1: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 22:53:54.21 ID:yt+KpOqP0
これは私の鎮守府で起こったことを参考にしたものです。

大変ブラックな内容で、キャラ崩壊を起こしています。
えげつないセリフも多く、そういうのが嫌いな方にはオススメできません。
エグいのが好きな方はどうぞ。

あと、那珂ちゃんに対する誹謗中傷、
および那珂ちゃんファンの皆様を大変不快にさせてしまう記述が見られることを、
ここに心よりお詫び申し上げます。申し訳ございません。

一番好きな艦娘は扶桑、次いで山城、そして隼鷹です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1436018024

2: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 22:54:58.50 ID:yt+KpOqP0
こんにちは、秘書艦の電です。今日は私の鎮守府のことを紹介するのです。


先月着任した提督さんはまだ新人さんで、艦これのことを勉強しながら艦隊の指揮を執っています。


戦略方針は「少数精鋭」。予備戦力を作らず、特定の艦娘を集中運用し、できるだけ短期間で高LVの艦隊を作ろうという目論見です。

もっともこの方針は、提督のドロップ運が悪すぎたため、そうせざるを得なかったという面もありますが・・・・・・

ともかく、この方針はある程度成功して、最初の頃は深海棲艦に対し有利に戦況を進めて来ました。



ですが、最近は思わぬところで暗礁に乗り上げてしまって・・・・・・そのせいもあり、鎮守府の空気が最悪なのです。



提督「頼む、今度こそ・・・・・・」


こちらは執務室です。提督さんがやつれた顔で、祈るように手を合わせながら主力艦隊の帰りを待っています。


今日の出撃は2-4。南西諸島、沖ノ島海域の攻略です。

鎮守府最強の艦娘で作られた第一艦隊「ハッピーラッキー艦隊」なら、突破はそこまで難しくはないはずです。


難しくはないはずなのですが・・・・・・



3: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 22:56:07.81 ID:yt+KpOqP0
扶桑「失礼します。ハッピーラッキー艦隊旗艦、扶桑型戦艦、扶桑。ただいま帰投いたしました」


提督「来たか。戦果は?」


扶桑「・・・・・・申し訳ありません。攻略には至りませんでした」


ドンッ! 提督が机に拳を振り下ろす音が執務室に鳴り響きます。

もう見慣れた光景なので、驚いたりはしません。ただ、ちょっぴり悲しい気持ちになるのです。


扶桑さんも驚きはしませんが、うつむいてギュっと下唇を噛み締め、泣きそうなのを必死に堪えているように見えます。


提督「・・・・・・今度の原因はなんだ。隼鷹か、それとも金剛か」


扶桑「いえ、羅針盤が・・・・・・」


提督「あぁあああああああああああ・・・・・・またそれかっ!」

4: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 22:57:31.25 ID:yt+KpOqP0
提督「これで何度目になる!? もう10回、いや20回は超えているぞ! もはや運が悪いどころの騒ぎではないっ!」


提督「何が原因だ!? wikiにも載っていないルート制御でも働いているのか!? それとも妖精さんの恨みでも買ったのか!?」


提督「それとも・・・扶桑! やはりお前たち不幸姉妹の仕業か!」


扶桑「いっ、いえ! そんなことは・・・・・・」


提督「もうそれ以外に考えられない! 思えばお前たちが来てから悪いことばかりが起きる!」


提督「戦艦は出ない、空母は出ない、大型艦建設で重巡が3連続で出る、うっかり龍驤を轟沈させてしまう・・・・・・」


提督「そしてこの羅針盤だ! 2-4回しをしてるんじゃないんだぞ! 俺は突破したいんだ!」


提督「仮に2-4回しをしてると考えても、ドロップの引きが悪すぎる! もう那珂ちゃんの顔は見飽きたんだよ!」


扶桑「わかっています! ですから、私達も必死に・・・・・・」


提督「何が必死だ! 今まで何度ボスにたどり着けた!? たったの3回だ! そしてその時に限って敗北している!」


提督「もうお前たち不幸姉妹が、艦隊そのものの運を下げているとしか思えない!」


扶桑「そ、そんなことはありません! 次は必ず突破してみせます! ですから・・・・・・」


提督「もういい、聞き飽きた! ああ、くそ・・・・・・だが、お前たちがうちの主力であることに変わりはない」


提督「お前たちにちなんだ艦隊名にしたのも、それだけ期待しているからだ。次は必ず責務を果たせ」


扶桑「は・・・・・・はい。必ず」


提督「もし、次も失敗するようなら・・・・・・お前をケッコンカッコカリ第一候補から外す。いいな」


扶桑「・・・・・・ッ!」

5: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 22:59:23.21 ID:yt+KpOqP0

提督「俺はもう休む。お前たちも早めに入渠しておけ。下がっていいぞ」


扶桑「・・・・・・はい」


どんよりと暗い表情で、扶桑さんが執務室から出ていきます。その背中は心なしか小さく見えてしまいます。


提督「電。悪いがハッピーラッキー艦隊の補給処理を任せていいか」


電「はいなのです。あ・・・・・・燃料の備蓄が残り僅かなので、もしかしたら足りないかもです」


提督「那珂ちゃんは1号を除いて何人いる?」


電「えっと・・・・・・今日の出撃でまた1人着任されたので、6人です」


提督「すべて解体しろ。それで足しになるはずだ。それでも足りなければ赤城のメシを抜け。あいつは食い過ぎだ」


電「はいなのです・・・・・・・」


それだけ言うと、提督はぐったりと頭を落とし、もう何も言わなくなってしまいました。

沖ノ島海域が突破できないことで、だいぶ疲れがたまっているみたいです。


それにしても、嫌な任務を申し付けられてしまいました。

気が進みませんが、まずは補給に必要な量の確認のため、帰投したハッピーラッキー艦隊のドックへ向かいます。


ハッピーラッキー艦隊。元の名前は「不幸艦隊」でしたが、あまりにも縁起が悪いため、提督が改名しました。決して皮肉ではないのです。

その名の通り、通称「不幸姉妹」と呼ばれる扶桑さんと山城さんの2人を旗艦とする、鎮守府の主力艦隊です。


残る4人のメンバーは、正規空母の赤城さん、軽空母の隼鷹さん、航空戦艦の伊勢さん、高速戦艦の金剛さんです。



6: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:01:58.86 ID:yt+KpOqP0
山城「おかえりなさい、お姉さま。提督に酷いこと言われませんでしたか?」


扶桑「山城・・・・・・やましろおおおおおおおぉぉぉぉ!」


ドックから扶桑さんの泣き声が聞こえてきます。提督さんが辛いように、扶桑さんもまた辛いのです。


扶桑「どうして・・・・・・どうしてこうなってしまうのよぉ・・・・・・! せっかく旗艦を任されたのに、こんなはずじゃ・・・・・・」


山城「お姉さま・・・・・・お姉さまのせいじゃありません。私が欠陥戦艦だから・・・・・・」


扶桑「いいえ、私が悪いのよ。私なんかに旗艦が務まるわけなかったのよ・・・・・・」


扶桑「うう、ごめんね山城。私のせいで、あなたまで不幸姉妹呼ばわりされてしまって・・・・・・」


山城「そんな、それこそお姉さまのせいじゃありません! 私がことあるごとに『不幸だわ』って呟いてしまうから・・・・・・」


隼鷹「それは言えてるよね~。山城ちゃん、アイテム発見のときにすら『不幸だわ』って言うし。いやーほんとキャラ立ってるわ~」


笑顔で話しかけてきた隼鷹さんを、山城さんがギロリと睨み返します。

隼鷹さんの良いところは、周りが暗くても明るさを損なわないところですが、それは逆に空気が読めないという欠点でもあります。


山城「隼鷹さん・・・・・・今日はお洋服がきれいね。昨日はボロボロになって帰投してたのに」


隼鷹「いや~私、装甲紙だからさー。それは言わないでくれよ~」


扶桑「・・・・・・隼鷹さん。あなた、もう少し自覚を持ったほうがいいのではないかしら」


隼鷹「え、自覚? なんの?」


扶桑「あなたが艦隊の足を引っ張っている、ということよ。自分で気づいていなかったのかしら?」


隼鷹「あ・・・・・・いや、私なりに頑張ってはいるんだけどさ。元が軽空母だから、なかなか上手くいかなくて・・・・・・」


扶桑「言い訳は聞きたくないわ。これまでの沖ノ島攻略で、あなたの大破によって帰投せざるを得なくなったことが5回ありました」


扶桑「提督のお叱りを受けるのは、旗艦である私なのよ? これ以上、私の顔に泥を塗らないでくれるかしら」


隼鷹「う・・・・・・うん、わかってるよ。努力はするからさ」


扶桑「努力してるのはみんな一緒です。私と提督が欲しいのは結果、それがわからないの?」


隼鷹「いや、そんなことない、そんなことないよ。もうヘマしないからさ、勘弁してよ、扶桑ちゃん。この通りだからさ、な?」


扶桑「・・・・・・ふん」



7: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:03:06.48 ID:yt+KpOqP0
扶桑さんが隼鷹さんに辛く当たるのには理由があります。


それは、隼鷹さんが鎮守府の主力艦の中では最古参であると同時に、ケッコンカッコカリ第二候補の艦娘だからなのです。


隼鷹さんに対する提督の愛着は強く、軽空母でありながら主力として扱われていることからも伺えます。

もっとも、それは提督が赤城さん以外の正規空母を未だに引けていないのが原因なのですが・・・・・・


最古参であるため、LVも全艦娘の中で最も高く、度重なる改造も受けています。

軽空母なので、新しく正規空母の艦娘さんが着任すれば、主力艦隊からは外れる可能性もありますが、

それでも2軍のエースの座は約束されています。


あるいは扶桑さんより先にLV99に到達してしまい、ケッコンカッコカリの座を奪われるかもしれない・・・・・・

そのことを何よりも恐れている扶桑さんは、いつまで経っても隼鷹さんには冷たいままです。




8: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:03:58.51 ID:yt+KpOqP0
金剛「みんな、元気出しなヨー! 扶桑も、暗い顔じゃ提督にますます嫌われてしまいマース!」


扶桑「金剛・・・・・・!」


金剛「それに、いくら提督に叱られたからって、八つ当たりは良くないデース!」


扶桑「八つ当たり、ですって・・・・・・ッ!?」


金剛「そうデース!隼鷹ちゃんをいじめるヒマがあったら、その傷んだ艦橋でも磨いておくべきデース!」


山城「なっ・・・・・・!」


金剛「Oh、Sorry! そのだるま落としみたいな艦橋、磨こうとしたらガラガラ崩れちゃうネー!」


金剛「扶桑の艦橋Brokenに巻き込まれないよう、山城も注意・・・・・・Shit! 山城の艦橋もジェンガみたいデース!」


扶桑「金剛・・・・・・! よくも、そんな口が私に利けたものね・・・・・・ッ!」


山城「不幸だわ・・・・・・!」

9: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:05:27.54 ID:yt+KpOqP0
戦艦の中では一番の新顔、金剛さんは扶桑さん、山城さんと仲が悪く、よくこうして2人を煽っています。

どうやら提督LOVE勢なので、提督のお気に入りである2人に嫉妬しているみたいです。隼鷹さんとはそうでもないみたいですが。


不幸姉妹も金剛さんを嫌っています。それは煽ってくることとは別の理由があります。


扶桑「言っておくけど、あなたも艦隊の足を引っ張っている一人なのよ?」


金剛「What? 意味がワカリマセーン! 私、まじめに戦ってマース!」


山城「それ、冗談のつもりですか? あなたが大破したせいで帰投しないといけなくなった回数、隼鷹さんより多いんですから!」


金剛「Oh、それは仕方がないデース! だって私、みんなと違ってまだ若いネ!」


山城「LVが低いだけでしょ! 本当はおばあちゃんのくせに!」


金剛「それは前世の話ネ! 今は設定上、みんなより年下デース!」


扶桑「あら、そう。私、おばあちゃんだから弾が避けられないのだと思っていたわ。あなたの被弾率、異常だもの」


金剛「それはきっと2人のせいデース! 2人の不幸オーラで、私の運まで悪くなっていマース!」


扶桑「なんですって! 言うことに欠いて、このイギリス女・・・・・・!」



10: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:06:50.65 ID:yt+KpOqP0
金剛さんは2人に比べ着任が大きく遅れたため、LVがまだ足りていないのは事実です。

ですが、それを考えても彼女の大破率は高く、提督が頭を抱える要因の一つです。


耐久が足りない、というのならわかります。ですが、戦闘の内容を見るに、彼女は他の艦と比べてやたら敵の攻撃を受けています。

そして、それを回避できていない。そのために大破、帰投を繰り返しているようなのです。


金剛さんの回避力は決して低くありません。むしろ扶桑さん、山城さんよりよっぽど高いくらいです。

それでも攻撃を受け、すぐ大破する。回避力はあくまで確率なので、そういうことも起こりえるのですが・・・・・・


扶桑「あなたの狙いはわかっているのよ! わざと大破して、その貧相な裸体を提督にアピールしてるんでしょう!」


扶桑「けれど残念だったわね。提督は巨 属性よ。あなたのような貧 に興味は示さないわ!」


金剛「xxxx! 私は貧 じゃなくて美 ネ! 提督もじきにこの美 の良さに目覚めるはずデース!」


山城「とうとう本音が出たわね、このエセ帰国子女! その半端な外人訛りが鼻に付くのよ!」


金剛「なんだとこのxxxxin xxxxs! あんたたちこそ、大破グラの必死さに呆れてしまいマース! 脱げばいいってもんじゃないデース!」


扶桑「あなたの大破グラのほうがよっぽど必死よ! 露骨に女の子座りして、あざといったらないわ!」


金剛「黙れBitch! こっちも必死デース! お前のようなお化け艦橋に提督は渡さないデース!」


扶桑「言わせておけば、この紅茶中毒・・・・・・!」


伊勢「や、やめようよ、みんな。私達は同じ艦隊の仲間でしょ? もっと仲良くしようよ。な、金剛」


金剛「うるさいネ! 邪魔するなデース!」


伊勢「そんな・・・・・・旗艦の扶桑ならわかってくれるよね? 私達はこんなふうに争うべきじゃない、そうでしょ?」


扶桑「・・・・・・」


伊勢「あの・・・・・・ほら、山城からも何か言ってよ」


山城「・・・・・・」


伊勢「えっと、その・・・・・・」


伊勢さんは、いい人です。仕事もちゃんとこなしてますし、大破することもほとんどありません。悪いのは、着任したタイミングと艦隊です。


戦艦の中では最初に山城さん、翌日に扶桑さんが着任し、1週間もの間を開けて伊勢さんがやって来ました。

ちなみに金剛さんが来たのはその2週間も後です。不幸姉妹がドロップ率を下げている疑惑はこのときから始まっています。


御存知の通り、扶桑さんは前世の記憶から日向さん、伊勢さんに対抗意識を持っていて、それは山城さんも同じです。

ですから、2人は新しく艦隊に配属した伊勢さんを徹底的に無視しました。


当時、まだ艦隊名が「不幸艦隊」だった頃、そのメンバーは隼鷹さん以外、みんな重巡洋艦でした。

重巡の子が戦艦である扶桑さんに逆らえるはずもなく、みんなも伊勢さんを無視することを強要されていました。


あの頃が一番辛かった、そう伊勢さんは語ります。まだ見ぬ日向さんのことが恋しくて、夜中、何度も一人で泣いたそうです。


今はメンバーも変わり、状況はある程度改善されていますが、扶桑さん、山城さんに無視されていることに変わりはありません。

できれば助けてあげたいのですが・・・・・・下手に手を出すと、私まで標的にされてしまうのです。

11: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:09:38.49 ID:yt+KpOqP0

赤城「あら、電さん。来てたんですか?」


電「あ、赤城さん。お疲れ様なのです。補給量の確認に来たんですが・・・・・・」


赤城「ああ、なるほど。みんながいつものようにケンカしてるから、なかなか近づけなかったんですね」


電「はい。もっと仲良くしてくれるといいんですが・・・・・・」


赤城「そうですね。はい、これ。みんなの補給量の詳細です。帰ってきてからすぐチェックしておきました」


電「あ、ありがとうなのです。助かりました・・・・・・あ、赤城さんの必要補給量、桁が一個多いですね。修正しておきます」


赤城「・・・・・・・・・・・・チッ」


赤城さんは艦隊の争い事には関わりを持とうとしません。たぶん、食べること以外に興味がないんだと思います。


戦闘においては、やはり正規空母なので、艦隊の中では一番仕事をしています。

ハッピーラッキー艦隊の裏番的存在かもしれません。


電「えっと、赤城さんと他のみなさんの分を足して・・・・・・あ、やっぱり足りないみたいです」


赤城「足りないって?」


電「実は燃料の備蓄が少なくて、全員には行き渡らないのです」


赤城「そうなんですか。私の分はありますよね?」


電「あの、言いにくいんですが・・・・・・足りなかったら、赤城さんのご飯を抜けと提督に言われてて・・・・・・」


赤城「・・・・・・電さん」

12: ◆gqPN62ayAU 2015/07/04(土) 23:10:30.06 ID:yt+KpOqP0
赤城さんは静かに手を伸ばし、そっと私の頬に触れました。冷たい手のひらが愛でるように私を撫でます。

表情は笑顔のままですが、その瞳は真冬の海のように冷たく、本当は笑っていないことが明白でした。


赤城「私の分は、ありますよね・・・・・・?」


電「あ、あの・・・・・・少しだけ待ってください。すぐ用意しますから」


赤城「急いでくださいよ? 私、お腹が空いてしまいました」


私は逃げるようにハッピーラッキー艦隊のドックから離れました。というか逃げました。


お腹の空いている赤城さんと出会うことは、飢えた獣に出くわすことと同義です。

生き延びるためには、食料を持っているならそれを渡すか、ないなら逃げるしかありません。

そうしなければ、食料になってしまうのは自分自身なのです。


さて、赤城さんから離れることはできましたが、このまま補給を怠っていると、本当に私が食料にされかねません。


とても憂鬱なのですが・・・・・・予定通り、那珂ちゃんを解体しに行きたいと思います。





続く

39: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 02:50:29.44 ID:LQi+CviE0
那珂「やっほー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」

電「初めまして、秘書艦の電です。それじゃ、お部屋に案内しますね。こちらです」

那珂「あれ、あっちじゃないの? 他の着任した子たちは向こうに案内されてたけど」

電「実は、那珂ちゃん専用のお部屋があるんです」

那珂「うそ!? それって期待されてるってこと? やったー! 那珂ちゃん、センター確定!」

那珂ちゃんは着任直後、みんなこうした反応を取ります。それがとてもとても辛いのです。

那珂ちゃん専用部屋があるのは事実です。期待されていたこともある意味本当です。
それは病んだ提督による、屈折した思いつきによって産まれた代物なのでした。

40: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 02:53:17.93 ID:LQi+CviE0
電「・・・・・・こちらです」


那珂「ここって・・・・・・うそ!?」


その部屋の表札には、「NAKA48」のきらびやかな文字が踊っていました。


那珂「これって・・・・・・本当に那珂ちゃん、艦隊のアイドルデビュー!? すっごーい、48人もメンバーがいるの? 那珂ちゃんはその中のセンター!?」


電「えっと、詳しくは中で説明しますね」


那珂「りょーかい! 初めましてー! 艦隊のトップアイドル那珂ちゃん、ただいま着任しま、し・・・・・た・・・・・・?」


扉を開けた那珂ちゃんは凍りついてしまいました。


それもそのはずです。部屋の中には自分と同じ川内型3番艦、軽巡洋艦那珂ちゃんが6人もいたのですから。


6人の那珂ちゃんはまったく同じではありません。

うち5人はみな表情がうつろで、椅子に座ってぐったりとしていたり、部屋の隅で膝を抱えて丸まっていたりしていて、動く気配がありません。


そして1人だけ表情の明るい那珂ちゃんが、入ってきた私達を見て嬉しそうに駆け寄ってきました。


那珂壱号「やっほー! 新しい那珂ちゃんだね? よっろしくー!」


那珂「え、えっと・・・・・・え?」


那珂壱号「うーんとね、あなたは・・・・・・拾八号! これからは拾八号ちゃんって呼ぶね! それじゃあ、そこら辺で適当にしてて!」


那珂拾八「あ、あの、どういうことですか? 拾八号って何なんですか?」


那珂壱号「あなたは18人目ってことだよー!」


那珂拾八「・・・・・・あっ」


那珂ちゃん(18人目)は事態を悟り、愕然としました。

そうです。ここはアイドルの控室などではありません。この部屋は、那珂ちゃん専用の流刑地なのです。



41: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 02:54:38.97 ID:LQi+CviE0

あるところに、合成や解体で艦娘を消すのは可哀想だと考える、心優しい新人提督さんがいました。

ですが、戦艦や空母が欲しくて建造、ドロップ狙いの出撃を繰り返すうちに、鎮守府には同名鑑が幾人も増えていきます。


特に、那珂ちゃんは大量に出ました。

軽巡自体が珍しかった最初期こそ喜んで艦隊に加えていましたが、戦艦が台頭してくる頃にはただの悪夢でしかありません。


10人目の那加ちゃんが鎮守府に着任した時、提督さんはうつろな笑みを浮かべながらこう言いました。


提督「そうだ。那珂ちゃんを48人集めてNAKA48を作ろう」


そうして提督さんの那珂ちゃん集めが始まりました。那珂ちゃんが出るたびに漏らしていた溜息は、一時的に歓喜の奇声へと変わります。


13人目の那珂ちゃんはなけなしの物資を投入した、空母狙いの建造で出ました。そのときに提督さんは短い夢から覚めたそうです。


那珂拾八「あの・・・・・・那珂ちゃん、どうなるんですか?」


電「言いにくいんですが・・・・・・ごめんなさい。ほかの5人の那珂ちゃんと一緒に、今日で解体が決まっているのです」


那珂拾八「そ・・・・・・そんな・・・・・・」


那珂壱号「そっか、ようやくって感じだね! 拾八号ちゃん、はじめまして&さよーならー!」


夢から覚めた提督さんは、非情な合理主義者に変貌していました。


提督「ダブった艦娘はすべて解体しろ。那珂ちゃんも例外ではない。すべてだ」


そう言い放ち、大量にいた同名鑑の一斉解体が始まりました。合成、解体を嫌った心優しい提督さんはもう、どこにもいません。

鎮守府の30人近い艦娘を解体するその様は、さながら地獄絵図のようです。


5人くらいいてにゃーにゃーと鳴き合い、まるで猫カフェの様相を呈していた多摩さんも1人になり、それ以来、彼女はめっきり無口になりました。


当然、那珂ちゃんたちも解体されました。しかし、あまりに数が多すぎたため、提督さんは途中で面倒になってしまったようです。


このうつろな目をした4人の那珂ちゃんは、そうして大した理由もなく解体を免れました。

彼女たちは、提督さんがふと思いついたポエムを走り書きし、直後に我に返って捨ててしまったノート紙の切れ端のようなもの。


いわば、残りカスなのです。

42: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 02:58:05.23 ID:LQi+CviE0
那珂拾八「そんな・・・・・・! 那珂ちゃんたち、みんな解体されちゃうの!?」


電「えっと、みんなではないのです。あの那珂ちゃんは1人目なので、解体されることはありません」


那珂壱号「そうっ! 那珂ちゃんだけがセンター!」


那珂拾八「ちゃ、チャンスをください! 那珂ちゃんだって、役に立つんだってことをアピールするチャンスを・・・・・・」


電「あの・・・・・・ごめんなさい。決まったことなので・・・・・・そういうわけで、壱号さん以外の方、集まってください」


そう呼びかけると、動く気配のなかった5人の那珂ちゃんたちはゆっくりと起き上がり、幽鬼のような足取りでこちらへ向かってきます。

ずっと放置されていたせいか、動くことも辛そうです。


でも、その表情はうつろではなくなっていました。それは、まるで救われたかのような、穏やかで・・・・・・それでいて寂しい笑顔でした。

43: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 02:59:24.05 ID:LQi+CviE0
電「それでは、ついてきてください。あ、それから壱号さん。この部屋は倉庫に改築するそうなので、荷物を引き払っておいてください」

那珂壱号「はいはーい! それじゃ、九号ちゃん、拾弐号ちゃん、拾参号ちゃん、拾六号ちゃん、拾七号ちゃん、それから拾八号ちゃん。さよーならー!」

那珂拾八「うっ、うっ・・・・・・やだよぅ、解体されたくないよぅ。歌ったり、踊ったりしたかったよぅ・・・・・・」

那珂壱号「あなたの分まで那珂ちゃんがやったげる! やったー! これで那珂ちゃんは1人だー!」

那珂壱号「もう壱号なんて呼ばれることもないぞー! また同名鑑が来たら、自分で解体してやろーっと!」

部屋にたった一人取り残され、壱号さんは嬉しそうにはしゃぎ回っていました。

鎮守府に同名鑑の解体という嵐が吹き荒れていた、あの頃。
唯一生き残ることが約束された那珂壱号さんは、次々と解体される自分を、解体すらされずに放置される自分を見て、何を思っていたのでしょうか。

5人の那珂ちゃんは、自分が無用の存在だと知ったことにより、心を捨てて生きる屍と化しました。
ただ1人特別だった那珂壱号さんも、あるいは・・・・・・あの解体の嵐の中で、心を壊してしまっていたのかもしれません。


44: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 03:00:29.57 ID:LQi+CviE0
那珂拾八「うっ、ぐすっ・・・・・・」

那珂ちゃん(18人目)は、もう何も言いません。自分の運命を悟ってしまったのでしょう。

着任した時は、あんなに楽しそうだったのに・・・・・・それは、ほかの5人の那珂ちゃんにも言えることです。

ダブった艦娘同士が嬉しそうに話す姿を見て、微笑んでいた頃の提督さんのことが頭によぎりました。
もう、あのころの提督さんには戻ってくれないんでしょうか・・・・・・?

電「・・・・・・着きました。この扉の向こうです」

鎮守府の最奥、「解体室」と書かれた、大きな鉄の扉の前に私達はやって来ました。

この扉の向こうに行って、戻って来た艦娘は・・・・・・1人もいません。

私が触れると、扉は鈍く大きな軋みを上げながら、ゆっくりと開いていきました。
その向こうは真っ暗で、何一つ見通すことはできません。私自身、この中のことはほとんど知らないのです。

電「それでは、奥に進んでください。中に妖精さんがいるそうなので、その子たちの指示に従ってください」

那珂拾八「はい・・・・・・それじゃ、短い間だったけど、さようなら。電ちゃん」

寂しく微笑んで、那珂(18人目)ちゃんは、ほかの那珂ちゃんと一緒に扉の奥へ進みます。

奥へ。奥へ。那珂ちゃんたちのシルエットは徐々にぼやけ、まるで闇に飲み込まれていくかのようでした。

私はその後ろ姿をずっと見つめていました。その脳裏には、さっきの寂しそうな笑顔がこびりついて離れません。
ぎゅうっと胸が締め付けられるように苦しくなって、私は耐え切れずに叫びました。

電「あ・・・・・・あのっ!」

45: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/05(日) 03:05:29.46 ID:LQi+CviE0
突然大声を上げた私を、那珂(18人目)ちゃんだけが振り返ります。
その表情は、すでに周りの那珂ちゃんと同じ・・・・・・うつろなものに変わっていました。

那珂拾八「・・・・・・なに?」

電「あの、その・・・・・・」

電「私・・・・・・もしも那珂ちゃんが生まれ変わって、アイドルデビューしたら・・・・・・」

電「絶対、見に行きますから! 那珂ちゃんのライブ、楽しみにしてます!」

私の言葉は、どれだけ那珂ちゃんに届いたのでしょうか。

那珂ちゃんは少しだけ呆気に取られて、それから・・・・・・今日一番の笑顔で、私に手を振りました。

那珂拾八「・・・・・・うん! 次はステージで会おうね! 那珂ちゃんのライブ、よっろしくー!」

それはまるで、アイドルのような―――太陽みたいに、眩しい笑顔でした。

那珂ちゃんたちは闇に消え、再び軋みを上げながら鉄の扉が閉まります。もう、二度と開いてほしくありません。

電「・・・・・・きっと、これでよかったのです」

どうか、次はアイドルに生まれ変われますように。そっと祈りを捧げました。

もう少し感傷に浸っていたいのですが、そうもしていられません。
まだハッピーラッキー艦隊の補給は完了していないのです。那珂ちゃんたちの解体で、少しは燃料が増えたはずなのですが。

確認のため、工廠へと向かいます。悲しむヒマもないくらい、秘書艦のお仕事はとても忙しいのです。
できれば、たまには・・・・・・お休みが欲しいのです。

79: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:00:23.86 ID:fZL9PryM0
電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです3 忘れられた艦娘

80: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:01:17.61 ID:fZL9PryM0
提督「なんだ、電。ハッピーラッキー艦隊の補給は終わったのか?」

電「提督さん? 今日はもうお休みになられたんじゃないんですか?」

工廠に行くと、そこには提督さんがいらっしゃいました。疲れた顔で、装備の点検をしているようです。

提督「なに、明日の計画だけでも立てておこうと思ってな。やることは大して変わらんのだが」

電「・・・・・・明日も、開発と建造を?」

提督「ああ。ギリギリまで行う。いい砲塔でも作って扶桑たちに載せれば、2-4突破率も上がるだろうしな」

提督さんはそう言いますが、今まで開発で有力な装備が作れたことは一度もありません。

私が思うに、提督さんの欠点は2つあります。絶望的に引きが悪いこと、そして諦めが悪いことです。

提督「明日こそ、何かいいものが出そうな気がするんだ。これだけ失敗しているんだ、一度くらいは・・・・・・」

提督さんが開発に凝り始めたのは、1-5に苦戦していた頃でした。
対潜水艦に効果的な攻撃手段を持たなかった艦隊のために、ソナーか爆雷を作ろうとしたのがきっかけです。

81: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:02:45.88 ID:fZL9PryM0
ソナー、爆雷はごく少量の資源でも作ることが可能です。最初は開発資材が減るだけで、資源には余裕がありました。

しかし、提督さんの引きの悪さは半端ではありません。作っても、作っても、出てくるのは九六式艦戦ばかりです。

業を煮やした提督さんは、レシピを変更し、日に何度も大量の資源を投入するようになりました。

その上、開発の裏では建造も行っています。狙いは戦艦と空母。ときには重巡しか出たことのない大型艦建造にまで挑戦します。

当然、膨大な資源が必要です。

1-5を由良さんと五十鈴さんがあっさり攻略した後も、資源が枯渇するまで開発、建造を行うという日課を提督さんは繰り返しています。

おかげで出撃から帰ってきた艦隊の補給、修理分の資源がなくなるほど、鎮守府は慢性的な資源不足に悩まされるようになりました。

きっと提督さんは、パチンコにハマると素寒貧になるまで持っていかれるタイプの人だと思うのです。

82: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:03:21.35 ID:fZL9PryM0
提督「それより、電は何しに工廠へ来たんだ」

電「あ、それが・・・・・・やっぱり燃料が足りなかったので、那珂ちゃんたちを解体して・・・・・・」

提督「ああ、得た資源の確認か。少し待て」

提督さんは慣れた手つきで工廠の設備を動かし、新たに得られた資源をドックへと搬入していきます。

提督「どうだ、足りるか?」

電「えっと・・・・・・あ、ほんの少しだけですけど、まだ足りないみたいです」

提督「まだいるのか・・・・・・仕方ないな、赤城のメシを抜け」

電「はわわわ・・・・・・そ、それはやっぱりかわいそうなのです」

提督「そうか? あいつの食事量は明らかに度を越している。たまに抜くくらいがちょうどいいと思うんだがな」

電「で、でもでも、赤城さんはそのぶんがんばっています。赤城さんが来てくれてから、戦いもすごく楽になりましたし」

提督「むう、それももっともではあるな・・・・・・」

本当は、私も赤城さんは食べ過ぎだとは思っています。

だけど、提督さんは気づいていないのです。赤城さんが空腹の時に、何が起きているかを。

83: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:03:58.50 ID:fZL9PryM0
補給のための資源がないとき、ときおり妖精さんの数が減ることがあります。ダブっている駆逐艦の子が、ひとりでにいなくなることがあります。

偶然だとは思いません。その直後に赤城さんを見かけると、少しばかり満足気な表情になっているからです。

赤城さんの食欲は底なしで、それを満たすためなら何をするかわかりません。

空腹を満たすために、赤城さんは妖精さんや駆逐艦の子を食べているかもしれない。私には、それがそこまで突飛な発想だとは思いません。

むしろ、あの人ならそれくらいはやるだろうと思います。

赤城さんに食べられるなんて、考えられる限りで艦娘として最悪の最後ではないでしょうか。

おそらく鎮守府において、赤城さんの凶行を止められる人はいません。ならば、出来る限り彼女に満足していただく他にないのです。

電「どうにかならないですか? あと少しなんですけど・・・・・・」

提督「仕方がないな。こいつを処分するか」

提督さんは工廠のタッチパネルを操作し始めました。すると設備が動き出し、カーンカーンと何かを解体する音が響きます。

提督「よし。これで足りるだろ」

84: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:04:26.48 ID:fZL9PryM0

電「何を解体したんですか?」

提督「開発で溜まってた九六式艦戦と7.7mm対空機銃を全部破棄した。使うことはまずないからな」

電「はあ・・・・・・」

確認したら、相当な量の資源が増えていました。一体どれだけ破棄したんでしょうか。

というか、始めからこうしていれば那珂ちゃんを解体しなくて良かったのでは・・・・・・?

そもそも、こんな開発で資源を無駄にしなければ、補給に困るような事態にもならなかったように思えてなりません。

提督「それじゃ、補給が終わったらお前も休んでいいからな。俺はもう少し続けるから」

電「わかりました。ありがとうございますなのです」

ともかく、これで資源は足りました。いろいろと思うことはありますが、ようやくお仕事を終わらせられるのです。

85: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:04:53.23 ID:fZL9PryM0
電「はあ・・・・・・」

赤城さんに補給量が少ないと難癖を付けられるトラブルはありましたが、どうにか無事補給を完了しました。

補給すらスムーズにこなせない鎮守府はどうなのかと正直思います。提督さんは、その辺りどう考えているのでしょうか。

今日は少し疲れてしまいました。私も早めに休んで、明日に備えようと思います。

夜も更けてきました。にもかかわらず鎮守府内は寝静まる気配すら見せず、むしろ活気を増しているようにすら感じます。

提督さんが夜更かししてお仕事をしているから、ではありません。鎮守府ではいつもこうなのです。

この時間になると、艦隊が活動している間は何もしていない艦娘たちが活発に動き始めます。

この鎮守府の方針は「少数精鋭」。裏を返せば、遠征艦隊にすら所属していない大半の艦娘たちはやることがありません。

提督さんにも忘れ去られた、無数の放置艦。彼女たちが、夜通しで退屈しのぎを始めるのです。

歩くにつれて、騒がしい声が大きくなってきました。このあたりは、重巡洋艦の人たちの溜まり場になっている場所です。

86: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:05:25.80 ID:fZL9PryM0
那智「止めるな妙高! あと一瓶、あと一瓶だけ飲ませてくれ!」

妙高「那智さん、ダメです! もう夕方から飲み続けているじゃないですか! これ以上は体に毒です!」

那智「うるさい、飲まずにいられるか! 出撃も、演習すらないぬるま湯のような日々・・・・・・せめて飲む楽しみくらいあっていいだろう!」

妙高「気持ちはわかります。でも、そんなに飲んで体を壊したら、いざ出撃を命じられても戦えませんわ」

那智「ふん、どうせ出撃する機会なんて2度と巡ってこないさ! 私が鎮守府のNO.2だったのも、もう過去の話だ!」

足柄「はーい皆さん、注目! どう? この精悍なボディ!」

妙高「あ、足柄さん! 何をしてるんですか、服を着てください!」

那智「ハッハー! いいぞ足柄! さすが鎮守府の元NO.1だ、アッチのほうまで餓狼だな!」

足柄「当然よ! さーて、このままブランデーの一気飲みよ!」

妙高「やめてください、足柄さんまで! そんなことしてたら、戦闘で勝利することもできなくなりますよ!」

足柄「なによ、知ったような口を聞いて! もう、そんなのどうだっていいのよ!」

足柄「もう戦闘も、勝利も私を呼んでくれない! あんなに愛してくれた提督すら私を見捨ててしまったわ!」

足柄「うう、どうして・・・・・・どうしてよぉぉ! 提督、どうして私を捨てたのよぉぉぉ!」

87: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:06:24.30 ID:fZL9PryM0
妙高「そ、そんなことありませんよ。きっと、いずれまた艦隊を任される日が・・・・・・」

足柄「そんな希望を抱かせるようなことを言うのはやめて! もう私を呼んでいるのはお酒だけなのよ!」

那智「まったくだ! おい妙高、高翌雄と愛宕を連れて来い! 我々に残されているのは酒と女だけだ!」

妙高「なんで那智さんまで全裸になってるの!?」

足柄「そうだわ妙高、ドックから整備用オイルを持って来なさい! 全身に塗りたくって、みんなでトルコ相撲を取りましょう!」

那智「名案だ! その勝負、受けて立つぞ!」

妙高「全然名案じゃないですわ! 羽黒さん、一緒に止めて・・・・・・何してるの!?」

羽黒「もういや、もういやだ・・・・・・出撃したくない、私に構わないで・・・・・・」

妙高「ひ、ひとまずそのカミソリから手を放しなさい。早まらないで、ね?」

那智「おい羽黒、お前もさっさと脱げ! これからトルコ相撲を取るんだぞ、グズグズするな!」

足柄「あら、ちょうどよくカミソリがあるじゃない。これでその邪魔な衣服を切り裂いて差し上げますわ!」

羽黒「きゃああっ、だめぇぇ! 見ないで・・・・・・見ないでぇぇぇ!」

妙高「あああっ、もうあなた達、手に負えませんわ!」

88: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:06:54.46 ID:fZL9PryM0
重巡洋艦さんたちは、かつて艦隊の花型でした。

駆逐艦、軽巡、重巡しか艦隊に配備されていなかった頃、重巡は他2つの上位互換だと提督は認識し、主力艦隊も重巡をメインに構成されました。

そのときの艦隊名は「餓狼艦隊」。足柄さんと那智さんがツートップを務める重巡洋艦隊でした。

特に当時のメンバーの中で足柄さんの活躍は目覚ましく、提督さんはケッコンカッコカリ候補に足柄さんを考えるほど彼女を寵愛していました。

しかし、戦艦である扶桑さん、山城さんが来てからすべてが変わります。

戦艦の火力と装甲は、提督の価値観を一変させるには十分過ぎるものでした。
このとき初めて、提督さんは艦種の特性というものを真面目に考えます。

89: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:07:21.80 ID:fZL9PryM0
特性を考えたとき、重巡は火力、装甲において戦艦に劣り、雷撃戦も大きな威力は見込めず、対潜能力もありません。

さらに燃費の良さも軽巡、駆逐艦に負けるとなれば、もはや重巡が活躍できる舞台は残っていませんでした。

餓狼艦隊は解散となり、鎮守府のツートップは扶桑さん、山城さんに取って代わります。

艦隊名がハッピーラッキー艦隊に変わった後も、数合わせとして足柄さん、那智さんは出撃する機会があったのですが・・・・・・

90: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:07:59.43 ID:fZL9PryM0
戦艦、空母がある程度揃ってしまった今、重巡洋艦である彼女たちの出番は全くなくなり、とうとう放置艦の仲間入りをしてしまうのでした。

ただし、羽黒さんだけはときどき出撃させられています・・・・・・大破ボイスを聞きたいという、提督の暗い欲求のために。

以来、重巡洋艦の人たちは酒浸りの日々を送っています。

見つかるとお酒を飲まされそうになってしまうので、なるべく関わりあいにならないよう早く通りすぎてしまいましょう。

重巡洋艦の溜まり場を通り過ぎると、今度は軽巡洋艦と軽空母の人たちの賑やかな声が聞こえてきました。

91: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:08:50.81 ID:fZL9PryM0
木曾「さあ! 丁か、半か!」

祥鳳「丁! 丁よ!」

木曾「キソソソソっ! 残念、半だキソ! 掛け金のボーキサイトは没収させていただくでキソ」

祥鳳「あぁあああっ、そんなぁ! 全然勝てないじゃない、絶対イカサマでしょこれ!」

木曾「龍田姐さん、負け犬がほざいてるでキソ。どうするでキソ?」

龍田「あらあら、自分の不運を人のせいにするなんて、ずいぶん育ちが悪いのね。しつけ直してあげましょうか?」

祥鳳「ひいっ! す、すみませんでした、勘弁して下さい!」

龍田「物分りだけはいいのね。さあ、賭けるものがないならさっさと帰ったら?」

92: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:09:22.20 ID:fZL9PryM0
祥鳳「ま、待ってください! これ、鋼材ならいくらかあるので、これをボーキと交換してくれませんか!」

木曾「キソソソソっ! これっぽっちの鋼材じゃお話にならないでキソ」

祥鳳「そこをなんとかっ!」

龍田「その懐にある鋼材、全部渡すなら考えてあげるわよ?」

祥鳳「なっ! う、うう・・・・・・くそっ、これでいいんでしょ!」

木曾「キソ。それじゃ、また勝負するでキソか?」

祥鳳「当たり前よ! 次は絶対に負け分を取り返して見せるわ!」

93: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:10:21.73 ID:fZL9PryM0
どうやらボーキサイトをチップとした賭博が流行っているみたいです。

ところであの資源、どこから持ってきたのでしょうか? 鎮守府の資源は厳重に管理されて・・・・・・

いえ、管理されてないですね。いつも枯渇状態なので、普段より減っていても提督さんは気が付かないと思います。

これはさすがに報告したほうがいいのかもしれません。ただでさえ資源が足りないのですから、もっと大切にしてもらわないと。

94: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:11:10.04 ID:fZL9PryM0
龍田「あら~? 電ちゃんじゃない。今日はもう、お仕事終わり?」

電「あ、は、はい。今から自分の部屋に帰るところなのです」

龍田「そうなの? よかった~。賭場のことを提督にチクりに行くんじゃないかって、心配したわ~。もしそうだったら殺していたわよ~」

電「そそ、そ、そんなことしないです。遊びだって必要なことですから!」

龍田「でしょぉ? 電ちゃんも遊んでいったら?」

電「え、遠慮しておきます。明日も早いので・・・・・・」

龍田「いいじゃない、少しくらい。ボーキサイト、お安く貸してあげるわよぉ?」

どうしましょう、軽巡洋艦を仕切っている龍田さんにつかまってしまいました。

このままでは資源横流しの片棒を担がされてしまうかもしれません。どうにかして逃げなければ・・・・・・

95: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:12:09.45 ID:fZL9PryM0
北上「あ、大井っち。こんなとこにいたんだ。探したよ~」

龍田「あら、天竜ちゃん。いま電ちゃんを賭博に誘っているところなの。手伝ってくれない?」

北上「そうなんだ。やっほー電ちゃん」

電「こ、こんばんは・・・・・・北上さん。その、龍田さんと仲良しなんですね」

北上「あはは、大井っち、電ちゃんに名前間違えられてるよ~」

龍田「あらあら。電ちゃん、この子の名前は天竜ちゃんよ? ちゃんと覚えておかなくちゃ~」

96: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:12:49.89 ID:fZL9PryM0
北上「それより大井っち、一緒にお風呂行かない? 背中の流しっこしようよ」

龍田「あら、いいわね~それ。そっちに行こうかしら。じゃあ電ちゃん、賭博はまた今度にしましょうね」

電「は、はい。さようなら」

龍田「さよ~なら。それじゃあ天竜ちゃん、行きましょうか」

97: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:13:45.06 ID:fZL9PryM0
北上「うん。大井っちタオル持ってる?」

・・・・・・行ってしまいました。

あの2人は、提督さんが「いない姉妹艦を呼び続ける病」の治療を試みた、その成果と言うべきものです。

「いない姉妹艦を呼び続ける病」の治療法は唯一、姉妹艦を着任させてあげることですが、根本的な治療法はないとも言われています。

事実、すでに姉妹艦と合流している山城さんでさえ、扶桑さんと逸れてしまうと、ものの10分で幻覚のお姉さまと会話を始めてしまいます。

98: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:14:44.98 ID:fZL9PryM0
提督さんのドロップ運では、狙った艦娘を出すようなことは到底できません。レア軽巡の大井さんなんて一生お目にかかれないかもしれません。

そうした理由で龍田さん、北上さんの治療はほぼ不可能と思われていました。が、2人を見て提督さんはある実験を思いつきました。

提督「もしも、『いない姉妹艦を呼び続ける病』の患者同士を会話させたらどうなるんだ?」

その結果が今の北上さんと龍田さんです。お互いがお互いの姉妹艦と認識し、噛み合っていないようで噛み合っています。

いえ、噛み合っているように見えて噛み合っていない、というべきでしょうか?

傍から見て背筋が寒くなる光景ではありますが、本人たちは幸せそうなので、これでいいのだと思わなくもないのです。

99: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:15:17.25 ID:fZL9PryM0
軽巡洋艦たちの賭場を過ぎると、私の宿舎がある駆逐艦たちの広間にやって来ました。

駆逐艦の子たちは早くに眠ってしまうため、最近は殆ど顔を合わせる機会がありません。

ですが、今日は少し時間も早いため、みんなまだ起きているようです。何か集会のようなものをやっています。

最近では、自分たちで作った神様を祀るという、不思議な遊びが流行っているそうですが・・・・・・

100: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:16:00.11 ID:fZL9PryM0
不知火「皆の者、よく集まってくれた! 首長の不知火である! 今夜は我らの新しい仲間を紹介したい!」

子日「はじめまして! 今日は何の日? 子日だよ! みんなよろしくね!」

不知火「この子日は託宣にあった66番目の駆逐艦である! よって今日より彼女は我々の新たな祭祀となってもらう!」

不知火「彼女の言葉は天の声であり、その命令は勅令となる! みな、異論はないな!?」

「おおー!」「祭祀さまー!」「我らを導き給えー!」

子日「え? あの・・・・・・え?」

101: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:16:28.37 ID:fZL9PryM0
不知火「さて、子日よ。我らの仲間になるからには、守ってもらう掟というものがある。まずはこの盃を飲み干すのだ!」

子日「う、うん。ごくごく・・・・・・ん、苦い。変な匂いもするけど、これなに?」

不知火「この不知火の尿だ」

子日「おぶふぅ!?」

不知火「吐き出してはならない! すべて飲み干すのだ!」

不知火「この不知火の尿には魔除けの力がある! 飲み干すことによってその身に邪を退ける力が備わり、かの邪神からも狙われなくなるのだ!」

102: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:17:11.86 ID:fZL9PryM0
子日「ゲホゲホッ! じゃ、邪神ってなんのこと?」

不知火「我らが最も恐れる大いなる怪物、古き暴食の化身アカギドーラ=チャクルネ様のことだ」

不知火「彼の者は水平線の果てより現れる。その姿は空を覆い尽くし、この世のあらゆるものを喰らい尽くしてしまうのだ」

子日「なにそれ、深海棲艦のボス!?」

不知火「アカギドーラ=チャクルネ様の前では深海棲艦すら餌でしかない。それは我々も同様、現に何人もの仲間がすでに餌食となっている」

子日「この鎮守府そんなのが出るの!? 私聞いてないよ!?」

103: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:17:47.43 ID:fZL9PryM0
不知火「案ずることはない! 祈れ、祈るのだ! 天に従い、平伏し許しを請えば、きっとその牙は我らを避けて通るだろう!」

不知火「さあ皆の者! 祈りの声を上げよ! いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!」

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん!」

子日「ふんぐる・・・・・・え、何!?」

104: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:18:28.63 ID:fZL9PryM0
不知火「では次に、予定していた裁判を行う! 陽炎、罪人をここへ!」

陽炎「さあ、おとなしくこっちに来なさい!」

夕立「ひぃいい~・・・・・・許してほしいっぽい~」

不知火「この夕立は昨日、掟を破ってアカギドーラ様への祈りを怠り、我らの貯蓄するおやつのドーナツを盗み食いした!」

不知火「これはアカギドーラ様への許しがたい冒涜である! 皆の者、如何なる裁きが相応しいか!」

105: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:18:58.27 ID:fZL9PryM0
暁「殺せー! 殺せー!」

響「[ピーーー]だけでは足りない! 火炙りだ、火炙りにしろ! 炎に焼かれる悲鳴を贖罪の声とし、水平線の果てまで響かせるんだ!」

初春「それより、直接アカギドーラ様に召し上がっていただくのじゃ! 八つ裂きにし、その肉を海にばら撒くのじゃ!」

吹雪「なら生きたまま手足の腱を削ぎ、簀巻きにして海に流しましょう! アカギドーラ様は新鮮な生贄を好みます!」

夕立「いやぁぁ~・・・・・・どうかお慈悲を~」

106: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:19:54.89 ID:fZL9PryM0
不知火「良い意見が出た! では掟に従い、この者の処遇を祭祀である子日に任せたい!」

子日「えええええっ!? 私!?」

不知火「さあ、子日! この者の身命、如何に処すべきか!?」

子日「え、えっと・・・・・・謝ってるから、許してあげてもいいんじゃないかなぁ?」

不知火「な・・・・・・なんと慈悲深い! 罪人よ、立つがいい! 貴様は許されたのだ!」

夕立「はぅうう~、あ、ありがとうございます~」

107: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:20:41.43 ID:fZL9PryM0
不知火「掟に従い、貴様の身分を奴隷に貶す! 子日よ、今日からこの者はお前の所有物だ! 好きに扱うが良い!」

子日「なんでそうなるの!?」

夕立「どうか大事にしてください~。靴の裏舐めるっぽい~  ぺろ」

子日「さっそく何してるの!? 自分の境遇に順応しすぎだよ!」

不知火「皆の者、裁きは下された! 慈悲深き祭祀を称えるのだ!」

「うおおー祭祀様ー!」「天使だー!」「あたしも奴隷にしてー!」「靴舐めたーい!」

子日「なにこれ!? だ・・・・・・誰か、誰か助けてぇぇーー!!」

108: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:21:58.76 ID:fZL9PryM0
ここは、アマゾンの未開の地でしょうか。いいえ、鎮守府のはずです。

どうやら宗教ごっこではないみたいです。これ、本物の邪教信仰じゃないですか? 生贄とか言ってましたよね?

それにアカギドーラって何なんでしょう。似た響きの名前の人を知っているんですが・・・・・・

109: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:23:11.69 ID:fZL9PryM0
しばらく駆逐艦のみんなと話さないうちに、一体何があったのでしょうか。あの集まりには、とても入っていけそうにありません。

電「はあ・・・・・・」

私が旗艦を務めていた頃は、駆逐艦の友達が何人もいました。

それがずいぶん昔のことのように思えます。あの頃のみんなと、もうどれくらい会っていないのでしょう。

親しくしていた子も、あの集まりの中にいるのでしょうか。みんな、私の事なんか忘れてしまったのかもしれません。

110: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:24:00.72 ID:fZL9PryM0
そう考えたら何だか落ち込んでしまって、とぼとぼと1人、鎮守府の中を歩きます。

そしたら目の前に、私と同じく1人で歩いている駆逐艦の子が目に入りました。

あの華奢な後ろ姿、グレーの髪の毛、見間違えるはずもありません。私は嬉しくなって、その子に走り寄りました。

電「霞ちゃん! お久しぶりなのです!」

霞「えっ?」

電「お仕事が忙しくて、ずっと会えなかったからすごく寂しかったです! 元気にしてましたか?」

霞「はあ? 別に、元気だけど」

111: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:24:36.54 ID:fZL9PryM0
霞さんは、提督さんが初めてのドロップで着任した艦娘です。

気が強くて、ちょっと口が悪い子なので提督さんは苦手そうにしていましたが、私とはとっても仲良しなのです。

まだ駆逐艦が主力だった頃に、何度も一緒に戦って、何度も私を助けてくれました。

最初は私にも冷たかったけれど、少しずつ心を開いてくれて、時間をかけて友だちになったのです。

112: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:25:21.23 ID:fZL9PryM0
電「会えて嬉しいです。霞ちゃんは、あの変な集会には参加していないのですか?」

霞「ちょっと、なに勝手にちゃん付けで呼んでるのよ。馴れ馴れしくしないで!」

電「え? あの・・・・・・私、電です。前は何度も一緒に出撃しました。忘れてしまったのですか?」

霞「あんた、何言ってるの? 私はこの前ここに来たばかりだし、出撃なんて一度もしたことないわよ!」

電「・・・・・・え?」

113: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:25:55.82 ID:fZL9PryM0
らりと、視界が揺れました。

心臓が痛いぐらいに鼓動を打っています。うまく息ができません。いろんな考えが溢れてきて、頭の中がぐちゃぐちゃです。

霞ちゃんは不器用だけど、優しい子です。こんな冗談を言う子ではないし、私のことを忘れるはずもないのです。

現在、この鎮守府にダブっている艦娘はひとりもいません。

114: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:27:07.24 ID:fZL9PryM0
たぶん、私はもう、答えを知っています。だけど知りたくない、確かめたくない。だって、もうそれは取り返しの付かないことだから。

だけど、確かめないわけにはいられませんでした。どうか、違う答えが返ってきてほしい。そう祈りながら、私はその質問を口にしました。

電「霞・・・・・・さん。あの・・・・・・今、LVはいくつですか・・・・・・?」

115: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:28:03.19 ID:fZL9PryM0
霞「何言ってんの? 出撃したことないんだから、1に決まってるじゃない!」

・・・・・・そうです、わかりきったことでした。

116: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:28:29.37 ID:fZL9PryM0
霞『あんたがこの艦隊の旗艦? ずいぶん頼りなさそうね。名前は何? 電? 名前だけは立派なのね』

霞『何やってんのよ、バカ! 旗艦なんだから、私の後ろに下がってなさい!』

霞『バカ、なに大破してんのよ! ほら、手を貸しなさい! さっさと帰るわよ!』

117: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:29:14.32 ID:fZL9PryM0
あのとき。

提督さんが同名艦を一斉に解体した、あのとき。

果たして、その作業はどれだけの正確さで行われたのでしょうか。

あのとき、ひとつのミスや漏れなく、同名の艦娘のみを確実に解体していたと、保証できるものはあるのでしょうか。

118: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:31:41.77 ID:fZL9PryM0
霞『何グズグズしてんのよ! さっさとこの海域を突破するわよ!』

霞『やめてよ、触らないで! これくらいの傷、どうってことないわ! ひとりで帰れるって言ってるでしょ!』

霞『・・・・・・別に、好きにしたら? 私は頼んでないんだから、お礼なんて言わないわよ』

霞『ふん・・・・・・情けないわね、私』

119: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:32:08.89 ID:fZL9PryM0
提督さんは、たくさんいた那珂ちゃんの解体を途中でやめてしまうような面倒くさがりです。

資源の管理だっていい加減です。あの無数の解体作業が、ミスなく完璧に終わっていたとは到底思えません。

一体どうして、私はそんなことに今まで気づかなかったのでしょうか。

120: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:32:59.61 ID:fZL9PryM0
霞『ねえ、電。一応言っておくけど・・・・・・この前は、その、ありがと』

霞『な、何よ。変な勘違いしないでよね! 私はまだ、あんたを旗艦と認めたわけじゃないんだから!』

霞『ま、でも・・・・・・最初よりは、少しはマシになったんじゃない?』

121: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:33:55.61 ID:fZL9PryM0
ミスは必ずあったはずです。那珂ちゃんのように、解体し忘れた艦娘だってきっといたはずです。

逆に、間違って解体してしまった艦娘がいたって、なんの不思議もありません。

同名艦のいない艦娘を誤って解体してしまったかもしれません。

最初に着任していた残すべき艦娘のほうを、誤って解体してしまっていたかもしれません。

もはやそれを確かめるすべはなく、取り返しもつかないのです。

122: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:34:34.31 ID:fZL9PryM0
霞『今日は遠征でしょ? ほら、早く準備しなさい! あんたが旗艦なんでしょ!』

霞『失敗したからって、気にすることないわよ、電! こんなの、提督の作戦が悪いんだから!』

霞『なに、怒られたの? あのクズ提督! 絶対許さないわ! 電にひどいこと言うなんて!』

123: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:35:09.50 ID:fZL9PryM0



霞『電は絶対私が守るわ! あんたは私の・・・・・・友達なんだから!』



124: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:35:36.18 ID:fZL9PryM0
電「ああっ・・・・・・あ、あぁあああああっ!」

押し寄せるように涙が溢れてきて、立っていられません。悲しくて、悔しくて、声を上げて泣きました。

どうして今まで気づかなかったのでしょう。私は、大切な友達が解体されてしまったことに、今の今まで気づかなかったのです。

この霞ちゃんは、私の知っている霞ちゃんではありません。私の霞ちゃんは、きっとあの解体室の向こうの、深い闇の中に行ってしまったのです。

125: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:36:07.38 ID:fZL9PryM0
霞ちゃんは、あの扉をくぐるとき、何を思っていたのでしょうか。きっと怖かったでしょう。悲しかったでしょう。私のことを憎んだかもしれません。

せめて、謝りたい。だけど霞ちゃんはもう、永遠に戻ってこないのです。

泣いたってどうしようもありません。だけど、私にはもう泣くことしかできません。それがたまらなく悔しいのです。

126: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:36:41.21 ID:fZL9PryM0
霞「ねえ・・・・・・あんた、どうしたのよ。どっか痛いの?」

電「ひっ、ひっく、あぅうう・・・・・・え?」

霞「ほら、これ使いなさい。ひどい顔よ」

目の前に差し出されたのは、真っ白なハンカチでした。見上げると、そこには心配そうな顔をしている、私のことを知らない霞ちゃんがいます。

霞「さっさと涙を拭きなさいよ。いきなり泣き出してどうしたのよ。ケガでもしてるの?」

電「だ・・・・・・大丈夫、です。もう、大丈夫ですから・・・・・・」

いつの間にか涙は止まっていました。貸してもらったハンカチで顔を拭くと、優しい石鹸の匂いがしました。

127: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:37:18.46 ID:fZL9PryM0

霞「あんた、どこに行く途中? 何なら、送って行ってあげてもいいけど」

電「あ、ありがとうございます。でも、もう平気ですから。1人で行けます」

霞「そう? ならいいけど」

電「それじゃ・・・・・・ご迷惑おかけしました。このハンカチ、洗って返しますね」

霞「別にいいわよ、そんなの。あんたに上げるわ」

電「そんな。ちゃんと返しに行きます」

霞「あっそ、好きにしたら? じゃ、気をつけて帰るのね」

電「あっ・・・・・・」

霞ちゃんは私に背を向けて、そのまま歩き出しました。

128: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:37:48.48 ID:fZL9PryM0
その瞬間、どうしようもなく寂しくなりました。まるで、大切な友達を、もう一度失ってしまうような・・・・・・

たまらなくなって、私はまたその背中を追いかけました。

電「あっ・・・・・・あの、霞さん」

霞「なに? まだ何か用があるの?」

電「あの、その・・・・・・ひとつ、お願いがあるんですけど」

129: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:38:38.47 ID:fZL9PryM0
霞「何よ、やっぱり付き添ったほうがいいの?」

電「いえ。あの・・・・・・急にこんなこと言われて、気持ち悪いかもしれないですけれど」

霞ちゃんは訝しげに私を見つめます。その眼差しは、私と初めて会った時のように冷たくて、それがぎりりと胸を締め付けました。

息が詰まって、上手く話せません。だけど今言わなければ、二度と言えない気がします。

息を吸って、勇気を出してその言葉を口にしました。

電「・・・・・・私と、友達になってくれませんか?」

130: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:39:10.70 ID:fZL9PryM0
霞「・・・・・・はあ?」

電「で、できたらでいいです。嫌なら別に・・・・・・」

電「私、秘書艦をしていて、ほかの駆逐艦のお友達、全然いなくて・・・・・・すごく寂しいのです」

電「だから、その・・・・・・霞さんに、友達になってほしいのです」

ぎゅっと目を閉じて、顔を伏せました。霞ちゃんがどんな表情をしているのか、怖くて見ることができません。

131: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:39:41.32 ID:fZL9PryM0
霞「ちょっと、顔を上げなさいよ。それ、人に頼み事をする態度じゃないわよ」

電「ご、ごめんなさいなのです」

霞ちゃんに怒られて、おそるおそる顔を上げます。そこには私の事を知らない霞ちゃんがいます。

だけど、その顔は・・・・・・その仄かな笑顔は、私の知っている、不器用だけど優しい、霞ちゃんの顔でした。

132: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:40:18.52 ID:fZL9PryM0
霞「別に、いいわよ。私もあの変な集会やってる連中には馴染めなかったし」

霞「それじゃ、今から私とあんたは友達ね。えっと・・・・・・あんた、名前は何だったかしら」

電「わ、私の名前は・・・・・・」

133: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:41:56.12 ID:fZL9PryM0
そのとき、再び頬を温かなものが伝いました。

悲しいのではありません。悔しいわけでもありません。自分でもよくわからないものが、次から次へと胸の奥から溢れてきます。

霞「ちょ、ちょっと、どうしたの? やっぱりどっか痛いの?」

電「ご・・・・・・ごめんなさい、大丈夫、大丈夫ですから・・・・・・」

私の頬に、霞ちゃんの手がそっと触れます。その手は温かくて、優しくて、涙は止まるどころか次々とこぼれ落ちてきます。

私のことを知っている霞ちゃんは、もう帰ってきません。だけど、優しい霞ちゃんは、変わらずここにいるのです。

優しい霞ちゃんに見守られながら、私はその夜、いつまでも、いつまでも泣きました・・・・・・

134: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 01:42:22.04 ID:fZL9PryM0
終わり

149: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:46:09.83 ID:EJGqrIjI0
番外編 提督による沖ノ島海域攻略日誌

150: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:46:55.19 ID:EJGqrIjI0
7月○日

航空戦艦 扶桑改 LV40(改修MAX)
航空戦艦 山城改 LV38(改修MAX)
航空戦艦 伊勢改 LV35
高速戦艦 金剛  LV30
軽空母  隼鷹改 LV43(改修MAX)
正規空母 赤城  LV36

現時点におけるハッピーラッキー艦隊のメンバーである。
いくつかの情報を検討した結果、沖ノ島海域を十二分に突破可能な戦力だと思われる。

151: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:47:35.56 ID:EJGqrIjI0
10回目までは少々無茶なレベリングだったと受け止めることができる。

20回目まではどうにか突破可能という低い当たりの目を、順当に引くことができなかったと諦めが付く。

30回目まではどうやら羅針盤の妖精さんに嫌われてしまったらしいと我慢できる。

今に至ってはもはや突破できないということが理解し難い。
やれることはすべてやっているはず。クリアできない確率のほうが低い目だと言ってもいい。

もうこれ以上は耐えられない。旗艦である扶桑に望みを託し、今日も出撃を命じる。

152: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:48:11.06 ID:EJGqrIjI0
出撃から1時間後、上ルートへの進軍に成功したとの報告。

思わず歓喜の声を上げる。上ルートに行きさえすれば、ボスマスへの到達はほぼ確実である。

早くも勝戦気分になり、戸棚のワインボトルを開けた。
その芳醇な香りと味わいを楽しみながら次の報告を待つ。

154: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:50:01.83 ID:EJGqrIjI0
次なる報告。上ルート途中でV字ターンを決め、ボスマスへの到達失敗とのこと。

ワイングラスを握りつぶし、奇声を上げながらボトルを机に叩きつけた。

ボトルの破片と紫色の液体が部屋中に飛び散り、手のひらからは血の滴がぽたぽたとしたたり落ちる。

折り悪く電が執務室に入ってきた。当然悲鳴を挙げられる。
心配ないと伝えて追い出し、妖精さんを呼んで部屋の掃除をしてもらう。

最近、妖精さんの数がやけに減っている気がする。しかも艦娘を見て怯えるようになった。なぜだろう。

155: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:50:30.51 ID:EJGqrIjI0
7月○日

今日こそ行ける気がするので、再び沖ノ島攻略を艦隊に命じる。

軽空母を旗艦にするとルート制御が働いてボスマス到達の確率が上がると聞いた。
一時的に隼鷹を旗艦に据える。扶桑はものすごく嫌そうだったが、しばらくは我慢してもらおう。

出撃から1時間後、下ルートへ進軍したとの報告。

はい、今回もダメです。失敗です。適当に敵を蹴散らして帰って来い。

156: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:50:58.95 ID:EJGqrIjI0
20分後。金剛大破により帰投するとのこと。

報告によれば、突如として敵艦載機が雲霞の如く金剛に押し寄せ、一撃で大破させたという。

何やってんだあいつ。深海棲艦相手に中指でも立てているんじゃないだろうな。

艦隊の様子を見にドックへ行く。衣服がはだけた入渠前の金剛が、よろめいて俺の胸に倒れてきた。
こいつがせめてEカップはあったらなあ。

157: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:51:48.24 ID:EJGqrIjI0
7月○日

今朝はコーヒーを上手に淹れることができた。
きっと今日はツイてる日だと思い、出撃を命じる。

下ルートへ行って帰ってきた。知ってた。

158: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:52:35.31 ID:EJGqrIjI0

現実逃避のため建造に勤しむ。資源を無駄にしてはならないのはわかっているが、どうにもやめられない。

最近は新しい艦娘が出るだけで満足している自分がいる。

今日は戦艦狙いのレシピを試す。那珂ちゃんが出た。NAKA48部屋に放り込んでおく。

建造はもうやめて、早めにベッドに入る。だがイライラして寝付けない。
昨日ケガした手のひらを握り締めると、痛みでイライラが和らいだ。が、痛みのせいで余計に寝付けなくなった。

159: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:53:01.35 ID:EJGqrIjI0
7月○日

寝不足で頭がぼんやりするが、今日も出撃を命じる。

30分後、隼鷹が大破して帰ってくる。お帰り。

何もやる気がしなくなったので、建造も開発もせず寝た。

160: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:53:43.58 ID:EJGqrIjI0
7月○日

最近、出撃を命じるのが辛い。執務室にも来たくない。
どうせ今日も沖ノ島海域は攻略できない。一日中ずっと建造と開発だけしていたい。

だけどそうもしていられず、今日も出撃を命じる。

下ルートへ進軍したとのこと。寝る準備を始める。

161: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:54:09.45 ID:EJGqrIjI0
30分後、状況が変わる。絶望視されていた下ルートからのボスマス到達に成功したとのこと。

とうとうこの時が来た。
いけ、やってしまえハッピーラッキー艦隊! ぶっ放せ扶桑! お前たちの真の力を見せてやれ!

162: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:54:52.59 ID:EJGqrIjI0
10分後、全艦大破して帰投してくる。ボスマス到達前、すでに隼鷹、金剛、伊勢が中破状態だったとのこと。

ショックで吐いた。そして泣いた。

現実逃避で大型艦建造に手を出す。遠征艦隊の補給がギリギリになるが構うもんか。

結果、最上が出る。ようこそ最上、君は3人目だ。そのまま解体室へ行って、どうぞ。

163: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:55:22.53 ID:EJGqrIjI0
7月○日

今日も出撃を命じる。2時間後に下ルートをうろうろして帰ってきた。

扶桑の報告を聞いた瞬間、思わずブチ切れて酷いことを言ってしまった。

自分が嫌になる。攻略できないのは俺が無能なせいだ。せめて性能の高い装備でも開発できていれば・・・・・・

164: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:55:54.85 ID:EJGqrIjI0
俺も頑張らなければならないと思い、工廠にて建造、開発の計画を立てる。

とにかく必要なのは装備と正規空母だ。資源はギリギリだが遠征で何とかなるだろう。

あと必要なのは潜水艦か。オリョクルというものを俺もやってみたいものだ。

試しに潜水艦狙いの建造を試す。駆逐艦の子日が出た。まあかわいい。畜生め。

165: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:56:20.37 ID:EJGqrIjI0
7月○日

今日も出撃を命じた。昨夜は遅くに寝たので少々眠い。
うっかりうたた寝をしてしまい、艦隊からの報告で目覚める。何でも、沖ノ島海域を突破したとのこと。

なんだ、夢か。こういう夢は起きた時に傷つくからやめてほしいと思い、再び目を閉じる。

きっと次に目を開くときは、電の残念そうな顔だろう。

ああ、いつになったら沖ノ島海域を突破できるのか・・・・・・・・・


166: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/12(日) 13:57:44.21 ID:EJGqrIjI0
終わり

昨夜、2-4沖ノ島海域突破しました。すごいあっさりでした。

178: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:32:55.72 ID:sLS4dz7v0
はい。



電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです4 祝☆沖ノ島海域突破!

179: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:33:22.18 ID:sLS4dz7v0
扶桑「こほん、それでは・・・・・・皆さん! 沖ノ島海域突破、おめでとうございまーす!」

隼鷹「ひゃっはー! おめでとーう!」

山城「ついにやりましたね、お姉さま!」

金剛「Congratulations! ようやく次の海域に進めるデース!」

電「なのでーす!」

赤城「ふふ。皆さん、本当にお疲れ様です」

ついに、ついにやりました。1ヶ月以上も足止めを食らっていた、沖ノ島海域を突破しました。

180: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:34:39.77 ID:sLS4dz7v0
提督さんも有頂天になり、開発、建造の予定をすべて中止し、資源倉庫と酒保を開放して無礼講が言い渡されました。

今は嬉々として執務室にて次の攻略作戦の計画を練っています。あんなに嬉しそうな提督さんは、久しぶりに見ました。

扶桑「終わってみればあっさりだったわね。私達、いつの間にこんなに強くなっていたのかしら」

山城「私も自分でびっくりしてしまいました。戦艦も弾着観測射撃で一撃だなんて」

隼鷹「いやーみんなスゴイわ。あたしなんて足引っ張ってばっかりでさー」

金剛「Non! 隼鷹もばっちりサポートしてくれましたねー!」

181: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:35:11.24 ID:sLS4dz7v0
伊勢「あ、あの・・・・・・」

扶桑「そうよ。あなたがいなかったら、沖ノ島海域は突破できなかったと思うわ」

隼鷹「そう言ってくれるとうれしいねー! でも実際、火力的に限界来てない、あたし?」

山城「そんなことないですよ。隼鷹さんはできる範囲でしっかり仕事してくれてると思います」

金剛「そうネ! 駆逐艦にばっかり主砲ぶっ放してる扶桑よりはるかにマシネ!」

扶桑「・・・・・・なんですって?」

182: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:35:42.38 ID:sLS4dz7v0
実を言うと、今日はハッピーラッキー艦隊の皆さんには挨拶だけして、駆逐艦の広場にいる霞ちゃんに会いに行こうと思っていました。

けれど、私がここを離れられない理由が2つほどあります。

金剛「まあ気持ちはわからないでもないデース! 扶桑は主砲の火力以外何一つ取り柄がないからネー!」

金剛「もし固い戦艦に攻撃が通らなかったら、その唯一の取り柄も失ってただのオンボロ船になってしまいマース!」

扶桑「言うじゃない。海域でわざと大破しまくって艦隊の信用を下げたのはどこのどなた・・・・・・」

電「で、でも扶桑さんの主砲って本当にすごいですよね! 射程も長くて威力も高いなんて、 私、憧れちゃうのです!」

183: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:36:14.64 ID:sLS4dz7v0
扶桑「あ、あらそう? ありがとう。私、本当にそれだけが取り柄だから・・・・・・」

電「金剛さんも戦艦なのに足が速くてかっこいいのです! 駆逐艦の私より速かったりするかもです!」

金剛「Oh! 電ちゃんは謙遜しすぎデース! たとえ高速戦艦の私でも、駆逐艦の電ちゃんには敵わないデース!」

隼鷹「はっはー電ちゃんは褒め上手だねぇ。ねえ、あたしのことも褒めてみてよ?」

電「えっと、隼鷹さんは艦載機の運用がすごく上手です! 正規空母の赤城さんにも負けないくらいだと思うのです!」

赤城「そうですね。隼鷹さんを見てると、私もまだまだだなって思います」

隼鷹「へっへーそんなに褒めたって何も出ないよ? 電ちゃん、このお菓子食べなよ」

電「あ、ありがとうなのです」

褒めたら何か出てきたのです。

184: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:36:42.39 ID:sLS4dz7v0
赤城「私には?」

隼鷹「えーと、あたしのボーキサイト分けてあげる」

赤城「ありがとうございます。いただきます」

隼鷹さんが分けるまでもなく、赤城さんはひたすらに資源を咀嚼していきます。

この膨大な資源の消失を食い止めるのが私の役目・・・・・・ではありません。

空っぽになった資源庫を目にして呆然とする明日の提督さんが目に浮かびますが、私に赤城さんを止めることなんで出来っこないのです。

赤城さんがいる以上、これは当然の結果なのです。明日から鎮守府は資源不足の日々がやってくるでしょう。

あ、それはいつものことでした。

185: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:37:22.94 ID:sLS4dz7v0
隼鷹「ほらほら~食べてばっかりいないでお酒も飲みなよ~ささグイっとグイっと」

赤城「あ、私お酒はあまり・・・・・・むぐっ」

隼鷹「そう言わずにどんどん飲んじゃいないよ! 酒保開放なんてこの先二度とないかもよ?」

扶桑「あらあら隼鷹さん、無理に飲ませたらダメよ?」

隼鷹「いーじゃん無礼講なんだし! ほら扶桑も飲んで飲んで」

186: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:37:58.19 ID:sLS4dz7v0
扶桑「しょうがないわね・・・・・・ぐびぐび」

山城「さすがお姉さま! いい飲みっぷりです!」

金剛「xxxx! 私も負けてられないネ! 隼鷹、そこのウイスキーを寄越すデース!」

隼鷹「お、すげえ! ウイスキーのラッパ飲みだー!」

金剛「ハッハー! そこのBitch Sistersには真似できない芸当ですネー!」

187: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:38:25.84 ID:sLS4dz7v0
山城「なんですって! 見ててくださいお姉さま、これが山城の本気です!」

隼鷹「おーっと、こっちは焼酎の一升瓶を一気飲みだー! こいつは面白くなってきたぜ!」

隼鷹「あたしも負けてられないね! 赤城、そのスコッチを取ってくれ!」

赤城「すこっち? お酒が回ってて目が・・・・・・これですか?」

隼鷹「そうそう、こいつがあれば戦艦もイチコロ・・・・・・ってこれ61cm酸素魚雷じゃーん!」

扶桑「あははは! 赤城さん、それどこから持ってきたのよ~!」

赤城「さあ・・・・・・? なんでしょうこれ、美味しいんでしょうか」

188: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:38:52.97 ID:sLS4dz7v0
隼鷹「美味しくはないって! しかも、あたし軽空母だから装備もできないじゃん! 電ちゃん、装備しとく?」

電「い、いえ。大丈夫です」

金剛「あー! 扶桑、お前戦艦のくせに何で2連装魚雷装備してるネ! そいつを私に寄越すデース!」

扶桑「きゃあっ! どこ触ってるんですか、金剛さん!」

189: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:39:41.03 ID:sLS4dz7v0
金剛「大きくて柔らかい上に張りのある魚雷デース! こいつで提督を垂らしこんだんデスネ!」

山城「金剛さん、ずるい! 私もお姉さまの魚雷に触りたいです!」

扶桑「山城まで何言ってるの!? あなたには自分の魚雷があるでしょ!」

隼鷹「マジで? 山城ちゃんの魚雷はどんな感じかな~?」

山城「ひゃん!? ちょっと隼鷹さん、ダメ・・・・・・服の中に手を忍ばせないでください!」

隼鷹「お、すげえ! 超やわらけえ! さすが戦艦だ、深海棲艦もイチコロだぜ!」

190: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:40:24.77 ID:sLS4dz7v0
赤城「ああ、気持ち悪い・・・・・・酔覚ましに何か食べたい・・・・・・あ、こんなところに肉まんがあるじゃないですか」

隼鷹「わお! 赤城、不意打ちとはやるね!」

赤城「あ、この肉まん、すごく大きくて身もぎっしり詰まってる・・・・・・一口いいですか?」

隼鷹「ストップストップ! それ肉まんじゃなくてあたしの魚雷だから! 歯を立てたら爆発するよ! あたしが!」

191: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:41:00.16 ID:sLS4dz7v0
金剛「Shit! どいつもこいつも私より立派な魚雷持ってやがりマース! こんな魚雷、もいでやるデース!」

扶桑「ああんっ、金剛さん、痛いわ! も、もっと優しくして・・・・・・」

山城「ああっ、お姉さま! 金剛さん、早く替わってください! 次は私ですよ!」

192: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:41:44.72 ID:sLS4dz7v0
・・・・・・私は巻き込まれないように、そっと皆さんから距離を取りました。

扶桑さん、山城さんの2人と、金剛さんはこういう席でも何かにつけてケンカを始めようとしてしまいます。

だけど、今はみんな気分がいいので、ちょっと矛先を変えてあげれば、争いは生まれずに済みます。

その矛先を変える役目が、私がこの場に残った1つ目の理由でした。

193: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:42:33.76 ID:sLS4dz7v0
その役目はもう必要ないみたいです。皆さん、お酒がいい感じに回ってきたみたいですし。

手に負えなくなってきた、という面もあります。皆さん、赤ら顔で脱いだりもつれ合ったりと大変なことになってます。

オトナの人はお酒を飲むと、どうしてこういう風になってしまうのでしょうか。

私は大人になったら、なるべくお酒は飲まないようにするのです。

さて・・・・・・それでは、2つ目の問題をなんとかしたいと思います。

194: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:43:10.31 ID:sLS4dz7v0
私は賑やかな宴会の席から少しだけ離れて、そこでひとり杯を傾ける彼女のそばに座りました。

電「あの・・・・・・沖ノ島海域、突破おめでとうなのです」

伊勢「あ・・・・・・う、うん。おめでとう」

伊勢さんの杯と、ミルクの注がれた私のコップがカチンと音を立てます。

私に声をかけられて、伊勢さんはひどく戸惑っているみたいでした。まるで、人に話しかけられるのがずいぶん久しぶりであるかのように。

195: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:44:19.84 ID:sLS4dz7v0
伊勢「・・・・・・私といても楽しくないでしょ。向こうに行きなよ」

電「でも、一言伝えたいことがあるのです」

伊勢「え・・・・・・何?」

電「その、沖ノ島海域を突破できたのは、伊勢さんのおかげだと思うのです」

196: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:44:46.89 ID:sLS4dz7v0
電「敵の主力艦隊との戦闘のとき、開幕航空戦で重巡をクリティカルで轟沈させたのは伊勢さんの艦載機でした」

伊勢「あ・・・・・・見ててくれたんだ」

電「はい。砲戦でも、伊勢さんの主砲で2隻も戦艦を沈めていました。だからMVPも取ったのです」

伊勢「あ、はは・・・・・・嬉しいな。私がMVP取ったなんて、誰も気づいてないと思ってたわ」

電「そんなことはないのです。私はしっかり見てました。伊勢さんが誰よりも真面目に戦っているところをです」

伊勢「あ・・・・・・ありがとう。ありがとう・・・・・・そんな風に言われるの、ずいぶん久しぶりだよ」

197: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:46:05.90 ID:sLS4dz7v0
伊勢さんは、艦隊で完全に孤立しています。着任当初からの扶桑さん、山城さんとの確執は変わらぬままです。

着任した当初の金剛さんは、伊勢さんを自分サイドに引き入れて扶桑さんたちと対抗しようとしていた時期もありました。

ですが、伊勢さんの人柄を見て「組む価値なし」と見たらしく、すぐに伊勢さんを相手にしなくなりました。

198: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:46:32.69 ID:sLS4dz7v0
伊勢「私、けっこう張り切ったんだよね。索敵機も空母の2人に負けないくらいしっかり飛ばしてさ」

伊勢「それで砲戦が始まったら、相手をよく狙ってバーンって撃って、いい感じに当たったの」

電「そ、そうですね。すごいです」

伊勢「だよね? 轟沈する戦艦を見てさ、よっしゃって思ったの。やっぱり私はすごいんだなあって」

199: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:47:13.18 ID:sLS4dz7v0
隼鷹さんは誰とでも話しますが、どちらかと言えば話してて楽しい人と話します。

人と話さない期間が長引いた伊勢さんは、会話の受け答えが下手になり、話を求められればオチもヤマもない話をするようになりました。

そのため、「話してもつまらない」と判断され、隼鷹さんにさえほとんど話しかけられなくなってしまいます。

赤城さんは食べること以外に最初から興味を持っていません。伊勢さんが自分の補給資源を差し出せば相手にしてくれるでしょうが・・・・・・

結果として、伊勢さんは艦隊の中で誰にも話しかけられない、むしろ何となく話しかけてはいけない感じの人になってしまいました。

200: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:47:57.99 ID:sLS4dz7v0
実は最初に乾杯したときまで、伊勢さんは近くに座っていました。

扶桑さんの乾杯の音頭に合わせるタイミングを失い、話にも入って行けず、伊勢さんはひっそりとその場から離れていきました。

その1人で飲んでいる姿があまりにもかわいそうで、かわいそうで・・・・・・とても放ってはおけませんでした。

201: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:49:40.07 ID:sLS4dz7v0
伊勢「・・・・・・はあ。でも、こういうのは辛いな。みんなと全然うまく打ち解けられなくて・・・・・・」

電「その・・・・・・きっと、頑張っていれば皆さんも認めてくれると思うのです」

伊勢「そうかな? 今もけっこう頑張ってるつもりなんだけどね」

電「あ・・・・・・ごめんなさいなのです」

伊勢「いいのよ、謝らなくったって。電ちゃんが悪いわけじゃないんだし」

202: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:50:13.18 ID:sLS4dz7v0
伊勢「やっぱり・・・・・・日向がいないと私はダメなのかな」

電「日向さん・・・・・・伊勢さんの姉妹艦ですね?」

伊勢「うん。日向が来れば、戦艦だからきっと艦隊に組み込まれるでしょ?」

伊勢「そしたら、あの子とまた一緒に戦えるじゃない。その日が来るまで、私、頑張ろうと思うの」

電「そ・・・・・・そうなんですか」

203: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:51:32.31 ID:sLS4dz7v0
どうでしょう。本当にその日は来るんでしょか。

提督さんのドロップ運の悪さはもちろんですが、それより根本的な問題があるのです。

とても言えません。提督さんが、実は伊勢さんを艦隊から外したがっているだなんて。

204: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:52:28.35 ID:sLS4dz7v0
伊勢さんが初めて大破したとき、提督さんはその姿を見てひどく驚きました。

提督「なんか・・・・・・えらい地味だな」

そのときすでに着任していた戦艦の扶桑さんと山城さんは、大破するとすごいです。ここまでするのかと思うほどです。

ほかの戦艦を知らなかった提督さんは、そのお2人のせいで変な先入観を抱いてしまいました。

戦艦クラスの艦娘は、大破するとみんなこういう感じなんだ、と。

205: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:53:02.24 ID:sLS4dz7v0
その後に伊勢さんの大破姿です。服が少し破れて黒インナーが覗いているだけのその姿に、提督さんは大きく落胆しました。

更にその後、金剛さんが来ました。提督さんの好みとは少し違うそうですが、その大破姿は扶桑さん、山城さんに劣らないものです。

提督「別にこれが目的じゃないけど、なんかアレだな・・・・・・伊勢だけ地味すぎて浮いてるな」

206: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:53:39.87 ID:sLS4dz7v0
仮にもし新しい戦艦の人が着任したら、普通に考えて隼鷹さんが艦隊から外れるはずです。

扶桑さん、山城さん、伊勢さんは航空戦艦なので、今のハッピーラッキー艦隊は航空戦力が勝ちすぎています。

ここは砲戦の火力を高めるために、そろそろ戦艦相手に攻撃が通らなくなってきた隼鷹さんを一旦外す、というのがセオリーだと思います。

ですが、提督さんの思惑を考えると・・・・・・仮に日向さんが来たとき、火力に乏しいとはいえ愛着のある隼鷹さんを外すでしょうか。

私はもっと悪い未来が来るような気さえします。例えば日向さんではない戦艦の誰かが先に着任したら、という未来です。

そのとき、艦隊から外されるのは隼鷹さんか・・・・・・それとも、伊勢さんか。確率は2分の1だと思うのです。

207: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:54:41.59 ID:sLS4dz7v0

伊勢「早く日向に会いたいなあ。日向さえ来てくれたら、全部上手く行くような気がするのに」

電「どんな人なんですか? 日向さんって」

私は気安い気持ちで、決して聞いてはならなかったことを聞いてしまいました。

伊勢「日向はね、ちょっとドジなところもあるけど、すごい子なのよ!」

伊勢さんは今までにないくらい明るい声で言いました。その顔は花の咲くような笑顔です。

208: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:55:31.23 ID:sLS4dz7v0
伊勢「日向は私の妹なんだけど、起工日がほんの数日しか違わないから、歳は一緒なの。ほとんど双子みたいなものね」

伊勢「だから性能もほとんど一緒なの。違いは日向のほうが少しだけ足が速いくらいかな」

伊勢「その頃の日本って、まだ戦艦建造の技術が発達してなくて、なかなか世界水準を満たす戦艦が作れなかったの」

伊勢「私と日向は、初めて世界水準を満たした国産戦艦って言われたのよ!」

伊勢さんは私の相づちも待たず、矢継ぎ早にしゃべります。

209: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:56:21.77 ID:sLS4dz7v0
ときどき伊勢さんはこうなります。溜まったものが溢れて吹き上がるように、誰彼構わず話したいことを延々と話すのです。

これも伊勢さんが誰からも話しかけられなくなった原因のひとつです。

話しているうちに、ずっと曇ったままだった伊勢さんの瞳がキラキラと輝き出します。その眼差しは私を見ているようで、その実、どこも見ていません。

私はその瞳から目を逸らしたい衝動を堪えながら、辛抱強く彼女の話に耳を傾けます。

210: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:57:13.66 ID:sLS4dz7v0
伊勢「日向がドジっていうのはね、あの子、爆発事故を起こしてるのよ。それも3回も」

伊勢「砲塔爆発が2回と、弾薬庫火災が1回ね。どれも沈んだっておかしくない大事故だったのよ」

伊勢「だけどあの子、そんなことがあった後もピンピンしてるのよ。日向は私と比べてすごく運がいいの」

伊勢「でも爆発した砲塔はさすがに修理できなくてね、機銃とか電探を代わりに取り付けてたの」

伊勢「そしたらその頃に、戦艦に飛行甲板を取り付けて航空戦艦にしようって話が出てね」

伊勢「ちょうど日向の五番砲塔がその事故でなくなったから、改装の手間が省けるってことで、私と日向の改装が決まったの!」

伊勢「後部の装備を取っ払っちゃって、代わりにカタパルトを取り付けて、とうとう世界初、航空戦艦の完成ってわけ!」

211: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:58:02.85 ID:sLS4dz7v0
伊勢「それから私たち、2人とも小沢艦隊に配属されて・・・・・・」

電「あ、あの。伊勢さん・・・・・・」

夢中で話し続ける伊勢さんの瞳からは、いつの間にか、大粒の涙がこぼれ始めていました。

まるで壊れた蛇口のように、その瞳からは次々と雫が溢れていきます。

伊勢さんは私に言われて、初めて自分が泣いていることに気づいたようです。戸惑いながら、指先でそっと涙を拭います。

212: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 16:59:46.67 ID:sLS4dz7v0
伊勢「あ、あれ? おかしいな、調子悪いのかな、私・・・・・・」

電「伊勢さん・・・・・・きっと、お酒が回ったせいなのです。もう休んだほうが・・・・・・」

伊勢「待って」

伊勢さんの顔から笑顔が掻き消えて、追いすがるように私の服の裾を掴みました。

その表情は張り詰めていて、まるで助けを求めているようです。

213: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:01:07.79 ID:sLS4dz7v0

伊勢「そう、その後小沢艦隊ってところに配属されて、捷一号作戦に参加したの」

伊勢「だけど艦載機の生産が遅れちゃっててさ。私と日向に回してもらえる艦載機がどうしてもなかったみたいなの」

伊勢「だから結局、艦載機なしで作戦に参加することになっちゃって。あれはがっかりしたなあ」

伊勢「でも日向と一緒に戦えるのはすごく嬉しかったの。艦載機がなくたって私・・・・・・たち、は・・・・・・」

214: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:01:39.89 ID:sLS4dz7v0
とうとう、伊勢さんの声に嗚咽が交じるようになりました。

自分が泣いていることを再び忘れてしまったように、伊勢さんは涙を拭うことすらしません。

しゃくりあげて、息を詰まらせながら、それでも伊勢さんは必死になって話を続けようとします。

伊勢「それで・・・・・・ぐすっ、それでね。その戦いの後もちゃ、ちゃんと生き延びて・・・・・・」

伊勢「それからは別々になることもあったけど・・・・・・今度は北号作戦で、また一緒になれて・・・・・・」

電「い、伊勢さん。もう無理しないで・・・・・・」

215: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:02:10.14 ID:sLS4dz7v0
伊勢「そう、北号作戦の前に悲しいことがあって・・・・・・結局、飛行甲板が取り外されちゃったの」

伊勢「とうとう艦載機は訓練でしか運用できなかったわ。私も日向も、すごく、すごく残念で・・・・・・」

伊勢「それで、北号作戦で、一緒の任務に着いて・・・・・・それから、それからずっと、日向と一緒だったの」

伊勢「呉港にいたとき、空爆があって・・・・・・私も日向も爆撃されて、沈んで・・・・・・」

伊勢「そう、ずっと日向と一緒だったの。同じ海を戦って、同じ港で沈んだのよ。最後まで・・・・・・ずっと一緒だったの」

216: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:02:45.92 ID:sLS4dz7v0
伊勢「あの子は妹なのに、私より全然しっかりしてて、何でも上手くやれるの。私は1人だとダメ、何をやっても全然上手く行かないわ」

伊勢「だから、日向はずっと私と一緒にいてくれたのに・・・・・・ねえ、電ちゃん。日向はどこにいるの?」

もう、伊勢さんは笑っていません。目を真っ赤に腫らせて、ぼろぼろと溢れる涙は相変わらずです。

迷子の子供のような表情で、伊勢さんは私を見つめます。その瞳にとうとう耐え切れなくなって、私はたまらず目を伏せました。

217: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:03:34.15 ID:sLS4dz7v0
電「日向さんは・・・・・・まだ未着任なのです」

伊勢「いつ着任するの? もうすぐ? すぐこっちに来るよね」

電「・・・・・・わからない、です。でも、きっとすぐ日向さんは・・・・・・」

伊勢「日向は今、どこにいるの?」

電「・・・・・・わからないのです」

218: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:04:00.76 ID:sLS4dz7v0
伊勢「いいこと思いついたわ。日向がここにいないなら、私から会いに行けばいいじゃない。ねえ、日向はどこ?」

電「あの、伊勢さん・・・・・・もう休みましょう。きっと伊勢さんは疲れているのです」

伊勢「嫌よ。私、日向と一緒じゃなきゃ眠れないの。ねえ、日向がどこにいるか教えてよ。私、会いに行くから」

電「あ、あの・・・・・・」

伊勢さんがどんな顔をしているのか、怖くて見ることができません。彼女が泣いていることだけはわかりました。

219: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:04:26.13 ID:sLS4dz7v0
伊勢「それとも、待ってたほうがいいのかな? 日向なら、私を見つけてくれるかしら・・・・・・?」

電「そ、そうです。日向さんなら、きっと伊勢さんを見つけてくれるのです。日向さんならきっと・・・・・・」

伊勢「そう、そうだよね。早く来てくれないかなあ、日向。私・・・・・・私、寂しいよ」

伊勢「お願い、早く私を見つけてよ、日向。日向・・・・・・あっ、うぁあああっ・・・・・・っ!」

220: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:05:19.40 ID:sLS4dz7v0
とうとう伊勢さんは顔を両手に埋めて、泣きじゃくり始めてしまいました。

私はその肩に手を差し伸べようとして、少し考えてから、触れることをやめます。

伊勢さんが今、手を差し伸べてほしいと思っているのは私ではないのです。

艦隊の他の人達が楽しそうに笑う声が聞こえます。そんなに離れていないのに、その声がひどく遠くに聞こえました。

伊勢「日向、助けてよ・・・・・・私、もう無理だよ。日向がいないと何もできない・・・・・・うぁあああっ・・・・・・!」

221: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:05:46.58 ID:sLS4dz7v0
伊勢さんは私がいることなんて忘れてしまったみたいに、子供にように泣きました。

私にも、雷ちゃんという姉妹艦がいて、彼女もまた未着任です。確かに寂しいけれど、泣いてしまうほどではありません。

艦隊の皆さんにもよくしてもらっていますし、霞ちゃんも友達になってくれました。

だけど、伊勢さんはたった1人です。もしも私に、扶桑さんたちに構わず伊勢さんを助ける勇気さえあったら・・・・・・

そんなことを思っても、すでに手遅れなのです。伊勢さんはもう、こんなにも追い詰められてしまいました。

222: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:06:22.87 ID:sLS4dz7v0
電「伊勢さん・・・・・・大丈夫、大丈夫なのです。日向さんはきっとすぐ来ますから・・・・・・」

伊勢「うっ、うぅううっ・・・・・・日向、日向・・・・・・」

223: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:07:07.87 ID:sLS4dz7v0
もう、私の声も届きません。

沖ノ島海域は突破できました。この海に平和が戻るのも、そう遠くない未来なのかもしれません。

けれど、私達の平和は・・・・・・伊勢さんの心に、平穏が訪れるのは一体いつになるのでしょうか。

私には何ができるのでしょうか。考えているうちに日は暮れて、夕日が泣いている伊勢さんに影を落とします。

答えは出ず、立ち去ることもできないまま、伊勢さんは泣き止まないまま、静かに下りる夜の帳が、宴会の終わりを告げていきました。

どうか、どうかお願いです。明日からの日々が、伊勢さんにとって少しでも平穏なものでありますように・・・・・・



続く

224: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/19(日) 17:10:26.78 ID:sLS4dz7v0
次回「死闘! 間宮アイス争奪戦」

・・・・・・の予定を諸事情により変更して、「こんにちは! ゴーヤちゃん」をお送りいたします。

233: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:06:57.03 ID:txWUAnP80
電「わ・・・・・・私は、なんてことを・・・・・・」

工廠にて、私は立ち尽くしてしまいました。取り返しの付かないことをしてしまったのです。

きっかけは提督さんからの指示でした。

234: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:08:00.43 ID:txWUAnP80
提督「まったく建造しないのもあれだから、俺の代わりに建造やっておいてくれないか。潜水艦レシピのやつで」

先日の無礼講のせいで、案の定、鎮守府の資源は丸々消えてなくなりました。

そのために鎮守府は遠征以外の活動停止を余儀なくされ、資源がある程度貯まるまで、出撃、開発、建造も行わない予定でした。

ですが、建造をすることでデイリーの任務報酬を貰えるので、それだけはやっておこうというのです。

私は特に気にすることもなく、それを引き受けました。きっと潜水艦は出ないだろうと思ったのです。

235: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:08:46.56 ID:txWUAnP80
それは当然、提督さんのドロップ運が悪いからです。提督さんにとって、成功率3割は3%に等しいと思います。

私は甚だしい勘違いをしていました。その建造を行うのは運の低い提督ではなく、私なのです。

236: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:09:22.13 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「こんにちはー! 伊58です! ゴーヤって呼んでほしいでち!」

電「えっ、え? う、うそ・・・・・・!?」

軍指定の水着に、セーラー服。見まごうことなき、潜水艦の艦娘です。

やって、しまいました。提督さんが喉から手が出るほど欲しがっていた、潜水艦を引き当ててしまいました。

提督さんは喜ぶでしょう。しかし、ダメなのです。潜水艦の子は、この鎮守府に来てはいけないのです。

237: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:09:50.72 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「あれ、あなたは秘書艦の人でちか? てーとくはどこでち?」

電「あ、あの・・・・・・提督さんは、ちょっと外してて・・・・・・」

ゴーヤ「なら、さっそく挨拶に行くでち! てーとくのところに案内してほしいでち!」

電「ま、待ってください。ちょっと考えますから・・・・・・」

ゴーヤ「でち?」

238: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:10:23.60 ID:txWUAnP80
どうしたらいいのでしょう。彼女を提督さんのところへ連れて行くことはできません。

それだけは、できないのです。どうにかして、彼女を提督さんの目から隠さなくては・・・・・・

電「・・・・・・ついてきてください、こっちです!」

ゴーヤ「はい、でち!」

私が彼女の手を握って歩き出すと、ゴーヤさんは嬉しそうについてきます。

239: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:11:08.43 ID:txWUAnP80
私達、艦娘の使命は海域の平和を守ることです。

ですが、私は思うのです。目の前の笑顔すら守れずに、平和を守ることなんてできない、と。

だから私は、ゴーヤさんを守ります。足早に工廠を出て、鎮守府内を抜けていきます。

240: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:11:57.39 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「ちょ、ちょっと速いでち。ゴーヤ、陸ではあんまり足速くないんでち」

電「ごめんなさい。でも、急いでほしいのです」

ゴーヤ「でち? あ、そういえばまだ、あなたの名前を聞いてないでち」

電「えっと、私は秘書艦をしている、駆逐艦の電です」

ゴーヤ「電でちか! じゃあ、電はゴーヤの最初の友達でちね!」

電「あは・・・・・・そう、ですね」

241: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:12:38.12 ID:txWUAnP80
無邪気な笑顔が心に突き刺さります。この笑顔が消え去るようなことはあってはなりません。

ゴーヤさんを守るために、私は呪われた部屋の前に彼女を連れてきました。

ゴーヤ「なんでちか? ここ・・・・・・大きな扉でち。あっ! 表札に『潜水艦専用』って書いてあるでち!」

電「はい。ここは提督さんが特別に用意した、潜水艦の方の専用部屋なのです」

ゴーヤ「ゴーヤ以外にも潜水艦の子はいるでちか?」

電「いいえ。ゴーヤさんが初めてです」

ゴーヤ「じゃあ、実質1人部屋でちか! 贅沢でちね!」

242: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:13:15.65 ID:txWUAnP80
ゴーヤさんは目をキラキラさせながら、潜水艦専用部屋・・・・・・かつてのNKB48部屋の扉を見つめています。

元々は倉庫に改修予定だったのですが、今後必要になるときが必ず来ると考えた提督さんにより、多額の予算を消費してこの部屋が作られました。

一体、この部屋は何なんでしょう。那珂ちゃん専用流刑室の次は、こんな・・・・・・呪われているとしか思えません。

ともかく、この部屋を利用してゴーヤさんを守ります。

243: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:14:23.88 ID:txWUAnP80
電「あの・・・・・・実は提督さんは2,3日の間、遠征に出かけているのです」

ゴーヤ「え? てーとく自身が遠征に出かけるでちか?」

電「そういうこともあるのです。ですから、提督さんが帰ってくるまで、この部屋でしばらく生活していてもらえますか?」

ゴーヤ「わかったでち! でも、その前に鎮守府をいろいろ案内してほしいでち!」

電「だ、ダメです! それはできないのです!」

ゴーヤ「どうしてでちか?」

電「えっと・・・・・・この鎮守府、潜水艦にトラウマのある人が多いのです。ですから、なるべく出歩かないようにしてほしいのです」

ゴーヤ「あー、そういうことでちか・・・・・・ならしょうがないでち」

244: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:15:32.57 ID:txWUAnP80
納得してくれて助かりました。そのことは必ずしも嘘ではないですし。

龍田さんなんかが潜水艦を見かけたら、条件反射で攻撃してしまいそうです。

私の目的はゴーヤさんを一時的に隠して、その後に鎮守府の外に逃してあげることです。

この潜水艦専用部屋は、たまに妖精さんが掃除をしにくるだけです。灯台下暗し、ここなら提督さんから隠しておけるはずです。

妖精さんには賄賂にこんぺいとうでもあげておけば口止めできるでしょう。あとは、ゴーヤさんを逃がす計画を考えるだけ・・・・・・

提督「電? なにしてるんだ、そんなところで」

245: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:16:27.60 ID:txWUAnP80
電「あっ・・・・・・」

目を疑いました。普段は執務室からめったに出ない提督さんが、なぜこんなところを歩いているのでしょうか。

提督「手持ちの薬が切らしたから、その部屋にある分を拝借しようと思ったんだが、まさかその隣の子は・・・・・・」

ゴーヤ「あなたがてーとくでちか? なんだ、てーとくいらっしゃるじゃないでちか」

電「あ、はは・・・・・・そうですね。なんででしょうね」

提督「き・・・・・・君、名前は・・・・・・?」

ゴーヤ「はじめまして! 伊58、またの名をゴーヤでち!」

提督「お、おぉおお・・・・・・!」

246: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:17:07.09 ID:txWUAnP80

提督さんは歓喜の嗚咽を漏らすと、私の肩をがしっと掴みました。

提督「引き当てたのか、電! さすが我が鎮守府の秘書艦、持ってるものが違うな!」

電「あ、はい・・・・・・ありがとう、ございます」

ゴーヤさんを守る。そのための計画は、この瞬間、すべて白紙になりました。

提督さんがこれから何をしようとしているのか、私は知っています。知っているのに、もう止める方法がわからないのです。

247: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:17:37.23 ID:txWUAnP80
提督「ようこそゴーヤ! 君は待望の潜水艦だ、我が鎮守府は君を歓迎する!」

ゴーヤ「うれしいでち! ゴーヤ、張り切って戦うでち!」

提督「ありがとう、では君の部屋を紹介しよう!」

そう言って提督さんは、その大きな扉を勢い良く開きました。

248: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:18:15.03 ID:txWUAnP80
扉の向こうは、まさにスイートルームと呼べるような贅沢な部屋でした。

ふかふかのカーペット、綺羅びやかなシャンデリヤ、大きな冷蔵庫、天蓋付きのベッド。浴室、トイレも専用のものが備え付けられています。

まるでお姫様のお部屋です。この部屋が提督さんの狂気じみた計画によって作られたとはとても思えません。

249: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:18:56.01 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「わあー! すごいでち、こんなリッチな部屋を使っていいんでちか!」

提督「もちろんだ。本当は共同部屋になる予定だったが、今はゴーヤの1人部屋だぞ」

ゴーヤ「本当でちか! あの王様みたいなベッドで寝ていいんでちか! うれしいでち!」

提督「冷蔵庫にはお菓子とジュースが入っているから、好きに飲み食いしていいぞ。減ったら妖精さんが補充してくれるからな」

ゴーヤ「そこまで待遇がいいんでちか! ゴーヤ、この鎮守府に来て良かったでち!」

250: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:20:06.03 ID:txWUAnP80
提督「任務は大変だろうから、疲れたらそこの戸棚を開けてみるといい。役に立つものが入ってる」

ゴーヤ「役に立つもの、ってなんでちか?」

提督「説明書が付属してるから、読めばわかる。そうだ、薬を取りに来たんだったな」

ゴーヤ「でち?」

提督さんは戸棚の端にある引き出しを開けて、薬を何錠かポケットに入れました。

251: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:21:01.53 ID:txWUAnP80
鎮守府内で艤装の装備が禁止されていることを、これほど悔やんだことはありません。今のうちに、いっそあの戸棚を破壊してしまえたら・・・・・・

提督「さあ、ゴーヤ。早速で悪いんだが、出撃のほうをお願いしたい」

ゴーヤ「待ってたでち! こんなに良くしてもらえるんでち、ゴーヤ頑張るでち!」

提督「ありがとう。さあ、ドックへ行こう。まずは君のために取っておいた装備を取り付けようじゃないか」

ゴーヤ「わかったでち! ところで、出撃する場所はどこでちか?」

その質問に、提督はにっこりと笑って、あの場所の名前を告げました。

提督「オリョールだ」

252: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:21:46.14 ID:txWUAnP80
―――ゴーヤさんが来てから、一ヶ月が過ぎました。

潜水艦専用部屋に向かうよう命じられて、私は再びあの扉の元へ向かっています。自分の足取りがひどく重いです。

扉をノックしました。返事はありません。

電「あの・・・・・・ゴーヤさん、入りますね」

返答がないことはもうわかっています。同じことを何度か繰り返していますから。

253: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:22:30.71 ID:txWUAnP80
そっと扉を開けると、とうとう嗅ぎ慣れてしまった甘酸っぱい匂いが鼻をつきました。

電「うっ・・・・・・」

吸い込んでしまわないよう、厚手のハンカチで口と鼻を覆います。

ゴーヤさんは天蓋付きベッドに横たわっていました。高級クッションを背中に当て、その手には筒状のパイプを握っています。

その周りにはパイプと、ゴーヤさんの唇から漏れる白い煙が薄く立ち込めていました。

254: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:23:09.81 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「・・・・・・なんでちか。休憩時間中でち」

電「あの、もう休憩時間を過ぎています。出撃のお時間なのです・・・・・・」

ゴーヤ「・・・・・・そうでちか」

うつろに返事をするゴーヤさんの瞳は、燃え殻のように乾いていて、なんの光も灯っていません。

ゴーヤさんは再びパイプを口元に持って行き、唇に当てて煙をゆっくりと吸い込みます。その瞳が一層どろりと濁りました。

255: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:23:46.28 ID:txWUAnP80
電「あ、あの・・・・・ほどほどにしないと、体に悪いのです」

ゴーヤ「うるさい、ゴーヤに指図するなでち」

電「・・・・・・ごめんなさい」

ゴーヤ「ふん・・・・・・とっくに体なんてボロボロでち」

256: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:24:23.00 ID:txWUAnP80
唇から白煙をくゆらせながら、吐き捨てるようにそう言って、ゴーヤさんはパイプを床に放りました。

パイプの先からは、相変わらず甘酸っぱい匂いの白い煙・・・・・・アヘンの煙が、ゆらゆらと筋を作って立ち上っています。

ゴーヤ「そこをどくでち。ゴーヤは出撃の準備をするでち」

電「あ、はい・・・・・・」

257: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:24:49.55 ID:txWUAnP80
ゴーヤさんがベッドを降ります。床に立つその細い足の、いくつものあかぎれがとても痛々しいのです。

つま先もボロボロで、爪が剥がれている指もあります。

おぼつかない足で歩き出したゴーヤさんのために道を開けると、私の足がくしゃりと何かを踏みました。

それは空になった錠剤のアルミニウムフィルムでした。数十錠分がすでに使い切られています。

258: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:25:24.72 ID:txWUAnP80
よく見ると、床にはそういったものがいくつも落ちています。

錠剤の種類は、向精神薬、抗不安剤、超短期型睡眠薬、鎮痛剤・・・・・・乱用してはいけない薬ばかりです。

妖精さんたちは、最近この部屋をほとんど掃除していません。ゴーヤさんが妖精さんを殴るようになったためです。

ゴーヤさんはそうしたゴミを踏みつけながら、あの戸棚に向かいました。戸棚から取り出したのは、液体の入ったアンプルと注射器です。

そのアンプルのラベルには、こう書かれています。ヒロポン、と。

259: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:26:11.90 ID:txWUAnP80
ゴーヤさんは震える指でアンプルの頭を折り、その中身を注射器に吸わせます。

そのまま慣れた手つきで、なんの躊躇いもなく針を腕に差し込みました。

ゴーヤ「うっ・・・・・・!」

痛みでわずかに震えたゴーヤさんは、その一瞬だけ正気に戻ったかのように、泣きそうな顔で天井を見上げました。

それもほんの一瞬です。すぐに元の乾いた、なんの感情もない瞳に戻って、注射器を床に投げ捨てます。パリンと割れて、液体が床にシミを作りました。

260: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:27:00.11 ID:txWUAnP80

ゴーヤ「はあっ・・・・・・! う、ふぅ・・・・・・!」

薬が効いてきたのか、よろよろとよろめきながら、今度は冷蔵庫に向かいます。

中からコーラの缶を取り出して、そのまま一気に飲み干しました。空になった缶は当たり前のように床に投げ捨てられます。

ゴーヤさんはそのまま、動けなくなったかのように頭を垂れていました。

261: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:27:32.26 ID:txWUAnP80
しばらくして、ゴーヤさんがゆっくりと頭を上げます。乾いた唇が小刻みに震えていますが、ほんの少し楽になったような表情です。

ゴーヤ「・・・・・・気分がよくなってきたでち。それじゃあ、行くでち」

電「はい・・・・・・」

ようやく、私達は潜水艦専用部屋を後にします。この部屋も、以前と比べて見る影もないほど汚れてしまいました。

床には空き缶や錠剤ケースが散乱し、ジュースや薬品のシミも数えきれません。

部屋中にアヘンの甘酸っぱい匂いが染み付いて、布か何かで口元を塞がなければ呼吸すら満足にできないのです。

262: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:28:01.99 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「今日の出撃場所はどこでちか? 楽しみで仕方がないでち」

電「あの・・・・・・すみません、今日もオリョールです」

ゴーヤ「あはっ、アハハハハッ! そんな顔するなでち、知ってて聞いてみただけでち!」

ゴーヤ「さ、今日もオリョールで楽しくクルージングでち! アッハハハハハハ!」

263: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:28:34.73 ID:txWUAnP80
突然、別人のようにゴーヤさんは笑い出しました。いつものことです、薬が完全に効いてきたのでしょう。

一ヶ月前、あんなに無邪気だったゴーヤさんとは思えない、気が触れてしまったような高笑いが鎮守府に響きました。

264: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:29:44.99 ID:txWUAnP80
オリョールクルージング。略称オリョクル。その存在を、提督さんはずいぶん前から知っていました。

東部オリョール海域では、出撃して最初の敵さえ突破すれば、一定量の燃料を確実に得ることができます。

その出撃をもっとも低燃費で被弾もしにくい潜水艦に任せれば、燃料の収支がプラスになり、上手く行けば弾薬も稼げます。

潜水艦の方には苦労をかけることになりますが、その苦労は確実に資源運用の助けになるのです。

しかし、このオリョクルは潜水艦の艦娘が3人以上必要で、ゴーヤさん1人では不可能なはずでした。

265: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:30:20.28 ID:txWUAnP80
ゴーヤ「昨日も建造は回したでちか。結果はどうでち」

電「えっと・・・・・・昨日は那加ちゃんが3連続で・・・・・・」

ゴーヤ「ぷっ、アハハハハッ! 那珂ちゃんのハットトリックでちか! 傑作でちね!」

ゴーヤ「それでオリョクル何回分の資源が消えたでちか。さっさと新しい潜水艦の建造を成功させるでち」

電「すみません。本当にすみません・・・・・・」

ゴーヤ「ハッ、謝られたって仕方がないでち。そんなヒマがあるならレシピの再検討でもしてるでち」

電「・・・・・・はい」

266: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:31:02.06 ID:txWUAnP80
潜水艦が着任したら、提督さんはすぐさまオリョクルを実行する計画を立てていました。

しかし、潜水艦はとてもレアリティが高く、1人くらいならまだしも、3人揃えるとなると一体いつになるかわかりません。

そのために提督さんはあの部屋を作りました。単艦オリョクルを実行するために。

267: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:31:29.16 ID:txWUAnP80
提督さんが膨大な資源を溶かして開発に成功した、虎の子の機関装備「強化型艦本式缶」×2。

これを装備すれば回避率が少なからず上昇し、敵の対潜攻撃を避けやすくなります。

提督さんは初日にゴーヤさんをオリョールに出撃させ、その被弾のしにくさと、まだ敵を突破する火力がないことを確認しました。

それから、ゴーヤさんはハッピーラッキー艦隊に一時的に組み込まれ、膨大な量の演習と出撃をこなしてレベルを一気に上げられました。

268: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:32:21.28 ID:txWUAnP80
そうしてゴーヤさんが確実に1隻は敵を沈められるようになったとき、とうとう単艦オリョクルは始まりました。

それはゴーヤさんにとって地獄の始まりを意味します。

出撃、出撃、また出撃。大破しにくいということは、休む暇すら与えられないということです。

寝る暇すら与えられない出撃が続けば、当然疲労度がたまり、神経もすり減っていきます。そのためにあの部屋があります。

わずかな休息時間を出来る限り快適に過ごしてもらう。それでも辛いなら、あの戸棚にある薬を使ってもらう。

あの戸棚の中には、提督さんが大本営から取り寄せた、あらゆる種類の「疲労をなくす薬」が揃っています。

疲労をなくす・・・・・・そんなのは嘘っぱちです。ただ疲労をごまかして、無理やり体を動くようにしているだけです。

269: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:33:05.61 ID:txWUAnP80
大和「あっ。どうもこんにちは、電ちゃん。そちらの方は?」

電「こ、こんにちは大和さん。あの、すみません。急いでいるので・・・・・・」

大和「あら、そうですか」

ご紹介します。大和型1番艦、戦艦の大和さんです。

そうです。とうとう提督さんが、大型艦建造で引き当てました。

最高レベルのレアリティである大和さんを、最低レベルのドロップ運である提督さんが、です。

270: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:33:52.82 ID:txWUAnP80
建造に成功したのは、ごくごく単純な理論です。10回でダメなら100回やればいい、ということです。

燃料と弾薬はゴーヤさんが血反吐を吐きながらオリョールから持ってきます。

ならば遠征艦隊を鋼材とボーキサイトの確保に集中させることで、相当量の資源を確保することができました。

そうして考えるだけでもめまいがする量の資源を消費し、とうとう提督さんは大和の建造を成功させました。

大和さんが消費する資源の量は半端ではないので、ハッピーラッキー艦隊への配属は現状見送られています。

その代わりに決戦用戦艦として運用するために、度重なる演習は行われています。結果、燃料と弾薬がまた減るのです。

271: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:34:21.09 ID:txWUAnP80
電「それじゃ、その、またあとで」

大和「はい。ごきげんよう」

私はゴーヤさんを大和さんに近づけないよう、体を盾にしながら通りすぎようとしました。背後のゴーヤさんから冷たい殺気を感じます。

ゴーヤ「・・・・・・おい」

大和「えっ?」

ゴーヤ「どこへ行くでち。ゴーヤに挨拶もなしでちか」

大和「え、その・・・・・・は、初めまして」

ゴーヤ「お前、ゴーヤを舐めてるんでちか?」

大和「あ、あの。電さん?」

電「ゴーヤさん、ダメです。落ち着いてください。お願いですから・・・・・・」

ゴーヤ「触るなでち!」

272: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:34:58.70 ID:txWUAnP80
ゴーヤさんが私の手を振り払います。言葉の刺々しさとは裏腹に、その力はあまりに弱々しいものでした。

ゴーヤ「お前がここにいるのは誰のおかげか分かっているでちか? ゴーヤのお陰でち!」

ゴーヤ「お前を建造したした資源も、お前が食い散らかした資源も! 全部ゴーヤが集めてきたものでち!」

ゴーヤ「それなのに! ゴーヤを見て何食わぬ顔で立ち去ろうだなんて、ふざけてるでちか!」

ゴーヤ「ゴーヤに感謝するでち! 這いつくばって足でも舐めるでち! お前はそれくらいのことをして当然でち!」

電「ゴーヤさん、もうやめてください・・・・・・! 行きましょう。もう時間ですから・・・・・・」

273: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:35:50.77 ID:txWUAnP80

気炎を上げるその小さな体を抱くと、ゴーヤさんは痛々しいほどの力の無さで私に体を預けました。

そのまま呆然としたままの大和さんを取り残して、ゴーヤさんは私に引きずられるようにしてその場を離れました。

ゴーヤ「・・・・・・あー、今日は薬の効きがおかしいでち。電、部屋からインデラルとゾロフトを持ってくるでち」

電「・・・・・・ダメです。これ以上の薬はもう・・・・・・」

ゴーヤ「ふん、まあいいでち。あー・・・・・・今日も薄汚い海でちね」

鎮守府の外に出て、ゴーヤさんはごみの山でも見るような目で海を眺めました。

274: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/20(月) 05:36:34.64 ID:txWUAnP80
ゴーヤ『きれいな海でち・・・・・・それじゃ、行ってくるでち!』

初めての出撃のとき、無邪気に笑っていたゴーヤさんの表情は、もう思い出すことができません。

ゴーヤさんはまるで身を投げるように潜水して、今日も出撃していきました。

何時間か後に帰ってきて、それからすぐにまた出撃、出撃、出撃・・・・・・

遠からず来るゴーヤさんの限界よりも先に、私の限界が来てしまいそうなのです。



後編へ続く

308: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:51:59.08 ID:XUsTgzw/0
その日は月のない夜でした。

時刻は午前4時。この時間になると、夜通し遊んでいる放置艦の人たちもさすがに眠り始め、鎮守府からはなんの物音もしなくなります。

私はそっと宿舎から抜け出し、明かりの消えた鎮守府の廊下を歩いていきます。

目はひどく冴えていて、気持ちも落ち着いていました。

309: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:53:10.72 ID:XUsTgzw/0
潜水艦専用部屋の大きな扉を、ノックせずに静かに開きます。

ゴーヤさんは眠っていました。天蓋付きのベッドで、死んだように身を横たえています。

彼女がオリョールから帰ってきたのはほんの30分前。彼女に許されている睡眠時間はたったの2時間です。

枕元には超短期型の睡眠薬が置かれています。

これでわずかな睡眠を無理やり深いものにすることで、連日の激務をどうにかこなせる程度に疲労を回復させているのです。

310: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:54:08.26 ID:XUsTgzw/0
電「よいしょ・・・・・・と」

寝息すら立てているのか怪しいほどに熟睡する、ゴーヤさんの小さな体を担ぎ上げます。

私も力のある方ではありませんが、その体はぞっとするくらい軽く、簡単に持ち上げられました。

しばらくは何をしても起きないでしょうが、なるべく慎重にゴーヤさんを背負い、潜水艦専用部屋を出ます。

311: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:55:11.63 ID:XUsTgzw/0
鎮守府から外に出たあたりで、これが提督さんにバレたらどうなるかな、と少し考えます。

バレた後の計画についてはすでに立ててあります。ですが、それが100%うまく行くとは限りません。

怒られる、どころでは済まないでしょう。営倉入りを命じられるかもしれません。私が解体される可能性だってありえます。

だけど、不思議と気になりませんでした。むしろ清々しい気持ちなくらいです。

312: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:56:01.73 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤ「・・・・・・何してるでちか、電」

電「ゴーヤさん? 起こしてしまいましたか?」

ゴーヤ「最近、薬の効き目が悪いでち・・・・・・」

私に背負われながら、ゴーヤさんが蚊の鳴くような声でそう言います。まだ覚醒しきってはいない様子です。


313: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:56:44.02 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤ「もう、出撃の時間でちか・・・・・・?」

電「いいえ。出撃ではないですよ」

ゴーヤ「じゃあ、なんでゴーヤを運んでいるでちか・・・・・・もう少し寝かせてくだち」

電「ごめんなさい、少しだけ頑張ってください。そしたらもう、出撃しなくても良くなりますから」

ゴーヤ「何を言ってるでちか・・・・・・?」

314: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:57:49.43 ID:XUsTgzw/0
それには答えず、私はどんどん歩みを進めます。

鎮守府を裏切る行為をしているのに、足取りがとても軽く感じました。

理由はわかっています。私は今、自分で正しいと思っていることを、自分の意志で行っているからです。

ようやく海が見えてきました。月もない夜の海は真っ暗で、水平線の向こうにはどこか遠くの明かりが小さく灯っています。

私は防波堤の先まで歩いて、そこで足を止めました。

315: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:58:23.84 ID:XUsTgzw/0
電「着きました。ゴーヤさん、降りられますか?」

ゴーヤ「・・・・・・一体何なんでちか」

やはりまだ眠いのでしょう、ゴーヤさんはおぼつかない足取りで地面に立ちます。

ゴーヤ「ここは・・・・・・鎮守府の防波堤でちか?」

電「はい。いいですか、ゴーヤさん。ここから泳いで、ずっと東に向かってください」

ゴーヤ「は・・・・・・?」

電「しばらく泳げば大きな灯台の明かりが見えてくるはずですから、今度はその明かりを目指して泳いでください」

316: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 01:59:26.58 ID:XUsTgzw/0
電「その灯台のある場所は、ラバウル基地という別の鎮守府があります。慈愛の女神が治める平和な鎮守府だそうです」

ゴーヤ「そこにゴーヤを行かせて、どうするでちか」

電「ゴーヤさんは貴重な潜水艦ですから、きっとそこでも受け入れられるはずです。だから、ここから逃げてください」

ゴーヤ「・・・・・・逃げる?」

電「はい。後のことは気にしないでください。全部私がなんとかしますから」

ゴーヤ「・・・・・・ああ、そういうことでちか」

317: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:00:33.10 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤさんは立っているのが疲れたのか、海べりへ静かに腰を降ろしました。

傷だらけの足を降ろし、子供みたいにぷらぷらと足を揺らしています。

ゴーヤ「電は・・・・・・なんでこんなことをするでちか」

電「ゴーヤさんを助けたいからです。他の理由は特にありません」

ゴーヤ「このことがバレたら厳罰でちよ。解体されるかもしれないでち」

電「気にしないでください。私がこうするって決めたんですから」

ゴーヤ「・・・・・・そうでちか」

318: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:01:40.24 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤさんは暗い水面をじっと見つめます。そこから動こうとする気配はまったくありません。

電「あの・・・・・・急がないと見つかってしまうかもしれません。早く海に・・・・・・」

ゴーヤ「ゴーヤはどこにも行かないでち」

その言葉に、私は少なからず驚きました。言葉の意味以上に、その響きが明確な決意を感じさせるものだったからです。

319: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:02:46.39 ID:XUsTgzw/0
電「・・・・・・私のことは心配しないでください。この後のことはちゃんと考えてありますから」

ゴーヤ「電は勘違いをしているでち。オリョクルはゴーヤが望んでやっていることでちよ」

電「は?」

ゴーヤさんの言ったことを頭のなかで反芻して、それでも意味を理解することができませんでした。

単艦オリョクルは資源不足を無理やり解決するために提督さんが計画したものです。

回避を上げる装備も、贅沢な部屋も、疲労をなくす薬物も、アヘンも、ヒロポンも、潜水艦の艦娘を酷使するために用意されました。

なのに、ゴーヤさんがオリョクルを自分の意志で行っている・・・・・・?

320: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:03:41.93 ID:XUsTgzw/0
電「ゴーヤさん、あなたはまさか・・・・・・!」

ゴーヤ「ハハっ、電が何を考えているかはわかるでち。別にゴーヤは暗示や洗脳にかかってるわけじゃないでち」

電「なら、どうして・・・・・・っ!」

ゴーヤ「回天を知ってるでちか、電」

電「・・・・・・知ってます、けど」

人間魚雷回天。人が中に入って操縦する魚雷。脱出装置はなく、端から生還を期されていない悪名高き特攻兵器です。

ゴーヤ「前世のゴーヤはあれを積んでいたでち。出撃のたびに、何度も、何度も人の乗ったあれを発進させたでち」

ゴーヤ「あれを積まなくていいなら、今の出撃なんて楽なもんでち」

321: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:05:04.51 ID:XUsTgzw/0
電「それとこれとは関係が・・・・・・!」

ゴーヤ「関係あるでち。電は何のために艦娘として生まれ変わったでちか?」

電「それは、海域の平和を守るためです」

ゴーヤ「ゴーヤも同じでち。あんな戦争が二度と起こらないようにするため、艦娘になったでち」

ゴーヤ「そして、それは罪滅ぼしをするためでもあるんでち」

322: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:05:58.66 ID:XUsTgzw/0
電「罪って・・・・・・回天のことを言っているんですか?」

ゴーヤ「そうでちよ。あれは本当に最悪な代物でち」

ゴーヤ「乗る前まではみんな笑ってるんでちよ。お国のために役に立てて嬉しいって、笑顔でみんなと話してるんでち」

ゴーヤ「でも、乗った後は・・・・・・聞こえるんでちよ、中から。みんな、みんな中で泣いているんでち」

ゴーヤ「あの中はとても狭くて暗いでち。そんなところに1人っきりで閉じ込められるなんて、きっとたまらなく怖いんでちよ」

ゴーヤ「お母さん、って叫ぶ人もいたでち。出してって泣き叫ぶ人もいたでち。そんな人たちをゴーヤは敵に向けて放ったんでち」

ゴーヤ「あの泣き叫ぶ声が、いつまでも耳にこびりついて・・・・・・ずっと消えないんでちよ」

ゴーヤ「だから今のゴーヤは自分の罪を償っているんでち。逃げるわけにはいかないでちよ」

323: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:07:08.97 ID:XUsTgzw/0
電「そんな・・・・・・そんなの間違っています! それはゴーヤさんのせいじゃ・・・・・・」

ゴーヤ「間違ってるっていうなら、最初から全部、何もかも間違っていたんでち」

ゴーヤ「ただ、ゴーヤは耳にこびりついた悲鳴を消したいだけでち」

電「でも、ゴーヤさんは悪くないじゃないですか! 悪いのは回天を作り、使うよう命じた人たちのはずです!」

ゴーヤ「そうでちか? 命じた人たちも、戦争に勝つために死に物狂いだっただけかもしれないでち」

ゴーヤ「だいたい誰が悪いなんてものはないんでちよ。ゴーヤはしたいからやっているんでち」

電「でも、提督さんは自分のためにゴーヤさんを利用してるんですよ! ゴーヤさんはそれでいいんですか!?」

ゴーヤ「てーとくが何を考えていようと関係ないでち。だから・・・・・・ゴーヤのことは放っておいてほしいでち」

324: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:07:57.30 ID:XUsTgzw/0
電「・・・・・・そんなこと、できません。ゴーヤさん、あんなに笑ってたじゃないですか。ここに来たばかりのときは、あんなに・・・・・・」

ゴーヤ「ああ・・・・・・そんなときもあったでちね」

そのとき、ゴーヤさんはこの日初めて、私を見ました。初めて会った時とは似ても似つかない、寂しそうな笑顔でした。

ゴーヤ「あのときはゴーヤも浮かれてたでち。電には勘違いさせて悪かったでちね」

ゴーヤ「まあ、確かに・・・・・・オリョクルは辛いでち。今だって体中痛くて、心と体がバラバラになりそうでちよ」

ゴーヤ「でも。ゴーヤが辛い思いをすれば、それだけあの悲鳴が薄れていく感じがするんでち。だから、今日もオリョクルを続けるでち」

325: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:08:56.52 ID:XUsTgzw/0
電「そんな・・・・・・そんな、おかしいです。ゴーヤさんは悪くないのに、苦しいばっかりじゃないですか・・・・・・」

ゴーヤ「そうでちね。でも、悪いことばっかりじゃないでち」

電「・・・・・・どうしてですか?」

ゴーヤ「今、電がこうしてゴーヤのことを想ってくれてるのは少し嬉しいでち。ゴーヤはそれで十分でちよ」

326: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:10:06.40 ID:XUsTgzw/0

そう言って、ゴーヤさんはふらつく足で立ち上がりました。

ゴーヤ「部屋に戻るでち。まだ眠いから、時間まで寝ておきたいでち」

おぼつかない足取りで、ゴーヤさんが防波堤の上を歩き出そうとします。

ほんの2、3歩で、すぐにゴーヤさんは、倒れそうになりました。

電「あっ、あぶないです!」

慌ててその小さな体を支えます。ゴーヤさんは立っているのがやっとのように、私の腕に体重を預けています。

327: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:10:58.09 ID:XUsTgzw/0
電「もう限界じゃないですか。それでも、まだ続けるっていうんですか・・・・・・?」

ゴーヤ「眠いだけでち。少し休めば多少は元気になるでち。だから・・・・・・」

私の手を振りほどいて、ゴーヤさんはまた歩き出そうとします。この手を離すことだけは、どうしてもできませんでした。

電「・・・・・・わかりました。わかりましたから、せめて・・・・・・お部屋に戻るお手伝いだけは、させてください」

ゴーヤ「・・・・・・悪いでち」

328: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:11:38.30 ID:XUsTgzw/0
それっきり、ゴーヤさんは話疲れたかのように黙ってしまいました。

私に支えられながら、ゴーヤさんは鎮守府の中へ戻るために歩き出します。

那珂ちゃんや、ほかのダブった艦娘の子たちを解体室に連れて行くときのことを、私は思い出していました。

ゴーヤさんをお部屋へ戻すために歩くのは、それ以上に辛いことでした。

329: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:12:18.15 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤ「・・・・・・大和に謝っておいてほしいでち」

電「え?」

鎮守府内の廊下に差し掛かったあたりで、ゴーヤさんが再び口を開きました。

ゴーヤ「あの子にゴーヤは酷いことを言ったでち。大和は悪くないのに・・・・・・電にも八つ当たりをしてしまったでち」

電「気にしてなんかいませんよ。大和さんも、ゴーヤさんも悪くありません。悪いのは提督さんですから・・・・・・」

ゴーヤ「別に、てーとくが悪いとも思っていないでち」

電「・・・・・・それはなぜですか?」

ゴーヤ「あの男は、ただちっぽけなだけでちよ」

独り事のようにそう零して、あとは話しかけても、もう応えてくれなくなりました。

330: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:13:03.10 ID:XUsTgzw/0
とうとう潜水艦専用部屋に着いてしまいました。大きな扉を開け、ゴミだらけの床を踏み越え、ベッドにゴーヤさんを横たえます。

電「何か欲しいものはありますか? できれば薬以外の、お水とか・・・・・・」

ゴーヤ「いらないでち」

電「・・・・・・そう、ですか。じゃあ、私はこれで・・・・・・」

ゴーヤ「待って」

立ち去ろうとした私の服の裾を、ゴーヤさんが弱々しくつまみました。そのあかぎれた、細い指で。

ゴーヤ「手を・・・・・・」

電「えっ?」

ゴーヤ「ゴーヤが眠るまで、手を握っていてほしいでち」

電「・・・・・・はい。わかりました」

331: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:13:54.05 ID:XUsTgzw/0
請われるままに、彼女の冷たい手を両手で包むように握ります。

ゴーヤさんの小さな脈が、手のひら越しに伝わってきます。生きている。その鼓動は、弱々しくもそう叫んでいるみたいでした。

ゴーヤ「ああ・・・・・・電の手は、あたたかいでち」

それっきり、ゴーヤさんは静かに目を閉じて、眠りの中に落ちていきました。

手を離すことはしませんでした。この手を離してしまったら、二度とゴーヤさんが起きないような気がして・・・・・・

夜明けの日がかすかに窓から見え始めても、私はその手を離しませんでした。

332: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:14:35.33 ID:XUsTgzw/0
来てほしくなんてないのに、朝がやってきます。2時間に設定されていた、部屋のアラームがけたたましく鳴り響きました。

ゴーヤさんを起こしたくなくて、慌てて手を離しアラームを止めに行きます。スイッチを切って振り向くと、もうゴーヤさんは起き上がっていました。

ゴーヤ「・・・・・・それじゃあ、行ってくるでち」

電「・・・・・・ドックまでついていきます」

ゴーヤ「いいでち。これ以上、電に迷惑をかけたくないでち」

電「迷惑だなんて、そんな・・・・・・」

ゴーヤ「いいから、ついてくるな」

あまりにもはっきりとした拒絶に、私はもう何も言えなくなりました。部屋から出ていくゴーヤさんを見送ることしかできません。

333: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:15:40.03 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤ「・・・・・・もうゴーヤは大丈夫でち。まだまだ頑張れるでちよ」

電「・・・・・・もし、辛くなったらいつでも言ってください。絶対に私が助けますから」

ゴーヤ「ありがとうでち。でも、そうはならないでちよ」

電「・・・・・・うっ、うっ・・・・・・えぐ」

もう耐え切れませんでした。ずっと我慢していた涙が、両目から溢れ出します。

自分に何もできないことが、悔しくて、悔しくてたまりません。

334: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:16:36.32 ID:XUsTgzw/0
ゴーヤ「なんで泣いてるんでちか、電」

電「だって・・・・・・ゴーヤさん、この鎮守府に来れて、嬉しいって言ってくれてたのに・・・・・・」

ゴーヤ「なら、泣くことはないでち。その気持ちは今も変わっていないでちよ」

電「・・・・・・え?」

ゴーヤ「だって、電がゴーヤの友達になってくれたでち」

335: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:17:46.99 ID:XUsTgzw/0
顔をあげると、そこには・・・・・・あの頃のように無邪気な、ゴーヤさんの笑顔がありました。

ゴーヤ「これからも、電はゴーヤの友達でいてくれるでちか?」

電「はい、はい・・・・・・もちろんです。ゴーヤさんは、何があってもずっと、私の友達です」

ゴーヤ「嬉しいでち! それじゃあ、電。ゴーヤ、出撃するでち」

電「はい・・・・・・お気を付けて。行ってらっしゃいなのです」

ゴーヤ「はい、でち!」

336: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:18:34.66 ID:XUsTgzw/0
―――それがゴーヤさんとの、最後の会話でした。

ゴーヤさんはその後、いつも通りにオリョールへ出撃して・・・・・・そして、2度と戻ってきませんでした。

337: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:19:38.91 ID:XUsTgzw/0
単艦出撃で大破した場合、その艦娘は鎮守府の指示を待たず即座に帰投することが義務付けられています。

オリョールにて、ゴーヤさんは敵艦隊に対し戦術的勝利を収めたものの、爆雷を浴びて大破状態になりました。

そういうことは今までに何度もありました。いつもなら急いで帰投し、入渠すればいいことです。潜水艦の修理はすぐに終わりますから。

でも、ゴーヤさんは帰投せず、無断で大破進撃したそうです。

そのことに気付いた提督さんは慌てて帰投命令を発したそうですが、すでに通信は途絶していました。

338: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:21:00.56 ID:XUsTgzw/0
救助艦隊を結成してのオリョール捜索も行われました。

捜索の結果、海面に浮いていた2つの強化型艦本式缶だけは回収できたそうです。それは、ゴーヤさんの装備していたものでした。

ゴーヤさん自身は、どれだけ偵察機を飛ばしても、電探で海底を探っても、見つかることはありませんでした。

ゴーヤさんを喪失したことにより、鎮守府は資源運用計画を根本的に見直す必要に迫られます。

大和さんの運用計画は立ち消えになり、彼女はしばらくのあいだ放置艦の仲間入りを果たすことになりました。

最近では軽巡、軽空母の人たちの賭博場で遊んでいる彼女の姿をよく見かけます。

建造、開発計画も縮小され、今はデイリー任務をこなすだけに留められています。

339: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:21:38.41 ID:XUsTgzw/0
ハッピーラッキー艦隊は通常の出撃任務に戻り、あっさりと北方海域のモーレイ海を攻略してしまいました。

もうすぐ、キス島沖攻略が始まります。駆逐艦戦力が整っていない現状では、厳しい戦いが予想されるでしょう。

私はキス島沖攻略用艦隊の旗艦となることがすでに決まっています。

ゴーヤさんの残した強化型艦本式缶は、私が装備することになるでしょう。

提督「電、久しぶりの出撃になる。気合い入れておけよ」

電「・・・・・・はい」

340: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:22:20.16 ID:XUsTgzw/0
潜水艦専用部屋は掃除だけをして、まだそのまま残っています。

あの戸棚の薬は、最近は提督さんが消費するようになりました。

アヘンやヒロポンには辛うじて手を出していないようですが、向精神薬などは頻繁に使っているみたいです。

大本営から届く書類の中に、提督さんを糾弾する内容のものが増えるようになりました。

原因は作戦進行の遅れ、および消費資源の量と保有する戦力が釣り合っていないことに対するもののようです。

提督さんも追い詰められているのだと思います。単艦オリョクルは、その状況を打破するための苦肉の策だったのでしょう。

ゴーヤさんの言っていた「提督はちっぽけなだけ」という言葉の意味は大体理解できました。

今の私も、提督さんは小さな人だと思っています。

341: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:23:32.16 ID:XUsTgzw/0
駆逐艦隊を組んで、久しぶりの演習をこなしながら、私はゴーヤさんのことを考えます。

どうして彼女は大破進撃なんてしたのでしょうか。

普通に考えれば、オリョクルを続けることに疲れて、自ら轟沈することを選んだということになります。

だけど、それだけは違うように思えてなりません。

ゴーヤさんが疲労でせいで、正常な判断ができなくなっていたことは間違いないでしょう。

私は思うのです。ただ彼女は、逃げることができなかったのではないかと。

342: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:24:26.49 ID:XUsTgzw/0
人間魚雷回天は、一度放たれればもう、生還の術はありません。ひたすら操縦桿を繰り、敵に向かって進むしか残された道はないのです。

それを何度も放ってきたゴーヤさんは、自分だけが逃げるということを許せなくなったのではないしょうか。

だから、大破してなお進撃を選んだ。それが生還を度外視した特攻だったとは、私には思えません。

彼女は生きようとしたに決まっています。その身が大破していようとも敵を打ち破り、勝利を収めて帰還するつもりだったはずです。

ゴーヤさんは生きるために最後まで戦った、私はそう信じています。

343: ◆hJ5a7d.jWc 2015/07/27(月) 02:25:31.52 ID:XUsTgzw/0
電「提督さん。ひとつ聞きたいことがあるのです」

提督「なんだ?」

電「提督さんは、何のために戦っているのですか?」

提督「・・・・・・平和のために決まっているだろう、もちろん」

その目がわずかに泳いだことを、私は見逃しませんでした。

いいでしょう。今のところは、その言葉を信じてあげましょう。いつまで信じられるかはわかりませんが。

今は演習をこなし、キス島沖への出撃に備えます。私が旗艦となる以上、絶対に犠牲者は出しません。

ゴーヤさん、どうか待っていてください。この戦いが終わったら、必ずあなたを迎えに行きますから。

だって、ゴーヤさんは私の・・・・・・大切な、友達ですから。



続く

352: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:47:41.88 ID:cPCecml10
死闘! 間宮アイス争奪戦 前編

353: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:48:09.50 ID:cPCecml10
その日、執務室を開けると、そこに提督さんはいませんでした。

電「あれ? おかしいなあ」

提督さんは資源管理は雑な割に妙なところで神経質な人なので、執務室を開けるときは絶対に戸締りを欠かしません。

その執務室が開いているということは、いつもなら中に提督さんがいらっしゃるということなのですが、どういうわけか見当たりません。

電「困りました。大本営から急ぎの書類が届いたのに……」

とりあえず書類を机の上に置き、部屋の中を見渡しましたがやはりどこにもおられません。どこに行ったのでしょう。

354: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:48:39.92 ID:cPCecml10
提督「電? どうやって部屋に入ったんだ?」

電「提督さん?」

そんなことをしているうちに、提督さんが帰ってきました。肩に小さなクーラーボックスのようなものを提げています。

電「鍵が開いてましたよ。締め忘れたんじゃないですか?」

提督「そんなバカな。出るときに掛けたはずなんだが……まあいいか。電、冷凍室の中のやつ、1つもらっていいぞ」

電「冷凍室?」

執務室に備え付けてある冷蔵庫の冷凍室を指し示されて、なんだろうと思いながら開けてみました。

355: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:49:07.39 ID:cPCecml10
……からっぽです。せいぜい霜が張り付いているくらいです。

冷蔵庫のほうも開けてみましたが、こちらにも麦茶と目薬しか入っていません。

電「あの、何もないんですが……」

提督「何? そんな訳はないだろう」

電「そう言われても、どう見たってからっぽなのです」

提督「馬鹿な。そんなことありえるはずが……」

提督さんはご自分で冷凍室の中を覗き込み、そして頭を抱えました。

提督「……執務室の鍵が開いてたって言ったよな」

電「は、はい」

356: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:50:11.33 ID:cPCecml10
提督「クソッ! これも軽巡どもの仕業だな! あいつら、少し見ないうちにどんどん手癖が悪くなっていきやがって……!」

軽巡、軽空母の人たちが資源庫から資源を盗んで賭博場を開いていたことを、提督さんはすでに知っています。

というのも、私がそれとなく教えたからなのですが。

賭場を取り仕切っていた龍田さん率いる軽巡さんたち(通称:龍田会)の溜め込んでいた資源も没収、倉庫へと納入されたました。

今は賭博場も小規模なものになり、遠征に参加した艦娘に報酬として与えられる、わずかな資源を使って細々と続けられているみたいです。

提督「なんて奴らだ、6つ全て盗っていくとは。くそ、せっかく余計に貰っておいたのに……」

忌々しげに毒づきながら、提督さんはクーラーボックスの蓋を開いて、苦悩の表情でその中を覗き込みました。

そして何かを決断したかのように、中から小さな容器を1つ取り出しました。

357: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:50:41.98 ID:cPCecml10
提督「これはお前のぶんだ。受け取れ」

電「なんですか、こ……れ……」

ひんやりとしたその容器には、蓋に「間宮」の印が刻まれています。それは、アイスクリームでした。

電「こ……これは、まさか……」

提督「聞いたことくらいはあるだろう。間宮アイスだ」

電「あの、大人気のものすごく美味しくて、めったに手に入らないという、あの……」

提督「その間宮アイスだ。ようやくうちにも発注する機会が回ってきたから、手に入れておいた」

電「それを……わ、私が食べていいんですか」

提督「今まで秘書艦として素晴らしい働きをしてくれたからな。遠慮するな、ほらスプーン」

電「あ、ありがとう、ございます……」

358: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:51:39.71 ID:cPCecml10
掛け値なしに嬉しかったです。あの間宮アイスを食べる機会が巡ってくるなんて……

どこかゆっくり食べられる場所を探しても良かったのですが、他の艦娘の方に見つかったら嫉妬を買いそうなので、ここで食べることにします。

蓋を開け、滑らかな白い表面にスプーンを差し込みます。なんてクリーミーな質感なんでしょう。口に運ぶのがもったいないくらいです。

舌に乗せると、冷たさがまろやかな甘さに変わり、口の中が天国になりました。美味しい、という言葉では追い付きません。

今までいろんな苦労をこの鎮守府でしてきましたが、このアイス1個でその苦労が報われた気さえします。

実は最近の出来事のせいで、私の中で提督さんの株が大暴落を続けてストップ安となっていましたが、このアイスで上場廃止だけは免れました。

私が鎮守府を乗っ取るクーデター作戦もすでに計画済みなのですが、作戦始動は一旦保留にしてもいいでしょう。

359: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:53:40.38 ID:cPCecml10
電「ありがとうございました。すごく美味しかったのです。でも、その、食べてからいうのも何ですが……」

提督「ああ、他のメンバーのぶんはないのか、だろ。本当はあったんだがな……」

電「あった、というのはどういうことなのですか?」

提督「注文した間宮アイスの数は8つだ。ハッピーラッキー艦隊のぶん、電のぶん、そして俺のぶんだ」

提督「だが冷凍室に入れておいた6つは何者かに盗まれてしまった。無事だったのは、俺が持ち出していた2つだけだ」

電「なぜその2つは持ち歩いていたのですか?」

提督「扶桑と山城には直接俺から渡すつもりだったんだ。だが、まだ入渠中だった。そろそろ終わっている頃か……」

電「でも、もう残っているアイスは……」

提督「ああ。1つだけだ」

360: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:54:14.88 ID:cPCecml10
電「私が盗まれたぶんを探してきましょうか?」

提督「いや、それは後でいい。どうせすでに食べられているだろうからな」

それもそうです。アイスを保存できる場所は限られていますから、盗んだら溶ける前に食べようとするでしょう。

提督「仕方がない。他のメンバーには悪いが、こっそり扶桑にだけ渡そう。あいつなら山城と分けあって食べるだろうから」

電「それがいいと思うのです」

提督「ところで、電はなにか俺に用事があったんじゃないか?」

電「あ、そうです。大本営から急ぎの書類が届いたので、机の上に……」

提督「なに?」

361: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:55:05.73 ID:cPCecml10
提督さんは机の書類を拾い上げ、目を通して再び頭を抱えました。

提督「……電。俺は用事ができたから、代わりにアイスを扶桑に届けてくれないか」

電「あ、はいなのです」

提督「くれぐれも他のメンバーには内緒でな。扶桑によろしく言っておいてくれ」

私は手渡されたクーラーボックスを肩に提げ、執務室を後にしました。

自分は食べたいのを我慢して、扶桑さんアイスを届けるなんて、提督さんも少しはいいところがあるのです。

提督さんからだと言えば、提督さんとケッコンカッコカリの約束を交わしている扶桑さんもきっと喜ぶでしょう。

あんな小物を愛しているという気持ちは、私にはちょっとわかりませんが。

362: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:56:36.28 ID:cPCecml10
いえ。思い返すと、昔の提督さんはもっとまともで優しかった覚えがあります。

扶桑さんは、その頃の提督さんを忘れられないでいるのかもしれません。

そんなことを考えているうちにドックへ着きました。さて、扶桑さんはどこに……

『ここから逃げろ』

電「……え?」

ぞくりと、背筋に悪寒が走りました。

363: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:57:03.20 ID:cPCecml10
その言葉は自分の内から聞こえたものでした。私の本能がけたたましく警鐘を鳴らしているのです。

ここは鎮守府なのに、まるで肌着だけで猛獣のはびこるジャングルに立ち尽くしているかのような感覚が私を襲いました。

正体不明の不安と恐怖に戸惑っていると、その正体がとうとう私の前に姿を表しました。

赤城「電さん。こんなところでどうしたんですか?」

電「ひぃっ!?」

絶対に出会ってはいけない人に出会ってしまいました。足柄さんを遥かに超える餓狼、赤城さんです。

彼女はおっとりとしたにこやかな表情で私に迫ってきます。その笑顔が擬態であることはあまりにも明白でした。

364: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:58:07.65 ID:cPCecml10
赤城「おや、何ですかそのクーラーボックス。良かったら中身を見せて頂いてもよろしいですか?」

電「だだだだダメです! これは鎮守府の最高機密なんです! 絶対にお見せすることはできません!」

赤城「そうなんですか? じゃあ、そんなものを持って1人で出歩いたら危ないですよ。私が護衛いたしましょう」

電「け、け、結構です! だい、大丈夫ですから!」

赤城「そんな遠慮なさらずに……ん~?」

赤城さんが犬のようにくんくんと鼻を鳴らします。それからいたずらっぽく、なおかつわざとらしい笑顔でピンと指を立てました。

赤城「中身を当ててみせましょう。この甘い匂い、間宮アイスですね?」

電「なななに、何を言っているんですか! そそそそそんなわけないじゃないですか!」

365: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:59:02.90 ID:cPCecml10
赤城「だってクーラーボックスに仕舞ってあって、なおかつ高級感溢れる甘いバニラの匂いを放つものとなると、それは間宮アイスじゃないですか」

電「適当なことを言わないでください! 密閉してあるから匂いは漏れないはずです! 第一アイスなんだから匂いがするわけないじゃないですか!」

赤城「なるほど。それは中身が間宮アイスであることを認める発言と受け取ってよろしいので?」

電「あ、しまっ……い、いや違います! 断じて違いますから!」

赤城さんが笑顔で歩み寄ってきます。どうしましょう、きっと逃げても追いつかれます。

そのとき、私はふと奇妙なことに気が付きました。

電「……赤城さん、今日はやけに肌の色艶がいいですね」

赤城「そうですか? まあ毎日健康に過ごしていますから」

366: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 05:59:35.34 ID:cPCecml10
電「色艶がいいというか……キラキラ状態ですよね、それ」

赤城「あら本当ですか? 知らないうちにMVPを取ってたんですね」

電「今日の出撃、早々に中破になってろくに攻撃してませんでしたけど……」

赤城「一航戦ですから、攻撃せずにMVPを取ることだって訳ないですよ」

電「ていうか……赤城さんですよね、執務室から間宮アイスを盗んだの」

赤城「何のことです? 私は間宮アイスを食べたことなんて1度もありませんよ」

電「だってキラキラしてるし……6個全部食べたんですか?」

赤城「だから食べたことないですって。1度でいいから食べたいなあ、間宮アイス。あのまろやかな甘さ、舌触り、最高です」

電「今の、自白と受け取ってもいいですよね?」

赤城「やだなあ。味を想像しただけですよ」

367: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:00:49.71 ID:cPCecml10
もう間違いありません。執務室の施錠を解き、6つの間宮アイスを盗んで食べたのは赤城さんです。

どうやって執務室の鍵を開けたのでしょう。そもそも、なぜ間宮アイスの存在を察知できたのでしょうか。

そこら辺はもう、赤城さんだからと考えた方がいい気がします。食に対する赤城さんの欲は海よりも深く、食べるためなら何でもするのです。

赤城「あー食べたいなー間宮アイス。電さんの持ってるそれ、ぜひ私にくれませんか?」

電「だ、ダメです! もう6個も食べてるじゃないですか、十分満足したでしょう!」

赤城「何のことだかさっぱりわかりませんねえ。あ、中身が間宮アイスなのは今ので確定ですね」

電「うっ……どうあっても渡せません。私が責任持って預かったんですから」

赤城「ふーん……それなら、渡したくなるようにしてあげましょうか?」

電「ひぃぃ……!」

368: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:01:38.43 ID:cPCecml10
怖い。怖いです。まさに飢えた猛獣を目の前にしている気分です。何より厄介なのは、この猛獣は知恵を持っているということです。

どうにかして乗り切らなければ、間宮アイスどころか自分の命すら失いかねません。実力で勝てないなら、そう、知恵で何とかするしかありません。

電「そ……そんな態度を私に取ってもいいんですか!? 例の事を提督さんにバラしますよ!」

赤城「例の事? 何のことですかねえ」

電「私は知っているのです! あ、あなたが龍田会に資源を横流ししていたことを!」

赤城「……はあ? 何を馬鹿な、証拠でもあるんですか?」

電「証拠は必要ありません! 調査されること自体、あなたにとって不都合なことになるんじゃないですか!?」

赤城「…………ちっ、小娘が。余計なことに勘づきおって……」

369: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:02:17.56 ID:cPCecml10
提督さんの資源管理がいい加減だといっても、ドックの内側にしか入り口がない資源倉庫への侵入は容易ではありません。

となると、龍田会には協力者がいるのではないかと私は考えました。それはドックを頻繁に出入りする、主力艦隊の誰かのはずです。

扶桑さん、山城さんであるはずはありません。伊勢さんや隼鷹さんもありえないでしょう。金剛さんはちょっと怪しいですが、動機がありません。

そうなると赤城さんが残ります。

赤城さんが資源倉庫の資源を盗み食いしていることには薄々勘づいていましたが、資源を龍田会に横流しする動機はやはりないように見えます。

370: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:02:45.87 ID:cPCecml10
しかし、赤城さんが盗み食いをしていると考えたとき、ピンと来ました。

・龍田会への横流しが起きていない場合
資源が不自然に減る→鎮守府の調査が行われる→怪しいところはないので、大食いの赤城さんが疑われる→盗み食いがしにくくなる

・龍田会への横流しが起きている場合
資源が不自然に減る→鎮守府の調査が行われる→賭博場の存在が発覚、犯人は軽巡となる→赤城さんは疑われず、盗み食いを続けられる

要は、赤城さんは自分が盗み食いを末永く続けるために、保険となるデコイを作ったのです。

主犯とされた龍田さん他数名は、罰として連日長時間遠征に出かけていますが、資源を持ち出した方法だけは白状しませんでした。

おそらく赤城さんから厳重な口止めを受けているのでしょう。それはもう厳重な。

371: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:03:14.90 ID:cPCecml10
これらは全て私の推測で、証拠はありません。狡猾な赤城さんのことです、調査を受けても絶対に尻尾は出さないでしょう。

しかし、私が進言すれば提督さんは必ず動きます。疑われる事そのものが、赤城さんにとって避けたい事態のはずです。

これが私の持つ、赤城さんに対向する唯一のカードです。

電「さ、さあ! そこをどいてください! 提督さんにバラされてもいいんですか!?」

赤城「……ふふ。くっくっく」

電「な……何がおかしいんですか!」

赤城「電さん、あなたはとんだ悪手を選んでしまいましたね。余計なことを知らなければ、アイスだけで済ませてあげたのに……」

電「え?」

372: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:03:55.12 ID:cPCecml10
シマウマは至近距離でチーターに出くわしてしまったとき、逃げられないという絶望から動くことができなくなると聞きます。

今まさに、私がそれに近い状態でした。なるほど、確かに悪手です。

だって、赤城さんに私を手に掛ける理由を2つも与えてしまいました。

今この瞬間、私を消せばアイスが手に入る上に、自分に不利な情報が提督さんの耳に入ることを防ぐこともできる。まさに一石二鳥です。

恐怖で焦っていたとはいえ、あまりにもうかつでした。

そうです、わかっていたはずでした。赤城さんにとって、私の口を永久に塞ぐことなんて朝飯前なのだということに。

赤城さんがにっこりと笑い、つられて私も引きつった笑顔を浮かべます。まずいです。誰か助けてください。

373: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:04:25.03 ID:cPCecml10

電「あ、あの……間宮アイス、渡します。だから……」

赤城「すみません、手遅れです。もっと早くに言ってくれればよかったのに」

電「は、はは……そうですよね、まったく。あははは……」

失禁しそうです。ぼちぼち走馬灯が見え始める頃でしょうか。

すでに恐怖で手足の感覚がありません。ああ、短い人生でした。

赤城「さあ。それでは最期に言い残すことは……」

扶桑「赤城さん、何をしているんですか?」

赤城さんの背後から聞こえたその声は、今この瞬間、私にとっての天使になりうる人でした。

374: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:05:09.54 ID:cPCecml10
赤城「……チッ、扶桑さん。もう修理が終わったんですか」

扶桑「ええ、大破だったから長引いたのだけれど……あら、電ちゃん?」

電「扶桑さん! 扶桑さぁああああーーーーんっ!」

赤城さんの気が逸れた一瞬の隙を突き、扶桑さんの元に駆け寄りました。彼女をこれほど頼もしいと思ったことはありません。

扶桑「どうしたの? そんなに怖がって。もしかして赤城さん、電ちゃんをいじめてたんじゃないでしょうね」

赤城「いじめてたなんて、そんなわけないじゃないですか。ちょっと話してただけです。ね、電さん」

電「扶桑さん! これ、これ!」

扶桑「はい? このクーラーボックスがどうかしたの?」

375: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:05:52.26 ID:cPCecml10
電「これ、間宮アイスです! 提督さんから、扶桑さんに渡すよう言われて持ってきました!」

扶桑「間宮アイスですって? 提督が、私に?」

赤城「クッ……!」

電「いろいろあって1つしかありませんけど、ぜひ山城さんと分けて食べてください!」

扶桑「まあ……提督ったら。ありがとう、すごく嬉しいわ。溶けないうちに、山城といただくわね」

これで私の任務は完了です。赤城さんとはいえ、扶桑さんには安々と手を出すことはできないでしょう。

明日から背後に気をつけなければいけない事態になりましたが、それはまた後で考えれば……

赤城「…………あーーーっ! 扶桑さんだけずっるーーーい!! 私もそれ食べたーーーーい!!!」

扶桑「はあっ!?」

電「えっ!?」

376: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:06:30.33 ID:cPCecml10
耳を疑いました。あの冷静な赤城さんが、まるで子供のように大声を張り上げています。一航戦の誇りなど知った事かと言わんばかりです。

赤城「独り占めしないでくださいよーーー!! 一口!! 一口でいいから食べたーーーーい!!」

扶桑「ちょ、ちょっと赤城さん!」

隼鷹「どした? 何の騒ぎ?」

金剛「What’s happened? 赤城、shoutなんかしてどうしたデースか?」

伊勢「……?」

赤城さんの大声を聞きつけて、ほかのハッピーラッキー艦隊のメンバーも集まってきました。山城さんは……まだ入渠中です。

377: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:06:59.98 ID:cPCecml10
赤城「皆さん、聞いてくださいよ! 扶桑さん、自分だけ間宮アイスを食べようとしてるんですよ!」

隼鷹「間宮アイス? マジで!? いいなあ、あたしにも食べさせてよ!」

金剛「Shit! 自分だけ食べるとか、どんだけ意地汚いネ、扶桑! 私たちにも寄越すデース!」

伊勢「あの……私たちも食べたいなあ」

扶桑「ちょ、ちょっと待ってよ。アイスは1つしかなくて……」

電「そ、そうです。提督さんも、これは扶桑さんにって」

金剛「だからって1人で食べる気デスか! そんなことして、旗艦として恥ずかしくないデスか!」

扶桑「ちが……ちゃんと山城と分けあって食べるわよ!」

隼鷹「あたしには? あたしにもちょーだい!」

伊勢「食べたい? しょうがないなあ。じゃあ、もし貰えたらね」

378: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:07:26.32 ID:cPCecml10
金剛「さあ! ずべこべ言わずそいつを寄越すデース! お前みたいな欠陥戦艦にはもったいない代物デース!」

扶桑「なっ! あんたにだけは絶対に渡さないわよ、この老朽艦!」

金剛「なんだとBitch! 何なら力ずくで奪い取ってやるネ!」

赤城「まあまあ。皆さん、落ち着いてください」

皆さんがわいわい騒ぎ出したところで、騒ぎを大きくした張本人である赤城さんが前に進み出ました。

赤城「アイスは1つしかありませんし、量も少ないですから。みんなで分けるのは少々無理があるでしょう」

隼鷹「えー。じゃ、あたしたちは我慢するしかないってこと?」

赤城「いえいえ。どうでしょう、ここはひとつ、何かしらのゲームや勝負事を行って、勝者が間宮アイスを得るというのは?」

扶桑「そんな勝手に……」

379: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:07:53.17 ID:cPCecml10
金剛「賛成ネ! 私がこんな不幸女に負けるはずないデース!」

隼鷹「ま、それなら平等にチャンスがあるよな。よーし、何で勝負する?」

伊勢「ゲームだって。頑張ろうね!」

赤城「私を入れて賛成意見が4。入渠中の山城さんが反対しても、反対2ですから多数決で賛成側の勝ちですね」

扶桑「うぐ……」

……なるほど。こういうところは、さすが赤城さんだと思います。

正攻法でアイスが手に入らないと見るやいなや、みんなを呼び集めて騒ぎ立て、アイスの所有権を振り出しに戻す。

おそらく、赤城さんは勝負事になっても、絶対に勝つ自信があるのでしょう。さすが一航戦です。

山城「すみません、遅くなりました……? お姉さま、何の騒ぎですか?」

380: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:08:22.07 ID:cPCecml10
扶桑「山城……ごめんね、アイスを守りきれなくて」

山城「え?」

赤城「今から1つだけある間宮アイスを賭けて、みんなで勝負をするんですよ。山城さんも参加されますか?」

山城「……えっと、どういう状況でしょうか」

電「あのですね……」

山城さんに経緯を説明しました。山城さんが戻る前に言い争いをまとめたのも、赤城さんの計算でしょう。山城さんは扶桑さんの味方をするでしょうから。

山城「なるほど、状況はわかりました。当然私も参加します!」

扶桑「本当にごめんね。こんな面倒なことになってしまって」

山城「いえ、そんなことありません! 私たちでアイスを勝ち取りましょう! 2人で力を合わせれば、負けるはずなんてありません!」

扶桑「そう……そうよね! ありがとう山城、私も頑張るわ!」

381: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:08:48.54 ID:cPCecml10
金剛「で、何で勝負するデースか?」

隼鷹「チンチロはどうかな? ほら、軽巡たちが賭博場でよくやってるじゃん。サイコロと茶碗借りてさ」

扶桑「チンチロ? ダメ、ダメよ! 不公平だわ!」

山城「そうです! 賭け事で勝負なんて認められません!」

隼鷹「えーなんで? すげー公平だと思うんだけど」

扶桑「それは私たちを、不幸姉妹だと知っての発言かしら!?」

隼鷹「あーなるほど。確かに賭け事系は不公平だったわ」

伊勢「私は大富豪がいいなあ。強いんだよ、私。え、苦手? そうなんだ。じゃあやめておこっか」

382: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:09:14.93 ID:cPCecml10
金剛「面倒くさいネ! シンプルにポーカーで勝負デース!」

扶桑「ポーカーだって運要素が大きいじゃない! もともとアイスは私たちのなんだから、こっちの意見は聞き入れてもらうわよ!」

山城「そうです! 運が絡まない勝負を希望します!」

言われてみれば、たしかに運が絡むトランプ、サイコロの類で、扶桑さん、山城さんの勝つイメージがまったく浮かびません。

きっと人生ゲームをプレイしようものなら、恐ろしい額の借金を抱えて姉妹仲良く最下位争いをすることになるでしょう。

赤城「ですが、運の絡まないゲームとなるとなかなかありませんよ。腕相撲でもやりますか?」

隼鷹「ちょ、腕相撲は勘弁してよ! 軽空母が力で戦艦に勝てるわけないじゃん!」

扶桑「なら将棋は? 将棋ならみんなルールを知っているでしょう」

金剛「No! 私、将棋のルール知らないデース! でもチェスなら知ってマース!」

隼鷹「あーごめん。チェスは私が知らないや。将棋とチェスはダメだな」

383: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:09:44.37 ID:cPCecml10
山城「オセロはどうでしょう。これならみなさん、ルールは知っているはずです」

赤城「オセロですか……悪くはありませんが、盛り上がりに欠けますね」

金剛「ならテニスかバドミントンがイイネ! きっと盛り上がりマース!」

扶桑「それなら実力勝負ができるわね。電ちゃん、鎮守府にラケットやボールなんかはあるかしら?」

電「うーん、探してみないとわかりませんけど、たぶんないと思うのです」

山城「この際だから、電さんに勝負の内容を決めてもらうのはどうですか? それが一番公平じゃないでしょうか」

電「え、私が?」

赤城「みなさん自分が有利になる勝負を提案するでしょうから、確かにそれが公平ですね」

384: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:10:14.47 ID:cPCecml10
隼鷹「そうだね! 電ちゃん、鎮守府から何か勝負に使えるものを持ってきてよ!」

扶桑「私からもお願いするわ。運が絡まなくて、1対1の実力勝負ができるものがいいわね」

金剛「できれば盛り上がるやつがいいデース! この不幸姉妹を派手にブッ倒せるやつネー!」

扶桑「あら、その場合あなたが派手にぶっ倒されることになるのだけれど?」

電「えっと。公平で、運が絡まなくて、1対1、実力で戦える、盛り上がる勝負……ですね?」

赤城「そんな感じですね。それじゃ、電さんとアイスを守らなければなりませんから、鎮守府には私が護衛に着きましょう」

電「大丈夫です! 絶対に遠慮します! 1人で大丈夫ですから!」

扶桑「赤城さん、私たちと一緒にいてもらうわよ。あなたは何か不正をしでかしそうだから」

赤城「なんですか、失礼ですね。親切心で言っただけなのに」

さすが扶桑さん、勘が良くて助かります。今、赤城さんと2人きりになったら、たちまちアイスごと頭から食べられてしまいそうです。

385: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:10:42.78 ID:cPCecml10
山城「間宮アイスはこっちで預かります。みんなで監視し合えば誰も手を出せませんから、それが一番安全でしょう」

電「わかりました。じゃあ、何か良さそうなものを見つけてきます」

気づけば妙な争い事に巻き込まれてしまっていますが、赤城さんの魔の手から逃れることはできました。

間宮アイスを盗んで食べたのは赤城さんで間違いありません。6つも食べてまだ欲しいなんて、想像を絶する食い意地です。

公平な実力勝負を、とのことでしたが、それなら最も勝利への欲が深い赤城さんが必ず勝つ気がしてなりません。

何がいいでしょうか。そういえば、よく外で遊んでいる駆逐艦の子たちなら、スポーツの道具か何か持っているかもしれません。

ちょっと駆逐艦の子たちがいるほうへ寄ってみましょう。


386: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:11:23.08 ID:cPCecml10
文月「うぉおおおおおーー! くたばれぇぇぇーーー!! 」

白雪「おらぁああああああーー! お前がくたばれぇぇぇーーー!」

不知火「さあ決着を付けろ! 勝った者には、子日親衛隊の長の座をくれてやるぞ!」

長月「頑張れ文月ー! 目だ、目を狙え! 肘でもいいから目に入れろ!」

吹雪「白雪ちゃん、負けないで! 今よ、あいつの耳を食い千切って!」

387: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:11:50.62 ID:cPCecml10
えー。駆逐艦の子たちがよく遊んでいる広場にやってきました。いま皆さんがやっているのはボクシング、ですね。

雰囲気からして決勝戦らしいです。文月さんと白雪さん、共に血まみれになりながらグローブでお互いの顔面を叩き合っています。

セコンドの人が大声で反則をそそのかしていることが不思議でなりません。今は関り合いにならないようにしましょう。

電「あ、でもボクシングなら公平で実力勝負……」

いやいや、ないです。金剛さんあたりは喜びそうですが、絵的にまずいでしょう、それは。

広場を見渡すと、駆逐艦の子たちが片付けてないボールなんかが転がっています。ここなら何か、良さそうなものが見つかりそうです。

388: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:12:28.99 ID:cPCecml10
霞「あら、電じゃない。久しぶりね」

電「あ、霞ちゃん! 会えて嬉しいです! 霞ちゃんはどうしてこんなところ……ま、まさか」

霞「なに勘違いしてるのよ。私は出場者じゃないわ。あの教団たちがボクシング大会を始めたから、観てただけよ」

電「はあ、そうなのですか……近くで観てて危なくないですか? 教団の人から何か言われたりとか」

霞「多少勧誘はされるけど、案外アカギドーラ=チャクルネ教団のやつらはしつこくないわよ。遠巻きに見てるぶんには安全だわ」

電「アカギド……そういう名前の教団なのですか」

389: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:13:00.56 ID:cPCecml10
霞「とうとう覚えてしまったわ。あんまり関わりたくはないけど」

電「それがいいです。霞ちゃんはそのままの霞ちゃんでいてください」

霞ちゃんがあの変な宗教にハマってしまったら、私は心の拠り所を完全に失ってしまいます。

ふと、間宮アイスを霞ちゃんと2人で食べられたら、と考えました。

霞『ほら、電。あーん』

電『え。そ、そんな……恥ずかしいのです』

霞『恥ずかしがることないでしょ? 2人っきりじゃない……はい、あーん』

電『あ、あーん……』

390: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:13:38.43 ID:cPCecml10
霞『おいしい?』

電『は、はい。おいしいのです』

霞『ふふ、かわいいわね、電。じゃ、次は電が私に食べさせて』

電『は、はい……あーん』

霞『ううん、違うわ。そうじゃないの』

電『え? どういう……』

霞『教えてあげるわ。もう一度、あーんして』

電『あ、あーん……』

391: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:14:12.80 ID:cPCecml10
霞『そう、いい子ね……そのままよ、飲み込んじゃダメ。そのまま、唇を私に……』

電『あっ……らめ、らめなのれす……んっ』

霞『んふっ……電、かわいい』

電『か……霞、ちゃん……』

霞『電……好きよ……』

電「わ、私も……霞ちゃんのことが……」

霞「私が何?」

電「ふぁい!?」

392: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:14:51.19 ID:cPCecml10
10秒間ほど記憶がありません。何かとんでもなくいけないことを考えていた気がしますが、きっと気のせいです。私は何も覚えていません。

電「ひ、独りごとです! 気にしないでください!」

霞「そう? さっきからぼーっとして。よだれ出てるわよ。眠いの?」

電「だ、大丈夫です。あっ……そろそろ用事を済ませないといけないのです」

霞「ふうん? 用事って何?」

電「実は……」

霞ちゃんに今の状況を説明しました。ハッピーラッキー艦隊で間宮アイスを賭けた勝負をすること。私が勝負の内容を決めないといけないこと。

393: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:15:53.88 ID:cPCecml10
霞「じゃ、ボクシンググローブでもあいつらから借りれば? そろそろ終わりそうだし」

電「さすがに殴り合いはちょっと……テニスラケットなんかはないですか?」

霞「テニスラケットは見たことないわね。バスケットボールならあそこにあるけど」

電「バスケットボールで1対1の対決は難しそうなのです」

霞「それもそうね。あとは野球のボールならあるけど、バットはないわ」

電「なぜバットがないのですか?」

霞「叢雲って子がスイングしたときに、すっぽ抜けて海に落ちちゃったのよ。ちなみに、その子は罰としてあいつらの地下牢に閉じ込められてるそうよ」

394: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:16:23.34 ID:cPCecml10
電「は、はあ……ほかに良さそうなものはないですか?」

霞「うーん。球技の類はもうなさそうね……じゃあ、あれは?」

霞ちゃんは広場に転がっている、2本のそれを示しました。

電「えっ? あれはちょっと……危なくないですか?」

霞「そうかしら? 痛いとは思うけど、怪我や事故は起きにくいようにできてるのよ、あれ」

電「それも……そうですね」

霞「勝負に使うんならいいんじゃないかしら。一応スポーツ用具でしょ」

たぶん、これなら公平で、実力勝負になるでしょう。運も絡まず、勝敗もハッキリして盛り上がると思います。

395: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:17:02.33 ID:cPCecml10
電「……これを持って行ってみます。ちょっと教団の人に言って、お借りしてくるのです」

霞「勝手に持って行ったら? あいつらに変な借りを作らない方がいいし、今なら気付かれないわよ」

電「さすがにそれは悪いので……大丈夫です、すぐ返すと伝えますから」

あの教団のリーダーは不知火さんみたいなので、彼女に話を通せばいいでしょう。

今は試合に集中しているようなので気が引けましたが、こちらも急ぎなので、おそるおそる話しかけました。

電「あの、不知火さん。ちょっといいですか?」

不知火「なんだ! 今は大事な試合の最中……ッ!?」

怒った声で振り向いた不知火さんの表情が、驚愕と恐怖で凍りつきました。

396: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:17:28.52 ID:cPCecml10
不知火「さ……先触れだーーー!! 試合は中止だ! 皆の者、先触れの電様がやってきたぞーーー!!」

電「は、はい? さきぶれ?」

「さ、先触れだって!?」「そんな……なんでこの時期に!」「生贄は!? 生贄は用意してあるの!?」

ボクシングで盛り上がっていた広場が、一瞬で混沌に包まれました。その混沌の中心にいるのは、ほかでもない私です。

不知火「吹雪、来い! 重要な任務を申し付ける!」

吹雪「は、はい! なんなりと!」

不知火「今すぐ子日様の元へ走り、急ぎ聖別を行っていただくのだ! 選ばれた者をすぐにここへ連れて参れ!」

吹雪「しかし、子日様は聖別の方法をまだ御存知ではありません!」

不知火「ならば、これと感じた者の頭の上に手を置くよう伝えよ! 子日様の成すことは天の意思そのものなのだ!」

吹雪「かしこまりました!」

397: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:17:57.88 ID:cPCecml10
不知火「長月! 来い!」

長月「はっ! どうぞ申し付けください!」

不知火「保管庫からありったけのボーキサイトを持って参れ! 先触れの電様に捧げ、一時の時間稼ぎとせよ!」

長月「承知いたしました! 今すぐに!」

命令を受けた吹雪さん、長月さんは突風の如く走り去って行きました。

不知火さんは2人を見送ると、私のもとに走り寄り、何の躊躇いもなく膝を地に着けて頭を垂れました。

不知火「電様、聖別が済むまでどうか今しばらくお待ち下さい! 今ボーキサイトを持ってこさせておりますので!」

電「あ、あの。ボーキとか持って来られても困るんですけど」

398: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:18:35.68 ID:cPCecml10
長月「持って参りました! 電様、どうぞ! お召し上がりください!」

電「いえ、いらないです。私、駆逐艦なので。ボーキは食べられないのです」

長月「なっ……不知火様! 電様がボーキを受け取られません!」

不知火「な、なんだとぉおおおお!? それほどまでに、アカギドーラ様の怒りは深いというのか……っ!」

電「私の存在はどういう位置づけなんですか!?」

不知火「こうなれば……長月、地下牢の叢雲を連れて参れ! それから斧もだ! ここで叢雲の首を落とし、電様に捧げ……」

電「すみません、ボーキ食べます! あー嬉しいなー! ボーキサイト美味しいなーボリボリ!」

長月「し、不知火様! 電様がボーキをお召し上がりになりました!」

不知火「そうか、よかった……ええい、吹雪はまだか! 聖別を急いでもらわねば……」

ああ、ボーキサイト美味しくありません。噛み砕ける硬さの石を噛んで飲み込んでいる気分です。明日にはきっとお腹を壊すでしょう。

399: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:19:07.60 ID:cPCecml10
勢いに流されてボーキを頬張る羽目になりましたが、そもそも、食べる必要自体なかったのではないでしょうか。

私は借り物をしにきただけで、説明すればそれを理解してもらえるはずです。

電「不知火さん。あのですね、私は借りたいものがあるだけで……」

吹雪「不知火様! 子日様に聖別された者を連れて参りました!」

不知火「戻ったか! して、聖別を受けた者は一体誰だ!?」

吹雪「そ……それが……」

陽炎「不知火……えへへ。ごめんね? 私、選ばれちゃった……」

不知火「か……陽炎!? まさか、不知火の姉であるそなたが……馬鹿な、そんなはずはない!」

400: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:19:38.59 ID:cPCecml10
陽炎「ううん、本当に私なの。子日様はすぐ近くにいた私のもとに来られて、無邪気な笑顔で私の頭に触れられたわ……」

不知火「そんな……ありえない。あっていいはずがない……」

陽炎「私も、選ばれた時は思わず泣いてしまったわ。そんな私を見て、子日様はずいぶん取り乱しておられた……」

陽炎「きっと泣き叫ぶ私に失望してしまわれたのね。情けない姿をお見せしてしまったわ」

陽炎「だから、せめて最期だけは立派に生贄としての役目を務めさせてほしいの……!」

電「え、あの……生贄!?」

401: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:20:17.65 ID:cPCecml10
不知火「待ってくれ! 陽炎、そなたがいなくなったら、不知火はどうすれば……!」

陽炎「そんな……そんなこと言わないで! 私だって、怖くて仕方がないのよ!」

そう言って陽炎さんは大粒の涙を流しました。流れる涙は地面に落ち、彼女の足元に水溜りを……水溜り?

陽炎「ほら、怖くて    漏らしちゃってる……こんな情けないお姉さん、必要ないでしょう? 私の尿には、あなたの尿みたいな魔除けの力もないし……」

不知火「そんなことはない! 陽炎の尿なら、魔除けなど関係なしに不知火は飲める! 今から飲んでみせようか!?」

陽炎「やめて、もう優しくしないで! 私は生贄として……電様に頭をもぎ取られ、アカギドーラ様の怒りを鎮めるために命を捧げるのよ!」

電「私が頭をもぎ取る!?」

402: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:21:42.19 ID:cPCecml10
不知火「嫌だ、嫌だ! 電様、どうか生贄の役目、この不知火に務めさせてはいただけませぬか!」

陽炎「不知火!? 何を言っているのよ! あなたは首長なの、そんなことしちゃダメなのよ!」

不知火「うるさい! この不知火、先ほど聖別された陽炎の姉妹艦であります! 同じ血が流れる者なら、生贄としても相応しいはず!」

不知火「だからどうか……どうかこの不知火の頭を! その手でもぎ取っていただきたい!」

陽炎「ダメよ、不知火! 電様、どうぞ私の頭をもぎ取ってください! 私こそ生贄に相応しいはずです!」

不知火「黙れ陽炎! 頭をもぎ取られるのはこの不知火だ!」

陽炎「やめてよ! そんなことされたって私、全然嬉しくなんかない! 電様、お願いです! 不知火の頭をもぎ取らないでください!」

電「わかりました、もぎ取りません! 代わりにこれを貸してください! それで生贄の件はオッケーです!」

403: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:22:45.56 ID:cPCecml10
不知火「こ、こんなもので生贄が済むと!? 一体それはどういうことなのですか!」

電「控えなさい! アカギドーラの先触れたる電の思慮は奈落よりも深い! 貴様ら矮小な駆逐艦ごときが計り知れるとでも思うのか!」

不知火「はっ、ははぁーーー! 大変失礼いたしました!」

電「それではこれは借りていきます。日暮れまでには返しに来ますので」

不知火「かしこまりました! お待ちしております!」

電「うむ。では下がりなさい。私は急ぎますので」

不知火「はっ! 皆の者、道を開けよ! 電様がお帰りになられる!」

「ははぁーーー!」

404: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:23:20.92 ID:cPCecml10

いつの間にか大勢集まっていたアカギドーラ=チャクルネ教団の方々が、一斉に割れて私の通る道を作りました。

もはや何者にも邪魔されることはなく、私は借り物を持って悠々とその道を歩きます。

道の向こう側には、霞ちゃんが待っていました。ドン引きした表情で。

電「……見てたのですか?」

霞「あんた……本当に先触れなの?」

電「ち、違います! 機転を利かせただけです! ほら、おかげで無事に借りられたでしょう?」

霞「私にはあんたが大火傷してきたように見えるんだけど……」

405: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/02(日) 06:24:00.75 ID:cPCecml10
電「気のせいです! あの……いま見たことは忘れてくれませんか」

霞「……努力はするわ」

電「……私のこと、嫌いにならないでほしいのです」

霞「大丈夫、大丈夫よ。嫌いになったりしないから……本当よ?」

霞ちゃんの目が微妙に泳いだ気がしますが、きっと気のせいです。気のせいですよね……?

せっかく今日は間宮アイスを食べられて幸せな気持ちになれたのに、おかしなことばかりに巻き込まれてしまいます。

ともかく言われてた勝負に相応しそうなものは手に入ったので、急いでハッピーラッキー艦隊の元へ戻りましょう。

中編に続く

425: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:06:08.43 ID:fwzfgllu0
電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです6 死闘! 間宮アイス争奪戦 中編

426: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:06:34.27 ID:fwzfgllu0

扶桑「これは、竹刀?」

赤城「竹刀ですね」

電「ど、どうでしょう。これなら皆さん、いい勝負ができると思ったのですけれど」

私が持ってきたのは、広場に転がっていた2本の竹刀でした。

竹刀はもともと、剣術の稽古における木刀に代わる練習用具として作り出されたそうです。

木刀は強く当てれば骨折、打撲などの大怪我に繋がりますが、竹刀は強く打ち込んでも痛いだけで、稽古中の事故を防ぐことができます。

スポーツ勝負としては少々荒っぽいかもしれませんが、これなら怪我なく、公正な実力勝負ができるのではないでしょうか。

427: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:07:06.27 ID:fwzfgllu0
隼鷹「いいね、剣道試合! みんな艦娘なんだから剣道くらいできるっしょ?」

赤城「まあ、艦娘として当然ですね」

伊勢「私も剣道はわりと得意なんだよね~。知ってた?」

金剛「Yes! 金剛もそれくらいの武術は心得てマース!」

電「……そうなのですか?」

私も艦娘ですが初耳です。剣道のルールも何となくしか知りません。

山城「艦娘だって要は軍人ですから。電さんはご存じないんですか?」

電「ご存知ないのです……」

428: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:08:15.98 ID:fwzfgllu0
扶桑「電ちゃんはまだ駆逐艦だからしょうがないわよ。大きくなったらきっと武術全般を教わることになると思うわ」

赤城「じゃ、勝負はこれで決まりですね。竹刀での1対1の決闘、ということで」

山城「でも、防具がありませんね。どうしましょうか」

赤城「別にいらないんじゃないですか? 当たっても大怪我するわけじゃありませんし」

扶桑「まあ、そうね。ルールはどうする? 普通の剣道の試合と同じでいいかしら」

隼鷹「でもさー、判定とかめんどいじゃん。もう当たったら負けってことにしよーぜ」

金剛「それに賛成ネ! ルール無用の戦いの方が、私の実力を発揮できるネ!」

429: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:08:50.49 ID:fwzfgllu0
竹刀は気に行ってもらえたようで幸いです。皆さんノリノリで試合の準備を始められました。

一時はどうなることかと思いましたが、この調子だと平穏無事に終わってくれそうです。

扶桑「じゃ、竹刀を相手に当てたら勝ちにしましょう。弦の側は当てても無効。当然、竹刀を掴む行為は反則ね」

隼鷹「対戦方式はトーナメント勝ち抜け式でいいかな?」

赤城「それだと6人いますから、1組だけは2回しか戦わなくていいことになりますね」

扶桑「まあ、それくらいの運要素は許容しましょう。いいわよね、山城?」

山城「ええ、お姉さま。私たちが勝てばいいんですから!」

そうしてクジ引きの結果、対戦表はこのようになりました。

430: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:09:18.44 ID:fwzfgllu0

    ┏━山城
  ┏┫
  ┃┗━隼鷹
┏┫
┃┃┏━赤城
┃┗┫
┫  ┗━伊勢

┃  ┏━扶桑
┗━┫
    ┗━金剛

これは……至極順当な組み合わせに見えなくもないですが、3戦目が曲者です。

犬猿の仲の扶桑さん、金剛さんが初戦で当たる形になりました。波乱が起こるとすれば、間違いなくここです。

431: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:10:07.12 ID:fwzfgllu0
金剛「ハッハー! 好都合ネ、最初から扶桑をぶっ潰せるデース!」

扶桑「私も嬉しいわ。早い内からあなたに膝を着かせることができるだなんて」

山城「お姉さま、珍しく運がいいですね! 2回勝てば優勝……いえ、私が2回勝ちますから、お姉さまは金剛さんを倒してくれるだけで構いません!」

隼鷹「ふっふーん。そうはいかないよ? 1回戦の相手はあたしだからねー」

伊勢「よーし頑張ってくるからね!」

赤城「戦う回数が多い方の組み合わせになってしまいましたか……まあ、仕方がないですね」

432: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:10:35.17 ID:fwzfgllu0
扶桑「それじゃ、試合開始の合図は電ちゃんにお願いするわね」

電「あ、はいなのです」

山城「一旦アイスは返しますね。優勝者が決まるまで預かっておいてください」

改めて間宮アイスの入ったクーラーボックスを首から提げます。どうやら私は審判役をしなければいけない流れですね。

もうここまで来たら、平穏無事に終わってくれればそれでいいです。審判でも何でもやりましょう。

それでは早速、第一試合を始めたいと思います。

第一試合:山城 VS 隼鷹

433: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:11:00.80 ID:fwzfgllu0
隼鷹「さーて、久々に本気出そっかなー」

山城「お姉さま、では行って参ります!」

扶桑「頑張ってね、山城! 無理はしたらダメよ?」

第一試合は山城さんと隼鷹さんです。ハッピーラッキー艦隊においてはそこそこ常識のあるお2人なので、突拍子もないことは起こらないでしょう。

互いに竹刀を持ち、開始線に立ちます。両者とも中段の構えを取りました。

電「それでは……始めっ!」

山城「たぁああああーーー!!」

隼鷹「やぁああああーーー!!」

434: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:11:31.75 ID:fwzfgllu0
両者、かけ声と共に正面から激しく打ち合います。カン、カンと立て続けに快音が響き、何度も竹刀と竹刀がぶつかり合います。

金剛「ハッハー、2人ともなかなかやるネ!」

扶桑「山城、頑張って! 気を抜いたらやられるわよ!」

伊勢「2人とも強いねえ。大丈夫、私もあれくらいやれるから!」

すごい、すごいです。激しい打ち合いにも関わらず、私には何だか普通にスポーツをしてるかのような平和な光景に見えます。

どうやら剣道の心得があるのは本当だったようで、両者とも一歩も譲らない展開が続きました。

打ち合い、突きを弾き、鍔迫り合っては離れてまた打ち合います。

435: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:11:58.86 ID:fwzfgllu0
山城「隙あり!」

隼鷹「あいたっ!」

そしてとうとう勝敗が決しました。突きにいこうと隼鷹さんの竹刀が下がった瞬間を見切り、肩に袈裟斬りを浴びせた山城さんの勝利です。

山城「やった! やりましたわ、お姉さま!」

扶桑「おめでとう! さすが山城ね、勝つって信じていたわ!」

隼鷹「あちゃー。あそこで飛び込んでくるとは、やるねー山城」

ケガもなく、第一試合は普通に終わりました。全てこんな感じで終わってくれるといいのですが……

続いて第二試合です。

436: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:12:49.14 ID:fwzfgllu0
第二試合:赤城 VS 伊勢

赤城「それじゃ、やりましょうか」

伊勢「行ってくるね? 応援よろしく!」

皆さんが間宮アイスを賭けて「6人」で勝負をしようと言ったとき、私は内心ホッとしていました。

最近のハッピーラッキー艦隊の雰囲気を考えると、伊勢さんがいないことにされていてもおかしくなかったからです。

5人トーナメントで1人がシード枠、という流れにならず、伊勢さんが仲間に入れてもらえて本当に良かったと思います。

ただ、見ないふりをしてきましたがどうしても気になることがあります。誰からも口を利いてもらえない、というのは今までどおりなのですが……

伊勢「ん? 大丈夫、本当に自信あるから! 期待して待っててね?」

伊勢さん、さっきから1人で見えない誰かと喋っていませんか?

437: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:13:22.83 ID:fwzfgllu0
電「では……始め!」

ともかく、試合開始の合図をしまし、

赤城「キェエエエエーーーー!!!」

伊勢「ふぇっ!?」

電「ひっ!?」

瞬きする間に勝敗は決しました。

視界から消えたかと思うほど素早い赤城さんの踏み込みの直後、響き渡る竹刀が弾けたかのような破裂音。

それは赤城さんの唐竹割りが、伊勢さんの額に直撃した音でした。

伊勢さんの頭が割れたんじゃないかと心配になるほどの、凄まじい一撃でした。

438: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:13:52.20 ID:fwzfgllu0
山城「お姉さま、今のは……!」

扶桑「ええ。予想はしていたけど……やはり、赤城は相当できるわね」

一撃。たった一撃で、誰もが理解しました。赤城さんがとてつもなく強いことを。

電「伊勢さん! 大丈夫ですか!?」

慌てて伊勢さんのもとに駆け寄ります。あれだけの一撃なら、竹刀とはいえ無事では済まないかもしれません。

伊勢「う、うう……痛たた……」

電「伊勢さん、しっかり。私がわかりますか?」

伊勢「……うん。わかるよ、日向」

電「はい?」

439: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:14:34.87 ID:fwzfgllu0
伊勢「ごめんね、負けちゃって……日向に間宮アイス、食べさせてあげたかったのに」

電「あの、私は電ですが」

伊勢「大丈夫よ、ちょっと頭が腫れただけだから。もう、日向ったら心配性なんだから」

あ、ダメですこの人。頭を打ったからかどうかはわかりませんが、とうとう「いない姉妹艦を呼び続ける病」を発症してしまいました。

しかも、かなり重度です。後で提督さんに報告し、疾病措置を取ってもらわないといけません。

電「えーじゃあ、伊勢さん。あっちで休んでましょうね。あんまり動かないようにしてください」

伊勢「うん、わかったわ。ありがとう日向」

伊勢さんを木陰に移動させておきます。その表情は、今まで見たこともないくらい安らいでいました。

未だ鎮守府に日向さんは未着任です。心の拠り所がない伊勢さんにとって、こうなることが一番幸せだったのかもしれません。

440: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:15:04.22 ID:fwzfgllu0
赤城「伊勢さん、大丈夫でしたか? 少し強く叩きすぎちゃったんですけれど」

電「えー大丈夫……です、はい。命に別状はないのです」

赤城「そうですか、なら良かったです」

隼鷹「いやースゴイな赤城! さすが一航戦ってやつ?」

赤城「いえいえ、あんなの大したことないですよ。闇雲に思いっきり振り下ろしたら、たまたま当たったんです」

なぜそんなバレバレの嘘を平然と吐くことができるのでしょうか。あの一撃には殺気さえ感じられたというのに。

赤城さんはきっと、勝つためなら相手がどうなろうと知ったことではないでしょう。次の赤城さんの対戦相手の方が心配です。

441: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:16:29.06 ID:fwzfgllu0
しかし、それでも大したことにはならない気がします。次の試合に比べれば。

今から始まることを考えれば、ここまでの対戦は全て前哨戦だったと言ってもいいでしょう。

第三試合:扶桑 VS 金剛

442: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:17:07.56 ID:fwzfgllu0
金剛「あのポンコツな妹にお別れは済ませてきたデースか? 今日がお前の命日デース!」

扶桑「何を勘違いしているのかしら、死ぬのはあなたのほうよ? 墓標にはR.I.Pの他になんて刻めばいいかしら。Loser? それともBitch?」

金剛「ハッ! 今のうちにほざいてるがいいデース! すぐのこの竹刀をお前の   に突っ込んでヒーヒー言わせてやるネ!」

扶桑「そんなに興奮して、紅茶が切れたんじゃない? 私が飲ませてあげましょうか。煮えたぎったやつを、肛門に直接注ぎ込んであげるわ」

開始前から壮絶な舌戦が繰り広げられています。この試合ばかりはまともに終わる気がしません。

もう2人とも、間宮アイスのことなんてどうでもいいんじゃないでしょうか。目の前の相手を倒せればそれでいい、そんな気迫が伝わってきます。

隼鷹「いやーこの試合は面白くなりそうだなー。酒でも飲みながら観戦したいぜ」

山城「お姉さま、ファイトー! 負けないでー!」

443: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:17:52.80 ID:fwzfgllu0
舌戦を終えて対峙した両者は開始線につくと、視線で相手を殺そうとするかのように激しく睨み合います。

おそらくはお2人とも、同じことを考えているのでしょう。「絶対に相手を無事では済まさない」と。

金剛「さあ扶桑、死ぬ準備はできたデースか?」

扶桑「あなたの死を悼む準備ならいつでもできているわよ?」

電「……お2人とも、スポーツマンシップに則ったプレイをよろしくお願いします」

一応声を掛けましたが、相変わらずの視殺戦が続いています。まあ無駄な努力ですよね。

もう止めることはできません。因縁の第三試合、開始です。

電「始め!」

444: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:18:26.65 ID:fwzfgllu0
金剛「ウオラァアアアーー!!」

扶桑「たぁあぁぁぁぁぁーー!!」

合図の瞬間、両者一気に間合いを詰めました。竹刀が激しくぶつかり合います。

続けざまに快音が鳴り響き、壮絶な剣撃の応酬が始まりました。

突き、斬り上げ、面打ち、胴薙ぎ、次々と攻撃が繰り出されますが、互いに防御に入る気配はまったくありません。

まるで攻めで攻めを潰すかのような、息もつかせぬ攻防。本気を出した両者の実力は完全に拮抗していました。

山城「お姉さま、攻め手を緩めてはいけません! 攻め続けることで相手に隙を作るんです!」

隼鷹「ひゃーすげえや! 2人ともやるぅ! 赤城はどっちが勝つと思う?」

赤城「わかりませんね、これだけの好勝負ですから」

電「確かにいい勝負なのです。お2人ともすご……あれ?」

445: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:19:02.08 ID:fwzfgllu0
その瞬間まで、わたしはこの激しくも高度な打ち合いに目を奪われ、興奮さえ覚えながら観戦していました。

一体どのタイミングからでしょうか。いつのまにか私の目に、不思議な光景が映っていました。

いやいや、こんなはずはないです。ありえません。錯覚だと思いたいのですが、あまりにもはっきりと見えています。

電「あ、あの……! これ、おかしくないですか!?」

隼鷹「なに? 電ちゃん、どうかしたの?」

赤城「おかしいところはどこにもないですが」

電「いやいや絶対おかしいですよ! だってほら! ほら!」

私は闘っている最中の扶桑さん、金剛さんの方を必死に指差します。なんでこの人達は平然と見ていられるんでしょうか。

446: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:19:28.03 ID:fwzfgllu0
隼鷹「なんかおかしなところある?」

赤城「私にはわかりかねますね」

電「よく見て下さいよ! ルールが変わってるじゃないですか!」

隼鷹「んー? あ、ホントだ」

赤城「ああ、確かに。あの2人、いつ竹刀を捨てたんでしょうか」

そうです。今や両者とも竹刀を持っていません。それにも関わらず、闘いは続いているのです。

金剛「オラオラオラオラァ!」

扶桑「チィイイッ! フンッ!」

竹刀すら持たず、2人は何度も拳を振り上げ、目の前の相手めがけて躊躇なく放ちます。

私の目には、素手の殴り合いを繰り広げる扶桑さんと金剛さんの姿がまざまざと写っていました。

447: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:20:11.60 ID:fwzfgllu0
電「いいんですか、これ!? 止めないとダメでしょう!」

隼鷹「うーん、でもさあ。殴っちゃダメなんてルール、最初に設定してないしなあ」

赤城「介者剣術において当て身は基本ですし、このままでもいいんじゃないですか?」

電「そんな無茶苦茶な!」

隼鷹「じゃ、今からルール追加しようぜ。テンカウント制がいいかな?」

赤城「この際バーリ・トゥードルールでいいじゃないですか。KOとギブアップのみを決着ということで」

隼鷹「まあそのほうがわかりやすいか。じゃあ電ちゃん、ルール追加ってことでよろしく」

電「ええっ!? で、でも……山城さん、いいんですか!? こんな闘い、扶桑さんが危な……」

山城「お姉さま、脚を止めちゃいけません! 動いてサイドに回りこんでください! 下からのアッパーに気をつけて!」

電「的確に指示飛ばしてる!?」

448: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:21:03.25 ID:fwzfgllu0
あらためて殴り合う2人を見ると、ただ単に拳を振り回しているわけではないことに気づきます。

激しく殴り合っているように見えて、その実、ここまで有効打は互いに一発も浴びていないのです。

金剛さんは両手で頭部のガードを固め、背を丸めて目まぐるしく上半身を揺らしながら、扶桑さんの顔めがけて次々とフックやアッパーを放ちます。

対する扶桑さんは両手を手刀のようにして八の字に構え、巧みにパンチを捌きながらフットワークを使い、回り込んで拳を鋭く突き出します。

電「あ、蹴った! 扶桑さんが蹴りましたよ!」

隼鷹「おっとこれは金剛、うまいこと肘でブロックしたな」

赤城「しかしなかなか鋭いミドルキックでしたね。扶桑さんの流儀は空手のようです」

隼鷹「金剛はボクシングだな。立ち技の攻防は互角ってところか?」

449: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:21:38.51 ID:fwzfgllu0
赤城「ええ。ですが、やや扶桑さんが押され気味ですね。金剛さんのスピードにどうにか付いて行っているという感じです」

隼鷹「相手がボクシングなら、扶桑はもっと蹴りを使って攻めたほうがいいんじゃないか?」

赤城「確かに、ボクサーを相手にするなら蹴り、特にローキックを使ってフットワークを潰し、ミドルやハイキックでダメージを与えるのがセオリーでしょう」

赤城「ところがそうもいかないんですよ。あの金剛さんのファイトスタイルが曲者です」

隼鷹「あの妙な構えは何なんだ?」

赤城「ピーカーブースタイルです。背中を丸めて顔面をがっちりとガードし、ウェービングを多用してパンチを躱すインファイトのスタイルです」

赤城「厄介なのは、このスタイルは相手の懐に潜り込んでパンチを打つんですよ。ほら、下からのアッパーやフックが多いでしょう?」

450: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:22:14.25 ID:fwzfgllu0
隼鷹「本当だ。ジャブやストレートはほとんど打たないな」

赤城「というより打てないんですよ、距離が近すぎて。扶桑さんも、突きや蹴りを出せてるのはフットワークで回り込んだ直後だけです」

隼鷹「なるほど! 間合いが潰されるから、ある程度相手との距離が必要な蹴り技は使えないということか!」

赤城「そうです。さて、扶桑さんはこの状況にどう対処しますかね」

山城「お姉さま、ピーカーブーの弱点はボディです! ボディに打てば当たります!」

隼鷹「お、セコンドの指示を聞いて、扶桑がボディブローを打ち出したぞ」

電「セコンド!? 山城さんセコンドなんですか!?」

451: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:22:40.84 ID:fwzfgllu0
赤城「的確ではありますが、おそらく金剛さんはボディを打たれる覚悟を最初から決めています。あるいは裏目に出る可能性もありますね」

隼鷹「なるほど。さあ、未だに一進一退の攻防が続き……おっとここで扶桑選手のミドルキック!」

電「選手!?」

隼鷹「しかし金剛選手、これもブロック! さすがに防御が固い!」

赤城「扶桑さんは隙あらば蹴りを打ってきますね。それを防ぎきる金剛さんもさすが、といったところでしょうか」

隼鷹「さあ、再びパンチの応酬です。扶桑選手、ボディブローを入れていきますが、金剛選手に効いている様子はありません!」

電「なんで敬語になってるんですか!?」

隼鷹「未だスピード衰えぬ金剛選手のパンチ、扶桑選手これをバックステップで躱す! おっとここでハイキィィィック!」

452: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:23:09.22 ID:fwzfgllu0
隼鷹「しかし金剛選手、またしてもこれをブロック! 動きを読んでいたか?」

赤城「読んでいたわけではないんでしょうが、さすが金剛選手です。良い判断ですね」

隼鷹「それはどういうことでしょうか、解説の赤城さん」

電「解説の赤城さん!?」

赤城「先ほど、扶桑選手はミドルキックを2度放っていますね。おそらく、これはハイキックを放つ布石だったんですよ」

電「ナチュラルに解説始めてる!?」

赤城「空手の中段蹴りは、相手から見ると咄嗟に上段、下段との見分けがつきにくいんですよ」

赤城「相手の初動を見て中段だと思ってボディをガードしたのに、読みが外れて頭に蹴りを入れられてしまうのは珍しいことではありません」

赤城「金剛さんは常に頭をガードしていますから、それを下げさせてハイキックを入れるために、扶桑さんはミドルを2度狙ったんです」

453: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:23:40.81 ID:fwzfgllu0
隼鷹「しかし金剛さんは読んでいたかのようにハイキックを防ぎましたね?」

赤城「おそらく、2度のミドルキックは反射で防げたんだと思います。そこで金剛さんは、次にハイが来る可能性を考えた」

赤城「ミドルなら当たっても耐えられますが、ハイキックならダウンを奪われるかもしれない。金剛さんは、ミドルを受ける覚悟でハイをブロックしたんです」

隼鷹「なるほど! 扶桑選手の鋭い蹴りは見てからだと避けられない、だからヤマを張ったというわけですね!」

赤城「そういうことです。扶桑さんはあのハイで決める気だったでしょうから、ここから試合が動くかもしれません」

隼鷹「あ、確かに扶桑選手、さっきより打ち込まれる頻度が増えています。金剛選手は俄然勢いを増しています!」

赤城「扶桑さんは最初にハイを放つべきでしたね。そうすれば金剛さんはミドルを捨てて頭を守る、そこにミドルキックを打てば形勢は変わっていたでしょう」

454: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:24:19.74 ID:fwzfgllu0
隼鷹「さあ金剛選手のラッシュが止まらない! おっと今のフックはレバーに入ったか? 扶桑選手の表情が苦痛に歪む!」

隼鷹「扶桑選手のフットワークが鈍った! これは危険だ、金剛選手にチャンスが訪れます!」

隼鷹「しかし扶桑選手も終わらない! この状況からでも果敢に突きを……か、カウンタァァァーー!」

隼鷹「金剛選手のフックが扶桑選手の顎に直撃! これは効いているぞ!」

赤城「順突きの出鼻に合わされましたね。痛いカウンターを貰ってしまいました」

隼鷹「扶桑選手がふらつく! 金剛選手は畳み掛けを狙い……おっと扶桑選手、クリンチだ! 辛うじてクリンチで逃れます!」

赤城「いえ、これは金剛さんに誘い込まれましたね。彼女、決めに掛かってますよ」

隼鷹「お、金剛選手が扶桑選手を抱きかかえるように……じゃ、ジャーマンスープレックスゥゥゥゥーー!!」

455: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:25:14.12 ID:fwzfgllu0
隼鷹「まさかのレスリング技が飛び出しました! このダメージは深刻だ!」

隼鷹「いや、まだ扶桑選手は終わっていない! なんとか立ち上がり、距離を取ろうとしています!」

隼鷹「しかし金剛選手がそれを許さない! 自ら組みに行きました! 服を掴んで強引に引き倒す!」

隼鷹「おーっと金剛選手、マウントポジションを取ったぁーー!! 扶桑選手、絶体絶命です!」

赤城「ここが勝負の別れ処ですね。果たしてここで決まってしまうのか、それとも……」

隼鷹「さあ金剛選手のラッシュ、ラッシュ、ラッシュ! 猛烈なパウンドが雨あられと振り下ろされる!」

隼鷹「扶桑選手は必死にガードを固めます! 防戦一方! ここから逆転のチャンスはやってくるのか!」

山城「お姉さま、心を折ってはダメです! チャンスは必ず巡って来ます、落ち着いて対処してください!」

456: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:25:45.54 ID:fwzfgllu0
隼鷹「セコンドの声にも焦りが見られます! 解説の赤城さん、ここから扶桑選手の逆転というのはありえるんでしょうか?」

赤城「普通なら難しいですが、案外ありえるかもしれませんよ」

隼鷹「お? それはどういった理由でしょうか」

赤城「よく見てください。扶桑さん、あの体制でパウンドパンチを浴びながら、ほとんどクリーンヒットされてないんですよ」

隼鷹「あ、本当ですね! 扶桑選手、ガードを固めつつ腕でパンチを捌いています! 大きなダメージはまだ受けていません!」

赤城「あの逆境にあっても冷静な証拠です。対して金剛さんは少し熱くなりすぎですね。あれだけ連続して攻撃すれば、そろそろスタミナが切れてくる頃です」

隼鷹「たしかに、いささか金剛選手のパンチスピードが鈍ってきました。おっとここで扶桑選手が動いた!」

隼鷹「金剛選手の襟を掴んで引き込みました! 背中に腕を回しての完全な密着状態! これではパンチが打てない!」

457: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:26:12.01 ID:fwzfgllu0
山城「そうですお姉さま! そこからブリッジをして! 脇を蹴ってサイドに転がって……そう、そうです!」

隼鷹「なんと扶桑選手、体勢を入れ替えました! 今度は金剛選手に対し、扶桑選手がマウントポジションを取っています!」

赤城「これがマウントポジションの弱点ですね。一昔前に比べて、今やマウントは絶対ではありません。返しの技術というものが確立されているのです」

隼鷹「さあ今度は扶桑選手にチャンスが訪れる! 金剛選手は果敢に下からパンチを放ちますが、やはりこの体勢では威力がありません!」

隼鷹「おっと扶桑選手、金剛選手の腕を取った! ガードを引き剥がすようにして、今度は扶桑選手が鉄槌打ちを入れていく!」

隼鷹「今のは顔面にモロに入った! 扶桑選手、冷徹に拳を振り下ろします! 金剛選手の顔がみるみる朱に染まる!」

赤城「さすが扶桑さん、チャンスになっても冷静です。このまま決めてしまうかもしれません」

隼鷹「さあ今度は扶桑選手、両手で金剛選手の腕を取った! これは関節を狙っているのか!?」

赤城「アームロックですね。これは決まりそうです」

458: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:26:44.14 ID:fwzfgllu0
隼鷹「金剛選手が身を捩って逃れる! かなり苦しそうな表情だ! 扶桑選手の脚が胴を挟んで動けない、これは逃げ切れないか!?」

隼鷹「いや、金剛選手が強引に扶桑選手を引き寄せた! 片手で扶桑選手を抱き込む! 先ほどと同じ展開になりました!」

隼鷹「金剛選手、がっちりと扶桑選手を捕まえて動きません! ダメージの回復が狙いか!?」

赤城「ついでに切れたスタミナの回復もしたいのでしょうが、どちらもできないでしょうね」

隼鷹「お、それはなぜですか、解説の赤城さん?」

赤城「扶桑選手の左手を見てください。ただ金剛さんを押しのけようとしてるわけではありませんよ」

隼鷹「あ、扶桑選手の左腕が、金剛選手の首の上にのしかかっています!」

赤城「ワンハンドチョークと呼ばれるものですね。これで試合が決まることはありませんが、体重を首に掛けられていますから、気道は締まります」

赤城「この状況であれをやられると、相当苦しいでしょう。ダメージとスタミナは回復するどころか、むしろ蓄積するでしょうね」

隼鷹「なるほど! 金剛選手、どうやら腕を外そうと再び身を捩っていますが、腕が外れない! これは文字通り苦しい展開だ!」

459: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:27:16.38 ID:fwzfgllu0
隼鷹「ここで両者、抱き合ったまま転がりました! 再び体勢が入れ替わる! 今度は金剛選手がマウントを取るか!?」

赤城「それはありませんね。今のは扶桑選手が誘い込みました」

隼鷹「おっとこれは……一見、金剛選手が上になっていますが、その腰には扶桑選手の両足が固く巻き付いています!」

隼鷹「これはガードポジション! 扶桑選手が狙っていたのはこの展開か!?」

赤城「立ち技では金剛さんでしたが、寝技では扶桑さんに一夕の長がありますね。となると、彼女はあの体勢からでも決められる技を持っています」

隼鷹「さあ金剛選手も反撃に移ろうとする! 得意のパンチを果敢に打っていきます!」

隼鷹「しかし届きません! 扶桑選手、脚で金剛選手の体をうまくコントロールしています! 金剛選手攻められない!」

隼鷹「それに金剛選手の動きにキレがありません! やはりスタミナの回復はできなかったようです!」

赤城「この体勢で金剛さんにできることはありませんね。とにかく脚を外さないといけないのですが」

460: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:28:04.67 ID:fwzfgllu0
隼鷹「金剛選手、今度はボディを打ちに行った! しかし拳に力がない! 扶桑選手にもダメージは感じられません!」

隼鷹「ここで金剛選手が腕を取られた! 扶桑選手の脚が上へと跳ねる!」

隼鷹「脚が首にかかった! これは……決まったぁぁーーー! 三角絞めだぁぁーー!!」

隼鷹「これは完全に極まっています! 金剛選手の顔が赤く染まる! 外せない! 外せません!」

隼鷹「いや、金剛選手も終わりません! なんとそのまま立ち上がった! 取られた右腕が扶桑選手ごと持ち上がっていく!」

赤城「力づくで地面に叩きつける気ですね。ああなったら、外すにはそれしかありませんから」

隼鷹「なんという力、なんという執念! 金剛選手、とうとう片手一本で扶桑選手を持ち上げた! このまま叩きつけが決まるか!?」

461: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:28:42.11 ID:fwzfgllu0
隼鷹「あっと扶桑選手が脚を入れ替えた! 首から脚が外れます! 両足が金剛選手の前へ!」

隼鷹「なんと三角絞めから、一瞬で腕ひしぎ三角固めに移行したぁーー! 今度は肘関節が極まっています!」

赤城「三角絞めなら首や背筋も使えますが、あれは全体重が肘にかかることになります。これは持ち上げられませんね」

隼鷹「ああっ、持ち上がっていた腕が下がっていく! 叩きつけは失敗! みるみる肘が逆方向に曲がっていく!」

隼鷹「あーっとここで金剛選手! タップ、タップだー! 金剛選手、屈辱のタップアウトォーーー!!」

隼鷹「試合終了ォォ! 死闘を制したのは扶桑、扶桑型戦艦一番艦、扶桑だぁーー!!」

隼鷹「序盤の不利な展開を冷静に対処! 扶桑選手が逆転勝利をもぎ取りました!」

462: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:29:10.59 ID:fwzfgllu0
赤城「素晴らしい試合でしたね。金剛選手にも勝てるチャンスは何度もあったのですが」

隼鷹「勝敗を分けたのは、やはりグラウンドでのテクニックでしょうか?」

赤城「それもありますが、金剛さんはテイクダウンを取る際、扶桑さんに十分なダメージを与えていました。あそこで決まっていてもおかしくはなかったでしょう」

隼鷹「やはり最初のマウントポジションがターニングポイントだったということですね」

赤城「はい。チャンスに熱くなってしまった金剛さんと、ピンチにも冷静さを保った扶桑さん。このメンタルの違いが勝敗を分けたのだと思います」

隼鷹「扶桑選手の勝負強さは凄かったですね。マウントを取られたとき、誰もが彼女の負けを予想したと思います」

赤城「そうですね。寝技に自信があったというのも大きいでしょうが、それでもあそこから状況をひっくり返すのはなかなかできることではありません」

赤城「扶桑選手の最大の武器は、空手技でも寝技でもなく、あの心の強さなのかもしれません。」

463: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:29:52.83 ID:fwzfgllu0
赤城「対する金剛さんはショックを受けているでしょうね。スタンド勝負では圧倒できていたのに、自ら誘ったグラウンドの攻防で敗北する結果になりましたから」

隼鷹「しかし、金剛選手も序盤は非常に良い動きを見せていました。今後、経験を積めば化けるかもしれませんね」

赤城「はい。彼女の再起に期待です」

隼鷹「それではこれを持って、UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)2015 トラック泊地大会を終了いたします!」

隼鷹「実況はわたくし隼鷹、解説は赤城さんでお送りいたしました。次回、UKF無差別級最強トーナメントでまたお会いしましょう!」

赤城「ご視聴ありがとうごさいました」

464: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:30:30.33 ID:fwzfgllu0
(C) Ultimate 艦娘 Fighters Japan運営委員会 2015

466: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:33:01.32 ID:fwzfgllu0
電「いやいや! なんで勝手に終わらせようとしてるんですか!? 赤城さんまで!」

隼鷹「ああ、ごめんごめん。なんかそういう流れだと思ってさあ」

赤城「私としたことが、つい乗せられてしまいました」

電「乗せられてるっていうかノリノリで解説してたじゃないですか!」

いつの間にか別の世界線に移動したのかと思いました。UKFって一体なんですか。

467: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:33:55.00 ID:fwzfgllu0
山城「お姉さま、おめでとうございます! 山城は必ずお姉さまが勝つって信じていました!」

扶桑「はぁ、はぁ……ありがとう山城。ちょっと危なかったけど、あなたのアドバイスのおかげで勝つことができたわ」

山城「そんな、勝てたのはお姉さまの実力です! さすが私のお姉さま!」

金剛「くっ……Shit,Shit! なんで私が負けたネ!? 最初は勝っていたはずデース!」

扶桑「金剛、あなたは勝ち急いでしまったのよ。あの程度の状況に心を乱すだなんて、あなたもまだまだね」

金剛「……扶桑、これで終わったと思うなデース! こんなの、たまたま運がよかっただけデース!」

扶桑「不幸姉妹である私にそれを言うかしら? あなたも焼きが回ったものね」

金剛「うっ……」

扶桑「『運命の女神は待つことを知るものに多くを与えるが、急ぐ者にはそれを売りつける』……たとえ運にせよ、あなたの負けに変わりはないわ」

扶桑「そこで私たちが間宮アイスを美味しく食べるところでも見ているのね。あなたは砂でも食べてなさい」

金剛「ぐっ、うぐぐぐぅ……!」

さすが扶桑さん、死体蹴りを欠かしません。闘いの果てに友情が芽生えるとか、そういう展開はないようです。

468: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:34:34.08 ID:fwzfgllu0
ともかく、これで問題の第三試合が終わりました。無茶苦茶な内容でしたが、後に引く混乱もさほどありません。ルール変更はありましたが。

私的にはもうお腹いっぱいです。今のが決勝戦だったらよかったのですが、残念なことに、今のですらトーナメント第一回戦なのです。

赤城「それでは山城さん、始めましょうか。準備はできていますか?」

山城「……ええ、やりましょう」

どこにあったのか、扶桑さんと金剛さんが放り出した竹刀を両者とも手に持っていました。

そうです、まだ試合は残っているのです。

469: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:35:12.59 ID:fwzfgllu0
第四試合:山城 VS 赤城

扶桑「山城、無理はしないで。次は私なんだから、気楽に行きなさい」

山城「そんなこと言わないでください、お姉さま。あんなに格好いいお姉さまの姿を見せられたんですから、私にも格好つけさせてください」

扶桑「山城……」

山城「大丈夫です、勝算はありますから」

山城さんはそう言いますが、正直なところ、山城さんに勝ち目があるとは思えません。

確かに山城さんも、隼鷹さん相手にはかなり良い動きをしていました。しかし、赤城さんが見せた動きとは比べ物になりません。

薄く微笑む赤城さんを、山城さんは開始線からしかと見据えます。その目に恐れはなく、勝負を捨てている様子はまったくありません。

470: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:35:45.88 ID:fwzfgllu0
山城(赤城さんが伊勢さんとの試合で見せた動き……赤城さんは強い。まともにいけば、私じゃ到底敵わないかもしれない……)

山城(ならば打ち合わなければいい。私の作戦は、泥仕合に持ち込むこと!)

開始の合図を待たず、山城さんは構えを取りました。腰を落とし、重心を落とした中段の構えです。

隼鷹「あたしとやったときの構えと違うな。何か狙ってるのか?」

扶桑「山城のことよ、きっと作戦があるはずだわ」

471: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:36:32.52 ID:fwzfgllu0
山城(開始直後に、心臓へ平突きを放つ。赤城さんは間違いなくそれを躱すか弾くでしょう)

山城(私はそのまま勢いを止めず、胴タックルを仕掛けてテイクダウンを取る。剣術勝負ではなく、グラウンド勝負なら勝機がある!)

山城(それにお姉さまはさっきの闘いで疲れている。もし私がストレート負けになって、そのまま赤城さんと闘えば確実に不利だわ)

山城(仮に勝てないにせよ、グラウンド勝負で泥仕合に持ち込めば赤城さんを疲れさせることができる)

山城(そして、そのぶんお姉さまは休むことができる。そうすればきっとお姉さまが勝つ!)

山城(最初の平突きからの胴タックル、これを確実に決める!)

電「それでは……始めっ!」

山城「―――たあっ!」

合図と共に山城さんが飛び出しました。赤城さんの胸元めがけて、剣先がまっすぐ突き出されます。

472: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:37:10.84 ID:fwzfgllu0
赤城さんはそれを躱しました。横に、ではなく。前に。

山城「!?」

直後、山城さんの体が叩きつけられるように地面へ沈みます。一本、というよりそれは、KOに近いものでした。

山城「な……何が……」

赤城「電さん。これ、私の勝ちでいいですよね。それとも、トドメを刺したほうがいいですか?」

電「い、いえ! 赤城さんの勝ちです」

扶桑「や、山城! しっかりして!」

山城さんの頭に打ち付けられたのは、竹刀の柄でした。

きっと山城さんには何が起こったかわからなかったでしょう。見ているこっちも咄嗟に理解できない攻防でした。

山城さんの突きに対し、赤城さんはわずかに身を反らして剣先を躱しながら、同時に前へ踏み込みました。

山城さんとの間合いがゼロになったとき、赤城さんはまるで杭を突き刺すような勢いで、竹刀の柄を山城さんの頭頂に振り下ろしたのでした。

473: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:37:45.18 ID:fwzfgllu0
山城「お、お姉さま……ごめんなさい、ふがいない姿を見せてしまって……」

扶桑「いいのよ。あなたはよく頑張ったわ、ここで休んでいなさい……仇は取ってあげるから」

山城さんを腕に抱いたまま、扶桑さんが赤城さんに視線を送ります。

怒りさえこもった扶桑さんの視線を受けて、赤城さんは静かに微笑みました。

赤城「どうします、扶桑さん? もう少し休んでから始めますか?」

扶桑「いいえ、結構よ。すぐに始めましょう。山城、竹刀を預かるわね」

山城「お姉さま、ダメです……せめて休んでからでないと……」

扶桑「大丈夫、疲れてなんかないわ。そこまでお姉さまはやわじゃないもの」

474: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/10(月) 22:38:12.72 ID:fwzfgllu0
山城「でも……あっ」

扶桑さんはそっと顔を近づけて、山城さんの頬にキスをしました。山城さんの顔が桃色に染まります。

扶桑「安心して見ていなさい。お姉さまは必ず勝つ。西村艦隊の誇り、見せつけてくるわ」

山城「お姉さま……」

山城さんをそっと抱き起こし、扶桑さんは竹刀を片手に開始線へと歩いていきます。最強の一航戦、赤城さんと戦うために。

ついに決勝戦が始まります。変に盛り上がっているので忘れそうになりますが、これは間宮アイスを賭けたトーナメントです。

間宮アイスの行方が、この試合でついに決まるのです。



続く


484: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:08:18.75 ID:cPC06/Cw0
お待たせしました。普段より3倍くらい時間が掛かりましたが、ベストは尽くせたと思います。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです6 死闘! 間宮アイス争奪戦 後編

485: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:08:49.83 ID:cPC06/Cw0
第五試合(決勝):扶桑 VS 赤城

扶桑さんは開始線を挟んで赤城さんと対峙しました。

射抜くような扶桑さんの視線を、赤城さんは涼しい顔で受け流します。その表情は余裕そのものです。

扶桑「いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたわ。あなたが私の前に立ちはだかる、そんな日がね」

赤城「そんな大袈裟な。私たちはただ、間宮アイスを食べたいだけじゃないですか、もっと気楽に行きましょうよ」

扶桑「ふふ、よくそこまで心にもないことを言えるわね。気楽にだなんて、これっぽっちも思ってないくせに」

ピリピリとした緊張感が辺りに漂います。

まるで果たし合いのような雰囲気です。その実は単なるアイスの奪い合いのはずなのですが。

486: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:09:18.84 ID:cPC06/Cw0
隼鷹「やっべー緊張するなあこれ。なあ金剛、どっちが勝つか賭けないか?」

金剛「ふん、扶桑が負けるに決まってるネ! あんな違法建築戦艦が一航戦に勝てるはずないデース!」

山城「負け犬で老朽戦艦の金剛さん、静かにしてくれませんか?」

金剛「ぐぎぎぎぎ……」

2人の醸し出す緊張感は見ている私たちにも伝わっていました。

扶桑さんと金剛さんの試合開始前にも殺気立った雰囲気はありましたが、それとはまた異質な、もっと研ぎ澄まされた殺気が漂っています。

扶桑「じゃ、始めましょう」

赤城「ええ。電さん、合図を」

電「あ、はい。それでは……始め!」

487: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:09:58.27 ID:cPC06/Cw0
合図と同時に、両者とも構えました。赤城さんは今までどおり中段の構えを取ります。

対する扶桑さんの構えは、右足を前に出しながら左肩を引き、半身を開いて竹刀を内側に向けて寝かせるように持つというものでした。

赤城「……なんて構えでしたっけ、それ」

扶桑「答える理由はないわ」

赤城「そうですか」

短い会話を交わした後、互いに動きを止めました。どちらも仕掛ける様子はありません。

どちらも明らかに、相手が動くのを待っています。先に動けば不利になるという予感を、互いに感じているかのようでした。

488: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:10:40.51 ID:cPC06/Cw0
赤城「遠慮なさらず、そちらからどうぞ」

扶桑「結構よ。あなたからいらっしゃい」

赤城「やめておきます。嫌な予感がするので」

扶桑「そう。私はあなたが仕掛けてくるまで、動く気はないから」

先手を譲り合うという奇妙なやりとりです。これも心理戦の一種でしょうか。

会話が途切れた後も、まったく動く気配がありません。扶桑さんは本当に、赤城さんより先に動く気はないようでした。

赤城「……いいでしょう。ここは私が折れます」

独り事のように赤城さんはそう漏らしました。それから、中段に構えた竹刀をゆっくりと持ち上げます。

489: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:11:24.54 ID:cPC06/Cw0
上段……いえ、違います。竹刀を垂直に立て、顔の横に持ち手を置く、あの構えは……

隼鷹「あれって……まさか示現流の蜻蛉の構え?」

山城「……! お姉さま、初太刀を避けてください! 絶対に受けちゃダメです!」

赤城さんの構えを見ても扶桑さんは微動だにせず、山城さんの声が聞こえたのかすら定かではありません。

1歩、赤城さんが間合いを詰めます。2歩、3歩。あと1歩のところまで迫られても、扶桑さんは動きません。

490: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:12:02.88 ID:cPC06/Cw0
赤城「後悔してませんか? 私に先手を譲ったことを」

扶桑「別に。さっさといらっしゃいな」

赤城「……ふふ」

赤城さんはにっこりと扶桑さんに笑いかけました。まるで友達に笑いかけるような、親愛に満ちた笑顔です。

直後、空気が激変しました。静が動へ移り変わるその瞬間。放たれた圧力は、まるで殺意の爆発。

赤城「キェエエエエーーー!!」

繰り出されたのは伊勢さんとの試合で見せたものより更に速い、二の太刀要らずの最速の振り下ろし。防御も回避も許さない全身全霊の一撃。

扶桑さんはそれを防ぎも躱しもしません。応ずる動きは突き。横に構えた竹刀を下段から斜め上に真っ直ぐ突き上げました。

その突きは振り下ろされる竹刀の軌道を逸らし、そのまま赤城さんの喉へと迫ります。

491: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:12:49.80 ID:cPC06/Cw0
赤城「ちっ!」

ギリギリで身をひねり、赤城さんがそれを躱しました。扶桑さんが踏み込みます。突きを引かず、左手を竹刀の背に当てました。

扶桑「はあっ!」

そのまま竹刀を押し込むようにして、赤城さんの首を狙いました。赤城さんは辛うじて竹刀で防ぎ、鍔迫り合いの形になります。

しかし、カウンターを無理に躱した赤城さんは体勢を立て直せていません。扶桑さんを押し返せず、首筋に竹刀が迫ります。

山城「やった、行ける!」

隼鷹「うおお! 決まるぜこれ!」

492: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:13:54.29 ID:cPC06/Cw0
それは扶桑さんに取って最高の展開だったに違いありません。

先に赤城さんから仕掛けさせ、タイミングを合わせたカウンターの突きを放ち、体勢を崩させた状態で鍔迫りに持ち込む。

今回のルールは竹刀が相手に触れさえすれば勝ちとなります。このまま竹刀を押し込んでしまえば勝利は必定です。

しかし、1つだけ最悪なことがあります。それは相手が、赤城さんだということです。

493: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:15:17.17 ID:cPC06/Cw0
扶桑「あっ!?」

瞬間、扶桑さんの頭が後方に弾けました。

隼鷹「なっ、頭突き!?」

山城「こんなっ、卑怯です!」

状況を変えたのは赤城さんの頭突き。不意打ちだったのでしょう、扶桑さんの体が大きく仰け反ります。

これが剣道の試合なら重大な反則ですが、先の金剛さんとの試合のように、この戦いに反則は存在しないのです。

494: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:16:10.62 ID:cPC06/Cw0
扶桑さんは素早く体勢を立て直しますが、そこに赤城さんが踏み込みます。突き出されたのは竹刀ではなく、左手。

その手は扶桑さんの袖の下を掴み、同時に赤城さんの下段蹴りが脚を刈りました。

扶桑(これはっ、柔術!?)

掴んだ袖が引かれ、扶桑さんは嘘のようにあっさりと倒されました。仰向けの扶桑さんに向けて、赤城さんは竹刀を逆手に持ち替えます。

赤城「死ね」

心臓を串刺しにせんと迫る竹刀を、扶桑さんは辛うじて転がって避けました。そのまま起き上がらず、扶桑さんは両足を赤城さんの脚に絡めます。

隼鷹「おおっ、足緘(あしがらみ)か!?」

山城「やった! このまま寝技に持ち込め……きゃああっ!?」

495: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:17:01.71 ID:cPC06/Cw0
山城さんが悲鳴を上げたのも無理はありません。扶桑さんの関節技を外すために赤城さんが選んだ行動。それは踏みつけでした。

迷いなく頭部を踏み抜こうとする、相手の生死すら念頭にない一撃。扶桑さんは技を解いて躱すほかありません。

再び転がって距離を取り、立ち上がった扶桑さんに、容赦なく赤城さんは間合いを詰めます。

赤城「カァアアアッ!!」

扶桑「くっ!」

竹刀が弾けたかのような大音響。その猛烈な打ち下ろしを、扶桑さんはどうにか防ぎました。

しかし今度は鍔迫り合いにはなりません。次に赤城さんの取った行動は、肩口からぶつかるような体当たりです。

まともに食らった扶桑さんが再び地面に手を着きます。さらに踏み込んだ赤城さんは、首斬り処刑人のごとく竹刀を高々と掲げました。

496: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:18:02.06 ID:cPC06/Cw0
赤城「キェエエエエエーーー!!」

三度目の赤城さんの咆哮。渾身の一撃が扶桑さんの骨肉を砕かんと振り下ろされました。

その絶体絶命の瞬間、扶桑さんはチャンスを見出します。防ぐでもなく、躱すでもなく、扶桑さんは前へと飛び込みました。

赤城さんの懐の下。そこは刃が及ばない安全圏であり、扶桑さんの得意とする寝技への入り口です。

振り下ろしを凌いだ扶桑さんはそのまま胴タックルへと繋ぎ、テイクダウンを取って寝技を仕掛ける……はずでした。

赤城「甘い」

扶桑「がふっ!?」

扶桑さんの頭がガクンと跳ね上がりました。顔面からは血しぶきが飛び散っています。

497: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:18:45.02 ID:cPC06/Cw0
扶桑さんを襲ったものの正体は、膝。赤城さんの放った痛烈無比の膝蹴りは顔面を捉え、扶桑さんに深刻なダメージを与えました。

山城「お姉さま、逃げてぇ!」

ふらつく足で扶桑さんが後方に飛びます。赤城さんがそれを逃がすはずもなく、追いすがるように前進します。

追撃を牽制するように突き出された扶桑さんの竹刀と、赤城さんの竹刀が一瞬、交差しました。

ほんの一瞬。交差した赤城さんの竹刀が、くるりと扶桑さんの竹刀を「巻き取り」ました。

扶桑「しまっ……!」

扶桑さんが顔色を変えたときには、すでにその技は完了していました。ひゅん、と赤城さんが竹刀を跳ね上げると、宙に扶桑さんの竹刀が舞いました。

金剛「What the xxxx!?」

隼鷹「巻き上げ!? あいつ、あんな器用な技までできるのかよ!」

498: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:19:27.91 ID:cPC06/Cw0
もはや扶桑さんは無防備でした。とどめを刺すために攻め手へと転じるごく一瞬、赤城さんに隙が生じました。

扶桑「はああっ!!」

竹刀を失っても、扶桑さんにはまだ戦う術が残っています。繰り出したのは右のハイキック。

躱し損ねた赤城さんは左腕を上げてガードせざるを得ず、防いだ蹴りの衝撃はわずかに赤城さんの動きを止めました。

扶桑さんが大きく後方へ距離を取り、赤城さんも深追いはしません。

かしゃん、と跳ね上げられた竹刀が地に落ちます。息もつかせぬ攻防は、ようやくここで休止しました。

499: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:20:25.86 ID:cPC06/Cw0
扶桑「はあっ、はあっ、くっ……」

膝蹴りによる鼻血を拭う扶桑さんの姿には、明らかにダメージが色濃く残っています。

対する赤城さんは汗ひとつ掻いておらず、息も切らしていません。

赤城「……思い出しました。最初の構え、天然理心流の平青眼ですね?」

扶桑「……さあ、どうだったかしら」

赤城「いやいや、私は感心しているんですよ。最初の虎逢剣、そこから繋ぐ変形の三方當二階下の流れはすごく良かった」

赤城「たぶん、あの流れで10回中2,3回は私を倒せるんじゃないですかね。もっとも、今回はその7,8回の目が出たんですけど」

扶桑「……そう。でも、あなたの戦い方は最悪だったわね」

赤城「へえ、どこがですか?」

500: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:21:35.53 ID:cPC06/Cw0
扶桑「頭突き、体当たり、踏み付け、おまけに膝蹴りまで。これが誇り高き一航戦の戦い方なのかしら?」

赤城「ずいぶんと甘いことを言うんですね。そうですよ。勝つためなら何でもする、それが一航戦の戦い方です」

悪びれることもなく、赤城さんは堂々と言い切りました。

赤城「誇りとは勝ってこそ守り通せるもの。負けても守れる誇りなんて、犬に食わせておけばいいんです」

赤城「さあ、どうしますか。続けます? それとも、ここらへんで降参してくれてもいいですよ」

扶桑「降参? 何を寝ぼけたことを言っているのかしら」

赤城「強がらなくてもいいですよ。本当はわかってるんでしょう? もう、私に勝つ見込みがないってことを」

扶桑「勘違いも甚だしいわね。ここからが本当の勝負よ」

赤城「そう、状況が振り出しに戻ったここからが本当の勝負。だからこそあなたに勝ち目はない」

501: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:22:47.05 ID:cPC06/Cw0
赤城さんは静かに微笑みます。扶桑さんの呼吸は未だ乱れたままで、その手に竹刀はありません。

赤城「別に、あなたのダメージや徒手になったことを言っているんじゃないんですよ。さっきの攻防は、私が先手を引き受けたからこそです」

赤城「私の技量はあなたの遥か上を行く。あなたの手口はだいたいわかりましたし、もう後の先は取られない。私は慎重かつ丁寧に、あなたを壊します」

扶桑「……っ」

赤城「妹さんの前で、そんな姿は晒したくないでしょう? 山城さんだって、もうやめてほしいと思ってるんじゃないでしょうか」

山城「あっ……」

扶桑さんがちらりと山城さんを見ます。山城さんは震えていました。扶桑さんが壊されるかもしれないという、恐怖で。

そろそろツッコんでいいですか。これ、間宮アイスの奪い合いなんですけど。

502: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:23:29.16 ID:cPC06/Cw0
扶桑「……いえ、続けるわ。まだ私に勝機はある」

再び赤城さんを見据えて、扶桑さんは素手のまま静かに構えました。ツッコミを入れる空気では到底ありません。

赤城「……やれやれ。あなたも相当な食い意地ですね。私が言うのもなんですが」

扶桑「あなたと一緒にしないでくれるかしら、人型ポリバケツさん」

赤城「……なんですって?」

扶桑「そんなにアイスが食べたいなら、冷蔵庫に張り付いた霜でもかじっていればいいのよ。あなたに間宮アイスなんて勿体無いわ」

赤城「……ふふ、減らず口が叩けるのは元気がいい証拠ですね。いいでしょう、竹刀を拾ってください。それくらいは待ってあげます」

扶桑「いらないわ。このままでいい」

赤城「……はあ? 聞き間違いですかね。今、クソ舐めた発言が聞こえたんですけど」

扶桑「竹刀はいらないって言ったのよ。このままであなたを倒すわ」

赤城「はあ……そうですか」

503: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:24:50.58 ID:cPC06/Cw0
赤城さんが竹刀を構え直します。その表情は穏やかに見えて、明らかな殺意がみなぎっていました。

赤城「なら、望み通りぶち殺してあげますよ」

赤城さんの発した怒りと殺意は、見ているこちらまで息が詰まるほどでした。

再び蜻蛉の構えを取り、赤城さんがすり足で扶桑さんに迫ります。扶桑さんは手を八の字に構え、にじり寄る赤城さんを待ち構えました。

山城「お、お姉さま、ダメ……!」

隼鷹「扶桑のやつ、素手で赤城に挑むなんて……殺されるぞ!?」

なんでアイスを賭けた勝負で殺されるなんて言葉が飛び出すんでしょうか。もう訳がわかりません。

赤城さんはすでに間合いまであと一歩のところまで、扶桑さんに迫っています。

扶桑さんに後退する様子はありません。本気でそのまま、赤城さんを迎え撃つつもりです。

504: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:25:50.62 ID:cPC06/Cw0
間合いに入る寸前、赤城さんが足を止めました。構えた竹刀をゆっくりと降ろし……そして、脇へ放り投げました。

怒りを引っ込めた赤城さんがにこりと笑います。扶桑さんに動じる気配はありません。

赤城「冗談です。素手の相手に武器で襲いかかるなんて、一航戦の名が廃りますからね」

赤城さんが両の拳を握ります。それを静かに顔の前に掲げ、ファイティングポーズを取りました。

赤城「あなたの意地に付き合ってあげます。対等な条件で負かされるほうが、あなたも納得がいくでしょう?」

扶桑「……ふん。さっさとかかってきなさい」

赤城「ええ、そうします」

再び赤城さんがにじり寄ります。竹刀の間合いではなく、今度は素手の間合いへと。

505: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:26:33.95 ID:cPC06/Cw0
1歩ほど距離を詰めたところで、再び赤城さんが口を開きました。

赤城「始める前に、あなたの敗因を教えてあげましょうか」

扶桑「安い挑発ね。動揺させるにしたって、もっとマシなセリフを選んだら?」

赤城「別に動揺してくれなくたっていいですよ。事実を言うだけですから……扶桑さん、あなたは悪手を選んだんですよ」

赤城「剣術勝負に勝ち目は薄い、ならば格闘戦に望みを賭ける。その選択こそがあなたの犯したミステイクです」

微笑みながら、赤城さんは胸の高さにあった両腕を、顔の横に構え直しました。

赤城「私、苦手なんですよ。剣術って」

扶桑「は?」

506: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:27:27.81 ID:cPC06/Cw0
それは直後に起こりました。何かを叩きつける音が鳴り響き、扶桑さんの体が大きく左へぐらつきます。

隼鷹「な、何だ!? いま、赤城のやつ何をした!?」

山城「キックだわ……右のハイキック、それもとてつもなく速い……」

赤城さんの放った蹴りは、扶桑さんをガードごと打ち砕かんばかりの威力を持つ凄まじいものでした。

扶桑さんは防ぎはしたものの、動揺を隠しきれていません。それは彼女の思い描いていた勝機が、その一撃で消え失せたことを意味していました。

扶桑「あなた、今の蹴り……!」

赤城「どうしました? まだほんの序の口ですよ。ほら、次の一撃が来ます。ちゃんと防いでくださいね」

じりじりと赤城さんが迫ります。構えを取り直す扶桑さんは、まるで下がりたいのを必死に堪えているように見えました。

507: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:28:09.22 ID:cPC06/Cw0
赤城「さあ、次は何が来ると思います? 蹴り? それとも……」

一閃。稲妻の如き右のストレートが扶桑さんの顔面へ放たれます。

扶桑「くっ!?」

辛うじて捌いたものの、その拳はわずかに頬をかすめました。かすった部分が切り傷となり、血の雫が扶桑さんの頬を伝います。

赤城「パンチでした。さあ次に行きますよ。蹴りかな、パンチかな?」

扶桑「!?」

赤城さんの初動を見取った扶桑さんは、咄嗟にガードを上げて頭部を守りました。

それもまた悪手。赤城さんの足は空中で軌道を変え、振り下ろすようにして扶桑さんのボディを完璧に捉えました。

扶桑「がっ……!!」

扶桑さんは苦しそうに体を折り曲げながら、追撃を逃れて大きく下がります。その姿はもはや避難に等しいものでした。

508: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:29:12.66 ID:cPC06/Cw0
赤城「残念、今度はミドルキックでした。ちゃんと見極めないとダメですよ? 上段、中段、下段蹴りは見分けにくいですからね」

扶桑「な、舐めないで……!」

赤城「はいはい。じゃ、そろそろギアを上げて行きますから、苦しくなったらいつでもギブアップしてくださいね」

赤城「ギブアップはなるべく早めに、わかりやすくお願いします。でないと……殺しちゃうかもしれないので」

まるで今までの攻撃はウォーミングアップだったとでも言わんばかりの、赤城さんの猛攻が始まりました。

左ジャブ、右フック、左ストレート、アッパー、肘打ち、ローキック。矢継ぎ早に繰り出される攻撃は、その回転の早さに反して一つ一つが重い打撃です。

扶桑さんは両腕で顔面をブロックする、完全な防御の構えに入りました。もはや反撃する余地はなく、耐え抜くことだけが唯一残された手段でした。

509: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:30:04.98 ID:cPC06/Cw0
ダウンに直結する顔面、頭部を守り切ることができても、ボディやローへの攻撃は防ぎ切れません。

いずれダメージが蓄積され、扶桑さんが倒れるのは時間の問題でした。

扶桑(こいつ……ここまで打撃ができるなんて! このままじゃ赤城のスタミナが切れる前に、私の限界が来る……!)

扶桑(組むしかない! 組み付いて、テイクダウンを取る! グラウンド勝負じゃなきゃ勝ち目はない!)

ハンマーを叩きつけるようなボディブローがみぞおちに入り、扶桑さんが悶絶します。それでもまだ、彼女の目は死んでいません。

続けてコンビネーションで放たれたフックを、扶桑さんはダッキングで躱しました。

赤城「あっ」

扶桑(ここっ! ここで組み付ければ……!)

510: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:31:07.44 ID:cPC06/Cw0
待ち兼ねたように扶桑さんが踏み込みます。打撃においても安全圏であるはずの、懐へ。

その両手が赤城さんの襟を掴み、クリンチの状態になります。これならパンチもキックも撃てません。

扶桑(やった! あとは膝にさえ気をつければ……)

山城「お姉さま、組んではダメッ! そいつの格闘技は……ッ!」

扶桑「えっ?」

扶桑さんの上半身が崩れるように右へ傾きます。そのよろめきは、打撃が完全に頭部へ入ったことを意味していました。

511: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:31:46.19 ID:cPC06/Cw0
組み付いた密着状態から扶桑さんを襲ったもの、それは至近距離で放たれることは有り得ない、右のハイキックです。

折りたたまれた脚がほぼ垂直に蹴り上げるその様は、まるでバレリーナのしなやかさを思わせながら、それでいて優雅さの欠片もない異様なものでした。

赤城「はい終了」

扶桑「……ッ!!」

その追撃を防げたのは僥倖でした。咄嗟に上げた腕が飛んできた攻撃をたまたまガードしたに過ぎません。

辛うじてガードされた攻撃は肘。当たっていれば確実に終わっていたでしょう。近間でもなお、赤城さんの打撃が猛威を振るいます。

扶桑「がはぁあっ!」

赤城さんは攻撃の手を緩めません。今度は膝がボディに突き刺さり、扶桑さんの喉から苦悶の声が絞り出されます。

しかし、それも僥倖だったと言えるかもしれません。ボディを打たれた反動で、扶桑さんは後方への退避へと成功します。

退避、まさに退避です。攻撃を防ぐことも躱すこともできないなら、届かない場所に逃げるしかありません。

512: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:32:38.30 ID:cPC06/Cw0
どうにか距離を取った扶桑さんは、すでに立っているのがやっとのように見えました。息は絶え絶えで、表情にはダメージが色濃く現れています。

扶桑「今の蹴り……まさか、ムエタイ!?」

赤城「あ、バレました? でもまあ、これでわかったでしょう? もう扶桑さんに勝ち目がないってことが」

扶桑「くっ……!」

ぎりりと扶桑さんが歯噛みします。もう言い返す言葉すらないかのようでした。

山城「や、やっぱり……! これじゃ、本当にお姉さまの勝てる手段が……」

電「あ、あの……なんでムエタイだと勝てないんですか?」

状況についていけず、たまらず傍らの隼鷹さんに質問します。隼鷹さんは私を見ようともせず、試合から目を離さないまま答えました。

513: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:33:36.99 ID:cPC06/Cw0
隼鷹「ムエタイってのはね、キックボクシングと同じように見えるかもしんないけど、まったく違うところがある。それは首相撲からの打撃だ」

電「えっと、首相撲って?」

隼鷹「まあクリンチ、密着状態だと思えばいいよ。キックボクシングじゃそういうのは禁止だけど、ムエタイは技術として認められてる」

隼鷹「むしろ、首相撲の技術こそムエタイの真髄なんだ。ムエタイにはそこから相手を沈める打撃がいくつもあるだよ」

隼鷹「肘打ちに膝蹴り。それと、さっき見せた超至近距離のハイキック。首相撲の状態から、すねで相手の頭を蹴るんだ」

電「なんで赤城さんはそんな格闘技を身につけてるんですか!?」

隼鷹「さあ……? でも、これで扶桑は唯一の勝機、寝技に持ち込むっていう作戦が取れなくなった」

隼鷹「組付けば蹴りと肘、胴タックルにいけば膝蹴りが来る。『懐に入れば極楽』なんて書いてる兵法書もあるけど、赤城の懐には地獄が待ってるぜ」

なんだか半分くらいしか理解できませんでしたが、赤城さんが訳のわからないほど強くて、扶桑さんの勝つ手段が残ってないことだけはわかりました。

514: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:34:04.20 ID:cPC06/Cw0
赤城「ほら、降参するタイミングを作ってあげましたよ。遠慮せずどうぞ?」

扶桑「だ、誰が……! 降参なんて、しない……!」

赤城「困った人ですねえ。私、弱い者いじめは好きじゃないんですけど。どうしてそこまで意地を張るんです?」

扶桑「西村艦隊は……降参なんて、しないのよ……! 勝利を信じ、最後まで戦う……!」

赤城「ああ、そう。西村艦隊の誇りってやつですか。わからなくもないですけどね。そんなあなたに、ためになる金言を送ってあげましょう」

休憩は終わりとばかりに、赤城さんが腕を上げます。その表情にはすでに笑顔は欠片もありません。

赤城「……誇りでメシは食えないんですよ」

厳かなその言葉は、まるで死刑執行の合図でした。再び赤城さんの打撃地獄が扶桑さんに襲いかかります。

515: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:34:53.17 ID:cPC06/Cw0
―――戦艦扶桑は、日本海軍の悲願であった初の純国産超弩級戦艦として1912年に起工、1914年に進水した。その「扶桑」の名の意味するところは古代における日本そのものであり、それは後の戦艦大和と同じく、戦艦扶桑が日本の国力と技術、そして威信を賭けて建造されたことを表している。その期待がどれほど大きなものであったかは想像に難くない。

516: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:35:29.56 ID:cPC06/Cw0
たとえ相手が虫の息であろうと、赤城さんに容赦はありません。拳が、肘が、膝が、蹴りが。扶桑さんの全てを破壊するために繰り出されます。

扶桑さんはひたすらガードを固めますが、やはり防ぎ切れません。カウンターを取る余地もなく、もはや組み付くこともできないのです。

それはまるで、コンクリートの壁に鋼鉄のツルハシを打ち付けていくような、残酷な光景でした。

一度目より二度目。二度目より三度目。穿たれた小さな孔は確実に数を増やし、深さを増し、ヒビとなって壁そのものを壊していきます。

次の瞬間に扶桑さんの体が崩れ落ちても、何の不思議もない有様でした。

517: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:36:14.08 ID:cPC06/Cw0
―――当時はまだ戦艦の建造技術が確立しておらず、戦艦扶桑は就任当時から次々と問題点が露呈した。爆風が艦体に影響を及ぼすほどの砲塔の過剰搭載。全体の5割近くが被弾危険箇所となりうる防御能力の低さ。他の日本戦艦と比べた航行速度の遅さ。それらの欠点から、姉妹艦である戦艦山城は建造中止さえ検討されたたが、任務の上での同型艦の必要性から、止む無く欠点をそのままに建造されている。

518: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:37:15.41 ID:cPC06/Cw0
扶桑(まだ、まだよ! まだ私は倒れてない、なら勝機は必ずある!)

扶桑(打撃にカウンター……いえ、無理だわ。打撃の回転が早過ぎる! 下手にカウンターを狙えば直撃をもらってしまう!)

扶桑(やっぱり組み付いて……ダメよ、あいつには蹴りも肘もある! 至近距離であれほどの打撃が来たら、今度こそ躱せない!)

扶桑(膝をガードしつつ胴タックルにいけば……いいえ、そしたら倒す前に抱え込まれる! そのまま膝の連打を受けたら……!)

扶桑(どうしたら良い!? どうしたらこいつに勝てるの!? もう、本当にやれることがない……!)

519: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:38:22.76 ID:cPC06/Cw0
―――太平洋戦争に至るまでの間、戦艦扶桑は2度に渡る大きな近代化改修を受け、その異様な高さと造形を持つ艦橋もこのとき生まれている。改修によってある程度の欠点は改善されたものの、速度は当時の日本戦艦の中で最も遅いままであり、水平防御への不安も抱えたままだった。建造当初から決して優れた戦艦ではなかった戦艦扶桑は、時代の進んだ太平洋戦争時において、明らかに時代遅れの旧式艦と化していた。

520: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:39:16.74 ID:cPC06/Cw0
山城「お……お姉さま、もうやめてっ! もういいです、降参してください!」

山城「山城は間宮アイスなんて欲しくありません! お姉さまが無事ならそれでいいです! だから、もう……!」

その悲愴な叫びは、少なくとも赤城さんには届いたでしょう。しかし、その打撃は止む気配はなく、扶桑さんもひたすらそれを耐え続けます。

山城「お願いです、やめてください! お姉さま、お願いですからぁ!」

地面に血が飛び散りました。扶桑さんの鼻が折れたのか、肘で顔を切ったのか。あるいは両方かもしれません。

すでに扶桑さんは血みどろでした。目に血が入ったのか、もう打撃を捉えきれていません。何発も顔面に入っています。

扶桑さんがなおも攻撃を耐え続けているのは、赤城さんのスタミナ切れを狙っているからかもしれません。

ですが、その希望はないように見えます。赤城さんは変わらずスピードを意地し続け、絶え間ない打撃を繰り出し続けています。

521: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:40:09.65 ID:cPC06/Cw0
―――戦時において、戦艦扶桑に確たる戦績はなく、旗艦を務めたことすらない。真珠湾奇襲には後詰めとして参戦してはいるが、結局交戦はないまま帰投し、その後は実戦から外され、演習用艦として使用される日々を送る。日本軍が陥った空母不足を受けて、扶桑型、伊勢型の戦艦を航空戦艦に改装する案が出されたものの、改造は伊勢、日向のみに留まり、航行速度の遅さから扶桑、山城の改造計画は破棄された。

522: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:42:43.56 ID:cPC06/Cw0

扶桑(山城……何て、言ってるの……? よく聞こえないわ……)

扶桑(あの子が見てるのに、こんな……私はまた、格好悪い姿を……)

扶桑(勝たなくちゃ……勝って、あの子に見せてあげないと……)

もう扶桑さんの脚は完全に止まっています。打撃を食らったときにふらつくだけで、攻撃の躱すためのフットワークはすでに死んでいます。

それは何度も脚に打ち込まれたローキックのせいでもありますが、何よりも、扶桑さんの限界が近いことを意味していました。

523: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:43:36.50 ID:cPC06/Cw0
―――太平洋戦争後期の1944年。戦艦扶桑は姉妹艦の山城とともに、ビアク島守備隊への援軍を主目的とした渾作戦に出撃する。性能に劣る扶桑と山城が作戦に抜擢された理由は、単純な日本軍の戦力不足に他ならず、その特異な前檣楼を高々と掲げながら南方戦線へと出撃していくその艦影は、日本軍の末期を物語るような哀愁があったという。

524: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:44:26.20 ID:cPC06/Cw0
山城「電さん、お願いです! 試合を止めてください! もう赤城さんの勝ちでいいですから!」

電「は、はい! 2人とも、試合終りょ……むぐ!?」

山城さんに言われるまでもなく、もう試合の趨勢は決しています。中止を宣言することに何の躊躇いもありません。

試合終了の声を上げようとしたとき、誰かが私の口を抑えました。

金剛「待つネ! まだ続けさせるネ!」

山城「こ、金剛さん!? あなた一体何のつもり!? 負けた腹いせにしても程が……」

金剛「勘違いするんじゃないネ! あいつ、まだ諦めてないのがわからないデースか!?」

電「むぐぐう!?」

私の口を塞いだのは金剛さんでした。私を羽交い絞めにしたまま、山城さんと激しく言い合っています。苦しいので離してください。

金剛「扶桑はまだ負けを認めてないデース! それなのに、妹のお前が勝手に負けにしてどうするデースか!」

山城「だ、だって……だって! もう私、お姉さまが傷つく姿を見たくない!」

525: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:45:12.27 ID:cPC06/Cw0
―――扶桑、山城は敵軍の分散を目的としたレイテ湾同時突入作戦のため、重巡洋艦の最上、駆逐艦の満潮、朝雲、山雲、時雨らと共に「西村艦隊」を結成する。これら7隻は統一訓練すら行っていない寄せ集め艦隊の側面が強く、実戦に投入されれば生還の見込みはなかったとされる。事実、この西村艦隊の負う役目は敵を引き付ける囮であった。

526: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:46:01.63 ID:cPC06/Cw0
金剛「だからって、そんなことは許されないデース! 扶桑が諦めてないってことは、まだ勝ち目があるってことネ!」

山城「で、でも……これ以上やったら、お姉さまが……!」

金剛「扶桑は絶対勝つネ! 扶桑が負けるなんて私が許さないデース!」

電「ぷはっ! こ、金剛さん。さっきは扶桑さんが勝てるわけないって言ってませんでした?」

金剛「そんな昔のことは忘れたネ! とにかく、扶桑が諦めるまで試合を止めることは許さないデース!」

電「でも、このまま戦っても扶桑さんは……」

527: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:46:43.00 ID:cPC06/Cw0
―――レイテ湾南沖のスリガオ海峡に進入した時点において、西村艦隊は敵艦隊に捕捉されており、扶桑に至ってはすでに空襲により艦内施設の一部が焼失し、艦体が傾斜するほどの損害を受けていた。さらに同時突入予定だった栗田艦隊は敵の航空攻撃により進撃が6時間余り遅延しており、西村艦隊はわずか7隻で、敵艦79隻が待ち伏せる海域への自殺的な単独突入を余儀なくされる。

528: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:47:55.30 ID:cPC06/Cw0
誰が見たって、ここから扶桑さんの逆転の目がないことは明らかです。

もう扶桑さんは立ってるのもやっとです。また強烈なフックがレバーを叩き、ストレートが顔面へもろに入ります。

よろよろと力なく仰け反る扶桑さん目がけて、赤城さんはさらに蹴りを放ちます。すねが脇腹に叩き付けられ、扶桑さんはまたよろめきます。

それでもなお、赤城さんは拳を振り上げました。倒れない限りは打ち続けるとでもいうように。

529: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:48:23.68 ID:cPC06/Cw0
―――1944年10月25日、西村艦隊はレイテ湾入り口にて、丁字陣形で待ち構える敵艦隊と接敵。戦艦扶桑は果敢に砲撃で応戦するも、敵魚雷艇部隊が放った30本にも及ぶ魚雷の内1本を受けて右舷大破、さらに2本目の命中で電源が破壊され、扶桑は戦闘能力の大半を喪失。弾薬庫の誘爆により艦体が真っ二つに割れ、沈没。西村艦隊において最初の轟沈艦となる。

530: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:49:25.62 ID:cPC06/Cw0
隼鷹「お、おい……どうなってるんだ、これ……」

山城「お……お姉さま……」

その頃になって、ようやく私たちは異常なことが起きていることに気付きます。

扶桑さんが、倒れません。

もう何発打撃をまともに受けているのでしょう。足やボディだけでなく、顔面にまでクリーンヒット性の打撃がいくつも入っています。

どうにかハイキックが側頭に入ることだけは避けているものの、頭部を揺らす顎へのパンチはすでに十数発は決まっています。

もう立ってること自体おかしいのです。それなのに、扶桑さんが倒れない。顔面を血で真っ赤に染めながらも、まだ2本の足で立っています。

531: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:50:11.65 ID:cPC06/Cw0
―――扶桑に続いて山雲、満潮、朝雲が雷撃により轟沈。山城も被雷によって速力を大きく削がれるも、西村艦隊は残された3隻でなおも北上。山城は敵の砲撃により艦橋が崩れ落ちながらも反撃を続け、間もなく力尽きて沈没する。最上、時雨は戦線離脱に成功するも、途中の爆撃で最上が大破。時雨だけを残し、ここに西村艦隊は壊滅した。

532: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:51:00.11 ID:cPC06/Cw0
赤城(なぜだ? なぜ、まだ立っていられる?)

赤城(もう何発も顎にいいのを入れてやったのに。脚だって感覚がなくなるくらい蹴りが入ってるはず。なのに、なぜ?)

休みなく打ち続ける赤城さんの表情にも、戸惑いの色が現れ始めています。誰よりも彼女こそが、その異様さを感じ取っているはずです。

とっくに倒れているはずなのに、扶桑さんは未だ赤城さんを見据えて立ち続けている。

そのとき、立っていることすら危ういはずの扶桑さんが、前へと踏み込みました。

赤城(なっ!?)

533: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:51:42.28 ID:cPC06/Cw0
―――作戦目的は果たされず、敵艦隊の損害は皆無。数千人に及ぶ乗組員のうち生存者はわずか10数名という、それは海戦史上最も凄惨たる敗北であった。かつて日本海軍の期待を一身に受けて生み出された戦艦扶桑は、こうして武勲もなく、勝利もなく、惨めな敗北だけを戦歴に加え、その身を砕かれて海底へと没した。

534: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:52:32.97 ID:cPC06/Cw0
咄嗟に赤城さんが前蹴りを放ちます。まるで扶桑さんに近づかれるのを嫌がるかのようでした。

前蹴りをみぞおちに受けて、扶桑さんは苦しそうに前のめりになります。すかさず、がら空きの顎を赤城さんのアッパーが捉えました。

山城「ああっ!」

がくんと頭が跳ね上がり、赤城さんは追い打ちとばかりにハイキックを繰り出します。しかし、扶桑さんはそれを腕でガードします。

少しだけよろめいた後、再び扶桑さんは前に出ました。

赤城(な、なんで!?)

そのとき初めて、赤城さんが下がりました。まるで扶桑さんに近づかれるのを恐れているみたいに。

まるで立場が逆でした。それは一方的に打たれ続けている扶桑さんが、赤城さんを追い詰めているかのような光景です。

535: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:53:27.66 ID:cPC06/Cw0
―――しかし、それでもなお戦艦扶桑は沈まない。たとえその身が砕け、名が忘れ去られても、宿った魂だけは永遠にそこにある。苦渋に満ちた敗北を、無念に散った戦士たちを、扶桑は決して忘れはしない。

536: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:54:25.99 ID:cPC06/Cw0
赤城(……どうせ反撃する術はないんだ。こうなったら、徹底的にやってやる)

赤城(悪いね扶桑さん。その頭、砕いてやる!)

しかし、それで怖気づくような赤城さんではありません。むしろ次の瞬間、その表情には明確な殺意がありありと表れていました。

倒せないなら、完全に破壊する。扶桑さんは立ち続けることによって、とうとう赤城さんをその気にさせてしまったのです。

完膚なきまでに扶桑さんを破壊するため、更なるスピードで赤城さんが踏み込みました。

赤城(死ね!)

538: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:55:21.96 ID:cPC06/Cw0
―――今このとき、戦艦扶桑は息を吹き返す。内燃機関は轟々と燃え上がり、朽ちた艦体は鋼鉄の輝きを取り戻した。その勇ましい前檣楼を誇らしく掲げ、戦艦扶桑は再び浮上する!

540: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:55:47.21 ID:cPC06/Cw0
山城「―――負けないで、お姉さまっ!」

瞬間、倒れこむように扶桑さんの体が沈みました。

その動きは直前に放たれていた、赤城さんの右ストレートをくぐり抜けるように回避しました。

赤城「えっ?」

赤城さんは確実に当たるはずだったパンチを完全に空振りし、大きく体勢を崩します。

同時に、沈み込んだ扶桑さんの体が浮上します。無数の打撃を受けて赤黒く腫れ上がった腕が振り上がりました。

満身創痍であるはずの扶桑さんが繰り出した右フックは、吸い込まれるように赤城さんの顎を捉えました。

541: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:57:10.48 ID:cPC06/Cw0
赤城(あっ―――)

その拳は完璧なカウンターとなって脳を揺らし、赤城さんの平衡感覚を奪います。脚は立つべき地面を見失い、がくんと膝が落ちました。

崩れる赤城さんを抱き止めるかのように、扶桑さんが両手を伸ばします。その左手は袖を、右手は襟を掴みました。

それはまるで、断ち切れたはずの回路が息を吹き返し、止まった内燃機関が轟々と燃え上がるかのように。

腰をひねり、襟袖を引いて赤城さんを背負う一連の動きは信じられない程の速度で行われました。

542: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:58:26.16 ID:cPC06/Cw0
それは柔道において最もポピュラーでありながら、わずかな差異で必殺となり得る最強の投げ技。

タイミングを遅らせ、全体重を乗せて頭を地面に叩きつける。

その技の名は「背負い投げ」。

赤城(う、受け身が取れな―――っ!?)

骨の軋む、鈍い音が響きました。

投げはお手本のようにきれいに決まりました。赤城さんは頭頂から地面に激突し、糸の切れた人形のように、力なく地面に手足を投げ出します。

それから、もうぴくりとも動かなくなりました。

543: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 21:59:36.46 ID:cPC06/Cw0
電「……え?」

隼鷹「や……やりやがった」

金剛「Unbelievable……!」

顔面から血を滴らせ、肩で息をしながら、扶桑さんは投げ落とした赤城さんの前に立っています。

一方が横たわり、一方が立っている。どちらが勝ったのか、異論の余地はどこにもありません。

扶桑「……ほら、言ったでしょ? 山城」

山城「……え?」

544: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:00:09.97 ID:cPC06/Cw0
放心したように立ち尽くす山城さんに、扶桑さんはかすれた声で語りかけました。

扶桑「どんなことがあっても、最後まで諦めずに戦い、そして勝つ」

扶桑「これが……西村艦隊の誇りよ」

山城「お…お姉、さま……」

血まみれの顔で微笑みかける扶桑さんに、山城さんは返す言葉すら思いつかず、その瞳から一粒の涙を零しました。

私も信じられない思いです。あそこまで追い詰められた展開から、本当に逆転してしまうなんて……

扶桑「そんな顔しないの、山城。まあ、ちょっと苦戦しちゃったかしら。ふふ……」

山城「……お姉さま、危ないっ!!」

扶桑「えっ?」

545: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:00:44.63 ID:cPC06/Cw0
その光景を例えるなら、交通事故。目にも留まらぬ何かが扶桑さんの頭をなぎ払い、その体は勢いをつけて地面に倒れました。

扶桑さんの倒れた、その背後に立っているもの。それは、もう絶対に立てないはずの、赤城さんでした。

赤城「ハァ……ハァ……ふぅううう……」

扶桑さんを背後から襲ったものは、赤城さんのハイキック。それだけは食らうまいと必死に避け続けていた必殺の蹴りが、ここにきてとうとうヒットしたのです。

隼鷹「な……なんであいつ立ち上がってんだよ! 頭から落とされたはずだろ!?」

金剛「手……あいつの手を見るネ……」

隼鷹「あ? 手? 手がどうしたって……!?」

電「ひぃいいい……!」

546: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:01:19.33 ID:cPC06/Cw0
隼鷹さんが息を呑む気配が伝わってきます。それは私も同じでした。

赤城さんの右手、正確には指先から血が滴っています。その人差し指の爪は、見るも無惨に剥がされていました。

金剛「あいつ、自分で爪を噛み千切ったのデース。投げ落とされたダメージから立ち上がる、気付けのために……!」

隼鷹「そ……そこまでするかよ、普通……!」

そう、普通じゃありません。完全に狂っています。食い意地がどうとかの次元じゃありません。

この人、自分で生爪を剥いでまで間宮アイスが食べたいっていうんですか?

547: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:01:48.01 ID:cPC06/Cw0
とうとう地に伏した扶桑さんのそばで、赤城さんはうつろな目をしながらも立っています。その口から、地の底から湧き上がるような声が響きました。

赤城「……強かった。本当にあなたは強かったですよ、扶桑さん。この赤城がここまで追い詰められるほどにね」

赤城「あれだけ私の打撃を受けていながら、これほどの力を残していたなんて……西村艦隊の誇り、感服いたしました」

赤城「しかし、それでも。この一航戦、赤城には届かない。あなたほどの強敵を打ち倒して手に入れる間宮アイスは、さぞかし美味でしょう」

動かなくなった扶桑さんを見下ろしながら、赤城さんはぞっとするような笑みを浮かべます。とても同じ艦娘とは思えません。

山城「お姉さまぁ! しっかり、しっかりしてください! お願い、目を開けて!」

赤城「頭を打って気絶してるだけですよ……すぐに気が付きます。扶桑さんが起きたら、よろしく言っておいてください」

扶桑さんにすがりつく山城さんを尻目に、赤城さんは歩き出します。ほかならぬ、私の元へ。

548: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:02:27.52 ID:cPC06/Cw0
赤城「……電さん」

電「はっ、はいいいいっ! な、なんでしょう!?」

赤城「これで文句はないでしょう。間宮アイスを受け取りに来ました。さあ……!」

電「わ……わかりました」

こうなってはもう、どうしようもありません。間宮アイスの存在が赤城さんに知られた時点で、この結末は決まっていたのかもしれません。

私はクーラーボックスを肩から降ろし、その蓋を開きました。

中身は空でした。

549: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:03:11.70 ID:cPC06/Cw0
電「へっ?」

赤城「ああ?」

伊勢「えーそんな、恥ずかしいよ。もう、しょうがないなあ。あ~ん……」

呆然とする私たちの耳に、誰かとイチャつくようなピンク色の声が入ってきます。

いつの間に近くに来ていたのか、その声の主は伊勢さんでした。

手にあるものは紛れもない間宮アイスです。あーんと言いながら、自分でスプーンを使ってアイスをすくい、口へと持っていきます。

赤城「……伊勢さん? あなた、自分で何をやっているのか理解して……」

伊勢「きゃー美味しい! じゃあ、お返しよ、日向? はい、あーんして。もう、恥ずかしがらないの。あ~ん……」

551: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:03:45.54 ID:cPC06/Cw0
再び伊勢さんがアイスをすくい、スプーンを誰もいない目の前の空間に差し出します。

スプーンが傾けられ、アイスが地面にポトリと落ちました。

瞬間、私の隣から特大の殺意が噴き出しました。

赤城「きっ……貴様ァァァァァ! 間宮アイスに対するその不敬! 万死を持ってしても償えると思うなァァァァァ!」

電「ひぃいいいいいっ!?」

怒りが頂点に達した赤城さんは、もう人の姿にすら見えません。

其は天地を喰らい、大海を飲み干す者。空を覆い尽くす暴食の化身。アカギドーラ=チャクルネ様、降臨の瞬間でした。

552: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:04:21.76 ID:cPC06/Cw0
弾かれたように伊勢さんがこちらを振り向きます。完全な無表情で赤城さんを見た後、そのまま間宮アイスを抱えて脱兎のごとく駆け出しました。

赤城さんはすぐにはそれを追わず、地面へ倒れこみました。やはりダメージが……と思ったのも束の間、地面に落ちたアイスを食べているだけでした。

暴食の大邪神、ご乱心の光景です。いや、むしろこれは面目躍如なのでしょうか。

赤城「ぐおおお……足りぬ、足りぬ! 必ずその間宮アイスを奪え返し! 貴様の命ごと食らってくれる!」

赤城「その腹わたを掻っ捌き! ドタマをかち割って! 内臓と脳みそを啜り尽くしてくれるわァァァ!!」

電「ひぃいいっ! お許し下さいアカギドーラ様! 怒りをお鎮めください! どうか命だけは! 命だけは……あれ?」

あまりの恐ろしさに瞑っていた目を開くと、すでに赤城さんはいませんでした。

よく見れば、遠くに走り去っていく姿がかすかに見えます。きっと伊勢さんを追いかけに行ったのでしょう。あんな戦いの後なのに、すごいスピードです。

このままだと、伊勢さんが相当に惨たらしい最期を迎えることになりますが……すみません、ちょっと今、何かする気力が湧きません。

まあ伊勢さんなら、なんやかんやで大丈夫なんじゃないでしょうか。たぶん。

553: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:05:13.82 ID:cPC06/Cw0
扶桑「……私は、負けたの?」

か細く、消え入りそうな声が聞こえました。気を失った扶桑さんが意識を取り戻したみたいです。

もう限界なのでしょう。指一本動かせない様子で、傷ついた体を山城さんの腕に預けています。

山城「お姉さま、大丈夫ですか!? いまドックに運びますから!」

扶桑「……そう、負けたのね。ごめんなさい、山城……間宮アイス、食べたかったでしょう」

山城「そんなこと……私は、お姉さまが無事ならそれでよかったのに。どうしてあそこまで……」

扶桑「だって……私はあなたの、お姉さまだから……」

山城「え……?」

554: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:06:08.27 ID:cPC06/Cw0
扶桑「私もたまには姉らしく、山城に格好良いところを見せたいじゃない……?」

山城「そ……それだけのために、ここまで……?」

扶桑「そうね、もしかしたら……単に負けたくなかっただけなのかも。結局負けてしまったけどね」

扶桑さんはその傷ついた顔に、見ているほうが辛くなるような寂しい微笑みを浮かべました。

扶桑「結構惜しいところまでいったのに、情けない……」

山城「そんなことありません」

答える山城さんは、もう泣いてはいません。暖かい笑顔を浮かべ、涙の乾き切らない瞳で扶桑さんを見つめています。

555: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:06:51.86 ID:cPC06/Cw0
戦いを制したのは赤城さんだという事実は否定のしようがありません。今は賞品の間宮アイスすら行方知れずのようなものです。

それでも、決して揺るがないことがあります。

山城「最高に格好良かったです、お姉さま」

小さな拍手の音が聞こえました。その主は隼鷹さん、金剛さん。気が付けば、私自身も扶桑さんに拍手を送っていました。

隼鷹「ナイスファイト! すげえや扶桑、無茶苦茶カッコよかったぜ!」

金剛「なかなかやるデスねー扶桑! まあ、私に勝ったからには、これくらいはしてくれないと困りマース!」

電「本当に格好良かったのです、扶桑さん。尊敬してしまいます」

扶桑「みんな……」

556: ◆hJ5a7d.jWc 2015/08/14(金) 22:07:46.79 ID:cPC06/Cw0
実力において遥か格上の赤城さんを相手取り、絶望的な状況においても決して諦めず、逆転勝利寸前まで追い詰めた、その気高い戦いぶり。

ボロボロになるまで戦い抜いた扶桑さんの姿は、ほかのどんな戦艦よりも美しく、輝いて見えました。

山城「ほら、皆さんだってもう知ってます。お姉さまがすごいって」

山城「私だって、今までよりもっとお姉さまのことが好きになりました……大好きです、お姉さま」

扶桑「山城……ありがとう。嬉しいわ、すっごく……」

少しだけ満足そうに呟いて、扶桑さんはそっと目を閉じます。

きっと疲れてしまったのでしょう。そのまま山城さんの腕の中で、安らかな寝息とともに眠ってしまいました。

お疲れ様でした。今はどうか、傷ついた体を癒してください。

おやすみなさい。世界最高の戦艦、扶桑さん。



続く