第10章 因果律のメルト(♀)

2010年8月13日金曜日
未来ガジェット研究所


……リン……オカ……リンっ!


倫子「ん……、誰……だ……」

まゆり「あっ……オカリンっ!!」ダキッ

倫子「きゃっ!? って、なんだまゆりか。突然どうした?」

まゆり「どうしたじゃないよぉ! オカリンが、急に倒れたってクリスちゃんがぁ……!」グスッ

ダル「おおっ、オカリン目が覚めたん? 大事じゃなくてよかったお」

倫子「倒れた……オレが? それはどういう――」


  『牧瀬紅莉栖が男に刺されたみたいだ』


倫子「あ……」サーッ

紅莉栖「……しっかりして、岡部。私はここにいるわ」

紅莉栖「クラッキングは取りあえず中止にした。もちろん、いつでも再開可能よ」

まゆり「オカリン、だいじょうぶ? 顔色悪いよ?」

倫子「う、うん……」

紅莉栖「取りあえずは大丈夫なはずよ、まゆり。原因は過労ね」

紅莉栖「あと1時間目を覚まさなかったら救急車を呼ぶつもりだったけど」

倫子「……もしかして、タイムリープの影響か?」

紅莉栖「それは無いわ。橋田にパーツ集めてもらって、簡単な脳波測定器を作って岡部の脳内をモニターしたけど、特に異常は無かった」

紅莉栖「たぶん、疲れてたのよ。ゆっくり休んで」

倫子「……ああ」

201: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:38:54.91 ID:bFHfa8Mco

その日オレは、ルカ子のコスプレ説得から帰ってきたまゆりと共にそのまま池袋へ帰った。

自室に籠り、布団の中で瞼をぎゅっと閉じる。

目に浮かんでくるのは、いつも隣でオレを支えてくれていた紅莉栖の顔。

間違いないと信じていたこと。その方程式がガラガラと崩れていく。

β世界線では、7月28日に牧瀬紅莉栖は死んでいる。

そしてそれはアトラクタフィールド理論による収束のせいでどうしても回避できない。

天秤にかけられているのは、紅莉栖と世界。

選べるわけがない……

鈴羽や綯やフェイリスやルカ子……みんなの想いを犠牲にしてまでたどり着いたのが、こんな結末なのかよ……!

他に選択肢は……っ! オレは天才じゃないんだ、わかるわけがない……

世界が望む結果に対して、オレはあまりにも無力だ……

もしかしたら――

この世界線では、ディストピアにはならないかもしれない。

ラボは襲撃されないし、オレたちは拉致されないかもしれない。

17日の夜8時に何も起きなければ、オレは紅莉栖を殺す必要はなくなる。

……オレの祈りが、神に届くだろうか。

202: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:39:59.64 ID:bFHfa8Mco
2010年8月15日日曜日
岡部家 自室


prrrr prrrr


紅莉栖『……ハロー。今日もラボには来ないの?』

倫子「紅莉栖……」

紅莉栖『……ねえ、聞いて岡部』

紅莉栖『最大幸福数だけを見るなら、SERNへのクラッキングを選ぶべき』

倫子「……お前は簡単に割り切れるんだな」

紅莉栖『……私だって死ぬのは怖い。ううん、これがいわゆる"死"という現象なのかさえ怪しい』

倫子「……紅莉栖が居ない世界線になんて、行きたくないよぉ……っ!」

紅莉栖『岡部……』

倫子「……オレが困ってる時、悩んでる時、手を差し伸べてくれたのはいつも紅莉栖だった」

倫子「自己中心的で自分勝手なオレを、紅莉栖は受け容れてくれたんだ」

倫子「論破厨でクソレズで、どうしようもないHE   だけど……」

紅莉栖『おまっ』

倫子「それでも、紅莉栖がオレを助けてくれた」

倫子「紅莉栖が居ないと、オレは……」グスッ

203: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:40:57.86 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖『……私は、岡部の選択を尊重する』

紅莉栖『24年後からタイムリープしてきて、押しつけがましいことも言わないつもり』

紅莉栖『それに、冷静になりなさい。私1人居なくたって、きっと岡部なら大丈夫よ』

紅莉栖『岡部を支えてくれる仲間はたくさんいる。ラボメンたちがそこにいるじゃない』

倫子「……だが、その選択は、オレにしかできないものなんだ。世界中で、オレにしかできない」

倫子「全責任は、オレにあることになる」

紅莉栖『岡部……いつもの独善的な態度はどうしちゃったのよ……』

倫子「独善的でなんかいられないよっ! 他でもない、私が紅莉栖を殺すの……」プルプル

倫子「その記憶は、私の中から一生消えることはないんだよ……」

倫子「紅莉栖を勝手に蘇らせて、勝手に殺したのが私だってこと、世界中の誰もが知らないまま……」

倫子「そんな世界で、1人で背負って生きていくなんて、私には……できないよ……」グスッ

紅莉栖『…………』

204: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:41:33.62 ID:bFHfa8Mco

常に冷静で。強がりで。譲らないものを持っていて。

可愛い女の子にはだらしないが、根は真面目すぎるほど真面目で。

いつしか、紅莉栖はラボの中心人物になっていた。

そして、オレはいつだって――

紅莉栖の放つ、自信に満ちた輝きに惹かれていた。

いつだって、彼女の動きを目で追っていた。

いつだって、彼女の言葉を胸に刻み込んでいた。

いつだって、彼女の語る理論にシビれていた。

まともに名前を呼ばなかったのだって、結局のところ、照れくさかったんだ。

憧れがあった。その憧れを悟られたくなかった。

オレは、牧瀬紅莉栖のことが好きだ。

なんで、よりによって紅莉栖なんだ……っ!

205: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:43:14.22 ID:bFHfa8Mco

選択を目の前にして、身動きが取れなくなっていた。

ただ漠然と日々を過ごすしかなく、あっという間に時間が流れていく。

ミスターブラウンに襲撃を中止するよう懇願してみようかとも考えた。

この際色仕掛けでもなんでもして。

だが、今はまだフランスに居るラウンダーたちまで説得できるとは思えなかった。

今年の夏コミマは15日から17日まで、3日間連続で開催される。

その最終日、オレはまゆりに付き合って会場で朝から閉幕までを過ごした。

途中、オレの白衣姿がコスプレに間違えられて撮影されたりしたが、概ねボーッとしていた。

現実逃避。

刻一刻とタイムリミットが近づいていることに気付かないフリをしていた。

そうでもしなければ、オレは、壊れてしまいそうだったのだ――

206: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:44:22.06 ID:bFHfa8Mco
2010年8月17日火曜日
秋葉原駅ロータリー


まゆり「はあ、やっと帰ってこられたー♪」

倫子「まゆりはこれからどうするんだ?」

まゆり「えっとね、ラボに行こうと思ってたんだよ」

倫子「なにか用事か?」

まゆり「特にないけどね、オカリンと一緒に、久々にのんびりしたいなーって」

倫子「そっか。じゃあ、ラボに帰るか」

まゆり「ねぇねぇオカリン、今日はね、どうしてまゆしぃについてきてくれたのー?」

倫子「なに、ただの気まぐれだ」

倫子「(本当は、何もせず時間が過ぎていくことに耐えられなくなかったからだ……)」

まゆり「でもでもー、これまで一度もコミマに一緒に行ったことなかったよねー? オカリンは萌えには興味ないもんね」

倫子「ロボットアニメには興味あるぞっ」

まゆり「オカリンって男の子みたいだよねー」

207: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:45:29.18 ID:bFHfa8Mco

まゆり「ロボットって言えば、今日フブキちゃんが話してたんだけどね、オカリン、ROBO-ONEって知ってる?」

倫子「ん? ああ、たしか5月にやってたホビーロボの格闘大会だったか。そういや会場は有明、というかお台場だったな」

まゆり「そこで優勝したのがね、種子島の女子高校生だったんだって!」

倫子「ほう、そんな片田舎のJKが優勝できるようでは、大会のレベルもたかが知れているな」

倫子「……待てよ? ならば、我らが未来ガジェット研究所が総力を上げて汎用人型決戦兵器を造り上げれば、優勝賞金が狙えるのではないかっ!?」キラキラ

倫子「さすれば、あの筋肉ダルマの不当な賃上げ要求に怯える必要もなくなるっ! これは胸が熱いな! ふぅーはははぁ!」

まゆり「楽しそうだねー♪ まゆしぃもね、ロボット作り頑張るのです!」

倫子「まゆりがか?」

まゆり「ロボットさんが着るお洋服なら、まゆしぃだって作れるよー? ロボまゆしぃを作っちゃうのです☆」

倫子「ロボットさんはお洋服など着ないっ!」

まゆり「えぇー、かわいいのにー」

208: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:47:47.39 ID:bFHfa8Mco
裏路地


まゆり「ねぇ、オカリン。今日はね、ありがとう」

倫子「なんだ、突然」

まゆり「えっへへー。だってね、まゆしぃは今日1日嬉しかったのです♪」

まゆり「ロボット作りも楽しみだねぇ。次の大会は冬コミマの前にあるってフブキちゃん言ってたよー」

倫子「次? 次なんてあるのか?」

まゆり「えー? 次は冬の大会だよー、オカリン」

倫子「冬……? どうして、冬が来るんだ?」

まゆり「んー? どうしてって、冬はね、秋の次にやってくるんだよ?」

倫子「……あ、ああ。そうだった、時間って、進むんだったな……」

まゆり「だいじょうぶ? 今日コミマで疲れちゃったのかな」

倫子「……くっ、あのコミマ会場に"機関"の幹部の1人、通称幻想案内<イリュージョンコンダクター>が紛れ込んでいた……オレは幻想を見せられていたのだっ!」

まゆり「えぇーっ!? それは大変だよー!」

倫子「クックック、だが相手を間違えたな。この鳳凰院凶真にかかれば、形而上の存在を手玉に取るなど朝飯前だっ! ふぅーはははぁ!」

まゆり「わぁー。すごいんだねえ、オカリンって」ニコニコ

倫子「鳳凰院凶真だっ」フンッ


ブロロロロロロ……


倫子「ん……?」クルッ

まゆり「――――オカリンっ!!」


ドンッ



209: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:49:11.61 ID:bFHfa8Mco

倫子「え……?」


  何が起こった?

  自分の記憶をたどってみる

  たしか、白いワゴン車が急発進してきて……

  道の真ん中を歩いていたオレは、轢かれそうになって……

  そうだ、まゆりがオレの身体を突き飛ばしたんだ

  なんで? どうして?

  わからない 必要な記憶が出てこない

  頭の中に封をされたような感じがする


倫子「まゆりは……? まゆりはどうした……?」

まゆり「…………」

倫子「まゆりっ!? おい、まゆり! 大丈夫か!?」ユサユサ


  『まゆりが、死んだ』

  なんだこの記憶は


倫子「すぐに救急車を……」


  『まゆりが死亡するのは"運命"なのよ』

  バカな、バカなバカな


まゆり「やっと、まゆ……しぃ、は、……」


  『オカ……リンの、役に……た……て……』

  それがまゆりの望みなわけ、ないだろ


まゆり「オカリンの……役に……立て……たよ……」

倫子「あ……あ……あ、ぁっ……」

210: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:50:28.23 ID:bFHfa8Mco

何匹もの虫が脳の中を我が物顔をして這いまわっている。気持ち悪い。

脳に感覚などあるはずないのに。かゆい。

随分前からおかしくなっていた"私"は、今ようやく目を覚ました。

さっきから嘘だ嘘だと、"私"がわめいている。うるさい。

何度か嘔吐し、それでも幼馴染の遺体を強く抱きしめている。汚い。

けれど、"私"はその子の死を悼んでいるのではない。

もっと大きななにかに押しつぶされているのだ。

不条理、罪悪感、絶望、そして無力。

半狂乱になった"私"は、彼女に抱き留められて沈黙した。


  「もう、疲れたよ……」

  「目を、覚ましなさいっ!!」


また私を助けてくれるんだね。ありがとう。

211: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:52:34.57 ID:bFHfa8Mco

「問題。岡部を救うために祈りを捧げたまゆりが岡部を救ったとする。ここから導き出される論理的帰結とは、どんなのもの?」

「① まゆりは岡部を助けることができた ②岡部を助けたのでまゆりは死ぬ ③岡部が助かったとは限らない」

「答えは③。現実は非情よね」

「じゃあね、岡部。世界線を超えようと、時間を遡ろうと、これだけは忘れないで」

「いつだって私たちはあんたの――」

「味方よ――」





―――――――――――――――――――――――

2010年8月17日21時53分 → 2010年8月15日13時53分

―――――――――――――――――――――――

212: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:58:10.06 ID:bFHfa8Mco
2010年8月15日(日)15時01分
六井記念病院


倫子「ん……、ここは……病院……?」

まゆり「オカリン……? もう、大丈夫なの?」

倫子「まゆ……り……」

ダル「ちょ、看護師さん呼んでくるおっ!」ダッ

紅莉栖「橋田、ナースコールすればいい……って、行っちゃったか」

倫子「くり……す……?」

紅莉栖「グッモーニン。目覚めはどう?」

倫子「オレは……いったい、なにがあって……」

まゆり「オカリンはね、突然、その、えっと、まゆしぃも聞いた話なんだけど……」

紅莉栖「声にならない声で叫びながら、自分の部屋を暴れ回った」

倫子「なに……ぐっ」ズキッ

紅莉栖「ほら、体中打ったんだから無理しない」

213: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 00:59:58.86 ID:bFHfa8Mco

倫子「オレが自分の部屋で暴れ回った……?」

紅莉栖「ごめん。正直に言うと、私、あんたと電話してた時、岡部青果店に居たの」

倫子「なっ……」

紅莉栖「通話終了したと思ったら突然叫び声が聞こえて、失礼を承知であんたの部屋に駆け込んだ」

倫子「それで救急車に……」

紅莉栖「せっかくだし、色々屁理屈を言って秋葉原まで運んでもらったわ」

倫子「……まゆり、ダル。今日はコミマ初日なのに、すまないな」

ダル「僕ほどの猛者ともなると、本気の戦いは朝イチっしょ、常考。ブツは全部ゲットし終わったから昼すぎには帰ってきたんだお」

紅莉栖「男のツンデレは気持ち悪い。岡部が心配で切り上げてきたと正直に言いなさいよ」

ダル「ぐふぅ……牧瀬氏、容赦ねぇっす」

まゆり「謝らないで、オカリン。まゆしぃたちはオカリンのそばに居たいから居るんだよ?」

紅莉栖「まゆりは元々お昼までの予定だったのよね。メイクイーンに荷物を取りに戻るために秋葉原に寄ったんだっけ」

まゆり「うん……あ、メイクイーンに百合の花束を置いてきちゃったから、後で取りに行かないと」

紅莉栖「そういうことだから、岡部は気にしなくていい」

倫子「…………」

紅莉栖「……ごめん、橋田、まゆり。少し、岡部と2人で話がしたい」

まゆり「えっ……」

ダル「あー、うん。わかったお。まゆ氏もほら」

まゆり「……うん。まゆしぃね、これからおばあちゃんのお墓参りに行ってくるね」

倫子「ああ、そう言えばお盆だったな。それで花束か……。あの婆さんによろしく言っといてくれ」

まゆり「うんっ! それじゃあ、トゥットゥルー♪」

ダル「ドゥッドゥルー」


ガララッ


倫子「……なあ、紅莉栖。お前のその、手の甲の痣……」

紅莉栖「ええ、暴れる岡部を抑え込んだ時の勲章。愛おしくてたまらないわ」スリスリ

倫子「いや、オレのことを気遣ってくれてるのはわかるがちょっと引くぞ……」

214: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:01:09.27 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「……記憶の方は大丈夫?」

倫子「え……?」

紅莉栖「状況から考えて、あんたがまた、未来からタイムリープしてきたという結論が出た」

紅莉栖「13日の時はタイムリープによる脳への障害は無いって診断したけど、正直自信なくなったわ」ハァ

紅莉栖「タイムリープの副作用で記憶の欠損等、なんらかの副作用が発生することは否定できない」

紅莉栖「……私のせいで、岡部がおかしくなっちゃったって思いたくなかっただけなのかも。確証バイアスを認識できないなんて、科学者失格ね」

倫子「ち、違うっ! お前の、お前のおかげで最悪の事態を回避できたのだっ!」

紅莉栖「……まゆりが死んだって叫んでいたけど、もしかして、本当に?」

倫子「……あ……、うぅっ!!」グッ

紅莉栖「もしそれが本当なら、しっかり思い出して!」

倫子「まゆりは……まゆりが、死ぬ、のは……」ハァッ ハァッ

倫子「世界線の、収束……っ」ポロポロ

紅莉栖「……なるほど、そういうこと」

紅莉栖「狂気のマッドサイエンティストがどうして世界を救うために動いているのかと思ったら」

紅莉栖「本当は、1人の女の子を助けるためだったわけか」

倫子「……ち、違うっ! これは、機関の陰謀だっ! きっとオレの記憶を改ざんして――」

紅莉栖「逃げるの?」 

倫子「――っ」

紅莉栖「これ以上、妄想しちゃダメ」

215: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:02:09.53 ID:bFHfa8Mco

倫子「……これまでもオレは、まゆりを助けるためっていう大義名分で……たくさんの人を傷付けてきたんだ」

倫子「オレはただ、まゆりを救いたいだけなのに……っ」ウルウル

紅莉栖「逃げたって、苦しくなるだけ」

紅莉栖「あんたは正義の味方じゃない。これ以上苦しむ必要なんてないの」

紅莉栖「まゆりを救うには、SERNにクラッキングを――」

倫子「紅莉栖を失うなんてできないよぉっ!!!!」

紅莉栖「…………」

倫子「…………」グスッ

紅莉栖「ねぇ岡部」

紅莉栖「すべて話して。あんたが体験してきたすべてを」

紅莉栖「主観混じりでも、事実が歪曲されていてもいい。私が合理的な推測を導いてみせる」

紅莉栖「だから、話して」

216: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:04:34.87 ID:bFHfa8Mco

・・・

紅莉栖「……つまり、まゆりの死はα世界線の収束なのね。オーケー、だいたいわかった」

倫子「オレは、まゆりが死ぬ運命にあることを、無意識のうちに忘れようとしていたんだ……っ」グッ

倫子「許されることではない……オレは……なんてことを……」ポロポロ

紅莉栖「……過度なストレスによる心因性の記憶障害である可能性がある」

紅莉栖「説明するまでもないことだけど、身近な人の死は多大なストレスになる。それをあんたは何度も繰り返し経験することになった。想像を絶するわ」

紅莉栖「そのストレスに順応していく自分に恐怖した。まゆりが死んだことに対して何の感情も抱かなくなることが怖かった」

紅莉栖「そして不都合な過去の記憶を思い出せなくなった。各種ストレスホルモンが分泌され、ストレッサーに対する防衛機構を働かせたわけね」

紅莉栖「ただ、タイムリーパーの岡部にとっての過去は、世界にとっての未来だった。まゆりの死は、過去であり、同時に未来でもある」

紅莉栖「物理的な時間は遡れても、主観的な時間は超越できない」

倫子「人間は根源的に時間的存在である、か……」

紅莉栖「あんたの心はもう悲鳴をあげているのよ。あんた自身のためにも、早くβ世界線に―――」

倫子「…………」ギリッ

紅莉栖「……そんな辛そうな顔しないで。とにかく、もうあんたはタイムリープしなくていい。ううん、しちゃダメ」

紅莉栖「岡部がタイムリープしないっていう選択をしたなら、私も……24年後? からタイムリープしてこないから」

紅莉栖「私はあんたの選択に従う。ただそれだけ」

倫子「……もし、もしオレが……っ」

倫子「また、性懲りも無く、紅莉栖に、助けてほしいって、言ったら……?」ウルッ

紅莉栖「(……かわいいな、まったく)」

217: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:05:58.03 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「そしたら私は、一生をかけて世界の仕組みを解き明かしてみせるわ」

紅莉栖「他に選択肢は無いのか、見逃したフラグは無かったか」

紅莉栖「みんなで大団円、ハッピーエンドルートは本当に存在しないのか」

紅莉栖「24年間かけて、絶対に」

紅莉栖「絶対に、あんたに伝える」


prrrr prrrr


倫子「ま、まさか……っ」ゾワッ

紅莉栖「……出るわよ?」ピッ

倫子「ま、待て――」

紅莉栖「ぐっ……」ヨロッ

倫子「紅莉栖……どうしてお前は、そこまでして……」グスッ

紅莉栖「……元々そういう性分なのよ。それに、岡部には返しても返しきれない恩がある」

紅莉栖「父に存在を否定されたあの夏の私を救ってくれたのは、他でもないあんただった」

紅莉栖「この出来事がβ世界線で消えるって言うなら、α世界線のうちに返すものを返さなきゃいけないじゃない」ニコ

倫子「……バカだな。バカ真面目だ」

218: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:06:52.08 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「私は岡部バカなの。知ってるでしょ?」

倫子「……ククッ、忘れるわけがなかろう」フッ

倫子「(紅莉栖の笑顔を見たら、頭の中の空気が入れ替わったような気がした)」スゥ ハァ

倫子「(紅莉栖ならきっとなんとかしてくれる。そんな確信があった)」ニヤリ

倫子「……ククク、ふぅーはははぁ! オレを誰だと思っている!」

倫子「狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真っ! 仲間のステータスを忘れるはずがなかろうってイタタタタ……」ズキズキ

紅莉栖「まったくもう、痛めてる腕を動かさないの」

倫子「それで、天才HE   百合女よ。解き明かしたのだな、世界の仕組みとやらを」

紅莉栖「HE   ゆーなっ! ……このやりとりも懐かしいわね」フフッ

紅莉栖「それじゃ、これから長くなるわよ。時間いっぱい使って話せるだけ話す」

紅莉栖「あんたが私に求めた、選択のための知識を――」

219: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:08:14.76 ID:bFHfa8Mco

この世界線ではあんたが知っている"かつての世界線の私"以上に研究を推し進めることができた。

あんたが話してくれた世界線変動体験が、かつての私にしてくれたものよりも豊富だった、っていうのも原因の1つだけどね。

私は、あんたがまゆりを見殺しにした世界線の未来から来てる。

まゆりを救えるのにもかかわらず、その選択をしなかった世界線の未来からね。

だからこそ……何としても原理を究明する信念を持てたのかも知れない。

もちろん、私にできるのは実験と研究と、そして論文を書くこと。

タイムリープマシンを何度も使うことができればもっと研究時間が稼げたけど、さすがにそこまでSERNを出し抜けなかった。

岡部は今、IBN5100を使ったクラッキングによって、私は死ぬと考えてる。

だからためらっている。そうね?

だったら、世界線変動により生じる"死"とはなにか。

世界線間を移動しているものの正体はなにか。

これについて科学的に正しい理論を導かなくてはならない。私はそう考えた。

その過程でできあがった仮説があるんだけど、それを説明するには次の疑問を解決しておかなくてはならない。

ずっと前から不思議だったのに、解が得られそうもないから無視し続けてきた疑問が1つある。

どうして岡部には完全なリーディングシュタイナーがあるのか、ということ。

220: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:09:18.78 ID:bFHfa8Mco

疑問点は3点に分けられる。

1点目は、岡部の"現在"とはなにか。意識はどこにあるのか。

リーディングシュタイナーの発動は、岡部の主観でしか捉えられない。ならまず、岡部の主観を定義しなくてはならない。

2点目は、リーディングシュタイナーとはそもそもなんなのかについて。

脳の機能異常なのか、世界線の再構成によるものか、あるいはもっと高次元の何かなのか。

3点目は、なぜ岡部だけがこの時代に人類で唯一完全なリーディングシュタイナーを持っているのか、ということ。

私はこの話をするためだけにタイムリープしてきたと言っても過言ではない。

長くなるけど、しっかり聞いて。私の仮説を。

221: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:10:17.84 ID:bFHfa8Mco
その1ヽ(*゚д゚)ノ【意識はどこにある】


紅莉栖「タイムリープマシンの完成にあたって前に私が言ったこと、覚えてる?」

倫子「たしか……」


  『結局は意識がどこにあるのか、という問題になる』


紅莉栖「そう。記憶をコピペして過去へ跳ばすとして、その時意識はどうなるのか」

紅莉栖「過去へ跳んだとして、コピペ元のオリジナルの脳はどうなってしまうのか」

倫子「やってみなければわからない……そうお前は言った」

紅莉栖「実際実験をしてわかったのは、意識も主観もタイムリープする、ということ」

紅莉栖「タイムリーパーにとっての"現在"が物理的過去へ移動した」

紅莉栖「でも、実はこれ、意識や人格そのものがデータ化して過去へ跳んだわけじゃなかったの。そう見えるだけだった」

倫子「なに? いつぞやの世界線でお前は――」


  『結論を言えば、意識も人格もバイナリデータ化していた。あるいは添付ファイルみたいな形で』


紅莉栖「そう。間違いなくタイムリープ時に、意識と人格を司る、"あるもの"がデータとして付随していたのよ」

紅莉栖「きっとその世界線での"私"は、この私ほど真に迫れなかったのね」

222: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:12:23.17 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「タイムリープはあくまでも受信側が未来の記憶を思い出すだけで、記憶が上書きされるわけじゃない」

紅莉栖「DLC(ダウンロードコンテンツ)が追加されるだけで、システムアップデートしてるわけじゃないの」

倫子「なら、コピペ元の脳はどうなる?」

紅莉栖「なかったことになる。綯ちゃんがタイムリープした時、ラボにその姿が無かったのと同じ現象ね」

紅莉栖「だからオリジナル側の脳の意識が過去へ移動したかのように見える現象が起きた」

紅莉栖「というか、"オリジナル側"という概念そのものが消滅するわけよね。タイムリープ自体がなかったことになってるんだから」

紅莉栖「単に世界線の再構成に主観が引きずられていただけね。結局、意識そのものが跳ばされたわけではなかった」

倫子「だが、意識が過去へ跳ばないなら、それこそDメールで過去改変した時と同じようにリーディングシュタイナーが発動して、オレは瞬間移動するのではないか?」

紅莉栖「確かに一見すると、記憶のコピペデータを過去に送信するのは、Dメールを送ることと何ら変わりはないように思える。どちらも過去に情報を送っているだけ」

倫子「一番の違いは、人間の脳内の信号を改変している点、か」

紅莉栖「ちょっとタイムリープの仕組みを簡単におさらいしてみましょうか」

223: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:13:40.61 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「まず、例のヘッドギアをかぶることで、側頭葉に蓄積されている記憶を神経パルス信号として解析し、走査する。この時、前頭葉に働く擬似パルスも添付する」

紅莉栖「次にVR技術を使って、神経パルス信号を電気信号へとエンコードしてデジタルデータ化。3.24TBの記憶データを取り出すことに成功する」

紅莉栖「これを圧縮して過去に送る。ミクロ特異点を通過し終えたタイミングで解凍するようプログラミングしておいて、同時にデコーダも作動させることで電気信号を神経パルス信号へと戻す」

紅莉栖「神経パルス信号は送話口から0.02アンペア程度の微弱な放電現象となって発せられる」

紅莉栖「側頭葉に神経パルス信号が流れた瞬間に記憶の埋め込みが完了するけど、これだけだとこの記憶を思い出すことができない」

紅莉栖「だから、擬似パルスを流すことで前頭葉から"トップダウン検索信号"を発信させる」

倫子「そのおかげで未来の記憶を思い出すことができるんだったな」

紅莉栖「同時に、もし人間にとっての"現在"を認識する信号があったとしたら――」

紅莉栖「ここが話のミソ。記憶や擬似パルス以外にも過去へ送られていたものの正体」

倫子「意識と人格を司る、"あるもの"……」

紅莉栖「そしてこれがリーディングシュタイナーの正体に深く関わっている」

224: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:14:56.73 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「まず、意識とは何か、という話なんだけど、これについては今の時代に次の理論がある」


  【脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている】


紅莉栖「量子脳理論の、ペンローズ・ハメロフアプローチと呼ばれているものね」

倫子「……トンデモ科学ではないか」

紅莉栖「タイムトラベルだって今の時代じゃトンデモ科学だろーが。それに、この時代には既に妄想を現実にする機械や、洗脳攻撃に特化した沈黙の兵器という名のデザイナーベビーが開発されていたりする」

倫子「お、おう……」





Tips 量子脳理論 http://urx3.nu/rMAr

225: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:16:30.12 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「ケンブリッジ大学の数学者ロジャー・ペンローズとアリゾナ大学のスチュワート・ハメロフは、意識は何らかの量子過程から生じてくると推測した」

紅莉栖「意識の基本的構成単位も同時に組み合わされ、生物が有する高度な意識を生じるとした」

紅莉栖「このOrch OR 理論<Orchestrated Objective Reduction Theory 統合された客観収縮理論>は概ね正しかった」

紅莉栖「研究が進んで、この理論はもっと発展していくんだけど、それはアトラクタフィールド理論と結びつくものだったのよ」

紅莉栖「意識が量子的、つまり確率の雲なら、人間の行動選択も確率的になる」

紅莉栖「世界線が過去から未来まで確定した存在であっても、アトラクタフィールド内に可能性の振幅が存在するのは、まさにこれが理由だったというわけ」

紅莉栖「歴史が確定しているなら、人間には自由意思なんて無いことになってしまう。だけどそんなことはなくて、自由な意思は間違いなく人間に存在する」

紅莉栖「未来は単一世界線上の時間軸方向には確定しているけど、可能性世界線方向には確定してない。言い換えれば、"確定している世界線が無限にある"、それは確定していないことと同義」

紅莉栖「人間の意思の数だけ、選択の数だけ、いくつもの可能性世界線が重ね合わせ状態で無限個に枝分かれしている。確率の雲のような状態、非アクティブな状態で存在している」

紅莉栖「その無数の線のうち、似たような世界だけをより集めたものを世界線収束範囲<アトラクタフィールド>と呼ぶ。これの分類は当然恣意的で、理論的にはこのアトラクタフィールドも無限に存在していることになる」

紅莉栖「岡部のところは、2036年8月の状況をベースにアトラクタフィールドを分類しているみたいね。ディストピアならα、そうじゃないならβ、みたいに名前をつけて」

倫子「かつて鈴羽は"アトラクタフィールド理論は決定論に近いがもっとアバウトで、多世界解釈とコペンハーゲン解釈のいいとこ取り"と言っていたが、その辺の話か」

紅莉栖「私の居た時代では単にOR理論って呼んでるわ。基礎理論の1つよ」

倫子「OR……」

紅莉栖「私が命名し直したんだけど、その名前の意味するところは、まあ、その、ね。うん」

226: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:19:59.88 ID:bFHfa8Mco

倫子「素粒子より小さい物質ということは、エーテルみたいなものか? いや、あれはマイケルソン・モーリーの実験で存在が否定された……」

紅莉栖「一応指摘しとくと、有意な実験結果が得られなかっただけで、存在そのものは否定されてない」ムッ

倫子「いちいち突っかかるなよ……えっと、例えるならなんだ。精神か? それとも、魂とでも言いたいのか」

紅莉栖「世界中の色んな言葉で説明されているけど、面倒臭いから"OR物質"に一本化させて」

紅莉栖「この未知の超素粒子自体は宇宙を飛び回ってるけど、妊娠中の胎児の脳内において、その脳固有のOR物質の構成パターンを形成する」

紅莉栖「そして構成されたOR物質はその脳機能が停止するまで脳内に留まる」

紅莉栖「これがさっきから言ってる"あるもの"。意識と人格を司る物質」

倫子「意識は物質であったと……。たしか、心の哲学とかいう分野の話だったか」

紅莉栖「OR理論は心脳問題における心脳一元論と実体二元論のいいとこどり、ってところかしら。相互作用でも随伴現象でもなく、意識そのものが未知の物質で構成されていた、というもの」

紅莉栖「さて、このOR物質を分析してみると面白い性質を持っていることがわかった」

倫子「未来ではそんな技術まであるのか!」

紅莉栖「"物質"って呼んでるけど、その実態は情報なのよね。スピンの組み合わせなんだけど、突き詰めると電気信号のパターンと一緒」

227: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:22:24.03 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「OR物質の性質1つ目。OR物質の中には、記憶のバックアップデータが内包されている」

倫子「まるで自分の"中の人"だな」

紅莉栖「ホントにそんな感じよ……OR物質はまるで、"外の世界"の存在のような挙動をするの」

紅莉栖「この世界が電気仕掛けだってのは説明したっけ?」

倫子「ああ、前の世界線で聞いた」

紅莉栖「仮にここがゲームの世界だとするなら、OR物質はセーブデータね。リアルタイム進行オンラインゲームの、運営が管理してる個々人のプレイヤーデータって言った方が正確かも」

紅莉栖「しかもそれは量子的に保存されていた……データ量自体は大したことないのに、常に有機的に変化する記憶を瞬間的にバックアップし続ける性質があった」

紅莉栖「通常の脳においては常に書き足されていく秘密の日記みたいなものね」

紅莉栖「例えばこれは、脳内にある記憶になんらかの障害が発生した場合の修復機能を持っている」

倫子「記憶喪失の人がふとした瞬間に記憶を取り戻す話は聞いたことがあるな」

紅莉栖「脳内にあるOR物質の中に記憶のバックアップデータがあることで、障害が発生した記憶との照合、すり合わせが可能になり、正しい記憶の補修へと繋がるわけ」

倫子「脳には量子データを電気信号に変換する能力があったのか……」

228: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:24:02.88 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「次に、これは性質というか副次的なものなんだけど、OR物質はタイムリーパーにとっての"現在"を保証するものの1つとなっている」

倫子「送られたOR物質が受信側に存在する意識にダウンロードされる……実質、未来の意識が受信時に宿る、ということか」

紅莉栖「『過去から未来までが確定している世界線』に本来あるはずのない情報が意識に流入するから、受信のタイミングが"現在"を規定することになる」

紅莉栖「と言っても、OR物質そのものがリープ先の意識に主観を移動させてるわけじゃない。あくまでも、世界線再構成の性質に起因する結果論ね」

紅莉栖「この性質のおかげで、タイムリープ時、なんらかのアクシデントでコピーした記憶データが全破損したとしても、OR物質さえ過去の意識へ届けば意識だけが移動する」

倫子「そんな実験もしたのか……」ゾワッ

紅莉栖「まあ、未来の記憶が思い出せないっていう、病気なのか正常なのかわからない状態になるだけだから、別に心配はないわ」

倫子「バックアップデータが届くならば、記憶自体が無くとも記憶は修復されるのではないか?」

紅莉栖「バックアップは所詮バックアップよ。通常の脳は既にある記憶の方を優先して本来の記憶として認識する」

倫子「それはまあ、そうか」

紅莉栖「それにタイムリープの場合、受信側にもバックアップデータが存在してるわけで、記憶の修復力が働くにしてもそちらが優先される」

紅莉栖「その上バックアップは次々に更新されていくから、未来から来たバックアップデータは数日中に現在の記憶に上書きされて消滅してしまうことになる」

229: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:25:29.68 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「長時間タイムリープの場合、OR物質の影響で、肉体と意識のギャップが脳全体に悪影響を及ぼす」

紅莉栖「48時間制限をかけたのはこれが1つの理由だった」

倫子「なら、どうやって紅莉栖は24年間をタイムリープしたんだ?」

紅莉栖「記憶データと神経パルス信号だけを跳ばしたわ。OR物質は除去してね」

倫子「それなら、意識や人格は、オリジナルの紅莉栖のものなのか?」

紅莉栖「そういうこと。でも、記憶が正しく送られた時点で受信側のOR物質内の記憶バックアップデータは更新されるから、ちゃんと私は"未来の私"の意識も人格も思い出してる」

倫子「……? ならばOR物質がタイムリープする意味がないじゃないか」

紅莉栖「私はリーディングシュタイナー不適合者だから、2034年になっても強烈なリーディングシュタイナーを発動することはないから安心してこれができた」

紅莉栖「仮に完全なリーディングシュタイナー保持者がOR物質を除去して記憶データを過去へ送ると、Dメール送信と全く同じ現象が起こる。"リーディングシュタイナーが発動する"」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「後で話すことにも関連するけど、完全なリーディングシュタイナーを考慮しなければ、OR物質はその存在を無視していいのよ」

倫子「古典物理学の範疇でなら量子効果を無視できる、というようなものか」

紅莉栖「この辺のことがわかったから、安定した送信環境の整備やプログラミングのバージョンアップだけでタイムリープ可能時間を飛躍的に伸ばすことができたわ」

倫子「ということは、改良さえすれば長時間リープ、ハイパータイムリープも可能ということか!?」

紅莉栖「今のラボの設備じゃ無理ね。OR物質が跳べても記憶が破損すると思う」

倫子「ぐぬぬ……」

230: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:27:02.15 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「このOR物質にはもう1つ面白い性質がある」

紅莉栖「OR物質は、脳外にあっても記憶のバックアップデータを内包したまま存在できるのよ」

倫子「……超素粒子なんだから、脳外にも漏れる、ってことか?」

紅莉栖「例えばヒトが生物的な死を迎えた場合、脳機能の停止に伴いOR物質は体外に放出される」

紅莉栖「そしてそのまま霧散、ということにはならない。かなり長いスパンでOR物質は記憶のバックアップデータをある程度保有したまま存在できる」

紅莉栖「まるで幽霊だな……」

紅莉栖「これがOR理論の"時間や空間に左右されない"という意味でもある」

紅莉栖「前世記憶や臨死体験なんかはこれで説明できるわ。どちらも、一度脳からOR物質が飛び出して、再度脳に復帰する現象のこと」

紅莉栖「別個の脳だった場合が前世記憶、同一の脳だった場合は臨死体験になるわね」

倫子「臨死体験で見る死後の世界と言うのは、脳外に出たOR物質が見た世界、ということか?」

紅莉栖「バックアップ記憶はある程度保有されると言っても消滅しないだけで、完全な状態をキープできるわけじゃない」

紅莉栖「だから、脳外に出た場合は少なからず欠損や変成が発生する。これを記憶として理解すると、真っ白世界になったり、三途の川が見えたとして理性が理解してしまうんじゃないかしら」

紅莉栖「と言っても、通常の脳では記憶の修復力は微弱だから、そうそう起きないけどね」

倫子「(どこかで似たような話を――)」



  『私が空を漂って留未穂の成長していく様を見守っているんだ……』

  『そして、秋葉原も随分変わってしまったと、雲の上からつぶやいている自分が居る』


倫子「(いや、まさかな……)」

231: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:27:57.27 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「4つ目の性質として、ある個体のOR物質は、別個体のOR物質に影響を与えることがある」

倫子「ほう」

紅莉栖「例えば、私が岡部を強く意識する。そうすると、岡部も私を多少意識するようになる」

倫子「……それは心理学の話ではないのか? ザイオンス効果のような」

紅莉栖「ううん、物理レベルでこういう現象が起こることが確認されてる」

紅莉栖「想いや願い、絆とか、恨みとか呪いとか、目に見えない結びつきみたいなものが、なんらかの物理的反応を生じさせているの」

紅莉栖「例えば、『娘が産まれて欲しい』という強い念が、胎児の脳や、母体の脳に影響して、生体内の電気信号パターンが変化したり」

倫子「……まさかとは思うが、それがルカ子の性転換の種明かしなのか?」

紅莉栖「あのポケベルDメールが改変したのは、HE   神主に朝から晩まで毎日『健康な娘が欲しい』と祈らせることだった」

紅莉栖「それがOR物質を通じて、漆原さんの性別を女性にすることになったってわけ。もちろん、奇跡的に、だけど」

倫子「腐っても神主だしなぁ……祈祷こそ本職だもんなぁ……」

232: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:28:46.11 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「性質5つ目。OR物質は世界線を跨ぐ」

紅莉栖「というより、世界線が同時に2つアクティブ化することはあり得ないから、正しくは『全宇宙が素粒子レベルで再構成されようとも、この超素粒子だけは再構成に巻き込まれない』って感じかな」

倫子「そ、それはつまり――」

紅莉栖「さて、このOR物質というものの性質を踏まえた上で、リーディングシュタイナーの正体に迫ってみるわよ」

倫子「その科学番組風のしゃべり方はなんとかならんのか……」

233: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:30:24.52 ID:bFHfa8Mco
その2ヽ(*゚д゚)ノ【リーディングシュタイナーとはなにか】


紅莉栖「通常の脳は、世界線の再構成に巻き込まれることで記憶が再構成される。これは脳の性質というより因果律の性質ね」

紅莉栖「脳内の記憶ってのは電気信号のパターンでしかないから、因果律からして当然とも言えるわ」

紅莉栖「だけど、OR物質自体は再構成されない。個別の脳それ自体に依存している超次元的存在だと言える」

倫子「(かっこいい……)フム、それでリーディングシュタイナー発動時のテレポートが可能だったわけだ。再構成時、脳の座標が空間のどこに移動していようと、OR物質は脳に受信される、と」

倫子「そして、その理屈だと死者蘇生も納得できるな……」

倫子「(幸高氏が死亡している世界線では、それこそ霊魂のような存在だったOR物質が、生存世界線にアクティブを切り替えたことで脳へと叩き込まれたのだろう)」

紅莉栖「さて、世界線が変動したとする。記憶は再構成されたのにOR物質が持つ記憶バックアップデータは再構成されていない。ここにズレが生じる人はどうなるか」

倫子「バックアップは所詮バックアップだ。記憶としては再構成された方が優先されるだろう」

紅莉栖「その通り。だけど、今回は記憶全破損タイムリープの時と違ってバックアップデータ同士が競合することは無い。OR物質の情報はなにも書き換わっていないままだからね」

紅莉栖「この時、OR物質は本来の機能を発揮して、記憶とバックアップのズレを補修する」

紅莉栖「ただ、一般的な脳ではバックアップデータからの記憶の修復は上手く行かない。むしろ再構成された記憶に従ってバックアップの方が数日中のうちに次々と更新されていってしまう」

倫子「それではOR物質が世界線を超えて引き継がれる意味が無いな……」

紅莉栖「バックアップって言っても基本的には書き込み専用メモリなのよ。それに、修復が簡単に働くなら記憶喪失の人はほとんど地球上から居なくなる」

234: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:33:05.51 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「バックアップデータによる修復を行うには、なんらかの刺激が必要になるの。それは、OR物質を励起状態へと遷移させるもの」

紅莉栖「簡単なのはバックアップデータに関連する事象の再現ね。つまり、記憶に、バックアップデータと関連した情報を追加する。類似の電気信号を流すわけ」

倫子「フェイリスやルカ子、ミスターブラウンやお前もリーディングシュタイナーをわずかではあるが発動させていたが……」

倫子「フェイリスの場合、オレを10年間ストーカーしていたという話をしたら記憶が蘇ってきたのだった」

倫子「ルカ子の場合はオレとルカ子が出会った時の話、ミスターブラウンは橋田鈴の……。そしてお前の時は貧 の話だった」

紅莉栖「この時、まさにデジャヴが発生する。新しい記憶のはずなのに、なぜか知っている気がするという現象ね」

倫子「(貧 スルー、だと……!? さすがアラフィフ紅莉栖……)」

紅莉栖「脳はね、"これって新しい記憶じゃなくて、自分が忘れているだけなんじゃないか"、って思い込むから、記憶の修復力を一生懸命働かせてバックアップを引っ張ってくるわけ」

紅莉栖「それでも普通は、その"有り得ない記憶"は理性的に、あるいは社会的に否定される。思い違いや白昼夢として処理されてしまう」

紅莉栖「フェイリスさんたちの場合は岡部の説得があったから、それを別の世界線での記憶だと信じることができたけどね」

235: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:34:25.14 ID:bFHfa8Mco

倫子「ククク、だがクリスティーナよ。オレは気付いてしまったぞ」

倫子「リーディングシュタイナー以外にも、世界線を跨いで記憶を継続させる方法があるっ!」

紅莉栖「タイムトラベラーであるスズちゃんの存在、でしょ?」

倫子「ぐっ……貴様はオレの心が読めるのか……」グッ

紅莉栖「確かにスズちゃんは別の世界線の未来の記憶を保持したままタイムトラベルしてきた」

倫子「なぜタイムトラベラーは記憶が再構成されないのか、という疑問が起こるだろう?」

紅莉栖「でもそれは、リーディングシュタイナーとは全く関係が無いし、タイムトラベルの基礎理論を見落としているだけよ」

倫子「なに?」

紅莉栖「バナナもDメールもタイムリープもそうだけど、過去になにかをタイムトラベルさせる時、リング特異点を通過させている」

倫子「そうであったな」

紅莉栖「その時、フラクタル化が起きなければ基本的には送るものと送られたものの間に情報の変化は無い」

紅莉栖「そして世界は『タイムトラベラーがやってきた事象が在る』として再構成されるわけだけど、タイムトラベラーそのものが再構成されてるわけじゃない」

倫子「……そうか。鈴羽が世界線を跳び越えたというより、鈴羽が過去に行ったことで世界線が再構成されるのだから、鈴羽自身は何も変わっていないのか」

紅莉栖「結果として、別の世界線の記憶を持っている存在が出来上がった、ということだけのこと。リーディングシュタイナーとは関係ないわ」

236: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:35:18.87 ID:bFHfa8Mco

倫子「だが、もしオレがタイムマシンで1週間前に跳んで、そこでDメールを送るなどして世界線を変動させたら何が起こるのだ?」

倫子「その時、完全なリーディングシュタイナーを持つ脳が2つ存在することになってしまうだろう? 混線したりするのか?」

紅莉栖「仮に物理的タイムトラベル後にDメールで過去改変をしたなら、送信履歴が消滅するのと同様、タイムトラベルをしてきた事実そのものが再構成されるから、リーディングシュタイナー以前の問題よ」

紅莉栖「まあ、同一の脳が2つ存在した場合の世界再構成時にOR物質がどう働くかってのは確かに興味深いけど、現状では思考実験に過ぎないわね。実験しようがないし」

紅莉栖「あえて見解を述べるなら、記憶のバックアップデータが常時更新されていることこそが、OR物質が脳機能に依存している証左だと考えられる」

紅莉栖「主観としての累積時間が異なればそれはOR物質にとって別個体として認識されるはず。だから、世界線変動が起こっても、タイムトラベラーはタイムトラベラーの脳へ、現地人の脳は現地人の脳へリーディングシュタイナーを起こすはず」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「閑話休題。話をリーディングシュタイナーに戻すわよ」

237: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:37:55.93 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「この記憶の修復力とも言えるOR物質の機能には個体差がある。また、人工的に開発することもできる」

倫子「開発……脳をいじくるやつか……」ウップ

紅莉栖「ううん、私が2010年に書いた論文の内容とVR技術を応用すれば、あるデータを脳に送るだけで問題ない。素粒子の衝突も不要」

倫子「記憶データをぶち込むのか? なんだか萌郁の洗脳みたいだな……」

紅莉栖「断片的記憶データを個体ごとのOR物質の量子データに変換して脳に送る。意識に直接注入する」

紅莉栖「脳が拒絶反応を起こして、生存個体は1か月以上高熱にうなされるっていう副作用があるけどね」

倫子「まるでウイルスだな。……ま、待て。今お前、"生存個体は"と言ったか!?」ブルブル

紅莉栖「ただ、私が実験した個体の脳では、どれも100%の記憶の修復力を発揮することはなかった」

紅莉栖「それでも、10%程度の修復力を持った個体が100個体あれば、擬似的に100%近い性能のリーディングシュタイナーを得ることはできなくもない」

倫子「(うわあ……)」

紅莉栖「SERNが過去改変で世界を牛耳るとして、このリーディングシュタイナーを自在に操れることは必須だった。理由は説明するまでもないわね」

紅莉栖「だけど、21世紀初頭に人類で唯一100%の修復力を発揮した人間が居た」

紅莉栖「OR物質が常に励起状態となる脳の機能異常を発現する人間が居た」

紅莉栖「あんたよ、岡部倫子」

倫子「…………」ドキドキ

紅莉栖「岡部の脳は、OR物質に内包されたバックアップ記憶を100%フィードバック可能なの。弊害として、再構成されたはずの記憶をすべて忘却することになるけど」

倫子「……オレはやはり超能力者なのだなっ! ふぅーはははぁ!」

紅莉栖「重度の脳炎患者とも言える」

倫子「うぐっ! そ、その言い方はヒドイ……」

紅莉栖「さて、どうして岡部だけがそんな特殊な脳、特殊なOR物質を持っているのか。次の項目に行くわよ」

倫子「ますます大学の講義めいてきたな……」

238: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:39:15.33 ID:bFHfa8Mco
その3ヽ(*゚д゚)ノ【なぜ岡部だけが完全なリーディングシュタイナーを持っているのか】


倫子「次の疑問はなぜオレが神に選ばれし特別な人間なのか、ということだなっ!」ドヤァ

紅莉栖「厨二病乙。まあ、これについては簡単な話よ」

紅莉栖「逆なの」

紅莉栖「岡部が突然能唯一絶対の力に目覚めた、なんてのは論理が飛躍し過ぎている」

紅莉栖「それよりも、ある研究機関が手あたり次第に人体実験をして、成功の結果を最初に得た検体がたまたま岡部だった、という方が現実的じゃない?」


  『Error. Human is Dead, mismatch.』


倫子「な、なんだと……」ゴクリ

紅莉栖「実は、私の所属していたヴィクコン脳科学研究所では、人工の脳を作る研究が進められていた」

倫子「AIか」

紅莉栖「妨害があってプロジェクトは中座してしまったんだけどね。今思えば、あれは未来のSERNによる妨害工作だったわ……」

倫子「ディストピアではSERNはありとあらゆる科学技術を独占しているのだったな」

紅莉栖「でも、妨害されてなければ、2010年にはPC上で脳の基礎構造を再現することに成功しているはずだったのよ」

紅莉栖「そうなっていれば、うちの大学ならいずれリーディングシュタイナー発動ウイルスを作ることも可能だったはず」

紅莉栖「実際、世界の技術を独占したSERN内でもうちの大学の研究成果は大いに役立つことになった。ディストピア化のためのリーディングシュタイナー研究にね」

紅莉栖「あんたは1999年12月に、1か月近く高熱にうなされた経験がある。けど、記憶には無い。そうよね?」

倫子「……なにが言いたい」

紅莉栖「ここからは推測でしかないんだけど、私はかなり確証を持っている」

239: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:41:44.30 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「まず、岡部がリーディングシュタイナーを2000年元日に発現しなかった世界線がある」

紅莉栖「その世界線を仮にO世界線とする。すべての始まりの、そのまた始まりの世界線」

倫子「O世界線? βでも、αでもないというのか」

紅莉栖「どのアトラクタフィールドに所属しているかが問題なくなるのよ」

紅莉栖「2000年は大分岐の年の1つだけど、とりわけイレギュラーなの。すべての世界線が一旦1つに収束する特異点」

紅莉栖「ううん、そうじゃない。本当は、2000年元日に岡部がリーディングシュタイナーを発現することで、すべての世界線が1つに収束している」

紅莉栖「ちなみに、2000年問題が水面下で発生する、というのも2000年の大収束事項。これも岡部のリーディングシュタイナー発現に関連している可能性が高い」

倫子「……いや、その理屈はおかしい。ルカ子の過去改変は2000年より前だったはずだ」

紅莉栖「因果の収束ということと、事象の収束というのは、似ているようで違う」

紅莉栖「漆原さんが男だろうと女だろうと、岡部はすべての世界線において2000年にリーディングシュタイナーを発動する、ということ」

倫子「なるほど、そういうことか」

紅莉栖「だからこそ過去改変で1975年からIBN5100を2010年まで持ってくることができたわけだし」

紅莉栖「例えば、1991年のソ連崩壊をふせぐような過去改変をしたとしても、岡部は2000年にリーディングシュタイナーを発動する」

紅莉栖「もちろん、多くの人の生死が変更されているはずだし、国家間の勢力バランスなんかも崩れている」

紅莉栖「だけど、そんな世界線でも、すべての可能性世界線の2000年収束と共通していることになる」

240: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:45:07.07 ID:bFHfa8Mco

倫子「……待て待て。全ての世界線でオレがリーディングシュタイナーを発現するのであれば、『オレがリーディングシュタイナーを発現しない』O世界線が成立しないではないか」

紅莉栖「かつてはあったと言っている」

倫子「やはり、2000年収束などなく、どこかの世界線ではリーディングシュタイナーを持たないオレが存在しているのではないか?」

紅莉栖「例えば、今からDメールを送ることで『岡部にリーディングシュタイナーがない』世界線がアクティブ化されるとして、何が起こる?」

倫子「それは、オレがリーディングシュタイナーを発動して……あ、あれ?」

紅莉栖「そう。その時点で『岡部にリーディングシュタイナーがない』が成立しない。だから理論上、『岡部にリーディングシュタイナーがない』世界線は存在してないことになる」

紅莉栖「逆に言えば、全アトラクタフィールドの全可能性世界線において、2000年に岡部がリーディングシュタイナーを獲得していることになる。これが2000年がイレギュラーと呼ばれる所以ね」

倫子「まるで人間原理だな……」

241: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:46:37.32 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「さて、私の仮定は以下」

紅莉栖「岡部がリーディングシュタイナーを2000年の元日に発現しなかったO世界線の未来において、ヴィクコン脳科学研究所がリーディングシュタイナー適合者を発見した」

紅莉栖「多分、研究員だった私は、被験体としての岡部と出会ったんだと思う」

紅莉栖「100%のリーディングシュタイナーってのは本当に意味のあることだからね。タイムトラベルが可能な状況下であれば、世界線間を自在に移動できる、ということと同義」

紅莉栖「"神の視点"を手に入れる事と同義なのよ」


  『その目、神の目』


紅莉栖「だから、研究所は適合者を探し続けた」

倫子「それがオレだった……」

紅莉栖「そして、リーディングシュタイナー発現用のウイルスデータを何者かが1999年の12月の岡部の脳内へと"タイムリープ"させた」

倫子「……!! そ、それでオレは高熱を出した、と……しかも、その高熱のことをオレ自身は覚えていない……」

242: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:49:15.86 ID:bFHfa8Mco

倫子「(それはそうだ。オレが完全なリーディングシュタイナーを会得するのが2000年元日ならば……)」

倫子「(1999年12月31日まで、オレにはリーディングシュタイナーが無い。改変前の記憶を引き継ぐことができない)」

倫子「(だが、ウイルスのタイムリープにより発生した高熱の記憶は、世界線変動後の再構成によるものだ)」

倫子「(当然、改変前の世界線――O世界線――の2000年元日までの記憶には高熱の記憶は無い)」

倫子「(そして2000年元日、リーディングシュタイナーを獲得した瞬間脳に修復される記憶は、高熱を出さなかった記憶なわけだ)」

倫子「だから、オレには高熱の記憶がない、というわけか……」

紅莉栖「それによって岡部が100%完璧なリーディングシュタイナーを持つ世界線ができあがった」

紅莉栖「さっきも言ったけど、同時に2000年大収束が発生し、岡部がリーディングシュタイナーを獲得しない世界線は可能性レベルで消滅した」

倫子「しかし、タイムリープ技術を有した人間でなければ、それは実行できないのでは……」

紅莉栖「……脳科学の研究に従事していて、タイムリープを発案できる存在。送ったのはO世界線の私でしょうね」

倫子「……そうだったな。そんなことができる天才はお前しかいないんだった」

紅莉栖「β世界線では中鉢博士の会見を見に来たせいで私が殺されちゃったみたいだけど、O世界線では2000年に現れたジョンタイターが居ないせいで会見が開かれず、おかげで生き延びたのかもね」

倫子「軽く言うなよ……」

紅莉栖「重く言っても仕方ないだろーが」

倫子「だが、オレにリーディングシュタイナーを発現させた目的は一体なんだ?」

紅莉栖「目的はたぶん……たぶんだけど……」

紅莉栖「今の私たちと同じじゃないかしら?」

倫子「なに……?」

243: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:52:42.53 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「世界線をO世界線からβ世界線に変える必要があった」

紅莉栖「ただ、β世界線では2010年時点で私が死亡したり、そのせいでα世界線へと変動してしまうことは想定できなかったと思うけど」

紅莉栖「まゆりを救うためかもしれない。世界を救うためかもしれない」

紅莉栖「もしかしたら、岡部自身を救うためなのかも」

倫子「オ、オレ……?」

紅莉栖「そのためにはリーディングシュタイナーを2000年元日に発現させる必要がある、と考えたわけね」

倫子「……きっと目的は達成されたのだろうが、その実態はついぞわからぬままか」

紅莉栖「ただ、リーディングシュタイナーはタイムトラベルが可能な環境とセットじゃないと意味がない」

倫子「オレたちのタイムトラベルは、ミスターブラウンがあそこに店を構えたり、42型ブラウン管テレビを設置したり……」

倫子「ダルが廃棄された電子レンジを拾ってきたりなどの偶然が重なって8号機の真の機能に気付くことで達成された」

倫子「なにより、大檜山ビルに設置されたSERNへの直通回線が無くてはタイムリープが出来なかった」

紅莉栖「もしかしたらそれらはすべて、O世界線における過去改変によって生まれた因果なのかも」

倫子「なんだと……?」

244: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:54:24.04 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「タイムトラベル自体はね、SERNのZプログラムと私の頭脳があれば人類は達成できる」

紅莉栖「ただ、2010年の秋葉原で大学生サークルがタイムマシンを開発するってのは、偶然が過ぎる気がするのよ」

倫子「オ、オレたちが手にした偶然の産物を、否定するというのか!?」

紅莉栖「そうじゃなくて、その偶然の産物自体が別の世界線の私たちの産み出したものだとしたら? ってこと」

倫子「すべては、偶然だ。だがその偶然は、あらかじめ決められていた世界の意志でもあった、と……」

紅莉栖「もちろん、β世界線の2010年の岡部にタイムマシンを開発させることが目的なんじゃなくて、リーディングシュタイナー発現ウイルスを送る環境を整えるために必要だっただけだと思う」

紅莉栖「2000年の岡部にリーディングシュタイナーを発現させるためには、当然安定したタイムリープ環境が必要。それを整備するために、世界に先駆けてタイムリープマシンを開発する必要があった」

紅莉栖「だから、未来の私たちがタイムマシンと微弱なリーディングシュタイナーを駆使して、2010年にタイムリープマシンを作る環境を整えた」

紅莉栖「少なくとも、直通回線だけは完全な偶然じゃなくて、意図的なものの可能性が高い。それ以外、天王寺裕吾の行動とか橋田の行動は偶然な気もするけど」

紅莉栖「この世界線では未来の私が2000年のSERNに指示することで直通回線を引いた」

倫子「(そういや、ラボのない世界線での未来紅莉栖もそんなことを言っていたな……)」

紅莉栖「ちなみに、カモフラージュのために、世界中のラウンダー幹部の居場所や研究所にも直通回線を引かせてもらったわ」

紅莉栖「それと同じようなことがO世界線でも起こっていた可能性」

紅莉栖「もしこの仮説が正しいなら、あんたがβ世界線へと戻っても大檜山ビルには直通回線が繋がってるはず」

倫子「……大檜山ビルにSERNへの直通回線が繋がっていることが、オレにリーディングシュタイナーがあることの因果と繋がっているから、か」

紅莉栖「そう。歴史のつじつま合わせってやつね。β世界線のSERNは何らかの理由で2000年になったらあのビルに直通回線を引く羽目になるのよ」

245: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:55:18.21 ID:bFHfa8Mco

倫子「だいたいわかったが、お前は1つ大事なことを見落としている。ウイルスデータをタイムリープさせるにしても、当時のオレはケータイ電話を持っていないぞ?」

紅莉栖「本来タイムリープには携帯電話端末のような受信機が必要。だけどウイルスデータを送信する場合、それが関係なくなる」

紅莉栖「脳そのものが受信機になるのよ。記憶データじゃなく、OR物質の量子データを送るんだから」

倫子「そ、そうだった……オレが瞬間移動しても意識が継続していたように、脳がどこにあるかという局所場指定は関係ないのか」

倫子「そう言えば、発熱した当時、医者には死んでいてもおかしくないと言われたらしい。成長途中の子どもの脳にはやはりきつかったのか?」

紅莉栖「そう。それなのよ。実は私もそこが引っかかってる」

倫子「なに?」

紅莉栖「成人でさえ死亡率の高い実験だったのに、ましてや子どもなんかじゃ死なない方がおかしい」

倫子「……お前、マジでヤったのか」プルプル

紅莉栖「仮説に仮説を重ねるようで悪いんだけど、これも1つ考えたの」

紅莉栖「実は岡部は1度、死んでるんじゃないか説」

倫子「HAHAHA、さすがは本場の    ジョークだ」

紅莉栖「というわけで、ここからは応用編に入るわ」

倫子「え、まだ続くのか……?」

246: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:57:26.07 ID:bFHfa8Mco
その4ヽ(*゚д゚)ノ【なぜ岡部は高熱で死ななかったのか】


紅莉栖「O世界線から改変された世界線の岡部は一度死んだ。高熱に耐えられずに」

倫子「マジか……」

紅莉栖「この時点で、岡部が1999年12月31日23時59分までに死亡する世界線が出来上がった」

紅莉栖「便宜上、i世界線と呼びましょう。結果的にこの世界線は虚構の世界線となってしまうから」

倫子「虚数のiだな」

紅莉栖「さて、岡部が死んだこのi世界線において、誰があなたを蘇らせたのでしょう」

倫子「いやいや、誰が、よりも、どうやって、のほうが問題だろう」

紅莉栖「いいえ、どうやって、はどうでも良くなるわ。それよりも重要なのは『誰が』ということ」


  『オカリン、死んじゃやだよぅ……!』
  『オカリン、死なないで……』


倫子「……まさか、まゆりか?」

紅莉栖「どうしてそう思った?」

倫子「たしかまゆりが、12月31日の夜、流れ星に願い事をしたらしい……いや、まさかな」

紅莉栖「そのまさかだと思う」

倫子「は……?」

247: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:58:02.62 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「1999年12月某日、ウイルスデータが未来から送られてきた時点で世界はO世界線からi世界線に分岐した」

紅莉栖「仮に2000年1月1日の0時0分まで岡部が生存できればリーディングシュタイナーを保有できる上、結果論だけど2025年での死亡収束を獲得できる」

紅莉栖「つまり、リーディングシュタイナーを保有した状態で生存できる可能性が非常に高くなる」

紅莉栖「さて。12月31日の流れ星へと祈ったまゆりの意識は、つまりOR物質は、岡部の脳内の意識に干渉した」

紅莉栖「生理的ダメージを軽減するよう働いたか、ウイルスを受容するよう促したか、あるいはOR物質が脳内から乖離することを抑え込んだか」

倫子「まるで超能力だな……まゆりにそんな特殊能力があったとは」

紅莉栖「原理自体は誰にでもある原始的な力。祈り、呪い、あるいは愛……」

倫子「愛……」

紅莉栖「まゆりには感謝しておきなさい」

248: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 01:58:54.85 ID:bFHfa8Mco

倫子「だが、それだとオレが死んだという事実は観測されなかったのではないか?」

紅莉栖「そう。実際にはそうはならなかった。i世界線はあくまで仮定の世界線」

紅莉栖「岡部は1999年に死亡するはずだった、という程度の意味」

倫子「だが、まゆりの行動によって未来が変わった……。そんなことがありえるのか?」

紅莉栖「世界線を大きく変動させるのに必要なのは何?」

倫子「……ダルをフェイリス杯で優勝させることはできなかった。つまり、過程が変わっても世界線はほぼ変わらない場合もある」

倫子「観測された過去が変わっても、結果が変わらなければ、世界線も変わらない」

紅莉栖「その逆も然り。観測された過去が変わらなくても、結果さえ変われば世界線は変わる」

倫子「何が言いたい」

紅莉栖「O世界線のまゆりが、7000万年前にタイムトラベルした可能性がある」

倫子「はぁ!?」

249: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:00:07.97 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「まゆりがね、前、言ってたのよ……私のホテルで。前って言うか、明日のことなんだけど」

倫子「(こいつの記憶の中の2010年8月16日では、紅莉栖はまゆりとホテルで女子会でもやるのか?)」

倫子「なんて言ってたんだ?」

紅莉栖「7000万年前の地球の夢を見るんだ、って」

紅莉栖「なんでかはわからないけど、そこが7000万年前だとわかるって言ってた」

紅莉栖「ねえ、岡部も見たことない?」

倫子「あ……ある……確かにあるぞ……」

倫子「そこには、オレとまゆりが居たような気がする……」

倫子「だ、だが、タイムマシンで7000万年前に跳ぶことは可能なのか!?」

紅莉栖「私が完成させたSERNのマシンでも、燃料満タンにしたところでせいぜい100年跳べるかどうかってものなんだけど……」

紅莉栖「あるいは、事象の地平面<イベント・ホライゾン>の向こう側なのかも。さすがにこれに関してはデータの取りようがなかったわ」

倫子「そんな危険なタイムトラベルを、オレとまゆりが……!?」

紅莉栖「カー・ブラックホールトレーサーの開発にはこぎつけたから、先行するタイムマシンが到着した場所と同じ世界線の同じ時刻へ移動することは可能」

紅莉栖「まゆりはこれを使って先に跳んだ岡部を追いかけたんだと思う」


  『カー・ブラックホールのトレースも可能なので、鈴羽さんのタイムマシンが到着する世界線と同一のダイバージェンスに到着できます』


倫子「(伽夜乃のマシンに搭載されていたアレか……)」

紅莉栖「なぜそんな夢を見るのかの理由はあとで説明する。とりあえず、あんたが見た不思議な夢の内容を教えて」

倫子「ああ、わかった」

250: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:00:54.36 ID:bFHfa8Mco

・・・


それは、7000万年前から続く記憶。

止まることなく、戻ることなく、

交わることのない流れの中で、

ヒトの想いが、時を超えた記憶。

ヒトの想いが、運命の門に到達するための記憶。



『オカリン、見ーつけた♪』

『ここはね、7000万年前の地球だよ』

『オカリンは、陰謀に巻き込まれて、タイムマシンでここに送られちゃったんだー』

『まゆしぃはね、オカリンを追いかけて、たくさん、たっくさん、たーっくさんの世界線の、すべてのオカリンを探し続けてきたのです』

『でね、オカリンもまゆしぃも、ここで死んじゃうと思う』

『きっと、7000万年後の秋葉原にいる、オカリンとまゆしぃまで、意志は連続していくんだって思うな』

『だから、大丈夫だよ♪』


そうだな。後のことはすべて……

――"岡部倫太郎"に任せよう

・・・

251: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:01:45.42 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「岡部倫太郎?」

倫子「ああ、確かに7000万年前のオレはそう言った気がする」

倫子「親父から聞いたことがある。もし男の子が産まれたら倫太郎という名前にするつもりだったと」

紅莉栖「O世界線の岡部は男の子だった? たしかに岡部は男の子趣味が強いし……」

倫子「こんな盛大な性転換があってたまるかっ」

紅莉栖「それと、陰謀に巻き込まれたってのも気になるな」

紅莉栖「……下手人はSERN? いえ、そうなるとO世界線の岡部を7000万年前に跳ばしたのは間接的に私、ということになるけど……」

倫子「オレにとってはそうであってほしいと思う。お前の作ったマシンなら信頼できるからな」

紅莉栖「素直に喜べない。SERNが世界支配をしてたならO世界線≒α世界線になっちゃうじゃない」ハァ

252: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:02:49.02 ID:bFHfa8Mco

倫子「……たくさんの世界線のオレ、というのは?」

紅莉栖「岡部の夢に現れたまゆりのイメージは、多分1人のものじゃない。何人ものまゆりの意識の集合体のはず」

倫子「OR物質自体は世界線を跨ぐ、唯一無二の超次元的存在なんだろう?」

紅莉栖「だけど、個体としてのまゆりは世界線ごとに存在する。OR物質は、それらを憑依して移動し続けている存在」

紅莉栖「その事実を岡部の脳が言語的にそう解釈したんじゃないかしら」

倫子「なぜ複数の意識が存在するのだ?」

紅莉栖「言い方が悪かった。たぶん、O世界線からまゆりが7000万年前に出発するまでにも、いくつも世界線変動を起こしていたはず」

紅莉栖「アクティブになったすべての世界線でまゆりは岡部を救いたいと願った」

紅莉栖「OR物質は常に最新に上書きされ続ける。すべての世界線のまゆりの想いは、重なり合って、より強力なものへとなっていく」

倫子「……このオレに各世界線での記憶があるように、各世界線での想いが積もっている、ということだな」

倫子「そう言えば、もう1つまゆりに関する夢を見たぞ」

紅莉栖「うん、それも教えて」

253: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:03:24.70 ID:bFHfa8Mco

・・・

『オカリン、死んじゃやだよぅ……!』
『オカリン、死なないで……』

頭の中でまゆりの声がする。それも二重に。

片方の声は今よりも幼い、多分小学生だった頃の声。
もう片方は、今よりも歳をとったような落ち着いた声だ。

姿は見えない。何も見えない。
オレは宇宙空間のような暗黒の中に立っていた。

『それでもあなたは行くのね……岡部を救うために……』

これは、誰の声だ? 助手か?

眼下に広がる暗闇の先に、いくつかの光点が観測できる。
それはきっと過去からの光。
地球で観測できる星の輝きは何十年、何百年も過去のものだと、助手は言っていた。

『私は行きます。彼を救う可能性が、彼がそこへたどり着く可能性が1%でもあるなら』

なんなのだこの声は……幻聴か? それにしてはやけにリアルだな……

『だから、信じて待っていてください。必ず、今ここへ届けます』

『――何千年も過去にある、お星さまの祈りを』

・・・

254: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:04:24.48 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「やっぱりまゆりを過去に跳ばしたのは私か……」ガックリ

倫子「その場にオレは居なかったようだが、なぜオレはこんな夢を?」

紅莉栖「たぶん、追いかけてきたまゆりから話を聞いて、それを元に音声だけ再現した記憶なんじゃないかしら。だから岡部の視点は宇宙空間? にあったとか」

倫子「だが、大人のまゆりは『彼』と呼んでいた。それが指す人物はオレのことではないのではないか?」

紅莉栖「いよいよO世界線の岡部は男性だった説が濃厚ね。β世界線では、過去改変のなんらかのバタフライ効果で女の子として産まれてしまったのかも」

倫子「……まゆりが、『オカリンが女の子だったらきっと可愛いだろうなーえっへへー♪』と思った意識が影響した、とかか?」

紅莉栖「(ありえる)」

倫子「(ありえる)」

倫子「……いや、1999年12月以前のオレの記憶には、女の子だった記憶がちゃんとあるぞ」

紅莉栖「8歳以前の幼少期の記憶なんていくらでも改ざんされているのが普通よ」

紅莉栖「仮にβ世界線での岡部が女の子だったとして、O世界線での男の子だった記憶は成長と同時に理性的にも社会的にも否定される可能性がある」

倫子「い、いやいや、いくらなんでも自分が男か女かぐらいは覚えているぞ」

紅莉栖「両親や幼馴染、役所や学校や病院からあなたは女の子だと言われ続けるのよ?」

紅莉栖「肉体的にも女の子なわけで、脳の機能としても『自分は生まれた時から女の子だった』として記憶を改ざんする方が自然よ」

255: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:05:21.09 ID:bFHfa8Mco

倫子「あるいは……オレがこれから男になるために、紅莉栖がウイルスをタイムリープさせ、まゆりが7000万年前へタイムトラベルをした?」

紅莉栖「どこに岡部を男にするメリットがある」ムッ

倫子「(紅莉栖は至って真面目なトーンで話しているが、百合女のバイアスがかかっているだろこれ絶対……)」

倫子「それは、男女の脳機能の差を利用して、とか……」

紅莉栖「……なるほど。なかなか鋭い指摘ね」

倫子「ホントっ!? 紅莉栖に褒められ――」キラキラ

紅莉栖「……?」

倫子「……あー、いや、このIQ170の灰色の脳細胞を持ってすればこの程度の推論は朝飯前だ、ふはは」アセッ

紅莉栖「確かにOR物質の働きは男女で差があることがわかってる。個体間影響力も、同性間での相互作用と、異性間での相互作用では様相が異なっている」

紅莉栖「O世界線の私たちはそれを利用するために岡部の性別を変えた? ここは研究の余地ありね……」

倫子「(まだやる気なのかこいつ……)」

256: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:07:29.49 ID:bFHfa8Mco

倫子「それで、この夢とオレが死んだことにどういう関係があるのか、ご説明願おうか」

紅莉栖「ウイルスデータを過去に送った時点で世界線は再構成されるから、O世界線のまゆりはおそらくウイルスを送る前か、送ったと同時に過去へ行ったことになる」

紅莉栖「まゆりが跳んだ時点で、まゆりは7000万年前に居るけどウイルスデータはまだ送ってないO´世界線が出来上がる」

紅莉栖「と言っても、7000万年も前の過去改変ともなるとバタフライ効果は皆無だから、ウイルスを送る状況は何1つ変わっていない」

紅莉栖「こうしてウイルスは送られ、8歳の岡部が死ぬi世界線が出来上がる」

紅莉栖「やっぱり子ども岡部の死亡リスクは計算されていたと思うのよね」

紅莉栖「O世界線の岡部が送り込まれた場所が7000万年前だ、ってのは偶然なのか意図的なものかはわからないけど、岡部に追いついたまゆりはそこで祈り続けた……」

紅莉栖「7000万年後、自分の想いが、再構成されたすべての可能性世界線に生まれる岡部を助けることを」

倫子「O´世界線だろうと、OR物質は世界線を跳躍して影響を与えることができるのだったな。それで、αでもβでもiでも、すべての2000年のオレを生かすように影響したと。だが――」

紅莉栖「次にあんたはこう言う。7000万年後のまゆりがどうやって7000万年前の想いを受信するのだ、と」

倫子「7000万年後のまゆりがどうやって7000万年前の想いを受信するのだ……ハッ」

倫子「って言わせるな。お前はどうせまた、OR物質ガーと言いたいのだろう」

紅莉栖「まあね。OR物質は脳外に放出されてもある程度は保有される。ただ、7000万年ともなると、相当強い意識じゃないと残らないと思うけど」

倫子「そして、西暦1994年に生まれるまゆりの脳を受信機として受け継がれた、と」

紅莉栖「ただ、まゆりは適合者じゃないから、記憶の方は微弱なデジャヴ、夢のようなものとしてしか認識できないでしょうね」

倫子「そうか、それと同じ原理でオレの脳にもO世界線出身のオレの記憶が夢として受信されたわけだ」

紅莉栖「この仕組みが、i世界線の当時5歳のまゆりに超常的な力を与えた」

紅莉栖「なかったことになり続けたすべての世界線の、すべてのまゆりの想いが集約された」

紅莉栖「その結果、流れ星にお祈りをする、という儀式を通して、発熱にうなされる岡部の脳に物理的に働きかけ、岡部の死を回避したのよ」

257: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:11:33.61 ID:bFHfa8Mco

倫子「……どこか抜けた少女だと思っていたまゆりが、実はオレの命の恩人だった、とはな」

紅莉栖「その可能性は否定できない、という程度の話だけどね」

倫子「だが、それならO世界線の未来のオレたちの目的が、まゆりの生存ではなくなってしまわないか?」

紅莉栖「時期にもよるけど、その可能性ももちろんある。はっきりとはわからない」

紅莉栖「それからね、もう1つO世界線からの過去改変によって発生した事象がある」

倫子「2000年問題、だったか。だが、オレの記憶では大した問題にならなかったと……」

紅莉栖「国家機密で公表されなかったけど、実は2000年問題は各国の衝突を煽る形で存在していて、SERNが未来から過去改変しなければ第3次世界大戦が発生してもおかしくないシロモノだったのよ」

倫子「だ、第3次世界大戦!?」

紅莉栖「その元凶はIBN5100よ。あれでしか解析できない特殊なプログラム言語で作られた、とあるプログラムに重大なバグが2000年に発生したせい」

紅莉栖「20世紀末のエンジニアたちはそもそもIBN5100にそんな機能があること自体知らなかったから、問題があることにさえ気づけなかった」

紅莉栖「まあ、IBN5100を世界中からかき集めてた未来のSERNなら余裕で修正できたわけだが」

倫子「……O世界線における敵対勢力が過去改変した可能性か」

紅莉栖「それがどういうわけか、岡部がリーディングシュタイナーを発現する因果と結びついちゃったみたいなのよね。まゆりの死とディストピアが結びついているように」

倫子「バタフライ効果。過程を考えるだけ無駄だろうな」

258: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:12:30.05 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「さて、以上4項目を踏まえた上で考えて欲しい」

倫子「ん? なにをだ?」

紅莉栖「クラッキングをするのかしないのかってことよ」

紅莉栖「それから、あんたが世界をβ世界線へと切り替えた場合、私はどうなるのかについても」

倫子「……ああ、そうだったな」シュン

紅莉栖「肉体的には死ぬ。というか、死んでることになる」

倫子「だが、OR物質は世界線を跨いで残る。残留思念みたいなものか」

紅莉栖「……可能性としてなんだけどね。未来のSERNに邪魔されないβ世界線では、うちの研究所の人工知能プロジェクトが継続している可能性がある」

紅莉栖「もしかしたら、PC上での脳機能再現に成功してるかもで、そのベースとなってるのは私の脳のデータなの」

紅莉栖「堅固なセキュリティがなければ、あるいは私もPC上でリーディングシュタイナーを発動して……」

倫子「……人工知能として蘇る、とでも言いたいのか?」ウルッ

紅莉栖「……あくまで可能性よ。お願いだからそんな恨めしそうな顔で私を見ないで」

259: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:15:36.13 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「それからね、あんたは自分1人で孤独に戦ってると思っているかもしれないけれど、それは違うわ」

紅莉栖「どこかの世界線の、いつかの誰かが、必ず今のあんたを支えてる」

倫子「……なかったことにはなってはいない」

紅莉栖「みんな、岡部は諦めないって信じてるから。その想いは絶対にあんたに届いてるから」

紅莉栖「可能性は無限に存在する。意志は継続していく」

倫子「だったら、まゆりも紅莉栖も両方助かる可能性が――」

紅莉栖「……時間ね」

紅莉栖「これで私が伝えたいことはすべて伝えた。あとは素材を元に自分で考察しなさい」

倫子「……どこかへ行くのか?」

紅莉栖「実は私、タイムリープデータの時限式デリートプログラムも作ったのよね。1分後に過去1時間の記憶は忘却される」

倫子「はぁっ!? それって――」

紅莉栖「"未来から来た私"は完全に消滅する。元の牧瀬紅莉栖に戻るってだけよ。死ぬわけじゃない」

倫子「い、いや、それは違うぞクリスティーナ!」

紅莉栖「まあ、記憶のバックアップデータは更新されちゃったから取り消せないけど、私程度のリーディングシュタイナーだったらほとんど思い出すことは無いでしょう」

紅莉栖「多分、1時間分の記憶喪失になっててあたふたすると思うけど、適当に言い訳しといて」

倫子「ま、待てっ! なぜそんな、勝手なことをっ!」ヒシッ

紅莉栖「……仮にあんたがα世界線に残ることを選んだとしたら、また同じことを繰り返さないといけなくなる」

倫子「あっ……」

紅莉栖「まあ、私が過去に来た時点で世界線は微妙に変動してるから、世界線的には別物ではあるけど、私の主観からしたら選択肢の無い強くてニューゲーム状態になるでしょ?」

紅莉栖「そんな苦行には耐えられない。それに、この記憶が今のSERNに悪用されたら困る」

紅莉栖「だからどうしても必要だった、ってだけだから。別にあんたのためじゃない。勘違いすんな」

倫子「紅莉栖……」グスッ

紅莉栖「……バイバイ、岡部」


フッ



260: ◆/CNkusgt9A 2016/02/08(月) 02:17:39.87 ID:bFHfa8Mco

紅莉栖「―――あ、あれ? 電話が鳴り止んでる? タイムリープは?」

倫子「……失敗だ。お前は今まで、1時間近く呆けていたのだっ」グッ

紅莉栖「ふぇ!? ほんと、あれからこんなに時間が経ってる……そんな、未来の私がタイムリープに失敗するなんて……」

紅莉栖「でも、失敗したっていう記憶がある私なら、失敗しないように調整できるか。よし、今度の私なら大丈夫だから――」

倫子「紅莉栖っ!」ガシッ

紅莉栖「ふぉぉ!? ちょ、急に手を握るとか……」ドキドキ

倫子「……ありがとう。オレはもう、行くよ」

紅莉栖「えっ? 行くって、どこへ?」

倫子「……まゆりのところだ」

紅莉栖「……そう。それならよかった。まだ2日あるんだし、じっくり考えなさい」

倫子「ああ。いつもすまないな」

倫子「…………」

倫子「退院手続きってどうやるの?」ウルッ

紅莉栖「(かわいい)」

276: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:03:01.04 ID:bP+CT+NFo
芳林公園


倫子「(なんとか病院を出れた。紅莉栖にはまゆりのところへ行くと言ったが……)」

倫子「(あいつにどんな顔をして、なんと言ってやればいいのか……)」

倫子「(気付けばラボへと足が向いていたので、なんとはなしに近くの公園に寄ってみる)」

倫子「(ケータイの電源を入れると、まゆりからメールが届いていた)」


8/15 15:36
From まゆり
Sub 悩んでる?
トゥットゥルー、まゆしぃ
です。もう体は大丈夫か
な? オカリンが大変な
時にそばにいてあげられ
なくてごめんね。最近の
オカリンはね、たまにす
ごく辛そうな顔してるよ
ー? まゆしぃは、話し
相手になってあげられ
ないのかな? それとも
、まゆしぃだから、話し
相手になってあげられ
ないのかな? それは
ね、とても寂しくて、辛
いことだね。もしまゆし
ぃのこと重荷に感じてた
ら、はっきり言ってほし
いです。


倫子「なんだよこれ……なんだよこれっ……」プルプル

倫子「あいつ、なにが"重荷"だよ……! 勝手に自分を責めやがって、ふざけるなよクソッ……っ!」ウルウル

倫子「いつもは空気を読めないくせに、なんでこういうときだけ……!」ポロポロ

277: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:05:00.32 ID:bP+CT+NFo

倫子「(α世界線において、一研究機関に過ぎないSERNがディストピアを成立させた最大の要因はタイムマシンの完成にあった)」

倫子「(無論、300人委員会の承認を得たZプログラムの長年の成果ではあるが、それには稀代の天才、"タイムマシンの母"である牧瀬紅莉栖の存在が不可欠だった)」

倫子「(彼女は2010年時点でタイムリープ理論を提唱し実践。それだけでなく、鈴羽によれば2010年の時点で既にタイムマシンの基礎理論をこっそり書いていたらしい)」

倫子「(紅莉栖以上のタイムトラベルの天才は居ない。牧瀬紅莉栖の生存はディストピア成立に深く関わっている)」

倫子「(逆に言えば、牧瀬紅莉栖が生存したことでディストピアが成立した、と言ってもいい)」

倫子「(事実、鈴羽がワルキューレとして行った紅莉栖暗殺は、収束によって失敗したのだ)」

倫子「(牧瀬紅莉栖の2034年までの生存はα世界線の収束である)」

倫子「(ということは、ディストピアを回避することが確定しているβ世界線は、イコール牧瀬紅莉栖が死亡する世界線ということになる)」

倫子「(牧瀬紅莉栖の2010年での死亡はβ世界線の収束である)」

倫子「(仮にオレがβ世界線で電話レンジ(仮)を作って、紅莉栖を殺した殺人犯にDメールを送り、殺人をやめさせようとしても失敗に終わるだろう)」

倫子「(殺人事件を回避できたとしても、紅莉栖はラジ館の階段で足を滑らせて致命傷を負うかもしれない)」

倫子「(7月28日時点での生存を確保できたとしても、24時間死期がずれるだけかもしれない)」

倫子「(結局、ありとあらゆる過去改変の行きつく先にあるのは、『1%の壁を越えるしかない』という結論だ)」

倫子「(牧瀬紅莉栖を生存させるためには、α世界線へ移動するしかない……どんなに手を尽くしたとしてもこの結果が導き出されてしまうんだ)」

倫子「(だからオレは、まゆりか、紅莉栖か、選ばなければならない)」

倫子「……これが、シュタインズゲートの選択なのかよぉっ」グスッ

??「とぅ、とぅっとぅるー」

倫子「っ!?」ビクッ

278: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:07:09.72 ID:bP+CT+NFo

倫子「あー、汗が目に入ってしまった! マッドサイエンティストにあるまじきことだな!」グシグシ

??「そ、そんなに強くこすると目を痛めちゃいますよぉ!」

倫子「……えーっと、キミは?」

千世「え、えと、音更千世<おとふけちよ>って言います……」

倫子「……名前を言われても貴様が誰だかわからんぞ!」

千世「えっ? あっ!! す、すいません……あの、サンボで叔母さんのお手伝いをしている者です……」

千世「いつもオカリンさ、じゃなかった、鳳凰院さんのオーダーを承っているのですが……」

倫子「なに? ……ああっ! たしかにエプロンと三角巾をかぶせれば見覚えがある」

千世「お、思い出してくれましたか! よかったです~!」

倫子「というか、なにゆえ『とぅっとぅるー☆』などというド恥ずかしい挨拶を使っているのだ」

千世「え? それはまゆりちゃんが、ラボでの挨拶はとぅっとぅるーだよーって教えてくれたので……もしかして、間違えちゃいました!?」

倫子「い、いや、合ってる……いや合ってないが……くそ、まゆりめ余計なことを……」

279: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:07:55.12 ID:bP+CT+NFo

倫子「まさか牛丼のツケを払わせにきたのかっ!?」ビクッ

千世「い、いえ! あの、それも確かにありますけど、それは別にまた今度で大丈夫ですので!」

倫子「……ということは、偶然か。まあ、この公園に居れば出会うこともあるか」

千世「あの、オカリンさん、さっき泣いてましたよね? なにかあったんですか?」

倫子「っ……」

千世「も、もし私でよければ、少しでもオカリンさんのお力になりたいなぁと……って、お節介ですよね、すいません」

倫子「……まゆりが、遠くへ行ってしまうんだ」

千世「えっ? まゆりちゃんが、ですか? お引越しとかでしょうか……」

倫子「……そんなところだ」

千世「それは……えと、寂しくなりますね」

280: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:11:33.77 ID:bP+CT+NFo

倫子「あいつはオレの幼馴染だ」

千世「……まゆりちゃんがいつも昔の話を楽しそうにしてくれます」

倫子「小学生の時から、オレの周りには打算まみれの連中ばかりが話しかけてきた」

倫子「そんな中、まゆりだけはオレを1人の人間として、普通に接してくれたんだ。まあ、あいつが鈍かっただけかも知れんが」

倫子「オレたちはいつも一緒に居た……周りに疎まれても、煙たがられても、オレはまゆりが居たから乗り越えて来られた」

倫子「まゆりの婆さんが死んで、まゆりの心が遠のいて、それでもオレはあいつを取り戻したいと決意して、人質にしたんだ」

倫子「あの日、あいつの中に"まゆりが戻ってきた"時、あれだけ強く思ったのに……。まゆりを失いたくないって……願ったのに」

倫子「なのに、いつの間にかあいつがそばにいるのが当たり前になって……いつもそばにいるんだと、勝手に思い込んで……」ウルッ

倫子「オレはバカだ。こんな簡単なことに――こんな大事なことに、今まで気づかなかったなんて」グスッ

千世「だったら――」

千世「まゆりちゃんを、引き留めてあげてください。どうしても引っ越さなくちゃいけないとしても、それでも」

倫子「千世……?」

千世「オカリンさんの想いを、伝えてあげてください」

281: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:13:37.62 ID:bP+CT+NFo

千世「……オカリンさんには、そうやって悩んでいる姿は似合いませんよ」

千世「まゆりちゃんに、会いに行ってあげてください。居場所、わかりますか?」

倫子「……あいつは今頃、法要で池袋に居る」

千世「本当のことは言えなくても、なにか声をかけてあげるだけでも」

千世「それは、意味のあることだと思いますよ。"鳳凰院凶真さん"」

千世「まゆりちゃんはいつも笑顔で嬉しそうに、『まゆしぃはオカリンの人質なのです☆』って言ってましたよ」

倫子「……人質、か」

倫子「確かに。ククッ、鳳凰院凶真ともあろうものが、人質を逃がすなど許されないな」フッ

千世「はいっ。ツケを払わないのも許されませんよ」ニコ

倫子「そ、それはまた、後日……」

千世「……また、2人で牛丼を食べに来てくださいね」

倫子「ああ、いずれまたこの地に戻ってこよう。世話になった……さらばだっ!」ダッ

282: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:15:05.62 ID:bP+CT+NFo
雑司ヶ谷霊園


倫子「はぁっ……はぁ、はぁっ……」タッ タッ タッ

倫子「……またここに来るとはな。鈴羽、すまないが今日は挨拶はナシだ」

倫子「(――ここに来ると、あの日々を思い出す)」



オレは空が嫌いだ。

"空には終わりが無い"。そんな話を聞いたのは小学生の頃だった。

宇宙には果てが無く、いまだに膨張し続けているという。

終わりのない世界。それは、幼い頃のオレにとって畏怖を覚えさせるには十分だった。

そんな空へと手を伸ばし、毎日毎日空を見上げる少女。

その瞳には何も映っていない。その心にあるのは空虚だけ。

その何もない世界に、まゆりは今にも旅立とうとしているようだった。

空からまっすぐな光――レンブラント光線――が降りてきた瞬間、

死んだ婆さんが、オレからまゆりまでも奪ってしまうんじゃないかと感じた。

オレは、まゆりが空に伸ばしていた手を、空から奪い取ったんだ。



倫子「……? 向こうからまゆりの声がする。独り言か?」

283: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:16:28.49 ID:bP+CT+NFo

まゆり「ねぇ、おばあちゃん」

まゆり「最近ね、怖い夢をよく見るんだー」

まゆり「その夢の中ではね、いっつもまゆしぃはひどい目にあうの」

まゆり「まゆしぃの大好きな人たちと一緒にね、大好きな場所にいるとね」

まゆり「えっと、オカリンと、ダルくんと、クリスちゃんと、萌郁さんと、るかくんと、スズさんと、綯ちゃんと、フェリスちゃんとね」

まゆり「ラボの中とか、ビッグサイトとか、カラオケボックスとか、ブラウン管工房の前とか、まゆしぃのお気に入りの場所でね」

まゆり「突然息が苦しくなったり、ナイフで刺されたり、車に轢かれたり……」

まゆり「まるで本当のことみたいで、すごく苦しくて、すごく悲しくて、誰か助けてって一生懸命声を出そうとするけど、出せなくて」

まゆり「どうしてそんな夢、見るのかなぁ?」


倫子「(……まさか、これまでの世界線で、オレがまゆりを見殺しにした時の記憶が!?)」

倫子「(そう言えば、オレもまゆりが色んな死に方をする夢を見たことがある)」ゾワッ

倫子「(だが、どれも現実離れし過ぎていた……あれらは、オレや紅莉栖、ダルがタイムリープしたことで無かったことになった可能性世界の未来での記憶だったりするのか……?)」

284: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:17:25.35 ID:bP+CT+NFo

まゆり「でね、その夢の最後は、いつも決まってるの」

まゆり「オカリンがね、優しく抱きしめてくれるんだー」

まゆり「オカリンはまゆしぃを抱きしめて、泣きながらね、とっても悲しそうな顔してた」

まゆり「だからまゆしぃも、悲しくなって、ごめんね、ごめんね、って言うけど、やっぱり声は届かなくて」

まゆり「そこで、いつも目が覚めるんだー。どうして、こんな夢見るのかな……?」


倫子「(済まない……済まない、まゆり。全部、オレのせいなんだよ……)」ポロポロ


まゆり「でもね、おばあちゃん。最近のオカリンはね、とっても楽しそうなんだよ」

まゆり「そんなオカリンを見てるとね、まゆしぃも嬉しくなって、ニコニコできるの」

まゆり「特にクリスちゃんが……あー、でもちょっと残念な子かもだから、憧れたりはしないのです」

まゆり「でもね、たまに思うんだー」

まゆり「オカリンとまゆしぃはね、小さい頃からいつも2人きりでね」

まゆり「ラボが出来てからも、2人で並んでソファに座って、オカリンはラボの作戦計画書みたいなのを書いてて、まゆしぃはマンガ読んだりゲームしたりして」

まゆり「とてもゆっくり、優しく時間が流れてて」

まゆり「まるでまゆしぃは本当に人質になっちゃったみたいだなーとかふと思って、1人でえっへへーって笑ったり」

まゆり「このまま、ずっと続いてほしいなあって思ってた」

285: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:19:34.96 ID:bP+CT+NFo

まゆり「最近ね、オカリンと話す時間、ちょっと減っちゃった」

まゆり「だからね、まゆしぃは、寂しくなっちゃったのかもしれないね」

まゆり「でもね、オカリンの重荷にはなりたくないんだー」

まゆり「まゆしぃは、いつもいつも、オカリンに迷惑かけてばっかりだから」

まゆり「……いつまでも、このまま、人質のままじゃいられないよね」

倫子「このままでいいっ」グスッ

まゆり「んんー? あーっ! オカリンだー♪」

まゆり「……オカリン、泣いてるの? まだ身体痛いの?」

倫子「お前はオレの人質だ。だからお前はオレの手からは逃れられん。絶対にだ」ウルッ

まゆり「そっかー。……そっかぁ」

まゆり「(オカリンが今、心も身体もつらそうにしている理由ってやっぱり……)」

まゆり「……えっとね、まゆしぃは思うんだ」

まゆり「まゆしぃが人質じゃなくても、ラボにはクリスちゃんもダルくんも……みんな、いるよ」

まゆり「だから、オカリンはもうまゆしぃが人質じゃなくなっても、大丈夫だよ」

倫子「な、なにを勝手な――」

まゆり「まゆしぃはね、とっても嬉しいんだよ? みんながオカリンを大好きで、オカリンもみんなが大好きで……」

まゆり「だからね、オカリンはもう大丈夫だよ。まゆしぃが人質じゃなくなっても……」

倫子「――そんなことを言うなっ!!」ダキッ

まゆり「オ、オカリン……?」

286: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:22:13.18 ID:bP+CT+NFo

倫子「ラボには……オレのそばには、まゆりがいなきゃだめなんだ」ギュゥッ

倫子「まゆりがそばにいるから、オレはいつでも笑っていられたんだ」

倫子「いくつもの世界線のお前が、オレのそばに居てくれたんだ……」

まゆり「……えっ」

倫子「行くな、まゆり。オレの、ううん、私のそばから、どこにも行かないで……うわぁぁんっ」グスッ

まゆり「オ、オカリン!? まゆしぃは、どこにも行かないよ? 人質をやめても、そばにいるよ?」

倫子「それじゃダメなのっ! 我がままでしょ!? これが、私の、そして鳳凰院凶真の本性なんだよっ!」

倫子「鳳凰院凶真は、まゆりを守るために生まれたのっ!」

倫子「まゆりは、ずっとずっと、大切な人質なんだよっ!」ギュッ

まゆり「……ずっとって……いつまで……?」

倫子「いつまでもだよ」

まゆり「まゆしぃが大学生になっても?」

倫子「うん」

まゆり「まゆしぃが幼稚園の先生になっても?」

倫子「うん」

まゆり「……お嫁さんに行く時でも?」

倫子「歳をとって死ぬまで、まゆりは私と一緒にいればいいよ」

まゆり「……それじゃ、まゆしぃはお嫁に行けないね……」

倫子「どこにも行かないでって言ってるでしょ……」ギュゥッ

まゆり「えへへ……苦しいよ、オカリン」ギュッ

287: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:26:11.03 ID:bP+CT+NFo

まゆり「……まゆしぃね、オカリンのこと、好きだったよ。昔から……大好きだったよ」

まゆり「鳳凰院凶真のことも、倫子ちゃんのことも」

倫子「……初めてまともにオレの真名を呼んだな」

まゆり「あ、ほーそーいいんさんに戻っちゃったね。えっへへー」

倫子「こいつ……」フフッ

まゆり「女の子なのにね、変だってわかってたよ? ダメだって思って、ずっと隠してたの……」

倫子「……バレバレだったぞ」

まゆり「だからね、クリスちゃんがラボに来て……オカリンと仲良くなって……とっても嬉しいんだけど、なんだか寂しかったの……」

まゆり「オカリンが、クリスちゃんと一緒にアメリカに行っちゃうんじゃないかなぁって思うと……胸が苦しかったの……」

まゆり「でもね、もしそうなったら、まゆしぃも、お父さんが望んでるような、普通の女の子の気持ちになれるかなぁって思ったりしてね……」

まゆり「そんな自分が……とってもいやだった……」

まゆり「なのに、どうしても……だめだったの……」グスッ

まゆり「……ねぇ、オカリン。今だけは……我慢、しなくてもいいかなぁ」

倫子「……いいよ」

まゆり「……オカリン、背、高いね」スッ

まゆり「んっ……」チュッ



倫子「(今、ようやくわかった――)」

倫子「(まゆりはオレの人質であると同時に――)」

倫子「(過去から続く、私の半身だったんだ――)」

288: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:27:03.96 ID:bP+CT+NFo

まゆり「……あ、わ、わぁっ? ど、どうしようっ! き、き、キスしちゃった!」アワアワ

倫子「で、でかい声で言うなぁっ! 恥ずかしいだろ!」アセッ

まゆり「だ、だって、キス、なんだよ? オカリンと、キス、なんだよ!?」グルグル

倫子「そ、それがなんだっ!? たかがキスごときで、ど、動揺するでないっ! ふ、ふぅーはははぁ!」

まゆり「フェリスちゃんとクリスちゃんが、まゆしぃを殺しにきちゃうかも……」

倫子「あー……それか。そんな世界線でないことを祈ろう」

まゆり「ふえ?」

倫子「ああ、いや、なんでもないぞっ! その辺はオレがなんとかするっ」

まゆり「そ、そっかぁ……良かったぁ……」

まゆり「……どうしよう。安心したら……その……」

まゆり「もう1回……キス、したくなっちゃったかも……」

倫子「……ほら、まゆり。こっちに来いっ」

まゆり「あっ」


チュ



289: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:27:49.62 ID:bP+CT+NFo

まゆり「……えへへ。2回もしちゃったね」

倫子「お、おう。……誰かに言うなよ?」

まゆり「オカリンとまゆしぃだけの秘密だね♪」

まゆり「……おばあちゃんがまゆしぃのお願いごと叶えてくれたのかなぁ」

倫子「お願いごとって……あの婆さんは神様じゃないんだぞ?」

まゆり「ううん。おばあちゃんはまゆしぃにとって神様なんだー」

まゆり「……あの時ね、おばあちゃんが死んでお星さまになっちゃって、まゆしぃもお星さまになってしまいたいって思ってた」

まゆり「でも、そんな時にね、オカリンがまゆしぃを暗い暗い世界から救ってくれたのです」

まゆり「だからオカリンはまゆしぃにとっておっきなお星さま」

まゆり「ううん、おばあちゃんがお星さまになる前から、ずっとずっと、オカリンは輝いてたんだよ」

まゆり「ねえオカリン? まゆしぃとオカリンが初めて会った日のこと、覚えてる?」

倫子「……ああ。下校途中、突然目の前にボールが飛んできて……」

290: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:30:12.35 ID:bP+CT+NFo

・・・


倫子「……はい、これ。ボール」スッ

まゆり「…………」ビクビク

まゆり「……お、お母さん」

まゆり母「ほらまゆり、私の後ろに隠れてないで、お姉ちゃんにありがとうは?」

まゆり「…………」モジモジ

まゆり母「ごめんね、この子内気で。こんなんだからいつまで経ってもお友達が出来なくてねぇ」

まゆり母「良かったらまゆりのお友達になってくれない?」

倫子「……岡部倫子。よろしくね、まゆりちゃん」ニコ

まゆり「っ!!」ドキッ!!

291: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:32:15.82 ID:bP+CT+NFo

倫子「……握手」スッ

まゆり「…………」プルプル

倫子「……?」

まゆり「……しいな、まゆり!」ギュッ

倫子「……うん!」ニコ


・・・



まゆり「その時から、まゆしぃの宇宙が広がっていったの」

まゆり「小さくて真っ暗なまゆしぃの宇宙に、オカリンっていうお星さまをくれたおばあちゃんは、まゆしぃにとっては神様なのです」

倫子「まゆり……」

まゆり「今はラボのみんながオカリンを中心に回っててね、みーんなキラキラ輝いてるんだー」

倫子「……そこにはまゆりが居なくちゃ、ダメだな」

倫子「だってまゆりは……オレの宇宙を輝かせてくれる、一等星なのだからなっ」

まゆり「そうなの? そうだったらうれしいなぁ、えっへへー」

倫子「あ、でも、まゆりに素敵な男の人が現れたら必ず言えよ! オレがまゆりの伴侶としてふさわしいか審査してやるから覚悟しろっ」

まゆり「えぇー、まゆしぃにそんな人現れないよー」

倫子「……まゆりは、きっといいお母さんになると思うぞ」

まゆり「あ! だったらねー、養子でも取ろうかな。それでオカリンと一緒に3人で暮らすの!」

倫子「それでいいのか?」

まゆり「えっへへー」

292: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:33:06.41 ID:bP+CT+NFo

倫子「それじゃ、オレは一度アキバへ戻るよ。助手に心配かけたままだからな」

まゆり「でもねー、あんまり無理したらダメだよー? まゆしぃはね、ちょっぴり心配なのです」

倫子「……話せるときが来たら、すべて話す」

まゆり「ほえ? なんのこと?」

倫子「まゆり。もしオレが、お前に隠し事をしてるって言ったら、どう思う?」

まゆり「……実は、オカリンとクリスちゃんは付き合っています、っていうビックリなことー?」

倫子「どうしてそうなる」

まゆり「まゆしぃとキスまでしちゃったのに、オカリンは欲張りさんだねーえへへー。でもまゆしぃはそれでもいいよー、だってオカリンだもん」ニコニコ

倫子「そんな話をしてるんじゃないんだ、まゆり」

まゆり「あ、うん。全部話してほしいなんて、思ってないよ。人質だもん」

倫子「そんな話をしているんじゃないんだっ!」

まゆり「……もう、行くね」

倫子「ま、待て、行くな」ガシッ

まゆり「オ、オカリン、腕つかむの、痛いよ……」

293: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:34:43.41 ID:bP+CT+NFo

まゆり「……まゆしぃは、オカリンの重荷にはなりたくないよ」

まゆり「だから、オカリンが言ってくれるまで待つよ」

倫子「……一生、言わないかも知れないぞ。お前に関係していることでも、待つのか」

まゆり「……まゆしぃに? そのせいでオカリンはつらい顔してるのかな!?」ガシッ

まゆり「だったら話して欲しいな……」ギュゥ

倫子「それでお前は、傷ついてもいいって言うのか……?」

まゆり「……うん」ニコ

まゆり「まゆしぃがオカリンの役に立てるなら、まゆしぃは嬉しいよ」

倫子「……分かった。すべて話すよ」

倫子「オレはこれから、お前のために紅莉栖を犠―――」


  『まゆしぃだって、クリスちゃんを犠牲にしてまで生きていたくないよぉ!』


倫子「(な、なんだ? イメージ? ……きっと妄想だ。気にすることは無い――)」


ピロリン♪


倫子「……紅莉栖からメールか」ピッ


From 助手
Sub
やっぱりダメだった。フェ
イリスさんにパパたちの研
究について教えてもらって
ね、それでパパに電話した
んだけど、結局私、パパに
も死刑宣告されちゃった。
白昼夢も見た。かなり都合
よく作られてたけど、でも
ね、私、死んじゃっ



倫子「あいつ……っ!!」ダッ

まゆり「オ、オカリン!?」

倫子「まゆりはもう帰るんだっ! いいなっ!!」タッ タッ

294: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:36:11.48 ID:bP+CT+NFo
秋葉原 ラジ館屋上


倫子「……紅莉栖っ!! 早まるなっ!!」ドンッ!!

紅莉栖「うおわああ金網ぃっ! 金網に押し付けられるっ!」ムギュッ

倫子「はぁっ、はぁっ……紅莉栖、大丈夫か!? なにがあった!?」ガシッ

紅莉栖「ひょわぁっ!?///」ビクッ

倫子「ラボに行っても……ハァ……居なかったから、ここかと……フゥ……思って……」

紅莉栖「お、岡部……?」

倫子「心配したんだぞっ!! お前が、お前が死んじゃうなんて言うからぁ……」グスッ

倫子「屋上から、飛び降りちゃうかと思ってぇ……」ポロポロ

紅莉栖「……あー、あれ途中で誤送信しちゃったの。心配かけてごめん。私は平気だから」

倫子「……お前のほっぺに涙の跡がある」

紅莉栖「えっ? あっ、これはっ、違うの! とにかく、そういうのじゃないから!」グシグシ

倫子「……バカめ。この暗闇で涙の跡など見えるわけがなかろう。今何時だと思っている」

紅莉栖「くっ、かまをかけられたか……」

紅莉栖「とにかく、私が泣いてたのは岡部のせいじゃないから! 気にしなくていいの! ねっ!?」

倫子「……早まった真似をしたわけじゃないなら、それでいい」プイッ

紅莉栖「……そうじゃなくてね、β世界線で私が死んじゃった時のこと、思い出したの。それをあんたに伝えたかった」

倫子「な、なんだとっ!?」

295: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:37:52.44 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「岡部が病院を出てから、自分の記憶を検証してみようと思ったのよ」

紅莉栖「1時間の記憶喪失のあと、なんだか脳に違和感があったから……」

倫子「こんな大変な時に、何を……」

紅莉栖「こういう性分なの。たとえ明後日までに自分が消滅するとしても、知的好奇心は抑えられなかったでFA」

紅莉栖「それで、ラジ館に行ってみた」

倫子「記憶を刺激するため、か」

紅莉栖「自分の死について考えながらラジ館を見上げると、心拍数が上がって、世界がずれた気がしたわ」

倫子「……リーディングシュタイナーだ」ゾワッ

紅莉栖「目の前の景色が歪んだ。私の目の前に封筒を手に取って文書を読む男性が居た」

倫子「や、やはり犯人は男だったのか!」

紅莉栖「……っ。たぶん、パパと同じくらいの風体だったから、歳は40代半ばってところ」

紅莉栖「そこに、白い布、たぶん、白衣が映ったの」

倫子「白衣……?」

紅莉栖「たしか、ラジ館で私と岡部は出会っていたのよね? その印象が向こうの私にも記憶として強く残っていたのかもしれない」

倫子「確かに、あの時の紅莉栖はやたらとオレに突っかかってきたな……」

紅莉栖「私の記憶は都合よく改変されて、パパと岡部がもみあってるみたいに見せられた。そんなわけないのに、まったく脳ってのは厄介よね」ハァ

紅莉栖「そして、ナイフがお腹に刺さって……なんて言えばいいか、死ぬほど痛かった。まあ、死んだんだから当たり前か」

倫子「……っ」

紅莉栖「駅前の人通りの中で、絶叫しながら卒倒しちゃった……。救急車を呼ばれそうになったから走って逃げたけど」

紅莉栖「自分の死の記憶があるのって貴重なサンプルよね。正直、今すぐ大学に戻ってデータを――」

倫子「バカぁっ!!!」ヒシッ

紅莉栖「お、岡部……」

296: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:38:38.59 ID:bP+CT+NFo

倫子「お前だって、怖かったに決まっているっ! オレの前で変に強がるな、バカモノっ!」ギュッ

紅莉栖「ご、ごめん……」

紅莉栖「あ、でも次は肉体的に死ぬわけじゃないから、痛い思いはしないはずよ! だから岡部は心配せずにβ世界線に切り替えていいからね?」

倫子「紅莉栖のバカぁっ……アホぉっ……」ヒグッ

紅莉栖「……どうして私って、こういう時に気の利いた言い回しができないかな。もう」ハァ

紅莉栖「正直に言う。死ぬほど怖かった。今夜は悪夢決定ね」

倫子「一緒に居てやる。朝、目が覚めるまで、隣に居てやるっ」グスッ

紅莉栖「あ、ありがと」

297: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:41:33.87 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「その後ね、ホントに私とフェイリスさんが幼馴染なのかをメイクイーンに確認しに行ったのよ」

倫子「父親同士が大学の同期なのだろう?」

紅莉栖「フェイリスさんからそう教えてもらって、ビックリしたわ。そしたらフェイリスさんの家に招待された」

紅莉栖「歴史の闇に葬られた貴重な資料がーとかなんとか言ってたけど、パパとフェイリスさんのパパ、あと橋田教授の研究データが音声で残っててね」

倫子「そう言えばフェイリスのパパさんがそんなこと言ってたな……」

紅莉栖「……私は、かつて自分がパパにどれだけひどいことをしてしまったか、思い知らされた。パパがタイムマシン研究に熱中していたのは、亡くなってしまった親友と教授との絆があったからだったのに……」

紅莉栖「それなのに私はパパのタイムマシン理論を全否定した。完全に論破した」

倫子「……そうだったな」

紅莉栖「やっぱり、こんな私なんて居ない方がいいって思ったりもしたけど、フェイリスさんに説得されてパパに電話したの」

倫子「それであのメールの内容か」

紅莉栖「1度壊れてしまった絆は、2度とは取り戻せない。時間の流れが不可逆的である限り」

倫子「父親になんて言われたんだ? 以前お前は父親に嫌われているとは言っていたが、死刑宣告ってのは一体――」

紅莉栖「……『よく憶えておけ。貴様という存在はもうすぐ消えて無くなるのだ!』だって」

倫子「なっ!?」

紅莉栖「笑っちゃうわよね。言われなくても、もうすぐ、き、消えるって、言う、の、に……っ」グッ

倫子「……お前は、確かに今、ここにいるっ」ダキッ

紅莉栖「……うん」

298: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:42:55.86 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「とゆーかだな、私のことは後でいい。どうせなかったことになるんだから」

倫子「そんな言い方――」

紅莉栖「私が思い出した記憶は自分の死についてだけじゃない。まゆりを必死で助けようとする岡部のことも思い出してる」

倫子「なっ……」

紅莉栖「たぶん、あんたがなかったことにしてきた世界線での記憶。そして、そんな岡部に私は手助けしたい、協力したいって思った」

紅莉栖「岡部の決心はついたの?」

倫子「……さっき、まゆりに会ってきた。オレは、死ぬまでまゆりを人質にすることを誓った」

紅莉栖「その様子だと、腹は決まったみたいね。良かった」ニコ

倫子「……っ」ギリッ

紅莉栖「まゆりには話したの?」

倫子「……いや、話す必要はない」

倫子「あいつは、知らなくていいんだ。悪い夢は、きっとそのうち忘れるだろう」

紅莉栖「……そう。それが岡部の選択なのね」

紅莉栖「まあ、私としてもまゆりに変な罪悪感を負わせるなんてまっぴらごめんだから、それで良かったと思うわ」

紅莉栖「最悪のケースとして、私が岡部に、まゆりを見殺しにしろって言わなきゃいけない覚悟もしてたけど、取り越し苦労になったみたいね」

倫子「……オレが簡単に、諦めたと思うか? お前を、見捨てる覚悟ができたと思うか!?」

紅莉栖「でも諦めた。過程はどうあれ、結果は収束する。それでいいのよ、岡部」

紅莉栖「まゆりを助けて。そうしないと、あんたの心が本当に壊れちゃうから」

倫子「オレはっ! それでもお前を、失いたくない……っ!」グッ

紅莉栖「岡部……」

299: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:44:06.96 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「我がまま言っても仕方ないじゃない。世界を救うためには、タイムマシンの母を消すしかない」

倫子「紅莉栖を見殺しにして生きていくことに、なんの意味がある……っ」グスッ

紅莉栖「あんたには、まゆりだけじゃない、阿万音さんの願いも、ひいては未来の橋田や私たちの願いも託されてる」

倫子「ダメだっ! クリスティーナはオレたちの大切な仲間だっ! オレはお前も見捨てないっ!」ウルッ

紅莉栖「……ああ、もう。かわいいな畜生」

紅莉栖「聞いて、岡部」

紅莉栖「私は、まゆりを犠牲にしてまで生きていたくない」

紅莉栖「もしまゆりを助けなかったら、あんたを一生恨むから」

倫子「くぅ……」ポロポロ

紅莉栖「……目、真っ赤。今日1日中泣いてるのね」ハァ

紅莉栖「あのね、私、事あるごとに岡部のこと大好きアピールしてきたけど、岡部が特別ってわけじゃないから」

倫子「え……?」グスッ

紅莉栖「可愛い女の子が好きなだけ。とゆーかあんたは、自分はノーマルだってさんざん主張してきたわけで」

紅莉栖「私のことなんか忘れて、素敵な人を見つけなさい。それで幸せになりなさい」

紅莉栖「そしたらきっと、α世界線での出来事は全部ただの夢になるから」

倫子「お前は……夢なんかじゃない……ここに、いるのに……っ!」ダキッ

紅莉栖「……ありがとう。私のために、そこまで苦しんでくれて」ギュッ

300: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:45:07.20 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「ねえ岡部。そのまま聞いて」

倫子「…………」ギュッ

紅莉栖「あらゆる時、あらゆる場所に自分がいる」

紅莉栖「誰かを愛する強い気持ちが、何かを信じる強い感情が」

紅莉栖「何かを伝えたいと思う強い思いが」

紅莉栖「時を超え、繋がって、今の自分があるのだとしたら――」


  『きっと、7000万年後の秋葉原にいる、オカリンとまゆしぃまで、意志は連続していくんだって思うな』


紅莉栖「それは、素晴らしいこと」

倫子「…………」グスッ

紅莉栖「だから、見殺しにするなんて思わないで」

紅莉栖「世界線が変わってもたった1人、岡部が忘れなければ私はそこにいる。だから……」

倫子「……お前のことは、絶対に、忘れないっ」

301: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:46:17.69 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「もうじゅうぶん。私は大丈夫だから、後は、まゆりのことだけ考えて」

倫子「オレは……オレはぁっ……」ポロポロ

紅莉栖「ごめんね、岡部……。こんな可愛い子に、こんなつらい選択を強いるなんて、神様は何考えてるんだか」ナデナデ

紅莉栖「今だけは神様にマザーファッカーと言ってやりたい気分だわ」

倫子「どんな気分だよ……グスッ……」

紅莉栖「岡部1人がどれだけ頑張ったって、世界の意志には勝てない。だから、自分を責めないで」

倫子「…………」

倫子「……離れろ」トンッ

紅莉栖「お、岡部?」

倫子「お前は……オレが1人ではなにもできないと、そう言いたいのか」

紅莉栖「事実でしょ。今までもそうだった。あんたはいつも誰かの助けを借りないと何もできない」

紅莉栖「阿万音さん、フェイリスのパパさん、未来の橋田、そして、私……」

紅莉栖「私は、もう、あんたを助けられないから……ごめん……」

倫子「……お前がオレの何を知っているというのだ。たかだか2週間ちょっとの付き合いで」

倫子「何も知らないくせに、できないと決めつけるなぁっ!!」


  『何も知らんくせに、無理だと決めつけるなッ!!』


紅莉栖「……っ!!」ビクッ!!

302: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:46:47.59 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「ご、ごめん……そうよね、私なんて、赤の他人だもの……」

紅莉栖「1人で勝手に舞い上がってた。うぬぼれてた。訂正する」

倫子「オレにだってできることぐらい、ある」

倫子「今から一緒に青森に行くぞ」

倫子「お前のクソ親父に土下座させてやる」

紅莉栖「そうね、それならできるかも……」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「ハァッ!?!?」

303: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:47:48.24 ID:bP+CT+NFo

倫子「金ならいくらでもなかったことにできる。今からなら、寝台で行こう。それなら青森駅に明日の朝には着ける」

紅莉栖「"Wait, wait!!" 岡部、それマジで言ってんの!?」

倫子「オレはお前と約束した! 未来のお前とも、何度も約束した! 青森へ行って、父親と会うとなっ!」

紅莉栖「い、いや、えっと、心の準備がだなっ!」

倫子「服や靴は道中で適当に高そうなのを買う。あとドラッグストアで化粧品も買わなければな……」ブツブツ

紅莉栖「わ、私、パパに、憎まれてるのよ!? お前なんて、消えてなくなればいいって――」

倫子「それがどうしたっ!!」

紅莉栖「っ……」

倫子「可能性が有る限り挑戦するのが科学者なんじゃなかったのか? 一度や二度の失敗で簡単に諦めてしまうのか?」

紅莉栖「い、一緒にしないでよ……それに、これは私の家族の問題で、岡部には関係ないでしょ……」プルプル

倫子「いいや、関係がある! 言ったはずだ、お前は大事なラボメンなのだと!」

紅莉栖「……それ言われたら、反論できないじゃない」ウルッ

倫子「論破厨、ここに破れたりっ! ボサッとしてないで行くぞ、クリスティーナ!」

紅莉栖「パパの前ではティーナをつけないでよぉっ!?」

304: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:50:22.92 ID:bP+CT+NFo
2010年8月16日月曜日
NR青森駅


モブA「おい、見ろよ、あれ……」

モブB「モデルか!? アイドルか!?」

モブC「なんだあの美少女……」


ヒソヒソ ヒソヒソ


倫子「おまたせー……紅莉栖? どうしたの?」キラキラ

紅莉栖「ど、どど、どどど、どちら様でしょうか……」

紅莉栖「(すっごい美人が、そこに居た)」

紅莉栖「(アメ横で買ったにしては今風の女子大生ルックに、果実のようなリップ……なにより、麗しさを感じさせる髪を下ろしたミディアムヘアとモデル体型のボディラインが目に刺さる……)」

倫子「何の冗談よ。岡部倫子だけど」クスクス

紅莉栖「(言葉遣いや立ち振る舞いに気品を感じる……なんだこのペルソナ使いは……)」ビクビク

倫子「別に、多重人格ってわけじゃないよ? ちょっとテンションをよそ行きに着飾ればこうなるってだけ」

紅莉栖「確かに今までもちらほら素の岡部が見え隠れしてたけど、全開だとこうなっちゃうわけね……」

倫子「この女の子女の子した恰好だと、仮に私の身になにかあった時、世間様はまず私の味方をしてくれる」

倫子「そんな周囲が嫌で、今まではこういう喋り方とか仕草とかを封印してたんだけど」

倫子「これなら私が紅莉栖のパパを怒らせても、私に手をあげられないでしょう?」ニコ

紅莉栖「(はうあっ!)」ドキューン!!

紅莉栖「……もしかして岡部、私をパパから守るためだけにそこまでしてくれてるの?」

倫子「……こっちの私は嫌い?」ウルッ

紅莉栖「大好物です」^q^

305: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:51:05.23 ID:bP+CT+NFo
牧瀬家


倫子「ここね」ピンポーン

紅莉栖「ちょっとぉ!? どうしてそんなに行動的なのよぉ!?」ブルブル

倫子「時間が無いんだから仕方ないでしょ」ピンポピンポピンポーン

紅莉栖「ひぇぇ……ホントに実家に帰って来ちゃうなんて……」ガクガク

??『誰だッ! 朝から騒々しい!』

倫子「私、紅莉栖お嬢さんのお友達の、岡部倫子と申します。今日は章一さんにお話があって東京から来ました」

??『紅莉栖の……? 2度と連絡を取るなと言ったはずだ』

倫子「私があなたに言いたいことがあるんです。いいえ、私だけじゃありません」

倫子「秋葉幸高さんも、橋田鈴さんも、あなたに言いたいことがあると」

??『何だと……? わかった、入れ』プツッ

倫子「ほら、ね?」ニコ

紅莉栖「倫子ちゃんってこんなに頼もしかったっけ……?」

倫子「今だけは倫子ちゃんって呼んでね」

306: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:52:27.20 ID:bP+CT+NFo
牧瀬家 応接間


倫子「随分汚い家ね……あちこちに書類が散乱してる」

紅莉栖「7年間も1人暮らししてるからね。掃除もろくにやってないんだと思う」

ガチャ

??「……何の用だ」

紅莉栖「あ……パパ……えっと、久しぶり……」

倫子「(ん? この顔、どこかで見たような……って)」

倫子「あぁーっ!? ドクター中鉢!?」

中鉢「(なんだこの絶世の美少女は……紅莉栖とどんな関係なのだ?)」

紅莉栖「えっと、倫子ちゃん? 言ってなかったっけ」

紅莉栖「私のパパ、牧瀬章一は、中鉢博士っていう芸名でテレビに出たりしてて……」

中鉢「芸名ではないッ!!!」ドンッ!

倫子「きゃっ!」ビクッ!!

紅莉栖「ヒッ……ご、ごめん……」ビクビク

倫子「(壁のあちこちが凹んでいる理由はコレか……)」ドキドキ

中鉢「……岡部とか言ったな。あんたが余計な真似をしてくれたのか。何のつもりだ」

中鉢「用件だけ済ませてとっとと帰ってもらおうか」ギロッ

倫子「(お、落ち着け……うちの親父の方が頑固親父度は高いんだから、どうってことないはず……)」プルプル

紅莉栖「(倫子ちゃん、男性恐怖症なのに、私のためにがんばってくれてる……!)」

307: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:53:41.40 ID:bP+CT+NFo

倫子「パパさん、紅莉栖に謝ってください。私がここに来た最大の目的はソレです」

中鉢「なに?」

倫子「身に覚えが無いとは言わせませんよ。何度も何度も自分の娘に死ねばいいだの消えればいいだのと言い放っておいて、ネグレクトはなはだしい」

中鉢「…………」

紅莉栖「ちょ、ちょっと倫子ちゃん……」

倫子「その原因が、タイムマシン研究にあるというのなら、なおバカバカしい」

中鉢「――っ! 貴様も私の研究を馬鹿にするのかっ!!」ドンッ!

倫子「あ、あなたが何のためにそこまでタイムマシン研究に執着しているのか、その原因がバカバカしいと言っているんです!」ビクビク

中鉢「何を知った風な口をっ!」バンッ!!

倫子「(こ、こわい……が、ここは畳みかけるっ!)」ドキドキ

倫子「橋田鈴はっ!! 2036年から1975年へと跳んだタイムトラベラーだっ!!」

紅莉栖「ふぇっ!? それ言っちゃうの!?」

中鉢「な……なにを荒唐無稽な……」

倫子「私のラボが、彼女の乗るタイムマシンを造り上げるんです。2033年に」

倫子「18歳の彼女が、2010年の私のところへ訪ねて来て、そう教えてくれました」

中鉢「そ、そんな、馬鹿な……いや、しかし、なるほど……」

308: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:55:27.63 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「パパ? こんなトンデモ話、信じるの?」

中鉢「トンデモなものか……橋田教授と付き合いが一番長いのは他でもない、私だ」

紅莉栖「あ、そっか……」

中鉢「教授がタイムトラベラーではないかという疑念が生まれたのは、私が大学に入ってすぐのことだ」

倫子&紅莉栖「「えぇっ!?」」

中鉢「あの若さにして助教授、しかも当時男社会だった学会において紅一点、未来を予知するような奇抜な論文でその地位を獲得していた人物の秘密を探ろうと、私は彼女の研究室に忍び込んだ」

中鉢「そこで目にしたのは、1冊のタイムマシン研究ノートだったのだ」

倫子「(鈴羽も自分の父親の背中を追いかけていたのね……)」

中鉢「私も小さい時、タイムマシンを夢想したことがあった。だが、そんなものは空想小説の世界の話に過ぎない」

中鉢「そう思っていた当時の私にとって、教授との出会いは衝撃だった……」

中鉢「無論、教授は自分がタイムトラベラーであることを全力で否定していたがね。しかし、教授は嘘を隠すのが下手だった」

紅莉栖「(でしょうね)」

倫子「(でしょうね)」

中鉢「だが、私はタイムパラドックスに気が付いてしまったのだよ」

中鉢「教授は一体、誰が造ったタイムマシンで過去へ来たのか」

中鉢「もしこのまま世間が、学会が、タイムマシンなど空想の産物だと一笑に付し続けていれば、教授の存在は消滅してしまうはずだ」

中鉢「逆に言えば、教授が存在している限り、タイムマシンは必ず造れるということ」

中鉢「それならば……私にもタイムマシンを造ることが可能なはずだと、確信を得たのだ」

倫子「ですが、橋田鈴さんの乗ったタイムマシンは、あなたが造った物ではなかった」

中鉢「……その可能性も、もちろんあった」

309: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:56:08.29 ID:bP+CT+NFo

倫子「おそらく、あなたがタイムマシン研究に執着しているのは、それだけが原因じゃない」

倫子「秋葉幸高さんは、あなたの親友だった」

中鉢「…………」

紅莉栖「えっと、倫子ちゃん? どういうこと?」

倫子「タイムマシンがあれば、死者は蘇る」

紅莉栖「えっ……あっ!」

中鉢「……そうだ。その通りだ。私は、理不尽極まりない命の奪われ方をした幸高を、救いたかったのだ……!」

倫子「2000年4月2日、飛行機事故の唯一の死者、でしたね」

中鉢「あんなもの、何かの陰謀だッ! 幸高の会社が立ち直っていくのを妬んでいた何者かによって仕組まれた暗殺だったのだッ!」

倫子「(この人は、まゆりを救うための解を探し続けた私と同じように、一縷の望みに縋り続けていたんだ……10年もの間、ずっと……)」

倫子「(タイムマシンは、魔物だ……)」

310: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:56:42.10 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「ごめん……ごめんなさい、パパ……」

紅莉栖「パパにとってそこまで大切な研究だったのに、何も知らない私がしゃしゃりでちゃって……」グスッ

中鉢「岡部倫子と言ったな。これは私の推測だが」

中鉢「――あんたも、タイムトラベラーだな?」

倫子「……これだけ色々しゃべったらバレますよね」

中鉢「それならばどこかにタイムマシンがあるはずだ!! この時代で既に実用的なものとは思えんが、あるいは2036年からもたらされたか!?」ガシッ

倫子「ひぃっ! な、なにを――」ゾワワァッ

中鉢「今すぐそれを使わせろッ!! 金ならいくらでも払うッ!! だから私を過去へ――」ユサユサ


??「やり直したい過去があるから、ニャ?」


紅莉栖「えっ!?」

311: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:57:55.78 ID:bP+CT+NFo

倫子「ふ、ふぅ、助かった……早かったね、フェイリス」

紅莉栖「ど、どういうこと!?」

フェイリス「凶真から昨日の夜メールがあって、"あるもの"を届けるよう頼まれたのニャ」

フェイリス「ここまで来るのに黒木に飛ばしてもらったニャン」

黒木「お久しぶりにございます、牧瀬章一様」

中鉢「あ、あんたは、幸高のとこの……」

倫子「仕事が忙しいのに、急に呼び出してごめんね」

フェイリス「2人はフェイリスの幼馴染なんだニャ! 2人のピンチには馳せ参じるのがフェイリス流ニャ!」

倫子「私に対しては一方的な幼馴染でしょうに……」

フェイリス「ちなみにお店の方はマユシィにお願いしたら快く臨時バイトに入ってくれたニャン♪」

紅莉栖「そっか、フェイリスさんが登場するのをわかってたから倫子ちゃんはこんなに押せ押せだったのね……」

フェイリス「で、持ってきたブツがこれニャ」スッ

紅莉栖「これって……ラジカセ?」

倫子「フェイリスのパパさんから聞いた通り、やっぱりあったね」ニヤニヤ

中鉢「……っ!? ま、まさかっ!!」

フェイリス「章一ニャンも覚い出したかニャ? 2003年7月25日、章一ニャンがフェイリスの家に来て吹き込んだテープだニャ」

紅莉栖「それって、私の11歳の誕生日……」

中鉢「や、やめろ!! それを再生するんじゃない!!」

フェイリス「黒木」

黒木「はい、お嬢様」ガシッ

中鉢「な、何をする!? 離せ、離せぇっ!!」ジタバタ

フェイリス「離さないニャーン♪ ポチッとニャ!」


カチッ……

312: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:58:24.99 ID:bP+CT+NFo

「2003年7月25日……」

「第……えー、第……何回目だったかな。とにかく、"相対性理論超越委員会"」

「……もう、幸高も橋田教授もいない……」

「2人とも……亡くなってしまった……」

「あの頃の私たちはあんなにも……」

「タイムマシンを作ろうという夢に溢れていたのにな……」

「あの頃に戻りたいよ……」

「そうしたら今度こそ、絶対に」

「タイムマシンを作ってみせる」

「娘に論破されないような……完璧なタイムマシンを……」

313: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 05:58:56.53 ID:bP+CT+NFo

「……なぁ、幸高……。それでな……」

「私は……俺はっ……」

「タイムマシンを使って、やりたいことがあるんだ……」

「今日、娘にひどいことを言ってしまった……」

「あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ」

「娘を、紅莉栖を……」

「傷付けるな、と……」

「感情に身を任せて家族の絆を壊すな……と……」

「俺は……あんなことっ……」

「言いたくなかったんだ……ッ!!」



ジー…… カチャ 

314: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:00:22.43 ID:bP+CT+NFo

フェイリス「ニャフフゥ」ドヤァ

倫子「フフフ」

中鉢「くっ……」

紅莉栖「パパ……」

フェイリス「カードは出し惜しみせず、切れる時に切るのが雷ネッター王者のプレイングニャ! 黒木!」

黒木「はい、お嬢様」スッ

中鉢「……ッ!? そ、それはッ!?」

黒木「章一様のお忘れ物でございます」

フェイリス「同じ日に章一ニャンがうちに置いていったのニャ」

倫子「中身は銀のフォーク……そうですね、章一さん」

中鉢「なぜそれをッ!? そ、そうか、タイムトラベルで見てきたのだな……ッ!!」

紅莉栖「えっ? えっ?」

フェイリス「クーニャン。開けてみるニャ」

紅莉栖「う、うん……あ、メッセージカード……」


  『11歳の誕生日おめでとう紅莉栖 パパより』


紅莉栖「……ホントだ。ちょっと子どもっぽい、銀のフォーク……」

中鉢「………………………………」

黒木「そのプレゼント箱を握りしめたまま、疲れた顔をして秋葉家を訪ねてこられた時のこと、今でもよく覚えております」

フェイリス「クーニャンは、否定なんてされてなかったんだよ」

フェイリス「フェイリスと違って、クーニャンとクーニャンのパパは、まだ繋がってるんだよ」

フェイリス「絆を結び直すこともできるんだよ、"クリスちゃん"」

315: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:01:56.52 ID:bP+CT+NFo

フェイリス「章一さんがうちに来た後、私はクリスちゃんが心配になって、黒木に頼んで、クリスちゃんが東京に来るってタイミングで会いに行ったの。覚えてる?」

紅莉栖「覚えてる……忘れるわけ、ないじゃない……」

紅莉栖「倫子ちゃんと引き合わせてくれた日のこと……」グスッ

倫子「そういうことだったのか……」

紅莉栖「でも、どうしてフェイリスさんが私のためにここまで? 幼馴染って言っても、そんなに親しかったわけじゃないのに……」

フェイリス「……パパのお葬式の時、一番つらくて、1人ぼっちになっちゃったって思ってたとき」

フェイリス「私を救ってくれたのは、クリスちゃんだったんだよ」

紅莉栖「私が……?」

フェイリス「ずっと嫌がってたのにおそろいの髪型にしてくれたあなたが、『1人じゃないよ、私がいるよ』って言ってくれた気がして」

フェイリス「橋田鈴さんだけじゃない。私のパパと、章一さんが私たちを出会わせてくれたんだよ」

中鉢「…………」

フェイリス「巡り巡って、私たちはみんな繋がってるんだよ」

紅莉栖「……ありがとう、"留未穂"。ありがとう、パパ……」

紅莉栖「ありがとう、ありがとう……」ポロポロ

316: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:03:19.19 ID:bP+CT+NFo

フェイリス「章一さんが否定したかったのは、クリスちゃんの存在じゃなくて、自分がクリスちゃんにひどいことを言ってしまった歴史の方だったんですね」

中鉢「ぐっ……勝手にそう思えばいい」

倫子「あなたは、タイムマシンしか手段がないと思っているかも知れない」

倫子「けど、そんなのは言い訳です。タイムマシンでどれだけの人が傷つくか、あなたは知らないんだ」

倫子「そんなものに頼らず……あなたには今すぐできることがあるじゃないですか」

中鉢「知った風な口を聞くなと……」

紅莉栖「パパ……」

フェイリス「大の男のツンデレは、可愛くないニャン♪」

倫子「アナクロな頑固親父よね。まあ、うちの親父には負けるけど」

紅莉栖「外野は茶化すなぁっ!」

フェイリス「ほらほら~、章一ニャン? クーニャンになにか言うことはないかニャ? 無いならクーニャンを東京に連れて帰っちゃうニャよ~?」

中鉢「とっとと帰れッ!! まったく、人の家に勝手に押しかけて、ふざけた真似をしてくれるっ」

倫子「……私は、世界を元に戻すように橋田鈴さんに頼まれています」

中鉢「なに……?」

317: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:04:03.24 ID:bP+CT+NFo

倫子「このままだと、世界はタイムマシンによってディストピアとなってしまうんです。だから、そんなタイムマシンの生まれない世界へ到達しなくてはならない」

紅莉栖「…………」

中鉢「ディストピア? フン、まるでH.G.ウェルズの『タイム・マシン』ではないか。空想科学の典型だな」

倫子「それが意味しているのは、あなたの研究をも無に帰さなければ、橋田鈴さんの願いは達成されないということ」

中鉢「……本当、なのか?」

倫子「あと24年経てばわかることです。そして、その選択はあと1日のうちにしなければならない」

倫子「だから、私たちには時間が無いんです」

倫子「今ここで、あなたの口から、あなたの言葉が聞きたい」

中鉢「…………」

中鉢「……………………」

中鉢「…………………………………………紅莉栖」

紅莉栖「は、はいっ」

中鉢「……良い友を持ったな」

紅莉栖「……うんっ」

318: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:05:04.11 ID:bP+CT+NFo
牧瀬家 外


倫子「お邪魔しました。ちゃんと掃除して、お洗濯して、栄養のあるもの食べてくださいよ?」

中鉢「貴様らに指図される筋合いはないッ」

フェイリス「章一ニャンって、鳳凰院モードの凶真そっくりだニャ」

倫子「は、はぁ!? 私があんな風に見えるの!?」

紅莉栖「……言われてみればそうかも。もしかして、私ってとんだファザコンだったの……?」

倫子「嘘でしょ……もう鳳凰院モードやめようかな……」ガックリ

フェイリス「そう言えば、IBN5100をルカニャンの神社に奉納した時、橋田さんの遺言でもう1つ奉納したものがあったんだニャン」

中鉢「神社だと? もしかして、教授が後生大事に持っていた巫女服か?」

倫子「は?」

319: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:07:06.36 ID:bP+CT+NFo

中鉢「当時のゼミ生から橋田教授七不思議の1つとされていてな、教授の自宅には男物の巫女服がある、という」

紅莉栖「それって、間違いなく漆原さんのよね……」

フェイリス「その通りニャ!」

黒木「奉納の際、漆原栄輔様より聞いたのですが、なんでもご子息が産まれた頃に『きっとこの子には巫女服が似合う』という予言を残していった三つ編みの白衣の女性が居た、と」

中鉢「間違いなく教授の仕業だな。教授ならやりかねん」

倫子「間違いなく鈴羽の仕業ね。鈴羽ならやりかねない」

フェイリス「フェイリスが男物の巫女服をルカニャンのパパに渡したことで、ルカニャンのパパは自分の息子に巫女服を着せる天啓を授かったんだニャン♪」

黒木「あとで聞いた話ですが、栄輔様曰く"2人居る娘の妹の方に巫女の仕事を手伝わせている夢"をよく見ていたので、違和感は感じなかったとのことです」

紅莉栖「……ふふっ。タイムマシンって、不思議ね」

倫子「ホント、不思議だね」ニコッ

フェイリス「2010年になったら巫女服が超似合う白衣の美人さんが秋葉原に現れるとも言われたらしいニャン」

倫子「神主が私に対してHE   だったのもお前の仕業かよぉっ!! うわぁん!!」

黒木「それでは皆さま、お車へどうぞ。秋葉原まで帰りましょう」

320: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:08:40.35 ID:bP+CT+NFo
車中


倫子「ふぅーはははぁ! ドクター中鉢、おそるるに足らずっ!」シュババッ

紅莉栖「ちょ、パンツ見えちゃうわよ! 股閉じて股っ!」ハァハァ

フェイリス「その恰好で鳳凰院モードになるのもちぐはぐだニャァ~。せっかくの美人さんが台無しニャ」

倫子「知ったことではないわっ! とにもかくにも、こうして我が野望は1つ達成されたのだっ!」

紅莉栖「2人とも、本当にありがとう」エヘヘ

フェイリス「当然のことをしたまでニャ!」

紅莉栖「……私ね、勘違いしてた」

紅莉栖「阿万音さんにも言われたけど、私が生まれてきたことが人類の不幸へと直結してて」

紅莉栖「まゆりの命が奪われることとも結びついてて……」

フェイリス「……やっぱりあの夢は、マユシィが死んじゃう夢は、本当のことだったんだニャ……」

紅莉栖「だから私はこの世界から消えなくちゃいけないんだって思ってた」

紅莉栖「1人で、ひっそり、誰にも知られずに」

倫子「……それは、違うぞ」

紅莉栖「うん」

紅莉栖「消えちゃうかもしれないけど、私の気持ちを、伝えてもいいんだって……わかったの」

フェイリス「クーニャンが凶真のことを好きだってこと? みんな知ってるニャン」

倫子「アホほど喚き散らしていたからなぁ」ニヤニヤ

紅莉栖「ぐはぁっ!!!」

321: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:09:49.48 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「そ、それもあるけど、ね。そうじゃなくて、私の理性的な部分が否定してきたことがあるの」

倫子「なんのことだ?」

紅莉栖「……第3の選択肢、よ」

倫子「っ!?」

紅莉栖「こんなの、全然論理的じゃない。それこそファンタジー丸出しで、これまでの私なら考えもしなかったけど」

紅莉栖「岡部ならきっと……やり遂げちゃうのかも」

紅莉栖「私がずっと無理だと思い込んで、目を背けて、逃げ続けていた父との再会も、こんなにあっけなくやり遂げちゃったんだから」

倫子「フッ。狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に助手風情の望みを達成できぬわけがなかろう!」

紅莉栖「……これからとんでもなく無責任なことを言うぞ」スゥ ハァ


紅莉栖「――もしかしたら、私も消えなくて、まゆりも死なない幸せな結末があるかもしれない」


倫子「な……!?」

紅莉栖「可能性世界線が無限に存在するというなら、そういう可能性も無きゃおかしい」

紅莉栖「それに、たとえこの現在(いま)が消えてしまっても、どこかの世界線でも私たちは今日みたいに巡り合うはずだから」

紅莉栖「巡り合わせの奇跡に、意志の継続に、賭けてみてもいいかも、って思ったの」

倫子「オレは、お前を助けられるのか……!?」

322: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:10:44.29 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「方法なんてわからない。もしかしたら、そこへたどり着くまでの道のりは、それこそ無限遠っていう理論上の存在なのかもしれない」

紅莉栖「ううん、岡部も忘れているだけで、私たちは既に長い長い旅を続けてきたのかも知れない」

紅莉栖「中には挫折して、諦めてしまった私たちもいるのかもしれない。心を壊して、立ち直れなくなった岡部も居るかもしれない」

紅莉栖「それでも――私は、岡部を信じる」

倫子「(こいつと一緒にラボに泊まった時から、オレはずっとこの言葉が聞きたかった……)」

倫子「岡部ではない。鳳凰院凶真だっ」

紅莉栖「……うんっ」

フェイリス「2人でイチャイチャしてないで~、フェイリスも混ぜてほしいニャン♪」

紅莉栖「イ、イチャイチャなどしとらんわっ!」

倫子「そんなこと言ってフェイリス、オレからお前に抱き着こうものなら卒倒するではないか」

フェイリス「ニャッ!? ニャぜそれを……!」

倫子「ほら。今日はありがとうな」ダキッ

フェイリス「ニ゛ャ゛ッ゛!? 美人モードの凶真が、フェイリスの肉体を優しく包み込み―――」バタッ

紅莉栖「こりゃ重症だわ」

倫子「ヒトのことを言えるのかお前は」

黒木「皆さま、到着致しました。ブラウン管工房前です」

323: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:11:31.03 ID:bP+CT+NFo
未来ガジェット研究所


倫子「(気絶したフェイリスを車に残して、紅莉栖とオレの2人はラボに入った)」

倫子「もうすっかり夜だな。青森まで往復したのだから当たり前か」

紅莉栖「……今更なんだけど、私、あんたに呪いをかけちゃったかも」

倫子「呪い?」

紅莉栖「私が助かる可能性……こんなもの、死への恐怖から来る、ただの幻想に過ぎないのに……」

紅莉栖「もし、ね? β世界線へ行って、もうどうしようもなかったら、私を助けることは諦めて欲しい」

紅莉栖「あんたが壊れちゃうのは、私は望まないから」

紅莉栖「『やっぱり無理だ』って判断したら、人並みの生活を送るべきよ。普通に大学を卒業して、社会人になって、結婚して、子ども作って……」

倫子「……相変わらず言うことが二転三転する面倒くさい女だな、お前は」

324: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:12:09.11 ID:bP+CT+NFo

倫子「オレはお前が好きだ、紅莉栖」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「"I beg your pardon?"」

倫子「英語で返すなよ……。もう1度言う、オレはお前が―――」

紅莉栖「わー! わー! わー! い、言わなくていいっ! 言わなくていいからぁっ!!」

倫子「聞いてくれ紅莉栖っ! お前のことは、絶対に忘れない」

倫子「誰よりも大切な人のことを……忘れたりしない……!」

紅莉栖「(ひぃ~っ///)」

紅莉栖「ま、まま、まゆりのことはどうすんのよ!? ハーレム系主人公ですかそうですか!?」

倫子「オレはまゆりも好きだし紅莉栖も好きだ。それじゃ、嫌か?」

紅莉栖「最高です」^q^

325: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:12:54.55 ID:bP+CT+NFo

倫子「お前は、オレのこと、好き、だよな?」

紅莉栖「うぐっ! ……い、今だけは、答えさせないでっ」

紅莉栖「言葉にするの、恥ずかしすぎる……」カァァ

倫子「今まで何度も自分から愛を叫んでいたくせに」フフッ

紅莉栖「ホントに……ホントに私のこと、忘れない?」

倫子「ああ」

紅莉栖「まゆりのことを忘れてた前科があるのに?」

倫子「ぐっ!? 結構エグいところを突いてきおって……鬼か貴様は……」

紅莉栖「それでも、覚えていてくれるのね?」

倫子「……ああ」

紅莉栖「……目を閉じろ」

倫子「な、なぜ目を……」

紅莉栖「いいからっ!」

倫子「…………」

紅莉栖「んっ……」チュ



倫子「(かすかにレモンの香りがした気がした――)」



326: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:14:11.48 ID:bP+CT+NFo

倫子「……この百合女め」

紅莉栖「べ、別にしたくてしたんじゃないから! より強烈な感情と共に海馬に記銘されたエピソード記憶は、忘却されにくいのよ!」

倫子「というかお前、フェイリスに殺されるぞ」

紅莉栖「あっ、しまった」ゾワッ

紅莉栖「で、でも、今まで純潔を守ってきた倫子ちゃんなら、ファーストキスのことについて精緻化リハーサルが行われるはずで、それはすぐに長期記憶になって、そうそう忘れないかなって思って……それで……」

倫子「……残念だったな。オレは、これがファーストキスではない」

紅莉栖「ふぇ!? で、でもフェイリスが岡部はキス経験は無いって――」

倫子「まゆりと小学生の頃にふざけあってキスした覚えがある」

倫子「(それにまあ、昨日もしたしな……)」

紅莉栖「ハァ!? ちょ、聞いてないんですけど!! 守護天使団の情報ガバガバじゃない!!」

紅莉栖「……そっか。倫子ちゃんは、初めてじゃなかったんだ……」シュン

倫子「そうだ。だからキスでは印象が弱い。長期記憶にはならないかもしれない」

紅莉栖「え……?」

倫子「だから、もう一度だ。絶対に忘れたくないから、念には念を入れる」

紅莉栖「そ、それなら、しょうがないな……」

倫子「ああ……」ダキッ

紅莉栖「んぅ……」チュ

327: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:14:59.16 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「時間が、あっという間に過ぎていく」

紅莉栖「……今だけはアインシュタインに文句を言いたい気分」

倫子「どんな気分だよ……」

紅莉栖「時間は人の意識によって長くなったり短くなったりする」

紅莉栖「相対性理論って、とてもロマンチックで――」

紅莉栖「とても、切ないものだね……」

倫子「……それは、2つの観測点があるからだ」

倫子「2つが1つになってしまえば、時間も共有される」

紅莉栖「……ねぇ、倫子ちゃん。こんなこと言うの、卑怯だってわかってるけど……」

紅莉栖「私の、最期のお願い、聞いてくれない?」

倫子「聞くに決まっている」

紅莉栖「あなたと、1つになりたい」

倫子「…………」

328: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:15:59.03 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「……人として軽蔑した?」

倫子「いや、相変わらずxxxx●●だなと思ってな。発想がハリウッドだ」

紅莉栖「言葉の意味はよくわからんが」

倫子「ほら、シャワー浴びてこい」

紅莉栖「……一緒に入ろ?」



オレたちはその日、互いを抱き合い、慰め合い、1つになった。

互いの存在が、確率的になどでなく、確かにそこにあるのだということを五覚で感じた。

それぞれのクオリアがひとつとなり、溶けて混ざった。

紅莉栖はやさしく、オレの身体を包み込んでくれた。

かつてオレが経験した、●●を穢された生理的嫌悪の記憶を上書きしていった。

あのトラウマが紅莉栖で消されるなら、これほど嬉しいことはない。

体力が尽き果てるまで、牧瀬紅莉栖の"命"を全身で感じた――――

329: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:16:45.60 ID:bP+CT+NFo
2010年8月17日火曜日 早朝
NR秋葉原駅前


紅莉栖「やっぱり岡部は白衣でなくっちゃね」

倫子「本当は残念なのだろう? 悪いが、秋葉原ではこの恰好の方が落ち着くのでな」

紅莉栖「……それじゃ、そろそろ行かなきゃ」

倫子「まゆりとダル、フェイリスたちは、本当に呼ばなくていいのか?」

紅莉栖「……なんだか、みんなに見送られると、辛くなるから」

倫子「どうしてもアメリカに行くのか?」

紅莉栖「たぶん、世界が切り替わる時にあんたたちと一緒に居たら、耐えられない」

紅莉栖「醜い気持ちを吐き出しちゃいそうだから。だから、私は目的をもってここを離れる」

倫子「未来ガジェット2号機『タケコプカメラーver2.67』(希望価格5,480円)、手土産だ。もっていけ」スッ

紅莉栖「……倫子ちゃんの残り香が」クンクン

倫子「変なことには使うなよ」

紅莉栖「つ、使わないわよ」ドキッ

倫子「…………」ジーッ

紅莉栖「あ、あはは……」

330: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:17:20.70 ID:bP+CT+NFo

紅莉栖「この2週間、なんだかんだで、楽しかった」

紅莉栖「一緒に青森に行ってくれて、ありがとう」スッ

倫子「……なんだ、両手を広げて」

紅莉栖「ハグよハグ! アメリカ式バイバイ!」

倫子「……オレも、楽しかった」ダキッ

紅莉栖「岡部、頑張って」ギュッ

倫子「……元気で」

紅莉栖「……うん」スッ クルッ


スタ スタ スタ ……


倫子「(……あいつは、オレを信じてくれた)」

倫子「(それでも、今この時は、絶対の別れなんだ)」ウルッ

倫子「(抱きしめて"そばにいてくれ"と告げたい)」グスッ

倫子「(お前が居てくれないと、オレは前に進めないのに……っ)」ポロポロ

倫子「……さよなら、牧瀬紅莉栖っ」ダッ

331: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:19:12.51 ID:bP+CT+NFo

岡部……。

岡部はきっとこれから、つらい思いをする。

私のことを誰も覚えていない世界でただ1人、私を覚えているなんて。

仲間をなにより大事にする岡部には、つらいことだと思う。

……ごめんね。

でも、私にはそのつらさが愛おしい。

ラボに居る何気ない時間、ジュースを口にした時。

街を歩くその一瞬、いつか誰かとキスした時――

いつもじゃなくてもいい。100回に1回でもいい。

私を思い出してほしい。

そこに私は居るから。

1%の壁の向こうに、私は必ず居るから――


岡部。

岡部……。

岡部っ!!

332: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:20:00.83 ID:bP+CT+NFo
未来ガジェット研究所


倫子「……それではこれより、現在を司る女神作戦<オペレーション・ベルダンディ>最終フェイズを開始する」

倫子「今日はコミマがあるにもかかわらず、緊急で集まってもらって済まない」

まゆり「ううん、だいじょうぶだよー」

ダル「オカリンオカリン。その前に1つだけ言っていい?」

倫子「なんだ?」

ダル「ラボはラブ じゃねえっつーの!! うっひょい!!」

倫子「だああっ!! 空気を読めバカモノがっ!!」ズドン!!

ダル「ゴホァアッ!! 、●●の蹴り上げは、マズいっす……」バタッ

まゆり「えー? なになにー?」ズイッ

倫子「ま、まゆりは知らなくていいっ」プイッ

まゆり「もしかしてクリスちゃんとイチャイチャしてたのかなー? みんなのラボでー?」クルッ

倫子「(こいつ、目線を反らそうとすると正面に回り込んでくる……っ)」ダラダラ

333: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:20:36.21 ID:bP+CT+NFo

倫子「ダル、始めてくれ」

ダル「……いいんだな?」

倫子「……ああ」

ダル「オーキードーキー」カタカタカタカタ

まゆり「…………」スッ

カチッ カチッ カチッ

倫子「……カイちゅ~に耳を当てていると、落ち着くんだったな」

まゆり「うん。おばあちゃんがね、見守っていてくれるんだー」

倫子「(結局オレは、まゆりには全部話さなかった。まゆりが知る必要なんてどこにもないんだ)」

倫子「(オレだけが忘れなければ、それでいい)」

ダル「オカリン、見つけた! マジであったぞコレ!」

倫子「あったのか! オレの送ったDメールが!」

倫子「(これで、世界はアトラクタフィールドβに再構成される……っ!)」ドキドキ

334: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:22:01.36 ID:bP+CT+NFo

まゆり「オカリン……」ギュッ

倫子「そんな不安そうな顔をするな。大丈夫だ」ナデナデ

ダル「エンターキーを押せば、データは消せるようになってる」

ダル「その儀式はオカリンに譲るわ」

倫子「…………」ゴクリ

倫子「(大丈夫、紅莉栖はオレを信じてくれた)」

倫子「(可能性がある限り、オレは、お前を――)」


  『それでも――私は、岡部を信じる』


倫子「(……天文学的な確率に、賭けてみようじゃないか)」

335: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:22:57.34 ID:bP+CT+NFo

倫子「勝利のときは来た!」

倫子「このオレはあらゆる陰謀に屈せず、己の信念を貫き、ついに最終聖戦<ラグナロック>の火ぶたを切ったのだ!」

倫子「ここに至るまでに、我が手足となって戦ってくれた仲間たちに感謝を!」

倫子「訪れるのは、オレが望んだ世界なり!」

倫子「すべては運命石の扉<シュタインズゲート>の選択である!」

倫子「世界は、再構成される――!」


バターン!


紅莉栖「おかべぇっ!!」

紅莉栖「さよならを、言ってなかったからぁっ!!」

倫子「な―――」スッ


カタッ


紅莉栖「さよならぁっ!!」

紅莉栖「私も、岡部のことが だ   い       す           

336: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:24:04.29 ID:bP+CT+NFo

―――――――――――――――――――
    0.52074  →  1.13205
―――――――――――――――――――

337: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:25:01.37 ID:bP+CT+NFo
2010年8月17日火曜日
未来ガジェット研究所


倫子「…………」

倫子「…………」

ダル「…………」カタカタカタカタ

まゆり「~~♪」

倫子「……なあ、ラボメンナンバー004は、誰だっけ」

まゆり「んー? オカリン、ラボメンには004の人はいないよー?」

ダル「それとも名前すら明かされてない、隠れメンバーが? ょぅι゛ょなら許す」

倫子「……いや」

倫子「(この世界で、"ラボメンナンバー004の牧瀬紅莉栖"を知っている人間は、オレ1人だけ)」

倫子「(この世界に、牧瀬紅莉栖が8月17日まで生きていた痕跡は、何1つ残っていない)」

倫子「(開発室にあったのはタイムリープマシンではなく、改良されていない電話レンジ(仮)だった)」

倫子「(……紅莉栖が居ないなら、リープマシンは2度と作れない)」

倫子「(紅莉栖が居ないという事実が、今になって津波のように襲い掛かってくる……)」プルプル

まゆり「オ、オカリン?」

338: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:25:45.82 ID:bP+CT+NFo

倫子「ふ、ふふ、ふぅーはははぁ!」

ダル「うおっ!? 突然スイッチ入ったお」

倫子「このオレ、狂気のマッドサイエンティストである鳳凰院凶真は、そのアインシュタインにも匹敵するIQ170の怜悧なる頭脳により、"機関"及びSERNのあらゆる攻撃に対し――」

倫子「時空を操ることで、完全に勝利したのだ! まさにオレは神に等しき存在となった!」

倫子「そして我らが目指すべきは大いなる地平、我が野望が叶う世界! 世界の支配構造を再びリセットし、混沌の未来を手繰り寄せるのだ!」

倫子「そここそが、シュタインズ――」

まゆり「オカリン」ダキッ

倫子「――っ」

まゆり「もう、いいんだよ」ニコ

倫子「な……なにを言ってるんだ? オレは今、華麗なる勝利宣言と同時に、次の戦争への宣戦布告を――」

まゆり「だって……今のオカリン、泣いてるんだもん」

倫子「……っ!」ポロポロ

339: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:26:36.44 ID:bP+CT+NFo

まゆり「ねえ、無理しないで? 前にも言ったよね? まゆしぃはオカリンの重荷にはなりたくないって」

倫子「(リーディング……いや、この世界線でもまゆりはそういうことを言ったのか)」グスッ

まゆり「もう、その口調……続けなくてもいいんだよ?」

まゆり「鳳凰院凶真は、まゆしぃを守るために生まれたんだよね」

まゆり「今度はね、まゆしぃがオカリンを守りたいのです」

まゆり「だからね、辛いなら、普通の女の子に戻って、オカリンの心をね、さらけ出してもいいんだよ?」

倫子「オ……レは……うぅっ……うわぁぁんっ……」ヒグッ

まゆり「もう、まゆしぃのことは気にしなくていいから」

まゆり「まゆしぃは大丈夫だから」ニコ

まゆり「オカリンはね、オカリンのために、泣いてもいいんだからね?」

まゆり「なにがあったのかはわからないけど、泣いてもいいんだよ?」

倫子「まゆりぃ……っ! 私はぁ、わたしはぁ……うわぁぁんっ……っ!」ヒシッ

まゆり「よしよし、いい子いい子」ナデナデ

ダル「……あーっと、僕はメイクイーンに行く用事で忙しいんだった。ちょっと出かけてくるお」

340: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:28:06.11 ID:bP+CT+NFo

まゆりの言葉で初めて、ありとあらゆる重圧から解放された気がした。

もうまゆりが死ぬことは無い。そう思うと、紅莉栖の顔が目に浮かんだ。

紅莉栖の身体の温もりが。唇の柔らかさが。最後の言葉が。

この世界線には紅莉栖が居ないという事実が、胸を苦しくさせる。

私はもう、我慢できなかった。嗚咽が止まらなかった。

1日中、まゆりの温かい胸の中で泣き続けた。

まゆりを守るために生まれ、まゆりを人質にした"オレ"は……

"鳳凰院凶真"はこの日、新たな役割を得た。

紅莉栖の居る世界へ、くじけそうになる自分を導くための北極星<ポラリス>となった。

341: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:29:40.91 ID:bP+CT+NFo
2010年8月21日土曜日
未来ガジェット研究所


すぐにでも反撃ののろしを上げるべきだったかも知れない。

だが、まずはその前に、本当にまゆりが死なないかを確認しなくてはならなかった。

あれから3日以上経ってもまゆりは死ぬことはなかった。

ラウンダーが襲撃してくることもなかったし、ミスターブラウンも動きを見せずひたすら暇そうにしているだけだった。

ダルにラボのブラウン管テレビを調べてもらったところ、盗聴器は設置されていなかった。

やはり、SERNはこのラボを監視していない。エシュロンにDメールが捕捉されていないおかげだ。

それでも安心はできない。Dメールは送れない。

不用意に放電現象を起こせば、なにかのキッカケで店長がタイムマシンの存在に気付き、SERNに密告してしまうかもしれない。

そもそも、Dメールを送った瞬間、再度エシュロンに捕捉される可能性が高い。送るにしても、まずはエシュロンか、SERNのサーバをなんとかしなくてはならない。

とは言え、電話レンジ(仮)の改良のためには42型ブラウン管点灯時に実験を重ねるべきだ。

今のままでもDメールを送ることは、その性能を無視すれば可能だが、実用性を重視するならロト6メールを送った時点程度の改良は加えた方が良い。

結局、現状は迂闊に過去改変ができないどころか、まともに改良さえできない。

もどかしいが、慎重には慎重を重ねなければならない。

残念ながらオレは慎重じゃなかった。

α世界線漂流は、己の軽はずみな行動がもたらした悲劇だったのだ。

自分の愚かさが分かっていたなら、紅莉栖を失うことになんてならなかった。

未来を、こんな形にしてしまうなんてこともなかった。

だが……分かるはずがないだろう!

342: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:30:52.93 ID:bP+CT+NFo

7月28日の夕刊に"それ"が書かれていた。

牧瀬紅莉栖はラジ館倉庫に侵入していた外国人窃盗団を偶然目撃してしまったため、彼らに襲われて殺された――

犯人は現在海外へ逃亡し、国際手配中だと言う。

だが、その記事はよく読めば矛盾だらけの異様な内容だった。

ダルに警察のデータベースをハッキングさせてわかったが、日本警察はこの事件を全く捜査していなかった。

α世界線の時と一緒だ。300人委員会かどうかはわからないが、何らかの圧力がかかっているんだ。

紅莉栖の死の真相は、闇に葬られてしまっている。

憤りと同時に、しかし、紅莉栖の生きていた痕跡を確かめることができて、わずかに安堵する。

紅莉栖は何故死ななければならなかったのか。まずはここを追究しなければ――

それでも、どうしても『"オレ"があのDメールをダルに送信した因果』という壁が立ちはだかる。

加えて、電話レンジをタイムリープマシンへと改造することは、紅莉栖の居ない今となっては不可能だ。

何か手は無いのか……。

343: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:31:58.14 ID:bP+CT+NFo
大檜山ビル隣 ゴミ捨て場


倫子「ふう。これで最後だな」

ダル「はあ、もったいねえなあ。IBN5100は売ればプレミア付くのに」

倫子「(IBN5100はラボにあった。これが歴史の修正力、辻褄合わせの再構成というわけだ)」

倫子「("この世界線のオレたちもSERNをクラッキングし例のメールデータを消した事実が残る"よう、オレは世界改変をしたのだから、IBN5100がラボに無ければおかしい)」

倫子「(どういう経緯かはわからんが、この世界線でも柳林神社に奉納されていたソレをオレが借りたことになっていた)」

倫子「(奉納者を確認したところ、やはりフェイリスだった。秋葉家と漆原家には悪いが、これがラウンダーの手に渡る前に処分しなければなるまい)」

倫子「(間違っても萌郁に渡してはならない。それは萌郁の死を意味するからだ)」

倫子「(このIBN5100は鈴羽が1975年に跳んで入手したモノではない。そもそも鈴羽がタイムトラベルをする因果自体がこの世界線では消滅しているはずなのだから)」

倫子「(推測に過ぎないが、レトロPCマニアの幸高氏が生前自分の趣味で収集したものだったのだろう)」

倫子「(辻褄合わせと言えども、それなりに筋の通った再構成になっているはずだからな)」

倫子「(あるいは、元よりこれがβ世界線の歴史だったのかもしれない)」

344: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:33:08.81 ID:bP+CT+NFo

倫子「(オレの記憶には無い、"この世界線のオレたち"がSERNをクラッキングした、という行動は、そこまで意味不明なものではない)」

倫子「(α世界線においてもオレは、β世界線の2000年に現れたジョンタイターの情報を元に、SERNの擬似スタンドアロンサーバの解析をダルに依頼するつもりだったのだ)」

倫子「(そこにオレの送ったメールデータが保存されていることが判明すれば、陰謀論大好きなオレは間違いなくビビってダルにデータの抹消をさせたはずだ)」

倫子「(α世界線ではIBN5100を神社からラボへと運んだのは紅莉栖と一緒だったが、β世界線の8月1日にあいつが居るはずも無く……)」

倫子「(おそらく、ルカ子あたりと一緒に運んだのだろう。あれでもあいつは男だからな)」

倫子「(これらの再構成に違和感を見つけ出すことは不可能だろう。すべての人類が、別の世界線での出来事を忘れているのだから)」

天王寺「おう、オメーら。ガラクタ片付けてるのか、感心感心」

倫子「店長。あなたはたしか、1997年頃に秋葉原に来たと言っていましたよね」

天王寺「おう? 確かにそうだが、そんな話、お前さんにしたっけかな……」ポリポリ

345: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:35:30.87 ID:bP+CT+NFo

倫子「そこであなたは、誰かの世話になったはずだ。あなたみたいな無頼漢が1人で店舗を構えられたとは到底思えない」

天王寺「なんだとコラ、せっかく人が褒めてるのに家賃上げられたいのか、あぁん?」ギロッ

倫子「お、教えてください。あなたは誰の世話になったんです」

天王寺「……なんでそんなことを聞くのか、わけわかんねえが、隠すほどのことでもねえから教えてやるよ」

天王寺「葛城さんって人が居てな。日本に来たばかりで右も左もわからねえ俺によくしてくれてよぉ」

倫子「(……これが、元あった歴史なのだろう。無論、収束でもなんでもなく、ただ偶然そうなっていたというだけの話)」

倫子「(オレがα世界線漂流を開始する前からブラウン管工房はここにあったのだから、むしろ橋田鈴との関係の方が後付だったのだ)」ウルッ

倫子「(橋田鈴は、阿万音鈴羽は、この世界線の過去には存在しない……っ)」ポロポロ

倫子「……お話、聞かせて下さって、ありがとうございましたっ」ダッ

天王寺「あ、おい! どこ行くんだ!?」

ダル「ちょ、オカリン!?」

倫子「墓参りしてくるっ!」タッ タッ

346: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:36:52.95 ID:bP+CT+NFo

天王寺「なんだアイツ、送り盆か? 今日は17日だぞ」

ダル「いや、わかんねーっす」


prrrr prrrr


ダル「はーい」

ダル「え? だ、だれ?」

ダル「"父さん"?」

ダル「なに? オカリン?」

ダル「オカリンなら池袋に……え? ラジ館屋上で待機?」

ダル「なんぞこれ……」

347: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:38:07.37 ID:bP+CT+NFo
雑司ヶ谷霊園


倫子「はぁっ……はぁっ……」タッ タッ

倫子「……やはり、無い。『橋田家』と書かれた墓石が、無い……」

倫子「(鈴羽が死んだのは10年前。産まれてくるのは7年後)」

倫子「……この世界線では鈴羽は死んでない。それが確認できただけでも、良かった」

倫子「はぁ……」

倫子「(オレはまだ産まれていない鈴羽の墓を探しに来て、そこで鈴羽の強さ、優しさ、逞しさを思い出すことができる)」

倫子「時間ってのは、不思議なものだな。鈴羽……」

??「そうだね、リンリン」

倫子「…………」

倫子「……ははっ。感傷に浸りすぎて、幻聴まで聞こえてきたぞぉ……」ワナワナ

??「だ、大丈夫? リンリン、病院で診てもらった方がいいんじゃない?」

倫子「(お、おちつけ……きっと物の怪のたぐいだ、この墓場に棲みついているあああ悪霊かなにかだろう……)」ガチガチガチガチ

??「リンリン、体が震えてるよ!? すぐに手当てしないと!」

倫子「オレをリンリンと呼ぶなぁぁっ!!! 阿万音鈴羽ぁぁっ!!!」

鈴羽「うわっ!?」

348: ◆/CNkusgt9A 2016/02/15(月) 06:40:18.15 ID:bP+CT+NFo

倫子「やはり阿万音鈴羽……何故かミリタリールックだが、幽霊なんかではない……っ!」プルプル

鈴羽「若い頃のリンリンって、すっごく魅力的だね。もちろん、大人のリンリンも素敵な人だったけどさ」ダキッ

倫子「未来のオレに会ったことがあるのか!?」

鈴羽「えーっ? あたしたちの関係、忘れちゃったのー? って、過去に来たんだから当たり前か」ギュッ

倫子「……どうしてお前がここにいる」

鈴羽「この時代の"父さん"から聞いたの」スリスリ

倫子「……質問が悪かった。どうしてお前が"この世界線のこの時代"に居るのだ!?」

鈴羽「あれ? 未来の父さんは、オカリンならすぐ理解するはずだーって言ってたけど」ムギューッ

倫子「理解しているから混乱しているのだっ! と言うか、1回離れろ暑苦しいっ!」ドンッ

鈴羽「うわっとと」

倫子「どういうことだ!? 未来はまたディストピアになるのか!?」ワナワナ

鈴羽「ああ、そっちか。うーん、詳しい話は父さんを交えてするよ」

鈴羽「取りあえずさ、こんなお墓じゃ雰囲気でないから、ラジ館の屋上に行こうよ、リンリン!」

倫子「だからリンリンと呼ぶなぁっ!」

鈴羽「おおー、リアクションも若々しいっ!」

倫子「なんなんだこの、α世界線と違って畏敬の念がまるで感じれられない、超絶馴れ馴れしい鈴羽は……」プルプル



倫子「いったい、なにがどうなっているんだぁっ!! うわぁん!!」


357: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 22:56:18.78 ID:Hp93MJYeo
第11章 境界面上のシュタインズゲート(♀)

2010年8月21日土曜日17時32分
ラジ館屋上


倫子「(屋上へと通じる扉が壊れている……なんだこれ、銃弾の跡か?)」キィ バタン

鈴羽「父さんも呼んでるから! こっちこっち!」

倫子「手を引っ張るなっ! 転んじゃうからぁっ!」トトト

ダル「あ、オカリン! 知らない女から突然電話かかってきて、ここでまゆ氏と待ってたんだけど、どういうことか説明plz!」

まゆり「オカリン! あれって、なにかな……」


プシュー ブォンブォンブォン……


倫子「(エンジンをつけているのか、駆動音が聞こえる……これは、間違いなく)」

倫子「……タイムマシン、だ」

鈴羽「リンリン、正解! さっすがあたしの大好きなリンリン」ダキッ

倫子「リンリンと呼ぶなと……いや、ツッコミを入れている場合じゃないな……」

倫子「オレがα世界線でかつて見た鈴羽のマシンはもっとオンボロに見えた」

倫子「それに、ラジ館の壁に突き刺さってもいない」

倫子「いや、違う。そうじゃない。オレは、この光景を一度見ている……!?」

倫子「(あの時、中鉢の発表会が始まる前――――)」


・・・


358: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 22:57:22.69 ID:Hp93MJYeo
倫子の記憶
世界線変動率【1.13024】
2010年7月28日(水)11時50分
ラジ館8階 会議室


ズドォォォォォォォォン!!


倫子「なんだ!? 機関の攻撃か!? このオレ、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真に直接的な武力行使とは、身の程知らずが……っ!」

まゆり「地震かなぁ?」

倫子「まゆりはここにいろ。オレは震源である屋上を見てくる」ダッ

まゆり「えっ? あ、オカリン! 待って!」

タッ タッ タッ ガチャ



ラジ館屋上


倫子「(……? 鍵が壊されている?)」キィッ

キラキラキラ…

倫子「なんだこの燐光は……チャフか? 爆発か?」

倫子「いや、それよりも―――」

倫子「アレは、なんだ?」

359: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 22:59:26.94 ID:Hp93MJYeo

係員風の女「近寄らないでくださーい」

係員風の女「記者会見は予定通り始めますので、もうしばらくお待ちくださーい」

倫子「人工衛星? もしかして、中鉢の用意したタイムマシンの模型か何かか?」

倫子「いや、違う。これは陰謀の匂いがするな……これはカモフラージュで、きっと何かを隠蔽したいに違いない!」

係員風の女「下がってくださーい、お願いしまーす!」

倫子「あぅ、すいません」ビクッ

まゆり「はぁっ、やっと追いついた……ねえオカリン、まゆしぃね、うーぱのガチャポン見つけたから一緒に見にいこうよー」

倫子「え? あ、ああ。心配かけてすまなかったな、まゆり」


・・・


360: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:00:06.35 ID:Hp93MJYeo

倫子「思い出したぞ……っ! あれは、ドクター中鉢の発表会の時だっ!」

倫子「発表会が始まる直前、地震でも起きたかのようにビルが揺れて、屋上に出てみたら今みたいに"人工衛星"が置かれていたんだ」

倫子「……今思えば、アレは鈴羽の乗ってきたタイムマシンだったんだな。それに、係員風の女は、他の誰でもない、鈴羽だった……」

倫子「だが、そうなると、どういうことだ……?」

倫子「β世界線の7月28日正午ごろ、オレは既に鈴羽のタイムマシンを観測している……?」ワナワナ

鈴羽「そのためには、あたしたちがこれから何をしなくちゃいけないか。リンリンならもうわかってるんじゃないかな」

倫子「ま、待て! そんな一足飛びに話を進めるなっ! 一体、誰が、なんのためにこんな――」

鈴羽「未来のリンリンとその仲間たちが、世界を救うために、だよ」

倫子「っ!!」

361: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:02:13.02 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「あたしは2036年から来たタイムトラベラー。リンリンに頼みがあるの」

まゆり「リンリン? パンダさんかなー?」

倫子「たぶんオレのことだ。認めたくはないがな」

鈴羽「この世界線の未来では、第3次世界大戦が起きちゃうんだ!」

倫子「なぁっ……」


―――――

紅莉栖『国家機密で公表されなかったけど、実は2000年問題は各国の衝突を煽る形で存在していて、SERNが未来から過去改変しなければ第3次世界大戦が発生してもおかしくないシロモノだったのよ』

倫子『だ、第3次世界大戦!?』

紅莉栖『その元凶はIBN5100よ。あれでしか解析できない特殊なプログラム言語で作られた、とあるプログラムに重大なバグが2000年に発生したせい』

紅莉栖『20世紀末のエンジニアたちはそもそもIBN5100にそんな機能があること自体知らなかったから、問題があることにさえ気づけなかった』

――――


倫子「元凶は、IBN5100……この世界線では、2000年問題が大戦の火種になった……」ゾワッ

鈴羽「さっすがリンリン。すごい、それが例の"リーディングシュタイナー"なんだね」

鈴羽「大戦を回避するために、あたしに協力して過去を変えて! お願い!」

倫子「なんだよそれ……なんなんだよそれはぁっ!!」

362: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:03:43.53 ID:Hp93MJYeo

まゆり「第3次世界大戦って……大変だー、大変だよー!」

鈴羽「椎名まゆりは黙ってて!」ギロッ

まゆり「っ!」ビクッ!!

鈴羽「こいつなんかのためにリンリンはっ……クソが……」ギリギリ

まゆり「ど、どうしちゃったのかな……まゆしぃ、悪いことしちゃったのかな……」ウルッ

倫子「……たとえ鈴羽でも、まゆりに悪態をつくことは許さん」ギロッ

鈴羽「わかってるよリンリン。リンリンにとって、椎名まゆりは絶対守護対象」

鈴羽「わかってる、わかってるよ……」グッ

ダル「なんなんこの子……ゆんゆん過ぎて怖いお、ガクブル……」

鈴羽「……ごめん、父さん。未来で色々あったんだよ……」

ダル「と、父さん!? ……って、あれ? もしかしてお主、あまゆき氏の親戚か何かでござるか?」

鈴羽「あまゆきし?」

ダル「先週コミマで知り合ったレイヤーさんなんだが、すっごく似てるかも。まゆ氏、あまゆき氏の本名ってなんだっけ」

まゆり「えと、『阿万音由季』さんだよー」

鈴羽「……そう。良かった」

ダル「……??」

363: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:05:39.19 ID:Hp93MJYeo

倫子「そのタイムマシンも、お前の父親、ダルが造ったのか!?」

ダル「え、この子の電波話、真に受けるん?」

鈴羽「そうだよ。さすがリンリン」

倫子「お前は、どういう経緯で過去へ」

鈴羽「中学生の時に日本政府軍を抜けて、私はワルキューレ所属になってタイムトラベラーとしての訓練を受けた」

倫子「それでミリタリールックだったのか。いや、モノホンの軍服なのか……」

鈴羽「2036年を発って、1975年、2000年を経由して、ここに来た」

倫子「経由だって……? あのタイムマシンは、未来方向にも跳躍できると言いたいのか!?」

鈴羽「そうじゃなきゃ、タイムマシンとは呼べないじゃん」

倫子「お前は……やっぱり、α世界線の鈴羽じゃないんだな……」

鈴羽「……そっか。あたしの最大のライバルは、α鈴羽とかいう狂信者の殉教者だったね」

倫子「っ!! たとえ鈴羽でも、そんな言い方は許さないッ!!」ガシッ

鈴羽「ぐっ!? リンリンに胸倉つかまれても、痛くも無いけど、やめてよ……」

まゆり「そ、そうだよ! やめて、オカリン」

倫子「……2036年の状況を教えてくれ。SERNはディストピアを作らないんだったな」

鈴羽「SERNなんてあたしは知らない。2036年は、第3次世界大戦の後に残った、焼け野原の世界」

鈴羽「人類の総人口は10億人まで減ったの」

倫子「10億人、だと……まさか、人類牧場化計画っ!?」

364: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:08:06.67 ID:Hp93MJYeo

倫子「結局300人委員会の陰謀の魔の手からは逃れられないってのかよ……っ!」グッ

鈴羽「核兵器が使われてね。かつての冷戦構造にそっくりだったって言われてる。きっかけはタイムマシン」

鈴羽「EUとロシアによる開発競争が火種になって、それにアメリカまでが横槍を入れたから収拾がつかなくなった」

倫子「300人委員会の本拠地EUと、あいつの研究が遺されているアメリカはわかる。だが、なぜロシアが?」

鈴羽「詳しいことはわからないけど、ロシアは完璧なタイムマシン理論を持っていたらしい」

鈴羽「2036年はさ、戦争は終結してるけど、地球はボロボロ。もうさ、人がまともに住める世界じゃないんだ」

倫子「なに? それなら、300人委員会の計画としては失敗じゃないのか……?」

鈴羽「各勢力が乱戦を繰り広げた結果なんだよ。このまま放っておいたら、地球が滅ぶか人類が滅ぶかってところ」

倫子「そんなの……ありかよ……」ガクッ

まゆり「オカリン、大丈夫……?」

倫子「そんなのって……そんなの……」プルプル

ダル「オカリンにまゆ氏の声、届いてないっぽいな……」

365: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:09:54.61 ID:Hp93MJYeo

倫子「(こういう時、オレのそばに紅莉栖が居てくれたなら、冷静に判断できたかもしれない)」

倫子「(だが紅莉栖は居ない。オレに助言を与えてくれることは、天地がひっくり返ってもあり得ない)」

倫子「……ふざけるなよぉ、鈴羽ぁ……っ!!」ポロポロ

鈴羽「え、えっ?」オロオロ

倫子「(逆恨みだ。わかってる)」

倫子「お前が言ったんだぞぉっ! β世界線なら、平和な未来が待っているってぇ……!」ポロポロ

まゆり「オ、オカリン! 泣かないで! えっと、ダルくん、どうしよう!」

ダル「お、おう!?」

鈴羽「リンリン、しっかりして! 2010年が未来への大きな分岐点で――」

倫子「そんなのは知ってるよぉっ!」ポロポロ

まゆり「もうやめて! 鈴羽さん!」

鈴羽「だったら分かるでしょ!? このままじゃ57億人が死ぬんだよ!?」

鈴羽「リンリンが行動しないことで、いっぱい人が死ぬんだよ!?」

倫子「そ゛ん゛な゛の゛知゛ら゛な゛い゛よ゛ぉ゛っ゛!! う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛っ゛!!」

鈴羽「ガキみたいに泣き散らせば済むと思って――」

ダル「……悪いけどさ、これ以上は紳士の僕でも怒っちゃうレベル」

鈴羽「父さん……」

366: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:11:50.53 ID:Hp93MJYeo

まゆり「オカリン、泣かないで? ね?」ダキッ

倫子「うぇぇぇ……うわぁぁぁんっ……」ヒグッ

鈴羽「……この時代のリンリンは、こんなにメンタルが弱かったんだ。そりゃ、平和な時代だもんね。トレーニングなんか受けてる訳ないか」

倫子「オ、オレはぁっ……グスッ……オレの大事な女の子の命を……ヒグッ……犠牲にしてまでぇ……」ウルッ

倫子「この、α世界線に、たどり着いたんだぁ……っ!」

倫子「57億人が死のうと、地球が滅ぼうと……知ったことかよぉっ!! 紅莉栖が、紅莉栖が助かれば、それでいいんだよぉっ!!」

鈴羽「っ!? ……なるほど、そういうこと。そういうことだったんだね、"父さん"」ニヤリ

鈴羽「やっぱり、あたしの大親友のリンリンは、間違いなくあたしの知ってるリンリンだったよ……っ!」

367: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:13:41.04 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「聞いて、リンリン」

鈴羽「もしも。もしもだよ? この世界線の未来を変えるために必要なのが、2010年7月28日に亡くなった牧瀬紅莉栖を――」

鈴羽「助けること……って言ったら?」

倫子「な……!?」

倫子「だ、だが方法がわからな――ハッ」

倫子「タイムマシン……これがあれば……!」ドクン

倫子「正真正銘の、タイムトラベルができるなら……!」ドクンドクン

倫子「まゆりの死なないこのβ世界線上で、紅莉栖を助けることができるなら……!」ドクンドクンドクン

鈴羽「もう因果は閉じてる。"すでに決まっている"んだよ」

鈴羽「リンリンは、あたしの手をつかむしか無いんだ」スッ

倫子「……そうだな。だって、オレは――」

倫子「――あの時既に、"このタイムマシン"を観測しているんだから」

   救える――

倫子「紅莉栖を助けに行くことは、世界の意志であり、偶然と言う名の必然であり……」

   紅莉栖を救える――

倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」

   オレは世界を変えられる――

倫子「ククク……フフフ……」プルプル

   今助けに行くぞ、紅莉栖――

倫子「ふぅーはははぁ!」

368: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:14:34.35 ID:Hp93MJYeo

倫子「だが鈴羽っ! 残念だったな、お前の思い通りにはいかんっ!」ビシィ!!

鈴羽「ええっ!?」

倫子「貴様はオレが紅莉栖を助けることで世界線をアトラクタフィールドαへと変動させる腹積もりらしいが、そうはさせんぞっ!」

倫子「このタイムマシンを使い、紅莉栖もまゆりも助かる、第3の選択肢、都合のいい可能性世界へとたどり着いてやるのだぁっ! ふぅーはははぁ!」

鈴羽「……ふふ、くくく、あははは!」

倫子「な、なにがおかしいっ!?」

鈴羽「さすがリンリン。あたしの認めた友人」

鈴羽「最後まで聞いてよ。あたしだって、α世界線? なんてものは望んでない」

鈴羽「あたしに託された使命はただ1つ」

鈴羽「目指すべきは――」

鈴羽「アトラクタフィールドの狭間」

倫子「アトラクタフィールドの……狭間……?」

鈴羽「どのアトラクタフィールドからも一切干渉を受けない、たった1つの世界線――」



鈴羽「通称『シュタインズゲート』」

369: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:15:30.53 ID:Hp93MJYeo

倫子「な……! だ、だが、それはオレが創り出した特に意味の無い造語――」

鈴羽「もちろん、命名したのはリンリン」

倫子「な、なるほど……」

鈴羽「『シュタインズゲート』はさ、まだ誰も見たことのない未知の世界線らしいんだ」

鈴羽「でもシュタインズゲートの世界線変動率<ダイバージェンス>は、父さんとリンリンとですでに割り出されてるよ」

鈴羽「相対値で、ここ【1.13205】から、-0.08346%」

鈴羽「そこがシュタインズゲート【1.04859】」

倫子「紅莉栖の言った通りだ……無限の可能性の中に、必ずあるはずの、奇跡の世界線……っ」ウルッ

倫子「その世界線に到達するために必要な条件が、紅莉栖の救出……?」

鈴羽「父さんとリンリンが正しければ、ね」

鈴羽「牧瀬紅莉栖は、第3次世界大戦を回避する鍵なんだよ。57億人を救う、英雄のような存在なんだ」

倫子「……あいつはそういうタマじゃないよ。だが、わからんな」

倫子「なぜ、紅莉栖なんだ……?」

鈴羽「それは……分からない。だけど、うまくいけば第3次世界大戦を引き起こす未来を回避できるらしいんだ」

倫子「バタフライ効果か。原因と結果がわかっても、過程がわからない、と……」

370: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:19:03.03 ID:Hp93MJYeo

倫子「未来のオレはなんて言ってたんだ?」

鈴羽「……リンリンは10年ぐらい前、2025年に死んじゃった。8歳のあたしを残して」

倫子「……そ、そうだったな」

鈴羽「今思えば、一緒に遊んでもらってなんかいないで、リンリンを困らせたりしないで、リンリンの考えてる作戦を頭に叩き込んでおけばよかったと思う」

鈴羽「……でも、結局真相は分からず仕舞い。誰かさんのせいでね」ギロッ

まゆり「……っ」ビクッ

鈴羽「父さんはリンリンの意志を継いで、この計画を実行するためにたった1人でタイムマシンを作り上げた」

倫子「……さすがダル。ザ・スーパーハカーと言ったところか」

ダル「だから、ハカーじゃなくてハッカーだっつの」

倫子「おそらくSERNにハッキングして、タイムマシン研究関連のデータを根こそぎ盗んだのだろう」

倫子「タイムリープマシンは作れずとも、タイムマシン自体はリフターの調整と局所場指定の問題、つまり電子の注入と重力波のロックさえクリアすれば完成させられる」

倫子「α世界線との違いはその命を奪われなかったことか……あるいは、タイムマシンを巡って世界が技術戦争をしていたためか……」

倫子「ともあれ、我が右腕は、未来方向へも跳べる、完璧なタイムマシンを造り上げた、と……!」ドキドキ

371: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:20:30.28 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「その世界線――『シュタインズゲート』は、未知って言うくらいだから、どんな未来が待っているのか誰も知らない」

鈴羽「もしかしたら第3次世界大戦が終結した後で、ディストピアが構築されるかもしれない」

倫子「そうなれば世界線はα世界線へと変動して……いや、"完全な未知"なら、そうとは限らないか」

鈴羽「もしかしたら牧瀬紅莉栖は、リンリンが助けた2日後とかに死んじゃうかもしれない」

倫子「それは……オレも考えた。だが、β世界線の収束から逃れられるなら、少なくとも紅莉栖は運命に殺されるわけじゃない」

鈴羽「もしかしたらリンリンは、2025年じゃなくて1週間後に死んじゃうかもしれない」

倫子「かまわない」

まゆり「オ、オカリンっ。死んじゃ、やだよぅ……」ウルウル

倫子「フッ。この鳳凰院凶真が死のうとも、第2第3のオレが立ち上がる。それはつまり、フェニックスの如く不死身だということだ!」

倫子「だから何も恐れることはないぞ、まゆり」ニコ

まゆり「そう、なの?」

倫子「(まゆりはまゆりの婆さんが死んで以来、人の死には敏感なのだ。心配はかけられない)」

鈴羽「もしかしたら、素晴らしい未来が待っているかもしれない」

鈴羽「少なくとも、あたしの知っている2036年でも、α鈴羽の知ってる2036年でもなくなるのは確か」

倫子「ならばっ! それこそがオレたち、未来ガジェット研究所の目指すべき未来だっ!」

鈴羽「行こう、リンリン。7月28日へ」

鈴羽「希望に満ちた幾千の可能性……輝きの時空<そら>へ」

鈴羽「力を貸して。過去を変えるため。お願い――」

鈴羽「この手を握って」スッ

倫子「……無論だっ!」


ガシッ!!


372: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:21:04.98 ID:Hp93MJYeo

ゼロが過去で、イチが未来。

人間は根源的に時間的存在だというならば。

世界一大切な幼馴染はオレの過去であり、世界一大切な助手はオレの未来だ。

どちらかを失うなんて、出来ない。

これが運命<さだめ>と言うならば――

決められている。そう、世界の意志でもある。

すべてオレに任せるがいいさ。

神をも冒涜する、我が魔眼の力で。

並行する無数の世界線の、継続する意志の力で。

折り重なる偶然の、宇宙規模の奇跡の力で。

いざ、難攻不落のnew gateへ。

エル・プサイ・コングルゥ――

373: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:22:46.37 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「ありがと、リンリン! じゃあ、乗って!」

まゆり「オカリン、あのね、まゆしぃにはちんぷんかんぷんだけどね、頑張ってね!」

ダル「女の子を救うために過去へ跳ぶとか、かっこよすぎだろオカリン! 主人公になってくるのだぜ!」

倫子「……ああ。行ってくるっ」

倫子「ちなみに、このタイムマシンは2人乗りOKなのか?」

鈴羽「もちろんっ! あたしの最高の父さんが作った、最高傑作なんだからさ、当然だって!」ニコ

倫子「ダルは娘に愛されてるな」フッ

ダル「言葉の意味はよく分からんが、父さんではなくお兄ちゃんと呼ぶべきだろ常考」

鈴羽「父さんは父さんだよ。あたしの大好きな父さん」

まゆり「オカリン、絶対に帰ってきてね? 行ったまま、戻って来なかったらイヤだよ?」

倫子「別に違う世界に行くわけじゃない。過去にちょっと戻ってくるだけだ」ナデナデ

まゆり「うん……」

鈴羽「いつでも行けるよ!」

倫子「またな、まゆり……」

374: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:23:23.09 ID:Hp93MJYeo
タイムマシン内部


鈴羽「ケータイ出して」

倫子「ん? ああ」スッ

鈴羽「」ポイッ

カツン カラカラカラ …

倫子「お、おい!?」

鈴羽「持って行かない方がいい。混線するから」

倫子「……なるほどな」

鈴羽「ハッチ閉めて」

倫子「あ、ああ」ポチッ


ダル『がんがれオカリン!』

まゆり『このケータイちゃんを、取りに戻ってきてね!』


倫子「あいつら……」フフッ

375: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:26:50.40 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「…………」カタカタカタカタ

――――――――――――――
  →  2010年7月28日11時50分
――――――――――――――

倫子「……ギリギリ過ぎないか?」

鈴羽「このタイムマシンって、場所移動ができないの。数日前に跳んだとして、このマシンのせいで騒ぎが起きて発表会中止とかになっちゃまずいでしょ?」

倫子「……それはそれでいいような気もする」

倫子「そうすれば、少なくとも紅莉栖はラジ館に来ない……いや、そうなったとしても紅莉栖はなんらかの原因で死んでしまうのか」

鈴羽「その場合リンリンは、『紅莉栖が男に刺された』っていう内容じゃないメールを7月28日12時46分に、タイムマシン初号機を調整中の父さんのケータイに送るのかもね」

倫子「タイムマシン初号機?」

鈴羽「えっと、電子レンジなんたら、っていう名前だったと思う」

倫子「電話レンジ(仮)だ……そうかっ! 世界にとって必要なのは紅莉栖が死んだことじゃなく、オレがなんらかのDメールを送ること、なのか!」

倫子「そしてエシュロンに捕捉され……そうだ、そうだよ! これならオレが観測した因果関係を歪ませずに、『紅莉栖が刺された』メールを送るために紅莉栖が死ぬ必要がなくなる!」

鈴羽「といっても、現状は牧瀬紅莉栖の死とDメール送信は密接に関係しているし、Dメールの内容が変わったからと言って牧瀬紅莉栖はどこかで死ぬ」

鈴羽「だからこそ、リンリンの過去改変行動が必須ってわけ。牧瀬紅莉栖の死を防ぐ直接的な行動が、ね」

鈴羽「牧瀬紅莉栖の死を防いだ状態で、Dメール送信の因果をつぶす……そうすれば『シュタインズゲート』へと到達できる」

倫子「ぐっ。せっかく希望が見えたと思ったのに……」

鈴羽「大丈夫。リンリンならできる。あたしの信じるリンリンなら、ね」

376: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:28:03.57 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「それに、7月28日は分岐点なの」

倫子「分岐点……。世界線を再構成するような出来事が起きる日、ということだな」

鈴羽「それだけじゃない。このタイムマシンがあのラジ館屋上に出現することが確定している日、という意味でもある」

倫子「α世界線と一緒だ……2036年の収束が、そのまま2010年7月28日の状況に直結しているわけか」

鈴羽「だから、牧瀬紅莉栖が死んじゃうことがわかってる場面に遭遇して、事件を未然に防ぐことが可能」

鈴羽「だけど、牧瀬紅莉栖が生存する確率は50%なんだ。ううん、β世界線の収束はたぶん起きる」

倫子「まるでシュレディンガーの紅莉栖だな……」

鈴羽「でもきっと、抜け道があるはず。その抜け道こそが『シュタインズゲート』の入り口なの」

倫子「抜け道……。オレがαからβへと移動してきた時と同じように、世界を騙し、辻褄合わせをさせる、ということか」

倫子「ならば、オレは事件を防ぎ、生きた紅莉栖をこのマシンに詰め込んで未来へ送り返す! そうすれば、β世界線の収束を無視してひとっ跳びできるはずだ!」

倫子「(まゆりの時はこの方法は試せなかった。タイムマシンで未来へ跳ぶことができなかったからだ)」

鈴羽「な、なるほど……そこまでは聞かされてなかったけど、それならイけるかも」

倫子「この作戦が達成された瞬間、世界線が再構成されるのだから、帰りのタイムマシンにオレが乗る必要は無いっ! 『シュタインズゲート』の7月28日へとリーディングシュタイナーで跳び移るだけだ!」

鈴羽「いいねっ! リンリンならきっとできるよ!」

倫子「当たり前だっ! 助手風情の望みなど、叶えられぬオレではないわっ! ふぅーはははぁ!」

377: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:29:42.86 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「リンリンってタイムトラベルは初めて?」

倫子「ああ。バナナやメールや記憶は送ったが、まさか自分自身が裸のリング特異点を通過することになるとはな」

倫子「ジョンタイター曰く、かなりのGが発生して、引っ張られるような感覚があるらしい」

鈴羽「ああ、それ書いたの、あたし。2000年に跳んだときに」

倫子「……そうか。それが元々の歴史だったわけだ」

倫子「待てよ? ということは、ドクター中鉢、いや、牧瀬章一は鈴羽の書いた理論を元にタイムマシン発表会を……?」

倫子「(ある意味、α世界線と同じ運命なんだな……)」

鈴羽「1つ忠告。そのドクター中鉢には気を付けて」

倫子「紅莉栖の父親に? どういう意味だ?」

鈴羽「第3次世界大戦はタイムマシンを巡る戦いだったって言ったよね? その原因を辿っていくと『中鉢論文』に行きつく」

倫子「お前、まさかタイムマシン理論をすべて掲示板に書き込んだのか!?」

鈴羽「一部にウソは混ぜておいたから、2000年時点ではあんまり相手にされなかったんだけど……」

鈴羽「ドクター中鉢はあたしの書いた理論を基に、独自の考えを加えたみたい。その完成度はとても高いらしいんだ」

倫子「(あの天才少女の父親なのだ、そういう才覚は備わっているのかも知れない)」

倫子「なるほど……だが、それなら何故お前はジョンタイターとして掲示板にタイムマシン理論を書き込む、などということをしたのだ?」

鈴羽「変な言い方になるけど、"それをリンリンが観測していたから"。あるいは、β世界線の過去で確定している事象だから」

倫子「そうか……2000年タイターの書き込みがなければ、α世界線漂流をしたオレが存在できなかった、というわけか」

鈴羽「もちろん、ちゃんと意味はあるよ。事実、『中鉢論文』は表向きには疑似科学として発表されて、世間はまともに取り合うことはしなかった」

倫子「真実に嘘を忍び込ませたことで、いずれ究明される真実までをも胡散臭くさせた、ということだな」

鈴羽「それでも『中鉢論文』の真価を見抜いた天才が居たみたいなんだ。あたしの情報工作はちょっとの時間稼ぎにしかならなかったってわけ」

鈴羽「とにかく、ドクター中鉢は牧瀬紅莉栖の殺された倉庫近くの会場に居たんだよね? だから彼には注意しといて。彼もまた世界線を大きく変えるキーマンのはず」

倫子「牧瀬家は父娘揃って世界を鍵穴だらけにしてくれているな……」

378: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:31:56.73 ID:Hp93MJYeo

倫子「お前は、ミッションが完了したら、元居た時代に戻るのか?」

鈴羽「実はそんなに燃料はなかったりするんだよね。2036年から1975年で61年分、そこから2010年まで戻ってきたから、累計96年分は消費した」

倫子「SERNのタイムマシンは、燃料満タンで100年程度のフライトが可能、と言っていたが……」

鈴羽「このマシンもそんな感じだよ。つまり世界線を変えられなかったら、あたしは2036年に戻れず、この時代に残るしかないんだ」

倫子「世界線の再構成を待って、鈴羽自身が再構成される可能性に賭けている、ということか……」

倫子「(α世界線では、ディストピアを阻止するために鈴羽は過去に跳ぶ。β世界線では、第3次世界大戦を回避するために鈴羽は過去に跳ぶ。これらは収束だ)」

倫子「(α鈴羽が間違って『シュタインズゲート』にやってきたり、今目の前にいるβ鈴羽と共に『シュタインズゲート』へと物理的に移動することは、アトラクタフィールドαおよびβの収束により不可能、ということ)」

倫子「(だからこそ『狭間の世界線』なのか……)」

倫子「(世界が『シュタインズゲート』へ再構成される時、オレはリーディングシュタイナーによって共時的に記憶を継続させるだろうが、β鈴羽とこのタイムマシンは2010年にはそもそも存在していなかったように再構成されるはず)」

倫子「(これは、β世界線ではラジ館にα鈴羽のタイムマシンが墜落した事実が存在していなかったことと同じ理屈だ)」

倫子「(それでも、世界改変の結果は辻褄合わせとして再構成される)」

倫子「(α鈴羽が、β世界線においてもIBN5100がラボに届く因果を残してくれたように、『シュタインズゲート』では、紅莉栖はその場に居合わせた方のオレの手によって救われたことになっていることだろう)」

倫子「(その場合、当然Dメールは送信されない。エシュロンに捕捉されることもないので、IBN5100でのクラッキングも不要になる。IBN5100がラボに届いた因果はすべて霧散するだろう)」

倫子「(つまりβ鈴羽は、紅莉栖が助かる因果だけを残して存在を消し、『シュタインズゲート』の2017年で産まれる"鈴羽"に再構成される)」

倫子「(……これは机上の空論に過ぎないかもしれない。とんでもない博打だ)」

379: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:33:32.38 ID:Hp93MJYeo

倫子「なあ、もし仮に、牧瀬紅莉栖を救うのに失敗したら……どうなる? 何度でもやり直せるのか?」

鈴羽「8月20日から7月28日への往復はさ、まだ2回ぐらいなら可能」

鈴羽「量子コンピュータの内臓電池、つまりバッテリーがもう残り少なくてね。燃料と同じで、こっちもこの時代では補給できない」

鈴羽「だから跳躍可能時間よりも、タイムトラベルの回数自体が問題になってる」

倫子「2回か……。できれば1回で決めてしまいたいところだ」

倫子「(再度紅莉栖を見殺しにするなど、オレの精神が持ちそうにない……)」ブルッ

倫子「だが、2回目の作戦時、1回目の作戦のオレたちとかちあうことは無いのか?」

倫子「それに、この世界線の7月28日にも別の世界線の鈴羽がタイムマシンで出現しているはずだ。彼女に出会ってしまう可能性はどうなっている」

鈴羽「この辺はリンリンの方が詳しいはずだよ? "確定した世界線"に存在しない出来事が起こるたびに世界線は再構成されるって、教えてくれたじゃん。未来で」

倫子「む?」

鈴羽「タイムマシンが時間移動するたびに世界線は再構成されるんだ。世界線変動率<ダイバージェンス>は0.000001~0.000003%くらいしか変わらないけど」

倫子「時間移動は、それだけで因果律を歪ませているからな。質量保存則や時間順序保護仮説もお構いなしだ」

鈴羽「この性質を利用する。"確定した過去"を変えないようにした上で、タイムトラベルによりわずかに再構成される世界線に到達できれば」

倫子「……過去を変えずにタイムトラベルができる」

倫子「つまり、"確定した過去"を踏襲することで、タイムトラベルによってわずかに再構成される世界線でも同じ過去を再現できる、ということか」

鈴羽「世界線変動率<ダイバージェンス>を好きな数値に合わせて世界線移動できたら楽チンなのになー」

倫子「それは不可能、というか順序が逆だ。タイムマシンが時間移動したことによって、世界線がその事象を観測した、辻褄合わせの再構成をするのだから」

鈴羽「わかってるよー。多世界解釈じゃなくて、アトラクタフィールド理論、なんでしょ」

鈴羽「アクティブ世界線は常に1本。もう耳タコだけど、またこの話が聞けてあたしは嬉しいな」

倫子「(α鈴羽と未来紅莉栖の受け売りだがな)」フフッ

380: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:35:03.73 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「β世界線で"確定している過去"は、"7月28日にラジ館屋上にこのタイムマシンが1台現れる"、ということ。それは既に過去のリンリンが観測してるよね」

倫子「ああ。マシンが到着した時の振動も、マシン本体も、ミリタリールックの女も確認した」

鈴羽「でも、逆に言えばそれだけなんだ。だから、色んな世界線の記憶を持ったリンリンがそこでどんな行動を選択するかは確定していない」

倫子「そこに『シュタインズゲート』選択への可能性がある……」

鈴羽「もちろん、1回目の救出に失敗して、大きく結果を変えることができなかった場合、世界線はほとんど変動しない」

鈴羽「逆に言えば、世界線がほとんど変わってないなら、2回目に挑戦することも可能ということ」

鈴羽「だから、『シュタインズゲート』への行動選択以外で、"確定している過去"を大きく変えるようなことはしちゃダメ。そうしたら過去が大きく変わって、2回目の救出が不可能になる可能性がある」

倫子「"かつてのオレ"が観測していない出来事を起こすな、ということだな」

鈴羽「例えば、自分自身との接触は絶対避けて。修正不能な過去改変、深刻なパラドックスが発生する可能性があるから」

倫子「(確定した過去を変えてしまえば当然世界線は変動するが、最悪、わけのわからないアトラクタフィールドへと跳ばされてしまうかもしれん……)」

倫子「しかし、たった2回か……」

鈴羽「リンリンの頑張り次第ってところかな、あはは」

倫子「(今気づいたが、β鈴羽もα鈴羽と同じく、後先考えずに行動する節があるな……不安だ……)」

381: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:36:05.36 ID:Hp93MJYeo

鈴羽「じゃあ、行くよ? シートベルトしめて」

倫子「けっこう揺れるのか?」カチャ

鈴羽「揺れはほとんどないよ」ポチッ

鈴羽「たった3週間だから、ものの2、3分で行けるはず」

倫子「リング特異点を通過する物体の主観時間か……」

倫子「(Dメールやタイムリープ、あるいはゲルバナの時などは一瞬で送られていたものと思い込んでいたが、よく考えたら観測しようが無いのだ。こればかりはゲルバナに聞くしかわからんな)」

鈴羽「最初に1975年へ跳んだときなんかさ、6時間ぐらいかかって暇で暇でしょうがなかったよ」

倫子「それだと3週間を2、3分、というのと計算が合わないが……そうか、相対性理論か」

鈴羽「時間は歪む。普通の空間の中でさえ歪むのに、特異点の中なんか歪みまくりだよ」

382: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:37:40.59 ID:Hp93MJYeo


バチバチバチッ キラキラキラ……


倫子「なんだこれ……燐光……?」

鈴羽「時のかけらのようなもの。綺麗でしょ? タイムトラベルする時に出るんだよね」

倫子「(それに、わずかに香るオゾンの臭い……なんだか懐かしい気がする)」


ガグンッ!!


倫子「ぐ……うっ……! (すごいGだ、ジェットコースターの比じゃない!)」

倫子「(気持ち悪い……これだから絶叫マシンは大っ嫌いなんだ……っ!)」

倫子「(視界が歪曲する……これが時空のトンネルへと落ちる感覚なのか……)」

倫子「(……なっ!? 目を開けているのに視界が真っ暗に!?)」

倫子「(光子がオレの感光細胞に届いていないのか!? そうか、ここが、リング特異点……!)」

倫子「(鈴羽はものの数分と言ったが、オレの主観の時間感覚は正常に働いているのだろうか……息が、苦しい……)」

383: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:38:11.73 ID:Hp93MJYeo

――――――――――――――――――――――――――――
  2010年8月21日17時55分  →  2010年7月28日11時50分
――――――――――――――――――――――――――――

384: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:38:47.26 ID:Hp93MJYeo

倫子「……かはっ!! はぁ、はぁ……視界が、開けた……?」

鈴羽「ついたよ。これ、腕時計。持っといて」

倫子「ついに来たか……運命の日、11時51分……」ゴクリ

鈴羽「出るよ? リンリンは牧瀬紅莉栖をマークして、殺されるのを阻止して」

倫子「お前は?」

鈴羽「サポートに回る。"選択"をできるのは、神の目を持ったリンリンだけだからね。あたしに出来るのは人払いくらい」

鈴羽「じゃあ状況開始。終わったらこのタイムマシン前に集合ね!」

385: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:39:21.01 ID:Hp93MJYeo
2010年7月28日(水)11時52分
ラジ館屋上


鈴羽「…………」ジャキッ


カシュ カシュ


倫子「(やはりラジ館屋上の鍵は鈴羽のサイレンサー付きの銃による発砲で破壊されていたか)」


タッ タッ タッ


鈴羽「……っ!? マズい! 誰か来る!」

倫子「マズいもなにも、"オレ"が地震の元を調べようと階段を駆け上がっているのだ」

鈴羽「リンリンは隠れて! あたしがなんとかする!」

倫子「なんとかって……ああ、そうだった。あの時なんとかしたんだ、"お前"は」

倫子「なら大丈夫だ。オレはこのまま進んで、複雑な構造になっているラジ館の階段で"オレ"をやり過ごす」

鈴羽「わかった! 行って!」


タッ タッ タッ


386: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:40:07.52 ID:Hp93MJYeo
ラジ館4階 踊り場


倫子「はぁっ……はぁ……」

倫子「さて、どうする。紅莉栖はあと30分もすれば、8階従業員通路奥の倉庫で殺される」

倫子「現場で待ち構えるしかないか……」


??「すいません」


倫子「っ!?」ドクン

倫子「(この声は―――)」ドクンドクン

倫子「紅莉栖……っ!」ドクンドクンドクン

387: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:40:54.80 ID:Hp93MJYeo

紅莉栖「……私、あなたと面識ありました?」

倫子「紅莉栖ぅ……うぅ……っ」ウルッ

倫子「(こ、こらえろ……泣いちゃダメだ、泣くな私……っ!!)」グシグシ

紅莉栖「(かわいい)」

紅莉栖「さっき、このビルの屋上から下りてきましたよね?」

倫子「(紅莉栖が、生きてる……しゃべってる……っ)」グッ

倫子「(今すぐ抱きしめたい。このままラボに連れ帰ってしまいたい……)」プルプル

紅莉栖「……あの、大丈夫ですか? どこか具合が?」ズイッ

倫子「(ああ、紅莉栖の匂いだ。オレの大好きな紅莉栖の――)」スッ

紅莉栖「ちょぉぉっ!? な、なな、なんですか!?///」ドキドキ

紅莉栖「い、いきなり私のほっぺたを触ってくるなんて、あなたレ なんですかっ!? だ、だが、まずはお友達からだ話はそれからだぁっ!!」

倫子「出会い頭に何をほざいているのだHE   天才百合女がっ!」

紅莉栖「えっ?」

倫子「あっ」

388: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:43:15.08 ID:Hp93MJYeo

紅莉栖「まったく、ビックリして封筒から中身が出ちゃったじゃないですか……」イソイソ

紅莉栖「とゆーか百合女って何よ……私は一般的な感覚として可愛い女の子に好意を抱くというだけであって恋愛感情はノーマルなんですけど……」ブツブツ

倫子「(い、今のうちに退散せねば……)」クルッ

紅莉栖「質問に答えてくださいっ!」

倫子「っ!」

紅莉栖「……答えて」

倫子「……オレは、お前を……た、たす……っ」プルプル

紅莉栖「なんです?」

倫子「("助けられるだろうか"と言いかけて、言えなかった)」

倫子「(自信が、ない……)」ダッ

紅莉栖「あ、待って! 待ちなさい! せめてアドレスだけでもっ!」

389: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:44:02.21 ID:Hp93MJYeo
ラジ館8階 廊下


"倫子"『ドぉぉぉクぅぅぅターぁぁぁっ!』


倫子「この声は……会議室の中で"オレ"が暴れているのか」ハァ


"倫子"『オ、オレが誰なのかはどうでもいい! この"ジョン・タイター"のパクリめっ!』

中鉢『誰か、その美少女をつまみ出せ!』


倫子「客観的に聞くと完全なDQNだな……」ガックリ

倫子「そしてこの後、"オレ"は紅莉栖につまみ出される……」

倫子「父親の会見を邪魔したのだ、それなりに腹も立っていたことだろう」

倫子「とにかく、今のうちに例の倉庫で待機だっ」タッ

390: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:44:57.75 ID:Hp93MJYeo
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


倫子「ここだ……ここで紅莉栖は、血だまりの中に倒れていた……」ブルブル

倫子「X時刻まで、あと20分ほど」ドキドキ

倫子「落ち着け、私……大丈夫、みんなが支えてくれてる……」スゥ ハァ

倫子「(犯人は誰だ……? 凶器は、おそらくナイフか何かだろう)」

倫子「(この倉庫をくまなく漁ってみたが、あるのはゲームソフトの在庫や書類ばかりで、凶器になりそうなものはドライバー1本見つからなかった。となると、持ち込みか……?)」

倫子「(だが、相手は18歳の少女を無慈悲に殺傷できる卑劣漢。オレなんかが相手取れるのだろうか……)」

倫子「と、取りあえず、あのダンボールの隙間に身を隠そう……」コソッ

倫子「(クソっ! ルカ子に清心斬魔流を教えておいて、自分は大事な時に何もできないではないかっ!)」

391: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:46:12.78 ID:Hp93MJYeo
2010年7月28日水曜日12時26分
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


パチパチパチ……


倫子「(どうやら発表会が終わったらしい)」


スタ スタ スタ ピタ


倫子「(……なっ!? く、紅莉栖!?)」ドキッ!!


紅莉栖「…………」ニコ


倫子「(どうして紅莉栖が現場に? それに、なぜ手に持った封筒に微笑みかけている……?)」

倫子「(オレがかつて目撃した殺害現場に封筒など落ちていただろうか。記憶が曖昧だ)」


コツ コツ コツ …


倫子「(……来たか。この足音こそ、紅莉栖を殺した犯人っ!)」ドキドキ


中鉢「こんなところに呼び出して、なんのようだ」


倫子「(ド、ドクター中鉢っ!? い、いや、そもそも紅莉栖は父親に会いに来たのだから当然と言えば当然――)」ドクン


  『結局私、パパにも死刑宣告されちゃった』

  『よく憶えておけ。貴様という存在はもうすぐ消えて無くなるのだ!』


倫子「嘘……だろ……」ゾワァッ

392: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:47:58.59 ID:Hp93MJYeo

中鉢「ふむ、悪くない内容だ」ペラッ ペラッ

紅莉栖「本当っ!? ホントに本当!? どこかに読み飛ばしとか、読み間違いがあったりしない!?」パァァ

中鉢「っ、面倒臭い娘だ……」


倫子「(確信してから数分、オレは足を動かせなかった)」

倫子「(状況証拠が揃い過ぎている。どう考えても紅莉栖を殺したのは、彼女の父親である牧瀬章一だ)」

倫子「(元から娘を煙たがっていた章一が凶行に及んだ動機はおそらく、紅莉栖が大事そうに抱えていた封筒の中身……)」

倫子「(アレは、α鈴羽の言っていた『タイムマシンの基礎論文』であり、β鈴羽の言っていた『中鉢論文』だろう)」

倫子「(この論文を読み、自らの手でタイムマシンを造り過去をやり直せると確信した章一が、タイムマシン造りに邪魔な紅莉栖を殺したのだろう、とか)」

倫子「(αとβではジョンタイターの出現変化のために論文の中身が若干違うだろうな、とか)」

倫子「(人類史を揺るがす論文をさらっと書き上げる紅莉栖天才過ぎ抱いて、などと冷静に分析している一方で――)」

倫子「(足が動いてくれない。完全に腰が引けてしまっている)」ガクガク

倫子「(今すぐにでも飛び出して章一を追っ払ってしまいたい。それで紅莉栖は救われるのに……)」プルプル

倫子「(青森で会った時の怒声や威嚇が、正真正銘の殺意に変わることが確定していると思うと……こわいっ……!)」ウルウル

倫子「(それに、オレ1人の力では、40代の男をどうこうできる自信が無い……クソ、なんでオレは運動音痴で、やせ型で、しかも女なんだ……)」

倫子「(誰も助けてくれない……それどころか、現状では紅莉栖は父親の味方だろう。完全な孤独の中、オレはやり遂げなければならない……っ)」グスッ

倫子「(動け……動けよ、オレの両足……っ!)」ポロポロ

393: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:48:37.09 ID:Hp93MJYeo

紅莉栖「この論文はパパと共同署名でもいいと私は思って――」

中鉢「学会には出すな。これは私が預かっておく」

紅莉栖「で、でも――」

中鉢「私を哀れんどるのか!? それとも蔑んどるのか!? 娘の分際で!」

中鉢「私が今日、この場にお前を呼んだ理由を教えてやる。勝ち誇りたかったのだよ! お前に私の研究の偉大さを見せびらかすことでな!」

中鉢「お前が絶望するほどの差を知らしめてやろうとしたのだ!」

中鉢「なのにあの妙な白衣の美少女のせいで、すべて台無しだ! そしてお前がそんな私を見て、鼻で笑っていたのも知っているぞ!」

紅莉栖「笑ってなんて――」

中鉢「この論文は私の名前で発表する」

紅莉栖「……まさかパパ……盗むの?」

中鉢「なんだとっ!?」バチンッ!!

紅莉栖「きゃぁっ!!」バタンッ


倫子「(く、紅莉栖っ!!)」

倫子「(だ、ダメ、声も、出ないよぉ……っ!)」ガクガク

394: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:50:23.99 ID:Hp93MJYeo

中鉢「誰に聞いて口を利いているのだ!」ギリリリ

紅莉栖「あ、う……」


倫子「(紅莉栖が首を絞められている……)」ゾワッ


中鉢「なぜお前はそんなに優秀なのだ! 存在そのものが疎ましい!」ギリリリ

中鉢「私より優秀な人間などこの世にいてはならんのだ! 屈辱なのだ!」ギリリリ

中鉢「だから遠ざけた! お前と親子だと思われるのが耐えられなかった!」ブンッ

紅莉栖「――っ! かはっ! ごほっ!」バタンッ

中鉢「……ちょうどいい。タイムマシンさえ作ってしまえば、なかったことにできる」ニヤリ

中鉢「積年の恨み、ここで晴らさせてもらおうか。お前は、自分が書いた論文のせいで、今ここで消えるのだ!」ジャキン

紅莉栖「パパ……」


倫子「(章一が懐から仕込みナイフを取り出した、が――)」

倫子「(どうして紅莉栖は何の抵抗もしない!? それどころか、まるですべてを悟ったかのような目をしている……)」

倫子「(……そうか。こいつは、オレと過ごしたあの日々を知らない。自分が、世界から否定された存在だと信じ込んだままなんだ……)」グスッ

395: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:51:32.49 ID:Hp93MJYeo

中鉢「私を、バカにするなぁ!」ダッ

倫子「(ナイフで、刺されて、紅莉栖が――)」ドクン

倫子「(死んじゃう――)」ドクンドクン

倫子「う、うわああああああああっ!!!!!」ダッ

中鉢「な―――」


ドンッ!!

ズテーン  カラカラカラ…


倫子「(い、いつの間にか章一に飛びかかっていた……不意をつけたおかげで、なんとか体勢をくずすことができた!)」ハァッ ハァッ

倫子「(そして運良くナイフが今、私の足もとに転がっているっ!)」

倫子「(これさえ無ければ……これさえ無ければっ!)」パシッ

中鉢「き、貴様はあの時の! ……そうか、紅莉栖と示し合わせて、私の会見を台無しにしたのだなッ!?」ギロリ

倫子「(ひいいいいいいいっ! こわいこわいこわいこわいっ!)」ブルブル

中鉢「私をバカにした者は、1人残らず殺してやる……ッ!」ハァ ハァ

倫子「(もう章一は、狂っているっ! 父親なんかじゃない、ただの殺人鬼だっ!)」ガクガク

中鉢「今の私にはタイムマシンがある、完全犯罪などし放題だっ! ハ、ハハ、ハーハッハッハァッ!!」

倫子「(だ、だれか、たす、たすけ―――)」

倫子「たすけ、て……くり、す……っ!」ポロポロ

紅莉栖「―――っ!!」

396: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:53:08.76 ID:Hp93MJYeo

紅莉栖「やめて、パパ!」ガシッ

中鉢「邪魔をするなぁ!」グヌヌ

紅莉栖「あなただけでも、逃げてっ! 鳳凰院凶真さんっ! オカリンさんっ!」

倫子「(紅莉栖が、オレの名前を――っ!)」ポロポロ

倫子「(紅莉栖が、紅莉栖がオレを助けてくれる――っ!)」ポロポロ

紅莉栖「早くっ! これ以上、パパを抑えられないっ!」ググッ

中鉢「殺してやるッ! お前達2人とも、殺してやるッ!」グググッ

倫子「(そ、そうだ! このナイフを持って逃げれば、凶器が無くなる!)」

倫子「(『牧瀬紅莉栖が刺されたみたい』が成立しなくなるっ! このナイフは世界を変えるキーアイテムなのだ、死んでも手離すなよ、鳳凰院凶真っ!)」ギュッ

倫子「(後はここから逃げるだけ――)」




倫子「……足が、動かないっ」ポロポロ




397: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:53:48.86 ID:Hp93MJYeo

倫子「(なんで、なんでなんでなんで……っ!)」ポロポロ

倫子「(あと一歩なのにっ! あと少しで全てが救われるのにっ!)」ポロポロ

倫子「(世界を変えられるのに――――ッ!!)」ポロポロ

中鉢「どけェッ!! 私の邪魔をするなァッ!!」ブンッ

紅莉栖「きゃぁ―――――」


  その時、章一に突き飛ばされた紅莉栖の身体が――――


グサリ


ドクン

ドクンドクン

ドクンドクンドクン




倫子「――――――え?」




398: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:55:55.60 ID:Hp93MJYeo

中鉢「……ふはは、バカどもにはふさわしい末路だ」

中鉢「この論文は頂いていく。ヒヒ、ハハハ」タッ タッ タッ


   ……なんだ、この感触は。

   まるで、骨の間をかき分けて、肉をえぐったような。

   現在進行形で脈動している、それは。

   今もなお深く刺さり続けていく、それは。

   それの生温かい液体が、オレの両手を流れていく。

   それの呼吸に合わせて、わずかに揺れる。


紅莉栖「あ……ぐっ……!」


   その聞き慣れた声に、急激にオレの意識が覚醒する。

   章一に突き飛ばされた紅莉栖が、その勢いのままに正面から倒れ掛かってきた。

   足をもつれさせ支えを失った紅莉栖。ナイフを必死で握りしめていたオレ。

   紅莉栖は、オレの嘆願に応え、身命を賭してオレを守ろうとして。

   オレは、私は、紅莉栖を救いたくて、過去を変えようとして。


倫子「なん……で……」


   なんでこんなことに……



399: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:56:39.35 ID:Hp93MJYeo



   私の世界一大切な女の子を殺したのは。


   オレの大好きな助手を殺したのは。


   牧瀬紅莉栖を殺したのは――――




紅莉栖「ご……めんね……」







   ―――――――――――――オレだった





400: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:58:42.08 ID:Hp93MJYeo

紅莉栖「あなた……を……まもれな……かっ……」ハァ ハァ


   紅莉栖が苦しんでいる。声を絞り出している。

   紅莉栖の身体から力が抜ける。私に体重をあずけてくる。

   ナイフはさらに深く突き刺さる。熱い血がさらに溢れてくる。

   それでも、私の腕は動かない。ナイフを抜くことができない。

   こんなつもりじゃ。

   こんなつもりじゃなかったんだ。

   紅莉栖の身体が痙攣し始めた。激痛を感じているのだろう。

   痛いに決まっている。だって、これから紅莉栖は――

   死ぬんだから。

401: ◆/CNkusgt9A 2016/02/21(日) 23:59:28.32 ID:Hp93MJYeo

倫子「どう……して……」

紅莉栖「父親を……人殺しには、できない……」

紅莉栖「それに……たすけてって、言ってくれた……から……」

紅莉栖「見ず知らずの……あなただけど……まもりたいって……思った、から……」

紅莉栖「友達になりたかった……から……好かれたかった……から……」

紅莉栖「バカだね、私……迷惑、かけちゃって……」

倫子「あ……あ、あ……」

紅莉栖「ねえ……わ……たし、死ぬの……かな……」

紅莉栖「……死にたく……ないよ……」

紅莉栖「こんな……終わり……イヤ……」

紅莉栖「たす……けて……」

紅莉栖「たす……」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」




紅莉栖「…………………………………………」




402: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:00:06.57 ID:u/MTHkzVo



私は、紅莉栖を殺した。

紅莉栖を殺したのは、私だった。




403: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:00:51.47 ID:u/MTHkzVo



  「きゃあああああああああああああああああ――――――――――――!」




404: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:01:25.65 ID:u/MTHkzVo


あの時の悲鳴は、てっきり紅莉栖のものだと思っていた。

まさか自分の声だったなんて。

ハハ、なんだよそれ。


405: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:02:17.37 ID:u/MTHkzVo

鈴羽「リンリン!」

倫子「ごめんね……ごめんねぇ、くりすぅ……うううぅっ……」ポロポロ

紅莉栖「…………」

鈴羽「……立って! リンリン!」グイッ


ヌチョ ドサッ ドクドクドク……


鈴羽「っ! ナイフ、回収しておかないと」スッ

倫子「こんなつもりじゃ……こんな、つもりじゃ……」ブツブツ

鈴羽「しっかりして! 今すぐここを離れないと人が来ちゃう!」

倫子「やだぁっ! くりすをおいていけないよぉっ!」ダキッ

倫子「は゛な゛れ゛た゛く゛な゛い゛よ゛ぉ゛っ゛!!」ギュッ

紅莉栖「…………」

鈴羽「チッ! ごめん、リンリン!」シュッ!!

ドスッ

倫子「うっ――――」バタッ

鈴羽「よっと。リンリン、軽いなぁ……」

鈴羽「……大丈夫だから。きっと大丈夫だからね」タッ タッ タッ

406: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:02:46.15 ID:u/MTHkzVo

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  2010年7月28日12時40分  →  2010年8月21日17時56分
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407: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:06:14.73 ID:u/MTHkzVo
2010年8月21日火曜日17時56分
ラジ館屋上


ダル「うお、もう帰ってきたお! まだ跳んでから1分も経ってないのに!」

まゆり「……オカリン? オカリン!」

倫子「…………」

鈴羽「心配しないで。気絶してるだけ。よっと」ドサッ

ダル「ちょっ、オカリン血まみれじゃん! どうしたん!? 一体なにがあったん!?」

鈴羽「この血はリンリンのものじゃないし、ケガしてるわけじゃないよ」

鈴羽「父さん、バケツと水、あと服も。今すぐ手に入れてきて」

ダル「わ、分かったお!」

まゆり「オカリン! 死なないで、オカリン!」ユサユサ

鈴羽「あんまり揺すると逆効果だ、椎名まゆり。今すぐやめろ」

まゆり「……ねえ、どうしてオカリンは気絶してるの!? どうして血まみれなの!?」

鈴羽「気絶させたのはあたし。血まみれなのは、牧瀬紅莉栖を刺し殺しちゃったから」

まゆり「殺した……ウソ……」

鈴羽「でも安心して。まだもう1回分、タイムトラベルはできる。失敗を、なかったことにできるんだ」

408: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:07:17.06 ID:u/MTHkzVo

・・・

ダル「はぁっ、はぁっ……持てるだけ買ってきたお。死ぬる……」ゼェ ゼェ

鈴羽「ありがとう、父さん! こっちに渡して!」

まゆり「ねえ、鈴羽さん! オカリンは、大丈夫なの!?」

鈴羽「本人の口から聞いた方が早いよ」トクトクトク……

ダル「それ、オカリンに飲ませるんと違ったん? バケツに入れて、マシンの冷却水にでもするん?」

鈴羽「よし。目を覚ませっ!」


バシャーッ!!


倫子「―――がはっ! ごほっ!」

まゆり「オカリンッ!」

ダル「どこの軍隊だよ……あ、いや、モロ軍人の格好だった件……」

鈴羽「さあ、リンリン。2回目の救出に行くよ! 手を貸して!」

倫子「……きゅう、しゅつ……?」

鈴羽「牧瀬紅莉栖を助けに行くんだ! このタイムマシンで! さあ!」

倫子「まきせ、くりす……」

倫子「たいむ、ましん……」

倫子「……あ、ああ……あああ……っ」




倫子「あああああああああああああっ!!! あああああっ!!! ああああああああああああっ!!!!!」



409: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:08:00.01 ID:u/MTHkzVo

まゆり「オカリンっ!?」

鈴羽「クソッ、錯乱したか。父さん、リンリンを抑えて!」

ダル「マジっすか……」ガシッ

倫子「あああああああああっ!!!! ああああああっ!!!!」ジタバタ

鈴羽「リンリンの肩には、何十億っていう人の命がかかってるんだよ!?」

倫子「ああああっ!!!! ああああああああああああっ!!!!」

鈴羽「たった1回の失敗がなんだって言うんだ!」

倫子「ああっ!!!! ああああああああっ!!!! ああああああああああああああっ!!!!」

鈴羽「く……! こうなったら、ビンタしてでも気合い入れ直して――」スッ



まゆり「だめぇぇっ!!!!!」ガバッ

410: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:09:56.09 ID:u/MTHkzVo

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    1.13205  →  1.29848
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411: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:11:06.71 ID:u/MTHkzVo

まゆり「だめだよ……! 無理強いするのは、よくないよぅ……!」

まゆり「こんなオカリン、見てられないもん……!」

倫子「あああっ!!! あああああっ!!!」ジタバタ

ダル「は、激同。オカリン抑えるの、もう限界だお……精神的に……」

鈴羽「でもさ、このままじゃ、未来を変えられない!」

まゆり「どうして? どうして未来のことを、オカリンひとりに押し付けるの?」

まゆり「そんなの、重すぎるよ……」

鈴羽「リンリンには、世界の観測者としての能力、神の目、リーディングシュタイナーがあるから」

鈴羽「だから、リンリンは救世主なんだ!」

まゆり「オカリンが、望んだわけじゃないのに……!」

鈴羽「……椎名まゆりにそんなことを言う資格はないッ!! どけぇ、椎名まゆりッ!!」ブンッ!!

まゆり「きゃぁっ!!」バタンッ

ダル「ちょ!?」

倫子「――――ぁぁぁまゆりぃぃぃぃぃっ!!!」ジタバタ

まゆり「いたた……あれ……これ、血……?」タラーッ

鈴羽「額を切っただけだ、いちいち反応するな――」

倫子「まゆりがしんじゃうっ!! まゆりが、まゆりがぁぁっ!!」ジタバタ

412: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:13:06.08 ID:u/MTHkzVo

倫子「まゆりがしんじゃうぅぅぅぁぁぁあああああああっ!!! いやぁぁぁぁああああっ!!!」ジタバタ

鈴羽「この世界線の2010年では椎名まゆりは死なない! リンリンは、岡部倫子は、椎名まゆりなんかのために犠牲になっちゃダメな人間だ!」

倫子「しんじゃうぅっ!! しんじゃうぅっ!!」ジタバタ

鈴羽「死なないって言ってるだろ! たとえあたしがこの拳銃を椎名まゆりに向けて、引き金を引いたって―――」ガチャッ

ダル「――――っ!!」ブンッ!!


バチーン!!


鈴羽「――――え? え???」ヒリヒリ

ダル「ハァ、ハァ……まさかこの僕が女の子に手をあげる日が来るなんて、思ってもいなかったのだぜ」

ダル「だけど、僕は今、どうしてもこうしなきゃいけなかった気がするんだ」

鈴羽「とう……さん……?」ヒリヒリ

ダル「こうしなきゃ、もっと大切ななにかを失っていた気がするんだ」

鈴羽「父さんにぶたれたことなんて、ないのに……」

鈴羽「父さんの貧弱なビンタなんて、痛くもかゆくもない……けど……」

鈴羽「すごく、痛いよ……世界で一番、痛かった……」グスッ

ダル「……今はオカリンとまゆ氏を病院に連れて行くことが先決だ。いいね?」

鈴羽「……ごめん、なさい。父さん……ごめ、ん、なさい……」ポロポロ

413: ◆/CNkusgt9A 2016/02/22(月) 00:15:17.41 ID:u/MTHkzVo

オカリン?

もう、頑張らなくてもいいからね?

泣いてもいいんだよ、オカリン

まゆしぃはそばにいるからね

かけがえのないこの世界にはね、たったひとりのオカリンがいるの

まゆしぃにできるすべてで、オカリンの力になりたい

言葉を交わさなくてもわかるのです……頼りないかな

どうかずっと、そばにいさせて

重荷にならないように

この優しい夕暮れの大空に、想いが伝わるといいな――