえず引き金を引くという調子である。
しかしこれで十分だった。追いかけてくる悪魔たちがあまりにも多いからだ。そして馬鹿の一つ覚えのように追いかけてくるばかりである。
それこそ後ろから壁が追いかけてくるような調子だった。こんなもの、銃口を向けて引き金を引けば、いやでもあたる。いちいち頭を使う必要がなかった。
今回も気持ちのいい勢いで悪魔たちがつぶれていく。しかし京太郎の表情は暗かった。興奮から冷めていた。しかし引き金は引きっぱなしである。京太郎の興奮が冷めているのは、あまりにもつぶさなくてはならない悪魔が多かったからである。
いくら落としても新しい悪魔が現れてくる。十匹、二十匹くらいならいい。しかし追いかけてくるものたちはまだまだ多い。減らないどころか数を増やしてくる。時間がたつにつれて、追いかけてくる悪魔が増えていくのだ。
比喩ではなく京太郎の目に映っている空は追っ手の悪魔で埋め尽くされていた。これをすべて落とすのは骨が折れそうだった。オリハルコンのデリンジャーはそれなりの威力がある。しかし制圧するには攻撃範囲が狭すぎた。
数が多すぎることに京太郎が困っていると、ディーがこういった。すでに携帯電話は切れている。
「二人ともこれからの方針が決定した。
俺たちはこれから全速力で龍門渕に向かう。相手がどれだけの戦力を用意しているかわからないから消耗戦はやらない。
無視して突っ走る。これから俺は、全力で車を運転するから気持ち悪くなっても我慢してくれ。いくぞ!」
ディーは少しだけ不満げだった。ハギヨシがディーの提案をけったからだ。しかしそれもしょうがないことである。というのも龍門渕もライドウもハギヨシも、内偵を行っていた構成員が行方不明になった事件を完全に把握仕切れていないのだ。
そのため、安易に松常久を始末するという決断を下せなかった。特に準幹部クラスの人間であるから、下手に手を出すのは後々の不利になる可能性があった。
そのため、事件の状況が把握できるまでハギヨシはディーに手を出すなと命じたのである。
ディーはこういうと京太郎に目で合図を飛ばした。京太郎はこの合図が車の中に戻れという合図だと理解した。
これか京太郎から見ても無茶な速度で、道だけで作られている異界をディーは駆け抜けるつもりなのだ。流石に京太郎でも身を乗り出したままではいられないだろう。
京太郎が車の中に戻ってくると、スポーツカーが急加速を始めた。風をまとい駆け抜けていく。デジタルスピードメーターの数字が跳ね上がり続ける。
また、加速が始まったところで、虎城の顔色が非常に悪くなっていた。蝋人形のような顔色である。
体調の優れないところに無茶な加速がかかったためで、車酔いの症状が出始めたのだ。ディーの運転するスポーツカーに平然と乗っている京太郎がおかしいだけで、これが普通の反応だった。
急加速が始まるとほとんどの悪魔たちが追いつけなくなった。道を走っていた悪魔たちは次々とはるか彼方に引き離されていく。馬のような姿の悪魔もいたけれども、ディーのスポーツカーには追いつけなかった。
しかしそれでも追いかけてくるものがあった。空を飛ぶ悪魔たちである。空を飛ぶ悪魔たちもかなり引き離されていた。しかし地上の道を走るよりも空を行くものたちのほうが障害物が少ないために、何とか追いついていられた。
空から来る悪魔たちが魔法攻撃を仕掛けてくると、ディーが京太郎にこういった。
「須賀ちゃん、悪いけど、けん制してくれ。うっとうしくてかなわん」
スポーツカーが、何度か揺れた。スポーツカーに魔法が直撃したからではない。悪魔たちの打ち込んでくる魔法が、道を削ったからである。そのため、スポーツカーが大きくゆれることになった。スポーツカー自体は非常に硬いのでびくともすることはない。しかし、道が削られてしまえば、流石に影響があった。
ディーのお願いを聞いた京太郎は体を助手席でひねり、デリンジャーを乱射した。今回は腕だけしか外に出していなかった。助手席で体の位置を変えて、虎城と向き合うような格好を取ったのだ。そして、右腕だけを出して、引き金を引いた。狙いなどつけていない。とりあえず打ち込むだけだった。
流石に千キロ近い速度で走っている車の外に身を乗り出すような馬鹿な真似はできなかった。
スポーツカーを追いかけてくる怪物の群れは松常久の部下たちが呼び出したものだ。装甲車が一時的に使えなくなったために仲魔を使うことで京太郎たちを追い込もうとしたのである。
この怪物たちというのはまったく統一感がなかった。羽の生えた怪物、四足歩行の怪物、半分透けているような怪物と、とりあえず呼び出したという感じがしてしょうがない。まともに統率された軍団ではなかった。
しかし、数が多い上に殺意を隠していないというのは、なかなか迫力があった。自分を食らおうとする百鬼夜行というのを真正面から見れば、虎城のような気持ちになれるだろう。
虎城の悲鳴を受けた京太郎は先ほどと同じように助手席から上半身を出した。興奮のために頬が赤くなり、目には力が満ちていた。京太郎にとって追いかけてくるものが装甲車から悪魔の軍勢に変わっただけなのだ。
「追いかけてくるというのならば、くればいい。魔力が尽きるまで、弾丸を撃ち込んでやればいい。
そして、魔力がなくなり、追いつかれてしまったのなら、拳で相手をすればいい」
わかりやすい修羅場だった。しかしわかりやすい修羅場であったからこそ、心が高ぶるのだった。楽しくてしょうがなかった。
身を乗り出した京太郎を見て虎城はこういった。
「気をつけて相手も本気だよ!」
京太郎に注意をするのとあわせて、京太郎が飛んでいかないように虎城がしがみついた。結構無茶な姿勢をとる羽目になっている。シートを倒せばいいのだけれども、それをやるだけの腕の長さがなかった。
かなりつらい姿勢であるけれども、ここで京太郎をどこかにふっ飛ばしてしまうわけにはいかなかった。ここで振り落とされたらどうなるか。誰でもわかるだろう。なぶり殺しにされるだけだ。
自分の身を案じる虎城にかまわず京太郎はまた同じように拳銃のトリガーを引いた。京太郎はほとんど狙いをつけていなかった。とりあえず銃口を向けて、とりあえず引き金を引くという調子である。
しかしこれで十分だった。追いかけてくる悪魔たちがあまりにも多いからだ。そして馬鹿の一つ覚えのように追いかけてくるばかりである。
それこそ後ろから壁が追いかけてくるような調子だった。こんなもの、銃口を向けて引き金を引けば、いやでもあたる。いちいち頭を使う必要がなかった。
今回も気持ちのいい勢いで悪魔たちがつぶれていく。しかし京太郎の表情は暗かった。興奮から冷めていた。しかし引き金は引きっぱなしである。京太郎の興奮が冷めているのは、あまりにもつぶさなくてはならない悪魔が多かったからである。
いくら落としても新しい悪魔が現れてくる。十匹、二十匹くらいならいい。しかし追いかけてくるものたちはまだまだ多い。減らないどころか数を増やしてくる。時間がたつにつれて、追いかけてくる悪魔が増えていくのだ。
比喩ではなく京太郎の目に映っている空は追っ手の悪魔で埋め尽くされていた。これをすべて落とすのは骨が折れそうだった。オリハルコンのデリンジャーはそれなりの威力がある。しかし制圧するには攻撃範囲が狭すぎた。
数が多すぎることに京太郎が困っていると、ディーがこういった。すでに携帯電話は切れている。
「二人ともこれからの方針が決定した。
俺たちはこれから全速力で龍門渕に向かう。相手がどれだけの戦力を用意しているかわからないから消耗戦はやらない。
無視して突っ走る。これから俺は、全力で車を運転するから気持ち悪くなっても我慢してくれ。いくぞ!」
ディーは少しだけ不満げだった。ハギヨシがディーの提案をけったからだ。しかしそれもしょうがないことである。というのも龍門渕もライドウもハギヨシも、内偵を行っていた構成員が行方不明になった事件を完全に把握仕切れていないのだ。
そのため、安易に松常久を始末するという決断を下せなかった。特に準幹部クラスの人間であるから、下手に手を出すのは後々の不利になる可能性があった。
そのため、事件の状況が把握できるまでハギヨシはディーに手を出すなと命じたのである。
ディーはこういうと京太郎に目で合図を飛ばした。京太郎はこの合図が車の中に戻れという合図だと理解した。
これか京太郎から見ても無茶な速度で、道だけで作られている異界をディーは駆け抜けるつもりなのだ。流石に京太郎でも身を乗り出したままではいられないだろう。
京太郎が車の中に戻ってくると、スポーツカーが急加速を始めた。風をまとい駆け抜けていく。デジタルスピードメーターの数字が跳ね上がり続ける。
また、加速が始まったところで、虎城の顔色が非常に悪くなっていた。蝋人形のような顔色である。
体調の優れないところに無茶な加速がかかったためで、車酔いの症状が出始めたのだ。ディーの運転するスポーツカーに平然と乗っている京太郎がおかしいだけで、これが普通の反応だった。
急加速が始まるとほとんどの悪魔たちが追いつけなくなった。道を走っていた悪魔たちは次々とはるか彼方に引き離されていく。馬のような姿の悪魔もいたけれども、ディーのスポーツカーには追いつけなかった。
しかしそれでも追いかけてくるものがあった。空を飛ぶ悪魔たちである。空を飛ぶ悪魔たちもかなり引き離されていた。しかし地上の道を走るよりも空を行くものたちのほうが障害物が少ないために、何とか追いついていられた。
空から来る悪魔たちが魔法攻撃を仕掛けてくると、ディーが京太郎にこういった。
「須賀ちゃん、悪いけど、けん制してくれ。うっとうしくてかなわん」
スポーツカーが、何度か揺れた。スポーツカーに魔法が直撃したからではない。悪魔たちの打ち込んでくる魔法が、道を削ったからである。そのため、スポーツカーが大きくゆれることになった。スポーツカー自体は非常に硬いのでびくともすることはない。しかし、道が削られてしまえば、流石に影響があった。
ディーのお願いを聞いた京太郎は体を助手席でひねり、デリンジャーを乱射した。今回は腕だけしか外に出していなかった。助手席で体の位置を変えて、虎城と向き合うような格好を取ったのだ。そして、右腕だけを出して、引き金を引いた。狙いなどつけていない。とりあえず打ち込むだけだった。
流石に千キロ近い速度で走っている車の外に身を乗り出すような馬鹿な真似はできなかった。
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