4: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 09:57:11.44 ID:gId9aM0B
序章

道着姿の清廉な少女と鮮やかな着物姿の可憐な少女は、向かい合って互いの目を見つめる。

「約束します…なにがあっても私があなたを護ります」

「うん、約束だよ…ずっと私のそばにいてね」

幼き少女たちは、その小さな指をからませる。
それは懐かしい記憶。いつまでも胸に秘めた誓い。

そして、物語の始まり。 

5: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 09:58:03.90 ID:gId9aM0B
第1話『戦ばかりの世の中で』

時代は戦国、世は戦乱。
各地に根を張る国々が、天下統一という野望を掲げてその力を広げていた。
まさに弱肉強食の世界でこの高坂国もまた、天下を望む国のひとつだった。

穂乃果「いやー、今日もおむすびがうまいっ!」

海未「こら、穂乃果!」

穂乃果「ギクッ!」

海未「また間食をしているのですか!夕飯が食べられなくなるでしょう!」

穂乃果「だ、大丈夫だよ〜、ちょっとくらい」

6: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 09:59:20.35 ID:gId9aM0B
海未「まったくもう、あなたという方は…もう少し自分が国の姫君だということを自覚した行動を——」

穂乃果「あーん、もう、分かってるよお〜!海未ちゃんは厳し過ぎるんだよ…」ボソッ

海未「なにか言いましたか?」ギロッ

穂乃果「ううん、なにも言ってないよ?」

海未「はあ、まったく…」

叱咤される姫と溜息をつく武士という珍しい構図を描くのは、高坂国の姫君・高坂穂乃果と、そのお付きの武士・園田海未だ。

7: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:00:53.60 ID:gId9aM0B
穂乃果「というか、海未ちゃんもちょっとは穂乃果のこと甘やかしてもいいじゃん!穂乃果は姫なんだよ?」

海未「だからこそです。あなたはこの国の顔とも言える存在なのですから、その名に恥じぬ言動を心がけてもらいたいのです」

穂乃果「ちぇっ、海未ちゃんは堅物なんだから」

海未「堅物で結構です」

だがしかし、戦乱の世といっても、みんながみんな乱れ狂っているというわけではもちろんなかった。

この高坂国はここ数年間で戦は無く、平和な生活が続いていた。民も城の役人も、そして兵士たちも、平穏で安らかな日々を送っていた。
それはこの姫たちもだ。

穂乃果「そうだ海未ちゃん、今日は稽古はいいの?」

海未「朝にみっちりやってきましたよ。夜にもまたやる予定です」

穂乃果「そっかあ」

8: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:01:29.00 ID:gId9aM0B
海未「なんですか?私にどこかに行ってほしいと?」

穂乃果「い、いやいや、そうじゃないよ〜!」

海未「…まあいいです。私はあなたに嫌われようが、あなたを護るのが役目ですから」

穂乃果「べつに海未ちゃんのことが嫌いってわけじゃないよ」

海未「ではどういうことなのですか?」

穂乃果「だからなんでもないよ!」

穂乃果(ただ単純におむすびが食べたいだけだよ…)


???「失礼します」ガラガラ

9: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:02:31.18 ID:gId9aM0B
穂乃果「あ、はーい」

海未「おや、善子。どうしましたか?」

善子「師匠、殿からの伝令よ。今から小泉国へ向かうわよ」

部屋の戸を開けて現れたのは津島善子。善子もまた、高坂国に仕える武士のひとりである。

海未「小泉国ですか?これはまた急ですね」

穂乃果「小泉国って、花陽ちゃんのいるとこだよね」

海未「ええ、私たちの国とは友好的な関係の国です。何度か花陽姫が来たこともありましたね」

善子「とにかく、準備してちょうだい」

海未「まあ、分かりました。あなたも行くのですか?」

10: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:04:05.75 ID:gId9aM0B
善子「そうよ。今回は師匠と私の2人みたいね」

穂乃果「行っちゃうのかー…頑張ってね、2人とも!」

海未「ちょっと嬉しそうなのが気になりますが…はい、行ってきますね」

〜〜〜

何人かの部下を連れて、海未と善子は旅路についていた。
この2人の関係は善子の海未に対する呼称で分かるように、師弟関係でもある。
そうなった経緯などは後においおい語られるとして、今回はなぜ彼女たちが小泉国に派遣されたのだろうか。

善子「まあ、あんまりいい話ではないんでしょうね、国の最強とその次に強い武士が行くってことは」

海未「そうでしょうね…託されたこの文書の中身が気になるところです」

はやくも不穏な気配を感じつつも、海未たちは小泉国へ向かう。
善子の言う通り、海未と善子は高坂国で1番目と2番目に腕の立つ武士である。
そんな2人が一緒に赴くということは、それが場合によっては危ない状況になるということを示しているのは明白だろう。

12: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:05:49.62 ID:gId9aM0B
善子「そういえば師匠って、姫様とどうしてあんなに仲がいいの?」

海未「あら、言ってませんでしたか?」

善子「聞いたことないわ」

海未「そうでしたか…と言ってもべつに、たいした理由はありませんよ。ただ昔から側に居ただけです。穂乃果と同じくらいの年齢の女子が少なかったから、私がよく一緒に遊んでいたんです」

善子「ふーん、そうなんだ…そのへん、私は後から来たからよく分からないけど」

海未「善子…大丈夫ですよ、私はあなたのことも好きですから」

善子「どうしたのよ急に」

海未「こういう好意は素直に受け取っておけば良いのです」

善子「そう…ありがとね」

14: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:07:43.62 ID:gId9aM0B
〜〜〜

そんな会話をしているうちに、彼女たちは小泉国へ到着した。

善子「へえ、ここが小泉国なのね」

海未「はい、平和そうな国です」

小泉城兵士「おい、お前らは誰だ?」

海未「私たちは高坂国から使者として参りました。城へ案内して頂ければ嬉しいのですが…」

小泉城兵士「こ、これは失礼しました。どうぞ、こちらです」

善子「案外簡単に入れるのね」

海未「まあ、私たちが行くことはおそらくあちらも知っているでしょうから」

15: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:10:33.19 ID:gId9aM0B
小泉城兵士「こちらの部屋でお待ちください」

海未「はい、ありがとうございます」

善子「誰が出てくるのかしらね?」

海未「さあ…」

???「おまたせしました!」ガラッ

海未「どうも、高坂国の園田海未と申します。あなたは…星空凛さんですね」

凛「あれ、あなたは園田海未ちゃん?」

善子「え、なに、2人とも知り合い?」

海未「ああ、いや、前に花陽姫が高坂国へ来たときにそばに居た気がしたのですが」

凛「うん、そうだよ!海未ちゃんも穂乃果姫のそばに付いてたよね?」

海未「ええ、そうですよ」

善子「ああ、なるほどね」

凛「それでそれで?今日はどうしたの?」

海未「今日はこちらの文書を渡しに来たのですが…あなたに渡せば良いのでしょうか?」

16: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:12:39.45 ID:gId9aM0B
凛「ああ、そのことか!うん、今回のことは凛に一任されてるんから大丈夫だよ!」

海未「そうですか、ではこちらを」

凛「承りました!えっと、どれどれ…」シュルルッ

善子(どうなるかしらね)ボソッ

海未(さあ、こればかりは…)ボソッ

凛「…なるほど、そういうこと」

文書をひと通り読み終わると、さっきまでニコニコして陽気だった凛は態度を激変させる。
その目はもう既に、敵を見る目になっていた。

凛「『今後一切、小泉との関係を断ち切る』ね…」

善子(やっぱり)

海未「……」

凛「そっちがそういう構えなら、こっちにも考えがあるよ」

17: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:15:29.93 ID:gId9aM0B
海未「考え…というと?」

凛「……」スッ

凛はおもむろに立ち上がると、腰に帯びた刀を抜いて海未に向けた。

善子「…!」ガタッ

海未「善子」

対抗して抜刀しようとする善子を止めると、海未は座したまま凛の方をじっと見つめる。

凛「ここで海未ちゃんたちを斬るようなことはしない…そのかわり早く出て行ってよ」

海未「分かりました。失礼します」

善子「……」

18: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:20:01.13 ID:gId9aM0B
海未「善子、行きましょう」

善子「…分かったわよ」

凛「……」

〜〜〜

善子「案の定、だったわね」

海未「そうですね」

善子「これからどうなるのかしら…小泉もこのままってわけではないだろうし」

この乱世において、関係を断ち切るということは即ち、敵対するということと同義である。

海未「もしかすると高坂を攻めてくる可能性もあるでしょうが…だとしても今すぐにというわけではないでしょうね」

善子「まあ、あちらにしてみても突然のことだったでしょうしね」

海未「はい。戦になるとしても、それなりに準備があるはずです」

善子「その間にこっちも対策をしておくってわけね」

海未「そういうことになりますね…と、もうすぐ高坂国です」

善子「あー、見えてきたわ。やっぱりここが1番ね」

19: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:22:25.56 ID:gId9aM0B
海未「しかし、どうして殿はあのような文書を突然送ったのでしょうか…」

善子「さあね。私もよく分からないわ」

海未「……」

〜〜〜

【天守】

海未「失礼します」ガラッ

穂乃果父「……」

海未「今回の小泉の件で、伺いたいことがあるのですが」

穂乃果父「……」

海未「どうしてあのような内容で送られたのですか?あんな急だと、小泉が怒ってしまうのも無理ないかと…」

穂乃果父「……」

海未「…そうですか。失礼しました」ガラガラ

海未(答えてくれませんでした…殿はいったい何を考えているのでしょうか)

20: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:26:30.55 ID:gId9aM0B
〜〜〜

穂乃果「あ、海未ちゃん!おかえり!」

海未「穂乃果。ただいま帰りました」

穂乃果「それで、どうだったの?」

海未「それが、あまり良くない事態になってしまいました」

穂乃果「良くない事態…?」

海未「私たちは小泉に、戦線布告をしてしまったかもしれません」

穂乃果「えっ…それ、お父さんはなんて?」

海未「残念ながら、そのことを聞いても何も答えていただけませんでしたよ」

穂乃果「そっか…」

穂乃果(お父さん…)

海未「穂乃果?」

穂乃果「え?なに?」

海未「どうしたのですか、そんなに俯いて」

穂乃果「う、ううん、べつになにもないよ!でも、そうなったらもう準備するしかないよね」

海未「そうですね…私も頑張らなければ」

穂乃果「うん、頑張ってね!穂乃果は何もできないけど…でもいっぱい応援してるから!」

海未「それだけで十分チカラになりますよ。ありがとうございます」ナデナデ

穂乃果「えへへ…」

21: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:29:32.42 ID:gId9aM0B
〜〜〜

【小泉城】

凛「それで、高坂のことはどうしますか?」

花陽父「……」ゴソゴソ

凛「え、凛に一任するってことですか?」

花陽父「……」コクコク

凛「分かりました…やってみます!失礼しました!」ガラガラ

凛「ふぅ…よーし、やってやるぞ…!」

花陽「凛ちゃんっ」

凛「あ、かよちん——じゃなくて、姫様!」

花陽「いいよ、かよちんで」

凛「そんなわけにはいかないよ…いや、いきません!」

22: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:31:11.11 ID:gId9aM0B
花陽「もう、凛ちゃんったら…」

花陽「本当は昔みたいに呼んで欲しいのに…」ボソッ

凛「ん?どうしました?」

花陽「ううん、なんでもないよ。それより、お父さんと何を話してたの?」

凛「あ、それがね、近々高坂国と戦になるかもしれないんだ」

花陽「ほ、ほんと!?」

凛「でも大丈夫。凛が絶対かよちんを守るから!」

花陽「うん…でも、無理しちゃダメだよ?」

23: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:41:49.19 ID:gId9aM0B
凛「分かってるよ!ありがとう、かよちん!大好き!」

花陽「私も大好きだよ♪」

凛「って、また普通の喋り方に戻っちゃった…ではまた!姫様!」ダッ

花陽「うん、またね」

花陽「…はぁ」

花陽「凛ちゃん、大丈夫かな…心配だなあ」

24: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:43:07.04 ID:gId9aM0B
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第2話『つまる日常』

この日、高坂城に訪問者あり。
いろいろな警備が敷かれ、城の守りは最大となっていた。
そこまでするということはつまり、訪れるのはかなりの重要人物であるということだ。
そんな城内の緊張をよそに、気楽にルンルン気分でその客人の来訪を待っている楽天姫がひとり。

25: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:47:50.10 ID:gId9aM0B
穂乃果「まだかなーまだかなー」ワクワク

海未「少しは落ち着いたらどうですか。それにこれはあくまでも遊びではなく仕事ですよ、ワクワクしている場合ではありません」

穂乃果「えー、だって久しぶりにことりちゃんが来るんだよ?これがワクワクせずにいられるもんでござるか!」

海未「なんですかその口調は…あ、来たみたいですね」

穂乃果「ほんと!?どこどこ!?」

海未「まだ城の門をくぐったところですよ」

穂乃果「あ、ほんとだ、ことりちゃんだ!おーい!」フリフリ

ことり「!」フリフリ

穂乃果「あ、振り返してくれたよ!」

海未「『振り返してくれたよ!』ではありません!窓から身を乗り出したら危ないですよ!」

26: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:51:28.67 ID:gId9aM0B
穂乃果「大丈夫だよー、このくらい」

海未「まったくあなたは…」ハァ

穂乃果「あ、それより海未ちゃん?」

海未「はい、なんでしょう?」

穂乃果「ことりちゃんが可愛いからって、あんまりジロジロ見たりしちゃダメだからね?」

海未「なっ…そんなことしませんよ!」

穂乃果「ほんとにー?でもこの前ことりちゃんが来た時、ことりちゃんと話してて顔赤くなってたじゃん」

海未「あ、あれは、その…」

穂乃果「ほらほらー」

27: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:56:31.27 ID:gId9aM0B
海未「ち、違います!」

海未(あのときは…)

〜〜

ことり『ところで海未ちゃん?』

海未『はい?』

ことり(穂乃果ちゃんのこと、やっぱり好きなの?)ボソッ

海未『!?』

ことり『あ、やっぱりそうなんだ〜♪』

海未『な、なんですかいきなり!?』

穂乃果『なになに?どうしたのー…あ、海未ちゃん赤くなってるー!』ニヤニヤ

ことり『ふふふっ♪』

28: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 10:59:36.24 ID:gId9aM0B
〜〜〜

海未「あ、あれは違うんです!」

穂乃果「もう、素直じゃないんだから〜」

ガラガラッ

善子「失礼します。ことり姫が来られました」

ことり「やっほー、穂乃果ちゃん!」タッタッ

穂乃果「あ!ことりちゃん!やっほー!」

ことり「海未ちゃんもやっほー!」

海未「ことり姫、お久しぶりです」

ことり「もー、海未ちゃんは相変わらず堅いなあ」

穂乃果「そうでしょー?」

ことり「ほら、ことりのことも呼び捨てでいいんだよ?」

海未「そんなわけにはいきません。ことり姫はあくまでも他国の姫君なのですから」

ことり「ちぇっ」

29: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:03:57.34 ID:gId9aM0B
穂乃果「ことりちゃん、今日はどうしよっか?」

ことり「そうそう、今日はいいものを持ってきたんだ〜♪」

穂乃果「いいもの?」

ことり「うん!真姫ちゃーん」

ガラッ

真姫「まったく…こんなに持ってくる必要あったの?」

そこに入ってきたのは赤髪の少女。凛とした佇まいに気品のある顔立ちをしている少女だ。
その腰には大きな刀が携えられており、少女が武人であることを示していた。

ことり「えへへ、でもいっぱいあった方がいいでしょ?」

真姫「持ってくる方の身にもなりなさいよ…」

海未「あなたは…ことり姫に仕えている西木野真姫さんですか」

真姫「あら、私のこと知ってるの?それは嬉しいわね、園田海未」

海未「あなたも私のことを?」

真姫「ええ、もちろん。高坂国随一の剣豪といえば、あなたでしょ」

海未「随一だなんて、そんな大層なものではありませんよ」

真姫「ふふっ、まあいいわ。それよりほら、これここに置いとくわよ」

30: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:10:28.94 ID:gId9aM0B
ことり「あっ、雑に扱っちゃダメだよ!ゆっくりね?」

真姫「はいはい」ソッ

真姫「じゃあ、私は帰るわね」

ことり「うん、ありがとね、真姫ちゃん」

海未「真姫、いいのですか?ことりを置いて帰っても」

真姫「私もいろいろ用事があるのよ…それに、あなたがいるから大丈夫でしょ。あと、その子もね」チラッ

善子「…!」

海未「…分かりました、ご苦労様です」

真姫「……」ガラガラ

善子「じゃあ、私も行くわね」

海未「はい、善子もご苦労様です」

善子「あとは3人でごゆっくり」ガラガラ

31: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:13:29.48 ID:gId9aM0B
穂乃果「それで、そのいっぱいあるやつは何なの?」

ことり「これはねぇ…じゃーん!ことりの着物たちだよっ!」

穂乃果「おお!」

ことり「今日はこれを穂乃果ちゃんに着てもらおうと思って持ってきたんだぁ♪」

穂乃果「ホントに?穂乃果が着てもいいの?」

ことり「うん♪そのために持ってきたんだから」

穂乃果「わーい!」

ことり「じゃあ最初は…これなんてどうかな?」

35: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:24:41.11 ID:gId9aM0B
穂乃果「わあ、可愛い〜!」

ことり「じゃあ早速お着替えしましょう♪」

穂乃果「うん!…あ、海未ちゃんはまだこっち見ちゃダメだよ?」

海未「み、見てませんよ!というか、べつに見てもいいでしょう?」

穂乃果「…見たいの?」

海未「そそそ、そういうわけでは…」

36: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:29:06.90 ID:gId9aM0B
穂乃果「じゃあ、穂乃果の着替えなんて見たくないんだね…」

海未「そんなわけないでしょう!」

穂乃果「へぇ〜?」ニヤニヤ

ことり「ふぅ〜ん?」ニヤニヤ

海未「あ、いや、その…」

穂乃果「ま、海未ちゃんをいじめるのはこの辺にしとこうかな」

ことり「そうだね〜」

海未「くっ…」

37: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:33:53.80 ID:gId9aM0B
ことり「さて、じゃあ今度こそ着てもらおうかな♪」

穂乃果「うんうん!」

〜着替え中〜

穂乃果「じゃーん!どうかな?」

ことり「わぁ〜、やっぱり可愛いよぉ♪」

穂乃果「そう?えへへっ」

穂乃果「海未ちゃんはどう思う?」

海未「いいんじゃないですか?」

穂乃果「えー、なんか反応薄いなぁ」

海未「そんなことを言われましても…」

ことり「海未ちゃん、ちょっとちょっと」ヒョイヒョイ

海未「?」

38: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:37:21.68 ID:gId9aM0B
ことり(好きな子にはちゃんと可愛いって言わないとダメだよ?)ゴニョゴニョ

海未「なっ!だからそういうわけではないと——」

ことり「いいからいいから♪」

穂乃果「どうしたの?」

ことり「ほら、海未ちゃん?」

海未「うぅ…えっと、その…なかなか可愛いですよ…?」

穂乃果「海未ちゃん…!」パア

ことり「だって!よかったね穂乃果ちゃん!」

穂乃果「うんっ!」

海未「やっぱり恥ずかしいです…」

ことり「よーし、じゃあ次いってみよう♪」

穂乃果「おー!」

39: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:43:02.01 ID:gId9aM0B
〜〜〜

ことり「これで全部だねっ」

穂乃果「いやー、いっぱい着たね!」

元の着物姿に戻った穂乃果は満足したようだった。
傍らには今までに着た着物たちが散乱していて、片付けを考えると少し億劫にも思えるが、それは今は気にしない。

ことり「うん♪海未ちゃんもいっぱい褒めてくれたし良かったよ〜」

海未「」プスプス

穂乃果「あっ、そうだ!」

ことり「どうしたの?」

海未「」プスプス

穂乃果(ことりちゃん、これから城下町に行ってみない?)ゴニョゴニョ

ことり(いいね!でも、海未ちゃんは許してくれないんじゃ…)ゴニョゴニョ

穂乃果(そこは穂乃果に任せて!)ゴニョゴニョ

海未「…2人とも、どうしたんですか?」

40: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:44:30.70 ID:gId9aM0B
穂乃果「ことりちゃん…穂乃果、ことりちゃんが今着てる着物も着てみたいなぁ…?」チラッ

ことり「へっ?いいけど、でもそれじゃことりも脱がなきゃ…」

穂乃果「だから、一緒に着替えよう?」

ことり(あ、なるほど)

ことり「…うん、いいよ♪」

海未「…え?」

穂乃果「……」ヌギヌギ

ことり「んっ…」ヌギヌギ

海未「ちょ、ちょっと待ってください!何やってるんですか!?」

41: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:48:33.78 ID:gId9aM0B
穂乃果「何って…脱いでるんだよ?」

ことり「あ、海未ちゃんもしかして、ことりたちの脱いでるトコ見たいの〜?」

海未「そ、それは…」

穂乃果「海未ちゃん…いいよ?///」

海未「よ…よ…」

海未「よくないです!外で待ってます!」ダッ

海未「終わったら呼んでください!」ピシャッ

穂乃果「……」

ことり「……」

穂乃果「ほらね、うまくいったでしょ?」

ことり「うん、さすが穂乃果ちゃんっ♪」

42: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 11:52:29.65 ID:gId9aM0B
穂乃果「よーし、じゃあ行こう!」

ことり「でも、どこから出るの?」

穂乃果「それはねぇ…ここからだよ!」

ことり「ここからって…ふえぇ!?窓から〜!?」

穂乃果「大丈夫、ちゃんと降りれるから!」

ことり「でも…うーん…まあ、穂乃果ちゃんが言うなら…」

穂乃果「よし、行くよ!」バッ

ことり「あ、待ってぇ〜!」バッ

【廊下】

その頃、廊下では海未がひとり悶えていた。

海未「……」

海未「うぅ…まだでしょうか…」

海未「穂乃果ー?まだですかー?」

早く見たいから…ではなく、いつまでも廊下にいるのは寂しいため、海未は襖越しに穂乃果を呼んでみる。
しかし、返事はなかった。

海未「それにしても遅いですね…」

43: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:00:35.15 ID:gId9aM0B
海未「……」

海未「ちょっとくらい、覗いても大丈夫ですよね…?」

海未「だ、大丈夫に決まってます!そもそも女同士なんですから…はい、大丈夫です」

海未「ほ、穂乃果…?」チラッ

海未「…穂乃果?」

海未「——まさか!」ガラッ

海未「いない…」

しかし部屋を見渡すと、そこには空いた大きな窓が。

海未「窓から外に出ましたね!?」

海未「くっ、やられました…至急城の者たちに連絡して探さなければ!」

44: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:01:56.81 ID:gId9aM0B
〜〜〜

穂乃果「ほらね、出られたでしょ?」

ことり「うん、穂乃果ちゃんすごい!」

穂乃果「えへへっ、でしょ?」

ことり「それで、これからどうする?」

穂乃果「うーん、穂乃果はあんまり城下町には来たことないから、何をすればいいのか分かんないなあ…ことりちゃんは?」

ことり「ことりも一緒だよ〜。でも、真姫ちゃんがたまに連れていってくれるから、なんとなく分かるかも?」

穂乃果「おお!それは心強い!」

ことり「こういうときはねぇ…まずは変装するの!」

穂乃果「たしかに、姫だってバレちゃうもんね」

ことり「はい、この布で顔を隠して♪」シュルシュル

穂乃果「はーい」シュルシュル

ことり「これで多分大丈夫♪」

穂乃果「なんか…いいね!」

ことり「そうだね!なんか…いいよねっ!」

穂乃果「それで、次は?」

ことり「えっとねぇ…お店を回るの!」

穂乃果「いっぱいお店があるけど、どこに行けばいいのかな?」

ことり「うーん、そうだねぇ…」

45: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:12:31.08 ID:gId9aM0B
「お嬢ちゃんたち!」

不意に声をかけられ、2人は同時に振り向き、互いに目を合わせる。

穂乃果「?」

ことり「ことりたちのことかな?」

露店商「そうそう、君たちだよ。今日はいい感じの飾り物があるんだけど、ひとつどうだい?」

穂乃果「おお、綺麗だね〜」

ことり「そうだね〜」

露店商「これなんてどうだい?ほら、橙色と白色でお嬢ちゃんたちにピッタリだよ」

穂乃果「わあー、ホントだ!」

ことり「だね!」

露店商「これ2つで値段はたったのこれだけだよ!」

穂乃果「値段…でもそういえば、穂乃果たちお金持ってないや…」

ことり「お金ならあるよ!」

穂乃果「ホントに!?」

ことり「もしものときに役に立つと思って持ってたんだあ♪ほら!」

46: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:22:19.60 ID:gId9aM0B
穂乃果「すごいよことりちゃん!」

露店商「さあ、どうする?買うかい?」

ことり「はい、2つ買います♪」

穂乃果「あ、待って、これも!」

露店商「お、その青いやつもなかなかの上物だよー」

ことり「じゃあ、この3つください♪」

露店商「まいど!ありがとね!」

ことり「やったー♪はい、穂乃果ちゃん」

穂乃果「わあー、ありがとうことりちゃん!大切にするね!」

ことり「うん、ことりも!」

ことり「というか、その青い方は?」

穂乃果「これは海未ちゃんにあげるんだー♪」

ことり「そっかあ♪優しいね、穂乃果ちゃんは」

穂乃果「だって、海未ちゃん全然おしゃれしないんだもん」

ことり「あ、あはは、たしかにしなさそう…」

穂乃果「それじゃ、次いってみ——」ドンッ

「ってぇなあ」

47: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:23:13.25 ID:gId9aM0B
「ってぇなあ」

穂乃果「あ、ごめんなさいっ」

侍「お前、俺にぶつかっといて謝るだけで済むと思ってんのか?」

ことり「わ、わざとじゃないんです!」

侍「お前もこいつの友達か?じゃあ一緒に付いて来い!」ガシッ

穂乃果「は、離して!」

ことり「な、なにするんですか!」

侍「落とし前つけてもらうんだよ!」

【路地裏】

侍「俺は今イラついてんだよ…覚悟はできてるんだろうな?」

穂乃果「…なにをさせるつもりなの?」

侍「そうだな…じゃあまずは脱いで貰おうかなあ?」

ことり「そんな…」

48: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:28:21.47 ID:gId9aM0B
穂乃果「…嫌です」

侍「あ?」

穂乃果「嫌です!もう帰してください!」

ことり「穂乃果ちゃん…!」

穂乃果「ほら、行こう?ことりちゃん」スタスタ

侍「行かせるわけねえだろ!」ガシッ

穂乃果「は、離せ!」

侍「どうやら痛い目に遭わねえと分からねえようだな…歯食いしばれ!」バッ

ことり「穂乃果ちゃん!」

穂乃果「…!」

???「やめなさい!」

49: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:37:50.73 ID:gId9aM0B
侍「あん?誰だ!」

穂乃果「あ…善子ちゃん!」

善子「今すぐその方を離しなさい…さもないと」

侍「なんだなんだ?俺とやろうっての——ブヘッ!」

善子「……」サッ

侍(なんだこいつ!一瞬で間合いを詰めて殴ってきやがった…!)

穂乃果「うっ!」ドサッ

善子「大丈夫ですか、姫?」

穂乃果「う、うん、大丈夫だよ。ありがとね善子ちゃん」

侍「うぅ…」ヨロッ

善子「どうする?まだやるってんなら相手になるわよ」

侍「この野郎…上等だあ!」

いきり立って襲いかかってくる悪党の攻撃を、善子はいとも簡単に避けてしまう。

善子「……」バキッ!

善子は悪党の横に回り込むと、ひざを容赦なく悪党の腕に叩き込む。その腕が完全に折れたのは穂乃果たちにも分かった。

50: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:43:05.22 ID:gId9aM0B
侍「ぐぁ!」ズサッ

ひざをついた悪党は痛みで立ち上がれない。
というかそれ以上に、ここまでの圧倒的な力の差を痛感させられて、恐怖で立ち上がれないという方が大きかった。

善子「で?まだやるの?」

侍「ま、待った!俺の負けだよ、許してくれ!」

善子「そう。なら早く立ち去りなさい」

侍「は、はい!」ダッ

善子「まったく…」

穂乃果「あ、あの、善子ちゃん…」チラチラ

善子「…大丈夫ですよ、私は怒ったりしませんから」ニコッ

51: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:47:52.62 ID:gId9aM0B
穂乃果「…!」パァ

善子「…でも」

穂乃果「?」

善子「その人は分かりませんけどね」チラッ

海未「2人とも!!」

ことほの「「!?」」ビクッ

海未「なにをやっているんですか!」

穂乃果「海未ちゃん…えっと、その…」

穂乃果「ごめんなさい…」

ことり「ごめんなさあい…」

海未「謝るのは後です!それより怪我はしていませんか!?」

穂乃果「え?あ、うん、大丈夫だけど…」

海未「そうですか…よかった…本当に良かった…!」ガクッ

52: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:48:47.37 ID:gId9aM0B
穂乃果「う、海未ちゃん!?どうしたの、いきなり地面にへたっちゃって…」

海未「穂乃果にもしなにかあったら、私は、私は…」

穂乃果「海未ちゃん…」

海未「すみません、私が不甲斐ないばっかりに」

穂乃果「謝らないでよ海未ちゃん!悪いのは穂乃果なんだから!えーっと、えーっと…そうだ、これあげるから!」ヒョイッ

海未「これは…?」

穂乃果「さっき買った飾りだよ。海未ちゃんなら似合うかなーって思って」

53: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 12:50:28.11 ID:gId9aM0B
海未「穂乃果…」

穂乃果「あ、ちょっと待ってね、付けてあげる!…これをこうして…はい、できた!」

ことり「わあ、海未ちゃん可愛い〜♪」

海未「そ、そうですか?」

穂乃果「うん、とっても可愛いよ!」

海未「ありがとうございます…大切にします」

穂乃果「うん!じゃあ、みんなで帰ろっか」

ことり「そうだね!」

ことり(これは怒られずに…)イケルカナ?

海未「そうですね…あ、それはそうと2人とも」

穂乃果「どうしたの?」

海未「帰ったら…分かっていますね?」ニコッ

穂乃果「あ…」

ことり(だめだった)

善子「……」ヤレヤレ

55: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:18:58.92 ID:gId9aM0B
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第3話『儘ならぬ世界』

ところで、この戦国時代、多くの国が存在する中で最も強大な国はどこかと聞かれると、ほとんどの人はこう答えるだろう——黒澤国、と。

〜〜〜

ダイヤ「はぁ…どうしたものでしょう」

満月が夜空に浮かんでいる中、ここ黒澤国の城主である黒澤ダイヤは、国の頂点に君臨する者らしからぬ溜息をついてはうなだれていた。
頭を抱えるその姿はまだ齢18のあどけなさを少し残した少女だった。
しかしこの歳で城主になっているということは、その実力は相当なものであるといえるだろう。
というか実際に彼女の武術の心得は達人とも言えるほどに洗練されていて、この時代で彼女に敵う者はいないほどであった。

では何故、そんな黒澤ダイヤがここまで悩ましい様子なのだろう。

ルビィ「お姉ちゃん」ガラッ

ダイヤ「あら、ルビィ。どうしたんですの?」

56: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:20:33.10 ID:gId9aM0B
そんなダイヤのもとに来たのは黒澤ルビィ。ダイヤの妹だ。

ルビィ「なんだか眠れなくて」

ダイヤ「そうですか。では少しここでゆっくりしていきなさいな」

ルビィ「うん、そうするね…って、お姉ちゃんは何してるの?」

ダイヤ「国の運営についていろいろと考えていたのですが…やはり難しいものですわね」

ルビィ「ふーん…それ、お姉ちゃん1人でやってるの?」

ダイヤ「もちろんいろいろな作業があるので家臣に分担させているのですが、根本的な案を考えるのは私だけですわ」

ルビィ「そうなんだ」

57: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:21:40.60 ID:gId9aM0B
ダイヤ「やはり私がまだ若いからでしょうか…皆さんあまりやる気を出してくれない様子で…はぁ…」

ルビィ「お姉ちゃん…大丈夫?」

ダイヤ「…ええ、大丈夫です。まだ心配いりませんよ」

ルビィ「そう、でも無理しないでね」

ダイヤ「はい、分かっていますわ。ありがとう、ルビィ」ナデナデ

ルビィ「えへへ」ニコッ

ダイヤ(大丈夫、私ならできる)

ダイヤ(だって、こんなにも大きな支えがあるのですから)

決意を新たにしたダイヤの目には、輝きが宿っていた。それはまるでダイヤモンド——

58: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:22:44.17 ID:gId9aM0B
〜〜〜

一方で、今最も勢いのある国はどこかと聞かれたら、それはまた違う回答が多くなるだろう。
おそらく1番に出てくるのは——矢澤国。

〜〜〜

にこ「いやー、愉快愉快!」

縁側で陽気に笑っているのは矢澤にこ。矢澤城の城主だ。

希「もうにこっち、飲み過ぎじゃない?」

そしてそれを軽く諌めるのは東條希。矢澤にこの右腕にして、この国随一の軍師である。

にこ「今日くらいはいいじゃない、隣国に勝った祝いよ!」

希「うーん、まあいっか。それならウチも飲もうっと!」

にこ「お、さすが希!じゃあ改めて乾杯しましょう!」

希「うん、乾杯!」

にこ「かんぱーい!」

59: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:24:42.49 ID:gId9aM0B
希「にしても、ここまで来られるとはね」

にこ「そうね…にこたち、やっとここまで来たのね」

希「あのときの約束、まだ覚えてる?」

にこ「ええ、もちろんよ。忘れたことなんてないわ」

にこ「そのためににこはあれだけ努力したんだから」

希「あはは、にこっち、凄かったもんね。側から見てても、化け物じみた努力だったなあ」

にこ「一介の武士が城の城主になるのよ、そりゃ生半可な努力じゃ無理に決まってるでしょ。毎日鍛錬して、ときにはプライドも捨てて…でも、ここまで上り詰めることができた」

希「にこっちは、辛くなかったの?」

にこ「辛くない…と言えば嘘になるかもね。でも」

希「でも?」

60: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:25:42.96 ID:gId9aM0B
にこ「やめようとは思わなかったわ」

希「…ホント、かっこいいよ、にこっちは」フフッ

にこ「当然でしょ」

希「にこっちが将軍になってから、ウチを軍師として登用したんよね。やっぱり、反対とかあったの?」

にこ「まあ、ちょっとはあったわね。でも、にこにとってそれは絶対だったから、すぐ黙らせたわ」

希「…なんか悪いことはしたり?」

にこ「失礼ね、してないわよ。ただ、『にこと勝負して負けたら口を閉じろ』って言ってやっただけよ」

61: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:27:02.30 ID:gId9aM0B
希「いや、それほぼ無理やん…」

にこ「ま、にこは強いからね〜☆」

希「そういうところもにこっちらしいわ」

にこ「…ねえ、希」

希「ん?」

にこ「絶対に果たすわよ、あの約束」

希「うん、絶対…一緒に天下を取ろう!」

盃を交わす2人の遥か上には、行く先を暗示しているかのような満月——

62: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:28:23.66 ID:gId9aM0B
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第4話『出会いの話』

善子「はあぁ!!」

早朝、まだ霞みがかった薄暗さが残る中、気迫溢れる声と共に善子はその木刀で斬りかかる。
普段の戦いでは冷静に無駄のない動きで相手を制するタイプの善子だが、この人が相手のときだけは違った。

海未「……」

その相手はもちろん、海未だった。
海未は善子の一太刀を簡単に躱すが、まだ反撃はしない。

善子「やあぁ!!」

善子もそれをかわされるのを分かっていたかのように、連続で次の攻撃を仕掛ける。
善子の算段ではこれで決まる予定だったが、海未はそこまで甘くない。

海未「…!」

63: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:31:06.17 ID:gId9aM0B
海未はそれも容易く避け、そこで善子に一撃をお見舞い——と思われたが、善子もなかなかの腕前、それを掠めて間一髪で回避する。

すると今度は海未の怒涛の連撃が始まる。1発、2発と善子はその重たい攻撃をなんとか受けていくが、ついに海未の勢いの方が勝る。

海未「やあぁ!」パキンッ!

善子「ぐぁっ…!」

7発目ほどで善子の木刀は弾かれてしまい、ここで試合は終了だ。

善子「くっ、また負けた…」

海未「まだあなたに遅れをとるわけにはいきませんからね…とは言え、なかなか良かったですよ、善子」フフッ

善子「そんな余裕そうな顔で言われても嬉しくないわよ」フンッ

64: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:32:11.00 ID:gId9aM0B
海未「まあまあ…」

穂乃果「あ、2人とも!」

海未「おや、穂乃果。おはようございます」

善子「おはようございます、姫」

穂乃果「うん、おはよう!今日も朝から一緒に稽古?」

海未「ええ、日課ですから。穂乃果も早いのですね」

穂乃果「うん、なんか目が覚めちゃった。それより2人とも、ちょっと休憩しない?」

海未「そうですね、ちょうど区切りもいいですし」

善子「そうね」

65: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:35:15.89 ID:gId9aM0B
〜〜〜

海未を真ん中にして、3人は縁側に座る。
まだ時刻にして6時前くらいだろうか、適度に涼しい風が吹いて海未と善子の汗を乾かす。

穂乃果「そういえば、もう善子ちゃんが来てから結構経つよね」

海未「そう言われてみれば、そうですね」

善子「…ええ、そうね」

海未「善子はもともと、矢澤国の出身でしたか」

善子「そうよ」

穂乃果「私たちがまだ子供だった頃に、この国と矢澤国との戦があって、そのときに善子ちゃんはここに連れてこられたんだよね」

善子「はい…私もよく覚えてないですけど」

穂乃果「善子ちゃんは、その…恨んでないの?この国のこと」

そんな穂乃果の率直な質問に、善子は少し詰まってしまう。

海未「大丈夫ですよ、あなたがここでなんと言おうと、私たちはあなたを責めたりしませんから」

66: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:37:31.54 ID:gId9aM0B
穂乃果「うん、そうだよ。それに言いたくなかったら言わなくても大丈夫だからね」

善子「…まあ、正直言って、最初は恨んでたと思います。でも、ここで暮らしていくうちにだんだんそんな感情もなくなりました」

海未「善子…」

善子「敵国の遺児だった私をここまで育ててくれたんだから、むしろ感謝してるくらい」ニコッ

穂乃果「善子ちゃん…善子ちゃんは本当に善い子だね」

海未「ええ、本当に」

善子「ちょっとやめてよ、恥ずかしい…」

穂乃果「それで、善子ちゃんはこの国に来てからは海未ちゃんと一緒に育てられたんだよね」

善子「はい、そうです」

海未「あの頃の善子は、まだまだ弱かったです」

善子「し、仕方ないでしょ、まだ子供だったんだから!」

海未「ですが私はもうそのときには一人前でしたよ?」フフッ

67: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:39:59.98 ID:gId9aM0B
善子「そ、それは…」

穂乃果「でも善子ちゃん、そこから頑張ったんだよね。今じゃ海未ちゃんと並ぶこの国最強の武士だよ」

善子「いいえ、まだ並んでなんかないです…まだ」

海未「自分に厳しいことは良いことですが、たまには自分を認めるのも大事ですよ?」

善子「…それ、嫌味かしら?」

海未「い、いえ、そんなつもりでは!」

善子「冗談よ、分かってるわ。師匠はそんなこと言わないもの」

海未「ホッ…」

穂乃果「ていうか善子ちゃん、海未ちゃんのこと『師匠』って呼ぶよね」

善子「ああ、それは昔からの癖ですから…それに、今でも師匠は私の師匠ですし」

68: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:42:45.78 ID:gId9aM0B
海未「私が言うのもアレですが、善子はあのときよく耐えたと思いますよ、私との修行の日々を」

善子「最初の方はホントに地獄だったわよ」

穂乃果「へぇー、どんなことしてたの?」

善子「…聞きますか?」

穂乃果「…うん」ゴクッ

善子「早朝、まずは素振りを2000回」

穂乃果「あー、もう大丈夫、だいたい分かったよ」

海未「あれは私でもきつかったですからね」

善子「まあ、今となってはいい思い出よ」

海未「そう言ってもらえるなら良かったです」

69: 名無しで叶える物語(きびだんご) 2021/09/28(火) 14:47:32.46 ID:gId9aM0B
穂乃果「…それにしても、こうしてると平和だねー」

海未「そうですね」

善子「ええ」

穂乃果「こんな時がいつまでも続くといいのになあ…」

海未「…本当に」

善子「…その通りね」

この戦乱の世でそんなことはあり得ないと、誰もが分かってはいた。
いつかはどこかの国と戦になり、平和は続かない。自分がいつ死んでしまうかも分からない。
でも、それでも。

もう少し、このときだけは——

74: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:42:19.52 ID:DcnLtave
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第5話『もう少しだけ』

穂乃果「おお、あれなにー!?」

海未「穂乃果、あまりはしゃがないでください、みんなが注目するでしょう」

穂乃果「えへへ、ごめんなさーい」

物珍しい露店を指差す穂乃果に、それを諌める海未。
そんな2人の姿が、この日はなんと城下町にあった。

海未(はあ…まったく、なんでこんなことに…)

〜〜〜

場面はおよそ1時間前にさかのぼる。

75: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:43:27.18 ID:DcnLtave
穂乃果「城下町に行きたい!」

海未「ダメです」

穂乃果「なんでなんでー!?いーきーたーいー!!」

海未「前もことりと行って危ない目に遭ったでしょう?なのでダメです」

穂乃果「ゔー…じゃあ海未ちゃんが一緒に来てくれればいいじゃん!」

海未「それでも万が一ということがあるでしょう」

穂乃果「…もう、じゃあ分かったよ」

海未「…やけに素直ですね?」

穂乃果「どうせ穂乃果はここで一生外に出ずに終わるんだ…城下町に出ることすら許されずに…こうやって自由の無いまま束縛され続けて、いつのまにかお婆さんになっちゃうんだ…」

76: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:44:43.37 ID:DcnLtave
海未「うっ…」

穂乃果「あーあ、ちょっと城下町に出るだけでいいのになあ…それだけのこともできないんだなあ、私は…」チラッ

海未「そ、そんなことを言われましても…」シュン

穂乃果(よし、効いてる効いてる)

海未「わ、私にもあなたを守る義務が…」

穂乃果(ここでことりちゃん直伝の必殺技!)

穂乃果「ねえ、海未ちゃん…」ギュッ

穂乃果「おねがぁい!」ウワメ

海未「はうぅ!!?」ズキュ-ン!

穂乃果「ね、いいでしょ?」

77: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:45:54.58 ID:DcnLtave
海未「し、仕方ありませんね…みんなには内緒で、少しだけですよ?」

穂乃果「わーい!ありがとう海未ちゃん!」

海未「ま、まったくもう…」

海未(さっきの穂乃果…とても可愛かったです…)ドキドキ

穂乃果(チョロいなあ、海未ちゃんは)

〜〜〜

そして今に至る。

海未(我ながら穂乃果には甘いですね…)

穂乃果「あ、海未ちゃんあれは?」

海未「え?…ああ、かんざしですか」

穂乃果「へぇー…とっても綺麗…」キラキラ

海未「気に入ったのなら買ってあげますよ。どれがいいですか?」

穂乃果「え、いいの!?じゃあ…これ!」

海未「では、その白いかんざしをください」

露店商「はい、まいど」チャリン

78: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:46:54.87 ID:DcnLtave
海未「どうぞ、穂乃果」

穂乃果「やったー!ありがとう海未ちゃん!」

海未「い、いえ、これくらい…」

穂乃果「…絶対に大切にするね」ギュッ

海未「!…はい、そうしてください」

穂乃果「ねえ海未ちゃん、ついでにもう1個だけわがまま言ってもいい?」

海未「なんでしょう?」

穂乃果「これ、海未ちゃんがつけてよ」

海未「ええ、いいですよ」ニコッ

穂乃果「じゃあ、はい。お願いします」

海未「承知しました」

海未「これをこうして…はい、できましたよ」

穂乃果「…どうかな?似合う?」

海未「ええ、とても素敵です」

穂乃果「えへへ、よかった!」

海未(本当に、素敵ですよ…穂乃果)フフッ

79: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:48:43.95 ID:DcnLtave
穂乃果「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

海未「もういいのですか?」

穂乃果「うん、もういっぱい楽しんだから」

海未「そうですか、では帰りましょうか」

穂乃果「あ、海未ちゃん」

海未「はい?」

穂乃果「あともうひとつだけ、いい?」

海未「どうしましたか?」

穂乃果「手…繋いで帰ろうよ」

海未「…!」

穂乃果「ダメかな?」

海未「い、いえ、ぜひ繋ぎましょう!」ギュッ

穂乃果「うん、ありがとう」ギュッ


露店商「…若いっていいねえ」

80: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:50:07.82 ID:DcnLtave
〜〜〜

【夜】

海未「……」ニヤニヤ

善子「今日は楽しかったみたいね、師匠」

海未「は、はい!?善子、なんのことでしょう!?」

善子「べつに隠さなくてもいいわよ、師匠は隠し事下手くそだし」

海未「…やっぱりあなたにはバレてましたか」

善子「で?姫様とはどんなことしたのよ?」

海未「なな、なにもしてません!破廉恥です!」

善子「いやまだ何も言ってないわよ…」

海未「ただ、その…」

善子「なになに?はやく言いなさいよ」

海未「えっと、なんというか…」

善子「はやく言っちゃいなさいよ、手を繋いだこと」ニヤニヤ

81: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:51:13.56 ID:DcnLtave
善子「まあ、ずっと見てたから?」

海未「〜〜!!///」

善子「良かったわね。かんざし、大切にしてくれるって」ニヤニヤ

海未「もう知りません!」

善子「照れちゃって〜」フフッ

ギャ-ギャ-…

師弟の微笑ましい掛け合いは、もう少し続いていくのであった。
…そう、もう少しだけ。

82: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:53:30.95 ID:DcnLtave
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第6話『当たり前の日々』

突如入ったその伝令に、城の武士たちは1箇所に集められた。
そしてその伝達文書を海未が読み上げる。

海未「小泉国より伝令!『我が国はこれより高坂国を攻めに参る!そちらも準備せよ!』とのこと!」

その知らせを聞いた者たちは動揺もあったが、それを隠して黙って海未の話を聞く。

海未「つまり!これより我が国は…小泉国と戦を開始する!」

瞬間、静かだった聴衆は、「おぉー!!」と歓声、あるいは気合いの叫びをあげる。

海未「皆、早急に準備せよ!」

海未が言うと、その興奮はさらに高まりながらも、集まった人たちは散っていってそれぞれの準備に取りかかった。

海未「ふぅ…」

善子「お疲れ様」

高いところから話していた海未が一息つくと、隣にいた善子が労いの言葉をかける。

海未「はい、ありがとうございます…しかし、こうして皆の士気を上げる役目の私が言うのもどうかとは思いますが…」

善子「どうしたの?」

海未「やはり、戦というのはやりたくないものですね」

善子「そりゃ、たくさんの犠牲も出るしね」

83: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 16:58:11.67 ID:DcnLtave
海未「しかしこの時代を生きる私たちにとって、それは避けられない戦いであるのもまた事実」

善子「まあね」

海未「…勝ちましょう、この戦」

善子「ええ、勝ちましょう」

穂乃果「海未ちゃん!」

城から出てきた穂乃果が海未に声を掛ける。

海未「穂乃果」

穂乃果「ついに…始まるんだね」

海未「…ええ」

穂乃果「やっぱり穂乃果、心配だよ…」シュン

海未「穂乃果、こっちを見てください」

穂乃果「…?」

海未「大丈夫です、私は必ず帰ってきます」

穂乃果「海未ちゃん…」

海未「約束です、ほら」

海未が差し出した小指に、穂乃果もそこに何かを感じたのか、そっと自分の小指を交わらせる。

穂乃果「うん、約束だよ。必ず帰ってきてね」

穂乃果は自分に言い聞かせていた。

——絶対に大丈夫。だって…海未ちゃんは、約束を破ったことなんて無いんだから!

善子「師匠、そろそろ」

海未「では、私たちも準備してきます」

穂乃果「うん、いってらっしゃい!善子ちゃんも絶対に帰ってくるんだよ!いい?」

善子「はい、絶対に」ニコッ

84: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:01:18.33 ID:DcnLtave
〜〜〜

両国の中間にあるこの大平原には、はるか向こうに見える山以外に遮るものはなにもない。
今まさに、両軍が向かい合っている状況であった。
互いに先頭にいるのは、海未と凛だった。

凛「我らは小泉国なり!猛き武士どもよ、準備はいいかー!?」

オオオオ-!!

凛の掛け声に、小泉軍はおおいに沸き立っている。

対する高坂軍も、

海未「我ら誇り高き高坂国の武士である!皆の者、覚悟はよいか!!」

オオオオ-!!

海未の掛け声で士気は最高潮だ。

85: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:05:51.04 ID:DcnLtave
凛「それじゃ…」

海未「全軍…」

凛・海未「「突撃ー!!!」」

両者の掛け声とともに、小泉国対高坂国の戦の火蓋が切って落とされた。
武士たちの声と刀のぶつかり合う音が平野に響き渡り、まさに大合戦。
血しぶきをあげて散っていく者、敵をバッタバッタと倒していく猛者、後ろから弓を引く兵士など、ここにいる全員がいつ命を落としてもいいような状況。これが戦だ。

そして戦は進行していき、ついに海未は凛と対面する。

凛「海未ちゃん…やっぱり海未ちゃんとは決着を付けなくちゃね」

海未「ええ、望むところです」

戦場の中心で、大将戦が始まった。

凛「じゃあ…いくよ!せぇぇい!!」

海未「っ…!」

海未凛の初手を受けきったが、どんどん攻撃をしてくる凛に、いきなり防戦一方という状況にされていた。

海未(なかなか速いですね…)

86: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:22:47.70 ID:DcnLtave
凛「どうかな海未ちゃん、少しは凛たちに喧嘩を売ったこと、後悔してきた?」

海未「私は後悔など…しませんから!」キィン!

凛「にゃっ!?」

一瞬だけ半端に入った凛の1発を見過ごさず、海未はそこを弾き返す。
凛は体勢を崩してしまい、無防備な時間ができてしまう。
さすがと言うべきか、海未はそこを見逃しはしなかった。一気に凛に詰め寄り、刀を首元へ!

凛(やられた…こんな、簡単に…)

その勝負は、あまりにも早く決着がつきかける。

凛(でも、これだけで分かった…凛と海未ちゃんの実力差は、とても大きいんだね)

凛(ごめんねかよちん…凛、かよちんを守り続けるって、約束したのに…)

87: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:29:55.44 ID:DcnLtave
凛はそれだけを思い、死を覚悟する…が。
その刃が凛の首を切り裂くことはなかった。

凛「…え?海未ちゃん?」

海未「私の勝ちです。もうこれ以上は意味がありません」

海未は首元で寸止めした刀を下ろす。

凛「なっ…そんなのダメだよ!はやく凛を斬れ!」

当然、それは武士にとっては侮辱とも言える行為であり、凛が怒るのも道理だった。
しかし、海未はこれ以上は何もしない。

海未「あなたにも、あるのでしょう?」

凛「…え?」

海未「大切なものが…護りたい人が」

凛「!」

凛はその言葉で花陽を思い浮かべる。

88: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:32:08.87 ID:DcnLtave
海未「だから生きてください…自信も、自尊心も、武士としての魂さえ捨ててでも、生きてなさい。そして、もっと強くなってください」

凛「……」

海未「ですが、次は無いですよ」

凛「…絶対」


凛「次は絶対、負けないんだからにゃー!!」


そう言うと、凛は武士らしくもなく敗走していった。
凛はもちろん悔しかったし、情けなかった。しかし、それも全部受け入れて、それでも護りたいものが、護りたい人がいるのだ。
その思いだけが、彼女を突き動かす。

とは言え、凛が負けたことはすぐに全軍に知れ渡る。そうなると小泉軍の勢いは弱くなり、一気に高坂軍が優勢になっていく。

89: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 17:34:40.25 ID:DcnLtave
善子「これならいけそうね…」

善子もまた敵を次々と倒していき、それに続けと味方も活気付く。

そこから1時間も経たないうちに、小泉軍は撤退を始めた。

海未「敵は去った!我らの勝利である!!」

オオオオオ-!!!

海未の宣言に、より大きな歓声が上がる。

かくして、この戦は高坂国の圧勝という形で終焉を迎えた。

90: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:51:54.54 ID:DcnLtave
〜〜〜

【高坂城】

ダッダッダッ

穂乃果「海未ちゃん!」

海未「穂乃果。ただいまかえりました」

穂乃果「…うん、おかえり!」

海未「それはさておき穂乃果?廊下は走ってはいけませんよ」

穂乃果「今くらいいいじゃん〜!」

海未「ダメです。もっとしっかりしてください」

穂乃果「もう、海未ちゃんなんて知らないもん!」プイッ

海未「まったく、あなたという人は…」


善子「ま、どっちもどっちね」ヤレヤレ

91: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:53:23.51 ID:DcnLtave
〜〜〜

そしてその夜、小泉国では凛がひとり刀を振っていた。

凛「絶対に…強くなるんだ!」ブンッ


凛『約束するよ、凛がかよちんを護る!』

花陽『うん、約束だよっ』


凛「凛が護るんだ…!」

月夜に照らされながら、凛は改めてそう胸に誓った。
今は負けたことへの悔しさよりも、強くなりたい気持ちが大きかった。
そして凛はまた剣を振る。
その覚悟が今度こそ本物となるよう、そう願って——

92: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:54:29.52 ID:DcnLtave
➖➖➖


第7話『何度でも』

穂乃果「……」

海未「……」

善子「……」

小泉との戦いでは勝利したとはいうものの、やはり両国では互いに多くの犠牲者が出た。
その者たちの冥福を祈って、今、高坂国では供養が行われていた。
皆が戦地に赴き、目を閉じて戦死者を悼むのだ。

海未「……」チラッ

穂乃果「……」

海未(あなたは…本当に哀しそうな顔をします)

海未(そんなあなたの顔を見ていると、なんだか私は切ない気持ちになって…)

海未(もしかすると、あなたがいなくなってしまうのではないかと——)

穂乃果「…海未ちゃん」

海未「!」

93: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:56:28.09 ID:DcnLtave
穂乃果「大丈夫、そんな顔しないで」

海未「穂乃果…」

穂乃果「穂乃果はいなくならないから」

海未「…さすがですね、私の考えなどお見通しでしたか」

穂乃果「何年一緒にいると思ってるの?」フフッ

海未「そうですね、まったくその通りです」フッ


「伝令ー!伝令ー!!」


静かな中に響いたその大きな声に、全員が振り向く。

「矢澤軍が黒澤国へ攻撃を仕掛けた模様!家臣の方々は至急城に戻って来てください!!」

94: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:58:14.82 ID:DcnLtave
海未「黒澤国と矢澤国が…!」

善子「ずいぶんと急ね…」

穂乃果「……」

〜〜〜

【高坂城】

海未「今回の黒澤と矢澤の戦ですが…家臣の皆様はどうお考えですか?」

ガヤガヤ…

ドウスルベキカ…

ナヤマシイナ…

善子「…私は、どちらにも味方しないのがいいと思うわ。高坂国は黒澤国とも矢澤国とも同盟を結んでいないわけだし、下手に手を出して国力を失うのも良くないでしょう」

海未「ええ、私も善子と同意見です。ここは静観が最善であると考えます。他の皆さんはどうですか?」

ソレガイインジャナイカ?

ソウシヨウ!

カカワラナイホウコウデイコウ!

海未「では皆さんも同じようなので、我が国はこの戦に『関わらない』という体制をとっていきます。異論はありますか?」

……

海未「…では、決定とします!」

95: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 18:59:53.48 ID:DcnLtave
【夜】

海未「それにしても、本当に前兆無く始まりましたね、この戦」

善子「そうね…まあでも、いつかはあの2国はやり合うとは思ってたけど」

海未「たしかに両者共、相手のことが邪魔だったでしょうからね」

善子「今1番実力のある黒澤国と、1番勢いのある矢澤国…どっちが勝つかしらね」

海未「さあ…こればかりは私にも予測できません。ただ、順当に行けば黒澤国が勝つでしょう」

善子「でも矢澤国は多分、順当には行かせてくれないでしょうね」

海未「ええ…何かを仕掛けてくるのでしょう。あの国の戦い方は、勝つための工夫がよく為されていますから」

善子「ま、どちらが勝つにしても、勝った方はこれから先の天下の取り合いを大分有利に進められるでしょうね」

海未「その通り。なので私たちはこの戦、しっかりと見届ける必要があります」

善子「ええ…楽しみだわ」

96: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:01:02.01 ID:DcnLtave
〜〜〜

穂乃果(今日は曇りか…お月様は見えないみたい)

穂乃果(世の中は、絶えず変わっていく)

穂乃果(それは仕方のないことで、どうしようもないことで)

穂乃果(そんなこと分かってる…分かってるけど…)

穂乃果(やっぱり、なんだか寂しいな)

穂乃果「海未ちゃん…」ボソッ

小さくこぼれたその声は、誰にも聞かれずに夜の闇へと消えていく。
代わりに風が運んでくるのは、あやふやな哀しみと、どうしようもない切なさ——

97: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:02:09.39 ID:DcnLtave
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第8話『大切なもの』

にこ「むむむ…」

自陣で中央に座っているにこは、難しい顔をして唸っていた。
この戦を始めてまずはじめに感じたことを思い出す。

——強い。

正直相手をナメていたことを後悔し、頭を抱える。
代替わりをして弱体化したと聞いていた黒澤国であったが、弱体化などしている様子もなく、むしろ王者の貫禄も十分といった印象であった。

希「うーん…」

隣に座っている軍師の希も、自分の策に対策をうたれていて少し悔しそうにしていた。
だがその通り、『少し』だけだった。
希のその顔には、どちらかというと負の感情よりかは、『ワクワク』というような感情が滲み出ていた。

にこ「なによ、そんな楽しそうな顔して」

希「んー、べつに?ただ…」

にこ「ただ?」

希「面白いなーって思っただけやん?」

にこ「面白い?」

98: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:03:13.05 ID:DcnLtave
希「だって、ウチの作戦があんなに通用しないことなんて初めてだから。これはやりがいがありそう…」ワクワク

にこ「まったくあんたは…」

にこ(ホント…あんたこそ化け物よ、希)

希「それに…」

にこ「?」

希「次の作戦も、動き出してるしね」ニヤッ

〜〜〜

【黒澤城】

ルビィ「お姉ちゃん…」

黒澤城の奥で、ルビィは戦場にいる姉のことを想っていた。そこには少なからず、不安も含まれていた。

ルビィ「ううん、お姉ちゃんならきっと大丈夫だよね」

ルビィはまるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。

???「失礼します」ガラガラ

ルビィ「あ、花丸ちゃん」

彼女は黒澤国に仕える女中の国木田花丸。たまにルビィの世話役として動く、一介の城の住人だ。
…と、いうことになっている。

99: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:04:18.22 ID:DcnLtave
花丸「やっぱり、ダイヤさんのことが心配?」

ルビィ「…まあね」

花丸「…きっと大丈夫だよ。ダイヤさんすごく強いもん」

ルビィ「うん…そうだよね」

花丸「……」

ルビィ「どうしたの、花丸ちゃん?」

花丸「…あのね、ルビィちゃん」

ルビィ「…なあに?」

花丸「マル、ルビィちゃんにずっと隠してたことがあるんだ」

ルビィ「……」

花丸「実は…マル、矢澤国の間者だったの」

ルビィ「…うん、知ってたよ」

花丸「!…そっか、さすがはダイヤさんの妹だね」

ルビィ「まあ、なんとなくね」

花丸「マルもまだまだだなあ…」

ルビィ「それで、これからどうするの?ルビィのこと、攫っていくの?」

花丸「うん…それがマルの役目だから」

100: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:09:34.22 ID:DcnLtave
ルビィ「そっか…」

花丸「ルビィちゃん、逃げてもダメだよ?部屋の外にいる護衛の人たちはもう倒して来ちゃったし」

ルビィ「逃げないよ」

花丸「…余裕だね」

ルビィ「そんなこともないよ。ルビィ、今すごく怖いもん」

花丸「それならどうして…」

ルビィ「それは、花丸ちゃんになら攫われてもいいかなって、なんとなくそう思うから」

花丸「!」

ルビィ「花丸ちゃん、いつもルビィと仲良くしてくれてたでしょ?ルビィ、あんまり歳の近い友達がいなかったから…花丸ちゃんがいてくれて、嬉しかったんだ」

花丸「ルビィちゃん…」

ルビィ「だから、はい。ルビィを連れてってもいいよ」

101: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:16:17.63 ID:DcnLtave
花丸「ダメだよルビィちゃん、そんなこと言われたら…」


「隙あり!」


花丸「!?」グサッ!

ルビィ「花丸ちゃん!?」

護衛の兵士「ふ、ふふ、油断したな……姫、はやく逃げてください…!」

花丸がトドメを刺し損ねた兵士の1人が、床を這いつくばりながら刀を花丸の脇腹に突き刺す。

花丸「ぐっ…やられた…」ポタポタ

刺されたところからは鮮血が滴り、服を真っ赤に染めていく。

ルビィ「花丸ちゃん!大丈夫!?」

花丸「ごめんね、ルビィちゃん…」ダッ

ルビィ「あっ、花丸ちゃん!」

やられた箇所を押さえながら逃げていく花丸をルビィは追いかけようとしたが、自分が狙われていた事実がその足を止める。

ルビィ「花丸ちゃん…」

〜〜〜

希「…おかしい」

にこ「今度はどうしたの?」

希「多分、第二の作戦も失敗したかも」

にこ「…それ、大丈夫なの?」

102: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:18:31.38 ID:DcnLtave
希「大丈夫…ではない」

にこ「じゃああんた…」


にこ「なんでまだ笑ってるのよ?」


希は花丸からの合図がないことから、長期間かけて仕組んだ作戦が失敗したことを察する。
しかし、彼女はまだその表情を緩めていた。

希「そりゃあ…まだ本命は出してないし?」

にこ「…ま、そんなこったろうとは思ってたわ」

希「…ふふっ♪」

103: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:21:04.69 ID:DcnLtave
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第9話『同じ刻を』

凛「はあ!やあ!」ブンッ!

凛「…ふぅ」

凛(まだまだ…もっと強くならなきゃ!)

花陽「おーい、凛ちゃん!」

凛「ん?あ、かよちん!」

呼ばれた方向へ目をやると、花陽が縁側に座って凛の方を見ていた。

花陽「今日も頑張ってるね」

凛「うん、毎日頑張ってる!」

花陽「でも疲れてるみたいだし、ちょっとこっちに来て休憩しない?」

凛「いいよ〜」ペタッ

花陽「それにしても、今日はいい天気だねー」

凛「そうだねー。お日様が気持ちいいよ」

花陽「…黒澤国と矢澤国が戦を始めたんだってね」

凛「うん、そうらしいね」

104: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:24:42.38 ID:DcnLtave
花陽「私たちはどうするの?その戦に加わったり…」

凛「大丈夫だよ、かよちん。小泉はこの戦には首を突っ込まないことにしたんだ」

花陽「そっか…よかった」

凛「うん、今はまだ大丈夫だから」

花陽「…ねえ、凛ちゃん?」

凛「なあに?」

花陽「凛ちゃん最近、いつもよりさらに稽古するようになってるみたいだけど、どうしてなの?」

凛「ああ…ちょっといろいろあって」

花陽「そうなんだ…よかったら聞かせて?」

凛「それは…うん、いいよ」

花陽「じゃあ、お願いします」

凛「かよちん、高坂国の海未ちゃんは知ってる?」

花陽「うん、知ってるよ。高坂で1番強い人だよね」

凛「この前、高坂と戦をしたときにね、その海未ちゃんと勝負したんだ」

凛「もちろん戦場だから、命をかけてやり合ったよ。でも…」

花陽「でも?」

凛「全くと言っていいほど、歯が立たなかったんだ」

花陽「凛ちゃんが…?」

花陽「でも、凛ちゃんは生きてて…」

105: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:27:34.04 ID:DcnLtave
凛「うん。実力差があり過ぎたからか、海未ちゃんは凛を斬りもしなかった」

花陽「そう、だったんだ…」

凛「それでね、そのとき海未ちゃんに言われたんだ…」


——『あなたにも、あるのでしょう?』

——『大切なものが…護りたい人が』


凛「だから、凛はもっと強くなるの。強くなって強くなって、それで…」

凛「かよちんを護るんだ」

花陽「凛ちゃん…」

凛「だからねかよちん、もうちょっと待っててね」

凛「凛、強くなるから。それでちゃんと、かよちんのこと護れるようになるから!」

花陽「うん、待ってる。凛ちゃん、ありがとう」

凛「照れるにゃ〜。じゃあ、稽古に戻るね!」

花陽「うん、頑張ってね!」

凛「はーい!」

花陽「ふふっ」

花陽(本当にありがとう、凛ちゃん)

花陽(大丈夫だよ、凛ちゃんならきっと…!)

106: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 19:30:24.47 ID:DcnLtave
ちょっと休憩

108: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:16:15.91 ID:DcnLtave
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第10話『混沌の世』

【南城】

穂乃果「わー、久しぶりの南城だ!」

海未「こら、あまりはしゃがないでください」スタスタ

穂乃果「はーい、ごめんなさーい」

海未「今日は遊びに来たのではないですよ?南と同盟を結ぶために大使として来たんですからね」

穂乃果「もう、分かってるよー」モグモグ

海未「本当ですか…って、それは何を食べているのですか?」

穂乃果「城からもってきたお饅頭だよ」

海未「食いしん坊なんですから…」

この日、海未と穂乃果は南城を訪問していた。同盟を結ぶための手続きをしようと、城主から招待を受けたのだ。そのときはぜひ、穂乃果も来て欲しいとのことだった。

穂乃果「あ、海未ちゃん、そろそろ広間に着きそうだよ」

海未「ええ、そのようですね」

海未(でも、少し警備が大げさ過ぎるのでは…?)

そしてもう少し歩いて、2人は大広間に到着する。

ことり「穂乃果ちゃん!」

穂乃果「あ、ことりちゃん!」

ことり「来てくれたんだね!嬉しい〜!」

穂乃果「うん、穂乃果も来られて嬉し〜!」

ことり「じゃあ、穂乃果ちゃんはことりの部屋に来る?」

穂乃果「行く行く!海未ちゃん、いいかな?」

海未「ええ、大丈夫ですよ」

109: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:18:05.18 ID:DcnLtave
穂乃果「わーい!じゃあ行こっか」

ことり「うん、こっちだよ!」

タッタッタッ…

海未「本当におてんばですね…」


真姫「海未」


穂乃果とことりが行くと、真姫の冷静な声が聞こえる。

海未「どうも。今日は来させていただきありがとうございます」

真姫「こちらこそ、わざわざ来てもらって悪いわね」

海未「いえ、そんな…ではまずこちらを」スッ

真姫「これが同盟のための文書ね、たしかに受け取ったわ」

海未「はい、よろしくお願いします」

真姫「ええ…大丈夫よ」ニヤッ

海未「…?」

シュッ!

海未「!」カキン!

後ろから突然、前触れもなく海未のもとへ飛んできたのは、くないのような暗器だった。
海未は寸前で気づいてそれを弾いたが、その状況を理解するのには少し時間がかかった。

海未「これは…」

真姫「やっぱり防がれたわね…」

110: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:20:32.55 ID:DcnLtave
海未「どういうことですか、真姫!」

真姫「さっきの通りよ。今からあなたを殺すの」

海未「なっ…同盟を組む話ではなかったのですか!?」

真姫「あれは全部嘘よ。南の主は高坂を倒すことを考えてるわ」

海未「そんな…」

真姫「まあ安心して…あなたはここで殺すから」

海未が周りを見ると、すでに何人もの兵士に刃を向けられていた。

海未「くっ、卑怯者…」

真姫「頭がいいって言ってくれない?私ひとりじゃ、きっとあなたには勝てない…だから数で勝負するのよ」

海未「!…穂乃果はどうするつもりですか!」

真姫「ああ、それなら大丈夫よ。ことりは何も知らないし、痛めつけたりはしないわ」

海未「そうですか…なら」ギロッ

真姫「…?」

海未「私も全力でいかせて貰います!」バッ

真姫「ゾクッ!…全員、やりなさい!」

海未と南の兵士たちは、同時に動き出す。
多人数による激しい攻撃の嵐が海未を襲うが、海未はそれをかわしながら全て受け切る。

真姫(園田海未…思ってた以上に手練れね…)

真姫(…でも)

111: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:21:56.58 ID:DcnLtave
しかしさすがの海未でも、この人数を相手にしては防戦一方にならざるを得ない。

海未(これでは勝ち目はありませんね…)

海未(なんとか隙を見て、ここから逃げなければ)

〜〜〜

【ことり部屋前】

ことり「…穂乃果ちゃん」

穂乃果「どうしたの?入らないの?」

ことり「ここから逃げよう」

穂乃果「ほぇ?なんで?」

ことり「なんかね、嫌な予感がするんだ…とっても嫌な…」

穂乃果「ことりちゃん…?」

ことり「とにかく穂乃果ちゃん、ここはダメだよ」

穂乃果「よくわかんないけど…うん、ことりちゃんがそう言うなら」

ことり「じゃあ、こっち!」タッ

穂乃果「分かった!」タッ

ことりたちは階段を下り、城の裏口へと走った。
穂乃果もどういうことか分からなかったが、ことりが真剣なのは理解できた。

ことり「ほら、こっちだよ!」

穂乃果「うん!…あっ」

???「あら、どこへ行くのかしら?」

ことり「あ…お母さん」

ことり母「あまり城の中をうろうろしちゃダメよ?それと…こんにちは、穂乃果さん」

穂乃果「こんにちは…」

ことり母「ちょっと穂乃果さんとお話がしたいんだけど…ことり、そこを避けてくれる?」

ことり「…どうするつもりなの?」

112: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:23:04.57 ID:DcnLtave
ことり母「べつにどうもしないわよ、ただ穂乃果さんに用があるだけ」

ことり「嘘だよ…なにか悪いこと考えてるもん、それくらい分かるよ」

ことり母「…いいから退きなさい」

ことり「…やだ」

ことり母「母親の言うことが聞けないっていうの?」

ことり(だめだ…こうなったら)

ことり「お母さん…」


ことり「おねがぁい!」ギュッ


ことり母「……」

ことり(やった!?)

ことり母「そんなの母親に効くわけないでしょう、はやく避けて」グイッ

ことり「きゃっ!」ドンツ!

ことりの母はことりを強引に退けると、穂乃果の方へ向かっていく。

穂乃果「ことりちゃん!」

ことり母「さあ、こっちへいらっしゃい」グイッ

穂乃果「い、嫌です!離してください!」

ことり母「仕方ないわね…えい!」ストンッ

穂乃果「ぐぁっ!」

ことりの母は穂乃果の首筋に手刀をいれて、穂乃果は1発で気を失ってしまう。

113: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:24:11.35 ID:DcnLtave
ことり母「これでよし…」

ことり「お母さんは、それでいいの?」

ことり母「なにが?」

ことり「友達を裏切るようなことして…」

ことり母「…ことり」


ことり母「これが乱世なのよ」


〜〜〜

海未「はあああ!」キンッ!キンッ!

真姫「ふふっ、あなたも往生際が悪いわね」

海未「このっ…」ハアハア

そろそろ海未の体力もなくなってきて、このままでは押し負けてしまいそうだ。

海未(どうやって抜け出しましょうか…)

海未(…もう、やむを得ませんね)

海未「…分かりました」

真姫「!」

海未「私の負けですよ、降参します」カランッ

海未は両手を上げて刀を床に落とす。

真姫「…へえ、素直ね」

海未「さすがにもう勝ち目はないですから」

真姫「まあ、武士の鑑とも言えるあなたが嘘をつくとも思えないし…」

海未「ええ、そんなことをしては武士としての恥ですよ」

真姫「ふふっ、その通りね。じゃあ、あなたの首を落とし——」


海未「隙あり!!」ドンッ!


真姫「なっ!?」ドサッ

海未は真姫が一瞬だけ油断したその瞬間、床に落ちている自分の刀を足で蹴って宙に舞わせたのだ。
下から刀が突き上がってきたようになった真姫の方は、驚いて転んでしまう。
その隙に海未は空中の刀を掴み、真姫の眉間に剣先を突きつける。

114: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/28(火) 22:25:24.93 ID:DcnLtave
海未「さあ、形成逆転です」

真姫「くっ…」

真姫の部下たちがとっさに動こうとするも、海未は言う。

海未「あなたたちも、刀を納めなければ真姫の命はないですよ?」

部下たちも分かっていた。自分たちが海未より先に攻撃することは不可能だと。

海未「では真姫、私はこれで失礼します」

海未はそれだけ言うと、一瞬で城の中へと走り去っていった。

真姫「やられた…」

真姫「何ぼさっとしてるのよあなたたち!追いかけなさい!」

真姫(絶対に許さないわよ…園田海未!)

〜〜〜

海未「ハアハア…」

海未(…だいぶ上まで登ってきましたが…)

海未(!…あれは)

ことり「……」

海未「ことり!」

ことり「…!海未ちゃん!」

海未「穂乃果は!?穂乃果はどこですか!」

ことり「ごめんなさい海未ちゃん…穂乃果ちゃん、お母さんに連れて行かれちゃった」

海未「…そうですか、分かりました」

ことり「多分、天守閣に居ると思う」

海未「行ってみます…ありがとうございます」

ことり「うん…」

海未「では」タッ

ことり「あの、海未ちゃん!」

海未「?」

ことり「きっと…穂乃果ちゃんを助けてね!」

海未「…ええ、任せてください!」

123: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:19:41.37 ID:8MrEwQVh
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第11話『猛者たち』

希「さて、そろそろかな」

にこ「で?次はどうやってにこを楽しませてくれるのかしら?」フフッ

希「今回はとびっきりよ」

にこ「ほほう?」

希「花火用意!!」

希の掛け声に、部下たちは大砲を上に向ける。

にこ「花火?」

希「にこっち、合図よろしく」

にこ「どういうことよ…まあいいわ」

にこ「えっと…点火ー!!」

今度はにこの掛け声で、部下たちは大砲に火をつける。そして…

ド-ン!!

大砲から打ち上がった巨大花火は、見事に空に咲く。

124: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:20:45.86 ID:8MrEwQVh
にこ「おお、すごいわね」

単純に花火に感嘆しているにこの横で、希はまた不敵な笑みを浮かべる。

〜〜〜

ダイヤ「なんですの、あれは…」

ダイヤは突如打ち上がった花火に、なにか嫌な予感を感じていた。

ダイヤ「なにか来ますわね…」

城の前の本陣で構えていたダイヤの予想は、見事に的中する。
空に打ち上がった花火が消えると、今度は傍にある山の上から大きな音、というよりは大きな声が響き渡る。

「「うおおおお!!!!」」

ダイヤ「!」

???「やーやー!やっと千歌たちの出番だね!!」

???「もう、千歌ちゃんったら…」

???「あはは、元気で千歌ちゃんらしいね!」

ダイヤ「やはり…そういうことですか」

〜〜〜

にこ「な、なんなのあいつら?」

希「今回のとっておきよ」フフッ

にこ「あれって…もしかして高海山賊?」

希「ご名答。今回のために手伝ってくれるよう交渉しといたんよ♪」

にこ「さすが、ぬかりないわね」

125: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:21:55.13 ID:8MrEwQVh
希「でしょー?」

希「ほら、見てて…戦況が変わるよ」

〜〜〜

千歌「よーし、じゃあみんな…突撃ー!!」

ウオオオオ-!!!

千歌の合図とともに、高海山賊の大群は黒澤軍に襲いかかる。
突然現れた敵に、黒澤軍の兵士たちも動揺してしまい、あっという間に戦況は矢澤軍の有利となってしまった。

にこ「よーし、このまま一気に押し込むわよ!希、にこも行ってくるわ!」

希「おー、頼んだよ!」

矢澤軍は大将のにこも前線に出てきて、兵士たちの士気は最高潮。

希(勝ったら手に入れた領地の半分を高海山賊にあげるって約束したのは内緒やけどね)


ダイヤ「このままでは…私が行きますわ!」

黒澤軍も大将のダイヤが出てきて、兵士たちはまだ望みを捨てていなかった。

そしてついに、戦いは終盤へ。

126: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:23:00.21 ID:8MrEwQVh
➖➖➖


第12話『理由なんてない』

【南城】

海未「ここが一番上…天守閣ですか…」

海未「今助けますよ…」

海未「穂乃果!」ガラガラ!

ことり母「あら、海未さんではないですか」

穂乃果「……」

扉を開けた海未の前にいたのは、この城の主であることりの母親だった。その後ろには穂乃果が目を閉じて横たわっていた。

海未「穂乃果!」

ことり母「待ちなさい。動いたらこの子の命は無いわよ?」

海未「くっ…穂乃果は無事なのですか?」

ことり母「安心して、眠っているだけよ」

海未「そうですか…では穂乃果を返してもらえますか?」ギロッ

ことり母「それはあなた次第かしらね…」

海未「…どうしろと?」

ことり母「そうね…とりあえずは高坂城の見取り図でも持ってきてもらおうかしら」

海未「そんなことできるわけがないでしょう」

127: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:24:06.02 ID:8MrEwQVh
ことり母「この子と国、どっちが大切なの?」

海未「そ、それは…」

海未が迫られていると、後ろからドタドタと足音が。

真姫「やっと追いついたわ!」

海未「ま、真姫!」

真姫「これでもう終わりね…覚悟しなさい」

ことり母「待ちなさい、真姫ちゃん。手を出さないで」

真姫「っ!で、でも…」

ことり母「いいから」

真姫「…わかりました」

ことり母「海未さんも1人で戦っているんですから、私もそこは公平にいかなくちゃね」

海未「人質をとっておいてどの口が…」

ことり母「それで?あなたはどうするのかしら?」

海未「うっ…」

海未「…ん?」

海未(穂乃果の手がかすかに動いている…あれは…『3』?)

海未(また動いて…次は…『2』?…まさか!穂乃果、あなた起きているんですか!?)

128: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:25:17.55 ID:8MrEwQVh
ことり母「さあ、はやく決めなさい。ここで穂乃果さんを見殺しにするのか、国を捨てるか」

海未「私は…」

そんなやりとりが続いている中、穂乃果の指は『1』を形作る。

海未(穂乃果、私はあなたを信じます…!)

そして…

ビュン!

ことり母「!?」バッ!

ことりの母は、突然後ろから飛んできた何かに反応し、頬をかすめるくらいにギリギリで避ける。

ことり母「しまった!」

ことり母が海未から注意をそらしたその一瞬で海未はことりの母の背後へ回り込む。
そしてあっという間に形勢は逆転、海未の刀がことりの母の首元へと密着する。

海未「皆さん、動かないでください。あなたたちの主人を人質にとりました」

穂乃果「やったね海未ちゃん!」

海未「さすがです穂乃果、あなたのおかげですよ」

穂乃果「あのとき海未ちゃんに買ってもらったかんざしが役に立ったね!」

そう、穂乃果が投げたのは城下町で海未に買ってもらったかんざしだった。
白色のそのかんざしは、壁に刺さりながらも輝いている。

真姫「くっ、そんな…」

一連の流れはあまりにも速く、真姫たちも対応できるものではなかった。

海未「穂乃果、私のそばへ…さあ、道を開けなさい!」

ことり母「…あなたたち、言う通りにして」

真姫「…はい」サッ

ことり母「私の負けね…」

海未「……」

海未はことりの母を人質に取ったまま、城を出て帰路につく。
そして城を少し離れたところでことりの母を解放した。

ことり母「さすがね…あなたたちを侮っていたわ」

129: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 10:26:20.17 ID:8MrEwQVh
海未「…このことは我が主に報告させていただきます。きっとすぐに戦となるでしょう」

ことり母「ええ…そのときは正々堂々戦いましょう」

海未「…では」

こうして海未は穂乃果を取り戻し、高坂城へと帰還した。

〜〜〜

ことり「…ねえ、お母さん」

ことり母「なにかしら」

ことり「どうしてこんなことしたの?」

ことり母「…理由なんてないわ」

ことり「理由がない?」

ことり母「ええ。この時代に敵を倒そうとする理由なんてない」

ことり「そんな…穂乃果ちゃんたちは敵なんかじゃないでしょ!?」

ことり母「あのね、ことり…」

ことり母「この世界に、味方なんてどこにもいないのよ」

133: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:32:03.47 ID:8MrEwQVh
第13話『月の彼方』

南城での一件から高坂と南の戦が始まるまではあっという間だった。
南国の城の前で、高坂軍と南軍は対立していた。

ことり母「さあ海未さん、今度こそ正面からぶつかり合いましょうか」

海未「ええ、望むところです…それでは」

——全軍、突撃!

両者は一斉にぶつかり合い、戦の火蓋は切って落とされた。
最初からその戦は高坂軍が押している状態で始まる。

ことり母「…やはり強いですね、高坂は」

真姫「この戦、こうなることは分かってたんですね」

ことり母「まあね…だからあんなことまでしたのよ」

南の主は分かっていた。
こうやって通常の戦を行えば、高坂には勝てないということを。

ことり母「でもね真姫ちゃん、武士にはあるのよ…たとえ負け戦でも、戦わなくちゃいけないときが」

134: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:33:59.45 ID:8MrEwQVh
しかし彼女は決めていたのだ。もしも穂乃果を人質にする作戦が失敗したら、そのときはこうやって正々堂々と戦おうと。
それは戦国を生きるものとしての、せめてもの礼儀だった。

ことり母「真姫ちゃん、あなたも行ってちょうだい」

真姫「…はい」

ことり母「大丈夫よ真姫ちゃん、あなたは強いんだから」

ことり母「きっとあなたなら、海未さんにも勝てるわ」

真姫「…行ってきます」

ことり母「ええ…勝ちましょうね」

〜〜〜

海未「やああああ!!」ズバ!

海未「…この戦、こちらに分があるのは明白ですね」

海未は戦いながら、自軍の優勢を理解していた。
そしてそれは相手も分かっている、海未はそれにも気づいていた。
そう、最初から戦力差は明白なのだ。

ではどうしてこうやって正面から?

海未(きっと、あなたにもあるのですね…武士としての誇りが)

あんな卑怯なことをされてもなお、海未は南の主への敬意を忘れてはいない。

海未(ならばこちらも…全力で!)

真姫「こんにちは、海未。この前ぶりね」

海未「真姫…ええ、そうですね」

真姫「今回は数で勝とうなんて思ってないから安心して」

海未「そのようですね」

135: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:35:51.41 ID:8MrEwQVh
海未と真姫が対面している空間には、一箇所だけ穴が空いたように空間ができている。

海未「では…覚悟!」バッ!

真姫「そっちもね!」キン!

海未が振った刀を真姫は大きな刀で受け止める。

海未「なるほど…そこそこの実力はあるようですね」

真姫「お褒めにあずかり光栄だわ…やぁ!」

海未「っ!」

真姫は海未の攻撃を跳ね返し、間合いを取る。
次は真姫からの反撃だ。

真姫「はあ!」ブン!

海未「ぐっ…なかなか重いです…!」キン!

真姫の戦い方は、その凛とした見た目や繊細な性格とはまるで逆。
その大きな刀で重たい一撃を放ち、力で敵をねじ伏せる、豪快な手法だ。

真姫「私の一太刀を受け止めるなんて、さすがは天下有数の剣士ね…!」グググ

海未「ええ…ありがとうございます…」

対する海未は、基本に忠実な戦い方だ。
ときには攻撃を受け止め、ときには流す。そして隙を見て確実な一撃をお見舞いする。

真姫はもう一度刀を振り上げると、それを勢いよく振り下ろす。
海未はそれをまた受け止め、さらに真姫は刀を振るう。
その繰り返しで、一見真姫が攻め続けていて有利に見える状況だ。

136: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:37:23.66 ID:8MrEwQVh
真姫「どう?ちょっとは焦ってきた?」

海未「確かにあなたも十分強い…ですが」

海未「まだ私には及ばない!」カキン!

真姫「なっ!?」

海未は素早い動きで間合いを詰めると、真姫の手元を狙って刀を振る。
防戦一方だった海未の急な反撃をとっさに避けた真姫には若干の隙が生まれ、そこを海未は見逃さなかった。

海未「ここです!」ブン!

真姫「ぐぁっ!」

海未の刀を脇腹に食らった真姫はそこで倒れてしまう。

真姫「うぐっ…そんな…」

海未「安心してください、峰打ちです…ですが、肋骨が何本か折れているでしょうね」

真姫「はぁ…はぁ…なんでとどめを刺さないのよ…」

海未「もう決着ですよ…ほら」

真姫「え…?」

海未が指す方を見ると、南の陣から何かが上がっていた。

137: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:38:31.97 ID:8MrEwQVh
真姫「あれは…白い旗印…!」

海未「ここでこの戦は終わりのようですね」

真姫「くっ…」

真姫「私はこんなところで…終わらない!」

真姫はなにも考えていなかった…自分が生き残ること以外は。

海未「…!」

真姫「えい!」ボンッ

真姫が地面に投げつけたのは煙玉。
一気に煙が充満し、その周辺の人たちの視界は奪われてしまう。

海未「ゴホッ…まさかこんなものを用意していたとは…」

何秒か経って煙が薄れる。
そしてそこにはもう、真姫の姿はなかった。

海未「逃げましたか…でも私はあなたを情けないとは思いませんよ、真姫」

——やはり人間、生きていてこそですから。

〜〜〜

【南城】

ことり「私たち、負けちゃったんだね…」

ことり母「ええ、私たちの負けよ」

ことり「これからどうするの?お母さん」

ことり母「そうね…もうどうすることもできないわ」

138: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:39:49.47 ID:8MrEwQVh
ことり「それじゃあ…」

ことり母「ごめんねことり…もうこうするしかないみたい」カチャッ

ことりの母は小さな刀を準備する。
その刃が向けられているのは他の誰でもない、自分自身。

ことり「お母さん…」

ことり母「ことり、こんな弱い母親を許してくれる?」

ことり「うん…許すよ、お母さん。お母さんはことりにとって、一番かっこいいお母さんだよ」

ことり母「ありがとうことり…」

ことりの母の目からは一雫の涙が。

ことり母「じゃあね、ことり…またいつか——」

???「だめー!!」

ことり母「!?」

ことり「ほ、穂乃果ちゃん!?」

穂乃果「死んじゃだめだよ!ことりちゃんのお母さん!」

ことり母「な、なんであなたがここに…?」

穂乃果「そんなこと今はどうでもいいの…とにかく絶対に死んじゃだめだから!」

ことり母「あなたに何がわかるのよ…城の中でぬくぬくと大事に育てられただけのあなたに!」

穂乃果「分かるよ!」

139: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:41:02.14 ID:8MrEwQVh
ことり母「!」

穂乃果「穂乃果にだって分かるよ!死んじゃったら全部なくなっちゃうってことくらい!」

ことり「穂乃果ちゃん…」

穂乃果「私がいうのもなんだけど、きっとこのままだとあなたは高坂に捕まっちゃう…けどそれでも!最後まで生きてよ!」

穂乃果「だって人間…生きていてこそなんだから!」

ことり母「穂乃果さん…」

ことり「…ねえ、お母さん」

ことり母「…?」

ことり「ことり、お母さんに生きて欲しいよ…どんなにみっともなくても、生きてて欲しいよ…!」

ことり母「ことり…」

海未「穂乃果!」ガラ!

穂乃果「あ、海未ちゃんっ」

海未「なぜあなたがここにいるのですか!」

穂乃果「ごめんね海未ちゃん…でも、大切な友達を死なせるわけにはいかなかったから」

海未「ですがどうやって…」

140: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/29(水) 20:42:04.11 ID:8MrEwQVh
穂乃果「それは…」

善子「ごめんなさい師匠、私が連れてきたの」

海未「善子」

善子「どうしても南城に行くって、行かなきゃって言われたから」

海未「だからって…」

善子「あとでそのことは反省するわ…それより」チラッ

ことり母「……」

海未「…そうですね、まずはあなたたちです」

ことり母「…どうぞ、好きにしなさい」

海未「そうさせてもらいます…この2人を高坂城に連れて行きなさい!」

言うと、高坂兵たちはことりたちを拘束して連れ出していく。

ことり「ごめんね、ありがとう、穂乃果ちゃん」

穂乃果「うん…またね」

こうして、高坂と南の戦は早期決着をみた。
この混沌の中では、こんな無常な戦いもあるのだと改めて覚悟を決めた海未は、いつのまにか空へ登っていた月に想いを馳せる——

146: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 16:29:44.18 ID:LfK8LU7/
➖➖➖


第14話『ずっとこのまま』

高海山賊、そしてにこ自身が参戦してから一気に優勢となった矢澤軍に対して、黒澤軍もダイヤが前線に出て戦っていた。

ダイヤ「くっ…まさか高海山賊まで出てくるとは…」

千歌「ふっふっふ、驚いたでしょ!」

曜「まあ確かに、私たちがこういう大きな戦で戦うっていうのは初めてだよね」

梨子「そこは矢澤国がさすがと言えるわよね」

そして今、ダイヤは千歌たち3人に囲まれていた。

千歌「でもさすがだねダイヤさん、私たち3人を同時に相手できるなんて」

さすがは天下一と言われている武人ダイヤ、その状況でも互角以上の戦いをしていた。

曜「まあ、それでも結局、戦自体には負けちゃうんだけどね」

ダイヤ「っ…」

ダイヤ(この人の言う通り、このままだと…)

ダイヤ(しかしこの場面、まずは私がこの3人に勝たねば!)

ダイヤ「しゃべっている暇はありません!行きますよ!」バッ

千歌「さすが名将ダイヤさん…精神的なところも超一流だね!」

147: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 16:30:52.26 ID:LfK8LU7/
ダイヤと千歌たちの勝負は続く。
むしろ1人のダイヤの方がやや押していて、それまるで鬼神の如き勢いであった。

曜「やばいね、このままじゃ…」

梨子「ええ…思っていたより何倍も強いわ、この人」

千歌「っ…」

???「あんたたち、ちゃんと戦いなさいよ〜?」

千歌「あっ…にこさん!」

にこ「まさか、あの高海山賊の3人ですら負けそうとはね…やるじゃない、黒澤ダイヤ」

ダイヤ「矢澤にこ…あなた自ら登場するとは」

にこ「まあ、それはお互い様にこっ♪」

にこ「…私も加勢するわ、4人で一気に決めるわよ」

千歌「よーし、やるぞー!」

ダイヤ(これはだいぶ厳しいですわ…)

にこたちは目で合図を送りながら、ダイヤの四方を囲みこむ。

にこ「さあ、これで全方位からの攻撃に耐えなきゃいけなくなったわよ?」

ダイヤ「…望むところです!」

——刹那。

4人は一斉にダイヤに襲いかかる。
ダイヤはその多数の攻撃を受け止め、あるいはかわし、なんとかそれを防いでいる。
しかしこの状況、さすがのダイヤと言えども防御に徹する他ない。
そうなれば当然、だんだんとダイヤは体力を奪われていく。
…そして。

148: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 16:31:53.56 ID:LfK8LU7/
千歌「やあー!」

ダイヤ「しまった!」ガキンッ!

千歌の一撃で、ダイヤの刀は飛ばされてしまう。

にこ「これで終わりね…なかなか強かったわよ、黒澤ダイヤ」

ダイヤ「っ…」

ダイヤ(私は、こんなところで…)

そう思いつつも、戦う術をなくし、ダイヤは確信してしまう。
ああ、私はここで——

???「ねえ、寄ってたかって1人の女の子をいじめるなんて、かっこ悪いんじゃない?」

152: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:41:37.54 ID:LfK8LU7/
突如発せられたその声に、一同は振り向く。

にこ「あんた誰よ…?」

ダイヤ「果南さん!」

果南「やあダイヤ、苦戦してるね」

にこ「果南…まさか、黒澤国でダイヤと並ぶ実力と称されるあの松浦果南?」

果南「まあ、そうだね」

にこ「姿が見えないと思ってたら、こんなところで会うとはね」

果南「…それで、ダイヤ」

ダイヤ「…なんでしょう」

果南「私は今から武士としては良くないことをするけど、許してくれるかなん?」

ダイヤ「…ええ、許しましょう」

果南「じゃあ…よいしょっと」

果南はおもむろにダイヤをお姫様抱っこの形で持ち上げる。

ダイヤ「ふふっ…力持ちですわね、果南さんは」

ダイヤも果南がやろうとしていることが分かっている様子だった。

153: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:42:36.85 ID:LfK8LU7/
にこ「…あら、かかってこないの?」

果南「いやあ、さすがにあんたと高海山賊を同時に相手するのはきついよー…じゃ、またね!」ダッ!

果南はダイヤを抱いたまま、その場から走り去る。

その逃げ足の速さはかなりのもので、4人がそれを追いかけようとする前に遠くへ行ってしまった。

にこ「臆面もなく敵前逃亡…ある意味肝が据わってるわね」

千歌「ちぇっ、もう終わりかあ」

にこ「いいえ、まだよ。このまま黒澤城に攻め込むわ」

曜「うへえ、にこさん鬼畜だね」

にこ「なんとでも言いなさい。大将が逃げ出した今、もはや国を取ったも同然よ」

梨子「まあ、このまま最後まで行きましょうか」

千歌「おー!」

154: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:43:36.57 ID:LfK8LU7/
〜〜〜

【黒澤城】

ルビィ「お姉ちゃん…負けちゃったんだね」

城に押し寄せてきた矢澤の軍勢に、ルビィは覚悟を決める。

にこ「こんにちは、黒澤のお姫様」

ルビィ「あなたは…矢澤にこさん?」

にこ「そうよ。あなたを連れ去りに来たわ」

ルビィ「そうですか…分かりました」

にこ「あら、随分と物分かりがいいのね。頑固なお姉さんとは大違い。じゃ、行きましょうか」

にこはルビィを拘束すると、そのまま城の外へと連れ出す。

ルビィ「でもきっと、お姉ちゃんはまだ生きてる…ルビィは信じてるから」

〜〜〜

ダイヤ「不覚ですわね、こんなにも大敗を喫すとは」

果南「ごめんねダイヤ…ルビィは連れて来られなかったよ」

ダイヤ「あなたがそんな風に思う必要はありませんわ。全て未熟な私の責任ですから」

果南「…これからどうしようか」

ダイヤ「そうですわね…まずは」

2人が逃げた先には何が待っているのか。
無我夢中で逃げついたそこは、高坂国の目の前であった——

155: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:45:42.61 ID:LfK8LU7/
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第15話『幻想の果て』

黒澤と矢澤の大戦から1年が経った。
世の国々は大国に征服されてゆき、残るは矢澤・高坂・小泉の3国となっていた。

矢澤が勢いのままに高坂と小泉を攻め落とすかに思われたが、そう甘くもないもので、高坂と小泉が同盟を結んで矢澤の攻撃を止めていたのだ。
もっとも、その同盟も形式的なものに過ぎなかったが。

【小泉国】

凛「あの…用件とはなんですか?」

花陽父「……」

凛「え!これから矢澤を攻める!?」

花陽父「……」コクン

凛「このままではいつか攻められて負けてしまうから、こっちから奇襲を仕掛るってことですか?」

花陽父「……」

凛「分かりました…では皆に伝えてきます。失礼します」ガラッ

凛「…とうとう始まるんだね」

花陽「凛ちゃん?」

凛「あ、姫様」

花陽「どうしたの?そんな真剣な顔して」

凛「うん…」

156: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:47:50.66 ID:LfK8LU7/
花陽「…気をつけてね」

凛「え?」

花陽「また始まるんでしょ?大きな戦いが」

凛「…うん、そう」

花陽「大丈夫、凛ちゃんなら大丈夫だよ」

凛「えへへ、ありがとう!かよちんがそうやって励ましてくれたら、凛も頑張れるよ!」

花陽「私はいつだって凛ちゃんを応援してるよ!」

〜〜〜

157: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:51:04.49 ID:LfK8LU7/
【矢澤国】

希「…そろそろ動き出すみたいやね」

にこ「分かるの?」

希「まあ、軍師としての勘でね」

にこ「胡散臭いけど、あんたのそれは当たるからね…それじゃ、ぼちぼち準備しますか」

希「そうしよ♪」

〜〜〜

数日が過ぎた某日、まだ太陽が顔を出すより前。薄闇に紛れ込みながら、小泉軍は矢澤城の前に陣取っていた。

凛「皆、準備は良さそうだね…」

凛「じゃあいくよ!突撃ー!」

オオオオ-!

こうして、夜の闇の中で戦闘は始まった。

矢澤兵「敵襲!敵襲ー!」

矢澤の兵は小泉軍の突然の到来に警笛を鳴らす。

凛「大丈夫、矢澤はこの奇襲に気付いていない!」

小泉軍は一気に城に攻め入り、体制の整っていない矢澤城に押し寄せていった。
小泉はこの奇襲に総力を持って挑んでいて、いくら矢澤といえどもその勢いを前に押されるままだった。

158: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:54:06.57 ID:LfK8LU7/
凛「いける…でも」

このまま押し切れる、そう確信した凛だったが、少しだけ違和感を感じ始めていた。

凛「なにかがおかしい…うまく行きすぎな気が…」

そのとき、城に入った兵士の声が。

「凛さん!敵の数が少なすぎます!」

その報告は、凛の不安をますます大きくする。

凛(どういうこと…?いくら奇襲って言っても、少しは警戒しているはず…)

そしてひとつの絶望的な、しかして核心をつく憶測が凛の脳内をよぎる。

凛(まさか…これは相手の戦略…?)

彼女の憶測は大抵の場合、考えすぎで済まされることが多かったのだが、このときばかりは見事に当たっていた。
それを知るのは、奇襲から1時間ほど経ったときだった。

「報告!矢澤軍が我が城へ攻めてきているとのこと!」

凛「なっ!?やられた…!」

159: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:55:47.11 ID:LfK8LU7/
そう、希はこの日、このときに小泉が攻めてくることは、小泉に忍ばせていた間者を通じて分かっていた。
それならばいっそのこと、城は空けて小泉城を落としてしまえばいいではないかというのが希の作戦だった。
しかも矢澤にとっては都合よく、小泉軍は総力をこの奇襲に注いでいる。つまり、小泉城の防御はほぼ無に等しくなっているのだ。

凛「みんな!急いで城に戻るよ!」

凛は焦りながら小泉国へと引き返す。

凛(かよちん…どうか無事で…!)

しかしそんな薄い希望は、絶望にかき消されることになる。
国に戻ったときにはすでに城は占拠されていて、天守閣からにこが覗いていた。

にこ「甘いわね、星空凛!あなたたちの主人は討ち取ったわ!大人しく降参しなさい!」

凛「そんな…」ガクッ

自分たちがはめられたことに、そして相手の圧倒的な強さと賢さに、凛はその場で崩れ落ちた。

にこ「ほら、なにしてるの!他の奴らも武器をおいてその場にひざまずいて!」

大将の凛のその姿を目にして、皆もすでに戦意を喪失、諦めていた。
にこに言われなくとも、小泉兵たちは武器をその場に落とす。

凛「…かよちん」

凛「かよちんは!?姫様はどこ!?」

凛の脳裏によぎったのは花陽の姿。あの笑顔がすぐに浮かぶ。

にこ「安心しなさい、ちゃんと生きてるわ…ほら」

にこは城の下、凛のすぐそばを指さす。

凛「かよちん!」

花陽「凛ちゃん、ごめんね」

160: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/09/30(木) 23:57:48.01 ID:LfK8LU7/
そこには、矢澤兵によって連行される花陽がいた。

凛「かよちん…かよちんが生きててよかった」

花陽「凛ちゃんも…よかった」

凛「でもごめんなさい、凛、負けちゃった…」

花陽「ううん、凛ちゃんはよく頑張ったよ」

凛「……」グスッ

矢澤兵「ほら、お前も連行だ」

凛「……」

そのとき、凛の脳裏にはある人の言葉が浮かんだ。


——あなたにも、あるのでしょう?

——大切なものが…


護りたい人が。


凛「…そうだ」

矢澤兵「?」

凛「誓ったんだ、あのとき…」

矢澤兵「お前なにを…」

凛「——!」ザッ!

161: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:00:28.29 ID:AyoxFk/u
瞬間、凛は地面の刀を拾い上げて矢澤兵の1人を斬る。

矢澤兵「ぐあっ!」

花陽「凛ちゃん!?」

凛「行くよ、かよちん!」

素早く花陽のもとへ駆け寄ると、花陽に付いていた兵士たちを全員倒し、花陽を抱えてそのまま逃げ出した。

にこ「なっ!…なかなか根性あるわね。逃すな!追え!」

追ってくるたくさんの矢澤兵たちを背に、凛は一目散に走る。
その脚力はかなりのもので、矢澤兵は追いつけたものではなかった。

にこ「ちっ、逃がすもんですか!」

〜〜〜

凛「ふう…ここまでくればもう追ってこないね」

花陽「もう、無茶だよ…」

凛「ごめん…でもこうするしかないと思ったから」

花陽「まったく凛ちゃんは…」

凛「えへへっ、でもこれでしばらくは——」

???「お嬢さんたち、なにしてるのかな?」

162: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:02:00.23 ID:AyoxFk/u
凛「!」バッ!

???「まったく、逃げ出したりしちゃダメよ?」

凛「お前らは…高海山賊の渡辺曜と桜内梨子!」

曜「そうだよー、知っててくれてたんだ」

梨子「光栄ね」

凛「…今日は高海千歌はいないの?」

曜「ああ、千歌ちゃんなら矢澤城だよ」

梨子「さすがに、城にも誰か1人くらいは指導者がいなきゃね」

凛「…そう」

曜「じゃ…来てもらおうか」チャキッ

梨子「……」カチャッ

凛「かよちん、下がってて」

花陽「う、うん…」

凛「…いくよ」

曜「……」

梨子「……」

凛「やあぁ!」バッ!

163: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:03:01.40 ID:AyoxFk/u
一瞬の沈黙が晴れると、凛から2人に斬りかかる。

曜「…!」キン!

曜(重い…!情報よりも強いみたいだね)

梨子「でもこっちは2人よ!」

凛「わかってるよ!」ザッ

横から攻撃を仕掛ける梨子にもしっかりと対応し、凛は一旦間合いを取り直す。

曜「なかなかやるみたいだよ、梨子ちゃん」

梨子「ええ、今の動きで分かったわ」

凛「……」

花陽「凛ちゃん…」

凛(凛がかよちんを護るんだ…)

曜「それに…なんだか気迫もある」

梨子「そうね…やあ!」バッ!

164: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:04:29.98 ID:AyoxFk/u
凛「……」キン!

曜「はあ!」

凛「!」カキン!

曜「まだまだ!」

梨子「いくわよ!」

凛「っ…」キン!キン!

曜と梨子の怒涛の連携攻撃が凛に襲いかかる…が、凛もそれをすべて受け止める。

曜「しぶといね、凛さん…」

凛「ここで負けるわけにはいかないからね…」

曜「じゃあ…これでどうだ!」

曜は再び凛に斬りかかる。なんの変哲もない斬撃だ。

凛「何回やっても…!」キン!

165: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:05:32.54 ID:AyoxFk/u
曜の攻撃を受け、梨子が続く…それを予想していたが、次の攻撃は来なかった。

梨子「ふふっ、甘いわね。私たちが正々堂々と戦うだけだと思った?」

凛「なっ…かよちん!」

花陽「凛ちゃん!」

曜の攻撃と同時に動いた梨子は、凛ではなく花陽を狙ったのだ。
それは簡単に成功し、今、梨子は花陽を人質にとっている。

凛「卑怯だよ、そんなの!」

梨子「卑怯で結構。私たちも、そこまで芸がないわけじゃないから。…さあ、大人しく武器を置いて」

凛「くっ…」

何よりも守るべき花陽に刃が向けられている今、やむなく武器を置こうとした凛だったが、花陽は叫ぶ。

花陽「逃げて、凛ちゃん!」

凛「かよちん!?」

花陽「大丈夫、花陽は死なないから…だから逃げて!」

その目は訴えていた。
このまま捕まっては全て終わり、しかし凛だけでも逃げることができれば…

——そのときは、花陽を助けてね。

凛「かよちん…」

曜「そうはさせないよ!」バッ!

凛「っ!」サッ!

166: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 00:06:35.01 ID:AyoxFk/u
凛は全てを悟り、そして決意した。

絶対に生き延びる、そして。
絶対に花陽を助けると。

凛「待っててねかよちん!」ダッ!

今度こそ本当に、凛は逃げ出した。

曜「っ、足速…」

梨子「行っちゃったわね」

花陽「…凛ちゃん」

曜「ま、とりあえずお姫様だけでも連れて行きますか」

梨子「ええ」

花陽(待ってるよ、凛ちゃん…!)

173: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:16:45.87 ID:AyoxFk/u
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第16話『流れゆく時の中で』

海未「小泉が負けた!?」

その知らせを聞いたのは、決着がついたその翌日だった。

善子「ええ、それも1日でね」

同盟を無視されたことは予想の範囲内ではあったが、小泉がこうも簡単に負けてしまったということは少なからず動揺の材料となった。

海未「小泉国はこの1年で十分に軍力を上げていたはず…それなのに」

善子「さすが矢澤、といったところかしら」

???「そろそろ私たちも、決戦の準備をしなければならないようですわね」

海未と善子のもとへ現れたのは、そう、黒澤ダイヤだった。
実は黒澤国が矢澤国に負けたあと、戦場から逃げ出したダイヤと果南は高坂国に亡命していたのだ。
そしてこの1年、ダイヤたちは高坂の家臣として動いていた。

海未「ダイヤ…ええ、そのようですね」

ダイヤ「とはいえ、まだ時間はあります。じっくりと作戦を考えましょう」

174: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:18:28.22 ID:AyoxFk/u
海未「はい、そうしましょう」

そう言って、2人は部屋に入って行った。

果南「なんだか、いよいよって感じだね」

善子「そうね」

頭脳役の2人が行った後、廊下では善子と果南が喋っていた。

善子「にしても、あなたたちが来てからもう1年も経つのね」

果南「そうだねー、あっという間だったよ」

善子「…実際、どうだったの?」

果南「なにが?」

善子「いろいろ。矢澤との戦いとか、逃げてきたときのこととか」

果南「そういうことね」

果南「まあ、強かったよ、矢澤国は」

善子「……」

果南「純粋な兵力も高いけど、それ以上に厄介なのはあの軍師だろうね」

善子「軍師?」

果南「うん。巧妙な作戦とか、それをするための下準備とか、もう徹底しててさ」

善子「へえ…」

果南「それで私たちはまんまとやられたってわけ」

果南「逃げるのは、私はべつに抵抗はなかったかな」

善子「そうなの?」

果南「うん。やっぱり、一番大事なのは生きてることだからさ」

〜〜〜

175: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:20:45.52 ID:AyoxFk/u
【地下牢】

ことり母「……」

ことり「……」

ことりとことりの母は、高坂城の地下牢に閉じ込められていた。看守は2、3人であるが、脱獄は不可能な檻だった。
2人はずっとここへ繋がれているが、毎日とある行事があった。

コツコツ…

ことり母(あ、来たわね)

???「やっほー、ことりちゃん、ことりちゃんのお母さん」コソコソ

2人の前に現れたのは、穂乃果だった。

ことり「穂乃果ちゃん、今日も来たの?」

穂乃果「うん。今日はこれを持ってきたよ」スッ

ことり「これは…お饅頭かな?」

穂乃果「当たり〜♪いっぱい持ってきたから2人で食べてね」

ことり「うん、ありがとう!」

176: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:22:41.93 ID:AyoxFk/u
穂乃果「シー、バレちゃうから静かに!」

ことり「あはは、そうだね…」

看守「……」チラチラ

ことり(もうバレてると思うんだけどなあ)

ことりたちがここに収監されてから今まで、穂乃果はほぼ毎日、2人に会いに来ていた。いつも差し入れも一緒に。

穂乃果「2人とも、体調は大丈夫?悪かったらすぐに言ってね」

ことり「うん、分かってるよ。ありがとう」

穂乃果「そうだ、今日は時間もあるから、ちょっとお話しない?」

ことり「いいけど、なんの話をするの?」

穂乃果「そうだねぇ…あ」

ことり「?」

穂乃果「こんなことホントは聞くべきではないのかもしれないけど…いい?」

ことり「うん、言ってみて」

穂乃果「なんで南は、突然高坂を攻めようとしたの?」

177: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:25:42.55 ID:AyoxFk/u
ことり「それは…」チラッ

ことりは聞かれて、母の顔を見る。

ことり母「簡単なことよ」

ことりの母は表情を変えないまま、穂乃果の質問に答え始めた。

ことり母「いつかは行動しないと、結局はどこかにやられてしまうからね」

ことり母「ことり、あなたにも言ったけど…」

ことり母「この世の中で、味方なんていないの」

穂乃果「……」

ことり母「だから、敵になられる前に、こっちが敵になったってだけ」

穂乃果「そう、なんだ…」

ことり母「どうしたって、結果は一緒だったと思うわ。それが早いか遅いかだけの違いよ」

178: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:27:46.15 ID:AyoxFk/u
穂乃果「…うん、話してくれてありがとう」

ことり母「どういたしまして」

穂乃果「それじゃ、穂乃果は行くね。また——」

ことり母「ちょっと待って」

穂乃果「?」

ことり母「私からも質問、いいかしら?」

穂乃果「はい」

ことり母「どうして毎日、こうしてここへ来るの?」

穂乃果「どうしてって…」

ことり母「私は1度はあなたを人質に取ったのよ?憎むべき相手のはずでしょう」

穂乃果「…穂乃果は、ことりちゃんのお母さんのことを憎んだりしません」

ことり母「…何故?」

穂乃果「だって、大好きな友達のお母さんだから。それだけです」

ことり「穂乃果ちゃん…」

ことり母「…ぷっ」

ことりの母はそれを聞いて笑い始めた。

穂乃果「ちょ、なんで笑うんですか!」

179: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:28:48.47 ID:AyoxFk/u
ことり母「あははは…ごめんなさいね。でも、やっぱりあなたは高坂の姫だわ」

穂乃果「もう…それじゃあまたね」

ことり「うん、またね」フリフリ

穂乃果が去ると、再び静寂が訪れる。
何もないこの牢獄で、2人は何を思うのだろうか。
しかし少なくとも、穂乃果の存在は2人にとって、生きる力となるだろう。

〜〜〜

【穂乃果の部屋】

海未「今日はどうでしたか?ことり姫たちの様子は」

穂乃果「うん、いつも通りだったよ」

海未「そうですか」

穂乃果「でも、なんだかちょっと嫌なこと言ってたなあー」

海未「嫌なこと?」

穂乃果「うん…この世の中に、味方なんていないって」

海未「味方なんていない、ですか…」

穂乃果「でも、穂乃果はそんなことないと思うんだ。みんなが友達になる方法だって、きっと…」

海未「……」

180: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/01(金) 23:29:47.49 ID:AyoxFk/u
穂乃果「って、ごめんね海未ちゃん。そんな理想論言われても、海未ちゃんは困っちゃうよね」アハハ

海未「いえ、そんなことはないですよ。私だって、そうなる望みを持っていないわけではないですから」

穂乃果「そうなの?」

海未「ええ。しかし、それができないのが現実でもありますからね…だから私たちは鍛錬し、戦を起こすのです」

穂乃果「…そうだね」

海未「でも、もしみんなが手を取り合って、平和な世の中が来るとすれば…」


海未「それは本当に、素敵なことです」


〜〜〜

乱立していた国々もついに残すは矢澤と高坂だけとなった。
いよいよこの戦国の世も統一へと向かい始める。
果たして勝つのは矢澤か、それとも高坂か。

それから数日経ち、ついに矢澤国から高坂国への宣戦布告がなされた。

190: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:28:19.93 ID:0+fxcTbX
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第17話『友達』

真姫「…今日はこんなもんかしらね」

高坂国と矢澤国の間にある山の中で、真姫はひとり自給自足の生活を送っていた。
その刀一本で動物を仕留め、その知識で食べられる植物を採集し、なんとかここまで生きてきた。
そして今日も、集めた食材を軽く調理して食べているところだった。

真姫「モグモグ…やっぱり不味いわね」

ガサガサ

真姫「!」カチャッ

近くの茂みから何かの気配がする。
真姫は抜刀の準備をして、その方向へ構える。

真姫「…なに?」

ガサガサガサ

真姫「熊…ではなさそうね…じゃあ猿?」

バッ!

191: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:29:25.42 ID:0+fxcTbX
真姫「出てきた!…って、猫…じゃなくて人間の女の子?」

???「もう…だめ…」バタッ

そう言うと、その少女はその場に倒れてしまう。

真姫「あ、ちょっと!」

???「グ-…グ-…」

真姫「なんだ、寝ただけか…」

真姫「まったく、なんでこんなところに人が…」

真姫「……」

真姫「…ああ、もう!」

〜〜〜

192: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:30:10.86 ID:0+fxcTbX
???「ん…ここは…」

真姫「やっと目が覚めたのね」

???「あなたは…っ!まさか敵!?」

真姫「助けてあげたのに失礼ね…」

???「助けてって…凛、もしかして倒れてた?」

真姫「ええ、力尽きたって感じでね」

凛「それは…ごめんなさい」

真姫「別にいいわよ。それよりあなた、どうしてこんなところに?」

凛「凛もよく分からない…必死で逃げてきて、気づいたらここに来てたんだ」

真姫「逃げて?じゃあ誰かに追われてたの?」

凛「うん、まあね」

真姫「そう…それは大変だったわね」

凛「うん…」

真姫「……」

凛「あ、それはそうと、あなたは?」

真姫「私は西木野真姫。いろいろあって、今はここで生活してるわ」

凛「そうなんだ…凛は星空凛だよ。よろしくね」

真姫「よろしく…というか、星空凛ってどこかで聞いたことがあるような…」

193: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:31:37.44 ID:0+fxcTbX
凛「凛も、西木野真姫ってどこかで…」

真姫・凛「「あ」」

真姫「もしかして、小泉国一の剣士って言われてるあの星空凛?」

凛「うん、多分そうだよ。真姫ちゃんこそ、『南国の紅き番犬』って呼ばれてたあの西木野真姫?」

真姫「ちょっと、そのあだ名はやめて!」

凛「やっぱりそうなんだ…なんか光栄だね」

真姫「こんな場所で、こんな状況だけどね」

凛「そういえば真姫ちゃん、こんなこと聞いていいのか分からないけど、南国って1年前に高坂に負けて…」

真姫「ええ、滅んだわ」

凛「じゃあなんで真姫ちゃんはこんなところに?」

真姫「そんなの、だいたい分かるでしょう…逃げてきたのよ」

凛「…そうなんだ」

真姫「笑ってくれて構わないわ。私は自分の命が1番大切だと思ったからこうしてるだけ」

凛「笑わないよ。凛だって一緒だもん」

194: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:32:33.57 ID:0+fxcTbX
真姫「てことは、小泉もついにやられたの?」

凛「うん…」

真姫「そう…」

凛「でもね、まだ凛の戦いは終わってないんだ」

真姫「?」

凛「今ね、矢澤国に凛の大切な人が捕まってるの。だからその子を助けなきゃ」

真姫「助けるって…もう国もなくなったんでしょ?」

凛「そうだけど…でも、やらなきゃ」

真姫「…なにか作戦でも?」

凛「それは…ないけど…」

真姫「そうでしょうね」

凛「真姫ちゃんは?」

真姫「私?」

195: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:33:38.77 ID:0+fxcTbX
凛「凛知ってるよ、南国の城主と姫はまだ高坂に捕らえられたままだって」

真姫「……」

凛「真姫ちゃんは、その人たちを助けようとは思わないの?」

真姫「……」

凛「…真姫ちゃん?」

真姫「…さあ、どうかしらね」

真姫「正直、私は自分がどうするべきか分からないわ」

凛「そんなの…助けるのがいいに決まってるよ!」

真姫「それはそう…でも…いろいろあるのよ」

凛「そんな…」

真姫「だからこの1年、ずっとここで留まってるの」

真姫「まだ答えが見つからないから」

凛「……」

凛「じゃあ、凛に協力してくれない?」

真姫「え?」

凛「凛がかよちんを——大切な人を助けるの、協力してよ」

真姫「協力って…」

凛「そしたら、凛も真姫ちゃんに協力するからさ」

真姫「……」

196: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:36:29.70 ID:0+fxcTbX
凛「ね、どうかな?」

真姫「…まあ、いいわよ。理屈はよく分からないけど、このままじゃダメだとも思うし」

真姫「私も動き出さなくちゃね」

凛「じゃあ、交渉成立ってことで」

真姫「ええ…じゃあ手始めに」

凛「うん…」


真姫「こいつらを倒しましょうか」


真姫の一言が終わると、2人は瞬時に刀を抜く。
周りを見てみると、いつのまにかそこには大勢のならず者が集まっていた。

凛「この人たち…山賊っぽいね」

真姫「ええ。大方私たちを襲って備蓄してある食材やらを奪おうってわけね」

その数は約20人。すでに手に持った棒や錆びた刀を構えている。

凛「真姫ちゃん、やる前にひとつ言っておくね」

真姫「なにかしら?」

凛「絶対に…死んじゃダメだよ」

真姫「…フフッ、舐められたものね」

凛「じゃあ…」


凛「いくよ!」

197: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:38:35.18 ID:0+fxcTbX
〜〜〜

真姫「ふう…これで全員ね」

凛「さすが真姫ちゃん、強いんだね」

真姫「そっちこそ」

額に垂れる汗をぬぐいながら、2人は辺りを見回す。
そこにはもう、生きている山賊の姿はなかった。

凛「まあ、とは言っても、やっぱり疲れたよー」

ひと息つくと、凛はその場に座り込む。
やはりあの大人数を相手すれば、凛ほどの強者と言えど少しは疲労がたまってしまうのだろう。

真姫「お疲れ様」

真姫も凛のとなりに座る。
乱れた髪の毛を整えながら、漆黒に染まった空を仰ぎ見る。

凛「凛ね、その人…かよちんとはずっと一緒だったんだ」

不意に語り始めた凛に、真姫はなにも言わず耳を傾ける。

凛「でも、一介の武士と一国の姫って関係だったから、だんだん会えなくなっちゃって…」

凛「だから凛、いっぱい修行したんだ。国で1番強くなれば、かよちんともいっぱい会えると思ったから」

凛「それで何年も頑張って…ついにかよちんとまた一緒に居られるようになったの」

凛「でも、結局矢澤との戦で離れ離れになっちゃって…」

凛「だからね、今度こそはかよちんを助けたら、絶対に離さないって決めてるんだ」

真姫「…そう」

198: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:39:45.99 ID:0+fxcTbX
凛「うん…絶対に」

真姫「素敵じゃない」

凛「ありがと」

真姫「…助けましょう、必ず」

凛「…うん」

2人は、不思議な出会いになにかを感じながら、そこで芽生えた友情に笑い合う。
草の上に寝転んで観る夜空は、西の方角からの流れ星が輝いていた。

199: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:42:03.43 ID:0+fxcTbX
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第18話『闇夜を抜けて、夜空に誓う』

矢澤の宣戦布告から10日ほどが経ち、ついに明日は決戦だ。

その夜、高坂城の中で黒澤ダイヤは自分の妹・ルビィのことを想っていた。

ダイヤ「ルビィ…元気にしているでしょうか」

誰もいない部屋で、ダイヤは小さく呟く。
捕虜となっているのだ、元気であるはずはない。
そんなことは分かってはいるが、元気にしていてほしいという願いが溢れて止まない。

ダイヤ(明日の対戦で全てが決まる…絶対にルビィを取り戻しますわ)

ダイヤは希望だけを考えるようにしていた。
もしルビィと再会したら。

ルビィにもっと優しくしよう。
ルビィとたくさんお話しよう。
ルビィのことをもっと知ろう。
ルビィが今までしてこなかったワガママを思う存分にさせてあげよう。

そんな妄想を希望に変えながら、ダイヤは静かに横になって目を瞑る。

絶対に、絶対にルビィを取り戻す。

その気持ちだけが、そこにみなぎる闘志だけが、ダイヤをダイヤたらしめていた。

〜〜〜

200: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 10:46:28.47 ID:0+fxcTbX
一方、矢澤城で捕虜となっているルビィも、きっとどこかで生きているはずのダイヤを想っていた。

明日、戦国の世の最終決戦が始まる。

その情報はルビィにも伝わっていて、もしかしたらそこにダイヤも…などと、根拠もない想像をしてしまう。

ルビィ「お姉ちゃん…」

ルビィはまだ信じている。ダイヤがルビィを助けに来て、またあの平和な日々が訪れると。

自分は何もできないし、お姉ちゃんみたいに強くもない。
まるで反対な姉妹だが、ルビィはダイヤのことが本当に大好きだということは紛れもない真実だ。

少女は、窓からのぞく月を眺めながら、願いを込めて祈り続ける。

いつかまた、お姉ちゃんと2人で——

〜〜〜

201: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 14:55:25.90 ID:0+fxcTbX
松浦果南は、黒澤でダイヤに並ぶ豪傑としてその実力を知られていた。
ではなぜ果南はそこまでの力を手に入れたのだろうか。
答えは単純、ダイヤとルビィのためだった。

果南はダイヤとルビィが仲睦まじくしている様子を眺めるのが本当に大好きだった。
2人がいつまでも一緒にいること、それは果南の望みでもあり、その願いを果たすためだけに果南は強くなったのだ。
そんな2人が引き裂かれて、果南が悔しいわけがない。きっと、ダイヤと同じくらい、もしくはそれ以上に悔しかっただろう。

果南「絶対に、取り戻すから」

果南はふつふつと、静かに闘志を燃やす。
自分の身がどうなろうと、ダイヤとルビィを再会させる。
それくらいの覚悟を決めて、明日は臨もうと決めていた。

果南はとなりに寝ているダイヤの顔を見て、小さく呟く。

果南「大丈夫だよ…私が必ず助けるからね」

〜〜〜

202: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 14:56:55.21 ID:0+fxcTbX
一面緑の草原の真ん中で、千歌・曜・梨子の3人は寝転がっていた。

千歌「ねえ、2人とも」

曜「なに?」

梨子「どうしたの?」

千歌「覚えてる?私たちが山賊になる前のこと」

曜「…うん、覚えてる」

梨子「私も、覚えてるわ」

千歌「楽しかったよね、あの頃は。とっても平和で、毎日一緒に遊んでた」

曜「そうだね」

梨子「ええ」

千歌「それで、私たちが10歳のときに国がなくなって、生き残ったみんなで山賊になったんだっけ」

203: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 14:58:06.96 ID:0+fxcTbX
曜「うん、そうだった」

梨子「あのときは、この先どうなるかなんて何もわからなかったわ」

千歌「あのとき、千歌は決めたんだ。強くなって、いつか必ずまたみんなが平和に暮らせるようにするんだって」

曜「千歌ちゃん…」

千歌「明日だよ」

梨子「……」

千歌「ついに明日、それが果たされるときがくるんだよ」

梨子「ええ、そうね」

千歌「千歌、今はなんだか全然怖くないんだ。むしろワクワクしてる」

曜「千歌ちゃんらしいね…でも、私もそうかも」

梨子「私も」

千歌「ねえ、2人とも」

千歌「絶対勝って、私たちの願いを叶えようね!」

曜「うん、もちろん!」

梨子「やってやりましょ!」

笑い合いながら、3人はいつのまにか繋がれていたその手をギュッと握りしめる。

千歌「大丈夫、千歌たちならできるよ」

曜「うん、私たちが揃えば」

梨子「なんだってできるんだからね」

〜〜〜

204: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 15:00:02.69 ID:0+fxcTbX
千歌たち3人がいる平野から近い矢澤城でも、決戦前夜の静けさが漂っていた。

そんな中、城の1番上の天守閣で、矢澤にこは目をつぶって思い出していた。
その記憶は、そう、この城の主人となるまでの道のりだった。
毎日厳しい鍛錬を積み、ときにはプライドも捨てて媚を売り、苦しいなんて言葉では足りないほどに過酷な日々だった。
しかしなぜそれを我慢することができたのか。
それは希との約束、天下統一という野望のため。ただそれだけだった。

希『絶対にウチらで天下を取ろうね!』

にこ『ええ!もちろんよ!』

それは幼い頃の戯れの誓いだったかもしれない。きっとその意味も理解せず言った言葉だったかもしれない。
しかし、にこにとってはそれがなによりの希望だった。

にこ「勝つわよ…この戦」

にこの闘志はメラメラと燃えたぎる。
まだ誰も見たことのない景色を、希と共に。

〜〜〜

205: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 15:01:12.96 ID:0+fxcTbX
希も、自分の部屋から月を眺めていろいろなことを思い出していた。
軍師としての勉強や、にこの鍛錬の付き添い、そして——幼い頃のにことの約束。

希「にこっち…」

希はここまで来ても、少しばかりにこに申し訳なさを感じていた。
共に天下を取ろうと約束した後、自分より何倍も努力していたにこ。その隣にいるのは、果たして自分でいいのだろうか。そこに肩を並べてもいいものなのか。

希「…ううん、大丈夫。ウチはウチにできることをやるだけ」

そんな不安を振り払うように、希は前を向き、自分に言い聞かせる。
にこがそれだけ頑張ったなら、自分はその分結果を出せばいい。それがきっと、にこにとっても良いことだろうから。

希「ウチらで一緒に叶えるんだ」

希はにこを、そして自分を信じる。

きっと、矢澤に幸がありますように。

〜〜〜

206: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 15:02:27.33 ID:0+fxcTbX
一方の高坂城では、中庭で善子が1人、木刀を振っていた。
今や高坂では海未に並ぶ実力者として名が知れているが、善子はまだまだそう言われるには及ばないと自覚していた。
では、自分にできることは何か。
それは明白、もっと強くなることだけだ。
明日、最後の戦が始まるとか、そんなことは関係ない。前日だからって、関係ない。
善子は最後の最後まで、己を磨くことを忘れないようにしていた。

そのときふと空を見上げると、そこには大きな月が。
同時に善子は、自分が高坂国へ来てからのことを思い出す。
前も穂乃果たちに話したように、それは楽とはほど遠いものだった。

207: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 15:03:56.15 ID:0+fxcTbX
毎日の厳しい修行で、肉体的にも精神的にもヘトヘトになっていた。
しかし、今自分がここにいるのも、それがあったからこそ。
今までやってきたことを信じてやれば、絶対に大丈夫。
自分に言い聞かせて、善子は再び剣を振り始める。

善子「明日…負けないわよ」

それは矢澤に対してか、海未に対してか、それとも自分自身に対しての言葉なのか。
善子は改めて、その覚悟を胸に刻むのであった。

〜〜〜

208: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 15:09:30.75 ID:0+fxcTbX
海未はというと、明日の戦に備えて寝床についていた。
しかし海未と言えども、この夜ばかりはいろいろなことを考えてしまう。
この戦がおそらく最後の戦いになるだろう。すべてがここで決まることになるだろう。

海未「穂乃果…」

そんな中で海未が想うのは、やはり穂乃果のことだった。


『約束します…なにがあっても私があなたを護ります』


その幼い頃の誓いは、いつまでも海未の中心に在り続けていた。
いつでも、どんなときも、私が穂乃果を護る。
それだけを胸に、海未は今まで生きてきた。
この戦に勝つことは、その約束を果たすことになるということも、十二分に承知していた。
海未は上半身を起こして、手を胸に当てる。

海未「きっと、護りますから…あなたのことも、あの約束も」

これが最後の誓いだ。窓から見える夜空に向けて、海未はたしかな決意を固めた。

〜〜〜

210: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 16:32:09.32 ID:0+fxcTbX
穂乃果はその夜、なかなか眠りにつくことができなかった。
この先の行く末、いろいろな人の想い、そして自分自身のこと。

こんなときにこんなことを考えるのはどうかとも思うが、もしもこの戦で負けたら、自分はどうなってしまうのだろうか。
きっと捕虜になり、もう自由はなくなるだろう。
想像すると、やはりそこには恐怖というものがあった。
もちろん、海未のことは信じている。なにがあっても自分を護ってくれると。
だが、そこにすら不安はあった。
きっと海未は、穂乃果を護るためならば自分自身の命すら投げうってしまうだろう。
違う、違うのだ。
たとえそれで穂乃果が助かろうと、海未がいなければ意味がない。

そんな風にいろいろな思考を巡らせていると、なかなか眠れなかった。

その途中にふと、穂乃果は海未と過ごしてきた日々を走馬灯のように思い出した。
最初は穂乃果の遊び相手として近くにいた海未だったが、時が経つうちに、いつしか海未は穂乃果にとってなによりも大切な存在となっていった。それはおそらく、海未も同じだろう。


『うん、約束だよ…ずっと私のそばにいてね』


幼い頃に交わした約束は、今でも穂乃果の胸の奥の大事な部分にしまってある。

穂乃果「きっと大丈夫だよ、海未ちゃんなら」

気付けば穂乃果に、不安は無くなっていた。
信じさせてくれる海未ちゃんがいる。
それだけで、穂乃果は安心して目をつぶることができた。

あの日の誓い、いつかの誓い。

その胸に、いつまでも残り続ける物語となる。

211: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 16:32:56.05 ID:0+fxcTbX
➖➖➖


第19話『暗闇が晴れて』

清々しいくらいに晴れ渡った青空の下で、高坂軍と矢澤軍は対峙する。

にこ「ついにこのときが来たわね!」

にこは軍の先頭で、高らかに叫ぶ。

海未「これが最後の戦いです…みんな、気を引き締めていきますよ!」

海未もそれに対抗するように、1番前で腕を掲げる。

一瞬の静寂。
それぞれの顔には、強い覚悟が現れている。
ダイヤも、果南も、曜も、梨子も、千歌も、にこも、希も、善子も、そして海未も。


にこ・海未「全軍、突撃ー!!」

ウオオオオ-!!!!!

ここに、戦国最後の戦が幕を開けた。

〜〜〜

212: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 16:33:52.29 ID:0+fxcTbX
海未「戦況は…どうやら互角のようですね」

ダイヤ「ええ、そのようです」

戦いが始まって少し経ち、海未やダイヤたち幹部は、自陣で戦を観察していた。

善子「でも、このままじゃダメね」

果南「うん。兵士たちが矢澤の勢いに少しずつ呑まれてる」

果南の言う通り、パッと見た感じでは互角でも、矢澤が優勢になりつつあった。

ダイヤ「やはり矢澤軍は強いですわね」

海未「ええ。それに、高海山賊の力もなかなかのものです」

善子「…で、どうするのよ」

ダイヤ「…この辺が出所のようですね」

果南「お、行っちゃう?」

海未「そうですね、このままではあっという間に押し負けてしまうかもしれませんから」

善子「じゃあ…行くわよ!」

213: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:16:51.65 ID:0+fxcTbX
ダイヤ「望むところですわ!」

果南「やっと戦えるね!」

海未「行きますよ、私たちも!」

海未たちに細かい策は無かった。しかし、今回の戦ではとても大きな武器があった。
それは、ダイヤと果南がいるということ。
この2人と、それに海未と善子がいれば、戦場の兵士達はどれだけ心強いことか。

4人は甲冑を身につけると、いざ戦場へ。

「おお、海未様たちが出てきたぞ!」

「ついにか!なんと心強い!」

「私たちも負けてられん!」

そうすると一気に戦場は活気付き、矢澤の勢いを跳ね返す。

海未「はあ!」

ダイヤ「やあぁ!」

善子「…!」

果南「てい!」

214: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:17:55.39 ID:0+fxcTbX
4人はそれぞれ敵を次々となぎ倒していく。
頼もしいリーダーたちはどんどん前線に出ていき、仲間を鼓舞しながら剣を振るう。

にこ「まずいわね、勢いがあっちにいっちゃってるわ」

希「そうやね、このままだと…」

にこ「今回の策は?」

希「この戦は下手な小細工なんてしてないよ。そんなことしたって、多分意味ないから」

にこ「まあ、そうね…よし」

希「お、にこっちも行く?」

にこ「ええ、いってくるわ…負けてらんないでしょ、こっちも」

にこは兜の緒をギュッと締め、いざ戦場へ。

にこ「あんたたち、なにやってんのよ!もっとシャキッとしなさい!!」

215: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:18:34.70 ID:0+fxcTbX
「おお!にこ様もついに出てきたぞ!」

「我々もまだまだだ!」

さすがにこというべきか、彼女一人の存在で、ふたたび矢澤にも勢いが戻る。

海未「やはり出てきましたか…しかしこちらも負けません!」

戦いは文字通り総力戦に。

千歌「私たちも忘れてもらっちゃ困るよ!」

千歌たち高海山賊も海未たちに刃を向け、天下分けめの大合戦にふさわしい舞台へ。

…と、そのときだった。

216: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:19:23.22 ID:0+fxcTbX
ド-ン!!!!!!

ダイヤ「なんですの、今の音は!?」

突然、戦場近くの海の方から爆音が響いた。

にこ「これは希の作戦…ではなさそうね」

戦場では刀がぶつかり合う音が一瞬止み、全員が音の方を向いた。

そして次の瞬間。

ドゴ-ン!!!

戦場の一角で大きな音が上がり、同時に爆発。大量の砂と人が宙に舞い上がった。

海未「なっ…なんですかこれは!」

高坂も矢澤も関係なしの攻撃に、海未たちは動揺してしまう。

希「これは…まさか!」

希は嫌な予感を覚える。

217: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:20:18.77 ID:0+fxcTbX
ここ数年、日本の遥か向こうにあるアメリカでは、世界の国々を征服せんとする活動が始まっているという噂を耳にしていた。
それがついに日本に来たのではないか?
そんな不安が。

ド-ン!!ド-ン!!

大きな音は続けて鳴り響き、時間差で戦場に爆発が起きる。

ダイヤ「撤退ですわ!みなさん!一時撤退してください!」

ダイヤはその場で大きく叫んでまわる。それに伴って、両軍は急いで海から遠ざかるように戦場を離れていった。

善子「なんなのよこれ…」

全体が得体の知れない恐怖と不安に包まれる中、大きな音は止んだ。
そして、そこに見慣れない格好の人々が姿、をあらわす。

???「へえ、ここがジャパン…」

???「なかなかに平和…ではなさそうね」

一番先頭にいる2人は冷たい目であたりを見回す。

???「エリ、ここは今戦争の真っ只中みたいよ」

エリ「そうみたい…まあ、そんなの関係ないわ。どうせ私たちが皆殺しにするんだし。そうでしょ、マリ?」

218: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:21:49.29 ID:0+fxcTbX
マリ「それもそうね。あ、でもほどほどにね?奴隷がいなくなっちゃうから」

2人は冷たく乾いた笑みを浮かべて話す。

にこ「ちょっと!!」

そんな中、がらんとした戦場ににこが再びズカズカと踏み入り、2人の前に立った。

にこ「どこの誰だか知らないけど、邪魔しないでくれる!?」

エリ「あら、元気が良くて可愛いお嬢さんね。お名前は?」

にこ「子供じゃないから!それと、人に名前を尋ねる時はまず自分からでしょうが」

エリ「あら、それはごめんなさい。わたしはエリー…まあ、この国で言うならそうね…絵里、とでも名乗っときましょうか」

にこ「そう、絵里ね。そっちは?」

マリ「私はマリーだから…鞠莉って呼んで♪」

にこ「分かったわ」

219: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:23:28.83 ID:0+fxcTbX
絵里「出会って早々に悪いんだけど…」

にこ「…?」


絵里「死んでもらえるかしら?」


にこ「!!」

絵里は腰に携えている大きな剣を抜くと、にこに素早く斬りかかった。

希「にこっち!」

絵里「…へえ」

にこ「ぐぬぬ…いきなり来るなんて、そっちも随分元気がいいわね…」

しかしさすがは矢澤の大将・にこ。瞬時に反応してそれを刀で受け止めた。

鞠莉「エリーのアレを止めるなんて…ジャパニーズもなかなかやるじゃない」

それを見ていた矢澤軍はもちろん黙ってはいない。すぐさまにこの方へ走り出し、絵里たちめがけて突撃する。

220: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/04(月) 21:24:43.88 ID:0+fxcTbX
するとそれに応じるように、絵里たちの後ろにいた兵士たちも一斉に前に出てくる。
そして両者がぶつかり合い…

本当の最後の戦いが幕を開けた。

227: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/05(火) 18:26:08.11 ID:oKw/e7xQ
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第20話『外からの強者達』

希「ねえ、海未ちゃん」

海未「…なんですか?」

矢澤軍と絵里たちがぶつかり合う中、希は単身で海未たちのもとへやってきた。

希「この状況、ウチにとってもまったくの予想外ってことはわかるでしょ?」

海未「ええ、そうみたいですね」

希「だかはここは一時休戦ってことにしない?」

海未「休戦…そうせざるを得ないようですね」

希「さすが、物分かりが良くて助かるわあ〜」

希はその場の雰囲気に合わない笑顔を見せる。

善子(やっぱりこの人、なんだか苦手だわ)

希「そこでなんやけど…あの戦況、どう見える?」

ダイヤ「ここから見る限り…圧倒的にあちらの力の方が強いですわね」

231: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:44:09.30 ID:pbCBiH2j
希「そう…このままやってたら確実にウチらは負けてしまう。そうなったら今度はそっちが標的に、いや、この国全体が制圧されてしまうかも」

果南「そんな大げさな…」

海未「いえ、希の言っていることは正しいです」

海未も絵里たちが何者なのかは薄々気づいていた。
近年世界へ進出してどんどん勢力を広げているという、海の向こうの国。その一派が来たのだ。

希「それならいっそ、ウチら共闘しない?」

海未「共闘ですか?」

希「そ。ここであいつらを倒しとかないと、この国が危ない。利害は一致してるやん?」

海未「……」

海未は黙り込む。
たしかに希の言っていることは正しく、何も間違っていない。ただ武士として、敵と手を組むのは…

善子「私は反対よ」

善子は冷静に口を挟む。

善子「矢澤と共闘なんて、いつ裏切られるか分からないわ」

海未「善子…」

232: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:45:39.32 ID:pbCBiH2j
海未は善子の気持ちも理解できた。それにこれが全て希の作戦だとしたら、もうこちらに勝ちはないだろう。

希「あはは、随分と腹黒だと思われてるなあ…大丈夫、今回ばっかりはそんなことしないよ。約束する」

海未は希の目を見る。
その目は真剣そのもので、武士としての信念を感じさせた。

海未「ダイヤ、どう思いますか?」

ダイヤ「私はいいと思いますわよ、あなたが思うようにやれば」

果南「私もなんでもいいよ」

海未「2人とも…」

海未は次に、善子の目を見る。

善子「…はあ、もう師匠の好きにしなさいよ」

海未「ありがとうございます、善子…ではその提案、お受けしましょう」

希「ほんと!?ありがとう!よーし、じゃあみんなで協力して戦うぞー!」

希は腕を大きく空へ突き出し、自陣へ帰っていった。

233: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:46:41.01 ID:pbCBiH2j
ダイヤ「まったく…敵ながら大物ですわね、東條希」

海未「まったくです…しかし」

果南「うん、味方だったら心強いね」

善子「…そうね」

海未「では我々も行きますよ!全軍、突撃です!」

オオオオ-!!!!

こうして、矢澤高坂連合軍が結成された。

〜〜〜

にこ「こいつら…なかなか強いじゃない」

にこは前線で迫り来る敵を倒していた。

鞠莉「ハーイ♪おチビちゃん」

にこ「誰がおチビちゃんよ!…なによ、やる気?」

鞠莉「あなたの戦い見てたら、私もあなたと戦いたくなっちゃった♪」

にこ「いいわ、受けて立つわよ」

鞠莉「それでこそジャパニーズ・ソルジャーね」

にこ「じゃあ…いくわよ!」バッ!

鞠莉「オーゥ…なかなか力も強いじゃない」キン!

にこ「力だけじゃないわよ!」

234: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:48:12.91 ID:pbCBiH2j
にこはその体の小ささを活かし、素早い連続攻撃を仕掛ける。
鞠莉は一方的にそれを受けるが、あくまでもまだ表情は余裕。

鞠莉「やるわね、正直甘く見てたわ♪」

にこ「にしては全然大丈夫みたいね」

鞠莉「まあ…ね♪」ガキン!

にこ「!」

鞠莉はにこの攻撃の一発を弾き返すと、おもむろに構える。

にこ(…なにか、仕掛けてくる!)

にこの予想は的中、鞠莉は静から動へ、一瞬で動き出す。

鞠莉「はあ!」

にこ「ぐっ…!」

鞠莉の戦法はにことは真逆で、一撃がとても重たい、力に重きを置いたものだった。
つまり、にこにとっては戦いやすい…はずだが。

にこ(こいつ…速い!)

235: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:49:11.46 ID:pbCBiH2j
鞠莉は力だけではない、速さも一級なのだ。

鞠莉「あら、どうしたのおチビちゃん?速いのは自分だけだと思ってた?」

にこ「…いいえ、ただちょっと感心しただけよ」

鞠莉「感心?」

にこ「ええ、思ったよりやるみたいだから」

鞠莉「あら、私も随分とナメられてたのね♪」

にこ「でもよかったわ」

にこは不敵に笑う。それはハッタリか、それとも。

鞠莉「なにがよかったの?」

にこ「あんたが相手なら…にこも全力で戦えるってこと!」

にこは再び鞠莉に襲いかかり、連撃を繰り出す。

にこ「褒めてあげるわ、鞠莉!このにこに本気を出させたんだからね!」

鞠莉「くっ…!さっきよりもさらに速い…!?」

にこ「ほら、さっきまでの余裕はどうしたのよ!?」

これは至って単純なことであり、にこの言った通り、それだけのことだ。

——ただ、にこは全力を出しただけ。

236: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:50:23.55 ID:pbCBiH2j
鞠莉は圧倒され、目にも留まらぬ攻撃の嵐をなんとか受けている。

鞠莉「ぐっ…!」

にこ「さあ、これで終わりよ!」カキン!

鞠莉「うぁっ!」

ザクッ!

にこの最後の一発で、鞠莉の剣は弾き飛ばされて地面に刺さる。

にこ「さあ、観念しなさい。あんたの負けよ」

鞠莉「……」

にこ「…どうしたのよ」

鞠莉「…ふふ、そうね、私の負けだわ」

鞠莉は脱力すると、両手を上げて降参の格好をする。

にこ「なによ、やけに素直ね」

鞠莉「私にだって、あなたたちの『武士道精神』みたいなやつはあるのよ」

237: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:51:47.77 ID:pbCBiH2j
にこ「そう…ちょっとだけ見直したわ」

にこがそう言って刀を下ろすと、鞠莉はにこの方を見ながら口元が少しだけ緩む。

にこ「なによ、にこの顔になにか…」

ここでにこは気づく。鞠莉のその目線、にこに向けられていると思っていたそれが、若干合っていないことに。

にこ「っ!後ろ!?」

にこは急いで振り向き、案の定こちらに『何か』を構えていた敵兵に小刀を投げつける。

バ-ン!!

しかしそれと同時に轟音が響き、にこの膝は崩れ落ちた。

鞠莉「ふふっ、あなた、体が小さい分脳みそまで小さいの?」

にこ「くっ、この卑怯者…」

鞠莉「その足じゃ、もう無理そうね」

銃を撃った者もにこの投げた小さな刀を食らって倒れていたが、にこもその弾を太ももに命中していた。
そんなことはお構いなしに鞠莉は地面に刺さっている自分の剣を抜くと、それをにこに向ける。

鞠莉「さあて、これでおしまいね♪中々楽しかったわよ」

238: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:53:05.77 ID:pbCBiH2j
にこ「こんなことで…」

鞠莉「じゃあね、おチビちゃ——」

ヒュン!

鞠莉が剣を振り下ろそうとした、そのときだった。

鞠莉「っ!?」

にこ「だ、誰?」

希「にこっち!!」

にこ「希!」

鞠莉「ちっ、いいとこだったのに…」

希の引いた弓矢は鞠莉の剣を持つ手にかすり、鞠莉は剣を再び地面に落としてしまう。

希「大丈夫、にこっち!?」

希は遠くからだがにこを心配する。

にこ「ええ…!なんとか、希のおかげでね」

鞠莉「まったく、とんだ邪魔が入ったものね」

にこ「…ふふっ、今日はついてないのかもしれないわね」

鞠莉「ま、そんな余裕なふりしても結局あなたはここでやられるんだけど」

にこ「……」

実際、にこにはこれ以上打つ手はなかった。足が言うことを聞かない今、本来の実力がほぼ互角の相手に敵うはずがない。

239: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:54:07.39 ID:pbCBiH2j
鞠莉「今度こそさよなら、おチビちゃん」

鞠莉は再びその剣を振り下ろし、にこは目を閉じる。
今度こそ死を覚悟したにこだったが、またしても血が飛び散ることはなかった。

鞠莉「あ、あなたたちは…」

にこはゆっくりと目を開けると、そこには見たことのある2人の姿があった。

にこ「あ、たんたたち…」

???「勘違いしないでね、べつににこちゃんを許したわけじゃないから。まあでも…」

???「困ったときはお互い様、でしょ」

そこに現れたのは他でもない、星空凛と、そして西木野真姫だった。

凛「今だけは助けてあげるよ、にこちゃん」

真姫「あなたは救援が来るまで、おとなしくそこで座ってなさい」

240: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 08:56:46.09 ID:pbCBiH2j
にこ「…へえ、これは頼もしいわね」フフッ

凛「とりあえず真姫ちゃん、この人を倒すよ!」

真姫「言われなくてもわかってるわよ!」

鞠莉「チッ、雑魚が徒党を組んでやってくるなんて、本当に…」

鞠莉「鬱陶しいデスね!!」ガキン!

鞠莉は止められた剣を戻すと、また戦闘態勢に入る。
先ほどとは違う、誰でも分かるような殺気を放ちながら。

凛「!…気をつけて真姫ちゃん、この人強い!」

真姫「そうみたいね」

鞠莉「はあああ!!!」

241: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:32:59.75 ID:pbCBiH2j
鞠莉は一瞬のためらいもなく、凛の方へ襲いかかる。

凛「くっ!」キン!

想像以上に重たい一撃に、凛は態勢が崩れそうになってしまう。

凛「真姫ちゃん!」

真姫「やあああ!!!」

しかしこちらは2人いる。どちらかが攻撃を受けているうちに、がら空きになった脇を狙えばいい。

鞠莉「甘い!」シュン!

それでも鞠莉も相当な手練れであることは間違いない。
鞠莉は凛を後ろに弾くと、真姫の攻撃も素早い剣さばきでいなしてしまう。

242: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:33:31.75 ID:pbCBiH2j
真姫「なかなかやるじゃない…!」

鞠莉「2人がかりってのは卑怯じゃなくて?」

にこ「は、どの口が」

よろめきながらも立ち上がったにこは、凛と真姫、2人に向けて檄を飛ばした。

にこ「いい!?周りの奴らはにこがなんとかするから、あんたたちは絶対にそいつを倒しなさい!」

にこはあの最大勢力・矢澤国の主だ。片足がやられているとて、囲いの雑魚を押しのけるくらいはできる。

凛「言われなくたって」

真姫「分かってるわよ!」

にこ「それは悪かったわね!」

その掛け合いを合図にして、3人は再び刀を握る。

第2回戦の始まりだ。

〜〜〜

243: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:34:53.52 ID:pbCBiH2j
海未「どうやら、あなたがこの軍の総大将のようですね」

絵里「ええ、そうよ。そういうあなたも同じような立場でしょう?」

海未「はい、その通りです」

絵里「一応だけど、名前を聞いてもいいかしら?」

海未「園田海未と申します。あなたは?」

絵里「絵里よ。そうね…じゃあ、絢瀬絵里、とでも名乗っておきましょうか」

海未「絵里…覚えました」

絵里「そう、それはありがたいわ…まあ」

絵里はおもむろに、携えている大剣を抜く。

絵里「私は覚えちゃいないけどね!」バッ!

海未「!」カキン!

絵里「なかなかの反応速度ね。さっきのおチビちゃんといい、あなたたちもなかなか大したじゃない」

244: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:35:51.00 ID:pbCBiH2j
海未「それはどうも!」キン!

海未は絵里の重たい一太刀を弾き返すと、改めて構えた。

絵里「そうそう、まず言っておくけど、私は卑劣な手は使わない。正々堂々勝負しましょ?」

海未「その言葉、信用はできませんが…今はそのまま受け取るしかありませんね」

絵里「信用してくれちゃっていいのよ?だって…」

絵里「そんなことしなくたって、私は強いもの」

海未「大した自信です」

ザッ、と2人は同時に踏み込む準備。
刹那の沈黙、そして。

一対一、文字通りの真剣勝負が始まった。

〜〜〜

245: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:36:30.17 ID:pbCBiH2j
ダイヤ「なるほど…あなた方、なかなかの腕前ですわ」

???「それはどうも、日本のソルジャーさん」

???「……」

戦場変わってダイヤの前には、容姿の似ている二人が立ちはだかっていた。

ダイヤ「よろしければ、お名前を伺っても?」

???「ええ、もちろん。私の名前はセーラ…そうですね…鹿角聖良、とでも名乗っておきましょう」

???「…じゃあ、鹿角理亞」

ダイヤ「ありがとうございます。私は黒澤ダイヤ」

聖良「そうですか…ダイヤ、なかなかいい名前です」

246: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:37:13.81 ID:pbCBiH2j
理亞「そんなことはどうでもいい。はやくやっちゃいましょうよ、姉様」

ダイヤ「やはりあなたたちは姉妹なのですね」

聖良「ええ、理亞は私の妹です」

ダイヤ「ではあなたは姉という立場…私と同じですのね」

聖良「あなたにも妹さんが?」

ダイヤ「はい、1年以上会っていませんが」

聖良「そうですか…まあ大丈夫です、すぐに会えますよ。もっとも…」


聖良「生きて会えるかは分かりませんけどね!」


聖良は静から動へ。一瞬で間合いを詰めて剣をダイヤに振りかざす。

ダイヤ「甘いですわ…!」キン!

247: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:39:02.61 ID:pbCBiH2j
しかしダイヤはこの国随一の実力者、それを完全に押し返す。

理亞「こっちも!」

ダイヤ「無駄です!」カキン!

理亞はそれに続いて攻めるが、ダイヤはそれも簡単に弾く。

聖良「…本当に、あなたの実力は素晴らしい。私たち個人ではとても敵いません」

そうは言いつつも、聖良は冷静だった。

ダイヤ「なにが言いたいのですか?」

聖良「言葉通りですよ。個人では敵わない…ならば」

理亞「2人でやればいいだけ」

聖良と理亞は同時に構える。
先ほどまではわざとらしいまでに1人ずつ応戦していたのはダイヤにも違和感があったが、なるほど、ここで理解した。
ここまでは小手調べだったようだ。

248: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:40:36.74 ID:pbCBiH2j
ダイヤ「ここからが本番というわけですね」

聖良「ええ、その通りです。すぐに終わらせますよ、理亞」ダッ!

理亞「うん、姉様」ダッ!

ダイヤ「…!」

聖良「せやぁー!」

ダイヤ「同じことを!」

理亞「甘い!」

ダイヤ「!」

聖良が正面から斬りかかり、理亞が若干ずらして横から剣を入れてくる。
ダイヤは聖良の攻撃を刀で受け止めつつ理亞の攻撃を避けたが、間髪入れずに次の攻撃が襲いかかる。

聖良「まだまだ!」

ダイヤの防御は完璧なもの…だった。

ダイヤ(これは…)

幾千もの戦を経験してきたダイヤにとって、人数の不利は何度も経験してきているもので、その戦い方も分かっている。
ただこの2人、その連携が他の有象無象とは段違いだった。
個々の強さはダイヤに及ばないかもしれないが、2人同時だとそれが足し算ではなく、掛け算になっているかのようだ。

ダイヤ「くっ…!」

249: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:42:15.03 ID:pbCBiH2j
聖良たちの猛攻を受け続けているうちに、ダイヤの体力も減っていく。

聖良「おや、どうやら疲れてきたみたいですね」

理亞「…降参してもいい」

ダイヤ「なにを…まだまだ!」

そうは言いつつも、ダイヤの体力は聖良たちよりはるかに激しく消耗されていく。

ダイヤ(このままでは…まずいですわ…!)

理亞「隙あり!」ザッ!

ダイヤ「っ!」

ついにその刃がダイヤに刺さる。聖良たちも一旦攻撃を止めて距離を置いた。

聖良「どうですか、私たちのコンビネーションは。あなたほどの者でも、全て受けきるのはなかなかに辛いでしょう」

250: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:43:58.27 ID:pbCBiH2j
ダイヤ「そうかもしれませんわね…」ハアハア

息が上がって脇腹から血が流れているダイヤにとって、もはや話すのも一苦労だ。

聖良「すぐに楽にしてあげます、安心してください」

ダイヤ(ここまででしょうか…)

理亞「もう殺してしまおう、姉様」

聖良「ええ、では…」

聖良は今度はひとりで、座り込んでしまっているダイヤのもとへ歩く。そして。

聖良「楽しかったですよ、黒澤ダイヤ」カチャッ

ダイヤ(もう一度、ルビィに会いたかったですわね…)

聖良「さようなら——」

しかし、その首が落とされることはなかった。

ダイヤ「…!」

???「まったく、ダイヤひとりで楽しんじゃってさ。私も呼んでよ」

251: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:49:31.74 ID:pbCBiH2j
聖良「あなたは…」

ダイヤ「ふふ、あなたはいつも来るのが遅いのですよ…果南さん」

果南「あはは、ごめんごめん…それで」

聖良「……」

理亞「……」


果南「ダイヤを傷つけたのは…どっち?」


聖良「!」ゾクッ

理亞「なんなの、こいつは…」

溢れ出る殺気と怒りに満ちた眼光に、思わず聖良たちは後ずさりをしてしまう。

聖良「理亞、油断しないで…この人は危険です」

252: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/06(水) 20:54:36.11 ID:pbCBiH2j
理亞「分かってる…」

果南「まあ、どうせ一緒か…2人とも殺しちゃえば」

聖良「舐められたものですね…私たち2人を同時に相手にするという意味を分かっているのですか?」

果南「さあ、分かんないや。私バカだから」

ダイヤ「果南さん、気をつけなさい…強いですわよ、この2人」

果南「大丈夫だよ、安心して。絶対勝つから」

ダイヤ「…あなたがそう言うと安心できますね」

聖良「戯言です…いきますよ、理亞」ザッ!

理亞「うん」ザッ!

果南「…ちょっとは楽しませてよ?」

262: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/07(木) 15:49:51.64 ID:KwDhxaXD
第21話『国木田花丸の物語』

「ここにいるはず…」

花丸は、矢澤城の地下牢に単身で潜伏していた。

黒澤での一件から命からがら逃げ延びた花丸は、重大な任を失敗した責任から矢澤へ帰ることもできず、そこからしばらく小泉国に潜伏していた。花陽の好意によって、凛の監視のもとではあるが、身を置くことを許されていたのだ。
しかし、先の戦で小泉は滅び、花丸は今度こそ流浪の身となる。村々を転々と回って傭兵のような真似をして日銭を稼いでいたある日、ついにその知らせを耳にする。
そう、矢澤と高坂の開戦だ。
花丸の脳に、あることが高速で巡る。

——助けなければ。

誰を?…ルビィを。そして、花陽を。
これまでは潜伏任務を淡々とこなし、人を騙すことを生業としてきた花丸だ。それ故に、人から真に優しくされることもほとんどなかった…ルビィと花陽に出会うまでは。
ルビィは、自分の正体を知ってからでさえ、自分のことを『友人』として見てくれた。
花陽は、最初から自分が矢澤の元間者であると知っていたにもかかわらず、優しく接してくれた。

恩返しがしたい。

それは、純粋に花丸が抱いた感情だった。

263: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/07(木) 15:53:06.24 ID:KwDhxaXD
状況としては皮肉なもので、かつて自分が在籍していた国の城に潜伏している。そうなれば当然、地図はなくとも細かい場所まで頭に入っている。
そして、今。奥にある大きな牢屋の前で、花丸は再会を果たす。

花丸「ルビィちゃん…花陽さん…!」

ルビィ「花丸ちゃん!?」

花陽「どうしてここに…?」

2人は、同じ場所に監禁されていたようだった。

花丸「助けに来たんだ、2人のこと」

言って、花丸は特技の1つである錠外しを手際良くこなし、2人を外に連れ出す。

ルビィ「花丸ちゃん…ありがとう」

花陽「やっぱり来てくれたね」

ルビィ「うん!」

花丸「…?」

それから、花丸は看守の目を盗みつつ2人を近くの村まで連れて行った。花丸が前まで少し世話になっていた村だ。

264: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/07(木) 15:54:43.88 ID:KwDhxaXD
花丸「ここなら、しばらくは安心ズラ」

ルビィ「花丸ちゃんはどうするの?」

花丸「マルは…ちょっと行かなきゃいけないところがあるんだ」

ルビィ「花丸ちゃん…だめだよ…」

花丸「ルビィちゃん…」

ルビィ「今やってる戦火の中に飛び込むつもりなんでしょ?だめだよ、危ないよ…!」

花丸「ルビィちゃん、マルは…」

ルビィ「一緒にここに居よう?ここなら安全だし、きっとお姉ちゃんだってすぐに…」

花陽「ルビィちゃん、ダメだよ」

265: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/07(木) 15:56:05.22 ID:KwDhxaXD
ルビィ「でも…!」

花陽「花丸ちゃんは、これから義理を果たしにいくんだよね?」

花丸「…さすが花陽さん、お見通しだね」

花陽「ふふっ、似ている人を知ってるから」

花丸「じゃあ、行ってくるよ」

ルビィ「花丸ちゃん…ひとつだけ約束して」

花丸「?」

ルビィ「今度、この戦が終わったら…また一緒に遊んでね!」

花丸「!…分かった、約束」

花丸「それじゃ…今度こそ、行ってきます」

花陽「うん、いってらっしゃい」

ルビィ「いってらっしゃい、花丸ちゃん!」

見送る2人を背に、花丸は駆ける、駆ける、駆ける。
目指すは所はそう、かつての主人、矢澤にこ、そして東條希の元——

284: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/14(木) 00:07:10.24 ID:LYCbXpvY
➖➖➖


第22話『白い翼は大きくなって』

高坂城において、穂乃果は再び南ことりとその母に対峙していた。

穂乃果「今日は、ことりちゃんのお母さんにお願いがあります」

ことり母「捕虜に対してお願いだなんて、またおかしなことを言うのね」

ことり「穂乃果ちゃん?」

穂乃果「今、矢澤国と高坂国が戦になってることは知ってるよね」

ことり母「ええ」

穂乃果「それで、海外勢力の介入があって、乱戦になってるっていうのは…?」

ことり母「看守が話しているのを聞いたわ」

285: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/14(木) 00:13:45.04 ID:LYCbXpvY
穂乃果「じゃあ、もう説明はいらないね…お願い、海未ちゃんたちを助けてほしいの」

ことり母「……」

穂乃果「分からないけど、感じるんだ…海未ちゃんたちが危ないって…」

穂乃果「根拠はないし、行ってどうして欲しいとか、詳しくは分からない…でも、お願いします」

穂乃果は、ことり母に頭を下げる。一国の姫君が捕虜に対して頭を下げて懇願するという、非常に特殊な絵面だ。

正直なところ、ことり母は困惑していた。
こんなことをお願いされても、自分に何ができるわけでもないと考えるからだ。

286: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/14(木) 00:31:10.92 ID:LYCbXpvY
ことり母「私は…」

決して突っぱねようとしている訳ではない。ことり母は穂乃果が嫌いな訳ではない、寧ろいつも気を遣って会いにきてくれていることもあり、好感を抱いているくらいだ。
しかし、だからこそ、何もできない自分にかけられた期待を裏切りたくはなかった。

ことり「ねえ、お母さん」

ことり母「?」

ことり「行ってきてあげて。私からも、お願い」

ことり母「ことり…」

ことり「私ね、穂乃果ちゃんのことも海未ちゃんのことも、大好きなんだ…昔からたまに一緒に遊んでて…幼馴染みたいで」

穂乃果「ことりちゃん…どうか、お願いします!」

穂乃果は改めてことり母に頭を下げる。

ことり「お母さん…」

ことり母「…はあ、分かったわ」

287: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/14(木) 00:32:00.89 ID:LYCbXpvY
穂乃果「!」

ことり母「でもね、穂乃果さん。そこまで期待はしないでおいて。やれることはやるけど、私だけじゃそこまでのことはできないから」

穂乃果「それでもいいんです。あなたに行ってきてほしい」

ことり母「それと、ここから解放することを条件とさせてもらうけど、それはいいかしら?」

これは、体裁を整えるための口実だ。別に、切なる解放を願っているわけでもないが、大人としては一応このような形だけでも取っておきたいというわけだ。

穂乃果「はい、もちろんです」

穂乃果もそのことは分かっている。ことりだけは、なんだかバツが悪いような顔をしていたが。

〜〜〜

穂乃果「それじゃあ…よろしくお願いします」

ことり「いってらっしゃい、お母さん」

ことり母「ええ、行ってきます」

朝日が登り始め朝靄が立ち込める中、穂乃果とことりはことり母を見送る。
馬に乗って出たことり母は、あっという間に見えなくなってしまった。

穂乃果「お願い…どうか…」

ことり「きっと大丈夫…お母さんなら…海未ちゃんたちなら…!」

2人は願う。きっと、大切な人が無事に帰ってくることを。

〜〜〜

301: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:13:50.41 ID:jkDSnyZ2
鞠莉「なかなかやるようね、おふたりさん」

凛「そっちもね」

真姫「……」

鞠莉は、凛と真姫が2人がかりで戦えば決して勝てない相手ではなかった。
しかし、現実はそうではない。なぜか?
それは単純に、鞠莉は1人ではないからだ。鞠莉は1人だけで挑むような、そんな無謀なことはしようとしない。常に配下を使って立ち回るのだ。
にこがなんとかその配下を削っているが、手負いの身ではどうしても限界があった。

凛「真姫ちゃん、このままじゃ…」

真姫「言われなくても分かってるわよ」

次々と襲ってくる鞠莉たちの攻撃を、2人はなんとかさばいている…が、これではジリ貧だ。

鞠莉「ほらほら、威勢が良かったのは最初だけ?」

凛「くっ…」

鞠莉「もう飽きてきたし…そろそろ終わらせようかしら」

302: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:14:35.76 ID:jkDSnyZ2
そういうと、鞠莉は銃を凛と真姫の背後に向けた。

真姫「!」

凛「にこちゃん!」

2人は、その銃口がにこを標的にしているのに気づく。

振り向くと同時に、バン!という破裂音が響く…が、しかし。
その弾がにこに当たることはなかった。

にこ「あんたは…花丸!?」

花丸「たった今、恩を返しにきたよ」

にこ「どこかでのたれ死んでると思ってたけど…なかなかやるじゃない」

現れた花丸のギリギリの判断でにこを突き飛ばし、弾は地面に。

花丸「みんな…ここからが正念場ずら!」

真姫「いきなり言うじゃない」フフッ

凛「よーし、凛も負けないよ!」

花丸という頼もしい援軍により、一同の士気は一気にあがる。

鞠莉「こしゃくな真似してくれちゃって…」

花丸の言った通り、まさにここが正念場。
凛や真姫、鞠莉たちは、決戦を臨む。

〜〜〜

303: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:15:33.35 ID:jkDSnyZ2
海未と絵里の戦いは、始まりから熾烈を極めていた。互いに譲らない、真っ向からの真剣勝負。
海未は刀を交えた瞬間から、「少しでも油断するとやられる」と直感的に理解していた。
それほどに、絵里の実力は凄まじいものであったのだ。

絵里「なかなかやるじゃない。私とここまでやり合える人なんて、私の祖国にもほとんどいないんだけど?」

海未「それは光栄です…ね!」

余裕を見せた絵里に、隙ありと打ち込む海未。しかし予見していたかのように、絵里はその太刀を確実に受け止める。

絵里「認めてあげる、あなたは強いわ。でも、だからこそ分かっているのでしょう?」

海未「……」

絵里「あなたは強いけど、私よりも弱い」

海未「…御託はいいです。続きを」

絵里「強情ね」

絵里はそういうと、改めて海未へ襲いかかる。

海未「…っ!」ガギンッ

しかし、先程までとは明らかに違う力だ。絵里は文字通り、本気を出してきたのだ。

304: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:21:14.85 ID:jkDSnyZ2
絵里「はぁ!!」

海未「ぐっ…!」

絵里「…この程度?だったら拍子抜けね」

明らかに強くなった絵里の攻撃を、海未はなんとか受け流すのが精一杯だ。

海未「私は…」

海未はここにきて動揺していた。
今までは信じていたのだ、自分の実力と、努力と、才能を。
しかし、それを今、圧倒的な力でねじ伏せられようとしている。
海未は戦いながら、自分の弱さと向き合うことになった。

絵里「そろそろ遊びはおしまいね」

海未「なにを…」

絵里「——」ザシュッ

海未「っ!」

絵里の繰り出した目にも止まらぬ一太刀を、海未はなんとか受け止めた…が、しかし。

パキンッ!

そんな音が聞こえて、海未は手元を見る。そこには先程まで振っていた刀…だったものがあった。
刀身は見事に折れ、地面に突き刺さっている。

絵里「終わりね」

海未「私は…」

305: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:41:40.84 ID:jkDSnyZ2
絵里はもう一度刀を振り上げる。
海未は呆然と、その『刀だったもの』を見つめながら、頭に何かが浮かぶ。
これは…穂乃果との約束。

『いつまでもあなたを護り続けると約束します』

幼い頃に交わした約束。いつまでも胸に秘めていた想い。
そうか、これが走馬灯なんだ。
海未はその数秒にも満たない、長い時間の中、自分がこのまま死んでしまうということを漠然と理解する。
思えば、悪くない人生だった。いつも穂乃果や善子と笑い合い、時には叱咤し、時には励まし…非常に充実した毎日を送っていた。
ただひとつ、約束を守ることができなかったことだけが悔やまれるが…穂乃果はきっと…許して…


善子「師匠!」


はっとして、海未は声の方を見ると、目の前には善子の後ろ姿があった。

絵里「あら、お仲間かしら」

海未「善子…」

善子「何諦めてんのよ。らしくないわね、師匠」

306: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:42:40.98 ID:jkDSnyZ2
海未「私は…」

善子「…もういいわ。しばらくそこで見てなさい」

絵里「今度はあなたが相手をしてくれるの?まあ、私は構わないのだけれど…あなた、私より弱いでしょう」

善子は海未の様子を見た時から、確信していた。
この絵里という女は師匠よりも強い。そんな相手に、自分が敵うはずはない。

善子「たしかにそうかもね…なら」

???「てりゃあ!」

絵里「!」サッ!

突如としてかかってきた背後からの攻撃に、絵里は体を翻して対応した。

絵里「…へえ、面白いわね」

307: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:43:25.13 ID:jkDSnyZ2
千歌「私たちも一緒なら、どうかな?」

海未「あなたたちは…!」

曜「へっへー、高海山賊参上!」

梨子「もう、あんまりカッコつけないでよ、恥ずかしい」

善子「これで4対1…どうかしら?」

絵里「上等ね。そうでなきゃつまらないもの」

千歌「いくよ、みんな!」

そうして、海未に代わっての善子&高海山賊による、絵里との第二回戦が始まった。

〜〜〜

308: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:44:12.42 ID:jkDSnyZ2
果南「ふう…で、もう終わり?」

手についた埃を払いながら、果南は目の前に倒れている2人を煽る。
ここではすでに勝負が決していた。

理亞「……」

聖良「こ、ここまでとは…」

理亞は意識が飛んでいて、聖良も立ち上がるので精一杯だ。

聖良たちと果南の戦いは、それはもう一方的なものだった。
果南の実力は、底が見えない。気分によってのムラがあるが、本気を見せた時の彼女はまさに暴君。
聖良たちの敗因は、果南を敵に回したこと自体にはない。むしろ、いつもの果南では、聖良たちのコンビネーションで有利に立ち回ることが出来たはずだ。

では、なぜここまでやられてしまったのか?

それは、ダイヤを傷つけてしまったことに原因があった。
果南のなによりも大切な人、それを手に掛けようとしてしまったことが、聖良たちの唯一にして最大の敗因だった。

309: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:47:48.26 ID:jkDSnyZ2
果南「それじゃ…そろそろ終わらせよう」

果南は刀を気絶している理亞に向ける。

聖良「ま、待って…」

果南「まだ何かあるの?」

聖良「私たちの負けは認める…私は殺されても、何をされてもいい…だから理亞は…妹は助けて…お願い」

果南「…虫の良いことを言うね」

聖良「ええ、そうね…でも、こう言うしかないの」

果南「はあ、まさかここにきて情に訴えてくるとは…どうする、ダイヤ?」

ダイヤ「どうもこうも、ですわ」フフッ

果南「仕方ないか…ねえ、聖良」

310: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/18(月) 15:55:24.55 ID:jkDSnyZ2
聖良「なんでしょう」

果南「あなたは、妹のためなら本当に死ねるの?」

聖良「はい」

果南「そっか…じゃあ、いいよ」

そう言って、果南は納刀する。

聖良「いいって…」

その対応に、聖良は少なからず戸惑ってしまう。

果南「だから、もう行きなよ」

果南もダイヤも、敵意の目はもう失っていた。
そこには、自らのプライドと祖国への忠誠を捨ててまで、大切な妹を守ろうとする姉の姿が映っていたからだ。

聖良「…そうさせていただきます」

果南「一応忠告しとくけど、次はないからね」

聖良「…はい、承知しています」

それだけ言うと、聖良は理亞を抱えて戦火の中に消えていった。

果南「まったく、ダイヤは甘いんだから」

ダイヤ「お互い様でしょう」

果南「まあね」

〜〜〜

321: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:38:00.90 ID:FAu+GeG2
鞠莉「結局、こうなるのね」

にこ「まあ、郷に入っては郷に従えって言うでしょ」

鞠莉「これがジャパンの流儀ってことなのかしら」

にこ「そうよ、我慢しなさい」

激戦を経て、ついにその周囲に立っているのは鞠莉とにこの2人だけになった。

凛「うぅ…にこちゃん」

真姫「負けんじゃないわよ…」

花丸「ずら…」

凛たちや鞠莉の配下は、軒並み倒れてしまっている。

にこ「あんたらは黙って寝てなさい」

鞠莉「それじゃあ…いざ、尋常にってとこかな」

322: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:38:57.12 ID:FAu+GeG2
にこ「ええ、そうしましょう」

一瞬の、けれども悠久に感じる静寂。

剣を構える2人はただ互いの方を見つめる。鞠莉とにこの、仁義なき最後の一騎打ち。
ここまで来て野暮なことをするほど、鞠莉も根性が曲がってはいない。
にこも、鞠莉自身も、それは戦いながら理解していた。

——そして。

鞠莉「はあっ!」

にこ「やあっ!」

キンッ!

323: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:39:44.14 ID:FAu+GeG2
……

バサッ…と、膝から崩れたのは、鞠莉の方だった。

鞠莉「私の負けね…」

にこ「ええ…私の勝ち」

そう言って、にこは刀を鞘に収める。
鞠莉は脇腹を切られ、動くことができない。

鞠莉「…殺しなさい。もう立てないわ」

にこ「そうね、じゃあ——」

聖良「させない!」ザッ

にこと鞠莉の間に立ち塞がったのは、理亞を抱えた聖良だった。

鞠莉「聖良、どうして…」

聖良「今は逃げますよ」

聖良は鞠莉を抱き上げ、理亞と鞠莉の2人を抱える。

にこ「……」

324: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:40:29.17 ID:FAu+GeG2
聖良「今回は私たちの負けです」

にこ「そう、ダイヤや果南もやったようね」

聖良「私は2人抱えています…あなたが追いかけてくれば逃げることはできないでしょう」

にこ「逃げたきゃ逃げればいいわ」

聖良「そうですか…では、そうさせていただきます」

そして聖良たちは再びにこの視界から消えていった。
走りながら、聖良はボソッと呟く。

聖良「面白い人たちですね、この国の武士というものは…」


凛「逃しちゃってよかったの…?」

にこ「ええ、殺すのも忍びなかったしね…それに」

真姫「それに?」

にこ「にこと似てたのよ、あいつ」

限界が来て倒れ込みながらも、にこは少し楽しそうに笑っていた。

〜〜〜

325: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:41:15.58 ID:FAu+GeG2
梨子「やあー!」

曜「えーい!」

絵里「……」キンッ!

梨子「強い…とてもじゃないけど、4人いなかったら即死だったわね」

曜「うん、この人はやばいね」

善子「少なくとも、単純な力だけでも果南と互角以上ね」

千歌「げ、あの黒澤の番犬よりも上ってこと?」

善子「ええ…」

果南は、あの大国だった黒澤国の中でもトップクラスの実力者であり、特にそのパワーは日本では誰にも負けないと言っても過言ではないほどだった。
そんな果南と互角以上と、善子に言わしめたのだ。絵里の実力は、もはや疑うまでもないだろう。

絵里「ねえ、ひとつ聞いて良いかしら」

善子「何?」

絵里「あなたたち、敵同士なんでしょう?鎧の紋様なんかも違うし」

善子「まあね」

絵里「なのに共闘してるなんて…正直、狂ってるわ」

326: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:41:54.02 ID:FAu+GeG2
善子「そんなことないわ、私たちはただ…」

千歌「この国を、日本を守りたいだけ…だよね!」

善子「…ええ!」

絵里「…そう、美しいわね」

梨子「この国の武士を!」

曜「舐めるなー!!」

千歌「いくよー!!!」

再び、千歌たちは息のあった動きで絵里に斬りかかる。
絵里たち外国側に聖良と理亞の2人がいるのであれば、こちらは梨子と曜、そして千歌の3人がいる。もしも彼女たちがぶつかっていれば、勝敗は分からないだろう。
それくらい、高海山賊3人の連携は完璧なのだ。

絵里「何度やっても無駄よ」キンッキンッ

327: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:42:40.16 ID:FAu+GeG2
先に突っ込んだ梨子と曜の攻撃を絵里は容赦なく弾き返す。

千歌「やあー!」

絵里「無駄だと言っているのよ!」ガギンッ!

時間差で刀を振りかざす千歌には、脇腹に蹴りを入れる。

千歌「うわあ!」

3人の完璧な乱撃をもってしても、絵里には届かない。

千歌「……」ニヤッ

しかし、吹っ飛ばされた千歌は笑っている。なぜか。

善子「はぁー!!」ブンッ!

絵里「ぐっ…!」ザッ!

それは、今回に限って善子という強力な4人目いるからに他ならない。

千歌たちの連続攻撃から間髪入れずに降りかかった善子の一太刀を、絵里は避け切ることができず腕にくらってしまった。

328: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:43:20.45 ID:FAu+GeG2
千歌「よっし!」

絵里「…やってくれたわね」

善子(いける…)

曜「今だよ、もういっちょ!」

梨子「ええ!」ダッ

ここぞとばかりに曜と梨子は追撃を——

絵里「邪魔よ」ズシャッ

曜「ぐあっ!」

梨子「っ…!」

千歌「…え?」

善子「そんな…一撃で…」

曜「うぅ…」

梨子「……」

329: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:49:38.70 ID:FAu+GeG2
絵里「もう手加減は無しよ。あなた…善子っていったかしら」

善子「ええ…」

絵里「本気でやってあげる」

善子「…!」ゾクッ

千歌「無視するなー!」

絵里「五月蝿い」シュッ

千歌「なっ…」バタッ

善子(みんな一瞬で…さっきまでは本当に手を抜いて…?)

絵里「構えなさい」

善子「くっ…」

330: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:51:12.73 ID:FAu+GeG2
善子の足は震えていた。
目の前に立ちはだかる強敵に、本能的に恐怖を感じているのだ。
明らかに格が違う、今までに出会ったことのない本物の強者。こんな奴にどうやって勝てるというのか。
そもそも、なんで自分がこんな状況に陥ってしまっているのか。
あのとき、高坂国に助けられていなければ。あのとき、海未に弟子入りしなければ。あのとき、矢澤国との戦になんて参加しなければ。
そんな巡り合わせさえも呪いそうになる。
善子の中に、負の感情が渦巻く。

善子(嫌だ、苦しい、やりたくない、戦いたくない、できない、敵わない、勝てない、降参したい、諦めたい…)



……でも——



善子「逃げたく、ない…!」

331: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/22(金) 00:52:17.07 ID:FAu+GeG2
絵里「…良い覚悟ね」

善子「やぁー!!」

絵里「太刀筋もいい」キンッ

善子「はぁ!!」

絵里「動きも視えている…でも」ザッ

善子「…っ!」

絵里「まだ甘い」ブンッ!

善子「——かはっ!」

絵里の一刀が、善子の胸を切り裂く。

絵里「安心してちょうだい。あなたの師匠とやらも、すぐに送ってあげるから」

善子「……」

絵里「…なんて」

絵里「もう聞こえていないでしょうけど」

〜〜〜

339: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:16:43.23 ID:bRxBPzca
海未は、刀と共に折れた心を抱えて座り込み、呆然と善子たちの血戦を眺めていた。
上手く連携をとりながらよく頑張っているが、彼女たちでも絵里には勝てない。
ほら、2人がやられて、もう1人もやられて…最後の1人、善子も…やられた。

やがて、絵里がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

その間、海未は思考の流れるままに従って、善子のことを想う。
まだ幼い時分に、他国から遺児としてやってきた彼女。最初は臆病で小心者という印象だったが、いつからか共に修行をするようになって、気づけば自分の相棒のような存在となっていた。
修行のときも、食事のときも、寝るときも一緒で、もう家族以上の深い絆がそこには在った。

海未(そうか、わたしは——)

340: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:17:50.16 ID:bRxBPzca
そこで海未は、善子という人間の自分にとっての大切さに初めて気づいた。

絵里「ごめんなさい、待たせたかしら」

海未「いいえ…」

絵里から見て海未は、ほとんど抜け殻だった。あとは踏み潰されて散るのを待つだけ。

絵里「……」

海未「どうしました、殺さないのですか」

絵里「なんだか、気に食わないわね」

海未「何がでしょうか」

絵里「あなた、善子の師匠なのでしょう?」

海未「ええ」

絵里「弟子が最後まで足掻いたというのに、あなたはそうして諦めるのね」

絵里は心底軽蔑したように、海未に向かってそう吐き捨てる。

341: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:18:42.15 ID:bRxBPzca
海未「私は…」

それでも、海未は動かない。動くことができない。

絵里「…残念ね」

それだけ言うと、絵里は少し悲しそうな顔をしながらも剣を振り上げる。

絵里「これで本当に終わり——」

ヒュン!

何かが飛んできて、海未と絵里の間に突き刺さる。

善子「……まだ…終わりじゃないわ…」

それは、善子の刀だった。

絵里「驚いた、まだ意識があったなんて」

海未「善子…」

善子は地面に這いつくばりながらも、海未に言う。

善子「師匠は…私…が……」

海未は、ようやく全身で理解し始める。本当に全てを失いかけていることを。

342: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:19:28.31 ID:bRxBPzca
突き刺さった刀を見ると、柄の部分が摩擦でボロボロになっている。
これは、善子がいつも使っている刀だ。
その刀には、日々海未と共に修行を積んできた証がしっかりと刻まれている。

海未「善子…あなたは…!」


善子「私が、守るんだから…!!」


その言葉で海未は一気に立ち上がる。
善子の言ったそれは、海未自身が一番大切にしてきた言葉だった。

絵里「おかえりなさい」

海未「ありがとう、善子。やっと目が覚めました」

善子「ったく…おそいわよ…」バタッ

絵里「ホント…カッコいいわね、あなたの弟子は」

海未「ええ、よく出来た弟子です」

絵里「あなたには少し勿体ないかも」フフッ

海未「…反論できませんね」クスッ

そんな戦場らしからぬ会話をしつつ、海未は目の前に刺さった善子の刀を抜く。

343: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:20:21.70 ID:bRxBPzca
海未「…では」

絵里「…ええ」

海未・絵里「「始めましょうか」」

そうして、真の最終決戦が幕を開けた。

〜〜〜

絵里「…!」キンッ

海未「っ!」ザッ

それは互いに全力をぶつけ合う、両者一歩も譲らない激しい戦いとなっていた。
そんな中、絵里は少々動揺していた。

絵里(さっきとはまるで別人ね…動きに迷いがない)

海未の動きは、先程の海未への評価からは考えられないほどに洗練されたものとなっている。
しかし絵里は同時に、高揚もしていた。
それも当然。この国に来てやっと、本気でやり合うことのできる好敵手を見つけたのだ。

絵里(武士というのは本当に面白いわね)

海未「隙あり!」シュッ

絵里「ぐっ…!」ドゴッ

344: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:21:41.53 ID:bRxBPzca
両者の刀が弾かれた一瞬を見逃さず、海未の回し蹴りが絵里の腕を撃つ。

絵里「やるわね…」

海未「まだまだです!」

間髪入れず、海未は次の攻撃を仕掛ける。

絵里「じゃあこれはどうかしら!」サッ

海未「…!」

絵里は何か黒い球を投げると、ボンッ!と、それは弾けて大量の煙を発生させた。

海未「目眩しですか…」

独特の、あまり経験したことのない戦法を使われ、海未もたじろいてしまう。

ザッ…

海未「そこです!」

わずかな音を頼って絵里の位置を予測すると、海未はその地点へ刀を振った…が、しかし。

345: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:22:25.53 ID:bRxBPzca
海未「いない?……っ!」バッ

絵里「はぁ!」シュンッ

海未「ぐっ!」

煙の中、後ろから突然姿を表した絵里の斬撃は、海未の腕を深く抉った。

絵里「これでオアイコね」

海未「なるほど…最初の音は囮でしたか」

絵里「正解」

海未「なるほど、こんな戦い方が…勉強になりますね」

絵里「でもやっぱり、こんなくだらないやり方じゃ今の貴方には届かないようね」

海未「それは、褒めてくれているのですか?」

絵里「もちろん。そもそも、さっきの技も貴方だからこそ使えたわけだし」

346: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:24:52.44 ID:bRxBPzca
そう、先程の囮の音を使った奇襲も、海未の研ぎ澄まされた精神と極限に達しつつある集中力があってこそ成功したに違いない。
それを分かった上で、そんな海未が相手だからこそ絵里は仕掛けたのだ、その行動から海未の強さを認めているということだろう。

絵里「ごめんなさい、不快だったかしら?」

海未「いいえ、素直に受け取りましょう。あなたほどの強者から称えられるのは、光栄なことです」

絵里「よしなさい、今は私と貴方、どちらが強いかなんて分からないのだから」

海未「そうですね…ならば」ダッ

絵里「…ふふっ」スタッ

海未「今決めるまでです!」

絵里「そうこなくっちゃ!」

再び激しい打ち合いが始まる。絵里の大きな剣と海未の細い刀が何度もぶつかり合う。まさに火花散らす戦いだった。

347: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/24(日) 11:25:42.26 ID:bRxBPzca
海未「本当に…貴方は強いですね!」キンッキンッ

絵里「あなたもね…!」カキンッ

しかし、どうしてか両者ともに、その顔に苦しさは見られなかった。歯を食いしばり、瞬きの隙すらも見せない決死の覚悟を決めた表情ではあるが、そこには確かに「楽しい」という感情が携えられていた。
海未も絵里も、ここまでの強敵とはこれまで戦ったことがなかった。故に今、初めてこんなに興奮する決闘をしていて、楽しまずにはいられない。

海未「やあ!!」

絵里「はあ!!」

ガギンッ!!!

連続の打ち合いがひと段落つき、また一歩距離を取る。
どちらも今の攻防で傷をさらに増やしている。

海未「それでは…ハア……そろそろ次で…決着をつけましょうか」

絵里「ハア…ハア…オーケー…っ…望むところよ」

息を荒くしながら、両者武器を構える。

海未「……」

絵里「……」

時が停止したかのような静寂——そして。

海未・絵里「「——いざ!!」」

〜〜〜

355: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:03:49.53 ID:1fAEm/p0
絵里「…これで終わりね」

海未「……」

その言葉に、海未は何も答えない。
そして絵里は続ける。

絵里「こうして貴方と戦うことができただけで、この国に来た甲斐があったわ……ね…」ドサッ

絵里がその場に倒れ、海未は振り向きながら静かに呟く。

海未「絵里…あなたは本当に強かった」

勝ったのは、海未だった。

両軍ほとんどの兵士が倒れている戦場の中で、海未はふと空を見上げる。

海未「穂乃果…善子…これで約束は果たせたでしょうか…」

誰に言ったでもないその言葉は、曇天の空へと消えていった。

果南「おーい、海未!」

そこに、果南とダイヤが走ってやってきた。

海未「果南。そちらも片付いたようですね」

果南「うん、なんとかね」

356: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:04:35.71 ID:1fAEm/p0
ダイヤ「海未さんも、無事に大将戦で勝利を収めたようですわね」

果南「ほらね?海未なら勝てるって言ったじゃん」

ダイヤ「私だって、最初から信じてましたわ」

海未「お二人とも、ありがとうございます…それより、善子たちを」

海未は、絵里を置いて倒れている善子の元へ向かう。
呼吸は…しているようだ。よく見ると傷は大して深いものではない。
おそらく絵里は善子を敢えて殺さなかったのだろうと、海未は直感だがそう思った。

海未「善子…よく頑張ってくれましたね」

善子「……」

ダイヤ「海未さんが勝ったことで、敵の陣は引き上げ始めていますわ。早急に倒れている者たちを運びましょう」

果南「よーし、力仕事なら任せてよ」

外国勢力との戦は、ここで終結を見た。これでしばらくは襲ってくることもないだろう。

海未「あら…?」

357: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:05:06.10 ID:1fAEm/p0
ふと後ろを振り返ると、倒れていたはずの絵里は居なくなっていた。
しかし、恐れることは最早ない。ここで往生際悪く不意打ちを仕掛けてくることはないのは、戦った海未が最もよく理解している。

きっとまたどこかで出会った時は…また勝負をしよう。そう思った。

358: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:06:38.76 ID:1fAEm/p0
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第23話『またいつか』

外国勢力と海未たちとの激戦から、2年が過ぎた。

その後のことはどうなったかというと——

〜〜〜

【2年前】

にこ「ふう…で、どうする?海未」

海未「私は…」

にこ「にこは別に、ここで改めて決着をつけてもいいんだけど?」

海未「…たしかに、これまでの因果を考えると、そうするべきなのかもしれませんね」

にこ「それじゃあ——」

???「待ちなさい」

359: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:07:21.28 ID:1fAEm/p0
海未「貴方は…!」

にこ「たしか、南国の……何しにきたのよ」

ことり母「ええ……私は、この戦を止めに来ました」

にこ「はあ?あんた、何言って——」

希「うちも賛成するよ」

にこ「希!」

希「主な理由としては、外国勢力との戦いで共闘したせいで、うちらには少なからず情が芽生えてしまった…ってとこかな」

にこ「……」

海未「……それは上等です」

にこ「あんた…」

海未「私はもう、貴方たちとは戦えない」

にこ「っ…………はぁ、もういいわよ。好きにすれば?」

ことり母「では、両国の和平を私が仲介するという形でどうでしょう」

希「うん、それがいいんじゃないかな」

ことり母「詳細は後日決めていくとして、今日のところは引き上げることにしましょう」

にこ「正直、にこもあんたとは戦いたくなかったし…まあ、ちょうどいいかもね」

海未「ありがとう、にこ。それに希も、ことりの母上も」

〜〜〜

360: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:07:51.79 ID:1fAEm/p0
といった感じで、高坂国と矢澤国は和平が成立し、今は平和的な国交をむすんでいる。

海未「あの日からもう2年ですか」

穂乃果「うん、そうだね」

早朝。海未と穂乃果は、縁側に座って2人で話していた。

海未「早かったような、短かったような…」

穂乃果「うん…」

あの戦、そしてそれまでの戦いでも、多くの犠牲を出してきた。この国に限らず、いろいろなところで。
戦がない世の中になったからこそ、それを実感してしまう。

穂乃果「ねえ、海未ちゃん」

海未「?…なんでしょう」

穂乃果「今海未ちゃんが考えてること、当ててみよっか」

海未「は、はあ」

361: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:17:35.24 ID:1fAEm/p0
穂乃果「ずばり、善子ちゃんのことでしょ」

海未「どうして分かったのですか!?」

穂乃果「分かるよ、それくらい」

海未「……」

穂乃果「あの日からずっと、考えてるよね」

海未「そう…かもしれません」

穂乃果「…海未ちゃん、私は…穂乃果は…」

穂乃果は胸に手を当て、言葉を濁す。

穂乃果「…ううん、なんでもない」

海未「穂乃果…」

穂乃果「……」

海未「私は」

穂乃果「?」

362: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:19:32.27 ID:1fAEm/p0
海未「私は、穂乃果のことが好きです」

穂乃果「ひぇ!?い、いきなりどうしたの、海未ちゃん!?」

海未「貴方がいたからこそ、私はここまで来ることができました」

穂乃果「そ、そっか…」

海未「はい」

穂乃果「…うん、ありがとう、海未ちゃん」

海未「はい」

穂乃果「私もね、海未ちゃんのことが大好きだよ」

穂乃果「大好きで大好きで…海未ちゃんがいないと、穂乃果は生きていけないと思う」

海未「そ、そこまで言われると照れてしまいますね…」

363: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:27:57.40 ID:1fAEm/p0
穂乃果「もう、言わないでよー!」

海未「す、すみません」

穂乃果「だから…ね」

穂乃果「これからもずっと、側にいてくれる?」

海未「ええ、もちろん」

穂乃果「そっか、よかった…穂乃果も、ずっと海未ちゃんの隣に居るからね」

海未「それは、そうでなければ困ります」フフッ

穂乃果「もう、海未ちゃんったら」フフッ

穂乃果「…じゃあ、そろそろ行くね。朝稽古、頑張ってね」タッタッ

海未「ありがとうございます。では」

海未「…さてと」

海未「盗み聞きとは、趣味が悪いですよ」

???「朝から随分とお熱いわね…師匠」

364: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:30:33.72 ID:1fAEm/p0
海未「2年ぶりですね——善子」

善子「ええ、久しぶり」

海未「どうでしたか、矢澤国での暮らしは」

善子「視察として行ってたんだから、どうもこうもないわ」

海未「そうですか」

善子「でも、いろいろと勉強にはなったわね」

海未「勉強ですか?」

善子「とある人に秘密の特訓をしてもらってね」

海未「ほう…ではその背中に負っている大きな剣は、免許皆伝の証ですか?」フフッ

善子「まあ、そんなところね」

海未「まったく、あの人もしぶといですね…」

海未は、かつての好敵手を思い浮かべる。

善子「ねえ、師匠」

海未「なんでしょう」

善子「私と勝負、しない?」

海未「自信があるようですね」

善子「さあ、どうかしら」

海未「いいでしょう、ちょうど私も、弟子の力を試してみたいと思っていたところです」

善子「じゃあ…」

海未「ええ…」

海未・善子「「いざ、尋常に——!」」

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365: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:39:38.18 ID:1fAEm/p0
夜。穂乃果は外を眺めながら、これまでのことを思い出していた。
いろいろな国と争い、戦い、競い、裏切り、憎しみあってきた。
そんなことを、何年も続けてきた。

月に照らされるその瞳は、青い光を湛えている。

穂乃果「…ありがとう」

それは、沢山の民、死んでいった仲間、そして敗れ去った敵国にも向けた言葉。
きっと今という時間は、そんな人々の上に成立しているのだろう。歴史とは、そういうものだ。

だったら穂乃果には、できることはひとつだけ——

第24話『全ての人に感謝を込めて』


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366: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2021/10/26(火) 15:42:30.38 ID:1fAEm/p0
終わり

最後まで見てくれた人、ありがとうございました

引用元: 【SS】海未「戦国乱世で踊りたい」