1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:10:00.85 ID:7ngzqpX+0
落ちてゆく夕日。
水面に映える、その淋しげな光を見下ろす土手。
川のそばで、きゃっきゃと走り回っている二つの影。
それをすぐ傍らで見守っている影が一つ。
時おり左腕をさすりながら、それは無意識の仕草なのだろうか。
土手沿いに座りこんだ柏葉巴は、ぼんやりと、川辺で遊ぶ人影を見つめていた。
腕をさする手を止め、天を仰ぐ。
夕方の風が、ひんやりと巴を駆け抜けていく。
その感覚に、巴はゆっくりと瞳を閉じた。
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:11:07.03 ID:7ngzqpX+0
ずだだだだっと、階段を駆け降りる音が響く。
「トーモエー!!」
ぴょーんとジャンプし、玄関口の巴の胸に飛び込む雛苺。
「あらあら」
「うふふふ」
何度も頬をすり寄せ、嬉しそうに笑う。
「雛苺、少しは落ち着きなさい」
真紅が呆れたように呟く。
「はは」
ジュンが苦笑する。
「あら、そんな事ないわ。私も嬉しいもの」
頭を撫でながら巴も笑う。鞄を肩にかけ、
手いっぱいに見えるが、特に気にもとめていないようだ。
「まあいいや、ちょっと上がってくか?」
言いながらスリッパを用意するジュン。
「…ええ、そうね、そうするわ」
両手が塞がった状態で、巴が答えた。
「トーモエー!!」
ぴょーんとジャンプし、玄関口の巴の胸に飛び込む雛苺。
「あらあら」
「うふふふ」
何度も頬をすり寄せ、嬉しそうに笑う。
「雛苺、少しは落ち着きなさい」
真紅が呆れたように呟く。
「はは」
ジュンが苦笑する。
「あら、そんな事ないわ。私も嬉しいもの」
頭を撫でながら巴も笑う。鞄を肩にかけ、
手いっぱいに見えるが、特に気にもとめていないようだ。
「まあいいや、ちょっと上がってくか?」
言いながらスリッパを用意するジュン。
「…ええ、そうね、そうするわ」
両手が塞がった状態で、巴が答えた。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:13:17.68 ID:7ngzqpX+0
「ふいーっ」
らしくなく、だらしのない声を漏らす。
ギッと音を立てて、背もたれを思い切り反らせる。
「…お父様…」
汗を拭うエンジュの傍らで、薔薇水晶が心配そうに見つめている。
いつもの眼帯はつけていない。
「今、何時だい?薔薇水晶」
「え……」
時計を見る。針は丁度4時を指している。
「4時……」
「そうか」
近づき、エンジュの左腕を撫でる薔薇水晶。
「…お茶を淹れてきます。少し休憩なさって…お父様」
「ん、いや、別にいいよ」
「いいから…」
そう言うと、薔薇水晶は奥へと消える。
その後ろ姿を見終え、エンジュはもう一度伸びをした。
「ん~~~~っ」
途端、ズギッ、と腰に痛みを覚える。
「いたたた」
さするエンジュ。
「…ずっと机に向かってたからなぁ……やれやれ」
もう一度時計を見るエンジュ。
らしくなく、だらしのない声を漏らす。
ギッと音を立てて、背もたれを思い切り反らせる。
「…お父様…」
汗を拭うエンジュの傍らで、薔薇水晶が心配そうに見つめている。
いつもの眼帯はつけていない。
「今、何時だい?薔薇水晶」
「え……」
時計を見る。針は丁度4時を指している。
「4時……」
「そうか」
近づき、エンジュの左腕を撫でる薔薇水晶。
「…お茶を淹れてきます。少し休憩なさって…お父様」
「ん、いや、別にいいよ」
「いいから…」
そう言うと、薔薇水晶は奥へと消える。
その後ろ姿を見終え、エンジュはもう一度伸びをした。
「ん~~~~っ」
途端、ズギッ、と腰に痛みを覚える。
「いたたた」
さするエンジュ。
「…ずっと机に向かってたからなぁ……やれやれ」
もう一度時計を見るエンジュ。
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:16:09.83 ID:7ngzqpX+0
「…はい、紅茶でよろしかったですか?」
かちゃかちゃと音を立てながら、脇の机にお盆を置く。
「ああ、うん、ありがとう、薔薇水晶」
「んん」
背伸びをして、カップを一所懸命に渡そうとする薔薇水晶。
「ありがとう」
受け取り、頭を撫でるエンジュ。
「…お父様」
「うん?」
「…いいんです、私は別に…」
うつむく薔薇水晶。
「何が?」
「…私の不注意で壊してしまっただけで、別に…その…」
エンジュの膝に手を乗せる薔薇水晶。
「同じ眼帯を作っていただけるのは嬉しいです…でも…」
ズボンをいじり始める。
「それで、こんなにお父様に疲れる思いをさせるのは…私は…」
いじった部分をなでる。うつむいたままの薔薇水晶。
「………」
エンジュは黙っている。
かちゃかちゃと音を立てながら、脇の机にお盆を置く。
「ああ、うん、ありがとう、薔薇水晶」
「んん」
背伸びをして、カップを一所懸命に渡そうとする薔薇水晶。
「ありがとう」
受け取り、頭を撫でるエンジュ。
「…お父様」
「うん?」
「…いいんです、私は別に…」
うつむく薔薇水晶。
「何が?」
「…私の不注意で壊してしまっただけで、別に…その…」
エンジュの膝に手を乗せる薔薇水晶。
「同じ眼帯を作っていただけるのは嬉しいです…でも…」
ズボンをいじり始める。
「それで、こんなにお父様に疲れる思いをさせるのは…私は…」
いじった部分をなでる。うつむいたままの薔薇水晶。
「………」
エンジュは黙っている。
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:22:17.95 ID:7ngzqpX+0
「薔薇水晶」
呼ばれて顔を上げる。
「少し、休憩しようか」
「え」
ぽんぽんと頭をたたき、エプロンを外すエンジュ。
「近くに林のある公園があるんだ。散歩に行こう」
「散歩…?」
「どうしたんだい?嫌かい?」
かがみこみ、薔薇水晶を優しく見つめる。
「ん?」
「いいえ」
そう答え、薔薇水晶の口元が微笑む。
「お父様となら、どこへでも」
「そうか」
エンジュはにっこりと笑うと、薔薇水晶を抱きあげる。
そんなエンジュの胸元に身体を預けた薔薇水晶は、嬉しそうに眼を閉じた。
呼ばれて顔を上げる。
「少し、休憩しようか」
「え」
ぽんぽんと頭をたたき、エプロンを外すエンジュ。
「近くに林のある公園があるんだ。散歩に行こう」
「散歩…?」
「どうしたんだい?嫌かい?」
かがみこみ、薔薇水晶を優しく見つめる。
「ん?」
「いいえ」
そう答え、薔薇水晶の口元が微笑む。
「お父様となら、どこへでも」
「そうか」
エンジュはにっこりと笑うと、薔薇水晶を抱きあげる。
そんなエンジュの胸元に身体を預けた薔薇水晶は、嬉しそうに眼を閉じた。
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:28:49.94 ID:7ngzqpX+0
「はい、これ今週のプリント」
20枚ほどの紙を机に出す巴。
「…何だコレ、この数学の量…」
「今二次関数やってるから。先生が熱心なのよ、今年の先生」
ふぅっと息を吐く。
「そうなのか…。あんまり数学はやりたくないんだけどなぁ」
「そうね、私もよ」
二人でははは、と笑う。
「…っと、お茶淹れてくるよ。ごめんな、気づかなくて」
「あら、いいのに。気にしないで、もう帰るから」
「あっ、ヒナが淹れるの」
がたっと立ち上がる。
「いいわよ、気持ちだけで」
「いいから座っててなの。美味しいのよ。真紅が選んだやつだから」
言いながら台所へ走る雛苺。
「あっ、ちょっと待ちなさい。貴女やり方知ってるの?」
追いかける真紅。
「ごめんなさいね、ちょっとだけ待ってて、巴」
こちらを振り向き、真紅が言った。
少しの後、がちゃがちゃと音が鳴り始める台所。
「…二人とも、優しいのね」
「…ああ、そうだな」
ジュンと巴は、その音の方を見て、少し笑った。
20枚ほどの紙を机に出す巴。
「…何だコレ、この数学の量…」
「今二次関数やってるから。先生が熱心なのよ、今年の先生」
ふぅっと息を吐く。
「そうなのか…。あんまり数学はやりたくないんだけどなぁ」
「そうね、私もよ」
二人でははは、と笑う。
「…っと、お茶淹れてくるよ。ごめんな、気づかなくて」
「あら、いいのに。気にしないで、もう帰るから」
「あっ、ヒナが淹れるの」
がたっと立ち上がる。
「いいわよ、気持ちだけで」
「いいから座っててなの。美味しいのよ。真紅が選んだやつだから」
言いながら台所へ走る雛苺。
「あっ、ちょっと待ちなさい。貴女やり方知ってるの?」
追いかける真紅。
「ごめんなさいね、ちょっとだけ待ってて、巴」
こちらを振り向き、真紅が言った。
少しの後、がちゃがちゃと音が鳴り始める台所。
「…二人とも、優しいのね」
「…ああ、そうだな」
ジュンと巴は、その音の方を見て、少し笑った。
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:34:35.33 ID:7ngzqpX+0
「う~~~~」
水を入れたやかんを、震えながらコンロの上へ乗せる雛苺。
「ちょっと、大丈夫なの?無茶はしないで」
踏み台の下から、真紅が声を掛ける。
「出来たのー」
踏み台から飛び降りる。
「じゃあ、次は……上の引き出しからダージリンを」
「上の引き出しなのね。わかったなの……あっ」
見上げる雛苺の視界に、傾くやかんが目に入った。次の瞬間、それは真紅目がけて
まっさかさまに落ちてきた。
「危ないの!」
「きゃっ」
どん、と真紅を突き飛ばす雛苺。バランスを崩したその背に、ごしゃっと
やかんがぶつかった。
水を入れたやかんを、震えながらコンロの上へ乗せる雛苺。
「ちょっと、大丈夫なの?無茶はしないで」
踏み台の下から、真紅が声を掛ける。
「出来たのー」
踏み台から飛び降りる。
「じゃあ、次は……上の引き出しからダージリンを」
「上の引き出しなのね。わかったなの……あっ」
見上げる雛苺の視界に、傾くやかんが目に入った。次の瞬間、それは真紅目がけて
まっさかさまに落ちてきた。
「危ないの!」
「きゃっ」
どん、と真紅を突き飛ばす雛苺。バランスを崩したその背に、ごしゃっと
やかんがぶつかった。
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:42:55.79 ID:7ngzqpX+0
「お、おい!!」
ばしゃああという音と同時に、ジュンと巴が声を上げた。
「雛苺!!真紅!!」
駆けつける二人。
「ひ、雛苺!」
真紅が、倒れ込んだ雛苺に駆け寄る。
「う……」
雛苺がうめいた。
「大丈夫!?」
助け起こす真紅。その後ろで、巴が不安そうに覗き込む。
「だ…大丈夫なの…へいき」
「私をかばって…あなた…」
うっすらと目を開ける雛苺。そんな妹を、ぎゅっと抱きしめる真紅。
「無茶はしないでと言ったでしょう?私は」
濡れた髪を撫でる。
「真紅は」
「えっ」
「真紅は…大丈夫だった?」
左手をゆっくりと上げ、真紅の頬を撫でる雛苺。
「大丈夫よ、大丈夫に決まってるじゃない…」
もう一度、ぎゅうっと抱きしめる。
「そう、なら…良かったの」
雛苺は微笑んだ。
ばしゃああという音と同時に、ジュンと巴が声を上げた。
「雛苺!!真紅!!」
駆けつける二人。
「ひ、雛苺!」
真紅が、倒れ込んだ雛苺に駆け寄る。
「う……」
雛苺がうめいた。
「大丈夫!?」
助け起こす真紅。その後ろで、巴が不安そうに覗き込む。
「だ…大丈夫なの…へいき」
「私をかばって…あなた…」
うっすらと目を開ける雛苺。そんな妹を、ぎゅっと抱きしめる真紅。
「無茶はしないでと言ったでしょう?私は」
濡れた髪を撫でる。
「真紅は」
「えっ」
「真紅は…大丈夫だった?」
左手をゆっくりと上げ、真紅の頬を撫でる雛苺。
「大丈夫よ、大丈夫に決まってるじゃない…」
もう一度、ぎゅうっと抱きしめる。
「そう、なら…良かったの」
雛苺は微笑んだ。
16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:46:00.59 ID:7ngzqpX+0
「それじゃあ、私はこれで…」
玄関口の巴が、お辞儀をする。
「じゃあね、また来て頂戴」
右手を上げ、手を振る真紅。
「バイバイなの………う?」
雛苺が自らの右手を見やる。
「?…どうしたの」
それには答えず、今度は左手を上げる雛苺。
「変なの……」
もう一度、右手に視線を戻す。動かない。
「……」
雛苺の顔。左手、そして次に右手。
「雛苺、ちょっと服を脱いでみなさい」」
視線を順番に移した真紅が声を上げた。
玄関口の巴が、お辞儀をする。
「じゃあね、また来て頂戴」
右手を上げ、手を振る真紅。
「バイバイなの………う?」
雛苺が自らの右手を見やる。
「?…どうしたの」
それには答えず、今度は左手を上げる雛苺。
「変なの……」
もう一度、右手に視線を戻す。動かない。
「……」
雛苺の顔。左手、そして次に右手。
「雛苺、ちょっと服を脱いでみなさい」」
視線を順番に移した真紅が声を上げた。
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 08:56:36.91 ID:7ngzqpX+0
「これは……」
下着姿の雛苺の右肩。
「さっきのやかんだわ!」
丁度球体関節の部分にひびが入り、それが背中にかけて走っている。
「水が入ってたから、余計に…」
「雛苺、右手が上がらないのね?」
真紅が尋ねる。
「う……うん……」
戸惑った表情。
「どうする?直せる?」
巴がジュンを見やる。
「いや、これはさすがに……」
ぽりぽりと頭をかくジュン。
「………」
しばらく沈黙が流れる。
下着姿の雛苺の右肩。
「さっきのやかんだわ!」
丁度球体関節の部分にひびが入り、それが背中にかけて走っている。
「水が入ってたから、余計に…」
「雛苺、右手が上がらないのね?」
真紅が尋ねる。
「う……うん……」
戸惑った表情。
「どうする?直せる?」
巴がジュンを見やる。
「いや、これはさすがに……」
ぽりぽりと頭をかくジュン。
「………」
しばらく沈黙が流れる。
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 09:05:30.15 ID:7ngzqpX+0
「そうだわ」
次に口を開いたのは巴だった。
「桜田くん」
「え」
「エンジュ先生のところ」
それを聞き、ジュンは目を丸くした。
チリン、チリンと音が鳴る。
「いらっしゃいませー」
棚を掃除していた白崎がこちらを見る。
「あれ、確か君は…」
「柏葉です。桜田くんの友だちの」
「ああ、ようこそ!…今日は、どうしたの?…そ、その子は?」
抱かれている雛苺を、覗きこむようにして見つめる。
「実は……」
事情を話し終えると、白崎は腕組みをした。
「う~~ん、先生が今ね、いないんだよ」
「いつ頃戻って来られますか?」
「うーん、そうだねぇ」
ちらっと時計を見る。
「…さっき、あ、コレ言っちゃっていいのかな?」
「プライバシーに関わる事でなければ、私は特に気にしないですよ」
「『休憩してくる』って、近くの公園に行ったんだよ」
「近く?」
巴が尋ねる。
「うん、あの、林のある」
「はい、わかります」
次に口を開いたのは巴だった。
「桜田くん」
「え」
「エンジュ先生のところ」
それを聞き、ジュンは目を丸くした。
チリン、チリンと音が鳴る。
「いらっしゃいませー」
棚を掃除していた白崎がこちらを見る。
「あれ、確か君は…」
「柏葉です。桜田くんの友だちの」
「ああ、ようこそ!…今日は、どうしたの?…そ、その子は?」
抱かれている雛苺を、覗きこむようにして見つめる。
「実は……」
事情を話し終えると、白崎は腕組みをした。
「う~~ん、先生が今ね、いないんだよ」
「いつ頃戻って来られますか?」
「うーん、そうだねぇ」
ちらっと時計を見る。
「…さっき、あ、コレ言っちゃっていいのかな?」
「プライバシーに関わる事でなければ、私は特に気にしないですよ」
「『休憩してくる』って、近くの公園に行ったんだよ」
「近く?」
巴が尋ねる。
「うん、あの、林のある」
「はい、わかります」
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 09:09:23.88 ID:7ngzqpX+0
「どうする?待っててもらうのもアレだしなぁ……」
考え込む様子の白崎。
「いいですよ、私たちもそこの公園で時間潰してきますから」
「そう?」
「ええ、大丈夫?雛苺」
雛苺が巴を見上げる。
「ヒナは大丈夫なの」
「ごめんなさいね。もうすぐ直るからね」
そう言って、巴は頭を撫でた。
考え込む様子の白崎。
「いいですよ、私たちもそこの公園で時間潰してきますから」
「そう?」
「ええ、大丈夫?雛苺」
雛苺が巴を見上げる。
「ヒナは大丈夫なの」
「ごめんなさいね。もうすぐ直るからね」
そう言って、巴は頭を撫でた。
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 10:43:46.08 ID:7ngzqpX+0
噴水の周辺にハトが集まり、エサをついばんでいる。
「ふう、ちょっと休もうか」
ベンチに座り、抱いていた薔薇水晶を横に座らせる。
「……お父様、あれは?」
目の前のハトを指差し、何だかわからない、という風に首をかしげる薔薇水晶。
「ん、ああ、あれはね、ハトだよ。鳥さ」
「ハト……」
「あんまり外に出掛けた事ないからなぁ。結構新鮮な感じがするかい?」
「…ええ…」
そう呟き、きょろきょろと辺りを見回す薔薇水晶。
眼帯をしていた頃とは違い、何だか世界が開けてみえる。
「……」
空を見上げると、今度は黒い鳥が2、3羽ほど転回しているよのが見える。
「お父様、あれは…?」
「うん?」
背中を反らせ、見上げるエンジュ。
「うっ……いててて」
腰に痛みを覚え、さするエンジュ。
「大丈夫?お父様……無理を…しないで下さい…」
不安そうに、背中をさする薔薇水晶。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
再び見上げる。
「あれはカラスさ。結構頭のいい奴らでね。人間が捨てるゴミを見て、いつ、どこに行けば
人間たちに見つからないエサ場があるか、とか、何かされた時の報復まで
やってくれる奴らなんだよ」
「はあ」
「ああ見えて贅沢でね。光りモノなんか見つけたら、それを巣に持って帰る習性があったりもする」
「………」
ふと、左目を押さえている自分に気づく。
「ふう、ちょっと休もうか」
ベンチに座り、抱いていた薔薇水晶を横に座らせる。
「……お父様、あれは?」
目の前のハトを指差し、何だかわからない、という風に首をかしげる薔薇水晶。
「ん、ああ、あれはね、ハトだよ。鳥さ」
「ハト……」
「あんまり外に出掛けた事ないからなぁ。結構新鮮な感じがするかい?」
「…ええ…」
そう呟き、きょろきょろと辺りを見回す薔薇水晶。
眼帯をしていた頃とは違い、何だか世界が開けてみえる。
「……」
空を見上げると、今度は黒い鳥が2、3羽ほど転回しているよのが見える。
「お父様、あれは…?」
「うん?」
背中を反らせ、見上げるエンジュ。
「うっ……いててて」
腰に痛みを覚え、さするエンジュ。
「大丈夫?お父様……無理を…しないで下さい…」
不安そうに、背中をさする薔薇水晶。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
再び見上げる。
「あれはカラスさ。結構頭のいい奴らでね。人間が捨てるゴミを見て、いつ、どこに行けば
人間たちに見つからないエサ場があるか、とか、何かされた時の報復まで
やってくれる奴らなんだよ」
「はあ」
「ああ見えて贅沢でね。光りモノなんか見つけたら、それを巣に持って帰る習性があったりもする」
「………」
ふと、左目を押さえている自分に気づく。
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 10:51:58.44 ID:7ngzqpX+0
「どうしたんだい」
言われて我に返る薔薇水晶。
「えっ…いえ」
「眼帯がないと、やっぱり変な感じかい?」
「………」
しばらく目を押さえていたが、やがてその手を放す。
「違和感はあるけど……でも…」
「でも?」
旋回し続けるカラスを見上げる。
「こんなのも、いいかも……なんて」
そう言うと、エンジュに視線を向ける。
「………」
エンジュは一瞬目を丸くしたが、やがて小さく微笑んだ。
「そうか」
「もっと色々見てみたい…かも…」
うつむき、両手をもじもじとさせる。
「…」
そんな薔薇水晶に、エンジュは少し誇らしげな気分になる。
「薔薇水晶」
「…はい?」
「ちょっと待っててくれ。何か飲みたいものはあるかい?」
言いながら、ごそごそとポケットから財布を取り出す。
「飲みたい…もの…?」
首をかしげる。
「そうだよ、なんか甘いものとか、スカッとするものとか」
言われて我に返る薔薇水晶。
「えっ…いえ」
「眼帯がないと、やっぱり変な感じかい?」
「………」
しばらく目を押さえていたが、やがてその手を放す。
「違和感はあるけど……でも…」
「でも?」
旋回し続けるカラスを見上げる。
「こんなのも、いいかも……なんて」
そう言うと、エンジュに視線を向ける。
「………」
エンジュは一瞬目を丸くしたが、やがて小さく微笑んだ。
「そうか」
「もっと色々見てみたい…かも…」
うつむき、両手をもじもじとさせる。
「…」
そんな薔薇水晶に、エンジュは少し誇らしげな気分になる。
「薔薇水晶」
「…はい?」
「ちょっと待っててくれ。何か飲みたいものはあるかい?」
言いながら、ごそごそとポケットから財布を取り出す。
「飲みたい…もの…?」
首をかしげる。
「そうだよ、なんか甘いものとか、スカッとするものとか」
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:01:25.01 ID:7ngzqpX+0
「いえ、私は…何でも…」
きょとんとしたままの薔薇水晶。
「そうか、じゃ、ちょっと適当に買ってこよう。ちょっと待っ……うぎっ!」
立ち上がろうとしたエンジュを、激しい痛みが襲う。バランスを崩し、地面に倒れこむ。
その衝撃で、ポケットから鍵やハンカチがこぼれ出た。
「おっ、お父様!」
「いたたたたた…」
苦痛に起き上がれない。
「こ…これは……」
「腰が痛いのですか…?」
顔を覗きこむ。
「あ、ああ、いや、大丈夫」
「無理なさらないで…」
「いや、大丈夫…」
言葉が途切れる。
「お父様…私が行ってきます…」
肩に手を置く。
「えっ、き、君が?」
「ええ…腰を痛めたのは、私の眼帯を作っていたためでしょう…?それなら、せめて恩返しを…」
心配そうな表情に、エンジュは少し考えこむ。
「……分かった。ここは、君の好意に甘えるとしよう」
そう言って、財布から500円玉を取り出す。
「お願いするよ、薔薇水晶」
「はい、お父様」
500円玉をぎゅっと握りしめ、薔薇水晶は駆け出した。
きょとんとしたままの薔薇水晶。
「そうか、じゃ、ちょっと適当に買ってこよう。ちょっと待っ……うぎっ!」
立ち上がろうとしたエンジュを、激しい痛みが襲う。バランスを崩し、地面に倒れこむ。
その衝撃で、ポケットから鍵やハンカチがこぼれ出た。
「おっ、お父様!」
「いたたたたた…」
苦痛に起き上がれない。
「こ…これは……」
「腰が痛いのですか…?」
顔を覗きこむ。
「あ、ああ、いや、大丈夫」
「無理なさらないで…」
「いや、大丈夫…」
言葉が途切れる。
「お父様…私が行ってきます…」
肩に手を置く。
「えっ、き、君が?」
「ええ…腰を痛めたのは、私の眼帯を作っていたためでしょう…?それなら、せめて恩返しを…」
心配そうな表情に、エンジュは少し考えこむ。
「……分かった。ここは、君の好意に甘えるとしよう」
そう言って、財布から500円玉を取り出す。
「お願いするよ、薔薇水晶」
「はい、お父様」
500円玉をぎゅっと握りしめ、薔薇水晶は駆け出した。
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:16:08.50 ID:7ngzqpX+0
「あっ」
薔薇水晶の姿が見えなくなった瞬間、エンジュは声を上げた。
「自販機の場所、教えてないな……」
よろよろと立ちあがるエンジュ。
「ま、いいか、そのうち戻ってくるだろう」
ベンチに座り込む。
「無理しなきゃ良かったかな……イテテテ」
再び腰をさすった。
「そうだ、鍵とハンカチ…」
言い終わらないうち、伸ばした手の先を、黒い影がかすめていった。
「あっ」
カラスだった。
「しまった」
カラスが、鍵を咥えていったのだ。
「うわああああああ」
その叫び声は、巴と雛苺にも聴こえた。
「な、何?」
「向こうの方からなの」
巴は急ぎ足で噴水の方に向かう。
薔薇水晶の姿が見えなくなった瞬間、エンジュは声を上げた。
「自販機の場所、教えてないな……」
よろよろと立ちあがるエンジュ。
「ま、いいか、そのうち戻ってくるだろう」
ベンチに座り込む。
「無理しなきゃ良かったかな……イテテテ」
再び腰をさすった。
「そうだ、鍵とハンカチ…」
言い終わらないうち、伸ばした手の先を、黒い影がかすめていった。
「あっ」
カラスだった。
「しまった」
カラスが、鍵を咥えていったのだ。
「うわああああああ」
その叫び声は、巴と雛苺にも聴こえた。
「な、何?」
「向こうの方からなの」
巴は急ぎ足で噴水の方に向かう。
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:27:11.65 ID:7ngzqpX+0
たどり着いた時目にしたのは、ベンチのそばで倒れこんでいるエンジュの姿だった。
「せ、先生!?」
「えっ……あっ、き、君は…」
苦痛に顔を歪ませながら、エンジュが巴を確認する。
「どうしたんですか、何が?」
駆け寄る巴。
「じ、実は情けない事に………カラスに鍵を盗られてしまって……」
上を指差すエンジュ。
上空を見上げた巴と雛苺の目に、旋回するカラスが2羽。
その一方の顔付近で、キラキラ輝くものが見えた。
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:27:34.00 ID:7ngzqpX+0
「…………」
林の中。
薔薇水晶は、困惑した表情で歩き回っていた。
「自販機が…ない……」
自販機どころか、帰り道が分からなくなってしまった。
「………」
きょろきょろと周囲を見回す。
木々の隙間から太陽が見えるものの、上空には出られそうもない。
無理に出れば、枝で自らを損傷してしまうのは目に見えていた。
「…」
吹き抜ける風。
ぶるっと震えながら、薔薇水晶は歩き続ける。
昼間だというのに、何かうす暗い。ブーツの先から伝わる、地面のひんやりとした感覚。
「………」
分からない。どこから自分がどうやって来たのか、思い出せない。
何も知らないというのがどういう事か、薔薇水晶はようやく理解し始めていた。
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:36:52.88 ID:7ngzqpX+0
「あれなの?」
雛苺が上空を見上げる。
「あ、ああ………」
エンジュが答えると、雛苺はおもむろに左手をカラスに向けた。
「あっ」
瞬間、苺わだちが左手から発現し、旋回するカラスを見事に捕らえる。
バサバサバサッという音、黒い羽根が舞う中心に、2羽のカラスが落下する。
ギャア、ギャア、と鳴くカラスが、鍵を吐きだす。
「おおっ」
よろめきながら、エンジュは素早くそれを回収した。
「ごめんなさいなの」
わだちを引っ込めると、カラスは逃げるようにその場を離れていった。
その後ろ姿に謝る雛苺。
「あ、ありがとう…」
腰をさすりながらお礼を言うエンジュ。
「い、いいえ……」
巴が戸惑っている。
「?どうしたんだい…?」
尋ねながら、エンジュはしまった、と思った。
雛苺が上空を見上げる。
「あ、ああ………」
エンジュが答えると、雛苺はおもむろに左手をカラスに向けた。
「あっ」
瞬間、苺わだちが左手から発現し、旋回するカラスを見事に捕らえる。
バサバサバサッという音、黒い羽根が舞う中心に、2羽のカラスが落下する。
ギャア、ギャア、と鳴くカラスが、鍵を吐きだす。
「おおっ」
よろめきながら、エンジュは素早くそれを回収した。
「ごめんなさいなの」
わだちを引っ込めると、カラスは逃げるようにその場を離れていった。
その後ろ姿に謝る雛苺。
「あ、ありがとう…」
腰をさすりながらお礼を言うエンジュ。
「い、いいえ……」
巴が戸惑っている。
「?どうしたんだい…?」
尋ねながら、エンジュはしまった、と思った。
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:44:09.97 ID:7ngzqpX+0
「あの…びっくり、しないんですか?」
巴からの質問。
そうだった、自分がどうして雛苺を見て驚かないのか、それに対しての質問があるのは
当然だった。
「あ、いや…その……」
エンジュは正直に話す事にした。ただしそれは、自分のもとに薔薇水晶がいる、という事に
ついてのみである。
「えっ………」
雛苺の顔が怯えに変わる。
「薔薇…水晶…?」
巴が首をかしげる。
「ヒナの妹なの」
「えっ、妹って…」
うつむいたままの雛苺に、巴は怪訝そうな顔をする。
「第7ドール」
「そうなの」
「その子は、今どこに?」
巴が尋ねる。
「あ」
それについてもしまった、と思った。
巴からの質問。
そうだった、自分がどうして雛苺を見て驚かないのか、それに対しての質問があるのは
当然だった。
「あ、いや…その……」
エンジュは正直に話す事にした。ただしそれは、自分のもとに薔薇水晶がいる、という事に
ついてのみである。
「えっ………」
雛苺の顔が怯えに変わる。
「薔薇…水晶…?」
巴が首をかしげる。
「ヒナの妹なの」
「えっ、妹って…」
うつむいたままの雛苺に、巴は怪訝そうな顔をする。
「第7ドール」
「そうなの」
「その子は、今どこに?」
巴が尋ねる。
「あ」
それについてもしまった、と思った。
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:48:29.33 ID:7ngzqpX+0
「じゃあ、私、探してきますから」
捜索を巴に頼み、エンジュと雛苺は噴水前に残る事になった。
「……」
沈黙が流れる。
「あ、あの」
エンジュが口を開く。
「ありがとう、さっきは」
「……」
雛苺は答えない。無理もないか、とエンジュは思った。
薔薇水晶といえば、今の彼女たちにとって姉妹というより、脅威というほかない。
「…巴は、先生って、呼んでたの」
雛苺がうつむいたまま、口を開いた。
捜索を巴に頼み、エンジュと雛苺は噴水前に残る事になった。
「……」
沈黙が流れる。
「あ、あの」
エンジュが口を開く。
「ありがとう、さっきは」
「……」
雛苺は答えない。無理もないか、とエンジュは思った。
薔薇水晶といえば、今の彼女たちにとって姉妹というより、脅威というほかない。
「…巴は、先生って、呼んでたの」
雛苺がうつむいたまま、口を開いた。
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 11:54:22.15 ID:7ngzqpX+0
エンジュが雛苺の方を向く。
「うぐっ」
瞬間の痛み。
「いててて」
「ど、どうしたの…?」
驚く雛苺。
「じ、実は腰を痛めてて、ね…」
あまりの苦痛に、顔を伏せる。
「ぐうううう」
「お、落ち着いてなの、ヒナがさすってあげるの」
しばらくさすっていると、エンジュが少し顔を上げた。
「あ、ありがとう…」
その視線の先で、心配そうに雛苺が左手でさすっている。
対する右手が、ぴくりとも動かない事に、エンジュは疑問を持った。
「…ど、どうしたんだい?」
「えっ」
手が止まる。
「右手、どうかしたの?」
「うぐっ」
瞬間の痛み。
「いててて」
「ど、どうしたの…?」
驚く雛苺。
「じ、実は腰を痛めてて、ね…」
あまりの苦痛に、顔を伏せる。
「ぐうううう」
「お、落ち着いてなの、ヒナがさすってあげるの」
しばらくさすっていると、エンジュが少し顔を上げた。
「あ、ありがとう…」
その視線の先で、心配そうに雛苺が左手でさすっている。
対する右手が、ぴくりとも動かない事に、エンジュは疑問を持った。
「…ど、どうしたんだい?」
「えっ」
手が止まる。
「右手、どうかしたの?」
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:01:53.73 ID:7ngzqpX+0
雛苺はしばらくエンジュを見つめていたが、やがて再びさすり始める。
「壊れてるの」
ぽつりと呟く。
「……そうかい…」
視線を噴水に向ける。
「ごめんよ、変な事訊いて」
「いいの、ヒナのせいだから」
「………」
再びの沈黙。
「…よく、ここには来るの?」
「うん?」
再び雛苺を見つめるエンジュ。
「ううん、ただ…」
「ただ?」
「ヒナは、薔薇水晶が怖いの。真紅たちが、それでいつも悩んでるの」
うつむいたまま。
「でも」
手が止まる。
「あなたは、なんだか優しいの。お父様みたいなの」
そう言って、エンジュを見上げる雛苺。
「壊れてるの」
ぽつりと呟く。
「……そうかい…」
視線を噴水に向ける。
「ごめんよ、変な事訊いて」
「いいの、ヒナのせいだから」
「………」
再びの沈黙。
「…よく、ここには来るの?」
「うん?」
再び雛苺を見つめるエンジュ。
「ううん、ただ…」
「ただ?」
「ヒナは、薔薇水晶が怖いの。真紅たちが、それでいつも悩んでるの」
うつむいたまま。
「でも」
手が止まる。
「あなたは、なんだか優しいの。お父様みたいなの」
そう言って、エンジュを見上げる雛苺。
47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:11:17.02 ID:7ngzqpX+0
「ヒナね、前、トモエにものすごく迷惑をかけちゃった事があったの」
黙って聞いているエンジュ。
「その時、真紅にケガさせちゃったの。ヒナがケガさせようと思って、そうしたの」
「……」
「でも、今は真紅はすごく優しいし、ヒナも、真紅の事が大好きなの」
「……」
「水銀燈もなの」
「……」
「前はほっぺたに傷つけられたり、羽根で攻撃されたりしてたの」
「……」
「すごく怖かったし、水銀燈には会いたくなかったの」
「……」
「でも……今は水銀燈の事が、大好きになったの」
「……」
はっとエンジュは気付いた。雛苺の眼に、涙が浮かんでいる。
「でも……」
「……」
「もう、水銀燈には会えないの…」
「……どうして?」
「真紅が言ってたわ」
「……」
「『水銀燈は、私の中に一緒にいる』って」
「……」
「真紅は泣いてたの」
「…」
「ヒナにはよく分からないけれど、その時、『ああ、もう水銀燈には会えない』って思ったの」
黙って聞いているエンジュ。
「その時、真紅にケガさせちゃったの。ヒナがケガさせようと思って、そうしたの」
「……」
「でも、今は真紅はすごく優しいし、ヒナも、真紅の事が大好きなの」
「……」
「水銀燈もなの」
「……」
「前はほっぺたに傷つけられたり、羽根で攻撃されたりしてたの」
「……」
「すごく怖かったし、水銀燈には会いたくなかったの」
「……」
「でも……今は水銀燈の事が、大好きになったの」
「……」
はっとエンジュは気付いた。雛苺の眼に、涙が浮かんでいる。
「でも……」
「……」
「もう、水銀燈には会えないの…」
「……どうして?」
「真紅が言ってたわ」
「……」
「『水銀燈は、私の中に一緒にいる』って」
「……」
「真紅は泣いてたの」
「…」
「ヒナにはよく分からないけれど、その時、『ああ、もう水銀燈には会えない』って思ったの」
48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:22:24.92 ID:7ngzqpX+0
「ヒナ、こう思うのよ」
「…」
「ヒナはいつか、この世界から消えないといけない」
「………」
「でも、それはヒナが選んだ事」
「…」
「皆選んでるのよ、きっと」
「………」
「水銀燈だって、真紅だって…」
「………」
「ヒナが怖がってる薔薇水晶だって」
「………」
「薔薇水晶は、あなたが優しいから、きっとここにいるのよ」
微笑む雛苺。
その笑顔に、エンジュは思わず視線を逸らす。
「きっと、薔薇水晶も、本当は優しいんだと思うの、ヒナ」
「………」
「ヒナに対してじゃなくて」
「………」
「あなたや、この公園に対して」
「……」
再び視線を雛苺に向ける。
「…」
「ヒナはいつか、この世界から消えないといけない」
「………」
「でも、それはヒナが選んだ事」
「…」
「皆選んでるのよ、きっと」
「………」
「水銀燈だって、真紅だって…」
「………」
「ヒナが怖がってる薔薇水晶だって」
「………」
「薔薇水晶は、あなたが優しいから、きっとここにいるのよ」
微笑む雛苺。
その笑顔に、エンジュは思わず視線を逸らす。
「きっと、薔薇水晶も、本当は優しいんだと思うの、ヒナ」
「………」
「ヒナに対してじゃなくて」
「………」
「あなたや、この公園に対して」
「……」
再び視線を雛苺に向ける。
49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:23:00.22 ID:7ngzqpX+0
「あの子はね、雛苺」
「どうしたの?」
「今まで、あまり外に出た事がないんだ」
「外に?」
「だから、この公園も初めて来たんだ、今日」
「…そうなの」
「ああ、だから、この噴水も知らないし」
「……」
「ハトも」
「…」
「自販機のある場所も」
「……」
「人は変わるという事も」
「……」
「何も知らないんだ」
「どうしたの?」
「今まで、あまり外に出た事がないんだ」
「外に?」
「だから、この公園も初めて来たんだ、今日」
「…そうなの」
「ああ、だから、この噴水も知らないし」
「……」
「ハトも」
「…」
「自販機のある場所も」
「……」
「人は変わるという事も」
「……」
「何も知らないんだ」
51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:46:46.21 ID:7ngzqpX+0
「そうなの…」
「ああ」
しばらくさすり続ける。
「ありがとう、雛苺」
雛苺がエンジュを見上げる。
「大分楽になったよ、ありがとう」
一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔に変わる。
「どういたしましてなの」
雛苺は深々とお辞儀をした。
「紫色の…お人形さん…ねぇ…」
林の中、注意深く、ゆっくりと巴は歩を進めていた。
「末の妹……」
巴は彼女の身を案じた。
真紅と再契約し、雛苺は桜田家へと戻った。それから、金糸雀もよく
遊びにくるようになり、翠星石、蒼星石がいなくなった空虚を埋めるかのように、
再び真紅たちに笑顔が戻りつつあった。
まだ幼さの残る雛苺だが、あれから一回り成長したように、巴には思えた。
そんな雛苺の、唯一の妹。
純粋に、その存在に興味があったし、また、そんな子が迷子になってしまって、
大丈夫なのだろうかとも考えた。
「ああ」
しばらくさすり続ける。
「ありがとう、雛苺」
雛苺がエンジュを見上げる。
「大分楽になったよ、ありがとう」
一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔に変わる。
「どういたしましてなの」
雛苺は深々とお辞儀をした。
「紫色の…お人形さん…ねぇ…」
林の中、注意深く、ゆっくりと巴は歩を進めていた。
「末の妹……」
巴は彼女の身を案じた。
真紅と再契約し、雛苺は桜田家へと戻った。それから、金糸雀もよく
遊びにくるようになり、翠星石、蒼星石がいなくなった空虚を埋めるかのように、
再び真紅たちに笑顔が戻りつつあった。
まだ幼さの残る雛苺だが、あれから一回り成長したように、巴には思えた。
そんな雛苺の、唯一の妹。
純粋に、その存在に興味があったし、また、そんな子が迷子になってしまって、
大丈夫なのだろうかとも考えた。
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 12:54:25.57 ID:7ngzqpX+0
「あら?」
巴が薔薇水晶を見つけたのは、探し始めてから10分ほど経った頃だった。
木の陰にうずくまっている、紫色の影。
たたたっと駆け寄る。
薔薇水晶は音に反応したのか、顔を上げ、近づいてくる巴をぼんやり見つめていた。
「………」
疲れてしまったのか、薔薇水晶は一言も喋ろうとしなかった。
巴が事情を簡単に説明しても、一向に立ち上がろうとしない。
「………」
巴は困り果ててしまった。
「ね、貴女のマスターが待ってるわよ」
しゃがみこみ、頭を撫でようとする巴。
巴が薔薇水晶を見つけたのは、探し始めてから10分ほど経った頃だった。
木の陰にうずくまっている、紫色の影。
たたたっと駆け寄る。
薔薇水晶は音に反応したのか、顔を上げ、近づいてくる巴をぼんやり見つめていた。
「………」
疲れてしまったのか、薔薇水晶は一言も喋ろうとしなかった。
巴が事情を簡単に説明しても、一向に立ち上がろうとしない。
「………」
巴は困り果ててしまった。
「ね、貴女のマスターが待ってるわよ」
しゃがみこみ、頭を撫でようとする巴。
54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 13:13:33.29 ID:7ngzqpX+0
さらさらな髪が巴の手に触れる。
「………」
顔を伏せたままの薔薇水晶から、ぐすっ、という音が聞こえた。
それでようやく、泣いているのだと巴は気付いた。
ごそごそとハンカチを取りだす巴。
「泣いてちゃ、美人が台無しよ」
伏せたままの顔。その頬を、ハンカチで優しく撫でると、薔薇水晶がようやく
顔を上げた。
巴の拭くままに、目を閉じて任せている。
「(甘えんぼなのね、この子…)」
一通り拭き終えると、泣き腫らした目で、薔薇水晶がこちらを見つめていた。
「落ち着いた?」
巴が尋ねる。
「……」
薔薇水晶は答えない。
「歩ける?」
「……」
答えず、うつむく薔薇水晶。
巴は少し考え、口を開いた。
「抱っこさせて。貴女の大切な人が待ってるから。ね?」
ゆっくりと抱き上げる巴。
薔薇水晶は何も抵抗せず、巴が抱き上げたところで、その肩をぎゅっとつかんだ。
「………」
顔を伏せたままの薔薇水晶から、ぐすっ、という音が聞こえた。
それでようやく、泣いているのだと巴は気付いた。
ごそごそとハンカチを取りだす巴。
「泣いてちゃ、美人が台無しよ」
伏せたままの顔。その頬を、ハンカチで優しく撫でると、薔薇水晶がようやく
顔を上げた。
巴の拭くままに、目を閉じて任せている。
「(甘えんぼなのね、この子…)」
一通り拭き終えると、泣き腫らした目で、薔薇水晶がこちらを見つめていた。
「落ち着いた?」
巴が尋ねる。
「……」
薔薇水晶は答えない。
「歩ける?」
「……」
答えず、うつむく薔薇水晶。
巴は少し考え、口を開いた。
「抱っこさせて。貴女の大切な人が待ってるから。ね?」
ゆっくりと抱き上げる巴。
薔薇水晶は何も抵抗せず、巴が抱き上げたところで、その肩をぎゅっとつかんだ。
56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 13:23:11.39 ID:7ngzqpX+0
「あっ」
二人で並んでベンチに座っているところ、エンジュが声を上げる。
「薔薇水晶」
雛苺はびくっとして、そちらを見やる。
巴に抱かれている薔薇水晶がこちらを向き、視線が合った。
薔薇水晶は雛苺の姿を視認し、両目を大きく見開く。
それを見た巴は、無意識のうちにギュッと薔薇水晶を抱き締める。
エンジュが一瞬雛苺に視線を送る。
そしてその雛苺の表情には、警戒と恐怖が浮かんでいた。
「薔薇水晶!」
思わず立ち上がり、駆け寄るエンジュ。
薔薇水晶はエンジュの方に手を伸ばした。泣き腫らした目。
何度も頭を撫でるエンジュ。
「ごめんよ、薔薇水晶」
抱き締めると、薔薇水晶も肩をぎゅっとつかんだ。
二人で並んでベンチに座っているところ、エンジュが声を上げる。
「薔薇水晶」
雛苺はびくっとして、そちらを見やる。
巴に抱かれている薔薇水晶がこちらを向き、視線が合った。
薔薇水晶は雛苺の姿を視認し、両目を大きく見開く。
それを見た巴は、無意識のうちにギュッと薔薇水晶を抱き締める。
エンジュが一瞬雛苺に視線を送る。
そしてその雛苺の表情には、警戒と恐怖が浮かんでいた。
「薔薇水晶!」
思わず立ち上がり、駆け寄るエンジュ。
薔薇水晶はエンジュの方に手を伸ばした。泣き腫らした目。
何度も頭を撫でるエンジュ。
「ごめんよ、薔薇水晶」
抱き締めると、薔薇水晶も肩をぎゅっとつかんだ。
59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 13:50:45.44 ID:7ngzqpX+0
「ああ、それでウチに来たんだね」
巴の話を聞き、腕組みをするエンジュ。
応接室。エンジュが座っている向かいに、巴と雛苺が座っている。
「ええ、修理ってどのくらい期間かかりますか?」
「そうだな…大体、2日くらい見ててくれれば」
「その間、雛苺は?」
「ウチで預かろう」
エンジュが即答した。
「ねえ、ヒナ、別に…」
服を脱ぎ、下半身には布を巻いている雛苺。
「何だい?」
問いかけるエンジュ。
雛苺は、ちらっと奥の部屋を見やる。入口で薔薇水晶が体育座りをし、壁を見つめている。
こちらの視線に気づいたようだ。おもむろに視線を向ける薔薇水晶。
それに反応し、雛苺は思わず視線を逸らす。
「ヒナ、家にいるのがいいの」
「家に?」
「うん」
「それは仕方がないだろう」
「仕方が?」
手を休めるエンジュ。
「誰だって、病気になったり怪我をすれば、病院に行く」
「……」
「行かないと治らないからね」
「……」
巴の話を聞き、腕組みをするエンジュ。
応接室。エンジュが座っている向かいに、巴と雛苺が座っている。
「ええ、修理ってどのくらい期間かかりますか?」
「そうだな…大体、2日くらい見ててくれれば」
「その間、雛苺は?」
「ウチで預かろう」
エンジュが即答した。
「ねえ、ヒナ、別に…」
服を脱ぎ、下半身には布を巻いている雛苺。
「何だい?」
問いかけるエンジュ。
雛苺は、ちらっと奥の部屋を見やる。入口で薔薇水晶が体育座りをし、壁を見つめている。
こちらの視線に気づいたようだ。おもむろに視線を向ける薔薇水晶。
それに反応し、雛苺は思わず視線を逸らす。
「ヒナ、家にいるのがいいの」
「家に?」
「うん」
「それは仕方がないだろう」
「仕方が?」
手を休めるエンジュ。
「誰だって、病気になったり怪我をすれば、病院に行く」
「……」
「行かないと治らないからね」
「……」
60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 13:51:06.76 ID:7ngzqpX+0
「勿論、皆、進んでそんなところに行きたくはない。でも」
「……」
「行かなきゃ、ずっと治らず、ずっと皆が心配する」
「……」
「分かるだろう?彼女の気持ちは」
「……」
こくりと頷く雛苺。
「分かったの」
「ん、いい子だ」
エンジュは、再び作業を開始した。
「ちょっと出てくるから、二人でいい子にしててね」
エンジュと白崎が買い物に出掛け、雛苺は出ていったドアを
見つめ続ける。
怖かった。やはり、薔薇水晶は怖かった。
「……」
なるべく視線を合わさないようにする雛苺。しかし、
コツ、コツ、と音がして、薔薇水晶はこちらに近づいてきた。
「……」
「行かなきゃ、ずっと治らず、ずっと皆が心配する」
「……」
「分かるだろう?彼女の気持ちは」
「……」
こくりと頷く雛苺。
「分かったの」
「ん、いい子だ」
エンジュは、再び作業を開始した。
「ちょっと出てくるから、二人でいい子にしててね」
エンジュと白崎が買い物に出掛け、雛苺は出ていったドアを
見つめ続ける。
怖かった。やはり、薔薇水晶は怖かった。
「……」
なるべく視線を合わさないようにする雛苺。しかし、
コツ、コツ、と音がして、薔薇水晶はこちらに近づいてきた。
63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 14:21:53.67 ID:7ngzqpX+0
「な……」
足音が止まる。
「なに…?」
顔を上げられないまま、雛苺が尋ねる。
「……別に……」
恐る恐る薔薇水晶を見やる雛苺。
「お父様が…お礼を言ってた…」
相変わらずの無表情。
「私も……」
目を伏せる。
「お礼を言っておいて…貴女の…マスターに」
「…マスター?」
「あの…女の人に」
「……」
それだけ言うと、薔薇水晶は踵を返し、隣の部屋へと戻ってゆく。
「……」
雛苺は、その後ろ姿をしばらく見つめていた。
なんだか少しだけ、恐怖がやわらいだ気がする。
足音が止まる。
「なに…?」
顔を上げられないまま、雛苺が尋ねる。
「……別に……」
恐る恐る薔薇水晶を見やる雛苺。
「お父様が…お礼を言ってた…」
相変わらずの無表情。
「私も……」
目を伏せる。
「お礼を言っておいて…貴女の…マスターに」
「…マスター?」
「あの…女の人に」
「……」
それだけ言うと、薔薇水晶は踵を返し、隣の部屋へと戻ってゆく。
「……」
雛苺は、その後ろ姿をしばらく見つめていた。
なんだか少しだけ、恐怖がやわらいだ気がする。
64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 14:28:23.42 ID:7ngzqpX+0
「えっ」
真紅が声を上げた。
巴が一部始終を話したところで、ジュンと真紅の表情が変わったのだ。
「薔薇水晶が……」
「知ってるの?」
首をかしげる巴。
「ん、あ、ちょっとな」
誤魔化すジュン。
「そう」
巴は息をふうっと吐き、鞄を肩にかけ直す。
「じゃ、また何かあったら連絡頂戴、桜田くん」
「ん、ああ、わかったよ」
巴を見送り、真紅はすぐに納戸へと向かった。
「お、おい真紅」
「何?」
「どこ行くんだよ」
足を止める真紅。
「決まってるじゃない、雛苺のいるところよ」
「そ、それなら僕も――」
振り向く真紅。
「貴方が来ると、不法侵入になるのではなくて?」
「う…ま、まあ」
「いいから、貴方は上にいて。指輪が熱くなった時にだけ、来て頂戴」
それだけ言うと、真紅は鏡の向こうへ消えていった。
真紅が声を上げた。
巴が一部始終を話したところで、ジュンと真紅の表情が変わったのだ。
「薔薇水晶が……」
「知ってるの?」
首をかしげる巴。
「ん、あ、ちょっとな」
誤魔化すジュン。
「そう」
巴は息をふうっと吐き、鞄を肩にかけ直す。
「じゃ、また何かあったら連絡頂戴、桜田くん」
「ん、ああ、わかったよ」
巴を見送り、真紅はすぐに納戸へと向かった。
「お、おい真紅」
「何?」
「どこ行くんだよ」
足を止める真紅。
「決まってるじゃない、雛苺のいるところよ」
「そ、それなら僕も――」
振り向く真紅。
「貴方が来ると、不法侵入になるのではなくて?」
「う…ま、まあ」
「いいから、貴方は上にいて。指輪が熱くなった時にだけ、来て頂戴」
それだけ言うと、真紅は鏡の向こうへ消えていった。
65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 14:36:52.74 ID:7ngzqpX+0
その来訪に気づいたのは、雛苺の方だった。
「あっ、真紅」
未だ動かぬ右手のせいで、顔しか向けられない雛苺。
「雛苺!大丈夫なの!?」
声を聞き、薔薇水晶が奥から出てくる。
「……真紅」
ドアに手をやり、こちらを見据える。
「薔薇水晶」
視線に向き直り、対峙する二人。
「………」
沈黙。
雛苺は、おろおろと交互に二人を見つめる。
「…何しに、来たの?」
先に口を開いたのは、薔薇水晶だった。
「あっ、真紅」
未だ動かぬ右手のせいで、顔しか向けられない雛苺。
「雛苺!大丈夫なの!?」
声を聞き、薔薇水晶が奥から出てくる。
「……真紅」
ドアに手をやり、こちらを見据える。
「薔薇水晶」
視線に向き直り、対峙する二人。
「………」
沈黙。
雛苺は、おろおろと交互に二人を見つめる。
「…何しに、来たの?」
先に口を開いたのは、薔薇水晶だった。
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 14:46:13.79 ID:7ngzqpX+0
「何って」
「………」
「そっちこそ、何を企んでるの」
「………」
「雛苺のローザミスティカでも奪おうって魂胆?」
「やめてなの、真紅」
雛苺が咎める。
「黙ってて」
「黙らないの!薔薇水晶は何にも、してないよ?」
振り返る真紅。
「……雛苺…」
薔薇水晶が口を開く。
「ヒナはただ…手を直してもらいに来たの。それ以外は何にもないの」
「………」
真紅は黙っていたが、やがてほうっと息を深く吐いた。
「そう」
薔薇水晶に向き直る真紅。
「悪かったわ、薔薇水晶。忘れて頂戴」
ぺこりと頭を下げる。
それを受けて、薔薇水晶がこちらに歩み寄ってくる。
「………」
「そっちこそ、何を企んでるの」
「………」
「雛苺のローザミスティカでも奪おうって魂胆?」
「やめてなの、真紅」
雛苺が咎める。
「黙ってて」
「黙らないの!薔薇水晶は何にも、してないよ?」
振り返る真紅。
「……雛苺…」
薔薇水晶が口を開く。
「ヒナはただ…手を直してもらいに来たの。それ以外は何にもないの」
「………」
真紅は黙っていたが、やがてほうっと息を深く吐いた。
「そう」
薔薇水晶に向き直る真紅。
「悪かったわ、薔薇水晶。忘れて頂戴」
ぺこりと頭を下げる。
それを受けて、薔薇水晶がこちらに歩み寄ってくる。
68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 14:57:41.83 ID:7ngzqpX+0
「…別に、気にしてないから…」
真紅を通り過ぎ、そこで止まる。
「真紅」
頭を上げる。
「お茶でも飲んでいかない…?」
振り返らずに、薔薇水晶は続けた。
「まあ!」
真紅が感嘆の声を上げた。
「美味しいのー」
「ば…薔薇水晶…貴女、こんな才があったなんて……」
カップを持ったまま、驚愕する真紅。
「…え」
「美味しいわ。薔薇水晶、貴女の淹れた紅茶は」
そこで真紅が、初めて笑った。
「……」
薔薇水晶は少し驚いたような顔をしたが、安心したように、口元をほころばせた。
真紅を通り過ぎ、そこで止まる。
「真紅」
頭を上げる。
「お茶でも飲んでいかない…?」
振り返らずに、薔薇水晶は続けた。
「まあ!」
真紅が感嘆の声を上げた。
「美味しいのー」
「ば…薔薇水晶…貴女、こんな才があったなんて……」
カップを持ったまま、驚愕する真紅。
「…え」
「美味しいわ。薔薇水晶、貴女の淹れた紅茶は」
そこで真紅が、初めて笑った。
「……」
薔薇水晶は少し驚いたような顔をしたが、安心したように、口元をほころばせた。
69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 15:00:35.66 ID:7ngzqpX+0
「眼帯はどうしたの?」
真紅が問いかける。
「私が…壊してしまって…」
左目を押さえる薔薇水晶。
「そう。ちょっと新鮮ね」
「新鮮…?」
「ええ、美人よ、とても」
ふふっと笑う真紅。
「そういえば、どうして眼帯なんてつけてたの?」
雛苺が尋ねる。
「…それは」
「……」
「…涙を隠して…」
「涙?」
目を伏せる薔薇水晶。
「それ以上は…言えない…」
「………」
沈黙。
「何だか湿っぽい質問をしてしまったわね。許して頂戴」
「ごめんなの…」
真紅が問いかける。
「私が…壊してしまって…」
左目を押さえる薔薇水晶。
「そう。ちょっと新鮮ね」
「新鮮…?」
「ええ、美人よ、とても」
ふふっと笑う真紅。
「そういえば、どうして眼帯なんてつけてたの?」
雛苺が尋ねる。
「…それは」
「……」
「…涙を隠して…」
「涙?」
目を伏せる薔薇水晶。
「それ以上は…言えない…」
「………」
沈黙。
「何だか湿っぽい質問をしてしまったわね。許して頂戴」
「ごめんなの…」
70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 15:04:20.60 ID:7ngzqpX+0
そう言って、鏡に手を当てる真紅。
「帰ってきたようね」
「……」
「私はこれでおいとまするわ。悪かったわ、本当に」
そう言って、鏡に手を当てる真紅。
「薔薇水晶」
「…なに?」
「涙は隠すものじゃないのよ。流した涙が、私たちに大切な事を教えてくれるのだから」
振り返る真紅。
「ね」
そう言うと、真紅は鏡の向こうに消えた。
「帰ってきたようね」
「……」
「私はこれでおいとまするわ。悪かったわ、本当に」
そう言って、鏡に手を当てる真紅。
「薔薇水晶」
「…なに?」
「涙は隠すものじゃないのよ。流した涙が、私たちに大切な事を教えてくれるのだから」
振り返る真紅。
「ね」
そう言うと、真紅は鏡の向こうに消えた。
72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 15:12:06.46 ID:7ngzqpX+0
「お帰りーなのー」
エンジュと白崎に声をかける雛苺。
「ああ、ただいま」
「どこ行ってたの?」
「君を直す材料を買いにね、別のお店へ行ってたんだよ」
「ふうん」
「さ、夕食の前に、作業の続きをしようか」
「了解なの」
じっと見つめていた薔薇水晶は、その場を離れる。
「ねー、薔薇水晶の淹れる紅茶、すっごく美味しいのよ」
「本当かい?そりゃ良かった」
ははは、と笑う二人。
「ね、薔薇……あれ、薔薇水晶?」
「他の部屋にでも行ってるんじゃないかな」
「えー?でもさっきまでいたのに…」
「そのうち戻ってくるさ」
気にも留めていないエンジュ。
部屋の中のエアコンが、なんだか雛苺には寒々しく感じられた。
エンジュと白崎に声をかける雛苺。
「ああ、ただいま」
「どこ行ってたの?」
「君を直す材料を買いにね、別のお店へ行ってたんだよ」
「ふうん」
「さ、夕食の前に、作業の続きをしようか」
「了解なの」
じっと見つめていた薔薇水晶は、その場を離れる。
「ねー、薔薇水晶の淹れる紅茶、すっごく美味しいのよ」
「本当かい?そりゃ良かった」
ははは、と笑う二人。
「ね、薔薇……あれ、薔薇水晶?」
「他の部屋にでも行ってるんじゃないかな」
「えー?でもさっきまでいたのに…」
「そのうち戻ってくるさ」
気にも留めていないエンジュ。
部屋の中のエアコンが、なんだか雛苺には寒々しく感じられた。
83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 17:37:12.41 ID:7ngzqpX+0
ぷうんと鼻をつくカビのにおい。
地下の倉庫の片隅。
段ボールの上で、薔薇水晶がうずくまっている。
妙な感覚があった。
エンジュのために真紅たちと闘っていた自分。だが、そのエンジュは、
特に雛苺に対して嫌悪を示していない。
最初こそ、雛苺や真紅から警戒を感じ取っていたが、特に向こうから
何か仕掛けてくる事はせず、むしろ何か、距離が近づいたような気さえした。
「………」
自分がどうあるべきなのか。
「………」
それが、今の薔薇水晶にはよく分からない。
「…そうだ…お父様に…聞いてみよう…」
そう呟くと、膝に顔をうずめる。
今、結論は出たのではないのか?
違うのだろうか?
「………」
何かが、薔薇水晶の心の中に引っ掛かっていた。
目を閉じる。
雛苺が、エンジュと楽しそうに話している。
「………」
心の中のつっかえが、もやもやしたものに変わり始めたのは、そこからだった。
地下の倉庫の片隅。
段ボールの上で、薔薇水晶がうずくまっている。
妙な感覚があった。
エンジュのために真紅たちと闘っていた自分。だが、そのエンジュは、
特に雛苺に対して嫌悪を示していない。
最初こそ、雛苺や真紅から警戒を感じ取っていたが、特に向こうから
何か仕掛けてくる事はせず、むしろ何か、距離が近づいたような気さえした。
「………」
自分がどうあるべきなのか。
「………」
それが、今の薔薇水晶にはよく分からない。
「…そうだ…お父様に…聞いてみよう…」
そう呟くと、膝に顔をうずめる。
今、結論は出たのではないのか?
違うのだろうか?
「………」
何かが、薔薇水晶の心の中に引っ掛かっていた。
目を閉じる。
雛苺が、エンジュと楽しそうに話している。
「………」
心の中のつっかえが、もやもやしたものに変わり始めたのは、そこからだった。
84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 17:44:54.97 ID:7ngzqpX+0
「あーん」
右手が使えない雛苺に、エンジュが食べさせる。
「美味しいの」
「そうかい?そう言ってくれると作りがいがあるよ」
「センセイが作ったの?」
「そうだよ、少しは自信があるんだ」
「へえ、すごいなの」
「………」
3人での食事。
薔薇水晶は、ちらっとエンジュを見やる。
時おり、ははは、と笑うエンジュ。
『どうだい?美味しいかい?』
『……はい、お父様』
いつもは、そんな会話だけ。優しくこちらに微笑むだけ。
「………」
こんなに楽しそうに見えるのは、きっと雛苺がいるから。
「………」
自分も、もっと何か話すべきなのだろうか。
「どうしたんだい?薔薇水晶。美味しく、ないのかい?」
はっと我に返る。
「い、いえ…美味しい、です……」
「そうか。何だか元気がないなぁ」
「いえ、そんな事……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
右手が使えない雛苺に、エンジュが食べさせる。
「美味しいの」
「そうかい?そう言ってくれると作りがいがあるよ」
「センセイが作ったの?」
「そうだよ、少しは自信があるんだ」
「へえ、すごいなの」
「………」
3人での食事。
薔薇水晶は、ちらっとエンジュを見やる。
時おり、ははは、と笑うエンジュ。
『どうだい?美味しいかい?』
『……はい、お父様』
いつもは、そんな会話だけ。優しくこちらに微笑むだけ。
「………」
こんなに楽しそうに見えるのは、きっと雛苺がいるから。
「………」
自分も、もっと何か話すべきなのだろうか。
「どうしたんだい?薔薇水晶。美味しく、ないのかい?」
はっと我に返る。
「い、いえ…美味しい、です……」
「そうか。何だか元気がないなぁ」
「いえ、そんな事……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 17:51:18.80 ID:7ngzqpX+0
「………」
「どうしたの、薔薇水晶?」
雛苺が心配そうにこちらを見つめる。
「…っ」
途端、ぱくぱくと詰め込み始める薔薇水晶。
「ははっ、そんなに詰め込まなくても、まだ時間はあるよ、薔薇水晶」
「んぐっ、ごほっ、ごほっ」
むせながらも強引に飲み込む。
「ば、薔薇水晶」
雛苺が椅子を降り、背中をさする。
「どうしたんだい、らしくないなぁ」
ははっと笑うエンジュ。
「…い、いえ…ご、御馳走様…でした」
そう言うと椅子を降り、薔薇水晶は足早に二階へ上がっていった。
「薔薇水晶って、早食いなの?」
「ん」
かちゃ、とスプーンを置くエンジュ。
「いつもは僕に合わせて食事するよ」
「何かあったのかなぁ?」
「まあ、大丈夫だよ、気にしないでくれ、雛苺」
食事を続けるエンジュに対し、雛苺は、少しの不安を抱いた。
「どうしたの、薔薇水晶?」
雛苺が心配そうにこちらを見つめる。
「…っ」
途端、ぱくぱくと詰め込み始める薔薇水晶。
「ははっ、そんなに詰め込まなくても、まだ時間はあるよ、薔薇水晶」
「んぐっ、ごほっ、ごほっ」
むせながらも強引に飲み込む。
「ば、薔薇水晶」
雛苺が椅子を降り、背中をさする。
「どうしたんだい、らしくないなぁ」
ははっと笑うエンジュ。
「…い、いえ…ご、御馳走様…でした」
そう言うと椅子を降り、薔薇水晶は足早に二階へ上がっていった。
「薔薇水晶って、早食いなの?」
「ん」
かちゃ、とスプーンを置くエンジュ。
「いつもは僕に合わせて食事するよ」
「何かあったのかなぁ?」
「まあ、大丈夫だよ、気にしないでくれ、雛苺」
食事を続けるエンジュに対し、雛苺は、少しの不安を抱いた。
87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:03:21.77 ID:7ngzqpX+0
次の日。
「そうかい?ははは」
エンジュはよく笑うようになった。
雛苺が来てからである。来てからと言っても昨日からだが、
作業場で黙々と仕事をする姿はない。
「………」
物陰から、雛苺とエンジュを見つめる薔薇水晶。
そして、こうして薔薇水晶が部屋に閉じこもるようになったのも、
昨日からだった。
「………」
自分はどこにいればいいのだろうか。
作業場にいても邪魔になるだけだし、店先をうろつくわけにもいかない。
けれど、部屋で孤独に過ごしたくはない。お父様と一緒にいたい。
「………」
考え始めると胸が苦しくなる。
朝が来て、もう何時間も、作業場をこっそり見たり、
部屋で膝を抱えたりするのを繰り返している。
「お父様…」
部屋に戻り、プラスチックのケースの中に、修理中の眼帯があるのに気づく。
そうだ、あれから、この眼帯の時間も止まったままなのだ。
エンジュは雛苺にかまけて、自分の事を忘れているかのようだ。
「……お父様」
涙を止めるはずの眼帯を見つめ、薔薇水晶は涙を流していた。
「そうかい?ははは」
エンジュはよく笑うようになった。
雛苺が来てからである。来てからと言っても昨日からだが、
作業場で黙々と仕事をする姿はない。
「………」
物陰から、雛苺とエンジュを見つめる薔薇水晶。
そして、こうして薔薇水晶が部屋に閉じこもるようになったのも、
昨日からだった。
「………」
自分はどこにいればいいのだろうか。
作業場にいても邪魔になるだけだし、店先をうろつくわけにもいかない。
けれど、部屋で孤独に過ごしたくはない。お父様と一緒にいたい。
「………」
考え始めると胸が苦しくなる。
朝が来て、もう何時間も、作業場をこっそり見たり、
部屋で膝を抱えたりするのを繰り返している。
「お父様…」
部屋に戻り、プラスチックのケースの中に、修理中の眼帯があるのに気づく。
そうだ、あれから、この眼帯の時間も止まったままなのだ。
エンジュは雛苺にかまけて、自分の事を忘れているかのようだ。
「……お父様」
涙を止めるはずの眼帯を見つめ、薔薇水晶は涙を流していた。
88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:09:53.13 ID:7ngzqpX+0
「どうも、ありがとうございました」
入口で、柏葉巴がお礼を言っている。
「ありがとうなの!また来るの!」
その腕に抱かれている雛苺が、右手で手を振っている。
「ああ、一週間くらいしてから、一応具合だけ確かめさせてくれ」
「わかりました。また、こちらからご連絡させていただきます」
そう言って、巴はぺこりと頭を下げた。
「ふうーっ」
大きく伸びをし、エンジュがこちらに戻ってくる。
「お父様」
薔薇水晶が駆け寄る。
「ん?どうしたい、薔薇水晶」
「………」
何も言わず、エプロンの端をつかむ。
「淋しかったのかい?」
「………!」
「ごめんね、相手してやれなくて」
薔薇水晶はいつの間にか泣いていた。
「よいしょっと」
抱きあげるエンジュ。
「久し振りだろう?」
その首に腕を回し、薔薇水晶は声を上げて泣いた。
入口で、柏葉巴がお礼を言っている。
「ありがとうなの!また来るの!」
その腕に抱かれている雛苺が、右手で手を振っている。
「ああ、一週間くらいしてから、一応具合だけ確かめさせてくれ」
「わかりました。また、こちらからご連絡させていただきます」
そう言って、巴はぺこりと頭を下げた。
「ふうーっ」
大きく伸びをし、エンジュがこちらに戻ってくる。
「お父様」
薔薇水晶が駆け寄る。
「ん?どうしたい、薔薇水晶」
「………」
何も言わず、エプロンの端をつかむ。
「淋しかったのかい?」
「………!」
「ごめんね、相手してやれなくて」
薔薇水晶はいつの間にか泣いていた。
「よいしょっと」
抱きあげるエンジュ。
「久し振りだろう?」
その首に腕を回し、薔薇水晶は声を上げて泣いた。
90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:29:28.10 ID:7ngzqpX+0
桜田家。
真紅とジュンが、背中合わせに本を読んでいる。その部屋の隅には、以前はなかった
スペースが設けてある。
アンティークショップで買ったチーク材の本棚に、黒い布が掛けられている。
棚の周囲四隅には花瓶が置いてあり、棚の中にシルクが敷き詰めてある。
棚の前にはカップに注いだ紅茶。毎日真紅が入れ替えているものだ。
その紅茶の奥、白いシルクの上で、水銀燈が静かに眠り続けていた。
「大丈夫かしら」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「大丈夫だろ、心配しすぎだよ」
本から目を離さずに答えるジュン。
「…薄情なのね」
「え」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「ジュン」
窓から道路を見下ろす真紅。
「ん?」
「私はもう、誰も失いたくないの」
「………」
ジュンを見つめる真紅。その瞳は、悲しげで、今にも泣きそうである。
真紅とジュンが、背中合わせに本を読んでいる。その部屋の隅には、以前はなかった
スペースが設けてある。
アンティークショップで買ったチーク材の本棚に、黒い布が掛けられている。
棚の周囲四隅には花瓶が置いてあり、棚の中にシルクが敷き詰めてある。
棚の前にはカップに注いだ紅茶。毎日真紅が入れ替えているものだ。
その紅茶の奥、白いシルクの上で、水銀燈が静かに眠り続けていた。
「大丈夫かしら」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「大丈夫だろ、心配しすぎだよ」
本から目を離さずに答えるジュン。
「…薄情なのね」
「え」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「ジュン」
窓から道路を見下ろす真紅。
「ん?」
「私はもう、誰も失いたくないの」
「………」
ジュンを見つめる真紅。その瞳は、悲しげで、今にも泣きそうである。
91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:30:06.23 ID:7ngzqpX+0
「いつ、どこで、誰がどうなるか」
「……」
「そんなの分からないのよ」
「……」
「お願いだから、そんな事言わないで、貴方が」
うつむくジュン。
「…ごめん」
言いながら、ちらっと水銀燈を見やる。
ぼふっとベッドに倒れこむ真紅。
「…いいえ、私が言いすぎたのだわ」
「……」
「大丈夫よ…きっと」
真紅も、ちらっと水銀燈を見やった。
「……」
「そんなの分からないのよ」
「……」
「お願いだから、そんな事言わないで、貴方が」
うつむくジュン。
「…ごめん」
言いながら、ちらっと水銀燈を見やる。
ぼふっとベッドに倒れこむ真紅。
「…いいえ、私が言いすぎたのだわ」
「……」
「大丈夫よ…きっと」
真紅も、ちらっと水銀燈を見やった。
92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:41:24.59 ID:7ngzqpX+0
ピンポーン
インターホンが鳴る。
「!!」
弾かれたように真紅が飛び出し、一階へと降りていく。
「ただいまーなのー」
巴に抱かれた雛苺が、右手で手を振っている。
「雛苺…!」
ほっと一息つく真紅。
「無事でよかった…!」
「ごめんね、真紅、迷惑かけちゃったの…」
飛び降り、真紅のもとへ駆け寄る雛苺。
「もう、どこにも行かないわよね?」
雛苺をぎゅっと抱き締める真紅。
遅れて、ジュンが降りてくる。
「柏葉、ありがとな」
「いいえ」
「もう、オッケーだって?」
ふるふると首を横に振る。
「一週間後に、具合だけ見させてくれって」
「じゃあ、もう一回行くようになるんだな」
「ええ」
インターホンが鳴る。
「!!」
弾かれたように真紅が飛び出し、一階へと降りていく。
「ただいまーなのー」
巴に抱かれた雛苺が、右手で手を振っている。
「雛苺…!」
ほっと一息つく真紅。
「無事でよかった…!」
「ごめんね、真紅、迷惑かけちゃったの…」
飛び降り、真紅のもとへ駆け寄る雛苺。
「もう、どこにも行かないわよね?」
雛苺をぎゅっと抱き締める真紅。
遅れて、ジュンが降りてくる。
「柏葉、ありがとな」
「いいえ」
「もう、オッケーだって?」
ふるふると首を横に振る。
「一週間後に、具合だけ見させてくれって」
「じゃあ、もう一回行くようになるんだな」
「ええ」
93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:41:50.01 ID:7ngzqpX+0
真紅が見上げる。
「え、もういいじゃない。普通に動くんでしょう?」
「いやまあ、そうだけどさ、真紅」
しゃがむジュン。
「点検っていう言葉があるだろう」
「そうだけど」
雛苺の髪を撫でる。
「大丈夫だよ、何もないって」
「でも!」
「お前も言ってたじゃないか、似たような感じの事」
「え」
「『貴方が直したものは、貴方がキチンと確認する。常識でしょう』」
「あ、あら…そんな昔の事を……」
「まあ責任ってあるし。大丈夫だよ。何もないって」
「え、もういいじゃない。普通に動くんでしょう?」
「いやまあ、そうだけどさ、真紅」
しゃがむジュン。
「点検っていう言葉があるだろう」
「そうだけど」
雛苺の髪を撫でる。
「大丈夫だよ、何もないって」
「でも!」
「お前も言ってたじゃないか、似たような感じの事」
「え」
「『貴方が直したものは、貴方がキチンと確認する。常識でしょう』」
「あ、あら…そんな昔の事を……」
「まあ責任ってあるし。大丈夫だよ。何もないって」
94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:45:48.72 ID:7ngzqpX+0
ジュンの言葉に、真紅は渋々納得した。
「ふんふふんふふ~ん♪」
リビングに寝そべる雛苺。
「あら、何描いてるの?」
リモコンを動かしながら、真紅が尋ねる。
「えっとねぇ、先生と薔薇水晶なの」
「へえ」
「何だか、薔薇水晶淋しそうだったの……だから、元気になってもらうの」
ため息をつく真紅。
「あの子が淋しそうなのはいつもの事でしょう。ああいうキャラなんじゃないのかしら」
「いいの、お礼なの」
そう言って、色えんぴつを動かし続けた。
「ふんふふんふふ~ん♪」
リビングに寝そべる雛苺。
「あら、何描いてるの?」
リモコンを動かしながら、真紅が尋ねる。
「えっとねぇ、先生と薔薇水晶なの」
「へえ」
「何だか、薔薇水晶淋しそうだったの……だから、元気になってもらうの」
ため息をつく真紅。
「あの子が淋しそうなのはいつもの事でしょう。ああいうキャラなんじゃないのかしら」
「いいの、お礼なの」
そう言って、色えんぴつを動かし続けた。
96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 18:52:51.68 ID:7ngzqpX+0
「出来たのー!」
一時間ほど経って、雛苺が歓声を上げた。
「ねぇねぇ、ジュン、見てなの」
ソファに座っているジュンに見せる。
「どれどれ…
………
うわぁ……なんだこれは……」
引きつり笑いを浮かべるジュン。
「ぶー!ジュン、酷いなの!いいもん、真紅に見てもらうんだから!」
むくれる雛苺。
「何…これは…ぶどうとパイナップルにしか見えないわ」
笑いをこらえながら、真紅が評価する。
「んもぅ、二人とも何なの!ゼッタイ薔薇水晶と先生だって分かるんだからぁ!」
雛苺は憤慨しながら、二階に上がっていった。
「全く…相変わらずだな、あいつ…」
やれやれ、といった風にジュンが息を吐く。
「ええ、でも…」
ちらっと、先ほど出ていったドアを見つめる真紅。
「あの子が誰よりも優しい、証拠なのよ」
ふふっと、真紅は笑った。
一時間ほど経って、雛苺が歓声を上げた。
「ねぇねぇ、ジュン、見てなの」
ソファに座っているジュンに見せる。
「どれどれ…
………
うわぁ……なんだこれは……」
引きつり笑いを浮かべるジュン。
「ぶー!ジュン、酷いなの!いいもん、真紅に見てもらうんだから!」
むくれる雛苺。
「何…これは…ぶどうとパイナップルにしか見えないわ」
笑いをこらえながら、真紅が評価する。
「んもぅ、二人とも何なの!ゼッタイ薔薇水晶と先生だって分かるんだからぁ!」
雛苺は憤慨しながら、二階に上がっていった。
「全く…相変わらずだな、あいつ…」
やれやれ、といった風にジュンが息を吐く。
「ええ、でも…」
ちらっと、先ほど出ていったドアを見つめる真紅。
「あの子が誰よりも優しい、証拠なのよ」
ふふっと、真紅は笑った。
97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 19:05:57.00 ID:7ngzqpX+0
一週間後。
「こんにちはーなのー」
その声が、薔薇水晶の胸に、突き刺さるように聞こえた。
「おっ、来たな」
がたっと立ち上がり、入口へと向かうエンジュ。
「あ……」
薔薇水晶は何も云えず、ただ、隅の椅子に座っている事しか出来なかった。
入口で、ジュンや雛苺がエンジュと話している。
「や…」
鼓動が速くなるのを感じる。
「…戻ってきて…」
呟く薔薇水晶。その声は届くはずもなく、彼女はうつむいた。
「こんにちはーなのー」
その声が、薔薇水晶の胸に、突き刺さるように聞こえた。
「おっ、来たな」
がたっと立ち上がり、入口へと向かうエンジュ。
「あ……」
薔薇水晶は何も云えず、ただ、隅の椅子に座っている事しか出来なかった。
入口で、ジュンや雛苺がエンジュと話している。
「や…」
鼓動が速くなるのを感じる。
「…戻ってきて…」
呟く薔薇水晶。その声は届くはずもなく、彼女はうつむいた。
98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 19:06:16.56 ID:7ngzqpX+0
「少し出掛けてくるから、雛苺、薔薇水晶の相手をしてやっててくれ」
「わかったなの」
ジュンたちが帰り、エンジュは出ていってしまった。夕方にはもう一度迎えに来る
事になっている。
「………」
「ねぇねぇ、薔薇水晶」
雛苺の明るい声が、今の自分にはとても痛い。
「………なに」
「あのねぇ、ヒナねぇ、今日、プレゼント持ってきたのよ」
懐から、ごそごそと紙を取り出す。
「はい、コレ」
「……なに、これ?」
開けてみるが、薔薇水晶にはよくわからない。
「…プレゼント?」
「うん、ヒナ、先生の事だーい好きだから」
えへへ、と笑う雛苺。
そこで自分の両目が吊り上がるのを、薔薇水晶は感じた。
「わかったなの」
ジュンたちが帰り、エンジュは出ていってしまった。夕方にはもう一度迎えに来る
事になっている。
「………」
「ねぇねぇ、薔薇水晶」
雛苺の明るい声が、今の自分にはとても痛い。
「………なに」
「あのねぇ、ヒナねぇ、今日、プレゼント持ってきたのよ」
懐から、ごそごそと紙を取り出す。
「はい、コレ」
「……なに、これ?」
開けてみるが、薔薇水晶にはよくわからない。
「…プレゼント?」
「うん、ヒナ、先生の事だーい好きだから」
えへへ、と笑う雛苺。
そこで自分の両目が吊り上がるのを、薔薇水晶は感じた。
108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 20:32:11.74 ID:7ngzqpX+0
「…やめて」
「え」
紙を握りしめたまま、薔薇水晶が呟く。
「どうしてこんな事するの」
かたかたと震え始める。
「私のお父様なの」
「ば…」
「お願いだから、もう来ないで」
薔薇水晶は、鋭い目で睨みつけた。
その目に、雛苺は思わずぞくっとする。
「ち…違うの…」
「……」
「ヒナはただ……」
「やめて!」
「ひぐっ」
薔薇水晶の右手が、雛苺の首をつかむ。
「え」
紙を握りしめたまま、薔薇水晶が呟く。
「どうしてこんな事するの」
かたかたと震え始める。
「私のお父様なの」
「ば…」
「お願いだから、もう来ないで」
薔薇水晶は、鋭い目で睨みつけた。
その目に、雛苺は思わずぞくっとする。
「ち…違うの…」
「……」
「ヒナはただ……」
「やめて!」
「ひぐっ」
薔薇水晶の右手が、雛苺の首をつかむ。
113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 20:46:01.32 ID:7ngzqpX+0
「うぅ…」
雛苺が小さくうめく。震えながらも、必死にいやいやと首を振る。
がしゃあんと音を立て、そのまま床に押し倒す。
「あぅっ」
薔薇水晶は、自分が何をしているのか、よく分からなかった。
「や…」
雛苺が涙を浮かべて首を振る。
ふらふらと、手を伸ばしてくる雛苺。
「……」
薔薇水晶は落ち着いていた。
空いた左手に、水晶の剣を出現させる。
雛苺が小さくうめく。震えながらも、必死にいやいやと首を振る。
がしゃあんと音を立て、そのまま床に押し倒す。
「あぅっ」
薔薇水晶は、自分が何をしているのか、よく分からなかった。
「や…」
雛苺が涙を浮かべて首を振る。
ふらふらと、手を伸ばしてくる雛苺。
「……」
薔薇水晶は落ち着いていた。
空いた左手に、水晶の剣を出現させる。
114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 20:50:42.05 ID:7ngzqpX+0
緑色の両の瞳に、恐怖が宿る。
「!!」
苺わだちが発現し、剣を拘束する。
ぎゅっと目を瞑る雛苺。
「お願……やめ……」
薔薇水晶が力いっぱいに左手を振り、わだちをネジ切る。
そしてそのまま、雛苺の胸に左手を振り下ろした。
「!!」
苺わだちが発現し、剣を拘束する。
ぎゅっと目を瞑る雛苺。
「お願……やめ……」
薔薇水晶が力いっぱいに左手を振り、わだちをネジ切る。
そしてそのまま、雛苺の胸に左手を振り下ろした。
118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 20:57:13.61 ID:7ngzqpX+0
水銀燈の髪をとかし終えると、真紅は懐中時計をぱくっと開ける。
「3時40分」
おもむろに立ち上がり、今度は一階へと降りていく。
「ジュン」
「ん」
ダイニングで、ジュンが紅茶を淹れている。
「いつ出発するの?」
「ん~~~」
時計をちらっと見る。
「先生から連絡あってからでいいんじゃないのか?」
「嫌よ、何言ってるのよ」
真紅が口を尖らせる。
「何が嫌なの?」
「5時からくんくん観ないといけないのよ。それくらい、分かってて言ってるの?」
「録画すりゃいいだろ…別に…」
「いいから、とりあえず連絡して頂戴。こちらの都合に合わせられるのなら、
そうした方が、いいでしょう?」
腰に手を当て、真紅が不満そうに言う。
「3時40分」
おもむろに立ち上がり、今度は一階へと降りていく。
「ジュン」
「ん」
ダイニングで、ジュンが紅茶を淹れている。
「いつ出発するの?」
「ん~~~」
時計をちらっと見る。
「先生から連絡あってからでいいんじゃないのか?」
「嫌よ、何言ってるのよ」
真紅が口を尖らせる。
「何が嫌なの?」
「5時からくんくん観ないといけないのよ。それくらい、分かってて言ってるの?」
「録画すりゃいいだろ…別に…」
「いいから、とりあえず連絡して頂戴。こちらの都合に合わせられるのなら、
そうした方が、いいでしょう?」
腰に手を当て、真紅が不満そうに言う。
121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 21:11:26.92 ID:7ngzqpX+0
「こんにちはーかしらー」
玄関から元気な声が響く。
「あら」
真紅が玄関に向かうと、金糸雀が立っていた。
「こんにちは」
「遊びにきたかしら」
「本当?嬉しいけれど…今日はちょっと忙しいのよ」
リビングに視線を送る真紅。
「忙しい?」
「ええ、実はね」
話を聞き終え、金糸雀が少し残念そうな顔をする。
「そうなの…」
「ええ、まあ、もうじき巴も来るし、それから行くようにはしてるの」
時計を見やる。
「それまで、少しの間なら家にいるけど、休んでく?」
「ええ、そうさせてもらえるなら。カナもやっぱり、一人は淋しいし」
「そう、決まりね。上がって頂戴」
真紅が促し、二人はリビングに戻った。
玄関から元気な声が響く。
「あら」
真紅が玄関に向かうと、金糸雀が立っていた。
「こんにちは」
「遊びにきたかしら」
「本当?嬉しいけれど…今日はちょっと忙しいのよ」
リビングに視線を送る真紅。
「忙しい?」
「ええ、実はね」
話を聞き終え、金糸雀が少し残念そうな顔をする。
「そうなの…」
「ええ、まあ、もうじき巴も来るし、それから行くようにはしてるの」
時計を見やる。
「それまで、少しの間なら家にいるけど、休んでく?」
「ええ、そうさせてもらえるなら。カナもやっぱり、一人は淋しいし」
「そう、決まりね。上がって頂戴」
真紅が促し、二人はリビングに戻った。
122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 21:18:50.40 ID:7ngzqpX+0
リビングで、ジュンが電話を掛けている。
「あれ…おかしいな…誰も出ないぞ」
電話を切り、ジュンがソファに座り込む。
「出掛けてるんじゃないの?」
真紅が答える。
「そうなるとやる事がないな……」
「巴を呼んで、一緒に遊びに行くとかどうかしら」
「金糸雀…巴は学校でしょう」
ジュンがその言葉に、ちらっと真紅を見やる。
「あ…」
「くんくんのDVDでも観ましょう。Vol.3の、うさみちゃんとくんくんで、
クマ吉の犯罪行為を暴くのが楽しいのだわ」
そう言って、脇のDVDを取りに行く真紅。
「うっ」
ジュンが低くうめいた。
「あれ…おかしいな…誰も出ないぞ」
電話を切り、ジュンがソファに座り込む。
「出掛けてるんじゃないの?」
真紅が答える。
「そうなるとやる事がないな……」
「巴を呼んで、一緒に遊びに行くとかどうかしら」
「金糸雀…巴は学校でしょう」
ジュンがその言葉に、ちらっと真紅を見やる。
「あ…」
「くんくんのDVDでも観ましょう。Vol.3の、うさみちゃんとくんくんで、
クマ吉の犯罪行為を暴くのが楽しいのだわ」
そう言って、脇のDVDを取りに行く真紅。
「うっ」
ジュンが低くうめいた。
128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 21:37:36.70 ID:7ngzqpX+0
真紅が振り向く。
「熱っ……」
指を押さえるジュン。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。ちょっと指が熱くなっただけで…」
「指?」
「?」
金糸雀がジュンを見やる。
「指輪が熱くなったの?」
「ああ」
少しの間。
視線を泳がせていた真紅の目が見開かれる。
「!!」
バァンと音を立てて、真紅が駆け出した。
「お、おい」
「真紅!」
「熱っ……」
指を押さえるジュン。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。ちょっと指が熱くなっただけで…」
「指?」
「?」
金糸雀がジュンを見やる。
「指輪が熱くなったの?」
「ああ」
少しの間。
視線を泳がせていた真紅の目が見開かれる。
「!!」
バァンと音を立てて、真紅が駆け出した。
「お、おい」
「真紅!」
132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 21:43:35.16 ID:7ngzqpX+0
ジュンが後を追う。
「真紅!!どこ行くんだ!」
真紅は外ではなく、納戸の方へ駆けていく。
「ジュン君!真紅!」
遅れて金糸雀も走ってくる。
「どうしたんだ、真紅」
鏡に手を当て、じっとしている真紅。
「何でもないわ」
振り返らずに呟く。
「何でもないって…お前…」
「ねえ、ジュン」
「ん?」
振り返る。
「私、これから出掛けてくるわ」
「そ、そうか」
「心配しないで頂戴、ちょっと気になる事があっただけだから。ただ」
「ただ?」
「10分経って戻ってこなかったら、ホーリエをこちらに向かわせるから、来て頂戴」
「…あ、ああ」
「お願いね」
そう言って、真紅は鏡の向こうに消えた。
「真紅!!どこ行くんだ!」
真紅は外ではなく、納戸の方へ駆けていく。
「ジュン君!真紅!」
遅れて金糸雀も走ってくる。
「どうしたんだ、真紅」
鏡に手を当て、じっとしている真紅。
「何でもないわ」
振り返らずに呟く。
「何でもないって…お前…」
「ねえ、ジュン」
「ん?」
振り返る。
「私、これから出掛けてくるわ」
「そ、そうか」
「心配しないで頂戴、ちょっと気になる事があっただけだから。ただ」
「ただ?」
「10分経って戻ってこなかったら、ホーリエをこちらに向かわせるから、来て頂戴」
「…あ、ああ」
「お願いね」
そう言って、真紅は鏡の向こうに消えた。
136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:02:27.48 ID:7ngzqpX+0
雛苺のローザミスティカが体内に入り込んだ後で、
薔薇水晶はようやく平静を取り戻した。
天を見つめたまま、雛苺は事切れていた。
「………」
薔薇水晶は彼女を見下ろしたまましばらく立ち尽くしていたが、
やがて、力なく項垂れた。
「……」
緑色の、両の瞳を閉じる薔薇水晶。
「…わ……」
自らの肩の震えが止まらない。
「…私…何て事を……」
よろよろ、と後ずさり、どん、と壁にぶつかた後、ずるずると崩れ落ちる。
薔薇水晶はようやく平静を取り戻した。
天を見つめたまま、雛苺は事切れていた。
「………」
薔薇水晶は彼女を見下ろしたまましばらく立ち尽くしていたが、
やがて、力なく項垂れた。
「……」
緑色の、両の瞳を閉じる薔薇水晶。
「…わ……」
自らの肩の震えが止まらない。
「…私…何て事を……」
よろよろ、と後ずさり、どん、と壁にぶつかた後、ずるずると崩れ落ちる。
144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:12:10.95 ID:7ngzqpX+0
もう顔を上げる事は出来なかった。
膝を抱え、何かにすがるように、ぎゅうっと自らを抱く腕に力をこめる。
「どうして……」
首を何度も振る。振り続ける。
「違うの。違うの…」
涙がとめどなく溢れてくる。
「そんなつもりじゃなかった…私は…」
わぁぁぁと、薔薇水晶は声を上げて泣き始めた。
鏡から真紅が現れるのと、泣き始めたのは、殆ど同時だった。
膝を抱え、何かにすがるように、ぎゅうっと自らを抱く腕に力をこめる。
「どうして……」
首を何度も振る。振り続ける。
「違うの。違うの…」
涙がとめどなく溢れてくる。
「そんなつもりじゃなかった…私は…」
わぁぁぁと、薔薇水晶は声を上げて泣き始めた。
鏡から真紅が現れるのと、泣き始めたのは、殆ど同時だった。
146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:20:25.89 ID:7ngzqpX+0
聴きなれない泣き声に、真紅は用心深く歩を進める。
「この声は……薔薇水晶?…薔薇水晶が…泣いているの?」
ステッキでドアを開ける。
「ホーリエ」
人工精霊に導かれ、真紅はそっと、ドアの向こうを見た。
机の上。電気スタンドの明かりの下。
壁を背に、膝を抱えて泣いているのは薔薇水晶。
そしてそこから少し左に目を転じると、倒れた椅子。
その脇に、ぴくりとも動かない、大切な妹が転がっていた。
「この声は……薔薇水晶?…薔薇水晶が…泣いているの?」
ステッキでドアを開ける。
「ホーリエ」
人工精霊に導かれ、真紅はそっと、ドアの向こうを見た。
机の上。電気スタンドの明かりの下。
壁を背に、膝を抱えて泣いているのは薔薇水晶。
そしてそこから少し左に目を転じると、倒れた椅子。
その脇に、ぴくりとも動かない、大切な妹が転がっていた。
149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:31:15.76 ID:7ngzqpX+0
何も聞こえなくなった。
視界は灰色になり、ステッキがからん、からんと音を立てて床に落ちるのも、
真紅は認識出来なかった。
雛苺の服は、レースが沢山ついてて可愛いわね。
どうして目を閉じているのかしら。眠っているのかしら。
涙の跡が見えるわ。あの白いのは何かしら。
ここはお人形の部屋なのね。作りかけの人形が沢山あるわ。
私も、こうやってお父様に作られたのね。
あの電気スタンド、電気がついているのね。
薔薇水晶?下ばかり向いてちゃ、美人が台無しよ。
何よ、薔薇水晶も泣いてるの。
あのチューリップの髪飾り、可愛いわね。
凝った細工、私は好きよ。
虚空を見つめる真紅。視線がゆっくりと、雛苺に向けられてゆく。
視界は灰色になり、ステッキがからん、からんと音を立てて床に落ちるのも、
真紅は認識出来なかった。
雛苺の服は、レースが沢山ついてて可愛いわね。
どうして目を閉じているのかしら。眠っているのかしら。
涙の跡が見えるわ。あの白いのは何かしら。
ここはお人形の部屋なのね。作りかけの人形が沢山あるわ。
私も、こうやってお父様に作られたのね。
あの電気スタンド、電気がついているのね。
薔薇水晶?下ばかり向いてちゃ、美人が台無しよ。
何よ、薔薇水晶も泣いてるの。
あのチューリップの髪飾り、可愛いわね。
凝った細工、私は好きよ。
虚空を見つめる真紅。視線がゆっくりと、雛苺に向けられてゆく。
150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:36:12.66 ID:7ngzqpX+0
胸に、穴が開いている。いや、正確には、刺し傷。
受け入れがたいその現実を、真紅が頭の中で認めた時、何かがぷつんと切れた。
「うっ………うあぁ……」
頭を抱える真紅。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!」
真紅が絶叫する。
それに反応し、びくっとする薔薇水晶。
「いやああっ!雛苺っ!雛苺ぉっ!!どうしてぇっ!!」
半狂乱になりながら、がくがくと雛苺を揺さぶる真紅。
受け入れがたいその現実を、真紅が頭の中で認めた時、何かがぷつんと切れた。
「うっ………うあぁ……」
頭を抱える真紅。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!」
真紅が絶叫する。
それに反応し、びくっとする薔薇水晶。
「いやああっ!雛苺っ!雛苺ぉっ!!どうしてぇっ!!」
半狂乱になりながら、がくがくと雛苺を揺さぶる真紅。
160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 22:52:41.25 ID:7ngzqpX+0
「………」
真紅は雛苺を抱いたまま、小刻みに震え続ける。
「………」
自分が何をしてしまったのか。
育んだものがどうなってしまったのか。
薔薇水晶はそれだけは、はっきりと理解出来ていた。
だからこそ、目の前の第5ドールへの恐怖が
増大し、動く事も、喋る事も、抑えられていた。
「………」
自分はこれから何をされるのだろう。
どうなってしまうのだろう。
その恐怖が、薔薇水晶を支配する。
「……薔薇水晶」
真紅が口を開いた。
真紅は雛苺を抱いたまま、小刻みに震え続ける。
「………」
自分が何をしてしまったのか。
育んだものがどうなってしまったのか。
薔薇水晶はそれだけは、はっきりと理解出来ていた。
だからこそ、目の前の第5ドールへの恐怖が
増大し、動く事も、喋る事も、抑えられていた。
「………」
自分はこれから何をされるのだろう。
どうなってしまうのだろう。
その恐怖が、薔薇水晶を支配する。
「……薔薇水晶」
真紅が口を開いた。
165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 23:07:15.92 ID:7ngzqpX+0
雛苺をもう一度床に寝かせ、真紅がおもむろに立ち上がった。
「ひっ」
コツ、コツ、と響く靴音。
がたがたと震え続ける薔薇水晶。
当然の事ながら、その足音は自分の目の前で止まる。
「……」
薔薇水晶は思わず顔を押さえる。
「貴女が、やったの?」
驚くほどの冷静な声。
「………」
薔薇水晶はそれには答えず、ただ小さく震えている。
その場にしゃがみ込む真紅。
「お願い、薔薇水晶」
両肩をつかむ。
「お願い、雛苺を返して」
声が震える。
「私の妹なの」
薔薇水晶が顔から手を離す。
「彼女は優しい子なの」
涙を流している真紅。
「純真で、純粋で、貴女があの人を一途に思っているのと同じように」
「……」
「ね、お願い、お願いだから、返して」
「ひっ」
コツ、コツ、と響く靴音。
がたがたと震え続ける薔薇水晶。
当然の事ながら、その足音は自分の目の前で止まる。
「……」
薔薇水晶は思わず顔を押さえる。
「貴女が、やったの?」
驚くほどの冷静な声。
「………」
薔薇水晶はそれには答えず、ただ小さく震えている。
その場にしゃがみ込む真紅。
「お願い、薔薇水晶」
両肩をつかむ。
「お願い、雛苺を返して」
声が震える。
「私の妹なの」
薔薇水晶が顔から手を離す。
「彼女は優しい子なの」
涙を流している真紅。
「純真で、純粋で、貴女があの人を一途に思っているのと同じように」
「……」
「ね、お願い、お願いだから、返して」
167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 23:15:20.64 ID:7ngzqpX+0
「ねえ薔薇水晶、答えて、お願いだから」
ゆさゆさと揺する。
「返して…あの子を…返してよ……」
両手を落とす。
「お願い…雛苺を返して……!!」
そのまま泣き崩れる真紅。
「ごめんなさい…」
薔薇水晶は雛苺を見つめたまま、涙を流し続けている。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「あの子は」
傍らにある、くしゃくしゃになった紙を取る真紅。
「貴女たちの事が大好きなのよ」
薔薇水晶はそれに描かれたものが何であるか、ようやく
理解した。
自分と、エンジュ。二人の。
「それなのに……」
「……わ…私…」
「どうして……」
再び、嗚咽が漏れ始めた。
ゆさゆさと揺する。
「返して…あの子を…返してよ……」
両手を落とす。
「お願い…雛苺を返して……!!」
そのまま泣き崩れる真紅。
「ごめんなさい…」
薔薇水晶は雛苺を見つめたまま、涙を流し続けている。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「あの子は」
傍らにある、くしゃくしゃになった紙を取る真紅。
「貴女たちの事が大好きなのよ」
薔薇水晶はそれに描かれたものが何であるか、ようやく
理解した。
自分と、エンジュ。二人の。
「それなのに……」
「……わ…私…」
「どうして……」
再び、嗚咽が漏れ始めた。
170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 23:31:52.76 ID:7ngzqpX+0
日が完全に落ち、薔薇水晶は放心したように、倉庫の片隅で
虚空を見つめていた。
「………」
あの後、真紅は何もしなかった。
憎しみを爆発させる事はなかったし、怒りに任せて攻撃して
くる事もなかった。
ただ、大切そうに雛苺を抱きかかえ、一度も振り向く事なく、
鏡に消えていった姿が、薔薇水晶の目に焼き付いている。
エンジュは驚き、ショックを受けた様子だった。
だが、彼も真紅にかける言葉もなく、また、薔薇水晶に
何を言ってよいか、分からない風だった。
全てを自分が壊してしまったのだ。自分の幼稚な感情が、
周りの世界を灰色に変えてしまった。
そして、薔薇水晶自身、気づいた事があった。
雛苺は、エンジュを『先生』として慕っていただけで、特別な
感情など持っていなかった。
持っていたのは、他でもない、自分自身だった。
それは普段気付かない、小さな小さな、心の奥に
隠れた想い。
『一緒にいたい』という、純粋な欲求だった。
虚空を見つめていた。
「………」
あの後、真紅は何もしなかった。
憎しみを爆発させる事はなかったし、怒りに任せて攻撃して
くる事もなかった。
ただ、大切そうに雛苺を抱きかかえ、一度も振り向く事なく、
鏡に消えていった姿が、薔薇水晶の目に焼き付いている。
エンジュは驚き、ショックを受けた様子だった。
だが、彼も真紅にかける言葉もなく、また、薔薇水晶に
何を言ってよいか、分からない風だった。
全てを自分が壊してしまったのだ。自分の幼稚な感情が、
周りの世界を灰色に変えてしまった。
そして、薔薇水晶自身、気づいた事があった。
雛苺は、エンジュを『先生』として慕っていただけで、特別な
感情など持っていなかった。
持っていたのは、他でもない、自分自身だった。
それは普段気付かない、小さな小さな、心の奥に
隠れた想い。
『一緒にいたい』という、純粋な欲求だった。
174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/05/07(水) 23:42:10.25 ID:7ngzqpX+0
ガチャ、と音がして、倉庫のドアが開いた。
薔薇水晶がそちらに視線を向けると、エンジュが立っていた。
「…薔薇水晶」
「………」
しばらくエンジュを見つめていたが、やがて再び虚空に視線を戻す。
「落ち着いたかい?」
エンジュが声を掛ける。
「…」
「……お父様」
かすれた声で、薔薇水晶が呟いた。
「…彼女はどうすれば戻ってくるの」
「え」
「…私、彼女に謝らないといけないの」
「薔薇水晶」
「……ごめんなさいって……」
「……」
「私がどうかしていたのって……」
膝を抱え直す。
「別にアリスゲームをしたいわけじゃなくて……」
エンジュは黙っている。
「……私は……ただ……」
薔薇水晶がそちらに視線を向けると、エンジュが立っていた。
「…薔薇水晶」
「………」
しばらくエンジュを見つめていたが、やがて再び虚空に視線を戻す。
「落ち着いたかい?」
エンジュが声を掛ける。
「…」
「……お父様」
かすれた声で、薔薇水晶が呟いた。
「…彼女はどうすれば戻ってくるの」
「え」
「…私、彼女に謝らないといけないの」
「薔薇水晶」
「……ごめんなさいって……」
「……」
「私がどうかしていたのって……」
膝を抱え直す。
「別にアリスゲームをしたいわけじゃなくて……」
エンジュは黙っている。
「……私は……ただ……」
179: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/07(水) 23:55:47.08 ID:7ngzqpX+0
エンジュには、ひとつしか方法が見当たらない。
「………」
けれど、それをこの少女に伝えてしまう事は、とても出来ない。
「ねえ、お父様」
「…うん?」
ぎゅっと拳を握る。
「……私が」
「うん」
「…一度、壊れてしまうしかないんでしょう」
エンジュは目を見開く。
「分かるの。私には……」
「……」
「私が、彼女のローザミスティカを奪ったのと同じように」
うつむくエンジュ。
「……誰かに、奪われてしまうしか、ないんでしょう」
そこまで言うと、薔薇水晶はエンジュを見上げ、
いやいやと首を振りながら、顔をくしゃくしゃにする。
「………」
けれど、それをこの少女に伝えてしまう事は、とても出来ない。
「ねえ、お父様」
「…うん?」
ぎゅっと拳を握る。
「……私が」
「うん」
「…一度、壊れてしまうしかないんでしょう」
エンジュは目を見開く。
「分かるの。私には……」
「……」
「私が、彼女のローザミスティカを奪ったのと同じように」
うつむくエンジュ。
「……誰かに、奪われてしまうしか、ないんでしょう」
そこまで言うと、薔薇水晶はエンジュを見上げ、
いやいやと首を振りながら、顔をくしゃくしゃにする。
180: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/07(水) 23:56:23.40 ID:7ngzqpX+0
「薔薇水晶……!」
思わず駆け寄る。
それを待っていたかのように、まるで子どものように
抱きつく。
「いや、怖い」
首を振る。
「壊れてしまいたくない」
涙を流す。
「闇の中になんて行きたくない」
ぎゅっと肩をつかむ薔薇水晶。
「私はどうしたらいいの…」
「……」
「助けて、お父様……」
薔薇水晶はしばらく泣き続けた。
そんな彼女を、エンジュは、強く抱き締めた。
思わず駆け寄る。
それを待っていたかのように、まるで子どものように
抱きつく。
「いや、怖い」
首を振る。
「壊れてしまいたくない」
涙を流す。
「闇の中になんて行きたくない」
ぎゅっと肩をつかむ薔薇水晶。
「私はどうしたらいいの…」
「……」
「助けて、お父様……」
薔薇水晶はしばらく泣き続けた。
そんな彼女を、エンジュは、強く抱き締めた。
195: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 00:41:03.85 ID:0ydVy5mw0
薔薇水晶が次に目覚めた時、傍らに人影が座っていた。
「起きた?」
「ん……」
「うなされていたわよ」
黒い翼を、時おり撫でる。
美しい銀色の髪が、風になびく。
「貴女は……」
菜の花の甘い香り。
第1ドール、水銀燈が、春の日差しの中で、微笑んでいた。
「こんな所で寝ちゃってどうするのぉ」
「ご…ごめんなさい…」
しょぼくれる薔薇水晶。そんな薔薇水晶を、水銀燈が
優しく見つめた。
「ところで……」
「なぁに」
「どうして、貴女が?」
「ん?」
「確か……」
「頭カタイわねぇ。何だっていいじゃないのよぉ。別に」
「起きた?」
「ん……」
「うなされていたわよ」
黒い翼を、時おり撫でる。
美しい銀色の髪が、風になびく。
「貴女は……」
菜の花の甘い香り。
第1ドール、水銀燈が、春の日差しの中で、微笑んでいた。
「こんな所で寝ちゃってどうするのぉ」
「ご…ごめんなさい…」
しょぼくれる薔薇水晶。そんな薔薇水晶を、水銀燈が
優しく見つめた。
「ところで……」
「なぁに」
「どうして、貴女が?」
「ん?」
「確か……」
「頭カタイわねぇ。何だっていいじゃないのよぉ。別に」
196: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 00:41:38.24 ID:0ydVy5mw0
立ち上がる水銀燈。
「こういう所にも、来た事ないんでしょう?」
「……ええ」
「いいこと、薔薇水晶」
「はい」
「せっかく、お父様が特別に与えてくれた命なのだから」
「…はい」
「動けるうちに、色んなものを見て、楽しく過ごしなさい」
「………」
「菜の花の香りはとても甘いし」
「………」
「春の日差しはとても暖かい。」
膝を抱える水銀燈。
「テレビアニメだって、面白いものばかりよぉ。」
「………」
「この時代なら美味しいものが沢山食べられるし」
「……」
「公園に行けば、綺麗な噴水が見られる」
「……」
「こういう所にも、来た事ないんでしょう?」
「……ええ」
「いいこと、薔薇水晶」
「はい」
「せっかく、お父様が特別に与えてくれた命なのだから」
「…はい」
「動けるうちに、色んなものを見て、楽しく過ごしなさい」
「………」
「菜の花の香りはとても甘いし」
「………」
「春の日差しはとても暖かい。」
膝を抱える水銀燈。
「テレビアニメだって、面白いものばかりよぉ。」
「………」
「この時代なら美味しいものが沢山食べられるし」
「……」
「公園に行けば、綺麗な噴水が見られる」
「……」
199: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 00:42:22.27 ID:0ydVy5mw0
「私たちは、生まれた命じゃない。作られた命なの」
「……」
「どれだけ綺麗事を云ったって、その事実には抗えない」
「……」
「だから、私たちには、いつかは絶望が待っている」
「………」
「せめてそれまで、楽しく、幸せに暮らす事」
「………」
「それを手に入れるには、恐怖や、怯え、苦しみ」
「………」
「痛み、悲しみ、涙、我慢、屈辱」
「…………」
「色んなものを、何度も何度も、乗り越えないといけないけれど」
「………」
「それでも、逃げたり、後悔するよりは、幾分かマシな生活が出来るわ」
薔薇水晶はうつむく。
「だから」
「はい」
「自分が決して後悔しないだろう道を、選びなさい」
「……はい」
「貴女はまだ、この世界にいられるだから、ね」
「わかりました」
薔薇水晶は水銀燈を見据え、そう答えた。
水銀燈は微笑み、やがて、消えていった。
「……」
「どれだけ綺麗事を云ったって、その事実には抗えない」
「……」
「だから、私たちには、いつかは絶望が待っている」
「………」
「せめてそれまで、楽しく、幸せに暮らす事」
「………」
「それを手に入れるには、恐怖や、怯え、苦しみ」
「………」
「痛み、悲しみ、涙、我慢、屈辱」
「…………」
「色んなものを、何度も何度も、乗り越えないといけないけれど」
「………」
「それでも、逃げたり、後悔するよりは、幾分かマシな生活が出来るわ」
薔薇水晶はうつむく。
「だから」
「はい」
「自分が決して後悔しないだろう道を、選びなさい」
「……はい」
「貴女はまだ、この世界にいられるだから、ね」
「わかりました」
薔薇水晶は水銀燈を見据え、そう答えた。
水銀燈は微笑み、やがて、消えていった。
207: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 00:58:40.18 ID:0ydVy5mw0
少し気が遠くなったかと思うと、薔薇水晶は公園のベンチに
座っていた。
「…ここは……」
足音が聞こえる。
「…薔薇水晶」
先ほどとはうって変わって、優しい声。
振り向く薔薇水晶。
「あっ」
薔薇水晶は声を上げた。
「雛苺!!」
うす暗い林の中から現れたのは、自分が命を奪ってしまった雛苺だった。
「………雛苺!…ごめんなさい…私…私は…」
「…薔薇水晶?」
どこか透き通るような声。
「泣いているの?」
その言葉で、いつの間にか涙を流しているのに気づく。
「あ…の…」
「気にしないで」
雛苺が悲しげに微笑む。
「ヒナはアリスゲームに負けていたの」
「え」
「ずっと前に、真紅と闘って…」
うつむく雛苺。
座っていた。
「…ここは……」
足音が聞こえる。
「…薔薇水晶」
先ほどとはうって変わって、優しい声。
振り向く薔薇水晶。
「あっ」
薔薇水晶は声を上げた。
「雛苺!!」
うす暗い林の中から現れたのは、自分が命を奪ってしまった雛苺だった。
「………雛苺!…ごめんなさい…私…私は…」
「…薔薇水晶?」
どこか透き通るような声。
「泣いているの?」
その言葉で、いつの間にか涙を流しているのに気づく。
「あ…の…」
「気にしないで」
雛苺が悲しげに微笑む。
「ヒナはアリスゲームに負けていたの」
「え」
「ずっと前に、真紅と闘って…」
うつむく雛苺。
208: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 00:59:04.14 ID:0ydVy5mw0
「トモエや真紅や」
「……」
「ジュンにもう会えないのは淋しいけど」
薔薇水晶は項垂れる。
「ヒナのせいで、誰かが傷つくのは、もうイヤだから」
そう言うと、雛苺は微笑む。
「……うっ……あ…ひ…雛苺……うぅっ…」
「どうしたの、泣かないで」
しゃくり上げる薔薇水晶。
「ごめんね、ヒナのせいで」
その場に倒れこみ、薔薇水晶は泣き続ける。
雛苺は、そんな薔薇水晶を優しく撫でた。
「……」
「ジュンにもう会えないのは淋しいけど」
薔薇水晶は項垂れる。
「ヒナのせいで、誰かが傷つくのは、もうイヤだから」
そう言うと、雛苺は微笑む。
「……うっ……あ…ひ…雛苺……うぅっ…」
「どうしたの、泣かないで」
しゃくり上げる薔薇水晶。
「ごめんね、ヒナのせいで」
その場に倒れこみ、薔薇水晶は泣き続ける。
雛苺は、そんな薔薇水晶を優しく撫でた。
215: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 01:19:24.76 ID:0ydVy5mw0
「はっ!!」
薔薇水晶が飛び起きた時には、窓から日差しが入ってきていた。
「………」
いつもの部屋だ。
「夢…だったの……?それとも……」
胸を押さえる。
「…………」
じっと眼を閉じていた薔薇水晶は、5分ほどしてから再び眼を開ける。
その瞳に、いつもの鋭さが戻っていた。
「お父様」
台所にいるエンジュ。
「…あ、ああ、おはよう!」
何やら目の下にクマが出来ている。
「話があります」
静かな口調。
エンジュはこちらを見つめていたが、やがてコンロの火を消し、こくりと頷いた。
薔薇水晶が飛び起きた時には、窓から日差しが入ってきていた。
「………」
いつもの部屋だ。
「夢…だったの……?それとも……」
胸を押さえる。
「…………」
じっと眼を閉じていた薔薇水晶は、5分ほどしてから再び眼を開ける。
その瞳に、いつもの鋭さが戻っていた。
「お父様」
台所にいるエンジュ。
「…あ、ああ、おはよう!」
何やら目の下にクマが出来ている。
「話があります」
静かな口調。
エンジュはこちらを見つめていたが、やがてコンロの火を消し、こくりと頷いた。
218: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/08(木) 01:28:05.38 ID:0ydVy5mw0
「………認めるわけにはいかないな」
話を聞き終えたエンジュは、強い口調で言い放った。
「どうして」
「僕は君を一時的にしろ、失いたくはない。だから、そんな相談をされても、首を縦には振らない」
「…でも」
「『自刃するので後で直して下さい』なんて、それは勝手だ。君の身勝手だ」
首を横に振る。
「そう……」
薔薇水晶はうつむいた。
部屋の中。
薔薇水晶が、『責』という字を丁寧に書いている。
「……うーん」
漢字をよく知らない薔薇水晶は、自分の名前もまともに書けない。
「……でも、やらなきゃ」
頭がパンクしそうになりながらも、薔薇水晶は筆を走らせた。
話を聞き終えたエンジュは、強い口調で言い放った。
「どうして」
「僕は君を一時的にしろ、失いたくはない。だから、そんな相談をされても、首を縦には振らない」
「…でも」
「『自刃するので後で直して下さい』なんて、それは勝手だ。君の身勝手だ」
首を横に振る。
「そう……」
薔薇水晶はうつむいた。
部屋の中。
薔薇水晶が、『責』という字を丁寧に書いている。
「……うーん」
漢字をよく知らない薔薇水晶は、自分の名前もまともに書けない。
「……でも、やらなきゃ」
頭がパンクしそうになりながらも、薔薇水晶は筆を走らせた。
365: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 00:30:12.96 ID:4x0DCqkW0
ペンを置き、薔薇水晶は深呼吸する。
「ふうーっ」
しばらく、机の上の紙を見つめ、もう一度息を吐く。
「………」
胸に手を当てる。ほんの少し、あたたかい。
「………」
やがて立ち上がり、薔薇水晶は鏡の向こうへ消えた。
真紅が窓の外を見つめている。
「……」
呆けたように、視線を動かす事もなく、ぼんやりとしている。
部屋の隅、鞄の中で、雛苺が眠っている。
「………」
真紅はため息をついた。
「くんくんでも観ようかしら…」
ふぅ、と、もう一度ため息をつく真紅。
トン、トン、と階段を降り、一階に着いた時、視界の隅に
何かが映る。
「真紅」
目を見開く。
薔薇水晶が、立っていた。
「ふうーっ」
しばらく、机の上の紙を見つめ、もう一度息を吐く。
「………」
胸に手を当てる。ほんの少し、あたたかい。
「………」
やがて立ち上がり、薔薇水晶は鏡の向こうへ消えた。
真紅が窓の外を見つめている。
「……」
呆けたように、視線を動かす事もなく、ぼんやりとしている。
部屋の隅、鞄の中で、雛苺が眠っている。
「………」
真紅はため息をついた。
「くんくんでも観ようかしら…」
ふぅ、と、もう一度ため息をつく真紅。
トン、トン、と階段を降り、一階に着いた時、視界の隅に
何かが映る。
「真紅」
目を見開く。
薔薇水晶が、立っていた。
370: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 00:37:36.66 ID:4x0DCqkW0
「………」
真紅は何かを言おうとするが、うまく言葉が出てこない。
「真紅………」
悲しそうな表情になる。
「ば、薔薇水晶……」
「ごめんなさい…」
そう言って、薔薇水晶は頭を下げた。
「……」
「私のした事は、許される事ではないと思うわ……」
「……」
その場に座り込み、うつむく薔薇水晶。
真紅は、そんな彼女をじっと見つめる。
「……どうしてここへ?」
見つめたまま、真紅が口を開いた。
真紅は何かを言おうとするが、うまく言葉が出てこない。
「真紅………」
悲しそうな表情になる。
「ば、薔薇水晶……」
「ごめんなさい…」
そう言って、薔薇水晶は頭を下げた。
「……」
「私のした事は、許される事ではないと思うわ……」
「……」
その場に座り込み、うつむく薔薇水晶。
真紅は、そんな彼女をじっと見つめる。
「……どうしてここへ?」
見つめたまま、真紅が口を開いた。
373: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 00:44:56.99 ID:4x0DCqkW0
「………」
一瞬視線が泳ぐ。
「…実は」
ぎゅっと、両の拳を握り直す。
「お願いがあって…」
「…お願い?」
表情ひとつ変えない真紅。いや、変えられない、というべきか。
「貴女にお願いしたいの」
「………」
近づいていく真紅。
「私に何の用があるの?」
「……」
その声は無機質で、無頓着で、何か抜けがらのような空虚を感じさせる。
「………」
薔薇水晶は言葉をつぐんだ。
うつむき、少し鼓動が早まる。
一瞬視線が泳ぐ。
「…実は」
ぎゅっと、両の拳を握り直す。
「お願いがあって…」
「…お願い?」
表情ひとつ変えない真紅。いや、変えられない、というべきか。
「貴女にお願いしたいの」
「………」
近づいていく真紅。
「私に何の用があるの?」
「……」
その声は無機質で、無頓着で、何か抜けがらのような空虚を感じさせる。
「………」
薔薇水晶は言葉をつぐんだ。
うつむき、少し鼓動が早まる。
382: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:00:47.71 ID:4x0DCqkW0
言わなくてはいけない。
あの言葉を。
「……今から」
声が震える。
「何?」
薔薇水晶は目を閉じた。
迷いは消えない。
正解のない二択。
夢の中で、水銀燈が言っていた事。
ローザミスティカを奪われてなお、自らを慰めてくれた雛苺。
彼女たちが伝えてくれた事を、今一度思い返す。
けれど、彼女たちも知らない事実を、薔薇水晶は今、痛いほど自覚している。
薔薇水晶は、ローゼンメイデンではない。
当然、ローザミスティカも持ち得ない。
「…………」
長い、長い沈黙が過ぎた。
あの言葉を。
「……今から」
声が震える。
「何?」
薔薇水晶は目を閉じた。
迷いは消えない。
正解のない二択。
夢の中で、水銀燈が言っていた事。
ローザミスティカを奪われてなお、自らを慰めてくれた雛苺。
彼女たちが伝えてくれた事を、今一度思い返す。
けれど、彼女たちも知らない事実を、薔薇水晶は今、痛いほど自覚している。
薔薇水晶は、ローゼンメイデンではない。
当然、ローザミスティカも持ち得ない。
「…………」
長い、長い沈黙が過ぎた。
385: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:06:19.47 ID:4x0DCqkW0
真紅の目にも、薔薇水晶が震えているのがよくわかった。
そんなに強い子ではない。
きっと、何かに怯えていて、その恐怖に、必死に向き合おうとしているのだろう。
「………」
それでも、今の真紅に、彼女の肩を抱く事は出来ない。
だから、真紅は何も云わなかった。
「ね、真紅……」
絞り出すような声。
「…ホーリエを」
こちらを見つめる薔薇水晶。
真紅が、少し首を傾げた。
そんなに強い子ではない。
きっと、何かに怯えていて、その恐怖に、必死に向き合おうとしているのだろう。
「………」
それでも、今の真紅に、彼女の肩を抱く事は出来ない。
だから、真紅は何も云わなかった。
「ね、真紅……」
絞り出すような声。
「…ホーリエを」
こちらを見つめる薔薇水晶。
真紅が、少し首を傾げた。
389: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:14:26.07 ID:4x0DCqkW0
「どうして?」
「……私」
握っていた両手で、自らの肘を抱きかかえる。
「貴女と雛苺に謝らなきゃいけないの」
「………」
「…怖いけれど」
「………」
「正直」
ぶんぶんと首を振る薔薇水晶。
「…自分がどうなってしまうのか、怖い…考えたくない」
「……」
「でも」
震えは止まらない。
「…後悔しない道を選ぶわ、私は」
「……」
「だから貴女にお願いがあるの」
おもむろに、髪飾りの水晶を手に取る。
真紅は彼女が何をしようとしているか、そこで何となく理解出来た。
「……私」
握っていた両手で、自らの肘を抱きかかえる。
「貴女と雛苺に謝らなきゃいけないの」
「………」
「…怖いけれど」
「………」
「正直」
ぶんぶんと首を振る薔薇水晶。
「…自分がどうなってしまうのか、怖い…考えたくない」
「……」
「でも」
震えは止まらない。
「…後悔しない道を選ぶわ、私は」
「……」
「だから貴女にお願いがあるの」
おもむろに、髪飾りの水晶を手に取る。
真紅は彼女が何をしようとしているか、そこで何となく理解出来た。
392: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:24:00.70 ID:4x0DCqkW0
次の瞬間、ドッ、という鈍い音と共に、薔薇水晶はそれを
自らの胸に突き立てる。
「う……」
「薔薇水晶!」
薔薇水晶の顔が苦痛に歪む。
駆け寄る真紅。
身体が揺れ、真紅がそれを支える。
「何てことを……」
「いいの、それより」
薔薇水晶の身体が光り始め、ピンク色のローザミスティカが出現した。
「これは……雛苺の…これを、彼女に……」
「え?」
「私のお願いはそ……れだけ……ホーリエに……」
真紅は反射的にホーリエを呼び出し、守らせる。
薔薇水晶は目を閉じ、ぐったりと真紅に身体を預けていた。
「しっかりして」
「…………」
薔薇水晶の身体から力が抜け、床に崩れ落ちた。
自らの胸に突き立てる。
「う……」
「薔薇水晶!」
薔薇水晶の顔が苦痛に歪む。
駆け寄る真紅。
身体が揺れ、真紅がそれを支える。
「何てことを……」
「いいの、それより」
薔薇水晶の身体が光り始め、ピンク色のローザミスティカが出現した。
「これは……雛苺の…これを、彼女に……」
「え?」
「私のお願いはそ……れだけ……ホーリエに……」
真紅は反射的にホーリエを呼び出し、守らせる。
薔薇水晶は目を閉じ、ぐったりと真紅に身体を預けていた。
「しっかりして」
「…………」
薔薇水晶の身体から力が抜け、床に崩れ落ちた。
399: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:34:01.88 ID:4x0DCqkW0
ドンドン、とドアを叩く音がする。
ほどなくして、エンジュが飛び込んできた。
「薔薇水晶!!」
玄関を開けたエンジュの目に映ったのは、真紅と雛苺、金糸雀、巴、ジュン、
そしてその中央に横たわる、薔薇水晶。
「先生!」
「薔薇……」
がくんと膝をつくエンジュ。右手に持った紙が、床へ落ちる。
「う……」
頭を抱える。
「うおおおおおおあああああ!!!!」
光を失った最愛の人形を前に、エンジュが絶叫した。
ほどなくして、エンジュが飛び込んできた。
「薔薇水晶!!」
玄関を開けたエンジュの目に映ったのは、真紅と雛苺、金糸雀、巴、ジュン、
そしてその中央に横たわる、薔薇水晶。
「先生!」
「薔薇……」
がくんと膝をつくエンジュ。右手に持った紙が、床へ落ちる。
「う……」
頭を抱える。
「うおおおおおおあああああ!!!!」
光を失った最愛の人形を前に、エンジュが絶叫した。
402: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:42:14.59 ID:4x0DCqkW0
――――ごめんなさい、お父様
――――私は、今回だけ、あなたに逆らうことにしました
――――別に、お父様がキライなわけじゃないのです
――――私自身が、そうする事を選んだのです
――――私の幼ちな心が招いたことだから
――――私のワガママで締めくくらせてほしいのです
――――読みづらかったら、ごめんなさい
――――辞典で調べながら、書いてるので
――――この国の文字は、どうしてこんなにむずかしいのかしら
――――私は、今回だけ、あなたに逆らうことにしました
――――別に、お父様がキライなわけじゃないのです
――――私自身が、そうする事を選んだのです
――――私の幼ちな心が招いたことだから
――――私のワガママで締めくくらせてほしいのです
――――読みづらかったら、ごめんなさい
――――辞典で調べながら、書いてるので
――――この国の文字は、どうしてこんなにむずかしいのかしら
405: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:46:24.56 ID:4x0DCqkW0
――――ここから先は、真紅たちには読まれないように
――――して下さい。恥ずかしいので
――――お父様
――――私はあの時、公園に行って
――――良かったと思っています
――――色んなものが見れて
――――それから色んな体験をしたからなのです
――――私はローゼンメイデンじゃない
――――だけど
――――して下さい。恥ずかしいので
――――お父様
――――私はあの時、公園に行って
――――良かったと思っています
――――色んなものが見れて
――――それから色んな体験をしたからなのです
――――私はローゼンメイデンじゃない
――――だけど
409: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:51:29.69 ID:4x0DCqkW0
――――お父様に愛されたい
――――それだけが私の全てだった
――――いつの間にか、それだけが当たり前だと
――――世界の全てだと
――――でもちがった
――――お父様
――――私のいれるお茶は、美味しいらしいです
――――真紅たちが、いえ、お姉さまたちが、そう言ってくれたのです
――――その時、私はなんだかうれしかった
――――それだけが私の全てだった
――――いつの間にか、それだけが当たり前だと
――――世界の全てだと
――――でもちがった
――――お父様
――――私のいれるお茶は、美味しいらしいです
――――真紅たちが、いえ、お姉さまたちが、そう言ってくれたのです
――――その時、私はなんだかうれしかった
411: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 01:56:23.23 ID:4x0DCqkW0
――――正直、私には、何が何だか
――――倒してローザミスティカを集めて……
――――それが一気にどうでもよくなった
――――ごめんなさい 私は少しおかしくなったのかもしれません
――――何を大切にしていいか、よくわからなくなりました
――――でも
――――真紅も、雛苺も、優しくて
――――その優しさの中に、私も一緒にいたいと思った
――――倒してローザミスティカを集めて……
――――それが一気にどうでもよくなった
――――ごめんなさい 私は少しおかしくなったのかもしれません
――――何を大切にしていいか、よくわからなくなりました
――――でも
――――真紅も、雛苺も、優しくて
――――その優しさの中に、私も一緒にいたいと思った
413: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:00:39.24 ID:4x0DCqkW0
――――怒ったでしょうか?もし怒ってたら
――――きっと、私には、お父様と、もう一緒にいる資かくはないのだと思います
――――お父様に怒られてもいいから
――――お姉さまたちの優しさに触れていたい 私はそうしたい
――――だから
――――どうか彼女たちを責めないで
――――私が選んだ事だし
――――私は、6番めのお姉さまに
――――あやまりたい だけなので
――――きっと、私には、お父様と、もう一緒にいる資かくはないのだと思います
――――お父様に怒られてもいいから
――――お姉さまたちの優しさに触れていたい 私はそうしたい
――――だから
――――どうか彼女たちを責めないで
――――私が選んだ事だし
――――私は、6番めのお姉さまに
――――あやまりたい だけなので
415: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:04:02.60 ID:4x0DCqkW0
――――最後に
――――私は、やっぱり怖いです
――――皆と
――――何より
――――お父様と、一緒にいたいけど
――――私はこれから、一人でどこか別のところに
――――行かなくてはいけない
――――どうやって戻ってきたらいいのかも、ろくに考えていないし
――――私は、やっぱり怖いです
――――皆と
――――何より
――――お父様と、一緒にいたいけど
――――私はこれから、一人でどこか別のところに
――――行かなくてはいけない
――――どうやって戻ってきたらいいのかも、ろくに考えていないし
416: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:07:44.80 ID:4x0DCqkW0
――――だから、もし許されるのであれば
――――どうか私を、見つけてほしいのです
――――こないだ林で迷子になってしまったように
――――私はすぐに迷子になってしまうから
――――でも、腰の痛みがあれば
――――それは治療してからにして下さいね
――――世界で一番大好きな
――――私のお父様へ
薔薇水晶
――――どうか私を、見つけてほしいのです
――――こないだ林で迷子になってしまったように
――――私はすぐに迷子になってしまうから
――――でも、腰の痛みがあれば
――――それは治療してからにして下さいね
――――世界で一番大好きな
――――私のお父様へ
薔薇水晶
420: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:19:31.90 ID:4x0DCqkW0
「ふわ~あ、…あれ、真紅」
リビングのドアを開けるジュン。
「あら、起きたの?もう夕方よ」
音量を下げる真紅。
「えっ、ホントか?」
意外そうな返事をする。
「ええ、もうくんくんが始まってるもの」
「そうかぁ」
「そうかぁ、じゃないでしょう。のりに洗濯物頼まれてたんじゃないの?」
ふうっとため息をつく。
ジュンの顔が、一気に青ざめた。
「やっ、やっべぇ!!」
ドタドタと走りまわる。
「全く………使えない下僕ね。ジュン、ちょっと」
だだだ、とリビングに入ってくる。
「な、なんだ」
「雛苺たちが戻ってきたら、あの子の服も洗濯しておくのよ」
「なんでだよ」
やれやれ、という風に両手を上げる真紅。
「汚れるでしょう。皆で土手に行ってるのだから」
423: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:27:03.32 ID:4x0DCqkW0
「あーん、待ってなの金糸雀ー」
「早くくるかしらー」
土手で、金糸雀と雛苺が、追いかけっこをしている。
「……ふう」
夕日を浴びながら、巴がぼんやりと二人を見つめている。
ヒュウッと風が抜け、そのひんやりとした感覚に、巴は
思わず腕をさする。
「わっぷ」
べしゃっとつまずく雛苺。
「あ、雛苺」
立ち上がる巴。
「大丈夫か?」
傍らで見ていたエンジュが声をかける。
「平気なの!」
「やれやれ……」
再び走り出す雛苺に、エンジュは苦笑する。
その腕の中で、薔薇水晶が静かに眠っている。
「早くくるかしらー」
土手で、金糸雀と雛苺が、追いかけっこをしている。
「……ふう」
夕日を浴びながら、巴がぼんやりと二人を見つめている。
ヒュウッと風が抜け、そのひんやりとした感覚に、巴は
思わず腕をさする。
「わっぷ」
べしゃっとつまずく雛苺。
「あ、雛苺」
立ち上がる巴。
「大丈夫か?」
傍らで見ていたエンジュが声をかける。
「平気なの!」
「やれやれ……」
再び走り出す雛苺に、エンジュは苦笑する。
その腕の中で、薔薇水晶が静かに眠っている。
425: ◆JtU6Ps3/ps 2008/05/09(金) 02:34:02.48 ID:4x0DCqkW0
「よっこいしょ」
薔薇水晶を抱き直すエンジュ。
髪を撫で、眼帯のない穏やかな寝顔に、少し笑みをこぼす。
「…………」
ゆっくりと、その両の瞳が開かれる。
「起きたかい?」
「………」
寝ぼけ眼でエンジュを見上げ、ぽふっと、その胸に頬を沈ませる。
「あ、薔薇水晶が起きたのー」
雛苺がこちらに近づいてくる。
「おはよう、お姉さま……」
薔薇水晶は、そう言って、優しく微笑んだ。
エンジュの腕から飛び降り、追いかけっこに加わる薔薇水晶。
その髪飾りの水晶に、夕日のオレンジが、鮮やかに反射し続けていた。
【完】
薔薇水晶を抱き直すエンジュ。
髪を撫で、眼帯のない穏やかな寝顔に、少し笑みをこぼす。
「…………」
ゆっくりと、その両の瞳が開かれる。
「起きたかい?」
「………」
寝ぼけ眼でエンジュを見上げ、ぽふっと、その胸に頬を沈ませる。
「あ、薔薇水晶が起きたのー」
雛苺がこちらに近づいてくる。
「おはよう、お姉さま……」
薔薇水晶は、そう言って、優しく微笑んだ。
エンジュの腕から飛び降り、追いかけっこに加わる薔薇水晶。
その髪飾りの水晶に、夕日のオレンジが、鮮やかに反射し続けていた。
【完】
引用元: ・ローゼンメイデンの話「小さな恋の物語」
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