巴マミ「寄生獣?」 その1

538: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:01:47.69 ID:xzbeyjJG0
~☆

それから約三カ月後、今日は休日。

何の予定も無い。朝から清々しい陽気だ。マミが起床する。

そしてすぐにのそのそと布団から這い出し、

寝ぼけ眼をパチクリさせながらもグリーフシードを使いジェムを浄化した。

別に昨日の内に浄化しても良かったのだが、

穢れも大した量では無かったので

なんとなく身体の疲れに身を委ねてそのまま寝てしまったのだ。

浄化が終わるといつも通りキュゥべえに呼びかける。

「キュゥべえ!」

「やぁ、マミ。おはよう」

539: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:03:01.73 ID:xzbeyjJG0
マミの声に呼応してどこからともなくキュゥべえが現れた。

いつもと同じ調子のキュゥべえ。

何もおかしな所はない。

だがマミはふと思う。

どうしてキュゥべえはいつも私が呼んですぐに現れる事が出来るんだろう?

実はミギーの事も陰から既に見られているのではないか……?

とても落ち着かない気持ちになる。

「ねえキュゥべえ」

「何だいマミ?」

キュゥべえが耳についた触腕で自分の頭をかく。

グリーフシードを回収し終えたキュゥべえはなんだか満足げに見えた。

540: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:05:00.72 ID:xzbeyjJG0
「あなたいつも私が呼んだらすぐ現れるじゃない?あれってどうやってるの?」

「どうやってるって、

ボクはグリーフシードがギリギリまで使用されたらそれがわかるからね。

呼ばれる前にキミのそばに居るってだけさ。

それにキミが特別ってわけでもないよ他の子の場合も大体同じだ」

それってつまり……!

マミの心臓が激しく波打つ。

まだ、まだ大丈夫なはずよ。

だってもしミギーの事がばれてたら何かこちらに言ってくるはずだもの。

「じゃああなたは魔法少女に名前を呼ばれたりするまでその子の私生活を覗いてるってわけ?」

「いや、そうじゃない、それは誤解だよマミ」

キュゥべえが首を横に振る。

541: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:07:25.10 ID:xzbeyjJG0
「キミ達のプライバシーには出来るだけ干渉しないようにしてるんだ。

キミ達の自由意思を尊重する事がボク達のいずれの利益に繋がっていくからね。

昔はグリーフシードを回収する際に魔法少女の前にいきなり現れる方法をとった事もあった。

けれどキミ達は決まって心臓に悪いだのデリカシーがないだの何かしらの文句を言ってくる。

だからまず名前を呼ばれるまで近くで待機、

呼ばれたら目の前に姿を現すという方法に変えたんだ。

もっとも所定の場所にグリーフシードを置いておくとか

そういう方法をとりたがる魔法少女もいるから当然例外はあるのだけど」

「へえ……」

マミは驚いた。彼とは数年来の付き合いのはずなのにそんなこと全然知らなかった。

キュゥべえとの間に思わぬ溝を見つけた様でちょっとさびしい気持ちになる。

542: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:09:31.85 ID:xzbeyjJG0
「どうして今まで何も言ってくれなかったの?」

「聞かれなかったからね。

別にこの情報をマミが知らないからといって双方に不利益が出る訳でもないだろう?」

「それはそうだけど……」

「マミにだって聞かれたくない、知られたくないって事はきっとあるよね。それと一緒さ。

ボクは双方にとって不利益になるとあらかじめわかっている場合でも無ければ、

キミ達魔法少女にむやみやたらに

自分から情報の開示を求めないしその情報の把握に努める事も無い。

その代わりにこちらから余計な事を言う事も無いというだけだ。

きっとそういう風に互いで適切な距離ってものを保つ事が、

両者が互いを助け合っていく関係を築いていく中で重要なんじゃないかな?」

543: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:15:19.02 ID:xzbeyjJG0
可愛らしく、それでいて感情の起伏を感じさせないどこか無機質な声。

マミはキュゥべえとこういう真剣な話をするのがあまり好きではなかった。

どうしても彼が人間とは違う別の生き物だというのが身にしみて感じられてしまうからだ。

「じゃあキュゥべえは私に言いたくない事があるの?」

それは意地悪な質問だった。

しかしキュゥべえは全く慌てない。

「そういう事を誰かから聞きたいのなら

まずは自分が隠したい情報の一つや二つ先に提示するのが普通なんじゃないかな?

例えばキミの体重とかスリーサイズとかをね。どうも最近ふっくらしてきてないかい?」

「もうっ!キュゥべえの馬鹿!」

キュゥべえの脳天にマミの振り下ろしたチョップが刺さる。

544: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:18:51.20 ID:xzbeyjJG0
「きゅっぷい!何をするんだマミ。ひどいや、キミから始めた話題なのに」

キュゥべえがマミから距離をとる。

実際マミの体重にここ最近で大した変化はない。

それはキュゥべえなりの冗談だった。

そしてそれは同時に、

キュゥべえが人類との長きに渡る交流の中で身につけて来た

実利的な話題逸らしのテクニックでもあった。

「あっ、……そういえば、もう一つ聞きたかった事があるわ」

無言でキュゥべえはマミを見つめる。

ここ最近のマミは明らかに今までの彼女とは違う。

545: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:21:45.08 ID:xzbeyjJG0
今までの彼女は環境が変わってしまう事を極端に恐れていた。

たとえ何か疑問を抱いても、

どんな影響がそれを口にする事でもたらされるか考え躊躇し、

不安に苛まれ、

そしてその疑問を心の奥底にしまってしまうきらいがあった。

それなのに今彼女はボクに向かって堂々と

頭に浮かんだ質問を躊躇いなくぶつけている。

彼女を変える何かが近頃あったというのは確かに違いない。

メンタルが前と比べ格段に安定してきている。

マミには確固とした実力がある。

これだと少なくともしばらくは魔女化せずに済むだろう。

546: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:22:59.43 ID:xzbeyjJG0
キュゥべえの思考はそこで止まる。

どうせ考えた所で仕方のない事だ。

マミが魔女化するかしないか、

生きるか死ぬか、

そんな事はインキュベーターの掲げる

崇高な目的に費やされる長い長い時間の中では、

塵よりも小さな、一つの粒子未満の物である。

自らの生き方を選択するのはあくまでマミ個人、

ボク達はボク達に出来る方法で

より多くの利益を人類との関係の中でただ模索していくだけだ。

547: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:24:37.84 ID:xzbeyjJG0
「キュゥべえが一般人に見えないのはいったいどういう理屈なの?」

「うーん、それには魂が関係してるんだけどね」

「魂?」

「そう、魂。普段からボクは他者のボクに関する

認識を妨害する『電波』の様な物を身体から出してるんだ」

「電波……」

「そしてそれは魂の波長が魔法少女の契約に

ふさわしい人間には影響のない様に調整されててね、

もちろん任意で魔法少女の素質の無い人間に姿を見せる事も可能だよ。

だけどそれ以外の者はボクの姿が視界に入っても、

それを周りの風景その他とは別の物だと認識する事が出来ない。

唯一の例外として魔法少女の認識を阻害する事は

出来ないんだけど別にそれで困る事はない。

だってする必要がないからね」

 
573: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:31:58.67 ID:KRds+21i0
 

「じゃあ人間以外は?」

「というと?」

「ええっと、例えば犬とか猫とかそういう動物の野生の第六感が働いてとどうとか……」

「不可能ではないよ。ボクの身体から出る『電波』の様な物は、

あくまで相手の複雑で論理的な思考、理性的な認識の過程を阻害する類の物だから、

その対象の思考が論理的ではなく、感覚的であればあるほどその影響を受けにくいんだ。

ただ人間に限らず確固とした理性を備えた存在に関して言えば、

ボクを見る為の条件は魂を持っていて素質を備えてるか、それとも魔法少女かが基準さ。

その為に必要な魂を持つのが人間以外に見当たらないというだけだ。

魔法少女には魂を持った者しかなれないし。

いや、でもあえてさらにボクの姿が見える例外をあげるなら『キュゥべえ』かな。

もし姿を確認出来なくなったとしたら凄く不便だからね」

「ふーん」

549: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:27:10.46 ID:xzbeyjJG0
だからミギーにはキュゥべえが見えないのね。

キュゥべえには私の知らない事がまだまだたくさんありそう。

聞かなくても自分から色々教えてくれるミギーは結構親切なのかもしれない。

マミはそう思った。

「もうこれで質問は終わりかな?じゃあね、マミ」

「ええ、じゃあねキュゥべえ」

キュゥべえがトコトコ歩いてどこかへと消える。

キュゥべえは部屋を去る間際に少しだけ考えた。

最後にマミがボクに家に泊まってくれと頼んだのはいつだったかなと。

550: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:29:20.51 ID:xzbeyjJG0
~☆

午後、マミがたくさんの本を持って帰宅する。

まず一度パトロールを終えてその帰りに図書館によって来たのだ。

使い魔であれ魔女であれ、そう短時間に発生し人に被害をもたらす事はない。

今日は念の為にもう一度夜に見回るだけで十分。

あとは自由時間にしよう。

マミがテレビの前でゲーム機をあれこれし準備する。

テレビとゲーム機、どちらも最近買った物だ。

お店には持ち運び可能なゲーム機やら色々マミにとって目新しい物もあったが、

マミは画面が大きい方がわかりやすくて良いと思ったのでこっちにした。

どうせそこまで大してのめり込む気はないしミギーと遊ぶ用である。

テレビもニュースが見れたりして便利だ。

新聞を読んだりクラスメイト、魔法少女達、

それと特にキュゥべえから色々話を聞くだけでだいぶ事足りてしまうけど。

551: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:32:20.55 ID:xzbeyjJG0
格闘ゲームのタイトル画面がテレビに表示される。

その頃ミギーはお風呂掃除をしていた。

「ミギー!まだー?!」

マミが大きな声で風呂場のミギーに問う。

「まだだよ」

マミの胸元から声がする。

切り離してる訳ではないのだから叫ぶ必要なんてない。

当たり前の事だった。

そんな事にも気付かなかった恥ずかしさからマミの顔が赤く染まる。

「ば、馬鹿!」

「きみは突然何を言ってるんだ。私がバカ呼ばわりされた理由がさっぱりわからん」

正論を言われた嫌がらせに自分の右胸にチョップをしても虚しいだけなので、

マミはふくれっ面をして自分が不機嫌である事を表現した。

552: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:34:41.23 ID:xzbeyjJG0
~☆

「また、負けた……」

その日、何度ゲームで戦いを挑んでもマミがミギーに勝つ事はなかった。

ここ数日ずっと同じような流れだ。

暇を見つけありとあらゆるゲームで対戦してみてもミギーに勝てない。

運要素の強いゲームをやればマミもミギーと十分に戦えたがそれでは意味がない。

ゲームを初めて最初の内は基本両方初心者なのだが、

圧倒的スピードでミギーがゲームに慣れマミをボコボコにして、マミを涙目にする。

大体いつもこんな流れだった。マミは悔しかった。

ミギーとの圧倒的な力の差に翻弄されている自分が。

別にミギーが手を抜いている訳ではない。

そうではないのだが、ミギーは先程借りた本を読みながらの試合である。

553: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:35:09.67 ID:xzbeyjJG0
自分とは生物としての在り方が違う。

頭では納得できても心で納得できないのが人間である。

それに元々マミは負けず嫌いだった。

「次はジェンガで勝負よ……」

「ジェンガ?また急な遊びの変更だな。

緊張すると手がプルプルするマミにはあまり向いていない遊びだと思うぞ」

「うるさい!ジェンガをやるの!ジェンガ!ジェンガ!ジェンガ!」

「やれやれ、わかったからそんな駄々をこねるな」

「駄々なんてこねてないもん!」

これまで散々抑圧されてきた鬱憤を発散しているのか、

近頃ミギーと二人きりだと若干精神が幼くなりつつあるマミだった。

554: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:36:57.83 ID:xzbeyjJG0
~☆

夜、街中をパトロールをする。

朝には数匹使い魔を見かけたが、今度は特に異常は見当たらなかった。

パトロールを終え家に帰ろうとするマミの背後から突如声がかかる。

それは少女の声だった。

「巴マミ、この地域の魔法少女ね」

帰ろうとしていたとはいえマミは一応周囲を警戒していた。

そんな状態のマミが気付ぬ内に

誰かに後ろに立たれるなどここ数年一度も無かった事だ。

そんな芸当ができるとしたらそれは同業者、魔法少女、それもかなりの手練、

あるいはミギーの仲間くらいしか思い付かない。

555: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:37:51.36 ID:xzbeyjJG0
身体を強張らせながら瞬時に振りかえる。

そこには長い黒髪をした少女がいた。

私服姿で特別マミに対する戦意は感じられない。

それでもマミは直感していた。

彼女は強い力を持った魔法少女だと。

どんな魔法を使うかはまだわからないが、

私どころではない歳月を魔法少女として過ごしているだろうかなりのベテランだ。

その堂々とした様子、立ち振る舞い、

そういう物からも確かに彼女の実力は察せられたが、

それ以上に特徴的だったのが彼女の表情と目だった。

556: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:39:07.21 ID:xzbeyjJG0
いったいどれほど長い事魔法少女を続けていたらこんな表情が出来るのだろう。

じっとマミを見つめている目の奥には感情がどこにも見当たらない。

得体が知れない。彼女が何を自分に期待しているのかマミにはわからなかった。

マミに呼びかけてからずっと彼女は黙ったまま口を開こうとしない。

それでいてどこか焦れた様子だ。

どうもまずマミが喋るのを待っているらしい。

表情はさっきから依然変わらないのだが、

注意しなければ気付かない程ちょこっと身体を左右にゆらゆら動かしている。

じっとしていられないらしい。

思ったよりせっかちなのだろうか?

だったら自分が話を切り出せばいいのに。

得体が知れなくてどこか不器用、

彼女のその有様が何だか少しキュゥべえに似ているようにマミには思えた。

557: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:40:44.02 ID:xzbeyjJG0
「あなたはいったい何者?」

このままでいても話が進まないのでとりあえずのっかってみる。

「暁美ほむら。これから見滝原中学に転入する事になったの。

だからこの縄張りの主であるあなたにここで魔女を狩る許可をもらいに来た」

はきはきと事務的にしゃべるほむら。

露骨に敵対する態度はとっていないが、

だからといってマミに友好的という事でもなさそうだった。

「使い魔はどうするつもり?」

重要な事だ。もし使い魔を狩らないという事なら

マミが狩る使い魔の割合が今までより増えるわけだし、

下手をしたら使い魔を狩るか狩らないかで争いになる恐れがある。

一部の魔法少女にとって使い魔は魔女になってくれる重要な資源だ。

558: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:42:05.83 ID:xzbeyjJG0
「あなたの方針に従うわ。どうしたらいい?」

マミは心の中でほっと胸をなでおろした。

縄張り争いの為、戦闘に至る最悪のパターンはどうやら防げそうだった。

経験も豊富みたいだし、

チームを組むとまではいかなくても彼女とならある程度上手くやっていけるかもしれない。

マミはそう感じた。

「そういう事なら使い魔も狩ってちょうだい。

大丈夫、ここ見滝原は魔女が多いから使い魔を残しておくと

むしろ増えすぎて手が回らなくなるもの」

マミは友好の印にと握手を求めほむらに向かって手を伸ばす。

しかしその手はパシリと払いのけられた。

559: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:43:00.90 ID:xzbeyjJG0
「勘違いしないで、私はあなたと慣れ合うつもりはこれっぽっちも無いから」

そう言い残しほむらは踵を返し立ち去ろうとする。

「あっ、ちょっと!」

それは偶然の産物だった。

別に深い考えがあった訳ではない。

予想外の拒絶に対する反発、

今の礼を欠いた行動の説明を求めようとした、

ただそれだけの行為、

マミの右手がほむらの右肩を掴んだ。

「ひゃぅっ!」

560: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:48:32.88 ID:xzbeyjJG0
可愛い声をあげてほむらはマミの手を強く振り払い、

マミに背中を見せる形で身を低く屈める。

その体勢から腕が顔を覆うように頭に手を置き、

さっと首をマミの方に向け、

腕の隙間からマミを覗き込むようにして見る。

心なしかプルプル震えていて、

気持ち涙目の様にも見える。

その姿はどこからどう見ても完全に怯えていた。

「ぶふっ、くふっ……くくっ……く、くく」

思わずマミは噴き出してしまった。

561: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:51:11.94 ID:xzbeyjJG0
クールという言葉がぴったりはまる謎に満ち満ちた彼女が、

あの緊張感の中マミに肩を掴まれただけで、

か弱い野兎のように可愛らしく丸まってしまったのがマミのつぼにはまった。

自分の取り返しのつかない失態に気づいたほむらが

顔を真っ赤にして弾かれた様に立ち上がる。

そしてマミに何かを言おうとしたらしく大きく口を開けたが、

結局何も言わずその口を真一文字に閉じスタスタと足早に歩き去った。

「ぐ、くく……くふふ」

ほむらの姿が完全に見えなくなってから、

ミギーが首元から少し顔を出しいまだ爆笑を続けるマミに囁く。

「何だかよくわからんが変な奴だったな」

562: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:53:22.82 ID:xzbeyjJG0
~☆

ある時、「キュゥべえ」は『彼女』を見つけた。

というよりはインキュベーターが得た情報を記憶の共有に参加し盗み見たと言うべきか。

『彼女』の存在を知った時彼を襲ったのは歓喜という初めて経験する純粋な感情。

ミギーやヒダリーの仲間、

インキュベーター達の間では「パラサイト」、

あるいは寄生虫ならぬ「寄生獣」と呼ばれている者達、

「かれら」は人間とは全く違った心の有り様をしている。

今の所パラサイト達はそれぞれどこまでも利己的であり、

個体差はあれど感情という物を完全に理解した者は誰一人としていなかった。

つまり「キュゥべえ」が感情を自ら発現させた最初の個体という事になる。

彼はこの世に生まれ落ち、

インキュベーターに寄生してから様々な情報を収集しつつずっと考えていた。




何故私は生まれて来た?






何故我々は生まれて来た?

563: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:55:04.99 ID:xzbeyjJG0
答えの出ない問いかけの中、

彼は自分の生きる意味を「パラサイト」という種族全体を守る事に見出した。

利他的な行動をとる事に生きる意味を見いだした個体もおそらく彼が初めてだろう。

それは困難な道だった。

皆人間達を大なり小なり侮るばかりで

どれほど自分達が危険な状況にいるのか理解していない。

「キュゥべえ」以外の個体は自分達が本当に恐れ、

立ち向かうべき敵の事を理解していない。

自分達の命が誰に握られているのかまるでわかっていない。

見事に目を曇らされている。

インキュベーター、彼らに何かしらの害があると判断されてしまえば

そこでパラサイトの未来は全て終わってしまうのだ。

564: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 13:57:19.11 ID:xzbeyjJG0
当然そんな中での「キュゥべえ」のレジスタンス活動は孤独かつ困難な物だった。

インキュベーターに決して気付かれぬよう、

わけもわからぬ中をひっそり手探りしていく毎日。

必要なのは強固な組織、

インキュベーターに抗い得るのは数の力。

その為には集団をまとめ上げる為の絶対的な力の象徴、明確なリーダーが必要となる。

「キュゥべえ」にその器はない。

「キュゥべえ」自身に他の個体と比べて大した戦闘能力がある訳ではない。

出来るのはせいぜい参謀として働くくらいだ。

けれどだからといって、はいそうですかと諦めて良い問題でもない。

ないのならばどうにかしてどこかから用意するしかないのだ。

565: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 14:00:09.91 ID:xzbeyjJG0
数か月日本の各地を這いずり回り、

「数匹」あるいは「数人」のパラサイトを仲間に引き込み、

インキュベーターから情報を掠め取り続け、実験を繰り返し、

ようやくそれの為の手段は整った。

しかしその為の「土台」が絶望的に欠けている。

まさに手詰まりという状況だった。

それは突き詰めれば突き詰めるだけ無謀な事のように思えた。

ある日突然その絶望的だった状況がひっくり返る。

普通程度の魔法少女としての素質しかなかったはずの一人の少女から、

急に測定不可能なレベルで莫大な素質が検出されたのだ。

566: ◆2DegdJBwqI 2013/03/23(土) 14:01:31.44 ID:xzbeyjJG0
それは一夜の内に起こった本来有り得るはずのない変化、

そして「キュゥべえ」にとっては突如訪れた

インキュベーター対抗の為の唯一のチャンスだった。

絶対に失敗する訳にはいかない。

彼女、





『鹿目まどか』を我々の手中に収める。





今日も「キュゥべえ」はあちらこちらを人知れず暗躍していた。

575: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:48:29.68 ID:KRds+21i0
~☆

後日、マミが午後にパトロールしていると、

偶然ほむらと街中でばったり遭遇した。

駅前の喫茶店で少しお話でもどうかしら?

マミが駄目元で誘ってみるとほむらはそれを承諾した。

二人は現在店内で向かい合い座っている。

マミは紅茶、ほむらはコーヒーをそれぞれ注文した。

互いに注文した物がテーブルに届いたのを見届けると、

まずほむらが口を開く。

「『ひき肉ミンチ殺人事件』って知ってるわよね?」

「ゴホッ!」

576: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:52:36.17 ID:KRds+21i0
予想外の質問に驚き紅茶にむせるマミ。

しかしほむらはそれを特別気にとめる様子も無く、

自分の手元を見つめながらスプーンでコーヒーをかき混ぜていた。

「ど、どうしていきなりそんな質問を?」

「あなた程の優秀で正義に燃えた魔法少女が

この異常な事件について何も調べていないはずがない。

だからあなたのこの事件についての見解を聞かせて貰いたいの」

優秀で正義に燃えた魔法少女。

突然自分の事をさも当然の様に褒められひどく照れ臭い気分になる。

マミが頭をポリポリと掻いた。

ほむらがどういうつもりでいきなりマミにこのような事を尋ねたのか

マミにはさっぱりわからなかったが、

事実マミはその事件の真相を知っている。

けれど当然その事をほむらに話す訳にはいかない。

577: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:55:05.73 ID:KRds+21i0
「見解……、当然何か特定の魔女の仕業とは考えにくいわね。

それにしては明らかに規模が大きすぎる」

「確かに……」

ほむらはマミの言葉を聞くと、

顎を手で押さえ真剣に考え込むそぶりを見せた。

あれ?

本当に何も知らないのかしら?

マミは首をかしげる。

パラサイト達が飛来して既に数か月経っているのだから、

さすがにこれくらいは判断出来てて良いはずである。

578: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:56:15.63 ID:KRds+21i0
ほむらはどう見ても右も左もわからぬ新米の魔法少女ではない。

とはいえベテランがこの程度の判断をするのに数カ月かかるはずがない。

まるで『ひき肉ミンチ殺人事件』を最近初めて知ったみたいだ。

そんなはずがあるだろうか?

全国どころか世界中で起きているこれ程異常な事件だ。

ほむらがどこで今まで何をして過ごしてきたかをマミは知らないが、

それでもこの事件についてを

まるで知らないというのはとても不自然な事に感じられる。

やはり彼女は得体が知れない、そう思った。

579: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:58:09.89 ID:KRds+21i0
「魔女の仕業でないのだとしたら

いったいどういう種類の事件だと思う?

単独犯でないのはもちろんとして、

こんな事をして犯人達にいったいどういう得があるというの?

こんな異常で残忍な……」

食べる為よ、

マミはそう心の中で呟くが声には出さない。

代わりに別の言葉を口にする。

「さあ、なんとも言えないわね。

私もこの事件に関してはお手上げ状態ですもの」

580: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 12:59:25.25 ID:KRds+21i0
話していてマミは暗い気持ちになった。

マミはパラサイトを見つけたら、

相手が攻撃体勢に移行するのを確認してから全員倒すようにしている。

しかし現実、見滝原市内でしか活動出来ていないし、

世界中どころか日本全国で起こる

毎月の事件数には何ら影響を与えられていない。

それに世の中に悲惨な事件として現れてくるのは氷山の一角に違いないのだ。

「食べ残し」が見つからなければ

それは行方不明者として扱われる事になる。

真実を知っているのに魔法少女として

何もできない自分が歯がゆくて仕方がなかった。

581: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:01:31.98 ID:KRds+21i0
「ふぅ……」

ほむらがため息をついた。

場の空気が重い。

喫茶店でお話しましょうと誘って

まさかこんな雰囲気になるなんて思っていなかったマミは冷や汗をかく。

無言のほむらから物凄いプレッシャーを感じる。

マミの手汗が凄い。

や、やっぱりこの子と仲良くなるなんて無理よ!

そう胸中では思うがその事はおくびにも出さず話題の転換を試みる。

「ええっと……あの時はついあなたの事笑っちゃってごめんなさい」

582: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:02:33.13 ID:KRds+21i0
それを聞いたほむらの頬が引きつる。

やってしまった……。

マミは藪蛇だったと後悔したが時既に遅い。

けれどほむらと話して空気が重くならなそうで、

かつ会話が続きそうな話題といったらそれしか思いつかなかったのだ。

……紅茶とコーヒーの話題にでもしておけば良かった。

今更無難な話題をマミは思い付く。

「気にしないで、あなたは悪くないわ」

それでも意外と優しい言葉が返ってきて拍子抜けしてしまう。

そのせいで今度こそ本当に不用意な言葉がマミの口から飛び出る。

「あの大げさな反応は何か昔に嫌な事でもあったの?」

583: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:04:59.48 ID:KRds+21i0
ほむらの肩が一度ビクリと震える。

そして今まで無表情だった彼女が口角を上げ、

自嘲的で見てる方がぞっとする様な笑みを浮かべた。

慌てて自分の言った事を取り消そうとするマミだったが

ほむらはそれを遮り話し始めた。

584: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:06:23.16 ID:KRds+21i0
「もうだいぶ昔の話よ。

何度か凄く仲良くなった金髪の魔法少女に殺されかけた事があるの。

大抵いつも何も出来ない様に拘束されてね。

無様に命乞いをしてみた事もあったけど駄目だったわ。

信じてたのに、

彼女を信じてたのに……!

……頭の中ではその事についてちゃんと整理をつけたつもりなんだけど

体はそうもいかないみたい。

体が覚えてるの、

あの時の恐怖を、

あの時の何も出来なかった自分を、

何度も裏切られたやるせなさを」

585: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:09:05.85 ID:KRds+21i0
後半は矢継ぎ早になりながらほむらが喋り終える。

その場の空気はまるで凍りついた様に冷たい。

その中でマミはほむらに向かって右手を差し出した。

ほむらは不思議そうな表情をする。

「どういうつもり?」

「友好の証」

「……前、断ったわよね?」

「それでも、よ」

マミは自分以上にほむらが辛い人生を歩んできたのだろうという事を察した。

それだけに彼女をそのままにしておく事が我慢出来ない。

586: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:13:15.38 ID:KRds+21i0
だからまずは自分から手を差し伸べた。

そこに仲間が欲しいなどの打算的な感情はない。

自分はミギーのおかげで今こうして毎日を大変でも楽しく生きていられる。

ミギー程とはいかなくても、

こうして今苦しんでいる彼女を自分が少しでも苦しみから救ってあげたかった。

ほむらが目の前で苦しんでいる姿を何も出来ずにただ眺めているのは耐えがたかった。

マミには彼女の辛さが十分に理解できたから。

ほむらはマミの突然の行動に一瞬ポカンとした顔をして、

その後大きな声をあげ笑った。

「アハハハハハハハハハハハハハ!」

ほむらの手が前と同じようにマミの手を払いのける。

「お断りよ」

587: ◆2DegdJBwqI 2013/03/25(月) 13:17:48.17 ID:KRds+21i0
マミが下唇を噛み、しょんぼり下を向く。

コーヒーを飲み終わったほむらが立ち上がりレジへと向かう。

けれどほむらはその途中で一度足を止めた。

「慣れ合うのは嫌。

だけど……だけどもし、

誰かの力をどうしても借りなければならない事態が訪れたとしたら、

その時はまず真っ先にあなたの手を借りてみる事を考えてみるのも良いかもしれない。

それくらいは私もあなたを信じてみたい。

とりあえず今は気持だけ受け取っておくわ巴マミ、……ありがとう」

マミがほむらの方を見遣ると

彼女はもうマミの方を見る事なく支払いを済ませさっさと立ち去っていく。

ミギーが周囲の人々にばれないよう囁いた。

「やはり何だか良くわからん奴だ」

592: ◆2DegdJBwqI 2013/03/26(火) 11:44:41.44 ID:E6PUSH3W0
小ネタ2

だいぶ前に没にした展開①

『パラサイト殺し過ぎて「A」みたいな一匹のパラサイトにマミが目をつけられたという前提』

(学校)

ミギー「仲間が来た。まるで殺意の塊だ」

マミ「なんて事……!」ガタッ

~戦闘と決着~

約一月後

(まどか達のクラス)

教師A「えー、あー、あの痛ましい事件のせいでお亡くなりになった、

このクラスの担任兼ね英語担当だった早乙女先生の穴を埋める為に新しい先生が赴任してきました。

今日から彼女にこのクラスの副担任を務めて貰います」

田宮良子「田宮良子です。これからよろしくお願いします」ペコリ

恭介(どうしてこうなった……どうしてこうなった……)ガタガタ

さやか「綺麗な人だねー」

まどか「ねー」

仁美「ですわねー」

『話の収拾がつかなくなる気がしてやめた』

596: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:20:33.71 ID:E581yvmW0
~☆

就寝間際、マミがミギーに話しかける。

「ねえ、ミギー。やっぱり暁美さんと仲良くなるなんて無理よ」

マミが今日喫茶店に誘ったりと

ほむらとの距離を縮めようとしたのは

ミギーがそうした方がいいと勧めたからだ。

そこで手を差し伸べたのは彼女の意思だが、

それを拒絶されただけにほむらとの距離を縮める事に消極的な気持ちになっていた。

「なぜ?」

「だってこれで二回も断られたじゃない。

暁美さんもこれ以上私にしつこくされたらきっと嫌だと思うわ」

「今日は普段協力関係を結ぶのは御免だが、

有事の際には協力を求めるかもしれないという趣旨の返答だったじゃないか、

諦めるにはまだ早いよ」

「でも……」

597: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:23:18.55 ID:E581yvmW0
仲間はずっと欲しいと思っていた。

しかしこうしていざ実際に誰か魔法少女と仲良くなろうとすると、

マミの頭の隅にはかつてコンビを組んでいた佐倉杏子の幻影がちらつく。

彼女とのコンビ以上に最高のコンビは、

他の誰とであってももう二度とマミには出来ない気がする。

いや、もしかしたらそれ以上のコンビを作るのが嫌なのかもしれない。

それに今はミギーがいた。

別に焦って誰かに自分の事を認めて貰わなくて良いのだ。

ミギーは人間じゃないけどそれでも私の大切なお友達、

でもあの子は二度も私の手を……。

598: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:23:56.20 ID:E581yvmW0
拒絶されるのは怖い。でも仲間が欲しくない訳ではない。

底知れぬ実力などのほむらの得体の知れなさが怖い。

同時に彼女はきっとそんなに悪い子じゃないと思う自分もいる。

だけど私にはこの街を守る責任がある。

もし彼女がこの街を狙う魔法少女で、

私がそれに敗れたらこの街はどうなってしまうだろう。

憶測だけで誰かと共闘関係を組むのは……。

煮え切らない態度を見せるマミだったが、

それに比べてミギーの態度は最初からずっと一貫していた。

ほむらへの興味関心と、彼女との関係が自分達にどう役立てられるかだ。

599: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:25:10.08 ID:E581yvmW0
「同じ狩り場でこれから魔女を狩るというのに、

その相手の事を名前と外見以外

ほとんど知らないという今の状況はあまり芳しくない。

しかしほむらとこれから親交を深め信頼されていけば、

自然と彼女の固有魔法やその他の素性も徐々にわかってくるはずだ。

それに彼女と例えば曜日ごとのローテーションを組んだりと協力していく事で、

我々の自由時間や行動の幅も増えていく事を考慮しても

彼女ととりあえず仲良くしようとするのは重要だと思う。

むやみな争いはしたくないし」

「だけどキュゥべえが彼女と契約した覚えがないって……」

600: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:28:35.98 ID:E581yvmW0
ほむらに関して特に大きな問題はこれだった。

キュゥべえが自身の契約したはずの

魔法少女を把握していないというのはどういう訳だろう?

ほむらは確実にそこらの普通一般の魔法少女とは別の存在だった。

彼女はどこから来た?

今までどこで何をしていた?

いったい何が目的なの?

おそらく自分をはるかに上回るであろう

魔法少女としての経歴の長さを持つベテラン。

もしそうだとしたらいったい何歳の時に契約したというの?

……キュゥべえが用心した方が良いと言っていた。

考えれば考えるほど悪い想像がマミの頭を占めていく。

601: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:33:28.51 ID:E581yvmW0
「だからこそだよ。

魔法少女という制度にも何か穴があるのかもしれない。

面白いじゃないか」

「あなたはいっつもそんなことばっかり……。

でもやっぱり素性の知れぬ人と仲良くするのは怖いわ」

「怖がる必要はないと思う。

今の所彼女が我々に敵対しようとしている様には思えない。

多少の節度を弁えた接触に危険はそれほどないだろう。

むしろ彼女の事をほとんど知らぬ内に何か不審な行動を起こされた方が困る。

行動の真意についての判断がつかないから、

こちらの反応がどうしても鈍らざる負えない」

602: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:34:21.70 ID:E581yvmW0
「でもやっぱり、いくらなんでもキュゥべえが契約した覚えがないって言うのは……」

「そのキュゥべえだって素性の知れなさでは負けてないじゃないか。

どこから来た?何が目的だ?

キュゥべえがマミに情報を自分から全部くれる訳じゃないだろう?

そのほむらの事だってきみが彼に尋ねたからわかった事だ。

キュゥべえだけじゃない。

私だって自分がどこから来たのかなんて知らない。

今大切なのは彼女の存在が我々の生存において

どういう風に役立ちあるいは害を与えうるかだ。

私達は暁美ほむらについての判断を早急につけなくてはならない。

その為にはまず彼女の事を知る必要がある。

相手の事を知るのに最適なのはその相手との距離を詰める事だよ」

603: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:41:34.02 ID:E581yvmW0
「……もし、もしもよ。暁美さんが悪い人だったり、

私達に害を及ぼす存在だったらどうするの?

またはミギーの存在が暁美さんにばれてしまった場合とかの

困った状況になった時でも良いけど」

「その場合は殺す」

ぞっとした。

マミにも少なからずその覚悟はあった。

魔法少女同士の争いとは本来そういう物だ。

しかし彼女と仲良くなる有意義性を語っていたその舌の根も乾かぬ内に

その相手を殺す事をあっさり示唆するなんて……。

604: ◆2DegdJBwqI 2013/03/27(水) 09:49:02.69 ID:E581yvmW0
「いくら暁美ほむらの得体が知れないからといって、

普段からずっと何かしらの魔法を展開してる訳ではなかったのだろう?」

「え、ええ……」

「ある程度の距離をマミには詰めて貰って、

暁美ほむらがこちらの攻撃の意思を察する前に私が彼女の首を切断する。

私の一撃を人間は知覚できないはずだから、

彼女が何かしらの魔法を使う前に一瞬で決着が付くはずだ。

キミが手を汚す訳ではないが、

仮にも同じ魔法少女を自分の右胸が殺すという事実については

目をつぶってもらうしかないな。

……逆に言えば私という切り札があっていつでも殺せる以上、

マミは暁美ほむらとのやりとりにそこまで気を張る必要はないという訳だ」

これから寝ようという時間なのに、

何か目の覚める様な悪寒がマミの背筋を走った。

615: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:44:09.82 ID:vdIi5cTN0
~☆

暁美ほむらは時間遡行の能力を持つ魔法少女である。

マミとミギーが初めてほむらと対面する何日か前の事だ。

ほむらが目を覚ましたのは飽きるほど見慣れた病室のベッドの上だった。

また駄目だった……。

そう心中一人ごち、そして己に喝を入れ直す。

もう終わってしまった事を今更くよくよ悩んでいったい何になる?

今の私にはまどかの運命を変えるという使命がある。

弱音を吐くことは許されない。

私が背負っているのはまどかそのものなのだから。

慣れた所作でベッドの上に無造作に置いてあった

ソウルジェムを目の前にかざし、視力を魔法の力で矯正する。

これで何度目かもわからぬ視力の矯正を終え、

ほむらは何度だって繰り返される呪われた「毎日」へと、

迷う事無くその足を踏み入れた。

616: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:48:22.00 ID:vdIi5cTN0
~☆

ほむらが魔法少女になる前、

彼女が普通の人間と同じ時の流れを生きていた頃。

まどかと出会うまで、

彼女の人生における楽しみと呼べる代物は、

わずかしかなかった。

「あ、あ、あ……暁美ほむらです。

その、えっと、よ、よろしくお願いします」

心臓病を患っていたせいで、

それまでの彼女の人生は病院暮らしが大きくその割合を占めていた。

それが原因で身体はびっくりするぐらい貧弱で、勉強も全くできない。

自分に自信が無く、

人に話しかけるのも話しかけられるのも億劫だった。

友達なんて生まれて一度も出来た事がなかった。

617: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:50:35.33 ID:vdIi5cTN0
「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。

久しぶりの学校だから、色々と戸惑うことも多いでしょう。

みんな助けてあげてね」

見滝原で生まれた画期的な新技術を求め、

両親を仕事の為に地元に残しほむらは一人見滝原の病院に転院してきた。

そしてそのおかげで体調もだいぶ安定し、

こうして中学生活を送れるまでに回復したのだ。

しかし彼女が生きていく為に費やされてきた金額は

いったいどれほどの物だっただろう?

その事実だけでほむらは萎縮してしまう。

自分の命がそれにつり合う物とは到底思えない。

618: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:51:12.20 ID:vdIi5cTN0
金喰い虫。

どうして治っちゃったのかな……。

私なんかがこれから生きていたって

どうせ惨めな人生を送るだけ……。

だったら他の誰かにあのお金は費やされるべきだったんじゃ……。

私なんかが……。

「ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ!」

転校初日、保健室に連れて行って貰う途中に鹿目まどかに言われた一言。

その一言が今もほむらの耳にこびりつき、

決して離れようとしない。

619: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:53:04.62 ID:vdIi5cTN0
~☆

まどかが普通の女の子とは違う存在、

魔法少女だとほむらが知ったのは

転校初日の放課後の事だった。

転校初日、勉強はさっぱりわからず、

体育は準備体操だけで脱落し、

クラスにもうまく溶け込めなかったほむらは放課後酷く落ち込んでいた。

そんな時ほむらの脳裏にその日休み時間にまどかに言われた言葉が甦る。

何人ものクラスメイトから絶え間なく浴びせかけられた質問の嵐。

その中で困っていた私を連れ出してくれた優しい人。

まどかと呼んでと言っていた。

ほむらちゃんと呼んでいいかと言っていた。

ほむらはそれまで自分の名前が嫌いだった。

自分の名前を意識するたびに、

名前の厳めしさによって、

自身の情けなさがより際立ってしまう気がしていたからだ。

620: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:54:12.81 ID:vdIi5cTN0
「ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ!」

無理だよ。

私、何も出来ない。

人に迷惑ばっかり掛けて、恥かいて。

どうしてなの?

私、これからも、ずっとこのままなの?

『だったらいっそ、死んだほうがいいよね』

「誰か」の声がする。

死んだ方が、良いのかな。

『そう、死んじゃえばいいんだよ』

私なんて死んでしまった方が……?

621: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:55:33.92 ID:vdIi5cTN0
「ど、どこなの。ここ?」

気がつけば辺り一面異様な光景が広がっていた。

まるで悪い夢を見ている様な……。

混乱するばかりで何も出来ない。

しかしほむらは直感していた。

これはきっと悪い夢なんかじゃなくて紛れもない現実。

とても良くない事が今周囲で起こっている。

……私、ここで死んじゃうのかな?

「間一髪って所だね」

そんな時、奇抜な格好をしたまどかが

突然ほむらの前に姿を現した。

622: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 14:57:07.52 ID:vdIi5cTN0
金髪の少女、巴マミと共に現れた

まどかの姿をほむらが忘れる事はないだろう。

その姿は可憐で可愛らしく、

服装はピンクを基調としておりとても彼女に似合っていた。

それはまさにほむらが小さい頃憧れていた

魔法少女のイメージそのものだった。

「いきなり秘密がバレちゃったね」

まどかが弓にピンクの魔法の矢をつがえる。

「クラスのみんなには、内緒だよっ!」

矢が異形の化け物を襲う。

ほむらは思った。

ああ、私もいつかこんな風になれたら……。

623: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:03:11.11 ID:vdIi5cTN0
~☆

「鹿目さん……」

ほむらが一人まどかの亡骸の前にうずくまっている。

ほむらはまどかと出会ってから、

何度も魔法少女になろうとした。

まどかとマミに勧められ

『魔法少女体験ツアー』に幾度も参加した。

そして魔法少女、マミ、特にまどかへの憧憬をますます強めた。

けれど結局魔法少女になる踏ん切りは最後までつかなかった。

怖かったのだ。

魔法少女になってさえ

何も役に立てないかもしれない自分自身が。

624: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:05:26.39 ID:vdIi5cTN0
死に近い環境で長い間過ごしてきた彼女だからこそ、

現実の魔法少女という物が、

アニメなどで見られるような

希望にばかり溢れた物ではない事が本能的に理解出来ていた。

死ぬのは怖い。

戦うのは怖い。

だがそれ以上にまどか達から見限られてしまうのはもっと怖い。

自分が魔法少女に加わる事で、

せっかくのマミとまどかの息の合った美しい連携、

それに『魔法少女』そのもの自体を穢してしまう気がした。

だからマミとまどかの好意に甘え判断をズルズル先延ばしにした。

625: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:07:43.53 ID:vdIi5cTN0
だがそれの結果がこれだ。

最後の最後までほむらは事態を近くで見ているばかり、

ただ怯えるばかりで何も出来なかった。

マミは死んだ。

なによりまどかが死んでしまった。

私のたった一人の最愛の友人。

まどかと出会えてからのほむらの毎日はまさに薔薇色だった。

毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

苦しい事も辛い事でさえも彼女と一緒なら意味のあるものに思えた。

気が合うとか話が合うとかそういう次元の話ではない。

まどかはほむらにとって

私にはこの人しかいないと思わせる様な本当の、最高の友達だった。

626: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:10:41.58 ID:vdIi5cTN0
最初の友人、そしてかけがえのない唯一無二の親友。

その人が何も為せずにあっさりと死んだ。

ワルプルギスの夜はまどかが死んでからもしばらく見滝原を荒らし続け、

終いには勝手に満足してどこかに消えていった。

正義の魔法少女、巴マミは高貴に戦い、敗れ、そして最初に死んだ。

かなりのベテランで、

ここら一帯の魔法少女達の間で

最強の称号を欲しいままにしていた彼女が死んでしまっては、

魔法少女としてただの新米に毛が生えた程度の経歴しか持たない

まどかにはどうしようもなかったのだ。

それがほむらにはたまらなく許せなかった。

まどかの笑顔、未来、幸せの全てを

どうしようもなく邪魔する現実を憎悪するしかなった。

627: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:14:33.60 ID:vdIi5cTN0
「どうして?死んじゃうって、わかってたのに。

私なんか助けるよりも、貴女に、生きててほしかったのに」

その時まどかの言葉がほむらの脳裏に甦る。

ほむらちゃん。

私ね、あなたと友達になれて嬉しかった。

あなたが魔女に襲われた時、間に合って。

今でもそれが自慢なの。

ほむらは思う。

そう、私だけがあの地獄をおめおめ生き延びてしまった。

なにも出来ずただ無力に見ている事しか出来なかった。



どうせ私なんかにはアレはどうしようもなかったんだ。

628: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:16:29.53 ID:vdIi5cTN0
……本当に私には何も出来なかったのだろうか?

そんなはずはない。

機会は幾らでもあった。

あの時私がああしていれば。


あの時ああしてさえいれば。



あの時。




あの時……。





あの時……!

629: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:18:39.85 ID:vdIi5cTN0
後悔は止む事なく心の底から溢れ、

そして行き場を無くしやるせのない怨恨へと変わる。

こんな私ではまどかにふさわしくない。

友達だと胸を張って言えはしない。

貴女の様になりたかった。

貴女に守られるばかりではなく、

貴女を守れるようになりたかった。

貴女一緒に、隣を歩きたかった。

ただ、それだけなのに。

けれど失った時間は帰ってこない。

やり直す事は出来ない。

都合良く奇跡が起こりでもしない限りは。

630: ◆2DegdJBwqI 2013/04/04(木) 15:19:16.88 ID:vdIi5cTN0
「その言葉は本当かい?暁美ほむら。

君のその祈りの為に、魂を賭けられるかい?

戦いの定めを受け入れてまで、

叶えたい望みがあるなら、

僕が力になってあげられるよ」

今、インキュベーターの甘い囁きを拒絶するなんて事は

ほむらには欠片も考えられなかった。




そしてその日、新たな魔法少女が一人生まれた。

639: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:20:37.68 ID:wFcuL4Kd0
~☆

おかしい。こんなはずはない。

『今回』は何か世界を構成している重要な「歯車」が狂っているに違いない。

暁美ほむらは焦っていた。

彼女の主な能力は『時間移動』である。

魔法少女変身時、

左腕に装着した魔法の盾に収納されている砂時計の上部分にある砂が、

全て下に落ち切った時から発動する事が可能。

その時から約一か月前の平行世界に移動し、

新しく全てをやり直す事が出来る。

砂時計内で落ちる砂の流れを止めて時間を停止させたり、

様々な物を盾の中に収納したりする事も出来るが、

それは時間移動という能力の副産物に過ぎない。

640: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:21:33.18 ID:wFcuL4Kd0
時間を移動できる。

それは何度失敗しても、

自分の意思が折れずにいる限り

何度だってその失敗を否定出来るという事だ。

しかし平行世界への時間移動というのは中々厄介な物で、

色々細かかったり割とそうでもない事象がそれぞれの「時間軸」、

ほむらの繰り返しの起点から既に異なっている。

巴マミの事故の時期、巴マミと佐倉杏子との関係。

上条恭介のさやかへの好感度、

魔女の出現時期などの様々。

しかも一見シチュエーションが同じに思える一カ月を、

前の時と全く同じように行動してもその結果は異なってしまう。

人間の心の動き、行動はそれだけ微妙な物だという事なのかもしれない。

ほむらにとってこの微妙な差は明らかに不利だ。

641: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:24:18.38 ID:wFcuL4Kd0
けれども、それは同時に

「ワルプルギスの夜」を無事に超える可能性が

ちょっとした所に転がっている事を意味しているようにも思えた。

ほむらは諦めない。

たとえどんなに未来の展望があやふやであっても。

鹿目まどかを魔女に、

魔法少女なんかに絶対させずにワルプルギスの夜を越えてみせる。

自分自身と繰り返しの中で死んでいったそれぞれのまどかにそう誓っていた。

繰り返す度に毎度毎度大なり小なり変容する予測のつかない「約一か月」を

ほむらはまどかの為に辛抱強く奔走し続ける。

642: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:25:26.91 ID:wFcuL4Kd0
そして数えるのを諦めるほど同じ時間を繰り返し、

時間軸それぞれのデータを独自の資料にまとめたりなどした結果、

時間軸ごとに起きるイベントのパターンを大雑把ではあるが

ある程度までは読めるようになった。

しかし『今回』のイレギュラーはほむらの想像の範疇を遥かに超えている。

まずインキュベーターが積極的にまどかに接触しようとしていない。

時間移動し終えてから転校するまでのこの約一週間に、

ほむらは最初の頃かなり手間取ったものだ。

インキュベーターとまどかとの接触は出来るだけ避けておく必要があった。

インキュベーターとまどかとの接触が早まれば早まるだけ、

まどかが契約してしまう確率、

それもより早い時期に契約してしまう確率が高まってしまう。

643: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:27:35.79 ID:wFcuL4Kd0
まどかが魔法少女になる。

それはその平行世界の全てが、

ほむらにとって既に無意味な物となった事を意味するばかりでなく、

文字通りほむらの生命、

そして時間遡行そのものを揺るがす重大な問題だった。

ほむらが時間遡行を繰り返した結果、

まどかにはほむらの巡って来た数多の平行世界の因果が全て繋がれてしまった。

だからまどかには本来有り得ないレベルで莫大な魔法少女としての素質が備わっている。

つまりそれは最悪の魔女にもなりうるという事でもある。

644: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:28:23.44 ID:wFcuL4Kd0
因果の膨れ上がったまどかの魔女化は、

気が遠くなる様な量の感情エネルギーを発生させると同時に、

地球を滅ぼすという結果へと繋がる。

しかもまどかの因果はほむらの遡行回数に応じて次第に増大していき、

必然まどかの魔女化による地球滅亡にかかる時間はどんどん短くなっていく。

ほむらは盾の中の砂が完全に落ち切るまでは新たな平行世界へと移動する事は出来ない。

もしまどかが早い段階で魔女になってしまえばそこに待っているのは恐ろしい逃避行だ。

救う事の叶わなかったまどかから背を向け逃げ去る。

そして時間遡行が間に合わなければもう二度とまどかを救う事は叶わない。

それはほむらにとって絶対に避けなくてはならない事だった。

絶対にまどかの運命を変えて見せる。

彼女が背負っているのはまさにまどかの未来そのものだ。

645: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:30:15.24 ID:wFcuL4Kd0
その上さらに最悪の可能性はそれだけではない。

下手をしたらまどかが魔女化した瞬間に

地球が滅亡するという可能性すらある。

ほむらがまどかの魔女化を最後に目撃したのは

だいぶ前の時間軸における出来事なのだ。

となるとまどかが契約してしまった場合、

魔女になる前に彼女のソウルジェムを砕く必要が出てくる可能性がある。

しかしほむらにとってそれはとても耐えがたい事だった。

自分の守るべき人を自分が手にかける。

あんな事は一度でもう十分だ。

あんな事はもう二度と……。

だからこれまでインキュベーターがまどかに接触するのを

なるべく妨害するように努めて来た。

646: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:31:24.21 ID:wFcuL4Kd0
ところが『今回』は、

そもそもインキュベーターをまどかの傍どころか市中で見かけないし、

ほむらというイレギュラーな魔法少女の実態把握の為に

接触を試みようとしてくる事すらない。

インキュベーターの行動は時間移動の中でほとんど変化しない物の一つだった。

まず遡行し終えたばかりのほむらと一度接触を試みる事、

まどかとの契約の機会を伺う事、

この行動パターンをインキュベーターが変更するというのは明らかにおかしい。

647: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:34:07.36 ID:wFcuL4Kd0
それにそれ以上に明確な、

今まで見た事も聞いた事も無いイレギュラーが

『今回』の時間軸には存在する。

『ひき肉ミンチ殺人事件』だ。

ほむらが調べた結果、

それが何カ月も前から全世界で多発している

凄惨で異常な事件だという事はわかった。

しかしどうにも妙なのだ。

いくら情報を調べてもその全体像がはっきりしない。

まるで何者かに情報の収集を妨害されている様な気すらする。

648: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:43:22.94 ID:wFcuL4Kd0
おそらくこの事件は魔女の仕業ではないのだろう。

それにしては余りに規模が大きすぎる。

もっともほむらはこの簡単な推測に、

マミに言われてようやく思い至ったわけなのだが。

巴、マミ……。

ほむらがマミについて思いを馳せる。

『今回』の彼女はいつもと比べてまるで別人のようだ。

精神が明らかに安定している。

この時期いつもの警戒心と緊張感の塊みたいな彼女だったら、

得体のしれない魔法少女である私の肩を馴れ馴れしく急に掴んだり、

手を合計二度も差し伸べようとはしなかったはず。

649: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:44:47.04 ID:wFcuL4Kd0
もしかしたら、今度こそ、今度こそは……。

ほむらは強く唇を噛み締めた。

駄目だ。

何度同じ間違いをすれば気が済むのか。

彼女は『魔法少女』の真実を受け入れるにはあまりに「正しすぎる」。

自分の理想に妥協する事、

それは彼女にとって自身の何もかもを完全に否定する事と一緒なのだ。

でも、それでも……。

それでも……。

ほむらの意識が過去へと向けられる。

まどかが彼女にとっての「憧れ」だとしたら、

彼女にとってマミは「正義のヒーロー」そのものだった。

650: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:48:06.54 ID:wFcuL4Kd0
~☆

ほむらが契約する前、

彼女が本当に初めてマミと出会った時間軸。

ほむらはマミの事が苦手だった。

優しく気丈で正義感に溢れる、落ち着いて大人びた先輩。

全てがその頃のほむらには眩し過ぎた。

それでももし、互いに心を開きあう事が出来てさえいれば、

もっと二人は仲良くなれていたのかもしれない。

しかしほむらはマミが自分を完全に認めていないと感じていた。

別にマミがほむらに対して特別何かを言ったりした訳ではない。

けれど自分と同じ魔法少女のまどかと

「ただの一般人」であったほむらに向ける「目」が明らかに違っていた。

ベテランの彼女が魔法少女以外の者に対して無意識に作っていた心の壁。

おそらくほとんどの人はそれに気づかないだろう。

651: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:49:57.48 ID:wFcuL4Kd0
だけれども、日々周囲の人の目に敏感に怯え、

自身の無力さに打ちひしがれていたほむらにとって、

それはマミとの間に明確に立ちふさがる頑丈な壁だった。

「完璧」な彼女にそんな目で見つめられてしまっては

ほむらはどうしたって萎縮するしかない。

そしてマミと「後輩」と「先輩」以上の関係を築く事は結局叶わぬまま、

ワルプルギスの夜に敗れマミが死んだ。

ほむらが契約した後も、

彼女のマミへの苦手意識は消える事はなかったし、

むしろそれは悪化した。

652: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:52:12.78 ID:wFcuL4Kd0
マミとまどかのコンビは美しかった。

二人のコンビはほむらが夢想した

「まどかとほむらの魔法少女コンビ」の理想像だった。

マミは戦い方が華やかだし、

ベテランで経験も豊富である。

ほむらが客観的に見て、

まどかの傍に立つのにふさわしいのは自分ではなく

マミであるように思えた。

653: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:52:39.47 ID:wFcuL4Kd0
だって私は時間を止める事しか出来ない。

巴さんには何一つとっても及ばない。

魔法少女だけでじゃない。

何もかもでだ。

ほむらは彼女に嫉妬せずにはいられなかった。

私が、私が本当はまどかの隣に立つべきなんだ。

あなたになんか……、あなたになんか……?

心の中で勝手に対抗心を燃やしている負い目のせいで、

マミが魔法少女になったほむらに心を開いても、

今度はほむらの方が歩み寄れなかった。

654: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:56:06.77 ID:wFcuL4Kd0
とはいえほむらがマミを嫌っていたかというとそうではなくて、

むしろマミは彼女にとって尊敬、あるいは崇拝の対象だった。

それまで誰にも知られずに、

たとえ一人でも町の人を守る為に自分の利益を省みず

使い魔や魔女とずっと戦い続けていた彼女。

いつも正しくて、

誰にでも優しくて、

どんな事があっても挫けない。

確かにちょっと警戒心は強いかもしれないけど、

それは町の皆を守る責任を彼女が背負ってるって事の裏返しだ。

あの恐ろしいワルプルギスの夜に恐れず躊躇う事なく挑んでいったマミの姿は、

契約前だったほむらの目に焼きつき、

魔法少女になったばかりの彼女に常に勇気と活力を与えてくれた。

655: ◆2DegdJBwqI 2013/04/10(水) 10:59:43.12 ID:wFcuL4Kd0
どんなに怖くたって心の内に「正しさ」を有した人間は

前を見て歩いていけるんだ。

ほむらにとってマミはまどかとはまた違った意味で精神的な支柱だった。

ほむらにとってマミは、

この世界には「正義」がきちんと存在している事の象徴だった。

だからこそマミの凶行。

マミの死。

マミを殺す事。

マミが挫ける事。

全てがほむらの魂を根底から揺さぶり、

自分の力では決して癒す事の出来ない心の傷を彼女の内に残した。

661: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:29:12.95 ID:G2rfRgjc0
~☆

初めてマミに殺されかけた時の事をほむらはとてもよく覚えている。

……あんな光景、あんな出来事、絶対に忘れられるはずがない。

その惨劇のきっかけとなったのは、

魔法少女の契約を交わしたさやかが魔女と化した事だ。

魔女となったさやかはほむらが殺した。

助けられるはずもなかったからだ。

そしてさやかの死を各々が受け入れられずにいる中、

それは起こった。

その場には魔法少女が四人いた。

誰も変身をまだ解いていなかった。

最初の犠牲者は当時協力関係にあった佐倉杏子。

彼女は何の前触れもなしにマミにマスケット銃で撃たれ、

ソウルジェムを砕かれた。

662: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:32:15.61 ID:G2rfRgjc0
「はっ」

ほむらの口から音が漏れる。

ほむらはマミのリボンによって、

佐倉杏子が殺害される直前に、

その身体をあっと思う間もなく拘束されていた。

「巴さん……?」

ほむらにはまるで意味がわからなかった。

マミがどうしていきなり杏子を殺したのか、

そこまで彼女の頭の中はまだ回っていない。

ほむらの頭の中にあった疑問はそれではない。

どうして自分が銃を向けられているのだろう。

マミはいつも「正しい」。

ならば私が間違っているに違いない。

でもいったい何を?

663: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:35:52.10 ID:G2rfRgjc0
マミに銃を向けられる理由について、ほむらの心当たりは一つだけ。

さやかの魔女を殺した事だけだ。

でもそれ以外他にどうしようがあったというのだろう?

あれはどうしようもなかった。

だって……。

「ソウルジェムが魔女を産むなら、みんな死ぬしかないじゃない!」

ベテランで判断力に優れ、

咄嗟の行動に移れる杏子をまず油断している最初の内に殺害し、

その前に時を止める厄介な能力を持つほむらを縛っておく。

どれほど自暴自棄になっての行動かは定かではないが、

優しい彼女に似合わぬどこか冷徹さを感じさせる手際の良さだった。

しかしそんな細かい所まで半分パニック状態にあるほむらの頭が回るはずもない。

ほむらはただこう思った。

いずれ魔女になるから皆死ぬべき?

そんなのおかしい。

664: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:36:39.57 ID:G2rfRgjc0
マミがどういう経緯でその発言をし、

杏子を殺しほむらを殺そうとしたのか、

それは今となってはもうわからない。

それどころかその時間軸のマミと杏子の関係、

あまつさえ何故さやかが魔女になってしまったのかもはっきりしていない。

その時間軸のほむらはまどかの事しか頭になかった。

魔法少女になったら順当にいけばいつかは魔女になってしまう。

なのにまどかが魔法少女になるのを止められなかった。

助けなくては、助けなくては。助けなくては……。

だからさやかとの対立も何もかも、解決は二の次だった。

皆のソウルジェムを極力濁らせないよう徹底させる。

キュゥべえについて皆に警告する。

それしか頭になかった。

665: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:38:47.47 ID:G2rfRgjc0
その当時、五人のチームの雰囲気は最悪だった。

さやかとほむらの対立、そこに杏子が加わる。

まどかはとても穏やかで優しい性格をしているが、

自ら主体的に意見を発して集団を引っ張っていくタイプではない。

しかもどちらかといえばいつもほむら寄りの立場をとった。

となると必然的にそういった争いを仲裁したりと、

集団をまとめ上げるのは全てマミの役目となる。

皆全てのストレスをマミに任せきりにして、

各々好き勝手な事を言っていた様な物だった。

マミが誰にも相談出来ず、

ずっと一人で頭を悩ませていたのは間違いない。

666: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:39:37.73 ID:G2rfRgjc0
でも本当にそれだけなのだろうか?

マミには他にも何かあったのではないか?

五人も同じ町に魔法少女がいたせいで当然発生した

グリーフシード枯渇の問題。

マミの友達であるキュゥべえを警戒すべきだと説く

ほむらへの不信感。

考え付く問題は幾つもあった。

何を抱えていたとしてもおかしくない。

ただ一つ確かなのはほむらがマミにリボンで拘束され、

マスケット銃を向けられているというこの状況だけ。

どうにかしてこの拘束から逃れなくてはならない。

667: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:42:51.18 ID:G2rfRgjc0
「あなたも、私も!」

マミが照準をほむらに合わせる。

それはほんの僅かの時間だった。

しかし同時にほむらにとって全てが決定する時間でもある。

「正義」であるはずの巴さんが私を撃とうとしている。

でも私は間違っていない。

だったら巴さんは「正しくない」?

そんなはずはない。

巴さんはいつも正しい。

優しくて、気丈で、強くて、そしてどんな事があっても……。

巴さんは私を殺そうとしている。

それは間違っていないの?

違う、私は魔法少女だ。

「魔女になるんだ」。

人間じゃない。

668: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:44:48.90 ID:G2rfRgjc0
でも「それ」がいったい何になる?

私のこの「まどかを助けたい」って思い。

「これ」は本物のはずだ。

「これ」がある限り私はまだ死ぬわけにはいかない。

「これ」がある限り私はまだ「人間」だ。

心さえ残っていればその人はまだ「人間」なはず。

身体なんて物は元々所詮ただの魂の容れ物だ。

魔法少女になる前の私は、

いつも自分が弱くて何もできない事に苦悩するばかりだった。

身体は人間の本質じゃない。

役に立たない身体に執着するくらいなら魔法少女になった方がましだ。

その方がずっと役に立つ。

魔法少女はいつかは魔女になるのかもしれないけれど、

だったらそうなる少し前に自分の手で死んでしまえば良い。

669: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:46:40.18 ID:G2rfRgjc0
魔女は当然人間じゃない。

ただ少なくとも今の私は「人間」だ。

生きようとする意志のある一人の「人間」だ。

私にはまだやらなくてはならない事が残されている。

……「正義」であるはずの巴さんが「人間」を殺そうとしている。

いや、さっき佐倉さんを殺した。

巴さんは間違っている。

いや、でも……。

私は正しい。

いや、でも……。

670: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:47:14.45 ID:G2rfRgjc0
ほむらがリボンの中でもがく。

しかしそれは完全にほむらを捕らえていて、

彼女の力ではどうする事も出来ない。

いくら考えたって解決策なんて思いつくはずがない。

全てがほむらの思考の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

何が何がかわけがわからない。

怖い。

怖い……。

だからほむらの口から反射的に飛び出した言葉はたった一言だけだった。

「や、やめてっ……」

671: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:50:33.16 ID:G2rfRgjc0
その時まどかが矢を放つ。

マミの頭部にあった髪飾り状のソウルジェムが砕けた。

倒れるマミ。

その途中発射される銃弾。

しかしそれはほむらからは外れ、

少しだけ離れた地面に着弾した。

自分が今マミに殺されかけたというのに、

ほむらの心はマミが倒れ動かなくなったのを見て

どんどん凍てついていった。

恐怖心が麻痺していく。

672: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:51:05.31 ID:G2rfRgjc0
私は生きている。巴さんは死んだ。

巴さんは私を撃たなかった。

大丈夫、巴さんは「正しい」。

でも、もし……。

もし、もしあの時……。

巴さんに撃たれていたら私はもう二度と……。

「嫌だぁ……。もう嫌だよぉ……。こんなの……」

まどかが泣いている。

まどかを助けなくちゃ。

地に転がるマミの死体から目を逸らし、

ほむらは泣き崩れるまどかの元へと歩き近づいて行った。

673: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:53:34.05 ID:G2rfRgjc0
~☆

それから何度も繰り返しを重ねた結果、ほむらは悟った。

マミに魔法少女は魔女になるという真実を受け入れさせるのは無理だと。

きちんと段取りを整えさえすれば、

あんな惨劇は起こさずマミに魔法少女の真実を伝える事は出来た。

しかし真実を知ってしまったマミは「魔女を殺す事が出来なくなる」。

魔法少女にとって魔女を殺せないというのは致命的だ。

それにたとえ仮にそれまでチームが上手くいっていたとしても、

誰か一人が精神の均衡を失ってしまうだけで、

それは滅茶苦茶になってしまいがちである。

ましてやマミは、

「佐倉杏子」や「美樹さやか」の精神的な面で

かなり重要な位置を占めている事が多いのだからなおさらだ。

674: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:54:53.35 ID:G2rfRgjc0
マミが魔法少女の真実を知ってから

魔女を倒す為に戦う事が出来たのは最高で三回程度。

マミにとって魔女は、

頭ではもう人間ではないとわかっていたとしても、

かつて人間だったモノ、

自分が本来守るべき相手に変わりなかったのだ。

戦えない魔法少女一人を養いながら戦っていくというのは

中々大変な労力を要する。

マミは何も出来ない自分を悔やんでしまう。

するとソウルジェムが濁る。

戦って帰って来たメンツより

マミのソウルジェムが濁っていた事が何度もあった。

675: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 09:57:56.83 ID:G2rfRgjc0
放っておくと壊れてしまう「お荷物」。

手入れをしなくてはならない。

けれどそんな事をしている場合ではないのだ。

ワルプルギスの夜までは日にちも余裕もありはしない。

しかし黙って捨てておく訳にもいかない。

実に厄介な「お荷物」だった。

ほむらはそんな不甲斐ない状態のマミにどうしても激しく苛立ってしまう。

貴女は「正義」の魔法少女のはず。

いったい何をやっているの。

だからといってマミを最初から完全に度外視するという訳にもいかなかった。

ワルプルギスの夜と戦うには欠かすのがあまりに惜しい貴重な戦力だからだ。

676: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 10:15:16.51 ID:G2rfRgjc0
ワルプルギスの夜は超弩級の大型魔女であり、

結界を必要とせず辺り一帯を荒らしまわる。

スカートから覗く巨大な歯車と、

宙に逆さに浮かんでいるのが特徴的である。

『彼女』が他の一般的な魔女と比べ物にならないのはそのサイズだけでなく、

攻撃力と防御力もそれらとは桁違いだ。

攻撃を一発貰えばあっという間に削られてしまう。

魔力の籠っていない攻撃はほぼ無効化されてしまうし、

魔法少女の攻撃も生半可な物では通用しない。

たとえ攻撃力が高くとも、

ベテランの魔法少女以外が『彼女』と戦うのは

よほどの才能がない限り自殺行為だった。

『彼女』との闘いの基本は回避。

その為には何よりもまず最初に、

磨き上げられた戦闘のセンスが重要だからだ。

そして近接タイプの魔法少女もあまり『彼女』と戦うのには好ましくない。

ある程度の距離がなければ『彼女』の攻撃を回避するのは至難の業である。

677: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 10:15:49.55 ID:G2rfRgjc0
こうした魔法少女としての相性を考慮すると、

ベテランで遠距離タイプかつ火力のあるマミは、

ワルプルギスの夜と戦うのにかなり適した魔法少女だった。

ほむらの「時間を止める能力」。

更に杏子が周囲の露払いその他をする。

これでようやく『彼女』とまともに戦える手筈が整う。

もしさやかがベテランの魔法少女だったら

もっと容易く勝機を増やす事は可能だっただろう。

しかし現実問題、

たとえ近辺の魔法少女に助けて貰おうとしても、

見滝原近辺にワルプルギスの夜とまともに戦えるレベルのベテラン魔法少女は

杏子とマミしかいなかった。

一か月では誰かを教育するには月日が全然足りない。

678: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 10:24:22.50 ID:G2rfRgjc0
つまりマミが戦いに加わらないというだけで、

『彼女』から勝利を収めるのはかなり難しくなってしまう。

けれどマミは魔法少女の真実を受け入れられない。

……別に真実を知らなければそれに悩む事もないんじゃないか。

杏子にさやかだって真実を知って平常心でいられるという訳ではないのだ。

どうしてわざわざそれを教えて彼女達の精神の平穏を乱す必要があるというのか。

だからほむらは誰かに真実を全て話して打ち解け協力を求める方法をやめた。

私の事を全てを信じて貰う必要なんてない。

ワルプルギスの夜との闘いに協力さえしてもらえればそれで十分なのだから。

すると当然マミと信頼関係を築くのは困難になる。

まどかとの接触阻止の為にキュゥべえを妨害しなくてはならないのも、

彼女との良好な関係を築くのに暗い影を落とした。

679: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 10:26:07.90 ID:G2rfRgjc0
彼女にリボンで拘束されたのは一度や二度ではなかった。

しかしほむらはマミを信じていた。

突然現れた私を信じられないというのも当然だ。

それでもいつかは巴さんと協力出来るに違いない。

だって彼女は「正しい」。

私達はわかりあえるはずなんだ。

手を取り合っていけるはずなんだ。

そしてとある時間時間軸で、

そんなほむらの微かなマミへの希望すら打ち砕く

まさに決定的な事件が起こった。

682: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:04:03.63 ID:G2rfRgjc0
~☆

事のあらましはこうだ。

その時間軸、ほむらは素性その他を皆に明かそうとはしないが、

出来るだけ全員に友好的で愛想よく振る舞うように努めていた。

さやかが魔法少女になった。

杏子が仲間になった。

さやかを教育するのに何日も何日も費やした。

さやかの状態が芳しくない。

さやかが魔女になってしまった。

これくらいの事ならそれほど珍しい事ではない。

「魔法少女」という世界は元々幸せだった少女が生きていくには余りに辛い。

それに、使い魔に襲われた幼い女の子を

さやかが目の前で助けられなかったりなどと、

運悪く不幸が幾つも重なったというのもある。

683: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:04:53.26 ID:G2rfRgjc0
しかし残念ながらこの時間軸はそれだけでは済まなかった。

杏子がさやかを助けようと単身結界に乗り込んで説得を試み、

最後はさやかを道連れに自爆した。

その時間軸でのさやか、マミ、杏子の仲はほとんど一心同体と呼べる程であり、

ほむらの経験上でもかなり珍しい良好な状態だった。

そして二人の死をマミとほむらは、

それの一部始終を目撃していたキュゥべえから聞かされたのだ。

どうしてそんな大切な事教えてくれなかったの!?

聞かれなかったからね。

これもキミ達が聞いたから教えてあげただけだよ。

その後、心の糸がぷっつり切れてしまったらしいマミが、

ほむらをリボンで拘束し彼女に向かって発砲した。

ほむらが今も生きていられるのは、

ソウルジェムを破壊されなければちょっとやそっとでは魔法少女は死なない、

という事をマミが知らなかったからだ。

684: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:06:56.27 ID:G2rfRgjc0
マミはほむらの心臓を撃ちぬき、

咽び泣きながらほむらに背を向けた。

ほむらから少し離れた場所までそのまま歩いて行って、

跪き自分の心臓を撃ち抜く。

ビクリとマミの身体が跳ねる。

しかしそれでは死ねない。

何度もマスケット銃を出現させては、

繰り返し自分の心臓があるはずの場所を撃ちぬく。



パン!パン!パン!パン!……。

685: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:09:21.17 ID:G2rfRgjc0
どうして……。

どうして死ねないの……?

苦痛に身を震わせながら、

膝を地につけ身体を前のめりにするマミ。

既にほむらの拘束は解かれていた。

盾から拳銃を取り出す。

コツコツ、コツコツ。

ほむらの靴音が、

マミのすすり泣く声以外全く静かな辺り一帯に微かに響く。

しかしマミは自分の事で精一杯で、

背後の物音に気づく余裕がないらしかった。

ほむらが拳銃を構える。

ほむらは彼女のソウルジェムを背後から拳銃で撃ちぬいた。

しかし事はそれだけではまだ終わらない。






その翌日、まどかが三人を生き返らせる為に契約してしまった。

686: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:13:18.04 ID:G2rfRgjc0
今、ほむらが生きていられるのはおそらく奇跡と呼んで良い事だろう。

「正義」の魔法少女、巴マミは真実を受け入れられない。

彼女ほど優しくて、気丈で、強くて、どんな事があっても……。

それなら「誰が」この真実を乗り越えられるというのか。

「誰も」、未来を信じない。「誰も」、未来を受け止められない。

だったら、私は……。

だからほむらは決めた。

もう、誰にも頼らない。

誰にわかってもらう必要もない。

もう、まどかには戦わせない。

全ての魔女は、私一人で片付ける。

そして今度こそ、ワルプルギスの夜を、この手で。

687: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:14:34.87 ID:G2rfRgjc0
……だけれども、現実問題それは不可能だった。

それでも少なくともほむらは、

マミにワルプルギスの夜との戦いに関する事以外で

もう必要以上に干渉する気はないし、

無理に信じてもらうつもりもない。

マミと対立する場面が前に比べて格段に増えた。

リボンで拘束される機会が増えた。

その拘束はマミにとって、

威嚇以上の意味を持たない事も多かったのかもしれない。

とはいえほむらにとってマミに拘束される事は

殺されかける事ともはや同義だった。

怖い、怖い。怖い。怖い……。

688: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:15:35.59 ID:G2rfRgjc0
マミはほむらにとって必要な戦力、

「味方」であるのと同時に、

自分を脅かす「敵」だった。

……それだというのに時々今でも魅了されてしまう。

マミが魔女と華麗に戦っている姿に、

魔女との戦闘終了後優雅に紅茶を嗜む彼女の姿に、

自分の理想を曲げられないその不器用さに。

いまだにほむらにとってマミは「正義」の象徴だった。

そしてそれはいつだって、

「正義」なんてこの世には決して存在しないのだという事を

容赦なくほむらに突きつけた。

689: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:19:04.47 ID:G2rfRgjc0
~☆

ほむらがマミについて物思いに耽っている頃、

マミは町のパトロールをとっくに終えて、

ミギーと二人?きりで自宅にてゴロゴロしていた。

「さっきからずっと携帯の画面を眺めてニヤニヤしてばかりいるが、

いったい何がそんなに面白いんだ?」

「ニ、ニヤニヤなんてしてないわ!酷い言いがかりよ!」

不自然に慌てるマミ。

彼女にも自分が多分今ニヤニヤしてただろうなという自覚はあった。

「それで?何がそんなに面白いんだ?」

「……アドレス帳」

「アドレス帳?」

「美樹さんと上条君の電話番号とアドレス前貰ったじゃない」

「うん」

「それって友達っぽいと思わない?」

690: ◆2DegdJBwqI 2013/04/14(日) 14:21:33.99 ID:G2rfRgjc0
「クラスメイト二人とマミの親戚の電話番号、アドレスも前から入ってたじゃないか」

「多ければ多いほうがいいの!それに親戚の人達は友達じゃないわ」

「さっききみは電話番号とアドレスを貰う事を友達らしい事だと言っていたぞ」

「……もういいわよ」

それからしばらく二人はただ黙っていた。ミギーがぼそりと囁く。

「明美ほむら」

「え?」

「彼女のアドレスも入手しておくべきだったな。

これからの何かを彼女と取り決めようとしても連絡手段がない」

マミは何かを口にしようとしてまた口を閉じた。

そして今度は幾分控えめに口を開く。

「彼女にもし、そういうのとは別にプライベートなメールを送ったとしたら、

何か返してくれると思う?」

「…………難しい問題だな」

「難しい問題よね」

結局その後も特に何もなく、二人の一日はのんびりと過ぎていった。

697: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:42:06.34 ID:aMWxfGZY0
~☆

「じゃあ、暁美さん、いらっしゃい」

ほむらが扉を開け教室に足を踏み入れる。

何度も繰り返されてきた転校初日。

彼女がこの学校に転校してきたのはいったい何度目の事だろう。

何とはなくほむらがクラス内を一瞥する。

すると強烈な違和感がほむらを襲った。

特に何か教室の設備がいつもと違っているという訳ではない。

それならいったい何が……。

「はい、それじゃあ自己紹介いってみよう」

その時ほむらの目がついに違和感の正体を見つけた。

上条恭介がクラスに当たり前の様にいるのだ。

彼だけ車椅子に座っており、

それでいてさも当たり前であるかのように、

クラスの風景に実に良く馴染んでいた。

698: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:43:40.70 ID:aMWxfGZY0
「暁美ほむら……です。よろしく、お願い、します」

おかしい。絶対におかしい。

ほむらが上条をじっと凝視する。

その視界には彼の隣に座っているさやかの姿も映っていた。

今までほむらの経験上、

上条が完治不可能な大怪我を

左腕に負っていなかった事は一度もなかった。

ならば何故上条は今こうして当たり前のように

ピンピンとしているのだろう?

まさかさやかが既に契約してしまったという事だろうか。

これは由々しき事態だ。

ただでさえ『今回』には、

『ひき肉ミンチ殺人事件』という

決定的な特異点があるのだ。

より一層注意しなくてはならない。

699: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:45:50.23 ID:aMWxfGZY0
「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。

久しぶりの学校だから、色々と戸惑うことも多いでしょう。

みんな助けてあげてね」

だけれどもし、

もしもさやかの契約なしで、何か別の要因によって上条の腕が完治。

あるいは彼が『今回』左腕にそこまで酷い怪我をしていなかったとしたら……?

そうだとしたらそれは千載一遇のチャンスだ。

本来親友であるさやかの存在は、

まどかの幸せな未来には欠かす事の出来ない……。

700: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:46:25.18 ID:aMWxfGZY0
「えぇっと、……暁美さん?」

ほむらが我に帰る。

自らの名前が呼ばれた方に顔を向けると、

クラスの担任である早乙女先生が

ほむらの座るべき席を示していた。

「す、すいません。ちょっとぼうっとしてました」

慌ててほむらは席へと向かい、

少し縮こまる様にして自分の席に座った。

701: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:49:03.77 ID:aMWxfGZY0
~☆

休み時間になるとすぐに、

ほむらは数人のクラスメイト達に席の周りを取り囲まれた。

囲んでいる者達にほむらへの悪意があるという訳ではない。

ただ単に転校生という存在が物珍しいだけなのだ。

ほむらも転校してきてすぐの

こういうゴタゴタにはもうとっくに慣れっこだった。

しかし『今日』は少しばかりその様相が違っていた。

そんな些末な事柄を気にしていられない程に

彼女の関心を強く惹く対象があった。

「暁美さん?」

怪訝そうな声で名前を呼ばれる。

考え事を一時切り上げ視線を移す。

それまでほむらの視線は、

今も仲睦まじ気に戯れている上条とさやかの元にあった。

702: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:49:36.05 ID:aMWxfGZY0
「ええっと、ごめんなさい。何かしら?」

「それもうさっきから三回目だよ……。大丈夫?具合悪かったりしない?」

思わぬ所で心配されてしまう。

これでまた一つ、

ほむらのいつも決まったパターンが崩れてしまった。

その場に即した行動をきちんととれないというのは、

ほむらにとっては時として、

死の危険に直結しかねない危険な事だ。

ほむらは自らの不注意さを深く反省した。

しかし同時にその不注意さは、

ほむらに周囲の人々を上手く退散させる口実を舞い込ませた。

703: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 17:52:00.25 ID:aMWxfGZY0
「……確かにまだ退院したばかりだし、

学校も随分久しぶりで少し緊張もしてるから、

ちょっと疲れてるかもしれない。

ごめんなさい、

今日の所は質問も程々に一人にさせて貰えないかしら?」

「あっ!ご、ごめんなさい。

その、暁美さんの事情を良く考えもしないで……」

「いえ、気にしないで。

それじゃあ私に関する話はまた今度という事にしましょう」

ほむらのその言葉を契機として、

クラスメイト達は辺りに散らばって行く。

再度、ほむらが視線を上条とさやかに戻した。

704: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:14:51.37 ID:aMWxfGZY0
何故?

どうして?

さやかが魔法少女になっていたとはっきり判別できたなら、

話はまだ簡単だっただろう。

しかしさやかの指には

魔法少女の証であるソウルジェム、指輪が見当たらない。

とはいえ宝石状の形で持ち歩くのは不便だが、

別に有り得ないという訳でもない。

本当に問題なのは、

さやかがほむらの指にはめられたソウルジェムに

全く何の関心も示さない事だ。

705: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:15:57.56 ID:aMWxfGZY0
仮にそれが演技だったとして、

魔法少女としての経歴は

もう大ベテランの域に入っている

ほむらの目と「勘」を、

さやかが完全に誤魔化しうるとは考えにくかった。

けれどさやかがいつ頃契約していてもおかしくない以上、

「いつもの」彼女と同じと考えるべきではないのかもしれない。

当然と言えば当然だが、

『ひき肉ミンチ殺人事件』と

上条の『左腕』の間にほむらは何ら関連性を見い出さない。

けれど『今回』がかなり特異な、

警戒すべき時間軸であるという事は既にひしひしと、

嫌になる程感じていた。

706: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:23:15.15 ID:aMWxfGZY0
「あ、あの、暁美さん……?」

ほむらの肩がビクリと跳ねる。

まどかの声だった。

いつの間にか机を挟んで目の前に立っていたまどかと眼が合う。

ほむらの大げさな突然の反応に、

まどかは少しまごついているように見える。

「……何かしら?」

まどか。

ほむらの張り詰めた心の内が

彼女の前にいる事で少し和らぐ。

いつも通り、契約する前の彼女だ。

優しくて、

普段は少しおどおどしがちな様で、

実は結構芯が強い。

たった一人の大切な友達。

いつも誰かの事を想って傷ついて、そして……。

707: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:24:21.02 ID:aMWxfGZY0
「えっと、その、保健室……。

あ、暁美さん休み時間お薬飲むんだよね、

だから、えっと……」

いつも通りというのは少し語弊があるかもしれない。

『今回』のまどかは明らかに元気がなかった。

いつも自分に確かな自信が持てないという

悩みを抱えているとはいえ、

誰かと話すだけでこんなにまごまごするような子ではない。

原因はおそらくさやかだった。

彼女が上条と一緒にいてばかりいるせいだろう。

708: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:37:30.27 ID:aMWxfGZY0
本来さやかと合わせて、

仲良しこよし三人トリオであるまどかと志筑仁美は、

たとえさやかが抜けてもいつも通り二人一緒にいた。

けれども先程クラスメイト達に囲まれていた際、

ほむらがちょっとした拍子に軽く視線を走らせた限りでは、

二人はどことなく憂鬱そうで、

独特のちょっぴり暗い雰囲気を醸し出していた。

仁美にとっては当然の感情だろう。

自分の想い人と親友が目の前でずっとイチャイチャしているのだ。

あの様子だとこの状態はきっと一日二日ではない。

まどかが仁美の気持ちにどれ程気付いているかは定かではないが、

人が自分といる時にどういう事を感じているかなどの

空気を察するのは中々聡い子だ。

二人の仲は自然ギクシャクしてしまって、

それが多分「さやかがいなくては自分には何もできない」と

まどかの自信の無さに拍車をかけている。

709: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:40:08.88 ID:aMWxfGZY0
いつものさやかなら

そういう風にまどかが何か考え込み過ぎたりした時には、

何か彼女なりのやり方で

まどかを元気づけてやったり気を逸らすのだろうが、

見た所今のさやかは完全に幸せに浮かれてしまっている。

いざこうなってみるとよくわかる。

やはりさやかはまどかにとって絶対に必要な存在なのだ。

しかし今のさやかにはまどかが苦しんでいる事に

気づいてやれるほどの余裕はないだろう。

となると……。

「ええ、保健室の場所がわからなくて正直困ってたの。案内、お願い出来るかしら」

「う、うん」

ほむらが教室を出る際にちらりと仁美の方を見遣る。

彼女はどこかの会話の輪に入る事も無く、

一人ぽつねんとしていた。

710: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:45:09.29 ID:aMWxfGZY0
~☆

「鹿目さん」

「な、何?」

廊下に出てすぐほむらはまどかに話しかける。

ほむらは何となく笑いだしたくなる気持ちになった。

いつもなら今頃ここでまどかに『警告』をしているはずだ。

多少棘のある様に、

何を言っているのかわからないと困惑させる様に、

得体のしれない近づき難い人間だと彼女に思われる様に。

だってもし、

まどかがほむらに親近感を抱いてしまえば、

それだけ彼女は魔法少女の世界に近づいてしまうのだから。

711: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:46:03.82 ID:aMWxfGZY0
彼女の契約理由の大半は自分の為に何かを欲するという物でない。

「誰かの為に」契約してしまうのだ。

そのリスクを自分からあえて増やしたくはなかった。

魔法少女の世界は甘くない。

ましてやほむらが歩んでいる道はもっとそうだ。

だから運動も、勉強も、そっけないクールな態度も、

全て彼女の為に時間をかけて拵えた。

まどかが苦手意識を自分に持ってくれる様に。

彼女に嫌われる事も、

怖がられる事も、

二度と彼女と解り合えない事も、

ほむらは覚悟しなくてはならなかった。

712: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:47:28.20 ID:aMWxfGZY0
まどかと笑ったり、

冗談を言ったり、

遊んだり、

楽しんだり……。

それはさやか、あるいは仁美の仕事だ。

私の使命は別にある。

まどかにワルプルギスの夜を無事「何事もなく」越えられた未来を見せる。

奇跡なんかにすがらなくたってまどかは十分に幸せなのだから。

そこに私がいなくたってそれは仕方のない事だ。

もう私は十分貴女から生きる意味を貰った。

後は受け取ったモノを返さなくてはならない。

貴女と約束をした。

絶対に貴女を助けてみせる。

713: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:48:12.24 ID:aMWxfGZY0
もしかしたら、

貴女は私のいない未来で

何か酷い目に遭ってしまうかもしれない。

でも、それでも私には許せないのだ。

貴女があそこで死んでしまうなんて。

貴女に開かれた未来が存在しないなんて。

貴女が絶対に幸せな未来を掴めないなんて。

……貴女の未来をたとえ少しでも切り開く。

その為には

『まどかと私は決して最小限以上の関わり合いを持つべきではない』。

それなのにほむらは今、

まどかのガス抜きをする為ではあるが、

自分から彼女との心の距離を少し縮めようとしていた。

714: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:50:20.95 ID:aMWxfGZY0
「上条恭介君っているでしょ。あの車椅子に座ってた男の子」

「う、うん」

「彼、天才ヴァイオリン少年として結構有名よね。

私ファンなの。まさか転校してきた学校で

彼と同じクラスになれるなんて驚いたわ」

「わ、私クラシックとかよくわかんないけど

上条君の演奏は凄いと素直に思うよ。うん」

「それで質問なのだけれど、

彼の隣にずっといた

実に活発そうな女の子っていったいどんな子なのかしら?」

715: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:50:52.94 ID:aMWxfGZY0
「さやか……ちゃん?」

まどかの目に警戒の色が浮かぶ。

どうやらさやかから上条をかっさらおうとしている疑いを、

微かにではあるが持たれたらしい。

ほむらはまどかが気づかぬ程度に

歩調を徐々に緩めながら、

気にせず話を続けた。

「さやかって言うのね。

羨ましい、あんな風に誰かと、

純粋に愛し愛される関係になれるなんて」

「あ、暁美さんはそんなに可愛いのに、

今まで男の子と何もなかったの?」

少しほむらが赤くなって照れる。

しかしすぐに普段と変わらぬ無表情さを取り戻した。

716: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:56:40.17 ID:aMWxfGZY0
「病院生活も長かったし、

まだ誰かに恋愛感情を抱いた事はないわね。

上条君のファンだと言ったって

それはあくまで彼の演奏が大好きなだけ。

羨ましいわ。

何か自分の本当にやりたい事が見つかってる人って……。

私にはやりたくても出来ない事だらけだったから……」

ほむらが落ち込んでると見える様、顔を伏せる。

下を見つめてはいるが、

まどかが気まずさから焦っている姿が

今にも目の前に浮かんできそうだ。

717: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 18:59:14.09 ID:aMWxfGZY0
「あ、あの、その、えっと、あ、暁美さん」

「さやかって子の事よく知ってる?」

「あ、うん、知ってるよ。幼馴染だもん。その、うん?」

「彼女の事をもっと色々知りたいの。

参考にしたいと言っても良いわね。

上条君っていう素晴らしい演奏家、

素晴らしい感性を持つ人の心を射止めたのだから、

彼女もまた素晴らしい人間、

女性であるに違いないわ。

私もせっかく身体の調子が良くなったし、

キャラを変えたいというか、

彼女の様に明るく元気になりたいというか、その……」

718: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:04:12.94 ID:aMWxfGZY0
自分が今口にしている話の内容のあまりの出まかせ具合に、

ほむらはだんだん言ってて自分が恥ずかしくなってきた。

しかしほむらが言う口から出まかせも、

ある程度までは嘘ではない。

彼女の様に親友として、

堂々とまどかの隣を歩きたい。

さやかの様になりたい。

それは彼女の内に秘められ隠された願望の一つだからだ。

「い、いきなり言われても困っちゃうかなーって……」

それもそうだ。

いくら親友の事とはいえ、

本人の知らぬ所で勝手に他人にその人の事を色々話すのに

抵抗を感じるのは至極当然の事である。

しかしまどかはこういう時の雰囲気と押しに弱い。

多分もうちょっとだ。

そうほむらは見当をつけた。

719: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:05:03.58 ID:aMWxfGZY0
「そうね、例えば……」

ほむらが彼女の知っているさやかについての知識を駆使しながら、

まどかの口からちょっとずつ、

じっくりと色々な言葉、話を引き出していく。

ほむらにとってこんな事は造作も無い事だった。

まどかを今までずっと見てきた。

多分まどかの事なら他の誰よりも詳しいだろう。

教師、友達、両親、

そしてきっとまどか本人さえよりも……。

まどかとほむら。

保健室へと向かう二人の歩く早さはゆったりと、

まさに牛の歩みの様だった。

720: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:07:57.66 ID:aMWxfGZY0
~☆

二人は長い時間をかけてようやく保健室の前にたどり着いた。

申し訳ないという気持ちを

声やら表情やら一杯にこめてまどかが謝る。

「私が色々喋っちゃったせいで、

案内にこんな時間かけちゃってごめんね暁美さん。

……正直退屈だったでしょ?」

「いいえ、ちっともそんな事ないわ。

まどかと喋ってると凄く楽しい。まどかは違うの?」

まどかの表情はさっき教室にいた時と比べてだいぶ明るくなった。

溜めこんでいた物をかなり吐き出してスッキリしたらしい。

721: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:10:39.49 ID:aMWxfGZY0
ほむらに意図せぬ笑みがこぼれる。

まどかには出来る事ならずっと楽しく笑っていて欲しい。

そう一心に願い続けるほむらからすれば、

まどかが元気になるのに自分が少しでも役に立ったというのは、

思わず微笑んでしまうくらい嬉しい事だった。

「わ、私も暁美さんと喋ってると凄く楽しいよ、うん」

だからだろうか、

つい不用意な言葉がほむらの口から出てしまったのは。

これ以上まどかとの距離を詰めるべきではない事など

本当はわかりきっていたはずなのに。

「ほむらで良いわ」

「……ほむらちゃん?」

「……ええ、そう、そんな感じ」

722: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:14:46.66 ID:aMWxfGZY0
いつになったら私は懲りるのだろう。

苦々しい気持ちでほむらの胸が一杯になる。

私はまどかと仲良くなんてなれない。

なるべきではない。

そう頭ではわかってるはずなのに、

ふとした時にボロが出る。

自分を抑えられない。

……さやかにはなれない。

なるべきではない。

キリキリとほむらの胸の奥が痛んだ。

そんな時、まどかがポツリと喋り始めた。

723: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:16:20.03 ID:aMWxfGZY0
「えっとね、ほむらちゃん。放課後空いてる?」

「どうして?」

「ほむらちゃん退院してすぐで、

しかも転校してきたばかりでしょ?

だから見滝原の色々を案内してあげられたらなーって……」

「それは……」

断るべきだ。

聞いてすぐはそう思った。

しかしそんなほむらの脳裏に一つの懸念事項が浮かぶ。

『ひき肉ミンチ殺人事件』。

犯人の目的も正体もわからないこの事件。

魔女や使い魔の結界に巻き込まれたりしただけならば、

助けに行くのもそれほど難しくないし、

何よりこの街には巴マミがいる。

724: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:17:23.80 ID:aMWxfGZY0
まどかとの距離を一度とり直す為に

ここはこの誘いを断るべきだ。

けれど『ひき肉ミンチ殺人事件』に

もし万が一まどかが巻き込まれたりでもしたら、

私には、そしておそらくマミにもどうしようもない。

どうせここまで来たら彼女を完全に突き放すにはもう手遅れなのだから、

まどかが家に帰るまでなら一緒にいても良いのではないか?

それにまださやかについての話を全部聞いた訳ではない。

さやかが上条と当たり前の様に付き合っているらしいというのも不思議な話だ。

まどかは重要な情報源となりうる。

でもまどかとこれ以上距離を詰めるのは……。

725: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:20:48.49 ID:aMWxfGZY0
「ほむらちゃん……?」

まどかが不安そうな顔をしてほむらの方を見ている。

その時ほむらは悟った。

ああ、私に今のまどかの頼みを断るなんて事は不可能だと。

どう考えても今のこの雰囲気は、

私とまどかが打ち解けて、

私が友達よろしくまどかの誘いを受ける流れだ。

せっかく元気になったというのに、

少しでも落ち込ませるようなショックを彼女に与えたくない。

与える訳にはいかない。

「ええ、わかったわ。じゃあ放課後お願いするわね」

「う、うんわかった!良かったぁ、一瞬断られるかと思ったもん」

726: ◆2DegdJBwqI 2013/04/18(木) 19:21:52.78 ID:aMWxfGZY0
まどかがほむらに心の底からの嬉しそうな笑みを向ける。

その時その日一番の苦しみが、

これでもかと言わんばかりにほむらの心をきつく締めあげた。

私は決してさやかにはなれない。

なるべきではない。

「それじゃあ、授業始まっちゃうし私は先に教室に戻ってるね。ほむらちゃんまた後で」

「ええ、また後で。まどか」

別れの言葉を述べてほむらはまどかに背を向ける。

そして必要のない薬を貰う為、

わざわざ保健室の扉を潜って行ったのだった

731: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:10:11.25 ID:GazJtuzj0
~☆

放課後、町の案内も兼ねて、

いったい何時ぶりかわからない程『久しぶり』に、

ほむらはまどかと一緒に寄り道しながら下校する事となった。

しかし二人きりでという訳ではない。

仁美にさやかも一緒だった。

どうしてさやかは上条と帰るのではなくこちらを選んだのだろう?

訝るほむらだったが、

良く働くさやかの口から飛び出す話の断片断片から、

すぐにその疑問は解決される事となった。

最近、上条はさやかの手助けなしでもやっていける様にと、

色々自分で何かと試行錯誤しているらしい。

732: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:10:56.99 ID:GazJtuzj0
それに加えて放課後は、

ずっとヴァイオリンに向かっている事の方が元々多かった様だけれど、

その傾向に最近更に拍車が掛かっていて、

さやかとの時間を満足にとれなくなっているらしい。

歩きながら聞いてもいないのに

さやかの口は勝手にペラペラ惚気話を吐きだす。

恋愛に、というよりまどかの関係しない事柄全般に

関心の薄いほむらには正直話のほとんどが退屈だった。

しかし、色々上手くいかない事ばかりだけど、

好きになっちゃったんだから仕方ないよね。

そうはにかみながら幸せそうに口にするさやかと、

それを聞いて少しさやかから目を逸らし、

口元を固く結んだ仁美の姿はほむらの印象に強く残った。

733: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:12:49.64 ID:GazJtuzj0
四人は一度、

三人が普段放課後良く行く

ハンバーガーショップに立ち寄る事にした。

各々好きな物を注文しテーブルについてさっそく、

さやかが喋り始める。

「しかしよくぞ目下クラスで話題沸騰中の、

文武両道、才色兼備、

超美少女転校生暁美ほむらを確保した!偉いぞまどか!」

現在四人はほむらとまどかが隣同士、

テーブルを挟んでさやかと仁美が座るという位置関係にある。

734: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:13:45.35 ID:GazJtuzj0
テーブルから身を乗り出すようにして、

さやかが両手で握り込む様にまどかの手を包んで、

縦にブンブン振った。

幸せに浮かれているさやかは

存外予想を遥かに上回るレベルで面倒臭い、

そうほむらは思った。

「わ、私の手柄というよりさやかちゃんのおかげというか……」

「え?」

まどかの予想外の回答にさやかではなくほむらが疑問の声を漏らす。

「ほむらちゃんはね、

さっき休み時間に聞いたんだけど

前から上条君の演奏が大好きなんだって」

「へー、なかなか良いセンスしてますねー暁美さんは」

さやかがウンウン頷く。

735: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:15:46.85 ID:GazJtuzj0
「それでそこからそんな上条君のずっと隣にいる女の子、

さやかちゃんの話になってね。

さやかちゃんの話で凄く二人盛りあがったんだ」

さやかがキョトンとする

「それで?私について何話したのさ?」

「えっとね、ほむらちゃん、

いつかさやかちゃんみたいになりたいんだって。

明るくて元気で、素晴らしい……」

「あーやめやめ!照れるからやめて!」

思いもよらずいきなり自分が褒められ、

羞恥から顔を少し赤くしてまどかの口を押さえ話を遮るさやか。

けれどそれよりも激烈な恥ずかしさがほむらには襲いかかっていた。

736: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:16:25.35 ID:GazJtuzj0
自分が先程確かに言った言葉であるけれど、

さやかに少しでも、

彼女に対して何かしらの羨望を持っていると、

万が一にでも意識されるのは

ほむらにとってとても屈辱的な事だった。

「照れる必要なんてありませんわ。

さやかさんが素晴らしい人間だというのは、

私もまどかさんもずっと前から知っている事ですもの」

「えっ?仁美まで?……い、いやぁそれほどでも、ある、かな!」

良家の正統派お嬢様で、

男子からはしばしラブレターが届くほどモテモテ、

日々あらゆる努力を欠かさない。

普段のさやか曰く「超人」である仁美からの滅多にない賛辞に、

気を良くしたさやかは今度はぎこちなくではあるがエッヘンと胸を張る。

737: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:18:51.23 ID:GazJtuzj0
「とはいえ勉強に関してはもちろん言うまでもなく、

さやかさんが得意な運動でも暁美さんとのスペック差が

明らかなのもまた確かな事ですけれど」

「……ですよねー」

一瞬で冷静なテンションに引き戻されたさやかは、

改まってほむらの方に向き直る。

「まあそんな訳で私なんかの何かが

暁美さんの参考になるとはとても思えないんだけど、

聞きたい事があるなら何でも聞いてよ。

私だけの事じゃなくても、

恭介の事なら昔からのかなり深い付き合いだし、

多分大体の事なら知ってると思う。

でも恭介の事に関しては自分の事じゃないから

当然他人に勝手に話せる事は限られてくるだろうけどね」

738: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:19:19.33 ID:GazJtuzj0
何でも聞いてよ。

そうさやかに言われたので、

お言葉に甘えてほむらは素直に直球勝負で行く事にした。

「上条君とキスは何回したの?」

仁美が少し身じろぎする。

さやかが飲んでいたドリンクにむせる。

ひとしきり下を向いてゴホゴホ咳き込んだ後、

多少涙目になりながらほむらの方を見た。

「そ、それっていったいどういう種類の質問?」

「恋バナよ、恋バナ」

739: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:21:11.07 ID:GazJtuzj0
ほむらはもうさやかについてかなりの点で判断を済ませていた。

これまで話した限りだと彼女はおそらく契約してはいない。

魔法少女契約前、

確かに今のさやかには幸せに浮かれていて

『いつも』と違う面もあるが、

魔法少女という重い使命、

運命を背負い込んでしまった者には

発する事の出来ない朗らかな空気の様な物をさやかから感じる。

こういった一般人か魔法少女かどうかの嗅ぎ分けなどに関して、

経験ももちろんたくさん積んではいるが、

ほむらは天才的な性分を持っていた。

740: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:22:07.09 ID:GazJtuzj0
それは動物の野生の勘、

例えば草食動物が自身を喰らう肉食動物と

それ以外を本能的に識別したりする能力に少し似ていた。

現在ほむらが知りたかったのは二つ。

上条の腕がどうして治ったのか、

そしてさやかが上条の左腕が治った今でも、

魔法少女になる道を選びかねない強い願いを持っているかどうかだ。

その為にはさやかと上条の関係がどれほど進んでいて、

それに対してさやかがどう感じているかを知るのがおそらく一番手っ取り早い。

そうほむらは考えた。

741: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:23:19.83 ID:GazJtuzj0
「ううーん、さっき何でも答えるって言っちゃったからなー。

……よし、じゃあ特別に言うけど、

交換条件として暁美さんの恋愛についての話も後で聴かせてね」

「えっ、でも……」

ほむらには今まで恋愛経験などない。

そう言おうとしたであろうまどかを

ほむらは黙って視線で制止する。

「ええ、私が話せる限りならいくらでも話すわ」

「言ったなー。忘れるなよー」

恋愛経験は全くないけれども、

話の内容が妄想その他でいけないとは言われていない。

所謂詭弁である。

どうせ恋愛以外の何か物珍しい話で誤魔化せばいい。

特に悪びれもせずほむらはそう考えた。

742: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:26:10.26 ID:GazJtuzj0
「……キスはまだ一回だけ。

恭介に告白された時に一度だけ。

ギュッと抱きしめられてね……って

これじゃ告白場面までばらしちゃってるじゃん!」

恥ずかしさのあまりさやかの顔は真っ赤に染まり、

彼女は両手で自分の顔を覆う。

その時、今日休み時間に感じた苦しさに少し似た感情が、

ほむらの胸中に浮かび上がってくる。

ここまで完全な「幸せ」に満たされているさやかを

ほむらは今まで見た事がなかった。

何か「幸せ」その他をさやかが手にする時、

そこには必ず魔法少女という運命が付きまとっていた。

そしてそんなささやかな「幸せ」を手にした

さやかに待っていたのはいつも何らかの形の破滅だった。

743: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:27:14.19 ID:GazJtuzj0
長い長い時間をかけていけば

当然また違った形の幸せがどこかに転がっているのかもしれない。

きっとそれはまず間違いなく事実なのだろう。

しかしそんな事はほむらにとっては何も問題にならなかった。

ほむらが現実として強く認識しているのは

この繰り返される『一か月』の間の事だけ。

ほむらにとって問題なのは『今』だけだった。

自分の目に映っているこの『今』だけだった。

その観点から見れば、

上条の腕が治らなくてはさやかの本当の「幸せ」は見つからない。

744: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:27:42.47 ID:GazJtuzj0
さやかとほむらの境遇は良く似ていた。

たった一人の人の為に、

自分の全てを捧げても良いという思いを秘めていた。

だからこそ、

さやかが魔法少女の契約をして、

いつも潰れていくのを見るのは歯痒かった。

本当はどうにかしてやりたかった。

しかし恋愛や、複雑な他人の人間関係に関しては

自分が関わらない方がきっと上手くいく。

そういう確信がほむらの中にはあった。

それにほむらは最初出会った時からさやかの事が本当はあまり好きでなかった。

元気で明るくて溌剌としていて……。

745: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:29:36.13 ID:GazJtuzj0
彼女は自分にない物、契約前のほむらが欲しかったものを全て持っていた。

なおかつまどかの無二の親友だった。

ほむらが契約した後も本当に渇望した物を彼女は最初から持っていた。

ほむらに絶対必要だった、

脅威と戦う為の勇気も元から持ち合わせていた。

そんな恵まれた存在であるはずの彼女が、

自身の運命に押しつぶされてしまうなんて事は本来あってはならない。

大切な誰かへの思いが本物であるはずならば、

どこまでも歩いていけるはずなのだ。

ほむらはさやかの様になりたかった。

けれどさやかはほむらの弱さの象徴でもあった。

恐れる心、

苦悩する心、

全ての印象を強烈に受け取る豊かな感受性、

感情的で繊細な行動原理、

どれもほむらにとっては無用で、

それどころか邪魔にしかならない。

746: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:30:26.38 ID:GazJtuzj0
私は彼女の様なへまは絶対にやらない。

さやかの弱さをほむらは心の底では見下していた。

だけれども、まどかとずっと一緒にいるべきなのは、

さやかの様な人間だとも同時に思っていた。

私はさやかにはなれない。

なるわけにはいかない。

さやかの自分への潔癖さ、正義感、優れた感性、

間違いなく彼女は魔法少女に向いていない。

けれど上条の左腕が何らかの原因で治っていて、

魔法少女になる意志さえないのならば、

さやかが諸々のへまの心配をする必要はないのだ。

ほむらが神妙な面持ちで口を開いた。

747: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:33:06.83 ID:GazJtuzj0
「上条君と付き合えてあなたは今幸せ?

現在それ以外に何かしたい事、欲しい物は何かある?」

突然のほむらの真剣な調子に少し面食らったさやかではあったが、

顔を覆っていた手を外して、

ほむらの目をじっと見つめる。

そして彼女の問いに堂々とした口調で答えた。

「十分過ぎるくらい幸せだよ。

これ以上欲しい物なんてある訳ない。

きっとこれ以上望んだら罰が当たっちゃう。

このまま毎日の日常が何事も無く続いてくれるなら

私は他に何も要らないね」

748: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:33:53.39 ID:GazJtuzj0
さやかがとびっきりの笑みを満面に浮かべる。

その瞬間ほむらは確信した。

『今回』のさやかは魔法少女にはならない。

奇跡なんかよりも今の彼女にはもっと大事な、

確固とした価値を持つ物がある。

彼女は自分の全てを賭けるに足る物を自分の力ではなく、

たとえ偶然であるとしても、

その手中に収めたのだ。

……私はさやかにはなれない。

なるべきではない。

私が「それ」をこの手に掴む事は決してあり得ない。

749: ◆2DegdJBwqI 2013/04/20(土) 17:35:04.47 ID:GazJtuzj0
「そう、それは良かったわね。私も嬉しいわ」

ほむらが笑った。

それを見た三人は全く同じ感想をその笑みに対して抱いた。

まず最初に感じたのはただただ美しいと見惚れる感情だった。

けれどそれ以上に彼女達の心を鷲掴みにしたのはその笑みの儚さ、

絶望的なまでの物悲しさである。

ほむらを見つめる彼女達の胸の内は、

まるでキリキリと締め付けられる様に、

どこにあるとも知れぬほむらの苦しみに共感し呻き声をあげていた。

755: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:44:37.54 ID:ycC2dTI60
~☆

その後、四人はしばし他愛無い雑談を交わす。

そしてこれから習い事のある仁美と別れ、

三人は街中を歩きだした。

どれもほむらにとっては見覚えのある場所、

多分『今』のまどかとさやかよりは

彼女はこの街のあらゆる場所に関して詳しいだろう。

しかしまどか達の優しさは一々身にしみた。

使い魔や魔女の出現の可能性が低いと思われる場所を

案内してくれるように色々二人を誘導した。

だから無意識の内に安心していたのだろうか。

三人で歩く中、ほむらは視界の隅にさっと白い影が映るまで

ほぼ完全に警戒を怠ってしまっていた。

756: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:45:46.54 ID:ycC2dTI60
もう既に手遅れだった。

白い小動物の様な姿をした『宇宙人』が

三人の、特にまどかの正面に立つ。

赤い目がまどかを下から見上げていた。

ほむらは歯ぎしりする。

インキュベーター……!

迂闊だった。

『今回』これまでインキュベーターが

まどかと接触しようとしなかったからといって、

これからも接触しないという事である訳はないのだ。

757: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:46:19.68 ID:ycC2dTI60
もうこうなってしまっては

まどかの見えない所で射殺して

時間を稼いだりする事も出来ない。

せっかくさやかの契約の可能性がなくなった

最高の時間軸であるというのに。

自分の不手際がたまらなくもったいなかった。

憎しみを込めながら、

ほむらはインキュベーターが

まどかに向かっていつもの契約文句を言うのを待つ。

「鹿目まどか!美樹さやか!

ここから速く逃げるんだ!

あるいは今すぐボクと契約して魔法少女になってよ!」

しかしそれはほむらの予想していた言葉より

ずっと緊迫した文句だった。

758: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:51:15.54 ID:ycC2dTI60
沈黙が三人と一匹の間に流れる。

三人の頭の中を流れる思考は

それぞれ三者三様である。

まどかは「ここから速く逃げるんだ」という言葉に

恐怖を掻き立てられながらも、

「魔法少女になってよ」という言葉に

ぼんやりと甘美な響きを感じ取った。

さやかは未確認生物が

自分の前に急に姿を見せたという事実に困惑し、

そして「契約」という言葉に警戒の念を抱いた。

第一、珍妙不可思議な生物は

ヒダリーとミギーだけでさやかにとってはもう手一杯なのだ。

せっかく順風満帆で幸せ一杯なのに、

厄介事をこれ以上抱え込みたくない。

759: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:51:55.60 ID:ycC2dTI60
ほむらは「ここから速く逃げるんだ」という言葉が強く引っかかった。

付近に魔女や使い魔はいない。

それは間違いない。

だとしたらいったい何から逃げるというのだろう。

三人と一匹、一番最初に口を開いたのはまどかだった。

「魔法少女……?」

さやかがはっとした様に後に続く。

「そうだよ、あんたの名前も契約内容もまるでわからないのに、

うかうか契約なんてできる訳ないじゃん!

ちゃんと説明してよね」

760: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:55:31.27 ID:ycC2dTI60
ほむらはさやかのキュゥべえへの態度に目を見張った。

まさかさやかの口から

そんな殊勝な言葉が聞けるなんて。

とはいえさやかがいきなり『いつも』より賢くなって、

分別が付いたという訳ではない。

突然現れて自分達に今危機が刻々と迫っていると告げ、

契約を迫る謎の白い獣。

下手をしたら今の大切な平穏が

彼?の出現によって崩壊してしまうかもしれない。

それは半ば反射的な、

無意識的な拒否反応に近い、

理性ではなく感情、印象に基づいた判断だった。

761: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:57:01.98 ID:ycC2dTI60
けれどたとえ理性に基づいていなくとも、

さやかが現時点でインキュベーターに

強い警戒心を抱いているのは紛れもない事実だ。

ほむらにとってそれはとても良い兆候だった。

「ボクの名前はキュゥべえ!わかった、説明するよ。魔法少女はね……」

その瞬間キュゥべえがビクリと身体を震わせた。

「いや、どうやらその時間はなさそうだね。

ボクは今ヤツらに追われているんだ。

急いで逃げなくちゃならない。

魔法少女については、

この地域を縄張りとしている

キミ達と同じ見滝原中学に通っている三年生、

ベテラン魔法少女の巴マミに聞いてくれ」

762: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 10:59:37.47 ID:ycC2dTI60
「え?嘘、マミさんが!?」

さやかが大きな声を出す。

しかしインキュベーターは

さやかのその様子に特に気を止める事なく、

凄まじいスピードでその場を走り去っていった。

ほむらが眉をひそめた。

明らかにさやかがマミの事を知っている……?

その時だった。

ほむらの魔力で視力を強化している目に、

こちらへと遠くから走ってくる

見覚えのある金髪ロールが映った。

巴マミだ。

763: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:00:44.36 ID:ycC2dTI60
彼女はかなりのスピードで

三人の傍まで近づいてきた後、

腰を屈め下を向いて、

膝を少し曲げて両手で押さえ

はあはあと息をついた。

よほど急いで走って来たらしい。

息をどうにか落ち着かせたマミが

にこやかに顔をあげる。

「あなた達、大丈夫?」

そして、えっ?という顔をしてそのままの姿勢で静止した。

走っている途中は気が急いていて

ほむら達の顔を確認していなかったらしい。

三人の内、二人は顔見知りだった。

一人は魔法少女繋がり、

一人はミギー繋がり、

あまりに予想外だった。

764: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:05:45.34 ID:ycC2dTI60
「え、ええっと……マミさーん?もしもーし」

さやかがマミの顔の前で手を振る。

おかげで思考停止から回復したマミは姿勢を正し、

三人に再び尋ねた。

「大丈夫?怪我はない?

何か怖い目に遭わなかった?」

「ああ、えっと、

キュゥべえとかいう変なのは見かけましたけど

それ以外は特には……」

「え?キュゥべえ?」

765: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:07:25.00 ID:ycC2dTI60
先程から会話しているのはさやかとマミばかりで

ほむらとまどかはまるで蚊帳の外だった。

しかしまどかが何が何やらわからず、

どうにか会話に参加しようと

そわそわ機会を伺っているのに対して、

ほむらは落ち着いてさやかとマミを観察していた。

間違いない、二人は何かしらの縁ある知り合いなのだ。

私が時間遡行して来るまでに

マミとさやかが知り合ってるなんて事は今までなかった。

完全なイレギュラーだ。

だけどさやかは魔法少女について

何も知らない様子だった。

だったら魔法少女以外の

何か特別な縁があったはずだ。

何か特別な……。

766: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:09:37.54 ID:ycC2dTI60
その時初めてぼんやりとではあるが、

ほむらの頭の中で、

『上条の腕が治った事』と『ひき肉ミンチ殺人事件』が、

微かな関係を持った様に感じられた。

「あ、あのぅ……」

まどかがおずおずと声を発した。

自然三人はまどかの方へと顔を向ける。

「巴マミ、さんですか?」

「ええ、たしかに私は巴マミよ」

マミは言葉と共に頷いて肯定の意思を示す。

767: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:10:05.02 ID:ycC2dTI60
「キュゥべえに魔法少女については

巴さんに聞けって言われたんですけど……」

「あら、そうなの」

少し考え込むそぶりを見せたが、

マミはすぐにこう言った。

「じゃあこんな所で話すにはなんだし、

私の家に来ない?」

「あ、えっと、その」

「おおー!マミさんケーキは出ますか?」

「ちょ、ちょっとやめてさやかちゃん。恥ずかしいよ」

768: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:14:36.23 ID:ycC2dTI60
マミは二人の仲睦まじい様子に

クスクスと笑いをこぼし、

ほむらを明らかに見つめてこう言った。

「ええ、もちろんおいしい

ケーキと紅茶をごちそうさせて貰うわ。

……もちろん暁美さんも来てくれるわよね?」

今、この和やかな空気を無視し

これを断って立ち去るというのは、

せっかく上手く築いたまどかとさやかからの

信頼を揺るがしかねない行為だ。

しかも下手をしたらマミに

彼女へ対する敵対行為ととられかねないし、

得体の知れない私について

二人に何か吹き込むかもしれない。

承諾するしかないようね。

渋々の成り行きではあるが、

ほむらは何時ぶりかわからない程久しぶりに、

マミの家を訪ねる事となった。

769: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:17:01.00 ID:ycC2dTI60
~☆

マミの部屋で、

まどかはマミと向かい合い座っていた。

それに対してほむらとさやかは

呑気にマミの家に置いてあった格闘ゲームで対戦の真っ最中だ。

今の所さやかが全戦全勝中である。

ほむらは無表情でポチポチコントローラーを操作している。

まるでとても綺麗なお人形さんみたいだった。

しかしさやかに負けた事がはっきりすると、

その度にほむらは凄く酸っぱい梅干しを食べているみたいな

なんとも形容しがたい表情をする。

マミが真剣な話をしているというのに、

まどかはそれを見ると

毎回つい笑い出してしまいそうになった。

770: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:18:38.83 ID:ycC2dTI60
どちらかというとさやかの方が

まどかよりも真剣にマミの話を

聞いているのかもしれない。

ゲームをしているというのに

明らかに心其処に有らずといった様子だからだ。

そんな状態のさやかに

ボコボコにされるというのは、

ほむらが弱過ぎるのか

それともさやかが強いのか、

ゲームをあまりしないまどかにはわからなかった。

771: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:21:14.85 ID:ycC2dTI60
マミの優しい声がまどかの耳をくすぐる。

しかしその内容は現実離れしていて、

どこか他人事の様に思えてならない。

まどかにとって唯一現実味を持って感じられたのは

「一つ願いがかなう」という事だった。

魔法少女になる時に、

キュゥべえは何でも一つ

女の子の願い事を叶えてくれる。

マミはそう言った。

ソウルジェム、綺麗な宝石だった。

魔女との闘いはきっと恐ろしく、

死の危険と隣り合わせだ。

事実マミはそう言っていたし、

まどかにだってイメージするくらいならできる。

772: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:21:47.82 ID:ycC2dTI60
だけれどそんなのは「今の私」にとっては

ずっと遠くにある事柄の様に感じられた。

何も出来ない。

無力な自分。

ずっと悩んでいた。

何か自分にできる事はないのだろうか?

何か……。

まどかの脳裏にあの時見た光景が甦る。

赤、肉、血、口、赤、赤…………。

私に出来る事は何かないのかな?

まどかは今ようやく見つけたのだ。

自分が出来る何かを。

773: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:24:52.27 ID:ycC2dTI60
「マミさん、契約したら本当に、

何でも願い事がかなうんですか?」

ぼそっとまどかが呟いた。

「ええ、そうよ。

あくまで理論上だから

その子の素質の如何によるけどね」

「じゃぁ、じゃあ、

今各地で起きてる

『ひき肉ミンチ殺人事件』を

無くしたりする事だって出来るんですよね?

例えば、は、犯人の存在をこの世界から消したりして」

774: ◆2DegdJBwqI 2013/04/24(水) 11:25:40.44 ID:ycC2dTI60
まどかは下を向いていたし、

仮に顔を上げていても

それに気づく事はなかっただろう。

しかしほむらは違う。

けれどもまどかが契約しようとする意志があるらしいと知って、

首の向きを急にテレビから切り替え、

ほむらは彼女を食い入るように見つめていた。

だからさやかとマミが、

ほぼ同時にさも意味ありげな鋭い視線を

マミの右胸元に向けた事に気付いた者は、

視線を向けられた「本人」を除けばその場には誰もいなかった。

781: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:06:03.05 ID:Wbyg4Fsq0
~☆

「やあ、まどか」

「っキュゥべえ!」

まどかがマミの家から帰宅して、

食事や入浴などの日常におけるごく当たり前な活動を済ませた後、

さて眠ろうとベッドで布団を被っていると、

まるで壁から湧き出たかのように、

キュゥべえが自然にふらりと部屋の片隅に現れた。

「あれから大丈夫だったの?」

まどかの言葉を聞いたキュゥべえは

なんとも可愛らしく首を傾げる。

「何がかな?」

「だってさっき誰かに追われてるって……」

「まどかには、どう見える?」

「うーん……、大丈夫そうに見える、かな?」

782: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:09:49.11 ID:Wbyg4Fsq0
キュゥべえはトコトコまどかのベッドの下に歩み寄り、

ピョンと跳ねてまどかのお腹辺りの掛け布団の上に飛び乗った。

まどかが感じた重さは、

羽がふわりと布団の上に舞って落ちて来た程度の物で、

つまりキュゥべえが乗っているのかいないのか、

目を瞑ってしまえばわからないくらいキュゥうべえは軽かった。

「ボクが夜分遅く君をこうして訪ねたのは、

契約について出来るだけ早く、

キミにきちんと説明しておく必要性があると感じたからなんだ。

本当は一契約候補者にこういう特別な配慮をするというのは

余り良くない事なんだけどね。キミに関しては特別さ」

「私が……特別?」

「そう、キミは特別なんだよ」

783: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:12:11.06 ID:Wbyg4Fsq0
目の前で喋っているはずなのに

全く動かない表情筋と口、

無機質で変化のない丸い宝石の様な眼。

非現実的なその有様。

その時のまどかにはキュゥうべえが幸せを運ぶ白い妖精に見えた。

「本当は明日くらいに学校とかでマミに教えて貰えばいいんだろうけど、

それまで時間があるし、だったらボクの口から今……」

「あっ!巴さんにはさっきキュゥべえと別れてから会ったよ!」

「本当かい?」

「本当だよ。だってこんな事で

キュゥべえに嘘なんてついてもしょうがないもん」

「へぇ、凄い偶然だね」

本当に「へぇ」という気持ちが籠っているとは

てんで感じられない完璧な棒読みだった。

784: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:18:00.16 ID:Wbyg4Fsq0
「じゃあボクの口から言うべき事はたぶん特に残ってないだろうね。

……どうだい?契約の意思は固まりそうかな?」

それまでは特に間を開ける事なく

普通に受け答えしていたというのに、

キュゥべえの問いかけにまどかはいきなり黙り込んだ。

かと思うと、両者が会話している間、

ずっとキュゥべえの目に向け続けていた視線をすっと下に逸らした。

「……どうだろ、わかんないや」

「わからない?」

「うん、願い事はもうあるんだよ。

だけど、マミさんにほむらちゃん、

それにさやかちゃんまで、

私にもっとじっくり良く考えて契約した方が良いって言うんだもん……」

『ひき肉ミンチ殺人事件』をこの世界から完全になくして。

それはまどかにとっては否定をはさむ余地のない完成された願いだった。

それにもかかわらず皆に一度考え直して見るよう窘められてしまったのだ。

785: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:21:00.03 ID:Wbyg4Fsq0
マミとまどかが「誰かの為に願い事を使う危険性」について議論を交わしている中、

突如ほむらはまどかに激しい剣幕で詰め寄り、

魔法少女になろうだなんて思うのは絶対にやめなさいと、

きつい棘の籠った突き放すような口調で言い放った。

まどかにとってそれまでほむらは、

何事にも心を乱されないいつも平静な強い心の持ち主という印象だった。

そんな彼女が自分が契約の意思を見せた事に関して

これでもかと激昂している。

いったい私が契約する事の何が彼女をそこまで揺さぶるのか、

まどかはただただ困惑した。

786: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:24:19.68 ID:Wbyg4Fsq0
まどかには、さやかの言った事が、

どうしてほむらやマミ達がまどかの契約を渋るのか、

それからだいぶ時間が経過した今となっても上手く納得できなかった。

アレ以上の願い事なんて他にあるわけない。

願い事以外の解決策なんて他に思いつくはずない。

皆は『ひき肉ミンチ殺人事件』が別に解決しなくて良いと思ってるのかな?

皆は『あの事件』に心を悩ませていないのかな?

怖くないのかな?

自分、家族、友人、いつどこの誰が犠牲になっても不思議ではないのに。

そして現に犠牲者は今もどこかで出続けてる。

そっか、皆薄情なんだ。



……。


…………いや、違うよ。マミさんにほむらちゃんも、

私に魔法少女の厳しさって物についてもっと深く考えさせようとしてるんだ。

じゃあそれならさやかちゃんは?そんなのずっと前から知ってる。

さやかちゃんは情に凄く厚い優しい女の子。

ならいったいどうして……?

787: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:26:39.76 ID:Wbyg4Fsq0
「今のまどかの頭の中には例えばどんな願い事があるんだい?」

キュゥうべえの声によって

思念の中から強制的に意識を引き戻される。

まどかは眼を数秒パチクリさせてから、

自分のありのままの願いを素直に口にした。

「ひき肉ミンチ殺人事件を、

この世界から完全になくしたい」

「へぇ……」

心なしかさっきと比べて、

今度の「へぇ」は本当に驚いている様に聞こえなくもなかった。

「私、どうしたらいいのかな?」

つい弱気になってまどかはキュゥうべえに聞いてしまう。

788: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:29:01.27 ID:Wbyg4Fsq0
「さぁ、ボクにはどうとも言えないね。

……ただ一つ注意しておかなきゃいけないのは、

キミは望むなら何でもあらゆる願いを叶えられるってことだよ」

「そんな大げさな……」

願えば何でも叶う。

確かにマミにもまどかはそう言われたけれど、

それはあくまで日常生活を普通におくっていてはとても叶わない様な事であっても、

キュゥうべえに頼めば一度だけ叶えてくれるという軽いニュアンスで受け取っていた。

しかしキュゥうべえは首を横に振る。

「ううん、全然大げさなんかじゃない。

いまだかつてこの世界にキミほどの素質を持った人間は存在した事がなかった。

キミの莫大な素質を持ってすればこの世界なんて物はどうとでも、

いくらでもその形を変える事が出来るんだ。

そうだね、太陽を二つにしてみたり、

この世界の過去から未来にかけて人類を全員女性にしてみたり、

なんならこの世界を丸ごと消滅させる事だってキミの思いのままだ」

789: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:31:35.68 ID:Wbyg4Fsq0
「えっ、ええ……」

まどかは怖くなった。

キュゥべえの淡々とした口ぶりで語られる異常の数々。

キュゥべえによればそれは自分が一度口に出しさえすれば

何でも容易に実現してしまうらしい。

何のとりえも無いはずの自分が

それほど大きな世界の決定権を今現在その手に握っている。

それはきっととても恐ろしい事に違いなかった。

そしてキュゥべえは動揺しているまどかを

無慈悲にも気遣う事すらせず自分の話を続けた。

790: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:34:37.10 ID:Wbyg4Fsq0
「だけどね、注意しなくちゃいけない事がある。

それはキミが願いを叶えた後の事だよ。

いいかい、まどか。

『願い』、そして『契約』からもたらされるのは奇跡の力だ。

つまりそれは言い方を変えれば現実を

どういう形であれ大なり小なり歪めるという事なんだ。

もちろん並の魔法少女はそんな事を気にする必要はない。

だけれど君は特別、完全な例外だ。

ボクはキミの言った通りにその願いを叶える。

でもその後の事については何も保証できないんだ。

少しの言葉選びのミスが致命的になりかねない。

例えばもしキミが、ほんのちょっとしたはずみで、

結果として自分の存在そのものを否定してまう願いをしてしまったならば、

キミはおそらくこの世界から自分という存在を完全にかき消してしまう事になる。

するとどうなるかといえば、

これはボクの立てた一仮説にすぎないけど、

誰からも干渉されず、

なおかつ自分は誰にも干渉できない『まどか』という一存在として、

この世界から永久に閉め出されてしまう事になるだろうね」

791: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:39:55.64 ID:Wbyg4Fsq0
それを聞いたまどかの身体はガタガタと震えだした。

自分の存在が予期せずこの世界からあっさり忽然と消えてしまう。

そんな事生まれて一度も想像してみた事もなかったからだ。

しかもそれは自分が「誰か」に対してそれまで願おうと思っていた事柄だった。

でも、でもそれは仕方がないんだよ。

だって、だって……。

「まどかはこれからどうするつもりなのかな?」

完全に混乱状態に陥っているまどかに

キュゥべえは更に容赦なく言葉の追撃を加える。

すっかりしょげかえってしまったまどかは弱りきった口調でこう答えた。

「もう、わかんないよ……、そんなの」

792: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:42:21.31 ID:Wbyg4Fsq0
キュゥべえは今度は少し間をおいてまどかに考える時間を与えた。

そしていつも通りに口を開く事なく喋り始める。

「マミはキミがこれからどうすべきだって言ってた?」

「マミ……さん?」

まどかが先程のマミの言っていたことを改めて思い返す。

「ええっと、今の私に必要なのは、

その願いを叶える事によって

自分が絶対に後悔しないことをちゃんとはっきりさせること、

そして魔女との闘いがどういう物かについて

もっと認識を深めること。

だからこれからしばらく

私の魔女退治に付き合ってみないかって誘われて……」

「じゃあひとまずはそれに従った方がいいとボクは思うね。

マミはかなりのベテランだ。

ベテランの言う事はひとまず聞いてみた方が、

キミにとって得になるんじゃないかな」

793: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:43:07.49 ID:Wbyg4Fsq0
キュゥべえがベッドからひょいと飛び降りる。

帰るつもりらしかった。

「ねえ、キュゥべえ?」

「何かな?」

もう既にまどかに背中を向けていたキュゥべえが、

首だけ曲げてまどかの方を見る。

「ほむらちゃんも、ベテランなの?」

「……さあ、どうだろうか?」

「え?」

「彼女について契約したという記録は何一つ残っていない。

ボクがキミに今言えるのは、

彼女の素性がボクにはまるで分からないという簡潔な事実だけさ」

それ以上は何も言う事なく、

キュゥべえは現れた時と同じようにスッと物陰に消えていった。

794: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:46:11.66 ID:Wbyg4Fsq0
~☆




「そうだね、予想外だよ。

鹿目まどかがまさかボク達に関係のある

願い事を望んでいるなんてね」



「うん、確かに元々彼女と接触したのは、

ボク達の準備が整わない内に、

インキュベーターがさっさと

彼女と魔法少女の契約を済ますなんて事態になるのを、

こちらから先にそれに干渉して未然に防ぐのが主な目的だ」

795: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:47:55.57 ID:Wbyg4Fsq0



「確かにボクのしたことは一見、藪蛇に見えるかもしれない。

だけどね、鹿目まどかは自分という存在の無力さに

今かなり嫌気がさしている精神状態にある。

これを出来るだけ事前に改善しておく事は

我々の計画の確実性をより高めてくれるはずだ。

彼女のより確固とした希望から

最悪の絶望へという『感情』の急激な転落が、

我々にとって必要な『エネルギー』を

もっとも多く生み出してくれるのだから」

796: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:48:48.91 ID:Wbyg4Fsq0



「いや、準備が整うまでにはまだ時間がある。

無茶をするには人手も、時間などのあらゆる余裕もない。

今鹿目まどかを誘拐した所で不必要な手間が多くかかるだけだ。

計画の準備が整うまでの長い時間、

まどかに関するインキュベーターの目を

完全に誤魔化すのは流石に骨が折れる。

その気になれば彼女を連れ去る事なんてのは

どうとでもなるんだから何も焦る必要はない」

797: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:49:42.56 ID:Wbyg4Fsq0



「契約をこれからどう防ぐかだって?

うーん、巴マミは最初の内は間違いなく

彼女を契約させる事に関して渋るだろうけど、

インキュベーターの巴マミに関する観察が正しいならば、

いずれ鹿目まどかの自由意思を尊重して

彼女の契約を認める事も大いにありえる話だ。

だからボクはとりあえず今の所

暁美ほむらに期待してみようと思ってる」

798: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:52:39.53 ID:Wbyg4Fsq0
「彼女は得体の知れないイレギュラーだ。

素性も、魔法も、何もかも明らかになっていない。

だけど先程、鹿目まどかの家を出てから、

ぶらりと情報収集の為に

美樹さやかの家を訪れた際に小耳にはさんだのだけど、

暁美ほむらは巴マミの家で、

鹿目まどかが契約の意思を見せた事に

感情を非常に高ぶらせたらしい。

得体が知れないからこそ、

彼女のそういった態度に興味が湧いてくるという物だ。

まあ実際に向かい合って暁美ほむらと話してみないと、

はたして本当に、

ボク達の役に実際立ってくれるかなんてわからないけどね」

799: ◆2DegdJBwqI 2013/04/27(土) 15:55:18.02 ID:Wbyg4Fsq0



「上条恭介に関する話も後だ。

むやみに今、誰かの注意を引きたくない。

下手に恨みを買うのは危険だよ。

いずれは彼も巴マミも殺すけどね。

今は時期じゃない」



「ああ、もちろん。

ボクは鹿目まどかの今の葛藤が、

後々良い結果をボク達に

もたらしてくれるだろうという事をほぼ確信しているよ」




その語り合いはこっそりと、

ちょっとした物陰のさらに奥、

誰も他には見当たらない、

ひっそり寂れた暗がりで行われていた。

805: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:09:15.43 ID:VBr6RULQ0
~☆

皆が帰宅した後、マミとミギーが話し合いをしていた。

マミはテーブルの前に楽な姿勢で腰を下ろしていて、

ミギーはマミの首元から身体を伸ばし、

彼女の目の前のテーブルの上に、

そう表現するのがふさわしいのか甚だ疑問だが、

ペタンと座っていた。

「我々が現在直面している問題は大きく分けて二つある」

「一つ目は?」

ミギーが思索に耽っている為か、

身体の上部分をウネウネくねらせ

何やら自分一人で絡まり合っている。

もしかしたらほむらやまどかがいた為に、

ほとんど今日一日服の中で大人しくしていたから

ストレスが溜まっているのかもしれない、

そうマミは感じた。

806: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:10:44.72 ID:VBr6RULQ0
「決まっている。

今日遭遇した不審な私の同類達についての問題だ」

パトロールの途中、

ミギーが「仲間」の『信号』を突然二匹分キャッチした。

しかしどちらと接触するか決めあぐねている間に

さっさと「彼ら」は逃げ出してしまった。

仕方がないのでどちらも追いかけずに

何となくそのまま真っすぐ進んだ所、

まどか達を見かけて、

マミは慌てて彼女達が大丈夫かどうか

走って確認に向かった訳だ。

807: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:14:03.87 ID:VBr6RULQ0
「……別にヤツらを街中で見かけるのは

それほど珍しくはないわよね。

確かに鹿目さん達が

危険な状態にあったっていうのは

間違いないと思うけど、

いったい何が問題なの?」

「ふむ、それはだな、

彼らが明らかに組織立った動き、

しかも我々を意識した行動をとっていた事だ」

「何ですって?」

マミはちゃんとミギーの話が聞こえていたにも関わらず、

自分の聞いた事が信じられなくて

思わず一度聞き返してしまった。

808: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:15:59.96 ID:VBr6RULQ0
「ヤツら」が組織立った行動をとり始めた。

ミギーの言う事がもし本当なのだとしたら、

それはとても恐ろしい事だ。

何しろ「彼ら」が以前より成長して、

人間社会で遭遇しうる

多種多様な危険を避ける為の「人間らしい」知恵、

狡猾さを徐々に身に付けつつあるという事に

おそらく他ならないのだから。

「つまりヤツらが前と比べて成長しているって事が問題だって事……?」

「いや、違う。問題はそこじゃない。

彼らが成長しているなんて事は

今更わざわざ言うまでもない。

例えばそう、

最近どうもニュースで『ひき肉ミンチ殺人事件』の話を聞くのが減った、

なんてマミは思わないか?」

809: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:18:04.84 ID:VBr6RULQ0
ミギーに言われるがまま、

マミは素直にここしばらくで耳にしたニュースを思い返してみる。

「ええ、確かに耳にする事は減ったと思うけど、

でもそれは報道しなきゃいけない同じような

『事件』の数がどんどん増え過ぎて、

話題性が低いから下火になってるんじゃ……」

「違う、その逆だ。

『事件』その物の数自体は

確かにちょっとずつではあるが減少しつつある。

しかしその代わりに最近ひっそり上昇しつつある数字がある。

何だと思う?」

「…………何?」

「行方不明者の数だよ」

810: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:19:54.40 ID:VBr6RULQ0
マミの唇がワナワナと震えた。

どうせ私に『ひき肉ミンチ殺人事件』を

どうにかする事なんて出来やしない。

だから最近は情報収集もなおざりぎみだったのだ。

しかしこれは……。

「まあ食事の『後始末』をきちんとする様になった個体が増えたのだろうな。

考えてもみろ。

私は毎日キミと共に生活して日々成長している。

だったら私以外の仲間達も成長していると考えるのが道理じゃないか」

ミギーの言葉にマミはしばしテーブルに肘を付き頭を抱える。

そしてひとまずその事について考える事をやめた。

何故ならマミにはそれはやはりどうしようもない事だからだ。

811: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:23:15.93 ID:VBr6RULQ0
「それで?私達にとって今問題なのは、

えっと、何だったかしら」

なかなかミギーの言葉の意図を

汲み取る事の出来ないマミだったが、

ミギーはその事に

別段気分を害されたりするような事はない。

ただ淡々と説明していく。

「彼らが組織的に動いていて、

私達を意識して行動していた事だよ」

「組織的、……という事は純粋に、

私達とヤツらが争いになるとして

一対一じゃなくなるから問題なのね」

「うん。一対一なら我々が負ける事はまずない。

しかし複数相手は経験も無いし

だいぶ事情が変わってくるはずだ。

相手の組織がどれほど大きな物なのかもわからないしな」

812: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:26:00.55 ID:VBr6RULQ0
「私達の事を意識して行動していたっていうのはどういう事?」

「私があの時『信号』を捕らえたのは二匹。

私に色々な能力がある事はマミも知っているだろ?」

「ええ、例えば分離したり分裂したりがそれよね」

ミギーはマミの身体から数分の間ではあるが

分離して独自の活動をする事が可能である。

それだけではなく二つ以上に別れて、

それぞれが別の思考、行動を取ることも可能だ。

最もあまり小さく分裂し過ぎると、

その破片は思考力を失って、

そのままだと干からびてあっけなく死んでしまうのだが。

813: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:28:55.86 ID:VBr6RULQ0
「これも私という生物に

元から備わったそういった能力の一つと言える。

我々は『仲間』にしかわからない信号を

常日頃から発しているけれど、

それは互いの存在、

位置を知らせる意味を持つだけではない。

相手がどのような事を感じているかを

大雑把に把握できたり、

両者の間で事前にサインを決めておけば

会話は無理でも、

例えばモールス信号の様なやり取りが可能になる」

「普通に凄いわね、それ」

814: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:30:25.07 ID:VBr6RULQ0
魔法少女もある程度の範囲内であれば

互いにテレパシーが可能で、

モールス信号どころか

言葉を交わして会話が出来るが、

もちろんそれは魔法のオマケの様な能力であって、

生物としてそういう機能を

持ち合わせている訳ではない。

何でこんな凄い生物が

何かに寄生しないと生きていけないのか、

改めてマミはそう思った。

815: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:31:45.57 ID:VBr6RULQ0
「それでここからが本題なのだけども、

私が今日彼らを最初に感じたその瞬間、

あちらは既にこちらを強く意識していた。

しかも私達が来たとわかるやいなや

何か意味のあるらしい『信号』を発し始めたのだ」

「え?どういう事?」

マミは首を傾げた。

ミギーの絡まり具合が先ほどよりも酷くなる。

どうやら酷く興奮しているらしい。

816: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:33:16.58 ID:VBr6RULQ0
「私が彼らに気づいたのはおよそ300メートル先、

お互いを探知できるギリギリだ。

あちらの方がずっと早くこちらを認識していた、

なんて事はまずない。

それに彼らには私が何者だろうかと

考えようとする素振りが感じられなかった。

となると残される可能性は

私と会う前から既に私を意識していた、

つまり私の事を最初から知っていたという事になる」

ミギーの事、つまり私を知っていた?

恐怖がマミを襲う。

そんな、それじゃ、いつヤツらが

一斉に襲ってきてもおかしくないって……。

817: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:35:13.83 ID:VBr6RULQ0
「まあそれくらいの事なら

いずれはそうなるかもしれないと想定できた

レベルの話な訳だけど。

我々はこの街を毎日パトロールして、

見かけた『敵』を片っぱしから殺してきたのだから、

多少彼らの内で有名になっていても不思議ではない」

「……じゃあ一体全体何が問題なのよ」

ぶすっとして投げやり気味にマミが尋ねる。

マミは話に一々驚くばかりで

中々中身についていけない

自分にだんだん嫌気がさしてきていた。

818: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:37:47.25 ID:VBr6RULQ0
「彼らの間の空いた立ち位置、

あの規律のとれた素早い逃走、

我々の存在を最初からじっと動かず警戒していた。

さらに私達が現れたとわかると、

何か彼ら独自の合図らしき『信号』を発した事。

これらから推測される、

彼らの役割がおそらく

見張りだっただろうという事が問題なのだ」

「見張り?」

「ああ。おそらく少なくとももう一人誰か、

そして我々に見られては困る何かがあの時前方にあったのだろう。

合図を必要とする誰かが

私の感知できなかった先にいなければ、

私達が来たからといって

何かしらの『信号』を発する必要性はかなり低くなる」

819: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:40:52.88 ID:VBr6RULQ0
「うーん」

だんだんマミは頭が痛くなってきた。

パラサイト達の成長やら、

自分が「彼ら」の一部に既に知られている等の

恐るべき色々な事柄を、

いきなり突き付けられ混乱しているのだった。

「いったい、私達はどうすればいいのかしら?」

ミギーが即答する。

「今の所どうしようもないよ」

「ええっ?」

マミは素っ頓狂な声をあげた。

820: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:41:30.42 ID:VBr6RULQ0
「だって今の所彼らに関する情報なんて

何一つわからないじゃないか。

ひとまず今はこういう問題があるんだと

認識しておく必要があるってだけだよ。

なりふり構わず何かをとりあえず調べてみて、

それで解決できるならそれに越したことはないけど」

うーんと暫く唸った後、

マミは言われるままに解決を保留する事にした。

実際自分で考えてみても

特に何も解決策は思いつかなかったからだ。

そして質問を続ける。

821: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:43:02.00 ID:VBr6RULQ0
「二つ目の問題はなに?」

「二つ目は鹿目まどかに関する問題だ。

キミが言うには全く予想が付かない程の

魔法少女としての才能が彼女にはあるのだろう?」

マミが憂鬱そうな顔をする。

もし、まどかが一般的なレベルの魔法少女としての

素質しか持たないのなら特別悩まずに済んだ。

世界中のパラサイトに関係する願い。

おそらく彼女の願いは素質不十分で聞き届けられないだろう。

しかし彼女は「普通」ではなかった。

822: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:45:26.68 ID:VBr6RULQ0
ベテランである為か、

はたまたそれは自分より強い者を

見分ける野生の勘に似た物を

マミが備えているという事なのか、

まどかに膨大な魔法少女としての

素質が秘められている事を

マミは既に感じ取っていた。

ほむらが先程まどかに詰め寄った時の話の内容も、

それが事実である可能性を高めてくれている。

これといって確かな証拠はない。

しかしマミは確信していた。

鹿目さん、彼女に叶えられない願いなど

おそらく一つも存在しない。

そして今問題なのは、

まどかが自身の願いを

叶えられない可能性がある事ではなく、

彼女にたとえ少しでも願いを

叶えられる可能性がある事だった。

823: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:47:18.36 ID:VBr6RULQ0
「鹿目まどか、

私は当然彼女の契約を容認する事は出来ない。

何故なら彼女の契約によって生じる影響が

どの程度にまで及ぶものなのか、

実際に彼女がキュゥべえと契約をして

その願いを叶えてみなければわからないからだ」

「そんな事、私にだってもうわかってるわよ……!」

イラついた声でミギーにマミが言葉を返す。

マミはまどかの願いを

考え直してみるようにと一度否定した。

けれど本当は心の内では

マミもまどかの願いが『正しい』物だと思っていたのだ。

824: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:49:30.27 ID:VBr6RULQ0
『ひき肉ミンチ殺人事件を、

この世界から完全になくしたい』。

それはマミにはどうしようも出来ない

歯痒い部分に手が届く、

マミにとっても欠点の見当たらない

素晴らしい願いだった。

後本来必要なのは、

厳しい魔法少女という世界に

踏み込むまどかの覚悟だけ。

ただしそれは今現在、

マミがミギーという存在と

「友達」として毎日の生活を

共にしていなければの話である。

825: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:52:30.17 ID:VBr6RULQ0
ミギーは私の大切なお友達だ。

ミギーを喪いたくない。

ミギーを喪う、

それは今やマミにとって

そう仮定するだけで

もう背筋が寒くなってくる嫌な想像だった。

もし、まどかの願いが寄生生物達、

パラサイト達に元々備わっている

自分の寄生先を「共食い」する衝動、

本能を抑制する方向に働いたとしたら。

その場合は元々マミの右胸に寄生し、

そういった本能とは無縁であるミギーにとっては

何の影響も無い無害な物になるだろう。

826: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:54:31.12 ID:VBr6RULQ0
しかし、

その願いがパラサイトという存在を

この世から消滅させる方向に働いた場合、

もしそれが食人欲求を持つパラサイトのみに

働いてくれるならば

大いに結構な事だが、

ミギーに影響が出る可能性は

どうしたって否定する事は出来ない。

一度叶えた願いの取り消しは不可能だ。

一度まどかに試しにやらせてみるには、

マミとミギーには

その願いはあまりにもリスクが高過ぎた。

827: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:57:47.83 ID:VBr6RULQ0
まどかの意思を恣意的に誘導してでも

彼女達はまどかの「契約」を

阻止しなくてはならない。

だが、だからといって

それはマミにとって

容易く諦め切れる「誘惑」ではない。

誰か、

マミの知らない所で誰かが

あんな無残に食い散らかされる光景を

完璧にこの世から無くす事が出来る。

かつて人だったモノが

人を喰らう恐ろしい関係を

無くす事が出来る。

ただまどかがキュゥべえの前で

正式にそれを口に出すだけで良いのだ。

たくさんの人々の命を救う事が出来る。

828: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 15:59:10.42 ID:VBr6RULQ0
『正義』の魔法少女であるマミにとって、

その選択肢をあえて無視する事は

とても口惜しい、

惜しくないはずがない。



……。




…………。


あるいは本当にマミが

『正義』の魔法少女であるのならば、

彼女はミギーに起こるかもしれない

「影響」に目をつぶってでも、

まどかが契約する意思を

自分から持てるよう

むしろ誘導するべきではないのか……?

829: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:02:07.85 ID:VBr6RULQ0
マミとミギーは一度口を閉ざす。

マミがミギーに話しかけた。

「ねえ、鹿目さんにあなたの事を

バラしてみるっていうのはどうかしら?

そしてあなたには影響が確実に出ないような

願い事になる様に内容を少し変えて貰えば……」

830: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:02:51.42 ID:VBr6RULQ0
「キミは本気で言っているのか?

この問題は私達に限った事ではない。

上条にヒダリーも巻き込む問題なんだぞ。

つまりキミが今言ったのはこういう事だ。

まず、鹿目まどかに私達の存在をばらす。

この時点で私にはそれを許容する事は出来ない。

だったら鹿目まどかの契約を予め阻止するよう

動くほうがより確実だからだ。

そしておそらく上条達についても

事前に承諾をとってから彼らの事を紹介する。

それから鹿目まどかが私達の存在を認めて、

かつ私とヒダリーに影響が出ない様な範囲で

納得のいく願いを叶える。

ここまで何もかも上手くいくのは

かなり望み薄だと私は思うけどね」

831: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:04:46.26 ID:VBr6RULQ0
「そ、そんなの……」

実際にやってみないと

わからないじゃない。

マミの言葉は口から出る途中で

ピタリと止まってしまう。

そう、

実際にやってみないと

わからないのだ。

やってみないとわからない、

そんな不確かな状態でミギーを

自分にだけ都合のいい行動に

つき合わせるのは酷に思えた。

何しろこれは彼自身の命が掛かっている問題なのだから。

832: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:07:31.38 ID:VBr6RULQ0
「それに問題なのはそれだけじゃない。

彼女が魔法少女になった後の事も問題だ。

この街には既に魔法少女が二人いる。

はたして彼女という、

キミの言う事が正しければ

規格外の魔法少女が新しく誕生したとして、

この街のグリーフシードは足りるのか?

それ程の才能にあふれた彼女だからこそ、

魔法が強力な代わりに

魔力消費が多かったりなどの

欠点がないと何故言い切れる。

事実キミが契約してから

ずっと記録してきた『資料』によれば、

一般の魔法少女より素質の高いらしいキミは、

彼女らよりずっと魔力消費が激しいじゃないか」

833: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:34:21.04 ID:VBr6RULQ0
魔力消費が激しい。

それを聞いてマミはかつての後輩、

佐倉杏子の事を思い出した。

彼女は回復魔法が苦手であるという欠点を

どうにか補えさえすれば、

とても強力な魔法少女になるはずだった。

いや、もうなっているのかもしれない。

それはともかく彼女の幻覚魔法も私の魔法と同じように、

魔力の消費は他の魔法少女に比べて比較的多かった。

やはり魔力の消費量はその少女の元の才能の高さに比例するのだろうか?

物思いに耽るマミを気にせずミギーは自分の話を続ける。

834: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:35:24.81 ID:VBr6RULQ0
「もちろん契約した鹿目まどかの

魔法の燃費が悪いかなんて事は今はわかるはずもない。

いざ蓋を開けてみれば

彼女も他の魔法少女と同じ程度の

魔力消費で戦う事が出来て、

何も問題なかったという事もあり得る。

しかしグリーフシードが

一度足りなくなってしまったら

その時は既に遅いのだ。

マミにももう解り過ぎるほど

わかっている事だと思うが、

この問題は魔法少女にとって

先延ばしにできない

とても重要な問題なはずだぞ」

835: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:37:03.20 ID:VBr6RULQ0
「…………」

腹が立つくらいに正論だった。

もし、だったら、

そういう仮定に基づき

考えなしに行動した為に

破滅していった魔法少女を

マミは何人も知っている。

私だけが痛い目を見るならまだ良い。

まどかの契約はミギーも、

上条君にヒダリーも、

そしてまどか自身にも

多大な被害をもたらす可能性がある物なのだ。

836: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:38:02.20 ID:VBr6RULQ0
まどかはマミが見る限り

実に素晴らしい人生を送っていた。

自分に自信が持てない様だけど、

他人を思いやれる優しさに充ち溢れていて、

家族、友人、あらゆる幸せに

囲まれているように見えた。

やっぱり、ミギーの言う通り、

彼女は契約するべきではないのかも知れない。

魔法少女になるという事が要求する

様々な幸せの放棄を思えばなおさらだった。

結局マミは悩んだ末に

まどかの契約を止める立場につくことを決めた。

837: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:40:51.93 ID:VBr6RULQ0
「じゃあそれなら、

鹿目さんを魔法少女にしない為に

これから私達はどう動けばいいのかしら?」

「そうだな、

それじゃあまずは

明日の魔女退治で

鹿目まどかを

上手くドン引きさせられるか

一つやってみよう」

「え?」

「どうせいつもと同じ戦い方は出来ない。

だったら少し彼女の夢が壊れるくらい

羽目を外してみてもいいだろう?」

 
858: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:07:14.21 ID:Xc01vsNl0
 

いつもの戦い方。

マミとミギーはいろいろ試した結果、

使い魔は基本ミギーが倒し、

魔女はマミが相手をするという戦い方で落ち着いていた。

魔女は厄介な特性を持っている事が多く、

それに使い魔とは違って、

魔女に対しては魔力の籠っていない攻撃は魔法に比べて効果が薄い。

下手にミギーを刃物状に硬化させて斬り付け戦わせるよりは、

マミが魔法の銃を生成し、

自分で戦った方が魔女相手に関しては効率が良いという訳だ。

839: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:43:32.09 ID:VBr6RULQ0
それはともかく、

それまで使い魔に使っていた魔力を

節約できる様になったおかげで、

マミのグリーフシードのストックもだいぶ増えてきた。

頭では分かる。

今の戦い方はミギーと出会う前の戦い方に比べて

遥かに「合理的」だ。

しかしその戦い方に優雅さや華麗さはない。

使い魔に対して行われるのは一方的な虐殺だ。

それはマミの正義の理念にそぐわない物だった。

それなのにドン引きさせる為に

そこから更に羽目を外す……?

840: ◆2DegdJBwqI 2013/05/01(水) 16:45:16.44 ID:VBr6RULQ0
「……冗談、よね?」

「私が冗談を言った事があるか?」

そんな事一度も無かった。

冗談を言ってるのかと疑いたくなるような事を

大真面目に言うのがミギーだった。

羽目を外すという言葉も、

それ相応の効果を狙った行動を意味するに過ぎない訳だ。

「大丈夫だ、私に任せろ。私に一つ作戦がある」

あなたに任せる。

それが一番心配なのよ……。

マミは肩を深く落として大きく一つ溜息をついた。

859: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:10:01.98 ID:Xc01vsNl0
~☆

深夜、ほむらが暗がりを一人歩いている。

彼女が今日こんな夜中に外出していた目的は、

グリーフシードの確保、つまり魔女を倒す為ではなく、

自分の武器を新たに補充する為だった。

彼女は『時間停止』という固有能力に

魔法少女としての資質をほとんど割り振ってしまった為、

他の魔法少女達と同じように

自分で固有の魔法武器を生成する事が出来ない。

その為、ほむらは魔女と戦う為に魔法ではなく

現実の武器に頼らざる負えず、

これまでの長いループの間に様々な経験を積んできた結果、

銃その他の武器を『時間停止』の能力を使って

どこかから盗みだすのが

一番自分に適した戦い方だという結論に至った。

860: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:10:33.45 ID:Xc01vsNl0
いくら魔女の物理攻撃への耐性が基本高いといっても、

普通の魔女なら威力のある弾丸を

何発も撃ち込めば十分ダメージになる。

それに『時間停止』という切り札、

経験量の豊富さからいって、

今となってはそういった魔法少女としての

「日常生活」におけるハンデも特に問題にならなかった。

かつては彼女も、生き残るためだとはいえ

盗みという行為に手を染める自分自身に強く罪悪感、

嫌悪感を抱いたものだが、

今となってはもうすっかり手慣れた物だ。

そんな日常的な盗みを今夜も無事に難なく終えた帰り道での事だった。

突然何の前触れもなしにほむらの前にキュゥべえが姿を見せた。

861: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:11:49.64 ID:Xc01vsNl0
「キュ、キュゥべえ……!」

驚き声が上ずるほむら。

周りには人の姿も気配もない。

ほとんど無意識にその場で変身し、

素早く盾から取りだした拳銃を

キュゥべえの眉間に向かって構える。

「やあ、暁美ほむら」

目の前のキュゥべえは特に何も動じる様子を見せない。

どの時間軸でも共通の、いつも通りの彼らだった。

忌々しいインキュベーター。

ほむらが歯ぎしりする。

あなた達のせいでまどかが、まどかが……。

862: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:13:01.62 ID:Xc01vsNl0
「今日はキミに相談があって来たんだ」

さも他に何の他意も無い、

ほむらについての疑問なんて何もない、

そんな気さくな話かけ方だった。

しかしそんなはずはない。

ほむらがこの時間軸に遡行して来てから、

彼らが直接ほむらに接触を図った事はこれまで一度もない。

現時点でどれほどほむらに関する調べがついているかは定かではないが、

ほむらが彼らに尻尾を出した事は一度も無いのだから、

心の底では聞きたいことが山ほどあるに違いない。

863: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:14:19.67 ID:Xc01vsNl0
しかし彼らはそんな思惑はおくびにも出さない。

自分の手札を出来るだけ知られないように、

かつそれでいてこちらから最大限の利益を引き出そうとする、

いつものキュゥべえのやり口。

そこに魔法少女達に対する「情」などといった物はどこにもない。

あるのはただ彼らの利益だけ。

ほむらは虫唾が走る思いがした。

「ふざけないで。私にはあなたと話す事なんて何もないから」

ほむらの指が拳銃のトリガーに

力を込めようとしたちょうどその時、

キュゥべえが言った。

「まずは鹿目まどか」

864: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:15:52.86 ID:Xc01vsNl0
ほむらの指がそのままピタリと止まる、

それどころかほむらは銃口を一度下に下ろした。

キュゥべえが続ける。

「彼女についてキミに頼みたい事が……」

「いいえ、お断りよ。

私はまどかの契約を絶対に認めない。

決してあなたの思い通りになんてさせない」

キュゥべえの言葉に間髪入れず、

ほむらは手を払いのけるように激しく動かし、

拒絶の意思を身振りで示しながら強い口調で言い放った。

865: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:16:41.61 ID:Xc01vsNl0
キュゥべえはいつもまどかを、

魔法少女を魔女にする為色々と画策している。

彼らの頭の中には感情エネルギーの事しかないのだ。

ほむらはキュゥべえの話とやらを、

おそらくまどかに契約の意思を起こさせてくれ

という類の頼みだろうと考えた。

だからキュゥべえの出鼻をまず先手を取って挫きに行く。

しかしほむらの返事を受けて、

キュゥべえはゆっくり首を左右に振った。

「何を勘違いしているんだい?

僕が彼女についてキミに頼みたいのは

キミの懸念しているであろう事柄のむしろ逆だよ」

「逆……?」

866: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:18:07.08 ID:Xc01vsNl0
「ボクとキミの利害はその点では一致している。

ボクがキミにお願いしに来たのは、

鹿目まどかを魔法少女にならないよう

頑張って説得してくれという事なんだからね」

予想外すぎるキュゥべえの提案に、

ほむらは思わず口をあんぐり空け、

さっき払った手もダラリと脱力させて、

その場でぼうっと立ちつくしてしまった。

「近頃『ひき肉ミンチ殺人事件』が

世界各地で起きているのはキミも知ってるよね?」

「ええ、当然」

キュゥべえが一度間を置く。

ほむらはその余裕綽々といった態度に非常に苛立った。

自分がキュゥべえの掌の上で転がされているような嫌な気持ちがした。

867: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:20:16.08 ID:Xc01vsNl0
「彼女はこの事件を解決する事を

願いにしようとしている。

ところが今、彼女に魔法少女になられると

とても困る事があるんだ」

「困る事?」

ほむらが微かに首を傾げた。

「実はね、『ひき肉ミンチ殺人事件』以外にもう一つ、

ここ日本で現在原因不明の大規模な事件が起きているんだ」

キュゥべえが再びしばしの間、口を閉ざす。

両者の間を沈黙が流れる。

ほむらの我慢は限界を超えた。

キュゥべえへの憎悪が彼女を駆り立てる。

銃口をまたキュゥべえの方へと向けた。

868: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:24:36.51 ID:Xc01vsNl0
「言いたい事があるならはやく済ませなさい」

「それはつまりボクの相談をきちんと聞いてくれるという事だね?」

キュゥべえが目をパチクリさせる。

ほむらは自分の衝動的で軽率な行動を今になって後悔した。

完全に会話の主導権をキュゥべえに握られてしまっていた。

ほむらが小さく舌打ちする。銃を下に向け直した。

「わかったからはやくして。私は忙しいの」

ほむらからの承諾を受け、

どことなく満足げにほむらの目を見つめキュゥべえは言った。

「それはね、『魔法少女狩り』さ」

「何ですって?」

ほむらが怪訝そうに顔をしかめる

ほむらはキュゥべえから告げられる予想外の言葉の連続に、

頭の中の整理が追い付かずだんだん眩暈がしてきた。

キュゥべえがハキハキと喋る。

869: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:26:23.59 ID:Xc01vsNl0
「ここ数カ月で殺されていた魔法少女の数はもう優に二桁を超えた。

もしかしたらこの事件の被害者かもしれない

魔法少女を含めるなら三桁を超えるね」

「魔女に負けた、という訳ではないの?」

ほむらが当然の疑問を口にする。

「いや、その可能性がある事例は既に除外している。

ボクが現在『魔法少女狩り』だと断定しているのは

死体が残されていた魔法少女達についてだ。

彼女達が魔女や使い魔に殺されたと考えるのは明らかにおかしい、

結界内で死んでしまった者は例外なくこちらに帰ってこれないはずだ。

しかも死体となった彼女達は

誰もグリーフシードを一つも所持していないんだ。

家や彼女らに関係したその他の場所を探してみても全く見当たらない。

一人や二人ならまだしも

全員グリーフシードが見つからないというのはおかしいだろう?

まさかグリーフシードを魔女がわざわざ奪うとも考えにくい」

870: ◆2DegdJBwqI 2013/05/12(日) 14:27:49.20 ID:Xc01vsNl0
「魔法少女に敗れたという事……?」

「その可能性が今の所一番高いかな。

それに事件の分布が全国に広まっている以上、

他にも関係があるんじゃないかと疑わしい事件は山ほどある、

例えばベテラン、実力者達の突然の失踪だったりね。

もちろんそれらはただの可能性でしかないけど。

……だけど、犯人を魔法少女だと仮定しても、

多少不自然な点はまだ残る。

事件の分布の広さから考えて、

一人の縄張りを持った魔法少女が起こしているとはとても思えない。

となると彼女、あるいは何かしらの魔法少女の集団が根なし草、

あちこちを放浪するスタイルをとっているに違いない。

ところがその条件に当てはまる魔法少女は、

ボクが契約した覚えのある魔法少女達の中には誰一人として見受けられないんだ」

ほむらがキュゥべえを強く睨みつける。

「…………つまり私が怪しいと言いたいの?」

877: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:10:52.88 ID:be6gulfv0
「ボクがキミを犯人だと思ってるってことかい?」

「ええ、あなたが言いたいのはそういう事でしょ?」

ほむらがキュゥべえの赤い目をじっと見据える。

しかしそこからは何の情報も読み取る事が出来ない。

実に薄気味悪い、感情の感じられない目をしていた。

878: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:11:49.56 ID:be6gulfv0
「うーん、キミの言う、怪しい、

という言葉のニュアンスには少し語弊があるかな。

今の所ボクにはこの事件の全貌も何もかも、

まるで判別がついていない。

ただ魔法少女の犯行と考えるのが一番合理的だろうと考えているだけだ。

そんな事件へのあやふやな展望の中で、

キミ以外に疑わしい人物が現時点で特に見当たらないから、

きっとキミが犯人だろうと扱うのは少し無理があり過ぎる。

それに別に他の魔法少女達に犯行が不可能という訳ではないからね。

何と言ったってキミ達魔法少女は条理を覆す存在だ。

あくまでキミは事件の調査への数少ない糸口、

とっかかりの一つに過ぎない。

キミの素性が知れずボクにはキミが信用できない、

という事は否定しないけど、

キミが見滝原に現れてからも依然各地で事件は相変わらず続いている。

キミが何か犯行に関わっている、あるいは何も関わっていない、

現状どちらとも言い切れない、という所がボクの本音だよ」

879: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:14:17.75 ID:be6gulfv0
「……そう」

ほむらは内心ほっとする。元々ほむらには

『時間遡行』、『時間停止』これしか特別な手札がない。

この能力、切り札について

キュゥべえに知られるのは色々と不都合があり過ぎる。

なるべく隠し通すしかない。

キュゥべえに怪しまれるのは最初から覚悟の上だった。

しかしだからといって、

キュゥべえに事件に関与しているに違いないなどと疑われ、

何か強硬な行動をとられるのは恐ろしかった。

880: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:14:58.67 ID:be6gulfv0
何故なら、まどかの契約を執拗に狙ったりと、

今までのループにおいて、

結果としてほむらの妨げになる行動を

キュゥべえは山ほどしてきたが、

キュゥべえがほむらに対して直接何か、

強く圧力なり妨害なりを仕掛けてくる事はなかったからだ。

それは、ほむらもまた一人の魔法少女である事から

原則通りある程度の不干渉を決め込んでいたのと、

ほむらがそれほどまどかに対する

契約の妨げになると思われていなかった事が大きいだろうが、

それだけに本気でほむらを

潰しにかかったらいったい何をするのか、

彼女にはてんで想像がつかなかった。

881: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:17:21.66 ID:be6gulfv0
「それで、結局私にあなたは何の相談、頼みがあるというの?」

ほむらは腰を低く屈め、

キュゥべえに目線を合わせた。

「ボクがキミに頼みたい事は三つある。

一つ目はさっきも言ったけど

鹿目まどかを魔法少女にならないように説得する事。

二つ目は一日に何度かボクがキミの前に

前触れなく監視目的で現れるのを承諾する事。

三つ目はキミの一日の行動その他の情報を

毎晩おおまかにボクに報告する事だ」

882: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:21:50.75 ID:be6gulfv0
まどかに契約させずに済む。

さっきのあれは言い間違えでも、

他に突拍子もない

別の意味が込められていた訳でもなかった。

キュゥべえの言葉に

いよいよほむらの胸は高鳴った。

しかしなるべく平静を装う。

絶好のチャンスを

万が一にでも逃す訳にはいかない。

ほむらが深く首を傾げた。

883: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:23:58.99 ID:be6gulfv0
「その事件とあなたがまどかを

契約させたくない事とどうつながるというの?

『魔法少女狩り』がどんな魔法少女その他が

行っている事なのかは知らないけれど、

もしまどかが魔法少女になったとすれば、

彼女が誰かに負けるなんてとても私には考えられないわ」

「そうとも限らないさ。戦いにおいて

必要不可欠なのは力の総量ではなく勝機だよ」

勝機……。

ほむらは一人ごちる。

確かに、

いざとなれば私は時間を止めて

契約したまどかのソウルジェムを

撃ちぬく事が可能だろう。

なるほど、奇襲その他の襲撃で、

まどかが魔女になる前に

そのソウルジェムを破壊されてしまう事は、

インキュベーターにとっては困る事に違いなかった。

884: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:26:05.43 ID:be6gulfv0

「まどかが『ひき肉ミンチ殺人事件』の犯人を

消滅させるという願いを叶えボクと契約したとする。

そしてまどかが『魔法少女狩り』の犯人に何らかの要因、

もしくは偶然目をつけられたとする。

相手の正体、能力がわからない以上

まどかが負ける可能性もゼロではない。

となるとひとまず事件解決までは

まどかの契約は見送るというのが一番確実だ。

ところがボクは少女から願い事を言われたら言われたとおりそのまま叶える、

少女の契約の意思には干渉しない、

これがボクと魔法少女の契約における原則的な『ルール』なんだ。

だから多少無理やりな手段ではあるけど、

誰かにこうして頭を下げて頼むしか

ボクにはまどかの契約を止める手立てがないんだよ」

885: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:27:30.20 ID:be6gulfv0
「何故私にまどかの契約阻止を頼むの?

この街には巴マミがいるじゃない。

得体の知れない私にわざわざ頼む必要はないはずよ」

「マミは魔法少女の仲間を欲しがっている。

それにいざとなると相手の契約の意思、

決断を重視する可能性が高い。

誰かが魔法少女になるのを止めてくれと

相談する相手としてはあまり適切じゃない。

キミはまどかとクラスメイトだし、

仲も出会ってこの短期間にしてはかなり良好だ。

だからキミに頼む事にしたんだよ。

少なくとも一般人の美樹さやかに頼むよりは、

魔法少女であるキミに説得して貰う方が筋が通ってるだろう?」

感情がない割にキュゥべえは

意外と人間の事をきちんと理解しているらしい。

ほむらは驚いた。

886: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:31:14.02 ID:be6gulfv0
「ボクがキミとこの取引きをしたいのは

この事件の完全な解決までだ。

これはキミが他の魔法少女達と同じように

ボクに取って『信用できる』対象かどうかを

査定する目的も含んでいる。

拒否する事はあまりお勧めできないね」

「私がそれらを承諾するメリットは他にはないの?」

まどかに契約を止めるよう堂々と言う事ができる。

本当は一も二も無く承諾したかった。

けれどまどかに対して何か特別な執着があるなんて

キュゥべえに下手に思われては困る。

冷静な対応をとる事がほむらには必要だった。

887: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:32:41.01 ID:be6gulfv0
「メリット……。

そうだね、まずボクがキミを

監視する目的で傍にいる時は

キミに近辺の魔女に関する

位置情報を教えてあげよう。

本当は誰か一魔法少女に無闇に

肩入れするような行動は

取るべきじゃないんだけど特例としてね。

後はキミにかけられた疑いを

自らなるべく早く晴らせるよう、

この事件に関する情報を

色々ボクが自主的にキミに提供する

という条件でどうかな?」

体よく事件解決の手駒として

働かせたいだけなんじゃ……。

少しだけほむらはそう思った。

888: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:34:06.77 ID:be6gulfv0
「もし、あなたの頼みを断ったら?」

キュゥべえがひょいと跳ねて屈んでいるほむらの肩に飛び乗る。

そして耳元で囁いた。

「ボクはキミを完全な敵だと判断する事になる。

今までと同じように

まともに生きていけるとは思わない方が良いよ?

少なくともキミの毎日の生活全てから

完全にプライバシーは失われると思ってくれていい」

ほむらの背筋が寒くなった。

キュゥべえはいつでもどこへでも現れる。

普段は自分からその姿を見せるから存在を視認できるが、

もし本気で物陰に潜まれ、

こっそりこちらを観察されたら……。

頼みなんて名ばかりの明白な脅迫だった。

889: ◆2DegdJBwqI 2013/05/15(水) 14:36:16.32 ID:be6gulfv0
「わかったわ。その頼み、引き受ける事にする」

ほむらの答えを聞いてすぐ、

キュゥべえは彼女の肩から背中を抜けてスルリと地面に降りた。

振り向いてキュゥべえを目で追う、ほむらの方へと向き直す事は無く、

キュゥべえはそのままゆっくりと歩き去ろうとしていた。

「良い返事が聞けて良かったよほむら。それじゃあまた明日」

キュゥべえがどこか闇の中へと姿を消した。

精神的な疲労がどっとほむらを襲う。

『魔法少女狩り』。

懸念事項であることには間違いないが、

それが解決されるまで

キュゥべえがまどかとの契約を保留すると言うなら

私は……。

私は……。


……一段と、夜の闇が深くなった気がした。

896: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:14:55.79 ID:2kzX8/4j0
~☆

次の日、ほむらがまどか、

そして仁美と一緒に登校していると

通学路の途中でばったりマミと出会った。

「あら、暁美さんと鹿目さん、おはよう」

「あっ、マミさんおはようございます」

にこやかにほほ笑むマミに

まどかが軽く頭を軽く下げた。

「おはよう、ございます。巴マミ、さん」

仁美とまどかの手前、

先輩に無礼な態度をとるわけにもいかず、

多少ギクシャクとはしながらも

一応丁寧な挨拶をほむらはマミに返した。

そのいつものほむららしからぬ態度に、

クスクスとマミは先程よりも笑みを深くする。

897: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:16:23.01 ID:2kzX8/4j0
「ええっと、お二人とも

この御方とお知り合いなのですか?」

仁美がおずおずとまどかとほむらに尋ねた。

まどかがそれに答える。

「うん、丁度ほむらちゃんが今フルネームを言ってたけど、

巴マミさん。私達の一つ年上、先輩なんだよ」

それを聞いて仁美が何度も

交互にほむらとマミの顔を見遣る。

両者の胸付近にもそっとチラチラ

視線を遣っているのは多分気のせいではないだろう。

そして仁美は感心した様子でこう言った。

「転校してきてすぐにまどかさんを虜にしたばかりか、

こんな綺麗な人ともあっという間にお知り合いになるなんて

ほむらさんは思っていたより中々のやり手のようですわね」

898: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:17:49.02 ID:2kzX8/4j0
「突然何を言ってるのよ志筑さんは……」

ほむらが吐息交じりに呟くように言った。

しかし仁美の指摘は鋭い。

クラスメイトの質問や接触をやんわりとはねつけ、

まどかとの交流だけを持ったほむらが、

何の接点も無いはずの先輩と知り合うなど

普通に考えれば不思議な話だった。

詳しく追及されたら

ちょっと困った事になるかも知れない。

ほむらの身体がその場にいたマミ以外は

気付かぬほど微妙に強張る。

「あら、まどかさんの事はまどかとお呼びになるのに、

私の事は仁美とは呼んでくださらないのですか?」

けれどほむらの懸念とは全く関係の無い事を、

少し意地の悪い表情をしながら仁美はほむらに言った。

自然肩の力が抜けて脱力する。

899: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:20:33.78 ID:2kzX8/4j0
「それは……」

だってまどかは友達だから。

ほむらの思いは言葉にはならない。

ならば私は友達ではないという事ですか?

なんて返される光景が目に浮かぶ。

せっかく自分に仁美が向けてくれている

誠実な好意をきちんとした理由もなく

無闇に跳ねのけたくはなかった。

彼女は魔法少女、

同情や共感が命取りになりかねない

血塗られた世界とは全く無縁の存在だ。

理由も無く誰かを無下に拒絶する事を

ほむらはあまり好まない。

何しろ本来自分は

誰かをにべなく拒絶できるほど

上等な人間ではないはずなのだから。

900: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:22:03.82 ID:2kzX8/4j0
「ひ、仁美」

【暁美さん】

仁美さん、

そう言おうと思っていた

ほむらにいきなりテレパシーで

マミが声をかけた。

驚いたほむらは

口からはっと息を漏らして、

何と言おうと思っていたかを

そのまま全部忘れてしまった。

「はい、ほむらさん。何でしょうか?」

仁美がニッコリと笑みを浮かべる。

どうやら仁美は名前だけで呼ぶ事を

無事に承諾されたと考えたらしい。

901: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:24:16.79 ID:2kzX8/4j0
もう、何でもいいや、どうにでもなれ。

そんな投げやりな気持ちで、

仁美との事は一時頭から追いやり、

マミの方にほむらが首を向けると、

彼女はまどかと他愛ない世間話を交わしている。

ほむらが自分の方を向いたとマミはすぐに気付いて、

チラリと目を一瞬だけほむらの方に向けると

まどかの顔にその先を戻した。

【ちょっと二人だけでしたい大事な話があるの。

お昼休みに私のクラスに来てくれないかしら】

ほむらの頭の中でマミの声がした。

その間もマミはまどかと世間話を続けている。

会話をしながらテレパシーをするとは

中々器用な事をする。

ほむらはマミの地味な妙技に舌を巻いた。

やはり巴マミは底知れぬ実力を備えている、

そんな事をふと思ってみる。

902: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:27:11.76 ID:2kzX8/4j0
【ええ、わかったわ】

「ほむらさん?」

仁美がほむらの顔を覗き込んだ。

それにびっくりしたほむらは

つい大げさに見えるくらい後ろに仰け反ってしまう。

「ど、どうしたのほむらちゃん?」

まどかが心配そうな声をあげる。

まどかに自分のかっこ悪い姿を見られてしまった。

ほむらの胸の中を熱い羞恥心が一杯に満たす。

ほむらの頬にほんのりと赤みが差した。

「何でも無いわ。少し考え事をしていただけ」

そう言ってほむらは

自身の長く美しい黒髪を

サラッと優雅にかきあげた。

903: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:28:41.03 ID:2kzX8/4j0
~☆

昼休み、チャイムが鳴ってまもなく

ほむらは用事があるからとどこかに向かい、

仁美は係の仕事があるという事なので、

まどかとさやかは二人屋上で昼食をとっていた。

そしてその最中、

ふらりとやって来たキュゥべえと合流した。

キュゥべえにお弁当のおかずを食べさせてみたりと

和やかな時間が流れる。

「ねえ、まどか」

「なあにさやかちゃん?」

「まどかは、本当に契約する気なの?」

まどかが箸を一時置く。

そして弁当箱から目を離しさやかの方を見た。

「うん」

力強く頷くまどか。

対してさやかは渋い表情をしている。

904: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:29:52.22 ID:2kzX8/4j0
「多分やめた方が、良いと思うよ」

さやかの囁くような声は低く震え、

そこには明らかな躊躇いがあった。

しかしそれでいて断固とした否定の意思を内に秘めていた。

「どうして?さやかちゃんは

『ひき肉ミンチ殺人事件』をどうにかしたくないの?

私が覚悟を決めさえすればそれが出来るのに、

何で私の願いを否定するの?」

まどかの声に苛立ちが混じる。

まどかにはまるで理解できなかった。

私がやろうとしている事は絶対に正しい事なはずなのに

皆よってたかって私を否定する。

仁美と同じく一番気心の知れた

親友の一人であるはずのさやかまでも。

それが無性にまどかの心中を煮えくりかえらせた。

905: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:31:12.96 ID:2kzX8/4j0
「ええっと、なんて言うのかな……、

私達ってさ、きっと幸せバカなんだよ」

「え?」

唐突なさやかの話の展開にまどかは面食らう。

さやかはそのまま独り言を口にするように喋り続けた。

「毎日朝決まった時間に起きて、

朝ごはん食べて、学校に行って、勉強して、遊んで……。

私もそうだけどさ、まどかも毎日幸せだよね?」

「うん」

「あのね、きっと何を犠牲にしてでも

私達が日々感じてる幸せを掴みたいって人、

世の中にきっと大勢いるって私思うんだ」

どうにも自分の言いたい事が上手く伝えられず

さやかがワシャワシャと頭を掻きむしる。

906: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:33:12.79 ID:2kzX8/4j0
「それなのに私達は、どれだけ自分が今こうして

毎日を穏やかに過ごせてる事が幸せな事なのか、

中々上手く実感できない。

それは私達が不幸を知らないからだと思う。

恵まれ過ぎて多分馬鹿になっちゃってるんだよ」

そしてさやかがまどかの目をしっかりと見据え言った。

「まどかはさ、本当に今はっきり言い切れるの?

自分の大切な日常を誰かの為に全部自分から投げ捨てて、

それがもし自分の本当に望む物を自分にもたらしてくれなかったとして、

自分のせいで毎日がとても苦しくて、

辛くて、投げ出したくなっても

後から自分のした事を絶対に後悔しないでいられるんだって」

まどかはさやかの言葉に返す言葉を探した。

しかし言葉は自分の中にはどこにも見当たらなかった。

自分が誰かの為に生きて後悔する。

そんな事彼女は生まれて一度も考えてみた事がなかったからだ。

そしてそんな彼女の様子をキュゥべえは何も言わずじっと眺めていた。

907: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 16:33:48.39 ID:2kzX8/4j0
区切りも良いのでちょっと休憩挟みますごめんなさい

909: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:01:49.80 ID:2kzX8/4j0
~☆

まどかとさやかが二人で話している頃、

マミとほむらは二人並んで人気のない廊下にいた。

教室で顔を合わせてからここまで

両者とも一言も口を聞いていない。

まず先にマミが口火を切った。

「こんにちは暁美さん」

「こんにちは、巴マミ。それで?用事って何?

手短に済ませて貰えるとこちらも有り難いわ」

ほむらのせっつく様子に動じることなく、

マミは自分のいつものペースで喋り始める。

「手を組みましょう」

そしてほむらの方に片手を差し出した。

「あなたは…………」

マミからの三度目の勧誘を

全くもって予想していなった

ほむらは呆れ顔でマミを暫く凝視した。

910: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:04:21.40 ID:2kzX8/4j0
「本気で言っているの?

前も言ったけど私はあなたと」

「鹿目さん」

その一言でほむらの口から

出かけていた言葉は押し留められてしまった。

昨日も同じような事があった。

まさかあの時みたいにまた衝撃の事実を

聞かされるのだろうか?

ほむらの胃が想像でキリキリと痛んだ。

911: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:05:06.36 ID:2kzX8/4j0
「私は彼女の契約を止めたい。

けれど彼女の契約を確実に止めるには

私だけの力だけでは不十分。

より確実性を高めるには

私と同じく長い間魔法少女をやっていて、

私以上に鹿目さんと接触する機会のある

あなたの協力が必要だわ。

あなたも昨日鹿目さんの契約には反対していた。

私と協力する事はあなたにとっては

不本意かもしれないけど、

冷静に考えれば

これはあなたにとって悪い取引では

全然ないとわかるはずよ」

912: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:08:03.31 ID:2kzX8/4j0
ほむらは自分の頭をガツンと

鈍器で殴られた様な衝撃を、

マミの話の内容から印象として受けた。

マミがまどか、あるいはさやかの

契約を自分の意思で止めにかかる。

それはマミという人間に関するほむらの判断、

経験に照らし合わせると、

どう考えても起こり得ないはずの事態だった。

自分に真っすぐな目を向けてくるマミを、

ほむらは何の感情も悟らせない

無表情さを持って黙って見返していた。

しかしその胸中は人知れず荒れ狂っている。

悪い取引では全然ない?

ほむらにとってはとてもそんな言葉で

収まりきるレベルの話ではない。

913: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:08:50.52 ID:2kzX8/4j0
マミという「正義の魔法少女」に憧れる。

それはこれまでの『時間遡行』における、

まどかやさやかにとって

契約のきっかけの一つとなる

重要なファクターだった。

その原因である張本人がほむらに

まどかの契約を一緒に協力して止めようと言っている。

あれ程何度も何度も

こちらの思惑に沿った行動をとってくれなかった

巴マミ自らが何の因果ゆえかそう口にしている。

願ったり叶ったり、

もしこの機会を逃してしまえば

こんな都合のいい展開は

二度と自分の前で起こらないかもしれない。




……もし、これが「昔」のほむらだったら

きっと一も二も無く承諾し、

あまつさえ涙を流して

マミにすがりついていたに違いなかった。

914: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:11:48.31 ID:2kzX8/4j0
「何よ……、一体何のつもりよ……」

ほむらの声は彼女自身の耳に

酷く弱弱しく掠れて聞こえた。

爆発的な感情の渦が激しく

彼女の中でせめぎ合っていた。

地獄の様なあの日々の苦しみの吐露、

マミの美しく洗練された「正義」への憧れ、

マミと対等の立場で共闘する自分、

それは脳を痺れさせる甘い誘惑だった。

だけれども、

ほむらを痺れさせたのは

甘い誘惑だけではなかった。

ほむらの経験してきた毎日が

それを決して許さなかった。

マミに期待を裏切られた瞬間、

マミに銃弾を撃ち込まれた瞬間、

マミとの共闘の先に待っているかもしれない完全な破滅、

それは臓腑を痺れさせる苦い恐怖だった。

915: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:12:17.98 ID:2kzX8/4j0
マミの手が自分に向けて差し伸べられている。

ほむらは自分の内から

強い吐き気がこみ上げてくるのを感じた。

何故?

『今まで』はあんなにまどか達の自由意志を

あなたは優先していたじゃない。

何故?

今までのあなたと

『今度』のあなたは

何が違うというの?

何故?

何故?

何故?


何故……。


今ここで、

もしその疑問を一度でも

言葉にしてまったら、

そこから自分が恐怖で

滅茶苦茶になってしまう気がした。

916: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:14:33.39 ID:2kzX8/4j0
「…………明日」

「え?」

マミが怪訝そうな顔をしてほむらの顔を見ている。

どうにかほむらは努力の末に

自分の口から吐瀉物ではなく、

適切と思われる言葉をひねり出した。

「明日答えを出す。

ひとまず全ては今日の

『魔法少女体験ツアー』とやらを

無事に終えてからよ。

まずは私に冷静に判断できるような

時間と材料を頂戴」

それだけ言うとほむらは、

マミに背中を向けて、

嵐のような勢いでもって

その場から立ち去った。

917: ◆2DegdJBwqI 2013/05/18(土) 17:16:14.67 ID:2kzX8/4j0
魔力で矯正したはずの

視界はまるで靄が立ち込めたようで、

そしてちょっとばかり歪んでいる気がする。

怖い。

怖い。


怖い……!


ほむらにとって、

この恐怖は初めての経験だった。

絶望がどれほど

自分の足の歩みを鈍らせる物かは

嫌になるほど知っていた。

そして同時に絶望と戦う方法も

我慢強く学んできた。

だからどこかにあるはずの

希望を求めて、

ずっとここまで歩いて来れた。

 
927: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 15:43:31.06 ID:g7GdsUat0
 

しかし、いきなり何の用意もなしにもたらされた希望が、

自分の足を酷く萎えさせ、 頭を無茶苦茶に混乱させ、

心を抉り、 これ程の恐怖を自分にもたらすなんて、

夢にも思った事がなかった。

結局その日、

ほむらが心の平静を完全に取り戻すには、

昼休みが終わってもなおしばらくの時間が必要だった。

928: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 15:49:41.41 ID:g7GdsUat0
~☆

放課後、まどかとさやかの為の魔法少女体験ツアーが

特に変更なく行われる事となった。

ほむらとマミがまどかとさやかを先導する形で歩く。

「見習い」二人には、互いの経験から

どこに魔女や使い魔がいそうかを相談する

ほむらとマミの姿がとても凛々しく見えた。

しばらく街のあちこちを四人で周っていると、

二人のソウルジェムがほぼ同時に反応を示した。

「この反応は……」

「使い魔の結界、それも相当大きな物のようね」

マミの言葉を引き継ぐようにまどか、

さやかにもわかるようほむらが補足する。

929: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 15:50:45.58 ID:g7GdsUat0
自然それを聞いた二人の表情がピリリと引き締まる。

「丁度良いわ」

「え?」

ぼそりと呟いたマミの言葉に半分無意識でまどかは聞き返した。

「えっ?ああ、ごめんなさい、何でも無いわ。ただの独り言だから」

そう言うやいなやマミは一瞬で魔法少女の変身を済ませ、

結界へとまどか達を恭しく招き入れる様な仕草をする。

「さあ、行きましょうか、鹿目さん、美樹さん。暁美さんも準備は良いわよね?」

「当たり前でしょ」

ほむらもまたいつの間にか変身を済ませていた。

そして四人がそれぞれ思い思いの事を考えながら結界を潜っていく。

930: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 15:52:42.82 ID:g7GdsUat0
~☆

入ってすぐ、一目見て明らかにわかるくらい結界の中は広かった。

ここから一匹も取りこぼさずに使い魔を全て狩るのは難しそうね、

ほむらはそう考えた。

使い魔は全員結界の奥にいるらしく今の所どこにも見当たらない。

まだこちらの存在には気づいていないようだった。

「役割を分担しましょう」

結界の中を少しの間見渡してマミはそう言った。

自分の能力について極力マミに

知られたくなかったほむらはマミの提案を受け入れ、

結果ほむらがまどかとさやかの護衛をし、

基本マミ一人が使い魔達を殲滅するというやり方を取る事になった。

931: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 15:56:25.33 ID:g7GdsUat0
「そこで待っててね」

マミが三人からだいぶ離れた広くスペースの空いた場所に一人立つ。

憧憬の視線をマミに向ける二人を余所に、

ほむらはマミを苦々しげな表情で見つめていた。

まどかとさやかはマミに憧れを抱いている。

今のさやかに契約の意思はないようだが、

今日マミの鮮やかな戦い方を一目見てしまえば

それも変わってしまうかもしれない。

それほど間近で見るマミの洗練された戦い方には、

我も忘れさせるような魅力があった。

自分もああなりたい、

そう感じる気持ちをほむらは痛いほど良く理解できた。

932: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:04:45.11 ID:g7GdsUat0
だからこそ、それがどれだけか弱い少女達の、

自身の願望についての認識を歪めてしまうかも良くわかる。

マミのような人間になりたいのか、

それとも本当にその願いを叶えたいのかの

境界線が曖昧になってしまうのだ。

たとえ本当にその願いを叶えたかったとしても、

そういった願いに対する気持ちが多少なりとも

曖昧になった状態で契約してしまうのは良くない。

もしかしたら私はあの時、

この願いをただ叶える為に契約したのでは

なかったのではないか?

そういった疑念が後から心に生まれてしまう危険性が残ってしまう。

933: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:08:04.56 ID:g7GdsUat0
ほむらにとって仮に魔法少女になるに

ふさわしいと認めうる人間がこの世にいるとしたら、

魔法少女になることへの憧れを持たず、

かつ願いを叶える明確な「必然性」に迫られている少女だけだった。

自分ではもうそれ以外に選択肢の

選びようのなくなった憐れな少女が、

たとえ無様であってもなりふり構わず

すがるしかない対象が魔法少女の契約であるべきだと思う。

少なくとも「幸せ」で「未来」に溢れた

まどかとさやかにその資格はない。

最もまどかに関してだけは、

いくら彼女が「必然性」に迫られていたとしても、

ほむらはその契約を理屈を抜きにした

執念というレベルで否定しなくては、

自分を保てなくなるに違いなかった。

934: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:10:35.18 ID:g7GdsUat0
【皆。耳をしっかり塞いで!そして口を開けて!】

テレパシーでマミが三人に呼びかける。

マミの目の前に彼女の身の丈の優に倍以上はあるだろう魔法の大砲が出現した。

それはほむらのいつも見慣れたマミのセンスが前面に出た装飾の凝った代物ではなく、

支えの付いた大きな筒と形容しても良いくらいに味気ない。

不思議に思いながらもほむらはマミの指示に従い、二人もそれに続いた。

マミは三人の様子をチラリと確認すると、辺り一帯に響き渡る声をあげる。

「ティロ・コルポア サルべ!」

斜め上に向けられている砲身が空を目がけて火を噴いた。

しかし、発射されたのは砲弾の類ではなく、

鼓膜を突き破らんばかりの破壊的な音とモクモクと立ち上る煙ばかり。

使い魔の結界が音の威力によって軽く振動している気がする。

音の振動がビリビリとほむら達の身体を震わせた。

935: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:16:09.32 ID:g7GdsUat0
使用済みの大砲は独りでに勝手にほどけ、

それまで大砲として限界まで凝縮されていたらしきリボンが伸びて、

広く周囲に拡散していく。

いくら押し込められていたといはいえ、明らかにリボンの量が多過ぎる。

やはりこのリボンもまた魔法でできている代物という訳だ。

リボンが辺り一帯にある程度行き渡ったかと思うと、

今度はそのリボンがさらにほどけて、細い細い糸となった。

まどかやさやかには見えないだろうが、

ほむらには、その数多の糸の群れがクモの巣のように

マミと自分達を広く囲んでいるわずか数歩先に、

マミの張った何か特殊な結界が見える。

爆音を聞きつけた使い魔達が前方からワラワラと集まってきた。

あれ程の音ならこの広い結界内全てに届いているに違いない。

936: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:17:56.45 ID:g7GdsUat0
使い魔達は侵入者の存在に基本無条件に反応する。

結界内の使い魔が一匹残らず今ここを目指しているはずだ。

後方は使い魔の結界の出口である為、

そちらから侵入者を察知した使い魔達がやってくる事はない。

前にだけ注意を傾けていればよかった。

マミの結界を、そして張り巡らされた糸の間を通り抜け、

使い魔達がマミ達の方へじわりじわりと近づいてくる。

「ほ、ほむらちゃん……」

まどかが怯えた声を出す。

さやかは何も口にしないが、

表情を見れば恐怖を感じているのはわかる。

ほむらが二人の手をそっと握って言った。

「大丈夫よ、何があっても私があなた達を守るから」

ほむらがまどかの顔を優しく覗き込むと、

どうやら少しだけまどかは平常心を取り戻したようだった。

その時突然ほむらの耳の奥にマミの声が直に響く。

937: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:21:47.90 ID:g7GdsUat0
【暁美さん、なるべくそちらには行かせないよう心がけるつもりだけど、

ヤツらの物量的におそらく全部は無理だろうから、

そっちに行った分はあなたがどうにかしてね】

ほむらが半分反射的にマミの方に首を向けたのとほぼ同時に、

マミの手元に一丁マスケット銃が出現した。

それはマミがいつも使っている華麗でスマートな物よりも

荒々しく武骨で、遙かに重量があるような印象を与える。

何故かマミはそのマスケット銃を、

銃身の先端付近を掴むように持ち直し右肩に担いだ。

そんな中まずは一匹、集団から先行していた使い魔が

ピョンピョン跳ねてぐんぐんマミとの距離を詰めていく。

マミは左肩を使い魔の方に向けて、

両手でマスケット銃をバットの様に持って構えた。

使い魔がマミに跳びかかる。

マミがタイミングをとる為にマスケット銃をユラユラと揺らしている。

938: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:24:28.02 ID:g7GdsUat0
「らぁっせぇい!」

マミが軽く左足で踏み込みながら、

少しすくい上げるような形で

思いっきりマスケット銃をフルスイングし、

銃床を使い魔にぶつけた。

使い魔が綺麗なホームラン性の弾道を描いて飛んでいく。

そして張り巡らされた糸の内の一本に吹き飛ばされた勢いそのまま接触した。

柔らかな使い魔の身体があっけなく真っ二つになる。

ボトリと重力に従って先程まで使い魔だった肉の塊が地面に落下した。

あちこちに張り巡らされた魔法の糸は

その細さから考えられない程頑丈で、

刃物のように鋭い切れ味がある。

マミが今度は使い魔数匹をまとめてアッパースイングで宙に飛ばす。

糸に激突したそれらは大量の血を撒き散らしバラバラになり地面に落下した。

939: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:27:09.20 ID:g7GdsUat0
いきなりの生々しくショッキングな光景に

さやかもまどかも、特にまどかが、気分の悪そうな様子をしている。

その時一匹の使い魔が本能的にマミには勝てないと察したのか、

この場から逃れようと張り巡らされた糸の間を抜け

マミの結界を超えようとした。

しかし結界に触れた瞬間、

その使い魔の身体は激しい勢いを持って

内側に向けて弾き飛ばされてしまう。

マミの張った結界は入る者を拒まない代わりに、

内から出ようとした者を容赦なく戦場に引き戻す。

糸の網に使い魔の身体が触れる。

バラバラになった使い魔の死体片が地面に転がった。

940: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:31:07.02 ID:g7GdsUat0
マミの頭上から今度は羽の生えた使い魔が飛びかかる。

マミはそれに振りかぶったマスケット銃を叩きつけ地面に引きずり下ろした。

マミがそのまま何度も何度もその使い魔をマスケット銃で殴打する。

ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ……。

こちらからは背中しか見えないけれど、

どんな顔をしてマミは今あの使い魔をミンチにしているのだろう。

ほむらふと唐突にそんな事を思う。

そして近づいてきた使い魔数匹をマシンガンで撃ちぬく。

「ううっぷ……」

いきなりまどかが吐いた。

それに釣られてさやかも吐いた。

941: ◆2DegdJBwqI 2013/05/19(日) 16:32:55.28 ID:g7GdsUat0
ほむらがさやかの方をチラ見しながら慌ててまどかの背中をさする。

使い魔達は恐怖からパニック状態に陥っており、

勝手に結界や糸にぶつかり自滅する者、

無闇にこちらを襲う者に二分されていてまるで統率が取れていない。

マミは機械的に羽の生えた使い魔は叩きつぶし、

跳ねまわるだけの使い魔を空に打ち上げる作業を続けている。

たくさんの血と塊が空から降ってくる。

地面にはもっと多くの血と肉とそれに嘔吐物が広がっている。

そこにはまさに地獄と呼ぶべき惨状が広がっていた。

952: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:05:53.65 ID:IIW+Y5I50
~☆

太陽がやや沈みかけた頃、使い魔や魔女による他の結界、

あるいはそれらの痕跡がどこにも見当たらなかったので、

マミは見習い二人の体調を考慮して

いつもより早めにパトロールを切り上げる事にした。

さやかとまどかは主に精神的なショックからくる疲労でぐったりしている。

さすがにベテランの魔法少女であるマミとほむらは、

体力的にも精神的にもまだまだ余裕綽綽といった様子だが、

そんなマミも表情にどこか浮かない翳りを浮かべている。

「じゃあ今日はこれでお終いね。鹿目さん美樹さん、お疲れ様。暁美さんもありがとう」

「お礼をわざわざ言われるような事をした覚えはないわ」

ほむらがそっぽを向く。

そんな解散ムードの中、おずおずとさやかが口を開いた。

「ええっと、マミさん……。

使い魔相手にあんな豪快に魔法使っちゃって大丈夫なんですか?

ほら、あいつらグリーフシード落とさないわけだし」

953: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:07:44.57 ID:IIW+Y5I50
不安げな顔をするさやかにマミは優しく微笑みながら言った。

「ふふっ、心配しないで美樹さん。大丈夫だから。

結構派手に見えたかもしれないけど、結構魔力の消費は少ないのよあの戦い方」

さやかが感心した顔で相槌を打つ。

「へーそうなんですか」

派手……。

物は言いようね、猟奇的とでも言った方がもっとしっくりくるわ。

心の中でほむらは一人そっとぼやく。

別にそういう光景を色々と既に見慣れたほむらには何ともないが、

まだそういう残虐な光景をこれまで一度も見た事がないだろう

まどかに与えるかもしれないショックははかり知れない。

確かにまどかから契約の意思をはぎ取る事は必要だが、

それは彼女の心を不用意に痛めつけて良いという事ではない。

954: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:12:18.84 ID:IIW+Y5I50
しかしそういった自分のまどかへの甘さからくる徹底不足、

おぞましい物に彼女の目をなるべく触れさせようとしない事こそが、

彼女を結果として魔法少女というどん詰まりの袋小路に

招き入れる結果になっているのかもしれなかった。

だからほむらは「観客」に対して無遠慮過ぎたマミの戦いを

非難したくなる気持ちと同時に、

マミを強く責める事の出来る立場に自分はいないとも感じていた。

それに先程のマミの戦い方は一見すると酷く非効率的なようで、

ほむらが見慣れていたいつもの彼女の戦い方に比べれば実はだいぶ燃費がいい。

大量のリボンを生成する際に必要な魔力の消費は、

大砲という形を明確にイメージし

凝縮することで極限までロスを減らしているし、

使い終わったリボンは手に巻いておいたりなど残しておいて、

後々別の戦闘で大砲に戻したりまたリボンにしたりと再利用できる。

955: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:13:48.36 ID:IIW+Y5I50
マスケット銃は基本鈍器としてしか使用しないから

魔力の弾丸を込める必要はない。

唯一その都度生成し直す必要のある大砲の玉も、

音の大きさを重視した空包に過ぎないので、

威力を考慮せずかなり少ない魔力で作り出すことができる。

マミは本来遠距離タイプの魔法少女だが、

必要に応じてこうしてスタイルを変えれば

多少強引であっても近接戦闘も可能な訳だ。

これ程自分の戦闘スタイルを必要に応じて

ガラッと変えられる魔法少女もあまり多くない。

もし自分に彼女の十分の一程度の魔法のセンスがあればと思うと

ほむらは悔しくて仕方がなかった。

956: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:18:59.25 ID:IIW+Y5I50
彼女の固有能力である時間停止はかなり燃費が良くない。

それに加えて魔法武器を自分で生成出来ないばかりでなく、

身体強化魔法、回復魔法等の魔法少女として基礎的な魔法もあまり得意ではない。

多少得意といえるのは盾を使った自分限定の防御魔法くらいだ。

時間停止という能力が反則的な威力を発揮するのはもちろんのことだが、

それでも普段中々使いこなしにくい能力である事は間違いないだろう。

特にワルプルギスの夜に対しては、

決定的な攻撃手段に欠けるという点で明らかに相性最悪だった。

「それじゃあマミさん、さようなら。まどか、ほむら、帰ろっか」

「うん。マミさんさようなら、また明日」

さやかとまどかがマミに会釈する。

マミの家はここからまどか達三人の家それぞれと丁度反対方向にある。

まどかもさやかも帰る気満々だった。

慌ててマミがそれに割り込む。

「あっ、ちょっと待って。

……ええっと鹿目さん、あなたと二人で少し話したい事があるんだけど」

957: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:22:06.74 ID:IIW+Y5I50
「は、はい?」

まどかが不思議そうな顔をする。

マミの言葉を聞いたさやかはふーんと言った様子で

今度は改めてほむらを誘った。

「何か用事があるなら仕方ないね。ほむら、帰ろっか」

ほむらは渋い顔をする。

はたしてマミは二人きりでまどかと何を話すつもりなのか?

絶対に聞き逃す訳にはいかなかった。

「…………ごめんなさい私今日これから特別な用事があって」

「え、ええっ?それじゃ私これから一人で帰るの?」

軽い調子でさやかはおどけるが、

それに反してマミは深刻な表情を浮かべている。

一人で家まで帰る、

その途中にもしさやかが「ヤツら」にミンチにされる、

なんて事が万が一にでも起こってしまったら取り返しがつかないからだ。

958: ◆2DegdJBwqI 2013/05/22(水) 12:23:18.84 ID:IIW+Y5I50
「そうね……。じゃあ少し遠周りになるけど、

美樹さんの家ってこれから鹿目さんを連れて行きたい場所の途中にあるし、

そこまで三人で行くことにしましょうか」

マミの提案にさやかは怪訝な顔を浮かべる。

「ええ?どこへ行くのかは知らないけど、

もうどうせそこまで一緒に行くなら私も二人と一緒に行っていいんじゃ……」

「ごめんなさい。結構デリケートな話だから鹿目さん以外には聞かせたくないの」

「……そうなんですか、なら仕方ないですね」

若干腑に落ちないという顔をしているが、

さやかはとりあえずの納得の意思を示す返事をした。

そしてほむらの方を見る。

「じゃあほむらまた明日ね」

「ほむらちゃんまたね」

「あけみさんさよなら」

「えっと、その……うん。さようなら、また明日」

ほむらがさっと髪をかき上げる。

今更さっきのは冗談でしたと誤魔化す事も出来ず、

結局ありもしない用事の為に一人だけ帰った風に見せかけて、

陰からこっそり細心の注意を払って三人の後をつけるほむらだった。

963: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:28:25.82 ID:hJBDm0LA0
~☆

まどかとマミがとある橋の袂に二人で立っていた。

中学生の少女が外を歩き回るのに適切な刻限はもうとっくに過ぎている。

ここがマミがまどかを連れてきたがった目的地であることは間違いない。

だというのにさっきからずっと、

マミは重々しい表情でまどかを見つめるばかりで

何も喋り出そうとしない。

マミの深刻そうな様子に加えて、

辺りの薄暗さがまどかを不安な気持ちにさせる。

おそるおそるまどかがマミを促した。

「それで、私に話したい事っていったい何ですか?」

ふぅ、と大きくため息を一度ついてから、

何かしらの覚悟をようやく決めたらしく、

マミが言葉を吐きだし始めた。

964: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:29:37.34 ID:hJBDm0LA0
「鹿目さん、単刀直入にはっきり言わせて貰うわ。

キュゥべえと契約して魔法少女になるのをやめて欲しいの」

「……どうして?」

どうして?

まどかが思った事はまさにその一言に尽きた。

どうして私が契約する事を皆そんなに嫌がるんだろう?

どうして?

その言葉に無意識的に反応して

マミは自分の右胸の辺りをスッと凝視した。

「私がどうして個人的にここまで頑なに鹿目さんの契約を拒もうとするのか、

あなたに納得してもらえる説明を与えられるとは思ってない。

それでも客観的に見てあなたが契約すべきじゃない理由を

いくつか挙げる事なら私にもできるわ」

965: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:30:49.93 ID:hJBDm0LA0
まずマミはまどかが優しく穏やかで

荒事向きの性格ではない事を挙げた。

魔法少女体験ツアーの時も気分が悪そうにしていた。

さっき見せた私の戦い方、

あれによって引き起こされた惨状は

ちょっと例としては特殊すぎるかもしれないけど、

魔法少女をやっていくなら

ああいう光景を度々見る事も覚悟しなくちゃいけない。

きっと鹿目さんは今日の魔女退治まで、

あんな恐ろしい光景生まれて一度も見た事なかったでしょ?

「ありますよ」

しかしまどかは力強く、その首を横に振った。

「今から約一か月前くらいに一度だけ、

『ひき肉ミンチ殺人事件』の被害者の方の死体を、

私偶然街中で見ちゃったんです」

966: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:32:02.54 ID:hJBDm0LA0
~☆

その日、さやかは上条とのデート、

仁美は習い事でそれぞれ忙しかったので、

まどかは一人学校からトコトコ歩いて帰宅していた。

いつもと何ら変わり映えのしない平和な通学路。

その日は一日中ぽかぽかととても過ごしやすい陽気だった。

なんとなく気分が良くなってきたまどかは、

特に深い考えも無く

いつもの道から少し外れて町を散歩して見る事にした。

まだ小学生だった頃、

さやかや仁美と色々な所を放課後周ったりした事、

そんな今までの思い出に浸りながらまどかが歩いていると、

ふとした拍子に普段人気のない空き地の近くにたどり着いた。

何故かとても嫌な予感がした。

967: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:33:13.31 ID:hJBDm0LA0
背筋にヒヤリと汗が伝う。

辺りは他に人一人見当たらずとても静かだった。

それがまどかにはとても恐ろしかった。

空き地を覗かずにこのまま黙って帰るべきだ、

そう本能が告げている。

しかし結局まどかは自身の本能に従う事無く、

そのままふらふらと何かに誘いこまれるように空き地を覗き込んだ。

そこには「人間」がバラバラの状態で散らかされていた。

驚愕でまどかの目は大きく見開かれる。

唇がわなわなと震えた。

身体が燃えるように熱い。

息が詰まる。

「はあ……。はあ……。はあ……」

まどかは喉を両の手で押さえた。

意識が遠くなる。

968: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:36:18.43 ID:hJBDm0LA0
「彼」、もしくは「彼女」が食い散らかされ終えてから、

まどかがそれを偶然発見するまでの間に

時間の隔たりはほとんどない。

目の前にはまだ変色していない綺麗な血の赤が広がっている。

「彼」の首から下はほぼ全て

バラバラのミンチ状にされているのに対し、

首から上は顔の下半分くらいまでその原形をまだ留めていた。

しかし、その下半分の形は普通と比べるとやはり少し歪んでいて、

それが不思議と残された下唇と歯だけで笑っているように見える。

顔下半分の内側が外気に触れる切断面一帯に赤色が広がっていた。

じわりじわりとその光景、

それによってもたらされる恐怖、

絶望感がまどかの心を揺さぶっていく。

誰か……。

誰か……。

誰か、助けて……!

まどかがどうにかまともな思考力を取り戻して、

警察を呼ぶという選択肢に思い至るまでにはそれから数十分の時間を要した。

969: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:38:36.26 ID:hJBDm0LA0
~☆

まどかが自分の見た光景について記憶の通りをマミに伝えた。

そしてポツリポツリとまどかは

自分の今の気持ちについても続けて口にする。

「あの時の私はただ見ている事しか出来なかった。

あの時までは、あんな恐ろしい事が

身の回りで起きてるなんて全く思ってもみなかった」

話している内にまどかの心にあの時の恐ろしさ、

やるせなさ、悔しさが甦ってくる。

左右の手が感情の高ぶりから次第に震える。

まどかは自身の拳をきつく握りしめた。

「嫌なんです。もう何もできない自分でいるのが……!

誰かがどこかであんな目に遭っているというのに、

私は毎日をこうしてだらだらのうのうと生きているのが!

だからもし、もしも私が契約する事で

そういう人達を救えるなら、私は契約したい。

いえ、それが可能なら私は契約しなくちゃいけないんです!」

970: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:39:48.52 ID:hJBDm0LA0
気持ちを全て素直に語り終えたまどかはスッと視線を下に落とす。

この思いそのものまでマミには否定されるかもしれない。

それが恐ろしかった。

「なるほどね、鹿目さんの覚悟はわかったわ」

マミが神妙な面持ちで言う。

「だったら!」

まどかがマミに詰め寄る。

しかしマミはグッと近づいてくる彼女を手で押しとどめた。

「じゃあ二つ目の理由、

あなたが契約していつかそれを

後悔する可能性について話すわね」

「私は絶対に後悔なんてしません!」

「いいから、とりあえず私の話を聞いて頂戴」

また感情を高ぶらせ始めたまどかとは対照的に、

マミはとても落ち着いた様子だった。

971: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:41:34.54 ID:hJBDm0LA0
「……本当はこんな話を本人の了解なしに

勝手に誰かに話すなんてよくない事だと思うんだけどね」

そしてマミはかつての後輩、

佐倉杏子との出会い、彼女の願いの結末、彼女との決別までを、

一応人物名は全て伏せつつざっとまどかに語った。

それを聞き終えたまどかの目には、

うっすらと涙の膜が張っていた。

「酷い……。酷過ぎるよ、そんなの……」

「ええ、確かに酷過ぎる。

でもね、これが私達魔法少女の現実なの。

魔法少女になるなら、自分の行為に決して

何かの見返りを求めようとしては駄目なのはもちろんのこと、

それどころか自分の願いでたとえ不本意でも

誰かを踏みにじってしまう事すら覚悟しなくちゃいけないの」

972: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:45:05.48 ID:hJBDm0LA0
今度は自分が契約した経緯、

それと両親を生き返らせる願いをしようと

しなかった後悔についてマミは話した。

両親の話をしている時のマミの顔は、

己を責める悔恨から激しく歪んでいた。

「私は生き延びるという願いを叶える選択肢を

選らばなくちゃどうしようもなかった。

でも鹿目さんは違う。

それに私がさっき言った子とも鹿目さんは違う。

あの子は自分の幸せ、自分の家族の幸せの為に祈りを捧げた。

だけどあなたがこれから一度きりの願いを

使おうとしている相手は多くが見ず知らずの赤の他人、

そして願いの結果があなたの目に

何か見える形で現れる事はおそらくない。

あなたが歩もうとしている道は

あなたが思っている以上にずっと険しくて過酷なはずよ。

きっと誰か一人が背負うにはあまりに重すぎる荷物だわ」

973: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:46:53.03 ID:hJBDm0LA0
マミが優しくまどかに語りかける。

その一言一言がまどかの胸をついた。

色々な物事をこれまで見たり経験してきた

憧れの人が自分を想って語ってくれる言葉は、

魔法少女の契約、

それと『ひき肉ミンチ殺人事件』の完全解決という

明確な目標を叶える事に

多少妄信的になっているまどかにも、

現実味を持って聞こえて来た。

マミさんですら自分の契約について悩んでいる事があるんだ、

私なんかがなったら言わずもがな、

私もマミさんの言ってた子みたいに

自分の選択をもしかしたらいつか後悔してしまうのかもしれない、

そんな気持ちになる。

でも、それでも……。

それでも私は……。

974: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:48:54.07 ID:hJBDm0LA0
「もし契約が私には背負いきれない重荷だったとしても、

そうだとしても私は、

今もどこかで誰かがあんな目に

遭ってるかもしれないと思うだけで耐えられないんです。

たとえ私がどんなに苦しむ事になろうとも、

これが出来るのは私だけだから。

だから私がやらなくちゃ、絶対にダメなんです」

まどかの目には強い意志が籠っていた。

マミはその瞳を惚れ惚れと吸い込まれるように見つめる。

自分の幸せを自ら投げ捨ててでも、

誰かを救おうとするその姿、

そこには強さ、優しさ、気丈さがあった。

マミはまどかにこれまでずっと夢見て来た

「正義」の魔法少女の理想像を幻視した。

期待感で胸が膨らむ。

しかしそんな気持ちはおくびにも出さない。

975: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:50:32.48 ID:hJBDm0LA0
「……魔法少女になっても本当にいい事なんてないのよ」

マミはずっと前にこの橋で門の形をした魔女に襲われていた

一人の女の子を間に合わず助けられなかった話をした。

魔法少女になったからといって全ての人を救える訳じゃない。

必ず誰かが手の平からこぼれ落ちていく。

必ずどこかで妥協しなくてはならない。

でもはたしてどこで妥協すればいいのだろう?

鹿目さんならもしかしたら

そんなどん詰まりを打ち崩してくれるんじゃないか?

鹿目さんが契約するのが駄目という事が確かな事実なら、

そのラインを既に超えた私の未来に待っているのも

やはり何かしらの決まった破滅じゃないか?

自分の思い、封じ込めていた記憶を赤裸々に喋るにつれて、

マミの思考の糸がだんだんと乱れていく。

976: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:52:16.00 ID:hJBDm0LA0
「今日ここに鹿目さんにわざわざ来てもらったのは、

今の失敗談を話したかったってのももちろんあるけど、

何よりここじゃないと鹿目さんの契約を止めるって

私の決意が揺らいじゃいそうだったから。

さっきから偉そうなことばかり言ってるけど、

本当は何が正しいのかなんて私には何一つわかってないの。

あなたの契約の意思を完全に否定できる確かさを、

本当に私の言ってる理由が持ってるかなんてわからない。

あなたが一緒に戦ってくれたら、

どんなに心強いかって心の底では思っちゃってる。

今でも口を滑らしたら鹿目さんに私と一緒に戦って欲しいって頼んでしまいそう。

でもそんな苦しい世界に幸せに生きていける鹿目さんを巻き込むなんて間違ってるわ。

だって私は知ってるもの。

魔法少女がどんなに自分を犠牲にしなきゃいけない物かって。

怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃう。

怖くても、辛くても、無理して一人で耐えなくちゃいけない時期があった。

ううん、あの子と別れてからの私は、

きっと本当の意味ではずっと一人ぼっちなんだわ……」

977: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:53:32.06 ID:hJBDm0LA0
マミの声に微かながら涙が混じる。

だったら一緒に戦いましょう、

その言葉をまどかはすんでの所で呑み込んだ。

マミさんは私の為に自分の心細さを胸にしまってまで

私を説得しようとしてくれている。

今ここで考えなしに一緒に戦いましょうなんて言うのは

マミさんのそういう想いを無下にするのと同じだ。

だからまどかはマミさんは一人ぼっちじゃないんだと言う事にした。

「マミさんは一人ぼっちなんかじゃないです。

だって私にさやかちゃんにほむらちゃん、

こんなに友達がいるじゃないですか」

978: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:54:45.29 ID:hJBDm0LA0
「ええっ?」

マミが首をかしげる。

マミが一人ぼっちだと言ったのは

自分には本当の理解者がいないという意味であって、

友達ならクラスにちゃんといるし、

身近にもミギーがいる。

だけどそれよりマミがむず痒く思ったのは、

自分とまどか達が実は友達なのだという

思ってもみなかったそれまでの認識の転換だった。

なるほど、まどかはともかくさやかとは数か月の縁があるし、

ほむらとも期間はそれほど長いとは言えないけれど、

魔法少女繋がりの深い縁がある。

しかしほむらには差し伸べた手を払いのけられたし、

さやかと放課後などに一度も遊べたりした事はない。

もちろん普段学校で顔を合わせる事も無い。

まどかに至っては出会ってまだ二日目だ。

979: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:55:59.97 ID:hJBDm0LA0
そんな彼女達と友達なんだなんて、

自分から勝手に思っていいのだろうか?

そんな遠慮がそれまでのマミの中にはあった。

「もしかして私なんかが友達じゃ、嫌ですか……?」

不安そうにそう尋ねるまどかにマミは慌てて否定の返事を返す。

「そんなわけないわ!

鹿目さんの気持ちは凄く嬉しい!

……でもね、どうも鹿目さん達が友達だっていう

実感が私何だかいまいち持てなくて」

「ああ、なるほど」

まどかが合点がいったらしくうんうん頷く。

そしてうーんと悩み顔をひとしきりしてから、

よし、と何かを思いついた。

980: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:57:32.65 ID:hJBDm0LA0
「じゃあ私のことこれからまどかって呼んでください!

まずはそういう所から慣れていきましょう!」

「ええっ!?」

クラスの友達も苗字にさん付け以外の呼び方をした事がなかった。

いざこうして名前だけで呼んでみてと言われると

不思議とそれが酷く気恥ずかしく思えた。

「ほら、はやくはやく」

「ま、まど……鹿目さん?」

「えぇー……」

渾身のあきれ顔を披露するまどか。

困惑顔を披露するマミ。

マミ本人も正直自分が何をそんなに

恥ずかしがっているのかよくわからなかった。

981: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 14:58:23.04 ID:hJBDm0LA0
そんな中、まどかが突然手をさし伸ばした。

「こ、これは?」

「友情の確認の握手です。

さあマミさんも手を出して」

言われるままにそっと割れ物でも触るように

マミはまどかの手をにぎにぎする。

ほんわり温かなまどかの体温は、

それを握るマミをどこかぼんやりとした気持ちにさせた。

そしてそんな二人の心温まる姿を

実はほむらが物陰からひっそりずっと見つめていた。

彼女の存在に気づいた者は誰ひとりも、

つまりミギーでさえも彼女が近くにいる事にまるで気付かなかった。

982: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:01:00.56 ID:hJBDm0LA0
~☆

マミがその後まどかを家に送り届け普通に帰宅する。

まずはお風呂に入ってその後ミギーの作った夕食を食べてから、

ベッドでごろごろしつつ携帯の画面を眺めていると、

ミギーが喋り出した。

「またアドレス帳を見ているのか?」

「そうよ」

画面にはまどかの電話番号とアドレスがあった。

友達だと言ってくれた。

まどかの優しさを思い出し、

心がぽかぽかとしてくる。

「でもきみは普段魔女退治に出かける際に

携帯とかを持ち歩かないじゃないか」

「だって盗まれたり壊れたりしたら大変だもん。

良いのよこういうのは。形としてあるって事が大切なんだから」

「私にはあまりよくわからん」

983: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:02:55.75 ID:hJBDm0LA0
魔法少女の変身は基本服装や

その際に身に着けていたアクセサリーなどにしか影響しない。

最低限のグリーフシードと、

魔女や使い魔が出現しそうな場所を記した地図など

魔女退治に直接役立つ物以外は、

お金などもマミはなるべく持ち歩かないようにしている。

「今日のまどかとの対話は、

彼女に契約を悩む要素を与えられた、

そしてアドレスを交換したりと

彼女と親睦を深める事も出来たという点から見て、

まずまず成功の部類と考えてよさそうだな」

984: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:05:18.72 ID:hJBDm0LA0
「結界の中であんなショッキングな姿を見せて

距離を置かれなかっただけでも大成功よ」

結局ミギー提案の作戦は予想以上に上手くいきすぎた。

だけど鹿目さんはそんな事お構いなしに普通に私に接してくれた。

そう、彼女はそんな事では人を判断しないくらい優しいのだ。

しかもアレを見たくらいでは引かないくらい意志が強い。

鹿目さん、まどか。

私の新しく出来た友達。

強くて優しくて気丈な彼女なら、

彼女ならあるいは私のなれなかった…………。

「ねえ、ミギー。あなたはどうしても

鹿目さんの契約を阻止するつもりなのよね?」

「当たり前だろ」

985: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:06:58.35 ID:hJBDm0LA0
「……ミギー。あなたがいなかったら、

もしあの時あなたが私を励ましてくれなかったとしたら、

私はあの時アイツに殺されてもうとっくに死んでた。

それがなくても絶望して魔女と戦えるような

精神状態じゃきっとなくなってた。

だから私にとってあなたはとても大切な恩人だし、

それに友達だとも思ってるわ」

マミがミギーを右人差し指でツンツンとつつきながら言う。

「恩人、その言葉は少なくとも適切な表現とは言えないな。

今現在きみの命はきみの為だけの命ではない。

私の為の命でもあるのだから」

今現在きみの命はきみの為だけの命ではない。

私の為の命でもあるのだから。

その時ふと自分の内から湧き上がって来た感情に耐え切れず

マミがもう片方の手で目頭を押さえる。

986: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:08:27.12 ID:hJBDm0LA0
「だけどね、私は人間なの。

それに『正義の魔法少女』でもある。

鹿目さんが魔法少女になる事によって、

人類にもたらされるだろう利益は

客観的に見てはかり知れない物があるわ。

たとえ自分を犠牲にしてでも人類全体の事を考える、

それが本来の私、『正義の魔法少女』の役目であるはず」

マミが人差し指を今度はミギーに強く押し付けて、

そして指をずぶりと沈みこませていく。

987: ◆2DegdJBwqI 2013/05/26(日) 15:10:02.20 ID:hJBDm0LA0
「もし、もしも鹿目さんが本当に自身の願いを見定めて

魔法少女になると決めたのを

あなたがそれでも邪魔すると言うのなら、

私はあなたを殺してそれから一人どこかで自殺するわ。

あなたを殺す。

それがどんなに私にとっては苦しくて辛い事だったとしても。

……きっとこの気持ちはあなたには理解できないでしょうね」

マミが人差し指をミギーから引き抜く。

ミギーはそれほど動揺した様子も見せずに言った。

「確かにきみの言うとおりきみの理屈は私にはわからんな。

私は私の命以外を大事に考えた事はない」

私は私の命以外を大事に考えた事はない。

その時ポタリとマミの左手に一筋の涙が伝いこぼれた。

 

引用元: 巴マミ「寄生獣?」