1: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/13(土) 18:10:50.39 ID:DhoS3RPu0
 京太郎「操り人形よ、糸を切れ」

 京太郎「限りなく黒に近い灰色」

 の続編になります。

 女神転生シリーズと咲シリーズのクロスオーバー二次創作です。

 まず、いくつか注意があります。
 
 一つ。 文章が糞長いうえに文体が変わっている。

 二つ。 クロスオーバーなのですが、人物の設定、世界観の設定が大幅にいじくられています。気に入らないと思うかもしれません。
 
 三つ。 バトル描写がありますが、グロテスクに傾くことも、悲惨な目に合うキャラクターもほぼいません。 どちらかといえばほのぼの寄りです。

 四つ。 オリジナルのキャラクターがバンバン出てきます。お許しください。


 また、前回と今回の投稿の期間がかなり空いているので、一作目と二作目のあらすじを書いておきます。少しネタバレ気味のあらすじなので、一作目と二作目のネタバレが嫌だという人は読み飛ばしてください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1471079450

8: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:22:57.37 ID:B82FWzEK0
京太郎「操り人形よ 糸を切れ」

あらすじ

長野県の高校生須賀京太郎は同級生から人探しの依頼を受ける。人探しの依頼は奇妙なもので須賀京太郎は耳を疑った。しかし須賀京太郎は人探しへ向かう。

人探しに向かった須賀京太郎はふとしたきっかけで河に飲み込まれ、見知らぬ場所へ運ばれる。そこで須賀京太郎は喋る人形、奇妙な天使と出会い道ずれとする。

そして道ずれを手にした須賀京太郎は奇妙な世界・異界と呼ばれる世界を歩き回り、ついには事件の原因に行き着く。

異界に暮らしていた妖精たち・悪魔たちからの助力もあり事件を解決するに至り、須賀京太郎は現世へ帰還する。



 

9: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:33:38.91 ID:B82FWzEK0
 京太郎「限りなく黒に近い灰色」

 あらすじ

 前回の事件から数日後、ヤタガラスと呼ばれる組織から須賀京太郎に招待状が来る。これはパーティーへ誘うもので、悪意あるものではない。

 須賀京太郎はこの誘いに乗る。しかし誘いに乗ったは良いが問題が発生する。パーティーの目玉であるクロマグロの解体ショーができないという。

 なぜなら、運び込まれるはずだったクロマグロが会場に到着していないのだ。

 これをきいてヤタガラスの構成員である・ディーと須賀京太郎はクロマグロを手に入れるために、奮闘する。

 クロマグロ争奪戦は苛烈を極めるが、優秀なヤタガラスであるディーと須賀京太郎の連携によってどうにかクロマグロはパーティー会場へ到着する。

 この一件で須賀京太郎はヤタガラスに所属することになる。

 

 あらすじからも察していただけますように、全体的に緩いうえに恋愛要素皆無になっています。「操り人形」がほのぼの九割。「限りなく黒」がほのぼの八割。

 今回はほのぼの五割くらいです。

 毎週日曜日更新で、九回くらいで終了できると思っています。 よろしくお願いします。

10: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:38:27.23 ID:B82FWzEK0
 プロローグ


 夏休みの最終日天江衣の別館の前に染谷まこが立っていた、この時に彼女の身に降りかかった面倒事についての話から書いていく。

ことの始まりは朝八時にかかってきた電話だった。染谷まこの実家に龍門渕を名乗る女性から電話がかかってきた。電話を受けたのは染谷まこの母親だった。

接客業を営む染谷まこの実家である。朝八時となればすでに動き出す準備はできていた。そしてこの時間帯にかかってくる電話となれば、予約だとか注文のどちらかだった。

見逃すことはなかった。そして龍門渕からかかってきた電話を娘に取り次いだ。龍門渕からの電話だといって母親から受話器を渡された染谷まこは困っていた。

電話をかけてくるような関係ではないと思っていたのだ。そうして受話器から聞こえてきたのは龍門渕の別館に暮らしているという天江衣の声だった。かわいらしい声でこんなことを言っていた。

「大事な話がある。迎えをよこすからこっちに来てくれないか。許可ならおじい様にもらっているから大丈夫だ。

 なぁ染谷。私とお前の仲だ。頼むよ」

染谷まこは少しだまった。何か嫌な予感がした。そしてよく考えてから答えた。

「命の危険がないのなら話をきいちゃろう」

すると受話器の向こうで天江衣が喜んだ。そしてこういった。

「命の危険なんてあるわけないだろ? そんなことをしたら京太郎が激怒する。本当に大したことはない。
 
 来てくれる?」

すると染谷まこは苦笑いを浮かべながら答えた。

「ええじゃろう。向かえはいつ来る?」

染谷まこがうなずくと、天江衣がこう言った。

「もう家の前にいるはずだ。一番いい運転手だから、何が起きても龍門渕にたどり着けるぞ。

 それじゃあ、よろしく頼む。お茶とかお菓子はこっちで用意しておくから手ぶらで構わんぞ」

などといって天江衣は電話を切った。電話が切れた後染谷まこは自宅の前をこっそりとみてみた。すると自宅の前に黒塗りのベンツが止まっていた。

執事服を着て白い手袋をつけた運転手が運転席でスタンバイしている。幸い朝ごはんを食べ終わり身なりも整っている染谷まこである。それほど待たせずに済んだ。

そして龍門渕まで快適なドライブを楽しむことになった。

 龍門渕に到着したあと、染谷まこはメイドさんに導かれた、この時の染谷まこの様子について書いていく。それは龍門渕の車に乗り込んで数十分後、龍門渕に到着してからのことである。

「ディー」
と名乗る運転手さんに

「ちょっと待っててもらえる? 案内役がすぐに来るはずだから……ごめんね、呼び出したのに待たせるようなことをして。
 敷地が広いから迷子になる人が多いんだわ」

といって謝られていた。これに染谷まこが大したことではないと答えていると、黒塗りの車にメイドさんが駆け寄ってきた。

黒塗りの車に駆け寄ってくるメイドさんはきれいな女性だった。髪の毛がそれなりに長いが、これもまたきれいに手入れされていて、つやつやである。

ただ少し不機嫌だった。このメイドさんは染谷まこを見つけるとこういって挨拶をした。

「染谷様ですね。お待たせしました。

 ハチ子と申します。我が王に変わり精一杯務めさせていただきます」

一挙一動即が非常に洗練されていた。そんなメイド服を着たハチ子に染谷まこはあいさつで返した。簡単なあいさつで、

「染谷です。お邪魔します」

程度のものだった。しかし特に問題はなかった。挨拶が終わると染谷まことハチ子は別館に移動を始めた。

そうして別館に移動する間に五人組の少女に絡まれた。長い三つ編みの少女と、ポニーテールの少女、ツインテールの少女に、和装の少女、そしてショートカットの少女である。

皆顔がそっくりであったが、微妙に違っていて染谷まこは

「五つ子か?」

といって珍しがっていた。そんな染谷まこに五人組の少女がこう言っていた。

「これが染谷まこか……ふうん?

 普通の人間にしか見えないが……」

11: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:41:59.40 ID:B82FWzEK0
五人組の少女はじろじろと染谷まこを観察していたが、すぐに逃げ出した。

ぴょんぴょん跳ねてあっという間に姿を消した。風のようだった。五人組の少女が逃げ出したのは、金髪の女性と黒髪の女性の気配がしたからである。

仕事をさぼって染谷まこに会いに来たことを知られたくなかった。

 五人組の少女が姿を消した後、金髪の女性と黒髪の女性が染谷まこの案内に加わった、この時に行われたやり取りについて書いていく。

それは五人組の少女たちが冗談のような身体能力で龍門渕の敷地内を駆け抜けていった後のことである。

「とんでもない身体能力じゃなぁ」

と染谷まこが驚いている間に金髪の女性と黒髪の女性が目の前に立っていた。金髪の女性と黒髪の女性は、おそろいのジャージをきて、手には軍手をはめていた。

そうして彼女らが現れると染谷まこは驚いた。気を抜いていたらいつの間にか目の前に現れていたからである。しかしすぐに落ち着きを取り戻した。そして染谷まこはこういった。

「アンヘルさんと……ソックさんじゃったか?」

名前を呼ばれた金髪の女性と黒髪の女性は微笑みを浮かべてうなずいた。そして名前を呼ばれた金髪の女性アンヘルがこう言った。

「お久しぶりです染谷さん」

続けて黒髪のソックがこう言った。

「貴重な夏休みの最終日に呼び出してしまったこと、本当に申し訳ありません。

 衣ちゃんが頭の悪いお願いをすると思うのですが、できれば怒らないであげてください」

すると染谷まこが苦笑いを浮かべた。面倒くさいことになったと思った。この時染谷まこの案内役がものすごく不機嫌になっていた。

アンヘルとソックが自分の仕事に割って入ってきたからである。しかし拒否できなかった。アンヘルとソックがハチ子よりも格上だったからである。

 アンヘルとソックが加わった後染谷まこたちは天江衣の別館へ到着した、この時に染谷まこを出迎えた天江衣について書いていく。

それはアンヘルとソックが現れてから五分後のことである。染谷まこたちは天江衣の別館に到着していた。この時染谷まこはずいぶん驚いていた。

天江衣の別館がものすごく大きかったからである。龍門渕は大金持ちの財閥だとは知っていた。天江衣がいいところのお嬢さんだということも知っていた。

しかし、実際にビックリするくらい広い敷地とその中に立つ数々の建物を見てみると、スケールの違いに圧倒された。

特に天江衣の別館は妙な威圧感で満ちている。雰囲気が妙に重々しく、古い博物館のようで足を踏み入れるのがおっくうになる。

ただ、天江衣の別館の周りには家庭菜園らしきものがあり、重々しさをそいでいた。家庭菜園を誰が仕切っているのか染谷まこはすぐに推理できた。

そうして

「セレブじゃなぁ」

などと感心しているところで、天江衣が姿を現した。染谷まこのノックを待たず、自分で玄関の扉を開いていた。

堂々と玄関で構えている天江衣はポニーテールとジャージ姿であった。ジャージの袖と裾をめくり上げて、なかなかの女子力である。

足元がビーチサンダルなので桁外れの女子力とみてよかった。これに加えて健康的な日焼けである。完璧なお嬢様だった。

このパーフェクト天江衣だが、染谷まこを見つけてこう言っていた。

「ようこそ我が別館へ! さぁ! 中へ入ってくれ! さぁ! さぁ!」

12: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:46:05.24 ID:B82FWzEK0
染谷まこを誘う天江衣の勢いがすごかった。

染谷まこを見つけると、パタパタとやってきてぐいぐい引っ張っていた。見た目かわいらしい天江衣である。動作と相まって邪悪さはない。

しかし染谷まこは抵抗した。ぐいぐい引っ張られてもなかなか先に進まない。天江衣の顔に必死さがあるからだ。見た目可愛い天江衣だが、同年代の女子高校生と染谷まこは知っている。

加えて、若干ひねくれていることも了解している。そのため

「かわいいからオッケー」

などと考えるわけもなかった。むしろ不信感が生まれ、足が全く動かなくなっていた。ただ、十秒ほど抵抗した後染谷まこは別館に運び込まれていた。

天江衣が「腕」を創って無理やり運び込んだ。第三者から見れば間違いなく事件性ありと判断される運び方であった。

染谷まこが抵抗しているので、余計に事件性が高く見える。しかししょうがないことである。夏の日差しが熱いのだ。さっさと中に入りたかった。

 染谷まこが拉致されて十分後のこと天江衣がお願いをしていた、この時に天江衣がお願いした内容と反応について書いていく。

それは染谷まこをリビングルームへ天江衣が運び込んで十分後のことである。散らかったリビングルームで染谷まこが正座していた。

染谷まこの目の前には少し大きなちゃぶ台がある。ちゃぶ台の上には人数分のお茶とお菓子が並んでいた。また、正座をしているが、全く問題はない。

なぜなら高級な絨毯があるからだ。ふわふわである。ただ染谷まこの表情は暗い。なぜならリビングルームが思った以上に散らかっていた。

まず服が脱ぎっぱなしである。そして漫画雑誌やら単行本やら教科書が放り出されている。

加えて大きなテレビに接続されたゲーム機とその周辺にうずたかく積まれているゲームソフトと毛布と枕。

人の生活態度をとやかく言うつもりは一切ない染谷まこである。しかし、さすがに許容限界を超えていた。その超えた分が染谷まこの表情を悪くした。

そんな染谷まこの目の前には天江衣が座り、両隣をアンヘルとソックが抑えていた。メイド服を着たハチ子は案内が終わるとすぐに別の仕事に向かった。

ハチ子が言うには

「領土の掌握が完了したようなので、部下たちの配置を決めてきます。

 重要度としては染谷様が一番なのですが……申し訳ありません。後のことはアンヘル様とソック様にお任せします……本当に残念です……本当にっ」

ということであった。そうしてハチ子が抜けて四人でちゃぶ台を囲んだとき、天江衣がこう言った。

「染谷ぁ……染谷を女と見込んでお願いしたいことがある」

この時の天江衣は真剣そのものだった。この天江衣に対して染谷まこはこういって答えた。

「一応聞いてやるが、断るつもり満々じゃぞ?」

すると天江衣がこう言った。

「まぁまぁ、そんなつれないことを言うな。染谷と私の仲だろう?

 せっかく染谷のためにお茶とお菓子を用意したのだ。須賀京太郎の尊敬している先輩だということで、アンヘルとソックが丹精込めて作ってくれたんだ。

 お茶一口飲めば肌に生気がみなぎり、お菓子を一口食べれば元気が湧いてくる。

 あぁ! もちろん怪しい薬なんて使っていない! 何なら先に私が毒見しようか?

 美容と健康にいいだけじゃなく、ものすごくおいしいんだが、私が毒見してやろうか?」

すると染谷まこが苦笑いを浮かべた。天江衣がおかしかった。アンヘルとソックも笑っていた。この調子で食べる人間がいるわけがないと思った。

ただ、染谷まこはお茶とお菓子を口にした。アンヘルとソックが視線で大丈夫だと伝えてくれたからだ。そして染谷まこは驚いた。

本当においしかったからだ。そして妙に心臓がどきどきして、全身のエネルギーが活性化するのを感じていた。

夏バテ気味だったのも嘘のように吹っ飛んでいる。ビックリだった。そんな染谷まこに天江衣がこう言った。

「食べたな?」

すると染谷まこがこう言った。

「食べちゃった……わかった。ええじゃろう。じゃが、一応考えさせてくれぇよ。あんまりなお願いじゃったら本当に断るからな?

 卑怯かもしれんけど、京太郎に泣きついたりするかもしれんからな?」

13: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:49:28.59 ID:B82FWzEK0
すると天江衣とアンヘルとソックが固まった。染谷まこが本当に恐ろしいことを言うからである。流石に肝が冷えた。そんな三人に染谷まこがこう言った。

「それで、お願いというのは?」

すると天江衣が軽く息を吐いた。そして真剣な顔を創りこう言った。

「夏休みの宿題、手伝ってくださいお願いします!」

このようにお願いした直後、天江衣が夏休みの宿題をちゃぶ台に乗せた。夏休みの宿題は分厚いプリントの束の集合体であった。高さはおよそ二十センチ。

ちょっとしたブロックだった。すると染谷まこがプリントの束を手に取った。そしてプリントの表紙を見てこう言った。

「『センター試験の過去問題集』……龍門渕高校特製の?」

絶望感たっぷりの呟きだった。この呟きの後、染谷まこは帰ろうとした。本日夏休み最終日である。付き合っていられなかった。

 染谷まこが帰ろうとした時天江衣が必死になって引き留めた、この時の染谷まこと天江衣の攻防について書いていく。

それは分厚いプリントの束の山を前にして染谷まこが撤退を決めた直後である。染谷まこが立ち上がった。

そして、さっと歩き出した。向かう先は玄関である。そんな染谷まこを天江衣が引き留めた。染谷まこの右足に飛びついて、しがみついていた。

この時の天江衣は実に素早かった。まさに猫である。染谷まこの足にしがみついた天江衣だが、こんなことを言っていた。なりふり構っていなかった。

「ちょっと待って染谷さん! お願いだから話をきいて!

 染谷さんに断られるとマジヤバいんです! 学校からママンに連絡されちゃうから!」

この天江衣に対して染谷まこは行動で答えた。天江衣のお願いに全く動じずに、別館の玄関を目指して歩いたのだ。絶対に手伝うものかと顔に書いていた。

夏休み最終日に人の宿題を手伝うなんてありえなかった。絶対に回避したかった。ただ、天江衣が右足にしがみついているので全く動いていなかった。

そんな染谷まこに天江衣がこう言っていた。

「ヤタガラスの仕事をしてたんです! 染谷さんたちが活躍している間に衣は徹夜で頑張ったんですぅ!」

この時天江衣だが、少し泣いていた。綺麗な両目に涙がにじんでいる。声も震えて可哀そうである。すると染谷まこの動きが鈍くなった。

脳裏に変な考えが浮かんでしまった。考えとは

「手伝ってやってもいいのではないか?
 
 夏休みの宿題ができなくなるくらい頑張って働いていたというのなら、少しくらい」

という考えである。もともと人のいい染谷まこである。

例えバレバレの嘘泣きでも、必死で頼み込まれると話くらい聞いてもいいかなという気持ちになるのだった。染谷まこがほんの少し考えを変えた時だった。

右足にしがみついている天江衣が笑った。邪悪な笑顔だった。染谷まこの心変わりを察して

「来た!」

と思ったのだ。蜘蛛の糸をつかんだ罪人はきっとこんな顔をしていたに違いない。

 非常に低レベルな攻防が終了した三分後天江衣が語り始めた、この時に天江衣が語った内容と染谷まこの対応について書いていく。

それは天江衣が邪悪な笑みを浮かべ、染谷まこが

「話を聞くだけじゃぞ」

と答えた後のことである。再びちゃぶ台の周りに天江衣、アンヘルとソック。そして染谷まこが座った。ちゃぶ台を囲んでいる時天江衣はニコニコだった。

夏休みにどれだけ自分が頑張ったのか説明すれば間違いなくお願いをきいてくれると見抜いたからである。

そんな天江衣の向かいに座っている染谷まこは不機嫌だった。天江衣の邪念を感じ取ってのものである。

しかし話くらい聞いてもいいかという人の良さが、耐えさせていた。

14: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:52:51.00 ID:B82FWzEK0
そうして四人が座って落ち着いたところ、天江衣がこう言った。

「まずインターハイ期間中から、今まで私はずっと働いていた。仕事内容は情報の操作と整理。早い話が事後処理だな。

インターハイ期間中に起きた問題を徹底的に隠したり直したりしていた。

 嘘だと思うだろう? だが、マジなのだ。

 具体的な話はあとでゆっくりさせてもらうが、阿呆みたいな規模で問題が発生してな。この私にも仕事が回ってきたのだ。

そして何を隠そう染谷たちもガッツリ被害を受けている。私がどうにかしてやったがな」

すると染谷まこが驚いた。被害を受けた覚えがなかったからである。そんな染谷まこに天江衣がこう言った。

「驚くのも無理はない。だが、本当の話だ。この日本に暮らしているほぼすべての人間が被害にあった。ただ、被害にあった者たちはその事実に気づかない」

このように天江衣が話をすると染谷まこがこう言った。

「何かとんでもないことが起きたっちゅー話みたいじゃのう。

 じゃが、いまいち何が起こったのか納得がいかんぞ」

すると天江衣がこう言った。

「もちろん、詳しく話してやろう。この事件はたった一夜で解決した事件。

 面倒くさいことに中東の退魔組織やら六年前に私を生贄にしようとしたボケどもまで関係していて説明がだるいが、そのあたりは今回の事件に必要な分だけにしておく。

 長くなると思うがしっかりと付き合ってくれよ染谷。話を最後まで聞けば、きっと私のことを手伝いたくなる」

これに染谷まこが笑って答えた。楽しそうだった。見たままで染谷まこは楽しんでいた。ヤタガラスがどんな激しい戦いを経たのか気になっていた。

全ての人間が被害にあったという話だが、恐れはなかった。なぜなら結末はわかっていた。今ここに天江衣と自分は生きている。

つまり夏の夜に起きたという事件は

「めでたしめでたし」

で終わると確定している。だから単純に楽しめた。

 染谷まこが楽しそうに笑った後アンヘルとソックに天江衣がお願いをした、この時の天江衣のお願いとアンヘルとソックの答えについて書いていく。

それは染谷まこがノリノリになっている時のことである。染谷まこが笑っているのを見て天江衣がにやりと笑った。

上手く話ができれば間違いなく染谷まこが手伝ってくれると確信したのである。そして確信した天江衣はアンヘルとソックにお願いをした。

「アンヘル、ソック。お前たちも染谷に語って聞かせてやれ。

 今回の事件で一番頑張ったのはおそらく京太郎だ。私が知りえた情報で十分だと思うが……・『京太郎の右腕と左腕』であるお前たちだけが知っている話もあるだろう?

 実際に体験したものと知識として知っている私との間には理解の差があるに違いない。手伝ってくれないか?」

するとアンヘルのこめかみが引きつり、ソックの眉間にしわが寄った。若干だがリビングルームの空気が冷えた。天江衣のお願いが少しだけ気に障っていた。

天江衣が悪いわけではない。これは単純にアンヘルとソックの問題で、回避不能だった。そんなアンヘルとソックの視線が天江衣に向かった。

少しイラついている二人の目は怖かった。そうなって、二人の視線を受けた天江衣はおびえた。そしてものすごく困っていた。

二人を怒らせる原因がさっぱりわからなかったからだ。天江衣が困っているとアンヘルがこう言った。

「まぁ、いいでしょう……私たちはマスターの右腕と左腕……そうよねソック?」

するとソックがこう言った。

「あぁ、間違いない。俺たちがマスターの一番だ。良いよ衣ちゃん『私たち』も参加する」

15: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 02:56:24.61 ID:B82FWzEK0

アンヘルとソックは真剣そのものだった。和やかに話を進める気はないように見えた。

ただ、天江衣はほっとしていた。アンヘルとソックの機嫌が直ったと察していた。そして再びにやりと笑った。

二人が参加してくれれば正確に事件について語れるからだ。

正確に語れるということはつまり、夏休みの課題が片付くかどうかにかかるわけで、天江衣も本気であった。

 夏休みの間に起きた大きな事件について天江衣が語りだそうとした時、別館に須賀京太郎が現れた、この時別館のリビングルームに現れた須賀京太郎について書いていく。

それは天江衣が口を開こうとした時である。別館の玄関で鍵のひらく音がした。

リビングルームと玄関の距離はそれなりにはなれているのだが、しっかり鍵のかみ合う音が聞こえていた。

するとリビングルームの天江衣、アンヘル、ソックの三名が固まった。それもそのはずで鍵のひらく音で須賀京太郎が別館の扉を開けたと判断がついた。

須賀京太郎が別館に入ってくること自体は悪くない。問題なのは別館に染谷まこがいることである。

というのが龍門渕前当主の許可をとって染谷まこを連れ込んでいるが、龍門渕透華や須賀京太郎に話をつけていない。

つまり須賀京太郎に叱られると思ったのである。そうして三人が固まっていると、リビングルームに須賀京太郎がハチ子を引き連れて現れた。

リビングルームに現れた須賀京太郎は黒地のスリーピース・スーツを着ていた。灰色の髪の毛に、鍛えられた肉体と合わさってなかなかの好青年ぶりである。

それは染谷まこが感心するほどで、須賀京太郎の登場と同時に

「おーっ! 男前になったなぁ!」

と笑顔を浮かべて褒めるほどであった。そうして染谷まこが邪念なく褒めた瞬間、リビングルームの空気がパッと明るくなった。

スリーピース・スーツを着た須賀京太郎が照れ笑いを浮かべて、こういったからだ。

「先輩? うわぁ、びっくりしたぁ。

 もう、先輩が来るなら、お土産を持ってくるんだった。ハチ子さんも知っていたのなら、教えてくれたらいいのに。

 あっ、先輩。インターハイお疲れ様でした。直接応援したかったんっすけど、ちょっと仕事がたまってまして……申し訳ありませんっす!」

これに染谷まこが笑って答えて、丸く収まった。そうして軽い挨拶を終えた後須賀京太郎はリビングルームの椅子に座った。

ちゃぶ台から少し離れたところにあり、巨大なテレビを見るのに適した位置にあった。豪華な椅子で須賀京太郎が座ると玉座のように見えた。

 須賀京太郎が席に座った後、染谷まこが話をせがんだ、この時の染谷まこと須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎が豪華な椅子に座った直後のことである。須賀京太郎のことなど気にせずに、染谷まこが口を開いた。

「それじゃあ、夏休みの話とやらをきかせてくれぇよ」

すると椅子に座っている須賀京太郎がピクリと反応した。視線が天江衣に向かいアンヘルとソックに向かった。

この視線に気づいている天江衣は少しためらった。しかしどうにかこういっていた。

「いやぁ、京太郎本人がいるのに、その、なぁ?」

すると染谷まこがこう言った。

「ダメか京太郎? 夏休み中に頑張ったんじゃろう?
 
 もしかして、きいたらまずい話なんか? それじゃったら諦める。

 いつも不機嫌そうな顔をしとった京太郎が、どうしてそんな男前になったんかと気になったんじゃけど……残念じゃ」

すると須賀京太郎がにやけた。染谷まこが褒めるものだから気をよくしていた。ただ、必死で自分を抑えていた。

染谷まこが目の前にいるのに格好の悪い真似は出来なかった。そうしてにやけた顔をしながら、須賀京太郎はこう言っていた。

「いやいや先輩。全然問題ないっすよ。守秘義務にあたるようなことは全然ないっす。いくらでも聞いてくださいよ」

16: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:00:17.94 ID:B82FWzEK0
そうしていると須賀京太郎にハチ子が耳打ちをした。小さな声でほかの者たちには聞こえなかった。すると須賀京太郎がこう言った。

「すみません先輩。ちょっと呼ばれているみたいなんで、行ってきます。ゆっくりしていってください。後でお菓子持ってきますね」

このように言い残して須賀京太郎はハチ子を伴って出ていった。須賀京太郎が出ていった後、天江衣たちが大きく息を吐き出した。

自分たちのペースを崩された結果であった。

 須賀京太郎とハチ子がいなくなった後染谷まこと天江衣が軽く会話をした、この時の二人の会話について書いていく。

それはスリーピース・スーツを着た須賀京太郎が急ぎ足で別館から出ていった直後のことである。ちゃぶ台を囲んでいる天江衣たちがほっとしていた。

誰がどう見ても後ろ暗い行為をしている人間の態度だった。そんな天江衣たちに染谷まこがこう言ったのだ。

「でっ、本当にええんか? 京太郎は話してもええといっていたが、京太郎を見るにとんでもないことが起きたんじゃろう?」

この時の染谷まこは真剣だった。

スリーピース・スーツを着こなしている須賀京太郎と下僕のように従っているハチ子を見ていれば戦いが激戦であったことが予想できた。

数日前の須賀京太郎を知っている染谷まこであるから余計に、須賀京太郎の変化の理由が戦いを潜り抜けた結果と報酬と予想がついた。

天江衣が自己判断で語って良いとは思えなかった。しかしそんな染谷まこに天江衣がこう言って答えた。

「全然問題ないな。なぜならすでに周知の事実だからだ。

 今回の事件の黒幕も、目的も、手段も完璧にわかっている。どこに被害が出て、誰が報酬を手に入れて、どんな現在をつくったのかもわかっている。

 染谷は一般人だからそっちの情報が回ってこないだけで、野良サマナーどもにも情報は流れているはずだ」

天江衣に恐れるところがない。元気いっぱいである。須賀京太郎という邪魔者が居なくなったからだ。戦いを潜り抜けてきた須賀京太郎は少し苦手なのだ。

眉間にしわを寄せなくなったが、妙に穏やかで、凪いでいる。今まではかろうじて少年だった。先輩後輩の間柄でやりやすかった。

しかし今は完全に青年の風格で天江衣は落ち着かない。それこそハギヨシやディーのようなぶれない男性を相手にしているようで、やりにくい。

そのため須賀京太郎が居なくなると天江衣の調子が復活し、勢いが戻ってくる。そんな天江衣であるから、口は非常に軽かった。

「今回は地球規模で問題が発生したからな。

 少し前に地球全体に隕石が降ってきたってニュースでやっていただろう? 外国の建物に直撃して死傷者が出たって話……あれな、今回の事件が原因だ。

私は後からきいたから実際どんな戦いぶりだったのかはわからない。しかし、間違いないだろう。映像データもきっちり残っているからな。

 まぁそのあたりは、アンヘルとソックがよく知っていると思うから二人に任せたい」

元気になった勢いで口がペラペラになっていた。この天江衣に染谷まこはこういっていた。

「はぁー、隕石? 何でもありじゃな」

染谷まこは非常に驚いていた。しかし少し夢を見ているようなところがあった。現実味がないのだ。

地球規模で隕石が落ちまくった話は染谷まこも知っている。被害者が出たという話も聞いている。しかし現実味がなさ過ぎた。

これがちょっと悪魔が出てきたとか、ちょっと爆発したくらいならわかるのだ。

しかし地球規模で隕石となるとこれはもう完全にファンタジーで頭が追い付かなかった。

 もともと現実離れした話が一気にファンタジーに近付いた時別館に背の高い女性が入ってきた、この時に現れた背の高い女性について書いていく。

それはそろそろ天江衣が語りだそうとした時であった。別館の玄関で鍵のひらく音がした。須賀京太郎の時とは違い、可愛らしい音だった。

するとリビングルームにいたアンヘルとソックが

「あっ」

という顔をした。人を待たせていたのを思い出したからである。

17: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:03:49.92 ID:B82FWzEK0

染谷まこの案内に参加する前は家庭菜園をいじっていた二人である。この時アンヘルとソックのほかにもう一人作業をしている女性がいたのだ。

玄関から聞こえてきた鍵の音はそのもう一人の音で、きっと待ちきれなくなって戻ってきたのだと考えた。

そしてアンヘルとソックが申し訳なさそうな顔をしているところで、可愛いジャージを着た背の高い女性が現れた。

身長百八十センチほどで、すらりとした女性だった。真っ黒な髪の毛をおしゃれにまとめて、女子力が非常に高い。

見た目美しい女性だがそれ以上に目を引くのは、恐ろしく無表情なその顔である。綺麗なのは綺麗なのだが、顔がピクリとも動かない。

また少しも汗をかいていない。そのうえ肌が青白い。夏の暑い日にすれ違えば間違いなく記憶に残るタイプの女性だった。

そうして現れた無表情で青白い顔の背の高い女性だが、アンヘルとソックを見つけてこう言っていた。

「アンヘルちゃん! ソックちゃん! もう、どこに行ってたの!? 私心配したじゃない!」

見た目非常に美しい女性だったが、口調は完全に少女だった。顔の作りからして二十代前半だが、話方は十代前半であった。

また身振り手振りが驚くほど可愛らしい。世の女性から見れば鬱陶しい以外の印象はないだろう。

ただ、顔は一切動いていなかった。完全に無表情で、感情が読み取れなかった。そんな背の高い女性だが文句を言うのはすぐにやめた。

染谷まこを見つけたからだ。須賀京太郎から染谷まこの話をきいている背の高い女性である。すぐに染谷まこだとわかり、興味を持ったのである。

そして文句を言うのをやめた直後、かわいらしい少女のポーズをとって背の高い女性はこんなことを言っていた。

「間違えていたらごめんなさいね、貴女はもしかして染谷まこさん?」

これに染谷まこが若干引きながら答えた。

「ハ、ハイ。そうですが」

すると可愛らしい少女のポーズをとっている女性がこう言った。

「やっぱりぃ! もう、『まこちゃん』が来ているなら、先に言ってよ!

 あっ、まこちゃんって呼んでもいい?」

すると染谷まこは勢いに圧されてうなずいた。すると大げさに背の高い女性がうなずいた。しかしすぐに、肉体全体でしょんぼり感を演出した。

何事かと染谷まこがおびえていると背の高い女性がこう言った。

「ちょっと失礼するわね。

 まこちゃんともっとお話ししたいけど、泥だらけなの。それに、ごめんなさいね。汗臭いでしょうわたし。

 すぐにシャワーを浴びて、着替えてくるわぁ!

 梅さぁん! 私の分のお菓子用意しておいてぇ!」

そうして背の高い女性は姿を消してしまった。嵐のような女性だった。
 
 無表情なのに嵐のような女性が姿を消した直後ようやく天江衣が語り始めた、この時の天江衣たちについて書いていく。

それはとんでもない勢いで背の高い女性が去った後のことである。天江衣が咳ばらいをした。

場を仕切りなおすためである。空気がまとまってくると、天江衣はこういった。

「今回の事件のスタートは十年以上前。着想を得たのは二十年近く昔の事らしい。

十五年前に中東で起きた事件はアンヘルが、スタートに関してはソックがよく知っている。

 ただ、本筋を追うだけなら私だけで十分だ。太陽が沈み太陽が再び昇るまでの時間で事件は始まり終わりに向かった。

 結構長い話になる。まぁ、リラックスして聞いてくれ。しかし染谷には申し訳ないが先に結末だけを伝えておく。

分かり切っていることだ、引き伸ばしてもしょうがないだろう。この話は

『めでたしめでたし』

で終わる。

私たちが生きてここにいる。そして日常が続いていることがその証拠だ」

18: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:05:38.85 ID:B82FWzEK0

すると天江衣にアンヘルが続いた。

「衣ちゃんは私の話を聞いておく方が良いといってますけど、大した意味はありませんから気にしないでくださいね。

 十五年くらい昔に中東で私と私の同類たちが呼び出されたんです。で、どうやら黒幕はその時に『天国を創るヒント』を得たようで……」

これにソックが続けた。

「私の話もそれほど気にしなくていい。『天国を創るための土台』として私たちが狙われたってだけのことだから。

 正直この話をすると私とマスターの出会いがあまりに運命的でアンヘルが嫉妬するから……」

するとアンヘルが邪悪な笑みを浮かべた。これに同じような笑顔でソックが答えた。そんな二人を無視して天江衣がこう言っていた。

「では話を始めるぞ。足を崩してリラックスしてきいてくれ。アンヘルとソックは補足説明をしっかり頼むぞ」

すると染谷まこが足を崩してリラックスした。これを見て天江衣がようやく語り始めた。天江衣が語るのは真夏の夜の間に起きた天国を創ろうとした男の話。

そして天国を打ち壊した青年の話である。天江衣のわきを固める金髪の女性アンヘルと黒髪の女性ソックが補足説明を行う。

目的は分厚い夏休みの宿題を染谷まこに手伝ってもらうこと。自力でやったほうが早いような気もするが、誰かに手伝ってほしいのが天江衣であった。


プロローグ 終わり。

19: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:10:39.50 ID:B82FWzEK0


 東京に向かって走る豪華絢爛なバスの中で染谷まこが頭を抱えて困っていた、この時の染谷まこについて書いていく。

それは長野県から東京に向かうバスが動き出してすぐだった。豪華な座席に座っている染谷まこがうなだれて頭を抱えていた。

うなだれている染谷まこの表情というのは非常に悪かった。染谷まこと一緒にバスに乗っている清澄高校麻雀部の面々が心配していたのだが、染谷まこは平気だといって取り合わなかった。

「大舞台を前にして緊張しとる」

というと部員たちは信じた。信じた部員たちのほとんどはバスの後部座席にに移動した。後ろの広い空間で作戦会議をするためである。

資料を見ての会議になるので気分が悪そうな染谷まこはいったんお休みである。

清澄高校の面々が利用している長距離バスは非常に豪華で、会議をするスペースがあった。座席一つ一つが独立した空間になっているあたり相当お高いバスだった。

用意してくれたのは龍門渕グループ。長野県から旅立つ高校生たちのために龍門渕のお嬢様が

「派手にやる」

と宣言し実行したのだ。これはバスを利用する生徒すべてが知っていた。しかし文句は出なかった。豪華なバスで移動できるのは素晴らしいことだった。

しかし染谷まこはバスが動き出してすぐに頭を抱えた。死にそうな顔をして震えていた。

 染谷まこが死にそうな顔をしているときに清澄高校麻雀部の男子部員が話しかけてきた、男子部員と染谷まこの会話について書いていく。

それはバスが動き出して十分ほどしたところ。清澄高校の女子部員たちが最後尾に移動して作戦を立てつつ雑談をしているときである。

染谷まこの隣の座席に座っている男子部員が話しかけてきた。こう言っていた。

「大丈夫っすか、先輩。車酔いなら持ってきてますよ?

 必要なものがあるのなら遠慮なしにメイドさんたちに言ったほうが龍門渕さんは喜ぶ、と思うんですけど……」

唯一の男子部員は非常に心配していた。本当に心から心配している。心配しているのが顔に出ていてわかりやすかった。

話しかけられた染谷まこはちらりと男子部員を見た。そして染谷まこは首を横に振った。それでも心配している男子部員にこう言った。

「大丈夫じゃ。心配せんでもええよ。ありがとう」

染谷まこが大丈夫だというと男子部員は黙って肯いた。重大な決断をする戦士のように見えた。

大した話はしていない。しかしいちいち動きが様になっていた。そして肯いた後男子部員が動き出した。

染谷まこから視線を外して、バスに乗り込んでいるメイドさんにジェスチャーで指示を与えた。手慣れたしぐさだった。

この行動を見て、染谷まこは小さな溜息を吐いた。喉の奥に言葉が引っかかっていた。こう言いたかったのだ。

「お前のことを心配しているのだ。この数か月で随分変化して、今も眉間にしわを寄せたままのお前を」

隣の席に座っている男子高校生、須賀京太郎が染谷まこの悩みの種だった。

 頭を抱えて苦しんでいる染谷まこを見て須賀京太郎がメイドに指示を与えていた、この須賀京太郎について書く。

東京に向かうバスは四台。四台のうち一つは清澄高校麻雀部の貸切である。部員は須賀京太郎を除いてすべて女子である。

といっても女子が多いわけではない。女子五名。男子一名のギリギリやっている小さな部である。

いわゆるインドアな部活動であるから、所属している者は基本的にインドア系のメンバーがそろっている。染谷まこを見てもわかることだ。

身長は百六十センチに少し足りない程度、スタイルは特にいうところがない。眼鏡をかけていて、髪の毛は肩あたりまで。髪の毛は少し波打っている。

いわゆる緑髪と呼ばれる艶々とした良い髪色の女子高校生である。彼女の腕や足を見てみるとわかるが、まず細い。そして白い。肌はつるつるである。

いかにもインドア。いかにも文化系といった女子高校生である。これはほかの女子メンバーについても同じことが言える。

文科系の部活動をしていますと自己紹介をすれば、だれもが納得する。ただ、須賀京太郎は別だ。どう見てもアウトドア。身長が百八十五センチほど。

がっしりとした筋肉質の肉体を学生服で包んでいる。学生服は上も下もパンパンで、体重は百キロ近い。

また短く切りそろえられた灰色の髪の毛、凛々しい眉毛に冷えた両目。硬く結ばれた口元など見れば、高校生の面構えではない。

どう見ても戦士の風格である。そうなって両腕両手と視線を下げていくと細かい傷が見える。特に拳は傷だらけで古傷ばかりになっていた。

チラチラ見える手の平もごつごつとして普通ではない。特に鍛えられている下半身は、はちきれんばかりで芸術作品的な完成度である。

どこからどう見ても浮いていた。印象は軍人か戦士で間違いないだろう。数か月前の須賀京太郎を知っている染谷まこにとってこの変化は大きすぎる。

20: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:15:30.72 ID:B82FWzEK0

普通の学生が到達できる完成度ではない。時々、須賀京太郎に

「またでかくなったのう。 わしを片手で持ち上げれるんじゃねぇか?」

と言い灰色の髪の毛にマッスルな須賀京太郎が

「余裕っすよ。先輩細いですし」

といって本当に持ち上げて遊べるほどだから相当である。

 須賀京太郎が染谷まこに話しかけている間、ほかの部員たちは全国大会の話をしていた、この時の女子部員たちの様子について書いていく。

それは須賀京太郎について頭を悩ませている染谷まこ、そしてそんな染谷まこを心配する須賀京太郎。

そんな二人を放っておいてほかの部員たちは全国大会に向けて気合を入れていた。

もともとバスに乗って移動しているのは夏休み中に東京で全国大会が催されるからである。

そのため全国大会に参加して王座を欲する者からすれば、ほかの部員たちは非常に正しい。

バスの中でできる限りの対策をとる姿はまじめとしか言いようがない。文化系女子高校生の正しい姿である。脇目も振らずに研究に励むのは良い傾向だった。

ただ、まったく須賀京太郎の異変に気づいていないのは奇妙だった。

 全国大会に向けて麻雀部員たちは頑張っていた、そんな彼女らの問題について書いていく。女子高校生とすると非常にまじめな麻雀部員たちである。

悪いことはかけらもしていない。ただ、少し問題があった。それは須賀京太郎にノータッチであること。無視しているということはない。

須賀京太郎の名前をしっかりと呼ぶし、冗談も言う。ただ須賀京太郎の見た目に関してまったく何も言わないのだ。

例えば、もともと金髪だった須賀京太郎の髪の毛の色が灰色になっていることに、誰も言及しない。日常生活の中で、軽く触れることさえしない。

話しかけるのきっけにすら使わないというのはおかしなことである。これは気を使っての配慮ではない。灰色の髪の毛に気付いていないのだ。

気付いていないから話題に出すこともないし、問題とする気持ちも起こらないのだ。ただ、これはどう考えてもおかしなことだった。

今目の前にある現実が全く頭に入ってこない。誰が見ても灰色なのにわからない。これは大問題だった。

 須賀京太郎との雑談を終えた後、染谷まこは再び頭を抱えていた、この時に染谷まこが悩んでいた理由について書いていく。

それは須賀京太郎との会話を追えて、静かな時間が訪れた時のこと。豪華な長距離バスの椅子に座っている染谷まこは溜息を吐いた。

そしてうなだれて頭を抱えた。理由は須賀京太郎である。そして灰色の髪の毛を一切認知してくれない仲間たちの存在である。

須賀京太郎と初対面の人間なら灰色の髪に触れないのは構わない。しかし友人知人の類が一切髪の毛の色に触れないのはおかしかった。

誰がどう見ても灰色の髪の毛になっているのに、一言も触れない。そしてそれを当然だと思って過ごしている。これは恐ろしかった。

ただ、染谷まこが恐れおののいているのは髪の毛の色からもう一歩踏み込んだところにある。

それはいったい誰が須賀京太郎の情報をいじくっているのかというところだった。

つまり、染谷まこは須賀京太郎の髪の毛の色の変化をかたくなに隠そうとする何ものかの存在に行き着いている。

そしてその存在というのは須賀京太郎の口からたびたび漏れてくる龍門渕であると推理していた。

となって、東京行きの長距離バスをわざわざ龍門渕が用意したというのは嫌な予感しかしなかった。

もしかすると染谷まこが情報操作にかかっていないと気付いて始末しに来るのではないかなどと考えて恐れていた。

そして、須賀京太郎が何か悪い状況に置かれているのではないかと考え、心配していたのだった。

須賀京太郎の鍛えられた肉体が龍門渕の強制によって生まれたものではないかと考えたのであった。優しい先輩だった。


 東京に向かって移動するバスの一団が休憩所に入った時に、清澄高校のバスに三名の乱入者があった、その様子を書いていく。

東京に向かって出発して一時間半ほどたった時だった。休憩のためにサービスエリアにバスが入っていった。

豪華なバスであるからトイレも当然ついているし、飲み物も用意してくれているのだが足を動かす時間が必要だった。

そして当然だが、運転手にも休憩が必要で、かなりホワイトな職場である。そして休憩時間が始まってすぐのことだった。

そろいのジャージを着た三人の女性が清澄のバスに乱入してきた。

21: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:19:16.48 ID:B82FWzEK0

一人は金髪を肩まで伸ばした優しげな顔つきの女性。身長が百七十センチになるかならないか。上下ともにジャージを着て、足元はスニーカーだった。

年齢は二十歳になるかならないかというところ。化粧はしていなかった。しかし美人だった。うっすらと日焼けしている。

もう一人は黒い髪の毛軽く後ろで結んでいる女性。身長は百六十センチほど。金髪の女性とおそろいのジャージを着て、足元はサンダルだった。

顔つきが幼いが金髪の女性と同じくらいの年齢にみえる。日焼け止めを塗っているだけで特に化粧はしていなかった。

そして三人目は引きずるほど長い金髪の少女だった。長い金髪をポニーテールにして、ほかの二人とそろいのジャージ姿で現れた。身長は非常に低い。

身長百三十センチほどで、完全に日焼けして健康的な肌色になっていた。バスに乗り込んできたとき、自信満々に腕組みをしていた。足元はサンダルである。

上等なサンダルではない。ビーチサンダルだ。歩くときゅむきゅむ音を鳴らす千円しない奴である。

金髪の女性はアンヘル。黒髪はソック。ビーチサンダルは天江衣(あまえころも)である。この三人、特に天江衣の顔を見て染谷まこが嫌そうな顔をした。

身長とルックスの関係上天江衣はどう見ても小学校低学年にしか見えないが一応女子高校生である。

見た目の問題はどうでもいいこととして、問題は所属である。天江衣が所属している高校が問題だった。天江衣が所属している高校の名前は龍門渕。

ちなみに龍門渕財閥、前当主の孫である。このタイミングで現れると何かあるとしか思えなかった。

 清澄高校のバスに三人の乱入者が現れると須賀京太郎が話しかけていた、この時の須賀京太郎と乱入者たちの会話について書いていく。

それは染谷まこが嫌そうな顔をしている時だった。乱入してきた三人を見て眉間にしわを寄せた須賀京太郎がこう言った。

「何か用事でも?」

かなり冷えた声だった。清澄高校のバスに来てほしくないという気持ちが声に乗っていた。

用事がないのならさっさと龍門渕のバスへ帰れと圧が放たれていた。そうしてさっさと帰れと須賀京太郎が雑な対応をすると天江衣の口元が引きつった。

最近、須賀京太郎の対応が厳しくなっているのを気にしているのだ。

初めて出会ったときの須賀京太郎は尊敬のまなざしで自分を見ていたと思っている天江衣である。最近の冷たい対応はなかなか心に来るものがあった。

(別館の掃除をしているのは須賀京太郎とメイドさんたち)

しかしへこたれずに天江衣が話しかけた。頑張れば尊敬を取り戻せると信じた。頑張って仕事をやることに決めた。天江衣はこういっていた。

「透華(とうか)が遊び相手を欲しがってな。清澄もそろそろ暇をしているだろうと思ってな、誘いに来たのだ。

 京太郎でもいいぞ。透華は喜ぶだろう。ハギヨシもいるからいかさまをしても構わんぞ」

天江衣が笑った。すると須賀京太郎が嫌そうな顔をした。本当に嫌そうな顔だった。須賀京太郎はこういった。

「あれでしょう? ゲームついでに説教する気でしょ? ほんと勘弁してもらいたいんですけどぉ。

 やることはしっかりやりましたよ?
 
 なぁ二人とも? そうだよな? パーフェクトだったよな? ちょっと散らかしただけで」

須賀京太郎が話を振るとアンヘルとソックが苦笑いを浮かべた。

それはそのはずで龍門渕が望んでいた結末と須賀京太郎が引き起こした結末の間には大きな溝があったからだ。

アンヘルとソックが困っていると天江衣が少し大きな声で呼びかけた。

「清澄の者どもよ、お前たちは遊びたくないか? 

 龍門渕のバスには面白おかしいものがたくさんあるぞ!」

身体は小さいが声はしっかり通っていた。そして声が通っている間に、アンヘルとソックの指先が怪しく動いた。

それを見て須賀京太郎の気配が研ぎ澄まされた。須賀京太郎の目に怒りの色が見えた。須賀京太郎の目が少し赤くなった。

打ち合わせもなく清澄高校の面々に術をかけたからだ。そんな須賀京太郎を見て天江衣たちがおびえた。

怒っている須賀京太郎が怖かった。しかし天江衣は心を落ち着かせながらこういった。

22: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:23:38.20 ID:B82FWzEK0

「京太郎もついて行け。龍門渕の姫、九頭竜の姫である天江衣は染谷まこに話がある。

 危害を加えるつもりはない」

須賀京太郎に話しかける天江衣は顎を上げて見下ろすような格好で話しかけていた。いかにも上司的な天江衣の対応は天江衣のプライドの問題である。

これを見て須賀京太郎は深呼吸をした。怒りを鎮める方向で動いた。天江衣の目がうるんでいるのに気付いたのだ。

そうして須賀京太郎と天江衣がやり合っている間に、清澄高校の面々は黙って席を立った。そして出口に向かって歩きだした。

その様子を見て須賀京太郎は小さく舌打ちをした。こういうイベントが入るのならば先に説明がほしかった。

 須賀京太郎がイラついていると清澄高校のバスを運転する運転手が制した、運転手の動きについて書いていく。

それは天江衣とアンヘルとソックのやり方にまったく納得していない須賀京太郎の目の色が変わり始めたところである。運転手が口をはさんだ。

席に座ったままで、こう言っていた。

「落ち着けって須賀ちゃん。龍門渕は染谷さんに確認したいことがあるんだ。衣ちゃんはお使いに来ているだけ。

 本当に大したことじゃない。帝都に到着すれば俺たちは自由に行動できない。だから時間に余裕がある移動時間に済ませておこうということになったんだ。

 少し前に話をしたが、外国のサマナーどもだ。

メシアとガイアはいつも通りうっとおしいが、星の智慧教団の一派が国内に入り込んだという情報が出発直後に入ってきてね、龍門渕は予定を前倒ししたんだよ。連絡が遅れて悪かった、許してくれ。

 後、透華のお嬢が呼んでいるのも本当のこと。始末書の書き方がなっていないとお怒りだった。みっちり教え込んでやるから楽しみにしておけとのことだ。

 納得したか?」

落ち着いた男性の声だった。そして力のこもった声だった。年長者の余裕と威厳があった。運転手が理屈を説明すると須賀京太郎の目から怒りの光が消えた。

理にかなった行為だと納得した。もともと説明が欲しかっただけの須賀京太郎である。理屈があるなら納得できた。

そして納得すると須賀京太郎は黙って席を立った。この時頭を抱えて震えている染谷まこを見た。須賀京太郎は心底申し訳なさそうな顔をした。

そしてアンヘルとソックにお願いをした。

「染谷先輩を丁重に扱って、丁重にだ」

するとアンヘルとソックは微笑みを浮かべて、うなずいた。それを見て天江衣たちのわきを通って須賀京太郎はバスから降りた。

龍門渕のバスに向かう部員たちの後を追ったのだ。置いて行かれた染谷まこは須賀京太郎の背中を見送っていた。涙目だった。

絶望感でいっぱいになっていた。そうしているとバスの出入り口が閉まった。乱入してきた三人の女性は席に着いた。

染谷まこを囲むように席に座っていた。三人が座るとバスが動き出した。東京に向かうためである。


 乱入者三名に乗っ取られた清澄高校のバスが動き出すと染谷まこに天江衣が話しかけていた、その時の様子を書いていく。

それはバスが動き出してすぐのこと。

景色が動き出すと、座席に座っていた天江衣が体勢を変えた。

今まではきちんと座っていたのだが、今はビーチサンダルを脱いで座席の上で寝転がるような状態である。

肘掛けに顎を乗せて、猫のように体をくねらせていた。そして肘掛の向こう隣の席にいる染谷まこを見つめていた。

この時の染谷まこは窓の外を見つめていた。まったく天江衣のことを見ようともしない。ただ覚悟の光があった。その時が来たのだと思っていた。

そんな染谷まこに天江衣がこんなことを言った。

「染谷は私のことが嫌いか? 染谷に嫌われるようなマネをした覚えがない」

肘掛けに顎を置いてだらけている天江衣だが、少しショックを受けていた。なぜここまで拒絶されるのかわからなかった。

そうしていると染谷まこの前の座席に座っているアンヘルがこう言った。少し笑っていた。

23: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:28:00.75 ID:B82FWzEK0

「どうでしょうね、衣ちゃんは思いもよらないところでやらかしていることがあるから……麻雀関係で煽ったりしたとか?」

天江衣の前の席に座っているソックが割り込んだ。真面目な声を出していた。

「早く本題に入れ。龍門渕の情報操作が染谷さんには通じていないんだ。マスターは染谷さんを聡明な方だと評価していた。

ならば衣ちゃんを嫌うのもしょうがないことだ。日常に起きている異変の原因が龍門渕だと行き着いているだろう。

 まずは自己紹介から始めるべきじゃないか? 今一度丁寧に始めるべきだ」

ソックの提案を受けて天江衣もアンヘルもうなずいていた。染谷まこの情報を大量に収集している天江衣たちだが、染谷まこは違うと思い出したのだ。

 ソックの提案を受けて天江衣たちが自己紹介をした、その様子を書いていく。ソックの提案のすぐ後のことである。

 天江衣は軽く頭を上げてこう言った。

「それもそうだな」

そして体を起こして簡単な自己紹介を天江衣が行った。

「龍門渕支部所属 直階二級退魔士天江衣だ」

それに合わせてアンヘルとソックも自己紹介をした。初めはアンヘルだった。

「須賀京太郎の左腕、葛葉アンヘルです」

続けてソックがこう言った。

「須賀京太郎の右腕、葛葉ソックだ。よろしく染谷さん」

すると窓の外を睨んでいた染谷まこがピクリと反応した。そして窓の外を見つめたまま、小さな声でこう言った。

「染谷まこ……知っておるとは思うがな」

染谷まこが口を開くと天江衣が微笑みを浮かべた。悪い笑みだった。

 染谷まこが口を開いてすぐ天江衣が説明を始めた、その話を書いていく。染谷まこが少し心を開いたところである。見抜いた天江衣はすぐに行動を開始していた。

人懐っこい微笑みを浮かべて、染谷まこに話しかけたのだ。天江衣はこういっていた。

「よかったぁ。誤解が解けた。

 なぁ染谷。もう気づいているとは思うが私たちがお前に接触しているのは、京太郎の問題についてなんだ。私が何が言いたいのかわかるよな?」

すると染谷まこは窓の外を見つめたままこういった。

「さっぱり意味が分からんな。ごっこ遊びがしたいのならば、身内同士でやってくれんかの。

 金持ちの道楽か? 思い出したら悶えることになるぞ?

 わしらはこれから全国大会じゃ。遊ぶ暇なんぞない」

染谷まこが何も知らないとはっきり伝えた。すると人懐っこい猫のように天江衣が座席から身を乗り出してきた。そしてこう言っていた。

「私たち龍門渕は情報を操作するのが得意な一族でな。昔から人々を操ってきた。表からも裏からもな。

 麻雀をやっている学生らが時々超能力、オカルトなどといって未熟な異能力を使うことがあるな? 染谷の周りにもいるだろう?

 わかりやすいのは咲、私もわかりやすいよな。一応封印して同じ土俵に立つ努力はしているが、力が強すぎてな勝手に影響が出るんだ。

『私の場合』はな。

 麻雀だと男子生徒にオカルトを持つものが少ないから、異能力を持つのは女性だけと考えるのは早合点だぞ。

異能力を中途半端に目覚めさせている奴が、オカルトと呼ばれるのだ。言いたいことがわかるかな染谷? 力を抑えていない京太郎はものすごく麻雀が強かったろう? 髪の色が灰色になったばかりの京太郎はすごかったろう? 今は手加減をしているだろうがな。

 本人が言っていたよ、部員たちの呼吸のリズム、牌の傷から状況が読めた。相手の手札が透けて見える。『つまらない』とな。そういうことだ。私も同じ意見だよ。

最近はテレビゲームが私のお気に入りだ。私の能力が干渉しにくいからな」

そして一旦息継ぎをした。そして続けてこう言った。

24: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:31:07.50 ID:B82FWzEK0
「話がそれたな。それはいいとして、私たちは異能力者の集まりだ。ヤタガラスと呼ばれている。構成員は退魔士と呼ばれる。

悪魔を見ることができ、操ることができ、殺せる。日本全体に広がり、支配している。奪ったのではない。昔からそうだった。

 京太郎も退魔士の一人だ。しかし普通の退魔士ではない。龍門渕が抱える退魔士の中で『一番』だ。数か月の修業であっという間に駆け上がってみせた。

優秀な先生たちが地獄のような修行をつけた結果だな。

 肉体と精神の才能が適切な環境を得て才能が開花したのだ。精神的な才能も、伴っていたのは京太郎にとっては幸運だった。

私から見るとハギヨシたちがつける退魔士の修業は地獄にしか見えなかった。ただ、開花した京太郎の才能は……身内びいきになるが、美しい。

心技体が戦いに特化した肉体というのは見ていると心躍る。本能なのだろうな。少なくとも私はほかの勢力に渡したくないと思っている。

 龍門渕も京太郎のことをとても大切にしている。貴重な財産だと思っている。だから守りたい。誰にも触れてほしくない。

貴重な宝物を守るのは当然の行動だ。だから実行している。実行するだけの異能力が私たちにはある。

 私たちは遊びの枠を超えて、自在に異能力を扱えるのだ。合宿で透華の本気を見たことがあるだろう? 全ての流れを支配して、状況を有利に変化させる。

我々の血族はあれを社会全体に及ぼせるのだ。

『透華でさえ一族のうちでは未熟』

といえばわかってもらえるか? 恥ずかしい話、修行不足なのだ。

 清澄高校とその周辺、正しくは須賀京太郎の生活圏内で起きている情報の喪失は我々の仕業だよ。熟達した龍門渕の血族が治水を行っている」

天江衣がすらすらと説明を続けた。まったく染谷まこの話を聞いていなかった。しかし天江衣の突飛のない話を染谷まこはしっかり聴いていた。

当然である。今まで理解できなかった謎の答えなのだ。嫌でも意識が傾いた。染谷まこの意識が傾いたのを見抜くと、天江衣がこう言った。

「しかし染谷は私たちの操作の影響を受けていない。須賀京太郎のことを忘れていない。

 不思議だと思ったのだ。なぜ、一般人の染谷が我々の『治水』から逃れられたのか……家系図を四代ほどさかのぼってみたが、魔の血は混じっていない。

 『大慈悲の加護』を受けた痕跡もない。さてどうしてかなと思ってな。

 染谷、何か思い当ることはあるか? 情報操作の完成度を高めるため、協力してくれるというのならいくらかお礼をするつもりだ」

すると窓の外を見たまま染谷まこは震えた。そして小さな声でこう言ったのだった。

「断れば、始末するということか?」

 染谷まこが震えながら質問をした時即座に、アンヘルとソックが答えていた、その様子を書いていく。

自分は始末されるのではないかと震える染谷まこの気配を察して、須賀京太郎の忠実な仲魔二人が動き出していた。

今まで黙っていた二人は大きめの声で否定したのだ。一番に動いたのはソックだった。

「それはないです! それはないぞ、染谷さん」

あわてすぎた結果ソックは座席から滑り落ちていた。染谷まこの顔を見るために体をひねったのだが、勢いが付きすぎてコマのようにくるくる回転して落ちていた。

運動センスが低いのだ。そんなソックを放っておいてアンヘルが座席の上に膝立ちになった。

後ろの席を上から見るためである。膝立ちになったアンヘルはこういった。

25: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:33:39.75 ID:B82FWzEK0

「ソックの言うとおりです。我が主はそんなことを許しません。私たちはただ染谷さんを守るためにここに来たのです。

 衣ちゃんが言う龍門渕への協力はついでです」

アンヘルとソックが必死で否定していた。天江衣は自分が失敗していることに気付いてあわてた。窓の外を見つめていた染谷まこが小さな声で質問をした。

「守る? 意味が分からんのじゃが」

声の震えはなくなっていた。しかし新しい謎が染谷まこに生まれていた。龍門渕がなぜ染谷まこを守るのかという問題である。

 新しい謎に対して染谷まこが挑み始めているとき、天江衣が正直に説明をした、その時の様子を書いていく。

それは龍門渕の関係者たちが、不思議なことを言った直後である。龍門渕のことを信じていない染谷まこである。即座に疑った。当然だった。

窓の外を見つめて、できる限り頭を働かせた。両ひざの上にある握り拳は、今も硬いままである。

優しい言葉で信頼させて、一気に始末する結末を予想していた。そんな染谷まこを見てアンヘルとソックが困った顔をした。

そして天江衣を責めるような目で二人は見つめた。須賀京太郎から丁寧に扱えとお願いされたのに、これはまずかった。

アンヘルとソックに目で責められて天江衣が小さくうなずいた。失敗を理解したのだ。天江衣は染谷まこにこう言った。

「染谷は何か勘違いしているみたいだから私たちの目的をはっきり伝えておくぞ。

 私たちは須賀京太郎の痕跡を消したい。しかしそれは須賀京太郎に害を与えるためではない。

むしろ逆なのだ。私たちは須賀京太郎の痕跡を消すことで、須賀京太郎の関係者たちを守っている。

 これは、京太郎がどのような任務に就いているのか理解してもらわねば理解できない問題だと思う。もしも京太郎の任務内容について知りたいというのならば、聞かせてやろう。

ただ、これだけは言っておく。

『須賀京太郎の任務は第三者に迷惑がかかるほど激烈なもの』だ。言いたいことがわかってもらえると助かる。つまり」

天江衣が「つまり」の先を言うより早く、窓の外を眺めていた染谷まこが答えていた。

「つまり、命を奪うような任務。それも関係性の薄い関係者にも八つ当たりが及ぶような任務。地獄のような道……じゃろ?

 わしでもわかるよそれくらい。ええよ、説明せんでも。京太郎の体の傷を見ていれば、納得できる。

わしが部室におっても気にせずに着替えるからのう、良くわかる。体中傷だらけじゃもん。それ以上の説明はいらん。

 一つ質問ええか?」

須賀京太郎の任務内容について何となく理解できるという染谷まこは悲しげな顔をしていた。そんな染谷まこからのお願い。天江衣はもちろん肯いた。

「どうぞ」

 染谷まこからの質問に対して天江衣が答えた、その時の話を書いていく。天江衣が「どうぞ」と答えると、窓の外を見つめていた染谷まこが頭を動かした。

隣の席に座る天江衣の目を見るためである。そしてうっすらと涙でにじんだ染谷まこの目に睨まれた天江衣が固まった。

並々ならぬ覚悟が両目に宿っていた。一般人染谷まこはこういった。

26: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:37:18.20 ID:B82FWzEK0
「無理にやらせとるわけじゃなかろうな? 龍門渕の名が出るようになってから、あいつはなかなか笑わんようになった。

あいつはよく笑う少年じゃったはず……もしもそうなら」

染谷まこの質問に天江衣は答えられなかった。数か月間にわたって不可解な状況を耐えきった染谷まこの精神力は天江衣を委縮させる威力があった。

ただの小娘と笑えなかった。かたまっている天江衣を差し置いてアンヘルが答えていた。

「マスターは自分で選んでこの道を選びました。笑わなくなったのは、別の問題を抱えているからです。

 信頼のために答えさせていただきますね。

 マスターはいま退魔士の修行で躓いています。今というよりもこの数か月ずっと躓いたままです。修業の一歩目で躓いたのです。

修行を初めて数か月、全く一歩も前に進んでいません。

 マスターの先生は『葛葉流』と呼ばれる退魔術を使うのですが、それを全く身に着けられていないのです。

同じ時期に修業を始めた同輩たちは楽に身につけられたというのに……それを気にしているのでしょう。

技量が低いわけでも肉体に問題があるわけでもないのに……それがマスターから笑顔を奪っているのです」

主人である須賀京太郎の恥をアンヘルが正直に話した。すると染谷まこはこういった。

「……京太郎らしいのお」

染谷まこが視線を切ると天江衣が動き出した。天江衣の呼吸が少し乱れていた。半笑いだった。須賀京太郎が先輩といって慕う理由が理解できた。

そして染谷まこの覚悟を天江衣たちが静かに称賛した。良い退魔士もしくはサマナーになれるだろう。そうしていると染谷まこがもう一つ質問をした。

「しかしなんでわしには聞いておらんと見抜けた? 見張りでもつけておるんか?」

すると天江衣が答えた。

「バレバレだったぞ。京太郎の話を聞いていたらすぐにわかったよ。

『染谷先輩にまた体がでかくなったなって褒められたんっすよ』とか

『染谷先輩に学生服ぱつぱつだって笑われたんっすけど、これ以上大きいサイズありましたっけ?』とかな。

 私たちの情報操作は自由自在だ。

 灰色の髪の毛に意識が向きすぎだ。ためしに京太郎がどんな見た目か咲に聞いてみたらいい。『数か月前と同じ』と答えるだろうよ。

 理解したか?」

染谷まこはうなずいた。口元が笑っていた。理解不能な状態におびえすぎてくだらないミスをした自分を笑っていた。

 
 染谷まこが納得した後天江衣がゲームをしないかと提案をした、その話を書いていく。それは染谷まこがいったん納得した後のこと。

染谷まこが何とか平常心を取り戻すと、隣の座席に座っている天江衣が雰囲気を変えた。今まで真面目な空気を出していたのだが、それがなくなった。

完全に脱力し、だらけた猫のようだった。そしてジャージのポケットに手を突っ込んで、こんなことを言いだした。

「話は終了だな。それじゃあ、ババ抜きでもしよう。

 いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、染谷が納得してくれてよかった。

京太郎は染谷のことをとても優秀で優しい先輩だといって褒め称えていたからな。下手なことをしたら本気で怒られる。

何というか、見た目ゴリラの癖に真面目でこまる」

ジャージから取り出したのはトランプが入った箱である。この時天江衣はもう片方のポケットから袋に包まれたクッキーらしきものを取り出していた。

トランプの箱とクッキーをどうするのかと思って染谷まこが見詰めていた。

両手がふさがったからだ。そうすると天江衣の尾てい骨あたりから緑色の光を放つ蛸の触手のようなものが現れた。長さ二メートルほど、太さは二十センチ。

本数は五本である。遠目で見ると緑色の尻尾が生えているように見えるが、至近距離で見るとものすごく邪悪な光景だった。

27: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:41:03.89 ID:B82FWzEK0

染谷まこが固まっている間に、天江衣の緑色の尻尾がトランプを受け取って、シャッフルし始めた。

緑色の尻尾たちが器用にカードをシャッフルしている間に天江衣はポケットから取り出したクッキーをかじった。

 緑色の触手が現れた時染谷まこが自分の目を疑っていた、その様子を書いていく。

それは天江衣の尾てい骨あたりから邪悪な触手が現れた数秒後のことである。緑色の触手を天江衣が操っているのを見て、染谷まこはあさっての方向を見た。

あさっての方向には流れていく景色がある。景色は流れ続けていて、現実だった。次に前の座席に座っているアンヘル。

その次に斜め前に座っているソックの姿を確かめた。ジャージ姿の美女が二人いた。二人とも平然としていた。

天江衣の尾てい骨から邪悪な触手が現れているが全く動じていない。そんな二人を見て、染谷まこは自分の太ももをつねった。

太ももが赤くなった。痛かった。痛みに耐えながら自分は正気なのだろうかと考えた。自分の正気を証明するのは難しかった。

考えている間に、染谷まこの太ももの上にカードが配られてきた。緑色の触手が丁寧に配ってくれていた。アンヘルとソックにも順番に配られている。

あっという間に太ももの上にカードが積もっていった。零れ落ちそうになるので、あわててカードを手に取った。

 カードが配り終わったところで天江衣を染谷まこが怒らせた、その時の様子を書いていく。

それはカードを配り終わってそろそろババ抜きが始まるというところである。

邪悪な触手を尾てい骨から生やしている天江衣に染谷まこはこんなことを言った。

「天江は蛸の親戚じゃったりするんか?」

すると寝転がっていた天江衣が跳ね起きた。怒っていた。尾てい骨あたりから伸びている触手が怒りに合わせて唸った。

それを見てアンヘルとソックが笑った。笑っている二人を気にせずに、天江衣はこういった。

「はぁっ!? 龍門渕の姫だぞ私は! 悪口はトカゲとかイモリあたりが許容限界だからな!」

そうして天江衣が怒ると染谷まこが触手に視線を向けた。間違いない。やはり天江衣の尾てい骨あたりから緑色の触手が生えていた。

しかも数が増えていた。数えてみると九本あった。尻尾なら可愛げがあるがどう見てもタコの足だ。トカゲでもイモリでもない。タコだった。

天江衣の怒りに合わせてうねっているので余計に冒涜的だった。

 天江衣は蛸の親戚なのかという染谷まこの疑問に対してアンヘルとソックが答えた、その様子を書いていく。

それは染谷まこの疑問を投げてのすぐ後のこと。天江衣が静かに怒っていた。一応は龍門渕の姫である天江衣。

トカゲとイモリの親戚扱いされるのはぎりぎり許せるが、さすがに蛸扱いされると腹が立った。それなりに龍門渕の血統には誇りがあったからだ。

しかし染谷まこの疑問についてはわからなくもないので、怒りはそれほど高くなかった。

龍門渕というのなら、龍らしいものを創るべきなのは自覚しているからだ。そうして天江衣が徐々にクールダウンしているところで、ソックがこう言った。

「これが葛葉流の退魔術だ。自分のエネルギーを操って形にする。そしてこれを武器にする。

 一々『葛葉流』といわなくともいい気はするがな、悪魔ならだれでもできる。これができなければ、スライム化するからな。

 葛葉流は、ここからさらに進展させる。完全に習得すれば永遠に戦える技が手に入る。

俺のマスターは……この第一段階で躓いているわけだが……まぁ、人それぞれあるだろう。向き不向きがある。

こんな技術が使えなくとも私のマスターの素晴らしさは変わらない。そもそも私たちがいればどうにでもなる。

 マスターは許してくれないけれど、一緒に戦場に出たらそれで問題は解決する。私たちがマスターのサポートをすれば問題ないのだから」

早口のソックだった。特に須賀京太郎の部分が早い。ソックの話を聞いて、アンヘルが眉間にしわを寄せた。

須賀京太郎を思うのなら、技術の習得を急ぐべきだという考えていた。

28: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:46:05.42 ID:B82FWzEK0

すでにソックと自分は足手まといにしかならないと理解していた。そんな二人を見て染谷まこは首をひねった。ソックが嘘をついているように見えたからだ。

しかし流した。嘘をつける部分がなかったからだ。染谷まこが不思議に思っているところでアンヘルがこう言った。

「女子高校生が蛸の触手を創るのは絵的に問題です。衣ちゃんは一応美少女なんですから、私とソックみたいな感じにすればいいのに。

 便利なのはわかりますけどね、女の子は見た目も気にしないと」

少し怒りの気配が口調に見えた。ソックに対する怒りである。もう少し主人のことを考えろと、忠実な僕としての怒りであった。

妙な空気のアンヘルとソックは問題である。しかし染谷まこの質問には答えが出ていた。触手は天江衣の趣味である。

 天江衣は趣味で触手を創りだしていると染谷まこが理解した時アンヘルとソックが腕を創った、この時にアンヘルとソックが創った腕について書いていく。

それは天江衣は触手趣味だと染谷まこがおかしな理解をした後のこと。マグネタイトを操ってアンヘルとソックが腕を創りはじめた。

緑色のエネルギーがアンヘルとソックの身体から放出され、あっという間に腕の形をとりはじめた。このとき

「こんな感じでやれば良いんです」

と言いながら肩甲骨あたりに白い翼をアンヘルは創りだした。これは左に一つだけである。色もしっかりついていて本物の翼のようにしか見えなかった。

しかしすぐに翼を変形させて、白く長い左腕を創りだした。これまた見事な腕だった。すこし翼の名残があるが、それが味になっていた。

アンヘルが腕を創っている間に、右の肩甲骨あたりに鋼色の枝をソックが創りだした。枯れ枝のように見える枝だった。この鋼色の枝も翼の様に伸びていた。

なかなか見事な枝ぶりだった。しかしあっという間に鋼色の長い腕に変わった。ソックの趣味だろう、ロボット的な印象があった。

二人が腕を創ったのはババ抜きのためである。座席と座席の距離が少し離れているので、長い腕が必要だったのだ。

 アンヘルとソックが見事な腕を創った後、天江衣が怒った、その様子を書いていく。アンヘルとソックが見事な腕を創り上げた直後である。

アンヘルとソックが胸を張った。これくらい楽勝だと顔に書いてある。そんな二人を見て天江衣が怒った。挑発されていると理解した。

普段の生活態度を知る天江衣である。間違いなく挑発だと言い切れた。尾てい骨あたりに生やした緑色の触手を唸らせながら、天江衣はこういった。

「ごめんなさいね不器用で! この形が一番便利なんです! 吸盤は万能なんです! 理にかなってんっすよ!」

天江衣の触手がうねるのを見て、アンヘルとソックが笑った。触手の再限度だけは高かったからだ。染谷まこは何も言わなかった。

仲がいいのだなと思い、目の前の光景を流した。色々と理解できない単語が飛び出してきたが、気にしないこととした。

物理法則を崇拝しているわけでもなければ、常識の奴隷でもない。理解できないこともある。宇宙は広いのだからそういう技術もあるだろうと納得した。

そして目の前のゲームに集中した。彼女に配られたカードはなかなかよかった。手に入れた情報をうまく利用すれば勝てる手配だった。



 ババ抜きをするためにトランプが配られて五分後に天江衣が叫んでいた、その話を書いていく。それはババ抜きを初めて数分後のこと。

手順が数週したところである。天江衣とアンヘルが一騎打ちをしていた。びり決定戦である。一番に抜けたのが染谷まこ、二番目がソックである。

手札がよかった染谷まこがあっさりと勝利をもぎ取っていた。これは単純に運がよかった。

二番目のソックは天江衣とアンヘルの顔色を読み切ってぎりぎりの勝利をもぎ取った。そして

「異能力があるから余裕だろ?」

と思っていた天江衣と、自称演技派のアンヘルが一騎打ちである。びり決定戦に臨む二人はものすごく本気だった。

天江衣の緑色の尻尾が動きを止め、アンヘルの微笑みが消えている。

29: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:51:29.18 ID:B82FWzEK0

ただの暇つぶしのお遊びのはずだが、大金をかけた勝負の真剣さだった。それもそのはず、二人とも自分は勝てると思っていた。

少なくとも染谷まこには勝てると思っていたのだ。何せ染谷まこは一般人である。裏の世界にあり、それなりに難しい事件をくぐってきた自分たちである。

一般人なんぞに負けるわけがないと思っていた。しかし実際に勝ちぬけたのは染谷まこ。余裕ぶっていた二人はびり決定戦。笑えなかった。

結果、勝利したのがアンヘルだった。三味線合戦を何とか演技で潜り抜けたのだった。勝利をもぎ取ったアンヘルは大きくガッツポーズを決めていた。

嬉しかったからだろう勢いを間違えて肘を座席にぶつけて転がり落ちていた。一方で天江衣はひどい唸り声をあげて、悔しがった。

ほとんど叫んでいた。染谷まこはしかめっ面になった。うるさかった。加えて、大金を失った博徒のようだった。

二人の様子を見ていた染谷まこは遠くを見ながらこう思った。

「京太郎は苦労しているのだろうな」と。

 ルール無用仁義無用のババ抜き二回戦が始まって十分後、天江衣が染谷まこに話しかけていた、その話を書いていく。

始まりは一回戦目が終わってすぐのことである。場が熱くなっていた。

敗北した天江衣の目が博徒のそれになり、アンヘルの顔から微笑が完全に消えた。

ギリギリのところで勝利したソックも敗北の気配を感じて真剣さを増している。染谷まこは特に気負ったところがない。

しかし四人中三名が本気になっているので、クーラーがきいているはずなのに熱かった。そんな状況になって、天江衣とアンヘルが

「もう一度ババ抜きをしませんか?」

と染谷まことソックを二回戦目に誘った。天江衣とアンヘルの考えるところは単純である。勝利することだ。

敗北を味わった者たちだからこそ、勝利の味を欲しがった。ただ、あまりにぎらついているので染谷まことソックにはすぐに見抜かれた。

ただ、何の問題もなく二回戦目が始まった。賭けているモノがプライドだけだからだ。しかし結果から言えば、勝利したのは染谷まこ。

二番目が天江衣である。三味線上等、ちょっとした心理学のテクニックも織り込んで楽しくゲームをプレイしての結果であった。

そうして二回戦目の決着がつくと、染谷まこの隣に座っていた天江衣が話しかけてきた。

「いやぁ、染谷はババ抜き強いな。なにかコツでもあるのか?」

完全に声が震えていた。平静を装っていたが、顔が少し赤い。それもそのはず、異能力を少しだけ発動させても勝利できなかったのだ。

ものすごく悔しかった。そんな天江衣に染谷まこがこう言った。

「ないぞ? こういうのは運じゃろうな。そんなもんじゃろ?」

勝利に勝ったうえに冷静そのもの。熱くなっている三人を上から見下ろす視線は常識的な高校生の目だった。

そんな染谷まこを見て天江衣のこめかみが引きつった。天江衣の持つ異能力が運なんぞで拒絶されるわけがなかったからだ。

 天江衣と染谷まこが話をしている間にババ抜きの二回戦目が終了した、この時の彼女らの様子について書いていく。

それは染谷まこの挑発が天江衣に直撃した後のことである。二回戦目の決着がついた。最下位になったのはアンヘルだった。

ソックとの激しい心理戦を経て、結局敗北していた。最後の最後で、ビックリするくらい焦ってしくじっていた。

そうして負けた時、犬のような唸り声をあげてアンヘルは座席から転がり落ちていった。転がり落ちていったアンヘルは堕ちた姿勢のままで動かない。

しかし怪我はしていない。連敗で心がズタズタになっていた。そして次こそ勝利するために、転がり落ちた姿勢のまま呪文を唱え始めた。

「『飢えに苦しむ私を満たす、現世の皿が空になる。今ぞ審判の時。来たれ光の神、汝の影が動き出す』」

一方、ぎりぎりのところで勝利したソックは両手で顔を隠して、椅子に縮こまって

「うん! うん!

と言っていた。次の戦いを有利に進めるため自分を抑え込んでいたが、勝利の喜びで心はいっぱいである。

30: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:54:41.54 ID:B82FWzEK0
となって、アンヘルが本気になり呪文を唱え始めた時、すぐにソックも呪文を唱え始めた。

「『探求の果てに海を見て、砂で創った玉座についた。玉座についた私に願う。新たな私に祝福を』」

アンヘルとソックの呪文はまったく聞き覚えのない言葉で放たれていた。これは染谷まこにも聞こえていた。しかし突っ込んでいかなかった。

きいてもわからないからだ。

 アンヘルとソックが本気になった直後、ババ抜きの第三回戦が始まった、この時の彼女らの本気具合について書いていく。

それは龍門渕が用意した長距離バスの中が、若干異界化しつつある時のことである。天江衣が

「よっし! 次だ次! 染谷を引きずり降ろしてやれ!」

といってババ抜きが始まった。カードをシャッフルしたのは染谷まこであった。天江衣たちが

「自分がやる」

といって立候補してきたので染谷まこが

「お主ら『やる』つもりじゃな? わしがやる」

といって奪い取ったのであった。ただ、天江衣たちはまったく抵抗しなかった。それどころにんまりと笑って、染谷まこにシャッフルを任せていた。

というのも、シャッフルを他人に任せても自分が勝つという自信が三人にあった。特に天江衣は自信満々である。

当然のことで、手加減抜きに龍門渕の異能力「治水」の強化変異系「支配」を発動させていた。

この能力を発動させた今、すべての情報は自分に従うと確信があった。大量の麻雀牌すら好き勝手に操れるのだ。トランプ程度大したことではなかった。

この時ババ抜きの絶対王者である染谷まこは平然としていた。いくら気張ってもババ抜きをやるだけだからだ。

配られたカードが問題ではなく、プレイングが問題だと理解していた。

 ババ抜き三回戦目が始まって三分後のこと染谷まこに天江衣が話しかけていた、その時の話を書いていく。

暇つぶしに始まったババ抜きがいつの間にか修羅場の空気で満たされて五分後のこと。異能力と魔術が乱舞する修羅場で勝者が生まれていた。

勝利をもぎ取ったのは染谷まこであった。ババ抜きの頂点に立った時、染谷まこは小さく息を吐いた。

「ほっと一息つく」

そんな表現がぴたりと当てはまった。そして一息ついた後、座ったまま伸びをした。少しへそが見えたが気にしなかった。勝利の余韻と解放感が強かった。

次に抜けたのはソックだった。天江衣とアンヘルを一気にまくり上げて勝利した。勝ちぬけたときソックは少女のような歓声を上げていた。

膝立ちのまま座席の上でぴょんぴょん跳ねている。ソックが勝ちぬけると天江衣とアンヘルの一騎打ちになった。

天江衣の全身全霊の支配とアンヘルの闇の魔術。どちらが勝っても不思議ではなかった。結果、勝利したのは天江衣である。

ぎりぎりのところでアンヘルを蹴落として勝利していた。情報戦に優れた支配だからこそギリギリで闇の魔術に勝利できた。

勝利した天江衣は雄たけびをあげていた。うるさかった。敗北したアンヘルは微笑みを浮かべて、崩れ落ちていった。

悔しすぎて涙が出ていた。このようにして三回目のババ抜きが終わると、運転手がこんなことを言った。

「悪いんだがもう少しテンションを下げてもらっていいか? あんまり興奮されるとハギちゃんと須賀ちゃんがこっち乗り込んでくると思うんだわ。

 龍門渕から映画やらアニメ持ってきてるからそれで暇つぶしてよ」

すると運転手に天江衣がこう言った

「はぁっ!? 一度も勝ててないんですけど?」

運転手はこういった。

「弱いのが悪いんだと思いますけど?

 それよりも影武者の説明を忘れてるぞ。そこもしっかりしておかないとダメだろ?」

31: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 03:58:09.27 ID:B82FWzEK0
大人な態度だった。すると天江衣は非常に嫌そうな顔をした。明らかにババ抜きをやりたがっていた。

しかし我慢に我慢を重ねて悔しさに目をつぶって染谷まこにこう言ったのだ。

「話がある。きいてくれ……」

天江衣の一言に、染谷まこは困った。とんでもなく嫌そうだったからだ。しかししょうがないので肯いた。

「お、おう。ええぞいくらでも聴いちゃるぞ」

そして一旦ババ抜きは終了となった。天江衣たちにとっては散々な勝負だったが、染谷まこにとっては良い滑り出しだった。

 ババ抜きが終了してすぐに影武者の説明を天江衣が始めた、この時に天江衣が語った影武者作戦と染谷まこの反応について書いていく。

それは、天江衣が嫌々仕事を始めた時のことである。すごく嫌そうな顔をしたまま、影武者についての話を天江衣が始めた。

「真白が言っていたが、龍門渕は京太郎の影武者をたてるつもりだ。影武者というのはそのままの意味だ。時代劇とか見たことがあるだろう? あれだ。

 これから京太郎はより難しい任務に就く機会が増える。真面目に修行に取り組んでいるし、伸びしろがでかい。

龍門渕は……親戚筋の娘を嫁にやっても良いと考えるほどの有望株だ。私のことじゃないぞ、分家の娘を選んで、嫁に入れるということだ。

アンヘルとソックは嫌がるがな。

 でだ、そうなるといよいよ京太郎の痕跡を消したい。高校生活の痕跡も今までの痕跡も決して、後を追えなくしたいのだ。

表の世界から痕跡を消して、独占したい。

 実際もう行っているな。だが、完璧ではない。情報を操作するが痕跡はどこかに残る。人間の痕跡は思ったよりも深く残るからだ。

情報化社会の弊害だよ。それに実際染谷のようなイレギュラーもある。

 そこで影武者を入れる。ゆっくりと時間をかけて、フェイクも入れながら薄くして、最終的には大学進学を利用して痕跡を完全に消す。

 良くある話だろう? 大学進学と同時に今までのつながりが切れるというのは」

天江衣がすらすらと説明をすると、時染谷まこは哀しんだ。寂しくないのか心配だった。

しかし文句は言えなかった。鍛えられた肉体と無数の傷跡が須賀京太郎の責任感の表れだと理解した。

そして須賀京太郎の行動を理解できるからこそ、染谷まこは小さな決心をした。

「須賀京太郎を忘れない」

そしていつものように忘れないように、思い出せるように繰り返した。染谷まこが決心をを刻んでいると天江衣がこう言った。

「影武者は夏休み明けから投入される。染谷が協力してくれるというのなら、フォローをお願いしたい。

 初めはなかなか上手くいかないだろうからな。

 顔写真を見せておく。協力、頼んでもいいか?」

天江衣がお願いをすると、染谷まこはうなずいた。やはり哀しげなままであった。自分一人しかかつての須賀京太郎を覚えていないと思うと一層哀しかった。

 天江衣が影武者役の写真を見せた時染谷まこが大いに驚いた、この時に天江衣が見せた影武者の写真と染谷まこが驚いた理由について書いていく。

それは染谷まこが手伝うとうなずいたすぐ後のことである。影武者のデータが入っている携帯電話を取り出そうとして天江衣がもがきだした。

ジャージのポケットに携帯電話が入っているのだが、それを取り出そうとしていた。しかしうまくいかなかった。

本当ならばすんなり取り出せるはずだが、寝転がってみたり跳ねていたりしたものだから、ジャージの生地がねじれて取り出しにくくなっていた。

そして五秒ほど自分のジャージと格闘した天江衣はようやく最新機種の携帯電話を取り出せた。そして素早く操作して染谷まこに差し出した。

これを見て染谷まこが驚いた。そしてすぐに眉間にしわを寄せた。というのも携帯の画面に「美少女」が映っている。

画面に映っているのは美しい少女の画像で、モデルよりのスタイルだった。

32: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:02:13.26 ID:B82FWzEK0

どう見ても男ではない。そうして画面をしっかり確認した後で染谷まこはこういったのだ。

「画像間違えとるぞ? 女の画像じゃ」

すると天江衣は笑った。そしてこういった。

「これが正しい画像だ。間違いない。須賀京太郎の影武者として潜入する退魔士、コードネームはアゲハだ。

本名ではないが、突っ込んで聞くのはやめてあげてくれ。気まずくなるからな。

 染谷の言いたいことはわかるぞ。

『雄臭い須賀京太郎の影武者が女? あのガチムチの影武者を女がやる?
 
 よく見てみろ、京太郎の太ももの太さと女のウエストの太さが同じではないか。

 身長も体格も雰囲気も全く似ていない。美女と野獣だ』

そうだろう? その気持ちはよくわかる。だがな、この一言で納得するはずだ。

 『異能力というのはバリエーションがある』

 戦うばかりが異能力ではないのだ。

 ちなみに選んだのは私だ。リハビリにちょうどいい仕事と思ってな」

天江衣の話を聞いて染谷まこは首をかしげた。しかし納得はした。天江衣たちを見ていれば納得するしかなかった。

普通の女子高校生は邪悪な触手を尾てい骨辺りに生やさない。天江衣でこれである。影武者役の女はとんでもない奴だろうと勝手に納得していた。

 二回目の休憩のためにバスが動きを止めた時染谷まこに対して天江衣が質問をしていた、その時の話を書いていく。

須賀京太郎の影武者の話が終わった後のこと。今までの熱気が去りバスの中がかなり落ち着いた。そうして熱気が去ると急にババ抜きのムードも去った。

すると急にすることがなくなって暇になる。どうするかとなった時選ばれたのが映画鑑賞だった。この時、若干揉めた。どの作品を見るかで揉めたのだ。

若干揉めたが最終的にはアニメを見ることになった。天江衣がじゃんけん勝負で勝ち取ったのだ。そうしてアニメの時間になった。

アニメの時間になると皆黙った。

「女の子が戦車に乗って闘う?」

などと思っていたが面白かったのだ。そしてキリのいいところで二度目の休憩時間が来た。すると天江衣たちは立ち上がった。

清澄高校の面々と須賀京太郎が龍門渕のバスから戻ってくる気配がしていた。この時天江衣が小さな声で染谷まこに耳打ちをした。

「染谷よ、私にだけババ抜きの必勝法を教えてくれ。なにかあるのだろう?」

この時の天江衣は非常に悪い顔をしていた。それはもう見事な邪悪顔である。染谷まこから必勝法を聞き出して、アンヘルとソックをかもるつもりである。

すると少し間をおいて、染谷まこが答えた。天江衣の耳元で小さな声で囁いていた。

「必勝法も何も、顔色を読んだだけじゃよ。

 気づいておらんのかもしれんがな、おぬしらはポーカーフェイスができておらん。アンヘルさんは特に下手くそじゃな。

策士ぶっとるけど一番顔に出とる。

 それに、退魔術で創った触手と腕。あれは良くないぞ。心の動きを明らかに反映しとる。バレバレじゃな。そうなって心の動きは予想がつく。

心の動きを見通せば、行動を予想するは難しいことじゃねぇわ。

 麻雀をやりだした時に京太郎に教えてやったが、相手の思考が透けりゃあよ、狙い撃ちよ。平常心と度胸で自分を隠し、覚られる前に相手を倒すだけ。

簡単じゃろ?」

答えを受けて天江衣が震えた。恐れたのではない。思ったより吐息がくすぐったかったのだ。しかし納得した。なるほどと思った。

そして天江衣はすぐに自然体を装った。

「染谷さんと仲良くなりました」

と須賀京太郎に報告しているアンヘルとソックをババ抜きでハメるためである。そして悪い顔をしながら天江衣はバスを降りていった。

ポーカーフェイスが下手くそだった。

すれ違いで、清澄高校麻雀部の面々が戻ってきた。みなそれなりにリフレッシュしていた。しかし須賀京太郎だけ死にそうな顔をしていた。

げっそりとしている。目に力がない。染谷まこは少し心配した。精神的に参っている須賀京太郎の目だった。

33: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:06:57.83 ID:B82FWzEK0

 龍門渕が用意した豪華なバスが二度目の休憩に入ったころ、まったく別のところから東京にバスで移動するヤタガラスの集団があった、この時に別方向から東京に向かっていた集団について書いていく。

それは灰色の髪の須賀京太郎が龍門渕透華に映画一本分の説教を喰らった直後のことである。見通しのいい世界を一台のバスが走っていた。

道を走るバスには三本足のカラスのエンブレムが大きく描かれていた。バスの大きさは中型で年季がいっている。

龍門渕が用意したバスと比べると二回りくらい小さく装甲も薄い。いわゆる普通のバスだった。このバスだが、少し不思議なところを走っていた。

世界が不思議だった。というのが、このバスが走る世界なのだが空に大きな光の塊がある。しかし太陽ではない。

空のほとんどを埋め尽くしている光の塊である。もしも太陽だとしたら距離が近すぎて地表は蒸発している。

また道端に視線を向けてみると蒸気機関が雑草のように群がって生えている。なにかの意味がありそうだが、何もないとすぐに気付くだろう。

蒸気機関の力を伝えるための仕掛けが一切ない。ただ蒸気をふきだすために蒸気機関は動き続けていた。

そしてそんな蒸気機関がたくさんあるものだから、不思議な世界の空は雲で覆われていた。

この不思議な世界は異界。強大な力を持つ存在が創る現世とは違う法則で動く世界である。

そしてヤタガラスのバスが走る異界は、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)と呼ばれる友好的な異界である。

そんな世界を走るバスの中には女子高生と引率の先生が乗っている。岩手県代表宮守女子高校の部員たちと顧問の熊倉トシである。

 アンヘルとソックに対して天江衣がババ抜きを仕掛けている時宮守女子高校の空気が悪くなっていた、この時の彼女らの様子について書いていく。

それは染谷まこから聞いたババ抜きの必勝法を早速アンヘルとソックに天江衣が試そうとしている時のこと。

宮守女子高校の乗るバスの中はずいぶん暗い空気で満ちていた。清澄高校の面々と同じく全国大会に参加する彼女らなのだが、全く覇気がなかった。

椅子に座ってうなだれている者もいれば、溜息を吐く者もいる。引率の先生まで青ざめているのだから、相当であった。

全国大会に向かう緊張のためではない。もっと別の厄介な問題が宮守女子高校の面々に降りかかっていた。しかし全員の問題ではない。

個人の問題が全員の空気を悪くした。

宮守女子高校の麻雀部に所属している女子生徒・姉帯豊音(あねたい とよね)、彼女の問題が全員の気力をそいでいた。

 ババ抜き勝負を仕掛けた天江衣がアンヘルとソックにボロボロにされているころ、宮守女子高校の面々のバスが休憩所に到着した、この時の休憩所の様子と姉帯豊音の状態について書いていく。

それは天江衣がアンヘルとソックに勝負を挑み、連敗を重ねている時のことである。葦原の中つ国にある休憩所に宮守女子高校のバスが到着していた。

休憩所なのだが、建物の構造がおかしかった。建築基準法をぶっちぎりで無視して作られていたのだ。

一見するとビルのようにみえるが、近寄ってみると全く違っていることがわかる。様々な時代の建築物が組み合わさってビル風になっているのだ。

明らかにおかしな状態だが、普通に人の出入りがあった。また人の出入りと同じく、異形達も出入りしていた。いわゆる悪魔たちである。

この休憩所であるが、駐車場がものすごく広かった。

「土地は余っている」

と言わんばかりに駐車スペースが広がっている。大型ドラゴンも五十匹くらいはとめられる。

しかも駐車場から少し離れたところには展望台があり、この不思議な世界・葦原の中つ国を見渡せる。

展望台の隅っこには薄汚れた石碑が立っているがこれにはだれも興味を持たなかった。石碑を見るくらいなら景色を見たかったからだ。

そんな休憩所に到着した宮守女子高校のバスから女子高校生が降りてきた。身長が非常に高い女子高校生だった。須賀京太郎と比べてみてもまだ高い。

また髪の毛もものすごく長かった。黒い髪の毛が腰あたりまである。しかし一番不思議なのは目である。光の灯っていない赤い目をしていた。

充血ではなく、瞳の色が赤かったのだ。ただ、充血しているのも間違いではない。少し泣いていた。

この高身長長髪の女子高校生の名前は、姉帯豊音(あねたい とよね)である。たった一人バスから降りて、ふらふらと歩きだしていた。

無防備としか言いようのない姿である。しかし一応の防御があった。姉帯豊音の身体には、真っ白い雲のようなものがまとわりついていた。  

34: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:10:59.35 ID:B82FWzEK0

 姉帯豊音がバスを一人で降りた時熊倉トシが部員の一人にお願いをした、この時の熊倉トシのお願いとお願いされた女子高校生について書いていく。

それは姉帯豊音がたった一人でふらふらと歩きだした時のことである。

葦原の中つ国に姉帯豊音が降りてすぐに引率の熊倉トシ先生が部員の一人に声をかけた。姉帯豊音の状態を把握して心配したのである。

熊倉トシはこういっていた。

「塞(さえ)、お願い」

すると名前を呼ばれた女子高校生が立ち上がった。非常に対応が早かった。当然で、言われずとも守りに行くつもりだった。

立ち上がった女子高校生の名前は臼沢塞(うすざわ さえ)。高校三年生で部長である。身長は百五十センチと少し。お団子頭で目元が涼しい。

立ち姿もなかなか様になっていた。立ち上がった彼女は、何も言わずにバスを降りた。

そしてふらふらしている姉帯豊音の後を三メートルほど距離を開けて追いかけた。もう少し近づいてもよかったが、三メートルあれば十分だった。

五メートルまでなら、一歩で詰められるからだ。
 
 宮守女子高校のバスが休憩所に到着して五分後、展望台近くの石碑の前で姉帯豊音が膝をついていた、この時の姉帯豊音について書いていく。

それは宮守女子高校のバスから降りてすぐのことであった。目的もなく姉帯豊音は展望台に向かっていた。

特に意味はない。展望台があり、人が集まっている。何となく楽しそうな雰囲気がして、自分もその恩恵にあずかりたい。そんな気持ちがあっただけである。

そうして展望台にたどり着いた姉帯豊音は立ち止ってうつむいた。というのも、展望台に居場所がなかった。

宮守女子高校以外にも葦原の中つ国を利用する人たちはいる。休憩所を利用したい人も多いのだ。

そうなって葦原の中つ国の景色を眺められる展望台は最高の場所で、人が多いのは当然だった。

しかし俯いたのは、展望台にいる人たちが幸せそうだったからだ。みな楽しそうにしていた。それを見ると少し楽しい気持ちになったのだが、すぐに悲しみで覆われた。

「私には手が届かないなー」

と思ったからだ。すると足が動かなくなりうつむいた。しかしすぐに顔を上げて歩き出した。

自分が邪魔になっていると考えて、さみしいところへ逃げたのだ。そして邪魔にならないようにと逃げたところには、薄汚れた石碑があった。

ほこりまみれになって排気ガスで汚れて、何の石碑なのかさっぱりわからない石碑だった。これを見て姉帯豊音はほほ笑んだ。自分みたいだと思った。

そう思うと、膝をついて掃除をし始めた。手でほこりを払いハンカチで汚れを落とした。

そうして一生懸命に掃除をしていると徐々に石碑の模様が見え始めた。そして姉帯豊音はつぶやいた。

「ヘビ?」

石碑には蛇の彫刻があったのだが、これと目が合っていた。ヘビの彫刻には輝く赤い目があり、生きているかのようにクルクルと動いていた。

それは輝く赤い目だけではなく、彫刻自体がグネグネと動いて生きているかのようにふるまっていた。姉帯豊音はこれを見て青ざめた。

悪魔的な存在との出会いを確信したからである。

 姉帯豊音が青ざめる直前のこと護衛についていた臼沢塞が青ざめていた、この時に臼沢塞が見た者について書いていく。

それは熊倉トシのお願いで姉帯豊音の護衛に臼沢塞がついている時のことである。

石碑を綺麗にし始めた姉帯豊音の五メートルほど後ろで臼沢塞が仲魔を連れて護衛をしていた。臼沢塞の仲魔は二本足で立つ猫だった。

紳士的な服を着て、猫の目には知性があった。そうして仲魔と共に姉帯豊音の護衛についていると彼女の体が震え始めた。

理由はすぐにわかった。姉帯豊音の頭上、石碑の上に巨大なマグネタイト反応があった。また強大としか言いようがない魔力も感じていた。

どう考えても上級悪魔の到来の予兆である。それなりに修業を積んでいる臼沢塞であったが、さすがに身が震えた。血の気が引いた。

周囲にヤタガラスたちがいるのだから、どうにかなるだろうが命がけの戦いそれ自体が恐ろしかった。

そして臼沢塞が震えている間に、薄汚れた石碑の上にボロ布をまとった少女が現れた。石碑に腰掛けるようにして現れていた。

35: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:15:44.56 ID:B82FWzEK0
表情は見えない。髪の毛が長すぎるからだ。五メートルほどの長さがあり、顔が隠れていた。しかし何を見ているのかはすぐにわかる。

膝をついて掃除をしている姉帯豊音である。視線を読める理由は少女の両目が赤く輝いているからだ。黒い髪のベール越しでもよく見えた。

 奇妙な少女が現れた直後、臼沢塞が対応した、この時に行われた臼沢塞と奇妙な少女の戦いについて書いていく。

それは膨大なエネルギーを保有した少女が出現した瞬間だった。姉帯豊音を護衛する臼沢塞が叫んだ。

「豊音!」

奇妙な少女の出現に姉帯豊音が気付いていないと悟っての行動だった。

姉帯豊音を包む白い雲のような加護を知っている臼沢塞であるから、たやすく予想がついた。

しかし叫んだ直後、自分自身を責めた。石碑の上に座る奇妙な少女の視線が臼沢塞に向かったからだ。

少し睨まれただけなのに、心臓が握りつぶされるかと思った。胸が苦しい。しかし、心はまだ折れていなかった。自分の友人を見殺しにする気はなかった。

そうして奇妙な少女が臼沢塞を睨んでいる間に、二足歩行する猫が少女に挑んだ。本来なら命令を待つ身分である。しかし

「豊音!」

と叫んだその声を合図と解釈して動いていた。目標は石碑の上に腰掛ける奇妙な少女。目的は姉帯豊音とマスターの逃げ道を作ること。

優秀で絆を結んだ仲魔だからできる行動だった。ただ、相手が悪かった。石碑に腰かけている輝く赤い目の少女は飛び掛かってきた猫を軽く叩いた。

地面に引きずるほど長い髪の毛を利用して蛇のように動く触手を創り、飛び掛かってきた猫を叩き落としていた。

この時、奇妙な少女は二足歩行する猫を全く見ていなかった。叩き返された猫は駐車場に着弾していた。

石碑から十メートルほど離れたところに着弾し、動かない。生きてはいた。しかし動けなかった。衝突の衝撃がきいていた。戦いはこうして終わった。

始まりも一瞬だったが、終わりも一瞬だった。

 臼沢塞の叫びから一秒後、奇妙な少女と姉帯豊音が出会った、その様子を書いていく。それは臼沢塞の叫びから一秒後のこと。

友人の叫びをきいて姉帯豊音が慌てて顔を上げた。かなり素早い対応だった。慌てず騒がずに臼沢塞の心意気を理解したのは見事である。

しかし相手が悪かった。顔を上げるほんの少しの時間で、姉帯豊音は奇妙な少女につかまった。姉帯豊音が顔を上げると目の前に美しい少女の顔があった。

輝く赤い目に映る自分の顔が確認できた。同時に

「夜が来た」

と思った。鳥かごの様に奇妙な少女の髪の毛が姉帯豊音を取り囲んでいた。姉帯豊音を守る白い雲のようなものは無意味であった。

白い雲ごと捕らえられたからだ。そして黒い鳥かごの中で奇妙な少女に抱き着かれた。白い雲越しに抱き着かれて、全く抵抗できなかった。

奇妙な少女の白く細い腕の力は人の力を遥かに上回っていた。姉帯豊音に抱き着いた奇妙な少女は笑った。楽しそうだった。

奇妙な少女の笑い声を聞いて、姉帯豊音はすべてをあきらめた。何時かはこうなる宿命だと理解していた。

姉帯豊音が終わりを確信した時、少女の輝く赤い目が一層強く輝いた。自分の宝物に近付くチャンスを得たからだ。


  東京に到着した時清澄高校の面々と須賀京太郎は分かれて行動を始めた、この時の須賀京太郎の様子について書いていく。

それは正午を少し過ぎた時のことである。龍門渕の豪華なバスがホテルの駐車場に到着していた。

予定した時間よりも少し遅れて、無事に到着していた。

夏休みである。道が混んでいた。そうして四台のバスが到着すると、代表選手たちはそれぞれのホテルへ向かった。

これから来る激戦を感じ、選手たちは昂っていた。良い光景だった。肉体の器以上のエネルギーが湧き出して、青い蛍のような光が沢山飛んでゆく。

東京の青空にはない澄み切ったブルーは『見える』者たちの心を爽やかにした。

36: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:19:24.44 ID:B82FWzEK0

そんな選手に交じってやる気が失せている男子高校生がいた。どこからどう見ても麻雀部員には見えない学生。

筋骨隆々の戦士としか言いようがない須賀京太郎である。明らかに落ち込んでいて、溜息を吐いていた。目の光が失せて、死にそうである。

須賀京太郎の退魔士の先生であり先輩である男から

「師匠が呼んでいるから一緒に来い。逃がさねぇぞ」

と出鼻をくじかれたからである。清澄高校の面々と一緒に楽しいインターハイを堪能できると心のどこかで考えていた須賀京太郎である。

がっかりだった。そんな須賀京太郎の様子を見て先輩の染谷まこは非常に心配していた。

ヤタガラスというとんでもない組織の存在を知った今、良くないことが起きているのではないかと考えたのだった。良い先輩だった。

ただ、染谷まこにはどうすることもできなかった。心配している間に清澄高校の移動が始まった。後ろ髪をひかれつつ染谷まこは移動した。

これから全国大会の抽選会場に向かい、そのまま開会式である。清澄高校も当然同じ動きをする。参加しないわけにはいかなかった。

そうして染谷まこたちが居なくなると、執事服を着た優男と、執事服を着た荒々しい男が須賀京太郎の前に現れた。

これに天江衣とアンヘルとソックが引っ付いてきて、須賀京太郎たちも動き出した。


 染谷まこたちが居なくなった後須賀京太郎を二人の男が迎えに来た、この二人の男の正体について書いていく。

それは染谷まこたちが次の目的地に移動した直後である。須賀京太郎の前に執事服の優男と、執事服の荒々しい男が現れた。

落ち込んでいる須賀京太郎を迎えに来た二人の男。この二人の男は須賀京太郎の退魔士の先生で先輩である。

執事服を着た優男の名前をハギヨシ。執事服を着た荒々しい男がディー。どちらも本名ではない。

執事服を着た二人の男はどちらも身長が須賀京太郎よりも少しだけ高かった。体格は須賀京太郎が一番良い。

ルックスだけで勝負をすれば優男のハギヨシが一番である。万人に喜ばれるのはディーだろう。須賀京太郎とハギヨシよりもずっと雰囲気がやさしかった。

この執事服を着た優男のハギヨシと荒々しいディーは数か月にわたって須賀京太郎を鍛えた。

戦い方の基本を教えてみたり、座学を授けてみたり、実戦形式でどんどん須賀京太郎を強くしていった。

ハギヨシとディーの頭のおかしい訓練に耐えられる肉体、もっと高みへ昇りたいと願う精神、そして龍門渕の環境が合わさって今の須賀京太郎になっていた。

ちなみに

「師匠が呼んでいるから、一緒に来い。逃がさねぇぞ」

と須賀京太郎に言い、絶望させたのはハギヨシである。

そうして須賀京太郎の前に二人の先生が現れ、天江衣たちが集まると須賀京太郎たちも目的地へと移動した。

当初の予定よりも遅く東京に到着したこともあって、須賀京太郎に何の準備も許さなかった。

 バスを降りてから十分後、超一流ホテルのラウンジを須賀京太郎たちが歩いていた、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。

それは清澄高校の面々と別れたすぐ後のことである。須賀京太郎たちは目的の場所に到着していた。

須賀京太郎たちが足を踏み入れたのはいわゆる一流ホテルと呼ばれる建物であった。

マナーとして正しい服装が求められるらしく、お客の服装が非常に高級だった。このホテルの中に入った時須賀京太郎は心底嫌そうな顔をした。

自分たちがこれ以上ないほど浮いていたからだ。綺麗な大理石の床。高そうなシャンデリア。高そうなソファに、調度品。上流階級然とした人達。

そこに割り込むのがジャージの集団。執事服の胡散臭い二人。そして筋骨隆々な灰色の髪の男子高校生。

しかもヤタガラスの紋章と「龍」と刻印された上等な腕章を学生服につけている。来るところを間違えていた。荒野で野宿がふさわしい。

空気は読まないタイプの須賀京太郎だが、さすがに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。堂々と歩けるジャージ三人組の強心臓がうらやましかった。

 ホテルのラウンジを抜けてから五分後のこと、須賀京太郎たちを老紳士が出迎えた、この時の老紳士の歓迎の仕方と須賀京太郎たちの反応について書いていく。

それは須賀京太郎が小さくなって、ラウンジを通り抜けて五分後のことである。須賀京太郎たちはホテルの最上階にいた。

上等なホテルの最上階は、ワンフロアすべてを使った大きな部屋になっていた。

37: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:23:15.90 ID:B82FWzEK0

エレベーターから一歩下りればそこは別世界で、ホテル側が利用客を選んでいた。

エレベーターを降りると目の前に、大量の魔術的な仕掛けと防犯システムが出迎えてくれるのだ、不逞の輩をどうするつもりなのかわかりやすかった。

この仕掛けの先には魔術と機械で封じられた玄関扉が待ち構えていた。須賀京太郎たちは玄関扉の前まではすっと通された。

しかしすんなりと中に入れなかった。鍵を持っていないからだ。となって、執事服を着た男ハギヨシがチャイムを鳴らした。常識的な行動であった。

そしてこういった。

「師匠! かわいい弟子が来てやったぞ。さっさとあけてくれ」

すると十秒ほどして、扉が開いた。扉の向こうには老人が立っていた。老人の名前は十四代目葛葉ライドウ。

帝都のヤタガラスを仕切る退魔士にしてハギヨシの師匠である。真っ白い髪の毛の老人で、六十歳くらいに見えた。

黒地のスリーピース・スーツを身に着けていかにも紳士然としていた。ただ、ジャケットの下、ベストに不思議な仕掛けがあった。

玄関扉を開いた時にちらりと銀色の管のようなものが顔をのぞかせていた。また、腰あたりを見るとわかるが、ホルスターらしきものがある。

一見すると紳士の手本のような老人だったが、須賀京太郎たちよりもも剣呑なスタイルだった。

そんな十四代目葛葉ライドウを見て、須賀京太郎たちはほほ笑んでいた。大正二十年から現在に至るまで戦い続けた実年齢百歳オーバーの老人である。

元気そうで何よりという気持ちだった。

 ハギヨシたちを出迎えた直後十四代目葛葉ライドウが客人たちに軽い挨拶をした、この時に客人たちに贈られた挨拶について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが扉を開けてすぐのことである。十四代目葛葉ライドウは扉に手をかけたままニヤリと笑った。

このニヤリ顔を見て、須賀京太郎は少し嫌な顔をした。天江衣のニヤリ顔が脳裏に浮かんだからである。経験則で面倒くさいことになると理解できた。

そうして須賀京太郎が嫌な顔をした瞬間、十四代目葛葉ライドウの顔が優しい笑顔に変わった。これを見て余計に須賀京太郎は嫌な顔をした。

誤魔化そうとする天江衣とそっくりだったからだ。これもまた経験則であった。

そうして須賀京太郎の好感度をガンガン落としつつ、十四代目葛葉ライドウは客人たちに挨拶をした。客人たちを眺めてこう言っていた。

「よく来てくれた。本当ならもう少し早く連絡をするべきだったのだが、本当に申し訳ない。いや本当に申し訳ない。

 いやぁしかし驚いた。こりゃあどういう事かな須賀くん、随分真面目に修行をしているようだ。初めて出会った時よりもずっとデカくなった。

真面目に鍛えなくちゃあ、こうはならないよ。

 おや、衣ちゃんは前よりもずっとレディらしくなった。良い出会いがあったのかな? 信繁君に聞きたいことが増えた。

 アンヘルさんとソックさん、来てくれてうれしいよ。よく今回の話を受けてくれた。ありがとう。

それと二人が遊びに来てくれるようになって、衣ちゃんは一層元気になったと聞いているよ。健康的になってくれてうれしい。

昔はひきこもって麻雀ばかりしていたからね。

 あぁ、撫子(なでしこ)君。いつもバカ弟子を支えてくれてありがとう、君がいてくれると私は本当に助かるんだ。

バカ弟子と手を切りたくなったらいつでも連絡してくれ。すぐに退魔士として働けるようにしよう。

 それと私の『かわいい弟子』、さっさといい話を持ってこい。いつまで待たせれば気が済むんだ?

 老い先短い私をいじめるのはいい加減にしてほしいんだが? あとであの子のところへ行ってあげなさい。予定では、かち合うはずだ。

 撫子(なでしこ)くん、よろしく頼むよ。既婚者の君から助言の一つや二つくれてやってれ。

 おっと、話し過ぎてしまった。

 さぁ、中に入ってくれ。お茶でも飲んで熊倉たちを待とう」

口がよく回る十四代目葛葉ライドウだった。しかし楽しそうだった。そんな十四代目葛葉ライドウを見て須賀京太郎は毒気を抜かれていた。

一々頭を使うのが面倒くさかった。天江衣が脳裏にちらつくのだ。

「どうせ大した企みではないだろう」

と、失礼なことを考えていた。

38: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:26:50.42 ID:B82FWzEK0
そうして須賀京太郎が失礼なことを考えている時、ハギヨシは苦笑いを浮かべていた。苦笑いを浮かべるしかなかった。

そんなハギヨシを見て天江衣が邪悪な笑みを浮かべていた。この場の力関係をしっかりと把握して、立ち回りを考えていた。

そんな天江衣を見てアンヘルとソックが微笑みを浮かべて見守っていた。うまく立ち回ってお小遣いをもらおうとしている天江衣が面白かった。

 十四代目葛葉ライドウが客人たちを歓迎した十分後、須賀京太郎が黒猫に話しかけられていた、この時の須賀京太郎と黒猫の様子について書いていく。

それは、十四代目葛葉ライドウに歓迎された十分後のことである。かなり大きな会議室に須賀京太郎たちの姿があった。

三十人くらいなら楽に入れる大きな会議室で、ビップルームの中に用意されていた。

十四代目葛葉ライドウの案内で会議室に通されると、序列に従って席についていたのだが、その時に須賀京太郎は黒猫に絡まれていた。

黒い毛並みが艶々で、緑色の目が美しい猫がニャーニャー言いながら寄ってきたのだ。そうして近寄ってきた黒猫に対して須賀京太郎はこういっていた。

「お久しぶりっすゴウトさん」

この時の須賀京太郎は普通に頭を下げて挨拶をしていた。十四代目葛葉ライドウの飼い猫だからではない。

緑色の目をした黒猫が普通の猫ではないと知っていた。この黒猫の名前はゴウトドウジ。肉体こそ黒猫だが、中身は別物である。

黒猫の体に「何ものかの魂」がとりついたほとんど悪魔のような存在だった。

そのため、先ほどのニャーニャー言っていたのも須賀京太郎には違って聞こえている。須賀京太郎の耳には

「よく来たな京太郎。元気そうで何よりだ」

と聞こえていた。また須賀京太郎には非常に渋い男性の声に聞こえていて、いまだに慣れていなかった。

 須賀京太郎が黒猫に絡まれて五分後インターホンが鳴った、この時の十四代目葛葉ライドウと黒猫ゴウトの動きについて書いていく。

それは会議室の席に座る須賀京太郎に黒猫ゴウトが

「しかし随分無茶なことをしたな。透華ちゃんは怒っただろう?」

などとからかっている時のことである。インターホンが鳴った。ベルのような音で、よく響いていた。

このベルのような音が聞こえるとハギヨシに小言を言っていた十四代目葛葉ライドウが立ち上がってこういった。

「ようやく到着か。済まないが少し待っていてくれ、迎えに行ってくる」

するとハギヨシがほっとしていた。チクチクと

「いつ結婚するのだ?」

とか

「婚約者を待たせすぎじゃあないか?」

とせかされるのが辛かった。隣の席に座っている執事服の男ディーは十四代目葛葉ライドウに相槌を打って知らん顔だったので、余計につらかった。

そうして十四代目楠葉ライドウが動き出すと黒猫ゴウトが須賀京太郎にこんなことを言った。

「さて京太郎。話は聞いていると思うが……?」

すると須賀京太郎は、首をかしげた。眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げていた。何の話をしているのかさっぱりわからなかった。

そんな須賀京太郎を見て黒猫ゴウトがハッとした。そして大きな声でこう言っていた。

「ハギィ! お前説明してねぇな!」

すると執事服を着たハギヨシが面倒くさそうに答えた。

「そりゃそうだろう。姉帯の娘と結婚させるなんて正直に伝えたら、全力で逃げられるからな。

 本気で逃げられたらディーと俺でも見つけられない可能性が高いんだ。説明なんかするわけねぇだろ?」

ハギヨシの答えをきいて須賀京太郎が非常に嫌そうな顔をした。

39: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:31:35.22 ID:B82FWzEK0

同時に天江衣とかたまって座っているアンヘルとソックが怖い顔になった。まったくそんな話は聞いていなかった。


 十四代目葛葉ライドウが会議室から姿を消して三分後須賀京太郎の両目が赤く輝いた、この時の須賀京太郎、ハギヨシ、ディーの対応について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが客人を迎えに姿を消した三分後のことである。

大人しく椅子に座っていた須賀京太郎の両目が赤く輝いた。瞳の色が赤く染まり、両目が赤く輝いていた。

同時に須賀京太郎の気配が禍々しいものへと変わり、会議室の空気がよどんだ。

須賀京太郎の両目が輝くのとほとんど同時に、ハギヨシとディーの空気が一変した。緩んでいた空気が引き締まり、冷徹なものへと変わった。

そして合図もなしに速やかに天江衣を守るための陣をハギヨシとディーがはった。

塊になって座っているアンヘルとソックも、陣の中に放り込んで、防衛の態勢は整った。

そしてハギヨシとディーが守りに入る間に須賀京太郎は立ち上がり出入り口に向かって歩いていった。

そして天江衣たちを背中にした時立ち止まった。立ち止まった須賀京太郎は、右腕を軽く振りぬいた。すると規則正しく整列していた机と椅子が吹っ飛んだ。

須賀京太郎と出入り口の間にあった机と椅子のすべてが、出入り口付近に集まった。バリケードの様に積み重なっていた。守りに入ったわけではない。

邪魔だから除けただけである。

「土俵はきれいなほうが良い」

膨大な力を持つ正体不明の存在が現れたと察して戦闘準備を整えたのだ。男たちが無言で準備を整えている間、天江衣たちは黙ってじっとしていた。

音速の世界で戦える技量はなく、戦うだけの精神力もなかったからだ。邪魔にならないのが一番のサポートと理解していた。

 須賀京太郎たちが戦闘準備を整えて五分後会議室に十四代目葛葉ライドウが姉帯の陣営を引き連れて戻ってきた、この時の十四代目葛葉ライドウの行動と姉帯の陣営のメンツについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが準備万端待ち構えている時のことである。会議室の出入り口がバラバラに切り裂かれた。

同時に出入り口付近のバリケードもバラバラに切り裂かれた。切り裂いたのは十四代目葛葉ライドウである。

武器を持たずに玄関へ向かったはずだが、今の十四代目葛葉ライドウの右手には武器が握られていた。しかし普通の武器ではない。

実体を持たないエネルギーそのもの。緑色に輝くマグネタイトと呼ばれるエネルギーを操って刃を創りだしていた。

葛葉流の退魔術、その基礎の基礎でバリケードと扉を突破してきたのだ。天江衣やアンヘルソックがバスの中で見せた触手や腕と原理は同じである。

この十四代目葛葉ライドウの背後に女性が三人立っていた。一人は背の高い少女。一人は中くらいの少女、もう一人はおばあさんである。

背の高い女性が姉帯豊音、おばあさんは熊倉トシ。この二人はハギヨシとディー、そして天江衣はすぐに見破れた。幹部会で何度か見たことがあったからだ。

しかし中くらいの大きさの少女はわからなかった。おそらく人間ではないだろう。

赤い瞳の両目がうっすら輝いているし、両手には微妙に蛇の鱗の模様が見える。

白いワンピースを着て黒髪を三つ編みにしてロングブーツを履いているところを見るといいところのお嬢さんにしか見えないが、放つ空気が人間ではない。

ただ、この時須賀京太郎は目を見開いてにやりと笑っていた。このうれしさは再戦の嬉しさ。自分がどれほど強くなったか試すチャンスを得た嬉しさである。

となって、十四代目葛葉ライドウが説明するよりも前に須賀京太郎はこういったのだった。

「久しぶりだな、葦原の中つ国の塞(さえ)の神。あの時の続きでもするか?」

穏やかな口調だったが、やる気満々だった。輝く赤い目は燃え上がり、心臓が高鳴っている。血液が全身を激しくめぐり、いつでもトップスピードに入れた。

禍々しいオーラは会議室を包み込み、天江衣たちの血の気を奪った。

そんなやる気満々の須賀京太郎を見て葦原の中つ国の塞の神・オロチは薄い雲に包まれている姉帯豊音の後ろに隠れた。

さっと隠れて、全く出てこなくなった。これを見て須賀京太郎の勢いがぐっと弱まった。

そして非常に困った。か弱い女の子をいじめたような罪悪感に襲われたからだ。そんな須賀京太郎とオロチを見てハギヨシとディーの勢いも弱まっていた。

第三者から見ると一層弱い者いじめをしているようにしか見えなかったからである。

40: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:35:54.11 ID:B82FWzEK0
 須賀京太郎とオロチが再会を果たした五分後十四代目葛葉ライドウが提案をしてきた、この時に提案された内容について書いていく。

それはワンピースと三つ編みのオロチをおびえさせた須賀京太郎が罪悪感に苛まれている時のことである。

十四代目葛葉ライドウに黒猫ゴウトがこんなことを言っていた。

「十四代目、どうやら京太郎に話が伝わっていないようだ。

 どうする? お互いに納得づくでなければ婚姻の話を進められないぞ。ただでさえあいまいな立ち位置にいるのに、力押しで進むのは無理がある」

すると少し十四代目葛葉ライドウが黙った。そして黒猫ゴウトにうなずいてみせた。そうして肯いたあと、十四代目葛葉ライドウが提案した

「須賀君。君には豊音ちゃんの護衛を頼みたい。全国大会が終わるまで豊音ちゃんを守ってもらいたいのだが……どうだろう?」

すると須賀京太郎が眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。また全身から理解不能といった空気を放った。解釈が難しい出来事が連発した結果である。

整理がついていなかった。そんな須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウが続けてこう言った。

「実の所、豊音ちゃんとの結婚に納得しているからここに来てくれたと思っていた……だが、どうやら違うらしい。どうにも情報伝達が上手くいっていない。

婚姻の話自体は一か月近く前に出したはずなんだが……」

この時十四代目葛葉ライドウの目がハギヨシに向かっていた。師匠の厳しい視線を受けてハギヨシは首を横に振って見せた。

すると十四代目葛葉ライドウは天江衣に視線を向けた。龍門渕が話を止めていたのではないかと考えたからだ。

しかしすぐに十四代目葛葉ライドウの視線は須賀京太郎に向かった。天江衣が純真無垢を装ってニコッと笑っていたからだ。

可愛い曾孫を疑うなんて出来るわけがなかった。そんな十四代目葛葉ライドウを須賀京太郎が冷たい目で見つめていた。

どう見ても龍門渕が犯人だったからだ。そうして須賀京太郎が冷たい目で見つめる十四代目葛葉ライドウは慌ててこういった。

「そこでだ。一旦お互いを知る期間を設けるべきと考えたわけだ。

 確か帝都には何度か来ているよね? 報告書を読ませてもらったけど何度か賞金首やら任務でこっちに来てる。それなりに土地勘もあるはずだ。

 で、豊音ちゃんの護衛を守りたい。見てわかると思うが豊音ちゃんは戦闘能力が非常に低い。

しかも姉帯の陣営には少子高齢化のあおりで人材が少ない。
 
幹部の娘がまともな護衛もつけずに帝都をうろつくなんて、サバンナに生肉を放り込むようなものだと私は思う……どうかな須賀君?」

十四代目葛葉ライドウの護衛依頼が飛んでくると須賀京太郎はたじろいだ。明らかに動揺し、目が泳いだ。

十四代目葛葉ライドウが放つ強大なオーラに圧倒されていた。また、須賀京太郎自身に若干の問題があるため、自信がない。

この自身のなさと圧倒的なオーラが合わさって須賀京太郎はどうにも情けなくたじろいでしまった。

 十四代目葛葉ライドウの護衛依頼の直後須賀京太郎が断った、この時に須賀京太郎が断った理由について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが有無を言わさぬ圧倒的なオーラで、どうにか須賀京太郎と曾孫を結び付けようとしている時のことである。

十四代目葛葉ライドウの圧倒的なオーラに気おされているはずの須賀京太郎がはっきりと依頼を断った。須賀京太郎はこういっていた。

「すみません十四代目。護衛任務は受けられません」

随分気弱な須賀京太郎がそこにいた。

しかしそれもそのはずである。なぜなら須賀京太郎は護衛任務に向いていない。その上須賀京太郎が負い目としている問題と重なっている。

どうしても肯けなかった。

41: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:39:32.85 ID:B82FWzEK0
この須賀京太郎をただの少年に引き戻してしまう問題というのは何かという話になるのだが、これは退魔術とスタミナの問題である。

まず、灰色の髪の毛の須賀京太郎だが体質としてマグネタイト保有能力が非常に低い。

修行を初めて数か月、既にマグネタイト保有量は限界ぎりぎりまで伸びている。

ただ限界ぎりぎりまで伸びていても、成人男性の十倍に届くかどうかというところ。

完璧に修行を行った退魔士のマグネタイト限界が成人男性の千倍近くなるのだから、完全に才能がない。

となって、エネルギー容量の問題はスタミナ不足に直結する。ただスタミナ不足を解決する方法というのはある。

いくつかある方法の中で須賀京太郎は葛葉流の退魔術の習得を選んだ。

葛葉流の退魔術というのは戦闘続行能力が異常に高い退魔術であるから、ちょうどよかった。

ただ、須賀京太郎は絶望的にマグネタイト操作が下手くそだった。マグネタイトの放出はもちろん、固定化も全く出来ない。

エネルギーを内側で炸裂させ加速させ集中させることは大得意だったが、それ以外が下手くそすぎてハギヨシたちが

「何か問題があるのではないか」

と心配するほどであった。今もあきらめずに修業は続けていたが、まったく成果は見えずついには

「こんな初歩的なところで躓いて、一体何が足りないのか……みんな簡単にエネルギーを操っているのに…なんで俺だけ。

 なんで俺だけ自分を支配できない? 何が足りない?」

などと哲学的なことを考えるところまで追い込まれていた。戦闘能力が異常に高い須賀京太郎である。余計に初歩での躓きが深い闇になっていた。

そんな須賀京太郎である。エネルギーの容量の問題と退魔術を習得できていない未熟さが合わさって、護衛にふさわしくないと考えたのだった。

護衛というのは長期間にわたるお仕事である。護衛任務で難しいのは敵を排除することではなく、護衛対象者と長い時間一緒にいること。

となって須賀京太郎の判断は妥当だった。スタミナもなければ回復手段も乏しい未熟者。そんな退魔士見習いが幹部関係者を守れるわけがないと考えた。

 須賀京太郎が申し訳なさそうに依頼を断った時十四代目葛葉ライドウに先んじてオロチが口を開いた、この時に十四代目葛葉ライドウそして須賀京太郎に提案された作戦について書いていく。

それはこれ以上ないほど須賀京太郎が申し訳なさそうにしている時のことである。

しょんぼりとして小さくなってしまっている須賀京太郎を見て、十四代目葛葉ライドウが一瞬だけ表情を崩した。

一瞬だけ驚愕の表情が現れ、しかしすぐに元通りになった。驚いたのは須賀京太郎の弱気ぶりである。

本当にただの人間だったころの須賀京太郎を知っている十四代目葛葉ライドウである。

葛葉流の退魔術が使えないくらいで、ここまで須賀京太郎が追い込まれるのは不思議でしょうがなかった。

ただ、追求することはできなかった。思った以上に須賀京太郎の心が追い込まれていると察したからである。

何の考えもなく踏み込めばこじれるのが見えていた。ただ、十四代目葛葉ライドウはあきらめなかった。黙って須賀京太郎を見つめて、視線を逸らさない。

須賀京太郎は目をそらしていたが、逃がすつもりはない。なぜなら結婚の話を進めたい。龍門渕が「伝えそこなった」話を、今もあきらめていない。

護衛任務には絶対についてもらいたかった。そうして十四代目葛葉ライドウが必死に頭を働かせていた時である。

姉帯豊音の後ろに隠れていたワンピースと三つ編みのオロチが少し大きな声を出した。隠れたままでこう言ったのだ。

「私が手伝う!」

緊張しすぎて声が上ずっていた。この時オロチの言葉はしっかりと全員に届いていた。流暢な日本語であった。

突然のオロチの提案の後十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎を見つめたまま、こういった。

「ほう、オロチが手伝うか……どうする須賀君?

 豊音ちゃん一人に対してオロチと君がつく。

よほどのことがない限りは十分対処できると思うが……それに君が心配しているのは女性を男性が護衛する難しさの事だろう?

 問題はなくなったように思えるが」

このように十四代目葛葉ライドウが質問をすると須賀京太郎の前に天江衣が口を開いた。こう言っていた。


42: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:42:33.07 ID:B82FWzEK0

「おじい様、京太郎は人一倍真面目な退魔士です。いくら没落しつつある幹部(姉帯)の娘であっても京太郎は重要人物とみなすでしょう。

 それに豊音さんは大慈悲の加護を受けているではありませんか。

メギドの火さえ防ぎきる大慈悲の加護があれば、あえて未熟者を護衛に着ける意味がありません。

 真面目真面目に考えていけば、昼夜を問わず護衛するのですから二人では足りません。

そもそも京太郎の性格からして、周囲にいる人たちも守ろうとしますから……それこそ熊倉先生さえ京太郎にとっては護衛対象になるでしょうし……今回の一件はなかったことにしませんか?」

すると十四代目葛葉ライドウが苦笑いを浮かべた。思ったより二人をくっつけるのが難しそうだった。同時に熊倉トシとオロチが嫌な顔をした。

護衛すら受けてもらえないと、その先に進めないからだ。ただ、この時姉帯豊音はほほ笑んでいた。

「ほっ」

として緊張の糸が緩んだようだった。そして緩むと同時に須賀京太郎を慈愛の目で見つめた。不思議な光景だった。色々と理屈に合わない。

そんな姉帯豊音を須賀京太郎はしっかり捉えていた。張りつめて淀んだ空気の中爽やかな空気を発する姉帯豊音を見逃すわけがなかった。

俯いていてもしっかり感じ取れた。

 龍門渕に肩入れをしている天江衣が話を断ち切った後須賀京太郎が答えを出した、この時に出てきた答えと、答えに対する反応について書いていく。

それは天江衣がやんわりと

「失せろ。須賀京太郎は龍門渕のものだ」

と伝えた直後のことである。姉帯の陣営・熊倉トシと三つ編みのオロチがじっと天江衣を睨んでいた。二人ともなかなか気迫のこもった目をしていた。

姉帯豊音と須賀京太郎をくっつけたいと思っている二人からすれば、当然の目である。しかし睨まれている天江衣は動じない。

それどころかそよ風の中でリラックスしているような堂々たる立ち姿。

「使ったものは片づけろ」

とか、

「寝落ちするな」

などと須賀京太郎とハギヨシ、そしてディーや透華に叱られた経験が生きていた。

須賀京太郎たちからすれば熊倉トシとオロチの睨みなど大したものではなかった。怖い顔で睨まれても一仕事終えた達成感のほうがはるかに強い。

ただ、長くは続かなかった。須賀京太郎が

「護衛任務、受けます。やらせてください」

とトチ狂ったことを言い出したからである。この時の須賀京太郎に弱さはかけらもなかった。まっすぐ十四代目葛葉ライドウを見て答えていた。

姉帯豊音に興味を持った結果である。そうして須賀京太郎の答えをきくと天江衣は大いに驚いた。

「ンッ!?」

どこから声を出しているのかさっぱりわからないが、不思議な声で叫んでいた。

天江衣は大げさだったが、十四代目葛葉ライドウも熊倉トシもオロチも非常に驚いていた。一方で全く驚いていないものもいた。

これは須賀京太郎の仲魔たち、そして先生たちである。姉帯豊音の反応を見て、この結果を予想できていた。

そうなって、姉帯豊音だが全く喜んでいなかった。喜ぶどころか絶望して、青ざめていた。血の気が引いて手先が震えている。

恐れおののいているように見えた。そんな姉帯豊音に全員が気付いていた。しかし放置したまま十四代目葛葉ライドウが話を進めていった。

横やりが入る前に終わらせたかった。そして任務終了の暁には修行をつけてやると約束をしてお開きになった。

お開きになるまで終始天江衣は不機嫌だった。どう言い訳すれば龍門渕の親子に許してもらえるかわからなかった。


43: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:46:03.18 ID:B82FWzEK0

 十四代目葛葉ライドウとの話し合いが終わった十分後、タクシーの中で三つ編みのオロチが須賀京太郎に謝っていた、この時の様子について書いていく。

それは、十四代目葛葉ライドウから須賀京太郎が護衛任務を受けて十分後のこと。龍門渕の陣営と姉帯の陣営はタクシーで全国大会の会場へ向かっていた。

龍門渕が乗るタクシーの運転手はディーが務め、姉帯の場合は派遣された退魔士が運転手を務めた。

派遣された退魔士は、ヤタガラス三大幹部の一人「壬生彩女」の派閥に属する退魔士である。弱小勢力の姉帯のために壬生彩女が配慮してくれたのだ。

そうして全国大会の会場へ移動している時、姉帯のタクシーの中で須賀京太郎がこんなことを言った。

「オロチと俺って揉めてたよね? 前みたいに捕まえに来たの?」

姉帯豊音、オロチ、須賀京太郎の順番で後部座席に座っている状態からの、何の脈絡もない質問だった。

この突然の質問に対して姉帯豊音たちはびっくりしていた。それもそのはずで、タクシーを待つ間も、乗り込むときも全く質問しなかったからだ。

今この瞬間に急に質問するものだから、姉帯豊音たちは非常に驚いた。脈絡がなさ過ぎて理解が追い付かなかった。

また、須賀京太郎自身ゆるい空気をまとっての質問である。一体どこから突っ込めばいいのかわからなくなっていた。

そうして場が混乱して五秒ほど後のこと、ワンピースと三つ編みのオロチが若干震えながら口を開いた。オロチはこういっていた。

「今日は……謝りたくて豊音についてきた……あの時は酔っぱらっていて、ひどいことをした……あの……本当はすぐに謝りに行きたかったけど……その、怖くて……。

 本当にごめんなさい」

須賀京太郎の質問に答えるオロチはうつむいていた。そして両手を膝に置いてギュッと握っている。

数か月前に須賀京太郎と出会った時随分ひどいことをしたとオロチは理解しているのだ。そして嫌われたに違いないと考えていた。

謝ったとして許されるかどうかはわからない。しかし期待する気持ちがあって、真っ白い雲の加護と姉帯豊音に引っ付いてここまでやってきたのだった。

 ワンピースと三つ編みのオロチが謝った直後須賀京太郎はあっさり許していた、この時の須賀京太郎とオロチの様子について書いていく。

それはうつむいたままオロチが謝った後のことである。オロチの隣に座っている須賀京太郎がためらわずに、こういった。

「いいよ。

 正直な話、いつ来るのかって楽しみにしていたところがある。来るってのは、謝りに来るって話じゃなくて、さらいに来るのかって話。

 オロチと出会ってから頑張って修行したから、修行の成果を見せたかった。

 だから、そんな本気で謝らなくていいよ。まぁ俺のマグネタイトが悪いように作用したってのはわかるし、悪酔いしたんだよな?」

オロチに語る須賀京太郎はずいぶん爽やかだった。窓の外の景色を見ながら、まったく警戒する様子も見せない。

隣に座っているオロチを完全に受け入れている。もともとオロチの行為を悪いとは思っていない須賀京太郎である。許すも何もなかった。

ただオロチが申し訳なさそうにしているので謝罪だけを受け取っていた。それがオロチの心の救いになるとわかっていたからである。

しかし残念だと思う気持ちもある。力試しのチャンスがなくなったからである。数か月の修行の成果なのか脳みそまで筋肉になっていた。

須賀京太郎があっさりと許した後三つ編みのオロチが飛び掛かってきた、この時の三つ編みのオロチの行動とその理由について書いていく。

それは須賀京太郎があっさりとオロチの行為を許した後のことである。須賀京太郎の答えをきいてワンピースと三つ編みのオロチが顔を上げた。

顔を上げたところにあるオロチの顔は生気で満ち溢れていた。両目が赤く輝いて、口元が上がっている。

膝の上で硬く握られていた両手はほどけて、ワンピースの裾を握ったり離したりを繰り返して遊んでいた。というのも、

「もしかしたら許してくれるかもしれない」

という期待が見事にかなったからである。

44: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:49:45.53 ID:B82FWzEK0
須賀京太郎の性格からして本気で謝ればどうにか許してくれると予想がついていた。

しかし本当に許されるとうれしくてしょうがなかった。そうして許しを得た直後、三つ編みのオロチは須賀京太郎の方へ頭を向けた。

そして特に何の脈絡もなく抱き着きに行った。理由らしい理由はない。あえて理由を挙げるのならば、オロチの胸の中に

「抱きつきたいなぁ」

という衝動が生まれていた。これにオロチは素直に従ったのだ。可愛らしい少女姿のオロチである。問題はなさそうだが、勢いがおかしかった。

臼沢塞の仲魔をいなした時よりもはるかに勢いをつけて抱き着きにかかっていた。幸い座っている状態なので音速の領域には入っていない。

しかし、言葉通り弾丸並みだった。

 オロチが許されてから五分後助手席に座っている熊倉トシと運転手が世間話をしていた、この時に語られた世間話について書いていく。

それは須賀京太郎に飛び掛かったオロチがデコピンで撃ち落とされてから五分後のことである。

後部座席で姉帯豊音に額を撫でてもらっているオロチを見て見ぬふりをしつつ、熊倉トシと運転手が世間話をしていた。

世間話をする流れになったのは渋滞にはまってしまったからである。全国大会の会場へ向かう道が予定以上ん時混んでいる上に、後部座席の空気が怪しい。

音楽を聴きつつ世間話でもしなければ間が持たなかった。そうして世間話を始めたのだが、どんどん剣呑な話になっていった。

初めのころは本当にただの世間話だった。しかしそれが徐々に最近のヤタガラスの評論になり、外国の勢力間抗争の話になった。

タクシーの運転手も熊倉トシも根っこがヤタガラスであるから、どうしても話題がそっちに引きずられやすかった。

道が混んでいるので話す時間はあるので、余計に話が弾んだ。そうしてもう少しで会場というところで、熊倉トシがこんなことを言った。

「あのブルーシートはなんだい? 随分広い範囲を覆っているようだが」

この質問は当然のことである。なぜなら三十メートル四方がブルーシートで囲まれている場所がある。

助手席から見てもかなり可笑しな光景で、人だかりも多い。気になるのは当然だった。

そうして熊倉トシが尋ねると運転手が少しためらった後、答えてくれた。運転手はこういっていた。

「二日前の朝早くだったと思います。女性の他殺体が見つかったんです。あのブルーシートは現場になった公園を隠しているんですよ。

 あの公園に……なんというか、残骸が放置されていましてね」

この時運転手が後部座席に視線をやっていた。気を使ってくれていたのだ。そんな運転手の視線を熊倉トシはこういってさえぎった。

「気にしないでいいよ。後ろの二人はヤタガラスだ。この程度では動じない。

 しかしわからないね。どうして公園全体なんだい? 被害者が一人なら、あんなに囲む必要はないだろう」

すると運転手が後部座席に視線をやった。後部座席に座っている姉帯豊音と目が合った。姉帯豊音は軽くうなずいてみせた。

この時須賀京太郎はオロチの額を撫でていた。姉帯豊音がじっと見つめてくるので耐えかねての行動だった。この様子を見て運転手は意を決して答えた。

「女性の他殺体なんですが……公園全体に『散らばって』いましてね。まともに残っているのは頭部だけ。あとはもう、ミンチよりもひどい。

 当分あの公園は使えないでしょう。公園全体が赤く染まっていた工作員が言っていましたから……回復魔法を併用して、拷問したのでしょう。

残された頭部も苦悶の表情で固まっていたそうです。

 だから警察は広範囲を封鎖した。それにマスコミに嗅ぎまわられると厄介な情報が大量にありましたからね。

 聞きますか?」

すると熊倉トシが黙った。姉帯豊音が気分を悪くしないか心配していた。そして軽く振り返って姉帯豊音の顔色を確認した。

視線の先にある姉帯豊音は楽しそうだった。須賀京太郎に撫でられているオロチを見てにこにこしていた。

そんな姉帯豊音を見て熊倉トシはうなずいた。情報が欲しかった。明らかな猟奇殺人事件はサマナーの匂いを感じさせた。

もしかすると外敵になるかもしれないのだから。

45: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:53:34.31 ID:B82FWzEK0

詳しい情報が必要だった。熊倉トシがうなずくと、運転手がこう言った。

「始末された女性は『キリスト教系児童養護施設 カランコエ 二代目理事長 粟花 忍(あわばな しのぶ)』。

年齢は六十七歳。信仰心の篤い女性で、数多くの身よりのない子供たちを救った聖女という評判でした。

 初代理事長 菅原 梅の経営で傾いた児童養護施設を立て直した凄腕経営者で、七十近いというのに非常に若く見え、三十代後半に見えたというものもいました。

 男性の目を引く美しい女性だったらしいです。男性から彼女の話を聞くと非常に良い印象を与えていたのがわかります。女性はほぼ逆でしたね。

旦那さんを盗られるのではないかと心配しているのが話ぶりからよくわかりました。殺されてほっとしているという気持ちが透けている女性は多かったですね。

 ですが、表向きは地域住民から尊敬され信頼されていました。女としては気に入らないが、あの人ならば間違いないという評価です。

 彼女が始末された現場は公園で間違いありません。

 児童養護施設の職員たちを皆殺しにした後、最後に理事長を始末したようです。児童養護施設は血の海、金目のものには手を付けず子供たちは無事。

夜遅くまで起きていた悪い子は恐ろしい悪魔の姿を見たそうです。児童養護施設の方は情報統制ができています。無駄に騒ぎにする必要はありませんからね。

 ただ、一般人が見つけた残骸だけはどうにもなりませんでした。そもそも深夜に響き渡った断末魔のせいで、隠しきれるわけもない。

 児童養護施設の子供たちはヤタガラスの運営している施設へ移送されています。心配ご無用です」

運転手が軽く説明した。すると熊倉トシが額を抑えた。そしてこういった。

「『カランコエ』か、どこかで聞いた名前だと思ったが、先代の理事長が女傑だったね。公然とバチカンを批判した女傑。

確か破門されていたか……師匠が大笑いしていたよ。

 その二代目理事長は粛清されたのか?」

運転手は少し困った。そしてこういった。

「それはわかりませんね。しかしすでに終わったことです。十四代目様はこの事件を捜査完遂とおっしゃっていましたから、これ以上の進展はないでしょう。

 情報操作が正しく行われればすぐに封鎖も解けるでしょう」

そうして運転手と熊倉トシの会話は終わった。誰にとっても有意義な時間だった。



 インターハイの会場にタクシーが到着して数分後、姉帯豊音たちが入場行進に備えていた、この時の龍門渕の動きと姉帯の陣営について書いていく。

それは夏の熱気でアスファルトが熱々になっている時刻。晴天。巨大なドーム型の建物に向かって大量の学生たちが集まっていた。

インターハイの開会式に出席するため、そして対戦の抽選を行うためである。会場に到着した学生たちは開会式のためにいったん別室へ移動する。

ここで整列し開会式が行われる会場へ移動する。この開会式を待つ学生の列の中に、宮守女子高校の面々の姿があった。

少し緊張していた。本日の予定は開会式と抽選だけであるから、緊張する必要はない。しかし緊張していた。

入場行進の様子が全国放送されることを知っているからだ。そんな緊張の中に姉帯豊音もいた。

女子生徒としては少し身長が高い姉帯豊音であるから、よく目立っていた。緊張しているのもわかりやすかった。近くに須賀京太郎とオロチの姿はない。

本来なら護衛として引っ付いていたいところだが、姿がない。

というのもこの会場全体に大量のヤタガラスたちが配備されているうえに、十四代目葛葉ライドウと一番弟子ベンケイと二番弟子ハギヨシが全力で防衛に回っている。


46: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 04:57:41.18 ID:B82FWzEK0
もしも、ドームの頭上で核爆弾がさく裂したとしても被害は出ない。その上、会場到着とほぼ同時に、ハギヨシとディーに

「大人しくしてろ」

と止められたのでどうもできなかった。そうなって須賀京太郎たちは観覧席で大人しく待つことになった。

ジャージ三人組と執事服のディー、そして学生服に腕章をつけている灰色の須賀京太郎とオロチ。

この異様な組み合わせの団体が観覧席で大人しく選手入場を待っていた。この時わかりやすい問題は三つ編みのオロチの扱いだけだった。

姉帯豊音が居なくなると途端に落ち着かなくなり須賀京太郎の腕にしがみついて離れなくなった。ビビりの本性が現れたのだ。

流石にこれを見ると天江衣たちも意地悪ができなかった。本当に心の底から人の波にビビっているのがわかるのだ。からかえなかった。

 人に慣れていないオロチをどうにかしようと須賀京太郎が頑張っている間に入場行進が始まった、この時の観覧席の動きについて書いていく。

それは、全国の高校生たちが集まり頂点を決めるインターハイ。予定の時間を十分ほど過ぎたところである。

ようやく開会式が始まった。開会と同時に行進曲がながれた。大会スポンサーが売り出したい歌手の新曲だった。

これに乗せて北海道から順番に代表校が入場を始めた。入場が始まった時須賀京太郎は露骨に嫌な顔をしていた。

流れてくる歌のリズムが行進のリズムに全くかみ合っていなかった。須賀京太郎が苛立っていると、宮守女子高校の面々が入場してきた。

須賀京太郎の護衛対象・姉帯豊音が緊張しているのがよくわかった。女子にしては身長が高いのでわかりやすかった。

姉帯豊音が姿を見せるとオロチが小さく手を振った。須賀京太郎に引っ付いたままで、軽く手を振って見せていた。

「頑張れ、見ているぞ!」

という感じではない。

「早く帰ってきて」

という感じだった。オロチが手を振っているのに気付いたらしく、姉帯豊音は軽く手を振って笑って見せた。

沢山の人がいる会場だけれども、須賀京太郎たちはわかりやすかった。周囲のヤタガラスたちの緊張度が桁外れに高まっているためである。

そうしているといよいよ須賀京太郎が所属している清澄高校の面々が入場してきた。がちがちに緊張していた。特に部長の緊張がひどい。真っ青である。

清澄高校の行進をみて須賀京太郎は苦い顔になった。緊張のせいで敗北する未来が見えた。心配だった。努力が報われてほしかった。

すると今まで大人しくしていたジャージ三人組が奇妙な動きを見せ始めた。このジャージ三人組の初動を須賀京太郎とディーは見逃した。


「この大舞台でおかしな真似はしないだろう」

などと甘いことを考えていたからだ。

 清澄高校の面々の心配をしているときジャージ三人組が動き出した、この時のジャージ三人組が何を狙っていたのか書いていく。

それは自分の友人と先輩の心配しているときのことである。今まで大人しくしていた、ジャージ三人組が無言で動き出した。

初めに動いたのは天江衣であった。すっと立ち上がった。立ち上がった天江衣は両目を閉じて口をしっかり閉じていた。

黙っていると神聖な雰囲気があった。そんな天江衣に一歩遅れてアンヘルとソックが立ち上がった。アンヘルとソックも同じく両目を閉じて口を結んでいた。

黙っていると凛々しかった。ジャージ三人組の本性を知らなければ美しい光景に見える。本性を知っている須賀京太郎とディーは、嫌な顔をした。

嫌な予感がした。三人の背中が妙に弾んでいるのだ。なにか仕掛ける前兆にしか見えなかった。当然須賀京太郎とディーは止めようとした。

しかし穏便に止めようとした。ジャージ三人組はか弱い部類である。丁寧に止める必要があった。ただ、この配慮がまずかった。

ジャージ三人組を止めるよりも早く、天江衣が目を見開いた。すると今までざわついていた開会式場が一瞬だけ静かになった。

同時に会場全体のテレビカメラが天江衣に集中した。このとき聞こえてくるのは不調和な行進曲だけだった。このほぼ無音の隙間に天江衣が叫んでいた。

「頑張れ清澄! 応援してるぞ!」

大きな声だった。しかも通っていた。天江衣の激励と同時にアンヘルとソックがポーズを決めて魅せた。目を開いて微笑みを作っていた。

かなり気合を入れたポーズとスマイルである。

47: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 05:01:37.93 ID:B82FWzEK0

また、ポンポンを両手に持っている。購入してきたものではない。マグネタイトで創ったものだ。

チアリーダーのようなポーズと微笑みの完成度は、そのまま計画のち密さを証明していた。そして全国規模のジャックが成功し、完成度の高い応援がお茶の間に届いた。

 ジャージ三人組が一発かましてくれた後、須賀京太郎とディーが頭を抱えた、この時の須賀京太郎とディーの状況について書いていく。

それは公共の電波を三人で独占したすぐ後のことである。応援をやり切ったジャージ三人組は音も立てずに着席した。着席と同時に騒がしさが戻ってきた。

一瞬の静寂を不思議に思う人であふれていた。しかし下手人たちは、平然としていた。無表情で選手入場を見守っている。知らん顔で押し通すつもりである。

何も起きていない風を装っているのはなかなか腹が立つ。そんなジャージ三人組の後ろの席に座っていた須賀京太郎とディーだがうなだれていた。

お手本のようなうなだれ方だった。しょうがないことである。龍門渕の正統後継者・龍門渕透華(りゅうもんふち とうか)から確実に怒られるからだ。

予想ではなく確定した予定である。なぜなら須賀京太郎の携帯電話とディーの携帯電話には鬼のような着信が入っている。

メールも山ほど来ている。マナーモードにしていて大正解だった。この時オロチもうなだれていた。特に意味はない。須賀京太郎のまねをしていた。

 龍門渕からのお叱りのメールに執事服のディーが返事を返している時ヤタガラスの退魔士がお願いにやってきた、この時に降ってきたお願いついて書いていく。

それはジャージ姿のかわいらしい少女と美女二名が公共の電波を独り占めした数分後のことである。

須賀京太郎の隣に座る執事服の男ディーが死にそうな顔でメールを打っていた。それもそのはず、龍門渕から大量のメールが届いていた。

内容はお叱りのメールである。内容は

「九頭竜の姫が目立つな」

とか

「『支配』の力を使ったな」

とか

「私だって目立ちたい」

などといった具合だった。須賀京太郎の携帯電話にも着信とメールが来ているが、アンヘルが返事を出していた。

本当ならば須賀京太郎がやるべき仕事である。ただ、問題はなかった。

須賀京太郎の携帯電話に来た着信とメールはアンヘルとソックに向けてのものだからだ。

ただ、龍門渕透鼻から直接説教されてもアンヘルとソックは動じていなかった。叱られるとわかっていたので、初めから謝罪文の用意があった。

しっかり三人分用意して、さっさとメールで送っていた。ただ、あまりに対応が早かったので龍門渕透華を余計に怒らせた。

そんなところにヤタガラスの退魔士がやってきた。ヤタガラスの退魔士はいかにも警備員といった制服を着ている三十代後半の男性だった。

ヤタガラスの警備員の制服をよく見ると、三本足のカラスのエンブレムが刺繍されていた。ヤタガラスの警備員の接近はわかりやすかった。

警備員の携帯電話が警告音を一度発していたからだ。会場は一応マナーモードになっているはずだから非常に目立った。

これは魔人警戒アプリが働いた結果である。そうして警告音を鳴らした警備員の携帯電話はいったん電源を切られた。

そうしないと須賀京太郎に近付けないからだ。そうして近づいてきた警備員はディーに耳打ちをした。すると警備員とディーが移動した。

五メートルほど離れて、二人が立ち話を始めた。警備員はこのように話を切り出していた。

「ガイア教団の過激派が紛れこみました。入場ゲートで見破ったのですが変化の術を使い会場内部に強行突入、現在捜索中です」

するとディーがこのように返した。

「強行突入しておいて見失う?

 なにか道具か呪文を使っているな……変化程度でヤタガラスの目が欺けるわけがない。なにか心当たりはあります?」

48: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/14(日) 05:05:52.50 ID:B82FWzEK0
警備員が答えた。

「獲り逃した構成員からの報告によるとミイラ化した人皮のマントを利用していたらしいです。

このミイラ化したマントが変化の術の精度を霊的決戦兵器級に高めているようで、足取りがつかめません。

 術者自体の力量は低いと報告が来ています。ミイラ化したマントを制御するために携帯電話とタブレットを複数使用していたらしいです。

 また……ちらりとマグネタイト暴走型の爆弾が見えたとも」

警備員の報告を聞いてディーが冷や汗をかいた。状況が悪いと理解できた。そしてこういった。

「了解。こっちでも対応策を考えてみます。十四代目達はどうするつもりなんです?」

警備員はこういった。

「今実行している作戦は二つです。一つは会場全体の物体にアナライズをぶつけること。現在進行形で行っています。

二つ目は十四代目葛葉ライドウ様とお弟子様方で地道に捜査する方法です。私たちでローラー作戦を展開、抽選が始まる前には終わると思います。

 二つ目の方法の進展は正直わかりません。警備でも仲魔を動員して形跡を追いましたが、追い切れませんでした。どうにも悪魔の感覚さえごまかせるようで」

するとディーがうなずいた。警備員もうなずいていた。お互い真剣で心臓が高鳴っていた。

ここで犯人をとり逃すと非常に面倒くさい問題が起きると察してのことである。そうして話し終わると、ヤタガラスの警備員は

「申し訳ありません。姫の護衛中だとは十分承知しているのですが、人の手が足りませんで。

 よろしくお願いします」

と言って去っていった。

話し終わるとディーが再び席に着いた。そしてこういった。

「須賀ちゃん。ちょっと問題が起きた。手伝ってくれ」

 ディーのお願いの直後、須賀京太郎が捜査に参加した、この時の須賀京太郎とディーの会話について書いていく。

それは、警備員とディーが会話を終えて戻ってすぐのこと。須賀京太郎の隣に戻ってきたディーはまず状況を説明した。

砕けた口調で説明してくれるのだが、焦っている。いつもより早口だった。そんなディーから話を聞き終わった須賀京太郎は真剣な顔でうなずいた。

そして黙って何度かうなずいてみせた。頭の中で状況を整理していた。そして五秒ほど黙って、須賀京太郎はこんなことを言った。

「特攻するために入り込んだみたいですね。

 あれですよね、脱出は考えずに内部に侵入することだけが目的っぽい。いかにもテロリストって感じです。

 変化の術も……かなり制限があるみたいですね。魔道具を使いこなせていないから侵入に変化の術を使わなかった。

もしかすると使えなかったというがの正解かもしれません。使用回数に制限があるのか、使用制限がかかっているのか……仲間もおそらくいない。

仲間がいれば侵入の手伝いをしてもらえるはずだから。仮に、いたとしても信頼関係がない。

 頭の悪い爆弾魔で後先考えないのなら……爆破のタイミングは入場が完了した瞬間ですかね?

 将来有望な学生たちをできるだけ巻き込みたい、全国放送ですから刺激も強い。全国放送中に死なれると言い訳できないからヤタガラスは蘇生しない。

やられると痛いっすね。

 入場完了まであと五分くらい?」

須賀京太郎が分析した状況を伝えるとディーがうなずいた。そしてこういった。

「組織の下っ端を使った有りがちな方法だ。もしかしたら洗脳を受けている一般人の可能性もあるが、そこまではわからない。

 で、何か対応を思いつくか? アナライズでローラー作戦を仕掛けているらしいが、おそらく間に合わない。下手に騒げばやけになって自爆する可能性もある。

ハギちゃんたちが捜査しているみたいだが、期待するには弱い。いつかはたどり着けるかもしれないが、入場完了までには終わらないだろう。

 何か作戦はあるか? この大会を台無しにしたくない。まぁ、いざとなったらテレビカメラを全部壊してブラックアウトさせるがな。外に知られなければいいだけのことだ」

そんなディーに須賀京太郎はこういった。

「試しにやってみてもいいですか? 八割くらいの確率で成功すると思うんですけど……デジタル式のサマナーであればあるほど引っかかる可能性が高い作戦なんです」

これにディーがうなずいた。喜んでいた。そしてこういった。

「やってみよう。何もしないよりはいい。しかし静かにやってくれよ。気取られないように」

須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「ちょっとうるさくなるだけですって」

60: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:02:19.12 ID:ejgcjtDQ0

 ディーの許可を得た直後須賀京太郎が逮捕に向けて動き出した、この時に須賀京太郎が行った操作方法について書いていく。

それは須賀京太郎の提案をディーが飲んだ後のこと。須賀京太郎はすっと立ち上がって、学ランと靴を脱いだ。

これから激しく動く予定である。学ランを脱いでおかなければひどい状態になると須賀京太郎は知っていた。

出来ればズボンも脱ぎたかったが、さすがに公衆の面前では無理だった。すると須賀京太郎に周囲の空気が変わった。妙に暑苦しくなっていた。

これは須賀京太郎の肉体の威力である。数か月の修行によって育まれた筋肉が周囲の視線を熱くさせたのだ。

首から肩のラインの起伏は見事な三角形を描き、肩から背中に向かっては逆三角形が決まっている。

シャツの上からでもわかる背筋の盛り上がりは充実した修行内容を見せつけた。そして、背中から降りて腰から太もも、ふくらはぎは熟した果実のように張りつめている。

上から下まで見事としか言いようがなかった。視線を集めるには十分すぎた。この時脱いだ学ランは自分の席に畳んで置いた。

そうして準備が整うと、須賀京太郎はこういった。

「これから会場を飛び回ります。もしかすると魔人警戒アプリを作動させたままかもしれませんから、それでひっかけます。

 衣さんは異能力で会場を支配してください。不自然なところから音が鳴ったら、ディーさんに報告。ディーさんはすぐに対応。

 アンヘルとソックは衣さんの補助を頼む。オロチは……待機で……いや、ディーさんと同じく異変に対応で」

このように作戦を説明するとすぐに須賀京太郎が集中を始めた。垂れ流しになっていたマグネタイトと魔力が内側に留まり、圧力を高めていった。

同時に須賀京太郎の両目が赤い目に変わった。オロチとそっくりな輝く赤い目である。しかし少し違うところがある。輝きの強さである。

須賀京太郎の両目は燃え上がっているように見え、オロチは儚い蛍の光のようだった。これ以外に違いはなかった。

 須賀京太郎が動き回ると宣言した後ジャージ三人組とディーが動き出した、この時の三人組とディーについて書いていく。

須賀京太郎が作戦を伝えたすぐ後のことである。今まで大人しく座っていたジャージ三人組が動き出した。反応が早かったのはアンヘルとソックだった。

作戦を語っている間に、呪文を唱え始め、語り終わった時には大量の補助呪文を須賀京太郎にかけ終えていた。

須賀京太郎に呪文をかけ終わると天江衣にアンヘルとソックは補助呪文をかけ始めた。呪文を受けている天江衣は少し高揚していた。

ビックリするくらい大量の補助がハイにさせていた。そうしてアンヘルとソックが補助呪文を重ね掛けしている間に、天江衣は目を閉じた。

集中を高めるためである。天江衣もしっかり話は聞いている。全国大会を台無しにすれば友人が悲しむと気合を入れていた。

そんな中、執事服の男ディーは携帯電話で連絡を取っていた。ハギヨシに簡単に計画を伝えたのだ。そして連絡が済むと須賀京太郎のスタートを待った。

オロチもまたやる気を出していた。須賀京太郎を真似してロングブーツを脱いでいた。須賀京太郎の作戦に組み込まれている者たちはやる気満々だった。

思うところはいろいろとあるが、全国大会の熱気にあてられていた。

61: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:07:05.62 ID:ejgcjtDQ0
 天江衣の準備が完了した直後須賀京太郎は会場中を駆け回った、この時の須賀京太郎の動きについて書いていく。

それは天江衣の異能力「支配」が完全に会場に広がった直後である。須賀京太郎の姿が消えた。

今まで観覧席にあった筋骨隆々の百八十センチを超える巨体が幻のように消えたのだ。周囲にいた観客たちはさすがに目を疑った。

明らかにおかしな動きをしている集団の、一番目立つ男子高校生が一瞬で消えるのだ。

観客たちは鍛えられた肉体をしっかりと覚えていたので、ただただ不思議に思った。しかし須賀京太郎、幽霊でも幻でもない。素早く動いただけである。

観客たちが不思議に思っている時、須賀京太郎は会場の天井にへばりついていた。観覧席から抜け出すために軽く跳躍し、天井に到達。

そのまま右手一本で体重を支えていた。たまたま天井を見上げていたのならば、ゴリラのような男子高校生が天井に張り付いている光景が見れただろう。

しかしそれも一秒もなかった。次に須賀京太郎が現れたのは観覧席の一番外側の壁だった。とんでもない勢いで着地しているはずだが、音が聞こえなかった。

そして壁に着地した須賀京太郎は瞬きの間に会場を一周して見せた。両足の指が器用に動き、壁を捕まえていた。砂を指で握るような調子で分厚い壁をえぐっていた。

人の多い会場である。観客の間を縫って進むと衝撃波で傷つける可能性があった。こうする必要があった。修繕費は龍門渕に請求してもらうつもりである。

そうして勢いがつくと。壁をけって会場中を飛び回った。流石にドン、ドンと大きな音がしていた。しかし反応出来た者はほとんどいなかった。

テレビカメラを通しても同じである。音速の世界での行動だからだ。よほど性能が良くなければ反応できない世界だった。しかし当然代償があった。

須賀京太郎の服がぼろぼろになっていた。特に学生服のズボンがひどい。ダメージジーンズ状態である。

そうして会場全体を飛び回った後、須賀京太郎は天井に張り付いた。作戦の結果を確かめるためである。

 作戦開始から三秒後観覧席の天江衣がある女性を指差した、この時の天江衣たちの動きについて書いていく。それは須賀京太郎が螺旋を描いて一秒後のこと。

会場で動きがあった。大量の携帯電話が警告音を発したのである。一台二台ではない。会場のいたるところで警告音が鳴り響き、会場がうるさくなった。

会場に配備されている警備員の携帯電話。観覧席の見物人たちそして入場行進中の複数名の学生。それらが警告音を一斉に鳴らしてとんでもない混乱ぶりだった。

五月蠅いのももちろんだが、警告音が鳴るということは危険極まりない魔人が存在するということである。

普通の退魔士とサマナーでは到底太刀打ちできないのが常識であるから、逃げなくてはならない。しかし逃げようとした瞬間に二度目の警告音が鳴るのだ。

これはさすがに心臓に悪かった。二度目の警告音が鳴るということは目と鼻の先に魔人がいるということ。混乱するのも無理はない。

この時混乱した会場で冷静を保っていた者がいた。天江衣である。龍門渕の異能力を使いこなし、会場の状態を把握していた。

冷えた目で見下ろす姿は女王の風格があった。そして作戦開始から三秒後、冷えた視線のまま観覧席に座っていた女性を指差した。

天江衣の指の先には赤子を抱いた女性が座っていた。両腕で赤子を抱いて、少しお腹が膨らんだ女性だった。

観覧席に座っている女性は警告音を聞いて非常にあわてていた。泣き出した赤ちゃんをあやしながら、必死で音を止めようとしている。

この女性を指をさしたままで天江衣はこういった。

「行け、撫子。『あれ』だ」

天江衣の言葉を聞くと執事服のディーが姿を消した。須賀京太郎と同じく霞の様に消え失せた。しかし一瞬で戻ってきた。そしてこういった。

「ハギちゃんに引き渡してきた。あとはハギちゃんたちに任せよう。しっかり情報を吸い上げてくれるはずだ」

すると天江衣が普段の雰囲気に戻った。そしてだらけた。天江衣が指差した女性だが、もう困ることはないだろう。

「警告音を発していた赤ちゃんの靴下」

はディーにより持ち去られ、ハギヨシに引き渡されているからだ。困ることがあるとすれば、片方だけなくなっている靴下の不思議だけである。

 

62: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:09:48.72 ID:ejgcjtDQ0

 入場行進が若干騒がしくなった後龍門渕透華が須賀京太郎を連れて行った、この時の須賀京太郎と龍門渕透華のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎の作戦が思った以上の効果を見せてから三分後というところである。須賀京太郎たちのところにハギヨシを伴って美少女が現れた。

天江衣と同じく綺麗な金髪で顔立ちがよく似ていた。しかし背が高く百六十センチと少しといったところである。

この美少女だが少し不思議な格好をしていた。ワンピースに靴はいいのだが、派手なショールを身に着けている。

ショールの柄は三本足のカラスと漢字の「龍」。明らかにショールだけが浮いていた。しかしまったく恥じるところはない。

むしろ

「これが自分だ」

と見せつけていた。この自信満々な美少女の名前は龍門渕透華(りゅうもんふち とうか)。高校二年生で、須賀京太郎の上司である。

この龍門渕透華の一歩後ろに執事服を着たハギヨシが立っていた。須賀京太郎を見て微笑んでいる。優しい先輩といった表情だった。

そんなハギヨシを伴って現れた龍門渕透華は一番にハンドサインを作った。須賀京太郎に向けて親指を立てて見せていた。

わかりやすい「良し」のポーズだった。これを見て須賀京太郎はうなずいた。言いたいことが分かった。ふんわりとした空気が二人の間に生まれた。

しかしすぐに冷たくなった。冷えた目をした龍門渕透華がこういったのだ。

「ちょっとツラを貸しなさい、筋肉ダルマ。

 言いませんでしたかねぇ、ホウレンソウはしっかりやれと……今日の朝説教して、昼に破られるとは思いませんでしたよ……えぇ、思いもしませんでしたよ。

 まあ、言葉だけで縛れるとは思っていませんでしたよ私も。でもね、数時間で破られるなんて思うわけないでしょ? そこまで脳みそからっぽだとは思わなかったんですよ。私もねぇ! 

 まぁそれはいいとしましょう。それはいいとしましょうよ。時間制限のある任務でした。しょうがないこと。いちいち確認を取っていたらヤバいでしょうよ、確かにね!

 でもね、これはダメですわ。私の断りもなく姉帯の護衛についたそうですね? あなたの上司である私に相談もせずに……どう考えてもハニートラップを仕掛けてくる相手の護衛に私の断りもなく!

 あなた私の部下だって自覚ありますの! 嫁がほしいなら正直に言いなさいな! 用意してあげようじゃないのあなた好みの巨 の子をねぇ! あぁん!?」

龍門渕透華が軽く叱ると、オロチがびくついた。思った以上に怖かった。須賀京太郎たちは平然と構えていた。よく叱られるからだ。

少し興奮した龍門渕透華であるが、すぐに持ち直した。深呼吸を三回して冷静になった。そしてこういった。

「ふぅ……まぁいいでしょう。十四代目からの依頼ですものね。どちらにしても断れなかったでしょう。これも不問にしましょう。でもね、報告してほしかったのは本当です。もっと私を頼りなさい。応えてあげます。

 さぁ、須賀くん立ちなさい。姉帯豊音の護衛に入るのに貧弱な装備では格好がつきません。龍門渕からあなたの装備を持ってきています。着替えなさい」

龍門渕透華に促されて須賀京太郎は立ち上がった。須賀京太郎は申し訳なさそうな顔になっていた。龍門渕透華にはいつもお世話になっている。信頼してくれているのもわかる。出来るだけ信頼に応えたかった。

63: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:13:07.57 ID:ejgcjtDQ0

 須賀京太郎が動き出した直後オロチが非常に困った、その時のオロチについて書いていく。それは須賀京太郎が立ち上がってすぐのことである。

ワンピースを着たオロチの目が大きく泳いだ。龍門渕透華と須賀京太郎の間をオロチの視線が行ったり来たりして落ち着かない。

というのも、非常に悩んでいた。ワンピースのオロチは須賀京太郎についていきたい。自分の宝物だから一緒にいるのは当然だと思っている。

一緒にいれば安心できる。しかし須賀京太郎についていけば龍門渕透華がいる。龍門渕透華を第一印象で怖いと思ってしまったものだから、どうにも怖くて近寄れない。

残ってもいいが、執事服を着たディーと一緒にいるのも怖い。

これまた第一印象が悪いものだから、いまだに悪いままだった。そうしてどちらも怖いので、オロチはどうすればいいか悩んだ。

そうして悩んでいる間に須賀京太郎が歩き出していた。これを見てオロチは一層焦った。焦ると余計に答えが出なかった。

そうして混乱している間に、三メートルほど離れてしまった。物理的な距離が生まれると焦りが限界に到達した。オロチの目に涙が浮かんできた。

その時だった。須賀京太郎が立ち止った。そしてこんなことを言った。

「オロチ俺の学ランを持っていてくれないか? 学ランが邪魔になって座れない人がいたらまずいからな。任せた」

須賀京太郎は軽い調子でお願いをした。するとオロチの両目から涙が引いた。涙が引いたオロチは自然とうなずいていた。オロチがうなずくと須賀京太郎がほっとしていた。

そうして龍門渕透華とハギヨシの後を追って姿を消した。残されたオロチは席の上の学生服をじっと見つめていた。真剣だった。

じっと見つめて、うなずいた。やるぞと心を決めて学生服を胸に抱いた。そして空いた席に座った。隣がディーだったが怖くなくなった。

学ランを守るという使命がオロチの心を強くしていた。


 龍門渕透華に須賀京太郎がシメられている時アンヘルとソックがオロチに話しかけていた、この時のアンヘルとソックそしてオロチついて書いていく。

それは須賀京太郎の姿が見えなくなって数分後のことである。入場行進もいよいよあと一校という状況で、ジャージ服を着たアンヘとソックがオロチに話しかけた。

しかしそれは独り言のようだった。初めに語りかけたのはアンヘルだった。

「オロチ、さっさと消えてくれませんか? 貴女のたくらみはとっくの昔にお見通しです。我が主の温情を受けたからといって、馴れ馴れしくしないで下さい。

 嫌だというのなら、我が主にあなたのたくらみを懇切丁寧に伝えますよ。

 消滅寸前の幹部の娘に

『須賀京太郎とつがいになった暁には葦原の中つ国の塞の神として全面的に支援する。巫女として指名しても良い。

 ただ、その代わりとして須賀京太郎と一緒に葦原の中つ国に移住しろ』

とでも言って誘ったんでしょう?

 我が主は潔癖なお方。窮状にある弱者を利用した愚か者にどんな感情を抱くのか、貴女でもわかるでしょう?」

アンヘルが語りかけると学ランを抱きしめているオロチが震えた。同時に輝く赤い目が泳いだ。オロチの企みがズバリ見抜かれていた。

しかしすぐに唇をかんで、うつむいた。打開策を考えていた。すぐに思いついた。しかし声が出なかった。日本語の勉強はしてきたが、コミュニケーション能力自体が低いのだ。

そうしてオロチが唇を噛んでいるとソックが同じように語りかけた。アンヘルの時よりも独り言の調子が強かった。こう言っていた。

「大会期間中私たちは貴女を見逃す。しかしこれは貴女を認めたからではない。我が主の決定を、最大限尊重するのが私たちの立場だから見逃すだけ。

 大会期間が終了したら二度と私たちの前に姿を現さないで。貴女の龍の目が私の主にへばりついているのは本当に不愉快なの」

ソックの独り言を聞いて天江衣が震えた。力の強さというより女性の黒さが怖かった。この時、執事服のディーは無視を決め込んだ。

女性に口げんかは挑まない主義だった。そうしていると震えていたオロチが反論してきた。小さな声だったが頑張っていた。オロチはこう言っていた。

64: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:16:29.37 ID:ejgcjtDQ0
「協力してやる……お前たちは謎の影について全く答えを出せていない……私の宝物に助言を求められたのに、少しも応えられていないのはっ……優秀な仲魔とは言えない。

 龍の目でつながっている私なら精査できるはずだ……協力してやる」

オロチの提案をきいてアンヘルとソックが反応した。二人の身体に力がこもり、魔力がとげとげしくなった。

アンヘルとソックの間に挟まれている天江衣は死にそうな顔をしていた。アンヘルとソックの顔を横目で見てしまったのだ。ものすごく怖かった。

そんな天江衣を間に挟んだまま、アンヘルとソックは見詰め合った。そしてすぐにうなずいてみせた。肯いた後オロチを見つめてアンヘルがこう言った。

「謎の影の正体を解き明かすまで、仲良くやりましょう。アンヘルと呼んでいいですよ」

続けてオロチを見つめてソックがこう言った。

「しかし忘れないで。私たちの主を奪おうとする貴女は大嫌い。

 でも、無能な私はもっと嫌い。

 協力して仲良くやりましょう。ソックと呼びなさい」

オロチを受け入れると答えた二人は静かになった。刺々しいオーラも落ち着いていた。挟まれている天江衣は落ち着かなかった。

今まで以上にアンヘルとソックが怒っているのがわかったからだ。数か月、一緒に遊び倒している天江衣である。本気で怒っているとすぐにわかった。

この時オロチは深呼吸をしていた。天江衣とは違って

「うまくいった」

と思っていた。ほっとしていた。そして何度か深呼吸をしてからうなだれた。今度はマネではない。心臓がどきどきしてしょうがなかった。
 


 開会式が終わって抽選会が始まった時姉帯豊音と熊倉トシが観覧席にやってきた、その時の姉帯豊音と熊倉トシについて書いていく。

一時間近い開会式が終わってからのことである。須賀京太郎たちが陣取る観覧席に向かって姉帯豊音と熊倉トシが歩いていた。二人とも少し顔色が悪い。

当然である。一時間近く退屈なスピーチをきいて滅入っていた。観覧席の静まりようは抽選会が始まるから大人しくなっているのではない。

興味のない話を延々ときかされた結果である。

そんな静まり返った観覧席を抜けてヤタガラスの警備員たちに軽く会釈しながら須賀京太郎たちのところへ姉帯豊音たちは到着した。

そうして須賀京太郎たちのところに到着した二人だが、話しかけるのをためらった。遠くから見ると普通の六人組なのだが、近くに寄ってみると非常に怪しい集団だったからだ。

ジャージ三人組と執事服の男というのがまず怪しい。これに加えてワンピースの上にマントのように学ランを羽織っている三つ編みのオロチがいる。

この時点で調和が一切とれておらず何の集団なのかわからない。最悪なのはバトルスーツを着た筋骨隆々の須賀京太郎である。

このバトルスーツというのがまたおかしな代物だった。安いコスプレなら笑って済ませられるのだが、かなり技術と金がかかっているスーツであった。

使われている素材を見ればわかる。わかりやすいのは胴体である。一見すると黒いタイツのように見えるのだが、目を凝らすと鎖帷子だとわかる。

黒いタイツに見えるほど金属を編み込めば、普通ならまともに動けない。しかしどういうわけなのか、体の動きを全く妨げない可動性を持っていた。

須賀京太郎の呼吸のリズムで胴体が震えているのを見ればわかることである。

この胴体だけでもおかしいが、同じような鎖帷子が喉仏からつま先まできっちりパーツを分けて守っていた。当然のように動きを妨げていない。

腰回りには道具を持ち運ぶためのホルスターがついているが、これもまた頑丈な作りになっていて洒落でつけるような代物ではない。

しかも須賀京太郎が歴戦の戦士の風格を出しているものだから、近寄りがたいことこの上ない。須賀京太郎たちの素性を理解している姉帯豊音たちでもためらわれた。

 

65: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:20:31.46 ID:ejgcjtDQ0
 姉帯豊音と熊倉トシが到着した直後、学ランを羽織っているオロチが話しかけてきた、この時の姉帯豊音とオロチについて書いていく。

それは抽選会が問題なく進んでいるときのこと。学ランを羽織っているオロチが姉帯豊音たちに話しかけてきた。

姉帯豊音と熊倉トシがこちらに向かっている間、ずっとそわそわしていたのだが、いよいよ我慢できなくなって自分から話しかけていた。

オロチはこういっていた。

「豊音! こっちに来い!」

この時オロチは全身でこっちへ来いと示していた。そのため言葉こそ上から目線だったが、周囲にいる者たちには

「お願いだから一緒にいて!」

としか聞こえなかった。そんなオロチであるから姉帯豊音は苦笑いを浮かべた。随分かわいい神様だった。そうして姉帯豊音と熊倉トシは不審者の集団に近寄っていった。ここまで思い切りお願いされると嫌だとは言えなかった。

 姉帯豊音たちと合流した直後須賀京太郎が動き出した、この時の須賀京太郎と熊倉トシについて書いていく。それは学ランを羽織っている三つ編みのオロチが姉帯豊音を呼び寄せてすぐのこと。

特に何の合図もなく須賀京太郎が立ち上がった。すっと立ち上がった須賀京太郎だが、やはり近寄りがたい雰囲気だった。

全身を覆う異様なバトルスーツも原因だが、須賀京太郎の無愛想な面構え。喧嘩上等などと生易しい思想ではなく、見敵必殺の構えであった。

話しかけてくる人間はまずいないだろう。そんな須賀京太郎だが護衛対象にも愛想がなかった。須賀京太郎は

「では、行きましょうか」

というだけで、それきりだった。仲良くなる気が一切ない。まともに自己紹介もしていないのだから、もう少し口をきいても良いはずである。

しかし姉帯豊音たちを嫌っての行動ではない。むしろ逆である。護衛任務を行う退魔士として全身全霊を持って事に当たるという覚悟が、須賀京太郎を不愛想にさせていた。つまり

「姉帯豊音たちの安全と命を未熟者なりに守る」

と須賀京太郎は心に決めた。となって未熟者だと思っているのだから、ただ真剣になるばかりで、仲良くなろうなどという発想にはならなかった。

そんな須賀京太郎をみて熊倉トシは難しい微笑みを浮かべた。須賀京太郎を見て頼りになると思う一方で、姉帯豊音とうまくやっていけるのか不安に思った。

しかしどうにかこう言った。

「それじゃあ、宮守の子たちと顔合わせと行こうか。良い子たちだからやり易いように護衛してくれたらいいよ。

 十四代目のお墨付きがあるんだ。誰も文句は言わないさ」

そうして姉帯豊音と熊倉トシそして須賀京太郎とオロチが観覧席から移動を始めた。この時姉帯豊音はずいぶん歩きにくそうにしていた。

学ランを羽織っているオロチが姉帯豊音のスカートを掴んで歩いていたからである。

 姉帯の陣営が移動を始めると天江衣がオロチにお願いをした、この時の天江衣とオロチの動きについて書いていく。

それは姉帯の陣営が動き出した直後である。今まで大人しく座っていたジャージの天江衣が大きめの声でこう言った。

「オロチ、お前はここに残れ。アンヘルとソックの手伝いをするというのなら、京太郎について行ってはダメだろう?」

すると須賀京太郎の動きが止まった。随分難しい顔をしていた。アンヘルとソックの手伝いをオロチがするとは全く聞いていなかったからだ。しかし

「やめろ」

とは言わなかった。アンヘルとソックの仕事は有益なものが多く、信頼もしている。オロチの手伝いが必要だというのならアンヘルトソックを優先したかった。

仕事が一気に難しくなるが、そこは修行だと思い頑張るつもりであった。この時須賀京太郎と同様にオロチが難しい顔をしていた。

オロチに対してあたりが強いアンヘルとソックと一緒にいたくなかった。しかし拒絶もできなかった。約束をしっかり覚えているからだ。

仕事を手伝うという約束をしたのをしっかり覚えていた。当然守るつもりだった

66: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:23:33.19 ID:ejgcjtDQ0
しかしアンヘルとソックが怖い。天江衣も何となく意地悪そうな顔に見える。出来れば姉帯豊音に引っ付いていたかった。そんなオロチである。

難しい顔にもなる。そうして呼び止められてから数秒後、須賀京太郎がオロチにこんな提案をした。

「アンヘルとソックを補助してくれるのなら、それでも構わないぞ……まぁ、姉帯さんに我慢してもらう場面が多くなるだろうが。

 後、手伝いついでに衣さんの面倒も見てやってくれ。ディーさんのストレスが軽減されて全体の利益につながる」

このように須賀京太郎が語った直後、天江衣が驚いた。

「須賀京太郎ほど天江衣のことを尊敬している者はいない」

と根拠もなしに信じている天江衣である。須賀京太郎の提案はなかなか衝撃的だった。そうして天江衣が驚いていると学ランを羽織っているオロチがこう言った。

「大丈夫、分身する」

すると、三つ編みのオロチの姿が一瞬ぶれた。ぶれた後にはスタンダードなオロチが現れていた。スタンダードなオロチというのは髪の毛を引きずって、ボロ布だけのオロチである。

分身出来るというのは須賀京太郎もディーも知っているので驚かなかった。しかし周囲の観覧客たちは驚いていた。

学ランを羽織っている美少女が分裂したのだ。ありえない現象だった。しかしすぐに落ち着いた。流石によくないと、天江衣が異能力を発揮してごまかした。

天江衣が頑張っているところで、学ランを羽織っているオロチがこう言った。

「では、アンヘルとソックにはこっちの私がつくことにする。頑張れよ私。応援してる」

学ランを羽織っているオロチは産みだした分身にアンヘルとソックを任した。明らかに他人事の口調だった。

分身で生まれたオロチが三つ編みのオロチを睨んでいたが、気にしていなかった。そうしていると天江衣がこう言った。

「まぁ、オロチがそれでいいのなら、私たちは何も言わん。

 しかしもう少し人の目を気にしろ。一々情報操作をするのが面倒だ」

 天江衣が愚痴っている間に生まれたばかりのオロチに須賀京太郎が服をプレゼントした、この時の須賀京太郎の行動に注目して書いていく。

それは分身のオロチが観覧席に現れてすぐのことである。須賀京太郎は眉間にしわを寄せていた。目線は分身のオロチに向かっている。

それもそのはずで、見た目が良くなかった。三つ編みのオロチは服を着ているが、分身は服らしいものがない。ボロ布だけである。

本人は気にしていないようだが、人が多い状況。よろしくない。そしてどうにかすべきだと考えて、須賀京太郎は

「服はさすがに増えないんだな……オロチちょっといい?」

といった。すると学ランを羽織っているオロチが不思議そうな顔をしてよってきた。そうして三つ編みのオロチが寄ってくると、羽織っていた学ランを須賀京太郎は取り戻した。

すると三つ編みのオロチは露骨に嫌そうな顔をした。しかしすぐに落ち着いた。生まれたばかりのオロチに須賀京太郎が学ランを羽織らせたからだ。

同じ自分なので全く問題なかった。そしてどうにか大丈夫な状態になると須賀京太郎はこういった。

「なんか余計に怪しい雰囲気になったな……でも、裸同然の状態よりはこっちの方がいいだろう。

 それではディーさんあとはよろしくお願いします」

須賀京太郎がお願いすると、信頼できる男ディーは肯いた。少し顔色が悪かった。アンヘルとソックが強烈な空気を放っているのだ。怖かった。

ディーがうなずいたのを見て須賀京太郎たちは姿を消した。須賀京太郎の背中を生まれたばかりの分身が見送っていた。生まれたばかりの分身は自信満々に胸を張っていた。

67: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:27:31.80 ID:ejgcjtDQ0

 龍門渕と別れて三十分後宮守女子高校の面々と須賀京太郎が顔を合わせていた、この時の宮守女子高校の反応について書いていく。それはインターハイの抽選がしっかりと終わった後、選手たちが退場して落ち着いてきたところである。

会場の人気のないところで、宮守女子高校の可憐な少女たちと須賀京太郎が顔を合わせていた。大きな会場の人気のない場所というのはなかなか不気味だが、退魔士たちには関係なかった。

「幽霊悪魔、望むところ。我が道を塞ぐなら仏も神もぶった切る」

の精神がヤタガラスである。薫陶を受けている者たちがおびえるわけがない。しかし宮守女子高校の面々は少し顔色が悪かった。

というのも姉帯の幹部(豊音の母)から受け取った須賀京太郎の資料と、須賀京太郎の見た目が全然違っていた。

資料にあった須賀京太郎の写真は金髪で人当たりがよさそうな少年だった。しかし今目の前にいるのは灰色の髪で人を寄せ付けない空気を放つ筋骨隆々の退魔士である。

予想と現実が違いすぎる上に見た目が普通に怖いので彼女らの顔色は悪くなった。そんな宮守女子高校の面々を見て、まず須賀京太郎が自己紹介をした。

「龍門渕支部所属 三級退魔士 須賀京太郎です。大会期間中姉帯豊音様の護衛を行います」

ありきたりな自己紹介を行った須賀京太郎はそれ以上語らなかった。眉間にしわを寄せたまま、じっとしている。機嫌が悪いわけではなく、やることをしっかりやるという発想で動いているのだ。

須賀京太郎からすれば護衛任務は仕事である。ありきたりな自己紹介以外の選択肢はなくそれ以上の必要も見いだせなかった。

ただそんな須賀京太郎であるから、宮守女子高校の面々には非常に不興だった。ただでさえ見た目が悪いのに、自己紹介がそっけない。

「仲良くなりたい」

などと微塵も思っていない態度は少女たちには不愉快だった。こんな無愛想な男に姉帯豊音は任せられないなどと思うものもいた。

ただどうしようもない問題である。宮守女子高校の面々と須賀京太郎は立場が違いすぎる。宮守女子高校の面々は姉帯豊音のために動いている。

一方須賀京太郎は護衛任務の完遂が目的である。これはもう絶対に交わらない。

しかし宮守女子高校と須賀京太郎の間に亀裂が走っている時、姉帯豊音はほほ笑んでいた。須賀京太郎の真剣さを酌んでいた。

 須賀京太郎の自己紹介から数秒後姉帯豊音がフォローに回った、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。それは、須賀京太郎の自己紹介から五秒ほど後のこと。

自己紹介をした須賀京太郎の口元が震えていた。ポーカーフェイスを維持しているのでよく観察しなければ気が付かないが、微妙に震えている。

というのも、自己紹介をしただけで嫌われたと察したからである。須賀京太郎は自分が女性にもてない見た目と理解していた。

細マッチョとは対極にいるガチマッチョの上に乗りが悪い。十四代目葛葉ライドウとハギヨシの様な美形でもない。しかも魔人である。

好かれる要素がないのはわかっている。しかし自己紹介をしただけで嫌われるのは、魔人になってからも初めてで、さすがにショックだった。

ただショックを受けていることを覚られてはならないと必死でこらえた。眉間にしわを寄せたまま、じっと耐えた。

「任務のためにここにいるのだ。この程度で動揺するのは未熟だ。魔人になってから同じようなことは何度もあった。

今回も同じようなもの、ただ嫌われるタイミングが早かっただけ」

と自分に言いきかせどうにか落ち着いた。そんな須賀京太郎の動揺を姉帯豊音があっさり見抜いていた。

須賀京太郎の呼吸が少し乱れていたのをきっかけに、あっさりポーカーフェイスの裏側の本音を見つけた。

そしてあっさりポーカーフェイスを見抜くと宮守女子高校の面々に姉帯豊音はこういったのだ。

「須賀君はちょーすごいんだよ。

 曾おじい様が太鼓判を押してくれたんだ。『一番信頼できる』んだって。

 それに、大会期間中はみんなのことも守ってくれるみたいだから、よろしくお願いね。オロチちゃんをデコピンで黙らせちゃうくらい強いから、いざというときは頼ってあげて」

すると須賀京太郎の目が大きく開かれた。姉帯豊音がフォローしてくれるとは思わなかった。そうして大きく驚いた須賀京太郎だが、すぐに元の顔に戻った。

眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな顔になった。動揺を隠すためである。頑張らないと喜びが漏れ出しそうだった。

 

68: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:31:06.48 ID:ejgcjtDQ0
 須賀京太郎が内心で喜んでいる間に、宮守女子高校の面々が須賀京太郎を受け入れた、この時の熊倉トシとオロチの頑張りについて書いていく。

それは須賀京太郎が静かに喜んでいるときである。三つ編みのオロチが

「良く頼れ。前よりもずっと強くなっている。私をあっさりと退けるだけの技量があるのだ、きっと守り抜いてくれるだろう」

といって

胸を張った。宮守女子高校の面々が須賀京太郎の実力を疑っているのではないかと考えての、オロチなりのサポートだった。

すると宮守女子高校の面々がちらりと熊倉トシに視線を向けた。本当かどうか確認するためだ。三つ編みのオロチの評価はあてにならないと思った。

須賀京太郎を贔屓しているのは明らかだ。須賀京太郎に花を持たせるくらい平気でやると思っていた。しかし熊倉トシは笑わなかった。

それどころかオロチの言葉に真面目な顔で肯いていた。そして疑う少女たちにこう言った。

「十四代目が出した戦力評価は上の下……公式の評価になるまで時間はかかるだろうが、確実だよ。

 序列最下位の六位が数週間以内に与えられるだろう。十四代目の言うところ完全に白、信頼して良いそうだ」

こうなってようやく宮守女子高校の面々がほっとした。前もって魔人だと知っていたのが悪い方向に回った結果である。前評判に影響されるというのは良くも悪くもよく起きる現象だった。

 宮守女子高校の面々と須賀京太郎の顔合わせが終わってすぐに龍門渕透華が姿を現した、この時の龍門渕透華の行動について書いていく。

それは宮守女子高校の面々が一通りの自己紹介をし終わったところだった。少し空気が和んだときに須賀京太郎が視線を泳がせた。

宮守女子高校の面々から視線を完全に切って、何もない空中に視線がいった。須賀京太郎が反応するのとほとんど同時に三つ編みのオロチも反応していた。

姉帯豊音に抱き着いて、眉をハの字にした。須賀京太郎とオロチの変化に姉帯豊音が気付いていた。しかし何に反応したのかさっぱりわからなかった。

姉帯豊音が不思議に思っていると答えが先に現れた。須賀京太郎たちから二メートルほど離れた所に龍門渕透華とハギヨシがいきなり現れた。

二人が姿を現すと宮守女子高校の面々と熊倉トシが目を見開いた。そして小さな悲鳴を上げた。可愛らしい悲鳴だった。

しかしすぐに呼吸を整えて平静を装った。無様な姿を見せるわけにはいかなかった。

長野を仕切る龍門渕の後継者と京都本部を仕切っている張本人が目の前にいるのだ。ここで動揺することが姉帯の恥になると考えた。

そんな宮守女子高校の面々の努力など知らぬ顔をして龍門渕透華が話しかけてきた。

「あら、奇遇ですねみなさん。こんなところで出会うなんて少しも予想していませんでした。

 知っていれば、お土産でも持ってきたのに……でも丁度良かったです。

 須賀君、貴方に渡しそびれた羽織があるの。さっき渡しておけばよかったんだけど『ついうっかり渡し忘れていた』みたいで……任務中はしっかりと身に着けておいて」

この時の龍門渕透華はいかにもお嬢様。どこに出しても恥ずかしくない仕上がりであった。ただ、須賀京太郎は怖がっていた。でかい体を小さくしている。

龍門渕透華の目が笑っていなかったからだ。そんな龍門渕透華が語り終わると執事服を着たハギヨシが、どこからともなく大きな羽織を取り出した。

そして不敵な笑みを浮かべながら須賀京太郎に差し出した。

「胡散臭いなぁ」

と思ったが、須賀京太郎は黙って羽織を受け取った。受け取るとすぐに身に着けた。夏でも快適な着心地だった。しかし驚くほど派手だった。

龍門渕透華が身に着けているストールと同じ柄が入っていた。

三本足のカラスのエンブレムと龍の文字が背中に大きく刻まれて、龍門渕透華の趣味で歌舞伎チックな配色になっていた。

一目見てどこのヤタガラスに所属しているのかわかる仕様である。そうして須賀京太郎が羽織を身に着けると龍門渕透華はこういった。

「一回転してもらます? ゆっくりと見せつけるように」

69: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:35:06.47 ID:ejgcjtDQ0
すると須賀京太郎がゆっくりとステップを踏んだ。そんな須賀京太郎のまねをして三つ編みのオロチもまわって見せた。それを見て龍門渕透華はこういった。

「よく似合っています。やはり体格がいいと見栄えがいい。今度智紀たちにも着せましょう。バトルスーツも揃えて、新商品のいい宣伝になります。

 では須賀君、私たちは『明日のお茶会』の準備があるので失礼します。姉帯の皆さんに失礼のないように頑張ってくださいな。

いじめられたらいつでも帰ってきていいですからね?」

そうして龍門渕透華にからかわれた須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。そして

「はいはい」

と雑な返事で返した。用事が済むと龍門渕透華とハギヨシは姿を消した。一瞬で姿が消えていた。テレポートで帝都での拠点に飛んだのだ。

須賀京太郎は驚かなかった。普通に見送って終わりである。龍門渕透華の影に龍門渕透華の仲魔が潜んでいるのを見抜いていた。

 龍門渕透華とハギヨシが姿を消してすぐ宮守女子高校の面々が落ち込んだ、彼女らが落ち込んだ理由について書いていく。

それは龍門渕透華とハギヨシを須賀京太郎とオロチが見送っているときだった。元気だった宮守女子高校の面々の元気がなくなった。

須賀京太郎の出会いでそれなりに気分を落ち込ませていたが、今は本当に

「げっそり」

といった風貌に変わっている。同じく熊倉トシも気力がかなり削がれている。熊倉トシはいい年齢であるから、げっそりとしている姿は見ていてつらい。

平然としているのは須賀京太郎と姉帯豊音とオロチだけである。

宮守女子高校の面々がげっそりとしてしまう、これは龍門渕の勢力から分かりやすい圧力がかかったからである。圧力というのは先ほどの龍門渕透華の行動である。

第三者の目から見るとただの美少女が筋肉ダルマをからかったようにしか見えない。しかし宮守女子高校の面々からすると非常に怖い光景だった。

龍門渕の座を継ぐ予定の少女が龍門渕の紋を刻んだ羽織をわざわざ渡しに来た。

しかも任務が辛ければいつでも戻ってこいとはっきりと伝えるダメ押しまでして。姉帯の陣営が考えている作戦を見抜いて、

「護衛中にハニートラップを仕掛けたら殺すからな? 人材の引き抜きは万死に値する」

と暗に伝えているようにしか思えなかった。ハギヨシを伴っていたのも真剣さを補強させて笑えない。

そうして巨大な幹部と弱小幹部の差を自覚して気力が削がれた。姉帯豊音が特に動じていないのは、怖くないからである。

龍門渕の小娘よりも遥かに怖い爺とよく顔を合わせているのだ。先ほどの龍門渕のアピールも十代の少女が見せる可愛らしい所有欲としか映らなかった。

このようにして若干の問題が発生していたが、大会の開会式と抽選会は終了した。明日からが本番である。
 


 全国大会一日目のお昼過ぎ須賀京太郎たちがタクシーで移動していた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは全国大会本戦一日目のお昼過ぎのこと。須賀京太郎たちはタクシーで都内を移動していた。タクシーの中にいるのは昨日と同じメンバーである。

席順も同じで助手席に熊倉トシが座り、後部座席には須賀京太郎と姉帯豊音、その間に三つ編みのオロチが座っていた。昨日と少しだけ違うところがある。

一つは須賀京太郎の服装が学生服からバトルスーツと派手な羽織に変わったこと。もう一つは三つ編みのオロチの太ももの上にコンビニの袋いっぱいのお菓子があること。

三つ編みのオロチはこの袋を大事に抱えていた。蛍のように輝く赤い目が力で満ち溢れていた。

 タクシーで移動している間、袋いっぱいのお菓子をオロチが抱いていた、オロチがこうなった理由を書いていく。タクシーでの移動中お菓子が入ったコンビニの袋を三つ編みのオロチが大事に抱えていた。

この大量のお菓子だが、須賀京太郎が用意したものである。しかし須賀京太郎が食べるものではない。オロチのために用意したお菓子だった。

完全自腹である。それもこれもオロチを慰めるためである。というのがオロチが思っている以上に護衛任務が辛かったのだ。

70: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:38:57.87 ID:ejgcjtDQ0
一晩は須賀京太郎に付き合えたのだが、太陽が昇るころには心が完全に折れていじけていた。

護衛任務が辛いと須賀京太郎は知っていたので耐えられたが、オロチには無理だった。

しかしオロチの気持ちもよくわかるので、自腹を切ってお菓子で報酬を支払った。精神年齢が低いのを確信してモノで釣ったのだ。

お菓子を購入できたのは、寝起きの姉帯豊音に頭を下げてコンビニへの移動をお願いしたからである。

寝起きの姉帯豊音だったが、ナメクジの様にホテルの廊下でとろけているオロチを見てすぐにうなずいてくれた。

そうして、買い物袋いっぱいのお菓子をオロチは手に入れた。初めての報酬をである。誇らしい気持ちでいっぱいになっていた。

誇らしさは次の任務に向かう間も変わらなかった。お菓子をホテルに置いてきても良かったのだが、大切なものなので一緒に持ってきていた。

 タクシーに乗り込んで五分後須賀京太郎に熊倉トシがお願いをした、この時に行われた会話について書いていく。それは三つ編みのオロチが初めての報酬を大切に抱いている時のことである。

助手席に座っている熊倉トシが須賀京太郎に話しかけた。この時の熊倉トシは非常に疲れていた。これから向かうお茶会を思ってのことであった。

熊倉トシはこういっていた。

「須賀君これから私たちが向かうのはヤタガラスの幹部会……お茶会、きいたことくらいあるだろう?

 幹部連中は

『お茶会』

などと軽く口にするが、日本を牛耳っている権力者たちの集まる会議だ。わかっていると思うけどね……波風を立てないよう気を付けてほしい。

 いくら豊音が優れた血統にあるといっても、コネだけでごり押し出来ない相手ばかり。そもそもヤタガラスは実力主義の集団。

 わかるだろう? コネだけでどうにか幹部をやっている姉帯というのは、恥そのもの。少しの波風が致命傷なんだ。龍門渕にとっては大したことがなくともね。

 大人しくしていてくれるかい? もしも無理なら一旦離れていてもらうしかない。これはどうしても譲れないね」

すると須賀京太郎はすぐに答えた。はっきりとこう言っていた。

「もちろん借りてきた猫のようにおとなしくしておきます。そもそも護衛ですからよほどのことがない限りは手を出しませんよ。

 でも、相手が攻撃してきたら反撃しますからね。悪口くらいなら聞き逃しますけど魔法で攻撃して来たり、物理的な攻撃をした瞬間から全力でやり返します。

 ヤタガラス内部での私闘は許されてますよね?

 『たとえ幹部であっても潰せるのならば潰して構わない。弱い幹部は無用』とハギヨシさんが言ってました。

 何度か準幹部級を始末してますが、何もおとがめなしでした。幹部でも同じでしょう?」

すると熊倉トシが笑った。須賀京太郎が面白かった。どこに耳があるかもわからないのに、大きなことを言える須賀京太郎が面白かった。

そしてこういった。

「誰も姉帯に手を出したりしないさ。大幹部はものすごく恐ろしいからね。悪口くらいは言えるだろうが、豊音に直接手を出せば大幹部が黙っていない。

機嫌が悪ければ豊音を視界に入れただけで首を落とすかも」

すると須賀京太郎がにやりと笑った。十四代目葛葉ライドウを思い出していた。やりかねないと思った。天江衣にものすごく甘いところを見ているのだ。

曾孫の姉帯豊音を放っておくわけがないと信じられた。理不尽な存在だが、それが面白かった。

そんな物騒なことを考えて笑う須賀京太郎に姉帯豊音が視線を向けた。そして擁護した。

「普段は良いおじいちゃんなんだ。でも、なんていうかー……心配性なんだよ。私は一人っ子だから、余計にね」

すると須賀京太郎は大きくうなずいた。そしてこういった。

71: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:44:39.63 ID:ejgcjtDQ0
「みんなそんなもんですよ。

 小さい頃に爺ちゃんと婆ちゃんの前でこけたことがあるんですけど、その時はすごい心配されて涙が引っ込んだ覚えがあります」

すると姉帯豊音が笑った。そしてこういった。

「あぁ、わかるかも。私が自転車でこけた時に、ものすごい勢いで飛んできたっけ。

 あの時のおじいちゃんは面白かったよー。回復魔法の光で目を開けていられなくなったもん」

すると後部座席で須賀京太郎と姉帯豊音が昔話で盛り上がり始めた。お願いをしていた熊倉トシは口を結んだ。良い雰囲気だったからだ。

そんな須賀京太郎と姉帯豊音に挟まれているオロチは大人しかった。大量のお菓子を無言で食べていた。しっかりとかみしめて大事に食べていた。幸せそうだった。

 タクシーで移動を始めて二十分後のこと運転手が奇妙な行動をとり始めた、この時の運転手の運転について書いていく。それはお菓子を食べているオロチを間に挟んで須賀京太郎と姉帯豊音が

「田舎あるある」

で盛り上がっているときのことである。須賀京太郎たちの乗っているタクシーが地下駐車場に入っていった。この地下駐車場は大きなビルの下にあった。

スロープを抜けて地下に降りていくタイプの駐車場だった。駐車場に到着したのだが、なかなかタクシーは止まらなかった。

地下駐車場に車はほとんどないのだが、全く止まる様子がない。勢いもほとんど変えずにぐるぐると周回を始めた。

そんなタクシーは地下駐車場をぐるぐると三週した。そして何を思ったのか車の向きを変えて逆方向に同じく三週回って見せた。

呪術に疎い須賀京太郎でも何かしらの儀式、もしくは合図なのだと推理できた。

そうして地下駐車場をくるくる回っていタクシーだが特にどうすることもなく、地下駐車場を出た。スロープを使い、地上に上がったのだ。

 地下駐車場で不思議な運転を体験した後地上に戻った須賀京太郎が驚いた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。それは地下駐車場から出てすぐのことだった。

タクシーの後部座席に座っている須賀京太郎が目を大きく見開いた。随分わかりやすい驚きの表情であった。というのが地上の様子が一変していたからである。

今までコンクリートジャングルだった都心が雑木林に変化していた。アスファルトの道がなくなり草が禿げただけの道がまっすぐ伸びている。

目を凝らすと道の先に神社仏閣風の建物が見える。神社仏閣風の建物の周りには警備の悪魔たちが配置されていた。

どれも上級悪魔相当の力を持つ力ある悪魔だった。

「これがお茶会の会場か」

と須賀京太郎が驚いているのを姉帯豊音がほほ笑みつつ見守っていた。眉間にしわを寄せている須賀京太郎が一瞬だけみせる素の表情が少年らしくて好きだった。

 お茶会の会場に到着して十五分後のこと須賀京太郎にオロチがお菓子を食べさせようとしていた、その時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはお茶会の会場に到着してすぐのことである。須賀京太郎たちは会場の入り口で軽いチェックを受けていた。ヤタガラスの構成員たちの前に立ち、良くある受け答えをするのだ。

名前を名乗ってみたり、所属を伝えてみたり、周囲から飛んでくる敵意に殺意で返してみたり。よくあることだった。会場入りするときに須賀京太郎は

「お菓子の持ち込みは可能ですか?」

と質問をしていた。すると受付のヤタガラスがこのように答えた。

「大丈夫ですよ。

 ただ、会場に入りきらないような大きな仲魔、臭いがきつすぎる食べ物はお断りさせてもらっています。

 もちろん武具を持ち込んでもらっても構いません」

そうして須賀京太郎たちは会場入りした。会場は大きな宴会場だった。畳張りでよく見るタイプの宴会場である。ただ、すこしだけおかしなところがあった。

外見よりも中身が非常に広かった。全国から五十名の幹部とその護衛が集まる会場であるから当然と言えば当然である。

72: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:48:52.30 ID:ejgcjtDQ0

しかしそれを頭に入れてもあり得ないほど広かった。何せ会場の果てが非常に遠い。無限に広がっているというわけではない。終わりはある。

しかし一般人が走って五分くらいはかかる広さだった。外から見ると普通の建物であるから、おかしなことだった。しかし須賀京太郎たちは動じなかった。

「異界を操作する技術」

があると知っていた。そうして宴会場入りすると須賀京太郎たちは姉帯の陣営の席に通された。出入り口のすぐ近くで、すでに料理の準備が整っていた。

ご丁寧に結界で料理が保存されている。そして席に到着すると須賀京太郎たちは宴会の始まりを待った。オロチも同じである。

お菓子を大事に抱えておとなしく座っていた。そして須賀京太郎の隣に座ったオロチだが、口元が少し汚れていた。お菓子を食べ慣れていなかった。

オロチの口元が汚れていると気付いた須賀京太郎は、すぐに動いた。

バトルスーツの腰に下げているホルスターからハンカチを取り出し、オロチの口元をふいた。そして

「綺麗にしておかないと笑われるぞ」

といって注意した。するとお菓子を抱えているオロチがこう言った。

「京太郎も食べろ。私と同じようになる」

子供扱いするなとオロチの目が語っていた。そしてお菓子を差し出してきた。オロチが差し出してきたのはお徳用の

「一目で義理とわかるチョコ」

だった。普通のモノより二回り大きかった。口周りが汚れるのもしょうがない大きさだった。このお菓子の包装をはぎながらオロチはにやにやしていた。

須賀京太郎の口周りが汚れたら笑ってやろうと考えていた。そうしてお菓子を差し出したオロチだが、全く予想にもしない事態に見舞われることとなった。

須賀京太郎が一口で食べたのだ。大きな口を開けて一口だった。オロチは目を見開いた。驚愕の光景だった。かじらせるつもりだったのだ。

全部あげるつもりはなかった。笑えなかった。

 須賀京太郎とオロチが遊んでいると次々と幹部連中がお茶会に入ってきた、この時の須賀京太郎について書いていく。

須賀京太郎たちが会場入りして三十分ほど過ぎたところである。全国に散らばっている五十名の幹部たちのうち三十一名が集合していた。

幹部たちにはそれぞれ護衛がついていた。幹部一人につき十名ほどで、多いところでは二十人近く退魔士を護衛として連れてきている。

ただ、悪魔の姿は少なかった。これは幹部的な意地の張り方である。大量に用意できる悪魔の武力よりも、優秀な人材で固めることが幹部としての「粋」なのだ。

また幹部たちが入ってくる間に、須賀京太郎に話しかけてくる者もいた。それはたとえばハギヨシ。執事服ではなく、黒い生地に白いストライプが入ったスリーピース・スーツを着ていた。

また、二十代前半くらいの年齢の女性をハギヨシは伴っていた。そうして須賀京太郎を見つけてハギヨシはこう言っていた。

「つまらないお茶会だ。退屈したらその辺の幹部にでも喧嘩を吹っ掛けて遊べばいい

それなりに幹部が集まっている状態での発言である。挑発以外の何ものでもない。すると須賀京太郎はこのように返した。

「一番にハギヨシさんに吹っかけますね。

 そういえばディーさんはどこに?」

須賀京太郎が軽く返すとハギヨシはこういった。

「あいつは衣の護衛という名目で逃げた……俺も逃げたかった、じゃない護衛をしたかった」

お茶会が本当に嫌そうだった。するとハギヨシの脇腹を伴ってきた女性が人差し指で軽くついた。突かれたハギヨシは軽くはねた。

そうすると女性はこういった。

「ブツブツ言ってないでさっさと席に着きなさい。本部のトップが逃げられるわけないでしょ?
 
 邪悪ロリの護衛なんて撫子さんがいればどうにでもなるわ。ホレ、さっさと歩け」

あとはあっさりだった。ハギヨシが連れ去られた。

73: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:52:29.52 ID:ejgcjtDQ0
「助けてくれ」

と須賀京太郎にメッセージを送っていたが無視した。ハギヨシを見送っていると、オロチが目を大きく見開いた。

というのも、須賀京太郎の後頭部めがけて矢が飛んできたからだ。飛んできた矢はマグネタイトで創った矢だった。

音の壁を裂いて飛んでくる必殺の矢は、オロチしか見ていなかった。須賀京太郎の命が危ないと思った。

しかしオロチが動くよりも前に須賀京太郎が左手で払いのけた。視界におさめていなかったが、しっかり把握できていた。

払いのけた時の衝撃で矢が塵に変わった。矢を払いのけた須賀京太郎は軽く背後に視線をやった。視線の先には背の高い筋骨隆々の男性が立っていた。

須賀京太郎とハギヨシよりも背が高く、服を着ていてもわかる筋肉の持ち主。日曜日のお父さんといったやる気のない表情が印象的な三十代前半の男性である。

隣には品のいいお嬢さんが立っていた。娘だろう。雰囲気がよく似ていた。ただ若干顔色が悪かった。

問答無用で即死級の攻撃を須賀京太郎に撃ち込んだからだ。ただそんな娘を放っておいて、須賀京太郎がおっさんの名前を呼んだ。

「ベンケイさんお久しぶりです」

ベンケイと呼ばれたおっさんは自然体で答えた。

「葦原の中つ国ぶりだから結構立つな。しかし前よりもずいぶんよくなった。まじめに修行を積んでいるようでよろしい。

 今ならオロチの触角程度なら軽くあしらえるだろう。しかし姉帯のところの護衛についたんだな……いやしかし、よく許しを得たな。

あの爺さんは豊音ちゃんのことを大切に思っているからな、よほどのことがないと許さないだろうに」

須賀京太郎とベンケイが世間話を始めようとすると、ベンケイの隣に立つ娘がこう言った。

「お父さん! 出入り口で立ち止まってはいけません! あとがつかえているじゃないですか!」

元気な声だった。するとベンケイが軽くうなずいた。そして

「すまんすまん。そう怒るなよ。

 すまんな須賀君。後で話をしよう」

といって自分たちの席に向かった。ベンケイの娘は軽く一礼して去っていった。須賀京太郎とオロチを見て

「すばらです!」

と言っていたのが印象的だった。父親の性格は引き継いでいなかった。あとは特にない。龍門渕の親子も須賀京太郎とすれ違っていたが無言だった。

龍門渕透華も、透華の父親である龍門渕の当主龍門渕信繁(のぶしげ)も死にそうな顔で自分の席に向かって進んでいた。二人の接近には気づいていたが、空気を読んで話しかけなかった。

 全国に散らばっている幹部たちが全員集合した時大幹部たちが宴会場に姿を現した、この時の幹部たちについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが到着して約一時間経過したところである。一番奥の席以外の席がすべて埋まった。一番奥にある席は三つ。

横並びになっていて、全ての幹部を視界におさめることができる席だった。この三つの席に座るのは大幹部と呼ばれているヤタガラスで、あとは三人の大幹部を待つだけになっていた。

そうしてすべての幹部たちが待ち構えていると、出入り口付近から老人の怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声は複数あった。

その声の一つは須賀京太郎がよく知っている声だった。須賀京太郎がちらりと振り返ってみてみると、十四代目葛葉ライドウが老人と老婆相手に大声を出していた。

そんな十四代目葛葉ライドウに対して老人と老婆が怒鳴り返し五月蠅くなっていた。誰か止めに入ればいいのに幹部たちは見て見ぬふりを決めていた。

それもそのはずで、下手に口を出せば龍門渕の親子のように凹まされるだろう。絶対に近寄りたくなかった。

この時須賀京太郎とオロチは露骨に嫌そうな顔をしていた。怒鳴り声自体が嫌だった。また姉帯豊音も同じような雰囲気を放っていた。

須賀京太郎よりは控えめだが嫌がっている。親族の喧嘩である。身内の恥だった。

74: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 01:55:45.18 ID:ejgcjtDQ0
大幹部たちが出入り口付近に現れてから三分後十四代目葛葉ライドウがおかしなことを言い始めた、この時の十四代目葛葉ライドウの提案と大幹部たちの対応について書いていく。

それは、出入り口付近がうるさくなって三分後のことである。十四代目葛葉ライドウが大きな声でこう言った。

「龍門渕に所属している須賀君は魔人であるが品行方正で生活態度もまじめ。

バカ弟子が須賀君にみっちりと修行をつけて私の見立てでは『上の位』に足を突っ込んでいる。

 姉帯の陣営が力を失いつつある状況で彼を護衛に着けるのは大正解だ。もしかすると須賀君と豊音ちゃんが夫婦になるということもあるかもしれない。

となれば、須賀君はきっちりと豊音ちゃんを守りきるだろうから、将来の憂いはなくなる。

 龍門渕には『お話』しているから心配しなくていい」

すると大幹部の一人、いかにも仙人といった風貌の老人がこのように返していた。

「逝かれてんのか狸爺? 真正の魔人を護衛にする? 姉帯の後継者の婿にする?
 
 万物に不吉と死をもたらすと魔人、その原型だぞ!?

 品行方正だの、まじめだの言ったところで魔人は魔人! 婿にするなんぞ百万年早い!

 いやそもそもハギの坊主は婚約者をほったらかしにしている半人前、ベンケイの阿呆に教えを受けたのならばギリギリわかるが、あいつの教え子なんぞ信用できるか!」

仙人のような風貌の大幹部だが、完全に切れていた。顔が真っ赤である。老人二人は熱くなっていたが、もう一人は落ち着いていた。老婆の大幹部はこう言っていた。

「ちょっと黙りな小僧ども。特に十四代目。あんた何を勝手に『上の位』に魔人の小僧を認めようとしてんのさ。

 私たち三人が認めなければ『上の位』には入れないのがルールだろ? 曾孫かわいさに戦力をごまかそうとするのは良くないね。

そういうところは本当によくない。

 護衛だの嫁入りなんて話は一旦おいておいて、まずここから話そうじゃないか」

熱くなっている大幹部を諭す老婆は大幹部の鏡である。しかし全く無意味だった。十四代目葛葉ライドウも仙人のような老人も老婆の話を無視していた。

すると大幹部たちの間に強烈な歪みが生まれた。三人の大幹部が本気でイラついていた。そしていよいよ、十四代目葛葉ライドウのポーカーフェイスが消えた。苛立ちが怒りになりポーカーフェイスを消したのだ。そして大きな声でこう言った。

「あぁもういい! だったら確かめたらいいだろうがよ! いちいち彩女さんうるせぇンだよ! 話が進まねぇ!
 
 この十四代目葛葉ライドウが認めた須賀京太郎の戦力をお前らが自分で確かめればいい!」

良く響く声だった。そしてそのすぐ後、仙人のような老人がこう言った。

「あぁやってやる! 須賀京太郎とやらの戦力をこの『二代目葛葉狂死』が直々にはかってやろうじゃねぇか!

 蘇生魔法の準備しとけよ爺! これが終わったら次はお前の番だ!

 信繁ぇ! 序列の書き換え準備しとけよコラァ!」

これをきいて宴会場がざわついた。出入り口付近にいた姉帯の陣営が震えた。須賀京太郎は肩を落とした。

須賀京太郎が落ち込んでいるのを見てオロチがお菓子を差し出した。丁寧に包装をはいで渡してくれていた。そしてオロチはこういった。

「頑張れ」

須賀京太郎は哀しげにうなずいた。少し龍門渕の親子の気持ちがわかった。そして覚悟を決めると黙って派手な羽織を脱いだ。そしてオロチに渡した。

かわりにお菓子を受け取った。

75: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:01:54.18 ID:ejgcjtDQ0
 十四代目葛葉ライドウの提案から五分後大幹部二代目葛葉狂死と須賀京太郎が立ち会っていた、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウの他愛ない提案から数秒後であった。宴会場が一気に様変わりした。宴会場に踏み込んできた十四代目葛葉ライドウが両手を叩いてこういった。

「一騎打ちの準備をしろ!」

すると宴会場のど真ん中に大きな土俵が現れた。しっかりと固められた土俵で宴会場のど真ん中に現れていた。

広い宴会場なので問題はないが、異様な光景だった。この土俵なのだが四方を悪魔が守っていた。金剛力士像のような悪魔で、目を見開いて土俵を睨んでいる。

そうしてこの土俵に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が登った。二代目葛葉狂死も須賀京太郎もまったく口を開かなかった。相手の姿を視界に入れることもしない。

冗談のような始まりだったのに、二人とも真剣になっていた。そんな二人を見て周囲の関係者は冷や汗をかいた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎が放つ空気がおぞましかった。そして会場を冷やした二人は相撲が始まる超至近距離の位置に立った。

相手の目に映る自分が見える位置、しかし二人の退魔士は構えなかった。軽く足の位置を調整するだけで、ほとんど仁王立ちの状態だった。これでよかった。

葛葉流は大げさに構える流派でない。自身のマグネタイト操作にこそ神髄があるのだ。

 土俵の上で二代目葛葉狂死と出会った時須賀京太郎は全身全霊で戦うことを決意していた、この時の須賀京太郎の考えについて書いていく。

土俵の上で初めてまっすぐに相手を見た二代目葛葉狂死と須賀京太郎である。遠目で見るとやる気のない退魔士に見えた。

というのが二代目葛葉狂死も須賀京太郎も自然体で立っているだけである。戦う気持ちで満ちているのなら拳を握り眉間にしわを寄せて構えるべきだ。

しかしそうしない。武術の心得がない幹部などは、

「お互いにやる気が削がれている」

などと考える者もいた。なぜなら須賀京太郎が圧倒的に肉体で勝利している。高身長で筋肉がしっかりとついている。

拳の傷を見ても只者ではないと思わせる迫力が須賀京太郎にある。しかも若い。一方で二代目葛葉狂死は百七十センチほどの身長でほっそりとしている。

仙人のような風貌で全く戦えるようには見えない。年齢の割には活力があるが、それだけに見える。眼光もやさしい。

普通にぶつかり合えば間違いなく須賀京太郎が勝つとしか思えない。だから、

「自然体なのだ」

と考えた。しかし須賀京太郎、自然体を装っているが真剣そのものである。余裕はない。目の前の老人が達人と見破っているのだ。立ち姿呼吸足運び。

すべてが須賀京太郎の上にあると確信できた。真剣になる以外に道はなかった。しかし真剣さの中に喜びもあった。

目の前の存在が格上であるという確信は、そのままチャンスに見えた。目の前に立つ格上の存在が持つ技術は見ているだけでも勉強になるのだ。

真面目に修行を積み重ねてきた須賀京太郎からすれば、最高の教材との出会いは喜びの念しか湧かない。

ただ、喜びの念が湧きあがってきてもできるだけポーカーフェイスを保った。失礼だと思ったのだ。真面目であった。

 土俵に上がった須賀京太郎が真剣になっているとき二代目葛葉狂死は微笑んでいた、この時の二代目葛葉狂死について書いていく。

それは土俵に上がって一秒後のこと。二代目葛葉狂死はほほ笑んでいた。長く白い髭の下にある口元が緩んでいる。

それもそのはず、十四代目葛葉ライドウの見立てが正しいと確信できた。二代目葛葉狂死もまた至近距離で相手を観察することで納得していた。

肉体の完成度から修行をまじめにつんだと見抜き、二代目葛葉狂死の前に立っても心が折れない精神力をほめていた。しかし手を抜くつもりはなかった。

むしろより全力を出さねばならないと心を決めた。目の前の少年が全身全霊でぶつかり学ぼうとしていているのだから、自分はそれに応える義務があると考えた。

二代目葛葉狂死は須賀京太郎よりも一段上の存在だけれども、対等の相手だと認めているのだ。だから、全く手を抜く気がなくなっていた。

それこそ力試しの領域を越えて真剣勝負である。問題のある発想であるが、二代目葛葉狂死も須賀京太郎も全くブレーキを踏まなかった。

そして二人はにらみ合った。憎しみも怒りもない。ヤタガラスも魔人もない。ただ、戦うためである。

76: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:06:24.50 ID:ejgcjtDQ0
 土俵の上で二人の退魔士がにらみ合っているとき、宴会場にいた者たちが震えていた、この時の宴会場について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が立場を忘れて真剣勝負の空気を放った時のことである。宴会場に奇妙な風が吹いた。

非常に熱い空気なのだが、一方で寒いのだ。分かりやすく空気が分かれてくれていればいいのだが、一つの空気の中に熱さと寒さが混じって吹く。

奇妙だった。ただ、風に触れた者たちは同じような状態になった。悪寒が背中を這いずり回り、首を撫でて締め上げた。

力の足りない未熟者は呼吸が難しくなり、脂汗を浮かせた。もともとヤタガラスの幹部という魑魅魍魎どもが集まる宴会場だったが、今は死地の空気である。

百戦錬磨の幹部たちでさえ萎縮させる嫌な空気の出所は言うまでもなく結界の向こう側の土俵である。結界をはっているにも関わらず届く殺意は立ち会う二名の力量を証明してくれていた。

嫌な風が宴会場を満たしてすぐに、幹部たちのほとんどは充分だと思った。戦わなくても良いと思った。須賀京太郎の力は充分認められた。

しかし戦いは止まる気配がなかった。微笑する二代目葛葉狂死。爛々と輝く赤い目の須賀京太郎。二人とも戦いを心の底から求めていた。


 大幹部二代目葛葉狂死と須賀京太郎が土俵の上でにらみ合っているとき、大幹部の老婆と熊倉トシが会話をしていた、この時の二人について書いていく。

それは土俵に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が土俵に向かっている時のことである。老婆の大幹部が熊倉トシに話しかけていた。

きれいな着物を着て、つばの広い帽子をかぶった老婆だった。年齢は七十歳あたりに見えた。一挙一動即が堂々としてしかも上品さも備えていた。

この老婆の名前は壬生彩女(みぶあやめ)。十四代目葛葉ライドウ、二代目葛葉狂死と比べると遥かに良心的で世話好きの大幹部である。

この熊倉トシに話しかけた時、壬生彩女は砕けた口調でこう言っていた。

「トシ、須賀京太郎とやらは大丈夫なのかい? 狂死の小僧は本気で潰すつもりだぞ。もしもやばそうならすぐにやめさせるが」

すると熊倉トシは緊張しながら答えた。

「大丈夫だと思います……」

これに壬生彩女が怒りながらこういった。

「狂死の小僧はやると言ったらやるぞ? 若い奴を無駄死にさせる必要はない。はっきりと答えな。大丈夫なら大丈夫。わからないのならわからないと」

そうして叱られていると土俵から嫌な風が吹いてきた。上級悪魔の結界を通り抜けて、肌を粟立たせる風が吹いた。

すると嫌な風を受けると今まで会話をしていた熊倉トシと壬生彩女もピタリと動きを止めた。しかしすぐに気合を入れて土俵に視線を向けた。

するとそこには、二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合っている。どう見てもお互いが相手の命を狙っていた。

「力試しだから」

とか

「手を抜く」

と言う配慮がお互いに消えている。にらみ合う二人を見て熊倉トシと壬生彩女は最悪の結末を予感した。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合って五秒後十四代目葛葉ライドウが力試しの開始を宣言した、この時の須賀京太郎について書いていく。

それはにらみ合いが始まって二秒後のこと。須賀京太郎のマグネタイトと魔力が肉体を崩壊させるほどに高まった。

目の前に立つ二代目葛葉狂死が圧倒的格上でしかも真剣で来ると悟ったことで命が昂った。しかし一秒後、おかしなことが起き始めた。

激しく昂っているエネルギーが全く外に出なくなった。人間でも悪魔でも無自覚に余分なエネルギーを垂れ流しているのだが、それさえなくなっていた。

今の須賀京太郎は一滴のエネルギーも外に出さず、見た目には普通の人間以下の状態になっていた。そしてにらみ会いがはじまって四秒後のこと、須賀京太郎の鼻から血が流れ出してきた。

毛細血管が圧力に耐え切れずに破裂したのだ。しかし土俵を汚すことはない。流れ出した血液は土俵に落ちる前に蒸発した。

血液が蒸発すると同時に芳醇な酒の香りが土俵の上に広がった。

77: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:12:24.44 ID:ejgcjtDQ0
そして睨み合って五秒後十四代目葛葉ライドウが

「始め!」

と号令を出した。号令が届くと同時に土俵が爆散し土煙が舞い上がった。ほぼ同時に土俵を守っていた金剛力士たちが膝をついて息絶えた。

しかし結界は残っていた。保たせているのは金剛力士ではない。ハギヨシとベンケイである。黙って見守っていた二人が結界を維持していた。

二人とも少しだけ焦っていた。結界から伝わる衝撃で両腕がしびれていた。想像以上に余波が強かった。

そうして十四代目葛葉ライドウの弟子たちが結界を保っていると土煙で満たされた結界の内部から声が聞こえてきた。二代目葛葉狂死の声だった。

「終わったぞ……須賀京太郎を『上の位』に認めよう。序列は最下位の六位だ。龍門渕よしっかりと記しておけ、十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死が認めたと。

 壬生の姉さんも問題ないだろう?」

 十四代目葛葉ライドウの号令と二代目葛葉狂死の終了宣言の間に二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いがあった、この時に行われた戦いについて書いていく。

始まりは十四代目葛葉ライドウの号令だった。号令とほぼ同時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が同時に動き出した。

須賀京太郎は右正拳突き。二代目葛葉狂死は足場を踏み抜いて破壊した。この時わずかに上回ったのが二代目葛葉狂死であった。

というのが須賀京太郎の右正拳突きには予備動作があったが、二代目葛葉狂死にはない。仁王立ちしたままの状態で体の芯を利用して足場を踏み抜いていた。

つまり

「始め」

と号令がかかる前に攻撃準備が完了していたのである。

西部劇ならば、須賀京太郎は銃から手を離した状態で待ち構え、二代目葛葉狂死は手をかけた状態で待っていたのである。

卑怯ではない。須賀京太郎も出来たが思いつかなかっただけである。すると瞬く間に土俵が崩れ塵に変わった。

踏み抜かれた地点からエネルギーが伝わり、これ以上ないほど分解されていた。

土俵が塵に変わりゆく時、ようやく二代目葛葉狂死の右のほほを右正拳突きが掠めた。足場が崩れていなければ確実に顔面を貫いていただろう。

なぜなら須賀京太郎の右正拳突きの威力スピード共にすさまじかった。

直撃していない結界を震わせてひびを入れ、結界をはっている悪魔たちに衝撃を伝えている。

そうして一発目のやり取りが終わってすぐ、二代目葛葉狂死がけりを放ってきた。左足で思い切り蹴り上げていた。

足場が粉砕している状態であるが問題なかった。マグネタイトの放出と固定、葛葉流の基本技術を使って自分の肉体を支えていた。

天江衣は触手を作って遊んでいたがマグネタイト操作の技術を極めれば翼をもたない人間でも空を飛ぶことが出来るのだ。

自分の肉体を固定するくらい容易いことだった。そして不安定な姿勢で肉体を固定した二代目葛葉狂死は須賀京太郎の右脇腹を蹴り上げにかかった。

タイミングは完璧だった。しかし掠めるだけだった。須賀京太郎の右わき腹の装甲をそぐだけで終わりである。

というのが右正拳突きを躱された須賀京太郎が次の一手に移っていた。右正拳突きが外れたと察してすぐ、正拳突きの勢いに任せて体を左に回転させ、コマのように左裏拳を打ち込みにいった。

足場が崩れていること、勢いを利用した反撃が功を奏し二代目葛葉狂死のけりを回避させた。

ただ、不安定な状況からの裏拳であるからあっさりと二代目葛葉狂死に防がれた。威力をうまく散らせる良い受けだった。

だが受け流された衝撃が結界に走り、結界を張る悪魔たちを破壊した。そして結界が完全に崩壊し二代目葛葉狂死と須賀京太郎は砂の山の上に落下した。

結界が壊れていると気付いていたが、二代目葛葉狂死と須賀京太郎は戦闘続行を望んだ。着地した体勢で二人はにらみ合っていた。

しかし二人は打ち合わなかった。結界の向こうにいる姉帯豊音の死にそうな顔を見たからである。それを見て二人は冷静になった。

情熱的だが冷静な二人だった。
 
 十四代目葛葉ライドウの「始め」の合図から五分後龍門渕透華に須賀京太郎が叱られていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは立ち会いから五分後のことである。宴会場が元の姿に戻っていた。畳張りになり、土煙もおさまっている。

力試しを終えた二代目葛葉狂死と須賀京太郎は宴会場のど真ん中から、もともとの席へ戻っている。二人は特に言葉を交わさなかった。

軽く目礼をしてそれきりだった。しかしお互いに悪感情はなかった。

78: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:16:18.98 ID:ejgcjtDQ0

さてそうして上座と下座に移動する二代目葛葉狂死と須賀京太郎だったが、戻ってからが面倒だった。

力試しという名目で本気で殺し合いをしたのがバレバレだった。二代目葛葉狂死にも須賀京太郎にも説教の時間が待っていた。

しかし二代目葛葉狂死は幸運だった。二代目葛葉狂死よりも目上の存在はヤタガラスのトップと十四代目葛葉ライドウそして壬生彩女しかいない。

そのため壬生彩女の小言に付き合うだけで済む。しかも十四代目が一緒に説教を受けるのだから二分の一で済む。一方で須賀京太郎は運が悪かった。

姉帯の席に戻ると龍門渕透華が待ち構えていたのだ。しかも不思議なことだが三つ編みのオロチが龍門渕透華に味方している。

よく観察するとわかるがお茶菓子がオロチの手の上にあった。高級な和菓子だった。コンビニで買えるお菓子ではない。どうやら買収されたらしかった。

そうして姉帯の席に戻ったところで龍門渕透華と三つ編みのオロチの説教が始まった。単純に説教は二倍である。しかしオロチの説教は楽だった。

三つ編みのオロチの説教とは

「現世は危ないから葦原の中つ国へ移住しろ」

とか

「今日の護衛が終わったらお菓子をまた買ってほしい。

 それとジュースって何? 飲んだことない」

程度のもので大したことがない。ただ、龍門渕透華は若干あたりが強く受け流すのが辛かった。しかしそれも、長くならなかった。

お茶会という名の会議が始まるからである。この時、十四代目葛葉ライドウも二代目葛葉狂死も須賀京太郎も帰りたくなっていた。

もともとやる気がないうえに、一仕事終えた気分である。会議なんぞ放り出したかった。


 二代目葛葉狂死と須賀京太郎の力試しが終わって五時間後須賀京太郎が死にそうな顔でため息を吐いていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それはお茶会というの名の会議が終わった時の話である。姉帯の護衛をしていた須賀京太郎が死にそうな顔で溜息を吐いた。

この時須賀京太郎の溜息をきいたのは姉帯豊音熊倉トシそしてオロチだけだった。宴会場には姉帯の陣営しか残っていないのだ。

ほかの幹部と護衛たちは会議が終わるとそれぞれ去っていった。チラチラと須賀京太郎を見る者もいたが話しかけてくる者はほとんどいなかった。

「上の位」に認められた退魔士にケンカを売るのは得策ではないと知っているからだ。魔人であるから余計に気を使われていた。

チラチラと視線を受ける須賀京太郎だがほとんど無視していた。長時間興味のない会議を聞いていたのだ。精神的に参っていた。

須賀京太郎の膝の上にはナメクジのようにとろけているオロチがいるが、責めなかった。須賀京太郎もとろけたかった。

お茶会をハギヨシが嫌がった理由に納得がいった。流石につらすぎた。ちなみにハギヨシだが、拉致されていた。

お茶会が終了すると同時に十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死そして壬生彩女に囲まれ、ベンケイともう一人の男性に引っ張られていったのだ。

ベンケイと一緒に現れた男性は、身長体格がハギヨシと同じくらい。二十代後半あたりに見えた。服装は特にいう事のないスーツ姿だが、悪魔的な美形であった。

十四代目葛葉ライドウとハギヨシとベンケイもかなり美形だがそれを上回っていた。少し不思議なのはこの美形の男性、右腕が義手だった。

しかも普通の義手ではなく須賀京太郎のバトルスーツと同じく魔鋼でできた義手だった。しかもかなりの使い手らしく、もがくハギヨシを軽くいなしていた。

ハギヨシと一緒に会場入りしていた女性も一緒に姿を消している。しかし嫌がっているそぶりは見せなかった。これから葛葉一族の会議が始まると知っているからだ。ヤタガラスとは別口である。

 ヤタガラスの会議が終了して三十分後須賀京太郎たちはレストランで食事をしていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

お昼の時間をかなり過ぎたころである。須賀京太郎たちはファミリーレストランに入っていた。

というのが須賀京太郎も姉帯豊音も熊倉トシもお腹がすいてしょうがなかった。ヤタガラスのお茶会は基本的に長時間であるから、料理もでる。

しかし上品な料理しか出てこない。しかも会議の性質上楽しく食べられる空気ではない。

79: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:20:23.65 ID:ejgcjtDQ0
そんな状況で昼ご飯を食べたとしても腹が膨れるわけもなく、会議が終わるとすぐに熊倉トシが

「ファミレスで食べなおそう」

と提案したのだった。これに須賀京太郎たちがうなずいた。楽しい時間がほしかった。

そうしてヤタガラスの運転手にお願いをして、信用できるレストランへ送り届けてもらった。

レストランのオーナーがヤタガラスの構成員で従業員が仲魔なのだ。人件費が削減できるので割とよくあるパターンであった。

そうして須賀京太郎たちはファミリーレストランの席に座ったのだが、食事をするにあたって少しもめた。

須賀京太郎と熊倉トシは料理をすぐに決められたのだが、姉帯豊音とオロチがなかなか決められなかったのだ。人間の食べ物に興味を持っているオロチが

「あれも食べたいし、これも食べたいし」

と悩み始めたのである。これを見て須賀京太郎は

「好きなものを頼めば良い。金はあるから心配すんな」

といってオロチの反感を買っていた。というのがオロチはこういうのだ。

「味覚を楽しみたいの! いっぱい食べたいわけじゃない!」

これを聞いて姉帯豊音がうなずいた。よく理解できたからだ。そして姉帯豊音はこういった。

「なら、私が頼む料理と一口交換してみたりする?」

するとオロチが目を輝かせた。料理を一口交換するという発想は新感覚だった。姉帯豊音とオロチが楽しそうにしているのを見て須賀京太郎がげんなりした。

熊倉トシも同じである。料理の注文がいつになっても終わらないからである。

ただげんなりしていた須賀京太郎も姉帯豊音に付き合ってオロチに料理を分けていた。料理は非常においしかった。

食べ終わる頃には晩御飯の時間が迫っていた。そうして特に問題もなくインターハイの一日目が終了した。


 
 インターハイの六日目に須賀京太郎がオロチを伴って会場で護衛をしていた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはインターハイ本戦が始まって六日目。特にこれといった問題もなく大会日程は消化された。世間もいたって平和である。

ワイドショーを見てみるとわかるが、芸能人の不倫劇だとか、近隣トラブルで困っている主婦の話を流しているだけだった。

時々世界の金融市場が騒がしいとか日本から遠く離れた紛争地帯で小型核兵器が運用されるようになったという話がちらりと出ていたが、世間は気にしなかった。

そんな平和な昼のこと。須賀京太郎とオロチがインターハイの会場にいた。

龍門渕が用意してくれた装備を身に着けて羽織を着ていつものスタイルの須賀京太郎。そしてワンピースを着てブーツを履いて三つ編みを作っているオロチである。

インターハイの会場に二人が顔を出しているのは護衛のためである。宮守女子高校の試合があり、姉帯豊音が出場するのだ。

守りに行くのが仕事である、当然ついていった。そして今まさに姉帯豊音が戦っていた。一生懸命戦っていた。しかしなかなか厳しそうだった。

そんな姉帯豊音を須賀京太郎とオロチが通路から見守っていた。ヤタガラスの警備員にお願いをして入り込ませてもらっていた。

この時の須賀京太郎は非常に困っていた。というのが試合の相手に清澄高校がいたからである。

両方の選手たちが頑張っているのを知っているので、応援が難しかった。この時ワンピースと三つ編みのオロチは特に悩みはない。

アイスクリームを食べながら宮守女子高校の面々を応援していた。

 インターハイ六日目の夕方須賀京太郎と姉帯豊音が二人で散歩をしていた、この時の二人について書いていく。

それは太陽が沈み始め本来ならば人の流れが緩やかになる時間帯。

夏であるから太陽が沈む時間は遅い。しかも東京である。これからが本番だといわんばかりに沢山の人が動き回っていた。

そんな暑苦しいコンクリートジャングルを須賀京太郎と姉帯豊音が二人きりで散歩をしていた。姉帯豊音が須賀京太郎にこう言ったのが始まりである。

「ちょっと散歩したいな。一緒に来てくれる?」

既にインターハイ六日目である。須賀京太郎に話しかける姉帯豊音は親しげである。

80: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:24:42.32 ID:ejgcjtDQ0
また、答える須賀京太郎も角が随分取れていた。友人に応えるような調子で須賀京太郎は答えていた。

「もちろんです。一人にはさせませんよ」

そうしてヤタガラスのホテルから須賀京太郎と姉帯豊音は出ていった。

「オロチも一緒に来るか?」

と須賀京太郎はオロチを連れて行こうとした。しかしオロチが遠慮した。オロチがこう言うのだ。

「すまない京太郎。寂しいだろうが豊音と二人で行ってくれ。

 これから、宮守の娘たちを慰めてやらねば……な?

 今日の護衛代を娘たちに振舞ってやるのだ。気丈にふるまっているがへこんでいる。私にはわかる」

などとお姉さんぶっていたので置いてきた。須賀京太郎と姉帯豊音が二人きりになるのを宮守女子高校の面々は特に問題としなかった。

戦力も問題なく性格も問題ないと納得していた。一週間近く一緒にいるのだ。理解できていた。

そうして暑い夕方の東京を須賀京太郎と姉帯豊音が歩き出した。行先は決まっていなかった。フラフラと歩くだけだった。

ふらふら歩く二人はかなり人の目を引いた。女性にしては身長が高い姉帯豊音と奇抜な格好をしている須賀京太郎である。嫌でも注目された。

しかし誰も茶化さなかった。目の下にクマがある須賀京太郎の圧力が桁外れだった。ただそこにいるだけでも普通の人間には恐ろしかった。

 夕方の東京を散歩しながら須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしていた、この時の会話について書いていく。それは歩き出して十分後のことである。

特に目的地もなくフラフラと歩いている二人は雑談を始めた。話を始めたのは須賀京太郎からだった。

「夕方の日差しはきついっすね。バトルスーツで目玉焼き出来そうっすよ」

すると須賀京太郎の隣を歩いていた姉帯豊音がこう言った。

「だねー、ちょっと触っていい?」

須賀京太郎がうなずいた。すると姉帯豊音が須賀京太郎の肩に触れた。羽織を着ているが黒基調のバトルスーツである。熱くなりやすいのは本当だった。

そうして須賀京太郎の肩に触れた姉帯豊音はこういった。

「うわぁ、思ってたより熱い」

すると須賀京太郎はこういうのだ。

「でしょう? 良い魔鋼で作ってもらったんですけど、なんか俺のマグネタイトの影響で熱くなりやすいみたいで。
 
 あっでも、すげぇ勢いで浄化するようになったんっすよ。高濃度のアルコールで消毒するみたいだってハギヨシさんが言ってました。

無差別に浄化するから普段は封印してるんですよ」

そうして雑談をしながら須賀京太郎と姉帯豊音は三十分ほど散歩をした。三十分で切り上げたのは姉帯豊音に電話がかかってきたからだ。熊倉トシからである。内容は大したものではない。

「水着を買いに行くがどうする?」

というものだった。これを聞いて姉帯豊音が困った。須賀京太郎も同じく困った。唐突過ぎた。

 熊倉トシのよくわからない提案に対して姉帯豊音が質問をしていた、この時の姉帯豊音について書いていく。それは熊倉トシがおかしなことを言い始めてすぐだった。姉帯豊音が質問をした。

「急にどうしたの先生? 私たち遊びに来たわけじゃないよ?」

思ったよりも冷たい口調だった。散歩を楽しんでいたところで急に水着の話をぶち込んできたのだ。機嫌も悪くなる。

そんな姉帯豊音に熊倉トシが説明をくれた。説明は非常に簡単だった。

「昼間に戦った永水(えいすい)女子高校の麻雀部からお誘いだ。

 団体戦で敗北した者同士で海で遊び、個人戦に向けてリフレッシュしようって話だ。

 いいチャンスだと思ってね、受けさせてもらった。ほかの子たちも喜んでいるから、いいだろう?

 海水浴は明日。水着なんて持ってきていないだろう? だから今から行くかという話になったわけだ」


81: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:29:35.45 ID:ejgcjtDQ0
すると姉帯豊音は少し難しい顔をした。そして須賀京太郎をちらりと見た。

海水浴でリフレッシュするのはいいとして、永水女子高校からの誘いがまずかった。なぜなら永水の部員たちは全員がヤタガラスの構成員。

そして姉帯豊音と同じく幹部の娘がいる。最悪なのが、可愛らしい少女の集まりだということ。このタイミングでの誘いはどうにも怪しかった。

当然、須賀京太郎の力を認めて引き抜きに来たと考えた。しかし、姉帯豊音はうなずいた。自分の友人たちのリフレッシュを優先したのである。

姉帯豊音のためにいろいろと頑張ってくれる友人たちであるから、報いたかった。そうして姉帯豊音がうなずくと

「だからさっさと戻ってこい」

と熊倉トシは話を締めて電話を切った。電話を切った後姉帯豊音は須賀京太郎をじっと見つめた。少し不安の色があった。

美しい少女たちに須賀京太郎が奪われる気がした。姉帯豊音のものではないのだから、奪うも何もない。

しかし、お互いなかなか相性がいいのもあって、所有欲が生まれていた。奇妙な関係だからこそ余計に所有欲は強かった。

この時、見つめられた須賀京太郎は少し動揺した。女子高校生の海水浴と聞いて心を乱したのを見抜かれたと思った。

魔人と罵られる須賀京太郎だが、変 扱いは勘弁してほしかった。

 熊倉トシとの通話が終わった後須賀京太郎と姉帯豊音が会話をしていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは熊倉トシとの通話が終わって約十秒後のことだった。少し不安げな姉帯豊音が須賀京太郎にこんなことを言った。

「海水浴だって、楽しみだね。 オロチちゃんに水着買ってあげないと」

内心猜疑心でいっぱいになっている姉帯豊音だったが、かなり頑張って感情を隠していた。非常にうまい演技で須賀京太郎をだましきっている。

流石に十四代目葛葉ライドウの曾孫である。そんな姉帯豊音に須賀京太郎はこういった。

「東京には任務で何度か来たことがありますけど、海は初めてっすね……この時期は人がやばいっすよね、護衛が難しいっす」

目の下にクマを作っている須賀京太郎は少し苛立っていた。人込みに入られると非常に面倒くさいからだ。

そしてもう一つの問題、目のやり場に困る状況が生まれることを嫌がっていた。セクハラにならないように気をつけるという話である。

須賀京太郎は龍門渕のヤタガラスなのだ。下手な行動は龍門渕の評判を落とすことになる。まじめだった。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこう言っていた。

「心配しなくても大丈夫だと思うよ。

 永水には神代さんの娘さんがいるから、異界のプライベートビーチを開くつもりじゃないかな。異界の贅沢な使い方だよね」

すると須賀京太郎は少しだけほっとした。人込みがなければ守りやすいからだ。しかも異界にプライベートビーチがあるのなら、最高だ。

姉帯豊音を守るのが任務だが、宮守女子高校の面々もできる限り守りたいと思っているので喜ばしかった。そうして須賀京太郎はこういった。

「まじですか、異界にプライベートビーチ……セレブっすね。

 なら俺は少し暇になりますね。オロチに任せておけばいいわけでしょ? 分身を三つか四つ出してもらったらまぁ、大丈夫でしょう。

姉帯さんには『まっしゅろしゅろすけ』があるわけだし」

つまり

「海水浴中は離れていてもいいか?」

と言う内容である。本当なら、出来るだけ一緒にいたほうがいい。須賀京太郎もわかっている。

わかっているがプライベートビーチで遊ぶだろう女子高校生の群れはきつい。無理がある。

セクハラをしないように頑張っている須賀京太郎であるが、セクハラ扱いされるかもしれない。脳裏にあるのは痴漢冤罪である。護衛の疲労もある。

ふとした瞬間にしくじる可能性も高い。

82: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:34:14.44 ID:ejgcjtDQ0

そうなって須賀京太郎は視線を感じ取られない距離、十メートルか十五メートルほど離れることを計画していた。オロチが手伝ってくれるだろう。

大丈夫だと思った。そんな須賀京太郎の目を見て姉帯豊音がこう言った。

「えっ? 須賀君も一緒に決まってるよー。ボッチにしないよ?」

一緒にいてもらうと言う姉帯豊音は本気だった。須賀京太郎のたくらみをあっさり見抜いていた。意地悪のためではない。

本心から一緒に遊べばいいと思っていた。そんな姉帯豊音を須賀京太郎は見つめ返した。そしてこういった。

「嘘でしょ? 女子高校生ばっかりのところに俺一人っすか? 宮守の人たちにも気を使ってんのに、これ以上はちょっときついっていうか……熊倉先生もいるんでしょう? ちょっと離れたところで見てますからそれでいいでしょ?」

須賀京太郎の口調、そして目が本気で嫌がっていた。それをみて姉帯豊音が小さく笑った。嫌がっている須賀京太郎が面白かった。姉帯豊音はこういった。

「一人にさせないんでしょ? 一緒にいて欲しいな。しっかり護衛してもらわないとダメだよー」

すると須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。姉帯豊音の目が本気だったからだ。須賀京太郎はあきらめた。

須賀京太郎があきらめると、姉帯豊音が楽しそうに笑った。眉間にしわを寄せているよりも、今のような素の須賀京太郎がよかった。

ただ、姉帯豊音が笑っている間に、須賀京太郎の目が死んでいった。人畜無害なオーラを放っているが十四代目葛葉ライドウの曾孫なのだと納得していた。


 熊倉トシの電話から約三十分後宮守女子高校の面々は服屋に到着していた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが散歩から戻って少し後のこと。宮守女子高校の面々はショップに到着していた。いわゆる

「女性向けのショップ」

といった趣のお店で、少しさみしい路地にあった。特に目印になるものはなく、少し離れたところに自動販売機と喫煙所があるだけだった。

宮守女子高校がたどり着いたショップに男性が入るのは厳しいだろう。なぜなら店全体から男性お断りの空気が放たれていた。

実際タクシーから降りてきた須賀京太郎もこの空気に押されていた。

宮守女子高校の面々と熊倉トシは平気で中に入っていったが、須賀京太郎は眉間にしわを寄せて一歩踏み出せないでいた。入ろうとした瞬間に職務質問されそうだった。

そうして困っているとワンピースと三つ編みのオロチが須賀京太郎の手を取った。そしてこういった。

「何をしてる? ぼさっとしてないでさっさと入るぞ」

自分を見上げているオロチに須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「過去最高レベルでオロチに感謝してる。サンキュー」

するとワンピースのオロチが鼻息を荒くした。そしてこういった。

「んっふふ! 京太郎もわかってきたようだな。いいぞ、その調子で私のことをあがめ奉れ!」

そして須賀京太郎をショップの中にオロチが引っ張っていった。職務質問は免れたのだった。そうしてショップの中に入ってすぐ須賀京太郎は目を細めた。

眉間にしわがより鼻を鳴らした。男子高校生が入り込むには厳しい空間だった。どこに視線をやってもセクハラになりそうだった。

ただ須賀京太郎の手をオロチがずっと握ってくれていた。非常に助かった。オロチに借りができたと本気で思っていた。

ショップ店員さんの目が怖かったのだ。完全に被害妄想であるが、造魔の店員さんの目が

「失せろ」

と語っているように思えた。しょうがない。バトルスーツを着た上に羽織を合わせている筋骨隆々の男子高校生が女性向けショップに入るのは地獄である。

不調和極まっていた。

83: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:38:11.57 ID:ejgcjtDQ0
 水着を選び始めて五分ほどしたところで須賀京太郎に姉帯豊音が話しかけた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音のについて書いていく。

それはオロチに引っ張られて須賀京太郎がショップの中を歩き回っている時のことである。姉帯豊音につかまった。

オロチに引っ張られている須賀京太郎を見つけると姉帯豊音が駆け寄ってきたのだ。ものすごい良い顔で笑っていた。

それを見て須賀京太郎は少し嫌な顔をした。姉帯豊音が両手に水着を持っていたからである。右手に水着一セット。左手に別の水着を一セットである。

これを見てすぐに覚ったのだ。須賀京太郎はこう考えた。

「両方買えばいいじゃないって答えるのがベスト? いやたしか答えは既に決まっていて、うまく答えないとダメだってテレビでやってたな」

目の下にクマのある須賀京太郎であるが頭は回っていた。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこういった。

「どっちがオロチちゃんに似合うかな?」

姉帯豊音の質問に一瞬須賀京太郎がためらった。想定していた質問と違っていたからだ。姉帯豊音の水着を選んでいると思っていたのだ。

オロチの水着を選んでいるとは思わなかった。そして頭を働かせて須賀京太郎はこういった。

「オロチはどっちがいい? 着るのはオロチなんだから、選んでいいぞ?」

これが答えだろうと自信満々の須賀京太郎だった。しかし姉帯豊音は苦笑いを浮かべた。不正解だからだ。すぐに須賀京太郎も理解した。

須賀京太郎の手を握っていたオロチがこう言ったのだ。

「私は裸でいいぞ? 見られて困る肉体ではないからな」

須賀京太郎は唸った。姉帯豊音が小さな声で笑っていた。長い髪の毛を三つ編みにしたのも、ワンピースを着せたのもブーツをはかせたのも姉帯豊音である。

こうなるとわかっていた。そしてもう一度姉帯豊音が質問をした。

「どっちが似合う?」

すると須賀京太郎はようやく姉帯豊音の持ってきた二つの水着と向き合うことになった。しかしここでものすごく困った。

どちらも同じような水着だったからだ。いわゆるワンピース型の水着で違いがあるとしたら色と柄が違うだけだった。

右手に持っている水着は花がイメージの水着で若干対象年齢が上。左手に持っている水着はポップなイメージで若干対象年齢が下だった。

モチーフの違いがあるのはわかるが、須賀京太郎には同じものに見えた。いよいよ悩んで須賀京太郎はこういった。

「右ですかねぇ?」

すると姉帯豊音はこういった。

「須賀君は美人系が好きなんだ? 

 なら須賀君が選んだ方をオロチちゃんにプレゼントするね」

非常に優しい笑顔を浮かべて姉帯豊音はオロチを見つめていた。オロチは少し跳ねていた。興奮していた。

 オロチの水着が決まって十分後十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎の前に姿を現した、この時のショップの状況について書いていく。

それは姉帯豊音がオロチにプレゼントを決めてからのことである。ショップの中では姉帯豊音を含む宮守女子高校の面々が水着をまだ選んでいた。

須賀京太郎の見立てでは十分あれば終わる買い物のはずだったが、全く終わらなかった。

ショップ自体が広いわけではないので、軽く見て回るのに五分もかからない。水着だけ見るというのなら三分で終わる。

ただ終わらなかったのだ。全く終わらない。何が起きているのかさっぱりわからないが決まらなかった。

そうなってやることがない須賀京太郎とオロチのはずだが、暇そうにしているのは須賀京太郎だけだった。

宮守女子高校の買い物に熊倉トシとオロチも加わっているからだ。買うのではない。あれにするかこれにするかといって悩むところに加わって遊んでいた。

そうなって独りぼっちになった須賀京太郎は一人で椅子に座って待っていた。ショップの店長が椅子を貸してくれたのだ。

店長は二十代前半の女性で非常に地味な女性だった。服装も少し汚れたTシャツにジーパンだった。ただこの女性店長を見て須賀京太郎は納得していた。

というのがいわゆるファッションデザイナーで有名な人というのは普段着が地味だと知っていた。

84: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:42:57.53 ID:ejgcjtDQ0

そんなところで、十四代目葛葉ライドウが黒猫を肩に乗せて現れたのだった。

夏なのにロングコートにスーツ。コートの下には特殊なホルスターをつけて退魔刀・陰陽葛葉と拳銃と金属の管を忍ばせていた。

この老人が登場するとショップの空気が一気に冷えた。ショップには宮守女子高校の面々以外にもお客さんがいたのだが顔が引きつっていた。

しかしこれは十四代目葛葉ライドウが悪いのではない。たまたまショップの中にサマナー関係者が多かったのが悪かった。

帝都を仕切っている「上の位」序列第一位・大幹部にして上級退魔士の十四代目葛葉ライドウが不意打ち気味に現れたのだ。

精神的にも肉体的にも構成員たちにはつらかった。

 十四代目葛葉ライドウが姿を現して数分後十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎が楽しく会話をしていた、この時の二人の会話について書いていく。

それは普通の退魔士とサマナーからすると上司にあたる十四代目がふらりと姿を現して四分後のことである。

ショップの隅っこで十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎が椅子に座ってお茶を楽しんでいた。

女性向けのかわいらしい椅子が二つ用意されていて、ファンシーなテーブルの上にかわいらしいカップが二つ用意されていた。

このセット似合うのは、ジャージ三人組だろう。見た目だけなら非常にかわいらしい三人組であるから、きっとセットも生きてくる。

少なくとも、服の下に怪しい武器を忍ばせている老人と、筋骨隆々で灰色の髪の毛の少年よりはましである。

二人のために用意されたお茶はショップの店長が好意で用意してくれたものである。

この時十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎がそれぞれお礼を言っていたのだが、店長は小さく悲鳴を上げていた。

葛葉ライドウに引っ付いている黒猫ゴウトは大人しくテーブルの下で寝転んでいた。

そうして楽しいお茶会の準備が整うと十四代目葛葉ライドウが一言目にこう言った。

「まず、『上の位』に昇格おめでとうと言っておくよ。私の二番弟子以来だから十年ぶりくらいになるか、古い退魔士たちは喜んでいたよ。

『最近の若い者はデジタルに偏りすぎて研鑽を忘れている。けしからん』

とね。

 須賀君みたいな退魔士を見つけると機嫌がよくなるんだ。

 それと謝っておくよ。無茶をさせてしまった。頭に血が上って仕舞ってね、申し訳ない」

すると須賀京太郎は焦った。そして上ずった声でこう言った。

「いえいえ! 楽しかったです! 大幹部と手合せできるなんて早々ありませんから」

このように答えると十四代目葛葉ライドウが笑った。そしてこういった。

「いやいや、本当に申し訳なく思っているんだよ? あの後豊音ちゃんから結構本気で怒られたからね。

『二人とも何を考えているのかさっぱりわからない』

って言われてね。曾孫に嫌われるのは心臓に悪い。普段あんまり怒らない子だから、怒ると怖いんだよね。

 なんていうか頭が上がらない感じが伯母さんに似ていてね……まぁ、今のは聞かなかったことにしてほしい。下手に伯母さんの耳に入ると困るんだ。

 この私をいまだに子ども扱いするんだから本当に困ったもんだ。長生きしてくれるのはいいが、年を取るにつれて厄介になる」

須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。そんな時黒猫ゴウトが机の下からこんなことを言った。

「早く本題に入ってやれ。この店の店主が死にそうな顔をしていたぞ? 可哀そうに青ざめていた。我々がプレッシャーを与えてしまった結果だ。

 京太郎がいるだけでも相当のプレッシャーなのにお前まで出てきたのだ。辛くてしょうがないだろう。

 あまり長居はしてやるな。それにまだ仕事が残っている、急げよ」

黒猫ゴウトがせかした。

85: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:46:43.76 ID:ejgcjtDQ0
すると十四代目葛葉ライドウはこういった。

「確かにその通り。

 須賀君、今日ここに顔を出したのは君にこれを返したかったからだ。研究所で分析したはいいがさっぱり結果が出なくてね、返却期限が来たから君に一度かえすよ」

そうしてどこからともなくこぶし大の物体を十四代目葛葉ライドウが取り出した。そして机の上に置いた。

 十四代目葛葉ライドウが奇妙な物体を取り出した後須賀京太郎は非常に困った、この時のショップの状況と須賀京太郎について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが動き出した直後である。須賀京太郎がものすごく困った。というのも十四代目葛葉ライドウが

「返す」

といって取り出したモノに見覚えが一切ない。十四代目葛葉ライドウが取り出したものはこぶし大の球体である。しかもこのこぶし大の球体は奇妙だった。

というのがこぶし大の球体は卵だったのだ。鳥の卵ではない。人の卵のように見えた。それも人間の形をとる前の卵だった。

半透明の殻の向こうに体を丸めた人間の元型が浮いていた。誰がどう見ても印象に残る一品で、記憶にないというのはおかしなことであった。

そのため十四代目葛葉ライドウが間違えていると思った。そして指摘しようとした時だった、ショップの中で働いていた造魔たちの動きが止まった。

今まで人間らしく振舞っていた造魔がぴたりと動きを止めて、造魔らしい無表情に変わった。そして一斉に奇妙な卵に身体を向けた。

軍隊のように全員が同じタイミングで動いていた。異様な光景だったが、須賀京太郎は気づかなかった。

造魔たちの異変よりも十四代目葛葉ライドウに失礼がないように指摘する方法を考えていたからだ。

 ショップ内部の造魔たちが動きを止め須賀京太郎が困っている時十四代目葛葉ライドウが答えをくれた、この時の十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎について書いていく。

それはテーブルの上に置かれた奇妙な卵が置かれて十秒ほどたってからである。十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎のなぞに答えてくれた。

特にバカにすることもなかった。当然こうなるとわかっていた。十四代目葛葉ライドウはこういった。

「これは『ゾウマ』のコアになっていたドリー・カドモン『だった』モノだ。

 造魔という悪魔はドリー・カドモンをコアにして生成される人造悪魔であることは知っていると思う。

本当ならば造魔が力を失い消滅すればドリー・カドモンが残るはずだ。万全の状態でコアが残らないにしても何かしらの残骸がどこかに残る。

 しかし『ゾウマ』の肉体が消滅した後に残ったドリー・カドモンはこの奇妙な卵に変わってしまった。

 君が眠っている間に、仲魔であるアンヘルとソックによって私の手に移り、研究施設で分析を行っていた。

だが、分かったことはドリー・カドモンと成分が同じというだけ。あとはさっぱりわからなかった。

 そして今、返却期限が来て、私の手に戻り君の元へ戻ってきた。

 どうやら、アンヘルとソックからは聞いてなかったみたいだね?」

十四代目葛葉ライドウの説明を聞いた須賀京太郎は何度も小さく肯いていた。驚きと感動が表情に見えた。

数か月前に出会ったゾウマという女性の姿を思い出して、因果を感じたのだ。そして魔人になるきっかけだった戦いを思い出して昂った。

須賀京太郎の表情から悪感情はまったく見えなかった。また、自分に内緒で動いていたアンヘルとソックにも特に思うところがない。

十四代目葛葉ライドウの説明を聞いて納得した須賀京太郎はこう言っていた。

「あぁ、懐かしい。灰色の髪で、俺と同じ目をした人でした。

 背の高い人だったのに……小さくなっちゃいましたね」

そして奇妙な卵を両手で持ち上げてみせた。大切に扱っていた。目の位置まで持ち上げてじっと見つめた。卵の中の人の元型をみて、須賀京太郎の口元が緩んだ。再び出会えた奇縁を喜んだ。


86: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:50:48.66 ID:ejgcjtDQ0

 須賀京太郎が懐かしがっているとショップ店員たちが話しかけてきた、この時の十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎そして黒猫について書いていく。

「二度と会えない人が別の形で戻ってきた」

と、須賀京太郎が奇縁を喜んでいるときだった。ショップ店員の造魔たちが集団で近寄ってきた。

みなそれぞれいかにもショップ店員ですと言った風貌だったが、表情がほぼゼロだった。

表情の動きがゼロになっているところをみるとやはり造魔だなという気がしてくる。

もともと異様に整ったルックスと肉体を持って生まれてくるのが造魔である。

人間らしさを醸し出すための演技がなければやはり生きたマネキンどまりの存在であった。そんな生きている人形たちが二人の退魔士に話しかけてきた。

話しかけられた退魔士たちは非常に驚いていた。黒猫など驚きすぎて飛び上がっていた。絶対に話しかけてこないと確信していたからである。

なぜならばそれが造魔という存在だからだ。造魔に自由意思はない。命令がすべてである。命令されなければ動かない人形なのだ。

ショップの店長がマスターなのは見破っている。十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎とかかわり合いたくない店主ならば絶対に造魔に

「近付け」

と命令しないと確信できた。生きた人形の下手な接客はマスターが責任をとることになるのだ。普通の神経ならば近づけたりしない。

しかしそれが近づいてきた。しかも集団で近寄ってきた。その上、須賀京太郎に対して話しかけてきたのだ。嫌でも驚く。

その上、先頭に立っていた造魔の店員がこう言っていた。

「お客様に従業員一同からお願いがございます。どうか同胞のために贈り物をさせてください。

 生まれたばかりの同胞を守るために我らの力を使いたいのです」

これを聞いていよいよ二人の退魔士たちは飛び上がりそうになった。黒猫ゴウトは意味が分からな過ぎてニャーニャー鳴いていた。

混乱している間にテーブルの上に異様にがっしりとした斜め掛けのカバンが置かれた。

そして須賀京太郎たちが困っている間に造魔たちは接客に戻っていった。異変を察した店主があわてて駆け寄って来たが、遅かった。

須賀京太郎の手に斜め掛けのカバンが握られていた。しかも、値札を確認しているところだった。値札には結構な値段が刻まれていた。店主は

「もっ、申し訳ございません! お贈りいたします!」

といったが須賀京太郎は値札通りの値段を支払った。便利そうな斜め掛けのカバンであったし、造魔たちの念が込められていて呪物化している。

そして奇妙なドリー・カドモンを持ち運ぶ必要があるのだ。入れ物を探す手間が省けてよかった。

この造魔たちの異変について須賀京太郎は考えないことにした。結果があるのだ。理屈は後でよかった。そもそも学者ではない。

理解不能だとしても困ることがない。少なくとも須賀京太郎はそうだった。


 十四代目葛葉ライドウが仕事に向かって十五分後ようやく買い物が終わった、この時の須賀京太郎について書いていく。それは十四代目葛葉ライドウが

「すこし裏を取りに行ってくる。豊音ちゃんをよろしくね」

と言って姿を消してからのことである。可愛らしいショップの中を隅々まで探索した宮守女子高校の面々が水着を決めて会計に向かっていた。

宮守女子高校の面々はずいぶん楽しそうであった。話題が尽きないようで随分かしましい。この時少し遅れていたものがいた。姉帯豊音だった。

右手と左手に水着を持って悩んでいた。どちらも同じ種類の水着で同じようなモチーフだった。これを見て須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。

そしてため息を吐いた。結構な時間待たされているのだ。ファッションに興味ゼロの須賀京太郎からすれば、そろそろ終わらせたかった。

そしてこっそりと忍び寄って、悩んでいる姉帯豊音にこう言った。

「左手の方が似合ってます。プレゼントしますよ」

急に話しかけられた姉帯豊音は大いに驚いていた。しかしすぐに、喜んだ。嬉しそうだった。機嫌の悪い須賀京太郎の似合っているの一言がうれしかった。

87: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:54:56.48 ID:ejgcjtDQ0

そして姉帯豊音が嬉しそうにしている間に彼女の手を引っ張って須賀京太郎は会計に向かった。

須賀京太郎に引っ張られている姉帯豊音は目を大きく開いて驚いていた。須賀京太郎らしくない行動だった。しかし悪い気はしなかった。

そして全員が水着を手に入れると、宮守女子高校の面々はファミリーレストランに移動した。ヤタガラスのタクシーを呼んでの移動だった。

須賀京太郎たちがいなくなるとショップの店長が深呼吸をして自分を落ち着かせていた。心臓に悪い集まりだった。

大幹部とその関係者が一カ所に集まっていたのだ。緊張はマックスだった。


 インターハイ七日目の朝、姉帯豊音が利用している部屋の前で須賀京太郎が壁にもたれかかっていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは夜明け直前の出来事である。護衛についている須賀京太郎が姉帯豊音の部屋の前にいた。

姉帯豊音の部屋の扉の前にある壁にもたれかかり、目を薄く開いていた。この時の須賀京太郎に初日の元気はなかった。

両目の光が失われて顔から表情が抜け落ちていた。退屈と眠気と問題が心を削っていた。初めのころはよかった。

護衛を初めて二日間はオロチが夜通し話し相手になってくれた。しかし、三日目になると

「豊音と一緒に寝てる。一緒に寝ていれば護衛も簡単!」

といって姉帯豊音と一緒のベッドにもぐりこんでいた。須賀京太郎はオロチの冗談だと思っていたが、結局七日目まで一人で護衛をやっていた。

そうして一人きりになった須賀京太郎は非常に苦しくなった。というのも夜は長い。考える時間だけが恐ろしく増えた。

そうして考える時間が増えると抑え込んでいた問題が脳裏にちらつく。たとえば

「なぜ自分は葛葉流を使いこなせないのか? マグネタイトも魔力もあるのに、なぜ操れない? 才能がないのか?」

だとか、

「なぜ自分の前に奇妙な影が現れた? 誰かに呪われた? 頼りになる人たちに助言を求めても答えは出てこなかった……俺は何をされた?」

などである。しかし考えたところで答えは出ない。そして一人で苦しんだ。考えなければ見て見ぬ振りができた問題ばかり。しかし夜は長い。

考えずにはいられなかった。

 壁にもたれかかって目を閉じた時見知らぬ少女と老人が話しかけてきた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは数分もすれば姉帯豊音が目をさましそれにつられてオロチが目を覚ますという時間帯。廊下の壁にもたれかかっている須賀京太郎に

「夢を見ているのは誰ですか?」

と可愛らしい声で話しかけてくる者がいた。声をかけられるとうつらうつらしていた須賀京太郎はすぐに目を開いた。そして即座に戦闘態勢に入った。

というのも話しかけられるまで一切気配を感じなかった。相当の手練れと判断し、即座に戦闘準備を完了させた。しかしすぐに緩んだ。

声をかけてきたのが五歳くらいの着物を着た少女と古びた袈裟を着た老人だったからだ。五歳くらいの少女はきれいな黒髪でおかっぱ。

幼い顔つきだったが知性が両目に宿っている。古びた袈裟を着た老人は日本では珍しい修行僧だった。

長く伸びた髪の毛に髭。しわくちゃの顔とぼろぼろの袈裟。苛烈な修行に挑むバラモン、もしくは仏教徒のように見えた。

修行僧のような老人は立っているだけなのだが、苛烈な意志の熱風を放っていた。しかしそれだけだった。暴力の気配は一切ない。

そのため須賀京太郎は自分が居眠りをしていたと自分を責めた。しかし、すぐに須賀京太郎は気を引き締めた。なぜならこの二人組、着物を着た少女が

「気をつけてください。どうかお気をつけて」

と語りかけて来たからだ。何がどうなっているのかさっぱりわからない。さっぱりわからないが、少女の真剣さを須賀京太郎が受け取った。

ただ、さっぱり何が何やらわからなかった。

88: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 02:59:50.01 ID:ejgcjtDQ0
 そうしていると、苛烈な意志を背負う優しげな老人が話しかけてきた。

「帝都に危機が迫っている。私が伝えられるのはこれだけだ。

 本来なら現世に干渉できないのだ、許せよ須賀君」

すると優しく微笑んで幻のように消えていった。老人が消えてしまったが、少女はまだ残っていた。須賀京太郎は困惑しつつ少女を見つめた。

説明が欲しかった。しかし説明はくれなかった。少女もまた消えていったからだ。しかし消えていく瞬間に

「あの……きっと大丈夫です! 貴方ならきっと大丈夫!」

と応援してくれた。少女の応援に須賀京太郎は微妙な笑顔で応えた。意味が分からないことばかりが起きているが、少し心が温かくなっていた。

そして少女も完全に消え失せた。二人が姿を消した後、ガコンという音が聞こえてきた。どこかでホテルの扉が開く音だった。


 ホテルの扉が開く音が響いた後須賀京太郎にオロチが飛びついていた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはインターハイ七日目の朝、太陽が昇り始め姉帯豊音が身体を起こしている時である。姉帯豊音の隣で眠っていたオロチがカッと目を見開いた。

目を開くと同時に体を起こして、眠たげな姉帯豊音に朝の挨拶をした。すると姉帯豊音はオロチに挨拶を返して軽くあくびをした。

姉帯豊音もオロチも寝癖がついていた。おそろいの寝巻も少し崩れている。しかし二人とも気にしなかった。女同士だからだ。

そうして早い時間に目を覚ました姉帯豊音はゆっくりとベットから降りた。顔を洗いに向かった。この時オロチはドアに向かっていた。

寝ずに護衛をしている須賀京太郎に朝の挨拶をするためだ。そうしてオロチはかぎを開けて扉を開いた。朝の早い時間である。

鍵を開けて扉を開く音が大きく聞こえた。そして扉を開いた後、オロチが悪い顔をした。悪戯を思いついた天江衣のようだった。

というのも、廊下で護衛している須賀京太郎がうつらうつらしていたのである。油断大敵である。

ここまで無防備な須賀京太郎を見て何もしないオロチではなかった。そしてとくにためらいもせずに、須賀京太郎に飛びついて行った。

数か月前に須賀京太郎を楽々捕まえた音速タックルだった。しかし無駄だった。思い切り飛びついて来たオロチを須賀京太郎が捕まえていた。

飛び込んできたオロチの胴体を須賀京太郎がわきに抱えたのだ。このやり取りでオロチの寝巻が少し破れた。流石に勢いを殺せなかった。

そうして須賀京太郎につかまったオロチがこう言った。

「おはよう京太郎。眠っていたな?」

すると須賀京太郎がこう言った。

「目を閉じていただけだ、寝てたわけじゃない」

須賀京太郎の答えを聞いてオロチが笑った。姉帯豊音が見せる笑顔に似ていた。強がりだと見抜いて笑っていた。

そんなオロチを見て須賀京太郎は悔しそうだった。一瞬眠りに落ちた実感があった。証拠もある。肉体の内側が熱くなっているのだ。

ついでに気分もよくなっている。間違いなく少しの間眠っていた。ただ、認めるのが恥ずかしくて認められなかった。

 
 インターハイ七日目の昼ごろ波打ち際で須賀京太郎が黄昏ていた、この時の須賀京太郎と周囲の様子について書いていく。

それはインターハイ七日目の十一時過ぎのことである。人の気配がほとんどないきれいな砂浜で須賀京太郎が体育座りをしていた。

大きなパラソルの下にビーチマットを引いてその上に体育座りである。須賀京太郎の近くにはクーラーボックスが三つあった。

結構な大きさで、中には飲み物と氷が入っている。準備万端である。

海がきれいなことと空気が安定していること、人の気配が少ないことを考えると最高のリゾートだった。しかし須賀京太郎は黄昏ていた。

バトルスーツに羽織を合わせた格好のまま体育座りをして遠くを見つめている。水平線の向こうを見つめる須賀京太郎の背中は悲しい。

89: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:03:21.27 ID:ejgcjtDQ0

須賀京太郎が哀愁をまとっているのは女子高校生たちのせいである。意地悪されたからではない。直接的に女子高校生たちは何もしていない。

ただ、水着姿の女子高校生たちが波打ち際で遊んでいる。それだけの事しかしていない。しかしこれが須賀京太郎の精神をものすごい勢いで削っていた。

女子高校生たちはみな可愛らしい。スタイルも一部除いて良い。そんな女子高校生が水着で遊んでいる光景なのだから、男子高校生なら喜ぶところ。

しかし須賀京太郎は仕事で護衛をしている。しかも龍門渕の名前を背負って行動している。となってもしも

「須賀京太郎がいやらしい目で見てきた」

などといわれると非常に困るのだ。それは非常に困る。しかし護衛をしないわけにはいかないので精神が削れて黄昏ていくのだ。

本当なら十五メートル、できれば三十メートル離れたところから護衛をしたかった。

五十メートルならば一瞬で詰められる須賀京太郎であるから、離れていても問題はない。しかしが姉帯豊音が許してくれなかった。

「一緒に遊ぼう?」

といって引っ張られて逃げられなかった。そして八メートルほどの距離を保って一人で体育座りをして護衛にはげんだ。

 海辺で女子高校生が遊び始めて三十分後須賀京太郎の隣に姉帯豊音が座った、この時に行われた会話について書いていく。それは、

「早く終わってくれないかなぁ」

と須賀京太郎が祈っている時のことである。びしょ濡れになった姉帯豊音が近寄ってきた。

長い髪の毛がぬれないように上げていたが、髪の毛までびしょ濡れになっている。

出来るだけ髪の毛がぬれないように気を付けていたのだが、砂に足をとられて転び、そのままびしょ濡れになったのである。

そうして近寄ってくる姉帯豊音を察して須賀京太郎は目を細めた。ほとんど目を閉じている状態まで持っていって、夏の太陽の日差しに目を細めている自分を演じた。

七日間にわたる護衛任務の疲労がたまっている須賀京太郎である。姉帯豊音の水着姿に反射的に視線が動くので、頑張って制御していた。

そんな須賀京太郎の隣に姉帯豊音が座った。須賀京太郎と同じく体育座りだった。そんな姉帯豊音にバスタオルを須賀京太郎が差し出した。

そしてこんなことを言った。

「スイカ割を始めるみたいですけど、やらないんですか?」

するとバスタオルを受け取って姉帯豊音がこう言った。

「んー、ボッチになっている人がいるからね。一緒にいてあげようかなって思って」

誰にでもわかる勢いでのからかいだった。声の調子だけでニヤニヤしているのがわかった。すると須賀京太郎は黙った。

姉帯豊音が思ったより近い距離に座ったからだ。この時須賀京太郎は完全に目を閉じた。

天江衣のように悪戯を仕掛けてくるタイプなら、下手に目を開いているとからかいの材料になると考えた。

天江衣の悪戯の傾向を把握している須賀京太郎である。対応が早かった。そうして目をつぶった須賀京太郎はこういっていた。

「俺のことなら気にしないでいいっすよ。

 熊倉先生が用事でいない今、俺は護衛に専念しないとまずいでしょ?」

すると姉帯豊音はこういった。

「一緒に遊べばいいのに。護衛だって『まっしゅろしゅろすけ』があればどうにでもなるんだよ?

 確かに完全無欠ではないけど、でもメギドを防ぐくらいなら楽々できるんだから。オロチちゃんを試しに拘束してみたけど、破れなかったし」

このように説得をしつつ姉帯豊音は自分と須賀京太郎を真っ白い雲で包み始めた。すると須賀京太郎が少し目を開けた。若干焦っていた。

というのも真っ白い雲に包まれると周囲の気配が一切感じ取れなくなった。しかし

「まっしゅろしゅろすけ」

が展開したのだとわかり、落ち着いた。そして海を見つめながらこういった。


90: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:06:54.16 ID:ejgcjtDQ0
「それはそれ、これはこれです。

 鉄壁の加護だって言っても人形化の呪いは通じたんでしょう? なら万全とは言い難い」

心配性の須賀京太郎であった。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこう言った。

「……少しくらい楽しんでも良いのに。

 私のことは放っておいて神代さんとか石戸さんと遊べば良いよ。『上の位』に連なった須賀君の引き抜きに来たみたいだし……喜んで遊んでくれると思う」

姉帯豊音の声は少しすねていた。呼吸も少し乱れていた。須賀京太郎が彼女らに魅了されるかもしれない。そう思うと不安の色が隠せない。

すると須賀京太郎が目を完全に開いた。そして姉帯豊音を見た。二人の視線が交わった。交わった時、姉帯豊音は動けなくなった。

初めて見る須賀京太郎がそこにいた。澄み切った目に凪いだ空気をまとって、妙な迫力をまとっていた。

しかしそんな自分に気づかないまま須賀京太郎はこう言った。

「実力主義のヤタガラスの中でコネで幹部をやっていればほかの幹部たちにも構成員にも嫌われる。

 幹部の一人娘(姉帯豊音)さえ守り切れず、自力で助けることもできない姉帯は幹部として不適当。

数か月前に姉帯さんがさらわれた結果、言い逃れできない形で力不足が証明された。

だから、それなりに実力を持つ退魔士に嫁入りさせて娘の安全を得ようとした。弱い幹部は淘汰されるのがヤタガラスだから。

 俺が縁談の相手に選ばれたのは、人形化されていた姉帯さんを取り戻した縁があるから。本来なら龍門渕よりも前に俺と交渉する権利があった。

しかし龍門渕は俺を囲い、交渉させなかった。だから今回龍門渕は縁談の話を潰せなかった。しかし、姉帯にも俺にもあえて情報を与えなかった。

縁談が潰れたほうが龍門渕には都合がいい。

 しかし姉帯には事後策があった。縁談が失敗したとしても十四代目葛葉ライドウの協力によってハニートラップを仕掛ける用意ができていた。

インターハイ期間中を護衛として過ごさせて、男女の関係にしてしまえばそれを盾にとり龍門渕もしくは須賀京太郎を追い込める。

龍門渕は押し切れない可能性が高いが、須賀京太郎ならば押しきれる可能性が高い。少なくとも十四代目はそう見て実行した。

ただ、衣さんが露骨に邪魔した結果、事後策からスタートする羽目になった。

 姉帯豊音にオロチが協力しているのは、姉帯豊音が嫁入りした暁には葦原の中つ国へ須賀京太郎と共に移住すると約束をしているから、もしくは俺の身柄と引き換えに巫女の座を得られる……正解?」

須賀京太郎が語ると姉帯豊音から血の気が引いた。嫌われたと思った。すると真っ青になっている姉帯豊音を見て須賀京太郎はうなだれた。

そしてため息を吐いた。パラソルの下は闇だった。

 姉帯豊音が真っ青になっているとき須賀京太郎が宣言した、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。それは

「お前たちの思惑はすべて明らかになっている」

と須賀京太郎が伝えてからのことである。真っ青になっている姉帯豊音に須賀京太郎がこういったのだ。

「どうでもいいことだ。十四代目の思惑も姉帯の陣営の思いも、龍門渕の考えもオロチの企みもどうでもいい。

 俺に気を使ってくれるのはうれしいですけど、俺は任務を果たすだけです。護衛すると約束しましたから、絶対にやり遂げます。

 姉帯さんは好きなように楽しめばいい。高校三年生の夏を友達と一緒に楽しめばいい。

 あれでしょ? 俺に気を使ってくれるのは後のことを考えているからでしょう? それなら、約束しますよ。

 『この夏が終わっても格安で護衛につきます』

 常に張り付いているわけにはいきませんけど、呼んでくれるのならいつでも護衛に向かいます。約束です。信用できないのならあとで携帯の番号を渡します。

 安心できましたか?」

91: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:10:00.60 ID:ejgcjtDQ0

うなだれていた須賀京太郎は頭を上げていた。そして姉帯豊音を見つめた。すると姉帯豊音は目をそらした。しかし離れるつもりはなかった。

姉帯豊音の周りから蒸気のようなものが湧き出し、二人を隠してしまった。それまではかろうじて二人の姿が見えていたのだが、今は完全に真っ白い雲の塊である。

そうして二人が隠れてしまうと、姉帯豊音はこういった。

「信じられないよ……本当はオロチちゃんのこと嫌いでしょ?

 オロチちゃんから聞いたよ。須賀君のマグネタイトで酔っ払って拉致監禁しようとしたって。龍の目を植え付けてずっと追いかけていたって。

 それに、ヤタガラスの構成員と半神を消そうとしたって」

姉帯豊音の質問をきいて須賀京太郎は久しぶりに笑った。そして須賀京太郎はこういった。

「嫌いじゃないですよ。本当です。

 まぁ、あのときに誰か一人でも欠けていたら大嫌いになっていたかもしれませんけど……ディーさんの愛車のフロントガラスがダメになっただけですからね。

 普通なら嫌がるかもしれませんけど、愛情表現と受け取っています。精神年齢的には俺たちとそれほど変わらないみたいですから、失敗することもあるでしょう。人に慣れていないみたいですし。

 それに謝ってくれたし……マグネタイトをせがみませんから反省したと受け取ります。

 許すと言いましたから、もう何も言いませんよ。

 正直、オロチの策略なんてどうでもいいんですよね。葦原の中つ国は不便なところではないし、このまま順当にヤタガラスとして成果を上げれば普通の社会で俺は生きていけません。

 結局どこかに隠れ家を手に入れなきゃならないわけで、それが葦原の中つ国だったとしても問題ないんです。今の俺の実力ならオロチの拘束を解くこともできますから。

 今の俺を苦しめているのは葛葉流の退魔術のこと、この未熟な俺自身……そして……まぁ、それだけです。

 ストレートに言いますけど、十四代目と姉帯の陣営の人達って、頭おかしいですよね? 俺、魔人ですよ?

 普通に考えたら嫁入りなんてさせないっしょ。もしかして姉帯さん嫌われてます?」

須賀京太郎が茶化すと姉帯豊音がむっとした。そしてすぐに悪い顔をした。いい考えを思いついたのだ。姉帯豊音はこういった。

「私は須賀君のこと好きだよ。須賀君が良ければいつでも結婚してあげる」

須賀京太郎は大きく噴き出した。ポーカーフェイスが崩れて鼻水が出ていた。しかしすぐに取り繕って鼻をふきながら姉帯豊音を見た。

すると悪い顔でほほ笑んでいる姉帯豊音がいた。すぐにからかわれていると気付いた。どう考えても十四代目葛葉ライドウの曾孫だった。

 真っ白い雲の中で須賀京太郎を姉帯豊音がからかっている時、水着姿の少女たちがスイカ割に興じていた、この時の女子高校生たちについて書いていく。

それは大きなパラソルの下に生まれた真っ白い雲の中で須賀京太郎が姉帯豊音に良いようにからかわれている時のこと。

宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々がオロチと一緒にスイカ割をしていた。

宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々も姉帯豊音と同じくらいにびしょ濡れだった。しかし気にしていなかった。

何せここはプライベートビーチで、彼女らは水着を着ている。むしろびしょ濡れになっていないバトルスーツの須賀京太郎がおかしかった。

水着姿の女子高校生に混じって水着姿のオロチが混じっているが、全く浮いていなかった。

うっすらと輝く赤い目を持ち美術品的な造形美の少女であるが、周りの女子高校生たちも容姿に恵まれていたのでやや美しいどまりで済んでいる。

この中で特に目を引く女子高校生がいるとすれば、神代小蒔(じんだい こまき)と石戸霞(いわと かすみ)だろう。

セクハラにならないように気を付けている須賀京太郎でも、凝視するレベルだった。水着を着ているので余計に目を引いた。

そんな女子高校生の集まりが楽しくスイカ割をしている光景というのはすさまじいの一言だった。色々すごかった。

ただ、少し不機嫌な少女がいた。

92: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:13:37.40 ID:ejgcjtDQ0

水着姿のオロチである。

「さっさと食べよう。スイカがぬるくなる」

と臼沢塞にオロチが文句を言っていた。

 女子高校生たちがスイカ割にチャレンジしている時姉帯豊音が秘伝を披露していた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々が楽しく遊んでいる時、須賀京太郎が膨れていた。

ポーカーフェイスを作ろうと努力していたが、怒りが顔に出ていた。眉間にしわがよりこめかみが引きつっている。

「好きだよ」

発言から連続で姉帯豊音にからかわれたのが効いていた。だが、からかわれたこと自体に怒っているのではない。好意を向けられるのは嬉しいものだ。

色々な事情があるとしても嬉しいものはうれしい。問題は動揺した自分である。まさかこんな古典的な方法で動揺すると思っていなかった。

そして膨れていた。修行不足で情けなかった。そんな須賀京太郎を見て姉帯豊音がクスクスと笑っていた。須賀京太郎の意地の張り方が可愛かった。

そうして笑っていた姉帯豊音は須賀京太郎に機嫌を取るために動き出した。こんなことを言ったのだ。

「怒らないで須賀君。お詫びに姉帯の秘伝を見せてあげるから」

するとむくれている須賀京太郎がこう言った。

「別に怒ってないっす」

気にせずに姉帯豊音はこういった。

「おばあちゃんが教えてくれた秘伝でね。一子相伝なんだ。泣いていたおばあちゃんをおじいちゃんが笑わせた最終奥義なんだって。

 使うのはこれが初めてなんだ。秘密にしておいてね? ものすごくこれでからかわれたみたいで、話に出すだけで怒るんだ。

 問答無用の最終奥義だから、覚悟してね。いくら須賀君が怒っていても無駄なんだから」

このように宣言した後、隣で膨れている須賀京太郎の正面に姉帯豊音が回り込んだ。四つん這いになって、特に恥じらいもなくやっていた。

真っ白な雲の遮りがあるのだ。大胆な行動も容易かった。そして四つん這いのまま正面に回り込むと、両手を須賀京太郎に伸ばした。

姉帯豊音の細い両手が近づいていると気付いていたが、須賀京太郎は動かなかった。少し鼻息が荒かった。

「俺は退魔士だ。鋼の心を持ち修羅道を駆け抜ける怪物だ。ガチガチに鍛えた表情筋、破れるもんなら破ってみやがれ!」

などと考えていた。不機嫌なうえ寝不足。しかも自分自身に怒っている。完全に意地を張っていた。しかし、一発で笑顔にされていた。

秘伝を受けて完全に笑顔になっていた。というのが姉帯豊音の両手が須賀京太郎の顔をがっしりとつかんで、親指を使って強制的に笑顔を作っていたからだ。

須賀京太郎の口角に両手の親指を当てて、無理やり上げていた。ものすごい力技だった。しかし間違いなく笑顔になっていた。

秘伝を喰らった須賀京太郎はこれ以上ないほど動揺していた。目が大きく泳いだ。なにせ目の前で楽しそうに笑う姉帯豊音がいたからだ。

目のやり場に困っていた。


 海水浴が始まって四時間ほど過ぎたところでようやく女子高校生たちは遊ぶのをやめた、この時の女子高校生たちについて書いていく。

それは午後の五時を少し過ぎたころだった。ようやく女子高校生たちが遊ぶのをやめた。かなり長い間太陽の下で遊んでいたのだが、ほとんど日焼けをしていなかった。

それもそのはずで、しっかりと日焼け止めを塗って遊んでいた。それも最近龍門渕から売り出された特製の日焼け止めクリームである。

効き目は抜群だった。数か月前に良い錬金術師が龍門渕に現れたのだ。直接錬金術師に依頼したいというファンもいたが、錬金術師本人と龍門渕が拒んだ。


93: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:16:56.97 ID:ejgcjtDQ0

龍門渕が言うには

「食費の足しにしたいだけだから、これ以上は働かない。そもそも作りたいものは自分で決めたい。

 それに時間がない。畑の世話もしなくちゃいけないし、マスターの……主人のお世話がおろそかになるのはちょっと」

とのことだった。そんな特製の日焼け止めを塗っていた女子高校生たちは騒ぎながらシャワーを浴びに向かった。

「また遊びに来たい」

とか

「ヤタガラスの構成員が出しているレストランに行ってみないか」

とか

「十四代目葛葉ライドウの奥さんが作ったというファッションブランドを知っているか」

とか、あれだけ遊んだのにまだ元気だった。この時水着のオロチは須賀京太郎に飛び掛かっていた。須賀京太郎が気を抜いているように見えたからである。

しかしあえなく砂浜にふっとばされていた。合気道の要領で投げられていた。足場が砂なので、対応が激しかった。

そして砂浜に吹っ飛ばされてひっくり返っているオロチは姉帯豊音が連れて行った。抱きかかえてシャワーに向かったのだ。逃げようとしていたが、

「まっしゅろしゅろすけ」

につかまって手も足も出なかった。女子高校生がいなくなると須賀京太郎は一人で片づけをした。非常に手際が良かった。

海水浴の最中に出たごみの分別まで手際よくやっているのは見事である。また楽しそうに掃除をしていた。ニッコニッコだった。

当然である。水着姿の女子高校生の中セクハラにならないように気を付けながら気配を消す仕事をしていたのだ。しかも護衛期間中はまともに眠っていない。

その上、解き明かせない問題に悩む羽目になっている。問題が重なりに重なって心はぼろぼろだった。早くこのビーチから逃げたかった。

海の匂いも砂浜の輝きも今はただ忌々しく思えた。しかし地獄を乗り切った須賀京太郎の心は弾んでいた。気を配らなくていい男臭い職場が懐かしかった。

 太陽が沈み始めたころタクシーの中で須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは少し早い晩御飯を大人数で楽しんだ後のことである。須賀京太郎たちはタクシーでホテルに帰っていた。タクシーには二台に分かれて乗っていた。

一台目には宮守女子高校の面々。二台目には須賀京太郎と姉帯豊音そしてオロチである。

熊倉トシがいないので宮守女子高校の面々を須賀京太郎と姉帯豊音が呼んだ。しかし遠慮された。遠慮された時須賀京太郎が少しへこんでいた。

怖がられていると思った。実際は姉帯豊音を手伝うためだった。縁談はダメになったが恋愛関係になってしまえばこっちのものだ。

須賀京太郎が結構まじめな性格をしていると完全に見抜いている彼女らである。

一旦恋人になってしまえばよほどのことがない限り姉帯豊音の将来は明るいと考えていた。

ヤタガラスの戦力区分「上の位」の序列六位についた退魔士で、十四代目葛葉ライドウとその弟子たちと仲が良い。その上龍門渕に信頼されている。

魔人であることを無視していいくらいに良い物件だった。しかもお互い結構いい雰囲気を醸している。となれば

「後押ししよう!」

という使命感で彼女らは燃えるのも当然だった。そうして動き出したタクシーは夕焼けに染まった東京を走った。しかし非常にゆっくりだった。

夏真っ盛り、夏休みど真ん中である。太陽が沈み始めたとしても現代のソドム東京は落ち着かない。

貞操観念がない男女とか酔っ払いだとか死にそうな顔のサラリーマンがふらふら歩いているのを眺めながらの移動になった。

そんなタクシーの中で行われていたのが須賀京太郎と姉帯豊音の雑談だった。特にいうとこもない雑談だった。

94: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:20:12.57 ID:ejgcjtDQ0
「楽しかった」

とか

「また来たい」

とか

「スイカ食べたい」

などといって話をしていた。須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしているとオロチも雑談に入ってきて、今度はみんなで遊園地に行きたいなどと言っていた。

雑談をしている間に何度か姉帯豊音が悲しげな笑顔を見せた。須賀京太郎はもちろん気づいた。しかし問いただせなかった。

問いただしても答えないのが見えていた。だから須賀京太郎はこんなことを言ったのだ。

「また、みんなで海に来ましょう。

 姉帯さんが呼んでくれたら……いや、俺から電話します。何度でも姉帯さんたちを海に連れて行きます」

すると姉帯豊音は喜んだ。そして慈愛の目で須賀京太郎を見つめた。しかしすぐに悲しげな眼に変わった。須賀京太郎のことを本当に欲しくなっていた。

しかし求めてはいけないと考えていた。なぜなら須賀京太郎の足を引っ張ると確信できた。姉帯豊音は没落しかけの幹部の娘。厄介ごとのタネでしかない。

出世を求めているのなら、絶対に選ばない相手だろう。しかし須賀京太郎の言葉は嬉しくて諦めがつかなかった。


 太陽が完全に沈みきるころ拠点のホテルに須賀京太郎たちが到着した、この時の宮守女子高校の面々と須賀京太郎の行動について書いていく。

それは太陽があと少しで沈む時であった。遊び疲れた宮守女子高校の面々がヤタガラスのホテルへと入っていった。遊び疲れているはずなのだが、非常に元気があった。

肉体的には疲労がたまっているが、精神的には元気いっぱいなのだ。この時須賀京太郎たちもタクシーから降りていた。少し微妙な空気があった。

しかし仲は良さそうだった。そうして荷物を持って須賀京太郎達がホテルに足を踏み入れた時である。とんでもない勢いで何かが突っ込んできた。

まっすぐに須賀京太郎めがけて突っ込んできた。丁度腹にぶつかるコースだった。須賀京太郎は動じずに受け止めた。

荷物で両手がふさがっていたので、足を踏ん張って耐えた。飛び込んできた物体は黒い髪の毛をポニーテールにしてジャージを着ているオロチだった。

須賀京太郎の学ランをマントのように身に着けていた。ポニーテールのオロチはにこにこしていた。

 ポニーテールのオロチに須賀京太郎が捕まっているとジャージ三人組が話しかけてきた、この時のジャージ三人組について書いていく。

それはポニーテールのオロチを三つ編みのオロチがうらやましそうに見ている時のことだった。ジャージを着た三人の女性が姿を現した。

オロチと同じ柄のジャージを着た天江衣、アンヘル、ソックの三人組である。この三人組だが少し怒っていた。

アンヘルとソックはほんの少し怒っているだけなのだが、天江衣はわかりやすく怒っていた。フグの様に膨れていた。

そんな天江衣を見て須賀京太郎が面倒くさそうな顔をした。須賀京太郎が面倒くさそうな顔をすると天江衣が一層不機嫌になった。

そしてすぐに悪い顔になった。それを見て須賀京太郎は

「やばい」

と思った。しかし止めるよりも前に天江衣は大きめの声でこんなことを言った。

「海水浴に行ったそうだな京太郎! この数日間スコヤのいびりに耐えた私をしり目に、美少女高校生たちと海水浴とは言いご身分じゃないか!

 私たちも誘えよ! なぜ誘わない!? あれか? 巨 じゃなきゃ水着姿は見たくねぇってか!? 貧 は人に非ずってかよ!」

ものすごく声が響いていた。静かなラウンジなのだ。嫌でも耳に入っていた。そうなって須賀京太郎は慌てて周囲を確認した。

95: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:25:15.62 ID:ejgcjtDQ0

天江衣の言葉が恐ろしい勢いで自分の評判を下げると理解していた。万物に不吉と死を運ぶ存在と呼ばれるのは構わない。

しかし巨 好きの魔人と呼ばれるのは絶対に嫌だった。不幸中の幸いなのかホテルのラウンジにはほとんど人がいなかった。

ただ、従業員の方々は普通に働いているうえに、宮守女子高校の面々もラウンジにいる。どうにか誤解ではないが、誤解を解きたかった。

しかし直ぐそばにいた姉帯豊音が

「だから、私の胸ばっかり見てたんだ……」

と、呟いたのであきらめた。とっくに致命傷を負っていた。そんな須賀京太郎にジャージ姿のソックがこんなことを言った。

「序列六位おめでとうございます、我らのマスター。

 そういえば、海水浴……宮守と永水の娘たちと海水浴は楽しかったですか? 確か永水にはマスター好みの娘がいたと存じておりますが……」

続けてアンヘルがこう言った。

「しかし胸の大きさで人を区別するのはどうかと思います。
 
 『嘆きの平原』でも水着を着て海水浴を楽しむ権利くらいはあると思うのです」

思った以上にアンヘルとソックの声は大きかった。この時完全に須賀京太郎はあきらめた。明日から巨 好きの魔人と呼ばれる覚悟を決めた。

この時須賀京太郎は一切言い返さなかった。言い返してもいいはずだがあえてしなかった。というのもジャージ三人組の怒りに油を注ぐだけだと理解していた。

これは京太郎の父親が

「いいか京太郎。長く生きていればいつか気づく真理だが、先に教えておいてやる。母さんとの結婚生活で見出した真理の中でも有益な一つだ。

 女の人が怒っているときはな、相手の感情に同意するのが一番いい。『怒っているのですね』という態度を見せるんだ。そうすると勢いがかなり弱まる。

 一番まずいのは否定から入ることだ。猛烈な勢いで機嫌を悪くするからな。

 さっきの俺みたいに体重をからかったり、運動しないからだと客観的な事実を指摘するのは最悪だな。大切なのは共感なのだ、理論じゃない。

 最悪、今の俺みたいにジョギングに付き合わされる羽目になる」

と伝えてくれていた。頼りになる父親だった。ちなみにダイエットは父親のほうが痩せた。


 ポニーテールのオロチを加えてジャージ四人組になった天江衣たちが現れて十分後、須賀京太郎たちはそれぞれ落ち着いていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは、須賀京太郎の評判が軽く下がった後のことである。ホテルのラウンジでジャージ三人組と宮守女子高校の面々が楽しげに会話をしていた。用意されているテーブルと椅子を占拠して、優雅に会話を楽しんでいた。

会話の内容は大したものでない。趣味の話をしたり、世間話をしたり、須賀京太郎の態度について話をしてみたりといった具合で平和であった。

初めこそ緊張している者もいたが、すぐに打ち解けていた。これは無駄に高いジャージ三人組のコミュニケーション能力の賜物である。

この間、須賀京太郎と姉帯豊音そして二人のオロチは静かにケーキとコーヒーでブレイクしていた。

ブレイク中なのでオロチたちはまったく口を開かなかったが、須賀京太郎と姉帯豊音は良く口を動かしていた。雑談しているのだ。

大した内容ではない。姉帯豊音が先ほどのことでからかい、須賀京太郎が悶えるだけである。

そんな須賀京太郎と姉帯豊音を二人のオロチがニヤニヤしながら見守っていた。相性が良いと確信していた。そしてご機嫌だった。

二人がケーキを食べないので、取り分が増えていた。コーヒーは苦いので飲まなかった。

 ヤタガラスのホテルのラウンジで雑談を楽しみ始めて十五分後、突然のサイレンが鳴り響いた、この時にラウンジを騒がせたサイレンについて書いてく。

それは宮守女子高校の面々とジャージ三人組が個人的に遊ぶ約束を結んでいた時の事であった。

ラウンジにある大きなテレビ、そして利用客の携帯電話から禍々しいサイレンが響き渡った。それはきくものを不安にさせる音色だった

96: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:29:13.16 ID:ejgcjtDQ0
このご時世携帯電話を常に持ち歩いていないのは須賀京太郎のような変わり者くらいであるから、ラウンジはひどい不協和音で不愉快極まりない状況になっていた。

サイレンが鳴り響くと、ラウンジにいた人々は明らかに動揺した。何が起きているのかさっぱりわからなかった。しかし理解している者がいた。

須賀京太郎だ。サイレンの正体に気付いて一気に戦闘態勢に入っていた。というのも禍々しい音色のサイレンの名前を知っていた。

携帯電話とテレビから流れてくる禍々しいサイレンの音色は

「国民保護サイレン」

と呼ばれるものである。このサイレンが鳴り響く条件は日本国に対して非常に重大な攻撃が行われること。

つまり大規模テロ行為、大量殺りく兵器が発動したという印なのだ。このサイレンを知っていた須賀京太郎は即座に退魔士として動き出していた。

 国民保護サイレンが鳴り始めて二秒後須賀京太郎は現時点での最善策をとった、この時に須賀京太郎について書いていく。

それはラウンジの人々が混乱の渦の中で悶えている時のことである。大きな声でオロチ達に須賀京太郎が命令した。

「オロチ! 大量破壊兵器に備え葦原の中つ国を展開しろ!」

本来なら須賀京太郎の命令をオロチはきかない。なぜなら葦原の中つ国の塞の神は日本に従う悪魔だからだ。

そのため本来はヤタガラスのトップと大幹部三名の正式な命令がなければオロチは本領を発揮できない。須賀京太郎もこの理屈を知っていた。

しかしあえて命令をした。もしかすると

「緊急事態」

という一点において動いてくれる可能性があったからだ。須賀京太郎の狙い通り命令はオロチに届いた。

なぜなら、須賀京太郎の命令を受けることで日本の緊急事態を回避できる可能性が高い。オロチを縛る契約は日本の国民と命を守ること。

須賀京太郎の命令は契約を守る行為であるとオロチたちは解釈した。そしてオロチは生まれてきた目的を果たすために本気になった。

この数日の間に守りたいものが増えたのだ。今まで以上にやる気になれた。

そして機転を利かせた須賀京太郎の命令を受けて葦原の中つ国の塞の神が本領を発揮した。サイレンが鳴り始めて四秒。非常に早い防衛行動だった。
 
 不気味なサイレンが鳴り響き始めて五秒後のこと須賀京太郎は暴挙に出ようとしていた、この時に行おうとした暴挙について書いていく。

それは葦原の中つ国の塞の神・オロチが動き出した次の瞬間であった。須賀京太郎の顔から血の気が失せた。眉間に深くしわがより、唇を強く噛んだ。

同時に魔力を練り始め、ラウンジ全体に稲妻を放とうと画策した。かなりの勢いで魔力が練り上げられているので、相当の被害が出るだろう。

錯乱したわけではない。守るために稲妻を撃ち込むつもりなのだ。

というのが、国民保護サイレンが鳴るという圧倒的なプレッシャーによって、極限まで高まった集中力が須賀京太郎に答えを与えたのだ。

答えとは須賀京太郎が出会ってきた事件についての答えである。須賀京太郎が歩き出した事件、退魔士になった事件、そして今この瞬間に起きている事件。

この複数の事件を一気に結びつける答えを得ていたのだ。須賀京太郎は答えをこのように導いた。

「姉帯さんは数か月前に人形化の呪いを受けた。そして俺がそれを救った。問題はなぜ呪いにかかったのか。

 姉帯さんには『まっしゅろしゅろすけ』という加護がある。あれを突破するのはメギドでも不可能。砂浜でたわむれに突破しようとしたが、びくともしなかった。

 しかし姉帯さんは呪いにかかった。矛盾している。だが『外側から』呪いが放たれていないと考えれば、矛盾はない。

 つまり呪いの発生源は『携帯電話』。おそらく鉄壁の加護で身を守った後、携帯電話で助けを求め呪いがかかった」

そしてこの答えから須賀京太郎は国民保護サイレンの狙いを見抜いた。

97: ◆hSU3iHKACOC4 2016/08/21(日) 03:34:54.65 ID:ejgcjtDQ0

「この国民保護サイレンの狙いとは携帯電話に国民を集中させること。そして十分に集中したところを狙って人形化の呪いをかけることだ。

 国民保護サイレンが流れている今電波に乗せて人形化の呪いが全国に向かって発信されれば、被害は一気に全国規模に広がり助かる者はいない。

 携帯電話を持たずに暮らせる人間はまずいない。テレビからでも呪いがかけられるのならば、日本は終わる」

これに気付いたから須賀京太郎は絶望したのだ。しかしあきらめてはいなかった。少なくともラウンジにいる人たちだけは助けようと動いていた。

魔力を練り上げ魔法を放つ準備に入った。呪いが発動するかもしれないのなら、発動するよりも前に発生源を叩けばよい。

幸い須賀京太郎は稲妻の力を持っている。精密な電子機器であればあるほど壊すのは簡単である。とりあえずは手の届くところから助ける算段であった。

 サイレンが鳴り始めて五秒と少しというところで須賀京太郎は泣きそうな顔になった、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは出来るだけ威力を抑えて稲妻を撃ち込もうとしている時のことである。眉間にしわを寄せていた須賀京太郎の顔が、泣きそうな顔に変わった。

というのも椅子に座っている姉帯豊音の背後に立つミイラの姿を見つけてしまった。

姉帯豊音の背後二メートルほどの所に立って、右手を姉帯豊音に伸ばしていた。

汚い革の切れ端のようなものを左手に握りしめていて、不気味としか言いようがなかった。これを見て須賀京太郎は心が折れそうになった。

選ぶ羽目になったからだ。一つはラウンジの人たちを守る選択。このまま魔法を撃ち込む道である。

もう一つは姉帯豊音を守る選択。明らかに不気味で怪しいミイラと姉帯豊音の間に割り込んで、護衛をまっとうする道である。

須賀京太郎の予想が正しければ、大切なものがいくつも失われる選択だった。失いたくないものばかりで須賀京太郎の心は折れてしまいそうだった。

しかしそれでも須賀京太郎は決断を下した。

 サイレンが鳴り始めて六秒後不気味なミイラと姉帯豊音の間に須賀京太郎が割り込んでいた、この時に行われた頑張りの一切を書いていく。

それは携帯電話とテレビ、ラジオから不気味なサイレンが鳴り響き始めて六秒のこと。

何が起きようとしているのか日本にいる人たちが耳を澄ませている時である。

ホテルのラウンジで須賀京太郎が拳を振りかぶっていた。拳を振りかぶった時にはすでに、ラウンジの椅子を跳ね飛ばし姉帯豊音の背後に回り込んでいた。

全てはミイラを迎え撃つためである。音速の世界を駆け抜けたことで須賀京太郎の身を包み込む羽織が燃え上がり、バトルスーツが赤く輝いていた。

音速の世界、熱の壁を突破したのだ。この時須賀京太郎の産んだ衝撃波から姉帯豊音を守るため「まっしゅろしゅろすけ」が発現していた。

そして姉帯豊音とミイラの間に割り込んで拳を振り上げた須賀京太郎は問答無用の攻撃を仕掛けた。極度のプレッシャーをばねにして打ち込まれた拳は、過去最高威力を秘めていた。

この時、奇妙なものを見た。ミイラが笑ったのだ。男女の区別もつかないが笑っているのだけはわかった。しかし須賀京太郎は止まらなかった。

確実に消滅させるべく全身全霊で拳を振りぬいた。しかし防がれた。ミイラに直撃を決めたが、防がれたのだ。

白い陶器のような膜がミイラの肌に現れ衝撃から守っていた。そして次の一手を打とうと動き出した時須賀京太郎は視界を奪われた。

何かが須賀京太郎の顔に張り付いていた。同時に、須賀京太郎を支えていた足場が失われた。

「やられた」

と思った時には終わりのない落下を体験することになった。落下していく須賀京太郎は残された者たちのことを心配した。

ただ、無事であってほしい。須賀京太郎の願いはそれだけだった。