2: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:34:54.83 ID:yGCrz+VAO
朝。

目覚めると、すぐに体の変化に気がついた。

「…」

まず、視界が悪い。

…悪いどころか、ほとんど見えない。

一瞬、白内障とか、緑内障とか、そういう目の病気になったんじゃないかって、思いました。

「…」

…あまりにも突然だったから、凄く混乱した覚えがある。

「…」

それ以上に、驚いたことがある。

「…?」

立てないの。二本足で。

「…!」

立とうとすると、安定しない。

バランスを崩して、四本足になる。

「…」

私はどうしてしまったんだろう。

そんな焦りが生まれ始めました。

3: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:35:55.02 ID:yGCrz+VAO
「…」

鏡を取ろうと、私は手を伸ばしたの。

「!?」

そして、直ぐにその手を引っ込めたわ。

だって…。

「…」

これ、私の手じゃないんだもの。

毛むくじゃらで…というより人の手じゃない。

「…」

それと、声が出せない。

な、とか。
ま、とか。

全然出ないの。

「…」

そして、ようやく分かったわ。

「…ワンッ」

…私は、犬になってたの。

4: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:36:44.69 ID:yGCrz+VAO
「…ワンッ」

自分が犬になった。

ある日突然、犬として目覚めてしまった。

「…」

どうりでいつもより視界も悪いし、低いと思った。

「…」

だけど、今日は仕事。

こんな格好で行くなんて、まずいんじゃないかって思ったわ。

「…ワンッ」

流石に裸で行くのは恥ずかしいし、色々困る。

「ワンッ……」

だから服を着ようと思ったけど、私の服は今の自分には大きすぎたの。

…それに、この指じゃ着るどころか、ボタンもチャックも…。

5: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:38:15.51 ID:yGCrz+VAO
「…」グゥー…

にしてもお腹が空いていたわ。

…だって、肉食でしょ?犬って…。

「…」

冷蔵庫に何かあったかしら。

…いや、まず開けられないわ。

「…」

だから、とにかく我慢しようってなったの。

事務所に行けば、何かしら食べられるかなって思って。

「…」

私は意を決して、家を出ることにしたわ。

「…」

鍵も閉められないし、財布も持てないけど。

行けばきっと何か変わる。

誰かに助けてもらえるんじゃないかって。

「…!」ガチャガチャ…

必死てドアの鍵を開けて、ドアノブに手を伸ばしたわ。

「…!」バタン

そして、背に腹は変えられないって、結局裸で飛び出したの。

6: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:39:31.74 ID:yGCrz+VAO
幸い、私の家から事務所までは、そこまで時間がかからない所だった。

…というより、この姿ならいつもより完全に早く着く。

軽快に、俊敏に動ける。

その上今の私は裸の獣。

不思議な解放感に包まれて、私の気分は高揚していったわ。

「…」

人混みをすり抜けて。

歩道橋の階段を三段飛ばしで上がって。

7: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:40:23.50 ID:yGCrz+VAO
「…」

犬って、こんなに嗅覚が効くんだ。

都会って…何か、嫌な匂いだわ。

そんな気分にもなったわね。

「…」

みんな、私のこの姿を見たら何て言うんだろう。

驚くかしら?

…まさか、保健所に連れていかれるなんてことは無いわよね?

というより、今の私が高垣楓って分かってくれるのかしら。

「…」

喫茶店のガラスに映る自分の姿を見る。

…柴犬かしら。

…私、犬になったらこんな感じなのね。

痩せてるから、もっと別の犬かな、なんて思ってた。

…あ、そんな事はどうでもいいの。

8: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:41:16.74 ID:yGCrz+VAO
「…ワンッ」

事務所に近づくにつれ、自分が犬であることに抵抗が無くなっていったわ。

順応が早いのかしら、私って。

「…ワグ…」ガブガブ

公園の水を飲むことにも一切の抵抗が無かったわ。

「…ワフッ…」

それどころか、美味しいなんて思っちゃった。

「…」

でもこんなところで油を売ってる場合じゃない。

早く行かないと仕事の時間に遅れちゃう。

それだけは、何としても阻止しないといけないって、思ったの。

9: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:42:13.87 ID:yGCrz+VAO
「…!」

だから、必死で走ったわ。

途中ちょっとすれ違うサラリーマンの愛妻弁当の匂いに心を奪われそうになったけど。

だけど、仕事の為。

私は、みんなに迷惑をかけたくない一心で、走り続けたの。

「…」グゥー…

お腹が空いてるからってのも、あったけど…。

「…」

それに、川島さんや片桐さんならきっと私が楓だって理解してくれる筈。

だから、必死で走ったの。

とにかく、この運命に抗ってやるんだって、もがいたわ。

きっとみんなは私を助けてくれる。

だから、行かなきゃって。

みんなを、信じたの。

10: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:43:34.66 ID:yGCrz+VAO
やがて事務所の正門が見えて、警備員のお爺さんをすり抜けたわ。

笛が鳴っているのも気にせずに。

幾多の警備員をすり抜けて。

幾多のアイドルをすり抜けて。

美嘉ちゃんの香水に鼻が壊れそうになって。

ちょっと凛ちゃんの微かな犬の匂いに誘われて。

そして必死で階段を登って。

「…ワンッ!」

…ようやく、ここに辿り着いたの。

11: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:44:46.70 ID:yGCrz+VAO
早苗「…ふーん」

瑞樹「この犬が楓ちゃんねぇ…」

「ウー…」

早苗「唸ってるわよこいつ。ご飯あげたのに」グイー

「グルルルルル…」ビローン

友紀「ご飯足りないんじゃないですか?」

菜々「…っていうかこの子雄ですよね…」

早苗「うん。ついてるものね」ヒョイ

「グルルルルル」

瑞樹「…で?」

菜々「…で?…とは?」

瑞樹「その話は何なのかしら?」

菜々「…いえ、そういう話らしいですから…ね?」

友紀「うん。そういう話…」

瑞樹「そういう話を、誰が言ってるのかしら?」

菜々「…電話でそうやって話してます…」

瑞樹「…なら、その相手は誰?」

菜々「…さあ、誰でしょう…?」

瑞樹「………ん」

菜々「…」

瑞樹「…」






瑞樹「で?サボった理由は何かしら、楓ちゃん?」

12: ◆GWARj2QOL2 2016/04/03(日) 11:46:17.75 ID:yGCrz+VAO
終わります

引用元: 楓『気がついたら、私は犬になっていた』