える「古典部の日常」 前編

557: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:31:57.47 ID:rHC3Zm5J0
午後9時。

俺は今、神山市から少し離れた所に来ていた。

話せば長くなるが……

面倒だな、話すのは今度にでもしよう。

入須「どうだ、中々に良い場所だろう」

奉太郎「そうですね」

俺と入須が居たのは、高台であった。

町並みを一望でき、キラキラと光る町の奥には海が見える。

奉太郎「入須先輩がこんな場所を知っているなんて、少し驚きです」

俺がそう言うと、入須はムッとした顔を俺に向けながら言った。

558: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:32:23.41 ID:rHC3Zm5J0
入須「ここまで連れて来たのは誰だと思っているんだ」

奉太郎「……先輩でしたね」

入須「そうとも」

入須「なら穴場の一つや二つ、押さえてあるさ」

奉太郎「それはそれは、失礼な事を言ってすいません」

入須「分かればいいんだが……」

入須はそう言い、手すりから町並みを眺める。

その時だった。

空がまばゆく光る。

遅れて……ドン、と言う音が耳に届いた。

559: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:33:15.54 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「始まったみたいですね」

入須「ああ、そうみたいだな」

ここに来ていたのには理由があった。

年に一度の花火大会、それを見るためにわざわざ神山市を離れ、こんな所まで来ているのだ。

最初は間隔をゆっくりと、花火達が上がっていく。

それを見ながら、入須は口を開いた。

入須「私ももう、大学生か」

入須「思えば随分と年を取ったものだ」

奉太郎「まだ、18か19でしょう」

奉太郎「年寄りみたいな台詞は、似合いませんよ」

入須「あっと言う間さ」

入須「青春なんてすぐに終わる」

560: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:33:41.51 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「青春、ですか」

入須「ああ」

思えば、俺も既に三年生か。

後一年も経たない内に、神山高校を去ることになるのか。

その後は……俺は一応、大学へと行く予定になっている。

里志や伊原もそうだろう。

だが、千反田は前に聞いた時、少しだけ悩んでいる様子だったのを覚えている。

また父親に何かあった時、何も知らなくていいのかと……千反田は言っていた。

もしかすると、千反田は大学には行かず、家の仕事に就くのかもしれない。

そして、それを俺に決める権利は無い。

恐らくそうなれば、段々と疎遠になって行くのだろう。

中学の時も一応、俺にも友達くらいは居た。

そいつらとは高校へ行っても遊ぼうな、等と言っていた物だが……

いざ高校生になってからは、ほとんど連絡なんて取っていなかった。

……そんな、物だろう。

561: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:34:19.36 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「俺ももう、18ですよ」

入須「そうか、君の誕生日は確か……」

奉太郎「四月です」

入須「なるほど、君が一番早く年を取っているのか」

奉太郎「そう言う言い方は、出来ればやめて欲しいですね」

入須「ふふ、すまんすまん」

そこで俺は一度、空を見上げた。

花火が一つ……散っていく。

そんな光景を見ながら、一つの事を思い出す。

あれは確か……俺の誕生日の日だったか。

562: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:34:55.65 ID:rHC3Zm5J0
過去

~折木家~

休みなだけあって、俺は随分と遅く、目を覚ました。

供恵「あんた、やっと起きたの?」

奉太郎「いいだろう、別に」

供恵「だらしないわねぇ」

奉太郎「休みくらいゆっくりさせてくれ」

供恵「あんたがそれを言うか」

朝から……いや、昼から姉貴との言い合いは、どうにも気が進まない。

最後の姉貴の言葉を無視すると、俺はとてもゆったりとした動作でコーヒーを淹れた。

供恵「私の分もよろしくねー」

奉太郎「……ああ」

563: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:35:22.31 ID:rHC3Zm5J0
全く、なんで起きてすぐに人の為に動かなければならないのか。

それは少し違うか、おまけで作るのだし。

まあ……どの道、気が進まない事には代わり無いのだが。

供恵「あーそういえば」

供恵「誕生日お・め・で・と・う!」

奉太郎「……どうも」

姉貴の精一杯の笑顔に俺は精一杯無愛想に返す。

供恵「確か、去年はお友達が来てたけど」

供恵「今年はどうなんだろうねぇ」

奉太郎「さあな、分からん」

去年は確かに、俺の家で誕生日を祝われた。

しかし、あれは大日向が居たからだ。

あいつが居なければ、俺の誕生日を祝おうなんて、他に誰も思わないかもしれない。

別に俺も、祝って欲しいなんて事は無いし、構わないが。

564: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:35:49.82 ID:rHC3Zm5J0
やがてコーヒーを淹れ終わり、ソファーに座る姉貴に片方を手渡す。

供恵「ありがと」

姉貴のその言葉を流し、俺もソファーに座る。

腰を下ろし、背もたれに背中を預けようとした時だった。

俺に反抗するように、家の電話が鳴り響いた。

俺はなんとも中途半端な姿勢で止まる事となり、そこで止まったが最後……電話に出る役目は俺に回ってくる。

供恵「ほらほら、友達かもしれないでしょ」

奉太郎「……くそ」

コーヒーをテーブルに置くと、俺は電話機の前に移動し、受話器を取った。

奉太郎「もしもし、折木です」

える「折木さんですか? 千反田です!」

565: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:36:15.60 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「千反田か、どうした」

える「えっとですね、今日は何の日かご存知ですか!?」

なんだ、やけにテンションが高いな……

奉太郎「一週間に二度ある休みの内の、一日だな」

える「そうではないです!」

える「い、いえ……確かにそうかもしれませんが」

える「違います!」

千反田が言っている事は大体分かる、俺の誕生日の事だろう。

だが自分から言うのも、少しあれなので敢えてそうは言わない。

奉太郎「じゃあ、なんの日なんだ」

える「もしかして、忘れてしまったんですか?」

える「今日は、折木さんのお誕生日ですよ!」

566: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:36:42.87 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「……覚えているさ」

奉太郎「それで、それがどうかしたのか」

える「お祝いをしようと思って、お電話しました」

奉太郎「ああ、そうか」

える「はい! お誕生日おめでとうございます」

奉太郎「ありがとう」

奉太郎「それで、用事は終わりか?」

える「ち、違いますよ……それだけではないです」

まだ何かあるのだろうか?

える「実はですね、誕生日会を開こうと計画していまして」

奉太郎「また、急だな」

える「そうでもないですよ、予め決めていましたので」

567: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:37:12.95 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「……俺は知らなかったが」

える「当たり前じゃないですか、福部さんと摩耶花さんと、秘密に計画していたんです」

奉太郎「……まあいい」

奉太郎「また俺の家でやるのか?」

える「いいえ、何度もお邪魔しては迷惑だと思いますので……」

える「今年は、私の家で開くことにしているんです」

待て待て、俺の家で開くのなんて全然迷惑じゃない。

わざわざ主役の俺を、遠い千反田の家まで足を運ばせると言うのか!

奉太郎「お前の家まで行けって事か」

える「はい!」

奉太郎「俺の誕生日を、お前の家で開く為に」

える「はい!」

奉太郎「わざわざお前の家まで、休みを堪能している俺が」

える「勿論です!」

568: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:37:42.80 ID:rHC3Zm5J0
……駄目だ、こうなってしまってはどうしようもない。

奉太郎「……分かった、行けばいいんだろ」

える「ふふ、お待ちしてますね」

える「福部さんも伊原さんも今から来るそうなので、楽しみにしておきます」

奉太郎「そうか、じゃあ準備が終わったらそのまま行く」

える「ええ、宜しくお願いします」

そして話が終わり、俺は受話器を置く。

供恵「行ってらっしゃーい」

奉太郎「……はあ」

姉貴の満面の笑みを見て、溜息を吐くと俺は準備に取り掛かった。

と言っても、大した準備等は無いが。

ともかく、俺はこうして千反田の家での誕生日会をする為、わざわざ休日に出かける事となったのだ。

569: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:38:22.33 ID:rHC3Zm5J0
~千反田家~

インターホンを鳴らすと、扉の前で待っていたのか、すぐに千反田は出てきた。

える「わざわざありがとうございます」

える「上がってください」

そう言われ、千反田の家へと上がっていく。

いつもの居間に通され、変わらぬ千反田の家でゆっくりとくつろいでいた。

奉太郎「そう言えば、里志と伊原はまだなのか?」

える「もう少しで来ると思うのですが……」

その時、インターホンが鳴り響く。

える「来た様ですね、私行ってきますね」

奉太郎「ああ」

570: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:38:53.16 ID:rHC3Zm5J0
それはそうと、千反田の家に来るのは何度目だろうか?

何回来ても、まずその広さに驚かされる。

俺の家の何個分に当たるのだろうか……

とても比べ物には、ならないか。

多分、この家の広さが……千反田という名家を表しているのかもしれない。

そんな事を考えながら、里志達がやってくるのを待っていた。

出されたお茶を飲みながら、俺は考える。

……去年、俺はあいつの事を追い掛けていたのかもしれない。

社会的にも、俺の前を行く千反田の事を。

最終的に、それは不釣合いだったのだろう。

片や、神山市には知らぬ者等居ないほどの名家のお嬢様。

片や、ただの一般人。

それは多分、いくら追いかけても追いつけないのかもしれない。

571: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:40:45.86 ID:rHC3Zm5J0
つまり、あの日……千反田がさようならと言った日。

あの日に起きた事は、起こるべくして起きたのかもしれない。

だが、だがもう少しだけ。

俺が高校を卒業するまで、追いかけてみよう。

それでも駄目なら、そこまでだったと言う事だ。

里志「お、ホータローはもう来ていたんだね」

奉太郎「……里志か」

里志「なんだい、随分と暗い顔をして」

奉太郎「いや、何でも無い」

奉太郎「それより、伊原と千反田は?」

572: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:42:21.41 ID:rHC3Zm5J0
里志「料理を持って来てくれるってさ、手作りだよ手作り!」

奉太郎「手伝いに行かなくていいのか」

里志「何言ってるんだい、僕達が行っても足手まといになるだけさ」

奉太郎「まあ、間違ってはいないが」

里志「それより、何か考え事でも?」

奉太郎「……ちょっとな」

里志「僕には何を考えている何て事は、分からないけど」

里志「あまり、思い詰めないで今を楽しもうよ」

今を楽しむ、か。

それも……悪くないかもしれない。

573: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:43:02.29 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「そうだな……そうする」

里志「それに今日はホータローが主役だよ」

里志「さあさあ、笑って笑って」

いや、いきなり笑えと言われてもだな……

奉太郎「……それは難しい」

里志「釣れないなぁ」

奉太郎「いつも笑顔のお前が羨ましいな」

里志「何事も、楽しまなくちゃね」

里志「じゃないと時間が勿体無い」

奉太郎「ああ……それもそうだ」

そこまで話し、俺と里志は互いに外を眺める。

そのまま数分経ち、やがて伊原と千反田が部屋へと来た。

574: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:43:32.55 ID:rHC3Zm5J0
える「お待たせしました、お料理持って来ましたよ」

摩耶花「私も作ろうと思ったんだけど……ほとんどもう作ってあった」

里志「はは、さすが千反田さん、準備がいいね」

える「い、いえ……それほどでもないです」

そして並べられる料理、それらは実に美味しそうであった。

結構な量の料理を、全員で食べ、気付けばあっと言う間に無くなってしまっている。

奉太郎「悪いな、わざわざ」

える「いいえ、いいんですよ」

える「一年に一回なのですから、このくらいはいつでもしますよ」

里志「うーん、千反田さんは間違いなく良いお嫁さんになれるよ」

える「そ、そうでしょうか」

里志「僕が言うんだ、間違い無い!」

575: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:00.77 ID:rHC3Zm5J0
千反田を褒めるのは結構だが……

摩耶花「私はどうなの?」

里志「ま、摩耶花は……もうちょっと、優しくなった方が」

摩耶花「それ、どういう意味よ」

里志「いやいや、今でも十分に優しいけどね」

里志「もうちょっと、なんて言うのかな」

える「つまりは、今の摩耶花さんは優しく無いと言う事でしょうか……」

里志「ち、千反田さん?」

千反田も始めの頃から比べると、随分とこう言う流れが分かってきている。

それを見るのも、また楽しい。

奉太郎「そうだな、里志の言葉からすると……千反田が言っている事で間違いは無さそうだ」

里志「ホ、ホータローまで」

摩耶花「ふくちゃん、ちょっとお話しようか」

そう言い、引き摺られながら里志は部屋の外へと出て行った。

哀れ里志、また会おう。

576: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:27.22 ID:rHC3Zm5J0
える「あ、そういえば」

千反田はそう俺に言い、部屋から駆け足で出て行った。

何かを思い出した様だが……何だろうか。

5分ほど待っていると、千反田は部屋へと戻ってくる。

その後ろから里志と伊原も入ってきた、どうやら話し合いは終わったらしい。

里志「……口は災いの元だ、ホータロー」

俺の隣に腰を掛けながら、里志はそう言った。

里志「ホータローも気をつけたほうがいいよ」

奉太郎「俺は災いになるような事は言わんからな」

里志「……羨ましいよ、それ」

奉太郎「お前が思った事を喋りすぎなだけだろ」

里志「ううん……今後気をつける」

ま、絶対に直らないだろうけどな。

577: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:54.55 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「それより、千反田は何か思い出した様子だったが」

奉太郎「どうしたんだ」

える「ふふ、これです!」

そう言いながら、千反田が出したのは、ぬいぐるみだった。

摩耶花「ちーちゃん、そのぬいぐるみがどうかしたの?」

える「私の宝物なんです!」

里志「へえ、随分と可愛いぬいぐるみだね」

える「そうですよね、私もそう思います」

……ここまで、千反田が考え無しに動くのは想定外だった。

つまり、千反田が持ってきたぬいぐるみと言うのは、以前俺がプレゼントした物。

それを里志や伊原には、絶対に知られたく無かったのだ。

奉太郎「ほ、ほう。 千反田らしいな」

冷や汗を掻きながら、俺は続ける。

578: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:45:22.00 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「それにしても、そんなぬいぐるみをまだ持っているとはな」

摩耶花「ええ、いいと思うけどなぁ」

える「で、でもですよ」

える「このぬいぐるみをくれたのは……」

俺は多分、今日一番素早い動きをしたと思う。

千反田の首に腕を回し、そのまま引っ張る。

里志や伊原は不審がっていたが、このままではどうせばれてしまう。

ならこれしかないだろう。

える「あ、あの、どうしたんですか」

奉太郎「言うなって言ったのを覚えて無いのか」

える「お、覚えていますが」

奉太郎「なら何で言おうとした……!」

える「それは、その」

える「……自慢したくて」

579: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:45:51.20 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「そんなの、いくらでも俺に自慢すればいいから、とにかく今は絶対に言うな」

える「は、はい……」

そこまで話、千反田を解放する。

摩耶花「ちょっと、二人で何話してたの?」

里志「気になるねぇ」

奉太郎「……何でも無い」

俺はそう言い、二人の視線を正面から受け止める。

俺から聞き出すのは無理と悟ったのか、里志達は千反田の方に視線を向けていた。

える「あ、えっと……」

える「その……」

える「言わなくては、駄目ですか」

摩耶花「駄目って訳じゃないけど、気になるかな」

える「わ、分かりました」

580: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:46:18.29 ID:rHC3Zm5J0
……いくら何でも、何か別の言い訳をするだろう。

つい、30秒ほど前に言うなと言ったばかりなのだから、流石に言わない筈だ。

える「あのですね」

える「……折木さんが、ぬいぐるみを貸して欲しいと」

……帰りたい。

千反田は確かに、本当の所は言わなかった。

言わなかったのだが……もっと他に言い訳はあるだろうが!

摩耶花「お、折木が?」

里志「あ、あははは、本当かい、ホータロー」

くそ、こうなってしまっては千反田の言い訳に乗るしかないではないか。

全く持って納得行かないが、仕方あるまい。

581: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:46:44.97 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「別に、いいだろ」

里志「まさか、あはは」

里志「ホータローにそんな趣味があったなんてね」

摩耶花「……気持ちわる」

伊原の言葉がいつにも増して、辛い。

だが、それでもやはり……本当の事を言う気にはなれなかった。

俺があの日……わざわざ帰るのを放棄し、千反田のプレゼントを買いに行ったのを知られたく無かったのは勿論の事。

……千反田が宝物と言っていたそれを、俺がプレゼントした物だと言う事は、何故か人に知られたくは無かったのだ。

える「も、もうこの話は終わりにしましょう!」

里志「そ、そうだね」

里志「どんな趣味を持とうと、僕はホータローの友達だよ」

里志の何とも言えない表情が、やはり辛い。

582: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:47:11.23 ID:rHC3Zm5J0
奉太郎「それよりだ」

千反田が一度、話題を切ってくれたお陰で、話の方向を変える事が出来た。

奉太郎「今日は俺の誕生日だろ、何か言う事とか無いのか」

里志「お、ホータローにしては随分と急かすね」

奉太郎「……まだしっかりと言われていないからな」

摩耶花「うーん、まあいっか」

える「そうですね、では」

里志「僕はもうちょっと、タイミングを見たかったんだけどなぁ」

583: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:47:38.90 ID:rHC3Zm5J0
三人はそう言うと、徐にカバンに手を伸ばす。

そして。

里志・える・摩耶花「誕生日おめでとう!」

その言葉と共に、クラッカーの音が鳴り響いた。

ああ……また片付けが面倒な事になりそうだ。

まあ、それでも……今日くらい、別にいいか。

何と言っても一年に一度の、日なのだから。


第12話
おわり

604: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:41:13.28 ID:82esDMmt0
花火は未だに上がり続けている。

一際大きな花火が上がり、その音で俺は意識を過去から引き戻した。

入須「そういえば」

入須はまだ、手すりから夜景を眺めていた。

俺は視線をそちらに移しながら、入須の次の言葉を待つ。

入須「答えは、出たか」

奉太郎「答え……ですか?」

入須「まさか、もう忘れたのか」

入須「先程、私が提示した問いに対する……答えだ」

605: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:41:40.81 ID:82esDMmt0
……ああ、あれの事か。

奉太郎「……まだ、出そうに無いですね」

入須「……そうか」

入須「だが、あまり時間は無いぞ」

奉太郎「そうなんですか」

入須「今、決めた」

入須「この花火大会が終わる前に、答えを出してもらう」

……また急な。

そんなすぐに答えが出る問題でも無いだろうに。

606: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:42:07.07 ID:82esDMmt0
奉太郎「随分と急かしますね」

入須「まあな」

入須「どの道、いつかは答えなければいけないんだ」

入須「それなら今でも、構わないだろう」

奉太郎「……分からない、というのは答えになりますか」

入須「それは、無理だな」

入須「もし……千反田に聞かれたら、君はどうするんだ」

入須「その時もまた、分からないと言うのか?」

奉太郎「それは……」

607: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:42:34.56 ID:82esDMmt0
口篭る俺を見ながら、入須は少しだけ声を大きくし、俺に告げた。

入須「答えを出すのは、この花火大会が終わるまで」

入須「それでいいな」

奉太郎「……分かりました」

俺はそれを、断れなかった。

……まあ、時間はまだある。

時刻は21時30分、か。

ゆっくりと、思い出して行けば十分に間に合うだろう。

何しろ花火大会は、まだ始まったばかりだ。

608: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:43:19.90 ID:82esDMmt0
過去

~古典部~

俺は、部室で勉強をしていた。

と言っても、一人で静かに……とは行かない。

える「折木さん、分からない所があれば言ってくださいね」

奉太郎「……ああ」

一人の方が集中出来るのだが、別に千反田が居る事に特別不快感などは無かった。

それにしても、何故放課後の部室で勉強をしなければならないかと言うと……

五月の中間テスト、それの対策の為である。

俺はまあ……熱心にと言う程でも無いが、ある程度は勉強をしなければならない程の成績だ。

対する千反田は、成績優秀者。

そいつに教えて貰うと言うのは、一般的に考えればそれはそれは良い事なのだろう。

609: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:43:46.76 ID:82esDMmt0
しかし、どうにも……教え方が下手すぎた。

例えば、俺が式の組み立て方……答えが出る経緯を忘れ、悩んでいた時。

俺の目の前に座るこいつは、答えをざっくりと言い、途中の経過は全く教えてくれない。

多分、千反田にも悪気がある訳では無いだろう。

だが、答えを言った後も悩んでいる俺を見る目は、何故答えが出たのに悩んでいるんですか? とでも言いだけで、なんだか虚しくなってくる。

そして今も、俺は目の前の問題に悩まされていた。

何度かペンをくるくると回し、考える。

……駄目だ、全く持って分からない。

610: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:44:13.61 ID:82esDMmt0
奉太郎「……」

える「……」

奉太郎「……」

ふと、千反田の方にちらりと視線を移す。

自分の問題を解いていて、静かなのだと思ったが……

奉太郎「……あまりじろじろ見ないでくれないか」

千反田は、俺の方をジッと見つめていた。

える「あ、ごめんなさい」

奉太郎「……まあいい」

そう言い、再度問題に目を移す。

それから5分程経ったが、結局何度考えても分からない。

またしても千反田に視線を移すと、やはりと言うか……千反田はまた、俺の方を見ていた。

611: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:44:39.27 ID:82esDMmt0
奉太郎「……ふう」

俺は回していたペンを置き、千反田に向け口を開く。

奉太郎「何か、言いたい事でもあるのか」

える「……いえ、別に、大丈夫です」

何が大丈夫なのか分からないが。

奉太郎「なら、俺の方を見るのをやめてくれないか」

奉太郎「……集中できん」

える「そ、そうですよね」

少しくらい言っておかないと、こいつは多分また俺の方を見るだろう。

人に文句を付けるのは好きでは無いが……

それもまた、仕方の無い事だろう。

俺は一度置いたペンを取り、再び問題に取り組む。

612: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:45:05.58 ID:82esDMmt0
正確に言えば、取り組もうとした時だった。

える「だ、駄目です!」

奉太郎「な、なにが」

急に大きな声をあげる物だから、回している途中だったペンを落としてしまう。

える「折木さんが熱心に勉強していたので……我慢していたのですが」

える「やはり、我慢できません!」

える「折木さん!」

矢継ぎ早にそう言いながら、俺の方にぐいっと顔を寄せる。

……この感じ、あれか。

える「私、気になります!」

613: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:45:32.59 ID:82esDMmt0
全く、満足に勉強も出来たものでは無い。

しかしまあ……その気になる事を解決出来たなら、千反田も幾分か落ち着くだろう。

なら、俺がやるべき事は一つ。

奉太郎「……何が気になってるんだ」

える「ええ、私」

える「そのペンが、気になるんです」

……ペンが?

まさか、俺が知らないだけで、千反田はシャーペンが大好きな奴だったのかもしれない。

ありとあらゆるシャーペンを集めていて、それで今日俺が持っていたシャーペンが千反田の持っていなかったペンだったのだ。

奉太郎「そうか、なら今度買った場所を教えよう」

える「……ええっと」

あれ、違うのか。

614: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:46:08.28 ID:82esDMmt0
奉太郎「なんだ、シャーペンマニアでは無かったのか」

える「どちらかと言うと、筆の方が好みです」

える「いえ、そうでは無くてですね」

える「折木さんが持った時の、シャーペンが気になるんです」

奉太郎「……すまん、もっと分かりやすく説明できないか」

える「は、はい」

える「ええっと、折木さんはいつもこんな感じでペンを持ちますよね」

奉太郎「ああ、そうだな」

正直、自分がどんな感じでペンを持っているかなんて分からなかったが、ここで話の腰を折るような事はしない。

える「それでですね、時々こういう風に」

そこまで言うと、千反田は指をピクピクとさせている。

615: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:46:35.17 ID:82esDMmt0
奉太郎「……何をしているんだ」

える「う、うまくできません」

ああ……そういう事か。

奉太郎「貸してみろ、そのペン」

える「あ、はい……どうぞ」

奉太郎「千反田が気になっているというのは、これだろ」

俺はそう言い、手の上でペンをくるりと回す。

そしてそのペンを、うまく掴むと、千反田は声を大きくしながら言った。

える「な、何が起きたんですか!」

奉太郎「ペンを回しただけだが……」

える「何故、その様な事が出来るのか……気になります」

何でだろうか、逆に聞きたい。

616: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:01.16 ID:82esDMmt0
奉太郎「……俺も気付けば出来ていたからな」

える「でも、私には全然出来そうに無いですよ」

奉太郎「うーん……」

奉太郎「授業中に、練習してみたらどうだ」

える「折木さんは授業中にやっているんですか?」

奉太郎「まあ、暇だしな」

える「いけません! しっかりと聞かないと駄目ですよ」

なるほど、確かに正論である。

だが俺にも言い分はあった。

奉太郎「それで、それを補う為にわざわざ放課後、部室に残って勉強しているのだが」

奉太郎「俺が集中出来ないのは何故か、分かるか千反田」

617: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:28.52 ID:82esDMmt0
俺がそう言うと、千反田は若干焦りながら答える。

える「あ、そ、それとこれとは別です」

える「そんな事より、私にも教えてください」

俺の言い分は……そんな事と言う一言で片付けられてしまった。

奉太郎「しかし、教えると言ってもだな」

える「そこを何とか、お願いします」

奉太郎「ううむ……」

奉太郎「……まず、ペンを持ってみろ」

える「はい! こんな感じですかね?」

奉太郎「ああ、まあそれでいいんじゃないか」

奉太郎「で、その後はだな」

奉太郎「こうやって、こうだ」

そう言い、俺は自分が持っていたペンをくるりと回す。

618: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:56.83 ID:82esDMmt0
える「あの、失礼な事を聞いてもいいですか」

何だろう、わざわざ失礼な事と前置きしてまで聞くと言う事は、大分失礼な事なのだろうか。

える「折木さんって、教え方が上手い方では無いのでしょうか」

奉太郎「……お前がそれを言うか」

える「す、すいません」

える「でも、全然分からなかったので……」

と言われても、俺も困ってしまう。

奉太郎「とりあえず、練習しておけばいいさ」

奉太郎「その内出来る様になるだろ」

俺は千反田にそう告げ、勉強を再開する。

619: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:48:23.78 ID:82esDMmt0
奉太郎「……」

える「……よいしょ」

奉太郎「……」

える「……あ!」

奉太郎「……」

える「……うまく行きませんね」

先程から、ペンの落ちる音が鳴り響いている。

その音が聞こえた後、千反田の独り言が聞こえてくる。

こんなんじゃ、勉強所では無いな……全く。

奉太郎「ああ、もう」

未だにペンを回そうと奮闘している千反田を見て、俺は席を立つ。

そのまま千反田の後ろに回り、ペンを持つ手を上から掴む。

620: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:48:49.29 ID:82esDMmt0
奉太郎「だから、こうやって……」

奉太郎「こうだ」

俺はそう言い、いつもの要領で千反田の手を動かした。

うまく行くとは思わなかったが……ペンはうまい具合に一回転し、千反田の手に収まった。

える「すごいです、折木さん!」

奉太郎「別に凄くは無いだろ……」

奉太郎「もう一回、やってみろ」

俺は千反田後ろに立ったまま、手を離す。

える「はい、やってみますね」

える「……よいしょ」

……ああ、違う。

後ろから見ているとなんとなく分かる……こいつはペンを、指で追いかけ過ぎだ。

621: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:49:23.53 ID:82esDMmt0
奉太郎「だから、こう持って」

そう言い、俺は再び千反田の手を掴む。

その時、ふと千反田が俺の方に顔を向けた。

俺はこの時、まずいと感じた。

予想以上に、千反田の顔が近かったのだ。

そのまま数秒間、千反田と見つめ合う。

そんな沈黙に耐え切れず、俺は顔を逸らした。

千反田も顔を逸らし、口を開く。

える「あ、あの……」

える「少し……は、恥ずかしいです」

あえて言わなくてもいいだろうに、そんなの俺だって感じている。

622: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:50:12.80 ID:82esDMmt0
奉太郎「す……すまんな」

そして千反田の手を離し、俺は自分の席へと腰を掛けた。

空気を変えるため、咳払いを一つすると、俺は千反田に話しかける。

奉太郎「……えっとだな、千反田はペンを追いかけ過ぎだ」

える「追いかけ過ぎ……ですか」

奉太郎「ああ」

奉太郎「ペンを押し出したら、そのまま戻ってくるのを待つんだ」

奉太郎「それで、タイミング良く掴む、それだけだ」

える「分かりました……もう一度、やってみますね」

える「ええっと、こんな感じで持って」

える「……えい!」

623: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:50:40.93 ID:82esDMmt0
しかし、ペンは先程同様、床へと落ちて行った。

まあでも、さっきよりかは大分マシになっていた様に見える。

える「やはり、難しいですね」

奉太郎「その内出来るようになるさ、さっきも言ったけどな」

える「はい……頑張ってみます」

える「でも、折木さんは簡単そうに回して、凄いです」

奉太郎「そ、そうか」

える「折木さんの特技はペン回しだったんですね」

……なんか、とても情けない特技では無いだろうか。

奉太郎「そこまで大袈裟に言う程の物でもないだろ」

俺はそう言うと、千反田はやはりと言うべきか、顔を近づけ、言ってきた。

624: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:51:06.76 ID:82esDMmt0
える「いいえ、それは違いますよ」

える「どんな些細な事でも、皆さんそれぞれ、得意な物や苦手な物があるんです」

奉太郎「……まあ、そうだな」

奉太郎「それは分かる」

える「ふふ、そうですか」

える「例えば折木さんは物事を組み立てるのが、得意ですよね」

そうなのだろうか、自分では良く分からないが……

える「でも、私は物事を組み立てるのが苦手です」

奉太郎「ああ、それは何となく分かる」

千反田に向けそう言うと、少しむくれながら続けた。

625: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:51:43.16 ID:82esDMmt0
える「……それでですね、先程のペン回しもそれに当てはまるんです」

える「どんな些細な事でも、それらはその人と言う物を表していると、私は思います」

える「誰しも、これだけは負けられない、と言うのがあると思うんです」

奉太郎「俺にそれがあると思うか」

える「折木さんは……そうですね」

える「面倒くさがりな所は、誰にも負けませんよ」

さっきの仕返しと言わんばかりに、千反田はにこにこしながら俺に言ってくる。

奉太郎「……お前も随分言う様になったな」

える「でも、それもまた……折木さんという方を表しているんです」

える「写真を撮るのが得意な方、絵を描くのが得意な方、物を作るのが得意な方、ゲームが得意な方」

える「どれだけ小さい事でも、それらは立派な物だと……私は思うんです」

626: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:52:14.54 ID:82esDMmt0
なるほど……確かに、そう言われればそうかもしれない。

奉太郎「つまり、お前の好奇心も……千反田と言う人間を表しているのか」

える「ええ、そうなりますね」

える「それで、私も折木さんの様にペンを回せるのか……と感じまして」

奉太郎「ああ、それでペンが気になる、と言ったのか」

える「はい、そうです」

える「でも、私には少し難しいみたいです」

そう言いながら、笑う千反田の顔は……

どこか、寂しげだったのを俺はしっかりと記憶していた。


第13話
おわり

637: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:22:25.99 ID:Z5VuVV460
入須「さっきはああ言ったが」

入須「千反田も、聞くだろうな」

入須はこちらに振り向きながら、続けた。

入須「必ず、聞くと私は思う」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「奇遇ですね、俺も丁度、同じ事を思っていました」

奉太郎「俺は……間違いなく、聞かれるでしょう」

入須「ふふ、君は千反田の事を一番理解しているからな」

奉太郎「……それは、過大評価って奴ですよ」

入須「……果たしてそうかな」

入須「それより、答えはまだなのか」

奉太郎「……今、考えている最中です」

入須「そうか、なら私は少し黙るよ」

奉太郎「ええ」

638: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:22:52.79 ID:Z5VuVV460
入須はそう言うと、花火では無く、頭上の星を眺める。

まあ、黙ってくれるなら有難い、今は考える事に集中したかったのだ。

俺は入須の横まで歩き、高台から下を見下ろす。

海の匂いが、少しだけした。

ふと、時計に目を移す。

時刻は丁度、22時を指している所だ。

そして視線を、高台から見える町並みより更に下に落とした。

……ああ、くそ。

まずいな、これは非常にまずい事になった。

俺がまずいと思ったのは、時刻のせいでは無い。

この高台に向かって、走ってくる人影が下に見えたのだ。

走り方や、外見の特徴。

そしてここからでも感じる、そいつの纏っている雰囲気。

間違いない、あれは千反田だ。

639: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:23:25.34 ID:Z5VuVV460
過去

~折木家~

7月に入り、気温も大分上がってきた。

俺は勿論、この土日を満喫するつもりだ。

……満喫と言っても、外に出るつもりなんて一切無い。

家の中でぐだぐだと、ただ時を過ごすだけ。

まあ、そんな理想を抱いていたのもつい10分程前の事なのだが。

奉太郎「……わざわざ暑い中ご苦労様」

里志「うわ、嫌そうな顔だね」

摩耶花「暑いって言っても、今日は涼しい方よ」

える「そうですよ、折木さんも外に出てみたらどうですか?」

何の連絡も無しに、突然こいつらが家へ押し掛けてきたのだ。

640: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:23:52.40 ID:Z5VuVV460
奉太郎「絶対に出ない」

奉太郎「それで、今日の用件は何だ」

里志「うーん、そう言われると困っちゃうな」

困る? つまりこいつらは用も無く俺の休日を妨害しに来たと言うのか。

俺がそれを言おうとした所で、千反田が割って入る。

える「ええっとですね」

える「今日は、折木さんのお姉さんに呼ばれて来たんです」

……俺の姉貴に?

姉貴がどうやってこいつらと連絡を取ったのも気になるが……それより今は。

俺はその言葉を聞くと同時に、玄関からリビングへと向かう。

641: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:24:19.49 ID:Z5VuVV460
奉太郎「一体何の真似だ」

供恵「あ、友達来たんだ」

供恵「暇そうなあんたの為に呼んだってのじゃ、駄目かな」

奉太郎「……」

供恵「嘘嘘、冗談よ」

供恵「じゃあ一回、リビングに集まって貰おうかな」

奉太郎「理由が分からんぞ」

供恵「いいからいいから、早く早く」

何だと言うのだ……

しかしそんな会話が聞こえたのか、玄関から里志の声が聞こえてきた。

里志「お姉さんもそう言ってる事だし、お邪魔しますー」

こうしてまたしても、俺の休日は浪費されていく。

……もう、慣れた。

642: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:24:50.62 ID:Z5VuVV460
そして姉貴を含め、5人がリビングへと集まった。

奉太郎「それで、何故……里志達を呼び出したりしたんだ」

供恵「んー、もうそろそろ来ると思うんだけど」

丁度その時、チャイムが鳴り響く。

供恵「来たみたいね、ちょっと行って来るわね」

そう言い、姉貴は玄関へと向かう。

俺はそれを見送り、里志達の方へと顔を向けた。

奉太郎「大体、俺に一言くらい言ってくれれば良かったのに」

里志「いいじゃないか、驚かせたかったし」

奉太郎「……良くないんだが」

まあ、なってしまった物は仕方ないか。

過去を悔いるより、次に起こるべく問題の片付け方を考えた方が、効率的と呼べるだろう。

643: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:25:34.35 ID:Z5VuVV460
供恵「お待たせー」

そう言いながら、姉貴はリビングへと戻ってきた。

……その後ろには、見覚えがある人物。

入須「お邪魔させて貰うよ」

入須冬実が居た。

それを見て、一番早く口を開いたのは千反田であった。

える「入須さん! お久しぶりです」

入須「ああ、久しぶり」

里志「驚いた、逆に驚かされる事になるとはね」

そんな里志の言葉に、入須は顔をしかめている。

無理も無い、さすがの入須でも里志が俺を驚かせようとしてた事なんて分かる訳が無い。

644: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:03.67 ID:Z5VuVV460
奉太郎「何故、入須先輩が?」

摩耶花「私もちょっと気になる、だって私達は折木のお姉さんから呼ばれたのに」

……そうか、こいつらは俺の姉貴と入須が知り合いだと言う事を知らないのか。

入須「私が来たのは用事があったからだ」

入須「君達、全員にね」

入須「この人が呼び出したのにも理由がある、私とこの人は知り合いなんだよ」

供恵「何よ、いつもみたいに先輩って呼んでよね」

入須「そ、それは」

珍しい、入須が口篭ってしまった。

やはり、姉貴の方が一枚上手と見える。

我ながら……末恐ろしい姉貴を持ってしまった物だ。

645: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:30.12 ID:Z5VuVV460
里志「へえ、お二人は先輩と後輩って関係だったんですね」

里志は何が満足なのか、とても嬉しそうな顔をしている。

える「それよりです!」

える「用事とは、何でしょうか?」

奉太郎「まあ、そうだな」

奉太郎「わざわざ集めてまでの用事は、俺も少し気になる」

入須「ま、隠す事も無いか」

入須「君達を、私の別荘に招待しようと思ってな」

える「別荘、ですか?」

入須「ああ、そうだ」

646: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:55.39 ID:Z5VuVV460
入須「神山市から電車で30分程の場所さ」

入須「私も小さい頃は良く行っていた」

やはり侮れない、別荘を持っている人は始めて見た。

里志「行きます!」

一番早く賛同を示したのは、俺の予想通り、里志であった。

摩耶花「私も行きたい!」

伊原は珍しく、自分の意見に素直になっている様子。

こいつも多分、別荘と言う響きにやられたのかもしれない。

える「入須さんのご招待を、断る理由はありませんね」

……こうなってしまっては、俺もやはり断れないか。

奉太郎「じゃあ俺も、行きます」

647: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:27:32.29 ID:Z5VuVV460
全員の意見が纏まると、入須は笑い、ゆっくりと口を開く。

入須「実はね、その別荘の近くでは、一年に一回の花火大会があるんだよ」

える「わあ……素敵ですね」

入須「私とその花火師とは知り合いでね」

入須「今年が、最後の仕事だそうだ」

入須「それで、是非……彼が最後にあげる花火を見て欲しいんだ」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「そう言われてしまったら、尚更行くしか無さそうですね」

える「最後の花火ですか、楽しみですね」

そう言いながら、千反田は俺の方に笑顔を向ける。

648: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:28:03.42 ID:Z5VuVV460
入須「その仕事も代々受け継がれていてね」

入須「次は彼の子供が受け継ぐそうだ」

ん、その入須が言う彼とは……一体何歳なのだろうか。

里志「その花火師の人は、おいくつなんですか?」

そんな俺の心の中の疑問を、里志が口に出す。

入須「今は確か……四十、だったかな」

入須「次の仕事は、ちゃんと決まっているみたいだよ」

奉太郎「随分、若く引退するんですね」

入須「まあ、そうだな」

入須「彼が仕事を始めたのは20歳と聞いている」

入須「仕事一筋な人でね、今まで失敗した事が無いそうだ」

ほう、それはいい花火が期待できそうだ。

入須「そうそう、彼の奥さんはこの神山市で働いているぞ」

……ま、それにはあまり興味が無かったので俺は受け流す。

649: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:28:36.84 ID:Z5VuVV460
奉太郎「それで、行くのはいつですか?」

入須「8月に入ってすぐだ」

える「……あ」

入須がそう言った後、千反田は何かを思い出したかの様に口に手を当てた。

える「実は、その日は家の用事がありまして……」

大変だな、こいつも。

える「でも、夕方には終わると思うので、それからでもいいですか?」

入須「そうだな……じゃあ先に私達で行って、千反田は後ほど合流という感じで、いいかな」

入須「地図は後で渡しておく」

える「ええ、分かりました」

8月の頭か……俺にも何か用事は。

……ある訳が無いな。

650: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:03.30 ID:Z5VuVV460
奉太郎「んじゃ、8月の頭に、入須先輩の別荘へ……と言う事で」

奉太郎「それで、花火大会は何時からですか?」

入須「午後の8時だ、これは毎年変わらない」

奉太郎「えっと、花火大会はどのくらいやっているんですか?」

入須「1時間半程だな」

奉太郎「……帰るのは大分遅くなりそうですね」

入須「何を言っている? 泊まりだぞ」

……予想はしていたが、いざ言われると、簡単に行くと言った事を後悔する。

奉太郎「……分かりました」

里志「はは、嫌そうな顔だ」

える「折木さんも行けばきっと、楽しくなりますよ!」

……どうだかな。

651: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:30.51 ID:Z5VuVV460
奉太郎「まあ、まだ先の話だ」

入須「それもそうだな」

入須「また、連絡するよ」

里志「予定は決まったね」

里志「宜しくお願いします、先輩」

入須「堅苦しいのは無しにしよう、折角の休みだろう」

摩耶花「楽しみだなぁ……花火大会」

入須「彼があげる花火は綺麗だよ、私も好きだ」

それより、いつまで話しているんだ、こいつらは。

奉太郎「じゃあ計画は決まった事だし、解散するか」

652: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:58.16 ID:Z5VuVV460
入須「そうだな……あまり長居してしまっても迷惑か」

入須はそう言うと、席を立つ。

よし、これで残りの時間はぐだぐだとできる。

里志「何言ってるんですか、入須先輩」

里志「大学の話とか、参考までに聞かせてください」

なんの参考にするのかは分からない。

いや、待て待て、そうでは無いだろ。

入須「だが、迷惑では……」

ほら、入須はそう言ってるぞ。

える「いえ、大丈夫ですよ、お話しましょう」

千反田が大丈夫と言うと、俺も何だかそんな気が……する訳が無い。

653: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:30:25.41 ID:Z5VuVV460
奉太郎「……ここは俺の家なんだが」

摩耶花「それで、大学はどうなんですか?」

入須「まあ、特にこれと言って感想は無いが……」

入須「高校よりは、自由と言った感じかな」

里志「いいなぁ……憧れますね」

える「そうですね、楽しみです」

駄目だ……聞いちゃ居ない。

くそ、またしても俺の休日は消費されていく。

ああ、さようなら。

654: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:31:20.13 ID:Z5VuVV460
~現在~

そうだった、こうして俺達はここへ来ているのだった。

思えばあの時、千反田は既に大学へ行く事を決めていたのだ。

真意は分からないが……あいつの決めた事だ、間違いは無いだろう。

それにしても、あれから何分経った?

時計に目を移すと、22時5分。

千反田がここへ来るまでは、もう少し時間がありそうだ。

ならそうだ、何故こうなってしまったのかを思い出そう。

全部繋がる筈だ、答えを出せば……まだ間に合う。

俺はそう思い、意識をまた、記憶を掘り起こす作業に向けた。

655: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:31:48.38 ID:Z5VuVV460
過去

~別荘~

里志「うへぇ、これはまた随分と、立派だね」

摩耶花「すごい……」

今、俺達の目の前にあるのは……千反田の家までとは言わないが、立派な別荘であった。

入須「見ていても何も起こらんぞ、中に荷物を置こう」

呆気に取られる俺達に、苦笑いしながら入須が声を掛けた。

奉太郎「そうですね、電車が遅れていたせいで……いつにも増して疲れました」

里志「はは、ホータローらしい」

無理も無い、電車は何かしらの大きな工事があるらしく、一時間も遅れていたのだ。

本数も減っていたせいで、ホームでかなりの時間待たされた。

明日には通常に戻るらしいが……いや、今日いっぱいの工事が明日に延期されてしまっては、俺にはとても神山市まで帰れる気がしない。

そんな事を思いながら、別荘の中へと入る。

中は洋風な感じで、しっかりと掃除されているそれは、なんだか居心地が良かった。

656: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:32:14.70 ID:Z5VuVV460
奉太郎「いい所ですね」

入須「そう言ってくれると嬉しいな」

奉太郎「ミステリー映画の撮影に、良さそうです」

俺はふと思いついた冗談を口にすると、入須は困った様な顔をしながら言う。

入須「……君は本当に、執念深いな」

奉太郎「冗談ですよ」

入須「ならいいが……」

そんな会話をしながら、部屋を案内される。

どうやら一人一部屋あるらしく、入須家の恐ろしさを身を持って知る事となった。

その後、全員が荷物を置き、リビングへと集まる。

657: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:32:44.78 ID:Z5VuVV460
入須「さて、どうしようか」

里志「海に行きたいですね」

入須「……それは明日にしないか?」

摩耶花「何か、理由があるんですか?」

入須「理由と言うほどの事でも無いが……どうせなら」

入須「全員で、行こう」

そうか、千反田がこの場には居ないのか。

それをちゃんと考える辺り、入須はただの冷血な奴では無いのだろう。

まあそれは、去年の事でも分かっていたが。

奉太郎「じゃあ、どうするんですか」

入須「そうだな……」

入須「この辺りの町を、紹介するよ」

入須「一緒に行こうか」

つまりは、歩くと言う事か。

だが……今は簡便してほしい。

658: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:33:35.71 ID:Z5VuVV460
奉太郎「あー、俺はちょっと」

摩耶花「何よ、また面倒とか言う気?」

奉太郎「いや……面倒なのは面倒なんだが」

摩耶花「……?」

里志「はは、ホータローはここで寝ていた方が良さそうだ」

入須「なんだ、来ないのか?」

里志「いやいや、ホータローも来たい気持ちはあるみたいですよ」

摩耶花「なら、なんで?」

里志「今の顔、酔ってる顔だから」

その通り、電車の酔いが、俺にはまだ残っていたのだ。

立ち止まったり、座っている分には平気だが……歩くとなると、ちと辛い。

659: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:34:11.61 ID:Z5VuVV460
入須「ふふ、そうか」

入須「なら折木君はここで休んでいると良い」

入須「夜には花火大会が始まるしな」

入須「それまでには、体調を治してくれよ」

奉太郎「……すいませんね」

俺は入須にそう言い、先程荷物を置いた部屋へと向かった。

……やはり俺は、前に伊原が言っていた様に、イベントを楽しめないのかもしれない。

そんな事を考え、扉を開ける。

660: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:35:16.09 ID:Z5VuVV460
部屋の窓からは、綺麗な海が見えていた。

明日は、海か。

里志に事前に言われ、一応は水着は持ってきて居たのだが……まあ見ているだけでもいいか。

そして俺は、ベッドへと横たわる。

……ああ、待てよ。

と言う事は……千反田も、水着を着るのか。

見ているだけでは駄目だ、いやむしろ……見るのすら駄目だ。

違う違う、今はそんな事を考える時では無いだろう。

……体調が悪くなるのは、明日の方が良かったかもしれない。

そう俺は結論を付けると、ゆっくりと目を閉じた。


第14話
おわり

673: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:26:48.41 ID:wMwX2Y5/0
俺は再び、意識を引き戻す。

そろそろ……千反田がここに来る。

入須「……まだかな?」

奉太郎「黙っていてくれるんじゃ、無かったんですか」

入須「すまんな、私もあまり……気が長い方では無いんだ」

奉太郎「そうですか」

入須「それに、そろそろ千反田が来るぞ?」

そう言い、入須が指を指す。

674: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:27:23.17 ID:wMwX2Y5/0
そっちに俺は視線を移すと、小さく……小さく人影が見えた。

ああ、くそ。

もう一度、後一回だけ意識を過去に向けよう。

そうすれば、きっと答えが出る筈だ。

花火大会もいよいよ、終盤へと向かっている。

一際派手にあがる花火を一度見て、視線を地面へと向ける。

あの後だ……俺が目を覚ましたら、確か。

675: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:27:50.15 ID:wMwX2Y5/0
過去

~別荘~

入須「折木君、まだ寝ているのか」

奉太郎「……ん」

その言葉で、俺はゆっくりと目を開けた。

奉太郎「……勝手に、部屋に入らないでくださいよ」

入須「ここは私の別荘だぞ、つまりこの部屋も私のだ」

奉太郎「……さいですか」

寝起きは最悪だった、そんな気分を表す様に、部屋が随分と暗い。

奉太郎「あれ、もう夜ですか」

入須「ああ、私はついさっき戻ってきた所だよ」

入須「今は19時くらい、かな」

676: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:28:18.28 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「そうですか……あ」

奉太郎「花火大会って、何時からでしたっけ」

入須「20時からだ、だからなるべく急いでくれるとありがたいな」

それは最初に言うべき事では無いのだろうか。

まあいい、準備をするか。

俺は適当に返事をした後、身支度を整える。

そして入須と一緒に別荘を出た時、ある事に気付いた。

奉太郎「そういえば」

奉太郎「里志と、伊原は?」

入須「ああ、彼らなら二人で花火を見ると言っていた」

入須「まあ、恋人同士なら、そうしたいのが本音だったんだろうな」

奉太郎「……そうですか」

677: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:00.57 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「それで、千反田は?」

入須「まだ来ていないよ」

入須「電話はあったが、電車が遅れているせいで……もしかしたら間に合わないかもな」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「つまりは入須先輩と二人っきりって事ですか」

入須「何だ、やはり私と二人は嫌か」

奉太郎「……別に、そういう訳では無いです」

入須「また、千反田に勘違いされたらと考えているのか」

入須「私と折木君が、特別な関係の様に」

奉太郎「入須先輩」

奉太郎「……いくら俺でも、それ以上言うなら怒りますよ」

入須「……すまんな、冗談だ」

入須「千反田がそんな勘違いをもう起こさない事等、私は分かっているさ」

入須「あいつは、賢いからな」

奉太郎「……すみません」

奉太郎「それじゃ、行きますか」

678: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:26.94 ID:wMwX2Y5/0
~高台への道~

入須「まだ時間はありそうだな」

入須「何か、話でもしながら歩くか」

奉太郎「話、ですか」

奉太郎「……俺が気になるのは、花火師の人の事ですね」

入須「花火師の?」

奉太郎「はい」

奉太郎「その人は、どんな人ですか?」

入須「そうだな……」

入須「一言で言うなら……やはり、仕事一筋、と言った所だ」

679: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:53.79 ID:wMwX2Y5/0
入須「奥さんにも、子供にも、あまり優しい姿を見せてはいなかった」

入須「自分の仕事に誇りを持っていて、何より信念を持っていた」

入須「そんな人だよ」

奉太郎「なるほど、やはり」

奉太郎「素晴らしい花火が、期待できそうですね」

入須「そうとも、私が一番好きな花火だ」

入須がここまで言い切ると言う事は、多分誰から見ても……素晴らしい物なのだろう。

入須「私が思ったのは……」

奉太郎「何ですか」

680: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:30:21.17 ID:wMwX2Y5/0
入須「君と、その花火師はどこか似ている、と言った所だな」

はあ、俺とその花火師が似ている……か。

奉太郎「あり得ませんよ」

奉太郎「第一、俺はそんな面倒な事はしません」

奉太郎「仕事で選ぶとしたら、絶対に無いですね」

奉太郎「それにその仕事に、信念やプライドを持つ事も、無いと思いますよ」

入須「きっぱりと言い切るのだな」

入須「観点を、変えてみたらどうだろうか」

奉太郎「観点を?」

入須「ああ」

681: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:30:47.97 ID:wMwX2Y5/0
入須「私が聞くに、君は省エネをモットーとしている」

また姉貴か、余計な事を。

入須「それを花火師の仕事と置き換えるんだ」

入須「君はそのモットーに感じているのは、信念だろう」

奉太郎「……どうでしょうかね」

入須「私から見たら、似ているよ」

やはり……俺にはとても、そうは思えない。

682: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:31:13.68 ID:wMwX2Y5/0
~高台~

入須は時計に目をやっていた。

入須「そろそろ20時か」

俺は設置されていたベンチに腰を掛け、その時を待っている。

入須「君は、花火は好きか?」

奉太郎「どちらでも無い、と言ったほうが本当でしょうね」

入須「そうか」

入須は手すりに背中を預けながら、腕を組んでいた。

奉太郎「不満ですか?」

入須「不満……とはどう言う事かな」

683: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:31:39.52 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「折角の花火大会、それに招待したのにそんな感想で」

入須「ふふ」

入須「……君の事は少しは分かっているつもりだ」

入須「だから別に、不満と言う事も無いかな」

入須「ある程度は予想できていたと言う事だ」

奉太郎「それなら……いいですが」

入須「君は、おかしな奴だな」

真顔で言われると、なんだか嫌だな。

奉太郎「そう言う事を、単刀直入に言うのはやめた方がいいと思います」

684: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:05.37 ID:wMwX2Y5/0
入須「だってそうだろう」

入須「それなら良い、と言うくらいなら……最初から、どちらでも無いなんて言わなければいいじゃないか」

奉太郎「……俺は」

奉太郎「嘘はあまり、好きでは無いので」

入須「……ふふ、そうか」

入須「そう言えば」

入須「千反田も、嘘はあまり好きでは無かったな」

その時の入須の顔は、本当に嫌な笑い方をしていた。

奉太郎「……それは、初耳です」

俺がそう言うと、入須は眉を吊り上げながら、口を開いた。

685: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:31.36 ID:wMwX2Y5/0
入須「何だ、嘘は嫌いなんじゃなかったのか」

奉太郎「……全く」

奉太郎「嘘よりも、あなたの事が嫌いになりそうですよ」

入須「……それもまた、嘘だと良いのだがな」

奉太郎「さあ、どうでしょうね」

その時、夜風が一際強く吹く。

夏はまだ始まったばかりなのに、その風はとても冷たく、俺は少しだけ身震いをした。

入須「……おかしいな」

奉太郎「おかしいとは、俺の事ですか?」

入須「いいや、違う」

何だ、さっきまでの空気とは変わって……入須は少し、いや、いつも通り真面目な顔をしていた。

686: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:57.18 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「では、何がおかしいと言うんですか」

入須「あれだよ」

そう言いながら、入須が指を指したのは時計。

俺は促されるまま時計に目を移す。

奉太郎「20時10分ですね」

奉太郎「別に、おかしい所はありませんが」

入須「はあ……」

入須「君は何の為にここまで来たのか、忘れたと言うのか」

何の為だったか……

ああ、そうだ、花火だ。

687: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:33:24.85 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「遅れているんじゃないですか?」

入須「いいや、それはあり得ない」

入須「私は今日、一度彼に会っているんだ」

彼……とは、花火師の事だろう。

入須「準備は完璧だった」

奉太郎「なら、その後に何か予想外の事が起きて」

入須「それも無いな」

入須「彼はこの仕事に……大袈裟に言えば、命を賭けていた」

入須「そのくらい、誇りに思っていたんだ」

入須「それはさっきも言っただろう」

688: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:33:50.84 ID:wMwX2Y5/0
入須「私は小さい時から、彼の花火を見ている」

入須「1分くらいの前後なら、時計のずれとも言えるがな」

入須「ここまで遅れた事は……今まで無かった」

ふむ……つまり、よく分からん。

奉太郎「まあ、その内始まるでしょう」

入須「だと良いんだが」

入須「……少し、心配だな」

そう言う入須の顔は、どこか寂しげで……

気付いたら俺は、顔を入須から背けていた。

多分、いつもの入須らしくない入須を、見たくなかったのだろう。

689: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:34:16.66 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「まあ、気楽に考えましょう」

入須「……ああ」

それから5分、10分と経つが、花火大会は始まらない。

入須はどこか、そわそわしている様子だった。

奉太郎「先輩らしく無いですね」

入須「ふふ、君が私の何を知っているんだ」

奉太郎「……何も」

入須「本当に、おかしな奴だな……君は」

入須はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。

690: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:34:42.66 ID:wMwX2Y5/0
入須「一つ、問題を出そうか」

奉太郎「結構です」

入須「聞くだけでも聞け」

入須「君なら多分、分かるしな。 私も解決して欲しい問題だ」

……ううむ、どうしようか。

まあ、何もしないで待っているよりは、いくらかマシか。

それに……俺が今日ここに居るのも、入須の招待あってこそだしな。

考えても、罰は当たらないか。

奉太郎「分かりましたよ、何ですか?」

入須「君ならそう言ってくれると思ってた」

入須「私が提示する問題は一つ」

691: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:35:46.10 ID:wMwX2Y5/0
入須「何故、今日……花火大会が未だに始まっていないのか、だ」

……また無茶な。

奉太郎「それが俺に分かる訳が無いでしょう」

入須「どうだろうな」

入須は何がおかしいのか、笑っていた。

奉太郎「まあ、頭の隅には、一応置いておきます」

入須「ああ」

692: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:36:12.54 ID:wMwX2Y5/0
~現在~

ああ、そうだった。

そうして俺は入須の問題へと取り組む事になったのだ。

そう思い、顔を上に戻した。

える「私、気になります!」

奉太郎「うわっ!」

勢い余って、ベンチから落ちそうになる。

奉太郎「ち、千反田か」

奉太郎「いきなり声を出すな、びっくりするだろ」

える「いえ、何度か声を掛けましたよ」

える「でも、考えている様子だったので……」

俺はそれほどまでに、しっかりと考えていたのか。

693: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:36:39.74 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「それで、お前が気になると言うのは」

える「入須さんと同じ事です!」

それを聞き、視線を入須に移す。

入須「暇だったからな、全て説明しておいた」

くそ、最初からこれが狙いだったのでは無いだろうか。

まあでも、千反田が見えた時点でこの展開は予想できていた。

える「それで、何か分かりましたか?」

奉太郎「花火大会が遅れた理由、か」

える「勿論です!」

694: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:37:06.68 ID:wMwX2Y5/0
える「仕事一筋の方が、何故最後の花火大会と言う一大行事で失敗をしたのか」

える「何故、失敗をする事になったのか」

える「万全の準備が出来ていたにも関わらず、何故それが起きてしまったのか」

える「私、気になります」

俺は千反田の言葉をしっかりと聞き、返す。

奉太郎「……失敗とは、少し違うかもしれない」

える「それは……どういう事ですか?」

過去を遡ったおかげで、大体の答えは出ていた。

確認するべき事は、あと一つ。

奉太郎「入須先輩」

入須「ん、どうした?」

695: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:37:32.40 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「今日も、花火師の奥さんは仕事に?」

入須「ええっと、どうだったかな」

入須「昼間、挨拶した時は見えなかったから、恐らくそうだろう」

奉太郎「そうですか、ありがとうございます」

やはり、そうか。

ならもう、答えは出た。

なんとか間に合ったと言う所だが……間に合った物は間に合ったのだ。

奉太郎「じゃあ、何故……花火大会が遅れたのか、説明するか」

える「はい!」

奉太郎「まず第一に、今日の花火大会は20時に予定されていた」

奉太郎「それにも関わらず、始まったのは21時だ」

696: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:01.50 ID:wMwX2Y5/0
える「ええ、そう聞いています」

奉太郎「一時間のずれ……千反田は何を予想する?」

える「ええっと、そうですね」

える「準備不足、花火の設置ミスが考えられます」

える「後は……あまり言いたくないですが、急病なども」

奉太郎「大体、そうだろうな」

奉太郎「入須先輩、急病は考えられますか?」

入須「……無いと思うな」

入須「風邪にも滅多に掛からない人だ、考えられない」

入須「勿論、断言はできないが」

奉太郎「それだけ聞ければ十分です」

697: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:28.22 ID:wMwX2Y5/0
える「でも、そうなると……準備不足などでしょうか?」

入須「いいや、それもあり得ない」

奉太郎「そう、入須先輩が昼間に確認した時は、完璧に準備は出来ていたんだ」

奉太郎「つまり、先程、千反田があげた理由は全てが違う」

える「それなら、何故?」

奉太郎「……」

らしくないな、俺がこれを言うのはらしくない。

だが、それしか……そう答えを出すしか無かった。

……

いや、違う。

俺は、期待していたのか。

そうあって欲しいと。

698: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:55.61 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「今日、千反田は花火を見る事が出来たか?」

俺がそう言うと、未だにあがり続ける花火に一度目を移し、千反田は口を開く。

える「ええっと? 今現在、見れていますよ」

奉太郎「そうだ」

奉太郎「だが、通常通りの時間……20時に始まっていたらどうだ?」

える「……恐らく、見れなかったでしょうね」

入須「……そう言う事か」

どうやら、入須は分かった様だ。

さすがと言うべきか、だが少し……気付くのが早すぎでは無いだろうか?

ま、そんな事今はどうでもいいか。

俺はそう結論付け、話を再開する。

699: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:39:25.22 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「そう、そうなんだ」

奉太郎「今は22時を過ぎた所、通常通り行われていたら」

奉太郎「もう、終わっている時間なんだよ」

える「でも、それとどう関係が?」

える「まさか、私の為に大会が遅れた等は、言いませんよね」

奉太郎「……俺が、花火師だったとしたら」

奉太郎「その可能性もあったな」

そう俺が言った言葉は、花火の音に掻き消され、千反田には届いていなかった。

える「あの、今何て言いました?」

奉太郎「花火師は……奥さんの為に、大会を遅らせたんだろうな」

える「奥さんの、為ですか」

700: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:39:55.51 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「千反田がここに来るのに遅れた理由は、何だ」

える「ええっと、電車が遅れていたせい、ですね」

奉太郎「その通り」

奉太郎「それに巻き込まれたのは、花火師の奥さんも同じだったんだよ」

える「……と言う事は」

奉太郎「……自分があげる最後の花火」

奉太郎「それを、自分が一番好きな人に」

奉太郎「見て欲しかったんだと思う」

える「……」

入須が提示した問題、千反田が俺の目の前に出した問題。

その問題の答えを千反田に教えると、しばらく千反田は黙って花火を見ていた。

701: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:40:20.47 ID:wMwX2Y5/0
何度かまた、花火があがる。

それを見ながら、千反田はようやく口を開いた。

える「素敵、ですね」

奉太郎「……意外だな」

える「私が、大会が遅れた理由を素敵と言った事がですか?」

奉太郎「ああ」

える「……誰でも、そう思うのでは無いでしょうか」

奉太郎「……そうかもしれないな」

える「折木さんは、どう思いました?」

俺か、俺は。

奉太郎「……自分の信念を曲げ、最後は愛する人の為になる事をした」

奉太郎「それを悪い事とは、言えないさ」

える「ふふ、そうですよね」

そうして、俺と千反田、入須は最後の花火があがり、夜空に消えるまで、口を開く事は無かった。

702: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:40:47.74 ID:wMwX2Y5/0
~帰り道~

入須「やはり、折木君に答えを求めたのは正解だったな」

奉太郎「……それが合ってるかも分からないのにですか?」

入須「間違ってはいないだろう」

入須「この中で一番、花火師と付き合いが長い私が言うんだ」

入須「君の答えは、正解だよ」

奉太郎「……そりゃどうも」

そう言い、自然と入須は俺と千反田の前を歩く。

千反田と横に並び、帰るまでの道を歩く事となった。

奉太郎「さっき、俺が言った事だが」

える「えっと」

える「折木さんが意外と言った事ですか?」

703: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:41:18.41 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「ああ」

奉太郎「千反田は、今回の事……見覚えが無いか?」

える「見覚え……」

える「すいません、無いですね」

奉太郎「俺は、似たような事が前に合ったのを覚えている」

える「それは、私も知っている事でしょうか」

奉太郎「勿論」

奉太郎「そうじゃなきゃ、聞かないさ」

千反田は腕を組みながら、しばらく考えた後に、口を開く。

える「ごめんなさい、私にはやはり……」

そうだろうな。

千反田には、分からない事だろうから。

704: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:41:47.68 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「……前に、雛祭りがあっただろ」

える「今年の、ですか?」

奉太郎「いや……去年のだ」

える「去年の……」

奉太郎「その時、通常とは違うルートを通った筈だ」

える「あ、そんな事もありましたね」

奉太郎「ええっと、誰だったか」

奉太郎「あの、茶髪のせいで」

える「ふふ、小成さんの息子さんですね」

奉太郎「そうそう」

える「もう少し、人の名前を覚えた方が良いですよ」

奉太郎「……努力はするさ」

705: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:42:16.44 ID:wMwX2Y5/0
ええっと、それで何の話だったっけか。

奉太郎「ああ、それで」

奉太郎「あの時、俺は言ったよな」

奉太郎「茶髪が違うルートにしたかった理由を」

える「ええ、覚えています」

える「その……行列が、桜の下を通る姿を」

その行列のメインは勿論、雛である千反田だ。

それを分かっていてか、少しだけ恥ずかしそうに千反田は言った。

奉太郎「それで、それに千反田は何て答えたか覚えているか?」

える「……確か、そんな事のために、と」

706: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:42:48.96 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「そうだ、そう言った」

える「えっと、それと今回の事に、何の関係が?」

奉太郎「……俺は、あの時、千反田がそう言った時」

奉太郎「そんな事とは、全然思えなかった」

える「……それは、どういう意味でしょうか」

奉太郎「あの茶髪は、自分が良い写真を撮りたい為に、ルートを外させた」

奉太郎「花火師は、奥さんの為に、花火大会を遅らせた」

奉太郎「そのどちらも、極端に言えば自分の為だろう」

える「……そうなりますね」

奉太郎「でも、それでも」

奉太郎「他にも、救われた人が居るんだ」

707: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:43:19.73 ID:wMwX2Y5/0
奉太郎「花火大会が遅れた事で、千反田は間に合った」

奉太郎「そして、行列が桜の下を通ることで」

奉太郎「……俺は、今までで一番綺麗な景色を見れた」

える「あ、あの……それって、折木さん」

奉太郎「後ろから見ていても、綺麗だった」

奉太郎「どんな景色よりも……いい物だったよ」

える「……は、恥ずかしいです」

奉太郎「……すまん」

奉太郎「俺らしく、無かったな」

える「い、いえ……良いんです」

708: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:43:48.70 ID:wMwX2Y5/0
俺はその後、前からお前の顔を見たかったと言おうとした。

しかし、口をモゴモゴさせながら、ありがとうございますと言う千反田を見たら、どうしても言葉には出来なかった。

……多分、恥ずかしかったんだと思う。

どうにも自分の事は、分かり辛い。

入須「そろそろ着くぞ」

ふいに入須が、声を掛けてきた。

気付けばもう、別荘が見えている。

……なんだか今日一日で、物凄いエネルギーを使った気がするな。

709: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:44:14.41 ID:wMwX2Y5/0
しかしどうにも、まだ引っ掛かる事が俺の中にはあった。

あいつは、最初から全て分かっていたのでは無いだろうか。

花火大会が遅れた理由を。

奉太郎「……やはり、苦手だ」

そんな俺の呟きが聞こえたのか、入須は振り向きながら、口を開く。

入須「結論が出た所で、もう一度言うが」

入須「似ているよ、君は」

ああくそ、まんまと嵌められたって訳だ。

……今度誘われたとしても、断る方向にしよう。

次に花火を見る時は、そうだな。

千反田と二人でと言うのも、悪くないな。


第15話
おわり

729: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:42:16.23 ID:Z+iO6tmx0
奉太郎「……ふわぁあ」

大きなあくびをしながら起きる。

昨日はここに戻ってきたから、随分とぐっすりと眠れた。

昼間散々寝ていたせいで、少々心配だったが……

恐らく、頭をいつもより働かせたせいだろう。

部屋の時計によると、まだ朝の6時、俺にしては随分早起き出来た物だ……と自分を褒めたい。

奉太郎「とりあえず、寝癖直すか」

毎度毎度、この寝癖は俺を悩ませる。

里志や伊原に相談すれば、短く切ればいい等と言うだろうが、それもまた面倒なのだ。

しかし、結果的に見れば……そうするのが効率良くなるのかもしれない。

そう思う物の、髪を切ろうと思わない辺り、俺はやはりこの髪型が気に入ってるのだろう。

730: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:43:05.56 ID:Z+iO6tmx0
奉太郎「……どうでもいいな」

そんな独り言をしながら、洗面所で寝癖を直していた。

摩耶花「……おはよ」

後ろから声が掛かる。

奉太郎「ああ……おはよう」

伊原の元気の無さから、こいつも多分朝は苦手な方だと予測できる。

丁度寝癖は直し終わったし、伊原にその場所は譲る事にした。

……本当の所は、既に機嫌が悪そうな伊原の機嫌を更に損ねたく無かったからだが。

俺はそのままの足で、一度ベランダへと出た。

外に出ると、朝が早いだけあり、風が涼しい。

731: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:43:31.98 ID:Z+iO6tmx0
える「おはようございます、折木さん」

そしてそこにはどうやら、先客が居た様だ。

奉太郎「……早起きだな」

える「折木さんこそ」

奉太郎「俺は昨日、昼間少し寝ていたしな」

える「そうだったんですか」

奉太郎「ああ」

そこで一度、会話が途切れる。

心なしか、千反田が何か聞きたそうにこちらを見ていた。

奉太郎「……気になる事でもあったか」

える「良く分かりましたね」

……いや、そこまでそわそわしていたら誰でも分かるだろうに。

732: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:43:57.24 ID:Z+iO6tmx0
える「折木さんは何故、お昼に寝ていたのですか?」

これは……朝から、失言だったか。

それに答えるのは、面倒と言うよりは……言いたく無い。

奉太郎「……里志にでも、聞いておけ」

える「福部さんですか……今はまだ、寝ているので」

奉太郎「なら、伊原でもいい」

える「摩耶花さんは、一人の方が楽そうだったので」

奉太郎「じゃあ、入須でもいいだろ」

える「そうですね、そうします」

とりあえずこれで、今の所は回避出来た。

後は入須が俺の気持ちを考えてくれるかどうかだが、どうだろう。

733: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:44:24.86 ID:Z+iO6tmx0
える「何故ですか?」

今、入須に聞くと言ったばかりなのに、何を言っているんだこいつは。

俺が千反田のその質問に口を開こうとした時、後ろから声がした。

入須「うーん、言ってもいいか?」

いつから居たのか、入須の声が後ろからする。

奉太郎「……おはようございます」

入須「ああ、おはよう」

奉太郎「居るなら居ると、言ってくださいよ」

入須「すまんな、千反田は気づいていた様だったが」

える「ええ、すぐに気付きました」

える「入須さんの足音がしたので」

さいで。

734: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:45:02.61 ID:Z+iO6tmx0
える「それより、です」

える「入須さん、何故ですか?」

千反田がそう聞くと、入須は一度俺の方に視線を移す。

奉太郎「そこまで言ったなら、話してもいいんじゃないですか」

入須「君がそう言うなら、いいか」

奉太郎「俺は一足先に中に戻っています」

そう言い残し、俺は部屋の中へと戻る。

……今の最善手は、何だっただろうか。

むしろ、俺が昼間寝ていた原因を隠す必要が……無いな。

735: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:45:28.49 ID:Z+iO6tmx0
客観的に見れば、そんな所か。

そうして俺は一度、自分の部屋へと戻る。

ベッドの上で一時間ほど本を読み、やがて入須に呼び出され、朝飯を食べる事となる。

俺と千反田と伊原と入須。

里志はまあ……まだ寝ているのだろう。

朝はどうやら、千反田達で飯を作った様で、かなり美味しかった。

唯一不満があるとすれば、俺が昼間寝ていた理由を聞いたであろう千反田が、にこにことしながら俺を見ている事だったが。

736: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:46:00.78 ID:Z+iO6tmx0
朝飯を食べ終わり、ゆっくりとした時間が流れる。

奉太郎「そう言えば、伊原は昨日どうだったんだ」

摩耶花「えっと、花火大会?」

奉太郎「それ以外に何かあったか」

摩耶花「一応の確認でしょ、別にいいじゃない」

奉太郎「大会は遅れただろ、花火は見れたか?」

摩耶花「まあ、うん」

摩耶花「見れたよ」

える「どうでした、花火は」

摩耶花「すごく、良かった」

そう言う事に大して感情を抱かない俺が、綺麗な花火だと思ったのだ。

伊原が感じた事は……とても俺には想像できないな。

737: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:46:26.95 ID:Z+iO6tmx0
入須「今年で彼の花火は終わりだが、来年もきっと素晴らしい物が見れるさ」

入須はそう言いながら、人数分のコーヒーを持ってくる。

奉太郎「ありがとうございます」

俺はそれを受け取り、一口飲んだ。

……実に良い、甘すぎないし、丁度良い。

あれ、待てよ。

奉太郎「千反田、それコーヒーだぞ」

える「あ、そうですね」

入須「なんだ、嫌いだったか」

える「嫌い、と言う訳では無いのですが……」

奉太郎「飲ませない方が良いと、言っておきます」

738: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:47:06.27 ID:Z+iO6tmx0
摩耶花「なになに、折木は何か知ってるの?」

える「あの、そのですね」

奉太郎「……性格が変わる」

摩耶花「ちーちゃんの?」

千反田がコーヒーを飲む、そして俺の性格が変わったらどうするんだ、こいつは。

奉太郎「ああ、そうだ」

摩耶花「それ……ちょっと気になるかも」

える「や、やめてください」

入須「ふふ、まあそうならやめておこう」

入須「お茶を淹れて来るよ」

える「すいません、ありがとうございます」

千反田が頭を下げると、入須は軽く手をあげ返事をし、台所へと戻って行った。

739: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:48:16.85 ID:Z+iO6tmx0
摩耶花「それで、どんな風になるの?」

奉太郎「聞きたいか?」

摩耶花「……うん」

える「ふ、二人とも駄目ですよ!」

奉太郎「との事だが」

摩耶花「残念……気になるなぁ」

える「もうこの話は終わりです、違うお話をしましょう」

あからさまに慌てている千反田を眺めるのも、中々面白い物だ。

奉太郎「ま、いつか機会があったらと言う事で」

摩耶花「りょーかい、楽しみにしておくわね」

える「そんな機会、来ませんよ!」

740: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:49:26.86 ID:Z+iO6tmx0
摩耶花「それで、どんな風になるの?」

奉太郎「聞きたいか?」

摩耶花「……うん」

える「ふ、二人とも駄目ですよ!」

奉太郎「との事だが」

摩耶花「残念……気になるなぁ」

える「もうこの話は終わりです、違うお話をしましょう」

あからさまに慌てている千反田を眺めるのも、中々面白い物だ。

奉太郎「ま、いつか機会があったらと言う事で」

摩耶花「りょーかい、楽しみにしておくわね」

える「そんな機会、来ませんよ!」

741: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:49:54.60 ID:Z+iO6tmx0
それから他愛も無い話をし、時を過ごす。

珍しく俺も、その輪の中に入れていた。

そして、里志も起きて来て何十分か過ごした後、俺がこの旅行でもっとも回避したかった出来事が訪れる。

里志「じゃあ、そろそろ海に行こうか」

入須「そうだな、今日は天気も良い」

える「楽しみです!」

摩耶花「折木も来るのよ? もう具合も良くなってるでしょ」

……来てしまった物は仕方ない。

潔く、諦めよう。

742: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:50:49.35 ID:Z+iO6tmx0
~海~

里志「うわ、すごく綺麗な所だね」

摩耶花「そうね……でも人が全然居ないのは何で?」

入須「ああ、プライベートビーチみたいな物だからな」

……何て人だ。

える「海は久しぶりですね、去年の夏は入れなかったので」

千反田はいつかのプールの時と同じ水着を着ていた。

やはり、目のやり場に困ってしまう。

里志「それじゃ、入ろうか」

里志の言葉を受け、俺と入須を除く三人は海へと入って行った。

俺は、まあ……海でわいわい遊ぶと言う性格でも無いので、砂浜に腰を掛ける。

743: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:51:26.62 ID:Z+iO6tmx0
入須「何だ、入らないのか?」

そう言い、入須は俺の横へと腰を掛けた。

奉太郎「入須先輩こそ、入らないんですか」

入須「私は、まあ」

奉太郎「そうですか」

にしても、本当に綺麗な所だな。

空には雲一つ無く、日本の海とは思えない程に透き通った色をしている。

奉太郎「入須先輩は、昨日の事……最初から分かっていたんですか?」

入須「……さあ、どうだろうな」

奉太郎「ま、別にいいですけど」

そんな会話をしながら、海で遊ぶ里志達を眺めていた。

どこから持ってきたのか、ビーチボールで遊んでいる。

744: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:51:52.69 ID:Z+iO6tmx0
奉太郎「……大学は、どうですか」

入須「大学か」

入須「楽しい所だよ」

入須「だがやはり、高校の方が楽しかったかもな」

奉太郎「これから、大学へ行くであろう本人に言う台詞がそれですか」

入須「なんだ、嘘でも高校より楽しいと言えばいいのか?」

奉太郎「……」

奉太郎「先輩は」

奉太郎「後悔していますか、去年の事」

俺が言っているのは、去年俺と入須が……千反田を、傷付けた事だ。

入須「そうだな……どうだろう」

入須「でも結局は、君と千反田の距離は縮まったのでは無いか」

745: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:52:20.86 ID:Z+iO6tmx0
奉太郎「まあ……そうかもしれませんが」

入須「千反田を傷付けてしまった事は、後悔しているよ」

奉太郎「……でしょうね」

入須「ここだけの話だがな」

入須「先輩は、珍しく落ち込んでいたよ」

入須が指す人物とは、俺の姉貴の事だろう。

奉太郎「そうですか」

入須「君が言った通りだった……先輩も、後悔していたんだ」

奉太郎「なら結局、あの計画では……誰が、救われたんでしょうね」

入須「決まっている、誰も救われていない」

……だろうな。

746: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:52:52.26 ID:Z+iO6tmx0
入須「でも、それはあの当時での事だ」

奉太郎「当時の? どういう意味ですか」

入須「……もしかすると、次に繋がっていたのかもしれない」

奉太郎「すいません、少し意味が分かりかねます」

入須「……はっきり言うか」

そう言うと、入須は俺の方に顔を向ける。

入須「あそこで、君と千反田が近づいていなかったらどうなっていたと思う?」

入須「私が計画を拒否し、何も起こらなかったとしたら」

奉太郎「……それは」

恐らく、何も変わらない日々が過ぎていた。

747: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:53:26.96 ID:Z+iO6tmx0
俺と千反田は以前の距離を維持して、その距離を縮める事は……無かったのでは無いだろうか。

あれだけの事が無ければ、俺から千反田に歩み寄る事も無かったし、千反田もそうだろう。

そして多分、千反田の父親の話を聞いた日。

俺が千反田の気持ちを理解しようとしなければ、あの日に公園に行くことも無かったのかもしれない。

それは本当に、何も無い、今まで通りの折木奉太郎だろう。

良く言えば、自分のモットーを貫き通していると言える。

しかし悪く言えば、変わろうとしていないと言う事か。

ああ、なるほど。

……やはり入須は、昨日の事は分かっていたのだ。

748: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:53:53.72 ID:Z+iO6tmx0
奉太郎「苦手です、入須先輩は」

入須「君の言葉を借りると、本人の前で言う事では無い、と言った所だな」

奉太郎「それはすいませんでした、失言ですね」

入須「ふふ、そうだな」

まあ、苦手ではあるが……嫌いでは、無いか。

そんな事を考えながら、顔を再び里志達の方に向けた。

目の前に、誰かが居る。

入須と話し込んでいて全く気付かなかった。

空気で分かる、それは千反田だ。

俺はそいつに目を移す。

……手には、ビーチボール?

749: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:54:45.62 ID:Z+iO6tmx0
瞬間、俺がその状況を理解する前に、千反田によって放たれたボールが顔に命中する。

える「ご、ごめんなさい!」

そう言いながら、逃げていく千反田が見えた。

プールの時も確か、同じ様な事をされた気がする。

あの時は何も考えていなかったせいで受け流してしまったが……今は違う。

奉太郎「……千反田」

俺は逃げる千反田に向かって、聞こえるくらいの声を出した。

える「え、はい!」

千反田は振り返り、俺の話に耳を傾ける。

奉太郎「俺が今、やるべき事は何か分かるか」

える「えっと、それは……どういう事でしょうか」

奉太郎「手短に、終わらせよう」

750: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:55:22.34 ID:Z+iO6tmx0
冷や汗を掻きながら後ずさりする千反田に向かって、ボールを放った。

見事に命中し、倒れる千反田。

摩耶花「うわ、折木ひどーい!」

伊原がそれを見て、声を荒げる。

奉太郎「やり返しただけだ、別に酷くもなんとも無い」

我ながら、その通りである。

里志「まあまあ、手をあげるのは良くないよ、ホータロー」

……そう言いつつも、何故俺を羽交い絞めにする?

摩耶花「ちーちゃん、チャンスチャンス!」

待て待て! 卑怯では無いだろうか。

751: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:55:52.73 ID:Z+iO6tmx0
える「お返しです、折木さん!」

そう言い、俺に向かってボールを投げてきた。

しかしそれは俺の顔の横を通り過ぎ、後ろに居た里志へと当たる。

奉太郎「どうやら良い腕をしている様だ、千反田は」

倒れた里志に向かって、俺はそう言った。

里志「千反田さん」

える「え、ええっと……」

里志「自分がした事は、自分の下へと帰ってくるんだよ」

矛先はどうやら、俺から千反田へと向かった様だ。

これでようやく、俺もゆっくりできると言う物である。

しかし、それを考えられたのも一瞬であった。

里志が投げたボールは、手から滑り、入須へと当たる。

752: ◆Oe72InN3/k 2012/10/26(金) 22:56:22.00 ID:Z+iO6tmx0
入須「福部くん」

入須「……自分が言った言葉は、忘れていないだろうな」

おお、入須の顔が恐ろしい。

もしかすると、伊原のそれよりも怖いかもしれない。

俺は無関係を装い、その場から少し距離を取った。

省エネ省エネ、眺めている方が安全だ。

そして何より、楽だ。

それからボールを投げ合う四人を眺めつつ、俺は夏の日差しを浴びていた。

実に……俺らしい選択である。

第16話
おわり

764: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:19:43.62 ID:MSedhqvo0
奉太郎「いつまで遊んでいるんだ、もう夕方だぞ」

俺は溜息を吐きながら、未だに元気良く遊びまわる奴等に声を掛ける。

と言うか、だ。

……入須までもが一緒にはしゃぐとは、思いも寄らなかった。

える「あ、本当ですね」

そんな俺の声に最初に気付いたのは、やはり千反田であった。

そして千反田の発言を聞き、残った者達も駆け寄ってくる。

里志「ごめんごめん、ついつい」

摩耶花「久しぶりに思いっきり遊べたかも」

里志と伊原はそんな事を呟いていた。

765: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:20:20.32 ID:MSedhqvo0
入須「……そうだな、良い時間になっている」

はて、良い時間とはどういう意味だろうか。

奉太郎「良い時間ですか?」

入須「ああ、一つ計画してある事があるんだよ」

計画していたにしては、随分と夢中で遊んでいた様だが……別にいいか。

える「なんでしょう……私、気になります」

入須「夏と言えば、だ」

里志「最初に思い浮かぶのは、やっぱり海ですね」

里志の言葉に、入須は頷く。

入須「次に何を想像する?」

摩耶花「えっと、花火かな?」

入須「そうだ」

766: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:20:47.54 ID:MSedhqvo0
奉太郎「ですが、花火は昨日見ていますよ」

俺の言葉を聞き、入須はまたしても頷く。

入須「他にもあるだろう?」

他に……?

里志「ああ、そうか!」

里志は気付いたのか、一人満足そうな顔をした。

入須「勿体振る必要も無いな」

入須「バーベキューだ」

確かに、夏と言えばそうか。

奉太郎「でも、材料とかは?」

入須「最初に計画していたと言っただろう、用意してあるよ」

える「さすがです、入須さん」

顔を思いっきり寄せる千反田に、入須は若干身じろぎしていた。

そんな入須の反応が新鮮で、俺はついつい口を開く。

767: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:23:01.37 ID:MSedhqvo0
~砂浜~

先ほど遊んでいた場所から少し離れた所で、バーベキューはする事となった。

今はようやく準備が終わり、休憩している所だ。

入須「すまんな、全部任せるつもりでは無かったのだが」

奉太郎「別に良いですよ、自分で言った事ですし」

入須「そうか」

入須はそれだけ言うと、設置されたグリルの方へと歩いて行った。

その姿を見送ると、俺は空を見上げる。

日は既に大分傾いており、かすかに星が光っているのが見えていた。

そんな空に気を取られて居た所で、ふいに俺に声が掛かった。

768: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:23:28.40 ID:MSedhqvo0
里志「お疲れ様、ホータロー」

奉太郎「里志か」

里志「なんだい、僕じゃ不満かい?」

奉太郎「いいや、そういう訳じゃない」

この時……俺には少しだけ、気になる事があった。

それを里志にぶつける。

奉太郎「昨日は、どうだった?」

里志「昨日と言うと……花火大会かな?」

奉太郎「ああ、伊原と二人で見たんだろう?」

幸い、砂浜から少し離れた場所で話している俺と里志の声は、料理を作っている千反田、伊原、入須には聞こえないだろう。

769: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:24:02.53 ID:MSedhqvo0
里志「僕は皆で見たかったんだけどね」

里志はそう前置きをすると、話し始める。

里志「摩耶花がどうしても二人で見たいって言うからさ」

里志「ホータローには悪いと思っているよ、入須先輩の事は苦手だろう?」

気付いていたのか、まあそれもそうか。

奉太郎「確かに苦手ではあるが……」

奉太郎「それは嫌いという事に繋がる物でもないさ」

里志「それならいいんだけど」

里志「僕は、花火が遅れた事に少しだけ感謝しているんだよ」

770: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:24:31.69 ID:MSedhqvo0
奉太郎「感謝? 何でまた」

里志「色々、摩耶花と話せたからね」

里志「花火が始まってたら、そっちに気を取られてそれ所じゃないよ」

奉太郎「なるほど……そうか」

里志と伊原にも、色々とあるのだろう。

その話の内容まで聞くのは、俺の趣味では無い。

里志「それより、驚いたよ」

奉太郎「驚いた?」

何か驚く様な事でもあっただろうか……?

大会が遅れた理由をしれば、恐らく……驚いた、と言うだろうが。

生憎、里志はその理由を知らない。

そんな俺の考えに答えを出すより、先に里志が口を開く。

771: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:25:03.10 ID:MSedhqvo0
里志「ホータローが、そんな事を聞いた事にさ」

……何か、おかしな事でも聞いたのか。

奉太郎「別に、変な事は聞いていないと思うんだが」

里志「うん、その通りだよ」

何だ、からかっているのか。

奉太郎「からかうのはやめてくれ、疲れているんだ」

里志「そういうつもりでは、無いよ」

奉太郎「……なら、どういうつもりで?」

里志「それを聞いてきたのが、ホータローだったからだよ」

里志「普通の、例えば千反田さんとかが聞いてくるのなら、分かるよ」

里志「でも、それを聞いてきたのがホータローだったってのが、僕にとって意外だったのさ」

772: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:25:29.30 ID:MSedhqvo0
……言われてみれば、そうかもしれない。

奉太郎「少し、気になっただけだ」

奉太郎「深い意味なんて無い」

里志「それだよ、何で深い意味は無いのに聞いたんだい?」

何だ、そんなおかしな事だろうか?

奉太郎「お前は意味の無い質問に、そこまで言うのか」

俺がそう言うと、里志は首を横に振る。

里志「ごめん、言い方が悪かったかもしれない」

里志「手短に言うよ、その方が好みだろう?」

里志「何で君は、しなくてもいい質問をしたんだい?」

773: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:27:54.48 ID:MSedhqvo0
……ああ、そうか。

確かにそうだ、俺がした質問は、完全に意味の無い質問である。

昨日、里志と伊原がどうして居ただなんて、知っても何も起きないじゃないか。

なら、どうして俺はそんな質問を?

奉太郎「……そういう事か」

里志の言っている意味が分かり、口からそう漏れた。

豆鉄砲でも食らったかの様に目を開いている俺に向かって、里志は言う。

里志「ま、ホータローも随分と変わったよ」

里志「それじゃあそろそろ、焼けてきたみたいだし、行くね」

最後にそう言うと、里志は入須達の下へと小走りで向かって行った。

奉太郎「変わったのか、俺が」

774: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:29:11.71 ID:MSedhqvo0
去年も確か、里志とは似たような事を何度か話している。

今改めて聞いて、俺は思った。

変わった、と。

……元を辿れば、最初からだ。

入須の誘いを断固拒否する事だって出来た。

俺は最初、千反田が絡んでくると省エネが出来ないと思っていた。

しかしそれは、多分違う。

別荘に行こうと入須が言った時、あの時は千反田が居た。

だが、花火大会へ行こうと、入須が別荘で寝る俺に言った時、断る事は出来た筈だ。

何故、断らなかったのだろうか。

それがもしかすると、俺が変わったと言う事なのかもしれない。

……なら、そのきっかけは?

775: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:29:44.66 ID:MSedhqvo0
やはり、千反田だろう。

あいつに振り回され、俺は変わったのか。

だがそれでも、そこまで急激な変化がある物だろうか?

……ああ、あれか。

俺の頭に思い出されたのは、去年の暮れの事である。

……あの時程、自分のモットーを呪った事等無かった。

そんな体験が恐らく、俺の中の省エネと言う物を、消そうとしているのかもしれない。

しかしまだ、それに答えは出せそうに無かった。

える「折木さん、食べないんですか?」

急に声が聞こえ、我に帰る。

776: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:30:11.00 ID:MSedhqvo0
奉太郎「千反田か」

える「横、座ってもいいですか?」

奉太郎「ああ」

そう俺が答えると、千反田は嬉しそうに笑い、俺の横に腰を掛けた。

える「はい、どうぞ」

そう言いながら千反田が差し出したのは、肉や野菜が乗っている皿だった。

奉太郎「……ありがとう」

俺はそう言い、その皿を受け取る。

える「どうでした、今回の旅行は」

奉太郎「……」

奉太郎「まあ、楽しかった」

777: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:31:39.21 ID:MSedhqvo0
える「ふふ」

える「私も楽しかったです」

える「花火を最初から見れなかったのは、残念ですが……」

奉太郎「別に、また違う場所で花火はあるだろ」

える「そうですよね、今度もし見る時は、最初から見たいです」

奉太郎「ああ」

える「それで、ですね」

千反田は少し恥ずかしそうに、口を開く。

える「あの、今度見る時は、一緒に見てくれませんか?」

奉太郎「……驚いた」

える「え、驚いたとは?」

778: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:32:21.37 ID:MSedhqvo0
奉太郎「俺も、同じ事を考えていた」

える「そ、そうでしたか! それなら今度、見ましょうね」

奉太郎「……二人でか?」

える「え、ええ。 そのつもり……ですが」

奉太郎「なら、それも俺と同じ考えだ」

える「ふふ、今日の折木さんは、何だか素直ですね」

それではまるで、いつもの俺が素直では無いみたいじゃないか。

奉太郎「冗談だと、言ったらどうする」

える「え、そうだったんですか……?」

本当に心配そうな顔をする千反田を見ていると、これは悪い事をしてしまったと思う。

露ほどにも、冗談だとか等、思っていないのだ。

俺はそんな千反田の視線を避ける為、顔を前に向け、口を開く。

779: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:33:08.22 ID:MSedhqvo0
奉太郎「すまん」

奉太郎「今度、見に行こう」

える「……ふふ、喜んで」

横にちらりと視線を移すと、千反田の笑顔があった。

俺はこの瞬間……千反田の顔を見た瞬間、はっとなる。

気付いたのだ、何故さっき、俺の省エネ主義に答えを出せなかったのかを。

もっと早く、そんな事より優先的に答えを出さなければいけない問題があるからだ。

それはつまり……

える「どこかいい場所とか、ありますか?」

こいつとの、関係である。

780: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:34:28.63 ID:MSedhqvo0
奉太郎「あの公園……あそこなら、確か見れる筈だな」

はっきりさせなければ、駄目だろう。

俺は呑気に、今年中にと考えていたが……これは俺だけの問題では無いのだ。

千反田も多分、考えている問題だろう。

ならばそんなゆっくりと、考えている暇は無さそうだ。

俺はもしかすると、気付かなければ駄目な……一番気付かなければ駄目な事に、気付けたのかもしれない。

それはこの旅行で、一番大きな収穫だった。

奉太郎「……夏か」

える「今日の折木さんは、なんだかおかしいですね」

える「今は夏ですよ」

781: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:35:09.92 ID:MSedhqvo0
奉太郎「何でも無い……そうだな、今は夏だ」

夏が終わる前に、答えを出そう。

それが今考えられる、最短の時間であった。

える「あ、入須さん達が呼んでいますよ」

える「行きましょう、折木さん」

そう言いながら、千反田は立ち上がり、俺に手を差し出す。

奉太郎「……いや、俺は」

もう少し物思いに耽りたかったが、それを許してくれる千反田ではなかった。

える「行きますよ! 折木さん!」

奉太郎「……ああ」

俺はそう言い、差し出される千反田の手を掴んだ。


第17話
おわり

782: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:35:37.26 ID:MSedhqvo0
以上で第17話、終わりとなります。

続いて第18話、投下致します。

783: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:36:10.64 ID:MSedhqvo0
8月の半ば、俺は今千反田の家へと来ていた。

理由はそう、まだ分からない。

分からないと言うのも変な話だが、千反田から家に来て欲しいと言われ、特にする事も無かったので来ただけの俺に分かる訳も無い。

奉太郎「それで、この暑い中わざわざ来たんだが」

奉太郎「何の用事だったんだ」

える「……ええっと、何でしたっけ」

おいおい、まさか忘れたとでも言うのか。

奉太郎「来て早速だが、帰っていいか」

える「だ、だめです!」

える「あの、ちょっと待っていてください」

そう言うと、千反田はどこかへと小走りで行ってしまった。

……何だ、しっかりと覚えているじゃないか。

784: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:36:41.68 ID:MSedhqvo0
それから数分待たされ、千反田は戻ってくる。

両手には何やら大きなケースの様な物を抱えていた。

える「お待たせしました!」

奉太郎「随分大きな物だな」

える「ええ、中身が気になりますか?」

奉太郎「……いや、別に」

える「気になりますか?」

奉太郎「いや、だから」

そこまで言うと、千反田は俺の肩を掴み、顔をぐいっと近づける。

える「気になりますよね!」

奉太郎「……そ、そうだな」

785: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:37:07.21 ID:MSedhqvo0
える「ふふ、分かりました」

ほぼ強制的に気になる事にされ、千反田はとても満足そうだった。

そしてそんな顔をしたまま、ケースを開く。

える「これです!」

そう言い、千反田が取り出したのは……浴衣?

奉太郎「それは、浴衣か?」

える「はい、そうです」

奉太郎「……えーっと」

俺が呼び出された理由と、今千反田が持っている浴衣、何か繋がりがあるのだろうか?

もしかしたら、突然呼ばれ、浴衣を出されると言う事に、俺が知らない理由があるのかもしれない。

786: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:37:46.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「……」

とりあえず、良く分からないが頭を下げてみた。

える「あの、どうしたんですか?」

あれ、違うか。

奉太郎「……俺が馬鹿なのか分からないが、それと俺が呼び出された理由、どういう意味があるんだ」

える「お祭りに行きましょう!」

……つまりは、この浴衣は特に出した目的は無かったと言う事だろうか。

奉太郎「電話で言えば良かったんじゃないか」

える「まあ、そうなんですが……」

える「……折木さんに、浴衣を見て欲しかったんです」

奉太郎「その……それは祭りの時に見るんだから、今見せる物でも無いだろ」

俺は千反田の事をまともに見る事が出来ず、視線を逸らしながら答えた。

787: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:38:13.42 ID:MSedhqvo0
える「本当ですか!」

奉太郎「え、何が」

える「お祭りに行くと言う事がです」

あれ、俺は祭りに行くなんて言ったっけ。

……ああ、祭りの時に見ると言ったのが、そう解釈されたか。

奉太郎「まあ……構わんが」

しかし、俺には特に断る理由は思い当たらなかった。

える「ふふ、良かったです」

里志や伊原、千反田に何か言われなければ、特にやる事の無い夏休みだ。

別に祭りくらい、行っても大して変わらないだろう。

788: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:38:41.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「それで、祭りはいつ?」

える「明日です」

奉太郎「急だな」

える「私も、知ったのが今日だったので」

奉太郎「千反田が? 珍しいな」

奉太郎「てっきり神山市の行事は、全部知っている物だと思っていた」

える「ええ、知っていますよ」

奉太郎「……えっと」

前にも確か、こんな感じの事があったな。

話が噛み合っていない……俺の言葉から、何か分かる筈だ。

奉太郎「ああ、そうか」

奉太郎「神山市の祭りでは、無いのか」

789: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:39:10.95 ID:MSedhqvo0
える「そうです」

つまりはまた、ここから離れて遠出すると言う事になる。

ま、別にいいか。

奉太郎「遠いのか?」

える「歩いて行ける距離ですよ、安心してください」

……千反田の歩いて行ける距離と言うのが、少し怖いが……いいだろう。

奉太郎「じゃあ、明日は夕方くらいに来ればいいか?」

える「ええ、案内しますので、私の家に一度来てください」

奉太郎「了解、それじゃ今日はこれで」

そう言い、立ち上がる俺の腕を千反田が掴む。

790: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:40:11.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「……まだ何かあるのか」

える「折角来たんです、お話でもしましょう」

奉太郎「いや、今日は用事がだな……」

える「あるんですか?」

奉太郎「……無い」

える「なら、大丈夫ですね」

やはり無理矢理にでも電話で済ませるべきだっただろうか。

える「お昼は私が作るので、心配しなくても良いですよ」

……そうでも無いか。

奉太郎「ああ、分かったよ……」

俺はそう言いながら、再び座る。

791: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:40:47.02 ID:MSedhqvo0
奉太郎「それで、話と言ってもする話はあるのか?」

える「ええ、少し」

何だろうか、千反田としなければいけない話は……

あるにはある、だが多分、その話では無いか。

える「私が、家の仕事を後回しにした理由です」

奉太郎「……そうか」

なるほど……それは俺も気になっており、何度も聞こうとした。

聞こうとしただけで、実際には一度も聞いていなかったのだ。

える「私は、大学に進む事を選びました」

える「何故か、分かりますか?」

奉太郎「……すまんな、分からん」

792: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:42:18.15 ID:MSedhqvo0
える「謝らないでください」

える「私がその道を選んだのは……停滞したかったからです」

停滞……?

える「停滞と言うよりは、回り道と言った方が正しいかもしれません」

える「すぐにでも、家の仕事に就くことは出来ました」

える「父の事も考えると、それが一般的には良い選択なのかもしれません」

える「ですがそれでも、もう少しだけ……外を見たいと思ったんです」

奉太郎「外……か」

える「ええ」

える「今は一度、足を止めたかったんです」

える「そして、思ったんです」

奉太郎「……」

俺は静かに、千反田の話に耳を傾けていた。

793: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:42:45.57 ID:MSedhqvo0
える「足を止めて世界を見れば、折木さんの生き方を学べるかもしれないと」

奉太郎「……俺から学ぶ物なんて、無いだろうに」

える「そんな事ありませんよ」

える「折木さんは、私に無い物を……沢山持っていますから」

そんなのは、俺にとっても同じだ。

千反田は……俺に無い物を、沢山持っている。

奉太郎「それで選んだのが、停滞か」

える「はい、そうです」

える「足を止めたら、折木さんとは少し……距離が開いてしまうかもしれません」

える「ですがそれでも、一度見直したかったんです」

……そう言う事だったか。

794: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:43:13.05 ID:MSedhqvo0
しかし何か、引っ掛かる事がある。

だがそれを考えるのはあれだ、今じゃない。

今するべき事は、千反田の話に耳を傾ける事だろう。

える「間違いだと、思いますか」

奉太郎「……俺からは、何とも言えないって言うのが正直な感想だ」

奉太郎「それが正解だったか、間違いだったか、なんて物は後にならなきゃ分からないからな」

える「……そうですよね」

奉太郎「だがな」

奉太郎「俺は、お前の選択を信じたい」

奉太郎「正解であると、信じたいんだ」

奉太郎「そのくらいなら、別に良いとは思わないか」

795: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:43:38.88 ID:MSedhqvo0
える「……ありがとうございます」

える「やはり、折木さんには何でも話してみるべきですね」

そこまで過大評価されてしまっては、困る。

える「それで、折木さんはどの様な選択をするんですか?」

える「あ、答えたく無ければ、大丈夫です」

奉太郎「……俺か」

俺は、どうしたいのだろうか。

千反田はやはり、俺とは住む世界が全然違う。

まずそもそも、俺にそんな選択をする機会などあるのだろうか。

奉太郎「まだちょっと、分からないな」

奉太郎「……自分の事は難しい」

796: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:44:16.78 ID:MSedhqvo0
える「ええ、そうですよね」

千反田はそう言いながら笑っていたが、ならばお前はどうなんだ。

自分の事を理解して、自分の信じる選択をしたお前は。

……こいつは、凄い奴だな。

それが、俺の感じた正直な感想であった。

奉太郎「……そろそろ昼だな」

える「お腹が減りましたね」

える「ご飯、作ってきますね」

千反田は笑顔で俺にそう言うと、台所へと向かって行った。

さっきの言葉……勿論、千反田の。

奉太郎「俺がどんな選択をするか、か」

俺には別に、先ほども考えた様に、千反田の様な選択が訪れる事は無いだろう。

797: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:44:51.58 ID:MSedhqvo0
それは千反田も良く分かっている筈だ。

なら、さっきの言葉は恐らく……

俺と千反田の、関係の事だろうか。

……それしか、思い付かない。

奉太郎「……悪いな」

聞こえている筈も無く、一人俺は呟いた。

奉太郎「もう少しなんだ」

奉太郎「……待たせてばかりだな、俺は」

798: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:45:21.37 ID:MSedhqvo0
ああ、まずいまずい。

気分が暗くなってきてしまっている。

……家に帰ったら、もう一度ゆっくり考えよう。

千反田の前で、あまり暗い顔はしていたくない。

あいつは多分、それに気付くだろうからな。

里志風に言うと、今を楽しむべき。

……よし、もう大丈夫だ。

俺はそう思い、立ち上がる。

そして、そのまま台所へと向かった。

799: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:45:49.99 ID:MSedhqvo0
~台所~

奉太郎「悪いな、飯まで作ってもらって」

俺は料理を作る千反田の背中に声を掛けた。

える「いえ、いいんですよ」

える「私が最初にお呼びしたので、このくらいやらなければ罰が当たってしまいます」

千反田は俺の方には顔を向けず、料理を作りながら話していた。

奉太郎「……何か手伝う事はあるか」

える「お料理に興味があるんですか?」

奉太郎「……そういう訳では無いが」

える「そうですか、折木さんが作るご飯に、私は少し興味があります」

奉太郎「……機会があればだな」

800: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:46:16.49 ID:MSedhqvo0
とは言って見た物の、料理なんてまともに作った事すらない。

ま、そんな機会は来ないだろう。

える「ええ、楽しみにしておきます」

俺は千反田の言葉に軽く返事を返すと、適当な席に着いた。

……明日は祭りか。

俺は別に……適当な服でも着ていけばいいか。

あれ、そういえば。

奉太郎「なあ」

える「はい、なんでしょう?」

奉太郎「明日、祭りが終わった後に用事とかあるか?」

801: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:47:13.70 ID:MSedhqvo0
える「いえ、特に無いですが」

奉太郎「それなら、公園に行かないか」

俺がそう言うと、今までずっと俺に背中を向けたままだった千反田が振り返った。

急に千反田の顔が見えた事で、俺はつい視線を外す。

える「折木さんからお誘いがあるのは、随分久しぶりな気がします」

奉太郎「……そうだったかな」

える「いいですよ、行きましょう」

える「ですが、何故急に?」

奉太郎「ああ……」

奉太郎「明日、あそこから花火が見れるのを思い出したんだ」

奉太郎「行きたいと言ってただろ、二人で」

俺は結局、千反田に顔を向けられないまま、そう言う。

802: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:47:41.36 ID:MSedhqvo0
える「……」

しかし千反田から返事が無かったので、数秒の後そちらに視線を移した。

える「……そ、そうでしたか」

俺の視線を受けた千反田は、再び俺に背を向けると、料理を始めた様だ。

いくらか恥ずかしそうにしている千反田を見て、俺もなんだか恥ずかしくなる。

……調子が狂うな、全く。

それよりも、明日。

俺も少し、頑張らないとな。

……果てして、少しで済むかどうかは分からないが。


第18話
おわり

817: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:35:44.33 ID:KdUl2NLN0
俺は家の窓から、外を眺めていた。

今日は夕方の6時に千反田の家に行かなければならない。

それもそう、千反田と祭りに行く予定となっているからだ。

先ほど見た時計によると、今は5時。

約束の時間までは、もう少しありそうだ。

昨日、寝る前にこれまでの事を振り返り、俺の中で結論は出ていた。

後はそれを千反田に言うだけなのだが……それが随分と、難しそうである。

まあ、なるようになるか。

時間まではまだ少しあるが、行くか。

早く着いて困る事等……無いだろう。

818: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:36:13.37 ID:KdUl2NLN0
~千反田家~

インターホンを鳴らすと、応答する前に玄関から千反田が出てきた。

える「お早いですね」

千反田は俺に昨日見せた浴衣を、しっかりと着こなしている。

前にも何回か、この様な装いは見ているが……

それらよりも幾分か軽い感じの印象を受けた。

そんな姿に、俺は少し見惚れてしまう。

える「あの、折木さん?」

奉太郎「あ、ああ」

奉太郎「……似合ってるな、浴衣」

恐らく……相当、無愛想な感じになってしまっただろう。

819: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:36:47.53 ID:KdUl2NLN0
える「ありがとうございます」

しかし当の本人はそんな事、全く気にしていない様子だった。

える「では、行きましょうか」

奉太郎「そうだな」

そう言い、千反田の少し後ろを歩く。

後ろと言っても、ほとんど横に並んでいる様な感じではあるが。

奉太郎「そこは遠いのか?」

える「いいえ、そうでも無いですよ」

える「ええっと、確か歩いて20分程です」

20分か、確かにそうでも無いかも知れない。

今日、俺が危惧していた事の一つ……

歩いて1時間だとか、2時間だとか、そんな距離では無い様だ。

まあこれで、一つ心配事が消えた訳か。

820: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:38:29.40 ID:KdUl2NLN0

奉太郎「その祭りは人とか結構来るのか?」

える「……どうでしょう、私も始めて行く場所ですので」

そうだったのか。

つまり千反田は、そこまでの道のりを調べていると言う事か。

なんだか悪い事をしてしまった気分になる。

言ってくれれば、少しは手伝えただろうに……多分。

える「神社で開かれているお祭りらしいので、人はそこそこには居ると思います」

奉太郎「なるほど」

まあそうだろう。

神社で折角開かれて閑古鳥が鳴いている様だったら、悲しい物である。

821: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:40:48.12 ID:KdUl2NLN0
える「そう言えば」

ふいに、千反田が前を向きながら呟いた。

える「折木さんと二人でお出かけするのも、随分久しぶりですね」

……そうだな、確かに言われてみればそうだ。

奉太郎「今年は、始めてかもしれないな」

える「ええ、確かその筈です」

奉太郎「最後に二人で遊んだのはいつだっけか」

える「ええっと……」

千反田は少しの間、考える素振りをすると、口を開いた。

える「映画を見た時では無いでしょうか?」

そうだっただろうか……?

二人で遊んだ、と言える事は他にもあったと思うが……

822: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:44:18.83 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「水族館に行った時じゃないか?」

奉太郎「ほら、お前が学校ズル休みした時の」

える「……あの時は、具合が悪かったと言う事にしておいてくださいよ」

奉太郎「そんな奴が、水族館に行きたいとか言うのか」

える「……折木さんは意地悪です」

奉太郎「すまんすまん、まあ……今となれば良い思い出かもな」

える「あそこの水族館も、また行きたいですね」

奉太郎「そうだな……皆で行った動物園でも、俺はいいがな」

える「あ、それもいいですね」

なんだか、話が脱線しているが……今思い出した。

最後に千反田と二人で遊んだのは、映画を見に行った時だ。

823: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:44:50.29 ID:KdUl2NLN0
……なんだか負けた気分がするので、言わないが。

そんな事を考え歩いていると、前に沢山の提灯が見えて来る。

奉太郎「あそこか?」

える「ええ、ここですね」

ほお、意外とでかい祭りなのか。

人も結構な量だ。

える「わ、わ、すごいですね!」

千反田もそれに驚いたのか、はしゃいでいる。

正直な所、人混みはあまり好きでは無いのだが……

しかし、そんな事を言っていては祭りなんて楽しめないだろう。

824: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:46:23.00 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「迷子になるなよ」

俺がそう言うと、千反田は頬を膨らませながら答える。

える「折木さんの方こそ、迷子にならないでくださいね」

奉太郎「……へいへい」

える「納得出来ない返事ですが、行きましょうか」

奉太郎「ん、そうだな」

何か言い返そうかと思ったが、いつまでもここで漫才をしている訳にもいかないだろう。

千反田もそれが分かったのか、二人で一緒に神社の中へと入って行った。

825: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:46:53.54 ID:KdUl2NLN0
~神社~

える「色々な出店がある様ですね」

奉太郎「みたいだな」

奉太郎「あれか、例の気になりますか?」

える「そうなんですが……色々とありすぎて、どこから気になればいいのか……」

大丈夫か、目が泳いでいるぞ。

奉太郎「時間が無いって訳でも無いだろ、ゆっくり回ればいいさ」

える「は、はい。 そうですね」

える「あ、でも花火は見ますよね?」

奉太郎「ああ、今はまだ18時30分くらいだろう」

奉太郎「21時からの筈だから、時間はあるさ」

える「分かりました、今回は花火が遅れる事も無さそうですしね」

奉太郎「そうだな」

そう話し終わると、早速千反田は出店を回り始める。

俺は特に千反田みたいに気になる物等は無かったので、それに黙って付いて行った。

826: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:47:37.94 ID:KdUl2NLN0
える「折木さん、これをやってみませんか?」

ええっと、何々。

奉太郎「射的か」

える「ええ、どうですか?」

奉太郎「お先にどうぞ」

える「私ですか、分かりました」

そう言い、千反田は店の人に金を渡すと、銃を構えた。

える「……」

狙いはなんだろうか?

奉太郎「何を狙っているんだ?」

える「あのぬいぐるみです……折木さん、お静かに」

……うるさいと言われてしまう、すんません。

827: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:48:05.24 ID:KdUl2NLN0
える「……よいしょ」

となんとも頼り無い掛け声と共に、パコンと言う音がした。

弾はぬいぐるみには当たった物の、落ちはしない。

奉太郎「惜しかったな」

える「残念です……次は折木さん、どうぞ」

ううむ、なら俺もあのぬいぐるみでも狙うか。

そう思い、店の人に俺も金を渡す。

銃を構え、狙いを定める。

奉太郎「……」

える「折木さんはどれを狙うんですか?」

828: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:49:14.27 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「お前と同じ奴だ」

える「あ、ほんとですか」

える「頑張ってくださいね」

奉太郎「……ああ」

俺に静かにしろと言った割には、随分と話し掛けてくる奴だな……

奉太郎「……よっ」

結局、俺も随分と頼り無い掛け声であったのだが。

える「あ」

千反田が思わず声を出したのも無理は無い。

弾は的外れの所へと飛んで行ってしまったのだから。

829: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:49:54.84 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「……お前の方が向いているな」

える「そうかもしれません」

何かフォローして欲しかったが、仕方ないか。

奉太郎「……次、行くか」

える「は、はい」

千反田はとても名残惜しそうに、ぬいぐるみを見つめていた。

そんな千反田の視線に気付いたのか、店の人が声を掛けてくる。

「なんだ、お嬢ちゃんこのぬいぐるみが欲しいのか?」

「いいよ、二人してやってくれたから」

そう言うと、店の人は俺にぬいぐるみを手渡す。

千反田と俺は最初の方こそ断った物の、結局はそれを受け取った。

なんともいい人である……最後の言葉。

830: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:50:23.49 ID:KdUl2NLN0
「情けない彼氏の面子を守る為にも」

と言う言葉は蛇足だったが。

奉太郎「……それで、次は何か見たい物あるか?」

える「ええっと、そうですね」

える「……お腹が、減りました」

何もそんな恥ずかしそうに言わなくてもいいのに。

俺だって、腹は減っている。

奉太郎「そうか、じゃあ何か食べるか」

える「はい、そうしましょう!」

831: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:50:49.83 ID:KdUl2NLN0
それから俺と千反田は手頃な焼きそば等を買い、備え付けてあるベンチに座る。

える「お祭りで食べる物って、普段買う物よりおいしく感じませんか?」

奉太郎「あ、それはあるな」

える「何故でしょうね」

奉太郎「……さあ」

える「難しい問題です、これは」

える「でも今はそれより、食べましょうか」

助かった。

流石に、俺とて人間がその時々で違う感じ方をする理由など、分かる訳も無い。

気になりますが出たら、どうしようかと思っていた所だった。

832: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:51:28.42 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「他にもまだ回りたい所があるのか?」

える「ええ、いくつか」

奉太郎「楽しそうで何よりだ」

える「折木さんは、楽しくないんですか?」

奉太郎「いや、楽しんでいると思うが……何で?」

える「いえ、前の折木さんなら楽しいと思わなかったかもしれないので」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「なあ、千反田」

える「はい、何でしょうか」

833: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:52:12.47 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「お前から見て、俺は変わったと思うか?」

える「私の中では、折木さんは折木さんですが……」

突然そんな質問をされ、きょとんとした顔をしながら千反田は答えた。

える「前よりも行動的になったと言うか、活発になったと言うか、それを変わったと言うならば、変わったと思います」

奉太郎「だろうな」

える「折木さん自身も、気付いているんですか?」

奉太郎「里志に良く言われるからな、嫌でも気付くさ」

える「ふふ、そうですか」

奉太郎「……それで」

奉太郎「それは、悪い事なのだろうか」

える「何故、そう思うんです?」

奉太郎「……なんとなく」

834: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:53:05.96 ID:KdUl2NLN0
える「折木さんにしては、随分と説得力が無い理由ですね」

える「私は……良い事だと思います」

奉太郎「何故? 千反田の気になる事を解決できるからか?」

俺がそう言うと、千反田はまたしても頬を膨らませながら答えた。

える「そうではありませんよ、今日の折木さんはやはり、意地悪です」

奉太郎「……さいで」

える「私が良い事だと思うのはですね」

える「それは、折木さん自身だからです」

……どういう事だろうか。

そんな考えが顔に出ていたのか、千反田は補足を始める。

835: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:53:59.93 ID:KdUl2NLN0
える「つまりですね、例えばですが」

える「折木さんが、急に非行の道に走ったとしても、それは折木さん自身が選んだ事ですよね」

また随分と、飛んだな。

える「その行為自体は、良い事とは言えないですが」

える「でも、自分で決めた事ならば、それは良い事だと思うんです」

奉太郎「ふむ……つまり」

奉太郎「俺が今から酒や煙草をやっても、良い事なんだな」

える「……止めますよ?」

奉太郎「止めるのか」

える「ええ、止めます」

奉太郎「良い事なのに?」

える「……もしかして、ふざけていますか?」

836: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:54:51.44 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「……ばれたか」

える「もう、やはり意地悪です」

奉太郎「すまんすまん」

奉太郎「まあ、でも言いたい事は分かったよ」

える「……そうですか、それならば良かったです」

奉太郎「ああ、なんだ……その」

奉太郎「ありがとうな、千反田」

える「ふふ、どういたしまして」

837: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:55:29.24 ID:KdUl2NLN0
それから、いくつか店を一緒に回る。

金魚すくい、輪投げ等々。

食べ物をやっている店もいくつか回り、時を過ごした。

そして。

奉太郎「そろそろ、時間だな」

える「あ、もうそんな時間ですか」

奉太郎「ああ、行くか?」

える「ええ、そうですね」

える「少し、食べ過ぎてしまった気がします……」

そうは言っていた物の、千反田の様な、生活が真面目な奴ならば大して気にする事でも無いだろうに。

838: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:55:55.14 ID:KdUl2NLN0
奉太郎「なら、走るか」

える「この格好では、無理ですよ」

える「それに折木さんは、絶対に走らないじゃないですか」

奉太郎「……良く分かったな」

える「誰にでも分かる事ですよ、折木さん」

そう言い、笑顔で千反田は俺の顔を覗き込んできた。

なんだ、俺の事を散々意地悪と言っておきながら、こいつも随分意地悪だな。

える「では、行きましょうか」

奉太郎「ああ、そうしよう」

俺はこの時、強く確信する。

……決着を付けるべきは、今日。

839: ◆Oe72InN3/k 2012/10/30(火) 22:56:47.33 ID:KdUl2NLN0
しかし、それを回避する事も俺には出来た。

俺から何も話さなければ、千反田から何か言ってくる事も無いだろう。

それこそが省エネか。

なんて事を考え、一人苦笑いをする。

それだけは絶対にあり得ない。

俺は学んだのだ、あの日、あの公園で。

それならば同じ過ちを踏む必要なんて、無いだろう。

去年出来なかった事をする為に。

千反田との距離は既に正確に測れている筈だ。

なら……後は、俺の口から話すだけ。

なんだ、難しい難しいと思っていたが、簡単な事では無いか。

しかし何故か、俺は今日一番緊張しており、鼓動が早くなっているのを感じていた。


第19話
おわり

853: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:54:19.61 ID:5F99acxl0
~公園~

公園に着くとすぐ、千反田はいつもの様にベンチに腰を掛けた。

える「そろそろですかね?」

奉太郎「ああ、もうすぐ始まる筈だ」

俺はそう言い、千反田の横に腰を掛ける。

える「それにしても、ここから花火が見えるなんて」

える「随分といい場所を知っているんですね。 折木さんは」

奉太郎「教えてもらったからな」

える「……あ、福部さんですか」

奉太郎「そうだ」

それもその筈。

里志に教えて貰わなければ、俺がここから花火を見れる事等……知っている訳が無い。

854: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:54:53.54 ID:5F99acxl0
奉太郎「今日は楽しかったか」

える「勿論です、楽しくない訳がありませんよ」

奉太郎「なら良かったが」

える「折木さんも楽しめたんですよね」

える「お誘いして、良かったと思っていますよ」

そう言い、千反田は俺の方に笑顔を向けてきた。

いつもなら、多分俺は視線を逸らしていたかもしれない。

だが、今日は……そんな千反田の顔を、正面から見た。

855: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:55:24.12 ID:5F99acxl0
える「……?」

顔をずっと見ている俺が不思議だったのか、千反田の顔には困惑の色が浮かんでいる。

奉太郎「……なあ、千反田」

そう声を出した時だった。

空が、光る。

える「あ、始まりましたよ!」

奉太郎「……らしいな」

まあ……いいか。

今は花火を見る事にしよう。

それから何度か上がる花火を、俺は千反田と共にしばらく見ていた。

856: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:55:51.98 ID:5F99acxl0
える「あの、折木さん」

奉太郎「ん、どうした」

える「……綺麗ですね」

……何だか、聞き覚えがある台詞だな。

奉太郎「……そうだな」

これはそうか、何回か見た夢……あれと、一緒だ。

だとすると、これもまた夢なのだろうか?

奉太郎「……」

俺は千反田に気付かれない様に、腕を抓って見た。

……痛い。

つまり、夢ではない。

857: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:56:38.40 ID:5F99acxl0
える「去年の事は、覚えていますか?」

奉太郎「……この公園での事か」

える「ええ、そうです」

奉太郎「色々あったな……本当に色々」

える「ふふ、私もそう思っていました」

える「……ここで、大泣きしたのも覚えていますよ」

奉太郎「伊原の事を、言った時か」

える「はい、そうです」

あれは、俺が心の底から怒った事でもあった。

……懐かしい。

858: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:59:07.12 ID:5F99acxl0
奉太郎「あの時は……そうだ」

奉太郎「お前は随分と泣いていたな」

える「ふふ、迷惑でしたよね」

迷惑、か。

奉太郎「……俺は、お前の事を本当に迷惑だと思った事なんて」

奉太郎「一度も無い」

える「そう言って頂けると、嬉しいです」

千反田は花火を見ながら、そう言った。

える「後は、そうですね」

える「……最初にプレゼントを貰ったのも、あそこでしたね」

859: ◆Oe72InN3/k 2012/11/01(木) 23:59:55.96 ID:5F99acxl0
奉太郎「……あれか」

える「今でも大事にしていますよ、あのぬいぐるみは」

奉太郎「知っているさ」

奉太郎「……里志や伊原の前では、絶対に出して欲しくないがな」

える「す、すいません。 よく覚えておきます」

奉太郎「……ああ、そう言えば」

える「はい?」

奉太郎「お前、俺がぬいぐるみを貸して欲しいと言ったとかなんとか、言っていたっけか」

える「あ、あの……それは、あれです」

える「そう言うしか、無かったというか……」

860: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:00:49.97 ID:X/71y8+d0
奉太郎「……あれはかなり、恥ずかしかったぞ」

える「す、すいません。 今度はぬいぐるみを欲しいと言っていた、と言う事にしておきます」

奉太郎「……本気か?」

える「ふふ、冗談ですよ」

奉太郎「……千反田も、変わったな」

える「私がですか?」

奉太郎「前はそこまで、冗談を言う奴では無かった気がする」

える「……そうでしょうか、私は昔からこの様な感じですが」

奉太郎「そうなのか」

える「ええ、恐らくですが……」

861: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:02:45.19 ID:X/71y8+d0
える「折木さん相手だと、気軽に冗談が言えるので、そのせいかもしれません」

える「仲良くなったのも、あるでしょうね」

える「最初の時より、今は仲が良いと思っていますので」

奉太郎「……そうか」

える「あれ、もしかしてそう思っていたのは、私だけですか?」

奉太郎「……いや」

奉太郎「俺も、そう思っている」

える「その言葉を聞けて、良かったです」

862: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:04:37.90 ID:X/71y8+d0
花火は未だに上がり続けている。

俺と千反田は一度も視線を交えないまま、会話を続けた。

奉太郎「後、そうだな」

奉太郎「やはり……去年の暮れか」

える「……そうですね、あの時が一番、心に残っています」

奉太郎「全く同意見だな」

える「……」

える「私、初めてでした」

奉太郎「……何が」

そこまで言って気付く、これもまた、夢と一緒だ。

次に千反田が言う言葉……恐らく。

える「それを聞くのは、少し意地悪ですよ」

863: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:05:25.78 ID:X/71y8+d0
奉太郎「はは、そうか」

える「何がおかしいんですか、もう」

千反田はそう言うと、俺の方に顔を向けた。

奉太郎「すまんすまん」

俺もまた、千反田に顔を向け、答える。

える「初めての、キスでした」

奉太郎「ああ、俺もだな」

える「……そうでしたか」

奉太郎「嬉しい事が聞けた」

える「え? は、はい……」

千反田が言おうとした事を、俺が先に言ったのだろう。

少しだけ、驚いた顔をしている千反田が面白い。

864: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:08:08.88 ID:X/71y8+d0
そして……次に俺は。

奉太郎「なあ」

える「はい、なんでしょうか」

奉太郎「このままで、いいと思うか」

える「……」

千反田は押し黙る。

奉太郎「俺は」

次に、一際大きな花火があがる。

しかしそれもまた、学んでいた事であった。

俺はいつもより声を大きく、言う。

865: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:08:48.38 ID:X/71y8+d0
奉太郎「このままでは絶対に、駄目だと思うんだ」

その言葉はしっかりと、千反田の耳に届いた様だ。

える「……ふふ、私も一緒ですよ」

える「折木さんと、同じ考えです」

奉太郎「そうか」

奉太郎「……ある意味では、そうだろうな」

える「ある意味、ですか?」

奉太郎「……ああ、そうだ」

奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」

える「はい、勿論です」

える「折木さんの言葉の意味、気になります」

千反田はそう言うと、静かに笑いながら、俺の顔を覗き込む。

866: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:09:33.86 ID:X/71y8+d0
奉太郎「千反田は……俺の事を、どう思っている?」

える「え、そ、それは……」

奉太郎「ああ、いや。 すまん」

奉太郎「言い方が悪かったな」

奉太郎「俺と言う人間を、どう思う?」

える「……それはまた、難しい質問ですね」

奉太郎「分からないなら、分からないでもいいさ」

える「……いえ、答えます」

える「私は、折木さんと言う人を」

える「とても身近な存在ですが、同時にとても遠い存在でもあると思っています」

える「私では思い付かない色々な事を、解決してくれたのも」

える「そして、何度も何度も私の事を助けてくれたのも」

える「それらが全部、私では出来ない事なんですよ」

867: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:10:11.88 ID:X/71y8+d0
奉太郎「……そうか」

……やはり、俺が思っていた通りだった。

奉太郎「詰まる所、自分で言うのもあれだが」

奉太郎「追いかけていたんだな、千反田は……俺の事を」

える「ええ、その通りです」

奉太郎「だから昨日、立ち止まれば俺の生き方を学べると言ったのか」

える「よく、覚えていますね」

奉太郎「……それだけじゃない」

える「と、言いますと?」

奉太郎「いや、それは後で話そう」

奉太郎「とにかく、千反田は俺の事を追いかけていたって事だ」

える「ふふ、さっきもそう言いましたよ」

868: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:10:46.26 ID:X/71y8+d0
奉太郎「……それはな、千反田」

奉太郎「俺も、思っていた事なんだよ」

える「折木さんも、ですか?」

える「つまり、折木さんは後ろに私が居るのを、分かっていたんですか?」

奉太郎「違う」

奉太郎「俺は……千反田の事を追いかけていたんだ」

える「……私の事を?」

奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「俺とは住んでいる世界が違う、お前の事を」

奉太郎「千反田の言葉を借りると、俺に持っていない物を、千反田は沢山持っていたんだ」

奉太郎「だから……ずっと追いかけていた」

869: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:11:42.09 ID:X/71y8+d0
える「そう、だったんですね」

奉太郎「可笑しな話だろ。 二人して追いかけていたら、追いつける筈が無いからな」

える「ふふ、それもそうですね」

える「ですが、折木さんは気付いてくれました」

える「私が、追いかけて居た事を」

える「普通でしたら、絶対に気付かない事に……気付いてくれたんです」

奉太郎「……いくつかヒントもあったからな、偶然だ」

える「あ、それは少し気になりますね」

える「折木さんが気付くきっかけとなったヒント、教えてください」

奉太郎「ま、最初から教えるつもりだったがな」

俺はそう言い、一度ベンチから立ち上がる。

870: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:15:42.22 ID:X/71y8+d0
奉太郎「何か飲むか?」

える「では、そうですね」

える「コーヒーはどうでしょうか?」

その言葉を無視すると、俺は自分のコーヒーと千反田の紅茶を買った。

そのまま紅茶を千反田に差し出し、俺は言う。

奉太郎「冗談はもう簡便してくれ」

える「ふふ、ありがとうございます」

千反田は嬉しそうに、紅茶を受け取った。

俺は再びベンチに腰を掛け、買ったばかりのコーヒーを一口、飲み込む。

奉太郎「……ふう」

871: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:17:19.65 ID:X/71y8+d0
奉太郎「それで、何だったか」

える「折木さんが気付いた理由、ですよ」

奉太郎「ああ……」

奉太郎「まずはそうだな、今年の生き雛祭りの時だった」

える「生き雛祭りですか」

奉太郎「まあ、あの時は気付かなかったけどな」

奉太郎「昨日の言葉が、全部を繋げてくれたんだ」

える「それで、その時のヒントとは?」

奉太郎「千反田の言葉、歩き終わった後のだったな」

奉太郎「俺と一緒に、歩けている気がした。 と言っただろ」

奉太郎「覚えているか?」

872: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:18:21.56 ID:X/71y8+d0
える「……覚えています。 確かに私はそう言いました」

奉太郎「最初は、俺が千反田に追いつけているのかもと思った」

奉太郎「だが、あの言葉の本当の意味は、違う」

える「そうです、その逆……ですね」

える「私が、折木さんと少しの間でしたが、追いつけたと感じたので……そう言いました」

奉太郎「……そうだ」

奉太郎「昨日の夜に考えて、思い出して……気付いたんだ」

える「そうでしたか……他には、何かあるんですか?」

奉太郎「そうだな……」

奉太郎「何だったっけか、古典部で勉強をしていた時の話だ」

える「ええっと、ペン回しですか?」

873: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:19:14.82 ID:X/71y8+d0
奉太郎「ああ、そうそう」

奉太郎「結局、お前はあの時ペンを回せなかったな」

える「それもしっかりと、覚えていますよ」

奉太郎「あの時も多分、思っていたんだろ?」

える「……さすがにそれは、気付かれないと思っていたのですが」

奉太郎「普段と、違う顔だったからな」

奉太郎「……すぐに分かるさ、そのくらい」

える「あの時、私が思っていた事は」

える「どんなに些細な事でも、折木さんと同じ目線に居たかった、と言えば正しいですね」

奉太郎「それで、あんな悲しい顔をしていたのか」

える「……そんなに普段と違いました?」

874: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:20:26.47 ID:X/71y8+d0
奉太郎「まあ、結構」

える「折木さんを騙すのには、苦労しそうですね……」

奉太郎「……逆を言えば、千反田に騙されるのは苦労しそうだ」

える「えっと、馬鹿にしてます?」

奉太郎「いいや、褒めてる」

える「……本当にそうなら、いいのですが」

参ったな、本当にそうなのだが。

奉太郎「まあそれで、分かっただろう」

奉太郎「俺が気付けた理由を」

える「ええ、そうですね」

875: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:21:29.52 ID:X/71y8+d0
える「でもやはり、凄いと思いますよ」

奉太郎「それは俺も、千反田に感じている事だ」

その時、また一段と派手に花火があがった。

俺と千反田はしばし、そんな花火に目を奪われる。

える「今日は本当にありがとうございました、折木さん」

奉太郎「別に、俺の方こそありがとうな」

そんな会話を聞いていたかの様に、花火は静かに終わりを迎える。

辺りに響いていたのは、虫達の鳴き声だけだった。

俺と千反田はまだ、ベンチに座っている。

876: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:24:08.05 ID:X/71y8+d0
奉太郎「ちょっといいか、千反田」

える「はい、どうぞ」

奉太郎「追いかけあっていた二人が、気付くにはどうすればいいと思う?」

える「気付くには、ですか?」

奉太郎「……分からないか」

える「もう少しだけ、ヒントを頂ければ、分かると思います」

奉太郎「そうか、なら……」

俺はそう言い、一度息を整える。

奉太郎「今回、千反田は足を止めた」

奉太郎「大学に行くという、選択を選ぶ事によって……」

奉太郎「だが」

奉太郎「……俺は、足を止めなかった」

877: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:27:32.65 ID:X/71y8+d0
える「そうですね、それは……」

える「横を見れば、良いのでは無いでしょうか」

奉太郎「……一緒だ、それも俺と同じ考えだ」

える「それは、嬉しいです」

千反田の顔が月明かりで薄っすらと見える。

そんな光景が、俺にはとても美しい物に見えていた。

奉太郎「じゃあ最後にもう一つ」

奉太郎「これは質問と言うより、俺の想いだな」

奉太郎「なんだか長くなってしまったが、俺が言いたいのは一つだ」

878: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:29:10.12 ID:X/71y8+d0
奉太郎「俺は、お前の事が」

える「ちょ、ちょっと待ってください、折木さん」

奉太郎「な、なんだ」

ああくそ、変に止められたせいで恥ずかしくなってきてしまったでは無いか。

える「ええっとですね、折木さんが今から言おうとしているのは」

える「あの、去年の暮れにここで、私に言ってくれた事と同じ事ですよね」

奉太郎「ま、まあ……そうなる」

える「そ、それで……私が、断った事ですよね」

奉太郎「ああ……そうだな」

879: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:29:43.84 ID:X/71y8+d0
恐らく、確認の為に千反田はそう質問したのだろう。

そんな事をせずとも、分かるだろうに。

……もしかすると、千反田も意外と用心深いのかもしれない。

える「では……ですね、今回は私から言わせて貰えませんか」

奉太郎「ち、千反田からか」

える「え、ええ」

奉太郎「まあ……別に、構わんが」

そう言いながらも、千反田の方を向けなかった。

……かなり、恥ずかしい。

880: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:30:39.54 ID:X/71y8+d0
える「では」

そう言い、千反田は短く咳払いをする。

その瞬間、空気が変わるのを俺は感じた。

そんな空気に圧倒され、千反田の方に顔を向ける。

俺は不思議と、その時……落ち着いた気分となっていた。

える「私は、千反田えるは」

える「折木さんの事が、好きです」

える「もし、良ければ私と……お付き合いしてください」

千反田の告白は、とても単純な物であった。

しかしそれは、どんな告白よりも……嬉しかった。

881: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:31:21.14 ID:X/71y8+d0
俺はそのまま、千反田の肩を掴む。

そして顔を近づけ。

千反田に、返事代わりのキスをした。

千反田は一瞬だけ体を強張らせていたが、それもすぐに無くなる。

キス自体は多分、そんな長くは無かったと思う。

それから何分か、もしかすると何時間か。

一緒に、ベンチで夜景を眺めていた。

882: ◆Oe72InN3/k 2012/11/02(金) 00:31:48.83 ID:X/71y8+d0
夏のある日。

少しだけ夜風が涼しい、祭りの終わり。

俺は、薔薇色への道を選んだ。

そういえば、一つ気になる事があったな……

千反田は、どこの大学に行くのだろうか?

……いや、そんな事、今はどうでもいいな。

今は千反田と、ゆっくり話して居たい。



第20話
おわり

第2章
おわり

906: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:12:39.02 ID:PozhboZ10
夏休みも終わり、またしてもだらだらとした日常を俺は浪費していた。

夏休み前と違うのは朝……家を出ると、千反田が待っている事だ。

それともう一つ、昼は古典部で一緒に弁当を開ける事か。

える「折木さんも、お料理をしてみてはどうでしょうか?」

千反田は突然そう言うと、前に座る俺に視線を向ける。

奉太郎「人にはな、向き不向きがあるんだよ」

える「何事にも取り組んで見るのは、良い事ですよ」

まあ確かに、毎度毎度……姉貴に作って貰うのはあれだが。

907: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:13:33.38 ID:PozhboZ10
奉太郎「ううむ」

奉太郎「……姉貴が外国へ行っている時は、弁当無しだな」

える「ふふ、その時は私が作ります」

奉太郎「本当か?」

える「ええ、勿論です!」

奉太郎「ならそうだな、余計に自分で作る必要は無くなった」

える「……」

俺がそう言うと、千反田は頬を膨らませてこっちを見る。

える「やはりやめました、作りません」

奉太郎「……千反田の料理は美味いんだがなぁ」

える「……そう言われると、作ってあげたくなります」

える「でも、それをすると折木さんは自分で作りませんよね……」

そんな事を言いながら、一人考え込んでいる。

908: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:14:11.63 ID:PozhboZ10
奉太郎「……ああ、こういうのはどうだ」

える「何でしょう?」

奉太郎「俺は一人じゃとても作れないから、千反田が教えてくれ」

奉太郎「そうすれば、少しは上達するだろう」

える「……それは良い案ですね!」

千反田はそう言うと、身を乗り出して俺の手を掴む。

……駄目だな、やはりこれはどうにも慣れない。

この千反田の近さに慣れる日は、俺にやって来るのだろうか。

奉太郎「ま、まあ……機会があったらだがな」

える「……意外と早く、来るかもしれませんよ」

909: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:14:54.84 ID:PozhboZ10
なんだか意味がありそうな台詞だが……

ここで俺が、その台詞が気になると言ったら何だか負けた気がするので口には出さなかった。

奉太郎「ん、そろそろ昼休みも終わりだな」

時計を見ながら、俺は千反田にそう伝える。

える「あ、ほんとですね」

える「ではまた放課後に、ここで」

奉太郎「ああ、また後でな」

俺はもう少しだけ残っているのか、千反田に軽く手を挙げると古典部を後にした。

そして、放課後。

俺は昼休みに言っていた千反田の言葉の意味を、理解する事となる。

910: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:15:46.65 ID:PozhboZ10
~古典部~

摩耶花「それで、私もちーちゃんみたいに上手くなれたらなぁ……って思うのよ」

奉太郎「つまり、何が言いたいんだ」

摩耶花「だから、皆でお弁当を自分で作ってきて、食べ比べてみない?」

奉太郎「……何故そうなる?」

里志「僕には分かるよ、自分を知りたければ他人を知れって事だね」

何だろう、ある様な気がするがそんな言葉は無かった気がする。

奉太郎「作ったか」

里志「さあ、先に言っている人が居てもおかしくはないけど、ありそうな言葉だと思うよ」

さいで。

911: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:16:24.29 ID:PozhboZ10
える「ふふ、そうですね。 摩耶花さんの案は良いと思いますよ」

摩耶花「そうそう、そう思うでしょ?」

摩耶花「ちーちゃんには前から相談してたんだけど、言う機会が無くってさぁ」

なるほど、そういう事だったか。

……千反田め。

える「どうでしょう、やってみませんか?」

里志「僕も面白いと思う」

里志「福部流のお弁当を、見せてあげるよ!」

里志は勿論、即答で賛成する。

える「折木さんはどうでしょう?」

912: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:16:50.67 ID:PozhboZ10
……こいつも随分と意地が悪いな。

俺が何て言うかなんて、分かっているくせに。

奉太郎「ああ、まあ……やってみるか」

摩耶花「よし! じゃあ一週間後でいいかな?」

里志「今日は水曜日だから、次の水曜日って事だね」

摩耶花「私は明日でも良いんだけど、折木がねぇ……」

そう言いながら、伊原は俺に嫌な笑いを向ける。

里志「ホータロー、一週間で何とか頑張ってね」

奉太郎「……それなりにはな」

913: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:17:16.80 ID:PozhboZ10
摩耶花「折角一週間も猶予をあげるんだから、もうちょっとやる気出してよね」

奉太郎「それはどうも、優しい事で」

俺も勿論、やると言ったからには中途半端にはやりたくなかった。

明らかに手を抜く事も出来たが、そんな気分にはなれない。

える「では、一週間後に!」

随分と張り切っているな、千反田は。

まあ千反田なら、誰も文句を付けない弁当を持ってくるだろう。

俺も、しっかりやらないとな。

俺の想定外は、この日既に一つあった。

それは勿論、千反田の言葉の意味である。

あくまでもそれは、家に帰るまでの話。

学校が終わり、千反田を家まで送って行き、玄関の前に着いたときに本日二つ目の想定外の事が起きたのだ。

914: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:17:42.86 ID:PozhboZ10
~千反田家前~

奉太郎「それじゃ、また明日」

俺は千反田にそう言うと、体の向きを変え、家路に着こうとする。

える「え、何を言っているんですか。 折木さん」

そう言いながら、俺の腕をしっかりと掴まれる。

奉太郎「何って、帰ろうとしている」

える「駄目ですよ、お料理の練習です」

……ええっと、既に夕焼けが綺麗な程に日が傾いているのだが。

奉太郎「……今からか?」

える「そうですよ、一週間しか無いので……今日から練習しましょう」

いやいや、別に一日遅れた所で大して変わらない……と思う。

そんな思いが顔に出ていたのか、千反田が再び口を開いた。

915: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:18:25.79 ID:PozhboZ10
える「時間は限られているんですよ」

える「なので、今日からでは無いと駄目です」

える「この後に用事等は、無いですよね」

一言発する度に、顔を近づけ千反田は言って来る。

俺はそんな千反田を手で制しながら答えた。

奉太郎「わ、分かった」

奉太郎「今日からだな、分かった」

える「ふふ、ではさっそく練習しましょう!」

千反田はさっきまでの真剣な表情とは打って変わり、今度は笑顔になっている。

そんな表情を見れただけで、俺は今日、料理の練習をする事になったのを良かったと思った。

916: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:18:59.42 ID:PozhboZ10
~千反田家~

色々と教えられながら、料理を作っていく。

千反田はそのままでは邪魔なのか、髪を後ろで縛っていた。

奉太郎「前から何回か思っていたんだが」

える「はい? どうしましたか」

……ああ、俺は今何を言おうとしているんだ。

つい、だったのだが……その後の言葉に詰まってしまう。

奉太郎「い、いや」

奉太郎「何でも無い、料理の続きをしよう」

917: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:20:09.16 ID:PozhboZ10
~千反田家~

色々と教えられながら、料理を作っていく。

千反田はそのままでは邪魔なのか、髪を後ろで縛っていた。

奉太郎「前から何回か思っていたんだが」

える「はい? どうしましたか」

……ああ、俺は今何を言おうとしているんだ。

つい、だったのだが……その後の言葉に詰まってしまう。

奉太郎「い、いや」

奉太郎「何でも無い、料理の続きをしよう」

918: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:20:43.65 ID:PozhboZ10
える「……」

一度外した視線を千反田に戻した所で、俺は気付いた。

やってしまった、と。

える「何でしょう、折木さんは何を仰ろうとしたんでしょうか?」

える「教えてくれますよね、折木さん」

奉太郎「そ、そんな大した事じゃない」

える「では、どうぞ」

奉太郎「……実は、かなり大した事がある」

える「そうなんですか?」

える「それでは、聞かない方がいいですね」

そう言い、千反田は調理をする為、体の向きを変える。

それを見ていた俺は、結局の所……喋る事になる。

919: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:21:11.36 ID:PozhboZ10
奉太郎「その、あれだ」

奉太郎「……似合うと、思っただけだ」

俺の言葉を聞き、千反田は振り返った。

える「え? 似合うとは……どういう意味ですか?」

奉太郎「だから、それ」

言いながら俺は千反田の頭を指差す。

える「えっと……」

千反田は自分の頭を指されている事に気付いたのか、自分の頭を触っていた。

そしてそれを何度か繰り返し、ようやく気付く。

える「あ、そう言う事でしたか」

奉太郎「……まあ、それだけだ」

920: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:21:43.67 ID:PozhboZ10
える「ありがとうございます、折木さん」

そう言い、千反田は俺の手を取った。

奉太郎「……お礼を言う程の事でも無いだろ」

奉太郎「ただ、俺が思った事を言っただけだ」

奉太郎「料理の続き、やるぞ」

俺は千反田にそう言うと、一人食材達と向き合った。

こうでもして話題を切らなければ、どうにも落ち着かない。

える「ふふ、そうですね」

える「続きを教えますね」

それからしばらく、二人で料理を仕上げていく。

正確に言えば、千反田監修の下……だが。

辺りがすっかり暗くなった頃、多分19時とか20時とか、そのくらいだろう。

料理はようやく仕上がった。

921: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:22:22.46 ID:PozhboZ10
~縁側~

奉太郎「ここで食べるのか?」

える「ええ、折木さんに見せたい物があるんです」

見せたい物……また浴衣か?

奉太郎「秋祭りにでも行くのか」

える「……良いですね、今度調べておきます」

はて、祭りでは無いのか。

奉太郎「ううむ」

俺は一つ唸り声をあげ、少し考えてみた。

922: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:22:49.89 ID:PozhboZ10
える「そんな考えなくても、すぐに分かりますよ」

奉太郎「……そうか」

なんだ、ちょっと真剣に考えようとしていたのだが。

える「とりあえずはご飯を食べましょう」

そう言えば、成り行きで千反田の家でご飯を食べて行く事になったが……

まさかとは思うが、来週の水曜日までこれが続くのだろうか?

悪くは無い、別に嫌でも無いのだが……少し迷惑では。

しかしそんな事を今考えても、答えなんて出ないか。

今はまあ、飯を食べよう。

923: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:23:16.83 ID:PozhboZ10
える「ご馳走様です」

行儀良く両手を合わせ、千反田はそう言った。

奉太郎「ご馳走様です」

俺もそれに習い、手を合わせる。

える「ふふ」

千反田が突然、こっちを見ながら笑っていた。

奉太郎「何か悪い物でも食べたか」

える「酷いです、材料は全部私の家の物なんですよ」

奉太郎「なら、何で急に笑い出した」

える「……それはですね、思い出していたんです」

924: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:23:47.52 ID:PozhboZ10
奉太郎「何を?」

える「前に、福部さんに言われた事です」

奉太郎「……里志に?」

奉太郎「くだらない事でも言われたか」

奉太郎「そうでなければ、何かしらの俺の思い出話か」

える「どちらも違いますが、後者のはちょっと気になりますね」

奉太郎「……今度、機会があればな」

奉太郎「それより、何て言われたんだ?」

俺がそう聞くと、千反田は口に手を当て、小さく笑うと答えた。

える「似ていると、言われたんです」

925: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:24:14.45 ID:PozhboZ10
奉太郎「……似ている?」

える「ええ、私と折木さんが」

奉太郎「あいつもついに、おかしくなったか」

える「性格等の話では、無いと思いますよ」

奉太郎「……だったら、何が似ているんだ」

える「福部さんの言葉を借りますと」

える「なんだか、千反田さんを見ているとホータローを見ている気分になるよ」

える「その腕を組んだりする癖、そっくりだ」

える「と、仰っていました」

926: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:24:41.37 ID:PozhboZ10
なるほど、そう言う事か。

しかし、どうにも里志の言葉だからと言えど……千反田に名前を呼ばれ、ちょっと恥ずかしい。

奉太郎「まあ、結構長い間一緒に居たからな」

奉太郎「そう言う事も、あるのかもな」

俺は恥ずかしさを消す為に素っ気無く言い、お茶を飲み込む。

える「あ!」

突然、千反田が何かを指しながら俺の肩を叩いてくる。

える「見てください、折木さんに見せたかった物です」

ああ、そう言えばそんな話だったっけか。

それを聞き、俺は千反田の指す空へと視線を向ける。

927: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:25:22.97 ID:PozhboZ10
奉太郎「これは、すごいな」

空に走っていたのは、無数の流れ星だった。

える「天気が良いと、見れるとテレビで言っていたので……良かったです」

俺はしばし、その流れ星に目を奪われていた。

える「そう言えば、流れ星は願いを叶えてくれるんですよね」

奉太郎「そんな話もあるな」

奉太郎「千反田は……何か、願いでもあるのか」

える「ありますよ、私にも」

奉太郎「なら、願っておけばいいさ」

える「もう願いました、五回ほど」

五回も願ったのか、欲張りな奴だ。

928: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:26:29.96 ID:PozhboZ10
える「折木さんは何か願い事、しないんですか?」

奉太郎「俺は、こういうのは信じていない性質なんで」

える「ふふ、そうですよね」

奉太郎「何がおかしいんだ」

える「いえ、折木さんが星にお願い事をしている姿が、想像できなかったので……ふふ」

奉太郎「……さいで」

流れ星は、ほんの5分ほどで消えて行った。

もう、流れ星が降る事も無い空を未だに見ながら、千反田は口を開く。

える「そう言えば、先程の事ですが」

える「私、この髪型をそんなにしていましたっけ?」

929: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:27:39.45 ID:PozhboZ10
奉太郎「……ああ」

奉太郎「多分、だが」

奉太郎「……千反田の事は、良く見ていたのかもしれない」

える「そ、それは……あの、その」

える「う、嬉しい言葉です」

あたふたしている千反田を見て、俺は素直に可愛いと感じていた。

その感覚がなんだか自然で、思わず笑いが漏れる。

勿論、千反田に見られないように隠れてだが。

える「でも、逆にもなるんですよ」

奉太郎「逆? どういう事だ」

える「先程、福部さんが私に言った言葉を教えましたよね」

930: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:28:11.41 ID:PozhboZ10
奉太郎「ああ、千反田を見ていると俺を見ている気分になる……だったか」

える「そうです、それでですね」

える「それは多分、私が折木さんの癖を、自然と真似しているんだと思います」

奉太郎「俺の癖を?」

える「腕を組んだりするのが、似ているらしいですよ」

奉太郎「と言われても、意識してやっていないから分からないな」

える「私も、福部さんに言われるまで全然気付きませんでした」

える「でもやはり、自然にそうなると言う事は、折木さんの事を自然に見ていたのかもしれません」

俺はその言葉にまた、気恥ずかしい気分になり、頭を掻きながら答える。

奉太郎「すまんな、変な癖を移してしまった様で」

931: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:29:08.28 ID:PozhboZ10
える「いいえ、構いませんよ」

える「だって私は、幸せですから」

そう言い、俺の肩に千反田は頭を預けて来た。

奉太郎「そうか、なら俺も同じ気持ちだな」

える「……それは、良かったです」

それから数分だろうか、俺と千反田はそうしていた。

奉太郎「……じゃ、そろそろ帰るかな」

いつまでも居たら迷惑だろうし、俺もあまり遅くなってしまっては姉貴に何て言われるか分かった物では無い。

奉太郎「おい、千反田?」

える「……んん」

……当の千反田は、気持ち良さそうに寝ていたのだが。

932: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:29:34.61 ID:PozhboZ10
奉太郎「……参ったな」

とりあえず、このままにしておいて風邪でも引かれたら後味が悪すぎる、場所を移そう。

そうして千反田を部屋の中へと移し、畳んで置いてあったタオルを一枚、千反田に掛けて置いた。

奉太郎「さて、どうした物か」

このまま帰ってもいいのだが、この家には誰も戸締りをする者が居ない。

千反田の両親が帰ってくれば良いのだが……いや、状況的にはあまり良くないか。

しかしそんな心配も杞憂だろう。

今まで何度も家に来ているが、千反田以外の人物は見た事すら無いのだから。

恐らく千反田は、家事やら何やら一人でしているのだろうな。

それで今日、俺に料理を教え、疲れて寝たと言った所か。

なら、そうだな……

933: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:30:25.73 ID:PozhboZ10
食器洗いくらい、やっても良いだろう。

いや、むしろそのくらいしなければ罰が当たるかもしれない。

……違うな、俺はそんな神罰的な事等、信じていない。

それなら、理由としては。

千反田が起きるまでの暇潰し、としておこう。

これなら確かに合理的である。

俺は自分自身にそう、言い訳をすると食器の山へと立ち向かっていく。

奉太郎「ふわぁ……」

何だか俺も眠くなってきたが、こんな所で寝る訳にはいかない。

934: ◆Oe72InN3/k 2012/11/05(月) 22:31:31.55 ID:PozhboZ10
奉太郎「あいつも、大変なんだな」

やはりさっき、俺が自分に言い聞かせたのは建前で、本心は多分。

千反田の手伝いをする為、と言った所か。

まあ、そんな理由なんてどうでもいい。

俺が今一番考えなければいけない事は……姉貴への言い訳と、何時に帰れるか、の二つである。

奉太郎「……眠い」

そして眠気と戦いながら、俺は食器とも戦う事となった。


第21話
おわり

964: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:13:57.78 ID:fcX3Mr2O0
える「段々と、良い感じになってきましたね」

奉太郎「そうか? 自分では全然分からんな」

える「正直、最初はどうしようかと思いました……」

奉太郎「悪かったな、そんなレベルで」

える「ふふ、冗談ですよ」

……こいつの冗談は、どうにも区別が付きにくい。

奉太郎「まあ、それもこれも全部、千反田さんのおかげです」

える「感謝の気持ちが、全く感じられないのですが……」

そうだろうか、こんなにも精一杯の言葉で現していると言うのに。

965: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:14:31.77 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「ま、本当に感謝はしているさ」

奉太郎「ありがとうな」

える「いいえ、このくらいならいつでも」

える「それに、私も楽しめましたので」

奉太郎「そうか」

俺と千反田が取り組んでいるのは、料理。

伊原の提案で、古典部全員で何かしら作る事になっていたのだ。

その事に対し、俺は別に……物凄くやる気があった訳では無い。

しかしまあ、やりたく無かった訳でも無かった。

966: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:15:14.29 ID:fcX3Mr2O0
える「あ、そういえばですけど」

千反田は何かを思い出したのか、人差し指を口に当てながら続ける。

える「作っていくお料理は、皆で揃える事になりました」

奉太郎「同じ物を作れって事か?」

える「ええ、比べるのにその方が良いと思いまして」

なるほど、確かに矛盾は無いな。

奉太郎「それで、作っていく物は何になったんだ?」

える「ええっとですね」

える「卵焼きです!」

卵焼き……卵焼き。

967: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:16:05.28 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「一ついいか、千反田」

える「あの、折木さんが言いたい事が少し分かる気がします」

奉太郎「ほう、何だと思う?」

える「……今までの練習が、あまり意味の無い物に、と言う事でしょうか」

奉太郎「さすが千反田、その通りだ」

つまり、俺がここ最近千反田の家で練習していたのは、如何にも千反田らしい料理……

噛み砕いて言えば、ちょっと上級者向けの物だろうか。

俺は詳しい訳でも無いので、声を大きくしては言えないが……

卵焼きは恐らく、かなり初心者向けなのでは無いだろうか。

968: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:17:05.60 ID:fcX3Mr2O0
える「で、でもですね!」

える「いつか役に立つ時が、来る筈です!」

奉太郎「やけに自信たっぷりだな」

える「ええ」

える「努力は必ず、報われますから」

ふむ、今まで大した努力もして来なかったので、俺にはちょっと分からない。

奉太郎「そうだと良いな」

える「絶対にです!」

える「私、努力をしている人は好きなので」

奉太郎「……そうか、それに俺も当てはまると良いんだが」

える「何を言っているんですか、折木さんが努力をしてきたのは、私が一番良く知っています」

奉太郎「……ああ、まあ」

969: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/11/10(土) 22:18:40.01 ID:fcX3Mr2O0
千反田が言う事は、分かる。

俺も手を抜いて練習していた訳でも無いし、周りから見たらそれは努力をしていると呼べるのかもしれない。

だが何だか、自分で僕は努力をしていますと言うのも違うので言葉を濁してその話は終わらせる事にした。

える「まだ少し時間があるので、練習しましょうか」

奉太郎「そうだな、そうしよう」

……あれ、ちょっと待て。

奉太郎「ちょっといいか、千反田」

える「はい? 何でしょうか」

奉太郎「千反田は、知っていたんだよな」

奉太郎「皆で同じ料理……卵焼きを作ると言う事を」

970: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/11/10(土) 22:20:05.51 ID:fcX3Mr2O0
える「勿論です、知っていましたよ」

奉太郎「なら何で、練習をすぐにそれに変えなかった?」

俺がそれを問いただした時、千反田はちょっとだけ焦っていた。

言葉にすれば、多分……しまった。 とかそんな感じの顔をしていた。

える「ええっと……」

える「あの、一緒にお料理をするのが……楽しかったので」

さいですか。

971: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:21:57.00 ID:fcX3Mr2O0
~折木家~

そして、その日がやって来た。

俺はいつもより少しだけ早く起き、それに取り組む。

とは言っても、大して練習する時間も無かったのは事実であり、結果にもそれは出ていた。

奉太郎「……なんと言うか」

卵焼きと言うよりかは、炒り卵と言った感じか。

手を抜いた訳では無いが……まあ、時間も無いし別に大丈夫だろう。

卵を焼いたのは事実なのだし。

俺はそれを小さい容器に入れ、鞄の奥へと仕舞う。

そのまま鞄を背負い、家を出て行った。

972: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:24:13.33 ID:fcX3Mr2O0
える「おはようございます、折木さん」

奉太郎「おはよう」

家を出るとすぐに、千反田が目に入ってくる。

これにも最近では随分と慣れてきた。

最初来た時は、事前に何も言われていなかったので相当驚いたが。

える「どうでした? 上手く作れましたか?」

学校までの道で、横に並んで歩く千反田が声を掛けてくる。

いつもはまあ、本当に他愛も無い会話をしているのだが、今日は勿論あれの事だろう。

奉太郎「ううむ、上手く……とはとても言えないな」

える「と言いますと、失敗したんですか?」

973: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:24:55.17 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「結論から言うと、そうだな」

奉太郎「卵焼きと言うよりは、炒り卵と言った方が近いかもしれない」

える「そうでしたか……でも、焼いた事には変わりは無いので、大丈夫ですよ」

なんだ、俺は随分と投げやりにその結論を出したのだが……

千反田に同じ事を言われると、本当にそれが正しい気がしてくる。

奉太郎「そっちはどうなんだ?」

える「私ですか、私もあまり成功とは言えないかもしれません……」

奉太郎「珍しいな、失敗したのか?」

える「いえ、そう言う訳では無いのですが」

える「あ、それでしたら」

える「お昼に一つ、食べますか?」

974: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:25:32.31 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「いいのか? 放課後に食べる分もあるんじゃないか」

える「いいえ、実はですね」

える「最初から、そのつもりだったので」

奉太郎「そうか……なら、貰おうかな」

える「ええ、福部さんや摩耶花さんには内緒ですよ」

奉太郎「分かっているさ」

奉太郎「それより、千反田が成功とは呼べない物には少し興味があるな」

える「気になりますか?」

975: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:27:39.39 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「いや、そこまでじゃない」

える「気にならないんですか?」

奉太郎「……それも違うが」

える「どちらですか、それが私、気になってしまいます」

奉太郎「どっちかと言うと……少し、気になるかもしれない」

える「そうですか! それなら折木さんが気になる物、お昼まで楽しみにしておいてくださいね」

千反田はそう言うと、ようやく見えてきた校舎の中へと走って行ってしまう。

奉太郎「……何が満足なんだか」

俺は、聞こえてはいないだろう千反田の背中に向かってそう言うと続いて校舎に入って行った。

976: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:28:05.21 ID:fcX3Mr2O0
~古典部~

午前の授業も終わり、俺は古典部へと足を運んだ。

扉を開けると、すぐに窓際に座っている千反田が目に入ってくる。

一緒に古典部まで行けばいい、とは思うのだが……なんだかそれは、俺も千反田も自然と避けていた。

奉太郎「早いな」

える「そうでもないですよ、折木さんが遅いだけです」

……否定はしないが。

その言葉は軽く流し、千反田の向かいの席へと俺も腰を掛ける。

奉太郎「それで、成功しなかった卵焼きとやらを見せて貰おうか」

える「あの、あまりそればかり言わないでくださいよ」

977: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:28:47.10 ID:fcX3Mr2O0
千反田はそう言いながら、鞄から小さな容器を取り出した。

える「そう言えば、折木さんには一度、卵焼きを作ってましたっけ」

あったっけか、そんな事が……

ああ、映画を一緒に見た時か。

奉太郎「とは言っても、かなり昔だな」

える「ふふ、そうですね」

える「時が経つのは早い物です」

千反田はそう言い、窓の外に視線を移した。

やめてくれ、まだ若いままで居たいから、そんな年老いた雰囲気は出さないで欲しい。

978: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:29:26.74 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「それで、食べていいか」

える「あ、そうでしたね」

える「どうぞ」

千反田は容器に手を掛け、開いた。

……なんだ、見た目は全然普通だな。

むしろ、俺のと並べたらそれは多分悲惨な事になるだろう。

奉太郎「じゃあ、いただきます」

俺はそう言うと、一つ卵焼きを口に入れる。

奉太郎「……うまいな」

何故、千反田が成功したと言わなかったのかが分からないくらいに、美味しかった。

979: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:29:52.86 ID:fcX3Mr2O0
える「本当ですか?」

奉太郎「ああ、こんな事で嘘は付かない」

える「少々、味付けを失敗したんですが……ちょっと濃くないですか?」

奉太郎「……いや、別に?」

える「そうですか、それなら良いのですが」

ここまで美味しいのに、成功じゃないと言われてしまったら俺はどうすればいいのだろうか……

奉太郎「俺が作った奴も、食べてみるか」

える「良いんですか? 是非!」

そこまで期待されても困るが。

980: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:30:20.48 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「じゃあ、ほら」

鞄から容器を取り出し、千反田の前で開ける。

える「これは、確かに卵焼きと言うよりは炒り卵と言った方が正しいですね」

奉太郎「だろうな」

える「でも、食べてみなければ分かりませんよ」

そう言うと、千反田は少しだけその卵を取り、口に入れた。

える「おいしいですよ、折木さん」

……何だか、照れるな。

正面から言われると、どうにも目を合わせられない。

奉太郎「……そうか、それなら良かった」

それからは、それぞれの容器を仕舞うと弁当を広げ食べ始める。

まあ、千反田が美味いと言ってくれたから……これで少しは安心できると言う物だ。

味も最悪だったら、伊原に何と言われるか分かった物じゃないからな……

981: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:31:05.11 ID:fcX3Mr2O0
~放課後~

里志「と言う訳で、皆作ってきたかな?」

摩耶花「勿論、作ってきたわよ」

摩耶花「皆に聞くより、一人に聞いた方が良いと思うけど」

伊原はそう言いながら、俺の方に顔を向けてくる。

奉太郎「失礼な、俺もしっかり作ってきたぞ」

摩耶花「へえ、楽しみにしておくわね」

里志「じゃあ、ホータローのは最後のお楽しみにしておくとして、最初は僕でいいかな?」

える「そうですね、ではお願いします」

里志「了解! とは言っても普通のだけどね」

里志が取り出したのは、一見すると言葉通り、普通の卵焼きであった。

982: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:32:17.31 ID:fcX3Mr2O0
摩耶花「それじゃ、貰うわね」

伊原の言葉を合図に、里志を除く三人が箸を伸ばす。

奉太郎「……うまいな」

何だろうか、少し辛い? そんな感じの味だ。

える「これは、明太子ですか?」

里志「そう、流石は千反田さん! 食べてからすぐに分かって貰うのは作る側として嬉しいよ」

摩耶花「……確かに、悔しいけど美味しいかも」

里志「ただの卵焼きじゃ、何だかつまらないと思ってね。 一工夫してみたんだ」

……なるほど、里志らしい考え方と言えばそうかもしれない。

983: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:35:06.14 ID:fcX3Mr2O0
摩耶花「次は私かな?」

える「あ、私でも構いませんよ」

里志「いやいや、次は摩耶花に頼みたいかな」

える「どうしてですか?」

里志「それは勿論、落差を楽しみたいから」

……覚えとけよ、里志め。

千反田は何か言いたそうな顔をしていたが、里志の勢いに流されてしまう。

摩耶花「それじゃあ、私のはこれ」

伊原のも、一見して普通の卵焼きか。

……見た目で違いなど、分かる訳無いか。

984: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:37:36.93 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「どれどれ」

卵焼きを一つ箸で掴み、口に入れる。

奉太郎「む……甘いな」

える「みりんとお砂糖ですね、私はこの卵焼きも好きです!」

……さっきから思うが、千反田が料理の先生に見えて仕方ない。

里志「うん、美味しいね」

里志「……これだけ出来るなら、食べ比べる必要も無かったんじゃないかなぁ」

摩耶花「それ、ちーちゃんのを食べてから言って欲しいな」

える「そんな、私のも皆さんと同じくらいですよ」

千反田はそう言いながら、鞄から容器を取り出す。

985: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:38:53.92 ID:fcX3Mr2O0
摩耶花「なんか見た目から、とっても美味しそう」

里志「そうだね……って」

里志「気のせいかな、器に比べて中身が少なくない?」

本当に、小さい事を気にする奴だな。

える「あ、あのですね、器がこれしか無かったので……」

摩耶花「ふうん、まあ一つ貰うわね」

何とか誤魔化せたみたいだが、千反田の慌てっぷりから少々冷や汗を掻いてしまった。

もう少し、上手く誤魔化せない物か……

摩耶花「わ、これ美味しい」

里志「ほんとだ、味付けは普通に醤油かな?」

える「ええ、何か工夫をしようと思ったのですが……色々思いついてしまって」

986: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:39:33.39 ID:fcX3Mr2O0

摩耶花「それで、結局最初に戻ったって訳ね」

える「ふふ、そうです」

里志「まあ、それでも僕達のとはやっぱり比べ物にならないなぁ」

える「そんな事無いですよ、福部さんのも摩耶花さんのも、とても美味しかったですよ」

摩耶花「そうね、ふくちゃんのも美味しかったなぁ」

摩耶花「今度、作り方教えてもらおっと」

里志「うん、何か新しいのにもチャレンジしてみたいし、いいかもね」

里志「それより、一ついいかい?」

える「はい、何でしょうか」

里志「あ、いや。 千反田さんじゃなくて、ホータローに」

俺に? また急に……何だと言うのか。

987: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:40:49.66 ID:fcX3Mr2O0
里志「ホータローは、千反田さんのを食べないのかい?」

……さっきは千反田に、心の中でダメ出しをしたが、どうやら俺もやらかしたらしい。

奉太郎「ああ、いや……食べる」

くそ、余計な事を考えすぎていたか。

える「は、はい。 どうぞ」

千反田も慌てながら渡してくる物だから、余計に怪しくなってしまう。

奉太郎「ありがとう、じゃあ貰うか」

俺も千反田の卵焼きを一つ貰い、口に入れる。

奉太郎「……美味いな」

ううむ、里志や伊原のとは違い……いや、二人のも十分に美味かったが。

比べるとやはり、千反田のは美味かった。

988: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:41:29.61 ID:fcX3Mr2O0
里志「それじゃ、次はホータローの番だよ」

奉太郎「……ほら」

そう言い、俺は鞄からそれを取り出し、机の上に置く。

摩耶花「よっ」

勢い良く、伊原がふたを開いた。

里志「ホータロー、今日作ってくる物は何だっけ」

奉太郎「……卵焼きだな」

摩耶花「それで、折木が作ってきたのは何?」

奉太郎「……卵を焼いた物だ」

里志「違うね、これは卵を炒った物だよ」

さいで。

989: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:42:17.14 ID:fcX3Mr2O0
える「み、見た目はともかく、味も大事ですよ!」

千反田のフォローが、少し辛い。

里志「うーん、まあいいか」

里志「それじゃ、頂きます」

里志と伊原と千反田は、それぞれ箸を伸ばす。

里志「……ちょっとしょっぱいかな?」

奉太郎「……醤油を入れすぎたかもな」

摩耶花「ちょっと、あんた真面目に作ったの?」

失礼な、かなり真面目に取り組んだつもりだと言うのに。

里志「やっぱり、練習した方が良かったかもね」

千反田との毎日の練習を、こいつらに見せてやりたい。

990: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:43:30.13 ID:fcX3Mr2O0
える「あ、あの……折木さんも、真面目にやられていたと思いますよ」

摩耶花「無いって! 絶対適当にやってたでしょ」

里志「そうそう、ホータローが真面目にやるのは、面倒事を避ける時だけだよ」

随分と酷い言われ様である、まあ……今に始まった事では無いので別にいいが。

奉太郎「それじゃ、今日のは終わりでいいか」

摩耶花「なんか納得行かないけど……ふくちゃんとちーちゃんのは、勉強になったしいいかな」

里志「了解、日が落ちると寒くなるから、そろそろ帰ろうか」

そう言い合うと、それぞれ自分の荷物へと手を伸ばした。

える「……待ってください」

何だ、この後に及んでまだ何かあると言うのか……

991: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:45:30.56 ID:fcX3Mr2O0
奉太郎「どうしたんだ」

える「折木さんは、真面目に作っていました」

える「絶対に、適当にやっていた何て事は無いです」

える「……納得、出来ないんです」

別に、俺自身は大して気にしていないのだが……

える「一週間、一緒にお料理の練習をしていたんです」

える「毎日、学校が終わった後に」

える「そんな折木さんが今日、適当に作ってくる事は無いんです」

こうなってしまっては、千反田は結構頑固だ。

992: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:46:15.33 ID:fcX3Mr2O0
里志「そ、そうだったのかい。 ごめんね、千反田さん……ホータローも」

珍しく怒っている千反田に、里志は少し慌てていた様子だった。

それが見れただけでも、今日は散々言われた甲斐があったと言う物だ。

摩耶花「ご、ごめん。 知らなくてつい」

える「……すいません、少し言い過ぎました」

える「お二人がそれを知らなかったのも、当たり前の事です」

奉太郎「……まあ、俺は全く構わないんだがな」

奉太郎「今度何か奢って貰う事で、許してやろう」

里志「はは、それは冗談かい?」

奉太郎「それをどっちと取るかは、里志と伊原に任せるさ」

摩耶花「……急に偉そうになったわね」

……冗談のつもりだったが、普段冗談を言わないだけでこうも言われるのか。

993: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:46:56.42 ID:fcX3Mr2O0

える「では! 帰りましょうか」

える「もう少しで日が落ちてしまいますし」

里志「そうだね、また今度……次は何がいいかな?」

摩耶花「そうね、今度はちーちゃんに教えて貰って作りたいかな」

える「私で良ければ、いつでも大丈夫ですよ」

奉太郎「……俺はもう勘弁して貰いたいが」

摩耶花「折角教えて貰ってたのに、そんな事言うんだ」

里志「ホータローは、千反田さんの料理じゃ参考にならないって言いたいのかなぁ」

える「え、そうなんですか……折木さん」

……これは、またしても厄介な事になりそうである。

994: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:47:58.54 ID:fcX3Mr2O0
える「決めました、今日は寒いので……」

える「折木さんが、帰りに暖かい飲み物をご馳走してくれるみたいです」

ほら、なった。

奉太郎「却下だ」

里志「ああ、寒くて寒くて僕は倒れそうだ」

奉太郎「……却下だ」

摩耶花「私も……さっきから体の震えが止まらない」

奉太郎「……却下だ」

える「折木さんは、友達を見捨てるんですか!」

千反田、一つ教えてやろう。

その台詞は、笑顔で言う物では無いと。

995: ◆Oe72InN3/k 2012/11/10(土) 22:48:30.29 ID:fcX3Mr2O0
うう……気温も低ければ、財布も寒くなる物なのだろうか。

……いかんいかん、これは年老いてからの駄洒落だろう。

そんな事を思い、かぶりを振りながらどう切り抜けようかと考える。

しかし良い考えが思い浮かばず、それならば別に、飲み物の一本や二本くらい……別に良いか。

……いや、良くはないだろうが。

外を歩き、肌には秋らしい冷たさが感じられる。

だが、不思議と暖かかった。


第22話
おわり

引用元: える「古典部の日常」