2: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:07:26.35 ID:2B1ILeRf0
 鎮守府で初めての『轟沈』が出た。それは、駆逐艦の『朝潮』だった。

 彼女は素晴らしく真面目で従順な艦娘であり、命令の遵守はもちろんのこと、周りに気を遣う思いやりも持ち合わせていた。朝潮は、怪我をした仲間に構っている間に敵の爆撃機の攻撃を受け魚雷が誘爆。幸いその仲間は無事だったが、朝潮は潜るようにして、海に沈んでいった。艦隊はその後すぐに帰投した。

 沈んでいく朝潮を、敵艦は見つけた、そして保護した。

 敵艦は一般に『深海棲艦』と呼ばれているが、アジトは地上にあった――

3: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:09:07.91 ID:2B1ILeRf0
 アジトに朝潮が運ばれる。朝潮の意識はまだ残っており、浅いが、息もしている。そして、深海棲艦側の提督が、朝潮の体を見る。深海提督は、艦娘をひどく憎んでいた。敵である以上に、彼にとって人類そのものが憎める対象であった。

 「どうするのですか? 提督」

 深海提督の秘書が話しかける。彼は黙り込む。彼は、朝潮を殺すべきか、生かすべきかで迷っていた。実際、深海棲艦は艦娘と比べると弱い。深海棲艦の研究のためにも、朝潮を利用できないものかと考えたのだ。

 「息はある。艤装を取り払った後、意識が戻るまで護衛をつけておけ」

 秘書は腑に落ちない表情を浮かべ、返事をした。

 数時間が経ち、朝潮の意識が戻った。

4: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:11:19.08 ID:2B1ILeRf0
 彼女は目を覚ました後、パニックに陥った。司令官はどこなのか、皆はどこなのか、護衛の深海棲艦は無言で、力づくで、朝潮を抑える。下っ端の深海棲艦は声を持たない。故に、行動で示す他に術がなかった。

 そして、朝潮と深海提督が対面する。そのとき、朝潮の警戒心に溢れた攻撃的な目が、一気に輝きを放つ。

 「司令官!」

 朝潮は深海提督に飛びつく。深海提督に付き添っていた秘書は、朝潮を殴って制した。

 「司令官……司令官ではないのですか?」

 朝潮は助けを乞うような表情を浮かべ、深海提督を見つめる。

 「あなたは何を言っているの? この御方は、ここの提督です。そしてあなたは我々の捕虜です」

 朝潮はわけがわからず、呆然と、深海提督を見つめる。

 「司令官、ではないのですか?」

 実際、深海提督は、朝潮が敬愛する鎮守府の提督とそっくりだった。わけのわからない所に入れられ、不安が胸を圧迫していた朝潮にとって深海提督は、暗闇に差し込んだたった一筋の光だった。

 一方、深海提督は、朝潮に愛情を抱き始めていた。それは、憎む艦娘という存在に対する、理性を超えた、純粋な愛情だった。朝潮の、従順で素直な性格、愛らしい表情に惚れていた。深海提督の部下である深海棲艦は皆、彼を上官としては見てくれるものの、それ以上の関係は築かれなかった。
 ただし、それだけの理由で朝潮を生かしておくことは許されない。

 「……軍隊に迎え、出撃させる」

 「っ! なぜですか?」

 秘書は、朝潮はこの場で殺されるものと思っていた。しかし、この、艦娘を誰よりも憎んでいる提督が、艦娘を生かし、しかも軍隊に入れると言い出したのだ。驚かないはずがない。

 「艦娘は強い。軍隊が全滅するほどに。よって十分な戦力になる。艤装の修理を頼む」

 深海提督は朝潮に歩み寄り、話しかける。

 「君の名前はなんだ?」

 朝潮は見慣れた姿、聞きなれた声に対して緊張をほぐし、笑顔で、

 「はい! 朝潮と申します」

 と答えた。深海提督はこの笑顔を見て、朝潮に対して、本気の愛情を抱いた――

5: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:12:05.74 ID:2B1ILeRf0
 お面をかぶり、視界が狭くなった状態で朝潮は出撃した。敵として見慣れたものとの出撃に朝潮は大きな違和感を覚えていたが、深海提督の言われるままに、朝潮は出撃した。

 そして、鎮守府側との会敵。朝潮は艦娘に向かって砲撃をする。砲撃を受けたのは、朝潮の先輩とも言える、一航戦の『加賀』だった。朝潮はお面のせいで、加賀と分からず、砲撃をしてしまった。

 「加賀さん!」

 朝潮は、自分が撃ったのが加賀であると気付き、加賀の名前を叫ぶ。加賀にその声は届かない。

 「頭にきました」

 加賀はそう呟くと、艦載機を朝潮に向けて飛ばした。朝潮はそれを受けて、大破した。

6: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:13:07.87 ID:2B1ILeRf0
 艦隊が帰投する。実際、朝潮は立派に戦力となった。一航戦の艦載機をうまくかわし、攻撃を受けたものの、轟沈しなかったのだ。しかし、感情が戦いを邪魔するのだ。

 「喉をつぶしてはどうですか?」

 秘書が深海提督に提案する。

 「将来的に幹部をやってもらいたいとも思っている」

 深海提督はそう言ってごまかした。

 実のところ秘書は、深海提督が朝潮に何かしらの特別な感情を抱いていることは感じていた。それが深海棲艦の滅亡を、つまり自分の死を暗示していることも感じていた。それでも秘書は淡々と、深海提督の命令に従った。 

 一方、鎮守府では、朝潮の轟沈に相当なショックを受けていた。そして、深海棲艦との会敵の時、一つ、浮いた艦があることに、一部の艦娘は気が付いていた――

8: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:14:56.67 ID:2B1ILeRf0
 深海提督が、朝潮と話す。それは、朝潮と深海棲艦側との取引だった。

 「君が生きているのは奇跡だ、そして、我々の慈悲によるものだ。我々に協力をしてくれないか?」

 朝潮は少し考えこんだのち、首を横に振る。

 「ごめんなさい。せっかく助けていただいたのですが、無理です」

 「どうか、頼みたい」

 「……戦わず、仲良くするというのは、だめなんですか?」 

 いわゆる、『和解』という考え。それは、深海提督が、最初に諦めたものだった。

 「……我々が生きていくのに人間は邪魔だ。人間が生きていくのに、我々は邪魔だ。 ……仲良くなど、不可能だ」 

 朝潮が黙り込む中、深海提督は続ける。

 「平和は誰もが望むものだ。しかし、無理なんだ――」

9: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:16:02.81 ID:2B1ILeRf0
 2度目の朝潮の出撃。旗艦はあの、深海提督の秘書。大事な戦いだからと言って、深海提督が直々に推薦した旗艦だった。

 鎮守府側との会敵。軽巡洋艦の『北上』が旗艦をやっている。北上は朝潮を見て、叫んだ。

 「朝潮ちゃん! 朝潮ちゃんでしょ! なんでそっちにいるのかは知んないけど、戻っておいでよ!」

 北上は少量の涙を浮かべて、精いっぱいに、叫んだ。その声は朝潮の耳にも届いた。しかし、朝潮は反応をしなかった。それは秘書より、「艦娘を庇ったら、お前をこの場で殺す」と出撃の前に言われていたからである。

 旗艦の秘書が、無言で朝潮の頭に砲口を突きつける。

 仲間を裏切るという考えは、朝潮にはなかった。そして、朝潮にとっての仲間とは、鎮守府の皆であり、深海提督であった。朝潮はゆっくりと、お面を外した。それを、北上を初めとする鎮守府側の艦隊の各々は確認した。

 「朝潮ちゃん! おいで、帰ってきて!」

 今、朝潮にできることは何だろうか? 朝潮は北上に向かって小さく微笑んだ後、自分の艤装を解除した。艤装は海に沈んでゆく。これは、戦う意志がないことを表明するものであると同時に、砲口を突きつけられた朝潮にとっては、引き返すことのできない自殺行為でもある。

 朝潮は北上のもとへと行く。秘書は朝潮めがけて砲撃をするが、砲が自爆。秘書は即死した――

10: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:16:56.63 ID:2B1ILeRf0
 深海側の艦隊は、誰一人として帰ってこなかった。これにより、『朝潮の裏切り』と、深海提督を非難する声が多数飛び交ったが、ある潜水艦が朝潮の艤装を発見し、持ち帰ったことにより、『朝潮は跡形もなく死んだ、殺された』との解釈がされた。

 深海提督は研究と称して朝潮の艤装を分解する。すると、砲口の内側に深い傷を発見した。

 『海ノ平和求メ帰リマス』

 深海提督は、その文字をしばらく眺めたのち、ぼそっと呟いた。

 「人間をやめた身が、何を未練に思っているんだ――」

11: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 16:17:53.79 ID:2B1ILeRf0
 鎮守府に朝潮が『帰投』する。艦娘の皆に出迎えられると同時に、朝潮はその場に倒れた。

 丸一日眠った後、提督が深海棲艦のアジトについて尋ねる。

 「朝潮、病み上がりで申し訳ないが、深海棲艦について何か分かったことがあれば、教えてほしい」

 朝潮ははっきりしない表情を浮かべて、首をかしげる。

 「あの……私は一体何をしていたんでしょうか?」

 深海棲艦側で過ごした数日間を、朝潮は全く覚えていなかった。提督は朝潮が口封じされている可能性を考慮してしつこく尋ねるが、朝潮は本当に覚えていないのだ。

 挙句の果てに、「自分はなぜまだ生きているのか」と言い出し、ひどく取り乱した。

 その後、ぱたりと深海棲艦の攻撃がやんだ。海を調査しても、見つかるのはせいぜい深海棲艦の死体ぐらいで、アジトも、生き残りも、見つからなかった。
-FIN

18: 深海の提督さん 2015/05/05(火) 18:17:33.40 ID:2B1ILeRf0
【書き込みをしますが、HTML化の処理、よろしくお願いします】

レス、ありがとうございます。確かに私の過去作です。
楽しんでいただけてうれしいです。今後も宜しくお願いします。

もう一つ書いたものがあるのですが、ちょっと異色ですよ。スレ立ての制限が取れ次第、落そうと思っています。

引用元: 深海の提督さん【艦これ】