S8.AM04:00


 明け方の学園都市。まだ日の光が欠片も見えない夜と変わらない空。
 第一〇学区の街中を歩く一人の少女がいた。
 時間が時間のため遅くまで夜遊びをしたあとの帰り道のように見える。
 しかし、その少女の姿はとてもそんなことをするようには見えなかった。

 長い茶髪のストレートヘアだが一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、着ている制服はスカートの長さが膝下までで、服装検査を受けても百人が百人合格と言うくらいきっちり着こなしていた。
 一言で言うなら地味だけど真面目そうな少女。とても夜遊びなどするようには見えない。

 そんな少女はまっすぐ目を据えたまま淡々と歩道を歩いていく。
 ある地点にたどり着くと方向転換し、ある建物のある方へと目を向ける。
 それは大きな壁に囲まれている建物だった。一五メートルくらいの高さがあるため中の様子を伺うことが出来ない。
 だが、少女はまるで何かが見えているのかのように、目を逸らさずそれを見つめていた。
 少女は呟くように、


??「…………、始まるんですね……」


 突然、少女の体にノイズのようなものが走る。
 まるで電波状況の悪いテレビに映った登場人物のような。
 彼女の輪郭が歪み、波打ち、変色し。

 最終的には少女の姿は無になり、そこには誰もいなくなった。


―――
――




690: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:18:38.80 ID:31eSI50lo


 結標淡希はビルの屋上に立ち、ある建物を眺めていた。
 それは第一〇学区にある学園都市唯一の少年院。


結標「あそこに……みんなが……」


 結標淡希のかつての仲間たちの居場所。この少年院の遥か地下にある反逆者用の独房の中。
 『残骸(レムナント)』を強奪するという学園都市に対する謀反の罪により、無期限で監禁されている。
 それが九月中旬の出来事だから、あれから半年以上の時間が経っていた。
 つまり、彼女の仲間たちはそれだけの長い時間あの中で過ごしたことになる。

 だからこそ早く助けねば、と結標は建物の様子をうかがう。
 周りは一五メートルの壁に囲まれており、その上から覆いかぶさるようにたくさんのワイヤーのようなものが張り巡らされている。
 結標はあれが何かを知っていた。


結標「……『AIMジャマー』、か」


 『AIMジャマー』。
 そのワイヤーから特殊な電磁波のようなものを流すことで、能力者のAIM拡散力場を乱反射させて、自分で自分の能力に干渉させるように仕向ける装置。
 能力者は能力の照準を狂わせられ、下手に使うと自滅しかねない危険な状態に陥ってしまう。
 例えば彼女があの場で能力を使った場合、物がどこに飛んでいくかわからないし、何が飛んでいくのかもわからなくなる。
 つまり、実質能力者はチカラを封じられるに等しい状況となるということだ。

 少年院の建物から距離的には二〇〇メートルくらいはあるビルの上、そんな位置でもその影響が出ている感覚があった。
 能力が使えなくなるというほどではないが、ずっとその場にいたらどうにかなってしまいそうな違和感が。
 そんな感覚を味わいながら結標は携帯端末を開き、時間を見る。

 『03:59』。

 結標はその時刻をずっと見つめる。
 まるで何かが来るのを待つように。
 十数秒後、時が動く。

 『04:00』。


 瞬間、


 結標「……情報通りね」


 少年院から発せられていた嫌な感じが途切れた。まるで電源が切られたストーブの熱気のように。



691: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:20:37.61 ID:31eSI50lo


 結標淡希は二つの情報を手に入れていた。
 一つはかつての『仲間』たちの居場所。それを知ることができたから今ここに立っている。
 そしてもう一つは、少年院のセキュリティーについての情報だ。
 本日、午前四時にAIMジャマーをメンテナンスするために、一五分間だけ一斉に停止させるというもの。
 つまり、少年院内で使用がほぼ不可能だったチカラが満足に発揮ができるということ。
 とは言っても、受刑者たちは何かしらの能力の使用を妨害する措置を施されているため、このタイミングで能力を使って脱獄などとはできないわけだが。
 だがそれは、外から侵入する結標にとっては関係ないことだ。ただの侵入するチャンスでしかない。

 少年院側も馬鹿ではない。こういう状況になったら、外から仲間を救出しようとする輩から攻撃を受けることを想定していないわけがない。
 いつもより多めの人数の警備兵が配置されており、装備も暴徒鎮圧用の銃火器はもちろん、駆動鎧を着た者も複数配置されているという堅牢な布陣となっている。

 シュン。空気を切るような音と共に結標淡希の姿が消えた。
 彼女は一体どこに行ったのか。


結標「……よし、無事侵入成功、と」


 結標は少年院の敷地内に侵入していた。
 監視カメラやセンサー、監視している警備兵の死角となる僅かな隙間に。
 彼女はメンテナンスの情報と一緒に内部図面とそのセキュリティー情報も得ていた。
 それを全て頭の中に叩き込んでいる。今の結標なら少年院の図面にその情報を正確に書き込めるだろう。

 結標は周辺の状況を確認しつつ小刻みに短距離テレポートを繰り返し、警備の穴をつく。
 穴と言っても本当に僅かな隙間だ。針に糸を通すような精密な計算や動作を求められる。
 それに彼女が把握しているのはあくまで書面上のセキュリティ。
 実際の現場がそれ通りに動いているとは限らない。
 だから、


警備兵A「――ッ!? 何者だ!?」

結標「くっ」


 結標は警備で廊下を歩いていた警備兵の目の前にテレポートしてしまった。
 武装した男だ。軍用のヘルメットやチョッキを着込んでおり、脱獄犯制圧用の機関銃を手にしている。
 この場所は監視カメラ等の機械的なセキュリティは避けられる場所だった。
 そんな場所に警備の人間が配備されていないわけがない。
 そのためこのようなバッタリ鉢合わせが起こってしまう。

 しかし、結標は冷静だった。
 即座に警備兵の後ろにテレポートする。
 標的を見失った警備兵が辺りを見回す。すると、警備兵が被っていたヘルメットが消え、生身の頭部が露出した。
 結標によるテレポート。警備兵の頭部の防御力が一気にゼロとなる。
 男が彼女が後ろにいることに気付き、後ろへ向くより早く、結標は軍用懐中電灯で後頭部を強打した。

 後頭部へ一撃をもらった男は、意識が消え床に倒れる。
 脅威の排除を確認した結標は、周辺を警戒しつつ先へと進む。
 目的地は地下にある反逆者用の独房。
 残された時間は多くはない。一刻も早くたどり着かなければ。
 このチャンスを逃せば、次の機会など未来永劫来ないに等しいのだから。


―――
――




692: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:22:13.26 ID:31eSI50lo


 結標が少年院へ侵入している同日同時。御坂美琴と打ち止めが宿泊している第七学区のホテル。
 時間が時間のため大半の宿泊客は眠りについている。それは少女二人も同じことだろう。
 だからホテルの廊下はほとんど人通りがなく、深夜勤務のホテルの従業員がたまに通るくらいか。

 そんなホテルの七階にある廊下。そこに異質な者たちが闊歩していた。いや、者と呼称するのは間違いか。
 それは四足歩行の犬型のロボットだった。大型犬くらいの大きさがあり、全身が銀色のメタルで包まれていて、目部分には バインダーのようなものが付いている。
 犬型ロボは全部で五体いた。それぞれが違う方向へ注意を向けながら、堂々と廊下の真ん中を進んでいく。

 御坂美琴は否定していたが、ここはいわゆる高級ホテルである。
 第三学区のランクの高いホテルに比べれば確かに下だろうが、紛れもなくここも高級と称して問題ないだろう。
 高級ホテルが高級ホテルとして言われる理由は何か。
 部屋が豪華。料理が豪勢で美味。入浴場を始めとした施設が充実している。
 人によって様々だろうが、真っ先に求められるのは安全性だ。
 上記が点が優秀でも、浮浪者が散歩でもするように中へ侵入してきたら問題だし、お忍びで宿泊している有名人へのところへマスコミや野次馬といった招かれざる客がゾロゾロ入ってきても問題だ。

 そういった点に関してはこのホテルは優秀だった。
 建物に入るための入り口全てには、軍隊上がりの屈強なガードマンが二四時間配置されている。
 内部にはたくさんの監視カメラやセンサー式の警備設置されており、入館許可を得ていない者が映り込めばすぐさま警備の者や警備ロボットに取り囲まれてしまう。
 近くには専属で契約しているアンチスキルの詰め所もあるため、場合によっては完全武装したアンチスキルたちがホテルの中に踏み込んでくるだろう。

 だから美琴は打ち止めのためにこのホテルを選んだ。
 暗部組織のような連中に狙われている以上その辺にある安っぽい宿泊施設に泊まるわけにはいかない。
 美琴は自分が住んでいる常盤台中学の寮に泊める方法も一応は考えた。
 あそこは強能力者(レベル3)以上の能力者たちが住み込んでおり、さらには鬼のように強い寮監が目を光らせている。
 下手なセキュリティよりよっぽど強固な守りをしている寮と言えるだろう。
 しかし、仮にそこを襲われた場合無関係な彼女たちを、美琴たちの事情に巻き込んでしまうということになる。
 そういった理由で美琴はセキュリティ性の高いこの高級ホテルを選んだはずだった。

 だが、犬型のロボットたちは侵入していた。この分厚いセキュリティの中を。
 なぜなのか。
 このロボットたちがこのホテルの中に宿泊している客の持っている持ち物だからか?
 このロボットたちがホテルの警備ロボットの一つで深夜のホテル内を警備しているから?
 理由はこちらではわからない。
 けれど、一つだけわかることがあった。

 犬型ロボットたちはある部屋の前で足を止め、ドアの方向へ目を向けた。
 ここは美琴と打ち止めが宿泊している部屋で、今頃彼女たちはふかふかベッドの中で眠りについていることだろう。
 犬型ロボットのうち一体が口に当たる部分を開いた。その中から金属製のホースのようなものが出てくる。
 その先端からガシャコン、という可変するような音が鳴り、そこから筒状のものが飛び出した。
 それを扉の前に向ける。口径四〇ミリくらいの黒い金属製の筒を。まるで銃口を向けるかのように。

 この犬型ロボットたちが一体何者かはわからないが一つだけわかることがある
 それは、


 美琴たちへと害を為す存在だということだ。


 筒状の物からグレネード弾が発射され、扉ごと部屋が爆破された。


―――
――




693: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:23:56.50 ID:31eSI50lo


 ドゴォン、という轟音が鳴り響き、とある高級ホテルの一室にある窓から爆風が巻き起こった。
 窓ガラスの破片や家具だったものが窓から下へと落下していく。
 ホテルの入り口前に待機していたガードマンと思われる男たちが慌てふためいている様子が見える。

 その様子をホテルから離れた歩道で眺めている中学生くらいの少女がいた。
 肩まで伸ばした茶髪。半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていて、さっきまで部屋で寝ていたかのような格好だった。
 背中に小学生くらいの似たような容姿の少女を背負っていて、その少女は眠りについているのか瞳を閉じている。

 御坂美琴と打ち止め。
 先ほどまで爆破された部屋で眠っていたはずだった少女たちだ。

 美琴は煙を上げている部屋を遠目に呟く。


美琴「……まさか、本当に来るとはね」


 たしかに美琴はあのホテルをセキュリティ性の高さで選んだ。
 だが、彼女が期待していたのはその安全性の部分ではなく、『電子的』なセキュリティを多用している部分であった。
 ホテル内のあらゆる場所には監視カメラやセンサー式の装置が設置されている。客室やトイレ、入浴場といったプライベート部分を除けば。
 そのため、その中に侵入しようとするならばそれらの部分をどうにかしなければならない。例えるならハッキングして機能を停止させるなど。
 そこらのコソドロ程度なら不可能なことだが、暗部組織の連中なら容易にそれくらいは行える。美琴はそう踏んでいた。

 だからこそ、美琴は『電子的』なセキュリティ多用しているここを選んだ。

 美琴は予めホテル内のセキュリティを全てハッキングしていた。
 ハッキングと言ってもそれはあくまで警備情報を全て抜き出す程度のもの。
 通常のセキュリティには影響せず、ホテル側もハッキングされているとは気付かないレベルで。
 それは寝ている間も常に行っていて、絶えず美琴のPDAにはその情報が流れてきていた。

 そして、あるタイミングでPDAへ流れる情報が途切れた。

 そう。何者かがセキュリティをハッキングしてセキュリティを停止させたからだ。
 それを美琴は感知した。何者かがセキュリティの切れたホテルへ侵入し、襲撃してくることを予期できた。
 だから美琴は部屋から脱出でき、難を逃れることができたのだ。


打ち止め「……んっ」

美琴「打ち止め?」


 美琴の背中で寝ていた打ち止めが目を覚ました。
 季節は春だとはいえ夜明け前の空の下。冷たい空気に身体を震わせて意識が覚醒したのだろう。



694: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:25:03.73 ID:31eSI50lo


打ち止め「……あれ? どうしてミサカは外にいるの? ってミサカはミサカは辺りを見回しながら聞いてみる」

美琴「ごめんね。ちょっと不味い状況になっちゃったからホテルを出たのよ」

打ち止め「不味い状況? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

美琴「アンタを狙う悪者たちが来やがったのよ」


ほえー、と打ち止めは平坦な声で返事した。
目がぼーっとしていて、焦点があっていない感じからして寝ぼけているのだろう。
時間が時間のためしょうがないが。


美琴「とにかくここから離れるわ。しっかり掴まっていてちょうだい」

打ち止め「はーい、ってミサカはミサカはしがみついてみる」


 美琴は打ち止めを背負ったままホテルから離れるように駆け出した。
 これからどうするかを思考する。
 たしかこの近くにアンチスキルの詰め所があったはずだ。
 そこは先ほどいたホテルと専属で契約しているところなので、もしかしたらこの騒動を既に察知しているかもしれない。
 保護をお願いすればきっと快く引き受けてくれるだろう。
 いくら暗部組織とはいえアンチスキルの詰め所を正面から襲撃しようなんてことはしない。
 美琴はそう考えて目的地をアンチスキルの詰め所とした。

 しかし、美琴は足を止める。この一刻を争う状況で。
 ため息をつきつつ、目を尖らせながら、


美琴「――やっぱり、そう簡単にはいかない、か」


 美琴は周囲の道路を見回す。
 そこには犬型のロボットが彼女たちを取り囲んでいた。
 ざっと数えるだけで二〇機はいるだろうか。


美琴「打ち止め。しっかりと掴まっていなさい」


 改めて打ち止めにお願いする。
 その言葉を聞き、打ち止めの掴まる力が強まった。
 バチチィ、と美琴の額に青白い火花が走る。


美琴「――絶対、アンタには指一本触れさせないから!」


―――
――




695: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:26:43.34 ID:31eSI50lo


上条「ここってどこなんだ?」

A子「どこって、ただの少年院よぉ?」


 三〇分ぐらい前にホテルを出発し、上条当麻とA子と名乗る黒髪少女は第一〇学区の少年院へ来ていた。
 二人は敷地内を歩いている。まるで庭の中を歩いているかのように進む少女の後ろを、少年が恐る恐る付いていくような感じに。


上条「こんなところに結標が来るのか?」

A子「私の持ってる情報が正しいなら来る、いやもう来てるはずよぉ」

上条「来てるはず?」


 質問に少女は特に顔を向けずに返す。


A子「そう。結標さんはここの少年院に用がある。でも、普段はAIMジャマーっていう能力を阻害する装置が起動しているから迂闊に侵入できないってワケ」

A子「けど、今日の午前四時からそのAIMジャマーがメンテナンスの為に一五分間機能を停止される。つまり、結標さんはその隙を突いて侵入しているはずってコトよぉ」


 少女の説明にピンと来ていない感じで、


上条「何でそんなまどろっこしいことやってんだ? 捕まってる人に会いたいなら面会するなりして普通に行けばできるだろうし」

A子「そこら辺の事情は彼女のプライバシーに関わるから控えるけど、そう簡単にはいかない状況に陥っているってことは教えてあげるわぁ」

上条「…………」


 上条は黙り込む。たしかにそうだなと納得したからだ。
 結標には結標の考え方がある。こちらがとやかく言えることではない。
 しかし、上条には疑問が残っていた。
 少年院に侵入するという犯罪めいたことをしてまで一体何をするつもりなのか。
 そんなことはいくら考えても、上条にはわからないことだが。


上条「……ん?」


 考えている中、上条はあることに気付く。
 少年院に無断で侵入するのは間違いなく犯罪だ。不法侵入とかそういう感じの。
 今、上条とA子と名乗る少女は少年院の敷地内にいた。なんなら今から建物の中に入ろうとしている。
 上条は少年院から入っていいなどという許可を得た覚えもない。
 無論、目の前を歩いている少女がそんなことをしていた様子も見ていない。
 ということは、


上条「ちょっといいですか? えっと……」

A子「少女A、じゃなかった。A子よぉ? 何かしら?」

上条「そのーA子さん? ワタクシめたちは今少年院に入っているんですよねえ?」

A子「そうよぉ。というか何? その違和力ありありな喋り方」

上条「ちなみにA子さんは少年院に入る許可とかって取ってるんですかね?」

A子「そんなモノこの私が取ってるわけないじゃない」


 何言ってんだコイツ、みたいな表情で少女は上条を見る。
 上条は「ふっ」と笑みを浮かべた。少女は首を傾げる。



696: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:28:55.07 ID:31eSI50lo


上条「――ってふざけんなっ!! 俺らは絶賛不法侵入中の二人組ってことになるじゃねえか!!」

A子「あらぁ? もしかして今さら気付いたワケぇ? そういうツッコミはここに入る前にしてくれないかしらぁ」

上条「言ってる場合か! もしこれがバレて捕まったりしてみろ! 俺らがこの中にブチ込まれることになるんだぞ!?」

A子「大丈夫よぉ。バレなきゃ犯罪じゃないっていう格言があるのをアナタは知らないのかしらぁ?」


 そんな格言があってたまるか、と上条は心の中でツッコんだ。
 疲れたような表情で上条は入ってきた少年院の門を見た。
 今ならまだ引き返せるのではないか。犯罪者から傍観者へとクラスアップ出来るのではないか。
 そのようなことを考えていたが、すぐさまその必要がなくなった。

 上条たちの前方に武装した警備兵が現れたからだ。
 少年院の入り口からこちらをじっと見つめているようだった。


上条「いぃっ!?」


 思わぬ状況に上条は変な声を上げてしまった。
 引きつった顔で警備兵を見る。
 軍用ヘルメットに防弾チョッキ。手には脱獄犯制圧用の機関銃。
 終わった、と上条は思った。

 上条当麻の右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)というチカラが宿っている。
 どんな異能の力も触れるだけで打ち消せるというもの。
 それが超電磁砲(レールガン)だろうがコンクリートを容易にぶち抜くビームだろうが。
 だが、そんなもの武装した兵隊に対しては何の意味もない。
 さらに言うなら上条はただの喧嘩っ早いだけの普通の学生だ。
 兵隊仕込の近接格闘術や一子相伝の暗殺術を持っているわけではない。
 目の前にいる男を一瞬で制圧する術など彼は持ち合わせていないということだ。

 つまり、上条当麻はここで大人しく捕まるしか選択肢はない状況。

 警備兵は上条たちのいる方向を向きながらずんずんと足を進めて近付いてくる。
 その様子を見て上条はたじろぐ。絶体絶命な状況だ。

 しかし、黒髪の少女の余裕めいた笑みは崩れなかった。

 少女は歩き出した。前から接近してくる警備の男へ向けて。
 上条はそれを見て思わず声を上げる。


上条「お、おい! 何やってんだお前!」


 上条の制止する言葉を無視して少女は歩みを止めない。
 少女と警備兵の距離が一〇メートル、九メートル、八メートルと次第に縮まっていく。
 そして、最終的に二メートル、要するにお互い目の前と言える距離まで接近して、二人の足が止まる。

 二人が見つめ合う。
 少女は変わらず笑みを崩さない。警備兵の表情はヘルメットのせいでわからないが、目の前の少女を見ていることはたしかだ。
 一体何が起こるんだ。上条は息を飲む。
 静止した二人。最初に動いたのは警備の男だった。


 男はひざまずいた。目の前に立つ黒髪少女へ向かって。



697: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:31:20.70 ID:31eSI50lo


上条「……は?」


 予想外の光景に上条は戸惑いの声が出た。
 てっきり、捕縛術みたいなのを使って少女を拘束するのだと思っていたのだからしょうがない。
 ひざまずいた男は見上げるように少女を見て、


警備兵B「オ待チシテオリマシタ。『食蜂』サマ」


 A子と名乗る少女を『食蜂』と呼称し、忠誠を誓った。
 まるで館の主人と召使いの関係のように。
 それを上条は唖然とした様子で見ていた。
 くるりと少女は回転して上条の方へと向く。


A子「これが超能力者(レベル5)第五位『心理掌握(メンタルアウト)』のチカラよぉ。ここに勤めている職員・警備の人は全て私の制御下ってコト☆」

上条「第五位……、めんたる、あうと……?」


 メンタルアウトという単語は聞いたことあるようなないような変な感じだったが、第五位については何となく知っていた。
 記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植・人物の誤認等。
 精神に関する事ならなんでもできる十徳ナイフのようなチカラだと、たまに小萌先生が授業で言っていたのを上条は聞いたことがあった。


上条「お前が、その第五位だったのか……?」

A子「一応、昨日も同じようなことを言ったと思うんだケドぉ、やっぱり忘れちゃってるわよねぇ。ま、一応言ってはおくけど、このカラダは私の能力で操ってる借り物のカラダだから、この私は私じゃないわよぉ?」

上条「なるほど。わからん」


 そう言って上条は思考することをやめた。
 とりあえず安全だとわかったので足を進めて彼女の元へ。そして少年院の建物の中へと入っていった。
 上条・A子・警備兵という謎パーティーで中を進んでいく。
 後ろから黙々と付いてくる警備の男を横目に上条は少女へたずねる。


上条「ところで警備の人全員制御下って言ってたけど、具体的に何が出来るんだ? 例えば職員全員グラウンドに集合! って指示とか出せるわけ?」

A子「さすがにそれは私のチカラでも及ばないわねぇ、ここには職員が一〇〇人以上いるしぃ。あくまで私がやっているのはある『命令』だけを植え付けて、あとは普段通り行動しろって感じのヤツよぉ」


 黒髪の少女いわく、その命令というのは『食蜂操祈及び食蜂操祈が操る人間、そして上条当麻を排除対象から外す。オプションで食蜂操祈の命令は絶対☆』らしい。
 排除対象から外すというものは、警備する人間が彼女たちを遠目で発見しても無視するし、監視カメラやセンサーで彼女たちを捉えてもそれを管理する職員は無視するということ。
 つまり、彼女たちはこの少年院の中を自由気ままに散策することが出来るということだ。
 その説明を聞いた上条は、


上条「よくわかんないけどすごい能力ってことだな? この中を安全に動けるってことだな?」

A子「……まあ、そういうことでいいわよぉ。アナタの理解力ならそれが限界ってコトかしらねぇ」


 上条の小学生並みの理解に少女は呆れた様子だった。
 そんなやり取りをしながら通路を歩いていると、前から五人組の警備兵が歩いてくる。
 それを見て上条はビクッと体を震わせたが、少女が言っていた職員はみんな奴隷みたいな言葉を思い出し、


上条「な、なあ? アイツらも大丈夫なんだよな?」

A子「大丈夫よぉ。言ったでしょ? ここの職員はみんな――」


 彼女が言い切る前に、


警備兵C「――貴様ら何者だ!?」



698: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:32:57.71 ID:31eSI50lo


 五人組の先頭を歩いていた警備兵の声が差し込まれた。
 その声に上条はもちろん、黒髪少女も驚いた様子を見せる。


上条「なっ、どういうことだ!?」

A子「……なるほど、そういうコトねぇ」


 上条の質問をスルーして、少女は顎に手を当て何かを考えていた。


警備兵C「おい! そこの警備の者は侵入者と一緒に何をしている!? 内通者か!?」

警備兵B「…………」


 少女の管理下にいる警備兵は特に答えない。彼女の命令以外は聞かないということなのだろう。
 その様子を見て先頭の警備兵は、


警備兵C「疑わしきは罰する! 一人残らず排除させてもらう!」


 そう言って手に持つ機関銃を上条たちへ向けて構える。
 ガチャコン、という音が銃から鳴り、上条は心臓が縮み上がるような感覚が走った。
 このままでは全員やられてしまう。どうする、と上条は頭を高速回転させる。
 しかし、上条が何か妙案を思いつく前に、


 ズガン!!


 少年院の廊下に銃声が鳴り響いた。


上条(や、やられた……)


 上条は恐る恐ると自分の体を見た。
 一通り見て終わる。


上条「……あれ?」


 無傷だった。
 もしかして他の二人に当たったのか、と上条は少女とその後ろにいる警備兵を見る。
 その二人も特に怪我をしている様子もなく、その場に立っていた。
 おかしいな、弾は外れたのか。上条は銃声がした前方へと目を向ける。


上条「えっ!?」


 瞳に写った光景に上条は驚きの声を上げる。
 先ほど上条たちを警告して銃撃しようとした警備兵が倒れていたのだ。
 倒れた警備兵が落とした機関銃からは硝煙が上がっていないところから、使われた様子はない。
 だが独特の火薬の臭いのようなものが鼻につく。銃声も聞こえたから撃たれたことは間違いないはずだ。

 ふと、上条は五人組の警備兵の中の一人に目を付ける。
 その警備兵は倒れている警備兵とは隣り合うような位置にいた。
 彼の持つ機関銃からはうっすら煙のようなものが上がっている。
 つまり、


上条「……も、もしかして裏切った、のか?」

A子「それは違うわぁ。あの倒れている人以外は私の制御下にあった。御主人様である私に危険が及んだから自動で脅威を排除した、ってところかしらねぇ?」



699: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:36:49.68 ID:31eSI50lo


 少女が銃口を向けられていても取り乱すことのなかった理由が分かった気がした。
 要するに彼女は初めからこの展開になることがわかっていたのだ。というかそういうことなら教えろよ、と上条は横目で少女を睨んだ。
 A子と名乗る少女はそれを気にも止めず、


A子「まあでも、ちょっと厄介なことになってきてるわねぇ」

上条「厄介なこと?」

A子「ええ。私のチカラの制御下にいない人がいた。つまり、外部から別の組織が介入しているってコト」

上条「外部? 暗部組織とかいうヤツらのことか?」

A子「そうだとは言い切れないケド。まあ、こんな場所に忍び込める潜入力がある時点でほぼ確定よねぇ」


 上条は昨晩のことを思い出していた。
 銃火器を持っていた男たちを。超能力(レベル5)というチカラで前に立ちふさがった女のことを。


上条(あんなヤツらがここにいるかもしれねえって、厄介ってレベルじゃねえぞ)


 やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな、と上条は思った。
 しかもその驚異は上条たちだけではなく、彼が追っている結標淡希の身にも降り掛かってくることだろう。
 急がなければいけない、そう考えていると、


 ビィィィ!! ビィィィ!! ビィィィ!!


 建物内に警戒音のようなものが鳴り響いた。
 まるで非常事態が起こったかのような。
 つまり、


上条「――おっ、おい! これもしかして俺らのことが見つかったってことじゃねえか!?」

A子「かもしれないわねぇ。私の制御下にない人が監視カメラに映ってる私たちを見て警報を鳴らした、ってところかしらぁ?」

上条「かしらぁ、じゃねえよ! つーか、何でテメェはいっつもそんなに余裕綽々なんだよ? もしかしてまだ何か策とかでもあんのか?」

A子「残念ながらそーゆうのはないわねぇ。でも一つだけ言えることがあるわぁ」


 そう言って少女は人差し指を立てて、


A子「ここにいる警備の人たちのほとんどは私の制御下にある。その人たちには私たちへ危害を加えないよう細工がしてあるわぁ。だから、自分たちからこちらへ向けて大群引き連れて来るなんてことはないはずよぉ」

上条「けど、そうじゃねえヤツらには狙われるってことだろ? それはそれで危ないんじゃねえか?」

A子「そうね。でもこれはある意味チャンスだとも言えるのよねぇ」

上条「チャンス?」

A子「ええ。だって警報が鳴っている中で一生懸命捕まえようとしている人もいれば、無視して別業務に励んでいる人もいるのよぉ? きっと向こうは大混乱じゃないかしらぁ?」

上条「……あー、たしかに」


 軽い内乱みたいことが起こってそうだな、と上条は力なく笑った。


A子「というわけで進むなら今のうちよぉ。行くわよアナタたち」

警備兵達「「「「「了解シマシタ」」」」」


 武装した屈強な男たち五人組を従えながら少女は先先へと足を進めていく。
 上条はその後ろをそそくさと付いて行った。


―――
――




700: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:38:44.10 ID:31eSI50lo


結標「――警報? もしかして気付かれた?」


 不安を煽る警告音を背に、少年院の通路を走る結標の顔が強ばる。


結標(セキュリティーには引っかからないように動いたつもりだった。ということは気絶させたヤツが見つかって、って感じか……?)


 結標はここに来るまでに五人の警備兵と交戦していた。
 全員後頭部を殴打して気絶させたのだが、その気絶した体を特に隠すとかせずに放っておいてここまで来た。
 タイムロスを恐れて手間を省いたのが失敗だったか、と結標は舌打ちする。

 しかし、結標は特に焦った気持ちはなかった。なぜか。


結標(その場合なら誰が侵入したかだとか、今侵入者はどこにいるだとかの情報は持っていないはず)

結標(仮に侵入者を能力者と見て、今からAIMジャマーのメンテを中止したとしても大丈夫ね。あれは再起動に五分はかかるはずだから)


 大丈夫とはいえ五分。決して長い時間ではない。
 なぜ結標は大丈夫という言葉を使ったのか。


結標(あのエレベーターの裏に階段があって、その階段を降りた後の曲がり角を曲がった先が独房のはず!)


 結標は自身の体を直接テレポートさせて階段へ飛び込む。
 エレベーター周りには監視カメラ等のセキュリティーが蔓延っているからだ。


結標(独房にさえたどり着けられれば問題なし。みんなの拘束を解いてここを脱出するだけなら五分間もかからないわ。私の座標移動(ムーブポイント)なら)


 階段を二段飛ばしで駆け下りる。
 L字の曲がり角の突き当りが見えた。ここを曲がればその先は――。


結標「……やっと、たどり着いた」


 曲がり角を曲がった結標の目に写った景色は狭い通路だった。
 左右に鋼鉄製の扉がズラリと並んでいる。あの扉一つ一つが独房になっているのだろう。

 結標は小走りに通路を進んである扉の前に立った。
 彼女はどこの扉に誰が収容されているのかの情報を既に持っている。
 だから、この扉の先には誰が居るかを把握していた。
 鉄の扉をノックし、扉越しに話しかける。


結標「――私よ! みんな無事!?」


 結標の呼びかけに対し、少し間を置いてから返答が来た。
 それは少女の声だった。


少女『……も、もしかして、その声……淡希!?』


 少女の驚いたような声が通路に響いた。
 それが聞こえたのか、呼応するように他の部屋にいる少年少女の声が聞こえてきた。
 その声は、結標にとって聞き覚えのありすぎる声。今まで一緒にやってきた仲間たちの声。



701: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:40:19.65 ID:31eSI50lo


結標「よかった……、本当によかった……」


 結標からすれば、彼ら彼女らと最後に会ったのは二日前とかそれくらいしか時は経ってはいない。
 しかし、なぜだか彼女の中には妙な懐かしさのようなものを感じて、目が潤んだ。


結標「ごめんね、半年も待たせちゃって。待ってて、今すぐここから助け出す」


 この鋼鉄製の扉はちょっとやそっとじゃ打ち破れない強固な物だ。
 だが、結標にはそれを容易に破壊できるチカラを持っている。
 今すぐみんなをここから出してあげなきゃ、と軍用懐中電灯を手に取る。


少女『――淡希!! ここにいちゃ駄目!! 今すぐ逃げて!!』


 結標の行動を遮るように少女が叫ぶ。


結標「えっ、どうして……?」


 結標はその言葉の意味を理解できなかった。
 やめろ、と言われるならわかる。脱獄は重犯罪だ。
 それを止めようとする言葉を言われるだろうということは、何となく予想はしていた。
 しかし、彼女が言った言葉は『今すぐ逃げろ』。

 瞬間、結標はゾクリと嫌な気配を肌に感じた。
 体ごと気配のした方向、自分が降りてきた階段の曲がり角の方へと向ける。


結標「――なっ」


 十近い人数の武装した男たちが、機関銃の銃口をこちらへ向けてきていた。
 少女の言ったことの意味、それを瞬時に理解した。


結標(――待ち伏せッ!? 行き先を読まれた!? 私が侵入したということがバレていたというの!? いや、それにしても対応が早すぎる……!)


 大勢の武装した男たちを見る。何か違和感のようなものを覚えた。
 結標は額に汗を浮かべながらも、ニヤリと笑う。
 確信したような口調で、


結標「貴方たち、ここの職員じゃないわね?」


 武装集団へ問いかける。
 その問いが聞こえたのか、集団の後ろの方から一人の男が現れた。熊のような大男だった。


??「その通りだ。確かに俺たちはここの職員でも警備員でもねえ。よくわかったな」

結標「わかるわよ。貴方たちから生ゴミみたいな汚い臭いがプンプンするもの」

??「ひでえ言われようだな」

結標「大方、上層部に馬車馬のように働かされている暗部組織ってヤツでしょ? 『スクール』とか『アイテム』とかいう」

??「またまた御名答。でも一つ違うところがあるな。俺たちは――」


 大男の声を遮るように、



702: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:42:53.23 ID:31eSI50lo


手塩「私たちは、『ブロック』。そいつらとは、違う組織だ」

??「手塩」


 声とともに男たちの後ろから手塩と呼ばれる筋肉質な女が現れた。
 手塩は大男の方を向いて、


手塩「いつまで、ターゲットと、与太話をしているつもりだ、佐久?」

佐久「別にいいじゃねえか。どうせもう俺たちの勝ちは確定しているようなもんなんだぜ?」

手塩「最後まで、何があるかなんて、誰にもわからないんだ。油断するな」


 佐久はへいへいと頭をかきながら返事した。
 二人の会話を聞いた結標は眉をひそめながら、


結標「あら? 勝利宣言だなんて随分と余裕じゃない。一体誰を目の前にして言っているのか理解できてる?」

佐久「ああ。きちんと理解できているさ。超能力者(レベル5)第八位。『座標移動(ムーブポイント)』結標淡希」


 その言葉を聞いて結標はギィと歯を鳴らす。


結標「――だったら、これから貴方たちが、どういう目に合うかなんてこともわかりきっているわよねッ!?」


 軍用懐中電灯を真横に振る。結標の懐に仕舞い込んだ大量の金属矢が姿を消した。
 テレポートによる物質転移。ターゲットは当然、目の前に立ち塞がる敵達。

 トンッ、という肉を裂く音が幾度という回数聞こえた。
 金属矢が体内に突き刺さる痛みによる断末魔が通路内を鳴り響き、武装した男たちがバタバタ床に倒れ込んでいく。
 そんな中、


佐久「おーおー怖い怖い」

手塩「…………」


 幹部と思われる二人は涼しい顔でその場に立っていた。
 おそらく金属矢が転移する場所を予測して回避したのだろう。


結標「なかなかやるみたいね。けど、そう何度も避けられると思わないことね」

佐久「……ふっ」


 佐久は鼻で笑った。まるで自慢気に的はずれなことを抜かす人間を嘲笑うかのように。


結標「一体何がおかしいのかしら?」


 結標の声色が変わる。目付きが鋭くなる。
 しかし、佐久は笑みを止めない。


佐久「いやー、なに。何にもわかってねえガキが粋がる姿を見るのって面白れえなぁと思ってな」

結標「わかっていない? それは貴方のことよ。これから頭を私のチカラで撃ち抜かれるというのをわかっていたら、普通そんな態度取れないもの」

佐久「違うな。やはりわかってないのはお前の方だ」



703: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:45:24.63 ID:31eSI50lo


 佐久は薄ら笑いを浮かべる。ゾクリと背筋に嫌なものが走るのを結標は感じ取った。
 何かがヤバイ。そんな気配を感じた結標は、佐久の脳天を狙いチカラを行使する。


佐久「――これからお前にチカラを自由に使える時間なんてもう訪れねえんだからな」


 ドスリ、と金属矢が刺さる音が聞こえた。
 その音源は標的の佐久からではない。それより圧倒的に近い距離からだ。


結標「ぐっ!?」


 ズキッ、と結標は横腹の辺りに痛みを感じた。そういえば、先ほどの音もこの辺りから聞こえたような気がする。
 自分の横腹を見た。


結標「――えっ」


 前方に立つ男目掛けて飛ばしたはずの金属矢が、なぜか彼女の横腹に突き刺さっていた。
 僅かな筋肉の収縮運動で金属矢と肉が擦れ、筋繊維を削り取るような痛みとともに出血し、衣服に赤い染みが浮かび上がる。


結標「……あ、あがっ、な、ああ」

佐久「何で、って顔してんな。気付かねえのか? 俺たちにはわからねえが、お前にはわかんじゃねえのか? 違和感みてえなもんをよ」


 そう言われて結標はあることに気付いた。横腹の激痛に隠れていたがそれは確かに感じる。
 痛みだった。頭の中を直接弄られているような小さな痛み。
 結標はこれに似た痛みを知っていた。少年院突入前に感じていたあの感覚。


結標「――『AIMジャマー』!?」

佐久「正解だ。正解者には拍手を送ってやらないとな」


 佐久はやる気のなさそうな拍手をしながら笑った。


結標「な、何でよ? 今はAIMジャマーはメンテナンス中のはず。たとえ、さっきの警報から起動準備をしたとしても、そこから五分は作動するまでかかるはずよ!」


 事実、警報の音が少年院内に鳴り響いてからまだ一分ほどしか経っていなかった。
 しかし、装置が起動しているというのもまた事実だ。
 結標は傷口を押さえながら、全身に嫌な汗を流しながら思考する。
 佐久はそんな結標を見下すように、


佐久「おかしいとは思わなかったのか? 毎年年度末に行われているはずのAIMジャマーのメンテナンスが、今回に限ってこんな中途半端な日付で行われると聞いて」

佐久「おかしいとは思わなかったのか? たかだか空間移動能力者を研究しているだけの機関が、少年院の見取り図や警備情報を事細かに持っているということに」


 問いかけるような男の説明を聞き、結標は歯噛みしながら睨む。
 佐久はそれを見て楽しそうに笑いながら、


佐久「気付かなかったのか!? お前はここにおびき寄せられていただけだったってことをな!?」

結標「おびき寄せられた……? この私が……?」


 少女は大きく目を見開いて、呟くように言った。



704: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:47:31.24 ID:31eSI50lo


佐久「そうだ。俺たち『ブロック』へ、正確に言うなら他の暗部組織にもか。座標移動の捕獲任務が下ったのは昨日の朝だった」

佐久「だが俺たちはその前からこうなることを想定して、シナリオを作り、動いていた。いずれこうなることはわかっていたからだ」

佐久「だからお前が情報を手に入れられるように、お前に関係する一部の研究機関へ情報を横流ししたし、AIMジャマーのメンテナンスも俺たちが手を回して遅らさせた」

佐久「こうすればお前はノコノコとここに現れると容易に予測できた。あとはお前が来るのをここでゆっくり待っていればいいっつう話よ」


 今までの行動が、自分が選んできた選択肢が、ここまで辿り着こうと努力した意思が。
 全てヤツの仕組んだことだったのか。全てヤツらの手の内で踊らさせられたことだったのか。


結標「…………」


 結標は膝から崩れ落ちる。
 身体には脱力感のようなものが、心には空虚感のようなものが、ずっしりとのしかかってくるような気がした。


手塩「……さて、話は、もういいか?」


 黙って話を聞いていた手塩が切り出す。


手塩「これから、私たちと共に、来てもらうわ。そちらが、暴れない限り、こちらも、手荒な真似を、するつもりはない」


 手塩が「おい」と倒れている部下の男たちに声をかける。
 男たちは急ぐように立ち上がった。結標の金属矢は致命傷とはなっていなかったようだ。
 手塩は部下の男から拘束具のようなものを受け取る。
 空間移動能力者専用の拘束具。見た目は普通の拘束具と変わらないが、空間移動能力者の演算を阻害する特殊な振動波が常に発せられている。
 あれを付けられたテレポーターは自分自身の転移はもちろん、物質の転移すら行えなくなるという物だ。


手塩「大人しく、捕まってもらえると、こちらとしても助かる」


 拘束具を持った手塩がゆっくりと跪いた少女に向かって歩いていく。
 それを呆然と見ながら、結標は考えていた。

 あれに捕まったらもう自分はお終いだろう。
 一生上層部の使い走りにされるか、実験動物と変わりない扱いを受けるか、いずれにしろロクな人生を歩まない。
 もし自分がいなくなったら、今無期限で捕まっている仲間たちはどうなるのだろう。
 自分という存在がいなくなることで、元の平穏な日常へと帰らせてくれるのだろうか。否。
 同じくくそったれのような反吐みたいな生活を送らされ、使い捨てられるに決まっている。



 駄目だ。それだけは駄目だ。絶対に許さない。




705: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:48:45.68 ID:31eSI50lo


結標「――ッ!!」

手塩「!?」


 結標は軍用懐中電灯を振るった。それすなわちチカラの行使。
 ガキンッ、という音が鳴る。
 天井に取り付けられていた蛍光灯が一本消え、通路の壁に突き刺さって割れた音だ。
 手塩はそれを見て、特に表情を変えることなく、


手塩「まさか、戦おうというの? AIMジャマーに、チカラを妨害された状態で、私たち、ブロックと」

結標「ええ、そうよ」


 即答した。少女の目に揺らぎはない。
 手塩の目を見つめながらゆっくりと立ち上がる。


結標「AIMジャマーはあくまで能力の照準を狂わせるだけの装置。能力の使用自体を押さえつけるほどの出力はないわ」

手塩「同じことだ。照準が狂う、つまりはチカラの方向が、自分に向く可能性が、あるということ。そんな危険な武器を、使うことなど、自殺行為だよ」

結標「ここでチカラが暴発して自滅しようが、貴女たちに捕まって私の一生が奪われようが、結果は同じよ」


 横腹に刺さった金属矢を無理やり抜く。激痛とともに大量の血液が流れ出てくきた。
 スカートを無理やり破って布切れにし、それを包帯のように傷口に巻きつけて止血する。


結標「だったら私は、ここで最後まで抵抗する。そして、貴女たちの言うシナリオとかいう三流脚本、全部ぶち壊してやるわ」


 軍用懐中電灯を握りしめる。



結標「貴女たち全員ぶっ潰して、みんなを助け出して、生きてここを脱出するっていうハッピーエンド。これが私の脚本よ!!」



―――
――




706: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:49:26.20 ID:31eSI50lo


 第七学区にある雑居ビルの屋上。そこでは絶えず電撃が走り、チカチカと輝いていた。
 屋上の出入り口の扉に背を預けるように立っている少女がいた。
 肩まで伸ばした茶髪にチャームポイントのアホ毛を風に揺らせている、見た目一〇歳前後の少女。
 打ち止め。寝間着のパジャマのままで明け方の時間の寒空の下にいるため、身体を震わせていた。
 彼女はそれを気にする素振りは見せていない。
 なぜなら、目の前で繰り広げられている光景に目を奪われているからだ。

 お姉様である御坂美琴と、謎の敵組織の手先の犬型ロボ達との戦いを。


美琴「――こんのぉ!!」


 美琴は額からの電流を手に流し、それを雷撃の槍として一機の犬型のロボへと放出した。
 一〇億ボルトの雷撃が犬型ロボへと襲いかかる。
 
 バヂィン!!

 雷撃の槍が命中し爆音と共にロボットが宙を舞った。
 しかし、

 ガシッ。

 まるで高いところから落ちた猫のような体捌きで、犬型ロボットは屋上の床へと着地した。
 体中に紫電を走らせているが、特にダメージを受けている様子もなく、美琴へ向かって再び走り出す。


美琴(ぐっ、コイツら……しつこい!!)


 美琴は接近してくる二〇機のロボットをひたすら電撃で吹き飛ばすという、防戦一方の戦いをしていた。
 なぜこのような戦いをしているのか。それは後ろにいる打ち止めという少女を守るためだ。
 自分一人だけなら、この程度のロボットの群れ程度なら瞬殺できるチカラを発揮できる自信が、彼女にはあった。
 守る戦いというのがこれほどキツイものとは、と美琴は冷や汗を流す。

 さらに美琴にはもう一つ、苦戦を強いられている要素があった。
 それは敵の犬型のロボットの存在である。

 美琴は超能力(レベル5)の電撃使い(エレクトロマスター)だ。
 一〇億ボルトもの出力を誇る電撃を発生させることはもちろん、磁力操作・ハッキング・マイクロ波の発生等、電磁気が絡むことならほぼ何でも行うことができる能力者だ。
 例えば、ただのロボットなら美琴の電撃が直撃しただけで、高出力の電気によりCPUがショートして機能を停止させる。
 例えば、ただのロボットなら美琴が磁力で操った砂鉄の塊を浴びるだけで、駆動系の細部まで入り込んだ砂鉄によって動けなくなったりする。
 例えば、ただのロボットなら美琴がプログラムを電磁的にハッキングして、意のままに操るなんてことは容易いことだ。

 つまり、ただのロボットが美琴と相対した場合、秒もかからないうちに完全に制圧されてしまうということ。

 しかし、美琴と犬型のロボットたちとの交戦が始まってから、既に五分くらいの時間が経過していた。
 美琴はこの状況の中でも冷静に分析をし、ある結論を導き出す。


美琴(――あのロボット、対電撃使いの対策処置がされてるわね……いや、もしかしたら超電磁砲(わたし)専用の対策か?)


 美琴はこの五分間で様々なことやった。

 一つは雷撃の槍を始めとした高出力の電撃による攻撃。
 先ほど見せたように電撃を当てても、ケロッとした顔で(ロボットだから表情はないが)立ち上がり、再び襲いかかってくる。
 おそらく電気を弾くような絶縁塗料のようなもので塗装されているのか、素材そのものがそういう類のものか。
 並大抵の物では美琴の電撃は防ぎきれない。つまり、一〇億ボルト以上の電撃を想定した特別品だということ。

 一つは砂鉄を操ることによる攻撃。
 砂鉄一つ一つが高速で振動をしている為、その砂鉄の塊一つ一つがチェーンソーのような切れ味を持っている。
 そこらにいるドラム缶型ロボットや駆動鎧程度の硬さならズタボロにできるほどの殺傷力だ。
 だが、そのチカラがあっても犬型ロボットを仕留めることは出来なかった。せいぜい装甲の表面に傷が付く程度だ。
 密閉性も大したものらしく、体全体を撫でるように砂鉄を這わせたが、内部に侵入できるような穴は存在しなかった。

 一つはハッキングによる電磁的な攻撃。
 ハッキングの方法は二種類ある。
 一つは内部CPUへ電磁波を浴びせ直接制御を乗っ取る方法。一つはロボットを遠隔操作するために使っている電波に介入して制御を乗っ取る方法。
 前者に関してはCPU周りに電磁波を通さないような仕組みを施しているみたいで、制御を奪うための電磁波を通すことが出来なかった。
 後者の方法は、そもそもあれは自動制御らしく、美琴の目から見てもそういった電波類を確認できなかった為、使えなかった。

 一つは自分の代名詞である超電磁砲(レールガン)による攻撃。
 ゲームセンターにあるようなコインを音速の三倍で飛ばすことで絶大な威力を発揮する彼女の得意技。
 これが直撃すればあの犬型のロボットたちもたちまちスクラップとなることだろう。
 しかし、それはあくまで当たればの話だ。
 美琴が超電磁砲を撃とうとした瞬間、犬型のロボットは蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げ回った。
 そこから一機を狙い撃ちしようとしても、ロボットはうまいこと直撃を回避をした。せいぜい余波を受けて吹き飛ぶくらいで、致命傷とはいかない。
 美琴の目線の移動や周囲に発する電磁波等の事前情報を察知することで、回避率を上げているのだろう。



707: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:50:21.96 ID:31eSI50lo


美琴(チッ、このままやってたらジリ貧ね。朝ご飯もまだだから体力的にあんまり長期戦も出来ないし)


 波状攻撃のように突っ込んでくる犬型のロボットたちを電撃で弾きながら考える。
 手札が次々と奪われたこの状況をいかに切り抜けていくかを。
 美琴は後ろに立つ打ち止めをちらりと見てから、


美琴(――しょうがない。ちょっと危ないけど、アレを使うしかないか)


 バチバチィ、と美琴の周囲に電気が撒き散らされる。
 そして少女はある力を操り、ある物へ向けて手をかざし放出した。


 バキバキバキッ!!


 アスファルトを砕くような音が屋上から鳴った。
 その音を確認するためか、犬型のロボット達は一斉に足を止めて、音の下方向へと目を向ける。

 そこにあったのは宙を浮いている貯水タンクだった。

 雑居ビルの屋上に備え付けられているものだ。
 大きな円錐型のタンクで昇降用のハシゴが付属している。
 宙に無理やり浮かび上がらされているためか、パイプがちぎれてそこから大量の水が流れ出ていた。


美琴「……よし、重さもちょうどいい感じかな」


 そう言って美琴はかざした手を一機の犬型のロボットへ向ける。
 すると、


 ドゴォン!!


 ロボットを下敷きにするように貯水タンクが屋上の床へと落下した。
 あまりの衝撃にビル全体が地震のような振動が起きる。うっすら建物の中から警報器の音のようなものが聞こえるのは気の所為ではないだろう。


美琴「あっちゃー、ちょっと強すぎたかー?」


 頭を掻きながら、かざしていた手をそのままくるりと手のひらが上に来るように回す。
 すると落下した貯水タンクが再び宙に浮かび上がった。
 落下地点を見る。そこには道路で車に轢かれたカエルのように潰れた犬型のロボットが床に貼り付いていた。


美琴「電撃もだめ、砂鉄もだめ、ハッキングもだめ、超電磁砲もだめ……じゃ、そういうことならこうやって質量でぶっ潰すのが簡単よね?」



708: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:52:21.42 ID:31eSI50lo


 美琴が行っているのは磁力操作。磁力を操って貯水タンクという巨大な金属の塊を意のままに動かしているのだ。
 犬型のロボット達が美琴がやろうとしていることを察したのか、散り散りになって逃げていく。
 それを追うように美琴は貯水タンクを操作し、


美琴「――遅いっての!」


 ハンマーを振るような軌道で手を振る。同じような動きで貯水タンクがアスファルトの上をものすごい速度で走った。
 軌道上にいた三機の犬型のロボットが車に撥ねられたように薙ぎ払われる。
 バチッ、と内部がショートし、機能停止したロボットたちが地面に叩きつけられた。


美琴「時速六〇キロの自動車が衝突する衝撃って、五階建てのビルから落下した速度と同じくらいなんですってね。ってことは、こんな大きくて重い物体がそれより速い速度でぶつかってきたら、ちょっと痛そうよねー」


 ガンッ!! ガガンッ!! ガシャーンッ!!

 機械の砕ける音がビルの屋上で次々と鳴り響く。
 美琴が貯水タンクを巧みに操作して、犬型のロボットの数を徐々に減らしていく。
 ふと、八機目の犬型のロボットを粉砕した辺りで、後ろにいる打ち止めが気になり、視線を移した。


美琴「…………え」


 美琴は目を丸くする。自分の背後に信じられない光景があったからだ。
 守るべき存在である少女が。大切な妹の一人である少女が。今そこにいるはずの少女が。

 いなくなっていた。


美琴「――――ッ!!」


 バチンッ!! と美琴の周囲に電撃が走り、彼女の体が宙に浮いた。
 高圧電流で空気を爆発させることによる飛翔。
 空中から辺りを見回す。視線を高速で動かす。
 そして、彼女はそれを捉えた。

 象の鼻のような機械製のロッドを打ち止めの体に巻き付けて、ここから離れようと下の道路を走る犬型のロボットを。


美琴「――逃がすかッ!!」


 美琴はその後を追うために磁力を制御して高速移動しようとする。
 
 
 瞬間、美琴の周囲に爆発が起こった。
 ビル街の空に黒煙が巻き上がる。

 それは屋上で立っている一機の犬型ロボットが起こした現象だった。
 ロボットは象の鼻のようなロッドをさらけ出していた。その先端には黒い筒状のものが付いている。
 グレネードランチャー。犬型ロボットに搭載されている兵器の一つだった。



709: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:53:58.19 ID:31eSI50lo


 宙を浮く黒煙の中から何かが落下する。
 黒煙の欠片をまといながら下降するそれは、少しずつ黒色を引き剥がし、姿を現す。

 それは御坂美琴だった。

 煤で身体を汚しながらも、周囲に青白い電気を走らせながら、右手にコインを構えて、


 『超電磁砲(レールガン)』が発射された。


 音速の三倍で射出されたコインはオレンジ色に発光しながら閃光となり、犬型ロボットの体ごとビルの屋上へと突き刺さった。
 普通に撃っていたら避けられていただろう。発射の直前まで黒い煙に身を隠していたため、予備動作が見えず回避が遅れてしまったのだ。
 超電磁砲の直撃を受けた犬型ロボットは粉々のスクラップと化する。

 美琴が磁力を操作し、姿勢を制御して屋上へと綺麗に着地する。
 遅れたタイミングで上から黒焦げた看板が落ちてきた。人一人は余裕で覆い隠せるような大きなものだった。
 彼女の体は常に電磁波によるレーダーを発している。だから、グレネードランチャーの弾頭が接近してくるのも察知していた。
 撃ち落とすことは距離的に難しかった為、急遽磁力を使い鉄製の看板を盾にすることにより身を守ったのだ。

 そう。彼女には電磁波レーダーがある。
 後ろにいる打ち止めに何かが、具体的に言えば犬型ロボットなどという鉄の塊が接近すれば分かるはずだ。
 だが、事実あのロボットは美琴のレーダーを掻い潜って打ち止めをさらった。


美琴(理由はあとからいくらでも考えられる……! 今はあの子を追わなきゃ……!)


 屋上の欄干から体を乗り出し、打ち止めをさらった犬型のロボットが走っていた方向を見る。
 いた。まだ目で追える距離にいる。今ならまだ間に合う。
 美琴があとを追おうと、ビルから飛び降りて磁力を使いながら下の道路へとゆっくり着地する。
 すると、


 ガシャン、ガシャン、ガシャン。


 今まで戦っていた犬型のロボットが、まるでこの先へは行かせまいと美琴の前を立ちふさがった。
 数は一一機。電撃も、砂鉄も、ハッキングも、超電磁砲も通用しないロボットが。
 犬型ロボット達の遥か後方に居る打ち止めの姿がどんどん小さくなっていく。
 美琴の周囲に今までとは比べ物のならない出力の電撃が撒き散らされる。



美琴「――ジャマをぉ、するなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 莫大な電流により、信号機のランプは割れ、ビルのガラスは砕け、路肩に停めてあった車が爆発した。


―――
――




710: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:55:03.00 ID:31eSI50lo


 警戒音が鳴り響く少年院の廊下。上条当麻とA子と名乗る黒髪少女、そしてその少女の周りをゾロゾロと武装した男たちが歩いている。
 最初は一人だった少女の配下の警備兵は、今となっては一〇人という大所帯となっていた。
 ここにいる職員は、第五位のチカラにより少女の命令を聞く人形となっている。そのため、警備兵とのエンカウント=新メンバー加入ということになるのだ。
 だが、その警備兵の中には外部からの侵入者も含まれているらしく、そのものたちは洗脳から逃れている。
 そういった相手はここまで来るのに三人ほどいたが、他の洗脳戦士たちのおかげで容易に迎撃してくれた。


上条「…………」


 上条は難しい表情のまま廊下を歩く。何かを考えているような様子だった。
 それを見た少女が、


A子「何か考え事かしらぁ? そんなシリアスな顔しちゃってぇ、似合ってないんだゾ☆」

上条「なっ、失礼な! 上条さんにだってそういう顔をするときもあるんだっつーの。つーか、似合ってないとか言えるほどテメェとは付き合いねえだろうが!」

A子「…………」

上条(……あれ? さっきみたいな余裕綽々な感じで何か言い返してくると思ったんだけど)


 もしかして強く言い過ぎたのか、と上条は少し戸惑った。
 いくら能力の制御下にあるとはいえ、武器を持った男に真っ向から向かっていくようなヤツだからなおさらだ。
 少女はクスリと笑い、


A子「冗談よ冗談♪ ところで一体何をそんなに考えていたのかしら?」

上条「あ、ああ。ちょっとな……いや、なんでもねえや」


 そう言って上条は流した。さっきまでの暗い表情へと戻る。
 少女はその煮え切らない態度に対してムッとした表情をした。


A子「ちょっとぉ、何でもないとか言って、そういう感じに戻るのは個人的にナシだと思うんですケドぉ?」

上条「わ、悪りぃ」

A子「これから結標さんを助けに行こうってときにそんなんじゃ、助けられるものも助けられなくなっちゃうんだゾ☆ いっそのことゲロっちまったほうが楽になれると思うんですケド」

上条「女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけません」


 上条はそう言いながらも納得した様子を見せた。
 そしてそのまま内心に留めていたことを口に出す。


上条「ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ。俺ってここに何しに来たんだろう、って」

A子「……へー」

上条「あっ、テメェせっかく打ち明けたのにその目は何だその目は!」


 ジトーと上条を馬鹿にしたような目付きで少女は睨む。



711: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:56:32.08 ID:31eSI50lo


A子「えっと、ホント何言ってんだろって感じなんだケド。最初に会ったときから私がずっと言ってるわよねぇ? 『結標さんを助けに行く』って」

上条「いや、それはわかってんだ。なんつーか、えー、俺はこれから結標に会って何をすればいいんだ? とか、俺には一体何が出来るんだ? みたいなこと考えてて」

A子「…………」

上条「俺さ、結標と一回会って、話して、説得しようとしたんだ。俺の伝えたいこと全部伝えたつもりだった。でも駄目だったんだよ」


 第一〇学区の公園での出来事を思い出す。
 上条は自分の思っていることを全部伝えたつもりだった。一人の『友達』として。
 結果彼の言葉は結標淡希には届かなかった。それどころか彼女を怒らせてしまい、手痛い反撃を受けることとなってしまった。


上条「そんな俺が今からアイツに会ってどうすりゃいいんだ。俺の『役割』ってなんなんだよ、って思っちまってよ」

上条「ずっとそんなことを考えてたら、全然結論が出てこなくて、お前に変な気を使わせちまったってことだ」


 変なこと聞かせて悪かったな、と上条は謝罪した。
 今更だが女の子に何話してんだ。少年は自己嫌悪のような感情が浮かばせ顔を曇らせた。


A子「…………ぷぷっ」

上条「へっ?」


 A子と名乗る少女は口元を隠すように手を当てる。
 彼女から吹き出すような声が聞こえた上に、目元だけ見てもわかるくらいニヤニヤしていた。
 上条は何かあざとさのようなものを感じて目を細める。


上条「お前、今笑ったろ?」

A子「……ううん、別にそんなこと……ぷっ」

上条「現在進行系で吹き出してんじゃねえか! つかわざとやってんだろテメェ!」

A子「アハハハハハっ、ごめんなさいねぇ。あまりにもアナタには似合わない悩みを打ち明けられちゃったから、ちょっと面白くて」

上条「ぐっ、たしかにそうかもしれねえよ。けど、さっきも言ったが似合わないとか言われるほど接点はな――」


 上条の言葉を遮るように、


A子「ま、私じゃ解決力のあるような一言はあげられないケド、一つだけ言えることがあるわぁ」


 少女はステップを踏むように上条の前に立ち、後ろで手を組み、前かがみ気味になりながらじっと見つめて、


A子「そんなこと理屈で考えたっていつまでも決着は付かないわぁ。だから、アナタが本当にやりたいと思えたこと、それがアナタの『役割』ってことでいいんじゃないかしらぁ♪」


 ニッコリと笑って、少女はそう答えた。


上条「本当にやりたいと思えたこと、か……」


 上条は言葉を噛みしめるように反復する。
 たしかに結標淡希を助けたいのは自分の本意だ。それは間違いない。


A子「少しは吹っ切れたかしらぁ?」



712: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 11:58:04.41 ID:31eSI50lo


 少女の問に上条は、


上条「……ああ。こんなところでグダグダしてる暇なんてねえよな。俺に何ができるのかなんてわからねえけど、とにかく今はがむしゃらにでも行動するしかねえよな」

A子「そ。それはよかった」

上条「ありがとな、えっと……」

A子「A子」

上条「あ、そうそう、A子さん。ごめん、何か最近物覚えが悪くて」

A子「別にいいわぁ、アナタはそういう体質になっちゃったのだからしょうがないわよ」

上条「体質……?」


 首を傾げる上条。
 だが少女は構うことなく、くるりとターンして再び通路を歩き始め、階段を降りていく。
 頭にハテナを浮かべたまま上条も後ろを付いて行った。

 階段を降り切ると、目の前に十字路の通路が見えた。
 前方に通路は四、五メートル幅の道が五〇メートルくらい先まで伸びている。
 この位置から見る限りは突き当りは壁で、さらにそこから左右に道がありそうだった。
 左の道を見る。両方ともすぐに壁に突き当たって右に曲がるようになっていた。右の道も同様だ。

 十字路の中心に少女は立ち止まった。そして、上条の方へと視線を向けながら話しかける。


A子「――さ、着いたわよぉ」

上条「着いた? ここに結標がいんのか?」


そう思って辺りを見回してみたがそれらしき人物は見当たらなかった。
というか上条と少女+その他一〇名以外は人一人いない。


A子「そういうわけじゃないわぁ。私が案内できるのはここまで、って意味の着いたよぉ」

上条「だったら最初からそう言え……ってあれ? 案内できるのはここまでってことは」

A子「そうよ。あとはアナタ一人で行ってもらうわぁ」

上条「お前は来ないのかよ」

A子「私は私でやることがあるのよぉ。それに昨日も言ったけど私は今の結標さんとは初対面。そんな女が行ったところで警戒力が増えるだけよねぇ、ってコト」


 そもそも今の私は借り物の体だから面識力があっても意味ないんだけどね、と黒髪の少女は補足する。
 そのあと少女はこれから行くべき道を上条へ懇切丁寧に説明し始めた。
 何か『隠し階段』だとか『本来は存在しないはずの部屋』とかいろいろ言われて上条は頭がパンクしそうになる。
 それを見かねた少女の簡単な説明によると、真っすぐ行って突き当たったら右に曲がって、すぐあるエレベーターの裏にある階段を降りた先に結標がいるらしい。
 とにかく真っすぐ行って右に行ってエレベーターの裏に回って階段を降りればいいんだな、と上条は心の中で何回も復唱した。


A子「じゃ、私は行くとするわぁ。頑張ってねぇー」

上条「待ってくれ。ちょっといいか?」

A子「何かしらぁ?」

上条「何でお前はここまでしてくれたんだ?」



713: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 12:00:18.89 ID:31eSI50lo


 最初出会ったときからずっと気になっていた。なぜこの少女は自分を助けてくれたのか。
 結標を助けるためか? しかし、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするならまったくの他人のはずだ。
 そんな他人を助けようとする男に対して、少年院などという普通では絶対に入れない場所、そんなところまで連れてほどのことをする理由が上条には思いつかなかった。


A子「何で、か……」


 少し考えてから少女は続ける。


A子「さっき言ったように私にもやることがある、目的があるってワケ。その流れでアナタをここに連れてきただけよぉ」

上条「目的……何だよそれ」

A子「女の子のプライバシーにズカズカ踏み込んじゃう男の子は嫌われちゃうんだゾ☆」


 おちゃらけて言っているが、これ以上聞いたらブチコロスぞこの野郎と言っているのだろう。
 こちらを見つめている十字形の星がそう訴えているのを上条は感じた。


A子「というかぁ、ここで私とウダウダとおしゃべりしてるのはよくないんじゃないかしらぁ? 正直、あんまり時間も残されていないわけだしぃ」

上条「げっ、そういえばタイムリミット一五分とか言ってったっけ」

A子「早くしないと結標さんがどこか行っちゃって、また行方不明になっちゃうかもねぇ」

上条「そいつは不味いな。じゃ、俺は行くよ。ありがとな……えっと」

A子「え――」


 A子という偽名を発しようとした口を無理やりつぐんだ。
 そして、ゆっくりと息を吸って、


A子「――『食蜂操祈』です!」


 その名前を聞いた上条はうん? と疑念の表情を浮かべた。おそらく「そんな名前だったっけ」とか考えているのだろう。
 しかし、少年はいつもどおりの感じに戻って、


上条「ありがとな! しょく、ほー?」


 上条当麻は軽く手を振って通路の先へと走っていった。




A子「…………」


 少女はそれを黙って見送りながら考えていた。
 おぼつかない口調だが、彼に名前を呼ばれるのはいつぶりだろうか。心が踊る。にへら笑顔が溢れそうになる。
 だけど、これは一過性の幸せ。どうせ彼は、もう自分のことなど覚えていないだろう。
 食蜂操祈という名前はもちろん、もしかしたらA子という偽物の食蜂操祈の存在そのものも。


A子「さて、私たちも行くわよ」

警備兵達「「「「「「「「「「了解致シマシタ」」」」」」」」」


 たくさんの警備兵たちを従えながら少女は左の通路へと歩いていった。
 歩きながら上条当麻が向かっていた通路を横目に呟く。


A子「――ごめんなさい」


―――
――




714: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 12:01:43.59 ID:31eSI50lo


 少年院の遥か地下にある独房。その前にある細い通路に熊のような大男と長身の女、数人の武装した男たちが立っている。
 その通路の床には一〇もいかない数の人が倒れていた。ほとんどが武装した男たちだ。
 腹部や脚部に金属矢や割れた蛍光灯等の物体が突き刺さっていて、痛みで気絶したり動けないといった様子だった。

 そんな中を、うつ伏せ気味に床で倒れている少女が一人。

 結標淡希。座標移動(ムーブポイント)と呼ばれる少女。

 いつもは二つに束ねている長い赤髪が、ヘアゴムが切れたのか無造作に背中に広がっていた。
 元から傷だらけだった体に追い打ちを掛けられたように、新しい切り傷や打撲痕が目立つ。
 いや、それらの傷が目立つと表現するのは間違いか。
 なぜなら一番目立つ彼女の外傷は、体のいたる所に突き刺さっている金属矢なのだから。

 長身の女、手塩が倒れている少女を見下ろしながら、


手塩「……随分と、手こずらせてくれたな」


 熊のような大男、佐久が腕に刺さっていた金属矢を引き抜きながら、


佐久「痛ってえなぁ。あちらこちらへ物質転移しやがって、このクソガキが」

手塩「だが、もう能力を使う体力さえ、残っていまい」

佐久「そうだな。つーわけで、さっさとコイツ連れてトンズラと行くか。おい、お前ら拘束して連れてこい」


 佐久のひと声で暗部組織ブロックの下部組織の男たちが動き出した。
 一人の男の手には拘束具のようなものが握られている。結標を捕獲するために用意された空間移動能力者専用の拘束具だ。


結標「…………」


 結標は薄れた意識の中、冷たい床を肌で感じながらボンヤリと考えていた。

 『疲れた。もう指一本動かせない』。
 全身は傷だらけだがもはや痛みさえ感じない。

 『私、十分頑張ったよね。よくやったほうだよね』。
 単身でいろいろな場所に乗り込んで、情報を探し回って、ここまでたどり着くことが出来た。健闘したほうだ。

 『ごめんねみんな。助けられないで。ごめんねみんな。こんなダメなリーダーで』。
 思い返してみる。彼ら彼女らに何もしてあげられなかった。最後の少女の『逃げて』という願いにさえも。

 目の前にあった床が離れていく。体が抱え上げられたのだろう。
 おそらく、拘束されてどこかしらに連れて行かれる。その先は地獄かそれより惨たらしい世界か。
 恐怖や憎しみ、悔しさ等の負の感情が巻き起こるような状況だったが、結標はそうではなかった。
 それだけのことをしてきた。こんな扱いを受けてもしょうがない。それをわかった上でこれまで行動してきたつもりだ。
 後悔などはしていない、と結標は全てを受け入れるつもりでいた。



715: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 12:02:59.06 ID:31eSI50lo


 ただ、彼女の中に一つだけ、心残りのようなものがあった。
 最後にある人物と会いたかったという感情。
 その人物は、彼女にとって最低最悪のクソ野郎で、世界で一番嫌いな少年だ。
 死んでしまえばいいのに。地獄に堕ちてしまえばいいのに。来世でも惨たらしく殺されてしまえばいいのに。
 少年のことを思い浮かべると負の感情ばかりが頭をめぐる。

 なぜ、こんな状況でそんな少年のことを考えているんだ。
 なぜ、そんな少年と会いたいなどという感情が浮かんでいるんだ。
 なぜ、もう会えないということを考えただけで寂しさのような、悲しみのような感情が湧いてくるんだ。


結標「……『一方通行(アクセラレータ)』」


 なぜ、名前も聞きたくもない少年の名前を呟いているんだ。
 彼女自身もそれはわからなかった。


 ピシッという音が上から聞こえた。結標は視線だけを動かし天井を見る。
 通路の自分から一〇メートル先の位置。そこの天井がまるで凍った水たまりを踏みつけた後のようにひび割れていた。

 瞬間、轟音とともにひび割れた天井へ衝撃が走る。大量のガレキを床に落下させながら天井が崩れ去った。
 その余波で通路内に暴風が巻き起こる。結標を抱えていた男がその風圧のせいで少女を離してしまう。結標は再び床に投げ出された。


結標「……い、一体、何が……?」


 粉塵が巻き起こり、視界の悪くなったガレキの山を見る。
 その上に人影のようなものが立っているのが見えた。
 視界を奪っていた白い粉塵が次第に薄くなっていき、その影がくっきりと瞳に映り始める。

 その影は少年だった。
 肩まで伸ばした白い髪。汚れを知らないような白く透き通った肌。
 線の細い体付きから知らない人が見れば白人女性と間違えるかもしれない。
 首には電極付きのチョーカー。右手には現代的なデザインの杖。
 こんな特徴の塊は、この街を捜しても二人といないだろう。
 彼女がよく知っている少年だった。

 真紅の瞳をこちらへ向けながら、少年は挨拶でもするかのような気軽さで、



一方通行「――呼ンだか?」



 学園都市最強の超能力者(レベル5)の少年が語りかけた。


―――
――




716: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 12:03:40.75 ID:31eSI50lo


垣根「――来たか、一方通行」


 暗部組織スクールのリーダー垣根帝督が呟いた。
 彼は今少年院の受付ロビーのようなところのイスに、缶コーヒー片手に腰掛けている。
 周りには十人以上の武装した警備兵と思われし男たちが、血だらけになりながら床に伏せていた。
 まさに死屍累々とはこのことだろう。
 手に持っていた空き缶を適当に床へ放り投げながら垣根は立ち上がった。


垣根「このプレッシャー、間違いねえ。遅すぎるぜクソ野郎が」


 垣根は懐から携帯端末を取り出した。いくつか操作をしてから電話口へと喋りかける。


垣根「お前ら仕事の時間だ。カモが来やがったぜ」


 リーダーからの指示に返事をする少女が一人。


海美『何を言っているのよ。あなた以外はとっくの昔に動き始めているわ。サボリ魔さん?』


 海美の嫌味を聞いて垣根は頭をガリガリと掻きながら、


垣根「へいへいうるせーな。各々状況報告しろ」


 まず最初に報告し始めたのは海美だった。


海美「こちら心理定規&誉望組。裏門から少年院に侵入して現在地下二階にいるわ」


 そう報告する海美の声の後ろには大量の銃声が鳴り響いている。


海美「で、今八人の兵隊と誉望君が交戦中。まあ、あと五秒位で終わるんじゃないかしら」


 彼女の言った通り、五秒後には後ろから聞こえていた銃声が鳴り止んだ。


海美「というわけで、引き続き座標移動がいると思われる地下の独房へ進行するわ。大きな障害がない限り、あと二分くらいで到達するんじゃないかしら」

垣根「りょーかい。砂皿はどうだ?」


 通信をオンラインにしているが、黙々と話を聞いていたスナイパー砂皿緻密へとパスする」



717: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/01(土) 12:04:30.39 ID:31eSI50lo


砂皿『こちらは狙撃場所を裏門から正門へと移動しているところだ。裏門では五人殺したが、一人逃して中への侵入を許した』

垣根「ほぉ、お前の狙撃から逃れるヤツがいるとはな。どんなヤツだ? 会ったらついでに殺しといてやるよ」

砂皿『年端も行かぬ少女だった。赤いセーラー服を着て茶色い髪をした』

垣根「……ああ、アイツか。俺もアイツにはムカついてたんだ。ぶち殺す楽しみが増えたぜ」


 垣根が不気味に笑う。彼の言葉からして砂皿が逃した少女について何か心当たりのようなものがあるらしい。


垣根「じゃ、俺は今から表ルートで独房へ向かう。たぶん、一分もかからねえんじゃねえかなぁ」


 そう言うと、垣根の背中から天使のような三対六枚の翼が現れた。
 垣根は軽く足元を踏み付ける。彼を中心に直径五メートルくらいの大穴が床に開いた。まるでいきなりそこにあった床が無くなったように一瞬で。
 床がなくなったため、垣根の体は重力に従い地下へと落下する。カツン、と革靴の音を鳴らし何事もなかったかのように床へ着地した。


警備兵D「なっ、何者だ貴様!? もしや例の侵入者だな!!」


 垣根は気付いたら警備兵たちに囲まれていた。
 人数は六人。狭い通路で。もちろん全員武装した男たち。


 グシャ。


 勝負は一瞬で決する。
 警備兵たち全員の腹部に真っ白な巨大な杭のようなものが突き刺さり、大穴を開けた。
 垣根の背中から伸びた六枚の翼が変形した物だ。
 必殺の一撃を受けた警備兵たちはダラリと全身の力が抜け、持っていた銃火器を離し、床に崩れ落ちていった。

 そんな状況を知る由もない海美が電話越しに語りかける。


海美『一分で着くのなら、ついでに座標移動の方も確保してくれればいいのに。たぶん、一緒にいるのでしょ?』

垣根「ハッ、馬鹿言うなよ。何でこの俺がそんな三下みてえな雑用をやらなきゃいけねえんだよ」


 周りに転がる死体を気にすることなく、通路を歩きながら垣根は続ける。


垣根「それに俺のターゲットは片手間で殺れるようなヤツじゃねえ。だから、そんな雑魚に構ってられるかよ」

海美『そう。それは残念。じゃ、また独房で会いましょ?』

垣根「ああ」


 そう一言返して垣根は端末を切った。


――――――



720: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:19:20.99 ID:Q+V+Oj11o


S9.総力戦


 一方通行は独房のある地下の通路をざっと観察する。
 前方にいるのは熊のような大男。筋肉質な長身の女。武装をしたいかにもな下っ端と思われる男三人。その後ろに倒れている有象無象。
 そして、傷だらけの姿で倒れていて、そんな状態でもこちらへ視線を向けてきている少女、結標淡希。
 通路の左右の壁を見る。そこには等間隔で独房に繋がっていると思われる鋼鉄の扉が取り付けられているが、その他に金属矢や蛍光灯が突き刺さっていた。
 このことから、この少女は相当暴れたのだろう、と推測できる。自分の身も顧みず。

 床に突っ伏した少女が震える声で問いかける。


結標「……な、なんでよ」

一方通行「あン?」

結標「何で貴方が、こんなところにいるのよ……?」

一方通行「オマエとの約束を果たすためだ」

結標「やく、そく?」

一方通行「ああ」


 少年は目を逸らすことなくただ一点を、結標淡希を見つめて、



一方通行「――『結標淡希』。オマエと、オマエの周りにある世界、全部俺が守る。その約束を果たしに来た」



 そう。これが彼をここまで動かしたその原動力。
 ただの口約束だ。別に契約書を交わしたわけでもない。何の効力もない言葉だ。
 だが、彼にとってはそれだけで十分だった。十分過ぎた。


結標「……なに、言ってん、のよ。そんな約束、私はした覚えなんてない、わ。」


 一方通行の言葉を聞いた結標が顔を伏せながら、


結標「その約束は、たぶん、私が記憶を失っているときの、もう一人の『私』とした、約束のはずよ。それは、貴方もわかっているはず……」

一方通行「…………」

結標「だから、今の私とは、なんら関係ないこと。なのに、なんで貴方は……、そんな決して果たすことのできない、約束を果たしに、こんな場所へ来たのよ?」


 彼女の言う通りだ。
 この約束は彼女が記憶喪失をしているときに、一方通行との間に交わされたものだ。それは紛れもない事実。
 今の結標淡希はそのときの『結標淡希』ではない。それも事実だ。
 しかし、一方通行は揺るがなかった。


一方通行「果たせない約束だァ? 何言ってンだオマエ」

結標「え……」

一方通行「俺は言ったはずだ。結標淡希を守るってよォ」

結標「だ、だから、それは、もう一人の『私』で――」

一方通行「関係あるかよッ!」


 結標の言葉をバッサリと切り捨てる。



721: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:20:14.53 ID:Q+V+Oj11o


一方通行「――あの時のオマエも、今のオマエも、紛れもない『結標淡希』だろォがッ!! 記憶があるだァ? ないだァ? そンなの関係ねェンだよッ!! 知ったこっちゃねェンだよコッチはよォッ!!」


 一方通行が吠える。
 今まで溜め込んでいたものを、内に秘めたものを、全て、彼女にぶつけるかのように。


一方通行「だから、俺はオマエを守るために、オマエをこのクソッタレな闇から救い出すために、こォしてこの場に立ってンだよッ!!」

結標「ッ……」


 一方通行の言葉を聞いて少女は黙る。
 彼の迫力に威圧されたのか。恐怖し、体が硬直したのか。それとも。
 


一方通行「……さてと」


 視線を結標からその後ろにたむろしている者共へ向ける。
 暗部組織ブロックの幹部の大男、佐久と目が合う。
 佐久はそのコンタクトに応じるように、


佐久「テメェどうやってここに来やがった!? テメェに対してこの情報が入らねえように封鎖させていたはずだ!! テメェなんかがこんなところに来れるわけねえんだよ!!」

一方通行「そォかよ、ソイツはご苦労なこった。けどよォ」


 煽るような口調で一方通行は口元を歪ませて、


一方通行「こォやってオマエらの前に立ててるっつゥことは、ソイツは点で無駄な努力だったっつゥことだよなァ? ぎゃはっ」


 佐久にとってこの状況は、避けなければいけないものだと思っていた。
 だから、水面下で情報を操作したり、一方通行に裏の事実を突きつけて心を折ろうともしていた。
 しかし、一方通行はこの場に立っている。佐久の恐れていた状況になっている。

 だが、佐久はあることに気付いた。それは自分の勝機へと繋がるような事柄。
 今まで焦りの見えていた佐久の顔に余裕のようなものが現れる。


佐久「……お前、ここがどこだかわかるか?」

一方通行「あン? 少年院の地下の独房だが、それがどォかしたか?」

佐久「だったらお前も知ってんだろ? 『AIMジャマー』っつう対能力者用の装置の名前くらいよお」

一方通行「…………」

佐久「他の階層のヤツは、メンテ中で作動はしていなかったからテメェは気付かなかったみてえだが、ここのは稼働してんだよ! 俺たちが手を回したからなぁ!」


 「本当は気付いてんだろ? 感じてんだろ? AIMジャマーっつうテメェらからしたら最悪の不快感をよぉ」と佐久が畳み掛ける。


一方通行「…………」


 一方通行はその問いに対して無言を貫き、ジッと佐久を見つめるように睨みつける。
 佐久が勝ち誇ったように、


佐久「AIMジャマーの影響っつうのは能力が強ければ強いほど、デカければデカイほど危険なんだってなッ! 例えばテメェみてえな超能力(レベル5)だとなおさらすげえんだろっ!?」

佐久「能力を使うたび腕や足が吹っ飛ぶかもしれねえっつリスクを負っちまう。つまり、そんな状態でチカラを使おうなんてヤツは自殺志願者でしかねえってことだ!」

佐久「どうりで強気な態度を取ろうとするわけだ。そりゃそうだよなぁ? 能力を使えないなんて悟られるわけにはいかねえからなあっ! 実は何のチカラも使えないクソガキでしたなんて気付かれるわけにはいかねえからなぁ!!」



722: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:21:01.86 ID:Q+V+Oj11o


 ひとしきり言うことを言って、佐久は左手を上げる。
 後ろにいた三人の下部組織の男たちが佐久の前に立った。手に持った機関銃を構え、照準を前方にいる一方通行へと定める。


佐久「好きな方を選びやがれ。鉛玉食らって蜂の巣になるか、一か八かチカラ使って自爆するか――」


手塩「…………」


 ブロックのもう一人の幹部、手塩が一方通行を観察するように眺めながら考える。
 最初から疑問だった。なぜ一方通行はこんなところに『来た』のか。いや、正確に言うと『来られた』のか、か。

 手塩はAIMジャマーについて詳しくは知らなかった。だからこの階層のAIMジャマーがどの程度の範囲に効果を及ばせているのか検討もつかない。
 完全にこの階層のみなのか、それとも上階にも影響があるのか。手塩の勝手な推測では前者と見ていた。

 その理由は一方通行が天井を突き破って現れたからだ。
 少年院の地下の階層を仕切る床や天井は核シェルターにも匹敵する強固な建材で作られている。能力者を収容する施設なため、そういった部分の耐久力にも力を入れているのだろう。
 普通の人間が使うような兵器では到底破壊できない天井。それこそ核ミサイルを何発も打ち込まないと破壊できない鉄壁。

 しかし、それはあくまで兵器での話だ。ベクトル操作という圧倒的なチカラを持った一方通行には関係のない話だ。
 彼が本気を出せば、そんな強固な壁もコピー用紙を破るかのような気軽さで打ち破ることができるだろう。
 ゆえに、一方通行は能力を使用して天井を破壊し、この階層へと侵入した。だから、上階にはAIMジャマーの効果は及んでいない。
 一見、筋の通っていそうな推測だ。が、手塩は納得していなかった。

 それは杖がないと歩けないような少年が、どうやって三メートル強の高さはある天井から安全に飛び降りたのか、という疑問が邪魔しているからだ。
 普通に考えればベクトル操作の能力を使って、姿勢を制御して着地したと考えるのが妥当だろう。
 しかし、忘れてはいけないことがある。この階層はAIMジャマーの効力の範囲内ということだ。おそらくこの床から天井に至るまで、通路全体へ広がっているだろう。
 そんな空間でベクトル操作の能力を使用してしまえば、先ほど佐久が言ったように制御がうまく出来ず、安全に着地が出来ないどころか手足が吹っ飛んだりするかもしれない。

 あの少年は一体、どうやって安全に着地したのか。
 実はあの杖はフェイクで普通に動けるのか? AIMジャマー下で能力を使用してたまたまうまく制御できただけなのか?
 手塩の中で仮説じみた疑問が次々と浮かんでくる。しかしそれらの疑問は、次に行った一方通行のある行動を見ることで、全て吹き飛び、正解が頭だけに残った。


 一方通行は笑ったのだ。わずかにだが。口の端を引き裂くように。


手塩「――待て!! 罠だ佐久ッ!!」


 手塩はとっさに反応し、佐久に銃撃を止めさせようとする。
 だが、すでに佐久の左手が降ろされていた。ブロックの中で使われている『射撃しろ』のハンドサイン。


 ズガガガガガガガガ!!


 おびただしい数の銃声とともに、三つの銃口から弾丸が斉射される。
 銃弾の到達地点は当然一方通行。訓練された兵士たちによる射撃。決して外すことはない。
 一方通行は『避けることが出来ない』のか、ただその場に立ち尽くしていた。
 いや、違う。


 あれは『避けようとしていない』――。


 ガシャシャシャン!! と何かが砕け散るような音が手塩の耳に飛び込んできた。
 目の前に立っていた三人の部下たちが、銃を持っている方の腕を抑えながら、うずくまるように地面に倒れる。声にならないような声を喉で鳴らす。
 彼らの腕から機関銃が消えていた。その代わりなのか、彼らの足元には大量の鉄くずと赤い液体が広がっている。
 それらを見て音の正体がわかる。先程まで獣の咆哮のような音を上げながら銃弾を吐き出していた、三人の部下が持っている機関銃がバラバラに破壊された音だったのだ。

 床に散らばった機関銃のパーツを見る。その中に明らかに使用済みの弾丸のようなものが数え切れないほどの数転がっていた。
 その弾丸を見て手塩は気付く。これはあの機関銃で使われている物だ。

 手塩は全てを理解した。この場で何が起こったのかを。
 彼女が口からそれを発しようとする。しかし、手塩より早く隣に立っていた佐久が叫ぶ。



723: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:21:48.79 ID:Q+V+Oj11o


佐久「――なんで『反射』が使えるんだテメェはぁ!?」


 その問いに一方通行は、


一方通行「…………」


 答えない。
 ただあざ笑うかのような笑顔で佐久を見ていた。
 何も喋らない少年の代わりに、別の少年の声が通路の中を響かせる。



???「――『AIMジャマーキャンセラー』。製作『グループ技術部』。技術提供『とある学園都市のなんでも屋さん』」



 その声は一方通行が開けた天井の大穴から聞こえてきた。
 穴から人影が飛び込んでくる。床の上に難なく着地し、声の持ち主が姿を表す。
 金髪にサングラスを掛け、アロハシャツの上から学ランに袖を通した少年。


佐久「て、テメェは『グループ』のリーダー、土御門……!」

土御門「初めましてだな。『ブロック』のリーダー、佐久」

佐久「なるほど、ようやく理解ができたぜ。第一位がここまで到達できた理由がよぉ」

土御門「そいつはよかったな」


 二つの暗部組織のリーダーが相対する。
 睨み合う二人。まるで真剣勝負の斬り合いをしているかのような威圧感。
 ぶつかり合うプレッシャーが空間を重く圧迫する。

 二人に割って入るように手塩が口を挟む。


手塩「AIMジャマーキャンセラー、と言ったか? なんだ、それは?」

土御門「言葉の通り、AIMジャマーを打ち消す装置、と言ったところか。実際はAIMジャマーを始めとした、AIM拡散力場を乱す装置全般を打ち消す、と言ったほうが正しいんだがな」

手塩「ば、馬鹿な。そんなものが、存在するのか……!」


 土御門はうろ覚えのことを思い出しながら話すように、


土御門「オレも詳しい理屈とかは理解してないんだがな。AIMジャマーってのは能力者のAIM拡散力場にジャミング波みたいなのをぶつけて、乱反射させることで照準を狂わせる装置だ」

土御門「AIMジャマー内にいる能力者は常にAIM拡散力場が乱れている状態にある。だから、好き放題チカラを使えない」

土御門「そんな中で能力を使うためにはどうすればいいか。それは簡単だ。至ってシンプルな答えだった」


 サングラスを中指で上げ、ニヤリと笑いながら、


土御門「乱れちまったAIM拡散力場を正常な数値に戻してやればいい。プラマイゼロを標準とした場合、マイナス五〇されたならばプラス五〇する。プラス一〇〇されたならマイナス一〇〇するという感じにな」

土御門「それを可能にしたのが『AIMジャマーキャンセラー』だ。一方通行の首に巻いてあるチョーカーに付いている電極、その反対側に取り付けられている装置がそれだ」



724: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:22:44.93 ID:Q+V+Oj11o


 「余計なことぺちゃくちゃ喋ってンじゃねェよ」と一方通行は睨みつけた。
 彼の言う通り、一方通行の首には電極付きのチョーカーが巻かれている。
 それは一方通行から見て左側の位置にスイッチ兼バッテリーの装置が取り付けられており、そこからこめかみへと伸びた線を介してミサカネットワークからの電波情報を脳内に伝達する。
 しかし、今はチョーカーの右側部分にも装置が増設されていた。元の電極と似たようなデザインだったが一回り大きく、少し首を右に傾けるだけで肩に当たりそうになる。
 装置から伸びた線は一本だけで、それは元の左側に付いている電極に繋げられ、連結しているようだった。


一方通行「…………」


 一方通行は首の右側についている装置を手で撫でながら考える。
 普通なら口に出すだけで机上の空論だと切り捨てられそうな装置、『AIMジャマーキャンセラー』についてだ。

 この装置は作戦時間三〇分前に叩き起こされたときには、既に首へ取り付けられていた。
 最初は『ナニ勝手なことしてンだ』と激昂した。だが、土御門のどうしても必要なモノだという説得と、電極本来の機能自体は問題なく使用できたという事実で、嫌々ながら無理やり納得した。
 そのときに先ほど土御門が言っていたような雑な説明を聞いていたが、それに関してはどうしても信じることはできなかった。

 土御門は簡単に言ったが、狂ったAIM拡散力場を正常値に戻すのはそう簡単なことではない。
 五〇や一〇〇といった大雑把な数字を上げていたが、実際は小数点以下どころかマイクロレベルの極小の誤差も許されない精密な分析が必要となるだろう。
 歪んだ数字を元に戻すとするならその元の数値も正確に把握できていないといけない。
 AIM拡散力場は常に一定の数値を保っているわけではない。能力者のそのときそのときに適した形に変化して、それを正常値としている。
 そういった要因を含めた上で、AIMジャマーキャンセラーという装置を作ろうとした場合、その使用する能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を完全に把握していなければいけない。
 そんなことは不可能だ、と一方通行は思っていた。

 だが、現実一方通行はこのAIMジャマーで能力が阻害されている状況で、正確に『ベクトル操作』というチカラを使用することができた。
 先ほどの無理難題をクリアーしたということになる。土御門が言った『とある学園都市のなんでも屋さん』という言葉を思い出す。


一方通行(……ああ、そォいや居たなァ。そンなことを鼻の穴をほじりながらこなすことができるクソ野郎が一人な)


 また変なところで借りを作ってしまったということか、と一方通行は舌打ちする。
 次会ったときに、ムカつくような面して煽りに煽りまくってくるオッサンが絵に浮かぶ。


佐久「くそったれがッ……!」

手塩「…………」


 一通りの説明などを聞いて圧倒的不利な状況に自分たちが立っていることに気付いたのか、ブロックの二人組は顔をひきつらせていた。
 そんな二人を見た一方通行は適当に首を鳴らしながら一歩踏み出す。


一方通行(AIMジャマーキャンセラーっつってもやってることはAIMジャマーと同じだ。歪ンだAIM拡散力場をさらに歪ませて元に戻しているに過ぎねェンだからな)

一方通行(AIMジャマーは莫大な電力を食う。ソレはコイツも同じ。装置本体には俺の持っていた電極の予備バッテリーが搭載されていて、さらに電極に付いたメインバッテリーも併用させることで、やっと五分間起動させることができるっつゥ話だ)


 ここにたどり着いてからどれくらいの時間が経ったか。一分か? 二分か?
 関係ない。こんなヤツらを制圧するのに十秒だっていらない。

 カシャン、と一方通行の機械的な杖の棒部分が収納された。
 一方通行の両手が空く。苦手と悪手を広げながら悪魔のような笑顔で、ゆったりと佐久たちとの距離を縮める。


一方通行「――コイツは戦いなンて高尚なモンじゃねェぞ。ただのくだらねェ害虫駆除だよ、ゴミムシどもが」


―――
――




725: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:23:15.73 ID:Q+V+Oj11o


 少年院の敷地内を一人の少年が歩いていた。
 海原光貴。暗部組織『グループ』の構成員の少年だ。
 彼の任務は外周の警備。グループに仇をなす者の外からの侵入を防ぐために行動している。

 当初の作戦では海原は土御門と共に独房へ赴き、結標淡希を救出する役割を与えられていた。
 しかし、急遽一方通行が加わったことでプランAからプランBへと変更され、番外個体と共に防衛の任についている。


海原「――さて、そろそろ始まっている頃ですかね」


 携帯端末で時間をひと目確認した後、警報の鳴っている少年院の方へ目を向ける。
 そんな海原の名前を呼ぶものがいた。


番外個体「おーい、海原ー」

海原「どうかしましたか番外個体さん。貴女の持ち場はこちらではないでしょうに」

番外個体「なんかねー、面白いことがあったから海原にも知らせてあげようと思って」

海原「……まったく、貴女という人は」


 堂々と任務をサボっている少女を前にして海原は頭を抑えた。
 番外個体のニヤニヤとした顔からして悪びれる様子はまったくないようだ。


海原「面白いこととは?」

番外個体「少年院の裏口の辺にさ、なんか集団自殺している人たちがいてね」

海原「集団自殺?」

番外個体「そうそう。みんなして自分のこめかみや脳天を自分の銃で撃ち抜いていたよ。ナイフ持ってる人は自分の心臓をぶっ刺しててさー、傑作だったね」

海原「…………」


 ケラケラと笑う番外個体とは対局に海原は難しい顔をして何かを考え込んでいた。
 ここは少年院。間違ってもネットの掲示板とかで集まった自殺志願者たちが来て自殺しにくるような場所ではない。
 その自殺に使われた方法が拳銃やナイフ。ここの警備兵やブロックの連中が使っていそうな装備。
 つまり、その自殺者たちは――。



726: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:24:47.62 ID:Q+V+Oj11o


?????「見つけたぞ」


 二人の背中から声がかかった。
 番外個体が歩いてきた方向。つまり、集団自殺があった少年院の裏口のある方向から。


海原「……どなたでしょうか?」


 二人は声のした方向へ向く。そこにいたのは小柄の少女だった。
 赤いセーラー服のような制服を来ていて、濃い茶髪を二つに束ねている。
 鋭い眼光が二人を、いや、正確には海原光貴の方へと向けられていた。


番外個体「どうやら少年院に迷い込んだガキンチョとかじゃなさそうだね。裏にどっぷりと浸かったドブクセェ臭いがプンプンだー」


 軽口を言う番外個体の体に紫電が走る。
 二億ボルトの電撃をいつでも放出できるという合図だろう。


番外個体「『スクール』や『アイテム』にはこんなヤツいなかったと思うから、『メンバー』か『ブロック』か。どっち?」

?????「『メンバー』だ。まあ、目的のために利用していただけだから、そんな枠組みなど今となってはどうでもいいがな」

番外個体「そっか。てことはさくっとドタマぶっ飛ばして終わりー、って感じでオッケーってことだよねー」


 番外個体は懐から鉄釘を取り出し、少女に向けて構える。
 釘を持った腕に電気が走り、磁力による音速弾が放たれようとする。
 しかし、海原がそれを止めるかのように番外個体の前に手を出した。


番外個体「ん? どしたの海原ー?」

海原「……あ、あなたは、まさか、そんな……」


 番外個体の質問に反応することなく、海原は顔をこわばらせながら目の前に立つ少女を見つめている。
 少年を鼻で笑うかのようにセーラー服の少女は、


?????「信じられないか? 私がここにいることが。夢か幻などというくだらない言葉で片付けようとでも思っているのか?」


 少女が手を顔に持っていく。そして顔にある何かを掴むように指を引っ掛ける。


?????「――だったら、貴様に現実というものを突きつけてやろう」


 顔についた何かを引き剥がすように、少女は手で顔を拭う。
 瞬間、目の前に居たはずの茶髪の日本人的な外見の少女が姿が変わった。
 堀の深い顔立ちをした浅黒い肌を持つ、くせ毛がかった黒髪を首元まで伸ばした少女が目の前に現れた。


海原「ショチトル……!」

ショチトル「久しぶりだな……『エツァリ』」


 ショチトルと呼ばれる少女が目の前に現れ、海原は歪ませた顔をさらに歪ませる。


727: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:25:42.69 ID:Q+V+Oj11o


番外個体「えつぁり……?」


 空気を読まずに番外個体はとぼけたような感じで首をかしげる。
 嫌がらせのためにわざとやっているのか、それとも彼女の素なのか、もしくは両方なのか。


海原「エツァリとは自分の本名です。海原光貴はこの顔の持ち主の名。つまり偽名なんですよ」

番外個体「はえー、そうなんだ。じゃあこれからはエっちゃんって呼んであげるよ」

海原「ッ……いえ、結構です」

番外個体「遠慮しなくてもいいのにー、照れちゃってー。エっちゃん♪」


 そんな二人の様子を見てショチトルが肩を震わせながら、


ショチトル「エツァリ貴様ッ!! 学園都市に寝返った裏切り者がッ!! まさか『組織』を裏切った理由はそのアホみたいで下品な女のためとか言わないだろうなッ!!」


 褐色の少女の咆哮に番外個体はピクリと反応する。


番外個体「あん? 誰がアホで下品だってー? あんま調子乗っちゃってると×××に電極ぶっ刺して、体内に直接二億ボルトの電流ぶっ放しちゃうよん? これぞまさしく電気マッサージだね、略して電マ!」


 お上品とは対局な発言を息を吐くように述べる少女。
 いつもの海原なら『下品じゃないですか』と一言ツッコミを入れるだろうが、今の彼にそんな余裕はなかった。


海原「ショチトル。まさか貴女は裏切り者の自分を追ってこんなところに……?」

ショチトル「ああそうだ。長かったよ。こんな気持ちの悪い街に半年以上も閉じ込められるとは思いもしなかった」


 ショチトルが片手を振るう。すると突然、手の中に白い大剣が現れた。
 サバイバルナイフのような鋭い凸凹が両刃に付いた白い玉髄で作られた刀剣が。


ショチトル「それも今日で終わりだ。エツァリ、貴様を処分することによってな」

海原「『マクアフティル』……! 貴女がそんなものを持ち出してくるなどとは、一体何があったのですか!?」


 海原の問いかけに答えない。白い大剣を携えたまま、少女はゆっくりと距離を詰めてくる。
 その姿を見た海原はごくりと唾を飲んで、


海原「番外個体さん」

番外個体「なに?」

海原「ここは自分に任せてもらえないでしょうか?」

番外個体「いーよ」


 番外個体は軽く返事をした。何の迷いもない。
 海原のことを信じているのか、はたまた面倒事に巻き込まれたくなかったからなのか。
 獲物を持って近付いてくる少女に背を向け、番外個体は離れるように歩いていく。


番外個体「じゃ、あとは若いお二人さんでごゆっくりー。ミサカは適当に外で散歩でもしてくるかにゃーん」


 手をひらひらさせながら番外個体は少年院の表門へと向かっていった。


海原「……ありがとうございます。番外個体さん」


 海原は構える。目の前に立ち塞がるショチトルと対峙するために。


 かつて師弟関係にあった少女と戦うために。


―――
――



728: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:26:16.84 ID:Q+V+Oj11o


 第七学区と第一〇学区の境目辺りに建てられた建物。一階と二階が吹き抜けになっているのが特徴の巨大な倉庫だ。
 中央には巨大な物資運搬用のリフトが設置されていて、広大な空間内でスムーズな荷の移動が可能となっている。
 各階には外部から搬入された物資が詰め込まれたコンテナが、倉庫内に隙間がないと思えるほどたくさん並んでいた。

 倉庫の一角に二つの人影と一つの獣の影が見えた。

 一人は男だった。
 ボサバサとした白髪にメガネを掛けている中年の男性。
 白衣を羽織っていることから、いかにもな学者という風貌をしている。

 もう一人の影は少女だ。少女は二メートル四方くらいの小さなコンテナの上に寝かされていた。
 打ち止め(ラストオーダー)。先ほどまで御坂美琴と一緒にいた少女だ。
 顔が風邪を引いているときのように紅潮しており、息を荒らげさせ、全身から流れる汗でパジャマの生地が皮膚に貼り付いていた。

 打ち止めの側には銀色の獣が佇んでいた。まるで少女を見張る番犬かのように。
 『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる全身を金属で覆った犬型のロボットだ。
 御坂美琴が交戦していたロボット、打ち止めを連れ去っていったロボットと同じような型に見える。

 犬型のロボットが耳に当たる部分をピクリと動かし、音声を発する。


イヌロボ『博士。超電磁砲に向かわせていた対超電磁砲仕様のT:GD二〇機が全滅しました』


 少年の声だった。淡々とした口調で事実だけを報告した。
 博士と呼ばれた男が特に表情を変えることなく、


博士「そうか。ところで『最終信号(ラストオーダー)』を例の場所に運び出す準備の進捗はどうなっているかね?」

イヌロボ『あとニ分ほどで完了するかと』

博士「超電磁砲がニ分以内にこの場所を特定し、ここまでたどり着く可能性は?」

イヌロボ『ありえませんね。仮に最初からここだと決めて全力で移動しても四分弱はかかる。まず間に合いませんよ』

博士「それは結構。では『馬場』君。最終信号の搬送とともに『君自身』もここから離脱したほうがいいのではないかね?」


 『君自身』というのは今会話しているロボットのことではない。
 『馬場』と呼ばれるこのロボットを遠隔操作し、回線をつないで会話をしている少年のことだ。


イヌロボ『何を言っているんですか。『ヤツ』が来るかもしれないんですよ? そのときは僕がぶち殺してやって、無様に床へ転がる死体をこの目で直に焼き付けないと気が済まない!』


 機械の声色が変わる。今までの淡々としていたものから恨み辛みを込めたものへと。
 博士は不気味に口角を釣り上げながら、


博士「君という男には本当に困ったものだ。このために我々『メンバー』の資金を一体いくら注ぎ込んだことか」

イヌロボ『博士には感謝していますよ。僕のワガママを聞いて、実現してくれたのだから』


 博士が自分たちのことを『メンバー』だと名乗った。
 そう。彼らはショチトルと同じ暗部組織『メンバー』の構成員だ。
 博士はその中でもリーダーという立ち位置にいる。


博士「気にすることはない。これは投資だ。こちらとしても良いデータが取れることだろう。すぐに回収できる」

イヌロボ『必ずあなたの期待に応えられるように――』


 カッ、カッ。ペタッ、ペタッ。


 メンバーの会話に割って入るように、二人分の足音が倉庫内に響いた。
 一人はコルク製の靴裏が硬い床を叩くような大人の男の足音。
 一人はスニーカーで軽くステップでもするような年端も行かない子供の足音。



729: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:27:00.96 ID:Q+V+Oj11o


 博士と犬型のロボットは足音のする方向へ目を向ける。
 照明がついていない暗がりの通路から、二人の人間がゆっくりと姿を現した。
 その姿を捉え、博士はメガネのズレを直しながら、


博士「……来ると思っていたよ。『木原』君」


 ニヤリ笑い、その者たちの名前を言った。


数多「よぉークソジジイ。こんな日も昇ってないような朝っぱらから犬連れて散歩とはよぉ、ついに深夜徘徊するような歳になっちまったっつーことかぁ?」

円周「あっ、打ち止めちゃんだ。おーい、元気ー?」


 木原数多と木原円周。
 『木原一族』の二人がメンバーの二人に立ちふさがる。


博士「一応聞いておくが、一体どうやってことの場所を特定した?」


 世間話でもするように博士は質問した。


数多「あん? それはコイツに聞いたら快く教えてくれたぜ」


 数多はそう言って何かを放り投げるように右手を放った。
 ドサリ、とその何かは緩やかな放物線を描いて床に落下した。
 それは少年だった。メンバーの構成員である、彼らにとっては見覚えのあるジャケットを来ている高校生くらいの。
  

イヌロボ『――さ、査楽……!』


 犬型のロボットを操作する少年がその名を呟く。
 それは査楽と呼ばれる『メンバー』の構成員の一人だった。
 ただ、それは彼らの知っている査楽という少年の顔とはだいぶ変わっていた。
 顔が全体的に赤青く染まっていて、まるで内側から膨らませたかのように大きく腫れ上がっている。
 穴という穴から血液を流しており、頭蓋骨が砕かれたかのように輪郭が歪んでいた。

 何度も何度も叩かれ、何度も何度も殴られ、何度も何度も砕かれたのだろう。
 その様子が容易に思い浮かべられるほど、査楽という少年は惨ったらしい外見をしていた。


数多「いやー、ほんと心優しい少年だったわー。家の周りをチョロチョロ嗅ぎ回ってたようだったから、ちょこっと小突いてやっただけで、日時場所目的全部吐いてくれるなんてなぁ。こんな素直でいい子今時いないぜぇ?」


 口の端を割りながらギョロリとした目付きで、地面に転がった査楽を見下ろす。
 博士も査楽を見下ろしながら、


博士「たしかにそのようだ。物理的な拷問程度で情報を売るとは暗部組織の人間としては失格だな」


 同意する。博士の目から査楽への興味が消え失せていた。
 メガネの奥の瞳が木原数多へと向く。


博士「さて、君は私たちの目的を知った上でどうするつもりなのか」

数多「そんなの決まってんだろ」


 数多は小さいコンテナの上で寝ている少女を指差す。


数多「そこに寝ているガキを返してもらう。それはこちらにとっては大事な商品なんでな」

博士「ふん、随分と丸くなったものだな。木原数多君」

数多「あん?」


 博士がため息交じりに続ける。



730: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:27:50.71 ID:Q+V+Oj11o


博士「楽しいかね? 生温い表の世界で幼稚な会社を作り、お山の大将を気取れるその生活が」

博士「従犬部隊(オビディエンスドッグ)と言ったかね? 従業員は当時の猟犬部隊(ハウンドドッグ)の部下だったか。そんな使い捨てのクズどもを起用するとは情でも移ったのかね?」

博士「仕事で最終信号を預かっているそうだな。隣で無邪気に笑うこの少女を見て庇護欲でも湧いたのかね?」


 語りかけるように質問を投げ続ける。
 ただただ一方的に。


数多「…………」


 木原数多は答えない。
 博士を見たままその場を動かなかった。


博士「……なるほど」


 博士が何かに気が付いた。
 まるで長年持ち続けた疑問の答えを見つけたかのような表情を見せる。


博士「去年の九月三〇日。君が最終信号を捕獲しウイルスを打ち込むという任務を放棄し、アレイスターを裏切った理由がわかった」

数多「何が言いてぇんだテメェ」

博士「君はあの幼い外見に惑わされてウイルスを打ち込むことができなかった。ただの実験動物とは思うことができなくなっていた。違うかね?」


 博士の問いを聞き、数多が目を逸らし、顔を伏せた。
 その様子を見た博士が白い歯を不気味に見せる。


博士「くだらない、実にくだらない。君はそういうものとは対局の位置にいるような人間だと思っていたがね」

博士「君たち木原一族はそこにいる木原円周のことを『木原』のなり損ないと称しているそうだな」


 突然名前を呼ばれた円周が首をかしげる。


円周「?」


 だが、それだけで円周は特に何も喋らない。


博士「私からしたら君のほうがよっぽど『木原』のなり損ないだよ。科学に巣食う木原一族が憐れみなどという、最も不必要な感情に流されてどうする?」


 博士の言葉を聞いた数多の体は、震えていた。
 彼の抱いている感情は、動揺か、怒りか、悔しさか。


数多「…………はは」


 どれも違う。彼の抱いていた感情は、



数多「――ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」



 愉悦。
 全てを卑しめるような笑い声が倉庫内に響く。
 博士が眉をひそませる。


博士「何がおかしいのかね?」

数多「全部だよ」


 一言で全てを突っぱねた。



731: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:29:00.84 ID:Q+V+Oj11o


数多「部下に情が移っただぁ? 新しい人員を補充するのが面倒だったからそのまま使ってやってるだけだ!」

数多「そこで寝ているクソガキに庇護欲が湧いただぁ? テメェは耳元でギャンギャン鳴く糞犬にそんな感情が湧くのかぁ? 俺には到底無理だねぇ!」

数多「『木原』のなり損ないだぁ? どこの誰が言ってんのか知らねえがそりゃ間違いだ。そもそも『木原』っつうのはなり損なえるモンじゃねえんだからよぉ」


 数多は頭を掻きむしりながら続ける。


数多「『木原』っつのは生まれた時点で『木原』なんだよ。んなことがわからねえで『木原一族』を語るなんざ、愉快で素敵で馬鹿馬鹿しいヤツだよテメェは」


 「まあたしかにぃ、円周は『木原』が足りてないのは事実だ。それは認めよう」と数多が補足する。
 それを聞いた円周が頬を膨らませながら、


円周「ひどいよ数多おじちゃん。生まれた時点で『木原』は『木原』ってさっき言ったよねー? だから私も立派な『木原一族』の一員なんだよ!」

数多「そんなこと言ってる時点で足りてねえんだよクソガキが」


 ギャーギャー問答している二人。まるで自宅でいつも通りやっているような他愛もないやり取りだった。
 そんな光景に博士は気にすることなく数多に問いかける。


博士「だったらなぜアレイスターを裏切ったのかね? 君が私の言ったことを否定するというのなら、その選択肢を取ったことがまったくと言っていいほど理解ができない」

数多「そりゃできないだろうな。アレイスターの犬に成り下がっているテメェじゃあな」


 博士たちが所属する『メンバー』は統括理事長アレイスターの直属の組織だ。
 その役割は任務内容の善悪に関係なく、アレイスターの手足として動くことである。


数多「テメェはあのガキにウイルスを打ち込もうとした理由は何か知ってるか?」

博士「……ウイルスを打ち込んだ最終信号の上位権限で妹達(シスターズ)を使い、AIM拡散力場の流れを誘導することで虚数学区を展開させることだろう。そうすることで『風斬氷華』は『ヒューズ=カザキリ』へと進化を遂げる」

数多「そうだな。だがそのウイルスの影響でガキは完全に壊れちまう。ミサカネットワークは崩壊し、妹達はただのAIM拡散力場を世界中にばらまくだけの電波塔に成り下がっちまうっつーことだ」

博士「まさか、君はミサカネットワークなどという玩具を守るためだけに裏切ったというのかね? アレイスターの求めるものを拒否してまで」

数多「残念ながら、正解半分だ」


 数多は鼻で笑う。まるで無知なものを見下すように。


数多「そもそもよぉ、必要なかったんだよ。あの任務自体がな」

博士「どういうことだ?」

数多「あん? お前知らねえのか? もしそうならとんでもないマヌケだっつーことになるんだがよぉ」

博士「だから、どういうことだと聞いている」


 ニヤニヤとした顔付きで数多が告げる。


数多「『風斬氷華』はそんなまどろっこしい方法を使わなくても、既に自分で『ヒューズ=カザキリ』へと変貌を遂げてたんだよ。九月三〇日以前からな」

数多「そんな状態で実験材料を無駄に使い潰してぇ、無駄な労力使ってぇ、何にも変わりませんでしたっつー無駄な実験をするなんざ、面倒臭せぇだろうが」


 その事実を聞かせられた博士は目を見開かせた。
 目の当たりにした数多は確信したように、


数多「そんな面見せるってこたぁ、ミサカネットワークの利用価値もわかってなさそうだな」

博士「……第一位の代理演算をさせて延命措置をさせていることか? それとも一〇〇三一人分の死の記憶などというオカルトじみたもののことか?」

数多「たしかにそれもその一部分だ。けどやっぱわかってねえよ。そんな表に浮き出てきた誰でも知っている事実しか挙がってこねえ時点でな」

博士「他に利用価値があるというのか?」

数多「あるぜ。何十何百とな。そうだな、例えば――」



732: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:29:35.94 ID:Q+V+Oj11o


 顎に手を当て三秒ほど考えてから、


数多「『ヘヴンズドア』って言葉、聞いたことあるか?」

博士「直訳すると天国への扉か。だとすると――」


 博士が何を言おうとする前に数多は口元を引き裂きながら、



数多「ギャハハハハハッ!! そんな表面上の言葉にしか目が行ってねえ時点でテメェはアレイスターの犬、いや、その犬のケツから垂れ流される糞以下の価値しかねえヤツだっつうことだッ!! 残念だったなぁ!!」



 博士の言葉を遮る。
 まるで発言権を奪うように。可能性を潰すように。存在全てを否定するように。
 叩き潰すような言葉を受けた博士は、


博士「……そうか」


 ただ一言だけ。これといったリアクションを見せることなく。つぶやいた。
 こめかみをポリポリと掻いた後、静かに語りかける。


博士「では君を処分した後で、ゆっくりとアレイスターからそれについて教えてもらうとしよう――馬場君」


 名前を呼ばれた犬型のロボットは特に返事をしなかった。
 その代わりにガシャン、という弾けるような音が倉庫内に何十も響き渡る。

 数多は周りを見回した。倉庫内に置いてあった大量のコンテナの蓋が全て開いていた。
 コンテナの中から何かがおもむろに姿を現す。

 それは『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる犬型のロボットだった。
 しかし、それは目の前にいる博士の側で佇んでいる者とは違う形状をしている。
 背中に巨大なドラム缶のようなものが載せられていた。そこから管が伸び、砲台のようなものへと繋がっている。
 重量物を支えるため脚部にサスペンションのようなものが取り付けられていて、四足が大型化していた。

 異形の機械を見た数多が何かに気付いたように呟く。


数多「あれは……『Gatling_Railgun(ガトリングレールガン)』か」


 その言葉にかぶせるように馬場という少年が、犬型ロボット越しに、


イヌロボ『木原数多ぁ!! お前言ったよなぁ!? 俺を殺すなら第三位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』一〇〇機くらい用意しろってなぁ!! だから――』


 ガシャン、ガシャン、と全方位からロボットが起動する音が聞こえてくる。
 たくさんのコンテナの中から次々とドラム缶のようなものを背負った犬型のロボットたちが飛び出す。


イヌロボ『――用意してやったぞ!? ガトリングレールガンを搭載した『T:GD-C(タイプ:グレートデーンカスタム)』を!! 一〇〇機なあッ!!』


 倉庫の一階と二階から。数多たちを取り囲むように全方位から。
 一〇〇もののガトリングレールガンが銃口を向けられていた。


数多「……あー、そういやそんなこと言ったっけなぁ」


 数多は面倒臭そうに頬を掻いた。


数多「よくもまあ、わざわざ俺なんかのためにそんなもん手間暇かけて準備してくれたもんだ」

イヌロボ『お前が全部悪いんだ!! あのとき素直に『最終信号(ラストオーダー)』を渡さなかったから!! 僕たちに歯向かったから!! 僕のプライドに傷をつけやがったから!!』


 犬型のロボが咆哮する。
 腹の中で凝り固まった負の感情を全てぶちまけるように。


イヌロボ『だからお前を殺すッ!! 吹き飛ばしてやるッ!! 粉微塵になるまで消し飛ばしてやるッ!! この一〇〇機のガトリングレールガンでッ!! この僕の手でッ!!』



733: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:30:34.78 ID:Q+V+Oj11o


 ガシャコン!! と一〇〇機のガトリングレールガンの安全装置が外れる音が鳴る。
 数多はため息をつき、隣に立つ円周を見て、


数多「円周。あの犬っころどもの相手はお前がやれ」


 命令された円周は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


円周「えぇー? なんで私がー? 一人でイキり発言してに勝手にピンチへ陥ったのは数多おじちゃんだよねー」

数多「俺はそこのジジイの相手をしてやらなきゃいけねえからな。つーか、ピンチじゃねえし。俺一人でも余裕だからな残念でしたー」


 それに、と数多は付け加える。


数多「今作ってる例の『装置』のテストにピッタリだとは思わねえか? この状況はよぉ」


 そう言われた円周はしばらくボーッと考えた。
 なるほど、と納得した様子を見せてから前線へスキップするように立つ。
 それを見た犬型のロボは、


イヌロボ『木原円周か。そういえば君にも苦汁を舐めさせられたな。だったら、先に君から消し炭にしてあげるとするかッ!!』


 円周から向かって正面の二階にいたガトリングレールガンを持つ獣が動く。
 照準を少女に合わせる。ドラム缶の中からウォーン、という駆動音が鳴る。
 数秒後、全てを貫き、全てを吹き飛ばし、全てを破壊する砲弾の嵐が木原円周へと発射されるだろう。

 しかし、円周は気にせず首にかけた携帯端末を見ながら、ブツブツとつぶやいていた。


円周「うん、うん、うん、うん」


博士「……あれは」


 博士はあることに気付いた。
 木原円周は、電子端末を利用して状況に応じた他人の思考データを自分自身へと落とし込み、その他人の発想を得て戦術へと変えるという技術を持つ。
 『木原』が足りていない彼女はそれを利用して『木原』を補うことで、あらゆる状況を対応する。それが彼女の戦い方。
 彼は木原円周を何回か見かけたことがある。だから彼は木原円周の戦い方を知っていた。

 だからこそ、博士は気付いた。その違和感に。

 円周に会った何回か、その中で変わった部分はいくつかあったが、それはあくまで髪型や服装などというどうでもいい部分だけだ。
 しかし、彼女は一貫して首から電子端末をぶら下げていた。上記の技術を使うために。

 そんな過去に出会った彼女たちと、今目の前に立つ彼女には決定的に異なる点があった。


 木原円周の首にはチョーカーのようなものが巻かれていた。
 それには向かって右側に黒い機械のような物が取り付けれていて、そこから伸びたコードが二手に分かれて彼女のこめかみへと貼り付いていた。
 博士はあるものが頭の中をよぎった。彼女と同じような装置を付けた人物を。


 特殊な電極を取り付けたチョーカーを首に巻いた、学園都市の最強の超能力者を。


円周「うん、うん、そうだねアクセラお兄ちゃん」


 円周は首元に付いた機械に手を伸ばし、それのスイッチを入れた。
 ピーガガガガガガ、というノイズ音が走る。彼女の瞳に反射して映る、心電図のような線が上下に激しく動く。
 携帯端末から手を離す。重力に従い落下し、ストラップに引っ張られるように首にぶら下がる。



円周「――『一方通行(アクセラレータ)』ならこォするンだよね」



 彼女の瞳の色が変わる。全てを飲み込みそうな黒色から。
 ドロドロに薄汚れた血のような赤色へと。



734: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:31:41.88 ID:Q+V+Oj11o


 ドゴゴゴゴッ!! という連続した爆発の音が鳴る。
 木原円周の正面に立つガトリングレールガンが発射された音だ。
 音速の三倍を超える速度の砲弾が、毎分四〇〇〇発もの速度で、障害物を食い破りながら襲いかかる。
 砲弾が着弾する。建物全体が地震のように揺れる。倉庫内に粉塵が巻き起こる。

 ガトリングレールガンの音が止む。
 木原円周の肉体が砕け散り、ターゲットを見失ったから砲撃をやめたのか。
 今頃砲撃を撃ち終えたロボットは、砲身を冷却させながら次のターゲットへと銃口を移動させていることだろう。


 しかし、現実は違った。


 粉塵が晴れる。
 ガトリングレールガンの発射地点の倉庫の二階、一機のガトリングレールガン搭載の獣が立っていた場所。
 そこには誰もいなかった。その後ろにも何機か同じような獣が立っていたはずだ。だが。

 その一帯はまるで爆撃でもあったかのように床は砕け、壁は吹き飛び、天井に大穴を開いていた。


 粉塵が晴れる。
 ガトリングレールガンの着弾地点と思われる場所、木原円周が立っていたはずの場所。
 そこには人が一人立っていた。その姿は先ほどまでそこにいた少女だった。

 木原円周が、ガトリングレールガン発射前と変わらぬ姿で、悠然とその場に立っていた。


博士「……ば、馬鹿な」


 その一部始終を見ていた博士の顔が歪んだ。
 この場で起こったことを説明できる一言を、その起こった現象の単語を呟く。


博士「――『反射』、だと……!」


 着弾地点で首をゴキッと鳴らしながら円周はぼやくように、


円周「……うーン、反射角結構ズレてるねェ。威力も一〇〇パーセント跳ね返せてないし、まだまだ調整が必要かなァー」


 まァイイか、と円周は思考をやめてガトリングレールガンを持つ獣達へと再び目を向ける。


円周「じゃ、とりあえず『一方通行』らしく、この一言は言っておかないといけないよねェ」


 少女は赤い目を見開かせて、口端が裂けるくらい口角を上げて、



円周「――スクラップの時間だぜェ!! クソ野郎どもがッ!! って感じでお願いしまーす」



―――
――




735: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:32:44.30 ID:Q+V+Oj11o


 スクールの二人組。『心理定規(メジャーハート)』と名乗る少女獄彩海美と誉望万化は、少年院の地下三階の通路を駆けていた。
 通路にはバタバタと警備兵と思われる男たちが倒れている。通路を走る海美が倒れた警備兵たちを横目に、


海美「この死体、独房まで続いていそうね。この道を誰かが通ったってことかしら?」

誉望「おそらく第一位スよ。あんなえげつない殺し方しそうじゃないっスかアイツ」


 誉望が言うようにその男たちは、決まって体にドリルのようなもので抉り取られたような傷を負っていた。
 胸が裂け、腹に大穴を開けて。


海美「まあ、そう考えるのが妥当ってところかな。というか垣根のヤツが早く来てくれないと困るんだけど。このままじゃ私たちが第一位の相手をしないといけなくなるよ」

誉望「ゲッ、そいつは勘弁願いたいっスよ。アイツ相手にして一〇秒以上立ってられる自信ねえっス」

海美「言っておくけど私のチカラもアテにしないでよ? 何となく彼、逆上タイプな気がするし」


 海美の能力は『心理定規(メジャーハート)』という精神系の能力だ。
 彼女は対象の持つ他人との心理的な距離を、すなわち信頼度や親密度などを観測し、測定して数値化することができる。
 例えるならある男が持つ恋人との心理的な距離は一〇、のような感じに。
 さらに彼女の能力はそれだけではなく、その数値を元に自分と対象との心理的な距離を自由に操作することが出来るチカラがある。
 彼女からすれば、見ず知らずの男と運命の赤い糸で結ばれた恋人同士にも為ることも、親を殺された宿敵同士のような関係性に為ることも、造作のないことだった。

 海美の言う逆上タイプというのは、戦意を奪うためにチカラを使って親密な関係を偽装しても、『可愛さ余って憎さ百倍』という思考になり余計に襲ってくる人のことを指す。
 実際、海美は一方通行に能力をかけたことはないが、彼女の勘がそうじゃないかと告げていた。


誉望「そんな状況で座標移動(ムーブポイント)を捕獲しろなんて、無茶言いますよねー」

海美「ま、最悪座標移動を私の能力で味方に付ければ何とかなると思うよ。彼女が相手なら第一位も全力は出せないでしょうし」

誉望「さすが心理定規さん。頼りになるっス」


 会話をしながら進む内に通路の終わりが見えた。
 その先にあるのは地下四階に繋がる階段。地下四階には地下独房まで繋がる隠し階段が存在する。
 目的地はもうすぐそこまで来ている。


誉望「――ッ、誰かいる!?」


 誉望の顔が強ばる。頭に付いた土星の輪のようなゴーグルに付いているケーブルの一本が大きく揺れる。
 彼の念動能力は様々なことに応用することができる。
 彼が今行っているのは、微弱な念動波を常に周囲に発することで周辺の物体の動きを感知するレーダー。
 索敵や不意打ちを回避するために使用していたチカラが、誰かを感知した。

 誉望の言葉を聞いて海美も警戒心を強める。
 銃撃、爆発、刺突、あらゆる襲撃を警戒しつつ二人は通路の先にある階段前の広場へと飛び出した。


 何も起こらない。


 おかしいと思い、誉望はレーダーに反応した誰かがいるはずの方向を見る。
 その先には壁伝いにベンチが置いてあった。おそらく看守が休憩するために置いているものなのだろう。
 ベンチの上に何か黒いものが横たわっていた。誉望はそれが何かを確認するために目を凝らす。

 それは少女だった。
 見た目は一二歳位。パンク系の黒い服で身を包んでいる。
 肩甲骨辺りまで伸ばした髪の毛の色は黒だったが、無理やり脱色させているのか先端だけ金色をしている。
 そんな奇抜な格好をした少女が、ベンチの上で自分の両手を枕にして寝ていた。まるで暇潰しに昼寝でもしているかのように。



736: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:33:54.83 ID:Q+V+Oj11o


誉望「……なんだあれは?」

海美「たしか……あの子は――」


 色物を見るように二人は少女を見る。
 そんな二人の気配と視線に気付いたのか、寝転んでいた少女は目を覚ました。
 少女は上体を起こして、首のコリをボキボキとほぐしながら、


??「ふわー、やべっ、寝ちまってた。ったく、暇過ぎんだろこの任務……おっ?」


 辺りを見回した少女はスクールの二人の存在に気付く。
 二人の姿を二秒くらい見つめた後、はぁ、とため息を付いてからゆっくりとベンチから立ち上がる。


??「チッ、アンタたちかよ。あー、クソッ、二択外しちまったなぁ」

海美「こんなところで何をしているのかしら? 『暗闇の五月計画』の生き残り、黒夜海鳥さん?」


 黒夜と呼ばれた少女がニヤリと笑い、


黒夜「別に。ただのくだらない雑用さ」


 黒夜海鳥という名前を聞いた誉望が何かを思い出し、耳打ちするように海美に話しかける。


誉望「黒夜、ってアレっスよね? 去年の九月くらいに垣根さんにボコボコにされた」

海美「そうね。垣根に圧倒的な力の差をわからせられたあの子よ」

黒夜「……聞こえてんだけど」


 二人の会話に聞き耳を立てていた黒夜は体をプルプルと震わせていた。
 事実、彼女は超能力者(レベル5)第二位の垣根帝督と相対したことがある。
 そのときに超能力(レベル5)というチカラを見せつけられたことにより、戦意を完全に喪失させられていた。
 屈辱的な過去を持つ黒夜はふう、と息を整えてから続ける。


黒夜「たしかにあのときの私はただのザコだった。それは認めるよ。けど、今の私はあのときの私じゃない。超能力者(レベル5)だろうと何だろうと全員ブチ殺せるチカラを持っているのさ」

黒夜「本当はここで、第一位を追ってきた第二位をプチッと潰して借りを返してやるつもりだったんだけどさ、実際に来たのはアンタら残念な三下どもってわけだ」


 黒夜の発言を聞いた誉望の眉がピクリと動く。


誉望「垣根さんを潰す?」

黒夜「そうさ! 手足をぶった切って、内臓をグチャグチャにえぐり取って、脳みそコナゴナに吹き飛ばして、憐れな肉塊にしてやろうって言ってんだよ!」


 両腕を大きく広げ、見下ろすように笑う黒夜。
 絶対的な力を持っているような自信を少女から感じられる。

 そんな黒夜に向けて誉望は手をかざした。ゴーグルに付いたケーブルたちが蠢くように動く。
 何かを握り潰すように誉望はゆっくりとかざした手を握り締める。


 ブチィ!!


 黒夜の左腕が捻じり切れた。
 まるで雑巾を絞っているかのように螺旋を描き、肘の先からブッツリと。



737: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:35:20.86 ID:Q+V+Oj11o


黒夜「…………は?」


 捻じり切れた腕の断面からボタボタと赤い液体が床に垂れ落ちていく。
 それを見た黒夜は怪訝な表情を浮かべる。
 誉望がかざした手を下ろして、


誉望「この強度、普通の腕じゃないな? 骨格を特殊な合金にした義手か何かってところか」


 まあどうでもいいか、と誉望は淡々と続ける。


誉望「俺の攻撃を感知することが出来ず、無様に腕を切断されているようじゃ、垣根さんには足元にも及んでいない。お前にはウチのリーダーを潰すことはできないね」


 誉望の念動能力は発火・透明化・無音化・電子操作などの多彩な力を包括的に扱うことができる汎用性の高いチカラだ。
 しかし、それはあくまで彼の能力に付属したオマケのようなもの。念動能力の本質は見えないチカラを操ることで、触れずに物体を動かしたり、干渉することが出来るというものだ。
 超能力(レベル5)級と自称するその念動力の出力が、黒夜の合金製の義手を捻じり切ったのだった。


黒夜「……はぁ」


 肘から先が無くなった左腕から目を離し、黒夜はつまらなそうにため息をついた。


黒夜「ほんと、残念だよなぁ……」

誉望「残念? お前の今の無様さのことか?」

黒夜「アンタらのことだよ」


 黒夜は憐れむように誉望を、そして海美を見る。


黒夜「私の左腕をスクラップにしてくれたチカラの強さはたしかにすごいよ。けど、何でアンタは私の首じゃなくて左腕をわざわざ狙って潰してくれたんだ? そしたら一瞬でケリが着いたっつーのに」

誉望「ッ……」


 誉望は睨みつけるように目を細めた。


黒夜「心理定規だっけ? 獄彩海美だっけ? まあ、どっちでもいいや。アンタここにいるってことは銃なり何なり持ってんだろ? いくらでもチャンスはあったはずなのに、何で私を撃ち殺さなかったんだ?」

海美「…………」


 海美は表情を変えることなく黒夜を見ていた。


黒夜「アンタらはどこかで思ってたんだ。ウチのリーダーの垣根帝督があっさりと打ち払った相手だから、自分たちでも余裕で処理できる相手なんだと」

黒夜「自分たちは会ったことはないけど、リーダーがクソザコだって言ったコイツは驚異になりえない相手なのだと、勝手に私のことを値踏みしてたんだ」

黒夜「だから、こうやって急所を狙わないなんていう舐めた戦いをしやがるし、後ろから呑気に観戦を決め込むことができるのさ」


 黒夜はベンチに置いてあったイルカのぬいぐるみを手に取り、抱きかかえるように持つ。
 パァン、とそのイルカのぬいぐるみは音を立てて破裂した。
 黒夜が引き裂くように笑う。彼女のまとう空気が変わる。



738: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:36:36.42 ID:Q+V+Oj11o



黒夜「――つまり、オマエらは私を殺すことが出来る最後のチャンスを無様に失ったっつゥことなンだよッ!! わかったかなァー三下どもがッ!!」



 ゴパァ!! 黒夜から爆発のような空気の流動が、階段前の広場で巻き起こる。


誉望「ぐっ!?」


 誉望は咄嗟に目の前に念動力によって透明の壁を作り出した。
 四トントラックと正面衝突しても破れない鉄壁の壁を。

 しかし、黒夜の起こした爆風はそれを発泡スチロールのように突き破り、誉望の体を吹き飛ばした。


誉望「――ごぷっ!?」


 背中から壁に叩きつけられた少年は吐血し、そのまま床に崩れ落ちた。


海美「誉望君!?」


 あまりに急の出来事に海美が取り乱す。
 しかし、即座に意識を倒れた誉望から黒夜に移した。
 懐から取り出した銃を構え、銃口を向ける。


海美「……な、なによ、それ……」


 海美は目を大きく見開かせた。
 黒夜の腕が増えていた。比喩ではなく。横腹から左右合わせて二〇本近い数。
 掌は赤子のように小さいが、長さは彼女の腕とそう変わらない。
 色は肌色だが質感はビニール製品のようなもので、いかにも人工物的な光沢を放っている。


黒夜「コイツかァ? そォだな。いわゆる私の第二形態ってところかな? 私のチカラを大幅に増加させることができるね」

海美「気味の悪い姿ね」

黒夜「機能的と言って欲しいねェ」



739: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:37:32.41 ID:Q+V+Oj11o


 海美は考える。
 おそらくこの相手と正面からぶつかって勝つ確率などゼロに等しいだろう。
 そもそもそういった戦いは海美が得意とする分野ではない。


海美(心理定規(メジャーハート)を使うしかない。もしかしたら逆上タイプかもしれない、とかそんなことを考えている暇はなさそうね)


 海美が能力を使用するために意識を集中させる。

 黒夜は『暗闇の五月計画』という実験の被験者だ。
 超能力者(レベル5)第一位の一方通行の思考パターンの一部を植え付けることで、能力を向上させている能力者。
 一方通行が逆上タイプかもしれないと思うように、黒夜に対しても似たようなものを海美は感じていた。
 しかし、今そんなことを気にして何もしなければ殺されるだけだ。


海美(まずは、あの子の中の心理的な距離を――なッ!?)


 海美の表情が歪む。彼女にとって信じられないことがわかったからだ。
 彼女は心理定規のチカラを使い、黒夜の中にある心理的な距離を測定しようとした。
 だが、それはできなかったのだ。

 まるで、機械相手に能力を使用しているような感覚を、海美は覚えていた。


海美「――貴女は一体なんなのよ!?」


 目の前に立つ人の形をした異形の化け物を見て、海美は叫ぶ。


黒夜「そォいえば私の方からきちンと名乗ってなかったか……」


 再び黒夜は嘲笑うように腕を広げた。
 それに連動して脇腹から生える腕たちも蠢くように広がる。



黒夜「――『グループ』所属。黒夜海鳥。いずれ暗部の頂点に立つ女だ。ヨロシク、お姉さン?」



―――
――




740: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:38:09.34 ID:Q+V+Oj11o


 『スクール』に雇われている狙撃手、砂皿緻密は建設途中のビルにいた。
 磁力狙撃砲を構え、スコープを覗き、何かをじっと見据えている。

 彼の視線の先にあるのは少年院の正門だった。

 このビルは少年院から大体五〇〇メートルくらい離れた位置にある。
 ここからでは少年院の塀が邪魔をして敷地内までは見えないが、建物周辺の情報を探るのには十分な場所であった。

 砂皿緻密の任務は外部からの侵入者の狙撃。『スクール』の害と為す者の排除。
 先ほどまで少年院の裏門側にある似たような地形の建物に籠もり、五人ほどの狙撃し殺害したところだ。
 スナイパーは位置をバレるわけにはいかない。そのため、砂皿は表門側にあるこのビルに移動をしたのだ。


砂皿(……今の所、外部から侵入しようとする者はいないか。こちら側はハズレだったか?)


 表門側には人っ子一人いなかった。
 裏門側にいたときは、頻繁に人が出入りしているのを見たからなおさら人通りがないように見える。


砂皿(任務の残り時間は五分もないか。しかし、また裏門側に戻る時間もあるまい)


 安全のためとはいえ、狙撃場所を移動したことに若干の後悔を覚える砂皿。
 そんな彼の覗いているスコープに一人の少女が映り込んだ。
 肩まで伸ばした茶髪。手入れをしていないのか髪の毛の先があちこちへとハネていた。
 野良犬のような鋭い目付きをした瞳の下には隈のようなものが見える。


砂皿(……あの女、裏の人間だな)


 砂皿はスコープに映る少女のことを知らない。だが、薄汚い闇の世界に住み着く裏の住人だと一瞬で見抜いた。
 理由は、彼女が少年院の正門から歩いて出てきたことを確認したからだ。
 最初は脱獄犯か何かと思ったが、着ている服は囚人服ではなく白色の全身を包むような戦闘スーツのようなもの。
 少年院に勤める警備兵かとも思ったが、銃火器も装備していないし、成人にも満たしていない幼い外見からそれはないと判断した。


砂皿(リストにない顔だな。ということは『グループ』の不明だった残り二人のうちどちらか、それ以外の誰かか……)


 頭の中に記憶している暗部組織の構成員のリストと照合したが、あのような少女は見たことなかった。
 しかし、砂皿はそんなことは気にもしていなかった。


砂皿(私の仕事は『スクール』に害を為す者の排除だ。その可能性のある者なら狙撃するだけだ。相手が誰だろうと関係はない)


 砂皿は少女を狙撃するために周囲のビル風や空気抵抗などの計算をし、照準を合わせる。
 スコープに映る少女はまるで目の前に立っているかのようにくっきりと見える。
 この距離なら外すまい、と砂皿は引き金に指をかけた。


 と。


 スコープ越しに映る少女と目が合った。
 一瞬目が合ったとかそんなものではなく、ハッキリとこちらを見るかのように、顔を正面に据えて、視線を向けてきた。


砂皿「ッ!?」


 信じがたい出来事に砂皿は一瞬体がビクリと反応し、スコープから目を離してしまった。
 砂皿の手にはじわりと嫌な汗がにじみ出てくる。
 だが、彼もプロだ。すぐに息を整えて、狙撃の体勢へと戻り、スコープを覗き直す。


 少女は何かをこちらに向けていた。
 手だ。腕をこちらへ真っ直ぐと伸ばし、拳を握り締めるような形にして、親指と人差指の間に何かを挟み込むように持って。
 真っ赤な舌で出して、舌舐めずりをした。


砂皿(……なんだあれは――)


 砂皿がそれが何かを理解する前に、彼の視界がオレンジ色に染まった。



741: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:38:53.01 ID:Q+V+Oj11o


 ゴシャン!!


 覗き込んでいたスコープごと、磁力狙撃砲が弾け飛んだ。


砂皿「ごっ、がああああッ……!?」


 砂皿の体は建設途中のビルの足場にのたうち回るように転がっていた。
 右腕に傷を負ったのか血でにじむ長袖を左手で抑えている。
 爆散した磁力狙撃砲に巻き込まれたのだろう。


砂皿(……まさか、狙撃されたのか!? この私が!?)


 あの一瞬の出来事から砂皿はそう推測を立てる。
 彼女は銃火器を持っている様子はなかった。手ぶらだ。つまり、彼女は何かしらの能力者だということ。


砂皿(チッ、いずれにしろ場所が割れている以上、ここに居座る道理はない。撤退だ)


 側に置いていた大きな鞄を開け、磁力狙撃砲だった部品を乱雑に押し込める。
 ここに自分がいた形跡を残すわけにはいかないからだ。
 その最中に、部品と混じって転がっている、ある物が目についた。


砂皿(これは……釘、か?)


 それは鉄製の釘だった。
 ここは建設途中のビル。すなわち工事現場だ。釘の一本や二本落ちていてもおかしくはない。普通ならそう判断するだろう。
 しかし、その釘は金槌で横から殴ったようにひん曲がっていた。そして、焼けたように真っ黒に焦げていた。
 それを見て、砂皿はあることを思い出す。

 学園都市にいる超能力者(レベル5)と呼ばれる能力者の第三位に当たる少女のことだ。
 少女が使う超電磁砲(レールガン)という技。それは金属で出来たコインを音速の三倍で射出することによって莫大な破壊力を生むというものだ。

 砂皿の覗くスコープがオレンジ色の光に包まれたのはなぜか。
 莫大な電力が彼女の周りに放たれたからではないか。

 鉄釘がなぜ黒焦げているのか。
 電気を纏って射出されたため熱で焼けたからではないか。

 超電磁砲は金属製のコインを飛ばす技だ。
 コインが飛ばせるのなら鉄釘を飛ばせてもおかしくはないのではないか。


砂皿(……もしや、ヤツが第三位の超能力者(レベル5)、『超電磁砲(レールガン)』というヤツか)


 片付け終わった砂皿は鞄を肩へ掛け、下の階へと降りるために階段のある方向へ目を向けた。
 すると、

 カン、カン、カン。

 下から金属製の階段を歩いて上ってくる音が聞こえてきた。
 誰かがこのビルへと上ってきている音だ。時間が時間だ。工事現場の人間ではないだろう。
 砂皿は身構える。その階段の音は次第に大きくなっていき、距離が近くなっていく。

 階段から人影が現れる。


????「――こんにちはー!! アナタだね? スクールに雇われてるスナイパーさんってヤツは」

砂皿「……貴様は超電磁砲か?」


 砂皿は冷静に問いかける。



742: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:40:06.37 ID:Q+V+Oj11o


????「残念ながら違うよ。というかミサカをあんな幼児体型のおこちゃま趣味と一緒にしないで欲しいよねー」

砂皿「なら貴様は何者だ?」


 再び尋ねられた少女はクスリと笑い。


番外個体「そうだね。名前なんてないけど、あえて名乗るなら『番外個体(ミサカワースト)』とでも言っておこうかな」


 それを聞いた砂皿は肩にかけた鞄を床に落とした。


砂皿「……そうか。貴様は超電磁砲ではないのだな」

番外個体「だからそう言ってるじゃん」

砂皿「それはいいことを聞いた」


 砂皿は懐から拳銃と、何かに使う機械のようなものを取り出した。
 そして、番外個体と名乗る少女をじっくりと見据えて、


砂皿「ならば、何の問題もなく殺せそうだ」


 その言葉を聞いた番外個体は唇をぺろりと一舐めしてから身構える。


番外個体「相当自信があるみたいだね」

砂皿「私がこの街に来てから半年となるか。『スクール』の所属となり、あらゆる者と戦ってきた。学園都市が作り上げた不気味な機械はもちろん、あらゆる能力者たちともな」


 砂皿が拳銃の安全装置を外し、銃口を少女へと向けた。


砂皿「貴様は電撃使い(エレクトロマスター)だろ? 私は大能力者(レベル4)程度の電撃使いなら二人殺したことがある。もちろん狙撃ではなく、こうやって直にな」

番外個体「……なるほど、たしかに嘘は言っていないみたいだね。生存意識が薄いミサカでも死ぬかも、って思えるくらいのプレッシャーを感じるよ」


 けど、と番外個体は続ける。


番外個体「それはあくまで、ミサカがレベル4程度のザコザコ電撃使いっていう前提の話だよねー?」

砂皿「何が言いたい?」

番外個体「だってさ――」


 番外個体は笑う。
 まるでこれからイタズラを仕掛けようとするかのような笑顔を見せる。


番外個体「――誰もミサカが大能力者(レベル4)の電撃使い(エレクトロマスター)だなんて、一言たりとも言ってないよねぇ?」


 ふと、砂皿はある装置が目に入る。それは番外個体と名乗る少女のうなじに取り付けられている物だった。
 まるで無理やり接着剤か何かで後付したような、取ってつけたような違和感を放つ機械だ。
 その装置にはランプのようなものが点灯していた。薄い黄緑色だ。
 そして、砂皿は見た。


 そのランプの色が、黄緑色から赤色に変化するその瞬間を。


―――
――




743: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:42:32.31 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はエレベーターの裏にある隠し階段の前に、つまり、結標淡希がいると言われている場所へと繋がる入り口の前で立ち尽くしていた。


上条「……クソッ、何やってんだ俺は……! 早く動けよ。今さら何をビビってんだよ……!」


 上条は呟くように自分を奮い立たせようとする。
 しかし、少年の足は根を生やしたように動かない。


上条(さっき爆発みたいな音が聞こえた! 地震みたいなもんが起こった! もしかしたら結標の身に何かが起きているかもしれねえんだぞ!?)


 結標淡希を助けたい。その気持ちはたしかに存在する。


上条(さっき決めただろうが! 俺がやりたいと思ったことが俺の『役割』なんだって! なのに、なんで動かねえんだよ!? 俺の身体!!)


 頭ではそう思っていても身体は正直、というヤツか。
 どこか無意識の部分で恐れているのか。再び、結標淡希に拒絶されるかもしれないということを。

 くっ、と上条当麻は右拳を壁に打ち付けた。
 拳にじわりとした痛みが広がる。


上条「はっ、何やってんだ俺!? 今何時だ!? あと何分残ってんだ!?」


 上条当麻はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認しようとする。

 ゾクッ、

 背筋に這い寄るような悪寒が走り、携帯電話を開こうとする上条の手が止まった。


上条「なっ、なんだっ!?」


 上条当麻は振り返る。当たり前だが誰もいない。
 小走りでエレベーターの裏からエレベーター前への廊下へと行き、確認する。誰もいない。
 それを確認したのになぜか上条が感じる悪寒は一向に収まらなかった。いや、むしろ段々と強くなっていく。


 カツン、カツン、カツン。


 なにかの音がこちらへ向かって近付いてくるのを上条の耳が捉えた。
 これは革靴で硬い廊下の床を歩いてできる足音だろうか。
 とにかく、何者かがエレベーターの裏にある隠し階段を、その先にいる結標へ向かって近付いてくる。


上条「…………」


 上条は息を飲む。心臓の鼓動が加速する。じわりと嫌な汗が全身に流れる。
 じわりとにじみ寄ってくるプレッシャーに上条当麻の息が荒くさせる。
 ついに、その悪寒が全身を包んだ気がした。

 そして、男は現れた。
 廊下の二〇メートルくらい先にある曲がり角から、革靴の音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いて。
 その姿を見た上条当麻の全身が強張った。


上条「――て、テメェは……!」



744: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:43:17.23 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はその男のことを知っていった。
 たった一度しか会ったことはなかったが、しっかりと脳裏に焼き付いていた。

 その男と出会ったのは冬休みの時に行ったスキー場。そこで開催されていた雪合戦大会の準決勝のときだった。
 正体不明のチカラを使い、自分だけではなく他のチームメイトである友達にまで、雪合戦という領域を遥かに超えた攻撃をしてきた男。

 上条当麻はその男の名前を知っていた。
 叫ぶように、吠えるように、嘆くように、上条はその名前を口に出す。



上条「――垣根提督!!」

垣根「あ?」



 名前を呼ばれた垣根は今気づいたかような様子で上条へ話しかける。


垣根「テメェは雪合戦のときにいた無能力者(レベル0)じゃねえか。何でこんなところにいやがんだ? もしかして、何かやらかして捕まっちまったのか?」


 垣根は軽い冗談のようなものを交えながら上条へ問う。
 しかし、上条の耳にはそんな言葉は届いていない。


上条「何でテメェがこんなところにいるんだ!?」


 敵意剥き出しの上条を見て、垣根は面倒臭そうに頭を掻いた。


垣根「ったく、質問を質問で返してんじゃねえっつうの。俺はここに用があって来ただけだよ。少なくともテメェには一ミリたりとも関係のな……うん?」


 関係のないという言葉を言いかけた垣根が何かに気が付き、言葉を止めた。
 顎に手を当て、何かを考えている様子だ。
 しばらく考えてから、垣根の表情が変わる。

 禍々しさを放つような笑顔へと。


垣根「――テメェ、もしかして座標移動(ムーブポイント)を助けにこんなところまで来やがったのか?」

上条「ッ!?」


 図星を突かれた上条の身体に緊張が走った。
 垣根が笑いながら続ける。


垣根「ぎゃははっ、正解かよ? カッコイーなぁお前。そんなくだらないことのために一人で少年院にまで乗り込んだのか? 傑作だぜ」

上条「くだらないこと、だと?」


 上条は垣根を睨みつける。


上条「困っている友達を助けることがくだらないことなのか!? 鼻で笑われるような馬鹿馬鹿しいことなのか!?」

垣根「何をマジになってやがんだ。コイツもしかしなくても本物か? 気色ワリー」

上条「質問に答えろよ!!」


 お前が言うなよ、と垣根は呟く。
 ため息をついてから氷のような冷たい目で問う。


垣根「お前、座標移動とはどういう関係なんだ?」

上条「言っただろ! 友達だ!」

垣根「いつからだ?」

上条「ッ」



745: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:44:19.01 ID:Q+V+Oj11o


 上条は垣根の言いたいことを瞬時に理解した。
 それは今の上条がここに立っているという意思を打ち砕くような致命的なこと。
 だから、言葉が詰まり、返答をすることが出来ない。


垣根「幼稚園の頃からの仲か? 小学校の頃からか? 中学校の頃からか? 高校へ入学してからか?」


 垣根はそのまま続ける。
 

垣根「――アイツがテメェらのいる高校へ転入してから、か?」

上条「…………」


 上条は答えない。答えたくない。認めたくない。


垣根「もしそうだとするならよ、今の座標移動とお前は友達どころか知り合いですらねえ、完全な赤の他人ってことになるよな?」


 ダメだ。やめろ。やめてくれ。


垣根「だったらさ、今の座標移動がお前なんかの助けを待ってるわけねえだろ。そんなヤツを勝手に友達認定して助けに行くなんて、一体何様のつもりだよヒーロー気取りクン?」

上条「…………ぁ」


 少年の中にある芯が叩き折られた。
 上条は腕をだらんと下ろし、力なくその場に立ち尽くす。
 今まで自分を奮い立たせていたものが崩れ、気力が削がれる。


垣根「チッ、つまらねえヤツ」


 吐き捨てるように言った垣根は再び歩みを進める。
 独房へ繋がる階段のある、エレベーターのある方向へ向けて。

 呆然と立つ上条と目的地へと進む垣根がすれ違う。
 その際に垣根が、


垣根「さて、やっと会えるぜ『一方通行(アクセラレータ)』。今からぶち殺せるかと思うと楽しみで仕方がねえ」


 白い歯を不気味に見せながら、呟くように宿敵の名前を呟く。


上条「あくせら、れーた……?」


 上条当麻の耳にもその名前が届いた。少年の止まった思考が再び動き出す。

 なぜ、一方通行の名前をつぶやきながら結標のいる独房へと向かっているんだ?
 そういえば、結標を救うために暗部という闇に立ち向かっている一方通行は今どこにいるんだ?
 そんなの決まっている。今も結標を捜してどこかを駆け回っているはずだ。
 いや、違う。一方通行は頭のいいヤツだ。絶対に場所を突き止めて、そこにいるはず。
 そうか。だから、垣根帝督は――。


上条「――おい、垣根」


 上条は呼び止める。


垣根「あん?」


 垣根がどうでもよさそうに振り返り、呼び止めた少年の方へと目を向ける。


垣根「ッ!!」


 そこにいたのは右手を握り締め、右腕を振りかざし、右拳を垣根に叩き込もうとする上条当麻の姿だった。



746: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:46:10.30 ID:Q+V+Oj11o


 ゴガッ、と上条の鉄拳を垣根は腕をクロスすることで防御する。

 その衝撃で垣根の体が二メートルほど後ろへ下がった。
 腕に痺れを感じているのか、垣根は手を握ったり広げたりしながら、


垣根「一応、俺の体にはオートで能力の防衛機能が働いてたんだがな。相変わらず、気持ちの悪いみぎ――」

上条「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 垣根が言い切る前に上条は叫びながら再び右拳を振りかざす。
 大ぶりで腕を振り回すように放たれた右ストレート。
 チッ、と垣根は舌打ちをしてからそれを飛び越えるように跳躍して避けた。

 バサリ、と空中に滞在する垣根の背中から六枚の天使のような白い翼が現れる。
 
 そのうちの一本が巨大な杭となって、上条当麻の心臓を貫くために射出された。


 バキン。


 上条はまるで投げられたボールを掴むように杭を右手で捕らえ、握り潰した。
 静かに床に着地した垣根がそれを見て、忌々しそうに言う。


垣根「ホント、何なんだその右手? スキー場んときは何かの間違いかと思っていたが今ので確信したよ。テメェは異常だ」

上条「そうだよな。俺ってホント馬鹿だよな」

垣根「はあ?」


 一見、会話になってそうでなっていない上条の返答を聞き、垣根は眉をひそめた。
 それもそのはずだ。上条は自分に対してその言葉を言ったのだから。


上条「たしかに俺はヒーロー気取りの大馬鹿野郎だよ。勝手にそれが自分の『役割』だと思い込んで、一人で勝手に背負い込んでたんだからな」

上条「本当のヒーローは俺なんかじゃない。結標淡希っていうヒロインを助け出すのは『アイツ』なんだよ。俺はせいぜいそれを傍から見守るだけのエキストラだ。通行人Aだよ」


 上条当麻は誰かに問いかけるように続ける。


上条「だったらさ、通行人Aの俺が出来ることってなんだろうな? 俺の『役割』ってなんなんだろうな?」


 上条当麻は睨みつけるように垣根を見る。その瞳は先ほどまでの迷いのあった少年のものではない。
 希望のような、勇気のような、進むべき方向を見つけた、ハッキリとした意思を持った目だ。


上条「そんなの決まってんだろ? ヒーローとヒロインが一緒に困難を乗り越えようとしているのに、それに水を差すどころか泥水をブッ掛けようとしてるヤツが目の前にいるんだ」


 上条は右腕を真横に広げる。道を塞ぐかのように。



747: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:47:05.67 ID:Q+V+Oj11o


上条「そいつをこっから先へ通さねえことだよ。例え、この体が真っ二つに切り裂かれようが、全身の骨がコナゴナに砕けようが、この心臓が止まって死んじまっても、な」

垣根「……くっはっ」


 立ちはだかる少年を見て、垣根は吹き出すように笑った。


垣根「面白れえじゃねえかよテメェ。まさか、この俺が超能力者(レベル5)第ニ位の垣根帝督だと知った上で、そんな舐めた口を利いてくるヤツがいるとはな」

垣根「けど、残念だよ。いつもの俺なら少しくらい遊んでやろうっていう気も回してやれただろうが、今は状況が違う」

垣根「俺は今からその後ろにいるクソ野郎をぶっ殺してやらなきゃいけねえんだよ! 悪いが死んだっつうことに気が付けねえくらい、一瞬で終わらせてもらうぞ!」


 垣根の背中から伸びる白い翼が膨張するかのように大きく広がる。
 まるで裁きを与える大天使のように。



垣根「今日は雪合戦みたいな遊びじゃねえぞ!? 純粋な、混じり気の一切ない、一〇〇パーセント完全な未現物質(ダークマター)だ!! テメェの中の常識を百万回ひっくり返しても足りねえくらいの異常空間を、せいぜい楽しみなッ!!」



 上条当麻は宣戦布告する。超能力者(レベル5)第二位の男、垣根帝督へ。



上条「――殺してやるよその幻想。二人の邪魔をしていいなんていう思い上がった考えや、そんなくっだらねえチンケなチカラごと。この俺が、全部ッ!!」



 全ての現実を歪める異能の翼と、全ての異能を破壊する右手が、少年院内の廊下で交差した。


―――
――




748: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:47:39.16 ID:Q+V+Oj11o


 地下独房前の廊下で一方通行と土御門元春はその場で立ち尽くしていた。
 顔をしかめ、ある一点を見つめ、体を微動だにもせず、まるで身動きが取れなくなったように。
 その原因は彼らの視線の先にあった。


佐久「――へへっ、動くんじゃねえぞクソ野郎ども」

結標「ぐっ……」


 佐久という大男が結標淡希の首に腕を回してホールドしていた。
 首へ回した手にはコンバットナイフが、もう片方の手には拳銃が握られている。

 人質。

 この空間の支配権をブロックが再び引き戻していた。


佐久「少しでも動いてみろ。この女の首を掻っ切る。別に俺からすりゃコイツの命なんざどうでもいいんだがよお、テメェらからすりゃそうじゃねえんだろ?」

土御門「チッ……」


 舌打ちする土御門の額には汗のようなものが見える。
 想定外の状況に焦りを出てきているのだろう。
 しかし、一方通行は違った。


一方通行「…………」


 冷静に。表情を変えることなく。結標を。彼女を捕らえる佐久を。
 ただただ黙ってそれを見つめていた。


佐久「さて、人質を助けたいんだろ? こちらの指示に従ってもらおうか」


 形勢が逆転した佐久は一方通行を見る。


佐久「まずはその厄介な『AIMジャマーキャンセラー』とかいう玩具をぶっ壊してもらおうか」


 手に持った拳銃で一方通行の首元に付いている装置を指す。
 これがなくなると彼はAIMジャマーという装置の効力が働いているこの場所で、能力を自由に使うことができなくなる。
 まさしく絶体絶命な状況に陥ってしまうだろう。
 しかし、


一方通行「ああ」


 グシャリ。一方通行は間髪入れず返事をし、首の右側にある装置を握り潰した。
 装置の部品が床にバラバラと落下していく。


一方通行「ッ……!」


 一方通行の身体がふらついた。
 今まで受けていなかったAIMジャマーの影響を受けたせいだろう。
 これで一方通行は自由に能力を使うことができなくなった。



749: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:48:31.98 ID:Q+V+Oj11o


佐久「よくできました。それじゃあ、お次は――」


 そう言って佐久は銃口を一方通行へ向ける。


佐久「テメェらにはここでくたばってもらおうか。安心しろ。みんな仲良くあの世に連れて行ってやるよ」

土御門「みんな、だと?」


 土御門が佐久の言葉に怪訝な表情をする。
 一方通行と土御門を殺すのなら『二人』という単語を使うはずだ。
 なのに、佐久は『みんな』と言った。


佐久「そうだよ。どうせこの女もすぐくたばるんだからな」


 それを聞いて一人だけ驚愕の声を上げる者がいた。
 一方通行でもなく、土御門でもなく、結標淡希でもなく。


手塩「どういうことだ佐久!? 座標移動は、生きたまま上層部へ、引き渡す予定だっただろ!?」


 同じブロックの構成員である手塩だった。
 まるで初めてそのことを聞かされたような、戸惑いの表情を浮かべている。
 手塩からの質問に面倒臭そうに佐久が答える。


佐久「そういえばお前には言ってなかったか。この女は上層部には引き渡さねえ」

手塩「何だと? では一体、座標移動を、どうするつもりなんだ?」

佐久「決まってんだろ。こいつは俺たちが使うんだよ」

手塩「使う?」

佐久「そうだ」


 不気味に口角を上げて佐久が笑う。



佐久「――『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。座標移動(ムーブポイント)はその計画の礎となってもらう」



 一方通行がピクリと体を震わせる。
 『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。その言葉の意味を彼はよく知っていた。
 一定水準に達した空間移動能力者(テレポーター)を素体とし、一〇八台のスーパーコンピューターと連結させることにより、莫大な演算能力を与える。
 そして、それらは一つの装置として扱われるため、誰でもボタン一つでテレポートというチカラを使うことが出来るようになるというもの。
 この装置を作るためには空間移動能力者の肉体は必要なく、脳髄と脊髄が残っていれば運用が可能となっている。
 つまり、彼らが欲しているのは座標移動の脳であり、結標淡希という少女は必要ないということだ。


手塩「その計画については、簡単にだが知っているつもりよ。だが、あれは我々だけで、再現できるものではないはずだ」

佐久「たしかにそうだな。けど、その点に関しては問題ないぜ。既にそれを再現してくれるスポンサーは見つけてある」

手塩「スポンサーだと?」

佐久「外部には学園都市の科学技術を狙う輩はたくさんいんだよ。その中には、それを再現できるだけの技術を持つ組織だって存在する」

結標「…………」


 結標が顔を曇らせる。
 かつての彼女も、学園都市の外部にある『科学結社』という組織と取引をしていたからだろう。



750: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:49:16.16 ID:Q+V+Oj11o


土御門「外部組織だと? 馬鹿な」


 土御門が問う。


土御門「上層部が一番気にしているのは外部への情報流出だ。だから、外部組織との連携の監視は一番力を入れている。そんな中、貴様らはどうやってコンタクトを取った」


 質問に対して佐久はあっさりと答える。


佐久「知らないのか? 俺たち『ブロック』の仕事は学園都市の外部協力機関との連携を監視することだ」

土御門「……なるほど、そういうことか」


 土御門は納得したように呟いた。


佐久「はぁ、余計なこと喋りすぎたな。あんまりここに居座ってクソどもを増やしてもしょうがねえか」


 再び、佐久は拳銃の照準を一方通行へ合わせる。
 引き金に指をかけた。


佐久「――くたばりやがれ第一位!! せいぜい、地獄に落ちねえように閻魔大王様に許しを乞うんだなァ!!」


 銃口を向けられた一方通行は目を逸らさない。佐久だけを見ている。
 佐久が引き金にかけた指に力を入れる。
 あと数ミリで銃弾が発射される位置まで押し込まれる。

 しかし、発砲音がなる前に別の音が通路内に鳴り響いた。
 ピピピピピピピピピッ!! という不安感を煽るような甲高い電子音が。


手塩「……これは、非常時の支援要請の音か?」


 手塩はこの音を知っていた。
 『ブロック』内で使われている携帯端末の着信音。
 それは緊急事態に陥っており、助けを求めている仲間からの連絡が来ていることを表していた。


佐久「…………」


 佐久の指から力が抜ける。どうやら、その着信音は佐久の端末から鳴っていたようだ。
 そのまま引き金から指を離し、拳銃を持ったまま腰に付いた携帯端末を取る。
 ピッ、と端末のボタンを押すと甲高い電子音が鳴り止み、通話モードとなった。
 佐久は端末を耳に当てる。


佐久「鉄網か? 何があった?」


 電話の先は鉄網という、同じブロックの幹部を担っている少女らしい。
 だが、電話からは声が帰ってこない。


佐久「まさか例の組織との連携で何か問題でも起きたのか? おい!」


 再び声をかけるが帰ってこない。
 と、思ったらザザッ、という音が聞こえたあと、女の声が聞こえてきた。



751: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:50:07.31 ID:Q+V+Oj11o


??『どーもー! 『ブロック』のリーダー佐久ちゃーん? お外にいるお友達と随分楽しいことやってたみたいだねえ?』


 その声は佐久の知っている鉄網という少女の声ではなかった。
 少女と比べたら低く、大人びたような声色をしている。


佐久「……誰だテメェは?」

??『あれれー? もしかしてわからないわけー? うーん、しょうがないなー。ちょっとだけヒントあげちゃおうかにゃーん?』

佐久「ふざけてんのか!! いいからさっさと名乗れ!!」

??『アンタらブロックと同等の機密レベルを持っていてー、上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止を業務としている組織はなんでしょーか?』

佐久「なっ……!」


 クイズのような問いの中にある言葉言葉を聞いて、佐久は気付く。
 恐る恐るという感じに、電話口に答える。


佐久「『アイテム』、そのリーダーの麦野沈利か?」


 いひっ、と電話口の女は小さく笑う。


麦野『だーいせいかーい!! ま、って言っても正解したところで景品やら特典なんてものは、なーんにもないんだけどねー?』

佐久「ッ」


 佐久の端末と繋がっているのは同じブロックの構成員である鉄網の端末だ。
 その端末を麦野沈利が使っている。つまり、電話の持ち主が既にいなくなっているということ。

 佐久が鉄網に与えた仕事は外部組織との連携。
 ブロックの仕事をしている中で佐久が作った外部への運搬ルートを利用し、鉄網は学園都市の外へ出た。
 そして、外部組織のアジトへと向かい、今組織の人間とこれからの流れを打ち合わせしていることだろう。

 麦野沈利がその学園都市外にいる鉄網の携帯端末を持っているということは――。



佐久「――テんメェええええええええッ!! よくもやりやがったなあああああああああああああああああッ!!」



 佐久が電話口に向かって吠える。
 肺の中にある空気を全部吐き出すような声量で。


麦野『やりやがった、って一体何のことなのかにゃーん? アンタらの仲間の陰気臭えガキをブチ殺したこと? アンタらのお友達の組織とやらを皆殺しにしたこと?』


 電話の先の麦野の声が、嘲笑するようなトーンへと変わる。



麦野『――それとも、テメェのコツコツと積み上げてきた全部を、跡形もなく叩き潰してやったことかなー?』



 ガシャン!! 怒りで頭に血が上った佐久が携帯端末を壁に投げつけた。
 衝撃に耐えきれなかった端末は砕け散るようにバラバラの部品となり、床に散らばった。


―――
――




752: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:51:05.89 ID:Q+V+Oj11o


麦野「ぎゃははははははははッ!! 全然物事がうまくいかないからって物に当たるなんて、ガキかよこのオッサン!?」


 血塗られた端末を片手にアイテムのリーダー麦野が笑い声を上げていた。


滝壺「しょうがないよむぎの。あそこまで小馬鹿にされたら、誰だって怒ると思うよ?」


 高笑いする麦野の言葉に、ぼーっとした感じで滝壺が反応する。


絹旗「こんな周到に超準備してるようなヤツですからねえ。プッツンとキてもおかしくはありませんね」


 冷静な表情で絹旗が言う。

 彼女たち『アイテム』は今、学園都市の外にある廃病院のような建物の中にある一室にいた。
 廃病院なのは外見だけだった。学校の教室二つ分の広さのある部屋には、研究機材等の設備で溢れており、いかにもな研究所という感じだ。
 あちこちには研究員と思われる男たちが倒れており、施設の床が血の海のように赤く染まっていた。

 そんな中をアイテムの構成員フレンダが室内を歩きながら考え事をしていた。


フレンダ(……昨日今日の私、ほんとダメダメって訳よ)


 この施設の中には五〇人近い死体が転がっている。そのほとんどが麦野沈利、絹旗最愛がやったものだ。
 しかし、フレンダはここでは一人たりとも倒せてはいなかった。
 自分ではいつも通りやっているつもりだった。頑張っているつもりだった。
 だが、なぜだかフレンダの思うような結果は付いてこなかった。


フレンダ(……もしかして私、弱くなってる……?)


 具体的に何が弱くなったとか、フレンダ自身は理解していない。
 ただ、自分の中で何かが変わってしまったのじゃないか、と漠然とだがそんなもの感じていた。


フレンダ(このままじゃ足手まといになってしまう……どうにか、どうにかしないと)


 今日の自分の調子が悪いのは、しょうがないで済むかもしれない。
 だが、これ以上はそれでは済まないかもしれない。

 もし明日も調子が悪く、このままだったら。
 もし一週間後も調子が悪く、このままだったら。
 もし一ヶ月後も調子が悪く、このままだったら。

 もしずっとこのままだったら、フレンダはもう『アイテム』というこの居場所にいることができなくなる。
 役立たずの烙印を押され、排除されてしまうだろうからだ。
 そんなことを考えているフレンダの表情には陰りのようなものが見えた。

 室内をにある扉のない物置のような小部屋の前に、フレンダはたどり着いた。中にあるダンボールや機材をぼーっと眺める。
 そんな彼女に一人の少年が近付く。


浜面「どうかしたのか? フレンダ」



753: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:52:44.26 ID:Q+V+Oj11o


 下部組織の一員の浜面仕上が何気ない感じで話しかけた。


フレンダ「……ううん、別にどうもしないけど」

浜面「そ、そうか。ならいいんだけど」

フレンダ「というかまだ仕事中だよ? 持ち場から離れちゃって、こんなところでサボってたら麦野に怒られちゃうって訳よ」


 呆れるようにフレンダは言う。彼はこの部屋の入り口を見張る役目だったはずだ。
 何でこんなところにいるんだ、とか思いながらフレンダは彼を持ち場へ戻させるために手をひらひらとさせる。
 すると、急に浜面の表情が強ばる。


浜面「――フレンダ!! 危ねえッ!!」

フレンダ「えっ」


 浜面仕上が急に目の前の少女の両肩を掴み、床へ横向きに押し倒すように力を加える。
 突然のことでフレンダは踏ん張ることが出来ず、そのまま横向きに床へと倒れ込む。


 ドガッ!!


 鈍い打撃音のような音が聞こえた。



フレンダ「……痛ッ、な、何なのよいきなりぃ」


 肩と背中を硬い床へ軽く打ち付けたのか、フレンダは肩の後ろ部分を手で抑えていた。
 苦痛の表情に怒りを混ぜて、フレンダは現在進行系で自分を押し倒している少年を睨むように見る。


フレンダ「ちょっと浜面ぁ! アンタ一体――へっ?」

浜面「け、けがは、ねえか? フレンダ……」


 フレンダの目の前にいる少年は安堵の表情を浮かべている。
 しかし、その少年のこめかみの辺りから、赤い液体がダラリと流れていた。
 顔を伝って流れる液体は重力に従い落下し、ぽたりと真下いる少女の頬へと雫となって垂れ落ちる。


フレンダ「なっ、何でアンタ怪我して……ッ!?」


 フレンダは目だけを動かして、浜面の頭より後方を見る。

 そこには鉄パイプのような棒を持った、研究員のような格好をした男が立っていた。

 一体どこから現れたんだ、とフレンダはふと思い出す。
 自分は今扉のない物置のような部屋の前に立っていた。
 物置ということは物がたくさん置いてあり、その数に比例して物陰がたくさんできるということだ。
 つまり、あの男は今の今まであの部屋の中にある物陰に隠れて、ずっと機会を伺っていたということだろう。一矢報いれるチャンスを。

 そんなことを考えている中、男が鉄パイプ強く握り締め、大きく振りかぶったのが見えた。
 このままあれが振り降ろされたら、目の前にいる少年に硬い鉄パイプが当たってしまう。
 大怪我、最悪死ぬ。



754: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:54:31.30 ID:Q+V+Oj11o



フレンダ「浜面ッ、避け――」


 ドグシャ!! 鉄パイプが振り下ろされる前に、男の頭部がコンクリートの壁に叩きつけられた。
 同じアイテムのメンバーである絹旗最愛が、獣のような表情をして拳を男の顔面に叩き込んだからだ。
 鉄板をも容易に貫く絹旗の拳を受けた男の頭は、砕け散ってザクロのように赤い物体を周りに撒き散らした。


絹旗「調子に乗ってンじゃねェぞ、クソザコ野郎がッ……!」


 吐き捨てるように言った絹旗は、視線を男だったものから床に倒れ込んでいるフレンダたちへ向ける。


絹旗「超大丈夫ですか? 二人とも」

フレンダ「う、うん」

浜面「あ、ああ、助かったぜ絹旗……」


 そう言って浜面はゆらりと立ち上がった。それを追うようにフレンダも立ち上がる。
 別の場所にいた麦野と滝壺が、騒ぎを聞きつけたのかこちらへと駆け寄ってきた。


麦野「おーおー浜面クーン。随分と男前な面になったもんだねー」

滝壺「大丈夫? 血が出てる」


 滝壺はポケットからハンカチを取り出して、それを浜面へ差し出す。
 それを受け取った浜面が薄く笑って、


浜面「……あ、ありがとうな、た、きつ、ぼ……」


 浜面仕上の意識が消え、体が床へと倒れ込んだ。


滝壺「はまづら……!」

麦野「あっちゃー、当たりどころが悪かったのかねー? 絹旗。下部組織に連絡してここの後始末の指示と、浜面の代わりの運転手を一人こっちに寄越させなさい」

絹旗「了解です」


 アイテムのメンバー三人が忙しなく、手際よく動いている中、フレンダは倒れた少年を呆然と見ていた。


フレンダ「…………」


 フレンダは考える。
 この少年が怪我をしたのは自分のせいなのではないか、と。
 普通に考えれば、あんな隠れる場所が多くある物置に伏兵がいないわけがない。例えいなかったとしてもいる前提で行動するべきだ。
 フレンダはそこまで考えられていなかった。いつもなら絶対にやらないミスだ。
 そのミスのせいで、この少年は怪我を負った。下部組織の下っ端だとはいえ、仲間を危険に晒した。

 私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで――。


―――
――




755: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:55:25.79 ID:Q+V+Oj11o


土御門「……電話の内容まではわからないが、どうやらお前らの思惑はうまくいかなかったようだな」


 土御門は、携帯端末を通路の壁に叩きつけて、息を荒げている佐久を見て、言った。
 彼はブロックの二人に暗に『これ以上の抵抗は無駄だ。投降しろ』と言っている。
 それは佐久も手塩もよく理解していた。

 手塩が佐久の方を向いて、


手塩「……もう潮時だ。佐久」


 諦めの言葉を聞いた佐久はギリリと歯を鳴らす。


佐久「ふざけんな手塩ッ!! 俺たちはまだ負けてねえッ!!」

結標「うぐっ……!」


 人質を抱えている腕の力が強まり、結標から息が漏れる。
 佐久は手に持ったコンバットナイフの刃を少女の首筋に突きつけ、威嚇するように叫ぶ。


佐久「オラオラッ!! 俺たちにはまだこの座標移動がいんだよッ!!」

土御門「無駄だ。そんなことをしても貴様は生き残れない。仮にここから逃げ切れたところで、学園都市から反逆の罪で追われるだけだ。例え、外へ出られたとしてもな」

佐久「それはどうかな?」


 白い歯を見せながら土御門を否定する。


佐久「コイツは俺たちトップシークレットの暗部組織全部に回収命令を出すくらい、上層部から価値があると見られている存在だ。コイツを交渉材料に使えば活路はある」

手塩「活路だと? これ以上、何が出来るというのよ?」


 率直に疑問に思った手塩が聞く。


佐久「んなモン後から考えりゃいいんだよ!! 今はここを無事出ることだけ考えろ手塩ォ!!」

手塩「馬鹿な……」


 手塩の顔が曇る。
 リーダーの場当たり的な判断に嫌気が指したのだろう。
 そんなことも気にせず佐久はぼやくように続ける。


佐久「大体、あんなに苦労して手に入れたんだからよお、しっかりと有効活用しなきゃ割に合わねえだろうよクソッたれが……!」

一方通行「……苦労、した?」


 ずっと無言で佐久を見ていた一方通行が口をはさむ。
 まるで何かに引っかかったかのように。

 それを聞いた佐久が待ってましたか、とでも言うような笑みを見せる。


土御門「――よせ! これ以上ヤツの言葉を聞くな! 一方通行ッ!」


 佐久に気付いた土御門が止める。
 しかし、無力にも佐久の言葉が一方通行の耳へと届く。



756: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/08(土) 11:56:37.72 ID:Q+V+Oj11o


佐久「そうさ!! コイツの記憶を戻すように動いたのも、コイツがここに来るように仕組んだのも、こういう環境を作り上げたのも、全部俺たちだッ!! 今まで散々コキ使ってくれたクソったれな上層部を潰すためになッ!!」

佐久「だったらよ、その努力が少しくらい報われてくれるような展開があってもいいよなぁ!? なあオイッ!?」


 滅茶苦茶な理論を正当な発言かのように、佐久は己の言葉を全部ぶちまける。
 身勝手で、禍々しい悪意が彼から発せられたように思えた。

 その悪意に触れた一方通行の目が剥かれる。赤い瞳の中にある瞳孔が収縮する。
 一方通行は呟くように、



一方通行「……そンなことのために」


 ――二人の未来が奪われたのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――あのガキは涙を流したのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――結標淡希はあンなにも酷く傷付けられたのか。


一方通行「……そンなことのためにィッ!!」




 ――自分たちの居た世界は跡形もなく破壊されてしまったのか。




 ブツッ。



 一方通行の中にある何かが壊れた。それが何かはわからない。
 だが、それが何か重要なものなのだということはわかる。なぜなら、それを失ったことによって彼の中にドス黒い何かが流れ込むのを感じたからだ。
 決壊したダムの水のように、土石流のように流体は一方通行の意識を侵略していく。
 喜怒哀楽。彼を構築するあらゆる感情の輪が全て崩壊する。バラバラになった様々な色の粒子が全て流体に飲み込まれた。
 一方通行の中にたった一つの色だけが残る。


 『黒』。


 その意味――『純粋な殺意』。






一方通行「ゴガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」







 その黒い殺意は現出された。
 少年の背中から。


 噴射されるように溢れ出る一対の黒い翼として。


――――――



759: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:39:06.07 ID:2z6G7I5Go


S10.距離


 第七学区と第一〇学区の境界線にある、吹き抜けで一階と二階が繋がった大型の倉庫。建物内は荒れていた。
 爆風が巻き起こり、砂煙が舞い、建物は揺れ、金属と金属が激しくぶつかり合うような音が幾度とも鳴り、崩れた天井が次々と床へと落下していく。
 災害とも言えるような現象。これは一人の少女と、一〇〇にも近い数の機械の獣によって起こされたものだった。

 少女の方は木原円周。
 ロケットのような速度で床から壁へ、壁から天井へ、天井から床へと、高速移動し、機械の獣を追う。
 彼女の拳を受けた壁はガラスのようにひび割れ、彼女の蹴りを受けたコンテナは針で突かれた紙のように穴を開けた。
 自分の体を顧みず暴れるように動き回る少女だったが、その体には砂煙による汚れのようなものが見えるが、致命傷のような傷は一切負っていなかった。

 機械の獣の方は暗部組織『メンバー』で作られた犬型のロボット『T:GD(タイプ:グレートデーン)』。
 正確に言うなら、それの背中にガトリングレールガンという第三位のファイブオーバーを搭載した、『T:GD―C(タイプ:グレートデーンカスタム)』。
 一〇〇近い数の方向から単発でも戦車の装甲さえ貫通し、破壊する砲弾が毎分四〇〇〇発という嵐のような攻撃が発射されるという脅威。
 それが発射される度に空気は振動し、射線にある障害物は全て吹き飛び、コンクリートの床を抉り取り、天井に大穴を開けた。

 二つの戦力がぶつかり合う中、倉庫の中心部に木原数多と博士が相対していた。
 周りの騒音を気に留めず、お互いに一〇メートル位の距離を空け、二人はただただ睨み合っている。
 二人のいる空間だけは、なぜか静寂だった。
 床は傷一つない綺麗なままだし、倉庫内を飛び交う破片は落ちず、砲弾がその一帯へ発射されることもない。

 安全地帯にいる博士が安全地帯にいる数多へと話しかける。


博士「くくっ、見事な位置取りだ。たしかにそこに居ればガトリングレールガンが発射されることはない。あの機械には私を巻き込まないようにする設定をしているからな」

数多「残念ながらそれだけじゃねえよ」


 笑みを浮かべながら数多が空を駆けている少女を指差す。


数多「あのガキは俺らを巻き込まねえように戦ってんだよ。どうすればこの一帯に傷がつかないようにするか、考え、工夫し、実行している。馬鹿馬鹿しいとは思うが、ヤツは今そういう『思考』を持ってんだ」


 博士もその少女のことを見ながら息を漏らす。


博士「しかし、あれは見事だな。まさか第一位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』が作られるとは。しかも、あんなに元の能力者の身体を維持した形で」

数多「はぁ? アレはそんな高尚なモンじゃねえよ。ただの子供の工作だ」


 面倒臭そうに数多は後頭部を掻く。


数多「大体、アレのどこがファイブオーバーだ? 第一位の能力を部分的に超えるどころか再現すら出来てねえじゃねえか。そう考えたら『アウトサイダー』にすら満たねえ欠陥品だよ」

博士「あれは木原円周が作ったのかね?」

数多「そうだな。せっかく第一位と接する機会が多くなったんだからな、って感じにな。ま、でもあれは作ったというよりは既存の技術を組み合わせただけのキメラだ。物理干渉電磁フィールド、慣性制御装置、反重力発生機、発条包帯――」


 その他二〇ほどの名前を言ってから、木原は億劫になったのか言うのをやめた。
 そもそもこんな話をしても何にもならない。本題に戻す。
 博士の側にある小さなコンテナの上へと横たわる少女を見る。


数多「随分と手の込んだことをしてんじゃねえか。今ごろほとんどのヤツらは座標移動(ムーブポイント)を中心に動き回ってるっつうのに、テメェらだけはそこで寝てるガキを狙うなんてな」

博士「何のことかね?」

数多「今第一〇学区の少年院でハシャイでいる『ブロック』とかいう連中、アイツらを焚き付けたのはテメェらだろ?」


 博士は不敵に笑う。



760: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:40:15.24 ID:2z6G7I5Go


博士「どんな物語にも道化は必要ではないかね? 木原数多君」

数多「うっとおしいジジイだ」

博士「ところで、呑気に私などと談話などしていていいのかね?」

数多「あ?」


 いつの間にか博士の手には携帯端末が握られていた。


博士「そういえば、君は以前馬場君と戦ったときに、敵と仲良く談話していて形勢逆転されてしまった彼のことを、間抜けなヤツと称していたな」


 ザッ。
 木原数多の周りで何かが動いた。だが、そこには何もないように見える。
 しかし、それはたしかにそこにある。まるで数多の逃げ場をなくすように、取り囲むように。
 博士は笑う。


博士「――今の君も、同じく間抜けだよ。木原君」


 瞬間、数多の数メートル先の床に転がっていた査楽が絶叫した。


査楽「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 査楽の両足の膝から先が無くなっていた。
 いや、無くなったのは肉だ。皮だ。血液だ。
 少年の足は、履いていたジーンズと靴と骨だけになっていた。


数多「『オジギソウ』か。相変わらずの趣味の悪さだな」


 数多はその光景を見て、吐き捨てるように言った。


博士「知っていたか。特定の周波数に応じて特定の反応を返すナノサイズの反射合金の粒だ。その粒一つ一つが、接触するだけで細胞をバラバラに引き剥がし、骨と服だけしか残さない優秀な清掃道具だ」

博士「オジギソウは今の君を取り囲むように配置してある。ネズミ一匹逃げられるような隙間もない。君は終わりだよ」


 触れたら死ぬ檻に閉じ込められる。今の数多の状況を端的に表すとこうか。
 だが、その檻は動く。数多の安全地帯を狭めるように、殺意は最終的に数多を包み込む。
 絶体絶命とも言えるような状況で数多は、


数多「……なぁ、ジジイ。ビリヤードって知ってるか?」


 世間話のようなことを始めた。
 

博士「ビリヤード? キューで球を打って一五個の玉を穴に落とすゲームのことか?」

数多「そうだ。俺あのゲーム好きでよくやるんだよな」

博士「……何のつもりだ? そんな突拍子もない話を始めて」



761: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:41:06.83 ID:2z6G7I5Go


 怪訝な表情をする博士。駅前で裸踊りをしている男を見るかのような目だ。
 しかし、数多は気にせず続ける。


数多「あれってな、手玉の形や重さ、キューの先端の硬さや摩耗率、並んだ一五個の玉の位置関係、細かい反射角やその場の空気の流れ、テーブルの上に乗るチリ一つ一つ」

数多「他にもいろいろあるが、そういうのきちんと計算すれば誰でも一発で一五個の玉を、全てポケットに落としてやることができるんだぜ?」


 数多はウンチクでも語っているように得意げな表情をする。
 その意図がわからない博士は解せない様子で、


博士「だからそれが何だというのだね? 君はもうその楽しいゲームすら出来なくなる。それくらいわか――」


 ゾクリ、と博士は背筋が凍るような感覚が走った。
 博士は前方一〇メートル先にいる数多を見る。
 彼の表情が一変した。
 先ほどの趣味の話を活き活きと語る男の顔から、『木原』特有の実験動物を見るような禍々しい顔へ。


数多「俺は力の制御に関する天才だ。金槌のような打撃を電子顕微鏡レベルの精密さで操作できるし、ある程度の外装の機械なら、殴った衝撃を弄って中身のCPU部分だけを破壊することだってできる」


 手につけた機械的なグローブ。マイクロマニピュレーターをガチャガチャと動かしながら。



数多「――それが『木原』だ」



 危機感を覚えた博士は、手に持った端末を操作する。
 一秒後、オジギソウが木原数多を包み込み、骨と衣服だけを残して分解するように。

 だが、それより早く木原数多が動く。
 腕が消えたと錯覚するような速度で、何もないように見える空間を殴りつけた。
 凄まじい拳圧だったのか、一〇メートル先にいる博士の頬をそよ風のような冷ややかさが撫でた。


 一秒後。


博士「……そ、そんな馬鹿な」


 博士は何度も瞬きをする。目を擦る。目を凝らす。
 しかし、彼の見る景色は何一つ変わらなかった。

 木原数多が存在していた。
 全身の肉が毟られ、骨と衣服だけ残して消えるはずだった男が。何一つ変わることなく。彼の目に映り続けた。


博士「なぜ貴様が生きている!? なぜオジギソウが効いていないんだ!?」


 手に持った端末の画面を見た。この画面にはオジギソウの稼働状況が表示されている。
 折れ線グラフや数字の羅列、散布状況をモニタリングするレーダーのようなもの配置されていた。
 それらを見て、博士は額に嫌な汗がにじみ出る。


博士「オジギソウが、全て工場の外へ流れ出ている、だと……?」


 オジギソウの散布状況を表すレーダーが、博士から一〇〇メートル以上離れた位置に、何十グループに分かれて配置されていることを示していた。
 どういうことだ、と博士はオジギソウの移動履歴のデータを確認する。
 それを見ると、たしかについ数秒前までは木原数多の周囲にオジギソウがいたことがわかる。
 しかし、数多が拳を空間に突き付けた時を境に、その状況は大きく変化していた。
 オジギソウたちが壁や天井に開いた数十の穴へ向けて、吸い込まれるように流れ出ていたのだ。
 きっかけは間違いない。木原数多の強打だ。

 そこで博士は思い出した。数多の言っていた無駄話の中にあった単語。『ビリヤード』。



762: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:41:58.89 ID:2z6G7I5Go


博士「――ま、まさか貴様っ、オジギソウをビリヤードの玉のように弾いて、あの工場に開いた穴から外へ全て放出したと言うのか!?」

博士「ありえん!! ナノサイズの粒子だぞッ!? たしかにそれが物理的な現象であれば不可能はない!! しかし、その計算結果を導き出すためにどれだけの情報量がッ、天文学的な数字がッ、それを再現する技術がッ!?」


 はぁ、と数多はため息をつく。


数多「もういいか?」

博士「ッ!?」


 数多はズボンのポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと博士のいる方向へと足を動かす。
 その足取りは軽く、まるで近くのコンビニにでも行くかのような気軽さを感じる。


博士「糞ッ!!」


 オジギソウは全て建物の外。呼び戻すには時間が足りなさ過ぎる。
 目の前の化け物と戦えるような手段が全て消えた。そう思った。
 だが、博士は気付く。まだ終わりではないことに。


博士「――馬場ァ!! グレートデーンで私を守れ!! カスタムもだッ!!」


 小さなコンテナの上で寝ている少女の隣に佇んでいる、犬型のロボットへ命令する。
 あのロボットは常に馬場という少年と通信が繋がっており、こちらの状況がモニタリングされているはずだ。
 他の一〇〇近い数がいるロボットは基本自動操作の為、あのロボットを操作して援護する余裕くらいあるだろう。


イヌロボ『…………』


 しかし、犬型のロボットは答えない。


博士「何をしている!? 馬場ァ!!」

イヌロボ『…………』


 やはり、犬型のロボットは応じない。
 妙だと思い、博士はそのロボットを目を凝らして観察してみる。
 起動中は絶えず点滅しているはずの頭に付いたサングラスのようなセンサーが、全くと言っていいほど点滅していない。
 まるで、電源が切れているような。

 ふと、博士は気付いた。
 この倉庫内は、木原円周と一〇〇近いガトリングレールガンという兵器を搭載した犬型のロボットが交戦している場所だ。
 絶えず爆発音や、金属がこすれ合うような音、コンクリートが砕けるような音が響き渡っていた。
 ビルの解体現場の隣とは比べ物のならない騒音地帯のはずだ。はずなのに――。

 静かだった。今まで聞こえなかった夜風の音が聞こえる。
 博士は辺りを見回した。

 機能が停止して、電池の切れた玩具のように床に転がっている一〇〇近い数の犬型のロボットがいた。


博士「なっ」



763: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:43:02.09 ID:2z6G7I5Go


 外部に目立った外傷はない。木原円周に破壊されたわけではない。
 つまり、制御している側で何かあったということ。
 具体的に言うなら、襲撃。

 いつの間にか木原数多は博士の目の前に立っていた。
 見下ろす数多に対し、博士は見上げるように目を尖らせる。


博士「木原貴様ッ……!」

数多「何だその目は? 別に俺は何にもしてねえぞ」

博士「貴様ら以外に誰がいる!?」

数多「いるじゃねえかよ。もう一人」


 何かを知っているように数多は言う。


数多「……テメェら、一体誰を敵に回したのかわかってんのか?」


 そう言われて博士はあることを思い出した。
 このガトリングレールガンを積んだ犬型のロボットたちは、遠隔している少年が操作しない限り基本自動制御で動いている。
 普通の人間なら同時に一〇〇ものロボットを制御することができないからだ。
 だから、仮に遠隔している者に何かがあっても、自動制御のロボットたちは従来のプログラム通りに動く。
 あのように停止させるためには、遠隔している少年に停止プログラムを起動させなければいけない。

 いや、違う。


博士「――そうか」


 博士は笑った。
 全てを理解したからだ。



博士「貴様らは、最初からこれを想定して動いていたのか!? 木原数多ァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 廃墟のようになった倉庫内に響き渡った男の絶叫は、すぐに途切れて静かになった。


―――
――




764: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:43:40.28 ID:2z6G7I5Go


 木原数多や博士がいる二つの学区を跨いで建てられた倉庫。
 そこから約一キロほど離れたところにある大型車両用のパーキングエリア。
 その中に一台の大型トレーラーが駐車している。
 暗部組織『メンバー』の遠隔地からのサポートを任務としている構成員の一人。馬場芳郎がそのトレーラーの中にいた。

 トレーラーの中は部屋のような構造をしており、中には通信機器や分析用のコンピュータ、そしてメンバーが使用しているロボットの制御装置を積んでいる。
 電子制御で開閉する扉は防弾・防爆仕様で、彼がここの扉を自発的に開けることがない限り、外からの侵入を許すことはない。
 いわば、ここはメンバーの司令室のようなものだ。馬場芳郎はこの中で指示やサポートを行っている。

 そんな鉄壁の部屋にいる馬場は椅子から転げ落ちるかのように、床に尻もちをついていた。
 彼の目線の先は部屋の入り口の扉。扉が壁側にスライドし、外から冷たい空気を室内へ送り込んでいた。
 扉が開いている。それを我が目を疑うように馬場が見ていることから、彼がそれを開けたわけではないと思われる。

 彼の周りにはたくさんのモニターが設置されている。メンバーのサポート業務を行うためのコンピュータを使うためのものだ。
 ハッキング、通信の傍受、情報操作、レーダー、ロボットの制御、用途は様々。
 この部屋の要と言える数々のモニターだが、今は全て同じ画面が表示されていた。
 黒いバックに赤い枠ありの横文字で単語が一つ。『Locked』。
 馬場の存在意義が全て奪われたことを意味していた。

 部屋の外から、誰かが入ってきた。
 暗がりでよく見えないが、身長は一六〇センチくらい。体格や髪型からして少女だろうか。
 その誰かはゆっくりと、しっかりとした足付きで、馬場のいる方へと向かってくる。

 距離を取ろうとして壁を背中に擦りながら馬場が問いかける。


馬場「だ、誰だお前は!?」


 頭がテーブルにぶつかる。振動で上に置いていた二リットルペットボトルが床に落ちて転がった。
 中から炭酸の茶色液体が中から溢れ出ていく。


馬場「お前なのか!? ここの設備を掌握したクラッカーは!?」


 誰かは何も答えない。黙々と馬場との距離を詰めてくる。
 目の前と言える位置にその誰かが来た。
 モニターから発せられる淡い光に照らされ、その誰かの顔が浮かび上がってくる。


馬場「お、お前は……まさか!?」


 馬場芳郎はその誰かのことをよく知っていた。
 なぜなら先ほどまで、その少女のことをロボットのカメラ越しによく観察していたからだ。
 整った顔立ちで、茶髪を肩まで伸ばしている。
 数十分前まで床についていたのか、半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていた。
 馬場は叫ぶ。その嫌というほど知っているその少女の名を。


馬場「――超能力者(レベル5)第三位!! 御坂美琴ッ!!」

美琴「…………」


 常盤台の超電磁砲(レールガン)と呼ばれる少女が。守るべき少女を彼の操作するロボットに奪われて右往左往しているはずの少女が。
 馬場の目の前に立ちふさがった。


馬場「なんでお前がここにいるんだ? お前に放った二〇機のグレートデーンは完全自動制御だ。僕の居場所を特定できるような要素は皆無だったはずだ。そういう風に対策したんだからな。なのに……なんでだッ!!」


 焦りと怒りが混じった表情で睨みつける少年。
 それに応じるように美琴も目を下に向ける。
 その表情は冷静だった。唇を横一文字で結び、表情筋が動いている様子がない。
 しかし、目だけは違った。まるで黒目が収縮しているようだった。そう思えるほど目を見開いていて、白目の面積が多くなっている。
 ずっと閉じていた少女の口が開く。



765: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:44:30.17 ID:2z6G7I5Go


美琴「……やっぱりその声、あのときのヤツと同じだわ。婚后さんを傷付けやがったクソ野郎とまったく同じ」


 パチッ、と美琴の周囲に火花が走る。


馬場(ま、不味い。コイツ、まだあのときのことを根に持ってやがる……!)


 馬場は過去、婚后光子という少女と交戦し、倒し、痛みつけたことがあった。
 その少女は御坂美琴と友人関係にあったらしく、馬場はその件で激怒した彼女から手痛い報復を受けることになった。


馬場(くぅ、コイツがここに来るのは予想外だったが、僕だって対策をまったく取っていなかったわけじゃない……!)


 馬場は目線をそのままに手だけを動かして、自分のズボンの尻ポケットを探る。
 そこから試験管のようなの細長い入れ物のようなものを手に取った。


馬場(これは超電磁砲用にカスタマイズされたモスキートだ。最終信号(ラストオーダー)をさらったときに使ったグレートデーンと同じ、電磁波透過素材で出来た特注品さ)


 『T:MQ(タイプ:モスキート)』。蚊をモチーフにした極小サイズのロボット。
 その名の通り、蚊のように飛行して、取り付いた相手の皮膚に針を突き刺し、そこからナノデバイスを注入する。
 ナノデバイスを注入された者は高熱を発生させ、身動きが取れなくなるという兵器だ。
 彼が持っている入れ物にはこれが入っている。


馬場(通常のモスキートなら電磁波レーダーに引っかかって察知されてしまうだろうが、コイツは違う。つまり、こんな暗がりでコイツを出されたら目視で発見することも困難ッ。ヤツに防ぐ術は存在しないということだ)


 これを彼女に注入することができれば、いくら超能力者(レベル5)だろうと動けないただの一般人と相違なくなるだろう。
 たった一つの勝利条件にすがるように馬場は行動する。


馬場「ま、待ってくれ。話せばわかる。僕もやりたくて君たちを襲ったわけじゃないんだ。陰険なジジイに無理やり命令されていただけなんだ……」


 口八丁の言い訳を次々と並べていく。彼女を倒すためには時間を稼がなければいけない。
 その間にT:MQを起動するため、入れ物に付いた起動ボタンを指の感覚だけで探る。
 急げ、急げ、急げ、と指を細かく動かしつ続ける
 入れ物をガッシリと掴み、親指が起動ボタンにかかった。


馬場(き、来たッ!? これで、ヤツは完全におわ――)


 バチチチィッ!! 御坂美琴を中心に周囲へ電撃が放たれた。
 室内のモニターは全てひび割れ、コンピュータはショートし、床に転がっていた炭酸飲料の入ったペットボトルは感電して破裂した。
 それに伴い、馬場の体にも電気が走る。



馬場「ォおあああああああああああああああああああッ!?」


 
 電撃による痛みで絶叫する。モスキートの起動ボタンを押そうと力を入れていた腕が、変に力が入ってしまい腕が真上に上がった。
 その勢いで手に持っていた入れ物が放り投げるように宙を舞い、目の前にいる少女の足元へと音を立てて転がった。
 美琴は落ちた入れ物を拾い上げる。



766: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:45:18.11 ID:2z6G7I5Go


美琴「ねえ。電磁波レーダーって知ってる?」

馬場「あが、あがが、がが、あば、ばばが」


 美琴が発した電撃波で舌がしびれて、うまく喋ることが出来ない様子だった。
 だが、気にせず美琴は話し続ける。

 
美琴「周囲に発した電磁波が物体に接触したときの反射波を利用して、周りの空間を把握できるってヤツなんだけど」


 モスキートの入った入れ物の中身を覗き込みながら、


美琴「これがどういう仕組みかよく知らないけど、私の電磁波レーダーを掻い潜れるみたいね。あの子をさらった犬みたいなロボットも同じ仕組みかしら?」


 「ま、でもそんなこと関係ないわよね」と付け加える。
 美琴は再び、地面に座り込む馬場へ目を向けた。


美琴「だって、レーダーで丸分かりだったんだもの。これを必死こいてポケットから取り出そうとしているアンタの間抜けな動きがね」


 馬場は感じ取った。自分ではどうしてもできないという無力さを。圧倒的な力を前にした絶望を。
 どんな能力者も徹底的に分析し、適切な対策を取れば倒せると思っていた。支配できると思っていた。
 しかし、現実は違う。自分たちの張り巡らせた小細工を規格外のチカラでねじ伏せる。
 既に負けていたのだ。超能力者(レベル5)を、学園都市が作り出した怪物を敵に回した時点で。


美琴「私、たしかあの時言ったわよね? 私の目の前や大事な友達の周りで一瞬でもあのロボを見かけたなら、アンタがどこにいようと必ず見つけ出して、潰すって」


 過去に通信回路越しで言った忠告を、再度馬場へ突きつけた。
 クシャクシャに歪めた馬場の顔から、目から、鼻から、口から、汚らしい体液が流れ出る。


美琴「けど、私だって鬼じゃないわ。こちらの条件を飲んでくれるなら、助けてあげないこともないわよ?」

馬場「ッ!!」

美琴「打ち止めの居場所を教えなさい」


 馬場に与えられた救いの手は、メンバーを裏切らないと掴むことが出来ない残酷なもの。
 メンバーを裏切るということ=統括理事会を裏切ること。つまり、学園都市そのものを敵に回すということ。
 苦渋の決断。前門の虎、後門の狼。
 人生の岐路に立たされた馬場は、口を震わせて歯をガチガチと鳴らす。


美琴「ただし、もし教えないという選択肢を取ったり、嘘を教えるなんていう裏切りがあったり、あの子がもう無事じゃないなんていう笑えない冗談を言うようなら」


 美琴が手に持った入れ物を自分の目前に持っていく。
 グシャリ。
 握力だけでそれをへし折り、砕く。



美琴「――殺すわよ」



―――
――




767: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:45:57.71 ID:2z6G7I5Go


 一方通行は体の力を抜いたように両腕を垂らし、背筋を曲げながら立っていた。
 曲がっている背中から噴射するように飛び出した黒い翼は上へ上へと、核ミサイルにも耐える天井を突き破るように伸びている。
 長さは何メートルあるのかわからないが、あの先にあるあらゆる障害物は粉微塵に粉砕されていることだろう。


佐久「……何でだ」


 佐久は怪物を目の前にして恐怖を覚えた。
 体が震える。全身から絶えず嫌な汗が滲み出る。唾液が消えたように口の中が渇く。


佐久「何で能力が使えやがるんだテメェ!!」


 この施設のAIMジャマーは起動しているはずだ。でなければ人質になっている結標が何らかのアクションを取ってもおかしくないからだ。
 能力を使えばAIMジャマーの影響で何らかの不都合が発生する。腕が飛ぶなり、足が飛ぶなり。
 しかし、一方通行は目の前に五体満足で立っている。そして、現在進行系で能力を使用している。
 黒い翼というチカラを。

 ――本当にあれは能力なのか?

 佐久は科学者ではない。能力開発に関わる分野に詳しいわけでもない。物理法則に詳しいわけでもない。
 この世の全てのベクトルを操る能力者が、一体何のベクトルを操れば、あんな現象が起こせるのか。
 何一つ思い当たるような事象を佐久は導き出すことができない。
 だが、これだけはわかる。あの黒い翼はまともなものではない。まともな物理法則で動いているものではない。

 理解不能の現象を起こす能力者を目の前にして、ここにいる誰もが動けずに居る。
 同じ仲間のはずの土御門や、人質として囚われている結標はもちろん、相対している佐久や彼の隣りにいる手塩も。
 指一本さえ動かしてはいけない、目を反らしてもいけない、意識を別のものにすら移してはいけない。
 脅迫じみた圧力を感じていた。

 そんな中、一歩前に足を踏み出す者がいた。


 一方通行。


 背筋を曲げながらも顔だけは前を向き、真紅の瞳で佐久を捉えながら。


佐久「――一方通行ァ!! 動くなと言ったはずだがあッ!? こっちには人質がいることを忘れたかマヌケがァ!!」


 思い出したように佐久は叫ぶ。
 そうだ。こちらには最大の防御手段であり最大の攻撃手段である人質がいるのだ。
 一方通行がいくら強力なチカラを振りかざそうが、その事実には変わりない。
 佐久は再びナイフを結標の首筋に突き付ける。


結標「ッ……!」


 力が入りすぎたのかナイフの刃が人質の少女の首筋に当たる。
 裂ける痛みを感じたのか結標は顔をしかめた。
 傷口から赤い液体が首筋を伝って流れ出ていく。

 ゾクリッ、と佐久は背筋に刃物を突き立てられたようなプレッシャーを感じ取った。
 佐久は反射的に一方通行を見た。本能でヤツが発生源だと断定するように。

 一方通行の瞳の赤色が破裂したように広がり、眼球全体を覆っていた。
 目が充血しているとかそんな話ではなく、まるで最初からそうだったかのように染まっていた。



768: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:46:30.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行「――――」


 何かをブツブツと呟きながら、ゆっくりと、まるで狙いをつけるかのように、一方通行は左手を目の前にかざした。
 それを見た佐久はブチッ、と血管が切れるような頭で鳴った。


佐久「――だから動くなと言ったはずだろうがッ!! 馬鹿かよテメェえええええええええええええええええッ!!」


 咆哮する佐久。
 その感情は指示通り動かない目の前の少年に対する怒りなのか。
 それとも正体不明のチカラに対する恐怖心からなのか。
 佐久はナイフを握った右手の力を強める。


佐久「わかったわかったいいだろう。そんなに殺して欲しいなら、今すぐここでこの女をぶち殺してやるよおおああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 顔を歪めながら全身に力を入れる。体の全ての動きを結標淡希の首を掻っ切るために適応させた。
 一瞬という時間の間で頸動脈は切り裂かれ、噴水のように血液を噴出するだけの肉塊と化するだろう。


結標「ぐっ――」


 明確な殺意を、死の確定を感じ取った結標は覚悟する。
 目を瞑り、歯を食いしばった。


 ゴリュ。


 どこからともなく、何かの音が鳴ったのをここにいる全員が聞いた。
 その中でも佐久は、どこからその音が聞こえたのかを理解していたような気がしていた。
 ふと、人質を切ろうとしていたコンバットナイフを持った右手を見る。


 手とナイフが融合していた。


佐久「――なっ」


 まるで二色の紙粘土を混ぜてこねくり回したようだった。
 金属のナイフと指が不自然に歪な形で折れ曲がり、絡まるように一つとなっている。
 鉄色と肌色のマーブル模様の物体を認識した佐久は、



佐久「なんだこれァああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 目の前の非現実的な現実に錯乱する。
 人質を投げ出す。左手に持っていた銃を放り捨てる。
 自由になった左手で、右手だった物を抑える。
 意識が飛びそうだった。
 痛覚が潰されてしまいそうだと思えるほどの苦痛から逃避したくて。
 思考が狂ってしまうほどのリアリティーを頭から消し去りたくて。

 そんな佐久に追い打ちをかけるように、次の動きがあった。



769: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:47:34.91 ID:2z6G7I5Go


 ダンッ!!


 見えない何かが佐久と激突した。
 トラックと正面衝突したような衝撃が、佐久の体全体に襲いかかる。
 彼の体はなすがまま後ろへ吹き飛ばされ、後方にあった硬い壁へ背中から叩きつけられた。
 肺に溜め込んだ空気が一つ残らず漏れ出ていく。


佐久「――ごぷっ」


 佐久へ与えられる苦痛はまだ終わらない。
 叩きつけられた体がそのまま壁に磔にされた。その見えない何かに押し付けられて。
 プレス機のように重く、ゆっくりな力で圧迫されて、肉体が壁の中へとめり込んでいく。
 圧力と壁に挟まれ、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げる。内蔵が締め付けられて、体の穴という穴から血液が滲み出てきた。

 佐久をただただ破壊するためだけの現象。それを引き起こしているのは間違いなく、


土御門「やめろ!! 一方通行!!」


 土御門はその者を呼ぶ。一対の黒翼を携えた怪物を。
 彼の言葉に一方通行は反応を示さない。


土御門「オレたちとした取引条件を忘れたか!? ここでお前がヤツを殺してしまうと、お前はもう一生戻れなくなってしまう! お前が守りたかったあの世界へだ!」


 『お前は殺すな』。土御門が出した条件。
 その意図は、この一件を終わらせたあとに彼を元の世界に帰すために出したもの。
 汚れ役は自分たちだけで十分だ。土御門はそう考えていた。


土御門「人質となっていた結標は解放された! お前の目的は既に達成されたはずだ! これ以上の行動は何も生み出さない! 無意味なことにチカラを使うのはやめろォ!」


 土御門の必死な説得は、



佐久「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」



 バキィ!! 痛々しい叫びを上げる佐久の後ろの壁に大きなヒビが入った。
 それは謎の見えない力の出力が増幅したことを意味する。


一方通行「etijht壊osa」


 土御門の言葉は彼には届かない。
 理性が跡形もなく粉砕され、破壊衝動に支配された一方通行。
 背中の黒い翼が彼の殺意に呼応するかのように、爆発的に天井へ向けて噴射された。


―――
――




770: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:48:21.58 ID:2z6G7I5Go


一方通行『……ここはどこだ? 俺は何をしていた?』


 一方通行は寝起きのようにぼーっとした表情で辺りを見回した。
 狭い通路のようだった。四、五メートルほどの幅で、長さは端から端まで二〇メートルくらいあるだろうか。
 通路の左右にある壁のようなところには、等間隔で扉のようなものが取り付けられていた。

 先ほどから『のような』と曖昧な表現をしているが、それには理由がある。
 この目に映る景色はたしかにそれらの物だったが、それぞれの物の輪郭がゆらゆらと揺れていた。
 まるで陽炎のようだ。触ったら消えてしまいそうな、本当はここに何もないのかと思えるような。

 曖昧な世界の中には一方通行以外の人がいた。
 いや、人と称するのは間違いかもしれない。その人影一つ一つの輪郭も揺らめいていたのだから。
 人影はたくさんあった。しかし、ほとんどの影は輪郭だけで中身が見えない。黒で塗り潰した塗り絵のシルエットのように。
 そんな中でも、輪郭をぼやけさせながらも色を付けていた影が五つあった。


 一人は肩にかかるくらいの白髪を生やした線の細い少年のような影だった。
 左手を広げ、正面に腕を伸ばして何かに向けてかざしているような格好をしている。
 背中からはドス黒い竜巻のような噴射する翼が一対天井へと伸びていた。

 一人は金髪にサングラスをかけた少年の影だった。
 先ほどの白い少年に何かを喋りかけている様子だった。
 しかし、それに白い少年は見向きもしていない。

 一人は赤髪を腰まで伸ばした少女の影だった。
 床に投げ出されたようにうつ伏せで地面へ横たわっており、無理やり顔を上に上げて白い少年を見ている。
 その表情は、不安や困惑といったものが入り混じったように見える。

 一人は筋肉質で長身な女な女の影だった。
 白い少年の向いている方向。白い少年が手をかざしている方向を見て、恐怖で歪めた表情をしている。

 一人は熊のような大男の影だった。
 通路の端の壁に大の字のような体勢で、何かに強力な力で押さえつけられているように貼り付けられていた。
 苦痛を味わっているのか、白目をむくように目を大きく見開いていて、舌を揺らしながら大口開けて絶叫しているようだった。


一方通行『……そォだ』


 一方通行はそれらを見て、特に最後に目を向けた熊のような大男の影を見てあることを思い出した。
 それは彼の使命。命を賭してやり遂げなければいけないこと。自分の存在意義。
 大男を見つめながら、彼は呟く。


一方通行は『俺は、アイツを殺さなければいけなかったンだ。俺は、アレを破壊しなければいけなかったンだ』


 どういう方法を取ればいいのか。何をすればあの男を壊せるのか。
 彼は何一つ思いつかなかった。
 だから、一方通行はただ一歩踏み出した。壁に貼り付いた大男に向かって。

 すると、ある変化が見られた。
 ただでさえ苦痛で歪んだ男の表情が、さらに大きく歪んだのだ。



771: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:49:15.24 ID:2z6G7I5Go


 一方通行はもう一歩踏み出す。さらに歪む。

 もう一歩踏み出す。また歪む。

 ニ歩、三歩と近付いていく。顔がグチャグチャになるくらい歪む。


 一方通行は理解した。熊のような大男の影を殺す方法は簡単だったのだ。
 ただ近付くだけでいい。近付くだけで彼は苦しむ。
 つまり、一方通行にとって彼はゴールなのだ。彼との距離がゼロになれば、最上級の苦しみを与え、命を奪うことができるだろう。
 だから一方通行は、進む、進む、進む。道中に居る白い少年や金髪の少年、赤髪の少女や筋肉質な女の影たちへ、気を止めることなく一目散に。

 そして、ついにたどり着いた。
 熊のような大男の影を目の前にして、一方通行は足を止める。
 今にでも崩れ去っていきそうな大男の顔を、見上げるように眺めた。
 一方通行の中にある憎悪や憤怒の炎が燃え上がる。なぜこのような感情が湧いてくるのかを彼は理解していない。
 だが、この感情に身を任せること。それが一番正しい判断だと一方通行は思っている。


一方通行『……コレで、終いだ』


 ゲームの終了を告げるように、少年はか細い手をゆっくりと大男の顔へと伸ばす。
 触れてしまえば壊れてしまうだろう。指先がかすっただけで潰れてしまうだろう。
 だからこそ、一方通行は鷲掴みにして握り潰してやろうと、男の目前で手を大きく広げた。


??『――待ってください!!』


 遮るように、誰かの声が少年の鼓膜へ突き刺さった。


一方通行『……あン?』


 差し出した手を引っ込めて、一方通行は体ごと後ろへ振り向く。
 声の持ち主はすぐ目の前にいた。
 少女だった。長い茶髪のストレートヘアを一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、制服のスカートを膝下まで伸ばしている、一見地味な外見。


一方通行『オマエは誰だ?』


 少女はじっと一方通行を見つめながら、引き締まった表情で答える。



風斬『――私は「風斬氷華」。あなたを止めに来ました』



―――
――




772: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:50:14.90 ID:2z6G7I5Go


 風斬氷華は『正体不明(カウンターストップ)』と呼ばれる少女だ。
 その正体は、学園都市に住む能力者たちが無自覚に発する『AIM拡散力場』が集まり、人の形をとった集合体。
 普段は『虚数学区』というAIM拡散力場が集合して出来た世界に住んでいる。
 虚数学区は学園都市と常に隣り合うように存在する世界だ。風斬氷華はそんな世界を行き来しながら生活している。

 今、彼女が立っている世界はそのAIM拡散力場で出来た世界だ。
 つまり、目の前に立っている一方通行という少年は、その世界に入り込んでしまった迷人ということになるのか。

 現実はそうではない。彼は一方通行ではなく、一方通行の形をしたチカラの塊だ。
 一方通行は今なお現実世界に存在している。破壊衝動のままに行動する戦闘マシンとして。
 意識が吹き飛ぶほどの衝撃を受けた彼の精神が、彼の能力を通してAIM拡散力場へと溶け出して、この世界へと現出させたのだ。
 役割は『殺意の遂行』。佐久という男を破壊する役割だけを与えられたチカラが具現化した人形だ。

 だから、彼の中に残っているのは佐久に対する憎しみと怒りだけだった。


一方通行『俺を止めに来た、だと?』


 一方通行の形をした具現体が顔をしかめた。


風斬『はい』


 風斬は一言だけ返事をし、そのまま続ける。


風斬『やめてください。これ以上、罪を重ねるのは』


 風斬氷華の考えていることは、現実世界で必死に説得していた土御門と同じことだった。
 一方通行を元の居場所へ帰す。
 風斬はかけがえのない友人である少女を、それを取り巻く世界を守るために生きていくと誓っている。
 彼は、その少女にとって大事な存在の一つだ。彼を失うことは彼女の世界を大きく歪めてしまうことに等しい。
 悲しむ少女の顔を見たくない。それが彼の前に立ちはだかる風斬氷華のたった一つの意思だった。


一方通行『俺にコイツを殺すな、って言うつもりかよ』


 風斬の言葉の意味を理解したのか、具現体は噛み砕いて返した。
 少女は静かに頷いた。それを見た具現体が、


一方通行『ふっざけンじゃねェ!! 俺はコイツを殺すためだけにここへ立ってンだッ!! そンな安い言葉を突き付けられてハイハイとやめるわけねェだろォがッ!!』


 目を見開かせながら吠えた。具現体の怒りに反応したのか、彼の輪郭が大きく揺らめく。
 風斬は動じることなく問いかける。


風斬『本当にそうでしょうか?』

一方通行『どォいう意味だ?』

風斬『それが本当にあなたのやりたかったことなんですか? あなたが本当にやるべきことなんでしょうか?』

一方通行『何だと?』



773: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:51:09.08 ID:2z6G7I5Go


 具現体は顔をしかめた。自分の根幹を為す部分を否定されたような気がしたからだろう。
 存在意義を揺らされた具現体は考え込むように口を閉じる。
 風斬は畳み掛けるように、


風斬『あなたは結標さんを救い出すためにここに来たはずです。彼女を守るためにこの場所に立っているはずなんです』

風斬『恨んだ敵を殺すためなんていうそんなつまらない理由で、あなたはここにいるわけじゃないはずなんですよ』


 風斬は視線を地面に横たわった結標淡希の影へ向ける。


風斬『何より、結標さんはそんなことを望んでいないはずです』


 具現体は風斬につられるように結標の影を見る。
 黒い翼を背に君臨する一方通行を見る彼女の顔は、不安や困惑が入り混じったような表情だ。
 圧倒的なチカラで君臨する白い怪物に恐れているようだった。
 しかし、反対にこうとも思える。
 何かの間違いを起こそうとしている少年を心配しているようにも見える、と。


一方通行『むす、じめ……、あわ、き……』


 具現体は何かを思い出したかのように、少女の名前を呟く。
 佐久を破壊する意思しかない、彼の中に守るべきモノの存在が介入した。

 これは賭けだ。風斬が心の中で言う。
 あれは佐久を殺すためだけに生まれた存在だ。それ以外はまったくない負の存在。
 その中に結標淡希という、元々の彼が持っている意思の根幹を担っている正の部分をぶつけた。
 プラスとマイナスが合わさり相殺するように、具現体の中にある殺意を消滅させる。
 そうすることによって、一方通行を正常に戻し、この場を収める。


一方通行『むすじめ、あわき……、結標、淡希……』


 具現体が頭を抱え葛藤する。彼の中の二つの意思がぶつかり合っているのだろう。
 数十秒の葛藤の末、


一方通行『……そォだ。そォだった。俺は、俺は……』


 彼の中に残ったものは。




一方通行『アハギャヒャハハハハハハハハハハハハハギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!』




 具現体は笑った。邪悪に。全てを見下したように。
 口の端を引き裂きながら、具現体は風斬を見る。


一方通行『そォだァ! 全部思い出したァ! オマエのおかげで全部思い出したンだァ!!』

風斬『な、なにを……!』


 心のつっかかりが取れたように、具現体は楽しそうに話を続ける。


一方通行『たしかに俺はあの女を守るためにここいるッ! 約束を守るためになァ! だから、あの女に危害を加えやがる存在を排除するために俺は存在するゥ!』


 具現体は壁へ磔にされた佐久の影へと目を向ける。



774: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:51:42.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行『コイツはあの女を傷付けやがった、痛み付けやがった、殺そうとしやがったァ!! クソみてェな理由でなァ!!』

一方通行『俺は排除しなきゃならねェ! 守るためにコイツを殺さなきゃいけねェンだ! コイツの存在そのものがあの女の存在を脅かしてンだよ! 俺が壊してやらなきゃ守れねェンだよォッ!!』


 彼の並べる怒りの文言を聞いた風斬は、反論する。


風斬『そんなことをして、彼女が本当に喜ぶと思っているんですか!?』

一方通行『死んじまったら喜ぶことすら出来なくなるンだぞ?』

風斬『ッ』

一方通行『悲しむことも出来なくなれば、怒ることも出来なくなる。そして、一緒に思い出も作れなくなっちまうンだよ』


 今までの荒々しい言葉とは裏腹に、冷静な口調で語る具現体を前に、風斬は言葉が詰まってしまう。
 彼を否定する言葉が見つからなかったからだ。
 違う。彼の言葉に少しでも、つま先の先ほどでも、彼女は心の中で『たしかにそうだ』と肯定してしまった。
 そんな風斬から彼を止められる言葉が生まれるわけがない。


一方通行『俺はもォあの女と離れたくねェンだよ、一緒に居てェンだよ。そのためだったら何だって壊す。誰だって殺す。だから、邪魔するってンならオマエもぶち殺してやる』


 失敗した。風斬は己のミスを悔やんだ。
 結標淡希の存在が彼の殺意を打ち消すどころか、逆に爆発させてしまった。火に油を注いだように。
 マイナスにプラスを掛け算したら、より大きなマイナスが生まれる。
 もう彼を止める手立てなど何も思いつかない。


風斬(……やっぱり、私では駄目だった。あの子たちのようにはできなかった……)


 風斬は二人の少女を思い出していた。
 どうすればいいのかわからず迷い、ふさぎ込んでいた彼へ進むべき道を示した少女たち。
 行動する勇気を持てず、動けなくなった彼へ進むための勇気を示した少女たち。
 あの二人がここにいれば、また違う結果を生み出していたかもしれない。
 しかし、現実は違う。ここには彼女たちは存在しない。存在するわけがない。


 彼を止められる者はここにはいない。


 非情な現実という刃が彼女の心へ突き刺さり、胸が痛む。
 自分の無力さに風斬は下唇を噛む。
 それに気付いた具現体は見透かしたように肩を揺らしながら笑う。
 少女は潤んだ瞳で目の前の少年を睨んだ。

 ふと、風斬は気付いた。
 具現体が揺らしていた肩をピタリと止めたのを。
 歪な笑顔がそのまま固まって、次第に呆然としたような表情へ変化していったことに。


風斬(い、一体何が……?)


 正面にいる具現体の目を見る。彼の目の中には風斬などいない。
 彼は風斬より後ろにある何かを見ている。視線の先を追うように、風斬は後ろを向いた。


 赤い髪の少女が立ち上がろうとしていた。
 歯を食いしばりながら、傷だらけの体にムチを打って、立つこともままならない足へ必死に力を入れて。



 結標淡希が立ち上がった。



―――
――




775: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:52:13.40 ID:2z6G7I5Go


 ふらふらとした足取りでも結標淡希は最短距離を進んでいく。黒い翼を持つ白い怪物へ向かって。
 視界の端にいる金髪の少年が何かを言っているようだったが、今の彼女には何を言っているのかわからなかった。
 それほど疲弊した少女は、歩きながらも考える。
 なぜこんなことをしているんだろう。結標は心の中で小さく笑った。

 こんなにも痛いのに、苦しいのに、疲れているのに。
 だけど、震える足をゆっくりと動かして、一歩一歩たしかに前へと進んでいく。

 こんなにも怖いのに、怖いのに、怖いのに。
 だけど、決して目を逸らすことなく、少年を見つめている。

 自分に何が出来るのかなんてわからない。自分が何をすべきなのかなんてわからない。
 だから、こうやって歩いている。
 
 大層な理由なんてない。ただ、自分がこうしたいと思っただけだ。
 なぜこうしたいと思ったのかなんて自分でもわからない。でも、そう思ったのはたしかに自分だ。
 自覚はなくても、それは紛れもない自分が抱いている想いだということだ。


 そして、結標淡希は辿り着いた。世界で一番嫌いな少年の目の前へ。


結標「あく、せられーた……」


 掠れた声でも、聞こえるように、少年の名前を言う。
 一方通行は反応を示さない。
 左手を前方にかざしながら、背中から一対の黒い翼を噴射し続ける。

 結標の姿がまるで見えていないようだった。
 その赤黒い瞳は目の前の少女ではなく、まったく別のものを見ている。

 結標の声がまるで聞こえていないようだった。
 耳栓でも付けているように、その声へ意識すらしない。

 結標淡希という存在自体を認識していない、そう思えた。
 しかし、


 結標はうろたえない。
 熱を帯びていてろくに働いていない脳みそを無理矢理動かして思考する。
 そして、

 結標は理解した。
 二人の距離が離れすぎているのだ。
 何千キロと離れている相手を肉眼で捉えることが出来ないように。何千キロと離れている相手に肉声を届けることが出来ないように。

 結標は思いつく。
 だったら、距離を縮めてしまえばいい。
 一ミリでも短く、一ミクロンでも先へ。

 結標は迷わない。
 これ以上近付いたら何が起こるかなんてわからない。
 心臓を抉り取られるかもしれない。木っ端微塵に吹き飛ばされるかもしれない。
 そんな怪物に近付くために、少女はさらにもう一歩踏み出した。

 結標は止まらない。
 一歩、一歩と一方通行との距離を詰める。
 そして、目と鼻の先に彼がいる位置へと足を踏み入れた。
 だが、一方通行に変化はない。まだ遠い。



776: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:52:56.78 ID:2z6G7I5Go


 結標は決意した。
 少女は自分の腕を一方通行の首へ回し、引き寄せるように身体を密着させる。
 彼の全てを受け入れるように。彼の全てを迎え入れるように。


 二人の距離がゼロとなる。


 ザザザッ!! 一方通行の背中から噴射する翼が、結標の腕を掠めるように接触した。
 皮膚が剥げ、肉が千切れ、血液が飛び散る。意識を刈り取ってしまいそうな激痛が襲いかかってくる。


結標「一方通行……」


 しかし、結標は臆することなく少年の耳元で囁く。



結標「……もういいわよ、一方通行」


――なぜこんなことを言っているのだろうか。


結標「貴女は十分頑張ったわよ」


――こんな言葉をかけていい資格なんて、私にはない。


結標「これ以上頑張らなくてもいいのよ」


――そんなことは十分わかっている。


結標「こんな辛い思いなんてしなくてもいいのよ」


――けど、そんなことは関係ない。


結標「私はもう大丈夫だから」


――『私』がそうしろと言っているんだ。『私』がそう言えって言っているんだ。


結標「私はちゃんとここにいるから」


――私にとってはそれで十分なんだ。


結標「だから、そんな似合わないこと、無理してやらなくてもいいのよ」


――なぜなら私は、



777: ◆ZS3MUpa49nlt 2022/01/15(土) 23:54:11.50 ID:2z6G7I5Go




一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




 怪物が咆哮する。それに呼応するように黒い翼が爆発的に噴射される。
 バキバキィ、と抱き寄せている腕から嫌な音が鳴るのが聞こえた。
 だが、結標はやめない。



結標「だってそうでしょ?」



 顔を耳元から離し、一方通行の顔を正面から見据えて、



結標「面倒臭いわよね? そんなくだらないことをするのって」



 結標淡希は微笑んだ。



 パキンッ、音が鳴った。
 一方通行の背中にあった一対の翼がなくなっていた。あたかもそこには元から何もなかったかのように。
 全てを破壊し尽くすチカラは消え、そこには少年の華奢な背中だけが残っていた。


一方通行「……あ、わ……、き……」


 一方通行の眼球に広がっていた赤色が消えていき、いつもの赤と白の目へと戻る。
 破壊衝動に囚われていた険しい表情は、戒めから解き放たれたような優しく、穏やかなものへと変わった。

 全ての力を使い果たしたのか、一方通行はゆっくりと目を閉じて、全身から力を抜いた。
 そのまま身を任せるように、彼女の腕の中へと寄りかかっていった。
 結標はグチャグチャになった腕を無理やり動かして、眠りについた少年の白髪をそっと撫でる。


結標「おやすみなさい、一方通行」

 
 同時に、結標も力尽きて意識が消失する。
 支える力がなくなった二人の身体は、床へと一緒に崩れ落ちていった。


―――
――