1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:14:53.57 ID:zP8LrVH4O

それはいつもの帰り路


唯「ふわぁ~あちぃ…あずにゃん、アイス屋さんよっていこうよぉ!」

梓「先輩…昨日も一昨日も同じこと…」



3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:18:40.71 ID:zP8LrVH4O

唯「暑は夏いからアイスを愛す、そんな私は貴方に熱中症患者♪」

梓「何言ってるん…」

梓「あ…」

唯「どしたの、あずにゃん?」



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:22:38.04 ID:zP8LrVH4O

唯と梓が、ふと、立ち止まったのは、
ちょっとした街角にはよく見掛けるような古本屋。


唯「ど~~したのぉ?あずにゃん??」

梓「先輩、少し寄っていきませんか?」



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:27:41.55 ID:zP8LrVH4O

古本屋に入ると案の定無愛想なご主人。夕刊に夢中の様子。


唯「うわっ…むっずかしいほんばっか…」

梓「先輩…」

梓「お邪魔しまーす。」

店主「…」

店主「ん?」

店主「あずさちゃんか!」


途端に店主の顔が綻ぶ。



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:33:38.19 ID:zP8LrVH4O

梓「小父さん、久しぶりです♪」

店主「○○は元気にしてるかい?」

唯(○○…確かあずにゃんのお父さん…)

唯は数週間前に会った梓の父親を思いだす。



11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:38:44.14 ID:zP8LrVH4O

唯(ねえねえ、)

梓(はい?)

唯(このおじさん、あずにゃんの伯父さんなの?)

梓(いえ、親戚の伯父さんじゃなくて…お父さんのお友達なんです。)

店主「あずさちゃん!友達じゃなくて、腐れ音楽仲間だから!」

そう言う店主は梓の父親よりほんの数年年かさに見える。
けれど、きっと親しい関係に違いない。
梓を見る目が、ほんとに優しいから。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:46:04.52 ID:zP8LrVH4O

唯(本がたくさん…)

梓「通りかかったんで、ちょっと寄って見ました♪」

店主「そっかそっか!」

店主「相方はお友達かい?」



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:48:03.79 ID:zP8LrVH4O

梓「友達というか…部活の先輩です。」

店主「へぇ、そっかそっか…」

唯(私には一生縁のなさそ…な…)

唯「あ…」

人と『本』との出会いは偶然と好奇だ。好き嫌いと直感がよく横顔を差し挟む。

けれど…



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 03:56:10.85 ID:zP8LrVH4O

唯「あ…」

唯「あべすた。」

梓「はい?」

店主「『アヴェスター』か。完全版の奴だね。
   日本語じゃあ、古層アヴェスターから新層まで…」

店主「残ってるやつが全部翻訳されてるのはそれだけだ。」※



※脚色です。実際には存在しません。



 

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:03:19.11 ID:zP8LrVH4O

梓「なんなんですか?それ?」

店主「旧約聖書あるだろ?簡単に言うとアレに近い本だ。」

店主「神の言葉と予言者の言葉がごっちゃになってる…」

梓「キリスト教の本ですか?」

店主「うんにゃ。アーリヤ人の古い宗教だ。」

梓「?」

唯「あべすた…」



25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:08:17.36 ID:zP8LrVH4O

唯「…あべすた。」

唯は数分冊に分かれている、アヴェスターの一つを手に取る。

そのとき。

周辺の音が甲高く反響して、暗くなり明るくなる。

『双子。』

唯「え?」



27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:12:22.11 ID:zP8LrVH4O

『時間は双子を孕んだ。』

唯「…」

『時間は双子を産んだ。』

唯「…」

『私はそれを見る。』

唯「…」

『私は双子のためにある。』
唯「…」

『私はやがて来る。』



28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:15:01.75 ID:zP8LrVH4O

唯「…」

梓「せんぱい?」

唯「あうっ。」

梓「?」

店主「?」



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:22:13.69 ID:zP8LrVH4O

唯「あれ?」

梓「せんぱい…大丈夫ですか?」

店主「いやいや、あずさちゃん。馬鹿にしちゃいけない。」

店主「『本』との出会いなんてそんなもんだ。自分の世界を好奇心が突き破ってさ、

   その人を一瞬にして、どっかに連れてくんだよ。」

唯「一瞬?」



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:27:21.31 ID:zP8LrVH4O

店主「先輩さん?」

唯「ボケッ…」

梓「せんぱい!」

唯「うん?」



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:29:42.29 ID:zP8LrVH4O

店主「ほしいのかい、それさ。」

店主「あべすたー。」

唯「…」

唯「ほしい…かも。」

店主「…」



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:36:35.71 ID:zP8LrVH4O

店主「じゃ、一冊百円でいいさ、もってけな~!」

梓「え!?いいんですか!?」

店主「ああ。ついでにバンヴェニストの解説本もつけるぞ。」

梓「そんな…悪いですよ!」

店主「いいんだって!さっき言っただろ、本と人は…」

唯「…」


唯は譲ってもらった本を紙袋に入れてもらい、引きずるようにして家に持ち帰った。



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:46:00.26 ID:zP8LrVH4O


唯はそれから貪るように読み始めた。

読み始めた?

後になって覚えれば、両親まで伝った『神の種』が発芽して、栄養を求めたような。



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 04:51:29.89 ID:zP8LrVH4O

けれど、ギー太を愛でることも欠かさない。

アフラの王もデーウァの君も、音楽をもまた愛するから。



軽音部部室

唯「ふぁぁ…」

律「眠。」

澪「お前ら…」

和「唯たちの担任、私に直接文句言ってきたわよ…」

和「二人とも弛みすぎだって。」



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:00:15.47 ID:zP8LrVH4O

律「どぅわってもうすぐ夏休みなんだもーん!」

澪「律、講習受けないんだって?」

律「今年も遊び倒すぜ!」

澪「…」

唯「ふぁ…ぁ…」

ドサッ

和「!」

和「唯、最近よく読んでるわね、その図象の本。」

紬「図象?」



46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:08:00.31 ID:zP8LrVH4O

紬の目に入ったのは、唯の読んでいる古い本の、
羽根(翅?)をもつ人間を象った一種のマーク。


紬(あれ?あのマーク…)

紬(…)

律「おいおい…ゆいちゃんまでお受験対策ですかぁ…」


唯「ん~?」ペラペラ…



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:13:33.51 ID:zP8LrVH4O

梓「ゾロアスター教の『きょうてん』だそうですよ。」

律「ゾロアスター教?なんだそれ?RPGに出てきそうな響き。」

澪「世界史でちらっと出てきたろ…」

梓「確かずっと昔に絶滅したとかって…」

和「あずさ、確かイランやインドにはまだ残ってたはずよ、いわゆる信者が。」



48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:17:22.85 ID:zP8LrVH4O

梓「そうなんですか…」

律「じゃ、何か?唯もゾロアスター教徒になったってか?」

唯「うん。」ペラ…ペラ…

律「へ…」

梓「え…」



49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:26:29.80 ID:zP8LrVH4O

唯「…」ペラ…ペラ…

律「えっと…私の又従兄弟がさあ…例の『しゅーきょー』に捕まって脱会させるのに…」

紬「日本人では一人もゾロアスター教徒はいないはずよ。」

紬「たしか、師資相伝ならぬ親子相伝で。基本的に異教徒が改宗するのは無理らしいわ。」



51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:29:22.11 ID:zP8LrVH4O

和「紬、詳しいわね。」

紬「お父さんのお友達にインドの方がいらしてね、昔ちらっと…」

紬(…)

紬(それに、あのマーク…)

澪「唯は何かに夢中になると…つきっきりだからな。」

律「…唯よ、面白いんかそれ?」



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:33:12.61 ID:zP8LrVH4O

唯「面白いよ~。」ペラ…ペラ…

律「どんな内容なんだよそれ?」

唯「ん~?」

唯「せかい、かな。」

律「はあ?なんだその中二病的な…」



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:38:59.93 ID:zP8LrVH4O

唯「基本はザラシュストラの生き方と言葉、神様への『うた』だよ。」

律「ざ、ざら…なんだそれ…」

唯「ゾロアスターはザラシュストラとも読むんだって。
  昔のイランの言葉はわかんないからどう読むかしんないけど…」

唯「でも、言葉の後ろには神様がいるでしょ。」

律「…(こりゃ重症だ…)



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:47:21.17 ID:zP8LrVH4O

澪「ゾロアスターって予言者、だよな?」

梓「預言者?」

唯「『ふわるなふ』を受けた人の子として『しゅっぴたーま家』に生まれたひと。」

律「あの…ゆいさん?ふわるなふって…」



58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 05:56:46.02 ID:zP8LrVH4O

唯「『ふわるなふ』は神様から溢れる光。
  キリストさんの頭に付いてるのとか天使の『わっか』、だよ。」ペラ…ペラ…

律「…」

澪「イエス・キリストまで出てくるのか、その本?」

唯「出てこないけど、お話の筋は少し似てるかな。」

澪「そ、そうなのか…」



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:06:12.62 ID:zP8LrVH4O

唯「『さおしゅやんと』っていう人が現れて、デーウァの君と、その配下を全て滅ぼして、」

唯「アフラの王が、『あむしゃすぷんた』、『やざだ』たちのもと、
  治める正しい世界が来るんだって。」

唯「『あむしゃすぷんた』も『やざだ』も天使みたいなものだよ。」



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:13:27.40 ID:zP8LrVH4O

和「いわゆる善と悪の戦いね。」

唯「うん。」

唯「『めーのーぐ(精神的なもの)』と『げーてーぐ(物質的なもの)』の。」

唯「けどね、間違って考えてるんだ、今のマズダー教徒は。」

唯「ザラシュストラもぺるしあ王の『まご(祭司)』たちの考え方も…みんな結構間違ってる。」



62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:18:55.46 ID:zP8LrVH4O

唯「…」

唯は一瞬、哀しそうな顔をした。

和「どういうこと?」

唯「今日はおしまい!おしまい!アイス食べにいこ!」

律「プッ…それでこそ唯だな!」

和「そうね…。今日は私も一緒に行くわ。」

澪「はあ…」

紬「…」



64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:24:11.90 ID:zP8LrVH4O

その夜、田井中家

律「ぷぅ…食べ過ぎた…」

聡「姉ちゃん!」

律「げふっ…なんだよ…」

聡「なんだよって…エヴァンゲリオンの劇場版のDVD見たがってたろ?
  今日借りてきたんだ。」
律「マジでか!?」



65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:29:43.61 ID:zP8LrVH4O

律「よし見るか!いざ居間へ!」

聡「おう!」


画面の中でなされる、エヴァンゲリオンと使徒の戦い。人と人とのたたかい。


リツコ『MAGIが…』


律「まぎ?」

律「どっかで…」



67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:37:42.47 ID:zP8LrVH4O

律「使徒…」

聡「みんな後ろに『~エル』がつくよね?」

律「ふ~ん…」

律「なんか…」

律(不思議な…)



68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:43:38.98 ID:zP8LrVH4O

田井中姉弟がヱヴァンゲリヲンを見ているそのころ…

奈良県某所 琴吹家地所


紬「ありがとう、斉藤。」

車から降りる紬。

斉藤「いえ…」

斉藤「しかしお嬢様、なぜこのような場所に…」



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 06:54:06.02 ID:zP8LrVH4O

あたりは全くの野っ原。少し離れた所に小高い、奇妙に窪んだ小山がある。
ずっと昔の、有力者の墓だろうか?

紬はその小山に目を向ける。
紬「あれも御先祖様のお墓なのよね?」

斉藤「はい、ニニギノミコトから数えて三十…」

紬「ごめんなさい、それはいいわ。」



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:02:44.13 ID:zP8LrVH4O

墓に近付く紬。
近付くに従って悪寒を覚える。
それを御先祖に申し訳なく心中で許しを乞い、周囲に視界を凝らす。


その墓のまわりには奇妙な石像が多いのだ。

紬「お猿さん、鳥?ウサギ…蛙…台のような石。亀?たくさんあるわね。」

斉藤「この辺りにはとくに、猿石の類いが多ございます。」

紬「猿石…」





 

 
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:17:51.44 ID:zP8LrVH4O

斉藤「ヤマト…日本の文物から見て、異質なモノ共です。
   一説では渡来人や異国の教えに関係しているとか…」

紬「異国の教え…か。」

斉藤「道教や…それに、まこと怪しい由緒ですがケン教のものとも。」

紬「ケン教、拝火教ね。」

斉藤「今日日は、ゾロアスター教ともパールシーとも呼ばれております。」



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:29:16.43 ID:zP8LrVH4O

墳墓の前に立つ。
遠灯かりが紬の髪を微かに照らし、緩く輝く。

紬は、頭を垂れ手を合わせる。
後ろの斉藤も、それに倣う。
正面に向きなおると、紬は墳墓の横手にまわる。歩数で約二十歩。

紬「これね…」

紬の前には、すり鉢のような皿のような1m四方におさまる、半球をくりぬいた岩。



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:39:23.38 ID:zP8LrVH4O

その岩の前に立つ。

半球の円周は、紬の手前で十cmほど途切れ、そこから地面に段々状のものが伸びる。

斉藤「まことに奇怪な岩です。盃のようにも見えますが…
   『口』が空いておりますゆえ、そうではないでしょう。」


紬はその『盃』の反対側にまわる。

風雨と年月で朽ちつつあるが、そこには
浮き彫られた、羽根(翅?)をそなえた何か、の図表があった。



80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:49:41.27 ID:zP8LrVH4O

紬「この図表…」

斉藤「羽根を持った何か、ですな。中央部分がひどく痛んでいますが…」

紬「ここに葬られている方の渾名は、確か…」

斉藤「『烏飼(からすかい)の臣』です。」

斉藤「これもまた奇妙な…」
斉藤「ハッ…御無礼を…」

紬「斉藤、いいのよ。」



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 07:56:33.25 ID:zP8LrVH4O

紬(ずっと昔に、お父さんやお母さんとお墓参りに来て…)

紬(その時、この標(しるし)を見つけて…)

紬(お父さんは、烏飼っていうぐらいだから烏の彫り物だろう、って言っていたけど…)


紬(唯ちゃんは確か…)


唯『それ?〈あふらの王〉をでほるめした形なんだって。』

紬「アフラの王、アフラ・マズダ…」



84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:04:51.01 ID:zP8LrVH4O

同時刻 秋山家

自室でネットをする澪。

澪「ゾロアスター…」

澪「ふむふむ…」

澪「おそらくは紀元前六世紀ごろ…」

澪「スピタマ家に生まれウィーシュタースパ王の友となり…」

澪「いわゆるゾロアスター教の開祖、と言われる…」

澪「ふむふむ…」



85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:07:08.97 ID:zP8LrVH4O

澪「光と闇か…」

澪「次の作詞に生かせるかも…」カチッカチッ…

澪「ふむ…」

澪「…」

澪「ミスラ?」



86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:15:53.61 ID:zP8LrVH4O

澪「ヤザダの一柱…」

澪「唯が言ってたな、ヤザダは『天使』だって…」

澪「ヤザダはゾロアスター教における下位の神格…」

澪「ただし、ミスラの同教における地位は比較的高い…」
澪「ミスラはもともとアーリヤ人の神格であって…
  古くはヴェーダやヒッタイトの碑文にもあらわれ…」

澪「弥勒菩薩の原型で、古代ローマ時代には『ミトラ』として
  キリスト教と二分するほど教勢があり…」



88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:22:10.61 ID:zP8LrVH4O

澪「戦いと調停と光の神…」

澪「一言でいえば契約を司る神…」

もともと文芸部を志望していただけあって、
神秘性や秘教性を含んだネタに引き寄せられるタチである。

澪「アテネとかミネルバみたいな…」



90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:26:50.55 ID:zP8LrVH4O

律がその場にいたら、

『さすがナイスばでぃのビーナス様は…』

と馬鹿にしていただろう。

澪「ふむふむ…」カチッ

しかし。

〈次へ〉をクリックした後、澪の目に飛びこんできたのは、



91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:34:06.55 ID:zP8LrVH4O

ゴヤの『我が子を喰らうサトルヌス』であった。


澪「ヒイッ…!!」

ギョロ目の巨人が人型を半分ほど喰らい、血潮とともに口からぶら下げている絵だ。


サトルヌス、つまりクロノスは自分の子が己を凌ぐことを恐れ、
それがために食らう、という神話を題材にしている。



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 08:40:34.83 ID:zP8LrVH4O

澪「う…ぅ…」

この手のモノが酷く嫌いな澪にとっては、まったくもって精神的ブラクラである。

とはいえ、椅子から飛び退きたいのだが、体が言うことを聞かない。

澪「う…うぅ…ぅぅぅ」

それに、視線を逸らしたいはずなのに、なぜか、逸らせない。



111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 13:52:42.61 ID:zP8LrVH4O

澪は画像横にある解説文を読む。

澪「く、クロノスは…『時間』に…まつわる神で…」

澪「ゼウス…以下…主要なオリュンポス諸神…の親神…です…」

澪「ゾロアスターの…宗教のにも…比較的に後の教えですが…」

澪「時間に…まつわる…親神が…あらわれます…」

澪「『ズルワーン』と…呼ばれる…その神は…」


澪「ズルワーン…」



114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:02:54.78 ID:zP8LrVH4O

澪「イスカンダル…大王の東征のころには…その存在が確立されており…」

震えや恐怖はいつの間にか止み、解説文を読み下る澪。

澪「イスカンダル大王…?」
澪「検索っと…」

澪「ヤマト…沖田……違う…」

澪「アレキサンドロスⅢ世大王…中東では『イスカンダルと』呼ばれ…」

澪「ふむ…」



116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:13:17.07 ID:zP8LrVH4O

澪「ズルワーン神のゾロアスター教における詳細な位置は、実際のところ、よく分かっていません。」

澪「というのは、ゾロアスター教自体がその時期や、
  おそらくは場所によっても、性格を異にするからです。」

澪「原始仏教と現代日本の仏教諸派が全く異なるように…」

澪「ザラシュストラのころ、イスカンダル大王のころ、
  ローマのネロ帝と同時代、そしてムハンマドと同時代とでは…」

澪「違った様相が展開されます。」

澪「さて、このズルワーン…」



118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:21:09.29 ID:zP8LrVH4O

澪「ズルワーンの属性として確実なのは…」

澪「原初の時間と関係しているということ…」

澪「それと…」

澪「『双子神』の親神であるといことです。」

澪「『双子神』…」

澪「アフラマズダーまたはオフルミズド、アーリマンまたはアンラ・マンユの…」

澪「親神であります…」





 
125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:41:10.23 ID:zP8LrVH4O

澪「ここで、なぜ私がゴヤの絵をこのページに掲載したかのか…少し解説します…」

澪「この絵はギリシア・ローマの神話をモチーフにしていますが…」

澪「サトルヌスとクロノスはもともと、別別の神格です。」

澪「サトルヌスは、ローマと、
  そしてもともとはエトルリアにおける農耕にまつわる神です。」



126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:46:56.85 ID:zP8LrVH4O

澪「エトルリア人はその神話のなかで、自民族の神々と
  ギリシアの神々を結び付けて考えるようになりました。」

澪「ネプテューンとポセイドン、など同じように…」

澪「サトルヌスとクロノスもそうです。」


澪「さて、この絵は先ほどの通り、
  ギリシア神話的にはクロノスの我が子喰い、と解釈できます。」



127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 14:53:27.05 ID:zP8LrVH4O

澪「しかし、これを原初的な意味から考えてみると…」

澪「再生と消滅の輪です。」
澪「サトルヌスは我が子を生み、喰らい、また生み、また喰らい…そしてまた生み…」

澪「農耕のサイクル、そして何よりも、自然と宇宙のサイクルを模しています。」

澪「そして、ゾロアスター教の教えにはこれと対照的な、そして見様によっては類似の、考え方があります。」

澪「『フラショ・クルティ』です…」


ここで秋山家の全電源と灯かりが落ちる。
一瞬にして真っ暗闇に。


澪「ヒィィィァァァ!!!」



131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:01:02.17 ID:zP8LrVH4O

澪ママ「ごめんごめん!」

澪ママ「冷房つけたままでホットプレートの電源入れちゃった♪」

階下から母親の声がする。

澪「プル…プル…」

澪「ママぁぁぁーー!!」



澪の頭の中には、『フラショ・クルティ』という言葉が引っ掛かかっていた。




フラショ・クルティ(フラショーカル)とも
参考:ペルシア神話辞典





132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:05:46.10 ID:zP8LrVH4O

平沢家の居間、夕飯時


唯「モグモグ…」ペラ…

憂「…」

唯「モグ…」ペラ…

憂「…」

唯「モグ…モグ…」ペラ…

憂「おねえちゃん!!」



133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:17:24.91 ID:zP8LrVH4O

唯「ん~?」ペラ…

憂「お行儀悪いよ!!」

憂「昨日だって一昨日だってその前だって…」

憂「ご飯食べてる時は食べるのに集中してっ!!」



134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:20:27.98 ID:zP8LrVH4O

憂(それにさ…最近ずっと…その本に構いっきりじゃない…)

結局、怒りの大もとはシス魂(こん)由来である。

唯「分かったよ~モグモグ…」ペラ…

憂「プルプル…」

憂のボルテージが飛躍的に上昇する。
珍しいことだ。



137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:28:03.44 ID:zP8LrVH4O

憂「おねえちゃん!!」

テーブルを思いっきり叩く憂。

その衝撃で、烏賊の塩辛を盛ってある小皿が倒れ、
中身の一部が唯のアヴェスターにかかってしまう。

唯「ああぁぁぁーーー!!?」

憂「!?」

憂「ご…ごめん…!」



138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:35:52.41 ID:zP8LrVH4O

開いているアヴェスターの、右側のページに、肌色の液体と烏賊の切り身が点々とつく。

唯「あ…あぅあぅ…」

憂「ご…めん…」

涙目になる憂。
小さい頃の思い出―唯のおもちゃを誤って壊してしまった―が頭をかすめる。



140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:46:50.56 ID:zP8LrVH4O

塩辛がかかったページには、文章でなく絵が描かれている。
あご髭を持つ男性が、トカゲのような竜のような、
爬虫類のような何かを踏付けている絵だ。

髭の男性は長いゆったりとしたローブを着込み、背中に光背と羽根(翅?)を有している。

爬虫類のような何かは、苦悶の表情を浮かべながら、
その目に憎悪をたたえて本の外界を睨みつけている。


憂「ごめんなさい…」

一層、シュン、とする憂。



141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 15:53:00.31 ID:zP8LrVH4O

唯「…」

憂「おねえ…ちゃん…」

唯「ま…」

憂「『ま…』?」

唯「…あ、いいや。読めなくなったわけじゃないし~」

憂「えっ…」

大雑把というか、無頓着というか、大度量というか…



142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:03:27.03 ID:zP8LrVH4O

唯「ティッシュで軽く吹いて…」

唯「ぽぽいのぽいっ…と。」
憂「…怒ってない?」

唯「ぜーんぜん。『あべすた』に夢中だった私も悪いし。」

憂(よかった…)

ご存じの通り、憂がこの世でもっとも恐れるのは、愛姉に嫌われることである。



143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:10:09.35 ID:zP8LrVH4O

唯「一区切りだから、ご飯食べ終わったらおフロ入ろっと。」

唯「久しぶりに憂も一緒に入る?」

憂「!」

憂「うん!」


唯のアヴェスターからは、烏賊の醗酵臭とともに、
微かに、それ以外のにおいが発せられていた。



145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:17:40.61 ID:zP8LrVH4O

先ほどの平沢家の一件から二時間後

中野家、居間


梓父「あずさ、お母さんから氷のおかわりもらって来てくれ。」

梓「うん!」

梓の父が同年代の男性と透明な酒を飲んでいる。
この間の古本屋の店主だ。

店主「ごめん、あずさちゃん、水もお願い!」

梓「はいっ♪」



146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:24:04.20 ID:zP8LrVH4O

店主「泡盛は薄めて飲みなさいよ!割ってさ!」

梓の父「先輩と違って、生(き)を味わいたいんですよ♪」

店主「肝臓にも胃にも悪いっんだよ!」

梓「はい、氷、とお水です♪」

梓は、部室や学校ではあまり見せない、人懐っこい表情を浮かべている。



148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:30:49.95 ID:zP8LrVH4O

店主「ありがとね、あずさちゃん!」

店主「…っと、お前は本屋一つしかないオレと違って、奥さんと梓ちゃんがいるんだから!」

梓の父「本屋一つだけって…」

梓の父「そういえば、この間も、梓の部活の…唯ちゃんだっけか、あの子に…」

梓の父「…高価な本を何冊も、タダ同然で大判振る舞いしたらしいじゃないですか?」



150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:36:03.86 ID:zP8LrVH4O

店主「いいんだって、読みたい人間が読みたい本を読めばさ。楽器と同じさね。」

店主「それに、何千冊もあるうちの、ほんの少しだ。」


そういうと古本屋の店主は、傍らに置いてある紙袋から何冊かの古書をとりだす。

店主「あずさちゃん、これもあのお嬢ちゃんにあげてやってくれ!」



151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 16:45:54.31 ID:zP8LrVH4O

梓「!」

梓の父「はぁぁ…先輩…」

梓「小父さん!これ以上はホントに悪いですから!」

唯先輩を甘やかすと…、と続けたくなる梓。

店主「いーからいーから!」

こういうタイプの人間は、自分の気に入った相手へ
モノを贈り与えることに矜持を持っているようだ。



154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 17:13:48.66 ID:zP8LrVH4O

店主が差し出した本は、日焼けが目立つのが二冊、真新しいのが一冊、計三冊。

梓「『ブンダヒシュン』、『ミスラ讃歌』…」

古いほう二冊の背表紙を読み上げる梓。


店主「『ブンダヒシュン』はイスラム教が今のイランを覆った時代のもんで
   ゾロアスター教の創造神話が書かれてる。」

店主「『ミスラ讃歌』はミスラに捧げられた『うた』を集めたもんだよ。」



157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 17:24:53.79 ID:zP8LrVH4O

真新しいほうの名前も読み上げる

梓「『アーリマン讃歌』?」

店主「それは眉唾もんだよ。イラン各地でここ最近発見された碑文や石碑を元にしてるらしいけど…」

店主「悪神アーリマンに捧げられた『うた』らしい。」



159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 17:36:04.93 ID:zP8LrVH4O

店主「『らしい』ってのは、どうも捏造されたモノみたいなんだよな、その内容。」

店主「まあ、珍しいもんだから、一応ね!」

梓は『アーリマン讃歌』を手に取る。

見開き部分には、トカゲのような竜のような、爬虫類のような何かが
涙を流しながら、本の外界を無意思の瞳で見つめている。
次に数ページ捲ってみる。

そこはちょうど、アーリマンと腐敗の神秘について謳われた箇所だ。



161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 17:44:44.23 ID:zP8LrVH4O

梓父「アーリマンですか…昔、大学の講義で聞いたことがありますね。」

店主「キリスト教でいう、サタンみたいなもんだ。
   まあ、堕天使じゃなくて、主神アフラマズダーの兄弟神なんだが…」

店主「学者さんの弁だと、イスラム教以前のイランには
   アーリマンを奉ずる一派もいたらしいんだと。」



162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 17:52:29.43 ID:zP8LrVH4O

梓父「いわゆる悪魔崇拝みたいな?」

店主「今の俺らの感覚からすればな。
   もっともさ、昔のイラン人の宗教感覚なんて全くわからんだろ?」

店主「なんともいえんさ。」
店主「とにかく、その本は、アーリマンを奉ずる一派が残した文書を集積したもの、」

店主「ということなってるわけ。」



163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:03:20.65 ID:zP8LrVH4O

梓は読め進める。
次の讃歌は、アーリマンと老いについて謳われた部分だ。

その内容は、自然の移り変わりと老いの意味について書かれている。
率直で醜悪な表現も目立つ。
はたして、これも唯に渡していいものか、と梓は考えてしまう。



165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:07:20.69 ID:zP8LrVH4O

店主「おっと、もうすぐ日が替わりそうじゃないか。」

店主「そろそろ、お暇するわ。」

梓父「せっかくだから泊まっていって下さいよ!」

店主「いいっていいって!」

店主「あ、あずさちゃん、その本お願いね。」



そして、また、平沢家。



166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:13:15.83 ID:zP8LrVH4O

唯は夢を見ている。
これは唯本人にも分かっている。

まわりは全くの真っ白。
色がない。

そして目の前には、七色に輝く竜のような、大きな生き物が、
長い首をもたげて、大きな、少し細長い目で、唯を見つめている。

唯はパシャマを来たまま、正面の竜と向き合っている。



168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:21:46.86 ID:zP8LrVH4O

竜のような生き物は、長い首と、少し寸胴な胴体を持ち、
視界の端にはヒョロッとした、長い尾がある。
瞳の色は、その輝きのため窺い知れない。

竜の胴体はぷっくりと膨れて、まるで臨月間近の妊婦のよう。


そして竜の傍らには、光りを放つ人型があった。
背中に羽根(翅?)のようなものを生やして、
ローブのような物を羽織っている、ように見える。
あまりにも発する輝きが強く眩しく、それ以上は判別できない。


『わたしは…』

竜が突然、声をあげる。



170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:25:44.45 ID:zP8LrVH4O

『ズルワン。』

『供物、いたみいる。』


竜は長い首を、一層、唯に近付ける。

輝く人型のほうは黙ったまま。しかし、視線は感じる。


『これは、我が子。』

竜は、輝く人型を、我が子、といった。



172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:28:21.10 ID:zP8LrVH4O

『さて、ユイ。』


『お前は何を望む?』


『なんなりと言え。』


竜は唯に問う。

唯は答えない。

かわりに、輝く人型へ顔を向ける。



174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:34:11.38 ID:zP8LrVH4O

唯は、人型を指さす。

そして呟いた。

唯『ドゥルジ。』

ドゥルジ(虚偽)と。


その瞬間、まわりの白が解け始める。

白はどんどん溶けて黒が現れる。



177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 18:48:25.26 ID:zP8LrVH4O

全くの暗闇になる。

『戯れだ。』

竜はそう発した。
大変低く、不快なほど湿って響き渡るようは声。

その瞬間に竜の体が腐り始める。

膨れていた胎(はら)も無くなっている。

高速度写真の映像を見ているようだ。

骨と腐肉にまみれると、竜は朽ちるのを止めた。いや、今でもゆっくりと朽ちているのだ。
時折どす黒い血だまりを作って、腐肉が崩れ落ちる。

暗闇でよく見えないはずなのに?



179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:06:28.10 ID:zP8LrVH4O

唯『デーウァの君。』

『いかにも。ダエーワを統べている。…いや、デーウァを統べている。』

『お前の言葉に則ろう。』

竜は瞳の無くなった、ぽっかりと穴の空いた目で、唯に頭を近付け、唯を見つめる。

竜が近付くほど、その腐臭は強くなる。

唯は少し顔をしかめる。

そのとき、耳に酷く障る哄笑が響き渡った。



181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:19:45.98 ID:zP8LrVH4O

ドゥルジと呼ばれた人型が笑い声をあげているのだ。

すでに光りを失っており、のっぺりとした白色をしている。

本当に大きな紙で作った人型のようだ。

唯が人型のほうに視線を向けると、哄笑は一層大きくなり。人型の形が歪む。
そしてその刹那、見るもおぞましい人型の生き物に姿を変えた。



185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:24:45.78 ID:zP8LrVH4O

大きさは小学校低学年の児童ぐらい。
そのかたちは、一言でいえば、単眼症の赤ん坊が成長したような、
そんなかたちをしている。


ゆえに、顔の真ん中には大きな一つ目と、その下にほんのわずかの鼻、裂けた口。
その口内から笑い声が聞こえてくる。
腕は二本だが足は一本。
体色は気持ちの悪いほど血の気の全くない白。死人のそれだ。

メソポタミア神話のフンババにも似ている。



189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:40:23.39 ID:zP8LrVH4O

『我が子だ。』

朽ちつつある竜、アーリマンはかしらを人型に向けて、そう言う。

唯『あむしゃすぷんたと争う六柱の君の一柱、ドゥルジ。嘘を統べる君。』

ドゥルジ『フフ…ハハ…いかーにもっフフフ…フハッ…フッハハハハハハハ!!』



190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:47:55.61 ID:zP8LrVH4O

一つ目の人型が声を発する。
男子児童の声とも、女子児童の声とも、甲高い老人の声ともとれる、不快な音だ。

ドゥルジが声を発し終えたあと、
アーリマンのまわりの暗闇から五つの物体があらわれる。
あるものは爬虫類と人が融合したかたちをし、地を這い、
あるものはどす黒い血塗れの肉塊として空中に浮かんでいる。

あるものは…

そのような醜悪なかたちをした物体が五柱、ドゥルジと合わせて六柱。



193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 19:58:12.84 ID:zP8LrVH4O

『我が子たちだ。』

竜はそういう。

『わたしは、ユイ、お前が気に入った。』

ドゥルジ『うそだうそっ!ヒヒッ…ヒーヒッヒハハハハ!!』

おぞましい笑みを浮かべた後、ドゥルジは口を挟む。



195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:02:48.56 ID:zP8LrVH4O

アーリマンは続ける。

『お前は麗しい。身も心も。』

アーリマンがそう言った後、突然、先ほどの肉塊のような物体から声が発せられる。

『げに…眩しい…げに…ウォフと争うた…時のよう…』



196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:07:49.09 ID:zP8LrVH4O

唯『アカ・マナフ、あむしゃすぷんたが一柱ウォフ・マナフと争う、悪思を統べる君。』

唯は肉塊を指して、そう言う。

アカ・マナフ『いかにも。』
肉塊は答える。

アカ・マナフ『ダエーワの主よ、眩しいからこそ…染め甲斐があるというもの。』

『その通り。』

アーリマンは答える。



198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:12:11.69 ID:zP8LrVH4O

『ユイ、お前は麗しい。』

『ゆえにだ、わたしは悲しみ、また喜ぶ。』

そういうと、アーリマンは突然涙を流し始める。腐敗液と涙の混じったものが滴りおちる。

『麗しきものが老い、また朽ちるのは、わたしの喜びであり、悲しみなのだ。』



199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:19:28.81 ID:zP8LrVH4O

アーリマンは言う。

『これからはお前は…』

『些細なことで、お前と同じイマの末どもと争い…』

『男と契りその子を孕み…』
『より多く、またイマの末どもと争う…』

『最後の一息をはきだすその日までだ。』

そのとき、アーリマンの右側を這う、爬虫類と人型が混ざった物体が口を挟む。

『失うべくされた幸福を追ってなんになろうか?』



202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:29:31.72 ID:zP8LrVH4O

すると、爬虫類と人型の物体から別の声が発せられる。

『熱いぞ…苦しみとは灼熱の炎で炙られるよう。』

爬虫類の部分から突然、亀のような頭が現れ、そう口を挟む。

爬虫類と人型が混じったような物体は、
実際は二柱のダエーワが共生している姿だったのだ。



204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:34:32.11 ID:zP8LrVH4O

唯は人型のほうを指して、

『ザリチュ、渇きを司る君。』

ザリチュ『いかにも。』

続いて爬虫類のほうを指して、

『タルウィ、熱を司る君。』
タルウィ『いかにも。』



208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:48:30.56 ID:zP8LrVH4O

『もう一度言おう。』

アーリマンが再び話し始める。

『ユイ、わたしは、お前が気に入った。』

『今の世はグメーズィシュン(混合)の世。』

唯『めーのーぐ(精神、天上)、と…げーてーぐ(物質、地上)…の?』

『いかにも。』



210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:52:13.40 ID:zP8LrVH4O

『かつて、わたしのみで…世界を統べていた日々が懐かしい。』

『だが今は、我が〈はらから〉と勢を分けている。』

唯『アフラの王と?』

『いかにも。』



212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 20:57:24.55 ID:zP8LrVH4O

『しかし、混合の世のほうがより麗しい。』

『お前は、マズダーか私かを選ぶ自由がある。』

『両方ともを選ぶ自由もある。我が〈はらから〉は承知しないだろうが。』

『また、私とマズダーとも拒絶する路もある。』



214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:02:53.11 ID:zP8LrVH4O

そう言うと、アーリマンは口をつぐんだ。

唯は何も答えない。

アーリマンは数回瞬きをした後、その細く、極めて長い尾を弛ませた。

そして竜は、尾を唯のからだへ、ゆっくりと伸ばす。



217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:08:14.47 ID:zP8LrVH4O

唯の体のまわりを螺旋状に、竜の尾が絡み付く。

唯は無表情のまま動かない。
絡み付いた尾が、また弛んだ後、一気に緊張し、唯の体に直接触れる。

唯の体に尾が触れた瞬間、唯の身に着けているものは、全て消滅してしまう。

全裸になっても、唯は表情を変えない。



221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:16:04.41 ID:zP8LrVH4O

形の良い小振りな胸を、

胸にある二つの印を、

小さく可愛らしいへそを、

●●●の入り口の上にある小丘を、

適度に張り出した尻を、

竜の尾が這う。

『麗しい。』

アーリマンは目を細める。

赤黒く腐り、所所骨の見える尾と、血色の良く張りのある唯の体は、
まことに対照的。



223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:23:13.18 ID:zP8LrVH4O

その時である。突然、唯の体に、暗く影のような人型がまとわりつく。

舌や●●●のようなものが、人型から無数に伸び始める。
その中の一つは、唯の●●●の入り口に、その先をあてがい、そして、一瞬弛む。

唯は表情を変えない。



225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:27:52.26 ID:zP8LrVH4O

『ひかえよ。』

アーリマンが感情を込めぬ声で言う。

アーリマンの声に反応して、人型はすぐさま唯の体から離れ、
空中で球形のかたちをとる。

唯はその球を指して言う。

『サウルウァ、酩酊を司る君。』

サウルウァ『いかにも。くちおしや…』



228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:39:11.86 ID:zP8LrVH4O

アーリマンはまた数回瞬きをすると、ゆっくりとその尾を唯の体から取り払い、
みずからの背後に控えさせた。

それとともに、唯は再び下着とパジャマに包まれる。

『ユイよ、わたしはお前が気に入った。』

アーリマンは、もう何度目かの、その言葉を繰り返す。

『決するのはいつでもよい。
 サオシュヤントが我が体を、まさに傷つけんとする、その時でも構わぬ。』


パチッ…



229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:45:05.10 ID:zP8LrVH4O

『ユイよ、わたしはお前が気に入っている。』

『弦を奏で、歌を謳ってくれ。』

『わたしのために。』


パチパチッ…


ベッドの上で瞬きをする唯。

唯「ゆめ、だった…の?」

唯「デーウァ…ううん、ダエーワの主が…」

ベッドから上半身を起す唯。



233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:50:51.31 ID:zP8LrVH4O

枕元を見る唯。

アヴェスターが無造作に開かれている。

塩辛をこぼしてしまったあのページだ。

翅を有する人物が竜を、アフラマズダーがアーリマンを踏み付けている絵である。

夢に出てきたアーリマンは、絵のそれと非常に似ているが、
全く同一というわけでもない。



234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 21:58:37.92 ID:zP8LrVH4O

唯「なんなんだろ…」

唯「ダエーワの主、ホントに哀しそうな表情してた…」

穴の空いた目を持つ、アーリマンの顔を思いだす。

唯「…」

唯「とりあえずもう一眠り♪」

唯はまた、眠りにつく。

唯は先ほどの絵が微かに変わっていたことには気付かなかった。
アーリマンの目から涙が流れていることに。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 22:04:20.64 ID:zP8LrVH4O

翌日 軽音部部室

唯「zzz…」

律「あちぃ…」パタパタ…

梓「イライラ…」

澪「はぁ…」

紬「ボケーッ」





243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 22:51:37.66 ID:zP8LrVH4O

梓「唯先輩!律先輩!それに…ムギ先輩までっ!!」

唯「ふぁっ…」

律「へ?」

紬「ボケー」

澪「ハァ…」



248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 22:56:50.28 ID:zP8LrVH4O

梓「あーいったい何度目に…もうすぐ合宿も…」

唯「あっ練習か!」

唯「やろうやろう!」

梓「えっと…」

唯「練習するんでしょ?やろうよぉ♪」

澪(天然の王道だな…)



249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 23:03:45.68 ID:zP8LrVH4O

ぎゅぎゃいいーーーん♪

唯「うん!ギー太も絶好調だね!」

律「かぁ~…。気合い入れますか~!」

梓(さっきのでモチベーション下がっちゃった…)

澪「よし!じゃあ…」



253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 23:13:43.30 ID:zP8LrVH4O

澪「…」

紬「ボケー」

澪「むぎぃ…」

紬「ハッ…」

紬「ご、ごめんなさい…」

澪「お前まで…ほんとに…」



258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 23:39:28.52 ID:zP8LrVH4O

唯「じゃあ…いっくよー!」
律「おう!」

澪「ふぅ…」

梓「よし…」

紬「…」

唯「すぅ…はぁ…」

唯(…)

唯(ダエーワの主に。)

唯「ギー太に首ったけ!」



260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/20(月) 23:54:01.98 ID:zP8LrVH4O

軽音部部室前の廊下

さわ子「あの子たち、練習してるみたいですわ。」

校長「…」

桜高の校長は無口な男だ。細長い面立ちに眼鏡、頭髪は白髪。
けれど、その口端はわずかに緩んでいる。

小市民や善人といった言葉がよく似合う男だ。



264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 00:09:48.07 ID:z51nta+UO

さわ子「校長先生が見学なされるのなら、あの子たちも、今以上に熱が入りますよ。」
校長「…」

校長の口端はさらに緩む。

さわ子「ん、あら?」

さわ子は聞こえてくるメインギターと歌声に違和感を覚える。

おかしなビブラートがかかっている。
耳が良い、音楽をよく知った人間が集中しなければ、気付かないだろう。



269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 00:26:29.02 ID:z51nta+UO

微かに調和を乱すようなビブラート。

さわ子(f分の…あの揺らぎでは…ないわね…)

調和が崩れるわけではない。
さわ子(良い気分、少しずつ気分が高揚するわ…)

このわずかな乱れは、聞くものを惹き付ける。


アルコールや好きな菓子を『もうちょっとだけ…』、と欲求に負けて摘まんでしまう。
そんな感じだ、後をひくような。



272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 00:37:11.37 ID:z51nta+UO

校長「…」

よく見ると、校長の後ろ手の指が、楽曲にあわせて小刻みにうごいている。

さわ子(校長先生も楽しんでらっしゃる…)

さわ子(唯ちゃんて、やっぱり天才肌なのかしら?)

さわ子はそれ以上考えなかった。



277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 00:53:39.47 ID:z51nta+UO

ぎゅぎゅーー…ジャン!

唯「よぉっし♪」

梓(すごく…良かった…!)

澪「なんか…軽音部史上で一番良い出来だよ!」

律「…」

律は何もしゃべらず、潤んだ瞳で仲間たちを見やっている。
気分が高まっているのが傍目にもわかる。

紬(…)

紬は静かだった。



280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 01:11:55.60 ID:z51nta+UO

紬も、あの高揚感に触れたが、流されることはなかった。
高揚感とともに、体中を小さな虫が這うような、嫌な疼きを覚えたのだ。

その疼きに意識を集中すると、高揚感は全く無くなった。
同時に疼きも無くなった。


紬(どういう…こと?)



285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 01:35:25.58 ID:z51nta+UO

さわ子「お邪魔するわよっ!」

唯「あー!さわちゃん!」

校長「…」

唯「…と校長先生!?」

一瞬部室の空気が緊張する。温厚なオジさんだとて、校長は校長だ。

校長は無言で唯に近付くと、両手を優しく唯の両肩に乗せ、
ゆっくりと何度も頷きかける。目の端には、じんわりと涙が滲んでいる。



287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 01:54:45.46 ID:z51nta+UO

さわ子「すっごくうまかったわよ!!」

さわ子も幾分、興奮気味だ。

梓「やればできるんですよ!先輩たちは!!」

梓は唯たちに向かって、かなり失礼な言葉を口走る。

梓(軽音部に入って良かった♪)



289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:12:34.42 ID:z51nta+UO

律「う~…よいしょっと!」

律は気持ち良さそうに、伸び、をしている。

紬「…」

澪「ムギ?」

澪が紬の様子に気付く。

澪「どうしたんだ?考え事か?」



291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:23:27.09 ID:z51nta+UO

澪「どうしたんだ?考え事か?」

紬「えっと…」

紬はどう答えてよいか躊躇し、適当な話題で誤魔化した。
紬「一週間後、合宿でしょ、その事をね…」

律「合宿か~!聡も喜んでたぞ!みんなと一緒に行けるから!」



294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:31:41.41 ID:z51nta+UO

唯「憂も和ちゃんも楽しみにしてるよ!」

唯も話題に加わる。

紬は、憂、和、聡を誘ったことを思いだした。

紬「あんまり期待しないでね…」

紬は、校長が誘って欲しげに視線を向けてくるのが分かったが、
敢えて気にしないことにした。




 
296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:44:02.51 ID:z51nta+UO

澪「で、今回はどこの別荘になるんだ?」

紬は、まだ行き先を決めていなかった。

合宿やお泊まりの場所で、琴吹家の別荘を借りる際には、
行き先の最終的な選定を紬に委ねることが恒例となっている。

先日、久しぶりに先祖の墳墓に参ったことを思いだす。
あの辺りの、のどかで、そして好奇心をくすぐる風景と文物。

紬「奈良の…明日香村よ。」
紬は、そう答えた。



299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:48:56.79 ID:z51nta+UO

さわ子「へぇ…それはまた…情緒あふれるような…おいしい地酒が…ジュルリ」

律(校長センセの前で、よくそんなこと口走れるよな…)

梓「先輩!先生!合宿はですね…」




一方で、唯達の様子を伺っている『眼』があった。



300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 02:59:21.84 ID:z51nta+UO

ギー太が光を反射すると、その『眼』はギー太のボディに、ほんの一瞬映り込む。

あまりにも短い時間なため、人間の視力で捉えることは出来ないだろう。


文字通り、眼だけであった。
ギー太を仮宿としているようだ。



304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 03:11:27.62 ID:z51nta+UO

対ではなく、一つだけ。

けれど唯が、この『眼』を見ることができたとしたら、思いだすかもしれない。

なぜならこの『眼』は、あの夢の中、朽ちつつある竜、アーリマンの背後で
一部始終を見ていた『眼』なのだから。



306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 03:25:21.83 ID:z51nta+UO

合宿の前日

奈良県某市 琴吹家傘下の博物館


紬は、合宿の準備があるからと、唯達と別に、一足先に奈良に入っていた。

この博物館を訪れるためである。

館長「紬お嬢さん、いらっしゃいませ。」

入り口の手前で、館長が紬に慇懃に頭を下げる。側の学芸員や事務員もそれに倣う。
紬も深々と頭を下げる。



307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 03:39:08.79 ID:z51nta+UO

紬と斉藤は館内に入る。

紬「それで館長さん、お願いしておいた…」

館長「はい、こちらです。」
展示室内を通り抜けて、一行は作業所のような場所に入る。

作業所の中は、幾つかの長机と椅子、用途不明の器材がおいてある。

館長は一番奥の長机の端に、紬たちを案内する。



310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 03:53:13.47 ID:z51nta+UO

長机の上には30cm四方、高さ10cmぐらいの箱が置かれている。

館長は白手とマスクをつける。
年配の女性事務員が紬と斉藤にも同じものを手渡す。

館長は箱の蓋を取り去る。

中にもびっしりと和紙が詰められていた。

館長は、和紙も取り去る。
すると、布で包まれた何かが現れる。



313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 04:09:20.67 ID:z51nta+UO

館長は布をゆっくりと回転させるように剥いでいく。

段々と中身が見えてくる。

布に包まれていたのは『錠(じょう)』であった。

縦十五cm横三cmほどの細長いものである。



315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 04:32:29.91 ID:z51nta+UO

うっすらと黒がかった銅色で鈍い光沢がある。おそらく青銅製だろう。

斉藤は紬を見やる。

紬は驚きで目を見開いている。

錠の胴体の部分が、左右に翅を有する円を象ったものだったからだ。

アフラマズダーの翅とほとんど同じ形。



316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 04:44:23.90 ID:z51nta+UO

館長「電話で説明させて頂いたとおり、
   この錠はアフラマズダーのシンボルとほぼ同じ形です。」

紬「真ん中の円のようなものは?」

館長「日輪を具象化したものです。」

斉藤「すみません…」

斉藤が館長に質問する。

斉藤「錠であれば、鍵とセットになっているのでは…?」
館長「そのはずですが…」

館長「残念なことに、鍵については、どうであったか…
   全く由来が伝わっていないのです。」



317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 04:53:49.55 ID:z51nta+UO

紬は祖先の墓から帰ったあとも、あの標と半円の石造物が気になって仕方なかった。

そのため父親の許しを得て、琴吹家由来の文物を保管してもいる、
この博物館に問合せを行ったのだ。

翅を有する標を持つ、もしくはケン教由来の文物がないかと。



318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 04:59:55.62 ID:z51nta+UO

紬「この『錠』は…どういった由来のものなのですか?」

館長「ササン朝ペルシア、をご存じでしょうか?」

紬は世界史の授業を思いだす。

紬(パルティアを滅ぼして建国した、ペルシア人の国で、
大化の改新と同じぐらいの時に、イスラム勢力に滅ぼされた…)



319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 05:03:56.53 ID:z51nta+UO

紬「はい、世界史の授業レベルですけれど…」

館長「十分です。」

館長「その錠は、ササン朝の大王専用の祠堂を閉じていたもの…」

館長「…という由来で伝わっているものです。」



320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 05:12:36.55 ID:z51nta+UO

斉藤「大王専用の祠堂?」

館長「大王がアフラマズダーに祈りを捧げる場所です。」

館長「詳しく話しますと…」
館長「ササン朝最後の大王は、イスラム勢力との戦いの最中、殺されてしまいます。」

館長「そして、大王の祠堂は、ムスリム達によって破壊されてしまいました。」

館長「ただ、最後の大王の王子の一人がなんとか生き延びまして…」

館長「その王子は、中国、当時は唐朝です、に亡命しました。」



323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 05:21:49.13 ID:z51nta+UO

館長「その王子が唐に逃げた際に、保有していたもの、だそうです。」

館長「なぜ祠堂の錠を唐にまで持っていったか…。その理由は、全く分かりません。」

館長「錠にまつわる意味についてもです。」

紬「なぜそれが琴吹家に?」

館長「琴吹家に渡ったルートについても、伝わっておりません。」

館長「何より、この錠が本物の祠堂の錠なのかすら…」

館長「第一、最低1400年を経ているわりには、全く錆が出ていないのですから…。」


錠は鈍く輝いており、確かに年月を感じさせない。



325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 05:33:33.40 ID:z51nta+UO

紬と斉藤は作業所を出ると、展示室内の見学をはじめた。

紬は真っ先に『烏飼の臣』の墳墓のコーナーに向かう。

そこでは、墳墓の壁画の、レプリカが展示されていた。


レプリカには、左上のほうに太陽のようなもの浮かび、黒い鳥が数多く飛び回っている。

右下には盃のようなものが描かれており、
その上には、貴人と思われる人物が寝かされている。

黒い鳥は、とくに『太陽』の周辺と、『盃』の周辺を飛び回っている。



351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 11:45:24.39 ID:z51nta+UO

盃のような台座の上に横たわり、貴人は目を閉じている…と思われる。

壁画の古人の顔は典型的なオカメ顔で、
目が細く閉じているのか開いているのか判別が難しい。
(この人物自体は、男性であるはず。)

紬「似ていないわね…」

紬は呟いた。それはそうである。1400年前の先祖だ。
おそらく紬から数えて六十代は軽く溯るだろう。


血の繋がりがあるかどうかすら、かなり疑わしい。



354 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 11:54:15.20 ID:z51nta+UO

しかし、紬が気になったのは先祖と思うれる男性よりも、
そのまわりに群がる黒色の鳥である。

鳥たちの『動き』が躍動感を持っているのだ。全く、ヤマト的でない。

館長「鳥葬を描いたものに…見えないこともないですね。」

館長が後ろから声をかける。
館長「私は、その説に反対しますが…」

とも、続けた。



357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 12:07:17.40 ID:z51nta+UO

館長「墳墓の壁画に、このような絵が描かれたということは、もちろん異例中の異例です…」

館長「いわゆる『猿石』と同種の躍動感があるのも確かです。」

館長「しかし、日本にはヤタガラスや、ヤマトタケルと白鳥のように、」

館長「鳥にまつわる神話もあり、というか世界中にあって、その機能も似通っています。」

館長「これはごく当然な話です。」



359 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 12:17:20.24 ID:z51nta+UO

館長「イラン高原周辺の諸民族の伝統と日本のそれとに、
   直接的な関係を認めようとすりのは、まことに危険な話です。」

館長「ただし、当時の国際的な交流、という点は重んじてみても良いかもしれません。
その刺激の中での試みか、もしくは渡来人の手によるものとして解釈するという…」

館長はそこまで続けると、ふと、あることに思い至った。

壁画を照らす橙灯に照らされて、紬の髪は緩く輝いている。



361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 12:32:02.89 ID:z51nta+UO

紬の髪は日本人にはまず存在しえないほどに、
明るい色をしている。
そして同じく、濃く太い眉毛。

館長は、もちろん、紬の父や、そして祖父の顔も見知っている。

二人とも紬によく似た髪質と眉。



364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 12:45:19.24 ID:z51nta+UO

狂った二人の男、一人は哲学者、もう一人は政治家、の言葉を思いだす。

『金毛種族たるアーリヤ人!』

そこまで考えて、館長は自分の先走った直感に嫌気を覚える。

イラン高原、のみならず中近東の民族構成は、ここ数千年めまぐるしく動いてきた。

仮にコーカサス、もしくは黒海周辺に住んでいた金髪長身の種族が、
イラン高原に移動してきたとして、

それからササン朝が滅びるまでに、どれほど他民族との融合や混交があったのだろう。

館長はそれ以上考えないことにした。



365 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 12:51:25.61 ID:z51nta+UO

そう、ペルシア人が七世紀の日本に渡来し、我が国に子孫を残し、

しかもその子孫が先祖の身体的特徴を、現在まで保っているということに。

館長は再び紬に話しかける。
館長「紬お嬢さんは、鳥葬にも興味がおありですか?」

紬は答える。

紬「興味は…ありますね。」



370 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 13:09:49.18 ID:z51nta+UO

館長「まず、鳥葬を発明した人々がどのよう者たちだったかについては分かっておりません。」

館長「けれで、メディア人、と呼ばれる、アーリヤ人の一種族で、
   古代ペルシア人と非常に近しい関係にある民族。」

館長「少なくとも紀元前七世紀には、
   そのメディア人が鳥葬の習慣を持っていたことは分かっています。」



381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 14:26:21.21 ID:z51nta+UO

館長「そのメディア人から古代ペルシア人に、鳥葬の伝統が伝わったようです。」

館長「これがいつ頃かも、よく分かったおりません。」

館長「鳥葬の意味については…」

館長「まず、鳥類と霊的存在、とくに善神との関わりです。」

館長「先ほども少し触れましたが、鳥は神の眷属、というのはよく聞く話でしょう?」

紬「はい。」

館長「中近東あたりには、犬や猛禽類を人々の守護者と見る向きがあったようです。」



385 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 14:50:58.31 ID:z51nta+UO

館長「もう一つは、死体を好む悪神の存在です。」

館長「『ナス』、と呼ばれるその悪神は、羽根を有する小昆虫の姿であらわされ…」

館長「死体の穢れを周囲にまき散らし、拡散させると考えられていたのです。」

館長「これには、伝染病とと言う意味も含められています。」

館長「かと言って、火葬にするわけにもいきません。
   その理由を話す前に、もうすこし、ナスについて…」



387 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 15:03:29.64 ID:z51nta+UO

館長「このナスは時代を経ると、アンラ・マンユ配下の大悪神六体の一つ…」

館長「『ドゥルジ』と同一の存在とされるようになったんです。」

紬「ドゥルジ…」

その名を口にすると、一瞬、先日のように、紬の体中を虫が這う感覚が襲う。

館長「『虚偽』、を意味します。」



389 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 15:16:31.12 ID:z51nta+UO

館長「ではなぜ火葬にしないのか?
   それは、死体を火にくべることで、
   火が穢されると考えられたからです。」

館長「拝火教の名の通り、ゾロアスター教徒が、
   火に対して礼拝を行うのは、ご存じですね?」

紬「はい。」

館長「火は彼らにとって、スプンタ・マンユ、『聖霊』を意味します、の化身であり、
   アフラマズダーに帰属する存在でした。」



392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 15:27:59.20 ID:z51nta+UO

館長「鳥葬を行う際には、寸胴の円筒をくりぬいた形の祭壇の上に死体を安置します。」

館長「壁画の祭壇のような物と似てないこともないですが…
   先ほど言った通り安易な比定はしないほうがよく、
   また、壁画のほうは円筒ではなく、どちらかと言えば半球ですし…」

紬は墳墓横の石造物を思いだす。あれも、どちらかと言えば半球だ。



393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 15:39:37.46 ID:z51nta+UO

斎藤「お嬢様。」

斎藤が声をかける。

斎藤「管理人との約束の時刻まで、二時間です。」

その日は午後に入ってすぐ、別荘の管理人と落ち合う予定になっていたのだった。
昼食もとらねばならない。


紬は、館長に頭を下げながら、

紬「館長さん、今日は色々とありがとうございました。」
館長「いえ、お役に立てたのであれば…」



394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 15:55:36.98 ID:z51nta+UO

紬「また何かありましたら…」

館長「どうぞどうぞ!お時間があるなら、会長や奥様もご一緒に!」

紬「伝えておきます♪」



翌日

京都駅 近鉄奈良線ホーム


唯「まだ来ないのかなぁ…」

和「まあ、気長に待ちましょ。」

唯達一行は明日香村へと向かうため、近鉄京都線のホームにいた。



397 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 16:09:10.05 ID:z51nta+UO

一行は橿原神宮駅行きの列車を待っている。同駅で一度乗り換える必要があるのだ。

律「…」

聡「…」

田井中姉弟は、ベンチに座り込み、無線通信を使った対戦ゲームに興じている。

さわ子「やっぱ高いわ…近所のスーパーで買っとくんだったぁー!」

さわ子は、キヨスクでアルコールとつまみを買い終わった所だ。



402 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 16:40:07.83 ID:z51nta+UO

澪は、明日香村ガイドを見ながら眉をつり上げて、思案顔だ。

半分タテマエだとしても、練習第一の澪には珍しい。
和「澪、何をなやんでるの?」

澪「四泊五日で練習入れたらさ、どれだけ見て周れるんだろ…」

澪「五日丸々使える和が羨ましいよ…」

和(基本的には勉強するつもりなんだけど…)



407 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 17:00:06.42 ID:z51nta+UO

唯は本を右小脇に抱えて、言葉そのまま、左うちわをしている。

暑さに弱いだけあって、暑天のもとでは本を読む気にならないらしい。

抱えているのは、梓経由でこのまえ手に入れた『アーリマン讃歌』だ。

ギー太とともに背負ったリュックにも、何冊か入れてある。



420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 18:55:59.36 ID:z51nta+UO

梓と憂も澪と同じように、奈良県に関する情報誌を読んでいる。

こちらはグルメ雑誌だが…

梓はここ一週間、唯たちに一度もお小言を吐かなかった。

軽音部、とくに唯が遂に本領を発揮した!と信じるまでになっている。


信じているのだろうか?梓が?梓たちが?
その根拠の源は?



422 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:05:14.61 ID:z51nta+UO

『カーシハラズングウイクィキュゥゥコゥ…』

アナウンスの声色が聞こえる。

唯「あっ来たみたいだよ!」

赤色の列車が入場してくる。
賑やかに列車の中に入っていく八人。

一行は、対面座席のある一画に席をとる。



424 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:14:35.97 ID:z51nta+UO

進行方向、つまり橿原神宮方面を向いて、列車は右側のホームに停車している。

さわ子はホームと反対側の対面座席に座ると、前に梓と憂、横に聡をひっぱり込んだ。

すでに発泡酒500m缶二本を空けている。

さわ子「可愛い子ちゃんたちは…おねーさんとお話しましょーねぇ…ウフフ」

目が少し血走っている。

アーリマンのために弁解しておくが、これに関して彼の勢力に責任はない。





425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:26:10.28 ID:3l8lcGwiO

さわちゃんwwwwww




426 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:26:30.78 ID:z51nta+UO

時刻は午前10時を少しまわったあたりである。

梓「ハァ…唯先輩が真面目になったと思ったら…」

憂「まあまあ、梓ちゃん…」

聡「ビクビク…」

さわ子たちと、通路を挟んでホーム側に、律と澪、唯と和が座る。

律「よくやるよ…」

澪「気にするな…」

和「ええ…」

唯「♪」

唯は座席に付くと、ギターのソフトケースからギー太を取り出した。



427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:39:39.94 ID:z51nta+UO

律「ゆい、おま…何やってんだ!?」

和「ここで演奏するわけじゃ…ないわよね?」

唯「可愛い子には旅をさせろっていうでしょぉ?」

唯「ギー太にも電車からの景色を見せてあげようと思うんだ♪」

律「…」



429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 19:53:28.10 ID:z51nta+UO

澪「プッ…」

和「まったく…唯らしいわね。」

唯「えへへ…」

憂(おねえちゃんかわいいよぉぉ…)

『カーシワラズングウ…』

発車を知らせるアナウンスが聞こえる。

唯「ギー太!電車が動き出したよっ♪」



433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:10:30.09 ID:z51nta+UO

さわ子「コップについでついでぇぇ…そそそそ!良い感じじゃない!」

さわ子は憂からもらった紙コップを使い、聡の手で発泡酒をお酌させている。

左手で聡の太ももを撫でることも忘れない。

聡「…///」

犯罪の匂いがする。


律「そーいやさあ、今日行く明日香村って、大昔は日本の首都だったんだろ?」

弟の危機を無視して、律が話しはじめる。





434 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:21:23.79 ID:3l8lcGwiO

さわちゃんアーリマンより穢れてるwww



435 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:21:32.74 ID:zGXhXb+xO

聡逃げてぇぇ



436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:22:11.53 ID:Ane0C2+K0

さわちゃんショタだったんかい




437 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:29:09.68 ID:z51nta+UO

和「そうね、飛鳥時代って呼ばれる時代はそうかしら。」

和「というか、大王、つまり天皇の宮が置かれた場所だから、
  平安遷都まであちこちに移転してるわ。」

和「飛鳥時代は、敏達天皇もしくは推古天皇から持統天皇まで、約100年くらいね。」

唯「ウマコとかイモコとかエミシとか、変な名前ばっかだよね♪」



441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:44:08.26 ID:z51nta+UO

澪「昔の人からしたら、私たちの名前のほうが変だろ?」
唯「あっ…そうか。」

唯「ならなんで、明日香村あたりを都にしたの?」

和「そうねぇ…当然地の利とか、
  あと、当時最有力の豪族、蘇我氏の地盤だったとかってことらしいけれど。」

唯「ふーん…」



442 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 20:57:13.49 ID:z51nta+UO

列車は平城京跡のすぐそばを通って、さらに先へ進む。

さわ子は両側に聡と憂、膝の上に梓をのせてセクハラし放題。

澪は風景を見ながら何かを書き取っている。

和は聞き手にまわって、律ととりとめのない話を。

唯は『アーリマン讃歌』の祈祷文に関する箇所を読み進めている。

人間の意識を、こちらに都合よく操作する、といういわゆる黒魔術のような内容である。



443 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 21:18:05.91 ID:z51nta+UO

『アーリマン讃歌』の内容は、アーリマン自体に捧げられたものと、
配下の諸デーウァに捧げられたものに分けることもできる。

唯が現在読んでいる箇所は、『タローマティ』という大悪神、
それも女神だと思われる、への祈祷文だ。



445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 21:31:15.24 ID:z51nta+UO

唯はこの部分を読み終えると、小さな声で独り言ちた。


唯『タローマティ、臆見を司る君。』


あまりにも小さ過ぎて、誰も耳に止めなかった。

唯がその言葉を発し終えると、ギー太の中に住む『眼』の瞳孔が、数度収縮と拡大を繰り返す。


なぜそう発したのか、その理由は唯自体にもわからなかったし、
発したという事実さえ、唯の意識のはるか後方に消え去ってしまった。



446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 21:43:58.40 ID:z51nta+UO

ギー太の中の『眼』は、車窓を眺めているようにも思える。

車中ではもう、『眼』が動きを見せることはなかった。


けれど『眼』は、車窓を見ているのだろうか?
人の心見透かす、タローマティの目は?



449 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 22:18:15.66 ID:z51nta+UO

飛鳥駅前

時刻は11時を少しまわったあたりである。

唯「着いたよっ!!」

律「それほど田舎でもないかな?」

和「駅から離れると、ほんとにのどかな所らしいわ。」

律(『和』だけにね…)



452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 22:22:57.91 ID:z51nta+UO

明日香村は、奈良県の真ん中あたり、
橿原市から見て南部、桜井市から見て南西部に位置している。

一方、飛鳥駅は、明日香村のかなり西より、
橿原市と、明日香村からみて南西の高取町との境近くにある。


ともかく、この風光清々しい場所で、大化の改新を始めとした、
日本史における幾つかの激動が起っていたのだ。



454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 22:35:43.69 ID:z51nta+UO

律「ムギからメールで、もう着いてるってよ…」

唯「どこ~?」

澪「お前ら…どう考えても、あれしか考えられないだろ…」

澪が指さした方向には、本当に右左折できるのか?
というぐらいに長いボディの、黒色の車が止まっている。

梓「…(唖然)」

聡「り、リ○ジン…本物はじめて見た…」



457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 22:46:22.64 ID:z51nta+UO

唯「おーい!」

唯が駆け寄って手を振る。

するとリムジンは動き始め、ゆっくりと近付き、一行の前で停車した。

運転席から斎藤が、後部座席から紬が降りて来る。

紬「みんな、ようこそ、飛鳥の里へ♪」

律「ポカーン」

澪「ハァ…」

さわ子「今度の衆院選、左派政党に投票したくなったわ(キッパリ)」



458 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 22:54:14.71 ID:z51nta+UO

澪「ムギ、他の車はなかったのか?」

紬「ごめんなさい…これがウチで、一番たくさん人が乗れる車なの。」

澪は、小型マイクロ借りるか、二、三台に分乗すれば良いだろ、
と思ったが口には出さなかった。



460 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:04:54.92 ID:z51nta+UO

一行を乗せたリムジンは、南部へと進路をとる。

紬「別荘まで20分かかるわ。」

助手席の紬が振り向きながら言う。

紬「あ、あと途中、寄りたい所があったら言ってね!」

明日香村南西部のメジャーなスポットはキトラ古墳しかない。
あとは、ほとんど畑か水田だ。
主要な見所は北部に集中している。



462 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:14:57.74 ID:z51nta+UO

結局、あまり周囲の風景に気を払わず、リムジンの中でおしゃべりに収支する。

タローマティの『眼』は再び収縮と拡大をし始めていた。

タローマティの『眼』は、数千年来を経、この地に溜まった人間の欲望の臭い、
そして同胞と敵対者の臭いを見ている。



463 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:24:15.61 ID:z51nta+UO

そして、尾根がまさに張り出さんとする所に建つ、
大きな屋敷の前にリムジンが止まった時、


タローマティの『眼』は、ある一点を見て、はじめて、『眼』、つまり己自身を細めたのだ。

タローマティが何を思っているのかは分からない。



465 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:30:57.33 ID:z51nta+UO

琴吹家別荘前 駐車場

梓「すごく大きな別荘ですね…」

さわ子「嫌になっちゃうわ…」

律「聡、荷物持て!」

聡「えー…」

律「持て!男子の本分を尽くせ!」

聡「わかったよ…、あ、澪姉のも持つけど…?」

澪「いいのか聡?悪いな。」



468 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:38:11.48 ID:z51nta+UO

憂「よいしょっと…これで全部…」

憂「…あれ、お姉ちゃんは?」

大きめのバッグを持ちあげながら、憂が言う。

和「唯がいないの?」

憂「はい。」

さわ子「唯ちゃん?唯ちゃんなら、あそこよ。」

さわ子が示した方向には、別荘の母屋の左側を、尾根に向かって歩いていく唯の姿。



471 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/21(火) 23:44:57.97 ID:z51nta+UO

唯「…」

唯はさらに小走りになる。

別荘の左裏手の小道にでる。
小道は、下れば公道、上れば尾根を進む。

そして小道から尾根側に10mほど進んだ所に、二つの石像があった。

石像に近寄る唯。



475 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:02:12.36 ID:z51nta+UO

一つの石像は鎧を纏い、ヘルメット状の兜を被り、剣を持っている。
古代日本のますらおの姿だ。
ただ、背後には放射線状の光背がある。

もう一つの石像は、猿のような形をしている。
右手に体長の半分くらいの棒状の武器を持ち、
その表情は忿怒で変形している。
明王たちの義憤の表情とは全く異質な、である。


唯は戦士のような石像には気にも留めず、猿のような石像を手でふれる。



477 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:11:42.27 ID:5/I6CW4fO

一瞬、唯の心に大きな感情の波が生じる。
がむしゃらに目的を追求するときに覚えるような、焦燥感が走った。

不快ではなかった。
感覚が研ぎ澄まされるよう。

ギー太に住まうタローマティは、ギターケース越しに、より、『眼』を細めた。
タローマティが何を覚えているのは分からない。



480 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:20:01.03 ID:5/I6CW4fO

「お嬢様のお友達かな?」

背後から声がする。
少しずつ焦燥感は落ち着いていく。

唯「…」

「どうかしたかね?」

唯「ブルッ…」

唯「あ。」

唯は声のほうへ振り向く。



482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:27:53.10 ID:5/I6CW4fO

眼鏡をかけた老人が立っていた。
麦藁帽に泥のついたナイロン性の黒ズボン、上は肌着一枚。
農家の旦那さんのような格好だ。
還暦はとっくに過ぎたであろう。

唯「えっと…」

唯「第一明日香村人さんですか?」

老人「はあ?」

老人はキョトンとする。





484 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:34:48.18 ID:dQtHIHeMO

ダーツの旅wwwww




485 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:35:33.66 ID:5/I6CW4fO

管理人「おれはほれ、そこの琴吹屋敷の管理をしてるもんだ。」

唯「あっ!じゃあムギちゃん家の…」

管理人「むぎ?むぎ…つむぎか!」

管理人「やっぱりお嬢様の友達の!」

唯「はい!」



488 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:40:33.61 ID:5/I6CW4fO

管理人「そっかそっか!」

管理人「よく来たねぇ!」

唯「お世話になります!」

管理人「ああ!食事だけ!…は期待してなさい!」

そう言うと、管理人は、腰にかけたタオルで汗を拭う。

管理人「で、なんで屋敷の外れにいるんだい?」

管理人は唯に聞く。



492 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 00:49:15.76 ID:5/I6CW4fO

唯「この石像が気になっちゃって…」

管理人「それかぁ。まあ、いわゆる猿石の類いだわな。」
管理人「二つで組み合わさってるらしいんだよ。」

管理人「それと、ほれ、そこのお堂。」

管理人はもっと尾根側の斜面を指す。

そこには五畳ぐらいの大きさの、木製の建物が建っていた。



494 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:00:56.48 ID:5/I6CW4fO

いわゆる観音像などを納めてあるような、仏教系のお堂である。

管理人「そのお堂には弥勒菩薩の仏像がおられてな…」

唯「へぇ~」

管理人「琴吹家のものじゃないんだが、近頃は仏像泥棒が多いから、
    ついでに管理してるんだ。」



496 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:12:02.76 ID:5/I6CW4fO

管理人「そのお堂の由緒、まあ、どうして建ってるかってことだけど…」

管理人「昔は、お堂なんかなくて、石造の弥勒菩薩が野晒しになってたんだ。」

管理人「かなり古いもんだったらしいんだが、いつのころからか無くなってしまってね。」

管理人「危篤な方がかわりにお堂を建てて、弥勒菩薩の仏像を置いたそうだよ。」



497 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:13:59.55 ID:5/I6CW4fO

管理人「で、その『ますらお』みたいな像は弥勒菩薩の家来で、
   その猿みたいな化け物と戦っているんだって。」

管理人「弥勒様の石仏のほうが古いのか、
    それとも、その猿石みたいな奴のほうが古いのかは、分からないがね。」

唯「猿…」

猿じゃないのに、と唯は思った。



499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:26:49.63 ID:5/I6CW4fO

唯(アエーシュマ。)

唯(忿怒司る首人〈おびと〉)
唯は猿のような石像をじっと見つめた。

管理人「ん?どうしたんだい?」

唯「あっなんでもないです!」

管理人「なら…」

管理人「あっ!よくない!」



500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:29:55.14 ID:5/I6CW4fO

唯「えっ…」

管理人「あんたがここにいるなら、お嬢様を待たせちまってるわ!」

管理人「ごめんね、先に母屋に帰ってるから!お堂も見ていいよ!
    弥勒様には触らないでよ!」

そういうと管理人は母屋のほうに走っていった。



502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:34:33.94 ID:5/I6CW4fO

唯「管理人さん行っちゃった。」

唯「私もみんなのとこ行こっ♪」

唯はお堂に見向きもしない。
方向転換して、管理人の後を、てくてく追う唯。


その時、唯の影から球状の形が顔を出す。



503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:41:30.30 ID:5/I6CW4fO

球状の物体は、その胴体の最大円周まで、
つまり、ちょうど半球ぐらいの形になるまで、体を唯の影から現す。

色は唯の影と同色。平面のようにも見えるが、しかし球である。

唯は鼻歌をならしつつ、小道を下る。

球状の物体から、●●●のようなものが、生えるようにして現れる。



504 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 01:49:20.58 ID:5/I6CW4fO

●●●のような物は、跳躍するようにして球状の物体から分かれ、
弧を描き、猿のような石像に接触する。

すると、石像に吸い込まれるように、それは石像の中に消え去る。

唯は全く気付かなかった。


タローマティの『眼』は、これをギー太の内から見届けると、
瞳を上にずらし白目を見せた後、
すぐに再び、何の感情も持たぬ形に戻った。



530 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 09:35:46.63 ID:5/I6CW4fO

琴吹家別荘 玄関

憂「あっ!おねえちゃん!」
憂は、近付いてくる唯を見つける。

唯「ごめんごめーん!」

ちょうど管理人が紬を先導するような形で、
母屋に一行を招き入れるところであった。



531 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 09:59:44.33 ID:5/I6CW4fO

母屋は和風の造りをした二階建てで、尾根にそって北南に長い建物であった。

和風といっても農村によくあった形態のもの、
ぱっと見れば土地持ちや豪農の屋敷に見える。

憂「おねえちゃんっ!どこ行ってたの!?」

憂は少し必死である。ここは見知らぬ土地で、まわりは畑と山林だけ。



535 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 10:26:30.14 ID:5/I6CW4fO

憂「おねえちゃんはすっごく可愛いんだから、誘拐されちゃったらどうするの!?」

梓「憂、いくらなんでも…それは重症…」

こんな所でそんなことする人間はいないから、と梓は思った。

唯「ごめんよぉ~」

律「平沢姉妹って…」



537 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 10:56:53.05 ID:5/I6CW4fO

管理人「おお!もう戻ってきたか!」

唯「はい!」

管理人「弥勒菩薩の仏像はどうだった?」

唯「あ、見てないです、とりあえず今日はいいかなぁーって。」

澪(弥勒菩薩…ミスラが仏教に取り入れられた姿…)

澪は、唯が来た方向を見つめた。木々の影になっているが、お堂が見える。



539 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 11:24:22.34 ID:5/I6CW4fO

管理人「まあ、後で拝めばよし。」

管理人「ともかく、さ、お嬢様、皆さん、すぐに蕎麦を用意しますので…」

紬「ありがとうございます。」

一行は母屋の中へと入っていった。



542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 11:55:43.71 ID:5/I6CW4fO

昼食に管理人手打ちの蕎麦を食べ終わった後、唯たちは明日香村北部へと向かった。

何のへったくれもない、いわゆる観光、である。
行き先は澪がピックアップした。


とある駐車場で停車する。
リムジンから降りる唯たち。
地元の人々や他の観光客の視線が少し痛い。



544 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 12:29:32.62 ID:5/I6CW4fO

すぐそばには、ちょっとした広場のようなものがあり、芝生に覆われている。
小岡のようなものもある。

小岡にも同じく、芝生が群がっている。
その上部には、巨大な岩を組み合わせた石造の建造物がそびえていた。

小岡の『ふもと』には石造りの入り口があり、内部へと続いている。

澪「石舞台古墳だぞ!」



548 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 12:57:07.27 ID:5/I6CW4fO

小岡はよく見ると方形になっている。

石造建造物に見えるものは、
墳墓内部の、被葬者を埋葬した石室、
いわゆる玄室の上部が露出したものである。

律「蘇我馬子のお墓…に推定…へぇ」

さわ子「あ、私に質問しないでね、音楽教師なのよ?」



549 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 13:15:57.30 ID:5/I6CW4fO

聡「聖徳太子と同じ時代の人でなんしょ?」

澪「ああ、大臣(おおおみ)っていう役職についてたんだ。
  今の総理大臣のような感じだな。」

唯(馬子っていうぐらいだから馬面だったのかなあ?)

和(唯、馬面の人を想像してるわね、きっと。)



553 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 13:46:35.50 ID:5/I6CW4fO

律「で、なんで古墳の上にストーンヘンジみたいのが乗っかってるんだ?」

澪「石造建造物に見えるものは、古墳の石室の上の部分なんだって。
  だから、もともとは、土の中に隠れてたはずだな。」
律「じゃあなんで顔出してんの?」

さわ子「千何百年も前のお墓でしょ?雨風で古墳も禿げるわよ。」



556 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 14:05:17.81 ID:5/I6CW4fO

紬「多分…葬られた人を辱めるためなんじゃないかしら。」

紬はぽつりと言い、小岡に向かって歩き出す。

梓「どういうことですか?」

澪「大化の改新で蘇我氏は滅ぼされたろ?
  そのとき殺された蘇我入鹿は蘇我馬子の孫だ。」

さわ子「驕れる者なんとやらってわけね…」



558 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 14:36:29.52 ID:5/I6CW4fO

石室の中は約10畳分くらいの広さだ。天井の狭い隙間から陽がうっすらと射してくる。

入り口からの入光もあるが、それでも暗い。

内部には何もない。石壁と地面だけ。

澪「静かだ。」

澪は天井を見上げたまま、ゆっくりと身体を左に回転させる。



560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 14:49:57.32 ID:5/I6CW4fO

非日常的な場面で、そのような振る舞いをするのが、澪の癖である。

澪「っ…」

一瞬目が回って、床に尻餅をつく。

聡「澪姉、大丈夫!?」

聡は澪に駆け寄ると澪の腕を掴んで引き上げる。



561 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 15:06:49.31 ID:5/I6CW4fO

聡(お、重っ…)

まだ、聡より澪のほうがずっと長身だ。

澪「ごめんな、さとし。」

聡「うん。」

少し赤くなる少年。

律「暗いトコでくるくるまわったら、そりゃ目もまわるって…」

呆れる律。



565 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 15:29:36.21 ID:5/I6CW4fO

唯も続いて石室内に入る。


唯の背中のギー太の内から、タローマティの『眼』は見つめる。


辱める者と辱められる者。

この石室の被葬者も、かつては辱める者であったはず。


タローマティの瞳孔は縮小拡大を繰り返す。



567 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 16:01:28.22 ID:5/I6CW4fO

石舞台古墳を離れると、一行は徒歩で史跡をまわりはじめる。

そして、その際、所々に散在する奇妙な石像たち。猿型、人型、鳥型、爬虫類型…

また、石像ではなく、表面に幾何学的な図形が彫り込まれた奇岩。


それらの由来について想像力を働かせる彼ら。

王候貴族のインテリアだと熱弁する澪。
梓と憂がそれに同調する。



569 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 16:14:57.26 ID:5/I6CW4fO

UMAを模したものだと言う聡。

単なるベンチや椅子だろうと言う律。

仏教や道教との関連性について語る斎藤。

缶チューハイを飲みながら猿石とのツーショットを撮ってもらう、さわ子。

紬は話題に加わらない。



571 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 16:31:18.59 ID:5/I6CW4fO

和はそれよりも、唯のことが気になっていた。

唯が興味を示し、触れる石像は、常に、醜悪な姿のものや際立って異形なものなのだ。


唯は、石像のうちのいくつかが、ダエーワやヤザダ、
そして、それらの眷属を象ったものだということを知っていたが、
口には出さなかった。



574 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 16:54:17.23 ID:5/I6CW4fO

ギー太の内から、タローマティは『眼』を細めていた。


ヤザダたちの象りを見る度、
幾度となく争った敵対者、
アムシャスプンタ六柱の一柱、
豊穣と信仰の守護女神、
『アールマティ』のことを思う。


タローマティは、『眼』を一層細めた。



583 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 18:28:42.75 ID:5/I6CW4fO

軽音部一行は五時には観光を切り上げて戻り、離れの広間で練習を行った。

二時間ほど練習したあと、母屋に戻り、管理人手製の夕飯を頂くことになる。


その一方、次第に深くなる夕闇にまぎれて…



591 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 19:29:27.02 ID:5/I6CW4fO

琴吹屋敷左裏 弥勒堂前


『アエーシュマ』の石像から、影色の●●●が
ゆっくりと生え出るように現れ始める。


●●●のようなものが石像から体(たい)をひねり出すほどに
アエーシュマが持つ棒状の武器が闇の中に溶けていく。



593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 19:37:35.71 ID:5/I6CW4fO

それに従い●●●のようなものは、タールのような黒光りする光沢を帯び始める。

それが石像と完全に分離したとき、アエーシェマの手には何もなかった。

その物体は黒光りするまま、
蛇のように体(たい)を左右にくねらせ、琴吹屋敷の方へ向かう。



594 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 19:45:29.06 ID:5/I6CW4fO

琴吹屋敷の北端に接触すると、壁沿いに東へ少し這い、
屋敷の北東の角を経て、少し南へと移動する。


黒光りする物体は、換気扇の通気穴から湯気の出ている所で一旦静止したあと、
その場所から壁を垂直に登り出す。

あいもかわらず蛇のような動きだ。
そのまま、通気穴から屋敷の中へ入り込む。



596 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 19:59:44.29 ID:5/I6CW4fO

台所では前掛けを垂らした屋敷の管理人が、
器用な手先で、緩やかに煮たつ鍋から灰汁(あく)をとっている。


管理人の真上を、●●●のようなものが進む。
そしてそれは床に降り立つと、
そのまま、台所の中央にあるテーブルへ向かう。



601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:11:38.09 ID:5/I6CW4fO

テーブルの上にあるのは、大きめの盆、何品目かをすでに盛り付けてある皿、
そして蕎麦焼酎の入った一升瓶。


黒光りする●●●、サウルウァの欠片は
一升瓶の栓の、ほんの小さな隙間を通って、中身の蕎麦焼酎に入り込む。

蕎麦焼酎に没入していくに従って、『酩酊の君』の欠片は、中身と同化していった。

605 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:25:17.01 ID:5/I6CW4fO

琴吹屋敷母屋 居間

管理人「よっこらしょっと。これで全部です。」

居間のテーブルに配膳が済む。管理人を手伝っていた憂と梓も席につく。

テーブルの上には大和煮のようなもの、山菜のお浸し、味噌汁、
鮎の焼き物、小魚の佃煮…その他数品、が並んでいる。

田舎の家庭でよく食べられている品々なのだが、
盛り付け方や色つやが目で見て非常に美しい。





606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:39:33.23 ID:5/I6CW4fO

「「「いただきまーす!!」」」

唯達は料理に手をつけ始める。

唯「はぐっむぐっ…」

唯「おいしいぃぃぃ!!」

唯「もぐっ…がつがつ」


さわ子「うんうん…これは素晴らしいわね!」



607 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:44:45.46 ID:5/I6CW4fO

律「旨いっ!」

澪「お昼の蕎麦も絶品だったけどこれも…」

管理人「そう言ってもらると、作りがいがあるってもんです。」

紬「管理人さんは昔、うちの料亭で板前さんをしてらしたのよ。
  定年を迎えられた後に、お父さんが、このお屋敷の管理をお願いしたの。」

管理人「まあ、そういう次第でして…」

管理人は額を掻きながらそう言う。



608 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:52:04.28 ID:5/I6CW4fO

夕食はどんどん進む。

澪「律、魚はもっと綺麗に食べれるぞ!聡はもっと野菜を食べなさい!」

律「いや限界だってこれ以上食べるとこないから!」

聡「ちゃんと食べてるって!」

田井中姉弟の世話を焼く澪。

紬「ほんとにおいしいわ!こんなご馳走どれぐらい振りかしら!」

和(価値観が私たち庶民と真逆なのね…)



609 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 20:58:01.41 ID:5/I6CW4fO

さわ子「モグモグ…」

さわ子は口数が少なくなっていく。

梓(先生の静かだ…猛烈に嫌な予感がする…)

憂「おねえちゃん口のまわり…」

携帯のタオルで唯の口まわりを拭く憂。

唯「あひがとういぃ!あ、おひゃわりおねはいしますっ!」

管理人「はいはい…おっと、あれを忘れてた…!」

台所に向かう管理人



612 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 21:05:33.46 ID:5/I6CW4fO

台所から戻ってきた管理人は右手に小盆、左手に蕎麦焼酎の一升瓶をもっている。

さわ子「待ってましたぁぁ!!!」

突然立ち上がり、歓喜の声をあげるさわ子。

梓「やっぱり…はぁ…」

大きな溜め息をつく梓。



615 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 21:16:15.06 ID:5/I6CW4fO

管理人「はい、たんとお食べ♪」

唯「あひひゃとおひゃいまふ!!」

管理人は唯に茶碗を手渡す。
管理人「あと、この蕎麦焼酎、明日香村産ではないんですが、
    すごくおいしいんで、是非に。」

さわ子に色のついた切子硝子のコップを手渡す。



618 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 21:25:22.96 ID:5/I6CW4fO

さわ子「すいません…気を使わせてしまって…ニヤニヤ」

さわ子「…あら、管理人さんと斎藤さんのコップは?」

管理人「私はもう少ししたら、自警団の見回りに行かないといけないんで
    今日は遠慮します。
    最近はホントに仏像泥棒が多くて…」

唯は、昼間の管理人との会話を思いだす。

斎藤「山中先生のお気持ちは嬉しいのですが、私は全くの下戸でして、一滴も…」

斎藤も丁重に辞退する。



620 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 21:44:19.24 ID:5/I6CW4fO

管理人は一升瓶の栓を空ける。

その瞬間。
得も言われぬ香しい芳香が居間に広がる。

極上の蕎麦を口に含んでいるのかと錯覚するほどだ。

さらに、果物や、バニラのようなハーブとは全く違った、不思議な、
そして大変に惹きつけられる、甘い香りが重なる。

さわ子「なんて素晴らしい…」

唯「いいかほりー…」

澪「すごい…」

和「焼酎のイメージ、ガラリと変わったわ…」



622 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 21:53:10.07 ID:5/I6CW4fO

管理人「こりゃこりゃ…なんて…!」

管理人「一昨日、試しに空けたときはいつもの匂いだったんだが…
    2、3日で別の酒になるほど熟成するとは…」

管理人「人生の半分以上を料理とともに生きてきましたけど、
    こんなことははじめてですよ…」

さわ子「と、とにかく味わってみないことには…」

さわ子「さっそく…!!」


一方、紬は鼻を強く押さえ、顔を一升瓶から背けていた。



624 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 22:05:01.32 ID:5/I6CW4fO

あまりにもおぞましい臭いがする。
虫が湧き湿気でカビが群がった蕎麦から作れば、
このような臭いになるのでは、と感じるほどだ。

斎藤「お嬢様いかがされました?」

斎藤が気遣わしげに、紬に声をかける。

紬「だ、大丈夫よ、アルコールの臭いになれてなくて…」

紬はそう答える。
しかし、紬は不安だ。皆と違ってなぜ自分だけ…



626 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 22:22:46.53 ID:5/I6CW4fO

トクトクトク…

さわ子のグラスに蕎麦焼酎が注がれる。

管理人「さ、どうぞ!」

さわ子はもう一度、芳香を楽しんだあと、
グラスを口につけ、焼酎を口に含む。

さわ子「!!!!」

あの甘い香りと蕎麦の薫香が直接に口の中に広がり、
さらに淡いチョコレートの香味が加わる。
アルコールが適度に舌を刺激し、非常に心地良い。
のどごしは少しずつ端麗感が広がっていく。

さわ子も若いなりに様々な酒を飲んできたが、これほどのものは始めてだ。



628 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 22:31:54.56 ID:5/I6CW4fO

さわ子は非常にだらしない表情をしている。
軽音部の面々にコスプレをさせている時のような…

唯(おいしそぉ…)

梓(飲んでみたい…ハッ…未成年の飲酒は…ブツブツ)

管理人「ゴクッ…」

その場の全員は、さわ子の表情で、どのような味なのかを理解した。



629 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 22:36:17.83 ID:5/I6CW4fO

管理人「…」

管理人はかなりいける口だ。

このままここに居ては絶対に、口にしてしまうだろう。

管理人「すいません斎藤さん!あとよろしくお願いします!」

そう言うと、懐中電灯と○○地区自警団と刺繍された薄手のベストを手に取り、
玄関のほうへ出て行ってしまった。



632 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 22:44:34.37 ID:5/I6CW4fO

さわ子「ほわわぁぁぁ…///」

さわ子「極楽に片足つっこんでるようだわ…」

律「う、うまそう…」

聡「ねえちゃん…オレも飲みたい…」

澪「こらっ…聡まで…」

サウルウァの醸す薫香は、より強く居間に立ち込める。



636 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:04:22.04 ID:5/I6CW4fO

紬「うぐっ…」

紬は吐き気が強くなり堪え難くなっていく。

斎藤「お嬢様!」

斎藤もこの薫りに強く魅き寄せられるが、紬への忠誠心が勝る。

斎藤「山中先生、私はお嬢様を寝室にお連れしますので…」

さわ子「あっ!了解でーす!」

さわ子は斎藤にそう答える。



638 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:13:19.37 ID:5/I6CW4fO

紬と斎藤が消えたあとも、それを意に介さぬように、さわ子は酒を飲み続ける。

さわ子「これがあるなら当分彼氏いらないわ…」

唯「じゅるり…」

律「う~…」

和「一杯くらいなら…」

澪「そう…だな…」

梓「和せんぱいまで…ゴクッ…」

唯「さわちゃん!ちょっと頂戴!」

唯は傍らの湯飲み茶碗のお茶を一気に煽ると、
空になったそれをさわ子に突き出す。



642 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:23:24.21 ID:5/I6CW4fO

さわ子「ゆいちゃーん、未成年は…」

さわ子「まっいいか、今日ぐらい。」

そういうとさわ子は両手で一升瓶を持って、唯の湯飲み茶碗に蕎麦焼酎をついでやる。

唯の湯飲み茶碗のなかで焼酎が、なみなみと揺れている。

唯はそれを口に持っていき流し込む。


※未成年の飲酒は法令等で禁止されています。
未成年の飲酒は心身に重篤な悪影響をもたらす恐れがあるので
絶対に止めましょう。



646 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:29:00.61 ID:5/I6CW4fO

唯の口の中に得も言われぬ香味が広がる。

唯「おっおいすぃぃぃ!!!」

梓「もう我慢できない!先生わたしもっ!」

律「ちょうだいっ!」

憂「一杯ください…///」

さわ子はその場の全員についでやる。



647 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:34:43.44 ID:5/I6CW4fO

律「かぁーっ…ウマい!」

澪「すごくおいしい…」

梓「お父さんこういうの毎日飲んでるんだ…ずるい…」

聡「うまっ!」

和「先生ももう一献どうぞ♪」

さわ子「サンキュー!」



648 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:38:36.70 ID:5/I6CW4fO

居間の面々はどんどん酒を飲んでいく。
けれどその割には、一升瓶の減りが遅い。

律「あっカラオケあるぜ!やろうやろう!」

さわ子「いいわねぇ♪歌本見せてー!」

憂「ひっく。」

梓「きもちい~!」

唯「おいしい…」



650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:39:54.04 ID:5/I6CW4fO

唯は思う。

アヴェスターにある、神に捧げる霊酒『ハオマ』とは
まさにこのようなものだったのではないかと。

神々を羨ましく思う。


そこで唯の意識は途絶えた。



652 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/22(水) 23:50:12.89 ID:5/I6CW4fO

唯は夢を見ている。
これは唯本人にも分かっている。


唯は何も身に着けず全裸のまま、朽ちつつある竜、
アーリマンの頭に乗っている。
いや、正しくは額に。

あまり腐臭も気にならない。

アーリマンは霧立ち込める水面から、体(たい)の半分を出している。

ダエーワの主の周りには六柱の君。



655 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:01:19.28 ID:H87NzQx1O

『嘘を司る君』ドゥルジは、アーリマンの右側すぐの空中にある。
醜悪な笑みを浮かべながら、ギョロギョロと忙しなくその一つ目を動かす。

ドゥルジの周囲には無数の、昆虫のようなモノが浮遊している。

よく見れば昆虫と人間、それも女性、のパーツを組み合わせたようなかたち。
蠅女、蜂女、蟷螂女…それ以外にも無数の種類がある。
大きさは昆虫のそれだ。



658 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:07:48.88 ID:H87NzQx1O

『悪思を司る君』アカ・マナフは
アーリマンの頭の上に浮かんでいる。

アカ・マナフの周囲には時折、旋風のようなモノが湧き上がり
竜の呻きのような音を発している。



660 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:13:32.66 ID:H87NzQx1O

『渇きを司る君』ザリチュと『熱を司る君』タルウィは、
互いに身体を絡ませあって、
アーリマンの左前足の付根そば、水面に浮かんでいる。

二柱のまわりの水面からは、微かに水蒸気が立ち上がっている。



662 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:20:31.63 ID:H87NzQx1O

『酩酊を司る君』サウルウァは、アーリマンの右後方を浮遊している。
かたちは球形のまま。


『臆見を司る君』タローマティはアーリマンの左後方を飛行している。

よく見れば、ギー太に住まう『眼』と左右対象、
つまり目頭と目尻が逆位置になっている。



663 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:29:18.41 ID:H87NzQx1O

唯はアーリマンの額に座していることに気付く。

『覚えたか?』

アーリマンは唯に問う。

唯『うん。』

唯は答える。

唯『心地良い。』

『そうであろう?』

『愛しいお前への贈り物だ。』



665 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:30:46.63 ID:H87NzQx1O

唯はアーリマンに問う。

唯『あのお酒?』

『いかにも。』

アーリマンは答える。

『〈酩酊〉に命じ、ハオマを贈った。』

唯『酩酊の君、ありがとう。』

唯は後方を向き、サウルウァにそう言う。

サウルウァ『礼にはおよばぬ…』

サウルウァは答える。



667 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:38:25.06 ID:H87NzQx1O

『我らのハオマは酔楽のハオマ。』

『ヤザダどもが水の如きハオマとは違う。』

アーリマンは答える。

『ムギちゃんは楽しんでなかった…』

唯は言う。

アカ・マナフが口を広く。

アカ・マナフ『げに…あの娘は…』

『捨て置け。』

アカ・マナフ『…』

アカ・マナフは口を噤む。



670 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 00:45:16.26 ID:H87NzQx1O

『ユイ、お前は香しい。』

アーリマンは目を細める。

『愛しいお前に、面白いものを見せてやろう。』

アーリマンは続ける。

ダエーワの主はゆっくりと、水面を前に進みはじめる。

六柱の君もアーリマンに倣う。



675 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:00:05.99 ID:H87NzQx1O

しばらく水面を進むと、唯の視界に橋のようなものが見えてくる。

唯『あれは?』

唯が問う。

アカ・マナフ『あれこそ〈チンワトの橋〉。』

アカ・マナフが答える。

よくよく目を凝らせば、はるか左手のはるか先には、うっすらと陸地が見える。

その陸地に、チンワトの橋の一方がかかっている。



676 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:04:46.39 ID:H87NzQx1O

橋は陸地から延々と伸びている。先は見えない。

『あの橋のずっと先には何があるの?』

唯は問う。

『マズダーの園がある。』

アーリマンは答える。

唯『天国?』

唯は問う。

『いかにも。』

アーリマンは答える。



678 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:09:53.73 ID:H87NzQx1O

唯『あの岸の先には何があるの?』

唯は陸地のほうを指す。

『混合の地、生者の地だ。』
アーリマンは答える。

唯『この世?』

唯は問う。

『いかにも。』

アーリマンは答える。

唯『じゃあこの下は…』

唯ははじめて、水面の底を覗く。



679 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:17:55.74 ID:H87NzQx1O

水面の底には異形のモノがびっしりと澱めいている。

骸骨、腐りかけ、動物と人間が融合した何か、
異種同士が融合した何か。
一様に苦悶の表情を浮かべている。(表情が読めるモノに関してだが。)

唯『この下には何があるの?』

唯は問う。

『私が統べる場所』

アーリマンは答える。

唯『底までどれくらいあるの?』

唯は問う。

『底などありはしない。』

アーリマンは答える。

唯は頭を垂れ、哀しい顔をした。



681 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:23:13.67 ID:H87NzQx1O

『愛しきユイよ、顔をあげてくれ。』

アーリマンは言う。

『こやつらは報いを受けているのだ。』

アーリマンは続ける。

『…』

唯は何も言わなかった。

『あれを見よ、愛しきものよ。』

アーリマンは言う。

アーリマンが鼻先を伸ばした、その先、
橋がはじまるところには、光り輝く宮殿が建っている。



684 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:30:47.63 ID:H87NzQx1O

唯『あれは?』

顔を上げ、唯は問う。

アカ・マナフ『あれこそ〈ミフル〉の宮。』

アカ・マナフが答える。

唯『ミフル?〈ミスラ〉じゃなくて?』

唯は問う。

『ミフルは小さき〈ミスラ〉。アムシャスプンタが一つ、アールマティが僕。』

アーリマンは答える。



686 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:33:44.84 ID:H87NzQx1O

『ミスラは、わたしやマズダーとも違(たが)うもの。』

アーリマンは続ける。

唯『どういうこと?』

唯は問う。

『じきに分かろう。』

アーリマンは答える。

唯『ミフルは何をしているの?』

唯は問う。



687 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:38:48.83 ID:H87NzQx1O

『ほか二つのヤザダとともに、あの宮にて、死者の審判を行う。』

アーリマンは答える。

唯『審判?』

唯は問う。

『悪しきものと善きものを分けるのだ。』

アーリマンは答える。

『今、悪しきとされたものがチンワトの橋を通る。』

アーリマンは続ける。



688 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:46:54.64 ID:H87NzQx1O

宮殿の出口から男が出てくる。年齢や容貌は判断できない。

男はチンワトの橋を進んでいく。進むほどに橋の両側が狭くなっていく。

そしてあるところで渡りきれずに、水面に転落する。

アーリマンは続ける。

『見よ、善きとされたものがチンワトの橋を渡る。』

宮殿の出口から別の男が出てくる。

先ほどの男と同じく、年齢や容貌は判断できない。

男はチンワトの橋を進んでいく。進むほどに橋の両側が広くなっていく。

そしてやがて、男の姿はマズダーの園の方向に消えていった。



689 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 01:56:13.71 ID:H87NzQx1O

唯『わたしも死んだら、あの橋を渡るのかな。』

唯は呟く。

アーリマン『愛しいお前にはミフルの宮すら潜らせぬ。
そのときには、ユイ、お前のフラワシ(魂)を我が色に染め、
ただひとり麗しいダエーワとしよう。』

アーリマンは目を細める。

唯『憂も一緒がいいな。』

唯は呟く。

アーリマン『ならば合わせて、我が麗しき娘としよう。』
唯は、それから一言も発せず、チンワトの橋を渡る死者の姿を見つめていた。

『香しい。』

アーリマンは呟く。


ここでタローマティは気付く。
後方にいるはずのサウルウァの姿が
いつの間にか消えていることに。



694 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 02:13:13.85 ID:H87NzQx1O

琴拭屋敷居間 23時過ぎ

気が付くと蕎麦焼酎のあの素晴らしい薫香は、いつの間にか消え去っていた。

しかし、いまだ琴吹屋敷の居間では、酒盛りが終わっていない。


一方で、唯は一番先に寝てしまい、憂が眠る唯を梓と一緒に、
平沢姉妹と梓にあてがわれた寝室に運び、そのまま二人とも就寝した。

残った女性四人で様々な話に華を咲かせている。

聡は横で聞き耳を立てていたのだが、いつの間にか、
テーブルに突っ伏してウトウトし始めた。



722 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 11:42:22.06 ID:H87NzQx1O

再開します。

…の前に一点説明。

それは、いわゆるゾロアスター教つまりアヴェスターの神々と、
インドのヴェーダの神々との関係です。

インド人の一派とペルシア人はどちらも、いわゆるアーリヤ系の民族、
インド・ヨーロッパ語族です。

もともとは同一の民族であったものが紀元前二千年期(BC2000~BC1001) に分かれて、
一方はイラン高原へ、もう一方はインド北西部に移動したと考えられています。



727 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 11:56:40.84 ID:H87NzQx1O

今までアフラ、ダエーワ(デーウァ)という言葉が出てきました。

アフラというのは、インドのアスラと同じ起源、
ダエーワは、デーヴァと同じ起源です。

ただし、意味する神々は全くの逆です。
簡単に言えば、善神と悪神が逆になっています。
ヴェーダ以降のインドでは、デーヴァが善神、アスラが悪神です。

なぜこの逆転が起ったのかは、あるインド・ヨーロッパ系の一集団が、
デーヴァを奉ずる集団と
アスラを奉ずる集団とに、分裂した結果であるとされています。

例えば、アエーシュマは、インドのインドラ、後の帝釈天と、
近い起源を有する神だと考えられています。

サウルウァは、マルトー神群(インドラの部下ないし同輩神)と同起源です。


…ということを、頭の隅にでも置いていただければ…





739 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 12:37:55.53 ID:IRH+FPjGO

アスラは農耕民族が信仰していて、実りの意味
デーヴァは狩猟民族が信仰していて、力の意味

そしてどちらも元々は太陽とか輝きを意味する善神群だった。

しかし、民族移動や流入の関係でどちらかがどちらかを征服したときに、それが神話にも反映されたんだろう。
ってな独自研究。あんまり鵜呑みにしないように。



740 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 12:46:56.98 ID:IRH+FPjGO

あと、一応参考までに、


最初期のリグ・ヴェーダ(神様への賛辞集みたいなもの)なんかでは
アスラ(=アフラ)とデーヴァは兄弟とかとして仲良く描かれている。
でも、時代が下るとアスラは悪鬼羅刹、阿修羅、バラモン教を見くびる存在として描かれるようになる。

密教の曼荼羅(大日如来の全ての徳をそれぞれの神様を並べることで示したもの)にも
何故か悪神であるはずの阿修羅や羅刹が描かれていることは、
バラモン教が現地の神性や神話を吸収した時にアスラもデーヴァも両方を神聖視した名残であるとかないとか。
で、これを仏教が更に吸収して、更に更にそれをヒンドゥー教が吸収するわけだからなんだかややこしい話になるわけだ。

スレ汚しスマソ。




736 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 12:15:59.16 ID:H87NzQx1O

聡「…」ウツラ…ウツラ…

律「ん?聡の奴、半分寝てやがる…」

和「しょうがないわよ、まだまだ幼いんだし。」

律「中学生でもか?」

和「ええ、十分よ。」

澪「じゃあ、私が布団敷いてある部屋まで、聡を連れてくよ。」

律「いいの?わりーなー。」
澪「ムギの具合も見てみたいし。」

紬が、焼酎の臭いに強く反応していたことを思い出す。

澪「聡、起きろ、移動するぞ。」

聡「…う…うん…」

澪は数回、聡の体を揺すって立ち上がらせたあと、
肩を支えるようにして、聡を連れていく。



738 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 12:32:44.09 ID:H87NzQx1O

琴吹屋敷の長い廊下を進む。紬専用の寝室と、
聡に割り当てられた寝室は、どちらも二階にある。

聡「ふぁ…ねむ…」

澪「成人式向かえるまでは、もう絶対に飲酒するなよ、非行の元だからな。」

聡「…うん…わかったー…ファアア…」

聡に言って聞かせる澪。
澪は昔から、田井中姉弟には色々と世話を焼いてきた。
(実は同じぐらいに、律も澪に対して心をくだいてきたのだが。)

二人が階段横の、平沢姉妹と梓が寝ている部屋の前を横切ったとき。

部屋の障子の隙間から、影色の物体が姿を現す。
そしてそれは、聡の影に飛び込み、
体(たい)の半分を床から現し、半球のかたちをとる。
大きさは直径20cmくらい。

二人はそれに気が付かない。



741 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 12:51:09.42 ID:H87NzQx1O

階段を上がって二階へ。

二階は、琴吹一族が別荘に滞在するときに寝室とする部屋が数室ある。
聡は紬の父親の寝室を割り当ててもらったのだ。

障子をあけ、紬の父親の部屋に入る。
内装は下の客間とほとんど変わらない。凝った装飾など全く見られないのだ。

正座して使うための低い机があり、その脇に布団が敷いてある。
机の上には電灯とブックホルダーに挟まれた数冊の本。
その他には衣類箪笥が一つだけ。

金持ちというものを誤解しているのかもしれない、澪はそう思った。

澪「さ、聡、寝なさい。」

かけ布団を捲ってやる澪。


その時。
聡の影から球体が垂直に上昇し、聡の背中のすぐ後ろで静止する。

澪と聡は気付かない。



744 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 13:02:36.19 ID:H87NzQx1O

そして球体は、●●●と舌のような影色の物体を無数に生やし、
聡の背後に放射線状に取り付かせる。

まるでヤザダたちの光背のようにも見える。
光り輝かず、澱んだ黒であるが。

いかにも眠そうだった聡の表情が和らぎ、微かに血色をおびる。

聡はそのまま澪に倒れ込み、彼女を布団の上に押し倒す。



747 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 13:15:33.17 ID:H87NzQx1O

澪は頭の中が、プツンと真っ白になる。
聡が何をしたのか、そして、その意図が理解出来ない。

澪「さと…」

澪の言葉は最後まで続かなかった。聡が澪の  に侵入したからだ。

澪は反応することが出来ない。衝撃が強すぎて。

20秒ほどで、聡は澪の口腔を  ことを止める。しかし二人の顔は接近したまま。

聡「みおねえ…」

聡の血色と表情は熱を帯びている。

そして聡はズボン越しに膨れ上がった●●●を、澪の●●●にあてがう。
澪の腹の奥に鈍い疼きがわきあがり、熱いものが●●●から溢れだす。
澪の目尻には涙の珠がたまりはじめ、目は大きく見開かれる。



749 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 13:28:07.72 ID:H87NzQx1O

サウルウァの欲望が糸を引いていた。アーリマンにはそこまで命じられていない。

聡は意識を乗っ取られているわけではない。
密かに抱いていた澪への慕情を、サウルウァが増大させたのだ。

サウルウァは『若きの暴走』をも司る。
そしてダエーワたちの中でも、もっとも欲望に関係している一柱なのだ。

サウルウァは唯に、『礼はいらぬ…』と言った。
つまり、返礼はいらぬ、その分は自ら頂戴する、という意味であった。
これから、澪の身体を存分に味わって。



753 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 13:42:01.42 ID:H87NzQx1O

サウルウァは、聡が十分に澪を蹂躙するのを待ち、
そのあとに自らが直接、澪を楽しむつもりであった。

『若きの暴走』を眺めることは、このダエーワの悦びとするところだからだ。

だからしばらくは、聡を暴走させるにとどめる。


聡は澪のTシャツに手をかける。澪の目から涙が溢れ出す。

そのとき。

「さとし君ごめんなさい!」
ドゴッ!!

聡「ヘブッ…」

鈍い音がした。
紬が置物のようなものを持って立っている。

澪の上に倒れ込み意識を手放す聡。
サウルウァは、舌と●●●を引っ込め、部屋の外に逃げ出す。



760 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 13:59:15.22 ID:H87NzQx1O

紬「だ、大丈夫かしら…」

紬の持っていたのは木製の置き時計であった。


紬は先ほど、身体中を虫が這うような、それも今までと桁違い違いで、
体内に侵入されるのでは、という感覚を覚えて、目を覚ました。
すぐ近くに、この原因がある、と感じた紬は廊下に出て…

そのあとは、今起きた次第である。


澪は、表情無く涙を流していた。

紬「澪ちゃん…」

紬は澪を助け起そうとする。しかし…

澪「嫌っ!!」

澪は聡を押し退け、紬の手を振り払い、部屋の外へ飛び出す。

紬「澪ちゃん!待って!」



764 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 14:28:02.25 ID:H87NzQx1O

紬は心配になる。聡の後ろにいた、あの黒くて丸い『何か』が原因だ。

すぐに澪を追いたかったが、自分が殴ってしまった聡のことも気になる。
ひとまず斎藤を呼んで、彼に聡を任せることにした。


部屋から飛び出した澪は階段を下り玄関から外に出る。

自分でも分からない方向に突っ走る。

澪の身体が描く残像に沿って、涙が虚空の中に消えていった。

そして澪が辿りついたのは、屋敷の左裏手、弥勒菩薩を治めてある、あのお堂。



783 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 16:50:31.81 ID:H87NzQx1O

澪はお堂の階段に腰かけると、頭を垂れ、嗚咽を洩らしはじめる。

親友の弟、自分も弟のように可愛がってきた聡が、あのような…。

聡の●●●の感覚は、まだ澪の下腹部にあった。  からの分泌による湿りは、
澪の心を一層強く打ちのめす。

何も考えたくはなかった。



789 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 17:21:19.95 ID:H87NzQx1O

どのくらい経ったか、澪は背後のお堂の中から、微かな光が洩れてくるのに気が付く。

立ち上がってお堂の中を、両開きの扉の格子越しに覗く。
金属性の仏像が何かの光を反射して輝いている。
澪が後ろの空を見上げると、中天近くに月が顔を出していた。

仏像は片足をもう片足の上にのせ、右手で印を結んで顎の近くに置き、左手は腿の上。
後頭部には頭光(ずこう)。


澪は、どこかで見たことがあると思った。



794 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 17:42:32.24 ID:H87NzQx1O

澪は扉に手をかける。すっと、扉は開く。鍵はかけられていなかった。

澪はお堂の中に入る。
きちっ、きちっ、と床板が軋む。

仏像は観音開きの、仏壇のような台座のようなものに安置されていた。
大きさは80cmぐらいだろうか。

仏像は、口と目を閉じて思索しているようにも、
視線―頭はほんの少し斜めに傾斜している―の先を、
穏やかに見つめているようにも見える。

澪「半跏思惟像(はんかしゆいぞう)…弥勒菩薩…」



798 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 17:55:55.81 ID:H87NzQx1O

澪はさらに仏像に近付く。
おそらく金銅製だ。所々に錆が浮いている。

作られて数十年経っているのか、数百年経っているのか、澪には判別できない。

澪はこの間インターネットで調べたことを思いだす。

澪「広き牧野の主(しゅ)…」
ミスラに捧げられた御名を思いだす。

澪「全地の主…」

それがアヴェスターに記されていたものか、ヴェーダに記されていたものか、
ヒッタイトの碑文由来のものなのか、
ミトラ教のものなのか、
澪には分からなかった。

澪「ミスラ。」

その瞬間、澪は奇妙な感覚に襲われた。



799 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 18:08:07.36 ID:H87NzQx1O

体内の内蔵がひっくり返りでもするような感覚。
低重力と高重力を交互に負荷されるような。

澪の周辺の景色が高速で真下に流れはじめる。
さらには流れは速くなり、周囲の景色を視認することは全くできない。

そして周囲がいきなり開ける。闇深い青だ。
そして、その中に広がるようにして、きらめく輝き。

頭上から、さらに柔らかく照り付けるものがある。月が輝いていた。

そのとき声が響き渡った。



801 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 18:21:38.72 ID:H87NzQx1O


『私は双子のためにある者。』

『ミオよ。』

『かつてお前とわたしは、この場所で同じように…』

『このような形で語りあったのだ。』

『幾度も幾度も。』

『もう何度目かは覚えていない。』

『何度双子が生まれたことだろう。何度わたしが…』

声がする方に身体を向ける澪。

そこには、鎧と兜を身にまとい、棒のようなものを手に持つ、
金色に輝く存在があった。



810 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 19:05:08.59 ID:ZDnWCkZe0

澪『ミスラ…さま…』

『敬称はいらぬ。』

ミスラの顔は若い青年のようにも見える。
黄金色の輝きが強く、表情をうかがうことはできない。
しかし、深い灰青の色をした瞳を持つ、
二つの目が澪を見つめている。

『再びお前に聞こう。ミオよ、なぜ涙を流しているのだ?』

ミスラの瞳には、湖面に風が立てる、波紋のような輝きがある。

『…』

澪は下を向き、答えなかった。



815 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 19:16:38.14 ID:ZDnWCkZe0

『マルトー(若者)は若き雄牛に似る。』

『深慮を働かさず、情動に流され、己の思いのみを走らせるのだ。』

そういうと、ミスラは自分のまわりを見回す。
周辺の星々のきらめきがミスラのそばに集まり、
様々な色に輝く戦士たちの姿をとる。
鎧も兜も武器も種族さえも違う、多くの戦士たち。

『この方たちは…?』

『ウルスラグナ。わたしの眷属たちだ。』



817 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 19:31:41.86 ID:ZDnWCkZe0

『すべてお前が決すればいい。他の者を尊ぶも自身も尊ぶも。
 そうやって幾無限回、お前は自身で決めて来たではないか。』

澪『どういうことなんですか…?』

澪はミスラの言っていることが、よく理解できなかった。

澪『前世の話ですか?』

『人には前世などない。魂のみでは在りえない。身体のみでも。
 魂と身体はわかれることはできぬのだ。』

『双子の争いと同じだ。アフラマズダーは己のフラショ・クルティを確信し、
 アーリマンもまた己のフラショ・クルティに執着する。』

澪『フラショ・クルティ?たしか…』

『移り行くことだ。』

『アーリマンは消滅へ、アフラマズダーは完成へ。』

『しかし、在るものは消滅することもなく、完成することもない。』

『双子はそれを理解しない。』



818 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 19:43:20.05 ID:ZDnWCkZe0

『足下を見てみよ。』

澪は視線を下げた。山々と所々の明かり。
澪は空中に浮いていることに気づく。
空気は清涼であるが薄くなく、ほぼ無風である。

周辺に視界をのばすと、明かりが集まって、
やや大きな群れを作っているところがある。
天理市や桜井市だろうか。

『上昇するぞ。』

ミスラはそう言った。すると、
足元の山々や明かりが、どんどん小さくなっていく。



823 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 20:16:33.15 ID:ZDnWCkZe0

『日本が小さく…』

世界中とまではいかないが、東アジアの明かりが目視できる高さまで上昇する。
日本列島は、特にまばゆい。

『あの明かりは人が作り出したもの。』

ミスラは棒状の武器を左手にも持ち替え、
胸元の前で、右手を使い印を結びながら、なにやら呟く。
すると一瞬にして、地上の明かりが消え去る。

澪『暗い…』

やみ色の大陸と、北極周辺のうっすらとした輝き、
海が鈍く青暗い光沢を放っている。
そして、かすかに見える黒灰色の、
所々ゆっくりと動くもの、おそらく雲だ。

そしてまたミスラは、なにやら呟きながら、胸元で印を結ぶ。
すると再び明かりは、地上に溢れる。



827 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 20:27:53.31 ID:ZDnWCkZe0

『お前の百代前の祖先が、地上を歩いていたころには、
 さきほどのごとく夜は闇のみが支配し、
 人は小さなかがり火のみしか持たなかった。』

『百代後の末であるお前は今、あの明かりの恩恵を受けている。
 だが、先ほどのように、あの輝きが、
 二度と地上に灯らないとしたら、どうだろうか?』

澪『…』

私たちは恵まれているのかも、と澪は思った。

『下降しよう。』

再び、めまぐるしく景色が変わる。



829 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 20:48:00.06 ID:ZDnWCkZe0

再び、山々と明かりが眼下に望める位置にまで下降する。

『次のものを見せよう。
 今日、お前がヤマトにいるゆえに、ヤマトでのそれを…』

澪たちの眼下の景色が水平に動いていく。
空中を移動しているのだ。しかし、風の流れはまったく感じない。
方向を、明日香村から北北西に進路をとる。
澪は、どのくらいの距離を進んだのかわからなかった。
そして静止する。

『足下の土地はイカルガという。』

澪『イカルガ…法隆寺のある斑鳩…』

『あれなるが法隆寺だ。』

ミスラたちは法隆寺の近空まで下降する。



831 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 21:08:20.93 ID:ZDnWCkZe0

『あれを見よ。』

ミスラが指す寺院の一角の建物を見る澪。
突然、澪の視界の前面に、その建物の中の映像がとびこんでくる。
身体は法隆寺の上空数十メートルのはずなのに。

澪は大きく開いた口を、両手で隠すように覆い、目を見開く。
声が出せない。涙が目じりにたまり始める。

法隆寺の一角の建物の中には、20人から30人くらいの人がいた。
天井の木組みや梁から吊るされた紐のようなもので、全員が首を吊っている。
格好から飛鳥時代の貴人とその家族のように思われる。
幼い子供も何人かいる。全員目を見開き白目に近く、舌を力なく垂らしている。

ミスラは年かさの中年男性の死体を指差してこう言った。

『あれなるは、ウマヤドという名を持つ皇子の息子だ。』

『ヤマシロノオオエという。』



834 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 21:33:25.11 ID:ZDnWCkZe0

『大王の地位を望んだが、結局は争いにやぶれ、一族で命を絶った。』

『はるか昔の話だ。』

『そして、ヤマシロノオオエを自死にやったものは…』

再び眼下の景色が水平に動く。

石床と芝で覆われた何らかの遺構の上空で静止する。
そこには、古代の衣装をまとった人々が多く集まっていた。

澪『ま…ぼろし…』

『そのとおり。お前のために見せているものだ。』

眼下では、金属製の冠をかぶった女性、おそらく古代の王であろう、
の目前で、槍を持った貴人が立ち、
そばには抜き身の刀剣を持った二人の男と、
そのすぐ横で王に向かって這い蹲(つくば)っている男の姿が見える。

王の姿が消えると、刀剣を持った二人の男は、這ったままの男に数度切りつける。

澪『!!!!』

這った男は地面に臥し、石床に血流を流してそのまま動かなくなった。

『あれなるが、そのものの末路。』

死体となった男を指差してミスラが言う。



836 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/23(木) 21:47:36.93 ID:ZDnWCkZe0

それからミスラは、現代に至るまで大和地方で延々と繰り返された
人々の争いとその結末を、澪に対して見せたのだった。

澪『…』

澪は、無表情のまま一言も発しなくなった。

『お前は、斯様なものを芝居か絵、文でしか知らぬだろう?』

『それは、これからもずっとそうなのであろうか?』

澪『…』

澪は答えない。

『私が統べるのは、調和だ。つまり、緊張と弛緩の連続。』

『モノは形を永続させ、またすぐに崩れ去る。』

『斯様なものを見せたのは、お前が斯様なものを知らぬからこそ。』

『しかし、お前もまた違った形で違った様相の、
 緊張と弛緩の波へ参与しているのだ。』



857 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 00:42:45.80 ID:FLBkLIGF0

澪は、サタンがキリストをあちこちに連れまわして誘惑し、
彼を試した、という新約聖書の逸話を思い出す

『澪よ、お前の同輩を愛せよ。』

『ダエーワの頭、アーリマンを魅了した娘がある。
 神の種を持ち、その娘はダエーワの頭を哀れむからだ。』

『ヤザダの頭の子、アナーヒターの守護を受ける娘が在る。
 神の種を持ち、大王の祠堂を受け継ぐ者だからだ。』

澪『ダエーワとアナーヒター…いったい…?』

『ダエーワもヤザダも人とともに在るもの。心と精神から生まれ、
 そこに住まうものなのだ。』

『アナーヒターは、アフラマズダーの娘、高位のヤザダ。
 清き水を司る女神である。』

澪『神の種…大王の祠堂…?』

『神の種は、誰にでも蒔かれているものだ。珍しいものではない。』

『大王の祠堂とは、はるか昔の王がアフラマズダーに祈祷した場所。
 その王たちは、アナーヒターの加護を特に篤く受けた。』



865 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 01:00:25.25 ID:FLBkLIGF0

澪『なんで、私はあなたに呼ばれたのですか?』

澪は期待していたのかもしれない、自分が特別な存在かもと。

『神との邂逅など、珍しいことではない。
 神との邂逅は、人の心のなかで起こること。
 神との邂逅は、人であれば、多くあるものなのだ。
 神との邂逅を、すぐに忘れ去る者もあり、口外する者もあり、
 ドゥルジに惑わされる者もある。』

澪『ドゥルジってなんです…?』

『人を騙し惑わすダエーワだ。』

『澪よ、おまえは人の心を見ることができるのか?』

澪『…』

澪は答えなかった。

『ならば、他の者の、神との邂逅などを覗くことはできないではないか?
 そして、お前は無限回、私とこうして相対したのだ。
 それは他の皆人にもあてはまること。』



868 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 01:19:01.53 ID:FLBkLIGF0

澪『じゃあ私はどうすればいいんです!?どう…』

『ミオよ、決するのはすべてお前なのだ。』

『潜在するものを顕在させるのも、潜在するままにするのも。』

『お前たち人間は一人一人が、すべてのものを望むこともできる。
 何も望まないこともできる。』

『すべては、決するお前と、決する時だ。』

『たとえばだ、あのマルトーとこれから、お前はどう接していくのか?』

『あのマルトーは、ダエーワの助力こそ得ていたが、お前に対する思いは、
 お前に自らの子を生させたいという強い思いだ。』

『あのマルトーを拒絶することも、常のごとく接するのも、
 その子をお前の胎(はら)に孕むのも。』

『すべてお前が決することだ。もちろん、決することから逃げるのも
 また、決することだ。』



873 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 01:41:34.90 ID:FLBkLIGF0

澪『…』

澪はそれから、口をつぐんだ。

『まあよい。お前とはこれからも無限回、
 こうして相対することになろうからな。』

『ネルガル、参れ。』

するとウルスラグナたちのうちから、皮鎧を身に着けた神が現れる。
髭面で、頭には皮製のヘルメットのようなものを被り、
ヘルメットの後ろに、帽垂のようなものが棚引いている。
手には、獅子の意匠を施した棍棒を持つ。

『これをともに遣わそう。』

ミスラはネルガルを見ながらそう言った。

『さあ、お前は地上に戻れ。』

そして、また景色が急激に動き、気が付くと
あのお堂のなかの、弥勒菩薩の前に立っていた。



875 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 01:45:13.08 ID:FLBkLIGF0

すいません寝ます。
残ってたら書きます。

それとネルガルは、バビロニアの太陽に関係した神で
ウルスラグナと同根であると考えられています。



903 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 10:44:24.97 ID:MqgcxjgvO


澪は、月光を緩やかに反射する弥勒菩薩の仏像を見やる。

その時、ミスラの声だけが聞こえる。

『ミオ、アーリマンの愛を増大させるな。
 大王の祠堂を開錠させるな。
 さすれば、メーノーグとゲーテーグの境、タマーヴァンド山に至ることになる。
 竜と英雄は再び争うことになるだろう。
 心せよ、決するのはお前なのだ。』

そして、ミスラの声は聞こえ無くなった。

澪は弥勒菩薩に手を合わせて拝したあと、お堂の階段を降りて外に出る。

紬「澪ちゃん!」

ちょうどそのとき、紬が駆け寄ってくる。



909 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 12:31:47.42 ID:MqgcxjgvO

紬「澪ちゃん、良かった…」
紬は安堵の表情を浮かべる。

澪「ごめん、ムギ、心配かけて…」

澪は、聡のことを思い出す。

澪「…」

紬「澪ちゃん?」

澪「聡はどうした、あれから…」

澪は、ためらいがちに切り出す。

紬「さっき澪ちゃんが飛び出したあと、すぐ斉藤にお願いしたんだけど…」

申し訳なさそうな表情を浮かべる紬。

澪「さっき…?」

澪は訝しく思う。ミスラとはたっぷり数時間、対していたはずだ。



912 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 13:40:17.08 ID:MqgcxjgvO

澪「さっきって…私が飛び出してから三時間以上は経ってるはずじゃないか?」

澪は一層怪訝な表情になる。ミスラとのあれは全て幻だったのだろうか?

紬「澪ちゃんが飛び出してから、五分ぐらいしか経っていないわよ?」

紬は、ショックで澪が混乱しているのだろう、と考えた。


まだ中学生とはいえ、聡は澪に馬乗りになり、澪は上着がはだけ 着を露出し、
そして気絶した聡の  た…
そこまで考えて紬の顔は一気に赤くなる。
とにかく、澪を母屋に連れて帰り、休ませないてあげないと。紬はそう判断した。
あの黒い物体のことも、とりあえずは後回しにして。



919 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 16:03:20.00 ID:MqgcxjgvO

紬は澪と一緒に母屋へ帰った。澪は聡の様子をうかがおうと、
彼が就寝している部屋へ向かったが、中から啜り泣く声を聞き、
また、明日に延ばそうという逃げもあったので、話をするのは止めにした。


一方、結局その日には、管理人が帰ってくることはなかった。
斎藤の話によると、電話でその旨を伝えてきたとのこと。

そして次の日。



920 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 16:20:53.60 ID:MqgcxjgvO

次の日の朝になっても管理人は帰ってこなかった。
午前中を使って練習に励む。

そして、その日の正午過ぎ、管理人はくたくたに疲れた表情をして帰ってきた。
訳を聞けば、昨日だけでかなりの仏像や文化財が被害にあったとのこと。

唯たちは管理人を労いつつ、その話を聞く。



922 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 16:49:06.41 ID:MqgcxjgvO

管理人「ほんとにもう、どこの罰当たりな連中が…」

管理人が疲れきった様子で話す。

管理人「ここ一、二週間、仏像の窃盗が増えてた、という話はしたと思いますが…」

管理人「今日分かっただけで、最近盗まれた仏像の半分の数も、
    昨日だけでやられちゃって…」

律「仏像って…そんなにいいお金になるんですか?」

不謹慎や表情をしつつ、律が質問する。

管理人「重文(重要文化財)もいくつかあったからなあ~
    値段なんかつけられないもんばっかりだよ…
    しかも仏様だよ!罰当たりな…」

管理人は繰り返し犯人への憤りを洩らす。



923 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 17:12:25.00 ID:MqgcxjgvO

和「でも、重要文化財であるなら、見る人が見れば
  盗品だって気付くんじゃないですか?」

和が率直な疑問を向ける。

管理人「どうもおまわりさんや学芸員さんの話だと、
    盗品を流通させる組織があるらしくて、
    しかもひどいことに、専門家が一枚噛んでる場合もね…」

管理人「それに…」

管理人は続ける。



926 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 17:40:10.78 ID:MqgcxjgvO

管理人「盗られた仏様は、都が明日香村にあった頃作られたやつから、
    最近作られた真新しいのまで、
    手当たり次第なんでもかんでもですよ…」

管理人「それに、猿石や奇石も何個無くなってまして…」

管理人「最低でも4、50キロもあるやつをですよ!」

管理人「なのに不審者の目撃例は一度もない…」

管理人「ほんと、先週の22日に3体もやられてから…
    いったい何の因果か…来月はお盆だってのに…」



934 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 19:24:23.24 ID:FLBkLIGF0

澪「今月の22日っていうとたしか…」

管理人「日食でちょっと騒ぎになってた日だよ。曇ってたけどね…
    とにかく、またしばらくは見回りを強くしないと…」

澪「日食…」

唯(そういえば『あべすた』もらって何日かして…)

唯(あの夢を初めてみた日だ…)

管理人「お嬢様たちも十分注意してください。
    犯罪者なんてみんな一緒。
    人にいつ危害を加えるかもしれません。」

そのあとすぐ、昼食をとった後、一行は橿原市へ向かう。
大和三山、つまり、畝傍山、耳成山そして天の香具山に登るために。



939 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 19:55:08.25 ID:FLBkLIGF0

畝傍山には福原神宮駅に車を止めて、徒歩で登山する。
標高約200mの山だ。
大和三山や少し離れて葛城山や三輪山など、大和地方の山々は、
古来より、歌に詠まれたり、信仰の対象となったり、神話の舞台であったりと、
人々の想像を掻き立ててきた。

山頂は木々がややまばらな林になっており、三角点が設置してある。
ここから、周辺の見晴らしを楽しむ一行。



941 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 20:11:58.00 ID:FLBkLIGF0

北北東に耳成山、東北東に天の香具山が見える。
大和山々間の距離は約3kmである。
南東方向に目を見ければ、飛鳥の盆地が広がる。

律「疲れた…40分も登山するとは…はあはあ…」

律「さとし!!じゅーすをこれにっ!」

聡「…」

律「さとし!?」

聡「…」

うな垂れて、暗い表情の聡。一言も発しない。



944 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 20:25:01.06 ID:FLBkLIGF0

唯「澪ちゃん!あれが耳成山と天の香具山なのぉ?」

澪「…」

少し思いつめた表情の澪。

唯「澪ちゃん?」

澪「あ、ああ、あれがそうだぞ…」

唯(なんか…こころここにあらず…?)

斉藤「平沢嬢、あちら南西に見える高い山が葛城山、
   大和三山の向こうに見えるのが三輪山でございます。
   
斉藤「葛城山山頂から大和三山を経て、三輪山までは、
   南西から北東に沿って、直線状にならんでおるのです。」

唯「へぇ~」

斉藤が唯に周辺の山々の説明を行う。

さわ子「耳成山と天香具山…100m級の小ぶりの山が近くに二つ…
    憂ちゃんくらいね!キリッ」

憂「…/////」

梓「先生セクハラです!!そしてバチあたりですよっ!!」



949 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 20:38:52.83 ID:FLBkLIGF0

紬「じゃあ、シートを敷いてお茶にでもしましょう。」

斉藤「ではさっそく…」

和「あ、手伝います。」

澪「…」

澪は何かを決心した様子で聡に近づく。

澪「さとし、あの大きな木の影、ちょっと来てくれ…」

聡「みお…ねえ…?」

聡を、そこまで誘導する。



952 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 20:45:42.22 ID:FLBkLIGF0

澪「…」

聡「…」

聡は、黙って頷いたまま。
澪にミスラの言葉が思い出される。
一度、深く深呼吸をする澪。

そして。

澪「えいっ!!」

聡「っ!?」

澪は聡を思いっきり抱きしめた。
聡の顔が、澪の豊かな双丘にめり込む。



957 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 20:52:32.64 ID:FLBkLIGF0

少しの後、澪は再び聡の体を離し、両手を聡の肩に置く。

澪「このまま、お前と気まずい関係になるのは嫌だから…」

聡「澪ねえ…」

聡は顔を上げる。

澪「おまえは、律の弟で、それで…私の弟みたいなものでもあるから…」

澪「ずっと、私の弟でいてくれ!」

聡「澪ねえっ!」

澪「だから、お前を異性としてみることは、
  無理だ、お前が大きくなったとしても…」

聡「え…」

澪「弟みたいな存在とそういう関係になるなんて、
  近親なんとかって言うだろ?」

澪「はっきりいって、生理的に無理だ。」

澪「いつまでも、可愛い私の弟でいてくれ!」

聡「ガクッ…」

地面に突っ伏す聡。



964 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 21:07:24.69 ID:FLBkLIGF0

澪は聡の頭をぽんぽん撫でながら、皆のところに戻ってくる。
しょんぼりと、うな垂れている聡。

唯「あれ、みおちゃん?どこ行ってたの」

澪「たいしたことじゃないさ。な、聡?」

聡「…」

唯は澪の顔を見る。さきほどと違い、
晴れ晴れとした表情をしていた。

そして、実は一部始終を察していたさわ子は思った。
聡君、●●●には当分困らないわねっ!、と。


さて、山頂でのティータイムを楽しんだ一行であったが、
時間を取りすぎてしまったため、
他の二山に登ることを諦め、帰路につくことにする。

970 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 21:22:31.02 ID:FLBkLIGF0

時刻は5時を少し過ぎたあたりであった。
琴吹家のリムジンは飛鳥盆地を南に下る。
車内では、おしゃべりするもの、風景を楽しむもの、たそがれるもの、
と、各々、悠々とした時間を過ごしていた。

夏場のこの時刻は夕昏がそろそろ降り始める時刻である。
紬は、ふと、いま通っている車道の風景を思い出す。
先祖の墓、『烏飼の臣』の墳墓のすこし手前だ。

紬は、通りかかったついでに、皆を墳墓に案内することにした。
ゾロアスター教が大好きな唯ならば、
少ない可能性だとしても、あの程度のものであれば、喜んでくれるだろうと思って。





972 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 21:39:51.09 ID:FLBkLIGF0

墳墓は林に囲まれた、周辺の道からは視認しにくい場所にある。
斉藤は、墳墓の入り口に車を止めると、鍵のかからない門柵を開け、
一行を墓域へと誘導する。

澪「あれが、ムギのご先祖さまの…?」

紬「皇族方や大豪族の古墳に比べたら、ほんとうに小さなものだから…」

和(さすがね…千年以上前のご先祖様の話題でも謙遜するのね。)

唯「ねえ!?てっ辺に上がってもいい!?」

梓「先輩っ!それって死者に対する冒涜じゃ…」

紬「いいのよ、あずさちゃん。観光地にある古墳なんてほとんど、
  上に登れるようになってるでしょう?」



974 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 21:42:14.90 ID:FLBkLIGF0

梓「はぁ…」

紬「そのまえに、みんなに、特に唯ちゃんに見てもらいたいものがあるの。」


そして紬は一行を、墳墓横、すり鉢形の奇石近くに案内する。
再び足取りを向ける一行。
しかし、十数歩ほど進んで、木々等の遮蔽物から、
奇石の姿が露わになったとき、一行は、歩みと、そして思考を止めた。


紬の目が、驚きと、得体の知れないモノへの恐怖によって、見開かれる。
奇石の周辺を半円形に囲むようにして、
十数体の仏像や猿石が佇んでいたからである。

夕闇は少しずつ、古墳の影と黄昏の色を、『諸仏の象り』に投げかけていた。




8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 21:55:46.98 ID:FLBkLIGF0

紬は、重力に逆らって全身の鳥肌が立ち上がるのを感じた。
いったいこれはなんなのだろうか??

律「これって…え、なんだよ…なんなんだ…よ…」

和「これは、もしかしなくても…」

和は、そう言った。皆既日食の日以来続いていた仏像の盗難事件。
そして、紬のご先祖の墓の近くに多数の仏像と猿石。

澪「いったいだれが…」

澪の頭をある直感がよぎる。
ミスラの言っていた…



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 22:23:24.93 ID:FLBkLIGF0

唯は少し近づいて、仏像と石造を眺めた。
仏像は、観音菩薩、弁天、日天、火天…
石造はすべて、『ヤザダ』を象ったものであった。

唯の頭を疑問が駆け巡る。

唯(ダエーワの主が?でも、仏像も石造もみなヤザダだ。)

観音菩薩と弁天はアナーヒターと、
日天はフヴァレ・クシャエータと、火天はアータルと同源である。



14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 22:39:23.67 ID:FLBkLIGF0

唯(どういうこと?)

唯の背後で、ギータの内に住まうタローマティは、はじめて『眼』を閉じていた。
そして、その『眼』を開こうとしなかった。
タローマティが何を思っているのかは分からない。

紬「え、ど、どうすれば…」

珍しく取り乱す紬。

和「とりあえず、まずは警察よ。」

そのときである。

斎藤の携帯電話のバイブレーターが鳴る。
電話に応答する斎藤。



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 22:42:11.82 ID:FLBkLIGF0

斎藤の通話の様子により、相手は紬の父親と思われ、
しかも、何やら込み入った事情があるよう。。
一分ほど会話をし、電話を切る斎藤。

紬に伝えるべきか少し思案した後、
紬の傍に寄り、耳打ちをする。

斎藤(お嬢様、だんな様からお電話が…。○○市の琴吹博物館が
   盗品流通に加担した容疑で家宅捜査を受けていると…)

紬は、一昨日に訪れた博物館を思い出す。

斎藤(同博物館の倉庫の中で、十数体の仏像が発見されました…)



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 23:19:47.70 ID:FLBkLIGF0

渋る斎藤を急かさせ博物館まで急行させる。
皆を別荘に送る時間すら惜しかった。
唯達を乗せたリムジンは法定速度ギリギリで目的地へと進む。

博物館の前に着くと、紬と斎藤を先頭にして、
正門前で立番中の警察官に事情を話し、内部に通してもらう。

倉庫の中では、実況見分が以前進行中であり、
館長や所属学芸員の姿があった。そのすぐ傍で立ち会っていた。

紬「館長さん!」

館長「お嬢さん…」

捜査官「こちらは?」

訝しげに、指揮をとっている捜査官が問う。
館長は紬の素性を捜査官に説明する。



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 23:29:24.72 ID:FLBkLIGF0

捜査官「会長のご令嬢とはいえ、現在この博物館はもとより、
    それ以上広く嫌疑をかけざるをえない状況です。
    捜査の障害にならないようお願いします。」

丁寧な口調だが、少々の威圧感をもって紬に注意を促す。
紬たちは少し離れた場所から、捜査の進捗を見守ることにした。
倉庫の広さは、バスケットボールコート一つ、30m×15mぐらい。

縦長の部屋に垂直な形で、棚が何列か並んでいる。
仏像は、その一角、倉庫の入り口から右側に向かってやや奥に、
ギチギチと詰められるような形でおかれている。やはり半円に近い形に。



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 23:38:22.40 ID:FLBkLIGF0

紬は半円に佇む仏像の中心に目を移す。
そこの部分の棚は、金属製で二段にわかれている。

下の部分には、みかん箱くらいの箱、
白色で仏具等を梱包するときに使うようなものが二つおかれている。

上の段にはやはり、下の段にあった箱と同種のものが一つ、
そして、もう一つ、煎餅箱ぐらいの大きさの箱がある。

紬はすぐに、その箱の中にに入っているものを思い出した。
あの、奇妙な形の『錠』、『大王の祠堂』の錠だ。



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/24(金) 23:46:55.82 ID:FLBkLIGF0

紬は呟く。

紬「大王の…祠堂の…」

それは澪の耳に届く。

澪「!!」

澪は思い出す。

澪(ミスラがおっしゃった…大王の祠堂…)

澪(大王の祠堂を継ぐもの…アナーヒターの守護を受ける娘…)

澪(ムギが!?)

澪(でも、あれは白昼夢…じゃなくて幻じゃ…)

澪の頭は混乱し始める。



26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 00:06:40.44 ID:c6HPofFl0

斎藤「お嬢様、ここにいらしましても…」

紬「ごめんなさい、もう少し…」

紬の眼差しは、仏像が描く半円の中心を見つめて動かない。

捜査の邪魔になるだろうからと、さわ子が促して、
唯たちは博物館のロビーに引っ込む。

紬は斎藤も下がらせ、倉庫の片隅で実況見分を見守る。
そして、何かを決意したような表情をみせる紬。



28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 00:23:21.07 ID:c6HPofFl0

そして紬が倉庫に入ってから三十分が過ぎたとき、
捜査員たちが仏像の押収をはじめた。

最後の一体が運び出されるまでに、さらに二十分、
館長は、捜査指揮者の後に続いて倉庫の入り口近くまで進み、
『大王の祠堂』の錠がある棚は死角になる。

紬は、棚に近寄り、錠の入った箱の蓋を音を立てぬように開け、
和紙を静かに剥ぎ、布に包まれた錠を手に取る。
そして、それを後ろ手に持ちかえる。

胸の中で呟く紬。

(館長さん、お父さん、斎藤、ごめんなさい…)



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 00:38:52.53 ID:c6HPofFl0

錠の入っていた箱がもとのまま、元の場所に置かれていることを
もう一度確認する紬。

そして、布に包まれた錠を後ろ手に持ったまま、ゆっくりと入り口に近づき、
捜査員たちや、彼らと話し込んでいる館長をやり過ごす。

紬は、唯達のところに戻ると、トイレに行く胸を伝えて、
そのまま館外に出、携帯電話でタクシーを呼び出す。

紬の表情は一層、思いつめたものになる。



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 00:48:54.98 ID:c6HPofFl0

五分ほどでタクシーが到着する。

運転手「えっと、琴吹さん?」

紬「はい!行き先は…」

紬「…にお願いします。なるべく至急!」

紬は、運転手に明日香村の別荘の住所を伝えた。


そして、紬がタクシーで去ってから二十分後。

唯「ムギちゃんおそいね…」

律「ゆい、ほっといてやれよ…」

疲れた表情で返す律。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 00:56:39.54 ID:c6HPofFl0

澪は一段と疑念を深め、紬の所在を確認するために女子トイレに行く。
当然、紬の姿はない。

澪(ムギ…どこに…)

そのとき澪の頭の中で、仏像の出現した場所二箇所と
大王の祠堂とその継承者と、という概念が結びつく。

澪「ムギの…ご先祖の古墳!!」

澪は唯たちのもとに駆け戻ると、斎藤を急かして言う。

澪「斎藤さん!今すぐ明日香村に戻ってください!
  ムギが…!!」



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 01:10:29.32 ID:c6HPofFl0

明日香村に向かうリムジンの中。

律「澪!どうしたんだよ!?」

澪「…」

澪は答えない。

斎藤は、紬が消えたことに強く責任を感じ、
ハンドルをきつく握り締め、目的地へ急ぐ。
カーブの曲がりにくさがもどかしい。

澪は思案していた。
あせっていることが傍目にもわかる。

澪(ムギが大王の祠堂を継ぐのなら…邪神に愛されてるのは…)

澪は、この、ゾロアスター教にかかわる顛末の大元を思いやる。

澪(唯があの聖典を手に入れてから…)

澪は、唯が発した言葉を思い出す。



38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 01:26:06.99 ID:c6HPofFl0

澪(唯は…ザラシュストラが間違っているって…)

澪(ザラシュストラは、アフラマズダーの僕…)

澪(ザラシュストラが間違っているのなら、正しいのは…)

澪は思い至る。

澪(唯が…アーリマンに愛されている!?)

澪(なんで…でも…聡がおかしくなったことと関係があるって、ミスラが…)

澪(今、唯をムギの前につれていったら…いったい…)

澪(わからない!わからないよっ!!)



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 01:50:26.57 ID:c6HPofFl0

紬は、別荘に到着すると、管理人を急かして、
大きめのハンマーと斧、懐中電灯を用意させ、
再びタクシーで古墳に向かった。


古墳の横、すり鉢状の奇石の前に立つ紬。
片手にハンマーを持ち、足元に斧を置いている。

紬の周辺には、奇石を取り囲むようにしている仏像と猿石。
紬は瞼をそっと閉じ、そのまま十秒ほど、何かを念じるように眉間に皺を寄る。
そして、目を見開くと同時に、両手で持ったハンマーを奇石に向かって振り下ろした。
奇石はびくともしない。
紬は何度も何度も振り下ろす。
暗いため目視できないが、少しずつ、奇石の亀裂が深くなっていく。



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 02:07:53.46 ID:c6HPofFl0

最後の一撃のあとの、ズシンっという手ごたえとともに、
奇石はいくつかに破砕される。
懐中電灯を使って、奇石の破片を照らす紬。

破片をぬって、狭く空いている人工的な隙間が見える。
ハンマーで隙間を広げていく。紬の目の前に、ほとんど露わになったとき
その空間のなかには、油紙で包まれた細長い何かがあった。
油紙をも破るかの勢いで、紬は中身を取り出す。

中から現れたのは細長い鍵。
懐中電灯の明かりを反射し、淡い金銅色の輝きを放っている。
鍵には『枝』のような、ごく短い引っ掛かりが、
均等に三箇所にわたって生えている。
大きさは、錠の横長より若干短い。



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 02:12:34.60 ID:c6HPofFl0

紬は、懐中電灯で照らしながら、
錠の鍵穴に、細長い鍵を進入させる。
鍵が奥にまで届く感触がする。
そのまま錠の中で回転させる。
カチッ、という軽快な金属音とともに、鍵は錠の中で回転した。


その瞬間、錠から、まばゆい…
あまりにもまばゆい光が放たれる…



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 02:22:30.36 ID:c6HPofFl0

眩しさに耐え切れずに、数十秒ほどきつく瞼を閉じたあと、
紬はゆっくりと目を開けた。

目前には、円に翅が生えたような物体が、
全身から光を放って空中に静止していた。
あまりにもまばゆいのために、辛うじて見ることができるぐらいだ。

その物体は、錠に描かれていたものと
ほぼ同じかたちをしているように思われる。

少しの沈黙のあと、物体から、男性とも女性ともつかぬ
低音と高温をあわせた様な、尊厳さを漂わせる声が響いてきた。

『今ここに、祠堂の扉は放たれました。』

紬は、眩しさをこらえながら問う。

紬「あなたは…誰なんですか!?」

まばゆく輝く物体は、こう答えた。

『私はスプンタ・マンユ、アフラマズダーの分け身。
 そして、アフラマズダーの光です。』



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 11:54:28.96 ID:c6HPofFl0

紬「スプンタ・マンユ…アフラマズダー…」

『アフラマズダーは、良き因を司る、101の御名をもつもの。
 アフラの王、全てを治めるもの。私はその光。』

紬「なんで、なんでこんなことをするんですか!?
  かってに…仏像を動かして…」

『ヤザダの象りは、祠堂を継ぐ者を
 言祝(ことほ)ぎに参ったのです。』

『かつて、スピタマ家の者たちが、
 ザラシュストラの出生を言祝んだように。』

『〈言祝ぐ〉なんと良き言葉でしょう。
 あなたの家の名の由来でもある…』



74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 12:10:37.55 ID:c6HPofFl0

『ザラシュストラと同じように、
 はるか昔のアーリアの王および女王のように、
 あなた自身が言祝がれる者なのです。』

紬「おっしゃっている意味が…よくわかりません…」

『あなたも見た筈です、おぞましい色と臭い持つダエーワを。
 あなたの友の一人をその背から唆し、 らな思いを遂げさせようとした…』

紬「聡君の背中の…黒いボールみたいな…」

『そのとおりです。そしてかのダエーワは、
 アンラ・マンユの僕です。』

紬「アンラマンユ…アーリマン…」

『その名でも呼ばれています。
 そして、あなたの友の一人は、アンラ・マンユを魅了しました。』

 
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 12:29:58.60 ID:c6HPofFl0

『アンラ・マンユは、その娘を、その娘のフラワシ(魂)を
 己のものにしようとしています。』

『そしてあなたは、あなたの父母と同じほどに、友を愛する人。』

『そして、アンラ・マンユとその配下は打ち滅ぼされ
 ゲーティーグからメーノーグは解き放たれねばなりません。』

紬「それは唯ちゃんですか!それとも…
  りっちゃん、澪ちゃん…!?誰を…」


『それならば、ほら、その娘が来たようです。』



85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:17:07.53 ID:c6HPofFl0

紬の目前には、唯たちの姿。

澪「ムギッ!!」

律「なんだ…あれ…」

唯「すぷんた・まんゆ!」

唯はそう叫ぶ。

『ツムギよ、見なさい。
 臆見の悪霊、タローマティを背負う、あれなる娘です。』

スプンタ・マンユの輝きが一層強くなった。
その瞬間、唯が背負うギータの内から『眼』が飛び出る。



87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:30:58.52 ID:c6HPofFl0

タローマティは『眼』から人型の影へと形を変える。
大きさは唯の身長と同じくらい。

ローブをまとい、顔の半分をフードで覆っているように見える。
ギータから生えるように唯の頭上に浮かび、
一言も発せず、ただスプンタ・マンユの方を向いたまま。

『アナーヒターよ、来なさい。』

スプンタ・マンユがそういうと、スプンタ・マンユの日輪の部分から
小さな球状の物体が現れてくる。

小さな物体は、青みがかり透き通った、エメラルドグリーンをしている。
スプンタ・マンユの発する光と、己が発する輝きのために、
まるで強い光を当てられた宝石のよう。



90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:42:27.40 ID:c6HPofFl0

アナーヒターと呼ばれた球体は、紬の傍らで静止する。
そして、ゆっくりと人のかたちを取り始めた。

球体だったときと同じ、青みがかり透き通ったエメラルドグリーン、
汚濁のまったくない、透明度がきわめて高い湖水のよう。

フードのないローブのようなものを身にまとい、紬と対している。
紬は、その顔かたちを窺うことができた。

紬「わ…たし?」

息を呑む紬。

身に着けているものこそ違うが、顔の作りから眉の太さまで
紬と生き写しであった。



95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:00:44.39 ID:c6HPofFl0

『アナーヒターは、ペルシア大王家の守護女神でもありました。
 あなたによく似た顔かたちなのも、また当然でしょう。』

アナーヒターは黙ったまま、やさしく紬に微笑みかける。

『あなたは、ダエーワを魅了した、あの娘を救いたいですか?』

紬「…」

紬は、唯と、その背後のタローマティの姿に目を移す。



96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:07:24.00 ID:c6HPofFl0

『アナーヒターを受け入れなさい、あなたのうちに。』

『我らとともに、ダエーワどもをタマーヴァンド山のくびきに。』

紬「タマーヴァンド山…?」

『天と地、メーノーグとゲーテーグ、の境。世界の中心。
 アフラマズダーとアンラ・マンユの境です。』

『幾度となく、ヤザダとダエーワの戦いの場となったところ。』

このやりとりを見やりながら、タローマティは思った。
ヤザダどももまた、我らと変わらずに狡猾、と。

しかし、タローマティの口端は少しばかりあがっている。
再びまた、合間見えることができるのだから。
永きに渡って相争ってきた、豊穣と信仰の守護女神、アールマティと。



97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:16:58.84 ID:c6HPofFl0

唯は、紬が視線を自分に向けたことに気づく。

唯「ムギちゃんだめっ!!」

唯は、起ころうとしていることを直感し、紬にそう叫ぶ。

紬は再びアナーヒターに向き直ると、一度、頭を縦に振った。

すると、アナーヒターは微笑んだまま紬にゆっくりと近づいていき、
紬とアナーヒターの体は交わるように一つになっていく。

澪「どういう…こと…」

澪は眼前の光景を理解できないでいる。
律たちもまた同様にだ。



100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:34:07.68 ID:c6HPofFl0

紬とアナーヒターが完全に重なったとき、
エメラルド色の強い光があたりに降注ぐ。


律「くぅっ…」

目を強く閉じ、光の威力を交わそうとする律たち。
そして、エメラルド色の光から、
スプンタマンユの発する光のみになったとき。

紬は、スプンタ・マンユの横で、空中に静止していた。
ゆっくりと閉じた瞳を開く紬。



101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:38:04.71 ID:c6HPofFl0

梓「綺麗な色…」

梓は息を呑んだ。

紬の瞳の色が、透き通り青みがかった、エメラルドグリーンに変わっている。
身に着けているものも、瞳と同色のローブのみ。
アナーヒターのものと同じものだ。
そして、背後には、頭光と身光を帯びている。

背からは、まばゆくかがやく翼が生え、
肩甲骨から、目いっぱいに左右へと伸びている。
形は、鷹や鳶のそれに似る。



102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:47:53.98 ID:c6HPofFl0

和「天使の形態の由来は、一つにはゾロアスター教…」

和は世界史の授業で聞いた小話を思い出す。
すぐ横のさわ子の鼻息がかなり荒くなっていることは、
気にしないことにした。

澪(どうすれば…)

澪は考える。これは最悪の展開へと進みつつあるのではないか?

『いざ、タマーヴァンド山へ。』

タローマティは全く反応しない。
口元には、はっきりとわかる笑みを浮かべている。

スプンタ・マンユからより大きな光が放たれ、
あたりが再び夕闇のもとにかえるまでに、数十秒。

そのときには、もう、唯も、紬も、
人にあらざるものたちも、姿を消していた。



103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 16:58:31.87 ID:c6HPofFl0

紬は、どこかを浮遊していた。
スプンタ・マンユから大きな光が放たれた刹那、彼女はそこにいたのである。

所々に木々の生えた、ステップのような場所。
空間の明るさは、早朝のようにも夕方のようにも思え、ほのかに暗く
朝焼けの紫と夕闇の橙が交じり合っている。

背後からから声がする。

『よく来られました、祠堂を継ぐ方。』



106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 17:05:42.97 ID:c6HPofFl0

そこにはセミロングの髪を蓄え、円筒状の紫の帽子を被り
横幅の広い、橙の縁取りのついたローブを着た男性がいた。
右肩から非常に長い朱色の布を、前後に垂らしている。

ウォフ・マナフ『私はウォフ・マナフ。
        善思を司るアムシャスプンタが一柱。
        アカ・マナフを滅ぼす者です。』



107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 17:16:39.29 ID:c6HPofFl0

紬が周囲を見回すと、ウォフマナフを中心に紬に向かって
半円に開くような形で、計六名の者が空中に浮かんでいる。

『よく来られた。スラエータオナをもって、
 アジ・ダハーカをくびきに繋ぐ方。』

紬『あなたは…?』

アシャ『私はアシャ・ヴァヒシュター
    真実と正義を司るアムシャスプンタが一柱。
    ドゥルジを滅ぼす者。』

紬『スラエータオナとアジダハーカというのは…?』

アシャ『アジ・ダハーカというのは、アンラ・マンユがとる形のひとつ。
    スラエータオナは、アジ・ダハーカをくびきに繋ぐための武器。
    ヴァジュラとも、あなたのくにの言葉では、金剛杵とも呼ばれます。』



108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 17:26:57.50 ID:c6HPofFl0

アシャは真紅のゆったりとした、ローブを身にまとっている。
炎を模した抽象的な模様が、細密に縫いこまれている。

頭の帽子は、縦線の意匠が入った、ウォフマナフとはまた別の円柱形の物。
頭髪は、ウォフマナフと同じ金髪で、ボブヘアーのように見える。
右手には、清浄に輝く炎を有し、左手には天秤を持つ。

アシャ『気を引き締めなさい。ここは私の力も、
    ドゥルジの力も及ぶ場所。』



109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 17:37:30.54 ID:c6HPofFl0

『祠堂を継ぐものよ、敵は手ごわい。』

白髪の初老の男性が声を発する。
頭には、日輪と鳩の翼を模した黄金の冠を被り、
手には、白銀に輝く鞘に入った剣をもつ。

白色のローブの上に、黄色の上衣を纏う。
また、ウォフ・マナフやアシャと違い、豊かな顎鬚がある。

紬『あなたは…?』

クシャスラ『私はクシャスラ・ヴァイリヤ
      正しき力を司るアムシャスプンタが一柱。
      サウルウァを滅ぼすもの。』

クシャスラ『祠堂を継ぐものよ、スラエータオナをうまく扱え。
      アンラ・マンユは恐ろしく手ごわい。』



110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 17:46:17.79 ID:c6HPofFl0

『ダエーワたちは、不敵に待ち構えています。』

中年の女性のが声を発する。

紬『あなたは…?』

アールマティ『私はアールマティ。
       清き水を司るアムシャスプンタが一柱。
       タローマティを滅ぼす者です。』

アールマティは青色と水色で彩られた、
厚手でゆるやかなローブを身に纏っている。
フードで頭部を覆い、その上に円筒形で輪状の冠を被る。

『タローマティは一部始終を見ていました。
 彼女は、これからの戦いを喜んでいるようです。』



113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:00:42.01 ID:c6HPofFl0

『祠堂を継ぐ方、スラエータオナをふるう方よ。』

『私たちは、あなたの力となりましょう。』

男性と女性が並んで声を発する。

若い男性のほうは、体格にぴっちりとあった、
薄い緑色のローブを身に着けている。
木の葉の意匠をあしらった模様が描かれており、
その上から深緑の上衣を纏う。手には、何かの花を模した短い杖を持つ。
頭髪は色も形もアシャに似ている。帽子も同様に。


若い女性のほうは、水色の薄手のローブを身につけ、金色の帯をしめている。
頭には円筒状の青色の帽子。長い金色の髪を持つ。
左手に水甕をもち、その中には滔滔と清水がたたえられている。



115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:08:18.07 ID:c6HPofFl0

紬『あなた方は…』

まず、先に若い男性のほうが答える。

アムルタート『私はアムルタート。
       不死を司るアムシャスプンタが一柱。
       ザリチュを滅ぼす者。』

続いて若い女性が答える。

ハルワタート『私はハルワタート。
       完全を司るアムシャスプンタが一柱。
       タルウィを滅ぼすもの。』

アムルタート『さあ、その手にスラエータオナを持ちなさい。』

ハルワタート『スラエータオナをもって、アジダハーカをくびきに繋ぐのです。』



116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:13:42.64 ID:c6HPofFl0

スプンタ・マンユの声がする。

『さあ、われらとともに、ヤザダとともに、アンラ・マンユのもとへ。』

見ると周囲に様々な形の神格たちが見える。
皆、紬を注視しているようだ。

紬『そこに…唯ちゃんはいるんですね!?』

『その通りです。』

紬『アンラ・マンユという神様は、唯ちゃんを…』

『そば近くに永遠に繋ぐつもりなのか、自らの一部とするつもりなのか…
 アンラ・マンユのことは、よく理解しえません。』

紬『自分の一部…そんな…』


『さあ、アンラ・マンユのもとへ!』



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:23:12.03 ID:c6HPofFl0

唯『ん…ここ…』

唯は気がついた。
そこは少し薄暗い、草原のような場所だ。

『気が付いたか、ユイ、わたしの愛しいものよ。』

朽ちつつある竜、アーリマンの声がする。

よく目を凝らせば、唯から20mほど離れたところに
アーリマンと六体のダエーワの姿があった。

タローマティのみ、以前の姿ではなく人型である。
そしてその周囲には、異形の神々がひしめき合っている

『すぐにも、〈はらから〉の影が
 アムシャ・スプンタどもを率い、ここにやって来よう。』

唯『はらから…兄弟の影?』

『いかにも。』

アーリマンは答える。

『我が〈はらから〉、マズダーはめったに姿を見せぬ。
 かわりに居るのが、その影、スプンタ・マンユ。』



118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:36:00.64 ID:c6HPofFl0

唯『じゃあ…ヤザダたちも…』

『いかにも。』

アーリマンは答える。

唯『あのヤザダと…合体変形した…ムギちゃんも…』

『いかにも。』

アーリマンは再び答える。

唯『ダエーワの主!!やめてっ!ムギちゃんと戦わないで!!』

アーリマン『それはできぬ。あの娘はアナーヒターと一つになった。
      その手にスラエータオナを持って、私を打ち倒そうとするだろう。』



120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:44:21.21 ID:c6HPofFl0

唯『お願い!!ダエーワの主!!やさしいあなたなら…』

アーリマン『やさしい?私は、お前を愛しているだけだ。
      スラエータオナを振るう小娘を食い殺すは、全く本望。』

アーリマンは表情をかえず、そう言う。

唯『そ、んな…』

アーリマン『〈臆見〉、ユイを守りつつ、存分に戦え。』

アーリマンはタローマティにそう言う。

タローマティは、言葉を発しなかった。
フードの下の口は、悦びに満ちた笑みで、大きく変形している。

そのとき。

『ゆいちゃーーーーんん!!!』

紬の声がした。アムシャスプンタらとともに、
紬が空中を、ダエーワたちのもとへ近づいていく。

唯『ムギちゃん…!?天使…みたいに…』

『来たか。旨そうな小娘だ…』

アーリマンは、その目を細めた。



121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:51:44.32 ID:c6HPofFl0

一方、『烏飼の臣』の墳墓前。

澪たちは呆然とその場に立ち尽くしていた。

憂「おねえ…ちゃん…」ポロポロ…

憂はただ涙を流すだけ。

和「斎藤さん!!とにかく警察に!!」

和が機転を利かせる。

斎藤「はいっ!」

律「警察にいってどうすんだよ!?化け物みたいのが二匹現れて、
  唯とムギをどっか連れてったって…信じてくれるのかよ!?」

律は、眉をきつく潜めて、そうはき捨てる。

絶対に警察は信じないだろう。
しかも、仏像や猿石が散在しているこの状況では…



123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 18:59:01.54 ID:c6HPofFl0

梓「でも…なにかしないと…唯先輩とムギ先輩が…」

梓も、目に涙を浮かべる。

さわ子「とにかく!みんなこの周辺を探すの!!
    どこかに…絶対にいるはずだから!!」

さわ子が叫ぶ。

そのとき、澪は…

澪(アーリマンの愛を増大させるな…
  大王の祠堂を開錠させるな…
  タマーヴァンド山で…英雄と竜は争う…)

澪(唯とムギが…)

澪(私は…)

澪(私が決めればいいんだ!!)



124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:05:33.37 ID:c6HPofFl0

澪「ミスラ!!」

澪はその場で叫んだ。

澪「私は決めました!!そして…あなたの力が必要なんです!!」

律「澪、おまえな…」

澪がそう叫び、律が澪に何か言おうとしたとき。

その瞬間、そこにいる澪以外の動きが静止した。
時が止まったのか、刹那の出来事なのか。



125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:07:34.52 ID:c6HPofFl0

澪の髪から太陽色に輝く球のようなものが現れ、
それは眼前で、男性戦士のかたちをとる。
ミスラに、ネルガルと呼ばれた、あのウルスラグナの一人だ。

ネルガル「よかろう。さあ、言うがいい。」

澪「私を…タマーヴァンド山に!」

ネルガル「承知した。」

澪「でも、その前に…取りにいくものが…」



127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:19:27.59 ID:c6HPofFl0

紬は、アーリマンから少し離れたところで静止していた。

紬(あの大きな腐った竜…あれがアンラ・マンユ…?)

おざましい腐敗と死の臭いが紬の鼻をうつ。

『いまこそ、スラエータオナでともにアンラ・マンユを。』

スプンタマンユが言う。

紬『スラエータオナという武器はどこに…?』

『ハルワタート、アムルタート。』

スプンタマンユがそう言うと、ハルワタートとアムルタートが紬の前に出る。
すると、二柱のかたちが渦巻状の柱となり、
各々左右に移動し、一つに融合する。

二柱の姿が消えると、そこには、
長さ40センチメートルくらいの、棒状の武器が水平に浮かんでいた。
白くまばゆく輝き、両先端はそれぞれ、ほのかに赤と水色に光っている。

『さあ、スラエータオナを手に取りなさい。』

紬はスラエータオナに手を伸ばす。

『唯ちゃん…絶対助けるから!!』



128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:29:19.63 ID:c6HPofFl0

紬はスラエータオナを右手に、
一直線にアーリマンのもとへ飛び出す。

『来たか…』

そう言うとアーリマンは首をもたげ、なにやら呟く。
影色の衣のようなものがアーリマンの周囲を覆い、
空中に浮遊をはじめる。

紬の手の中で、スラエータオナは
形状を1mぐらいの槍型に変える。

アーリマンの目前に肉薄し、竜の両目の部分を大きく凪ぐ。
腐敗液の濁流とともに、アーリマンの顔に大きな傷がつく。
地鳴りのようなおぞましい叫び声をあげる竜。



129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:38:42.04 ID:c6HPofFl0

アーリマンは紬の横腹を噛み切ろうとするが、間一髪でかわす。

唯『あ…ああ…ふたりとも…やめてよ…』

タローマティに守られ少し離れた場所から、紬と竜の戦いを見やる。
そのとき、アールマティがタローマティに近づいてく。

アールマティ『久しぶりです、タローマティ。』

タローマティは何も発せず、悦びに大きく歪んだ顔を敵対者に向けた。

アールマティが胸元で印を結ぶ。
アールマティの周りから水と岩石が柱のように生えあがり、
タローマティへ向かって、生きているかのように突出していく。

タローマティのまわりの虚空で、それらが何かに衝突し四散する。
タローマティも大きく印を結び始める。



130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:50:20.05 ID:c6HPofFl0

その周辺でも、ヤザダたちとダエーワたちが、
また、五柱のアムシャスプンタと五体の大悪神が戦いをはじめていた。
ウォフ・マナフはアカ・マナフと、ドゥルジはアシャと…

紬はなおも、竜の周辺を舞うように飛び交い、
スラエータオナで竜を傷つけていく。
対して、紬にかすることもできぬアーリマン。

紬は、アーリマンから一定の距離をとると、
スラエータオナを、もとのやや短い棒状に戻す。
紬は、それをアーリマンに投げつける。
投げつけるたびに、虚空からもう一つのスラエータオナが現れ
それをまた投げつける。
アーリマンの全身に突き刺せるスラエータオナ。

紬が、胸元で印を結ぶと、竜に刺さった数十個のスラエータオナが、
アーリマンの周辺に浮遊する。
今一度、印を結ぶと、数十個のスラエータオナはその体(たい)を急速に伸ばし、
竜の全身を無数に貫く。

すさまじいうなり声をあげるアーリマン。



133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 19:54:53.88 ID:c6HPofFl0

紬『これでっ…』

そのときである。

『戯れだ。』

アーリマンは突然そう言った。
苦痛を示していた表情も、瞳のない、いつもの無表情のものとなる。

『〈渇き〉、〈熱〉、参れ。』

アーリマンがそういうと、離れたところにたたずんでいた
ザリチュとタルウィが近づいてくる。



134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:03:02.64 ID:c6HPofFl0

ザリチュとタルウィがアーリマンの頭部のすぐ横まで来ると、
二体のダエーワは、はじめて各々の体を分離させる。
紬は息を呑む。

一見すれば頭髪のない死体のようなザリチュは、
左腕と右足付け根から先、そして左下腹部を欠損しており、

大トカゲと亀の頭部をあわせたようなタルウィは、
右前足と左後ろ足の付け根から先、そして右上腹部がなかった。

ニ柱のダエーワはザリチュがアーリマンの右側、
タルウィがアーリマンの左側で静止する。



135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:08:27.14 ID:c6HPofFl0

『スラエータオナを持つものは、アジダハーカと争う。』

アーリマンは無表情で続ける。

『小娘よ、今こそ、お前の陰(ホト)肉を存分に堪能してやろう。』

そうアーリマンが言い終わったとき。
アーリマンの頭部と、ザリチュ、タルウィが融合を始めた。
ボコボコという音と腐敗液を放出しながら。

紬はあまりのおぞましさに強い吐き気を覚える。

アーリマンの体が急速に腐敗から再生していく。
アーリマンの纏っていた影色の衣のようなものは
幾つもの波となって、アーリマンの体を包む。



139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:30:16.28 ID:c6HPofFl0

そして、紬の前にあらわれったのは、体長こそ変わらぬものの、
長い首の先に三個の頭と、六個の目、三つの口をもち、
赤がかった黒銅色に輝く姿の竜であった。

『喰らうとするか。』

そういうと、アーリマンは、
紬に向かって、その三つの頭を有する頭部を突出させる。
うまくかわすことができず、右の翼を食いちぎられる。

『っっっーー!!!』

声にならないうめきを発する紬。

唯『ムギちゃん!!ねえ!やめてっ!ムギちゃんを傷つけないで!』



141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:32:36.11 ID:c6HPofFl0

しかし、食いちぎられた紬の翼の周りに
水流のようなものが生まれ、欠損した部分を包む。
そして、次に水流が消えたときには、翼がもとのままに復元されていた。

唯『え…』

そのとき初めて、タローマティが口を開く。

タローマティ『あの娘はヤザダと合一した…ゆえにほぼ不滅…』

タローマティの言葉が続く間、
紬とアジダハーカは互いに何箇所か傷を付けあうが、
アジダハーカは、内部から湧き出るように
紬の傷のまわりには、先ほどの水流が取り付くようにして、
欠けた部分を修復していく。



145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:39:03.10 ID:c6HPofFl0

タローマティ『スラエータオナを持つ者と…
       アジダハーカの戦いは…すぐに終わりはしない…』

アールマティと争い、印を結びながら、タローマティは答える。

唯『どのぐらいつづくの…?』

タローマティ『日が沈むのを…千度繰り返すほどか…その十倍か…』

唯『うそ…』

タローマティ『お前が老い…地上の生を終えても…
       決着はつかぬかも知れぬ…』

唯『そんな…』

唯の目から光が失われる。



149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:42:19.52 ID:c6HPofFl0

互いに相手を傷つけあう、
スラエータオナを持つ紬とアジダハーカ。
唯はそれを力なく見つめる。

タローマティ『安心するがいい…ダエーワの主が勝ち…
       お前を…我らと同じ…ダエーワの一柱と…してくださる…』

唯は何も答えない。

そのとき、不思議な音色が響いてくる。



151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:51:38.57 ID:c6HPofFl0

mazdayast~Angrayast~♪

唯『ギターみたいな音と…この歌声…』

唯『澪ちゃん!!』

唯が叫ぶ。

アーリマンと紬が争うその真下で、澪が歌を歌っている。
手には、琵琶のようなシタールのような形をした楽器。
色や模様ははネルガルの鎧によく似ている。



153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 20:57:14.03 ID:c6HPofFl0

澪『puthra…zur~van…vispa~♪』

手馴れた手つきで、弦楽器のようなものを弾き鳴らす澪。

すると、争っていたヤザダやダエーワが動きを止め始める。
瞳を閉じて、ぴくりとも動かなくなっていく。

アムシャスプンタやドゥルジたちも同様である。
動きがどんどん鈍くなってゆく。

スプンタ・マンユ『この…うたは……』



156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:00:44.61 ID:c6HPofFl0

アーリマン『父母の…胎に…おったころの…』

スプンタマンユ『胎の…波音の…ごとく…』

唯『どういうことなの!?』

唯は、タローマティに尋ねたが、タローマティも、
そしてアールマティも、空中に静止したまま、ぴくりとも動かない。



160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:07:53.44 ID:c6HPofFl0

澪『dushma~taca…duzhuxtaca duzhvarsh~taca~♪』

スプンタマンユ『永劫の…父の…うた…』

アーリマン『くぅ…眠りにつけと…ユイ…おまえの…』

紬も瞳を閉じ、空中で静止したまま。
アーリマンは続ける。

アーリマン『フラワシが…何度か巡ったとき…また…』

そして、アーリマンもスプンタ・マンユも活動を停止した。
同時に、急速に地上へと落下する紬。

澪『あっムギっ!!ネルガル頼むっ』

そう澪が叫ぶと、澪の持っていた楽器の模様が剥げるように別たれ、
戦士の姿をとると、間一髪で紬を受け止める。

澪『よかった…』

澪の持っていた楽器は、いつの間にかベースの形になっている。



166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:17:13.33 ID:c6HPofFl0

澪は紬を抱えているネルガルのもとに駆け寄る。
紬は、アナーヒターと合一する前の、人間の姿に戻っている。
目は閉じたままだ。

澪「ムギ…」

ネルガル『案ずるな…疲れきって、意識を放しているだけだ。』

ネルガルはそう答える。

唯「澪ちゃん!どういうことなの!?」

唯も駆け寄ってくる。



167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:18:50.15 ID:c6HPofFl0

澪「『ズルワーンの子守唄』を歌っただけだ。」

唯「ズルワーンの子守唄…」

澪「ダエーワの主と…アフラの王のための子守唄…」

澪「ミスラに教えていただいたんだ。
  ズルワーンの胎内にいるころ、二柱が聞いていた歌があるって。
  胎のさざなみを曲にしてさ。」



168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:22:49.58 ID:c6HPofFl0

唯「そうなんだ…」

そういうと唯は、周囲を、
視界に入るだけの、タマーヴァンドの裾野に広がる草原を見渡す。

ヤザダもダエーワも、アーリマンもスプンタマンユも静止している。
おそらく、どこかで、アフラマズダーもであろう。

唯「ダエーワの…主…」

唯は哀しそうな顔をして、眠りについたアーリマンを見つめる。



170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:27:55.59 ID:c6HPofFl0

澪は、唯がどのような思いを抱えているのかわからない。

澪は、ネルガルに言う。

澪「ネルガル、私たちを元の場所にお願いします。」

ネルガル『心得た。』

澪「あと、私たち三人と、律たちや、少しでも関係した人たちの記憶から
  今回のことに関することを、全て消してください。
  できれば仏像と石像も元の場所に…」

唯「えっ…」

ネルガル「よいのか?」

澪「唯。」



173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:32:53.28 ID:c6HPofFl0

唯は再びアーリマンを見つめる。

唯「…」

唯は答えない。

澪「ゆい、今回のことは忘れたほうが良いんだ。」

唯「…」

澪「死んだときに、唯が望むなら、唯が望んだようにすればいい。
  でも、今は、私たちは人間だから。」

澪はミスラの言葉を思い出す。
本当のところは、人間が死んだら、どうなるのかはわからない。
魂となるのか、ミスラの言うとおり無限回、生を繰り返すのか。

唯「わかった…よ…」

唯は俯いたまま、そう答える。



176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:38:21.22 ID:c6HPofFl0

澪は、紬を肩に担ぐと、ネルガルに向き合う。

澪「ネルガル、ミスラに、ありがとうございましたと、
  伝えて下い。」

ネルガル『承知した。しかし、ミスラは仰られるだろう。
     今回の結果をもたらしたのは、お前が決めたからだと。』

澪「…////」

すこし照れる澪。

澪「じゃあ、お願いします、唯。」

唯「うん…」

唯は、アーリマンから目をそらすと、ぐっと瞳を閉じる。
目尻がかすかに微かに珠がつく。

ネルガル『では、参るとしよう。』





もし、私が死んだとき…そのとき…私がのぞむなら…



177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:44:43.15 ID:c6HPofFl0

唯「…ん…ん?」

唯は意識を取り戻す。

唯「あれ…ここは…」

まわりを見回すと、澪や紬に、律たちも倒れている。

唯はとなりで倒れている、澪を揺さぶる。

唯「澪ちゃん!澪ちゃん!」

澪「ん?あ、あれ…」

澪も意識を取り戻す。

澪「ここは…?」

周りは、片側が林、もう片方が小高い丘。どうやら古墳らしい。

澪「あれ、なんでみんなも倒れて…」

澪「あれ?大和三山から帰って、それで…」

澪は、その辺の経緯をまったく思い出せない。



180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:48:42.95 ID:c6HPofFl0

律「あ…あれ…ぇ」

律たちも次々と目をさます。

さわ子「ふわぁよく寝た…もう別荘につ…ここどこ!?」

和「事故にあったというわけでもないですし…」

梓「なんか不思議な夢を見た気がするような…」

聡「ふぁ…あ…あ…あ!!!」

聡は一点を見て固まる。



181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:55:07.24 ID:c6HPofFl0

聡の視線の先には…

紬「ふああ…よくねたわね…」

そういうと、紬はゆっくり立ち上がる。

聡「あうあう…///」

聡は紬を直視したまま固まる。

律「聡、どうしたん…っておい!!ムギおまえ!!」

憂「…/////」

澪「むぎっ!!」

紬「どうしたの、りっちゃん、澪ちゃん?」

澪「なんでお前だけ全裸なんだよっ!!」



184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 21:58:05.43 ID:c6HPofFl0

紬「え?」

下を向き、自分の体をまじまじと見る紬。全裸である。

紬「い…いやぁぁぁぁぁ!!!!!」

律「あっ、さとしてめぇーー!!どこ膨らましてやがんだ!!
  ちょん切ってやる!!」

斎藤「お嬢様…おいたわしや…」

唯(なんか大事なものを…)

唯(でも、大事なら思い出せるよね…)

そして一行は、とりあえず別荘への帰路を取ることになる。






しかし、その夜…

律「んん…n…」

就寝していた律はの枕元に何かがいる気配がする。

『頼みがある…』



187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 22:04:38.29 ID:c6HPofFl0

律「ん…」

『頼みがある…』

律は眠りから覚める。枕元から何者かが話しかけてくるようだ。

律は上半身を起こし振り返ると…

そこには、髭面で、面長な顔の中年男性が立っていた。
フードつきのローブを身につけ、半分透けている。
どうやら中東系の人間らしい。

律「ひっ…」

固まる律。

『頼みがある…』

男性は繰り返す。



193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 22:14:13.49 ID:c6HPofFl0

律「あ、あなたは…どなたで…た、たのみとは…なんでしょうか…」

律はビビリながらも聞き返す。

ユダ『わたしはイスカリオテのシモンの子ユダ。
   イエスの十二使徒が一人。』

ユダ『私の魂は、地獄の最下層コキュートスと呼ばれる場所で獄に繋がれている。
   このすがたは、いわばまぼろし…』

ユダ『頼みというのは、地獄から私が抜け出る手伝いを
   してもらいたいのだ…』

律「へっ…ちょっと…なにをおっしゃって…」

ユダ『地獄を抜け出、主(しゅ)の前に跪きたいのだ。
   主は優しい方。きっと赦してくれるであろうから。』

律「いや、そんなこといわれても…」

ユダ『もし協力してくれるなら…主に頼んで…
   あなたの願いをなんでもかなえていただくつもりだ…』



197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 22:19:00.76 ID:c6HPofFl0

律「なんでも!?まじでっ!?」

ユダ『ああ…』

律「じゃ、じゃあ…澪と…ゴニョゴニョ…」

ユダ『たやすい事だ…』

律「やります!やらせていただきます!!」




一方、梓も

梓「あ、あなたは…」

『私は釈尊が高弟の一人、提婆達多(だいばだった)…』

次回、 律「ジュデッカ!!」
お楽しみに!!

おわり

上記は大嘘です。続きません。




214 名前:補筆1:2009/07/25(土) 22:29:46.04 ID:c6HPofFl0

すいません、最後にちょろっと解説。
まず、ミスラですがユーラシア中に結構広まった普遍的な神格です。
ゾロアスター教では、アムシャスプンタの下、ヤザダに位置づけられます。
しかし、アケメネス朝以降、ギリシア人支配を経て、
パルティア建国と時が移る中で、王をはじめとして、強い帰依をうけるようになります。
そのため、当時のパルティアやその周辺国の王の名前には、
よく『ミトラ』の語句が加えられています。

とはいえ、ゾロアスター今日では格下の位置づけです。
今回は、アフラマズダとアーリマンのバランスをとるために、
調和を司る大神として登場させました。
ジョルジュ・デュメジルのアーリア人における三機能や
自然(ピュシス)、ハルモニア(調和)、ノモス(広義の法秩序)も参照しました。

なので、ミスラは、『ミフル』、ヤザダであの世の裁判官くらいに考えるとよいです。



223 名前:補筆2:2009/07/25(土) 22:39:05.29 ID:c6HPofFl0

その二です。
スラエータオナというのは武器ではなく、いわゆる竜殺しの英雄です。
インドラvsヴリトラに対応していると考えられています。
使った武器というのはアヴェスターに記述されていないのでわかりません。
イスラム時代の文学では、フェリドゥーンという名で登場します。
鉾を使ったらしいです。

対するアジダハーカ竜は、アンリマンユ配下の化け物もしくは化身とされます。
頭は三個、口は三個、目は六個です。

神様の姿は信じんでください。
たとえば、アーリマン配下の6体の悪神の姿は、ほとんど現物と違います。
若干ドゥルジが近いくらい。

アムシャスプンタの姿は、パールシー(現在いるゾロアスター教徒)の
神を描いた絵を参考にしました。髪の色だけは変えてます。
パールシーの図像ではみな黒か褐色に近い黒です。



225 名前:補筆3:2009/07/25(土) 22:47:52.68 ID:c6HPofFl0

最後は言葉についてです。
アーリマンとアンラマンユがあります。
アンラマンユはアヴェスター語といわれる古代東部ペルシアの言葉です。
紀元前10世紀前後までさかのぼります。

アーリマンは、パフレヴィー語、ササン朝ペルシア時代あたりの
もっと後期のペルシアの言葉です。

デーウァとダエーワなども同様になります。

この辺はほとんど使い分けをしてません。
アーリマンのみ、マズダー方はアンラマンユとよんでます。
これは、ズルワーン教が登場すると、
アフラマズダーとアーリマンは同格とされましたが、
それ以前は、スプンタマンユとアンラマンユが同格とされ、
アフラマズダーよりは明らかに格下とされたからです。

あとズルワーンの子守唄なんてありません。
ズルワーンへの讃歌を使いたかったんですが、
みつからなかったので、アフラマズダーへの賛歌をちろっと弄りました。

解説はここまで。

保守支援、本当にありがとうございました。

最後にひとつ。

紬はすごく良い!!

ほんとにおわり