1: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:40:20.42 ID:RxVAfjGZ0
時系列は幻想御手を使って昏倒した後。夏休み。

以前総合に投下した作品、

麦野「電話の女ってどんなやつなんだろうね」

の長編改編作品です。
ダークな雰囲気でやっていきたいと思います。
取りあえず、少し投下しましょう。



注※話現実性を持たせたい!というわがままで実際の製品名が出ることもあります。
後、ファッション描写が無駄に凝っている可能性があります。
それよりももっとちゃんとするべき所が…という指摘もあるでしょうが、自分の今注げる全力でやっていますので、ご容赦を
匙投げないで完遂させます。では、

2: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:43:32.47 ID:RxVAfjGZ0
八月第一週のとある日


「今日もお疲れ様のですー!今度は補修に来ちゃだめですよー!」



ピンク色の髪の毛の小さい先生が教室にまばらに座っている学生に対して挨拶をする。
講義を聴いていた学生達は次々にバックに教科書を入れて立ち上がり、帰宅していく。



その生徒達の中に一人、柵川中学の学生がいる。
彼女の名前は佐天涙子。
彼女が何故補修に参加しているか。



彼女は7月24日に幻想御手(レベルアッパー)に手を出して倒れてしまったからだ。
彼女は能力がいつまでたっても上がらない事に嫌気が差し、飛び級して能力を得ようとした。



そんな人達に努力してレベルを上げる事の大切さを説く為、夏休みであるにも関わらず学園都市側は補修を開いているのだ。

3: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:45:03.02 ID:RxVAfjGZ0
さて、今日の講義も終わり。
これでやっと補修の全てのカリキュラムは終了したと言う訳だ。


(いやー…やっと終わった。補修めんどくさかったなー)


(自業自得なんだけどねー、でもこのクソ熱いのに外走ったり、その後にキンキンに冷えた部屋で長時間講義とか…疲れちゃうわ)


(…でも、そんなめんどくさいのもおしまい!仕送りも今日来てるだろーし、ちょっと自分にご褒美しちゃおっかな)



めんどくさい補修が終わって彼女は柵川中学校の学生寮に向かう。
佐天が講義を受けていた高校は多摩センターにある。



そこから多摩都市モノレールで一気に立川まで出る。
立川駅から降りると再開発地区として開発されている所の近くにある寮へ。



そこが彼女の家だ。


モノレールから降りるとうだるような熱気が漂っている。
そんな中をトボトボと佐天は自宅に向かって歩いていく。


途中コンビニに立ち寄ってお金を下ろす。


(五千円、これで一週間もつかなー…)


仕送りと言っても自由に使って言い訳ではない。
月ごとの携帯電話のお金や水光熱費などのお金。
水光熱費は柵川中学側がある程度負担してくれるとは言え、全額ではない。


(お金のやりくりとかめんどくさいなー…セブンスミスとに新しく入った服屋も行ってみたいし…)


そんなお金の計算をしながら佐天は寮の前に着き、鍵をガチャガチャを開けていく。

4: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:46:13.82 ID:RxVAfjGZ0
昼下がり。
太陽はまだまだ遥か高い位地に。


(あー…冷房タイマーでつけとけばよかったなー…部屋の中、暑すぎるー…)



HARUTAの革靴を脱ぎ捨て、整えずにそのまま上がっていく。
バックをベッドに放り投げようとしたその時だった。



机の上に小さい小包がおいてある。



(ん?なんだこれ?)



佐天は小包を手に取る。


(あれれ?宛名もなし…?)


何も記載されてない小包。
とりあえず彼女は制服のまま冷房が当たる位置に移動してその小包を開けて見ることにした。



ジジジ…ビリビリ…

6: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:48:20.16 ID:RxVAfjGZ0
小包を破ると中にプチプチで丁寧に包装されているipadの様なタブレット型携帯電話が入っていた。
いや、正確に言えば通話可能なノートPCと形容がしたほうがいいかもしれない。


(な…なにこれ?いたずら…?)



ともあれ包装されているプチプチを取ってその携帯電話を見る。
市販で売られているipadと形は殆ど同じだが、通話機能が付いている点が大きくことなる。
製造されたメーカーの名前も彫られてない。


(…な、何よ?これ、マジで…)


(ちょっと…押して見ようかな…)


そんなことを考えて佐天が電源起動ボタンと思しき所に指を当てようと思った時だった。
音を立てず、静かに携帯電話が起動するではないか。


(えっ!?あれ?ボタンを押そうと思ったけど…勝手に起動した?)


動揺するよりも寧(むし)ろ、じーっとあぐらをきかながら携帯電話を見つめる佐天。
冷房の風が冷たい。

8: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:49:30.66 ID:RxVAfjGZ0
携帯電話の電源が起動する。
すると各種のソフトをダウンロードしているようで小さく機械音が聞こえる。
そしてダウンロードが終了すると、いきなり電話がかかってきた。


プルルルルルルル…………


最新機器の携帯電話から奇妙なくらいにレトロな音が鳴る。
その音で彼女の肩がびくりと震える。



「はい…もしもし…」


『あ、出たねー、こんにちわ』


受話器越しに聞こえる声は明朗快活な好青年の様な感じだった。


「えーっと、どちらさまですか?」


『あー、自己紹介遅れちゃったね!俺は…そうだなぁ…名前は言えないんだけど、人材派遣って言ってくれればいいよ』


「マネジメント?」


佐天は人材派遣という言葉を聞き返す。


(マネジメントって何よ?)


『あー、まぁ…名前の通り?かな、人材を募集したり、必要な機器をいろいろな人々に供給する、学園都市の影の功労者みたいな感じかな?』


電話の相手はペラペラと自分の事を話していく。
佐天は坊主の野球部員をなぜか想像していた。

9: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:51:42.44 ID:RxVAfjGZ0
「…その人材派遣さんが私になんの用なんですか?」


『あ、鋭い指摘だね、単刀直入に言うけど、君に引き受けてもらいたい仕事があってさ』


「引き受けてもらいたい仕事…?」


『うん、出来ればその業務内容、ちょっとだけ聞いてくれないかな?』


佐天は思った。
明らかにこれはおかしい。
何かしらの性質の悪い勧誘か、最近はやっている詐欺の一種とか新興宗教の勧誘だと思った。
ほら、最近噂の三沢塾とか。



そんな彼女の不振の念など携帯電話の通話相手はつゆ知らず、ベラベラと喋っていく。


『あー、平気平気。取りあえず、俺のはなし聞いてくれない?五分だけでもいいからさ、はは、CKBの健さんみたいだね、って知らないか』


何か勝手に冗談を一人で言っているが、佐天にはわからないようだ。
それより、この男は何を持って平気と言えるのだろうか、佐天は首をかしげる。


「…なんなんですか…さっさと要件言ってください、いたずらですか?」



ちょっと強い語調で言い放つ。
すると即座に電話の相手の男は答えた。


『違うよ』

10: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:53:42.18 ID:RxVAfjGZ0
その言葉を聞き、答えに窮する佐天。
たいして男は佐天が黙っている事をいいことに喋る。


『取りあえず、段ボールの底を見てほしい』


電話の男は佐天の家に届けられた小包の底を見てくれと言ってきた。
それが一体、この電話が冗談かどうか、どういう関係があるのかはわからない。


取りあえず、佐天は電話の男には答えずに小包の底を見る。
そこには茶の封筒が入っていた。


(な、なにがはいってるの???)


佐天はガサリとその袋をつかむ。
その音が通話している男にも聞こえたのだろうか、『封筒見つけた?』と聞いてくる。


そして、次には佐天が驚く事を男は言った。


『100万ね、それ』


「100万…?何がですか?」
(え…、まさか…?お金?)


『佐天さん、まだあけてないの?封筒開けてみてよ』


その男の声に導かれるがままに佐天は封筒を開けてみる。
ビリビリと封を切ってあけるとそこには新札で大量の一万円が入っていた。

11: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:56:39.33 ID:RxVAfjGZ0
佐天は試しにぱらぱらと一万円に目を通す。
本物かどうかは中学生の彼女には判定できないが、見た目はちゃんとした一万円のようだ。



「こ、こんな大金…一体…私に何をさせたいんですか?」


彼女の心拍数は一気に早くなる。
こんなお金の束、見たことない。
テレビ画面ではよく身代金を要求するシーンで札束を目にすることがあるが、彼女がこんな大金生で見るのは生まれて初めてだった。



『何をさせたいって…まぁまぁ、焦らず聞いて』


男は落ち着き払った声が聞こえてくる。
緊張で手汗をかいている佐天とはおそらく正反対の態度であることは容易に想像できる。



『取りあえず、これで俺が冗談を言ってるって訳じゃないことが分かったよね?ちなみに本物だから、それ』



「…はい…」
(ほんと?…ひゃー…)


『そのお金を見たうえで君に質問何だけど、能力者に嫉妬してる?』


「え?いきなりなんですか?その質問?」

12: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 18:58:11.78 ID:RxVAfjGZ0
佐天はいきなり自分の心の内面がえぐられる様な気分を味わう。
なぜなら今、彼女は幻想御手のショックから回復して学校で補習を受けており、只今絶賛、能力についての話を受けているからだ。


正直、あまり能力とかそういう話はしたくないのが今の彼女の本音だ。


「その質問の答えを、私があなたに…言う必要があるんですか?」



佐天は顔も見たことのない相手に自分の事を言われ、若干苛立つ。
しかし、男はそんな彼女の事を全て知り尽くしているかの様な口ぶりで話していく。


『いやー…佐天さんを怒らせる気はないんだよ?あくまで嫉妬してるかどうかを聞いただけだから』


「…それが私の気に障るんです、電話切りますよ?」


『あ、ちょっと待って!たんま!』


電話を切ろうとすると男は慌てふためいている様で、動揺した声が佐天に聞こえてくる。


『君にお金を渡した理由はね、君にある組織に電話をかけてほしいからなんだよ!』


「組織に電話…?」

13: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:01:39.35 ID:RxVAfjGZ0
『そうそう、えーっとね…これ以上電話で言うことはできないから…今日会えるかな?』


「なんですか、それ。ついさっき電話掛けてきた人にあれよれよと会おうなんて気がしません」


『平気だって、拉致とか、薬使って眠らせたりはしないからさ』


「…そういうと余計心配になります」


『だったら小包に本物の100万円なんて置くはずがないだろ?』


「………」


佐天は黙っていたが、正直、確かに、と納得してしまった。
そして、律儀な彼女はお金をもらったからには、もらい逃げするのもなんだか気が引けてしまうのである。


「…じゃあ…良いですよ…会うだけですからね」
(会うだけならいいかな…?我ながら…大したクソ度胸ね…)


佐天はお金をもらったことと、なんだか分からないが、このままではすっきりしないと判断したのだろう、男と会うことに決めた。



『ホントに?やったね、じゃ、19時に町田でどうかな?』


男は指をパチン!とはじく。
その音が佐天に受話器越しから聞こえてくる。



「町田って?JRの町田駅ですか?」


『そうだね。…じゃ、町田駅のオブジェ前でどうかな?改札出たらすぐわかるから、そこにいてよ、迎えに行くからさ』

14: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:03:46.42 ID:RxVAfjGZ0
「あ、わかりました」


『あ、そうそう、それとこの電話は持ってきてね、今佐天さんがもってる電話で説明するから』


「はい…じゃ、切りますよ?」
(この携帯で…?)


『うん、いいよ』


佐天は電話を切るために電源ボタンを小刻みに何度も押す。
電話が終了した時、彼女の思考能力は半ば停止していた。



能力、嫉妬、100万、電話、仕事…



見ず知らずの男に言われたさまざまな単語が彼女の頭の中に浮かんでは消える。
ごちゃごちゃにして全く合わないパズルのよう。



(あぁ…お金をもらっちゃった手前、拒否出来なかったけど…どうしよう…行くしかないかな…?)



行くと決めておきながら、やっぱり町田駅に行くかどうか逡巡する。
取りあえず彼女はスカートのファスナーに手を駆けて着替えることに。



ジーッ…っとファスナーを下ろしていくと、ストンとスカートが床に落ちる。
衣類が入っているタンスを開けて、スウェットを履く。


上着も制服から半そでの白いシャツに着替える。


冷房の空気が冷たく当たり、寒い。
冷房の電源を一度切って窓を開ける。


もわっと熱気が部屋に侵入してくる。
しばらくして彼女は窓を閉めて横になった。

15: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:04:39.41 ID:RxVAfjGZ0
警備員の詰所に佐天はいた。


『あら、佐天さん、今日も詰所にきていらしたんですの?』


『すいません、白井さん、お邪魔しまっす!』


『白井さん、佐天さんは今日は暇って言っているので、ここに来ました…』


初春の苦笑した様な顔。
どうやら彼女は佐天を詰所に連れてきたことを後悔しているようだ。


『…もしかして、今日はきちゃだめでしたか?』


彼女はこういう時、決まって苦笑いをする。


(いやぁ…今日は来ちゃまずかったのかな?)



『いえ…別に来るな、とは言ってませんの、ただ…』


『ただ…?』


『いえ、なんでもないですわ、ホラっ、初春!警邏に行きますよ?』


『あ、はい!』


佐天を置いて二人はどこかに消えていく、彼女はそれを追いかけて…風紀委員の詰所のドアを開けていく…。


ガチャリ、



そこには何もない。真っ暗な空間…。

16: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:05:34.43 ID:RxVAfjGZ0
『待って!私も行って良いですか?』


そこは虚空。何もない。誰も答えない。



気付けば、周りには私以外誰もいない。
ただの空間だけ。


いきなりシーンが変わる。



『あれ?ここはどこ?まさか、セブンスミスト?』


佐天は周りをキョロキョロ見回す。
初春達を見つける。


『ういはるー!白井さーん!御坂さーん!』


『あ、佐天さん!どこに行ってたんですか?探しましたよ?』


『ごめんごめん、ちょっと風紀委員の詰所に…?ってあれれ?』


混乱する。自分がどこにいたのか良く分からない。
確か、風紀委員の詰所にいて、初春と白井を探そうとして、彼女はドアを開いた時…。


『ま、どこ行ってたって良いわよ?それより、ホラ、今日は美琴先生のおごりだから、美味しいパフェがどこにあるか教えてよ!』


『あら!お姉様が奢るなんて珍しいですの!さては…何か良いことでもありましたか?』


『は?な、な、な、ないわよ!あの馬鹿とかどうでもいいから!』


『あの馬鹿?まさか…あの類人猿とまた遭遇しましたの?噂に聞けば、あの類人猿は無能力者らしいですわよ?』


急激に情景が切り替わったと思えば、佐天は白井達といつもしているごく、他愛のない話の輪にいた。

17: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:12:41.14 ID:RxVAfjGZ0
『初春?あなたからも何か行ってあげて下さい!お姉様は無能力者の男に気があるそうなのですが…お姉様の様な上品な御方とはどう考えても釣り合わないですの…!』


『…私は人それぞれで良いと思いますけど…ダメですかね?佐天さんはどう思いますか?』


『あ、私は…はは、無能力者がどうとか、って言うよりかは自分の思った相手だったら誰でもいいと思いますけど…』


『ちょっと!初春さんに佐天さん!そんな話じゃなくって!ってかいつから私はあの馬鹿の話をしたのよ?』


『だって、お姉様が私たちといて、上の空の時はたいていはあの類人猿がからんでいるんではなくて?お姉様は否定できまして?』


『うっ…///』

顔が赤くなっている御坂。
そしてそれを複雑な表情で見ている白井。



初春と佐天は、ははは、と笑っている。


佐天は一緒に笑っている初春をちらりと見る。
彼女は御坂と白井の痴話げんかの様なやりとりを聞いている。


(私は…どうかな…?)


佐天は自分が本当に心の底からこの会話を楽しんでいるか、自分に聞いてみる。
答えはわかりきっている。


この会話は彼女にとって苦痛以外の何ものでもなかった。


(御坂さんが気に言ってるかどうかなんてわからないけど…)


(無能力者だって良いじゃない…白井さんも御坂さんも、能力なんて気にしないでさ…?)


彼女の思考がまた切り替わる。
すると今度は誰かが佐天を呼んでいる。

18: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:15:34.32 ID:RxVAfjGZ0
またシーンが暗転する、今度は声だけだ。
聞き慣れない男の声だ。


『おーい!おーい!起きろ!超電磁砲が…!』


(私を呼んでるのは…誰?)



『結局…私のお姉ちゃんの話何だけど…』


『オマエがあの電話の…へぇ…』


『わたしは…そんな境遇の………応援……』


『超、私とためですね…!』



(誰?声だけが聞こえてくる…!?)


聞こえてきた声は五人。



そして…?

19: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/14(金) 19:18:06.89 ID:RxVAfjGZ0
「はぁ…はぁ…夢?」


佐天はベッドに横になったまま寝ていたようだった。
やけにリアルな夢を見ていた。


いや、むしろ…現実のワンシーンのフラッシュバックを思わせるもの。
しかも最初の二つは自分があんまり思い出したくない、風紀委員の詰所で感じた疎外感の話や能力者特有の会話だ。


けれども、彼女が納得できない夢が一つあった。

それは――


(あの五人の声は一体誰の声だったんだ?)


彼女を呼んだ五人の声。
声からしておそらく四人は女性だろう。あんな声の知り合いなんて誰もいないが。
勿論、男も聞き覚えがない声だった。



とにかく、嫌な夢をみた気分だった。
冷房のタイマーは切れていて、室内はうだる夏のクソみたいに熱い熱気に浸食されつつあった。


汗もじっとりと書いている。
嫌な汗だ。
さっさと体を洗いなあがしたい衝動にかられる。



(軽くシャワーあびよっかな…)


(時計、時計っと…今何時何だろう?)


取りあえず彼女はベッドに置いてある携帯電話をパカリと開く。
時刻は17時半。今からシャワーを浴びて、支度をすれば、19時には町田につく。


(時間的には余裕かな…?シャワーあびよ…)


(っていうか…なんだったんだろう…あの夢…あー、もう思い出せない!)

薄れゆく夢の記憶。
つい先ほどまで見ていた夢の内容はもう頭から消えていった。

 
41: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:33:27.55 ID:Hnml+c0n0
 
――佐天の学生寮の部屋のバスルーム

シャワーの温水を浴びて佐天は汗を流していた。

彼女が汗をかいた理由――おそらくそれは彼女の夢の内容に依るところが大きい。


佐天はシャワー浴びつつ、通話していた内容と夢の内容とを反芻して思い出す。

電話してる時の相手が言ってた『能力者に嫉妬してる?』という言葉。

その指摘は正しいと言わざるを得ない。



佐天の頭の中でその言葉が浮かんでは消えていく。


(嫉妬かぁ…どうなんだろう…)


(幻想御手の時に痛い目みて…なお、能力者に憧れるか…)


(補習に出た時、あの小さい先生が言ってたよね、努力して自分の能力を上げることが出来るって)


(…そういう意味だったら憧れてるのかもしれない…けど)


けど――

彼女は思った。
結局は努力をし続ければいけない。それに対して別段嫌な気はしない。でも、努力する事について正直面倒だとも思っていた。

42: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:34:39.53 ID:Hnml+c0n0
(確かに…自分でも能力者に対して憧れる気持ちがあるのは認めるけど)


(なんていうか…もっと違う気がする…能力に関してはあんなに痛い目見たわけだし…)


そこで彼女は自分の気持ちがわかりかけた様な気がした。


(能力があってもなくてもいい、ただ、白井さんや御坂さん、初春の様に何か自分に誇れるような事をしてみたい?)


(御坂さん達が自分たちの能力を鼻にかけてる事はない…と思うけど…自分たちの能力に絶対の自信は持ってる…)


(私も…何か、自分に誇れて自信を持って出来る事をしてみたい…のかな)


(…それとも、ただの興味?人に言えない事をしてみたい…のかな?)


佐天はシャワーを浴びながら自分の思考がどんどん遅滞していく感覚を覚える。
結局、自分は能力者に嫉妬しているかどうか、答えは出なかった。


そして、自分がいつも一緒にいる友人たちと同じように能力者になりたいと思っているのか、それとも何か人に言えないことをしたいのか…。


ぼんやりとお風呂にある防水時計を見る。
そろそろ風呂から出なければ遅刻してしまう時間だった。

43: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:37:27.33 ID:Hnml+c0n0
(出よっと…)


シャワーの蛇口を閉めて、裸体のまま浴場から出る。
佐天のすらっとした腕、太もも、両脚…体の四肢を伝って滴り落ちる水をバスタオルでふきとっていく。


 のあたりから綺麗な脚の先まで丁寧に拭き取る。
最近生えてきた  をぼんやりと見つめながらそのあたりについている水滴をふきとっていく。


身体を一通りふき終わると   をはく。


白い脚にかかる   。
すらりとした脚をするすると彼女の   が上がっていく。


   をはくと次はバスタオルでふいた髪をドライヤーで乾かしていく。
自慢の黒髪だ。



しばらくして髪が乾くと、慎ましい胸ながら、発達中のそれにブラを着用する。
その後、白いユニクロのポロシャツを着る。
タイトめに着ると次はジーンズ。Leeのブーツカットデニムをはき、靴下をはき、エアフォースワンの白のスニーカーを履く。

さわやかでボーイッシュな感じで元気闊達な佐天ならしっくりくる。



(さて、行こうかなー…)


百万の内、一万円を一枚だけ財布に入れる。
残りは冷凍庫の奥の方にねじ込む。



(夕飯は…この中から買えばいいかな…?)


先ほど小包の底にあった封筒の中から出した一万円だ。
なぜか罪悪感がしたが、それは気にしないことにした。

44: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:39:04.44 ID:Hnml+c0n0
柵川中学校のバックにipad型携帯電話を丁寧にいれる。
自分の元々持っている携帯電話はジーンズのポケットに。


机の上に置いてある寮の鍵を持ち、戸締りの確認をする。


(じゃ…いってきまーす…)


(なんだか緊張する…)


見ず知らずの男、いや、待ち合わせ先にいる人物は性別もわからない。
一体誰なのだろうか、そんな不安に彼女はかられる。


しかし、お金をもらった手前と、なんとなく、話を聞いてみようという興味本位で彼女は町田に向かっていった。


45: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:41:45.13 ID:Hnml+c0n0
ここで40の文章を読んで下さい!
一応もう一度貼り付けますね。





町田駅は神奈川県と東京都の県境にある駅だ。
同時にここは学園都市と日本の境目でもある。



巨大な貨物ターミナルもあり、長津田から横浜線と分線し多摩センターの地下にある第二十二学区の地下街まで延びているそうだ。



小田急線、横浜線とが交わり、国道十六号線や町田街道も近くにある町田駅は学園都市の交通の要衝でもある。
そして町田周辺の小中高大に登校するのに欠かさないこの駅の周りは多数の施設が乱立し学生達の遊びの場になっている。



多数の学生達の遊び場となっているこの駅の周辺は日本と学園都市の境目に位置する都市であるため、人の流出入が激しい。
その人の多さゆえ、治安の乱れが懸念されている地域でもある。

46: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:43:11.68 ID:Hnml+c0n0
さて、町田近辺の説明はここらでいいだろう。
佐天は町田駅についた。



第七学区の立川駅前、あるいはそれ以上の数の人がいた。
夏休みということで遊んでいる学生が多数いるのだろう。


(十九時ちょっと前かぁ…早かったかな?)


彼女は町田駅前のオブジェの前にいた。
どんな人が来るのかわからないので緊張する。いや、どんな人が来るかわかっても初対面なので緊張するだろう。


(あー…私も結局何してるんだかねぇ)


(電話をする簡単な仕事か…)


佐天は寮でした電話の内容を思い出す。



(組織ってなんなの…?)





(私が…能力に嫉妬かぁ…)


彼女の頭の中をいろいろな事が駆け抜けていく。
そうして考えて気付けば下を向いて地面とにらめっこをしていると、不意に声がかかった。
顔を上げるとボディシェープされたこぎれいなグレーのスーツを纏った男がいた。


「ごめん、仕事で遅れちゃって」


「!!」


「申し訳ない!」

47: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:45:04.07 ID:Hnml+c0n0
「へ、平気ですよ…」


「はは、恐がらない、恐がらない。取って食っちまおうってわけじゃないからさ!」


佐天に話しかけている男は優男といった感じで、大学生くらいの男だった。
案外に優しく見える。組織だの電話だの、能力だのと言ったこととは無縁そうに見えるただの学生然とした風貌だ。

けれど、この街の学生は皆そういう風に見えて、実はとんでもない能力を持ち合わせているからわからない。
取り敢えず、佐天から見た男の第一印象は概ね良かった。集合時間に遅れることもなかったし、見るからにおかしいヤツじゃなかったから。


(ま…まぁ、普通の人ね…)


(このひとが 私にさっき電話した人…だよね?)


そんなことを考えながら佐天は目の前にいる好青年に緊張しつつも話しかける。


「あ、あの…さっきの電話の詳しいお話なんですけど…」


「そうだね、その話しをしに来たんだった、ってか立川から町田までわざわざ申し訳ないね!今日は町田で一仕事あったんで!」


「あ、良いですよ、気にしてないんで!」


「そう、ありがとね、じゃ、立ち話もあれだし…こっちにきてくれ」


男はそういうとオブジェの近くの階段から下の道路の方に降りるように佐天に指示した。
佐天はその男から少し距離を置いてついていく。するとそこには大型のキャブワゴン「VELLFIRE」がハザードをたきながら止まっていた。


「さ、どうぞ」

男は黒のブルガリのキーケースをポケットから取り出すと、トヨタのロゴが彫られているキーのボタンを押す。
キュッキュッとアザラシの鳴き声のような音が小さく響くと後部座席のドアがゆっくりと開いた。

48: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:47:27.05 ID:Hnml+c0n0
(え?ちょっと、これは大きすぎるでしょ…?何この車…)


佐天の実家の車よりも全然大きい車、しかも中を覗き込むと相当な広さだ。
彼女は外から見た、「VELLFIRE」の車内の広さに驚いているようだ。



「ほら、乗りなよ」


「あ、はい」


男に言われるがままに佐天は後部座席に座っていく。
携帯電話が入ったバックを大事に抱えて。



佐天が恐る恐る車に乗り込と、その動作を見ていた男が後部座席をハンドル脇のボタンを押す。
すると後部座席のドアが静かに閉まっていく。



(あ、ドア閉まっちゃった…出れない…)


どうしよう、と佐天が考えていると、運転席に座っている男がミラー越しに話しかけてくる。


「単刀直入に言うけど、これは遊びじゃない」


「………………」
(な、な、なによ?え?え?)



「まぁ、そんなかたくならず、リラックスして」


「あ、はい…」
(お前がそんな事言うからだろー!)


後部座席に乗ってからずっと彼女の体は小刻みに震えていた。そして背筋はぴんと張っている。
男に楽にするように促されても全然出来なかった。

49: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:49:40.94 ID:Hnml+c0n0
佐天の様子を見て、男はふぅ、と男はため息をつく。
まるで、やれやれと言った素振りだ。


「緊張しすぎだって!平気だよ!リラックス!」


男は両手を宥めるようにして佐天に音付くように促す。
佐天ははい、と答えるものの、どうしてもリラックスできない。



そんな動作を見て男はさっさと話し始めてしまおうと思ったのだろう。
男はスーツの胸ポケットから煙草を取り出して吸い始める。佐天はその素振りを見ていた。


「あ、煙草ダメだった?」


「いや、良いですよ、気にしてないんで」


「ごめんね、気を使わせちゃって…」


男はその後数回煙草を吸ってはいてを繰り返すと設置してある車内の灰皿に煙草をぎゅっと押しつけて火を消す。



「自分で単刀直入って言っておきながら話がそれちゃったね、そろそろ本題を話そう」


「携帯電話を出して欲しいんだ」


男はミラー越しに佐天を見つめ、話す。
佐天はバックのファスナーを開けて携帯電話とは名ばかりのipadの様なタブレット型コンピュータだ。


「これは学園都市の技術で詳しくは言えないんだけど、電池はほぼ無尽蔵なんだ」


「む、無尽蔵?」


その言葉に佐天は驚きを隠せないでいる。

(いくらなんでも無尽蔵…確かに小包を開けた時に充電器はなかったけど…)

50: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:53:56.36 ID:Hnml+c0n0
「こうした技術を外部に漏えいさせないために学園都市の情報を守る部隊がいるんだ」


「え、っと…それって警備員とか風紀委員みたいな感じですか?」


「あー、ちょっと違うな!それはあくまで公的な組織なんだ!」


「公的じゃない組織…ってことですか?」


佐天の警備員や風紀委員ではない、それでもって新設の組織…果たして一体?
彼女には見当もつかない。


「公的、の裏側って言ったら良いのかな?そりゃ、風紀委員や警備員も学園都市の治安維持機関だけど、教師や学生の集まりだけでこの学園都市の治安が守れると思うかい?」


「………」
(え?違うの?どうなの?)


「当然、守りきれるわけがないよね」



「………」

佐天は黙りこくってしまった。
それもそのはず。今まで彼女が見てきた学園都市に存在する治安機関は警備員と風紀委員の二つしか存在しないのだ。
それ以外の組織に学園都市が守られているなんて想像出来ない。飽くまで彼女は一般市民なのだ。現時点では。


「じゃ…その組織に私は…はいる…?」
(警備員と風紀委員以外に何か…あるの?)



「入るって言うとちょっと違うんだなぁ…!…うーん…そーゆー組織に君が指示を出してほしいんだ」


「わ、わたしがぁ???」


「なに、難しい話しじゃないよ、指示って言ってもこっちでするからさ、佐天さん、君にはぜひ、その内容を彼女たちに伝えてもらいたいんだ」

51: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:55:29.63 ID:Hnml+c0n0

「は、はぁ?」
(え?なんで私なの?)


「ま、いろいろ疑問もあると思うけど、まずは携帯のアプリを起動して?」


男に言われるがままに佐天はアプリを起動する。
すると『極秘』と書かれたファイルがあった。


(極秘?な、なによこれ…?)


「このアプリを見たことは他言無用だよ?ってか今日の出来事はなかった、いい?」


「………は、はい」
(…なんだかやばそうな雰囲気ね…!)


アプリはどうやらファイルを取り組んでいるようだった。
しばらくすると、四人の少女たちの顔が出てきた。


「女の人たち…?」


「そ、彼女たちに指示を出してもらいたいんだ、名前はアイテム」







「…アイテム?」

52: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:57:33.56 ID:Hnml+c0n0
「そ、アイテム、じゃ、誰でもいいから押してみて」


佐天は男に言われると適当にボタンを押してみる。


(じゃあ…、この黄色いコート着た人)


ぽち、タッチパネルのボタンを押すと四人の画像から切り替わって黄色いコートを着た女性の詳細が反映される。



「む、むぎの…しずり…?」


佐天は思わず名前を言う。
そして画面に映っている麦野という女の画像をマジマジと見つめる。


(きれいな人だなー…ちょっと横顔向いてて正面からじゃないからわからないけど…)


(私より大人っぽいなーってか生年月日も私より普通に年上じゃん)


(へぇー…高校二年生かぁ…ってかレベル5…原子崩しねー…)


佐天が麦野の詳細が記載してある記事を飛ばし飛ばしに読んでいく。すると男が不意に彼女に話しかける。


「一応、記事に載ってると思うけど、彼女がアイテムのリーダーだね」


「は、はぁ」


「記事と内容は重複してると思うけど、一応彼女について簡単に説明するね、彼女はレベル5で学園都市第四位の手だれだよ」


「だ、だ、だい四位!?」
(み、御坂さんと一つしか変わらない!?す、すごっ!飛ばし飛ばしで読んでたけど…はんぱないなぁ…!)


佐天は記事を飛ばし読みに読んでいたのか、男から麦野と言う人物の強さを知らされて驚きを隠せないでいた。

53: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 02:59:11.65 ID:Hnml+c0n0
「うん。ってか君記読んだはずなのに驚きすぎだよ…」


「す、すいません、飛ばし飛ばしで読んでてつい…」
(うわぁ…すごいなぁ…こんなにかわいいのに…レベル5で第四位かぁ…次はどんな人なんだろう?)



佐天はその記事を一通り読み終えると次のページをめくる。興味津々だ。
電子書籍の様にペラッと本をみる調子だ。



「彼女の名前は…」


男が言いかけると佐天が答える。


「フレンダ…?外人?」
(国籍は…カナダ…?カルガリー出身…カルガリーってどこよ…?)



佐天は世界地図を思い出す。適当にアメリカの上あたりのでっかい土地だろう位に考えておく。
そして、食い入るように記事を読んでいった。


(爆薬の取扱のプロ…銃器の扱いにも長ける…へぇ…すごい…この人は…あ、)


佐天はあることに気付いた。
そしてちょっぴり親近感が湧いた。


(レベル0なんだ…フレンダ…さん…って言ったらいいのかな?)



(にしても…本名はなんて言うんだろう…?ま、いいか)

54: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 03:00:13.19 ID:Hnml+c0n0
佐天は本名ではなくて名前だけ表示されている『フレンダ』に疑問を抱きつつ、次のページを開いていく。
運転席に座っている男は佐天が真面目にアイテムの記事を読んでいる事に配慮してか、静かに腕を組んで運転席に座っている。



(滝壺…り…なんて読むんだ?これ?りこうであってるのかな?)



(当該組織のリーダーである…麦野沈利の粒機波形高速砲の照準補佐を行う、なお…その能力の発露には…体晶をもちい…)



(体晶…?なんなんだろう?)


聞き慣れない名前が出てきて佐天は記憶を探ってみるが『体晶』なるものが一体なんなのかわからなかった。
彼女は能力を誘発する特殊な環境か何かだろうと、適当に決めて次のページをめくった。



(絹旗最愛…うわ、この子、私と同い年くらいじゃない?)


(ほうほう…絹旗さんはレベル4…窒素、装甲?聞いたことない能力)


(アイテムの中でも攻守の応用性に優れており、非常に広範な任務で活躍している…すごいなぁ…最年少なのに…)



佐天は流し読みになってしまったが、一通り『アイテム』のメンバーについて網羅されている記事を読み終わると携帯を隣に置き、男を見る。



運転席に座っている男は佐天がアイテムの記事を呼んでいた時間、別段苛立つ表情など見せなかった。
そして佐天が記事を読み終えると話しかけてきた。


「彼女たちに電話をしてもらうのが君の仕事だ。そして君にこの仕事を任せた理由は…」


佐天は自分の心臓がドキリと反応し、一気に鼓動が速くなっていくのを知覚する。


「君も何かやってみたいって思わないかい?」


「ど、どういうことですか?」

55: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 03:01:36.35 ID:Hnml+c0n0
質問の意味がわからずうっかり質問に質問で返してしまう。
男は気まずそうに笑顔を浮かべている。


「君が幻想御手を使って昏倒してから、回復する今に至るまで君の生活は完全に監視されていたんだ」


「は?監視?」
(ちょっと、どういう事よ?)


いきなり出てきた『監視』という言葉に佐天は動揺を隠せないでいた。
なぜ、自分の様な――無能力者――が監視されなければならなかったのだろうか。


彼女の頭の中に次々と疑問が浮かび上がってくる。



「すまない。学園都市の統括理事会の命令で滞空回線(アンダーライン)という超小型のナノデバイスを散布していた」


佐天は何か言おうとして口をあけていたが、何も言えなかった。
結局、男が話を続ける。


「その中で君の周囲の会話も勿論聞かしてもらった。結果、君は能力者達にたいして憧れがある」


「決めつけないでください…」


「じゃ、否定してくれ」



「…………」
(そう言われると何も言えない…)



「そして、君は“自分も何か能力者の様に活躍したい”って思ったり、能力者の会話が嫌いだったりする」



「それがどうしたんですか?確かに私は無能力者です。そして周りにいる能力者の友人たちの話がたまにとてつもなく嫌になる時だってあります!」


佐天はつい、語気を荒げて本音をいってしまった。

56: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 03:08:40.17 ID:Hnml+c0n0
言ってからはっ、と気付いて佐天は頭を男にペコペコ下げて謝る。


「謝らなくていいよ、むしろ、今の君のそういう感情があってこそ、この仕事はやりがいがあると思うんだ」



「?」




佐天は何も言わず、首をかしげる。
なぜ、無能力者である、と言う劣等感が仕事をするうえでのやりがいになるのだろうか、全然わからない。



「考えてみてくれよ、君ははっきり言って無能力者だ、けれど、能力者たちの様に何かしてみたいと思うだろ?」


「そう、滞空回線で監視していたけど、御坂さん達の様になりたいって気持ちがあったはずだよ、或いは彼女達の様に自分だけの特殊な環境が欲しいって」


佐天は何も言えない。
けれど、こくんと頷く。当たっているから。決して御坂達や初春の事が嫌いな訳ではないが。

男は構わず話し続ける。

「だったら、幻想御手の事なんかさっぱり忘れて、能力者たちに学園都市の治安を維持する様な伝達をするのも良いとと思わないかい?君には被害が出るわけじゃないんだし」


「た、確かに…そうですね…」
(……私だって、何かしたい…一人だけ何もない無能力者はやっぱりやだよ…!)


佐天は自分の両手をグッと力強く、男の見えない、影になっている部分で握る。



「君の知り合いの風紀委員やレベル5よりも、もっとこの街の最奥を知ることが出来るいい機会だよ、ただし、誰にも言ってはいけないけどね」


「この街の最奥を知ることが出来る…機会…」


佐天の脳裏には友人達の顔が浮かび上がる。しかし次の瞬間、佐天は言い知れぬものを感じた。
甘く、何かこう危険な香りを。男の発言にちらほらと見え隠れしている甘美な響き。

しかし、それでもそれは佐天にとっては危険なものと言うよりかは、むしろ、淡い乳香の様な香りを漂わせるような、且つファンタスティックで魅惑的なものとして認識された

57: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 03:09:54.09 ID:Hnml+c0n0
「そう、あなたの友人たちが関わっている様な世界に君も来れるかもしれないね。しかも何のリスクもなくて」


真剣に聞けば、ちゃんちゃらおかしい話だと言う事はわかる。
佐天自身もそれは承知していた。


「何のリスクもない…っていうのは信じられません…失礼ですが…あなたは電話をかける仕事をしたことがあるんですか?」


「あぁ、あるよ。ここ最近いろいろ立てこんでいてね、元々人材派遣の方が本業なんだけど、最近多忙で副業の電話をかける仕事まで手がつかなくなってさ」


「立てこんでる…?」


「うん、えーっと…ツリーダイアグラムを搭載した衛星が何ものかに撃ち落とされたり、学園都市第一位の男が…なんてね、いろいろさ」


「は、はぁ…」


「俺自身は何年かやってきて自分の身に危害が及ぶことはなったよ」


人材派遣の優男はそういうと自分の胸をどんと叩く素振りをする。
佐天に悪印象を与えないようにという配慮だろうか?それは分からない。


「そ、そうですか…」


「で、どう?やってみる気になった?」


その質問で佐天の顔が強張る。

しばらく沈黙が車内を支配する…。









「はい、私でよければ…」

58: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/19(水) 03:11:57.05 ID:Hnml+c0n0
「ホント!?やった!そっか、ありがとう!じゃぁ…詳しいことは追々連絡するね!」


男は指をぱちんとならす。嬉しそうだ。


佐天は決心した。
まだ右も左もわからない状態だが、この仕事を引き受けると。
いつまでも迷惑をかける無能力者ではなく、学園都市に貢献する無能力者になると。



手は震えている。
100%ドキドキしている。
いや、もしかしたらワクワクしているのかもしれない。





そして佐天の言い知れぬ感情をよそに「VELLFIRE」は動き出す。



「佐天さんの家の近くまで送るよ」



町田の高層ビル群が前から後ろに流れていく。
スモークがかかった後部座席からそれを眺めている佐天の表情は期待と不安がごちゃ混ぜになった複雑な表情をしていた。
それとは知らずに、今日もうるさい街の喧騒が響き渡っている。

68: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 02:54:22.28 ID:RdTWuuq30
――翌日

「うーん…?もう朝?」
(あれ?私いつから寝てたんだ?服もぬぎっぱだし…)


気付けば朝。
佐天は疲れて寝てしまったようだ。


(えーっと確か昨日は人材派遣の人にうちんちの地近くまで送ってもらったのよね…?)



そう。佐天は人材派遣の男の車で佐天は町田から立川の学生寮の近くまでわざわざ送ってもらったのだった。
そうして彼女は学生寮に着くなり、適当に服を脱いでそのままバタンキュー。



そして翌日の朝、現在に至る、と言うわけだ。





「ねむーい…今何時…?」



佐天は眠気眼をこすりながら小さい目覚まし時計を見る。
時刻は9時半、本来なら大遅刻だが幸にも今日は夏休みだ。
もう補習もない。


(ふー…今日は何しよっかな?)


彼女にとって本格的な夏休みは今日から始まったと言える。佐天は頭の中で今日のプランをぼんやりと考える。

69: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:00:18.21 ID:RdTWuuq30
ベッドに横になりながら自分用の携帯電話をいじる。
すぐに思い浮かぶのは同年代で同じ中学校の初春だった。彼女の唯一無二の親友である。



(初春誘ってどっかいこっかなー…風紀委員の集まりとか無ければ良いんだけどなー…それとも…昨日貰ったお金…使ってみようかなー)


不意にお金の事を思い出す。
タブレット型携帯電話の底にあったお金だ。


(……百万かぁ)


佐天は昨日人材派遣の男と合う前にしまった一万円の束が入っている金庫代わり(!?)に使用されている冷凍庫をちらと見る。
中学生にとっては百万という膨大な金額がなんだか恐くてしまって冷凍庫に入れてしまったのだ。

厳密に言えば九十九万円だ。一万は佐天が財布に入れているので。
買いたい物はいくつかある。服とか、靴とか、水着とか。一杯。



(…いやー、でもまだ仕事してないしなぁー…)


頭の中にお金の事が浮かびながらも一つずつそれらの欲を打ち消していく。


(お金は使うのはやめとこう。まずは仕事してからじゃないと!しっかりしよう)




(ちょっと携帯みてみよー)



昨日から佐天の仕事道具になったタブレット型携帯電話。それの電源ボタンをポチッとおす。

どうやらこの携帯は佐天の眼光光彩と指紋が完全一致しなければ電源がつかない仕様に変更されているらしく、佐天が指だけ起動ボタンに押しても起動しない。

70: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:01:23.23 ID:RdTWuuq30
真っ黒なモニターをしばらく彼女はベッドで寝ながら見つめる。
そこにうつる自分の顔。昨日と何にもかわらない彼女がそこにいた。


(元気かな、お母さん、)



(久しぶりに会いたいかも…あの馬鹿弟はいじめられてないかなー)


何故か佐天は母親や弟の事を思い出す。
一週間に一回は連絡を取っているので取り他立てて寂しいわけではないが。


ぴとり、


家族の事を考えながらも佐天は指を再び起動ボタンにあてる。すると携帯電話が起動した。



(やっとついた)


(しばらく触って、モニターを見なきゃ付かないのかな?)


佐天の予想通り、しばらくモニターを見つめなければこの携帯はつかない。
厳重なセキュリティ機能がこのタブレット型携帯電話には付与されているのだ。



“おはようございます、佐天様”


モニターに出力されるかわいい文字。
様付けで表示される自分の名前をみて彼女は一人苦笑する。


(昨日の朝はただ補習出てただけなのにね、なんか笑える)

71: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:05:26.71 ID:RdTWuuq30
佐天の予想通り、しばらくモニターを見つめなければこの携帯はつかない。
厳重なセキュリティ機能がこのタブレット型携帯電話には付与されているのだ。



“おはようございます、佐天様”


モニターに出力されるかわいい文字。
様付けで表示される自分の名前をみて彼女は一人苦笑する。


(昨日の朝はただ補習出てただけなのにね、なんか笑える)


そう。

昨日まではただの柵川中学校の学生だったが、今では学園都市に貢献する一端を担う一員なのだ。
そしてそれは学園都市の最奥を知る事が出来る存在だ。


しかし、佐天は学園都市の最奥という響きに甘美なもの感じずには居られなかった。


(学園都市の最奥かぁ…)



昨日男が言っていた言葉を思い出す。



(最奥ってなんだろう…)



佐天は学園都市の最奥なるものを自分なりにぼんやりと想像した。

学生の間で噂になっている、人間の脳をいじくる計画に人柱として犠牲になった人達がいる、とか、学園都市の人目につかないところでレベル5が6になる実験を始めるだ、いやまた、それが既に始まっていてクローンが大量に殺害されていた
り、とか。
そうした出来事の詳細を知れるのだろうか?


(あくまで噂よねー、そんなの)



(でもー、学園都市の最奥って要はフツーの人が知らない学園都市の秘密を知るって事よね?…………ふふ)

72: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:06:40.12 ID:RdTWuuq30
(皆が知らない、秘密を私が知るって事かー、御坂さん達も、初春も…アケミ達も知らない秘密…)


まだ佐天はなにもしていない。携帯電話とお金を貰い、一日が過ぎただけ。
しかし、それだけで気分は既に一般人とは違う心持ちだった。いや、実は彼女はこれだけでもう十分なのかもしれない。


昨日、彼女は一時、人材派遣なる男と話しただけでフツーの中学生が経験できないような経験をした。


むしろ、実際に何をするのか、『アイテム』なる組織に連絡をするだけの簡単な仕事といっても何をすればいいのか、皆目見当がつかない。



(実際に連絡するってなーにすんだろ?)



佐天が携帯をいったんまくらの横に置いて元々持っている携帯を見ようと思ったその時だった。


うぃーん…うぃーん


仕事用の携帯電話がバイブしている。



(……?えっ?)



佐天はもぞもぞと毛布の気持ちのいい触り心地を足で確かめていたがそのバイブレーションを聞き、ガバッと飛び起きる。



恐る恐るベッドの上に置いた携帯電話を見てみる。
ピカピカと光り、携帯が輝いているではないか。


「ひゃう!」
(ま、ま、ま、まさか、しごと?)

とっさのことでついつい素っ頓狂な声が出てしまった。



佐天は一瞬なにも考えられなくなる。しかしその次には携帯のモニタを見ていた。

73: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:07:28.87 ID:RdTWuuq30
(うわー…携帯鳴ってるよー…)



そう考えつつ佐天は嫌々ながら携帯のモニターをみる。どうやらメールのようだ。


(メールが一件、あはは…メルマガ?かな?……な、訳あるかっつーの、)



佐天が手紙のマークをポチッと触る。
送り主は人材派遣だった。


(人材派遣さんか…なんだろう…?)



佐天はベッドの上であぐらをかきながらメールを開く。そして内容を目で追っていった。



(えーっと……おはよう、佐天さん。早速だけど初仕事だよ、って言っても気張らず、電話をするだけ…ふむふむ…ってはいいいー?)




佐天はメールの内容に目をパチクリさせる。
早朝、心臓ははやくもバクバクに。



(昨日の今日でもう仕事?ってか何すればいいのよー!)


人材派遣の男のメールをもう一度読み返す。


(…そ、そんなぁー…連絡ってなによー、何すればいーんだー…)


メールには丁寧に、麦野沈利の携帯番号が記載されている。


(…こ、これがリーダーの麦野さんの…番号…?まさか…ここに?)


彼女は更に携帯の文を読む。

74: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:08:33.72 ID:RdTWuuq30
(…連絡したら今度は俺のこのアドレスに完了報告のメールしといてね、麦野に電話すれば適当に答えてくれるから…だってさ…どーする、涙子!)


佐天はこのメール内容を見た時、冬の柵川中の合否発表よりもドキドキしたそうだ。
しかし、いつまでもうじうじしてられない。佐天の脳裏に浮かぶのは昨日もらった100万。


(……かけるっきゃない。お金までもらっといて…トンズラなんてだっさい真似できない…!そんな事したら、佐天涙子の名折れだよね!)


クソ度胸で、カーソルを麦野沈利の携帯電話にあわせる。


(よっし……!掛けちゃうぞ、掛けちゃうぞー!………………………できねぇぇぇぇぇぇ!)


緊張から汗がたれる。折角の気持ちのいい朝なのに、気分はいっきに緊張へと様変わりした。



(…やぁばい!けど…やるしかないっ!)


頭が真っ白になる。なにも考えられなくなる。しかし、彼女はボタンを押す。


(えいやっ!)


ポチッ


(か、かけちゃったー!何話すか決めてないのにー!)


電話は無慈悲にも麦野沈利を呼び掛ける。
しばらく呼び出し音がなる。


(頼む、出るなー!ってか年上か、だったら出ないで下さいー!麦野さーぁぁん!)


ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…


ずいぶん携帯の呼び出し音が長い。
普通ならここらへんで留守番電話に繋がっても良い頃会いだ。

75: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:10:38.89 ID:RdTWuuq30
佐天は電話でアイテムのリーダー麦野を呼び出しをしている最中に家にある掛け時計をちらりと見る。

時刻は八時を少し回ったくらいだ。


(麦野さん、寝てるのかな?ここらできっちゃおうか?)


佐天は一瞬電話を切ってしまおうかと思ったが、それは躊躇した。
折角仕事を任せられているのに、そんな半ば仕事を放棄する様な事は出来ないと律儀にも思ったのだろう。



(いやーでも…仕事だ!切るのはダメ!)


と、ここで唐突に呼び出し音が切れる。
そして受話器から眠たそうな女の声が聞こえてくるではないか。


「あ、あのー…」
(出てしまったー…!やばいやばい!もしかして起こしちゃったかな?)





『はい、麦野ですー…ふぁーあ…』


麦野が電話に出る。
佐天の心臓が取れそうな位どきどきする。


「えーっと…あの、あの…えーっと」
(うわー…絶対寝起き起こしちゃったよ…)



『…あぁ?定時連絡じゃねぇのかよ』




「えーっと…定時連絡をしろって…人材派遣の男の人に言われて…」
(ひー!麦野さん、ちょっとご機嫌斜め?)

76: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:11:58.39 ID:RdTWuuq30
佐天は受話器越しの麦野の声に怯えつつも話す。
麦野はため息をつく。


『お前、人材派遣じゃねーんだ、お前が新しい連絡相手?』


「あ、はい…!そうです。よろしくお願いします!」
(この人がアイテムのリーダー、麦野さんか…声こわいよー…><)



『へぇー…よろしくね、それで定時連絡なんだけど、特に言うこともない。以上、仕事はなんか来てないの?』



「あ、いや、特に何も言われてません…」



『あ、そ。じゃ、仕事はいったらまた連絡よろしくねー…』


「え、あ、ちょっと…!」
(お、おしまい?)



麦野はそういうと電話を切ったようで、ツーツーと電話が切れた音が聞こえるのみだった。
一方的に電話が終了すると佐天はフー!っとため息をはく。

「…………?」
(初仕事…完了かな…?)


たった数秒の電話だった。しかし、佐天には妙な達成感があった。


(取りあえず…人材派遣の人に報告した方がいいのかな?)



佐天は定時連絡を終えると、仕事用の携帯電話から人材派遣の男が指示したアドレスに連絡完了のメッセージを作成する。



カチカチ…ピッピッ…

77: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:12:37.00 ID:RdTWuuq30
慣れないタッチパネル型の文章編集モードでメールの文章を佐天はつくって行く。


(うーん…なんて送ればいいんだろ…?報告完了、とかかな?)


(報告書の書き方は初春とか知ってそうだけど…この事は他言無用だからなぁ…)


(取りあえず…簡単に連絡終了、でいっか…)


タッチパネルをポチポチと押し、連絡用にメールを打っていく。
送信が確認され、やっと佐天は肩の重荷を下ろしたようにベッドに倒れ込んだ。



(もっかい寝よ…疲れた…寿命が縮まるかと思ったわ…)

78: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:13:05.94 ID:RdTWuuq30
――第十五学区の麦野沈利のアジト

アジトと形容すべきだろうか?
いや、ここは彼女の豪邸と言っても良い。


学園都市の高級マンションの一角に麦野沈利はアジトを構えていた。


麦野は学園都市の治安維持組織のうちの一つ、『アイテム』の実質のリーダーだ。
学園都市に七人しかいないレベル5の内の一人で学園都市第四位の屈指の実力の持ち主だ。


勿論『アイテム』という組織が公式の組織である事は言うまでもないだろう。
警察力を警備員と風紀委員の二つの組織に頼っているというのはあくまで表向き。


実際は彼女の様に、実力者が数人まとまって行動する組織や統括理事会の私兵部隊も学園都市の治安維持に一役買っているとか。



さて、ついさっき麦野の携帯に連絡があった。


(女になったのか…新しい連絡先…にしても妙に声が若かったな…私よりも年下か…?)



以前は人材派遣とか言う男がメールなり電話なりで連絡してきたそうだが。
今日の朝かかってきた定時連絡の声は女だった。


(誰だったんだ…?あの声…声から判断する限りだと…まだ高校生か中学生くらいだぜ?)


(かわいそうに…とは言わねぇ…ようこそ、暗部に、ははっ)


ベッドで寝っ転がっていた体を麦野は無理やり起こす。
そして、バスローブのまま寝ていた体を起こす。


カーテンをシャッ!と全開にする。
高層マンションから望む学園都市の光景を見る。
朝の通勤ラッシュ、うごめく人、車。
夏休みになったこともあり、各方面からの人の流出入が激しい。

80: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:16:19.47 ID:RdTWuuq30
(はぁー…今日はこの後仕事はないって言ってたし…今日は取りたてて予定もないし、アイテム招集すっかなー…)


そんな事を考えていると麦野の腹が鳴ってしまう。
朝ご飯時でお腹が減っているのだろう。



ぐぅー…




時刻は8時。


朝ごはんの時間帯だ。
麦野は実は朝起きれない。


しかし、彼女は定時連絡の為にいつも頑張って早起きしているのだ。
その定時連絡も終わり、彼女だ誰かを待っているようだ。


(お腹へったなぁ…そろそろ来るかな…?)



麦野は何をそろそろ来る、と期待しているのだろうか?
と、その時、外の光景を麦野が窓越しに見ていると部屋のドアがこんこんとノック音が。



「おーい、麦野、買ってきたぞー?」


「はいはーい…いつもいつも早起きごくろうね、浜面」


「ったく、俺が暗部に堕ちてからはもっぱら弁当係かドリンクバー係かよ!」


「そう言わないの、ほら、はいってきなよ。ドアの前でつったてないでさ」


浜面と呼ばれる男、ガラの悪いB-Boyの様な、ウーフィンやサムライに出てきそうな格好の男。
この高級マンションの雰囲気にはてんで似つかない。

81: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:18:13.70 ID:RdTWuuq30
「で、今日のシャケ弁はあったの?」


「いやー…それがよぉ…銀髪のほっそい男に最後のシャケ弁取られてさ…わりぃが今日はサバ弁勘弁してくれ…」


「………は?」


どうやら彼女はシャケが相当のお気に入りな様で、どうしてもシャケ弁以外の弁当は受け付けないようだった。
浜面がコンビニの袋からサバ弁を取り出した時の彼女の表情は落胆とも怒りとも言えない複雑な表情だった。



「…やっぱ、サバじゃダメか…麦野?」


「…仕方ないわねぇ…一日だけフレンダの気分でも味わうかしらねぇ…」


そういうと麦野は浜面から弁当を受け取り、パカリと袋を開けてサバをつまむ。
アイテムの中でもフレンダはサバ好き、麦野はシャケ好きで通っている。

「あ、そうそう、定時連絡の男の代わりが来たわ」


「へー、あの悪趣味な男がねぇー…ついに死んだか?」


「いや、女の言う限りでは、なんだか人材派遣の男が本業一本で打ち込みたいらしいから、新しく女を雇ったみたいだよ」


「へー…あの男、相当趣味わりぃぜ…?麦野あった事あるか?」


「いや、ないけど」


「なんか、前にトカレフの弾もらいに行った時にぼこぼこに殴られた女がいたな…あわれなこった」


「ふーん…どんまいね…」



食事の時間帯だとういうのに、殴られただの、トカレフだの物騒な話が出てくるものの、二人はさも普通の様に話していく。
麦野に至ってはむしゃむしゃをサバ弁をほおばっている。

82: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:20:27.91 ID:RdTWuuq30
「で、次の女はどんな奴だったんだ?麦野、」


「いやー、普通だった。ただ、声が若い感じがした。ほら、前の人材派遣の男って大学生くらいって自分で言ってたじゃない?それに比べれば相当若いと思う。声だけだからなんとも言えないけど」


「へぇー…仕事の連絡係は人手不足なのかねー」


「さぁ?」



気付けばサバ弁を食べきっている麦野。
彼女は腹一杯になったのだろう、ベッドに再び寝っ転がる。
その一見怠惰な生活を見て浜面がついつい指摘する。


「おいおい、食っちゃ寝は太るぜ?」


「うっせぇなぁ、馬鹿面、こう見えてもちゃんと美容とかダイエットはちゃんとしてるんだよ」


「はいはい、じゃ、俺帰るぞ?」


「…待ちなさいよ」


「あぁ?なんだ?また“いつもの”か?」


「…う、うん」

83: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:23:50.91 ID:RdTWuuq30
浜面は頭をポリポリとかくと少し照れながら麦野の寝ているベッドの方へ向かう。
麦野はベッドで寝ている体を起して浜面を待っているようだ。

少し赤面しているその表情はいつもの仕事をする時の鬼の様な形相と比べるとまるで別人のなのではないかと思うくらいだ。


ともあれ、二人の距離は一気に縮まっていく。
そして気付けば二人の距離はもうほぼゼロ。


吐息の音が聞こえるくらい近い。


「はいよ、麦野」



ぴと…



二人の唇が重なる。
麦野はそのまま浜面をベッドに引き寄せる。

そして浜面の耳元で囁く。


「いつも、弁当ありがとねー、これはそのお礼って事だから…」


「お、おう…」


麦野と浜面はしばらく唇を重ねる。
浜面が暗部に墜ちて少ししてからこのいびつな関係は始まった。


付き合ってるかどうか、定かではないが、弁当を買ってきてくれるおかえしに…、二人はいつも少しだけキスをする。

84: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:26:19.81 ID:RdTWuuq30
――第七学区のファミリーレストラン『ジョセフ』 浜面と麦野が唇を重ねて数時間後…(同日正午)


「麦野の招集って超なんなんですかね?フレンダ」


「私もわからないわよ、いきなり呼ばれるなんてー、服見たかったのにー」


「待ってください、超暇人のフレンダと一緒にしないで下さい、私は映画を見ようと思ってたらいきなり招集かかったんですよ?」


「一緒じゃん、予定無いから映画行こうとしたんでしょ?」


「うー…超何も言い返せないですー」


ファミレスの窓側の席にフレンダを絹旗最愛は座っていた。
彼女達二人は学園都市暗部組織『アイテム』の構成員だ。


「あ、きぬはたとフレンダ。もうきてたんだ」


「あ、滝壺さん」


もう一日の半分ほどが終わろうとしているのにも関わらず、眠そうな半袖ジャージの出で立ちで登場したのは滝壺理后だった。


「あれれ?麦野は?」


「それがさー、招集掛けといた張本人のくせにまだ来てないって訳よ」


「ふーん…」


ファミレスの店員がシルバーがはいったケースを持ってくる。
しかし、そのケースの中には五人分のシルバーがはいっていた。


どうやら『アイテム』はいつも五人で来るらしい。
三人は座席に座ってアイテムのリーダーともう一人が来るまでそのまま待機していた。

85: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:29:19.85 ID:RdTWuuq30
カランカラン…

入店を告げるベルが鳴る。
どうやら客が来たようだった。


「わりぃ、わりぃ…遅れたわ」


金髪の男、浜面仕上が遅れながらやってきた。


「浜面ー?結局、最近麦野に朝呼び出されてるっぽいけど、結局何にもない訳ぇー?」


「そうですよ、超浜面を麦野が弁当を届けさせるだけな訳がないと思うんですが?」


浜面は来た途端に絹旗とフレンダの質問責めにあう。
アイテムの中でも浜面は結構いじられキャラだったりする。


そして今日のトピックは浜面が最近麦野の朝のシャケ弁当を買いに行かされて、麦野の家に持って行ってるらしいという話だ。


「あぁ?なんもしてねーよ、こっちは朝っぱらから起きてコンビニ行って、弁当買わされてそれだけですー!」
(キスした後は…結局何もしてねーよ…ってかキスするだけ…だし…!わりぃか!って言いてぇ!!けどいえねぇ!!)


「ふーん…何にもしてないってわりには…マンションはいってから出るまで一時間もかかってる訳よー」


「あぁ?お前ら何だよ?まさか、麦野ん家の前に貼ってたのかよ?」
(こいつら…暇人どもめ…!)


「結局、何にもしてないって話しは超嘘ですよね、弁当なんて渡して直ぐに帰ればものの数十秒で済むし」


「だーかーらー…なんもしてねぇって!マジで!」



「じゃ、一時間半何してたの?はまづら」


(超ナイスです、滝壺さん)

(結局、滝壺の冷静質問からは何人も逃げられないって訳よ!)

86: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:30:47.16 ID:RdTWuuq30
フレンダと絹旗がぎゃぁぎゃぁ騒いでいる間、浜面はずっと滝壺から視線を感じていた。
いつも眠たそうにしている滝壺だったが、なぜか目がカッ!と見開かれ、浜面を刺すような視線で見ている。
もしかしたら、彼女は浜面に気があるのかもしれない。


「いやー…だからな、まず弁当渡すだろ…?」

うんうん、と頷く三人。


「…その後はな…あいつが全然起きねぇからよ…待ってたんだよ…」


「へぇー…。はまづら、それはおかしいよ、だって弁当渡す前になんで待ってるの?むぎのは鍵かけてなかったのかな?」


「そうですよ、超浜面の言い分はおかしいですよ」


「滝壺の言うと通りって事よ、浜面、正直吐いちゃいなさい!麦野と付き合ってるんでしょ?」


「ぐぬぬぬ…!」
(俺だってあんなカワイイヤツと付き合えたら付き合いてぇよ!けどなぁ…俺だって今の関係、よくわかんねぇんだよ…)


浜面のへたっぴな嘘が看破られようとしていたその時!
ちょうど麦野がきた。


お姉系のワンピースを着ている。
化粧はナチュラルで、かわいい。顔のかわいさとスタイル全てひっくるめて学園都市第一位の美貌を持つのは間違いなく麦野だ。


「盛り上がってるわねー、どうしたの??」


「いやー、麦野、聞いてくれよ、こいつらがな…」


「窒素キーック」
「人形爆弾&イグニスー」


「ビブルチッ!」


浜面の両脚に猛烈な痛みが!

87: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:31:57.90 ID:RdTWuuq30
「?どうしたの?ま、あんたらが何話してたかは構わないわ。で、招集掛けたのは、私が暇だったからなのよ」


「むぎの。ひどい…」


「ごめんね、滝壺、パフェ奢ったげるから許して><!」



「すいませーん、このジャンボパフェとイチゴパフェと焼き立て林檎パイお願いします、あとチェリーパイ」


麦野の奢る宣言が飛び出した瞬間に滝壺は近くにいた店員を呼んで注文する。
絹旗とフレンダもメニューを見て咄嗟に注文する。


浜面はなぜか注文しないでドリンクバーにジュースを取りに向かっていく。


「そうそう、浜面、私ウーロン茶、わかってるじゃない」


ジンジャエール、ペプシ、コーラ、カルピス…さまざまな注文が浜面に殺到する。
へいへい、と浜面はぱしり根性全開でドリンクバーを往復し始めた。



……一通りアイテムの構成員のドリンクオーダーが落ち着くと麦野が口を開く。


「いやー…いつも仕事の合間に報告してきたり、定時連絡うっさいヤツいたの覚えてる?」


「あー…あれねー、人材派遣とか言う暗部の構成員でしょ?確か…大学生くらいだった気がするけど…」


「そうそう、今日の朝も定時連絡でアイツから電話かかってきたと思って電話に出たらさー」


「どうしたんですか?」


「気になる。わくわく」


「連絡してきた相手が女だったのよねー!眠かったんだけど、私驚いちゃったわ」

88: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:33:22.10 ID:RdTWuuq30
「そうですねー…仕事の対象で女っていうのはいままで何回かありましたけど、仕事の受注をよこしてくる連絡が女ていうのは初めてですね」


「でしょ?ほら、このメンバーで仕事始めたのが今年の四月からでしょ?そっからずっとあの人材派遣とかいう男が仕事のまわしてきたんだけど…」


麦野の言う通り、人材派遣の男が今までアイテムに仕事を回してきていたのだが、どうやら今日の朝麦野の連絡をよこしてきたのは女だった。


アイテムの主力構成員、麦野沈利、フレンダ、絹旗最愛、滝壺理后の四人。
彼女たちの集まりで仕事を行い始めたのは絹旗が中学に入学して祝!暗部堕ちした四月一日からだ。
それ以降は繰り返しになるが人材派遣の男がアイテムに仕事の仲介をしていたのだ。


しかし、今回から女がその仲介をすることになった。その事は彼女たちにいやおうなしに興味を抱かせた。



「結局、…名前は電話の女ってところかな?」


「そうねー…どんなやつなんだろうね、電話の女って」


「確かに、超気になりますね…」


「気になる。だれなんだろうね」


アイテムの面々が“電話の女”に興味を抱き始め、話が始まろうとした時、ちょうど注文した鬼のようなでかさのパフェがきて話は中断する。

89: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:34:17.32 ID:RdTWuuq30
――佐天の暮らしている学生寮、同日午後

午前中、気持ちのいい二度寝から佐天は目覚めた。
そしてお昼ご飯を軽くすませてテレビを見ていた時だった。


ういーん…ういーん…

またしても携帯のバイブレーションがなっている。
どうやら仕事用の携帯電話にメールがはいったようだった。


(また電話かなー…やだなー…)


いやいやながらもメールフォルダを見る。
宛名は不明、と記載されているがおそらく学園都市の誰かお偉いさんだと検討をつける。


(すごいなー…本当にメール来るんだー…)


ポチポチ…


(ふむふむ…)


佐天の見ていたメールの内容はこうだった。

90: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:34:51.77 ID:RdTWuuq30
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From:学園都市治安維持機関

Sub:お疲れ様です

今日の朝、『アイテム』のリーダー麦野沈利に対しての連絡ごくろう。

さて、夏休みで暇を持て余している君に指令だ。佐天君。

学園都市内の裏路地でマネーカードをばらまいている不逞女子高生がいる。
その女子高生がまいているマネーカードを出来うる限り回収してほしい。


なお、その回収したカードの内の一枚の番号を回収次第、ランダムで送ってほしい。
そのカードに今後君の収入が振り込まれることになる。



添付ファイル
マネーカード予想配置図.jpg


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(ま、マネーカード?銀行のカードの事かな…?まぁ…暇だし、ってか命令だからいくしかないか…)


佐天は携帯電話にあるjpg画像にタッチする。
するとマネーカードのイラストと予想配置図が展開される。


(へー…かたつむりのかわいらしいカード…これってたしかL銀行のカードよね?)


(特に予定もないし…行くか…)


佐天は部屋の冷房を切って洗面所で鏡を見る。


(でも、何でマネーカードなんてもつんだろう?)



(理由なんてどーでもいっか…とにかく、この中の一枚が私の給料が振り込まれることになるカードなんだし…)

91: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:36:00.06 ID:RdTWuuq30
(理由なんてどーでもいっか…とにかく、この中の一枚が私の給料が振り込まれることになるカードなんだし…)


佐天はメールを見ると学生寮のカーテンをピシャ!と締め切り、カーテンを閉じる。戸締りはOK。


(服は何着ようかなー…ってか百万もあるんだし、何か買ってみよっかなぁ…初仕事もした事だし)


すると佐天は冷凍庫から一万円の束を適当に掴んで財布に入れる。
ひんやり冷えている一万円というのもなかなかにシュールだ。



(あー…なんか靴とか買ってみようかな…ふふ、何買おう…)


(たまには一人でいろいろ歩いてみよっと…!)



佐天は戸締りを済ませると私服に着替える。


上着はインハビタントの青と白の上半分がチェックのポロシャツ。夏っぽく、アクティブな彼女にとってはもってこいだ。
ズボンはディッキーズのレディースで茶の半ズボン。
そしてスニーカーはAdidasのミディルコート。
仕事用の携帯電話をいれるために同じくAdidasのヨーロピアンクラブのミニショルダーバックを肩に掛ける。




(よっし!行くぞ!マネーカード探し!)


携帯電話を大切にバックにいれると彼女は元気よく外へ出て行った。

92: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:37:25.17 ID:RdTWuuq30
――アイテム構成員フレンダの暮らしているマンション 第七学区立川駅前 十八時頃


「ただいまーって結局誰もいない訳よ…はは」



アイテムの構成員フレンダは自分の専用のアジトに帰ってきた。
麦野の急遽かかった招集はただのおしゃべりだった。


(はー…全く我が儘お姫様ですねー…麦野は、ま、結局そこがいいんだけどね)


フレンダは麦野の事がお気に入りだった。なので結構不意の招集にも喜んで足を運ぶのだ。
そんな彼女は家に着くと、まず頭からお気に入りのベレー帽を取って机の上に適当にぽふんと置く。



(いやー…でも疲れたなぁ…最近暑いし…私あんまりお金持ってないからなぁ、麦野達に比べて…)



一人愚痴る彼女。
実はファミレスの出費は浜面のおごりになっているのだが、ファミレスに行くまでの交通費等がかさみ、フレンダは若干金欠だったりする。


(お金貯めなきゃなぁ…結局、いつまでこんな暗部の生活暮らしなんかしてるんだか…)


彼女はカルガリー出身のカナダ人。
なぜカナダ生まれの白人がこんな所にいるのだろうか?



(はー…疲れちゃった…)


彼女は何に疲れたのだろうか?
暗部の暮らしか、それとも日本に暮らしているということ自体にか。



(帰りたいなー…お姉ちゃん、元気にしてるのかなー…)

不意にフレンダの思索に出てくるお姉ちゃんという言葉。
彼女のお姉ちゃんとは一体誰なのだろうか?

94: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:41:52.94 ID:RdTWuuq30
フレンダが思い出すのは自分より少し年の離れたすらっとした容姿端麗の姉の姿だった。
しかし彼女は長らくその姉にもう四年から五年ほど会っていない。音信不通なのだ。


いきなり失踪した姉が最後に目撃されて場所、そこが学園都市だった。
その姉を思い出し、フレンダは一人思い出す。



(私より少しだけ年上だけど、優しくて、熱くて…)



フレンダの幼少時代の記憶だ。
彼女の家庭は両親が交通事故で死に、残ったのは彼女の姉とフレンダだけだった。



フレンダの姉はフレンダが学園都市に行くことにしきりに反対していた。
姉自身は学園都市で教鞭を取り、治安維持機関に所属していたというのに。


(結局、学園都市に来て何年かたったけど、お姉ちゃんは見つからなかった…って訳よ、)


フレンダが非公式なルートで学園都市に来た時、姉は既にいなかった。
教職を辞していたのだった。
姉が居ない学園都市なんて何の意味もない。



(そろそろこっから出たいよ…!なんで暗部なんかにはいっちゃったんだろう…!)



フレンダのマンションのリビングにある写真立て。
そこにはフレンダと同じくらいに綺麗な、背がすらっと伸びた姉らしき人と一緒に映った写真が飾ってある。
小さいフレンダと仲良く手を繋いで笑っている姉。


写真は二人だけ。両親はいない。

95: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/20(木) 03:47:23.50 ID:RdTWuuq30
(会いたいなぁ…お姉ちゃん…!)



もう、何度も探した。
学園都市に来てからフレンダは姉の情報を得ようとして躍起になって裏表の世界に関わらず情報を得ようとした。
全ては姉に会いたい一心で。



しかし、結果はどうだったか?


(裏の世界にどんどん首突っ込んで…今や暗部の一構成員ですよ…結局ね)



彼女は学園都市の暗部で活躍しつつ、情報収集も欠かさなかった。


そこでは姉に関していろいろな噂を聞いた。
コスタリカで戦ってるとか、華僑を相手に戦ってるとか、コンビを組んだ傭兵と一緒に戦っているとか、



しかし、どれも信憑性のないものばかり。
そして、気付けば姉を探すなんて、と、たまに気持ちが折れそうになる。そして今や彼女は惰性で暗部に身をやつしているというわけだ。


それでも、彼女は姉に会いたいと思った。その葛藤の繰り返し。
唯一の家族である姉に会いたい、とフレンダは強く思っている。


(お姉ちゃん…!?私はここにいるよ?)


フレンダの思いは届くのか?
陽気で明るい彼女が誰にも決して見せる事のない寂しそうな表情。


(お姉ちゃんを絶対見つけてやるんだから…!それまでは暗部なんかで死んでられない…!)


そう。フレンダ=ゴージャスパレスは死ねないのだ。
大好きな姉に会うまでは絶対に。

106: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:52:38.58 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮、二十一時頃

「ただいまーって誰もいないかー…」


佐天は疲れた身体を引きずる様にして帰宅した。
彼女は指令にあったマネーカードを午後に送信された配置予想図に従って回収していた。
その後、気付けば日が暮れはじめており、作業を中断し、暗部に堕ちた当日に貰ったお金で軽く買い物を済ませた。


(はぁーあ…適当にマネーカード拾ったけど、これ拾う事で何の意味があるんだろう?)


佐天は拾ったマネーカードをトランプのババ抜きのように広げてみる。
見た目は何も変わらないフツーのマネーカードだ。
何か細工が施してあるとも思えない。


(このカードなんだろ…ってかそうだ、これのカードの中から一枚番号選ばないと!)


佐天はL銀行のカードを適当に一枚チョイスすると番号を仕事用の携帯電話に打ち込み、送信する。


(これで、このカードに今度から私のお金が入るって事なのかな?)


佐天がメールを送信すると、直ぐに返事が返ってきた。

107: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:53:12.16 ID:Cyk8wUxI0
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From:学園都市治安維持機関

Sub:お疲れさま

マネーカードにはお金がおおかれ少なかれ入っているようです。
佐天君はその中に入っているお金を自由に使っていい。


なお、カードをばら撒いている犯人は現在調査中である。

恐らく犯人は絶対能力進化計画に反対する組織の構成員だろう。
佐天君はこの計画を知らないだろう。

ここでまだこの業務を始めてから二日の君にこの計画の全容を説明するわけにはいかないが、近日中に詳細を説明する。
なお、本日君が打ち込んだカード番号のカードにはお金を振り込んでおいたので確認しておいて貰いたい。
以上

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108: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:54:07.48 ID:Cyk8wUxI0
(ふむふむ…そのなんたらとか言う計画はよく解らないけど…ま、いっか、その内知れる日が来るかー)

佐天がメールを送って数秒できた返事を読む。
その内容を彼女はじっくりと目で追っていく。


(…今日は仕事はこれでおしまいかな?)


仕事ついでと、思い佐天は立川駅の構内近くのBEAMSで買ってきたかわいらしいピン止めを机の上に広げる。


(ふふふ!初任給で買った最初の品、髪留めのピン!ちょっとしょぼいけど、中学生に取っちゃ身分相応だよね?)



佐天はふふと笑いながら楽しそうにBEAMSの袋をパリパリと開けて髪留めを頭につける。


(ふふ…BEAMSのヘアピン全部買っちゃった☆大人買いってやつ?)


KEYヘアピン、アクリルリボンポニー、スカシバレッタ、レインボウバレッタ等のヘアピンをざっとつけてみる。
そして机の前に小さい鏡を持ちだして、ピンをつけて、鏡を覗き込む。



彼女はにこりと笑ってみる。
自分のお金で買ったはじめてのもの。
喜びもひとしおと言ったところか。

109: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:54:50.54 ID:Cyk8wUxI0
(これは大事にしよう…!何かアイテムに電話して、マネーカード拾っただけだけど、何か達成感があるわね…!)


まだ社会に出た事のない中学生ながら佐天は仕事の達成感と言うものを味わっていた。
自分のお金で買ったものをざっと見てみる。
それらがさらに、自分が何かをしたんだ、という気持ちにさせてくれる。妙な高揚感だ。



(ふふっ、今度このピン、初春に自慢したいなー、かわいいだろー!って☆)



ピンの一つを頭につけて、鏡の前で暫くポーズを取っていろんな表情をしてみる。
すると携帯の鳴動している音が聞こえてくる。


ういーん…ういーん…



鳴動しているのは仕事用の携帯電話だ。


(…なによ?今日はもう終わったんじゃないの?)


そんなことを考えながらも佐天はいやいやながら携帯電話のメールフォルダをチェックする。

110: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:56:55.27 ID:Cyk8wUxI0
(はいはい、バイブ止まっていいよー、今から携帯見るからー)

タッチパネル操作でメールを開いていく。

ぽちぽち…



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From:人材派遣

Sub:助言

こんばんわ。初仕事終わったかな?取りあえず暇な時に読んでください。


いきなりで申し訳ないんだけど、『アイテム』のメンバーにはタメ口でいいと思うよ。
なんか佐天さんの律儀な性格だと敬語使っちゃいそうだなって思って笑


ってかもうとっくに定時連絡しちゃったよね?
なら、次から敬語はやめて、タメ口でいきな!正体特定されても面白くないからねー
(ってかもうタメ口かな?笑)


俺なんか気が弱くて最初の方はずっとタメ口だったし。
その内あいつらの口車に乗せられて正体特定されちゃったしね笑 
ま、めんどくさくて自分で口わちゃったんだけど。


ちなみにこのメールに返信はいらないよ。

--------------------



(へぇー…了解。そうよね、私の年齢とか当てられたら嫌だしなぁ…)


(じゃー、ため口でいっかなぁー、会ったことないんだし…出来るはず…!)

次からタメ口で行くか…、とおもむろに考えながら仕事用の携帯電話のメールを佐天は閉じる。


111: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:57:28.44 ID:Cyk8wUxI0
「ため口ねー…出来るかなー…」


一人ごちりつつ携帯電話を見て、佐天はごろりとベッドに横になる。


(年上の人にタメ口ってちょっと抵抗あるなぁー…麦野さん、声聞く限りだと恐そうだったし…)


(でも――)


佐天は思った。
無能力者の自分が敬語を使わないでレベル5や、高位の能力者たちに対して全く物怖じしないで話が出来るこの環境。


(無能力者の私が――ハイテンションでべらべら話す…『こいつらときたらー!』とか言ってみたり…あはは…難しいかな?)


そんなことを考えながら佐天はポフン、とベッドに横になる。


(ふあー…寝むい…)


久しぶりに一人で歩いた。
炎天下の中での散歩は案外疲れた様だった。マネーカード拾いと立川のショッピングは想像以上に彼女の体力を奪っていたようで、
気付けば彼女はその疲れからか着の身着のままで寝てしまった。

112: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:58:09.20 ID:Cyk8wUxI0
――翌日 佐天の学生寮

気付けば彼女は寝ていた。
マネーカードで炎天下歩き回ったことが体に応えていたのだろう。


「あれ?…あ、そっか…私寝ちゃったのか…」


彼女は私服でベッドに倒れ込んだまま寝てしまった。
時刻は朝の六時半。早く寝た代わりにかなり早い時間に起きれた。


(携帯見てみるかなー…)



仕事用の携帯電話の電源はいれたまま。
そのままメールフォルダを開き、新着メールのチェックをしていく。

(お、一件来てた…!なんだろ?)

113: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:59:15.70 ID:Cyk8wUxI0
----------------


From:学園都市治安維持機関

Sub:定時連絡に関して

二日に一回で良い。
なので今日はなし。

定時連絡はないのだが、君にはアイテムに指令を出してもらいたい。
作戦予定日は明日だ。

佐天君がこの動画を見たら、この動画をアイテムの専用ワゴン車に送ってもらいたい。
ワゴン車据え付けのPCアドレスを下に添付しておく。

なお、終了した際にアイテムの構成員達から正否の報告を聞く事。
作戦が終了した場合、アイテムから報告を受けて上申する様に。
上申先はこのアドレスで構わない。




指令.mpeg

車載ワゴンの連絡先:----------------@***.jp.

以上

--------------

114: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 11:59:45.00 ID:Cyk8wUxI0
いろいろな内容が記載されおり、佐天は何が何だか分からなくなる。
取り敢えず重要なのは麦野達に今作戦を知らせることだ、と考える。


(指令内容ってなんだろう…?)


その言葉を疑問に思いながら、佐天はメールに添付されている動画ファイルの拡張子をタッチする。
すると高画質の動画が再生される。
それはいつか佐天の弟がやっていたゲームの画面に似ていた。


(弟がやってたエースコンバットの作戦解説画面…?見たいなのに似てるなー…)


彼女はそんなことを考えながらぼんやりとCGで丁寧に作られた映像を見つめる。


映像が開始されると、液晶画面に学園都市のロゴが表示される。
その直後に音声が流れてくる。


(なんか妙に凝ってるなぁ…)


佐天が感心しつつ画面を眺めていると指令内容は淡々と流れ始める。

115: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:00:30.87 ID:Cyk8wUxI0
『さて、今回の任務だが…


学園都市と比較的良好関係にあるイギリスの軍需会社スーパーマリン社をご存じだろうか?
そこから学園都市にある河崎重工に出向している社員が学園都市のエンジン技術をを第三国に売りさばこうとしている、という情報を得た。


どうやらこのスーパーマリン社の社員は英国人に扮したロシア人の産業スパイらしい。


このスパイが明日、学園都市の鉄身航空技術研究所付属実験空港に併設されている調布国際空港から出発する。
その人物は調布国際空港発モスクワ行きの飛行機に乗り込むらしい。


飛行機に乗り込む前にアイテムの構成員で当該人物を処分してもらいたい』



その後、動画は産業スパイの乗るであろう当該飛行機の発着時間、空港に繋がっている道路の地図、産業スパイの身元、家族構成etcの重要情報も添付されていた。
最後に『健闘を祈る、以上』と無感情なトーンで言葉が添えられて動画は終了した。


(ふーん…ダグラス・ベーター、イギリス出身のロシア人、青年時代にロシア当局からスカウトを受け、思想改造…ふむふむ…)


(コードネームはソユーズ…へぇ…)


佐天は携帯電話の作戦説明画面に表示されている産業スパイの顔写真やプロフィールを見る。

116: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:01:08.44 ID:Cyk8wUxI0
(人種…白人…年齢…三十代…ふーん、ずいぶんほりが深い人ね、ちょっとはげかかってる…ってどうでもいいか…)


(本籍は英国のシュロップシャー…家族構成は、妻と子供…ふんふん…ってあれ?何か…?)



不意に佐天は何か思い出し、動画をもう一度見る。
先ほどの説明が繰り返し再生される。


そして佐天は肩をぶるりと震わせる。


それは無感情な言葉の羅列の中にひときわ冷酷な響きを感じたからだった。


『当該人物を処分してもらいたい』


その言葉に佐天は動揺を隠せないでいた。


(しょ、処分って…まさか、殺すって事…?)


(いや、まさかね…?技術流出しただけだし…法に則って処罰を下せって事よね?)


佐天はこの時アイテムの残忍さを理解していなかった。
彼女は脳裏に出てきた“殺害”という選択肢を排除する。あくまで順法で引き渡すのだ、と自分に言い聞かせる。

117: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:02:00.67 ID:Cyk8wUxI0
そしてそれらの思念を取り敢えず頭の隅に置く。そして深呼吸。


(と、取りあえず、これをアイテムに送らなきゃ…!)


部屋に据え付けの時計をちらりと見る。
時刻はまだ七時。麦野はまだ寝てるだろう。


(仕事の内容は明日だし、今日の朝八時位でいいかな?)


佐天は送られてきたファイルを添付されていたアイテムのワゴン車に搭載されているというパソコンのアド宛にメールを作成してそこに動画ファイルを張り付ける。


(取りあえず、動画は先に送っとこう…!)


学園都市治安維持機関なる組織から送られてきたメールを佐天はワゴン車に送る。


八時までまだ一時間ほどある。佐天はその間に昨日入りそびれたのでシャワーを浴びる。


冷房をつけて、テレビはつけたまま。
夏の日差しが差し込む部屋。

いつも適当に流している音楽。


カーテンと窓はあけっぱなし。
静かな夏。

118: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:02:36.70 ID:Cyk8wUxI0
――甲州街道 佐天が連絡を受けた時間帯とほぼ同時刻。

車のスピーカーからは浜面のお気に入りのラッパー、Rhymesterとラッパガリヤの『Respect』が流れている。
アフリカンビートにのりにのったこのトラックは夏にぴったりだ


さて、浜面仕上はここ最近の日課になっている麦野の家に弁当を届ける業務に奔走していた。
奔走と言っても自分が汗を流して走る訳ではない。


アイテムの商用車とでも言おうか、シボレー・アストロ。
4300CCの排気量で八人乗りの巨大キャンピングカーを運転し、麦野のアジトとは名ばかりの高級住宅街の一角にあるマンションに向かう。



(ったく…何で俺が早起きして麦野の家に行かなきゃいけないんだよ…)


昨日はシャケ弁を買えなかったが、今日は買えた。


(今日もキス出来んのかなぁ…)


そんな破廉恥な事を浜面はおぼろげに考える。
浜面がスキルアウトというチンピラ武装集団を抜けてから、暗部に墜ちて、数週間か、数ヶ月か。
彼はこのシャケ弁当の買い付け係を拝命してからの事を思い返す。


(いや、まぁ最初に暴走したのは俺なんだけどなー)


浜面は初めてキスした事を思い出す。

119: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:03:39.79 ID:Cyk8wUxI0

『おーい、麦野ー、弁当買ってきたぞー』


何回かアイテムのメンバーの送迎や後片付けをこなし、ある程度仕事に慣れてきた頃だった。
浜面は初めて麦野の家に弁当を届けに行った。


麦野はバスローブでそんな浜面出迎えた。


『悪いわねー、浜面だっけ?名前』


『あぁ、よろしく、麦野』


『ホラ、シャケ弁当買ってきたぞ?』


『ありがと、ねぇ、浜面?』


『な、なんだよ?』


『こっち来ればいいじゃない』


机にシャケ弁当を置いてさっさと浜面はトンズラしたかった。
何故なら、麦野の部屋全体に漂う女の香りに耐えきれなかったからだ。

120: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:05:53.58 ID:Cyk8wUxI0
気づけば浜面は無能力者でパシリであるという領分を越えて麦野に抱きついていた。


『は?ちょっと?こっち来ればいいとは言ったけど、あんた自分が何してるか分かってるの?』


『…俺のせいだ、完全に、俺が頭やられちまった』


『そう…』


ちゅ…


触れる唇。
直後、浜面は麦野をちらと見る。彼女の表情は無表情だった。
まゆひとつピクリとも動かさなかった。


ただいきなり抱きつかれて動揺したのだろうか、心臓の鼓動は妙に早かった事だけ覚えている。


麦野は能力を行使すれば浜面を即殺出来た。
しかし、彼女はしなかった。それは彼女が浜面を気にいってたのかもしれないし、馬鹿な浜面なんてどうでもいいとか思ってたのかも知れない。
ともあれ、あの梅雨が明けて夏が始まりかけている日の晴れた日の朝、浜面は麦野に抱きつきキスした。ただそれだけの話。



(ってなーに思い出してるんだか…そろそろか)


交差点を曲がり、シボレー・アストロは麦野の住んでいるマンションの地下駐車場に入っていく。
マンションの警備員(けいびいん)が眠たそうに敬礼する。

121: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:06:47.88 ID:Cyk8wUxI0
――麦野の住んでいる高級マンション

(浜面来ないかなー…お腹減ったー…)


麦野は朝七時半頃に起床した。


唐突だが、麦野は浜面に惚れている。否、惚れさせられている、と言った方が良いかもしれない。


(浜面…初めてあった時に完全に惚れちゃったのよねー…あーゆーバカみたいな鉄砲玉みたいなタイプ…)


スキルアウトから暗部に墜ちた男、浜面。


麦野はその男の風貌に一目惚れした。初対面ながら性格も良さそうだった。
彼は自他共に負け犬であることを認めている。その事も彼女の浜面に対してのポイントを挙げる事に役立ったようだ。


口ではスキルアウトをまとめていたボスだとか抜かしておきながら実際は命令を唯々諾々と聞く犬みたいな男。


そんな男に半ばパシリの様に「シャケ弁当買ってこい」と命令したのはいつだっただろうか。
彼女自身、あんまり覚えていない。



正直、弁当買わせるのなんて絹旗や滝壺、フレンダでも良かった、自分で買いにいっても良いとも思う。
それでも浜面に買いに行かせたのは朝、浜面に会えるという期待からか。

122: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:08:02.02 ID:Cyk8wUxI0
麦野はそんな事をぼんやりと考えているといつしか仕事が終わって一人帰ってくると決まってxxxxをした。


無能力者の浜面に される事を考えて何度も何度も。大好きな浜面の事を考えて。


(バカよねー…私も、なんであんな男を求めてるんだろうかねー…)


(で、誘ったらまんまと来たのよね、私もバスローブなんて着て とかきわどいくらいに 出して…)


抱きつかれたとき、麦野は当然だが、浜面を殺す気など毛頭無かった。
寧ろ、抱きつかれた時、麦野の  からは  が太ももを伝っていた。


(あの根性無し…早く私で●●捨てろっての…って朝からなぁに考えてるんだか…)


浜面の事を考えるといつも理性が吹っ飛びそうになる。
まるで緑の葉っぱに巻かれて幻覚を見ているかのよう。ガンジャ。



(ってなーに考えてるんだか…)


こんこん…


麦野の家のドアがノックされる。
彼女の顔が自然とほころぶ。
けれど、飽くまでアイテムのリーダーとして?いや、自分は一人の女として?振る舞おうとする。けどわからなかった。



「良いわよ、入って」


麦野の甘ったるい声が浜面の耳朶に響く。


123: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:08:32.96 ID:Cyk8wUxI0
「弁当買ってきたぞ?麦野」
(まぁたバスローブだよ…その格好辞めてくれ…かわいすぎる)



「あら、シャケ弁当あったんだ、今日もサバかと思ったわー…」
(脚見過ぎ…  るっつの)


浜面は麦野の部屋に入ってこない。
いつも彼女の許可が降りるまで、ドアをあけて廊下で待つ。
そんな律儀な所も忠犬の様な感じがして麦野は好きだったりする。



「良いわよ、入ってきて」


「おう…」


机の上にコンビニの袋ごとシャケ弁当を置く。


「じゃ、俺はこれで…」


これは浜面のいつもの口癖だった。
絶対に帰らない。

124: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:09:08.48 ID:Cyk8wUxI0
「待ちなって…」


浜面は麦野のこの言葉をいつも期待していた。


「あぁ?何だよ?麦野」


「もうちょっとゆっくりしてきなよ」


「フレンダとかがうっせーんだよ、何かしてるだろとか、だから…」


「だから…?」


麦野のみずみずしい唇を浜面はついつい見てしまう。
魅惑のグロス、蠱惑な瞳。


「だから…いや…今日もいいか?」

自分自身の言葉を打ち消して、浜面は麦野を見据える。
すると彼女は仕事をするときの表情ではなく、一人の女の表情になる。


「うん」


浜面は麦野のベッドの隣に座る。そして唇を寄せようとする。

125: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:10:27.79 ID:Cyk8wUxI0
しかし、その直後に浜面が何か思い出したようにキスを辞める。


いきなりもの欲しそうに麦野は浜面を見つめる。


「どうかしたの?」


「そうだ、キスする前に、一つ言っておくことがあったんだ。仕事だよ」


「仕事?」


「あぁ」


浜面がシボレーで麦野の家に向かっている最中、車載PCの電源が入る。
オートで点く仕様になっている。
それで仕事の案件を受信した事をPCのデスクトップを見て知ったそうだ。


「多分そろそろ連絡が来ると思うから…それ先にいっておこうと思って」


「あら、そうなの…仕事いつかしら、多分今日じゃないと思うけど、見てないの?その動画」


「わりぃ、見てない」


麦野の手が浜面の手に当たる。
そして小さいが、その動きは浜面の手を包み込んでしまうかのように這い回る。

126: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:11:22.72 ID:Cyk8wUxI0
「じゃあ、連絡が来るまでここで待ってようか?新しい電話の女の声がどんな声だか浜面も聞いてちょーだい」


「良いのか?ずっとここ俺がここにいても」


「帰りたいなら帰って良いわよ?」


「……………ここにいていいか?」


「上出来、電話の女からの連絡が来るまでここで待機ね、あ、浜面」


「何だ?麦野」


「携帯電話、取って?」


麦野は自分の胸元をちょんちょんと指さす。
バスローブから覗いている    に浜面は釘付けになってしまう。


「ば、ばか…!自分で取れよ…!」


「いいじゃん…」


時刻は八時、五分前。連絡が来るのは大抵八時だ。それは人材派遣の時から変わらないルーティン。

127: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:11:49.90 ID:Cyk8wUxI0
ごくり、浜面は生唾を飲む。


「じゃ、じゃ…じゃあ…携帯探すだけだからな…?」


浜面は律儀に目をつぶって携帯電話を探そうとする。
    に手を突っ込む。


(目なんかつぶっちゃって…そういうまじめな所も良いのよねー…)


「む、麦野?な、ないぞ?」
( でけぇー…やべぇ…襲いてぇ…!襲うって言っても何したら良いか分からないけど…)



「目、あけないと分からないんじゃない?はーまづらぁ?」


「だ、ダメだ!あけたら!ダメだ!」


「ふふ、なぁんで?」


「お、お前の胸、み、み、見ちまうだろ…?」


「それってダメなの?」


「…ダメだ!」


ういーん…ういーん…


麦野の携帯がなる。


「あ、待って浜面。電話きちゃった…!」


電話は麦野の寝ていた枕の下にあるようだ。
要するに浜面はただ麦野の を  ていただけ、という事になる。

128: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:12:33.05 ID:Cyk8wUxI0
浜面は目を開けるわけにもいかず、そのまま目をつぶったまま麦野の を  たままただ固まっているだけだった。


(麦野の …すげぇ  けぇ…やばい…)


浜面が麦野の胸を目を閉じながら当てている最中、麦野は枕の下にある携帯電話を取ろうとして横になる。
バスローブがはだけて    がそのままはみ出る。目を閉じている浜面からは見えない。


麦野は枕の下にある携帯電話を横になって取る。
上半身はほぼバスローブがはだけて彼女の胸を隠す物は何も無い状態になっている。


横になったことで浜面の手から麦野の胸が離れていく。
その代わりに麦野は浜面の太ももの辺りに寝っ転がって電話をする。
勿論、浜面は緊張と興奮で目を固くつぶっている。が、浜面のそれは固いジーンズの上からうっすら分かるくらいにいきり立っていた。



浜面のジュニアの状態は麦野も十分承知していた。
しかし、今は仕事の案件の話の方がちょっとだけ重要だ。


なので麦野は通話ボタンをぽちっと押す。


「はい、もしもし、麦野だけど?仕事か?電話の女ぁ?」


『電話の女?何?私の名前…?あだ名?それ』

129: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:13:09.41 ID:Cyk8wUxI0
あれ?麦野は違和感を感じた。
昨日の定時連絡の時は初めてと言うこともあって敬語だったが、いきなりタメ口になっている。


「おいおい?昨日まで敬語だったじゃねーか、どうした?電話の女」


『い、いいじゃない、私のか、勝手でしょ?』


「まぁー…あんたの素性なんか興味無いけどね…」
(声が震えてんだよ、電話の女…!誰だよ、こいつぁ…!)


『あ、そうそう、アイテムのキャンピングカーに仕事のファイルは送ったからそっちを見てくれると助かるんだけどー』


「まぁ、そう言うなって、電話の女。今車に居ないんだわ」
(仕事の内容を把握してない?…と見ると新人…だよな?)


『あー…』


電話の女は言葉に詰まっている様だった。
麦野のマンションに静寂が訪れる。

130: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 12:15:04.37 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮

佐天は定時連絡がない代わりに、仕事の案件を麦野に報告していた。
八時ちょうどに麦野の携帯電話に電話をかけると麦野は起きていた。電話に出るまで少し時間がかかったので起こしてしまったのかも知れない。


「あー…」
(なんだっけ?確か産業スパイだかなんだかって話よね…落ち着け!涙子!)


佐天は自分に落ち着くように言い聞かせる。


(あ、この携帯、ノートパソコンみたいな感じだから、さっきの説明画面の音声だけでも聞かせることが出来るんじゃ…?)


「ちょっと待ってね…動画が来てて、その音声だけでもしか流せないけど、今から流すから聞いてて」
(これであっちにも作戦内容が伝わる…かな?)



『はいよ…』


通話モードのままタブを開き、そのタブから先程治安維持機関だとか言う所から配信された作戦動画の音声をながす。
すると佐天が先程聞いていた産業スパイの脱出に関しての内容が受話器を通して伝わっていった。



「同じ動画をアイテムの車載PCのアドレスにも送信しといたから、そっちで詳細を確認しといて貰うと助かるんだけど…」

138: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 21:22:24.92 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮


『処分』。

その一言の放つ重み。


佐天に送られた指令は産業スパイを処分しろという旨の指令だった。
彼女が直接手を下すわけでは勿論、ない。


佐天がアイテムという非公式組織に命令を下すだけ。
そしてその正否を確認するだけ。


彼女はその指令を受信し、アイテムのリーダーである麦野に伝達した時、初めて自分が行おうとしている仕事の正体が分かった気がした。


正体――人材派遣の男が言っていた言葉、“学園都市の最奥”。その正体は決して中学生の少女が受け入れるには酷な環境だった。
ただ、繰り返しになるが彼女自身が手を下すわけではない。


それがせめてもの救いだった。
ダグラスとかいう人物がどうなるのか、その結果を見ないで済むから。



ともあれ、佐天はアイテムに指令を出した後、無性に友人に会いたくなった。
非現実的な現実から乖離したかったのかも知れない。

139: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 21:23:24.02 ID:Cyk8wUxI0
------------------

To:初春

Sub:やっほー

今日暇?
暇だったら遊ばない?どーよ?

------------------



(うーん…こんな感じで良いかな?)



佐天はカチカチとメールを入力していく。
仕事用のタブレット型携帯電話と違って折りたたみ式の携帯電話なのでボタンを押す音が聞こえてくる。


初春宛のメールを作成し、送信する。
夏休みで風紀委員の仕事もあんまり入っていないだろう、と佐天は勝手に予想する。


(よっし…!後は返事が来るまで適当にシャワーでもあびっかなぁ…)


佐天はそう思うとバスタブにむかっていった。

140: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 21:23:49.92 ID:Cyk8wUxI0
午前十時。
部屋はすでにサウナ。

この暑さじゃ目が覚めちまうなぁ。


「はーまづらぁ…●●そつぎょ?」


「そういうことになる」


「なぁに神妙な顔つきしてるのよ」


浜面は●●を卒業した。
麦野で。


八時ちょい過ぎに電話の女から仕事の依頼電話が来た。
その後、浜面は麦野のベッドへ…。

そんな真っ昼間。
こんな時にはZEEBRAの真っ昼間が良く似合う。


ってか歌詞まんまなんだけどね。


さて、麦野は浜面の隣でぐったり寝ている。

141: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 21:24:17.82 ID:Cyk8wUxI0
初めて、と言うこともあって浜面はそれこそ犬同然に腰を振った。


まずは復活のシャワーを浴びよう。


「おい、麦野?」


「なぁに?さっきは沈利沈利って馬鹿みたいに呼んでたのにー」


「あれはあれ、これはこれ…だ」


「意味わかんないよー」


けだるそうに麦野はうつぶせていた状態から浜面の方に向き直る。


「いいの?好きな人いないの?浜面ぁ」


「お前だよ」


「嘘ばっか」


「いつも滝壺の事ばっかみて」

142: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/22(土) 21:24:43.85 ID:Cyk8wUxI0
「見てねぇって」


「怒らないから言ってみな?」


「だぁかぁら…ちげぇって」


「なら、信じちゃおうかな」


浜面は麦野を抱き寄せる。


「そろそろ、アイテム招集かけますかねー」


基本、アイテムの面々は学校など行ってない。留学や不登校、あらゆる理由で学校の出席を免除されている。
麦野はメーリングリストでアイテムを呼びだす。

150: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:14:09.28 ID:qjaYsugY0
(こんな感じでいいかしらねー)



裸のまま麦野はケータイのメール送信ボタンに手をかける。
メールはあっと言う間に送信される。


麦野はベッドから裸で歩く。
ワインクーラーから冷えたシャンパンを一本。


シャンパンはフレシネ、ワイングラスはバカラ。無駄にたけェ。


「飲酒運転になっちまう」


「どうせ暇でしょ?泊まる?」


「…考えとく」


「あ、そ。取り敢えず、カンパイ」


カチン 


夏のうだるような暑さを打ち消すグラスの音。

151: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:14:36.96 ID:qjaYsugY0
二人が一つになったことは秘密。
そっちの方が面白そうだから、と麦野。



軽くシャンパンを飲むと、浜面と麦野はシャワーを二人で一緒に浴びる。


「麦野、今日暇だから俺泊まるわ」


「最初からそう言ってれば良いのよ、はーまづらぁ」


バスルームでお互いの体を拭きながら。
浜面は麦野を抱きしめながら泊まる旨を伝えた。

152: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:15:03.56 ID:qjaYsugY0
(結局初春ダメだったかぁ…)


佐天は“処分”と言う言葉を聞き、一人でいるのがなぜだか怖くなってしまった。
そこで親友の初春と会おうと思いつき、そのままの勢いでメールしたのだが、あっけなく断られてしまった。


「あーあー…暇になっちゃったなぁ」
(初春ダメだったかぁ…何しようかなぁ…)


ダグラスという男の顔写真が佐天の脳裏にちらほらと浮かぶ。あの男は明日殺されることになるのかも知れない。
勿論、自分が狙われていることなど梅雨知らず、スパイ行為にいそしんでいるのだろう。


ダグラスのなにがしかに興味があるわけではない。
明日、彼の命が終わるか否か、その一点において佐天は興味を持っていた。


もし、明日の定刻になった時、ダグラスはただの肉塊に果てるのだろうか。
それとも学園都市の順法によってしかるべき処置を受けるのだろうか。


その結果が死刑になるのならば…えげつない話しだが、正直、どうでも良い。
ただ、アイテムのメンバーが己の能力に自信を持って殺害したとなればそれは自分が間接的に手を下したことになる。


(人殺し…には…なりたくない…)


佐天は頭をもたげる。

153: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:15:35.20 ID:qjaYsugY0
例え自分が直接的に殺害しなかったとしても、自分の命令で直ちにターゲットに向かっていく部隊を動かせる権限を彼女は付与されていた。
男が産業スパイだろうと、学園都市の技術を他国にかっさばこうと、佐天にとっては本当にどうでも良かった。


ただ、人を殺す、という一点において佐天は頑強に反対したい気持ちに駆られた。
が、周囲にそれを理解してくれる同じような境遇の人など居ない。
こんな大それた話しを教師達が真剣に聞き入ってくれるだろうか。


様々な焦りや同様が浮き上がってくる。



男には家族が居るそうだ。
また先程の思考が浮かび上がってくる。

一家の大黒柱である夫を失った彼女達は一体、どうやって生きていくのだろうか…。


佐天は仕事用の携帯電話を起動すると彼女の初仕事のターゲットのダグラスとその家族たちの写真をぼんやりと見つめていた。


結局この日は佐天は一人で川を散歩したり、適当にぶらぶら歩いて時間を潰した。
そのどれもが彼女の複雑な心境をはれさせることには到らなかったが、何かしなければ本当におかしくなってしまいそうだった。


そして初春にまた遊びのメールを送った。

154: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:16:00.55 ID:qjaYsugY0
To:初春

Sub:こらー!

暇してたら明日私と遊ぼーよ?
返事待ってるよー?




明日はアイテムが作戦を決行する日。
その報告が来るとき、佐天は自分の近くに誰かいて欲しい、そう思った。

155: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:16:26.79 ID:qjaYsugY0
――アイテムの作戦決行日 佐天の学生寮

結局佐天は熟睡できなかった。

一、二時間寝ると必ず起きてしまった。
夏の暑さと相まって彼女はじっとりと嫌な汗を掻いていた。


(全然寝れなかったよー)


佐天はベッドから身を起こし時計を見る。
時刻は八時を指していた。定時連絡の時間帯だった。



(取り敢えず…義務はやっとかなきゃね)


ベッドの枕の下に大事にしまってある携帯電話を佐天は取り出し、麦野の電話番号に掛ける。

156: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:18:07.10 ID:qjaYsugY0
――麦野の高級マンション

「ホラ、掛かってきたぞ?麦野」


「えー?浜面出てよ」


「下部組織の俺が出ても良いのかよ?」


「んー…まずいかも、と言うことでやっぱり私が出るわ」


麦野は折りたたみ式の携帯電話の受話ボタンを押す。
すると電話の女の声が聞こえてくる。


つい最近まで人材派遣の男が連絡をよこしていたのだが、もうその声は思い出せなくなっている。
とっかえひっかえなんだんぁー、とか思いつつ麦野は通話をする。


「はいはい、麦野ですー何よ、電話の女ぁ」


『定時連絡の時間だからしたんだけどー?』

157: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:19:26.12 ID:qjaYsugY0
「あぁ…定時ね、今日は仕事だからね、がんばるわー。じゃあね」


『ちょ、ちょっと、何時くらいに終わりそうなのか、教えてよ!?』


「あぁー…多分午後。飛行機の乗り場で仕掛けるわ」


『わかったわ…健闘祈ってるからねー』


電話の女はねぎらいの言葉を吐くと電話を切ってしまった。
麦野は隣ですやすや寝ている浜面を起こそうとする。



「おい、起きろ、はーまづらぁ」


「んんん?まだ八時じゃねぇか…フライト予定時刻は午後じゃ…?」


浜面は眠そうな瞳をこすって再び寝てしまった。
麦野もそんな浜面の顔を見て少ひだけほほえむと再び寝てしまった。


昨日から続くお泊まりで二人の距離はずっと近づいた。はず。

158: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:21:22.84 ID:qjaYsugY0
麦野はある懸念があった。
それは浜面が滝壺の事を好きなんではないか、という懸念だった。
そして逆に滝壺も浜面のに好意を寄せているのではないか、と。


浜面がアイテムのメンバーにいじられてアホだ、なんだ言われているとき、滝壺は決して浜面の事をバカにしない。
真剣なまなざしで寧ろ、無言でいじられている浜面にエールを送っているかの様にも見える。


(浜面も…受け狙ってるときとか滝壺の事ちらちら見てさ…何よ)


(私じゃダメなの?)


麦野は確かに学園都市の中でも最高級の美女だ。
しかし、浜面はそんな麦野に、滝壺の機嫌を伺ってちらと表情を覗くことなんか一度もしなかった。


(あーあ―…弁当買ってこいだ、なんだ言って命令してて、浜面の事を犬だなんだって言ってたけど)


(ホントの犬は私だったのかな…)

すぅすぅ寝息を立てている子供の様な浜面を麦野は裸で抱きしめる。
浜面は少しだけ「うーん?」と小さくうなる。麦野のお腹の辺りでうずくまろうとしている浜面の髪の毛をゆっくりなでる。


「私も雌犬ね…ふふ」

自嘲気味に麦野はつぶやいた。
その声は空調の音にまぎれ消えていく。

159: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:23:20.99 ID:qjaYsugY0
――正午頃、麦野の暮らしている高級マンション

「じゃ、行くか」


「そうね」


電話の女から連絡が来て暫くして二人は起きる。
支度を済ませると浜面と麦野はマンションのドアをあける。


するとむわっと熱気が二人の頬を打つ。
熱気に支配されたマンションの廊下から空調の効いたエレベーターに乗る。

地下駐車場に着くまでに二人は     、唇を重ねる。

 


滝壺の事を浜面が好きだなんて話、自分だけの勝手な勘違いや妄想、幻想の類かも知れない。
浜面はその負け犬根性を全く臆面もなく自分の前でひけらかしてくれたのかもしれない。


信じたい。現に昨日浜面は麦野の事が好きだと言ったではないか。

空調の効いたエレベーターも地下に着くと終了。
ごうごうと空調のうなる音が聞こえる地下駐車場に到着した。

160: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:23:49.25 ID:qjaYsugY0
エレベーターには幸い誰も乗ってこなかった。
地下駐車場に着くと浜面はシボレーのロゴのキーケースを503のジーンズのバックポケットから取り出す。


一瞬シボレーのライトが光る。ドアが開いた証拠だ。


「ちょっと待ってろ」


「はいはい」


きざったらしくかっこつけながら浜面はシボレーの運転席に座ると麦野の方に車を走らせる。
そしてゆっくりと止まる。


浜面は地下駐車場からシボレーを出すと相変わらずお姉系のカッコの麦野を助手席に迎え入れ、出発していく。


車のステレオからは浜面の大好きなhiphopトラックMo Money Mo Problemsが流れる。
The Notorious B.I.G.のトラックに揺られて浜面と麦野はアイテムの仲間の個人アジトに向かっていく。
ささやかな戦端の幕が切って下ろされようとしていた。

161: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:24:16.44 ID:qjaYsugY0
――調布国際空港へ向かう道中にて


正午ちょい過ぎ。麦野の号令の元、浜面の運転する車に拾われ、アイテムの面々は全員集合した。
というのも昨日、電話の女が受注したと言う産業スパイの処分作戦の為だ。


麦野は一応作戦の状況説明の動画を車内でアイテムの面々に見せる。
すると絹旗がはぁ…とだるそうにため息を吐く。


「…この任務、超浜面でも出来るんじゃないですか?だってただのスパイ社員ですよ?」


「そうだねぇ…でも、スパイとして訓練は受けてると思うから、絹旗。あんたがいきなさい」


「…ちゃっちゃっと終わらせることに超したことはありませんしね。わかりました。援護は?」


麦野の使う“原子崩し”という能力はいかんせん破壊する当該物がでかくないとどうしようもない。
こういう時は絹旗やフレンダの様に暗殺が得意なメンバーにやらせるのが定石と言っていいだろう。


因みにアイテムの照準である滝壺は勿論出撃しない。
彼女が出撃するとき、それは麦野が出撃することを意味するのとほぼ同義だからだ。


絹旗の質問に麦野は考える。
実際、能力者でも無い限り絹旗を倒すことは不可能だろう。

162: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:24:56.18 ID:qjaYsugY0
しかし慢心は敗北を誘発する可能性が非常に高い。
念には念を、と言うことで麦野はフレンダと二人でペアを組むよう絹旗に指示する。


「援護かー…フレンダいい?」


恐らく敵もそれなりに鍛えられているだろうし、油断は出来ない。
最近ではキャパシティダウンとか言う能力者対策の音響兵器も開発されているという噂だ。


「絹旗と一緒に行動しな。んで、適宜援護ね」


「OK、無能力者の私と能力者の絹旗で行けばどっちかが落伍してもどうにかなりそうね、たかが一人だし」


「ま、そうゆうこと。じゃ、今回は二人で気を付けて。目標は…捕獲するなり、なんでも良いわ。殺っちゃっても構わないから」



「「はーい」」


麦野の指示を聞き終えると二人はシボレー・アストロから降りて空港のメインゲートから中に入っていく。
あくまでただの一般人にしか見えない二人だが、学園都市の暗部工作員と見抜いている人物はこの空港でどれほどいるだろうか。


二人が暫く歩くと調布発モスクワ行きの航空機乗り場の待機所に男はいた。
車内で見た状況説明動画に出ていたまんまの人物。
ダグラス・ベーダーらしき人物だった。

163: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:26:48.59 ID:qjaYsugY0
(流石…当局関係者だけあって顔つきも鋭いわね…)


フレンダは飛行機のチケット保持者の列近くにある休憩所の影から冷静に男の体躯や隠し持っている武器の大まかな位置を分析しようとする。


(足に一丁…銃器の詳細は不明…胸内ポケットにプラスチック製のデリンジャー…)


空港には多数の人が居る。
そんな中フレンダと絹旗は白昼堂々どうやって男を処分するのだろうか。


と、ここで男の近くにいた絹旗が歩いて向かっていく。


「すいません、落とし物落としましたよね?この旅券、違いますか?」


「ん?」


絹旗が拾った旅券は勿論偽物だ。
しかし、それに興味を持った男は一瞬絹旗の方に振り向いてしまった。
その時、男の死角になっている所からフレンダがサイレンサー付きのシグザウエルP230で一発、ハンカチをサイレンサーの上にかぶせたまま撃ち、素早い動作でスカートの中の裏ポケットにしまう。


「…っぐ…」
(このにおいは…?)


ダグラスは弾を背後から撃たれた事に気づく。

164: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:27:16.96 ID:qjaYsugY0
が、時既に遅く、即効性の麻酔弾は筋肉質な体躯のダグラスにも効果を現し、突如、彼は千鳥足になる。


周囲の客はそれを見て不審に思っているが、フレンダが英語でダグラスに話しかけ、介抱をしているそぶりを装っているのであまり気にしていない。
因みにダグラスが麻酔弾を撃たれる直前に嗅いだにおいはフレンダがハンカチに染み付けていたイブサンローランの香水『ベビードール』だった。


もうろうとする意識の中ふらつくダグラスを抱えて調布空港から出て行く絹旗。
三人は空港の前の大型ロータリの前で止まっているシボレーにダグラスを乗せる。


絹旗がダグラスを載せるまで残っていたアイテムの面々は静かに状況が終わるのを待っていた。
この時には既に男は麻酔弾が効き、眠っている状態だった。


「お疲れ、フレンダ、絹旗、ってあれ?てっきりぶっ殺しちゃうかと思ったけど」



「無理ですよ、あの状況じゃ、人が超多すぎます」


事実空港にはモスクワ行きの旅客機に乗る人以外にも多数の人が多数いた。
あの場で殺害を目論むなど、出来る芸当ではない。


電話の女がアイテムの車に配信した作戦説明動画で言われていた“処分”という内容にフレンダ達が行った方法――麻酔弾の使用――
が合致しているかどうかは分からない。

165: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:28:05.95 ID:qjaYsugY0
しかし、ともあれ、産業スパイ、ダグラスの情報がロシア当局に持ち帰られる事はこれで阻止された。


「結局麻酔弾使って眠らせたから、後は学園都市の治安維持機関に引き渡せばいいって事じゃない?」


麦野に話しかけながら、フレンダがブロンドの髪に手を当ててふぁさりと後ろに持って行く。その素振りは優雅ささえ感じさせる。


「そうね。ねぇ、浜面?下部組織に連絡してこの男を引き渡して頂戴。私達の任務は終了」



「あれ?なんだかしょぼくねぇか?今日の仕事」



ドライバーで車に乗っていた浜面は麦野の任務終了の知らせを受けて驚く。
絹旗とフレンダが車から出てからものの数十分しか経っていない。
しかも産業スパイを生け捕りにしたという殊勲ものの功績をひっさげての凱旋だ。


「しょぼくないよ。はまづら。スパイの生け捕りは難しいんだよ」


「滝壺の言うことも一理あるわね」
(スパイとかぶっ殺しちゃっていいんじゃないの?)


「は、はぁ」
(む、麦野!?お前だって最初は殺しちゃって良いとか言ってたじゃねぇか!)

166: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:28:32.77 ID:qjaYsugY0
なんにせよ、学園都市の技術漏洩をアイテムは防いだ。
ダグラスがどうなるかは分からないが、取り敢えずはアイテムの勝利と言えよう。
浜面がドライバーを務めるシボレー・アストロはダグラスを乗せて調布空港から出て行く。
車は途中、下部組織と合流してダグラスを引き渡す。


下部組織の連中曰く第十七学区の府中にある拘置所に連れて行かれるそうだ。



「今日は私達の出る幕は無かったわね、滝壺?」


「うん。でも、空港でむぎのが能力使ったら空港なくなっちゃうよ」


「ふふ、違いないわ…あ、作戦終了の報告しないとね」


滝壺のジョークにもならない言葉を麦野は字義通り受け取ると携帯電話をお姉系のワンピースのポケットから取り出す。
そして電話帳に登録した番号にカーソルを合わせてボタンを一押し。


麦野は電話の女に電話をかけた。

167: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:29:51.60 ID:qjaYsugY0
――第七学区 セブンスミスト

「いやー、初春、結構似合ってると思うわよ?このカチューシャ」


「えー?そうですか?実際、問題こんなのカチューシャじゃないですよぉ」


「え?結構シンプルで良いと思うけど?」


「ダメダメですよ、佐天さん。カチューシャはもっと花とか点いてないとダメです!夏なんで…彼岸花とか!」


「うーん…それは絶対に辞めた方が良いと思うよ…?初春?」



他愛もない(!?)会話。いつもの二人。
佐天と初春はセブンミストの髪留めピンの新作を見ていた。


初春に送ったメールは正午過ぎに帰ってきた。なんでも風紀委員の会議だったとか。
午前中はやはりぼんやりと過ごした佐天にとっては初春の返事が来たことは僥倖だった。


(いやー…返事帰ってこないと実際暇だったからなぁー…アケミ達は実家帰ってるって言ってたし…それに、御坂さん達は…)


佐天は今日の午前中に初春から返事が来ない間、他の友人達――御坂と白井――に遊ぼう、とメールを送る事に逡巡していた。
何故かあの二人と初春抜きで会うことに佐天は抵抗を感じていたのだ

168: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:30:22.85 ID:qjaYsugY0
(私…どうしちゃったんだろ…午前中、御坂さん達に遊ぼうって、メール送れなかったよ…)


彼女の心の奥底で何かがつぶやく。その声はこう言っている。


『お前はあの二人と会って自分の無能力ぶりをさらけ出したくないんだ』
(うるさい…)



『風紀委員の詰め所に行っても煙たがられるだけだからな』
(黙ってよ…!)


心の声は否定的な事しか言わない。佐天は考えれば考えるほど思考の深みにはまっていった。
浮かび上がるのは負の感情だけ。


(私だって…無能力者になりたくてなった訳じゃ無い…!)


(それに…今の私には御坂さん達と同じように他人に言えない様な事だってしてる…)


佐天はそう言い聞かせて自分の心に納得させる。セブンスミストの空調とはまた違った冷ややかな風が自分の付近に滞留しているような感覚を覚える。
初春が気にかけてのぞき込むまで佐天はしばらく考えていた。



「佐天さん?」

169: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:30:53.36 ID:qjaYsugY0
「へ?あ、初春!?ごめん、ぼーっとしてたよ!」
(くだらない事考えるのやめやめ!)


初春は両手に派手な花がくっついたカチューシャを持っていた。
そしてニコニコ笑うと佐天にどっちがいいでしょう?と話しかけてきた。

「うーん…こっちはバラメインねー…って痛っ!トゲあるじゃん!これ!」


「え?トゲ??ホントだ!これは…ちょっと怖いですね…こっちはどうでしょう?」


「これは…ツクシ?カチューシャにツクシってどうなのよ…?」


「え?ダメですか?」

佐天は初春のカチューシャ選びのセンスにあきれつつ、他のカチューシャコーナーを見ようとした時だった。


ういーん…ういーん…


佐天のショルダーバッグがにわかに振動しているではないか。


(ゲッ!こんな時に何よ?)


佐天は突然の電話に驚きつつも、焦らず、初春に話しかける。

170: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:31:20.72 ID:qjaYsugY0
「ご、ごめん初春。ちょっと電話が鳴ってるから待ってて」
(誰よー!こんな時に電話かけるなんてー!切って遊びに集中したいのにー!)


電話を切りたい衝動に駆られつつ佐天は近くの休憩用のソファに腰掛け、タブレット型の携帯を取り出す。
そしてイヤホンをつなぐ。

(えーっと、なるべくタメ口で…年齢がばれないよーに…)


佐天は人材派遣の助言を思い出し、脳内で反芻させる。そして受話ボタンをぽちっと押す。

「はいー、何よー!?こっちは遊んでるのにー?」


『おーおー、遊んでるったぁ…良いご身分なことで…電話の女ぁ?』


「む、麦野…さ…」
(おっとっと…タメ口タメ口…!)

佐天は、「…さ」、とでかかったところで口を紡ぐ。
危うく「麦野さん」と言ってしまう所だった。


「で、どうしたの?仕事は終わった?」


『あぁ、終わったよ。今回はフレンダと絹旗が首尾良くやってくれたから』

171: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:31:48.53 ID:qjaYsugY0
「へぇ…お疲れ様、で、ダグラスは…?」


佐天の脳裏に浮かぶのは“処分”と言う言葉。果たしてダグラスはどうなったのだろうか。
彼女の興味はその一点に注がれる。


『ダグラス?あぁ、今回の目標ね。つつがなく下部組織に渡したわよ?』

「…そう」
(死ななくて済んだの…?)


麦野の言葉に自然と安堵する佐天。
自分が人殺しを命令しなくて良かった、と思った。免罪符を得たのだ。


『じゃ、今日の所はこれで終わりね?』


麦野の質問に佐天はメールを思い出す。


(ないね…あとは暇があったらマネーカードを拾うだけ…ってこれは私の雑務か…)


そんな事を考えながら佐天は麦野に「ないわよー」、と軽い調子で答える。
すると通話先でクスクスと割る声が聞こえる。


「どうしたの?」

172: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:32:15.43 ID:qjaYsugY0
『いやいや、お前ってどういうヤツなのかなって話しを今車の中でしてたのよ…ふふ』


「…あ、っそ」
(なにぃー!?)


『ま、私の予想だと…私より年下ね…?必死に言葉を選ぶようにタメ口使ってるみたいだけど?電話の女?』


「べっ、べっつにー!?そんな事ないわよ?」
(そ、そりゃ年上にタメ口って簡単にできるわけ無いでしょー!)


佐天は冷や汗が流れるのを肌に感じた。
正体がばれるわけではないが、ここで自分の身分が分かってしまうのはちょっと抵抗があった。
それは正体がアイテムのメンバーにばれることが学園都市の最奥、いわゆる暗部に完全に堕落する事だと本能的に知覚していたのかもしれない。


麦野はその後何も話さない。というか通話モードにしたままアイテムの面々と話している様だった。
するといきなりアイテムの面々の声が聞こえてくる。
麦野がどうやら外部スピーカーモードにしたようだった。


まず最初に拾ったのは絹旗の声。とげんこつの音。


『超若いですね…麦野よりも全然…ってイタっ!』

173: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:33:05.67 ID:qjaYsugY0
直後ゴチンというくぐもった音が聞こえる。どうやら絹旗が麦野に一発お見舞いされたようだった。


『私より若いィィ?そりゃない。私はピチピチの十歳だから』


『ちょ?麦野?私より超若いじゃないですか?』


『そしたら、きぬはたはむぎのより年上だからタメ口オッケーだね』


『あ、なるほど。滝壺さん。超名案です。おい、麦野、パン買ってこい!』


『きぬはたぁ!それはあんたの未来の明暗を分ける言動だァ!そげぶっ!』


『ひぃぃ!』


『あ、きぬはたの窒素装甲が破れたさすが怪力』


『た・き・つ・ぼ・ぶ・ち・こ・ろ・し・希望かにゃん☆?』


『とある日常はぱられるー♪はい、フレンダの盾!』


『あわわ…介入しなかったのにぃ…結局私を盾にするなってわけぇぇぇぇ!むぎのぉぉぉ!』


『お前等おちつけぇぇぇぇぇ!!』

174: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:33:37.62 ID:qjaYsugY0
最後に男の叫び声が聞こえてくる。
これは昨日の朝方麦野の所にいた浜面という男だろう、と佐天は勝手に推測する。


声から推察するに、アイテムの車内は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相が繰り広げられている様だ。
佐天はその状況を聞きながら、自然と笑みがこぼれていた。


(はは、面白い連中ね―…こいつら)


「ちょっとー!おまえらー!ケンカすんなー!」


『お・ま・え・ら?』


佐天のケンカ(!?)を制止する声は火に油を注ぐ行為になってしまったようだ。
電話の女=アイテムの構成員より年下、という図式が彼女達の頭の中にできあがってしまったようで(事実なのだが)、全員が佐天の声に反応する。


(ちょっと!?なんで私が皆の怒りの終着点なのよー?)


口げんかを諫(いさ)めようとちょっとした気持ちで口出ししたのがたたってしまったようだった。


佐天はアイテムに電話をするだけで実際に彼らに顔を合わせることは…恐らくないだろう。
しかし、話すだけでも面白い、と佐天は思った。


会計を済ませた初春がこちらに向かってくるのがちらと見えたので佐天は「切るね」、と言い残し電話を切った。

175: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:34:06.81 ID:qjaYsugY0
通話先の麦野の携帯は外部スピーカーに接続されてアイテムの車内で放送されている。
なので運転に集中している浜面以外の四人の「はーい」という元気の良い声が佐天のイヤホンにもたらされた。


ガチャリ…。そして通話は終了した。


「どうしたんですか?佐天さん?何か嬉しそうですよ?」


「いやね、知り合いがちょっとさ」


「知り合い?学園都市外の友達ですか?」


初春が怪訝そうに聞く。まだ中学一年生の彼女達は小学生で離ればなれになった友人達も居るのだ。
佐天は初春の問いに対して「いや、」と否定の言葉を発して苦笑いをしてごまかす。
その素振りに「?」と首をしかめる初春。


「さーって、私も買いたい財布があるからちょっとばっかし見ても良いかな?初春」


「良いですよー、どこにします?」


「ふふ…ちょっと高いけどお財布を買ってみたくてね…サマンサタバサとかいうやつなんだけど」


「あ、それでしたらすぐ下の階にありましたね、いってみましょう!」


初春はマップを覚えているのだろう。ひょこひょこ佐天の後ろを歩きながら言う。
佐天は今使っているポーターの小さい財布の中身をちらと見やる。
中には一万円しか入っていない。webで調べたら確か一万以上はしたはずだ…。

176: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:34:37.46 ID:qjaYsugY0
(うーん持ち合わせ、あんまりないなぁ…どうしよ、ちょっとお金おろそうかな?)


お金が無いのに物は買えない。
なので佐天は初春にお金をおろしたいと言う。


「ごめん、初春!この辺りでL銀行のない?」


「L銀行ですか?確か…って私はセブンスミストの案内役ではありませんよっ!佐天さんっ!」


「だよねー!ってことでちょっと一緒に探さない?今持ち合わせが無くてさ…これじゃ財布買えないのよねー」


「わかりました。二人でさがしましょうか」


「うん、ありがとね、初春」


二人はエスカレーター付近のマップを見てこの階にATMが無いことに気づく。
そのままエスカレーターを下っていく。


「そういえば、佐天さん、そのL銀行のカード、最近作ったんですか?」


「え、あぁ…まぁね。それがどーかした?」


佐天の表情が一瞬曇る。初春がL銀行のカードの事を聞いてくるなんて予想外だから。

177: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:35:23.49 ID:qjaYsugY0
「いえ、他意は無いんですけど、最近L銀行のカードをばらまいている人が居るらしくて…」


初春はそう言うと困ったように首をひねる。どうやら風紀委員の方“でも”マネーカードの散布は話題に上がっているようだった。


「へー…カードをばらまくなんて…理解できないねー…なんなんだろー?」
(確かに意味不明よね…)


「しかもカードがまかれている所は決まって裏路地とか人目につかないところなんですよねー」


「へぇ…そーなんだ…」
(風紀委員の方でもカードをまいている人の真相はわからないって事…?)


(なんか…気分が良いわね…風紀委員の話についていけるって…)


佐天は真相不明のマネーカードをばらまきに関して話題を密かに共有している事がなんだか嬉しかった。
風紀委員にならずとも、こうしたある程度の情報が自分の耳に入ってくる事に言いしれぬ優越感の様な物を感じられずにはいられなかった。


(初春…私もその話し知ってるよ…って言いたいー!けど、がまんがまん!)


佐天が一人マネーカードの話しで葛藤している間に初春は弁を続ける。


「なんで裏路地ばっかにまくんですかね…ここ最近で急増してるんですよ?」

178: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:35:50.88 ID:qjaYsugY0
「今日の朝、返事返せなかったのはちょっとこの件に関して立て込んでまして…今日で確か32件ですよ?総額六十五万円ほどだって…」



「そうなんだ…結構バカにならない金額ね…」
(その中の一枚は私が持ってるんだけどね…あ、32件にはカウントされないか。私が拾ってる分は報告してないし、使っちゃったし)


「でも、佐天さんにこんな話ししても意味ないですよね、すいません」


「あはは!無能力者の私にゃどーでもいいってか!コラ―!初春!こいつときたらー!」


佐天はクレヨンしんちゃんのみさえ張りにぐりぐりげんこつを初春にかます。
初春は「他意はありませんよー!勘ぐり過ぎですー!」と言って泣く素振りを見せている。


「あっはっは。許す!私は風紀委員じゃないし、こーゆー事は私に話しても意味ない話って事でしょ?分かってるよ、初春」
(初春、いつもありがとね、あんたは優しいよ)


佐天はにこりと初春に笑い、答える。
初春の無意識の中から繰り出される言葉に少しだけズキンと心に響く気持ちには気づかない振りをして。

179: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/23(日) 03:36:30.12 ID:qjaYsugY0
それから数日。
佐天は初春、御坂達とも一緒に遊び、夏休みを楽しんだ。


勿論、その間にもアイテムに対しての定時連絡は二日に一回欠かさず行った。
定時連絡が無い日は大抵仕事の依頼が来る。


そのお陰でアイテムに電話をかける事も数日ながらかなり手慣れてきた。


そして八月十日。
夏休みの半ば、まだまだ夏まっさかり。蝉の鳴き声がうるさい位に聞こえてくる日。


佐天は取り立てて予定も無かったので学園都市治安維持機関なる組織からの命令でマネーカード配置図に従ってカードを拾っていた。
彼女にとってこれは暇つぶしになったし、一種の小遣い稼ぎの様なものだったので結構楽しかった。


因みに、彼女のギャラ(給与)についてはこんな感じだった。

アイテムに定時連絡:一万円
アイテムに仕事の要請:三万円
アイテムの仕事が成功:十万円


アイテムの面々がいくら支給されているかわからないが、佐天より少し多いようだ。
フレンダが電話の時に「あんな危険な事したのに二十万しか貰えないの?」と愚痴っていたのを耳にしたからだ。


彼女達は少ない危険手当で学園都市の治安維持に従事しているのだ。

189: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:50:35.26 ID:SVOiBc3o0
因みにスーパーマリン社の産業スパイ摘発以後、佐天の元に寄せられた仕事の依頼はこんな感じだった。



1:クローン技術漏洩に関して容疑がもたれている品雨大学教授の“処分”
2:横田基地の米軍将官達と学園都市の理事会員達主催の友好記念祭りの警邏活動
3:日本国防衛庁幹部の学園都市兵器群の視察団の護衛


例えば、防衛庁幹部が学園都市に来園した時、絹旗は警備員に扮したテロリストが乗っているハマーを叩きつぶした。
その手際は防衛庁幹部をテロの恐怖におびえる暇を与えず、むしろその手際の良さから彼らの拍手を誘った。


また、横田基地の交流祭りでは品雨大学の件と同様にフレンダが活躍した。
彼女はアキュラシー・インターナショナルAWSを利用し、過激派のスナイパーを一弾で射殺した。
消音機が常備装着されている狙撃中を放つ、7.62mm弾を持ちいた中距離狙撃を敢行。
ピシュ!と見事な手際で過激派の男を一弾で血と肉の塊にかえた。


佐天はこれらを実際に見た訳ではないが、報告時の彼女たちのハイになった声と麦野の冷静だが、素直に褒めている口ぶりを聞いただけだ。
しかし、それだけで二人は相当な腕前だと言うことが分かる。


滝壺と麦野はまだまだその力の正体を明らかにした訳ではないが、彼女たちは二人とも能力者だ。
その実力は推して知るべし、と言ったところだろう。

190: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:51:36.33 ID:SVOiBc3o0
これらの依頼の内、防諜活動と言うよりか、寧ろ護衛の様な仕事もある。
これから推測するに、アイテムは雑務も行っているようだ。


とりわけ、1の任務終了後の報告で佐天は衝撃を味わうことになる。
何故なら、品雨大学の教授はアイテムに殺されたから。


顛末はこうだ。


(フレンダの報告書から抜粋)

私が教授を追い詰めた時、彼は腰の背の部分から拳銃を抜く動作を行った。

その動作に気づいた私が彼が引き金を押す前に拳銃を発砲。

頭部と心臓付近に一発ずつ被弾し教授は即死。


押収した武器:デリンジャー
用いた武器:シグザウエルP230

以上。




佐天はこの報告を上層部にメールで送信する時、苦虫をかみつぶしたような表情だった。
それもそのはず。彼女自身が出した指令で初めて死者が出たのだから。

191: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:52:41.62 ID:SVOiBc3o0
例え、彼女の友人達である初春や白井でもレベル5の御坂美琴であっても人殺しはしていないだろう。
ましてや同じ無能力者のアケミ達なんて絶対に。


佐天はこの時、初めて自分が連絡をするだけの立場では無く、自分が人を殺せる命令を出せる立場にあることを知って恐怖した。


彼女には“殺人をした”という後悔の気持ちだけが心に残った。


(私が…殺した…!)



彼女は罪の意識に苛まされる。
殺人を命じた立場としての重責が彼女にズシンとのしかかる。


(何でおとなしく降参しないのよ…?)


佐天は知らないが、学園都市はその優位性を保つために、最高級の機密を誇っている(らしい)。
その資源も何もない一丘陵地帯が世界の中でトップを誇る技術力と軍事力を誇り続けるためには技術漏洩は御法度だった。


なので降参しても待っているのは長い禁固刑か、死刑だ。
ならば死を選ぶのも懸命な選択肢だと言えよう。


(降参しない、敵が悪いのよ…?私は悪くない…はは…そうよね?みんな?)


みんな、とは誰の事を言っているのだろうか。

192: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:54:35.24 ID:SVOiBc3o0

いつも一緒に初春や御坂達か。アケミ達か。
或いは、まだ一度も目にしたことのないアイテムのメンバーか。


(飽くまで悪いのは…ターゲットの教授だったのよ…おとなしく捕まっていれば…よかったのに…)


善悪の二元論に陥り、自己を正当化しようとする。


最初の依頼で引き受けたダグラスの様に穏当に行かなかったのはたまたまだ、と自分に何度も言い聞かせる。
彼女はそうする事で人殺しをした免罪符が欲しかったのだ。


(はぁ…なんかとんでもない事やってるのかなぁ…私…)


後悔をしていても、今更後には引けない。


中学生には破格の収入、取り立てて自分の周囲に危害は及ばない。
実際に死んでいる様を見たことが無い故に生じる安堵の気持ち。

人の死がただの数字に見えるまでそれほど時間は必要なかった。


幻想御守の時の様にズルズルと、佐天は学園都市の最奥とは名ばかりの暗部に墜ちていった。

193: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:55:23.37 ID:SVOiBc3o0
――八月十日

佐天の今日(八月十日)の日課は第七学区におけるマネーカードの捜索だった。


「うーん…この辺りにはもう無いかな…」


「あの…佐天さん?なにやってんの?」


佐天の背後から突如声が掛かる。
彼女の事を呼んだのは一体誰だろうか、後ろを振りかえる。


「あ、御坂さん!!御坂さんも例のカード探しですか?」


「あ、いや…」
(いっつも元気だなぁ…佐天さんは…)


御坂は今年学園都市に来た佐天と風紀委員の白井、初春の交友ルートから知り合いになった。


(えー!?なんで御坂さんがここにいるのよー?)


佐天は動揺しつつも御坂と話す。


「じゃーん!私もう四枚もゲットしましたよー!」


佐天はそう言うと御坂の前で拾ったマネーカードが封入されているカードを見せる。
御坂は「わスゴイわね」と驚く。

194: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:56:00.71 ID:SVOiBc3o0
「何かあたし金目のものに対して鼻が利くみたいで…」


口から適当に出任せを言う。
マネーカードの予想配置図の存在を言えば、自分の身がどうなるか分かったものではない。


「鼻が利くって…」


という御坂の突っ込みを受け流すと佐天は適当に腕を掴むと走り出す。


(御坂さんと適当に雑談しながらカード探しますかねー)


結局、日が暮れるまで二人は一緒にマネーカードを捜した。
と言っても佐天の適当に探す振りをしてカードを見つけると言う超めんどくさい、出来レースだったが。

195: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:58:04.72 ID:SVOiBc3o0
「じゃ、今度は初春達と一緒にさがしてみましょー!」


「あ、ばいばい!佐天さん」
(いっちゃった…)


美琴は佐天と裏路地でマネーカード探し一緒にした後、帰ろうとした。
すると背後から男達の会話が聞こえてくる。


「…女が例の封筒を置いてるのを見えてさ…」


なにやら女の話をしている。例の封筒とはマネーカードが包まれている封筒の事だろうか?
男達の会話内容に興味を持った美琴はこっそり後をつけてみる事にした。


(見るからにガラの悪い集団ね…あったま悪そう…何企んでるんだか…)


暫く歩き、男達の後をつけていくと使われなくなった雑居ビルに到着した。
何人かの男の中に一人の女がいた。白衣を着ているので研究者だろうか?


(この状況…結構まずくない…?いつでも男達、ぶっ倒せる様に待機してた方が良いかも)


美琴は白衣の女に万が一の事があった時に備えてビルの影からこっそりと見る。
するとその部屋の電気が消えた。


(ちょっと…!中の女の子…平気なの?)

196: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 14:59:39.62 ID:SVOiBc3o0
美琴の懸念をよそに、電気がつくと白衣の女を囲っていた女だけ一人で突っ立っていた。
男達は失神して地面に倒れ込んでいる。


「いやーオモシロイもの見せてもらったわ」
(実際にある能力か怪しいけど…話だけで男を黙らせちゃうなんてすごいわね)


美琴は部屋の電気を暗くた際に白衣を脱いだ女に向かって話しかけた。
するとその女はじろりと美琴を見つめると一言言った。


「あなた、オリジナルね」


「?」
(お、オリジナル?何よ?それ)



美琴がレベル5になってからたまに聞く噂があった。


『超電磁砲のDNAをつかったクローンが製造されるんだって』

『軍用兵器として開発されててもうすぐ実用化されるらしいぜ』


あり得ない、あり得ない。
美琴は今の今までそう思っていた。
しかし、美琴に似ている人物を見た、という目撃談もある位だ。
このギョロ目の女の話をただ笑殺し、看過するのも抵抗があった。

197: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:00:07.49 ID:SVOiBc3o0
「アンタあの噂の事何か知ってるの!?」

美琴は気づけばギョロ目の女の肩を掴んでいた。


「知っても苦しむだけよ。あなたの力では何も出来ないから」


「私に出来ないってアンタだったら…」


ドゴッ


ギョロ目女のローリングソバットが美琴の脇腹に突き刺さる。
どうやら彼女の前では長幼の序はしっかり守らないといけないようだった。


「マネーカードをまくのもその一環」


そう言うとギョロ目の女はマネーカードを撒く理由を説明する。
カードをまいて普段意識が向かない路地や裏通りに意識を向けさせ、そこで行われるであろう実験を阻止している、と言うのだ。


「え?ちょっと…どういう事?意味が分からないわよ…?」
(実験…?阻止…?しかも私じゃどうにも出来ない事…?)


美琴はギョロ目の女に更に詳しく話しを聞き出そうとするが女は机の引き出しにある冊子に火をつけるとそのままどこかに消えていった。

198: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:00:46.32 ID:SVOiBc3o0
「え?ちょっと…どういう事?意味が分からないわよ…?」
(実験…?阻止…?しかも私じゃどうにも出来ない事…?)


美琴はギョロ目の女に更に詳しく話しを聞き出そうとするが女は机の引き出しにある冊子に火をつけるとそのままどこかに消えていった。


結局美琴は心の中のもやもやが晴れず、電話ボックスの端末回線から彼女の通っている学校にアクセスしてみる事にした。


(布束砥信…三年生十七才…………樋口製薬第七薬学研究センターでの研究期間を挟んだ後…本学に復学…)


(って言うことは彼女は…ここで私のDNAマップを利用した研究を…?)


現段階で分かるのはここまでが限界だった。
ならば、実際に行って確かめてみるしかない。


今日拾ったマネーカードを利用して大型量販店のラ・マンチャで替えの衣服を購入すると美琴はホテルで着替えて樋口製薬の研究センターに侵入する。




侵入はあっけなく成功した。
電気的な警備システムは美琴の前では全く用を為さない。稚戯に等しい。


セキュリティと言うにはほど遠い勤労意欲に欠けるガードマン達の合間を縫って美琴はいとも簡単に樋口製薬の内部に潜入した。
そこには製薬会社とは名ばかりで人一人が軽く入れる培養器がいくつも配備されていた。

199: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:01:14.73 ID:SVOiBc3o0
薄明るい研究所のライトに照らされてぱっくりと口の開いた培養器は今にも何か出て来るような気配を彼女に感じさせた。



(な、なによここ…製薬会社にこんなに大きな培養器がなんで…?)


美琴は思った。まさか、ここで私のクローンが作られているのではないかと。
そんな事を考えつつ彼女は奥の部屋に向かっていく。制御室だ。


彼女の得意技であるハッキングで砥衛薬会社のパソコンを起動させる。
そしてデータを復元させる。
するとディスプレイに次々を言葉が表示されていく。



『超電磁砲量産計画 妹達 最終報告』


美琴は一瞬唖然とする。そしてその次に瞬間に体に言いしれぬ悪寒を感じた。


(え?ちょっとあの時のDNAマップが?)

あの時…美琴は幼少時代に医師にDNAマップを提供した事がある。
今回のクローンもそこから作られたと最終報告書には記載されている。

美琴は後悔した。
実は幼少時代、DNAマップを提供したことによって自分のクローンが生まれてしまったのだという事実に。


しかし、この文章には続きがあった。
美琴は最終報告を読み進めていく。

どうやら御坂美琴のクローンはレベル5にはならず、よしんばレベル3のクローンまでしか製造できない、との事だった。


これによって美琴のクローンである妹達は中止し、永久凍結されたそうだ。この研究に携わった各チームも順次解散しているらしい。


「はは…は、やっぱ私のクローンなんているわけないんじゃない…」


「さ、寮監に門限破りがバレる前にさっさと帰りますか」
(何よ、あのギョロ目、脅かしてくれちゃって)


美琴は夕方会ったギョロ目、もとい布束砥信の言っていた事の事実確認を済ませると足早に去っていった。

200: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:01:53.01 ID:SVOiBc3o0
――八月十五日

美琴は以前風気委員の仕事で知り合った子供達と一緒に街を歩いていた。
その時、不意にキィィィー…と言いしれぬ感覚を感じ取った。


子供達と解散すると美琴はその感覚を知覚した方向に向かって歩いて行った。


そこには木を見つめている、常盤台中学校の制服を着た御坂美琴にそっくりな女の子がたっていた。


「――――――――」


その女は無言で美琴を見据える。
美琴はその視線に耐えかね、たらりと冷や汗を掻く。



「あんた…何者?」






聞けば彼女は御坂美琴のクローンらしい。
しかし美琴には懸念があった。それは数日前に侵入した樋口製薬の中で確かに見た妹達製造計画の凍結。


(確か…妹達の計画は終わったはず…何で私のクローンが?)


「例の計画とやらは終わったはずでしょ。何でアンタみたいのが存在するのよ」


そう。確かにあの計画は終わったはずなのだ。クローン製造計画は中止。
美琴が自分のクローンから答えを待つ。


「ZXC741ASD852QWE963'……」

意味不明な言葉の羅列が帰ってる。
美琴は「あ?」と首をかしげる。


「やはりお姉様は実験の関係者ではないのですね…」


暗視ゴーグルを頭に嵌めた美琴そっくりのクローンは抑揚がない調子で言い放つ。

201: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:02:19.91 ID:SVOiBc3o0
どこの誰が彼女を作ったのだとか、何の為に作られたのか。
それらの事を美琴はクローンに聞いてみるが機密事項の様で、何も言えない。


ついに業を煮やした美琴はぐいとクローンの腕を引っ張った。


「力ずくで聞いても良いんだけど?」


彼女の力はレベル5。クローンでは劣化した能力を生成するのが限度と昨日の樋口製薬の最終報告書を読んで熟知していた。
それもあってか彼女は強気になってクローンに話しかける。


シーン…


クローンは何も答えなかった。
美琴はあきれ、手を話す。


「もういいわ、私がアナタの後を追いかけて製造者の事とっちめてやるから」

202: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:02:46.31 ID:SVOiBc3o0
すっかり日はくれてしまった。
美琴はクローンの後を追いかけ(半ば遊ぶような形になったが)ていたが結局彼女の製造者はそれにかんする情報は全く得られなかった。


「ちょっと…いつになったら帰るつもりなのよ」


「ミサカは実験があるので帰りません」


「あ、そうそう。お姉様が知りたい実験の内容や製造者に関してですが、お教えすることは出来ません」


「は?」


美琴の半日が無駄になった。


(おいおいおいおい!マジかい)


だが、美琴とてクローンにあって、「はい、そうですか」と言って帰れる訳がない。


(そう言えば…この子、座標コードみたいなのつぶやいてたわよね…?)


美琴はコードを解析しようと思い、スカートのポケットに入っているPDA端末を取り出そうとする。

203: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:03:16.02 ID:SVOiBc3o0
カラン…


ポケットから何かを落とす。缶バッチだ。


「これは…?」


美琴が拾うよりも早くクローンが反応する。


「あ、いや、これはハハハ……!」
(あ、良いこと考えた)


美琴はクローンが凝視している缶バッチを拾うと彼女の制服の下腹部の辺りにそのバッチをパチンとつけてやる。


「何でしょうか?」


「これで見分けがつくでしょ?鏡で見るよりももっと客観的にわかるわ」


「いや、ねーだろ」


「?」


その言葉に一瞬狐につままれたような表情になる美琴。

204: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:03:54.28 ID:SVOiBc3o0
「こんな幼稚なセンスなんて…素体のセンスの無さにミサカは動揺を隠せません」


「じゃ…じゃぁ返しなさいよ…」
(クッソ…自分のクローンにもセンスを否定されるなんて…!)


若干の恥ずかしさと悔しい気持ちが湧く。
美琴はクローンに手を伸ばし、バッチを回収しようとする。


ペチン


「え?」


クローンに手を伸ばした美琴の手ははたかれる。


「な、何よ?」


「お姉様の今行った行為は強奪です。バッチの所有権はミサカに移ったとミサカは主張します」


その後、小一時間バッチの奪い合いに興じる事になるが、美琴は拉致があかないと判断し、バッチを渡した。





「お姉様から頂いた初めてのプレゼントですから」

美琴のクローンは一瞬、ほんの一瞬、笑った。

205: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:04:21.01 ID:SVOiBc3o0
(結局実験の事は何も聞けなかったなぁ…)


クローンは時間がきたとかなんとか言って立川駅のロッカーに向かっていってしまった。
美琴は寮監にばれないようにどうやって帰ろうか、と考えながら街を一人歩いていた。



(コード…何だったんだろう)


ZXC741ASD852QWE963'…クローンが言っていたコード。


(初春さんならわかるかも…)


美琴は公衆電話に駆け込む。
そこで初春に電話をかける。


「ちょっと良い?初春さん」


美琴はコードの事を初春に聞く。
能力は低いものの、演算能力の早さではかなりの速度を誇る初春なら、このコードも解読できるのではないか、そう考えた。


受話器越しにカタカタと打鍵するキーボードの音が聞こえる。

206: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:04:49.26 ID:SVOiBc3o0
『なんだかよくわかりませんねぇ…妹達を運用したレベル6への進化法…なんですかね、コレ。一応御坂さんにも送信しますね』


「妹達を運用…?」


嫌な予感がした。
妹達…即ち先程まであっていたクローンの事…『達』と言われている限り、一人ではないと言うことだろうか。


(何よ?レベル6なんて…そんなの存在するの?)


美琴が逡巡していると、初春からメールが送られてくる。


『すいません、御坂さん。私、風紀委員の夏季公募と夏休みの宿題に終われてて…すいませんが…』


「あ、うん!お手数かけちゃってごめんね!」


電話が唐突に切れる。
美琴は初春から送られてきたファイルを食い入るように読んでいく。

207: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:05:17.33 ID:SVOiBc3o0
『絶対能力進化法(レベル6)』

『学園都市には七人のレベル5が存在するが……レベル6にたどり着ける者は一名のみと判断した』


『当該被験者にカリキュラムを施した場合レベル6に到達するには二五○年もの歳月を要する』


『これを保留し実戦による能力の成長促進を検討した』


『ツリーダイアグラムの予測演算の結果…』




『超電磁砲のクローンを一二八回殺害する事でレベル6にシフトする事が判明した』


『しかし、超電磁砲のクローンを用意する事は不可能な為、妹達のクローンを利用し性能差を埋めることとし…』


『二万体の妹達と戦闘シナリオをもってレベル6へのシフトを達成する』

208: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:06:07.55 ID:SVOiBc3o0
「ハハハ…狂ってるわよ…こんな事出来るわけがない…」


「私を殺す…?代わりに妹達を…?レベル6?」


美琴は口では否定しつつも頭では否定できなかった。

つい先程まで一緒にいた妹達の内の一人。缶バッチをつけたクローン。
彼女は実験をするためにどこかに消えていってしまった。


美琴はPDA端末のカーソルを下におろしていく。
すると座標が指定されていた。


(ここで…実験が…?)


(…まさかね…?)


彼女はそう思いつつも、拭いきれない懸念と悪寒を胸に、公衆電話を飛び出し、座標地点に向かっていった。

209: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/25(火) 15:06:45.01 ID:SVOiBc3o0
分倍河原 
ここには貨物の操車場がある。


一般人は立ち入り禁止となっているこの場所で戦いと言うにはおこがましい程の戦いが行われていた。


「逃げてばかりじゃァ、オレの事は倒せませンよォ?」


真っ白な肌に、夜でも分かる赤い目、そして銀色の髪。
学園都市第一位一方通行。
彼は缶バッチをつけた御坂美琴のクローン――性格に言えばミサカ9982号と戦っていた。


「ク…ッ…!」


9982号は逃げる事しかできなかった。
銃器の類は全く効かない。どういう訳か全て反射してこちらに跳ね返ってくるではないか。


「オイオイ…逃げ足だけは速ェのな…クカカ」



一方通行はとぼとぼとゆっくり9982号に向かって歩いてくる。
勝敗こそ決していないが、その足取りは既に勝ち誇った勝者のそれだ。

218: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:32:10.83 ID:kFxmX+Fj0
そんな一方通行がジャリ、ジャリ…と線路の石の上を歩いて9982号に向かってくる。


「(目的地への誘導に成功しました)」


かすれるような小さな声で9982号がつぶやく。
そのつぶやきがまだ良い終わらぬうちに付近の地面が爆発する。


切り札の対戦車地雷だ。


(吹き飛べ、第一位)



ベアリングを混入した高性能火薬を用いたかなりの破壊力を秘めた地雷だ。
米軍の正式採用タンク、エイブラムスクラスなら軽くふき飛ばす程の大型地雷が炸裂する。





ドゴォォォン…!





爆煙が巻き上がる。


(終わった…?)


9982号が爆煙を見つめる。

219: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:36:04.85 ID:kFxmX+Fj0
9982号が爆煙を見つめる。
「目標…沈黙…?」


じっと爆煙を見つめる。もう動ける体力など殆ど残っていない。
体の至る所が痛い。


(早く治療しなければ…ミサカはかなりヤバい…状況ですね…そーいえば、救急車なんてきてくれるんですかね…?)

怪我の治療の事をふと考えたその時。



ボヒュ…


煙の中から一方通行が飛び出してきた。
電光石火の勢いで9982号の脚を鷲づかみにすると軽く引っ張る。


ぶちブチ ボギャ


「あは…ぎゃっは…脆れェなァ…!」


「――――――――――!!」


声にならない叫びが木霊する。
9982号の脚が太ももの上の部分から引きちぎられた。


一方通行は引きちぎった脚からしたたり落ちる血をぺろりとなめる。


「まじィ…クローンの血はまじィなァ…腹の足しにもなンねェ…」


「…クッ!」

220: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:39:43.83 ID:kFxmX+Fj0
9982号は最後の力を振り絞った電撃を浴びせるが、それも反射して自分に当たる。
即座に勝てないと判断した彼女はとぼとぼと残された一本の足を引きずってイモムシの様に前進する。


「…く…は…ひ…ぐぐ…」


彼女は喋れるような精神状態ではない。
自分の体液が目の前の得体のしれない人物にのまれ、理不尽にその綺麗な脚を引きちぎられることは される事と同じ位に屈辱にまみれることだろう。
彼女は一本の脚と二本の手で逃げようとするが…落し物をした事に気付く。

美琴からもらった缶バッチだ。



「オイオイ…そっちは行き止まりだぜェ?逃げねェのかァ?」
(ったく逃げる奴をなぶる方がおもれェのになァ…この手の相手は…クカカ、それともこの状態のコイツを すか…ヒャハ…悪くねェ…)


「ハァはぁ…ハァ…」


9982号はいつの間にか外れていた缶バッチを拾おうと思い、行き止まりの方へと歩をすすめる。


「ふーンそのバッチ、大事なもンなのか?」


「アナタに答える義理はありません」


「あー、そォ。なンか同じ女何回 してるかわかンねェケド…オマエはやっぱ良いや、なんか脚ねェし…クカカ」
( す話はなし。もういーや)


「…そうですか。では早く殺して下さい」


「いわれなくとも」

221: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:40:12.86 ID:kFxmX+Fj0
ぽいっとまるで何かを投げ捨てるような感じで一方通行は線路の測定調整車を投擲する。
その車輌はゆうに一トンを越える。


ドゴンという炸裂音の中に僅かながらプチっと生ものがつぶれるような音が聞こえる。



「本日の実験、終了ォー☆」


白い悪魔は口元だけ不気味に歪ませ、数十分の戦いを締めくくる一言をはいた。

222: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:41:42.70 ID:kFxmX+Fj0
一方通行の実験を近くの高架鉄橋で見ていた美琴。

(な…ちょ…え?)


目の前で繰り広げられる凄惨な光景を直視していた彼女はしかし次の瞬間、一方通行が9982号の血を舐める光景を目にする。


「う…お…オエ…」


美琴は高架におう吐する。
だが、ここで座していてはいたずらに自分のクローンが死ぬだけだ。




自分とうり二つな人が死にかけている。
そんな光景を目の前で見た事がある人はいるだろうか。恐らく居ないだろう。
世界にただ一人、御坂美琴を覗いて。



ドガァアアアアアアアアアン


爆音が響き渡る。
一方通行の投擲した車列が片足をもがれ、真っ白な骨をむき出しにした美琴のクローンに投擲されたのだ。


最後に見えた光景――それはクローンが大切そうに、本当に大切そうに缶バッチを握りしめた光景だった。




「―――――――――!」


自分でも何を言ったかよく覚えていない。
9982号は車両の下敷きになった。おそらく生きてはいないだろう。

223: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:43:13.40 ID:kFxmX+Fj0
(…なん…てことを…!)


美琴は雄々しく、勇敢に一方通行に立ち向かっていった。


彼女の目に狂いがなければ、9982号は確かに缶バッチを大切に握りしめながら死んでいった。
彼女はその光景をまざまざと見た。理性を保てるはずがなかった。


胸の内に沸く憎しみ、憎悪、混乱…。
あらゆる感情を内包した彼女は一方通行に全身全霊の攻撃を仕掛けた…。



砂鉄の嵐、線路の枕木を外した鉄による殴打、そして最強を誇る…と信じていた超電磁砲を放つ。



「クカカ…足りねェ足りねェ…小さすぎるぜェ…第三位…」


「…はぁ…はぁ…化け…もの…め!」


「最後の…コインぶっ放すヤツ…あれが切り札っぽい感じだったが…ひゃひゃひゃ…全く効いてませェン」


美琴の攻撃を全て立ちつくすだけで、受け流した、否、反射した男。
その男は禍々しく美琴を嗤う。


彼はすたすたと美琴に歩いて来た。


「いっつもいっつもお世話になってンぜ?お前のクローンにはよ」


はぁはぁ、と肩で呼吸する美琴の隣にゆっくりと一方通行が歩いてくる。


「オレの名は…」


「一方通行だ…」



「よろしくゥ」


美琴はすとん、と腰を抜かしてしまった。
そして戦場となった操車場の事後処理をする妹達が現れる。

224: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:44:14.56 ID:kFxmX+Fj0
――八月十六日

美琴は多摩センターの駅前で座っていた。
目からは全く生気が感じられない。


それもそのはず。
彼女は昨夜二十一時から始まった、第九九八二回目の実験を目撃し、介入し、敗北したから。


「ベンチで夜明かししている少女がいると思ったらあなただったのね」


目の下に大きなくまを作った美琴はおもむろに顔を上げる。
そこには数日前に雑居ビルで遭遇したギョロ目の女。布束砥信がいた。


「その様子だと…計画を知ってしまった様ね…」


「あなたには止めるすべがないから関わらない方が良と言ったのに…」


「…何であなたはこの実験に加担して居たのにマネーカードをばらまいていたの?」


布束が妹達の量産計画に加担していた事はPDA端末ファイルで入手した情報で美琴は既に知っている。
しかし、そんな彼女が何故、量産計画の延長に当たるこのレベル6シフト計画を妨害しているか美琴には分からなかった。


「世界とは…こんなにもまぶしいものだったのですね」


「は?」


「以前ラボの屋上から外の景色を見せた時、あの子が言った言葉よ」


「…そう」

225: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:45:48.94 ID:kFxmX+Fj0
布束が以前妹達量産計画が凍結して一度研究チームから外れた際、布束と妹達の一人は施設の屋上から街の風景を見た。
その時に妹達の一人が発した言葉。その一言が布束の心を揺さぶった。


「あの時から私は彼女達を作り物とは思えなくなったわ」


「あなたは彼女(クローン)達の事をどう思ってるの?」


布束は美琴に問いかける。
彼女は体育座りをしたまま黙っていたが、やがて顔を上げる。


「私は…クローンを人間としてなんてみれない…」


「でも…人のDNAマップをくだらない実験に使っている奴らを見過ごすことは出来ないわ」


「私が撒いた種だもの。自分の手で片をつけるわ」


美琴はそう言うと重い腰を上げる。
目の下に出来たくまと、この狂った学園都市の闇に対する負の感情が彼女を起き上がらせる。


「研究関連施設は20をくだらないわよ?一人でやるつもり?」


「私を誰だと思ってるの?」


美琴は後ろから聞こえる布束の声に振り向き、答える。




「常盤台のレベル5、最強のエレクトロマスターよ」





美琴はそう言うとふらふらした足取りでその場を後にした。
一方通行に勝てない事は昨夜の戦いであっけなく証明されてしまった。


ならば研究に関連している施設を吹き飛ばすしかない。
施設を吹き飛ばしてこれ以上の犠牲者が出なければそれで良い。




美琴は街の雑踏に消えていった。
その後姿は彼女を知る人が見たならば、まるで他人に見えるだろう。
幽鬼の乗り移ったような彼女のうつろな表情はどこか妖艶な、しかし、妖刀の様な雰囲気をはらんでいた。

226: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:46:28.51 ID:kFxmX+Fj0
――佐天の学生寮 八月十九日(美琴が一方通行の事件を目撃してから四日後)

「じゃ、また明日ね、初春、白井さん」


「はい、また明日ー佐天さん、白井さん」




佐天は夏休みまっさかりと言うことで初春や白井と第二十二学区の地下街で遊んでいた。


当初は美琴がいないのがいやだ、なんだ、と言っていた白井は結局来た。
だったが遊び始めるとわいわいと騒いでいたので、一応楽しんでいたのだろう。


美琴はなんだか最近とりつく島がない、との白井談。なにやら緊急事態だろうか?
白井に聞くところによれば、何でもここ最近寮の方にも戻っていない、との事。



(御坂さん、最近どうしたんだろう?)



佐天は美琴の事をぼんやりと考えながら日焼け対策の水スプレーを肌に振りかける。


(何かあったのかな…?)


ういーん…ういーん…


(お、きたきた)

227: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:46:56.24 ID:kFxmX+Fj0
電話の女。


アイテムのメンバーからはそう呼ばれる様になった。
興味本位でやり始めたこの電話をする仕事に彼女は最近慣れはじめていた。


いや、“慣れている”…少し語弊があるかもしれない。
八月の第一週に人材派遣の勧誘で始めたこの仕事。


初めて死者が出た―フレンダが射殺した―品雨大学の一件。
そこから何件かの依頼が佐天の携帯電話に入ってきた。


送信者はすべて学園都市治安維持機関とかいう所から。
仕事の依頼を出し、報告が来るときに記載される任務の詳細。


死傷者の数や捕獲した兵器やサンプル資料。
佐天が必ず目を通すのは死傷者の項目だった。


事後処理として下部組織が詳細をまとめた報告書を送ってきたり、アイテム自身が報告書を送ってくる事もある(こちらはかなり大雑把な感じだが)。
これらの報告書を佐天は学園都市治安維持機関に転送するのだ。
かなり大雑把な報告書でもいいので、おそらく治安維持機関は任務させ完遂すればいいのだろう。


ここ最近は二日に一回、佐天の携帯に仕事が舞い込んで来る。
それを彼女はアイテムに伝達する。


佐天は任務が終了して送られてくる報告書を軽く流し読みすると治安維持機関に報告する。
彼女自体、その機関がなんなのかよく把握していないが、恐らく風紀委員や警備員とはまた別の組織なのだろうと勝手に推察する。


(ふーん…昨日の仕事…あ、二人死んだんだ)


フレンダの中距離射撃で一名死亡、絹旗の投擲した車に押しつぶされて一名死亡


初めて品雨大学の教授が死んだ報告書を受け取ったとき、佐天は謝罪の念に駆られた。
人の人生を奪ってしまったから。


しかし、今ではその死傷者の報告はただの数字と化し、彼女の興味をそそるまでには到らなくなっていた。
一人殺せば殺人者だが、百人を殺せば英雄である、というチャップリンの言葉はまさしく的を得ていた。


人を殺すことはもちろん重罪だ。
しかし、その人が何かしらに違反しているのだ、佐天はそういう人物を斃していると、自分に言い聞かせてこの仕事をこなしていた。
いや、もはやそれすら辞めて、ただ任務を通達しているだけなのかもしれない。

228: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:47:23.01 ID:kFxmX+Fj0
『えー続いてニュースです』


佐天がテレビをポチッとつける。


『品雨大学の研究棟で火災が発生しました』


(品雨大学…ってあの教授が抜けたとか…この全く人騒がせな大学ねー)


日焼けした肌にしっとりしめったタオルをあてがいながらニュースを見る佐天。
ニュースの内容からすれば死傷者は居ないものの、研究棟で行われてい研究は暫く凍結するとの事だ。


(ふーん…なんか物騒な世の中ねー)


佐天は他人事の様にテレビの内容をぼんやりと見ながら思った。


『続いて新たに入った情報です…!磁気異常研ラボにも火の手があがった様です…』


『なお…侵入の形跡はなく…いきなり電子機器がショートした模様で、学園都市に電力を供給している会社の技術者達が緊急招集され…』


『あ…あらたに入った…情報ですと…バイオ…』



テレビのキャスターは刻一刻と入る情報にてんてこ舞い状態だった。
ニュース内容よりも動揺してあたふたしているキャスターを見ている方が佐天は面白かった。


229: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:47:53.20 ID:kFxmX+Fj0
(電子機器のショートとか…ってか破壊されすぎじゃない?)


(外部からの接続だけでこんな事出来るの?テロって言うからにはもっと直接侵入する様なイメージがあるけど)


(電子セキュリティを破壊するだけで目的は達成されてるのかしら?)


ここ最近で得た知識で佐天は考える。
ニュースをみる限りだと何故か生物学的分野で頭角を現している方面の施設ばかりが攻撃を受けている。


(電子セキュリティを外部から解除出来てなおかつ施設のパソコンに侵入するってまさか初春?)


彼女の親友である初春飾利は確かに高度な演算能力を買われて風紀委員のハッキングを未然に防ぐ防衛ラインを構築した実績がある。
しかし、初春がこの施設を破壊する理由が全く思い浮かばない。


(ははは…いくら初春が演算できるからってこんな事はしないよ)


(誰なんだろ?こんな事するの?)


(…もしかして…御坂さん?…ってアホか私は)


ここ最近遊びに誘っても来ない美琴。白井は言っていた。「とりつく島がない」と。


(…あ…はははは…まさかまさかぁ…だって…ねぇ?御坂さんも研究所を吹っ飛ばす理由なんてないに決まってるじゃない)


(学園都市には二五〇万も人がいるんだし…まさかね)

230: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 10:48:28.36 ID:kFxmX+Fj0

佐天は再びニュースを見る。
今度は逆にキャスターのあたふたする素振りが妙にうざったく見える。


『蘭学医療研究所でも新たに火災が発声したと…!』


(…なによ…これ…!)


聞けば学園都市の複数施設が既に電子セキュリティが解除され、通信回線からの攻撃をしているとの事だった。


『サイバーテロが行われている様です…!引き続き情報が入るまでお待ち下さい…!』


初春は学園都市の治安を守る風紀委員に所属している。
学園都市の施設を破壊する様には見えない。理由もない。


しかし、御坂美琴は…?
サイバーテロを起こさないと断言できる理由が思い浮かばない。



(考えすぎ…よね?)


佐天はニュースを見ながら次の情報が入ってきたその時だった。


ういーん…ういーん…


仕事用の携帯電話が鳴る。

233: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:44:56.96 ID:kFxmX+Fj0
あらすじ
一方通行のレベル6シフト実験をまざまざと目撃し、そして戦いを挑んだ美琴。
しかし、彼女は指一本触れられず敗北する。
翌日布束と遭遇した美琴は狂った計画を阻止しようと考えた。
美琴は各施設を潰していく。

ちょうどその時、佐天の携帯に連絡が入ってくる。

234: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:45:59.10 ID:kFxmX+Fj0
(ま、まさか…?仕事?)


このタイミングで仕事の依頼が来る…?佐天はおそるおそる携帯のメールをタッチする。


-----------
From:製薬会社

Sub:仕事依頼・緊急

アイテムには明日、施設を防衛して欲しい。
なお、この依頼は当社からの依頼で上層部に裁可されているオーダーだ。


さて、仕事に関してだが、通信回線と電気的なセキュリティに引っかからない事から、エレクトロマスターの犯行ではないかと思われる。


なお、アイテムにはターゲットが施設に侵入した際のみ、邀撃。
それ以外にこちらから攻撃を仕掛ける事を禁ず。


当該目標である犯人の素性の詮索も同様に禁ず。
これらの事をアイテムにも伝えて頂きたい。


施設見取り図.jpg

以上。
-----------

235: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:48:17.44 ID:kFxmX+Fj0
(エレクトロマスター…)

佐天はその言葉を反芻する。
まさかアイテムと御坂美琴が戦う事になるかもしれない。


学園都市には他にもエレクトロマスターの人間が居る…はず。
何も御坂だけではない。


(まさか…ね。御坂さんな訳がないよね?)


佐天は自分に言い聞かせる。
しかし、御坂ではないと言い切れる証拠がない。



(どうか…御坂さんじゃありませんように…)


もはや祈るような気持ちだった。彼女が施設を襲撃したのか、それとも。


(詮索はダメか…とりあえず…麦野さんに電話…っと)


電話の時は年上の人の名前を呼ぶと「さん」付けで呼んでしまう可能性がある。
なので「こいつら」とか「こいつー」とかの方が呼びやすかったりする。


佐天はメールタブを開いたまま、通話ボタンを押す。
今日もアイテムは仕事に従事しているはずだ。


アイテムや下部組織からは仕事の終了連絡はまだ来ていない。
だが、緊急と指定されている案件なので佐天は麦野の携帯に電話をかけた。

236: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:48:54.65 ID:kFxmX+Fj0
(御坂さんじゃ…ないよね…ははは…)


犯人の素性の詮索を禁止する、という事は当該人物の身元が明らかになって、その人物が関わっていることが知れたらまずい事態になるのではないか。
だからこそ、その人物の詮索を禁止するのではないか。と言うことは仕事をよこしてきた製薬会社は侵入者の正体を知っている可能性がある。


(侵入者の正体…製薬会社は知っているの…?)


(なのに敢えて言わない…って言うことはその人は学園都市の裏事情に通じていない人って事…?)


佐天は麦野が携帯に出るまで必死に推理をめぐらす。
そして、その推理が外れる事を祈る。


(学園都市の裏以上に通じてなく…且つ…エレクトロマスター…御坂さんしかいない…!)


エレクトロマスターなんて沢山いる学園都市。
だが、学園都市広し、と言えど、通信回路を外部から遮断し、火災を発生させるほどのエレクトロマスターはおそらく限られているだろう。



(こんなお子様中学生の推理なんか外れてくれ…!)


ベッドに座りながら麦野が電話に出るのを待つ。
佐天の手にじわりとにじむ汗。

ベッドにそれをなすりつける。
ニュースから流れる声がただの雑音に聞こえる。



『はぁい、アイテム』


麦野が電話に出る。
佐天は震える声で言い放つ。





「し、仕事よ…!」

237: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:49:39.69 ID:kFxmX+Fj0
「でも、結局水着って人に見せつけるのが目的な訳だから、誰もいないプライベートプールじゃ高いヤツ買った意味がないっていうか」


「でも市民プールや海水浴場は混んでて泳ぐスペースが超ありませんが、っていうか私達が外泊申請出して通るかどうか…電話の女に掛け合ってみましょうか?」


「うーん…まぁそれもあるわね…滝壺はどう思う?」


「私は浮いて漂えるスペースがあればいいかな?」


「「はぁ」」


アイテムのメンバーは今日もお仕事。
ちょっとした武装集団との戦闘だったがいかんせん簡単すぎた。
麦野と滝壺は今回も一回も能力を顕現させることはしなかった。


「でも、きぬはたの言ってた事が重要かも…私達の外泊申請が通るかって事だよね」


「問題はそこですよねー…暗部の私達がしゃぁしゃぁと外に出て良いのかって事ですよ」


「かー!小さいことは気にしないって事よ!今度みんなで海いこう!ってかさっさと外出たいなー」


「だから、フレンダ。外泊申請が…」


「いや…外泊じゃなくてさ…」


「?」

滝壺が首をかしげる。



「製薬会社からの依頼ー?」


麦野の甘ったるくちょっと大きい声が裏路地に響く。
アイテムの三人は雑談を辞めて一斉に麦野の方を向いた。

238: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:50:27.88 ID:kFxmX+Fj0
「取り敢えず仕事中にゴメンね」


佐天は受話器越しに一言麦野達にあやまる。


「昨日今日でちょっとサイバーテロが起きてるのは知ってる?」


すっかりこの仕事が板についた佐天。
最初は敬語を使うかどうかで悩んでいた彼女も今では同年代の友人と話す様な感覚で喋っている。


『サイバーテロ?』


「うん。複数の施設が何ものかに潰されててね…」


佐天は通話モードのタブをタッチパネルで右に追いやり、器用に先程送られてきたメールを開く。
そしてすらすらと製薬会社の依頼メールを読み上げていく。


「で、なんだか知らないけど、守る施設は既に決まってるみたいで、みんなにはそこに行って欲しいの」


佐天はそう言うとシボレー・アストロの車載PCにメールを送る。

239: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:50:56.17 ID:kFxmX+Fj0
『りょーかい、後で見とく』


『にしても…』


「ん?何よ?」


『エレクトロマスターねぇ…』


「その可能性が高いって話ね」


麦野のため息の様な声が聞こえてくる。
佐天は見た事がないが、麦野も能力の根本においてはエレクトロマスターのそれに似ている所がある。
なにかしら思う所があるのかもしれない。


佐天は続けてメールの内容を読み、麦野達に知らせる。


「通信回線を使ったテロと電気的なセキュリティに引っかからない事から、そう推測されるみたい」


「てゆーか依頼主はどうも犯人が特定できてるっぽいんだけどねー…」


佐天に送られてきたメールに記載されていた言葉、“犯人の素性の詮索も同様に禁ず”。
これは製薬会社は知っているがアイテムは知らなくて良いと言っている様にも聞こえる。


『目星がついてるならこちらから襲撃すれば良いのでは?』


最年少の絹旗の声が聞こえてくる。
佐天は内心私もそう思ったわよ!と言いたい衝動に駆られる。


「いやー…製薬会社の依頼なんだけどね」と佐天は一言区切る。

240: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/26(水) 16:52:18.17 ID:kFxmX+Fj0
「手出しはターゲットが施設内に侵入した時のみ襲撃者の素性は詮索しない事が依頼主(製薬会社)のオーダーよ」


『はぁ?何それ?結局意味わかんないんだけど』


「こいつらときたら!私だって………やりたくて受けたわけじゃないわよ!」
(もし…御坂さんだったら…私達…友人とかそういう関係じゃなくなっちゃう)


佐天はむしゃくしゃし、髪をかく。
そして適当に「それにこの手の依頼には色々事情があるんだっつーの!」と言っておく。


『はいはい、ギャラ弾むように上に言っとけよ、電話の女』


「うっさーい!ごちゃごちゃ言ってないで仕事しろー!」


そう言うと佐天は電話を切る。
アイテムとの通話は終了した。


後は報告が来るまで待つのみだ。
今まで彼女達の仕事が終了する連絡が来ることに何も思わなかったが、今日ばかりは何だか気が気でなかった。



(ホントに…御坂さんじゃなければいいんだけど…)



この世に神様がいるなら祈りたい。
そんな気持ちに電話の女、もとい、佐天はかられる。

248: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:09:51.91 ID:scyQj+zN0
ういーん…ういーん…

佐天の携帯電話がバイブレーションし、メールの着信を知らせる。



From:麦野沈利

Sub:無題

施設の電気セキュリティが破られた。
多分そろそろ来るわ。

あ、ちなみに絹旗とフレンダ、別々の施設に待機させたから。
何か、一方面だけっていうのが怪しいのよね。


じゃ、私と滝壺は待機してるから、また情報が入ったらそっちも連絡お願いね。




麦野が送ったメールはニ方面作戦を行う事を知らせるメールだった。
佐天は戦術に関しては何も知らないので麦野に任せることにした。



To:麦野

Sub:わかった

じゃ、しっかり頑張ってね


(後は…戦いが終わるまで待つだけね…)



佐天はメールを作成して編集する。
彼女にとっては永遠と感じられる数時間が到来する。

249: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:11:33.79 ID:scyQj+zN0
――絹旗が待機している施設


(超…待機しても敵が来ませんね…セキュリティは破られたようですが…)


窒素装甲の大能力者である絹旗は麦野の指示でSプロセッサ社の施設の一角で待機していた。
ここから少し離れた所にいるフレンダのところに当該目標であるエレクトロマスターは向かっていったのだろうか。



(フレンダが引き受けてるんでしょうか?)


(こっちはなにやら撤収作業が始まってますが…)


絹旗は通路の端っこでプロセッサ社の従業員達の撤収作業をパーカーを外し、少し見上げる。
一人の白衣を着た若い女性従業員とすれ違う。


「どうも」


「撤収作業の調子はどうですか?」


「あぁ、私は今ついたばかりなので」


「そうですか…」
(やけに目つきがキツイ人ですね)


「では…ここらで」

二人の白衣を着た研究員と女は一緒に角を曲がると見えなくなった。
従業員達は突然の撤退に動揺しつつも理路整然と撤収作業を行っている。

250: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:12:22.77 ID:scyQj+zN0
先ほどまで静まり返っていた研究施設から、まるでありの巣をつついたように多数の従業員達が出てきた。
絹旗はその中で驚くほど場違いな格好で鎮座していた。


絹旗はノーブランドのパーカーに半そで、リーバイスのショート   、スニーカーはバンズのハイカットスニーカー。
動きやすい格好だ。パーカーのフードを目深に被り、ポケットに両手を突っ込む。


(この状況でこられたら…超マズイですね…作業している人も巻き込む可能性があります…)


でも…と絹旗は思う。


(でも…私にとっては超どうでもいいですけどね…敵と戦ってさっさとぶっ潰しちゃえば)


目の前で作業している烏合の人々の群れを絹旗はぼんやりと見つめながら再びパーカーを目深に被った。

251: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:14:29.53 ID:scyQj+zN0
――フレンダが待機している排気ダクト


敵が来るかどうかも定かではないこの状況。
フレンダは愛銃であるアキュレシー・インターナショナルASWのサイレンサーの手入れをしていた。
施設には即席だが各種の爆弾をふんだんに配置した。導火テープも思いつく要所に設置した。



(後は…来るのを待つだけ…って言ってもこないわねぇ…)


(実は…待機って結構しんどいのよねぇ…)


しんどい、といいつも彼女は緊張していた。
これから数分後には自分と相手の命をかけた戦いを繰り広げる事になるのだから。
この心情は戦いに身を置くものしにかわからない独特なものがある。

そして、その緊張を隠すようにフレンダは「はぁ」とため息をつく。


「…結局、来るかどうかも解らない相手を待つのって退屈なのよねぇ…」


フレンダは独りごちる。
電話の女が仕事をこなしている最中に新しくよこしてきた謎の指令。
それに備えてフレンダは急ごしらえながらも最善の装備ではせ参じた。



眼鏡を吹くようなきめ細かい布でアキュレシーを丁寧に、いたわる様に磨いていく。
要所要所にたっぷりとグリスを塗ってやった。


最近行われた横田基地の基地祭の際に米軍から横流ししてもらった爆薬もたまたま持ち合わせていたのが幸いした。
C4、セムテックス等のプラスチック爆弾、陶器爆弾、モーションセンサー、スプリング形式の爆薬を横流ししてもらった。

252: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:17:45.10 ID:scyQj+zN0
相手を一回爆殺してもなお、お釣が返ってくる量の爆弾をSプロセッサ社の隅々に配置したフレンダ。
邀撃準備が済んだ今、彼女は人が寝そべってもなお余裕のある排気ダクトに身をひそめて、敵を待っていた。


(…お姉ちゃんだったら…こーゆー時どうするんだろう)


フレンダの思考に突如浮かび上がってくる姉の存在。
姉は確か私以上に派手にぱーっとぶっ放すタイプだった。
姉とカナダで同居していた時の記憶をおぼろげながら彼女は思い出す。


(オクトーゲン使って丸ごとふっ飛ばしたりしちゃって…!)


確かに派手好きだった姉だったらあり得るな、とフレンダは一人思いついた妄想をし、自分で「うんうん」と納得する。
実際、TNT爆薬の爆速の優に数十倍のスピードで拡散するオクトーゲンは大規模な施設を吹き飛ばすにはもってこいだ。


(…って最近お姉ちゃんの事よく考えてるなぁ…私)


(結局…いつまでも暗部なんてやってられるかって訳よ…)


姉がかつて居たとされる学園都市。
彼女はカナダでの安穏とした生活を捨て、学園都市にやってきた。
しかし、彼女が学園都市についた時にはすでに姉は居なかった。


情報収集をするために裏の世界に身を投じて既に数年。
気付けばいっぱしの殺人者になっていた。
その事に関しては取りたてて思うことはなかった。


むしろ、自分に殺される人の今わの際を見る時の愉悦。
あぁ、こいつは私に殺されるために生まれてきたんだ、そう考えると脚ががくがくするほどの快感すら感じる。
そんな特殊な性格を持つ彼女はわれながらイかれていると思った。

253: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:20:39.77 ID:scyQj+zN0
しかし、そんなきちがいじみた 癖(?)、性格(?)のフレンダにも親族がいる。
大好きな姉だ。その姉に会うまでは死ねない。例え、今まで殺してきた者たちの怨念に呪い殺されそうになっても。


(私だって…殺したくて殺した訳じゃないって訳よ…)


彼女も電話の女の様に自分の殺人を他者の落ち度に仮託しているあたりが狡猾である。


(…私は必ずお姉ちゃんを見つけてこの学園都市から出る…って訳よ…ってお姉ちゃんは学園都市にいないかもしれないか…ってあれれ?)


どちらにしろ、暗部を抜ける事は絶対だと言い聞かせるフレンダ。しかし、途端、彼女の思考が打ち切られる。
彼女が耳につけている高感度集音機に靴の音が聞こえたから。


ギッ…ギッ…ギッ…


床を踏むわずかな音が集音マイクに入る。
どうやら敵はフレンダの待ち構えているゾーンに侵入してきたようだった。



(日ごろの行いかな…?結局、お金を貰うのは私って訳よ!ドンマイ絹旗!)



足音はフレンダにどんどん近づいてくる。
彼女が今いる排気ダクトの近辺にもう侵入者がいる事は明らかだ。

フレンダはお気に入りのパンプスに布を巻きつけると、足音が出ないように大型ダクトを移動する。
そして排気口のわずかな隙間から見る。


(へぇ…私と同じ位の女の子かぁ…いけないなー…暗部に首突っ込んだら)


フレンダは気付かれないようにダクトを移動し、当該目標であるインベーダーの後ろに移動する。
セキュリティはとっくのとうに遮断されているが予備電力でまかなっているのだろう。
施設はまだ薄明るい状態だ。

254: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:22:16.14 ID:scyQj+zN0
フレンダはカチャリと暗視ゴーグルを装着する。
インベーダーが電燈が切れているゾーンに入ったからだ。


(いちお、米軍からもらっといてよかったって訳よ…結構値が張ったけどね…とほほ…)


そんな悠長な事を考えながらも、彼女の顔は笑っていない。
持ち込んだツールボックスから導火テープを発火させる小さいボールペンの様なものをポケットから出す。


(導火テープに着火…っと)



ジジジ…と火がつき、しばらくすると施設の構造物がゴゴゴゴ…と巨大なもの音を立てて崩れ落ちる。

フレンダは構造物が崩れ落ちる前に音を立てずに静かに着地する。
着地先はインベーダーの前方150メートル。
即殺し、蹴りをつけるために地上に彼女は舞い降りた。


背中には世界最高級の狙撃銃、アキュレシーインターナショナル。
フレンダはそれをスーッと構える。


(よし…着地成功…って訳よ!)


物影からカチャリとアキュレシーインターナショナルを構える。


(出てきたら…即射殺してやるって訳よ)


ガラガラと音を立てて崩れた構造物からインベーダーが出てくる。
傷一つ負ってない。


(へぇ…やるじゃない…ケド…)

255: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:23:36.87 ID:scyQj+zN0
フレンダは一瞬、ニヤと笑う。
直後、アキュレシー・インターナショナルのトリガーにフレンダのかかったか細い綺麗な人指し指がかかる。



(Time to die, good bye Invader…)



姉の事を考え悩んでいる乙女の様な彼女はもうそこには居ない。
いや、むしろ戦姫と言った方が適切だろう。


フレンダはヘンソルト十倍率のスコープを通してインベーダーの動きを捉える。
こちらに向かってくる。


亜発射されるであろう弾丸は音速でインベーダーをただの肉塊にするであろう。


フレンダはアキュレシー・インターナショナルのトリガーに指をかける。
瓦礫から出てきた傷一つ負っていないインベーダーは一瞬、フレンダの方をむく。


その瞬間をフレンダ=ゴージャスパレスは見逃さなかった。
照準に写り込んだキャップを目深にかぶったインベーダーの眉間に照準を合わせ、ためらいもなくトリガーを引く。


ピシュ!ピシュ!


驚くほど乾燥した小さい発射音だけが響く。
インベーダーの女の顔を破壊しようともくろむ狂気の弾丸が亜音速でインベーダーに殺到する!

256: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:25:15.76 ID:scyQj+zN0
フレンダは弾丸がターゲットに着弾するか否かというタイミングで後退する。


(後で取りに来るからね…!)


インベーダーに7.62mm弾が効かない事がわかると、フレンダは大切もの惜しそうにアキュレシーインターナショナルを床に置く。
そしてはポケットから先ほど使った導火ツールを再び用意する。


その導火ツールをテープに近づけると「ヒュボッ!」と音が出て一気にテープが燃焼する!その先には人形の中に仕掛けられた高性能爆薬が詰まっている。



グァアアアアアン!!



大きな爆発音が施設にこだまする。


「やった?」


フレンダは念の為に腰にあるシグザウエルP230を抜いて構える。
灰色と黒で塗られたP230は消音機つきだ。


「これくらいじゃ死なないって…」


黒のキャップに同じく黒の半そで、短パン、スニーカーといういでたちでインベーダーが喋りながらフレンダの前に現れた。
目を凝らして見てみるとインベーダーの女はどこで買ったのかわからないが弾帯を肩からぶら下げている。
それには缶コーヒー小のサイズの大きさのビンが三本はめられている。


(あの弾帯は…?)


手りゅう弾でもない、迫撃砲弾でもない。

257: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:27:09.67 ID:scyQj+zN0
フレンダは弾帯にはまっている見たことの無い武器(!?)の様なものをマジマジと見る。


「あぁ…これ?気になる?これはね……」


フレンダはインベーダーがセリフを言い終わる前に無言でP.230の引き金を引く。


パシュ!パシュ!


再び施設に乾いた音がこだまする。
しかしその弾丸も先ほどの7.62mm同様にインベーダーの目の前で静止し、ポトリ、と落ちる。


「効かないって。ってか人の話は聞きなさいよ…」


「……」
(鉄がはいっている物は効果が無いって事…?)


冷静に戦況を分析するフレンダ。
精一杯のいやみな顔を彼女は浮かべ、タオルをパンプスから剥ぎ取ると一気に走り出す。
目指すは階段だ。


階段にはたっぷりと導火テープが配置されている。
滑落させてインベーダーを殺害しようとする。


タンタンタン…!
フレンダは勢いよく階段を駆け上る。
インベーダーはその後を走って追撃する。

258: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:28:22.28 ID:scyQj+zN0
途中彼女のブービートラップがインベーダーめがけて破裂する。
陶器爆弾だ。
しかし、これも全く効かない。


(陶器爆弾も一蹴かぁ…やっぱエレクトロマスターっていう情報は確かだったのね…)


爆弾の破裂片を電気で停止させるか、目の前で意図的に破裂させる所みるとかなりの能力者のようだ。


(ま…階段に来れば…お陀仏確定でしょ)


フレンダは階段を上る際に導火テープを着火させる。
彼女が上り終わる頃にはテープは焼け落ち、階段が崩れていく。



ガァン!ドドドド…!


床が抜けてしまうのではないだろうか、と思わせるほどの大音響が響き渡る。


「にししし…これでさすがに死んだでしょー!」


「だーかーら…効かないって」


フレンダがちらと階段のあった場所を覗き込むと階段の鉄骨を器用に利用した足跡の階段が出来上がっていた。
恐らくインベーダーが即席で作り上げたものなのだろう。


「私を殺したかったら…鉄分を抜いた階段でも作る事ね」


冷淡な調子でインベーダの女は言い放つ。

259: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:29:33.65 ID:scyQj+zN0
「チッ…」


フレンダは奥歯をぎりと噛み、舌打ちをする。


(クッソ…コイツ…レベル5クラスの怪物ね…)


崩落させた鉄出てきた階段を繋ぎとめると言った芸当をこなしてみせたインベーダの女。
フレンダは相手がかなりの高位能力者であると判断する。


「チッ…インベーダーめ…」


「何よ、その侵入者って。私には御坂美琴って名前があるんだけど」


「そんなの聞いてないって訳よ!」


フレンダは捨てセリフの様に言い放つとそこから一目散に走り出す。
彼女は近くの大きい部屋に向かっていった。


インベーダーもとい、美琴もフレンダの後を追いかけていく。
フレンダが走ったところは行き止まりになっていた。



キャップを目深にかぶった美琴はあたりをキョロキョロ見回す。
トラップがないかどうか確かめているのだろう。

260: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:30:38.53 ID:scyQj+zN0
「袋小路ね…」


美琴が小さくぼそりとつぶやく。



「結局…ここまで追い込まれるとは思っても見なかったわけよ」

観念の言葉をつぶやくフレンダ。
現有の最新兵器で戦った彼女はしかし、学園都市第三位の美琴に追いつめられていた。


「…暗くてよく見えないけど…あんた外人?」


「…まぁね…。xxxxとは訳が違うスタイルのよさでしょ?」


わざとらしく相手を挑発するようにフレンダは言う。
しかし、そんな安易な挑発に美琴は乗らず、淡々とフレンダに質問する。


「あんたを雇ったのは誰なの?」


「さぁ?」


「ま、誰だろうとこの計画を主導しているヤツを叩き潰すまで止まるつもりはないけど」


「あら、そうなんだ、こわーい」


「あーそうそう。このイカレた計画にあんたも協力しようって言うんなら…」


「結局、説教?そーゆーのどーでもいいから」

261: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:31:47.40 ID:scyQj+zN0
「雇い主の目的とかさぁ…理非善悪とか…どうでもいいのよねぇ…」


フレンダはそういうと本当に、本当にだるそうに「はぁ…」とため息をつく。
そして彼女は言い放つ。


「結局どーでもいいんだわ。そーゆーの」


「あ、そう…ならここで死ぬ?外人さん?」


美琴はそういうと弾帯にはまっている三つの缶コーヒー小の大きさのビンを空中に向かって投げる。
最初に投げた一つのビンが床に着いて割れる寸前、美琴は電撃をビンに当てる。



カチャン!カチャン!カチャン!


三つのビンが矢継ぎ早に空中で壊れる。
しかし、その中に入っていた黒い粉は床に散らばることが無く、美琴の細く綺麗な腕の周りに集まっていく。


その黒粉をフレンダは注視する。すると気付けば美琴の手に真っ黒の日本刀の様なものが握られているではないか。


「刀?」


フレンダは怪訝そうに言う。

262: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:37:47.67 ID:scyQj+zN0
突如として彼女の目の前に現れた真っ黒の日本刀。
砂鉄を集めて作ったものか、と勝手にフレンダは推理をめぐらす。



「えぇ…刀…幻想虎鉄…イマジンソード…なんてね…ふふ」


そういうと美琴は右手に握られた刀をれろぉ…と妖しく舐める。
その素振りはどこか妖艶さを感じさせる。


「…へぇ…切れ味の方はどうなのかしら…?」


「まだ試し切りはしてないわ…」


カチャリ…柄に相当する部分を美琴は掴むとダッ!とフレンダに駆けていく。
駆けてくる美琴を細めた目から見据えたフレンダは腰に指してある黒い鞘から大きめのナイフを抜刀する。


「へぇ…面白い形のナイフねぇ…」


「グルカから伝わった湾刀よ…英連邦の盟邦、グルカに伝わる名はククリ刀、とくとごらんあれ!」


そういうとフレンダは美琴に合わせて駆け、距離を詰める。
間合いの関係上、フレンダが不利だが、戦闘の経験回数では圧倒的に彼女が有利だろう。


勇猛・敏捷のグルカ兵が持つククリ刀を持ったフレンダと真っ黒の日本刀のを持った美琴の真剣勝負が始まる。

263: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:45:04.18 ID:scyQj+zN0
キィン!


ククリ刀と幻想虎鉄が重なりあい、綺麗な火花が散る。
その様子を見ながら美琴はほれぼれしているのだろうか、魅惑的な表情で幻想虎鉄を見つめながら言う。


「へぇ…いつも電撃しかしてなかったけど…こういう戦い方も結構ありねぇ…」


美琴はそういうと目の下にあるクマと相まってかいつもと違った表情で妖しくわらう。
幻想虎鉄が一度フレンダのククリ刀から離れる。


「一度…」


「何?白人」


美琴がむき出しの敵意を向けてフレンダに話しかける。


「一度…抜刀したククリは血を吸わせなければ納刀してはならない…!」


フレンダは口元だけ不敵に歪め、「ふふ」と笑い、美琴を嗤う。
この発言に美琴は首をかしげる。

264: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:47:10.71 ID:scyQj+zN0
「どーゆーこと?」


「あなたの血を吸うまで辞められないってわ・け☆」


「ふーん…上等じゃコラァ!」


再び剣戟を交える二人。
二人の真剣な表情はともすれば戦いを楽しんでいる様にも見えた。


何度も交わされる剣戟。
まるで舞台で踊る二人の舞踏家の様に、しかし、激烈で予断を許さない命のやりとり。
床に飛び散る二人の汗。飛び交う怒号。



「…ッ…!」


不意にフレンダが体勢を崩し、床に倒れそうになるがなんとか持ち直す。



「くたばれ白人!」



美琴の言葉とほぼ同時にボッ!と振り下ろされる幻想虎鉄。
まっすぐにフレンダに向かっていく砂鉄を凝縮させた刀。



キィン!



フレンダの頬のぎりぎりにまで近付く幻想虎鉄。
ククリ刀では些か間合いに関して部が悪い。

265: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:50:53.11 ID:scyQj+zN0
「もうあきらめたら…?」


「…あきらめる?」


美琴は幻想虎鉄を押しつけつつ、フレンダに降伏を勧告する。
しかし、フレンダの目の色は戦いを諦めた敗残将のそれではない。

まるで死ぬまで戦う軍鶏(しゃも)の様に、ぎらりとした目を輝かせる。
それは美琴を不快にさせたが、それは表情に出さず、あくまで淡々と告げる。


「えぇ…よく戦ったわ…白人さん?」


火事場の馬鹿力というものが存在するならばこういう時の事を言うのだろう。
フレンダは頭に血管を浮かび上がらせながら徐々にゆっくりと幻想虎鉄を押し上げていく。


「う、…グググ…ウェアああああ!」


「…なっ…?」
(こっちは全力で押してたのに…!)


今度は美琴がバランスを崩して床に倒れそうになるがフレンダと同様に持ち直す。
その間にフレンダは立ち上がり、美琴を見、にやりと笑う。美琴もにやりと笑い返す。

266: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:51:27.92 ID:scyQj+zN0
「こい、御坂美琴」
(コイツの妖刀の様な雰囲気…これがレベル5の実力って訳…?)



「言われなくとも行くわっ!」
(これが無能力者なの?あの馬鹿よりと同じくらい手ごわいわね…!)



死の舞踏を踊ろう。
祭りだ。

妖刀とククリ刀を持った二人の戦姫達はアドレナリンをスパイスに狂気に彩られた輪舞曲を踊る。


267: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:52:34.79 ID:scyQj+zN0
――麦野と滝壺が待機しているとある部屋

麦野と滝壺はフレンダと絹旗の張っている中間地点で待機していた。


『はい、わかりました。ではそちらに向かわず私は待機と言うことで』


「うん、じゃ、だるいと思うけどもうちょっと待機で」


麦野はそういうと携帯電話を切る。
ちなみに今の通話はアイテムの構成員、絹旗としていたものだ。


「むぎの。フレンダの援護に行くの?」


「そうね、絹旗の方に向かってないってことはフレンダが相手してるだろうしね」


「わかった」


滝壺と麦野は歩いてフレンダが戦っているであろう地点に向かっていく。
同じチームであるフレンダがもしかしたらピンチなのにもかかわらず麦野と滝壺はゆっくり施設内の通路を歩いていく。


「ねぇ、むぎの?」


「どうした?滝壺」


「はまづらの事好き?」


麦野は「いきなりなによ、滝壺」と不機嫌そうに言う。
彼女は眉に皺をよせながら後ろを歩いている滝壺の方を振り返る。

268: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:55:43.31 ID:scyQj+zN0
「なんか最近よく…お弁当かわせてるって聞いたから…」


「あぁ…それだけだよ、滝壺は浜面の事好きなの?」


「私ははまづらの事すき」


「へぇ…いいじゃない」


そういうと麦野は再び前を向きなおす。
滝壺の無垢な表情の前で無表情を繕うのが難しかったから。
麦野と浜面の関係はシャケ弁当を買わせているだけ、なんて真っ赤なウソ。


当初は麦野が浜面を誘って成立した歪な関係。
ここ最近では浜面はよく「好きだ」とか「愛してる」とかつぶやくけど、果たしてどうだか。
麦野はそうした高位に応じるものの、そうした愛の言葉を言わなかった。


最初は麦野が浜面に首輪をかけたつもりになっていたが、気付けば麦野自身が浜面抜きの生活に耐えきれないからだになっていた。



本当は朝からお昼ごろまでずっと一緒にいる。
いや、むしろここ最近ではシャケ弁当を買わないで麦野が料理を作ることもある。



そしてその後に体を重ねる事もままある。だが、ここ最近は仕事が多いのでキスだけ。
欲を言えば毎日浜面と一緒にいて抱き合って体を重ねていたいと考えていたが、ここ最近、仕事が多くなってきているのでそれもかなわない。
そんなどうでもいいことをぼんやりと考えながら麦野は目の前にいる黒髪美人の女、滝壺が浜面をめぐるライバルであると認識した。

269: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 03:57:13.27 ID:scyQj+zN0
「滝壺は浜面と付き合いたいって思うの?」


「うん」


「なんでいきなりそんな事聞くの、滝壺」


「え?だってむぎのとはまづら付き合ってそうだから」


質問の答えになっていない。
ってかここで「付き合ってます」とか答えたら滝壺はおとなしく浜面をあきらめたのだろうか。
それはわからない。


麦野は滝壺の質問の真意を考えつつ、自分に問いかける。


(私と浜面は付き合ってるのかな?)



不意に麦野は今の浜面と自分の関係を振り返る。
キスをして抱き合い、名前を言いあい、xxxxをする。
それは果たして付き合ってるからするのだろうか、それともただの肉欲なのだろうか。


(こーゆーのがめんでぇんだよ、恋愛は)


270: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:00:59.46 ID:scyQj+zN0
滝壺が浜面の事を好きだと臆面もなく告げた。
その事に対する彼女に与えた動揺は計り知れないものがある。
むしろ、滝壺が浜面に告白すれば、あの男の事だ、ころりと滝壺になびくかもしれない…。


アイテムの女王とアイテムの女王補佐はその後無言で戦場へと向かっていった。

フレンダがいるであろうゾーンまで壁をぶちぬいて歩くしかない。
こういうときは迂回する面倒くささを解消する為にも原子崩しはもってこいだ。


「いくよ、滝壺」
(よし…仕事だ…!)


「うん、久しぶりだね、むぎの」
(しんきいってん)


「あぁ、よろしくね、滝壺」
(さて、戦いのドラムをならしますか)


ふぃーん……


高音が響き渡る。
その直後に麦野の手から原子崩しが顕現する。


ドバァアアアア…


光の光芒が一筋になって隔壁をぶち破っていく。
フレンダの戦っているであろう部屋まで後少しだ。

271: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:02:38.89 ID:scyQj+zN0
――フレンダと美琴が戦っているラボ(麦野が現れる少し前)


刀とは本来、刃を重ねてはいけないものだ。


しかし、二人は刃こぼれを気にせずまるで子供のように刃をぶつけ、火花を散らしている。
砂鉄を集約させ、、刃こぼれを起こすと即座に演算をしなおし幻想虎鉄を修復する美琴と良く研いでいるククリ刀ではそれでも、後者の方が部が悪かった。


「はぁ…はぁ…どう、白人さん…降参する気になってくれたかしら?」


「全然ッ!あきらめないって訳よ!」


不撓不屈の信念でフレンダは美琴に立ち向かう。
しかし同時に勢いよく突撃をしてきた美琴に力負けし、フレンダは体勢を崩し、床に手をつきそうになる。


「しまった…!」


「今だっ!」


ボッと振り下ろされる幻想虎鉄。しかし、その斬劇がフレンダを捉える事はなかった。


「…なぁんてね」


「え?」


バン!


フレンダの袖口の下から閃光弾が滑り落ち、炸裂する。

272: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:03:20.66 ID:scyQj+zN0
ベレー帽で光をさえぎる事に成功したフレンダは咄嗟にスカートの下から持ち出した簡易ロケット砲をぶち込む。

シャークマウスのノーズアートがペイントされているロケット弾が矢継ぎ早に美琴が居るであろう地点に着弾する。


ドドドン!


手りゅう弾サイズの爆発が巻き起こる。
フレンダは美琴の死体があるであろう目の前の地点を見遣る。


(…死体が無い?)


フレンダの発射したロケット弾の着弾点にはただ焦げた床があるだけ。それ以外に何も残っていなかった。


(死体が残らないほどの炸薬量は使用していない…まだ…生きている?)


フレンダは後ろを恐る恐る振り返る。
するとそこには一度構成した幻想虎鉄を解体し、一枚のゲームセンターのコインを持った美琴が立っていた。


「あんただけじゃないでしょ?この施設を守備している人たち」


「言う訳ないでしょ…!」


フレンダは美琴の質問には答えずに苦虫をかみつぶしたような表情で舌打ちをする。


美琴がゆっくりとフレンダに近づいてくる。
彼女はククリ刀を止むなく鞘に納め、じりじりと壁際に下がっていく。

273: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:04:01.06 ID:scyQj+zN0
と、その時だった。
フレンダが一瞬の隙を見てビンを投擲する。
反射的に美琴はそのビンを電撃で破壊する。


(って…空のビン?)


美琴は一瞬おかしいと思いつつも電撃を放ち、それはそのままビンに直撃する。
直後大きな爆発がビンの周りで起こった。


香水瓶程の大きさのビンがこれほど派手に爆発する事など常識的に考えてあり得ない。
しかし、ビンは爆発した。


その爆発に美琴が動揺している間にフレンダは一気に壁際に接続されているバルブを緩める。
すると排気ダクトや近くの床から染み出るように白煙が巻き起こる。
空間は一気に白色の戦場と化し、フレンダはぼそりと言う。


「さっき投げたビンは学園都市の気体爆薬イグニス…」


シュー…


フレンダが喋っている間にも続々と白煙がダクトから流入してくる。


「香水瓶程度でさっきのあの威力電気なんか出したら…どうなるか…ふふ」

274: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:05:15.87 ID:scyQj+zN0
全く笑える状況ではないのだが、フレンダはほくそ笑む。
そして先ほどしまっていたククリ刀を再び抜刀すると一気に美琴に襲いかかる。


「もう…幻想虎鉄を出そうなんて思わない方がいいわよ…?剣戟で電気が出たら誘爆して死んじゃうわよ?」




「…チッ!…めんどくさいことを!」
(私が電気をだしたらここらが吹き飛ぶ事に…!?)


美琴が喋っている間に一気に詰め寄るフレンダ。



「うあぁああああ!」



フレンダは叫ぶと一気に美琴に蹴りかかる。
気体爆薬の誘爆等全く恐れていない。次々にフレンダは手足から攻撃を繰り出す。


美琴は反撃する際に能力を使わないように意識するだけでまともな抵抗が出来ない状態になっていた。



「さっきより格段に運動量が落ちてるわね?」
(結局こっちも疲れてるっつーの!)


思いはすれど、フレンダは自分の疲れを表面には絶対に出さない。

あくまで余裕の表情を浮かべるように努める。
自分と相手の絶対的な体力の差を見せつける。そうすることで相手にさらなる絶望を提供する。
死へいざなうスパイスなのだ。

275: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:06:53.17 ID:scyQj+zN0
「あんた…恐くないの?吹き飛ぶのよっ!?」


美琴はフレンダの攻撃をかわしつつ怒鳴る。
フレンダはその問いを一蹴するかの様に「ふふ」と鼻で笑い、美琴に言い放つ。



「こっちは暗部に入ってまで人探してんのよ…!死ぬのが恐くてやってられるかっての…!」



そう。フレンダ=ゴージャスパレスは絶対に死ねないのだ。
姉を見つけるためにわざわざ暗部に身をやつした。
姉を見つける前に死んでしまえば、それこそ本末転倒の事態だ。


絶対に死ねない。彼女の瞳に強い意志が宿る。




「たかがあんたごときに負けてたまるかって訳よ…!」



乾坤一擲のフレンダの蹴足が美琴の下腹部に直撃する。


「か…は…!」


美琴は倒れこそしなかったものの、その場で腹を抱えて悶えている。
フレンダは無様に腹部を抑えているレベル5の姿を見て、見下すような視線で見つめながら言う。

276: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:07:21.74 ID:scyQj+zN0
「私はこーゆー時にねぇ…言い知れぬ感覚を味わえるの…」


気付けばフレンダは恍惚とした様な表情になっている。
まるで快楽にひたる 美な美女の様。
フレンダは自分の口を開くと真っ赤な口腔を覗かせ、そこからぬらぁ…と舌を出し、自分の中指の先をぺろと舐める。
よだれのついた指の腹をゆっくりと唇の端から顎まで這わせる。



「人の命を摘む…この瞬間、私は相手の運命を支配した気になれるの…」


「はぁ…はぁ…!」


美琴は息も絶え絶えの状態でフレンダの言う事に耳を傾けていた。
しかし、次のフレンダの発言が彼女の最後の力を振りしぼらせる!



「結局コイツは私に殺される為に生まれてきたんだ…ってね♡」





「……じゃ…ないわよ…!」


「最後にいい感じの悲鳴を聞かせて頂戴☆」


「ふざけんじゃないわよっ!」


一度目は小さくてフレンダは聞こえなかったが、二回目の怒声はフレンダにしっかり聞こえた。
そして美琴の怒声と同時にフレンダの回し蹴りはガードされ、蹴りをした方の靴が遠くに飛んいってしまった。

277: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:07:57.90 ID:scyQj+zN0
美琴は激昂していた。
それはフレンダのセリフが彼女をそうさせた。


『結局コイツは私に殺される為に生まれてきたんだ…ってね♡』


妹達(シスターズ)に何の落ち度があろうか?
あの車両につぶされた9982号は何も…何も罪に問われることはしていなかった。
むしろ…缶バッチを付けて喜んでいたではないか!


そんな彼女は最後に何をされた?
一方通行に足をもがれ…ちぎられ…あまつさえ…体液を飲まれた…。
 される事と同義の屈辱を味わった末に救いの神は9982号にはさしのばされなかった。



まるでプチプチつぶされるアリの様に、虫けらのように蹂躙されて死んでいった。

278: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:08:24.77 ID:scyQj+zN0
「あの子が死ぬ理由は全くない…!」


「私に生み出した責任があるなら…あの計画を主導した人達を裁断する事が私の役目…!」


「あの子もあの白い悪魔に殺されるために生まれてきた?はぁ!?納得できるわけがないっ!」


フレンダは蹴足をはじかれ一歩後退しつつ美琴の怒声を神妙な表情で聞いているが全く理解できない。
おそらく美琴もフレンダにわかってもらえるよう、言ってる訳がない。


美琴は怒鳴り散らすと再び演算を行い、即座に幻想虎鉄を顕現させた。



「…あの狂気の実験に参加した人の皮をかぶった悪魔は決して許すことは出来ない」


パンプスが脱げ、不安定なバランスを保つことに必死になっているフレンダに幻想虎鉄が降りかかる。






「…ちょ…マジ…?」

284: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 10:51:54.10 ID:scyQj+zN0
 

――柵川中学の学生寮

佐天はアイテムからの任務遂行の連絡を待っていた。


(御坂さんだったら…どうしよう…)


アイテムに製薬会社からの依頼を伝えた後、彼女はどうしようか、どうしようか、と反芻していた。


(御坂さんだったら…アイテムに勝てるの?)


(いや…四人対一人だったら絶対アイテムが勝つに決まってる…)


(もしそれでアイテムが勝って御坂さんが…その…死んだら…?)


佐天はぎゅっと自分のこぶしを握り締める。
血の通っているこぶしがみるみる内に白くなっていく。


(死ぬわけがない…!御坂さんは常盤台中学の超電磁砲なんだ!)


(でも麦野さんも原子崩しの異名を誇る第四位…!)



(もし…二人が戦ったら…どうなるんだろう?)

佐天は最悪の結末を考える。それは――最近慣れ始めていたもの。
そう。「死」だ。


(二人とも…死んだら……わ、わからないよ…)


佐天は麦野にはあったことが無い。電話をしただけ。声は聞いたことがある。
しかし、美琴は実際に遊んだ事もある友人だ。

279: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/28(金) 04:14:15.69 ID:scyQj+zN0
(こんな事になるんだったら…仕事なんて引き受けなければ…!仕事なんて辞…)


一瞬佐天の脳裏に浮かびかけた“辞めようかな”という言葉。
しかし、佐天は思い出す。完全に無能力時代で能力者や学園都市の治安や武勇伝を聞いている時の一歩冷めた感覚の自分を。



(何もない…自分なんて…やっぱり…いやだよ…!)


自分に被害がこないなら、と思い始めた電話の女という仕事。
物的被害は確かにないが、何だ、この尖ったカッターにえぐられるような気持ちは。血を吐いてしまいそうな衝動になられる。


佐天は友人を傷つける可能性があることと自分が無能力で何もないという劣等感を天秤にかけた。
その結果は…………後者に軍配があがった。


(ははは…だって…御坂さん…レベル5だよ?麦野さんもレベル5でしょ?死なないよ…!)


佐天は寮のベッドの壁に背中をぺたっとくっつけ、勝手な推論をめぐらす。
どうなるかなんてわからない。


(次にあった時は御坂さんの前で…普通に笑えるかな…?でも…)


人材派遣の男がかつて佐天に言っていた“学園都市の最奥”。
今ではそれは理非善悪等の価値観が全て一緒くたになったカオスをほうふつさせる。


仕事の終了報告が入ってくるまでまだ少しの時間があった。
彼女は同じ押し問答を繰り返し、美琴とわかった訳じゃないと、一人納得させ、また質問…の悪循環を繰り返すことになるのであった。
その循環に彼女が仕事を辞めるという選択肢はついに浮かんでこなかった。

289: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 14:46:55.93 ID:iSm8z8mn0
――フレンダと美琴のいる施設

「ちょ…マジ?」


フレンダの上ずった声が聞こえる。
美琴に隙を突かれた彼女は今、危機一髪の状況だった。

幻想虎鉄(イマジンソード)がフレンダに一閃して振り落とされようとしている。
美琴は口元を歪め「さようなら♪」と言いながら刀を振り下ろしたが、その切っ先がフレンダを捉えることはなかった。


ズアアアアアア!

とてつもない光の奔流が美琴の至近を通過していく。その光の流れに幻想虎鉄が巻き込まれていく。
そして美琴が気付いた時にはすでに幻想虎鉄の柄から上の部分が消滅していた。


「ずいぶん頑張ったじゃない、フレンダ」


「む…麦野?それに滝壺も!?」


フレンダは突如壁が溶けてなくなった場所から出てくる麦野と滝壺を見る。
麦野は美琴を見据え、滝壺はフレンダの方に手をやりいたわってやる。

美琴は柄が無くなった幻想虎鉄の柄をハーフ   のポケットに入れて後ろに下がる。
幻想虎鉄が消滅させられたのはあの二人の能力によるものだろう、と美琴は推測した。

「チ…新手か…」
(やっぱり施設を守ってたのはあの白人一人だけじゃないってことね、どいつもこいつも私より弱い癖に…)


邪魔しやがって…!と眉間にしわを寄せて苛立ちをあらわにする美琴は次の瞬間に施設の給水タンクを能力を使ってブン!と投擲する。

290: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 14:50:47.80 ID:iSm8z8mn0
「うらァ!」


美琴の掛け声と同時に投擲されたタンクは麦野にめがけて一直線に進んでいくがそれが彼女に触れることはなかった。
投擲したタンクが麦野の前でかき消えたから。


(投げたタンクを消した?)


音もなくただチリの様に燃えてなくなったタンク。

「ったく…●●が…少し待てって言ってるのがわからないのかにゃー?」

麦野は甘ったるい声で美琴の方を向きながら告げると、肩のあたりから一気に原子崩しを顕現させた。


フィー…と風を切る様な音が不気味に美琴の耳朶を打つ。
直後、白熱したビームが美琴に遅いかかり、彼女はそれを間一髪でよける。

綺麗にまとめた美琴の短髪が少しだけ焼けて髪が焼けたいやなにおいが周囲に漂う。


「こいつ…!」
(かなりの高位能力者…?誰…?)


美琴は学園都市第三位のレベル5だが、他のレベル5はあまり知らない。
知っているとしたら同じ常盤台で精神感応系では最高峰の実力を誇る心理掌握(メンタルアウト)とあの白い悪魔くらいだった。


(限りなくレベル5に近いレベル4…或いは…レベル5…?)


美琴は後退し、壁に磁場を形成しながら張り付き、目の前にいる能力者の対策を考える。

291: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 14:58:40.72 ID:iSm8z8mn0
「ふふふ…まるでクモみたいね…」

「…ッ!!」
(ダメだ…今は我慢よ…取りあえず…体力を回復しなきゃ…)


麦野のせせら笑う声が美琴の耳に届く。
クモ、その一言に美琴は反応しそうになるが、今はフレンダとの戦いで疲れた自分の体力回復を目指すのが先決だ、と判断を下す。
相手の能力を把握しなければ対策は打ちようがない。

美琴が壁に張り付き、麦野達の様子をうかがっているさなか、麦野は一瞬滝壺を見てすぐ美琴に備えて、前を向く。

「滝壺…一応待機…フレンダの調子は?」


「目立った怪我はないよ…ただ相当疲れてる。大健闘だよ、フレンダ」


「結局…止めることは出来なかったって訳よ…はぁ…はぁ」


フレンダは申し訳なさそうに下を向きながら二人にぺこりと頭を下げる。
美琴との戦いは悔しいがフレンダの負けだった。
しかし、美琴を疲弊させるという、勲章ものの戦功をあげた。


「良いわ、フレンダ、そのまま下がってなさい」


フレンダは最初はその声に聞こえないふりをする。まだ戦おうと思ったのだろう。
しかし、「フレンダ」と語気を強くする麦野の前でははばかられ、おとなしく「わかった」と承服した。

292: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 14:59:30.20 ID:iSm8z8mn0
しかし、「フレンダ」と語気を強くする麦野の前でははばかられ、おとなしく「わかった」と承服した。

フレンダが後ろにとぼとぼと下がっていくと美琴を見つめていた麦野が口を開く。


「あんた、常盤台の超電磁砲?」

「…そうだけど…?」

「何であんたみたいな平和な世界に居る女がこの世界に首突っ込んでくるの?」

「あんたにいう義理が私にあるのかしら?」


美琴の返答に麦野は苦笑する。
確かにそうだ、美琴が麦野の質問に答える義理は全く持ってない。
しかし、麦野にとってかんに障る一言だった事は確かだった。


「生意気なガキ…」

293: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:02:19.28 ID:iSm8z8mn0
麦野は腹から憎悪と共に一言絞り出すと人差し指を美琴に向ける。
同時、その先からビームが打ち出される。それをよけると美琴は一度回復のために目をくらませる。


(三人対一人じゃ分が悪すぎるわ…体力もけっこうやばいかもね…まずは先に施設の核の部分を破壊しなきゃ…)


美琴はこの場から撤退すると同時に施設の核であるコンピューター室を破壊しようと目論む。
その為の電力も残しておかなければならない。無駄に戦闘で使ってしまえば、再び実験が開始され、暴虐の嵐が吹き荒れる事になるだろう。


「動力室はどこ?核となる施設は…?」


侵入する前に施設の見取り図は頭にたたき込んだハズだったが、戦闘で目まぐるしく動いた末、おまけに部屋ごと融解する化け物ときた。
混乱した彼女の思考では施設の見取り図を思いだし、現在の地点を把握する事などほぼ不可能だった。


(どこかに…地図はないかしら…?)


美琴は部屋にこの施設の見取り図がないか探す。
とその時、肌が粟立つ感覚を覚える。本能が危ないと告げているのだ。
とっさに美琴は体をひねってビームを交わす。


ガガガガガガ…


進行上のあらゆるものをとかしつくすビームが美琴を融解させようとする。
しかしそれを美琴はぎりぎりで交わす。

294: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:04:58.94 ID:iSm8z8mn0
攻撃された美琴はキッと麦野をにらみつける。
すると麦野も美琴の方を見ていたようで、二人はにらみ合う。


「よそ見禁止だぞー!学校で教わらなかったかにゃん?」


麦野の場違いな位に甘ったるい声が美琴の耳朶に届く。
何かを殴りたい衝動に駆られた美琴はしかし、いつまでたっても見つけることが出来ない動力室を手探りで探すよりかは…と判断し果敢にも麦野達と戦おうと決意を固める。


(体力の心配なんて…もういい…アイツ等を叩きつぶして、即座に施設を破壊する!)


磁力を利用して麦野から放たれる原子崩しを避けつつ反撃の機会をうかがう。
麦野の少し後ろには滝壺とフレンダが息を潜めて見守っている。


(先にあの二人から殺るか?特に…あの黒髪…雰囲気が尋常じゃない…何かしたのかしら?)


先程美琴が撤退する際にはフレンダに手をさしのべていた彼女はしかし今では目をカッと見開きまっすぐに美琴を見ていた。
それは睨みを利かすとかそんな生やさしいものではなく、まっすぐに、目をずっと見てくる、何とも形容し難い雰囲気を醸し出していた。

295: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:07:25.95 ID:iSm8z8mn0
美琴は知るよしも無いのだが、麦野は滝壺に体晶を使うように指示した。
体晶とは能力の暴発を誘発するいわば劇薬である。
滝壺はこの薬を服用しなければ、能力を発露する事が出来ないのだ。



美琴が麦野の攻撃の回避に終われているとき、密かに麦野と滝壺の間で行われたやりとりがあった。
フレンダを介抱していると滝壺に投げかけられた麦野の一言。



『使っときなさい』



麦野の一言と同時にぽいっと何か捨てるようにシャープペンの芯を入れる容器の様な物が投げられ、両手で滝壺は麦野からそれを受け取る。
そしてその容器のふたをスライドさせ、僅かに出てくる白い粉をぺろと舐める。


『………』


滝壺は突如無言になる。


『どう?滝壺、あのクモ女の力、記憶した?』


『確かに記憶した』

296: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:09:25.43 ID:iSm8z8mn0
いきなりだが、ここ最近、滝壺は能力を使ったことがなかった。
というか滝壺が能力を使う程の強敵が居なかった、と言った方が正しいのだろうか。


滝壺が能力を使ったのはこれで二度目。
一度目は同じ暗部組織のスクールとか言ういけ好かない長髪の男と麦野が戦っている際に使った。


垣根だか谷垣だかと言った能力者にアイテムは以前完敗した事があった。
その時に躍起になった麦野に滝壺は体晶を奨められて、その人物の“力”を記憶したのだとか。


“力”とはAIM拡散力場とか言う能力者が多かれ少なかれ体から出している一種の電波の様な物を指す。
滝壺は体晶を使用する事でそれを頭に記憶する事が出来るのだ。


彼女に記憶された物は永久に逃れることができない。
そう、滝壺はアイテムの照準であり測距儀でもあるのだ。

297: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:13:33.95 ID:iSm8z8mn0
「悪いけど、あんたらに付き合ってる時間はない」


不意に美琴が麦野達に向かって言い放つと、目をつぶり砂鉄を右手の辺りに凝集させる。
原子崩しに消滅させられた砂鉄もあったが、まだそれなりの量が床に残っているはずだ。


「―――――」


美琴は集中してそれらを再び自分の手に凝集し、ハーフ   のポケットから幻想虎鉄の柄を出し、融合させた。
すると先程より少しだけ短い幻想虎鉄を美琴は顕現させる事に成功した。


彼女は「いくわよ」と小さく一言つぶやくと一気に麦野に斬りかかった。


「うああああ!」


麦野はそれを交わし、原子崩しを顕現させ、膨大な力で美琴を消滅させようと目論む。
その第一弾が到達する前に美琴は麦野達が出てきた穴に入り、身をくらませた。


「チッ…すばしっこい女だ…クモじゃなくて狐ね…女狐」


独り言のように麦野は初めて出会った能力者の感想を言う。
彼女はフレンダに「常盤台の超電時砲だっけ…アイツ?」と問いかける。


「そう…名前は御坂美琴って言って…たわよ…はぁ…はぁ…」


壁に寄っかかりながらそう言うとフレンダは腰を落とし、座ってしまった。
滝壺に支えられていたのだが、どうにももう少し待たなければ歩けそうにないようだ。

298: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:17:15.90 ID:iSm8z8mn0
「御坂美琴…あぁ…あいつが」


麦野は合点がいくように「ほうほう」と言いながら頷く。
実は麦野は超電磁砲の名前を聞いたことがあった。そしてその人物が第三位である理由も。

原子崩しと超電磁砲。
根っこのところでは似通っている能力。それらを所有している彼女たちの格付けは即ち学園都市に対して利潤を生むか否か、で判断出来る。

それは個々の能力差や優劣ではなく、学園都市にの能力者に対しての期待値としての格付けに他ならなかった。


「学園都市に利益をもたらす順番で第三位かぁ…ククク…」


麦野は思い出したようにつぶやくと「滝壺」と呼びかける。


「今、あの女狐はどこにいる?」

「ターゲット北西に二十メートル移動…今も移動している…」

「りょうかい☆」

ウインクをしながら麦野は手から原子崩しを顕現させ、その方角へ向けて放出するがなかなか当たらない。
しかし、判然としないものの、滝壺の報告で美琴の動きが徐々に鈍ってきている事が分かった。

299: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:21:32.26 ID:iSm8z8mn0
(徐々に移動距離が短くなってきている…ここで滝壺を使うのは割にあわないか?)


滝壺は能力者を追尾する面ではどんな透視能力者や精神感応系能力者よりも能力者をサーチする事にひいでている。
反面、能力発露に際して起爆剤である体晶を使わなければならないといった弊害がある。


弊害とは単に薬品を服用する事を指し示す訳ではない。
体晶は体が徐々にむしばまれていく劇薬なのだ。
なので麦野も滝壺がいないとどうしても倒せないと判断した時のみ、体晶の使用を求めるのだった。


現に滝壺は激しい運動をしていないにもかかわらず、「はぁはぁ」と肩で呼吸をしている。
同じく疲労で疲れて座っているフレンダよりも見た感じではやばそうだった。


「ん…!また移動…した…今度は…」


滝壺は言葉の節々に疲労を滲ませながらも麦野に指示を出す。
麦野も的確にビームを放つのだがいかんせん、高速で動き回る相手では仕留めにくい。


ビームを発射した地点からターゲットに着弾するまでの数秒で敵も動く。
予知能力が無い滝壺はあくまで測定をした現行の位置だけを麦野に伝えるだけでなので、敵が移動している数秒のラグは埋めがたいのだ。
それをカバーする様に麦野の原子崩しは広範な破壊力を持って多少の誤差を無いものとしているのである。

300: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:24:31.99 ID:iSm8z8mn0
しかし、それでも麦野の原子崩しは当たらない。
ここで麦野は推理する。


(私と超電磁砲の能力は根底では同種のもの?だとすると…超電磁砲の野郎…まさか…私の原子崩しを曲げているのか…?)


先程から感じ始めている妙な違和感の正体。
もしかしたら超電磁砲は原子崩しを屈折させているのではないか?という懸念。
麦野は滝壺から再度超電磁砲の方角を聞き直し、集中し、原子崩しを放つ。

数秒後、着弾が認められた物の、やはり途中で意図的に曲げられている様な感覚を彼女は感じた。


(やっぱり…曲げてるっぽいわね…)


ならばどうするか、麦野は冷静に思考を巡らす。

(曲げられるなら…何故逃げた?)


(戦う程の電力は無いから?)


(それとも私達と戦うよりも何かしらの目的がある?或いはその二つか…?)


(絹旗に施設の核のコンピューターは防衛する様に厳命した、仮に超電磁砲が絹旗に戦いを挑んでもおいそれと絹旗は負けないだろう…)


(いや…なら何故最初から絹旗の待機している施設に行かない?超電磁砲はオトリか?)

301: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:28:13.47 ID:iSm8z8mn0
様々な推論が頭に浮かんでは消える。
麦野は携帯電話をお姉系のワンピースドレスのポケットから取り出すとGPSで現在の位置を確認する。


(ここが…現在地…動力室と…当該施設の核になっている接続地点…あぁ…ここで待機してりゃあ勝手に来るだろ…?)


ここからそう遠くない地点に動力室と当該施設のコンピュータールームに接続する場所を見つけた。
若干大きいホールほどの大きさだ。
麦野は携帯を閉じると、滝壺とフレンダに撤退するように言い、そこへ向かおうとする。

「そうそう、フレンダ、滝壺あんたらはもう帰りな。電話の女には私から連絡しとくから」


「え?だってまだ終わってないよ?」


「そうだよ。むぎの。私だってまだいけるよ」


二人は撤退を拒み、なお衰えない闘志を見せるが、いかんせん滝壺にしろ、フレンダにしろ、体力的に一杯一杯なのは誰の目にも明らかだった。


「バカ、お前等肩で呼吸してるじゃない、さっさと休んで、後詰めは絹旗に任せてさっさと撤退しなさい」


二人はなお、「でも…」と抗弁してくる。
その素直に共闘しようとする姿勢は麦野にとっては嬉しかったが、正直足手まといだった。
それに相手が常盤台の超電磁砲とあればタイマンでけりをつけたい、と熱望する自分がいたのも正直、思う所だった。


「滝壺、あんたはよく頑張った。フレンダ、滝壺が体晶使ってヤバイのは分かるよね?」


「う、うん」


「じゃ、さっさと愛銃持って撤退しなさい」


フレンダは思い出した様に崩落した階段の下にあるアキュレシー・インターナショナルを思いだし、痛む体の節々に耐えるよう言い聞かせ、遠回りをして取ってきた。
彼女は安全装置をしっかり入れると背中に背負う。
そして滝壺に肩をかして「よいしょ…っと」と一人ごちると二人でとぼとぼとSプロセッサ社の出口に向かっていった。

麦野は撤退していく二人を見届けると美琴が来るであろう接続地点に向かっていった。

302: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:32:59.04 ID:iSm8z8mn0
コツンコツンとブーツが床を踏む音が施設内に響く。
麦野はフレンダと他あ旗壺が撤退完了した事をフレンダのメールで確認した。
そしてしばらく連絡が来なかった絹旗からも連絡が来ていた。


どうやら長点上機学園の研究者を裏切り者として捕縛したそうである。
連絡が来た携帯を閉じると、麦野は壁に寄っかかる。


(はぁ…滝壺…ライバルかぁ…)


(ってライバルって認めてる時点で私は浜面の事が好きなんだな…)


(私の事認めてくれる男なんて浜面くらいしかいないよ…だから…滝壺の所にいかないで…)


美琴に追い詰められてピンチの状態のフレンダを助け出すために向かっていく時に話した内容。
実は滝壺が浜面の事が好きという事実。
麦野は確たる証拠もないのだが、勘で浜面は滝壺の事だ好きなのではないか、とずっと思っている。
そして今日発覚した新事実。滝壺は浜面の事が好き、と言うこと。


303: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 15:34:18.60 ID:iSm8z8mn0
麦野は今まで能力者故に煙たがられ、まともな恋愛を送った経験が極端に少なかった。


今ではスクールとか言う組織の親玉をやっている垣根とかいう男と付き合った事もあったがうざくてすぐ別れた。
上から目線でごちゃごちゃうるさかったから振った。泣きながら。


(ってなーんで思い出してるのよ、クソ垣根の事なんざどうだっていい)


(浜面…私の言うことも聞いてくれて、私にしっかり意見してくれる…)


浜面と一緒にいると落ち着く。麦野はそう思っていた。


(けど…浜面…いっつも滝壺の事ちらちら見てさ…私がどんな格好してもあんまり良い反応しないし…)


戦いに身を置く者のいっときの小休止。
麦野は元彼の垣根と浜面、そしてライバルである滝壺の事を考えていた。


(はぁ…今日浜面とあえるかな?)


仕事が終わったら浜面にちょっと会いたいな、と考えている時、人の気配がした。
片手には幻想虎鉄、背後には無数の人形爆弾をひきつれた美琴だった。


再び女の戦いの幕が切って落とされようとしていた。

319: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:01:32.93 ID:iSm8z8mn0
「遅いじゃない…常盤台の超電磁砲、御坂美琴」


「…知ってたんだ、私の事」


「フレンダから聞いたわ…」


麦野は施設の柱によっかかりながら丁寧な口調で説明する。
美琴はフレンダと言う名前を聞いてククリ刀を持ち、立ち向かってきた白人を思い返す。


「そうなんだ…」


「にしてもスゴイ量の人形ね…集めるのに時間かかったでしょ?」
(フレンダしっかり後始末しろや)


狙撃銃を忘れるな、とは言ったが、まさか自分のしかけた爆弾の後始末をしないで帰るとは。
今度あった時に拷問確定だな、と胸中でつぶやくと麦野は一気に美琴に向けて原子崩しをぶっ放した。


美琴の背後でフワフワと浮遊している人形群の内、数十をくだらない人形爆弾が猛烈な爆風をまき散らし炸裂する。
しかし、それでもなお美琴は数百の人形を背後に従えている。


そしてその人形の内のいくつかが麦野の発するビームをスルスルとよけて近づいてくる。


(…人形に何か仕込んでるのか?)


原子崩しを放出しつつ、麦野はスルスルと奇妙な動きで近づいてくる人形を見る。

320: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:02:38.13 ID:iSm8z8mn0
(中にベアリングが入っているプラスチック爆弾もあるだろうが…爆弾の中に通電したら起爆する…有線でもあるめぇし…一体どういう原理だ、ありゃ)


麦野は誘導爆弾の正体を看破しようと推理を巡らしていく。
何故、人形があそこまで奇怪な運動を出来るのだろうか?


(まさか…鉄でも中に仕込んだか?)


人形を集めるだけならすぐに出来るがいちいち鉄の塊を入れたら美琴の能力ならば浮遊させることが可能だ。
麦野は「鉄か」と言おうとしたところでちょうど美琴が喋りだしたので控える事にした。


「中に鉄塊を仕込んでるのよ、爆弾だけだったら電気が通電して死ぬけど、これだったら…鉄塊が入ってるからコントロール出来るのよ」


「へぇ…鉄塊をねぇ…便利な能力だ事」


考えている内容を頭ごなしで言われて若干イラっとするも、麦野は納得した。
確かに彼女の能力なら撤回がしこんであればある程度の重さのものであれば浮かすことが出来る。


「鉄塊があるなら自由に誘導も出来るわね…」


「えぇ」


美琴はそう言うと一気に数十体の人形爆弾を麦野に差し向ける。
それらの全てが高性能爆薬を内包している。

321: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:04:45.81 ID:iSm8z8mn0
人形は美琴の制御化の元、麦野を爆殺しようと、それぞれが違う方向から麦野に殺到する。


「吹き飛べ…!」

「しまった…!」


美琴は勝利を確信し、笑った。
ビームの間隙を捉えた数個の爆弾が爆弾が麦野を捉えたのだ。


しかし、麦野は美琴の笑ったそれよりもさらに口元をゆがめてにんまりと笑った。


「にゃーんてねん☆」


麦野のポケットから出されるトランプほどのカード。
それを空中にかざすと一気にそれめがけて原子崩しを顕現させる。
すると白熱した光がそのカードに当たる。


ビームが高射砲の弾丸の様に空中に飛散し、美琴の投擲した人形が次々と破裂していく。


「な…っ?あれは?」


「拡散支援半導体(シリコンバーン)」


麦野の弱点は膨大すぎるエネルギーを制御する事の難しさにある。
多方面からせめて来られた場合、何も出来ないのが彼女の致命的な弱点だった。


「私の弱点は私が一番知悉している。アイテムを舐めるなよクソガキ」

322: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:06:13.54 ID:iSm8z8mn0
麦野の弱点をカバーする為に学園都市の治安維持機関がかつて彼女に送ったもの、それがこの拡散支援半導体だった。
カードにビームを照射するとカードが飛散し、同時にビームも拡散すると言うわけだ。
単純な構造ながら、麦野が一対複数の戦いに陥った場合、かなり有用な道具だった。


「ッたくよぉ…学園都市に貢献する利益の期待値で私が第四位でお前が第三位っておかしいだろぉが」


麦野は心底美琴を軽蔑するように言い放つと拡散支援半導体で広がった原子崩しで次々と人形を破壊していく。
気づけば人形は数えれるくらいにまで減っていた。


「けどよ…ここでお前を殺せばそんな利益の期待値なんて関係ねぇって証明できるんだよなぁ?」


「………」


黙って聞いている美琴をよそに爆弾人形はいよいよラスト三個までに減った。


「残り三個だぜ?超電磁砲?」


「………」


三個の内二つを左右に展開させ、麦野を爆殺しようとする。
しかし、セムテックス入りの人形はあっけなく融解させられる。
最後の一個が麦野の正面めがけて突撃してきた。


「は!聞かないって言ってんだろ!この 女がぁ!」

323: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:06:47.55 ID:iSm8z8mn0
麦野はそういうと指の先でバシン!と勢いよく人形を消滅させる。
しかし、その人形の背後には幻想虎鉄が…。

(なっ!人形の裏に…?ヤバイ!)

即座に原子崩しで砂鉄の刀、幻想虎鉄を融解させる。


ザシュウウウウ…と刀が背後の壁に突き刺さる。
後少し遅かったら顔面に刀が突き刺さり、即死していただろう。

間一髪でその攻撃をかわした麦野だったが、ふわふわした大事に手入れをしている栗色の髪の束が刀に持って行かれる。


「いッ…てェェ…!…のやろォ…!」


「油断したあなたがいけないのよ?」


「畜生がァ!」

自分の手入れの行き届いた髪の毛の数十本が犠牲になった事で麦野の怒りはマックスに達した。
無傷だった自分が傷つけられ頭に一気に血が上る。

しかし、その直後に麦野の思考は中断する事になる。


コツン…


四つめの人形があっけなく頭に当たったのだ。

324: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:08:07.60 ID:iSm8z8mn0
美琴の背中に隠していた人形だった。
麦野に気づかれないように背中にはっつけていた最後の切り札だった。


「…んの…ア…マァ…!」


麦野は怒りと苦痛に表情をゆがめ、最後につぶやくとどさりと床に体を沈めた。
美琴は「ふぅ」とため息をつく。
そして失神している麦野の様子をうかがう。


麦野と美琴の戦いの軍配は美琴に上がったようだった。


(手ごわい相手だった…早く復活する前に行かないと…)


美琴は施設の中枢があるであろう方面に向かって歩を進めようとするが、いや、と思い立ち止まった。


(あの狂った計画に…コイツも参加していた事になる…このまま逃がしておいていいのかしら?)



一瞬美琴は逡巡するがこの大規模な施設の全容を未だに把握していないので保留する。
一度刀を砂鉄に戻し、自分の所に引き寄せると、麦野の頭にヒットした人形を引き連れ、施設の奥に向かっていった。

325: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:09:05.31 ID:iSm8z8mn0
「ここね…中枢は」

美琴は疲労でパンパンになった脚を引きずりながらもSプロセッサ社の中枢であるコンピュータールームに到着した。
フレンダの残していった人形の最後の一個を起爆させる。セムテックスは轟音を響かせ、パソコンの機器を吹き飛ばしていった。


そしてさらに念の為にそれらの機器を電撃でショートさせる。


(よし…後はあの女にとどめをさして…)


どす黒い感情が美琴の中でうごめく。
しかし、彼女は思った。
相手を倒すことはできても、殺す事が出来るのだろうか、と。


(殺せるかしら…?私に)


美琴は逡巡する。
果たして自分に人殺しという最低最悪な行為が出来るのだろうか。
人の生涯をいきなり断ち切る行為。それは自分がやられて最も納得できない行為ではないか。


ふと美琴はいつもいる四人組を思い出す。


(黒子、初春さん、佐天さん…みんな、私がこんな事してるって知ったらどう思うんだろう?)


美琴はよく遊ぶ友人たちの事を考えた。


(そんな事したら…私…)

326: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:09:52.44 ID:iSm8z8mn0
(…何考えてるんだ私…人殺しなんて…でも…)


美琴は人殺しは出来ない、と思った。

しかし、あの計画のワンシーン…9982号が無残にも虫けらのように殺された光景が頭の中によみがえる。
美琴は目をつぶり、あの時みた凄惨な光景を払しょくするかのように頭をぶるぶると振るう。


(けど…あの実験に関わったヤツは絶対に許さない…!二度と戦おうなんて思わないくらいに叩きつぶす?)


(またあの計画がスタートして施設の防衛にアイツらがいたら絶対に許さない…けど…今日は…許してやるわ…!)


結局美琴は人殺しに手を染めなかった。
彼女はその場から一度出て、もう一つの施設に向かおうとする。


しかし、施設の高架を歩いている時だった。美琴の下腹部に猛烈な痛みが走る。
麦野にけられたのだ。


「ぐ…はぁ…!」


「待てよ…趙電磁砲…!今から…テメェにやられた事兆倍にして返してやるんだからよっ!」


出血しているこめかみのあたりを抑えながら麦野は美琴に原子崩しをゼロ距離で放つ。
美琴は間一髪でそれをよける。
麦野はそれをかわすと原子崩しを美琴に放つ。いや、美琴にではない。
目の前の物体、全てを吹き飛ばそうとする悪意に満ちたビームだ。


「な、何をする気なの?」

327: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:11:49.21 ID:iSm8z8mn0
「うるせぇよ…超電磁砲…!」

動揺する美琴をしり目に麦野は手のひらの中に原子崩しを顕現させる。
美琴は幻想虎鉄を顕現させて一気に切りかかる!が、麦野の顔に幻想虎鉄が触れそうになる瞬間。
頬をかばうように麦野が腕を顔の前に出す。

その瞬間幻想虎鉄が焼け焦げた。
麦野は原子崩しを手の周りから撃ち出し、幻想虎鉄を完全に滅却させる。


「超電磁砲…私の顔に傷をつけた罪はぁ…!」


こめかみから流れる地は固まったようだが、その凝固した血が真っ黒に変色し、麦野は異様な雰囲気を醸し出している。


「死ね…超電磁砲ッ…!」


麦野は肩の辺りから一気に原子崩しを放出し、美琴を焼き尽くそうとする。

美琴は能力を使ってよける事しか出来ない。
もう体力もあまり残っていない。
体も限界に近づいていた。


「パリィ!パリィ!パリィ!ってかぁ!?学園都市の暗部の女王に喧嘩吹っかけといてそのざまかぁ?第三位ィ!」


美琴は麦野の怒鳴り声に「あ、ぐ…」とうめき、原子崩しをよける事しかできない。
しかし、ついに体力に限界が来て、美琴は床にへたへたと倒れこんでしまう。


「どぉしたぁ?もう終わりかぁ?第三位もこの程度かぁ?よくみらぁ…小便くせぇただの  豚じゃねぇか…!」

328: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:12:49.99 ID:iSm8z8mn0
麦野の吐く罵詈雑言に美琴は言い返す気力もなかった。
大事な髪の毛を持って行かれた事と出血し、しかも失神していた事がよほど屈辱だったのだろう。

アイテムの女王は狂える化け物として美琴の前に立ちはだかった。


「おい、もしかしてこれで終わりかよ…?超電磁砲、あれみてぇんだよ、あれ」


麦野はそういうと「テメェの必殺技の超電磁砲撃ってみてくれねぇかなぁ?」といきまく。
しかし、勿論美琴にそんなものを撃てる程の体力など残されているわけなかった。


(絶体絶命ねぇ…クッソ…!)


(何か…何かこの状況を逆転できるものはないの…?)


(考えろ美琴…!考えるんだ…)


ふと彼女は下を向く。すると白いテープが無数に設置されているではないか。
美琴はそれをちらとみるとこれしかない、と思った。


「ねぇ…この…白線…おたくの仲間が置いていったものでしょ?」


「あぁん?……?」


麦野は鬼も睨み殺してしまいそうな形相で美琴を見つめる。
が、美琴が床に指を差している白線を見て一気に身体が震え上がる。

329: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:13:18.74 ID:iSm8z8mn0
「な…そ、それは…」


「そうね、えーっとフレンダさんだっけ?お宅の白人。…このテープを今ここで着火したら…どうなるかしら?」


「ば…か…やろう…フレンダぁ…!」


そう。フレンダの着火テープの未処理分がたっぷりこの区画に残っていたのだった。
美琴は偶然それを見つけたというわけだ。


「今の私でもこれを着火させられるだけの電気くらいなら残ってるわ」


「ば、やめ…!」


ビリッ…!

美琴の手からヒュボッ!っと青白い電気がはぜる。
手から発生した小さい電気はしかし、一瞬にして着火するとテープを焦がす。
そして一気に延焼していく。


ガラガラ…!



施設間を繋ぐ橋がテープの焼失に合わせて次々にバラけ、崩落していく。
底は全く見えない。
ここから落ちたらおそらく無傷ではすまないだろう。

330: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:15:33.84 ID:iSm8z8mn0

美琴は最後の力を振り絞って崩落を免れた柱に捕まる。
彼女の近くにいた麦野はそのまま落ちていく。


(助ける…?いや、どうなんだ…!)


美琴は麦野を助けるか躊躇していた。
頭は彼女を殺そうとした。このまま落ちてしまえ。そう考えていた。



しかし、気付けば彼女は近くにあった鉄製ワイヤを電力で投擲していた。


「つかまって!」


「…!」


麦野は美琴が差し伸べた最後の命綱に手を伸ばしかける。
しかし、その手がワイヤをつかむことは無かった。
彼女はその手でワイヤを溶かすとにやと不気味に笑って漆黒の闇に消えていった。


「ば…馬鹿な?どれほどの高さだかもわからないって言うのに…」


美琴は唖然とした。
しかし、いつまで悠長にとどまっているわけにはいかない。美琴は撤退しようとする。


キィィィィ…!


撤退を決めた直後、多数のビームが下方から撃ちあがってくる。
おそらく着地に成功した麦野がやけくそでビームをぶっ放しているのだろう。


あてずっぽうに撃つビームを美琴は難なくよけて施設から撤退する。



戦いは急速に幕が引かれていく……。

331: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:16:31.58 ID:iSm8z8mn0
佐天はサイバーテロのニュース速報を見ながらぼんやりとアイテムからくる任務完了の報告メールを待っていた。


戦闘が始まっておよそ一時間半。
連絡がやってきた。


ういーん…ういーん…



仕事用の携帯電話はいつもと変わらずバイブレーションの音を佐天の小さい部屋に響かせる。
彼女はなるべく平静を装ってメールフォルダにタッチする。

332: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:17:03.65 ID:iSm8z8mn0
From:麦野沈利

Sub:作戦終了

全員良く敢闘した。

ふふ…学園都市の闇に引きずられていくといいわ。
あのクソ 女。

取りあえず施設防衛は失敗したけど、五分五分にもつれ込んだわ。
だから給料の振込に関してなるべく早く連絡頂戴ねー☆


333: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:18:35.13 ID:iSm8z8mn0
(ふーん…施設防衛は失敗したけど…五分五分…取りあえず、上には私が報告しておきますかね…)


まず新規作成で学園都市治安維持会宛のメールを作成する。



(ってクソ 女って…やっぱり侵入してきたひとってやっぱり女だったんだ…女のエレクトロマスターって…)


今回の侵入者は事前にエレクトロマスターと言われていた。
そして麦野の任務完了連絡が正しいとすれば今回のインベーダーは女。


佐天の交友関係上にも一人のエレクトロマスターの友人がいる。御坂美琴だ。


(まさか…御坂さんじゃないよね?)


余計な詮索は依頼主の製薬会社からの依頼で禁じられている。
ここでフライングして麦野に聞いてしまえば、と思うがそれはご法度だ。

佐天は麦野に事の顛末を聞きたい衝動にかられたが、まずは任務完了メールを手がけることにした。



(今回の戦い…どうなったんだろう…)


佐天はこの時点で美琴以外にアイテムと戦い、五分五分にもつれ込む事が出来る人物はいないと勝手に決めつけていた。
果たして、今回の施設に侵入したインベーダーの正体はいったい誰だったのだろうか。


佐天はもやもやした思考を払しょくしようとベランダに出てみるが、外のじめじめした暑さにたちまち部屋に戻ってきた。
一人の時間が異様に長く感じた。

334: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:28:29.93 ID:iSm8z8mn0
「結局…疲れたって訳よ」


下部組織の構成員の送るキャンピングカーの中でフレンダは「はぁ」とため息をつく。
今日の相手は強敵だった。


「じゃ、ふれんだ。ここらへんでおりよっか」


「あ、そうね、今日は集団アジトでいっか」


滝壺は体晶を使って麦野の膨大すぎる原子崩しの射撃補佐に当たって、インベーダーをあと一歩のところまで追い詰めた。
しかし、体調に不調をきたし、戦線から後退した。


下部組織からはいった連絡によれば麦野は擦り傷程度ですんだらしい。
絹旗も治安維持機関とかいう組織に布束を引き渡して無事帰還中との事だ。
インベーダーとの勝負はつかずじまいになったが、リーダー不在という事態は避けることが出来た。


「お疲れ様です」

「送ってくれてありがとね」


下部組織の名前も知らない男にフレンダは律儀に礼をする。
滝壺もベンチコートをはおったまま小さくぺこりとお辞儀をする。


「滝壺、鍵持ってる?」

335: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:29:09.40 ID:iSm8z8mn0
「うん。私のジャージのズボンのポケットにあるよ」


「自分で取れそう?」


「ちょっときつい」


「はいはい。じゃ、私がとってあげよう」


フレンダはそういうと滝壺のポケットに手を伸ばして共同アジトの鍵を採る。
彼女はキルグマーのストラップがついているかわいらしいキーホルダーに繋ぎとめられた鍵をアジトのマンションのカギ穴に差し込んでいく。


ガチャリ…キィィ…


ドアを開け、電気をつける。
フレンダと滝壺が共同アジトに到着した。
二人はやっと肩をなでおろす。

336: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:30:08.41 ID:iSm8z8mn0
♪I believe miracle can happen


フレンダの携帯電話の着信が鳴る。
Daishi Danceのシークレットカバーの曲、「I believe」だ。
フレンダは実はこのフレーズが大好きだ。
日本語に訳せば、“信じれば奇跡は起きる”このフレーズが大好きで、わざわざ有料のサイトに登録してダウンロードしてしまったくらいだ。
この曲をかければ姉にも会えるかも、とフレンダは思い、それ以降、着信音はずっとこれ。ゲン担ぎの様なものだ。


「フレンダ。携帯なってるよ」


「うん、わかってる。ちょっと待ってくれい」


明かりをつけてベレー帽を机に置く。
携帯をちらりと見ると麦野からだった。


「えーっと?麦野は今日個人アジトに戻るってさ。浜面が送迎してるそうね」


「…はまづらが送ってるんだ」


「うん。そうみたい。下部組織のまとめ役任されてたっぽいし、ちょうどそれの業務が終わったタイミングとバッティングしたんじゃないの?」


「かもしれないね」


フレンダは滝壺の一定のトーンの口調をおかしいと思い、ちらとリビングのソファに腰をかけている彼女の顔を見る。
いつも何を考えているかわからないといった調子の滝壺の表情が僅かながらゆがんでいるように見えた。

337: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:30:41.44 ID:iSm8z8mn0
「ね、滝壺?あなた浜面の事…気になるの?」


「いや、別にそんなことないよ」


フレンダは滝壺につい質問していた。
ソファに座っている滝壺の顔が僅かながらゆがんでいる様に見えたからだ。


「ホント?」


「それを聞いてフレンダはどうしたいの?」


「え?い、いきなりそんなこと言われても」


「私もいきなり浜面の事いわれてもわからないよ。フレンダ」


滝壺の表情は心なしか悲しそうな表情をしていた。
フレンダは思った。


(滝壺、浜面の事好きなんだね)

338: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:31:13.01 ID:iSm8z8mn0
お茶らけているように見えるフレンダ。
実はこう見えて結構鋭い。


(結局…アイテムのリーダーとその相棒が同じ男に惚れてるって状況…難解な訳よ)

(これからどうなるのやら…)


滝壺がまだ浜面の事を「好き」と言った訳でもないし、先のフレンダの質問に対して滝壺が首肯した訳でもない。
あくまでフレンダの女性的な勘だ。




「じゃ、私から先にシャワー浴びてもいいかな。疲れちゃった」


「あ、私も一緒に入る。汗一杯でちゃった」



「え?」
(結局何で一緒に?)


「え?」
(つかれた…)

339: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:33:59.83 ID:iSm8z8mn0
「あーあ疲れちゃった」


「相手は誰だったんだ?」


「常盤台の超電磁砲」


「まじかよ」


「うん。まじ」


麦野は電話の女に報告するべくメールをカチカチといじくりながら浜面の質問に答える。
彼女は仕事が終わり、研究者に今回超電磁砲の阻止しようとしていた計画をはかせていた。
そのさなかに下部組織の仕事も終わり、居合わせていた浜面に自宅まで送迎させているといった具合だ。


浜面は運転しながら車載テレビを起動する。
彼はモニターを見れないが、座席のシートに埋め込まれたテレビモニターを麦野は目で追っていた。


『サイバーテロは沈静化した模様です…近隣の学生や研究者の方々にはご迷惑を…何かございましたら付近の警備員や…』


テレビに映っている女性キャスターはヘリから施設の上空を飛行しながら撮影を続けている。
そこはつい先ほどまでアイテムと美琴が激闘を繰り広げていた所だった。

テレビではサイバーテロと言い報道しているが、その一言の陰に隠れていくつもの思いが交錯していった事か。


さらりと“サイバーテロは沈静化”と言うが、その背後にアイテムの並々ならぬ努力があった事は確かだが。
暗部の彼女たちは決して表に出る事はない。アイテムの構成員達も自分たちが裏の存在であることは重々承知していた。

340: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:34:45.15 ID:iSm8z8mn0
「今日はお前の単独アジトでいいのか?」


「うん」


「絹旗はどうする?途中で拾うか?」


「いや、絹旗はいいってさっき連絡来た。自分のアジトに帰るってさ」


「そうか」


絹旗は麦野、滝壺、フレンダの三人とは違う区画の防衛に回されていた。
そこで捕縛した人員がどうやら優秀な学者との事なので一応引き渡しまで立ちあうとの事だった。

「フレンダと滝壺は共同アジトか?」


「えぇ」


「滝壺は平気なのか?」


麦野はカチカチといじっている携帯の手をぴたと止める。
そして後部座席からミラーに映る浜面をぎろとにらんだ。


「平気よ。よく戦ったわ。今頃先にアジトで休んでるんじゃないかしら。安心しなさい」


「そっか」

早口で、棒読みの状態で麦野は淡々と言い放つとすぐに下を向いて携帯をいじり始める。
浜面はその素振りがちょっとだけ気に入らなかったが仕事を終えたばかりの麦野に何かを言おうとする気はわかなかった。


浜面は運転しつつ肩をそっとなでおろす。
その素振りは麦野をイライラさせる。彼女は浜面に話しかける。


「何よ…浜面。滝壺が無事で安心してるの?」

341: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:38:24.07 ID:iSm8z8mn0
「あぁ。だってあいつ病弱そうっつかなんかおっとりしてそうな所あるじゃねぇか、お前も滝壺が無事でよかったろ?」


「あ、当たり前でしょ…」
(そういう事じゃなくてさ…)


麦野は自分の擦り傷を見る。
美琴が崩落させた接続通路から落ちた時、着地に失敗して出来た傷だ。
頭部も人形がぶつかったせいで裂傷があったがそれほど深くなく、凝固した血を拭き取って消毒したので浜面にはその傷は見えない。


「…何よ…そんなに滝壺の事が気になるんだったら滝壺の所に行けばいいじゃない」


「そんなこといってねぇよ」


「言ってる」


「言ってねぇって」


「……私だって…怪我したんだよ?」


こんなことを言って何になるんだろうか、いや何もならない。
麦野は分かりつつも浜面に膝の部分がすれてなくなったニーハイソックスを見せる。
浜面はミラー越しにちらとそれを見る。


「怪我…平気か?」


「…ばかづら」


「は?なんだよ、いきなり」


「もう疲れた、アジトについたら教えて、私寝るから」


「あ、あぁ」


浜面の運転するシボレー・アストロは学園都市の街の夜景をその黒いボンネットに映しながら走り続ける。

342: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:39:17.05 ID:iSm8z8mn0
――滝壺とフレンダがいるアジト

「フレンダ。ダメ?」


「あ?え?ちょっと…滝壺?」


「別に…私、そっちの気がある訳じゃないから、安心してフレンダ」


「結局…二人ではいるのは確定って事?」


フレンダがシャワーに浴びるといいだした時、滝壺もなぜか入ると言いだして始まったこの問答。
アイテムの共同アジトといいう名の大型マンション。風呂も無駄にでかい。なので二人で入る分には全く問題はないのだが…。


♪あと五分ほどで入れます


風呂の自動給湯システムがお湯張りが完了するであろう旨を告げる。
場違いな位に明るい声が流れてフレンダは苦笑する。


「今日、熱かったし、一杯汗かいちゃったから早く入りたい」


「あ、それも、そうね、あはは」
(滝壺と二人でお風呂?ちょっとぉ…)


フレンダはまよった。自分が譲って後でお風呂に入ってしまえばいいではないかと思った。
しかし彼女は滝壺の提案を快く受け入れた。
特に拒否する理由もないし、滝壺なら構わないとなんとなしにフレンダが思ったからだ。


「ま、いっか。じゃ、滝壺、はいろ?」


「うん」


二人はバスルームの脱衣所で服を脱ぐ。
フレンダは手なれた手つきでぱっぱと服を脱ぐと、「お先!」と言ってバスルームに入っていった。

343: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:39:50.06 ID:iSm8z8mn0
ざばぁ…ざばば

フレンダはお湯をざぶんと桶(おけ)で背中にかける。
すると今まで彼女は気付かなかったが、お湯を浴びたことで体から煙の匂いが落ちていき、バスルームにそれらが広がっていく。


(うわー…結構激しい戦いだったんだぁ…)


そんなことを考えながら彼女はお湯で何度か体を洗い流すとぽちゃりとぬるま湯にはいり、滝壺を呼ぶ。


「いいわよー、滝壺」


「はーい」


滝壺も風呂で背中を軽く流す。
人二人が入ってなお余裕のある風呂に二人は体を預けた。

344: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:40:40.65 ID:iSm8z8mn0
「はぁ…誰だったんだろう?今日のエレクトロマスターって」


佐天は任務終了の報告を学園都市治安維持機関にした後、風呂に入り汗を流す。
風呂から出ると治安維持機関からの折り返しの連絡が届いている事に気付く。
メールの内容はギャラはアイテムと佐天にしっかり振り込まれた連絡の様だ。


エレクトロマスター


その言葉が佐天の思考を駆け廻る。
一体誰だったのだろうか。


(麦野さんに聞いてみよう…)


相手の素性の詮索は禁止、と固く言われていたが、アイテムに聞き出すくらいならいいだろうと思い、佐天は麦野宛のメールを作成する。




To:麦野沈利

Sub:無題

お疲れ様。
誰だったの?今回の侵入者





(短文だけど、いっか…)


佐天はベッドでごろごろしながらメールを作成し、送信する。
しばらく佐天は元々持っている携帯でゲームをして遊んでいると仕事用の携帯に連絡が入る。
麦野からだ。




From:麦野沈利

Sub:無題

そんなに知りたいのかにゃん?





「こ、こ、こ、こいつときたらー!」

345: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:42:06.53 ID:iSm8z8mn0
「こ、こ、こ、こいつときたらー!」


佐天はついメールを見てうなった。
待望の侵入者の正体が聞けると思ったら肩すかしを喰らってしまった。



To:麦野沈利

Sub:あたりまえじゃない

麦野ー、お願いだから教えてー



(よし!これでいいわね。さっさと教えてくれー)


ボタンをひと押しするとメールは送信された。
次のメールが来るまで待つ。


メールを送って一分もしないうちに返信が返ってきた。




From:麦野沈利

Sub:無題
常盤台の超電磁砲




麦野のメールを読み佐天は心臓がとまるかと思った。

346: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:42:39.34 ID:iSm8z8mn0
正体はやはり超電磁砲こと御坂美琴だった。


(えええええええええええ?マジで?????どうしよ、どうしよ、どうしよ)


(今度会ったら普通に話せるかなぁ…どうしよう…)


度胸は人一倍強い佐天もこればかりは衝撃を受ける。
まさか自分の予想が的中するとは夢にも思っていなかった。


(まさか…御坂さんが…今回の首謀者だったなんて…五分五分って言ってた麦野さんって言ってたよね?)


佐天は先ほど送られてきたメールの内容を思い出す。


(麦野さんと五分五分って…御坂さんなら出来ない芸当じゃないかも…?)


麦野の力はあくまで能力上の数値でしか知らない。
粒機波形高速砲とか言う得体のしれない高速ビーム。


(やっぱりレベル5同士の戦闘はすごいなぁ…)


直接見た訳ではないが、佐天は戦いのすさまじさを想像する。


(御坂さんにも聞いてみたいなぁ…って無理か…あはは)


佐天はいまさらながら自分がそんなこと聞けない立場にいることに気付く。
御坂がSプロセッサ社の脳神経応用分析所まで出張って単独でアイテムと激闘を演じたのはそれなりの理由があるのだろう。


それは決して安易に聞けるような内容ではない。
いわんや、佐天がそれを聞く事は即ち、佐天が学園都市の裏事情に精通している事を美琴に証明してしまうことになってしまう。

もし仮にそんなことを言おうものならば、御坂はどういった反応を示すのだろうか。
そして、二人の関係はどうなってしまうのだろうか?

347: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:43:56.65 ID:iSm8z8mn0
――再び滝壺とフレンダのいるアジト

「フレンダ。綺麗だね、胸とか脚とか」


「にしし…!でしょ?結局、私の体のよさを分かってくれるのは滝壺だけってことよ!」


蛇口からでるぬるま湯。四十度の温水がちょぼちょぼと二人の浸かっている浴槽に入っては溢れていく。
換気扇から排出されていくケムリ。


「滝壺も結構きれいな体だよ…?」


「そう?ってかふれんだ胸見すぎ…」


「あはは、結局あんまり無いね―!滝壺も」


「うるさい。ちょっと気にしてるの」


「麦野に負けないように?」


「…………うん」


風呂に入る前までは浜面の事を好きかどうか、否定していた。
しかし、滝壺は自分の胸が小さい、と言うことを気にしていた。しかも麦野に負けないように、と意識していた。


(ふふ、結局、浜面、アンタって男は…)



滝壺とフレンダは二人とも体を洗い終わって湯船に入りなおし、仕事の疲れをたっぷり流している。
しばらくすると滝壺の顔がほんのりと赤くなり出す。


「ちょっと熱い。先にでるね、フレンダ」

348: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:44:32.27 ID:iSm8z8mn0
「あ、うん。私ももうちょっとしたら出るから」


ざばんと滝壺が湯船から立ち上がる。
体から滴り落ちるお湯。ともくもく浮き出ている湯気。


いやらしさは全く感じない。
むしろ、優しい、あたたかい表情。


フレンダは幼少時代に亡くなった母の面影…等覚えていないのだが、滝壺の穏やかな表情に何か落ち着くものを見出した気がした。


バタン。
滝壺はバスルームの扉を開けて先に出ていく。
一人分の容積が抜けた湯船は一気に水が減って少なくなる。
フレンダは胸の膨らみのあたりまで減ったお湯をすかさず継ぎ足していく。


(あー…今日はしんどかったなぁ…実際滝壺と麦野の援護がなかったら死んでておかしくないわね…)


今日の戦いをフレンダは思いかえす。






『こっちは暗部に入ってまで人探してんのよ…!死ぬのが恐くてやってられるかっての…!』





我ながらレベル5の前でよくあれほどの啖呵を切ったな、と思う。
絶対に死ねない。その一心で彼女は美琴と真剣勝負を演じた。


(はぁ…ホント、死ぬのが恐くてやってられっかっての)


フレンダのこの街に於ける掟。それは――やられる前にやれ。
彼女がこの腐った最先端都市の路地裏の戦いに身を投じ、早数年。
彼女が培ったこの街で生き残るための処世術だ。

349: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:45:09.92 ID:iSm8z8mn0
元々姉を探すためだけに、ちょっとだけ人よりも銃器や爆薬の扱いに長けているからといった理由で興味本位で投じたこの世界。


(お姉ちゃん…いつになったら見つかるんだろう)


一度はあきらめかけていた姉に会いたい、という期待が再び発露する。
もうこの学園都市にいないかもしれない。それはわからない。


「はぁ…お姉ちゃん…会いたいなぁ」


ぼんやりとつぶやく。


「なにしてるんだろう…?」


キィ…バスルームのドアが開く。
風呂から出た滝壺だった。どうやら外に声が漏れていたようだ。


「フレンダ?どうしたの?何か聞こえたけど」


「あ、いや、なんでもないって訳よ…」


「そう…」

しばらく沈黙が支配する。
ぴちょんとバスルームについている蛇口から水滴が滴り落ちていく。
滝壺は裸のまま、フレンダの事をじっと見つめる。


「……そっか。わかった」
(聞こえてたよ、フレンダ)


「あ、私もでるからさ…滝壺、体拭いたらタオルこっちによこしてちょーだい」


「はーい」


「なんかお腹減ったね、滝壺」


「うん」

350: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:47:21.14 ID:iSm8z8mn0
――浜面と麦野が乗っている車

「送ってくれてありがと、浜面」


「あぁ」


「寄ってく?」


「お前、怪我してんだろ、休まなくてもいいのかよ」


その言葉に麦野はかぁと体が熱くなる感覚を覚える。
浜面が自分の怪我を気にしてくれた。その事だけでもうれしい。



「怪我はもういいの…、で、どうなのよ?来るの?」


浜面に家に来てほしいと思う反面、答えを聞くのが恐かった。
もし、「いや、今日はいいや」とか言われたら、一人泣いてしまうかもしれない。
さびしい。一緒にいてほしい。彼女はそう思った。


「…じゃ、ちょっとだけ」


「ちょっと…じゃなくて…泊ればいいじゃない…」


後部座席にいる麦野を浜面はミラー越しに見つめる。
アイテムの女王と自他共に認める麦野。しかし、その女王は無能力者のスキルアウト上がりの男に完全に恋していた。
浜面の返答次第で彼女は一喜一憂するかわいらしい女の子になる。

ただ、彼女のプライドか、はたまた恋愛に対して臆病な所が彼女を一歩踏み出せない臆病者にしていた。

「…じゃ…泊るかな…取りあえず…お前ん家着いてからだな…」


「ん。わかった」


麦野は後部座席の窓を半分ほど開けて、新鮮な空気を吸う。
今日の任務は久しぶりに激しい戦いになった。


「今日はお疲れさまだったな。相手は…常盤台の超電磁砲だったんだろ」

351: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:48:02.02 ID:iSm8z8mn0
「あぁ…憎たらしい奴だったわ。しかも助けられそうになったしね」


「いい奴じゃねぇか」


「そうかしら?」


「…いや、わからねぇけど」


最後の最後で麦野は超電磁砲に助けられそうになったが彼女の意地がそれを阻止した。
原子崩しをうまく使って助かったから良かった。


しかし、そうは言ったものの、彼女の絶対に目標を成功させようとする意地と勝利への執念がいつしかあだになる日がこないと言いきれない。
その後、二人は他愛もない会話をしながら麦野の住んでいる高級マンションの地下駐車場に到着する。


二人は車から降りる。
浜面は二人分の荷物を持つとエレベーターに入る。
エレベーターのボタンをあけたまま麦野を待つ。
すると少し足を引きずる様な歩き方で麦野がやってきた。


膝の部分だけ片方すりむいている麦野の脚が痛々しい。
彼女がエレベーターにゆっくりと乗ると浜面は最上階を押す。


麦野は浜面に抱きつき、唇を重ねる。


「おい…むぎ…?」


「うっさい、浜面」


 
最上階に上がっていくエレベーター。
動揺する浜面をよそに麦野は二度と離さない意思表示をするかの如く、ずっと唇を重ねてくる。

352: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:48:40.57 ID:iSm8z8mn0
「滝壺の事ばっか見て…私の事も見てよ」


「俺はお前が一番だって。マジで」


「嘘」


「好きだぜ、麦野」


シャケ弁を買ってくるパシリが気付けば麦野の歪な恋人になっていた。
狂狂(くるくる)と回り始めた関係はいつしか麦野が浜面に懇願するような関係になっていた。


命令する立場だった麦野はいつの間にか気付けば命令を聞く浜面がいなければ何もできない一人の女になり果てていた。
付き合ってるとか、両想いだとか、そういう言葉の遊びはどうでもいい。
そんな遊戯の様な事に固執する気は彼女にはなかった。


ただ、今すぐ欲しい…、そんな衝動的な感情が彼女の思考を埋めていく。

「お前…頭も怪我してるじゃねぇか」


「平気…下部組織に所属してる医者は軽傷って言ってたから…多分平気だよ…」


傷の幅はそこまで広くなく、軽い裂傷程度。
浜面は「傷、気付いてやれなくて、ごめん」と唇を一度離すと麦野にあやまる。
ヒールブーツを履いていてもなお、浜面の身長には届かない。

麦野は下から浜面の事を見上げ、「ばかづら…」と一言、照れながら言うだけだった。
つい先ほどまで美琴と激闘を繰り広げていた麦野の偽らざるもう一つの姿だった。


353: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:49:15.00 ID:iSm8z8mn0
「麦野…俺らって付き合ってるのか?」

「え?」

「だから、俺ら付き合ってるのかって」

「…………」

麦野は答えられなかった。
本当のところは「うん」と言って付き合ってしまいたかったが、麦野の脳裏には滝壺が思い浮かんだ。
そしてその滝壺をちらちらと見ている浜面の姿もまでもれなく。


「…部屋ついてから話そうよ…?ね?」

「わかった」


チ―ン……とエレベーターが最上階に到着した事を告げる。
最上階に出ると夜のせいもあってか、夏にも関わらず冷えた風が吹き込む。


「ついたぜ、麦野」


「…うん」


浜面は麦野と自分の荷物を抱えて彼女の後をとぼとぼと歩く。
麦野はポケットから家の鍵を取り出すと、ガチャガチャと鍵を回し、鍵を開ける。

「はい、どうぞ」

「おう。お邪魔します…」


麦野がブーツを脱ぎ、そのままの勢いで風呂のお湯をいれる音が聞こえてくる。
浜面はその間に荷物をリビングのはじっこの方に置き、所在なさげに窓から見える学園都市の高層ビル群を観望していた。


浜面は窓から見える学園都市の夜景から転じて同じく窓に反射している自分の顔を見つめる。

354: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:49:41.10 ID:iSm8z8mn0
(麦野は…どう思ってるんだ、俺の事)


(俺の事求めてくるのに…好きなのか…それすら…わからねぇ…)


浜面は金髪の頭をバリバリをかく。
彼は麦野の事が好きだった。ただ、滝壺をちらちらと見ている自分が居るのも事実だった。
正直、滝壺も麦野もどっちも捨てがたかった。こんな事を言ったら即、殺されるので勿論浜面は公言しなかったが。


(先に俺の事…誘ってくれたのが、麦野だったってのが大きいなやっぱり)


初めてアイテムで仕事をこなした時、浜面に声をかけてきたのは麦野だった。

滝壺は静かでおっとりしてかわいい、ちょっと無口。
麦野は自己中だけど、綺麗だし、ああ見えて純粋そう。

これが浜面が抱いている二人の最初の印象だった。
全く正反対に見える二人になぜ浜面が興味を持ったのか。それこそ、彼の守備範囲の広範さが物を言わせている。


(今でも…正直滝壺の事ちらちら見てるのは認める…。すまん、麦野。ケド…俺は麦野が好きなんだ)


散々麦野にこき使われた揚句の決断だった。それでも後悔していない。
浜面は滝壺に対する好意よりも麦野に対する好意の方が上回っているのだ。


しかし、それを踏まえたうえで浜面が麦野に以前告白した時、彼女は浜面に「滝壺のことばっかり見て」と言い切り、返答をうやむやにした。
浜面は「見ていない」と答えたがやはりその質問の答え方は歯切れの悪いものだった。
なので麦野に一層の不信感を与える事になってしまったのだ


(…ちゃんと言おう!)


浜面がリビングで勝手に覚悟を決めていると洗面所から「痛いっ!」と声が聞こえてきた。
彼が駆け足で洗面所に向かっていくと消毒液をひたしたティッシュを裂傷した部分に当てがっている最中だった。

355: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:50:30.84 ID:iSm8z8mn0
「麦野?大丈夫か?」


「平気じゃないから叫んだんでしょうが…!」


半ば浜面に裂傷の痛みをぶつけてきそうな雰囲気だったが、さすがにそれは辞めた様だった。
ティッシュを持ちながらマキロンを染み込ませ、それをこめかみのあたりにあてがおうとして何度も辞める麦野の素振りがなんだかたまらなく愛おしかった。

そして、浜面は気付いた時には後ろから麦野の事を抱きしめていた。


「は、浜面?何よいきなり」


「さっきの質問の答え、聞きてぇ」


「付き合ってるかどうかのやつ?」


浜面は麦野の問いに「あぁ」と小さく耳元で囁く。


「俺は麦野の事が好きだ」


その言葉に後ろから抱かれている状態の麦野はびくりと方を震わせる。


「いっつもいっつもxxxxしてる時からずっと言ってるわよね、浜面」


「あぁ、そうだな」


「じゃ、私の答え…」


洗面所に貼られている三面鏡。
浜面は三面鏡に映り込んだ麦野と自分の姿を見る。


ちょうどその時、麦野と目が合う。


「私も…あんたの事大好きだよ…?」

356: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:50:59.58 ID:iSm8z8mn0
「本当か?」


「うん…」


「じゃ、付き合えるのか…?俺ら」


「そう…ね…ただ…ひとつ条件があるの」


浜面は後ろから麦野を抱いたまま「なんだ?」と聞いてくる。
彼の息遣いが麦野の耳元で行われている。
彼女はその事を考えて体がかぁと熱くなる感覚を覚えつつ、答えた。


「私を…レベル5の麦野沈利としてでじゃなくてね…、一人の女の子として…見てほしいっていうか…後あと…」

麦野は鏡に映る浜面の目をまっすぐ見つめて話す。
浜面の腕に抱かれている彼女は鼻から下が彼の腕で見えなくなっている。


「オイオイ…ひとつじゃなくて、新しい条件が出てきたぞ!?」


「あ、えっと…あのね…」


動揺する麦野をしり目に浜面はわざとらしく笑うと「で、なんだ?麦野?」と優しい口調で聞きかえす。


「私の事…ちゃんと見てよね?滝壺…の事ばっかり見てるから…」


「…あぁ」


「ホラ、やっぱり見てたんじゃん。はーまづらぁ」


「悪い…。けど、もうお前だけしか見ないから…安心してくれ…」


「お願いね…?」

麦野は今にも消えそうな声で浜面につぶやく。
浜面はそれには答えず、ぎゅっ、と強く抱きしめる。

357: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:52:02.74 ID:iSm8z8mn0
「ふふ…幸せだよ、浜面」

「俺も…」


麦野は後ろを振り向く。
それに気付いた浜面も麦野に応えようとして自然と唇を重ねあわせる。
走った訳でもないのに、疲れた訳でもないのに、「はぁはぁ」と運動選手の様に息まく二人。

戦いの疲れの反動からか…もう、何でも理由なんてどうでも良かった。
この光景が駄誰かに見られてもいい。
二人の歪な関係に楔を打ち込む契機になったのだから。




今日の戦いは疲れた。麦野は失神したし、死ぬかと思った。

浜面と一緒にいれればそれでいい。もう、暗部とかどうでもいい。


「恐いのよ…私からあなたが離れたら…」


「誰も私の事なんて覚えてくれない…だから…浜面だけは覚えててほしい」


「俺は絶対にお前の事を忘れない…だから、そんな事言うなよ…!」

女王が求める物は平穏と安息の場だった。
彼女は浜面と唇を重ねつつ思う。



(浜面…?大好きだよ?)

358: 投げんな匙 ◆t4xyS9bQ1M 2011/01/29(土) 18:52:30.71 ID:iSm8z8mn0
さて、フレンダと滝壺は共同アジトで一泊する事を決め、戦いの疲れをいやすべく、お風呂に入った。
風呂から出た後、二人は夜食でピザを注文した。


食べ終わると大きいもふもふしたソファで二人はぐだーっとしていた。



「振り返ると…そこは…風の街…浮かんでは消える…生まれ今日までの…ストーリー…」


「ふれんだ?その歌、何?」


「あー…浜面がいつもつぶやいてる歌あるじゃん…結局…浜面のhiphop講義を前に熱弁されてさ…殆ど覚えてないんだけど…これだけ何か記憶に残ってさ」


「浜面、hiphop好きだもんね」


「人間交差点 SD Junkasta…とかなんとか…この透き通った男の声が良いとか…今ではちょっと浜面の言ってたことが分かるかもって思う訳よ」



「生まれ今日までのストーリー、ほんの何小節かの旅路…老いた大木の様にそれぞれ分かれていく道は…」



フレンダはこの唄を初めて聞いた時、なぜか姉の事を考えた。
人は離合集散を繰り返す、人生という旅を歩む。


この街のコンクリートジャングルを時期は違えど歩いたフレンダの姉。
もう最後に会って数年になる。フレンダが学園都市に入ってから、入れ代わりで消えていったステファニー。


けれど、再び、会いたい。