~☆

テーブルの前に腰掛けるマミ。自分の家に帰って来ていた。

浴室からお湯が床にぶつかり跳ねる音がする。杏子が身体を洗っている。

成り行きで、マミは杏子を連れ帰っていた。

始終マミといる事が心底嫌そうな顔をしながらも、

こうしてマミの家にまでおとなしく付いて来ている。

とりあえず本気で嫌がっていないという事は間違いない。

マミは杏子の強情さに笑い出したくなった。

杏子が強情だったのはその態度だけではない。

道中、やけに杏子が左腕を気にかけていると思いマミが触って確認してみると、

腕はただ形だけ繋がっているばかりで、

すなわち左腕の怪我そのものは全然治っていなかった。

どうやらマミに弱みを見せたくなかったらしい。

しきりに治療を嫌がるそぶりを見せたが、もちろん家に着いてからマミが無理やり治療した。

546: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 11:44:33.09 ID:f85+mvnv0
自分の穢れの回復も含め、

持ち歩いていたグリーフシードは全て使い切ってしまった。

ワルプルギスの夜が来る。

もっと真剣にグリーフシードを集め、

蓄えておかなくてはならないというのに。

近くの町にいる知り合いの魔法少女達からあらかじめレンタルする。

そんな方法も考えておいた方がいいかもしれない。

そんな事を考えていた時だった。

「やあ、マミ。久しぶりだね」

声のした方へ目を向けると、そこには見知った白い姿、

それまでマミがキュゥべえと呼んでいた者、

インキュベーターがいた。

547: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 11:47:42.53 ID:f85+mvnv0
乗っ取られていたインキュベーターは私が殺した。

それにこのインキュベーターからは寄生生物の信号は感じられない。

こいつは普通の奴だと考えて問題ないだろう。

少女を魔法少女にして、魔女を生み出す張本人。

こいつは私の、私達魔法少女の敵だ。




……友達だとずっと思っていたのに。


マミはその考えを感傷的ななノイズだとすぐさま切り捨てる。

棘の籠った言葉をインキュベーターに投げかけた。

「あなたの顔を見ているだけで虫唾が走る。いったい私の部屋に何の御用?」

「キミが使用済みのグリーフシードを

今いくつか持っているからね。回収に来るのは当然の事さ」

特別居心地の悪さも悪びれる様子も見せる事なくインキュベーターが言う。

マミが魔法少女の末路を知ったという事をおそらくインキュベーターは知らない。

だから悪びれる様子を見せないのは別におかしくない事ではあるけども、

これ程痛烈な拒絶の意思をいきなり示され、

何も動じないというのはやはり少し薄気味悪くあった。

だからこそ、インキュベーターの悪びれる様子を、マミは少し見たくなった。

548: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 11:50:45.08 ID:f85+mvnv0
「……美樹さんが死んだわ」

「へぇ」

驚いたといった声の調子ではない。

それは丁度腕に止まった蚊を叩きつぶしたくらいの関心度に思えて、

それがマミのイライラをますます募らせる。

「人間の頭を乗っ取って、自由自在にその形を変えたりする生物の事……、

あなたは知ってる?」

それを聞いたインキュベーターは今日初めて、驚いたような声を出した。

「驚いたな、どうしてキミがそれを知っているんだい?

……もちろんボクは知っているさ。

パラサイト達の出現は全世界規模の人類史上類を見ない大事件だからね」

549: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 11:53:21.43 ID:f85+mvnv0
パラサイト……。彼らをどうして知っているのか、

マミはインキュベーターのその疑問に少なくとも今の所答える気はなかった。

ただ先程からずっと気になっていた事をぶつける。

「美樹さんは腹部から背中にかけて、そのパラサイトとやらに寄生されていた。

にもかかわらず、パラサイトは美樹さんの全身を操っていた。

それじゃ普通筋が通らない。

じゃあ一体どういう事なのかと言ったら、

それを砕いたら美樹さんを動かせなくなってそのまま絶命したことを考慮すると、

やはり腹部、みぞおち付近に埋め込まれていた、

魔力の籠った赤い石が司令塔のような役割を果たしていたと考えられるわ」

「それは中々興味深い話だね。その赤い石の実物はあるかい?」

550: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 11:58:03.69 ID:f85+mvnv0
それまで四本足で立ったままだったインキュベーターが、

膝を曲げてマミの顔の見える位置に座った。

どうやら話を真面目に聞く気になったらしい。

杏子が浴室から出てくる気配はまだない。

どうやら久しぶりの気の抜ける入浴を存分に堪能しているらしい。

マミはさやかの死体からなるべく赤い石の破片を回収して来ていた。

それと砕けたソウルジェムの破片も一緒に持ち帰っている。

当然赤い石だけでなくソウルジェムも渡した方がより正確な情報が得られる事だろう。

けれどそこには葛藤が存在した。

赤い石の方はまだいい。

しかしさやかのソウルジェムの破片をこいつらに渡すのは、

彼女の魂への冒涜ではないのか?そんな思考がマミを躊躇させる。

551: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:01:45.42 ID:f85+mvnv0
「……これがその、赤い石と美樹さんのソウルジェムの破片よ」

マミは結局迷いを断ち切った。

いつもグリーフシードを入れているポーチからそれら破片を取り出し、

インキュベーターの前に置く。

美樹さんの事を本当に考えるなら、

私が今すべき事は鹿目さんをどうにかしてあげる事、美樹さんの敵をとる事。

その為には情報を得られるチャンスを、

こんなくだらない感情で手放してはならない。

これはあくまで美樹さんの魂だった物。

今となってはただの綺麗な石ころだ。

インキュベーターが長い耳でそれらを触り、何やら情報を探っている。

552: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:05:17.34 ID:f85+mvnv0
「ふむ……。この赤い石はどうやら、

複数の魔法少女のソウルジェムを錬成する事によって生成されているようだね」

「他には?」

それは既に、今は亡き「キュゥべえ」から聞いていた。

「見る限りダメージを受けた際の自動治癒魔法くらいしか、

乗っ取ってる時に魔法は使えないようだ。変身もパラサイトの意志では出来ない。

ただ、肉体の操縦を円滑に出来るし、魔力に関する物を見分けたり出来るらしい」

使用には別に少女でなきゃいけないといった制限はないようだね」

「わかるのはそれだけ?」

そんなことには興味はないし、

「さやか」がレイピアを突き出したりするばかりで

魔法を使わなかったという事実から、

その魔法少女の固有魔法が使えたりする訳ではないという事はマミにもうわかっていた。

553: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:17:30.82 ID:f85+mvnv0
「他には、この石がそう表現すべきかは微妙だけど、

魂に『穴』を空ける物だと言う事かな。

ソウルジェムの破片を見ると、はっきりとその『穴』があるのがボクにはわかる。

これは強制的にその人間の魂とパラサイトの意識を連結し、

人間側の自由を奪い服従させているんだ」

「じゃあそれを無理に破壊したとしたら……」

「ある程度早い段階、一日や二日……、いや、三日程度までの間なら、

適切な処置をすれば両方に影響なく取り外す事は出来るのかもしれない。

ただそれを無理に壊したり、あるいは結びつきが強過ぎた場合には、

それがなくなった事で人間側の魂、それとパラサイト側の意識に『穴』が空く。

つまりは死んでしまうだろう」

554: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:19:46.61 ID:f85+mvnv0
さやかのソウルジェムがどんどん濁って行ったのをマミは思い出す。

やはり私に助ける事は出来なかったんだ。

あの石を壊してしまったその時点で美樹さんが死ぬのは確定してしまった。

適切な処置なんてものを私は知らない。どうしようもなかった。

唇を噛み締める。

さやかを失った喪失感がまたありありとマミに甦って来る。

それでも、その前だったら何か出来ていたのではないか?

美樹さんと魔法少女同士協力出来てさえいれば、

もっと他に道はあったのではないか?

怒りがインキュベーターに向かう。

彼さえ協力してくれていれば、もっとこう何か……。

「どうして、美樹さんが契約してたって、私に教えてくれなかったの?」

555: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:23:44.66 ID:f85+mvnv0
「さやかに口止めされていたんだ。

それにあの上条恭介の死体からして犯行を行ったのはパラサイトだ。

キミに言った所で事態がいい方向に転がるとはとても思えなかった。

それより他にもっとするべき事の順序がボクにはあった。

あとボクはさやかに助けが必要だとはあの時それほど思っていなかったんだ。

彼女の願いは彼を殺した相手を自分が殺すという目的に、

完全に特化していた物だったからね。

ボクにはどうにも不可解だよ。さやかがパラサイトに手玉に取られたって事が。

いったい彼女に何があったのか、わかる範囲でボクに教えてはもらえないかな?」

556: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:29:12.41 ID:f85+mvnv0
驚いた様子を顔には見せなくても、

さやかがやられた事を少なくとも不思議には思っていたらしい。

「まどか」についての情報をインキュベーター達に教えておいた方がいい。

マミはそう思った。

インキュベーターへの悪意、

抵抗する気持ち、

自分がやるのだという責任意識、

それらによって自分がどう動くべきかという判断を完全に曇らせてしまっていた。

鹿目さんだったモノを殺す。

そういった目的のためには、利用できる物はどんどん利用していかなくてはならない。

それがたとえ魔法少女に敵にあたる存在だったとしても。

マミが口を開いた。

「美樹さんは……」

「それとだね、マミ。キミにもう一つ、

さらに聞いておかなくてはならない事がたった今できた」

しかしインキュベーターがそれに割り込んで言う。

インキュベーターが、他人の話の途中に強引に割り込み自分の話をする。

ただでさえ自分の意図を隠す傾向の強い彼らだ。

その口からわざわざ飛び出す話が、ただの平凡な世間話のような物である訳がなかった。

557: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:34:00.22 ID:f85+mvnv0
「よくよくしっかり見てみると、キミのソウルジェム、

何か不純物が混じり始めているようだ。

……というよりは前と比べて若干変質しつつあると言った方がより正確かな?

その変化は穢れとは違う、魂とも違う。……そう、パラサイトのような何かだ。

もちろんボクが言いたいのは、キミの魂が次第に失われつつあるなんて事じゃない。

あくまでキミの本質はキミという魂そのものであり、それ自体は何も変わっていない。

しかし願いの力もなしに魂が変質する、

そんな前例は魔法少女の契約前だろうが契約後だろうが、

これまでボクの知りうる中ではない。

見た所、今現在キミの魂の様相は、

着々と人間からパラサイトへ近づいている状態にあるのだろう。

その終着点は魂を持ったパラサイトとでも呼ぶべきなのかな?」

558: ◆2DegdJBwqI 2013/08/07(水) 12:38:46.64 ID:f85+mvnv0
混乱するマミ。なおも冷静なインキュベーターは彼女に尋ね言う。

「巴マミ。ボクの知らない間にキミにいったい何があったんだい?

全て教えてくれないかな?これを黙って看過する事はさすがにボクにも出来ない。

……ただその答えが何であれ、キミがいったい何者なのか。

そしてこれから何になるのか。ボクはそれを本当に興味深いと思うよ」

「私は……。私は……」

さやかについての話。自分にこれまで何があったのか。

変わり果てたまどかの存在。私達はこれから何をどうするか。

そんな事をマミはインキュベーターと話した。

その語り合いの中、最後まで自分がいったい何者なのか、

その答えを出す事がマミには出来なかった。







杏子が浴槽内でのぼせ上っているのが発見されたのは、それからだいぶ後の事である。

562: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 12:41:25.64 ID:y8ERMQ4S0
~☆

見滝原郊外の、人がめったに寄り付かない路地裏、

パラサイトが日常的な食事をしている。


ぐじゅる……。ぐじゅる……。




ボリボリ、ガリ、ガリガリガリガリ。


「彼」はふと、自分の背後から仲間がやってくるのを感じた。

しかしどうにもおかしい。眠っているような、そうではないような、

とにかく相手の信号が安定していない。

「彼」が振り向くとその先には、

金髪ロールの魔法少女、巴マミがいた。

パラサイトが獲物を手から離した。戦闘が開始される。

そしてあっという間にマミがパラサイトの両足を撃ち抜き、

マスケット銃を突きつけながら言った。

「その様子だと私の事、知ってるみたいね」

「…………」

563: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 12:43:10.53 ID:y8ERMQ4S0
「鹿目まどか。何匹ものパラサイトの複合体、

おそらくあなたと同じ赤い石で身体を操ってる。

奴の事ももちろん知ってるわよね?

あなたのその『赤い石』、言い逃れはさせないわよ」

パラサイトは自分の名前に関心を持たない。

まどかの名前を引き継いで使っているに違いないとマミは考えていた。

何となくではあるけれど、最近マミはパラサイトの一般的な思考という物が、

感覚的に少しわかるようになってきていた。

「……知ってるとしたら、何だ?」

「彼」はマミへの敵対心をむき出しにする。

構わずただ要求だけをマミは突き付ける。

「知っているならこう奴に言付けなさい。

私と前に一度対峙したあの公園に、夜中の12時一人で来い。

インキュベーターと巴マミがあなたとの三者だけの会談を望んでいる。

あなたと取引したい事があるのだと」

564: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 12:49:54.97 ID:y8ERMQ4S0
~☆

「それで?取引って、なに?」

暗い暗い、真夜中の公園。

三者別種の存在が人知れずその場に集っている。

宇宙人、パラサイト、魔法少女。

結局「まどか」は他のパラサイトを連れてきたり、

細かな小細工を弄してくる事はなかった。

自身の実力に、それと何をされても自分は負けないという自信が、

「まどか」にはあるのかもしれないとマミは思った。

「私の要求を述べさせて貰うわ。

私、巴マミとその友人達に対して、

見滝原にワルプルギスの夜が来るまでの期間手を出さないで欲しい」

「ワルプルギスの夜?」

「まどか」が腑に落ちないという顔をした。

インキュベーターがその疑問に答える。

565: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 12:52:40.09 ID:y8ERMQ4S0
「魔女、という存在はキミも知ってるよね?」

「魔法少女のなれの果て、でしょう?」

「その通り。そしてワルプルギスの夜はそんな魔女達の中でも別格の、

歴史に名を刻む規格外の強大な魔女だ。

結界を持たず、現世に具現し、

表向きには大災害という形で人間社会に被害を与える」

「つまりそれを倒し終わるまでは、

そっちに干渉せず大人しくしてろって事だね。

その要求に従って私達に何の利益があるの?」

今度はマミがその答えを引き継ぐ。

「まず一つ目、ワルプルギスの夜を倒すのは、

あなた達ではほとんど不可能だと言う事。

あなた達はワルプルギスの夜に対して有効な攻撃手段を持ち合わせていない。

魔力による攻撃以外をワルプルギスの夜は

ほぼ無効化してしまう事がわかっているわ。

それは普通の魔女の場合でも、

魔法以外の攻撃の効果が薄いというのは同じだけど、

ワルプルギスの夜の純粋な物理攻撃への耐性は群を抜いている」

566: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 12:56:07.86 ID:y8ERMQ4S0
「私達がワルプルギスの夜を倒すまで待つメリットは別にないでしょう?

むしろ逆にあなたを倒すチャンスだとさえ言える」

マミは「まどか」の言葉に首を横に振った。

「ところが実際そうも言っていられないの。

ワルプルギスの夜はその町を存分に蹂躙し尽くした暁にはどこかに去っていく。

多分自分の結界の中に帰って行くのでしょうね。

けれどちょっと経ったらまた他の町で大規模な蹂躙を繰り返す。

倒すか、ダメージを与えて撃退するか、

二つの内どちらかを為さなければ人間社会は絶えず混乱するばかりだわ。

それはあなた達の望む所ではないでしょう?

それに、見滝原の次にワルプルギスの夜がどこに出るかはわかっていない。

どこで生きるにせよあなた達にとっても他人事ではない。

ここで私達が倒すのを待っていた方が利口なはずよ。

私が勝っても負けてもあなた達には得しかないのだから」

567: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:00:03.59 ID:y8ERMQ4S0
「その情報はいったいどこから?インキュベーターが言った事なの?」

マミが再度首を横に振った。

「いいえ、違うわ。……あなたは暁美さん、

暁美ほむらさんがどんな魔法を使うか知ってる?」

「前に見たしある程度は知ってる。時間停止の魔法でしょ?」

「そう、そこまでわかってるなら話は早いわ。

彼女の本当の主要な能力は一か月時間を巻き戻す事なの。

鹿目さんを助けるために、

ワルプルギスの夜が見滝原に襲来した日から遡って今にやってきた。

何度も何度も繰り返したそうよ。

ワルプルギスの夜との戦闘経験は彼女は他のどんな魔法少女よりも豊富。

時間を巻き戻してる人間のもたらす情報の信憑性は高いと思わない?」

568: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:03:37.12 ID:y8ERMQ4S0
「……一つ目の利益はわかったから二つ目はなに?」

「二つ目は暁美さんがワルプルギスの夜が来る日、

必ず鹿目さんを救いに行くため時間を巻き戻すという事。

私達に手を出すという事、それは暁美さんと敵対するのと同じ。

時間を止められる人間と無理に戦うよりは、

その人間がいなくなるまで大人しくしている方が得策だとは思わない?」

「なるほど、暁美ほむらと事を構えずに済むと言うのは、

確かに私達にとって中々無視できないメリットだね。

今巴マミが言った事は本当なの?インキュベーター?」

「まどか」の言葉に頷く訳ではなく、

インキュベーターはただ首を軽く傾ける仕草をした。

569: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:06:31.47 ID:y8ERMQ4S0
「本当かどうかをボクには断言する事は出来ない。

何しろ彼女とは契約したという記録が全く残されていないんだから。

けれどそれが真実だったとしたら、彼女に関する記録が何も残っていない事、

彼女のまどかに対するやけに強い執着、最初から色々な情報を持っていた事、

何よりまどかが異常な魔法少女としての素質を持っていた事といった謎の全てに説明がつく」

「鹿目さんの魔法少女の素質?」

マミが大きな声をあげる。言われてみればおかしな話だった。

異常な魔法少女としての素質、異常な時間遡行という魔法。

ほむらの過去に関する話から推察するに、

最初からまどかに異常な素質があった訳ではなさそうだった。それはつまり……。

一瞬だけインキュベーターがマミの方を向いてそのまま話を続ける。

570: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:10:09.34 ID:y8ERMQ4S0
「彼女が時間を巻き戻す度にそれに関わる全ての因果は、

事象逆行の中核、目的たるまどかという少女に全て結合されて行ったのだろう。

突然、ほむらというイレギュラーの出現と同時に

まどかの素質が跳ねあがった事も、その説の根拠として挙げられる。

ボクにはその確固たる証拠がつかめていないが、

キミはほむらの魔法が時間停止であるとわかっているのだろう?

だったら時間を遡行しているというのも特別不思議な話じゃない。そうは思わないかな?」

暁美さんが、時間を巻き戻したせいで鹿目さんの素質が……。

もしも素質が一般の魔法少女のままだったら、

鹿目さんがパラサイト達に狙われる事はなかったのだろう。

つまりは。

……マミはその仮定を墓場まで持っていく事に決めた。

これが仮に本当だったとして、暁美さんが前に進むのには何も役に立たない。

私は、彼女をこんな所で終わらせたくない。

たとえそれが私の醜いエゴだったしても、彼女を先に進ませてあげたい。

彼女の結末が、鹿目さんの結末が、美樹さんの結末が、上条君の結末が、

どうしようもなくやるせない物として終わるなんて、私には認められない。許せない

571: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:16:31.19 ID:y8ERMQ4S0
「なるほど、確かにそうだね」

頷く「まどか」。

「そして三つ目はぼくらインキュベーターのキミ達に対する処遇だ。

ボクらは正式にキミ達パラサイトを『処分』する事に決めた。

ただし、巴マミとそれに関係した者達に期間内手を出さないと誓うならば、

全世界のパラサイト達にワルプルギスの夜まで何もしない。

ボクらに対する対抗手段をキミ達も時間をかけて整えておきたいだろう?

だったらワルプルギスの夜まではマミ達に手を出さないでくれ」

「……なるほど、なるほど」

何度も頷く「まどか」。そして言った。

「わかった、キミ達の条件を飲もう。あくまで私の出来る範囲ではあるけれど、

巴マミとその友人達に我々の関係した何らかの危害が、

ワルプルギスの夜がここ見滝原からいなくなるまでの間及ばないよう努力する。

これで構わないよね?」

「いいよね?マミ」

「ええ、それで結構よ。

その魔女の影響はスーパーセルって形で報道されるはずだから、

テレビや新聞で見滝原の情報をチェックしていればわかるはず」

572: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:18:59.25 ID:y8ERMQ4S0
話し合いが終わったとみるやすぐさま「まどか」はそこから姿をくらます。

追いはしなかった。それは今取り決めた約束を反故にすることだし、

何より「まどか」をここで潰す事に成功したとして、

それはパラサイト達に完全に目の敵にされる事を意味する。

ワルプルギスの夜が来る。ほむらを次の時間に送り出さなくてはならない。

そんな中で煩わしいパラサイト達に、

時間と労力をかけている余裕などとてもなかった。

「ねえ、インキュベーター、……いえ、キュゥべえ」

「何かな?」

「どうして私にそこまで肩入れしてくれるの?

あなたにとって魔法少女の一人や二人、

生きようが死のうが何の意味もない物でしょう?」

573: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:20:59.70 ID:y8ERMQ4S0
「それが普通の魔法少女ならこうして手助けのような事はもちろんしないよ。

だけどキミは言うなればパラサイトと魔法少女の中間者、

世界に一例しかないとても貴重な魔法少女のサンプルだ。

研究価値がある物に対する配慮をボク達は惜しむつもりはない。

貴重な資源、自然を保護する。

キミ達人間だってやっている事じゃないか。

そもそもすんなりとパラサイトの『処分』が短期間で決まったのは、

まどかという唯一無二の少女を台無しにした事、

そしてキミ一人さえいればパラサイトに関する資料は十分だと判断したからだ。

ここでキミが死んでしまえば全ておじゃんだ。

当然キミにある程度の肩入れをするに決まっているよ」

マミを品定めするような不気味な赤い眼が、

彼女の瞳の中を深く覗き込んでいた。

574: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:24:50.90 ID:y8ERMQ4S0
~☆

「マミってさ、最近思いつめた顔してるよ。大丈夫?学校も最近結構休みがちだし」

「え?そう見えるかしら」

口ではそう言いはするものの、マミ本人にも心当たりはあった。

マミの身に降りかかっている様々な事柄の異常さからいって、

たとえ誰であろうとも同じ目に遭えばマミのように思い詰めるに違いない。

彼女に話しかけられるまでマミはずっとぼうっとしていた。

休み時間、学校という普通の空間の中で、

普通の人達と触れ合えるほぼ唯一の時間。

今のマミにとっては何物にも代えがたいはずの時間。

しかし最近はそれすら億劫だった。

もしここに、万が一パラサイトが襲撃しに来るような事があったとしたら、

自分が皆を守らなくてはならない。

575: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:27:24.54 ID:y8ERMQ4S0
そんな事には実際ならないとは思う。

しかしそう頭では思っていても、マミの神経は張り詰めるばかりで、

一時も心の底から気を抜く事が出来ない。

ワルプギスの夜、暁美ほむら、二つの今もどこか遠くに実在しているだろう虚像が、

マミの精神をへとへとに疲弊させていた。

「そう見えるどころじゃないよー。

相変わらずどころか前にもましてお弁当はよく食べてるみたいだけど」

そう言って何故か面白そうに笑うクラスの友達。

マミは何とも言えない笑顔を返した。

「心配させてごめんなさい。でも大したことじゃないの。ちょっと疲れてるだけだから」

「それって最近ずっと疲れてるって事?

ダメだよー。たまには休んで心身リフレッシュしなきゃ。

ただでさえマミは真面目なんだから抱え込んでいつかパンクしちゃうよ」

「ええ、御忠告ありがとう。なるべく従うようにするわ」

576: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:30:33.85 ID:y8ERMQ4S0
心身何もかもの重荷を降ろして休める訳がない。

焦ってもこの街で手に入るグリーフシードが増える訳じゃない。

それならいつも通り過ごしていた方がましだ。

ただ、それだけの理由で、マミはこうしていつも通り学校に通っているのだ。

杏子がこの時間も周辺の町にグリーフシードを探しに行っている節があるが、

なるべく面倒事にはならないようにしてねと最初に釘をさしているので、

きっと大丈夫に違いないとうやむやにマミは放任している。

魔法少女を襲撃しグリーフシードを奪うような行為は無論許されるはずもないが、

杏子もここら辺の魔法少女の間では色々と顔が利く。

今の杏子の事だから多少グレーな行為もするかもしれないが、

あまり贅沢は言っていられなかった。

数日後に備蓄のグリーフシードを貸してもらう約束を、

何人かの魔法少女とマミは取り付けた。

後必要なのは……。

577: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:32:34.93 ID:y8ERMQ4S0
そんな時、思いがけず始業のチャイムが鳴った。

「あのさあマミ。あんたは毎日頑張ってて偉いと思うよ私は。

だけどさ、何もかも完璧にやり遂げるのは人間絶対無理だって。

これからの時間少し眠っておいたら?

放課後何するつもりなのは知らないけど、

おろそかに出来る用事じゃないんでしょ?」

睡眠時間。確かに疲労度を考えると圧倒的に足りていない。

友達の言葉をきっかけに、授業の喧騒を意識のかなたへと追いやり、

マミは目を閉じて舟を漕ぎ始める。

眠い……。




酷く眠い…………。

578: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:35:59.21 ID:y8ERMQ4S0
~☆

学校の授業が全て終わり、中学生が部活や下校に勤しむそんな時間帯、

マミは杏子と共に「まどか」と遭遇したのとは別の公園に来ていた。

マミは目の前に姿を見せた黒猫に餌を与え、それを杏子は隣で見守っている。

「どうして鞄に猫の餌や皿を入れて登校してまで、猫に餌をあげてるのやら。

そんなに気になる猫だったら家で飼えばいいじゃん。

マミが学校に行ってる間なら、

寝食世話してもらってる恩があるしアタシがこいつの面倒見てやるよ」

「ダメよ。暁美さんに公園にいる猫に餌をあげておいてって、そう頼まれたんですもの」

「まーたそのアケミさんとやらか。

そいつとはいつになったら顔合わせ出来るのさ?」

「ワルプルギスの夜が見滝原に来る前には帰ってくるはずよ」

「アバウトだなー」

579: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:38:24.47 ID:y8ERMQ4S0
マミはほむらが自分の家の電話に

最初いきなり連絡をしてきた時の事を思い出していた。

家の電話の番号を教えたりした記憶はなかった。

だがよく考えたらほむらは時間を巻き戻している存在なのだから、

知っていた所で何の不思議もなかった。

何か緊急に伝えなくてはいけない事ができたのかと心をざわめかせるマミに、

ほむらが頼んだのは猫の餌やりという彼女に似合わぬ実に可愛らしい物だった。

事情はよくわからなかった。

しかしマミはそれについて深く尋ねたりする事はせず、

放課後言われた通りに猫に餌やりをしている。

ただし毎日でなくて良いから気分でお願いと言った彼女の気分とやらが、

いったいどの程度のことを指していたのかよくわからなかったので、

結局毎日あげてしまっているのがほむらの指示とは若干異なる点である。

おいしそうにお皿から餌を食べる猫の頭を微笑ましそうに杏子が撫でている。

580: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:39:19.96 ID:y8ERMQ4S0
「あー、今までそんな興味なかったけどこうして見てると猫可愛いな。

アタシ達もなんかペット飼わない?」

「いやよ」

「どうして?」

「だってどんなに可愛がっても、

どうせいつか死んで私の前からいなくなっちゃうんだもの」

「そ、そういう元も子もない事言うなよな……」

エー、という不満に満ちた渋い顔をする杏子にマミがはっきりと告げる。

「第一あのマンションペット禁止よ、佐倉さん」

581: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:45:46.20 ID:y8ERMQ4S0
~☆

建物の窓から外へと強く漏れ出ている明かり、

元よりそこを照らすべく置かれた街灯の灯り、

空の暗さとは打って変わりそれ程強く暗闇を意識させぬ、人工の道を歩く三人の少女。

仁美がマミに言った。

「この御方は巴さんのどういったお知り合いですか?」

「佐倉杏子さん。私の古くからのお友達。

最近ここら辺物騒だから念のために用心棒として働いて貰ってるの」

「けっ」

面白くなさそうに杏子がそれまで飲んでいた缶飲料の空き缶を、

通りすがった自動販売機の横に設置されたゴミ箱に向かって投げる。

杏子の手から真っすぐ飛んだ空き缶は、

ゴミ箱のペットボトルと上に書かれた穴に吸い込まれ消えた。

582: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:47:51.72 ID:y8ERMQ4S0
「ああっ!もうっ!やってらんない!」

頭をかきむしりながら杏子は走ってゴミ箱まで向かい、

ペットボトルの穴に右手を伸ばし中をごそごそと漁る。

そして隣の空き缶と上に書かれた穴へきちんと入れ直した。

「……とりあえず悪い人ではなさそうですわね」

「ええ、根はとっても良い子なのよ。

近頃ようやく、またまともに善良な一市民として生活し始めた所だけどね。

実はあの子相当のワルだったんだから」

冗談めかして言うマミだが目は笑っていない。

ほむらとマミ、そして杏子。

どうしてこう一癖も二癖もあるような人達が揃うのだろう?

仁美は不思議な気持ちになった。

583: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:51:57.42 ID:y8ERMQ4S0
杏子が立ち止まって彼女を待っていた二人の元にとても不機嫌そうな顔をして戻ってくる。

「マミ、ポッキー」

言われるがままにマミは自分の持っていた鞄からポッキーの箱を取り出し、

袋を開けてポッキー一本を杏子の口元に差し出した。

「……何のつもりだよ」

「何って、ポッキーでしょう?」

「そんなの見ればわかるっての。

なんでアタシの手にポッキーを手渡さないのかって聞いてんだよ」

「だってゴミ箱に突っ込んだ手でポッキーを触るのは嫌でしょ?

だからこうして私が持ってるんじゃない」

ニコニコ楽しそうにマミが笑っている。

「右手を中に突っ込んだんだから汚れてない左手に渡せばいいじゃんか……」

ボソボソそんな事をぼやきながら、

それでも小鳥が餌を啄むように、

杏子はマミの手に握られたポッキーを少しずつ食べる。

584: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:55:46.16 ID:y8ERMQ4S0
「ふふふ、お二人は大変仲がよろしいんですのね」

その姿は親鳥が雛に餌をやっているようで、

微笑ましくなった仁美は茶化す意図もなくただ本心からそう口にする。

それを聞いてそれまで満更でもなさそうにポッキーを食べていた杏子は、

弾かれたようにポッキーから口を離し、顔を少し赤くして言った。

「やっぱこれどう考えても食べ辛いって。

左手で持って食べるから箱ごとくれよ」

そう言ってマミに向かって右手を差し出す。

素直にマミは箱を杏子に渡した。

「佐倉さんは放っておくとずっとお菓子ばっかり食べてるから、

全部私が管理する事にしたのよ」

「やれやれ、この年になって食べるお菓子の量を一々管理される、

こっちの気持ちになって欲しいんだけど」

585: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 13:58:17.88 ID:y8ERMQ4S0
まるで煙草でも吸うみたいな仕草で、

大切そうにそっとポッキーを口に咥えながら杏子は言う。

思ったよりもずっと親しみやすそうな人だ。

仁美は自分の中の杏子に対する第一印象をあっさりと覆した。

顔を合わせた時は粗暴で、傲慢で、短気といった、

仁美の中の不良のイメージのまさに権化と呼ぶにふさわしい存在に見えた。

ただ、こうしてマミとじゃれ合っている姿を見ると、

どう見てもちょっとやんちゃな年頃の少女にしか見えない。

どすの利いた所も多少あるような気もするが、目を瞑れない範囲では決してない。

586: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:00:06.30 ID:y8ERMQ4S0
「それでえーっと……」

「志筑仁美さん」

「仁美は何でこんな時間に外をうろついてんのよ。

別にアタシはマミについてきただけだし何でも構わないけど一応さ」

彼女には言えない、と仁美は思った。

杏子さんがどういった巴さんの知り合いなのかはわからいけれど、

この問題に関しては完全な部外者。詳しく話したくはない。

「……探し物をしてるんです」

「探し物?」

「ええ、とても大事な物なんです」

口を真一文字に引き結んで仁美は拳を握りしめる。

そう、本当はこんな穏やかな気分でいる事など許されるはずはないのだ。

私にはやらなければならない事がある。

私には……。

587: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:02:08.20 ID:y8ERMQ4S0
「じゃあさ、その探し物とやらが一段落したら、

ちょっとゲームセンターとか行ってみない?」

ゲームセンター?目をパチクリさせる仁美だった。

「えっ、ゲームセンター、ですか?」

「そう、アンタなんかあんま行った事無さそうな感じじゃん?

交流の記念としてちょっと一緒に遊ばないかっていうお誘い。

今日じゃなくてもいいよ。明日でも、明後日でも。

仁美の都合のいい時間にこっちが合わせるから」

そんな事を言ってる内に仁美の家に到着した。

その思いがけぬ豪邸っぷりに杏子は内心そわそわしているのが、

長年彼女と縁のあるマミにはわかった。

そんな心の中はおくびにも出さず、

平然とした様子で杏子は仁美に柔らかく言う。

「まあ無理にとは言わないけどさ、ちょっと考えておいてよ」

「……考えて、おきます」

588: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:04:40.43 ID:y8ERMQ4S0
そして二人と一人が別れの挨拶を交わしてそれぞれ別れた。

仁美は家で授業とお稽古の復習、

それと明日の授業の予習その他をしてから眠るのだろう。

対してこれから杏子とマミの一日の予定は魔女狩りでいっぱいである。

結界を探しながらブラリと歩く中、独り言を漏らすように杏子が呟いた。

「あの、仁美って子。ちゃんとガス抜きしてやらないと、

今にも魔女の口付け食らいそうな感じだったぜ」

「わかってるわよ、そんな事」

マミの投げやりな返答に杏子の声に苛立った物が混じる。

「わかってるならなんでそれを見たままにしておくんだよ。

マミが目を離してる隙にアイツパックリ魔女化使い魔に喰われちまうかもしれないぞ。

仁美はアンタの大事な友達なんだろ?違うのか?」

589: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:09:36.74 ID:y8ERMQ4S0
「……よく、わからないのよ。彼女のために私は何をしてあげたらいいのか」

杏子と話すマミの声に徐々に疲れが見え隠れし始める。

さも呆れたと言った様子で杏子は言った。

「アタシと別れてからアンタに何があったのかは知らない。

だけどね、ろくに手も伸ばさずに、

ただ自分の前に幸福が転がり込んでくるのを

じっと黙って待ってるような生き方してたら、

前にアタシと決別した時みたいに

あの仁美って子を失う事になりかねないっての、

良く考えた方がいいよ」

何も言わず、マミは唇を切れるくらい強く噛んだ。

口の中に鉄の匂い、赤い血の味がする。

590: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:11:04.37 ID:y8ERMQ4S0
~☆

マミは夢を見ていた。

長い長い道を歩く夢。

自分の中に誰かがいた。

だから一人で歩いても怖くなかった。

ある時、ふとした一瞬に、

黒髪の少女が目の前に現れて近くを歩きだした。

それをきっかけに次第に隣を歩いてくれる子達がぞくぞくと増えた。

何もかもが楽しくて、舞い上がって、恐怖を忘れて、幸福に酔いしれて。

591: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:12:29.28 ID:y8ERMQ4S0
しかし足元を疎かにしていたマミは、

ぬかるみに足をとられ動けなくなってしまった。

何故だか頭がスースーする。

もたついて、脚をどうにかぬかるみから引き抜いて再度歩きだした時には、

黒髪の少女しか残っていなかった。

それからすぐにとても嫌な事があった。

辛い。苦しい。もう駄目だ、お終いだ。そう思った。

それでも歩いて行かなくてはらない。

まだ未来に希望はあるんだ。

そう黒髪の少女を元気づけた。

それから闇の中を歩いて、歩いて、歩いて……。

592: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:14:02.75 ID:y8ERMQ4S0
再度ぬかるみ、「ゾンビ」がその中からマミの脚を引きずりこもうとする。

「マミサンガ……、マミサンガコロシタ……。

ワタシヲコロシタ……、コロシタ……」

「仕方なかった!あれは私にはどうしようもなかったのよ!」

腕から逃れ、駆けだす。近くに見知った少年が転がっていた。

そして今、自分が歩いている道が魔法少女の死骸で出来ている事に気付いた。

それでも、私は歩かなくてはならない。でも、どうして?

593: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:15:22.58 ID:y8ERMQ4S0
私の中に何かが燻ぶっている。

黙ってしばらく歩き続けた。

気付くと数歩先、お嬢様が転がっていた。

虚ろな眼窩。

曲がった手足。

力のない身体。

私と、関わり合いになったからこうなったのだ。

心がざわつく。

私の中で何かが吠えている。

耳障りな何かが……。

「う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ ゛ぅ゛……」

594: ◆2DegdJBwqI 2013/08/09(金) 14:17:38.48 ID:y8ERMQ4S0
ゴロゴロと喉が鳴っている。

転がったお嬢様から視線を外し、遠く前方を見た。

遠くで、大好きだった少女、変わり果てた少女が、

赤毛の少女の首を掴み片手で持ちあげているのが見える。

目が合った。こちらを見ている。

赤い少女が苦しげに足をばたつかせている……。

「やめて……、やめて……、やめて……」

あっさりと首が捻じ切られ、もぎ取られた。

赤毛の少女の身体が首と離れ、地に力なく落下する。

血が沸き立つ。

マミの中、奥底に潜んでいた狂気が鎌首をもたげ……。

599: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:00:10.18 ID:SDuqtyP70
~☆

自分の目が覚めているのか、それとも覚めていないのかよくわからない。

そんなあやふやな状態にマミの意識はあった。

「酷い悪夢だったな」

ミギー……。その名をマミが口の中で囁く。

ここはマミが唯一ミギーと会える、

現実の苦しみを一時的に忘却し、

疲弊した心を休められる場所。

しかしそんな所にいるにもかかわらず、

心がいまだざわついているのをマミは感じる。

酷い夢を見ていたからだ。

自分の中の恐怖、罪悪感、徒労感、

そう言った負の感情が自分に見せた嫌な幻。

しかしそれはやけに真実味を持ってマミに迫る。

そう、まるでアレがマミの未来を暗示している予言のように……。

600: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:02:32.49 ID:SDuqtyP70
「夢は所詮ただの夢。気に病む事はない。

それよりもキミにはここでくらいしか、

心を落ち着ける場がないのだから、

もっと心を空っぽにして休むべきだ」

ミギーの気遣う心がマミに伝わってきて、

ささくれ立ったマミの心を少しだけ沈めてくれる。

ここでは、ここでだけは、お互いにその本心を相手に晒さなければ

相手を感じる事が、相手に感じて貰う事が出来ない。

誰もここでは嘘を付かない。自分にすら嘘をつけない。

「本当の言葉」を聞きたくなったら、話したくなったら、

ここに来さえすればいいのだ。

それがマミにとっては慰めだった。

自分一人で抱えるには彼女にとって現実は重荷が過ぎた。

ミギーの言うように心を空っぽにするには、

溜まった淀みをまずは吐きださなくてはならない。

マミが今日あった事をミギーに語る。

ミギーはそれを黙って聞いていた。

601: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:07:19.61 ID:SDuqtyP70
ミギーへの心中の吐露、

それはマミにとって取り留めのない、

特別深い意味を持たない気紛れな行為。

しかしこうして毎日、溜まった物をミギーに吐きだす事が、

どうにかマミの精神をヒトとして正常の範囲に繋ぎとめる軛となっている事に、

マミ本人は気付いていなかった。

「最近ね、自分が怖い」

「何故?」

「怖い事、辛い事、苦しい事が私に降りかかってくるでしょ?

でもね、少し経ったらあんなに心が揺さぶられてたのに凄く落ち着いちゃうの。

最近何かあっても目に見えてソウルジェムが濁らなくなってきてる。

もしかして、心がもう人間じゃなくなってきてるのかな……、私」

「そんな事はない。キミは昔も今も、立派な人間だよ。

自分が前みたいに悩まないなんて事に心を悩ませているのがその証拠だ。

本来魔法少女としては、

魔法を使う以外でのソウルジェムの穢れが減ると言うのは歓迎すべき事なはずなのに」

602: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:09:43.54 ID:SDuqtyP70
「ミギーに人間だって言われても、ね……」

「そうかな?私だって前とは違う。

きみの感覚から色々な物を体験して、

だいぶ人間らしくなったつもりだが」

「ミギーが人間らしく?」

言われてみれば、ミギーの言葉から感じられる色々な気持ちは、

前に比べるとずっと人間味の籠った物のように思えた。

「きみが私に近づいているように、

段々と私もきみに近づきつつあるという訳だな」

それが突然マミには、無性に恐ろしく感じられた。

603: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:13:01.19 ID:SDuqtyP70
~☆

「久しぶりね、巴さん。エイミーに餌はあげてくれた?」

「ええ、ちゃんとあげておいたわ」

ほむらが戻って来た。

マミの家の居間に杏子、マミ、ほむらが三角形のテーブルを囲むように座っている。

マミの淹れた紅茶を飲みながらマミとほむらはのんびりと会話し始めた。

杏子はとりあえず自分の分に切り分けられたケーキをさっさと片づけてから、

話に参加する心積もりらしい。

「何か私がいない間に変わった事はあった?」

「特に何も。あえて言うなら佐倉さんが仲間になってくれた事くらいかしら」

何もなかった。何もなかったのだ。

美樹さんの事を暁美さんに伝える必要なんてない。

あっという間にケーキを食べ終えた杏子がマミの方を一瞬だけ見る。

しかしすぐに目を離してほむらに話しかけた。

604: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:14:37.91 ID:SDuqtyP70
「マミとワルプルギスの夜まで組むことになった佐倉杏子だ。

杏子って呼んでくれ。これからよろしく」

「ええ、私は暁美ほむら。よろしく、杏子」

握手を変わす二人。マミは知っていた。

ほむらは杏子の事を既に知っている。

けれどそれを杏子に気取らせるつもりはないようだった。

「アンタがワルプルギスの夜に関する情報の提供者なんだろ?

でもどうやってそんな情報調べたのかがアタシにはさっぱり見当がつかない。

せっかくこうして顔を合わせて同じ卓を囲んでいることだし、

ちょっとくらい種を明かしてくれても構わないんじゃない?」

杏子が犬歯を覗かせながら攻撃的に笑う。

ほむらは冷めた表情でゆっくりとケーキを一口味わい、咀嚼し、

口の中の物が全て無くなってから喋り始めた。

605: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:16:54.20 ID:SDuqtyP70
「それは秘密。情報がどれほど正確な物と思われるかどうかは、

私の家にある資料を自分の目で見て判断して貰うしかない」

ほむらのきっぱりとした拒否に杏子はあからさまに不満顔をする。

「一緒に戦うってならまだしも、

アンタはアタシ達の戦いを近くで見てるだけなんでしょ?

どうも信用ならないっていうか……」

「暁美さんの情報が確かだと言うのは私が保証するわ。

それとある程度まではキュゥべえも」

「マミはともかくとして、

キュゥべえはどうも胡散臭くてアタシ信用できないんだけど」

ほむらがケーキを食べ終えた。フォークを置いて言う。

606: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:18:52.96 ID:SDuqtyP70
「私があなた達に伝授する戦術なんて大した物じゃないわ。

ワルプルギスの夜がどういう攻撃をしてくるか、

どう対処すべきかは事前に教えるけど、

大雑把に言えばある程度の距離を二人ともがワルプルギスからとって、

杏子が襲いかかってくるだろう使い魔達等の巴さん周辺の露払い。

そして巴さんがひたすら高火力の攻撃をワルプルギスの夜に仕掛けるっていう、

ごく単純な物ですもの」

「はっ、作戦の要、マミの遠距離戦闘の勘が鈍ってなきゃいいけどな」

おどけてそう嘯く杏子。

「どういう事?」

ほむらが尋ねる。

607: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:21:06.60 ID:SDuqtyP70
「最近マミの奴、魔女と戦う時いつも身体強化の魔法自分にかけて、

ごり押しの近接戦闘ばっかりやってるんだよ。

前衛はアタシがやるからいいってずっと言ってるんだけどさ」

「だって必要なのよ。

無理にでも前に出て戦うための技術が今の私には」

ワルプルギスの夜と戦うのには

ただ射撃、砲撃をぶちかますだけで済むのかもしれない。

けれど「まどか」はそれだけでは絶対に倒せない。

拳を握りしめるマミ。

いつの間にかケーキはマミの胃の中に残らず消えていた。

608: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:22:45.16 ID:SDuqtyP70
「これからどうすんの?

アタシとしては食後すぐに魔女退治とかはあまり気が進まないんだけど」

杏子の言葉を受けてほむらがマミと杏子、二人に向けて言う。

「そうね、良い機会だし、さっそくこれから私の家に行って、

ワルプルギスの夜に対する打ち合わせでもしましょうか」

「……まあいいか。どうせ目ぼしいワルプルギスに対する情報なんて

アタシは持っちゃいないんだ。マミに誘われて乗っかった話だ。

乗り掛かった船には最後まで黙って従ってやろうじゃないの」

まず杏子が立ち上がる。

ほむらがそれにいち早く続き、

最後にマミがのろのろと緩慢な動作でその腰を引き上げた。

609: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:26:14.24 ID:SDuqtyP70
~☆

見滝原のとある遊園地、マミはほむらと二人で園内を歩いていた。

ワルプルギスの夜がやって来るまでに残された最後の休日。

ワルプルギスの夜を倒す事ができなければ、

ここに限らず見滝原の全ては無茶苦茶になってしまうだろうし、

たとえ勝てたとしても、

ほむらとこうして和やかに過ごせる機会はもう今日しかない。

だから今日、杏子と仁美の四人でここに遊びに来ていた。

先程まではずっと杏子達とも一緒に遊んでいたのだが、

杏子が何か気を利かせて仁美と一緒にどこかへ行ってしまった。

日が傾き始めている。

オレンジ色の陽光が、

空を含めた目に映る何もかもを濃淡様々に染め上げている。

逢う魔が時は近い。

そろそろ帰宅の準備をしなくてはならない。

時間になったら入口のゲートで集合と、

一応取り決めてあるからそれは大丈夫なはずだ。

610: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:27:36.18 ID:SDuqtyP70
マミとほむら、二人だけに流れる時間。

今この時、これを逃せば

もう二人が腹を割って話をする時間は取れないだろう。

しかし人の往来するこの場では、

彼女らのあらゆる苦難、あらゆる不安、

それらを話すにはその場の雰囲気が、

そして彼女らの存在が、あまりにもデリカシーに欠けていた。

ほむらが前方の一点を指さす。

「巴さん、最後は二人であれに乗って終わりにしない?」

ほむらの指し示す先にあったのは遊園地の定番中の定番である観覧車。

列に並んでいる人もいるが待ち時間はそれほど長くはかからなそうだ。

ニコリと微笑みながらマミは頷く。

「ええ、私もいい考えだと思う。そうしましょう」

そして二人で列の最後尾に並んだ。

611: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:29:52.10 ID:SDuqtyP70
~☆

二人を乗せたゴンドラが、

ゆっくりと円の軌道を描きながら上昇していく。

沈みかけの太陽は更にその姿を低く屈め、

宵闇が刻々と迫りつつあるのをその身でもって告げている。

夕焼けに照らされる美しい街並み、発展途上の町の外観。

ここから見れば個々はせいぜい豆粒程度、

それでいて全体を見れば溢れんばかりの人間達。

必死で生きている彼らそれぞれの生活は、

本人達の知らず知らずの内に自分の双肩に担われている。

夜が忍び寄る見滝原の光景の内に、

マミは自分の背負った責任の重大さを切に感じていた。

彼らが再びいつも通りの朝を迎えられるかは、

全て私がその運命を握っているのだ。

もはや正義の味方だなんて口が裂けても言えないような私が。

612: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:31:54.06 ID:SDuqtyP70
「綺麗ね……」

ほむらがそっと、何かを恐れているように声を優しく絞り出す。

彼女の身体もゴンドラの窓から差し込むオレンジの光に照らされ染まっていた。

それはマミに関しても例外ではない。

マミはほむらの一言に何も言わない。ほむらが間を置きながら喋り続ける。

「ここがまどかの、彼女が生きるべき世界。

どうして?どうして、彼女が幸せから弾き出されなくてはならないの?

彼女はただ、常に一人の女の子として、優しくあろうとしていた。

ただ、それだけなのに……」

「……きっと理由なんてものはどこにも存在しないのよ。

誰もが精一杯生きて、何故か死んでしまう。そういう風に私達は出来てるんだわ。

悪人が必ず報いを受けるという明確な因果関係はないし、

善人が幸せを掴めるという因果関係も存在しない」

613: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:34:03.55 ID:SDuqtyP70
遊園地。

マミはかつて自分が全てを失った日の事を思い出していた。

あの時行こうとしていた遊園地はここではなかったはず。

しかし、どこかの遊園地に行こうとしてあの事故に遭ったのだ。

遊園地に行こうとした。

そこに罪は存在しない。

罪が生まれたとすればそれは……。

「それでも巴さんは、ずっと正しくあるつもり?」

「出来るだけね、

もちろん私なんかが本当に正しい人間になれるとは思ってないけど。

それでもなるべく正しくあろうとする事を止めるつもりはないわ」

「あなたは何のために正しくあるというの?

正しい人が幸せになれないなら、

正しくある事、それにいったい何の意味があるの?」

614: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:35:52.71 ID:SDuqtyP70
「正しい事、すべき事、それと本人が幸せになれるどうかかは

全く別の事柄なんじゃないかしら?

どんな状況でも正しくある事だけはやめてはいけない。

そうね、自分の中で正しい事と幸福を一致させられる人は、

多分きっと選ばれた人間だけなのよ」

退く事は許されない。

こうして夕日に照らされた全てを見つめていると、それをマミは強く実感する。

どれ程罪にその身が汚れていようとも、

一人でも多くの誰かを救える可能性があるのなら、

私はそれに進まないではいられない。

不幸な惨劇を一つでも減らす。

鹿目さんのように無慈悲で不条理な悲劇に見舞われる人を減らせる可能性、

そこから目を背ける事は私には出来ない。

私が何をしたって結局は無駄だと頭でわかっていていも、

それを何もせず黙って放置するなんて許せない。

615: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:37:14.74 ID:SDuqtyP70
誰かが苦しむのを防ぐためにせめてもの全力を尽くす。

ちっぽけな私が全てを賭けるに足りる物だ。

たとえそれが自分の幸福と結びつく物ではないのだとしても。

苦しみばかりを私に与える物だとわかっていたとしても。

それが私にとって絶対に正しい事だと、私は既に知っているから。

マミがほむらの目を見据えて語る。

「暁美さんにとっての正しい事は鹿目さんを救う事、そうでしょう?

善人が不幸になるという因果関係もこの世界には存在しないはず。

暁美さんが救ってあげるのよ、鹿目さんをあなたの手で。

もしかしたらあなた自身の幸福も、その途中で見つかるかもしれない」

616: ◆2DegdJBwqI 2013/08/12(月) 13:40:18.30 ID:SDuqtyP70
「私の幸せなんてどうでもいい!まどかさえ幸せになってくれれば。

……でも、それでも、これから先、

私の手でたった一人のまどかをいつかは救えるのだとしても」

ほむらが涙をこぼしていた。

マミはほむらの顔をしげしげと見るのを止めて、

窓の外に視線を移す。

「これまでに死んでいったまどか達、

彼女らももっとそれぞれ幸せな思い出を作って、

生きていて欲しかった……」

「それならやっぱり戦わなくちゃ。

自分が踏み越えていった生命、

それと今までの自分の生命を無駄にしないために尚更」

最も高い位置までゴンドラが来た。

外を見るマミの視界には美しい景色と太陽は映っていない。

そこにはかつてありえたかもしれない過去、

あの日、自分と家族の皆で仲良く観覧車から外を眺めている。

そんな幸せな日常の幻影が、しっかりと映し出されていた。

619: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 14:46:22.46 ID:q6SR9N9c0
~☆

観覧車での遊覧を終えたマミとほむらが、再び地表へと降り立つ。

辺りは薄暗がり。

急いで杏子たちとの集合場所へ向かわなくてはならない。

慌てて歩きだすほむらの後ろ、彼女に手を引っ張られるままにマミは歩く。

「ねえ暁美さん」

答えはない。気にする事はなくマミは続ける。

「私には過去に行く力なんてないし、

これからあなたが、

どういう未来に落ち込んでいくのか教えてあげられる便利な千里眼もない。

でも、それでも一つ、改めてあなたに絶対の約束をするわ」

620: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 14:51:52.10 ID:q6SR9N9c0
ほむらが足を止める。そしてマミの方を見た。

「私が、ワルプルギスの夜は倒せるんだってことを、

暁美さんの目の前で証明してみせる。

もちろんそれからああなってしまった鹿目さんの事も、

他の誰でもないこの私が蹴りを付ける。

でも、ワルプルギスの夜が倒せる存在だってはっきりしたなら、

あなたはあなたの目的のため希望を持って全力を注いでいけるでしょう?」

「……それじゃあ私も、巴さんに一つ約束をする。

あなたが私に、ワルプルギスの夜は倒せると教えてくれたなら、

私もそれに答えて、希望を抱いてまた歩きだしてみせるって」

ほむらの声と言葉はどことなく遠慮がちに聞こえる。

しかしそれを聞いたマミは、

久方ぶりに安堵の表情をその顔に浮かべた。

621: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 14:54:03.72 ID:q6SR9N9c0
~☆

スーパーセル、途轍もなく巨大な積乱雲が見滝原を襲おうとしている。

ギラリと雷光が一閃、轟音と共に見滝原のどこかへ落ちた。

それを皮切りに杏子とマミの足元を濃霧が這う。

彼女らの全身を異界へと誘うような不気味な霧が包む。

「さぁ来るぞ、マミ。覚悟はもちろん良いよな?」

「当たり前でしょ」

濃霧から突如現れる大量の使い魔達。

サーカス、それを模した大がかりな使い魔のパレード。

毒々しいほどカラフルな色使い。

象の使い魔共が、様々な旗に彩られたロープをその背中で引き、

『何か』を連れてくる。象が雄たけびを上げている。

杏子達は敏感にその存在を感じとる。

来る。『魔女』がここへやって来る。

622: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 14:58:16.49 ID:q6SR9N9c0
「思ってた通り、いや、それ以上に実際はでかいんだな、ワルプルギスの夜って」

「怖いの?佐倉さんったら」

「……へっ、こんな時につまんないジョーダン言ってんじゃないよ」

霧の中から堂々と、『ワルプルギスの夜』が二人の前に姿を見せた。

逆立ち天空に浮き上がる巨躯。

白く縁取られた蒼のドレス。

その上で稼働する巨大な歯車。

『彼女』の周囲をふわりと漂う瓦礫がドッと燃え上がる。

杏子達は手っ取り早く変身を済ませた。

「マミとアタシが一緒ならワルプルギスの夜にだって負けない。

昔アンタにそう言ったよね?覚えてる?」

「忘れるはずなんてない。だって、あなたとの大切な思い出だもの」

623: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:00:54.07 ID:q6SR9N9c0
素っ気ない調子のマミの言葉。

それを聞いた杏子がにやりと笑う。

「守るよ。アンタとのあの時の約束。

アンタの事はアタシが護るから」

杏子がその両手に掴んだ槍を力強く握り込んだ。

マミは穏やかに目を一度閉じる。

「そう、期待してるわ佐倉さん。

……それじゃちゃっちゃと、始めちゃいましょうか」

言葉と共にマスカット銃を高らかに掲げるマミ。

戦いの火蓋がまさに今、切って落とされようとしていた。

624: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:05:42.52 ID:q6SR9N9c0
~☆

ほむらが二人の戦いの様子を遠くから眺めている。

戦況は良くも悪くもない。ただ、長引いている。

ワルプルギスの夜は、赤い口から火炎を吐き破壊を無差別にもたらす。

そして『彼女』の力に屈した物体は、

その重量、重力法則の束縛から解かれ、『彼女』の傘下へと加わる。

『彼女』と同じように宙に浮きあがったビルが、

彼女の新たな破壊の道具に変わるのだ。

さらに自らを狙う不届き者には、きちんと個別の待遇を与える。

黒い何かを外敵まで伸ばし、相応の報いを与える。

その黒い何かからは複数の魔女の手下が現れ、

害を為さんとする者を殲滅する。

マミは雨あられのように注がれるワルプルギスからの攻撃の嵐を掻い潜り、

砲台として強く充填した攻撃を『彼女』に命中させなければならない。

625: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:08:34.19 ID:q6SR9N9c0
杏子は襲いかかる手下どもの露払い。

前方に赤い鎖による結界を展開し、火炎による攻撃を防御。

攻撃を仕掛けた事による反撃の集中から逃れるための撤退のサポート。

ほむらの時間停止による手助けがないため、

自然慎重にこうした戦法をとらざる負えない。

しかしそれでも二人の背中には、

ここからでもわかる程の燃え盛る闘志が漲っていた。

ほむらは特にマミの背中に過去の残滓を見入る。

たった一人ワルプルギスの夜に立ち向かっていた彼女。

まどかとほむら、自分ら新米を守るために殉じた彼女の誇り高き高潔な精神。

彼女の後姿が純粋だった頃の自分にくれていた勇気を思い出す。

正義のヒーロー。

626: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:11:14.04 ID:q6SR9N9c0
ほむらにとってマミは、

まどかのようなただ一人の大切な誰かという訳ではなかったけれど、

確かに彼女にとっての大きな精神的支柱であった。

ただ一つ、自分の信じている正義さえあれば、

人はどこまでも恐怖を乗り越えられる。そんな初心を思い出す。

理想に燃え、未来を信じ、

ひたむきにまどかと助け合う事を目指していたあの頃。

運命を変えたまどかとの己の骨身に深く誓った神聖な約束。

そしてこの時間軸でのマミとの約束……。

その時、左手の盾に備わった時計の砂が完全に流れ落ちた。

これでもう時間停止は出来ない。

その代わりに今、時計を操作すれば一か月前に戻る事が出来る。

ほむらはマミ達の方を一度見遣った。

ほむらの見ぬ間も彼女らはずっと魔女と戦い続けている。

627: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:21:11.09 ID:q6SR9N9c0
ふとした拍子に霊感じみた直感がほむらに湧いた。

マミはワルプルギスの夜にこのまま勝利する。

その直感を、ほむらは心から信じてみたくなった。

ほむらの能力は時計を反転させる事によって、

その操作を行った時から一か月ほど前の平行世界に移動する事である。

今この瞬間、ワルプルギスの夜と戦う彼女ら二人を見続ける事によって、

移動先の時間がある種刻々と浪費されている。

この時間に不要な時を費やす事、

それは彼女の本懐を遂げる事に何の利益ももたらさない。

何しろマミはワルプルギスの夜に必ず勝つに違いないのだ。

このままそれを無駄に見ていたって仕方がない。

628: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:25:01.80 ID:q6SR9N9c0
私にはすべき事がある。

彼女ら二人にとってすべき事がまだ残されているように。

戦わなくてならない。戦うべき場所がある。

勇猛果敢なマミの姿、それと杏子の姿を一度網膜の奥に焼き付けて呟く。




「私の戦場はここじゃない」




どこか爽やかな気持ちでほむらは時計を反転させる。

少なくとも今この時だけは、ワルプルギスの夜を倒せる事、

そしてまどかをきっと救えるだろうという事を容易く信じる事が出来た。

629: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:27:40.26 ID:q6SR9N9c0
~☆

長い長い攻防の末、ワルプルギスの夜が嗤うのを止めた。

ワルプルギスの夜の攻撃がふと止んだ。

「佐倉さん、行くわよ!」

「ああっ、わかってるって!」

ワルプルギスの夜に幾多の魔法少女が敗れて来た理由。

ワルプルギスの夜には奥の手がある。

ダメージを負って余裕を無くしたワルプルギスの夜は、

逆転していた身体を正位置に変える事によって、その身に宿した全力を発揮する。

ワルプルギスの夜の全力。

それは文明一つを容易に壊滅させるほど。

それを防げた魔法少女はこれまで一人もいなかった。

マミや杏子と言えど例外ではない。

630: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:34:01.11 ID:q6SR9N9c0
しかしそれをするには準備段階がある。

嗤うのを止め、動きを止め、魔力の放出を弱める。

辺りを飛び回っていた厄介なビル群が次々に墜落していく。

あたかもこれから弱ったワルプルギスの夜が死に行くように……。

その偽装に古今東西あらゆる魔法少女が騙されてきた。

ほむらとて例外ではなかった。

しかし、その場から時間停止により奇跡的に生き延び、

時間を遡行する事に成功した。

今、この場にいる魔法少女は、

嵐が止んでいる今が新たな暴虐の前触れである事を知っている。

ほむらが言った通りの状況に全てなった事から、杏子もそれが真実だと悟っていた。

己の限界を超えてマミが地を駆け行く。

マミの脚は着地し、踏み込んだ瞬間耐えきれず筋肉を断裂させるが、

瞬時に最小限の魔力でそれを修復する。

身体の芯から迫る死の予感によって怖気立つ。

間違いない、今この時、これがほむらの言っていた唯一の勝機だ。

633: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:38:45.66 ID:q6SR9N9c0
「佐倉さん!今よ!」

マミの掛け声に呼応して、

杏子が己の右肩に巨人が使うようなサイズの槍を担ぐ。

そして今残っているありったけの魔力を込め、

身体全体の力を振り絞って投擲した。

速く、速く、走るマミを追い越し、

巨槍はワルプルギスの夜まで到達し、

『彼女』の前に仕掛けられた不可視の擬似的な結界と接触。

いざその絶壁を貫かんとその身を微動させる。

本来、ワルプルギスの夜が回転の準備段階において発動させる、

防御の壁を突破できる攻撃を二人は持ち合わせていない。

しかしこの一瞬は違う。

ワルプルギスの夜が全力を見せんと回転を試みようとする一瞬、防御がゆるむ。

防御に穴を開け隙間を作りだす事が出来る。

634: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:41:03.48 ID:q6SR9N9c0
異変を察知したワルプルギスの夜が、

まだ空中に浮かんでいたいくつかのビル群の破片をマミにぶつけようとしている。

後ろか横に逃れれば安全に避けられるだろう。

しかしそれは勝機を完全に失ってしまう事を意味する。



……前だ、もう私には前に進むしかないんだ!


結界のほつれが、開かれた突破口を槍ごと塞いでいつ修復されるか。

あるいはいつワルプルギスの夜が逆立ちを止めるかわからない。

そんな一秒という時間の経過すら残酷に思える極限の刹那。

前に身体を傾けながら、脚を少しでも先に歩ませながら、

手元に十分溜めこんだリボンを一気にまとめ上げマミは巨大な銃の砲台を形成する。

槍は自身が開けた穴を広げんと依然格闘を続けている。

その穴に一撃を通そうと、マミは細く細く、弾丸を一点に集中させる。

635: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:44:50.57 ID:q6SR9N9c0
背後近くにビル群の一部が落下した。

衝撃で前のめりに倒れそうになる。

しかし地面を叩きつけるように片足で踏みつけ、その場に踏ん張り留まった。

踏み込んだ足先は地面に沈み込んでいる。

前方に今、砲撃を塞ぐ障害はない。

絶好のチャンスだ。

マミはこれから砲身から放たれる渾身の一撃から、

跳ね返ってくるだろう反動に備え身体を緊張させる。

そして、自分の全ての感情、願い、魔力の何もかもを凝縮した一発を、

呪文と共に目標に向け思い切り放った。

636: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:46:37.13 ID:q6SR9N9c0





             「ティロ・フィナーレ!」






637: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:48:19.94 ID:q6SR9N9c0
ドォォオオオン、という特大の射出音にマミの鼓膜が悲鳴を上げる。

高速で砲弾は防御のほつれ、槍の開けた隙間を通り抜け、

歯車の軸に激突、そして爆散した。

ワルプルギスの夜には元々溜まっていたダメージがある。

それに今決定的な一撃が加えられた。

ついに回転を始めるワルプルギスの夜。

しかし、途中でその動きを止めた。

もはやワルプルギスの夜は自分の内部にある膨大なエネルギーに耐える事が出来ない。

外からの衝撃、破壊、そして内部から加速度的に訪れる破滅。

ワルプルギスの夜が斜めに傾いた状態のまま墜落する。

ボロボロと、呆気なく崩壊していく。

638: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:50:32.11 ID:q6SR9N9c0
それを眺めながら、マミは声をあげて笑っていた。

死にかけた。いつ死んでもおかしくなかった。

一人じゃとてもかなわない強敵だった。それがたまらなく嬉しい。

こいつに二人で勝つ事が出来た。

つまりほむらにもワルプルギスの夜を倒す事が可能なのだ。

次の時間軸のマミが今のマミとほぼ別人であったとしても、

ほむらの力を加えられればおそらくはもう少し容易に倒せるだろう。

笑いながらマミは辺りを見回しほむらの姿を探す。

けれどほむらの姿はどこにも見当たらない。魔力も見た所感知できない。

ほむらが見当たらないにもかかわらず、

マミはワルプルギスの夜が去った空模様のように晴れ渡る気持ちで一杯だった。

639: ◆2DegdJBwqI 2013/08/17(土) 15:55:20.64 ID:q6SR9N9c0
彼女にはまだ可能性がある。

そう、約束を果たせる未来があるのだ。

それをここに示せたのだ。

やっと一つ、やっと一つ私は重要な何かを成し遂げる事が出来た。

精魂使い果たし、遠くの地面に大の字に倒れている杏子。

マミは笑いながら、

硬い地面を踏み抜く際に負傷した片足を引きずって、

杏子の様子を伺いに行く。

そう、佐倉さんだって生きている。

それに建物等への被害は大きいけれど、避難所に被害が行くのは阻んだ。

死傷者も元々想定されるべき数と比べれば圧倒的に少ないに違いない。

守った、私は大切な物を守りきったんだ。

近づくマミの姿を見て、杏子もほっとしたような笑みを浮かべていた。


【第三部 パラサイト衝突編 終わり】

644: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:23:47.07 ID:xUcF7kD70
~☆

「まどか」として身体を思うがままに操っているパラサイト、

「彼女」も元々は普通のパラサイトだった。

「彼女」が最初に寄生したのはごく一般的な中学生の少女だった。

頭部の寄生に成功したパラサイトは、人間社会に溶け込む方法を身につけるために、

まず何よりも先に言語の学習をする必要がある。

生まれたばかりの「少女」の態度は他の個体達と比べると少し慎重で、

言語の学習が完了するまで、身近にいる家族を食らう事による食欲の充足を意識的に保留した。

言語を学習した後も結局家族を食べる事はなかった。

顔を自由自在に変える事は出来ても、

身体の大きさ、形などをあれこれ変える事はパラサイトには出来ない。

この年齢の少女が自然と人間社会に溶け込むには、

人間固有の身分を保有している方が都合がいいだろう、そう判断したのだ。

寄生初日、風邪という事で学校を休んだ少女は、

次の日には当たり前のように学校に登校していた。

645: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:26:52.91 ID:xUcF7kD70
パラサイトは乗っ取った人間の身体能力を極限まで発揮する事ができるが、

食後の大人の残骸などを「彼女」がどうこうするのは流石に苦労する。

別に小さい獲物で十分に満足できる。

自分の生活にはなるべく影響がないよう気を配りながら、

公園などで出会った警戒心の薄そうな少女、子供などを捕食。

そんな生活方針をとるようになった。

しかしそんな平凡な日々も唐突に終わりを告げた。

ある日、「少女」が声をかけたのは運悪く魔法少女だった。

人のあまりより付かない「彼女」の『秘密基地』、

一撃で殺す事に失敗した「彼女」は致命傷となる反撃を貰ってしまった。

その後すぐに魔法少女の首を切り落としはしたが、事態は好転しない。

このまま人の多い所に出て助けを求めた所で、病院などに運ばれても助かる見込みはない。

そもそも病院なぞには近寄るべきでは本来ない。

646: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:28:54.71 ID:xUcF7kD70
もはや他の人間に寄生し直すしか道はないが、

はたして探し回った所でそう都合よく自分に合いそうな人間が見つかるだろうか?

選り好みをしなかったとして、

血塗れの少女が近寄ってきたら誰だって警戒するに決まってるし、

人通りのない所に無事に連れていけるかは怪しい。

迷っている間も身体の力が抜けていっている。どうしようもなかった。

そんな死を覚悟する状況の中、思いがけず「白い獣」が「少女」の前に姿を現した。

「やあ、こんにちは。キミは少女の身体に寄生している。

丁度いい、ボクにとって素晴らしい偶然だ。

突然の申し出だからキミに判断する時間をあまり取らせてあげられずすまないと思うけど、

ボクの計画の達成をこれから助けてくれると言うのなら、

今キミの陥ってる状況から助けてあげるよ、どうする?」

647: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:32:13.55 ID:xUcF7kD70
確かに目の前にいるのは自分と同じ生物の類だと「少女」はわかった。

けれど目の前に突然現れるまでその存在に気づくことが出来なかった。

実に不気味だった。

「うん?知らないとはいえダメじゃないか。

首を切り落としておきながらこんな所にソウルジェムを放置してるなんて。

ほら見なよ、もうだいぶ濁ってしまっている」

「白い獣」が何を言っているのか「少女」には良くわからなかったが、

先程不可思議な反撃をしてきた者に対する処置に対して物申しているらしい。

首なしで転がった少女の肉体に目を向けると、先程攻撃の瞬間、

何故か一瞬で衣装が変わっていたのが嘘のように元の服装のまま硬直していた。

そんな時、「白い獣」が長い耳に掴んだ宝石を地面に思い切り叩きつけて言う。

「やれやれ、やっぱりソウルジェムは硬くて丈夫だね」

648: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:35:34.68 ID:xUcF7kD70
「白い獣」は顔から「少女」と同じ種類の触手を伸ばし金鎚のようにして叩きつけ、

錐状にしてヒビをいれようと試み、触手で包み込んで握りつぶそうと……。

そういった試行錯誤の末、ついにソウルジェムの破壊に成功した。

「ふう、これでもう安心だ。魔女が孵化して、

キミが食べられるなんて事故はこれで完全に起こらなくなった」

「お前は、いったい何者だ……?」

訳のわからない事ばかりだった。

人間に寄生するのに失敗した個体、それはわかる。

しかしこんな生物が地球上にいるなんて知らない。

もちろん、知識が不足しているという可能性がない訳ではなさそうだった。

だけどどの道、「少女」に致命傷を負わせたあの攻撃が何なのかの説明はつかない。

こいつもそんな謎のお仲間、そう思えて仕方がなかった。

649: ◆2DegdJBwqI 2013/08/25(日) 12:40:24.50 ID:xUcF7kD70
「ボクかい?ボクの事はキュゥべえと呼んでくれ。

何者、と言われるとちょっと困ってしまうけど、ボクの目的だけははっきりしてる。

ボクらパラサイトという種族の生存をインキュベーターから自衛できるようにする事さ」

結果、話し合った末に、

自力でここから生存するのは不可能だと判断した「少女」は、

大人しく「キュゥべえ」の申し出を受けた。

それから事も無げに「キュゥべえ」は、

テレパシーを用いてその場に純真無垢な幼女をおびき出した。

「少女」はまずその幼女の頭に乗り換えた。

そしてその後、「キュゥべえ」があれこれ見て選びに選んだ、

どこをとっても平均的だと思われる中学生の少女に改めて移り直したのだった。

652: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:11:21.94 ID:AvjQpoxz0
~☆

「キュゥべえ」との運命的な邂逅以来、

いずれ「まどか」となる運命の途上にあるパラサイトは、

「キュゥべえ」を手助けして毎日を生き続けた。

「キュゥべえ」に恩義を感じていた訳ではない。

ただ「彼女」には他に自分のしたい事、

すべきことがなかったために言われるがままに働いた。

活動の中、「キュゥべえ」が細心の注意を払い、

ふさわしいと思われるパラサイトをいくらか仲間に引き入れた。

しかし、それでも計画のため『魔法少女狩り』を行うのは骨が折れた。

魔法少女の持っていた使用済みグリーフシードは、

共食いを必要以上に行って目立つ訳にはいかない

「キュゥべえ」の貴重な活動エネルギーになった。

普通の手段で魔法少女達から回収したグリーフシードからは、

その内かなりの量のエネルギーをインキュベーターに提出しなくてはならなかったし、

『実験』を一日何度も行ったりするには、

前提としてかなりの量のエネルギーが普段から必要だった。

653: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:14:36.58 ID:AvjQpoxz0
しかもグリーフシードはそれ以外にも、

『実験』の最中に対象である魔法少女が、

魔女化してしまうのを防いだりするためにも必要だった。

物量的にかつかつのぎりぎり、人材不足、

そんな厳しい計画をあれやこれやと進めていく中で、

その骨子とも言える実験に深くかかわっていると自然にわかってしまう。

最も肝心、要の必須条件がいまだ何もクリアされていないのだ。

「キュゥべえ」の意向に意見を「彼女」が述べるなんて考える事は滅多になかった。

けれど、これはどうしても道理に合わない。

だからある日、「彼女」はその事について「キュゥべえ」に直接尋ねてみたのだった。

「こんな無謀な事を続けていったい何の意味があるの?」

「意味……か。ふむ、それじゃあ逆にキミに問いを返そう。

はたしてこの世界に本当に意味ある行為なんて物が存在していると思うかい?」

654: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:17:59.47 ID:AvjQpoxz0
「考えた事もないね、そんな事は。

私がこれまでまともに意識した事のある目的なんて人を食う、それだけだ。

しかしそれならまさか、

『キュゥべえ』は何の意味もない行動なのだと最初から自負している行動に、

ここまで膨大な労力を惜しむ事無く費やしているなんて言うつもり?」

「キュゥべえ」が首を一度頷かせ肯定の意志を示す。

「その通りさ。たとえボクが、

ボクやキミといった生物の存続に絶えず全てを捧げて尽力した所で、

結局の所万物はいつか滅びる運命にある。

この事実がボクらの努力の如何にかかわらず、

決して変わらないだろうと言う事はキミにとっても共通認識だよね?」

首を横に何度か振る。「キュゥべえ」の言った事にどこか間違った所があるとは思わない。

しかし、何故か「キュゥべえ」の言った事を否定せずにはいられなかった。

「なるほど、言ってる事に何かもしかしたら筋は通っているのかもしれない。

けれど意味がないのを知っていて、わざわざそれを行う。そんな事はやはりばかげてるよ」

655: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:20:27.45 ID:AvjQpoxz0
自分の主張に反対意見を述べられたというのに、

先程と同じように再度「キュゥべえ」がその言葉に頷き同意した。

「その通り、実にナンセンスだ。

……本当の所ボクにとってはね、

ボクらという種族がインキュベーターへの反逆に最終的に成功するか失敗するか、

なんてどうでもいいんだ。

ただそれが可能性としてボクにしか出来ない事だから、

それがボクの全てを賭けて臨むに足る物だと確信出来るから、

ボクはそれに喜んで自ら挑んでいるというだけなんだよ。

そういう意味ならばボクは、

これまでのこの世界でも数少ないとても幸福な存在だろうね。

何しろ、ただ一人、この世で自分しか出来ない事を見つけた存在なんて、

これまでにそんな存在がいたとしても、それはきっとほんの僅かに限られるはずだ」

「それはつまり結果がどうあれそこまで至る過程が重要だと言っているって事?」

656: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:22:19.34 ID:AvjQpoxz0
「……うーんそれだと微妙に違うかな。だってボクが言ってるのは、

あくまでこの世界に本当に意味ある行為なんてないって事なんだから。

本質的にはボクの行為はこの世界に何の影響も与える事は出来ない。

でもボクは今ここに生きている。ボクは何かをしなくちゃいけない。

だったらボクが挑む対象は困難であればあるだけ良い。

それに負けずに最善を尽くして抗っているという事実が、

そしてそれだけが、ボクに存在者としての限定的な価値を与えてくれるんだ」

どうやら「キュゥべえ」が自分の主張を全て述べ終えたとみえて沈黙する。

聞いてる側として、「彼女」は話を最後まで聞いても首を傾げざる負えなかった。

印象としてはごちゃごちゃとした詭弁、ただそうとしか思えなかった。

「納得してないって様子だね。

まあいいさ、きっとこれが正解と言える物はないのだろうから、好きに考えると良い。

自分が何のために生きるのかって事をこれからじっくりね」

何のために生きるのか?そんな事正直どうでもいい。

その時の「彼女」はただそう思っただけだった。

657: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:25:23.06 ID:AvjQpoxz0
~☆

奇跡的な唯一無二のチャンスの到来、

準備を全て整えた後のまどか奪取、何もかもが上手くいった。

「少女」は最も魔力に対して高い順応性を示し、

そしてその年頃の女子の身体の操縦に誰よりも慣れていた。

それが他の候補を押しのけて、

「彼女」が「まどか」の『司令塔』として抜擢された理由だった。

「彼女」が「まどか」としての変貌を無事に遂げてしばらくが経った後、

もはや立場的に対等な関係となった「キュゥべえ」に、

それまで抱えていたそもそもの根本的な不思議を何となくぶつけてみた。

「実際インキュベーターって、私達にとってそんなに危険な存在なの?」

それまで「まどか」に背を向けて座っていた「キュゥべえ」が身じろぎする。

そしてゆっくりと立ち上がって「まどか」の方に振り向き、

何か緊張らしき物を声に滲ませながら話し始めた。

658: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:28:23.94 ID:AvjQpoxz0
「キミはどうして、我々の存在や魔法少女の存在が、

世界中の人間達の間で騒ぎになっていないと思う?

インターネット等の手軽なメディアが広く一般に普及しているこの時代、

隠蔽をするにも流石に限度があるとは思わないかい?」

言われてみると確かにそうだった。今手元にパソコンがあるわけではない。

インターネット等で諸々の風説がどうなってるかはよくわからない。

しかしそれを考慮しても、どうも世間の反応が静かすぎる気がしてくる。

「それはね、インキュベーターが人類全体の認識を誘導しているからなんだよ。

……なるほど、個体個体は契約を少女と取り結ぶ役割も当然持っている。

しかしそれだけじゃなくて各地に散らばった大量の彼ら自身は、

彼らの『電波』のような物を地球上に満遍なく行き渡らせる、

所謂アンテナみたいな物でもあるんだ。

はっきり言ってしまえば、人類は彼らに大局的な意味で管理されている」

「……それはまた随分と規模の大きい話だね」

659: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:30:16.14 ID:AvjQpoxz0
人類とインキュベーターの共栄の歴史を「キュゥべえ」は「まどか」に語ってゆく。

「彼らは最初人類に干渉を始めた時から変わらず、

人間社会の中で自分達が少しでも利益を多く得る事を目指してきた。

彼らが求めたのは少女の希望から絶望への相転移から生まれるエネルギーだ。

そのためには魔法少女が質の良い希望から、質の良い絶望に落下する事が望ましい。

けれど絶望を深く身に滲みて知ってるという事、

それは傾向として、盲目的でより純粋な希望への飛躍を困難にするし、

質の良い絶望への転換を妨げる耐性にもなりかねない。

社会の非常な混乱は現実的な態度を全体として生みがちだ。

基本夢みがちな少女と契約したいインキュベーターにとってそれは都合が悪い。

だから、人間社会の混乱がある限度を超えないようしばし『調整』する」

660: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:34:26.18 ID:AvjQpoxz0
「具体的にはどうやって?」

「インキュベーターが絶えず発している『電波』によって、

日常において人間は、魔法少女の存在をなるべく意識しないように誘導されている。

しかもそれと同時に現在はパラサイトに関する情報統制も敷かれている。

けれどそういった誘導にもかかわらず、残念ながら誰かにその存在がばれてしまった。

そんな場合にはその人間の周囲に何匹ものインキュベーターが集結して、

『電波』の力で存在を知ってしまった彼、あるいは彼女の記憶をとばす。

魔法少女の存在がばれるような場合でもなければ、

余程の場合でもない限りそういった強硬手段に出る事は少ない。

だけど現に人類の危機が彼らインキュベーターの影の暗躍でその規模を縮小、

もしくは救われたという事例は存在するんだ」

「じゃあその『電波』は人間だけじゃなくて私達を対象に含むのかな?」

661: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:38:14.02 ID:AvjQpoxz0
「うん、そうだよ。

ボクと、『赤い石』を付けている例えばキミといった存在以外はほとんど、

何かあれば簡単にインキュベーターに思考を誘導されると考えていい。

ある程度の例外は素質持ちの少女くらいの物だ。

彼女らの自由意思が生み出す感情エネルギーこそが、

インキュベーターにとって重要な資源なのだから。

出来るだけ彼女らが伸び伸びと希望を味わい、

ついには絶望への下り坂を自分の意思で転がり落ちるように配慮しようとする。

最も今はパラサイトについての認識は、

誰しもパラサイト本人らを除いて平等に歪められているようだけどね。

でも誘導はそれだけじゃなくて、素質も持ちの少女が契約を完了すると、

彼女は魔法少女として絶望しきり魔女になるその一瞬間前まで、

優しく柔らかく、魔女になるという真実からなるべく目を背けさせられるんだ。

目の前で誰かが魔女になるのを目撃するか、

その可能性を誰かに指摘されるような事がなければ、

中々直前まで自力で気付くのは困難だろう」

「それがまさか私達にとってインキュベーターが恐ろしい理由?」

662: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:47:47.49 ID:AvjQpoxz0
「いいや、今までの話は彼らの恐ろしいまでの活動の規模、

その得体の知れない能力をキミに理解してもらったに過ぎない。

彼らが我々にとって本当に恐ろしいのは別の所だ。

まず何よりも最初に、彼らは魔法少女達やその候補のプライバシーは守ろうとする。

しかしそれは彼女らに対してだけさ。

自分の欲しい情報を求めて、一人の人間を一年一日中寝てる間も含めて、

部屋の片隅でじっと監視してるような事が珍しくない。

相手は彼らを認識出来ないのだから簡単だ。そんな彼らの損得の判断は分かりやすい。

対象が魂を持っているか?あるいは人間社会の発展に役に立つかどうかだ。

我々に対する調査をいつか済ませれば、すぐさま手のひらを返し、

我々を魂を持たない人間社会に悪影響を与える存在として、

何らかの方法で容赦なく処分するだろう。

変形している姿をヤツら見られていなければ、こちらが奴らに見破られる事はない。

しかし、相手を何一つ感じられない状況で、『食事』をばれずに毎日続けるのは事実上不可能だ。

それに彼らは狡猾でもある。組織力も桁が違う。

そんなわけでインキュベーターと対抗するには、我々は必ず結束しなくてはならないという訳だ」

663: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:49:26.89 ID:AvjQpoxz0
話し終えた「キュゥべえ」は再び「まどか」に背を向け座り込む。

ポツリと「まどか」が呟いた。

「なるほど、わかったよ。

インキュベーターが余程不気味で危険な存在なんだって事が私にもようやくわかってきた。

……だけど何て言うのかな、

そう、人間は自分の意思だけで縛られず生きてると日々健気に考えてるんでしょう?

人間側の立場に立って考えるとそれが少しだけ哀れだね」

今度は振り向く事なく、しかし心底不思議そうに「キュゥべえ」は「まどか」に言った。

664: ◆2DegdJBwqI 2013/08/27(火) 11:52:20.32 ID:AvjQpoxz0
「哀れだって?それはいったいどうしてかな?

人間が感情をもてあますばかりで途方に暮れていた、猿達とほぼ差がない時代。

奇跡の力によって言語を与え、

今の人間の発達の基礎を提供したのは紛れもなくインキュベーターだった。

ここまでの人類の繁栄を安全にもたらした様々の原因はインキュベーターの干渉だったんだ。

それにインキュベーターの人間に対する扱いだって、

品種改良等といった形でその生き物の有り様に、

自分の価値観を直接あてはめて来た人間とは違って、

目には見えない曖昧かつ膨大な心の中を、

ちょっとばかし好きな方向に舵取りしたくらいで、

人間達が他の生物達にしてる事の方が、

彼らの論理にのっとっればかえって余程酷いと言えるかもしれないくらいだ。

人間に哀れだと肩入れするような理由なんて一つもないと思うけど」

……言われてみると不思議だった。

「キュゥべえ」が述べたあれこれが問題なのではない。

どうして、自分が人間側の立場になってモノを考えようとしたのか?

それが「まどか」にとって大問題だった。

670: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:05:44.28 ID:wGGGMVGC0
~☆

上条恭介殺害後「まどか」がさやかと一悶着起こした後に彼女を拉致、

「キュゥべえ」がマミに返り討ちにあってからそれ程の時間が経過していない。

そんなある日、「キュゥべえ」の死骸その他の処分をとっくに終えはしたものの、

「彼」に何もかもを先導されてきた複数のパラサイト達は途方に暮れていた。

もし「キュゥべえ」が生きていたのなら、

「まどか」の無尽蔵とも言える因果とインキュベーターのネットワークを応用した、

パラサイトに共通の能力である『信号』による

通信ネットワークを全世界に張り巡らせる計画などもあったらしい。

しかし、そういった構想全ては「キュゥべえ」が死んでしまった事により完全に潰えた。

インキュベーターの相互更新を盗み見る事が出来て、

彼らの究極の叡智をあれこれ垣間見たインキュベーター以外唯一の存在である「キュゥべえ」。

「彼」にしか出来ない、構想出来ない事があまりに多過ぎた。

671: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:07:44.78 ID:wGGGMVGC0
「彼」以外のパラサイト達複数、

これから何をすべきなのか?何をしたらいいのか?

「彼ら」が進むべき道はどこにも示されていなかった。

もう、インキュベーターの脅威を知ってしまった以上、

それを知らなかったかのように生きていく事は出来ない。

しかし少なくとも彼らの内で唯一「まどか」だけは、

何をしたらいいかについての判断はまだ付いていないにしても、かなり余裕を保っていた。

それは強者の余裕でもあり、持たざる者の余裕でもあった。

以前までは自分が死ぬかもしれないなどと考えるのは、

必ず生物的な恐怖を微かにではあれ連れ立った物だった。

けれど今は違う。自由になったのだ。

死、それは「まどか」にとって今や思考実験の産物であり、

未来の自分に訪れる他人事にも感じるよそよそしさを持った観念だった。

死に対して「まどか」がよそよそしさを徐々に感じるようになったのは、

丁度「まどか」になってからだった。

672: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:13:49.50 ID:wGGGMVGC0
どうやら脳を乗っ取らず『赤い石』の補助の元で

身体を動かしている事が影響しているらしい。

生物的な限界を超越した末に、

魔法という未知の法則にその身を預けた事による予想外の副産物という訳だ。

元々パラサイトに痛覚という感覚はない。

本能的な死への呪縛から解き放たれた今、

恐怖に値する物など何もない。

ほとんどの時間穏やかな心中を抱え生きていられた。

「あーあ、どうしようもない事考えて参ってたらやってらんないよ。

ねえ、鹿目さんこれから『お食事』いっしょにどうです?」

「いや、遠慮しとく」

「あら、そうですか。じゃあ私達勝手に『お食事』行ってきますね」

部屋から数人のパラサイトが退室していく。

穏やかなはずの「まどか」の心にも根強く奥底に不安は巣食っている。

それは侵食を少しずつ根気よく続けて、

いずれは「まどか」に新しい恐怖を呼び戻すだろう。

673: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:15:24.71 ID:wGGGMVGC0
死の本能から解放された「まどか」は同時に、

人間を喰らうと言うパラサイトである事の証明とも言うべき、

潜在的な本能とも決別してしまっていた。

人間を食べる事に抵抗感はない。

それは「まどか」にとって当たり前の食事だ。

しかし、前のような満足感はもう生んでくれない。

残されたのは荒漠とした無限の自由だけ。

何をしても許される。何も「まどか」を束縛しない。

裏を返せば何をした所で、

「まどか」に意味をもたらす行為は現時点で見当たらないという事だ。

自分がどれ程本能という物に立脚し自己を形成していたのかが良くわかる。

「キュゥべえ」の問い、上条の左腕に寄生したヒダリーの問い、

雨垂れがちょっとずつちょっとずつ硬い石に穴を穿っていくように、

死んだ彼らの言葉が「まどか」の頑なな心に不安を深刻に広げていく。

674: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:17:27.55 ID:wGGGMVGC0




本当に意味ある行為とは何だ?




何故私は生まれて来た?




何故我々は生まれて来た?





誰か、あるいは何かから与えられた目的なんてつまらない。




それなら私は、いったい何のために生きるのだろうか?

675: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:21:14.80 ID:wGGGMVGC0
~☆

どんぶりから湯気が立ち上っている。

海苔、チャーシュー、メンマ、鳴門、そしてスープに浸かった麺。

実に平凡な様相のラーメンだ。

「まどか」はどんぶりに囲われたスープの海から割りばしで麺を摘み出して、

可愛らしく口をすぼめて麺を啜りその味を楽しむ。

海苔はスープを吸い込んで少しヘニャッとしたくらいが「まどか」は好きだった。

「まどか」がいるのは最近「彼女」がよく通っているラーメン店である。

店主本人曰く昔からあるこれぞ上手いラーメン店という貫禄の佇まいだそうだが、

「まどか」の慈悲容赦ない目から見れば、

辺りの近未来的な建物風情から悪い意味で浮いてしまった、

時代遅れの後もう一歩で廃業寸前の店だった。

長年経営していく内いつの間にか、

辺りは急成長の波に呑まれ忙しく姿形を変えていったが、

その流れにめげず独り不屈に挑み続けているといった所だろうか?

676: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:23:19.96 ID:wGGGMVGC0
しかしそのおかげというべきかどの時間に行っても店内にお客は少なく、

人の多い所で食事をする事をあまり好まない「まどか」を満足させてくれる。

味も濃いめの味付けである事を除けば、

「まどか」の好みに完全に嵌っている。

だからここを最近は結構贔屓にしていた。

人間を食べる事は最近ではもうほとんどなくなっていた。

火を通さない肉が口に合わなくなってきたのだ。

人間に火を通して味を付けたりすればおいしく食べる事は出来るだろう。

しかしわざわざ火を通したりと人間を食べるために要らない手間をかけるくらいなら、

金銭を支払っておいしい食事を他人に用意して貰った方が「まどか」としても楽だし、

しかも確実においしくて余程良い。

「まどか」の味覚。

まどかの身体を乗っ取る際には、

彼女の絶望を増すためにあえて人間の味覚を意識して再現した。

677: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:26:24.78 ID:wGGGMVGC0
けれどパラサイトは外から見えない内側などは、

適当に人間とは異なる形態をとっているのが通例であり、

ましてや味覚なぞ食事の際に再現しないのが当然である。

ラーメンに舌鼓を打ちながら考える。

脳を残しそれの存在を必要としている事、

つまり身体全体の操縦をまどかの膨大な魔力にかなりの面で頼っている事。

それが「まどか」の精神面全てにおそらく多大な影響を与えているのだろう。

己の本能から解放された今、

内的な影響を与えうる物はおそらく彼女の肉体の人間的な部分、

もしくは『赤い石』だけだ。

徐々に私は人間に近づいているのかもしれない。

仮にそうだとした所で「まどか」にとっては別段気に障る事ではない。

しかしそれならば、私はいったい何のために……。

678: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:28:23.58 ID:wGGGMVGC0
『えー次のニュースは先日見滝原市を襲ったスーパーセルの――』

狭い店の扉側隅の席、扉に背を向け座る「まどか」の前方、

古臭い店の中で毒々しいまでの目新しさを見せつける大きめのテレビ。

載せられた台のサイズが小さくテレビに合ってない事からして、

きっと最近買い換えたばかりなのだろう。

そこに今彼女の待ち望んだニュースが刻々と流れている。

ついに、不可侵の取り決めは終わった。

これから全ては膠着状態を脱し再び伸び伸びと動き出していくのだろう。

……しかしいったい何のために動くというのか?

麺と具材をあらかた食べ終えた「まどか」は、

仕上げの準備にスープをごくごくと本格的に飲み始める。

そして、いつもよりも辛めのスープに顔をしかめ、

どんぶりのすぐ左に置いておいたコップに入った冷水をぐぐっとあおった。

679: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:34:53.60 ID:wGGGMVGC0
~☆

「これがキュゥべえの言ってた『カナメマドカ』?なんか随分見た目弱そうな感じね」

「でも、ヤパイからこいつにだけは絶対に手を出すなって、キュゥべえに言われてたじゃん……」

「ヘーキだよ、ヘーキ、ヘーキ。今までだって余裕だったじゃん。

大体パラサイトなんて奇襲さえされなかったら負けるはずないっしょ。

しかもこっちは四人いるんだよ?」

「それはそうだけど、さぁ。うーん……、やっぱりやめた方が……」

「あーくどいくどい!仲間内で揉めるのやめてよ!

いいから行くよ!私がリーダー!OK?さあ皆、戦闘準備だ!相手は超大物だぞ!」

雨がザァザァ喧しい程に地面目がけて降り付けている。

しかし不快の度合いでは、

目の前の姦しい四人娘に比べれば「まどか」にとって赤子のような物だ。

まずは戦闘に邪魔な傘を無造作に放り投げる。

歩道の雨による滑り具合を確かめるため「まどか」は少し右足を前後に滑らせた。

そして四人が戦いの呼吸を整えようと、

変身と共に一斉に気合いを入れたその瞬間。

彼女らの呼吸に合わせて一気に踏み込み、

変身が終わるか終らないかの刹那にリーダーだと公言した魔法少女の首をもぎ取った。

680: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:38:47.09 ID:wGGGMVGC0
~☆

単調な攻撃、単調な逃げ、単調な命乞い。

戦闘を難なく終えた「まどか」が久方振りに人間を、

ソウルジェムを破壊され抜け殻となった彼女らの頭を、

雨に濡れながらそれに構う事無く一心に喰らっている。

これは食事という意味を持つ所作ではない。

勝利の儀式、自分が勝ったのだと言う証明だ。

人間を食べると言う行為に満足を覚えたのは久し振りだった。

その満足は本能のままに人を喰らっていた時よりもずっと澄み渡っていた。

そして「まどか」はその時、ついに己が進むべき生き方に気付く。

どうして私は生まれて来たのか?

鹿目まどかの身体を乗っ取ってからの私は、

もう前の私とは別人と呼んでもいいくらいだ。

新しい私はインキュベーターに対抗するための駒、

ただそれだけのために生まれて来た。

それを単純な意味に集約するなら、戦うために私は生まれたという事だ。

681: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:42:31.58 ID:wGGGMVGC0
戦い。戦い。戦い。

パラサイトの未来がどうなろうか私の知った事ではない。

ただ、そこに私の戦うに足る敵がいる。

インキュベーター、彼らに抗うのが困難であればある程、

それは私という存在に充実をもたらしてくれる。

「キュゥべえ」が己を捧げた物がパラサイトという種の存続なら、

私が身を捧げるのはそうあるために生まれてきた強者との戦いであるべきだ。

目が覚めた思いだった。

スッと自分の立ち位置が「まどか」にとって明白になっていく。

しかし、生きる意味を得ただけではもはや今の私は満足できない。

純粋な戦闘、わかりやすい力と力のぶつかり合い。

敗れた者が死に、勝利した者が生き残る。

そんな血肉湧き踊る戦いをしたい。

それこそが唯一この世界における私の慰めとなる娯楽だ。

けれども当然そのためには私に抗し得る力のある存在が相手として必要となる。

682: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:45:53.63 ID:wGGGMVGC0
並の魔法少女ではダメだ。

さっきの奴らなんて目の前で死んだ仲間の頭を食らって見せたり、

仲間を盾にしてやっただけであっという間に隙が生まれた。

自分が殺し合いをしているのだと本当の意味で理解していない。

自分が常に殺すか殺されるかの殺し合いをしているのだと、

本気で理解しているような奴は、

余程の事がなければ私に挑もうとはしないだろう。

自分の命こそが大事なのだから、

それをみすみす危険にさらすような真似はしない。

後に残るのは弱さを小手先ばかりで誤魔化そうとする、

実につまらない奴らばかりに違いない。

本気で戦いぶつかるには値しない。


それならば、私はいったい誰と……。

683: ◆2DegdJBwqI 2013/08/28(水) 10:50:04.77 ID:wGGGMVGC0
「まどか」の脳裏に一人、

自分が知っている中で最も並ではない魔法少女が浮かぶ。

自分の突撃を間違いなく受け止めた魔法少女。

人間よりはパラサイトに近づきつつあるであろう、そんな魔法少女。

巴マミという魔法少女。

霊感に似た極度の興奮に全身の細胞がざわつく。

今現在、自分を満足させられるような戦いが出来るとしたら、

それは彼女との間においてしかあり得ない。

生命を削り合う全力の戦い。

「まどか」は今すぐにでもマミの元に出向いて、

それを果たしたいという純粋な渇望に襲われる。

しかし、勝つために最善を尽くさなくては意味がない。

そのためには適した時期を待ち、妥当な手段を実行する必要がある。



巴マミ、彼女を殺す。



それこそが私のまず大きな……。

687: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 11:50:19.98 ID:sT3zVzOV0
~☆

マミはグリーフシードの確保のため、見滝原市外に出ていた。

ワルプルギスの夜を倒す目的で借りたグリーフシードを返却しければならない。

しかしグリーフシードの備蓄がない状態でいるのは、

「まどか」の襲撃がいつあるかわからない以上自殺行為と言えた。

だから誰かの縄張りに位置していないような曰くつきな場所や、

縄張りのスレスレの魔女を掠め取ったりと、

様々な手段を駆使してどうにかグリーフシードを荒稼いでいた。

今日は少しいつもより遠出して、

マミほどではないにしてもベテランな、

それまで交流のなかった魔法少女との例外的な共闘。

二匹が一つの結界内で共生しているという珍しい魔女達を相手にした所だ。

以前に彼女は一人でそいつらにだいぶ手こずったらしく、

二人で狩る際の取り分は破格の条件とも言えなくはない互いに半分。

両方の魔女共にグリーフシードを所持していたために一個ずつ分け合った。

688: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 11:57:19.82 ID:sT3zVzOV0
共闘という関係を今回あっさり取り結べたのは、

巴マミという魔法少女に関する噂が、

ここらにまで広く拡散している事も影響している。

もう一人の魔法少女と共に伝説の魔女ワルプルギスの夜を倒した魔法少女として、

ただでさえ前から見滝原付近で高名だったマミの名は、

近頃否が応でも高まりを見せていた。

「いやー、流石ワルプルギスの夜を倒した魔法少女って感じの危なげなさだったね。

まさかマスケット銃と日傘の二刀流だとは夢にも思わなかったけど」

「お褒めの言葉をどうも。だけど私なんてまだまだ全然よ」

右手に掴んだほっそりした日傘を弄って傘布を広げ、

降りかかる日光を優雅に遮断する。

マミが持っているのはただの日傘ではない。

さやかのレイピアを骨部分としてリボンを巻き付け作った、

近接戦闘にかなり特化しつつ外に持ち歩いても目立たないマミ特製の武器だ。

689: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:01:09.59 ID:sT3zVzOV0
マミは本来魔法少女の能力としてリボンを硬化する事は出来ても、

剣を武器として生成する事は出来ない。

だからさやかの形見であるレイピアをこうして持ち歩きやすい形にして、

かつ戦闘時にはそれに魔力を付与したリボンを巻き付け自在に形を変えさせ使っていた。

「まどか」との近接戦闘を可能にするための最終兵器とも呼ぶべき大切な装備だ。

遠くからの射撃などで狙うには「まどか」は速く頑丈過ぎるし、リボンは普通効かない。

それに距離を開けるとそれだけ突撃のための助走スペースを与えてしまう事になる。

だからワルプルギスの夜が来る前からを含めて、

ずっと近接戦闘ばかり練習してきた。

弛まぬ魔女との闘いによる鍛錬のおかげで、

ようやく身体強化魔法の効率的なかけ方、

そして立ち回りを満足できるレベルとまではいかないにしてもマミは身に付けつつあった。

そうそう戦闘の技術が一朝一夕で身につくものではないというのはわかり切っている。

身体強化魔法さえまともに使えるようになったのなら、

後はこれまで長年培ってきた戦闘センスに期待するしかない。

690: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:02:26.55 ID:sT3zVzOV0
「でも巴さんと一緒に戦うと本当に戦闘に安心感があって良いなぁー。

うん、そうだ。それじゃあパラサイトを駆除する時には一緒にチーム組んでやらない?」

「……パラサイト、ですって?」

マミが予想外の不意打ちに驚きそっと息を呑む。

どうして、一介の魔法少女に過ぎない彼女がパラサイトの事を知っているのか?

沈黙して彼女の目の奥底を見通し、彼女の中から真実を探ろうとする。

彼女の方は、そんなマミの沈黙をパラサイトについて知らないからだと受け取った。

「あれ?私なんかよりもよっぽど強いんだから知ってると思ったけど知らないの?

不思議だなぁ、キュゥべえからチラシ?みたいなの貰わなかった?

私は即席チーム組んで三回くらいしかまだ参加してないけど」

「そのチラシ、お願いだからちょっと見せて貰える?」

つい不本意な力がマミの声にこもってしまう。

魔法少女は一瞬ビクリと身構える様子を見せたが、

それからすぐに警戒を解いた。

691: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:04:59.94 ID:sT3zVzOV0
「そんなに知らされてなかった事気にしなくてもいいと思うな。

まぁ、別に良いんだけど例のチラシ私の家にあるんだよね」

「じゃあ私があなたの家について行くから。どうかこの通り、お願いします」

何が起きているのか是非とも知る必要がある。

マミが九十度腰を曲げるお辞儀を披露する。

それを見た魔法少女は慌てた様子だった。

「別に良いから顔あげてよ、ね?

大体パラサイト狩る時に一緒にやらないってまず最初に誘ったのは私なんだし、

これで巴さんがパラサイトについて理解するなら私としても

共闘の可能性が出て嬉しいし。他の人たちとの連携ってちょっと不安定なんだよね」

別の縄張りを持つ魔法少女に自宅を知られる事を嫌う魔法少女は多い。

彼女がその事について内心どう思っていたのかはわからないが、

どちらにせよマミは彼女の家で問題のチラシとやらをしっかり見せて貰った。

692: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:08:38.44 ID:sT3zVzOV0
『人間社会に巣食う"寄生獣" 恐怖の新生物をキミの手で駆除しよう――』

赤く細い字で薄っぺらい白い紙にスラスラと綴られた、

一目見ると大した事が書かれているとは思えない地味なA4サイズの紙。

内容に目を通すと、まずはパラサイトについてのざっとした概要。

そしてキュゥべえが確認したパラサイトを魔法少女の集団で「駆除」するという事らしい。

パラサイトが人間社会にもたらす悪影響の例となる事件等が、

事細かにセンセーショナルに描写されている。

読んでいてマミは笑いだしたくなった。

寄生獣?人間を残虐に捕食している?

インキュベーターは相変わらず都合の良い事ばっかりを言う。

そんなのほとんど私達だって変わらないじゃないか。

魔女は人間社会に潜む病魔だ。けれど私達は魔女が存在しなくては生きていけない。

それどころか、既定路線を辿れば、魔女がいなくなったまさにその時こそ、

私達が社会に害なす魔女に成り変わると言うのに。

……そう、言うなれば私達も彼らと同じ穴の狢、

インキュベーターの言い草を借りれば寄生獣なのだ。

693: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:12:03.95 ID:sT3zVzOV0
「あなたはどうしてキュゥべえに言われるがまま、

パラサイトと戦ってるのかしら?」

突然質問されて魔法少女はキョトンとした顔をする。

しかしそれから何かを考える訳でもなく即答した。

「報酬としてはちゃんと現金がある。

でも、何で戦ってるのかって言ったら不安だからかな。

どう見ても人間にしか見えない人食いの怪物が、

街中を私が知らない内にうようよしてると思うと気持ち悪いでしょ?

家族とかだったら魔女や使い魔からある程度は守れる自信あるけど、

パラサイトにはそうも言ってられないし私自身も不意打ちされたら危うい」

694: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:13:20.96 ID:sT3zVzOV0
己の語る言葉を隅から隅まで信じ切っている、

純粋な眼差しがマミを見返していた。

成程、言っている事は表面上全て正しい。

しかし、あなたがソウルジェムを完全に濁らせた時、

あなたもそういった恐るべき怪物と同じ存在になるのよ。

それをわかって言っているの……?

それでもなお、自分がパラサイトを殺せる正当な立場にいると思えるの……?

普段から自己に対する矛盾、煩悶なぞ感じていなさそうな彼女に、

無性に非情な言葉を突き付けて彼女の平穏を無茶苦茶にしてやりたくなった。

そしてハッと我に返ったマミは、

自分が気の抜けない毎日に酷く疲れている事を改めて自覚した。

695: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:31:48.47 ID:sT3zVzOV0

~☆

夢の中、ミギーとマミが対話している。

「キュゥべえが言うには、完成品である『アイツ』だけが

『赤い石』の所在を外部に漏らさぬ形で埋め込んでる。

鹿目さんの因果は見ただけで分かる程強大。

きっと『赤い石』を壊さない限りは脳を撃ちぬいたり、

それどころか頭ごと脳を吹き飛ばしても瞬時に再生してしまう」

「だから最初からどこに弱点があるのか見当を付けておく必要があると言う訳だ」

「ええ、その通りよ。それと『赤い石』がある場所だけは、

結合のため確実に人間部分を残しているはずだともキュゥべえは言ってた。

……ミギーにはどこか思い当たる部位はある?」

「首、じゃないかな。おそらくは」

「首?」

696: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:36:47.17 ID:sT3zVzOV0
「あの無茶苦茶な動きから見て

『まどか』の身体全身ほとんどはパラサイトが覆っている。

正確な数はわからないが間違いなく一匹ではない。

おそらく三から五匹はいるだろう。しかし信号は一匹しか感じられない。

その一匹が全てを操っているのだ。

全身のパラサイトを操縦すると言うのはさぞかしエネルギーが必要な事だろう。

その命令を全身に容易に全身に行き渡らせる事が出来て、

しかも脳を乗っ取っていない事はわかっている。となると……」

「でも、それも確実ってわけではないのよね、もちろん」

「当然だ。どの程度『赤い石』が便利な物なのかわからないし、

サンプルが不足し過ぎている。断言するのは到底不可能だ」

「戦ってみるしかないってわけね、結局最後は……」

697: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:40:51.00 ID:sT3zVzOV0
鹿目さんだった「モノ」を殺す。

正義なんて煌びやかな物を持ち出すつもりはない。

私は美樹さんを直接殺した張本人でありながら、

それをひた隠しにして、守るためだ守るためだと自分に言い聞かせ

こちらを信頼してくれているだろう志筑さんを騙し隠して平気で接している。

時には落ち込んだ彼女に慰めの言葉すらかけるのだ。

いつかきっと、美樹さんに鹿目さんは見つかる。

だからあなたは自分の出来る事をしなさい、

そして元気で彼女らを迎えられるようにしなさい、なんて言葉を。

空虚な言葉だとわかっていても、

それがどんなに罪深い言葉だとわかっていても、かけずにはいられない。

なんて愚かな人間なのか。

698: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:42:34.99 ID:sT3zVzOV0
死んだ先などという物がこの世にあるのだとすれば、

こんな奴は地獄に落ちるに決まっている。

しかし死後の世界なんて物を私は信じられない。

私が心から信じられるのは目に焼き付いた光景、

美樹さんの鬼気迫る死に姿、化け物になった『鹿目さん』のおぞましい末路。

もしも地獄に落ちたとしたって構うものか。

自分が苦しむのはどうってことない。

本当に辛いのは、恐ろしいのは、このまま『鹿目さん』を野放しにする事だ。

私が決着を付ける。たとえ何があったとしても。

全てを無茶苦茶にされた憎しみ、

それがこんなにも沸々と燻ぶっている……。

699: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:49:59.93 ID:sT3zVzOV0
~☆

「まどか」はパラサイトもう一匹と二人きりで、

数日狭い部屋の中にずっと籠っていた。

部屋の大きさには不釣り合いな巨大な姿見の前で、

熱心に「まどか」はあれこれ試行錯誤している。

「鏡の前で悲しそうな表情ばっかり繰り返して何してるの?」

パラサイトが「まどか」にそう質問する。

互いに好き勝手やる、そんな関係。

人間ではなくラーメン等の「人間食」を毎日朝昼晩食べても

大して気にかけない程適当な性格を、

このパラサイトが備えているのが「まどか」の気に入っていた。

700: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:50:48.00 ID:sT3zVzOV0
「勝つために必要な秘密兵器の準備中だよ」

「鏡の前に立っていつまでも鏡とにらめっこしている事が?」

「うん」

人間の事が「まどか」は少しわかってきていた。

人間と同じ道を歩む事は未来永劫ないだろう。

しかし、それを利用しない手はない。

全て、全てを利用して巴マミに必ず勝利してやる。

そんな晴れやかな未来を想像する「まどか」の口から、

自然とクククといった笑いの音がこぼれていた。

それに気づいた「まどか」の笑いはますます大きくなる。

胸に迫る程悲痛な表情を浮かべながら、

それでいて楽しそうに笑っている「まどか」。

「彼女」の姿は人間から見れば間違いなく異質な物として映るに違いなかった。

701: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:54:31.04 ID:sT3zVzOV0
~☆

いつもと特に変わらない、そんなある日。

空もだいぶ暗くなってくる頃合い、まばらに通りすがって行く人々。

仁美と杏子が街中を二人で歩いている。

マミが見滝原を離れてグリーフシード探索を行うようになってからずっと、

仁美を家に送る、そう言う目的を持った護衛として、

毎日この時間杏子は仁美に付き添っていた。

しかし、談笑を交わす二人の姿はどう見ても、

どこにでもいるただの仲の良い平凡な友達同士にしか見えない。

「それにしても杏子さんって、

本当に巴さんの用心棒をしていらっしゃいますの?」

「あぁー……。まあ似たようなもん、かな?」

歯切れの悪い返事を杏子は返した。

しかし仁美にそれを気にかけるような様子はない。

702: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 12:57:32.67 ID:sT3zVzOV0
「それじゃあ杏子さんは巴さんをどう思ってらっしゃるんですか?」

「と、突然、なに言ってんだ。恥ずかしい事聞かないでくれよ」

「いえ、杏子さんは巴さんの事が大好きなように日頃お見受けしているのですが、

それなのにいつも何かと巴さんに対して突っぱねてるような印象があるので、

どうしてなのかな、と思っただけですわ」

ふと、深刻そうな表情で杏子が足を止め少しの間考え込む。

そんな彼女を見守るように、黙って横に立ちながら仁美は見つめていた。

「一言で言い表すなら……、憧れ、かな?」

「憧れ、ですか?」

703: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:01:56.19 ID:sT3zVzOV0
「うん、憧れ。アイツと初めて会った時から

アイツみたいになりたいってずっと思ってた。

あとアンタが言った大好きって言うのも、実際間違ってはいないね」

そう言って杏子は恥ずかしそうに頬を掻いた。

彼女の無邪気で素朴なそんな姿から、

仁美は自分が上条やさやかに対して向けていた純粋な想いを思いがけず回想していた。

そうだ、私も杏子さんのように、

二人に自分の無い物を見い出し夢中になっていたんだ。

それなのに、その想いはどちらも別物で、

どちらかを無傷で選べるような簡単な物では無くて、そして……。

「だけどこれはマミには絶対に内緒にしておいてよ?

アタシはアイツにだけは舐められる訳にはいかないんだ。

何よりも、アイツの隣に立っていられるために」

「ええ、大丈夫です。わかりますわ。杏子さんのその気持ち……」

704: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:04:44.78 ID:sT3zVzOV0
杏子の内心を聞いた仁美に沸き起こった切なさ、悩ましい気持ち。

しかしそんな物以上に目立ったのは杏子に対する強い親近感だった。

誰かに長い期間、強く強く憧れ、その気持ちを心の底に押し込めてきた。

自分と彼女は似ている。

だから出会って間もなくこんなに性格も違うのに話が妙に合うのだろう。

自分がこれ程素晴らしい新たな友人に恵まれた事が幸せで、

そして少しだけ、

消息不明であるまどかやさやか達への申し訳なさがキリキリと胸を刺した。

「あっ、焼き鳥の屋台やってんじゃん。

ちょっと買ってくるけど、仁美も食べるよね?」

杏子が話題をそらすためか、それとも本当に空腹のためか、

立ち止まったために目に留まった焼き鳥の屋台を指さす。

「杏子さんは本当に食べる事が好きなんですのね。

……いえ、私は結構ですわ。今手持ちがカードしかありませんので」

705: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:05:54.47 ID:sT3zVzOV0
まじまじと杏子が仁美を上から下まで穴の開くほど見つめる。

突然しげしげと見つめられ気恥ずかしそうな仁美を余所に杏子は思った。

やっぱり仁美はアタシとは本当に別世界の住人なんだなぁ、と。

けれどそんな事は大して気にかけもせず軽い口ぶりで誘う。

「じゃあアタシがおごるよ。

まあおごると言ったって実際は、

マミから何かあったら使えと渡されてるお金なんだけど」

「いえいえいえ、申し訳ないですわそんな!」

ブンブンと首を振る仁美。

対する杏子はあっけらかんとした態度を続けている。

「アタシだけがこのお腹が空いてくる時間帯に、

仁美が隣にいるのに一人だけムシャムシャ食べるのが居心地悪いんだよ。

だからアタシのためを思うなら、ここは大人しくおごられてよ、ね?」

706: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:08:51.89 ID:sT3zVzOV0
力強く杏子がそう迫ってくる。

それが元気活発だったさやかを少し思い出させ、

仁美はほんのり甘さの混じった心苦しさを覚えた。

それがとても嫌で嫌で、だからその苦しさを振り払おうと、

杏子が納得してくれるだろう返事をした。

「りょ、了解しましたわ」

さやかとまどかの生存はもはや絶望的だろう。

しかし、マミや杏子達と街中思いつく限り見て回った。

これ以上自分に何ができるのか、

仁美にはてんで検討がつかなかった。

そんな仁美の葛藤を露知らず、

仁美の了承を得た杏子が満足そうに屋台へ小走りで向かう。

その背中を仁美は少しの間だけ見つめた後、

落ちた気分を一新しようと辺りをくるりと見渡す。

707: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:10:10.07 ID:sT3zVzOV0
……ふと、何故か遠くに見覚えのある姿が見える事に気づく。

辺りが少し暗いせいで、見間違えているのかとも思った。

そうでなかったら幻覚を見ているのかもしれないとも思った。

しかし、どう見てもあの後ろ姿は、紛れもなく……。

「まどか、さん……?」

仁美からその人物は背中を向けたまま離れていこうとしている。

まるで訳がわからなかった。

あれ程必死に捜索していたのに見つからなかった。

自分だけではない。他の誰もが彼女を見つける事は出来なかった。

それなのにどうして今、彼女は自分の前に姿を見せて、

かつこの瞬間も去って行こうとしているのか?

こちらの存在に気づいていないのだろうか?

これは偶然なのか、必然なのか、それとも幻なのか?

目の前の光景をどう解釈すべきか仁美にはわからない。

けれど一つだけ、仁美にとって確実にはっきりしている事がある。

何もせずに、黙ってこのまま突っ立っていたら絶対後になってから後悔してしまう。

それだけは疑いうる余地が少しもなかった。

仁美が「まどからしき人物」を追いかけて、早足で歩きだす。

708: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:13:20.22 ID:sT3zVzOV0
~☆

まどかに追いつくには思ったよりも苦労が必要だった。

さも悠々自適と言った様子で、

ふらりふらりと歩いているように見える

「まどか」の足取りは信じられない程に軽い。

時折通りすがる人が彼女を一瞥する事がある程だ。

まどかさん、まどかさん、仁美が何回もそう呼びかける。

しかし反応は返ってこない。

けれど一度だけ、道を右に折れる時に顔がすっと見えた。

遠くてはっきりとは言い切れないけれど、

あの横顔はやっぱりまどかの物であるように思う。

走って追いかける。だけど中々追いつけない。

焦りと不安ばかりが募る。自分は何をしているんだろう?

まどかさんは何がしたいんだろう?疑問ばかりが膨れ上がる。

その疑問がやっと解消される時、

つまり息も絶え絶えになった仁美が辿り着いたのは、どこかの路地裏だった。

709: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:17:15.23 ID:sT3zVzOV0
「まどか」は先程から足を止め、

仁美が自分の近くに来るまで待っていたらしい。

人がまばらにはいた先程の場所とは異なり、人っ子ひとりいない。

それどころか人がここに近寄ってきそうな気配すらない。

仁美が息を何とか整え、なるべく震えないように心がけて声を出した。

「まどかさん、ですわよね……?」

振り返る「まどか」。

仁美にとってあまりにも見覚えのあるまどかの姿だった。

仁美と「まどか」との距離はまだ数メートル程度開いている。

仁美は思わず胸が一杯になって、親友の元に駆けよって行く。




するといきなり、「まどか」が右腕を振り上げ大振りに払った。







右腕はぐんぐん伸びて、そして……。

710: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:19:19.44 ID:sT3zVzOV0
ところが、右腕が払われるよりも早い段階、

仁美の左斜め後ろにあるちょっとした物陰、

そこから一人の少女が飛び出していた。

身を低く屈め音を立てないよう密かに二人に接近し、

向かい合う「まどか」と仁美の左側から、

長さのある得物を思い切り跳ね上げる。

金属の衝突音のような音が仁美の眼前で響いた。

驚き茫然として仁美はその場に尻もちをつく。

彼女の視界と「まどか」との間に、

身の丈以上の槍を担いだ赤一色の出で立ちの少女が、

佐倉杏子が立ちはだかった。

「アンタがマミの言ってた数匹分が詰まったパラサイト、って奴か?」

パラサイト……?杏子さんのこの格好はいったい……?

仁美が事態を把握出来ないでいる内に頭の中に直接声が響く。

711: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:20:16.56 ID:sT3zVzOV0
【仁美、危険だから後ろに下がってな】

言われるがまま、数歩分、

仁美は尻もちをついたままの状態で後退した。

杏子は憎しみを込めて「まどか」を睨み付けている。

「もしそうだったとしたら?」

対する「まどか」の表情はずっと冷ややかで、

何の感情も読み取る事が出来ない。

「どうせアタシらを襲うつもりなんだろ?

だったらそれを食い止める。

何があっても仁美には、絶対に指一本触れさせやしない」

712: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:21:45.21 ID:sT3zVzOV0
そう言って槍を放り出したと思うと、

素早く後ずさり仁美を両手に抱え、

「まどか」と距離をとるべく跳躍した。

もちろん「まどか」も二人を逃すつもりはない。

急加速で二人との間に開いた距離をある程度詰めて、今度は両腕を払う。

「まどか」の攻撃を、パラサイトの攻撃を、

杏子は目で追いきる事が出来ない。

しかし「まどか」が攻撃を放とうとする瞬間も、

杏子は余裕のある狂暴な笑みを浮かべていた。

そして「まどか」から攻撃が繰り出されるのと同時に杏子が叫ぶ。

713: ◆2DegdJBwqI 2013/08/29(木) 13:23:00.35 ID:sT3zVzOV0




             「ロッソ・ファンタズマ!」






718: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:34:43.14 ID:uaLCUWuk0
~☆

四重に張り巡らされている赤い鎖の結界が、

杏子と仁美の四方を完全に覆い守護している。

結界内にいるのは五人。

杏子と杏子と杏子と杏子と仁美だ。

『赤い幽霊』、マミ直々の命名であるロッソファンタズマ、

かつての杏子の必殺技。

実体のある分身を生み出し、全てを杏子の意思で動かす事が出来る。

そんな必殺技も、杏子が自分の願いを無意識に否定してしまって以来、

他の幻術魔法と同様に使えなくなっていた。

それがまた使えるようになったという予感が芽生えたのは、

ワルプルギスの夜を越えた後、

マミが近くにはいない中で仁美を護衛しなくてはならないと決まった時だった。

仁美にはマミのような自分で脅威を払いのけられる戦闘能力はない。

自分が、彼女の全てを護らなくてはならない。

 

719: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:37:06.45 ID:uaLCUWuk0
ワルプルギスの夜との闘いにおいて、

マミを無事に護り切った事も、

杏子の精神に微かにではあるが良い影響を及ぼしていた。

誰かを護らなくちゃいけない。

誰かを護るために、他の誰でもないアタシが力を使わなくてはならない。

そう思った時、幻術魔法の欠片のような物が、

自分の中に戻ってきたのを杏子は感じた。

けれども力が戻ってきたからと言って、

すぐさまそれを都合よく使ってまた戦う気には何だかなれなかった。

それでも感覚的に、

その時から今までの間にどの程度まで能力が回復しているのかは分かる。

かつてほどのそれぞれの超精密な操作精度は期待出来そうにないが、

五人ほどの分身を作りだす事は可能だろう。

けれどこの状況下においてそこまでの人数は必要ないし、むしろ邪魔にしかならない。

720: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:39:34.65 ID:uaLCUWuk0
杏子が目的としているのは「まどか」からのあらゆる攻撃の完全防御だ。

隙間なく張り巡らせた結界をずっと維持する必要がある。

ロッソ・ファンタズマは強力な技ではあるがかなり燃費が良くない。

なるべく長時間持たせるには本人含めた四人の杏子が、

必死に共同の結界を張り続けるのが一番効率が良いと判断した。

「まどか」の激しい攻撃がドーム状の結界を揺さぶる。

それでも、魔力の使用量と「まどか」の攻撃力から考えて、

それ程長時間結界を維持できるとは思えない。

杏子が望みを賭けているのはマミの救援だ。

とっくにマミにメールで「まどか」からの襲撃があった事と、

近くの焼鳥屋の屋台の位置は知らせておいた。

ロッソ・ファンタズマはマミがここにやってくるまでの目印も兼ねている。

いくら久しぶりだとは言え、

付き合いの長いマミならロッソ・ファンタズマの魔力を、

ある程度離れた所から察知してくれるに違いない。そう言う狙いがあった。

721: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:42:29.14 ID:uaLCUWuk0
「きょ、杏子さん……。あの、えっと、その……」

結界の中は光を通さない程に暗い。

完全にパニック状態の仁美。

それまでは片膝を地面に付き、

両手を組んで祈るようなポーズをとって

結界の維持に集中していた杏子は、

組んでいた両手を解き、

わけもわからずおどおどしている仁美の手の上にを右手をそっと被せ、

安心させようとなるべく優しい口調を努めて、彼女を宥める。

「大丈夫、安心しな。マミが来るまでの間、

仁美の事はアタシが必ず護り切ってやるからさ」

722: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:44:24.94 ID:uaLCUWuk0
~☆

グリーフシードを回収して魔女の結界から出るとすぐ、

ポーチの中にそれを収納して、

それまでは戦闘の邪魔にならないよう電源を切っておいた携帯を取り出す。

そして電源をつけると、杏子から一通のメールが届いていた事に気づく。

日傘を左腕に引っかけた状態でそれを読み始めた。

『どうやらパラサイトが襲撃してきたらしい。

これから仁美を助けに向かうから、

どうにかしてそちらもこのメールを見たらすぐに駆けつけて欲しい。

今近くに見えているのは――』

メールの文面を読んで行く内にマミの頭の中は真っ白になった。

けれどはやる気持ちを抑えながら、

まずはこれから何をすべきか頭の中をフル回転させようとする。

723: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 11:46:26.19 ID:uaLCUWuk0
メールに記された場所まで向かうにはここは少し離れていた。

パラサイト、それが一般的なパラサイトを指しているのか、

それとも「まどか」の事について言っているのか

推察する事は到底不可能だったが、

今、事態がのっぴきならない状況にあるという事だけはマミにもわかる。

結局いても立ってもいられずに、

杏子まで少しでも近付こうと、

メールの示している地点に足を向け全速力で駆けだした。

しかし、しばらく行くと三匹のパラサイトの反応と、

それに伴った微弱な魔力の波動が前方に出現した。

「三人」とも身体のバラバラな部分に『赤い石』が埋め込まれている。

人気のない場所、どう見てもマミの到着までの時間稼ぎで置かれているらしい。

724: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:02:25.44 ID:uaLCUWuk0
ここで使う一秒一秒が、

杏子と仁美の元に行くために費やす時間を刻々と引き延ばしていく。

極度の興奮と不安の狭間で身もだえしている状態にあるマミは、

一瞬だけ鮮明に幻覚を見た。

視界の遠く先、仁美は地面に倒れ臥し動かず、

杏子は「まどか」に首根っこを掴まれ空中に持ちあげられている。

何故か見覚えとやけに真実味がある光景。

絶対に阻止しなくてはならない。

そんな不条理な事を絶対に許してはならない。

絶対に、絶対に。

「そこを、どけぇぇぇえええええええ!」

725: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:04:28.65 ID:uaLCUWuk0
パラサイト達一匹一匹の『赤い石』の位置は、

マミから見て左からそれぞれ順に

「三人」の右肩、胸部、左脇腹に浮き出ていた。

全員こちらに走って来ている。

マミはそれまで左手に持っていた日傘を右手に持ち替える。

あれよあれよと勝手にリボンが、

マミの左拳にボクシングのバンテージのようにグルグルと巻き付いていく。

互いにまだ距離のある状態、

自分の周囲に大量のマスケット銃を宙に浮かんだ状態で召喚、

前方敵目がけて発射した。殺す事を目的とした射撃ではない。

綺麗に横一列に並び走ってくる「三人」の動きを乱れさせるのが目的だ。

あえて左右の二人を集中的に狙った射撃。

真ん中を走っていた「男」があぶれるように一段と前に出てくる。

「男」は仲間「二人」を気にする素振りを見せず依然全速力で向かって来る。
 

726: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:09:49.34 ID:uaLCUWuk0
それを見た途端マミも「三人」の方へ走りだした。

先陣を切る形となった「男」の頭部から伸びる触手の攻撃を、

右手に持った日傘で全て強引に受けて逸らしかわす。

傘の骨部分までは達した攻撃もさやかのレイピアを破壊する事は出来ない。

そのままマミは互いに反対方向から走り交錯する勢いを殺さずに、

残った左手を全力で前に突き出す。

左手は無理やり「男」の胸部を突き抜けあばら骨ごと背中まで貫通した。

勢い良く手を引き抜く。

その手には『赤い石』と血塗れの心臓が握られていたが、

先程までは拳に巻きつけられていたはずのリボンがなくなっていた。

『赤い石』を失った事によるショックで、

ビクンビクンと身体を震わせ

僅かの抵抗すら不可能となっていた「男」の身体を、

マミは前方左側にいるパラサイトの方へ瞬時に蹴飛ばす。

727: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:12:06.35 ID:uaLCUWuk0
吹き飛んできた「男」の身体を

パラサイトは容赦なく一刀両断にして抜けようとするが、

その時「男」の背中から開いた穴から、

先程までマミの拳に巻きついていたリボンが噴き出した。

見事思惑通りパラサイトは視界を撹乱され、

リボンの相手に窮している間に

「男」ごと身体を巻き込まれ動きを封じられてしまった。

それでもパラサイトは急いで拘束から抜けるために、

リボンと「男」の身体を両断しようとしている。

マミはを右手の日傘で、

もう一匹残っていた自由な状態のパラサイトの攻撃を防御、

それと同時に左手にマスケット銃を一丁生成。

攻撃された際の勢いに全く逆らわず、

倒れ込むようにリボンの拘束から逃れようと四苦八苦するパラサイトに近づく。

728: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:15:08.10 ID:uaLCUWuk0
再度襲ってきた自由なパラサイトの攻撃を日傘で払いのけつつ、

左手のマスケット銃を「男」の胸部に開いた大穴に突き刺した。

「男」の身体の中で銃口の向きを調整し、

「男」の身体ごしにパラサイトの右肩にある『赤い石』に狙いを定める。

引き金を引いた。

ダァン、という発砲音と共に抵抗を続けていたパラサイトが動かなくなる。

それを見届ける様子すら見せずに、

マミが杏子達がいるだろうと思われる方角へ向けて走り出した。

追い縋る三人中最後のパラサイト、

「彼」が先程集中砲火を浴びた場所に足を踏み入れた瞬間、

地面に大量に開いた弾痕から、

リボンが吹きあがるように飛び出してリボンの監獄、繭を作り上げる。

マミは一瞬だけ脚を止め、

振り返ってすぐ狙いは魔力の微弱な反応を目測で、

たった今新しく生成したばかりのマスケット銃を「彼」の左脇腹『赤い石』目がけ撃った。

729: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:17:05.10 ID:uaLCUWuk0
~☆

マミが杏子達の元に到着する。

見覚えのある魔力の波動。

赤い半球状の結界を「まどか」が壊そうとしている。

こちらの存在に気付かせるため、

マスケット銃で「まどか」の肩先を狙撃した。

予想通り弾かれる。こちらを見た。

その時一瞬、地面が揺れたような錯覚をマミは覚えた。

自分の歯ぎしりの音が聞こえる。

私の精神を揺さぶるために、

まずは何の抵抗も出来ない志筑さんを狙ったという訳か。

それと、佐倉さんも殺すつもりだったに違いない。

血が沸き立つ。喉がゴロゴロと鳴っているのを感じる。

これ以上私から大切な者を奪っていこうとするつもりなのか。

感じた事のない憎悪がマミの全てを鷲掴み、彼女を支配する。



許さない。こいつは、こいつだけは私が殺さなくてはならない……。

730: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:19:35.66 ID:uaLCUWuk0
「まどか」が一度三人から距離をとった。

マミが杏子達と「まどか」の間に立つ。

瞬間、結界とロッソ・ファンタズマが同時に解けた。

満身創痍といった様子で汗を噴き出しながら、

槍を支えにフラフラと杏子が危なっかしげに立っている。

「おせーよ、待ちくたびれたじゃんか……」

「ごめん、佐倉さん」

杏子の声と自分の言葉が意識を上滑りしていく。

意識は一心に「まどか」に吸い寄せられる。

優しかった彼女。ほむらの目的だった彼女。

誰よりも幸せになるべきだった彼女。

そんな彼女との最後の接点が、

これ程までにおぞましく憎いとは一体何の因果なのか?

どうしてこんな事になってしまったのだろう?

そんな疑問を醜悪な感情の渦が次第に無意味な物に塗りつぶしていく。

731: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:21:40.96 ID:uaLCUWuk0
「佐倉さんは志筑さんを連れて速く安全な所に向かって。後は私がどうにかする」

志筑さん、本当に傍にいるのだろうか?

少なくとも気配はする。

しかしそれを目で見て確認はしない。今、必要な事ではない。

マミの言葉を聞いた杏子は、何か不満げな様子だった。

「でも……」

「いいから早く!私の家なら簡易な結界が張ってある。

終わったら連絡するから、貯蔵しておいたグリーフシードを持って来て頂戴」

苛立ちが混じる。頭に血が上っている。

闘いの間、誰かを護れると思える精神状態ではとてもない。

何もかも忘れ、暴れ出したくてたまらなかった。

契約してからずっと感じていた世の中の不条理。

それをある意味象徴する存在が目の前にある。

長年積もり積もった不満、不安、苦悩、

全てがマミの手足を急きたてていた。

不条理を粉微塵に打ち壊せと囁いていた。

732: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:28:59.28 ID:uaLCUWuk0
マミは変身を解いて、ポーチ内にある複数のグリーフシードから一つ取り出す。

張り詰めた場の空気。「まどか」は攻撃を仕掛けてこない。

不思議ではあったが、グリーフシードでソウルジェムを浄化し終えて再度変身をする。

「わかったよ、マミ。絶対死ぬんじゃねーぞ」

承諾の声が聞こえてすぐ、杏子と仁美の気配が背後に薄れていく。

その時今日対面して初めて、「まどか」がマミに喋りかけた。

「『石』の力で身体能力を強化したパラサイトを三人、

用意しておいたはずなのに随分速かったね」

「とっくに全員殺したわ。次はあなたの番よ」

ぞっとする口調でマミが宣告する。美樹さんの敵。上条君の敵。そして鹿目さんの敵。

「まどか」はおどけた表情を浮かべている。

前に会った時よりもそういった表情がリアルな人間らしくて、それがマミの癇に酷く障った。

733: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:30:59.54 ID:uaLCUWuk0
「最近の私はね、人間を食べなくなったんだ。

口に合わなくなったっていうか。仕方ないから人間の食べ物を毎日三食食べてるの」

「それで?」

「だから私と人類、もう争う必要はないと思わない?

もしかしたら互いに共存していく可能性があるかもしれない。

もちろん今回こんな形で不意に襲いかかってしまったのは私が全て悪い。

申し訳ないと思ってる。だけど正義の魔法少女のあなたとしては……」

「ふざけた事を言わないで。あなたが人間を食べなくなった?

人間社会に悪影響を及ぼさなくなった?知った事じゃないわ。

私があなたに猛烈な殺意を抱いている。

それだけで私にとってはあなたを殺すのに理由は十分よ」

734: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:33:42.41 ID:uaLCUWuk0
まどかが満足げに快活に笑った。ますますそれがマミの癇に障る。

マミが右手で強く日傘の柄を握り、嫌な物を断ち切るように振り下ろす。

傘に右手の袖から伸びて来た膨大なリボンがぐんぐんと巻き付いて行き、

その形を大きく強靭に変えていく。

見た目ほどには重くないが、

それでも常人が扱えるレベルを優に超した大剣。

マミの華奢な姿にはどう見ても不釣り合いなそれを、

右手だけで軽々と地面と平行に持ち上げる。

そして左手を大剣に添えた刹那、

突如「まどか」がマミに接近を仕掛けてくる。

衝突の反動に身構えながら、

予想される肉体の破損範囲に肉体強化の魔法をぎりぎりまでかけ、

近づく「まどか」に強く強く大剣を横薙ぎに払った。

735: ◆2DegdJBwqI 2013/08/30(金) 12:36:28.35 ID:uaLCUWuk0
今日の更新終わり

戦闘、戦闘、戦闘、書いてる方からすれば勘弁して欲しいけど最終決戦だから仕方ないね

どうもこのスレ内で五部も終われそうです

次回は区切りの関係上これまでより短くなりそうな予定

738: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 08:55:06.61 ID:f7pN7qzA0
~☆

マミがこれで何度目かもわからぬ攻撃を仕掛けた。

そして硬化された肉体に弾かれる。予想通りだった。

攻撃をただ黙って受けるよりは、

こちらから積極的に攻撃を仕掛けていく方が余程良い。

何より絶対に近接の間合いを崩す訳にはいかなかった。

距離をとればとるだけ、

「まどか」はトップスピードを肉体から引き出して襲いかかってくる。

全力の乗った「まどか」の一撃、

マミも依然と比べれば接近戦に慣れたとはいえ、

それはそう何度も耐えられるものではない。

相手に自由なペースを掴ませない事が、

マミにとって自身の生命を一秒でも長く繋ぎ止めるための最低限の生命線だった。

しかし大剣を扱った所で、「まどか」の頑強な装甲を破れる訳ではない。

自分に何本も襲い来る触手の猛攻をその一振りで強引に捌ける、ただそれだけだ。

739: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 08:59:37.94 ID:f7pN7qzA0
しかもそれも全てを捌き切れる訳ではない。

しばし防ぎきれなかった刃が、マミの身体に突き立ち肉を抉る。

その時はすぐさま治癒魔法で問題ないレベルまで回復を済ませる。

けれど同じような攻防を繰り返す内に、

腕や足が切り落とされる事態が当然起こってくる。

そんな場合は即座にリボンで損傷個所を接合する。

体内にリボンを取り込んだ所でどうせリボンの生成消滅派マミの自由自在。

何度も神経や骨、肉をリボンで強引に接着して治癒魔法をかけリボンを消去、

戦闘をそのまま続行してきた。

もちろんいつまでもこんな戦法を続ける訳にはいかないし危険も大きい。

切断された腕や手足がどこかに吹き飛ばされてしまえば、

その隙に付け込まれあっという間に殺されてしまうだろう。

治癒魔法が間に合わず次の攻撃の対処に遅れれば今度はマミの首が飛ぶ。

それに加えて戦闘中にグリーフシードを使える訳ではない。

いずれは魔力の限界が来る。

740: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:03:45.12 ID:f7pN7qzA0
いくら攻撃が目で追えて、

身体強化魔法のおかげでそれにある程度対応できるからと言って、

こんな化け物に長期戦を挑むというなら勝てる訳がない。

戦況は圧倒的「まどか」有利にあった。

しかしそれもこの段階においては、だ。

マミはわざとこれまでの間首を狙うような攻撃を仕掛けていない。

自分が本当はどこを狙っているのかを警戒されるのは芳しくない。

勝機は一度ありさえすればいいのだ。

最後に生きていた者が真の勝利者なのだから。

マミが狙っているのは「まどか」がマミを殺そうと痺れを切らし畳みかけてくる瞬間、

攻撃に意識が向いて、自然と防御への意識を薄れさせてしまう時間。

絶えず攻め続けると言うのも存外疲れる物だ。

膠着状態、マミが自分への決定打を持たないと考えているだろう「まどか」が、

単調で退屈なこのやり取りの繰り返しに終止符を打ちに来る。

そんな予感をマミはひしひしと肌で感じていた。

741: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:12:20.79 ID:f7pN7qzA0
……そしてその時が、マミの待ち望んでいたチャンスがついに訪れる。

空気が変わった。止む事のない刃の嵐が更にその勢いを増す。

すると一瞬間、大剣を包んでいたリボンが網の目のように解けた。

解けたリボンの拡散は眩暈をもたらすほどに目まぐるしく、

硬化しつつ伸びるリボンの合間を防御結界が完全に塞いでいる。

最もその防御はそれほど長く持つという訳ではない。

「まどか」の猛攻を全て堰き止めたと思う間もなく呆気なく結界が壊れた。

しかし、結界崩壊の反動はその破壊者である「まどか」へと向かい、

衝撃に思わず「まどか」が姿勢を崩す。

マミは既に腰を落とし突きの構えで「まどか」の首に切っ先を向けていた。

マミの手元に今あるのはさやかのレイピアただそれだけ。

けれど、その剣身は山吹色の温かな光を煌々と帯びている。

マスケット銃生成の応用とも言える技である。

マミのマスケット銃は原理としてはまず最初に銃弾の元になる物を生成し、

それにリボンを巻き付け変形させ形成した物だ。

742: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:15:03.87 ID:f7pN7qzA0
瞬時に行われているためそれは誰の目に止まる事もないし、

魔力さえ込めればいくらでも簡単に

巨大で強い銃を生み出す事が出来るため、

溜めの時間を作る必要がない。

しかし、今回はそれとは少し事情が違う。

日傘の状態の時から何日も何日もかけて、

リボンで覆われたレイピアにじっくり限界まで魔力を溜め込み凝縮し続けて来た。

リボンはレイピアを人目に目立たなくするのと同時に

それに込めた魔力を「まどか」の目から隠蔽、

そして保存する役目を果たしていた。

マミの手から放たれた美しい直線が「まどか」の首を目指す。

途中、「まどか」の触手が直線の動きに干渉しようと伸びたが、

接触した瞬間に弾け飛んだ。

後はまどかの首筋にこれを突き通しエネルギーを解放するだけ。

そう、マミは確信した。

「まどか」の首元に達する直前、緊張の中、ほんのわずか心に余裕が生まれる。

743: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:16:27.29 ID:f7pN7qzA0
それまでは「まどか」の首元の辺りだけが目に映っていた。

その瞬間「まどか」の表情までもがマミの視界で明確な像を結ぶ。

悲しみ、絶望、恐怖の強烈な縮小図。

所詮まどかを完璧に模した儚い紛い物に過ぎない。

だけどもそれは、どんな絵画や音楽、

その他様々の芸術よりも真に迫りマミの心を激しく打った。

……どうしてこんな事になってしまったのだろう?

迷いが生まれ、剣先がぶれる。

「まどか」が右の肩先からぶつかってくる。そして爆散した。

手元に伝わる衝撃がビリビリとその威力の高さを物語る。

しかし今吹き飛んだのは「まどか」の右肩。外してしまった。

744: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:21:42.54 ID:f7pN7qzA0
パラサイトがそれまで場を占めていた個所も含めて、

瞬時に『赤い石』が人体修復を終える。

右肩はこれで完全に純粋な人間の血肉によって構成される事となった。

速く、速く何かしらの追撃をしなくてはならない。

手遅れになる前に。

……ガチ、ガチ、ガチ。

マミの歯の根が合わない。脚が自然と後ろに向けて進路をとる。

早足で一歩、二歩、三歩……。

致命的とも言える距離を自分から「まどか」との間に広げていた。

「まどか」から少しでも距離をとりたくてたまらなかった。

「まどか」は苦痛をその顔目一杯に表現している。

パラサイトは苦痛を感じない。

それはマミがミギーを脳に宿してから身に染みて理解している事だった。




それならば、これは……?

745: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:24:20.83 ID:f7pN7qzA0
嘘だ、騙されるな、罠に決まっている。

頭の中で直感、そして何かがマミにそう強く声をかけ叱咤している。

けれど頭でわかっていても駄目なのだ。

「これ」を、このまま殺すというのは、

鹿目さんを見殺しにするのと一緒だ。

前の失敗とは状況も違う。前の時、私は眠っていた。

鹿目さんを助けるのに失敗した。ただそれだけだった。

けれどこのまま彼女を傷つけると言うのならば、

それは故意に彼女を見殺しにするという事だ。

そう、私が美樹さんを殺した時と同じように。

「はぁ……。はぁ……。はぁ……」

息が出来なくなる。

どうして、どうしてこうなってしまったのだろう?

それだけがうすらぼんやりマミの脳裏を漂い刺激する。

746: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:27:12.18 ID:f7pN7qzA0
「まどか」がゆっくりと口を開こうとしていた。

まるで何か大切な言葉を述べようとしているかのようだった。

いったい何が飛び出すのか?マミは言葉に耳をそばだてた。

瞬間、「まどか」の口の中から細長い直線がグンとマミへと伸びる。

反応が遅れた。そのままマミの脳を「まどか」の舌が串刺しにする。

ビクンビクンとマミの身体がその場で跳ねた。

変身が解ける。コロコロとソウルジェムが地面に転がる。

「まどか」の右腕がシュッと伸びて、

マミの手に持ったレイピアを払い飛ばしながらマミの首を切り落とした。

遠く地面に転がるレイピア。

宙に浮かんだ首は「まどか」の舌へといまだ繋がれている。

そして舌は主の元へと戻った。

747: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:29:28.99 ID:f7pN7qzA0





ガリ、ガリガリ、バリ、バリバリ、バリバリ…………。





「まどか」がマミの頭部に齧り付き、

ゆっくりゆっくり勝利を口の中で味わい咀嚼している。




ガリ、ガリガリ、バリ、バリバリ、バリバリ…………。




夢中で「まどか」がマミの頭部を喰らう中、

それまでは木偶の坊のように突っ立っていた

マミの身体が仰向けに地面に倒れた。

ソウルジェムがマミの背中の下で鈍く輝いている……。

748: ◆2DegdJBwqI 2013/08/31(土) 09:31:35.17 ID:f7pN7qzA0
今日の更新終わり

マミさん頭を食べられるの巻(二回目)

これ以上何か書くと余計な事書きそうなので次回
明日で四部終了……かな?

757: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:04:09.94 ID:xJMnXCMc0
~☆

目は見えず、耳も聞こえない。

何も感じる事が出来ない。

夢とはまた違う、意識だけの存在としてマミは思考していた。

温度も匂いも、とにかく身体の感覚がない。

地に足立つ感覚はなく、横たわる感覚もなく、

周囲と自己の境界すら曖昧だった。

音が聞こえないという感覚は分かる。

しかし、白も黒もない、

光も闇も失っているというのは実に不思議な心地だ。

おそらくそれは、今この時だけの特別な感覚なのだ。

身体の感覚を取り戻せば記憶の隅に埋もれてしまうような朦朧さと、

死ねば全てがそこに帰する虚無との狭間に位置する不安定な意識。

758: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:05:57.75 ID:xJMnXCMc0
ふと、他者の存在を感じた。

狭く見ればそれは自分の外における出来事でもあり、

大きく範囲を広げて捉えれば自分の内における出来事でもある。

ただ、細かい違いはともかくとして他人の存在を感じられる。

それが何よりもマミを慰めてくれる。

見知った声が聞こえる。

なるべく正確な表現に徹しようとするなら、

そうではなくて、見知った声を内側から感じたと言うべきかもしれない。

「マミ、私だ。ミギーだ」

ミギー……。予想通りだった。

こんな所で誰かに逢うとしたらそれはミギーくらいしかいない。

ミギーが近づいてくる。

近づいてくると表現すべきかはもちろん定かではない。

マミの意識する観念の中に現在時間と空間という物は存在しない。

自分の自意識とミギー、それが特殊な距離関係を持って接している。

しかし少なくとも、マミはそれをミギーが自分に近づいて来ているのだと捉えた。

759: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:09:35.55 ID:xJMnXCMc0
「ごめんなさい、ミギー……」

「どうして謝る?」

「だって私、負けちゃった。

アレがもう鹿目さんじゃないって、わかってたはずなのに、

最後の最後に少しだけ迷っちゃった。あなたがいる。

美樹さんや暁美さんとの約束がある。

それなのに迷っちゃうなんて、とんだ腰抜けの裏切り者よ。

結局、私が出来た事なんてワルプルギスの夜を倒せた、ただそれだけ。

暁美さんとの約束も中途半端、思い返せば何もかもが中途半端な人生だった」

自嘲的に話すマミ。しかし断固とした口調でミギーは彼女に告げた。

「まだ、何も終わってはいない。諦めるには少しばかり早過ぎる」

諦めるなと主張するミギー。

冗談を言わない「彼」の言葉が、この時ばかりは冗談に聞こえて仕方がなかった。

最後の記憶はマミの中に朧気に残っている。舌が伸びて、そして首が切り取られた。

760: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:12:11.92 ID:xJMnXCMc0
魔法少女の特性のおかげで苦痛はセーブされたため特に何も感じなかったが、

それがどれ程絶望的な状況なのかくらいはさすがにわかる。

『外』で何が起きているのかわからない。身体も動かせない。

そんな状況でどうやって「まどか」を倒せと言うのか?

どんな奇策ですらも思いつかなかった。

「バカな事言わないでよ、だって頭がもうないのよ。

勝てる訳ないじゃない、そんな状態で」

「それはきみが普通の魔法少女だった場合の常識だ。

しかしきみは無論普通の魔法少女ではない。

私がきみとずっと一緒にいる、普通じゃないだろ?」

「ふふ、あなたがいる、それだけでどうやって

この絶望的な状況から逆転できるというの?

あなたがずっと寝てたのも私が負けた敗因の一つよ、きっと」

761: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:20:37.45 ID:xJMnXCMc0
ミギーがずっと心の支えになってくれていたのは間違いない。

夢の中にいればミギーに会えた。

そこでのやり取りを全て記憶する事は出来なかったが、

ソウルジェムと肉体は切り離されているおかげか、

夢の印象全て何もかもをすっぱり綺麗に忘れてしまうという事はなかった。

それに夢の内容も毎日ミギーと話している内に、

だいぶ抜けはあるにしても、

きちんとした形で覚えられるように最近はなってきていた。

起きている時、辛い時も悲しい時も苦しい時も、

ミギーがずっと傍にいてくれるという事実は確かにマミを力強く励ましてくれた。

しかし、それが「まどか」を倒す足掛かりになるとはどうしても思えない。

たった一度きりのチャンスを逃してしまった。そう思えてしょうがなかった。

762: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:30:35.57 ID:xJMnXCMc0
「外部との接続を断って作業してたんだから仕方ないじゃないか。

一カ月を目処に目を覚ますとは前に言ったが、

一カ月だと教えてくれる奴がいる訳でもないし、

きみと最後に話してから何日経ったのか正直わからない。

あれからもしかして一か月もう経ったのか?」

言われて初めて気付いた。

いつも話していたミギーとこのミギーはある意味では「別人」なのだと。

私がいつも夢の中で話していたのは脳にいるミギー。

そしてこのミギーは多分右胸にいるミギー。

いつも私が話していたミギーは今頃「まどか」の口の中、

どこにせよ「彼女」の体内にいるのだ。

「の、脳にいたミギーは今は鹿目さんの中に……!」

「うん。結果論で言えば我々にとってかなり幸運だと言える」

「えっ、どういう事?」

763: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:33:43.22 ID:xJMnXCMc0
自分の一部が現在捕食されている途上にあるだろうに、

幸運とは一体どういう意味で言っているのか、あまりに理解に苦しむ。

もしも今マミに首があったなら、

どういう事だと文字通り首を捻っているに違いなかった。

「ここに通俗的な時間観念といった物は適用されない。

しかし、これ以上無駄話を続けるのも不毛だ。

これから私の話す事をしっかり聞いてくれ。

いいか、きみの脳は現在ただの肉の塊と化し、

それを修復している時間的な余裕はない。

けれど我々にとって『脳』は一つではない。それは無数にあるのだ。

きみと私との生物の種としての違い、おそらく前に話したはずだ。

私は言わば全身が筋肉であり、脳でもある。

つまり私の計画はこうだ。

マミの脳がダメだと言うならば、きみは私を脳として体を動かせばいい」

「……正気?」

764: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:37:25.60 ID:xJMnXCMc0
ミギーの「脳」と呼称している物が

本当に人間の脳と同じものなのかは別として、

別の生物の脳を使って思考するなんて当然の事ながら聞いた事がない。

脳死状態になってしまったから、

他人の脳を移植して甦らせようなどといった発想よりもさらに奇抜だ。

しかし、いつもの通りミギーとしては大まじめだった。

「もちろんそこには想像を絶するような断絶、危険があるはずだ。

けれどこのまま何もせずにいたら生き延びる可能性は全くゼロじゃないか。

キミのソウルジェムは耐えられない痛みを無意識にセーブするように出来ている。

だったら耐えられない感覚や意識といった物も、きっとセーブしてくれると考えよう。

キミの魂と私を結合する。そして出来るだけ早く決着を付け、

出来るだけ早くその状態から脱出する。それ以外の他の道はない」

それ以外の他の道はない。

そう言われてもマミは中々踏ん切りをつけられなかった。

765: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:41:19.32 ID:xJMnXCMc0
何しろこれまで脳にミギーが混じっていたという状態とは訳が違う。

ソウルジェムはマミの魂である。

その脳よりも根源的な自意識を、ミギーと融合させる。

互いの自我の統一、それによって起こる影響はどのような物なのか。

予想の付けようがなかった。自分が自分ではなくなるかもしれない恐怖。

それはマミの決断を躊躇わせるには十分の物だった。

「そんな事をするなんてどうかしてるわ……。

あなたは怖くないの……?自分が自分じゃなくなるかもしれないのよ。

しかも下手をしたらそれじゃ済まないかもしれない」

「だったら、このまま何もせずに死ぬのを待てというのか?

そんなのは御免だ。せめて死ぬにしても、ぎりぎりまで足掻いてからの話でありたい。

だから私はマミの元までこうしてはるばるやって来た。

今この時を生き残らなければ、未来の心配なんてするのは無意味だろう?

たとえ何かが起こるのだとしても、まずは今この場を生き延びなくては。

そのためにはリスクがあろうが無かろうが、

最も可能性が高そうな最善の選択肢を選ばなくてはならない」

766: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:45:48.51 ID:xJMnXCMc0
自分はいったいどうするべきなのか。私は何をどうしたいのだろうか。

……責任。その言葉がマミに浮かんでくる。

あの時、迷わなければこんな状況には陥らずに済んだのだ。

私の生命は私のためだけの生命ではない。

ミギーのための生命でもある。

ミギーがもう覚悟を決めているのに、

それから私一人が逃れようとするのは頂けない。

何もかもが中途半端な人生だった、さっきミギーに言ったばかりだったじゃないか。

死なば諸共。私は一人じゃない。

生きる事を勝手に一人で諦めていい立場なんかじゃない。

最後までやり通すのだ。精一杯生きるという事を。

「……どうやればいいの?」

「私としては受け入れる意思は既に出来ている。

後はマミがその意思を志向するだけだ」

767: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:51:48.62 ID:xJMnXCMc0
気付けば前に『手』が差し伸べられていた。

目の見えない、何も感じないはずの中そう感じるのはおかしな話だ。

しかし、マミはとにかくそう感じた。

精一杯自分の腕という物をイメージする。

そして自意識の薄膜を抜けて、その伸ばされた『手』を取る。

まず最初に、空間が広がっていくのを感じた。

ミギーの存在をいまだかつて無かったほど身近に感じる。

それはまさに自分の一部だと言える実感だった。

音、光、匂い、触感、ありとあらゆる感覚が無限に広がって感じられる。

今まで考えた事もないような世界の有り様がそこにはあった。

何人もの自分、おびただしい程の自分、

その自分が統括的な私という一つの概念に収束していく。

768: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:53:18.60 ID:xJMnXCMc0
すさまじい情報量、すさまじい思考のうねり。

すぐさま気分が悪くなってきた。

自分という物の形がぐずぐずと溶け出していくような気がしてくる。

そして、終いにはミギーの一部に成り果てるか否か?

といったそんなぎりぎりの間際。

マミの心はどうにか元の形を取り戻した。

ソウルジェムがマミの精神の拡散を防御したのだ。

一息つくと、それでもいつもとは別の状態にあるとマミは気付いた。

なくなった頭部以外の全身にマミの感覚は行き渡っている。

いつもとは動かし心地が色々と違いそうだ。

しかし何よりも違うのは、「まどか」の体内にも自分の意思を感じる事だ。

「まどか」の体内の構造が理解できる。

そして、今にも「まどか」に取り込まれようとしているのが「肌」で感じられる。

769: ◆2DegdJBwqI 2013/09/01(日) 11:58:01.25 ID:xJMnXCMc0
「体調はどんな感じだ?」

ミギーの声がする。

それはあまりにも身近過ぎて、

自分の思考が乗っ取られたようで気持ちが悪かった。

先程の気持ち悪さも明確な嘔吐感となり次第に増幅されつつある。

それを吐き出すための口がないのは幸いだった。

「最悪の気分だけど、気分が悪いって事は、

どうやらまだ死んではいないようね」

少しだけ、自分の軽口で何故か笑い出しそうになった。

笑っている場合じゃない。急がなくちゃ。

ぐっと気を引き締めて、反撃のチャンスをマミは虎視眈々と狙う。

775: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:29:53.82 ID:yNL3Lueh0
~☆

強敵をこの手でもって屠った。

湧き起こる狂騒とした悦楽に「まどか」は浸り、

無我夢中で勝利を貪っている。

やはり、巴マミは全力で相手するに足る存在だった。

もしもあの時、マミが迷いを見せなければ、

首の『赤い石』を撃ち砕かれこちらが敗れていただろう。

圧倒的不利な状況からの大逆転、

それを許さず勝利をこの手にもぎ取った。

その昂揚感は他の何物にも代え難かった。

生命を賭した闘いの中に自分を見いだす。

生まれて初めて感じた朗らかで何一つ偽りのない充実感。

マミに損傷させられた右肩には既に新しくパラサイト部分を回した。

今、自分がこうしてちゃんと生きているのだという実感、安心感。

だからこそ、致命的なまでに油断してしまっていた。

地面に横たわるマミに感じるべき違和感、

ミギーから発せられる信号の、

眠りから目覚めた事による変化に気づく事が出来なかった。

776: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:35:19.08 ID:yNL3Lueh0
最後の一口を「まどか」が呑み込んだ瞬間、

喉奥から「まどか」の口をこじ開け、

これでもかと魔法のリボンが勢いよく噴出する。

雪崩れ出るリボンは「まどか」の顔を包み、身体を包み、足や手を包み……。

私に身に何が起きているというのか?

必死で視界を回復しようと「まどか」はあらゆる箇所を刃に変え、

リボンを切っては捨て切って捨てを繰り返すが、

切断した所からも新たなリボンが絶えず伸び行き、

その勢いはとどまる所を知らない。不意打ちは成功した。

しかし、これだけでは目くらましにしからならない。マミが動き出した。

ニュゥっとマミの襟元から顔を出したミギーが、

目玉をキョロキョロさせ周囲を窺う。

ポーチに入ったグリーフシードを一つ取り出し、ソウルジェムを浄化した。

それからすぐ変身しながらマミは機敏な動作で立ち上がり、

「まどか」の前方、中空にマスケット銃の群れを呼びだす。

そして、雨あられのごとく弾丸を斉射する。

777: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:39:52.73 ID:yNL3Lueh0
全身に散らばったミギーの細胞片をとっかかりにして身体を操縦、

ミギーの目を通して辺りの状況を把握。

「まどか」の体内に呑み込まれたミギーを通じて感じ取った、

「まどか」の全身を覆う装甲の隙間という隙間、人間部分を的にした。

「まどか」に呑まれたミギーが今にも取り込まれようとしているのを感じる。

急がなくてはならない。

「まどか」の装甲の隙間という隙間に穿った穴の中で、

弾丸に込められていたリボンが暴れ出す。

瞬時に再生しようとする「まどか」の驚異的な治癒力をリボンが邪魔する。

新しい銃の群れが再度斉射、もう一度新しく斉射。

追撃の手を決して緩めずリボンで「まどか」の身体を少しずつ、少しずつ侵食していく。

「まどか」の動きが鈍り始めた。

そして頃合いを見てマミ自らがマスケット銃を悠々と構え、

「まどか」の首に狙いを定める。

暴れまわる「まどか」の抵抗、動きをじっと見極める。

引き金を引いた。『赤い石』が砕ける。遅れて最後の一斉掃射が「まどか」を襲う。

778: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:50:54.15 ID:yNL3Lueh0
~☆

一段落ついた後マミの右胸に、

銃弾の雨から逃れるべく「まどか」の背中へ避難していたミギーが帰還する。

魔法少女の変身を解いたマミが、

ぐったりと地べたに座り込んで頭の回復を待つ。

一度同じ状況を経験していた事、

ミギーを通して辺りの状況などを知覚している事、

これらのおかげで思いの他魔力の消費とそれにかかる時間は少なくて済んだ。

頭部が完全に回復したのを確認し、ミギーとの『接続』を切る。

それまでの間、彼女を圧迫していた違和感の塊が心からスッとのけられる。

スッキリとした安心感が芽生えるのと同時に、

それは先程よりもどこか深遠な空虚さを感じさせた。

頭を食べられるという極限の生命の危機に瀕したせいか、

それとも今の今まで冷血なミギーとより深く繋がっていたためか、

激憤といった様々の攻撃的な感情は驚くほど冷めてしまった。

残ったのは臆病で散漫とした恐怖に似た感情ばかり。

779: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:54:22.84 ID:yNL3Lueh0
治療を終えたマミの目の前では、

死にかけの「まどか」がもぞもぞ蠢いている。

四肢は破れ、重要器官はただの肉の塊と化し、

無事なのはもはや顎より上の部分だけ。

しかし、それでも「まどか」は生きていた。

首に埋まった『赤い石』、

その破片が「まどか」の中で彼女の脳からいまだ力を引き出し、

人体を修復しようと努めている。けれどもその努力が実る事はない。

『破片』は「まどか」の生命を永らえさせるばかりで、

傷を治す所までは至っていない。

先程からちょっとずつではあるがその『力』は弱まりつつある。

何時頃になるにせよ、「まどか」が力尽きるのは時間の問題だった。

もう、鹿目さんを助ける事は出来ない。マミも心の奥底では分かっていた。

それでも死にゆこうとする彼女、

「まどか」が必死にもがく姿は見るに忍びなかった。

しかし、そんな心境とは矛盾して、その光景から決して目を離す事が出来ない。

780: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 09:58:44.50 ID:yNL3Lueh0
どうして、こんな事になってしまったのだろう?

これまでになくその疑問が大きく膨れ上がる。

まどかがこんな残虐な仕打ちに遭っているという意味だけではない。

まどかの身体を乗っ取ったパラサイトだって、ただ生きようとしただけなのだ。

これを、この惨状を引き起こしたのは私だ。私が全てをやった。

どうして、こんな事になってしまうのだろう?

冷めてしまったとはいえ、

マミの中から憎しみそのものが消えてなくなった訳ではなかった。

けれどこのまま「まどか」を殺した所で、

それは解決される物ではきっとない。

おそらくはもっと、行き場を無くしてる辛くなるのが関の山。

憎しみに身を任せる事が今は馬鹿馬鹿しく思えて仕方がなかった。

復讐に何の意味があるのだろう?

一体何の意味が……。

781: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:04:39.44 ID:yNL3Lueh0
その時急に、目の前の「まどか」がポロポロと、

いつの間にか涙を流していた事にマミは気付いた。

身体は震え、抑えがたく、捉え難い感情が心の底から染み出してくる。

心臓が縮み上がる思いがする。罠だ、これは罠だ、罠に違いない。

そう、マミは考えようとするが、

『赤い石』を破壊した後のさやかの様子を嫌でも思いだしてしまう。

つまり、美樹さんと同じように鹿目さんも意識を取り戻した……?

【鹿目、さん……?】

テレパシーで呼びかけるも反応はない。

ただこちらを見つめながら無表情に泣いているだけだ。

今、泣いているのは、誰だろう?

鹿目さん?パラサイトの演技?それとも意思を伴わない何か生理的な反応?

782: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:07:42.86 ID:yNL3Lueh0
「鹿目さん、鹿目さん。返事は、返事は出来る……?」

無言。

静寂だけがマミに一つの答えを返す。

まどか、あるいは「まどか」からの答えが何も返ってこない以上、

意識の有無はどうとも言えなかった。

ただしさやかという前例に照らし合わせるならば、

それは人間のまどかが流した涙だという事になる。

ガチ、ガチ、ガチ。自分の歯が忙しく鳴っているのが聞こえる。

助けなきゃ、助けなくちゃ、絶対に鹿目さんを助けないと……。

でも、どうやって?この肉体の損壊の酷さ、私に助けられるだろうか。

いや、違う。それよりもっと、頼りになる簡単な解決方法があるじゃないか。

鹿目さんのご家族は行方不明。美樹さんは死んだ。上条君も死んだ。

全てを元通りにする方法が一つだけある。

783: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:12:06.37 ID:yNL3Lueh0
鹿目さんの魔法少女になる際の願い、

それに全てを賭ければいい。

彼女はやはり魔法少女になるべく生れついた人間だったのだ。

頭が上手く働かない。

鹿目さんを救いたい、そして、この地獄の顛末をほとんど無かった事にしたい。

ただそれだけが、堂々巡りマミの頭の中を巡行していた。

憎しみという原動力が上手く機能しなくなった今、

目の前の現実を改めて直視するのはマミにとってあまりに辛すぎた。

大切な友達が、地べたを虫けらのように這いずり回ることすら出来ず、

独特の間隔を持って微動している。

その姿は嫌でもさやかの死に様を思い出させるが、

それよりも数段酷く無残だ。

しとしと涙を流している。嫌でもその姿には感情移入せざる負えない。

正気で見つめるには、あまりにその光景は無情すぎた。

自分の頬にも涙が伝っているのをマミは感じた。

784: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:14:52.64 ID:yNL3Lueh0
適当に手元にリボンを出現させたりして、ソウルジェムを濁らせる。

そして一つのグリーフシードにギリギリまで汚れを溜め込ませ少し時間を置く。

そして力強く、忌々しい宇宙人の名を呼んだ。

「キュゥべえ!」

「やあ、マミ。無事に倒せたんだね、おめでとう」

素早くインキュベーターがマミの前に姿を見せる。

たとえ、いつか魔女になる事があったとしても、

こんな惨めな死に方をするくらいなら、きっと、それは、きっと……。

使用済みのグリーフシードを渡してからキュゥべえに要求する。

「鹿目さんを助けてあげて」

「どういう事だい?」

「鹿目さんと契約して、彼女を魔法少女にしてあげて欲しいの。

魔法少女にしてこの結末を無かった事にして」

785: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:21:03.64 ID:yNL3Lueh0
視界が涙でぼやけている。顔を濡らす涙をマミは手で拭い去った。

キュゥべえを見遣るとやれやれ、

という吹き出しが似合う態度で首を横に振っている。

「冷静になりなよ、マミ。それはどう考えても不可能だ」

「どうして、どうして……?」

「前にも言ったけど『赤い石』は人間の魂に穴を開けて、

パラサイトと連結する物だ。そこに魔法少女かどうかの区別はない。

それが壊れた今、穴からまどかの『素質』は漏れ出してしまっている。

まどかに前ほどの因果はない。

今の彼女にこれまでの事象を無かった事に出来るほどの素質は残っていない」

「それでも、彼女の身体を回復させるくらいにはきっと」

「まだ、ボクの話は終わっていないよ」

マミの横槍を、インキュベーターは強引な口調で押し止める。

786: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:25:44.62 ID:yNL3Lueh0
「いいかい、マミ。これが一番重要な事だけど、

まどかに自由意志という物はもはや存在していない。

ボクはキミ達の渇望、願い事を叶えキミ達を魔法少女にする。

だけど魂に穴が開いた状態の今のまどかに、何か特定の願い事をするのは不可能だ。

キミの願いがどれ程切実であろうと、それによってまどかと契約を結ぶ事は出来ない。

当然キミはまどかではないのだからね、わかるだろう?」

「……じゃあ、じゃあ鹿目さんはもう何も考えていない、

何一つ苦しんでいないって事?」

それならば、少しは救われる、かもしれない。

苦しんでいないというのならば、

彼女の涙に何の意味も感じないで済む、かもしれない。

しかし、マミのそんな必死の逃げすらも、全く許容される事はなかった。

787: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:32:56.17 ID:yNL3Lueh0
「どうだろうね、ボクにはわからない。

そもそもボクはキミ達人類が常々どう感じどう思っているか、

なんて事を端から知らないからね。

ただ魂の形を外から眺め、それがどういう傾向性質を持ったものかを見定め、

それを決まった形で取り扱っているだけだ。

まどかの魂が完全に壊れているという事はわかる。

彼女が願い事をして契約する程の、

明確な選択を行えないという事はわかる。

しかし、外部からの刺激を何一つ受容しないとは、

何もかもを考えていないのだと、それで断ずる事は出来ない。

不定形である魂の壊れた人間が、

何一つ感覚、思考出来ないという道理はない。

彼女が何かを感じているかどうか、

それを知っているのは現時点でまどか本人一人のみだ」

788: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:39:28.69 ID:yNL3Lueh0
「つまりもう、鹿目さんを救うのは不可能って事……?」

「そう言う事になるね。

まどかの存在はもはやキミの精神にとって悪影響しか与えない。

さっさとケリを付けてしまう事をボクは勧めるよ」

冷血、そう呼ぶ事すらおこがましい。

奴らには、インキュベーターには、一滴の血も通っていないのだ。

マミがギリギリと歯噛みする。

「ねえ、ミギー、あなたはどうしたらいいと思う?」

「さあね、それはキミが自分で決めれば良い事だ。

キミのやりたいようにしたら良い」

あなたはいつまで経っても変わらないわね。

フフ、と乾き錆付いた笑みがマミの顔に浮かぶ。

マミが立ち上がった。「まどか」の傍へとじりじりと近づいて行く。

789: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:44:10.21 ID:yNL3Lueh0
「ミギー。防御お願い」

「まどか」の口元から触手が伸びた。

パラサイトの攻撃にしては少しだけ遅い。

だいぶ弱っているのだろう。

なるべく限界まで距離を空けながら、治癒魔法を「まどか」にかけ始める。

「止めた方がいいと思うよマミ。そんなことしても何の意味もない。

魔力の無駄、せっかくのグリーフシードを浪費してしまうだけだ」

インキュベーターの言葉を聞こえなかったかのようにマミは無視した。

ミギーは黙って伸びてくる触手を冷静に受け止め防ぎ続けている。

ゆっくり辛抱強く、まずは下腹部から修復していく。

綺麗な形に戻って行く「まどか」の身体。

自分で壊した物を自分で直している。

何だかおかしな気分になった。

「ハハあっ、はははっ、ハハは、アハっ、はっ、はっ、はっ」

790: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:47:10.08 ID:yNL3Lueh0
奇妙な笑い声をあげるマミ。インキュベーターの言う通りだ。

こんな事をして、いったい何になるというのだろう?

もしこれで、このまままどかの身体を完全に修復して、

彼女がまた新しく動き出したとしたら、

それはパラサイトの意思による物に違いない。

さっきインキュベーターが言っていたではないか。

彼女にはもう自由意志は存在しないと。

どうせ壊れた『赤い石』の破片の力で、

パラサイトが生きようとしてもがくだけだ。

「ハッ……。ハッ、ハッ……。ハッ……ハッ……」

もしそれで、「鹿目さん」が襲ってきたら、

私は彼女をまた傷付けるの?

そんなの、彼女の生命を都合良くもてあそんでいるのと同じじゃないか。

どこで間違えた、私はどこで道を間違えてしまったのだろう。

791: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:50:55.23 ID:yNL3Lueh0
私が、魔法少女の願いに縋ろうとするような弱い人間だから、

こんな事になってしまったのかもしれない。

……インキュベーターと契約した時、

無闇に奇跡に縋って後悔した事も忘れ、

私は性懲りもなくまた奇跡に期待した。

でも奇跡に縋るのは、奇跡を願うのは、いけない事なの?

だったら奇跡で拾われた私の生命は、何のためにあるというの?

「アァッ……!アッ、アッ、アッ……、ァ……。」

歪んだ笑みが嗚咽に変わる。

これのためにある、なんて明確な意味はどこにも存在しないのだ。

ただ生きて、ただ死ぬ。

微少な行為の数々が結び付き、全体の結果を生み出す。

それに一喜一憂して、希望を抱き、絶望する。

延々と運命、そして自分の意思に翻弄されていく……。

それならもういっその事、これで、十分なんじゃないか。

792: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:53:52.99 ID:yNL3Lueh0
「……ねえ、ミギー」

「なに?」

「もう……、いいわ。私じゃどうする事も出来ない。

どうせ、このまま放っておいても鹿目さんは死ぬのよ。

帰りましょう。もう、何だか私、疲れちゃった」

「そうか」

空笑いを顔にのっけて、マミが「まどか」からふっと目を離す。





マミの目に、遠く静かに転がっていたさやかのレイピアが映った。

耳の奥でぼそぼそと声が聞こえる。




あのね、まずはまどかをあんな姿でこの世にいなくていいようにしてあげて欲しいの。

あとそれと似たような事、して貰う事は一緒なんだけどね、

私の敵をとって欲しい。私の晴らせなった恨み、恭介の敵をとって欲しい。

恭介の命を奪ったまま、まどかの身体に居座って

あいつがずっと生き続けるなんて、私には耐えられないから……。

793: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:55:05.33 ID:yNL3Lueh0





「約束する……。絶対に私があなたの、

そして上条君の敵をとるから……。だから……、だから……」





794: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:56:07.67 ID:yNL3Lueh0
そして今はもう過去に出向いたはずのほむらの声が、

つまりは幻聴が聞こえてくる。







でも、それでも、私はあんな風になってしまったまどかを

そのままにはしておけない。

それがたとえどんなに……。






795: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 10:58:12.94 ID:yNL3Lueh0





                「私が殺すわ」






796: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:05:11.82 ID:yNL3Lueh0
まどかの顔を再び見る。

その両目は赤く充血し、泣き腫らした跡が見える。

しかし、彼女はもう涙は流していなかった。

あなたは今、何を考えているの?

それとも何も考えていないの?

……謝らなくちゃ、ごめんなさいって私、あなたに言わなくちゃ。

想いとは裏腹に口は乾き固く閉ざされ、

言葉は喉につっかえている。

ごめんなさい……。

ごめんなさい……。

ごめんなさい……。

天真爛漫なまどかの姿が、彼女との思い出が、

走馬灯染みた慌ただしさでマミをぐらりぐらりと揺り動かしていく。

797: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:11:13.91 ID:yNL3Lueh0
マミさん、契約したら本当に、何でも願い事がかなうんですか?


じゃぁ、じゃあ、今各地で起きてる『ひき肉ミンチ殺人事件』を

無くしたりする事だって出来るんですよね?

例えば、は、犯人の存在をこの世界から消したりして。




あの時の私はただ見ている事しか出来なかった。

あの時までは、あんな恐ろしい事が身の回りで起きてるなんて全く思ってもみなかった。


嫌なんです。もう何もできない自分でいるのが……!

誰かがどこかであんな目に遭っているというのに、

私は毎日をこうしてだらだらのうのうと生きているのが!

だからもし、もしも私が契約する事でそういう人達を救えるなら、

私は契約したい。いえ、それが可能なら私は契約しなくちゃいけないんです!




798: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:12:04.58 ID:yNL3Lueh0


もし契約が私には背負いきれない重荷だったとしても、

そうだとしても私は、今もどこかで誰かがあんな目に

遭ってるかもしれないと思うだけで耐えられないんです。

たとえ私がどんなに苦しむ事になろうとも、

これが出来るのは私だけだから。

だから私がやらなくちゃ、絶対にダメなんです。




マミさんは一人ぼっちなんかじゃないです。

だって私にさやかちゃんにほむらちゃん、こんなに友達がいるじゃないですか。





互いに友好の証に手を握り合った。

これでもうほむらちゃんとマミさん、二人はれっきとした友達ですよね!



799: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:27:19.83 ID:yNL3Lueh0
……眩しくなるような笑顔を浮かべていた鹿目さん。

マミがレイピアの元までゆったりとした足取りで歩き寄り、それを掴み持った。

『赤い石』の破片の治癒力を失わせる。破片を直接砕いていくのは手間だ。

傷を修復する『力』が、脳のおかげでどうにか維持されているのは間違いない。

こうなってしまえば、脳の損傷はまさに致命傷足り得るだろう。

このレイピアで一突きすれば、それで全ては終わる。

今更、鹿目さんを直接殺す事を止めた所で何になる?

彼女をこんな姿にしたのは紛れもなく私ただ一人の責任だ。

ここで彼女を殺すのを止めた所で、それは罪から逃げ出した事にしかならない。

私が、鹿目さんを殺したんだ。

それを自分が可愛いから、自分が大切だからって理由で、そこから目を背けようとする。

そんな事はあってはならない。私の人生、中途半端な事ばかりだった。

美樹さんと、暁美さんとの約束。ちゃんと果たさなきゃ。

最後まで、この手で果たさなきゃ。「まどか」の元に黙って引き返す。

800: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:31:48.13 ID:yNL3Lueh0
謝る事など出来ない。

謝るというのは相手からの許しを乞うという事だ。

それは、彼女をこれから殺そうとしている私には、到底荷が重すぎる。

私と鹿目さんが、もしも本当に友達だというのなら、

今ここで、許しなど求めてはいけない。

自分のしようとしている事を相手に謝るくらいなら、

そんな事は最初からしなければいい。

私には彼女に謝る資格など、もうどこにもないのだ。

マミはレイピアの剣先をまどかの額に向ける。

それでも、お別れの言葉を述べる事くらいは、せめて許してもらえるだろうか。

それすらも許されない事なのだろうか?





じゃあ私の事これからまどかって呼んでください!

まずはそういう所から慣れていきましょう!

801: ◆2DegdJBwqI 2013/09/03(火) 11:37:28.92 ID:yNL3Lueh0
……そういえば、そんな事もあったわね。

最後くらいは、そう呼ぼうかな。

それが既に手遅れなのだとしても、そうしよう。

うん、きっとそうした方が良い。




「さようなら、まどか」




強く、マミが柄を握る手に力を込める。

そして鋭くレイピアが、まどかの脳を一息に貫いた。


【第四部 パラサイト対決編 終わり】

808: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 14:59:57.76 ID:1PY/IO3/0
~☆

「マミ、重大な話がある」

ミギーの声が聞こえた。

「たった数時間前に起きたばかりなのは重々承知しているが、

私は深い眠りにこれから再び就かなくてはならなくなった。

しかもおそらくは前のよりもずっと長い期間」

どうして?ミギーはまた一つになれたじゃない。

今更何のために眠り直すというの?

「その一つになれた、というのが問題だ。

キミの脳にいた私、そして胸にいた私、

私という自己としてそのまま再度一つになるには、色々と別の道を歩み過ぎた。

先程起きている間はずっと我慢してきたが、

思考は混乱するし、身体を動かそうとすればギクシャクする。

これは本当に自分なのかと思うくらい酷い有様だ。

だから長く時間はかかってしまうだろうが、

私は私としての意識の統一性を違和感なく回復するため問題の解消に努めなくてはならない。

それ故に不要な刺激を持ち込まぬよう、

問題が解消されるまでは外界からの刺激は全てカットさせて貰う」

809: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:01:56.71 ID:1PY/IO3/0
……もう、決めた事なのね。

私が何を言ってもどうせやめる気はないんでしょ?

「ああ。出来ることなら私が顔を見せないからといって、

気に病まないでくれるとこちらも助かる」

はいはい、善処するわ。だから出来るだけはやく、はやく帰って来てよ。

「さて、どうだろうな。どれくらいかかるかは定かではないけれど、

一応きみが生きている間、私が一度も目を覚まさないという事も覚悟しておいた方がいい」

えっ?ちょっと待って、どういう事?

聞いてないわよ、そんなの。

ねえ、待って。

待ってったら、ミギー……!


……………………

………………

…………

……


そしてミギーの声は、聞こえなくなった。

810: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:04:04.53 ID:1PY/IO3/0
~☆

マミがまどかをその手に掛けてから、既に十を超える年月が流れた。

その日、マミは見滝原市内の公園にて一人じっと佇んでいた。

昼のどぎつい太陽の日射が、

彼女の中学生の頃と比べ少し大人びた顔へジリジリと照り付けている。

さぞかし眩しそうに眉を顰めるマミ。

少し大人びた顔、それは彼女という存在の不自然さの象徴でもあった。

歳と比べると幼いあどけなさを残して見える、しかし子供だとは言い切れない。

何というか中途半端な容姿だった。

マミが人より童顔に見えやすい、というだけではない。

マミは高校生半ばくらいの頃から、その容姿に成長などの変化が一切加えられていない。

魔法少女は多少の個人差はあれど、決まった年齢で身体の成長が止まってしまうのだ。

何年経っても変わらぬ自分の姿に少し違和感を持ったマミが、

インキュベーターにどうしてかと尋ねてみた事があった。

インキュベーターは彼女にこう言った。

811: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:07:28.84 ID:1PY/IO3/0
「第二次成長期の少女の魂を、

ボクらがソウルジェムという物質に変換している事はマミももう知っているよね。

魔法少女としてキミの魂はソウルジェムに定着した状態にある。

つまりキミの魂はぎっちり固定化され、成長その他の変化を受け付けない状態にあるんだ。

そんな状態で肉体だけがどんどん変化していく。

すると魂と肉体、そこにいずれは埋めきれぬ齟齬が生じてくる。

だからキミ達魔法少女の身体を、

ソウルジェムが操作出来る範囲に留めておこうとする働きが起こる。

これがキミが何年経っても変わらないという事のメカニズムだよ。

魔法少女として生きるのに不必要な成長に、

無駄なエネルギーを使わなくて済むというのは実に素晴らしい」

それからインキュベーターは、宇宙が絶えず熱量死へ着々と向かっている事、

そしてそれを緩和し宇宙の寿命を延ばすため自分達が活動している事をマミに説いた。

私の身体がこれ以上成長する事はない。

人間だったらおよそ起こるはずのない事態だ。

突然知らされた新事実に難色を示すマミ。

するとインキュベーターは白々しく彼女にこう言った。

812: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:09:33.68 ID:1PY/IO3/0
「でも、キミ達にとっても悪いことばかりじゃないとボクは思うな。

だって成長しないという事は老化しないという事だ。

キミ達魔法少女は理論上永遠に生き続けることだって可能さ。

それはキミ達にとって非常に有益なはずだ。

事実人類は多くの個体が常々こう言ってるじゃないか。

いつまでも若いままでいられたら良かったのに、ってね」

私は実際の年齢的な面でもまだ若い。今はこれでもいい。

しかし、後十年、二十年、三十年……、と経過した時、

『何も変わらない』というのは恐ろしい呪縛ではないだろうか?

マミは時々そんな風に自分を考えてみる事もあるが、

すぐさまそんな嫌な想像は振り払ってしまう。

それは十年、二十年、三十年経った時に改めて考えればいい事柄だ。

今からそんなつまらない事で一々苦しんでいたらたまったものじゃない。

813: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:11:16.70 ID:1PY/IO3/0
「エイミー……。エイミー……」

か細く本人も気づかぬような自然さで、

マミの口から待ち人ならぬ待ち猫である黒猫の名前が呼ばれる。

黒猫がここへ来なくなったのはいつの頃からだったか。

マミの記憶はあやふやである。多分、二、三年前の頃だった。

マミは毎日決まった時間にここを訪れ、エイミーに餌を与えていた。

黒猫もそんな彼女に中々懐いていた。

しかし、その顔合わせもある時を境にふつりふつりと途絶えがちになり、

ついに黒猫は全く顔を見せなくなってしまった。

何故顔を見せなくなってしまったのか?

その頃のエイミーはそれ以前と比べ元気がなさそうな、ダルそうな様子をしていた。

多分、いや、ほとんど確実にエイミーはもうこの世にはいないのだろう。

814: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:13:33.50 ID:1PY/IO3/0
体調の優れなさそうな彼女を、

マミは何度病院に連れて行こうと思ったかわからなかった。

けれどそれをするという事は、

彼女を本格的に自分が管理するという事を意味するように感じた。

それはほむらに頼まれたエイミーの世話に含まれた事ではないし、

何よりマミ自身の気が進まなかった。

過干渉、そんな言葉がマミの抱えていた葛藤の表現として、

ニュアンスの差はあれど一番ふさわしいように思える。

ともあれ、そんなこんなをうじうじ悩んでいる内に、

黒猫はここへやって来なくなってしまった。

それでもマミは今も時折思い出したようにここを訪れ、

来ないとわかっている黒猫がやって来るのを待ち続ける。

そして黒猫と出会ってからの記憶に思いを巡らせ、

黒猫と出会うきっかけとなったほむらに思いを馳せ、

ただじっと一人立ち続けている。

815: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 15:15:54.57 ID:1PY/IO3/0
~☆

マミは自宅でゆったりくつろぎながら、

長年の切っても切れぬ深い関係である友人、志筑仁美と通話していた。

現在マミは佐倉杏子とと共に暮らしているが、

彼女は出かけていてまだ帰宅する予定にない。

『それではまた、巴さん』

『ええ、志筑さん。またね』

電話を切った。

通話内容は好きになるに値する男性がどうも中々見つからないといった、

仁美の愚痴が大半だったが、それに文句を言う訳にもいかない。

現在マミは杏子と共に、仁美に何かと世話になっている状態にある。

彼女ら二人が仕事もせず仁美に養われている、という訳ではない。

けれど二人が仁美に雇われ養われているという事ならそれは正しい。

仁美を伝手に二人は仕事を斡旋してもらって、

それを受けるという雇用形態を現在取っている。

821: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 18:35:20.35 ID:1PY/IO3/0
魔法少女としては超がつく程の有名人である彼女達だったが、

現実生活でそれらの経験を生かせる職種となるとちょっと限られてしまうし、

高校生のような顔立ちは働く場所によっては悪目立ちしてしまう。

それでも色々なアルバイトなどを転々としていた物だが、

結局は給金が良く気心も知れた仁美に雇われる事にしたという訳だ。

マミ達が担う役目は所謂何でもござれの便利屋である。

どうも仁美は何かを一度気に掛けたら

とやかく余計な事にまで首を突っ込みがちな性分らしい。

そのため最も信頼できる存在として、

時々危ない橋を渡らされるような事もあるにはあるのだが、

日常的に魔女と戦い続け、かつてはパラサイトと戦ってきたマミとしては

それほど苦には思わなかった。修羅場を潜ってきた年季と経験が違う。

822: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 18:38:58.47 ID:1PY/IO3/0
まどかの死後ずっと、

様々の辛酸を嘗めつつ杏子と二人かれこれ五体満足で生き延びて来た。

「まどか」との戦いの後すぐに長い眠りに就くと言ったミギー。

それから今日の今までずっと応答はない。

ただ、そこにいるという事を感じられるだけだ。

「まどか」の体内に取り込まれかけたミギーと、

マミのソウルジェムと直に『同調』したミギー、両者の変容。

ミギーの間に生じてしまった隔絶。

マミはソウルジェムという『殻』に守られていたおかげで、

ミギーとの『同調』による影響をそれほど受けずに済んだ。

しかし、ミギーにはその影響を抑えてくれる障壁は何もなかった。

マミが生きている間一度も目覚める事がないかもしれないと、

事前に注意する程に深刻な睡眠。

マミはミギーが自分の元にまた顔を出してくれるのを

受け身に待ち続けるしかない。

心にぽっかり穴があいてしまったようだった。

823: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 18:41:13.29 ID:1PY/IO3/0
自分の中の大切な一部がぺろりと剥離してしまって、

そこに冷たい隙間風が絶えず抜けているような感覚。

大切な親友なら仁美や杏子がいるし、

他にもちょっとした友人や知り合いならたくさんいる。

けれど、ミギーとの関係はそれらとは全く別の種類の物なのだ。

「まどか」に反撃を決死に試みたあの時の、

魂を共有したような、ミギーの中に自分が潜り込んでいったような理解不能な感覚。

それはマミとミギーとの間における、

親愛と相互利益によって築かれた関係に、

一段と特殊な響きをもたらす事となった。

あの時間違いなく「二人」は、感覚、記憶といった全てを共有していた。

誰よりも近く傍に感じられる他者、孤独という概念に対立する密接関係。

一心同体。

杏子や仁美との関係が万が一にでも崩れさる事は、

もちろん何よりも恐ろしい事の一つではあったが、

ミギーを喪失する事は、自分が本当の意味で一人という人間または魔法少女として、

あらゆる艱難辛苦に対峙せなばらなぬ運命を背負う事を意味していた。

824: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 18:43:22.94 ID:1PY/IO3/0
例えばどれほど杏子が大切で頼もしかろうとも、

そこにはやはり、別の人間としての距離という物が少なからず存在する。

ミギーという内側からマミを支える存在とは根本的に関わり方が違う。

どちらがマミにとって必要かという話ではない。

どちらもマミにとっては等しく重要な物だ。

もちろんその両方を失ってしまったとして、

それでも歯を食いしばって歩いて行けない事はない。

けれどそれは、耐えがたいほどの苦痛と寂寥を

マミが独り精神に抱え込む事を要求する。

独りで生きていくのは辛すぎる。

孤独は彼女の歩みを萎えさせる恐ろしい病だ。

いったい何のために私は生きるのだろう。

その答えはマミにはまだ見つからない。

誰かのために生きているとはとても言えない。

自分のために生きているのだ。

でも、それなら自分にとって、何のために?

825: ◆2DegdJBwqI 2013/09/08(日) 18:45:48.09 ID:1PY/IO3/0
何か私にしか出来ない事はあるのだろうか。

私には何が出来るのだろう。

私は何をすべきなんだろう。

魔法少女を救う?

インキュベーターの根絶か、せめて魔女化を止める事が出来なければ、

魔法少女の問題は何一つ本当の意味で解決する事が出来ない。

しかもそれは不可能な事だと既に分かっている。

他に何か方法はあるの?

もしもそんな物が仮にあったとすれば、多分それはまどかの願いを頼む事。

彼女なら、私のような中途半端な魔法少女ではなく、本当に何かを為せるはずだった。

でも、いずれその先に待っているのはやっぱり……。

ぼんやりと思考に霧がかかる。

眠気がうとうとマミがそれ以上先を考える事を拒んでいた。

828: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:26:06.10 ID:MXMz+qXb0
~☆

夕暮れ時、そろそろ杏子が今日帰ってくる予定の時間帯だ。

窓から差し込む光にマミはさやかの形見のレイピアを照らしていた。

キラキラと反射した光は眩しく彼女の瞳孔を縮こませる。

その剣はまどかの脳髄を串刺しにするのに使ってから、

一度も戦闘において使った事が無かった。

敵の血でこの剣が新たに汚れる事、

それはまどかの死に対する許し難い冒涜に思えたからだ。

以来この剣は、マミがかつての思い出を呼び覚ます

触媒として用いられるに限られていた。

こうして無心に眺めているとだんだんと気が引き締まってくる。

そして、まどかとの甘やかな思い出が泡沫のように浮かんでは消え、浮かんでは消える。

それに付随する形でほむらやさやかの記憶も呼び起こされていく。

仁美も交えた、契約前も含めた人生の内で

一、二を争うくらい希望に溢れ楽しく幸せだった記憶。

829: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:29:45.90 ID:MXMz+qXb0
でも、最後は決まって……。

さやかを殺した。まどかを殺した。

千切れ千切れに漂う幸せの記憶は、

経過において多少の差異こそあれど必ずその二つに帰結する。

思わず己の罪の重さに身悶えせずにはいられない。

けれどそれはマミにとって一種の暗い喜びでもあった。

自分がまだまどかやさやかの事を大切に思っている事を実感出来るからだ。

彼女らの残した傷跡を自ら抉る事は、

身勝手で自己満足的な償いではないにせよ、自らの人間性の確認だった。

誰かのために苦しむ事が出来る。

それは特別な事であり人間として必要な事だ。

マミがまだ人間としての矜持を保てているという事だ。

まどか達の事をずっと思い続ける。

まどか達の事を忘れたくない。

それはマミが生きる原動力の一つでもあった。

830: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:32:56.14 ID:MXMz+qXb0
もしも何か、今の私が彼女達に出来る事があるとするなら、

それは彼女らの事を心に刻み覚えている、そんな些細な事だけだ。

どんなに苦しくても辛くても、あの時の苦しみを思い出せばまた立ち上がれる。

しかし一方で、どれほど楽しくても、嬉しくても、

いつの間にかマミの思考はあの時へ逆戻りしてしまう。

何を考えようと、どこへ行こうとも、

まどか達の事を何もかも切り捨てた人生は、マミにとって決してあり得ない事だった。

形容しがたい鈍い炎が心中絶えず燻ぶっている。

憎しみ、それが時間のさざ波に溶かされ全て消え去った訳では決してない。

ただし、それは昔ほどの強度を備えている物でも、

特定の誰それに対して向けられている物でもなかった。

831: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:35:38.75 ID:MXMz+qXb0
「まどか」へその憎しみを向けるにはあまりに死ぬ間際の姿が哀れ過ぎたし、

パラサイトにその憎しみを向けるには「彼ら」の現況が悲愴過ぎた。

インキュベーターのパラサイト駆除は現在も進行中であり、

食性を「人間食」から「人間の食べる物」に変化させた者しか、

ろくに生き延びる事は出来なかった。

インキュベーターに変形中の姿を視認されれば、

それは理由の如何に関わらず、控えめに見積もって八割駆除されると考えて良かった。

さながら人間社会に巣食う害虫を取り除くとでも言わんばかりに

無慈悲に徹底的に行われる殲滅。

あの頃、「キュゥべえ」は彼らの活動の目的を

インキュベーターの支配に反逆する事だと言っていた。

「キュゥべえ」達にまどかへの恨みがあったはずもない。

パラサイト達は必死に生きようともがいていただけなのだ。

そのために有効だった手段がまどかの素質を利用する事だったに過ぎない。

それを憎むのは、いつまでも憎み続けるのはマミには困難だった。

832: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:39:30.39 ID:MXMz+qXb0
たとえインキュベーター、

まさに諸悪の根源というべき彼らに対してであってさえ、

弛まぬ憎悪の維持は難しかった。

かつてはマミもインキュベーターを殺そうなどと考えた事があったが、

個体を無限にストックしていると聞いて結局諦めてしまった。

宇宙を救う、壮大な理念を惜しみなくマミに語ったインキュベーター。

それを知って得られたのは、

人間やパラサイトの価値観とはまるで違った価値観をインキュベーターが持っている、

そんなごく当然の認識の確認だけだった。

「まどか」に逆襲すべく行ったミギーとの『同調』、

マミは事前には想像もつかない、ミギーの意識に飲み込まれるような、

人智を超えた理解不能で茫漠たる知覚に身を曝す経験をした。

自分が人間という一個人の限定的な視野の中で、

毎日を生きているのだと嫌でも意識させられた。

833: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:42:33.39 ID:MXMz+qXb0
私は人間以外の立場に決して立てない。

本当に、他の生物の事を理解することなぞ出来はしない。

そう実感した。

いや、他の人間同士との間ですらそうなのかもしれない。

そう思ったからこそ、理解できない価値観だからと、

それを人間の都合だけで断罪しようとするのは困難だった。

徐々に歳月が経つにつれ憎しみが錆付いていくのを感じる。

私が無力だった事を憎めばいいのだろうか?

まどかの因果の増大の原因となった、暁美さんの時間遡行を恨めばいいのだろうか?

色々違った志向性は考えられるにしても、どれもしっくりこない。

全てどうしようもなかった事ばかりだからだ。

それでも唯一、マミが変わらず憎み続けている物といえば、この世のそんな不条理だった。

両親が死んだ時からずっと憎んできた。

人間にとってどうしようもない災厄。回避不可能な悲劇。

そんなものは何があろうと認められない。

834: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:45:43.80 ID:MXMz+qXb0
今のマミを支える最も主要な原動力は、

自分に降りかかる不条理への反骨心といってもいいかもしれない。

不条理に屈服する事は不条理の存在を認める事だ。

運命の悪戯とも言えるような絶対の不条理は、

きっと矮小な存在に過ぎない人間には一生理解不能な物だ。

しかし、理解不能な物がたとえ存在するとしても、

理解しようとする事をやめるかどうかは別の話である。

だからこそマミは、それが意識的であれ無意識的であれ、

より苦しむ事になるとわかっていながらも過去の全てを背負い込む。

挫けそうになりながら、草臥れながらも、

自分の意志で一歩一歩、

最終的な「死」という決着まで歩みを屹然として進めて行く。

おそらくは一生その徒労の旅の意味など見出す事もなく、

旅をする、ただそれだけのために。

835: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:48:29.80 ID:MXMz+qXb0
~☆

深夜、杏子は子供の啜り泣きのような声を聞いて目を覚ました。

隣に目を向けると、マミが自らの両肩を掻き抱き、

布団の上で膝を丸め身体を小刻みに震わせていた。

二人は普段からダブルベッドで一緒に眠っている。

決まった条件を満たさないと眠れない人間がいるように、

二人でなければ眠れないという事はもちろん無い。

しかし時折、マミが今のように「発作」を起こす事があるため、

杏子がマミを気に掛けこうして二人並んだ形で床に就いているのだった。

杏子としてももはや対処は手慣れたもので、

何も言わず横からマミを抱きしめ覆い被さるように上体を預けた。

トクン、トクンと規則的に鳴る鼓動。

何とも言えない悲しみが杏子の胸を締め付けている。

836: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:52:44.64 ID:MXMz+qXb0
マミは過去において自分の失ったかけがえのない物に、

いまだ完全に囚われてしまっている。杏子は知っていた。

マミの携帯には死んでしまったらしい友人達のアドレスが変わらず登録されている。

それらに何を思うのか、黙って液晶画面を見続けている事がある。

普通ここまで過去を強く引きずっている人間なら、

死相が日常的な表情に現れてきてもおかしくはないが、

不思議とそんな様子は見受けられない。

けれど、それが依然大きな問題だという事に変わりはなかった。

喪失の悲しみ、苦しみに面と向かって

向き合えるようになるまでには長い時間と労力がかかる。

それは喪失を忘れるという事ではない。

ただし今という現実に真摯に目を向け、未来への道を見通すのに必要な物だ。

あまりにも辛い悲惨な過去、事実は、

人にそれ以外の物への興味を喪失させるか、

悲しみに対する何らかの逃避かどちらかの選択をまず迫る。

837: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 06:59:56.25 ID:MXMz+qXb0
マミは現在の喜びも楽しみも、純然とした形で感じる事が出来ない。

全てが過去へ彼女を縛り付ける鎖になってしまう。

とはいえそれでも戦い抗う意志がマミには十分ある。

時間さえあれば、精神的な傷が全て癒える事はなくとも、

眼前の事象を心から楽しんだり出来るようになるに違いなかった。

どんなに重大な損壊、破滅が一人の人間の人生を貫いていたとしても、

戦う力さえ残っていれば、心折れずにあるならば、

また前をしっかり見て歩いて行けるようになる。

そう、杏子は信じていた。

少なくとも自分はそうやって家族の死後在り続け、

マミをこうして気にかける余裕が出るまでには持ち直した。

しかし、自分はマミの友達として、

苦しんでいる彼女に他にしてやれる事はないのだろうか、とも同時に杏子は思う。

838: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:03:34.76 ID:MXMz+qXb0
杏子や仁美、そういった存在が身近に無ければ今頃マミは、

苦悩にどこまでも身を焼いて、死ぬ事は無くとも人間らしさをすっかり失い、

無感動な機械のようになっていた可能性が高い。

自分がマミの人間性を繋ぎ止めるのに重要な位置にいる事は頭では分かる。

でも、それではとても十分ではない。

友達、そう表現するだけではとても足りない想いを杏子はマミに抱えている。

友達というよりはむしろ家族といった親密さ。

杏子がかつて家族全員を自分の願いによって失い絶望した時、

彼女を生きる事に繋ぎ止めてくれたのは、

それまでマミの与えてくれた優しさ温かさだった。

やさぐれていた杏子に生きる意味を与え直してくれたのも、

苦しんでいたマミへの人間的な感情だった。

マミが耐えがたい苦しみに悶え続ける今、

自分にも彼女に与えられた物に匹敵するような何か、

決定的な何かを返せないだろうか?

839: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:06:24.71 ID:MXMz+qXb0
マミとの繋がりを一度は手放してしまった。

マミに自分の浅はかさを見透かされる恐怖。

自分がマミにとって足手まといになるのではないかという恐怖。

しかし、幻想が破れ、蓋を開けてみれば、

マミはそんな絵物語の完璧な英雄のような存在ではなかった。

だからこそ、一度失敗してしまったからこそ、

アタシはマミのもっと助けになりたい。助けにならなくちゃいけない。

そういう焦り、負い目が杏子の中にはある。

けれど現実問題、杏子はマミが自分の意志で回復出来るように、

ひたすらマミの隣で彼女の身体の震えが収まるまで、

ひしと寄り添う事しか出来なかった。

それでも、いつかはきっとマミだって……。

いつかはきっと、また、しっかり前を向いて……。

840: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:09:27.62 ID:MXMz+qXb0
~☆

マミが夢の中、際限のない道程を一人歩いている。

どこへ向かってるのかなんてわからない。

何が正しいのかなんてわからない。

だからせめて、後悔だけはなるべくせずに済むよう懸命に歩いてきた。

自分のやりたいと思う事を精一杯やろうと目指した。

自分の手が届く範囲にいる手助けを必要としていた人々に対し、あらゆる労力を費やした。

どこまで行けばいいのだろう?

これらの行為がどれ程の影響を全体に与える事が出来るのだろう?

そんな身に余る事は考えず、ひたすら自分がそうしたいから、

そう思った事柄に自分の身を差し出した。

縛られず自由に生きて来たつもりではいる。

こんな所でへこたれるつもりもまだない。

しかし、それでもただ無心にがむしゃらに歩いていられた訳でもない。

呆れるほど似通った逡巡の繰り返し、

もう決めたはずの事柄にすら、ぐらついてしまう自分を感じる事がある。

841: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:15:30.45 ID:MXMz+qXb0
大きく頑固な理想を描けば描くほど、心は強く研ぎ澄まされなければならない。

弱さは切り捨てなくてはならない。

しかし、人間でいようとする限り、それを完璧に行うのは不可能な事だ。

それを切り捨ててしまえば、人間性を著しく損なってしまう。

弱くありながらも強い事が求められていた。辛く、大層忍耐のいる道のりだった。

マミは何度も自分の弱さをやりきれなく感じた。何度か休もうと思った事もあった。

しかし、そこで立ち止まる事だけは、マミが背負ってきた物が許さなかった。

私は正義の魔法少女にはなれなかったのかもしれない。

だけど、一人の人間として、正しくあろうとする事をやめる事は出来ない。

それが何よりも私のしたかった事、

そしてそれこそが魔法少女、つまりは魔女の生命を踏み越え、

まどかやさやかという友人を殺し、

両親を救えず生き延びる私が譲ってはいけない最後の一線だ。

もしいつか一人になってしまったとしても、

最後まで前のめりになりながら歩き続け、

いずれはもがきながら力尽きて倒れたい。

それくらいしか自分に出来る事はないだろうと思っている。

842: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:20:15.29 ID:MXMz+qXb0



……でも、それでもこのまま、ミギーと何も言えずにお別れなんて、

それはいくらなんでもあんまりではないだろうか?



十年以上の月日が過ぎゆく中で、

近頃少しずつ、少しずつではあるが、

ミギーが体内にいるという実感がマミの中で薄れてきていた。

ミギーと一度『同調』したおかげで、

これまでミギーの存在を感じる事が出来ていた。

ついでに街中をうろついているパラサイトの存在、気配を感じる事も出来ていた。

それらが感じられなくなっていくという事、

すなわちそれはミギーとの根底での繋がりが

微弱になりつつあるという事に他ならず、

マミはその現象の原因を、

ミギーがどんどん深い眠りに落ち沈んでいって、

どんどん自分から遠ざかっているからだと解釈した。

843: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:21:07.45 ID:MXMz+qXb0



……でも、それでもこのまま、ミギーと何も言えずにお別れなんて、

それはいくらなんでもあんまりではないだろうか?



十年以上の月日が過ぎゆく中で、

近頃少しずつ、少しずつではあるが、

ミギーが体内にいるという実感がマミの中で薄れてきていた。

ミギーと一度『同調』したおかげで、

これまでミギーの存在を感じる事が出来ていた。

ついでに街中をうろついているパラサイトの存在、気配を感じる事も出来ていた。

それらが感じられなくなっていくという事、

すなわちそれはミギーとの根底での繋がりが

微弱になりつつあるという事に他ならず、

マミはその現象の原因を、

ミギーがどんどん深い眠りに落ち沈んでいって、

どんどん自分から遠ざかっているからだと解釈した。

844: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:24:35.54 ID:MXMz+qXb0
一人でも生きていくつもりだし、事実生きていく事は出来る。

しかしあんなあっさりした、言いたい事も言いきれない別れ方で終わるのは嫌だ。

それに、ミギーと共にまた色々な物を眺めて生きたい、その思いは覆せなかった。

ミギーと過ごした時間はそう長くはなかったけれど、

その間に起きた出来事は胸やけがする程濃厚過ぎて、

今もマミに重くのしかかっている。

それらを乗り越えて来られたのは自分の力だけではない。

ミギーの尽力があったからこそ、

ミギーの存在があった頃こその今の自分だ。

誰かと寄り添い生きなければ、とても人間らしくはいられない。

種族を越えた大切な友人であり同居人、

「彼」と一緒に見たい物、景色、情景はまだまだ山ほどあった。

「ミギー……。ミギー……」

マミが寝言でブツブツと友人の名を呟く。

「マミ」

その時遠く、聞き覚えのある自分を呼ぶ声が聞こえた。

845: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:29:56.66 ID:MXMz+qXb0
~☆

「うわぁぁぁあああああ!」

朝、隣に寝ているはずの杏子の叫び声がマミの聴覚を刺激して一瞬、

マミは意識を極限まで覚醒させて目覚めた。

「何、どうしたの、杏子!?」

寝室内に杏子はいなかった。

慌てて起き上がろうとするが、

それよりも先にまず目が室内の異物を捕らえた

目に入ったのは一本の太めで線状な「何か」だった。

視線を伝わせていくとそれは部屋のドアを抜け隣の部屋まで続いている。

今度は逆にそれを目で辿ってみると、

自分の服の右袖からうねうねと飛び出している事がわかった。

これは、まさか……?

ベッドから我も忘れ急ぎ跳び下りて、

ここからは見えない伸びた「線」の先端、

それを確認しようとドタドタと走る。

すぐさまキッチンに着いた。

846: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:33:32.04 ID:MXMz+qXb0
そこでは口をパクパクと開けては閉じてを繰り返している杏子と、

野菜を切ったり、スクランブルエッグを調理したり、

サンドイッチを普通に作っているミギーがいた。

「おはよう、マミ」

まるで昨日寝てそのまま起き出してきたような挨拶。

今までの心配やら何やらが馬鹿みたいに思えてくる呑気さに、

意図せず叱るような口調で話しかけてしまう。

「おはようじゃないでしょ、馬鹿!」

「これはまたいきなり随分な挨拶だな。

なんで開口一番に馬鹿と言われなくてはいけないんだ」

泣きそうな顔をしながらマミが自分の右胸から伸びた「何か」に器用に抱き付いた。

傍から見ている杏子としては異様な光景だった。

一応ミギーとかいうパラサイトと『同居』しているとは前に聞かされていたが、

それでもこうして、実物がマミから生えているのを見るのは衝撃的だった。

朝起きて、マミの右袖から何かが伸びていたのを見た時には、杏子は心臓が止まるかと思った。

そしてミギーの事など思いもつかずドキドキしながらキッチンに来てみれば、

何故か朝食らしき物を作っていて二重にびっくりしたという訳だ。

847: ◆2DegdJBwqI 2013/09/09(月) 07:36:48.17 ID:MXMz+qXb0
「あなたと二度と会えないかもしれないって散々悩んでたんだから!

もっとそれ相応のこういう時に相応しい言葉で挨拶を言い直してよ!」

「これまた難しい注文だな。

……キミとこうして話すのは何日ぶり、この様子だと何年ぶりといった所か。

私の経験からしてこういう時には簡潔にただいま、

という言葉を言うのが適当なはずだ。そうだろ、マミ」

どうも調子外れに真剣な様子で、

しかも何故か自慢げにミギーはそう言った。

緊張か何かがほぐれたらしく、

マミが涙をうっすら瞳に浮かべながらニコリと笑う。

「うん、おかえりなさい」

杏子にはパラサイトの表情なんてわからない。

実際見る限りミギーの表情なんて物はどこにも見て取る事が出来なかった。

しかし不思議な事に、その時杏子には、

マミと一緒にミギーもまるでニコニコと笑っていたように見えたのだった。


【第五部 パラサイト再会編 終わり】

引用元: 巴マミ「寄生獣?」 ミギー「二スレ目だぞ」