2: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:36:31.11 ID:qhDNFqq10
誰かが呼んでいる。
ぬるく澱んだ水底から、暗く深い声が呼んでいる。

(来ヨ……)

ずっと昔から、この声を知っている。
この、呼びかける誰かの声を。

(サキ……)

(……キ、サキ……)

繰り返し繰り返し。誰かがずっと私の名を呼び続けている。
そう、ずっとずっと……ずっと昔から。

―――――誰?私を呼ぶのは誰なの?

(来ヨ、サキ……)

―――――そんな風に呼ばないで。

(来ヨ、我ガ元ヘ……)

その響きに惹かれ、
この心地良い闇の中へ溶け込んでしまいたくなるから。

(早く来ヨ、コノ腕ノウチヘ……)



―――――呼ばないで……





「……咲。起きなさい、咲……」

咲「……ん……」

3: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:37:40.43 ID:qhDNFqq10
咲が重い瞼を押し開くと。
姉の照が思案げに眉をひそめ、覗きこんでいた。

咲「お姉ちゃん……?」

照「おはよう、咲。大丈夫?随分とうなされてたけど。また悪い夢でも見たの?」

咲の額についた汗の粒を指先でぬぐいながら、
照が問いかける。

―――――夢をみた。誰かが自分を呼ぶ夢。
暗い所から聞こえてくる、その声が心地良くて。
……嫌な夢だった。

照「よく分からない。それが嫌な夢なの?心地良いのなら、良い夢なんじゃないの?」

咲「………」

心地良くて……それが嫌だった。
夢を思い出して黙り込む咲に、照はふっと息をついて立ち上がった。

照「夢の話はもういいから、そろそろ起きなさい。朝食が冷めてしまうから」

宥めるように咲の肩を叩くと、照は咲の部屋を出ていった。

4: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:40:08.82 ID:qhDNFqq10
咲は制服に着替えてリビングへと向かう。
食卓には姉がコーヒーカップを傾けている姿があった。

照「さあ、早く食べてしまいなさい。転校初日から遅刻したくないでしょ?」

咲「うん。いただきます」

照「本当は、親代わりの私がついていくべきなんだろうけど……」

咲「大丈夫だよ。お姉ちゃんも大学が忙しいでしょ。私なら一人でも平気」

咲はもう16歳、高校2年生だ。
転校初日に保護者の付き添いが欲しい年齢でもない。

咲「……お姉ちゃんが、私を心配する気持ちは分かるけど……」

自分は前の学校で騒ぎを起こし、退学になった身だから。
咲は苦い思いでそう言葉を続けた。

照「咲、あれはお前の責任じゃない。気にしないで、もう忘れなさい」

咲「……それだけじゃない。私がお姉ちゃんに迷惑をかけたのは」

―――――三年前の、あの時も。

その囁きを耳にした照は、眉をひそめて咲を見た。

照「咲……」

父と母―――――

咲と照の両親が亡くなってから、もう三年の月日が過ぎた。

三年前。今でも鮮明に覚えている。
忘れることなど出来ない。

5: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:42:08.48 ID:qhDNFqq10
両親が事故で亡くなった当時。
あの頃、すべてを拒んで閉じこもるしかなかった咲を救ったのは姉だった。

それだけで十分だ。
これ以上、自分のことで姉に迷惑をかけたくはなかった。

咲「私のことは心配しなくていいから」

照「咲……」

照は椅子を引いて立ち上がる。
そして、咲の頬を両の手のひらで包んだ。

照「咲、私はお前のたった一人の姉。迷惑だなんて思ったことは一度だってない」

咲「お姉ちゃん……」

照「両親が死んで、私達は二人きりの家族になってしまった。咲の存在があったからこそ、私は今まで頑張ってこられたの」

咲「一人だったらとうに潰れていたと思う。私のそばに咲がいてくれて、本当に良かった」

咲「……ありがとう。お姉ちゃん……」

照「さあ、早く食べてしまわないと遅刻しちゃうよ」

咲「うん」

姉の言葉に頷きながら、咲は箸を手に取った。

6: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:44:06.88 ID:qhDNFqq10

――――――――――

咲が食事を済ませて身支度を終えた頃。
来客を知らせる呼び鈴が鳴った。

照「良子さんが来たみたいだね」

咲「え……」

照の言葉に咲は驚く。

戒能良子は、亡くなった母の姉の娘。
つまり咲たち姉妹のいとこに当たる人だ。

咲「どうして良子さんがこんな時間にここへ?」

照「ああ、咲には話してなかったね。咲が今度通うことになる高校で良子さんは教鞭をとってるの。担当科目は科学だったかな」

咲「え、そうなの?」

姉の言葉に咲は目をまるくする。

良子「ノー!ばらさないでくださいよ、照。せっかく今日まで隠して私が自分で驚かそうと思ってたのに」

いつの間に上がり込んだのか。
咲の背後には、良子が人の悪い笑顔を浮かべて立っていた。

照「それは悪いことをしました」

良子「咲。久々に会えたいとこに、会えて嬉しいの言葉はないんですか?」

咲「……会えて嬉しい、です」

良子「オーケー。素直でいい子ですね」

嬉しそうにそう言うと、良子は咲の髪をかき混ぜた。

7: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:46:05.58 ID:qhDNFqq10
良子「まあ、あまり久しぶりって気もしませんけどね。二週間前も一緒に食事しましたし」

照「そうですね」

良子「あ、引っ越しの日は手伝えなくてソーリーでした。人手が足りないって駆り出されてましたので」

照「教師もなかなか大変なんですね」

良子「まあ行事前ですからね。……咲」

咲「はい」

良子「前の学校のことでは、力になれなくてすみませんでした」

咲「……」

良子「すぐ傍にいてやれなかったことを、あの時ほど悔やんだことはありませんでした」

照「良子さん、その話はもう……」

良子「でも、これからはずっと傍にいてやれますから。何かあったらすぐに相談してくださいね」

咲「……はい」

良子「思ったより元気そうで安心しました。咲、それじゃあそろそろ出発しましょうか」

咲「はい。よろしくお願いします」

良子「照、大事な妹は私が責任をもって預かるので安心してください」

照「良子さん。咲を頼みます」

8: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:48:16.09 ID:qhDNFqq10

――――――――――

良子が運転する車の助手席に収まった咲は、
窓の外の景色に目を向けていた。

良子「咲たち一家がこの街を離れて、もう10年ほどになるそうですね」

咲「はい」

良子「どうですか。ここもその頃とは随分と変わったでしょう」

いとこに水を向けられ、咲は返答につまった。
咲はかつて、健在だった両親や姉とともに、この街に住んでいた。
しかし、この街で暮らした日々のことはあまり覚えていない。

咲がこの街で過ごしたのは7歳まで。
幼かったせいか、その頃の記憶はひどく曖昧だ。

変わったどころか、街中で覚えのある眺めはひとつも存在しない。
咲は正直にそう答えた。

良子「そうですか。それならどこに行っても初めて見るものばかりで目一杯この街を楽しめるってことですね」

良子「観光スポットが結構ありますので、今度ゆっくりと案内してあげます」

咲「ありがとうございます。良子さん」

良子「ほら、見えてきました。あの白い建物が、咲が今日から通うハイスクールです」

咲「結構綺麗なんですね……」

良子「数年前にできたばかりの新設校ですからね」

9: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:51:03.37 ID:qhDNFqq10

――――――――――

正門を横切り、職員室の駐車場に車を停めると。
良子は校舎を仰ぎ見る咲に言った。

良子「ウェルカム!我らが学び舎、私立りつべ女学園へ」

良子「まだHRまでには時間がありますね。それじゃあ咲の教室へ案内がてら送りましょう」

咲「よろしくお願いします」

良子「食堂も広くてメニューも豊富なんですよ。後でお昼時に案内しますので、一緒に食べましょう」

良子に連れられ、校内に足を踏み込んだところに。
ひとりの女性が近づいてきた。


「おはよう。戒能先生」

良子「愛宕理事長。おはようございます」

咲(この人が、この学校の理事長……)

雅枝「おや?そっちの子は……」

咲「宮永咲です。今日からこの学校にお世話になります」

縁あって咲を学園に受け入れてくれることを承諾してくれた恩人に向かい、
咲は深々と頭を下げた。

雅枝「ああ、君があの……。歓迎するで、宮永咲さん」

鷹揚に手を振ると、雅枝は駐車場の方へと向かっていった。

良子「さあ、教室へ行きましょうか。咲」

10: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:54:43.81 ID:qhDNFqq10

――――――――――

感情を出さないように気をはりながら。
咲は自分を紹介する担任の言葉を聞いていた。

先ほどからやたらとこの女性教師が咲の肩に触れてくるので、
不快感を抑えるのに必死だ。

咲は他人に触れられるのが苦手だった。
姉や良子のような、ごく親しい人たち以外には、肩を叩かれることも辛い。

教室中の生徒たちが咲に対して、好奇心に満ちた無遠慮な視線を向けてくる。
たまらな苦痛だった。


担任「というわけで。今日はあなた達に新しいクラスメイトを紹介するわ」

咲「宮永咲です。よろしくお願いします」

担任「ええっと、宮永さんの席は……」

担任教師が咲の席を指示しようとした時。
あっ、と驚きの声をあげた生徒がいた。

由暉子「あなたは……!」

担任「どうしたの?真屋さん」

穏乃「あーっ!!」

担任「高鴨さんまで……いったい何なの?」

由暉子「あ……すみません。何でもありません」

穏乃「私も何でもないです!」

担任「そうなの?と、とにかく宮永さん、あなたの席はこの列の一番後ろよ」

咲「はい」

言われた席に向かう間にも、時季外れの転入生に対する興味が隠せない様子で、咲の挙動を視線が追う。
咲は自分に向けられる全ての視線を拒むように、無言のまま与えられた席についた。


新しい授業のたび、担当教師に挨拶のため立たされたが、それ以外特に変わったことはない。
午前中のカリキュラムは、そうして滞りなく終了した。

11: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 16:57:40.17 ID:qhDNFqq10
昼を知らせるチャイムの音に、生徒たちは各々の予定に従い、席を立つ。
校内には生徒が自由に利用できる食堂と購買部が用意されている。
良子の「お昼は一緒に食べよう」との言葉を思い出し、咲も席を立った。
これまでの休み時間と同様、話しかけたそうな生徒を寄せ付けない態度で咲は教室を出ようとした。

その時。ひとりの生徒がためらいがちに咲へと寄ってきた。
それはあの、真屋と呼ばれていた生徒だった。
どこか咲を懐かしいような気持ちにさせる面差しの少女。

由暉子「あの、宮永さん」

咲が無言のまま見ると、気後れしたように息を飲んだ。
だが覚悟を決めた眼差しで、咲に話しかけた。

由暉子「私、真屋由暉子といいます。あの、宮永さんはこの街に住んでいたことがありませんか?」

咲「……確かに住んでいたけど」

由暉子「やっぱり!あの、もしかしてあなたは昔一緒に遊んだ『咲ちゃん』じゃないですか?」

咲「え……」

由暉子「私のこと、覚えてませんか?小学校の頃、ほんの少しでしたけど、一緒に過ごしましたよね」

言われて、改めてその少女の顔を見つめ直す。
咲にじっと見つめられて、少女の頬が桜色に染まる。

優しい眼差し。柔らかな輪郭。
咲の記憶の琴線に、わずかに触れるものがあった。

12: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:00:41.31 ID:qhDNFqq10
由暉子「お屋敷の広いお庭で、遊びましたよね。覚えてませんか……?」

その言葉で、目の前の少女が記憶のなかの面影と重なった。

この街で過ごした最後の数か月。
咲は屋敷の庭に迷い込んだ少女と親しくなった。

当時、小学校に通っていなかった咲に同い年の友達ができたのは初めてで、嬉しかった記憶がある。
その後、あまりに突然の引っ越しに、彼女にさよならも言えなかった。

曖昧なこの街の記憶のなか。
あの少女のことは、思い出として微かに残っている。

由暉子―――――ユキ。

思い出した。あの少女の名前は、確かユキだった。

咲「ユキちゃん……」

由暉子「!!やっぱり咲ちゃんだったんですね。良かった……私、ずっと咲ちゃんに会いたかったんです」

穏乃「あなたは……やっぱりあの咲なんだ」

ふと、由暉子と咲の間に別の声が割って入った。

由暉子「穏乃ちゃん」

ユキが穏乃と呼ぶ少女が咲の前に立つ。
まっすぐに咲を見つめる、力強い瞳が印象的な少女だった。

穏乃「咲。まず私たちに言わなきゃいけない言葉があるでしょ」

咲「……?」

穏乃「あなたがあの咲なら、黙って引っ越したことを謝りなよ」

咲「え……」

13: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:02:43.38 ID:qhDNFqq10
穏乃「何でだよ!たった一言でいいのに、何であの時引っ越すって言わなかったんだよ!」

咲「あ、あの……」

穏乃「ずっと、黙っていなくなった咲のこと、心配してたんだよ……」

引っ越しのことは咲と由暉子、二人だけの話のはずなのに。
穏乃の口ぶりでは、彼女も関わりがあるように聞こえる。
不審に思った咲は率直にその疑問をぶつけた。

咲「あなたも、私を知っているの?」

穏乃「え……?」

由暉子「咲ちゃん?」

穏乃「もしかして、私のこと忘れちゃってるの!?」

咲「う、うん……」

穏乃「そんな……本気で私のこと覚えてないの!?じゃあ、あの時交わした約束のことも覚えてないっていうのか!?」

かっとなった穏乃が腕を伸ばして咲の肩を掴んだ。

咲「!!触らないで」

穏乃「え……」

咲は反射的にその腕を振り払った。
咲の過剰な反応に、穏乃はあっけにとられたように一瞬言葉を失う。

穏乃「なんで……」

咲「私に触らないで」

咲のその反応は、反射的な恐怖心から出た行動だった。

14: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:04:27.48 ID:qhDNFqq10
咲は他人に触れられることを極端に嫌っていた。
心構えができている時ならともかく、こんな風に突然触られることには慣れていない。
防衛本能が働き、自分でも意識しないうちに穏乃の腕から逃れる行動に出ていた。

穏乃「なんだよ、その態度!……あったまきたー!」

咲の行動にさらに怒りをあおられた穏乃は、
咲に詰め寄って両肩をわし掴みにしようとする。

咲「……っ!!」

穏乃の腕を避けようと後ずさった咲の体が当たり、
机や椅子がけたたましい音を立てて倒れる。

由暉子「やめてください、穏乃ちゃん!」

穏乃「ユキ……」

由暉子「こんなの、いつもの穏乃ちゃんらしくないです」

穏乃「……私……」

担任「こら、どうしたの?この騒ぎは」

騒ぎを聞きつけ、教師が慌てた様子でその場に駆け付けた。

担任「原因はあなた達なの?」

穏乃「う……はい……」

咲「………」

担任「高鴨さん、宮永さん。二人とも、放課後に職員室に来なさい。いいわね?」

穏乃「……はい」

とりあえず騒ぎに収拾を付けた担任教師は教室を出て行った。
後に残された生徒たちは、何となく気まずい雰囲気で互いに顔を見合わせる。

15: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:06:36.08 ID:qhDNFqq10
遠巻きに咲の様子を伺い、生徒たちが囁き合う。
咲は無言で机や椅子を起こしはじめる。由暉子も黙って咲の手伝いをした。
ようやく教室内が元のように動きを取り戻した。

穏乃「………」

咲を見つめ、穏乃が何か言いたげに口を開いたが、
結局何も言わぬまま唇を閉ざしてしまう。




その日の全授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
勉強から解放された生徒たちが、晴れやかな表情で席を立つ。

咲も帰ろうと席を立った時。
昼間の騒ぎで担任に呼び出されたことを思い出した。


1、職員室に向かう
2、呼び出しを無視する

安価下

17: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:16:42.12 ID:qhDNFqq10
担任からの呼び出しを無視するわけにはいかず、
咲は職員室へと向かった。

咲が職員室に入り、担任教師の席までいくと、
穏乃はまだ来ていないようだった。

書類に目を落とす担任に声をかけると、
担任はあからさまに不快げな顔つきで咲を見やる。

何気なく目を向けると、担任が見ていた書類の内容が目に入る。
それで担任の不機嫌な理由が分かった。

前の学校での咲の記録を調べていたのだ。
つまり、咲が退学せざるを得なかった事情を知ったのだろう。

咲「………」

それから間もなく、穏乃も姿を現した。

担任「宮永さん、転校早々とんだ騒ぎを起こしてくれたものね……」

溜息をつきながら担任が言うと、鉛筆で神経質に机をたたいた。
放課後の職員室には他に数人の教職員や生徒が出入りしていたが、咲たちに目を向ける者はいなかった。

担任「宮永さん、あなたを受け入れたのは理事長の特別なはからいによるものよ」

咲「………」

担任「あなたの受け入れに学園の教職員が全員納得した訳ではないのよ」

何しろあなたは、教師に対する暴力沙汰で前の学校を退学になったような生徒だからね。
いかにもそう続けたそうな、担任の目つきだった。

18: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:19:56.88 ID:qhDNFqq10
彼女が警戒するのも仕方ない。
真相がどうあれ、咲が前の学校を『教師に手をあげた』という理由で退学になったのは事実だったから。

担任「この学園で騒ぎを起こされては困るのよ。宮永さん」

咲「………」

担任「全く、初日からなんてこと。これじゃ私の立場が……」

穏乃「ちょっと待ってください、先生!」

穏乃「さっきから聞いてたら、先生、一方的に咲が悪いって決めつけてる」

担任「そ、それは、その……」

穏乃「何だか変です。咲が悪いって考える根拠でもあるんですか?」

担任「よ、よしなさい。あまり騒がないで……」

穏乃「今回の騒ぎは私が先に手を出したんです。なので私が悪かったです」

穏乃「でもそれだけに、咲に対する先生の態度は気に入りません。どうして詳しい事情も聴かずに咲が悪いと決めつけるんですか?」

担任「あ……あなたね、高鴨さん!騒ぎを起こしておいて、その態度は何なの?」

担任「そうだ、あなたが騒ぎを起こしたのはこれが初めてじゃなかったわね。一体どういうつもりでこんな騒ぎを……」


1、穏乃を弁護する
2、黙っている

安価下

20: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:33:26.51 ID:qhDNFqq10
咲「……私が先に手をあげました」

咲の静かな口調に、担任と穏乃はあっけにとられた表情で口論をおさめた。

穏乃「何言い出すんだよ咲!もとはと言えば、私が咲に絡んだことが原因なのに……」

咲「………」

穏乃「咲、そんな風に諦めたような態度で庇われても私は嬉しくない」

穏乃「本当はもっと言いたい事があるんだろ?抑えこまずに話してくれよ!」

良子「まあまあ、ミス高鴨。そのぐらいにしときなさい」

穏乃「戒能先生……」

良子「誰もがユーのようにストレートな生き方を実践できる訳じゃないですからね」

その場の緊張をやわらげる、明るい声で現れたのは良子だった。
良子の名を呼ぼうと口を開きかけた咲に向かって、
『黙っていなさい』と言うように良子は目くばせする。

良子「先生も、今日はこのくらいにしておいてやりましょう。この子達も十分に反省していると思いますから」

良子「ね?ミス高鴨。あなたも反省したでしょう?ちゃんと先生に謝っておきなさい」

言いながら、良子は担任に向かって、穏乃の頭を押し下げさせる。

担任「え、ええ、まあ。反省しているなら今日のところは……」

良子「そうですか。それじゃあ失礼します」

みなまで言わせず、担任教師に愛想笑いを向けたまま、
咲と穏乃の背をぐいぐい押して、良子は強引に職員室から二人を連れ出した。

21: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:37:40.35 ID:qhDNFqq10
穏乃「戒能先生、助かりました!」

良子「いえいえ。咲、転校初日から災難でしたね。大丈夫ですか?」

咲「うん……」

咲に話しかける良子の親しげな様子に、
狐につままれたような表情で穏乃が二人を見比べた。

良子「ああ、咲は私のいとこなんです。色々ややこしいから、他の先生や生徒には黙っててくださいね」

穏乃「あ、はい」



三人並んで廊下を歩いていると。
途中で所在なくたたずむ少女が、こちらに気が付いて声をかけてきた。

穏乃「ユキ」

由暉子「穏乃ちゃん、咲ちゃん。大丈夫でしたか?」

穏乃「ごめん、心配かけた」

そう言いながら、穏乃は由暉子のもとへと走っていった。


良子「咲。ミス高鴨はケンカっ早いけど根に持たない、さっぱりした性格の少女です」

咲「え……?」

良子「見かけによらず面倒見もいいし、親切な子です」

何を言いたいのか理解できず、咲は問い返すように良子を見上げた。

22: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:40:37.83 ID:qhDNFqq10
良子「ミス高鴨が腹を立てたのは、感情を抑え込んでしまう咲の態度に対してみたいでした」

咲「……!」

良子「少しだけ、警戒心を解いて接してごらんなさい。何かが変わるかも知れませんよ」

咲「……良子さんがそう言うなら」

呟きながら、咲は穏乃たちを見やった。
こちらを向いた穏乃と視線が合う。
穏乃は真っすぐなその瞳を、咲からそらさない。

咲の目を覗き込みながら近づいてきた穏乃が、
思わず身構える咲に向かって頭を下げた。

穏乃「悪かったな。はじめからケンカ腰で突っかかったりして。反省してる」

咲「え……」

穏乃「いきなりあんな風に突っかかって来られたら誰だって警戒するって、ユキにも怒られたよ」

咲「……ううん。私が先に手を振り払ったから……ごめんなさい」

穏乃「!!……そういうところは変わってないみたいだな。咲」

咲「……?」

穏乃「咲って、昔は見た目のまんま素直だったよな。あの頃とは印象が変わったけど」

穏乃「でもやっぱり咲は、咲なんだな……」

昔の咲をよく知っているような穏乃の発言にも思い当たる節がなく、
咲は思わず眉をひそめる。

穏乃「……本当に私のこと、覚えてないみたいだな」

咲「………」

穏乃「私は一度だって、あの約束も咲のことも、忘れたことなかったのに……」

穏乃の声に込められた、胸が苦しくなるような響き。
思い出せないことがひどく申し訳なく思えた。

23: ◆34iwA4dRok 2015/12/06(日) 17:42:44.74 ID:qhDNFqq10
由暉子「穏乃ちゃんのこと、怒らないであげてくださいね。穏乃ちゃん、ずっと咲ちゃんに会いたがってましたから」

穏乃「う……」

由暉子「咲ちゃんのことが嫌いな訳じゃないんです。その反対で……」

穏乃「ユキ!もう行こう!……咲」

咲「……?」

穏乃「私の名前は高鴨穏乃!今度は覚えてくれよ!」

うろたえたような早口で咲に告げると、
そのまま穏乃は足音高く廊下を歩み去っていった。

良子「どうやら、咲に忘れられていたことが余程悔しかったらしいですね。ミス高鴨は」

立ち去る穏乃の背を見送りながら、良子が楽し気に言った。

咲「……自分でも不思議なほど、この街で暮らした日々のこと、覚えていないんです……」

子供のころの記憶とは、皆こんな曖昧で頼りない物なのだろうか。
それとも咲だけが特別に、忘れっぽいのだろうか。

良子「……さあ。私たちも行きましょうか。咲」

37: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 22:59:12.56 ID:fWSG66t30
二人並んで歩きながら、良子が咲に尋ねた。

良子「この学園の印象はどうですか?上手くやっていけそうですか?」

咲「まだ、よく分かりません」

良子「まずはフレンドを作るところからですね」

咲「………」

良子「咲、まだあのことを気にしているんですか……?」

咲「……!」

良子「去年死んだ、あのクラスメイトのことを。あれは咲のせいなんかじゃない」

良子「咲に関係ないところで起きた、ただの事故じゃありませんか」

咲「………」

咲が他人との関わりをためらうのには、
人に触れられることを嫌う咲の性癖の他にも理由があった。

それは咲が、関わった者の身の上に不幸をもたらすという、不吉な噂のせいだった。

根拠のない噂ではない。
咲といさかいを起こした相手が、命を落とす―――――
そんなことが、咲の過去に実際に起きているのだ。

これまで数えて三人の人間が、
咲に対して暴力を振るった直後に命を落としている。

一度なら、偶然。
二度目でも、不幸なめぐりあわせの一言で、何とか片付けられる。
だがそれが三度目ともなると、人はそこに運命的な、悪意の因果関係を感じることになる。

いずれも咲の意思とは無関係なところで起きた事故によるが、
他人の目にはそうは映らない。

『不幸をもたらす少女』と噂されるようになり、
咲自身その事実におびえた。

38: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:02:39.63 ID:fWSG66t30
自らの意思に関わりなく、咲の存在が、関わる相手の身に不幸を引き起こしているのかも知れない。
そう思うと、誰かと関わることに積極的にはどうしてもなれなかった。

良子「そうやって過去を気にして、いつまでも一人でいるつもりですか?」

咲「………」

良子「そんな寂しいことは考えないでください。咲がそんなだと、私も寂しい」

良子「私は、咲にだけは絶対に幸せになってほしいんです。咲が幸せになるためなら、どんなことだってしますから」

咲「良子さん……」

良子「いいですか、咲。理不尽な運命に負けてはいけません。自分から不幸になろうとしてはダメです」

良子「咲さえ諦めなければ、何とかなるもんです。私も手伝いますから頑張ってください」

咲「……。はい……」

良子「さて、私はこれから会議だからもう行きます。咲は部活動の見学にでも……」

良子「―――と、そうだ、今週は学園祭の準備で休みの部が多かったですね」

咲「学園祭……?」

良子「今週末の金曜と土曜に、二日間にわたって学園祭が催されるんですよ」

言われてみれば、校内の雰囲気が少し違う気がする。
転校初日の緊張で気づかなかったが、よく見れば校内のあちこちに作りかけの看板やセットなどが立てかけられている。
校内はざわついて落ち着きなく、生徒たちは皆どことなく浮かれている。

ポスターを抱えてせわしなく立ち働く生徒や、数人がかりで大道具を運ぶ生徒。
お祭り前に見られるあの独特でにぎやかな光景が各所で繰り広げられている。

39: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:08:36.48 ID:fWSG66t30
良子「そういえば照が、今日は早く帰ってくるようにと話していましたね」

良子「心配性な姉を安心させるためにも、今日のところは真っすぐに帰ってあげなさい」

咲「はい」

良子「送ってあげたいですが、今日は会議で遅くなりそうですので……ソーリー、咲」

咲「いえ、私なら大丈夫ですから。では良子さん、また明日」

咲は手を振ると、良子とその場で別れた。


学園祭の準備に居残る者が多いのか、この時間に帰宅する生徒は少ないようだ。
校門に向かう者は、咲の他に誰もいない。


「宮永さん、ちょっと待ってや」

呼ぶ声に振り向くと、見知らぬ少女が手を振りながら追ってくるのが見えた。
足を止めて待つと、少女は間もなく咲に追いつく。

咲「……あなたは?」

泉「私は二条泉。あんたと同じクラスやで」

咲「……」

泉「その様子だと、私のこと覚えてないみたいやな」

わずらわしい好奇の目を避けようと、教室では誰とも視線を合わせないようにしていた。
そのせいで、クラスメイトの顔をろくに覚えていない。

泉「まあ、今はそんなことどうでもええわ」

咲「私に何か?」

泉「ああ。あんたにちょっと用があるねん。ついてきてくれや」


1、泉についていく
2、誘いを断る

安価下

41: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:31:32.98 ID:fWSG66t30
泉の咲を見つめる目つきが気になった。
笑顔を浮かべているが、彼女の目は笑っていないように見える。

咲「悪いけど、私急いでるんで」

咲は泉に信用の置けないものを感じて、誘いをきっぱりと断った。

泉「……仕方ないなぁ。本当はこんな手荒なことはしたくなかってんけど」

いかにも残念そうな口ぶりで肩をすくめると、
泉は何気ない動作で咲に近づいた。

咲「……!!」

警戒して下がろうとする咲の動きを上回る素早さで、泉が咲の懐に入り込んだ。
驚愕する間もなく、咲は脇腹に何か鋭い物が突きつけられるのを感じた。
―――――ナイフだった。

泉「動くなや」

浮かべた笑顔を絶やさぬまま、泉が至近距離で咲へとささやく。

泉「声も立てない方がええで。私のいう通りにするんや」

咲「………」

泉「さ、私の言う通りに歩いてもらうで」

押し当てたナイフが見えないよう、肩を抱いて身を寄せると、
泉は咲に密着するような形で歩き始めた。



物置用の小さな建物が一つ、ぽつんと建っただけの広場。
校舎から遠く、校内の喧騒もここまでは届かない。

泉「その中に入り」

物置を指さして泉が言った。
咲は言われるまま扉を開き、薄暗い建物の入り込んだ。

何をするつもりか、問いただそうとしたその瞬間。
咲は後頭部に激しい衝撃を感じた。

咲「ぅ……っ」

その後はもう、暗闇に意識がすべり落ちていくのを止められなかった。

42: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:35:09.69 ID:fWSG66t30

――――――――――

咲が意識を取り戻すと、そこは物置に使われていた先ほどの建物の中だった。
冷たい床に倒れたまま放置されたらしく、床に接している右半身がひどく傷んだ。

咲「つぅ……」

一体、何が起こったのか。
後頭部を襲う痛みとめまいに再び遠ざかりそうな意識をかろうじてつなぎ止める。
咲は鉛のように重い体を起こした。

泉「ようやくお目覚めかいな、宮永」

咲「……!」

声の主を求めて顔を上げると、泉が足元にうずくまる咲を見下ろしていた。

泉「そう怖い顔で睨まんといてえな。さっきは強く殴りすぎたかもしれへんけど」

「これだから優等生ってのは怖いねえ。手加減ってものを知らないし」

泉「うるさいわ。揺杏」

泉の立ち位置とは反対の方向から別の人間の声が響いて、咲は息を飲んだ。
あわてて身をよじり、声の方に首を向ける。

揺杏「よう、転校生。あんた大変な奴に目ぇつけられたな」

目を細め、揺杏と呼ばれた生徒がからかい口調で咲を覗き込んだ。
何故こんな目にあわされるのか、見当もつかずに咲は眉をひそめる。

泉「あんたが悪いねんで、宮永。あんたが由暉子と仲良さげにしとるから」

咲「え……?」

泉「真屋由暉子。私はあの子が好きやねん……聖女のように清らかで美しい彼女が好きや」

泉「せやからあの子に近づこうとする者は誰であろうと容赦はせん」

咲「……私は、ユキちゃんの……」

泉「ああ。幼なじみやって?さっき話してるの聞こえてきたからな。……だから余計に気に入らへん」

43: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:38:24.74 ID:fWSG66t30
泉「あんたと、あの忌々しい高鴨穏乃!幼なじみやからって馴れ馴れしく由暉子に近づく害虫ども!」

咲「……っ」

泉「せやから私は決めたんや……あんたらを排除しようって。彼女に近づく気を起こさなくなるまで傷めつけたる!」

咲「………」

泉「これで分かったか?これから私はあんたに制裁を加えるつもりや」

咲「………」

泉「もちろん、高鴨も後で傷めつけたる」

泉の身勝手な言いぐさに、咲は唇をかみしめる。


1、誰とも関わりたくない
2、高鴨穏乃に手を出すな

安価下

45: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:46:25.74 ID:fWSG66t30
咲「……高鴨さんにまで手を出さないで」

泉「ふん。自分が危ないって時に他人の心配か?とんだ偽善者や。むしずが走るわ」

咲はそっと周囲を見やり逃げ道を探した。
明かり取りの窓は天井近くの高い位置にあり、とても脱出口には使えない。
この建物唯一の扉は、揺杏の背後だ。

揺杏「悪ぃな。あんたに恨みはないけど、これもスポンサーの意向ってやつでね」

揺杏「あたし達グループは、泉の頼みで気に入らない奴をボコって金をもらってんだ」

咲「………」

揺杏「忠告しとくけど、人に話しても無駄だぜ?信じてもらえねーよ。何せ泉は先生の覚えもめでたき優等生ってやつだからな」

揺杏「こいつはずるい奴なんだ。自分では手を汚さず、汚いことは全てあたしらにやらせる」

揺杏「ま、もっともあたし達も泉には色々働いてもらってるからお互い様だけどな」

泉「共生関係ってやつやな。優等生の私と、はみ出し者のあんたらのな」

揺杏「で、泉。今回はどこまでやりゃあ満足?」

泉「そうやな。由暉子の近くを歩く気も失せるほど徹底的に傷めつけてやってくれや」

揺杏「やれやれ、怖いねえ」

呆れたように溜息をつくと、揺杏は無造作に咲に向かって手を伸ばしてきた。

46: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:49:23.75 ID:fWSG66t30
人数や体格差を考えても、彼女らには適わないことは分かっていた。
しかし精一杯抵抗しないことには咲の気がすまない。

タイミングを見計らって、近づいてきた揺杏の顎に頭突きを食らわす。
見事にカウンターになったのか、あっけなくよろめいて揺杏は尻もちをついた。
咲を舐めきって油断していたのだろう。泉もあっけにとられて立ち尽くしている。

このチャンスを逃さず、咲はそのまま素早く立ち上がり、
出口に向かって走った。

揺杏「この野郎、やりやがったな……」

表情を消した揺杏が呟く。
その声に追い立てられるように、咲は物置を飛び出した。


建物を出ると、いつの間にか陽は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
人気のない奥まったこの場所に灯りとなる物はない。
うっそりと茂る木々の葉陰から届く星明りだけでは、足元も定かではない。

そういえば、今夜は新月から三日目の夜。
夜空にかかるのは、ようやく顔を出したばかりの、折れそうにか細い朏(みかづき)。
夜闇を照らす月明りの恩寵も、今晩は望めそうにない。

揺杏「待て!」

周囲の目をはばかってか、押し殺した怒りの声が咲を追う。
灯りのない夜道を行かねばならない条件は同じだ。
咲はもと来た道と思われる方角へ、やみくもに駆け出した。

咲を呼ぶ声が遠くなり、逃げきれるかもしれないと安堵しかけた直後。
突然、脇腹に衝撃を受けた。

咲「ぐっ!」

衝撃の勢いのまま、咲の体はもんどり打って地面に転がる。
痛みをこらえて見ると、見覚えのない少女が咲の体を抑えこんできた。
潜んでいた少女に横合いからタックルを仕掛けられ、倒されてしまったようだ。

47: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:52:26.74 ID:fWSG66t30
咲(別の場所にも仲間を潜ませてた――――?)

立ち上がって逃げる間もなく、今度は別の少女に背中にのしかかられ、
咲は抵抗できないうちに取り押さえられた。

「捕まえたぞ泉。こっちだ!」

やがて、泉と揺杏が追いついた。

泉「残念やったな、宮永。何かの時の用心に見張りを残してあったんや」

揺杏「よくも、あたしに舐めた真似してくれたな」

咲「……っ」

揺杏「たっぷりと礼はさせてもらうからな……」


―――――その時。


穏乃「――――咲!」

咲「……あ……」

穏乃「咲に何やってるんだよ、お前ら……」

突然現れた穏乃は、咲の乱れた着衣の様子を目にして、咲の身に何が起きたのか察したようだ。
剣呑な眼差しで泉と揺杏をにらみつけた。

穏乃「転校生を呼び出して乱暴?格好悪いことしてるな」

泉「だから?宮永を助けて私らとやり合う気か?こっちの方が人数多いねんで」

穏乃「泉、私が強いの知ってるだろ?素人相手なら例え複数でも負けないぞ」

泉「……知ってるで。あんたが道場に通ってたのは聞いた」

穏乃「ケガしたくないだろ?先生には言わないでやるから咲を離しなよ」

泉「………」

48: ◆34iwA4dRok 2015/12/07(月) 23:55:44.29 ID:fWSG66t30
穏乃「咲、探したんだぞ」

咲「え……?」

穏乃「ユキと帰ろうとしたら、咲が泉と歩いてるのを見かけたんだ。そしたらユキが校門の前で咲を待とうって言いだしてさ」

穏乃「で、校門で待ってたんだけど、いつまでたっても咲が現れないから探しに来たんだよ」

穏乃「まさか、こんなことになってるとは思いもしなかったけどな……」

咲「高鴨さん……」

穏乃「泉、私がキレないうちに咲を離して立ち去りなよ!」

泉「………」

言われた泉の目が、先ほどまでと比べものにならない冷ややかさをたたえている。
咲はその目に不穏なものを感じ取る。


1、穏乃も狙われているから注意して
2、自分の身を守ることだけ考え、黙っている

安価下

51: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 00:04:48.96 ID:1nXDz7wV0
咲「高鴨さん、あなたも狙われてるから気をつけて」

泉「うるさいわ」

途端、頬を泉に叩かれる。

咲「ぅ……っ」

穏乃「咲!……泉、咲に何するんだよ!」

怒りに顔を歪めながら穏乃が叫ぶ。
息を詰め、次に何が起こるかと緊迫した空気が流れる中。

―――――風が、吹いた。

その瞬間、咲は訳もなくぞっと鳥肌を立てた。

咲「……な、に?」

変わったことは何もない。なのに何故か違和感を感じる。
何が自分の気をひいたのかと、咲は周囲をそっと見渡してみた。

灯りも見えず、文目も分からぬ夜闇に沈む、新月の夜。
特に変わったものが、咲の知覚に残った訳ではない。
それでも何かが引っ掛かった。

この異様な圧迫感。何か異質の気配を感じる。
とてもヒトの持つものとは思えない、なにかの気配―――――

咲「……っ」

これ以上ここにいたくない。
今すぐ、この場を離れなければ。

はやく、はやく。

咲の緊張が極限に達したその時。
何かが枯れた小枝をぱしりと踏み折るかすかな音が響いた。

52: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 00:09:29.79 ID:1nXDz7wV0
普段なら聞き落すような小さな音だったが、
緊張に神経を高ぶらせた、その場にいる全員の耳に届いた。

揺杏「……誰かいるのか?」

真っ先に反応したのは揺杏だった。
音のした方に向かって誰何の声をかけたが、その問いに応える者はいない。

揺杏「おい、誰か。行って確認してこい」

「え……は、はい!」

命じられた少女が慌てて動いた。
びくびくした様子で藪をかき分ける少女の背中が、暗がりにまぎれた時。

咲の耳に、ひゅん、という、
ムチか何かが空気を切り裂くような鋭い音が聞こえた。
その直後。

「がっ……!」

喉の詰まったような短い叫びが上がった。
雨粒が木の葉をたたくような濡れた音と、重いものが倒れる音が、それに続いた。


―――――それきり、物音は絶えた。


揺杏「……おい、どうした?何があった?」

泉「揺杏、これはいったいどういうことなんや……?」

揺杏「分かんねえ。……何とか言え、おい!」

揺杏の再度の呼びかけにも応えはない。
異常な事態に、横で見守る泉の顔も、恐慌寸前といった具合に引きつっている。

何かが地面を這いずるような重く湿った音が、
今度は別の方角から聞こえた。

53: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 00:16:29.29 ID:1nXDz7wV0
咲「……!」

泉「ひっ」

穏乃「今の音は、何……?」

緊迫した声音で問う穏乃に応えられるものは、誰もいない。
咲たちはいつの間にか、得体の知れぬものに囲まれていた。
おののき、息を詰め、為す術もなく立ち尽くしている。

「……わああ!」

「も、もう嫌だあっ!」

極度の緊張に耐えられなかったのか。
パニックに陥り、怯えきった悲鳴を上げた少女たちは、身をひるがえして各自ばらばらの方角に駆け出した。

揺杏「お前ら、待てっ……」

穏乃「うかつに動いちゃ駄目だ!」

二人の制止も耳に入らない様子で、
やみくもに駆け出した少女たちの姿が闇に飲まれた直後。

「ぎゃっ……」

「ぐあっ!」

短い叫びを残し、少女たちの気配は次々と途絶えていった。

咲「……っ」

静まりかえった林の中で。
緊張に速くなる咲たちの息遣いがやけに大きく聞こえる。

泉「な、何や!?いったい何なんや、これは!」

穏乃「何が起きてるのか分からないけど、どうやらヤバいことになってるみたいだな……」

咲「………」

54: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 00:21:03.97 ID:1nXDz7wV0
穏乃「得体の知れない、嫌な気配を感じる。まるで獣の檻に入れられたみたいなヤバい感じだ」

泉「そ、そんな……!」

穏乃「ここは皆で協力しよう。気配を探ってたけど、向こうの方角からは嫌な気を感じない」

穏乃「逃げ道があるとしたらあの方角だけだ。私がしんがりを引き受ける。合図したら、そっちに向かって走れ!」

泉「あんたの言葉なんて信用できるわけないわ!私らを囮にして自分だけ逆方向に逃げるつもりやろ!」

穏乃「私はそんなことしない!」

咲「………」

穏乃「咲も、私を信じられない?」


1、穏乃を信じる
2、他人など信用できない

安価下

56: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 01:06:12.19 ID:1nXDz7wV0
咲「……信じるよ。高鴨さんを」

穏乃「咲……!よし、それじゃあ行……」

穏乃の合図が終わらぬうちに、咲たちの右側の藪の中を何かが移動してくる物音がした。
ざざざ、と下生えをかき分けながら、かなりの速度で何かが近づいてくる。

泉「こ、こっちに来るで!」

咲「間に合わない……」

穏乃「!来るぞ!」

泉「ひ、ひいっ……!」

ポケットにひそませたナイフを震える指で取り出した泉が、恐怖のあまり暗闇に向かってそれをやみくもに振るう。
制止の言葉をかけようと口を開きかけた穏乃の眼前を、黒い影が風のように走り抜けた。

穏乃「うわっ!」

咲「……!」

正体の分からぬ襲撃者から穏乃を守ろうと、咲は無意識のうちに動いていた。
危ないと思った瞬間、前方にたたずむ穏乃の腕を掴み、思い切り引き寄せた。

穏乃「わっ!」

バランスを崩した穏乃が咲に倒れかかる。
支えきれず、咲と穏乃は二人して地面に転がる羽目になった。

それが幸いした。

倒れ込んだ二人の頭上を薙ぐようにして、何かが通り過ぎていく。
獣じみた息づかいが、咲の首筋を舐めるようにしてかすめ過ぎる。
得体の知れないものの気配を至近に感じ、咲の背筋が凍りつく。

揺杏「……悪く思うなよ。泉」

泉「なっ、揺杏!?何を……っ」

それまで無言で事態の成り行きを見守っていた揺杏が、泉の背中をどん、と突いた。
よろめいた泉にさっと背を向けると、揺杏は真っ先にその場から逃げ出した。

57: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 01:15:54.04 ID:1nXDz7wV0
泉「ひっ……」

黒い影に向かって突き飛ばされた泉の姿が、咲たちの視界から消えた。

穏乃「泉!?」

泉「――――ぎっ!」

穏乃の叫びに応えるように、気配の消えた方から、
断末魔のような短い悲鳴が上がる。


―――――それきり、声は途絶えた。


穏乃「……咲。私について来て。離れるなよ」

咲「………」

周囲の気配を探りながら、穏乃が先に立って歩き出す。
しばらく行った所で、むせ返るような匂いが鼻を掠めた。
血臭だった。

穏乃「……!」

目を凝らし、血臭の元をたどれば、その先には血なまぐさい光景が広がっていた。

うつぶせに倒れた泉の身体から、大量の血があふれ流れている。
不自然な体勢で投げ出された泉の四肢はぴくりとも動かず、彼女がとうに命を失っていることを伝えた。

そして、その泉の胴体におおい被さるようにして、何かがうごめいていた。
何かを咀嚼する湿った音が、影と泉の体をつなぐ隙間から断続的に響く。
それが泉の血と肉をすする音だと気づいたのは、しばらくしてからだった。

58: ◆34iwA4dRok 2015/12/08(火) 01:21:58.21 ID:1nXDz7wV0
あまりにも現実離れしたその光景に、
咲は足元が崩れるような頼りなさとめまいを感じた。

穏乃「咲、危ないっ!」

穏乃の叫びに我に返ると、咲の眼前にはすでに影が肉迫していた。
避ける間もない。

咲「……っ」

穏乃「咲ーっ!!」

物凄い力に掴まれ、咲の身体が宙に浮く。
恐ろしいスピードで穏乃の声が遠ざかっていく。





しばらく運ばれた後、地面に引き倒される。
後頭部を打ち付け、目の前に火花が散る。

脳しんとうを起こしてかすむ視界に、
咲を抑え込む影の、赤く輝く一対の目が飛び込んできた。

狂気じみた目だった。
しかし何よりおぞましかったのは、その目の中に、獣にはあり得ない知性のかけらを感じたことだった。

咲「……っ」

これは、ただの獣ではない。
狂気に侵されているとはいえ、人と同じく何がしかの知性をそなえた生き物なのだ。
咲の推測を裏付けるように、両肩を掴むその感触は、確かに人の指先のようだった。

68: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:07:07.86 ID:TnU1hKpk0
穏乃「咲―――っ!!」

遠くで穏乃の呼び声が聞こえる。
しかし、咲は動くことが出来なかった。

咲「あ……」

獣臭い息が、仰向いた無力な首筋にかかる。
このまま喉を食い破られて殺されるのかと全身に震えが走った時。

―――――ギャアアアア!!

闇をつんざく獣の絶叫が、咲の鼓膜をたたいた。
咲の体を押さえていた影が退き、のたうちながら暗がりの中へと遠ざかる。
獣の咆哮が、断ち切られるような音とともに止んだ。

咲はようやく動くようになった上体を起こした。
ざざざ、と咲の倒れた方に向かって何かが近づく音がする。

咲「……!」

別の獣がふたたび咲を襲いに来たのかと、
身を強張らせたその時。

白い影が、咲の眼前に音もなく降ってきた。

咲「え……?」

―――――人、だった。

その白い人影の手元から、銀光が闇を裂いて閃き、一瞬後に黒い影を薙いだ。
耳を聾する咆哮に、重い物体が地に落ちる音が続く。

静かで無駄のない動きで人影は倒れた影に近づくと、
止めを刺すように手にしたものを振り下ろした。

69: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:12:21.19 ID:TnU1hKpk0
……あたりに静けさが戻る。

白い人影が手にしていたのは長剣だった。
不思議なほの白い輝きをみせる刀身は両刃で、日本刀のような反りもない。
その長剣をゆっくりと引き抜くと、人影は、ひゅっと風を切って刃を一閃させた。
それは、刀身についた血を払う動作のようだった。

研ぎ澄まされた刃にわずかに残るくもりも消え、長剣は完璧な美しさを取り戻す。
見たこともない剣の美しさに魅入られ、咲は目が離せなくなる。
人影がいつの間にかこちらを見ていることに、ふと気が付いた。

??「………」

目に入ったのは、闇の中で月光のように白くけぶる、銀の髪。
そこに立っているのは、外見上は咲と変わらぬただの少女のように見えた。

感情の読めない、硝子のような眼差し。
意思や欲望といった感情をともなわない、不思議に透明で純粋な殺意を、少女から感じる。

少女は手にした剣を何の気構えも見せず、咲へと向けた。
蒼刃の硬く鋭い輝きがひらめき、咲の喉元に突きつけられる。

咲「……!」

あとわずか数ミリ動かすだけで、たやすく咲の命を奪える凶刃の存在に、身じろぐことさえ出来ない。

―――――なのに、どうしてか恐怖を感じない。

少女の持つ、野生の獣が発するような自然で純粋な殺意のせいかも知れない。
狙い定めた獲物の力を計るように、咲を見つめる少女の眼差し。
生きるため、ためらいも感傷もなく、命を奪うことのできる生き物の目だ。

70: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:16:17.97 ID:TnU1hKpk0
ただ咲だけを視界に入れた瞳の中に、
初めて感情のうつろいらしきものが見えた。

??「あなたは、誰?」

少女の場違いなまでに静かな声が投げた問いに、
咲は思わず目をみはった。

??「あなたは≪彼女ら≫の一人?――――匂いがする」

咲「え……?」

??「しかし、これは……あなたは何者?」

少女の詰問の意味が理解できず、咲は何も答えることが出来なかった。


穏乃「――――咲!!」

少女と咲の緊張を破るように、穏乃の声が響いた。
咲に駆け寄ろうとして、少女の存在に気が付いたようだ。
穏乃は咲の喉元にすえられた長剣を見て顔色を変える。

穏乃「何だよ、お前!その物騒なものを下ろして咲から離れろ!」

咲が穏乃の声に反応して動いた拍子に、剣先がわずかに肌に触れた。
ちくりと、一瞬だけ灼けるような熱い痛みを感じた。
続いてそこから一筋の血がつたい落ちる感触。

??「………」

少女の目つきが変わった。
咲を見つめる瞳の中に、明確な意思を持った殺意が宿る。

??「あなた、≪ニエ≫だね」

咲「ニエ……?」

ニエ――――贄。
不吉な響きを帯びた、聞き覚えのない単語。

71: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:21:04.65 ID:TnU1hKpk0
??「贄ならば――――殺す」

咲「……!」

理解を超えた少女の言動に、咲は成す術もなくただ呆然と、
自分に向けて振り上げられた剣先を見つめた。

穏乃「咲……っ!」

殺される――――そう思った瞬間。
少女の構えた剣の刀身を弾いて、一条の銀光が走った。

??「……!」

俊敏な動きで飛びすさりながら、少女は再び喉元狙って襲い掛かる銀光を長剣で受けた。

―――――キィンッ!!

硬い金属同士がぶつかり合う音が響き、一瞬白い火花が散る。

??「……あなた」

少女は構えを取りながらすっと目を細め、咲の上方を睨んだ。

???「今、彼女を殺させるわけにはいきません。あなただけには、ね。……シロ」

突然、聞き覚えのない声が咲の頭上から降る。
慌てて上空を仰いだが、咲の目には暗い夜空と風に揺れる葉陰の黒いシルエットしか見えない。
しかしそのどこかに何者かが潜んでおり、その人物はどうやら咲を救ってくれたらしい。

声はどこか親しげな囁きで、咲を殺そうとした少女を≪シロ≫と呼んだ。
シロ――――それが、この銀の髪の少女の名前なのだろうか。

72: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:25:38.69 ID:TnU1hKpk0
???「こうして逢いまみえるのは何年振りでしょうね……シロ」

シロ「………」

???「今日こそ、あなたを狩る……!」

ざっと木々の枝が揺れる音がして、再び中空に鋭い殺気の込められた銀光が閃いた。
シロと呼ばれた少女が、剣を立ててそれを受ける。

―――――ギィンッ!!

打ち合わされた金属から、白い閃光が飛び散る。
シロが手にするのとよく似た形の長剣を操るシルエットが、瞬間的に浮かび上がった。

シロは打ち合わせた剣先をすべらせ、その攻撃を受け流す。
なめらかな動きで身を翻したシロはただちに反撃を加える。
シロに劣らぬ俊敏な身のこなしで、咲を救った者はシロの攻撃を弾き返す。

そのまま数撃打ち合った後、二つの影は互いに飛びすさった。
数舜のにらみ合いの後、再び斬り結ぶ。
互いの攻撃に込められた殺意と技量は本物で、常人ならひとたまりもなく命を落としていると知れる。

立ち入る隙のない戦いに目を奪われ、咲も穏乃も息をするのも忘れて見入った。
咲たちの見守る中、正体の知れぬ二人の戦いの背後で、繁みが揺れた。

咲「……!」

その不自然な揺れに目が止まり、咲はふと瞳を凝らす。
自分を襲った不気味な影がそこにいると気づき、咲は息を呑んだ。

影は、あのシロという名の少女を狙っているようだ。
互いの動きのみに気を張っている彼女らは、背後のその動きに気が付かない。


1、シロに危険を知らせる
2、黙っている

安価下

74: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:39:38.99 ID:TnU1hKpk0
咲「危ない!――――後ろ!」

シロ「!!」

咲は思わずシロに向かって警告の叫びを発した。
自分がその少女に殺されかけたことも、その時は頭になかった。

咲の声に興味をひかれたか、影は対象を変更して、咲に向かって動き出した。
素早い動きだった。逃れる間もない。

咲「……!」

真紅の目が真っすぐ向かってくるさまを、
咲はその場から動くことも出来ず、呆然と見つめた。

―――――白光が一閃し、咆哮が上がる。

影は真っ二つに断ち斬られ、傍らの繁みに転がった。
咲は驚きに目を見張る。
咲の命を狙っていたはずのシロが、咲を守るために影を斬り捨てたのだ。

シロ「………」

シロ自身にも、その行動は思いがけないものだったのか。
彼女の周りに張りつめていた隙のない鋭さが、ほんの束の間、ほどけた。

75: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:46:22.55 ID:TnU1hKpk0
シロの隙を見逃さなかった相手が、背後から容赦のない斬撃を繰り出した。
とっさに身をひねり攻撃を受け止めたシロだったが、
体勢が悪すぎたのか勢いを殺しきれず、衝撃をまともに受ける。

シロの手から弾き飛ばされた長剣が白い軌跡を描きながら舞い飛び、
咲の目の前の地面に深々と突き刺さった。

獲物を失ったシロを狙って、さらに容赦のない一撃が襲う。
剣光が閃いた。
わずかに避けきれなかったシロの肩から鮮血が散る。

咲「……!」

咲の頬にもその血が数滴かかり、鮮血の触れた箇所が熱くなった。
頭の中が真っ白になる。
自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

熱い。とても熱い。
少女――――シロの、血の触れた場所が、灼けるように熱い。

シロはすでに冷静さを取り戻していた。
傷を負ったと感じさせないなめらなか動きで身をかわし、それ以上の追撃を許さない。

シロ「………」

咲「あ……」

感情の読めないシロの瞳が、一瞬だけ咲を射抜くようにとらえ、そのまま逸らされる。
音もなく身を翻すと、一瞬の跳躍により、背後の闇に呑まれるようにシロは姿を消した。

???「逃がさない……!」

シロを追い、同じく獣めいた素早い身のこなしで、咲を救った者も姿を消した。
少女たちが去った後に残されたのは、地面に墓標のように突き立った一本の長剣だけだった。

触れようと差し伸べた指の先で、シロの長剣が刀身全体に帯びていた白い光を失い、
みるみるうちに色あせ始める。

76: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:53:47.59 ID:TnU1hKpk0
驚いて見守るなか、光を失うと同時に剣は存在感を失い始め、その形も幻のように薄れて消えていく。
最後にはすべて大気の中に溶け込むように、消失した。

穏乃「何だったんだ、あいつら……」

咲「………」

穏乃「でも、結果的にあいつらに助けられたみたいだな。おかしな気配が綺麗さっぱりなくなってる」

咲「………」

穏乃「どうしたんだ、咲?」

咲の目は地面のとある一点に吸い寄せられていた。
剣の突き立った跡に、何かが落ちている。

手のひらに握り込めるほどの黒い小さな塊が、
剣が消えるまで何もなかったはずの場所にぽつんと落ちていた。

黒い結晶のように見える。
表面の所々に磨かれたような艶を帯び、漆黒に濡れ光っている。
美しい石だったが、目が離せないほどこの石に惹かれるのはなぜか、咲にも説明がつかない。

ためらいがちに手を伸ばし、咲はそっとそれを拾い上げた。
石とも金属ともつかぬ不思議な感触だった。
咲が触れた途端、脈打つように石が淡い白光を放ち始める。

咲「……?」

光を帯びた表面に、何かの文様が浮かび上がる。
よく見ようと目を凝らしたとき、突然背中を叩かれる。
驚きのあまり咲は石を落としてしまう。

穏乃「咲……?その石は何なんだ?」

咲の手からこぼれ落ちた石を、穏乃が何気なく拾い上げた。

穏乃「きれいな石だな」

石は既に光を失い、何の変哲もない、ただの鉱石のように見えた。

穏乃「これがどうかしたのか?」

咲「その石が、剣が刺さっていた場所に落ちてたから……」

穏乃「なるほど……何かあいつらに関係あるのかも知れないな」

77: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 00:59:55.16 ID:TnU1hKpk0
穏乃「というか、あんな奴らに関わってたら命がいくらあっても足りやしない」

咲「でもこの石が、何が起きているのかを知る手がかりになるかも知れない……」

穏乃「うーん、確かに」

そう言って穏乃は咲へと石を差し出した。
咲の手のひらに触れると、石は再び淡い光を取り戻した。
段々と光が弱まり、消えていくのを確認しながら、咲は石を制服のポケットへとしまった。



穏乃「……咲!」

穏乃の切羽詰まった呼び声に、咲は顔を上げた。
いつの間にか林の向こうに移動したらしく、穏乃の声はかなり遠くから聞こえる。

咲が走り寄ると、穏乃は青ざめた顔を上げて言った。

穏乃「泉だ……」

咲「……!」

穏乃が指さす先を見ると、胸元を切り裂かれ、獣に喰い荒らされたような、無残な泉の遺体が転がっていた。
吐き気をもよおす濃密な血臭にむせ、口元を押さえながら、咲は物言わぬ骸から目をそらした。

穏乃「夢でも見てたような気がするけど、これは現実なんだな……」

穏乃「人が殺されたなんて言っても誰も信じてくれないだろうけど、ここに確かな証拠があるんだ」

咲「………うん」

穏乃「誰か大人に話して、警察を呼ぼう。咲は誰に相談したらいいと思う?」


1、担任に相談する
2、誰にも相談しない

安価下

79: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 01:15:59.16 ID:TnU1hKpk0
咲「……担任に相談しよう」

穏乃「うん、それがいいな。じゃあ行こう、咲」




担任を引き連れ、再び泉を見つけた場所に戻った時。
咲たちはそこに信じられない光景を見ることになった。

担任「……ふざけないで!全く、冗談にも程があるわ!」

担任の怒りの言葉も、穏乃の耳には届いていない様子だった。
枯れ木や下草、湿った土や石塊が転がる以外は何もない地面の上を、呆然と凝視している。
咲も信じられない思いで辺りを見渡した。

何もない。
そこには泉が確かに横たわっていたはずなのに、今は血の一滴すら落ちていない。

どこへ消えた?
あの大量の血痕も、泉の遺体も。
いったいどこへ?

穏乃「こんなことあるはずない!ちゃんとこの目で確かに見たんだ、泉の死体を!」

担任「いい加減にしなさい!高鴨さん、今回の悪戯はあまりにも悪質よ。人が殺されたなんて……」

穏乃「そんな……」

担任「とにかく、学園祭を前に無用な騒ぎを起こしたくない。このことは先生の胸に収めておくわ」

咲「………」

担任「だから、もうこんな人騒がせなことはしないで頂戴!分かったわね!」

早く帰宅するように言い捨てると、担任はいらいらとした足取りで校舎へと戻っていった。

80: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 01:25:17.72 ID:TnU1hKpk0
穏乃「……なあ、咲。私たち確かに見たよな。あの血まみれの、泉の死体を」

咲「……うん」

咲はそっとポケットに手を当てた。
かすかな温もりを持つ石の膨らみが、指先に触れる。
咲はふたたび石を取り出した。

手のひらに乗せた黒い石に咲が意識を集中させると、
石はやがて脈打つような淡い光を発し始めた。

穏乃「発光してる……」

不思議そうに穏乃が石をつまみ上げると、光は急速に失われた。
ただの黒い鉱物に戻ったそれを、しばらく熱心に見つめていた穏乃だったが。
やがて静かな声でつぶやいた。

穏乃「……そうだな。これがある限り、あれは夢じゃなかったと思える」

咲「………」

穏乃「これ以上ここにいても仕方ない。今日の所は帰ろう」

咲「うん……」




咲たちが校舎に戻ると、そこには嘘のように平和な情景が広がっていた。
かなり遅い時間になっていたので、学園祭の準備に駆け回っていた生徒のほとんどは既に帰宅したようだ。
まだ居残っていた幾人かが、見回りの教師に校内を追い立てられていく。
夢から覚めたばかりのような、ぼんやりした表情で穏乃はあたりを見回した。

穏乃「こうも普通だと、さっきまでの事がますます夢だったように思えてくるな」

咲「そう、だね……」

81: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 01:35:34.53 ID:TnU1hKpk0
校門を出たところで足を止め、穏乃が口を開いた。

穏乃「……私さ、咲」

咲「え……?」

穏乃「咲が黙って引っ越したこと、私を忘れてしまったことが悔しかった」

咲「………」

穏乃「でもさ……またあの頃のように、咲と仲良くしたいって思ってるから!」

咲「……うん」

照れたように大声で言った穏乃の言葉に、咲もほんのりと頬を桜色に染めながら頷いた。

穏乃「じ、じゃあそろそろ帰るよ。また明日な、咲」

そう言った穏乃は、校門前で待つ由暉子のもとに駆け寄った。

由暉子「穏乃ちゃん、どうかしたんですか?ずいぶんと顔が赤いですけど」

穏乃「い、いいから早く帰ろうユキ!」

不思議がる由暉子の背を強引に押して、穏乃は慌ただしくその場を立ち去った。
しばらく穏乃の背中が遠ざかるのを見送ったが、
やがて咲も姉の待つ我が家に帰ろうときびすを返した。

82: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 01:41:29.53 ID:TnU1hKpk0
咲「ただいま……」

小声でつぶやきながら扉を開けると、照が玄関先で待っていた。
照は咲の顔を見るなり腕をつかみ、無言でリビングへと連れていく。
薬箱と濡らしたタオルを用意した照は、咲の顎を掴んで傾けた頬をタオルでぬぐった。

咲「つ……っ」

叩かれた跡に触れられ、忘れていた痛みがよみがえる。
思わず顔をしかめる咲を見て、照が眉をひそめた。

照「よく冷やしておかないと。明日は腫れ上がってしまうからね」

そのまま顔を冷やすよう指示し、土で薄汚れた咲の制服を脱がせ、
咲の体に怪我がないか確認していく。

照「ん……、他は大丈夫なようだね」

咲「ありがとう、お姉ちゃん」

照「一体どうしたの?何があったの、咲?」

咲「……それは」

自分でも信じられないような、不可解な出来事の連続。
こんな訳の分からない異常な事態を姉に話すことはためらわれた。


1、大したことじゃないから平気、とごまかす
2、嘘をつきたくない。何も話さない

安価下

95: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 15:36:46.66 ID:dRx7r8660
今は何を話しても、嘘をつくことになりそうだ。
何も言えず、咲は黙ってうつむいた。

照「……話したくないようだね。まあ、無理には聞かないことにする」

咲「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

照「ただし、どうしても一人で解決できない事があったら、すぐに私や良子さんに相談すること」

咲「うん。分かった」

照「転校初日で疲れてるだろうし、今日はもうお休み」

咲「うん……お休みなさい。お姉ちゃん」

自室に戻ると、着替えてからベッドに転がるように横になり、明かりを落とす。
そのまま咲は夢も見ないほど深い眠りに落ちた。





次の日も目覚めも、あまり快適なものではなかった。
朝の光の下では、昨日の非現実な出来事はますます夢のように思える。

照「おはよう、咲。昨夜はよく眠れた?」

咲「うん……」

先に食卓についた姉に促され、咲は照の向かいの席に腰を下ろす。
朝食を素早く平らげると、咲は重い足を動かして学校へと向かった。

96: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 15:39:56.72 ID:dRx7r8660
校舎へと足を踏み入れる直前、突然肩をたたかれた咲は驚いて振り向く。
そこには穏乃が神妙な顔つきで立っていた。

穏乃「おはよう、咲」

咲「おはよう……高鴨さん」

穏乃「少し話があるんだ。――――泉のことで」

咲「……!」

穏乃「職員室で確認してきた。……どうやら泉、夕べ家に帰ってきたらしい」

咲「え……」

穏乃「今日は体調を崩して学校を休みだって」

咲「……それは……」

穏乃「泉が生きてたって言うなら、昨日私達が見たものは何だったんだ!?」

咲「………」

穏乃「何が何やらさっぱり分かんない。泉の死体が消えたと思ったら、無事に家に帰ってただなんて……」

穏乃「私達、誰かに担がされたのか?けどいったい誰がわざわざ私達をだまそうとするんだ?」

穏乃のつぶやきは、そのまま咲の疑問でもあった。
誰が、何の目的で咲たちにあんなものを見せようというのか。

泉の血塗られた姿が脳裏にまざまざとよみがえり、
その生々しさに咲は思わず体を震わせる。

泉は本当に生きているのか?
血の匂い。あの光景。
あれが現実でなかったとは、どうしても思えない。

97: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 15:43:39.19 ID:dRx7r8660
そして何より、咲の心に強い印象を与えて去った、
≪シロ≫と呼ばれる少女の存在。

彼女のものだと思われる≪石≫が、咲の手元に残されている。
泉の無事を知らされた今となっては、本当にこれだけが昨日の怪事を証すものだった。

穏乃「あ、予鈴か……ともかく、ここで唸ってても仕方ないよな」

咲「………」

穏乃「咲。まだこの件に関わる気があるなら、昼休み私に付き合ってよ」

咲「え……?」

穏乃「咲が拾ったあの石について、調べてくれそうな人間に心当たりがあるんだ。今のところ、あの石だけが手がかりだからな」

生徒たちが急ぎ足に通り過ぎるのを見て、穏乃は気を取り直すように頭を振った。

穏乃「急ごう、咲」




教室前にたどり着くと、穏乃は扉に手をかけて勢いよく開けた。
咲も穏乃に続いて教室内に足を踏み入れる。

―――――その、瞬間。

ふと異様な感覚に襲われ、目をくらませた。
しばらく瞼を閉ざし、めまいが治まるのを待つ。
頭の中がしびれるような感覚は徐々に治まり、咲はほっと肩の力を抜く。

目を開いた咲は、授業前の平和な情景のなかで。
あり得ないものを見てわが目を疑う。

咲「……!」

楽し気に話し込む生徒たちの後ろ。
熱心にノートを写す生徒の隣。
そこに、立っていた―――――彼女が。

98: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 15:47:14.59 ID:dRx7r8660
シロ「………」

生徒たちで沸き返る教室のなか。
シロと呼ばれたあの少女が、静かな面持ちでたたずんでいた。

射るような眼差しが、ただ咲だけを見据えている。
少女の唇がゆっくりと動いた。
ニエ、と。

―――――贄。

咲の心臓が、どくんと鳴った。

何故ここにシロがいるのか。
そして何故誰もシロに不審の目を向けないのか。

無視をしているのとは違うだろう。皆の態度に不自然な点は見られない。
その違和感のなさが逆に異様に映る。
クラスメイトの様子からは、まるで彼女の存在が目に入っていないかのような印象を受ける。

まさかそんな、と否定しかけ、
咲はその考えが真実に一番近いのではと思い直す。

穏乃「……咲?いつまでそこに突っ立ってるんだ?」

いぶかしげに咲の顔を覗き込む穏乃の肩ごし。
シロが音もなくこちらに近づいてくるのが見えた。
穏乃はシロの存在に気づいていない。


1、教室にシロがいると穏乃に警告する
2、直ちに教室から逃げ出す

安価下

100: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 16:08:27.98 ID:dRx7r8660
咲「この教室に、昨日襲ってきたあの少女がいる……!」

穏乃「……!どこに!?私には何も見えないよ!」

やはり咲以外の者にシロの姿は見えないらしい。
伝わらぬもどかしさに、咲は思わず唇をかむ。

シロはゆっくりとこちらに近づきながら、何も持たない右手を中空に掲げた。
何の真似かと目を向けると、突然手のひら前方の空間が発光し始める。

咲「あ……」

驚き見守るうちに光は強まり、やがてその輝きは長剣の形を成した。
シロはその剣を、風切り音を立てて振るった。
剣先を咲に向けて構える。

咲「……!」

床を一蹴りすると、シロは一瞬で間合いを詰めてきた。
咲を斬り捨てようと、冷たい輝きが襲い掛かる。
辛うじてその一撃をかわすと、空を切った切っ先はそのまま背後のドアを薙ぐ。

咲「……っ」

恐ろしいほどの切れ味を見せ、ぶ厚いスチール製のドアがやすやすと両断される。
斬撃の勢いに、真っ二つに割かれたドアが音を立てて吹き飛んだ。

101: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 16:13:31.22 ID:dRx7r8660
生徒A「きゃっ!」

生徒B「な、なに……!?」

ドア周辺にいた数人の生徒が悲鳴を上げる。
シロの姿が見えない彼女らには、何の前触れもなくドアが吹き飛んだように見えたのだろう。
誰もが呆然とした表情で、飛び退いた咲と崩れ落ちたドアを見比べている。

シロ「………」

息をつく間もなく、再びシロが咲を襲う構えを見せた。
シロの狙いは自分ひとりなのだ。
咲がこの場から離れれば、他に目もくれず、シロは咲を追うだろう。

咲「……!」

他の生徒たちを巻き込ませるわけにはいかない。
咲はシロが追ってくると確信し、教室を飛び出して廊下に出た。
そのまま全力で駆け出す。



シロから逃れるため、闇雲に廊下を駆け階段を昇るうちに、この校舎の最上階の踊り場にたどり着いた。
正面には屋上へと続く鉄製の扉があったが、その取っ手には鎖がかけられている。


1、踊り場を調べる
2、戻る

安価下

104: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 16:39:08.51 ID:dRx7r8660
咲は踊り場を調べてみた。

屋上に人が訪れることは少ないらしく、埃がつもっている。
その床に、鉄製の水道管らしきパイプが落ちていた。
屋上のメンテナンスに来た者が忘れていったのだろうか。
身を守る武器になるかも知れないと、咲はそれを拾った。

扉は取っ手にかけられた鎖の先端が南京錠で留められており、引っ張ったくらいでは外せそうにない。
が、よく見ると南京錠は壊れかけているのか支柱が外れ、鍵がかかっていない状態になっていた。
これなら簡単に外すことができる。
咲は急いで鎖を解き、屋上への扉を開いた。



屋上へ出ると、そのまま扉を閉めようと振り返る。
そこに、剣を片手にたたずむシロの姿を見つけ、咲は凍り付いたように動きを止めた。

シロ「……逃がさない」

咲「……!」

感情の読めない静かな眼差しに射すくめられ、咲は動けない。
緊張に思わず握りしめた手のひらの中、鉄パイプの冷たい感触が咲を我に返らせた。


1、最後まで抵抗してみせる
2、諦めて大人しくする

安価下

106: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 16:58:03.70 ID:dRx7r8660
訳も分からないまま、抵抗もせずに殺されるのは嫌だ。
咲は手にした鉄パイプを構え、怯みそうな心を何とか奮い立たせる。

シロ「……戦う意思があるの」

睨みつける咲に向かって、シロが動いた。
風切り音が咲の前を走り抜け、あっけなく鉄パイプは斬り落とされる。

咲「……っ!」

シロ「それでも私は、あなたを殺さなければならない」

咲に止めを刺すべく、シロは長剣を引いた。
そのまま咲の心臓をつらぬくつもりなのか。

―――――殺される、そう思った瞬間。
咲の胸に灼けつくような痛みが走り、弾けた―――――

シロ「……!」

咲を包むように、白い光の波が広がった。
咲の命を絶つはずだったシロの剣は、その光に触れると音もなく消滅した。

咲「……え……?」

白く灼けた視界の中、何が起きたのか理解できず、咲は呆然とその場に立ち尽くす。
一瞬にして剣を失ったシロが、顔を上げて咲を見た。

シロ「――――あなたは、……まさか」

初めて、シロの凍り付いた顔に感情が映る。
今の不思議な現象に、シロは咲以上の衝撃を受けているように見えた。
射るようなシロの眼差しに目をそらすことも叶わず、咲は息をつめてシロと対峙する。

シロ「なぜ彼女らの≪贄≫に、あなたが――――?」

咲「な、に……?」

シロ「答えて。あなたは全てを承知の上で彼女らの許にいるの?返答次第では、あなたを……」

静かな声の中、抑えられたシロの怒りを感じる。
夕べ初めて出会ったばかりの人間に、こんな理不尽な扱いをされ、怒りを向けられる覚えはない。
その瞬間。殺される恐怖よりも、怒りの感情が上回った。

107: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 17:02:59.19 ID:dRx7r8660
咲「贄なんて、知らない!何のことか分からない質問に答える気なんてない……!」

シロ「……!」

咲の言葉に、シロの瞳が揺らいだ。
眼差しに映える怒りが影をひそめ、代わって何かを探ろうとする光が瞳に宿る。

シロ「あなたの名は……?」

咲「……咲。宮永咲」

シロ「咲……、宮永……咲」

シロ「……。今はあなたを殺さない。けれど、もしあなたが、このまま……」

咲「え……?」

咲はシロを見上げる。少女がなぜ咲を殺そうとするのか知りたいと思った。
なぜ咲を贄と呼ぶのか。少女が言っている≪彼女ら≫とは何者なのか……知りたい。
けれどシロは、咲が何かを語りかける前に、背を向けて立ち去る気配を見せた。

咲「待って!あなたは誰?どうして私のことを……」

シロ「……私の名はシロ」

咲「シロ……」

シロ「宮永咲。次の満月までに、あなた自身の選んだ道を示して」

咲「え……?」

シロ「あなたがいずれの道を選ぶのか。その答え如何では、私はあなたを……殺す」

咲「……!」

咲に鋭い一瞥を与え、そう宣言すると、シロは背を向けて去っていった。

108: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 17:09:42.12 ID:dRx7r8660
満月の夜―――――?
確か、昨夜が新月から三日目の夜だったはず。
という事はつまり、次の満月までは、あと二週間足らずということか。


ふと誰かが呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、息を切らせた穏乃が立っていた。

穏乃「こんな所にいたのか、咲!探したんだぞ」

咲「高鴨さん……」

穏乃「いったい何だったんだ?いきなり教室のドアは壊れるし、咲は突然走っていくし……」

咲「……昨日出会った、シロという少女に追われてたの」

穏乃「……!やっぱり、またおかしなことが起こったのか……」

咲「………」

穏乃「とにかく、教室に戻ろう」

咲「うん……」




チャイムの音が昼の訪れを告げると、授業から解放された生徒たちは一斉に騒がしくなった。
昼を過ごすため、生徒たちはそれぞれ目的の場所に散っていく。
変わり映えのしないありふれた光景を裏切るのは、修理が終わるまで開いたままの、扉のなくなった教室の入り口だった。


穏乃「咲。石について調べてくれそうな人間に心当たりがあるって言ってただろ?その人、一学年上の人なんだ」

穏乃「その人なら私達の話を馬鹿にしないで聞いてくれる。どうする?話してみる気はあるか?」


1、会ってみる
2、会う気はない

安価下

110: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 17:31:04.67 ID:dRx7r8660
話を聞いてくれそうな人なら会ってみてもいい。
咲は穏乃にそう答えた。

穏乃「よし、じゃあさっそく行こう!」



咲が穏乃に連れて行かれたのは、校舎とは別棟に独立して建てられた、りつべ女学園の図書館だった。
まだ時間が早いためか、図書室を利用しようとするものが少ないせいなのか。
真新しい館内には誰もいないように見える。貸出用のカウンターにも人影は見当たらない。

しかし窓際の一角に置かれた、資料検索用パソコンのうちの一台に電源が入っており、それは稼働中のようだった。
誰かが消し忘れて出ていったのか、それとも先客がこの館内にいるのだろうか?
しん、と静まり返った館内に躊躇なく踏み入ると、穏乃は遠慮のない大声で呼ばわった。

穏乃「おーい!話があるんです、出てきてください!」

??「……穏乃ですか。ちょっと今動けないので、あなたがこっちに来てくれませんか?」

上から下まで本がぎっしり詰まった書架が立ち並ぶ奥の方から、
少女の声が聞こえてきた。

穏乃「動けないって……大丈夫ですか?何かあったんですか!?」

穏乃があわてて声の方へ駆け寄る。
咲も穏乃の後を追って、書架の裏に回り込んだ。

穏乃「……何してるんですか?」

??「こんにちは、穏乃。見て分かりませんか?読書に決まってるじゃないですか」

書架と書架の間の床に、所せましと乱雑に積み上げられた書物の山。
その足の踏み場もない混沌の中心、床に座り込んでこちらを見上げる少女。
彼女がどうやら、穏乃が紹介したいと話した人物らしい。

111: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 17:36:08.25 ID:dRx7r8660
彼女は書架の前に陣取り、周りの床に読みたい本を好き放題に積み上げて読書を楽しんでいたようだ。
手にした本を閉じると、少女は満足したようすで頷いた。

??「ふう。これで目的の本はすべて読破しました。……さすがに疲れましたが」

穏乃「まさか、また授業をさぼって朝からここで本を読んでたんですか?」

??「はい。今日は図書館を使う授業がないと知っていましたから」

穏乃「はあ……」

??「ところで、そちらの方は?」

咲「あ、私は……」

穏乃「彼女は宮永咲。昨日私のクラスに入ってきた転校生です」

??「――――咲?もしかして、その子は穏乃の昔話に毎回登場する、あの咲なんですか?」

穏乃「う……そ、そうです。咲はこの街に帰ってきたんですよ」

??「へえ……、あなたがあの、噂の咲なのですか……」

咲「噂……?」

??「あなたのことは穏乃から嫌というほど聞かされてきましたよ。一度会ってみたいと思ってました」

??「良かったですね、穏乃。大好きな幼なじみがまた戻ってきてくれて」

穏乃「べ、別に私はそんな……っ」

??「――――で、穏乃」

穏乃「はい?」

??「噂の幼なじみ見せびらかしに来ただけ、というわけでもないんでしょう?」

穏乃「あ、そうでした!私達、あなたに相談したことがあるんです」

穏乃「ええと、話せば長くなるんですけど……実は私達、怪奇現象に遭遇してしまって……」

115: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 20:53:19.71 ID:dRx7r8660
穏乃が昨日の出来事を大まかに語り、咲がそれを補足する形で詳細を付け足した。

??「なるほど。ずいぶんと血なまぐさい話ですね……」

??「しかし話を聞くと、その泉という方の無事も怪しいものです」

穏乃「えっ……、それはどういうことですか?」

??「学校中の人間の意識を操作できるような人物が、渦中にいるかもってことです」

咲「……!」

??「泉さんのご家族も、記憶操作を受けている可能性は高いと思いませんか?」

言われてみればその通りだ。
咲たちの体験が現実で、泉の家族の記憶が幻という可能性もあるのだ。

穏乃「確かにその通りですね。誰かが私達を担いだって考えるよりそっちの方が自然だ」

??「ところで、あなた達の言葉を裏付ける確かなものが、何かひとつくらいは無いんですか?」

穏乃「はい。実はその証について、明華さんに相談したかったんです。……咲」

咲「うん」

咲はポケットから石を取り出し、明華と呼ばれた少女の前に掲げ見せた。
意識を集中させて咲が触れると、石は昼の明るい陽射しの下でも光り始めるのが分かった。

116: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 21:02:05.63 ID:dRx7r8660
明華「これは驚きました……こんな風に発光する石なんて見たことありません」

明華「熱くはないんですか?妙な刺激や匂いは……あれ?石の表面に何か浮かんだような……?」

少女は眉根をよせて石に見入ったが、みるみるうちに光は褪せ、間もなく消えてしまった。

穏乃「どうですか、明華さん。この石について調べてみてくれますか?」

明華「確かに興味をひかれます。けど詳しく調べるとなると、石に関する権限を私に渡してもらうことになりますよ」

明華「よく知りもしない私に、大事な石を渡す気がありますか?」

咲「……はい。お願いします」

咲は明華に石を差し出した。
明華は手のひらに乗せられた石と、咲の顔を見比べた。

明華「信用してもらえて嬉しいです。私の名は雀明華。明華と呼んでください」

咲「宮永咲です」

明華「では咲、出来る限りの手を尽くして、この石について調べさせてもらいますね」

咲「よろしくお願いします」

明華はさっそく椅子へと腰をおろし、ポケットから取り出したルーペで熱心に石を観察し、記録を採り始めた。

明華「大きさは約3センチ。黒色、光沢あり、日光下での蛍光を認める……硬度と比重も調べなければ……」

穏乃「咲、出よう」

咲は穏乃に背中を押されて、そっと図書館を出た。

117: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 21:07:45.78 ID:dRx7r8660
穏乃「ああやって集中し始めると、何を話しかけても上の空になるんだ。明華さん」

咲「研究熱心な人なんだね……」

穏乃「ところで咲、放課後の予定は?」

咲「え……?」

穏乃「私は放課後、泉の家を訪ねるつもりなんだ。昨日のことを問いただす」

穏乃「咲はどうする?」

咲「私は……」


1、一緒に泉の家に行く
2、まっすぐ帰る

安価下

120: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 21:15:46.08 ID:dRx7r8660
咲「私は……まっすぐに家に帰るよ」

穏乃「……そっか。分かった」



放課後の訪れを知らせるチャイムが鳴り、咲の転校2日目が終了した。
今日は咲の掃除当番の日だと言われ、咲は割り当てられた清掃場所に向かった。

清掃も済み、道具を片付けて教室に戻る途中、咲は良子に声をかけられた。

良子「咲、ちょっといいですか?」

咲「はい」

良子「今朝の騒ぎの件、聞きましたよ。咲のクラスの教室のドアが突然壊れたそうですね」

良子「原因が分からないと、修理に来た業者も不思議がっていました」

咲「………」

良子「ドアが壊れたとき、一人だけ教室から出て行った生徒がいたとか」

良子「その生徒が、何か関わりがあるんじゃないかと担任の先生は考えているみたいでした」

咲「………」

良子「ここ最近、校内の雰囲気が良くないです。公にされてないですが、不祥事が何件か続いてます」

良子「このりつべ女学園は進学校で、素行の悪い生徒もそれほどいない」

良子「これまで表立って事件らしい事件がこの学園で起きたことはなかった。それがここ最近崩れ出した……」

良子「嫌な感じがします。咲もあまり一人で行動しない方がいいでしょう」

咲「……はい。良子さん」

良子「じゃあ、私の話はそれだけです。気をつけて帰りなさい」

咲に手を振ると、良子はそのまま立ち去った。

121: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 21:21:39.77 ID:dRx7r8660
帰り支度を終えて教室を出ると、
外はすでに陽が陰りはじめていた。

ふと、校舎の中庭から何かの音が響いてきた。

咲「……?」

気になった咲は、草を踏み分け中庭の奥の方へと足を踏み入れる。
その時だった。

咲「―――――っ!」

突然闇の中から影が肉薄してきたかと思うと、咲の身体が地面に引き倒された。
後頭部を地面に打ち付け、目の奥に火花が散る。

脳しんとうを起こしてかすむ視界に、
咲を抑え込む影の、赤く輝く一対の目が飛び込んできた。

良子『嫌な感じがします。咲もあまり一人で行動しない方がいいでしょう』

先ほど良子に言われた言葉が脳裏をかすめた。
一人になるなと忠告してくれたいとこの言葉だが、時すでに遅しだった。

咲「あ……ああ……っ」

獣の刃が咲の首筋にかかるのと、咲が意識を失うのはほぼ同時であった―――――


―――――ざしゅっ!!


BAD END

130: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:18:16.68 ID:dRx7r8660
>>117から

咲「私も、一緒についていってもいいかな……?」

穏乃「……!もちろん!じゃあ放課後にな」

咲「ありがとう」



放課後の訪れを知らせるチャイムが鳴り、咲の転校2日目が終了した。
今日は咲の掃除当番の日だと言われ、咲は割り当てられた清掃場所に向かった。

清掃も済み、道具を片付けて教室に戻る途中、咲は良子に声をかけられた。

良子「咲、ちょっといいですか?」

咲「はい」

良子「今朝の騒ぎの件、聞きましたよ。咲のクラスの教室のドアが突然壊れたそうですね」

良子「原因が分からないと、修理に来た業者も不思議がっていました」

咲「………」

良子「ドアが壊れたとき、一人だけ教室から出て行った生徒がいたとか」

良子「その生徒が、何か関わりがあるんじゃないかと担任の先生は考えているみたいでした」

咲「………」

良子「ここ最近、校内の雰囲気が良くないです。公にされてないですが、不祥事が何件か続いてます」

良子「このりつべ女学園は進学校で、素行の悪い生徒もそれほどいない」

良子「これまで表立って事件らしい事件がこの学園で起きたことはなかった。それがここ最近崩れ出した……」

良子「嫌な感じがします。咲もあまり一人で行動しない方がいいでしょう」

咲「……はい。良子さん」

良子「じゃあ、私の話はそれだけです。気をつけて帰りなさい」

咲に手を振ると、良子はそのまま立ち去った。

131: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:22:27.45 ID:dRx7r8660
教室に戻ると、部活動や学園祭の準備に向かったのか、すでに教室内にほとんどの生徒は残っていない。
咲が鞄に教科書を詰めていると、帰り支度を整えた穏乃がそばにやってきた。

穏乃「咲、そろそろ帰ろう」

穏乃のその言葉に、周りにいた者がぎょっとした表情で咲と穏乃を見比べた。
昨日の険悪さが記憶に新しい彼女らの目に、仲良さげな二人の態度は不思議なものに映るのだろう。

穏乃「じゃ、いこう」

咲「うん」

周りの目など気にしない様子の穏乃と並んで、咲は教室を出た。




咲と穏乃は泉の家の前に到着した。
穏乃はインターホンをためらうことなく押す。

『はい。どなたですか?』

泉の母なのだろうか。
おっとりした女性の声がインターホン越しに応えた。

穏乃「泉さんと同じクラスの高鴨穏乃です。泉さんがお休みだったので、お見舞いにきました」

『まあ、娘のためにありがとうございます』

132: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:25:11.22 ID:dRx7r8660
『せっかく来てくれたのに申し訳ないけど、実は泉、入院することになったの』

穏乃「え……入院!?どこの病院に!?」

『遠くの病院でね、この街の病院じゃないの。ちょっと持病をこじらせてね……』

『あの子、病気の姿を見せたくないから誰にも会いたくないって言うのよ。だから見舞いも勘弁してあげてね』

その言葉に、穏乃は声をひそめて咲にささやく。

穏乃「泉が入院するほど重い持病を持ってるなんて、聞いたことないぞ」

咲「………」

穏乃「何とかして泉の部屋に上がれないかな……」


1、あなたは嘘をついていると糾弾する
2、彼女に預けたものを返してほしいと頼む

安価下

135: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:39:02.13 ID:dRx7r8660
咲はインターホンに向かって、娘さんに預けた大事な物を返してもらいたいので、
泉の部屋に上がらせてほしいと頼んだ。

『あらまあ、それじゃ上がってくださいな』

人の良い女性なのか、咲の言葉を疑うことなく、泉の母は咲たちを家に招き入れた。
泉の母は二階にある娘の部屋に二人を通すと、お茶の用意をすると言い残して階下に降りていった。

穏乃「咲、手際いいな。助かった」

咲「ううん。今のうちに部屋を調べよう」

穏乃「そうだな。泉が本当に家に帰ってきたなら、この部屋のどこかに鞄や制服があるはずだ」


二人は手分けして、部屋を探り始めた。
母親がお茶の用意をする間、部屋をくまなく調べた二人は、
泉がこの部屋に帰ってこなかったとの結論に達した。


穏乃「部屋に帰った痕跡が何もない……やっぱり、泉はあの時……」

咲「………」

『遅くなってごめんなさいね。ケーキとお茶を用意したから、召し上がってちょうだい』

娘が人知れず消えたことにも気づかぬ、泉の母の偽りのない笑顔。
それは泉の一家が何者かによる記憶操作を受けたという不気味な予想を裏付けていた。

咲と穏乃は泉の母に何もいう事が出来ず、しばらく家に滞在してから辞去した。

137: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:45:55.02 ID:dRx7r8660
互いにかける言葉を無くしたまま、二人はそれぞれの家へ向かう分かれ道にたどり着いた。

穏乃「咲……正直いって、私は気味が悪い」

咲「………」

穏乃「殴ったりできる敵なら恐れたりしない。けど、敵の姿が見えない、こういうのは苦手だ……」

咲「……私も、怖い」

穏乃「そうだな……こんな訳のわからない事態、誰でも気味が悪いよな」

咲「うん……」

穏乃「いま肝心なのは、そんな気持ちに負けないってことなのかも……」

穏乃「――――よし!私たちは精一杯、自分に出来ることをしよう!」

咲「……うん。そうだね」

穏乃「じゃあな、咲。また明日」

穏乃は軽く手を振ると、咲に背を向けて歩き始める。
咲も町が暮色に沈む前に帰ろうと歩き始めた。

138: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:50:14.90 ID:dRx7r8660
咲が家に着くと、姉はまだ大学から帰宅していなかった。
制服を着替える間もなく携帯が鳴った。

咲「はい」

照『咲、もう家に帰ってる?』

咲「お姉ちゃん……」

耳に馴染んだ姉の声を聞いて、咲は緊張していた肩から力を抜いた。

照『今日はサークルで遅くなるから、先に夕食をすませておいて』

咲「うん。分かった」

照『ごめんね、咲。新しい家でひとりにさせてしまうね。なるべく早く帰るつもりだけど……』

咲「ううん。気にしないでお姉ちゃん。じゃあ、サークル頑張ってね」



簡単な夕食を作って食べ、お風呂を済ませた後は、自室で宿題と自習に専念した。
照がなかなか帰らぬまま時間が過ぎる。

寝床につき、天井を見つめて姉の帰りを待つうちに、咲はいつの間にか眠りに落ちていた。
夢は見なかった。

140: ◆34iwA4dRok 2015/12/09(水) 22:54:05.37 ID:dRx7r8660
今日はここまでです
基本的に何度BADENDを迎えてもやり直しますので、お気軽にお好きな安価を選んで下さいませ

160: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:21:22.51 ID:+yVVLNBL0
朝の訪れを知らせる目覚ましの電子音とともに、咲はまぶたを開いた。
天気は上々でさわやかな朝だったが、ここ数日の出来事を思うと咲の心も晴れやかに、とはいかなかった。

照「おはよう、咲」

咲「おはようお姉ちゃん」

朝食を食べ終え、学校に行く準備が整うと、姉への挨拶を済ませて家を出た。



校門前で、同じく登校中だった穏乃が咲の方へ駆け寄ってきた。

穏乃「咲、おはよう」

咲「おはよう。高鴨さん」

穏乃「昨日は眠れた?私は何か色々考えそうになったから、家を出てその辺をしばらく走ってた」

穏乃「そしたらすっきりと眠れたよ。こういう時は案外体を動かすのがいいみたいだ。……あ、予鈴だ。急ごう咲」

咲「うん」

駆けだした穏乃につられ、咲も教室を目指して駆け出した。



その日の昼前。4限目の授業は科学だった。
科学の担当教師は戒能良子。
つまり従姉妹の良子が教鞭をとる授業を、咲は初めて受けることになる。

161: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:25:56.32 ID:+yVVLNBL0
その日の授業内容は、実験。
第二科学室での講義となっていた。

良子「実験器具の取り扱いには注意してくださいね。特にガラス製の器具は割れやすいですから」

実験の内容と手順を黒板に記入し、良子は手際よく説明を行う。

良子「説明は以上です。では実験を始めます。今説明した器具を各班ごとに取りにくるように」

実験の準備を始めるため、生徒たちはそれぞれ役割を分担して動き始めた。

生徒A「転校生、あなたが取ってきてよ。ちょっとはクラスに馴染むよう皆の為に働いてよ」

咲「………」

生徒B「ちょっと、そんな言い方やめなさいよ」

生徒A「なによ、別にいいじゃない。さあ取ってきてよ、宮永さん」

生徒B「何であんたが指示してるのよ。偉そうに」

生徒A「なんだって!?」

席を蹴って、女生徒が立ち上がった。
女生徒の剣幕に驚いた他の班の生徒たちが思わず準備の手を休め、咲たちのテーブルに視線を向ける。

162: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:29:06.69 ID:+yVVLNBL0
自分のことがきっかけで始まった口論だ。黙って見ているわけにもいかない。
咲は女生徒たちの間に割って入った。

咲「……待って」

生徒A「な、なによ。何か文句でもあるっての!?」

穏乃「やめなよ……!」

今にも咲に掴みかかりそうな女生徒の肩を掴んで、隣のテーブルにいた穏乃が割り込んできた。
咲の班のテーブルの周りに、生徒たちが物見高げな様子で集まってくる。
後ろの席で自分の班の実験準備を進めていた由暉子も、思案げな面持ちで騒ぎを見つめている。

良子「こら、何をやってるんですか。ケンカはやめなさい!」

もめごとに気づいた良子が騒ぎを止めようと、急ぎ足でそばにやってくる。

生徒A「うるさいな、高鴨さん。離してよ!」

怒りに任せて、女生徒は穏乃の手を勢いよく振り払った。
払いのけられた穏乃の手が、たまたま近くに立っていた生徒の腕に当たる。
運の悪いことに、その生徒は両手一杯に実験器具を抱え持っていた。

咲「……!」

咲の眼前で、生徒の腕から実験器具がすべり落ちるのが見えた。
落下の勢いを止めることができないと悟った瞬間。
咲の体はとっさに動いた。

163: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:33:11.43 ID:+yVVLNBL0
穏乃の肩を掴んで背後に引かせると、咲の体は穏乃をかばうように前に動いていた。
すべり落ちたガラス製の試験管やビーカーが音を立てて科学室の床上に砕け散る。
鋭いガラスの破片があたりに飛び、その中のひとつが咲の手を切り裂いた。

咲「……っ!」

灼けるような痛みが手のひらに走る。
傷ついた箇所から見る間に鮮血が溢れ出し、指先をつたって床に滴り落ちた。
その様を穏乃は思わず言葉を無くして見つめていたが、あわてて咲の腕を持ち上げる。

穏乃「傷口を下に向けちゃ駄目だ!心臓より高くして、血の流れを止めないと!」

咲の手首を強くつかんで止血すると、穏乃は良子に向かって強い口調で言った。

穏乃「先生、私はこのまま咲を保健室に連れていきます」

良子「……分かりました。咲の事、任せましたよ。ミス高鴨」

良子「誰か、清掃道具を取ってきてください。……あ、手を切るので素手は止めなさい」

他の生徒に指示を飛ばす良子の声を聞きながら、
咲は穏乃に手を引かれ、保健室へと向かった。

164: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:37:50.45 ID:+yVVLNBL0
訪れた保健室に人の気配はなかった。
保険医はちょうど席を外して不在なようだ。

穏乃「咲、そこに座って。私が応急処置する」

咲「え……」

穏乃「心配しなくても、怪我の手当ては慣れてるからさ」

咲が椅子に腰を下ろす間に、穏乃は慣れた手つきで薬品棚から消毒薬の瓶やピンセット、脱脂綿を取り出して机の上に並べていく。
咲の手を取った穏乃は消毒液に浸した脱脂綿をピンセットでつまみ、傷口についた血をぬぐい始めた。

穏乃「咲、私をかばってくれてありがとう」

咲「ううん」

穏乃「ガラスの破片も残ってない。傷も出血のわりには深くないし、これなら痕も残らない。後で保険医の先生に診てもらえば大丈夫」

傷口に止血用の薬を塗り、ガーゼをあてて包帯を巻くと、あっという間に治療は済んだ。

咲「ありがとう。随分と手際がいいんだね」

穏乃「ま、まあ慣れてるからな。じゃあ、そろそろ帰ろう」

咲の言葉にどこか照れた様子で、あたふたと穏乃が椅子から立ち上がった。
軽く頷いた咲も、椅子から立ち上がった。

165: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:41:46.06 ID:+yVVLNBL0

――――――――――

4限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、午前の授業が終了した。
騒ぎはあったものの、その後も何とか授業は続けられた。

実験を無事に終わらせた生徒たちは、ほっとした様子で第二科学室を出ていく。
教室に戻る支度をしていた咲の元に穏乃がやってきた。

穏乃「咲、怪我の具合はどう?」

咲「大丈夫。痛みも治まったよ」

穏乃「そっか……よかった。ところで咲、お昼一緒に食べない?」

咲「うん。いいよ」

穏乃「じゃあ、さっそく行こう。明華さんも一緒なんで図書館で食べよう」



図書館の扉を開けた穏乃が、奥の書架に向かって呼びかける。

穏乃「おーい!明華さーん!」

その声に応えて明華が姿を現した。

明華「穏乃、待ってましたよ。ああ、咲も一緒なんですね」

咲たちの他に人気のない図書館の中。三人だけの昼食の時間は、不思議に咲を落ち着かせた。
この場所に漂う密やかな雰囲気のせいだろうか。書架と本の匂いも、咲は好きだった。
周囲に多くの見知らぬ人間がいる環境は、思ったよりも自分にストレスを与えていたのかもしれない。

166: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:48:52.58 ID:+yVVLNBL0
明華「咲、あなたから預かった石の調査は続行中です。結果が出次第報告しますね」

咲「ありがとうございます」

穏乃「面白い研究材料が舞い込んで生き生きしてますね、明華さん。ところで何の本を読んでたんですか?」

明華「このりつべ市に関する伝承を一通りさらってました。最近興味がありまして」

穏乃「明華さん、相変わらずそういう小難しそうな本好きですね」

二人の話に興味深く耳を傾けていた咲に、目があった明華が笑いかける。
と、その時。

静寂を破って、息を切らせた一人の生徒が館内に足音高く踏み込んできた。
髪を染め、派手な化粧のその女生徒は、怒りに燃える眼差しを真っすぐに穏乃に据えた。

女生徒「高鴨!あんたがやったんでしょ!私の……私のコレクション、丸ごと消しやがって!」

穏乃「何のことだか覚えがないですね。証拠でもあるんですか?」

女生徒「ふざけやがって!こんなことが出来るのはお前と雀ぐらいしかいねえだろ!」

女生徒「学内ネット利用して荒稼ぎしてるんだってな。お前らコンビは有名なんだよ!放課後、北校舎裏に来いよ!」

穏乃と女生徒のやりとりを、はらはらしながら見守る咲を安心させるように、
明華が横合いから解説する。

明華「あのくらいは平気です。良くあることですし、穏乃は強いですから」

咲「でも……」

この女生徒と穏乃では体格差がかなりある。いくら穏乃が強いといっても…
考えをめぐらせる咲が顔を上げると、明華が興味深げな様子で咲を見つめていた。

167: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 20:55:54.31 ID:+yVVLNBL0
女生徒は言いたいことだけ言うと、派手な音を立てて扉を閉め、図書館を出て行った。

穏乃「まったく、こっちは食事中だってのに騒がしい人だなあ」

咲「今のは……?」

穏乃「実は私たち、学園内で≪なんでも屋≫をやってるんだ」

咲「なんでも屋?」

穏乃「そう。引き受けた依頼の内容に従って何でもやる、学内の便利屋稼業のことだよ」

明華「学内ネットを利用して、密かに依頼を募ってるんです。この間も依頼があったところなんですよ」

穏乃「不良に脅されてた生徒が依頼人だった。無理やり万引きさせられて、その時撮られた映像をネタに恐喝されて困ってた。何とかしてくれって」

咲「それで……?」

明華「私たちが何とかしたんです。具体的なことは守秘義務があるから言えませんけど」

穏乃「趣味と実益を兼ねた、学校には秘密のアルバイトってやつ」

明華「最近は盗難事件の犯人探しとか、証拠品探しみたいな探偵じみた仕事が多いですね」

咲「へえ……」

穏乃「基本的に、情報から推測して作戦立てるのは明華さんで、実行するのは私って分担になってるんだ」

穏乃「ちょっとした脳の運動にもなるから、明華さんもこの仕事楽しんでるでしょ?」

明華「ええ、そうですね。ただ穏乃も私も今は咲の件に興味がありますからね」

咲「私の……?」

169: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:00:23.04 ID:+yVVLNBL0
明華「不謹慎に聞こえるかも知れませんが、話を聞いて胸の奥がこう……ワクワクしたんです」

明華「今までとは違う、手ごたえが明らかに違う感じです。これはぜひ無報酬でも引き受けたい依頼ですね」

明華「咲を連れてきてくれて、穏乃には感謝してますよ」

穏乃「そうでしょ?咲のこと、明華さんも気に入ると思ったんです!」

明華「しかし、うっかりしてましたね。この件が片付くまで、しばらく仕事の方を休業にしておいた方がいいでしょう」

穏乃「あ、そうですね」

頷くと、穏乃は図書館に備えつけのパソコンい向かいキーボードをたたき始めた。

穏乃「……これでよし、と。告知しておきましたよ」

明華「ついでにメールもチェックしておいてください」

穏乃「はい。分かりました。……お、また明華さん宛にメールが来てますよ」

穏乃「明華さんはサボり魔だけど学年トップをキープしてる秀才だから、人気があるのも無理ないか」

咲「学年トップ……凄いですね」

穏乃「そう言えば、明華さん。今日は私に見せたいものがあるって言ってませんでした?」

明華「ああ、そういえば……これです。古代メソポタミア伝承の知られざる写本の翻訳」

明華「ずっと絶版になってたんですけど、この間ネットの取引で手に入れたんです。穏乃も興味あるでしょう?」

穏乃「そうですけど……またとんでもないものを見つけ出しましたね」

明華「咲はどうですか?こういう本に興味ありますか?」

咲「はい。本は好きなので」

170: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:05:58.31 ID:+yVVLNBL0
咲が頷くと、明華は嬉しそうに微笑んだ。

明華「それは良かったです。今度咲のお薦めも聞いてみたいですね」

穏乃「咲、気を付けなよ。明華さんのお薦め本には、たまにとんでもないのが混じってるからな」

二人のやりとりを興味深く聞いていた咲は、意外な思いでつぶやいた。

咲「高鴨さんも、よく本を読むの……?」

明華「ええ。穏乃とは、私の父の著書の愛読家だったことが縁で知り合ったぐらいですし」

咲「へぇ……」

明華「ひそかに努力家で、成績も良いですしね」

穏乃「咲に言わないでくださいよ!恥ずかしいですから」

読書などというインドアな事には興味が無さそうで、勉強にも熱心では無さそうなタイプに見える穏乃が。
実は読書好きで、努力家で、勉強家だった――――
穏乃の意外な一面を知って、咲は改めて興味深く、目の前の少女を見つめ直した。

穏乃「わ、私のことはいいよ。それより咲、明華さんのお父さんの本は物凄く面白いんだ!本人も立派な人だしな」

そう言って、明華の父のことを我が事のように自慢げに話す穏乃の瞳は生き生きと輝いている。
明華もそんな穏乃を穏やかな目で見つめている。
二人のやりとりを見ながら、姉と良子以外の人間に対しては初めて、共に過ごす空間を暖かで居心地良いと感じていた。

171: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:10:47.01 ID:+yVVLNBL0

――――――――――

英語教師「……では、本日の授業はここまでにします」

5限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、その日の授業が終了した。
4限目の科学室での騒ぎ以外、今日は特に変わったことは起きなかった。
おかげでクラスメイトが咲に向ける視線も、朝よりもずっと控えめで落ち着いたものになっていた。

咲「あ、そういえば……」

昼休みに乱入してきた生徒が、穏乃に向けて叩きつけた言葉を思い出した。
あの生徒は確か『放課後、北校舎裏に来い』と、穏乃に言わなかっただろうか。

咲「高鴨さん。やっぱりいない……」

穏乃はおそらく、あの生徒の挑戦を受け、北校舎に向かったのだろう。
咲は急いで教室を飛び出した。





穏乃の姿を求めて北校舎の裏に向かうと、数人の人間が争う物音が聞こえてくる。
咲は息を呑んで足を速めると、昼休みに穏乃を呼び出した生徒が地に伏す姿が飛び込んできた。
生徒の腕をとらえているのは穏乃。どうやら穏乃の投げが決まったところだったらしい。

咲「……!」

周囲を見渡すと、地面に転がっているのはその生徒だけではなかった。
穏乃を呼び出した生徒を含め、全部で4人の生徒が蹲っている。

172: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:14:04.27 ID:+yVVLNBL0
穏乃「これで終わりですか?口ほどにもないですね、4人がかりでこのザマじゃ。顔を洗って出直してきてください」

明華が言った通り、穏乃の強さを目の当たりにした咲は驚きに言葉を失う。

穏乃「あれ、咲?どうしたんだ、こんなところで」

咲「高鴨さんが呼び出されてたことを思い出して……」

穏乃「心配して来てくれたのか……!ありがとう、咲!」

咲「でも、結局私何もしてないし」

穏乃「ううん!咲が私のために駆け付けてくれたってだけで嬉しいよ!」

咲「……うん」

穏乃「やばい、のんびりしてる場合じゃなかった!放課後はバイトなんだ!」

咲「バイト?」

穏乃「咲、場所を変えよう!」

そう言って駆け出した穏乃につられて、咲もその場を駆けだした。

173: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:17:19.46 ID:+yVVLNBL0
穏乃の後を追ってたどり着いたのは、新校舎1階の空き教室だった。
作りかけの大道具らしきものが、部屋の中央に置かれている。

穏乃「演劇部の大道具制作のバイトを引き受けて、作ってる最中なんだ」

咲「ああ、学園祭の?」

穏乃「そう。この時期はどこも人手が足りないみたいでさ。期限が学園祭までってのはハードスケジュールだけど」

穏乃「でも力仕事は性に合ってるから、結構楽しんでるんだ」

そう言って穏乃は軍手をつけた手に金づちを握り、大道具の設計図に従って、
材木やベニヤ板を組み合わせて釘を打ち込み始めた。


1、手伝う
2、黙って見ている
3、もう帰ると告げる

安価下

175: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:34:23.82 ID:+yVVLNBL0
咲「私も手伝おうか?」

穏乃「それは助かる!……けどいいの?」

咲「うん。特に用事もないから」

穏乃「じゃあ無理のない範囲で頼むよ。早速だけど、そこの材木を取ってくれると嬉しい」

咲「うん、わかった」

咲の手を借り、穏乃は作業の集中する。
穏乃の指示に従って材木を支えたり、釘を渡したりしているうちに、いつしか咲も作業に没頭していった。
大道具が設計図通りに組み上がっていく様を見るのは、思いがけず楽しい作業だった。

穏乃「アシスタントがいると作業の効率が上がるな。手伝ってくれて助かるよ、咲」

咲「ううん」

穏乃「……覚えてないかもしれないけどさ。前にもこんな風に、咲と二人で工作したことがあったな」

穏乃「確か作ったのは鳥の巣箱だった。あの時は感動したな、やってみれば案外自分の手でも出来るもんなんだって」

穏乃「あれ以来かな、いろいろ自分の手で挑戦してみる癖がついたんだ」

咲「格闘技も……?」

先ほど目にした穏乃の強さに、戦うことに慣れた、素人離れした技術を感じた。
転校初日、穏乃が『素人相手なら負けない』と泉に向かって言っていたことを思い出す。
確か、道場に通っていたとも言っていた。

176: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:38:13.90 ID:+yVVLNBL0
穏乃「古流柔術のことか。あれは咲に出会う前から習ってた。けど熱心に稽古に打ち込むようになったのは、咲に出会ってからだな」

咲「私……?」

穏乃「やっぱり覚えてないか……まあ、そのあたりの事はまた今度話すよ」




穏乃の話に耳を傾け、大道具作りに熱中するうちに、
いつしか教室の窓から西日が差し込み、辺りに夕闇が迫り始める。

穏乃「もうこんな時間か。そろそろ切り上げるか」

咲「まだ完成してないけど……」

穏乃「作業は残り少しだから、急いで仕上げてミスするのも嫌だしな。続きは明日にするよ」

咲「そっか。分かった」

穏乃「咲のおかげではかどったよ。この調子なら、余裕で期限に間に合いそうだ」

完成間近の大道具を見上げ、穏乃が満足げに頷きながら言った。
後片付けを済ませると、二人は教室を後にした。

177: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:43:24.13 ID:+yVVLNBL0
校門を出ると、夕焼けの帰り道を、穏乃の語るたあいのない話に相槌をうちながら歩いた。
過去の出来事により他人と付き合うのが苦手になった咲が、穏乃とは自然に接することが出来る。
まるでずっと昔から、毎日こうして過ごしていたような不思議な気持ちにさせられる。

穏乃「……なあ、咲」

咲「うん?」

穏乃「こうしてると私たち、昔からずっと同じ学校に通ってたみたいな気がするな」

咲と同じことを、穏乃も考えていたらしい。
少し照れくさそうな穏乃の笑顔が、咲の目にあたかかく映る。
何となく穏乃の顔を見つめているのが辛くて、咲はそっと目を伏せた。


おだやかな沈黙に包まれて歩くうちに、やがて二人はそれぞれの家に向かう道に到着した。

穏乃「なあ、咲。もし嫌じゃなかったらさ、明日も私に付き合ってくれると嬉しいな」

咲「うん……」

穏乃「じゃあ、また明日な!」

咲に向かって手を振ると、穏乃はゆっくりと別の通りを歩いていった。

178: ◆34iwA4dRok 2015/12/10(木) 21:49:19.10 ID:+yVVLNBL0
家に帰ると、姉はまだ帰宅していなかった。
咲は手早く夕食を作って食べ、使ったお皿やフライパンなどの片付けも終えた頃。
姉がようやく帰ってきた。

照「ただいま、咲」

咲「おかえり。お姉ちゃん」

照「今日の学校はどうたっだ?何か変わったことは……って。その包帯は何?」

咲の手に巻かれた真っ白な包帯に気づき、眉をひそめた照が咲の腕を取った。

照「どうしたの、これは?学校で何かあったの?」

姉に心配をかけないように、咲は言葉を濁して姉から目をそらした。

照「……話したくないみたいだね。まあ、酷い怪我でないのならいいんだけど」

咲「うん。切り傷だけど、傷口も浅いし大したことないから」

照「そう……それなら良かった。でも気を付けなさい」

咲「うん、心配かけてごめんなさい。お姉ちゃん」


それから姉とたあいのない会話を交わした後、咲は自室へと戻った。
時間割を見ながら明日の授業の用意を済ませ、課題のプリントに取り掛かる。


咲「終わった……」

課題を全て終えた時、すでに時計の針は11時を過ぎていた。

今日は咲の身の周りにおかしなことは起らなかった。
あのシロとかいう少女も現れなかった。
明日も何事もなく一日が過ぎることを願いつつ、咲は寝床についた。

187: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:09:57.29 ID:aNQ/oBYk0

――――――――――

今朝は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
咲はベッドから身を起こし、目覚ましのアラームを止めた。

左手の包帯が外れかけているのを見て、そこにガラスの破片で受けた傷があることを思い出した。
負ったばかりの傷なのに、今朝はもう痛みを感じない。
咲は左手を覆う包帯をほどいてみた。

咲「……!?」

出血のわりに浅い傷だったとはいえ、ガラスで切った傷口だ。
一朝一夕で治るようなものではなかったはずだ。
しかし包帯とガーゼを外して確認した傷口は、すでに綺麗に塞がりほとんど治りかけている。
確かに昔から怪我の治りは早い方だったが、いくら何でもこの回復の速さは尋常ではない。

照「咲、そろそろ起きなさい」

扉の外からかけられた姉の言葉にすぐに行くと答え、
咲は慌ただしく包帯を巻きなおしてベッドを降りた。



咲がリビングに行くと、照は淹れたてのカフェオレを咲に手渡した。

照「おはよう。咲。傷は痛まない?」

咲「うん……大丈夫」

照「じゃあ食事にしようか」

咲「うん」

188: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:18:34.22 ID:aNQ/oBYk0
朝食を済ませると、咲は照に声をかけて家を出た。
まだ時間が早いせいか、校門をくぐる生徒の数もまばらだった。

明華「おはようございます。咲」

咲「明華さん、おはようございます」

明華「あなたから預かったあの石について、話があるんです。……来てください」

咲「え……、はい」




静かに話せる場所ということで、咲と明華は図書館に来た。
明華は石をポケットから取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

明華「石について調べて、これまで分かったことをいくつか伝えておきますね」

咲「はい」

明華「まず私はこの石がどういう成分で構成されている物体なのか、科学的な方法で調べようと考えました」

明華「私の父は考古学者で、仕事柄遺物の成分の分析を依頼するため研究所施設にツテも多い。知り合いの元に石を持ち込んで、内密に分析を依頼したんです」

明華「そうしたら……驚きました。私達は石の成分を分析することすらできませんでした」

咲「え……?」

そう言うと、明華はポケットから一本の棒状の品を取り出した。

明華「これは先端にダイヤモンドの粒が埋め込まれた、ガラス切り用のナイフです」

咲「はい」

明華「つまりは、こういうことです」

明華はそのナイフの刃先を石の表面に当て、無造作に引いた。
だが、石の表面には引っ掻き傷一つ付けることが出来なかった。

189: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:29:00.53 ID:aNQ/oBYk0
咲「これは……」

明華「分析のためには石の切片をサンプルとして削り出す必要がありました。けれど、ご覧の通り。表面に傷の一筋すら付けることが出来ません」

明華「それどころか、あらゆる分析機にかけてみても、器械はこの石の影すら捉えることが出来なかった」

咲「この、石が……?」

明華「どういう障害のせいかは分かりませんが、この石はレントゲンはおろか映像に残すことすら不可能なんです」

明華「つまり、人間の五感を一切介さない。器械の客観的な測定によると、この世界に存在していない事になります」

咲「……!」

明華「この石はまるで、私達と同じこの次元には実際に存在しない物体のようです」

明華「こうして見ることも触れることも出来るけれど、それも脳の錯覚による誤認かもしれない」

明華「石の本体は別の次元に存在して、私達はこの次元に重なったその本体の影を捉えているだけかもしれない」

咲「………」

明華「まあこれは、何の根拠もない私の勝手な憶測なんですけどね」

明華「でも、そのくらい突拍子もない推測が似合いますよ。この石には……」

咲はテーブルの上の石を、新たな認識でもって見た。
こうして視覚に捉えることも、手に触れることも出来るのに、石はこの世界に存在しないという。

190: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:35:47.15 ID:aNQ/oBYk0
明華「咲、この石を前みたいに光らせてくれませんか?変化の記録を取りたいんです。手がかりになりそうなことは全てデータにしておきたい」

咲「はい。でも、どうやってデータに?」

明華「写真に撮ることはできませんから、スケッチさせてもらいます」

咲「……わかりました」

明華に請われるまま、咲は石を手のひらに乗せ、意識を集中させる。
石はやがて光を放ち始めた。
明華は短時間の間に手早く石の表面に浮かぶ文様をスケッチし、その横に観察記録を記す。

明華「ありがとうございます、咲。このデータを元に、また別方向から調べてみます」

明華「それにしても奇妙な物体ですね。電磁波や放射線の照射にも、物体的な外部刺激にも一切発光性を示さなかった」

明華「なのに、咲が触れるだけで光るなんて……」

咲「私が……」

明華「この石はあなたにしか反応しません。咲個人を識別して反応を返している……咲の何に、反応してるんでしょうね」

明華「熱や振動なんていう一般的なものじゃない、たとえば脳波とかオーラとか、気とか……」

咲「……わかりません」

明華「そうですね……とにかく、この石の科学的解析はお手上げってことです」

明華「結局何も分からなくて申し訳ありませんが、石を返しておきますね」

咲は明華から石を受け取った。

咲「それじゃあ私、教室に戻ります」

明華「はい。では新しいことがわかったら、また報告しますね」

咲「よろしくお願いします」

明華に別れを告げると、咲は教室へと向かった。

191: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:39:03.39 ID:aNQ/oBYk0
クラスに着くと、開け放たれたままだったドアに扉がつけられ、教室は元通りの姿に戻っていた。
業者の修理が終わったのだろう。
自分の席に腰を落ち着け、鞄から教科書を出す咲の肩を、そっと後ろからたたく者がいた。

咲「……?」

振り返ると、心配そうな表情の由暉子が立っていた。

由暉子「おはようございます。昨日の怪我はもう大丈夫ですか?」

咲「おはよう。うん、大したことないから」

由暉子「それは良かったです。でもとっさに穏乃ちゃんを庇うなんて、やっぱり咲ちゃんは優しいですね」

咲「そんなこと……」


授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
遅れて教室に現れた教師を見て、おしゃべりに熱中していた生徒たちが慌てて席についた。



3限目の、体育の授業が間もなく始まるという慌ただしい時刻。
咲は更衣室の隅に寄り、出来るだけ目立たないよう気を配りながら、人目を避けて着替えていた。

穏乃「咲。着替えてるとこ悪いけど、点呼までにこの用紙に記入しておいてって。さっき体育の先生から頼まれた」

急に声をかけられた咲は、着替えの手を休めて、差し出された用紙を反射的に受け取った。
何気ない様子で咲の左肩に目をやった穏乃が、ふと目を止めて呟いた。

192: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:44:51.41 ID:aNQ/oBYk0
穏乃「あれ……?咲、こんなところにアザがあったんだ。何だか変わった形だな」

咲「……!」

穏乃の言葉に弾かれたように反応して、咲は手のひらでアザを隠した。
咲の左肩にある、小さな赤い三角形が逆さ向きになったアザ。それは咲が物心ついた頃にはすでにあった。
何かの焼き印のように見えると人に言われたこともある。
以来、このアザを人目にさらすことが嫌で、体育の授業の時にはこっそり隠れて着替えていた。

穏乃「あ……ごめん、気にしてたなら悪かった」

咲「……こっちこそごめん。大げさに反応して……少し驚いただけだから」

その言葉に、穏乃はほっとした様子で頬を緩めた。

穏乃「そっか、なら良かった。でも何か綺麗だと思うから、隠すことないと思うけどな」

咲「綺麗……?」

穏乃「うん。じゃあな咲、また授業で」

咲「………」




学園祭本番をいよいよ明日に控え、本日の授業は4限目までとなっていた。
帰り支度を整えた生徒たちがばたばたと教室を出ていく。

咲は穏乃の大道具作りを手伝おうと、昨日の教室に行ってみることにした。
空き教室を訪れると、大道具はすでにほぼ完成していた。

穏乃「咲!また来てくれたんだ」

教室にやってきた咲の姿に、あからさまに嬉しそうな顔をした穏乃が振り返った。

咲「もう、ほとんど完成だね」

穏乃「うん。あとはヤスリで角を取ったりして、細かい部分を整えるだけなんだ」

193: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:50:06.80 ID:aNQ/oBYk0
穏乃「昨日、咲が手伝ってくれたおかげだよ。ありがとう、本当に助かった」

咲「ううん。大したことはしてないから……高鴨さんは、なぜ部活に入らずにバイトを?」

穏乃「お金を貯めるためだよ。クラブ活動は楽しいだろうけど、お金にはならないしさ。将来の夢のためには、ある程度の資金がいるんだ」

咲「将来の夢……?」

穏乃「……。昔、咲と交わした『約束』にも関係あるんだけどな……」

咲「あ……」

穏乃「咲、本当に忘れちゃってるんだ……」

咲「……ごめん。思い出せなくて」

穏乃「そっか……」

咲「本当に、ごめんなさい……」

穏乃「ううん、もういいよ。咲と再会できただけラッキーだったと思うしさ」

穏乃「それより今日は咲のことを聞かせてよ。趣味とか、好きな物とかさ。私、もっと咲のこと知りたいんだ」

咲「……うん」

無邪気にそう言う穏乃に促されるまま、最初は戸惑い気味だった咲も、少しづつ自分の身の回りの事を話し始めた。
ここ数年人と接するのは苦手だったはずだが、熱心に耳を傾けてくれる穏乃の前だと自然に言葉が流れ出していた。

咲の話のひとこと、ひとことを、穏乃は残りの作業を進めながら、嬉しそうに聞いている。
久しぶりに人との会話を楽しいと思えるひと時だった。

194: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:54:18.13 ID:aNQ/oBYk0
いつしか、壁にかけられた時計の針は夕刻を示していた。
二人の前の大道具は、その時ようやく完成した。

穏乃「今日もありがと、咲!咲が来てくれたおかげで、仕上げの作業もあっという間に終わったよ」

咲「私、今日は何も手伝えなかったけど……」

穏乃「気分の問題だって!誰かにそばで見守っててもらうのは、一人きりよりずっと良いからな」

後片付けを済ませると、二人は教室を後にした。





今日も何事もなく一日が過ぎた。
シロと名乗る少女も、暗がりを徘徊する不気味な影も、あの日以来咲の前に姿を現すことはない。

こうして穏やかな日常が続くと、あの一連の出来事は全て夢だったのではないかとさえ思えてくる。
しかし、そんな思考の逃げを否定するように、石は確かな存在感をもって咲の手のひらにあった。

これから先もおかしな事が起きることなく、平穏な日々が続くことを祈りながら、咲は眠りについた。

195: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 00:58:04.38 ID:aNQ/oBYk0

――――――――――

目覚ましのアラームが鳴り響き、咲はその音で目を覚ました。

今日はりつべ女学園の学園祭当日だ。
学園祭は今日と明日の2日間に亘って開催され、この間、校内に生徒以外の人間の出入りも自由となる。
咲たちのクラス発表は、教室内でのパネル展示だった。

担任「今日はこれから、クラス展示の受付当番以外の生徒は自由に過ごして良いことになってるわ」

担任「部活動での展示や発表がある者、実行委員らは点呼を済ませたら持ち場に向かいなさい」

教師は生徒に順々に声をかけ、出席簿に印をつけていく。
点呼を済ませた咲も、他の生徒たち同様に教室を出た。

案内を見ながら廊下を曲がると、向こうから穏乃がやって来るのが見えた。
咲の姿を認めると、穏乃は嬉しそうに駆け寄ってきた。

穏乃「咲!探してたんだ。一緒に学園祭を回ろうよ!」

咲「私と……?」

穏乃「うん。せっかくだからこんな機会に一緒に過ごして、咲ともっと色んな話がしてみたいんだ」


1、誘いを受ける
2、由暉子も一緒なら
3、断る

安価下

197: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 01:17:38.29 ID:aNQ/oBYk0
咲「うん。いいよ」

穏乃「やった!じゃあまずは南校舎の展示から見に行こう。今年はどこの催しも面白そうなんだ!」



りつべ女学園の巨大な中央ホールは、生徒達の出店と、その店先にたむろする人の群れで賑わっていた。
生徒以外の客もかなりいるようだ。学園祭に訪れた一般客の多さに咲は驚く。
女子高の催しと言うより、企業のイベントのような人手だ。

穏乃「学園を設立したりつべ財団が出展にも協力してるから、結構大がかりな展示や有名人を招いた催しもあるんだ」

穏乃「毎年それ目当てにやって来る一般客も多いし、りつべ女学園っていえばかなり有名なイベントなんだって」

咲「へえ……」

言われて見渡せば、確かにどの出店も展示も生徒が主体となって運営しているものではあるが、それなりの見栄えと内容を伴った催しになっている。
咲はあまり知らない顔だが、芸能人のトークショー開催を知らせるポスターもあちこちに貼られている。

ホールを見回すと、モニターやコンピューターを駆使した展示コーナーのやたら多いことが目に留まる。
随分と立派な映像機材やコンピューターを展示に利用しているところが多い。

咲「これもりつべ財団のバックアップの成果なの……?」

穏乃「この学園って開設した当初、最新のハイテク校とか言われて話題になった位にコンピューター教育に力入れてるんだ」

穏乃「常に生徒達が自由に使える最新のコンピューターや、その周辺の機材がかなりの数揃ってる」

穏乃「大学の研究室並の物凄いコンピューターなんかもある。これもりつべ財団が寄付したんだって」

198: ◆34iwA4dRok 2015/12/12(土) 01:22:26.80 ID:aNQ/oBYk0
穏乃「咲はまだ受けてないだろうけど、りつべ学園独自の授業なんてものあるんだ」

咲「それはどんな授業なの?」

穏乃「コンピューターを使った情操教育。リラクゼーションだか何だかのムービーを観たりとか」

穏乃「あとゲーム形式で簡単な質問に答えたりする、心理テスト的な授業なんだけど……あれ、どうも苦手なんだ。あの授業受けると頭が痛くなるんだよな」

咲「モニターを見て目が疲れるから?」

穏乃「そうかも。まあそうやってハイテクを売りにして学園を挙げてコンピューター教育に力入れてるから、りつべ女学園の電脳部は全校的にも有名なんだ」

咲「へえ……」



その後、咲は穏乃の案内で、順番に校内の催しを見て回った。
様々なイベントや展示を見ていくうち、新校舎一階の中央に位置する広い展示室にたどり着いた。
展示室の入り口横には『りつべ女学園・学園祭特別展示・りつべ市の文化』と墨書された看板が立てられている。

穏乃「ここ、愛宕理事長個人所蔵の貴重な考古学コレクションが何点か出展されてるらしいんだって」

咲「他にお客はいないみたいだね」

穏乃「うん。これならゆっくり見て回れるな」

明華「あいにくですが客ならここにいますよ。ふふ、お邪魔でしたでしょうか」

穏乃「明華さん!展示を見に来たんですか?」

明華「はい。学園祭期間限定の特別展示ですし、忘れないうちに見ておこうと思いまして」

207: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 00:39:11.59 ID:j/HnTdjt0
展示品を日光から守るためか、カーテンを閉められ、灯りの抑えられた展示室は少し薄暗い。
室内に配置されたガラスケースには、りつべ市から出土したという発掘品の数々が収められていた。
主に古代の土器から生活品の類が中心で、新しいものから順に年代別に展示されている。

三人でゆっくり見て回るうち、明華がふと奥に置かれた展示用ガラスケースの前で足を止めた。

明華「これは……」

咲「……?」

明華が熱心に観察しているものを咲は横から覗きこむ。
それはかなりの年代を感じさせる、一枚の粘土板だった。
表面にはびっしりと見慣れぬ文字が刻まれている。

穏乃「あれ……?どうしてこんな物があるんだろ。これって楔形文字だよね。明らかに市の出土品じゃないよ」

明華「ええ。これはおそらく南メソポタミアあたりで出土した、古代メソポタミア文明の粘土書板ですね」

穏乃「これ……愛宕理事長所蔵のコレクションだって」

展示品の所有者の名を確認した穏乃がつぶやく。

明華「……これは、シュメール語ですね。理事長はどこでこんなものを手に入れたんでしょう」

咲「シュメール語……これは、かなり年代の古い粘土板だってことになるんですね」

明華「ええ、そうです。ところで、これによく似たものをどこかで目にしたことがあるような気がするんですが……」

明華「……!これはまさか……失われた写本のひとつ……?」

咲「失われた写本?」

明華「古代メソポタミア伝承、知られざる写本。荒ぶる神の怒りに触れて滅ぼされた都市の伝説を書いた叙事詩です」

明華「発見された当時から学会では長らくその真贋が問われてましたが、今では贋作だったとされる説が主流になりました」

明華「何故かというと、発掘されたはずの粘土板が、その後何者かの手によって盗まれてしまったからです」

咲「……!」

208: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 00:45:07.06 ID:j/HnTdjt0
明華「物がなければ証明することはできない。知人の専門家は、その写本に書かれた都市の存在を証す為発掘に打ち込んでます」

明華「粘土板を盗んだのはプロの窃盗団の仕業で、盗品が表に出ることはもう無いだろうと言われてきました」

咲「その盗まれた粘土板が、ここにある、これのことなんですか?」

明華「ええ、おそらく。……理事長はどこで手に入れたんでしょうね」

明華「ただ一つ言えるのは、それが決して真っ当な手段ではあり得ないということです」


その時、展示室の外からこちらに向かって近づくにぎやかな声が聞こえてきた。

「――――はいはい、愛宕理事長の展示品はこちらですよ。そう急かさないで欲しいわぁ、まったく……」

穏乃「あれ、誰か団体でこっちに来るみたいだ。珍しいな」

場違いな黒ずくめのスーツを着た数人の男たちを引き連れ、くたびれた白衣姿の女が入ってきた。

穏乃「なんだ、史学の赤阪先生じゃないか。先生の知り合いかな」

郁乃「それじゃあ手早く運び出しちゃってくださいよ~。あ、壊れ物が多いから注意してや」

何事かと見守る咲たちの目の前で、男たちは明華が見ていた粘土板が展示されているガラスケースを開けると、
そこに並べてあった粘土板と、その他いくつかの展示品を慎重な手つきで取り出し持参したケースに詰めた。

穏乃「え……?持って行ってしまうんですか?」

明華「赤阪先生、これはいったいどういうことなんですか?」

209: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 00:53:10.53 ID:j/HnTdjt0
郁乃「お、雀やないの。さすがにアンタは見に来てたか。どうや?中々見応えのある展示になったやろ~?」

郁乃「これだけの展示品を揃えるのは大変やったわ。提供者を集めるのに本当に苦労してなぁ。この間も……」

明華「先生、その話はまた今度ゆっくりと。それよりもあの人たちは何を?」

郁乃「ちょっとした手違いがあってなぁ。展示品の中に、理事長が公開しないようにと指示したコレクションの一部が紛れ込んでたらしいわ」

郁乃「それで、急遽その展示品をここから撤退させることになったんや」

明華「それじゃ、あの人たちは……」

郁乃「せや。用があって来られない理事長の代理やで」

男たちは理事長のコレクションを回収すると、
郁乃への挨拶もそこそこに足早に展示室を出て行った。

郁乃「騒がせて堪忍な~。それじゃ、雀たちはもっとゆっくりしていってや」

咲たちに向かってひらひらと手を振ると、郁乃も展示室を出て行った。


穏乃「結局、粘土板は持っていかれましたね」

明華「……もうひとつ、気になることがあります」

咲「それは……?」

明華「今の粘土板に描かれていた神を表すシンボルと、あの≪石≫に浮かんだ文様に類似点が見られました」

咲「……!」

明華「何とかしてあの粘土板をもう一度確かめられないでしょうか……。私、少し調べてみます」

二人にそう言い残すと、明華は展示室を出ていった。


穏乃「私たちもそろそろ出ようか。咲」

咲「うん……」

210: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:00:14.33 ID:j/HnTdjt0
穏乃「さすがにちょっとお腹すいたな。……お!あそこ甘味処だって。行ってみよう、咲!」

咲「……甘味処……」

甘い食べ物が少し苦手だったので、穏乃の誘いに一瞬ためらう。
咲の困ったような表情を見て、穏乃はそう言えば、と気づく。

穏乃「そっか、咲は甘い物が苦手だったよな。まあトコロテンくらいなら食べれるだろ。あれなら酢醤油もあるし」

咲「うん。それくらいなら何とか」

穏乃「よし、じゃあ行こう!」

元気よく歩き出す穏乃に誘われるまま、甘味処の看板を上げる教室の暖簾をくぐった。
空いた席に腰を下ろすと、注文をとりに来た生徒に声をかけられる。

生徒「ご注文は何になさいますか?」

穏乃「私は葛切りで、咲はトコロテン。酢醤油で頼みます」

生徒「かしこまりました」

注文を受けると、生徒は厨房になっているらしいカーテンの向こうに入っていった。
数分後、トレイを持った生徒がやってきた。

生徒「お待たせしました。こちら葛切りとトコロテンです。ごゆっくりどうぞ」

穏乃「お、きたきた。じゃあさっそく頂きまーす!……うん、なかなか美味しい!」

穏乃「なあ、咲。甘い物が苦手ってことは、もしかして葛切りも食べたことない?」

咲「うん」

穏乃「私も甘い物はそんなに好きってわけじゃないけど、これはそんなに甘くなくて美味しいよ?ちょっと食べてみて」

言いながら、穏乃は一口分の葛切りをフォークですくい、咲の口元に差し出した。
一瞬咲は戸惑うが、咲が口にすることを疑いもしない穏乃の様子に、断ることもためらわれる。
咲は思い切って、差し出された葛切りを口に含んだ。

穏乃「な、美味しいだろ?咲」

咲「う、うん……」

何とはなしに頬を染めながら、咲は穏乃の言葉に頷いた。

211: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:06:00.32 ID:j/HnTdjt0

――――――――――

穏乃「さてと、これからどうしよっか。まだ少し早いけど、お昼でも食べに行く?」

店を出て、穏乃の言葉に答えようとした瞬間。

―――――ガシャァァァンッ!!!

遠くの方から何かが割れるような音と共に、人々のどよめく声が聞こえてきた。
何かのアトラクションかと思ったが、間もなくどよめきは無秩序な叫びへと変わった。

穏乃「何だ、いったい……?」

咲「さあ……」

途切れ途切れに聞こえてくるあれは――――悲鳴だろうか。

穏乃「咲、確かめに行こう!」

騒ぎの元に向かって穏乃は走り出した。
咲もその後を追うように駆け出した。




咲「……!」

駆けつけたその場に広がるあまりに異様な光景に、咲と穏乃は思わず言葉を失う。
幾人もの生徒たちが気を失い、力なく倒れ伏している。
割れた窓ガラスの破片や千切れた校内の飾りつけが辺り一面に散らばり、情景の異様さに拍車をかけている。

何に驚いたのか、放心状態でうずくまる生徒。意識を失ったままうつ伏せに倒れている生徒。
その場に無傷な姿で立っているのは、咲たちのように騒ぎに気づいて駆けつけた者だけだった。

いったいこの場で何が起きたというのだろうか。

212: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:10:40.89 ID:j/HnTdjt0
生徒A「なんなのこれ!何があったっていうの!?」

生徒B「ちょっと、大丈夫……?」

生徒C「誰か先生呼んできて!」

穏乃「……あっ、呆けてる場合じゃない!咲、皆を助けるぞ!」

はっと我に返った穏乃が、咲を振り返って叫んだ。
だが咲は穏乃の言葉に答えることが出来なかった。

咲「……!」

眼前の光景に視線が釘付けられる。
地面に倒れ、苦痛にうめく人々の向こう――――シロが、いた。


シロ「………」

剣を手に、あの時の少女が佇んでいる。
傷つき倒れ伏した生徒たち。散らされた飾りつけ、壊れた看板。
無傷で立つもののないその光景の中、ひとり静かな面持ちで佇むシロ。

彼女がこれをやったのだろうか。
感情の読めない表情から、シロの目的や本心を伺うことは出来ない。
シロの持つ凶器を見とがめ、騒ぎ出す者はいない。
他の者の視覚に、シロの姿は全く認識されないらしい。

213: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:13:24.26 ID:j/HnTdjt0
穏乃「咲?どうし……あ、お前は……!」

穏乃「お前なのか!?皆を傷つけた犯人は!」

シロ「………」

穏乃「なぜこんなことを!何で咲を狙うんだ!」

シロをはっきり見据えながら、穏乃が鋭く叫んだ。
あの日の夜のように、シロの姿が穏乃には見えているのだ。

咲「……!」

シロが剣を払い、咲へと向かってきた。
彼女が狙っているのが自分だと悟り、咲は息を呑む。


1、応戦する
2、穏乃をかばう
3、一人で逃げる

安価下

216: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:29:48.22 ID:j/HnTdjt0
穏乃だけでも守らねばという思いに動かされる。
シロから庇うため、咲は穏乃の体を突き飛ばした。

穏乃「咲……!」

繰り出された一撃は、迅速の勢いで咲の頬をかすめ、背後へと狙いをそらした。

咲「――――!?」

シロが攻撃を外したのかと考えた咲の背後で、耳を聾する異様な叫びが上がる。

生徒A「きゃっ!」

生徒B「うわあっ!」

叫び声が上がると同時に、咲の周りに立っていた者が、背後から突き飛ばされるように転がった。
シロの剣は、咲の背後にいた≪何か≫を狙い、繰り出されたのだろう。
顔のすぐ横を真っすぐにのびた、白く輝きを返す刀身を視線で辿り、咲は素早く背後を伺う。

咲「……!」

何か異様な存在を思わせる影が素早く身を翻すのが、視界の隅に一瞬だけ映る。
目を凝らす間もなく、影は木々の葉陰に消えた。
シロは無言のまま剣を静かに退いた。

穏乃「今のはどういうつもりだ?咲を狙ったんじゃないのか……?」

シロ「………」

少女は穏乃の言葉に答えないまま、咲たちから目をそらす。
と思えば、弾かれたように顔を上げたシロが、手にした剣を構えて叫んだ。

217: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:34:49.35 ID:j/HnTdjt0
シロ「避けて!」

穏乃「咲、危ない!」

凍り付いたように立ちすくむ咲の体に、穏乃がぶつかった。
突き飛ばされ、地面に転がった咲の上に、わずかに遅れて穏乃の体が倒れ込んでくる。

シロ「……っ」

黒い影が物凄い勢いで倒れ込む咲の傍をかすめ過ぎるのが見えた。
シロの剣が影を貫き、ふたたび絶叫が間近で沸き起こる。

咲「高鴨さん……っ」

倒れた穏乃の身体を起こそうと、咲の手が左腕に触れた。

穏乃「つぅ……」

咲「!!」

穏乃の腕を掴んだ咲の手のひらに、鮮やかな血の色がにじんでいる。
咲をかばった穏乃の腕を、通りすがりざま黒い影が、その身に備え持つ凶器で傷つけたのだ。

シロ「――――!」

剣を納めかけたシロが、機敏な動きで再び剣を構える。


???「……見つけた、シロ!」

シロ「!!」

―――――ギィィン!!

刃と刃が打ち合わされる激しい金属音が響く。

咲「あ……」

顔を上げた咲の視界に、剣を弾かれて退くシロの姿が映る。
目の前に、咲をかばう体勢で立ちはだかる長い黒髪の少女の背中があった。
少女の右手には一振りの長剣が握られている。
細く長い刀身の持つその輝きは、シロが持つ剣によく似ていた。

218: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:38:28.89 ID:j/HnTdjt0
―――――ギィィィン!!

二人が再び音高く斬り結んだ時、激しく打ち合わされた刃と刃の間に波動が生じた。

シロ「……!」

シロの剣が砕け散るように消滅した。
衝撃に弾かれたシロは校舎の壁に叩きつけられる前に素早い身のこなしで壁を蹴り、それを避けた。

くるりと身をひるがえして着地したシロは、そのまま滑るような動きで咲たちに背を向ける。
そして、あっという間に木立の向こうへと姿を消した。

咲「あ……」

立ちすくむ咲に向かって、少女が静かに振り返った。

???「宮永、咲さん」

咲「……!」

全く面識のないはずの黒髪の少女に名前を呼ばれ、咲は混乱する。



教師「怪我人が出たというのはここか?」

騒ぎを聞きつけた教師たちが慌ただしく駆けつけてくる。
少女は声のする方を見やると、シロが消えたのと同じ方角に向かって歩き出す。

???「後ほど、この場所に来てください。お話したいことがあります」

咲「え……」

通りすがりざま、咲の耳にだけ届くように少女が囁く。
そして一陣の風のように少女は駆け抜けていった。
異様な光景のなか、ただ一人無傷な咲は、呆然とその場に立ち尽くした。

219: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:41:44.61 ID:j/HnTdjt0

――――――――――

学園祭は結局、昼間の騒ぎからそのまま中止となった。
駆けつけた教師たちの手配により、咲以外の怪我人は全員病院に運ばれた。
大したことはないと嫌がる穏乃も、言葉を交わす間もなく、そのまま病院に連れて行かれた。

下校を促す教師の目を盗んで、咲は少女に言われた場所へ一人おもむく。

???「宮永咲さん、ですね」

声をかけられ、驚いて振り向く。
そこには咲を助けた少女が立っていた。

クロ「私の名はクロ。あなたをお守りするため、この学園に来ました」

咲「守る……?」

クロ「はい。そうです」

少女は礼儀正しく優雅な仕草で、咲に一礼する。

クロ「いきなり現れて、こんなことを言う私をさぞかし怪しく思われるでしょう」

咲「………」

クロ「――――私は、もう長い間ずっと、あのシロを追い続けているのです」

クロ「シロは狂った殺人鬼です。あなたも見たでしょう、昼間のあの光景を。……あれは全てシロの仕業です」

咲「……あの人が……」

クロの言葉で、咲の脳裏に昼間の情景が生々しく蘇る。
辺り一面に飛び散った飾りつけ、傷つき地に伏した生徒たち。

クロ「これまで、あのシロの手によって沢山の人命が奪われました。彼女の凶行を止める為、私は戦っています」

咲「………」

220: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:45:21.61 ID:j/HnTdjt0
クロ「今、彼女はあなたの命を狙っています。このままではあなたは危険です」

クロ「咲さん、私があなたをお守りします。そのために私はこの学園に来ました」

咲「あなたは……、いったい何者なの?」

クロ「私は、とある結社の者――――とだけ言っておきます」

クロ「特殊な力を持つ者に命を狙われた、あなたのような人々を守る為、私達は動いています」

咲「特殊な力……?」

クロ「……私も、あなたを襲ったシロも、普通の人とは違う特別な力を持って生まれました。……これが、その力です」

言いながら、クロは咲の眼前に右手をかざした。
クロが天に向けて広げた手のひらから光が生まれる。

咲「……!?」

光は輝きを増しながら音もなく収束し、やがてあのシロが持つものとよく似た一振りの剣の形を取った。

クロ「驚きました?この剣に実体はありません。私の精神の力を一点に集中させ、大気に漂うエーテルに形を与えたものです」

咲「エーテル……?」

クロ「エーテルとは、通常は目に映らないけど常に大気中に溢れている高次元のパワー……神霊力のことです」

クロ「私の身体には、実体なきエーテルに剣のかたちを与え、自在に操る力が備わっています」

クロ「この剣に斬れないものはありません。この世に存在するあらゆる物……例えば実体無きものまで斬ることが出来ます」

クロ「こんな特殊な力に対抗できるのは、同様の力を持った者だけなんです」

221: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:47:45.78 ID:j/HnTdjt0
クロ「――――シロはかつて、私の属する結社の一員でした」

咲「……!あの人が……?」

クロ「ある日突然、彼女はその場にいた仲間を皆殺しにし、結社から姿を消しました」

クロ「生まれ持った特殊な力でシロが犯罪を起こした為、私達は彼女を追っています」

咲「あの……、そのシロという人が私を狙うのは、何故なんでしょうか?」

クロ「それは、今のところ私達にも分かりません」

咲「……そうですか」

クロ「私のことを胡散臭く感じるでしょうけど、『あなたをお守りする』との言葉に偽りはありません」

クロ「今はただ、私があなたを守る者で、シロがあなたの命を狙う者だということだけ心に留め置いてください」

咲「……わかりました……」

クロ「では、私はもう行きます。シロにはくれぐれもお気を付けください」

クロ「私に出来る限りの力で、影ながらあなたをお守りしますので。では、いずれまた――――」

最後の一礼をすると、クロと名乗った少女は身を翻してその場を去った。
残された咲は陰り始めた陽射しの中、頬を撫でる冷たい風に、ひとり身を震わせた。

222: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:50:03.54 ID:j/HnTdjt0
咲が家に着くと、照はまだ帰宅していなかった。
夕食を作って食べ、後片付けも済ませると、他にすることも無くなってしまった。
姉の帰りをしばらく待って、読みかけの本のページをめくってみたが何ひとつ頭に入ってこない。



入浴も済ませて自室に戻ると、咲は自分がひどく疲れていることに気が付いた。
ベッドに倒れるように滑り込み、天井を見上げる。


『シロにはくれぐれもお気を付けください』


クロの言葉がふいに蘇り、咲は落ち着かない気持ちで寝がえりをうつ。
そのままかたく瞼を閉じた。

夢も見たくないという咲の願い通り、
その日はひとつも夢を見なかった。

223: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:52:33.06 ID:j/HnTdjt0

――――――――――

本来なら学園祭の2日目で大いに盛り上がり賑わうはずだった校内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
すれ違う生徒は皆、一様に不安げな、落ち着かない表情をしている。

生徒A「……で、さあ。宮永さんの周りだけ……」

生徒B「でしょー。あれってさあ……」

生徒C「何で宮永さんだけ無事だったんだろうね?」

咲が教室の扉に手をかけたとき、中から咲のことを語る切れ切れの会話が聞こえてきた。
クラスメイトたちが咲を不審に感じているのが、その口ぶりからありありと分かった。

『何人も怪我人が出た現場で、咲ひとりが無事だった』

そんな風に、昨日の出来事はクラスの皆の間に知れ渡っているらしい。

生徒A「あれって、もしかして宮永さんがやったのかも?」

生徒B「ええー、まさか!でも……」

咲「………」

教室の扉を開けると、煩いぐらいの声で話していた生徒たちが、咲の姿を認めてぴたりと会話を止める。
つい先ほどまでざわめきに包まれていた室内は、たちまち奇妙な緊張した静けさに支配された。
席につくまでの間、痛いような疑惑に満ちたクラスメイトの視線が背に刺さる。
遠まきに咲をうかがいながら、ひそひそと囁き合う姿が教室内のあちこちに見られる。

担任「こらこら、皆席につきなさい!」

チャイムの音と共に、担任教師が現れた。
生徒たちを席に着かせると、学園祭を中止に追い込んだ昨日の騒ぎについて、担任は説明を始めた。

担任の話によると、騒ぎは『突風が吹いたことによる事故』ということで、ひとまず収拾をつけたようだ。
しかしその説明に、生徒たちの誰も納得する様子はない。
皆が皆、担任の説明の間にも、ちらちらと咲の様子をうかがっている。

224: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:55:39.52 ID:j/HnTdjt0
あの時、あの場所で何が起きたのか。
本当のところを知るのは、この学園に咲ただ一人なのだ。

咲を庇って怪我をした穏乃の姿を探して、咲は教室内を見回した。
しかし、いつものあの生気に満ちた穏乃の姿はどこにも見当たらない。
どうやら学校を休んだようだ。昨日の怪我がそんなに酷かったのだろうか。

『月曜から通常の授業に戻る』との連絡事項を伝えると、その日のホームルームは全て終了となった。

担任「今日はいつまでも校内に残ったり、寄り道しないこと。このまま真っすぐ家に帰りなさい。いいわね」

最後に強い語調で告げると、担任は教室を出て行った。
帰り支度を始める咲に、覚えのある声が呼びかけた。

由暉子「咲ちゃん」

咲「ユキちゃん……」

由暉子「穏乃ちゃんのこと、聞きました。咲ちゃんを庇って怪我をしたそうですね」

咲「………」

由暉子「咲ちゃん、穏乃ちゃんを見舞ってあげてほしいんです。咲ちゃんが行けばきっと喜びます」

咲「……うん、分かった。高鴨さんのお見舞いに行くよ」

225: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 01:58:30.32 ID:j/HnTdjt0
由暉子「それは良かったです……!これ、穏乃ちゃんの家までの地図です」

咲「ユキちゃんは、一緒に行かないの?」

由暉子「二人きりでゆっくり話してきてください。昨日、何があったのかは知りませんが……」

由暉子「穏乃ちゃんは咲ちゃんを庇ったこと、きっと後悔なんてしてないと思います」

そう言って由暉子は咲の手に、穏乃の家の地図を渡した。

由暉子「それじゃあ、穏乃ちゃんのこと、お願いします」

咲に手を振ると、由暉子は教室を出ていった。




メモを頼りに何度か道に迷いながらも、咲は何とか無事に穏乃の家までたどり着いた。
しかし穏乃の家の呼び鈴を押す決心がなかなかつかない。
どうしようかと迷ううち、咲の目の前で前触れもなくドアが開いた。

穏乃「あれ、咲?どうしてここに?」

咲「怪我の具合はどうかと思って……」

穏乃「もしかして、私が学校休んだから来てくれたの?……ありがと、咲」

226: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 02:01:27.49 ID:j/HnTdjt0
穏乃「でも心配することないよ。怪我は何ともないからさ。ほら、全然元気そうだろう?」

怪我した腕を勢いよく振り回しながら、穏乃が言う。

穏乃「休む気はなかったんだけど、家のこと手伝えってお母さんに強引に休まされてさ」

咲「高鴨さん……」

自分がそばにいたため、穏乃を危険に巻き込んでしまった。
皆が恐れる通り、咲は自分でも知らぬ間に、関わる者の身に不幸を招いているのかも知れない。

これ以上、穏乃のそばにはいられない。
咲は唇をかみしめた。


1、もうこれ以上、私に関わらないで
2、ごめんなさい。もう高鴨さんには近づかない

安価下

228: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 02:21:13.66 ID:j/HnTdjt0
咲「事件に巻き込んだ揚げ句、怪我までさせてごめんなさい。……もう高鴨さんには近づかないから」

そう呟くと、穏乃は一瞬、顔をしかめた。

穏乃「……なあ、咲。自分のせいで私が怪我したんだとか思って、責任感じてるの?」

咲「………」

穏乃「それは違う。咲のせいなんかじゃない、咲のそばにいたのは私の意思だ」

穏乃「好きでやったことだから、後悔もしてない。私はあの場所で自分のやりたいことをやっただけだよ」

咲「高鴨さん……」

穏乃「もしかすると、似たようなことが前にもあったのか?咲に関わった誰かが怪我をしたとか……」

咲「……!」

穏乃「いきなり咲がそんなこと言うなんて、きっと何か深いわけがあるんじゃないのか?」

穏乃「なあ、良かったら話してくれないか?咲のためにできることがあるなら、何かしたいんだ」

咲「……それは……」

穏乃「私は、これからも咲のそばにいたい」

穏乃の迷いもなく揺るぎない瞳に見つめられ、咲は胸が苦しくなる。
全てをここで、穏乃に打ち明けてしまいたい衝動にかられたが、咲はそれをこらえた。
ここで話せば穏乃をさらに巻き込んでしまう。

……それに。
自分の過去を、穏乃にだけは知られたくなかった。

咲「……ごめんなさい。それは言えない」

穏乃「……そっか。咲が言いたくないなら、理由は訊かない」

咲「………」

229: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 02:25:06.51 ID:j/HnTdjt0
穏乃「けど、この際だから咲の正直な気持ちを聞かせてほしいんだ。咲は、私がそばにいると迷惑?」

そばにいれば、危険に巻き込んでしまう。けれど……
咲は自分の気持ちに嘘をつくことはできなかった。

咲「……そんなことない。高鴨さんといると、元気を貰えるから」

穏乃「咲……!よかった、迷惑って言われたら立ち直れないところだったよ」

咲「高鴨さん……」

穏乃「それじゃあ、さっそくだけど明日は暇?せっかくの休日なんだし、ユキも誘って遊びに行こう!」

咲が特に用事はないと告げると、穏乃は喜々として待ち合わせの時間と場所を決めた。

穏乃「楽しみにしてる。じゃあ、また明日な。咲」

咲「うん。また明日」

何度も振り返りながら確かめると、姿が見えなくなるまで穏乃は咲に手を振り続けていた。

230: ◆34iwA4dRok 2015/12/13(日) 02:29:10.63 ID:j/HnTdjt0
家に帰り着き、自室に入って鞄を開けると、携帯に1件のメールが入っていた。

照『おかえり、咲。学校の様子はどうだった?今日も遅くなるから、私の帰りを待たずに休んでて』

咲「お姉ちゃん、今日も遅いんだ……」

一人きりの食事は寂しいが、姉は大学で忙しいし仕方がない。
咲は夕食と風呂を済ませ、早々に寝床についた。

灯りを消し、真っ暗な部屋の天井を見上げながら、今日一日の出来事を思い返す。
学園祭で起きた事件のこと、クラスメイトの視線、穏乃との約束――――

脳裏に浮かんでは消える記憶の断片にしばらく悩まされたが、
いつしか咲は深い眠りへと落ちていった。

238: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 22:39:20.86 ID:ezdrPB9V0

――――――――――

日曜日の朝が訪れた。
今日は穏乃、由暉子と会う約束をしている。
出かけるには少し早い時刻だったが、咲は起き出した。

リビングに行くと、てっきりまだ眠っていると思った姉はすでに起きていた。

照「咲、おはよう。休日なのにずいぶん早起きだね」

咲「おはよう、お姉ちゃん。今日は人と会う約束があるから……」

照「一緒に出かけるような友人ができたんだね、良かった。それじゃあ楽しんでおいで。あまり遅くならないようにね」

咲「うん、じゃあ行ってくるね」

朗らかに微笑む姉に見送られて、咲は家を出た。

239: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 22:43:20.58 ID:ezdrPB9V0
穏乃「咲、こっち!」

咲「ごめんなさい。待たせちゃって……」

穏乃「いや、私もいま来たとこだから。しっかし今日は良く晴れた山歩き日和だよなー」

咲「山歩き?」

穏乃「うん、一緒に歩こう。こんな日に山で体を動かすのは気持ちいいぞ」




穏乃に連れられ、街を歩くこと数十分。

穏乃「ほら、あの山!」

咲が穏乃の指さす方を眺めると、さほど高くはないが、美しい緑に覆われたなだらかな山がそびえている。

穏乃「昔、私達がよく遊んだ山だよ」

咲「昔よく遊んだ……?」

穏乃「なあ、咲。昔のことを忘れたって言うけど、思い出そうって気はないか?」

咲「……思い出したい」

穏乃「そっか……!良かった、私やユキばっかり昔のこと気にしてるのかと思って、少し悔しかったんだ」

咲「あ、そういえばユキちゃんは……」

穏乃「用事を済ませてから後で来るってさ。私たちは先に山に登ってよう!」

240: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 22:47:21.41 ID:ezdrPB9V0
先頭にたって歩き出す穏乃の後を追い、咲は緑深い山道に足を踏み入れた。
頭上から鳥の声が響き、肺には清々しい空気が流れ込んでくる。
こうして緑の中を歩いていると、久々に咲の心は軽くなっていくようだった。

この山との相性も良いのかもしれない。
済んだ空気が満ち、木々の緑があたたかく笑いかけてくるような、不思議に落ち着ける場所だった。

歩くうちに、山道の通る随所に石碑や道案内の看板があることに気づいた。

穏乃「このりつべ市は、不思議な石の遺物が沢山あることで有名なんだ」

咲「へえ……」

穏乃「この山もそのひとつで、奈良県の明日香村みたいに、謎の巨石がごろごろしてる」

穏乃「私達も昔、おかしな形の岩のそばで発掘ごっことかよくやったよな」

次第に傾斜がきつくなり、さすがに息が切れてきた。
先に行く穏乃が咲を振り返り、立ち止まる。

穏乃「体力ないなあ、咲。もっと鍛えなきゃ」

笑いながら穏乃が手を差し出す。
少し迷ったが、ためらいがちに咲はその手を取った。

穏乃「もう少し行くと、待ち合わせの場所だ。あと一息、頑張れ」

咲「うん」

241: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 22:53:34.84 ID:ezdrPB9V0
穏乃に手を引かれてたどり着いたのは、
山道を少しそれた所にある、なだらかな自然林だった。

由暉子「咲ちゃん、穏乃ちゃん……!」

穏乃「ユキ、もう来てたんだな。ユキは本当にこの場所に来るの好きだな」

由暉子「ええ。ここはいつも緑が鮮やかで、何度来ても飽きませんから」

穏乃は咲を振り返って訊ねた。

穏乃「……どう?この場所に見覚えはない?」

足元には柔らかな下草が揺れ、立ち並ぶ木々は周囲に涼しげな木陰を作っている。
静かで、居心地の良さそうな場所だ。

しかし思い出の場所だという景色に目を向けても咲の心には、幼い日に三人でここで遊んだという記憶は浮かんでこない。
咲は首を振った。

咲「……ううん」

穏乃「ここに来れば、少しは思い出してくれるかと思ったんだけど……そう簡単にはいかないか」

穏乃「でも子供の頃のことだからと言っても、ここまですっぱり忘れてしまうなんて……」

由暉子「もしかして、頭でも打って記憶喪失になっているのかも知れませんね」

その言葉に、穏乃は傷でも探すように、そうっと咲の髪をかき上げた。
突然触れられて驚きはしたが、不快ではなかったので、そのまま咲はじっとしていた。
間近で心配そうに見つめる穏乃に何かを返したくて。咲は自分の中で一番古い記憶を思い返そうとしてみた。

―――――りつべ市を出る前、子供の頃の自分を。

242: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 23:02:15.34 ID:ezdrPB9V0
咲の脳裏に、なにか古い記憶の映像が浮かぶ。
真っ白な視界の中で、忙しげにうごめく、何か。

……それは、白い服を着た人影が動き回るさまのようだ。
咲自身も同じような白い服を着せられている。

咲「……白い服を着てる。白い部屋で……」

目線が低い。それは確かに子供の頃の記憶のようだ。
すべてが白い。仰ぐように見上げる視界のすべてが。
部屋も、そこにいる人々の姿も、何もかもが……白い。

穏乃「それって……病院?咲、もしかして引っ越しでなくって、病気で入院してたのか?」

穏乃「ひょっとして病気の記憶が辛くて、その記憶ごと昔のこと全て思い出せないようになってしまったのかな」

咲は更に深くその記憶を手探りし、思い出そうと試みた。
が、鈍い頭痛が襲って目の前が暗くなる。

咲「ぅ……っ」

由暉子「!!咲ちゃん、無理しちゃ駄目です!」

穏乃「咲、大丈夫か?そんなに辛いなら無理して思い出さなくていいから」

咲「でも……」

穏乃「私達、またこうして会えたんだから……それでいいよ」

咲の手を取って支えた穏乃がそう呟いた。
そっと目を開いて、咲は穏乃の顔を見る。

穏乃「また会えたことだけでも、感謝しなきゃな」

243: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 23:07:10.02 ID:ezdrPB9V0
由暉子「本当ですか?穏乃ちゃん、咲ちゃんに会ってからずーっと『早く思い出さないか』って、せっついてたくせに」

穏乃「いや、だって物覚えの悪い私でも覚えてること、咲は忘れてるんだぞ?心配にもなるよ!」

由暉子「はいはい、穏乃ちゃんの気持ちはよく分かりました。……あ、いつの間にかこんな時間なんですね!」

由暉子「今日は園芸部の花壇の世話をすることになってますから、私はこれで失礼しますね」

穏乃「ああ、そっか。毎週熱心に通って世話してるもんな。それじゃ、そこまで一緒に帰ろう」

由暉子「いえ、直接学校の方に行きますので、家とは反対の方向になりますから。一人で帰ります」

由暉子「ほんのちょっとだけど、またここに三人で集えて嬉しかったです。それじゃあ、また明日。学校で」

優しく微笑んだ由暉子は、咲たちに手を振って山を下りていった。

穏乃「……どうする?咲。私達も帰るか?」

咲「………」


1、もう少し、ここに居たい
2、遅くなる前に帰る

安価下

245: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 23:43:52.02 ID:ezdrPB9V0
咲「……よくは分からないけど、ここは懐かしい気がする。もう少しだけここに居たい」

そう答えてみたものの、先ほどから過去の記憶を呼び覚まそうとするたび起こる頭痛で立ちくらみがする。
それでも、昔を思い出したい。
咲との思い出を、こんなにも大切に想ってくれている穏乃と由暉子のためにも思い出したい。
二人のことを何も思い出せない自分がひどくもどかしい。

咲「……高鴨さんのこと、思い出せなくてごめんなさい」

穏乃「謝るなよ、咲!好きで記憶を無くす人なんていないんだからさ」

咲「でも……」

穏乃「それに、咲は私達のことを必死に思い出そうとしてくれた。それだけで十分だから」

穏乃「だからそんな辛そうな顔しないで。その気持ちだけで嬉しかったからさ」

咲「高鴨さん……」

穏乃「そうだ!この近くに小川があるんだ。水も飲めるし、そこで一休みしていこう!」





まばらに木々の生え茂る、山頂の林のひとつに向かった穏乃が咲を手招きした。

穏乃「小川はここを抜けたところにあるんだ。ほら、かすかに聞こえるだろ?」

耳を澄ますと、確かにさらさらと流れる水音がする。
穏乃に導かれるまま、行く手を遮る梢を払いつつ暫く進むと、二人の前に小さな清流が現れた。

246: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 23:47:43.77 ID:ezdrPB9V0
穏乃「これ、山の湧き水なんだ」

そう言って両手にすくった水を、穏乃はごくごくと飲み干した。

穏乃「んー、美味しい!やっぱりここの水は最高だ!」

咲も穏乃にならって、冷たい流れに両手をひたす。
ひとすくい手のひらにすくって、こくこくと喉を鳴らす。
喉が渇いていたせいもあったが、今まで水をこんなにおいしいと感じたことはなかった。

穏乃「どう?咲」

咲「うん、おいしい……それに、この山は凄く落ち着く。連れてきてくれてありがとう、高鴨さん」

穏乃「そ、そんなに素直に言われると照れるんだけど……咲ってそういうところ、昔と変わらないよな……」

咲「……?」

何故か頬を桜色に染めてうろたえる穏乃に、咲は小首をかしげる。

穏乃「でも、ここは本当にいい場所だろ?この山には他にも面白い場所があるんだ。また一緒に来ような、咲」

穏やかに笑いかける穏乃の瞳に、不意に咲は懐かしい郷愁を感じた気がした。
以前にもこんなふうに、このまっすぐな少女の瞳に見つめられたことがあるような気がする。
はっきりした確信を持ったわけではないので、何も言わず咲はただ穏乃に笑み返す。

二人はしばらくその川べりに腰かけ、小川の流れる音に聞き入っていた。

やがて夕刻が迫り、二人は山を下りた。
帰路につきながら咲は心地良い疲労とともに、心が洗われたような、
長い間そこにあった壁が押し流されたような何とも言えぬ軽やかさを感じていた。

247: ◆34iwA4dRok 2015/12/14(月) 23:51:41.34 ID:ezdrPB9V0

――――――――――

かすかな光さえ見出せぬ、深く暗き闇のなか。
咲は己の名を呼ぶあの声を、ただひたすら待ち続ける自分に気が付いた。

―――――そう、待っている。
あの声を。あの響きを。

(……キ……)

―――――聞こえてきた。
あの声が、咲の名を呼んでいる。

(……サキ、来ヨ……)

待ちわびた声とともに、暗がりに灯りがともるように。

(……コチラに、早ク来ヨ……)

ぽっと、白くほのかな光が生まれる。
目を凝らしてよく見れば、それは光でなく、白い影だった。

(……来ヨ……)

―――――白影は闇を圧して拡がり続け、

(……我、汝のチカラ喰ライテ……)

―――――やがて、この身を包んだ。

(……現世二……)

誰かが、背後から包み込むように咲を抱きしめている。
やわらかな抱擁に、そのままこの身を任せてしまいたくなる。

(……サキ……)

私を呼び、抱きとめる。
あなたはいったい……誰……?

248: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 00:00:01.08 ID:L41azOX10
……名を呼ぶ声の残響が耳に新しいまま、咲は浅い眠りから覚めた。

咲「……また、あの夢……」

あの夢を見たのは久しぶりのことだった。
いつとも知れぬ幼き頃より、咲の眠りを訪れるあの夢は、
年を重ねるごとに次第にあざやかさを増していく気がする。
夢の名残を払うように頭を振ると、咲はベッドを降りた。




夢見が良くなかったせいか、今朝は少し気分がすぐれない。
生徒の群れに混じってうつむき加減に学園内を歩いていると、咲の肩をたたく者がいた。

穏乃「おはよう、咲!」

一瞬、体を強張らせる咲を安心させるように、穏乃が明るい笑顔で笑いかけた。

咲「おはよう、高鴨さん……」

穏乃「ん?咲、顔色が悪いぞ。体調良くないのか?」

咲「ううん、大丈夫」

穏乃「……とてもそうは見えないけど。調子が悪いなら保健室に行こう」

良子や照に心配をかけたくないから、保健室には行きたくない。
少し頭が痛いだけだと、咲は無理に笑顔を作った。

249: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 00:09:06.67 ID:L41azOX10
自分で思うより体調は良くないのかもしれない。
咲の顔色を見た穏乃が、そばのベンチを示して言った。

穏乃「咲、やっぱり顔色が悪い。そこに座って」

咲「平気だから……」

穏乃「頼むから座って。私を安心させると思って、さ」

咲「……うん」

穏乃「そこで待ってて、薬もらってくるから」

咲をその場に残し、穏乃は保健室の方に駆けていった。

穏乃の気遣いに感謝しながらほっと息をつく。
他人から向けられる無償の好意には未だ慣れないが、気分の悪いものではない。
心があたたかくなるような裏のない親切に触れ、咲の表情は自然とやわらぐ。


揺杏「よう、宮永。ずいぶんと楽しそうじゃねえか」

咲「……!」

転校初日、殺された泉とつるんでいた生徒――――揺杏。
彼女がいつの間にか、咲の目の前に立っていた。

揺杏「なあ、宮永。あれから泉の奴を見ないけどどうなった?やっぱあのままくたばっちまったのか?」

咲「………」

あの時、泉を突き飛ばして注意を彼女に引き付けておき、その間に自分だけ逃げだした揺杏。
仲間を犠牲にすることもためらわない、彼女の冷酷で自分本位な態度を、咲は忘れていない。
警戒心もあらわなきつい視線で、咲は揺杏をにらんだ。

揺杏「おっと。そんな怖い顔で見るなよ」

咲「あなたは、仲間を囮にしておいて……」

揺杏「あいつに運がなかっただけのことさ」

咲「……!」

250: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 00:22:31.10 ID:L41azOX10
揺杏「そう怒るなって。泉が犠牲になってくれたおかげでアンタらも助かったんじゃねえの」

揺杏「泉を助けられなかったって点じゃ、あたしらは同罪なんだぜ?」

咲「………」

揺杏「なあ、宮永。あたしはさ、これまでにも大っぴらに言えないようなヤバいネタに手を出した事がある」

揺杏「でもあたしの危険と儲け話の匂いを嗅ぎつける嗅覚は人一倍でね。危ない目にあったり大損こいたことはねえ」

揺杏「けど、こないだのは誤算だった。危うくあたしの身までヤバくなるところだったからな……」

咲「………」

揺杏「景気のいい金ヅルを、アンタのせいで失ったことは痛手だったな」

揺杏「なあ、アンタ。泉の代わりにあたしに金を渡す気はねえ?」


1、断固として断る
2、逃げる
3、無視を貫く

安価下

252: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 01:32:03.00 ID:L41azOX10
咲「お断りします……!」

揺杏「強気な態度だねえ。いいのか、そんなこと言って?」

揺杏「……なあ、宮永。アンタ、何だってこんな半端な時期に転校してきたんだ?」

咲「……!」

揺杏「そこら辺を追及すると、何か面白いことが分かるかもな」

咲「………」

揺杏「楽しみにしてな。あたしがアンタの弱みを暴いてやるよ」

咲「何で、そんな……」

泉に義理立てするわけでもなく。
なぜ揺杏が咲に、そこまでからんでくるのか分からない。

揺杏「……あたしはさ、他人に興味を持つことなんか殆どないんだけど……なぜだかアンタには興味が沸くんだわ」

揺杏「あたしの心を刺激する何かが、アンタにはあるみたいだな。満足するまでは……逃がさないぜ」

咲「……!」

揺杏「じゃあな、宮永。また……な」



揺杏が含みのある言葉を残して去って間もなく。
息をきらせた穏乃が咲の元に駆け寄った。

穏乃「咲、頭痛薬もらってきた――――どうかしたの?」

咲「ううん。何でも……」

何でもない、と咲は穏乃にぎこちない笑顔を返した。

穏乃「………」

咲「高鴨さん……?」

253: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 01:42:18.38 ID:L41azOX10
穏乃「なあ、咲。今日は授業サボらない?」

咲「え……?」

穏乃「校内だけど、気分よく休める場所を知ってるからさ」

咲「……でも……」

穏乃「今日は何となく、授業に出ずのんびりしたい気分なんだ。咲も私に付き合わない?」

咲「……分かった。付き合うよ」

穏乃「よし、決まり!じゃあさっそく案内するな。こっちだ、咲!」

咲の手を引いて、穏乃は足取りも軽く歩き出した。




穏乃に連れられて訪れたのは、今は使われていない空き教室だった。
元々は授業を執り行うための教室というより、教師が控え室に使うために教官室であったらしい。
狭い部屋の中には生徒用の机の代わりに、また新しい二組のソファとテーブルが置かれてあるだけだった。

穏乃「ここは特別教室が多い校舎で、使われる機会が少ないから、授業がないときは殆ど人も通らない」

穏乃「生徒数にも余裕があるから、使われないままずっと空いたままの教室も結構ある」

穏乃「鍵がかけられてることが多いけど、最上階のここだけはいつも忘れられて鍵が開いてるんだ」

咲「そうなんだ……」

穏乃「ここのソファ寝心地が良いんだ。ちょっと埃っぽけど、まあ我慢できないほどじゃないし」

穏乃「保健室みたいに利用記録を残さなくても良いから、いつでも気軽に使える」

254: ◆34iwA4dRok 2015/12/15(火) 02:03:57.96 ID:L41azOX10
穏乃「咲もさ、いつでも使えばいいよ。考え事したい時とか、誰にも言わずに休みたい時とか」

咲「高鴨さん……」

穏乃が突然咲をサボタージュに誘った理由が、その言葉で分かった。
体調が優れないのを見抜いた穏乃は、咲を『付き合わせた』という形にして、
弱みを見せたがらない咲が授業を休みやすいように気遣ってくれたのだ。

咲「ありがとう……気を遣わせちゃって」

穏乃「ううん。今日は私、サボりたかっただけだからさ。何も考えないで、今はゆっくり休もう!」

咲の手を引いてソファに横たわらせると、穏乃ももう一つのソファに寝転がった。

穏乃「な、結構いい感じだろう?」

咲「うん」

咲が頷くのに満足げな笑顔を返すと、穏乃はいかにもリラックスした様子で、心地良さげにまぶたを閉じた。
揺杏との対話で知らず張りつめていた心を解き、咲もゆったりとしたまどろみに身を任せた。

260: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 22:26:54.34 ID:v3GRBuNw0

――――――――――

放課後の訪れを知らせるチャイムが鳴り響く。
帰り支度をする咲に、穏乃が声をかけてきた。

穏乃「咲、一緒に帰ろう」

良子「ちょっとストップです。ミス高鴨」

穏乃「……戒能先生?」

良子「先月の実験レポート、提出期限はとっくに過ぎてますよ。まだ提出してないのはあなただけです」

穏乃「あ。そういえばすっかり忘れてました」

良子「こらこら、そんなに簡単に忘れないでください。今日こそは提出してもらいますよ」

良子「下校時間までに提出すれば、遅れたことも許してあげます。待ってますから、完成させて持ってきてください」

穏乃「はーい……」

良子「咲、ミス高鴨が逃げ出さないか、そばで見張っててくださいね」

咲「え、はい」

良子「赤点を取りたくなければ、今日のところは大人しく居残ってレポートを完成させることです。では、また後で」

楽しげな様子で手を振ると、にこやかな笑顔を残した良子は教室を出て行った。

穏乃「ごめんな、咲。この調子だと今日は早く帰れそうにないや」

穏乃「先生はあんなこと言ったけど、私に付き合って居残ることはないよ。先に帰ってて」

咲「ううん。私も手伝うから、一緒に帰ろう」

穏乃「いいの?はっきり言って助かる!ありがとう」

261: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 22:32:07.01 ID:v3GRBuNw0
咲がこの学園に来る前に行われた実験だったが、幸いなことに同じ実験を前の学校ですでに済ませていた。
向かいあわせに席に座り、咲と穏乃は額をつき合わせてレポートに取りかかる。
化学のノートを繰りながら、穏乃がぽつりとつぶやいた。

穏乃「……なあ、咲。良かったら咲のマンションの近くで待ち合わせて、朝も一緒に通学しない?」

突然の穏乃の申し出に、咲は驚いて資料集から顔を上げた。

咲「私達の使う通学路は違う。そんなことしたら、高鴨さんが遠回りになっちゃうよ」

穏乃「大して遠回りじゃないから平気だって」

咲「でも……」

穏乃「今の咲の周りは普通じゃない。私の知らないところで咲がどうしてるか、離れていると心配になるんだ……」

穏乃「私を安心させると思って、迎えに行かせてほしい」

咲「けど、高鴨さん負担が……」

穏乃「いやその、本音をいうと私が咲と一緒に登校したいだけなんだけどさ」

咲「え……?」

穏乃「離れていた期間が長かったから、少しでも多く咲と過ごす機会が欲しいんだ」

穏乃「本気で迷惑じゃなければ、一緒に登校しよう。咲」

穏乃と過ごすのは嫌じゃない。
それで穏乃が嬉しいなら、咲にとっても。

咲「……うん。分かった、一緒に行こう」

穏乃「やった!じゃあ、待ち合わせの場所を決めよう!分かりやすいように図解するな。ええと……」

レポートそっちのけで地図を描き始めた穏乃の姿は何だか微笑ましくて、咲の心を和ませた。

262: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 22:43:05.64 ID:v3GRBuNw0
ノートや資料を頼りに、二人がかりで実験結果をまとめ上げ、ようやくレポートは完成した。

穏乃「やった、終わったー!ありがとう咲、本当に助かったよ」

咲「ううん。あとはこのレポートを先生に渡すだけだね」

穏乃「うん!」




良子「―――――オーケー。なかなか良い仕上がりですね。これなら遅れたことも大目に見てあげます」

穏乃「ありがとうございます、先生!」

良子「本当に良い出来です。これを期限までに提出してくれれば言う事なかったんですが」

穏乃「私が本気を出せばざっとこんなもんですよ、先生!」

良子「こらこら、調子に乗るんじゃありません。それにこれ、咲に手伝ってもらったでしょう?」

穏乃「う……」

咲「ごめんなさい……」

良子「咲が気にすることじゃないですよ。……良かったですね、咲」

咲「え……?」

良子「一緒に過ごせる友人が出来て。これで私も一安心です」

咲「良子さん……」

良子「ミス高鴨。これからも咲と一緒にいてやってください」

穏乃「先生に頼まれるまでもないです。咲さえ嫌じゃなけりゃ、私はずっとそばにいますから!」

良子「ふふ、そうですか。……では用も済んだことですし、そろそろ帰りましょうか」

良子「ちょっと待っててください。二人ともマイカーで送ってあげますから。ついでにラーメンでもおごりますよ」

穏乃「やった!ラーメン!」

咲「ありがとうございます、良子さん」

263: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 22:50:02.35 ID:v3GRBuNw0

――――――――――

翌日。
授業の終了を知らせるチャイムが教室に鳴り響く。
日直の起立の声が上がって礼を済ませると、午前中の授業が終わりを告げる。

生徒「あの……、宮永さん」

突然クラスメイトに声をかけられ、咲は振り向いた。

生徒「宮永さんを呼んでる人がいるよ、重要な話があるから、今すぐ来てほしいって」

咲「重要な話……?」

いったい誰が、と問いただそうとしたが、伝言を持ってきた生徒は咲に伝え終えると足早に去ってしまった。
……まるで、厄介ごとを避けようとするように。
いぶかしく思いながら、咲は教室を出た。




揺杏「よう。宮永」

咲「……!」

呼び出したのは、咲にとって最悪の人物だった。

揺杏「おっと、そんな顔するなよ。ますます苛めてやりたくなるじゃないか」

咲「………」

薄く笑う揺杏に背を向け、さっさとその場を去ろうと咲は歩き出す。

揺杏「アンタの転校理由、調べてやったぜ」

咲「!!」

顔色を変えて振り返ると、揺杏は余裕の態度で咲に宣告する。

揺杏「ここで騒がれなくなかったら、大人しくついて来いよ」

咲「………」

264: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 22:57:24.80 ID:v3GRBuNw0
人気のない校舎裏に、揺杏は咲を連れていった。
警戒心もあらわに睨みつける咲を面白そうに眺めながら、揺杏が口火を切った。

揺杏「アンタの周りをちょっと調べてみたら、色々分かったぜ。アンタが退学になった理由―――――教師を殴ったんだってな」

咲「………」

揺杏「けど、殴ったことよりも本当は殴った理由の方がずっと問題なんだよな。アンタの場合」

咲「………」

揺杏「ああ、それからアンタが『災いを呼ぶ』ってウワサされてたことも聞いた」

揺杏「二年前に先輩が一人。一年前に同級生が一人。……アンタに手を出そうとした直後、死んだそうだな」

咲「………」

揺杏「みんな言ってたぜ。宮永咲は憎い相手を呪い殺してるってさ」

揺杏「―――――ああ、そういやアンタの両親も三年前に死んだんだってな」

咲「……っ!」

揺杏「くく、そんなに過剰に反応するなんてな。てことは、あのウワサも案外ホントだったりしてな」

揺杏「―――――アンタの母親が野犬にかまれて死んだのは、アンタの仕業だってウ・ワ・サ」

咲「違う……!」

かっとなって、思わずつかみかかった咲の腕は簡単に避けられた。
咲の手首をつかみ取り、揺杏はそのまま力任せに身体を引き寄せ、咲の耳元でささやいた。

揺杏「そんなにムキになるなよ。自分でも『そうかも知れない』って怯えてるのが見え見えだぜ」

咲「……!」

揺杏の言葉によって、咲の脳裏に三年前の記憶がよみがえる。

265: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 23:03:50.82 ID:v3GRBuNw0
中学校から帰宅した咲を迎えた、あまりに突然の、父母の訃報―――――

前夜から出かけていた母は翌朝になって、大型の獣に襲われた惨殺死体で発見されたという。
父はその報せが届く少し前に、仕事先で事故にあい、担ぎこまれた病院で亡くなったそうだ。

父も母も、咲にとって決して親しみやすい良き親ではなかった。
父は咲に対して何の関心も寄せなかった。
父のよそよそしい態度は、母に対しても照に対しても同じだったが。

母は―――――

咲は母に対してはずっと物静かな女性、という印象を持っていた。
しかし、いつの頃からか咲を見つめる母の瞳の奥に、変化の兆しが見えるようになった。
言いしれぬ昏い想念に満ちたあの目を思い出し、咲の身体が我知らず強張る。

三年前。
母と咲の関係が、突然の嵐に巻かれたように破綻をきたしたとき、両親は死んだ―――――

あの日初めて、母に対して覚えた自分の強い想いが、両親を殺してしまったのかと咲は怯えた。
罪の意識につぶされそうな咲の心を支えてくれたのは、姉の照だった。

幼い頃からよそよそしい家族の中でただひとり、心から咲を可愛がってくれた、二つ年上の姉。
あの時照がそばにいてくれなければ、咲は二度と立ち直れなかっただろう。

揺杏「なあ、宮永。アンタ絡みの騒ぎが起こるたび、アンタを庇い続けてきたのは仲の良い姉貴なんだってな」

揺杏「それじゃ余計に、姉貴に迷惑かけるのは辛いよなあ……」

咲「……!」

揺杏「アンタの転校先にこの学園を見つけてきたのも、その姉貴なんだろう?」

揺杏「また騒ぎを起こして退学なんてことになったりしたら、さぞかしオネエサン悲しむだろうねえ」

咲「………」


1、何が目的なんですか
2、無言を貫く
3、あなたの望み通りにするから口外しないでほしい

安価下

267: ◆34iwA4dRok 2015/12/16(水) 23:49:53.19 ID:v3GRBuNw0
咲「……目的は何なんですか」

揺杏「手っ取り早くいうと、金だな。別に困ってるわけじゃねえが、あるに越したことはないからな」

揺杏「あとは、あたしの退屈しのぎ」

咲「……!」



穏乃「―――――咲に何してるんだ!今すぐその手を離せ!」

校舎裏に駆け寄ってきた穏乃が、咲の手首を掴む揺杏の腕を払いのけ、咲を自分の背にかばった。
穏乃のあざやかな身ごなしに一瞬あっけにとられた揺杏だったが、すぐに皮肉な笑みを取り戻す。

揺杏「頼もしいナイトのご登場ってわけだ」

穏乃「咲に何してたんだよ!?」

揺杏「別に、普通に話してただけだぜ?宮永の秘密のオハナシをさ」

穏乃「秘密……?」

揺杏「前の学校での、宮永の退学理由の真相について、とかな」

穏乃「咲が退学?何のことだ?」

揺杏「こりゃ驚いた。宮永、アンタこいつに転校の理由も話してなかったのか」

咲「………」

揺杏「高鴨、アンタが思うほど宮永はアンタのこと信用してるわけじゃないかもよ?」

揺杏「……何なら宮永の代わりにあたしが話してやろうか?」

穏乃「あなたの言うことは信用しない!」

揺杏「まあ、黙って聞けよ。宮永が退学になった理由は『教師に対する暴力行為』ってことになってる」

揺杏「―――――表向きはな。真相は宮永、アンタは自分に乱暴しようとした教師を返り討ちにしたそうだな」

穏乃「……!」

268: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 00:06:15.85 ID:Ry+c1HDx0
あの日。
担任の呼び出しを受け、咲は教官室に向かった。
部屋に入った咲を迎えた女教師の目はどこか尋常ではなかった。

何事かつぶやきながら、ふらりと咲に近づくと、そのまま手首を捕らえて咲を床に押し倒した。
正気を失った女教師の目に、獲物を喰い尽くそうとする獣の恐ろしい飢えを感じて、咲は恐怖した。

この目は、以前にも何度か見た目だ。
この目を持つ者に、咲は何度も襲われかけたことがある。

このままでは、また―――――!

身の危険を感じ、無我夢中でそばにあったもので女教師の頭を殴った。
気を失って動きを止めた女教師の身体を避ける間もなく、やがて人が来て―――――

正気に返った女教師は、着衣の乱れた咲の姿を前にしても、自分が生徒に対して何をしたか認めたくないようだった。
うろたえた彼女が口にした、『宮永さんが先に誘ってきたのよ!』との言葉を、教師たちが黙って受け入れたのは保身のためだ。

咲を信じ、かばってくれたのは姉といとこの良子だけだった。
他の誰もが、咲の言葉を信じてくれなかった……


揺杏「アンタが誘ったって、もっぱらのウワサなんだけどさ。実際のところはどうよ?」

穏乃「それ以上くだらないことを言うなら容赦しないぞ!」

揺杏「けなげだねえ……オトモダチの悪いウワサは信じたくないってか?」

穏乃「信じるも何も、咲はそんなことする奴じゃないから」

咲「高鴨さん……」

揺杏「………」

269: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 00:24:17.37 ID:Ry+c1HDx0
穏乃「咲を傷つけようとするなら……私はあなたと戦う」

穏乃は身についた自然な動作で息を整え、どんな動きにも対処できるよう、ゆるやかに姿勢を変えた。
普段の元気な穏乃のものとは思えない、静かで揺るぎないその所作は、穏乃の自信と気迫のほどを感じさせた。

揺杏「……分かったよ。あたしはここで退散する。今ここでアンタとやり合ったって何のメリットもねえからな」

穏乃「………」

揺杏「あたしは金にならない無駄なケンカはしない主義だ」

ぼそりとそう告げて、揺杏は咲と穏乃のそばを通り過ぎていく。
すれ違う瞬間、咲にだけ聞こえるような声で、揺杏がささやいた。

揺杏「あたしは諦めたわけじゃないからな……宮永」

顔色を変えた咲を振り返ることなく、揺杏は去っていった。
後には、穏乃と咲だけが残される。


穏乃「間に合って良かった。上級生が咲に絡んでるって聞いて、すっ飛んできたんだ」

咲「………高鴨さん」

穏乃「ん?どうしたんだ、咲?」


1、何も言わない
2、退学のこと、話さなくてごめんなさい
3、もう私には関わらない方がいい

安価下

271: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 01:29:35.59 ID:Ry+c1HDx0
咲「退学のこと、話さなくてごめんなさい……」

穏乃「なんだ、咲。そんなこと気にしてたのか?」

咲「………」

穏乃「人に言いたくないと思うことのひとつやふたつ位、あって普通だと思う。私は気にしてないよ」

穏乃「咲ともう一度会えたことの方が嬉しいから、他のことは本当にどうでもいいんだ」

咲「高鴨さん……」

穏乃「……でも、あの上級生にあんな風に言わせる事件を防げなかったことだけ、ちょっと悔しいかな」

揺杏が話した咲に関する噂のことを、穏乃は少しも気にしていない様子だった。
穏乃のまっすぐな瞳が、本心から咲を信じる思いにあふれていると気が付いて、胸の奥が暖かいもので満たされる。

咲はこの学園に来るまで、信頼できる友人を作ることなど、自分にはもう出来ないだろうと思い込んでいた。
けれど咲への信頼に満ちた、真っすぐな穏乃の瞳を見ていると、まだあきらめる必要はないと力づけられる。
警戒が先に立って、素直には受け入れ難かった優しさや親切を、もう一度信じてみたい。
穏乃を見ているとそんな気持ちになれる。

咲「ありがとう……高鴨さん」

穏乃「咲……。これからは私が咲のこと、絶対に守ってみせるから」

咲「……高鴨さん」

穏乃「おっと、そうだ!貴重な昼休みをこんなところで過ごしてちゃ勿体ないよな!」

咲「そうだね。教室に戻ろうか」

穏乃「うん!行こう、咲」

穏乃の言葉に頷き返すと、咲は穏乃とともに教室に向かって走り出した。

272: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 01:41:11.66 ID:Ry+c1HDx0

――――――――――

翌日。
咲は家を出ると、穏乃との待ち合わせ場所へと急いだ。
約束の場所に近づくと、先に着いて待っていたらしい穏乃が、咲に元気よく手を振る。

穏乃「おはよう、咲!」

咲「おはよう、高鴨さん」

穏乃「それじゃあ行こうか」

咲「うん」

学園に向かって、ふたり並んで歩き始めた。




たあいのない話をしながら肩を並べて校門をくぐった先で、
二人を待っていた明華に話しかけられる。

明華「おはようございます。穏乃、咲」

咲「おはようございます。明華さん」

穏乃「どうしたんですか?こんな所で」

明華「ちょっとお二人にお話があるんです。……ついて来てください」

咲「話……?」

明華のやけに真剣な様子に、咲と穏乃は思わず顔を見合わせる。
後も見ずに歩き出した明華を追って、二人もあわてて駆け出した。

273: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 01:46:27.72 ID:Ry+c1HDx0
穏乃「話って何ですか、明華さん?」

明華「あの学園祭の展示品の粘土板についてです」

咲「……!」

明華「理事長の考古学コレクションに前々から興味を持っていた赤阪先生が、頼み込んで提供してもらったそうです」

明華「コレクションは普段、理事長室にある展示ケースの中に保管されています。前もって理事長に見学の申請をしておけば、見学許可が出ることもあるとか」

明華「理事長自らの立ち合いのもと、御大ご自身の案内により、コレクションを拝謁できる、というわけです」

穏乃「なるほど……。で、申請が通るまではどの位時間がかかるんですか?」

明華「それが、まったく分からないんです。その上、コレクションの全てを見せてもらえるわけではないようです」

咲「ということは、見学許可が下りるか分からないうえに、見たい物を見せてもらえないかもしれないんですね」

明華「その通りです。学園祭の途中であわてて回収するような品は、特にそうでしょうね」

穏乃「それじゃ、普通の方法では、私達はあの粘土板を見られないわけですか」

明華「理事長は秘蔵品の全てを理事長室に保管しているとの話です。おそらくあの粘土板も厳重に保管されているんでしょう」

穏乃「……素直に見せてもらえないなら、こっちの方から強引に見てやるしかないですね」

咲「え……?」

274: ◆34iwA4dRok 2015/12/17(木) 02:08:00.61 ID:Ry+c1HDx0
穏乃「忍び込んでやろう!」

咲「……!」

明華「穏乃はそう言うと思いました」

穏乃「明華さんは反対ですか?」

明華「……真理追究のためには、時には強引な手段を選ばないとならないこともあります」

穏乃「つまりは賛成ってことですね」

明華「セキュリティのことを考えると、私の協力なしに理事長室に忍び込むのは難しいでしょう」

明華「私が警備システムにハッキングをかけて、監視カメラやセンサーを殺す―――――」

穏乃「―――――そこに私が忍び込んで、必要な資料を集めて来るって段取りですね。フォロー頼みます、明華さん」

明華「もちろんです」

咲「そんな、危険です……!」

穏乃「大丈夫だよ、咲。私達、なんでも屋のバイトでこういった事態には場数踏んでるからさ」

咲「……なら、私も一緒に行く」

穏乃「な……っ!駄目だ、絶対に駄目だ!咲にそんな危ないことさせられない!」

咲「………」

穏乃「咲……!」

明華「穏乃、諦めましょう。咲の目は『反対されても着いていく』って言ってますよ」

穏乃「明華さんまで!」

明華「確かに、咲だけ『危ないから』と止められても、納得できないでしょうからね」

穏乃「う……」

明華「というわけで。咲、よろしく頼みますね」

咲「はい」

明華「―――――今夜、決行です」

282: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:01:14.24 ID:twbICPLQ0

――――――――――

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、その日の講義はすべて終了した。
咲は姉の携帯に電話を入れた。
コール音が数回鳴って、電話がつながる。

咲「……お姉ちゃん?」

照『咲、どうしたの?』

咲「今から友達の家に行くから、今日は帰りが遅くなると思う」

照『そう、あまり遅くならないうちに帰ってきなさい』

咲「うん」

照『近頃は物騒だから、夜道には気をつけて』

咲「分かった。じゃあ……」



穏乃「咲、連絡は済んだ?それじゃあ行こう」

忍び込む準備を整えた咲、穏乃、明華の三人は、
校内に人影のなくなる時間まで密かに図書館に身を隠した。

283: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:05:53.87 ID:twbICPLQ0
学園祭の事件以来、生徒の下校刻限は午後6時とされている。
6時になってもまだ校内に居残っていた生徒は教師たちに追い立てられ、
間もなく、校内を歩く生徒の姿は見えなくなった。

生徒を退かせる時間が早まったことで、自然と教師たちの帰宅時刻も早まったようだ。
今日は職員会議もないらしく、7時半を過ぎた頃には、校内の灯りもほとんど落とされた。
8時を過ぎ、最後まで残っていた教員が帰路についた後、三人は行動を開始した。

明華「それじゃあ、私はここから校内のセキュリティシステムにハッキングをかけて、サポートしますから」

手慣れた様子で、明華は図書館に設置されたネットワークの端末から、学内ネットワークサーバーにアクセスする。
そこを経由して、あっという間に夜間の校内を守るセキュリティシステムに侵入した。

明華「学園のセキュリティはとっくの昔に攻略済みですから。管理用パスワードも分かっています」

明華「パスワードは毎週変わりますが、変更用のプログラムを解析済みですから問題ありません」

穏乃「……明華さん。もしかして図書館にいつでも入り浸れるよう、セキュリティにアタックかけました……?」

明華「その経験が今生かされているわけですし。まあ、いいじゃないですか」

明華「監視カメラにはダミーとして、侵入前の映像が繰り返し流れるよう細工します。警備の巡回時間まで、これで何とか監視の目はごまかせると思いますよ」

穏乃「……明華さんがいてくれて助かりますけど、なんだか犯罪者を友達に持ってる気分です……」

明華「ふふ。悪用する気はないから安心してください。あ、何かあったらこれで連絡を取ってくださいね」

そう言って明華は、穏乃と咲の手に、ヘッドセットタイプのインカムを渡した。

明華「理事長室内の警報のたぐいは殺しておきますが、くれぐれも気を付けてください」

咲「分かりました。……行ってきます」

284: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:10:40.81 ID:twbICPLQ0
月明りがまばゆい校内を、目立たぬよう身を屈めて移動しながら、二人は理事長室前にたどり着いた。
ここに向かう途中、警備の者が侵入者を捕らえるため飛び出してくるようなこともなく、明華の工作は順調な様子だった。

穏乃「……明華さん、着きました。理事長室の扉はもう開いてるんですか?」

穏乃はインカムの向こうの明華に向かって、声をひそめてささやいた。

明華『理事長室の扉のロックだけシステムから独立しているみたいです。こちらからは手が出せません』

穏乃「そんな、じゃあどうするんですか?」

明華『いいですか、私の言う通りコンソールパネルを開いて、さっき持たせた機材を接続してください』

明華『外部からシステムに割り込みをかけて、キーを無効にします』

穏乃「分かりました。やってみます」

インカムから届く明華の指示に従って、穏乃はコンソールパネルを開いた。
配線の具合などを明華に説明すると、明華はインカム越しに、どこに何をつなげとの指示を飛ばす。

明華『パスワードが要ります。解析プログラムを走らせますから、コマンドを入力してください』

穏乃は明華の言葉に従い、コマンドを入力する。
パスワードの解読プログラムが始動して電子ロックの解析を始める。
穏乃の隣であたりを警戒していた咲の耳に、遠くからこちらに近づく硬い靴音が、かすかに届いた。

咲「……誰か来る!」

咲の言葉に、穏乃は焦りの表情でインカム越しに明華を急かす。

穏乃「まだですか、明華さん!警備が来そうなんです!」

明華『待ってください、もう少しのはずです……』

カチリと小さな音を立て、ロックの状態を報せるセンサーの表示色がレッドからブルーに変わる。

穏乃「センサーの色が青に変わった!」

明華『OK。開きました』

穏乃がドアノブを回すと、扉は容易く開いた。

穏乃「開いた!入るぞ、咲!」

コンソールパネルを元通りに戻すと、咲と穏乃は素早く理事長室にすべり込んだ。
音を立てぬよう扉を閉ざして、ほっと安堵の息をつく。

285: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:15:15.58 ID:twbICPLQ0
厚いカーテン越しに射し込む月明りを頼りに、
咲と穏乃は入り口近くから理事長室内を動こうとした。

穏乃「……!」

突然、足を止めた穏乃の背に、勢い余った咲は額をぶつけてしまう。
いったい何が穏乃の歩みを止めたのかと、肩越しに前方を見た。

咲「……!?」

部屋の奥、月明りさえ届かない机の陰に赤い光点がふたつ、不吉な瞬きを見せていた。
暗闇に光る一対の赤い視線は、息を呑んで足を止めた二人の動きを探るように凝視している。

穏乃「……咲、私の後ろから離れないで」

咲の耳にだけ届くほどのかすかな声で、穏乃がささやく。
穏乃は咲を背にかばいながら、不測の事態に備えていつでも構えに移れるよう、静かに呼吸を整えている。

シュウ……、と不気味な低い音を発しながら、影が動いた。
床上を何か重く長いものが這いずる気配と共に、そのまま影は身構える二人から遠ざかる。
咲が目を凝らす間もなく、影は一間続きになった隣室へと去ってしまう。

視線の届かぬ向こう側、かたんと窓の開く音がして、
やがて気配は完全に理事長室から消えた。

穏乃「……出て行ったみたいだな。戻ってくる様子もない」

隣室に踏み込み、影が去った後をしばらく念入りに確かめていた穏乃がつぶやいた。

穏乃「何だったんだろう、アレは。泉の時に見た影と、気配は同じものだった」

咲「理事長室を見張ってた……?」

穏乃「けど、それならなぜ侵入者の私達を襲わなかったんだろ?」

咲「………」

286: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:18:43.71 ID:twbICPLQ0
穏乃「……考えても仕方ないか。それより急ごう。誰か来る前に調べてしまわないと」

咲「そうだね……。明華さん、これから私たち部屋を調べてみることにします」

穏乃「明華さん、あれ……明華さん!?」

『………』

インカムからはノイズが流れるばかりで、明華の応答はない。
交信はいつからか途絶えていたようだ。

穏乃「駄目だ、全然つながらない。何かあってもこの先、明華さんの助けを望めないみたいだ」

咲「何かあったのかな……」

穏乃「まあ、仕方ない。ふたりで頑張ろう、咲」


咲と穏乃は、理事長室の調査を開始した。

穏乃「とりあえず、そこの机から調べてみるか」

咲は穏乃と手分けして、理事長の執務机を調べることにした。
机は黒檀製の大きなもので、艶やかに磨き上げられた机上にはパソコン、灰皿、1枚の写真が置かれていた。
机の右側には、三段の引き出しがついている。


1、写真を調べる
2、パソコンを調べる
3、引き出しを調べる

安価下

288: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:38:03.96 ID:twbICPLQ0
咲は引き出しを調べてみた。

引き出しに鍵はついていない。開いて中を調べてみる。
中には古い書物と巻物が数巻、保管されていた。

咲はそっと机の上に書物の束を広げてみる。
ぼろぼろの古さびた古紙に題字を墨書された、由緒ありげな巻物が数巻。

穏乃「いかにも怪しげな感じがする巻物だな……」

その中のひとつ、『りつべ文書』と大きく題字された巻物を手に取った。
巻物を留めている紐を解き、慎重な手つきで広げてみる。

穏乃「……読めない」

横合いから巻物をのぞき込んだ穏乃が、しかめ面でつぶやく。
咲も目を通してみたが、古めかしく馴染みのない漢字ばかりの文章は判読が難しく、簡単に内容を読み解くことが出来ない。
余白にメモや書き込みはないかと注意してみたが、それらしきものは何も見つけられない。

穏乃「これは、持って帰って明華さんに調べてもらおう。私達の手には負えない……」

元通りに巻き直すと、穏乃はバックパックの中にその巻物をしまい込んだ。
他の巻物も調べてみたが、特に変わったものは無さそうだった。


1、写真を調べる
2、パソコンを調べる

安価下

290: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 22:52:55.03 ID:twbICPLQ0
咲はパソコンの電源を入れた。
起動音と共にコンピューターが立ち上がる。

目についたファイルを片っ端から開いて、内容を確認する。
ほとんどが学園の運営に関するもので、あまり関係はなさそうだ。

穏乃「このファイルは何だろう……?」

『R-FILES』と、題されたファイルを指さし、穏乃がつぶやく。

咲「……データファイルみたいだね」

ファイルを開こうとすると、画面にパスワードの入力を求める指示が出て、
それ以上開けなくなってしまった。

穏乃「パスワードか、明華さんがいれば早いだろうけど……明華さーん!」

『………』

インカムからの応答はない。
交信は途絶えたままで、回復する気配はない。

咲「やっぱり、私達ふたりでパスワードを割り出さなきゃならないみたいだね……」

穏乃「どうする?パスワードなんて分からないし……」

咲「……とりあえず、他の所を調べよう」


1、写真を調べる
2、もう一度引き出しを調べる

安価下

292: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 23:11:29.82 ID:twbICPLQ0
咲は写真を調べてみた。
写真には理事長と、彼女に寄りそうように座っている大型犬が映っていた。

咲「この犬は……?」

穏乃「ああ、理事長が可愛がってる愛犬だよ」

穏乃「大層な可愛がり様で、よく学園にも連れてきてた。確か名前は『ヒロエ』とか呼ばれてたような……」

咲「ヒロエ……」


穏乃「咲、次はどこを調べる?」


1、もう一度パソコンを調べる
2、もう一度引き出しを調べる

安価下

294: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 23:31:23.32 ID:twbICPLQ0
咲「もしかすると、さっき見つけた品の中にヒントになるものがあったのかも」

穏乃「パスワードになりそうなのは……まさか、理事長の愛犬とか?」

咲「……それかも」

咲はパスワードとして、『HIROE』の文字を入力してみた。
息を呑んで見守る二人の前で、『パスワード承認』のデジタル文字がディスプレイに表示される。

穏乃「やった!正解だ!」

データベースに納められた情報のタイトルメニューが、一覧となって画面に並べられる。



『≪因子保持者≫の収容状況について』

『りつべ女学園に集められた≪因子保持者≫数は現在、全生徒のうち約40%に到達した。
引き続き被験対象としての使用に耐えうる、身体的に健康な≪因子保持者≫をある程度の数揃えることが最優先事項である』


穏乃「因子保持者……?いったい何のことだろう?」


『20××年6月、定時報告』

『被験者Sは順調に成長中。心身共に問題点は見受けられず。
情緒面やや不安定ながら、成長期に見られる程度にとどまる』


穏乃「……?何だろう、これ?よく分からない記録だな」

咲「何かの研究対象の観察記録みたいだけど……」

穏乃「……咲!この記録の報告責任者を見て!≪弘世製薬≫って書いてある―――――!」

295: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 23:38:26.53 ID:twbICPLQ0
穏乃が指さした先には記録責任者の記名欄があり、そこには、
≪弘世製薬・新薬開発研究所・特別研究班≫と記名されていた。

穏乃「弘世製薬って言えば、癌の特効薬とか難病の薬を開発してるので有名な、市内にでっかい本社ビルを持つ製薬会社だ」

穏乃「どうしてこんなものを理事長が持ってるんだろう……」

咲「もうひとつ、項目があるね」


『≪代行者≫の活動報告』

『現在も≪代行者≫は関連施設への潜入を図り、各種の諜報活動、および施設の破壊活動を続けている。
≪刻≫が近づいたため、≪代行者≫の活動もそれにともない、ますます活発なものになると予想される。
りつべ市在勤の関係者各位への、≪代行者≫の動向に対する厳重な注意を要請する。

なお、≪代行者≫への直接な対応は、契約により≪代行者≫の活動開始と同時期に目覚めた、
≪守護者≫にそのすべてを一任することとする―――――』


穏乃「……≪代行者≫?いったい誰が、何を代行してるんだろう」

咲「何のことだかさっぱり分からないね……」

二人はそれ以上調べるのを止めて、パソコンの電源を落とした。

296: ◆34iwA4dRok 2015/12/18(金) 23:44:39.12 ID:twbICPLQ0
穏乃「さて、他に探すようなところはあるかな……」

咲「……?これは、手紙……?」

窓際の書類棚の上に置かれたレターラックの手紙の束に目をつけ、咲は近づいた。
穏乃もすぐに後を追う。

穏乃「理事長宛に学園に届いた手紙と、理事長がこれから出す手紙の束みたいだな」

手紙の差出人や宛先を、裏返して見たりしながら、一通一通確認する。

穏乃「たいした内容の手紙はなさそうだけど、一通だけ気になる宛先を見つけたよ」

咲「それは……?」

穏乃「この手紙の宛先、弘世製薬・新薬開発研究所の―――――研究所長宛てになってる」

咲「弘世製薬って言えばさっきデータベースで調べた、よく分からない観察記録の報告先になっていた会社だね」

穏乃「理事長と弘世製薬は、昔も今も何らかのつながりがあるってことかな?」

咲「―――――ってことは、さっきの記録も私達のまわりで起きていることに関わりがある……?」

穏乃「……ものすごく気が引けるけど、中を確認してみようか?」

手紙を開封するという、他人のプライベートを暴く行為にかなり抵抗はあったが、
どうしても知りたいという思いがを上回った。
咲が頷くのを見て、穏乃は開封しようと、手紙を持ち替えた。


??「―――――あかんなぁ、咲ちゃん。勝手に人の私物に手を触れちゃあ」


咲「……!?」

弾かれたように振り向いた咲と穏乃の前に、部屋の持ち主が立っていた。

咲「愛宕理事長……」

297: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 00:12:25.27 ID:mdaqYz5x0
この部屋の正当な主である、私立りつべ女学園理事長・愛宕雅枝。
前の学校で問題を起こした咲の転入を快く引き受けてくれた人物―――――
しかし、こうして眼前に立つ雅枝からはただならぬ異様な雰囲気を感じた。

雅枝「よくこの部屋に入れたもんやな。ここには護衛がつけてあったはずやけど」

雅枝「……と言っても侵入者が咲ちゃんであれば、それも頷ける話やな」

咲「え……?」

雅枝「奴には万が一にもアンタに手を出さんよう、躾けてあったからな」

穏乃「……!じゃあさっきのアレは、理事長が操っていたんですか!?」

雅枝「ああ、そうや」

穏乃「なら……なら、泉を殺させたのもあなたの命令ですか!?」

雅枝「泉……?そんな生徒のことは知らんわ」

穏乃「とぼけないでください!泉はこの学園で、獣みたいな何かに襲われて死んだんです!」

穏乃「泉を襲ったのは、さっきのアレと同じような気配だった。あなたがアレを操ってたのなら、泉のことにも関わりがあるはず!」

雅枝「私に与えられた≪眷属≫は、この部屋の護衛である、あれ一匹や。他の奴らのことなんて知らへん」

穏乃「……けんぞく……。あの獣は、眷属って言うんですか」

雅枝「おおかた他の連中の配下の眷属が、エサを求めて学園内を徘徊してるんやろ」

雅枝「後始末が面倒やから、ケダモノの躾けはきちんとしろってあれほど言ってあったのに……」

咲「……後始末……」

298: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 00:24:06.76 ID:mdaqYz5x0
雅枝「騒ぎがなかったところを見ると、家族に対する記憶操作や周囲への工作は迅速に行われたようやな」

穏乃「……!あなたたちが、あれをやったんですか!?」

雅枝「そんな話は今はどうでもええ。それより咲ちゃん、アンタや」

咲「私……?」

雅枝「アンタは今、実に危うい立場にあるんや。とある理由から、アンタを狙う者の動きがここしばらくの間に活発になって表面化しとる」

雅枝「時到るまで、上の者がアンタへの手出しを堅く禁じてるんは、あんな連中に力を与えんためや」

雅枝「―――――やけど、連中が焦るんも分かる。約束の時は近い。それまでに、と……」

咲「………」

雅枝「だからこそ私も、今この時に、アンタの協力がどうしても欲しいんや」

雅枝「どうや?咲ちゃん。私に力を貸してはくれへんか?アンタが私に協力してくれたら、アンタを狙う者たちから私が責任を持って守ってみせたる」

咲「協力……?」

雅枝「アンタの持つすべてを私に捧げると誓い、私の求めに応えてくれればええ」

咲「……!」

雅枝「私のものになるんや……咲ちゃん」

咲「……嫌、です」

雅枝「私に従う気はない、ってわけか。……下手に出ているうちに、従うと言った方が利口やで」

咲「………」

299: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 00:34:55.47 ID:mdaqYz5x0
雅枝「アンタに痛い思いをさせるのは本意やないけど、逆らうようなら仕方ないわ―――――力づくで、私に従わせたる!」

穏乃「それがあなたの本音なんですね、理事長!咲を自分の都合のいいように扱おうとするなんて!」

雅枝「いくら抗おうと我らの手の内からは逃れられへん。ならここで私に従って、媚びを売っておくのが利口な生き方とは思わんか?」

穏乃「理事長、あなたの言葉はひとつも信用できない!咲はあなたたちの道具じゃない!」

雅枝「……ふん。それはどうかな」

咲「………」

雅枝「彼女は贄や。ただのヒトではありえへん」

穏乃「ニエ……?」

雅枝「我らに≪捧げられしもの≫のことや」

穏乃「そんな……、誰が咲をそんな物みたいに扱うような、勝手なこと始めたんですか!」

雅枝「最初にそれを決めたのは……≪始祖≫」

穏乃「始祖……?」

雅枝「ヒトとは異なる種、ヒトを超えるもの。大いなる力を揮う、人知を超えた存在」

雅枝「アンタごときには思いも及ばん、ヒトより上位の存在のことや」

穏乃「ヒトより、上位の存在……?」

雅枝「我らはその存在を、畏怖を込めてこう呼んどる。―――――神、と」

雅枝「我らはこの身にいにしえの貴き存在の血を継いだ神の末裔。人と超えるものとして、大いなる存在より力を授かった選ばれし一族や」

穏乃「あなたたちは、神様きどりのその妄想に、本人の意思を無視して巻き込むつもりなんですか!?」

穏乃「―――――冗談じゃない!咲をそんなアブナイ奴らの好きになんてさせない!」

301: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 00:46:34.81 ID:mdaqYz5x0
雅枝「贄の扱いをどうするか、決めるのは我らや。贄に拒む権利なんてない」

雅枝「覚えておくとええ。咲ちゃん、我々にとってアンタは何より得がたい存在やってことを」

咲「……それは、どういう……」

雅枝「アンタほどに濃く、我らを誘うその血を継ぐものは他に無いということや」

雅枝「アンタのその身は恐ろしく耐えがたいほどに我らの欲を刺激し、本能に訴えかける」

雅枝「破滅につながると分かっていても、アンタに手を伸ばさずにいられへんほどにな」

咲「………」

雅枝「アンタを得たとき、我らが手にするものの大きさと悦楽を思えば、それも無理からぬことや」

雅枝「我らは皆アンタに手を出すことを禁じられてる。けど、監視を出し抜いて邪魔が入らないうちに、今ここで私がアンタを得てしまえばええだけのこと」

咲「……!」

雅枝「アンタさえ手に入れてしまえば、もはや恐れるものはあらへん。……さあ、今すぐ私のものになってもらうで」

雅枝は咲に向かって指を伸ばした。

穏乃「そんなことさせない!」

叫びざま、穏乃は咲と雅枝の間に割って入る。

302: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 00:53:35.62 ID:mdaqYz5x0
穏乃「咲をあなたなんかに渡さない!」

雅枝「うるさい子供やな。アンタにはこれ以上私の邪魔をせんよう、退場してもらおうか」

雅枝の言葉と共に、外側から窓ガラスをぶち破り、何かが部屋の中に飛び込んできた。
部屋いっぱいに飛び散ったガラスの破片から身を守りながら、その正体を確かめようと目を凝らす。

暗がりの中、大きく長いシルエットが滑るような動きで床上を這い寄るのが見えた。
それは泉の命を奪った、あの影によく似た気配を持つ生き物だった。

雅枝「贄は決して傷つけたらあかん。もう一人は―――――殺せ」

咲「……!」


1、言うことを聞くから、穏乃に手を出さないで
2、体当たりを食らわせる
3、あなたの思い通りになんてならない

安価下

304: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 01:42:30.80 ID:mdaqYz5x0
咲「……分かりました、言うことを聞きます。だから高鴨さんには手を出さないでください」

雅枝「そうやって素直に従うなら、悪いようにはせんで。……こっちに来るんや」

穏乃「咲、駄目だ!そんな人の言うことなんて聞いちゃ……」

雅枝「おっと、あまりそいつを刺激せんほうがええで。知能の低いケダモノや。アンタが動けば喜んで襲いかかる」

穏乃「くっ……!」

雅枝「さあ、咲ちゃん。こっちに……」

咲は唇を噛みしめ、雅枝のそばに歩み寄る。
雅枝の腕が咲の首を抱き込んで、身動きできぬよう、強い力で懐に抑え込む。

穏乃「咲……!」

叫ぶ穏乃の身体を、影から伸びた腕が軽々と宙につかみ上げ、そのまま床に叩きつける。

穏乃「ぐはっ!」

咲「高鴨さん……!」

受け身を取ることもできず、まともに後頭部を打ち付けた穏乃は力なく目を閉じた。
影は床を這い、意識を失った穏乃の身体を抱えたまま、理事長室から出て行った。

雅枝「アンタが逆らわへん限り、彼女を殺しはせえへん。安心せえ」

咲「………」

無言でにらみ返す咲を面白そうに見つめ、掴んだままの手首をきつく締めあげた。
触れられた苦痛と嫌悪に怯む咲の表情を楽しむように眺め、雅枝は咲の唇を塞いだ。

咲「んっ……!」

唇の隙間から舌を差し入れられ、口腔内を掻き回される。
息苦しさと嫌悪感に眉を寄せ、腕をつっぱねて抗おうと試みるも、非力な咲の力では全く効果はなかった。
そのまま口の中を好き勝手に蹂躙され、やがて唇が離される。

咲「はぁ、はぁ……っ」

雅枝「やっぱりアンタは特別の贄や。これまで私が喰らった者どもと比べものにもならへん」

雅枝「こうして僅かに味わうだけで、この身に力が溢れ込むのが分かる……」

305: ◆34iwA4dRok 2015/12/19(土) 01:56:40.69 ID:mdaqYz5x0
雅枝「アンタの母上も、こんな風にアンタという禁断の獲物を得てその甘美さに溺れ、命を落としたんやな」

咲「……!」

雅枝「知ってるで、咲ちゃん。三年前に彼女がアンタにしたことを、私は知ってる……」

雅枝「禁忌を犯してアンタという贄に手を出し、粛清された……あの女のことを」

咲「粛清……?」

雅枝「……私には彼女の気持ちがよく分かる。大切な贄であるアンタに計略をもって手を出した、彼女の気持ちがな」

雅枝「結局クーデターは成功せず、彼女は消されてしまったわけやけど……」

分からない。雅枝が何のことを話しているのか理解できない。……理解したくない。
混乱する咲の肩を掴み、雅枝は理事長室のソファに咲の身体を倒した。

咲「……!」

恐れに身をすくめる咲を嘲笑うように見下ろし、雅枝は咲の制服に指をかけた。

雅枝「恐れることはあらへん。私はアンタの力を借りたいだけや」

咲「……や……っ」

雅枝「―――――その代わり、アンタにも極上の悦楽をあげるから……な」

魅入られたように動けない咲の耳に、笑みを含んだ雅枝の言葉が虚ろに響く。
追い詰められ、今や逃れることの叶わぬこの結末を、咲はただ呆然と受け入れるしかなかった。


BAD END

312: ◆34iwA4dRok 2015/12/20(日) 22:03:51.33 ID:bi8Pg8KQ0
>>302から

咲「……逃げて!」

穏乃に向かって叫びながら、咲は雅枝に体当たりをくらわせた
反撃すると予想していなかったらしく、不意をつかれて雅枝はその場にふらりと膝をついた。

雅枝「このっ!」

穏乃に駆け寄ろうとした咲は、背後から雅枝に足首を掴まれ、思い切り転ばされる。
身体を床に打ちつけ、痛みに息を詰まらせる咲の身体に馬乗りになり、雅枝は動きを制した。

穏乃「咲を離せ……!」

雅枝「うるさい子ネズミやな……。眷属よ、そいつを喰らえ!」

雅枝の怒声に応じ、影は滑るように穏乃へと這い寄る。

咲「高鴨さん……!」

雅枝の下で咲は必死に暴れたが、頭を掴まれ動きを封じられ、満足に身体を動かすことも出来ない。
這いよる影を厳しい表情でねめつける穏乃の姿に、泉のあの無残な姿が不吉に重なる。
再び繰り返されようとしている惨劇の予感に、咲はぞっと身震いした。

313: ◆34iwA4dRok 2015/12/20(日) 22:09:26.62 ID:bi8Pg8KQ0
その時、月光を弾いて一筋の銀光が走った。

耳にした者の心胆を寒からしめる不快な金切り声が、床上を這う影の喉からしぼり出される。
長剣が影の胴体を深々とつらぬき、床上に影を縫い付けてその動きを封じていた。

雅枝「な……っ」

クロ「そこまでです」

咲「……あ……」

クロ「ご無事でしたか?咲さん。約束通り、あなたを助けに来ました」

シロから咲を救ったクロと名乗る少女が、いつの間にかそこに立っていた。

穏乃「あなたは……?」

クロ「私の名はクロ。咲さんを守る者です」

こちらに歩み寄ったクロは、床に突き刺さった長剣を易々と抜いた。
何気ない動きで剣を払うと、驚きに声もない雅枝の目前に詰め寄った。

クロ「咲さんを離しなさい」

喉元に突きつけられた鋭い刃先を見つめ、雅枝は顔を強張らせる。
ごくりと息を呑み、咲を捕らえる腕を解放した雅枝は追いやられるままに咲から離れた。

クロ「咲さんに手を出そうとしたあなたには、相応の報いを受けてもらいます」

雅枝「くっ……おのれ!」

雅枝は懐から素早い動きで拳銃を抜き取り、銃口をクロへと向けた。

咲「危ない……!」

身をひるがえし、ヒュッと鋭く風を鳴らしてクロの剣が一閃する。
雅枝の手の中の拳銃が真っ二つに割かれる。
愕然と口を開く雅枝の首筋に右手の剣の柄頭を叩き込み、クロは雅枝を苦もなく昏倒させる。
声もなく倒れ込んだ雅枝は、完全に気を失った様子でピクリとも動かない。

314: ◆34iwA4dRok 2015/12/20(日) 22:16:45.91 ID:bi8Pg8KQ0
クロ「今回のことで分かったとは思いますが、咲さんを狙う者たちがシロ以外にも存在するようです」

穏乃「それはいったい……」

クロ「彼女らの組織や実態は、私たちにもまだはっきり掴めていません。とにかくこの場は私に任せて、あなた方はここを離れてください」

咲「理事長は、どうするんですか?」

クロ「この女性はこれ以降、りつべ女学園に出入りできないよう結社が手を回します」

クロ「学園内の警備を強化し、あなたの安全を保証できるよう努めますので、どうかご安心ください」

クロ「ガードが難しくなりますので、咲さんにはりつべ女学園をあまり離れないよう、ご協力お願いします」

穏乃「あなたが何者かは知らないけど、助けてもらったお礼を言ってませんでしたね。ありがとうございます」

クロ「礼なんて言う必要はありません。私がお役に立てたことなんて、ほんの少しでしたから……」

クロ「……さあ、警備の者が来る前にこの場を離れてください」

咲「わかりました。……本当に、ありがとうございました」

クロ「これが私の使命ですから」

クロの勧めに従い、気を失った雅枝とクロを残して、咲と穏乃は部屋を出ることにした。

315: ◆34iwA4dRok 2015/12/20(日) 22:20:24.70 ID:bi8Pg8KQ0
理事長室から脱出し、警備の巡回も無難にやり過ごすと、ようやくふたりは一息ついた。

穏乃「……明華さん、心配してるだろうな。もう一度連絡してみよう」

インカムのスイッチを入れると、間髪置かず明華の声がふたりの耳に飛び込んできた。

明華『―――――穏乃?』

穏乃「やった、通じた!壊れたわけじゃなかったんだな」

明華『咲はどうしました?』

穏乃「大丈夫、一緒にいます」

明華『良かった、ふたりとも無事だったんですね!急に連絡が取れなくなったんで心配しました』

穏乃「理事長室に入った途端、通じなくなったんです。部屋を出たら元に戻ったけど」

明華『強力な妨害派でもかけられていたんでしょうか。それより早く戻ってきてください。成果が聞きたいです』

穏乃「分かりました、すぐに合流します。行こう、咲」

咲「うん」

咲と穏乃は、明華の待つ図書室へと急いだ。

316: ◆34iwA4dRok 2015/12/20(日) 22:27:00.37 ID:bi8Pg8KQ0
明華「ずいぶんと時間がかかったみたいですね。何かあったんですか?」

穏乃「ええと……色々あったんです。後で説明しますから」

咲「明華さん、ごめんなさい。結局粘土板は見つけられませんでした」

明華「良いですよ。他に色々とあったみたいですし、そちらの話をゆっくり聞かせてもらいます」

穏乃「けど、かなり遅い時間になっちゃいましたね……」

明華「咲さん、家の方は大丈夫なんですか?ご家族の方が心配されているのでは」

穏乃「明華さんの家も私の家も、奔放主義だから大丈夫なんだけどね」

咲「そうですね……あまり遅くならないようにって、姉に言われてたんですが……」

穏乃「明華さんに報告する役は私に任せて、咲は早くお姉さんのところへ帰って安心させてあげて」

穏乃「クロさんって人の言葉を信じるなら、りつべ学園に登校した方が安全だ。明日の朝、また迎えに行くから」

咲「……うん。それじゃあ、また明日」

穏乃と明華に見送られて、咲は家へと帰っていった。