ほむら「もう一度だけ逢いたい」 その1
ほむら「もう一度だけ逢いたい」 その2
22: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/22(火) 23:57:26.33 ID:vmmYa3gh0
■イーブルナッツ
聖カンナとインキュベーターは不可視の壁の中、話を続けていた。
外の庭にはカラスが一羽、地面に落下したかんきつ類をついばんでいる。
カンナ
「例えばどんな案ならキュゥべえは飲むつもりだったんだ?」
QB
「宇宙のエネルギー問題を解決するのが第一。なるべく穏便だといいね」
カンナは深く考えた。
カンナ
「『ホンモノ』をいたぶる『本物』、ってのも悪くない・・・そうだな。
生かさず殺さず、魔獣の生まれやすい絶望的な環境を保つ。これはどうだ?
私の恨みは晴らせるし、魔力が枯渇する心配もない」
QB
「聖カンナらしい回答だね。穏便さの欠片も無いよ。
でも、キミの目的は人類に成り代わること。人類を消し去ることじゃないか」
カンナ
「実に惜しい。バレバレ・・・ってわけでもないんだね」
QB
「それに類するものには変わりないだろう、聖カンナの複製体」
カンナ
「そっちはバレバレだったか」
聖カンナとインキュベーターは不可視の壁の中、話を続けていた。
外の庭にはカラスが一羽、地面に落下したかんきつ類をついばんでいる。
カンナ
「例えばどんな案ならキュゥべえは飲むつもりだったんだ?」
QB
「宇宙のエネルギー問題を解決するのが第一。なるべく穏便だといいね」
カンナは深く考えた。
カンナ
「『ホンモノ』をいたぶる『本物』、ってのも悪くない・・・そうだな。
生かさず殺さず、魔獣の生まれやすい絶望的な環境を保つ。これはどうだ?
私の恨みは晴らせるし、魔力が枯渇する心配もない」
QB
「聖カンナらしい回答だね。穏便さの欠片も無いよ。
でも、キミの目的は人類に成り代わること。人類を消し去ることじゃないか」
カンナ
「実に惜しい。バレバレ・・・ってわけでもないんだね」
QB
「それに類するものには変わりないだろう、聖カンナの複製体」
カンナ
「そっちはバレバレだったか」
23: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/22(火) 23:58:55.55 ID:vmmYa3gh0
QB
「キミのやり口は不可解だったんだ。かずみをほむらに殺させる隙を与えたり、
第二のかずみを造ったといいつつ、二体目の作製は拒否する点もね」
カンナ
「へえ。続けて」
QB
「離反個体のボク達に、身をもって五年ルールを教えるため、と言うのなら
プレイアデス聖団のかずみを契約させれば済んだ話だ」
QB
「そして、第二のかずみが入った円筒を大事そうに抱えてるのは何故だい?
エネルギー源として使う気すらないように思えるよ」
カンナ
「かずみは貴重な同類だからな。殺すなんてことは絶対しないよ。
私とこのかずみは聖カンナの手によって生み出された子供なのさ。
エネルギーの話だってちょっとした雑談、時間稼ぎなんだな」
QB
「聖カンナは何を求めているのか教えてくれないか」
カンナ
「大体お前の言うとおり、人類が消え去った世界に生きること。
もう計画はほとんど終わったから自慢しに来たんだって。私はヒュアデスの勝利だと伝えに来た」
QB
「人類が消え去った世界・・・」
カンナ
「ああ、消え去った世界だ。正確には人類が消えてしまった世界なんだよね」
QB
「・・・消えてしまった?」
カンナ
「焦るなインキュベーター。この様子なら私の時間はたっぷりありそうだ。
プロドット・セコンダーリオが果てるか、野暮用が終わるまで雑談に付き合ってもらうぞ」
QB
「いいのかい? そんな創造主に逆らうようなことをして」
カンナ
「逆らってないぞ。まだ仕事があるのだからね」
24: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:00:26.96 ID:RP0Axp560
カンナ
「さてさて、五年の強制訓練のお陰で人類が滅びるのは伝わったよね」
QB
「滅びるのはキミ達ヒュアデスだ。ほむらを退けたとしても、精鋭の魔法少女達が相手になるんだよ?」
カンナ
「インキュベーター、五年ルールを示した理由がまだわからないの?
今日から五年間、魔法少女の願い事は何一つ叶わないということだぞ」
QB
「そんな・・・だけど願いの履行以前でも魔法は使える」
カンナ
「基礎的なものだけ、と一度話しただろう。少数の魔獣相手に善戦出来る程度」
QB
「ほむらが不利益にならない願いなら、何でもいいと考えていたのに。
・・・ところで五年ルールを望んだ志筑仁美も、Connectの範疇だったのかい?」
カンナ
「真顔で聞くか? 聖カンナの手の内を明かしてあげるのだからもっと喜べよ。インキュベーター」
カンナが空になったマヨネーズを投げると、壁にはね返されて戻ってきた。
残存魔力量を推し量っているのだろう。胸元のソウルジェムはかなり濁っている。
25: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:05:11.61 ID:RP0Axp560
カンナ
「あの女は死の間際までコネクトされていたのさ。暁美ほむら達の行動を視る為にね、なあんて」
カンナ
「私はまずイーブルナッツの椅子を召喚した。ファンタズマ系の洗脳なら魔力が枯渇すれば治る。
椅子に座らせた程度で、全ての洗脳が消えたと思い込み、あの女の願いを受け入れたのは――」
カンナ
「――お前達ヒューマンだ。完全に自滅している」
カンナが暇をもてあましたのか、空のマヨネーズをくるくると転がし始める。
QB
「それはほむらの選択だ。今でも正しいと思っているよ。今日のほむらは冴えてないけど」
カンナ
「ふんっ。二度と悲劇が起こらないように、という志筑の願いだって、そう。自滅!」
カンナ
「聖カンナサイドの悲劇を止める――つまり理不尽な契約で殺されないように、と考えていたんだ。
願いの文言は全く一緒なのに、五年キッカリの訓練になった。あの女の妙な執念だね」
QB
「執念・・・」
カンナ
「美樹さやかが契約したばかりの頃、魔力コントロールに失敗していただろ。
暁美ほむらにも襲われた志筑仁美は、魔力中毒に相当な恐怖を抱いている」
QB
「彼女は魔力の暴走を止めるための祈りを捧げたんだね」
カンナ
「そうだとも。魔法への恐怖が深層心理に根付いている。契約のシステムが切り替わった原因はコレだな」
QB
「両方とも契約条項に手を加える願いだと思うけど、計画は失敗してるよ。キミは強気に出すぎだ」
26: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:07:36.44 ID:RP0Axp560
カンナ
「強気になって悪いか。計画以上になったんだぞ」
カンナ
「私達でも思いつかないような絶望的で具体的な願い。あの女らしいよ全く。
今日から五年間、抵抗することさえ出来ない地獄を観戦出来るようになった」
カンナ
「私達は少しキッカケを与えただけでトリガーを引いたのは志筑仁美なんだよね。
あの女はわかってて操られてたかと思うほどの自滅っぷり。最高のエンターテイナーだよ」
QB
「かずみにはConnectしてないようだった。
聖カンナは願いによって殺されていたかもしれないよ?」
カンナ
「あのかずみが恨んでいたのは、椅子に座り込んで何もしない私だ。死ぬのも複製体の私だけ」
QB
「全部見越した計画がこれかい? なんて緻密な計画なんだ」
カンナ
「危険な賭けだよ。志筑の願いの結果を正確に割り出す人材が不足していたし、
かずみの記憶をいい具合に弄る必要があったからね」
QB
「ボク達はキミの言う罠に思いっきり引っかかったんだね」
カンナ
「んー。トラップはまだまだあるんだがね。時間が迫ってきたカナ?」
QB
「そうだね。もうすぐほむらが戻ってくる頃だ。
美樹さやかと佐倉杏子を失った今、ほむら側にしか聖カンナは倒せない」
27: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:08:37.83 ID:RP0Axp560
カンナ
「いや、暁美ほむらはまだ戻って来そうに無いね。
あの二人は結構なグリーフシードを蓄えていたし、強い。長引くだろう」
QB
「ほむらにはConnectしていないよね・・・」
カンナ
「聖カンナは、暁美ほむらには接続していないよ。
第一、素の暁美ほむらでないと計画は無為になるんだからね」
QB
「あの手紙には、ほむらを引き継ぐと書いてあったのに?」
カンナ
「保険だよ。計画がしくじったときのね。んで」
28: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:09:21.27 ID:RP0Axp560
QB
「まって、聖カンナ。何かがこっちに来る。この魔力は・・・」
カンナ
「キュゥべえは冴えてる。やっと来たか、私の待ち人。最期の魔法少女様に伝言があるのさ」
「ティロ――」
庭先に少女の姿。
カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」
「何故貴女がここに居るのっ」
29: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:17:49.01 ID:RP0Axp560
■巴マミの挑戦
□風見野
物語の時間は午前四時前に遡る。
マミ
「この地域も厳しくなってきたわね。つくづく瘴気が濃い」
夜通しの魔獣退治で獲得したグリーフシードはとても重い。密度もある。
見滝原に深く根付いた絶望がここ風見野まで浸透している証拠だ。
マミは眠気覚ましの紅茶を啜り、次なる魔獣の群れを探しに奔走した。
背後に気配がした。
マミ
「まだ居たのね」
マスケットを突きつけると両手を挙げて、にやりと笑う黒尽くめ。
こちらが優位のはずなのに背筋が凍った。
「危ないじゃないか。巴マミさんよ」
一度だけ見たことがあるシルエット。
あろうことか、何も知らず自宅にまで上げてしまった天敵。宿敵。
暁美ほむら以上に危険な魔法少女としてキュゥべえから聞き出したのは記憶に新しい。
30: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:18:44.82 ID:RP0Axp560
マミ
「聖カンナさんね? ずっと探していたのよ」
カンナ
「ハハハ、久しぶりだな。いつ以来だっけ」
マミ
「神那ニコさんがコネクト使いではない、とキュゥべえが教えてくれた瞬間以来よ」
カンナ
「恐ろしいねえ。私の存在を知ってもなお、生き続けるか」
マミ
「私達にしか聖カンナさんを倒せないのは知ってるわね。そちらこそ恐ろしく思わないの?」
カンナ
「インキュベーターの贔屓だろうが。んで『達』って誰だかわかってるのか?」
マミが六人の名称を列挙する。
佐倉杏子、美樹さやか、志筑仁美、美国織莉子、御崎海香、かずみ。
31: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:20:12.98 ID:RP0Axp560
カンナ
「まだ古い情報で踊ってるのか。暁美ほむらに与する離反個体達の方がよっぽど賢いぞ?」
マミ
「もちろん、呉さんが暁美さんに殺されてなければもっと戦力が増えてたわよ」
カンナ
「もう諦めろ巴マミ。数なんてあってないものだ。
不確定要素の多い団体風情が私に及ぶはずも無い。
そして――呉キリカは嬉しい事にまだ生きているぞ、立派な犬として動いている」
マミ
「コネクトで操ったのね」
カンナ
「そういうこと。親愛なる仲間サマはヒュアデスの駒に成り果てた。
次は巴マミ、お前に呉キリカの仕事を引き継いで貰おうか」
マミ
「さようなら。すぐに撃ち殺してあげる」
マミが引き金に指をかけた瞬間、カンナの指先から紐とも触手とも思える何かが射出された。
何とも言いがたい恐怖に身の毛がよだつ。
マスケットをあらん限りの力で振り、触手をはじき返した。
マミ
(思いのほか堅い触手だ)
触手はぺたりと地に落ちて、もぞもぞと動き続けている。
32: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:22:21.56 ID:RP0Axp560
マミ
「何・・・これ」
カンナ
「コネクトが効かなかったか。相手に気づかれずに接続する力なのになあ。
嫌な予感はしていたが、唯一の誤算だったぞ巴マミ」
マミ
「・・・ッ」
誤算と言いつつにこやかに話すカンナが底知れない。
こちらを目指して這い続ける触手を見て、臆病な自分に気づく。
カンナ
「お前の祈りは、私と類似している。命を繋ぎとめるとは、接続に相当するわけだ。
それだけじゃなく魔法もそっくりだ。巴マミはリボンで、私はケーブル。因果だなあ」
カンナ
「同系統の祈りはお互いに干渉しあう。いい勉強になったな巴マミ、え?」
マミ
「ひっ、こっちに来ないで」
類似した性質だと言われたくなかった。リボンと触手は似て非なるものだとマミは感じた。
触手をマスケットで何度も撃って、リボンで縛り上げる。
33: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:23:08.32 ID:RP0Axp560
カンナ
「コネクトが効かないなんて参ったな。どうしようか――強要はさせたくないなあ」
凄みを利かせてマミを一瞥。
腕を組んだかと思うと、顎に親指と人差し指をあてて、あらぬ方向を見ている。
マミ
「つ、次は貴女がこの触手みたいになる番なんだから!」
カンナ
「聞けよ、とっておきを教えてやることにした」
マミ
「何?」
出来るだけ冷静を装って、低い声を意識する。
全身の筋肉が緊張した。
カンナ
「やめた。明日の新聞を楽しみにしてたほうがいいか? でも一面だけ教えてあげる」
カンナ
「暁美ほむら大暴走! 見滝原は壊滅、なんてね。
でも情報規制が入るかな? 隕石が見滝原に降ったことになるかも」
マミ
「貴女! 暁美さんにコネクトを使ったの?」
声がうわずる。終わった。全部終わったと思った。
カンナがほむらの知識を得たら人類が滅びる、とキュゥべえから聞いたときの恐怖が蘇る。
34: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:24:27.26 ID:RP0Axp560
カンナ
「使ってないぞ。使ったら面白みに欠けるじゃないか。
続きのニュースを知りたいなら鹿目詢子の家を探すんだな、今日中にね」
マミ
「さ、探してどうなるというの?」
カンナ
「暁美ほむらを唆したからな。間違いなく来る。私の計画を止めたければもうコレしか無いだろう。
鹿目詢子の家だ。場所は――私は知ってるけどね、フフ」
マミ
「嫌だけど従いましょう。暁美さんを何とかすればいいのだから」
何とかする、か。
自分の首を絞めかねない発言に思わず笑ってしまう。
一人では何もできそうにない。マミが心から頼れる仲間は一人として居なかった。
マミ
(佐倉さんと美樹さんは――)
一ヶ月ほど前から少し様子が変だったのだ。
根拠は無いけど、長年の付き合いゆえの違和感。
ひょっとしたらコネクトされている危険性もある。
極め付きは死臭。二人から何度か死臭がしたのだ。
甘ったるいような酸っぱいような、かんきつ系の匂い。
これが死臭だよ、と言われたら素直に受け入れるしかない独特の匂いが。
35: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:25:36.08 ID:RP0Axp560
マミ
(聖カンナを倒せばコネクトは解除されるはず・・・でも)
騙まし討ちが奇跡的にあたれば。
それから暁美ほむらを倒せばいい。
カンナ
「おっと、銃を向けようと画策してる場合じゃないぞ。形勢が動いた」
マミ
「形勢・・・」
マミ
(想像以上の観察力に隙の無さ。完全に見切られてる)
カンナ
「よく聞けよ、人間。たった今、呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
コネクトが切れてしまったよ。じゃあな」
黒い笑みを浮かべて、立ち去る姿を追うことが出来なかった。
追いかけたところで何が出来るというのだろう。
36: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/23(水) 00:26:29.78 ID:RP0Axp560
錆び付いたパイプ管に寄りかかり、少しだけ顔をしかめた。
ミシミシと音がする。もしかしたら自分は泣いているのかもしれない。
冷や汗でびっしょりした額を拭いながら、次の客人を迎える。
マミ
「魔獣が、いつも以上に――」
両手に銃器を召喚する。
全部忘れ去るために、マミは戦いに身を沈める。
クラシカルな時計塔が四時十九分を刻んだ。
50: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:22:44.80 ID:dEtCZxXr0
□
魔獣が多い。
マミはおぼつかない足取りで帰路を歩いていた。
カンナの言う計画には暁美ほむらが絡んでいる。
今日中に暁美ほむらを倒すには、杏子とさやかの協力が不可欠だ。
その二人はコネクトされているかもしれない。
二人のコネクトを解くには聖カンナを倒すしかない。
聖カンナは暁美ほむらよりも確実に強い。
暁美ほむらを倒すには杏子とさやかの――
完全に詰んでいる。
マミ
(何も信じられない。誰にも頼れない)
日が昇っていた。マミの目には、全てを無に帰す忌々しい灼熱に映った。
51: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:24:01.05 ID:dEtCZxXr0
視線を戻すと美国織莉子の姿。
おかしい。もう見滝原に着いたのか、と戸惑ったがおかしいのは織莉子の方だ。
まだ風見野である。こんな時間に一人で何をしているのだろうと思った。
織莉子
「巴さん。キリカが! キリカが!」
一番聞きたくなかった。暁美ほむらのことで頭はいっぱいだと自己暗示していたのに。
カンナは嘘を付いてるのだと自己暗示していたのに。
織莉子のうろたえる姿に呉キリカの死を見てしまった。
マミ
「呉さんがどうかしたの」
織莉子
「早朝に不思議な現象を見たの。まるで幻想のような桃色を。
あれは魔法少女が亡くなるときの現象ですよね?」
『円環の理』現象だ。美国さんが呉さんの死に感づいている。
夢か何かだとはぐらかす気だったが、もう限界。外堀を埋められているよう。
52: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:25:03.32 ID:dEtCZxXr0
マミ
「あれが、と言われても私は見ていないわ」
織莉子
「そうですとも、はるか彼方に見たのですから。でも見間違えるはずが・・・」
マミ
「時間とか覚えてる?」
織莉子
「はい、はっきりと。四時十五分から五分間にかけて暁よりも眩い光の柱が――」
呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
カンナの発言はどうしようもない事実だった。時計塔をみてしまった自分を悔やんだ。
織莉子が表情を崩して泣きついてくる。
顔に出てしまったようだ。もう真実を話すしかなかった。
53: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:26:32.38 ID:dEtCZxXr0
織莉子
「信じられない。死体すら残らないなんて・・・せめて形見だけでも」
マミ
「一緒に戻りましょう。今日は魔獣が多いから」
織莉子
「何故、キリカが殺されたのですか。
暁美ほむらは、何故キリカを殺したのですか?」
マミ
「わからないわよ。そんなの」
マミは消え入りそうな声で答えた。
呉キリカの死と、志筑仁美の遺書めいた書置き。
見滝原に蔓延する絶望。
白女のクラスメイトだって何人も逝ったはず。
織莉子の負担は想像を絶するほど重いに違いない。
今日、暁美さんが見滝原を破壊するそうよ、と呟いたらどうなるのだろう。
そんなことが脳裏によぎる自分にあきれてしまった。
54: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:28:40.63 ID:dEtCZxXr0
□見滝原
織莉子を自室まで送った後、マミは鹿目詢子の家を目指すことにした。
魔獣の一団を葬り、当てもなく歩いているとキュゥべえが走り寄って来た。
QB
「マミ、大変だ。杏子とさやかが居ないんだ」
マミ
「どうしたのかしら。美国さんの家にかずみさんが居なかったけど・・・これも?」
風見野での出来事を詳細に説明してキュゥべえの意見を聞いた。
織莉子のことも、カンナのことも、キリカのことも話したうえで。
QB
「二人はコネクトされている可能性が高い。
かずみは聖カンナに騙されているのだろう。まずお家に戻って手がかりを探そう」
幾日か前から、鹿目家の捜索などを杏子、さやかに一任していた。
運が良ければカンナが何か残しているかもしれない。
織莉子を自室まで送った後、マミは鹿目詢子の家を目指すことにした。
魔獣の一団を葬り、当てもなく歩いているとキュゥべえが走り寄って来た。
QB
「マミ、大変だ。杏子とさやかが居ないんだ」
マミ
「どうしたのかしら。美国さんの家にかずみさんが居なかったけど・・・これも?」
風見野での出来事を詳細に説明してキュゥべえの意見を聞いた。
織莉子のことも、カンナのことも、キリカのことも話したうえで。
QB
「二人はコネクトされている可能性が高い。
かずみは聖カンナに騙されているのだろう。まずお家に戻って手がかりを探そう」
幾日か前から、鹿目家の捜索などを杏子、さやかに一任していた。
運が良ければカンナが何か残しているかもしれない。
55: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:29:58.04 ID:dEtCZxXr0
午前十時過ぎ。
自宅に戻ると、御崎海香というプレイアデスの生き残りしか居なかった。
床に臥せっている。
マミ
「御崎さん? 生きてる?」
海香
「あら。執筆中の私に声をかけるとはいい度胸よ。覚悟はよろしくて?」
ノートパソコンの液晶をうつらうつらと眺めている。
海香の指輪を奪って卵形化。
穢れを除いた後、杏子、さやかについて知っていることを全て吐いて貰った。
また、鹿目詢子についても聞いた。
結論から言えば、何も知らないことだけがわかった。
海香
「二人とも消えてしまったわね。何日か前に、平手打ちやらで騒いだ記憶しか残ってないわ。
ただ私に言えることといえば、かずみは無事だってこと」
マミ
「何もしてないのにソウルジェムが穢れる理由・・・かずみさんよね」
海香
「それは秘密。ニコも行方不明の今、私に残された最後の希望よ?」
話にならない。
イクス・フィーレに進展があったかも聞いておこう。
56: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/10/28(月) 21:33:00.35 ID:dEtCZxXr0
海香
「-Luminous-Nergal-Vertebrate-00001-Ereshkigal-Connect-のまま。
るみのうねがべてぶらてえれっきがコネクトなんて可笑しな呼び方もしたものね」
六つもワードが出るなんてやっぱり不思議、と力なく笑う海香。
マミはコネクトという単語が耳から離れなかった。
たった一つだけ解読できた語とすればコネクトだけ。後はこじ付けに過ぎないのだ。
マミ
「もういいわ。聖カンナって知ってる? それか漆黒の魔法少女」
海香
「誰それ? 漆黒なら呉キリカって子が居るらしいけど。あっ」
顔を輝かせる海香。
何か心当たりはあるの、と問うてみる。もう嫌な予感しかしない。
海香
「佐倉さんって実は帰国子女? Vertebrateの発音が流暢だったわ。
荒っぽい言葉遣いに知的さがほんのり浮かぶとポイント高いのよね」
カンナによるコネクトが裏付けされた。それは感謝する。
顔から血の気が引く。死臭に根拠が生まれた。
海香の無神経さに腹が立つ。苛立った。
マミ
「絶えず浄化しなさい。絶望してでも浄化しなさい。わかったわね?」
グリーフシードでいっぱいの小袋に海香のソウルジェムを入れた。
海香
「やはりグリーフシードを隠し持っていたの。
悪くない一匹狼っぷりね。髪が黄色いし一匹獅子かしら?」
マミ
「いいかげんにしてっ!」
手に持っていた小袋からキューブを鷲んで思いっきり投げた。
人生で一番悪態をついた日であった。
63: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:01:55.56 ID:y0YRMf4M0
□
正午過ぎ。
ありったけのグリーフシードと共に、街中に点在する鹿目姓をチェックしてゆく。
志筑仁美が鹿目夫妻の居場所を探し当てていたのだが、
鹿目家まで付けていたはずのインキュベーターはコネクトされたため破棄。
カンナの手によってデタラメな情報が撒き散らされ、数日間の復旧が必要になるほどだった。
自分の足頼み。
杏子、さやか、海香が調べ上げていた住所録のメモは汗で湿っている。
QB
「マミ、テレパシーを受信したよ。織莉子が契約したがっているけどどうする?」
マミ
「好きにしたら。暁美さんの暴走を止める願いであれば何でもいいわよ」
一応織莉子の願いを聞いてみた。
光明が見えるかも、などと淡い期待を抱く。
『暁美ほむらを知りたい。キリカを何故殺したのか。全部知り尽くしたい。骨の髄まで』
美国さんらしくない。
やや衝動的過ぎるとマミは判断し、もう少し考えなおすように助言する。
正午過ぎ。
ありったけのグリーフシードと共に、街中に点在する鹿目姓をチェックしてゆく。
志筑仁美が鹿目夫妻の居場所を探し当てていたのだが、
鹿目家まで付けていたはずのインキュベーターはコネクトされたため破棄。
カンナの手によってデタラメな情報が撒き散らされ、数日間の復旧が必要になるほどだった。
自分の足頼み。
杏子、さやか、海香が調べ上げていた住所録のメモは汗で湿っている。
QB
「マミ、テレパシーを受信したよ。織莉子が契約したがっているけどどうする?」
マミ
「好きにしたら。暁美さんの暴走を止める願いであれば何でもいいわよ」
一応織莉子の願いを聞いてみた。
光明が見えるかも、などと淡い期待を抱く。
『暁美ほむらを知りたい。キリカを何故殺したのか。全部知り尽くしたい。骨の髄まで』
美国さんらしくない。
やや衝動的過ぎるとマミは判断し、もう少し考えなおすように助言する。
64: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:02:37.58 ID:y0YRMf4M0
QB
「そのように伝えておくよ。それとね、既に暁美ほむらが行動したようだ」
マミ
「知ってるわ。呉さんが死んだのだから」
QB
「別件だよ。聖カンナの言うことが正しいなら、暁美ほむらは暴走し始めた」
マミ
「イベント尽くしで泣きそうになるわ。もったいぶらずに聞かせて頂戴」
明け方から早朝にかけて大量殺人が発生したらしい。
大通りから点々と続いて、終着点の見滝原自然公園は血の海が広がっているそうだ。
マミ
「今すぐ追いましょう。公園に暁美さんが居るのね」
QB
「周辺に居ることは間違いない。計画の要である暁美ほむらを何とかすれば勝機が見えるよ」
マミ
(だから何とかするってどうやって?)
65: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:03:25.41 ID:y0YRMf4M0
移動を始めて二十分くらいした頃。
キュゥべえの動きがぴたりと止まる。フリーズしてしまったかのように。
マミ
「キュゥべえお腹空いたの?」
QB
「いや。織莉子と契約したんだけど」
マミ
(結局したんだ)
QB
「願い事が叶わなかったというか、契約の条項が大きく変わってしまった」
マミ
「願い事が叶わない?」
その内容にマミは絶句するしかなかった。
志筑仁美の契約が悲劇を生んだらしい。
五年間にもわたる訓練の果てに、願い事が履行されるルールになった。
それまで使える魔術は基礎的なものだけ。
基礎の基礎。まして九歳から戦い続けて、五年も生き残れるはずがない。
合理的だが、魔法少女の数が激減しかねないとマミは考えた。
QB
「織莉子の願いは二十歳まで叶わないね。効率が下がってしまったよ」
マミ
「今はそれどころじゃないわ。動くのが先よ」
すでに『命を繋ぎとめる』願いを叶えた魔法少女には関係ない。
いち早く手がかりを掴まなくては。
66: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:05:37.58 ID:y0YRMf4M0
□
十四時過ぎ。
大通りをショートカットして最短距離で公園へ向かおうと地図を片手に道を進む。
死体が、死体が転がっていた。
ゴルフクラブで顔が歪んでいるものや、原形をとどめていないもの。
かと思えばナイフで刺されただけと思われるものもあった。
暁美ほむらの手口らしくない、とマミは疑う。
彼女が殺害する場合は見事なまでに拡散した薄汚れた血の跡が残っているはずなのだ。
人間に穢れを移す際に、魔力も移動したというのがインキュベーターの見解である。
以前は眼球がどうこう、思い出したくも無い怪奇殺人があったわけだが。
マミ「多様な死に方だわ」
やはりキュゥべえも同じ疑問を抱いているらしく、ひとつの答えを示唆した。
QB
「離反個体達が暁美ほむらにアドバイスした可能性はあるよ。
彼らにとって暁美ほむらは唯一聖カンナに通用する存在らしいから」
マミ
「そのキュゥべえに聞いたらわからないの?」
QB
「リンクは二つに分断されているからね。情報は直接聞くしかない。
しかも仁美と契約したのは離反個体なんだよ?
全く、暁美ほむらが聖カンナに勝てる可能性は限りなく低いのに」
離反個体がこちらの戦力を削いでいると主張していた。
十四時過ぎ。
大通りをショートカットして最短距離で公園へ向かおうと地図を片手に道を進む。
死体が、死体が転がっていた。
ゴルフクラブで顔が歪んでいるものや、原形をとどめていないもの。
かと思えばナイフで刺されただけと思われるものもあった。
暁美ほむらの手口らしくない、とマミは疑う。
彼女が殺害する場合は見事なまでに拡散した薄汚れた血の跡が残っているはずなのだ。
人間に穢れを移す際に、魔力も移動したというのがインキュベーターの見解である。
以前は眼球がどうこう、思い出したくも無い怪奇殺人があったわけだが。
マミ「多様な死に方だわ」
やはりキュゥべえも同じ疑問を抱いているらしく、ひとつの答えを示唆した。
QB
「離反個体達が暁美ほむらにアドバイスした可能性はあるよ。
彼らにとって暁美ほむらは唯一聖カンナに通用する存在らしいから」
マミ
「そのキュゥべえに聞いたらわからないの?」
QB
「リンクは二つに分断されているからね。情報は直接聞くしかない。
しかも仁美と契約したのは離反個体なんだよ?
全く、暁美ほむらが聖カンナに勝てる可能性は限りなく低いのに」
離反個体がこちらの戦力を削いでいると主張していた。
67: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:06:08.30 ID:y0YRMf4M0
よく考える。
聖カンナが暁美ほむらを返り討ちにしたら、計画に不備が生まれるはずでは?
でも、聖カンナなら二重、三重の対策を練っていそう。
暁美ほむらがクローンをつくり上げた前例があるし、別の暁美ほむらが計画を遂行するのかも。
マミ
「誰が勝とうが関係ないわよ。今は見滝原を守らないと」
街も人も守れていない現実を目に焼き付けながら公園を目指す。
とても涼しい日だった。
一歩一歩進むたびに口数は減り、肌が汗ばむ。息が荒くなった。
68: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:06:56.00 ID:y0YRMf4M0
□ 見滝原自然公園
十四時半過ぎ
想像以上。あまりにも凄惨すぎて見ていられなかった。
血の海で赤の世界、だと覚悟していたのに。
震える唇の間から一言。
マミ
「黒い・・・」
QB
「黒い鳥が凄いね。カラスかな」
水銀灯や噴水、樹木。あらゆるところに黒い鳥が居たのだ。
マミがマスケットを召喚し、空砲を放つと、空がこれでもかというほど黒に染まる。
巴マミによって太陽が覆われた。公園はいよいよ地獄の様相をみせていた。
十四時半過ぎ
想像以上。あまりにも凄惨すぎて見ていられなかった。
血の海で赤の世界、だと覚悟していたのに。
震える唇の間から一言。
マミ
「黒い・・・」
QB
「黒い鳥が凄いね。カラスかな」
水銀灯や噴水、樹木。あらゆるところに黒い鳥が居たのだ。
マミがマスケットを召喚し、空砲を放つと、空がこれでもかというほど黒に染まる。
巴マミによって太陽が覆われた。公園はいよいよ地獄の様相をみせていた。
69: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:07:57.85 ID:y0YRMf4M0
マミ
「全部の鳥を追い払ったわ。暁美さんは居なさそうだし、死体を見ていきましょう」
今度の死体は死体ではなかった。
丁寧に、上下に切り分けられたそれは明らかに人外の仕業である。
円形に開けられた穴も丁寧極まりなく、ガラス細工と見違えるほどの超絶技巧であった。
QB
「穴の大きさが均一だね。一度に何十人と貫く魔法だろう」
マミ
「変じゃない? 一度に何十人も近づくかしら」
この状況は現実ではありえないとマミは思考する。
目の前で人が殺されたら、まず逃げるのが普通、吐いて、気絶することもあるだろう。
マミ
「戦闘が起きた、と考えるのが自然ね。これは駐留部隊や私服の警官でしょう」
70: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:08:45.12 ID:y0YRMf4M0
公園に積み重なった死体が私服警官や軍隊であることは、装備から判断できる。
特殊な訓練を受けているらしい。とはいえ、あまりにも――。
マミ
「無謀すぎるわ。魔法少女、それも暁美さんを相手に勝てるはずが無いのに」
QB
「司令官級の人間がコネクトされていたとしたら?」
マミ
「無きにしも非ず、ね。全員にコネクトは魔力がもったいない」
71: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:09:48.24 ID:y0YRMf4M0
マミ
「死体って見続けると慣れてしまうのね。まじまじと観察している自分が怖いわ」
QB
「もうここには用はなさそうだね。ここの近所にある鹿目姓を総当りしよう」
マミ
「祝福の結界だけ敷きましょう、死者への手向けとして。以前広げた守護の結界はすっかり薄れちゃってるし」
公園を出ようとしたとき、一際綺麗な死体に目を奪われた。
他にも損傷の無い死体はあったのだが、これは人の手が加えられている。
片方のグローブだけが外され、袖が捲り上げられている。
横にはガスマスクや防弾チョッキなど、迷彩色の特殊装備。
マミ
「何? このぽちぽち。赤い」
QB
「魔力中毒とは異なるね。死後からだいぶ時間が過ぎてるけど・・・」
マミ
「首筋にも何か痣があるわよ」
QB
「これは注射痕だ。よく気づいたね」
マミ
「普通に気づくわよ。こんなに目立つのに、見逃すほうがどうかしているわね」
72: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:12:12.65 ID:y0YRMf4M0
□
十五時過ぎ
ブンッと空気が振るえた。強大な禍禍しい何かが放たれた。
この手の魔術は間違いなく暁美ほむらのものだった。
紫を連想させる波動が嫌というほどマミの五感を侵食する。
マミ
「これは・・・閉じ込められた? 強力な障壁が形成されているわ」
QB
「いや、壁の外だ。この様子だと暁美ほむらが鹿目の家で何かしたのだろう」
マミ
「中心部に鹿目詢子さんの家、ってことね」
QB
「中和して潜入できそうかい?」
首を横に振るマミ。暁美邸宅に仕掛けられていたものとはまるで桁違いの強度だった。
これでは近づくことも出来ない。壁が薄くなるのを待つか、綻びを探すしかない。
マミ
「障壁の中に暁美さんがいることはわかったから、ちょっと縁を歩いてみましょう」
広範囲を囲む魔術。綻びはどこかにあると信じてマミ達は歩いた。
73: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:13:18.80 ID:y0YRMf4M0
□ 公園周辺
上空の一部に黒煙が集まっていた。砂時計を逆向きに見たかのように少しずつ排煙されている。
キュゥべえは障壁によって空間が隔離されているのだと説明する。
一部だけに穴を開けて換気の役割を、などと話しているがマミは理解を拒否していた。
マミ
「問題は、何故煙が上がっているのか、ということよ」
QB
「それは暁美ほむらが暴れているからだろう」
違う。暴れるなら障壁で覆うはずがない。
別の意図がある、とマミは考えを切り替えたが全く持って適当な答えが出てこない。
マミ
「見滝原の一部地域だけ破壊するってことかしら」
それは理解に苦しむ、とキュゥべえは呟き、マミの肩に飛び乗った。
上空の一部に黒煙が集まっていた。砂時計を逆向きに見たかのように少しずつ排煙されている。
キュゥべえは障壁によって空間が隔離されているのだと説明する。
一部だけに穴を開けて換気の役割を、などと話しているがマミは理解を拒否していた。
マミ
「問題は、何故煙が上がっているのか、ということよ」
QB
「それは暁美ほむらが暴れているからだろう」
違う。暴れるなら障壁で覆うはずがない。
別の意図がある、とマミは考えを切り替えたが全く持って適当な答えが出てこない。
マミ
「見滝原の一部地域だけ破壊するってことかしら」
それは理解に苦しむ、とキュゥべえは呟き、マミの肩に飛び乗った。
74: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:15:22.29 ID:y0YRMf4M0
マミ
「何か光ってない?」
紫の中に紫を見た気がした。
障壁に混ざって非常に見えづらいが、間違いなく同色の何かが発光し、飛んでいる。
QB
「だから破壊・・・おや、この光は方向性を持っているね」
それがどうしたのよ。下らない問答だった。
内側で何がされていようとも、指を加えてみているしかないのに。
マミ
「どうしようもない無力さを感じるわね」
グリーフシードを三粒取り出し、ソウルジェムに触れさせる。
たちどころに具合が良くなる。予想以上に精神が磨耗していたようだ。
75: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:16:33.96 ID:y0YRMf4M0
□ 障壁外部
十七時過ぎ。大分暗くなってきた。空も、気分も。
QB
「メモによると、ここら辺に二箇所あるけど見てみるかい?」
マミ
「行きましょうか。障壁から少し離れたところね」
大通りは障壁で近づけない。迂回しながら住宅地を目指した。
三十分、四十分歩いたころだろうか。
夜中から一睡もしていないマミの身が強風にゆれた。
どこか焦げ臭くて生暖かい匂い。嗅覚が嫌というほどに感じ取った。
QB
「マミ! 暗くてよくわからないけど、暁美ほむらの障壁が消えたみたいだ」
マミ
「鹿目姓の家がこの近所にあるはず、すぐそこだから外観だけでも――」
暁美ほむらが障壁を解いた理由はわからないが、おおかた全部終えたのだろう。
今更急いでも手遅れなのだという現実がマミを苦しませ、同時に恐怖させた。
マミ
(一箇所目の鹿目姓はハズレだったけど・・・きっと)
恐怖で染まった心に、若干の余裕も生まれた。
もしかしたら開き直りに近いのかもしれない。
マミ
(中心地区は手遅れ。だけど、まだ住宅街は滅んでないわ)
二度、肩で呼吸し息を呑んだ。
76: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:17:55.11 ID:y0YRMf4M0
マミ
「見つけた。ここね」
表札には鹿目。とてもおしゃれな家だ。
デザイナーズハウスにしてはやや風変わり。玄関の扉が無いのである。
マミ
「扉、壊れているのね。周りの支えも熱で溶けているみたい」
魔力の残り香が漂っている。ここに魔法少女が居たということだ。
鹿目詢子の自宅に相違ない。やっとみつけた。
QB
「正解だね。内部に禍禍しい何かを感じるよ」
マミ
「・・・それじゃあ行くわよ」
結界で暴れていた暁美ほむらがもう帰還しているか、コピーが留守を任されている可能性。
忍び足で石畳を一つ一つ踏みしめた。
QB
「ボクが様子を見てこよう。予備もあるしね」
キュゥべえが先に入ろうとして肩から跳び、空中で静止した。
水に浸かったネコのようにバタバタと身悶えて戻って来た。
マミ
「キュゥべえ何してるの?」
QB
「ガラス張りだと思ったけど障壁だったよ。内側から魔力で護られているようだ」
マミ
「痛かったでしょ・・・。壊しましょうか」
マミ
「ティロ――!」
魔弾が見えない壁に穴を開けるイメージで叫んだ。
しまった。いつも通りに叫んでしまった。
内部に居る暁美さんにバレてしまったかも。
77: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:19:06.57 ID:y0YRMf4M0
QB
「撃たないの?」
庭から入りましょう、とさり気ないフォローを自分にして、迂回する。
よく手入れされた庭に感心しながら空き巣まがいの行為。
とはいえ全体的にガラス張り。とくに、前面は全てガラスだった。
そういうわけで椅子に腰掛けている人間が、マミ達を見つけるのに時間は掛からなかった。
カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」
マミ
「何故貴女がここに居るのっ? 暁美さんはどうしたの!」
ガラスを蹴破って、温室を横目に。
リビングで仲良く座るカンナとキュゥべえに疑問をぶつけた。
カンナ
「慌てるな、落ち着こう。ヒステリーになるとロクなことないよ」
カンナはせせら笑っている。
リボンで締め上げようとしても全く攻撃が通らない。
78: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:22:18.74 ID:y0YRMf4M0
ほむら側に付いたキュゥべえとカンナが見えない何かで護られていた。
離反個体と呼ばれるものがこちらを見ている。外見はキュゥべえそっくりだ。
「やあ。巴マミ達に与するインキュベーター。呉キリカ、志筑仁美、かずみは死んだよ。
美樹さやかと佐倉杏子は現在Connectされている。酷い敗勢だね」
QB
「そうか、キミこそ知っているかい。契約のルールが変えられてしまった。
仁美をそそのかして戦力外にした可能性が疑われているよ? 離反個体」
「ボクは従来のルールに則って、適切に契約している。キミに反論の余地は無いよ」
家中を探してみるが、暁美ほむらは影も形もない。
どうも騙されていたのではないかという不安がマミを襲った。
キュゥべえ曰く、この家には暁美ほむらの残り香しかないようで。
79: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:23:11.48 ID:y0YRMf4M0
QB
「暁美ほむらはキミを置いてどこにいったのか教えて欲しい」
「ほむらなら、美樹さやか、佐倉杏子と戦闘状態らしい。
聖カンナの居場所を、Connectされてしまった二人から聞き出すために」
マミ
「聖カンナの場所? 椅子に座っているじゃない」
カンナ
「違うぞ、巴マミ。私は聖カンナだが聖カンナじゃない」
マミ
「本当なの。そっちのキュゥべえ」
「想像に任せるよ。それにしても巴マミは成長したね。
聖カンナの存在を知ってもなお、戦いを続けようだなんて」
マミ
「この秘密を全部知っているのは他に暁美さん・・・だけのはず。彼女以上に苦しんだのは確かよ」
「よく生きていたね」
マミ
「暁美さん、そんなに苦しんでたの!?」
80: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:24:16.60 ID:y0YRMf4M0
QB
「マミ。暁美ほむらはこの家を障壁で護っていないよ。
そして戦闘が始まってから、かなりの時間が経っているのは明白だ」
すっかり日は沈んでいるわ。秋口は日の入りが早いわね、と冗談が言える状況ではない。
キュゥべえは暗にこういっているのだ。
障壁で覆ったのは、杏子とさやかを閉じ込めるためだ、と。
一ヶ月ほど前の出来事が頭の中によぎる。
マミ
(あのときは、私達三人で暁美さんを押さえ込んだけど・・・)
今回は状況が悪い。杏子とさやかが刃を向ける姿が目に浮かんだ。
羽交い絞めにされ、ソウルジェムを砕かれる自分を想像した。
手が震え、口が渇く。
無策で乗り込んで良いものだろうか。
コネクトされてしまった二人が居る以上、暁美ほむらを含め、三人を相手取って戦うケースもあるだろう。
81: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:25:24.03 ID:y0YRMf4M0
マミ
「どうしましょう。何をしたらいいか全然わからないわ」
あんなバケモノはともかく、二人の後輩に銃口を向けられるわけも無い。
逃げて、逃げて、逃げ出したかった。
QB
「さやかと杏子の元に向かおう。少なくとも暁美ほむらは居るはずだからね」
マミ
「そうするしかないのはわかっているのよ、でも・・・」
カンナ
「話はまとまったか? さて、予定の時間に遅れた巴マミさん。伝言だ」
カンナ
「明日の一面を変えたいなら、暁美ほむらを倒すしかないぞ、ってな」
街を守らなきゃいけない。わかってはいる。
試してみるしかなさそう。負けても逃げても結果は変わらないのだから。
早朝にみたカンナはもっと禍禍しかった。
椅子に座っているカンナはちょっとだけ信用してもいいかもしれない。
この聖カンナは聖カンナじゃないという発言が少しわかった気がする。
82: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:26:21.85 ID:y0YRMf4M0
マミはキュゥべえを呼び、一目散に家を出る。
割ったガラスを踏みつけて大きく跳躍した。
「達者でな。死ぬなよ」
どこからかそんな声が聞こえた。
83: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:27:43.34 ID:y0YRMf4M0
残ったカンナは大きく息を吐いた。
カンナ
「遅れてきた巴マミに道案内するのが私の最期の仕事だった。
キュゥべえ、そろそろ不可視の壁を解くが、ひとつ問題提起」
QB
「やっと解放してくれるのか、何でも聞こう」
カンナ
「プロドット・セコンダーリオで造られたモノには自我があるのか。
私には聖カンナの過去の経験が詰まっていて、今も感情や衝動を持ち合わせているつもりだ。
短い間に何度も思考し、椅子に座ったまま策を廻らせたわけだ」
カンナが神妙な顔になる。
カンナ
「私の自我は果たして自我なのか、キュゥべえの考えを聞いてみたいね」
キュゥべえは即答する。
QB
「自我を自己や自己認識と混合しているけど、人間の精神について、というベクトルでいいのかい?」
カンナ
「ん? まあ任せるよ。似たもんでしょ」
QB
「キミ達の文明で言うと、精神機能を、エス、自我、超自我、三つの相互作用で解釈している。
エスとは、本能だ。善悪の区別がつかない事。時間感覚や論理性が欠落している事だ」
QB
「超自我は、道徳、倫理だ。善い行動をして、悪い行動をしないように努める事だ。
エスと超自我のバランスを保つのが自我。以上よりカンナは自我があるようだね」
カンナ
「暁美ほむらはエスの化身なんだな・・・って何だその理屈染みた回答。
私の求めている答えと方向性がまるで違う」
84: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:29:07.12 ID:y0YRMf4M0
QB
「メランコリーと強迫神経症のくだりは必要なさそうだね?」
カンナ
「わけがわからなそうな顔で言うな。よし、軽い質問にイエスかノーで答えてもらおう」
QB
「いいよ」
カンナ
「私は人間か?」
QB
「ノーだよ。聖カンナの魔力で生み出された複製体だ」
カンナ
「気味のいい回答だ。では次、私は本物か?」
QB
「答えづらいね、でもイエス。本物のニセモノだよ」
カンナ
「最後。複製体は人間らしい思考をしたか?」
QB
「イエスだ。創造主である聖カンナがそう思考させた可能性を除けば」
カンナ
「何だ、自我はあるじゃないか。これで満足いく最期を迎えられる」
85: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:30:52.83 ID:y0YRMf4M0
QB
「だから自我と自己を・・・。そろそろバリアを解いてくれないか?」
カンナ
「同じことさ。ときにキュゥべえ、イーブルナッツと名づけたもので作った椅子があるだろ」
QB
「あるね」
カンナ
「志筑仁美に憑いた魔力を吸い取って、洗脳を解いたと思わせるトラップだ。
だけど、もうひとつ。本来の使い道があるんだよネ」
QB
「あるの?」
カンナ
「私が用意したんだ、あるに決まっているだろ」
86: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/01(金) 23:31:33.50 ID:y0YRMf4M0
カンナが漆黒の椅子に座ろうとする。
椅子を引こうと触れた瞬間、カンナは跡形も無く消えてしまった。
同時に不可視の壁が消えたことをキュゥべえは確認する。
QB
「放って置いても魔力はそのうち尽きていたはず。
まさか積極的に死のうだなんて思わなかったよ」
QB
「こういうのを死の欲動と言うんだろうね」
円筒に閉じ込められた、数十センチ大のかずみが目をパチクリしている。
それは落下して床にころころ転がった。
QB
「ほむらを待っていようかな。キミも待つかい?」
かずみは溶液の中でボコボコと泡を立てた。
107: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:43:08.17 ID:mwp4RLnk0
■コネクト
マミ
「すごい煙ね、口を覆わないとむせてしまうわ」
線引きされたように、ある地点から突然街が焦げているのは
昼下がりよりも結界の規模が縮まったためだ、とキュゥべえ。
QB
「もう少しだよ」
マミとキュゥべえは鹿目家から走り続け、結界のすぐ側まで接近した。
そして当然のように、内部を覗き込もうとする。
108: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:43:45.14 ID:mwp4RLnk0
月明かり。歪なオフィス街。
澄ました顔をしている紫の少女――暁美ほむら。
ここまではマミでも理解できた。
しかし、たとえば、惨殺された赤い髪の少女。
しかし、たとえば、少女に寄り添うようにして、惨殺された青い髪の少女。
これは理解の範疇をはるかに超えている。
とりあえず数歩下がって、視界を広く取るが、風景は何一つ変わらない。
マミ
「ねえ。キュゥべえ・・・佐倉さん達が死んでる・・・わ。
何もかも遅すぎたの?」
甲乙ついたのだと、戦いは終わっているのだと、マミの目には映った。
109: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:44:35.65 ID:mwp4RLnk0
QB
「よく見てごらん、間に合っている。まだ終わってないよ」
ほむらが左手に持つ何かを輝かせると、二人の体がビクンと大きく痙攣した。
彼女の意図が、まるで理解できない。
わざわざ二人を回復して、傷つけて、破壊を繰り返しているのだ。
QB
「ソウルジェムを砕かれない限り、魔法少女は無敵だけど――」
マミ
「何故、暁美さんが・・・」
QB
「杏子とさやかはソウルジェムを奪われてしまったようだね」
110: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:46:10.85 ID:mwp4RLnk0
「やめろ、何してんだよっ」
「はい、グリーフシード。これでまた殺して貰える」
「やめて。ほむら・・・やめて」
「あの子は目を外されたのよ? 加害者は貴女達でしょう」
マミ
「何度も殺して、何度も生き返らせてる・・・」
QB
「これは緊急事態だね。戦闘中の二人を支援して暁美ほむらを倒そう」
マミ
「何よ、これ。キュゥべえのうそつき」
QB
「嘘は付いてないよ。マミなら二人を助けられるし、ほむらを倒せる」
マミ
「うそ。それにあんなの戦闘じゃない――処刑よ」
強烈なまでに生々しい死がすぐそこにある。
脳が眼前の光景を処理し終えると、マミは泣き崩れた。
声が漏れないように口を覆った。
しゃっくりを何度もあげた。
絶望の悲鳴が聞こえる。何かが千切れる音がする。
三人は見つからなかったことにして、このままひっそり消えてしまいたかった。
111: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:48:17.34 ID:mwp4RLnk0
□
ふと我に返る。
次に、見てはいけないものを見てしまった感覚に苛まれた。
QB
「杏子とさやかを助けるにはもってこいだ。分の良い状態になってきたよ」
ソウルジェムを取り返したのだろう。果敢に攻める赤い魔法少女が居た。
槍を絶妙に操りながら巧く立ち回っている。
「早くアイツの場所を言いなさい。何度死ぬつもり?」
「てめーが死ぬまで死んでやるよ」
マミ
「どうすればいいの。コネクトを解けばいいの? 暁美さんを殺せばいいの?」
QB
「二人を助けるんだ。二人にコネクトが発動すればそれだけ聖カンナが不利になる」
マミ
「魔力切れ・・・。私に出来ることって魔力切れを誘うだけなの?」
QB
「運が良ければ、三人で暁美ほむらを殺せるはず。運が悪ければ、敵に回られるかもしれないけど」
マミ
「運って何よ。夢も希望もないじゃない」
紫の射光によって夜の街が明るく照らされる。
弓で袈裟切りにされた可愛い後輩を見て、意識が途絶えた。
112: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:49:12.07 ID:mwp4RLnk0
□
「マミ! マミ!」
記憶が途切れ途切れになっている。
地べたに座り込んでいるようだった。
マミ
(私は何をしてるんだっけ)
キュゥべえがしっぽを振って何かをしゃべっている。
お尻がとても冷たい。
QB
「―――――――!」
マミ
「悪い夢を見ていたのかしら。それじゃあ魔獣退治に・・・」
キュゥべえが自発的に穢れを取り除いている。
不思議。
自分でやるから大丈夫よ、と一言。立ち上がろうとした瞬間、マミは正面の凄惨さを認識した。
まばらに残る街灯。映った影が現実を突きつける。
マミ
「そんな。うそよ」
視界がブラックアウトした。
気を失った。
マミは何度も、何度も、気を失った。
113: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:50:01.52 ID:mwp4RLnk0
□
「マミ! マミ!」
マミ
(夢じゃなかった。信じたくない)
キュゥべえが長い耳で背中をさすってくれていた。
お尻が冷たい。服が誰かの嘔吐物で汚れている。
QB
「今すぐ反射中枢に回復魔法を! 閾値を調節するんだ」
マミ
「ごめんなさい・・・。耐えられなくて」
気を抜くとまた自分がどうにかなってしまいそうだった。
親指の爪を立てて、太ももに痛みを与える。
マミ
「・・・すぐに唱えるから」
胸に手を当てながら、長く、深く息を吐いて――。
「マミ! マミ!」
マミ
(夢じゃなかった。信じたくない)
キュゥべえが長い耳で背中をさすってくれていた。
お尻が冷たい。服が誰かの嘔吐物で汚れている。
QB
「今すぐ反射中枢に回復魔法を! 閾値を調節するんだ」
マミ
「ごめんなさい・・・。耐えられなくて」
気を抜くとまた自分がどうにかなってしまいそうだった。
親指の爪を立てて、太ももに痛みを与える。
マミ
「・・・すぐに唱えるから」
胸に手を当てながら、長く、深く息を吐いて――。
114: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:51:05.62 ID:mwp4RLnk0
QB
「マミ、体調はどうだい?」
マミ
「もうちょっとで全快よ。ソウルジェムを取ってくれる?」
QB
「良かった。一時はどうなることかと思ったよ」
黒焦げになった車を背にして、体育座りしている自分に気づく。
顔をあげると大型トラックのシルエットがあった。横転している。
マミ
(あのときもそうだったのかな)
マミはキュゥべえをそっと抱きしめて言った。
マミ
「ねえ、私がキュゥべえと契約した日のこと。覚えてる?」
QB
「もちろん、覚えているよ」
マミ
「キュゥべえは何を思って私に声をかけてくれたの?」
QB
「何も思わなかった。無我夢中でキミの乗っていた車に近づいた」
115: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:51:52.15 ID:mwp4RLnk0
マミ
「無我・・・夢中・・・」
QB
「あの日、あの場所で契約する。定められた運命のように、ボクはキミに声をかけた」
マミ
「キュゥべえが居なかったら?」
QB
「マミは助からなかっただろう。ボクにしかキミを救えないのだから」
マミはふと哀愁のこもった笑みを浮かべて、おもむろに立ち上がる。
じわりと汗が出てきた。
マミの膝が震える。
武者震いに相違ないとマミは確信した。
マミ
「今度は私の番、ってことね。ありがとうキュゥべえ、やってみるわ」
QB
「ボクは事実をありのままに述べただけだよ」
116: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:52:34.60 ID:mwp4RLnk0
優雅に、華麗に変身する。
いつまでも逃げている場合じゃない。
いつも通りに、いつも通りであるように意識して。
マミ
「ねえ、ずっと前から思っていたの」
マミ
「魔法って残酷よね・・・。今こうして話が出来るのは・・・」
回復魔法をただひとつ唱えるだけで、すっかり心の不安が取り除かれたことを自覚する。
怒りも悲しみも、すべて意のままに、手に取るように調節できそうだ。
QB
「便利だろう?」
無邪気そうに答えるキュゥべえの頭を軽く小突いて結界に近づく。
117: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:53:36.25 ID:mwp4RLnk0
マミ
「ここから撃っても、当たるかどうか。厳しいわね」
クリアな頭脳で打開策を提示する。
まずは結界に微小な穴を開けて、干渉できるようにした。
マミ
「作戦はこう。暁美さんを縛り上げて、二人のソウルジェムをリボンで掠め取る。
そこから三人でやっつけるわ。万が一、佐倉さんと美樹さんが駄目なら・・・ここでお別れよキュゥべえ」
QB
「・・・マミ」
糸ほどの細いリボンをイメージして何本も穴に通し続けた。
ときおり街中を突き刺すほどの悲鳴が聞こえたが、マミは感情を殺し、作業を続けた。
QB
「もうすこし魔力を抑えたほうがいい」
マミ
「これ以上は難しいの・・・」
一本目のリボンが半周した。
穴を幾つも追加して何本も何本もリボンを通した。
118: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:55:09.96 ID:mwp4RLnk0
準備は整った。後は締め上げるだけ。
マミ
「念のため、余所からグリーフシードを調達してくれる?」
QB
「もちろん。でもボクは結界に入れないよ」
マミ
「ううん、悩みどころねえ。ここにしか入り口を作れないのよ」
QB
「結界が完全に崩れたり、戦地が変わることもあるだろう。
そのときはテレパシーを飛ばしてほしい。いつでも補給できるはずだ」
マミ
「ありがとう、キュゥべえ」
119: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/07(木) 23:55:59.06 ID:mwp4RLnk0
マミ
「ねえ私たち、勝てるかな」
軽い口調で結構重いことを聞いてみる。ほんの少しイジワルな感情を含ませて。
もうちょっとだけ、キュゥべえの声を聞いておきたかったのかもしれない。
QB
「諦めたらそれまでだ。でもマミなら運命を変えられるよ」
マミ
「調子いいんだから・・・もう」
マミは正面をまっすぐ見据え、直立したまま、
後ろに居るキュゥべえにこっそりピースサインを作った。
マミ
(あなたの好きにさせてたまるものですかっ暁美さん)
120: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:00:00.94 ID:I5CYOzts0
レガーレ
シンプルで小回りの利く拘束魔法。
マスケットに慣れるまでは頻繁にお世話になっていた。
全ての発動を確認すると同時に、結界の一部をこじ開けて強行突破。
ほむらに接敵した、が――
マミ
「へえ、今のを受け止めるなんて出来るわね」
ほむら
「巴マミ、束縛する気ならもう少し痕跡を抑えたらどうかしら」
ほむらは千切れた黄色い糸の束を片手に、悠然と佇んでこちらを見ている。
ソウルジェムを二つ見せびらかして。
束縛は、完全に失敗していた。
121: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:00:46.75 ID:I5CYOzts0
マミ
「暁美さんこそ抑えたらいかが。必要以上の障壁は魔力の無駄よ」
ほむら
「この結界は聖カンナ用の索敵を担っている。当然の対価だわ」
さやか
「マミさん! あいつの戦力削っといたよ!」
杏子
「マミ! やっと来たか」
二人はソウルジェムの百メートル圏内で元気そうにしている。
多少衣類に穴や傷、赤黒い染みがあるのは暁美ほむらの攻撃によるものだ。
絶対に勝てない戦いに身を投じて、抵抗した彼女たち。
マミはほんの一瞬目を背けそうになった。
再度、神経中枢に魔力を集中させて気分をととのえる。
122: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:03:07.91 ID:I5CYOzts0
マミ
「ところで暁美ほむらさん。可愛い後輩たちに何をしてくれているの?」
ほむら
「その可愛い後輩達はもうこの世には居ないわよ。
ここにいるのはヒュアデスの操り人形。人間じゃないの」
マミ
「操り人形呼ばわりなんて。本当に悪趣味なのね」
ほむら
「悪趣味なのは貴女よ。聖カンナの手駒に堕ちたこいつらに同情の余地はない。
利用するだけ利用して、燃えるゴミにでも捨ててしまえばいい」
マミ
「どうして苦しめたの。あんな拷問まがいのことする必要は無かったわ!」
ほむら
「あら、見てたのね。叩けば聖カンナの情報が降ってくるし、殺せばあの子が報われる」
ほむら
「貴女でもそうしたでしょう? 巴マミ」
マミ
「わ、私は――」
ほむら
「そんな勇気もないくせに、聖カンナを倒そうとしていたわけ? 本当に愚かね」
123: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:04:16.00 ID:I5CYOzts0
マミ
「何が勇気よ。適当なこと言わないで」
マミ
「生身の彼女たちを殺してグリーフシードで回復の繰り返し。
これを勇気というなら、そんなもの要らない。狂気染みているわよ」
ほむら
「どっちが狂気染みているの。美樹さやかから聞いたわよ。
ひと月前、貴女が裏で糸を引いて、あの子の殺害方法を命令したそうじゃない」
マミ
「殺害方法・・・?」
さやか
「ごめん、マミさん。隠していたのに口からつい出ちゃった・・・」
マミ
「!!」
マミ
「それ、本当なの・・・」
そろって頷く二人と余裕そうにやり取りを見守るほむら。
あまりにも意外だったので、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
124: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:05:08.86 ID:I5CYOzts0
マミ
「もしかしたら、佐倉さんの棍があの子に偶然当たって・・・目が落ちて。
美樹さんが濡れ衣を着たかもしれないわよ」
杏子
「そういう設定を披露しても良かったけどな。バレちゃったらしょうがないよ」
マミ
(思ったとおり情報に齟齬が・・・。二人へのコネクトがこんなに影響している。
二人の記憶までも曖昧だなんて、致命的だわ)
さやか
「もしかしてマミさんも聖カンナって人の魔法を受けたんじゃ」
マミ
「いえ、その可能性は無いはずよ。ありえないもの」
125: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:07:37.56 ID:I5CYOzts0
ほむら
「どうしたの巴マミ。まさかとは思うけど、二人の記憶が大幅に改竄されていたのかしら?」
マミ
「そんなことないわ・・・私が黒幕よ。あの少女を破壊しないと、何が起こるかわからないでしょう」
半分嘘を付いた。
人間を実験して別の人間を造りだす。
誰が見ても間違っている。禁忌に等しい悪魔の所業に決まっているのだ。
あの少女は、どんな経緯であれ破壊するしかなかった。
『円環の理』を模写したのがあの少女だ、とほむらが言っているのだから尚のこと。
全く信じていないけれど、未知の脅威は取り除く必要がある。
それに、自分の正しい(はずの)記憶を主張して、二人を混乱させることは控えたい。
マミ
(だれが黒幕かと言えばきっと私が相応しいし・・・)
マミ
「だから暁美さん? 直々に引導を渡してあげる」
126: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/08(金) 00:09:44.03 ID:I5CYOzts0
ほむら
「あはは、言質が取れてとても嬉しい。これで心置きなく貴女を粛清できるわ」
マミ
「三対一でどこまで耐えられる?」
ほむら
「正確には、一対、一対、二対、一よ。聖カンナの乱入と、そこの二人に気をつけて振舞う事ね」
マミ
「忠告ご苦労様。あいにく、私はあなたを殺すためなら手段を選ばないわ」
さやか
「よしっ、行くよマミさん、杏子。第二ラウンド開始!」
杏子
「さあて、ソウルジェムを返してもらおう。手を抜いてると、右手ごと毟るぞ」
マミ
「・・・」
ほむら
「可哀相な子達。なにもかも無駄だとわかっているのに」
134: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:18:19.80 ID:TafKd4/Z0
□
暁美ほむらを中心に百メートル圏。
制限付きでの戦いが始まってから数分が経った。
一言で言えば、相手の出方を窺うための小競り合いだ。
ほむら
「因縁の対決がこれ? もっと楽しくいきましょうよ」
マミ
「暁美さん、手を抜いているでしょ」
ほむら
「私は本気。身体強化係数を最大まで引き上げているもの」
暁美ほむらを中心に百メートル圏。
制限付きでの戦いが始まってから数分が経った。
一言で言えば、相手の出方を窺うための小競り合いだ。
ほむら
「因縁の対決がこれ? もっと楽しくいきましょうよ」
マミ
「暁美さん、手を抜いているでしょ」
ほむら
「私は本気。身体強化係数を最大まで引き上げているもの」
135: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:19:04.37 ID:TafKd4/Z0
残りの二人は実質戦力外。
生身でも簡単な魔法は使えるし、ジェムから武器を出すことだって容易い。
ただ、ほむらが赤と青のソウルジェムを握っている。
つまりそういうことなのだ。
宝石から刃先が飛び出ても、ちょっとした魔法が発動しても、無傷なのだろう。
二人の攻撃には期待してはいけない。
二人の動向には気をつける必要があるが――。
マミ
(弱ったわね・・・)
136: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:25:18.71 ID:TafKd4/Z0
リボンを駆使した数種類の物理攻撃も通じなかった。
マミ
「リボンが効かない。美樹さんわかる?」
さやか
「魔力を纏わせてる。あと近づいたら駄目だよ、ソウルジェムを奪われちゃうから」
マミ
「なるほど――よく夜中まで戦いが持ったわね」
左足でぐるりと弧を描き、円陣状にマスケットを生成する。
魔獣狩りと同じ要領で一発、一発魔弾を放っていくが、
ほむらの驚くべき運動神経によって、マミの銃撃はすべて避けられてしまう。
ほむら
「これでも手を抜いてると言い張る気? 避けるのも立派な戦術よ」
はっきりいってマスケット銃などガラクタに過ぎなかった。
さやか
「かなりまずいね。今まで通り特攻して何とかなればいいけどっ」
マミのリボンで造った長剣を強く握って地団太を踏んでいる。
杏子
「へっ、完全に手を抜かれてたんだ。単純に遊ばれてたんだよ」
くの字に曲がった長槍がリボンに姿を戻した。
所詮付け焼刃のナマクラ武器では弓本体の強度には遠く及ばない。
ただの一発で槍はひしゃげ、ほむらから距離を取らざるを得なかった。
マミ
(どうしよう、このままじゃ勝てない)
137: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:28:07.02 ID:TafKd4/Z0
ほむら
「マスケットが数十発、打ち込み一回。それじゃあお望みどおり、反撃一回目」
のらりくらりと弓を構えて標的を選んでいる。
マミ
「美樹さん! 避けて!」
紫の射光が強く輝いた瞬間。
さやかの腹部に穴が開いた。
さやか
「マミさんッ、気にしないで・・・怪我は慣れちゃってるから」
ほむら
「いい強がりね。ソウルジェムは正直よ、ほら」
腹部が回復するのと同調して青のソウルジェムに穢れが染み出てくる。
返せ、と走りよるさやかの首を左手で掴んで締め上げた。
さやか
「あ・・・ぐぅ」
ほむら
「ねえ、知ってる? 魔法を使いすぎると危ないのよ」
マミ
「あ、あなたっ許せない!」
ほむら
「なら美樹さやかのソウルジェムを砕きなさい。貴女の手で苦痛から解放してあげるの」
不敵に笑いながら、路上に青のソウルジェムを投げてマミの動向を窺っている。
ほむら
「戦いの運命から解き放たれる喜びは、きっと言葉に出来ないくらい素晴らしいでしょうね」
さやかは足をバタつかせて、ほむらの腕に爪を立てていた。
138: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:29:09.04 ID:TafKd4/Z0
マミ
「美樹さん・・・」
マミは銃器を召喚して、地表の宝石に狙いを定める。
杏子
「おいっ馬鹿!」
はたかれた。
杏子
「血迷うな、マミ。やっていいことと悪いことがある」
マミ
「でも、こうしないとみんな不幸になってしまうわ!」
杏子
「笑えないな、マミの言うみんなって誰だよ、さやかじゃないだろ?
もっと冷酷になるんだ。今のさやかを利用するくらい冷酷に」
マミ
「・・・利用、冷酷に利用するの?」
杏子
「ああ、利用するんだ! アイツを殺すためには、まともな手段じゃ通じない。
考えても見ろ、ソウルジェムを砕いたらさやかが化けて出るぞ」
お化けは苦手だろ、と冗談交じりに答える。
首を絞められているさやかも口角を上げていた――気がした。
139: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:30:31.05 ID:TafKd4/Z0
マミ
「まともな手段で通じるとは初めから思ってないわ・・・でも」
杏子
「ぶっとんだ発想だよ。でないと、みーんなみんな死んじまうぜ」
マミ
「佐倉さんはいつも冷静で、達観してるわね」
杏子
「わっかんねぇ、やけくそになってるだけかも」
マミ
(ぶっとんだ発想・・・)
路上に青のソウルジェム。
記憶が微妙に操作されているさやか。
マミ
「・・・」
身体強化だけの杏子。
そして二人は暁美ほむらの百メートル圏内でしか生きられない。
マミ
(美樹さんだけじゃなく佐倉さんもコネクトされている。戦力外どころか――)
マミ
(佐倉さん、美樹さん、あなた達は信じられない。ごめんなさい)
140: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/11/16(土) 23:31:03.81 ID:TafKd4/Z0
マミの目は潤んでいた。杏子は素っ頓狂な顔でこちらを見つめている。
すぐ何かを察したようでニヤリと笑いながら言った。
杏子
「それが正解さ」
153: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:28:29.92 ID:JHWhpadr0
月明かりに赤のリボンと黄色の髪飾りが象徴的に輝いた。
ほむら
「見てなさいよ巴マミ。とても苦しそうよ。チアノーゼというのよ?」
さやかは両手足をだらんと垂らして、ぐったりとしていた。
杏子は瞑目して口を忙しなく動かしている――祈っているのだろう。
マミは息を飲んで、あごを引いた。
マミ
「あ、暁美さん、全部私のせいなのよ。この子たちは関係ないの」
ほむら
「そんな命乞いの言葉はお粗末。貴女が苦しむならなんだってしてやるわ。
それがあの子のため、あの子を殺した罪なのよ」
マミ
「罪は全部私が背負うから、だから・・・」
マミ
「私は一対一であなたと決着をつけたい。この子たち抜きで。本気のあなたと。理解できるでしょ」
ほむら
「それで? 理解は出来るけど、納得は出来ないわ。
二人をどこかへ逃がしたいなんて言い分、聞けるはずないでしょう」
マミは首を横に振って、ひどく真剣な口調で言った。
「佐倉さんと美樹さんを――」
「――殺すの。私の手で」
マミの掠れた言葉。空気が一瞬で凍りついた。
耳が痛くなる静けさだった。
154: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:30:41.09 ID:JHWhpadr0
ほむら
「自分で何を言っているのかわかっているの。
友達思いの貴女が一番嫌うことのはずよ」
マミ
「・・・」
マミ
「その代わり、美樹さんと二つのソウルジェムを渡してもらうわ」
ほむら
「認められない。見ていられないくらい馬鹿なこと言ってる。
すべての物事には対価が必要なのよ」
マミ
「・・・暁美さんの魔法円に私たちが乗るのはどうかしら。全員を人質にするの」
両手をあげて従順の意を示す。
伸るか反るかの大博打。暁美ほむらが首肯しないと何も始まらない。
ほむら
「・・・へえ。そこまでして何かをするつもりね」
マミは深くゆっくりと頷いた。
ほむら
「――いいわ。何を考えているのかわからないけど、
貴女の要求を受け入れましょう。精々楽しませて頂戴」
ほむら
「でも巴マミ。貴女は本当に巴マミなのかしら。
貴女は他人に死を与えるような人間では無かった」
マミ
「私は聖カンナさんのコネクトに干渉出来るの。全て自分の意思よ」
ほむら
「聖カンナさん・・・ね。理屈はわからないけど、事実なら羨ましいほどだわ。気が楽でしょう」
マミ
「楽なものですか。これから後輩を殺すのよ」
ほむら
「唆したのは私だけど、決断したのは貴女。怒りの矛先をこちらに向けないで欲しいわねえ」
ほむらは三メートル弱の魔法円を編み終えると、マミ、さやか、杏子に乗るように言った。
ほむら
「はい、お目当てのソウルジェム。
もちろん、約束を破ってもいいわよ? そういうの嫌いじゃないから」
マミ
「・・・考えておくわ」
155: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:32:14.02 ID:JHWhpadr0
ほむらが遠くで訝しげに見つめている中、マミは二人を強く、強く抱きしめた。
さやか
「えっと・・・マミさん?」
マミ
「美樹さん。佐倉さん。こんな駄目な先輩でごめんなさい」
さやか
「マミさん本当に殺すの・・・? 杏子も何で落ち着いて・・・」
杏子
「マミとの付き合いは長かったからね、全部お見通しさ」
マミ
「美樹さん。私はね、命を繋ぎ止めるために契約したの」
さやか
「それは知ってるけど」
マミ
「だから信じて・・・ほしいの。二人とも変身して」
マミは穢れを浄化しきったソウルジェムを二人に渡した。
グリーフシードを多めに用意して、変身を終えた杏子とさやかを再び抱きしめる。
マミ
「あなた達の命を私の中に繋ぎ止める・・・だからありったけの力で魔法を注いで」
マミ
「円環の理に導かれるほどに、全身全霊で! 私の魂に深く刻まれるほどに!」
さやか
「・・・」
さやか
「うん、わかった。全部わかった」
杏子
「いくぞさやか」
青と赤の魔力が闇夜に展開されて、マミを優しく包み込む。
二人は濁り始めたソウルジェムにグリーフシードを当てながら、空いた手でマミにしがみ付いた。
マミもまた、二人の体を力いっぱい抱きしめた。
156: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:35:03.52 ID:JHWhpadr0
マミ
「もっと、もっと魔力を私に刻みこんで。未来永劫一緒にいられるくらいに!」
魔力の濃度が増していく中、涙をこらえてうつむく三人の姿があった。
離れた位置で眺めているほむらは下唇を噛んでいた。
マミ
「犠牲にしてごめんなさい。こんな最期にさせてしまってごめんなさい」
杏子
「仕方ないよ、分が悪すぎるんだ」
マミ
「こうでもしないと、あなた達の犠牲がないと、暁美さんを殺せない」
さやか
「あたし達、足手まといだもんね」
ぎゅうっと抱きしめてマミは二人に顔を沈めた。
マミ
「・・・二人の力が必要なの」
マミ
「私も信じるから・・・」
杏子
「マミ・・・」
さやか
「マミさん・・・」
157: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:36:32.05 ID:JHWhpadr0
「「嘘つき」」
マミ
「!!」
杏子
「最期なんだ。気を使わなくていい」
さやか
「言いたいこと言ったほうがいいよ。操られてるの知ってるし」
マミ
「・・・怖いの」
涙まじりのか細い声。
さやかと杏子はマミの頭を撫でた。
マミ
「信じるのが怖い・・・。裏切られるのが怖い・・・」
さやか
「あたしも怖い。マミさんを裏切るのが怖いよ」
杏子
「怖くないやつなんざ居ないよ。
何をしでかすかわからない自分が怖いんだ」
マミ
「私ね、美樹さんも佐倉さんも、暁美さんくらい怖くて、逃げ出しそうになった。
二人の記憶や意識が操作されてることを知って・・・でも結局どうしようもなかった」
マミ
「今だってそう。全然生きた心地がしないの・・・。二人に身を寄せることさえ怖いの」
さやか
「そんな悲しいこと言わないで。本当の想いは、きっと裏切らないんだから」
杏子
「最初から最後まで迷惑かけっぱなしで悪かったなあ・・・マミ」
マミ
「こんな頼りなくてごめんね。弱くてごめんね」
杏子
「ああ、頼りなかったけど、頼れるとしたらマミだけだ」
さやか
「弱くたって、マミさんはあたしの理想だよ」
皆が皆、嗚咽交じりの、ひどい涙声だった。
魔力の波動の中に桃色が混じっている。
まもなく二人は『円環の理』に導かれるだろう。
「「頑張って」」
長い間抱きしめていたものが消え去り、マミは姿勢を崩した。
158: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:37:39.15 ID:JHWhpadr0
マミ
「・・・」
マミ
(佐倉さん、美樹さん・・・命、繋がってる?)
マミ
「・・・」
手のぬくもりに確かな感触があった。
袖で涙を拭って、魔法円から出る。
手を広げてみると長剣が数振り召喚された。
視線を左から右に流すと虚空に長槍が生まれた。
スカートを摘み上げるとマスケットの銃身が降ってきた。
マミ
「・・・」
マスケットを片手に遥か斜め後方、視野の片隅にいる死神に声を投げかける。
マミ
「暁美さん。待たせたわね」
その振る舞いは、マミを象徴する優美さ、華麗さなど全くない、死を受け入れた戦士そのもの。
その声は怒りと悲しみを押し殺した抑揚の無いもの。
その目は視線で刺し殺すほどの鋭さを含んでいる。
ほむら
「待ちくたびれたわ。茶番はもうお仕舞い?」
マミ
「あなたが死ぬまで茶番は続くわ。覚悟して」
マスケットの引き金に指をかける。
それが戦闘開始の合図。
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
159: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:39:37.55 ID:JHWhpadr0
マミの勝利条件はただひとつ。
ほむらのソウルジェムを破壊して聖カンナの計画を阻止すること。
暁美ほむらはあの子と呼ぶ少女を再び創ることを望んでいる。
障害は何が何でも潰す偏った思考に飲み込まれていた。
ほむら
「遠距離なら負けないわ」
マミ
「条件は同じ。想いの強さがすべてを決めるのよ」
銃器から放たれる雷光の弾幕が、地上を駆け抜けるほむらに追随する。
ほむらは刺弾の群れを消し飛ばすほどの剛撃で空間を穿つ。
二人が通り過ぎた後には無数の弾痕と深い孔が刻まれ、街のシルエットを削り取っていった。
攻防は一進一退。
息を付く暇も無い激戦。
戦地は廃墟と化した大通りから市街地、高層ビルへと多岐に及んだ。
片やリボン、多節槍、カットラス、銃器。
片や魔力弾、弓、矢。
お互いに虚空を蹴って絶え間ない攻撃を繰り広げた。
ほむら
「この力を見たら私の想いがわかるでしょう?」
狂気と殺意を含ませて激高した一声。
ほむらの放つ紫の帯が、マミの体を次々と掠めて、街の至る所に着弾する。
マミは遅れて襲ってきた痛みに耐えながら反論する。
マミ
「力は想いではないわ。想いは想いなのよ!」
宙に設置した数十条のリボンを発動させて、ほむらをきつく縛り上げる。
加えて、マスケットで二十四発の撃ち込み。槍を投擲。
槍は紙一重で回避されバインドも無駄に終わったわけだが、
銃弾に怯み、リボンを千切ろうと足掻く彼女の姿に、これまでに無い手ごたえを感じた。
マミ
(対等に戦えてる・・・!)
マミはあらゆる建物を足場として利用した。
その軌道を辿るように、紫の光条が執拗に放たれていく。
矢と形容するには余りある威力。
掠った壁から湯気が上がる熱量を孕んでいる。ほむらの一撃はレーザーのソレなのだ。
反転。
反撃。
斉射の隙を窺いながらマミもまた、ほむらの四肢を狙って射撃した。
威力こそほむらには及ばないが、よどみなく、すべらかに、精確に、狙い撃った。
二人の死闘に呼応するように、活気付いていた見滝原の風貌は少しずつ蝕まれる。
蝋燭の火を吹き消すよりも簡単に街のインフラは奪われていった。
160: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/08(日) 20:42:18.81 ID:JHWhpadr0
□
煌々と輝く満月を背にしてビルとビルの合間を高く跳ぶ少女達。
マミ
「無限の魔弾よ――」
流れるように右手を前へ一振り。
おぞましい数のマスケットを召喚し、一斉射撃を行う。
乾いた発砲音が星空を支配し、対象の魔法少女へと、飲み込まれるように輝く軌道を描いた。
それは、けたたましい轟音。それは、強烈な閃光。
砕け散って宙を舞うコンクリート片の影。
空気を切り裂く音と、魔弾を打ち払う無機質な音が砲撃音に混ざり合っている。
完全に無音になった直後、紫色の光線が驚くべき速度で迫り、マミの肩を貫いた。
マミ
「・・・ッ」
マミ
(また被弾・・・もっと距離を広げるしか)
傷口をリボンで圧迫止血。
アレグロを多重に付加。
移動速度を限界まで強化。
駄目押しの鎖縛結界を周囲に敷き詰めながら、何の迷いも無く超高層ビルから飛び降りた。
煌々と輝く満月を背にしてビルとビルの合間を高く跳ぶ少女達。
マミ
「無限の魔弾よ――」
流れるように右手を前へ一振り。
おぞましい数のマスケットを召喚し、一斉射撃を行う。
乾いた発砲音が星空を支配し、対象の魔法少女へと、飲み込まれるように輝く軌道を描いた。
それは、けたたましい轟音。それは、強烈な閃光。
砕け散って宙を舞うコンクリート片の影。
空気を切り裂く音と、魔弾を打ち払う無機質な音が砲撃音に混ざり合っている。
完全に無音になった直後、紫色の光線が驚くべき速度で迫り、マミの肩を貫いた。
マミ
「・・・ッ」
マミ
(また被弾・・・もっと距離を広げるしか)
傷口をリボンで圧迫止血。
アレグロを多重に付加。
移動速度を限界まで強化。
駄目押しの鎖縛結界を周囲に敷き詰めながら、何の迷いも無く超高層ビルから飛び降りた。
164: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/18(水) 05:18:56.30 ID:NLk0xZ8H0
マミ
「多分――」
マミの現在地は狭い路地だ。直線に細長い閉鎖空間と言ってもいい。
両脇にそびえ立つのは二百メートルほどの摩天楼。
ほむらは地上、上空、いずれかを選んで追いつめてくるはず。
マミ
「暁美さんなら地上から迂回するでしょうね」
空中から飛び降りているときほど無防備な状態はない。
相手が近距離戦主体ならともかく、ガンナー相手には無茶しすぎ。
意表を突くにしてもデメリットが多い。これは蛮行だ。
だから地上から接近されるだろうと予想して罠を作った。
もちろん、万一に備えて、あらゆる所に細い硬質のリボンを張り尽くしている。
素直に追いかけてきたら全身の皮膚がめくれてしまうだろう。
穢れを吸い切ったグリーフシードを投棄する。
二、三、深呼吸をして緊張を抑えた。
唇をきゅっと結んで空気の乱れ、魔力の波動を読もうと空を見上げて集中していると――。
予定調和。
定石。
遠方からカツカツ、と規則的なヒールの足音が近づいている。
絡み付こうとするリボンを魔力で払いながら接近するほむらの姿はどこか優美だ。
マミ
「夜空が綺麗だと思わない?」
ほむら
「満月の夜は人死にが増えるそうよ」
漆黒に澄んだ空気。声の主は夜のお散歩。
距離六十メートル地点。マミの仕掛けておいたトラップが発動するまでもう少し。
石畳の上でリボンが滑るように綺麗な円を描き、内側に三角を形作る。
ヒールの音はすぐに止まり、空間全体が激しく揺れた。
壁や地面から生えた無数の槍が一斉にほむらを突き刺す。
その体をズタズタに引き裂いたのだった。
ほむら
「陰湿さが滲み出ているわ。そうね、聖カンナの次くらいには」
土ぼこりが舞い上がる中、再びヒールの音が路地に反響する。
一本一本するりと抜け落ちてゆく血まみれの赤い槍が、彼女の回復力の高さを示唆している。
異常。
狂逸。
比類なき身体強化と回復力はまさに人外。
死神と揶揄されるのも納得、マミは改めて腑に落ちた。
165: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/18(水) 05:21:28.66 ID:NLk0xZ8H0
この程度でやれるはずがないのはわかっている。
何とかならない位がマミにとって丁度良い。
あのまま二人を『円環の理』に導けて良かったと素直に思い込むことが出来るのだから。
マミは頭を振って雑念を取り払う。
目の前の強敵をいかに滅ぼすかに集中しなおしてマスケットを三十六生み出した。
マミ
「これならどう?」
両手にマスケットを二丁持ち、右、左、右・・・交互に射撃を始める。
わずか数秒で全てを使い切るほどの速射だったが、ほむらは負けじと弓で弾いていった。
ほむら
「当たったところで致命傷にはなりえない。そもそも一対一で私に及ぶはずないのよ」
マミ
「そうかしら。呼吸が荒くなっているわよ」
距離五十メートル。
今度は壁に潜ませた魔法円がほむらのエネルギーを検知。
虚空からの槍雨と両壁からの刀がほむらに切迫し、切り傷を付ける。
至る所に血が飛沫し、そこらじゅうを赤く塗りつぶした。
ほむら
「何度やっても同じこと。本当の攻撃というものを教えてあげる」
肩に根深く刺さったカットラスを引き抜きながら、弓を大仰に構えて矢を乱れ撃つ。
ほむら
「――――ッ!!」
矢は直線にマミの身体を目指し――カタチを保てず、紫の火の粉として放射状に散った。
鏡の割れる音を皮切りに、ほむらとマミに魔力弾が襲い掛かる。
マミ
「・・・っ。よく考えたでしょう?」
ほむらは矢を放ち終えたままの残心で、歯をむき出しに。
深い傷をあらゆる部位に負って驚き果てていた。
マミは反射しそびれて出来た傷を意識して修復する。
アイギスの鏡――すなわち反射バリアによって攻撃の一部を弾き返したのだ。
絶対領域と名付けた、とっておきの干渉遮断魔法も同時に作用させていたのだが、耐え切れなかった様子。
ほむらの魔力が鏡を短時間で砕き、領域にも干渉し、マミに小さくも深く熱い傷を多数与えた。
一本一本の威力が下がるはずの乱れ撃ちでこの有様。
極悪とも呼べる矢の破壊力に脱帽しそうになった。
マミ
(まだこんな力が残ってるの・・・?)
マミは牽制を与えつつ、背面に大きく跳躍し、間に合わせのグリーフシードで穢れを取り去った。
唾を飲み込むと血の味がする。
キューブを掴む手は小刻みに震えていた。
166: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/18(水) 05:23:45.51 ID:NLk0xZ8H0
ほむら
「小癪な・・・」
意外なことにほむらの回復力が遅い。
逡巡すること二秒。罠だと判断して追い討ちを考える。
マミ
(一度、試してみる価値はあるわね)
普段より一回り大きいマスケットライフルを作ってアレグロを織り混ぜる。
左手を狙って引き金を引くと、普段の数倍の反動。聞き慣れぬ衝撃音。
予想以上の手ごたえがあった。
ほむらは痩身を捩る。
しかし、わき腹の一部がはじけた。
ほむら
「でもね、ほら。すぐ元通り。だから貴女に勝ち目は無い」
マミ
「あえて回復を遅らせたのね・・・」
ほむら
「ちょっと強くなったからって調子に乗られても困るのよ。
だけどさっきの反射は少し厄介。貴女の固有魔法から逸脱しているわ」
マミ
「いいえ。あれもリボンよ」
ほむらが弓の末端に握りなおして近づいてくる。
反射魔法の性質を瞬時に解析し、無為にするため、近接戦闘で決着をつけるつもりなのだ。
マミが何十にも施した束縛魔法を空いた手で中和しながら、ほむらは接敵しようと足掻く。
高位魔術、レガーレ・ヴァスタアリアでも抑えきれない彼女の底力はマミに眩暈を与えた。
時間を稼ぎたい。
囮の分身を造って足止めを図る。
「アイギスを見破ったのね」
「泥沼になりそうだわ」
リボンが効かないなら人海戦術。
ほむら
「これは佐倉杏子の魔術――構っている場合じゃないの」
「そう上手くいくと思う?」
「足元がお留守よ」
幻覚のタネがバレることもお見通し。
マミにとって、二十秒の猶予時間はあまりにも十分だった。
背部、上部の鎖縛結界がほむらを幾重にも覆っている。
これから行う攻撃が放散しないように徹底的に作り上げた箱庭は――今、完成した。
167: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/18(水) 05:25:11.69 ID:NLk0xZ8H0
マミ
「この一撃で決めるわ」
印を結び、詠唱を繰り返し、全ての力を注いだ大砲が一門。
そしてなんの装飾も施されていない無骨な砲身に手を添える。
マミの体躯を遥かに超える、巨大な兵器が唸りをあげた。
マミ
「メテオーラ・フィナーレ!!」
強力無比の烈光が灼熱を帯びて現世に放たれる。
マミは正面にも結界を作り、膨大なエネルギーの塊をほむらと共に閉じ込めんとしたが、
結界はミシミシと音を立てて呆気なく崩壊した。
――制御出来ない。
爆発に次ぐ爆発で聴覚は麻痺し、無音のうちに両脇の高層ビルが消し飛ぶ。
攻撃を行ったマミでさえ、一度魔力弾の方向へ強烈に引き寄せられたかと思えば、
余波で再び直線に吹き飛び、激しい光とともに意識を失った。
170: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/20(金) 23:26:10.58 ID:8XxTDpgJ0
□
意識はあった。視界が無い。呼吸している感覚が無い。
頭がぐるぐるする。
ぼんやりと輝く世界が見えてきた。方向感覚が定まらない。体が悲鳴を上げ始めた。
(佐倉さん、美樹さん・・・私)
マミ
「げほっ、ごほっ」
肺が酸素を強く求めていた。
ぐように呼吸を続けていると、様々な感覚が流れ込んできた。
意識して治癒を続けていくうちに、手の指先にじわりとした冷たい感触が戻ってくる。
指を数度曲げ、動くことを確認してから間髪入れずにキューブを鷲づかみ、右後頭部のソウルジェムに押し付ける。
マミ
「まだ回復しきってない・・・」
白い布地の袋には約三十個のグリーフシード。
もう一掴みして穢れを取り除いていると――違和感が生まれた。
肉体に異常があるわけではない。
肉体は正常に機能している。
正常ゆえの違和感だ。
五感が研ぎ澄まされたことで感知できた。
恐るべき波動がどこかで渦巻いているような。
意識はあった。視界が無い。呼吸している感覚が無い。
頭がぐるぐるする。
ぼんやりと輝く世界が見えてきた。方向感覚が定まらない。体が悲鳴を上げ始めた。
(佐倉さん、美樹さん・・・私)
マミ
「げほっ、ごほっ」
肺が酸素を強く求めていた。
ぐように呼吸を続けていると、様々な感覚が流れ込んできた。
意識して治癒を続けていくうちに、手の指先にじわりとした冷たい感触が戻ってくる。
指を数度曲げ、動くことを確認してから間髪入れずにキューブを鷲づかみ、右後頭部のソウルジェムに押し付ける。
マミ
「まだ回復しきってない・・・」
白い布地の袋には約三十個のグリーフシード。
もう一掴みして穢れを取り除いていると――違和感が生まれた。
肉体に異常があるわけではない。
肉体は正常に機能している。
正常ゆえの違和感だ。
五感が研ぎ澄まされたことで感知できた。
恐るべき波動がどこかで渦巻いているような。
171: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/27(金) 20:29:21.22 ID:riauXAgx0
マミ
「!」
正面に殺気を感じる。
次に――体を丸めて避けた。
避けたというよりも、避けていたと言い換えたほうが適切かもしれない。
何を避けたのかすらわからないまま、半ば本能で動いたのだから。
マミは壁を背にして立ち上がる。何が起きたか確認する必要があった。
黒。
紫。
紫。
白。
眼。
黒。
赤。
近くも遠くもない距離にぼんやりと滲んだ色。
ソレはヒトのカタチだった。
理解が追いつくと、酷い頭痛と吐気がマミを襲う。
燃える都市を背景に、赤いリボンを付けた黒髪の少女が弓を手にしていたのだから。
「何故。何故、生きているのよ」
「どうして、ねえ、どうして邪魔をするの?」
二人の声が重なる。
半泣きで訴える彼女の左手のソウルジェムは相当暗くなっているように思えた。
マミ
「無傷なわけ無いのに・・・そのリボンも・・・」
ほむら
「貴女の攻撃を防ぐために全部使ってしまったの! グリーフシードが足りないの!」
ほむらは赤いリボンを外して強く握る。
両手を天に掲げて、ヒステリックに何かを叫び始めた。
ほむら
「でもね? でもね? 桃色の力は残っているのよ?」
今度は聞き覚えの無い言語を口走りながら、ゆらゆらと近寄ってくる。
手指の動きを見るに、彼女なりの詠唱術式なのかもしれない。
マミは生き残るために逃げた。
マミとて残されたグリーフシードは僅少。
再び場所を変えてゲリラ戦に持ち込むしかない。
瓦礫に何度も足を引っ掛けながら、無我夢中で走り続けた。
172: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/27(金) 20:32:31.69 ID:riauXAgx0
□
ますます肌寒さを感じる夜半。
異臭の混じった突風がマミの頬を掻っ切る。
数度の短い競り合いを経て、別の市街地に立てこもった。
桃色の魔力は嫌というほど暁美ほむらの存在を主張していた。
マミ
(暁美さんはバケモノよ・・・あんな魔法少女見たことない)
慎重に、時として臆病になりながら、息を殺して街を這う。
建物の影、裏道、木陰に隠れて紫の少女を狙い撃った。
マミ
「くっ!」
使い終えたマスケット銃を軸に。
身を反らし、地を蹴り上げ、跳躍し、十四の矢を一つ一つ確実に回避していく。
マスケットの撃鉄さえも恐ろしい。音を立てることは死に直結する。
一度射撃を行うと、的確な位置に桃色の矢が飛んでくるのだから。
ほむら
「ふふ、見つけた。大人しく死になさい」
マミ
「死んでたまるものですかっ」
ほむら
「同意は求めていないわ」
多数の榴弾を地面に撃ち、煙幕を張りながら、マミは脇道に身を潜める。
目くらましの代償は光速で物体を昇華させる数条の矢。
逃げた先――天から次々と落ちてくる巨大な円柱を回避。
音も無く頭上を狙って落下する塊は易々と地球をくり貫いてゆく。
血と火と煙の柱は絶えず降り注いだ。
ほむら
「まだ逃げる気? もう少し楽しませなさいよ」
死ねない。
逃げなきゃ。
弓で地面をガリガリ摺る音と、ヒールが地を打つ無機質な音がねじ混ざっている。
その度に距離を広げて、カットラスの刀身を射出し、射撃を繰り返す。
ほむらが隙を見せた瞬間に攻撃を与え、追撃をなるべく減らす作戦だ。
ますます肌寒さを感じる夜半。
異臭の混じった突風がマミの頬を掻っ切る。
数度の短い競り合いを経て、別の市街地に立てこもった。
桃色の魔力は嫌というほど暁美ほむらの存在を主張していた。
マミ
(暁美さんはバケモノよ・・・あんな魔法少女見たことない)
慎重に、時として臆病になりながら、息を殺して街を這う。
建物の影、裏道、木陰に隠れて紫の少女を狙い撃った。
マミ
「くっ!」
使い終えたマスケット銃を軸に。
身を反らし、地を蹴り上げ、跳躍し、十四の矢を一つ一つ確実に回避していく。
マスケットの撃鉄さえも恐ろしい。音を立てることは死に直結する。
一度射撃を行うと、的確な位置に桃色の矢が飛んでくるのだから。
ほむら
「ふふ、見つけた。大人しく死になさい」
マミ
「死んでたまるものですかっ」
ほむら
「同意は求めていないわ」
多数の榴弾を地面に撃ち、煙幕を張りながら、マミは脇道に身を潜める。
目くらましの代償は光速で物体を昇華させる数条の矢。
逃げた先――天から次々と落ちてくる巨大な円柱を回避。
音も無く頭上を狙って落下する塊は易々と地球をくり貫いてゆく。
血と火と煙の柱は絶えず降り注いだ。
ほむら
「まだ逃げる気? もう少し楽しませなさいよ」
死ねない。
逃げなきゃ。
弓で地面をガリガリ摺る音と、ヒールが地を打つ無機質な音がねじ混ざっている。
その度に距離を広げて、カットラスの刀身を射出し、射撃を繰り返す。
ほむらが隙を見せた瞬間に攻撃を与え、追撃をなるべく減らす作戦だ。
173: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/27(金) 20:36:38.30 ID:riauXAgx0
□
戦闘は最終局面――血みどろで泥沼と化した魂の削り合いが続いている。
ピアノ線ほどの細さと強度を誇るリボンを道という道に仕掛けながら、周囲の地形を把握する。
このリボンは地味な嫌がらせに過ぎないが、引っかかれば十分。
ほむらの姿勢が崩れるだけでも気持ち戦いやすくなる。
マミ
「暁美さん!」
叫んだ直後、濃厚な光がマミの左耳を掠める。
ソレは神速をもって空間を突き抜け、背部の建物に着弾。
炸裂音と縦揺れの振動。
何かに引火したのだろうか。遅れてきた熱風で背中が強く圧された。
ほむらの魔力浪費を誘う作戦に変更したが、一々心臓を掴まれる恐怖がマミに襲いかかる。
でも、こうでもしないと倒せそうに無かった。
マミ
「惜しかったわね」
渾身の反撃。
リボンによる拘束でコンマ数秒の足止め。
宙に固定した二十五余りのマスケット群が撃発した。
ほむら
「――それで?」
ぎちぎちと音を立てて傷口が塞がってゆく。
不気味で気色悪い光景だった。
マミ
(これでも倒れていない・・・か)
再び距離をとる。
逃げるために戦うのか、戦うために逃げているのかわからない。
視界の外から襲い掛かる何かをかわすと、それはやはり桃色。
繰り返す。
逃げて、撃つ。
ときおり散弾、ダムダル弾を織り交ぜて趣向を凝らす。
何度でも繰り返す。
繰り返す。
強化魔法を複数練り合わせての射撃。
マズルフラッシュで砲口が熔けてもお構いなし。
徹底的に破壊することに拘ってマミは銃弾を成形し続けた。
何度でも繰り返す――。
戦闘は最終局面――血みどろで泥沼と化した魂の削り合いが続いている。
ピアノ線ほどの細さと強度を誇るリボンを道という道に仕掛けながら、周囲の地形を把握する。
このリボンは地味な嫌がらせに過ぎないが、引っかかれば十分。
ほむらの姿勢が崩れるだけでも気持ち戦いやすくなる。
マミ
「暁美さん!」
叫んだ直後、濃厚な光がマミの左耳を掠める。
ソレは神速をもって空間を突き抜け、背部の建物に着弾。
炸裂音と縦揺れの振動。
何かに引火したのだろうか。遅れてきた熱風で背中が強く圧された。
ほむらの魔力浪費を誘う作戦に変更したが、一々心臓を掴まれる恐怖がマミに襲いかかる。
でも、こうでもしないと倒せそうに無かった。
マミ
「惜しかったわね」
渾身の反撃。
リボンによる拘束でコンマ数秒の足止め。
宙に固定した二十五余りのマスケット群が撃発した。
ほむら
「――それで?」
ぎちぎちと音を立てて傷口が塞がってゆく。
不気味で気色悪い光景だった。
マミ
(これでも倒れていない・・・か)
再び距離をとる。
逃げるために戦うのか、戦うために逃げているのかわからない。
視界の外から襲い掛かる何かをかわすと、それはやはり桃色。
繰り返す。
逃げて、撃つ。
ときおり散弾、ダムダル弾を織り交ぜて趣向を凝らす。
何度でも繰り返す。
繰り返す。
強化魔法を複数練り合わせての射撃。
マズルフラッシュで砲口が熔けてもお構いなし。
徹底的に破壊することに拘ってマミは銃弾を成形し続けた。
何度でも繰り返す――。
174: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/27(金) 20:39:36.44 ID:riauXAgx0
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
「パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ!」
最後の攻撃、であって欲しかった。
ほむらの両足を鎖縛とリボンで縫い付けて一斉射撃。
空を覆わんばかりのマスケットライフル改 五十八口径が火を噴く。
鼓膜を裂く爆裂音が全方位に轟き、ほむらの頭上目掛けて雹のように降り注いだ。
ほむらも負けじと幾何学模様の分厚い防御結界を展開して、攻撃を受け止めている。
しかし、地に膝が着き、腰が曲がり、手を着いた。
ついに全身が雷光に飲み込まれた。
魔弾の雹が地面を上下に揺らす。衝撃波が大気を滑り、窓ガラスを次々と割った。
ほんの十数歩先は近づくに近づけない処刑場だ。
マミ
「流石に・・・この一撃で、ピンピンされていたら、がっくりくるわね」
青ざめた顔でぽつりと呟く。
満身創痍で繰り出した「無限の魔弾」はマミの精神力を奪い切っていた。
マミは予想以上に堪えている。
両手足が鉛になってしまったような重みに抵抗しながら、数少ないキューブを取り出して穢れを浄化。
マミ
「――――っ!」
刹那。
一際強大なエネルギーを感じ、マミは両手で虚空に円を描く。
――アイギスの鏡を二重展開。
放たれた桃色の閃光は乱反射されつつも、鏡を粉々に砕いた。
魔力球は雪のように散り、雷のように至る所を穿った。
双方、全身に多数の熱傷を残す痛みわけに終わった。
ほむら
「ッち。なかなか、隙を。見せないわね」
ほむら
「でも・・・もう、これで、わかったでしょう。私の想い」
マミ
「あれを、全部、受けきるなんて・・・」
マミ
「だけど、残念ね。魔力の漏出は、お互い、様・・・よ」
マミ程度には動きが鈍くなっているほむらを一瞥。
足音が聞こえないように気をつけながら路地を駆ける。
同時に、気休め程度の鎖縛結界を展開して時間を稼いだ。
ほむらが最大出力で結界を破壊することを祈って。
176: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/27(金) 20:50:00.82 ID:riauXAgx0
――――――――――――
――――――
深夜だというのに、街は夕方のように紅く照らされている。
熱で揺らいでいる遠方の都市はさながら蜃気楼を思わせた。
それもそのはず、木や草花の三分の一は焼け、街の三分の一は火に飲みこまれていたのだから。
マミ
「はぁ・・・はぁ・・・っ。ここまで離れていれば・・・」
滝のように降り注ぐ矢は避けきったが、続く猛烈な速射は派手に被弾してしまった。
傷口をリボンで縫合しながら、壁にもたれかかって一時休憩。
マミ
「一緒に、魔獣狩りしていたころとは、大違い。
あんな派手に、潰しに、来る子だとは・・・全然思わなかった」
肩で息をしながら、右後頭部にキューブを二粒近づける。
最後の浄化だ。もう後がない。
マミ
「テレパシーは傍受されるとまずいわね」
小さめのマスケットを夜空に向け、黄色の照明弾を二発放った。
緊急を要する際の合図のようなものだが、補給が伝わるかどうか怪しい。
でもキュゥべえなら意図を汲んでくれるはずだ。
テレパシーを検知され、キュゥべえとグリーフシードが相手に狙われる位なら、
今の所在が洩れてしまった方が幾分マシなのだ。
マミ
「早く離れないと」
糸ほどに細いリボンを這わせながら移動を始めた――。
――――――
深夜だというのに、街は夕方のように紅く照らされている。
熱で揺らいでいる遠方の都市はさながら蜃気楼を思わせた。
それもそのはず、木や草花の三分の一は焼け、街の三分の一は火に飲みこまれていたのだから。
マミ
「はぁ・・・はぁ・・・っ。ここまで離れていれば・・・」
滝のように降り注ぐ矢は避けきったが、続く猛烈な速射は派手に被弾してしまった。
傷口をリボンで縫合しながら、壁にもたれかかって一時休憩。
マミ
「一緒に、魔獣狩りしていたころとは、大違い。
あんな派手に、潰しに、来る子だとは・・・全然思わなかった」
肩で息をしながら、右後頭部にキューブを二粒近づける。
最後の浄化だ。もう後がない。
マミ
「テレパシーは傍受されるとまずいわね」
小さめのマスケットを夜空に向け、黄色の照明弾を二発放った。
緊急を要する際の合図のようなものだが、補給が伝わるかどうか怪しい。
でもキュゥべえなら意図を汲んでくれるはずだ。
テレパシーを検知され、キュゥべえとグリーフシードが相手に狙われる位なら、
今の所在が洩れてしまった方が幾分マシなのだ。
マミ
「早く離れないと」
糸ほどに細いリボンを這わせながら移動を始めた――。
182: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:04:46.54 ID:fkGY81wu0
――――――――――――――――――
――――――――――――
行き着いた先は、小奇麗な住宅地。
そこは薄暗いもののまばらな間隔で照明が機能していた。
どの敷地内に隠れようかと道端で考えあぐねていると、背後に迫る何かが声をかけた。
「よお、探したぞ。巴マミ」
振り向くと、影に融けこんだ漆黒の装束。
驚きのあまり、声を出そうにも唇を震わすだけで精一杯だった。
マミ
「・・・っ!」
スローで伸びてくる細い腕。
飛びのいて逃げようとしたが身体が動かず、肩に触れられてしまった。
カンナ
「巴マミが勝ったのか。これは最大の誤算だったよ」
マミ
「か・・・つ?」
カンナ
「暁美ほむらが近所でシンコピーしているぞ。お前がやったのだろう?」
何を言っているのかマミは理解できなかった。
いつ奇襲されてもいいように、無言で向こうの出方を待つ。
カンナ
「ほう、奇しくもトドメを刺しそびれたと。なるほどなるほど。惜しいことをしたね」
マミ
「何? なんなのよ」
カンナ
「すぐにわかるよ。少し付いてきて貰おうか」
吸い込まれそうなほど黒い魔法少女の一言。
魔力が尽きかけたマミに拒否権はなかった。
コネクトの触手が指先から顔を覗かせている。無言の圧力というやつ。
――――――――――――
行き着いた先は、小奇麗な住宅地。
そこは薄暗いもののまばらな間隔で照明が機能していた。
どの敷地内に隠れようかと道端で考えあぐねていると、背後に迫る何かが声をかけた。
「よお、探したぞ。巴マミ」
振り向くと、影に融けこんだ漆黒の装束。
驚きのあまり、声を出そうにも唇を震わすだけで精一杯だった。
マミ
「・・・っ!」
スローで伸びてくる細い腕。
飛びのいて逃げようとしたが身体が動かず、肩に触れられてしまった。
カンナ
「巴マミが勝ったのか。これは最大の誤算だったよ」
マミ
「か・・・つ?」
カンナ
「暁美ほむらが近所でシンコピーしているぞ。お前がやったのだろう?」
何を言っているのかマミは理解できなかった。
いつ奇襲されてもいいように、無言で向こうの出方を待つ。
カンナ
「ほう、奇しくもトドメを刺しそびれたと。なるほどなるほど。惜しいことをしたね」
マミ
「何? なんなのよ」
カンナ
「すぐにわかるよ。少し付いてきて貰おうか」
吸い込まれそうなほど黒い魔法少女の一言。
魔力が尽きかけたマミに拒否権はなかった。
コネクトの触手が指先から顔を覗かせている。無言の圧力というやつ。
183: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:05:59.03 ID:fkGY81wu0
□
一人の少女。暗闇の中。
弱弱しく点滅する水銀灯の下に、レッドとパープルが浮き上がった。
黒髪でストレート。腹部を中心に大怪我を負って、もたれ掛かっている。
別の地域から逃げてきた魔法少女――ではなく。
カンナが足を引っ掛けると、重力に従ってずさりと崩れ落ちた。
うつ伏せのまま路上に放り出された少女――暁美ほむら。
マミ
「これは、あなたの仕業?」
カンナ
「私は何もしてない。ほら、よく見るといい」
無抵抗なところを見ると失神しているらしい。
かすり傷や痛々しい切り傷、瘡蓋が幾つも見て取れる。地味で泥沼と化した戦いの名残だった。
背中から両肩にかけての焼け焦げた怪我を見てマミは息を飲んだ。
マミ
「スタミナ切れ・・・ね。体表の回復を疎かにしたから、魔力が漏れ出している・・・」
カンナ
「ご覧のとおり、私の計画は見事に邪魔されたらしい。巴マミの勝ち、おめでたいね」
乾いた拍手を数回。カンナはグリーフシードを一粒取り出す。
マミがソウルジェムを砕くために近づくと、カンナに睨まれ、拒まれた。
184: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:09:11.51 ID:fkGY81wu0
カンナ
「そいつは困る。気概のある黒い鳥人に敬意を表して、トドメだけは勘弁してやってくれ」
マミ
「あなたは暁美さんに味方していたの?」
カンナ
「あ? 味方するわけ無いだろう。私がどれだけこの女を恨んでいることか」
マミ
「グリーフシードで回復させたくせに」
カンナ
「だからこそ計画の要にコイツがいるんだよ。邪魔はさせない」
マミ
「また計画計画って・・・。そんなに暁美さんが大事なの」
カンナ
「別にお前でもお前の友達でもいいけど、私に協力しろと言っても首を横に振るだろ?」
マミ
「何の協力かはわからないけど、ノーよ。まっぴらご免だわ」
腕を組んでうんうんと何度も頷くカンナ。マミはほむらの左手にしか興味がなかった。
どうも宝石に重ね掛けしている防護魔術は健在のよう。
不意撃ちでソウルジェムを砕けるかしらなどと思案しているとカンナがおもむろに口を開いた。
私はいつも訊くようにしているのだがと軽い前置きをして。
カンナ
「ときに巴マミ。神は居ると思うか?
宗教批判でも、科学的発展を示す謳い文句でもなく、純粋に」
マミ
「・・・何を言い出すのよ。私たちには関係のないことだわ」
カンナ
「つれないなあ。正解は居ない、滅びたんだよ。だから人類も滅びるべきなんだよね」
マミは間の抜けた声を出していた。
この人はとんでもなくおかしなことを言っている。
あるいは精神攻撃の類かも知れない。まともに反応するべきか戸惑う一言だった。
カンナ
「そんなに変なことではないハズ。この世界を私に明け渡せと言ったんだ」
マミ
「おかしい。あなたは変よ。無茶苦茶なことを言っているわ」
カンナ
「帰納的に考えればいい。人間を創った神は消えた。
次は私を造ったお前達ヒューマンが消える番。でもね、ただ消えろと言ってる訳じゃあない」
185: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:11:49.16 ID:fkGY81wu0
カンナ
「人類には自滅してもらう」
カンナ
「とても素敵じゃないか? 人が人を滅ぼすんだ。
私が適当に過ごしている間、気が付けば滅んでいた、なんてね」
マミ
「あなたが人類を脅かしている張本人のくせして・・・なんてことを」
カンナ
「私はまだ一人しか殺していないぞ。私を造り出した生みの親だけ」
カンナは明るい口調でマミに指摘する。
相も変わらぬ仏頂面だが、カンナの口角だけは終始釣りあがっていた。
カンナ
「脅かしているのはお前の側だろう、巴マミ」
マミ
「何が言いたいの? 私はこの街を守るためにずっと・・・」
カンナ
「周りを良く見るんだな。今の戦いで何人死んだ? 何人消えた?
両親を見殺しにした挙句、正義ぶって戦いに身を堕とした結末がこれ。死んでも死に切れないな」
静けさの中にギリリッと歯を食いしばる音が響く。
カンナ
「ああ。生みの親に反抗するのはいいことだと私は思う。とてもいいことだ」
マミ
「・・・」
カンナ
「でね、私はこう思ったんだ。暁美ほむらに対抗しうる存在がいたんだなあと。
これならいっそ巴マミも誑かすべきだったと軽く後悔しているんだ」
マミ
「私はあなたに屈したりしない」
カンナ
「どうでもいいよ。お前なしでも暁美ほむら一人で人類くらいどうにでもなる。
アイツは人間を殺して、同時に穢れを移せる永久機関だからな」
マミ
「なるほどね、暁美さんを使って人類を――」
マミ
「残念だけど、彼女があなたに従うはずないでしょ・・・。既に破綻しているわ」
カンナ
「あいつにはここ一ヶ月の実績がある。焚きつければこのように燃え上がるんだ」
マミ
「・・・そう。あなたはそう考えるのね」
カンナ
「たとえ暁美ほむらが従わなくても、手は打ってある。巴マミのような人材は無数に居るってことだよ。
正義面した連中がね。お前のように、対等に戦えるかどうかは別なんだが・・・」
186: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:12:21.03 ID:fkGY81wu0
カンナ
「おおっと忘れていたよ、最後に一番大切な話。美国織莉子という女を知っているな?
新米魔法少女崩れ一人じゃ五年も生き残れない。でも貴重なプロトタイプなんだ。大事に育てて欲しいかな」
マミ
「美国さん? 美国さんに何を――!」
全く関係無い人の名前がカンナの口から出たことにマミは狼狽を見せた。
カンナ
「これ以上喋ることはねえよ」
カンナが鎌を振るうような足払いをするとマミの身体は簡単に宙に放り出される。
浮いた身体に無数の殴打。
マミ
「あ・・・」
カンナ
「消えてしまえっ」
特大のバールでトドメ。
マミは派手に飛んでいった。
187: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:16:01.83 ID:fkGY81wu0
□
カンナ
「ふん、電池切れ寸前の人間じゃこの程度か」
手に付着した人間の血を拭きながらカンナは黄昏れる。
もうもうと立ちこめる土煙の中に、うめき声が聞こえた。
路上に横たわるマミに白い影が近づいている。
QB
「マミ、補給だ。今すぐここから離れよう」
マミ
「に、逃げ・・・」
カンナ
「なんだ? インキュベーターが潜んでいたのか。好きくないなあ。そういうの」
マミに寄り添う契約の箱を指先のケーブルで鞭打つ。
大量に飛び散るグリーフシードに混ざって悲鳴が一つ。
マミ
「キュゥべええぇぇぇ!」
カンナ
「お前は、巴マミは生かしてやるよ。
死ぬことさえ許されない世界で生きつづけるんだな」
カンナ
「自殺する勇気も無くなるだろうし」
マミは目の濁ったキュゥべえを抱えて、這いずる様に視界から消えた。
勝者の惨めな姿を見届けカンナは少し悦に入った。
カンナ
「ふん、電池切れ寸前の人間じゃこの程度か」
手に付着した人間の血を拭きながらカンナは黄昏れる。
もうもうと立ちこめる土煙の中に、うめき声が聞こえた。
路上に横たわるマミに白い影が近づいている。
QB
「マミ、補給だ。今すぐここから離れよう」
マミ
「に、逃げ・・・」
カンナ
「なんだ? インキュベーターが潜んでいたのか。好きくないなあ。そういうの」
マミに寄り添う契約の箱を指先のケーブルで鞭打つ。
大量に飛び散るグリーフシードに混ざって悲鳴が一つ。
マミ
「キュゥべええぇぇぇ!」
カンナ
「お前は、巴マミは生かしてやるよ。
死ぬことさえ許されない世界で生きつづけるんだな」
カンナ
「自殺する勇気も無くなるだろうし」
マミは目の濁ったキュゥべえを抱えて、這いずる様に視界から消えた。
勝者の惨めな姿を見届けカンナは少し悦に入った。
188: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:18:45.41 ID:fkGY81wu0
――――――――――――
――――――
カンナは両手を組み、地面に伏せている少女に近づいた。
カンナ
「さてさて。たいまつのように燃え上がる姿を私に見せてくれ」
カンナ
「――暁美ほむらさんよぉ?」
インキュベーターが散らした黒い塊を五つ、失神したほむらの手甲に押し当てる。
カンナ
「まだ足りないのか」
まるで動きがなかった。
もう五つキューブを拾い、穢れを浄化するとほむらの手がカンナの足首を掴んだ。
カンナ
「くそっ。起きろよ、暁美ほむら」
ほむら
「貴女は・・・えっと」
カンナ
「はあいコンバンハ。ご機嫌いかがかな?」
ほむら
「その声、聖カンナね・・・。ふふ、弱ったころを狙うなんて小物にもほどがあるわ」
カンナ
「助けてやったのに随分なご挨拶だな、感謝しろよ」
ほむら
「助ける? いつ私を助けたというの・・・?」
カンナ
「今、だよ。今。巴マミを追い払ってやったんだ。
ふて腐れてないで、少しは恩義を感じたらどうだ」
ほむら
「余計なことを。私の戦いに乱入するならともかく。巴マミを逃がすなんて!」
カンナ
「おお済まない、巴マミも恨んでいたんだっけ。
でもいいじゃあないか。美樹さやかと佐倉杏子は最終的に殺せたのだろう?」
ほむら
「教える気は無いわ。消え失せなさい。最後まで私の結界に近づかなかったツケよ」
カンナ
「私の質問に口答えするか。なら今すぐ雌雄を決する必要があるぞ」
ほむら
「はぁ・・・今の状態では満足に戦えない。・・・いやな奴」
カンナ
「ふん。志半ばで死ぬのは恐ろしいだろう?」
――――――
カンナは両手を組み、地面に伏せている少女に近づいた。
カンナ
「さてさて。たいまつのように燃え上がる姿を私に見せてくれ」
カンナ
「――暁美ほむらさんよぉ?」
インキュベーターが散らした黒い塊を五つ、失神したほむらの手甲に押し当てる。
カンナ
「まだ足りないのか」
まるで動きがなかった。
もう五つキューブを拾い、穢れを浄化するとほむらの手がカンナの足首を掴んだ。
カンナ
「くそっ。起きろよ、暁美ほむら」
ほむら
「貴女は・・・えっと」
カンナ
「はあいコンバンハ。ご機嫌いかがかな?」
ほむら
「その声、聖カンナね・・・。ふふ、弱ったころを狙うなんて小物にもほどがあるわ」
カンナ
「助けてやったのに随分なご挨拶だな、感謝しろよ」
ほむら
「助ける? いつ私を助けたというの・・・?」
カンナ
「今、だよ。今。巴マミを追い払ってやったんだ。
ふて腐れてないで、少しは恩義を感じたらどうだ」
ほむら
「余計なことを。私の戦いに乱入するならともかく。巴マミを逃がすなんて!」
カンナ
「おお済まない、巴マミも恨んでいたんだっけ。
でもいいじゃあないか。美樹さやかと佐倉杏子は最終的に殺せたのだろう?」
ほむら
「教える気は無いわ。消え失せなさい。最後まで私の結界に近づかなかったツケよ」
カンナ
「私の質問に口答えするか。なら今すぐ雌雄を決する必要があるぞ」
ほむら
「はぁ・・・今の状態では満足に戦えない。・・・いやな奴」
カンナ
「ふん。志半ばで死ぬのは恐ろしいだろう?」
189: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:19:54.81 ID:fkGY81wu0
ほむらは目に入った血を袖で拭って静かに答えた。
ほむら
「あの二人を殺したのは私ではなく巴マミ。
監視していると思っていたけれど、貴女って実は暢気なのね」
カンナ
「巴マミが・・・? まあいいや。痴情のもつれには興味ない」
ほむら
「その適当さ加減、身を滅ぼすことになるわよ」
カンナ
「・・・私にとって重要なのは、今までに魔法少女が何人死んだのか、だけ。
目視での監視は無意味なんだよ。コネクトが切断されているか、定期的に確認するだけで十分なんだ」
ほむら
「定期的に・・・確認? へえ」
ほむら
「Connectの性質が読めてきたわ。
だれかに接続するときには、情報の書き換えや洗脳を必要とするのね」
カンナ
「概ねそんなところ。操作に失敗したら、死亡したと簡単に判断出来る。
これだけ頭が切れるのなら、私が暁美ほむらに接続しない理由がわかるだろう?」
ほむら
「私の人格を崩すのが嫌。或いは生死を確かめる必要が無い」
カンナ
「正解では無いが、悪くない答えだ。もしかしてインキュベーターが話してたか?」
ほむら
「プロドット・セコンダーリオの複製体は一言も。勿論、キュゥべえもね」
カンナ
「まさかアレを見破ったか・・・。それともアイツが私を裏切って話したのか」
ほむら
「・・・前者よ」
にやりと微笑んで答えた。
190: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:21:51.00 ID:fkGY81wu0
ほむら
「お陰で謎が解けた。美樹さやか達だけでなく、呉キリカや志筑仁美にも生死の確認をしていたのね。
だから、死の間際に不自然な言葉を吐いたり、よくわからない行動をした、と」
カンナ
「ご名答。ただ美樹さやか達には苦労させられた。
知っててお前が動いてたのかと思うくらいに、何度も生き死にを繰り返した様子だからな。
本当に死んでいたときの喜びはひとしおだったが、とてももどかしかったぞ」
ほむら
「魔力を削れて嬉しいわ。プロドット・セコンダーリオと複数へのConnect、とっくにボロボロでしょうね。
死ぬ間際になったら私を呼んでくれると嬉しいわ。大笑いしながら射殺してあげる」
カンナ
「魔獣のお陰で回復は手軽だったぞ。根底にはお前の大活躍あってこその大繁殖なのだが。
それにね、複製体は独立思考型。お前が造ったコピーみたいなものだよ。魔力は殆ど食わない」
カンナは自分の首筋を指差してふっと笑った。
ほむら
「ん。なら私の付き人同様、その子も裏切るかもしれないわよ」
カンナ
「私はお前じゃあない。余計な魔力は与えてないから、とっくに朽ち果ててるさ。
時間稼ぎ、かずみの排除誘導、巴マミの啓発、と存分に働いてくれただろう」
ほむら
「貴女は、私に刃を向けた付き人をよく知っているようね」
ほむらは額に手を当ててしばらく沈黙する。
191: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:22:52.96 ID:fkGY81wu0
ほむら
「思い出した。あの愚か者は、ヒュアデスを知らしめる、と喚いていた・・・」
カンナ
「もう終わったことだろう」
ほむら
「ふふ、怒っていないわ。むしろ感謝してる。未来の危険性に、いち早く気づけたのだから」
カンナ
「何故笑うんだ? 全く感情が読めない。お前のご機嫌取りは大変だよ」
ほむら
「なら優秀な複製体に一任しなさい。同じ顔をした貴女ほどボロは出てないし、お喋りでもないわ」
カンナ
「恨まれてるねえ。どこまでも喧嘩腰、友達を無くすぞ」
ほむらの表情がみるみる青ざめてゆく。
引っかかった、とカンナは内心ほくそ笑んだ。
ほむら
「忘れてたわ。友達は創るものよ! わかったらどきなさい。
巴マミを追わないと・・・あの子が殺される」
カンナ
「生まれてもいないものが殺されるだと? 新しい生命を創れる保証はどこにもないだろうに」
ほむら
「邪魔者を殺してから創るの。面白いサンプルは手に入ったし」
カンナ
「サンプル? サンプルとは何だ」
ほむら
「ああ、貴女は見てないのだから知らないものね。とてもいい実験体を手に入れたの」
カンナ
「鹿目詢子は必要なくなったのか? 私なら提供出来なくも無いが」
ほむら
「喉から手が出るほど欲しいけど、今の行方を知っているのは志筑・・・まさか!」
カンナ
「自ずとそうなる。私は、あの女性の居場所を知っている唯一の存在。
志筑仁美を複数の手段で操っていたのはこの私なんだから」
ほむら
「ああ゛っ! どこまで邪魔をする気なの!」
カンナ
「知りたいんだろう。教えてあげるのもいいけど――簡単には教えられないよ」
ほむら
「それを餌に私を利用する気ね?」
カンナ
「取引と言ってくれ。こればかりはお前の、暁美ほむらの誠意次第なんだ」
192: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:24:49.99 ID:fkGY81wu0
ほむら
「一つだけ聞きたいことがある」
ほむら
「貴女の複製体は『人類に消えてもらう』と言っていた。私のキュゥべえは『人類を滅ぼす』と言っていた。
貴女の目的はどっちなの? 事と次第によっては、自力で探すことにするわ」
カンナ
「余計なことを喋ってるな、あの複製体。まあいい、私は暁美ほむらとゲームがしたいんだ。
だからどっちでもないよ。私は人類を手にかける気は無い。誓ってもいい」
ほむら
「そう、なら取引をしましょう。早く貴女の求める報酬を言いなさい。
どうせ浄化に関する知識が欲しいのでしょうけど」
カンナ
「知識? お前は勘違いしているのかな。人間の魂に穢れを移して浄化するシステムは一見魅力的だが、
人間や魔法少女に直接ソウルジェムを突き立てる手法はリスクが大きい」
カンナ
「お前のコピー体から解析した魔力の回収装置ごしなら私でも浄化できるし、
本来、イーブルナッツはそれを応用して造った生成物だ」
ほむら
「じゃあ聖カンナ。貴女は私に何を要求するの? 皆目検討が付かないのだけど」
カンナ
「私を楽しませてくれればいい」
カンナが笑う。
ほむらも笑みを浮かべた。
ほむら
「えらく抽象的ね。らくがきちょうと絵本、どちらが貴女好みかしら。
それとも砂場で遊ぶためのスコップが欲しいの?」
カンナ
「・・・醒めた。醒めたよ。今日はお開き、もう深夜だし」
カンナ
「明日、鹿目詢子が住んでいた家に七通目、最後の手紙を渡しに行くから待ってろ」
カンナ
「一つ補足しておくと、あの女性はもう日本には居ない。
この街の魔法少女に襲われる心配はない代わりに、私に協力しないと見つからないと思え」
ほむら
「ご親切・・・痛み入るわねえ。聖カンナさん?」
足取り軽やかに、カンナに背を向けて、ほむらは颯爽と立ち去った。
カンナ
「皮肉が過ぎるな、あの女は。とても十四とは思えない。
・・・さて、私も幾ばくかの休息に入ろう」
193: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:25:44.38 ID:fkGY81wu0
カンナ
「思えば、気の遠くなる一日だった。
魔獣を倒しては回復、コネクト、の連続で気が狂うかと思ったぞ」
独り言。回想。
紙切れも取り出して細部の確認を行う。
見滝原の住民を洗脳魔術と薬品で煽り立て、鎮圧部隊上層部等へのコネクト実行。
巴マミに接触し、代替案に移行。呉キリカの死亡を確認。
カンナ
「上々だった。しかし、民間人を襲っても平気な顔してるなんてなあ。
暁美ほむらの苦悩する表情を楽しみたくて頑張ったのに」
志筑仁美が契約した直後は、具体的な契約条項を調査。
テレパシーを通じて複製体に命令を繰り返した。
彼女に転送魔法を使わせて、かずみの死体とチップ付きの砕けたソウルジェムを視認。
記憶と魂はそのままに、完全なヒュアデス製の「かずみ」として新たに造り変えての再転送。
カンナ
「契約条項の変更を知ったときの様子は・・・見ておいたほうが良かったか。
相変わらずインキュベーターは無表情で、暁美ほむらも似た感じだったんだろうが。
カンナ
「盗聴器を回収して確かめればいいか。十中八九壊れているだろうけど・・・」
暁美ほむらを誘導、美樹さやかと佐倉杏子に挑ませる。
コネクトで定期的に情報を送り込んで、二人の生死の確認も怠らなかった。
たとえば、マミが来る前に二人が死んでいた場合、戦い終えたほむらが音信不通になるかもしれない。
現にコピー体との抗争後、幾日か行方知れずとなった。
そうなるとカンナ直々にマミを言いくるめて、ほむらのもとに案内する必要性が生じる。
カンナ
「この件については・・・運が味方したかな」
カンナ
「巴マミもあの場所に居なければと憂慮していたが、要らぬ心配だった。
なんとか暁美ほむらとの戦闘に突入して、街中で暴れてくれた」
カンナ
「そして巴マミの可能性に気づけたのは大きい。
あれほどの実力なら、役立つ日が来るのかもしれないな」
194: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:27:50.32 ID:fkGY81wu0
カンナは今日一日を振り返って満足した。
美樹さやか、佐倉杏子の生存と、巴マミの遅延によって、結果的には多くの人間が自滅したのだから。
加えて、街に多くの罹災者が出たことで魔獣も今まで以上に湧き出てくる。
魔法少女の数が激減したこともプラスに働くに違いない。
あすなろ、風見野、見滝原。
大都市に湧く無数の魔獣をいったい誰が鎮圧出来るのだろうか。
放置された魔獣は、巡り巡って聖カンナの計画に味方する。
人間のマイナスの感情を動力源とし、魂を吸い上げる魔獣はまさに「聖」職者。
カンナの考えに同調しているかと思うほどの都合のよい存在だった。
カンナ
「さあさ、お立会い――」
カンナ
「暁美ほむらに殺されるか、おのれの感情に殺されるか。二つに一つ。
ヒューマンの皆さん、もうゲームはクライマックスだ」
カンナ
「滅びる過程を私に見せてくれ! 無駄な抵抗で私を楽しませてくれ!」
カンナ
「ああ最高だ! 最高すぎる!」
あまりの歓喜に息が小刻みになる。
カンナは気の済むまで、心行くまで、絶頂に等しい興奮に体を浸した。
――――――――――――――――――
――――――――――――
195: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:29:03.07 ID:fkGY81wu0
カンナ
「くはっ、笑いが漏れる。これじゃ不審者だ。早いところ魔力を集めて肉体を休めないと」
カンナは地面に散乱したグリーフシードをひとつひとつ丁寧に拾い上げて胸元に抱えた。
カンナ
「路上に散ってるので十分か。魔獣を見るのは当分ゴメンだ」
歩みを進めてみると、脇道にも幾つかキューブを発見した。
カンナ
「全部で二十個くらいか。インキュベーターを屠ったとき、もっと沢山飛び散っていた気がしたが・・・」
最後の一個を拾い上げようと手を伸ばすも、
キューブと地面は糸で丁寧に、しっかり縫い付けられていた。
カンナ
「これは、ただの糸じゃあないな。
人智の及ばぬ力でないと地表は貫通できない」
カンナ
「なんだ。キューブの上に護符を描いているのか。
嫌だなあ、サトールの方陣が転がり落ちているなんて」
瞬息。
カンナが顔をあげると一発の鋭い銃声が響いた。
衝撃音。
魔法の弾丸は、正確に最外部のソウルジェムを粉々に砕く。
勢い余って皮膚に銃弾が到達。
カンナの頭板状筋を引き裂いて、第三頸椎から第六頸椎を完膚なきまでに破壊した。
雹のごとき一撃。
聖カンナの喉首が文字通り四散し、頭部がゴトリと落下する音だけがこだました。
196: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:31:21.12 ID:fkGY81wu0
頭部を拾い上げてファーストエイド。
治癒開始。
終了。
「・・・」
「・・・」
カンナ
「今の魔力の波動――巴マミ。よくもやってくれたナ?」
マミ
「嘘。あなたは魔法少女のはず・・・」
カンナ
「当たり前だろう、私は魔法少女だ。
ありったけの血を抜かれても魔力ですぐ元通り。キュゥべえから聞いているはずだ」
マミ
「強化魔法を施した一発よ、あなたのソウルジェムは完全に破壊されて・・・」
カンナ
「それはデコイラン。囮だよ。
何が悲しくてお前たちに弱点を見せびらかさないといけないんだ?」
マミ
「性根は隅から隅まで腐っているのに思考だけはまともなのね。
首じゃないなら、手かしら、足かしら、それとも頭の中?」
カンナ
「何故構えを――そうか、私に挑む気か。
イイね。だが、しかし、勝算はあるのか?」
マミ
「勝ち目のない戦いはしない主義なの」
カンナ
「威勢はいい。なるほど、魔力の容量、波動は私を圧倒している。
体力も気力も全快のようだな・・・。けど、魔法の知識と手数、多様性は私の足元にも及ぶまい」
マミ
「コネクトの真骨頂ね。一つ一つ対処して確実に仕留めるだけだわ」
カンナ
「気安く言ってくれるな。ヒュアデスに反抗したことを今すぐ後悔させてやる。
私の魔術に怯えろ、苦しめ、ひれ伏せ、精々楽しませてくれよヒューマン」
――――――――――――――――――
――――――――――――
197: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:32:29.04 ID:fkGY81wu0
□深夜
鹿目邸宅が火だるまになっている。
ほむらもわかっていたのだ。並々ならぬ戦いの後には必ず痕跡が残る。
ほむら
「全焼はしていない。今からでも間に合うかしら」
鹿目邸宅に侵入し、火の粉を必死に振り払いながら、冷蔵庫へ向かう。
ほむら
「良かった・・・」
幾重にも梱包し、隠匿の魔術を施した大瓶を冷凍庫から回収する。
中にはプレイアデス聖団の血で造られた、かずみだったものが入っているのだ。
他の全てを失ったが、貴重なサンプルを保護出来た事でほむらは安堵する。
なみなみと注がれていた血液は凝固しきっているが問題は無い。
ほむら
「自宅も怪しいわね。燃え広がっていないといいのだけど」
眉をしかめて燃える邸宅をしばし見つめた後、失った魔力の埋め合わせをすることにした。
見滝原一帯には特別警報が発令されたらしく、人影一つ見当たらない。
人間は見つからなくとも負の瘴気が漂うこの街には、魔獣が次々と湧き出でている。
魔獣は餌の人間を求めて移動を開始している。
ほむら
「この方向は風見野。急いで追いかけましょう」
ほむらは弓を手に取り、グリーフシードを収穫しようと目論む。
魔力消費の激しいアローは禁じ手。身体強化も最低限に、とことん効率を重視して。
198: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:33:59.25 ID:fkGY81wu0
□
ほむらを支配していた昂ぶる感情は大分落ち着き、冷静さを取り戻していた。
ほむらがまず気になったのは複製体のこと。次にインキュベーターのことだ。
今はどこにいるのか。
あることないこと無闇やたらに考えた末、帰宅に至る。
見滝原を抜け、風見野を大回りした。
美しい朝焼けを見ていると疲れがすうっと取れた。
玄関で靴を脱ぎ、べっとり血が付いた衣服と格闘していると、お帰りの一言。
キュゥべえは一階中央のテーブルにちょこんと座っていた。
ほむら
「遅くなったわね。とても疲れたから少し仮眠を取らせてもらうわ。
細かい話は起きた後に。私が起きたらホットミルクを用意しておいて」
QB
「ほむら、ひとまずお疲れ様。避難するときに戦闘の痕跡を見たけど凄まじいものだったね」
私は焦げている白い生き物のしっぽを修復して、ソファに身を投げた。
199: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:36:06.23 ID:fkGY81wu0
目を閉じる。
夢を見る。
同じ夢を見た。
最初に見たのはあのとき。あの子と逢った日。巴マミの自宅で。
――次第に、頻繁に、この夢を見るようになっているのは気のせいではない。
あの子の名前を知りたい。黒塗りされたあの子の名前。
――ほむらちゃん
なあに。■■■。
――リボンに想いを込めてくれるかな
こうかしら。
――上手だよ
何もおきないわ。
――振ってみて
何もおきないわ。
――耳を澄まして
何も聞こえないわ。
――よおく、澄ましてみて
私は夢の中で麦の穂を振っている。
振るたびにあの子の声が聞こえる。名前が聞こえる――。
違う。あの子の名前を発しているのは私だ。
なのに。何で。私は。あの子の名前を。知らないのだろう。
違う。私が振っていたのは――麦の穂ではなかった。赤いリボンを振っていた。
私は正しい名前を発している。あの子の名前を発しているのは――やはり私だ。
あの子の名前を知らないんじゃない。やっぱり知っているんだ。
知っているだけ。思い出せない。■■■の部分は確かに発しているのに記憶に残らない。
■■■。私のただ一人の友人よ、貴女の名前を私に教えて。
200: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:39:49.29 ID:fkGY81wu0
夢の中で一頻り苦悩した後、重く軋んだ肉体を動かしてミルクを口に含む。
あの子の名前が思い出せない。思い出せないはずがないのに。
思い出せないことも思い出せなくなる日が来たらどうしよう。
不味い。ミルクから血の味がした。
苦よもぎのように苦くて、口にも腹にも苦かった。
QB
「あの三人と聖カンナはどうなったんだい?」
好奇心旺盛な猫は寝起きの私に話しかけてくる。
命が幾つあっても足りないぞ。
断片的な記憶を探りながら、美樹さやか、佐倉杏子、巴マミの末路を話した。
ホットミルクに砂糖を大さじ二杯。
ひざ掛けのしわを伸ばしながら聖カンナとのやり取りも話す。
QB
「巴マミは生きているんだね・・・。探し出さなくていいのかい」
ほむら
「今はやめておく。魔力も経験も足りていなかったの」
――巴マミ
相打ちを覚悟するほどの恐ろしい強さだった。同時に震えるほど歓喜したのだけど。
戦いに夢中になるあまり、魔力不足というお粗末な幕引きを迎えたことには自嘲を禁じえない。
黒翼での空間侵食で予想以上のリソースを割いた。発動する前段階で気絶してしまった。
当分は移動型の黒き翼で体を慣らしていかないと。
粗末と言えば、隕石のような強烈な一撃を中和してからの記憶が薄れはじめている。
リボンの魔力だけで戦っていたゆえ興奮しすぎたのだろうか。
今すぐ書き記しておきたいのに、キュゥべえは私に話しかけることで邪魔をした。
QB
「それで、聖カンナに関してだけど・・・」
201: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:42:01.28 ID:fkGY81wu0
ほむら
「聖カンナは私を利用する気なのだけど、まんまと乗せられる私ではないわ。
あの子を再び創りだして、行方を晦ませばいい。計画の要が私なのだから尚更ね」
詳細な戦闘記録、浄化回数、使用グリーフシード総数、時刻等をメモ用紙に書きなぐりながら答えた。
QB
「まずは五年耐えよう。複製体の言っていた事が真実なら五年のうちに人類が死に至る。
ほむら、キミが道を踏み外さないように見守りつづけるよ」
ほむら
「監視、と素直に言えばいいのに。貴方が望むなら、鹿目詢子の場所を特定し次第――」
ほむら
「――聖カンナを殺害してもいいのよ?」
にっこりと笑ってみる。
口元が引きつっていたかもしれない。
QB
「あくまでも味方に扮しておく積もりなんだね。良かった」
ほむら
「当たり前よ、アイツもあの子の障害成り得る。そうだ。複製体のことで貴方に嬉しいニュースがあるの」
QB
「嬉しいニュース?」
ほむら
「複製体のカンナは同じ顔が気持ち悪い、と言っていたのを思い出したの。
つまり自我があるし複製自体を嫌っている。さらに独立思考型の人形だと聖カンナが口を漏らしたわ」
QB
「ほむらが出て行った後、あの複製体も似たような事を言っていたよ。
彼女もまた聖カンナと神那ニコのような関係かもしれない」
ほむら
「敵の敵は味方、とは上手く言ったものね」
QB
「同感だ。キミの意見は参考足りうる。現にボクも面白い盲点に気がついているんだ」
そう言ってキュゥべえは寝起きの私をあろうことか二階に案内した。寝起きなのに。
物置の引き出しに――ソレが大切に保管されていた。
QB
「このままでは危ないから、御崎海香か美国織莉子に預けようと考えていたんだ。
勿論ほむらが外に持ち出す選択肢はあるのだけど、リスクが大きい」
ほむら
「回収お疲れ様。すっかり忘れていたわ。私は同じだった物で十分だから。
コレとソレを巧く使い分ければ策を練ることも出来るでしょう」
QB
「それで、この物体は誰に預けるのが望ましいか、キミの意見を聞きたい」
202: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:43:52.98 ID:fkGY81wu0
ほむら
「金庫――は冗談として、御崎海香はあり得ないでしょうね。そもそも生きているか怪しい。
仮に生きていたとして補助主体の彼女は戦いに向いていない」
QB
「やはり美国織莉子か・・・」
ほむら
「やはり? 一般人の子供に預ける気は無いわね」
QB
「実は昨日の昼頃、美国織莉子は魔法少女になった。
対立個体のインキュベーターが契約を取り結んだそうだ」
ほむら
「それは愚かね。願い事が叶うまでに五年間。飢え死にするのがいいオチだわ。却下。
そういえば、父親の美国久臣は・・・国防に一枚噛んでいた。彼ならオカルトを信じてくれるかしら」
ほむら
「いえ、その前に彼女の願い事は何?」
キュゥべえは躊躇うことなく契約の内容を話してくれた。
聞いておいて良かった。私を恨んでいる奴にどうして預けられるだろうか。
五年ルールというデメリットを前に、奇跡に飛びついた人間なのだ。信用できないに決まっている。
ほむら
「貴方は人間の執念に関して理解が足りてないわ。精進しなさい」
QB
「となると、ボク達が管理することになるけど、聖カンナからコレを隠し通す手段が無い。
戦闘能力は皆無だし、個体数が多い分、Connectに対抗するのは困難だろう」
ほむら
「厄介よね。そのConnectで機能停止にまで追い込まれたらお終いだわ。
貴方達インキュベーターに頼るのはとんでもない悪手のようね」
このまま引き出しにしまっておくことも考えたが、そこそこ厳しい。
かといって地下室に保管したところでどうにかなるものでもない。
埃まみれの狭い小部屋でぐるぐる歩き回って考えた。
どうして気づかなかったのだろう。
一人だけ。一人だけ、預けるに足る人物がいるじゃないか。
203: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:44:54.25 ID:fkGY81wu0
ほむら
「巴マミに預けるわ。彼女ならきっと受け入れてくれる」
彼女は私の敵だが・・・聖カンナの敵でもある。
そしてConnectに耐性を持っていたはずだ。巴マミの出任せかもしれないが。
敵にすがるのは正直いって不本意だが、私が持っていても邪魔になるのだから押し付けてしまえば良い。
巴マミの大局観と冷静さは人一倍、場の損得を見極められる人間なのだ。面倒見も良かった。適任に違いない。
――信頼は出来ないが信用は出来る。
QB
「魔力切れになっている可能性があるよ。本当に生きているのかい」
ほむら
「そうならないように命がけで救いなさい。貴方達の手で必ずソレを渡すのよ。
あのベテランはおめおめ死ぬような生ぬるい人間ではないけれど、手を打っておくに越したことはない」
QB
「分かったよ。背に腹は変えられないし、向こう側のインキュベーターにとっても悪い話じゃない。
早速、対立個体に接触して、終戦交渉と救命を依頼しておこう」
ほむら
「助かるわ。これで憂いは無いわね?」
QB
「そうだね。解決の兆しが見えてきたよ」
ほむら
「入浴してから、もう一度だけ仮眠を取るわ。
起きたらアイスミルク二百ミリリットルにブラックコーヒーを百ミリリットル、よろしく」
一階に戻り熱々のシャワーを浴びる。
私は再び麦の穂の夢を見る羽目になった。
204: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:45:52.95 ID:fkGY81wu0
□
QB
「おはよう。もう日が暮れかけている。夜になってしまうよ」
ほむら
「くしゅん」
大きめのマグカップ片手に、軽食を摂る。
血液の入った赤黒い大瓶を忘れずに取り出して、準備完了。
ほむら
「鹿目邸宅へと向かいましょう。聖カンナが何時間つっ立っているのか、今から楽しみね」
QB
「ほむら。向こう側のインキュベーターが魔法少女を連れて巴マミを捜索している。
美国織莉子が居るから、遭遇したときに何が起きるか分からない。
一応話はつけているけれど交戦しないように計らってくれると助かるよ」
ほむら
「はぁ。殺されないように気をつけるわ」
移動型の黒翼で滑空することも考えたが、徒歩で向かうことにした。
魔力はまだまだ足りていないのだ。魔獣を探しつつ鹿目邸に行けば両得と言うもの。
左手で瓶を抱え、右手には弓という傍目には不可思議な格好で見滝原を闊歩した。
205: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:46:53.81 ID:fkGY81wu0
□
ほむら
「確かにここだったはず」
鹿目邸宅らしき場所には着いたが、何も無かった。何も。
正確に言えば焦がれた瓦礫の山があるだけ。付け加えると巴マミらしき魔力の残り香があった。
巴マミはどこに居るのか、と問うとキュゥべえはわからない、と答えた。
私達の苦しい苦しい命の削り合いから十四時間は経っているのに何故見つからない。何処へ消えた。
死んでしまったのかしら。
ほむら
「変ね、瓦礫と化しているのはこの家だけでは無い。ここで戦闘があったと見るのが自然なのだけど。
私がコレを回収したときは、普通に燃えているだけだったわ」
QB
「巴マミは運悪く、聖カンナと交戦した可能性がある」
街中に鎖縛結界が敷かれている場合、大規模な戦闘が起きたとしても音や光、魔力は漏れにくくなる。
しかし流石に、住宅を数件破壊する程の攻撃なら、私も、キュゥべえもすぐに気づくはずだろう。
私に気づかれたくないがために、別種類の強力な結界を展開して――。
なんて、考えても一向に答えは出ないのだから気にするだけ無駄だった。
ほむら
「どうでもいいわ。聖カンナも居ないし自然公園で暇を持て余しましょう。
巴マミも家を壊しちゃうくらい元気そうで光栄の至りね」
とまあ皮肉のひとつやふたつ言い捨てたくなる気持ちを察して欲しい。
よろよろ接近してくる魔獣を何度も叩き潰す。憂さ晴らし。
グリーフシードは落とさなかった。こいつも人魂を吸っていない。
ハズレばかりだ。
206: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:48:33.56 ID:fkGY81wu0
QB
「公園なら視界が開けて不意打ちにも対応できるだろう。
聖カンナと対面するなら相応の容易が必要だし急ごうよ」
わかってるわ、と吐き捨てて壁にへばり付く魔獣にスイングを決めた。
瓦礫が火を上げて道を塞いでいる。
時間はたっぷりあるのだから迂回して公園を目指せばいい。
小道を右折。直進。右折。行き止まり。Uターンして右折。直進。
QB
「潔く空を飛んだら早いんじゃないかな。そうすれば聖カンナはすぐにボク達を見つけるだろう」
ほむら
「魔力が勿体無いわ。いつ来るか、来るかどうかすらわからないのに此方が急ぐ道理はない」
QB
「そういう考えもある。ほむらが楽しいなら付き合ってあげるよ」
ほむら
「貴方も冗談みたいなこと言うのね。退屈に決まっているじゃない」
キュゥべえとのんびり歩きながらヒールでメロディを奏でていると――。
何かがフラフラと近づいてくるのであった。
何か、である。魔獣には見えない。
心底驚いたとでも言えばいいのか・・・。
いや、驚いたのだ。ソレを見て私はすっっっごく驚いた。
とにかく驚きの連続で目を疑ったのは確かだ。
赤黒い瓶を落としそうになった、と言えば私の混乱具合がわかるかしら。
非常に驚いた。叫びそうになった。
立ち尽くす私にソレが声をかけてきたのだからまた驚いた。
207: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:49:57.17 ID:fkGY81wu0
『よお、鹿目の家に居ろと言ったじゃないか。どこをほっつき歩いているんだ』
ほむら
「聖・・・カンナ・・・・・・よね?」
カンナ
『見れば分かるだろう。手紙を渡しに来たと言うのに・・・。
鹿目詢子のことはどうでもいいのかな』
ほむら
「どうでもよくない。ただ、あそこは何も無かったから貴女が来るまで時間を潰していたの」
カンナ
『ハッ、嘘は良くないぞ。うろうろし過ぎだろ。徘徊じゃあないんだから』
カンナは軽口をたたいている――彼女の口は欠落しているけれど。
ほむら
「何故そう思うの。自分の憶測を過信しないことね」
カンナ
『お前は罠にかかったんだよ。罠。散々忠告してあげたのに。罠。罠。
志筑仁美の料理を食べてしまったのだろう? 喰うなと念を押してあげたのに。
志筑仁美の飲み物を飲んでしまったのだろう? 飲むなと念を押してあげたのに』
ほむら
「はあ? それとこれは全然関係ないわよ」
カンナはやれやれと肩をすくめて首を振った――彼女の右肩も欠損している。
――さすがに首はある。
ただ、標本のように筋繊維が剥き出しになっていて・・・甲状腺かな。
外頚動脈も丸見えどころか静かに脈打っている。グロテスクだ。
カンナ
『家具・・・椅子は私の手造りだ。複製体の殺害用に造り、複製体に運ばせた。
水も食べ物も・・・私の手造りだよ。遠隔操作で志筑仁美に運ばせた』
208: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:51:25.03 ID:fkGY81wu0
QB
「手造り・・・どういうニュアンスだい?」
カンナ
『あの卵料理――ドゥエロス・イ・ケブラントスは私なんだよ。
卵の臓物和えと日訳されている通り、聖カンナの臓物和えだったわけだな』
カンナ
『あの料理は私の一部なのだから独特の波動を発している。
お前の位置情報くらいなら簡単に探知出来るわけ。わかった?』
ほむら
「文字通り一杯食わされたわけね」
カンナはフンと鼻を鳴らして――鼻はあるわよ。
カンナ
『戦闘と消化で臓物和えは大分失われているが、こうしてお前を追うことは出来たんだ。
もう役目は終えた。好きに洗浄でもすれば良い』
ほむら
「凝っているわね。発信器を取り付ければいいのに頭の固い奴」
カンナ
『どこがだ。極端な濃度の魔力は機械の回路を破壊しうる。お前のような魔法少女には使えないよ』
カンナ
『で、それは。その瓶は何だ。気持ち悪い』
ほむら
「これがサンプルよ。ヒュアデスの貴女なら言わなくてもわかるでしょう?」
カンナ
『ほう。鹿目の家を調べても見つからなかったから心配していたんだ。
複製体に事後処理を命令していたが・・・。この状態ならお前の手に渡っても別に害は無いな』
ほむら
「貴女の事情なんてどうでもいいから早く渡しなさい。手紙を」
瓶を丁寧に収納し、カンナの左手から手紙をもぎ取った。
内容を確認する。
209: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:55:27.42 ID:fkGY81wu0
【□□□□□ □□ □□□□□□□□□□
□□□ □□□□□□□□ □□□ □□□ □□□□□□□□□】
なんだこれ。
なによこれ。
QB
「なんだい。この四角は」
カンナ
『鹿目詢子の居場所だよ。気が向いたらワードを一つずつ教えてやる。
そういうゲームがしたくなったんだな』
ほむら
「ゲーム?」
カンナ
『ん。お前は時機に魔法少女全体から忌み嫌われ、恐れられるだろう。
現に幾つか悪名がまとわり付いてるのが最大の論拠になるわけだ。
そんなバケモノが世界に放り出されたら、国外の魔法少女達は黙るはず無い』
カンナ
『気狂いのお前を排除しようと、世界中から正義の味方が押しかけることになるんだよ。
そいつらを返り討ちにして、私を楽しませてくれ。褒美にワードを教えてやろう、というゲームだ』
大人しく従っていれば五年で人類は終わるのか?
うんともすんとも言い得ぬルール説明に困惑を覚えた。
返り討ちも何も、積極的に私に牙を向ける人間がいったい何人居ると言うのだろう。
そう都合よく魔法少女が襲ってくるはずがない。気狂いは聖カンナの方だ。
カンナ
『あの子、とやらと有象無象の人間。お前はどっちが大切なんだ?』
ほむら
「あの子よ」
理解できない質問だ。あの子に勝るものは無いのに。ありえない。考えられない。
安心したぞ、と聖カンナのテレパシーが飛んできたわけだが。
その程度で安心するなら一生安心していなさいと言い返したくなった。
口には出さない。表向きは従順であれ。
210: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:57:14.34 ID:fkGY81wu0
カンナ
『私が直々にお膳立てしてやろう。名は体を表す、と言うことで・・・。
決闘と悲劇の料理名に因んで、まずはスペイン。
――総勢九十一人の魔法少女が世界平和のためにお前を狙うだろう。
あの子、なる者と邂逅したければ生き永らえてみるんだな』
キュゥべえは此方を見て首を傾けている。
私の答えは初めから決まっていた。
ほむら
「望むところよ。お互い楽しみましょうね」
握手は交わさない。
お互いに交わそうとすら思わないはず。
カンナ
『一足先に現地で待っているよ。準備があるのでな。
連絡手段は手紙の裏にある電話番号かインキュベーターのテレパスで』
ほむら
「ええ。ところで聖カンナ。その風貌はどういう風の吹き回し?」
聞いておきたくてうずうずしていた。
カンナの体は所々欠落し、派手な焦げ目が右半身に集中している。
何かをぼとぼと零しながら活動するその汚らしい姿は完全に人間を辞めている。
カンナ
『他愛のない事。しくじった。それだけだ』
外見の修復もままならないほど魔力を消費したらしい。
カンナは胸元にある鍵穴のような刺青を指差して、多分、笑っている。
風見野で手に入れた新鮮なグリーフシードを五粒与えてやった。
211: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 00:59:22.51 ID:fkGY81wu0
かくして鹿目詢子、あるいはそれに類する素体探しと研究が再開する。
表向き聖カンナと手を組んだ形になるが、この期に及んで世間体など気にしていられない。
舞台が変わるのだ。
あの子に逢うためのエレガントな方法には事欠かないはず。
特に西欧は「死」の思想に明るい。
魔法円、魔術、呪術、印、詠唱は魔法少女個々人で様々だが、
私は見滝原の図書館でエッダ、ソロモンの鍵等の翻訳本を読み漁り、その術式イメージを具現化していった。
魔法への理解を深めた。
強固にしていった。
堅実に、着実に知識を積み上げていった。
イギリスやフランスは錬金術が盛んな魔導都市が多かったと聞く。
レメゲトン、黒い雌鳥、ネクロノミコン、アブラメリン、聖ヨハネの黙示録等の原著に触れる機会も自ずと与えられるだろう。
それだけ私が得る道標は増えていくのだ。
もうすぐ。もうすぐあの子に逢えると信じて止まなかった。
212: ◆bvqVN1tP96Fx 2013/12/31(火) 01:23:18.66 ID:fkGY81wu0
――――――――――――
苦よもぎ。本文中のどこに忍ばせても目立つのでいっそ説明しようかなと
雹と火、隕石、この次が苦よもぎ。三番目ですね
フレーズをこっそり混ぜてから、前スレ400辺りの副題で二度、露骨に提示しました
以降、徐々に頻度を上げて目立たせたんですが
「苦よもぎ」
こいつだけは本文中に出るとなると気になって気になって
書き溜めでは1260もイナゴも二億も唐突なのでもう開き直ります
余談ですがニガヨモギの学名はアルテミスが由来です
「ヨモギ属」で調べれば出るかも
アルテミスは遠矢射る女神として、人間には見えない矢を放ち、次々と殺していきます
人間の視点で見ると、災いそのもの。疾病と死を司る存在なのです
これはSS内で露骨に提示した気がする
因みに、ティロ列車砲にくっ付いてる鹿はアルテミスの聖獣、ケリュネイアの鹿が元ネタかなと
銀のチャリオットを鹿さんが牽引する姿はまさに月女神アルテミス。月はとある映画で半分裂けちゃいましたが
鹿さんはヘラクレスの12の難業にも出てきますね
閑話休題
ニガヨモギは死の象徴であり、花言葉は愛別離苦や不在と言えばそれっぽいでしょうか
と、どうでも良い事でした。良いお年を。
苦よもぎ。本文中のどこに忍ばせても目立つのでいっそ説明しようかなと
雹と火、隕石、この次が苦よもぎ。三番目ですね
フレーズをこっそり混ぜてから、前スレ400辺りの副題で二度、露骨に提示しました
以降、徐々に頻度を上げて目立たせたんですが
「苦よもぎ」
こいつだけは本文中に出るとなると気になって気になって
書き溜めでは1260もイナゴも二億も唐突なのでもう開き直ります
余談ですがニガヨモギの学名はアルテミスが由来です
「ヨモギ属」で調べれば出るかも
アルテミスは遠矢射る女神として、人間には見えない矢を放ち、次々と殺していきます
人間の視点で見ると、災いそのもの。疾病と死を司る存在なのです
これはSS内で露骨に提示した気がする
因みに、ティロ列車砲にくっ付いてる鹿はアルテミスの聖獣、ケリュネイアの鹿が元ネタかなと
銀のチャリオットを鹿さんが牽引する姿はまさに月女神アルテミス。月はとある映画で半分裂けちゃいましたが
鹿さんはヘラクレスの12の難業にも出てきますね
閑話休題
ニガヨモギは死の象徴であり、花言葉は愛別離苦や不在と言えばそれっぽいでしょうか
と、どうでも良い事でした。良いお年を。
217: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/11(土) 21:56:11.03 ID:02ve7x/c0
□見滝原
海香
「暗黒の瘴気が街中を支配していて見つからなくてよ。
美国さん、吐き気はない? 異変を感じたらすぐに言いなさい」
織莉子
「この程度何とも・・・。御崎さんこそ、体力に気をつけて。
もしものことがあったとき、御崎さんの回復魔法に頼るしかありませんから」
ほむらに組する離反個体からの救助要請を受けて、慎重に捜索を開始するも既に明け方。
暁が見滝原を薄墨色に染め上げている。
海香
「おかしいわね・・・。何度探査魔法を用いても、この地点からそう離れていない。
特に戦闘も起きていない地域だし、どこかに隠れてるにしても・・・流石に」
織莉子
「もしかしたら視界や座標を惑わす魔法が掛けられているのでは。
街を一通り歩きましたが、探査が反応を示し続けるのは妙だと思います」
海香
「魔法除去は使ったわよ。大抵の魔法は解除されるはず」
QB
「海香、強力な除去魔術を使ってみてくれないか」
海香
「ニコの忘れ形見に出遭っても知らなくてよ。それを承知で私に使えと言うの?」
QB
「マミと暁美ほむらが戦ってから随分と時間が経った。
離反個体がマミの生存を報告してきたけど、今現在は危険な状態にあるかも知れない。
聖カンナの気配も感じられないし、そろそろ無茶をしても良い頃だと思うんだ」
織莉子
「私も同意します」
海香
「はいはい、分かったわ。魔力を蓄えるからちょっと時間がかかるわよ」
印を結んで二十分後。
御崎海香は五百メートル大の青白い膜を地に這わせたのだった。
218: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/11(土) 21:59:15.20 ID:02ve7x/c0
――――――――――――
――――――
鉄橋の近くで巴マミは発見された。
強力な隠蔽の魔術を除去してから二時間後のことである。
捜索開始から既に十九時間が経過していた。
織莉子
「そ、ソウルジェムは無事だけど・・・。あぁ! 身体が・・・身体が・・・!」
海香
「美国さん、今すぐソウルジェムを百メートル以上離して浄化。いいわね?
今の状態で意識が回復するのは精神にとても良くないわ」
織莉子
「は・・・はいっ」
QB
「生憎グリーフシードの量が足りていない。海香は鮮度維持を終えたら下体の捜索を手伝ってくれ。
マミはボク達が運んで織莉子の家に匿う。なるべく魔力に依存しない形で経過観察するよ」
海香
「美国さん? 早くここから離れなさい。聞いてるの?」
織莉子
「血。血でべっとりしてるの・・・。ソウルジェムが・・・血でひどくて」
QB
「何をしているんだ。距離をとって穢れを取り除くんだ」
織莉子
「あ、あぁ・・・お医者様を。お医者様を呼ばなくちゃ・・・」
海香
「もう! ソウルジェムを寄越しなさい。
キュゥべえは予備個体を呼んで体内外リンクの切断。代わりにやって!」
220: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/11(土) 22:01:18.33 ID:02ve7x/c0
□
ここはどこかしら。
天国ではなさそう。地獄でもなさそう。
どうもボンバルダメントを放った瞬間から記憶が抜けている。
今さっきまでマスケット銃を握り締めていたはずなのに。
こうして横になって呼吸をしている以上、まずい状態ではないと思うのだけれど。
でも、両足が固定されていて思うように動かない。
首も動かしにくくされているみたいだ。
声だってあまり出ない。呻き声は出せるけれども、意味のある言葉は紡ぎ出せない。
病院のベッドかと思ったけれど、目を左右に動かすと絵画や置物の数々が見て取れる。
ここが美国さんの家だとわかったのは、上から不意に私の目を覗き込んで、慌てふためく彼女の姿を見たからだ。
「キュゥべえ! 御崎さん! 巴さんが! 巴さんが!」
そのままどこかに消えてしまった。バタンと扉が閉じる音を最後に、重い静寂がおとずれる。
聞きたいこと、話したいことは山ほどあるのに。たったひとつの手がかりが私を置いて行った。
手のひらで顔を覆ってため息を吐く。とても長いため息。
ここで手が動くことにやっと気づいた。とても丁寧に包帯が巻かれていて、心地よいくらいの白さ。
だけど点滴の管が針を引っ張っていて痛い。
透明なチューブに赤い血が逆流していた。
225: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:26:51.79 ID:LzNyEI/h0
何年も寝たきりかと思うくらいの退屈具合に酔いそう。
心臓の鼓動も聞こえなくて。
窓と天井の間を眺めているとカタンと物音がして、誰かが入ってきて。
急に視界が光でいっぱいになって、上半身がちくちく刺されて。
あ。キュゥべえ。
QB
「対光反射はある。触覚は確実に戻っている。マミ、ボクの姿は見えるはずだね?
キミは一時的な失語症に陥っているけど、内言語は良好だ。すぐに話せるようになるだろう」
内言語って何だろう。とりあえず頷く。
美国さんと御崎さんはどこに行ったんだろう。
QB
「しかし、無茶をするね。使い物にならなくなった体をリボンで繋いでまで戦ったんだ。
筋肉や神経がぐちゃぐちゃになっていたんだよ?」
ちょっとだけきつい口調だ。
ごめんなさい。
QB
「突然だけど、マミにお願いがあるんだ。海香にも織莉子にも内緒だよ」
マミ
「何、かしら」
精一杯の力で声を紡ぎだす。
頭は元々クリアだ。理解は出来るはず。
QB
「暁美ほむらから荷物を預かった。誰にも見つからないように保護して欲しい」
マミ
「荷物程度なら良いわよ。断る理由はないし」
今度は息をするように言葉が出てきた。自然回復様々――そ、そうよ。
226: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:27:30.59 ID:LzNyEI/h0
マミ
「暁美さんと聖カンナさんがどうな――」
QB
「暁美ほむらは聖カンナに靡いた。お互いに国外へ逃亡するらしい。
離反個体が言うには表向きの協力、とのことだけど・・・信用できるかは定かではないね」
聖カンナは生きていたんだ。ああ、なんてこと。
マミ
「キュゥべえ、私」
キュゥべえは首を横に振った。
QB
「見滝原のような惨状を未然に防ぐべく、幾つかの魔法少女組織が立ち上がっているのも事実だ。
でもね、マミ。キミは追いかけたら駄目だ。この街に湧き上がる魔獣を駆除するのが優先だよ」
マミ
「魔獣。魔獣はどれくらい増えているの?」
QB
「今は安静に。魔力で急速に回復させるのも禁物だ。過度に使うと中毒を引き起こしてしまう」
マミ
「私の使命なの。街を護らないといけない。いますぐにでも・・・」
QB
「見滝原の人々は大半が避難している。湧き出た魔獣は海香と織莉子がペアで退治してるから今は養生してくれ。
別に気に病む必要は無いよ。元気になってから取り戻せばいいんだから」
マミ
「美国さんも戦っているの?」
QB
「契約条項が変更されてからボク達も一部手探りだからね。
織莉子は貴重なプロトタイプ一号だ。データの収集はしておくに越したことはないよ」
マミ
「止めて。今すぐ止めて!」
QB
「どうして?」
227: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:28:03.57 ID:LzNyEI/h0
マミ
「願い事も叶わないのに戦いの場に出すなんてどうかしてるわ。
美国さんはこのルールを知らずに契約したのでしょ? あまりにも残酷よ」
美国さんが巧みに魔力を使う姿を想像するだけで、ただならぬ悪寒がした。
QB
「それでも織莉子は戦わないと生き残れない。既に魔法少女なんだから」
マミ
「だったら。だったら私が美国さんの分のグリーフシードも集める。
美国さんは父親の見滝原復興に力添えでもしていればいいのよ」
QB
「どうしてそんなに拘るんだい?
これから生まれる魔法少女は皆同じ段階を踏んでいくんだ」
マミ
「美国さんは危険なのよ」
QB
「危険? どこにでも居る普通の少女じゃないか」
マミ
「美国さんが利用されることが危険なの」
ある意味、美国さん自体が危険だと思った。
QB
「なるほど。彼女の、今の願いかな」
228: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:28:30.25 ID:LzNyEI/h0
マミ
「きっと誰かに利用されるんだわ。あの子は暁美さんを知り尽くすことを望んでいるもの。
なるべく日常に置いて、考えを改めるまで待ちましょうよ!」
QB
「願い事の変更は出来るけど、履行は五年後だ。果たして五年後に人類は生き残っているのかい?
緊急時に備えて、戦力を一人でも増やしたほうがいいとは思わないのかい?」
マミ
「それは・・・私が二人分動けばいいんだわ。人々を守って、戦力にもなればいいのよ!
キュゥべえこそ、どうして美国さんに拘るの? 女の子は世界中にいるじゃない」
QB
「どうしても織莉子を戦わせたくないようだね。わかった。
防衛術の訓練を集中的に習得させよう。ただし、魔獣退治はマミに任せることになるよ」
マミ
「それでいいの、キュゥべえ。全部私のせいなのだから」
QB
「マミ・・・。焦る気持ちは分かるけど今は心と体を寝かすことだけを考えて。
織莉子も海香も辛い思いをしてるけど、フォローはボク達でしているから心配要らない」
マミ
「苦労を掛けるわね・・・」
QB
「ボクには感情が無いからね。苦労というものは良くわからない」
――――――――――――
――――――
229: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:29:16.02 ID:LzNyEI/h0
□
体は絶対に動かさないように、と言い残してキュゥべえはどこかに消えた。
美国さんは最後まで戻ってこなかった。
それが気持ち悪くて、同時に気が楽になる複雑な心境だった。
御崎さんとも合わす顔が無かった。
何より、自分はいったい何のために、何をしていたのかすらわからなくなる。
いっそこのままソウルジェムを砕いてしまえばとすら思ってしまうほど。
それが最悪の選択だと理性的に判断できたけど、抑えられる自信が無い。
気を紛らわせておかないとどうにかなりそうだ。
ニュースでも見ようと思った。
枕もとのリモコンを闇雲に操作し、ベッドをリクライニングさせて上体を起こす。
テレビを付けて一通り切り替えていくが警報を伝えるような青枠は一つも見当たらない。変だ。
「見滝原といえば、失踪者が相次ぎ、大規模ビル火災などの人災が記憶に新しいですが」
たまたま目に付いたワイドショーでは見滝原の惨劇などと銘打って評論家たちが様々な憶測を垂れ流していた。
たとえば、燃料工場に放置されたカーリット爆薬に引火したとか、天然ガスのパイプラインが破裂したのだとか、
新型兵器の輸送中に事故に巻き込まれて暴発してしまった、とか。
思わず息を飲む。
背面のフリップボードにはペプコン、ツングースカ、ミタキハラの比較がされている。
不安を掻き立てる色合いで彩られていた。
「死者・行方不明者併せて二千人超と前例を見ない大災害でした。原因の早期特定と罹災者へのケア――」
事務的な定型文句を並べて番組は終了した。
映像や写真の類はまるで無く、最後まで同じ調子で議論を交わしていただけだった。
「二千人・・・かあ」
嫌悪と後悔の濁流に押しつぶされそうになった。
230: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:29:44.33 ID:LzNyEI/h0
□
「十七時になりました。本日、十月二十一日のニュースを――」
今になって一週間近く寝込んでいたことを知った。
電気が通っているんだからそれなりに時間が経っていると気づくべきだったのに。
新聞を取りに行こうとしてベッドから足を――下半身は固定されている。
ギプスで強く固定されているらしく、凍りついたように動かなかった。
石膏なら力ずくで外せるはず。
集中して魔力を高めるとむず痒い感覚が半身に流れ込んだ。
「あら?」
ふかふかのブランケットを勢いよく取って見るが、下半身には何の固定もされてない。
包帯は右足の太股だけに巻かれていた。中途半端な位置で途切れていて、端は血を沢山吸っている。
それどころか身に着けているものは、明らかに自前ではないひらひらの白いショーツだけ。
言葉を失った。
231: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:30:12.15 ID:LzNyEI/h0
結局、普通に起き上がれたので部屋を歩いてみる。
出来立ての新品みたいに動いた。きっと脚だけは無事だったのだろう。
マガジンラックには様々な情報媒体があった。
国内外の有名どころの新聞は一通り揃えてあるみたい。
一面には外国人の少女の顔写真が二十枚近く窮屈そうに押し込まれている。
どれが、ではなく英字らしき新聞には大体決まってカラーやモノクロの顔写真が掲載されていた。
「嫌ね。玉突き事故だなんて」
これが別の事件や事故だったら手に取らなかったかもしれない。
ラックごと持ってくる勢いで雑誌や新聞を運べるだけ運んで、適当に置く。
ベッドの宮棚には小さな観葉植物や目覚まし時計が綺麗に並んでいた。
数個のグリーフシードとソウルジェムが仲良く横たわっている。
卵形状態のソウルジェムは久しぶりに見た気がした。
「かなり濁っているみたい」
命よりも軽いソウルジェムを持ち上げてまじまじと眺める。
――強く握ったら楽になれるかしら。
掌中に包んでから、本気で悩んだ。数回、ぎゅっと力を込めてみる。
冷たい。硬い。思ってたよりもずっと。
馬鹿な考えはやめなさい、と何度も言い聞かせた。
何とか、グリーフシードで穢れを取り除くとほんの少し暖色が浮かび上がった。
「あれ。これって・・・」
232: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:30:47.52 ID:LzNyEI/h0
凝視した。
ベッドスタンドに近づけて凝視した。
まさか――。まさか――。そんな――。そんな――。
トクントクン。
心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。
トクントクントクントクン。
鼓動はどんどん速くなっていき――
気がつけば。
窓を開けて、外に飛び出ていた。
魔法少女に変身してわき目も振らずに鉄柵を乗り越えた。
全力で走った。
無我夢中で走っていた。
――――――――――――
――――――
233: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:32:01.31 ID:LzNyEI/h0
「やっと見つけタ」
血眼になって探し出した長身の白い化け物。
魔獣の群れが点滅しながらのろのろ移動している。
マスケットライフルを数丁生み出して砲列を組んだ瞬間、頭が真っ白に。
瞬き一回、無意識に全ての魔獣を蜂の巣に撃ち抜いていたようだ。
回収できたグリーフシードはたったの二個。
全然足リない。
もっと探さなイと。
次の群れを見つけ、その次の群れも一匹残らず屠った。その次の次も。
キューブを十個集めたころには、辺りはすっかり暗くなり、いつの間にか星空が天上を色濃く照らしている。
自宅近くにある思い出の公園を偶然横切った。
覚束ない足取りで立ち寄ってしばらく目を伏せる。
マミはベンチに座って、キューブを取り出す。
花柄の髪飾りを外し、どす黒く濁ったソウルジェムに恐る恐る触れさせていった。
一つ、二つ。
ジェムを月に掲げて見るが、真っ黒で何も見えない。
キューブを三つ、四つと触れさせていった。
ジェムを夜空に透かして見る。まだまだ黒かった。
五つ目のキューブを接触させると、淡い色合いが微かに見えた。
「・・・嘘」
それは見慣れた黄色だけではなかった。
一見するとミラクルに思えたが、呪いの印章とも見て取れた。
どちらであれ、あの世から咎められているように感じられた。
死を冒涜しているように感じた。生をも冒涜しているように感じた。
マミは嗚咽交じりの涙を流しながら六つ、七つとキューブを押し当てる。
穢れが消えていくにつれて、ソウルジェムがだんだん重くなった。
魂の重さだとマミは確信する。
そこに魂があるのは奇跡では無く、極めて理論めいた魔法の産物でしかなかった。
234: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:32:29.19 ID:LzNyEI/h0
――奇跡なんて
全てのグリーフシードを使い終えると、マミは何度も咽び泣き、何度も吐瀉した。
今生の別れと再会の喜びを一緒くたにしてドロドロにかき混ぜた感情に溺れて。
「美樹さぁん・・・佐倉さぁん・・・」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
魔法少女として生きることを誓った小さな公園。
――嗚咽し懺悔を繰り返しながら、友人の名前を何度も呼びかける少女の姿がそこにはあった
ソウルジェムはただひたすらに美しかった。
235: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:48:53.35 ID:LzNyEI/h0
□ 一ヵ月後
マミ
「御崎さん、お久しぶり。元気にしていたかしら」
海香
「いい感じに絶望しているわ。巴さんも粋な計らいをするのね」
マミ
「これは偶然だったの。まさか牧さんとの思い出の場所だったなんて・・・知る由も無かったわ。
嫌ならすぐに場所を変えましょう。もう一軒改修を終えたばかりのお店があるの」
海香
「気にしなくていいわよ。さっ、早く入りましょう」
見滝原の喫茶店。
まばらな人通りのカフェテラスでマミと海香はラテを口にしている。
海香
「ここのラテは絶品だった。カオルと一緒に飲んでいたからかもしれないけど。
二、三ヶ月ぶりに訪れたとはいえ、こんな味だったかしら。もっと甘かった気がしたわ」
236: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:50:00.07 ID:LzNyEI/h0
海香はガムシロップ片手に、思い出話に花を咲かせていた。
終始笑顔の海香にマミは真剣な表情で話を切り出す。
マミ
「御崎さん。本題に入るけど、暁美さんを追うのは止めて欲しいの。
あなたが魔法少女の連合軍に加わるなんてもってのほかよ」
海香
「・・・大げさね、ちょっとした取材を兼ねているだけで基本は魔獣の駆除よ。
この際だから言っておくけど、私も成長したの。
暁美ほむらの殺害計画を立てていた頃より丸くなったと思わない?」
海香は一瞬だけ悲しい顔を見せた。
マミ
「あなたが国外に行くとあすなろ市を守る魔法少女は居なくなる」
海香
「それの根本を突き止めるためにいくの。ヨーロッパ周辺での魔獣大量発生の件。
知ってるでしょ? え、知らない? 多分、ニコの忘れ形見と暁美ほむらが関わっている」
海香はスクラップノートを取り出し、色あせた新聞記事を指差す。
海香
「異変はここから始まった。場所はスペインのラ・マンチャ。玉突き事故で二十一人の少女の命が奪われた。
でもね、この子たちの共通点はほとんどないのよ」
マミ
「ガールスカウトのキャンプで移動して・・・だったはず」
この記事は見たことがある、と付け加えるマミ。
聞こえていたのか無視したのか、海香は話を続けた。
海香
「ウェルズ・ゼノ――架空の団体よ。見滝原と同じで情報規制の類でしょうね。
共通点があるとすれば、全員第二次性徴期で遺体は非公開。
マイナー誌によると交通事故ではあり得ない具合の激しい損傷だったとか」
237: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:51:30.79 ID:LzNyEI/h0
マミ
「魔法少女狩り・・・?」
海香
「そう考えてるけど、メリットが全然見受けられなくて困っているの。
それを確かめるためでもあるわね。魔獣が増えて喜ぶ人なんて居ないもの」
マミ
「・・・だとしたら。本当に、暁美さんに出くわすかもしれないわよ。
あの子は目的のためなら手段を選ばないから」
海香
「平気、平気。実務は魔獣退治のサポートをするだけ。たった一年よ。
暁美ほむらの本質は私達と似たようなものだし、いざとなったら交渉で折り合いをつけるわ」
マミ
「馬鹿なこと言わないで! 私はあなたの身を案じて言っているの!
遭ったら最後、話し合いで解決出来るわけない。暁美さんは理解し得ない・・・別の生き物なのよ!」
海香
「カオルも巴さんと同じことを言っていた。このカフェテラスの、あなたが今座っている席で。
結局は同類なの。私もあなたも暁美ほむらも、死を受け入れられないばかりか、冒涜しているのよ。
私はミチル。あなたは・・・そのソウルジェムに聞いたほうが良いかしら。
公園で見つけたときの様子があなたの全てでしょう。でなければ巴さんはとっくに死んでたはず」
マミ
「暁美さんは、暁美さんは――」
海香
「あの時、カオルは暁美ほむらをこう言い捨てていたわ」
『想いは同じかもしれない。でも、神は二人も要らないよ。
死者の蘇生はプレイアデスが担う。『円環の理』にうつつを抜かす悪魔は消さないと』
海香
「私はミチルの肉体だけ。あなたは二人の魂の一部だけ。
肉体も魂も無い自然現象――『円環の理』を創るなんて途方も無い願いを抱いた赤いリボンの死神。
見て御覧なさいよ。本質はとても似ていて可哀想になるくらいだと思わない?
皆が皆、手に入るか、あるかどうか分からないものに想いを注いで、うつつを抜かしているの」
マミはストローを口に加えて目を伏せていた。
238: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:54:00.00 ID:LzNyEI/h0
海香
「辛気臭い話になってしまったわね。
とりあえず、巴さんにあすなろを任せたいの。一年くらい。
美国さんと二人で協力すれば難しい話ではないわ」
マミ
「私一人でやるわ。美国さんは絶対に戦わせられない。
今の状態で魔法少女に関わろうだなんて到底許せない」
海香
「まだ頑なに拒んでいるのね。私は賛成よ? 美国さんが暁美ほむらの全てを知ること。
直接本人に聞くことなく、何が起きたのか詳細に把握することが出来る。魂一つで一流の諜報員になれるのよ?」
マミ
「美国さんには見滝原を復興する使命がある。
だから、願い事が変わる日が来るまで大人しくしてもらうの」
海香
「はぁん。美国さんが禁忌の魔術に手を出して、呉キリカを造り始めるんじゃないかって心配しているのね。
あの子には暁美ほむらと互角に渡り合った巴マミという素敵な先輩が居るじゃない。サラスパッと解決してくれるわ」
マミ
「あの時、“私”が暁美さんと本当に互角でやりあえてたのなら、それこそ奇跡でしょうね。
対価はとても大きなものだった。今の私には背負うものが多すぎて何も出来ない。何も」
海香
「風見野と見滝原に加えて、あすなろの魔獣退治も請け負ったくせに?」
海香はラテをもうひとつ注文する。
239: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/01/17(金) 20:55:37.48 ID:LzNyEI/h0
マミ
「戦いだけが私の生きる全て。美樹さんと佐倉さんの証を残せる最高の機会。
だから私は戦い続けるの。私の世界にそれ以上の人間は必要ないし、面倒は見切れない」
海香
「気持ちは分かるけど、今の言葉だけ聞くとまるで電波さんだわ」
マミ
「二度とあの子たちを死なせるわけにはいかない。大きな過ちを繰り返さないためのチャンスよ。
十二体の和紗ミチルさんに囲まれて生活するあなたに比べれば、とても健全な生き方だと思うの」
海香
「やだやだっ。知り合うならもっとまともな考えの魔法少女が良かった。
短い間だったけど、美国さんはとても柔軟な思考の持ち主に思えたわ」
マミ
「御崎さんも人を見る目が無いのね。美国さんも存外似ているわよ。
私たち魔法少女はどう足掻いても、最後まで過去に縋るしかないの」
海香
「ところで彼女はお元気? 父親と二人きりで難儀していそうだけど――」
マミ
「難儀の一言で済む次元じゃ――」
マミと海香は一月ぶりの再会を満喫し終えて、各々の無事を祈った。
御崎海香は即日スペインへと旅立つ。
大量発生した魔獣退治を目的とした臨時の魔法少女組織への参入。
表向きは公明正大を謳ったボランティア団体だった。
242: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/03(月) 23:58:50.30 ID:v5xhLmc00
□ 一年後
巴マミは定期的に美国邸に訪れてはグリーフシードを美国織莉子に供給している。
今週も魔獣退治の合間を縫って織莉子のお茶会に付き合っていた。
織莉子
「・・・巴さん? その本は何かしら」
マミ
「フランスにいる御崎さんから書籍が送られてきたの。
暁美さんに興味を持つのなら是非とも読んでおくべき一冊よ」
織莉子
「これが・・・一年前の出来事を基に書いていたと言う小説。
海外でも執筆活動を続けているとは。とても精力的な人ですね」
マミ
「ううん、違うわ。もっと前のお話。
暁美さんが題材なのはそのままに、フィクションに落とした短編童話集なの」
織莉子
「アイのメモリー? 不思議なタイトルね」
マミ
「ええ、そうね。あなたにあげるから、来週にでも感想を聞かせて欲しいわ」
マミは満面の笑顔を作った。
243: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:00:13.17 ID:HwHfomZK0
今から一年半ほど前の春から夏にかけて、見滝原で発生した怪事件が題材だ。
暁美ほむらは自宅の地下室で『円環の理』を模した少女を創った。
名前は無く、家族は無く、眼球も無かった。
海香は、現場に居合わせた人物のうち、唯一の生き残りとなったマミ本人から仔細を聞き出してアレンジを加えた。
織莉子
「本当ですか。とても嬉しい」
マミ
「子供向けだから、少し物足りないかもしれないけど」
最初のページをちらりと見せてからマミは手渡す。
日当たりの良い二階のバルコニー。
目を閉じて椅子に座っている少女の表紙が織莉子の興味を惹いた。
織莉子
「巴さんが私にプレゼントを下さるなんて。とても幸福な一日になりそうです」
――そんなに喜ばないで
胸が締め付けられてしまうわ。
おもちゃを買い与えられた子供のように喜ぶ織莉子を、マミは直視できなかった。
244: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:01:12.57 ID:HwHfomZK0
□
一週間後。織莉子に告げた。
「暁美さんを知り尽くしたいという願いの意味が分かったかしら。
私と違って、美国さんは願い事を変更することが出来るのよ。
だからもう一度だけ。もう一度だけじっくり考え直して欲しいの」
うな垂れていた織莉子はマミの言葉を聞くや否や、目をキッとさせ、珍しく声を荒げた。
「そんなことのために嘘を付いたの?
巴さんの笑顔を見れたときは心底嬉しかったのに。
やっと過去の束縛から解放されたと思ったのに」
マミはソウルジェムを取り出して織莉子の目線まで持っていく。
「過去の束縛? 生き残るためなら何だってするわ。
美樹さんと佐倉さんをこれ以上殺さないためにも」
「私だって変わらない。どうしてキリカが殺されたのか知りたいの。願いは絶対に成就させる。
あんなグロテスクなお話を読ませたからって揺らぐほど甘い決意ではないのよっ」
「美国さんの馬鹿!」
「巴さんのわからず屋!」
245: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:01:40.54 ID:HwHfomZK0
アイのメモリー
人語を話すカラスが、両目の無い少女に眼球をプレゼントする話だ。
カラスから渡された物体が人間の眼球だと知らない少女は、カラスに言われるがまま眼球を眼窩にはめ込む。
すると、本来の持ち主の記憶が頭の中に流れ込み、映像が再生された。
少女の喜ぶ様子に気分を良くしたカラスは、次々と他人の眼球を啄ばむようになる。
もう一度、光と色を感じさせることが出来るなら、世界が血で染まっても構わない――。
手ごろな標的を探し出すために、今日もカラスは黒い翼を大きく広げる。
246: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:02:27.15 ID:HwHfomZK0
□ 二年後
見滝原。被害が特に甚大だった中心部を除いて、街並み、人は戻りつつあった。
死者・行方不明者数は増減を繰り返しながら、ついに七千余りにまで達する。
どうも適当な事故をでっちあげて、死亡者数をなんとか減らそうと辻褄合わせをしているのだとか。
そんな暗い一面を見せつつも、表向きは着実に復興を果たす見滝原と対極的に、国外では深刻な流行病が蔓延していた。
特に欧州。特に北欧。
何の変哲も無い至って健康な人が意識を失ったり、突然、死に至る病だ。
はじめは子供や老人の死者が相次いだため、何らかの感染症が疑われた。
一人の死体を見つけると、その周辺にも必ずといっていいほど似た症状の人が発見されるためである。
やがてその可能性は否定される。疾病が広がるにつれて、極端な性差や年齢差は見られなくなった。
とりわけ繁華街や人通りの多い地区での被害が多いのだが、屋内で「傷病者」が発生することは極めて稀だった。
新型の致死性ウイルスの類かと思われたが、なるほど原因特定は困難で、現地医療関係者の頭を悩ませている。
(毒性が強ければ強いほど、感染症は収束するのが通例である。)
生き残った患者はみな、脳も心臓も正しく機能している。
なのに、意識レベルはJCS基準で三百という極めて深刻な昏睡状態にあるのだ。
マミはコンビニエンスストアで購入した週刊誌の特集コラムを読み終えると、紅茶を用意し、リンゴを齧った。
二日振りの食事だ。胃が食べ物を拒絶するので手頃な果物を選んだ。
「御崎さんからの連絡もすっかり減ったし心配ね」
三ヶ月前。ドイツの両親に顔を見せるという電子メールを最後に、海香とは連絡が取れていない。
海外での魔獣狩りと小説の執筆活動という二足のわらじで頑張っているようだけれど。
247: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:03:30.86 ID:HwHfomZK0
マーラーの交響曲第八番を聴き終え、メモリーカードを抜き取る。
ショルティも好いけどバーンスタインが一番しっくりくる。
LSO盤とVPO盤を聞き比べるようになったらいよいよ末期かもしれない。
マミは紅茶を一口啜る。
二人の笑顔に想いを寄せながらソウルジェムをじっと見つめていた。
「マミ。突然だけど今日はキミに頼みがあって来たんだ」
と、キュゥべえが硝子テーブルの上で臆面もなく言う。
本当に突然だった。ずっと居たのかな。
「いやよ。私はこれから風見野で魔獣を退治しに行くの」
「マミの元で技術を学ばせたい子が居るんだ。覚えているだろう?
一年前に仮契約したこの街出身の新米――」
「何度も言うけど、弟子は取らないわ。こんな私に教えられることなんて無いもの」
「マミほど魔獣を深く理解し研究を重ねた魔法少女は居ない。
おまけに筋金入りの強さもあるのだから打って付け。理想と言っても良いのに」
「私はこのソウルジェムのために生きている。その魔法少女さんとはまるで正反対の生き方のはず。
グリーフシードは沢山あるから、その子がピンチのときはいつでも与えていいわ。
だけど、弟子には出来ない。大体、赤の他人に心を許せるわけないじゃない」
冷めた目でキュゥべえに言い聞かせ、怯える子供のように目線を下げながら歩き、物置の扉を開ける。
沢山ある青いポリバケツのうち一つを取り出し、蓋を外した。
「これで手打ちにしましょう。身体強化でも代謝維持でも好きに使っていいから」
溢れたキューブが幾つかカラコロと音を立てて、床に散った。
248: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:06:40.69 ID:HwHfomZK0
□ 1260日後
見滝原を出てから四十二ヶ月経過した。
マリグラヌール同様、自己増殖能を持つカチオン性ベシクルを用いてDNAの複製、分配に成功――。
ベシクル型人工細胞に膜分子前駆体を添加することで、自己生産ダイナミクスを引き起こし、ベシクル変形機構を確認。
ジャック・ショスタクの提唱した三要素を含んだ有機合成物質の作製方法を考案した。
境界、自己生産、情報複製。
ゼロから生命を創ったと言っても良い。
それはソフトマター物理学の極限であり、生命システム解析の礎である。
リピッドワールド仮説はますます有力視されることだろう。
膜が先にあって、RNAが一本の糸のようにスルリと入り込んだものが生命なのだ。
生命は高分子の糸でがんじがらめに支配されている。
前述の内容は、私にとって統合自然科学の知であり、自己研鑽の最上かつ生命理解の道標。
要するに――。
此処、ドイツのアイヒシュテット。古臭い村の小さな地下研究所でも、あの子との邂逅は成された。
249: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:08:11.65 ID:HwHfomZK0
人を魅了する容姿、人に近しい頭脳。
桃色の髪に青白い肌。
血塗られたように赤い唇。
金に光る双つの瞳。
ほとんど完成といってもいい。
しかも、魔力を注ぎ続けなくても動く至高の一品なのだ。
鹿目詢子を入手することなく器の作製に成功した。
今後、更なる完成度を求めるときには、入用になるかもしれないが。
懸念材料はある。
器は可能な限りの一般性を保っているものの、新規の遺伝子を組み込んでいない点。
あの子ではない別人の遺伝情報でこの器は成り立っている。
そこはソウルジェム、桃色の光、あるいは魔法という概念を発展させて解決するよりない。
「ほむらちゃん!」
ほら。あの子が声を掛けてきた。Vertebrate-02701の札を首に下げている。
赤いリボンの繊維を数ミリグラム埋め込むことで、桃色の力を克服した最新の後継素体だ。
たまたま六芒星数だったこともあり、呪術的にも縁起が良かった。
250: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:09:51.60 ID:HwHfomZK0
「ほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃ――」
頭を撫でてあげると喜んでくれた。
吸い取られそうなほど綺麗な、金色の瞳だ。
頬ずりもして幸福を堪能していると鉄扉が何度も叩かれる。
ドンドンうるさい。
「嫌だわ。もう場所を特定されてしまったのね。
私が追い払うから、貴女は奥の部屋に隠れていなさい」
「ほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃんほむ――」
にこりと微笑む素体の首には見慣れない傷が付いている。
昨日お散歩をしたときにケガをしたのだろう。
「――――!!」
違う――他の魔力の匂いがする。敵の手に触れられてしまったか。
後頭部に付着した半透明のマイクロチップが私を嘲笑している。
全部で六箇所。くそ、なんてこと。
「・・・」
「可哀想だけど処分するしかないわね。
次はきっとうまくいくわ。だから今は大人しく殺されて? ね?」
「・・・」
一ヶ月後の四月三十日は念願のヴァルプルギスナハト。最高傑作を産むとしたらその日だ。
ぽろぽろと涙を流して素体を処分する。
こんな感動的なシーンなのに、ドンドンと叩き続ける音の主は何を考えているんだ。
ますます耳障りになってきたので扉を開ける。処分の続きはそれからにしましょう。
251: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:12:01.16 ID:HwHfomZK0
「どちら様ですか。私は今忙しいのですが」
天使の笑顔で応対する。
訪ねてきたのは、浅葱色のショートヘアに銀縁の眼鏡・・・利発そうな少女だった。
仄かに春の花の香りがする。見覚えは無い。
「噂に聞いたとおりだ。黒い髪に赤いリボン――。
災いを招く者、ヴァルプルギスの夜。そしてボクの姉さんを殺した死神に間違いないね」
「ああ、魔法少女。貴女だけ? そう、大変だったわね」
がっくりした。
一人で乗り込んでくるなんてどこまで愚かなのだろう。
「それで、貴女はどっちなの。
聖カンナの使いなら、早くワードを残して消えなさい。
それとも私に付きまとう暗殺集団崩れなのかしら」
少女の反応は芳しくない。
個人的な恨みがあると言うや否や、バチバチと電撃を身にまとわせた。
試しに弓を振るうと少女は地面に激しく打ち付けられ、細胞培養ディッシュの山に突っ込んだ。
シンセス社から入手した臓器チップの束がキラキラと舞う。
「ここにある研究機材、資材はどれも高額なの。
貴女が軌道を反れて動くと、また一から再現しないといけなくなるのよ」
不服を垂れながら控えめな攻撃を続ける。
「二十一。C」
と呟いて事切れるまで。
「聖カンナの使いならそう言えばいいのに」
Connectを喰らった少女の哀れな最期だ。
救いも希望もまるで無い。
252: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:13:48.30 ID:HwHfomZK0
空白ばかりの手紙に単語をひとつ埋め込んでふと思う。
「恨み・・・この研究施設の関係者かしら? みんな消したはずなのだけど」
訪問者の死体を片付ける。私の作品も一緒に片付ける。
淡々と処分した。生ゴミを捨てている気分だ。
ばっちい。
「聖カンナもとんだ迷惑者。私の邪魔してばかりよ。
鹿目詢子の必要性は下がったから、アイツに関わらないように逃げたほうがいいかしら」
私の素朴な独り言に私のキュゥべえは答える。
「それは現状が落ち着いてからにして欲しいかな。
デンマーク以北とスペイン、フランスの魔法少女は壊滅。新規の契約者は今日まででたった252人。
対照的に魔獣の数は増え続けている。これじゃ本当に世界が危ないよ」
「聖カンナに言いなさいよ。けしかけてるのはアイツでしょうに」
「ほむらが動かない限り、被害はこの周辺だけで済むんだ。
聖カンナはいつも近隣に隠れ潜んでいるようだからね」
だから大人しくしてくれ、とキュゥべえは言う。
襲い来る魔法少女を掃除しながらも、ある意味世界を救っている。
不愉快だが面白い状況かもしれない。
「はるばるここに来る連中が増えるわけだわ。小言は聞き飽きたから貴方も手伝って。
雑魚に見つかった以上、いつ襲撃されてもいいように。大事な荷物はまとめておかないと」
キュゥべえにキャリーケースを持ってこさせて梱包、収納を続ける。
書物や資料は全てデータ化したから主チップ一枚とバックアップ用の十四枚で済む。
場所をとるのは試料、流体デバイス、グリーフシードだけ。
「これはもう必要ないんじゃないかな。十分に使い倒したのだろう?」
キュゥべえは耳毛を器用に動かして大瓶を持ち上げる。
「かずみから抜き取ったプレイアデス聖団の血が入っているの。
護符の記述用に、鳩の血インクとして再利用しているわ。洒落ているでしょう?」
六つの魔法が作用した、七人の魔法少女の血液。
相性の良し悪しが露骨に出る分、強力なマジックアイテムとして重宝している。
「プレアデス七姉妹が暴漢から逃げてハトに変装する寓話だね」
「何年も一緒なのに、相も変わらず身も蓋もないことを言うのね。もっと乙女心を持ちなさいよ」
無茶な要求かも。わかってる。
253: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/02/04(火) 00:17:54.71 ID:HwHfomZK0
キュゥべえからキレート化した赤黒い粘液を取り上げる。
「とどのつまり、このインクは大事なのよ」
科学が信仰されるこのご時勢、鼻で笑われるようなオカルトグッズを大切に保存する。
数年前の自分が見たら本気で頭おかしいと心配されそうだ。
仮にそう言われたら、視野が狭いのねと大人の対応を見せるまで。
こんな私でも魔法の存在すら否定してた時期があった。
今では、おはようからお休みまで魔法に頼りっぱなし。慣れとは怖いものだとつくづく思う。
「鳩の血インク・・・で護符ならアブラメリン魔術の類だろう?
愛を成就する中世のおまじないみたいなものだと認識しているけど」
そう。相手の名前を書いて、縛り上げる呪いみたいなもの。
サトールの方陣だとか言われている少しアブナイ魔術。
「実際効く気がするから人間の思い込みって面白いのよ。
魔法とオカルトは切っても切れない関係なのだから迎合するに越したことはない。
それに、極みに達するためには、あれこれと理由を付けて物事を避けるべきではないと思うの」
ほら、数枚の呪符が青い灰になった。
私の隠れ家の近くで誰かが除去魔術を詠唱したのだ。
キュゥべえもしっぽを立てて反応する。
「次のお客さんは相当お怒りのようね。人数分のグラスとぶどう酒はあるかしら」
鉄扉の向こうにいる客どもに辟易しながらも、ソウルジェムに加護を掛け直して息を殺す。
命のやり取りは、もう慣れた。
269: ◆bvqVN1tP96Fx 2014/03/25(火) 23:51:30.02 ID:dVi2BCU+0
□ 四年後
少女は見滝原に踊る。
「ねえ。いつ帰ってくるの」
「あの時、一年だって。言っていたじゃない。延びに延びて、もう四年も経ってる」
見滝原の魔獣を壊滅させる。
「死に至る病がアフリカ大陸にまで広がったの」
「魔獣に魂を取り込まれる人が増え続けている証拠よね」
見滝原の魔獣を全滅させる。
「ねえ、御崎さん。魔獣の前に倒れてしまったの?」
「ねえ、御崎さん。円環の理に導かれてしまったの?」
御崎海香は戻ってこないだろう、と。
キュゥべえはいつも反射的に答えている。
だから。多分。きっと。でも。
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