2: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:23:41.42 ID:2vhHLVL60
衣笠の夜

3: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:26:16.45 ID:2vhHLVL60

ふと夜中に目を冷ました。口の中がねばつい

て、少し汗をかいている。前髪が額に張り付い

て気持ち悪い。もしかしたら悪夢でも見たのか

な、なにも覚えてないけど。

水でも飲んで寝直そう。少し寝ぼけた頭を振っ

てベッドから出る。明日は南西諸島方面に出撃

する予定のはずだ。できるだけ寝ておいたほう

が良いだろう。

4: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:29:42.81 ID:2vhHLVL60
月が出ているのか、とても明るい夜だ。月の明

るさで影ができるほどだ。月光の青白い光が部

屋をぼんやりと照らしている。

月明かりは青葉の顔に少し掛かっている。普段

はやかましい姉だが、こうして黙っていると、

なかなかかわいらしい顔立ちをしているんじゃ

ないかと思う。

5: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:30:46.26 ID:QtF1GXxp0
「んぅ…………ぁ、ぅぅ……」

初めは呑気に寝言でも言っているのだと思った

が、顔をよく見ると涙の流れた跡が有った。驚

きに固まりながらそうして見つめている間も、

目の縁には涙が滲み、また流れていく。

6: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:33:02.82 ID:QtF1GXxp0
「ごめ……さぃ…………ごめんな…………さい…………ぁぁ……」

普段の様子からは想像もつかない姉の弱った様

子に戸惑いも有ったが、あぁそうだよな、とす

んなりと納得も出来た。

7: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:34:45.23 ID:QtF1GXxp0
普段の躁的な態度はきっと、後悔の裏返しなの

だろう。本当は、私たちがまだ鉄の塊であった

頃の出来事を酷く気に病んでいて、夢に見るほ

どで、でも弱った姿を見せれば皆に心配かけて

しまうから明るく生活して。そして夜中にこっ

そり後悔してるのだろう。

8: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:36:20.78 ID:2vhHLVL60
「大丈夫、大丈夫……」

私と同じ色の髪をゆっくりと撫でる。今はこん

なことしかできないのが悔しい。もし私や古鷹

さんがなにか言い出したら青葉はきっと知らな

い振りをしたり、笑って誤魔化す。いつか穏や

かな気持ちでゆっくりと寝て欲しい。そう思い

ながらしばらくその柔らかな髪を撫でていた。

12: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:56:18.78 ID:2vhHLVL60
金剛の夜

13: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:57:31.65 ID:QtF1GXxp0
「ヒエイ、電気を消しますヨー?」

「はい! 比叡は大丈夫です、お姉さま!」

「ヒエイは寝る前でも元気ネー」

カチリ、と音がなり部屋から明かりが消え

る。暗闇に慣れない目は役にたたず、手探りで

ベッドにたどり着き比叡を抱き締める。

14: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 01:59:49.26 ID:bDlRQiL70
「よしよし……怖くなんかありまセーン……ワタシがここにいマース……大丈夫デース……」

比叡の頭を撫で、あやすようにしながら眠らせ

ていく。すると、私の胸元を握りしめていた手

が徐々にゆるみ、肩の強張りが無くなって、呼

吸が落ち着いていく。そしてしばらく撫でて、

ようやく眠りに着く。

こうして私が比叡と一緒に寝るのはここに来て

からずっとやっていることだ。

15: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 02:01:40.14 ID:bDlRQiL70
私、金剛がここに着任したのは比叡の次で、二

隻目の戦艦だった。比叡が先に来てると聞き、

久し振りに姉妹に会えると解って上がったテン

ションは実際にあったときに消し飛んだ。

16: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 02:06:48.36 ID:QtF1GXxp0
「お久しぶりです、お姉さま!」

口調こそ元気ではあるが、目の下にはどす黒い

隈を作り、髪は艶を失っており、明らかに異常

を来していた。

無理やり話をするよう迫ると、比叡は渋りなが

ら、自らの不調を恥じるように語りだした。話

を聞く限り比叡は睡眠障害を患っているようだ

った。夜、眠るのが怖くて仕方ないという。も

ちろん生理現象には抗えずに寝てしまうことも

あり、気を失うように寝て、寝てしまったこと

に気がついて飛び起きるらしい。

18: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 02:10:23.08 ID:bDlRQiL70
きっと私が姉だから比較的素直に教えてくれた

のだろう。これが榛名や霧島……比叡の妹であっ

たらこうはいかなかったと思う。私が姉であろ

うとするように、比もまたそうなのだろう。も

し私が姉として問い詰めなければ、もしそうで

なければ誰にも教えず、一人で抱え込んで、い

つか沈んでいたに違いない。

19: ◆WBRXcNtpf. 2015/04/12(日) 02:13:26.72 ID:bDlRQiL70
その日の夜から私たちは二人で寝ている。今で

も比叡は眠りが浅く、事態が解決したとは言え

ない。初めに比べれば遥かに改善されてはいる

が。

私たち艦娘は過去に縛られている。例えば呉の

浮き砲台組は風呂でぼーっとすると落ち着く、

なんてことを妹の榛名から聞いた。比叡が完璧

にぐっすりと眠る日はついぞ訪れないのかもし

れない。だが私は、姉として比叡の力になりた

い。力不足を悔しく思いながらも、手を尽く

す。決意を新たにしながら私もゆっくりと意識

を手放していった。

34: ◆qOSv/CKab2 2015/04/12(日) 23:13:22.55 ID:MRR3kltH0
那智の夜

35: ◆qOSv/CKab2 2015/04/12(日) 23:14:30.18 ID:MRR3kltH0
「乾杯」

「乾杯……これで、何杯目でしたか」

「さぁな……忘れてしまったよ」

ふふふ、と妖しく笑うのは早霜だ。見た目は年頃の少女のようだが、ショットグラスを手に微笑む姿は妖艶の一言

に尽きる。だが、小さいショットグラスをなぜか両手で持って飲んでいる姿は年相応な風にも見える。これが牛乳の

入ったグラスであれば問題は無いのだが。きっとこのアンバランスさが彼女の魅力なのだろう。

36: ◆qOSv/CKab2 2015/04/12(日) 23:16:29.94 ID:MRR3kltH0
ちらりと隣を見やる。そこには酒宴開始早々にウイスキーイッキ飲みしまーす、とバカをやって潰れたダメな妹が

すやすやと寝息を立てている。少なくともこいつよりは余程大人なのは疑いようが無い。

「どう、しましたか? 那智さん」

「お前は良い女だな、と思ってたのさ」

「ふふふ、ありがとうございます……でも、那智さんや、足柄さんの方が魅力的ですよ」

「そう言うところが良い女なんだよ」

頬杖をつくと、手に持ったロックグラスの氷が崩れ、からんっと軽やかな音を立てる。何故か、この氷には悩み

が無さそうでいいな、と思ったのは酔っ払っているからに違いない。

37: ◆qOSv/CKab2 2015/04/12(日) 23:20:38.26 ID:MRR3kltH0
明日が非番だからと、早霜を誘って飲み始めたのはまだ日付を跨いでいなかった頃だ。それからあれやこれやと聞

き上手な早霜に乗せられ、いつの間にかフラフラになっている。さすがの早霜も頬が赤く上気し、同性から見てもど

きりとするような美しさだ。どうも私達姉妹にはこういう雰囲気を出せる能力が足らなさ過ぎるように思う。見た目

年下の早霜に負けてしまうというのはさすがに、こう女子力とやらが無さ過ぎるのではないだろうか。

「早霜、」

「はい、那智さん。なんでしょう?」

「何かお前の話が聞きたい。私は少し話しすぎたように思う」

38: ◆qOSv/CKab2 2015/04/12(日) 23:27:58.18 ID:MRR3kltH0
私が突然リクエストすると、さすがに言葉に詰まったようで少し考えた。これではまるで私もダメな大人の様では

ないか……頭の隅の冷静な部分が指摘する。まぁやはり姉妹だからしょうがない。妙高姉さんは酔ったら壁に向かっ

て説教を始めるし、足柄は酒に弱い。羽黒は泣き上戸だ。私のような絡み酒くらいなら無害な範囲だろう。

「ふふ、それでは最近、ウイスキー作りのドラマが――」

早霜はニコニコと笑みを浮かべながら滔々と話始めた。要するにドラマは終わってしまったが、酒屋の品揃えは

まだウイスキーを中心に置いてあって嬉しい、と言うことらしい。話はドラマを皮切りに次々と変化していく。今

はグラッパとやらがどうのという話をしている。酔いが回った早霜の口は止まらず、酔いが回り過ぎた私は完全に

聞き流してしまっている。ふと思ったが趣味が蒸留酒収集というのはどうなのだろうか。夕雲や巻雲がなにか言っ

たりしないのだろうか。

だがまぁ、こんな良い女にも少し酒を好むというオヤジ臭いところがあっておもしろい。そう思いながら氷がウ

イスキーに、じわりと融け出していくのを眺めていた。

40: ◆qOSv/CKab2 2015/04/13(月) 00:22:11.60 ID:74t7i7ik0
潮の夜

41: ◆qOSv/CKab2 2015/04/13(月) 00:23:34.56 ID:74t7i7ik0
「ひゃぁぁぁあ!?」

「うへへへへ、嬢ちゃんいい●してまんなぁ~」

 夜、消灯時刻を過ぎてうとうととし始めた頃。二段ベッドの上から漣ちゃんが降りてきて、するりと私の布団の中

に入り込み、まぁその、私の   みしだいた。

 就寝の妨げにならないようにパジャマは柔らかく、薄い素材で作られている。なので胸は漣ちゃんのでふにふにと

柔らかく形を変える。

42: ◆qOSv/CKab2 2015/04/13(月) 00:24:51.47 ID:74t7i7ik0
「もぉ……」

「まぁまぁ、そう言わずに」

 私が小さな声で抗議すると、全く悪びれた感じもなく、すりすりとこっちに身を寄せてきた。

 彼女がこうして同衾を求めるようになったのは割りと最近のとこだ。少し前から提督の方針により、漣ちゃんの練

度向上の為に潜水艦を刈るようになった。その時、漣ちゃんは開始早々に雷撃を受けて大破してしまった。この事が

トリガーとなって昔のトラウマが甦ったのか、一人で寝れなくなって、今日のようにふざける振りをして私の布団の

なかに入って来るようになった。

43: ◆qOSv/CKab2 2015/04/13(月) 00:26:10.51 ID:74t7i7ik0
「不肖漣、今晩もお邪魔してよろしいでしようか……?」

 変なところで意地っ張りで、素直になれない子。ふざけながらでなければ、本心を隠しながらでないと甘えること

もできない不器用さ。

 影になって顔は見えないが、私は彼女が今とても不安そうで、怯えるような表情をしているのを知っている。だか

ら私は抱きついてきた漣ちゃんの髪をゆっくりと撫でた。

48: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:11:18.91 ID:TigvOdlD0
望月の夜

49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/15(水) 00:13:20.70 ID:TigvOdlD0
 皆、寝ただろうか。右の布団の三日月は猫のように丸まっている。左の長月は布団に入ったときと姿勢が全く変わっていない。お前は彫像か何かか。起き上がって辺りを見渡すと、どうやらすっかり寝ているようだった。時計を見ると明かりを消してから一時間程経過していた。子供っぽい性格の子が多いからか睦月型は早寝するのが多い。私もそれに合わせて一応布団には入るが、皆の就寝時間に合わせると全く眠くならないのと、姉妹からあまり良い顔のされない趣味のためこっそり夜中に抜け出すようになった。

50: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:15:02.59 ID:TigvOdlD0
 忍び足で私物を入れたロッカーへ行き、隠しておいた四号瓶の日本酒を取り出す。こいつが最近の真夜中の相棒だ。中身はもう残り半分ほどしかない。扉の方へ行くと、卯月が布団を蹴飛ばし、お腹丸出しで寝ていた。一瞬、放っておこうかとも思ったが、なんとなく布団を掛けてあげた。一応姉なのだからしっかりしてほしいと思う。

51: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:17:49.00 ID:TigvOdlD0
 こっそり寮から抜け出し、外にきた。期待していた通りの明るい夜だ。満月、とまでは行かないが丸みを帯びた月は中天を過ぎつつある。月のぼんやりとした光が辺りを照らし、地面に青く、薄い影を作っている。今日も美味しい酒が飲めそうな夜だ。
 てくてくと港のほうへ歩いていく。外に出て一人で酒を飲む時、場所は大体港で飲んでいる。普段、出撃したり遠征に出発したりといった場合、艤装を背負い桟橋から海に足を付け、そこから出て行く。それなりに背が高い軽巡や重巡、発育のいい一部駆逐艦なら足を伸ばせば海に足が着くが、私達は全く届かないので飛び降りる必要があったりする。ともかく、私が飲むときは大体そこだ。理由はよくわからないけれど、海に突き出た桟橋の端っこが一番海に近いから、とかなのかもしれない。かっこつけっていうのが一番ありそうな気もするけれど。

52: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:19:31.93 ID:TigvOdlD0
 桟橋の端に座り、足を海に投げ出す。早速とばかりに飲み始める事にしよう。きゅ、ぽんっと栓を抜く。非力だからかこの栓を抜くのに少し手間取ってしまう。小さいというのは不便だ。栓を抜き、瓶の口に顔を近づけ香りを嗅ぐ。やはり保管方法が良くない上、開けてから多少の時間を経ている所為で香りが弱くなっている。私にできるのは更に悪くなってしまわないうちに飲み切る事しか無さそうだ。そう思いながら持参した器に、気持ち普段より多めに注いだ。

53: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:22:27.90 ID:TigvOdlD0
「あれ、望月ちゃんだ。こんばんはー」

 飛龍が来たのはそろそろ二杯目を注ごうかという頃だった。気持ちよく飲んでいた時、突如桟橋を歩く音に気が付き背筋が凍る。恐る恐る振り返ると飛龍が一升瓶を片手にこちらに向かっているところだった。手を振って挨拶してきたので、同じく手を振ってみる。どうやら目的は同じようだった。

「望月ちゃんも月見?」

「ん、まぁ……」

 正直な話これが二人する始めての会話だ。極めて高い錬度を誇る彼女は前線で大活躍中で、私は遠征任務中心。一緒になることなんて全く無い。食堂で山のように皿を重ねていく正規空母たちを怖いもの見たさにチラ見していくときに見る位だ。

 柄にもなく私は緊張していた。流石にほとんど接したこともない相手と気軽に接することができるほどフランクな性格に生まれていない。だが飛龍は全く気にするそぶりを見せず私の隣にどかりと座った。

54: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:24:26.11 ID:TigvOdlD0
「あ、注ぎますよ」

「おぉーありがとねぇ」

 反射的にそう言い、私の手には余る一升瓶を抱えるように持ちながら慎重に注いでいく。緊張している、というのもあるが、最大の要因はラベルにかいてる純米大吟醸の文字だ。こんな高級品一滴たりとも無駄にはできない。

「望月ちゃんのグラスも空いてるじゃない。入れてあげる」

「え、い、いいの?」

「いいのいいの、折角だしね」

 まぁまぁという風に飛龍は私の手から瓶を取り、なんともなしに私の器一杯に注いでくれた。思わぬ出来事に喜びを隠せない。自分の奴とは比べ物にならないほど豊かな香りが器から立ち上ってくる。抑えようとしても勝手に口元がつりあがっていく。

55: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:35:57.61 ID:TigvOdlD0
「それじゃ、乾杯」

「あ、はい、乾杯」

 器をぶつけ合い一口含む。甘い、けど爽やかというか、余韻があまり後まで引いてこない。上品な飴のようなイメージが沸いてくる。口の中で転がして味わっていると、一息で飲み干した飛龍がこちらを見てニコニコとしている。

「いやぁ、美味しそうに飲むなぁって思ってね」

 あっと思ったがすでに遅く、今度は手酌で入れ、ゆっくりと飲み始める。

「普段、蒼龍とか他の空母たちと飲むときはこんなゆっくりしてらんないからさぁ」

 そういうと、少し苦笑しながらゆっくり話してくれた。それを聞く限り、どうやら空母勢の飲み会は地獄のような狂宴らしい。まあ隼鷹や千歳がいるならそうなるのも頷ける。だが鳳翔さんも混ざっての席でそんな風になるのは以外だ。どうも始めに馬鹿げた量の料理を作り、あとはそれをつまみながらひたすら酒を飲むようだ。騒がしいし次の日は二日酔いで最悪らしいが、それはそれで楽しいらしかった。でもたまにゆっくりと呑みたくなる時もあるようで、今日はたまたま私とかち合ってしまった、ということらしい。

56: ◆qOSv/CKab2 2015/04/15(水) 00:48:33.17 ID:TigvOdlD0
 こうしている間にも酒はどんどん進んでいく。私は今度は逃さないとばかりに注ぐ機会をうかがっているし、飛龍は私が飲み干したとみると流れるように注いでくれる。酔いが回れば会話も弾む。始めの警戒心と緊張感はどこへやら、いつの間にか話題は姉妹の自慢話になり、どんどん盛り上がっていく。酔っ払いたちの夜はまだまだ続いていきそうだった。

74: ◆qOSv/CKab2 2015/04/16(木) 01:36:42.29 ID:kRhFcfwh0
深雪の夜

75: ◆qOSv/CKab2 2015/04/16(木) 01:40:20.44 ID:kRhFcfwh0
――ついに借りちゃった
 夜、ベッドを隠すようにカーテンを掛け、さらに布団に潜り込んで遮光対策をする。全ては目の前の一冊のマンガの為である。

 今、鎮守府(の一部艦娘)の間で大きな反響を読んでるこのマンガ、タイトルを『ケッコンカッコカリ』という。なんともそのまんまなタイトルではあるが内容の充実っぷりや甘々な描写に砂糖を吐くこと間違いなしと言われている。実際、この漫画によって乙女化された艦娘が提督をみて顔を赤らめたり、恥ずかしさからか提督を吹っ飛ばしたりなんていうこともあった。

 さて、私はこういった色恋関係には疎いしそもそもそんなキャラではない、という風に思われている。まあ自分からそう思われるように振舞っているということは否定できない。確かに昼休憩の時に皆で球技に興じるのが大好きだし、カレーが晩御飯に出てくると我を忘れてついがっついてしまう。だが、私だってそういう女の子らしい事に興味が無いわけではないのだ。改二で大人っぽくなった吹雪にはちょっと憧れているし、白雪が時々見せる大人っぽい表情にはドキッとするし、曙や漣の髪飾りは可愛いと思う。ただ、ちょっと、女の子らしい事、というのがなんだか気恥ずかしいのだ。

76: ◆qOSv/CKab2 2015/04/16(木) 01:42:29.75 ID:kRhFcfwh0
 この本を借りることができたのは本当に偶然だった。こっそりと酒保の漫画コーナーの、少女マンガが置かれているところでの出来事だ。女の子ばかりの鎮守府ではこういう少女趣味な漫画や小説の需要がそれなりにあり、なかなか広いスペースが当てられている。そこで偶々夢中になって立ち読みしている摩耶さんを発見したのだ。

 重巡洋艦摩耶といえば男勝りなさっぱりした性格で、水雷戦隊のリーダーとして高い指導力を発揮したり戦闘においても頼りになる、いわゆる姉御とも言うべき人物と周りからは認知されている。実際私もその通りだし、年上のお姉さんとしてちょっとかっこいいなぁなんて思っていた。

77: ◆qOSv/CKab2 2015/04/16(木) 01:44:50.29 ID:kRhFcfwh0
 だが目の前の摩耶さんは顔を赤くし、口元はつり上がり、まぁなんというか乙女らしい表情をしていた。あまりの衝撃に私が硬直していると、はっと我に返った摩耶さんがこちらに気が付いた。

「お前……今、見たのか」

「え、あ、えーっとぉ……」

「見たのか」

 ずいっと顔を近づけ、摩耶さんは圧力をかけてくる。下手なこと言ったら消される、この一言が脳内でグルグルとしている。

「あ、あー……いや、そう! 実は私もこういう本に興味があって……なんかキャラじゃないって思われてるけど!!」

 これは間違いなく私の本心だった。そして、私がこういうと、摩耶さんは一気に同情するような顔になり、何か思いついたみたいだった。

「そうだ、今度私がこっそり漫画貸してやるから、今見たのは黙っててくれ。これならお互い得するだろ?」

「え、いいの!? よっしゃぁ!」

78: ◆qOSv/CKab2 2015/04/16(木) 01:48:31.63 ID:kRhFcfwh0
 というようなことがあり、今私の目の前には摩耶さんが(こっそり)貸してくれた漫画が鎮座している。表紙には白いタキシードとフリル盛りだくさんのかわいいウェディングドレスを着たキャラクターが描かれている。もう正直この表紙を見ているだけで何故か恥ずかしい気持ちが沸き起こり、今すぐ本を放り投げたいような、叫びだしたいような衝動に駆られる。もしかして、摩耶さんもこんな風な気持ちになりながら呼んでいるのだろうか。あの麻耶さんがこんな風にしているのか、と思うと正直面白いと思う。普段とギャップがあって以外と可愛いんじゃないか。

 そして、意を決してゆっくりと表紙をめくる。息を潜め、心臓のドキドキという音を聞きながら。私の夜は、名前のわからない感情の爆発に曝されながら更けていった。

85: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:20:05.45 ID:fVA67GnO0
春雨の夜

86: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:23:10.74 ID:fVA67GnO0
 一人、部屋で本を読んでいると不意に扉がノックされた。時計を見てみるともうすぐ消灯時刻で、この時間に来る人物には心当たりがあった。
「えへへへ、今日もお願いしても良い?」
 扉を開けるとやはりというか予想通りにパジャマ姿の五月雨が居た。後ろで手を組み、少し照れくさそうに笑っている。妹の可愛らしい笑みにに釣られて私も笑顔を浮かべ、今日も部屋に招き入れた。
 五月雨が私の部屋に来るのは寝る前に髪を梳いてもらう為だ。私が着任する前は自分でやっていたらしいが、不器用なせいか上手くできなかったらしい。髪が絡まる、どこまで梳いたか忘れる、もたもたしてしまい何時までも終わらずいつのまにか消灯時刻、なんて事が日常茶飯事だったそうだ。

87: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:25:03.89 ID:fVA67GnO0
 何時もどおり椅子の背もたれが体の前に来るように座らせる。五月雨の髪は長いので、手際よく梳かすにはこうするのが楽だ。一房手に取り、ブラシを通していく。五月雨の髪はひんやりと冷たく、絹糸のように滑らかだ。手に取るたびにうっとりしそうになるほど触り心地が良い。村雨姉さんが風呂の度に張り切って手入れしている成果もあるのだろう。それにしても、このしっとりと滑らかな髪質は少しうらやましい。どれほどかというと、五月雨の髪を梳かす様になってからブラシがひっかかったということが無いほどだ。私の髪は夕立姉さんの影響か、少し跳ね気味で、それはそれで誇らしい部分もあるが憧れは否定できない。

88: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:26:02.45 ID:fVA67GnO0
「どう? 痛くない?」

「気持ち良いよー」

 長い髪を手繰りながらブラシを通していく。頭にブラシを当てるときはできるだけ優しい刺激になるように調整する。顔は見えないが、声はふにゃふにゃだ。きっと顔も緩んでいるのだろう。なんとなく猫や犬にブラッシングしているような気持ちだ。苦心して調整している甲斐がある。

 ブラッシングを始めた頃に一度、どうして同室の涼風に頼まないのか聞いたことがあった。理由はシンプルで、涼風のブラッシングは痛いらしい。ちょっとがさつな所のある涼風らしいというかなんというか。因みに村雨姉さんは、と聞いたところ、何時までも離してくれないらしい。延々と髪の手入れやら美容の話やらと続き収拾がつかなくて大変らしい。

89: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:29:42.37 ID:fVA67GnO0
「はい、これで終わりね」

「ありがとうお姉ちゃん!」

五月雨は固まった体をほぐすために、大きく体を反らした。するとバランスが崩れ、こちらに倒れこんできた。私があわてて支えたから大丈夫だったが、どうもおっちょこちょいな妹である。

「えへへ、ありがと」

「もう、危なっかしいなぁ……」

 きっとこういう所があるからつい構いたくなってしまうのだ。ある意味魅力といえなくも無いが、いつかやらかしてしまいそうで少し怖い。苦笑しながら頭を撫でる。やっぱり私の妹はかわいい。

90: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:31:37.19 ID:fVA67GnO0
「そういえばね、最近夜になると思い出すの」

「え?」

「夜になるとね、なにか比叡さんに謝らないといけなかったような気がして……でもよく何のことで謝んなきゃいけないかわかんないのに謝るのもおかしいなぁって」

 五月雨を撫でる手が止まり、抱き締める格好のまま私は何も言えず黙り込んだ。だが五月雨はそんな私に気づくことも無く、もう消灯時刻が間近だと気が付き、慌てて出て行った。去り際のお休みなさいに、私はちゃんと返事が出来たか覚えていなかった。

91: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:36:45.80 ID:fVA67GnO0

 布団にもぐりこんでも頭の中はぐちゃぐちゃのままだった。

 五月雨には昔の記憶が存在しない。ソロモン海で比叡さんを誤射したことも、夕張さんの最後を見届けたことも。そして村雨姉さんの沈没も、私が五月雨の目の前で大爆発をおこして轟沈したことも、全てを忘れている。今まではなんのそぶりも見せなかったのに。なぜ今になって記憶の欠片を見つけてしまったのか。

 五月雨の戦歴は長い。一番長く戦ったのが時雨姉さんで、二番目に長いのが五月雨だ。時雨姉さんの精神が不安定なのは、戦いの記憶が何時までも消えないからだ。次々に沈む僚艦、爆弾の衝撃、真っ二つに千切れて海に沈む仲間。最近は少しずつ落ち着いてきているらしいが、それでもまだ、安定には遠いらしい。

 五月雨に記憶がないのは幸せなのだろうか。全てを思い出したとき、甲斐甲斐しく自分に世話を焼く姉が、自分の後ろで髪を櫛く姉が、自分の目の前で死んでいると知った時、五月雨の世界はどうなるのだろうか。

92: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:37:40.84 ID:fVA67GnO0
 寝返りをうち、窓のほうに顔を向けた。カーテンをかけていない窓からは、明るい月の光が差し込んでいる。こんなに明るいという事は月が綺麗に出ているのだろう。いつもは優しく包み込むような月の光が、今日は残酷な冷たさを感じさせる。ぎゅっ、と布団の端を抱く。私の夜はまだまだ終わりそうに無かった。 

93: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:47:16.49 ID:fVA67GnO0
潜水艦達とその母の夜

94: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:51:42.76 ID:fVA67GnO0
 こっ、かっ、こっ、かっ

 室内に備え付けの時計の音が響いている。後はいくつかの呼吸音と、僅かな衣擦れの音が聞こえるだけだ。

 潜水艦達の部屋は、最近少し特殊な物に変えられた。と言うのも、潜水母艦大鯨の着任によるものである。以前は各自、個室が与えられそこで寝ていた。今は大鯨を中心に、彼女を囲むように寝ている。

 潜水艦は今も昔も過酷な任務に従事している。個室が与えられるのはその代償とも、個別行動が多かったとも言われている。だが、正確な所を言えば少し違う。
 実は潜水艦が着任し始めた頃は二人部屋にしていた。だが、夜中になるとどちらか一方が突然叫ぶのだ。『爆雷投射!!』だとか、『急速潜行!!』と。もちろん叫んだ瞬間、両方が目を覚まして飛び起きる。そして両方とも陸の上にいることを確認し、ため息をついて再び眠るのだ。これでは落ち着いて良質な睡眠をとることは到底無理だ。そのための対策として、通常より壁の厚い個室で、せめて、少しでも安心して寝られるようにというのが事の真相である。この処置により、夜中に起こされることは無くなったが、夜中に突然目が覚めるということ自体は無くならなかった。

95: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 00:56:27.15 ID:fVA67GnO0
 これを変えたのが大鯨の着任である。昔、彼女達が鉄の船であったころは大鯨などの潜水母艦に船体を寄せ、ひと時の休息を取っていた。もしかしたら、とこれに倣って彼女を囲むように寝たところ、見事朝までぐっすりと眠ることができ、かつて無いほど気持ちよく出撃できた。潜水艦達は沖ノ島沖戦闘哨戒(2-5)に出撃した面々への感謝を次々に口にし、崇め称えたという。

96: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 01:00:24.87 ID:fVA67GnO0
 さて、これで問題は全て解決されたように思われた。だがこのシステムは新たな問題、静かな戦いの火蓋を落とすことにもなったのだ。

 今、大鯨は右半身を下に丸まって寝ている。恐らく胸の重みが呼吸を妨げるだからだろう――彼女の は豊満であった。そしてその豊満な に顔を埋めるように寝息を立てているのは伊401だ。埋もれて顔は見えないが、時折ぐへへへへと気持ち悪い笑い声が聞こえる。間違いなくだらしない笑みを浮かべているのだろう。

 伊58は突然目が覚めた。ふらり、と体をおこし、目をぐしぐしと擦っている。因みに伊58が居たのは大鯨の臀部、つまりは尻である。目を覚まし、未だ半覚醒状態の伊58は大鯨の を堪能している伊401をゴロゴロと転がして隅によけ、自分がその胸に納まった。先ほどまで居た伊401がやっていたように胸に顔を埋め。同じようにだらしない顔をしている。なお、空いた臀部には伊168が太ももから移動した。そして、ある時は、首筋と髪を堪能していた伊19が伊8にどけられたり、胸に顔を埋める伊58のそのお腹に呂500が顔を突っ込んだりと潜水艦の塊は、次々に形を変えていく。

97: ◆qOSv/CKab2 2015/04/21(火) 01:10:04.51 ID:fVA67GnO0
 ここには熾烈な戦争があった。各自がお気に入りのポジションを独占したがり、蹴落とされては這い上がる。因みに一番人気は胸、最下位は伊58のお腹である。ろーちゃん大勝利、ですって!! 

 各自が全く意識を持たないままに行われる真夜中の闘争は終わりを見せることはない。取っては取られ、血で血を洗うような戦いだ。今、寝返りを打った大鯨が、背中に張り付いていた伊168を抱き寄せる形になった。見事な大逆転を決めた伊168の表情は心なしか誇らしげだ。一方xxxれた伊58は腹いせのように呂500に背を向けた。伊19は何故か足の裏に顔面を寄せているし、伊8は伊19の匂いを消すかのように大鯨に頭を擦り付けている。伊401は壁際で何かを求めるようにもがいている。

 彼女達の戦いは続く。いくつもの勝利と敗北を経て、逆転に次ぐ逆転に一喜一憂し、悲喜こもごもの夜は更けていく。

 蛇足ではあるが、まるゆは木曾のところで寝たりあきつ丸と寝たりと一番快適な夜を過ごしているそうだとさ。

引用元: 艦娘達の夜