2: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:08:23.62 ID:y6UXbsMw0
 

   よく晴れた暖かい日の昼下がり。


 街中に正体不明の技術が溢れている科学の最高峰、学園都市でも小鳥が囀る程度の自然さは残されているらしい。
 道を歩く学生達も、穏やかな天候に気分を良くしているのか、笑顔で談笑をしていたりじゃれ合っていたり、恋人同士で手をつないでいたりしていた。
 中には腕に風紀委員【ジャッジメント】と書かれた腕章をつけた凛々しい顔つきの学生や、警備員【アンチスキル】と呼ばれる学園都市内の警察役を任されている教師の姿もある。
 いつも通りの、学園都市の平和な日常風景。






 だがそこに一人、平和を満喫する人々に混ざり切れていない人物がいた。

3: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:09:43.01 ID:y6UXbsMw0
 金と茶の中間辺りの色をした髪の、それなりに高身長の少年は両手をポケットに突っこんだまま、だるそうに歩いている。
 すれ違った女性の十人に九人ほどが振り返りそうな整った顔立ちをしたこの少年の名は垣根帝督。
 二百三十万もの人間を抱える学園都市の頂点、七人しか存在しないレベル5の第二位に君臨する科学サイド最強クラスの怪物だ。

 垣根は『スクール』と呼ばれる学園都市の裏側で活動する暗部のリーダーでもあるのだが、彼も書類上は学園都市内で最高峰の学校に通っている学生であり、表の人間に混じって買い物をしたり映画を見に行ったり、お洒落なカフェに行ったりもするのだ。
 



 そんな垣根は、自分が暗部で活動しているという事がばれると厄介な事になるというのは十分すぎる程に理解している。
 が、しかし彼はそんな考えはどこかに吹き飛ばしてしまっているのか、一般人から見ても、明らかにカタギの人間じゃないだろうと思える程に恐ろしい迫力を放っていた。
 理由は一つ、垣根はとある女性に呼び出されたのだ。

4: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:11:01.79 ID:y6UXbsMw0

(クソ、面倒くせぇ……が、行かねぇと行かねぇで余計面倒くせぇ事になるんだよなチクショウ)


 すれ違いざまに垣根と肩がぶつかったスキルアウトらしき不良少年が垣根を睨むが、振り返った垣根が睨み返すと少年はコソコソとその場を去って行った。
 人が死ぬのが当たり前の裏の世界で生き抜いてきた第二位の垣根と、一端のモブ不良少年では出せる迫力にはあまりにも差がある。






 ―――
 ――――――
 ―――――――――


 それから十分ほど歩き、垣根の目に見えてきたのはお洒落な雰囲気のカフェテリアだった。
 屋外にテーブルと椅子を何組か設置しており、店内にも同じようなセットが幾つか見える。
 天気が良いためか、今は屋外の席の方が人気があるようだ。
 時刻は三時を少し過ぎたあたりで、学校帰りの女子学生などが何組が談笑している。
 垣根もビジュアルだけならどれほどお洒落な場所に踏み入っても何の違和感もないのだろうが、如何せん今の彼からにじみ出るイライラ具合はお洒落なカフェを今すぐ世紀末の荒野に変えかねないほどだ。
 実際、その程度なら一瞬で出来るから性質が悪い。

5: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:12:08.42 ID:y6UXbsMw0
「あら、来てくれたんですね」


 そんな阿修羅的雰囲気を纏う垣根に声がかけられた。
 今の垣根に声をかけるのには相当な勇気が必要なはずだが、声の主はまるで幼子に声をかけているかのような、穏やかな口調だった。


「テメェが呼び出したんだろうが」

 
 ぶっきらぼうに返事を返し、垣根は声の主の向かい側の席に座る。
 

「あらー? あらあら、どうしてそんなにイライラしているのでしょう?」


 紅茶の入ったティーカップを、ティースプーンでカチャカチャかき混ぜながら声の主は垣根に尋ねる。
 垣根はジロリと声の主を数秒睨んだが、やがてため息を吐いた。

6: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:13:03.49 ID:y6UXbsMw0






「……一か月前から予約を入れてた、旨いが滅茶苦茶人気のあるイタリア料理の店に行く予定だったんだよ。なのにテメェの呼び出しで台無しだ、どうしてくれんだ」





「……まさかそんな理由とは私も思っていませんでした」


 たったそれだけで彼は迫力だけで人が殺せそうなほどに苛立っていたのか。
 が、普段ドロドロとした闇の中で生きている垣根にとって、表の世界で楽しみにできる事、と言うのはとても貴重なものだ。
 もしかしたら、表情や言動には出していなかったかも知れないが、垣根はその店を訪れる事をとても楽しみにしていたのかもしれない。


「第二位のコネクションや権利を使えば、予約なんて必要なさそうですけど」

「馬鹿、メシ食いに行くのにわざわざ特権振りかざすのなんざダサすぎるだろ。そういうのは雰囲気重視なんだよ。パズルをコンピュータで解いても何も面白くねぇのと同じだ」


 単純にその店の料理が食べたいのではなく、ある程度我慢と苦労をして、その上で人気の料理を味わいたい、というのが垣根の不満の理由だった。
 声の主は半分呆れ、半分垣根の意外な子供っぽさにやや和まされながら、紅茶で唇を湿らせてから口を開く。

7: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:14:11.76 ID:y6UXbsMw0
「まぁまぁ。今度私がご飯を作ってあげますよ」

「あ? アンタ料理出来んの?」

「やった事はありませんが、雰囲気でどうにかなるでしょう」

「料理をナメてやがるな。愉快な残骸が出来そうだ」


 垣根は近くに居た店員に紅茶とサンドイッチを注文し、改めて声の主の顔を見つめた。


「……」

「何です? すっぴんなのであまり顔は見つめてほしくないんですが」

「アンタがすっぴんとか気にするタイプとは思えねぇがな」

8: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:16:29.64 ID:y6UXbsMw0

 声の主は女性だった。
 
 やや薄めの茶色の長い髪を、後頭部辺りで白いリボンを使い束ねている。少女と言う程幼くはないが、若く綺麗な人だ。
 それだけならば、お洒落なカフェが良く似合う美人のお姉さんという表現でぴったりかもしれない。
 が、女性の服装は悪い意味で目立ってしまっていた。
 私服で歩いている人よりも学生服で歩いている人の方が多いこの時間帯、女性の服装は学生服でも私服でもなく、薄い緑色のパジャマだった。
 おまけに座っているのは垣根が現在腰を掛けているカフェ専用の椅子ではなく、何やらゴチャゴチャと様々なボタンやレバーや部品がカスタマイズされた車椅子。
 まるで病院から抜け出してきた、もしくは崖の上に建てられた病院が舞台のサナトリウム的小説の登場キャラのような外見だ。
  




 彼女の名は、木原病理。





 知っている人物が聞いたならば、それだけで震え上がるような悪魔の称号。『木原』の姓を持つ女性である。

9: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:18:07.73 ID:y6UXbsMw0
「失礼な、私にだって一般女性的感性はあるんですよ?」

「へぇ、たとえば?」

「うーん、そうですねぇ……あ、ホラー映画とか嫌いですよ? 本物より血や臓物がチャチですし、殺し方も非科学的なうえに効率が悪くてイライラします」

「やっぱアンタおかしいわ。今すぐ謝れ全国の一般女性に」


 垣根がツッコミを入れると、病理はクスクスと笑った。
 服装や雰囲気、そして朗らかな笑顔だけ見ると入院中の薄幸のお姉さん、という世の男どもが放っておかなさそうな超優良物件に見える――が、垣根は知っている。
 木原病理という女は、自分以上にドロドロとした闇の中で他を嘲笑う悪魔だという事を。

10: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:20:51.05 ID:y6UXbsMw0
「ここのお店は円周ちゃんが教えてくれたんですけれど、案外美味しいんですよ」


 まるで部屋に置くインテリアのように凝った造形のモンブランを小さなフォークで少しずつ食べる病理。
 垣根はそんな様子を静かに見つめながら


「美味いのはいいけどよ、太るんじゃね?」

「……」


 ピタッ、と病理の手が一瞬だけ止まった。
 朗らかな笑みを浮かべていた顔も、わずかにだが引きつったような気がする。


「……ナノマシンや矯正器具で、いくらでもどうにもなります」

「アンタがダイエット使ってる所なんて想像もつかねぇんだが……」

「女の子にそういう事言っちゃダメですよ」

「女の子? どこ?」

「……」

「ごめんなさい」

11: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:21:57.76 ID:y6UXbsMw0
 垣根が潔く頭を下げ、何とか許しを得て顔を上げると、店の中から出てきた店員が垣根の元へ一直線に近づいてくるのが見えた。
 お待たせしましたー、という声と共に垣根の前にサンドイッチと紅茶が置かれる。
 チキンカツやレタスやトマトなど、たくさんの食材が挟まれているサンドイッチを見て垣根はゴクリと喉を鳴らした。


「そっちの方がカロリーは過ごそうですけどねぇ。アナタもスタイルいいのに」

「ああ、俺いくら食っても太らない体質なんだよ」

「……その体質、殺してでも奪い取りたいですね」

「アンタが殺して奪うとか言うと洒落に聞こえねぇんだよ……」


 やや引いた様子の垣根はサンドイッチを齧りながら冷や汗をかいていた。
 この女ならば、自分を捕まえて眠らせ、地下深くの実験室で解剖するくらいの事は平気でやりかねない。

12: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:22:36.02 ID:y6UXbsMw0
「……つーかさ、何で俺の事呼んだんだよ」

「それはいつもの通りです。垣根帝督」


 病理はニコリと笑う。
 怖気が走る笑みだ、と垣根は思う。


「第二位、垣根帝督。未元物質【ダークマター】……未知の法則を操る存在しない物質を操る超能力。私はどんな能力よりもアナタの能力に興味があります」

「……へぇ」

13: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:23:42.36 ID:y6UXbsMw0
 未元物質【ダークマター】
 それが、垣根を学園都市第二位足らしめる能力。
 この世に存在する絶対的法則、常識を塗り替える事が出来る『存在しない物質』を生み出す超能力だ。
 純粋な戦闘力では、第一位の能力に劣るかもしれないが、既存の法則に縛られぬ力を発揮する未元物質が生み出す科学的価値や利益は、第一位を上回ると言っても過言ではない。
 だがしかし、学園都市のレベル5の序列とは戦闘力ではなく、能力研究の応用が生み出す利益が基準である。
 ならばなぜ、垣根帝督が第二位で、第一位の少年が第一位であるのか。
 その理由は至極単純明快だ。


 
 第一位の能力は、第一位になるべく意図的に開発された能力なのだから。



「解せねぇな。確かに俺の『未元物質』は、俺自身でも完全に掌握し切れてるとは言い難い未知の能力だ。が、普通研究者ならクソッタレの第一位の方に興味を持つんじゃねぇのか?」

「そうですねぇ、実際、第一位の能力を発現、研究、成長させたのも私ではない別の木原です。その木原とは別の木原もなんだかんだで第一位に関わってたりするんですが、私はそれでも第一位の能力よりもあなたの能力に興味があります」

「酔狂だな」

「聞くまでもないと思いますが、学園都市総括理事長のメインプランはご存じでしょう?」

「……!」

14: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:25:14.73 ID:y6UXbsMw0
 メインプラン。
 第一位を中心とした、学園都市統括理事長の全て。
 それは、垣根にとっての全てでもある。


「第一位の能力を作り出すためだけに学園都市は作られ、五十年以上の年月をかけたとすら言われています。実際、それほどの価値がある能力であることは疑いようがありません」

「気に食わねぇがな」

「ですけども、つまりは第一位が第一位であることは最初から必然だったという事です。最初から最強が確定している物を研究しても、面白味がないと思いません?」

「……」

「たとえば、金という物質は人工的に作る事は不可能ですね。ですが敢えて、第一位は人工的に作り出された金だとします。その場合、その金の科学的価値はつけられないほどに高くなるでしょう。ですが、人工的に造られた金であろうと、採掘場で掘り出した金であろうと、どちらも金である事には変わりないです」


 人工的に作られた金と、自然に生成された金。
 どちらも同じ物質である事には変わりない。
 養殖の魚であろうと天然の魚であろうと、魚の種類は変わらないように。
 それが金であるのなら、それだけで価値は十分すぎる程に存在する。

15: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:26:00.41 ID:y6UXbsMw0
「まぁ、個人的にも私はアナタの事を気に入っているんですよ?」

「アンタが気に入ってるのは俺じゃなく、俺の能力だろうが」

「いえいえ、まぁ確かに興味の七割はアナタの能力、二割はアナタの存在そのものに向いてます」

「残りの一割は?」

「木原病理という一人の女性が、垣根帝督という一人の男に持っている興味です」

「……そりゃあ嬉しいね」


 垣根の言葉は、当然嘘である。
 木原病理のような人間に興味を持たれる、という事はすなわち、死ぬまで実験、利用され続けるという事にも等しいのだから。

16: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:28:02.88 ID:y6UXbsMw0
「要するに、最初から頂点であることが決まっていた能力よりも、自身の才能で第二位に至り、メインプランの代役たるスペアプランに選ばれたアナタにこそ、私は価値があると思います」

「……まぁ、七人しかいねぇレベル5の中でも、第一位と俺の能力だけが飛びぬけてるってのは間違いねぇだろうな。第三位以下は俺達とは比べ物にならねぇし」

「それぞれ価値がない、とは言いませんけどねぇ。0次元の極点だとか、脳波をリンクするクローンだとか。ああ、希少性という点では第七位もかなり優秀なんですけどねぇ」


 最も、木原にとって無価値な存在というものは存在しない。
 希少ならば実験材料に。
 無能ならば実験材料に。
 不要ならば実験材料に。
 必要ならば実験材料に。
 
 何であれ、何かしらの実験に役立ててしまう木原にとって、この世は材料溢れるパラダイスなのだ。


「で、結局のところアンタは俺をどうしたいってんだ?」

「一番理想的なのは、能力を吐き出すだけの実験器具になってくれるというのなんですけども」


 とんでもない提案を柔和な微笑みと共に病理は垣根に持ちかける。

17: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:29:08.35 ID:y6UXbsMw0
 当然垣根が飲むわけはないと病理はわかっているし、逆にうなずいてもらっても困る。
 どうせそうなるならば、悲劇的な状況の上での方がいい。
 理想も、夢も、野望も、願いも、その全てを折られ闇に堕ち、あらゆる事を『諦め』てくれるのが、病理にとって最も理想的だ。


「わかっててそういう質問をするのは性格が悪い証拠だな」

「木原なんですから、性格が悪くないとやってられません」


 ニコリと病理は笑う。
 嗤う。


「……ま、その提案は却下だ。俺はもう行かせてもらうぞ。ここは俺が奢ってやる」

「あらあら、悪いですねぇ」

18: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:31:01.17 ID:y6UXbsMw0
「次にデートに誘う時は、タイミングを考えた上でもうちょい楽しませてくれよ?」

「病理ちゃんは男の人にエスコートしてもらいたいタイプなんですけどね」

「似合わねぇな」

「安心してください、自覚はありますので」


 垣根は二人分の料金にしてはだいぶ多い金額をテーブルの上に置き、サンドイッチも紅茶もほとんどを残してその場を立ち去る。
 一度だけ振り向いたが、病理はニコニコとした表情でモンブランを頬張っていた。
 まるで闘病映画のヒロインのような絵面だが、垣根にとってその光景は日常風景に悪魔が紛れ込んでいるという性質の悪い物にしか見えなかった。

19: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:31:48.32 ID:y6UXbsMw0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――





 垣根はとある公園に来ていた。
 理由は遊具で遊ぶためでもベンチで休憩するためでもなく、殆ど紅茶に手も着けずにカフェを立ち去ったために喉が渇いており、何か水分を欲しいと感じたためである。
 公園内に設置されている自動販売機の販売しているメニューにざっと目を通し、そのラインナップの奇天烈さに多少うんざりしながらも垣根は千円札を自販機に投入した。


「さーて、何を飲むか……ん?」


 そこで垣根は違和感を覚える。
 本来、お金を投入すれば自販機のボタン部分は光り、ディスプレイに投入金額が表示されるはずだ。
 が、そこにあるべき電子表示はなく、ためしにボタンを押してもウンともスンとも言わない。
 払い戻しレバーをガチャガチャと動かしても、お金は戻ってこない。

20: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:32:47.40 ID:y6UXbsMw0
 つまりは、飲み込まれたのだ。


「クソ……自販機蹴り飛ばしたら出てこねぇかな」


 科学の街の頂点で、原始的でアナログな方法を垣根は試そうとしたがやめておいた。
 やたら高性能な防衛システムが搭載されている自販機に蹴りでも入れようものなら、すぐにでも警備ロボットがやってくるだろう。


「金には困ってねぇが、こういうのは腹立つな……クソ、今度あの車椅子女に学園都市中の自販機の改良でもさせてやろうか」


 こんな提案をされればさすがの病理も苦笑するかもしれない。
 が、それも一興だ。
 あの木原に微妙な顔をさせると言うだけでも、胸がすくような気持になるだろうから。

21: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:33:46.22 ID:y6UXbsMw0





「ねぇアンタ、どうかしたの?」





22: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:35:38.58 ID:y6UXbsMw0
ふと、後ろから声がした。
 それが自分に対してかけられた声だと、垣根は数秒してから気づき振り返る。


「ああ、ちょっとな」


 適当に流し、立ち去ろうと垣根は考えていた――が、そこに居たのは予想外の人物だった。
 茶色い髪に整った顔立ち、身に纏っている制服は名門常盤台中学の物だ。
 垣根はその少女と初対面であった、が、その顔は知っていた。
 その存在を機密として隠されている第一位や垣根、第四位などとは違い、学園都市で最もメジャーなレベル5である少女。



 学園都市最強の電撃使い、【超電磁砲】の御坂美琴。



 垣根に次ぐ、学園都市のレベル5第三位の超能力者だ。

23: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:36:45.51 ID:y6UXbsMw0
「……何? 人の顔じっと見つめたりして」

 
 美琴の言葉で垣根ははっと我に返る。
 

「ああ、悪い。アンタは有名人だからな、ちょっと驚いてただけだ。第三位の超電磁砲」

「そう? 私的にはあんまり目立ちたくないんだけどね……顔が割れるっていうのは色々と面倒なのよ」


 それは垣根にもよくわかる事だ。
 学園都市の暗部、表には決して公表できない汚い仕事を請け負っている垣根は自分の存在をなるべく隠さなければならない。
 もしも表に顔が割れてしまえば、暗部で活動することは難しくなる。
 だからこそ、垣根は書類上はとある有名校に所属しているのだが、一度たりとも学校に行った事はない。
 そもそも、垣根に何か学問について教えられる教師など存在しないだろうが。

24: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:37:25.15 ID:y6UXbsMw0
「っと、ちょっとどいてもらえる? 私もジュース欲しいんだけど」

「ん? ああ、悪ぃな」

 
 垣根は自販機の前から移動しようとして、先ほどの出来事を思い出す。


「あー、その自販機はやめといたほうがいいぞ、さっき俺の金飲み込みやがった」

「知ってるわよそんな事」

「……?」


 知っているのなら、美琴はどうやって飲み物を買うというのだろうか。
 まさか金を投入して表示されるか否か、なんていう分の悪すぎる、というか何の意味もない賭けを興じるつもりなのだろうか。



 が、美琴の行動は垣根にすら予想できない物だった。

25: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:38:16.88 ID:y6UXbsMw0





「ちぇいさーっ!!」





 凄い音がした。
 それよりも、すごい光景を垣根は目の当たりにした。
 常盤台中学というのはいわゆるお嬢様学校であり、入学条件にレベル3以上という厳しい条件を設けている。
 王族ですら入学条件を満たしていなければ、入学を断られるという噂もあるほどで、厳しい校則と厳重な情報管理体制は有名である。
 そんなお嬢様の花園たる中学校に通う、レベル5の第三位の少女は、自動販売機に渾身の蹴りをブチ込んでいた。


「………………」


 まるでプロレスを見ているかのような、絵にかいたような美しいキック。
 垣根は自分の中のお嬢様像という幻想がぶち壊されてしまったような気持ちになった。
 どこか遠い目で美琴の背中を見つめていると、少し遅れてガゴン、という音がした。
 美琴はしゃがみこみ、飲み物の取り出し口から二本の缶を取り出す。

26: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:40:09.91 ID:y6UXbsMw0
「ヤシの実サイダーに豆腐カルピス。まぁまぁって所ね……あ、ちょうど二本出てきたし、一本上げるわ」

 
 そういって美琴は片方の缶を放り投げる。
 垣根はそれを片手でキャッチした、見ると缶には豆腐ジュースと印刷されている。


「……開発者は何考えてんだろうな」

「色々と実験も兼ねてるんでしょうけど、いちごおでんは本当に作った人の脳構造を疑うわね」


 プルタブを開け、腰に手を当てながらヤシの実サイダーを勢いよく飲む美琴。
 ぷはーっ、と風呂上がりのおっさんのようなアクションまで完璧だった。
 何故かわからないが切ない気持ちになった垣根は必死に涙がこぼれそうになるのを堪えていた。
 負けるな垣根帝督。
 漫画に出てくるような純情女子中学生なんて現実には存在しないだんあんて、わかりきっている事だろうが。
 こ
 

27: ↑の最後の こ は無視してください  ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:40:55.12 ID:y6UXbsMw0
「ていうか、アンタが私の事を知ってるのに私がアンタの名前を知らないって言うのもなんだかアレよね。ちょうどいいわ、自己紹介しない? 私も序列や能力名で呼ばれるよりも、名前で呼ばれたいし。私は御坂美琴、アンタは?」

「……」


 垣根は名乗るかどうか悩んだ。
 本来なら、裏に関わらず表で生活している美琴に名乗るべきではないのかもしれない。
 垣根と関われば、学園都市のドロドロとした闇に関わることになるかもしれないのだから。
 

「……垣根、垣根帝督だ」


 が、垣根は名乗った。
 深い理由はなく、ただの気まぐれ。

28: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:42:05.75 ID:y6UXbsMw0

「そ、よろしくね垣根……さん、よね? 多分私より年上っぽいし」

「そりゃアンタ程ガキじゃねぇさ。なんだそのかばんについた気持ち悪いカエルのストラップ」

「な! これはねぇ、ゲコ太っていう超キュートなマスコットなのよ! この可愛らしさがわからないなんて、人生の九割は損してるわね」

「オマエの人生やっすいなぁ……」

「失礼な奴ねアンタ……って、あー! 思い出した!」

「あ?」

「今日の九時から二年前に公開されたゲコ太の映画のテレビ版の放送があるんだった! 買い物にでも行こうかと思ったけど、中止ね。よかったー思い出して」


 じゃねー、と美琴は軽く垣根に手を振ってその場を駆け足で去っていく。
 残された垣根はショッピングよりもカエルが主人公のアニメ映画を優先するお嬢様学校に通う中学生の後姿を見て少しだけ切ない気持ちになった。


29: ◆VciN2PRcsw 2012/06/13(水) 01:43:03.27 ID:y6UXbsMw0

 その程度の、会話。
 その程度の違いで、物語は大きく変わる。
 この後買い物に行くはずだった美琴は不良少年に絡まれることもなく、おせっかい焼きなツンツン頭の男子高校生に助けられることもない。
 繋がるはずの糸は、繋がらなかった。
 その代り。
 繋がらないはずの糸が、繋がった。



 魔術の姫と出会う事になる幻想殺しと、科学の姫と出会った未元物質。
 







 この二人の物語は、今はまだ交わらない。

41: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:50:03.29 ID:+yvPNbwX0
   前回までのあらすじ




病理「メ几
   木又してでも奪い取る」

垣根「やめて!」

美琴「ジュースは蹴って手に入れるもの」

42: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:50:52.65 ID:+yvPNbwX0
垣 根帝督と御坂美琴が出会ってから一か月ほど経過したある日の事、垣根は自分が使っているアジトの内の一つに居た。
 靴を履いたままベッドに横になり、イライラとした様子を隠そうともせず、冷蔵庫の中から取り出した高級な酒をボトルから直接飲んでいる。


「一気飲みは体に悪いわよ?」


 殺風景な部屋の中に、清涼な声が響き渡る。
 垣根は首は傾けず、目だけ横に向けて、自分に話しかけてきた人物を視界にとらえた。

43: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:51:35.26 ID:+yvPNbwX0
 大人びた印象の赤いドレスを身に纏った、十四歳ほどの少女だった。
 年相応の可愛らしさのある顔立ちだったが、あどけなさと妖艶さの入り混じる独特の雰囲気は何処か危険な香りを匂わせている。
 それは、普通の中学生が出せるような雰囲気ではではなかった。
 が、それも当然と言える。
 彼女もこの歳にして学園都市の闇を渡り歩いて来た猛者なのだから。
 

「テメェに心配される筋合いはねぇよ。心理定規」


 心理定規【メジャーハート】
 垣根の未元物質【ダークマター】のように、テレポートやテレパスのように学園都市の定めた能力名ではなく、個人でつけた能力名だ。

44: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:52:28.43 ID:+yvPNbwX0
 彼女の能力は人間と人間の『心の距離』を自在に操る事が出来る、という物だ。
 たとえば、初めて会った相手と何よりも強固な信頼関係を築いたり、親友だった相手の中から自分に対して抱く感情をゼロにすることもできる。
 心と心の距離を測るばかりか、その距離を自由自在に変えてしまう能力。
 本来、長年にわたって築いていく他者への感情の積み重ねを、一瞬で崩すことも覆すこともできる。
 彼女にとって人が人に抱く感情など、足の指が当たっただけでデータが吹き飛んでしまうレトロゲーム並みに脆弱な物なのだ。


 ちなみに、彼女は決して本来存在するはずの人間としての名前は名乗らず、常に能力名を名乗る様にしている。
 垣根も別にそれについては気にしないことにしているのか、言及するようなことはしていない。
 ようするに、彼女の本名を知るものは彼女以外にいない、という事になる。

45: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:55:01.37 ID:+yvPNbwX0

「何言っているのよ、私が心配しないで誰があなたの心配をするというの?」

「俺の母親もしくは恋人気取りか? 反吐が出る」

 
 垣根は吐き捨てるように言う。
 どうしてこんなにも垣根が荒れているのかと問われれば、その理由は先ほどまで行っていた『任務』が関係していた。
 上層部から命じられた仕事はいつも通り、裏でこそこそと動いている目障りな反乱分子の一掃というものだった。
 垣根は面倒ながらもその仕事に着手する。垣根のサポートは心理定規に任せ、垣根とは別の場所で他の『スクール』のメンバー2人も活動させた。


 
 しかし、『スクール』のメンバー2人は返り討ちにあい、その上垣根達の情報を吐かされた上で殺された。



 垣根は反乱分子達に予想外の不意打ちを受けたが、結局は傷一つなく敵を全て返り討ちにした。
 垣根はアドリブには強いが無茶ぶりは嫌いなタイプらしい。
 彼の体には傷はおろか、返り血の一滴すらつかなかったが、不意打ちをされるという事自体が垣根のプライドに傷を負わせてしまったらしい。
 プッツンと堪忍袋の緒が切れた垣根は、第二位に君臨する超能力を本気で振るい、無双という言葉はこういう場面を表現するためにあるのだ、と思える程に敵を蹂躙し尽した。
 スライム相手にパーティ全員同時にマダンテを放つような、そんなイジメレベルの破壊だった。
 

46: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:58:27.29 ID:+yvPNbwX0
 が、垣根の中に溜まったフラストレーションはあまり発散されていなかった。


「やっぱり、裏切るってのは許しがたい行為なんだろうな。今度機会があれば俺も敵を脅して裏切らせてみようか」

「卑怯な手口はアナタっぽくないけど?」

「俺は馬鹿共みてぇに情報提供さを殺すような真似はしねぇよ。むしろ無事に帰れるように家の前まで送って行ってやる程度の心意気は見せる。見てくれの優れた女限定だけどな」

「ホストみたいな顔で紳士的な事を言われてもねぇ。というか最後の一言で台無しだけど」

「キャバ嬢みてぇな格好のテメェに言われてもな。むしろ最後の一言が真理だろ」

「はぁ、これだから男って生き物は……」

「人は外見だけじゃねぇっていうが、外見がまず第一の関門だよな。そこをパスして性格も良いってのが本当のいい女ってやつだ。自分はやさしい人間だって無駄にアピールする奴は顔も性格も醜くて見てられねぇよ」

「あなたのその顔でそんな事言われたら、多分その女の子自殺するわよ」

「俺は性格もいいからな」

「…………」

「コメントしろよ、冗談を無言で流されるのってキツイんだぞ」


47: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 01:59:29.76 ID:+yvPNbwX0
 クスクスと小悪魔的微笑みを浮かべる心理定規と、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる垣根。
 どうやらほんの少しだけだが、苛立ちは解消されたらしい。
 軽口の応酬で多少マシになるのだから、実の所垣根はあまり本気で怒っているわけでもなかったようだ。
 最も、心理定規はその能力が示す通り、心についてのスペシャリストでもある。
 能力を使わずとも、多少は人心を掴む方法を心得ているのだ。


「そういえば、近いうちに新しいメンバーが追加されるらしいわよ? 名前は……ええと、忘れちゃったけど確か一人はスナイパーで、もう一人はネット関係に強い人だったかしら」

「何でもいい、俺の足を引っ張らず、俺の命令をちゃんとこなせる奴ならな。ああ、あと裏切らねぇって条件も追加しとけ」

「案外細かいわね。アルバイト情報雑誌にでも募集要項を載せておく? 『スクールメンバー募集中』みたいな感じで」

「その見出しだと普通に塾生募集みてぇだな」

49: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:00:37.05 ID:+yvPNbwX0
 スクールという組織名をつけたのは何処のバカだったか、ああ、そういや電話主の野郎だったな、と垣根は一人で思いだしややブルーな気分に浸っていた。
 心理定規は自身の健康的な色をした爪に、丁寧にマニキュアを塗っている。
 やがて塗り終わると、ふーふーと息を吹きかけ簡単に乾かし、続いて携帯を取り出して何やら画面を操作し始めた。


「……何してんだ? まさかこれからデートとか?」


 心理定規は違うわよ、とやや苦笑しながら答える。


「アルバイトみたいなものよ、まだ時間はあるけどね。ホテルの一室で学者とか、そういう人と一時間くらいお喋りするだけ」

「……  い事しないの?」

「しないわよ。私の客はそういうの求めてないし。……もしかして、貴方興味あるの?」


 ややニヤつきながら、心理定規は微妙に口元に笑みを浮かべて垣根を見る。
 まるで硬派な友人がコンビニで  本を買っている光景を目撃した中学生のような、からかい200パーセントの表情だ。

50: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:01:59.47 ID:+yvPNbwX0
「その顔すげぇムカつく……つーか、テメェみたいなお子様体型に俺が欲 するわけねぇだろ」


 はっ、と馬鹿にしたような顔を垣根は心理定規に返す。
 心理定規も心理定規で、冗談を言っただけであり垣根の軽口など適当に流してしまえばよかったのだが、どうも彼女は彼女で垣根の相手をしている時はやや年相応の感情が出てしまうらしい。
 ムッ、とやや不満げな表情で心理定規な垣根に口の勝負を挑むことを決意した。


「そうね、あなたは最近呼び出しをしてくる年中パジャマ女に興味津々だもんね」

「なっ! て、テメェそれをどこで――」

 
 慌てたように垣根はベッドから飛び起き、心理定規に詰め寄る。
 心理定規はニヤニヤ、と言うよりもニタニタと表した方が雰囲気に合っているような、いやらしい笑みを浮かべながら追撃する。

51: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:02:50.66 ID:+yvPNbwX0
「この前、偶然見たのよ。今度料理を作ってくれるとか言ってたみたいだけど、もうそんな関係なわけ? ……なんだか、さびしい気持ちになるわね。アナタは顔は良いから女友達とか女性の知り合いは多いけれど、結局深い関係になる女性は一人ももいない、みたいなタイプだと思ってたのに」

「何だそのふざけきった考察はオイコラ。……つーか、マジであの女はそういうんじゃねぇよ。オマエ、あの女の本性を知ったらドン引きだぞ」

「ま、そういう事にしておいてあげる。……うーん、でも、なんだかなぁ」

「あ?」

「今の所、たぶん一番あなたと距離の近い女って私だと思うのよね」


 心理定規の名が示す能力を使えば、垣根と自身の心の距離を測る事が出来るのではないかと思うかもしれないが、それは敵わない。

52: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:03:42.42 ID:+yvPNbwX0
 超能力を支える最も重要な存在、自分だけの現実【パーソナルリアリティ】
 垣根のそれはレベル5第二位の称号に相応しく、並大抵の事では掌握されるどころか、揺るぎすらしないのだ。
 垣根の自分だけの現実を上回り、垣根の精神や能力に干渉する事が出来る能力者は、現在の所存在しない。今のところは。
 したがって、心理定規の能力では垣根との距離を知る事も、距離を操作することも出来ないのだ。
 

(……もしも私の能力が通用したとしたら、一体私はどうしたのかしら)


 今までに何度もした自問自答。
 答えはまだ、見つかっていない。

53: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:05:27.83 ID:+yvPNbwX0
「……どうだろうな」

 
 垣根は肯定も否定もしなかった。
 心理定規以外の女がこのような事を言えば、垣根はすぐにでも否定したかもしれない。
 一人だけ接し方が違うのは、暗部仲間とはいえ多少の付き合いがあったからか。


「だが俺とテメェはあくまで暗部での仕事関係だ。距離が近いっつっても、それは心理的な意味じゃなく物理的な意味だ」

「じゃあ、せっかくだしもうちょっと仲良くしましょうよ。ね? 帝督」

「なにさり気に名前で呼んでんだよクソ女。テメェと慣れあう理由なんざ一ミクロンも存在しねぇよボケ」

「……そう、気分を悪くしたならごめんなさい」


 シュン、と心理定規の表情が暗くなる。


「……」


 垣根はその顔を見て、深くため息をついた。

54: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:07:59.40 ID:+yvPNbwX0
 自分に刃向かったり、邪魔をしたりする者には一切の容赦しない垣根だが、彼はある程度フェミニスト的な一面を持っている。
 一般人は極力巻き込まないと固く誓っているわけではないが、ある程度見逃したり気を回す程度の事は垣根にも出来るのだ。

 
「……わかった、面倒くせぇ。好きに呼べ」

 
 垣根は渋々、といった様子で了承した。
 必要以上にすり寄ってこられるのが鬱陶しい、というのが理由の大半であるのは事実なのだが、それ以外にもほんのりと名前呼びを拒否した理由がある。
 学校にもろくに通わず、研究所生活をしてきた垣根にとって名前で呼ばれるというのは少々むず痒いものがあったのだ。


「あら、ありがとう」


 パッと心理定規は顔を上げる。
 先ほどまでの寂寥感、悲劇のヒロイン的な表情は影も形もなくなっていた。


「…………」


 この野郎、演技かよ。
 垣根の中にわずかながらに沸いた罪悪感は一瞬で鎮火し、火種ごと何処かへ吹き飛んで行ってしまった。

55: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:10:33.17 ID:+yvPNbwX0
「じゃあせっかくだし、これから一緒にご飯でも食べに行かない? 最近煮込みハンバーグの美味しいお店を見つけたのよ。」

「何で俺がテメェと仲良く飯食わなきゃならねぇんだよ……」


 うんざりと言った様子の垣根。
 心理定規は向日葵の種が好物の小動物のように頬を膨らませながら、垣根の袖をクイクイ引っ張る。


「たまにはいいじゃない。一人でご飯って言うの寂しいもの」

「俺は一人を苦に思ったことはねぇよ」

「コミュ障の典型的なセリフね」

「誰がコミュ障だコラ」

「じゃあ行きましょうよ。あ、何ならあなたが私に手料理を振る舞ってくれてもいいけど?」

「テメェのハラワタ引き抜いてモツ鍋作ってやろうか」

56: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:12:39.01 ID:+yvPNbwX0
 ねーねー、と心理定規は甘えた声を出しながら垣根の袖を引っ張ったり、頬を人差し指でつついたりしている。
 垣根はしばらくそれを無視し、本気で怒鳴ってやろうかと真剣に悩んだが、最終的には諦めたらしく、大きくため息をついた。
 面倒臭そうに頭をガシガシと掻きながら、垣根はテーブルの上に投げ出していた財布と携帯を掴んだ。


「オラ、行くならとっとと行くぞ」

「行ってくれるの?」

「あ? テメェが行きてぇって俺をしつこく誘ったんだろうが。俺としちゃ反吐が出る程面倒くせぇが、このまま誘い続けるテメェの相手をするのも面倒だ。とっとと食いに行って終わらせた方がマシだ」

「……ねぇ、帝督」

「あ?」

「あなた、ツンデレって言われたことある?」

「ぶっ飛ばすぞクソ女」

57: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:14:41.90 ID:+yvPNbwX0
 ブツブツと文句を言いながらも外へ向かう垣根の後を、心理定規はそれなりに楽しそうな表情をしてついていく。
 二人は特別な間柄ではない。
 決して仲良くするような関係ではないのだ。
 それは、心理定規も垣根もわかっている。
 必要以上の干渉など、暗部においては面倒事を生む厄介種でしかない。
 それでも、心理定規は垣根に対して、他の暗部の人間とは明らかに違った態度で接している。
 そこに何かの意図があるのか、それは心理定規にしかわからない。
 
 否。

 垣根との心の距離が測れない今、心理定規にも自分の感情が分かっていないのかもしれない。
 自分と垣根の距離はいったいどれほどなのだろうか。
 自分と垣根の距離は、垣根から見た自分の距離よりも近いのか遠いのか。
 それは誰にもわからない。
 

 ただ。


 ニヤニヤと小悪魔的笑顔を浮かべながら垣根の腕に自分の腕を回そうとしている心理定規とそれを全力で拒否している垣根の姿は、はたから見れば普通のカップルに見えたかもしれない。
 
 

58: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:18:50.34 ID:+yvPNbwX0
今回はこんな感じでした。

明らかに原作よりも少女してる心理定規さんですが大目に見てください。
そういえば、カップリング要素というのはこのSSに出るのだろうか……ていとくんが誰かに好意を抱く光景が見えません。なので冒頭でもカップリング要素は注意点に挙げてなかったです。申し訳ない。


次回更新は日曜日あたりを予定しております。
そして、自分がSSを書いたらやってみたかったことの一つとして、前回のあらすじと次回予告というのがありました。

偉大なSS先駆者様の方式をちょいと参考にしながら、次回予告をやってみたいと思います。

それではまた次回、よろしくお願いします!


59: ◆VciN2PRcsw 2012/06/15(金) 02:26:01.13 ID:+yvPNbwX0
              『次回予告』








『そんじゃ、いつもの通り平和にお話合いをはじめんぞーっと』

――――猟犬部隊を率いる『木原』ファミリーの一人  木原数多(きはらあまた)




『はー、よぉーするにぶち殺されてカビの苗床になりたいって事ですねわかります。今すぐ喉元掻っ切ってやるからお行儀よく座っててちょーだいねェェー!』

――――“体験”を司る『木原』ファミリーの一人  木原乱数(きはららんすう)




『うん、うん、やっぱりこういう時には罵り合いながら参加するのが「木原」なんだよね』

――――及第点に到達していない『木原』ファミリーの一人  木原円周(きはらえんしゅう)




『はやく諦めてくれたら嬉しいでーす』


――――“諦め”を司る『木原』ファミリーの一人  木原病理(きはらびょうり)

67: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:34:10.75 ID:wyuQ51Ms0
   前回のあらすじ




定規「私のツンデレ帝督が可愛くて生きるのが楽しい」

垣根「ぶっ飛ばすぞ」


68: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:35:04.25 ID:wyuQ51Ms0

 
―――
――――――
―――――――――



 垣根と心理定規が一緒に食事に行く一週間ほど前の出来事。


 キコキコと車輪が地面をこする音がする。 
 明かりがつけられていない部屋だった。
 だが、暗くはない。
 部屋の壁一面に敷き詰められているかのように設置されている何十台ものモニターが稼働しているおかげで、手元が見える程度には明るかった。
 
 無数のモニター、それはテレビ電話の役割を果たすものだ。
 
 多数の人間が画面を通し、同時に離れた場所に居る人間達と会話ができる。映像つきチャットといえばわかりやすいかもしれない。

69: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:35:44.90 ID:wyuQ51Ms0



『そんじゃ、いつもの通り平和にお話合いをはじめんぞーっと』


 モニターの一つから、適当な声が聞こえてきた。
 男の声であり、画面に映っているのは短い金髪の白衣を着た男であった。
 それだけならガラの悪い研究者、とやや抵抗があるかもしれないが認められるかもしれない。
 が、どういうつもりなのか、男の顔にはタトゥーが彫ってあった。
 顔面に、である。


『えーっと、まずは……んだよコレ、幻生のジジイの失踪なんざ知ったこっちゃねーっつーの』

『あ? あの祖父さん行方不明だったのかよ』


 タトゥーを彫った男の独り言のような呟きに、別のモニターに映っていた人物が反応した。
 それはメガネをかけた女性で、カラフルなマーブルチョコを齧りながら頬杖をついてモニター会議に参加しているようだ。

70: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:36:26.29 ID:wyuQ51Ms0
『おーいおいおい、孫ならジイさんの安否くらい知っとかなきゃ駄目だと思うんですけど?』

『ウッゼぇなクソ野郎が、うじうじカビの研究ばっかしやがって、テメェの脳みそにカビが繁殖してんじゃねぇのか?』
 
『はー、よぉーするにぶち殺されてカビの苗床になりたいって事ですねわかります。今すぐ喉元掻っ切ってやるからお行儀よく座っててちょーだいねェェー!』

『オイオイお前ら、司会進行は俺って事を理解してねぇのか? わからねぇなら身体に直接だなんて甘っちょろい事は言わずに、脳みそに焼きごてで直接メモしてやるけどよ』


 一発触発。
 誰かが口を開くたびにほかの誰かが殺気を漏らす。
 果して話し合いが成立するのか、と疑問に思う前に無理だと断言出来そうな程険悪なムードだった。
 画面越しなのにもかかわらず、だ。

71: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:37:14.23 ID:wyuQ51Ms0
『うん、うん、やっぱりこういう時には罵り合いながら参加するのが「木原」なんだよね』

『今は参加しなくていいぞ円周。テレスティーナに乱数も一旦口を閉じやがれ。あんまり俺を苛立たせないでくれよ、ただでさえ実験サンプルが減ってきてるってのによ、八つ当たりで消費だなんて勿体ねぇだろ?』


 無数のモニターにそれぞれ映し出されている人物。
 若い女性もいれば、年老いた男性もいる。子供のような容姿の女の子がいると思いきや、何やらコンピュータ的な意味で多機能的な首輪を装着した犬までいた。
 歳も性別も違う彼等には、唯一の共通点が存在する。






 彼らは皆、『木原』の名を持つ者だ。


72: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:37:50.88 ID:wyuQ51Ms0
 木原の名を持つ者は、木原と言うだけで科学に愛される。
 もしも、モニターに映っているすべての木原が手を組めば世界はすぐにでも滅んでしまうかもしれない。
 思想も、犠牲も、悪逆も、そのすべてが科学の為に向けられている。
 極めて全うな、綺麗な目的を、悍ましい程に悪質で破滅的な方法で成し遂げようとする。
 ブレーキなど存在しない、限界など省みないのが木原の信条でもあるのだ。


 科学がある限り、必ず世界に存在する。
 科学を進歩させ、悪用し、破滅をばら撒くために世に顕在する。
 それが、木原。
 学園都市と言う科学の最高峰が、手元において管理せねば世界を脅かしかねない悪魔達。


『ま、ジジイの行方不明はどうでもいい。クソどもの痴話喧嘩なんざもっとどうでもいい』

73: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:40:22.57 ID:wyuQ51Ms0
 司会役のようなものを引き受けているタトゥー男の名は木原数多。
 学園都市の能力者の頂点、第一位の超能力を開発した輝かしい功績の裏で、それを塗りつぶしてなお余りある悪事を働いている男でもある。


『今日の話題は……おりひめ一号、っていうか樹形図の設計者【ツリーダイアグラム】が謎の高熱源体によってぶち壊された、って話なんだけどよ』

『何処かのバカのテロ攻撃か?』

『いいや、学園都市内で樹形図の設計者を一撃でぶち壊せる兵器なんざ準備してたら、速攻でアレイスターの野郎に見つかる。つーか木原の誰かが気づくはずだ』

『まさか外……アメリカかロシアの仕業かよ』

『それもねぇな。外の技術レベルじゃ学園都市最高峰のセキュリティと技術で守られた樹形図の設計者を一撃でぶち壊すなんざ不可能だ』

『じゃあ、いったいどうして樹形図の設計者は壊れちゃったの?』

『さぁな。が、壊れ方を見る限り、どうも学園都市咆哮からの攻撃だとは思うんだが……まさかどっかで超強力レーザーをぶっ放せる能力者でも生まれたの

74: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:41:14.82 ID:wyuQ51Ms0
 木原数多の推理はあながち間違いではない。
 樹形図の設計者を破壊した謎の高熱源体というのは、紛れもなく学園都市内、しかも平凡な高校に努める教師が住むボロアパートから放たれたものだ。
 だが、別に樹形図の設計者を破壊しようとしてそれは放たれたのではなく、破壊されたのはたまたま、偶然の『不幸』としか呼びようがない。


『その情報はもういくつかの組織は手に入れています。我々で早めに手を打つのが妥当ですね』


 ここで初めて口を開いたのは、別の『木原』だった。
 安物のスーツに身を包んだ女性だ。
 彼女もまた『木原』の一人、名を木原唯一。

75: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:43:00.54 ID:wyuQ51Ms0
『中には外の組織と協力し、樹形図の設計者を解析しようと考えている、なんて噂も存在します』

『おいおいおい! 樹形図の設計者の解析なんざ、外の技術で出来るとは思えねぇぞ? まさか、ここに居る『木原』の誰かが噛んでんのか?』


 ジロリ、と木原数多がモニターを睨み回す。
 口を開く『木原』は誰もいない。


『まぁ、『木原』が絡んでいたならのちに粛清すればいいですし。ちょこちょこと動きを見せるようなら根元から刈り取ればいいだけですしね』

『面倒くせぇな。先に怪しいとこ全部潰せばよくね?』

『そんなことしたら学園都市の研究機関の八割はつぶれちまうよ。……おい病理、さっきから無言貫いてるけどよ、テメェはどう考えてるんだ?』

76: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:45:33.34 ID:wyuQ51Ms0
 木原数多が画面越しに病理を見る。
 病理は複数の画面から自身に集まる視線を一通り眺め、ニコリと笑みを浮かべる。


「はやく諦めてくれたら嬉しいでーす」

『気の抜けた返答だなオイ』

「だって、病理ちゃんにはそんな努力して残骸を集めようとする気持ちはわかりませんし」

『オマエにわからねぇのは気持ちじゃなくて、努力って部分だろうが。ま、オマエが諦める様なんざ見飽きてるからどうでもいいけどよ』


 挑発するように木原数多は言う。
 病理は特に反論せず、ニコニコと笑みを浮かべ続けていた。

77: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:46:41.49 ID:wyuQ51Ms0
『まぁ、今回は話し合いと言うよりもただの報告、と言った面が強いので、これくらいにしておきましょうか』


 唯一がそう言って会話を打ち切る。
 全員話し合いに意欲的なわけではないので、それに反論するものは誰も居なかった。


『乱数、貴方が最近研究していたカビに乗せて散布する化学物質ですが、ある程度兆しが見えてきたのでそろそろ研究所に来るといいでしょう。あと円周は木原脳幹の調整を手伝ってください』

『うぃぃーっすっとー』

『わかったよ、唯一お姉ちゃん』

『私も面倒だが、そろそろ向こうの方にも手ぇつけねぇと……』

『頑張ってね、テレスティーナおばちゃん』

『なぁおい円周、前から思ってたんだがなんで唯一はお姉ちゃんで私はおばちゃ――


 ブツッ、とモニターの映像が突然途絶えた。
 最後にテレスティーナが何か言っていたような気がするが、病理は気にしないことに決めた。

78: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:52:23.74 ID:wyuQ51Ms0
「……うーん、乱数ちゃんもテレスティーナさんも数多さんも、みんな頑張ってるみたいですねー」


 誰もいない部屋、何の音もない部屋で一人病理は呟く。
 その顔に浮かべているのは、笑み。
 木原数多が挑発をしていた時に浮かべていたものと、まったく同じ笑みだ。


「……なーんだか、居心地がよくないです」


 人差し指を唇に当てながら、うーん、と病理は可愛らしく唸る。


「特に数多さんですね。あの人は私、個人的に苦手なタイプですし……色々と『諦めて』くれるといいんですけどねぇ」

80: ◆VciN2PRcsw 2012/06/18(月) 00:53:39.97 ID:wyuQ51Ms0
病理は『木原』の中でも上位に位置する存在だ。
 だが、先ほどの会話にマトモに参加していた中では、木原数多と木原唯一は『木原』の中でもトップランカーだ。
 三年ほど前に失踪した、とある木原を除けば紛れもない最高クラス。
 悪行、功績、そのどちらもが他の追随を許さないほどに逸脱している。

 特に。
 病理は木原数多に対して、個人的な感情と事情を抱えている。


「……ま、今は様子見って事でいいでしょう。何事も焦ってがんばるより、諦めて待つ方が楽ですし」


 木原病理はスイッチを操作し、電動車椅子の車輪を駆動させ部屋から出ていく。
 出ていくときの表情は、見る事が出来なかった。
 

86: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:02:24.77 ID:53CyeT2I0
   前回のあらすじ





数多「殺すぞ」

テレスティーナ「殺すぞ」

乱数「殺すぞ」

円周「うん、うん、木原ならこういう時こういうんだよね! 殺すぞオラァ!」

唯一「殺してやるぜぇ!」

病理「息の合った家族です」

87: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:04:03.98 ID:53CyeT2I0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――





「どうだった?」

「まぁまぁ食えた」


 心理定規お勧めの店で食事をとった垣根と心理定規は学園都市駅前の辺りを歩いていた。
 連れて行かれた店の料理はかなり美味しかったし、垣根も性格的に素直に褒めるようなことはしないが、味に関しては文句のつけようがない。
 ただ一つ、不満な事があるとすれば。


「でも、量がな……あそこ、女向けの店何だろ?」


 学校に通っていれば高校二年生辺りの垣根にとって、お洒落な貴婦人や女子学生達に人気のお店の適量と言うのはややボリューム的に物足りないようだ。
 垣根は別に大食漢というわけではないが、もう少し垣根は満腹感が欲しいらしい。


「うーん、私もお腹いっぱいの一歩手前くらいだけど、確かに男の人だと満足できないかもね。この近くにファーストフードのお店があるけど、そっちに行く?」

「そうだな、軽くポテトとかで誤魔化すか……つーかお前、アルバイトはいいのか?」

「あ」

88: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:06:19.49 ID:53CyeT2I0
 垣根と並んで歩いていた心理定規が表情を硬直させ唐突に立ち止まった。
 恐る恐る、と言った様子で心理定規は左手首にまいた小さすぎて文字盤が見難い腕時計に目を向ける。



「…………」

「お前、メシ食ってる時もやたら喋ってたからな。普通に喰うだけより倍くらい時間かかったんじゃね?」

「…………ねぇ帝督、貴方の翼って人一人抱えても余裕で飛べるわよね?」

「テメェのタクシー役なんて誰がやるかボケ。オラ、走ってけ」

「ああもう! ヒールなんて履いてこなきゃよかった!」


 とても走りにくそうにしながら心理定規は慌てて走り去っていく。
 非常に慌てた様子の心理定規の後姿を見て垣根は楽しそうな笑みを浮かべる。
 人の不幸で愉悦に浸る垣根は間違いなく外道である。


「……さーて、俺はファーストフード食いに行くか」


 垣根は心理定規の後姿が見えなくなるまでその様子を楽しんだ後、のんびりと微妙に物足りないお腹を満たすためにファーストフード店を目指して歩き始めた。
 

89: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:07:15.18 ID:53CyeT2I0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――



 垣根は安っぽいファーストフード店に来ていた。
 外は上からの日射と下からのアスファルトが放つ熱により灼熱地獄と化しているためか、店内は満員でガンガン効かされた冷房は少し体調を心配するレベルだ。
 世間は夏休み、それも昼過ぎの午後である。
 店内を埋め尽くしている人間の殆どが学生のようだ。


(あー……うざってぇ)


 シェイクをストローでズズズズと吸っていた垣根は店内の様子をぐるりと見渡し、うんざりと言った様子で心の中でつぶやく。
 近くの席で会話している学生は期末テストで誰かが読心を使っただとか、教師の背中に火をつけるだとか世間話にしてはかなり物騒な内容で盛り上がっている。
 だが、これは学園都市ではありふれた日常会話であり、平常運転である。
 学園都市の総人口二百三十万人の全員が、開発により何らかの能力を得ているのだから。

90: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:10:28.14 ID:53CyeT2I0

(……まぁ、そもそも俺の能力が学園都市の中でもトップクラスに突飛な奴だからな。人の能力にツッコミをいれられねぇよな……)


 でも、と垣根はチラリと視線を横に向けた。


(……あれには誰かツッコミを入れてもいいんじゃねぇの?)


 垣根の目に映ったのは、テーブルに突っ伏して寝ている少女の姿だった。
 それだけなら、別に違和感があるとまでは言わないだろう。



 だが、その少女は何故か巫女服だった。



 巫女服を着た少女が、テーブルに倒れこむようにして似ていた。
 長い黒髪がぶちまけた墨汁のように広がって顔が隠れており、某映画に出てくるテレビに映った井戸から這い出てくる亡霊の姿とどこか重なる光景だった。

91: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:12:01.94 ID:53CyeT2I0
(第二位の勘が告げている。アレにかかわるなと)


 垣根は一瞬声をかけようかと思ったが、やめておいた。
 その判断、英断と言わざるおえない。


(大体、浮きすぎて相席いいですかとかすら聞かれてねーじゃねーか……)


 店内はギュウギュウ詰め状態であるにもかかわらず、その巫女服少女の席だけがぽっかりと空いている。
 まぁ、正体不明の巫女服少女が突っ伏している向かいでハンバーガーを食べる度胸があるかと聞かれれば、自信満々に食べられるという人間は少ないだろう。
 人ごみの中にぽっかりと空いたミステリーサークルのような空席にぽつんとうなだれている少女を見ながら、垣根はジャンクフードをもさもさと頬張った。

92: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:13:06.59 ID:53CyeT2I0



「申し訳ございません、ただいま満席でして……」


 ふと、垣根の耳に届いたのは申し訳なさそうに謝るアルバイトの声だ。
 どうやら何人かの団体で来たのは良いが、開いている席がないらしい。
 巫女服少女の所は数人座れるスペースはあるのだが、好んであの場所に行く人間は相当奇特な人間、というかまず間違いなく変人だ。


 ちなみに、垣根も本来は四人、つめれば六人程度が座れる座席に一人で悠々と座っている。
 何度か相席でもよろしいですか? と店員に聞かれたが、それを頑として断った。
 全く知らない人間と相席して食事をするのは垣根にとってゴメンだった。
 別段、コミュ障と言うわけではない。
 断じて違う。


「……あ、いいわ。知り合い見つけたから」

93: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:14:55.36 ID:53CyeT2I0

 何やら聞き覚えのある声が耳に届き、垣根はギクリとした。
 嫌な予感がする。
 垣根は今からでも巫女服少女の方へ行って難を逃れようかとも考えたが、巫女服少女は有ろうことか、巫女服に負けじと異彩を放つ謎の四人組(ツンツン頭、アロハシャツ、青髪、修道服というバリエーション)と会話していた。


(まさかあの退路まで絶たれてるとは……)


 あんな怪しさ満点の巫女服少女に声をかけようとする常識破れの人間がいるとは、垣根にも予想できなかった。
 学園都市にも案外、常識の通用しない人間はいるものだ。





「やっほー垣根さん」



 
 そして、垣根の嫌な予感は的中した。





94: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:18:33.65 ID:53CyeT2I0
 明るく、はきはきとした声で名前を呼ばれ、垣根はダルそうに声の下方向へ顔を向けた。
 そこに居たのは、予想を全く裏切らない人物だった。
 お嬢様学校に通う見目麗しい外見の女子中学生、学園都市の頂点であるレベル5の第三位、御坂美琴が小さく手を振って笑顔を向けている。


「よぉ、帰れ」

「会って二秒で帰宅命令を出されるとは思ってなかったわよ。混んでるからさ、私を入れて四人、ここに座らせてね」

「嫌だ」

「みんなー、こっちこっちー」

「聞けよクソメスガキ!」


 垣根の言葉をガン無視で美琴は勝手に話を進める。
 初めて垣根と美琴が出会った一か月前から今まで、二人は数度顔を合わせている。
 二人の関係は『他人以上友人以下』くらいだ、と垣根は思っている。
 最も、美琴はそんな垣根の友人以下と言う評価を軽く覆す程にフレンドリーに接してきているのだが。
 いや、フレンドリーと言うよりも遠慮がない、と言ったほうが的確だ。

95: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:20:00.97 ID:53CyeT2I0
「失礼しまーす……って、御坂さんこんなイケメンな知り合いがいたんですか? 水臭いなぁ、もっと早く紹介してくださいよー」


 垣根を見た瞬間にテンションを上げているのは黒髪ロングの少女だった。
 高いテンションに垣根はややイラっとしたが、ここでキレるのは大人げないと自分に言い聞かせる。


「佐天さん、公共の場でそんなにテンションを上げないでくださいまし。全く、淑女失格ですの」

「白井さんが言える事じゃないと思いますけどねー」

「初春? 何か言いました?」

「い、いいえ何も!」


 ブンブンブン! と首を振って否定している少女の頭には何故か花が咲き乱れていた。
 やや好奇心を刺激された垣根は、それについて尋ねようと思ったその瞬間、花少女から謎の殺気を感じ背筋が冷たくなった。
 学園都市の闇以外にも、この世には触れてはいけない物が存在するのだ。

96: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:24:06.61 ID:53CyeT2I0
「初めましてですの。ワタクシは白井黒子と申しますの。風紀委員【ジャッジメント】としても活動していますので、以後よろしくお願いいたしますわ」

 
 ペコリと頭を下げたのはツインテールの少女だった。
 風紀委員というのは学生で構成された治安維持部隊で、いわゆる警察のようなものだ。
 裏の世界で活動する垣根にとってはあまり関わりたくない存在であるのだが、露骨に邪険に接していれば怪しまれる。
 

「同じく、風紀委員の初春飾利です。よろしくお願いします」

「そして初春の同級生の佐天涙子でーす! よろしくお願いしまーす!」


 テンションの高い方が佐天、花女が初春か、と垣根は一応この場に居るメンバーの名前を脳に記憶した。
 本音を言えば今すぐこの場から去りたい所だが、怪しい行動をとればここに居る二人の風紀委員に目をつけられる。
 ならば、どうすればいいか。
 答えは単純だ。

97: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:25:24.67 ID:53CyeT2I0




 御坂美琴と知り合いの一般人、という設定を演じきればいい。





(暗部で生きてきた俺だが、その気配を悟らせねぇなんざ朝飯前だ。俺の演技力に常識は通用しねぇ)


 名台詞の無駄遣いを心の中で行う垣根であった。
 普通の暗部の人間では、表の世界の人間を演じるのは難しいかもしれない。
 裏社会ではそれなりに人間味のある垣根ならば、もしかしたら不可能な所業ではない、はずだ。
 

「俺は垣根帝督だ、よろしくな」


 ニコッ、と垣根は笑みを浮かべる。
 彼の本性を知る者が見ればドン引きするか大爆笑するかのどちらかに限定されそうなほど、自身の顔の造形のクオリティの高さを生かした完璧な営業スマイルだ。


「気持ち悪……」

「あぁ!?」

98: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:27:56.07 ID:53CyeT2I0

 ボソリと呟いた美琴に垣根はキレた。
 この時点で垣根の猫を被るという方針は崩れ去った。
 台無しである。


「お姉様、失礼ですわよ」

「ご、ゴメン。つい……」

「ついじゃねぇよクソボケ」


 垣根はむすっとした表情でポテトを一本口へ投げ込む。
 ふと見ると、先ほどの異色四人組と巫女服少女が黒スーツ集団に囲まれているのが見えたが、何故か気にする必要がないという考えが湧きあがる様に浮かんできて、すぐに意識の外に放り出してしまった。


「とりあえず、座りましょう?」

「私垣根さんの横もーらいっ!」

99: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:30:34.31 ID:53CyeT2I0
 ボフン、と勢いよく垣根の横に座ったのは佐天涙子だった。
 向かいの席には黒子、美琴、初春という並びで三人の女子中学生が座る。
 四人掛けのテーブルに五人座っているのだから、やや手狭に感じるのは仕方がない。


「いやー、垣根さんが居てくれて助かったわ。これ持ってずっと立って待ってるのは辛いし」


 彼女たちはそれぞれハンバーガー一個を基本に、ナゲットやポテト、シェイクなどのさまざまなバリエーションの品を注文しているようでそれぞれ少しずつ分け合って食べるらしかった。
 いかにも仲の良い女子中学生らしい行動だ。


「つかぬことをお聞きしますが、垣根さんはどういった経緯でお姉様と知り合ったんですの?」


 メイン具材がトマトとレタスとアボカドというヘルシーバーガーを小動物のように小さく齧りながら、黒子が垣根に尋ねてくる。


「ああ、一か月くらい前にコイツが自販機を蹴ってジュースを吐き出させてる時だな」

「ちょ!」

100: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:31:17.73 ID:53CyeT2I0
「……お姉様、またやってらっしゃったんですの? いい加減しないとワタクシ、お姉様をしょっ引かなくてはなりませんの」

 
 あからさまな溜息を吐きながら、黒子は敬愛するお姉様をジトッとした目で見つめる。

 
「あ、あれは仕方なかったのよ! 大体垣根さんだってジュース受け取ったんだから共犯よ!」

「返せばよかったと今でも後悔してるけどな、あのクソまずいジュース。発売元を爆撃してやろうかと思ったほどだ」


 実際、垣根は豆腐ジュースの発売元の会社にサイバーテロを仕掛け経営をだいぶ傾かせていたりするのだが、ここで語る話ではないので割愛させていただく。


「そういえば、垣根さんってお幾つなんですか? 高校生だとは思うんですけど」

「……あー……」


 垣根は言い淀む。
 書類上、どこかの高校に所属しているはずなのだが、一度も行った事はないし気にしたこともない。
 確か、と垣根は必死に記憶を手繰る。

101: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:33:00.00 ID:53CyeT2I0
「……長点上機の三年生、だったか」

「長点上機学園ですか!? 凄いエリートじゃないですか!」


 興奮したように佐天がズイズイッ、と垣根に顔を寄せる。
 長点上機学園は学園都市内で能力開発においてはナンバーワンを誇る超エリート校である。
 礼儀作法等の日常生活を含めた総合的教育を主軸に行う常盤台中学とは違い、徹底した能力至上主義の元行われる教育は色々と黒い噂もあるという。


「じゃあもしかして、垣根さんも高位能力者だったりするんですか?」

「まぁな」


 学園都市内で垣根よりも高位の能力者は一人しかいない。
 だが、学園都市第二位である事がバレると色々と面倒なことになると考えた垣根は適当な嘘で流すことにした。

102: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:34:17.50 ID:53CyeT2I0
「レベル4の疾風物質【エアロマター】だ。簡単に言えば風を起こしたり、風を凝縮、解放して爆発みてぇな現象を起こせる能力だよ」

「風系かー、いいなぁ」

 実際は、垣根の能力は風の操作程度で収まるものではない。
 というか、この世のありとあらゆる法則を捻じ曲げる超能力を何かに分類しようと思う事自体が愚かなのだが。


「私も空力使いなんですよ。まぁレベル0なんですけどねー……あはは」


 あまり覇気のない笑みを浮かべる佐天。
 レベル0というのは目に見える程の能力も使う事が出来ない、無能力者だ。
 学園都市の人間の約六割がレベル0なのだが、やはり超能力者が堂々と闊歩する学園都市内ではコンプレックスを抱いてしまうらしい。
 特別な力を有する超能力者には、レベル0の気持ちはわからないだろう。
 

 ――が、垣根には佐天の気持ちが少しだけわかった。

103: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:36:17.47 ID:53CyeT2I0
 力の差というコンプレックスが生み出す苦悩。
 いつか覆さなければいけない壁を見据える垣根は、いつもよりも少しだけ優しげな表情を見せた。


「悩むな」

「え?」


 驚いたように佐天は垣根を見る。


「超能力ってのは、自分だけの現実に左右される。何かで悩んだり、トラウマを植え付けられたりすると能力ってのは弱まっちまう。が、自分の力を絶対的に信じ、自分だけの現実を強固に固めることが出来れば能力ってのは強くなる」

「そういえば、学校の先生がそんな事を言ってたような……」

「だから、前だけ向いて自信を持て。自分には能力がある、発現するって常に前向きに考えろ。そうすりゃ少しは希望が見えるかもしれねぇ」

「……ありがとうございます、垣根さん」

104: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:38:47.23 ID:53CyeT2I0
 佐天はやや頬を赤らめながらお礼を言う。
 人に説教する事など殆どない垣根は舌打ちしながら頬を掻いた。照れ隠しかもしれない。
 そんな二人の様子を、向かいに座る三人がニヤニヤしながら見ていた。

「……なーんか、良い雰囲気じゃない二人」

「あぁ?」

「まったく、やっと店内で涼めるかと思ったのに、なんだか暑くなってきたんですの」


 パタパタと、わざとらしく黒子が手で仰いでいる。
 

「はっ、これだから中学生ってのはガキなんだよ。ちょっと会話したくらいでそんな風に思っちまう、どうせなら俺がもっと大人の恋愛ってのを教えてやろうか?」

「垣根さんの恋愛ってなんだかドロドロしてそうですよね」

「言うじゃねぇか花女」

105: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:39:26.36 ID:53CyeT2I0
 垣根がジロリと初春を睨む。
 実際、幼いころから暗部で行動してきた垣根がまともな恋愛をしてきたかと問われれば、全くそんな事はない。
 そもそも、垣根は誰かに好意的な感情を抱いたことすらほとんどないのだ。


「残念ですが、ワタクシはお姉様一筋ですので。異性の殿方にはあまり興味ありませんの」

「……何、お前らそういう関係だったの?」

「ええ」

「堂々と本人を横に嘘をつくなぁぁぁああああああああああああああああああ!!!」


 美琴が黒子の後頭部を鷲掴みしテーブルに叩きつけた。
 横の初春の顔が若干青ざめる程度に凄い音がした。

106: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:41:12.40 ID:53CyeT2I0
「……学園都市の第三位がそんな 癖とはなぁ……」

「ちっ、違っ! 私は至ってノーマルだから!」


 遠い目をし始めた垣根に慌てて弁明を試みる美琴。
 もちろん、垣根も本気で言っているわけではないのだが、空気を読んで敢えて悪乗りをしていた。
 もしも垣根が普通に学校に通うまともな学生であったならば、友人や恋人に恵まれる人物になっていたかもしれない。


「そういう垣根さんは、彼女とかいるんですか?」

 
 佐天が垣根の顔を覗き込みながら訪ねてくる。
 

「いねぇ。作ろうとも思わねぇしな」

「えー、垣根さんイケメンなのに勿体ないですよ。何なら私が彼女に立候補しちゃおうかなー」

「さ、佐天さん!?」

107: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:41:55.95 ID:53CyeT2I0
 顔を赤くして初春が思わず立ち上がる。
 にひひひー、と佐天は楽しそうな笑顔を浮かべて慌てた様子の初春の頭をよしよしと撫でた。
 もしかしてコイツラもそういう関係なのか……と、垣根は何だか女子中学生という存在に不安を覚え始める。


(つーか、何で俺がこんなガキ共との会話に付き合わなきゃならねぇんだよ。そうだ、こいつ等が帰らねぇってなら俺が帰ればいい話だ)


 単純な回答にたどり着いた垣根はそう決心するや否や、すぐに席から立ち上がった。


「どうしたんです?」

「悪ぃな、俺はそろそろ帰らせてもらう。後は四人で楽しくやっといてくれ。ここは俺が奢ってやるからよ」


 そう言って垣根は財布から万札を一枚取り出しテーブルの上に置く。
 明らかに四人分の代金を払ってもその倍以上のおつりが帰ってくる額に佐天と初春が仰天する。


108: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:43:05.85 ID:53CyeT2I0
「そ、そんな悪いですよ」

「気にすんな。こういう時は黙って男に出させときゃいいんだよ」

「いよっ! 垣根さん太っ腹! マジで惚れちゃいそーですよ!」

「うるせぇよ。ま、ポテトだのナゲットだの、金があるからってバクバク食ってりゃお前らの方が太っ腹になっちまうかもしれねぇがな」


 ピタッっと、まるでザ・ワールドが能力を発動させたかのように、女子中学生四人の動きが同時に停止した。
 

「……垣根さん、そのワードは乙女に対してNGですの」

「悪い悪い、でもな、現実ってのは厳しいんだよ」

「……うぅ……」

 泣きそうな顔の初春。
 佐天も自分の腹部を指で軽く突き、「そういえば最近……」と消え入りそうな顔でつぶやいていた。

109: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:43:35.71 ID:53CyeT2I0
「ふ、ふん。良いのよ。私達は育ちざかりなんだから」

 
 美琴はややすねた様な表情でシェイクを勢いよくストローで飲み始めた。
 そんな美琴の様子を垣根はニヤニヤとした表情で見つめ、更なる爆弾をぶっこむことにした。


「育ちざかり、ねぇ……」

「な、何よ」

「佐天、お前って何年生だ?」

「え? ええと、御坂さん以外は中学一年生で、御坂さんは二年生です」

「ふぅん……」

「だ、だから何よ」








「……お前、後輩よりお子様体系なんだな……特に胸」


110: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:44:17.73 ID:53CyeT2I0
 ピキリ、と音がした。
 明らかに人体から聞こえるはずのない、乾いた音だった。


「佐天はそれなりに女らしいスタイルだってのに、第三位の胸なんて谷 どころか丘すらねぇんじゃねぇの? お前の体の上で神経衰弱が出来そうだな」


 ケタケタケタと垣根は腹を押さえて笑う。
 佐天は堪えているものの口元はやや笑みを浮かべ、初春は、うわぁ、と顔で語っていた。黒子は愛するお姉様が馬鹿にされているという点では憤りを感じているのだが、慎ましくも美しいお姉様の胸(黒子談)の魅力を知っているのは自分だけだという間違った優越感に板挟みになっていた。
 何だこの状況。


「とりあえず牛乳飲め。それか好きな男に揉んでもらうとか……ん?」


 垣根はようやく気付いた。
 俯いた美琴の体がワナワナと震えていることに。
 そして、額には今すぐにでも破裂しそうなほどに欠陥が浮かび上がり、才色兼備の女子中学生が決して浮かべてはいけない表情をしていることに。


「ア・ン・タにはデリカシーってもんがないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「ば、馬鹿テメェこの野郎! 落ち着――!








 その日、ファーストフード店を中心に半径百メートル以内の地域に停電が観測された。
 そしてそのファーストフード店の入り口に、顔写真と共に五人の人物の『入店拒否』と書かれた張り紙が貼られることになった。




111: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:45:04.19 ID:53CyeT2I0
 ―――
 ――――――
 ―――――――――





「このクソガキ……店内で能力暴走させやがって……!」

 
 警備員やらなんやらの追っ手を走って撒いた垣根と御坂一行は、数学区離れた裏路地に来ていた。
 確実に摂取エネルギーよりも浪費したエネルギーの方が多いなと、ややブルーな気持ちになる。


「あ、あんたが変なこと言うからでしょうが……」

「事実無根だろうが……」


 垣根はほかのメンバーにチラリと視線を向ける。
 佐天は割と体力がある方なのか、息は切れているが限界ではなさそうだ。

112: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:45:32.83 ID:53CyeT2I0
 初春はもはや呼吸をしているのかどうかが怪しくなるレベルで地面にぶっ倒れている、痙攣しているような気がするのだが大丈夫だろうか。
 美琴はまだ垣根に文句を叩きつける程度の元気はあるようで、この小さな体のどこに体力が詰まっているのか不思議だ。
 そして最も元気そうなのは垣根ではなく、黒子だった。
 それもそのはず、黒子はレベル4の空間移動能力者であり、自分の足では殆ど走らず先行する形で全員をここまで導いたのだ。


「まったく、お姉様、少しは煽り体制というものをつけてくださいまし」

「何よ、私が悪いって言うの?」

「過程がどうあれ、あの場に居た人間は犯人は電撃使いだという認識をしていますの。実際、能力を行使したのはお姉様ですし」

「ぐぬぬ……」


 悔しそうな顔で美琴は垣根を睨んだ。
 今にも噛みついてきそうな獰猛な顔だ。

113: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:46:05.27 ID:53CyeT2I0
「アンタっ! 勝負しなさいよ勝負! 正々堂々とコテンパンにしてやるんだから!」

「第三位がレベル4に喧嘩売って何が正々堂々だ」


 実際は美琴は格上に喧嘩を売っているのだが。
 

「いいじゃない! レベル4なら工夫すればレベル5を倒せるかもしれないでしょ!」

「……第三位までなら、な」

「はぁ?」


 垣根の含みのある言い方に、美琴は首をかしげる。
 学園都市のレベル5は全部で七人。
 だが、その中でも第一位と第二位、そして例外的に第七位はレベル5の中でも明らかにずば抜けている。
 第二位と第三位の間にある力の差は、レベル0とレベル5の差以上とも言われているのだ。
 能力の工夫だとか、扱い方だとか、知恵だとか、ありとあらゆる要素を駆使したところで一切の勝ち目がない。
 自転車ではどう頑張っても戦闘機の速さを追い抜けないように、そもそも勝負にすらならないだろう。

114: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:46:46.67 ID:53CyeT2I0
「とにかく、テメェと喧嘩なんて御免だ。俺はガキに付き合う趣味はねぇよ」

「ムッカつく……!」

「そこまでですの」


 二人の間に黒子が空間移動で割って入ってきた。


「お姉様もそう噛みつかないでくださいまし。垣根さんも、少し自嘲してくださいな」

「はっ、これでも大分紳士的に接してるつもりなんだがな」

「どこがですの……」


 垣根の言っていることは真実である。
 もしも黒子達が敵対する暗部組織であったら、垣根は名乗る事すらせず能力を使って粉みじんにしていただろうから。

115: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:47:16.06 ID:53CyeT2I0
「お姉様、これからショッピングに行く予定でしたでしょう? さぁさぁ、行きましょう」

「へいへい。垣根さん……いや、垣根帝督! アンタ次会ったら容赦しないんだからね!」

「じゃあもう俺の前に現れないでくれ、頼むから」

 
 ガルルルルル! と猛獣のように唸る美琴の背を押す黒子と、初春をおんぶしてそれについていく佐天の姿を垣根は見えなくなるまで見つめていた。
 そして、一言。
 




「……表の世界ってのは、予想以上に呑気なもんだな」






 もう二度と戻れない世界の住人達を思い、垣根はそのまま裏路地の奥へと姿を消した。

 

119: ◆VciN2PRcsw 2012/06/20(水) 01:55:39.40 ID:53CyeT2I0
     『次回予告』




『――――私と、デートしましょう』

――――垣根帝督に興味を持つ『木原』 木原病理(きはらびょうり)


『…………はぁ!?』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)

125: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:10:18.91 ID:zFD/brQu0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――





「お帰りなさい、垣根帝督」

「……」

 女子中学生3人と知り合ってから約一週間後。
 学園都市暗部組織『スクール』の有する隠れ家の一つに戻ってきた垣根は、自分よりも先に部屋に置かれた簡易ベッドの上で寛ぐ先客を見て明らかに不愉快そうな顔をした。
 ベッドの上で雑誌を広げ、クッキーを食べながら寝転がっているパジャマ姿の女性は何処からどう見ても木原病理だ。
 しかも、病理はその怠惰な様子を見られても何のリアクションも見せず、すでに半分ほどなくなっているクッキーの新たな一枚に手を伸ばしていた。
 もしもバリバリのキャリアウーマンが自宅ではこんな感じです、とカミングアウトしてくれば幻滅するかもしれない。
 それくらい堂々としただらけっぷりだった。

126: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:10:49.86 ID:zFD/brQu0
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……じ・っ・け・ん?」
 
「猟奇的な新妻気取りかクソボケ。……まぁ、色々と申し立てたい事はあるがとりあえず一番優先順位の高い奴から済ますか」

「効率的ですね」

「今すぐ帰れ、むしろ土に還れ」

「非人道的ですね」


 オマエに言われたくねぇよ、と垣根は吐き捨てた。
 どっちもどっちではあるのだが。


「つーか、何でお前が『スクール』のアジトを知ってるんだよ。上の情報管理はどうなってやがんだ」

「嫌ですね、垣根帝督。私は『木原』ですよ?」


127: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:11:21.28 ID:zFD/brQu0
 一口に『木原』と言っても程度はある。
 木原病理程の『木原』であれば、学園都市の機密コードでも容易に閲覧することが出来るという事だ。


「……まぁいい、この際テメェがアジトの場所を知ってるってのはスルーしてやる」

「あらー? 思いがけない寛容な判断です」

「だが、俺が今から寝ようと思ったベッドの上でクッキーをボロボロボロボロ食い散らかしながら寛いでるテメェを追い出すくらいの権利はあるよな?」

「失礼な。病理ちゃんは後始末が出来る女です」

 
 そう言いながら、木原病理は手慣れた動作で微かに零れたクッキーの粉を手に集め、枕元付近に置いてあったごみ箱に捨てる。
 その際、全く起き上がろうとしなかったのは病理がものぐさな女だからではなく、自力だけでは立つことが出来ない身体であるためだ。

 垣根はふと部屋の隅に視線を向ける。
 ベッドの片隅に置かれた車椅子からは何やらコードが伸びている。どうやら充電中らしい。

128: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:12:07.75 ID:zFD/brQu0
「いくら木原印の電動車椅子でも、携帯みたいに充電しねぇと動かないのか」

「永久機関なんて作れたら、それだけで一生寝て過ごせますね。まぁ効率化という点ではあの車椅子は他の追随を許さぬほど特化させてありますから、すべての機能、兵装を展開した状態でも行動持続時間はおそらく二十時間は超えるでしょう」

「オマエは何と戦うつもりなんだか……」


 垣根は呆れたように言う。
 自身の『未元物質』も大概だが、木原が開発する機械も相当常軌を逸している。
 

「……で、最後の質問だ。何でここに居る?」

「自分の留守中に美人のお姉さんが部屋に来てた、なんてシチュエーションは萌えませんか?」

「テメェの場合、草木の萌えじゃなくて物理的に焼殺する方の燃えが似合うな。つーか自分で美人とか言うな胸糞悪ぃ」

「あらーあらあら。諦め系アイドル病理ちゃんになんて口を」

「そんなテンションの下がるアイドルが居てたまるか」

129: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:12:35.46 ID:zFD/brQu0
 クスクスと病理は笑う。
 垣根はそんな病理の様子に、うすら寒い物すら感じていた。
 こんな風に笑う女なはずがない。
 あの『木原』病理という人間の本性が、これほどまでに穏やかなものであるはずがない。


「…………何が目的だ?」

「え?」

「テメェの『本音』だよ。いつまでもくだらねぇ猫被りやがって、『木原』のテメェがそんな人間なわけがねぇだろ。俺に近づいて、何をたくらんでやがる?」

「……」


 病理は口を開かず、ただ笑みを浮かべた。
 そのまま押し黙る気か、と垣根は思ったが、案外そうでもなかった。
 思ったよりも早く、簡単に木原病理は口を開く。








「…………知りたいですか?」

130: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:13:49.19 ID:zFD/brQu0
 ゾクリ、と。
 今度こそ垣根の背筋に冷たい物が走った。


(……木原病理は能力者ではねぇ。武装は全てあの車椅子の中のはず。だが遠隔操作が出来ねぇとは限らねえ。ココから俺の『未元物質』で頭をぶち抜くのにかかる速度は……)


 垣根は頭の中でシミュレートする。
 これから起こるのは学園都市第二位と『木原』の戦い。
 下手をすれば、学区ごと吹き飛んでしまうような惨劇が巻き起こる可能性だって十分にある。


「直接は教えてあげません。ですが、ヒントをあげます。コレを実行すれば、答えが何か分かるかもしれません」


 グッと、病理が腕を使って上半身を起こす。
 垣根は構える。いつでも『未元物質』を発動できるように。


 そして、木原病理の唇から、言葉が紡がれる。

131: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:14:36.43 ID:zFD/brQu0









「――――私と、デートしましょう」









「………はぁ!?」


 闇に君臨する学園都市第二位の超能力者は、間抜けな声を間抜けな表情であげた。

132: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:16:05.04 ID:zFD/brQu0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――





 相変わらず外は暑い。
 『スクール』のアジトは独房のような、物のないすっきりとした部屋なのだが完備された冷房がキチンと効いていたので快適に過ごせる。
 なので垣根も涼しい部屋でぐっすりと昼寝をしようと思っていたのだが、先客の病理により外に連れ出された垣根はすこぶる不機嫌だった。
 当の本人である病理はと言うと、パジャマは思いのほか涼しいのか、暑さに参っている様子は見られない。
 その代わり、色々と注目を集めてしまっているが。


「何で俺がこんなこと……」

「あらー? どうしてそんなに不機嫌そうなんでしょう?」

「テメェの胸に聞いてみろクソボケ」

「あらあらー、女性に向かって胸だなんて」

「まるで照れたような態度を取ってるが胸糞悪いからやめろ」

133: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:17:11.35 ID:zFD/brQu0
 両頬に手を当てて顔をそむけた病理の顔を覗き込むと、その表情は普段通りの笑みを浮かべていた。
 無表情なのではなく、これが病理のデフォルトの顔なのだ。
 つまりは、病理は全く照れていない、と言うわけだ。

 
「あ、そういえばなんですが、せっかくのデートなのにお互いに余所余所しい呼び方なんて、不自然だと思いません?」

「このデート自体不自然なんだけどな。つーかそもそも何で俺がテメェとデートなんてしないといけねぇんだよ」

「うーん、どんな呼び方が良いでしょう?」

「聞けよスクラップ女」


 うーん、と唸りながら病理は思考する。 
 そんな様子が、垣根には非常に不愉快だった。
 自分と同じく、もしくは自分よりも深い闇に生きるこの女が、まるで光の世界に生きる住人のようにふるまう様が。

134: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:17:58.30 ID:zFD/brQu0
「じゃあこうしましょう。私の事は病理と呼んでください。私は貴方をていとくんと呼びますから」

「何だその舐めきった呼称はオイコラ、後質問に答えろ」

「何ですか、女性からのお誘いに文句をつけるなんて男らしくないですね」

「パジャマで何処へでも出かけられるテメェは誰よりも女らしくねぇけどな」


 木原病理は見た目よりも機能性を重視するタイプらしい。
 そもそもお洒落をする暇があったら実験をするのが木原の正しい在り方なのだけれども。


「……まぁ、いいでしょう。ていとくんは冗談として、普通に帝督と呼ばせていただきますね」

「俺とお前は親しげに名前で呼び合うような仲じゃあねぇだろうがよ。俺は帰るぞ」


 踵を返し、垣根は病理に背を向けて去ろうとする。

135: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:18:50.77 ID:zFD/brQu0
 その間際、病理は振り向かずに静かに呟いた。


「とっても面白いお話があったんですけどね。おそらく、学園都市の住人では帝督が最も得するお話です」

「……」


 垣根は足を止める。
 眉間に深く皺を刻み込んで、垣根は病理の方を振り返った。


「……内容によるな」

「あらあらー、では立ち話もなんですし、近くのレストランにでも入りましょうか」

136: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:19:42.74 ID:zFD/brQu0
―――
 ―――――
 ―――――――――




 レストランは盛況だった。
 もともと人気のある店らしく、周りには雑誌やテレビで紹介されたのをきっかけにここを訪れたミーハーな客がたくさんいる。
 気に入った店にはお得意様として通う垣根にとって、一見様というのはあまり快い物ではない。
 が、病理は他人の事など全く気にせずにお気に入りのメニューをさっさと店員に頼んでしまった。


「帝督は何にするんですか?」

「あー……俺は飲み物だけでいい。アイスコーヒーな」

137: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:20:11.03 ID:zFD/brQu0
 かしこまりましたー、と店員の適当な返事を聞き流し、垣根は向かいに座っている病理に目を向ける。
 病理は『お客様への簡単なアンケート』という紙を真剣な眼差しで見つめている。


「こういうのって、要望を書けばちゃんと反映されるんでしょうか」

「内容によるんじゃねぇの? 同じ要望が多けりゃ通るかもな」

「うーん、それだったら『木原』の力でお店に直接圧力をかけたほうが早そうです」

「学園都市の闇をなんだと思ってるんだテメェは」


 垣根は呆れたように言う。
 どこまで本気なのかわからなくなってきた。

138: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:20:44.80 ID:zFD/brQu0
「……で、結局テメェのさっき言ってた面白い話ってのは何なんだ」

「ええ、ちゃんとお話ししますよ。焦らし   は私も好きではありません。何事も早期決着が基本ですしね」

「お前野球とかサッカーとか嫌いだろ」

「はい。一番好きなスポーツはじゃんけんです」

「スポーツじゃねぇだろ。……つーか俺が話を脱線させちまった。戻れ」

「ええ。ではその前に一つ確認を。帝督、貴方の『未元物質』についてです」


 垣根の頼んだアイスコーヒーがタイミングを見計らったかのように、ちょうど話し始める直前に届いた。
 思ったよりも薄い味に顔を顰めながら、垣根は病理の話に耳を傾ける。

139: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:21:17.56 ID:zFD/brQu0
「『未元物質』はこの世に存在しない素粒子を何処からか引きずりだし、操る能力です。存在しないはずの素粒子に触れたこの世の法則はねじ曲がり、本来ありえない新たな法則の元に動き始める」

「……だから何だ。『未元物質』についてこの世で最も熟知してるのは俺だぞ、今さらそんな講釈語られた所でどうしたって話なんだが」

「この時点で、帝督は明らかに特別な能力を得ているのですよ? 考えてもみてください、『メインプラン』たる第一位の能力にはおそらく何か隠されているものがあるのでしょうが、乱暴な言い方をすれば念動力のジャンルに分類されるでしょう」

「……まぁ、動作の操作って点ではそうかもしれねぇけど」

「他の第三位、第四位、第五位、六位の情報は……中々入ってきませんし、七位も理解の範疇は超えていますが、『未元物質』はこれらの能力と比べて明らかな違いがあります」


 明らかな違い。
 あらゆる力の向きを操る能力とも、電気を操る能力とも、原子を操る能力とも、精神を操る能力とも違う、垣根の能力の特性。


「帝督。あなたの能力は極めて『科学』的ではないんですよ」

 
 はっきりと、科学の街を裏から支配する『木原』の科学者はそうのたまった。


140: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:21:54.56 ID:zFD/brQu0
「……おいおい、確かに俺の『未元物質』は常識の通用しねぇ能力だ。だがこの能力の目覚めは腐るほどいる他の能力者と同じように頭を弄られ『自分だけの現実』を観測できるようになってからだぞ?

「学園都市の開発によって発現する超能力はその人の『自分だけの現実』に影響されます。帝督の『未元物質』は木原の目から見ても明らかに学園都市の科学とは別種なんですよ。科学によって開発された自分だけの現実から発生するとは思えないアンノウン、それが未元物質です」


 別種。
 科学的な方法で生まれた、科学ではない何か。
 それが『未元物質』という物質であるという。


「……科学者が超能力を科学じゃねぇと言うとはなぁ。が、ここまでの話はそこまで面白くねぇ。まさかこれで終わりだなんて言わねぇよな?」

「はい。むしろここからが本番です」


 びっくりしますよー、と病理は前ふりを自分で口走る。
 だが実の所、垣根は案外驚いていた。
 目の前に居る猫の皮を被った化け猫は『木原』という科学と共にある存在だ。
 その『木原』が科学的な方法で開発され、法則に従って発現するはずの超能力を科学ではないの言い切ったのだ。
 特別。
 垣根の能力が特別だというのなら、第一位の能力は何処まで特別なのだろうか。


「実はですね。この世に広く蔓延する科学。そしてその科学と共に存在する『木原』なんですが――この世で唯一、私達『木原』がいまだに踏み入れていない領域があるのです」

「科学の事なら何でもござれの科学オタク集団のテメェ等が踏み入れてないだと?」

「ええ、科学とは全く別次元の法則。科学と世界を二分するもう一つのサイド。それが――」



141: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:22:28.77 ID:zFD/brQu0












「魔術、と呼ばれる法則だそうです」












142: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:22:57.53 ID:zFD/brQu0
「……魔術」


 科学サイドの垣根でも、その言葉がいったいどういう物を指すのかはわかる。
 が、あくまでそれはフィクションの世界の産物であり、今の時代に大きな鍋で薬草やらキノコやらをぐるぐるかき混ぜながら煮て作る秘薬なんてものは実在しない。 
 それが、『常識』のはずだ。


「ふぅん」

「あ、あれあらー? 思ったよりもリアクションが小さくてびっくりです。もっと驚くか、バカにするなって怒るかと思っていたのですが」

「まるっきり信じたわけじゃねぇよ。つーか信じられるかボケ。……だが、面白そうな話ではあるな」


 ニヤリと垣根は笑う。
 魔術。
 科学サイドで最強クラスの力と頭脳を誇る垣根が何一つ知りえない未知の領域。
 純粋な興味、そして『木原』ですら踏み込んだことのない前人未到の世界というのは、とても面白そうだ。

143: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:23:39.07 ID:zFD/brQu0
「魔術とは、いわゆるオカルトです。私も詳しい事は全くわかりませんが、科学的ではない方法で科学的ではない法則に乗っ取り、科学的ではない現象を引き起こすそうですよ」

「……成程、言いてぇ事が読めたぞ」


 垣根は理解する。
 病理が最初に垣根の『未元物質』という能力について確認した理由は、この結論に到達したいがためだ。
 科学的に開発された、科学的ではない能力。 
 その力はこの世の常識や法則を塗り替え、新たな現象を発生させる。


 それはつまり、垣根の能力は限りなく魔術に近いのではないだろうか。


「ですが、学園都市内では魔術は確認されていません。そもそも科学と魔術は結びつかない物なんだそうですよ。だから私達『木原』も踏み込めていないのですけども」

「だからテメェは俺の能力にご執着ってわけだ。極めてその魔術ってのに近い俺の超能力を研究することで、科学的な視点から魔術を理解しようって魂胆だろ」

「うわー、まるっきり正解です」

「ありがとう、まったくうれしくねぇわ」

144: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:24:11.60 ID:zFD/brQu0
 諦め系アイドル(自称)の病理よりもテンション低く返事をする垣根。


「魔術とやらを求め、間違った方法で失敗して動けなくなり、私にじっくりと実験される末路が帝督の最も輝く道だと思うのですが」

「末路って言ってんじゃねぇかどこで輝くんだよボケ。テメェに俺の体を好きなように弄られるのだけは何があっても勘弁だ」

「……性的な意味で?」

「真面目に脳腐ってんのかボケ!」


 ゴクリとつばを飲み込む音が病理の喉から聞こえた。
 垣根は本気で気持ち悪がった。

「いいじゃないですか。面白い話と引き換えに少しくらい実験に協力してくれても。等価交換が世の原則なんじゃないんですか?」

「アンタ漫画読む人間だったのか? つーかどこが等価だ」

145: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:24:55.03 ID:zFD/brQu0
 垣根が前に全巻セットで購入した漫画の重要の設定を持ち出してきた病理に、やや驚く。
 案外、こういう話題が好きなのかもしれない。


「まぁ、いいでしょう。帝督の説得は諦める事にして、気長に帝督が実験に協力してくれるようになるまで待つことにします」

「待ち続けてそのままミイラ化しろクソババァ」

「あぁ?」

「今まで笑顔で流してたくせにコレにはキレるのかよ」

「女の子には言ってはならない事があるんですよ」

「だからどこに女の『子』が……いや、何かこの会話にデジャヴを感じる。やめておこう」

「賢明です」


 垣根のアイスコーヒーに遅れる事しばらくして、病理の頼んだ料理が運ばれてきた。
 アツアツのドリアを見て、病理はニコニコと屈託のない(ように見える)笑顔を浮かべながらフォークを握る。
 その様子がどことなく、前にファーストフード店で女子中学生達が楽しそうに談笑していた光景と被った。
 光の住人と同じような笑顔を浮かべるなど、本来ありえないはずの人間が。
 どうしてこんなにも楽しそうな顔をしているのか。
 それを疑問に思う前に、垣根は苛立った。

146: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:25:34.08 ID:zFD/brQu0
 とある光景がフラッシュバックする。



 
 垣根がレベル5たる素質を持っていると判明してからすぐの事。
 幼い垣根が見た光景。
 超能力に憧れた子供や最先端科学に魅せられた人間が集う学園都市の本当の姿。
 楽しそうに生きる人間達の裏側で展開される世界。
 地獄すら生ぬるい学園都市の闇。





「……」


 あれを思い出すたびに、垣根は脳の奥底に痛みを感じるような気がした。
 あの日から、垣根の人生は変わった。
 そして、垣根の目標は定まった。
 あの時抱いた野望は、今なお朽ちることなく垣根の全ての根底に存在している。

147: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:26:00.77 ID:zFD/brQu0
「御馳走様でした」


 病理の声に、垣根は思考の海から現実へ引き戻される。
 見ると病理は既に料理を綺麗に平らげていた。
 というか、ちゃんと御馳走様と『木原』である病理が言う事に驚いた。


「もう帰っていいか?」

「ダメです」

 
 即答だった。


「せっかくのデートなんです。食事だけではもったいないでしょう? これからのんびりお散歩に繰り出すんですよ」

「……うざってぇ」


 心から思う垣根だった。







148: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:26:28.08 ID:zFD/brQu0
 ―――
 ―――――
 ―――――――――



 二人がやってきたのは公園だった。
 遊んでいる子供、談笑する若奥様方、学校帰りのカップルなどなど、数々の人間が視界に入る。
 共通するのは、その誰もが幸せそうな顔をしているという事だ。


「……クソだな」

「小さい子供を見ながらつぶやくセリフじゃないと思うんですけどね」


 病理が至極まともな事を言う。
 が、垣根も別にボケたわけではない。


「どいつもこいつも幸せそうな顔をしてやがる。自分たちの生活がどれだけクソッタレな実験や犠牲の上で成り立ってるのかも知らねぇのに」

「人間なんてそういうものなんじゃないでしょうか。学園都市の外の人間であろうと、食材となった動物達やそれを生産している人間の苦労なんて知った事じゃないでしょうし。知らないからこそ幸せなんでしょう」

「馬鹿の方が幸せってか。第二位を前にいい皮肉じゃねぇか」

「ジョークのセンスはあまりないんですけどもね」

149: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:27:00.83 ID:zFD/brQu0
 垣根は近くにあったベンチに腰を掛ける。
 そういえば、ここは御坂美琴に初めて出会った自販機の前のベンチだなと、垣根はぼんやり思い出す。


「っと、すいません帝督。ちょっとトイレに行ってきますね」

「行って来い、そして出来れば二度と戻ってくるな」

「ここでしますよ?」

「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」


 満足そうな笑顔を浮かべながら、病理はキコキコと車椅子を操作して垣根から離れていく。
 その様子を垣根が面倒臭そうに見つめていた。


(……つーか、もう帰っていいんじゃねぇかな俺)


 元々は、木原病理が企んでいる『何か』を知るためにしぶしぶ了承した今回のデート。
 が、よくよく考えればもういいのではないだろうか。
 『木原』は危険な存在であり、油断できない相手ではある。
 

150: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:27:39.46 ID:zFD/brQu0

 だが、垣根帝督は学園都市第二位に君臨する正真正銘の化け物だ。


 たとえ相手が『木原』であろうとも、返り討ちにする自信はある。 
 ナンバーワンでありオンリーワンの能力者である第一位と、アンノウンである能力者の第二位以外の超能力者なら、たとえレベル5が全員同時に襲い掛かってきても問題ない。
 たとえば、『木原』が第三位を超える攻撃力を持った兵器を開発したとしても、それは垣根にとってはただのガラクタに過ぎないのだ。


「よし、帰ろう。そしてアイツの着信は拒否しよう」


 垣根はついに決意した。
 先ほどのやり取りで得体の知れないフラストレーションがたまってモヤモヤしていた垣根はバイオレンス物の映画DVDでも借りてストレス解消でもしようと考えた。
 ベンチから立ち上がり、垣根は病理が向かったトイレの反対方向へ行こうとして――





「……うげ」


 見てしまった。

151: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:28:09.64 ID:zFD/brQu0
 自販機の前にしゃがみこんでいる少女の姿を。
 見覚えのある制服に、見覚えのある髪型と髪色。
 垣根の記憶力に狂いがなければ、あれは紛れもなく垣根によく絡んでくるあの面倒な女子中学生だ。


「……」


 普段なら、何事もなかったかのようにスルーするだろう。
 垣根も自分から厄介な女子中学生に構う程優しげがあるわけではない。
 が、今の垣根は普段通りの精神ではなかった。
 異常をきたしている、と言う程ではない。嫌な事を思い出してナイーブになっているだけだ。
 ならば、あえて声をかけてみるのも一興かもしれない。
 靄のかかったようなこの心を、あの厄介ながらも快活な少女なら勝手にどうにかしてしまうかもしれない。
 そう思った垣根は、気まぐれに声をかけることにした。
 見覚えのある、その少女に。


「よう、何やってんだ?」


 垣根の声に、少女は振り返る。
 やはり、見覚えのある顔。
 それに加えて、おでこの辺りにはゴツいゴーグルが装着されている。
 垣根の記憶が正しければ、強気な性格が見える目のはずだったが、その少女の目には一切の感情が見えなかった。

152: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:28:54.16 ID:zFD/brQu0
「……?」


 違和感。
 知っているはずなのに、会ったことのある人間なのに外見はそのまま中身だけがまるっきり別物に変わっているような、そんな奇妙な感覚。
 そして少女は、首をかしげる。
 

「…………どなたですか? とミサカは初対面であるはずのあなたに問いかけます」


 少女の口から吐き出された、感情のこもっていない言葉。
 そこに居たのは、御坂美琴であるが御坂美琴ではない少女だった。






 
 御坂美琴との出会いが新たな物語を始めるためのきっかけだったとしたら。
 この少女との出会いは、新たな物語のプロローグ。

 垣根帝督の物語は、この瞬間から動き始める。


153: ◆VciN2PRcsw 2012/06/26(火) 11:29:35.38 ID:zFD/brQu0
                         

                          Episode,1

 
                    



                    ――――Exceed the Strongest――――

 

164: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:38:35.15 ID:FAJrhPqs0
   前回のあらすじ



病理「まぁ今更帝督が魔術を会得したところで、二番煎じにしかなりませんけどね。二番どころじゃすまなさそうですし」

垣根「やめろよそういう事言うの」

ミサカ「ここから先はミサカの独壇場です。とミサカはここぞとばかりに存在をアピールする予定です」

165: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:39:39.77 ID:FAJrhPqs0
 垣根帝督がどのような人間かと聞かれれば、彼を知る者は皆同じように彼を化け物と称するだろう。
 
 コンピュータ並みの演算能力。
 それが生み出す『未元物質』という超能力。
 たった一人で軍隊を相手に出来る程の圧倒的戦力。
 そして、ただでさえ強力な超能力を最大限活用する人間離れした発想力。


 高すぎるスキル、強すぎる力、卓越しすぎた才能。


 垣根帝督という人間は、誰もが一度は憧れた事のある力、才を全て手にしている人間だとも言える。

 そんな彼は、世界で最もドロドロとした闇の中で生きている。
 その理由は、誰も知らない。
 垣根以外、誰一人。

166: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:41:23.62 ID:FAJrhPqs0





 そんな垣根は、目の前にしゃがみ込んでいる少女を見つめていた。

 その容姿は、垣根の知っているとある女子中学生に瓜二つで、感情の見えない瞳を除けば身長や体系に至るまでがまるでコピーしたかのように酷似している。
 何より、少女は先ほど吐いた言葉の中に、とあるワードを紛れ込ませていた。


 ミサカ。


 やはりそれは、垣根の記憶にある少女を示す名前だった。


「……テメェは、御坂なのか?」

「はい、ミサカはミサカです、とミサカは自身に与えられた呼称を再び口にします」


 まるで機械音声ガイドを相手にしているような感覚だった。
 考えて口を開いているのではなく、与えられた言葉をそのまま口にしているようだ。
 まるで楽器だ、と垣根は思う。

167: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:44:30.20 ID:FAJrhPqs0
(……違うな。雰囲気っつーか、第三位とは似てはいるが全く違う。精神操作でもくらったか……?)


 垣根は仮説を立ててみるが、ありえないと放棄する。
 第二位と第三位の間にはレベル5と無能力者以上の差が存在する、と言われているが、それでも美琴は紛れもなく学園都市二百三十万人の頂点から三番目の存在なのだ。
 そんな彼女の『自分だけの現実』を押しのけ精神を操作する事が出来る能力者など、存在するはずがない。


(第五位の心理掌握ならまだ可能性はあるか……?)


 強さ云々の前に『相手にしたくない』存在である学園都市第五位の超能力者を垣根は思い浮かべる。



 心理掌握。
 精神操作、記憶改竄、読心、念話、感情の増幅などの精神的なありとあらゆる事を一手にこなす、学園都市最強の精神系能力者。
 単純な戦闘力では他のレベル5には一歩及ばないものの、使い方によっては垣根の『未元物質』や第一位の能力よりもえげつない効果を発揮できるそれは、負けずとも決して好んで相手にしようとは思えない存在だ。

168: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:44:58.91 ID:FAJrhPqs0
「もしもし、とミサカは一人で思考に浸かりっぱなしのアナタに声をかけてみます」

「あ? 何だよ」

「何だよとはなんですか。声をかけてきたのはアナタの方でしょうに、とミサカは自分勝手なイケメルヘン野郎に唾を吐きかける仕草をとってみます」

「何で喧嘩売ってきてんだよテメェ。つーかイケメルヘンってなんだオイぶちのめされてぇのか?」


 勝手に自分のペースに巻き込んでくる雰囲気も美琴にそっくりだった。
 というか、初対面でこんなことを言うなんてどうかしている。

169: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:47:55.43 ID:FAJrhPqs0
「……声をかけたのは、テメェが知り合いに似てたからだ」

「ひょっとして、それはお姉様の事でしょうか? とミサカは推測してみます」

「お姉様?」


 第三位に姉妹が居るなんて話は聞いたことがない。
 レベル5の素質のある人間の親族であれば、それなりの高位能力者になれる可能性もある。
 だとすれば、学園都市が目をつけないはずはないが……


「隠し通してた……ってわけでもなさそうだな。不自然ではあるが、お前は第三位の――










「見つけたわよこのホスト顔!」


170: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:48:38.83 ID:FAJrhPqs0
 後ろから飛んできたのは、聞き覚えのある声、というか罵声だった。
 セリフを強制キャンセルされてやや萎えた垣根は面倒臭そうに振り返る。

 そこに居たのは、たった今垣根の目の前にしゃがみ込んでいた少女と瓜二つの容姿をした、垣根が以前会ったことのある少女だった。


「今度は本物かよ……クソ、やっぱり気まぐれなんて起こすもんじゃねぇな。面倒事にしかならねぇ」

「本人目の前に面倒事とか堂々と言わないでくれない? ていうかそんな事より! 勝負しなさいよ勝負!」

「勝負、だぁ?」

「そうよ! この前受けた屈辱を五百万倍返しにしてやるんだから!」

「…………」

 美琴は自分が負ける事なんて少しも考えていないだろう。
 それもそうだ、学園都市第三位に君臨しているのだから、敗北を考える事など殆どないはずだ。
 だが、美琴が現在喧嘩を売っているのは正真正銘、二人しかいない美琴よりも上位の能力者の内の片方である。
 真っ向から勝負を挑まれる、という経験の少ない垣根はあまりに同等とした挑戦に呆然としてしまった。
 暗部の仕事中は不意打ちが基本だ。
 そもそも、垣根に正面から戦いを挑むなどただの自殺である。

171: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:49:30.57 ID:FAJrhPqs0
「やめとけ、テメェもレベル5ならむやみやたらに能力を使うんじゃねぇよ。でけぇ力溺れてに振りまわされるってのはただの間抜けだぞ」

「うっさい! 私の能力は何よりその応用力に秀でてる、ありとあらゆる応用を駆使すれば面目も立つ!」


 よくわからない言い訳だった。
 というか、垣根の『未元物質』に対して、自分の能力は応用力に秀でているなんてセリフはもはや滑稽でしかない。
 

「つーか、俺にも用事があんだよ。テメェも中学生なら勉強しろ勉強」

「……アンタ、それ私がレベル5だってわかってて言ってるのよね?」

 バチバチと美琴の周りに紫電が迸り始めた。
 内から湧き上がる怒りの感情のせいで能力が制御できてないらしい。


(自分の能力を制御もできねぇのかよ第三位ってのは……ま、俺も未元物質を完全に把握してるわけじゃあねぇが、それでも暴発なんて間抜けな真似はしねぇぞ)


「ちょっと! 聞いてんの!?」

「あーはいはい、聞いてる聞いてる。アレだ、とりあえずお前はこの妹? の相手をしとけ、大人しく仲良し姉妹やってろ」

172: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:50:59.66 ID:FAJrhPqs0
 そう言って垣根は無言で立っていた美琴によく似たミサカと名乗る少女を前に突き出した。
 一歩進めばぶつかるほどの距離で、美琴とミサカが見つめ合う。
 近くで比べて眺めると、本当に両者はよく似ていた。


(双子にしても似過ぎだよなぁ)


 垣根は呑気に、間違え探しクイズ感覚で二人の違っている点を探したが生憎目つきとゴーグルしか見当たらなかった。
 そんな垣根を二人は視界にすら入れていないのか、類似した二人は無言で互いに見合っている。
 が、美琴の視線だけがどうにもおかしい。
 まるで、見ているというよりも睨みつけているかのような――













「――――アンタ! 一体どうしてこんな所にいんのよ!」



173: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:51:36.42 ID:FAJrhPqs0
 美琴が爆音のような怒声をあげた。
 思わずビクッとなる垣根だったが、美琴によく似た少女はピクリとも動いていない。一切動じていないようだ。



「何、と聞かれても、研修中ですとしか答えようがありません。とミサカは淡々と回答を述べます」

「……研修?」

 
 垣根がまずはじめに思い浮かべたのは風紀委員【ジャッジメント】だ。
 風紀委員は学生で構成される学園都市内の警察のような部隊で、長い研修と数多くの適性試験に合格しなければならない。
 レベル5の双子の妹であるならば、能力の才能があっても不思議ではない。レベル5には届かずとも、無能力者という事はないだろう。
 垣根は勝手に自分の推測で納得しかけていたが、何故か美琴がやけに慌てた、うさん臭い口調でしゃべり始めた。


「そうそう、研修よ研修。KENSYU、いやー大変なのよねー研修って、マジ研修だわ」

「いや、意味わかんねェけど」

174: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:53:16.91 ID:FAJrhPqs0
 悲しくなるくらい残念な様子だった。
 にしても、先ほどの美琴の様子はただ事ではなかった。いや、今の挙動不審っぷりもただ事ではないのだが。

 先ほど、ミサカに向かってあげた怒声、あれは明らかに不自然だ。
 昨今、姉妹仲の悪い姉妹なんてこの世に無数に存在するだろうが、あの様子は仲が悪い、とはやや違う気がする。
 それに、垣根の知るかぎり、美琴はいきなり妹に罵声を浴びせるような、そんな人間ではないはずだ。
 …………垣根は会うたびに理不尽を言われているような気がするけれど。


「…………」

「……どうしたの?」

「いや、ちょっとな。何か珍しくフォローを入れようとしたら無意味だった、みたいな感覚が……」

「?」


 垣根が状況を掴めていないのと同じように、美琴も垣根の言動が理解できなかった。
 理解する必要がないのだけれど。

175: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:53:56.84 ID:FAJrhPqs0





「帝督? 女の子とデート中なのにほかの女の子と仲良くお喋りだなんて、少々気が利いてないんじゃないでしょうか」






 背後からかけられた声に垣根はギクリと心の中で冷や汗をかく。
 振り返ると、そこには車いすに乗った微笑みパジャマレディ木原病理がニコニコと笑顔を浮かべていた。
 表情は笑っているが、垣根にはわかる。
 病理は間違いなく怒っている。


「よ、よぉ、遅かったな。大か?」

「女性に対して何と言う事を。お仕置きが必要でしょうか」

 
 そう言った病理が車椅子に装備されたキーボードの横にあるボタンに手を伸ばす。


「おい待て、何するつもりだ」

「空気中の埃に付着して空気と共に人の肺に潜り込み、体液と化学反応を起こして酸性の液体を発生させるナノマシンを噴出するつもりでした」

「どんなバイオハザードだクソボケ」

「女の子の扱い方がなっていない帝督が悪いです」


 だんだん話題が逸れてきた気がする。
 今の話題も前の話題も別に続けたいものではなかったが。

176: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:54:47.03 ID:FAJrhPqs0
「……ちょっとアンタ、この人誰よ」


 美琴が病理を睨みつけるような目で見つめながら垣根に尋ねる。
 

「どうも、垣根帝督の……うーんと、愛人です」

「愛人!?」

「違ぇよ!」


 目を見開いて仰天する美琴。
 垣根はキレ気味に病理を睨みつけながら怒鳴るが、病理はクスクスと笑ったまま美琴に視線を向ける。


「冗談です。のちの妻とでも考えておいてください」

「つまり許嫁!?」

「違ぇぇぇぇぇええええええええええええええ! いい加減しねぇとマジでぶちのめすぞ!」


 この場に美琴が居なければ垣根は今すぐにでも未元物質を展開し病理に攻撃を仕掛けていたかもしれない。
 それくらい性質の悪い冗談だ。

177: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:55:40.96 ID:FAJrhPqs0
(……けどよ、どうやって説明すりゃいいんだ? 表で活動してる『木原』も居るとは聞いてるが、コイツがまともな仕事をしてるわけねぇし……)


「仕方ありません。譲歩して、デートする程度の友人。辺りに考えてください」

「ふうん……デート、ねぇ」


 美琴の目が今度は垣根に向けられる。
 どうして俺が睨まれなければならないのかと、垣根は泣きそうになる。


「おや……?」


 突然、病理が口に手を当てながら優雅に驚いたような仕草をした。
 美琴とミサカを交互に見ているようだ。


「……どうした?」

「…………いえ、そっくりなので驚きました。双子さんですか?」

「え、あ、うん」


 曖昧な返事を返す美琴。
 垣根は気づいた。
 病理が手で覆い隠している口元――美琴には見えないように、笑みを浮かべている事に。

178: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:56:07.72 ID:FAJrhPqs0


「……アンタ、どっかで研究者やってたりする?」

「ええと、一応やってたりしますね。でもこんな足ですし、あまり有名ではない所なので」


 有名ではないが悪名高いだろ、と垣根は心の中で呟く。
 一応どころか、研究者としての能力は学園都市でもトップレベルだろうに。


「……まぁいいわ、デートの邪魔して悪かったわね」


 美琴はミサカの腕を強引につかみ、そのまま垣根達の元から立ち去って行ってしまった。
 どこか逃げるようにも見えたのは垣根の気のせいだろうか。


「……おい」

「はい、なんでしょう?」

「テメェは何か知ってるのか?」

「さぁ」

179: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:57:40.69 ID:FAJrhPqs0
 クスクスと病理が笑う。
 確信した。
 美琴と美琴にそっくりな少女、あの二つの存在は暗部絡みの何らかの厄介ごとに巻き込まれて居る。


「無理やり聞いてやってもいいんだぜ?」

「どうぞ。ですが私は無理強いは好きではありません。何事もまず諦めてから、が基本ですので」

「諦めた時点でもう終わりだろ。人間諦めたらもう次はねぇよ」


 垣根はきっぱりと宣言する。
 その言葉に、病理がかすかに反応を見せた。
 常に浮かべている微笑みの仮面の下の、『木原』の素顔が。


「人間にとって、諦めるという感情はあらゆる感情へつながる根源です。努力、希望、野望……馬鹿にされたくない、下に見られたくないというプライド、つまりは自尊心を守ろうと上を目指す。ですが目指した場所に到達する前に必ず人間には『諦め』がやってくるのですよ」

「…………」

「人間は諦めが肝心なんですよ。諦めればそれでいい、努力し続けても実らない物なんていくらでもあるんですから、早いうちに諦めるのが最も賢い選択なんで――――

180: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:58:23.15 ID:FAJrhPqs0












「そうやって言い訳して、テメェは何を諦めたんだ?」












181: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 00:59:18.80 ID:FAJrhPqs0

「…………」


 空気が変わる。
 どこか呑気な、と言ってもよかった雰囲気がまるで突き刺す刃のような冷たさに。
 一般人なら即座に意識を放棄してしまいそうなほど重く鋭い空気だが、暗部を生き抜いてきた垣根に怯む様子は見られない。
 が、困惑はしている。

 目の前に居る木原病理という怪物は、全く変わらぬ笑顔を浮かべたままだった。

 だが、その雰囲気は先ほどまでと百八十度違う。
 目の前に居る人物が本当に先ほどまでの木原病理と同一人物なのか疑いたくなる程に。


「……さーてさてさてさてー、病理ちゃんは用事を思い出しました。今日はこの辺で失礼させていただきますね」

「そうかよ」

「はい、ではまた今度。私の方からも誘いますが、帝督の方からもデートに誘ってくださいね?」

「お断りだクソボケ」


 木原病理が垣根の元から去っていく。
 垣根は無意識のうちに息を吐いていた。
 もし、あのまま病理が『木原』を解放していたら――――殺されはしなくとも、この辺り一帯が消失する、なんて事くらいにはなりかねない。


「…………誰よりも業が深いくせに、表の人間みてぇに振る舞うからそんな思いをするんだよ」


 もう声は聞こえないほどに遠くになった病理の背に向かって、垣根は小さく呟く。
 その顔は何処か怒っているようにも見え――――








 どこか、寂しそうにも見えた。

184: ◆VciN2PRcsw 2012/06/29(金) 01:06:08.79 ID:FAJrhPqs0
     『次回予告』





『仕事だ』

――――学園都市暗部『スクール』の指示役 謎の電話主




『平和な日常、ってのにはうんざりしていたところだ』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)




『さーてと、とりあえず目についた人間皆殺しでいいのかにゃーん』

――――学園都市第四位の超能力者 麦野沈利(むぎのしずり)

193: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:45:34.42 ID:tzVp+zRm0
   前回のあらすじ



病理「私とデート中なのにほかの女の子と会話とかマジ殺す」

美琴「きれいな年上の人とデートとか……あんたってやつは……!」

垣根「なにこれ怖い」


194: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:46:52.15 ID:tzVp+zRm0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――


 


 病理と別れて間もなく、垣根は意味もなくぶらぶらと道を歩いていた。
 どこかを目指しているというわけではないので、適当に目についた店をのぞいてみたり、雑誌を立ち読みしていたりとつまらなさそうな顔でただただ時間を浪費していた。
 そんな時、垣根のポケットから無機質な音が鳴り響いた。
 音の発生源は、どうやら携帯らしい。


「…………」


 垣根は携帯を取り出しながら開き、そのまま耳に当てる。


「誰だ」

『仕事だ』


 聞きなれた声。
 自分を闇に沈める不快な声。
 学園都市暗部の上層部、垣根率いる『スクール』への指示役の男だ。

195: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:47:59.88 ID:tzVp+zRm0

「……そういう気分じゃねぇ。ほか当たれ」

『そうはいかない。今回はお前の力が必要になる。スクールの他のメンバーに知らせる必要はない。この任務にはお前ひとりで当たれ』

「あぁ?」


 明らかに苛立った声をあげる垣根。
 まさか、また面倒なゴミ掃除をやらせるつもりかと垣根は警戒したが、どうやら違うようだ。


『最近。学園都市に存在する研究所へのハッキング被害が多発しているのは知っているか?』

「そういやそんな噂は聞いてたな。被害を受けたのは何処も生体科学や遺伝子工学、病理解析に関係するような研究所だったか?」

『そうだ。学園都市は医学面でも「外」をはるかに超えている。今回のハッキング被害はデータを盗まれたのではなく、破壊されるというものだ。破壊された機器や情報は価値が高く、受けた被害はあまりに甚大だ』

「ハッキング、なぁ……都市伝説の守護神ならともかく、そうやすやすとハッキングを受けるテメェ等が悪いんじゃねぇの?」

『否。我々とて並みのハッカーが相手ならばとっくに捕らえ、粛清している』

「……つまり、相手は並みの相手じゃねぇってことか」

『おそらくな。プログラムを使っての方法ではない。能力によるハッキングだろう』

196: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:48:56.58 ID:tzVp+zRm0
 ハッキング。
 学園都市のセキュリティを掻い潜れる能力者など数は相当限られている。
 垣根の『未元物質』もうまく使えばハッキングくらいなら出来るかもしれない、が、それよりもハッキングと聞けばまず真っ先に疑いがかかる能力が存在する。
 
 電撃使い。エレクトロマスター。
 
 電気を操る事によりハッキングを可能とするその能力は、レベル4クラスの能力者ならば学園都市のガードを切り抜けることも可能かもしれない。
 

(……だが、レベル4クラスの電撃使いなんてのは相当数が限られる。おまけに学園都市のガードを潜り抜け追跡すらさせないだなんて、並みの奴に出来る芸当とは思えねぇ。可能性があるならば――――)



 垣根は気づく。
 この事件で最も疑いがかかる存在。

 
 学園都市最強の電撃使い、七人しか存在しない超能力者の第三位の少女。

197: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:49:49.87 ID:tzVp+zRm0
(…………しかし、理由がはっきりしねぇ。第三位は表の住人だ。自分からテロ行為を働くような人間には見えねぇが……)


『そこで、今回はお前にはとある研究所の防衛をしてもらいたい』

「防衛ねぇ……」

『そして、問題が一つある』

「問題だぁ?」

『今回の件に第四位が絡んでくる可能性がある』


 第四位。
 美琴の次に序列されるレベル5であり、垣根と同じく暗部を渡り歩く存在だ。


「どうして第四位が絡んできやがる? 向こうも依頼を受けたってんなら俺はそっちにお任せしてぇが」

『第四位は依頼ではなく、独自の判断で行動しているらしい。何でも今回の襲撃者には少なからず因縁があるようだ。……相手が誰なのかは頑なに口にしないそうだが。決着は自分でつけねば納得がいかないらしい』

「……面倒くせぇな、色々と」

198: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:51:20.03 ID:tzVp+zRm0

 垣根はため息をつき、片手に持っていた本を置いて店を離れる。
 同時に、垣根の纏う雰囲気が変わった。
 平和に馴染めていない少年から、暗部を渡り歩く闇の世界の住人へと。


『第四位の能力では、襲撃者を跡形もなく消し去ってしまう可能性がある。それではまずい。情報を吐かせ、襲撃者の持つ高度なハッキング技術をこちらが手に入れてから処分しなければならない』

「つまり、こういう事だろ。襲撃者は殺さずに捕らえろ、第四位は邪魔してきたらぶちのめせってな」

『話が早くて助かる』


 面倒くせぇ、と垣根は再び呟く。
 だが、面白い。
 襲撃者が第三位だとすれば、垣根は最大二人のレベル5を相手にする事になる。
 雑魚を何千匹殺すよりも、多少は食らいついてくれる稚魚を二匹相手にする方がよっぽど愉快だ。


「平和な日常、ってのにはうんざりしていたところだ」


 垣根は笑う。
 嗤う。
 その笑みは、木原病理が浮かべる笑みにとてもよく似ていた。


199: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:52:37.81 ID:tzVp+zRm0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――





 筋ジストロフィーという病気がある。
 今尚人々を苦しめ続ける不治の病の一つで、世界で最も進んだ学園都市の医療技術でも未だに治療法を見出せぬ医学の壁だ。
 発症者は筋肉に命令が送れなくなり、使う事の出来なくなった筋肉は徐々に弱っていく。そして最終的には指すら動かせなくなってしまう。
 
 どれだけ叫んでも声は出ず、どれだけ手を伸ばそうともその手を掴んでくれる者はいない。
 
 嘗て、その病気の治療法を確立するという名目で、一人の少女の細胞が学園都市の書庫【バンク】に登録された。
 初めからそのつもりだったのかは、わからない。
 途中で崇高な目的が捻じ曲がったのかは、わからない。
 ただ一つ言える事、それは幼い少女が人助けをしたいと願って差し出した『希望』は、今は少女と二万の命を苦しめる絶望へと変わっていたことだ。

200: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:53:38.77 ID:tzVp+zRm0
 そんな筋ジストロフィーの治療法を探すための研究所に、研究者ではない人物が一人いた。
 長くふわふわとした茶髪の、スラリとした高身長の少女。
 彼女の名は、麦野沈利。
 学園都市が誇る超能力者の中で第四位に君臨する、正真正銘の化け物だ。


「ふーんふんふーん♪」

 
 今にも鼻歌の一つくらい歌いそうな程上機嫌な麦野は、ポケットに忍ばせた鮭トバの袋を力技でこじ開け中から一本取出し口に咥えた。 
 少女のポケットから鮭トバが出てくるというのは、とてもシュールである。

201: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:54:52.44 ID:tzVp+zRm0
「ココの研究者共は逃げたっつってたし、何してもいいわよね」

 
 鮭トバを咥えたままうっとりとした表情を浮かべる麦野。
 仕事終わりに自宅で晩酌しているおっさんにしか見えない。


「さーてと、とりあえず目についた人間皆殺しでいいのかにゃーん」


 咥えていた鮭トバを全て口の中に放り込み、麦野は携帯電話を取り出した。
 番号を素早くプッシュし、麦野はとある人物へと電話を掛ける。


「もしもし滝壺? アンタ今どこに居る?」

『きぬはたと一緒に車の中だよ』

「了解、滝壺は私のところに来なさい。絹旗とフレンダはもう一つの方の出入り口を見張る事、いいね?」

『うん、わかったよ』

202: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:56:11.16 ID:tzVp+zRm0
 会話を終え、電話を切る。
 今の話の中に出てきた四人の名前、麦野、滝壺、絹旗、フレンダ。
 その四人全員が少女であり、そして学園都市暗部で暗躍する裏稼業の人間だ。

 彼女達の組織の名は『アイテム』。

 垣根率いる『スクール』と同じく、裏の仕事を請け負うチーム。
 学園都市で不審な動きをする上層部や他組織を粛清する組織。


「……次こそ、はっきりと決着をつけてやるよ。第三位」

 麦野沈利はもう一つ鮭トバを取り出し、笑顔で噛み千切った。

203: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:57:33.18 ID:tzVp+zRm0

 フレンダ・セイヴェルンと絹旗最愛は見張りをしていた。
 今までの研究所へのテロ活動はネットを介してだったが、この研究所には電子情報としてだけではなく、紙媒体で重要機密を保管している。
 特に、表には公表していないが、この研究所は色々と学園都市の『裏』に関わった研究も行っている。
 これほどハイペースで様々な研究所のデータを破壊している襲撃者が、これほどキナ臭い場所を放っておくわけがない。


「相手は超おそらく電撃使いでしょうね。少なく見積もってもレベル3、レベル4の可能性もあります」

「ううー、結局レベル4相手なんて私にはなかなか難しいってわけよ」

「あれだけ罠しかけといて超よく言いますね……」


 栗色の髪の少女絹旗と金髪の外国人少女フレンダの二人は入口から入って少し歩いた所に
後方以外のあらゆる部分から死角になる場所に潜んでいる。
 
 同じく、入口から入ってきた人間には見えないように、ここに来るまでの彼方此方にワイヤートラップや地雷、
さらには手動で爆破できる爆弾など極悪非道なトラップが幾つも仕掛けられていた。
 
 明らかに殺意たっぷりの残虐な仕掛けだが、仕掛けた本人は本気で殺る気満々である。

204: ◆VciN2PRcsw 2012/07/01(日) 23:59:53.65 ID:tzVp+zRm0

「だってー、こっちがやらないと私が麦野に殺されるってわけよ」

「前にフレンダのミスのせいで麦野超怒ってましたからね。あの時のお仕置きといったら……」

「お、思い出させないでほしいってわけよ!」


 顔を青くしながら絹旗に掴みかかるフレンダ。
 キャットファイトに見えなくもないその光景だったが、別に観客がいるわけではないので誰も得をしない。


「ま、並みの能力者ならフレンダが超仕掛けたトラップで終わりでしょうし、超万が一潜り抜けたとしても私が出張りますから」


 そう言って絹旗は軽く手を握る。
 レベル4の能力者である絹旗が扱うのは、大気中の八割程度を占める物質。
 すなわち、窒素である。
 薄い窒素の膜を体に纏い、能力による自動防御を可能とし、更に掌に窒素を集め制御することによりその身に似合わぬ極めて強大な力を発揮する事が出来る。
 その代り、能力の有効範囲は極めて狭く、体から数センチ程度の範囲しかない。
 なので、はた目には絹旗が凄まじい怪力に見えるのだ。


205: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:02:53.52 ID:2ZovOsGD0
「その時は任せたってわけよ。あーあ、早く仕事終えてサバ缶食べたいなー」

「麦野の鮭中毒と超そっくりですね……」


 呆れたように絹旗が言う。
 


 ――――その時、フレンダのポケットに入っていた携帯電話が小さく振動した。



「お」


 携帯をとりだし、フレンダは画面を確認する。
 画面に表示されているのは、この研究所のマップだ。
 入口からここに到達するまでの道に無数に存在しているドクロマーク、そして入口からこちらに向かって進んでいる赤いマーカー。


206: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:05:24.22 ID:2ZovOsGD0
「絹旗、結局ビンゴってわけよ。侵入者はまっすぐこっちに向かってる」

「真正面から来ますか。今までハッキングを繰り返してきた相手とは超思えないですね。……まぁいいでしょう、向かってくるなら超迎え撃つまでです」


 絹旗が臨戦態勢を見せる。
 少女二人は、気づいていなかった。否、考えていなかった。
 どうして、ここにやってくるのが犯人しかありえないと思ってしまっているのだろうか。
 たとえば、そう、『アイテム』と同じように、暗部組織の人間がやってくる可能性というものを二人は失念していた。


「よーしよしよし、そのまま進めば仕掛けた爆弾がドカン! ってわけよ」

 
 両手で握った携帯電話の画面を見ながら、フレンダは爆破タイミングを今か今かと待ち構える。
 標的が爆弾の最も威力を発揮する範囲に入るまであと五メートル。
 四メートル。
 三メートル。
 二メートル。
 一メートル。

 ――標的、範囲内到達。


「ファイヤー! ってわけよー!」

207: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:06:47.31 ID:2ZovOsGD0
 カチリ。

 小さな起動音の後、すべてをかき消すほどの轟音が辺りに響き渡った。
 音と同時に発生する熱風が、埃や電灯などを巻き込みながら吹き荒れる。
 爆発の威力があまりにも高いため、清潔感のある白い壁は半壊どころか半ば溶けかかっており、蝋燭のような状態へと変貌していた。


「うわー、超えげつねぇー」

 
 やや引いた様子の絹旗、その隣ではフレンダが得意げな笑顔を浮かべている。


「ふふん、あのゼロ距離爆破を受ければ結局跡形も残らないってわけよ。さーて、後は死体の破片でもいいから確認して、麦野に報告を――






「へぇ、何を確認するって?」

208: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:09:23.22 ID:2ZovOsGD0

 爆発により発生した熱風すら冷たく感じる程の、底冷えた声。
 まるであの世から語らいかけてきているかのような、恐ろしい程に冷たい声だった。


「…………え?」


 フレンダは硬直する。
 目の前の光景が信じられず、思考が麻痺してしまっているのだ。
 絹旗も同じように、目を丸くして固まっている。
 それもそうだ。
 砕け散った壁、抉られた床、散らばる天井、立ち込める爆炎――――そんな地獄のような場所を悠然と闊歩する人影があったのだから。


「そ、そんな……あの爆発で……何で……っ!?」

209: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:12:44.79 ID:2ZovOsGD0
 動揺し、体をガタガタと震わせるフレンダ。
 だが、フレンダよりも早く正気に返った絹旗は、無傷のままこちらへ歩み寄ってくる人物の顔を認識した。
 見覚えのあるその顔。
 実施に会ったことはないが、資料で見かけた事のある顔。
 表には公表されていないが、裏では顔を見たら逃げろと暗黙の了解が存在する程の危険人物。

 学園都市の裏側で活動する、学園都市で二番目の称号を持つ少年。


「まさか…………アナタ、未元物質ですか……っ!?」

「能力名で呼んで欲しくねぇな、俺には垣根帝督っつー名前があるんだよ」


 否定はしなかった。
 だがそれこそが、彼女達への最大の威嚇となる。
 彼女達『アイテム』のリーダー、学園都市第四位に君臨する麦野沈利よりもさらに高位の化け物が目の前に居るのだ。

210: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:14:52.61 ID:2ZovOsGD0
「未元物質!? な、何で第二位がこんな所に!?」

「仕事だよ。テメェ等が勝手に動くからとばっちりを受けちまってな。俺が誰なのか確認もせずいきなり爆破してきたって事はテメェ等は侵入者を殺す気満々ってわけだな。……面倒くせぇが、ま、こっちの方が手っ取り早いし」


 垣根は笑う。
 それは、強者にしか浮かべる事が出来ない笑みだ。
 すなわち、どう蹂躙してやろうかと模索する嗜虐的な笑み。


「俺には『襲撃者』とやらを捕獲しなきゃならねぇ。が、その際テメェ等は邪魔だ。だから先に片づけさせてもらうぜ? 俺はいやな事は先に済ますタイプだからな」


 瞬間、垣根の背中に巨大な何かが出現する。
 白く、巨大なそれはまるで天使の背にあるような――――翼。


「さぁガキ共。ここから先はテメェ等の常識が一切通じねぇ戦いだ。精々楽しめ、そして死ね」


 これから始まるのは、戦いではない。
 

 

 強者による、一方的な虐殺が始まる。


211: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:17:13.57 ID:2ZovOsGD0
短いですが、キレがいいのでここまでです。


むぎのん、予告に出たのに本編あまり出番なくてごめんね、次回、もしくは次々回出番たくさんあるから許してください。


さて、次回は三日以内にお届けいたします。
早ければ明日、遅くても水曜日です。

では、次回予告と共に今回もアリガトウゴザイマシター

213: ◆VciN2PRcsw 2012/07/02(月) 00:20:55.87 ID:2ZovOsGD0
     『次回予告』





『超本気でいくンで、覚悟しやがれってンですよ』

――――学園都市暗部組織『アイテム』の構成員 絹旗最愛(きぬはたさいあい)




『第四位、麦野沈利だな?』

――――学園都市暗部組織『スクール』のリーダー 垣根帝督(かきねていとく)




『正解だ。ご褒美にテメェの粗末な×××を踏みにじってやろうか? テメェならそれでもイケんだろ』

――――学園都市暗部組織『アイテム』のリーダー 麦野沈利(むぎのしずり)

224: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:27:03.02 ID:AJ3az5J70
   前回のあらすじ





フレンダ「オワタ」

絹旗「オワタ」

麦野「しゃけうめぇ」

滝壺「大丈夫、私はそんなむぎのに噛み千切られるしゃけを応援してる」

225: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:27:49.93 ID:AJ3az5J70


 プルルルルルルル。





「ん?」


 麦野の携帯に着信があった。
 見ると、どうやらかけてきたのはフレンダらしい。


「電話しろなんて言ってないんだけど……もしかして第三位のヤツ、フレンダ如きに殺されたってのか?」


 だとしたら死体を粉々にして家畜の餌に混ぜてやる、などと物騒な事を呟きながら、麦野は携帯を耳に当てた。


「何だ、まさかやっちまったってんじゃないだろーなぁ? とどめを刺すのは私だって何度も言って――――



『むっ、麦野! 逃げて!』 



 電話の向こう側から聞こえてきたのは、思いもよらぬフレンダの焦燥した声。
 何時も笑っているようなイメージのあるフレンダには似合わない、怯えた声だった。

226: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:29:12.12 ID:AJ3az5J70
「どうした? 何があった?」

『化け物! 化け物が来てるってわけよ! すぐに追いつかれる! 麦野も滝壺も早く見つかる前に研究所から逃げて!』

「落ち着け、フレンダテメェ、私が誰なのかわかっててその心配をしてるんだろうなぁ?」


 フレンダの心配に対して、むしろ挑発するように言う麦野。
 純粋な殺傷力、破壊力、攻撃力だけならば格上である第三位をも瞬殺できる威力の攻撃を放てる化け物は、恐怖と言う感情を経験したことがないのかもしれない。


「まずは落ち着いて、その化け物とやらの居場所を教えなさい。化け物の私がその化け物とやらをぶち殺してやるから」






『無理! あれは麦野でも絶対に勝てない!』





 フレンダは言い切った。
 幾度となく人を形すら残さず虐殺してきた化け物を相手に、お前では勝てないと宣言した。

227: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:30:20.88 ID:AJ3az5J70
「………………」


『早く逃げないとみんな殺される! 今は絹旗が時間稼ぎしてるけど、たぶんもうやられてる! 相手はあの――



 バキッ、という音がした。


 電話の向こう側、からではない。
 麦野が手に持っていた携帯電話を握りつぶした音だ。



「…………だーれが勝てないって? ふーれんだぁ」


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、狂気的な笑い声をあげながら、麦野沈利は少し離れた場所に待機していた滝壺に視線を向ける。


「滝壺、絹旗の居場所はわかる?」

「うん。きぬはたなら体晶を使わなくても、大体は」

「よし、じゃあ行くぞ。襲撃者をブチコロシにね。……ついでにフレンダにもちょいとばかしオシオキが必要みたいだからなぁ」

 



 二人目の化け物が、満を持して動き始める。





228: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:31:57.02 ID:AJ3az5J70

 ―――
 ―――――
 ―――――――――





「ハァ……ッ! ハァ……ッ! 一体、超何なんですか……その能力は……!」


 絹旗最愛は左目に入った血を手で拭いながら、目の前に居る化け物に問いかけていた。


「説明してわかる能力じゃねぇよ。とりあえず、ありえねぇ事を実現させるって認識でいいんじゃねぇか? そこまで便利な能力じゃねぇけど」


 辺りは爆撃でも受けたかのように無残な状態へと変貌していたが、垣根は不自然なほど無傷で、一切の返り血すら浴びずにその場に君臨していた。
 絹旗とて暗部を生き抜いてきた猛者であり、レベル4という戦術レベルでの運用が期待できるほどの能力者だ。
 だが、そんなステータスは無意味と言わんばかりに垣根は圧倒的だった。
 同じくレベル5である『アイテム』のリーダー、麦野が霞んで見える程に。

229: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:33:10.91 ID:AJ3az5J70
「ま、お前もかなり頑張った方だ。『窒素装甲』だったか? 全身を覆うようにして窒素の膜での自動防御ってのは中々良いアイデアなんじゃねーの?」


 賞賛の言葉一つ一つが嫌みにしか聞こえない。
 事実、バカにしているのだろう。
 東大生が、九九を言えるようになってはしゃいでいる小学生を見守っているのと同じようなものだ。
 そもそも、勝負しているという考えすら垣根は持ち合わせていない。


「……超馬鹿にしやがって……!」

「そういうのは良いよ、面倒くせぇ。愉快な死体に変えてやろうと思ったんだが、思ったより面白かったから見逃してやる」

「……そんな気遣いは超無用です。ここからは――

















「超本気でいくンで、覚悟しやがれってンですよ」



230: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:33:54.90 ID:AJ3az5J70
「……何だ?」


 口調が変わった。
 子供っぽい喋り方だった絹旗の言葉が、どこか攻撃的な物へと変貌している。

 


「超おらァ!」

「おっ?」

 
 床を踏み砕くほどの脚力で飛び掛かってきた絹旗の拳が、垣根の顔目掛けて勢いよく放たれる。
 が、車をも持ち上げる怪力を発揮する絹旗の能力を帯びた拳は目標には届いておらず、顔に届く数センチ手前で謎の力に阻まれていた。


「…………ッ!」

「おらおらァ! さっきまでの威勢は超どォしたンですかァ!?」

231: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:35:14.87 ID:AJ3az5J70
 まるで砲撃のような威力の拳が嵐のように降りかかる。
 垣根はそれらを『未元物質』で確実に一撃ずつさばいていく。


「……そうか、成程な、お前……」

「あァ?」



 垣根が腕を大きく振るう。

 瞬間、壁が、天井が、床が、絹旗が目に見えない『何か』によって薙ぎ払われた。
 まるで垣根を中心に爆発でも起きたかのように辺りは粉砕されており、絹旗の小さな体はノーバウンドで視覚外まで一秒もかからずに吹き飛んで行った。



「……あの胸糞悪ぃ実験、噂じゃなかったんだな」

 
 垣根の頭に思い浮かんでいるのは、すでに凍結されたとある実験。
 『暗闇の五月計画』
 学園都市第一位の演算パターンを被験者に無理やり植えつけ、『自分だけの現実』を最適化しようとした計画だ。
 『自分だけの現実』は当然、人によって異なる。
 すなわち、誰かの演算パターンを植え付けられるという事は、自分が自分でなくなってしまう事と同義なのだ。

232: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:36:40.14 ID:AJ3az5J70
「被験者の殆どは拒否反応を起こして死んじまったって聞いてたが……成程な、あんなクソみてぇな実験の被験者にされれば暗部に堕ちるのも無理はねぇ」


 垣根は絹旗が吹き飛んでいった方向を静かに見つめる。


「ま、死んじゃいねぇだろ。下部組織にでも回収させっかなー……『スクール』に入ってくんねぇかな。使えそうだし」


 呑気に垣根は呟きながら、携帯電話を取り出し下部組織へ連絡を入れようとした。
 その、瞬間――





 耳を劈くような轟音が、垣根のすぐ背後から響いてきた。


233: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:38:10.69 ID:AJ3az5J70
「っ! んだオイ!」

 
 戦闘で破壊されず、まだ残っていた白い壁を貫いて、巨大な青白い閃光が一直線に垣根を飲み込まんと向かってきた。
 壁を貫いてから垣根に届くまで一瞬程度の時間もなかったが、先ほどの戦闘では使わなかった垣根の背の翼の一枚が青白い閃光を完全に遮った。

 垣根が能力を本気で行使しようとした時に現れる、この白い翼。
 先ほどの戦闘では使わなかった、使う程の相手ではなかった。
 が、今はとっさとはいえ使わざるおえないほどの速度と威力の攻撃が垣根に向けられた。
 これが、意味するところは――


「……本命お出まし、ってわけか。まぁ俺からしたらテメェ程度、前座にもならねぇんだがな」

「ほざけよ、寝言は永眠してから言えってんだホスト面」


 くり抜かれたかのような壁の向こう側から現れた、一人の少女。
 その眼光は、垣根が幾度となく見てきた目。
 人殺しの目。
 裏社会の人間の目。
 学園都市の闇に飲まれた――――悪党の目。

234: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:39:12.26 ID:AJ3az5J70
「第四位、麦野沈利だな?」

「正解だ。ご褒美にテメェの粗末な×××を踏みにじってやろうか? テメェならそれでもイケんだろ」

「悪いのは口だけじゃなさそうだな。が、それでいい、最初から従順な女なんて面白くねぇ。叩きのめして従わせるのが俺の好みだ」


 学園都市第二位と第四位。
 科学サイド最高峰の化け物たちのコミュニケーションは、最悪以下だった。


「面白ぇ、やってみろよ。すかした顔のゴミ野郎にどうにかされるほど私は安い女じゃねぇぞ?」

「安心しろ。安い女なんかそもそも買わねぇよ」


 垣根の白い翼が大きく広がる。
 その数は、六枚。三対の純白の翼がはためいた。


「似合わねぇなぁおい」

「安心しろ、自覚はある」

235: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:42:11.32 ID:AJ3az5J70
 一方、麦野の左腕付近には青白い光が収束していく。
 麦野沈利を第四位足らしめる凶悪な能力、
『粒子』と『波形』の中間に存在する『曖昧なまま固定された電子』を放ち、ありとあらゆる物質を通過、消滅させる電子の砲撃。
 それが、『原子崩し』【メルトダウナー】
 あまりにも威力が高すぎて、最高出力で放つと放った本人すら消滅させてしまうあまりにも強力な諸刃の剣。


「滝壺、アンタは離れておきな。巻き込まれて死ぬから」

「わかった。むぎの、頑張ってね」

「思ったより慕われてんだな、人望がない奴だと侮ってたわ」

「黙れクソメルヘン。ちなみに教えておくけど、そのキメェ翼で逃げても無駄だぞ。滝壺の『能力追跡』【AIMストーカー】はたとえ太陽系の外に逃げても観測できる」

「逃げる? 何それ楽しいのか? ぜひともやらせてくれよ、俺に「逃げてぇ」って思わせてみろよ格下」


 戦いの銅鑼はいらない。
 出会ったその瞬間が、開戦の合図なのだから。

 遠慮はいらない。
 殺すことが、唯一の終結なのだから。


236: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:43:00.90 ID:AJ3az5J70

 ―――
 ―――――
 ―――――――――



 融解した壁が崩れる音がむなしく響く。
 
 もはや建物は最初から廃墟であったかのように無残な姿へと変わり果てていた。
 この惨状を作り出したのは、立った二人の少年と少女。
 
 少女の放つ光線は壁を、床を、天井を抉り、削り取り、消滅させていった。

 少年の振るう翼は壁を、床を、天井を砕き、崩し、吹き飛ばしていった。

 今この場に残っているのは三分の一ほどしか残っていない建物だった物の残骸と、息を切らし、体のあちこちから血を流している少女と――









 無傷で、その場に君臨するように絶っている少年の姿。

237: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:44:59.59 ID:AJ3az5J70
「クソッタレ……! 第二位ってのはこんなに面倒くせぇ奴なのかよ……」

「『原子崩し』か。噂には聞いていたが、成程カッコイー能力だ。蛇腹と工学兵器は男の夢だぜ? まぁ現実とロマンってのは違うもんだし仕方ねぇかな」

「うざってぇんだよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 空気を引き裂き、音すら置き去りにして麦野の『原子崩し』が炸裂する。
 固定された曖昧な電子は擬似的な壁を形成し、放たれた速度のまま対象に向けて一直線に伸びていく。

 ――――が、無駄。

 この世の物質ですらない垣根の『未元物質』は『原子崩し』が直撃した所でビクともしなかった。

 
「駄目だな。確かに攻撃力って点だけ見りゃ第三位を上回ってる。だがそれ以外の精密さや応用力がなっちゃいねぇ。レーザーぶっ放すだけなら誰にだって出来るぜ第四位」

「クソッタレのメルヘン野郎が……」

「今生でつける最後の悪態だ。思う存分吐いとけ」

238: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:46:35.76 ID:AJ3az5J70

 白い翼がより一層大きく広がる。
 麦野は横目で滝壺の方に視線を投げかけたが、先ほどの戦闘の余波が届いてしまったのが、瓦礫の上にあおむけに倒れている。
 微妙に胸部が上下しているので、死んではいないだろう。


「……つーか、どうしてテメェが私達の邪魔をしやがる……? 『アイテム』が怖くなったから始末しろだなんて命令でも下ったか?」

「今の状況を考えて喋れよ第四位。テメェ如き誰が脅威に思うんだ? ま、仕事っちゃあ仕事なんだがな。
侵入者とやらを捕獲しろって言われてよ、死なれると俺が迷惑なんだよ。
で、テメェが侵入者を殺す気満々だったから、俺がテメェ等を殺すしかなくなったってわけ」



 侵入者。

 麦野にとって研究所が襲われるだなんて事はどうでもいい。
 重要なのは、研究所を襲っている犯人。
 嘗て戦い、そして屈辱を味あわせた第三位を叩きのめす為だけに麦野はここにやってきたのだ。

239: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:48:06.55 ID:AJ3az5J70
(絹旗は戦闘不能、フレンダは逃げやがった…………どうする)


 麦野は思考を巡らせる。
 不意打ち、逃走、懐柔、取引――――考えるだけ考えて、そのすべての候補を放棄した。
 
 不意打ちなんてやるわけがない。
 逃走なんてするわけがない。
 懐柔なんて行うわけがない。
 取引なんて持ちかけるわけがない。

 そう、麦野の考えがたどり着く結論はいつもひとつ。
 たった一つのシンプルな回答。











 癇に障った奴は、すべて殺す。




 ただ、それだけだ。

240: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:48:47.46 ID:AJ3az5J70
(第二位の面倒な羽をぶち抜けるとしたら、最大出力で撃つしかない。でも最大出力で撃てば私の体が持たないし、最悪放つ前にとどめを刺される可能性すらある)


 逃亡など一切考えず、ただ目の前に立つ垣根を殺す手段だけを考える。
 
 そんな中――麦野は見た。


(……あん?)


 垣根の後方。
 研究所のわずかに残ったエリアの方に見える、あれは――――










(……何を考えてやがる?)


 垣根は先ほどから口を開かずにこちらを睨みつけている麦野を見ていた。

241: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:51:35.89 ID:AJ3az5J70
 戦力差は歴然だった。
 同じレベル5とはいえ、二人の間にはどうしようもない溝がある。
 麦野がどれほどの奇策に打って出たところで、垣根はその全てを正面から叩き潰す自信がった。


(まぁ、問題はねぇ。威力は確かだが、全体的には大したことねぇ相手だ。だが余計な事されても面倒くせぇ、大人しい今のうちにやっちまうか)


 そう思った垣根は翼の一枚を操作する。
 罪人の首を断ち切るギロチンのように、無機質な純白の翼が麦野の頭上へと延びていく。


「……なぁおい、第二位」

「あ?」

 
 垣根は翼を止める。
 時間稼ぎのつもりだおうか、とも思ったが、この場に誰が乗り込んできても問題はない。
 なら、最後の戯言くらい聞いてやろうと思ったのだ。
 常に余裕を持つ事こそが、悪党の矜持だ。


「テメェの仕事は私達の討伐じゃなく、侵入者の捕縛なんだよな?」

「……それがどうした?」

242: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:52:37.60 ID:AJ3az5J70
「私がブチ殺そうと思ってたのは第三位だ。あいつには一度煮え湯を飲まされたからな。この手で引き裂いてやらなきゃ気が済まない」


 やっぱり第三位かよ、と垣根は心の中で毒づく。
 しかし、表の世界の住人である美琴がわざわざこんな事をする理由は一体何なのだろうか?


「だが、正直今の私はかなり追い込まれてる。腹立つことに、クソッタレのテメェにな」

「くだらねぇ時間稼ぎならもう終わらせるぜ?」

「焦るなよ●●野郎。……私は第三位を殺したくて、テメェは第三位を捕らえたい。この状況じゃ私が不利なのは確実だ。……でもさぁ」


 ニタリ、と麦野が笑う。
 それは追い込まれている者が浮かべる笑顔ではなかった。
 まるで、作戦に引っかかった相手を嘲笑するかのような、そんな笑み。











「……私がここで第三位をぶっ殺せば! 私の目的は達成できて! テメェの仕事は失敗だよなぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




243: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 00:54:00.24 ID:AJ3az5J70
 麦野の右手が強烈な光を帯び、次の瞬間には不健康な光を放つ青白い閃光が一直線に垣根の居る方向へと放たれた。
 が、おかしい。
 『原子崩し』は垣根には当たらず、垣根の翼にギリギリ当たらない位置を通過していった。


(外した? いや、違う、そうじゃねぇ!)


 垣根は慌てて背後――『原子崩し』が向かっている方向に顔を向ける。
 青白い光線の行く先に見える人影。
 見覚えのある服装、髪型、そして――顔。


(ふざけんな! このタイミングで登場しやがって……!)


 垣根は地面を蹴り、六枚の翼で滑空するように地面すれすれを飛ぶ。
 弾丸よりも、光線よりも早く、人間の目では『高速で動く何か』としか捉えられないほどの速さで垣根は少女の元へ急いだ。


(間に合うか……っ!?)


 光線が少女に命中するまで、もう間もない。
 垣根は自信が行える最大限の演算と力の行使を行い、限界速度を超越しながら景色すら置き去りに、少女の元へと飛来した。









 そこで、垣根の視界が真っ白に染まった。





 

247: ◆VciN2PRcsw 2012/07/05(木) 01:03:45.27 ID:AJ3az5J70
     『次回予告』






『……顔がそっくりなのはミサカのせいではなく、生産者のせいです。とミサカは反論してみます』

――――第三位、御坂美琴の妹? ミサカ



『あ? ココから離れるっつってんだろうが。捕まっとけよ、転落死したくなきゃな』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)



257: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:25:16.20 ID:dUu3rlXy0
       前回のあらすじ



垣根「俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」

麦野「うぜぇぇええええええええ!」

258: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:27:18.84 ID:dUu3rlXy0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――







「……一体……超どうなったんです……?」


 ボロボロの体を引きずりながら、絹旗は先ほど垣根と戦闘を繰り広げた場所へと向かっていた。
 彼方此方骨は折れ、出血もしているものの、致命傷に至る傷は負っていなかった。
 …………おそらく、手加減されたのだろう。
 あれほどの戦力差があったのだ、逆に本気で戦っていれば、殺さないほうが難しい。


「……情けなんかかけられて……まさに超情けないですね。……駄洒落じゃないですけど」


 自分のボケにセルフツッコミする程度には体力はあるようだ。
 というよりも、何かしらのアクションを起こし続けて居なければ気を失ってしないそうだから、というのもあるのだろう。

259: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:29:37.75 ID:dUu3rlXy0

「早い所戻らないと……麦野に超どやされそうですし」


 今頃おそらく、麦野が垣根へ戦いを挑んでいるだろう。
 逃げるよう伝えてとフレンダには言ったが、麦野の性格上逃げるとは思えない。
 おそらく、真正面から戦いを挑んでいるはずだ。


「フレンダは……逃げたでしょうか、滝壺さんは多分麦野と一緒に――




 絹旗が他のメンバーの安否を心配した、その瞬間、突然耳を劈くような轟音が鳴り響いた。




「――っ! 今のは……!」


 今の音には聞き覚えがある。
 麦野の能力が発動し、目標、もしくは相手のアジトを丸ごと吹き飛ばした時に聞く轟音。
 麦野沈利の『原子崩し』が炸裂した音だ。


「今も戦ってるんですかね……?」


 這うように歩きながら、絹旗はわずかに形だけが残っている曲がり角を曲がり、音の発生した地点を覗き込む。
 そこには――

260: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:30:38.68 ID:dUu3rlXy0

「麦野!」




 ボロボロだが、確かにその場に立っている麦野沈利の姿があった。


「……あぁ? 何だ絹旗か……」

「超心配しましたよ麦野、大丈夫ですか?」

「心配ない、ていうかアンタの方がボロボロじゃないの」

 
 こちらへゆっくりと歩み寄ってくる麦野。
 絹旗と同じく、致命傷になるような傷はないらしい。


「絹旗、アンタはあそこに倒れてる滝壺を背負いなさい。退却するわ」

「あ、はい。ええと……第二位はどうなったんですか?」

「さぁ? 死んだ……とは思えないけど、今向かって来られるとかなり面倒だしね」

261: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:31:34.55 ID:dUu3rlXy0
 麦野の視線の先には、何やら土煙にまぎれて白い塊のようなものが見える。
 おそらくは、垣根が展開している『未元物質』だろう。
 なぜあの状態のまま動かないのかはわからないが、確かに麦野と絹旗だけで垣根を相手にするのは無謀すぎる。


「……わかりました、とっととずらかりましょう」


 絹旗は滝壺の体を担ぎ上げ、麦野の後についていく。
 


 

 こうして、『アイテム』と垣根の初対面は終わった。





 『アイテム』に、一つのどうしようもない傷を残して。


262: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:33:27.36 ID:dUu3rlXy0
 ―――
 ―――――
 ―――――――――  





「クソッタレ……本当に威力だけはずば抜けやがって」


 『未元物質』の六枚の翼によって作られた繭状のシェルターの中で垣根は毒づいた。
 速度を出すことにすべての演算を費やすことによってどうにか『原子崩し』が第三位に到達する前に間に割って入り、垣根と第三位を『未元物質』でガードする事が出来た。
 だが、しかしその刹那で瞬時にレベル5の攻撃力を持つ『原子崩し』を完全にガードすることはできず、垣根の身体にはところどころ傷が出来ていた。
 最も、まともにガードできなかったのにその程度で済む時点で『未元物質』がどれほどの性能を誇っているのかが窺える。


「しかもよ……何が最悪って……」


 垣根は、全力で庇った少女に視線を向ける。
 服装、髪型、顔つき。
 これらを見て麦野が第三位だと判断したのは正直仕方がない。
 垣根だって、遠目では判断する事が出来なかったのだから。



263: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:35:39.78 ID:dUu3rlXy0


「……? どうして落胆しているのですか? とミサカはいきなり飛んできてミサカを守ってくれたあなたに問いかけます」





 
 麦野が第三位だと思った相手は、御坂美琴の妹だった。


「顔がそっくりすぎるってのも考え物だな……」

「……顔がそっくりなのはミサカのせいではなく、生産者のせいです。とミサカは反論してみます」

「生産者って……」

 親の事を生産者と呼ぶ女子中学生にやや引きながら、垣根はシェルターにしていた未元物質を消した。
 辺りは未元物質にはじかれた原子崩しの余波によって惨劇と化しており、もはや世紀末の荒野のような状態だ。


「事後処理は下部組織に任せるとして……つーか、コレ本当に隠蔽できんのか?」

 
 警備員や風紀委員がやってこないうちにずらかるか、と垣根が再び未元物質の翼を展開しこの場から離れようとしたその時――






 グイッ、と何者かが垣根の服の裾を引っ張った。

264: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:38:35.83 ID:dUu3rlXy0
 この状況でそんな事が出来るのは、一人しかいない。


「……んだよ」

「ミサカは今日この研究所で研修を受ける予定でしたが、あなた方の戦いのせいで研究所そのものが物理的になくなってしまいました。とミサカはありのままに状況を報告します」


 無感情な瞳だが、じっと目を見つめられると何となく嫌な気持ちになる垣根。
 裾を引っ張る手の力も、心なしか強くなってきている気がする。

「そうかよ」

「なので、責任を取ってください。とミサカはあなたに堂々と要求してみます」

「はぁ? 何で俺が……」

「そうですか、貴方は行き先を無くした少女を路傍に捨て置き何の責任も感じない卑劣な男なのですね、とミサカはまるで三下の悪役のようなアナタを侮蔑を込めた瞳で見下します」

「おいふざけんな! 何で俺がテメェにそんな事言われた挙句見下されなきゃならねぇんだよクソ野郎が!」

265: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:40:37.89 ID:dUu3rlXy0
 
 ブチギレる垣根。
 普段は理不尽で傍若無人な男だが、この時ばかりは正当な理由で怒っていた。


「お願いします、とミサカは頭を下げます。色々と事情があり、ミサカが風紀委員や警備員に捕まるとお姉様に多大な迷惑がかかるんです。とミサカは裏事情を説明します」

「…………チッ」


 垣根は舌打ちする。
 研究所へのハッキングテロの犯人は十中八九、御坂美琴だろう。
 ならばこの妹を人質にとり、美琴を脅せば仕事は簡単に達成できるかもしれない。
 だが、ただでさえ暗部と関わる理由のわからない美琴に加え、何も知らなさそうな妹を暗部の仕事に巻き込むのは気が引けた。

 
 表の人間を巻き込まない事が、垣根の暗部としての信念なのだ。


266: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:41:40.03 ID:dUu3rlXy0
「とりあえず、ここを離れるぞ」

「はい、とミサカはここから一番人目につかずに離れられるルートを指さします」

「そんなまどろっこしい事してられっかよ」


 垣根はそう言いながらミサカの事を強引に抱き寄せ、両手で持ち上げた。
 所謂、お姫様抱っこ状態である。


「な、何をするんですか、とミサカはいきなりの行動にやや動揺しつつ問いかけます」

「あ? ココから離れるっつってんだろうが。捕まっとけよ、転落死したくなきゃな」

「え、ちょ、ミサカはとてつもなく嫌な予感が――――





 ミサカの返事を聞く前に、垣根は白い翼を羽ばたかせ大空へと飛翔した。


267: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:43:48.27 ID:dUu3rlXy0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  






「――っと、この辺でいいか」


 先ほどの場所から約五学区ほど離れた所にあるビルの屋上に垣根は着地した。
 翼を消し、一応あたりの様子を窺って安全を確認してからようやく警戒を解く。


「おら、降りろ」


 垣根は抱きかかえていたミサカを乱暴に落とす。
 尻から着地したせいでミサカは少しの間無言で震えていたが、やがて顔を上げるとその無感情な瞳には涙が溜まっており、
今にも決壊しそうなほどだった。
 どうやら、泣いている理由は尻を打ったのとは違うらしい。

268: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:45:39.93 ID:dUu3rlXy0
「何で泣いてんだよテメェは」

「あ、あんなの涙目になるに決まってるでしょう! とミサカはアナタに掴みかかります」


 凄まじい勢いで垣根の胸ぐらをつかむミサカ。
 反射的に未元物質で吹き飛ばしそうになったが、そこまで非道な手段はさすがに取れず、垣根はミサカの頭を掴んで無理やり引きはがす。


「こっちはゴーグルも着けずにいきなりお、お姫様抱っこなんて姿勢で空を凄まじい速度で飛ぶなんて体験をしたんですよ! 
そりゃ涙目にもなるでしょう! とミサカは当然の怒りをぶつけます!」


 空を飛ぶ際、自分の体にかかる負担を垣根は『未元物質』で無意識のうちに緩和しているのだが、ミサカにはそれがなかった。
 普段誰かを抱えて空を飛ぶなんて事をしない垣根はすっかり負担の事を頭から抜け落ちさせてしまっていたのだ。

269: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:46:53.26 ID:dUu3rlXy0
「あー、そういやそうか。悪い悪い。……っと、そうだ、お前レベルは?」

「研究者の観測によりますと、大体レベル2程度とのことです」

「ふーん」

 
 興味さなそうな返事だったが、垣根は意外だな、と思っていた。
 姉がレベル5の素質を持っているのだから、レベル4、もしくは3程度の素質は親族なら持ち合わせているのでは、と垣根は予想していたのだ。
 やはり血がつながってるとはいえ、全員が才能を持ち合わせているなんて事はないらしい。


「レベル2じゃあの速度の飛行をどうにかできる程の演算処理は無理か……まぁ無事に着いたんだし、気にすんな」

「自分勝手ですね、とミサカはあまりの勝手さに呆然としてみます」


 非難するような目でみているようだが、如何せん感情のない目なのでイマイチよくわからない。
 

270: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:49:00.35 ID:dUu3rlXy0
「じゃ、俺は帰る」

「え、とミサカは再び呆然とします」


 当然のようにミサカに背を向けて立ち去ろうとした垣根の肩をミサカが掴んだ。
 垣根はとても面倒くさそうな表情を浮かべながら振り返る。


「……いや、帰らせろよ」

「研究所を全壊させてミサカの貴重な一日を白紙にした貴方にはミサカを楽しませる義務があります、とミサカはアナタにズイズイッと顔を寄せながら責任を問います」

「あぁ?」

 
 垣根は本気でイラッとしていた。
 この身勝手さ、確かに美琴の妹なだけはある。

271: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:50:56.11 ID:dUu3rlXy0
「ミサカの一日というのはとても貴重なのです。なので、貴方に案内してもらいたいという気持ちもあるのです。とミサカは心の内を告白してみます」

「俺がテメェに付き合う義理はねぇよ。義務だか何だか知らねぇが、俺はそんなお人よしじゃねぇ」

「いいえ、あなたはミサカを守ってくれました。とミサカは先ほどの出来事を口にします」

「……」


 あれは勘違いだった、と言うのは簡単だ。
 守った理由もミサカの身を案じたわけではなく、ただ第四位如きに仕事を失敗させられるのは御免だっただけ。
 そこには正義感も、大義もありはしない。


「そんなんじゃねぇよ。あれは俺の都合だ」

「でしたら、貴方の都合に付き合わされた分、ミサカの都合にも付き合ってはいただけませんか? とミサカは取引を投げかけます」

「俺はテメェの命を守ってやったってのに、付き合わされたとはひでぇ言い草だなオイ」

「気に障ったのならば謝罪します、とミサカは頭を下げます」

272: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:52:50.69 ID:dUu3rlXy0

 ペコリ、とミサカは頭を下げた。
 垣根はため息を吐きながら頭をガシガシと乱暴に掻き、頭を下げた姿勢のまま微動だにしないミサカを見下ろす。


(……さっきのを見りゃ俺がどんだけ化け物かってのもわかってるはずなのに、どうしてこいつは俺にこんな事言ってんだよ)


 垣根は何だかイライラというか、モヤモヤした何かを感じていた。
 悪意や殺意しか向けられない裏の世界に生き、表の世界と決別したはずの垣根がめったに味わう事のない感覚。
 それは、他人から好意的な感情を向けられる、という事。
 好意とは何も恋愛感情だけではない。
 友人に、家族に、信頼できる者に、頼れる者に向けられるポジティヴな感情だ。


(何時まで頭下げてんだよコイツは……! やめろ、表の世界の人間がそんな簡単に裏に生きるクソッタレに頭を下げてんじゃねぇよ……!)


 それを向けられる事に、垣根はひどく不慣れだ。
 ましてや、相手は暗部のあの字も知らないような表の世界に生きる人間である。
 極悪人が小さな子供に悪い事はダメだと諭されているような、そんな感じの感情が垣根の精神を飲み込まんとばかりに荒れ狂う。

273: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 00:53:35.58 ID:dUu3rlXy0
「あああ! クソ面倒くせぇ! わかったよ! 今日一日テメェに付き合ってやる!」


 涙を流し、額を地面に擦らせながら謝罪する相手を何度も虐殺してきた垣根だが、ミサカの頭を下げる行為は何故か見続ける事が出来なくなっていた。
 やけくそ気味で怒鳴りながら、垣根はミサカの要求を呑む。
 明らかにイラついたように舌打ちと貧乏ゆすりを繰り返しているが、ミサカはそれが目に入っていないかのようにお礼を口にした。


「ありがとうございます。ええと……」

「垣根! 垣根帝督だ、覚えとけクソッタレ!」

「はい、ありがとうございます。垣根帝督」


 相変わらずの無感情な顔。
 だが、その顔を見ると何故か垣根の理由もなく叫びだしたくなった。
 

274: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 01:02:01.36 ID:dUu3rlXy0
AAを張ろうとしてずれまくってどうしようもなかったでござる。
AA職人まじぱねぇす。

そんなわけで今日はここまでです、短いけどキレが良いので……


次回は月曜日にやってくる予定です。
ああ…………ドイツ語の試験ドウシヨウ。


それでは次回予告をしてさらばです。今日もアリガトウゴザイマシタ!

276: ◆VciN2PRcsw 2012/07/07(土) 01:04:47.88 ID:dUu3rlXy0
     『次回予告』






『おおお……ドリンクが絶え間なく注がれてきています。いったい中ではどれくらい小さな人がドリンクを出してくれているのでしょうか……』

――――第三位、御坂美琴の妹? ミサカ



『ペット何ざ面倒くせぇし臭ぇしで良い所ねぇだろっておいやめろ電気を押さえろクソボケ』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)

280: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:36:14.76 ID:r/AHUEUA0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  





 二人がやってきたのは学生に人気のファミレスだった。
 安価で豊富なメニューを取り揃えているこの店は交通の便もよく、様々な人が集まる。
 時間的にはまだ空いている方で、ちょうど昼時なんかに来ればえらい事になる。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」


 アルバイトと思しき少女が笑顔で垣根に尋ねてくる。
 どう見ても二人だろと言いたくなったが、ただでさえ困惑している今、更なる厄介ごとを自分から呼び込む理由はない。


「二人だ。タバコは吸わねぇ」

「かしこまりました。ではこちらの席へどうぞ」


 店員の案内で二人は店の奥の方にある席へと案内された。

281: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:37:39.00 ID:r/AHUEUA0
 氷でかさ増しされた水を受け取り、垣根はメニューを適当に眺める。


「そんな腹減ってねぇけど……まぁいいか、俺はピザとドリンクバーを頼む。テメェは?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいとミサカは豊富なメニューを目を輝かせながら熟読します」


 その感情のない目のどこが輝いているのかと小一時間問い詰めたくなる垣根だが、面倒なのでスルーした。
 先にドリンクバーだけ頼んでしまい、飲み物を取りに行こうと垣根は席を立つ。


「俺は飲み物取ってくる」

「あ、ミサカも行きます」

「テメェは何食うか選んでろよ」

「いえ、せっかくですし。とミサカはアナタの言葉を無視して席を立ちます。よっと」

282: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:38:36.37 ID:r/AHUEUA0
 
 席を立ったミサカは垣根の後をまるで小動物のようについてくる。
 何時もの自分なら即座に目障りなので吹き飛ばしているはずなのに、どうして俺は我慢しているのかと垣根はだんだん自分が分からなくなってきていた。


 そして到達するドリンクのスタンド。
 ソフトドリンクは約十種類。垣根はそのうち世界で最も有名な炭酸飲料を選んでコップに並々と注いでいく。


「おおお……ドリンクが絶え間なく零れ落ちてきています。いったい中ではどれくらい小さな人がドリンクを出してくれているのでしょうか……」

「テメェの脳みそメルヘンすぎんだろ。つーかやたらと興味津々みてぇだが、来たことねぇのか?」

「はい、とミサカは即答します。そもそも外に出た事すら数える程もないので」


 垣根は微妙に疑問に思う。
 複雑な家庭、という奴なのだろうか? 昨日のを見る限り、美琴とも仲がいいとは思えない。
 だが、着ている服は間違いなく常盤台中学の制服であり、あの規律に厳しい事で有名な中学校が不登校など認めるのだろうか? 
 大体、レベル5の妹ならば能力は低くとも、もっと周囲に知られていてもいいのではないか?

283: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:41:42.11 ID:r/AHUEUA0
「ミサカはオレンジジュースを注ぎました。とミサカは選んだドリンクを報告します」

「見た目に違わずガキくせぇモノ飲むなお前は」


 ミサカが話しかけてきたので思考が途切れてしまった。
 まぁ、気にするほどではないと垣根は席へと戻る。


 もう少し、深く考えていれば気づけたかもしれないのに。














 そして、席に戻って二十分程が経過した。

 垣根は三杯目の炭酸飲料をイライラとした表情で飲んでいる。
 一方、向かいに座るミサカとは言うと、無感情な瞳をやや細めながらメニューを両手で持ち見つめていた。

284: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:42:57.84 ID:r/AHUEUA0
「……テメェ、いい加減決めろよ」


 イライラを全く隠そうとせず、垣根はメニューを凝視し続けるミサカを睨みつける。
 ミサカはメニューから視線を上げ垣根に向き合うが、どうもまだ決まってないらしい。


「これほどのメニューがあるのですから迷ってしまうのは仕方がありません。とミサカは慎重な選択を心がけます」

「どうせどれもこの店で手作りってわけじゃあねぇんだ、どれ喰ったって同じだよ」

「たとえ冷凍食品でも、それはミサカにとって貴重な食事経験です、とミサカはこの食事の重要性を示します」

「はぁ?」


 意味が分からず、思わず垣根は顔を顰めた。
 

285: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:43:47.13 ID:r/AHUEUA0
「生み出されてからほとんどの時間を研究所で過ごしてきたので、とミサカは知られざる過去を少しだけお話します」

「別に知りたくはねぇが……」


 研究所。
 垣根も幼少期の殆どを研究所の中に監禁されるようにして過ごしてきた。
 ただでさえレベル5という能力の強度、さらには他の能力とは明らかに違う特性を持つ異端的な能力である『未元物質』は、
研究者たちにとっては素晴らしい実験材料に見えたのだろう。


(レベル5の妹だからな、確かに素質がある可能性は高ぇ、研究者が目をつけてもおかしくない……か)


 やや不自然な所があるものの、垣根はそれ以上深く追求しないことにした。
 これ以上は関わる必要はない。
 ミサカの家庭がどんな事情を抱えていたとしても、それは内輪で解決することだ。


「では、ミサカはこのお勧めと書いてあるハンバーグプレートセットにします。とミサカは数多くの候補から選び抜かれた一品を指さします」

「さんざん迷った挙句、選ぶのは一番無難そうなやつなんだな……まぁこれ以上待たされたくねぇし、何でも良いけどよ」


 店員を呼ぶボタンを一度押し、垣根は息を付く。
 何もしていないはずなのに、あまり時間はたっていないはずなのに。

 

 なぜか暗部の仕事よりも疲れたと感じるのは何故だろうか。 

286: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:44:49.56 ID:r/AHUEUA0









「これはとてもおいしいです。とミサカは破顔しながら感想を述べます。はふはふ」

「もうちょっと目に感情を灯してから言えクソガキ」


 無表情のまま、ハムスターのようにハンバーグを口いっぱい頬張るミサカを垣根は呆れながら見ていた。
 その食欲たるや、見せつけられている垣根の食欲が奪われているのではないかと思う程で、実際垣根は頼んだピザを四分の一程食べたところでストップしている。
 
 
「ジューシーなハンバーグだけではなく、ホクホクのポテトに甘い人参……所で『あまい』というワードに何故かイラッとするのですがどうしてでしょう、とミサカはふとした疑問を投げかけます」

「知るか」


 切り捨てるように一周する。
 心の底からどうでもいいようだ。

287: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:45:21.13 ID:r/AHUEUA0
「もきゅもきゅ、もぐもぐ…………ふぅ、御馳走様でした。とミサカはちゃんと食後の挨拶を欠かさないことをこれ見よがしに見せつけます」

「喰うの速ぇなお前……」

「アナタが遅いのでは? とミサカはまだ半分以上残しているアナタの小食っぷりに驚きます」

「テメェのバカみたいな速度でハンバーグ喰う様見てたら食欲が失せたんだよ。もういらねぇ」

「もったいないですよ、とミサカは残すことはダメ、絶対と強く言い放ちます」

「いいんだよ。どうせこんな店で出すモンなんざ格安の量産品ばっかだろうし」


 ふと、垣根は気づく。
 垣根が今のセリフを言った瞬間、先ほどまで食事で浮かれていたミサカの表情がわずかに曇ったような気がしたことに。
 感情のない顔だけれども。
 何故か、とても悲しそうで。


288: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:49:59.99 ID:r/AHUEUA0
「量産品……ですか」

「……んだよ」

「いえ、別に何もいう事はありません。とミサカは首を横に振ります」

「そうかよ」

  
 そんな事はないだろう、と垣根は思う。
 だが追求することはしない。
 関わる理由なんて何もないのだから。


「……そういえば、アナタの名前が垣根帝督という事は、アナタは学園都市第二位の能力者という事で間違いないでしょうか? とミサカは確認を取ります」

「ああ、そうだ。テメェの姉ちゃんには言うなよ、アレには俺の素性を隠してるんだからよ」

「どうしてわざわざ隠すのですか? とミサカは探りを入れてみます」

「馬鹿、あの性格なら俺の順位を知った瞬間に勝負を挑みに来るって事になりかねねぇだろ。そんな面倒な事してられっか。
大体、レベル5なんて一括りにされちゃあいるが、本当にどうしようもねぇ程圧倒的な力を持ってるののは一位と二位だけなんだよ」

289: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:53:08.80 ID:r/AHUEUA0
 学園都市のレベル判定の最上が5。
 だから第一位と垣根はレベル5という枠組みに収まっている。
 レベル5と無能力者の間にある溝よりも深い溝が、第三位と第二位の間には存在しているのだから。
 

「……了解しました。お姉様にはあなたの素性は隠しておきます。とミサカは誓います」

「そうしてくれると助かる」

「では、次の場所に行きましょう。とミサカはさり気に伝票をあなたに押し付けつつ、暗に早くしろという意思表明をしてみます」

「人の胸ポケットに伝票をねじ込むののどこがさり気ねぇのか教えてくれねぇかな。……つーか、まだどっか行くのかよ」

「当然です。とミサカは限られた時間を最大限に楽しむ事を宣言します」


 はぁ、と垣根は今日何度目かもわからないため息をつく。

290: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:53:39.10 ID:r/AHUEUA0
 ―――
 ―――――
 ―――――――――  





「……どうしてこうなった?」


 垣根は困惑していた。
 あの後、ミサカは垣根を引き連れて遊びまくった。
 縦横無尽、という言葉すら使える程に連れまわした。
 
 セブンスミストという店に連れて行って絶対に着ないであろう服を試着したミサカに一々感想を求められたり、
小腹がすいたという理由であちこちでたい焼きやらホットドックを買い求められたり、
バッティングセンターで「メジャーリーガー並みのホームランを見せてやりますとミサカは声高々に宣言します」と言ったものの結局打つのに一時間ほどかかったり。






 ちなみに、今までかかった料金の全ては垣根の負担である。

291: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:55:40.17 ID:r/AHUEUA0
 そんなこんなで超過密スケジュールを終えた二人は喉の渇きを潤すために、初めて美琴やミサカと出会った公園のベンチでジュースを飲んでいた。
 お金を入れても飲まれることを覚えていた垣根は、自販機を適当に蹴り飛ばした。すると以外にも、ジュースは簡単に出てきた。


「あー…………」


 まるで二日くらいぶっ通しで仕事をしていた漫画家が湯船につかった時に出す様な声を無意識に漏らす垣根。
 暗部で鍛えられた体のおかげで体力的には疲労はそうでもない、が、慣れないことをし続けた精神の方がボロボロだった。
 今なら第四位の不意打ちビームを食らっても防げないんじゃね? と思う程に。


「だらしないですね。とミサカはアナタの貧弱っぷりを鼻で笑ってみま……むむ!」

「あん?」

292: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 22:56:48.75 ID:r/AHUEUA0
 急に垣根の背後を覗き込んだミサカは立ち上がり、草茂みの奥をのぞき始めた。
 意味不明な挙動に最初は呆然としていた垣根も、その姿勢のままピクリともしないミサカを不気味に思ったのかしぶしぶといった様子で立ち上がる。


「どうした? 愉快な死体でも転がってたか?」

「いえ、愉快ではありますが死体ではありません。とミサカは可愛さのあまり頬を緩めてにやけます」


 顔筋がピクリとも動いてねぇよ、と垣根はミサカに聞こえないように呟いた。
 そして垣根がミサカの背中から覗き込むように、ミサカが見ているものの正体を確かめた。









 ミサカが見ているのは、段ボールに入っている子猫であった。


293: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:00:07.01 ID:r/AHUEUA0
「捨て猫、か? 棄てられたペットは保健所に連れて行かれてガス室で殺処分確定だってのに、どうして買おうなんて考えるのかね」

「…………」

「ま、生き物の終わりなんてそんなもんだろ。学園都市の学生なんてみんな実験動物みてぇなもんだからな。明日には新薬の実験台にされて廃人になったっておかしくねぇ。だったら最初から死ぬのが確定コースってのも案外悪くねぇんじゃ――


 バチッ! と小さな紫電が迸った。
 ほんの静電気程度の電流だったが、すぐ目の前で電光が光った垣根はやや驚いた様子でミサカを睨む。


「どういうつもりだテメェ!」

「アナタのセリフのままだと、アナタはこの猫を見捨てて立ち去る事が目に見えていたからです。とミサカはやや憤慨しながら説明します」

「あぁ?」

「この猫はアナタが責任を持って飼ってください。とミサカはお願いします」


 なんでだよ、と垣根は心の中ではなくダイレクトに突っ込んでしまった。
 大体、垣根が責任をとらねばならない理由がわからない。

294: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:01:25.19 ID:r/AHUEUA0

「ふざけんな! テメェが飼えよ!」

「ミサカのいる環境では動物の飼育は大変困難です、なので第二位の財力でペット同伴OKのマンションでも借りて幸せに暮らしてください、とミサカはサイドお願いします」

「ペット何ざ面倒くせぇし臭ぇしで良い所ねぇだろっておいやめろ電気を押さえろクソボケ」


 再びバチバチと電光を光らせるミサカ。
 どうやら相当動物好きらしい。


「この猫を可愛がりたいのはミサカの本心です、とミサカは歯を食いしばりながら告白します。しかし……」



 ミサカはそっと手を伸ばすが、そのたびに猫はびくっと体を震わせて、ミサカの手から逃げるように体を丸くしてしまう。
 

295: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:02:30.95 ID:r/AHUEUA0
「何だ? 人懐っこそうな猫に見えたんだがな」

「ミサカ、というか発電能力者は皆微妙な磁場を形成します。そのせいで動物にはあまり好かれないのです、とミサカは涙ながらに理由を説明します」

「せめて演技でもいいから涙を流せよ。無表情でそんなこと言われても反応に困るわ」


 ……仕方ねぇ、と垣根は呟き、面倒臭そうに頭を掻いた。
 ?マークを頭上に浮かべるミサカを無視して、垣根はミサカの頭に手を置く。


「何をしているのですか? とミサカは突然の行動に対して疑問を持ちます」

「テメェの発してる磁場とやらを俺の『未元物質』で観測してる。本来はこんなことに使う能力じゃねぇんだけどな…………んー、まぁこんなもんか……」

296: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:03:55.03 ID:r/AHUEUA0
 パキパキパキッ! と何か固い物が軋むような音がする。
 ミサカの頭上に置かれている方とは逆の掌の上で、白い物質が捩じられ、削られ、少しずつ形を変えていく。
 やがて、最初はただの白い塊だったソレは、翼を象った指輪へと変化した。


「指出せ」

「……これは? とミサカは疑問を投げかけます」

「俺の『未元物質』で作ったリングだ。それを身に着けてりゃテメェの体に周りに発生してる磁場を全く別のものへと変化させる。まぁ小せぇし俺の制御下からは外れてるからそこまで高性能じゃねぇけどな。……オラ、再チャレンジしてみろ」


 垣根はミサカの指――具体的に説明すると、左手薬指に作ったリングをスッとはめる。
 ミサカはそれをもの珍しそうに眺めていたが、垣根背を押されたので恐る恐る猫へ手を伸ばした。
 猫は逃げない。




 そして、そっと、ミサカの手は猫の頭に触れた。

297: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:04:57.23 ID:r/AHUEUA0

「…………!」

 
 相変わらずの無表情で、だがやや目をいつもより気持ち多めに見開きながら、ミサカは猫を撫で続けた。
 禿げるのではないか、と思う程に撫で続けた。
 最初気持ちよさそうだった猫がだんだん嫌がってきているのが垣根にもわかるほどに、撫で続け――


「やめろ馬鹿」


 ゴツン、と垣根はミサカの頭を軽く叩く。
 それでようやく正気に戻ったのか、ミサカは頭をさすりながら立ち上がり、垣根の方に向き合った。


「あ、ありがとうございます……とミサカはお礼を言います」

「いらねぇよ。大した事じゃねぇ。これでテメェの動物に嫌われるって言う体質は解決したろ? だから――

「いえ、結局ミサカの家では飼えませんのでよろしくお願いします、とミサカは頑として譲りません」

「そこはきっぱり言うんだなテメェ」


 問答が三十分ほど続き、最終的に垣根の方が折れた。
 主に心的な意味で。
 

298: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:08:28.59 ID:r/AHUEUA0
 ―――
 ―――――
 ―――――――――  



 
 二人がやってきたのは本屋だった。
 理由は垣根の「ペットの飼い方なんざ知らねぇよ、餌やってりゃいいんだろ?」という発言を聞いて、ミサカが無理やり本屋へと引っ張ってきたからだ。


「店内に動物を連れて行く事は出来ません。なのでミサカがこの猫ちゃんを抱いていますので、アナタが本を買ってきてください。とミサカは猫ちゃんをナデナデしながらアナタを見送ります」

「テメェはただ猫を抱いてたいだけだろ……つーかその猫の名前はどうするんだ?」

「名前、ですか?」

「そうだ。テメェが拾ったんだからテメェがつけろ。……いや、飼うのは俺だし、俺が名前を決めたほうが良いか? この俺がセンスある名前を付けてやるぜ。そうだな……」


299: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:10:22.26 ID:r/AHUEUA0
 垣根はミサカの腕に抱かれた猫に顔を近づける。
 猫は垣根の髪にじゃれようと、肉球の付いた前足をブンブン振りかざしていたがそういう仕草が一々ミサカのドツボなのには気づいていないらしい。


「ミサカは「イヌ」という名前を提案します。とミサカはさりげなく自分のセンスをアピールします」

「それをセンスあると思うやつは一度脳みその検査をお勧めするな。……ビアンカとかアンジェとか、そんな名前はどうだ?」

「以外にもメルヘンチックなネーミングを考えるんですね、とミサカはアナタの雰囲気に似合わない思考に優しく微笑みます(笑)」

「完全に馬鹿にした面じゃねーかクソボケ。……まぁいい、名前なんざ何時でもつけられるしな」


 そう言って垣根は本屋の中へと入っていく。
 その様子を、背中が見えなくなるまで見つめていたミサカは腕に抱いた猫がもがき始めたので優しく抱き直し、店の壁に背を預けた。


300: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:13:24.75 ID:r/AHUEUA0
「……不思議な人です、とミサカは独り言をつぶやきます」

 
 猫の肉球を人差し指で突きながら、ミサカは誰に言うでもなく言葉を漏らす。
 レベル5はその全員が人格破綻者と言われている。
 理由は超能力を支える『自分だけの現実』があまりにも強固すぎて、自分の世界に他を寄せ付けないからだ。
 
 御坂美琴はレベル5の中では最も常識人と言われている。
 ……自販機に蹴りを入れてジュースを取り出したり、いきなり格下(実際は各上)相手に喧嘩を売るような人間が常識人かどうかは置いておいて、他のレベル5達に比べて随分まともな思考をしている。
 だからこそ、美琴はレベル5、更にいうなら学園都市の超能力者の広告塔的な存在なのだ。

 だが、ミサカの印象では、垣根帝督という人間もまた、一般人とは考え方や雰囲気はかけ離れているものの、人格破綻者とまで言われる存在とは思えなかった。

301: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:14:15.50 ID:r/AHUEUA0
 自分の願いを嫌々、本当に嫌がりながらも垣根は叶えてくれた。
 自分の我儘に渋々、心の底から面倒くさがりつつも付き合ってくれた。

 だが、自分を心の底から受け入れてくれたとは思えない。
 垣根帝督は何処か一線を引いている。
 自分と、それ以外のあらゆる物という区分けで。
 そのラインを、垣根帝督とそれ以外の全てという二つを隔てている垣根の正体は一体何なのか。

 ミサカは、それを『知りたい』と思ってしまった。


「……とりあえず、垣根帝督が戻ってきたらまずは猫ちゃんの名前を決めましょう、とミサカは一人この先の事を考えます」


 垣根は腕に抱いた猫を頭を撫で、満足そうに息を吐き、――――

302: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:15:19.66 ID:r/AHUEUA0












 そして、気づく。













303: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:16:20.74 ID:r/AHUEUA0

「…………………………………」



 ミサカの視線に映ったのは、白。
 垣根の翼のような、無機質な白ではない。
 濁り、腐敗し、ドロドロに溶けきった様な、恐ろしい白。
 
 その白は、少年の髪と肌の色だった。
 
 白い髪の隙間から見える赤い相貌は、静かにミサカを見つめている。
 飲み込まれそうな黒い衣服に身を包み、少年は口元を歪ませた。


 それは、合図。


 ミサカは無言で猫を地面へと降ろし、学生かばんを手に本屋を離れる。

 
 逃れられないとわかっていたから。
 ミサカは躊躇なく、少年の元へと歩みを進める。








 みぃ、と猫が寂しげに鳴く。






 その鳴き声に反応してくれる人は、誰も居ない。


304: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:20:13.20 ID:r/AHUEUA0
今回はここまでです。
いやぁ、やっと物語が動き始めましたね……

自分が書くとどうも妹達が感情的になりがちになってしまいます、ですが原作でもAB型の覇者を争ってたりしてましたし、多分大丈夫です、よね……?


後、暇な時間に考えてたらネウロ&禁書のクロスの物語のストーリーを割と思いつきました。
いつかこれを表舞台に出してみたい気もします。


では、次回予告と共に今回はこの辺で、次は木曜日を予定しています。
それではアリガトウゴザイマシタ!

306: ◆VciN2PRcsw 2012/07/09(月) 23:25:17.47 ID:r/AHUEUA0
     『次回予告』






『……礼なんかいらねぇ。だが一つだけ答えろ。――――テメェ等、いったい『何』なんだ?』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)




『では失礼します、とミサカは別れの挨拶を告げます』

――――第三位の軍用クローン 妹達(シスターズ)




『楽しむのなんて諦めちゃってくださーい、と、言うわけですべてを諦めろ垣根帝督』

――――『諦め』を司る『木原』ファミリーの一人 木原病理(きはらびょうり)

324: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:43:35.04 ID:d2WSFZSh0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  




 『可愛い猫の飼い方』の隣に『実は食べられる! 身近にある意外なモノ』という本が置かれているのはどうかと思います。
 
 垣根は無数に並んだペットの飼育法の本の棚を見てうんざりしていた。
 動物なんて飼ったことがない垣根にとって、本の良しあしなんてものはわからない。
 なので、とりあえず一番高い本を手に取る事にした。
 
 子猫がおもちゃにじゃれついている写真が表紙の本で、世の猫好きが見れば悶え死ぬような可愛らしさなのだが垣根が見たのは値段のみで、表紙には一切目を向けていない。
 そもそも、垣根自身が自分の事を学園都市の暗部でいいように使われている犬と思って居るのだから、ペットという存在に対していい印象を持つことは無理かもしれない。

 だが、垣根は猫を飼う事を了承した。
 
 本来ならば、有無を言わず断ったはずなのに。
 最悪、能力で猫もろとも叩き潰してしまえばよかったはずなのに。

 どうしてこんなことをしているのだろうか、と垣根は本を手にしたまま疑問に思う。

325: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:45:11.29 ID:d2WSFZSh0
(……ファミレスに行って、服見に行って、食べ歩きして、バッティングセンター言って……んで、猫を拾ってか。ハッ、なんだこれ、まるで表の平和ボケした奴みてーだな)


 垣根は自嘲気味に笑う。
 表の世界の住人を裏の世界に巻き込むことは極力しない、という信念を掲げているということはつまり、裏の世界が表の住人に干渉することも快く思っていないという事だ。
 垣根帝督という人間は、もうどうしようもないくらい裏の世界に染まってしまった。
 悪徳と非人道で歪みきった学園都市の『闇』に一度でも浸かってしまえば、もう二度と日を浴びることはできない。
 
 一度腐ってしまったものは、もうどうやっても鮮度を取り戻すことはできないのだ。


(ま、アイツに付き合うのは今日限りだ。今日みてぇなくだらない上に疲れる日なんてもうねぇだろうな……いや、アイツの事だからな、猫に会うって名目で俺の家まで押しかけかねねぇ。だったらアイツにマンションの一室でも買い与えて、そこで猫飼わせた方がいいのか……)

 
 猫が飼いたくないがためにマンションの一室を買うかどうか真剣に悩む垣根。
 色々考えてみたものの、最終的にやめておくことにした。
 妹にマンションを買い与えた男が自分だなんて知られたら、御坂美琴が余計に絡んできそうな気がしたからだ。


(さっさと本だけ買っちまうか。しかし本当に俺が飼うのかよ……)

 
 垣根は初めて、本の表紙に視線を落とす。 
 可愛らしい猫を見て、垣根の取ったリアクションはただただ面倒臭そうにため息をつく、というものだった。

326: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:46:55.94 ID:d2WSFZSh0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  





 少女は薄暗い路地裏を駆け抜ける。
 制服姿の少女の手に握られているのは学園都市で開発された『オモチャの兵隊』【トイソルジャー】と呼ばれるアサルトライフルで、
積層プラスチックで構成される最新鋭の兵器だ。
 赤外線にて標的を捕捉し、電子制御によってリアルタイムで弾道を調整するその銃は小学二年生ですら今この場で銃の名手になれるほどの性能を持っている。
 
 だが、それを持ってなお、少女は追う立場ではなかった。
 追われる立場であった。

 少女の後方に蠢く白い影。

 それは人の形をしていた、が、その動きは人の動きではなかった。
 まるでゴムボールがバウンドしているかのように、白い影は建物の外壁を蹴って三次元的にジグザグに動きながら少女との距離を徐々に詰めている。

327: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:48:16.85 ID:d2WSFZSh0

「そンなに尻ばっか見せてンじゃねェよ! 誘ってンのかァ? 実験動物風情がよォ!」

 
 心底愉快そうな、男の狂気じみた声が路地裏に響く。
 少女は足を止めずに体だけを後方に向け、『オモチャの兵隊』のトリガーを白い影に向けて躊躇なく引いた。
 卵すら割らない、というキャッチコピーがあるほど反動を軽減できる『オモチャの兵隊』から放たれた弾丸は寸分違わず狙った位置、人体の急所へと叩き込まれる。



 が、次の瞬間に異変が起こる。



 少女の目は弾丸の軌道を見抜ける程の性能は有していない。
 だから、何が起こったのか理解するのは難しいだろう。
 と、いうよりも、その現象はたとえ目の当たりにしても信じることはできなかったかもしれない。


 銃口から放たれた弾丸の全てが、そっくりそのまま射線を逆流するように戻ってきて銃口に再び収まった、なんて現象は。

328: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:49:05.72 ID:d2WSFZSh0
 少女の手にあった『オモチャの兵隊』が爆散する。
 その破片が少女の顔や腕に傷を作るが、少女はそれを無視して再び白い影との距離をとろうとした。
 
 が、遅かった。

 白い影は壁を蹴って少女の頭上へと跳び、次の瞬間には少女の肩を思いきり踏みにじりながら着地した。


「……ぃ……ぎぃ……!」

「まったく、哀れだよなァオマエラ」


 白い影、白い少年は昨晩の献立でも話すかのような気楽さで口を開いた。


「必要情報は全部『学習装置』【テスタメント】でインプットされてるって話だが、痛覚とか苦痛だとか、そォいう感覚は最初から排除してくれりゃァよかったのになァ。そォすりゃテメェラがこんなに苦しむことはなかったのによォ」

329: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:51:54.26 ID:d2WSFZSh0
 メキメキメキ、と少女の体内から骨が軋む音が響く。
 少女の悲鳴と肉体の断末魔の二重奏を聞きながら、白い少年はしゃがみこみ少女に顔を近づける。


「ま、俺からすりゃァ何の問題もねェンだがなァ。そりゃオマエ、泣きも喚きもしねェ人形を叩き潰すよりかは、良い声で啼く家畜を殺した方が楽しめるってモンだ」

「……ッ!」


 少女は白い少年に向けて電撃を放つ。 
 レベル2程度の、微弱な電流で少年をどうにか出来るなどとは思っていない。
 ただ、この状況から逃げ出せる程度の時間さえ稼げれば、という思いで放った電撃。



 が、それは少年に命中したと思った次の瞬間、何故か少女の体に電撃が迸った。



「ぁ!? ひ、ぎぃ……ッ!」

「残念、そンな電撃じゃァ俺をシビれさせる事ァ出来ねェよ。せめてこれくらいエキサイティングな事してくれなきゃなァ!」

330: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:54:35.27 ID:d2WSFZSh0
 白い少年の蹴りが少女の腹にめり込む。
 平均よりもかなり細い、華奢ともいえる少年の肉体から放たれた蹴りは、少女の体を五メートル以上の高さまで舞い上げた。


「……ッ!」

 
 湧き上がる嘔吐感。
 少女は胃の中のものを空中でぶちまけながら、五メートル以上の高さからアスファルトの地面へと墜落する。


「きったねェなァ。死に際くれェエレガントに逝こォぜェ?」

「ゲホッゲホッ! ……アナタの……能力は……」


 少女は朦朧とする意識の中、白い少年の能力を分析する。
 放ったはずの弾丸を逆流させ、放ったはずの電撃を丸ごと返された。
 これが意味するのは、つまり。


「攻撃の、反射……?」

331: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 00:58:32.66 ID:d2WSFZSh0
「残念、間違っちゃいねェが、それは俺の能力の本質じゃねェんだよなァ」


 白い少年が、少女の傷口に指を突き刺した。
 少女が短い悲鳴を上げるが、それは少年にとって愉悦でしかない。
 征服した、という黒い優越感。
 白い少年は嗜虐的な笑顔を浮かべながら、まるで自分だけが答えにたどり着けたナゾナゾの解説をするかのように、嬉々として答えを述べる。


「正解は『ベクトル変換』でしたァ! 運動量に熱量、この世に存在するありとあらゆる『向き』は俺に触れた瞬間に変更可能ってわけ。デフォ設定が反射だからなァ、ま、五十点って所かァ」


 反則。
 少女の抱いた感想は、ただそれだけだった。

332: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:00:13.29 ID:d2WSFZSh0
 超電磁砲が直撃しても、原子崩しの集中砲火を浴びても、それは白い少年の髪をなびかせることすら出来ない。 
 核戦争が起こったとしても、白い少年だけは無傷で生き延びる事が出来る。
 
 学園都市の能力者開発というのは、強い能力者を生み出すのが目的ではない。
 どうして能力者が生まれるのか、そのメカニズムの解明こそが学園都市の目的である。

 なのに、この白い少年は世界を相手にしてもなお生き残る、それほどの戦力を有している。
 科学の発展が核爆弾という世界を壊滅させられる兵器を生み出してしまったように、超能力開発は世界を敵に回しても勝利できる化け物を生み出してしまったのか。


「さァて、ここで問題です」


 白い少年は嗤う。
 彼こそが、学園都市最強の存在。
 七人のレベル5の頂点。


 学園都市第一位、『一方通行』【アクセラレータ】だ。


「俺は今、テメェの血液の流れに触れています。コレをすべて逆流させれば、一体どォなってしまうでしょォか?」

「ぁ……!」


 少女の脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。
 だが、少女は少年の名をつぶやく事は無く、そのまま激痛と共に意識は闇の中へと消えていった。



333: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:02:07.80 ID:d2WSFZSh0









 本屋を出た垣根はミサカがいないことにすぐ気が付いた。





「……? どこ行きやがったアイツ」


 まさか帰りやがったのか? とも思ったが、店に入る前にミサカが立っていた位置にポツンと猫だけが寂しそうに残されている。
 あの猫好き無表情が猫一匹残して帰るとは思えない。


「ったく、面倒みれねぇ奴が動物を飼うとかほざくんじゃねぇよクソッタレ」


 意外にも常識的な事を言いながら、垣根は猫を抱きかかえた。
 猫は漸く安心したようで、リラックスした様子で、にゃーと一度泣いた。
 案外この男、口では面倒だ何だと言っていたが、飼うと決めた以上は本気で飼うらしい。
 これがツンデレと言うやつなのだろうか。

334: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:02:47.74 ID:d2WSFZSh0
「……?」


 ミサカの姿を探した垣根は、ふと違和感に気づく。
 そこにあるのに、誰の目にも映らないような、そんな路地裏から漂ってくる気配。
 垣根が今までに何度感じたかわからない、嫌な臭いが。


「…………何だ?」


 垣根は猫を抱きかかえたまま、静かにその路地裏へと足を踏み入れる。



 そしてすぐにそれを発見した。

335: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:03:45.59 ID:d2WSFZSh0
 地面に転がっているのは、ローファーのようだ。
 いかにも学校指定です、といった感じのデザインのそれに垣根はどうも見覚えがあった。

 垣根はさらに足を進める。
 誰かが慌てた拍子にぶつかって倒れたと思しきゴミ箱が転がっていたり、何やらプラスチック片のようなものが散らばったりしている。
 その先にあるのは、曲がり角。


「…………」

 
 そこに何があるのかは、垣根にはわからない。
 垣根は透視能力者でもなければ、未来予知能力者でもないからだ。
 だから、見るまではそこに何があるのかはわからない。
 頭に浮かんでくるこの予感も、ただの妄想かもしれない。 

 だから、垣根帝督は足を止めなかった。
 確認せねばならない。
 
 より一層太陽光が遮られ暗い路地裏の曲がり角。
 垣根は、静かにその曲がり角を曲がった。

336: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:04:23.30 ID:d2WSFZSh0


 そして、見た。


















 ミサカと思われる少女の、あまりにも無残な死体を。






337: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:08:35.72 ID:d2WSFZSh0
「………………」


 垣根は無言だった。
 驚きで声が出ない、というわけではない。
 実際、垣根は冷静に状況を見極めようとしていた。


 ミサカは仰向けに倒れていた。
 だが、本来仰向けに倒れているならば、顔が必ず見えるはずなのだが、顔らしき部分が見当たらない。
 顔があった部分は、まるで花が開花したかのように爆散しているのだから。
 辺りを染め上げている液体の正体は、血であろうか。
 人体を雑巾のように絞ったのかと思うほどにその量は尋常ではなく、地面どころか壁にまでぶちまけられていた。
 身に着けている衣服には一切の傷がなく、だがしかし地肌が見えている腕や足の部分は、
有刺鉄線をぐるぐる巻きにして無理やり引っ張ったのかと思う程、ズタズタで見る影もない姿へと変貌している。

 もはやそれが誰なのか識別することが不可能なレベルで破壊されている死体だったが、垣根はそれがミサカである事を確信していた。
 理由は、何処かにはじけ飛んだのか、指の数すら足りていない死体の左手。

 
 薬指だったはずの肉片の根元に、不気味なくらい無傷のリングがわずかに差し込む日光を浴びて輝いていたからだ。

338: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:09:20.68 ID:d2WSFZSh0
「……随分とまぁ、殺した奴はオリジナリティ溢れる殺し方を知ってるもんだな」


 垣根の『未元物質』でもこんな状態の死体を作り上げることは不可能だろう。
 まるで、全身にワイヤーでも通し、それを一気に引き抜いたかのような、そんな不可解すぎる死体を垣根は冷たい目で見つめている。
 もしもこれを目撃したのが何の変哲もない少年であったならば、あまりの惨状に嘔吐し、涙を流しながらそれでも警備員に通報する、なんて行動をとるだろう。

 だが、垣根はその死体を見ても全く動揺を見せなかった。
 が、変化がなかったかと聞かれれば、そうではない。
 垣根の顔面からは、完全に感情が消えている。
 言うならば、とても楽しい夢から覚めた直後のような、現実に引き戻されたときに感じる喪失感。
 そんな空っぽの感情が、垣根帝督を包み込んでいた。











 その時、路地裏から何か物音が聞こえた。

339: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:10:34.28 ID:d2WSFZSh0
「!」


 垣根は一瞬で臨戦態勢になる。
 野良猫かもしれないし、裏路地によく潜んでいるスキルアウトかもしれない、ならば垣根の警戒は無駄だろう。
 だが、この惨状を作り上げた犯人という可能性もある。

 ミサカはレベル2、垣根はレベル5第二位、その差は歴然で、垣根がミサカと同じような死体へ変貌することはまずないだろう。
 だが、垣根は一切の油断をしていなかった。
 麦野沈利と戦った時以上に本気で、垣根は路地裏から現れるそれを静かに待ち続けた。






 そして、垣根は見た。
 路地裏から現れた『ソレ』は、どうみても――


340: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:11:53.39 ID:d2WSFZSh0

「……ミサカ?」




「はい、ミサカはミサカです。とミサカはアナタの疑問に返答します」


 感情のない表情に特徴的な喋り方、頭に着けた軍用ゴーグル。
 姉である美琴が現れたほうが、まだ垣根は動揺しなかっただろう。
 だが、今目の前に現れたこの少女は、どう見ても垣根が今日の大半を共に過ごしたミサカだった。


「どうなってやがる……?」

「混乱するのも無理はありません、とミサカはフォローを入れます。ですが安心してください、アナタが思い浮かべる『ミサカ』は間違いなくそこに死亡しているミサカですから、とミサカは説明します」

「……あ?」


 垣根は再び死体へと目を向ける。
 もはやそれがミサカであることは、垣根が作ったリングでしか判別することは出来ない。


「ミサカ達はそのミサカの死体を回収しに来ました。とミサカは説明します」

341: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:13:10.85 ID:d2WSFZSh0
「……ミサカ、達……だと?」


 カツリ、と『ミサカ』の背後から足音が聞こえた。
 足音の正体は大きな寝袋を担いでいて、その顔は――


「…………おいおい、どうすんだよ。意味わからな過ぎて笑いしかでねぇぞ」


 その顔は、どうみてもミサカだった。
 

 しかも、それだけではない。
 足音は一つ、二つ、三つ四つ五つ六つとどんどん増えていく。
 そのたびに、新たな人影が路地裏から現れる。
 その現れた人物の顔は全て同じ顔で、そのすべてがミサカだった。

 意味が分からず、垣根は無表情のまま笑った。

342: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:13:56.08 ID:d2WSFZSh0
 『ミサカ』達は『ミサカ』の死体を手際よく処理していく。
 死体を寝袋に詰め、あちこちに散らばった部位を押し込み、血液を乾燥させ剥がし、薬を用いてルミノール反応などが出ない様隠蔽している。
 同じ顔の少女を同じ顔の少女たちが機械的に片づけていく。
 超能力が蔓延する学園都市においてなお、その光景はあまりにも非現実的すぎた。


「アナタが今日共に行動していた個体は10031号です、とミサカは説明します」


 最初に現れた『ミサカ』が事務的な口調で垣根に説明する。


「ミサカ達は脳内のネットワークを介してそれぞれの個体の記憶を共有しています、とミサカは追加説明します。10031号はとても楽しかったようですよ、とミサカは代わりにお礼を言います」


 そのお礼に、いったいどれほどの意味があるのか。
 

「……礼なんかいらねぇ。だが一つだけ答えろ。――――テメェ等、いったい『何』なんだ?」

「クローンですよ、とミサカは述べます」

343: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:14:51.95 ID:d2WSFZSh0
 即答だった。
 

「学園都市に七人しかいないレベル5の第三位であるお姉様【オリジナル】の量産軍用クローンとして生み出された妹達【シスターズ】ですよ、とミサカは答えます」


 クローン。
 それは学園都市では有名な都市伝説ではあるが、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎてだれも本気にしていないネタのはずだった。
 だが、目の前に居る『ミサカ』達は顔も、身長も、何もかもが写し鏡のように同じだった。
 紛れもなく、現実だった。


「関係ないアナタを実験に巻き込んでしまい申し訳ありません、とミサカは謝罪します」


 寝袋を担いだまま、ペコリと『ミサカ』は頭を下げた。
 他の『ミサカ』達は次々に路地裏の奥へと消えていく。


「これはお返ししておきます。とミサカは手渡します」


 そう言って『ミサカ』が垣根に手渡してきたのは、『未元物質』で作られたリングだった。


「…………」

「では失礼します、とミサカは別れの挨拶を告げます」

344: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:15:25.39 ID:d2WSFZSh0
 それだけ言って、『ミサカ』は去って行った。
 

「………………………」


 一人残された垣根は、完璧に処理を施され、死体なんて初めからなかったかのような状態にされた路地裏にしばらく佇んでいた。
 やがて、垣根は携帯電話を取り出し、ある人物へと電話を掛ける。


 電話は、3コール程で繋がった。
 


『どうしたの? 仕事でも入った?』

「心理定規、テメェに調べてもらいたい事がある」




345: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:16:06.16 ID:d2WSFZSh0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  




 
 垣根が『スクール』のアジトに戻ると、すでに心理定規はいくつかの書類を手にベッドに腰を掛けて待っていた。


「お帰りなさい。案外早かったわね」

「そりゃこっちのセリフだ。ちゃんと調べたのか?」

「当たり前よ」

 
 すねたように唇を尖らせながら、心理定規は垣根の元へ歩み寄る。

346: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:16:49.33 ID:d2WSFZSh0

「こちとら暗部としての権力やコネを全部使って全力で調べ上げたんだから。少しくらい労ってくれてもいいんじゃない?」

「今度俺のおすすめの店に連れてってやる。それでいいだろ?」

「じゃあその日一日私とデートしてね。それならいいわ」

「わかったからとっととしやがれ」

「はいはい……って、ちょっと待ってよ何その猫、何であなたが猫を抱いてるの? ちょ、ちょっと触らせてよ撫でさせてよ愛でさせなさいよ」

「うるせぇからさっさと説明しろ!」


 心理定規も、垣根のその反応はやや不満だったようだが、書類を机の上に並べて近くにあった椅子に座った。


「第三位、超電磁砲についての情報……それも表沙汰にはなっていない、裏の情報を調べろだなんて、最初はアナタが性質の悪いストーカーにでもなったのかと思ったわよ」

「あんなガキのプライベートなんざ誰が興味を持つか。そんなくだらねぇ情報しか調べられなかっただなんて言わねぇだろうな?」

「当然よ。中々に衝撃的な情報を手に入れたわ」

347: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:21:02.13 ID:d2WSFZSh0
 心理定規は一枚の書類を垣根に手渡した。
 何やらゴチャゴチャと専門用語が使われていたり、謎のグラフが描かれていたりと目に優しくない書類だったが、一番上に書かれた文字に垣根は目を疑った。


 


 『量産異能者「妹達」の運用における超能力者「一方通行」の絶対能力への進化法』





 書類を持つ垣根の手に、無意識に力がこもった。
 『一方通行』という人物と、『絶対能力』という単語。
 この二つを見た瞬間、垣根の心に沸々と黒い感情が湧きあがっていた。

 
 絶対能力【レベル6】
 学園都市のレベルは最大でも5、だからこそ一方通行と垣根帝督はレベル5という段位に収まっている。
 誰も踏み込めない前人未到の神の領域、それがレベル6だ。

 垣根はさらに、その下に書かれた文章に目を通す。

348: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:29:08.83 ID:d2WSFZSh0
 『学園都市には七人のレベル5が存在する』
 『しかし、「樹形図の設計者」を用いて予測演算した結果、まだ見ぬレベル6へ到達できる物は一名のみという事が判明』
 『他のレベル5は成長の方向性が異なる者か、逆に投薬量を増やすことで身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった』
 『唯一、レベル6にたどり着けるものは一方通行と呼ぶ』


 唯一。
 その言葉に垣根の中のどす黒い感情はさらに猛り狂った。
 第一位という存在に人一倍の執着と敵意を持つ垣根にとって、ここに書かれた文章はあまりにも許しがたい物だった。


 『一方通行は事実上、学園都市最強のレベル5だ。「樹形図の設計者」によるとその素体を用いれば、通常のカリキュラムを250年を組みこむ事でレベル6にたどり着くと算出された』
 『しかし、我々は「二五〇法」を保留とし、他の方法を探してみた』
 『その結果、通常のカリキュラムとは異なる方法を「樹形図の設計者」は導き出した』
 『実践における能力の仕様が、成長を促すという点である』
 『特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで「実践における成長」の方向性をこちらで操る、というものだ』

349: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:31:42.17 ID:d2WSFZSh0
 垣根の頭の中で、パズルのピースが合致するような感覚があった。
 大量の『ミサカ』達、死体、それらが一つの悍ましい結果へとつながっていく。


 『予測装置「樹形図の設計者」を用いて演算した結果、百二十八種類の戦場を用意し、超電磁砲を百二十八回殺害することで一方通行はレベル6へと進化することが判明した』

 
 超電磁砲というのは第三位の異名、すなわち御坂美琴の事だ。


 『だが、当然ながら同じレベル5である超電磁砲は百二八人も用意できない。そこで我々は同時期に勧められていたレベル5の量産計画「妹達」に着目した』
 『当然ながら、本家の超電磁砲と量産型の妹達では性能が異なる。量産型の実力は、多めに見積もってもレベル3程度のものだろう』
 『これを用いて「樹形図の設計者」に再演算させた結果、二万通りの戦場を用意し、二万人の妹達を用意することで上記と同じ結果が得られることが判明した』
 『二万種の戦場と戦闘シナリオについては別紙に記述する』

 
 別の紙に目をやると、そこにはズラリと並べられた『死に方』リストが存在した。
 いつ、どこで、どうやって、どういう風に死んでいくのか、それが細かく設定されている。

350: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:34:05.99 ID:d2WSFZSh0
「こっちの紙にはクローンの作り方が書かれてるわよ」


 心理定規の手にあった書類を奪い取る様に垣根は掴み、目を通す。



 『妹達の製造法は元会った計画のものをそのまま転用する』
 『超電磁砲の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を用意、コレにZid-02,Riz-13,Hel-03等の投薬を用いて成長速度を加速させる』
 『結果、大よそ十四日で超電磁砲と同様、十四歳の肉体を手にすることが出来る』
 『元々劣化している体細胞を用いたクローン体である事、投薬において成長速度を変動させていることから、元の超電磁砲より寿命が減じている可能性が高いが、実験中に性能が極端に変動するほどではない物と予測できる』

 『むしろ問題なのは、肉体面ではなく人格面である』

 『言語、運動、倫理などの基本的な脳内情報は〇~六歳時に形成される』
 『だが、異常成長を遂げる妹達に与えられた時間はわずか一四四時間弱。通常の教育法で学ばせることは難しい』
 『よって、われわれは洗脳装置【テスタメント】を用いてこれら基本情報をインストールすることにした』


351: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:34:54.81 ID:d2WSFZSh0

 羅列されている文字にすら悪意を感じるような、そんな吐き気を催す内容。
 垣根の脳にフラッシュバックするのは、幼いころから自身が見続けていた学園都市の裏側の光景――そして、自分を一日中連れまわしたクローンの姿。

 自分を振り回し続けたあの身勝手さも、無理やり脳に叩き込まれた基本情報だったのだろうか。
 ハンバーグを食べている時のあの感動も、ムキになってバットを振っていたあの姿も、猫を可愛がるときにみせていたあの表情も。
 全てが、ただインストールされたプログラム通りの行動だったのか。


「…………ハハッ、成程な。くだらねぇ、まったくくだらねぇな」

 
 垣根は笑う。
 ここまで乾いた笑いが存在するのだろうかと思う程に、力なく。


「俺としたことが、ただのクローン風情にあれだけ振り回されてたのかよ。情けねぇなぁ」

「……帝督」

「この猫だって、あのクローンに押し付けられたんだぜ? ざまぁねぇなぁ、お前もあのクローンと一緒に殺されりゃああの世であのクローンと一緒に過ごせたかもしれねぇのに」

「帝督、聞いて」

352: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:36:02.94 ID:d2WSFZSh0
 心理定規が書類を置いて、まっすぐ垣根の瞳を見つめる。


「今夜……後一時間ちょっとで、次の実験がスタートするわ」

 
 ピクリと、わずかに垣根が反応する。

 
「場所は第十七学区の操車場、開始時刻は八時三十分。ここからあなたの能力ならばすぐに着くわ」

「……あぁ? 何言ってやがる?」


 明らかにイラついたように、垣根は心理定規を睨みつけた。
 どうしてこんなにも苛立つのか、垣根は自分にもわからない。


「どうして俺が、このクソ下らねぇ実験とやらに干渉しなきゃならねぇんだ? クローンを助ける理由何ざこれっぽっちも存在しねぇよ」

「あら、私はそこに行けば第一位が言うのだから殺せばいいじゃない、というつもりで言ったのよ。クローンを助けろ、だなんて一言も言ってないわ」

「……」

353: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:36:41.59 ID:d2WSFZSh0
「暗部で仕事をしているアナタなら、何かを助けるだなんて考えすらしなかったでしょうね。……実は今日、街中で一瞬だけど帝督とクローンが一緒に居るのを見たの」

「……」

「貴方は面倒臭そうに顔を顰めてたけれど、でも私にはわかった。嫌じゃなかったんでしょう? もう表の世界には戻れないとわかっていても、表の世界の住人のように過ごすのは悪くないと思ったんでしょう?」

「心理定規、黙れ」

「私は心理定規、心の距離を測る能力者。でも今のあなたの心は能力がなくても測れるわ。アナタは闇から抜け出したいんでしょう? 暗く、寂しく、悲しい裏の世界から――



 垣根はいきなり立ち上がり、心理定規の首を掴んだ。



「……ッ……かっ……!」

「黙れっつったんだよ、俺は」


 ギリギリと、垣根の手に力がこもる。
 心理定規の細い首が小さく悲鳴を上げるように軋む。

354: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:38:05.86 ID:d2WSFZSh0
「くだらねぇ事ばかり言いやがって、しかも殆ど大外れってんだから性質が悪ぃ。いいか? 俺は暗部から抜け出そうとなんて思ったことはねぇよ」

「……」

「闇に浸かっちまったら、もう抜け出すだなんて思う事すら出来ねぇんだよ。学園都市のクソッタレっぷりを一度見ちまえば、もう平和に過ごすなんて絵空事は語れねぇ。俺は自分の意思で暗部に所属した、そしてこのクソッタレな環境で俺は俺の目的を成し遂げる、その意思は誰が何をしようと変わる事は無い」


 垣根帝督の言葉には強い意志が宿っていた。
 暗部に生きてきた垣根にとって、表の世界とはもう二度と手の届かない範囲。
 裏の世界の人間が、表の世界に行くだなんて事は垣根には認められない。


「俺は暗部から抜け出すことはない、俺は一生このクソッタレな世界で生きていくと決めた。俺みてぇなクズはクズの世界でしか生きられねぇからな」



 だが、



「…………でもよ」



 垣根は心理定規の首を離す。
 心理定規は咳き込みながら、涙ぐんだ目で垣根の顔を見た。

355: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:39:55.49 ID:d2WSFZSh0
「…………学園都市の裏側に生きるクズの都合で、表の世界に生きるべき奴が死ぬってのは、気にくわねぇ」



 その顔は、怒っているようで、微笑んでいるようで、悲しんでいるようで――何かの感情に満ちた、とても人間らしい表情だった。



 垣根は身を翻し、心理定規に背を向け歩き出す。
 その先にあるのは、先ほど垣根が入ってきたアジトの出入り口だ。


「……行くの?」

「どのみち第一位はぶち殺すつもりだったんだ、それが今になっただけだ」

「なら、私に何か手伝えることはあるかしら?」

「戦力としてならお前は邪魔なだけだが……そうだな、他の暗部組織が動こうとしてたら、それを食い止めろ」

「案外難しい注文をするわね。……でもまぁ、わかったわ。私に任せて」

「おぅ。…………悪いな、心理定規」

「ちょっとやめてよ、いきなりそんな素直になっちゃって、死亡フラグがビンビンよ」

「ハッ、くだらねぇ。この俺に死亡フラグなんてそんな常識が通用するかよ」


 垣根は背を向けたまま手を振り、アジトを後にした。
 一人残った心理定規はノートパソコンを起動しながら、垣根の出て行ったドアを見つめていた。


「……本当、ツンデレね。帝督は」


 クスリと笑い、心理定規は真剣な表情でパソコンの画面と向き合った。



356: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:40:40.18 ID:d2WSFZSh0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  




「…………で」


 垣根はアジトから少し離れた場所に居た。
 時間のせいもあるが、元々人がほとんど通りかからない場所に居る理由は一つ。


「何でテメェが、ここに居る?」

「説明しなきゃいけないでしょうか?」


 車輪が地面を擦る音。



 街灯に照らされ、闇の中から現れたパジャマ姿の女性は木原病理だった。


357: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:42:06.87 ID:d2WSFZSh0
「俺の予想が外れてくれりゃうれしいからな、答え合わせだ」

「答え合わせは重要ですね。ええと、私はあなたを諦めさせに来ました」

「……予想通りかよ、クソッタレ」


 ニコニコと、病理はいつも通りの笑みを浮かべている。
 だが、いつもとは明らかに違う点が一つだけあった。
 今日の病理は、『木原』である事を隠そうとしていないようだ。


「一応聞いてやる、何で俺を止めに来た?」

「アナタが第一位に挑む事に何のメリットもありません。アナタが死ぬと私も『未元物質』の研究が出来なくなってしまいますし」

「俺が死ぬのは確定か? 舐めてやがるな」

「確定ですよ、なぜなら相手は第一位で、アナタは第二位だからです」


 当たり前のように病理は言った。
 1よりも10の方が多いという事実はどうやっても変えられないように、第一位という存在を第二位が打倒することは不可能だと。

360: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:46:02.22 ID:d2WSFZSh0
「第一位の能力を発現させたのは、私よりも上位の『木原』です。第一位の能力が第一位になるべく狙って作られた能力とは言っても、第一位の能力を扱うのには常軌を逸した演算能力が必要になります。
それを可能とする開発を行った『木原』は紛れもなく天才でしょう。
だから帝督、諦めてください。あなたが第一位に挑めば学園都市、そして『木原』のトップランカーたちをも敵に回すことになります。そんなことになってしまえば、帝督には何のメリットもありませんよ」

「…………悪いな、木原病理」


 垣根は意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺はテメェと違って、『アイツには敵わないだろうから諦めよう』だなんて軟弱な考えは持てないタイプなんだよ。敵わねぇって言われたら見返してやりたくなるタイプだ」

「…………」


 木原病理から表情が消えた。
 カタカタと手元のキーボードを叩くと、病理の座っている車椅子のシルエットが変化し始めた。
 車輪部分が割れ、蜘蛛のような金属の多脚が中から出現する。
 さらに側面から現れたのは、もはや大砲と見紛うほどの口径を持つ大口径散弾銃と軽機関銃、さらにはまるで蟷螂のような鎌までもが現れた。

361: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:46:40.97 ID:d2WSFZSh0
「垣根帝督、さっさと『諦めて』ください。第一位に挑めばあなたは必ず敗北し、死亡する。そんな事、私は認めません。死なれては困ります、アナタと言う究極の実験材料を、失うわけにはいきません」

「……最後のがなきゃ、中々にいいセリフだったんだがなぁ」


 垣根はため息を吐く。
 


 ――――そして、次の瞬間には銃声と金属音と爆発音が、垣根の居た場所を飲み込んだ。




「……ここで優しく抱きしめて、涙でも流しながら「行かないで」とか言われたら中々良い演出だし考え直してやったんだがな」


 爆風が一瞬で吹き飛ばされる。
 中から現れたのは、白い六枚の翼を背にした垣根の姿だった。
 

「木原印の兵器か。その辺の能力者よりかは楽しめそうだな」

「楽しむのなんて諦めちゃってくださーい、と、言うわけですべてを諦めろよ垣根帝督」


 変形した車椅子から奏でられる、笑い声のような金属音。
 

 悪魔のような思想を持つ科学者と、天使のような翼をもつ能力者。
 二つの人外が、激突する。

364: ◆VciN2PRcsw 2012/07/13(金) 01:54:41.18 ID:d2WSFZSh0
     『次回予告』






『ところがどっこい死なないのでーす』

――――『諦め』を司る『木原』ファミリーの一人 木原病理(きはらびょうり)





『クソ……! 舐めんじゃねぇぞ木原ぁ!』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)