京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」 その1
京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」 その2
195: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:35:55.49 ID:0u6VSuLa0
葦原の中つ国へあと少しで到着するというところで、須賀京太郎にオロチが状況を説明した、この時にオロチが須賀京太郎に語った内容について書いていく。
それは須賀京太郎と姉帯豊音がオロチを褒めちぎった後のことである。ツインテールのオロチがベッドに腰掛けて、須賀京太郎にこんなことを言った。
「そろそろ、葦原の中つ国の最表面、高度三百メートル地点に到着する」
すると須賀京太郎がこのように答えた。
「そうか。割と長く時間がかかったな……で、帝都は……日本はどうなっている?」
この時、須賀京太郎は厳しい顔をしていた。眉間にしわがより、目が鋭くなっている。悲惨なことになっていると察してのことである。
須賀京太郎が厳しい顔つきになると、オロチが黙った。そして視線を姉帯豊音に向けた。ためらっていた。風当たりが強くなるのではないかと考えた。
二代目葛葉狂死の直系、たった一人の孫娘だと知っているからだ。親類縁者まで罪人扱いされるのはナンセンスだとオロチは思っている。
しかし、人の心は合理的ではない。それを心配した。オロチが視線を向けると姉帯豊音はうなずいた。大丈夫だと伝えていた。
オロチたちがいない間に行ったやり取りで、大丈夫だと言える距離まで近づいていた。姉帯豊音がうなずくのを見てオロチは少し驚いた。
知らないうちに強いつながりができていたからだ。しかし、問わなかった。今問いただすような問題ではない。そうして納得したオロチは質問に答えた。
こう言っていた。
「現在帝都の機能は停止中。しかし帝都自体は無事だ。
人形化の呪いと転送の術式が発動する前に、葦原の中つ国の『最深部』と入れ替えた。
そのため帝都本体は葦原の中つ国の『最深部』に存在している。しかしライフラインは完全に断絶。
国内外の情報統制に龍門渕の血族を総動員している。現時点で帝都の異変は海外に漏れていない。ただ太陽が昇るまでが限界だ。
『治水』の能力者たちの限界だと思えば良い。精神的に擦り切れて太陽が昇るころには潰れるだろう。
また、『何処にも属していないふり』をした諸外国のサマナーたちが日本に対して攻撃を始めている。
現在葦原の中つ国の塞の神である私と、地方の退魔士、フリーの異能力者とサマナーたちと連携して迎撃にあたっている。
幸い敵本体は帝都跡地で封じ込めているから、それほど苦労していない。重軽傷者がかなり出ているが死者はない。
これは私の触角たちがサポートに入っているからだ」
オロチの報告を聞くと須賀京太郎が困った。思った以上に面倒くさいことになっていたからだ。特に帝都全体が機能停止状態になっているのはまずかった。
また、気になるところがあった。そのため、須賀京太郎は次の質問を投げた。こう言っていた。
「『人形化の呪いと転送の術式が発動する前に』ということは結局発動したのか?」
するとオロチが短く答えた。
「そうだ。京太郎と豊音の姿が消えて一秒くらい後のことだった。
携帯電話やテレビを媒介にして呪いが発動、同時に転送の呪いが発動し大量の住民が連れ去られた」
答えを聞いて須賀京太郎は次の質問をした。
「敵の本体というのは?」
オロチは答えた。
「本場のメシア教会とガイア教団だ。呪い発動の直後に帝都めがけて転移を仕掛けてきた。国外の二大勢力が霊的決戦兵器を送り込んできたのだ。
ただ、私の方が素早かったから、すぐに封じ込めたがな」
須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。
「まぁ、何が居てもいいさ。
さらわれた人たちは奪い返しに行くだけだ。好き勝手に暴れているのなら、消すだけのこと。
だが、誰もが呪いにかかったわけじゃないだろう? 電波に乗る程度の呪いでは熟練の退魔士は止められない。
何人くらい無事だ?
それと、衣さんが連れ去られているらしいな。アンヘルとソックはどうなった?」
須賀京太郎が質問するとオロチが腕組みをした。そして少しうつむいた。天江衣を助けられなかったことを後悔していた。この時ヘルが少し動揺していた。
目が泳いでいる。気になる単語がいくつかあった。しかし割り込めなかった。邪魔をしたくなかった。そうしている間にオロチは意を決した。
オロチは質問に答えた。こう言っていた。
それは須賀京太郎と姉帯豊音がオロチを褒めちぎった後のことである。ツインテールのオロチがベッドに腰掛けて、須賀京太郎にこんなことを言った。
「そろそろ、葦原の中つ国の最表面、高度三百メートル地点に到着する」
すると須賀京太郎がこのように答えた。
「そうか。割と長く時間がかかったな……で、帝都は……日本はどうなっている?」
この時、須賀京太郎は厳しい顔をしていた。眉間にしわがより、目が鋭くなっている。悲惨なことになっていると察してのことである。
須賀京太郎が厳しい顔つきになると、オロチが黙った。そして視線を姉帯豊音に向けた。ためらっていた。風当たりが強くなるのではないかと考えた。
二代目葛葉狂死の直系、たった一人の孫娘だと知っているからだ。親類縁者まで罪人扱いされるのはナンセンスだとオロチは思っている。
しかし、人の心は合理的ではない。それを心配した。オロチが視線を向けると姉帯豊音はうなずいた。大丈夫だと伝えていた。
オロチたちがいない間に行ったやり取りで、大丈夫だと言える距離まで近づいていた。姉帯豊音がうなずくのを見てオロチは少し驚いた。
知らないうちに強いつながりができていたからだ。しかし、問わなかった。今問いただすような問題ではない。そうして納得したオロチは質問に答えた。
こう言っていた。
「現在帝都の機能は停止中。しかし帝都自体は無事だ。
人形化の呪いと転送の術式が発動する前に、葦原の中つ国の『最深部』と入れ替えた。
そのため帝都本体は葦原の中つ国の『最深部』に存在している。しかしライフラインは完全に断絶。
国内外の情報統制に龍門渕の血族を総動員している。現時点で帝都の異変は海外に漏れていない。ただ太陽が昇るまでが限界だ。
『治水』の能力者たちの限界だと思えば良い。精神的に擦り切れて太陽が昇るころには潰れるだろう。
また、『何処にも属していないふり』をした諸外国のサマナーたちが日本に対して攻撃を始めている。
現在葦原の中つ国の塞の神である私と、地方の退魔士、フリーの異能力者とサマナーたちと連携して迎撃にあたっている。
幸い敵本体は帝都跡地で封じ込めているから、それほど苦労していない。重軽傷者がかなり出ているが死者はない。
これは私の触角たちがサポートに入っているからだ」
オロチの報告を聞くと須賀京太郎が困った。思った以上に面倒くさいことになっていたからだ。特に帝都全体が機能停止状態になっているのはまずかった。
また、気になるところがあった。そのため、須賀京太郎は次の質問を投げた。こう言っていた。
「『人形化の呪いと転送の術式が発動する前に』ということは結局発動したのか?」
するとオロチが短く答えた。
「そうだ。京太郎と豊音の姿が消えて一秒くらい後のことだった。
携帯電話やテレビを媒介にして呪いが発動、同時に転送の呪いが発動し大量の住民が連れ去られた」
答えを聞いて須賀京太郎は次の質問をした。
「敵の本体というのは?」
オロチは答えた。
「本場のメシア教会とガイア教団だ。呪い発動の直後に帝都めがけて転移を仕掛けてきた。国外の二大勢力が霊的決戦兵器を送り込んできたのだ。
ただ、私の方が素早かったから、すぐに封じ込めたがな」
須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。
「まぁ、何が居てもいいさ。
さらわれた人たちは奪い返しに行くだけだ。好き勝手に暴れているのなら、消すだけのこと。
だが、誰もが呪いにかかったわけじゃないだろう? 電波に乗る程度の呪いでは熟練の退魔士は止められない。
何人くらい無事だ?
それと、衣さんが連れ去られているらしいな。アンヘルとソックはどうなった?」
須賀京太郎が質問するとオロチが腕組みをした。そして少しうつむいた。天江衣を助けられなかったことを後悔していた。この時ヘルが少し動揺していた。
目が泳いでいる。気になる単語がいくつかあった。しかし割り込めなかった。邪魔をしたくなかった。そうしている間にオロチは意を決した。
オロチは質問に答えた。こう言っていた。
196: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:39:00.03 ID:0u6VSuLa0
「帝都にいたデジタル式の退魔士以外は問題なく任務にあたっている。
アンヘルとソックも無事だ。二人にちゃちな呪いは通じなかった。ただ、周囲にまで気が回っていなかった。
京太郎が奪われた動揺で、うまく動けなかった。
今は衣の奪還作戦を行っている。
『決戦場』に生える巨大な樹に衣がとらわれていることがわかっている。これはアンヘルとソックの手柄だ。
衣たちが人形化の呪いを受けてさらわれた瞬間にアンヘルとソックが追跡の術式を撃ち込んで、追跡し、さらわれた人たちを見つけた」
オロチの答えを聞いてヘルが少し反応した。無表情が一瞬だけ崩れた。ただ、すぐに元に戻った。心臓の高鳴りを抑えようとしていた。
期待して絶望するのは嫌だった。そんなヘルの変化には全く気付かずに須賀京太郎はこういった。
「決戦場とは?」
オロチが答えた。
「帝都と入れ替えて現世に出現させた『最深部』のことだ。ヤタガラスの司令部はここを決戦場と呼んでいるから、私もそれにしたがっている。
実際決戦場というにふさわしい戦いが行われている」
続けてこう言った。
「帝都に出現した霊的決戦兵器二体とハギヨシたちがぶつかっているのだ。
ただ、上手くいかない。衣の異能力『支配』が邪魔をしている。人形化の呪いで異能力を吸い出されているのだろう。
こちら側の能力が打ち消されて、肉弾戦を強制されている。
京太郎、おそらく葦原の中つ国へ帰還したお前は霊的決戦兵器二体との決戦に駆り出されるだろう。かなり難しい戦いになると思うが、大丈夫か?」
すると須賀京太郎はうなずいた。何の問題もなかった。そうして話をしている間にナグルファル船首が光を浴びた。いよいよ葦原の中つ国に到着したのだ。
葦原の中つ国へナグルファルが到着した時ツインテールのオロチが焦り始めた、この時の須賀京太郎たちとオロチについて書いていく。
それは葦原の中つ国の光をナグルファルが浴びた時のことである。今まで平然としていたツインテールのオロチが焦りの表情を浮かべた。
眉が跳ねて、口がへの字に曲がった。額に汗もわいている。この様子を見て何事かと思い須賀京太郎が質問をした。
「どうした? 何かあったか?」
この時須賀京太郎は姉帯豊音に視線を投げていた。戦いの可能性を姉帯豊音に伝えたのだ。視線を向けられた姉帯豊音は言いたいことを理解した。
須賀京太郎を封じている
「まっしゅろしゅろすけ」
を完全に解き、腕に抱いている未来と自分を加護で守った。そうしているとオロチが震えながらこういった。
「葦原の中つ国が乗っ取られている……乗っ取られつつあると表現するのが正しいか」
これを聞いて須賀京太郎が驚いた。不可能だと思っているからだ。葦原の中つ国の塞の神は日本の領土内にある道が本体の九十九神である。
つまり本体は道なのだ。道を洗脳したり支配するのはどうやっても無理のはず。しかし乗っ取られつつあるという。不思議なことだった。
そうして不思議に思っているとロキが大きな声でこう言った。
「小僧! 『天江衣』じゃ! なぜあいつらが天江衣に拘っておったのかわかった。これが狙いじゃろう。
どういう力を持っておるか詳しくは知らんが、『支配する』能力なのじゃろう?
小型の霊的決戦兵器の応用じゃろう。世界樹の枝に取り込まれておるというのなら、『世界樹のパイロット』扱いにしておるはずじゃ」
ロキの言葉を聞いて須賀京太郎が青ざめた。ちらりとオロチを見つめてみると小さく肯いていた。そしてオロチはこういった。
「間違いない。決戦場に生えている世界樹から侵食されている……衣の力が私の世界を奪いに来ている。
すでに七十パーセント近く持っていかれている。
私に残されているのは最表面の薄い世界だけ……乗っ取られていることに全く気付かないなんて……ナグルファルの中に触角を置いていなければ、たぶん私も気づけなかった」
このように語るツインテールのオロチは冷静な口調だった。しかしカタカタと震えていた。乗っ取られる恐怖のためである。
自分の心が奪われるというのは、肉体を傷つけられるよりも恐ろしかった。気付かないうちにというのも恐怖をあおる。
もともと無敵に近い存在である。耐えられない重さだった。
197: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:42:07.81 ID:0u6VSuLa0
ツインテールのオロチが震え始めた後須賀京太郎が一つ質問をした、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてオロチについて書いていく。
それは精神の死を感じオロチが震えている時のことである。封印を解かれた須賀京太郎がベッドから抜け出した。
そして抜け出した須賀京太郎が体をほぐしながらこんなことを言った。
「支配率が一番高いところはどこだ?」
この時須賀京太郎は窓の外を見ていた。窓の外はヘビの内臓である。ナグルファルの船首は葦原の中つ国へ到着しているが、全体が抜けていなかった。
全長一キロである。時間差があった。そうして窓を見つつ体をほぐしている須賀京太郎にオロチが震えながら答えた。
「最深部……」
オロチの答えを聞いて須賀京太郎は肯いた。そしてロキに質問をした。
「最深部に何かが隠れていると思うが、どうだ?
衣さんの支配は本人を中心にして放射状に広がっていく。
衣さんの異能力が利用されているとしたら、本来ならば決戦場とやらが一番強く支配されるはずだが、最深部。おかしな話だ」
するとマントになっているロキが翻った。少し怒っていた。オロチが怖がっているのを見て、怒りを感じていた。見た目少女のオロチである。
ロキとしては気に入らないやり方だった。そんなロキはこういった。
「何かおるじゃろうよ。力を伝播するための兵器か、悪魔か。
じゃが、すぐにおらんなる。わしらが殺す」
体をほぐしている須賀京太郎が軽く笑った。そして動きを止めてこういった。
「その通り。俺たちが殺す」
このように応える須賀京太郎は異形の右腕を軽く動かした。右に揺らしてみたり左に揺らしてみたり、くねらせてみたりもした。
関節を無視した動きを強制してみたが、これもうまく動いてくれた。見た目通り、人間の右腕とは別物だった。
須賀京太郎に命令される右腕は喜んでいるように見えた。銀の腕を創っている有刺鉄線のようなものが、鈍い輝きを見せていた。
また、この右腕だがかなり融通が利いた。指先の爪まで命令が届くのだ。骨と皮しかない銀の右手。
この指先に生える五本の刃の爪が須賀京太郎の命令通り伸び縮みして、便利だった。
須賀京太郎が肉体の支配率を上げていると、マントになっているロキが姉帯豊音にお願いした。
「姉帯のお嬢ちゃんよ。オロチのお嬢ちゃんを加護で包んでやっておくれ。
『大慈悲の加護』ならば、オロチのお嬢ちゃんを守り切ってくれるじゃろう。
本当ならわしが唱えてやってもええが、肉体を失った今、『聖音』を体現するのは難しい」
ロキのお願いを聞いた姉帯豊音はすぐにオロチに近付いていった。抱いていた未来は背中に背負っていた。
そうして近づいてツインテールのオロチの手を握った。すると姉帯豊音を守る「まっしゅろしゅろすけ」がオロチを包み込んだ。
包み込まれるとオロチの顔から恐怖の色が消えた。内側から変質する恐怖が柔らかさと熱で溶けたのだ。
姉帯豊音がオロチを包み込んだ後須賀京太郎が動き出した、この時の須賀京太郎とヘルたちについて書いていく。
それはオロチから恐怖が去った後のことである。窓の外を見つめていた須賀京太郎がヘルたちに向き直った。
須賀京太郎が向き直った時ヘルたちは息をのんだ。つい数十分前に死に掛けていた須賀京太郎が完全に息を吹き返していたからである。
また、見惚れた。不思議なことだが全てが調和していた。一つ一つは間違いなく禍々しいモノたちが調和していた。
ボロボロのバトルスーツとマント、奇妙な左手の籠手に異形の銀の右腕。灰色の髪の毛に金色の目、褐色の肌。どれもこれも不気味で、不調和である。
しかし全てがそろうと秩序立っていた。美術品のような美しさはない。自然美だった。
そうして不思議な感覚にヘルたちが魅せられている時、須賀京太郎がこう言った。
「俺は先に葦原の中つ国の状況を確認してくる。
ハチ子さん、ナグルファルの船首への門を開いてください」
特に気負ったところはなかった。そんな須賀京太郎の命令を聞いてハチ子が少し戸惑った。調査の名目でどこかに消えてしまいそうだった。
しかし門を開いた。二メートルほどの高さで一人用だった。状況を確認するというのは必要な行為だった。そうして門が現れると須賀京太郎は歩き出した。
198: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:45:33.77 ID:0u6VSuLa0
須賀京太郎が門をくぐろうとした時ロキにからかわれた、この時に行われた須賀京太郎とロキの会話について書いていく。
それは須賀京太郎があと一歩で門を潜るというところだった。須賀京太郎の背中に張り付いているロキがこう言った。
「ナグルファルを率いる王が自分勝手な行動はせんよなぁ」
完全にからかっている口調だった。実際からかっていた。王と呼ばれると機嫌が悪くなるのを見抜いているので、あえて突いて遊んでいた。
このようにからかわれると須賀京太郎は門の前で立ち止まった。眉間にしわが寄っていた。怒ってはいなかった。少しイラついているだけである。
立ち止まったのは落ち着くためだ。感情の増幅効果は今も健在である。ちょっとしたからかいでかなり心が揺れていた。
そして感情が大きく揺れると理解している須賀京太郎だ。自分を落ち着けるために立ち止まった。そうして立ち止まった須賀京太郎にロキがこう言った。
「二代目葛葉狂死を打倒すならよう。自分を御しきれんといかんぞ。
今の小僧は自分の心を御しきれておらん。
異形の右腕がその証拠じゃ。完全に自分を律することができたのならば、このような無様な状態に陥ることはなかったじゃろう。
わしらの目的を思い出せるか?」
ロキに語りかけられた須賀京太郎は、大きく深呼吸をした。深呼吸をすると心が落ち着いた。しかし一度では足りなかった。何度か繰り返した。
そして十分に落ち着いてからこういった。
「姉帯さんを守りきる。そのためにはシギュンさんの解放が必要で、二代目葛葉狂死は最大の障害物」
須賀京太郎の答えを聞いてロキがこう言った。
「シギュンの異界を器にしてエネルギーを蓄え天国を創るという算段じゃろうからな。
巨大な異界を創るためには大量のエネルギーが必要じゃが、とどめ置くためには頑丈な器が必要じゃ。
大量の水をせき止めるために頑丈なダムが必要なように、マグネタイトとマガツヒそして霊気を大量に集めて留めるためにはシギュンが必要なのじゃ。
となれば、姉帯のお嬢ちゃんを守りたい小僧は、シギュンを狙わねばならん。
土台が消えれば、エネルギーは流れ出して消えていくだけ、天国なんぞ形になりゃあせん。
当然、二代目葛葉狂死が出張ってくるじゃろう。計画の要はシギュンの異界じゃろうからな。しかし排除は難しい。
なぜならあの化け物は小僧の上位互換、自分を完全に律し異界創造の力を御しきるヤタガラスの上級退魔士。
このまま進めば間違いなく敗北じゃろう。小僧が勝っておるのは腕力だけじゃからな。
じゃから、わしは勝つために必要なものを教えよう。小僧に今必要なのは、異界創造の技術、その中でも特に必要なのがコントロールする術じゃ」
ロキが語り終えると須賀京太郎は黙った。眉間に深くしわができていた。事実を指摘されると痛かった。
門の前で須賀京太郎が立ち止って数分後、再びロキが語りかた、この時に行われた二人の会話について書いていく。
それは、事実をロキが指摘した後のことである。真実を指摘された須賀京太郎は、黙ってしまった。眉間にしわを寄せて、口をゆがませて動けない。
悔しさと怒りが一緒に湧いていた。当然である。二代目葛葉狂死が撤退した時須賀京太郎は敗北を認めていた。
二代目葛葉狂死は優しいことを言ってくれたが、須賀京太郎の心は負けたと認めていた。
そうして須賀京太郎が悔しい気持ちを思い出して黙り込んでいるところで、ロキがこう言ったのだ。
「星を見つけよ小僧。自分を導く正義の星を見つけるんじゃ。
修行を積み、人の枠を超えて往くと神と人の境界はあやふやになる。そうなってもなお人間であり続けることができるのはなぜか。
悪魔にも頼らず、神にも頼らず、社会にも頼らず、他人にも頼らない。なぜか。
それでも歩けるのは自分自身の星を見つけておるからじゃ。
小僧も見つけねばならん。自分を導く星を見つけ、正義と名付けよ。そして正義に殉じ自分を完全に律するのじゃ」
199: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:48:15.94 ID:0u6VSuLa0
マントになっているロキの話は分かりやすいようでわかりにくかった。
側で話を聞いている者たちを見ればわかるが、なんとなくわかったような顔をしている。ただ、須賀京太郎は違った。困惑でいっぱいである。
なぜなら須賀京太郎は既に答えを持っている。そもそも
「戦うためにヤタガラスに入った。自分は戦いが好きなだけ」
と考えている。ヤタガラスに入る時に受けた面接でも
「戦いたいから」
と答えた。そうなって須賀京太郎を導く星はどこにあるかと言われたら
「修羅道だ」
となるだろう。しかしこの答えは間違いらしいから困る。異形の右腕を見ていればわかる。正しいのなら右腕は人間の形へ変えられるはずだ。
二代目葛葉狂死が悪魔の姿へと変わり戻ったように。しかし須賀京太郎はできない。つまり自分を導く星ではない。これは困る。
間違いないと思ったら大間違いだったのだ。最悪だった。そうして困り切って須賀京太郎はため息をついた。そしてこういった。
「戦いながら異界の操作方法を学ぶか……最悪、悪魔堕ちだな。まぁ、今も悪魔とそうかわらないが」
葛葉流の退魔術の初歩で躓く須賀京太郎である。異界の操作術など考えもしない領域の話だった。流石に心が折れそうになる。ため息も出る。
そうして弱気になっているところでロキがこう言った。
「悪魔に堕ちるのが怖いか?
本当に怖いものを小僧は知っておる。本当に怖いのは大切なものを守れないこと……できんとは言わんよな?」
挑発していた。しかし激励でもあった。先駆者特有の優しさである。この激励はしっかりと須賀京太郎に届いていた。すると須賀京太郎の目の色が変わった。
金色の目が失せて輝く赤い目になった。輝く赤い目は明々と燃えていた。須賀京太郎のトリガーをロキの挑発が引いたのだ。不安はもちろんある。
しかしそれ以上に挑戦者としてのやる気で満ちていた。そうして目の色を変えた須賀京太郎は不敵にほほ笑んだ。そしてロキの挑発に乗った。
こう言っていた。
「そうだな。やるだけだ」
輝く赤い目の須賀京太郎は門を潜り抜けた。この時マントになっているロキがニヤリと笑っていた。挑発に乗った須賀京太郎が素敵だった。
内心おびえているのに見事な強がり。ロキの趣味に合った。
須賀京太郎とロキが門をくぐった後姉帯豊音にヘルがお願いをしていた、この時に行われたお願いの内容と姉帯豊音の対応について書いていく。
それは須賀京太郎とロキが状況確認のために姿を消してすぐのことである。二人を送り届けた門が姿を消した。
そうして門が消えると無表情なヘルが動き出した。姉帯豊音とオロチのところへ優雅に向かっていった。
そして一メートルほどの距離まで近づいて、二人をじっと見つめた。すると姉帯豊音が困り顔になった。ヘルが何か言いたげだったからだ。
しかしなかなか動き出さなかった。じっと見つめて動かない。そうして見つめあって十秒後ようやくヘルがこんなことを言い出した。
「豊音ちゃん。
京太郎ちゃんに王になってもらえるようお願いしてもらえないかしら」
すると姉帯豊音が難しい顔になった。手を握られているオロチも同じく難しい顔になった。二人とも無理だと思ったからだ。
そのためストレートに姉帯豊音は伝えた。
「無理だと思うよ。須賀君は権力に興味ないみたいだし」
続けてツインテールのオロチがこう言った。
「衣が部屋を片付けるようなもんだぞ」
するとヘルがこう言った。
「王様がいないと不安定なの……みんな不安みたいだし」
側で話を聞いている者たちを見ればわかるが、なんとなくわかったような顔をしている。ただ、須賀京太郎は違った。困惑でいっぱいである。
なぜなら須賀京太郎は既に答えを持っている。そもそも
「戦うためにヤタガラスに入った。自分は戦いが好きなだけ」
と考えている。ヤタガラスに入る時に受けた面接でも
「戦いたいから」
と答えた。そうなって須賀京太郎を導く星はどこにあるかと言われたら
「修羅道だ」
となるだろう。しかしこの答えは間違いらしいから困る。異形の右腕を見ていればわかる。正しいのなら右腕は人間の形へ変えられるはずだ。
二代目葛葉狂死が悪魔の姿へと変わり戻ったように。しかし須賀京太郎はできない。つまり自分を導く星ではない。これは困る。
間違いないと思ったら大間違いだったのだ。最悪だった。そうして困り切って須賀京太郎はため息をついた。そしてこういった。
「戦いながら異界の操作方法を学ぶか……最悪、悪魔堕ちだな。まぁ、今も悪魔とそうかわらないが」
葛葉流の退魔術の初歩で躓く須賀京太郎である。異界の操作術など考えもしない領域の話だった。流石に心が折れそうになる。ため息も出る。
そうして弱気になっているところでロキがこう言った。
「悪魔に堕ちるのが怖いか?
本当に怖いものを小僧は知っておる。本当に怖いのは大切なものを守れないこと……できんとは言わんよな?」
挑発していた。しかし激励でもあった。先駆者特有の優しさである。この激励はしっかりと須賀京太郎に届いていた。すると須賀京太郎の目の色が変わった。
金色の目が失せて輝く赤い目になった。輝く赤い目は明々と燃えていた。須賀京太郎のトリガーをロキの挑発が引いたのだ。不安はもちろんある。
しかしそれ以上に挑戦者としてのやる気で満ちていた。そうして目の色を変えた須賀京太郎は不敵にほほ笑んだ。そしてロキの挑発に乗った。
こう言っていた。
「そうだな。やるだけだ」
輝く赤い目の須賀京太郎は門を潜り抜けた。この時マントになっているロキがニヤリと笑っていた。挑発に乗った須賀京太郎が素敵だった。
内心おびえているのに見事な強がり。ロキの趣味に合った。
須賀京太郎とロキが門をくぐった後姉帯豊音にヘルがお願いをしていた、この時に行われたお願いの内容と姉帯豊音の対応について書いていく。
それは須賀京太郎とロキが状況確認のために姿を消してすぐのことである。二人を送り届けた門が姿を消した。
そうして門が消えると無表情なヘルが動き出した。姉帯豊音とオロチのところへ優雅に向かっていった。
そして一メートルほどの距離まで近づいて、二人をじっと見つめた。すると姉帯豊音が困り顔になった。ヘルが何か言いたげだったからだ。
しかしなかなか動き出さなかった。じっと見つめて動かない。そうして見つめあって十秒後ようやくヘルがこんなことを言い出した。
「豊音ちゃん。
京太郎ちゃんに王になってもらえるようお願いしてもらえないかしら」
すると姉帯豊音が難しい顔になった。手を握られているオロチも同じく難しい顔になった。二人とも無理だと思ったからだ。
そのためストレートに姉帯豊音は伝えた。
「無理だと思うよ。須賀君は権力に興味ないみたいだし」
続けてツインテールのオロチがこう言った。
「衣が部屋を片付けるようなもんだぞ」
するとヘルがこう言った。
「王様がいないと不安定なの……みんな不安みたいだし」
200: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:50:12.49 ID:0u6VSuLa0
これにツインテールのオロチがこう言った。
「ヘルが女王だろう? 北欧神話のままを再現できるのなら、そのまま役を引き継げばいい」
するとヘルが黙り込んだ。そしてうつむいた。うつむいたままヘルはこういった。
「正直な話をすると、今のナグルファルは私の手に負えるような集団ではないの。
超巨大な亡霊たちのネットワークというだけでも仕切るのが難しいけど、今のナグルファルは人間だけのネットワークじゃない。
京太郎ちゃんが壊した地獄には獣と神の残骸もたくさんあったわ。
本来なら私が受け持てない領域の魂たちなんだけど、みんな一緒についてきちゃったのよね。
京太郎ちゃんを王だと思っているからよ。
確かにナグルファルは私が展開している異界よ。所有権は確かに私が持っている。でもね、かじ取りをするのは京太郎ちゃんとお父様でしょ?
このまま放り出されると非常に困るのよね。別に王様として仕切ってほしいわけじゃないの。ネットワークの安定のために玉座に座ってほしいのよ。
ただ『王になる』といってくれさえすれば良いの。そうすれば獣と神のネットワークは納得してくれる」
すると姉帯豊音とオロチが唸った。言いたいことがよくわかった。しかし簡単にうなずけなかった。
須賀京太郎の性格と、日本の混乱した戦場を合わせるとどうにもいい案が浮かばなかった。特に須賀京太郎はロキと共に修行でも始めるような勢いだった。
須賀京太郎の性格上やると決めたら間違いなくやり通す。となって、ナグルファルの話などしたところで全く意味がない。
地獄から出た以上、利用する意味がないからだ。ただ、姉帯豊音とオロチは必死になってヘルの願いを叶えようとした。
地獄の女王ヘルは二人にとって既に友人だった。また、単純に見捨てるのは心が痛んだ。そして無言が数分続いたところでいよいよ姉帯豊音がうなずいた。
姉帯豊音がうなずくのを見て、オロチも小さく肯いた。二人とも失敗を前提でうなずいていた。顔に自信が一切なかった。
そうして肯いた姉帯豊音がこういった。
「わかった。須賀君に話してみるよ。でもあまり期待しないでね」
するとヘルは喜んだ。無表情なまま、体を使って喜びを表現していた。可愛らしいドレスのスカートがふわふわしていた。
本当にうれしいらしく、姉帯豊音とオロチも見ていてうれしくなった。
ただ、可愛らしいドレスを着てものすごい勢いではしゃぐので、梅さんの目が鋭くなった。オロチを見て叱り付けた時の目と同じだった。
なかなか恐ろしかった。
「ヘルが女王だろう? 北欧神話のままを再現できるのなら、そのまま役を引き継げばいい」
するとヘルが黙り込んだ。そしてうつむいた。うつむいたままヘルはこういった。
「正直な話をすると、今のナグルファルは私の手に負えるような集団ではないの。
超巨大な亡霊たちのネットワークというだけでも仕切るのが難しいけど、今のナグルファルは人間だけのネットワークじゃない。
京太郎ちゃんが壊した地獄には獣と神の残骸もたくさんあったわ。
本来なら私が受け持てない領域の魂たちなんだけど、みんな一緒についてきちゃったのよね。
京太郎ちゃんを王だと思っているからよ。
確かにナグルファルは私が展開している異界よ。所有権は確かに私が持っている。でもね、かじ取りをするのは京太郎ちゃんとお父様でしょ?
このまま放り出されると非常に困るのよね。別に王様として仕切ってほしいわけじゃないの。ネットワークの安定のために玉座に座ってほしいのよ。
ただ『王になる』といってくれさえすれば良いの。そうすれば獣と神のネットワークは納得してくれる」
すると姉帯豊音とオロチが唸った。言いたいことがよくわかった。しかし簡単にうなずけなかった。
須賀京太郎の性格と、日本の混乱した戦場を合わせるとどうにもいい案が浮かばなかった。特に須賀京太郎はロキと共に修行でも始めるような勢いだった。
須賀京太郎の性格上やると決めたら間違いなくやり通す。となって、ナグルファルの話などしたところで全く意味がない。
地獄から出た以上、利用する意味がないからだ。ただ、姉帯豊音とオロチは必死になってヘルの願いを叶えようとした。
地獄の女王ヘルは二人にとって既に友人だった。また、単純に見捨てるのは心が痛んだ。そして無言が数分続いたところでいよいよ姉帯豊音がうなずいた。
姉帯豊音がうなずくのを見て、オロチも小さく肯いた。二人とも失敗を前提でうなずいていた。顔に自信が一切なかった。
そうして肯いた姉帯豊音がこういった。
「わかった。須賀君に話してみるよ。でもあまり期待しないでね」
するとヘルは喜んだ。無表情なまま、体を使って喜びを表現していた。可愛らしいドレスのスカートがふわふわしていた。
本当にうれしいらしく、姉帯豊音とオロチも見ていてうれしくなった。
ただ、可愛らしいドレスを着てものすごい勢いではしゃぐので、梅さんの目が鋭くなった。オロチを見て叱り付けた時の目と同じだった。
なかなか恐ろしかった。
201: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:53:29.12 ID:0u6VSuLa0
ナグルファルの船首に到着した時須賀京太郎は薄く笑っていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。
それはハチ子が用意してくれた門を潜り抜けてから数秒後のことである。
葦原の中つ国の上空三百メートル地点ナグルファルの船首に須賀京太郎は立っていた。
二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いで傷ついた甲板も今は完全に元通りである。船首も復元されていた。
前回は姉帯豊音と未来と一緒に遊んでいた須賀京太郎だが、今回はロキと二人きりだった。そうして船首に立った須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。
葦原の中つ国を見下ろした結果である。何せひどかった。葦原の中つ国がほぼ完全に支配されていたからだ。
「ほぼ完全に支配されている」
という表現は侵略が完了していないという意味ではない。
ナグルファルと須賀京太郎たちという異物を支配できていないという意味で完全でないということである。
そして支配というのは苦しみを伴ったものでもない。何も気づかないまま、手のひらの上で踊らされるという支配の仕方だった。
見下ろすだけでそのように判断したのは、葦原の中つ国に大量の異物がうごめいていたからだ。この異物はいわゆる影のようなものである。
幻覚の類ではなく夢魔の類。どれもこれも形が定まらない不気味な影たちが、葦原の中つ国を徘徊していた。
これが異物だと判断がつくのは、この異物どもが葦原の中つ国を好き勝手に変化させているからだ。
葦原の中つ国の最表面は煉瓦で舗装された道が延々と続き、蒸気機関たちが雲を創る世界である。しかしそれが今では、ファンシーなものへ変わっている。
青い空にお菓子の家。可愛らしい小人に可愛い妖精たちが歩き回る。小さな子供たちが望む可愛い世界が出来上がりつつある。
しかしヤタガラスの関係者たち、サマナーたちはまったく気にしない。怯えているオロチを見ている須賀京太郎にとって、これだけで十分だった。
そうして須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。状況が悪すぎた。そして、須賀京太郎は素直な感想をつぶやいた。
「これが衣さんの全力か……ヤバすぎる。『治水』の異能力者たちさえ欺く『支配』の力。ここまでとは。
染谷先輩、マジで尊敬しますよ」
須賀京太郎が独り言を言っているところでマントになっているロキが作戦をくれた、この時のロキの作戦について書いていく。
それは葦原の中つ国の惨状を見て染谷まこの精神力を須賀京太郎が褒めている時だった。須賀京太郎の背中に引っ付いているマントのロキが唸った。
唸り声だけをきくと獣のようだった。しかし好意的に解釈すると学者が難問に向かっているようにも聞こえる。
そうして唸り声をロキが上げるものだから、須賀京太郎は先輩を称えるのをやめた。そして、ロキに聞いた。
「どうしたよ。敵か?」
絶望的な状況を前にしているはずだが、明るかった。目の前で起きている惨状よりも、自分の先輩の精神力の素晴らしさに心が震えていた。
目の前の惨状について悩むところはほとんどない。それはやることが決まっているからだ。
地獄を創った者の関係者であるのなら、日常を奪った者の関係者ならば、皆殺しである。決めたことである。揺れない。
そんな須賀京太郎に対してロキはこういった。
「作戦を考えておっただけじゃ。すぐに最深部に向かうつもりじゃったが、変更じゃな。
まずは、オロチのお嬢ちゃんの触角を探そう。生き残っておる触角じゃ。こいつを姉帯のお嬢ちゃんの加護で守る。侵食率が思った以上に高けぇからな。
小数点以下でも守っておかんとヤバかろう」
作戦の変更を伝えるロキの口調は苦しげだった。また口調に迷いが見えた。分からないことが多すぎるからだ。しかし止まれない。
動かなければ二代目葛葉狂死に圧倒され続けるだけだ。ただでさえ後手に回っているのだ。動かないとあっという間に追い込まれる。
そのため悩みながらも確かな方法を選んだ。そうして作戦を受け取ると須賀京太郎が小さく肯いた。異論はなかった。
完全に支配された葦原の中つ国は見たくなかった。
それはハチ子が用意してくれた門を潜り抜けてから数秒後のことである。
葦原の中つ国の上空三百メートル地点ナグルファルの船首に須賀京太郎は立っていた。
二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いで傷ついた甲板も今は完全に元通りである。船首も復元されていた。
前回は姉帯豊音と未来と一緒に遊んでいた須賀京太郎だが、今回はロキと二人きりだった。そうして船首に立った須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。
葦原の中つ国を見下ろした結果である。何せひどかった。葦原の中つ国がほぼ完全に支配されていたからだ。
「ほぼ完全に支配されている」
という表現は侵略が完了していないという意味ではない。
ナグルファルと須賀京太郎たちという異物を支配できていないという意味で完全でないということである。
そして支配というのは苦しみを伴ったものでもない。何も気づかないまま、手のひらの上で踊らされるという支配の仕方だった。
見下ろすだけでそのように判断したのは、葦原の中つ国に大量の異物がうごめいていたからだ。この異物はいわゆる影のようなものである。
幻覚の類ではなく夢魔の類。どれもこれも形が定まらない不気味な影たちが、葦原の中つ国を徘徊していた。
これが異物だと判断がつくのは、この異物どもが葦原の中つ国を好き勝手に変化させているからだ。
葦原の中つ国の最表面は煉瓦で舗装された道が延々と続き、蒸気機関たちが雲を創る世界である。しかしそれが今では、ファンシーなものへ変わっている。
青い空にお菓子の家。可愛らしい小人に可愛い妖精たちが歩き回る。小さな子供たちが望む可愛い世界が出来上がりつつある。
しかしヤタガラスの関係者たち、サマナーたちはまったく気にしない。怯えているオロチを見ている須賀京太郎にとって、これだけで十分だった。
そうして須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。状況が悪すぎた。そして、須賀京太郎は素直な感想をつぶやいた。
「これが衣さんの全力か……ヤバすぎる。『治水』の異能力者たちさえ欺く『支配』の力。ここまでとは。
染谷先輩、マジで尊敬しますよ」
須賀京太郎が独り言を言っているところでマントになっているロキが作戦をくれた、この時のロキの作戦について書いていく。
それは葦原の中つ国の惨状を見て染谷まこの精神力を須賀京太郎が褒めている時だった。須賀京太郎の背中に引っ付いているマントのロキが唸った。
唸り声だけをきくと獣のようだった。しかし好意的に解釈すると学者が難問に向かっているようにも聞こえる。
そうして唸り声をロキが上げるものだから、須賀京太郎は先輩を称えるのをやめた。そして、ロキに聞いた。
「どうしたよ。敵か?」
絶望的な状況を前にしているはずだが、明るかった。目の前で起きている惨状よりも、自分の先輩の精神力の素晴らしさに心が震えていた。
目の前の惨状について悩むところはほとんどない。それはやることが決まっているからだ。
地獄を創った者の関係者であるのなら、日常を奪った者の関係者ならば、皆殺しである。決めたことである。揺れない。
そんな須賀京太郎に対してロキはこういった。
「作戦を考えておっただけじゃ。すぐに最深部に向かうつもりじゃったが、変更じゃな。
まずは、オロチのお嬢ちゃんの触角を探そう。生き残っておる触角じゃ。こいつを姉帯のお嬢ちゃんの加護で守る。侵食率が思った以上に高けぇからな。
小数点以下でも守っておかんとヤバかろう」
作戦の変更を伝えるロキの口調は苦しげだった。また口調に迷いが見えた。分からないことが多すぎるからだ。しかし止まれない。
動かなければ二代目葛葉狂死に圧倒され続けるだけだ。ただでさえ後手に回っているのだ。動かないとあっという間に追い込まれる。
そのため悩みながらも確かな方法を選んだ。そうして作戦を受け取ると須賀京太郎が小さく肯いた。異論はなかった。
完全に支配された葦原の中つ国は見たくなかった。
202: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:56:32.08 ID:0u6VSuLa0
葦原の中つ国の状況を確認し作戦を若干変更した後須賀京太郎の気配が鋭くなった、この時に須賀京太郎が見つけた異変について書いていく。
それは葦原の中つ国が思った以上に侵食され、オロチ自体の認識さえ操られていると須賀京太郎たちが判断した後のことである。
ナグルファルの船首の上に立つ須賀京太郎の気配が尖った。今までの楽観的な空気は一切ない。
一気にまとっている空気が鋭くなり、戦いへ望む退魔士のものに変わった。そして赤い目が爛々として燃え上がっているように見えた。
これというのも葦原の中つ国に蠢いている幻影のような夢魔たちが、ナグルファルを見上げ始めたのである。もともとナグルファル自体が目立つ存在である。
全長一キロメートル、見た目は豪華な客船でしかも空を飛んでいる。嫌でも目を引く。当然のことだと解釈できる。
しかし、須賀京太郎はそのように解釈しなかった。須賀京太郎はこう考えた。
「衣さんの能力に支配されていない異物を見つけたって感じだな。
地獄を内側に持つナグルファルが邪魔だと思っているのか、それともオロチの目を持つ俺が鬱陶しいのか」
そうして二つの予想を立てて須賀京太郎は戦闘態勢に入った。どちらにしても戦いになるのは間違いなかった。
そうして須賀京太郎が戦闘態勢に入ると、バトルスーツに火が入った。
心臓をスタート地点にしてエネルギーが生まれ、全身に広がるエネルギーの供給ラインが激しく脈を打ちを始めた。
すると須賀京太郎の全身が赤い光で包まれた。燃え上がっているように見えた。
須賀京太郎の身体がマガツヒの光に包まれて燃え上がっていると、葦原の中つ国の空の色ががらりと変わった、この時の変化の具合と変化の理由について書いていく。
それは須賀京太郎のバトルスーツに火が入り戦いの緊張感で船首あたりの空気が冷えた時のことである。
ナグルファルの乗組員たちが大慌てで連絡を取り合っていた。須賀京太郎の気配が変わったのを察して戦いが始まるとナグルファル全体に伝えていた。
二代目葛葉狂死と須賀京太郎が亡霊たちの自信作ナグルファルをあっさりと破壊したこともあって、亡霊たちの対応は素早かった。
そうしてナグルファルが防御の姿勢をとっているところで、葦原の中つ国の空の色が変わった。今までの葦原の中つ国の空の入りは綺麗な青空だった。
それが奇妙な空に変わった。広い空が雲で覆われたのだ。それだけならよいが雲の向こうに巨大な光の塊がある。太陽のように光の塊が地上を照らしていた。
しかし、本物の太陽ではない。本物の太陽ならば一瞬で地上を焼く近さにあるからだ。しかし、この分厚い雲と光の塊の空の形は自然だった。
自然というのは葦原の中つ国の最表面が正しく運用されている状態である。つまり青空がおかしかっただけである。
そうして空が元の形に戻った時、なぜ空の色が戻ったのか須賀京太郎が察した。青い空を創っていた夢魔たちがナグルファルを襲いに来たのである。
薄っぺらな影のような夢魔たちが形を変えながらナグルファルを取り囲み、へばりつこうとしていた。
ただ、攻撃の意志が弱かった。というのも須賀京太郎を無視していた。
一番邪魔になるだろう須賀京太郎を無視して甲板に降り立って、ウロウロと歩き回るのだからおかしなことだった。ただ不気味な光景なのは間違いない。
ナグルファルの甲板に無数の夢魔たちが降り注ぎ、うろつくのだ。しかも乗組員たちを無視して歩き回る。
甲板に出ている亡霊たちはそんな夢魔たちを気味悪がっていた。意味がさっぱりわからなかった。
大量の夢魔たちが甲板をうろつき始めるとマントになっているロキが須賀京太郎に話しかけてきた、この時に行われた二人の会話について書いていく。
それは大量の夢魔たちに囲まれ、ナグルファルの甲板が占拠された後のことである。船首付近も同じく夢魔たちでいっぱいになっていた。
不定形の夢魔たちである。同じ形の夢魔はほとんどいなかった。時々同じような形に変化する者もいたが、すぐに別の形に変わっていた。
そんな夢魔たちを見てマントになっているロキがこう言った。
「異能力を伝播するためだけにこいつらは存在しておるのかもしれんな。
じゃが、うっとうしい限りよ」
ロキが語りかけてくると須賀京太郎は右腕を軽く振った。軽くスナップをきかせていた。すると前方二十メートルの範囲にいた夢魔たちが切り裂かれて散った。
甲板が少しきれいになった。綺麗になったところで須賀京太郎はこういった。
203: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 00:59:36.02 ID:0u6VSuLa0
「柔らかいな。しかも攻撃されて逃げないし隠れもしない。
異能力が通じない相手にはとことん弱いのか?」
須賀京太郎が語っている間に、周囲を取り囲んでいた夢魔たちが甲板に飛び乗ってきた。そして飛び乗ってきて甲板を埋め尽くすと再びうろつき始めた。
喜怒哀楽はまったく見えず、ただうろつくだけだった。再び補充された夢魔たちを見て、ロキがこう言った。
「腕力で勝負するタイプじゃねぇということじゃな。
しかし効果的な戦略じゃねぇか。実際ヤタガラスの大部分はこれで認識をいじられとるじゃろう。
ナグルファルがおらんかったら、大慈悲の加護がなかったら、オロチでさえ理解できずに終わっておったじゃろう」
このようにロキが語ると須賀京太郎は再び右腕を振った。先ほどと同じように右腕を軽くしならせて甲板の上を薙いだ。
そして間を置くことなくナグルファルを取り囲む夢魔たちに攻撃を仕掛けた。全身と右腕をしならせて空を切った。
すると周囲を取り囲んでいた無数の影たちが切り裂かれて散った。そうしてナグルファルの周囲がきれいになるとロキがこう言った。
「小僧よ、あまり夢魔どもにかまうな。こいつらはいくらでも出てくるじゃろう。
ここまで薄っぺらじゃと、ほとんどエネルギーを使わんで生産できるじゃろうからな。
それよりも、触角を見つけてやろう。一人より二人、二人より三人じゃ。小数点以下の数字でも味方であってくれた方がええ」
すると須賀京太郎はこういった。
「で、当てはあるのか? 葦原の中つ国は白骨の地獄よりもはるかにデカい。数十倍か数百倍か。
日本の領土全体をいくつか重ねてようやく葦原の中つ国の大きさになるんだぞ。運任せになるなら、さっさと最深部に向かったほうが良い」
須賀京太郎がこのようなことを言うと、ロキは少し怒った。そしてこういった。
「わしを誰じゃと思っておる。
言われずとも探知し終わっておるよ。といっても見つけられたのは二つだけじゃがな。案内しちゃろう。
行けるか小僧? ナグルファルからダイブせんとおえんけど」
すると須賀京太郎はうなずいた。まったく恐れはなかった。
ナグルファルから飛び降りて数分後須賀京太郎は懐かしいものを見つけた、この時に須賀京太郎が見つけたものについて書いていく。
それはナグルファルの甲板から葦原の中つ国へ須賀京太郎が飛び降りて三分後のことである。
夢魔たちが蠢いているファンシーな世界を須賀京太郎は駆け抜け、楽々目的地に到着していた。
というのも、大量の夢魔たちがうごめいていたのだが邪魔をしてこなかったのだ。
お菓子の家を創る仕事やジュースの海を管理する仕事で夢魔たちは忙しかった。
時々ヤタガラスの構成員やフリーのサマナーとすれ違ったが、彼らもまた忙しく働いていた。盗み聞きしたところによると普通に作戦行動をとっていた。
しかし、やはりというべきか葦原の中つ国の状況は理解していなかった。そんなところを駆け抜けてロキの案内で到着した目的地だが、駐車場であった。
車が何百台と止まり、にぎやかだった。ただ、街灯がお菓子だったり、光源が妖精だったりしてファンシーだった。
この駐車場に夢魔たちが近寄れないバスが四台あった。バスはものすごく豪華で、金がかかっているのがわかる。
葦原の中つ国のファンシー具合からすると、いかにも現代的なデザインで浮いていた。ここにオロチの触角の生き残りがいるとすぐにわかった。
またこのバスを見て須賀京太郎は目を大きく開いた。須賀京太郎はこういった。
「龍門渕の移動司令室! 流石龍門渕! 金の使いどころがわかっている!」
須賀京太郎が見つけたバスはインターハイのために龍門渕が用意したバスである。何もかも支配されていると思ったところで見つけたものだから、心が弾んだ。
204: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 01:02:39.58 ID:0u6VSuLa0
流石龍門渕だと須賀京太郎が喜んでいる時周囲の退魔士とサマナーから攻撃を受けた、この時の退魔士とサマナーたちについて書いていく。
流石に龍門渕は一味違うと須賀京太郎が喜んでいる時である。
「さてオロチの触角を探し出してナグルファルへ連れてゆこう」
と考えていると、四方八方から魔法が飛んできた。稲妻が飛び、火が降った。風が吹き荒れて岩石が撃ち込まれた。
重力が何十倍にも膨れ上がり、情報を分解するメギドの輝きが周囲を照らした。魔法は周囲の退魔士たち、サマナーたちが撃ち込んでいた。
取り囲んでいる者たちは総勢十八名。それぞれが仲魔を呼び出して総勢三百と少しの軍団を作っていた。
あらゆる神話から選りすぐられた仲魔たちは屈強ですごい。しかし仲魔たちと彼らのマスターは不安の色でいっぱいだった。
それもそのはずで、未確認の魔人が目の前に現れたからである。ただ恐ろしい。彼らは確かに見たのだ。身長二メートル、鎧武者のような魔人の姿を。
しかしずいぶんおかしなシルエットだった。というのが鎧に遊びが一切なかった。防具と肉体との間に余裕がなかったのだ。
肉体に防具がぴたりと張り付いていて、頭の先からつま先までが洗練されていた。
また赤く輝くマントを羽織っているのが赤い目と合わせて印象に残っていた。まったく情報のない存在である。
そんな奇妙な魔人が現れたものだから、退魔士とサマナーたちは不安になった。確かに全力で攻撃魔法を撃ち込み続けた。しかし相手は魔人である。
しかも情報処理の要になっている龍門渕を真っ先に狙っていた。只者ではないのは明らかで、魔法を何十発と打ち込んだだけでは安心できなかった。
ヤタガラスの構成員たちが大量の魔法を撃ち込んで数秒後龍門渕のバスから悲鳴が上がった、この時に悲鳴を上げた者たちについて書いていく。
それは大量の魔法の雨に鎧武者の魔人が撃たれて十秒ほど後のことである。龍門渕のバスの一つから大きな悲鳴が上がった。悲鳴は少女のものだった。
三つほど重なっていて聞くものを震え上がらせた。周囲にいたヤタガラスの構成員たち、龍門渕の血族たちはあわてて悲鳴が聞こえたバスへ向かった。
さすがにヤタガラスの構成員である。デスクワーク中心の龍門渕の血族でも金メダリスト級の勢いで駐車場を駆けた。
また、悲鳴が上がったバスとは違う龍門渕のバスから、龍門渕の当主にして幹部である龍門渕信繁が退魔刀を持って飛び出していた。目が血走っていた。
悲鳴の一つが娘のものだと察したからだ。さてそうしてバスに到着したヤタガラスたちだが、バスに乗り込んですぐ恐ろしいものを見た。
悲鳴が上がったバスの中に先ほどあらわれた鎧武者が立っていたのだ。まったくの無傷でバスの通路に立っていた。
しかも背中をヤタガラスの構成員たちに見せている。振り向きもしない。これをみて、龍門渕信繁は
「上の位の退魔士が必要だ」
と判断した。しかし撤退はしなかった。なぜなら鎧武者のすぐそばにはメイド服を着た少女が三名とワンピースを着た龍門渕透華がいた。
見殺しにはしたくなかった。さて悲鳴を上げていた少女たちだがしっかりと戦う意志があった。メイド服の三人が龍門渕透華を守るようにして構えていた。
しかしほとんど心構えだけである。というのが鎧武者が距離を詰めるたびに後ろに下がっている。
仲魔を呼び出そうとしてはいたが、震えてうまく召喚機を操作ができなかった。しかししょうがないこと。至近距離で鎧武者を見ると恐ろしい限り。
遠くから見ると鎧武者のように見える。これは間違いない。しかし実際のところ具足など身に着けていないのだ。
ヘビの鱗や魚のうろこのように肉体が変形し鎧のように見えているだけで、無機物に見える生体装甲が脈を打ち生きている。頭からつま先までこの調子。
見ていられないグロテスクである。しかも魔人警戒アプリが警告し続けているところから察して、魔人である。
ただでさえ不吉な存在が、戦いのためだけに研ぎ澄まされている様は少女の心を折るのに十分だった。召喚機の操作などできるわけがなかった。
流石に龍門渕は一味違うと須賀京太郎が喜んでいる時である。
「さてオロチの触角を探し出してナグルファルへ連れてゆこう」
と考えていると、四方八方から魔法が飛んできた。稲妻が飛び、火が降った。風が吹き荒れて岩石が撃ち込まれた。
重力が何十倍にも膨れ上がり、情報を分解するメギドの輝きが周囲を照らした。魔法は周囲の退魔士たち、サマナーたちが撃ち込んでいた。
取り囲んでいる者たちは総勢十八名。それぞれが仲魔を呼び出して総勢三百と少しの軍団を作っていた。
あらゆる神話から選りすぐられた仲魔たちは屈強ですごい。しかし仲魔たちと彼らのマスターは不安の色でいっぱいだった。
それもそのはずで、未確認の魔人が目の前に現れたからである。ただ恐ろしい。彼らは確かに見たのだ。身長二メートル、鎧武者のような魔人の姿を。
しかしずいぶんおかしなシルエットだった。というのが鎧に遊びが一切なかった。防具と肉体との間に余裕がなかったのだ。
肉体に防具がぴたりと張り付いていて、頭の先からつま先までが洗練されていた。
また赤く輝くマントを羽織っているのが赤い目と合わせて印象に残っていた。まったく情報のない存在である。
そんな奇妙な魔人が現れたものだから、退魔士とサマナーたちは不安になった。確かに全力で攻撃魔法を撃ち込み続けた。しかし相手は魔人である。
しかも情報処理の要になっている龍門渕を真っ先に狙っていた。只者ではないのは明らかで、魔法を何十発と打ち込んだだけでは安心できなかった。
ヤタガラスの構成員たちが大量の魔法を撃ち込んで数秒後龍門渕のバスから悲鳴が上がった、この時に悲鳴を上げた者たちについて書いていく。
それは大量の魔法の雨に鎧武者の魔人が撃たれて十秒ほど後のことである。龍門渕のバスの一つから大きな悲鳴が上がった。悲鳴は少女のものだった。
三つほど重なっていて聞くものを震え上がらせた。周囲にいたヤタガラスの構成員たち、龍門渕の血族たちはあわてて悲鳴が聞こえたバスへ向かった。
さすがにヤタガラスの構成員である。デスクワーク中心の龍門渕の血族でも金メダリスト級の勢いで駐車場を駆けた。
また、悲鳴が上がったバスとは違う龍門渕のバスから、龍門渕の当主にして幹部である龍門渕信繁が退魔刀を持って飛び出していた。目が血走っていた。
悲鳴の一つが娘のものだと察したからだ。さてそうしてバスに到着したヤタガラスたちだが、バスに乗り込んですぐ恐ろしいものを見た。
悲鳴が上がったバスの中に先ほどあらわれた鎧武者が立っていたのだ。まったくの無傷でバスの通路に立っていた。
しかも背中をヤタガラスの構成員たちに見せている。振り向きもしない。これをみて、龍門渕信繁は
「上の位の退魔士が必要だ」
と判断した。しかし撤退はしなかった。なぜなら鎧武者のすぐそばにはメイド服を着た少女が三名とワンピースを着た龍門渕透華がいた。
見殺しにはしたくなかった。さて悲鳴を上げていた少女たちだがしっかりと戦う意志があった。メイド服の三人が龍門渕透華を守るようにして構えていた。
しかしほとんど心構えだけである。というのが鎧武者が距離を詰めるたびに後ろに下がっている。
仲魔を呼び出そうとしてはいたが、震えてうまく召喚機を操作ができなかった。しかししょうがないこと。至近距離で鎧武者を見ると恐ろしい限り。
遠くから見ると鎧武者のように見える。これは間違いない。しかし実際のところ具足など身に着けていないのだ。
ヘビの鱗や魚のうろこのように肉体が変形し鎧のように見えているだけで、無機物に見える生体装甲が脈を打ち生きている。頭からつま先までこの調子。
見ていられないグロテスクである。しかも魔人警戒アプリが警告し続けているところから察して、魔人である。
ただでさえ不吉な存在が、戦いのためだけに研ぎ澄まされている様は少女の心を折るのに十分だった。召喚機の操作などできるわけがなかった。
205: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/11(日) 01:05:42.74 ID:0u6VSuLa0
龍門渕信繁たちがバスに乗り込んできて三秒後鎧武者がつぶやいた、この時の鎧武者の呟きと龍門渕の対応について書いていく。
それは龍門渕信繁が覚悟を決めた時のことである。鎧姿の魔人がこう言った。
「オロチ……オロチ……」
小さなつぶやきだった。ほかにもブツブツ言っていたのだが、何を言っているのか周囲の者たちにはさっぱりわからなかった。
鎧姿の魔人がブツブツ言っていると赤いマントが翻った。そしてマントから声が聞こえてきた。マントはこう言っていた。
「結界……じゃ……ナグ……」
マントが翻ると、鎧武者の魔人はこういった。
「アン……ソッ……?」
するとマントが翻ってこういった。
「隠……じゃ、こ……」
声はしっかりと聞こえているのだが、鎧姿の魔人とマントが何を言っているのか周囲にいる者たちはさっぱりわからなかった。
そうして鎧姿の魔人とマントが話をしている間ヤタガラスの構成員たちは動かなかった。
背中を見せている鎧姿の魔人に攻撃を仕掛けようとするのだが、すべて不発に終わっていた。攻撃をしようと体を動かした瞬間に、殺気が飛んでくるのだ。
娘を助けたい気持ちでいっぱいの龍門渕信繁もまた同じである。完全に動きを殺気で制されていた。
この魔人と真正面で向かい合っているメイドたちは生きた心地が全くしなかった。そして
「なぜ自分たちがまだ生きているのか」
もわからなかった。
鎧姿の魔人がマントと会話を初めて一分後龍門渕透華が魔人に話しかけた、この時の龍門渕透華と魔人の会話について書いていく。
それは鎧姿の魔人が悠長に会話を始めて一分後のことである。バスの後部座席に追い込まれていた龍門渕透華が動き出した。
自分を守るメイドたちを押しのけて前に出ようとしたのである。当然メイド三人組は止めようとした。それはもう必死で止めようとした。
なぜなら自殺行為にしか思えない。しかし龍門渕透華は前に出ていった。恐怖で震えているメイドたちの腕力では彼女を止められなかった。
そして少女たちを押しのけて鎧姿の魔人の前に彼女は仁王立ちした。腕組みをして背の高い魔人を威圧していた。ただ、顔色は悪かった。
目の前の存在が恐ろしかった。龍門渕透華が前に出てくると鎧姿の魔人がマントと相談するのをやめた。
輝く赤い目を少女に向けて、口を開いてモゴモゴ言った。それなりに大きな声だったが、モゴモゴとしか聞こえなかった。
この鎧姿の魔人に対して龍門渕透華はこういった。
「何を言っているのかさっぱりわかりませんわ!」
周囲のヤタガラスが青ざめた。悪い方向にしか転がらないと思った。しかし魔人が反応した。そして肯いた。やはりそうだったかと言いたげな肯きだった。
そして声ではなく身振り手振りで意思を伝える方向で魔人は動いた。そうして身振り手振りで伝えると決めた魔人は自分の両目を指差した。
そして龍門渕透華の目を指差した。これを交互に繰り返した。このジェスチャーを見てハッとしたものが数名。メイド服の三人と龍門渕透華である。
そしてハッとしたところを見て、魔人は指を六本立てて見せた。そして自分を指差した。これを繰り返した。すると龍門渕透華の顔に血の気が戻ってきた。
メイド服の三人組の震えも消えた。正体がわかったからである。龍門渕透華はこういった。
「もしかして、須賀君?」
恐る恐るだった。しかし希望もあった。すると鎧姿の魔人が大きくうなずいた。
パンと手を打ち鳴らして、その通りとでも言いたげな大げさなジェスチャーを取った。須賀京太郎の名前を呼ぶとようやくバスの中の空気が穏やかになった。
龍門渕信繁も退魔刀を鞘に納めた。なぜ魔人が攻撃を仕掛けないのか納得がいっていた。ただ、謎も増えた。龍門渕透華の一言がすべてだった。
彼女はこういった。
「何その姿?」
それは龍門渕信繁が覚悟を決めた時のことである。鎧姿の魔人がこう言った。
「オロチ……オロチ……」
小さなつぶやきだった。ほかにもブツブツ言っていたのだが、何を言っているのか周囲の者たちにはさっぱりわからなかった。
鎧姿の魔人がブツブツ言っていると赤いマントが翻った。そしてマントから声が聞こえてきた。マントはこう言っていた。
「結界……じゃ……ナグ……」
マントが翻ると、鎧武者の魔人はこういった。
「アン……ソッ……?」
するとマントが翻ってこういった。
「隠……じゃ、こ……」
声はしっかりと聞こえているのだが、鎧姿の魔人とマントが何を言っているのか周囲にいる者たちはさっぱりわからなかった。
そうして鎧姿の魔人とマントが話をしている間ヤタガラスの構成員たちは動かなかった。
背中を見せている鎧姿の魔人に攻撃を仕掛けようとするのだが、すべて不発に終わっていた。攻撃をしようと体を動かした瞬間に、殺気が飛んでくるのだ。
娘を助けたい気持ちでいっぱいの龍門渕信繁もまた同じである。完全に動きを殺気で制されていた。
この魔人と真正面で向かい合っているメイドたちは生きた心地が全くしなかった。そして
「なぜ自分たちがまだ生きているのか」
もわからなかった。
鎧姿の魔人がマントと会話を初めて一分後龍門渕透華が魔人に話しかけた、この時の龍門渕透華と魔人の会話について書いていく。
それは鎧姿の魔人が悠長に会話を始めて一分後のことである。バスの後部座席に追い込まれていた龍門渕透華が動き出した。
自分を守るメイドたちを押しのけて前に出ようとしたのである。当然メイド三人組は止めようとした。それはもう必死で止めようとした。
なぜなら自殺行為にしか思えない。しかし龍門渕透華は前に出ていった。恐怖で震えているメイドたちの腕力では彼女を止められなかった。
そして少女たちを押しのけて鎧姿の魔人の前に彼女は仁王立ちした。腕組みをして背の高い魔人を威圧していた。ただ、顔色は悪かった。
目の前の存在が恐ろしかった。龍門渕透華が前に出てくると鎧姿の魔人がマントと相談するのをやめた。
輝く赤い目を少女に向けて、口を開いてモゴモゴ言った。それなりに大きな声だったが、モゴモゴとしか聞こえなかった。
この鎧姿の魔人に対して龍門渕透華はこういった。
「何を言っているのかさっぱりわかりませんわ!」
周囲のヤタガラスが青ざめた。悪い方向にしか転がらないと思った。しかし魔人が反応した。そして肯いた。やはりそうだったかと言いたげな肯きだった。
そして声ではなく身振り手振りで意思を伝える方向で魔人は動いた。そうして身振り手振りで伝えると決めた魔人は自分の両目を指差した。
そして龍門渕透華の目を指差した。これを交互に繰り返した。このジェスチャーを見てハッとしたものが数名。メイド服の三人と龍門渕透華である。
そしてハッとしたところを見て、魔人は指を六本立てて見せた。そして自分を指差した。これを繰り返した。すると龍門渕透華の顔に血の気が戻ってきた。
メイド服の三人組の震えも消えた。正体がわかったからである。龍門渕透華はこういった。
「もしかして、須賀君?」
恐る恐るだった。しかし希望もあった。すると鎧姿の魔人が大きくうなずいた。
パンと手を打ち鳴らして、その通りとでも言いたげな大げさなジェスチャーを取った。須賀京太郎の名前を呼ぶとようやくバスの中の空気が穏やかになった。
龍門渕信繁も退魔刀を鞘に納めた。なぜ魔人が攻撃を仕掛けないのか納得がいっていた。ただ、謎も増えた。龍門渕透華の一言がすべてだった。
彼女はこういった。
「何その姿?」
217: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 09:53:01.29 ID:NaU+up9G0
龍門渕の血族と合流してから数分後龍門渕透華は鎧姿の魔人を案内していた、この時の龍門渕透華と鎧姿の魔人について書いていく。
それは鎧の魔人の正体が明らかになって五分後のことである。龍門渕透華の案内で薄暗くて細い道を鎧の魔人が歩いていた。
龍門渕透華が先頭を歩き、二番目にメイドたちが、三番目に鎧の魔人である。彼女らが歩いているのは龍門渕の避難所に向かう道だ。
四台のバスを決まった形に配置することで呼び出される豪華な門から通じていた。ちなみに彼女らが通ってきた門だが、既に消えている。
筆談によって鎧の魔人が伝えた内容が嘘だった場合、娘もろとも封印するためである。
この薄暗くて細い道を歩く彼女たちだが、元気なのは龍門渕透華と鎧の魔人だけだった。自分の判断を信じているため龍門渕透華にはおびえがない。
また正体を見抜いてもらえて鎧の魔人は嬉しく思っている。大変なのははさまれている者達だ。いくら須賀京太郎だといわれても
「はいそうですか」
で済ませられる胆力はい。ただ、足はしっかり動いていた。龍門渕透華に追いつくためである。
龍門渕透華が速いのだ。鎧の魔人との筆談によって貴重な情報がもたらされ、テンションが上がっていた。
薄暗くて細い道を進んで三分後鎧の魔人は目的のものを発見した、この時鎧の魔人が見つけたものと見つけられた者たちについて書いていく。
それは薄暗く細い道を早足で駆け抜けた後のことである。龍門渕透華達の前に分厚い扉が現れた。現代科学によって制御されている扉のように見えた。
しかしよく見てみると普通の扉ではないとわかる。例えば臭い。近付いてみると生き物特有の臭いがする。そして無機物の冷たさがない。
また、退魔士ならば扉が話しかけてくることに気付くだろう。人の言葉ではない言葉で、人間に対して語りかけていた。
龍門渕特製の扉の形をした悪魔である。そうして目の前に龍門渕透華が来ると扉が話しかけて来た。
「あらあら、透華ちゃん。どうかした? この避難所は使用中よ?
七十一番のお部屋と五十三番のお部屋は予約も入っていないし、使ってもらって構わないわぁ。門を開いてあげましょうか?」
すると龍門渕透華がこう言った。
「用事があるの。奪還作戦はいったん中止。
アンヘルさんとソックさんにマスターが戻ったと伝えて。オロチ様たちには場所を移動すると伝えて」
すると扉がこう言った。
「わかったわぁ。でも、聞こえないと思うわ、すごく集中しているもの。
それと、本当にいいの? 衣ちゃんの奪還作戦中なんでしょう?」
龍門渕透華はこういった。
「状況が変わったわ。衣の力が強すぎる。
急いで組織の再編を行わないとまずいわ。決戦場よりも先に日本が潰れる」
すると扉はこういった。
「了解したわぁ。それではどうぞ透華ちゃん。第九十七番避難所へ」
すると現代風の扉が開いた。この扉の向こうには座敷があった。十畳ほどの座敷で、畳のいい匂いがした。この座敷に四人の悪魔がいた。
ポニーテールとジャージのオロチ、ワンピースと三つ編みのオロチ、アンヘル、そしてソックである。この四人の悪魔は手をつないで輪になって座っていた。
四人が四人とも目をつぶって集中していた。しかし龍門渕透華が扉を潜ったその瞬間四人の集中が切れた。
龍門渕透華の存在が集中を乱し、須賀京太郎の匂いで完全に糸が切れた。糸が切れた四人は非常にあせった。天江衣の奪還作戦についていたからだ。
失敗すればそれだけ奪還が遠のくと考えているのだ。集中が切れるのは不味かった。さらわれた人たち、天江衣を助けたかった。
それは鎧の魔人の正体が明らかになって五分後のことである。龍門渕透華の案内で薄暗くて細い道を鎧の魔人が歩いていた。
龍門渕透華が先頭を歩き、二番目にメイドたちが、三番目に鎧の魔人である。彼女らが歩いているのは龍門渕の避難所に向かう道だ。
四台のバスを決まった形に配置することで呼び出される豪華な門から通じていた。ちなみに彼女らが通ってきた門だが、既に消えている。
筆談によって鎧の魔人が伝えた内容が嘘だった場合、娘もろとも封印するためである。
この薄暗くて細い道を歩く彼女たちだが、元気なのは龍門渕透華と鎧の魔人だけだった。自分の判断を信じているため龍門渕透華にはおびえがない。
また正体を見抜いてもらえて鎧の魔人は嬉しく思っている。大変なのははさまれている者達だ。いくら須賀京太郎だといわれても
「はいそうですか」
で済ませられる胆力はい。ただ、足はしっかり動いていた。龍門渕透華に追いつくためである。
龍門渕透華が速いのだ。鎧の魔人との筆談によって貴重な情報がもたらされ、テンションが上がっていた。
薄暗くて細い道を進んで三分後鎧の魔人は目的のものを発見した、この時鎧の魔人が見つけたものと見つけられた者たちについて書いていく。
それは薄暗く細い道を早足で駆け抜けた後のことである。龍門渕透華達の前に分厚い扉が現れた。現代科学によって制御されている扉のように見えた。
しかしよく見てみると普通の扉ではないとわかる。例えば臭い。近付いてみると生き物特有の臭いがする。そして無機物の冷たさがない。
また、退魔士ならば扉が話しかけてくることに気付くだろう。人の言葉ではない言葉で、人間に対して語りかけていた。
龍門渕特製の扉の形をした悪魔である。そうして目の前に龍門渕透華が来ると扉が話しかけて来た。
「あらあら、透華ちゃん。どうかした? この避難所は使用中よ?
七十一番のお部屋と五十三番のお部屋は予約も入っていないし、使ってもらって構わないわぁ。門を開いてあげましょうか?」
すると龍門渕透華がこう言った。
「用事があるの。奪還作戦はいったん中止。
アンヘルさんとソックさんにマスターが戻ったと伝えて。オロチ様たちには場所を移動すると伝えて」
すると扉がこう言った。
「わかったわぁ。でも、聞こえないと思うわ、すごく集中しているもの。
それと、本当にいいの? 衣ちゃんの奪還作戦中なんでしょう?」
龍門渕透華はこういった。
「状況が変わったわ。衣の力が強すぎる。
急いで組織の再編を行わないとまずいわ。決戦場よりも先に日本が潰れる」
すると扉はこういった。
「了解したわぁ。それではどうぞ透華ちゃん。第九十七番避難所へ」
すると現代風の扉が開いた。この扉の向こうには座敷があった。十畳ほどの座敷で、畳のいい匂いがした。この座敷に四人の悪魔がいた。
ポニーテールとジャージのオロチ、ワンピースと三つ編みのオロチ、アンヘル、そしてソックである。この四人の悪魔は手をつないで輪になって座っていた。
四人が四人とも目をつぶって集中していた。しかし龍門渕透華が扉を潜ったその瞬間四人の集中が切れた。
龍門渕透華の存在が集中を乱し、須賀京太郎の匂いで完全に糸が切れた。糸が切れた四人は非常にあせった。天江衣の奪還作戦についていたからだ。
失敗すればそれだけ奪還が遠のくと考えているのだ。集中が切れるのは不味かった。さらわれた人たち、天江衣を助けたかった。
218: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 09:55:41.62 ID:NaU+up9G0
座敷にいた四人の集中力が切れた直後龍門渕透華が大きな声でメモを読み上げた、この時に読み上げられたメモの内容と四人の反応について書いていく。
それは扉を潜ってすぐのことである。鎧の魔人から受け取ったメモを龍門渕透華が読み上げ初めた。大きな声でこう言っていた。
「速やかにナグルファルへの移動をお願いしたい。
衣さんの力によって私を須賀京太郎と認めるのは難しいだろう。しかし間違いなく私である。
しっかりと説明したいところだが、今は時間が惜しい。私のことを信じてナグルファルへ移動してもらいたい。
私が須賀京太郎だという証明のために私の血をオロチに捧げようと思う」
龍門渕透華が大きな声で読み上げると、遅れて入ってきた鎧姿の魔人が自分の左掌を見せた。そして右手で軽く左掌を傷つけた。
するとほんの少しだけ皮膚が切れて血がにじんできた。血がにじんでくると芳醇な酒のにおいが漂った。強烈な酒の性質が血液に乗っていた。
しかも数か月前よりも素晴らしいものに変わっていた。ほんのすこしに香りだけでオロチたちは心がほぐされ、夢見心地になった。
状況を理解していないアンヘルたちだが血の匂いを嗅いで須賀京太郎なのだと確信した。そして見た目が変わったが無事に戻ってきたことを喜んだ。
龍門渕の避難所で須賀京太郎と仲魔たちが再会した時だった現代風の扉が大きな声を出した、この時に現代風の扉が伝えてくれた情報と須賀京太郎たちの行動について書いていく。
それは須賀京太郎にへばり付いているマントをアンヘルとソックがはぎ取ろうとしている時のことだった。
避難所の扉が大きな声で龍門渕透華の名前を呼んだ。
「透華ちゃん! 信繁ちゃんから連絡よ!
移動司令部に対して夢魔たちが攻撃を仕掛けて来たって! 須賀君をよこせだって!」
すると龍門渕透華が驚いた。そしてこういった。
「侵食行為が私たちにばれたと察して、潰しにかかってきたのね。
須賀君、殲滅してきて。存分に力をふるってちょうだい」
龍門渕透華は冷静だった。受け取った情報からこうなると予想できていた。
特に天江衣の異能力と龍門渕の異能力というのは規模と深さが違うだけで同じ能力である。
一度操作がばれてしまえば認識をいじるのは難しく、となれば直接排除しに来るのは当然だった。
そうなって龍門渕透華に命じられた須賀京太郎は瞬きの間に姿を消した。残されたのは須賀京太郎の血液の匂いだけである。
龍門渕透華達の髪の毛を揺らす風さえなかったのは見事な移動術だった。そんな鎧姿の魔人を見てメイド服の三人組の一人がこんなことを言った。
「ねぇ透華。ちょっと前よりも強くなってない?」
続けてもう一人がこう言った。
「だな、殺気だけで動きを制されたのはハギヨシさん以来だ」
これに最後の一人がこう言っていた。
「異界操作術に手を突っ込んでいる感じがする。昔倒した上級悪魔の気配に近くなってる」
メイド三人組の感想はそれぞれだった。ただ三人とも鎧姿の魔人を恐れていた。そんな三人の感想を聞いた龍門渕透華はこういっていた。
「人間は見た目ではありません。中身です。
それにあの格好、良いじゃない。すごく派手」
そんなことを言いながら龍門渕透華達は避難所から出ていった。アンヘルとソック、二人のオロチも一緒に部屋を出た。
この時アンヘルとソックがオロチたちの手を握っていた。アンヘルとソックがオロチの手を握ったのは、安心させるためだった。
命令されたわけではない。数日間一緒に過ごしたオロチである。放り出すことはなかった。そうして龍門渕透華とメイド三人組の後を追った。
避難所から彼女らは葦原の中つ国へ向かうのだが、不安の色は薄い。怖いが頼りになる魔人が味方に付いている。言葉通り百人力なのだ。安心だった。
219: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 09:58:42.56 ID:NaU+up9G0
鎧姿の魔人が姿を消してから五分後龍門渕透華達は葦原の中つ国へ戻ってきた、この時の葦原の中つ国の状況と彼女らの感想について書いていく。
それは龍門渕透華達が気持ちゆっくりと戻ってきた時のことである。四台のバスをカギにして開く門を潜りぬけた彼女らはすぐに
「不思議だな」
と思った。なぜなら門を潜ったら夜のように暗かった。しかしすぐに理由がわかった。少し目を凝らすと夜が動いているのがわかった。
そして夜を押し戻す鎧姿の魔人がいるのが見える。つまり四方八方から迫っている夜とは、大量の夢魔の軍勢であった。
影のような存在が四方八方から押し寄せて夜を創っていた。
ただ、幸いなことで夢魔たちの戦闘能力というのが低く一般人並みの構成員でも簡単に倒せていた。しかし状況を理解して龍門渕透華達は焦った。
なぜなら長くはもたないとわかったからだ。鎧姿の魔人よりも前にほかの構成員たちのスタミナが切れかけていた。
いくら攻撃を仕掛けて倒してみても新しい夢魔がいくらでもわいてくる。そのうえ龍門渕の関係者はインドア派が多い。
はっきり言って事務職ばかりである。こういう修羅場はきつかった。
龍門渕透華達が戻ってきてから十秒後に夜が明けた、この時の変化とその理由について書いていく。
それは龍門渕透華達が絶望的な光景に呆けている時のことだった。龍門渕のバスを取り囲んでいた夜が明けた。それは劇的な変化だった。
今までいくら打倒しても消えなかった夢魔たちが、あっという間に退散していった。退散していく理由は空にあった。
空に浮かんでいた全長一キロメートル級の船ナグルファルである。今は駐車場の高度三十メートルのところで停止して、事の成り行きを見守っていた。
ナグルファルは夢魔たちを攻撃する気配がない。ゆったりと浮遊しているだけである。
それもそのはず、ナグルファルが接近するだけで夢魔たちは一目散に姿を消して、いなくなるのだ。ゆったりと構えているだけでよかった。
ナグルファルの接近によって夢魔たちが退却したのは、ナグルファルの所有者であるヘルが地獄を広げたからだ。
「葦原の中つ国が乗っ取られているのならば、奪い返せばいい」
という発想でナグルファルを中心に地獄を二百メートルほど広げヘルの勢力下においていた。もともと力の弱い夢魔たちである。
ナグルファルの圧力に締め出されてしまった。そして締め出された夢魔たちはナグルファルから距離をとった。そして空に昇り青空を創りなおした。
次の一手に備えて身をひそめたのだ。
ナグルファルが到着して三分後須賀京太郎がオロチの触角を連れて姉帯豊音の下へ戻ってきた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。
それはナグルファルによってバス周辺の支配率がぐんと下がった後のことである。ナグルファルの甲板に鎧姿の魔人が帰還した。
この時鎧姿の魔人はオロチの触角を両脇に抱えていた。オロチの触角は大人しかった。状況をよく理解した結果であった。
そうしてナグルファルの甲板に到着した時、鎧姿の魔人は消えさった。ナグルファルの影響下である。本来の姿が戻ってきた。
異形の右腕を持った須賀京太郎の姿である。天江衣の支配から脱した結果である。
そうして本来の姿に須賀京太郎が戻ったところで、アンヘルとソックが甲板に到着した。アンヘルが翼を創り、ソックを運んでいた。
アンヘルに抱き着く形で移動していた。飛ぶのが下手くそなのでアンヘルに任せていた。そうして甲板に降り立った時アンヘルとソックは目を見開いていた。
須賀京太郎の異形ぶりを確認したからだ。流石に驚いていた。
異形の右腕はそれほど驚いていないのだが、肌の色の変化と左腕の籠手に関してかなり驚いていた。
そうしてアンヘルとソックが驚いていると甲板に到着した須賀京太郎たちをハチ子が出迎えた。
マグネタイトを完璧に操り肉体を取り戻した不機嫌なハチ子だった。また何時の間にやらバトルスーツ風のワンピースに着替えていた。
出迎えてくれたハチ子はこういった。
「お帰りなさいませ。我が王」
すると須賀京太郎がこう言った。特に嫌な顔はしていなかった。
「ハチ子さん、ツインテールのオロチがいる部屋の門を開いてもらえます?」
須賀京太郎がお願いをするとハチ子はうなずいた。しかし少し困っていた。須賀京太郎の命令が変だった。
遠回しなことを言うのは須賀京太郎らしくないと思った。ただしっかりと門は開いた。そうして門が開くとオロチを引き連れて須賀京太郎は門を潜っていった。
アンヘルとソックも同じく門を潜ったのだが、複雑な顔をしていた。自分たちが知らない須賀京太郎の一面が増えていたからだ。
しかし嫌な気持ちにはなれなかった。須賀京太郎が強くなった結果だからだ。
220: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:01:35.64 ID:NaU+up9G0
ただ、自分たちが知らないというのが気に入らない。そうしてもやもやしながら門を潜ったアンヘルとソックだが門を潜ってすぐに驚いた。
ベッドに腰掛けて赤子をあやす姉帯豊音を見つけたからである。
姉帯豊音がいる部屋に到着した後アンヘルとソックは非常に驚いた、この時に彼女らが驚いた理由について書いていく。
それはアンヘルとソックが姉帯豊音がいる部屋に着いてすぐのことである。アンヘルとソックは茫然としていた。
目を大きく見開いて、口をぽかんとあけている。そして須賀京太郎と姉帯豊音を交互に見て、どういう事なのかという空気を放っていた。
それもそのはずである。龍門渕透華の話からすると姉帯豊音は「行方不明」だからだ。葦原の中つ国へ戻る道すがら龍門渕透華が説明してくれたのだ。
彼女はこういっていた。
「帝都全域に警報が鳴り響いた時、須賀君はシギュンなるミイラによって地獄に落とされた。
地獄に落とされた後、マントになっているロキを発見。ロキとの対話によってロキの目的がシギュンの解放であることを知った。
そして速やかに協力関係を結んだ。
『地獄に落とされているかもしれない姉帯豊音』の探索には優れた協力者の存在が必要で、しょうがなかったそうです。
しかし地獄を巡ってみても姉帯豊音は見つからなかった。その代わり二代目葛葉狂死の計画と目的が把握できた」
つまり姉帯豊音は行方不明で、ナグルファルの内部にいてはならないのだ。だからアンヘルとソックは困ることになった。
そして困ってしまって姉帯豊音と須賀京太郎の間で視線が泳ぐのだった。
アンヘルとソックが困っている間に姉帯豊音が二人のオロチを呼び寄せた、この時の姉帯豊音とオロチたちについて書いていく。
それは須賀京太郎の報告を信じていた二人が困惑している時のことである。腕の中で笑っている赤子を見つめながら姉帯豊音が二人のオロチを呼んだ。
姉帯豊音はこういっていた。
「さぁ、こっちに来て。『まっしゅろしゅろすけ』で包んであげる。少しはましになるはずだよ」
姉帯豊音に声をかけられたポニーテールのオロチと三つ編みのオロチは少し戸惑った。なぜならこのオロチたちも報告を信じていた。
そうして困っているオロチたちに、ツインテールのオロチがこう言った。
「早くこちらに来い。豊音がせっかく守ってくれるというのだ。衣のように甘えようじゃないか」
ツインテールのオロチだがバトルスーツ風のワンピースを着たままベッドに寝転がっていた。
まとめ役の一人梅さんが席を外しているのでやりたい放題だった。そんなツインテールを見てポニーテールと三つ編みが動き出した。
自分が大丈夫だというのなら大丈夫だと納得した。そうしてすぐそばまで近づいてくると姉帯豊音の願いを聞いて「まっしゅろしゅろすけ」が二人を包んだ。
すると二人のオロチの中にあった侵食される恐怖が消え去った。顔色もずいぶんよくなった。ただ、恐怖が消えた分だけ謎がはっきりと頭に浮かんだ。
「姉帯豊音は行方不明だ」
と須賀京太郎が嘘をついた謎である。
葦原の中つ国の塞の神の弱弱しい触角を保護して完全な支配を食い止めた後須賀京太郎がのんきなことを言い出した、この時に語られた内容と周囲の反応について書いていく。
それはナグルファルの内部に触角を保護し終わってすぐのことである。須賀京太郎が姉帯豊音に近付いていった。そして笑っている赤ちゃんを見つめた。
そして微笑んで、こんなことを言い出した。
「なぁアンヘル、ソック。未来のために粉ミルクとか赤ちゃん用品を揃えたいんだが……どこかに売ってないかな?
あ、未来ってのは姉帯さんが抱いている赤ちゃんのことね。マグネタイトで代用しているけど、やっぱりしっかりしたものを食べさせてあげたいじゃない?
姉帯さんの加護があれば万全だけど、服を着せてあげたい。
流石に龍門渕も赤ちゃん用の粉ミルクとか用意してないと思うし、この辺に買えそうなお店ないかな?
葦原の中つ国の休憩所にはそういうのもありそうだしさ、何なら『デパート』にナグルファルを移動させてもいい。あそこなら確実にあるだろう?」
221: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:04:47.78 ID:NaU+up9G0
この時の須賀京太郎に緊張はない。嘘をついているにもかかわらず、須賀京太郎の表情は平然として動かない。
それこそ輝く赤い目と褐色の肌、そして異形の右腕だけが普段とは違っているだけで、あとは完全に日常の須賀京太郎だった。
そうして須賀京太郎が赤ちゃんのことを心配した直後、アンヘルが口を開いた。まだ目線が泳いでいた。マスターの考えがわからなかった。
口を開いたアンヘルはこういった。
「あの、マスター……姉帯さんは行方不明になっているはず……」
未来を見つめたまま須賀京太郎は素直に答えた。
「嘘だよ。地獄に落とされた時から姉帯さんとは一緒に行動していた。
ヤタガラスから姉帯さんを隠したかっただけだ。
二代目葛葉狂死が事件を引き起こしたとわかった今、姉帯さんは良い餌になる。あの爺さんは姉帯さんのことを溺愛していたからな。間違いないだろう。
だから、嘘をついた。姉帯さんを利用させないために嘘をついたんだ。それだけだよ」
須賀京太郎は軽い口調で語っていた。大した嘘ではないと思っているからだ。しかし答えをきいた周囲の者たちは固まった。
この部屋にいる三人のオロチそして姉帯豊音。そしてアンヘルとソック。須賀京太郎の言葉を聞いて固まっていた。
特に姉帯豊音の血の引き具合はひどく真っ白である。ここまで馬鹿だとは思わなかったのだ。覚悟を決めている姉帯豊音である。
生餌にされるくらいしょうがない、八つ当たりされてもしょうがないと思っていた。しかしかじ取りをする須賀京太郎がこれである。
須賀京太郎がここまでするとは思っていなかった。そうして姉帯豊音が真っ白になると腕の中の未来がぐずりだした。
未来がぐずりだしたのを見て、須賀京太郎が未来のほほを撫でた。左手で優しく撫でると未来が喜んだ。喜んでいる未来を見て須賀京太郎はこういった。
「俺の目的は『姉帯さんと未来』を守り抜くこと、ヤタガラスに忠義を尽くすことではない。
報告なら後でやり直せばいい。『急いで筆談』なんてしたから、情報交換がうまくいかなかった。そうだろう?
慣れないことはするもんじゃない。左手で書いたから書き間違いも多いだろうな」
するとマントになっているロキが笑った。楽しそうに笑っていた。こういうバカは大好物だった。そしてこういった。
「小僧の上司とやらは大変じゃなぁ。こんな部下がおったら胃が痛くてしょうがなねぇわ。
ソックちゃんも見る目があるのう! こりゃあ拾いもんじゃぞ!」
ロキは笑っていたが周囲のものは笑えなかった。姉帯豊音の処遇次第ではヤタガラスも敵として処理すると須賀京太郎は言っているのだ。笑えなかった。
ロキが笑っている時須賀京太郎の部屋にヘルたちが顔を出した、この時のソックとヘルについて書いていく。
それは目的を達成するためならヤタガラスも敵にすると言い須賀京太郎とロキが笑っている時のことである。部屋の扉が開いた。
須賀京太郎と姉帯豊音は誰が入ってきたのかすぐにわかった。おしゃべりをしながら入って来たからだ。話をしているのはムシュフシュとヘル。
そして時々相槌を打つ梅さんとハチ子である。
会話の大体の内容は、ファンシーな葦原の中つ国をほめるヘルと趣味が悪いと否定するムシュフシュの論戦であった。
ハチ子がヘル寄りで、ムシュフシュに梅さんが寄っていた。
そうしておしゃべりをしながら入ってきたヘルたちなのだが、部屋に入って来てすぐに可笑しなことになった。ヘルが固まったのだ。
時間が止まったようにぴたりと止まっていた。何事かとハチ子たちが困っていると、ヘルの目から涙があふれてきた。
滝のように涙が零れ落ちて、鼻水まで流れていた。もともと非常に整っているので見ていられるが、すごいことになっていた。
そんなヘルを見て須賀京太郎と姉帯豊音が驚いていた。身振り手振りが大きいヘルだが無表情が崩れることはなかった。
それが今劇的に変化してさすがに驚いた。そんな大泣きのヘルだったがついに動き出した。
かかとの高い靴を履いているのも気にせずに全力で走り、アンヘルの隣に立っているソックめがけて飛びかかった。ソックは回避できなかった。
須賀京太郎を見ていたからだ。そして思い切り押し倒された。タックルを受けたレスリングの選手のようだった。
また、倒れた時思い切り床に額をぶつけていた。研究者と料理人の間を行ったり来たりしているソックである。不意打ちのタックルはきつかった。
そうして結構な勢いで床に頭をぶつけたソックのためにアンヘルが回復魔法を撃ち込んだ。
例えシロクマ並みの耐久力があるとしても痛いものは痛いからだ。アンヘルが魔法を撃ち込んでいる間ソックの背中にヘルが顔をうずめていた。
222: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:07:48.21 ID:NaU+up9G0
ヘルがタックルを決めて三分後須賀京太郎にソックが説明をした、この時に行われたソックの説明とベッドルームの状況について書いていく。
それはヘルの不意打ちによってソックが頭を強打した後のことである。回復魔法を受けたソックが椅子に座っていた。須賀京太郎たちに説明するためである。
また椅子に座っているソックにヘルがしがみついていたが、誰も止めなかった。しがみついたまま泣いていたからだ。
ソックの説明を聞くにあたってほかの面々も落ち着ける場所に腰を下ろしていた。
ベッドルームには椅子が少ないのでアンヘルとハチ子そして梅さんはマグネタイトを操作して椅子を創っていた。
三人のオロチは姉帯豊音と同じようにベッドに腰掛けていた。行儀よく座っているのは梅さんに睨まれたからである。
須賀京太郎とムシュフシュは特になかった。もともと犬っぽいムシュフシュは、犬のように丸くなって待機。
須賀京太郎はソックから見て正面の壁にもたれていた。そうして話を聞く体勢に入ったところで、ソックが説明をしてくれた。ソックはこういっていた。
「ヘルは古い友人で、この世界に来た後も一緒に暮らしていました。
そのころはロキの爺さんやシギュン先生も健在で、犬畜生と蛇野郎も日本での生活を楽しんでいました。
十年くらい昔だったと思います。襲撃を受けました。あの時シギュン先生とヘルが私を逃がしてくれて、どうにか逃げ延びました。
しかし逃亡中に攻撃を受け人形化の呪いを受け、結局マスターと出会うまで身動きが取れませんでした。
マスターに出会った後もヘルたちの行方を調べてはいたのですが、手掛かりがなく……」
すると須賀京太郎はこういった。
「普通の捜査でヘルの居場所を発見するのは不可能だろう。
様々な偶然が重なった結果出会えただけだからな」
するとソックがこう言った。
「マスターの話を聞いた時は、『まったく別のヘル』だと思いました。奇跡などない。期待したら辛くなると思って……」
須賀京太郎にソックが答えていると泣いているヘルがこう言った。
「私もよソックちゃん! 『まったく別のソックちゃん』だと思ったわ! でも、この感じは間違いなくソックちゃんよ!
お父様と間違われて、男言葉を使いだしたソックちゃんに間違いない! 研究室に閉じこもって研究ばっかりしていた独身女のソックちゃんに間違いない!
だって懐かしい独身の臭いがするもん! ソックちゃんお手製の虫よけの匂い! 香水の一つでも作ればいいのに! だからモテないのよ!」
ソックにしがみついて泣いているヘルは非常にうれしそうだった。間違いなく自分が知っているソックだったからだ。
ただ、公にしてほしくない情報を大量に漏らしたのでソックの怒りを買った。須賀京太郎がおびえた。ソックの顔がすごくこわかった。
ソックがヘルを処刑している時須賀京太郎にハチ子が報告をした、この時の須賀京太郎の対応について書いていく。
それは友人と再会した喜びでヘルの口が滑りまくっている時のことである。
ソックの怒りを買ってヘルが処刑されているのを横目に見ながらハチ子が動き出した。壁にもたれかかっている須賀京太郎に近付いて、こういったのだ。
「我が王。ヤタガラスの皆さんが情報交換の場を設けたいそうです。
しかし問題があります。
情報交換を行うのは問題ありません。喜んで情報を提供しようと思います。問題は私たちの所属についてです。
私たちはヤタガラスに所属するのでしょうか。それとも協力者という立場で振舞えばよろしいのでしょうか」
すると壁にもたれかかっている須賀京太郎が黙った。そして少し考えてこういった。
「……ヤタガラスの協力者として対応してくれませんか?」
するとハチ子が少し眉を動かした。若干顔色がよくなっていた。喜んでいるように見えた。そんなハチ子はこう返した。
「つまりどういう事でしょうか」
壁にもたれている須賀京太郎ははっきりと答えた。
「ナグルファルの支配者は俺だ。ヤタガラスの命令に従う必要はない」
続けてこう言った。
「これからはアンヘルとソックが協力するようにヤタガラスと協力してください。
後、今この瞬間から『姉帯さんと未来』は極秘事項として扱ってください。
もしも姉帯さんがここにいると知られたとしても、『いない』といって突っぱねてください。当然、通すことも許可しない」
壁にもたれかかっている須賀京太郎の口調に迷いはない。自分の目的を達成するためならば王になることも苦にならなかった。
223: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:11:52.02 ID:NaU+up9G0
須賀京太郎が王だと宣言した後ハチ子が一瞬跳ねた、この時の梅さんとハチ子の様子について書いていく。
それは空位になっていたナグルファルの玉座に自分が座ると須賀京太郎が宣言した後のことである。ハチ子が少し跳ねた。跳ねたとしか言いようがない。
小さな女の子が喜んで跳ねるような仕草で跳ねていた。ただ、一瞬のことだったのでほとんどのものは気付かなかった。
気付いたのは姉帯豊音と梅さんだけである。この時の梅さんだがハチ子を叱らなかった。むしろかなりほっとしていた。
無作法を咎めるよりもほっとする気持ちの方がはるかに大きかった。というのがナグルファルの地獄は人間と獣と神が混じっている地獄。
安定のためには須賀京太郎が必要だった。進んで王になってくれるのなら幸いである。この時、ヤタガラスに面従腹背を決めることに禁忌感はない。
なぜならナグルファルはヤタガラスに興味がない。ヤタガラスが滅びたとしてもナグルファルが困ることは一つもない。
ナグルファル自体が一つの世界なのだ。人間の問題にかかわる必要がない。玉座に王が座った今、何の問題もナグルファルには存在しなかった。
ナグルファルの玉座に須賀京太郎がついて数分後情報交換の場が開かれた、この時にヤタガラス側の代表として現れた龍門渕とヘルの代理として働いたハチ子達について書いていく。
それはナグルファルの玉座に須賀京太郎が座って五分ほど後のこと。ナグルファルの代表たちとヤタガラスの代表たちが会議室に集まっていた。
ナグルファルの内部にある少し広めの会議室である。詰めて座れば三十人は座れるだろう。そんな会議室に龍門渕の血族が代表として出席していた。
龍門渕の血族は情報処理能力が高い。その上、幹部級の龍門渕信繁がこの場にいた。となって自然と龍門渕が代表になっていた。
この状況において最高責任者は間違いなく龍門渕信繁なので、当然と言えば当然だった。龍門渕の血族は信繁を含めて十名で現れた。
血族たちはそれぞれ書類を抱えていたり、ノートパソコンを持ち込んでいた。婿養子の信繁を除き血族はみな金髪で華奢だった。
信繁も線が細いが、彼と比べても一層細い。また信繁もそうだが、死にそうな目をしていた。精神的に参っている目である。
徹夜明けのプログラマー、締め切り前の漫画家、それに近かった。これに対応するのはナグルファルをまとめる六人の亡霊たちである。
不機嫌そうなハチ子、ねじり鉢巻きの棟梁、着物を着ている梅さん。そして須賀京太郎が知らない三名。一人は女性。
二十五才前後で眼鏡をかけて白衣を着ていた。眼鏡の下の眼光は鋭く威圧感がすごい。
身長は百七十五センチほどで、スタイルが良いためモデルのようだった。
もう一人は男性。三十代後半でいかにもサラリーマンといったスーツ姿であった。身長は百八十センチあたりで、がっしりしていた。
肉体だけを見ると格闘家のようにも見える。しかし面構えが非常にほんわかしているので違和感があった。
最後の一人は少年である。身長百十センチほどで、細かった。ただ聡明な顔つきをしていて、若干不機嫌だった。
このナグルファルの代表たちとヤタガラスの代表たちは会議室で出会い、お互いの目的のために情報交換をした。
この時に行われた情報交換は二代目葛葉狂死の計画に関係したことばかりだった。ヤタガラスの目的は日本を守ることである。
彼らは職務に忠実だった。ナグルファルのまとめ役たちは丁寧に答えていった。王のためにしっかりと働いた。
ナグルファルとヤタガラスの情報交換が始まって十分後須賀京太郎の秘密の部屋に物資が運び込まれた、この時の部屋の状況と須賀京太郎たちについて書いていく。
それはナグルファルのまとめ役たちとヤタガラスの代表たちがピリピリしながら情報交換をしている時のことである。
姉帯豊音と未来が隠されている部屋に須賀京太郎が段ボールを運び込んでいた。この時の須賀京太郎は実に良い顔をしていた。
上機嫌としか言いようがない顔で生気で満ちていた。上機嫌にしたのは段ボールの中身である。
須賀京太郎が運ぶ段ボールの中には赤ちゃんのために必要なものがいろいろと詰まっていた。
この段ボールの中身は葦原の中つ国のサービスエリアで購入できるものばかりである。
混乱している葦原の中つ国であるが、現世から運び込んだものが消滅するわけではない。
実体化して力づくで支配しようとする夢魔どもを始末しながら集めてきた。そんな須賀京太郎である。上機嫌になってしまう。
正しく食べ物で未来を満たしてやりたかった。そうして戻ってきた須賀京太郎は段ボールをテーブルの近くに置いた。
するとソックに抱き着いているヘルがこう言った。
224: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:13:59.88 ID:NaU+up9G0
「京太郎ちゃん。報告よ。ナグルファルの周辺に大量の退魔士とサマナーたちが集まっているわ。
みんな夢魔たちから逃げてきたみたいね。保護を求めているわ……どうするの?」
ヘルの話を聞きながら、段ボールに詰め込んだ品物を須賀京太郎が取り出していた。平然としていて、話を聞いていないように見えた。
そんな須賀京太郎に続けてヘルがこう言った。
「どうするの? 受け入れてあげるの?」
ヘルの口調が少し強くなっていた。表情は変わらないが、ヤタガラスを助けてやりたいと思っているのがわかった。人が良かった。
そんなヘルがいるのだが、須賀京太郎は動じなかった。それどころか手に入れた粉ミルクの缶を姉帯豊音に見せている。非常に上機嫌だった。
そんな須賀京太郎をみて、姉帯豊音がつられて笑った。そうしてようやく須賀京太郎はヘルに答えた。
「もちろん。受入れる。
葦原の中つ国が乱れている時だ、みんなで助け合わないとダメだ。じゃんじゃん受け入れよう。俺たちは仲間だ、同胞だ。仲良くしよう。
それと、退魔士とサマナーたちだが、もう少し増えると思う。赤ちゃん用品を探す時にナグルファルに向かうように扇動しておいた」
須賀京太郎の答えを聞くとヘルがうなずいた。そのすぐ後であった。須賀京太郎にヘルがきいた。
「良かったの? ヤタガラスと戦うつもりだったのに」
須賀京太郎は笑った。これまた上機嫌だった。笑った後粉ミルクの缶からヘルに視線を移した。ヘルを見る目は凪いでいた。おぞましい目だった。
須賀京太郎はその目のままこういった。
「まさか。姉帯さんの処遇で揉めると思ったから隠しただけ。
内輪でやりあってどうする? 俺だってそれくらいわかるよ。
確かに組織に対して忠誠心は薄い。愛着もそんなにない。
でもやることはしっかりやるよ。給料分はしっかりやる」
須賀京太郎がこのように答えると姉帯豊音だけがほっとした。意見の相違からくる問題をクレバーに解決したと解釈すれば確かに納得がいった。
ただヘルは納得しなかった。別の目的があると思った。須賀京太郎の目に人権意識がかけらもなかったからだ。
となってマントになっているロキがこう言った。
「まぁ、ナグルファルにも餌が必要じゃからな。
退魔士とサマナーが乗船すればナグルファルに余剰エネルギーが落ちる。普通の人間とは違って零れるエネルギーも多いから、乗せる価値がある。
恩も売れる。組織からの信頼も獲得できる。ええことずくめじゃな。
後、乗船した者たち相手に商売も始めるぞ。装備の修理、回復、休憩所。道具の買い取り、幅広くやる。
我が娘よ、人選を急げよ。商売に適した魂をナグルファルから選び出し働かせよ。小僧が王になった今、獣と神の魂たちも協力してくれることじゃろう。
技術系の神々、芸能系の神々、つかえそうなら何でも使え。
人身売買と麻薬以外は好きにやってええぞ。上手くやれ」
ロキがこのように語ると部屋にいた者たちの視線が須賀京太郎に向かった。
「ロキの話を受けてよいのか? 王はお前だろう?」
と視線が問うていた。この視線に対して須賀京太郎は反応しなかった。粉ミルクの缶と未来を見つめてにこにこ笑っているだけである。当然である。
発案者は須賀京太郎だからだ。目的のためなら手段を択ばないのは二代目葛葉狂死も須賀京太郎も同じだった。
225: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:17:33.94 ID:NaU+up9G0
須賀京太郎がニコニコしている時秘密の部屋にハチ子の門が開いた、この時に行われた須賀京太郎とハチ子の会話について書いていく。
それは須賀京太郎が上機嫌になっている時のことである。ヘルの頭上に小さな門が開かれた。禍々しい地獄をモチーフにした門だった。
ハチ子のひらく門である。この小さな門が開くと門の向こうからハチ子の顔が出てきた。
ヘルの頭上にハチ子の顔だけが現れるものだから、須賀京太郎と姉帯豊音は変な声を出した。生首にしか見えなかった。
そうしているとヘルの頭上に顔だけ出しているハチ子がこう言った。
「王! 敵襲です!」
非常にあわてていた。するとすぐ須賀京太郎はこういった。
「門を開け。敵の目の前でいい」
須賀京太郎の命令を聞いてすぐにハチ子は第二の門を開いた。第二の門は須賀京太郎の一歩前に現れている。
須賀京太郎は門が現れると即座に飛び込んだ。粉ミルクの缶はしっかり秘密の部屋に残していった。未来のために用意したものだからだ。
そして須賀京太郎が門を潜ると、第二の門が消えた。門が消えると同時にハチ子も首をひっこめた。ナグルファルのまとめ役として仕事があるからだ。
秘密の部屋に残された者たちは、とりあえずやるべきことをやった。荷物を整理してみたり魂の選別をしてみたり、呪物を創ってみたりである。
残された者たちは不安になっていた。しかし絶望はなかった。色々なものがそろい始め、できることが増え、味方が増えたからだ。
ハチ子の門を通り抜けた直後須賀京太郎は後悔していた、この時須賀京太郎が見たものと後悔の理由について書いていく。
それは門を潜ってすぐのことだった。須賀京太郎は自分の言葉を後悔していた。特に
「敵の目の前」
という言葉を後悔し深く反省した。それもそのはず門の向こう側に足場がなかった。門を潜り抜けたはいいが、足場がなかった。
しかしハチ子が間違えたわけではない。ハチ子は正確に敵の目前に門を開いていた。ただ、敵の目の前というのが高度五百メートルの位置だっただけである。
そうして須賀京太郎は後悔しつつ落下することになった。しかし落下しているというのに恐怖も不安もなかった。
五百メートルくらい何の問題もなかったからだ。問題があるとすれば、須賀京太郎の目と鼻の先にいる巨大な蛇。
真っ黒な蛇がじっと須賀京太郎を見つめているだけである。この真黒な蛇だが頭が山ほどもあり、胴体は河のように太かった。
須賀京太郎はすぐに正体を見抜いた。鋼の鱗が見えなくなっているが、どう見てもオロチの化身だった。また避けられない戦いだとも理解できた。
鱗のかわりに夢魔で身体が覆われている。操られているのは間違いなかった。すぐに覚悟は決まった。
須賀京太郎が落下している時真っ黒な蛇が攻撃を仕掛けてきた、この時の真っ黒い蛇の攻撃と須賀京太郎の対応について書いていく。
それは無防備に須賀京太郎が落下している時のことである。落下している須賀京太郎めがけて巨大な蛇が頭突きを仕掛けてきた。
大きな頭を大きく振りかぶって、思い切り叩き下ろしていた。単純な頭突きであるが、すさまじい威力があった。山のような頭を、音速で叩きこむのだ。
被害もすごかった。須賀京太郎から離れたところにいたナグルファルに台風のような風が吹き付け、近くにいた退魔士たちとサマナーが吹っ飛ばされていた。
頭突きの直撃を受けた須賀京太郎は、冗談のような勢いで地面にたたきつけられた。
何の技術もない頭突きだが桁外れの質量が音速で打ち込まれた結果恐ろしい威力になっていた。
ただ、強大な頭突きを食らわされた須賀京太郎だが平気な顔をして立ち上がっていた。しかし右腕がぐしゃぐしゃになっている。
頭突きの直撃を避けるために右腕を犠牲にしたのだ。ぐしゃぐしゃになっている右腕だが動いていた。痛みもあった。マガツヒも流れている。
しかし武器として使うのは難しい状態だった。
支配されたオロチの化身の攻撃の後須賀京太郎は苦笑いを浮かべていた、この時の葦原の中つ国の状況と須賀京太郎について書いていく。
それは巨大なオロチの化身が須賀京太郎の右腕をぐしゃぐしゃにした直後である。右腕がぐしゃぐしゃになっている須賀京太郎は顔をゆがめていた。
目の前に広がっている光景が顔をゆがませて、歪な笑顔を作らせた。というのも、オロチの化身が次々に姿を見せている。
目に見えている葦原の中つ国の地面がうねり、形を変えて蛇になっていった。すでにオロチの化身は百を超えている。今も増え続けて、絶望的な光景だった。
なにせ須賀京太郎とナグルファルのすぐそばに現れたオロチの化身でさえ、ナグルファルよりもはるかにデカい。頭が山ほどあり、胴体は終わりが見えない。
そんなオロチの化身たちが葦原の中つ国全体から次々と現れてくる。そんな奴らが一斉にナグルファルの方を向いている。
そしてナグルファルの方を向いて威嚇を始めるのだ。たまらなかった。
どのオロチの化身も真っ黒な蛇にしか見えない所から、夢魔たちにとりつかれているのは明らかであった。
一匹だけでも面倒くさいのに目に見える範囲すべてに現れると気が遠くなった。
226: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:21:07.47 ID:NaU+up9G0
ただ絶望的な光景を見て須賀京太郎は強がった。苦笑いをニヒルな笑顔に変えて、呼吸を整えた。姉帯豊音と未来を思い浮かべた。
彼女らのことを思うと、胸が高鳴った。同時に、共鳴が強まる。背負っている者のため、この程度の苦境で折れるわけにいかなかった。
そして苦境を笑って見せた須賀京太郎はオロチの化身に挑みかかった。地面をけり巨大な蛇に突っ込んでいった。
ラグナロクの青色の火の膜が須賀京太郎を包んでいた。
須賀京太郎が強がって数分後ナグルファルの甲板に退魔士とサマナーたちが集合していた、この時の葦原の中つ国の状況とヤタガラスの構成員たちについて書いていく。
それは須賀京太郎がオロチの化身に挑みあと少しで三分といったところ。ナグルファルの丈夫で広い甲板にヤタガラスの構成員と協力者たちが集まっていた。
協力者たちというのはヤタガラスに正式に所属していない退魔士もしくはサマナー、異能力者の類である。
葦原の中つ国で商売をしていた人たちはおとなしく引っ込んでいる。
日本防衛の大仕事のため葦原の中つ国から人が消えている状態だったが、それでも五百人近く甲板に戦闘員たちが集まっていた。
彼らが甲板に集まっているのは状況に対応するためである。誰もがここが正念場と理解しているのだ。葦原の中つ国の支配権を夢魔たちに奪われた。
葦原の中つ国を構成するオロチの化身たちが敵として襲い掛かってくる。大きな体を利用して空を飛ぶナグルファルを叩き潰そうとする。
ナグルファルが高度を上げても平気でオロチたちは追い突いてくる。しかも頭突きを喰らわせようとしたり、体当たりをしようとする。
しかも飽きることもなく延々と繰り返してくる。敵は強い。増援はない。ならば自分たちが頑張るしかない。
この巨大な蛇たちを防ぐために、彼らは甲板に集まっていた。彼らもまた意地があるのだ。
強烈な攻撃にさらされても彼らは生き延びた、この時にしのぎ切れた理由について書いていく。それはオロチの化身たちが襲い掛かってきてすぐのことである。
ヤタガラスと協力者たちは魔法を使った。使った魔法は物理攻撃を確実に跳ね返す魔法「テトラカーン」である。
この魔法を利用してオロチの化身をしのぎ切った。手段自体は非常に簡単である。
物理攻撃ならば確実に反射する魔法の壁を上手く張り、巨大な質量をもつオロチの化身をいなし続けた。しかし運用方法は独特だった。
ナグルファルに魔法の壁をはるのではなく、彼らの仲魔に魔法をかけてオロチの攻撃にぶつけていた。
オロチの化身が頭を振りかぶりぶつけようとしたら、軌道上に仲魔を配置して、魔法をかける。そして反射する。これを繰り返した。
本当ならばナグルファルにテトラカーンをしかけたい。それが一番楽である。しかしナグルファルは船の形をした異界。
上手くテトラカーンの結界が構築できず、止む負えずの特攻戦術だった。しかしこれが思いのほか上手くいっていた。
というのがオロチの行動はワンパターンの上、予備動作が読みやすい。身体が大きいため仲魔を配置するのが簡単だった。
確かに葦原の中つ国の塞の神は膨大なスタミナを持つ。しかし瞬発力がない。攻撃のバリエーションがない。
少し戦い慣れている者ならどうにかできる状態だった。
乗っ取られたオロチからの攻撃が始まって五分後ナグルファルの甲板に乾いた笑いが響いた、この時甲板にいた者たちが見た光景について書いていく。
それはオロチの化身たちをどうにか撃退し続けている時のことである。支配された葦原の中つ国からナグルファルが現世へ退却しようとしていた。
ナグルファルの前方百メートルの位置に巨大な蒸気機関と鋼の門が出現していたのだ。
葦原の中つ国全体が夢魔たちの支配下に置かれた今、留まり続けるのは危険と判断し撤退を決定し実行していた。
しかし門を開くのにずいぶん時間がかかっていた。葦原の中つ国が支配されているからだ。保護した三体の触角だけでは速やかな移動は難しかった。
ただ門を呼び出すことは可能で、ゆっくりと時間を駆ければ開ききることも不可能ではなかった。
しかし、葦原の中つ国を支配している夢魔たちは許さなかった。何としてもここで封じ込めるとの意気込みで無茶苦茶なことをやった。
それはもう少しで門が開くというところであった。葦原の中つ国が少しずつ暗くなっていった。太陽が沈んでいくように、少しずつ光が失われていった。
すると、ヤタガラスと協力者たちは苦笑いを浮かべ、乾いた笑い声を出した。というのも、無茶苦茶なことを夢魔たちが行ったと理解できた。
無茶苦茶なこととは異界の操作である。夢魔たちは
「世界の順番を変えた」
のだ。
彼女らのことを思うと、胸が高鳴った。同時に、共鳴が強まる。背負っている者のため、この程度の苦境で折れるわけにいかなかった。
そして苦境を笑って見せた須賀京太郎はオロチの化身に挑みかかった。地面をけり巨大な蛇に突っ込んでいった。
ラグナロクの青色の火の膜が須賀京太郎を包んでいた。
須賀京太郎が強がって数分後ナグルファルの甲板に退魔士とサマナーたちが集合していた、この時の葦原の中つ国の状況とヤタガラスの構成員たちについて書いていく。
それは須賀京太郎がオロチの化身に挑みあと少しで三分といったところ。ナグルファルの丈夫で広い甲板にヤタガラスの構成員と協力者たちが集まっていた。
協力者たちというのはヤタガラスに正式に所属していない退魔士もしくはサマナー、異能力者の類である。
葦原の中つ国で商売をしていた人たちはおとなしく引っ込んでいる。
日本防衛の大仕事のため葦原の中つ国から人が消えている状態だったが、それでも五百人近く甲板に戦闘員たちが集まっていた。
彼らが甲板に集まっているのは状況に対応するためである。誰もがここが正念場と理解しているのだ。葦原の中つ国の支配権を夢魔たちに奪われた。
葦原の中つ国を構成するオロチの化身たちが敵として襲い掛かってくる。大きな体を利用して空を飛ぶナグルファルを叩き潰そうとする。
ナグルファルが高度を上げても平気でオロチたちは追い突いてくる。しかも頭突きを喰らわせようとしたり、体当たりをしようとする。
しかも飽きることもなく延々と繰り返してくる。敵は強い。増援はない。ならば自分たちが頑張るしかない。
この巨大な蛇たちを防ぐために、彼らは甲板に集まっていた。彼らもまた意地があるのだ。
強烈な攻撃にさらされても彼らは生き延びた、この時にしのぎ切れた理由について書いていく。それはオロチの化身たちが襲い掛かってきてすぐのことである。
ヤタガラスと協力者たちは魔法を使った。使った魔法は物理攻撃を確実に跳ね返す魔法「テトラカーン」である。
この魔法を利用してオロチの化身をしのぎ切った。手段自体は非常に簡単である。
物理攻撃ならば確実に反射する魔法の壁を上手く張り、巨大な質量をもつオロチの化身をいなし続けた。しかし運用方法は独特だった。
ナグルファルに魔法の壁をはるのではなく、彼らの仲魔に魔法をかけてオロチの攻撃にぶつけていた。
オロチの化身が頭を振りかぶりぶつけようとしたら、軌道上に仲魔を配置して、魔法をかける。そして反射する。これを繰り返した。
本当ならばナグルファルにテトラカーンをしかけたい。それが一番楽である。しかしナグルファルは船の形をした異界。
上手くテトラカーンの結界が構築できず、止む負えずの特攻戦術だった。しかしこれが思いのほか上手くいっていた。
というのがオロチの行動はワンパターンの上、予備動作が読みやすい。身体が大きいため仲魔を配置するのが簡単だった。
確かに葦原の中つ国の塞の神は膨大なスタミナを持つ。しかし瞬発力がない。攻撃のバリエーションがない。
少し戦い慣れている者ならどうにかできる状態だった。
乗っ取られたオロチからの攻撃が始まって五分後ナグルファルの甲板に乾いた笑いが響いた、この時甲板にいた者たちが見た光景について書いていく。
それはオロチの化身たちをどうにか撃退し続けている時のことである。支配された葦原の中つ国からナグルファルが現世へ退却しようとしていた。
ナグルファルの前方百メートルの位置に巨大な蒸気機関と鋼の門が出現していたのだ。
葦原の中つ国全体が夢魔たちの支配下に置かれた今、留まり続けるのは危険と判断し撤退を決定し実行していた。
しかし門を開くのにずいぶん時間がかかっていた。葦原の中つ国が支配されているからだ。保護した三体の触角だけでは速やかな移動は難しかった。
ただ門を呼び出すことは可能で、ゆっくりと時間を駆ければ開ききることも不可能ではなかった。
しかし、葦原の中つ国を支配している夢魔たちは許さなかった。何としてもここで封じ込めるとの意気込みで無茶苦茶なことをやった。
それはもう少しで門が開くというところであった。葦原の中つ国が少しずつ暗くなっていった。太陽が沈んでいくように、少しずつ光が失われていった。
すると、ヤタガラスと協力者たちは苦笑いを浮かべ、乾いた笑い声を出した。というのも、無茶苦茶なことを夢魔たちが行ったと理解できた。
無茶苦茶なこととは異界の操作である。夢魔たちは
「世界の順番を変えた」
のだ。
227: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:24:54.96 ID:NaU+up9G0
順番というのはそのままの意味で順番である。葦原の中つ国というのは複数の巨大な異界が重なって出来上がっている。
ヘビが脱皮するように世界は脱皮を重ねて、今も巨大化を続けている。最表面の世界が最も新しい肉体で、レンガブロックの道。
二番目の世界は叩いて固まった土の道。三番目は人が歩いて作っただけの獣道。四番目は何もない大地だけがある。これを入れ替えた。
何としてもナグルファルを現世に返したくない夢魔たちは、この世界の順番を変えたのだ。劇的な変化だった。
最表面の世界が徐々に薄暗くなり、ついには真っ暗闇に包まれた。世界から光が消えて行くにしたがって、オロチの化身たちも消えていった。
一番下の階層に叩き落された時、ナグルファルの甲板にいた者たちは笑うしかなくなった。夢魔たちが何をしたのか凡そ察して
「ここまでやるか」
と笑ってしまった。しかしあきらめた者はいなかった。次の戦いに備えて動き出していた。
ナグルファルの甲板から最表面「だった」世界を見下ろすと、沢山の光があったからだ。同胞の光だと彼らは考えた。
光の数は膨大で天の川でも見ている気分だった。美しかった。これを見てしまったら、諦めるわけにいかなかった。
葦原の中つ国の最表面が最下層に落とされて一分後ナグルファルの会議室に須賀京太郎の姿があった、この時の会議室の状況と須賀京太郎について書いていく。
それは夢魔たちが無茶苦茶なことをやってすぐのことである。ナグルファルのまとめ役ハチ子の案内で須賀京太郎が会議室に到着した。
ナグルファルの甲板に須賀京太郎が着地した後、ハチ子がすぐに迎えに来たのだ。ハチ子だが、服装がグレードアップしていた。
バトルスーツ風のワンピースが一層豪華になり、マントが増えていた。ハチ子が身に着けているマントだが赤い布地の良いマントだった。
マントには刺繍が施されている。マントのど真ん中に銀糸の白骨の船、その船を抱くように魔鋼の糸でヘルらしき女性が刺繍されていた。
ハチ子の案内で会議室に向かっている時、須賀京太郎は
「派手だなぁ」
と思った。しかし口にはしなかった。ハチ子を見て、
「似合ってますね」
といって終わらせた。人のファッションにケチをつけるとひどい目に合うと龍門渕透華で知っていた。
修行しているときに超ド派手な私服を着ているのを見て
「歌舞伎っすか?」
と正直な感想を伝えて、ボコボコにされた思い出が思慮を与えた。
そうしてハチ子の案内の下須賀京太郎は会議室に到着したのだが、扉を開いて嫌な顔をした。
会議室で話し合っている代表者たちが死にそうな顔をしていたからだ。ヤタガラスの代表者は龍門渕。
ナグルファルはまとめ役たちがやっているのだが、どちらもほとんど顔が死んでいて覇気がなかった。
そして扉を開いた瞬間視線が一斉に須賀京太郎に向いたものだから、須賀京太郎はすぐに嫌になった。
須賀京太郎が会議室に到着してすぐヤタガラスの代表である龍門渕信繁が話しかけてきた、この時の龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りについて書いていく。
それはハチ子に引っ張られて須賀京太郎が会議室に到着してすぐのことである。須賀京太郎が席に座るよりも前に龍門渕信繁が話しかけてきた。
普段から死にそうな顔をしているおっさんなのだが、今は一層死にそうな雰囲気であった。三日ほど徹夜している中間管理職の風格である。
よれよれの黒い髪の毛を指でいじりながら龍門渕信繁はこういっていた。
「須賀君。まずは連携を組んでくれたことにお礼を言っておく。ありがとう。
私たちの負担がずいぶん減った。ナグルファルの亡霊たちが事務処理にあたってくれたおかげだ。
ヤタガラスの構成員たちも、協力者たちもほぼ無傷で船に乗れたのは幸運だった。
本当に渡りに船だったよ」
軽い冗談を飛ばす龍門渕信繁であったが、目が死んでいた。日本を背負った重責のためである。
228: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:27:20.78 ID:NaU+up9G0
帝都の住民たちが人形化した上にさらわれた。加えて外部勢力から霊的決戦兵器が帝都に送り込まれた。
一応、送り込まれた霊的決戦兵器は現世で抑え込んでいる。しかし頼りのオロチがほぼ完全に乗っ取られている。
しかも今回の事件を引き起こしたのはヤタガラスの大幹部二代目葛葉狂死。そして彼に心酔するヤタガラスたち。最高に厳しい状態であった。
流石に目も死ぬ。そんな龍門渕信繁からの礼を須賀京太郎は軽く受け取っていた。ハチ子に引っ張られ、上座に向かいながらこんなことを言ったのだ。
「まじっすか。やっぱ結構ヤバかったんですね。
みんな無事でよかったです。ヤタガラスの同胞たちが元気で仲良くしてくれるのが一番ですから」
須賀京太郎の返事をきいた六人のまとめ役たちの顔が若干引きつった。梅さんとハチ子経由で目的をきいているまとめ役たちである。
よく言えたものだと思った。すると龍門渕信繁がこう言った。
「地獄に落とされた時姉帯さんとはぐれたみたいだね」
この時龍門渕信繁は自然体だった。少しも怒っていない。ほんの少しだけ事実確認がしたいだけ、といった調子で語りかけていた。
これに対して須賀京太郎も自然体で返した。
「申し訳ありません。俺の力不足です」
このように返すと、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。須賀京太郎が頭を下げるのを見て龍門渕信繁はこういった。
「須賀君の技量でだめなら、誰でも無理だろう。それこそ十四代目、義輝、義経、千歌辺りじゃないと対応できない」
この時、龍門渕信繁は残念そうな顔をしていた。話の分かる上司の対応だった。この時若干会議室の空気が緩んだ。
お互いのボスが仲良くしているのは良い光景だった。最後まで仲良くしてほしかった。そんなところで龍門渕信繁が続けて質問をした。
「それで、何時ごろになったら姉帯の娘さんは見つかる予定?」
この時龍門渕信繁が須賀京太郎をじっと見つめていた。異能力「治水」を持たない男だが、何もかも見通す冷たい目だった。
ヤタガラスの幹部・龍門渕に実力だけで婿入りするだけあった。そんな龍門渕信繁の目に射抜かれた須賀京太郎であったが、自然体のままだった。
龍門渕信繁ならあっさり見破ると予想していた。だから焦らずに
「何時、ヤタガラスに姉帯豊音を引き渡すのか」
という質問に答えられた。こう言っていた。
「二代目葛葉狂死を殺した後でしょうね」
須賀京太郎の答えを受けて龍門渕信繁は軽くうなずいた。少し笑っていた。こうなるとわかっていた。そういう性格だと知っていた。
そして須賀京太郎から視線を切って、こういった。
「なるほどわかった。なら、そういう事にしておく」
肯いている龍門渕信繁を見て須賀京太郎はこういった。
「はい。よろしくお願いします」
良い笑顔だった。邪念がなさ過ぎて邪悪だった。
龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りが終わってすぐ会議室の色々なところからため息が聞こえてきた、この時のため息の正体について書いていく。
それは龍門渕信繁と須賀京太郎が一触即発のやり取りを終えた後のことである。出席者の一人が小さくため息を吐いた。静かな会議室である。
よく響いていた。しかし誰も咎めなかった。むしろ一つ目のため息をきっかけにして、と色々なところからため息が連発した。
最後の方になると龍門渕透華がわざとらしくため息を吐いていた。そしてため息の後に自分の部下と父親を睨んだ。
睨まれた父親と部下は気まずそうに視線をそらした。それだけ龍門渕透華の眼力が強かった。しかししょうがないことである。
なぜなら、日本がどうなるかわからない状況で味方同士の喧嘩が起きかけたのだ。ため息も出る。睨みたくもなる。
そして睨むだけ睨んで龍門渕透華はこういった。
229: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:29:45.41 ID:NaU+up9G0
「お父様、須賀君は姉帯さんを見失ったと私に報告したのです。それがすべてです。彼の報告を信じます。
須賀君、お父様は『何時見つけに行くのか』と質問をしただけです。姉帯さんがいなくなったというのに少しもあせっていない貴方が悪いのよ?
喧嘩腰にならないで。
それよりも、やることがあるのでは? やることが山ほどあるからお互いの最高責任者をここに集め円滑に進めようとしたのでしょう?
さぁ、まじめに始めましょう。良いですか? まじめにやるのですよ。お父様も須賀君も!」
龍門渕信繁と須賀京太郎は叱られてうなずいた。一気に肩身が狭くなった。完全に正論だった上に、正義は彼女にあった。
そうしてしょんぼしりたボス二人を放っておいて会議が始まった。会議が始まったがボス二人はへこんだままだった。復活には時間が必要だった。
思い切り正論をぶつけられると痛かった。
ナグルファルとヤタガラスの会議が始まって十分後警報が鳴り響いた、この時のナグルファルの状況と会議室の動きについて書いていく。
それは最高責任者である龍門渕信繁と須賀京太郎がしょんぼりしつつサボっている時のことだった。会議室に大きな警報音が響いた。
それまで和気あいあいとしていた会議室が一気に緊張で引き締まった。警報が鳴り響くと同時に龍門渕信繁と須賀京太郎の気配が研ぎ澄まされた。
しょげていた二人が一気に力を取り戻したのを見て、出席者たちは委縮した。この二人が本気になる時は、命がけの修羅場である。恐ろしかった。
そうして警報が鳴り響いた後、ナグルファル全体に女性の声でアナウンスが流れた。ヘルの声だった。こう言っていた。
「葦原の中つ国最深部に対して強大な圧力がかかっています!」
すると龍門渕信繁が目を細めた。何か考えているらしかった。この時須賀京太郎の背中に張り付いているロキが大きな声を出した。
かなりあわてていた。こう言っていた。
「あわてるなヘル! 現世への門を開け!」
そうするとヘルの声がすぐに帰ってきた。こう言っていた。
「やっているけど無理なの! 現世との距離が離れすぎていて門が届かないの!」
ロキとヘルのやり取りを聞いていた出席者たちの顔色が悪くなった。
ナグルファルが開く大きな門で現世に届かないのならば、普通の瞬間移動の魔法では到底逃げられない。死が見えていた。
そんな時に須賀京太郎がこう言った。
「あとどのくらいで潰される?」
するとヘルの声が答えた。
「あと三十分!」
ヘルが答えると龍門渕信繁と須賀京太郎がうなずいた。お互い諦める気配はなかった。お互い諦めていないと確認すると龍門渕信繁はこういった。
「最深部にいる同胞たちをすべてナグルファルに乗せよう。甲板にいるヤタガラスと協力者たちの力を使えばどうにか間に合うだろう」
続けて須賀京太郎がこう言った。
「保護しているオロチたちに『世界の壁が薄いところを教えてくれ』と伝えてほしい。
葦原の中つ国は重なり合った異界。ならば異界の壁を突破してこの危機を回避する。
後、力自慢がいたら船首に来いとヤタガラスたちに伝えてほしい。世界をぶっ壊せるチャンスだと言ってやれ」
最高責任者である龍門渕信繁と須賀京太郎が方針を決定した。二人とも特に動じるところがなかった。大した問題ではないからだ。
やることをやるだけだった。行動方針が決定すると龍門渕の血族たちは急いで会議室から出ていった。
ヤタガラスたち協力者たちに最深部に残っている同胞を探す手伝いをしてもらうためである。また、ナグルファルのまとめ役たちも速やかに動き出した。
速やかにナグルファルのネットワークに命令を飛ばし、船員たちの尻をたたいた。窮地に追い込まれているはずだが諦めている者はいなかった。
強い意志を持つ指導者がいることは幸福だった。
230: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:32:48.95 ID:NaU+up9G0
葦原の中つ国の最深部に巨大な圧力がかかり始めて十五分後ナグルファルの船首に須賀京太郎が立っていた、この時の葦原の中つ国の状況とナグルファルそして須賀京太郎について書いていく。
それは警報が鳴り響いて十五分後のことである。人気の引いたナグルファルの甲板を須賀京太郎が歩いていた。
異形の右腕を軽く揺らしながら悠然と船首に向かって歩いている。船首に向かっているのはオロチから教えてもらったポイントを正確に狙うためである。
オロチたちから直接教えてもらったのだ。三つ編みのオロチがこう言っていた。
「私の石碑を見つけて。あの石碑があるところが世界と世界を分ける場所。
世界の境界を切り裂けるのなら、私たちの力で広げられる。でも葦原の中つ国の境界は分厚い。ちょっと強いだけの魔法や攻撃では到底世界は揺らがない」
オロチの助言はすぐにナグルファル全体に行き届いた。ヤタガラスたちにも協力者たちにも伝わった。真っ暗闇の最深部にナグルファルはいるのだ。
見つけるための人手が必要だった。石碑探しは数分で終了した。仲魔を使っての人海戦術である。退魔士もサマナーも恐ろしく多いので楽々であった。
そうして石碑が見つかるとナグルファルはゆっくりと移動をはじめ、須賀京太郎も移動に合わせて船首に向かった。
船首に到着した須賀京太郎は沢山の光がナグルファルに向かってくるのを見た。沢山の蛍が飛んでいるような光景だった。
ナグルファルに向かって飛ぶ光はすべて悪魔と人だった。全てのヤタガラスと協力者たちが取り残された人たちを助けるために働いていた。
ナグルファルの船首に異形の右腕を持ち恐ろしい装備品で身を固めている須賀京太郎が立っているので、ためらう人も多かった。
しかしヤタガラスと協力者たちに話を聞くとすぐに甲板に足をつけた。今はぼんやりとした魔人の恐怖よりも、はっきりと迫る圧死の恐怖が強かった。
葦原の中つ国の最深部に巨大な圧力がかかり始めて二十五分後須賀京太郎の下にアンヘルとソックが到着した、この時のナグルファルの状況とアンヘルとソックについて書いていく。
それはナグルファルに避難する人が少なくなって来た頃のこと。
真っ暗な世界を船首で見据える須賀京太郎の下にバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが現れた。
まとめ役の一人ハチ子が着ているものとよく似ていた。しかし製作者のこだわりなのか、現在のバトルスーツに寄せたデザインだった。
須賀京太郎のバトルスーツは心臓から全身に向かってエネルギーの供給ラインが巡っているのだが、それをまねていた。
しかしモチーフにしているだけで輝く太陽が胸にあるようにしか見えなかった。バトルスーツ風のワンピースに着替えた二人が現れるとロキがこう言った。
「ジャージでもよかったんじゃぞ? お嬢ちゃんたちに求められておるのは
『小僧のサポートをするわしのサポート』
じゃからな」
真面目なことを言っていたが、声の調子がからかっていた。するとソックがこう言った。
「大仕事なのにジャージでやれるかよ。
それよりもしっかり働けよ。俺のマスターにおかしなことをしたら許さないからな」
ソックの声はなかなか怖かった。須賀京太郎の背中に張り付いているロキに苛立っているのだ。
自分たちこそが須賀京太郎の一番の仲魔という自負があるのだ。しょうがないことだった。ただそうするとロキにからかわれる隙になる。
見逃すはずもなくロキがこういった。
「ひゃー! 怖い怖い! 小僧とわしの相性は抜群じゃのに、おかしなことなんぞあるもんかい!」
すると須賀京太郎が小さく笑った。ロキの言い方が面白かった。少し緊張がほぐれた。
ただ須賀京太郎が小さく笑った時、アンヘルとソックが眉間にしわを寄せた。背中を見せている須賀京太郎は気づかなかった。
しかし気づかないほうがよかった。アンヘルとソックの顔はロキが引くほど怖かった。顔を見ればいいたいことが分かった。
「私のマスターに馴れ馴れしくすんな」
である。須賀京太郎たちがそんなことをしている時、ナグルファルの甲板はぎゅうぎゅうになっていた。
真昼の東京、スクランブル交差点のようなにぎわいである。しかし人間よりも悪魔が多かった。
これは、探索用の悪魔やら移動用の悪魔が大量に召喚されているからだ。残されている人がいないか最後の点検を行っていた。
葦原の中つ国はかなり広いので迷子になると大変である。しかし千人規模で退魔士とサマナーが集まればそれほど難しい仕事ではなかった。
特にデジタル式のサマナーが多いご時世である。デジタルの強み、数の暴力がうまくかみ合っていた。
ただ、そのために恐ろしく広い甲板もぎゅうぎゅうで大変だった。
それは警報が鳴り響いて十五分後のことである。人気の引いたナグルファルの甲板を須賀京太郎が歩いていた。
異形の右腕を軽く揺らしながら悠然と船首に向かって歩いている。船首に向かっているのはオロチから教えてもらったポイントを正確に狙うためである。
オロチたちから直接教えてもらったのだ。三つ編みのオロチがこう言っていた。
「私の石碑を見つけて。あの石碑があるところが世界と世界を分ける場所。
世界の境界を切り裂けるのなら、私たちの力で広げられる。でも葦原の中つ国の境界は分厚い。ちょっと強いだけの魔法や攻撃では到底世界は揺らがない」
オロチの助言はすぐにナグルファル全体に行き届いた。ヤタガラスたちにも協力者たちにも伝わった。真っ暗闇の最深部にナグルファルはいるのだ。
見つけるための人手が必要だった。石碑探しは数分で終了した。仲魔を使っての人海戦術である。退魔士もサマナーも恐ろしく多いので楽々であった。
そうして石碑が見つかるとナグルファルはゆっくりと移動をはじめ、須賀京太郎も移動に合わせて船首に向かった。
船首に到着した須賀京太郎は沢山の光がナグルファルに向かってくるのを見た。沢山の蛍が飛んでいるような光景だった。
ナグルファルに向かって飛ぶ光はすべて悪魔と人だった。全てのヤタガラスと協力者たちが取り残された人たちを助けるために働いていた。
ナグルファルの船首に異形の右腕を持ち恐ろしい装備品で身を固めている須賀京太郎が立っているので、ためらう人も多かった。
しかしヤタガラスと協力者たちに話を聞くとすぐに甲板に足をつけた。今はぼんやりとした魔人の恐怖よりも、はっきりと迫る圧死の恐怖が強かった。
葦原の中つ国の最深部に巨大な圧力がかかり始めて二十五分後須賀京太郎の下にアンヘルとソックが到着した、この時のナグルファルの状況とアンヘルとソックについて書いていく。
それはナグルファルに避難する人が少なくなって来た頃のこと。
真っ暗な世界を船首で見据える須賀京太郎の下にバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが現れた。
まとめ役の一人ハチ子が着ているものとよく似ていた。しかし製作者のこだわりなのか、現在のバトルスーツに寄せたデザインだった。
須賀京太郎のバトルスーツは心臓から全身に向かってエネルギーの供給ラインが巡っているのだが、それをまねていた。
しかしモチーフにしているだけで輝く太陽が胸にあるようにしか見えなかった。バトルスーツ風のワンピースに着替えた二人が現れるとロキがこう言った。
「ジャージでもよかったんじゃぞ? お嬢ちゃんたちに求められておるのは
『小僧のサポートをするわしのサポート』
じゃからな」
真面目なことを言っていたが、声の調子がからかっていた。するとソックがこう言った。
「大仕事なのにジャージでやれるかよ。
それよりもしっかり働けよ。俺のマスターにおかしなことをしたら許さないからな」
ソックの声はなかなか怖かった。須賀京太郎の背中に張り付いているロキに苛立っているのだ。
自分たちこそが須賀京太郎の一番の仲魔という自負があるのだ。しょうがないことだった。ただそうするとロキにからかわれる隙になる。
見逃すはずもなくロキがこういった。
「ひゃー! 怖い怖い! 小僧とわしの相性は抜群じゃのに、おかしなことなんぞあるもんかい!」
すると須賀京太郎が小さく笑った。ロキの言い方が面白かった。少し緊張がほぐれた。
ただ須賀京太郎が小さく笑った時、アンヘルとソックが眉間にしわを寄せた。背中を見せている須賀京太郎は気づかなかった。
しかし気づかないほうがよかった。アンヘルとソックの顔はロキが引くほど怖かった。顔を見ればいいたいことが分かった。
「私のマスターに馴れ馴れしくすんな」
である。須賀京太郎たちがそんなことをしている時、ナグルファルの甲板はぎゅうぎゅうになっていた。
真昼の東京、スクランブル交差点のようなにぎわいである。しかし人間よりも悪魔が多かった。
これは、探索用の悪魔やら移動用の悪魔が大量に召喚されているからだ。残されている人がいないか最後の点検を行っていた。
葦原の中つ国はかなり広いので迷子になると大変である。しかし千人規模で退魔士とサマナーが集まればそれほど難しい仕事ではなかった。
特にデジタル式のサマナーが多いご時世である。デジタルの強み、数の暴力がうまくかみ合っていた。
ただ、そのために恐ろしく広い甲板もぎゅうぎゅうで大変だった。
231: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:36:35.12 ID:NaU+up9G0
葦原の中つ国の最深部に圧力がかかり始めて三十分後ナグルファルの船首で須賀京太郎が仁王立ちしていた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎について書いていく。
それはそろそろ完全に最深部が潰れる時間。葦原の中つ国の最深部、かつて最表面にあった蒸気機関の世界は広がりを失い一カ所にまとまろうとしていた。
一カ所にまとまるというのは、沢山のごみを大きな圧力でプレスするような調子だった。
四方八方の空間が縮まるのはなかなか絶望的で、世界が軋む音は心を折に来る。しかし良いこともあった。
最深部が一カ所に圧縮されてゆくので、救助が楽だった。もちろん問題もあった。どうやって突破するのかである。
ナグルファルの甲板には腕自慢の退魔士や協力者たちが準備万端で集まっている。しかし皆不安だった。葦原の中つ国は巨大な異界の複合体。
しかも一つ一つの世界が異様にでかい。少し頑張ったくらいで、壁を壊せるとは思えなかった。
しかも圧力を加えるために世界の壁は分厚くなっているだろうから、余計に不安だった。
そんなナグルファルの甲板の先、堂々と立つのが異形の銀の右腕を持つ須賀京太郎である。船首に立ち目を閉じて精神集中を行っていた。
そんな須賀京太郎の背中には呪文を唱える奇妙なマント・ロキがいた。唱えている文言からして「ラグナロク」で間違いない。
しかし唱える呪文と微妙に違っていた。そしてそのすぐ後ろにバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが構えていた。
この二人も呪文を唱えていた。アンヘルとソックは同じような呪文を唱えていた。しかし微妙に文句が違っていた。
そんな仁王立ちする須賀京太郎たちをヤタガラスの構成員と協力者たちは見守っていた。魔人の力を信じていた。
揺らがない須賀京太郎の立ち姿が、彼らの心を静めていた。
葦原の中つ国の最深部が終わりかけている時、須賀京太郎は黙って動かなかった、この時の須賀京太郎と仲魔たちについて書いていく。
それはあと数十秒もすればみんな潰れて終わりというとき、天と地が狭くなって息苦しくなったころである。
目前に終わりが迫っているというのに、須賀京太郎は仁王立ちのまま変わらない。これは須賀京太郎に起死回生の妙案があるからではない。
須賀京太郎の頼れる仲魔たちが提案してくれた作戦に全力で応えるために精神を統一していた。
そもそも核兵器級の魔法を撃ち込まれても揺らがないの異界である。
これはどれだけ小さな異界でも同じことだが、異界を潰したいのなら異界操作術で潰さなければならない。
いくら核兵器を撃ちまくっても宇宙が消えないのと同じである。
これがわかっている須賀京太郎だから信頼できる者たちの提案に乗って自分にできることをすることにした。
そして信頼できる仲魔の提案だが、簡単な作戦だった。マントになっているロキがこう言ったのだ。
「わしらが異界操作術で刃を創る。オロチのお嬢ちゃんが教えてくれた目印に合わせて小僧が全力で振りぬく。ナグルファルがそこを通る。以上じゃ」
本当にこれだけだった。
マントになっているロキ、背後に立つアンヘルとソックが呪文を唱えているのは須賀京太郎の暴走している異界を制御するためである。
暴走している異界というのは須賀京太郎の異形の銀の右腕のことだ。これに働きかけて整えて刃を創る算段だった。
詠唱が終わった直後須賀京太郎が全身全霊をかけて右腕を振りぬいた、この時の須賀京太郎について書いていく。
それは頼れる仲魔たちが長い呪文を完全に唱え切る少し前のことである。ナグルファルの周囲を見回っていた仲魔の一団が悲鳴を上げた。
悲鳴が聞こえると甲板にいた退魔士たちサマナーたちが視線を向けた。同時に光源代わりになっている光り輝く悪魔たちが暗黒の空を照らした。
すると甲板にいた者たちが青ざめた。四方八方から大量の蒸気機関が迫ってくるのが見えた。考えてみれば自然なことだった。
広い世界が一カ所に集まろうとしているのだ。蒸気機関も建物も一カ所に集まってまとまるのは自然である。
ただ、ものすごく広い世界がたった一点に集まろうとしているので、集まり方がド派手だった。天高くそびえる瓦礫の壁が四方から迫る。
空も落ちてくる。地面もせりあがる。逃げ場はない悪魔が悲鳴を上げ退魔士たちの心が折れるのもしょうがないことだった。
そうして完全に終わりが見えた時須賀京太郎の仲魔たちが呪文を完成させた。一番にロキがこう言った。
232: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:39:39.72 ID:NaU+up9G0
「ラグナロク」
続けてアンヘルがこう言った。
「来たれアシャ。二つの私がお前を呼んだ」
同時にソックが小さな声でこう言った。
「創造主が命じる。ヤドリギよ主のために形を変えろ」
四方八方から瓦礫の山が迫っているためロキの声は須賀京太郎だけが拾い、アンヘルとソックはお互いの声しか聞こえなかった。
ただ、感覚を研ぎ澄ませている須賀京太郎には充分な音量だった。
三人の呪文の完成を受け取った須賀京太郎は右腕を大きく振りかぶり思いきり振り下ろした。大量の命を背負っているが何の不安もなかった。
自分はやるべきことをやる。この一点に集中したことで須賀京太郎の心から迷いが消えていた。そうして異形の右腕を振りぬいた時、世界が切れた。
ナグルファルの船首から十メートルほど離れたところに真っ白い線が生まれていた。この真っ白い線は非常に弱弱しかった。
長い髪の毛が垂れているようで広がりがない。しかしすぐに広がった。須賀京太郎が二発目を放ったのだ。縦ではなく横に右腕を振りぬいた。
そうしてナグルファルの前方十メートルの所に巨大な十字傷が生まれた。須賀京太郎が生み出した十字傷はあれよあれよという間に燃え上がった。
しかし突如として火が消た。大量の水が噴き出したからだ。
須賀京太郎の仕事が終わった後ナグルファルが動き出した、この時の葦原の中つ国の状況とナグルファルについて書いていく。
それは異形の右腕を須賀京太郎が振るった直後である。須賀京太郎がつけた十字傷から大量の水が噴き出してきた。
この大量の水だがダムの放水のような勢いであったため、巨大なナグルファルが若干揺れた。甲板にいたヤタガラスと協力者たちが少しあわてた。
しかしすぐに彼らが対処した。ナグルファルの船首から甲板にかけての広範囲を結界で包んでみせた。
魔法攻撃を止めるには不十分だが、水の浸入を防ぐには十分だった。大量の水が侵入してくるのに合わせてナグルファルが汽笛を鳴らした。
するとナグルファル前方の傷跡が巨大な門で拡張された。ハチ子の地獄をモチーフにした門とオロチが創る蒸気機関の門を合わせたような門である。
この門が出来上がると水の侵入が止まった。そうなってナグルファルから女性の声が聞こえてきた。
「移動準備完了いたしました。皆様ナグルファル内部へ移動してください。門の向こう側は水中の可能性があります。
突入までのカウントダウンを始めます。十、九、八」
かなり若い女性の声だった。ヘルではない。しかし聞き取りやすい話し方と声だった。カウントダウンが始まると甲板にいた者たちが動き出した。
さっさと仲魔を消して、速足でナグルファルの中へ入っていった。ナグルファルの亡霊たちが誘導してあっという間に甲板がさみしくなった。
須賀京太郎もおとなしく避難勧告に従った。少しあわてていた。急なカウントダウンは心臓に悪かった。
ただ、アンヘルとソックをしっかり自分で運んでいた。アンヘルとソックを肩に担いで走る姿は面白かった。
しかし担がれているアンヘルとソックは複雑な顔をしていた。気にかけてくれるのはうれしいが、服装がワンピースなので担ぐのは良くなかった。
カウントダウンが終了した後ナグルファルは巨大な門を潜り抜けた、この時にナグルファルが行き着いた世界とナグルファルについて書いていく。
それはナグルファルのカウントダウンがついにゼロになった時のことである。カウントがゼロになると蒸気機関と地獄が混じった門が開き始めた。
すると巨大な門が開くに合わせて大量の水が流れ込んできた。しかし大量の水圧に門は負けなかった。しっかりと自分の力で世界と世界を繋げていた。
ただ完全につながったことで、驚くほど大量の水が最深部に流れ込んできた。ただでさえ小さくなっている世界である。
一秒足らずで二メートルほどの高さまで水がたまっていた。ただ大量の水が門の向こうから流れ込んできてもナグルファルは動じなかった。
来るとわかっていたのだ。ナグルファルの中で眠っている神々の力を使い大量の水を操った。
巨大な船体を水に浮かせて、飛び出してくる水を割るくらい何のこともなかった。そして行けると確信してナグルファルは汽笛を鳴らした。
大きく長い汽笛の後ナグルファルは巨大な門に突入していった。全長一キロメートルのナグルファルが完全に潜り抜けるには時間がかかった。
通り抜けるまでにかかった時間は約三十秒。しかしナグルファルだけで成し遂げたことではない。力ではない。迫ってくる瓦礫に尻を押されたのだ。
そうして巨大な門を潜りぬけた先にあったのは、大量の水だった。ナグルファルは水中に飛び出していた。しかも結構な深さにあった。
水圧でナグルファルの船体がギシギシ言っていた。ただ、問題はない。水を操った要領で取り囲んでいる水を操った。すぐに軋みはなくなった。
233: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:42:28.47 ID:NaU+up9G0
葦原の中つ国の最深部からナグルファルが脱出した時須賀京太郎たちは秘密の部屋にいた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。
それはナグルファルがうまい具合に水を操っている時のことである。姉帯豊音と未来がいる秘密の部屋に須賀京太郎たちが戻っていた。
秘密の部屋に戻ってきた時には、アンヘルとソックも自分の足で歩いていた。そうして戻ってきたところで姉帯豊音が話しかけてきた。
未来にミルクをあげながらこんなことを言っていた。
「三人ともビチャビチャだね……須賀君はいいけど。アンヘルさんとソックさんはすぐに着替えたほうがいいかも」
そんな姉帯豊音にムシュフシュが続いた。ミルクを飲んでいる未来の匂いを嗅ぎながらこんなことを言っていた。
「魔人殿は男だからいいが、流石に二人はまずい。梅さんに見つかったら説教されるぞ。破廉恥だと言われて教育される」
このようにムシュフシュがからかうと姉帯豊音が小さく笑った。またムシュフシュの言葉を聞いたツインテールのオロチは苦い顔になっていた。
強烈な教育を思い出したのである。そうしているとマントになっているロキが提案してきた。こういったのだ。
「低温のラグナロクでも発動させちゃろうか?
三十秒くらいあったらカラカラに乾かせるぞ。梅雨の時期には大活躍じゃったからな、今でもコツを覚えておるぞ」
ロキがこのように提案するとアンヘルとソックの視線が動いた。そして口がもごもごとして落ち着かなくなった。頼みたかったが頼みたくなかったのだ。
確かに乾かしてほしいと言いたいところである。水浸しの状況は良くなかった。しかもワンピースである。よくない。ただ、ロキに頼りたくなかった。
アンヘルとソックが迷っている時ヘルが秘密の部屋にやってきた、この時の須賀京太郎とヘルの会話について書いていく。
それはアンヘルとソックが迷いに迷っている時のことだった。秘密の部屋の扉をノックしてヘルが入ってきた。部屋に入ってきてすぐヘルはこういった。
「京太郎ちゃーん! すごかったわー! ほんとすごかったー! 私感動しちゃったわ!」
秘密の部屋の出入り口とベッドルームとの間には距離があるので、姿は見えない。しかし声だけでなとなくヘルの身振り手振りが予想できた。
そうしてヘルが感想を語っている間に足音が二つ三つと増えた。足音が聞こえると須賀京太郎の目が少し細くなった。知らない足音があったからだ。
足音からハチ子と梅さんがいるとはわかったのだ。しかしもう一つがわからなかった。さて誰が来たかと構えていると、ベッドルームにヘルたちが現れた。
部屋に入ってきてすぐヘルはこういった。
「京太郎ちゃん! ハグしてあげます!」
よほど昂っているのか勢いがすごかった。しかし須賀京太郎にヘルはたどり着けなかった。ソックがヘルを捕まえたからだ。
真正面からヘルのハグに立ち向かっていた。ヘルの身長が百八十センチクラスなので、抱きつかれたソックは身動きが取れなくなっていた。
ソックが犠牲になったところでベッドルームに梅さんとハチ子が入ってきた。その後から見知らぬ白衣の女性が入ってきた。
二十代後半で、髪の毛は肩あたりまでの黒髪。身長が百七十センチほどで高いヒールをを履いていた。白衣を着た女性を見て須賀京太郎は困った。
どこかで見たような気がしたからだ。須賀京太郎が困っているとマントになっているロキが動き出した。須賀京太郎が忘れているので気をきかせたのだ。
こう言っていた。
「我が娘よ。ソックのお嬢ちゃんを窒息させるのはええんじゃが。何か用事があってここに来たんじゃろ?
そっちの白衣を着たお嬢ちゃんは会議室におったな。ナグルファルのまとめ役か?」
するとソックに抱き着いたままヘルがこう言った。
「その通り。琴子ちゃんって言うのよろしくね。
生きていたころはお医者さんで、何と『ヤタガラス』だったの。未来ちゃんの健康診断をしてもらった方がいいと思って呼んだの。
未来ちゃんは特殊な体質の子でしょう? 見てもらっておいた方が安心できるかなって。
後、京太郎ちゃんたちが水浸しになったって船員の子たちが教えてくれたから、お風呂の案内に来たの。
京太郎ちゃんはいいかもしれないけど、アンヘルちゃんとソックちゃんは厳しいでしょ? 二人は女の子なわけだし。
男湯は棟梁さんとナナシさんが増設してくれているから少し待ってね。公衆浴場も同時に建設中だから、出来上がったら使ってみて」
上機嫌にヘルが説明していると梅さんがバスタオルをどこからともなく取り出した。そしてびしょ濡れの三人に渡した。
タオルを受け取った須賀京太郎はお礼を言った。そしてこんなことをヘルたちに言った。
234: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:45:46.12 ID:NaU+up9G0
「ありがとう。助かるよ。
アンヘル、ソック。俺はいいから着替えておいで。俺は右腕の調子を確かめたい」
このように須賀京太郎がお礼を言うとヘルたちが喜んだ。風呂の増設は名案だと思っていたからである。
そうしてお礼を言った後、須賀京太郎は自分の右腕を見つめていた。異形の右腕に大きな変化が起きていたからだ。
びしょ濡れの三人娘が梅さんに連れ去られた後須賀京太郎は秘密の部屋の椅子に座って右腕を眺めていた、この時の須賀京太郎の右腕の状態と秘密の部屋の様子について書いていく。
それはびしょ濡れになっているアンヘルとソック、そして濡れてしまったヘルを梅さんが引っ張って部屋から出ていった後のことである。
若干濡れている須賀京太郎に対してロキが呪文を唱えていた。ラグナロクである。ロキの呪文が完成すると須賀京太郎の肉体を火が包み込んだ。
しかし派手に燃えることはなかった。ほんの一瞬のこと。一瞬だけ須賀京太郎の肉体が橙色の火の膜で包まれた。
しかしすぐに火は消えて褐色の肌の須賀京太郎が現れていた。ただ効果は抜群で完全に装備が渇いていた。
そうして装備品が乾いたところでベッドルームの椅子に須賀京太郎が座った。ミルクを飲んでいる未来を見るのに良い位置に椅子があったからだ。
須賀京太郎が椅子に座ると三人のオロチが近づいてきた。そして須賀京太郎を囲んで銀色の右腕をじろじろ観察し始めた。
三人のオロチが右腕を見つめているのを須賀京太郎は黙ってみていた。見られてもしょうがない変化の仕方だった。というのも右腕に肉がついていた。
この肉というのが生き物風の肉ではない。有刺鉄線を骨にぐるぐると巻きつけて、肉体らしくみせているだけに見えた。人間には間違いなく近づいている。
しかし下手に人の形に似せた結果、グロテスクになっていた。そんな異形の銀色の右腕を三人のオロチは触ってみたり観察して遊んでいた。
そうして三人のオロチが須賀京太郎で遊んでいる時、姉帯豊音と未来の所へまとめ役の一人医者の琴子が近寄っていった。
まとっている雰囲気が刺々しいので姉帯豊音は萎縮していた。須賀京太郎も同様である。冗談が通じないタイプに見えた。
葦原の中つ国の最深部から脱出して十五分後ナグルファルの甲板に須賀京太郎が立っていた、この時に須賀京太郎が見た景色について書いていく。
それはナグルファルのまとめ役琴子が
「あらあらぁ。かわいい赤ちゃんでちゅねぇー?」
と未来に話しかけてから数分後のことである。ナグルファルの甲板に須賀京太郎が立っていた。
須賀京太郎と同じく外の景色を見るために出てきたヤタガラスの構成員や協力者たちもちらほら見えた。
そんな彼らから少し離れたところで一人きりで景色を見た。須賀京太郎が甲板に出てきたのはナグルファルが水中から水上に移動したからである。
一体何が起きているのか確認する必要があった。まとめ役の琴子の診断が終わるまで一緒にいてもよかったのだが、姉帯豊音が
「私だけでも大丈夫だから」
というのでムシュフシュとオロチ、そしてハチ子に護衛を頼んで一人で甲板に上がってきた。この時須賀京太郎が
「姉帯さんと未来のことよろしくな。お前たちだけが頼りなんだ」
とお願いしていた。するとムシュフシュとオロチたちがものすごく張り切って肯いていた。
とんでもない事件に巻き込まれているのに明確な仕事がない彼女らである。何かしたかった。それに気もまぎれる。
そうして姉帯豊音と未来に護衛をつけて須賀京太郎は甲板に出てきたのだが、出てきてすぐにこう言った。
「嘘だろ」
それもそのはず、須賀京太郎の目の前には大海原が広がっていた。太陽が真上に照っていて、すこし雲があるだけで他は何もない。
青い海と青い空が会って水平線が続いているだけ。これは須賀京太郎の知る世界ではなかった。しかも潮の香りまでする。
何が起きているのかさっぱりわからなかった。
235: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:49:29.89 ID:NaU+up9G0
葦原の中つ国の最深部から脱出して三十分後ナグルファルの甲板に人が集まっていた、この時のナグルファルの状況と乗客たちの様子について書いていく。
それは水中からナグルファルが浮上して三十分後のことである。今まで寂しかったナグルファルの甲板がたくさんの人で賑わっていた。
甲板にいるのはヤタガラスの構成員と協力者たち、そしてナグルファルの乗組員である。
この時人型の仲魔が呼び出されていたり、大きな獣のような仲魔たちも呼び出されていてかなり騒がしかった。彼らが甲板に上がってきた理由は二つである。
一つは葦原の中つ国の情報収集のため。環境が激変している状況で優雅に船旅を楽しめるわけもなく、龍門渕の血族は情報収集を第一の目的に設定していた。
二つ目の理由は気分転換のためである。最深部で圧殺されそうになった経験が彼らの心を深く傷つけていた。
得に葦原の中つ国で働いている人達はサポート要員として働いていることが多く、修羅場の空気に折れかけていた。
これはナグルファルの亡霊たちも同じで、気分転換が必要だった。
そうして情報収集の名目で甲板に出てきた。圧殺される気配のない広大な青い空とどこまでも続く海に癒されるのだった。
情報収集をしつつナグルファルが大海原を進んでいる時女性と少年が商売を始めた、この時に行われた商売の様子について書いていく。
それは
「これからどうなるのだろうか?」
とか
「家族は無事だろうか?」
などと考える余裕が生まれた時のことである。
ナグルファルの甲板に大きなリュックサックを背負った少年とバトルスーツ風のワンピースを着たハチ子が現れた。
リュックサックを背負っている少年だが、かなり幼かった。身長は天江衣とほとんど同じ。白いワイシャツを着て半ズボンを履いている。
足元を見るとバトルスーツ風の靴を履いていた。髪の毛はきれいに切りそろえられていて、聡明な顔立ちをしていた。
身体よりも大きなリュックサックを背負っているためなのか、非常に苦しげで呼吸も荒い。そんな少年の一歩前に上機嫌なハチ子が立っていた。
海風でマントが翻っているのは絵になったが、少年が苦しそうなので邪悪な印象が強くでていた。
何事かと視線が集中したところで、上機嫌なハチ子がこう言った。
「皆様ぁ! 私はヘルヘイム商店から参りましたハチ子と申しますぅ!
ヤタガラスの構成員の皆様。そして協力者の皆様。そして運悪く巻き込まれてしまったあなた!
我々ヘルヘイム商店と取引きしてみませんか!?
武器の売買、呪物の売買は当然として回復、客室のグレードアップ、ダウンまで一手に私たちが取り仕切っておりますぅ!
下取りはもちろんのことマグネタイトエネルギーでも品物の交換が可能でーす!
これが売りたい。これが買いたいというものがあれば、どうぞご相談くださいませぇ!あなたの持っている情報・知識でも喜んで買取させていただきます!
ナグルファル上での一切の取引はナグルファルの王に許可され保護されております!
皆様、人身売買と麻薬取引以外は可能だと思ってくださいませぇ!」
甲板にいた人たちを上機嫌なハチ子が誘っていた。見た目美しいハチ子である。上機嫌な状態だとさすがに目を引いた。
ただ完全に歓迎されることはなかった。男性の一割、女性の三割が眉間にしわを寄せている。原因は巨大なリュックサックを背負っている少年である。
上機嫌で好意をまき散らしているハチ子であるから、一歩引いたところで苦しそうにリュックサックを背負っている少年が不憫にしか見えなかった。
そうして甲板が若干の不愉快と熱気に包まれた時リュックサックを背負っていた少年が動き出した。
ハチ子の説明が終わるとゆっくりとリュックサックを下ろした。リュックサックが甲板に下された時重そうな音がしていた。
リュックサックを少年が下すと周囲の人たちの目が少しだけ優しくなった。不愉快な熱気が少しだけ弱まった。
そんなところで少年が荒い呼吸のままで、声をはった。こう言っていた。
「お菓子やジュースの販売もしてます! あの、よろしくお願いします!」
セールストークとしては甘かった。ただ引き込むには十分だった。見ている人々の目がやさしくなった。
それは水中からナグルファルが浮上して三十分後のことである。今まで寂しかったナグルファルの甲板がたくさんの人で賑わっていた。
甲板にいるのはヤタガラスの構成員と協力者たち、そしてナグルファルの乗組員である。
この時人型の仲魔が呼び出されていたり、大きな獣のような仲魔たちも呼び出されていてかなり騒がしかった。彼らが甲板に上がってきた理由は二つである。
一つは葦原の中つ国の情報収集のため。環境が激変している状況で優雅に船旅を楽しめるわけもなく、龍門渕の血族は情報収集を第一の目的に設定していた。
二つ目の理由は気分転換のためである。最深部で圧殺されそうになった経験が彼らの心を深く傷つけていた。
得に葦原の中つ国で働いている人達はサポート要員として働いていることが多く、修羅場の空気に折れかけていた。
これはナグルファルの亡霊たちも同じで、気分転換が必要だった。
そうして情報収集の名目で甲板に出てきた。圧殺される気配のない広大な青い空とどこまでも続く海に癒されるのだった。
情報収集をしつつナグルファルが大海原を進んでいる時女性と少年が商売を始めた、この時に行われた商売の様子について書いていく。
それは
「これからどうなるのだろうか?」
とか
「家族は無事だろうか?」
などと考える余裕が生まれた時のことである。
ナグルファルの甲板に大きなリュックサックを背負った少年とバトルスーツ風のワンピースを着たハチ子が現れた。
リュックサックを背負っている少年だが、かなり幼かった。身長は天江衣とほとんど同じ。白いワイシャツを着て半ズボンを履いている。
足元を見るとバトルスーツ風の靴を履いていた。髪の毛はきれいに切りそろえられていて、聡明な顔立ちをしていた。
身体よりも大きなリュックサックを背負っているためなのか、非常に苦しげで呼吸も荒い。そんな少年の一歩前に上機嫌なハチ子が立っていた。
海風でマントが翻っているのは絵になったが、少年が苦しそうなので邪悪な印象が強くでていた。
何事かと視線が集中したところで、上機嫌なハチ子がこう言った。
「皆様ぁ! 私はヘルヘイム商店から参りましたハチ子と申しますぅ!
ヤタガラスの構成員の皆様。そして協力者の皆様。そして運悪く巻き込まれてしまったあなた!
我々ヘルヘイム商店と取引きしてみませんか!?
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これが売りたい。これが買いたいというものがあれば、どうぞご相談くださいませぇ!あなたの持っている情報・知識でも喜んで買取させていただきます!
ナグルファル上での一切の取引はナグルファルの王に許可され保護されております!
皆様、人身売買と麻薬取引以外は可能だと思ってくださいませぇ!」
甲板にいた人たちを上機嫌なハチ子が誘っていた。見た目美しいハチ子である。上機嫌な状態だとさすがに目を引いた。
ただ完全に歓迎されることはなかった。男性の一割、女性の三割が眉間にしわを寄せている。原因は巨大なリュックサックを背負っている少年である。
上機嫌で好意をまき散らしているハチ子であるから、一歩引いたところで苦しそうにリュックサックを背負っている少年が不憫にしか見えなかった。
そうして甲板が若干の不愉快と熱気に包まれた時リュックサックを背負っていた少年が動き出した。
ハチ子の説明が終わるとゆっくりとリュックサックを下ろした。リュックサックが甲板に下された時重そうな音がしていた。
リュックサックを少年が下すと周囲の人たちの目が少しだけ優しくなった。不愉快な熱気が少しだけ弱まった。
そんなところで少年が荒い呼吸のままで、声をはった。こう言っていた。
「お菓子やジュースの販売もしてます! あの、よろしくお願いします!」
セールストークとしては甘かった。ただ引き込むには十分だった。見ている人々の目がやさしくなった。
236: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:52:01.99 ID:NaU+up9G0
するとすぐそばにいたがっしりとした男性が少年に話しかけた。こう言っていた。
「頑張れよ。俺も頑張るからさ。
何があるのか見せてくれるか?」
この男性に少年は満面の笑みで答えた。これが呼び水になって甲板の人たちが動き出した。取引をするためである。
すぐに二人では手が足りなくなり、商売に適した船員たちが仕事を引き継いだ。少年とハチ子が姿を隠したと気付くものは少なかった。
商売が始まった数分後ナグルファルの会議室に代表者たちが集まっていた、この時の会議室の様子について書いていく。
それはナグルファルの甲板上で商売人の魂達がヤタガラス達とぶつかり合っている時のことである。ナグルファルの会議室に不機嫌なハチ子が入ってきた。
数分前までの上機嫌なハチ子は完全に消え去っていた。演技の必要がないからだ。
また、ハチ子の到着のすぐ後疲れ気味の少年とがっしりとした男性が同時に入ってきた。
ナグルファルの甲板で満面の笑みを浮かべていた少年だったが、今は死に掛けだった。純真無垢を気取るのはつらかった。
そんな少年をがっしりとした男性が慰めていたが、あまり効果はなかった。この三人が会議室に戻ってくるとまとめ役の梅さんが迎えてくれた。
梅さんはこういっていた。
「お帰りなさい。上出来かしら?」
するとハチ子が答えた。
「もちろんです。我が王はどちらに? 成果をご報告したいんですけど」
すると梅さんがこう言った。
「すぐに戻られるわ。お手洗いにね」
まとめ役の女性陣が会話をしている間に、少年と男性が自分の席に着いた。少年の席は、少年サイズに調整されていたがまとめ役が座る良い椅子だった。
まとめ役六名が戻ってくると龍門渕の血族たちがそわそわし始めた。冷静沈着な一族のはずだが、今はものすごく落ち着かない。
というのも、会議室に龍門渕信繁がいないからだ。しかもいない理由が
「須賀君と連れションしてくる」
だったので血族は生きた心地がしなかった。特に娘・龍門渕透華の挙動不審ぶりはすごかった。須賀京太郎の性格と父親の性格を熟知しているからだ。
彼女はこう思っている。
「あの二人は合理的な性格を装っているだけの理想家。
しかも理想を現実に変えるために努力を惜しまない嫌なタイプ。
仮に、お互いの理想がぶつかり合い、潰しあいになれば決して譲らない。お父様が守りたいのは日本。そしてヤタガラス。
須賀君が守りたいのは姉帯さん。そして日本。微妙にかみ合っていないのがものすごく恐ろしい。
あぁ、ここにお母様がいてくれたら、お父様も折れてくれるのに……あぁ、染谷さん。
貴女がここにいてくれたら、きっとかじ取りが楽になったでしょうね。あなたの話をするとき須賀君は本当にうれしそうに話してましたから。
考えてもしょうがないこと……私がどうにかしなければ。頭が痛いですわ。
理想よりも実利だと割り切ってくれたらどんなに楽か。ここで葦原の中つ国が取り戻せなければ日本は完全に持っていかれる。
あの二人もわかっているはずなのに……本当、男って馬鹿ですわ。
お母様、帰ったらお父様に折檻してあげてください。染谷さん、後輩の指導をお願いします。
お金払いますから、私の犬になるように躾けてください」
237: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:54:52.27 ID:NaU+up9G0
確実に最高責任者二人よりもまじめだった。そして真面目ゆえに挙動不審になるのだ。ろくなことにならないという予感が彼女の心を揺らしまくっていた。
龍門渕透華が不安でいっぱいになっている時ナグルファルの警報が鳴った、この時に響いたナグルファルのアナウンスについて書いていく。
それは会議室の龍門渕透華がそわそわしている時に起きた。ナグルファルの警報装置が大きな音を出したのだ。大きな音は一秒ほど続いた。
音がおさまるとどこからともなく女性の声が聞こえてきた。聞き取りやすい話し方だった。こう言っていた。
「ナグルファルに向けて正体不明の船が接近中。船の数は十五。船の形状は帆船タイプ。悪魔の護衛が複数確認。
非戦闘員はナグルファル内部へ避難してください。
戦闘員は警戒態勢をとり指示を待て」
このようにナグルファルからアナウンスが流れると会議室は慌ただしくなった。これから忙しくなると確信していた。
アナウンスが流れた時龍門渕信繁と須賀京太郎は甲板にいた、この時の龍門渕信繁と須賀京太郎について書いていく。
それはナグルファルにアナウンスが響く少し前の事である。疲れ果てている龍門渕信繁と須賀京太郎が甲板で海を眺めていた。
海を眺めている二人は特に何の話もしなかった。どこまでも広がる青い空と青い海を見つめて黙っているだけだった。甲板に出てきたのは
「ちょっと話でもしないか」
と龍門渕信繁が誘ったからだ。断る理由などなく須賀京太郎は誘いに乗った。そして甲板に出てきた二人は人気のないところまで移動した。
そして海を眺めて黙った。お互いなかなか口を開かなかった。そして空の青さと海の青さを堪能してようやく、龍門渕信繁がこう言ったのだ。
「龍門渕と娘が守れるのなら、あとはどうでも良い」
海を見ながら口を開いた龍門渕信繁の声は水分を失っていた。寝不足と年齢のためである。おっさんだった。しかししっかりと須賀京太郎の耳に届いていた。
龍門渕信繁の一言を聞いた須賀京太郎は動揺した。受け入れがたい一言だった。龍門渕の活動内容を知っている須賀京太郎である。
ヤタガラスを尊重していると思っていた。想定していないセリフは動揺させるのに十分な威力があった。そんな須賀京太郎はこのように返した。
「幹部がそんなこと言っていいんですか?」
少し茶化していた。交渉術の一つだと考えた。龍門渕の実質的なトップが信繁である。このくらいのことは簡単にやってのけると考えられた。
すると海を眺めたまま龍門渕信繁が答えた。少し恥ずかしそうだった。
「もともと大義なんて持たずに働いてきた。金になると聞いたから退魔士の世界に足を踏み入れて、金になるとわかったから努力した。
努力していたら先代の当主に気に入られた。
婿入りしろと言われた時は玉の輿だと思ったよ。龍門渕に婿養子に入ってから頑張ったのも、龍門渕の権力をより強固にしたのも、金のためだ。
まぁ、退魔士として仕事をするよりも成果が出やすかったから、楽しかった。
花田や愛宕と一緒になって日本のために戦っていたのも、ため込んだ金を守るためだ。日本がなくなったらせっかく集めた権利や債権がただの紙切れになるからな」
このように語って龍門渕信繁は須賀京太郎に視線をやった。須賀京太郎が聞いているのを確認した。一瞬で姿を消せる須賀京太郎である。
独り言になっていたら気付けない。そうして確認すると続けてこう言った。
238: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:57:26.95 ID:NaU+up9G0
「もともとヤタガラスに忠誠なんて誓っていない。
娘が、透華が生まれてからはいよいよどうでもよくなった。まぁ、この国に対する愛着はあるがな。国がなくなっちまったら金を稼いだ意味がなくなる」
このように龍門渕信繁が語ると須賀京太郎が質問した。こう言っていた。
「なぜそんなに金を? 正直、真面目に退魔士として働いていたら、よほどのことがないと苦労しませんよね?」
すると龍門渕信繁がこう言った。
「退魔士になったのは親父が死んだから。一般人で何のことはない……病死だった。俺は四人兄弟で、一番上だった。その時は俺が中学に入ったばかり。
母もまともに働けるような状態ではなかった。気弱な人で親父が死んで滅入っていた。
そんな時に、母方の祖父から退魔士にならないかと話を持ちかけられた。退魔士になり働けるのならば、家族を養うことができると。
まぁ、そこからはとんとん拍子だな。悪魔を始末すればするだけ、金がたまる。金がたまれば生きていける。そこからは特に意味はない。
いつ死ぬかもわからない世界だから、出来るだけたくさんの金を残してやりたいと思って働いた。
そしたらいつの間にか幹部になって、今はナグルファルに乗って船旅をしている。
『そういう事だ』
俺にとっての一番は娘だ。そういう事だと頭に入れて須賀君も動いてくれ。こっちも須賀君の事情を酌んで動くんだ……いざというときは、わかるだろ?
花田と愛宕の二人と付き合って、あいつらみたいなタイプはこういうやり方が一番効くと知っているんだ。
仲良くやろう」
海を眺めながら語る龍門渕信繁だった。少し恥ずかしそうだった。しかし嘘は言っていなかった。そんな龍門渕信繁を見て須賀京太郎は困惑した。
自分がわからなくなっていた。
「悪くない」
と思ってしまったからだ。幹部の立場にいる信繁である。個人を優先するような発想はダメなはず。退魔士としては良くないはずなのだ。
幹部として組織を優先してほしいのが本当である。なぜなら幹部なのだから。ただの退魔士とは違って責任があるのだ。組織に忠実であるべきだと思う。
しかし、悪くないと思ってしまった。そんな自分が須賀京太郎はわからない。みんなのためにあるべきだと思うのに、悪くないと思ってしまう。
これは困る。そうして須賀京太郎が困惑していると龍門渕信繁がにこっと笑った。若いころの自分たちを見ているようで懐かしかった。
ナグルファルの甲板の上で爽やかなワンシーンを繰り広げている時ヤタガラスの構成員たちが慌ただしく動き始めた、この時のナグルファルの状況とヤタガラスの働きについて書いていく。
それは死にそうな顔をしているおっさんと灰色の髪の少年が海を眺めている時のことである。
ナグルファルの周辺をパトロールしていた仲魔の一人が不思議なものを見つけた。
パトロールをしていた仲魔は鳥の悪魔たちで編成されていて、編隊を組むことで何が起きても対応できるようにしていた。
この編隊を組んだ仲魔たちの群れは十近くナグルファルの周辺をぐるぐると周回しているのだが、その一つが異変を見つけていた。
見つけたものは空飛ぶ船の編隊だった。いわゆる帆船タイプの船が十五船。かたまって飛んでいた。
明らかに怪しい空飛ぶ船の船団はナグルファルに舵をとり、じりじりと距離を詰めてきた。
ナグルファルまでの距離があと六キロというところまで来ると、大量の悪魔を放出してきた。目を凝らすとわかるが光をまとう妖精だった。
この船の姿を仲魔が見つけて数十秒後、ナグルファルの甲板に情報が伝わり、その情報は速やかに会議室に上がった。
会議室に情報が上がったころにはナグルファルの甲板に戦闘可能な退魔士とサマナーたちが集まっていた。皆やる気満々だった。
なぜなら甲板に一番戦果を挙げた灰色の髪の魔人の姿がある。しかも異形の右腕は一層たくましくなっている。葦原の中つ国の壁を突破する力があるのだ。
頼りがいがあった。
239: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 10:59:42.04 ID:NaU+up9G0
ナグルファルの甲板が臨戦態勢に入った直後龍門渕信繁と須賀京太郎が話していた、この時の二人の会話について書いていく。
それはナグルファルの甲板に戦闘員たちが集まった直後。甲板できれいな空と海を眺めていた龍門渕信繁が須賀京太郎に話しかけた。
非常に軽い調子でこんなことを言っていた。
「何か来たようだ。
須賀君、君の出番だ。私には武将としての才能がない。策略を練るのは好きだが前線で戦うのは性に合わない。
可愛い娘と一緒に引っ込んでいるから、君の好きにしたらいい。今この甲板にいる者たちは君に従うだろう」
すると青い空の向こう側を須賀京太郎が睨んだ。六キロほど離れていたが青い空と海のはざまに浮かぶ敵の姿がよく見えた。
そして敵の姿を見つけると少し間をおいて龍門渕信繁に答えた。
「とりあえず倒します。
でも、これだけ時間があって何の作戦もなしに突っ込んできたと考えるのは無理があるでしょう。
人海戦術をまた始めるのか、オロチの化身をけしかけてくるのか、それともまったく別の……例えば海の中から攻撃を仕掛けてくるのか……どう思います?」
すると龍門渕信繁がこう言った。
「そうだね、色々可能性を考えて一層防衛に力を入れておこうか。
ナグルファルの警備体制について口を出しても構わない?」
須賀京太郎はこういった。
「どうぞ。透華さんだけ重点的に守っても構いませんよ」
須賀京太郎の答えを聞いて龍門渕信繁が会議室に向かって歩き出した。少し早足であった。また疲労困憊の両目に力が戻っていた。
須賀京太郎の挑発が龍門渕信繁の心に火をつけたのだ。身の上話をしてすぐに煽られたのだ。幹部の意地を見せる以外に道はなかった。
そして須賀京太郎から数メートル離れたところで龍門渕信繁は足を止めた。足を止めた龍門渕信繁は須賀京太郎の顔を見もせずにこう言った。
「外は頼んだぞ」
おっさんからの挑発だった。これに須賀京太郎は小さく肯いた。嬉しそうだった。
龍門渕信繁が甲板を去った後大海原と青空の間で戦いが始まった、この時のナグルファルと帆船の攻防について書いていく。
それはナグルファルの内部に龍門渕信繁が引っ込んでいって三分後のことだった。大海原と青空の間で十六船の空飛ぶ船とナグルファルが戦っていた。
ナグルファルも帆船も当たり前のように空を飛び、大量の悪魔をぶつけ合わせていた。
ナグルファルの甲板からは空を飛べる仲魔たちが次々に飛び立ち、帆船たちからはかわいらしい妖精たちが次々と生み出されていた。
第三者目線で判断するとナグルファルの方が悪役だった。なぜなら帆船から生み出される妖精たちは実にファンシーで、愛らしい。
しかも何を考えているのか、女の子としか言いようがない造形で統一されていた。一方空中で迎え撃つナグルファルの仲魔たちは恐ろしく見える。
巨大な鳥。羽根を持つ怪物。大きな昆虫らしき悪魔。なぜ飛べるのかわからない奇妙な物体もある。甲板を見れば余計に悪役にしか見えない。
ナグルファルの甲板など悪魔の見本市状態である。ちょっとした地獄だった。ただ妖精たちも愛らしいのは見た目だけだった。
きっちりと魔法も使うし銃弾も打ち込んできた。魔法のバリエーションもかなり多彩で、面倒な相手だった。
しかし遠距離での打ち合いはナグルファルが優勢だった。さすがに大量の退魔士たちを収容しているだけあって、弾幕の密度が桁違いだった。
しかしお互いの距離が縮まってくると、押され始めた。今まで分厚く張られていた弾幕が弱くなり、仲魔たちが押され始めた。
甲板の士気が落ちたのだ。理由は簡単である。自分たちが撃墜させていた敵が、ものすごく愛らしい少女姿の妖精だったからだ。
もちろん悪魔だとわかっている。敵だと割り切っている。しかし母性本能ないし父性はどうしようもなかった。
240: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:02:15.10 ID:NaU+up9G0
ナグルファルと帆船の距離が二百メートルの位置まで近づいた時魔法の打ち合いが止まった、この時の甲板の様子について書いていく。
それはお互いの顔がよく見えるようになった時のことである。ナグルファルと帆船たちが行う魔法の打ち合いが弱まっていった。
そしてついに魔法合戦が終了した。ナグルファルも帆船もまだ空を飛んでいるのに、全く意味が分からない状態だった。
この時ナグルファルの甲板に集まっている退魔士たちサマナーたちは固まって震えていた。男も女もみな動けなくなっている。それもそのはずである。
敵対者たちの姿をしっかりとみてしまった。退魔士たちとサマナーたちが見たものとは、これ以上ないほど愛らしい少女たちの船団だった。
今までは空を飛ぶ妖精の少女たちとしか思っていなかった。
しかし、近寄ってきた船を見てみるとドレスを着た少女や、天使のような翼をもつ少女、犬の耳を持った少女やらが見える。
ちらりと見ただけでもとんでもない集団であることがわかるが、詳しく見ていくとバリエーション豊富でしかも年端のいかない少女ばかり。
そしてこの少女たちが非常におびえた目でナグルファルを見つめているのだ。まるで
「殺さないで。あなた達にはかなわない。降伏する」
と訴えかけているように思えてならない。そうなって罪悪感である。強烈な罪悪感が退魔士たちサマナーたちの思考力を鈍らせ、仲魔を棒立ちにさせた。
異様な状態である。ただ、大量の退魔士たちサマナーたちが罪悪感に苦しんでいる時、甲板で腕組をして仁王立ちする須賀京太郎がいた。
この時、帆船の集団を輝く赤い目が冷静に観察していた。どれの船がリーダーで、何が目的なのか探っていた。
本当なら、敵影を発見した時点で稲妻を撃ち込みたかった。しかしヤタガラスの仲魔が射線に入っていたので観察に力を割いていた。
そして周囲の退魔士たちが動きを止めると動き出した。腕組みをやめて、ロキにこう言った。
「なぁロキ。この世界にもオロチの石碑があるはずなんだが、何か感じないか?
こいつらを始末した後探しに行こうぜ。もしかしたら海の底にあるかもしれないからさ」
すると須賀京太郎にロキがこう言った。
「オロチのお嬢ちゃんの石碑は多分隠されておるぞ。わしも結構頑張って探しておるが、さっぱり見つからんからな。
まぁ、いざとなったら海に潜るのもありじゃろうけど、その前に何匹か捕まえて情報を抜き取るのが先じゃ。
しかしずいぶん性格が悪い作戦を練って来おったな。弱者を装って気勢を削ぐとは……子供を使った兵器はいくつも見てきたが、なかなか気分がわりぃ。
じゃが、潰してしまいじゃ」
ロキの提案を聞いて須賀京太郎はうなずいた。ロキの提案がもっともだったからだ。
このすぐ後にナグルファルの甲板を軽く踏みきって、須賀京太郎は敵の帆船に飛び移った。須賀京太郎もロキも揺れなかった。敵だとわかっているからだ。
葦原の中つ国はほぼ完全に乗っ取られている。夢魔たちがオロチの化身を操っているのも見た。潰されそうにもなった。
そんな状況で現れた空を飛ぶ船団、そしてかわいらしい少女たち。揺れるわけがなかった。
須賀京太郎が帆船に飛び移って数秒後ナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきていた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎の持ち物について書いていく。
それはナグルファルの甲板から須賀京太郎が姿を消して五秒ほどたった時のことである。
ナグルファルのすぐそばに浮いていた空飛ぶ帆船たちが大海原に落ちていった。どの船もバラバラに切断されていた。
須賀京太郎の異形の右腕によって刻まれた攻撃跡だった。空飛ぶ船の乗組員たちも同じく海に落ちていった。しかし死の恐怖におびえることはない。
すでに終わっているからだ。全てを終わらせた須賀京太郎はナグルファルに戻ってきていた。この時、両脇に少女たちを抱えて戻っていた。
右に三人。左に二人。情報を引き出すというロキの提案に従った結果である。この少女たちを選んだのは最後に沈めた船に乗っていたからである。
それ以外に理由はない。そもそも顔さえ見ていない。頭の中身がほしいだけだからだ。
241: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:05:43.69 ID:NaU+up9G0
ナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきた直後マントになっているロキが叫んだ、この時ロキが見ていたモノと叫んだ理由について書いていく。
それは須賀京太郎がナグルファルに着地した瞬間である。ロキが叫んだ。これ以上ないほど声を張り上げて警告を出していた。
マントになっているロキはこういった。
「逃げよ小僧!」
ロキの警告を受けた須賀京太郎は即座に回避行動に移った。ナグルファルの甲板をへこませて、思い切り前方めがけて転がった。
熱の壁を突破してさらなる段階へ到達している須賀京太郎である。ほんの一瞬であったとしても楽々数メートルを移動できた。しかしロキは舌打ちをした。
マントになっているロキは須賀京太郎の影にへばりつく、顔のない怪物たちを見ていたからだ。それはかつて美しい少女の姿をとっていた悪魔である。
今はもう可愛らしさはない。なぜなら顔の部分が黒いゴムのような仮面で覆われているからだ。そして肉体の愛らしさもない。
黒いゴムのような名状しがたい触手の集合体に変化しているからである。中途半端に少女らしい服装を保っているのが非常に不愉快だった。
この不愉快極まる存在が、須賀京太郎の影にへばりついていた。
マントになっているロキはナグルファルの甲板に着地してようやく、この愛らしい少女たちの正体に気付いた。
「糞厄介な術を使いやがった。これは貌(かお)を持たない神の力。
わしが気付かねばならんかった。これは二段構えの作戦。
このままでは小僧が奪われる。影にとりつかれて持っていかれてしまう! 星を持たない小僧に貌を持たない神の誘惑は劇薬にしかならん!」
このように見抜いて即座に回避を須賀京太郎の命じたのだ。しかし命じたところで遅かった。音速で動こうが影は何処までも憑いていくのだから。
ロキの叫び声が甲板に響いた二秒後須賀京太郎は自刃を敢行していた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎について書いていく。
それはロキの指示で回避を行ったすぐ後のことである。自分の影に憑りついている五つの影を須賀京太郎は見ていた。
高い集中力が須賀京太郎に考える時間をくれたのだ。そして憑りつかれたと判断した時、ゆっくりとした時の流れの中で須賀京太郎の輝く赤い目が揺れた。
大切なものを思い出していた。家族のこと。そして友人たちのこと。姉帯豊音と未来、もう一度会いたいと思った。しかし輝く赤い目の揺らぎが止まった。
大切なものを思うと、胸が高鳴り覚悟が決まった。そしてロキの叫び声から二秒後、異形の右腕の刃で自分の首を切り裂いた。ためらいはなかった。
皮膚を切り裂き、血管を割いて骨まで刃の爪は到達した。となって、首の皮一枚だけ残して頭部と胴体がつながっていた。
また高速で切り裂いているため刃に血液が付かなかった。流石の切れ味と腕前である。あっさりと自刃を敢行した須賀京太郎だが、このような考えがあった。
「乗っ取られる可能性があるのならば、死ぬべきだ。
ナグルファルに俺を止められる武力がないのだから、一層潔く」
またこうも考えた。
「任務失敗は初めてだな。
ごめんなさい姉帯さん、未来」
合理的でかつ思い切った行動だった。須賀京太郎の影が奪われたとして、何が起きるのかは正直なところわからない。
なぜなら「まだ」完全に乗っ取られてはいないからだ。しかしおおよその結末は予想がつく。なぜなら天江衣の能力は「支配」である。
オロチさえ支配されたのだ。出来ないわけない。結果を待ってもいいがそれでは遅い。そして今がチャンスだと判断して、自分の首を切り裂いた。
死んでしまえば支配されたとしても使い物にならない。もしかすると魂が失われる前に蘇生魔法をかけてくれるかもしれない。賭けるのには十分。
何の問題もなかった。
須賀京太郎が自刃を敢行して一秒後マントになっているロキが変化を遂げた、この時のロキの行動について書いていく。
それは支配されることを良しとせず須賀京太郎が死を選んだ直後のことである。マントのロキが動き出していた。
須賀京太郎の鮮血を浴びながら、雄たけびを上げつつ、マントからマフラーへ変化を行った。言うまでもなく、須賀京太郎の命を助けるためだった。
須賀京太郎の鮮血を浴びた瞬間に須賀京太郎の考えを察して、ロキは救命活動に入った。ただ、救命活動を行っているロキは
「愚かなことをしている」
と思っていた。なぜなら須賀京太郎の行動が理にかなっているとわかっていたからだ。
仮に須賀京太郎がオロチと同じく乗っ取られたのならば、確実にナグルファルは全滅する。
音速の世界で戦えるサマナーもちらほら見えるが、その先へ到達している実力者がいない。乗っ取られるくらいなら死を選ぶというのは実に理にかなっていた。
しかし、死なせたくないと思ってしまった。一瞬だけ、失った家族の姿が脳裏に浮かび、須賀京太郎と姉帯豊音、そして未来の姿が重なった。
そして重なると、動かなければならないと思ってしまった。
242: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:09:46.24 ID:NaU+up9G0
須賀京太郎の首をロキがつなげている間に貌を持たない悪魔たちが門を開いた、この時のナグルファルの船員たちと貌を持たない悪魔たちの行動について書いていく。
それは須賀京太郎が突然の自刃を敢行し、救命活動にロキが入った時のことである。ナグルファルの甲板にいた退魔士そしてサマナーたちは動揺していた。
問題が連発しすぎていた。須賀京太郎が担いで戻ってきた少女たちの姿が、名状しがたい奇妙なものに変化した。
そして影を奪われつつある須賀京太郎が即座に自刃を敢行した。これに加えてロキの変化。まったく対応できなくなっていた。
「回復魔法を撃てばいいのか。撃たないほうがいいのか」
というところまで頭が回っていても、決断が遅かった。ただ、須賀京太郎のサポートのために甲板に出ていたハチ子は即座に門を呼び出していた。
門の先にいるのは姉帯豊音、用事があるのは「まっしゅろしゅろすけ」である。オロチの触角を守れる力があれば、須賀京太郎を守り切れると考えた。
修羅場で一度失敗した経験があるのだ。二度目は対応できた。流石にナグルファルの亡霊たちのまとめ役だけあって、能力が高かった。
しかし門を開き加護を発動してもらうよりも早く、用事を済ませたものがいた。貌を持たない五体の悪魔たちである。
須賀京太郎が自刃を敢行するとほぼ同時に影に完全に潜入。同時に影を門に変えた。須賀京太郎の影そのものが門になりここではないどこかへと運び去った。
それはハチ子の門から「まっしゅろしゅろすけ」が飛び出してくる一秒前のことだった。ハチ子の門の向こう側には、未来を腕に抱いた姉帯豊音がいた。
目がつりあがり鬼の面構えだった。甲板に飛び散った大量の鮮血から須賀京太郎の結末を察し、激しい怒りを沸かせていた。しかしすぐに取り繕われた。
腕の中で未来が泣き出したからだ。泣いている未来に姉帯豊音は優しげにこういっていた。
「大丈夫だよ。きっと戻ってきてくれるから」
須賀京太郎がさらわれると直ぐにハチ子の門が消えた。姉帯豊音と未来の姿を隠すためだ。
たとえ須賀京太郎がいなくなったとしても、須賀京太郎の命令に忠実だった。そうしてハチ子は青い空を見上げた。顔色が悪かった。とても心細かった。
須賀京太郎が自分の首を切り飛ばしてから数分後ベッドの上で須賀京太郎は目を覚ました、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。
これは異形の右腕の刃でもって首を切り飛ばした直後である。首を切り飛ばし即死したはずの須賀京太郎が目を覚ましていた。
目を覚ました須賀京太郎は上半身を勢いよく起こした。そしてきょろきょろと周囲の状況を確認し始めた。
部屋の状況を確認した須賀京太郎は眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。そのままの顔で須賀京太郎は自分の体をなでまわした。
足を撫でてみたり肩を撫でてみたり「人間の右腕」を撫でてみたり、いろいろと確かめた。
何度も何度も自分の体をなでまわしているので不審者にしか見えなかった。しかし須賀京太郎は不審者ではない。というのもしょうがない状況だった。
目を覚ましてみたら病院の個室に放り込まれていたからである。
病院の個室だと判断がついたのは病院独特の扉、枕元に備え付けられている医療器具たち、そして病院特有の臭いがあるからだ。
また身に着けている服装が病院患者用の浴衣だったので、間違いないと思えた。
アンヘルとソックに出会ったころ一週間ほど入院していたのだが、そのころの経験が判断を助けていた。
ただ、病院だとわかってしまったので、須賀京太郎は困った。意味が分からなかった。そして自分の肉体に起きた問題。なぜロキがいなくなっているのか。
なぜ魂を預けてくれた武具たちがいなくなっているのか。そしてなぜ数か月の間に鍛え上げた肉体が元に戻ってしまっているのか。
これらが重なって楽しい気持ちにはなれなかった。そうして自分の肉体を調べまくった後、こうつぶやいた。
「今までの出来事は夢だったのか? それとも時間が戻ったか? 俺が見ている走馬灯? それともシンプルに地獄か?」
どれが答えにしてもいい状況ではなかった。
須賀京太郎が状態を確認し終わって少し後病室に良く知った面々が入ってきた、この時病室に入ってきた面々との須賀京太郎のやり取りについて書いていく。
それは須賀京太郎が推理している時のことである。病室の扉を乱暴に開いて小さな女子高校生が入ってきた。
背の低い女子高校生で、かわいらしい顔をしていた。目がきらきらしていて邪念がなかった。小学生で十分通じた。
この女子高校生の後からぞろぞろと四名の女子高校生が入ってきた。入ってきた面々を見て須賀京太郎は目を見開いた。分かりやすい驚きがあった。
ポーカーフェイスはない。そんな須賀京太郎を見て一番初めに入ってきた小さな女子高校性がこう言った。
それは須賀京太郎が突然の自刃を敢行し、救命活動にロキが入った時のことである。ナグルファルの甲板にいた退魔士そしてサマナーたちは動揺していた。
問題が連発しすぎていた。須賀京太郎が担いで戻ってきた少女たちの姿が、名状しがたい奇妙なものに変化した。
そして影を奪われつつある須賀京太郎が即座に自刃を敢行した。これに加えてロキの変化。まったく対応できなくなっていた。
「回復魔法を撃てばいいのか。撃たないほうがいいのか」
というところまで頭が回っていても、決断が遅かった。ただ、須賀京太郎のサポートのために甲板に出ていたハチ子は即座に門を呼び出していた。
門の先にいるのは姉帯豊音、用事があるのは「まっしゅろしゅろすけ」である。オロチの触角を守れる力があれば、須賀京太郎を守り切れると考えた。
修羅場で一度失敗した経験があるのだ。二度目は対応できた。流石にナグルファルの亡霊たちのまとめ役だけあって、能力が高かった。
しかし門を開き加護を発動してもらうよりも早く、用事を済ませたものがいた。貌を持たない五体の悪魔たちである。
須賀京太郎が自刃を敢行するとほぼ同時に影に完全に潜入。同時に影を門に変えた。須賀京太郎の影そのものが門になりここではないどこかへと運び去った。
それはハチ子の門から「まっしゅろしゅろすけ」が飛び出してくる一秒前のことだった。ハチ子の門の向こう側には、未来を腕に抱いた姉帯豊音がいた。
目がつりあがり鬼の面構えだった。甲板に飛び散った大量の鮮血から須賀京太郎の結末を察し、激しい怒りを沸かせていた。しかしすぐに取り繕われた。
腕の中で未来が泣き出したからだ。泣いている未来に姉帯豊音は優しげにこういっていた。
「大丈夫だよ。きっと戻ってきてくれるから」
須賀京太郎がさらわれると直ぐにハチ子の門が消えた。姉帯豊音と未来の姿を隠すためだ。
たとえ須賀京太郎がいなくなったとしても、須賀京太郎の命令に忠実だった。そうしてハチ子は青い空を見上げた。顔色が悪かった。とても心細かった。
須賀京太郎が自分の首を切り飛ばしてから数分後ベッドの上で須賀京太郎は目を覚ました、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。
これは異形の右腕の刃でもって首を切り飛ばした直後である。首を切り飛ばし即死したはずの須賀京太郎が目を覚ましていた。
目を覚ました須賀京太郎は上半身を勢いよく起こした。そしてきょろきょろと周囲の状況を確認し始めた。
部屋の状況を確認した須賀京太郎は眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。そのままの顔で須賀京太郎は自分の体をなでまわした。
足を撫でてみたり肩を撫でてみたり「人間の右腕」を撫でてみたり、いろいろと確かめた。
何度も何度も自分の体をなでまわしているので不審者にしか見えなかった。しかし須賀京太郎は不審者ではない。というのもしょうがない状況だった。
目を覚ましてみたら病院の個室に放り込まれていたからである。
病院の個室だと判断がついたのは病院独特の扉、枕元に備え付けられている医療器具たち、そして病院特有の臭いがあるからだ。
また身に着けている服装が病院患者用の浴衣だったので、間違いないと思えた。
アンヘルとソックに出会ったころ一週間ほど入院していたのだが、そのころの経験が判断を助けていた。
ただ、病院だとわかってしまったので、須賀京太郎は困った。意味が分からなかった。そして自分の肉体に起きた問題。なぜロキがいなくなっているのか。
なぜ魂を預けてくれた武具たちがいなくなっているのか。そしてなぜ数か月の間に鍛え上げた肉体が元に戻ってしまっているのか。
これらが重なって楽しい気持ちにはなれなかった。そうして自分の肉体を調べまくった後、こうつぶやいた。
「今までの出来事は夢だったのか? それとも時間が戻ったか? 俺が見ている走馬灯? それともシンプルに地獄か?」
どれが答えにしてもいい状況ではなかった。
須賀京太郎が状態を確認し終わって少し後病室に良く知った面々が入ってきた、この時病室に入ってきた面々との須賀京太郎のやり取りについて書いていく。
それは須賀京太郎が推理している時のことである。病室の扉を乱暴に開いて小さな女子高校生が入ってきた。
背の低い女子高校生で、かわいらしい顔をしていた。目がきらきらしていて邪念がなかった。小学生で十分通じた。
この女子高校生の後からぞろぞろと四名の女子高校生が入ってきた。入ってきた面々を見て須賀京太郎は目を見開いた。分かりやすい驚きがあった。
ポーカーフェイスはない。そんな須賀京太郎を見て一番初めに入ってきた小さな女子高校性がこう言った。
243: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:12:25.95 ID:NaU+up9G0
「よう京太郎! 『今日も』見舞いに来てやったじぇ! 看護士さんに聞いたら食事制限はないって話だったから、タコス買ってきたぞ!」
するとそれに続けておどおどしている女子高校生がこう言った。
「週刊少年跳躍も買ってきたよ。暇つぶしに読んでね」
そしてテーブルの上にコンビニの袋に入った雑誌を置いた。これを見て須賀京太郎は軽く深呼吸をした。随分心が乱れていた。
そんな須賀京太郎を見て、胸の大きな女子高校生がこう言った。
「それと、課題を預かっています。しっかり勉強してくださいね」
すると雑誌の上に課題が積まれた。これを見て須賀京太郎は眉間のしわを一層深くした。そしてこういった。
「なぁ咲、プリントを取ってもらえるか? ちょっと見てみたい」
するとおどおどしている女子高校生が須賀京太郎にプリントを手渡した。少しおびえていた。プリントを受け取ると須賀京太郎は日付を確認した。
事故にあった直後の日付だった。須賀京太郎の眉間にしわが寄った。それを見て、自信ありげな女子高校生がこう言った。
「あらぁ、やる気満々じゃない。事故にあって考え方変わっちゃった?」
軽い冗談は気遣いからのもの。須賀京太郎が知る彼女らしい行動であった。そんな冗談を受けて須賀京太郎はこういった。
「かもしれないですね。
インターハイの予選、勝てそうですか?」
少し冷たい口調だった。コミュニケーション能力が低いためだ。会話よりも推理を優先していた。すると見舞いに来た女子高校生たちがひるんだ。
妙に冷えた空気と態度である。気に障ったと思った。同年代の少年には思えなかった。少し怖かった。
そんな空気を察して若干ウェーブがかかった女子高校生がこういった。
「実際に戦ってみんとわからんな。
それにしても、どうした京太郎? 機嫌悪いんか? 眉間にしわが寄ったままじゃぞ」
髪の毛が若干ウェーブしている女子高校生に問われて須賀京太郎はプリントを見るのをやめた。そしてしっかりと目を見て答えた。こう言っていた。
「いいえ。調子はいいです。ちょっと鏡を貸してもらえませんか。ケータイでもいいんですけど」
すると小さな女子高校生が一番に答えた。ポケットの中から手鏡を取り出して、須賀京太郎に差し出した。須賀京太郎は手鏡を受け取って、
「ありがとう」
といった。すると小さな女子高校生がひるんだ。暖かさが見えなかった。悪い人間に見えた。そんな須賀京太郎は手鏡を使って自分の顔を見た。
髪の毛を見た、そして目を見た。そこにあったのは数か月前の須賀京太郎の顔だった。金色の髪の毛、人間の目の須賀京太郎だった。
これらを確認すると須賀京太郎は手鏡を返した。礼を言うのも忘れなかった。ただ、彼女らに興味はなかった。謎に興味があるのだ。
須賀京太郎はこの世界が偽物だとほとんど確信していた。鏡に映った自分の両目だ。自分の両目に光が見えた。赤い光でも金色の光でもない。
歩き出した人間の意志の光である。旅に出て同類と出会い光を見出したのだ。自分を信じられた。
須賀京太郎が病院で目覚めて一週間後須賀京太郎が退院した、この時の須賀京太郎と両親の様子について書いていく。
それは須賀京太郎が病院で目を覚ましてから一週間経過した時のことである。私服に着替えた須賀京太郎が病院の出入り口に向かって歩いていた。
片手に小さな鞄を持っていた。着替えが入っているカバンである。軽いカバンだが、父親が代わりに持つといってうるさかった。そんな須賀京太郎に母親が
「持ってもらえばいいじゃない」
といって笑うので、須賀京太郎は
「大丈夫だって」
と返して笑っていた。何の陰りもないいい笑顔だった。ただの少年のように見えた。そうして病院の出入り口に到着すると、父親が
「車をとってくる」
といって姿を消した。須賀京太郎と母親は出入りの邪魔にならないところで待った。そんな時に母親がこう言った。
「車に引かれたって聞いた時、お父さんひっくり返って怪我をしたのよ? あんたには話すなって言われたけどね。
みんな心配したんだから、無茶したら駄目よ」
244: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:15:21.52 ID:NaU+up9G0
こう言われると須賀京太郎は母親を見れなかった。視線をそらして、あさっての方向を見た。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しかし嬉しい気持ちもあった。自分を大切に思ってくれる人がいる。うれしいことだった。
病院で目を覚ましてからすでに一週間、須賀京太郎は浸り切っていた。目の前の父親は父親であって、母親は母親であると信じていた。
偽物だとか悪魔との戦い、またヤタガラスというのは存在しない夢だったと納得しつつあった。目を覚ました直後には強固な確信があったのだ。
しかし今はない。しょうがないのだ。なぜなら今まで身に着けた一切の異能力、技術が使えなくなっている。そして
「もしも夢の世界ならば都合よく世界は回るはずだ」
と考えて試して、ダメだった。ためしにウェーブ髪の先輩にさまざまなお願いをした。しかしあえなく断られてしまった。
「段階を踏め!」
といって叱られて教育された。となって
「もしかしたら今までの数か月が夢でこの世界こそが本当なのではないか」
と思うようになった。ヤタガラスで過ごした数か月は非現実的ある。あの体験の連続が嘘だったと言われた方が筋が通る。
具体的な敵が現れず、平穏な日常が延々と続くのだ。確信も揺らいだ。時間である。ゆっくりと穏やかに考える時間が自分の確信を狂信と解釈させた。
となって心が揺れた。まともになろうと努力し始めていた。彼女らと同類になりたがっていた。
退院から数週間後大きな会場に須賀京太郎たちの姿があった、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。
それはそろそろ熱くなり始めた六月のことである。沢山の荷物を背負って須賀京太郎は大きな会場にいた。この須賀京太郎だがすごかった。
退院後よりも肉体が仕上がって、非常に厳しい眼光で会場を睨んでいる。一般の男子学生とは到底呼べない仕上がりである。
それもそのはず、この須賀京太郎、再び世界を疑い始めている。原因は修業である。というのが退院直後から須賀京太郎は日課の修業を行っていた。
病院では場をわきまえて行わなかったが、まじめに修行を積み重ねた結果精神が修行を忘れなかった。何度も何度も繰り返した修業である。
忘れられなかった。そして退院と同時に修業を再開し、あれよあれよと肉体が追い付いてきた。そんな須賀京太郎に対して部員たちの反応はいろいろだった。
「麻雀部員なのに何その筋肉」
だとか
「またハンドボール始めたの京ちゃん?」
だとか
「いい仕上がりじゃなぁ京太郎。太ももパンパンじゃが」
等である。そうして仕上がりつつある須賀京太郎は一種独特の気配を放っていた。
肉体が仕上がりつつあることも一つあるが、全身から放つ退魔士独特の鋭い空気が戻っていた。
この空気をまとう須賀京太郎は部員たちであっても近寄りがたく、他校の生徒たちは視線さえ向けられない有様であった。
ほんの少し前まで牙を抜かれた犬っころだった。今は猛犬どころか竜か鬼である。
こうなってしまえば、修行の日々を信じてしまう。そうして須賀京太郎は厳しい顔で会場を睨む。
この会場には龍門渕がいてハギヨシがいるはずだからだ。なにかヒントがあるのではないかと須賀京太郎は考えていた。
245: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:18:08.61 ID:NaU+up9G0
徐々に仕上がりつつある須賀京太郎が会場に姿を現した時夢の世界の創造主は頭を抱えて悩んでいた、この時の創造主の悩みについて書いていく。
それは須賀京太郎が強烈な不信感を持って会場に現れた時のことである。インターハイ予選会場の客席で天江衣とそっくりな少女が頭を抱えて呻いていた。
パッと見天江衣なのだが少し様子が違った。まず肌の色が白かった。数か月間地道に家庭菜園をして健康的な肌色になっている天江衣だ。
真っ白なのはおかしなことだった。また、髪の毛もストレートのままである。
「家庭菜園で作業するには長い髪の毛が邪魔だ」
といってポニーテールにして
「動きやすいからこれで暮らす」
といってそのまま固定していたのが戻っている。髪の毛のケアもしっかりしているらしく、つやつやである。寝落ちしている天江衣にはない艶だった。
また、ジャージではなく上等なワンピースを着ていた。白いワンピースで高級な質感だった。
「ジャージの方が暮らしやすい。汚れも目立たんしな」
というダメな理由でお気に入りのジャージで過ごしている天江衣だ。お高いワンピースはおかしかった。
くたびれたジャージを着てポニーテールのまま家庭菜園に赴きゲームをしながら寝落ちする少女ではなかった。会場にいる天江衣はただのお嬢さんである。
そんな明らかにお嬢さんな天江衣は客席でうなだれて頭を抱えていた。それというのも須賀京太郎の支配に失敗したからである。
葦原の中つ国を侵略するにあたって魔人を自分のものにするつもりで動いていたのだ。
「一番の障害物を自分の手ごまにして動かす」
オロチを支配できたのだからできるはずと考えてやっていた。
しかしいくら支配の力を強めても夢の力で心をほぐしても、ちょっとしたきっかっけで硬さが戻ってくる。
しかも夢の世界にいるというのに自分を鍛え始め徐々に変化をもたらす始末。どうしたらいいのかわからなくなっていた。
夢の世界の創造主が頭を抱えて唸っていると男子高校生に声をかけられた、この時に行われた会話について書いていく。
それはどうにかして須賀京太郎の心をへし折って支配してやろうと創造主が考えている時のことである。
うなだれて頭を抱えている創造主の隣の席に誰かが座った。しかし音がほとんどなかった。しかししっかりと気付いた。
うつむいて下を向いていた創造主であるから、隣に座った人物のズボンと靴が見えた。そうなると創造主は青ざめた。
視界に入ったズボンが清澄高校の制服にそっくりだった。嫌な予感がした。すぐに隣に座った人物を確認しようとした。しかしできなかった。
眼球を動かして確認することさえ恐ろしかった。なぜならこのタイミングであえて隣に座ってくる学生など須賀京太郎以外存在しないからだ。
そして恐れ震えている夢の世界の創造主に対して、男子高校生が話しかけた。こう言っていた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いようなら係りの人を呼んできますけど」
男子高校生の声をきいて創造主は震えた。間違いなく須賀京太郎だったからだ。しかし創造主は動揺を抑えた。
人形化されている民衆の情報によって、夢の世界の質は現実と変わらない。
「演技を続けろ。たとえ怪しい行動をとっていたとしても、偽物だと須賀京太郎は判断できない」
と考えたのだ。そして実行に移した。夢の世界の創造主は頑張ってこういっていた。
「試合のことを考えたら不安になってしまってな。
心配してくれてありがとう。名も知らぬ学生よ」
もちろん俯いたまま創造主は話をしていた。すると俯いているままの創造主に対して須賀京太郎がこう言った。
246: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:20:52.51 ID:NaU+up9G0
「選手の方だったんですか。俺も個人戦で参加することになっているんですよ。あなたはどこから?」
すると夢の世界の創造主が答えた。
「龍門渕からだ。残念だが、この大会は私たちの独壇場になる。この天江衣がいるからな。清澄『なんぞ』には負けんぞ」
天江衣らしい挑発だった。これに須賀京太郎が笑った。ポーカーフェイスはない。随分楽しそうだった。目が笑っていない。須賀京太郎はこのように返した。
「すごい自信ですね」
声は優しかった。すると創造主も軽く笑った。須賀京太郎の声がやさしかったからだ。騙しきれたと思った。ただ須賀京太郎が
「ハギヨシさんはどこに?」
と質問をすると創造主の動きが止まった。そして震えだした。嘘がばれる可能性が高い質問だった。なにせ夢の世界にハギヨシは存在しない。
人形化の呪いを回避している。これはほかの龍門渕のメンバーも同じである。天江衣が会場にいる以上、龍門渕は存在しなければならない。しかしいない。
「龍門渕が勝つ」
と言って、すぐに矛盾はまずかった。偽物を用意するにも下手に動けば怪しまれ、攻撃されると思った。隣に座る怪物が怖かった。
しかし震えを隠しつつ創造主はこういった。
「ハギヨシの知り合いか? ハギヨシなら透華のお付きをしているぞ」
これに対して須賀京太郎は残念そうな顔をした。そしてこういった。
「そうなんですか?
うわぁ、タイミング悪かったかも。
あっそれなら『撫子さん』はどこに?」
非常に残念そうな声で質問をしていた。震えの理由に気づいた様子はなかった。これをきいて創造主は喜んだ。上手く誤魔化せたと気をよくした。
そしてそんな気持ちのまま須賀京太郎の質問に創造主が答えた。
「撫子は……手洗いだ。女子トイレは混み合っているからな、なかなか帰ってこないと思うぞ」
須賀京太郎がにやりと笑った。非常に悪い顔だった。撫子真白(なでしこ ましろ)通称ディーはアラサーのおっさんである。女子トイレにはいかない。
夢の世界の創造主と会話を終えた須賀京太郎は目を閉じた、この時の須賀京太郎の状態について書いていく。
それは偽物との会話が終わってすぐのことである。隣の席でうつむいている創造主を無視して須賀京太郎が目を閉じた。そして深呼吸をはじめた。
精神集中のための深呼吸で「ラグナロク」を撃つための集中であった。深呼吸は四回行われた。
一呼吸で外部が気にならなくなり、二呼吸目には自分の肉体をすべて支配下に置けた。三呼吸目で心臓の鼓動をとらえ、四度目で意志を決定できた。
慣れたもので、乱れなかった。この時決定した意志は
「至福の日常を破壊する」
である。ラグナロクならできると確信していた。隣の席に座っている何者かを攻撃しないのは、意味がないと見抜いているからだ。
世界を崩壊させるためには異界操作術が必要なのだ。葦原の中つ国の最深部で壁を切り裂いた経験が生きていた。偽物だとわかった今ためらいはない。
名残惜しく思う気持ちはある。普通の高校生として生き、大人になって死んでいく。今はもう決して叶わない夢であるから、もったいないと思ってしまう。
だが、偽物だとわかったのなら行かねばならない。行かねばならないという気持ちだけがあれば、歩いてゆけた。
須賀京太郎が精神集中を始めた時隣の席でうつむいていた創造主が顔を上げた、この時の創造主の行動について書いていく。
それは須賀京太郎が猛烈な勢いで集中を行っている時のことである。夢の創造主が顔を上げた。かわいらしい顔がゆがみ、青ざめていた。
というのも、葦原の中つ国の第三階層に封印している須賀京太郎の肉体からすさまじい魔力の集中を感じ取っていた。
この魔力の昂ぶりからしてとんでもない威力の魔法が撃ち込まれると予想がついた。ここから須賀京太郎の目的を察するのはたやすい。
須賀京太郎との会話の後なのだ。夢の世界の破壊と察するのはたやすかった。そして終わりが目の前に迫っていると感じて創造主は青ざめた。
また信じたくなかった。最高の天国を創ったはずなのだから、嘘だと思った。
須賀京太郎が求めた日常を再現し、人形化された本人を接続して完成度を高めた。心がほぐれていたのも見た。しかし壊そうとしている。最悪だった。
247: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:23:50.93 ID:NaU+up9G0
信じたくない。そして信じたくないから夢の創造主は須賀京太郎の首を締めにかかった。夢の中で殺したところで意味はない。
だが殺さずにはいられなかった。しかしそれもすぐに失敗した。須賀京太郎が望んだ天国に
「ラグナロク」
と老人の声が響いたからだ。しわがれた老人の声と同時に、須賀京太郎を中心に火が放たれた。
水面に現れる波紋のように火が走り、天国を飲み込んだ。自分の天国を自分で焼いたのだ。
二度と取り戻せない日常が火に包まれた数秒後須賀京太郎は目を覚ました、この時の須賀京太郎がいた場所と須賀京太郎の状態について書いていく。
それは夢に見るほど焦がれている日常を自分の手で崩壊させた後のことである。須賀京太郎は目をさまし、大きく咳き込んだ。
これは喉の奥に大量の血液が詰まっていたからである。咳き込んだときに飛び散った血液は、地面に散らばった。
地面に散らばった血液はすぐに蒸発して消えた。臭いさえ残さなかった。地面が熱々なのだ。原因は須賀京太郎である。
地面に寝転がっている須賀京太郎を中心にして弱弱しい火の波紋が生まれていた。生まれてきた火の波紋はどこまでも広がって行く。
ものすごく弱弱しく可憐な波紋である。すぐに消えそうに見える。ほんの少しの障害物も乗り越えられないように見える。しかし、決して消えることがない。
邪魔されることもない。なぜなら弱弱しい火の波紋に舐められた障害物は問答無用で灰に変わるからだ。
この尋常ならざる火の波紋こそ魔法「ラグナロク」の攻撃形態である。この魔法の発動によって目を覚ました須賀京太郎だが、ずいぶん状態が悪かった。
目が覚めたのは良い。生きているのも良い。しかしギリギリのラインだった。全身の力が抜けているうえに、頭と首が非常に痛い。意識ははっきりしている。
しかしそれは首の痛みがもたらす覚醒で、歓迎されるものではなかった。修行を繰り返し痛みに慣れた須賀京太郎でも脂汗をかくほどのものだった。
ただ、ひどい痛みを感じても須賀京太郎は暴れなかった。動くだけの力がなかった。
強烈な首の痛みで須賀京太郎が悶えている時ロキが話しかけてきた、この時にロキが語った内容について書いていく。
それは強烈な首の痛みで須賀京太郎が苦しんでいる時のことである。マフラーになっているロキが話しかけてきた。かなり大きな声だった。
ロキはこういっていた。
「よく目覚めた小僧! 良く戻ってきた!」
かなり心配していたのがわかった。しかし須賀京太郎は応えられなかった。痛みがひどすぎて声が出せなかった。
そんな須賀京太郎にロキが続けてこう言った。
「ええか小僧。今の小僧は戦える状態じゃねぇ。首の皮一枚でつながっておったところを、わしが変化して繋ぎ止めておる状況じゃ。
どうにか『ラグナロク』を発動して取り囲んでおった眷属たちを滅ぼしてやった。じゃが直接首を取りに来られたらどうしようもねぇ。
ええか小僧。無茶はするな。三分もあれば少しは動けるように繋げちゃるからな!」
すると痛みで呻いていた須賀京太郎は下唇を噛んで耐えた。首を動かすことはなかった。痛みがひどすぎて動かしたくなかった。ただ、正解だった。
下手に動けば首が落ちるからだ。今の須賀京太郎の首を繋いでいるのはマフラーになったロキだ。
「ほんの数秒前に」須賀京太郎の危機を察し、自分の肉体を変化させて応急処置を行った状態のままなのだ。動きは少ないほうがよかった。
須賀京太郎が目覚めて一分後魔法「ラグナロク」の力が失せた、この時の葦原の中つ国の状況と夢の創造主について書いていく。
それはロキが首を繋いでいる時のことである。ようやく魔法「ラグナロク」の火の波紋が落ち着いた。もともと弱弱しい波紋である。
消えるときも静かに消えていた。そうして火の波紋が消えた後には大量の灰と荒野と煙だけが残った。
葦原の中つ国の第三階層にあった大量の廃墟や踏み固められた道はことごとく火の波紋に触れて姿を消した。
また須賀京太郎の精神を乗っ取るために派遣されていた貌を持たない神の眷属たちもことごとく滅ぼされていた。
もともと精神を乗っ取るためだけに生まれた存在である。須賀京太郎から放たれる世界崩壊を望む火に敵うわけもない。
しかしこの荒野になった世界には須賀京太郎たち以外に生存者がいた。夢の世界を創る創造主である。ただ無事ではなかった。
数百メートルほど離れたところでひどい火傷を負って呻いていた。死にそうだった。肉体の半分近くが灰になっていた。直視できる状態ではない。
しかし生きている。それは肉体のほとんどが機械だからだ。魔鋼の骨格を持ついわゆるサイボーグだった。意識をどうにか保ち、大量の灰に埋もれていた。
この死に掛けのサイボーグはかろうじて残った指を小刻みに動かしていた。図形である。途切れそうな意識を繋いで図形を描いていた
。描いているのは門を呼び出す図形だった。夢の世界の創造主は逃げようとしていた。一刻も早く須賀京太郎から離れたかった。
普遍的無意識から抽出した天国を否定する怪物が怖かった。
だが殺さずにはいられなかった。しかしそれもすぐに失敗した。須賀京太郎が望んだ天国に
「ラグナロク」
と老人の声が響いたからだ。しわがれた老人の声と同時に、須賀京太郎を中心に火が放たれた。
水面に現れる波紋のように火が走り、天国を飲み込んだ。自分の天国を自分で焼いたのだ。
二度と取り戻せない日常が火に包まれた数秒後須賀京太郎は目を覚ました、この時の須賀京太郎がいた場所と須賀京太郎の状態について書いていく。
それは夢に見るほど焦がれている日常を自分の手で崩壊させた後のことである。須賀京太郎は目をさまし、大きく咳き込んだ。
これは喉の奥に大量の血液が詰まっていたからである。咳き込んだときに飛び散った血液は、地面に散らばった。
地面に散らばった血液はすぐに蒸発して消えた。臭いさえ残さなかった。地面が熱々なのだ。原因は須賀京太郎である。
地面に寝転がっている須賀京太郎を中心にして弱弱しい火の波紋が生まれていた。生まれてきた火の波紋はどこまでも広がって行く。
ものすごく弱弱しく可憐な波紋である。すぐに消えそうに見える。ほんの少しの障害物も乗り越えられないように見える。しかし、決して消えることがない。
邪魔されることもない。なぜなら弱弱しい火の波紋に舐められた障害物は問答無用で灰に変わるからだ。
この尋常ならざる火の波紋こそ魔法「ラグナロク」の攻撃形態である。この魔法の発動によって目を覚ました須賀京太郎だが、ずいぶん状態が悪かった。
目が覚めたのは良い。生きているのも良い。しかしギリギリのラインだった。全身の力が抜けているうえに、頭と首が非常に痛い。意識ははっきりしている。
しかしそれは首の痛みがもたらす覚醒で、歓迎されるものではなかった。修行を繰り返し痛みに慣れた須賀京太郎でも脂汗をかくほどのものだった。
ただ、ひどい痛みを感じても須賀京太郎は暴れなかった。動くだけの力がなかった。
強烈な首の痛みで須賀京太郎が悶えている時ロキが話しかけてきた、この時にロキが語った内容について書いていく。
それは強烈な首の痛みで須賀京太郎が苦しんでいる時のことである。マフラーになっているロキが話しかけてきた。かなり大きな声だった。
ロキはこういっていた。
「よく目覚めた小僧! 良く戻ってきた!」
かなり心配していたのがわかった。しかし須賀京太郎は応えられなかった。痛みがひどすぎて声が出せなかった。
そんな須賀京太郎にロキが続けてこう言った。
「ええか小僧。今の小僧は戦える状態じゃねぇ。首の皮一枚でつながっておったところを、わしが変化して繋ぎ止めておる状況じゃ。
どうにか『ラグナロク』を発動して取り囲んでおった眷属たちを滅ぼしてやった。じゃが直接首を取りに来られたらどうしようもねぇ。
ええか小僧。無茶はするな。三分もあれば少しは動けるように繋げちゃるからな!」
すると痛みで呻いていた須賀京太郎は下唇を噛んで耐えた。首を動かすことはなかった。痛みがひどすぎて動かしたくなかった。ただ、正解だった。
下手に動けば首が落ちるからだ。今の須賀京太郎の首を繋いでいるのはマフラーになったロキだ。
「ほんの数秒前に」須賀京太郎の危機を察し、自分の肉体を変化させて応急処置を行った状態のままなのだ。動きは少ないほうがよかった。
須賀京太郎が目覚めて一分後魔法「ラグナロク」の力が失せた、この時の葦原の中つ国の状況と夢の創造主について書いていく。
それはロキが首を繋いでいる時のことである。ようやく魔法「ラグナロク」の火の波紋が落ち着いた。もともと弱弱しい波紋である。
消えるときも静かに消えていた。そうして火の波紋が消えた後には大量の灰と荒野と煙だけが残った。
葦原の中つ国の第三階層にあった大量の廃墟や踏み固められた道はことごとく火の波紋に触れて姿を消した。
また須賀京太郎の精神を乗っ取るために派遣されていた貌を持たない神の眷属たちもことごとく滅ぼされていた。
もともと精神を乗っ取るためだけに生まれた存在である。須賀京太郎から放たれる世界崩壊を望む火に敵うわけもない。
しかしこの荒野になった世界には須賀京太郎たち以外に生存者がいた。夢の世界を創る創造主である。ただ無事ではなかった。
数百メートルほど離れたところでひどい火傷を負って呻いていた。死にそうだった。肉体の半分近くが灰になっていた。直視できる状態ではない。
しかし生きている。それは肉体のほとんどが機械だからだ。魔鋼の骨格を持ついわゆるサイボーグだった。意識をどうにか保ち、大量の灰に埋もれていた。
この死に掛けのサイボーグはかろうじて残った指を小刻みに動かしていた。図形である。途切れそうな意識を繋いで図形を描いていた
。描いているのは門を呼び出す図形だった。夢の世界の創造主は逃げようとしていた。一刻も早く須賀京太郎から離れたかった。
普遍的無意識から抽出した天国を否定する怪物が怖かった。
248: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:27:06.99 ID:NaU+up9G0
魔法「ラグナロク」の火が消えて数分後壊れかけのサイボーグが図形を描き切った、この時のサイボーグについて書いていく。
それは火の波紋が消えて三分後のことである。大量の灰に埋もれながらサイボーグは門を呼び出す図形を描き切った。
このサイボーグはとても苦しそうだった。図形を描いただけだというのに息切れしていた。しかたがない。身体のほとんどを火で焼かれている。
サイボーグだからどうにか機能停止になっていないだけで、ほとんど死体なのだ。図形を書くだけでも精一杯で門を発動させるのは命がけの大仕事だった。
そしてここからさらに頑張った。細かい模様の図形に魔力を注ぎ込んだ。門を開きたかった。意識が途切れかけたがやらねばならなかった。なぜなら
「逃げなければならない。天国を拒絶する怪物と付き合っていられない」
という確固たる意志があるからだ。
魔鋼の骨格を手に入れ超小型の霊的決戦兵器といっても良い夢の世界の創造主だが、天国を焼き滅ぼす怪物とは戦いたくなかった。
この強い一念に機械仕掛けの門が応え姿を現した。この門を見た時壊れかけのサイボーグは喜んだ。
半分以上灰になってしまった体を一生懸命に動かしてもがいた。動くだけで肉体が崩壊していたが、気にせずに門を目指した。門を潜れば復活できるからだ。
なにせ門の向こう側には葦原の中つ国の最表面の世界が待っている。夢の世界の創造主が完全に支配する「最深部だった」世界である。
自分の呼び出した夢魔たち、支配下に置いたオロチの化身たちがいる。肉体など簡単に回復できる。そう思うと無理もできた。
魔法「ラグナロク」の火が消えて五分後壊れかけのサイボーグは逃げ延びていた、この時にサイボーグが到達した世界とサイボーグの喜びようについて書いていく。
それは第三階層が荒野と灰の世界に変わって五分後のことである。壊れかけのサイボーグが門を潜り抜けていた。
しかし門を潜りぬけたのはいいが、肉体はほとんどだめになっていた。逃げ延びることを最優先して動いた結果、八割ほどが塵に変わっていた。
しかし門を潜りぬけたサイボーグは笑っていた。なぜなら門を潜り抜けたところに夢魔たちがいたからだ。自分に忠実な仲魔たちだ。
すぐに回復魔法を命じられる。死を回避できたと確信した。そして笑ってからサイボーグは命令を出した。
「俺を回復しろ!」
すると夢魔たちが一斉に回復魔法を放ってきた。回復魔法がサイボーグに降り注ぐと壊れかけていた肉体が完全に回復した。
魔鋼の骨格も元通りになっている。魔鋼とは鋼であって鋼ではない。この骨格は悪魔の魂を材料に創った呪物なのだ。
回復魔法を仕掛ければ肉体と同じように回復する便利な骨格である。そうして回復したサイボーグは立ち上がった。
そして大きく息を吐いた。やれやれと首を横に振って、葦原の中つ国の最表面の世界を眺めた。
サイボーグ目の前には大量のオロチの化身たち、大量の夢魔たちが列をなして命令を待っている。壮観な光景だった。
特に目を引くのは黒い皮膜で包まれた巨人。
これは超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプである。
超ド級の霊的決戦兵器・ニャルラトホテプは身長五十メートル、黒いゴム質の体表面には色とりどりの仮面が張り付いていた。
数々の仮面のグラデーションで気味の悪いまだら模様を創っていた。
どこまでも続く大地の上にずらりと並んでいる異形の大群と霊的決戦兵器がそろった軍隊は壮観である。
サイボーグの武力の象徴で、プライドそのものだった。復活してきたサイボーグはこの兵器たちをじっくりと眺めた。そうすることで自分の心を慰めたのだ。
「この兵器たちがあれば勝利できる。勝利するために撤退したのだ」
そのように自分に言い聞かせていた。魔人の恐怖に屈服し逃亡した自分を認めたくなかった。
サイボーグが自分の心を慰めていた時何者かが攻撃を仕掛けてきた、この時に攻撃を仕掛けてきた者とサイボーグについて書いていく。
それは悪夢の軍勢を眺めてサイボーグが自分の心を慰めている時だった。突如としてサイボーグの身体が持ち上がった。魔鋼の骨格を持つサイボーグである。
三百キロ近い重さがあるのだが、軽々と持ち上げられていた。何事かとサイボーグが状況を確認すると、異形の銀の腕が腹から生えている。
そして振り返ってみると口から血を流している須賀京太郎がみえた。輝く赤い目が燃え上がっていた。
須賀京太郎を見つけるとサイボーグの顔色が悪くなった。そして自分の失敗を覚った。
「門を開きっぱなし」
反省するよりも前に、須賀京太郎の肉体から稲妻が放たれた。サイボーグの肉体から煙が上がった。しかしサイボーグは生きていた。
須賀京太郎の稲妻が弱体化していた。腕力も衰えている。首を切り飛ばした後遺症である。万全の須賀京太郎ならサイボーグなど一瞬で刈り取っていた。
胴体を狙った所からもわかることだが、首を狙えるほどの体力がなかった。そんな須賀京太郎の放つ稲妻などサイボーグを絶命させるには至らない。
動きを止めるのが精いっぱいである。当然だが二発目などない。となって稲妻を撃ち込まれ腹部を貫かれているサイボーグは復讐を敢行した。
須賀京太郎がぎりぎりのところにあると見抜くと、大きな声でこう言ったのだ。
249: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:30:52.46 ID:NaU+up9G0
「こいつをやっつけろ! できるだけ痛めつけてから殺せ! それと俺の回復もだ!」
死の恐怖が翻って大きな勝利の喜びで一杯になっていた。須賀京太郎の消耗具合ならば自分でも勝てると確信できた。
そして獲物をいたぶっても構わないと思ってしまった。これはしょうがないことである。屈辱を晴らすチャンスだ。しかも獲物は死に掛けである。
暗い恨みを晴らしたかった。
サイボーグの命令から五分後須賀京太郎は夢魔たちによって磔にされていた、この時の須賀京太郎とサイボーグの様子について書いていく。
それはサイボーグが勝利を確信した五分後のことである。
葦原の中つ国の最表面にある超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプにサイボーグが乗り込んでくつろいでいた。
ニャルラトホテプのコックピットは液体で満たされていた。モニター的なものは一切なく暗黒の空間だった。
しかしここに乗り込んだサイボーグには周囲の様子がよく見えていた。超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプと一体化することで外の世界と繋がっていた。
脳みそで直接見るのだ。モニターは必要なかった。そうしてニャルラトホテプの感覚器官で見ていたモノは須賀京太郎だった。
夢魔たちによって四肢をもがれ眼球を奪われた須賀京太郎の姿を楽しく見ていた。須賀京太郎からもがれた手足と眼球はもうない。
オロチの化身たちに食わせた。流れ出した血液に触れた夢魔たちが蒸発してしまったので、オロチに食わせて処理した。
そうして眼球を奪われ四肢を失った須賀京太郎は黒い十字架に磔にされていた。磔にしたのは罪を償わせるためだ。
罪とは天国を否定したことそして自尊心を傷つけたことである。罰を受けている須賀京太郎はどう見ても終わりであった。
肉体は激しく損傷し、肉の塊としか言いようがなかった。そんな須賀京太郎を見てニャルラトホテプが意地悪く笑った。心地よかった。
磔になり血の涙を流す須賀京太郎を見ていると屈辱が晴れた。しかし至近距離で観察する予定はなかった。
魔人須賀京太郎ならば首だけになっても命を取りに来ると信じられた。動物園の猛獣を観察するように安全な場所で終わりを見届ける算段である。
適切な判断だった。そんな時、黒い十字架に磔にされている須賀京太郎が笑ってみせた。
「心は折れていない」
と言っているような笑顔だった。
磔にされている須賀京太郎が笑った少し後ニャルラトホテプが話しかけた、この時にニャルラトホテプが語った内容について書いていく。
それは四肢をもがれ両目をえぐられた須賀京太郎が不敵に笑った直後である。須賀京太郎をじっと観察していたニャルラトホテプが苛立った。
ニャルラトホテプの肉体を飾っている大量の仮面も怒り顔になっていた。ニャルラトホテプは泣き喚いてほしかったのだ。
天国を壊した後悔を叫んでほしかった。申し訳ありませんと言ってほしかった。しかし須賀京太郎は笑っている。手も足も出ない状態なのに心が折れていない。
腹立たしかった。そして静観をやめた。完璧に精神を屈服させ屈辱と絶望の中で殺すと決めた。
自分が上の立場なのだから、そうする権利があると信じた。そして決心すると威圧的に話しかけた。こう言っていた。
「お前の作戦はわかっているぞ。お前が笑っているのは、油断を誘うためだ。
そうだろう? 弱り切った魔人など俺の手でもひねりつぶせると『思わせたい』、だから笑ったのだ。
むかつく野郎だ。天国を焼き滅ぼした罪人の分際でまだあきらめないのか。なぜ二代目様の天国を否定するようなまねをし続ける」
250: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/17(土) 11:33:05.96 ID:NaU+up9G0
ニャルラトホテプが語りかけてきても須賀京太郎は応えなかった。応える必要と元気がなかった。
両手両足をもがれ眼球を奪われたことでほとんど血液が残っていない。首も痛んでいる。少しだけ残ったエネルギーで無駄話をする意味がなかった。
また少しだけがっかりしていた。挑発の意図が完全にばれていたからだ。小物臭かったから乗ってくると思っていた。
そんな須賀京太郎にニャルラトホテプが語りかけてきた。
「お前がそこまで調子に乗るならよぉ。良いものを見せてやるぜ。
天国に行かせてくれってお前が言いたくなるような地獄を見せてやる。
なぁに心配しなくていい。ちょっと夢を見せるだけだ。
お前の家族が、友人が、宝物が全部台無しになる夢を、繰り返し繰り返し、逝っちまうその瞬間まで楽しませてやるよぉ!」
下種な一面を見せた直後、須賀京太郎を黒い十字架が包み込んだ。黒いゴムのような触手が絡み付いて須賀京太郎を抱きこんだのだ。
抱き込まれた須賀京太郎は夢の中に引きずり込まれていった。死に掛けの須賀京太郎である。抵抗は出来なかった。
須賀京太郎が黒い十字架に飲み込まれた後二代目葛葉狂死にサイボーグの男が報告していた、この時の二代目葛葉狂死とサイボーグの会話について書いていく。
それは須賀京太郎が悪夢の世界に放り込まれて二十分後のことである。
ニャルラトホテプのコックピットの中でサイボーグの男が二代目葛葉狂死と話していた。サイボーグだが、非常にかしこまった様子でペコペコしていた。
二代目葛葉狂死が目の前にいるわけでもないのに、かなり緊張していた。そうして報告を初めて五分後に、須賀京太郎の結末を伝えることができた。
サイボーグの男はこのように報告した。
「地獄の予行演習として須賀京太郎を利用して実験を行いました。
実験を開始して三十分ほどですから、夢の中では一年ほど経過しているはずです。徹底的に絶望するように世界をくみ上げました。
家族に裏切られ、友人に裏切られ、何もかもが敵になる。そんな世界です。
須賀京太郎は日常を大切に思っているようでしたから、効果は抜群でしょう」
このように報告した時二代目葛葉狂死が一瞬黙った。ぬるい対応だと思った。須賀京太郎を始末するのならば、首をはねて灰にするべきと考えていた。
しかし責めなかった。部下がそれでよいと判断したのなら成り行きを見守るだけだった。そして胸の内を隠しつつ二代目葛葉狂死はこういった。
少し残念そうだった。
「なるほど。
残念だが、須賀君はここで終わりか。
そうなると……・ナグルファル内部にかくまわれている豊音ちゃんを保護せねばならん。君にも手伝ってもらおう」
そしてサイボーグが新しい任務を受けようとした時だった。強制的に通信が終了した。ブツンと通信が切れてしまった。正常な切れ方ではなかった。
するとサイボーグは非常にあわてた。二代目葛葉狂死に失礼をしたと考えた。ニャルラトホテプの管理はサイボーグの仕事である。これは不味かった。
すぐに通信を再開しようとした。しかし無駄だった。超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプが怪物に喰われていた。
261: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:42:00.63 ID:Hg3eW7Fk0
ナグルファルの甲板から須賀京太郎が連れ去られてから四十分後秘密の部屋のオロチたちが呻き始めた、この時の状況とオロチたちの様子について書いていく。
それは須賀京太郎が連れ去られた後のことである。どこまでも続く大海原と青い空のはざまをナグルファルがゆっくりと移動していた。
フラフラと空と海の間を移動して、脱出の手掛かりを探していた。このナグルファルの周囲には空を飛べる悪魔たちの警備がある。
種族が違う悪魔たちだが気にせずに集団となって周囲を警戒していた。集団は全部で四つ。
遠くから見ると鳥の群れがナグルファルの周囲をくるくると飛んでいるように見えた。ナグルファルの甲板にはたくさんの退魔士とサマナーがいた。
龍門渕から命令を受けて周囲の警備と情報収集の任務にあたっていた。ナグルファルの甲板には船員たちの姿も見えた。
マグネタイトを手に入れて肉体を手に入れていたが、皆ふさぎ込んでいた。ナグルファルの王・須賀京太郎を心配していた。
ナグルファルのまとめ役ハチ子からもたらされた情報によって、須賀京太郎の窮状を理解していた。
そんなナグルファルの秘密の部屋には姉帯豊音たちがいた。未来を抱いている姉帯豊音がベッドに腰掛け、そのそばにオロチたちがいる。
ムシュフシュは犬のように寝転がっていた。少し離れたところにバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが椅子に座って目を閉じている。
誰も口を開かない静かな空気だった。ただ、穏やかな空気ではない。爆発寸前の静かな空気だった。そんな中で急に三人のオロチたちが呻きだした。
三人のオロチたちはお腹を押さえて青ざめていた。非常に苦しそうに呻くので秘密の部屋にいた者たちが大慌てした。
オロチの触角たちというのは人の形をしてはいるが人ではない。最新式の戦車よりも遥かに頑丈なのだ。
そんなオロチが呻きだすのは可笑しなことで不安をあおった。そうしてオロチたちが苦しみ始めるとアンヘルがこう言った。
「豊音さん! 大慈悲の加護を部分的に解除してください! お腹の部分だけでいいです!」
アンヘルに従って姉帯豊音が部分的に加護を解除した。三人のオロチのお腹あたりの加護に穴が開いた。そうするとアンヘルが状態回復の魔法を撃ち込んだ。
するとオロチたちの顔色がよくなったのだが、すぐにまた青ざめた。アンヘルはあきらめずに魔法を打ち込み続けた。
すると三つ編みのオロチがお腹を押さえたままこういった。
「お腹が焼けるように熱い……食あたりだ……」
三つ編みのオロチが口を開いたその瞬間だった。部屋にいた者たちが眉間にしわを寄せた。驚くほどオロチの吐息が酒臭かった。
オロチが苦しみ始めて五分後ナグルファルの会議室に三人のオロチが現れた、この時に行われたオロチの報告について書いていく。
それは三つ編みのオロチの口から酒臭い吐息が漏れた五分後のことである。ナグルファルの会議室で会議をしていたハチ子が突然大きな声を出した。
不機嫌な顔がなくなるほど驚いていた。ハチ子はこういっていた。
「んなぁっ! 本当ですかオロチ様!?」
今まで不機嫌な顔をしていたハチ子が素っ頓狂な声を出したものだから龍門渕の血族たちもまとめ役たちも目を丸くした。
須賀京太郎のかわりに会議に出席しているヘルは無表情のままであるが、身体で驚きを表現していた。そんな所で龍門渕信繁がきいた。こう言っていた。
「何か問題でも? 敵襲? それとも完全に支配権を奪われた? 追加戦力が投入されたとか?」
肝が据わっている龍門渕信繁である。何が起きたとしても乗り切る覚悟があった。龍門渕の血族たちもまた同じである。
須賀京太郎がいないからこそ、油断せずに戦わなければならないと心を決めている。と、そんなところでハチ子が阿呆のようにこう言ったのだ。
「あの……葦原の中つ国、奪還完了したそうです」
ハチ子の報告を聞いて会議室にいる者たちが飛び上がった。意味が分からなかったからだ。そうしているとハチ子がこう言った。
「オロチ様たちをお呼びします」
そして秘密の部屋と会議室を繋ぐ門を開いた。門が開いた時「まっしゅろしゅろすけ」に包まれた三人のオロチが会議室に飛び込んできた。
この時門の向こう側にベッドに腰掛けている姉帯豊音の姿がちらりと見えた。しかし龍門渕の血族たちは見ていないふりをした。
龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りから理解しているのだ。そうして三人のオロチたちが現れると、三つ編みのオロチが一番に口を開いた。
上機嫌で、顔が真っ赤だった。彼女はこういっていた。
それは須賀京太郎が連れ去られた後のことである。どこまでも続く大海原と青い空のはざまをナグルファルがゆっくりと移動していた。
フラフラと空と海の間を移動して、脱出の手掛かりを探していた。このナグルファルの周囲には空を飛べる悪魔たちの警備がある。
種族が違う悪魔たちだが気にせずに集団となって周囲を警戒していた。集団は全部で四つ。
遠くから見ると鳥の群れがナグルファルの周囲をくるくると飛んでいるように見えた。ナグルファルの甲板にはたくさんの退魔士とサマナーがいた。
龍門渕から命令を受けて周囲の警備と情報収集の任務にあたっていた。ナグルファルの甲板には船員たちの姿も見えた。
マグネタイトを手に入れて肉体を手に入れていたが、皆ふさぎ込んでいた。ナグルファルの王・須賀京太郎を心配していた。
ナグルファルのまとめ役ハチ子からもたらされた情報によって、須賀京太郎の窮状を理解していた。
そんなナグルファルの秘密の部屋には姉帯豊音たちがいた。未来を抱いている姉帯豊音がベッドに腰掛け、そのそばにオロチたちがいる。
ムシュフシュは犬のように寝転がっていた。少し離れたところにバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが椅子に座って目を閉じている。
誰も口を開かない静かな空気だった。ただ、穏やかな空気ではない。爆発寸前の静かな空気だった。そんな中で急に三人のオロチたちが呻きだした。
三人のオロチたちはお腹を押さえて青ざめていた。非常に苦しそうに呻くので秘密の部屋にいた者たちが大慌てした。
オロチの触角たちというのは人の形をしてはいるが人ではない。最新式の戦車よりも遥かに頑丈なのだ。
そんなオロチが呻きだすのは可笑しなことで不安をあおった。そうしてオロチたちが苦しみ始めるとアンヘルがこう言った。
「豊音さん! 大慈悲の加護を部分的に解除してください! お腹の部分だけでいいです!」
アンヘルに従って姉帯豊音が部分的に加護を解除した。三人のオロチのお腹あたりの加護に穴が開いた。そうするとアンヘルが状態回復の魔法を撃ち込んだ。
するとオロチたちの顔色がよくなったのだが、すぐにまた青ざめた。アンヘルはあきらめずに魔法を打ち込み続けた。
すると三つ編みのオロチがお腹を押さえたままこういった。
「お腹が焼けるように熱い……食あたりだ……」
三つ編みのオロチが口を開いたその瞬間だった。部屋にいた者たちが眉間にしわを寄せた。驚くほどオロチの吐息が酒臭かった。
オロチが苦しみ始めて五分後ナグルファルの会議室に三人のオロチが現れた、この時に行われたオロチの報告について書いていく。
それは三つ編みのオロチの口から酒臭い吐息が漏れた五分後のことである。ナグルファルの会議室で会議をしていたハチ子が突然大きな声を出した。
不機嫌な顔がなくなるほど驚いていた。ハチ子はこういっていた。
「んなぁっ! 本当ですかオロチ様!?」
今まで不機嫌な顔をしていたハチ子が素っ頓狂な声を出したものだから龍門渕の血族たちもまとめ役たちも目を丸くした。
須賀京太郎のかわりに会議に出席しているヘルは無表情のままであるが、身体で驚きを表現していた。そんな所で龍門渕信繁がきいた。こう言っていた。
「何か問題でも? 敵襲? それとも完全に支配権を奪われた? 追加戦力が投入されたとか?」
肝が据わっている龍門渕信繁である。何が起きたとしても乗り切る覚悟があった。龍門渕の血族たちもまた同じである。
須賀京太郎がいないからこそ、油断せずに戦わなければならないと心を決めている。と、そんなところでハチ子が阿呆のようにこう言ったのだ。
「あの……葦原の中つ国、奪還完了したそうです」
ハチ子の報告を聞いて会議室にいる者たちが飛び上がった。意味が分からなかったからだ。そうしているとハチ子がこう言った。
「オロチ様たちをお呼びします」
そして秘密の部屋と会議室を繋ぐ門を開いた。門が開いた時「まっしゅろしゅろすけ」に包まれた三人のオロチが会議室に飛び込んできた。
この時門の向こう側にベッドに腰掛けている姉帯豊音の姿がちらりと見えた。しかし龍門渕の血族たちは見ていないふりをした。
龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りから理解しているのだ。そうして三人のオロチたちが現れると、三つ編みのオロチが一番に口を開いた。
上機嫌で、顔が真っ赤だった。彼女はこういっていた。
262: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:45:01.71 ID:Hg3eW7Fk0
「やーってくれたぞ! 京太郎がやりやがった!」
続けてポニーテールのオロチが口を開いた。同じく上機嫌で顔が真っ赤だった。彼女はこういっていた。
「葦原の中つ国は大いに荒れてしまっているが問題ない! 問題ないぞ! もう一度創ればいい!
あぁそうだとも、ぶっ壊されたものが多いが、もう一度創ればいい! もう一度な!」
続けてツインテールのオロチが口を開いた。ツインテールのオロチも上機嫌だった。彼女はこういっていた。
「日本全体の防衛網の再構築を行っている! 心配せずとも私たちが一生懸命サポートしてやるぅ!
龍門渕の血族たちよ充分に治水を発揮するがよいぞっ! 日本防衛の頭だ! がんばれっ!」
姉帯豊音の持つ加護によって守られているオロチたちだがどう見てもベロベロに酔っぱらっていた。ただ、ものすごく幸せそうだった。
酔っ払いの報告の後龍門渕信繁が話を進めた、この時に龍門渕が語った内容について書いていく。
それはべろべろに酔っぱらっている三人のオロチたちからの報告が終わってすぐのことである。
酔っぱらって呂律が回らなくなっているオロチたちを梅さんとハチ子とヘルが介抱し始めた。
呂律どころか足元が怪しかったので、さっさと椅子に座らせていた。
ただ椅子に座らせようとしてもグネグネする上に絡んでくるのでなかなかうまくいかなかった。そんなことをしている間に龍門渕信繁がこんなことを言った。
「須賀君がやったって聞こえたんだけど、具体的にどういうこと?」
この時龍門渕信繁は開きっぱなしの門の向こう側に話しかけていた。門の向こうには未来を抱いている姉帯豊音とアンヘルとソックがいた。
龍門渕信繁の質問に答えたのはアンヘルだった。アンヘルは興奮を抑えながらこういっていた。
「私たちも要領を得ません。オロチが言うには、葦原の中つ国の最表面に存在していた外敵をマスターが倒したとしか……」
するとアンヘルに続けてソックがこんなことを言った。
「オロチが酔っぱらっているのはマスターのせいだろう。マスターのマグネタイトには酒に似た性質がある。
どうして大量のマグネタイトがオロチに注がれたのかはわからないが、なってしまったのもはどうしようもない。
葦原の中つ国を奪還した今、速やかに最表面への門を開くことを提案したい。マスターの状況は非常に悪いはずだ。
オロチが酔っぱらうほどマグネタイトを消耗したんだ、無事でいられるわけがない」
このようにアンヘルとソックが語ると龍門渕信繁がこう言った。
「……悩んでいてもしょうがないか。
ではこれからナグルファルを葦原の中つ国の最表面へ移動させる。
何が起きているのかわからないから、すべての退魔士たちサマナーたちはナグルファル内部へ退避。ナグルファルもまた同じく防御重視でお願い。
魔法と物理両面に気を付けて。
オロチ様、葦原の中つ国の最表面への門を開いてください。須賀君を回収しに行きます」
このように龍門渕信繁が話をすると、龍門渕の血族たちまとめ役たちが慌ただしく動き出した。そしてベロベロになっているオロチの触角たちも働いた。
上機嫌で超巨大な門を召喚した。三つの蛇が尻尾をかみ合って大きな円になっている不思議な門だった。
龍門渕信繁が進路を決定して一分後葦原の中つ国の最表面にナグルファルが到着した、この時にナグルファルが見た最表面について書いていく。
それは龍門渕信繁が進路を決定してすぐのことである。ナグルファルに乗っている者たちはあわてて防御の陣形に移った。
空を飛んでいる仲魔たちを呼び戻して、ナグルファル内部に駆けこんでいった。甲板に人がいなくなるとナグルファルは出入り口を完全に封鎖した。
すると三人のオロチが創った門をナグルファルは通り抜けて行った。速やかな移動であった。十秒もかからなかった。
というのもナグルファルと巨大な門がすれ違うように動いていた。一キロメートルもお互いが動けば短い距離になった。
そうして三人のオロチが創る門を潜り抜けたナグルファルは、葦原の中つ国の最表面の世界に到着した。そうして到達した世界にはたくさんの残骸があった。
それはオロチの化身たちだったもの。山のような頭を持ち河を飲み込めるほど太い胴体をもつ巨大な蛇たちが、ずたずたに切り裂かれて倒れていた。
263: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:48:12.25 ID:Hg3eW7Fk0
一つや二つではなく、何もない最表面の大地を蛇の死体が埋め尽くしていて、数十では足りない化身が命を奪われていた。
そんな大量の蛇の死骸の中に、巨人の死体が転がっていた。全身を黒いゴムの被膜で覆われた巨人である。
かつて超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプと呼ばれた巨人の残骸だった。
この巨人の残骸には四肢がなく、また眼球にあたる部分が深くえぐり取られていた。この巨人の残骸の上に奇妙な怪物が立っていた。
怪物としか言いようがなかった。身長三メートル、一見すると人型。しかし人間とは呼べない姿形をしている。
まず頭がおかしく、両腕がおかしく胴体がおかしく両足がおかしかった。頭だが牡牛の頭蓋骨のような兜をかぶっているように見えた。
しかし実際は、牡牛の頭蓋骨が頭から生えている状態だった。そうなって視線を下ろして、両腕だが良くわからない状態だった。
たくましい人間の腕のように見えるのだが、肩あたりまで奇妙なラインが走っている。奇妙なラインというのは五本ある。
五本ある指の先からまっすぐに肩まで伸びていた。エネルギー供給のためのラインでも模様でもなかった。傷跡だった。だが血は流れていなかった。
そうして両足なのだが狼のような足だった。人間とは全く違う獣の両足が怪物の体を支えていた。
この怪物に肌色の部分はない。銀色か黒色のどちらかだった。
両手両足、そして牡牛の頭蓋骨が銀色の輝きを放ち、頭部と胴体は黒いゴムの被膜で包まれていた。この怪物が、巨人の残骸の上に立っていた。
それだけである。ほかには何もなかった。
葦原の中つ国の最表面にナグルファルが到着して五分後会議室で問題が発生した、この時に発生した問題について書いていく。
それは最表面に帰還を果たした直後のことである。ナグルファルの会議室に異形の怪物の姿が映し出された。
すると龍門渕の血族まとめ役たちは首を横に振った。顔から血の気が完全に失せて必死で首を横に振った。
というのもナグルファルが観測している怪物からとんでもなく不吉な気配が放たれているからである。
数キロ先に存在している怪物であるというのに、姿を見てから震えが止まらなかった。たとえ須賀京太郎だったとしても絶対に近寄りたくなかった。
そうなって特に変化も見せないのが龍門渕信繁とオロチたちであった。龍門渕信繁は映像を見てこう言っていた。
「こりゃあ、須賀君でいいのか?」
悪魔になったのか人のままなのかと考えていた。これは大切な問題だった。しかし特に震えることはなかった。幹部の胆力があった。
そうしていると三つ編みのオロチがこう言った。
「間違いない。あれだ! あれが京太郎だ! さぁ、さっさとナグルファルを近づけて、京太郎をここへ招くのだ!」
やはりベロベロのままだった。しかし特に変わった様子はなかった。そうすると龍門渕信繁がこう言ったのだ。
「そうですね。須賀君から直接何が起きたのか聞けば終わりでしょうから。
さぁ、ナグルファルを須賀君の所へ。
ここからが忙しいところだ。日本の防衛網を創りなおさなくちゃならないし、決戦場も片付けなくちゃ二代目葛葉狂死を追えない。
ほら、みんな急いで急いで」
するとナグルファルのまとめ役たちと龍門渕の血族が嫌がった。ものすごく嫌そうな顔で震えた。絶対に近寄りたくなかった。
しかしナグルファルは怪物の下へ進んだ。龍門渕信繁のプレッシャーもさることながら、秘密の部屋で未来を抱いている姉帯豊音の圧力がすさまじかった。
ハチ子の門を通じて姉帯豊音がこんなことを言ったのだ。
「早く、須賀君を迎えに行きなさい」
特に何の問題もない一言だった。しかし非常に強い一言だった。
姉帯豊音の一言をきいて十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死の顔を龍門渕信繁は思い出していた。血はしっかり受け継がれていた。
龍門渕信繁と姉帯豊音にせかされて怪物の手前までナグルファルは移動した、この時のナグルファルの恐慌具合と奇妙な怪物について書いていく。
それは龍門渕信繁のプレッシャーと姉帯豊音のプレッシャーにナグルファルが屈した数十秒後のことである。
かなりおびえつつもナグルファルのまとめ役たちは船を先に進めた。ナグルファルの所有者であるヘルも嫌々船を動かしていたが、止めなかった。
門の向こう側にいる姉帯豊音の気配が恐ろしかった。無理に船を止めることもできるが、ここで船を止めようものなら何をされるかわからなかった。
この時龍門渕の血族がすがるような目で龍門渕信繁を見つめていたが、すべて無視していた。娘のすがるような目さえ完全に無視している。
龍門渕信繁が弱気な視線を無視するのもしょうがない。怯えることなど一つもないからだ。巨大な残骸の上に立つ怪物が須賀京太郎だとオロチが言う。
アンヘルとソックも異議を唱えない。葦原の中つ国の支配権が確立した。一体どこに問題があるのか龍門渕信繁にはわからなかった。
264: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:50:51.20 ID:Hg3eW7Fk0
むしろ
「良くこの窮地を切り開いた」
と須賀京太郎をほめたい気持ちでいっぱいだった。何せ帝都の混乱に乗じて大量の外国勢力が侵入してきたのを知っているのだ。
帝都自体も問題ありだが、防衛についても考えなくてはならない。そうなってオロチを取り戻してくれた須賀京太郎に龍門渕信繁が放つ言葉はたった一つ。
「よくやった」
以外になかった。当然、ナグルファルを止めるという選択肢はない。そうして巨大な船ナグルファルが須賀京太郎らしき怪物に接近したその時だった。
身長三メートル、牡牛の頭蓋骨のような兜をかぶり、狼の両足を持つ怪物が力をため始めた。攻撃のための動作ではなかった。ジャンプの予備動作だった。
ナグルファルの会議室にその様子はしっかりと映っていた。この怪物の動作を見て会議室にいた誰かが小さな声で、
「きれい」
といった。
牡牛の頭蓋骨なのか五本のラインが刻まれた両腕のことなのか、狼の両足のことなのか、それとも銀色と黒色のコントラストのことを言っているのかはわからなかった。
しかし本心らしいのはわかった。ただ、いつまで見とれてはいられなかった。予備動作を終えたその時、須賀京太郎らしき怪物が大きくジャンプしたのだ。
足元の残骸を踏み抜いて塵に変え、天高く舞い上がっていた。どこに着地しようとしているのかナグルファルの会議室にいたものはすぐにわかった。
ナグルファルの甲板である。これはジャンプの軌道から簡単に推測できた。
このいきなりの行動にナグルファルの会議室にいた者たちは驚いたが、さらにもう一度驚くことになる。
というのが、甲板に怪物が着地を決めたその瞬間、怪物の肉体が砕けたのである。丁度ガラスがぶっ壊れるような勢いだった。
着地を決めた両足が粉々になり、胴体を包む黒い皮膜が消えた。その勢いで両腕が砕け、衝撃が頭部に到達した。
衝撃がいきわたると頭部を包み込んでいた黒い皮膜が剥がれ、牡牛の兜も雪のように散った。残ったのは四肢と両目を失った須賀京太郎だけである。
須賀京太郎の肉体だけしか残らなかった。バトルスーツ、装備品の一切が失われていた。当然ロキの姿もなかった。
須賀京太郎が帰還を果たしてすぐ龍門渕信繁が命令を出した、この時に行われたヤタガラスたちによる救命活動の様子とナグルファルの混乱具合について書いていく。
それは須賀京太郎がナグルファルに帰還してすぐのことである。
須賀京太郎の肉体があっさり崩壊していったのを見て、龍門渕信繁が大きな声で命令を出していた。こう言っていた。
「待機させている医療班を即時展開! 甲板へ続く扉の解放を急げ!」
龍門渕信繁が大きな声を出すと会議室の空気が緊張した。急に訪れた修羅場でビクついた。
しかしまとめ役の一人頭領と、がっしりとした青年が対応して見せた。速やかにナグルファルの甲板へ続く道を開き医療班を送り出した。
命令もしっかりと伝えた。命令から三秒ほどで須賀京太郎に医療班が到達していた。このあたりさすがの本職である。非常に手際が良かった。
須賀京太郎の状況を目視で確認すると細部を調べるため状況分析の魔法と回復魔法を同時に発動させ、見事にやっていた。
医療班が到着した時会議室がほっとしていた。回復魔法が撃ち込まれたのならば確実に復活できると信じていたからだ。
しかしこの時ナグルファルのまとめ役の一人、不機嫌な顔の少年が医療班の焦りに気付いた。そして焦りの理由に感づいた不機嫌な顔の少年はこういった。
「我が王のマグネタイトが極端に不足しているのだな。
頭領、ナナシ、僕が門を開くから集中治療室に王をお連れして」
不機嫌な顔の少年が提案すると棟梁とナナシがうなずいた。頭領とナナシがうなずくのを見て不機嫌な少年は軽く指をはじいた。
するとナグルファルの甲板に石造りの白い門が呼び出された。少年が呼び出した門には牡牛と狼と蛇のレリーフがあった。
この門が現れると医療班が須賀京太郎を連れて門を潜りぬけた。この時、会議室には不穏な空気が流れた。
須賀京太郎の奇妙な肉体がしっかり映し出されていた。回復魔法によって人間らしい造形の両手両足がそろっていたのだが、質感と色合いがまずかった。
どう見ても黒い銀でできた芸術品で、生き物の手には見えなかった。
「良くこの窮地を切り開いた」
と須賀京太郎をほめたい気持ちでいっぱいだった。何せ帝都の混乱に乗じて大量の外国勢力が侵入してきたのを知っているのだ。
帝都自体も問題ありだが、防衛についても考えなくてはならない。そうなってオロチを取り戻してくれた須賀京太郎に龍門渕信繁が放つ言葉はたった一つ。
「よくやった」
以外になかった。当然、ナグルファルを止めるという選択肢はない。そうして巨大な船ナグルファルが須賀京太郎らしき怪物に接近したその時だった。
身長三メートル、牡牛の頭蓋骨のような兜をかぶり、狼の両足を持つ怪物が力をため始めた。攻撃のための動作ではなかった。ジャンプの予備動作だった。
ナグルファルの会議室にその様子はしっかりと映っていた。この怪物の動作を見て会議室にいた誰かが小さな声で、
「きれい」
といった。
牡牛の頭蓋骨なのか五本のラインが刻まれた両腕のことなのか、狼の両足のことなのか、それとも銀色と黒色のコントラストのことを言っているのかはわからなかった。
しかし本心らしいのはわかった。ただ、いつまで見とれてはいられなかった。予備動作を終えたその時、須賀京太郎らしき怪物が大きくジャンプしたのだ。
足元の残骸を踏み抜いて塵に変え、天高く舞い上がっていた。どこに着地しようとしているのかナグルファルの会議室にいたものはすぐにわかった。
ナグルファルの甲板である。これはジャンプの軌道から簡単に推測できた。
このいきなりの行動にナグルファルの会議室にいた者たちは驚いたが、さらにもう一度驚くことになる。
というのが、甲板に怪物が着地を決めたその瞬間、怪物の肉体が砕けたのである。丁度ガラスがぶっ壊れるような勢いだった。
着地を決めた両足が粉々になり、胴体を包む黒い皮膜が消えた。その勢いで両腕が砕け、衝撃が頭部に到達した。
衝撃がいきわたると頭部を包み込んでいた黒い皮膜が剥がれ、牡牛の兜も雪のように散った。残ったのは四肢と両目を失った須賀京太郎だけである。
須賀京太郎の肉体だけしか残らなかった。バトルスーツ、装備品の一切が失われていた。当然ロキの姿もなかった。
須賀京太郎が帰還を果たしてすぐ龍門渕信繁が命令を出した、この時に行われたヤタガラスたちによる救命活動の様子とナグルファルの混乱具合について書いていく。
それは須賀京太郎がナグルファルに帰還してすぐのことである。
須賀京太郎の肉体があっさり崩壊していったのを見て、龍門渕信繁が大きな声で命令を出していた。こう言っていた。
「待機させている医療班を即時展開! 甲板へ続く扉の解放を急げ!」
龍門渕信繁が大きな声を出すと会議室の空気が緊張した。急に訪れた修羅場でビクついた。
しかしまとめ役の一人頭領と、がっしりとした青年が対応して見せた。速やかにナグルファルの甲板へ続く道を開き医療班を送り出した。
命令もしっかりと伝えた。命令から三秒ほどで須賀京太郎に医療班が到達していた。このあたりさすがの本職である。非常に手際が良かった。
須賀京太郎の状況を目視で確認すると細部を調べるため状況分析の魔法と回復魔法を同時に発動させ、見事にやっていた。
医療班が到着した時会議室がほっとしていた。回復魔法が撃ち込まれたのならば確実に復活できると信じていたからだ。
しかしこの時ナグルファルのまとめ役の一人、不機嫌な顔の少年が医療班の焦りに気付いた。そして焦りの理由に感づいた不機嫌な顔の少年はこういった。
「我が王のマグネタイトが極端に不足しているのだな。
頭領、ナナシ、僕が門を開くから集中治療室に王をお連れして」
不機嫌な顔の少年が提案すると棟梁とナナシがうなずいた。頭領とナナシがうなずくのを見て不機嫌な少年は軽く指をはじいた。
するとナグルファルの甲板に石造りの白い門が呼び出された。少年が呼び出した門には牡牛と狼と蛇のレリーフがあった。
この門が現れると医療班が須賀京太郎を連れて門を潜りぬけた。この時、会議室には不穏な空気が流れた。
須賀京太郎の奇妙な肉体がしっかり映し出されていた。回復魔法によって人間らしい造形の両手両足がそろっていたのだが、質感と色合いがまずかった。
どう見ても黒い銀でできた芸術品で、生き物の手には見えなかった。
265: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:54:11.80 ID:Hg3eW7Fk0
集中治療室に須賀京太郎が放り込まれて数分後まとめ役の一人ハチ子が報告をした、この時に行われた報告の内容と会議室の反応について書いていく。
それは須賀京太郎がどうにか無事に戻ってきて会議室がほっと一息ついている時のことである。上機嫌なハチ子が口を開いた。かなり嬉しそうだった。
こう言っていた。
「我が王の容体が安定したようです。ただ、両手両足の異常は『異常』ではないとのこと。また、両手両足と合わせて両目も変化しているようです」
ハチ子の報告を聞いて龍門渕信繁が素直に喜んだ。酔いが醒めてきたオロチたちも喜んでいた。
門でつながっている秘密の部屋にも情報は伝わって、姉帯豊音が大いに喜んでいた。しかし未来を抱いていたのでかなり抑えて喜んでいた。
そうして空気が和むと龍門渕透華が一つ質問をした。特に力を入れていなかった。何となくの質問で、こう言っていた。
「両手両足のほかに、両目もですの? どう変わりましたの?」
ちょっとした好奇心からくる質問だった。この質問に対してまとめ役の一人ハチ子が答えた。映像つきでの説明だった。彼女はこう説明した。
「両手両足と同じく両目も黒い銀らしき物質に変化していました。
映像を見てもらえるとわかりますが、白目の部分が黒色に、目の色が金色といった具合です」
ハチ子の説明に合わせて会議室のスクリーンに須賀京太郎が映った。ただ、映像を見た瞬間に龍門渕透華が目をそむけた。
というのが須賀京太郎、素っ裸だった。マグネタイトで満たされたビーカーのような設備に素っ裸で放り込まれて、誰かと話をしているところだったのだ。
顔見知りの素っ裸を直視するのは厳しかった。しかし巨大なビーカーの中で元気そうにしている須賀京太郎を見て龍門渕信繁が笑った。そしてこういった。
「いやいや、元気そうで何より。
須賀君に少し大人しくしておくようにと伝えてくれる?」
するとまとめ役のハチ子がうなずいた。上機嫌なままである。無事に戻ってきてくれたことがうれしくてしょうがなかった。
そうしていると龍門渕透華がこう言った。
「そろそろ映像を切ってもらえませんか? 何というかその、須賀君の、その、丸見えだし」
チラチラと映像を見ながら気まずそうに指摘していた。そんな龍門渕透華の指摘の直後、須賀京太郎の映像が消えた。
この時申し訳なさそうな顔をハチ子が浮かべていた。失敗したと反省した。
須賀京太郎の映像が消えてすぐ龍門渕信繁がヤタガラスとして働き始めた、この時の龍門渕信繁の仕事ぶりについて書いていく。
それは須賀京太郎の映像が消えて妙な空気が会議室に残っている時のことである。幹部・龍門渕信繁が口を開いた。
妙な空気になっていたが、一瞬で払う力がこもっていた。彼はこういっていた。
「では、ここからが本番だ。
まず第一にヤタガラスは正式にナグルファルに協力を要請する。
葦原の中つ国を須賀君が奪還してくれた今、我々ヤタガラスは大量の仕事を処理する必要がある。人の手が欲しい。
もともと私たちには重要な任務が二つ与えられていた。
一つはヤタガラスの司令塔としての役割。
二つ目は葦原の中つ国を通して全国のサマナーをサポートする役割だ。
葦原の中つ国のコントロールを奪われていた結構な時間、間違いなく問題が多発している。
恐らくナグルファルに乗船しているヤタガラスだけでは処理できない。
だから、我々ヤタガラスは正式にナグルファルに協力を求める。前線での戦いではなく、情報処理と物資の運搬に力を借りたい。
報酬については後ほど交渉したい。出来る限りそちらの要望に応えるつもりだ」
特に駆け引きらしいものは一切なかった。足元を見られてもしょうがない話の切り出し方だった。
「ここで駆け引きをしてもしょうがない」
と龍門渕信繁は考えたのだ。下手に交渉で時間を使うよりも、日本防衛が大事だった。金よりも時間が大事だった。
しかしこれに対してナグルファルの陣営は肯きで返した。非常に好意的だった。ストレートに無茶なことをやっている人間は好きだった。
自分たちの王の姿を思い出すからだ。そうしてまとめ役たちがうなずくのを見てヘルが正式に答えた。
「もちろん喜んで。オロチちゃんとは仲良くしたいもの。報酬については後で京太郎ちゃんと話をしてね。
私たちは何を求めているわけでもないから」
266: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 17:58:22.41 ID:Hg3eW7Fk0
すると龍門渕信繁がうなずいた。喜んでいた。葦原の中つ国の塞の神とナグルファルが連携すれば素晴らしい力になると見抜いていた。
そんな龍門渕信繁を見て血族が驚いていた。まさかの駆け引き無し、契約書なしで話が決まったのだ。驚きだった。
協力関係が正式に結ばれる数分前、須賀京太郎の前に戦友たちが現れた、この時に現れた戦友たちについて書いていく。
それは龍門渕信繁の思い切った交渉術が完璧に決まる数分前のことである。
巨大なビーカーの中にぶち込まれている須賀京太郎の前に幽霊のような老人が姿を現していた。
須賀京太郎の入っているビーカーの周りには誰もいないはずであるから、おかしなことだった。警備の都合上医療班すら簡単に近寄れない仕様だからだ。
しかし幽霊のような存在は目の前に現れていた。この時現れた幽霊のような老人はリゾート気分な服装だった。
アロハシャツに半ズボン。足元はビーチサンダル。髪の毛と髭が長く白い、身長は百七十五センチほど。華奢だった。年齢はわからない。
肌がしわしわなのでお爺さんとしか言いようがない。髪の毛とひげが伸びているのも合わさって仙人のようだった。
この老人を見て須賀京太郎は驚いたのだが、さらに驚くことになった。次々と半透明な連中が姿を見せたからである。
二番目に現れたのは紳士たちだった。仙人のような老人の少し後ろに二人の老紳士がいた。背の高い老紳士と背の低い老紳士の二人組である。
二人とも外国人で聡明な顔つきをしていた。背の高い老紳士は赤いスーツを、背の低い老紳士は黒いスーツを着ていた。
リゾート気分の老人と同じく半透明だった。そしてこの紳士たちから若干離れたところで大きな犬と蛇が寝転がっていた。
大型犬をさらに一回り大きくさせたサイズで、真っ白。優しげな眼をしていた。蛇はかなり大きく全長十メートルオーバーの特大サイズ。
両目に知恵が宿っていた。この犬と蛇も老人同様に半透明だった。そうして姿を見せた半透明な連中は須賀京太郎を見て微笑んだ。
ビーカーの中に浮かんでいる須賀京太郎が元気そうだったからである。
半透明な連中が姿を現した直後須賀京太郎に半透明な老人が話しかけてきた、この時に行われた会話について書いていく。
それは突如として姿を現した連中を見て須賀京太郎が驚いている時のことである。半透明な連中の先頭に立っている仙人のような老人が話しかけてきた。
不敵な微笑を浮かべこう言っていた。
「小僧、こっちを見よ。わしじゃ。ロキじゃ」
ビーカー越しに話しかけられた須賀京太郎は肯いていた。驚いてはいた。しかしやわらかい表情だった。そんな気がしていた。
そうして肯いているところで半透明なロキがこう言った。
「小僧。随分無茶をしたな。星も見つけておらんのに自分の肉体を戦いに特化させたな。
異界操作の力が暴走してしもうとる。その証拠が両手両足、そして両目じゃ。その肉体は小僧が未熟であるという証拠。
星を持たないのに分不相応な領域へ手を出した代償。
もしも自分の異界を制御できんままなら、永遠にそのままじゃろう」
このように半透明なロキが語りかけると須賀京太郎は目を伏せた。そして黙り込んだ。見抜かれていたからである。
ロキが言う通り、何もかも破壊するためにすべてをささげた。それでいいと思って暴れた。言い訳などできなかった。
そんな須賀京太郎を見てロキが少し笑った。まだまだ未熟だと思った。そして笑い終わってこういった。
「じゃが、その選択で大正解じゃったといっておく。
新たな段階へ進むためには危険がつきものじゃ。高く飛ぶためには長い助走が必要で、新しい力を手に入れるためには再生と死が必要じゃ。
そもそも無茶をせねばどうにもならんかったんじゃから、わしには責められん。
よくやったな小僧。悪夢の世界で心を壊さず、よくぞやり遂げた」
半透明なロキがにやりと笑っていた。笑っているところを見ると飄々とした爺だった。ただ、須賀京太郎には救いになった。
そんな須賀京太郎にロキが続けてこう言った。
「じゃが、姉帯のお嬢ちゃんやアンヘルちゃんやソックちゃんに殴られる覚悟はしておいた方がええぞ。
自刃したところ、完全に見られたからな。何を言われるかわからん。
判断が早すぎるといわれるか、命を粗末にし過ぎといわれるか、それとも自分たちを信頼しろと言われるのか、わしにはわからん。
じゃが、覚悟しておけよ。
とりあえず黙って肯いて謝っとけ、そうすりゃ何とかなる。わしがそうじゃった」
すると須賀京太郎が笑った。これを見てロキたちも笑った。
267: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:00:48.28 ID:Hg3eW7Fk0
そしてひとしきり笑いあった後、半透明な存在たちが次々に自己紹介をした。半透明な存在たちが短く名前を名乗っていった。赤い老紳士が
「ベリアル」
と名乗り、黒い老紳士が、
「ネビロス」
と名乗った。これが終わって大きな犬が
「フェンリル」
と言い、続けて大きな蛇が
「ヨルムンガンド」
といって終わらせた。自己紹介など必要ないだろうと言いたげにほほ笑んでいた。そうして自己紹介を受けた須賀京太郎だが、驚きはまったくなかった。
半透明なロキを見た時点で分かっていた。半透明な幽霊たちは須賀京太郎にとりついていた悪魔の残骸。
そして須賀京太郎の無茶に付き合って巻き込まれた悪魔たちだった。詳しくはロキが教えてくれた。
「ナグルファルの理屈と同じじゃ。ナグルファルとはヘルが創る世界。ヘルの世界では亡霊たちは肉体を持って動き回る。
しかしそれは亡霊たちの力じゃねぇ。ヘルが創る世界の力じゃ。
わしらも理屈は同じじゃな。
暴走した小僧の異界に取り込まれたことで、わしらは再び姿を現した。小僧の性質を考えれば、イレギュラーじゃが、しょうがねぇ。
自分を御しきれるようになるまでは、このまんまじゃな。
心配するなよ小僧。わしらは小僧が死なんかぎりサポートしちゃる。死んだら一緒に川を渡っちゃろう。船頭を選ばせてやるぞ?
あぁじゃけど、半透明なままじゃとタバコが吸えんな……コーヒーもじゃ!」
ロキの説明を聞いてほかの半透明なメンツが笑った。悪魔的爆笑ポイントだった。須賀京太郎は困っていた。笑いどころがさっぱりわからなかった。
半透明な連中と会話を始めて数分後集中治療室にスタッフがものすごい勢いで走ってきた、この時にスタッフがあわてた理由について書いていく。
それは半透明なロキたちと須賀京太郎が軽い日常会話を楽しんでいる時のことである。今まで穏やかだった集中治療室が急に慌ただしくなった。
バタバタと足音が聞こえ、ガチャガチャと金属が擦れる音がしていた。足音が一つや二つならいいのだが、二十人近くがバタバタと走っている。
あまりに騒がしいので須賀京太郎たちは警戒した。一応集中治療室があるセクションである。騒がしくなる可能性もある。
しかし、いくらなんでもうるさすぎた。そうしていると須賀京太郎の部屋の扉が開かれた。扉を開いたのはナグルファルのまとめ役の不機嫌な少年だった。
全身から魔力をたぎらせて、殺意に満ちた目をしていた。扉を開いてすぐに半透明な連中を見つけて、睨んでいた。
不機嫌な少年の背後には武装した仲魔たちが隊列を組んで待っていた。呪物で武装したガチガチの部隊だった。しかし不思議ではない。
なぜなら半透明な連中は、ナグルファルに認められていない。実力を、ということではない。その存在である。
となって、須賀京太郎しかいない部屋から半透明なロキたちの声が聞こえてくるのは非常にまずかった。二代目葛葉狂死の刺客だと思われてもしょうがない。
ただ、すぐにお互いの勘違いは解消された。この不機嫌な少年の登場をもって、須賀京太郎がこういったからだ。
「えっ? 」
マグネタイトで満たされたビーカーの中で見せた須賀京太郎のアホ面は見事だった。不機嫌な少年を一発で悟らせた。
「ベリアル」
と名乗り、黒い老紳士が、
「ネビロス」
と名乗った。これが終わって大きな犬が
「フェンリル」
と言い、続けて大きな蛇が
「ヨルムンガンド」
といって終わらせた。自己紹介など必要ないだろうと言いたげにほほ笑んでいた。そうして自己紹介を受けた須賀京太郎だが、驚きはまったくなかった。
半透明なロキを見た時点で分かっていた。半透明な幽霊たちは須賀京太郎にとりついていた悪魔の残骸。
そして須賀京太郎の無茶に付き合って巻き込まれた悪魔たちだった。詳しくはロキが教えてくれた。
「ナグルファルの理屈と同じじゃ。ナグルファルとはヘルが創る世界。ヘルの世界では亡霊たちは肉体を持って動き回る。
しかしそれは亡霊たちの力じゃねぇ。ヘルが創る世界の力じゃ。
わしらも理屈は同じじゃな。
暴走した小僧の異界に取り込まれたことで、わしらは再び姿を現した。小僧の性質を考えれば、イレギュラーじゃが、しょうがねぇ。
自分を御しきれるようになるまでは、このまんまじゃな。
心配するなよ小僧。わしらは小僧が死なんかぎりサポートしちゃる。死んだら一緒に川を渡っちゃろう。船頭を選ばせてやるぞ?
あぁじゃけど、半透明なままじゃとタバコが吸えんな……コーヒーもじゃ!」
ロキの説明を聞いてほかの半透明なメンツが笑った。悪魔的爆笑ポイントだった。須賀京太郎は困っていた。笑いどころがさっぱりわからなかった。
半透明な連中と会話を始めて数分後集中治療室にスタッフがものすごい勢いで走ってきた、この時にスタッフがあわてた理由について書いていく。
それは半透明なロキたちと須賀京太郎が軽い日常会話を楽しんでいる時のことである。今まで穏やかだった集中治療室が急に慌ただしくなった。
バタバタと足音が聞こえ、ガチャガチャと金属が擦れる音がしていた。足音が一つや二つならいいのだが、二十人近くがバタバタと走っている。
あまりに騒がしいので須賀京太郎たちは警戒した。一応集中治療室があるセクションである。騒がしくなる可能性もある。
しかし、いくらなんでもうるさすぎた。そうしていると須賀京太郎の部屋の扉が開かれた。扉を開いたのはナグルファルのまとめ役の不機嫌な少年だった。
全身から魔力をたぎらせて、殺意に満ちた目をしていた。扉を開いてすぐに半透明な連中を見つけて、睨んでいた。
不機嫌な少年の背後には武装した仲魔たちが隊列を組んで待っていた。呪物で武装したガチガチの部隊だった。しかし不思議ではない。
なぜなら半透明な連中は、ナグルファルに認められていない。実力を、ということではない。その存在である。
となって、須賀京太郎しかいない部屋から半透明なロキたちの声が聞こえてくるのは非常にまずかった。二代目葛葉狂死の刺客だと思われてもしょうがない。
ただ、すぐにお互いの勘違いは解消された。この不機嫌な少年の登場をもって、須賀京太郎がこういったからだ。
「えっ? 」
マグネタイトで満たされたビーカーの中で見せた須賀京太郎のアホ面は見事だった。不機嫌な少年を一発で悟らせた。
268: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:03:22.72 ID:Hg3eW7Fk0
須賀京太郎がアホ面を見せた直後不機嫌な少年が落ち込んだ、この時に行われた不機嫌な少年と須賀京太郎の会話について書いていく。
それはナグルファルのまとめ役の少年が仲魔を引き連れて外敵を排除しに来た直後である。須賀京太郎のアホ面をみた不機嫌な少年が急に表情を崩した。
今まで眉間にしわが寄って眉がつりあがっていたのだが、今は眉が下がって肩が落ちてしょんぼりしている。
それというのも半透明な連中の正体がわかってしまった。特にリゾート気分のロキと大きな犬と蛇を見て間違いないと思えた。
半透明であるけれど、間違いなくヘルの家族たちだった。そして何が起きているのか察して随分な失敗をしたと自分を責めた。
そんな少年を見て半透明なロキが須賀京太郎にこう言った。
「どうやら小僧。随分と大事にされておるようじゃな。
あの小さな忠義者は小僧とわしらの話声を異変と判断したらしい」
半透明なロキはニヤニヤしていた。面白がっていた。すると須賀京太郎はこういった。
「あっ……あぁーっ! そりゃ慌てるわ!
ごめんなさい、ちょっと色々とあってロキたちが幽霊になったっていうか……なんて説明すればいいのこれ?
あれだ、その、俺が異界操作でミスってロキたちの魂が巻き込まれて、それであれだ、幽霊化した?」
須賀京太郎は頑張って説明していた。しかし早口で聞き取りにくかった。あわてすぎだった。頑張って仕事をしている少年である。
邪魔をしてしまったことを本当に申し訳なく思っていた。そんな須賀京太郎を見て半透明なロキがこう言った。
「説明はせんでもええぞ小僧。
ナグルファルの亡霊たちならわしらの状態がどういうもんなのかすぐにわかる」
このように語って半透明なロキは少年い視線を向けた。するとしょんぼりしている少年がうなずいた。
そしてしょんぼりしている少年は部屋から出て行こうとした。ここにいなくてもいいとわかっているからだ。
そうして部屋から出て行こうとしたところを須賀京太郎が止めた。こう言っていた。
「ちょっと待って!
もうここから出ても構わない? マグネタイトなら補充できたから」
するとしょんぼりしていた少年がじっと須賀京太郎を見つめた。そして肯いた。マグネタイトも肉体もしっかり回復していた。
しょんぼしていた少年がうなずくと須賀京太郎はビーカーをよじ登って外に出てきた。窓ガラスに張り付くトカゲのようだった。
そうして外に出てきた須賀京太郎だが、動きにキレがなかった。両手両足が完全に支配できていなかった。
ぎこちない。そんな須賀京太郎だが特に不安は見せなかった。異形化したが、自分の肉体である。慣らしていけばいいと考えた。
そうして素っ裸の須賀京太郎が現れるとしょんぼりしていた少年がこんなことを言った。
「あっ……龍門渕信繁様から我が王へ贈り物がございます。
ヘル様が代理としてお受け取りになり、私たちが保管しております。
ナグルファルへの前払いとのことです」
すると素っ裸の須賀京太郎はこういった。
「前払い? 良くわからないけど、まぁいい。
それよりも何か着る物ないですか?」
恥ずかしそうだった。文化的に考えて素っ裸は不味かった。そんな須賀京太郎を見て年が首をかしげた。恥ずかしがることなど一切ないからだ。
しかしすぐにこう言った。
269: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:06:44.31 ID:Hg3eW7Fk0
「お召し物をお持ちします」
するとすぐに白い門を呼び出した。門の向こう側にはたくさんの物資が見えた。倉庫のようだった。少年は元気を出して、門を潜ろうとした。
失敗を取り戻そうとした。しかしそれを須賀京太郎が止めた。須賀京太郎がこう言ったのだ。
「ついて行ってもいいですか? 何つーか、落ち着かないんで」
すると少年が一瞬喜んだ。しかしすぐに平静を装い肯いた。少年がうなずいたので須賀京太郎は白い門を一緒に潜った。
須賀京太郎が門を潜ると半透明な連中の姿も消えた。用が済むと門が消えた。
これとほぼすれ違いでアンヘルとソック、そして三人のオロチがヘルと一緒にやってきた。須賀京太郎がいないと理解して彼女らは非常にあせった。
不機嫌な少年が報告を上げていなかった。
不機嫌な少年が創った門を潜り抜けて数分後須賀京太郎は服を着ていた、この時の須賀京太郎の服装について書いていく。
それは不機嫌な少年の門を潜り抜けて十分後のことである。素っ裸の須賀京太郎はいかにも好青年的な服装に着替えていた。
白いワイシャツに黒いスラックス、黒い靴下をはいて黒い革靴、どこからどう見ても好青年風だった。
鍛えられた肉体をしているうえに身長が高いので非常に見栄えがした。須賀京太郎が着替えている時不機嫌な少年は
「こっちの方がいい」
とか
「もっといいものを用意する」
といって別のものを着せようとしていた。しかし須賀京太郎が
「安物でいいよ。戦うし、壊れても大丈夫な安物でさ」
といって断っていた。服を選んでいる時須賀京太郎の表情は暗かった。専用のバトルスーツが失われたのが悔やまれた。
時間と手間がかかっているので須賀京太郎でもショックだった。そうして若干ショックを受けている須賀京太郎は、大きな鏡の前に立った。
おかしなところがないか確認するためである。ルックスなんぞどうでもいいと思っている須賀京太郎だが、一応確認だけは行っていた。
姿見の前に立った時鏡の向こう側に須賀京太郎が立っていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。
それは好青年状態になっている須賀京太郎を見て半透明な連中が
「馬子にも衣装」
といって笑っている時のことである。姿見の前に立った須賀京太郎は目を見開いていた。異形の両目が大きく泳ぎ、呼吸がひどく乱れた。
鏡に映った自分の姿にショックを受けたのだ。これはショックだった。なぜなら鏡には
「金髪の髪の毛、人間の両目、人間の両手両足を持った須賀京太郎」
が映っている。ありえないことだ。驚かずにはいられなかった。しかしすぐに冷静になり、確認を始めた。
鏡から視線を切って自分の異形の両手をみて、肌の色を確認した。するとそこには黒い銀製の両手があった。肌の色は今も褐色のままである。間違いない。
確認した後、再び鏡に視線を向けた。しかし鏡には人間の須賀京太郎が映っていた。意味が分からなかった。
そうして困っていると鏡の中の自分が口を開いた。とても苦しげだった。こう言っていた。
「罪を償いたい
。
俺はとんでもないことをしてしまった。葦原の中つ国を奪還するために大切な人たちを殺してしまった。
父さんと母さんを殺した。先輩たちを咲たちを殺した。大切な者たちを友人たちを殺してしまった。
悪夢の世界から抜け出すためには必要なことだった。悪夢の世界に俺の味方はいなかった。戦わなければ殺されていた。
必要なことだったからやった。夢の中でのことだ。現実には何の影響も及ぼさないだろう。
だが……」
さらに続けて鏡の中の須賀京太郎が口を開いた。こう言っていた。
270: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:09:09.39 ID:Hg3eW7Fk0
「殺したことが罪深いわけじゃない。
『何も感じない自分が罪深い』
大切な者たちをことごとく殺したのに、『何も感じていない』。
何も感じていない自分が何よりも罪深く、『許しがたい』
大切なものを守るために戦っていたはずなのに、自分可愛さに皆殺しにした。挙句、呵責がない……俺はただの悪魔だ。何の理想も思想も持たない怪物だ。
俺は苦しまなければならない。
この何もない自分に罰を与えなければならない。奪い取った者たちに報いなければならない」
このように語ると鏡の中の須賀京太郎は姿を消した。幻のように消えた。幻覚の須賀京太郎が消えうせると異形の須賀京太郎が鏡に映った。
灰色の髪の毛褐色の肌。黒い白目と金色の瞳。両手両足は黒い銀でできている。白いワイシャツを着てスラックスを履いて黒い革靴を履いていた。
間違いなく須賀京太郎の今の姿だった。こうなって須賀京太郎は緊張を解いた。しかし呼吸が非常に乱れていた。
この須賀京太郎の異常をみて、半透明な連中や不機嫌な少年が話しかけてきた。彼らは
「どうかしたのか?」
と問い、須賀京太郎は
「大丈夫だ」
と答えた。罪悪感で苦しんでいるとは口が裂けても言えなかった。幻覚を見たとも言えなかった。
ここで告白することは何よりも罪深い行為だと直感していた。楽になることを須賀京太郎は拒否したのだ。
須賀京太郎が自分の姿を確認した後不機嫌な少年が贈り物を持ってきた、この時に少年が持ってきた贈り物について書いていく。
それは須賀京太郎が呼吸を整えている時のことである。不機嫌な少年が日本刀を持ってきた。門を創りさっと贈り物をつかんで戻っていた。
この時不機嫌な少年は普通の少年のように見えた。不機嫌さは消えてドキドキしているのがわかった。
というのが、須賀京太郎が気分を悪くしているようなので、贈り物で機嫌を取ろうとした。
喜んでもらえるかどうかわからないことから生まれるドキドキだった。そうして日本刀を持ってくると須賀京太郎はこういった。
「信繁さんの陰陽葛葉?
えっ、本当に?」
すると贈り物を少年が差し出した。そしてこういった。
「はい。
『これから事務処理で忙しくなるから持っておいて』
と」
須賀京太郎は軽く笑った。そして退魔刀・陰陽葛葉を受け取ってこういった。
「信繁さんらしいな。
それじゃあ、しっかり受け取らせてもらいます」
そうして年季の入った陰陽葛葉を須賀京太郎が受け取った。陰陽葛葉を受け取った須賀京太郎は機嫌をよくしていた。
龍門渕信繁が面白いことをしてくれたからだ。そんな須賀京太郎を見て少年は内心ガッツポーズを決めていた。機嫌が取れて本当にうれしかった。
そうなって須賀京太郎は少年に質問をした。かなり申し訳なさそうな顔をしていた。こう言っていた。
「あのところで。お名前は? たぶん聞いてなかったと思うんだけど。
あっ、もしも俺が忘れているだけだったらごめんなさい!」
すると不機嫌な少年が目を見開いた。そして一瞬須賀京太郎を見つめて、目を伏せた。ショックを受けているように見えた。須賀京太郎はあわてた。
やってしまったと思った。こういう失敗は心臓に悪かった。しかし須賀京太郎は失敗していなかった。少年はこういったのだ。
271: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:12:28.30 ID:Hg3eW7Fk0
「僕に名前はありません。生前は『あれ』とか『それ』としか呼ばれませんでしたから」
失敗ではない。もともと名前がないわけだから失敗も何もない。ただ少年の答えを聞いて須賀京太郎は余計にあわてた。
コミュニケーション的には大失敗だった。心臓が張り裂けそうだった。
須賀京太郎がとんとん拍子でコミュニケーションを失敗した時半透明なロキが機転を利かせた、この時に行われたロキの提案と結果について書いていく。
それはコミュニケーションで大失敗した須賀京太郎の目がとんでもない勢いで泳いでいる時のことである。
完全に取り乱している須賀京太郎を見て半透明なロキが提案をした。須賀京太郎とは違って冷静だった。ロキはこういったのだ。
「なんじゃい。そりゃあずいぶん不便じゃのう。これからナグルファルのまとめ役をやるっちゅーなら、名前が必要じゃろう。
なぁ小僧よ。一つ『コードネーム』を考えてやれ。そうすりゃあよ、何の不便もなかろう。
小僧が思い浮かばんのなら、わしが名前を付けてやってもええぞ」
すると半透明な連中がロキに乗ってきた。それぞれの趣味が混じったコードネームがどんどん飛び出してきた。例えば、
「ムシュフシュ好み」
とか
「一飲みサイズ」
とか
「骨付き肉」
とか
「人間四分の一(クォーター)」
などである。面白がってやっているので、格好よさはまったくなかった。そんな半透明な連中を無視して名前のない少年がロキの提案に乗った。
不安げに須賀京太郎を見つめてこう言っていた。
「我が王、まともなコードネームをよろしくお願いします」
須賀京太郎の呼吸がものすごく乱れた。コードネームといわれてパッと思いつくような須賀京太郎ではなかった。しかし、逃げなかった。
必死で頭を回転させた。半透明な連中が考えたコードネームを名乗らせるのは不憫だった。そして必死に考えて須賀京太郎はコードネームを発表した。
「『セリ』で! セリでお願いします」
須賀京太郎だがビビりながらの発表だった。自分のネーミングセンスを試されているのだ。ドキドキした。すると半透明なロキが大きく反応した。
ほかの半透明な連中も同じである。かなりざわついていた。まさか花の名前が出てくるとは思わなかった。半透明な連中がざわつくと須賀京太郎が俯いた。
恥ずかしくなっていた。自分でもらしくないとわかっているのだ。ただ、しょうがなかった。自分の先輩たちが花由来のコードネームを名乗っているのだ。
いざとなって飛び出すのは日常に関連している単語だった。さてそうして飛び出してきた「セリ」というコードネームだが、がっちりと少年が受け取っていた。
目を輝かせて、うなずいていた。
名前のなかった少年にコードネームがついた数秒後ハチ子の門が現れた、この時に行われた騒々しいやり取りについて書いていく。
それは不機嫌な少年が上機嫌なセリに変わった直後である。須賀京太郎たちのすぐそばにハチ子が創る門が現れた。門が現れると上機嫌なセリがハッとした。
そして目を泳がせた。言い訳を必死に考えていた。言い訳とは報告のし忘れについてである。
須賀京太郎を倉庫に連れてきたことを全くナグルファルに報告していなかった。それを思い出してセリは慌てた。
ほかのまとめ役たちから文句を言われるのが見えていた。
そうしてセリが必死に言い訳を考えていると、門の向こう側から少し酔いが醒めた三人のオロチたちが駆け込んできた。
酔っぱらっているため足元がふらついていたが、ものすごい勢いだった。そうして駆け込んできた三人のオロチたちはすぐに須賀京太郎をロックオンした。
そして飛びついてきた。ためらいはなかった。集中治療室から何の連絡もなく消えた須賀京太郎である。龍門渕信繁も姉帯豊音も
「見つけ次第捕獲しろ」
と本気で動く許可を与えている。手加減などなかった。
272: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:15:16.76 ID:Hg3eW7Fk0
しかし須賀京太郎の両目はオロチをとらえていた。三人のオロチたちの表情までしっかり見えた。しかし対応しなかった。やりたいようにやらせた。
酔っぱらっているのがわかったからだ。相手をするだけ無駄だと知っていた。そうしてものすごい衝突音と共に須賀京太郎がオロチにつかまった。
蝉が木にしがみついているような調子で三人のオロチがしがみついていた。愉快な状態だった。
須賀京太郎が愉快な状態になったところでアンヘルとソックが門を潜ってやってきた。少し怒っているようだった。そのあとからハチ子とヘルがやってきた。
ハチ子は不機嫌な顔のまま、ヘルは無表情のままである。ただヘルの身振り手振りからかなりおびえているのがわかった。理由はわかりやすかった。
アンヘルとソックである。二人の怒気におびえた。そうして現れた彼女らなのだが須賀京太郎たちの集まりを見て様々な反応を見せた。
須賀京太郎を見つけて喜ぶ者、家族を見つけてはしゃぐもの、報告を怠ったまとめ役を見て怒る者。いろいろだった。ここからさらに倉庫が騒がしくなった。
半透明な肉親に飛びついていく奴がいたり、須賀京太郎からオロチを引きはがそうとしたり、コードネームを高らかに名乗る者がいたりで収拾がつかなかった。
落ち着いたのは十分後のこと。ひとしきり騒いでからのことだった。
葦原の中つ国がヤタガラスの支配下に戻って二十分後ナグルファルの甲板が騒がしくなっていた、この時の葦原の中つ国の状態とナグルファルの状態について書いていく。
それは超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプを須賀京太郎が破壊して約二十分後のことである。葦原の中つ国の最表面の世界に大量の門が現れていた。
この時に現れた門というのは葦原の中つ国と現世を結ぶための門である。
蒸気機関を利用した門で、高さ六メートル、横幅四メートルほどの中型サイズである。これは一般ヤタガラス仕様の門である。
この門が大量にナグルファルの周辺に開いていた。大量に蒸気機関の門が現れたので温泉街チックになっていた。
このようになったのは葦原の中つ国の最表面が崩壊しているからである。
物資自体はナグルファルに積み込まれているがかつてあった蒸気機関とどこまでも広がる道の世界はない。今の最表面の世界は何もない大地と青い空。
そして青い空を独り占めしている巨大な光の塊があるだけだ。補給のためにはどうしてもナグルファルを利用する必要がある。
それがわかっているので葦原の中つ国の塞の神オロチは門の出現地点をナグルファルの甲板に設定した。
ただ、かなり長い時間葦原の中つ国が利用できなかった事で、利用者が恐ろしく多かった。
加えて情報収集のために駆け込んでくる関係者もいたりしてまったく落ち着く暇がない。しかし甲板にいる者たちは元気だった。
外国のサマナーたちが攻撃を仕掛けている現状も帝都の問題も全く解決していない。しかし喧噪が元気をくれていた。五月蠅いのがよかった。また
「甲板にいる沢山のヤタガラスは同じ目的のために戦っている同志だ」
そう思うと心が奮い立つのだ。そんなヤタガラスたちの高揚はナグルファルに流れ込んでいた。流れ込んできたマグネタイトの集計は会議室で行われていた。
仕切っているのは不機嫌だった少年セリである。また屈強な男性ナナシと老人の頭領も部下を従えて一生懸命働いていた。
ここぞとばかりにヤタガラスたちと取引を行ったのだ。ヤタガラスの最低限の補給とは別に、サービスの提供で稼いでいるのだ。
例えば須賀京太郎が利用した集中治療室。まとめ役の一人琴子が管理・運営している医療機関。姉帯豊音たちが利用しているような客室。
料理の提供から、非戦闘員の保護も請け負ってみたりして忙しかった。商売に精を出すものがいる一方で龍門渕の仕事に手を貸す者もいた。
まとめ役の梅さんとハチ子である。混乱した情報を部下たちと一緒にまとめて分析して、司令塔である龍門渕を助けていた。
暇そうなのは、ヘルくらいのものだった。いないものとして扱われている姉帯豊音の部屋で騒いでいた。
273: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:18:21.75 ID:Hg3eW7Fk0
葦原の中つ国とナグルファルが忙しくなっている時須賀京太郎が部屋で苦しんでいた、この時の部屋の状況について書いていく。
それは葦原の中つ国の運営をナグルファルがサポートしている時のことである。
ナグルファルの奥の奥にある王のための秘密の部屋に須賀京太郎の姿があった。大きな椅子に座ってじっと何かに耐えていた。
非常に苦しげで、みていられない。しかし誰も助けない。というのが目の前の椅子に姉帯豊音が座っていた。
須賀京太郎をじっと見つめる姉帯豊音の目は非常に怖かった。冷えに冷えていて目を合わせるのが怖い。
また姉帯豊音の腕には未来が抱かれていて、不機嫌な顔をしていた。少し刺激を与えたらすぐに泣きだすのが見えていた。
そんな未来を抱いている姉帯豊音は何も言わずに須賀京太郎をじっと見つめ続けていた。
「じっと見つめている」
だけである。特に怒っている様子もなく責めている雰囲気もない。冷えているだけである。そんな姉帯豊音と向き合っている須賀京太郎も頑張ってはいた。
何度か視線を姉帯豊音に向けていた。しかしすぐにそらし、また合わせるを繰り返した。姉帯豊音を見てこう思ったのだ。
「めっちゃ怒ってるパターンだわ、これ」
明らかに窮地だった。追いつめられていた。しかし誰も助けてくれなかった。半透明な連中は家族や友人との再開で忙しかった。三人のオロチも今はいない。
葦原の中つ国が動き出した以上ヤタガラスの一員として働く必要があった。今は触角の数を爆発的に増やして情報伝達にいそしんでいる。
情報伝達は三つの段階の繰り返しである。一番に日本全体に触角を再出現させる。二番に収集した情報を会議室に集める。
三番に会議室での結論を触角を通して全国に伝える。以下繰り返しである。帝都を襲撃された時点で日本の情報網がかなり麻痺している状態である。
オロチの触角を使えば情報伝達のタイムラグはない。触角を通じてオロチは一つだからだ。非常に役立っていた。
視線で責められ初めて数分後未来が泣き出した、この時に起きた葦原の中つ国の変化について書いていく。
それは姉帯豊音の視線に須賀京太郎が耐えかねて
「とりあえず謝っとこう。謝ればどうにかいけるってロキが言ってたし」
と危険な賭けに出ようとした時のことである。ナグルファルの外の景色が赤く染まった。しかし穏やかなものではない。激しい赤色、爆発のようだった。
少なくとも夕焼けではない。そのためナグルファルの窓から赤い光が入ってくるとだれもが
「異変だ!」
と思った。また、光だけならばよいがナグルファルが若干揺れた。この揺れを感じると部屋にいた者たちは慌てた。尋常ではないことが起きたと理解できた。
というのもナグルファルというのは見た目が船なだけで中身は一個の世界である。広大な地獄を船の形にしているだけで船ではない。
そのためよほどのことがないと船が揺れたりしない。実際今まで海を渡ろうが空を飛ぼうが船の内部に影響はない。なぜなら船の形をした異界だから。
異界を切り裂くために須賀京太郎が苦労したように、世界を揺らすためには世界を揺らす技術が必要なのだ。
となるとナグルファルを動かせるものというのは非常に少ない。しかし今ナグルファルは揺れた。とんでもなかった。葦原の中つ国を奪い返した今
「いったい何事?」
となるのは自然だった。そうなって姉帯豊音の腕の中で不機嫌になっていた未来がついに泣き出した。
ただでさえ姉帯豊音の機嫌が悪いのに信頼できるナグルファルが揺れるのは恐ろしかった。未来が泣き出すと姉帯豊音があわててあやし始めた。
須賀京太郎はこの時窓にへばりついていた。何が起きているのか確認しようとしていた。そして確認して須賀京太郎は驚いた。
葦原の中つ国の空に大きな火柱が出現していた。火柱は天に上り勢いが少しも弱まらなかった。しかしすぐに消えた。パッと幻のように消えたのだ。
煙も残さなかった。不思議な火柱だった。そうして火柱が消えると須賀京太郎は泣いている未来の所へ近寄っていった。そしてこういった。
「もう大丈夫だぞぉ。怖いものは消えたからなぁ」
部屋にいた者たちが驚くほど猫なで声だった。しかし未来には面白かったらしく機嫌がよくなった。未来が機嫌を良くすると姉帯豊音がこう言った。
「無茶しないでね」
目が怖かったが声は優しかった。須賀京太郎が戦いに行くと姉帯豊音は直感していた。心配だった。そんな姉帯豊音に須賀京太郎は小さく肯いた。
全肯定は無理だった。火柱を見て戦いと死の臭いを感じ取っていた。
274: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:20:42.88 ID:Hg3eW7Fk0
葦原の中つ国の空に巨大な火柱が発生して五分後秘密の部屋にハチ子の門が現れた、この時に行われたハチ子のお願いについて書いていく。
それは半透明な連中とその関係者が宴会を開こうと準備している時のことであった。いまいち緊張感のない連中に対して須賀京太郎が
「お前らよそでやれ。未来の機嫌が悪くなる」
と文句を言い、これに対してヘルが
「いいじゃない京太郎ちゃん! みんなで騒ぎましょう! パーティーナイトよ!」
と無表情のまま応えていた。この時、未来を抱いている姉帯豊音は嫌な顔をしていなかった。秘密の部屋の喜びに満ちた連中を見て彼女もまた喜んでいた。
それもそのはず
、
「まっしゅろしゅろすけ」
の鉄壁の守りによって未来に悪影響は出ない。
「騒ぎたいのなら騒いで結構」
と心が広かった。そんなところで秘密の部屋にハチ子の門が現れた。門が現れても誰も驚かなかった。何度も見たハチ子の門である。
しかし暗い雰囲気になった。秘密の部屋にハチ子の門が現れるのならば須賀京太郎、もしくはヘルに用事がある場合以外にない。
火柱が出現した後のことである。戦いの時間である。そうなると再会を祝してのパーティーは出来なくなる。
半透明な連中は須賀京太郎を基点にして行動している。須賀京太郎が戦場に赴けば彼らも一緒に戦場へ行く。
そうなると再会を祝っている者たちからすれば悲しいだけだった。そんな暗い雰囲気の部屋に飛び込んできたハチ子は大きな声でこう言った。
「我が王! ヤタガラスからの脱退を!」
大きな声でヤタガラス脱退を勧めたハチ子だが、ひどくあわてていた。門を潜り抜けたところでこけていた。ゴテゴテとした門の装飾に足を引っ掛けている。
ただならぬハチ子の慌てように秘密の部屋がざわついた。協力の証しとして龍門渕信繁の退魔刀・陰陽葛葉が部屋に飾られているのだ。
ハチ子の提案は意味が分からなかった。
ハチ子が飛び込んできた直後須賀京太郎がおかしなことを言い出した、この時に行われ奇妙なやり取りについて書いていく。
それはハチ子が大慌てで門を閉じている時のことである。慌てているハチ子を見て、須賀京太郎がうなずいた。冷静そのもので動じていない。
しかしハチ子の提案に乗ることはない。またハチ子を見続けることもなかった。ハチ子が創る門が消えるとすぐに天井に目を向けた。
誰かがそこにいるような視線の動かし方だった。部屋にいる者たちが不思議がっていると、こんなことを言い出した。
「お久しぶりです。ハギヨシさん。ディーさん。
何日ぶりっすか? 一週間くらい?」
須賀京太郎が口を開いた時間違いなくハチ子の門は閉じていた。閉じていたはずである。しかし秘密の部屋にハギヨシの声が聞こえた。少し気が立っていた。
こう言っていた。
「そんなもんだな。
しかし少し見ない間に男前になったな。それに一国一城の主になったらしい。しかも部下たちに好かれている。うらやましい限りだ。
本部の面倒くさいアホ共と交換してほしいくらいだ」
ハギヨシの声が聞こえてくると秘密の部屋の空気が一変した。暗い雰囲気から一気に熱くなった。良い熱ではない。焦りの熱である。
どこから干渉しているのかわからなかったのだ。ナグルファルはいわゆるホームグラウンド。好き勝手にされるのは意味が分からない。
また魔法科学の専門家たちばかりだ。感知できない角度から侵入されるのは恐ろしかった。
それは半透明な連中とその関係者が宴会を開こうと準備している時のことであった。いまいち緊張感のない連中に対して須賀京太郎が
「お前らよそでやれ。未来の機嫌が悪くなる」
と文句を言い、これに対してヘルが
「いいじゃない京太郎ちゃん! みんなで騒ぎましょう! パーティーナイトよ!」
と無表情のまま応えていた。この時、未来を抱いている姉帯豊音は嫌な顔をしていなかった。秘密の部屋の喜びに満ちた連中を見て彼女もまた喜んでいた。
それもそのはず
、
「まっしゅろしゅろすけ」
の鉄壁の守りによって未来に悪影響は出ない。
「騒ぎたいのなら騒いで結構」
と心が広かった。そんなところで秘密の部屋にハチ子の門が現れた。門が現れても誰も驚かなかった。何度も見たハチ子の門である。
しかし暗い雰囲気になった。秘密の部屋にハチ子の門が現れるのならば須賀京太郎、もしくはヘルに用事がある場合以外にない。
火柱が出現した後のことである。戦いの時間である。そうなると再会を祝してのパーティーは出来なくなる。
半透明な連中は須賀京太郎を基点にして行動している。須賀京太郎が戦場に赴けば彼らも一緒に戦場へ行く。
そうなると再会を祝っている者たちからすれば悲しいだけだった。そんな暗い雰囲気の部屋に飛び込んできたハチ子は大きな声でこう言った。
「我が王! ヤタガラスからの脱退を!」
大きな声でヤタガラス脱退を勧めたハチ子だが、ひどくあわてていた。門を潜り抜けたところでこけていた。ゴテゴテとした門の装飾に足を引っ掛けている。
ただならぬハチ子の慌てように秘密の部屋がざわついた。協力の証しとして龍門渕信繁の退魔刀・陰陽葛葉が部屋に飾られているのだ。
ハチ子の提案は意味が分からなかった。
ハチ子が飛び込んできた直後須賀京太郎がおかしなことを言い出した、この時に行われ奇妙なやり取りについて書いていく。
それはハチ子が大慌てで門を閉じている時のことである。慌てているハチ子を見て、須賀京太郎がうなずいた。冷静そのもので動じていない。
しかしハチ子の提案に乗ることはない。またハチ子を見続けることもなかった。ハチ子が創る門が消えるとすぐに天井に目を向けた。
誰かがそこにいるような視線の動かし方だった。部屋にいる者たちが不思議がっていると、こんなことを言い出した。
「お久しぶりです。ハギヨシさん。ディーさん。
何日ぶりっすか? 一週間くらい?」
須賀京太郎が口を開いた時間違いなくハチ子の門は閉じていた。閉じていたはずである。しかし秘密の部屋にハギヨシの声が聞こえた。少し気が立っていた。
こう言っていた。
「そんなもんだな。
しかし少し見ない間に男前になったな。それに一国一城の主になったらしい。しかも部下たちに好かれている。うらやましい限りだ。
本部の面倒くさいアホ共と交換してほしいくらいだ」
ハギヨシの声が聞こえてくると秘密の部屋の空気が一変した。暗い雰囲気から一気に熱くなった。良い熱ではない。焦りの熱である。
どこから干渉しているのかわからなかったのだ。ナグルファルはいわゆるホームグラウンド。好き勝手にされるのは意味が分からない。
また魔法科学の専門家たちばかりだ。感知できない角度から侵入されるのは恐ろしかった。
275: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:23:18.46 ID:Hg3eW7Fk0
秘密の部屋が焦りに包まれた直後須賀京太郎とハギヨシが話をした、この時の須賀京太郎とハギヨシの会話内容について書いていく。
それは異界・ナグルファルの内部にあって断トツのセキュリティーを誇る秘密の部屋にハギヨシの干渉を許した直後である。
姉帯豊音に抱かれている未来を見つめながら須賀京太郎が口を開いた。静かな口調だった。こう言っていた。
「それで、『決戦場』はどんな感じで?」
須賀京太郎が質問するとハギヨシの声が答えた。この時には非常に冷静になっていた。ハギヨシはこのように答えた。
「かなり劣勢だ。超ド級霊的決戦兵器とでも言うべき存在が二体。
こいつらに加えて、衣が取り込まれている世界樹のサポートが入ってとんでもなく厄介なことになっている。
具体的にはいくら首をはねても速攻で復活してきやがる。
攻略方法をいくらか考えてみた。しかしどれも超高難度。一番現実的な方法が『超ド級霊的決戦兵器二体と世界樹を同時に始末する』だからな。
葦原の中つ国のサポートが消えてからも粘ってみたが、ジリ貧だ。超力超神のフレームがやばいことになっている。
しかも三十分くらい前から攻撃が激化してな。マグネタイトを奪うよりも使用量が増えてきて、あと一時間くらいで潰される。
俺とディーは大丈夫だが運動不足の年長者どもが音をあげだしてな」
須賀京太郎に応えるハギヨシは少し笑っていた。しかし追い込まれているのは間違いなかった。そうしてハギヨシの話を聞いた須賀京太郎は目を見開いた。
驚いていた。ハギヨシたちが乗り込んでいる超力超神がエネルギー不足になりつつあるというのだ。どんな地獄なのか想像できなかった。
須賀京太郎が驚いているとハギヨシの声が続けてこう言った。
「それでここからが本題だ。決戦場の劣勢をひっくり返すために十四代目葛葉ライドウは超力超神を放棄することに決めた。
正確には『葦原の中つ国の塞の神・オロチに供物として捧げる』と決定した。
つまり十四代目葛葉ライドウの所有物から葦原の中つ国の所有物に変更することで、大量のエネルギーを共有しようという作戦だ。
超力超神を触角にするつもりなのさ。
オロチの触角たちが桁外れのエネルギーを利用できるのは、『触角』だからだ。多少劣化するだろうが、しょうがない。
既に超力超神内部で儀式の準備が整っている。ただ一つを除いて完璧に……何が足りないかわかるな?」
ハギヨシの声に須賀京太郎が答えた。
「『オロチの触角』が必要。捧げものを受け取ってもらう必要がある。
そして、俺に話が来たということはオロチの触角をハギヨシさんたちだけでは無事に送り届けられない可能性が高いから。
オロチの触角を運ぶ役目を俺にやれと? ほんの少しの余波でナグルファルが吹っ飛びそうになった火の中をゆけと?
さっきの火柱は決戦場の様相そのままでしょう?」
するとハギヨシの声が即答した。
「俺たちはお前にオロチの運搬役を任せたい。
師匠が適任だと言っていたよ。
『火の海を駆け抜ける体力、戦場を見極める技量、そして高い使命感を持つ者。この条件に当てはまってすぐに覚悟を決められるのは須賀君だけだろう』
とな。
もしも任務を受けてくれるのなら相当の報酬を用意すると言っていた。
喜べ京太郎。幹部の座がお前を待っている。かなりの離反者がいるみたいだから結構現実的だ。
しかしここまで説明すれば、お前なら自分から飛び込んでくると『俺』は予想している。ディーも同じだ。師匠は報酬で釣れと言っていたが俺たちは
『必要ない』と言って笑ってやったよ。『年を取りすぎて鈍ったな』と挑発もくれてやった。報酬の話なんぞしたら興醒めになる。そうだろう?
お前はそういう奴だ。
どうだ? 俺たちの予想は正しかったか?」
276: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:25:51.48 ID:Hg3eW7Fk0
ハギヨシの答えを聞いて須賀京太郎が小さく笑った。須賀京太郎につられて半透明な連中も笑った。半透明な連中と須賀京太郎が笑うとハチ子が青ざめた。
ムシュフシュも姉帯豊音もアンヘルもソックも同じく青ざめていた。そんな時に須賀京太郎ははっきりと答えた。
「正しいです。大正解です」
このように須賀京太郎が答えると、ハチ子が顔を伏せた。そしてうめいた。生きて戻れないと思った。一瞬現れた火柱の余波でナグルファルが揺れたのだ。
望んで飛び込んで生きていられるわけがなかった。
ハギヨシからの依頼を受けた後秘密の部屋に門が現れた、この時に現れた門の向こうで側で待っていた者たちついて書いていく。
それは決戦場に出陣すると決定した直後だった。秘密の部屋に門が現れた。ハチ子やセリが創る門と比べると非常に質素な門だった。
どことなく天江衣の別館の玄関と似ていた。この門が現れるとナグルファルのまとめ役ハチ子が須賀京太郎を引き留めようとした。
しかし姉帯豊音に目で制された。姉帯豊音に見つめられたハチ子は顔を伏せた。姉帯豊音の言いたいことが分かったからだ。
そうしている間に須賀京太郎は一人で門を潜った。何の緊張もなかった。すると秘密の部屋がさみしくなった。半透明な連中が消えていた。
一方で、門の向こう側は騒がしかった。門の向こう側は会議室だ。かつては三十人で限界であったが、増築されて広くなっていた。
現在余裕をもって三百席であるから、かなり増えている。そんな会議室で龍門渕の血族とナグルファルのまとめ役たちが働いていた。
会議室の奥には龍門渕信繁と娘の透華が陣取っていた。頭に冷却シートを張って、うつろな目で働いていた。責任者だから忙しいわけでない。
会議室にいた者たちすべてが忙しかった。問題が山積みになっていて、解消に時間が必要だった。そんな会議室で龍門渕のメイドたちが頑張っていた。
軽食を持って駆け回ったり、仲魔を呼び出してサポートしていた。頭を激しく使う「治水」の異能力者集団龍門渕である。栄養補給が重要だと知っていた。
人間と悪魔が駆け回る会議室だが一際目を引くのがハギヨシ達だった。武闘派の雰囲気をまとった彼らは浮いていた。
会議室にいるヤタガラスたちが事務系なので余計に際立った。この時のメンツはハギヨシ、ディー、そして見知らぬ女性である。
この時の三人の装いはまったく統一感がなかった。ハギヨシは大鎧で身を固め、ディーは龍門渕製のバトルスーツを着ていた。
見知らぬ女性はジーパンと普段着で、若干服が焦げていた。邪魔にならないように会議室の隅っこで三人でかたまっていた。居心地が悪そうだった。
須賀京太郎が会議室に現れるとハギヨシが迎えた、この時に行われた須賀京太郎とハギヨシたちとの会話について書いていく。
それはいつの間にか増改築されている会議室に須賀京太郎が圧倒されている時のことである。大鎧を着たハギヨシが須賀京太郎に近付いてきた。
近付いてくるハギヨシハ非常にフレンドリーだった。居心地が悪かったのもあって近づいてくるのが早い。しかし流石に身長体格ともに良いハギヨシである。
大鎧を着て近寄ってくると威圧感があった。また腰に下げている陰陽葛葉が禍々しい気配をまとっている。近寄りがたい空気だった。
そうして上機嫌なハギヨシが近づいてくると見知らぬ女性とディーも動き出した。ハギヨシと同じく早歩きだった。ハギヨシと同じ理由からである。
そうして近寄ってきた武闘派の三人だが、須賀京太郎を見て少しだけためらった。
というのも今の須賀京太郎は灰色の髪の毛に加えて、褐色の肌と異形の目。両手両足は黒い銀製に変わっている。
服を着ているので足は見えないがワイシャツからのぞいている両手の可笑しさは見逃せない。
付き合いのあるハギヨシとディーでも「禍々しい」と思う仕上がりである。ためらうのもしょうがなかった。三人のためらいは須賀京太郎にも届いていた。
須賀京太郎は少し悲しげになった。しかし頑張った。頑張って先に話しかけた。須賀京太郎はこういった。
「それじゃあ、行きましょうか。
できるだけ早い方がいいですよね?」
するとためらっていた三人の意識がすぐに切り替わった。見た目の激変なんぞ今は重要な問題でないと切り替えたのだ。
そうして切り替えたハギヨシがこう言っていた。
277: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:28:50.08 ID:Hg3eW7Fk0
「あぁ。もちろん早い方が良い。だが、準備が整ってからだ。
超力超神に必要な物資を揃えてもらっているところだ。スコヤが受け取り次第、出発する」
このようにハギヨシが答えると須賀京太郎は見知らぬ女性に視線を向けた。須賀京太郎の視線に気づいてハギヨシが笑った。そしてこういった。
「俺の元・巫女だ。小鍛治健夜(こかじ すこや)。見たことくらいあるだろう? あとでサインでも貰っとけ」
ハギヨシの紹介をきいて須賀京太郎が驚いた。そしてバトルスーツを着ているディーに視線を向けた。
ディーに向ける須賀京太郎の視線は尋常なものでなかった。
「この人に命を狙われているの?」
と、無言の視線に須賀京太郎の心が乗っていた。須賀京太郎の視線に気づいてディーが
「黙ってて」
と視線で伝えてきた。須賀京太郎の目が泳いだ。状況を把握するのが難しかった。そうして困っていると小鍛治健夜が口を開いた。こう言っていた。
「初めまして。須賀君。この人の元・巫女で婚約者の小鍛治健夜です。
今回はサポートに回るから、頑張ってオロチ様を運んでね」
自己紹介をする小鍛治健夜は良いお姉さんに見えた。撫子真白(なでしこ ましろ)ことディーの命を狙っている人間には見えなかった。
そんな小鍛治健夜の自己紹介の直後、ナグルファルの船員たちが大量のダンボールを運び込んできた。手押し車に段ボールを三段に乗せて、十台分である。
結構な量で会議室の邪魔になるはずだが、問題なかった。運び込まれたその時に小鍛治健夜が異界に収納したからだ。
収納の仕方は簡単で、門を潜らせるだけだった。小鍛治健夜が創る門は、玄関のような形をしていた。須賀京太郎が潜った門であった。
物資を受け取っている間に突入準備をハギヨシとディーが行った、この時に行った準備について書いていく。
それは小鍛治健夜がどんどん物資をしまいこんでいる時のことである。バトルスーツを着たディーと大鎧を着たハギヨシが須賀京太郎に近付いてきた。
ずんずんとおっさん二人が近寄ってきたので須賀京太郎は嫌な顔をした。威圧感がすごかった。
そして近寄ってきたハギヨシとディーだがこんなことを言い出した。一番にハギヨシがこう言ったのだ。
「異界操作術を中途半端に使っておかしなことになっているな。
だが、ちょうどいい。オロチを運搬するために利用させてもらおう」
これにディーが続けてこう言った。
「もしかしてあれをやるつもりか? やめとけよ。
六年前は中途半端なことになってこじれたろ? 予定通り俺がやる」
止めるディーだったが、ハギヨシは知らん顔だった。そしてこういっていた。
「六年前の話だろ? 前はお前も俺も未熟だった。スコヤもいなかった。今は違う。そうだろう?
京太郎の方が戦闘に傾いているんだ、適材だろ?」
するとディーが嫌な顔をした。あまりリスクをとりたくなかった。須賀京太郎を試すのが嫌だった。
そんな二人の会話を聞いて須賀京太郎がこんなことを言った。
「あの……何をするつもりで?」
これにハギヨシが答えた。
「京太郎を変身させようと思ってな。
信繁さんから聞いたが、『変身』できるようになったんだろ? これを少しいじくって運搬に適した形態に変えてやろうと思ってな。
変身ってのは異界操作術の初歩の初歩だ。足を踏み入れているのなら、いじくるのはそう難しいことじゃない。
それで、どうする京太郎? 俺たちに身を任せてみるか? 大丈夫だ死んだりしない」
悪い科学者みたいなハギヨシだった。須賀京太郎は少しためらった。怪しかったからだ。しかし、うなずいた。ハギヨシのことは信頼していた。
そうして須賀京太郎がうなずくとハギヨシがディーに合図を送った。これにディーがうなずいた。しぶしぶだった。
そうして渋々うなずいた直後ディーに異変が起きた。ディーの肉体が黄色の火に包まれたのだ。
ディーの身体の内側から黄色の火が噴きあがり、あっという間に呑み込まれてしまった。ディーが黄色の火で包まれるとハギヨシが呪文を唱えた。
短い呪文だった。呪文が終わるとディーの黄色の火が須賀京太郎に移った。須賀京太郎はあわてた。しかしすぐに落ち着いた。熱くなかった。
須賀京太郎の体を包んだ黄色の火はすぐに見えなくなった。消えたのではない。須賀京太郎の肉体に沈み込んでいったのだ。
278: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:32:02.32 ID:Hg3eW7Fk0
そして火が消えた後ハギヨシがこう言った。
「はい完了。楽勝だったな。
スコヤの方も終わったみたいだしそろそろ移動しようか。甲板でオロチが待っているはずだ。
甲板に到着したら京太郎は変身。俺が門を開き、決戦場へ突入。突入後、超力超神へ向かい師匠たちと合流する。
以上終わり」
ハギヨシの計画をきいて須賀京太郎がうなずいた。問題はなかった。ただ不安があった。一体何が変わったのかさっぱりわからなかったのだ。
須賀京太郎が不安そうにしているとディーがこう言った。
「変身したらわかるさ。
まぁ、なんていうか。先に言っておく。ごめん」
余計に不安になった須賀京太郎だった。そんなことをしている間に荷物の運びこみが終了していた。準備が完了すると甲板に移動することになった。
移動は小鍛治健夜の門で行われた。便利な技術だった。
ナグルファルの甲板に到着した時須賀京太郎にオロチの触角が飛びついてきた、この時のオロチの触角と須賀京太郎について書いていく。
それは小鍛治健夜の門を潜り抜けて数秒後のことだった。
甲板を埋め尽くしている仲魔と人の群れの中から須賀京太郎めがけてオロチの触角が突っ込んできた。触角であろうと上級悪魔の位にあるオロチである。
ナグルファルの甲板を踏み込んで突っ込んでくると弾丸並みの速度が出ていた。しかし須賀京太郎は簡単に受け止めた。
受け止めた時バチンといい音がしていたが甲板の騒がしさに負けていた。そうして須賀京太郎に飛びついていた触角は素の状態だった。
黒い髪の毛を伸ばしたまま、ボロ布をまとっただけのオロチである。三つ編みのオロチ、ポニーテールのオロチ、ツインテールのオロチではない。
というのが、この三体のオロチは自分を惜しんでいた。
これは命を惜しんでいるというよりは自分が身に着けている装飾品、髪型のことを考えての判断だった。もともとオロチの触角に能力の差はない。
そのため新しい触角を派遣するのは自然だった。しかし素の状態のオロチの触角に飛びつかれた須賀京太郎は首をかしげていた。
ほんの少しだけだが三人のオロチよりも幼かったのだ。目の輝き、身振り手振り、飛びつき方。本当に微妙にだが経験の差が見えた。
しかし須賀京太郎は何も言わなかった。全ての触角が同じ性能だと思っていないからだ。
人間に利き手、利き目があるように触角にも微妙な違いがあると解釈した。
ナグルファルの甲板に必要なメンバーがそろった後須賀京太郎が驚異的な変身を見せた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎の反応そしてアラサーたちについて書いていく。
それは素の状態のオロチが合流してからのことである。大鎧を着たハギヨシが大きな声をだした。甲板にいる者たちに向けて警告を発したのだ。
こういっていた。
「今から我らは『決戦場』へ向かう! 移動は門を利用して行う!
先ほど葦原の中つ国の空に火柱が出現したが、あれがもう一度出現するだろう!
申し訳ないが衝撃に備えてくれ! できるだけ離れたところに門を呼び出すつもりだが、どの程度の余波がこちらに及ぶかわからない!」
ハギヨシが大きな声で警告を出すと甲板にいた仲魔と人が移動を始めた。恐ろしい衝撃から逃げるためだ。ほとんどはナグルファルの内部へ移動していた。
しかし何が起きるのか見届けようとしている変わり者たちもいた。酔狂なもので携帯電話を構えてムービーの準備もばっちりだった。
この中に随分興奮している者たちがいた。これは得に酔狂な輩で、ハギヨシとディーのファンである。
九頭竜と戦う二人の姿を見たことがあったので、すぐにそれとわかっていた。そうして人が去り酔狂な輩が残った後、須賀京太郎にハギヨシがこう言った。
279: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:34:42.62 ID:Hg3eW7Fk0
「それじゃあ、始めようか。
京太郎、『変身』して見せてくれよ。
出来るようになったんだろう? それともまだ慣れていないか?」
からかっている口調だった。しかし目が鋭かった。異界操作術をコントロールできていないと見抜いているからである。そうなって須賀京太郎は困っていた。
見抜かれている通りだからだ。須賀京太郎は、なぜ変身できたのか全く分かっていない。
超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプの時は気づいたら全てが終わっていた。意識があるのは悪夢の世界で父と母を殺したところまで。
あとはさっぱり覚えていない。気付いたら巨大な肉塊の上に立っていた。変身してみろと言われても困るだけだった。
そんな須賀京太郎を見てハギヨシが確信した。そしてこう言った。
「気にするな。慣れれば自在に操れるようになる。
だが、今は俺たちが手を貸そう。時間が惜しい。ディー頼む。スコヤ、補助を」
すると須賀京太郎の周りにバトルスーツのディーと普段着のスコヤが移動した。ハギヨシを頂点にして三角形を作り須賀京太郎を中心に置いた。
そうして三角形が出来上がるとハギヨシがこう言った。
「ちょっと痛いかもしれないが、我慢してくれ。
痛かったら手を挙げてくれよ」
これをきいて不安になった。手を挙げても絶対にやめてくれない表現は勘弁である。そうして不安になっているところで須賀京太郎の肉体が燃え上がった。
須賀京太郎の体から黄色の火がこぼれだし、一気に全身を包み込んだ。黄色の火が現れると奇妙なフルートの音色が甲板に聞こえ始めた。
フルートの音色は風を呼び聴く者の心をざわつかせた。フルートの音色には奇妙な呪文が乗っていた。
呪文の正体を知るためには耳を澄ませるだけでよかった。
このフルートの音色、呪文の正体とは遥か遠くフォーマルハウトに幽閉された神またカルコサの王に捧げられた讃美歌である。
このフルートの音色と黄色の火の中で須賀京太郎は奇妙なビジョンを見た。それは暗黒の中で行われる太陽たちの交信。
無限の暗黒を一人旅する太陽たちがお互いを励ます姿が見えた。奇妙なビジョンだった。そうしてビジョンを見終わった時須賀京太郎は異変に気付いた。
目線がかなり高くなっていた。また感じたことがない器官を肉体の内部に感じた。両手両足を見てみると黒い蛇の鱗に包まれていて、人のものではなかった。
須賀京太郎が自分の肉体を確認しているとハギヨシがこう言った。
「いい感じの仕上がりだ。帰り道は楽そうだな。京太郎の背中に乗って行こう」
これに続けて小鍛治健夜がこう言った。
「うわぁ、すごい。邪竜だわ。でも、結果オーライだと思う。これだけ大きければ私たちを乗せても大丈夫だろうし」
直後に、ディーがこう言った。
「ごめん須賀ちゃん。ここは堪えて。穏便に」
アラサーたちの反応を見て須賀京太郎は非常にあわてた。何がどうなっているのか教えてほしかった。
280: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:37:49.67 ID:Hg3eW7Fk0
須賀京太郎が変身を遂げた後ナグルファルの甲板が騒がしくなった、この時の状況について書いていく。
それはアラサー連中だけが納得している時のことである。ナグルファルの甲板にハチ子の門が開かれた。そして開いたその瞬間にハチ子が転がり出てきた。
そして大きな声でこう言った。
「我が王! もう一度お考え直しを! 王がいなくなったら未来様はどうなるのです!」
門から転がり出てきたハチ子なのだが、すぐに口をふさがれた。口をふさいだのは
「まっしゅろしゅろすけ」
である。白い雲のようなものがハチ子の口をふさぎ、そのまま門の中に引きずり込んでいった。
引きずり込む勢いが結構すごかったので、若干ホラーな光景であった。ハチ子が門の向こうに吸い込まれていった後、門の向こう側からヘルが出てきた。
門から出てきたヘルは非常に驚いていた。無表情なのはわからないが、肉体の動きでわかった。驚くのはしょうがないことである。
ナグルファルの甲板に十五メートル級の黒い竜が構えていたのだ。誰でも驚く。この甲板にたたずむ黒い竜は実に竜らしかった。
牛のような角を持ち、黒い蛇の鱗で武装し、狼のような四本の足を持っている。刃のような爪が生え、背中にはぼろぼろの翼がある。
禍々しい金色の目に知性があり、これぞ竜という風格だ。ただ、すぐに黒い竜の正体をヘルは見破った。黒い竜がこう言ったからだ。
「別に死ににいくわけじゃないから。
それと未来の事を軽々しく口に出さないようにハチ子さんに言っておいて」
須賀京太郎の声色と口調だったので間違いないと思えた。そんな黒い竜に対してヘルはこのように返事をした。
「京太郎ちゃんが無茶ばかりするからハチ子ちゃんが心配するのよ……目の前で首を切断したシーン、トラウマになっているみたいだから。
あまり無茶しないでね。未来ちゃんのことは私からもしっかり言っておくから、気を付けて」
そうしてハチ子の門を潜ってヘルが門を閉じた。もともと開く力はヘルのもの。開くのも閉じるのも素早かった。
ヘルが門を閉じてすぐのこと須賀京太郎にハギヨシが質問をした、この時に行われた会話について書いていく。
それはハチ子の門をヘルが閉じてすぐのことである。須賀京太郎の背中からハギヨシの声が聞こえてきた。こう言っていた。
「未来って?」
興味はなさそうだった。しかし少し気になったのできいていた。そんなハギヨシに須賀京太郎は答えた。
「俺の娘です」
特に隠さなかった。姉帯豊音のこともとっくの昔にばれているのだ。須賀京太郎に配慮して
「見つかっていない」
という体裁で動いているだけで周知の事実である。隠す意味がない。そんな須賀京太郎の返事を聞いてハギヨシが少し驚いた。そしてこういった。
「なるほど。ディーと同じくお前も俺を置いていくのか」
娘ができた件について特につっこまなかった。込み入った話になりそうだったので、あえて避けた。面倒を嫌った。
ただ自分の後輩に追い越されたという気持ちで驚きが生まれていた。修行ばかりの数か月を知っているハギヨシである。ビックリである。
そんなどこか抜けている会話をしていると竜の背中からディーの声が聞こえてきた。至って真剣な口調だった。こう言っていた。
「全員乗り込んだぞ。
ハギちゃん、さっさと結界をはってくれ。
出来るだけ早く超力超神に戻らないとまずい。そうだろう?」
するとハギヨシのため息が聞こえてきた。そしてこういった。
「わかってるって。ただ、後輩が子持ちになっていよいよ俺の肩身が狭くなったと思っただけだ。さぁ、結界をはるぞ。スコヤ。手伝ってくれ」
すると背中の上で小鍛治健夜の声が聞こえてきた。少し怒っていた。こんなことを言っていた。
「なんて緊張感のない……まぁオロチちゃんみたいにガチガチになられても困るけど。
いいわ、さっさと任務を遂行しましょう。
後、須賀君少し注意があるの、しっかり聞いてね。これから私たちが結界をはるわけだけどできるだけ無茶をしないでほしいの。
具体的に言うと敵に攻撃しないで欲しいの。私たちの結界は外側からの攻撃を防ぐには有利なんだけど、内側からの攻撃を防ぐのは難しい。
守りに力を置いているから、攻撃に適さないのよ。だから、須賀君が攻撃を仕掛けようものなら、即座に内側から結界が崩壊する」
すると須賀京太郎がこう言った。
281: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:41:23.89 ID:Hg3eW7Fk0
「攻撃せずに回避だけで超力超神まで向かえばオッケーですか?」
これにハギヨシが応えた。
「その通り。それじゃあ、門を開くぞ。ナグルファルから東に一キロメートルのところだ。そこに開く。
京太郎、飛べそうか? 無理そうなら足場を創るが」
ハギヨシに対して須賀京太郎は飛行で答えた。ボロボロの翼を広げて、軽く羽ばたいて飛んでみせた。難しさはまったくなかった。
自分の肉体と意識すれば自由自在だった。そうして黒い竜が空を飛ぶとナグルファルの甲板を強風が襲った。羽ばたきの威力だった。被害はなかった。
そうして黒い竜が飛ぶとハギヨシが軽く指を振って門を開いた。東に一キロメートル離れたところに宣言通り門が現れた。
門が現れるとすぐに葦原の中つ国の空めがけて火の柱が昇って行った。火の勢いは全く変わらなかった。ゴウゴウ唸って空に昇っていた。
しかし黒い竜・須賀京太郎は門めがけて飛んでいった。あっという間に一キロを詰めて、軽く旋回してから火の中に飛び込んでいった。
火柱の中は結界を張っていても熱かった。須賀京太郎の黒い鱗が熱くなり小鍛治健夜の普段着が焦げ始めた。
しかし火を切り裂きながら黒い竜は門を潜り抜けた。門を潜り抜けるとすぐハギヨシが門を閉じた。門が閉じられた後葦原の中つ国は穏やかになった。
しかしすぐに騒がしくなった。ナグルファルの甲板に人があふれ出していた。商売を始めたり動画の交換をしたり目的はそれぞれあった。
ただ、それぞれの目的を果たすために一生懸命だった。
決戦場に続く門を潜り抜けた直後黒い竜の背中に乗った幼いオロチが震えあがった、この時にオロチが見た世界について書いていく。
それは黒い竜に変じた須賀京太郎が火の柱の中を進み決戦場に突入したその時である。
結界によって守られている黒い竜の背中で幼いオロチの触角が震えていた。すぐそばにいる小鍛治健夜にしがみついて全く離れようとしない。恐怖である。
現世に展開している決戦場という特殊な異界をしっかりと観測して、恐怖を感じた。
しかしこれは三つ編みのオロチたちであったとしても同じようにおびえ震えただろう。そもそも決戦場のありさまを見て震えないものはほとんどいない。
なぜなら決戦場は火の海であった。これは言葉通り火の海しかない状況だった。
上下左右が火なのだ。海に潜ると上下左右が塩水になるが、それがすべて火の状態だと考えて問題ない。また決戦場には超巨大な存在が四つあった。
超巨大な存在というのは超ド級霊的決戦兵器級の存在が四つということである。一つは味方である。
超力超神と呼ばれる巨人。身長約三百メートル、鋼の装甲をまとった武人のような立ち姿。武器は一切持たず徒手空拳。
十四代目葛葉ライドウが所有する決戦兵器である。二つ目は世界樹。
超力超神が横に並んでも巨木としか言いようがないその大きさは、比較対象のない火の海にあっても偉大であった。三つ目と四つ目は姿がよく似ていた。
身長が約五百メートル。いわゆる天使の姿をとっていた。しかし細部を見ると全く違った思想で生み出されていた。
片方はいかにも機械、ロボットのような作りで生気がない。一方で片方は明らかに生身、生気のある男性として存在していた。
この四つの存在だが、超力超神を除いた三つが祈りを歌に込めて放ち続けていた。綺麗な歌声なのだが、妙に不吉な気配がして不気味だった。
ただでさえ絶望的な光景なのに三つの祈りの歌が響き続けているのだ。オロチが震えるのもしょうがない。
決戦場に黒い竜が出現した直後超ド級の霊的決戦兵器たちが黒い竜に対して攻撃を仕掛けた、この時の決戦場の変化について書いていく。
それは黒い竜の背中でオロチが震えている時のことである。決戦場を火の海に変えている超ド級の霊的決戦兵器たちが一瞬攻撃の手を緩めた。
決戦場に邪魔者が現れたと察していた。決戦場とは東京を丸々飲み込むサイズのリングである。
黒い竜も激戦地から離れたところから侵入していたのだが、全く問題なく察知していた。しかしこれは当然のことである。
なぜなら決戦場の火の海とは霊的決戦兵器たちが生み出している世界である。オロチの世界ではオロチが全知であるのと同じことが起きていた。
そうして黒い竜の出現を察して
「どうするか」
と考えたのだった。答えはすぐに出た。超ド級の霊的決戦兵器たちの答えはシンプルだった。
「黒い竜から殺す。弱い奴から殺す」
目の前で死に掛けている超力超神よりも黒い竜を始末しやすいと評価しての判断だった。
そうして決断した超ド級の霊的決戦兵器たちは速やかに黒い竜に攻撃を仕掛けた。といって派手なことはしなかった。
決戦場を満たしている火の海の圧を上げただけである。水圧を一から十にあげるような調子で、世界の圧力を上げたのだ。
282: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:44:15.54 ID:Hg3eW7Fk0
自分たちにも圧はかかる。しかし問題ないと考えた。自分たちが耐久力でも体力でも勝っているからだ。
このように超ド級霊的決戦兵器たちが黒い竜に攻撃を仕掛けた時も超力超神は攻撃を続けていた。
超巨大なマグネタイトの刃を生み出して、世界樹を切り裂き、魔弾をもって霊的決戦兵器たちを射抜いていた。
ただ、超ド級霊的決戦兵器たちと世界樹は全く動じていなかった。恐ろしいダメージを即座に回復できるからだ。彼らには膨大なマグネタイトがある。
葦原の中つ国からかすめ取ったマグネタイトと地獄で搾り取ったエネルギーである。これを利用して延々と戦い続けられた。
超ド級の存在たちが攻撃を仕掛けてきた直後黒い竜は火の海を泳いだ、この時の黒い竜について書いていく。
それは超ド級の存在たちが火の海の圧力を上げた後のことである。ハギヨシたちを背負う黒い竜が火の海を泳ぎ始めた。
ボロボロの翼をはばたかせて、勢いをつけていた。その姿、実に優雅で余裕があった。しかし間違いなく火の海の圧力は上がっていた。
今なら余波だけでナグルファルの装甲をえぐるだろう。それでも何の関係もないと黒い竜は火の海を泳いだ。しかも一直線に超力超神を目指して泳いでいた。
天使の形をした超ド級霊的決戦兵器たちも世界樹も取るに足らぬ存在と驕っているようだった。しかしこれは意地を張っているだけであった。
攻撃はしっかりと受けている。火の海の圧力が上がったことで体に受けるダメージ量は増えている。熱量も馬鹿みたいに跳ね上がった。
呼吸するだけで肺が焼けた。ハギヨシたちのサポートがなければ泳ぎきれない世界である。しかし平然としてやった。
決戦場にいる超ド級の存在たちが気に入らなかった。特に祈りの歌声がどうしても気に入らなかった。あまりにも気に入らなかったため、無視してやった。
「お前たちの祈りなんて知ったことではない」
無視に戦術的な意味はない。むしろ挑発にしかならない。しかし苛立ってしょうがなかったから平然と泳いでやった。
「攻撃をしてはならない」
という約束を守る黒い竜である。これくらいしか意地を通す方法がなかった。バカな竜だった。ただ、バカな竜が余裕を見せたところ決戦場が変化した。
余裕ぶった態度に超ド級の存在たちが反応した。といって大したことではなかった。さらに火の海の圧力を上げるだけである。一から十、十から百。
決戦場を仕切っている者たちでも若干熱い領域だった。そうして決戦場は火の海からマグマの海へ変わった。しかしそれでも黒い竜は止まらなかった。
決戦場がマグマの海へ変貌して数秒後超力超神の元へ黒い竜が到着した、この時の超力超神と黒い竜の状態について書いていく。
それは黒い竜を始末するために超ド級の存在たちが本気を出した後のことである。火の海がマグマの海に変わったというのに黒い竜は生きていた。
肉体を包む黒い鱗が解け、翼がもげたが生きていた。回復魔法のサポートはあったのだ。マシンガンのように回復魔法を仕掛けてくれていた。
しかし微妙な隙間は存在する。魔法を準備して打ち込む時間、これがどうしても省けなかった。
この微妙な隙間が積み重なって、数秒のうちに黒い竜は銀の竜へ変わってしまった。しかしそんな状態でも竜の心は折れなかった。
むしろいっそう心を震わせて超力超神めがけて駆け抜けて、見事に任務をやり遂げた。
「この程度の逆境で心折られる退魔士はいない」
と自分に言い聞かせていた。決戦場に登場してわずか八秒で超力超神へ到着。本来ならばもっと素早く到着できただろう。
八秒もかかってしまったのは超ド級の存在たちから妨害を受けたからである。マグマの海のことではない。超ド級の存在たちが物理的に邪魔しに来たのだ。
マグマの海でさえ関係なしに突っ込んでくる黒い竜を脅威と認めての行動だった。これをうまく切り抜けるために数秒必要だった。
しかし何にしても身を溶かしながら黒い竜は目的地に到着した。だが深い傷は無視できない。
黒い鱗がすべて融け落ちて、残っているのは銀色の肉体と金色の目だけである。しかし満足気だった。背負った者たちが無事ならば満足だった。
283: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:46:49.12 ID:Hg3eW7Fk0
黒かった竜が目的を達すると超ド級の霊的決戦兵器たちがいよいよ本気で仕掛けてきた、この時に起きた変化について書いていく。
それは超力超神に到着した直後である。突如として決戦場のマグマの海が消えうせた。
今までの地獄絵図が嘘のように一瞬にして真っ白な世界に決戦場が変わった。今までと変わらないのは不気味な祈りの歌と世界樹だけである。
世界が真っ白になった時一番早く原因に気付いたのは黒かった竜である。
「攻撃だ」
超ド級の霊的決戦兵器たちが魔法の発射準備を行っているのが見えた。ご丁寧に十字砲火を行える位置取りをしていた。
ハギヨシたちが超力超神へ移動を始めてからの行動である。超力超神と竜の間をハギヨシたちが移動するわずかな隙をチャンスと理解して仕掛けていた。
そして自分たちの窮状を理解した黒かった竜は迎撃を決定した。受け入れ態勢の超力超神と移動中のハギヨシたちを守る役目を果たすつもりである。
そして迎撃に魔法「ラグナロク」の使用を決めた。二方向に撃ち込むつもりである。しかし難しい選択だった。ロキの助けがない。しかしできる道理である。
須賀京太郎とロキは今も一つなのだから。
葦原の中つ国から決戦場へ突入して九秒後超ド級霊的決戦兵器二体が超力超神に魔法攻撃を行った、この時に行われた魔法攻撃と魔法攻撃の産んだ余波について書いていく。
それは世界が真っ白に変わってすぐのことである。十字砲火の位置についた霊的決戦兵器二体がほぼ同時に魔法を撃ち込んできた。
天使のような姿をした怪物たちから放たれたのは光であった。大げさな光ではない。蜘蛛の糸のようなか弱い光である。
しかし怪物たちから放たれた光には恐ろしい力があった。魔法が発動した直後、葦原の中つ国の最表面の世界ナグルファルが陣取っている世界が軋んだ。
また決戦場の外、現世の日本に対しても影響が出ていた。帝都周辺の力の弱い悪魔たちが苦しみ始め、路傍の亡霊たちの姿が消えた。
現在決戦場となっている帝都を中心にしてその効果は広がり、千葉県あたりまで影響が出ていた。恐るべきか弱い光の威力。
しかしその本当の威力を体験するのは黒い鱗を失った銀色の竜と超力超神である。
葦原の中つ国から決戦場に突入して九秒後銀色の竜が迎撃を行った、この時に行われた迎撃と迎撃による変化について書いていく。
それは天使のような姿をした霊的決戦兵器たちが光を生むのと同時だった。超力超神をかばうように銀色の竜が立ち
「ラグナロク」
と呪文を完成させた。呪文と共に魔法は完成し、形になった。ロキの助けがなかったがしっかりとやり遂げていた。しかし思ったように発動しなかった。
発動こそしたものの、迎撃の形にならなかった。かつてロキが見せたように大きな球体の形で現れたのだ。橙色の弱弱しい火の膜が生み出されていた。
この火の膜は銀の竜を中心にして大きく広がりしっかりと超力超神を包み込んでいた。また天使のような姿をした怪物たちからの光も防ぎぎった。
須賀京太郎の放った「ラグナロク」の威力はそのまま須賀京太郎の責任感の強さである。
自分の背中に背負っているモノの重さをよく理解している須賀京太郎である。強烈なプレッシャーを自分の集中力に変えて魔法の威力を跳ね上げていた。
しかし問題もあった。エネルギー不足である。もともと須賀京太郎のマグネタイト容量が少ない。
その上、超力超神(身長三百メートル)を守るためにかなり大規模な「ラグナロク」を展開して消耗が激しい。
ほんの一瞬だけ魔法を防ぐだけなら全く問題ないが超ド級霊的決戦兵器二体が魔法をやめない。
当然銀色の竜は魔法を発動し続けなければならないわけで、そうなって問題になるのはエネルギー不足であった。この時敵側のエネルギー切れは期待しない。
なぜなら世界樹が補充しているからだ。しかし銀色の竜は出し切ることを決めた。最後まで守り続けると決めた。それが未来へ進む道だと信じられた。
そしてハギヨシたちに期待した。期待する以外にできることがなかった。
284: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:50:14.37 ID:Hg3eW7Fk0
攻撃を銀色の竜が防いでいる時超力超神内部でハギヨシたちが大慌てしていた、この時のあわてようについて書いていく。
それは銀色の竜が無謀な持久戦に臨んでいるときのことである。超力超神に帰還したハギヨシたちは大慌てで動き回っていた。
小鍛治健夜とハギヨシは超力超神内部の祭壇へ急ぎ、ディーは即座に戦闘態勢を整えた。この時幼いオロチの触角はハギヨシに担がれて移動していた。
音速で行動するオロチよりもハギヨシの方がはるかに速いからである。
また大慌てしているのは銀色の竜・須賀京太郎が時間稼ぎを行っていると理解しているからである。須賀京太郎を鍛えたのはハギヨシとディーである。
そのため須賀京太郎のマグネタイト容量に問題があると十分承知していた。
ただでさえ「変身」しているのに魔法を併用すればどうなるか、考えなくともすぐにわかった。また須賀京太郎が仲間を背負った状態では
「逃げられない」
性格と知っているので余計に急いだ。またハギヨシたちがオロチを連れて帰還したその時、超力超神も戦闘態勢に移行していた。
超力超神内部には十四代目葛葉ライドウを筆頭にベンケイ、そして義手の男が乗り込んでいる。
異変に気づかないわけもなく、ハギヨシたちが帰還すると同時に動き出していた。行動再開までにかかった時間は一秒に満たない。
しかし、彼らにとっては非常に長い時間に感じられた。
葦原の中つ国から決戦場に突入してから十秒後銀色の竜が落された、この時の決戦場の状態と銀色の竜について書いていく。
それは超力超神が再起動して
「さて、反撃だ」
とマグネタイトの刃を創りだした時のことである。魔法「ラグナロク」を持って攻撃を防いでいた銀色の竜が撃ち落とされた。
しかし撃ち落としたのは世界樹である。決戦場の空を覆う大量の枝からマグネタイトの弾丸を撃ち込んでいた。
このマグネタイトの弾丸自体は大したものでない。霊的決戦兵器が撃ち込んでくる光のような特殊な力はまったくない。
単純に大量のマグネタイトを押し固めて創った弾丸である。実際撃ち込まれた銀色の竜もそれほどダメージを受けていない。
しかし銀色の竜にはこれで十分だった。「ラグナロク」を維持するために肉体を構成するマグネタイトも使っているのだ。
ラグナロクの火膜を貫いて減衰した弾丸でも、銀の竜を十分撃ち落とせた。銀色の竜があっさりと直撃を受けたのは集中のためである。
ラグナロクを発動させるために高い集中力を発揮した結果、世界樹という存在が頭から消えていた。
「たとえ戦いに特化していなくとも攻撃しようと思えばできるのだ。それこそオロチのように」
これがすっぱり消えていた。そうして銀色の竜が落とされるとラグナロクの火が消えた。
火が消えると超ド級霊的決戦兵器たちの弱弱しい光が超力超神に直撃した。超力超神の装甲が削げた。しかし構わず超力超神が動いた。
弱弱しい光を受けながら大きく構えている世界樹を狙った。狙われた世界樹は大慌てで硬化した。しかし遅かった。
大きく伸びたマグネタイトの刃が世界樹の半ばまで切り込んだ。
すると世界樹に切り込んだマグネタイトの刃がチューブの役割となってマグネタイトを奪い取っていった。
そして奪い取ったマグネタイトをそのまま超力超神は自分のものとして、自己回復自己強化を行った。
そのままの勢いでマグネタイトの刃で世界樹を切り裂き、チューブを創りまくった。するとマグネタイトを全身からふきだしながら世界樹が悲鳴を上げた。
歌は聞こえなくなった。悲鳴を上げた世界樹は自分を守るために自己再生に入った。超ド級霊的決戦兵器たちへの援護がなくなった。
葦原の中つ国から決戦場に突入して十一秒後超ド級の霊的決戦兵器に対し超力超神が攻撃を仕掛けた、この時の超力超神について書いていく。
それは撃ち落とされた銀色の竜がゆっくりと落下している時のことである。
世界樹を大きく切り裂いた超力超神を見て超ド級の霊的決戦兵器二体が逃げの姿勢をとった。
サイボーグのような天使も、男性のような天使も戦意が消えていた。それもそのはずである。
今まで超ド級の霊的決戦兵器たちが優勢を保てていたのは世界樹の援護があってこそである。
膨大なマグネタイトを頼りにして延々と自己再生を続けていたから戦えた。
しかしマグネタイトの有利が失われた今超ド級の霊的決戦兵器に戦闘続行は不可能である。だから逃げようとした。しかし逃げられなかった。
超力超神が見逃してくれなかった。逃げ出そうとした瞬間にサイボーグのような天使に攻撃を仕掛けていた。
数キロをあっという間に詰めて、巨大なマグネタイトの刃で斜めに切り裂いた。すると機械の天使の祈りが途絶えた。
祈りの歌が止まるとそのままの勢いで生身の天使に超力超神が向かっていった。この時生身の天使が奇妙な動きを見せた。
虚空めがけて右手を伸ばしたのである。何かをつかもうとしていた。超力超神の乗組員たちはすぐに合点がいった。
285: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 18:57:11.77 ID:Hg3eW7Fk0
右手の先にはゆっくりと落下していく須賀京太郎がいた。変身が解けてただの須賀京太郎に戻っていた。人質に使うつもりなのは明らかだった。
しかし超力超神は攻撃を続行した。攻撃モーションに入っていたからだ。刃を降りぬく以外に道がなかった。
そうして超力超神が予想した通り生身の天使が須賀京太郎をつかんだ。右手でしっかりとつかんでいた。しかし超力超神も早かった。
生身の天使を切り裂いた。マグネタイトの刃が天使の首を切り取った。敵を行動不能にすれば何の問題もなくなる躊躇いはなかった。
葦原の中つ国から決戦場に突入してから十一秒後世界樹に異変が起きた、この時の超力超神と世界樹について書いていく。
それは瞬く間に決戦場を超力超神が片付けてしまった後のことである。決戦場のど真ん中に生えている巨大な樹・世界樹に変化が起き始めた。
といって初めの変化は目に見えるものではなかった。世界樹の内包しているエネルギーが少し失われたのだ。普通なら気づけない。
しかし超力超神の乗組員たちは即座に感じとった。乗組員たちの体感からすると世界樹が内包する三十分の一ほどのエネルギーがあっという間に消えたのだ。
さすがに見逃さなかった。この変化を喜ぶ者は一人もいなかった。エネルギーが減った原因に思い当たったからである。原因とはこのようなものである。
「世界樹から膨大なエネルギーは抜け出したのではない。世界樹のコントロールに利用されていた天江衣がどこかに移されたのだ」
天江衣自体のマグネタイト容量は桁外れである。この仮説を立てるのは難しいことではなかった。ただ、そうなって問題が起きた。
世界樹から奇妙な音がし始めた。奇妙な音とは何かが崩れる音。硬いものにひびが入る音。血管を超スピードで流れる血液の音。不気味で不吉だった。
また、不安になるだけならばよいが、一秒過ぎるごとに世界樹の内部から聞こえるエネルギーの唸り声が大きくなっていく。
そうなって超力超神内部にいた者たちは青ざめた。
「もしかして世界樹内部のエネルギーが司令塔を失って暴走しているのでは?」
嫌な仮説が頭に浮かんでいた。確証はない。しかし一番ありそうな仮設である。そんな時である。
超力超神のコックピットで十四代目葛葉ライドウが叫んでいた。
「オロチよ! 決戦場を葦原の中つ国へ移動させろ! 世界樹の爆発で本土が焦土化するぞ!
最深部だ! 最深部に移動させ、被害を集中させよ!」
かなり焦っていた。しかし当然のこと。十四代目葛葉ライドウはマグネタイトの暴走で引き起こされる被害をよく知っていた。
かつて自分の仲魔を銃弾代わりに使っていた退魔士がいたのだ。十四代目葛葉ライドウはこの退魔士と縁が深く、術の構成も良くわかっている。
そのため世界樹規模のマグネタイト量でマグネタイトの暴走が起きれば、どの程度の破壊が起きるのか想像がついた。
世界樹規模なら本土焦土化は間違いなく、それどころか星に穴が開く可能性さえあった。流石の十四代目葛葉ライドウもあせる。
すると十四代目葛葉ライドウの命令を幼いオロチが速やかに実行に移した。葦原の中つ国の最深部かつて最表面だった滅びた世界に決戦場を滑り込ませた。
この時幼いオロチの触角があわてた。決戦場から超ド級の霊的決戦兵器二体が逃げ出したのがわかったからだ。
しかしあわてた原因は逃げられたからではない。須賀京太郎も一緒に連れ去られたことである。
決戦場から二体の霊的決戦兵器が姿を消して四十分後修道服を着た女が奇妙な男を看護していた、この時の修道服の女そして奇妙な男について書いていく。
それは二体の霊的決戦兵器を機能停止に追い込んでから四十分後のことである。薄暗い広場の隅っこで修道服を着た女が負傷者を看護していた。
修道服を着た女は日本人ではない。年齢は日本人の感覚からすれば二十才前後、ヨーロッパ・中東系の顔立ちだった。
修道服を着て負傷者を看護している修道女にしか見えないが、修道服の規格からメシア教会関係者であると推察できる。
黒基調ではなく青と白の修道服で、メシア教会に対する知識が深ければテンプル騎士見習いであると見抜けるだろう。
このメシア教会の修道女の周りには同年代の女たちが多くいた。また女たち以上に子供たちの数が多かった。
薄暗い広場の隅っこに大量の女と子供が集まっている光景は異様な雰囲気をつくるが、それ以上にサマナー関係者ならばおかしいと思うところがいくつかある。
というのが彼女らと子供たちの服装である。彼女らを見てほとんどのサマナーが同じことを言うだろう。
「なぜ、ガイアとメシアが一緒にいるのだ?」
286: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:00:14.24 ID:Hg3eW7Fk0
偶然ならありそうだ。しかし薄暗い広場の隅っこで身を寄せ合って子供たちを守っている姿はどう見ても協力しているようにしか見えない。
これはおかしな光景だった。メシアとガイアの陣営は決して交わらない思想集団なのだ。ありえない光景だった。
しかしそんな集団にあっても異様なのがテンプル騎士見習いの修道女が看病している男である。灰色の髪の毛に褐色の肌。そして銀製の四肢をもつ怪物。
眠って大人しくしているのに禍々しい気配を放ち続けていた。眠る男は須賀京太郎。薄暗い広場にあってこの男ほど奇妙な存在はない。
テンプル騎士見習いの修道女に看病されている間に須賀京太郎は奇妙な夢を見た、この時に出会った影について書いていく。
これは世界樹によって撃墜された須賀京太郎が目覚めるまでの出来事である。深い眠りの中にあった須賀京太郎は自分の声をきいた。
自分自身の声はこんなことを言っていた。
「あぁ、俺はなぜこんなに罪深いのか。
たくさんの命を奪ってきたのに、何の罪悪感もない。たくさんの悪魔たちを殺し、たくさんの人間を殺してきたのに全く罪悪感がない。
悪夢の世界で父さんと母さんを、先輩を友達を殺したというのに全く何も悪いと思っていない。
口では申し訳ないことをしたと言えるのに、心の底ではどうでもいいことだと思っている。
人を喰った。マグネタイトを補給するために人間を喰った。許されないことだ。この現代においてこれほどおぞましい行為があるだろうか。
なのに俺は一切の罪悪感がない。誰もが眉間にしわを寄せる行為を行ってきたというのに、俺自身は何の罪も感じていない。
そもそも戦い自体が罪深いと『されている』のに俺は嬉々として踊り出ていく。それどころか戦いを求め自分を強くするものと歓迎している。
そんな自分が嫌だ。ただ無秩序に暴力を振るい奪うだけしかできない自分の浅ましさよ。
これでは奪い取った者たちに申し訳ない。一体どうすれば彼らに報いられるのか」
随分疲れた声だった。しかしはっきりと須賀京太郎自身に届いていた。そうして声が届いた後、場面がパッと変わった。
すると目の前に二つの須賀京太郎が現れた。一つは十字架に磔にされた須賀京太郎。もう一つは四つん這いになって頭を下げている須賀京太郎である。
この二つの須賀京太郎が口を開いた。一番に口を開いたのは十字架に磔にされている須賀京太郎である。
「いっそ神の法に従って生きようか。
思想も心情もない俺を神の法が救済してくれるかもしれない」
これの後に四つん這いになってうなだれている須賀京太郎が続けた。こう言っていた。
「自然にしたがって生きよう。
弱肉強食こそ世界の真実。暴力をふるい、暴力で奪う。思想や信条など何の価値もない。強い者が好き勝手に行動すればそれでいい。
一々悩む必要はない。なぜなら奪われる方が悪いからだ。奪われたくないのならば、強くなればよい。それができない無能が死んだ。自然なことだ。
俺は胸を張って生きればいい。
そして俺も殉じよう。弱肉強食に身をゆだねれば心は穏やかだ」
このように語ると二つの須賀京太郎は姿を消した。二つの須賀京太郎が消えた後、金髪の須賀京太郎が目の前に立っていた。
金髪の須賀京太郎はこういっていた。
「重苦しい責任から逃れたい。何もかも一切合切投げ出してしまいたい。
なんで俺だけ苦しい目に合わなければならない? 魔人だからか? 命を奪ったからか、それとも倫理に反したからか?
何もかも理由があっての行動だった。しかしなぜおれだけ背負わされる……あぁ、もういやだ。何もかも捨ててしまいたい。
何もかも忘れて、自由に暮らしたい。自由に暮らせるのなら、神様に頭を下げるのも、暴力に生きるのも受け入れよう。
『誰か俺のかわりに俺の責任をかぶってくれないだろうか』……かかかっ!」
随分芝居がかっていた。ただ、灰色の須賀京太郎は何も言い返せなかった。夢の中では有りがちなことだが、身体の自由がきかなかった。
ただ、自由であったとしてもまともな返答は出来なかっただろう。内側でくすぶっている須賀京太郎の悩みそのものだったからだ。
287: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:03:38.25 ID:Hg3eW7Fk0
決戦場から二体の霊的決戦兵器が姿を消して一時間後眠っていた須賀京太郎が目を覚ました、この時の薄暗い広場の状況と須賀京太郎について書いていく。
それは薄暗い広場が出来上がって一時間後のことである。広場の隅っこで修道女に看病されていた須賀京太郎が目を覚ました。
目を覚ますとすぐに須賀京太郎は体を起こした。そして周囲を見渡した。薄暗い広場だが、須賀京太郎にとってはただの広場だった。
太陽の下にあるのと何も変わらなかった。ただ、周囲にいた者たちを見て首をかしげた。女子供しかいない上にガイアとメシアの構成員がまじりあっている。
非常に仲が悪いと知っている二大勢力である。不思議だった。しかしすぐにどうでもよくなった。非常に腹が減っていた。何か食べたかった。
ただ、動かなかった。自分が生きている理由に察しがついたからだ。そうして須賀京太郎が状況を把握している時のことである。
テンプル騎士見習いの修道女が近付いてきた。子供たちの相手をやめて、慌てて駆け寄ってきた。
そうして駆け寄ってきて須賀京太郎の近くで修道女が膝をついた。須賀京太郎と目線を合わせるためである。
そうして近寄ってきたテンプル騎士見習いの修道女はこんなことを言った。
「良かった。ずっと眠っていたんですよ?
痛いところはありますか? 回復魔法をかけたのですが、どうしても両手両足が治らなくて……」
かなり丁寧な対応だった。また、須賀京太郎の異形の目を見ても怯える様子がない。そんな修道女に須賀京太郎はこんなことを言った。
「外国のかた? 日本語上手っすね。
えっと、それでここはどこですか? 俺の記憶だと日本にいたはずなんですけど」
するとテンプル騎士見習いの修道女が申し訳なさそうな顔をした。須賀京太郎から視線を切って答えるのをためらった。須賀京太郎は彼女を見て困った。
答えられない問題とは思わなかった。
須賀京太郎が目覚めて五分後テンプル騎士見習いの修道女が状況を語った、この時のテンプル騎士見習いの修道女と須賀京太郎の会話について書いていく。
それは須賀京太郎が
「ここはどこだ?」
と質問して数秒後のことである。テンプル騎士見習いの修道女がためらいながら答えた。こう言っていた。
「霊的決戦兵器アフラマズダとメタトロンの中です」
このように答えた後テンプル騎士見習いの修道女は震え始めた。そして全く須賀京太郎と視線をあわせなくなった。
このテンプル騎士見習いの修道女は須賀京太郎がヤタガラスだと気付いていた。そして黒い竜だったことも知っていた。だから震えた。
日本のヤタガラス、特に帝都を守っているヤタガラスは狂気じみた存在しかいないと情報が出回っている。
その上、不意を打って帝都に乗り込んでにもかかわらずボコボコされた。恐ろしいのもしょうがなかった。
たとえマグネタイトをほとんど失っている須賀京太郎であっても恐ろしかった。しかしテンプル騎士見習いの修道女が思っているようなことは起きなかった。
「ここは霊的決戦兵器の中だ」
と答えた後も須賀京太郎は平然としていた。怒るわけでもなく眉間にしわを寄せることもない。事実を受け入れているだけだった。
そして受け入れてこう言っていた。
「なるほど……決戦兵器の中。
帝都に攻め入ってきた二体の霊的決戦兵器の名前か……ちょっと待って、わからない。
質問しても?」
須賀京太郎がたずねると修道女が驚いていた。普通に対応されるとは思っていなかった。そして少し驚きながら彼女はこういったのだ。
「あっはい。どうぞ」
修道女がうなずくと、須賀京太郎はこういった。
「質問は二つ。
一つ目は、なぜおれを助けたのか。俺を助ける理由がわからない。
二つ目はアフラマズダとメタトロンの中という言い方。俺が見た時、霊的決戦兵器は二体いた。
アフラマズダもしくはメタトロンの中にいるという表現なら納得がいく。言い間違えだったら、間違いだったといってほしい」
すると修道女は簡単に答えてくれた。はっきりとこういった。
それは薄暗い広場が出来上がって一時間後のことである。広場の隅っこで修道女に看病されていた須賀京太郎が目を覚ました。
目を覚ますとすぐに須賀京太郎は体を起こした。そして周囲を見渡した。薄暗い広場だが、須賀京太郎にとってはただの広場だった。
太陽の下にあるのと何も変わらなかった。ただ、周囲にいた者たちを見て首をかしげた。女子供しかいない上にガイアとメシアの構成員がまじりあっている。
非常に仲が悪いと知っている二大勢力である。不思議だった。しかしすぐにどうでもよくなった。非常に腹が減っていた。何か食べたかった。
ただ、動かなかった。自分が生きている理由に察しがついたからだ。そうして須賀京太郎が状況を把握している時のことである。
テンプル騎士見習いの修道女が近付いてきた。子供たちの相手をやめて、慌てて駆け寄ってきた。
そうして駆け寄ってきて須賀京太郎の近くで修道女が膝をついた。須賀京太郎と目線を合わせるためである。
そうして近寄ってきたテンプル騎士見習いの修道女はこんなことを言った。
「良かった。ずっと眠っていたんですよ?
痛いところはありますか? 回復魔法をかけたのですが、どうしても両手両足が治らなくて……」
かなり丁寧な対応だった。また、須賀京太郎の異形の目を見ても怯える様子がない。そんな修道女に須賀京太郎はこんなことを言った。
「外国のかた? 日本語上手っすね。
えっと、それでここはどこですか? 俺の記憶だと日本にいたはずなんですけど」
するとテンプル騎士見習いの修道女が申し訳なさそうな顔をした。須賀京太郎から視線を切って答えるのをためらった。須賀京太郎は彼女を見て困った。
答えられない問題とは思わなかった。
須賀京太郎が目覚めて五分後テンプル騎士見習いの修道女が状況を語った、この時のテンプル騎士見習いの修道女と須賀京太郎の会話について書いていく。
それは須賀京太郎が
「ここはどこだ?」
と質問して数秒後のことである。テンプル騎士見習いの修道女がためらいながら答えた。こう言っていた。
「霊的決戦兵器アフラマズダとメタトロンの中です」
このように答えた後テンプル騎士見習いの修道女は震え始めた。そして全く須賀京太郎と視線をあわせなくなった。
このテンプル騎士見習いの修道女は須賀京太郎がヤタガラスだと気付いていた。そして黒い竜だったことも知っていた。だから震えた。
日本のヤタガラス、特に帝都を守っているヤタガラスは狂気じみた存在しかいないと情報が出回っている。
その上、不意を打って帝都に乗り込んでにもかかわらずボコボコされた。恐ろしいのもしょうがなかった。
たとえマグネタイトをほとんど失っている須賀京太郎であっても恐ろしかった。しかしテンプル騎士見習いの修道女が思っているようなことは起きなかった。
「ここは霊的決戦兵器の中だ」
と答えた後も須賀京太郎は平然としていた。怒るわけでもなく眉間にしわを寄せることもない。事実を受け入れているだけだった。
そして受け入れてこう言っていた。
「なるほど……決戦兵器の中。
帝都に攻め入ってきた二体の霊的決戦兵器の名前か……ちょっと待って、わからない。
質問しても?」
須賀京太郎がたずねると修道女が驚いていた。普通に対応されるとは思っていなかった。そして少し驚きながら彼女はこういったのだ。
「あっはい。どうぞ」
修道女がうなずくと、須賀京太郎はこういった。
「質問は二つ。
一つ目は、なぜおれを助けたのか。俺を助ける理由がわからない。
二つ目はアフラマズダとメタトロンの中という言い方。俺が見た時、霊的決戦兵器は二体いた。
アフラマズダもしくはメタトロンの中にいるという表現なら納得がいく。言い間違えだったら、間違いだったといってほしい」
すると修道女は簡単に答えてくれた。はっきりとこういった。
288: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:06:23.00 ID:Hg3eW7Fk0
「一つ目の質問の答えは貴方を助けたかったからです。死にそうな状態でしたから救いたいと思いました。たとえ異教徒であったとしても同じ人間ですから。
二つ目の質問は……その、両陣営のリーダーが起死回生の手段として二つの霊的決戦兵器を一つに合体させたのです。
アフラマズダとメタトロンは親戚みたいなものですから。原典も技術も合わせやすかったのです」
この答えを聞いて須賀京太郎は驚いた。大きく目を見開いて、口をぽかんとあけていた。一つ目の答えを聞いて驚いたのだ。ビックリするくらい甘い判断だ。
メシアとガイアの陣営からすれば須賀京太郎など怨敵である。殺して当然の存在。それを治療したり助けたりするのは意味が分からなかった。
まったくメシア教徒らしくない。しかし笑えなかった。その甘さで助かったのだから。
テンプル騎士見習いの修道女と須賀京太郎が会話をしている時豪華な服を着た女性が割り込んできた、この時に割り込んできた豪華な服を着た女性とテンプル騎士見習いの修道女の会話について書いていく。
それは
「メシア教徒の中にも狂っていない人間がいるのだな」
と須賀京太郎が驚いている時のことである。須賀京太郎たち所へ豪華な服を着た若い女性が走りこんできた。しかしかなり足が遅かった。
また訓練もしていないのがわかる。足音がバタバタ言っていた。驚くほどバレバレな移動だったので須賀京太郎は視線を動かすことさえしなかった。
そうして走ってきた女性だが、非常に豪華な服を着ていた。この豪華さというのは民族衣装的、宗教的に豪華さである。
須賀京太郎は一瞥さえしていないが、ヨーロッパと中東の民族衣装をうまく混ぜたドレスを着ていた。全体的な色合いは鮮やか。
ガイア教の思想に寄った配色だった。須賀京太郎と会話をしていた修道女と同じくらいの年齢、そして人種だった。
その豪華な服の女性だが駆け寄ってきて一番にこう言ったのだ。
「マリアヤバイわ! 爺ちゃんたちがいよいよ動き出すみたい!
さっさと逃げる手段を見つけないと!」
外国の言葉だった。須賀京太郎にはさっぱりわからなかった。ただ、何となく問題が起きているとわかった。ものすごくあわてていたからだ。
そんな豪華な服を着た女性にマリアと呼ばれた修道女がこう言った。
「その時が来ただけのことです。私たちは初めからそのために集められたのです。
我々は罪深いことをした。そして今罰を受ける。十字軍を気取って帝都に侵略に来た、その報いです。
あきらめて心穏やかに祈りましょう」
この言葉もまた外国の言葉だった。非常に静かな口調だった。このマリアの言葉を聞いていた須賀京太郎だが眉間にしわを寄せていた。
意味はさっぱりわからない。しかし若干気に入らなかった。須賀京太郎が眉間にしわを寄せていると豪華な服を着た女性が口を開いた。
かなりあわてていた。こう言っていた。
「嫌よ! こっちは無理やり連れてこられたんだからね! こんなところで死んでたまるもんですか!
あんたは覚悟してあの女についてきたのかもしれないけどね、女子供はさらわれたも同然なのよ!
あぁ、これだからメシア教徒は嫌なのよ!」
すると豪華な服を着た女性が地団太を踏んだ。ドレスの裾が翻っていたがまったく気にしていなかった。そんな地団太を踏む女性にマリアが口を開いた。
機嫌が悪くなっていた。彼女はこういった。
「ファティマさん、少し黙ってください。みんなおびえているではないですか。
そもそもガイア教団は弱肉強食を信条としているはず。強いものに食われるのはあなたたちの望むところでしょう?
今がその時なのです。黙って死になさい」
この時須賀京太郎はさっぱり会話の内容を理解できなかった。しかし二人の関係性は良くわかった。にらみ合っている二人の顔がものすごく怖かった。
289: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:09:43.21 ID:Hg3eW7Fk0
ファティマとマリアがにらみ合っている時薄暗い広場に変化が起きた、この時に起きた変化と須賀京太郎の対応について書いていく。
それは豪華な服を着たファティマと修道服を着たマリアが殺意丸出しのにらみ合いをしている時のことである。薄暗い広場が明るくなりだした。
薄暗い広場のど真ん中に光がさして、光が徐々に広場全体に広がっていったのである。曇り空が一気に晴れていくような爽快な光景だった。
しかし明るくなった広場にいた女子供たちは真っ青になっていた。というのもこれから何が起きて、自分たちがどうなるのかよく承知していたのである。
そうして広場全体が光で満たされた時、女子供たちは一層身を寄せ合い始めた。もともと広場の隅っこに集まっていたのが、今はもっと密集している。
具体的には体を起こしている須賀京太郎のすぐ近くに逃げ込んでいた。女子供たちは何も考えていない。
この広場にあって戦える年齢の男性が須賀京太郎ただ一人だけだった。
たとえマグネタイトが底をついている上に不気味な風貌であったとしても、頼れるのが須賀京太郎だけだった。だから近付いてすがっていた。
そうして女子供たちが広場の隅っこに集まった時、男性の声が天から降ってきた。老人の声だった。老人はこういっていた。
「皆、許しておくれ。我々が生き延びるためにはこれしかない」
老人の言葉は枯れて震えていた。外国の言葉だったので須賀京太郎にはさっぱり何を言っているのかわからなかった。
ただ、広場にいた者たちには理解できた。そして理解して女たちが悲鳴を上げた。呪いを吐く者もいた。子供たちは特に叫ぶこともなかった。
信頼できる大人たちに行く末を任せるしかなかった。ファティマとマリアは声をきいて眉間にしわを寄せている。また震えてもいた。
どのような目にあわされるかこの場にいる誰よりも理解しているからだ。そんな広場にあって須賀京太郎は困っていた。自分のわからない言葉。
よくわからない嘆きである。何事かと思うばかりであった。
老人の声が降ってきた後広場にヤギ頭の悪魔たちが降ってきた、この時の広場の状況と悪魔たちについて書いていく。
それは須賀京太郎が頭を回転させている時のことである。光が降ってきた天井からヤギ頭の悪魔たちが次々に降りてきた。
ヤギ頭の悪魔の背中にはカラスの翼があった。身長は二メートルほどでいかにも悪魔といった風貌だった。このヤギ頭の悪魔たちが十五匹投入された。
すると広場にいた女子供たちが大きな声で叫びだした。今まで静かにしていた子供たちも異形の悪魔の姿を見て恐れおののいていた。
子供たちは恐怖によって震えていた。ただただ悪魔それ自体が恐ろしかった。しかし女たちは別の心配をしていた。悪魔の下半身を見たからである。
このヤギ頭の悪魔たちだがしっかりと働いていた。というのが広場に降り立った後速やかに陣形を組んだのだ。といっても戦うための陣形ではない。
逃がさないための陣形である。既に広場の隅っこに集まっている女子供たちである。必要のない配慮だが、しっかりと命令に従っていた。
そうなって女子供たちがいたぶられるのは間違いない未来になった。なぜなら女子供たちに戦う術はない。泣き喚き嬲られるのを待つだけである。
しかし本当に不運だったのはヤギ頭の悪魔たちである。なぜなら女子供たちにあと少しで手が届くというところで須賀京太郎が立ちふさがったからである。
だが、女子供たちを背中にして立った須賀京太郎はふらついていた。軽く押せば簡単に倒れそうだった。しょうがないことである。
マグネタイト不足はどうしようもなかった。普通なら勝てる勝負とみる所。しかし須賀京太郎と対面した時ヤギ頭の悪魔たちは
「終わった」
と思った。須賀京太郎の姿を見たからである。禍々しい金色の目。肩あたりまでが口のように開き、刃の舌をチラつかせる銀色の両腕。
自分たちの結末が見えた。心が簡単に折れた。実際、悪魔たちが予想した結末が訪れた。逃げる暇はなかった。空腹の魔人に近寄りすぎた。
哀れな悪魔たちの悲鳴が消えた後半透明なロキが須賀京太郎の前に姿を現した、この時に行われた須賀京太郎とロキの会話について書いていく。
それはヤギ頭の悪魔たちがマグネタイトエネルギーに分解吸収された後のことである。須賀京太郎は自分の両腕をじっと見つめていた。
そして自分の両腕を見つめてニヤついている。というのも銀色の両腕が非常に便利だった。両腕で獲物を喰えば自分のエネルギーになってくれる。
人間の口で喰らいエネルギーに変えるのは非効率的と思っていた須賀京太郎である。両腕が捕食器官になったのは嬉しいことだった。
そうしてニヤついている須賀京太郎にロキが話しかけてきた。須賀京太郎の斜め後ろに立って、天井を見上げていた。ロキはこう言っていた。
「また面倒臭いことになったのう。
どうする? 前回と同じように壊しながら喰らうか?」
すると自分の両腕を見つめながら須賀京太郎がこう言った。
290: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:12:09.62 ID:Hg3eW7Fk0
「難しいよ、それは。
別に俺は構わないけど、あの子供たちと女性たちは間違いなく死ぬ」
このように須賀京太郎が答えると、ロキがこう言った。少し笑っていた。
「助けてどうする? メシアとガイアの関係者じゃろう?
ヤタガラスは慈善団体じゃなかろう?」
ロキの指摘を受けて須賀京太郎は笑った。小さな笑いだった。ロキの指摘はその通りだった。そうして笑ってから須賀京太郎はこういった。
「意識を失っているときに看病してもらったんだよ。ダメか?
メシアとガイアの賞金首になっている俺をわざわざ助けてくれたんだ、少しくらいいいだろう?」
須賀京太郎がこのように答えると、ロキが首をかしげた。そしてこういった。
「小僧を助けた娘か……胸がでけぇから助けたと答えるほうが説得力があるのう。
まぁ、無抵抗の女子供を見殺しにするのはわし的にもよろしくない。ほかの連中もそうじゃろう。
じゃが難しい道になるぞ。女子供に配慮して紳士的に脱出するのならコントロールを奪って支配下に置く必要がある。
この『異界』を丸ごとぶった切れば間違いなく全体が連鎖崩壊するじゃろうし、面倒じゃな」
ロキのもっともな指摘に対して須賀京太郎はこういった。
「『簡単じゃない』ってだけだろ?
霊的決戦兵器のコントロールを握っている奴を見つけて、丁寧に頼めばいい。きっと貸してくれる」
須賀京太郎が答えると、ロキはこういった。
「そこまでのカリスマは小僧になかろう? 敗軍の将をあっさり説得できるのは洗脳能力者くらいじゃよ」
当たり前の反応だった。しかし須賀京太郎は動じなかった。説得する気などないからだ。間をおかずにこう言っていた。
「説得するとは言ってない。『丁寧に頼む』だけだ。すぐに肯かせる。
ちょっと前にもメシア教徒の婆に無茶なお願いをしたが見事に説得して見せたよ。孤児院を経営している婆だったんだが、権利のすべてを譲ってくれた。
斡旋先や卸し先まですべて教えてくれたんだ、ここにいる奴らもそうなる」
そんな須賀京太郎を見てロキが笑った。楽しそうに笑っていた。須賀京太郎と深くつながっているロキである。説得の方法を察して面白がっていた。
そうすると半透明な連中もわいてきた。そしてロキと同じく笑い出した。話を聞いていて楽しくなりそうだった。
敵の兵器を奪い取って自分のものにするというのはワクワクする。そんな物騒な半透明な連中がわいてくると須賀京太郎も軽く笑った。
特に楽しいわけではない。楽しそうに笑っている連中に誘われて笑ってしまった。そんな須賀京太郎たちを見て女子供たちが引いていた。
ヤギ頭の悪魔達を撲殺した挙句、素っ裸のままで笑っているのだ。奇妙だった。どう見ても不審者だった。
291: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:14:37.62 ID:Hg3eW7Fk0
ヤギ頭の悪魔たちが消え去った後広場に老人の声が降ってきた、この時に起きた変化について書いていく。
それは半透明なロキと須賀京太郎が効率的な支配権の奪取について考え始め時のことである。老人の声が天井から降ってきた。
非常に枯れた声でかなりあわてていた。こう言っていた。
「一体どういう事だ!」
老人の声が響くと女子供たちが震えた。老人の声に込められている怒気が恐ろしかった。しかし降ってきた声に対して須賀京太郎は答えなかった。
外国の言葉で話されてもさっぱりわからないからだ。日本語で話してほしかった。そうして声が降ってくると須賀京太郎は天井を見上げた。
自分に対して文句を言っているのだと予想がついた。そうして須賀京太郎が天井を見上げると老人がこういった。
「なぜ生きている! 殺せと言ったはずだぞファティマ!」
またもや外国の言葉であった。さっぱり意味が分からないので須賀京太郎は困った。日本に来るのなら日本語でお願いしたい。
そうして須賀京太郎が無視していると老人の声が再び降ってきた。しかし今回の声は声というより叫び声だった。一瞬
「ぎゃっ!」
という声が聞こえて、それから何も言わなくなった。天井から降ってきていた声をきいていた者たちは、すぐにおかしいと思った。須賀京太郎も同じである。
何か問題が起きたようにしか思えなかった。そうして広場にいる女子供たちがざわついていると、女性の声が降ってきた。若い女性の声だった。
こう言っていた。
「一体貴方が何者なのか、なんてどうでもいいことです。
今ここで重要なのは私の霊的決戦兵器にエネルギーが必要だということだけ!
マリア! 今謝るのなら許してあげます! 再び神のしもべとなり私と共に異教徒どもを滅ぼすのです!」
この女性の声が降ってきた後天井から悪魔が降りてきた。いわゆる四大天使と呼ばれる高位の悪魔たちだった。
高い実力がある存在だが、いまは顔がこわばっている。四大天使を出迎えて微笑む須賀京太郎を見たからだ。あまりにも不吉だった。
銀色の両手両足に異形の目。そして見え隠れしている刃の舌。嫌な予感しかしなかった。
空から女性の声が降ってきた後修道服を着た女性マリアが返事をしていた、この時の広場の状況とマリアの答えについて書いていく。
それは天使たちが降りてきてから三十秒後、須賀京太郎が食事を終えた時である。荒れ果てた広場の中心にマリアが立っていた。
しっかりと自分の足で立って、天井を見上げていた。そしてマリアは口を開いた。こう言っていた。
「アンナさま。我々はもう敗北したのです。
神の法も力の法もヤタガラスの前に敗北したのです。我らにできることがあるとすれば、本国に逃げ帰る事だけです。
二代目葛葉狂死の寝首をかくなんて到底できることではありません。冷静に状況を把握すれば、撤退こそ正しい道です」
声が完全に諦めていた。しかし正しい判断であった。世界樹の援護のない霊的決戦兵器二体はあっさりと超力超神によって惨殺された。
世界樹は既に滅び去っているのだ。勝利の目はない。また、戦う決定を下したところで広場にとんでもない怪物が紛れ込んでいる。戦いはない。しかし
「命を救ってもらった恩を返したい」
と怪物がほのめかしている。生き延びるための判断としてはマリアが大正解だった。しかしアンナと呼ばれた女性はまったくうなずかなかった。
天井から降ってきた声がこう言っていた。
「逃げる!? 龍門渕信繁も愛宕義経も花田義輝もぶっ殺してないのに!? 十四代目葛葉ライドウは!? 二代目葛葉狂死は!? 萩原千歌は!?
私たちが成り上がるためにはこいつらの首が必要なのよ!? ここで逃げ帰っても私たちは殺されるだけ!
いやよ! そんなのは絶対にいや! あの豚どもに殺されたくない!」
292: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:17:15.38 ID:Hg3eW7Fk0
この女性の悲痛な叫びに修道服のマリアがこう言った。冷えた声だった。
「諦めなさいアンナ。
私たちはそれだけのことをしたのです。我々は将としての責任を果たし、非戦闘員を本国に送り届けてから十字架にかけられる。
日本を潰すつもりでここに来たのですよ。敗北は死。しょうがないでしょう?
霊的決戦兵器を任されたということはそういう事です。二人で仲良く神の下へ向かいましょう」
すると女性の怒鳴り声が返ってきた。こう言っていた。
「絶対に嫌! 絶対に嫌だから! あんたは何時だってそう! 神様神様五月蠅いのよ! なんでもかんでも神様のせいにして!
神の下!? そんなものあるわけないじゃない! 私はこの世界で生きていたい! 成りあがって、幸せになってやる! 死んでやるもんか!」
この言葉を最後に天井から声が降ってくることはなくなった。また光も振ってこなくなった。
広場の外側から徐々に暗くなり十秒もしないうちにほとんど真っ暗になってしまった。ほとんどというのは、すこしだけ光があったのだ。
発生源は須賀京太郎である。広場の中心で満腹になっている須賀京太郎が光っていた。
須賀京太郎の銀色の四肢がマグネタイトとマガツヒのエネルギーによって輝いて見えた。ただ全てを照らす光ではなかった。
真っ暗闇にぼんやりと浮かぶ蛍の光のようなもの。だが不安がっている人たちを呼び寄せるだけの力があった。須賀京太郎の異形ぶりは恐ろしい。
その暴力も恐ろしい。しかし守ってくれる存在だと彼女ら、彼らは知っていた。
光が失われた後須賀京太郎たちを広場が殺しにかかってきた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。
それは広場を照らしていた光が失われて、須賀京太郎の放つエネルギーだけが頼りになった時のことである。広場全体がギシギシときしみ始めた。
このギシギシという音は非常に不吉な音だった。誰がきいても何が起きるのかわかった。これから広場が壊れるとわかりやすく予告していたからだ。
少なくとも広場にいた者たちは嫌な予感で頭がいっぱいになっていた。この時不安を感じていないものがいた。半透明な連中と須賀京太郎である。
こうなるとわかっていた。女子供をいたぶって精神エネルギーを生み出そうとしていた連中である。本来ならじわじわと嬲るつもりだったろう。
長く嬲ればそれだけエネルギーが生み出されるからだ。しかし須賀京太郎が邪魔でいたぶれない。だがエネルギーは欲しい。
となって異界を潰すという方法になったのだ。つまりじっくり絞り取るのをやめてとりあえずのエネルギーだけ手に入れようとした。
この追いつめられた者たちの思考を須賀京太郎たちは読んでいた。そのため、おびえることはなかった。
「そうなるだろう」
としか思わなかった。そして実際にそれは起きた。広場の中心に集まってきている女子供たちめがけて、じわじわと天井と壁が迫ってきた。
すると女子供たちが悲鳴を上げた。真っ暗闇の中から気配だけが襲ってくる。それが恐ろしかった。
か弱い光しかない広場であるから、実際に迫ってくるさまは確認できない。しかし、迫ってくることは空気でわかる。徐々に狭くなっていく空間。
軋む天井と壁。一カ所に人が集まっていることで生まれる熱気の渦。何もかもが恐ろしかった。
こうなってしまうと修道服を着たマリアも、豪華な服を着ているファティマも青ざめて震え始めた。だが、かろうじて悲鳴をこらえた。
それは覚悟が出来ているからだ。しかし悲鳴をこらえるので精一杯だった。死の覚悟はしていたがその時が来ると恐ろしかった。
か弱い光を放つ異形の須賀京太郎にすがりつきたい気持ちにさえなった。一人きりで死ぬよりも人間の暖かさに抱かれたいという欲求であった。
そうしていよいよ弱気になった者たちの耳に須賀京太郎の声が届いた。か弱い光を四肢から放つ須賀京太郎がこういったのだ。
「薄い!」
この声が広場に響いた後のことである。迫っていた天井と壁が切り裂かれて消えた。切り裂いたのは異形の両腕である。
銀の腕に隠された刃の舌が迫ってきた天井と壁を切り裂いて喰ってしまった。葦原の中つ国を切り裂いた須賀京太郎である。
エネルギー不足の異界などデザートにしかならなかった。
293: ◆hSU3iHKACOC4 2016/09/24(土) 19:19:38.57 ID:Hg3eW7Fk0
弱弱しい壁を須賀京太郎が切り裂いた直後豪華絢爛な会議室で女性と老人が会話をしていた、この時に会議室にいた者たちについて書いていく。
それは異形の四肢をもつ須賀京太郎が薄っぺらい異界を切り裂き喰らった直後のことである。
宮殿と見間違うような会議室でしわだらけの老人と若い女性が頭を抱えていた。
若い女性は日本人ではない。ヨーローッパと中東を混ぜたような人種であった。また青と白を基調とした修道服を身に着け、黒い髪の毛を長く伸ばしていた。
老人も日本人ではない。おそらく中東あたりである。髪の毛とひげが伸びっぱなしなので、正確にはわからなかった。鮮やかな服を身に着けていた。
若干宗教的なにおいが感じられる装飾が多いが、機能性を優先している風であった。この二人以外には護衛の悪魔がいるだけである。
人間は二人だけだった。この女性と老人の正体であるが、今回の帝都侵略に参加しているメシア教徒の元締めとガイア教徒の元締めである。
女性の名前はアンナ。老人はアルスランである。この二人が会議室で頭を抱えているのは、須賀京太郎のせいである。
異界をぶった切って見せたのがきいていた。もともとボロボロになった霊的決戦兵器をニコイチにしてもう一度挑むつもりだったのだ。
そのために再起動にエネルギーが必要で、犠牲を払った。非人道的な方法で手に入れようとした。しかし自分たちの目的のために心を鬼にした。
そんな覚悟を須賀京太郎が台無しにした。あっさりと悪魔たちを屠り喰らい、異界を切り裂いて喰った。
こうなってしまうと再度ヤタガラスに挑む計画は台無し。それどころか異界を切り裂く怪物から逃げ延びる必要がうまれた。
決死の覚悟で日本に乗り込んできてこのありさまである。頭を抱えたくもなる。後悔の念でいっぱいになった。そんな時である。
頭を抱えていたアンナがこんなことを言った。
「許してもらえないかしら……あの日本人たぶんヤタガラスでしょ? 必死になって謝れば」
これに対して老人アルスランが頭を抱えたままこういった。
「ありえん。
ヤタガラスの上位陣は政治に口を出さん傾向が強いが、気位が高いものが多い。二代目さまを見ていればわかるだろう。
異界を切り裂くほどの技量を持つ退魔士ならば、間違いなく同じような性質を持っているはず。下手な対応をすれば即座に殺されるぞ。
若い女だろうと関係なしにな」
すると頭を抱えているアンナが勢いよく顔を上げた。美しい顔が恐怖でゆがんでいた。しかし両目が希望の光を見つけていた。彼女はこう言った。
「でも! 見た感じ十代後半辺りでしょ!? 色仕掛けとか!」
これに対してしわしわのアルスランが首を横に振った。そしてため息を吐いた。その勢いでこう言った。
「やめておけ。
わしらの前に現れる退魔士を二代目さまだと思って行動せよ。色仕掛けなんぞした日には生きていることを後悔するような拷問にかけられるぞ。
わしらに残されておる道は大人しく首を落とされるか、戦って死ぬかの二択だ。子供らを守っているところからして優しい退魔士だろう。
こちらの心意気を酌んで一撃で葬ってくれるかもしれんな」
老人アルスランの見立てをきいて会議室のアンナが顔を伏せた。そして静かに泣き出した。上位退魔士の情報をよく承知しているアンナである。
強い退魔士たちの共通点にも気付いている。そしていよいよ逃げ道が無くなったと理解した。戦いに備える気配はなかった。
力量差は歴然で、諦めの心しかなかった。
301: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:31:23.62 ID:Bl9rwxM/0
老人アルスランとアンナが絶望でいっぱいになっている時須賀京太郎はトンネルを歩いていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。
それは天井と壁を須賀京太郎が破壊した後のことである。須賀京太郎と女子供たちは長いトンネルを歩いていた。
天井と壁を破壊したあと、半透明なヨルムンガンドとフェンリルが
「このトンネルの向こうに大量のマグネタイトがある」
といって導いてくれたのだ。異界を切り裂いた後の空間は不安定な構造であったから非常に助かった。
そうして頼れる戦友の導きでトンネルを見つけ入っていった。
高さ一メートル七十センチほど、幅一メートルの狭いトンネルだったが、特に恐れることはなかった。
二代目葛葉狂死を始末する前のひと仕事をさっさと片付けたかった。そうして須賀京太郎がトンネルに入っていくと女子供たちも一緒についてきた。
中腰になって歩く須賀京太郎の後をぞろぞろとついてきた。この時須賀京太郎のすぐ後ろに修道服を着たマリアがいた。
この時マリアは小さな子の手を握って歩いていた。この小さな子は、また小さな子の手を握って、それが延々と続いていた。
最後にトンネルに入ったのは豪華な服を着たファティマで、取り残された者がいないことを確認してトンネルに入った。彼女もまた手をつないでいた。
光が全くない状態であるから、誰かが手を引かなければ歩けなかった。そんな彼女らのことを須賀京太郎は特に気にしていなかった。
トンネルをずんずん進んでいる。看病の恩を感じている須賀京太郎である。しかし積極的に守るつもりはなかった。何せ人数が多すぎる。
女子供あわせて百人前後。いちいち気を配っていられなかった。ただそんな須賀京太郎背中をしっかりマリアは追いかけた。必死で追った。
須賀京太郎の背中を追いかければ生き延びられる気がした。不思議なことで大人しく死ぬ気持ちはなくなっていた。
狭いトンネルに入って十分後須賀京太郎たちは居住スペースに到着した、この時の居住スペースの状況と須賀京太郎たちについて書いていく。
それは腰を曲げながら無駄に長いトンネルを歩ききった後のことである。須賀京太郎は居住区画に到着していた。
トンネルを抜けてすぐに扉があったのだが、その扉を開くとその先が居住区画だったのだ。居住区画だとわかったのは生活の匂いがしたからである。
単純に生活のための備品が視界に入ったのもそうだが、人の臭いが非常に強かった。人混みの匂いではなく、生活臭である。
また須賀京太郎のすぐ後ろからついてきていた修道服のマリア、そして手をつないで現れる子供たちがほっとしているところからも察せる。
ただ、この居住区画に到着しても須賀京太郎は動きを止めなかった。ヨルムンガンドとフェンリルの案内に従った。
なぜなら大量のマグネタイトの反応があると半透明な連中が教えてくれた。大量のマグネタイトが人間のものなのか悪魔のものなのかはわからない。
しかし何かがあるのは間違いない。そうなって須賀京太郎は気を抜けない。この場所にあって須賀京太郎は敵対者、外敵である。
生活臭くらいでは緩まなかった。そうして須賀京太郎が
「いったい何が大量のマグネタイトを生んでいるのか、保有しているのか」
と探索に向かおうとした時であった。修道服のマリアが須賀京太郎に声をかけてきた。これは日本語で語りかけていた。彼女はこういっていた。
「あの! 服を!」
居住区画には電気がしっかり通っている。トンネルと広場では光がなかったが今はあるのだ。となると非常にまずい状況だった。
須賀京太郎のすぐ後ろを歩いている修道女マリアには特に厳しかった。
そうして日本語で話しかけてきたマリアの手には鮮やかなローブと青と白のストライプ柄のズボンが握られていた。
かなり大きめなローブとズボンで外国サイズだった。修道女マリアに服を差し出された須賀京太郎は服を黙って受け取った。何とも言えない顔をしていた。
服を探す手間が省けたと思う一方で恥ずかしさが勝っていた。
須賀京太郎が鮮やかなローブとズボンを身に着けた後修道女マリアが話しかけてきた、この時に行われた会話について書いていく。
それは須賀京太郎が素肌に直接ローブをまとい、 着も履かずにズボンを身に着けた後のことである。
あとからトンネルに入ってきた女子供たちが居住区画にたどり着いた。最後にトンネルに入ったのは豪華な服を着た女性ファティマ。
居住区画に到着すると同時に子供たちを励ましていた。ただ日本語ではないのでさっぱり何を言っているのか須賀京太郎にはわからなかった。そんな時である。
着替え終わった須賀京太郎に修道女マリアがこんなことを言った。
302: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:34:49.85 ID:Bl9rwxM/0
「貴方に協力すれば、私たちを助けてもらえますか?」
着替え中の須賀京太郎から視線をそらしていたマリアだったが、今はしっかり見つめていた。両目に力がこもっていた。
そんなマリアに話しかけられた須賀京太郎は首をひねった。そしてこう返した。
「どっちの意味か分からないです。
『俺に殺されたくない』という意味なら
『もちろん。心配するな、危害を加えるつもりはない』と答えます。
もしも
『ヤタガラス全体にメシアとガイアの残党を見逃してほしい』という意味なら
『よほどのことがない限りは不可能』と答えます。
どっちの意味ですか?」
この時須賀京太郎の言葉は居住区画によく響いていた。居住区画が静かだった。しょうがないことである。光の下にさらされた須賀京太郎廃業である。
この須賀京太郎を前にして自由にふるまえる胆力は女と子供にはない。そんな須賀京太郎に対して修道女のマリアが震えながら答えた。こう言っていた。
「私たちは『不可能』を『可能』にして欲しいです」
大人しく死ぬべきだと語っていた修道女はもういなくなっていた。かなりの勢いで頭を回転させて生き延びられる道を探していた。これは自然なことだった。
なぜなら今までは完全に詰んでいたのだ。何をやろうとヤタガラスに滅ぼされる結末が見えていた。
しかし今乗り越えなければならない障害は須賀京太郎一つだけ。目の前に生き延びる道があるのならば足掻かずにはいられなかった。
そんなマリアのお願いを聞いて須賀京太郎は首をひねった。かなり困っていた。不可能を可能にするのは難しかった。意味がない。
利用価値のない敵対勢力の構成員である。さっさと処分するのが正解だった。メシアとガイアは帝都に侵略してきた勢力である。
自分を看病してくれた恩を感じて直接的な破壊工作を行わないだけ。優しく接する気は一切なかった。
須賀京太郎がマリアのお願いに困っている時豪華な服を着たファティマが割り込んできた、この時のファティマとマリアについて書いていく。
それは須賀京太郎が
「どうやって諦めてもらうか」
と頭を回転させている時のことだった。女子供たちを慰めていた豪華な服を着た女性ファティマが須賀京太郎とマリアの所へ割って入ってきた。
結構な勢いで駆け寄ってきてまったく足音を隠す気がなかった。そうして駆け寄ってきたファティマは須賀京太郎に外国語で話しかけた。こう言っていた。
「サンキュー! あんた、なかなか懐が深いじゃない! ヤタガラスって頭のいかれた連中だって聞いていたから私たちを助けてくれるなんて全く思わなかったわ!」
この時須賀京太郎の銀色の両腕をファティマが握っていた。本当ならば簡単に回避できたのだが、須賀京太郎は黙ってつかまれていた。
外国語で語られているのでさっぱり意味は分からない。
しかし「サンキュー!」はしっかり聞き取れていたし、にこにこ笑っている顔からしてお礼を言っているのだと思った。そして黙ってお礼を受け取った。
この時黙ってはいたものの須賀京太郎の口元が緩んでいた。普段お礼を言ってくれる人なんて全くいないのだ。嬉しかった。
本当ならポーカーフェイスで隠すのだが、今は難しかった。ロキたちの魂が須賀京太郎の心を増幅しているからだ。
そんな須賀京太郎を見て修道女マリアが鋭い目になった。鋭い目になったマリアは
「押せばいけるかもしれない」
と思ったのだ。しかしすぐに考え直した。半透明なロキが悪い顔をしていたのが見えたからである。
そしてそのそばにいる半透明な老紳士たち、狼と蛇もクスクスと笑っている。何か自分の内面を透かされているように思えて強くお願いできなかった。
ちなみに半透明な連中が笑っていたのは須賀京太郎が面白かったからである。チラチラと女の胸元に視線が言っていたので
「あとで女性陣の前で暴露してやろう」
などと考えていた。そうして須賀京太郎が弱みを握られた時豪華な服のファティマが外国語でこんなことを言った。
303: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:37:18.57 ID:Bl9rwxM/0
「あんたを男と見込んでお願いしたいことがあるの。
私たちを助けて。私たちは敗北を認める。これ以上戦ったとしても絶対勝てないと認める。だから私たちを助けてほしい。
この霊的決戦兵器の所有権も、何もかも全部あげるから私たちを助けてほしいの。あんたが私のことを好きにしたいというのなら好きにしても構わない。
でもほかの子たちに手を出さないであげて。あの子たちは本当に連れてこられただけだから」
このように語りかけてきたファティマに須賀京太郎は押された。非常に戸惑った。
急に真面目な雰囲気になったのもそうだが、外国語でまくしたてられたので非常に困った。須賀京太郎が困っているとファティマがマリアに視線をやった。
そしてこういった。
「マリア、通訳してよ。正確にお願いね」
するとファティマの視線を受けて修道女マリアが少しためらった。訳していいものか怪しい内容だった。
しかし須賀京太郎とファティマに見つめられてどうしようもなくなって通訳した。彼女は出来るだけ正確にファティマのお願いを伝えた。
すると須賀京太郎の眉間にしわが寄った。明らかに不機嫌になっていた。それを見て半透明な連中が軽くうなずいた。当然のことだった。
無関係な人間を巻き込んだと知れば、異形の怪物は怒るのだ。そういう性格だと知っていた。そして状況をほぼ正確に理解した須賀京太郎はこういった。
「いいだろう。
だが、両陣営のトップがどうなるかは保証しない」
この時須賀京太郎の答えはすぐにマリアによって訳された。居住区画にいた者たちの耳にしっかりと彼女の言葉が届いた。しかし大喜びする者はいなかった。
須賀京太郎が放つ激怒のオーラがあまりにも恐ろしかった。
ファティマのお願いをきいた後ヨルムンガンドとフェンリルの後を須賀京太郎が追いかけていた、この時の須賀京太郎たちの様子と目的について書いていく。
それは豪華な服を着たファティマのお願いを須賀京太郎が受け入れて数分後のことである。
ヨルムンガンドとフェンリルの後を須賀京太郎たちが追いかけていた。この時ヨルムガンドもフェンリルもゆっくりと歩いていた。
半透明なので足音もなく疲れもないのだが、ゆっくりだった。そんな半透明な二人の後ろを鮮やかなローブとズボンを身に着けた須賀京太郎が追いかけた。
しかし非常にゆっくり歩いている。今までの恐ろしい速度はまったくない。人並みかそれ以下であった。
そんな須賀京太郎たちの後を修道服を着たマリアと子供たちがついてきていた。
子供たちの手を女たちが握っていて、最後尾にはファティマと半透明な老紳士たちとロキがいた。
この時半透明な老紳士たちとロキは周囲に対して警戒網をはっていた。須賀京太郎から
「護衛の手伝いをしてほしい」
とお願いされたからである。半透明な連中に攻撃力はまったくない。しかし見張りはできた。
須賀京太郎たちが向かっているのは、大量のマグネタイト反応がある場所である。
「霊的決戦兵器の支配」
が目的の須賀京太郎は支配権を持つものに出会いたかった。エネルギーをたくさん持っているのだから、支配者だろうという発想である。
女子供たちが被害者とわかった今、霊的決戦兵器の奪取は決定事項になっていた。この時のヨルムガンドとフェンリルはなかなか楽しそうだった。
須賀京太郎の決定が好みのものだった上に、小さな子供たちにチヤホヤされる。生きていたころの記憶を思い出していた。
そうなると足取りがゆっくりになるのもしょうがなかった。あまり早いとだれも追い付けないとわかっていた。
大量のマグネタイト反応を目指して数分後須賀京太郎は奇妙な部屋にたどり着いた、この時に行く手を塞いだ扉と須賀京太郎の対処法について書いていく。
それは半透明なヨルムンガンドとフェンリルが女子供に配慮して道案内を行った後のことである。須賀京太郎たちはがっしりとした扉の前に立っていた。
居住区画の扉とは違って厳重にロックされていた。いかにもな厳つい扉であった。そうして扉の前に須賀京太郎が立った時、修道女マリアが話しかけてきた。
怯えはかなり消えていたが非常に下手に出ていた。こういっていた。
304: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:40:00.10 ID:Bl9rwxM/0
「この扉を開くには管理者の許可が必要です。現在の状況なら、両陣営のリーダーの許可です。
下手にこの扉に触れば警備システムが作動するでしょう」
このようにマリアが語ると須賀京太郎は黙って息を吐いた。そんな須賀京太郎を見て半透明なヨルムンガンドとフェンリルがニヤリと笑った。
修道女がいちいち面白かった。そうしてヨルムンガンとフェンリルが笑っていると修道女マリアが口をもごもごとさせた。
またチラチラと須賀京太郎に視線を送っていた。チャンスだと思ったのだ。須賀京太郎の役に立てば活路があるかもしれない。頑張りどころだった。
ただ、彼女がもごもごとしている間に問題は解決した。須賀京太郎が厳つい扉を取り外した。
重厚なロックを粘土のようにギュッと握りしめて、そのまま引き抜いた。引き抜いた勢いで厳つい扉がひしゃげ壊れた。扉を外すと警報が鳴り響いた。
また扉の向こうから冷えた空気が流れ出してきた。あまりに冷えた空気だったものだから修道女は咳き込んでいた。
しかし須賀京太郎はそのまま部屋の中に入っていった。須賀京太郎は平然としていた。半透明な狼と蛇が冷たい部屋の奥へと進んでいくからだ。
さっさと霊的決戦兵器を奪い取りたい須賀京太郎である。足を止める理由がなかった。そうして須賀京太郎が部屋に入っていくのを修道女マリアが見送った。
この時彼女は引きつった笑みを浮かべていた。自分を売り込めないと確信できたからである。まったく住んでいる世界が違っていた。
ちゃちな扉を破壊した後冷えた部屋で須賀京太郎は答えを見つけた、この時に見つけた残骸と答えについて書いていく。
それは修道女マリアが引きつっている間の出来事である。大量のマグネタイトがあるという冷えた部屋に須賀京太郎は入っていった。
この時須賀京太郎はずいぶん不機嫌になっていた。銀の指で鼻をつまんで口で呼吸しているところを見ると、これ以上の不機嫌顔はなかった。
というのも冷えた部屋に入った瞬間から生ゴミのようなにおいが鼻を突いている。しかもこのゴミのような臭いは部屋の奥に近付くにつれて強くなる。
半透明な狼と蛇は平気で部屋の奥へと進んでいくのだから、須賀京太郎はたまらない気持ちになった。しかしどうにか我慢して数秒ほどで最深部に到着した。
この時の須賀京太郎は無表情だった。鼻を抑えることもやめていた。それというのも、大量のマグネタイト反応の正体を見つけてしまった。
半ミイラ化した大量の死体が保存されていたのだ。死体はいろいろな種類があった。人種はいろいろで、死に顔もいろいろ。ただ共通点があった。
これを見て須賀京太郎は
「なるほど」
といった。そして続けてこういった。
「こうするつもりだったか」
須賀京太郎の呟きの後半透明な連中が呻きだした。激しい怒気によって純化したマグネタイトが供給され体が熱くなっていた。
半透明な連中が呻きだした時冷えた部屋の外から悲鳴が上がった、この時に部屋の外で起きた問題について書いていく。
それは女性と子供のミイラが部屋いっぱいに収納されているのを見て須賀京太郎が心を乱した時のことである。
須賀京太郎たちを見張っていたメシアとガイアの戦闘員たちが一斉に駆け出していた。半透明な連中が苦しみ始めたのをチャンスと見た。
なかなか素早い判断と身のこなしである。優秀な戦闘員だった。そうして一斉に駆けだしてきた戦闘員たちは一気に女子供たちを囲い込んだ。
囲い込んだときには仲魔を呼び出していて万全だった。計画通りである。そうして悪魔たちに取り囲まれた女子供たちは突然の襲撃に戸惑いおびえた。
肉食動物のような身のこなしで二十名ほどの屈強な戦闘員たちが現れたのだ。その上悪魔まで目の前にいる。恐ろしい。
しかも戦闘員たちの目はぎらついている。女子供たちの肉体をなめまわして遠慮がない。須賀京太郎の怒気とは違う不愉快な恐ろしさがあった。
これに対して拳を作っている女性、睨みつける子供もいた。しかし身体は震えていた。力の差が歴然だった。
そんな状況で、戦闘員のリーダーらしき男がこんなことを言った。
305: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:42:35.85 ID:Bl9rwxM/0
「私たちと一緒に来なさい! 保護しに来た!」
しかし動く者はいなかった。それもそのはずで、戦闘員のリーダーらしき男の目が異様な輝きを宿していた。獣の輝きである。近付けば喰われると思った。
そうして誰も動かないでいると豪華な服を着ているファティマに戦闘員が近付いていった。戦闘員の目が血走っていた。また呼吸が荒かった。
ファティマは逃れようとしたが無理だった。あっさりと捕まって服を引き裂かれた。紙を破くような勢いで豪華な服はボロボロにされてしまった。
服を引き裂かれたファティマは真っ青になった。何をされるのか予想がついた。
そうしてファティマを皮切りにほかの女子供たちにも戦闘員の手が伸びていった。この時一人の子供が戦闘員に食ってかかった。
手を繋いで導いてくれた女性を助けようとした。男気を見せた。すぐに女性の悲鳴が上がった。食ってかかった子供が弾き飛ばされたからである。
間違いなく精神的に勝っていたが、力量差は覆らなかった。ただ怒り狂っている魔人をさらに燃え上がらせるには十分だった。
怒る狂っている魔人が現れた後半透明なロキが口を開いていた、この時須賀京太郎に対して半透明なロキが語った内容について書いていく。
それは冷えた部屋の前の通路を須賀京太郎が血で染めた後のことである。血だまりの中に須賀京太郎が立っていた。足元には人間の残骸が転がっていた。
少し腹が減っていたが、喰らうことはなかった。ゴミだからだ。そんな須賀京太郎から少し離れたところに女子供たちが一塊になっていた。
肉体的な被害は少年が擦り傷を負った程度である。しかし、服を破かれてしまったものが多い。流石に若い女性ばかりである。
須賀京太郎の視線から逃れたかった。ただ、ほとんど裸になってしまった彼女らだが、不思議と不安の色が少なかった。
恥じらうところはあるが、恐怖はない。桁外れの暴力が偉大な守護の力に感じられた。
そうして女子供たちから信頼を受けている須賀京太郎だが、表情が暗かった。敵を屠って作った血の池でため息を吐いてばかりいる。
怒りにまかせて敵を殺した後、暗黒に心が包まれた。暗黒である。怒りが去った冷静の中に言葉にできない暗闇が生まれていた。
この暗闇は陰鬱で、ため息ばかりを生んでくれた。そんな須賀京太郎に半透明なロキが話しかけた。優しげな口調で語っていた。
須賀京太郎の動揺を見抜いたのである。助けになりたかった。ロキはこういっていた。
「救えなかった事を悔やむのなら、やめておけ。
小僧にはどうすることもできんかった」
ロキが語りかけてくると須賀京太郎はこういった。
「……マグネタイトはエネルギーだ。
苦痛を与えれば与えるほど楽に手に入る……こういう下種なまねをする賞金首は何匹もいたよ。
手が届かなかったことも、心が沸き立つのも初めてのことじゃない……処刑するのもな。
合理的な方法だと思う。利用できるものは何でも利用する。この姿勢は俺も同じだ。やり方こそ違っているが、いざとなれば俺もそうするかもしれない。
責める立場にない事も理解している。俺はもっと外道な方法……この戦いの中で人を喰らって力に変えている」
するとロキがこう言った。
「全く違う。
戦う力のない女子供をさらってマグネタイトの供給源にすることは卑しい行為じゃ。小僧の怒りは正しい」
ロキが指摘したが、須賀京太郎のため息は止まらなかった。表情はなおも暗いままである。須賀京太郎の沈んだ顔を見てロキが首を振った。
横に何度か静かに振っていた。今の須賀京太郎に助言は逆効果だと見抜いた。そして何も言わずに須賀京太郎から離れていった。
答えを見つける邪魔をしないためである。ロキ自身迷った経験があるのだ。こういう時には一人になる必要があると知っていた。
306: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:45:39.27 ID:Bl9rwxM/0
半透明なロキが去った後須賀京太郎は奇妙な声をきいた、この時に須賀京太郎が聴いた声と、みたものについて書いていく。
それは半透明なロキが須賀京太郎から離れてすぐのことだった。溜息を吐いていた須賀京太郎が足元に視線をやった。視界にチラチラと入る女性の肌。
そしてすがりつくような子供たちの視線が原因である。暗黒が心を覆っている今、彼女らの視線はあまりにも重たい。内側の暗黒のためである。
自分自身の内側にある形容しがたい奇妙な闇が配慮する余裕を奪っていた。しかしそうして視線を下に向けてみると足元は血だまりである。
暴徒たちを始末して出来上がった血の池は須賀京太郎の銀の両足を汚している。ひどい光景ひどい臭いだったが落ち着いた。
戦いの道に殉じる安寧を思い出した。戦って死ぬ。単調だが楽な考え方は、ほっとさせる。そんな時だった。
「血だまりに映った須賀京太郎」
が突如として自由を手に入れた。血だまりに移っていた銀色の四肢をもつ須賀京太郎が急に口を開いたのである。
血だまりに映った須賀京太郎はこんなことを言った。
「あぁ、彼らがうらやましい。俺も彼らのようになりたい。彼らのように欲望のままに生きてみたい」
血だまりに映った自分が語り始めた時、須賀京太郎はパッと顔を上げた。魔法攻撃を受けていると思った。
「敵がいるかもしれない」
そう考えて周囲を見渡した。しかし気になる物はなかった。一塊になっている女子供たちがいるだけだった。
この時服を破られたファティマと目が合ったが、すぐにそらした。すがりついてくる視線に耐えられなかった。そうして再び視線を下に向けた。
視線の先には笑っている須賀京太郎がいた。邪悪な笑みを浮かべてこんなことを言っていた。
「俺が彼らに怒りを抱いたのは、『羨ましかった』からだ。
俺がこんなにも我慢しているというのに、彼らは欲望のままに行動した。女と子供をいたぶって楽しもうとしていた。
羨ましい限りだ。『欲望のままに生きる!』『責任を捨て去って獣のように!』
なんて人間らしい生き方なのか!
俺なら欲望のままに生きることもできるのに……あぁ、彼らには悪いことをした。俺にはできなことをやってのけた彼らが羨ましくて俺は嫉妬したのだ。
そして無残な最期を遂げさせた」
邪悪な笑みを浮かべている須賀京太郎は大げさな演技を加えながら語っていた。この時須賀京太郎は静かだった。黙って血の池を眺めるだけである。
また驚くほど穏やかな顔をしていた。俯いて血の池を眺める須賀京太郎は聖職者のように見えた。しかし、近くにいた女子供たちは怯えた。
須賀京太郎の身体から怒気が放たれ始めたからである。半透明な連中も苦しげであった。そんな時に血の池に映っている須賀京太郎がこんなことを言った。
「今からでも遅くない。欲望のままに生きよう。欲望のまま、好き勝手生きてやろう。
俺ならできるはずだ。知略が暴力が欲望を満たす手伝いをしてくれる。
まず手始めにあの女たちで遊んでやろう。
あぁそうしよう! 彼らのように! 俺が羨んだ彼らのように!」
このように血の池に映る須賀京太郎が語った直後である。血の池が蒸発した。須賀京太郎が原因である。
須賀京太郎の肉体から赤い火が噴きだして、足元の血の池を消し飛ばした。突然の発火は激怒のため。
自分自身の口から放たれた言葉に激しい嫌悪感を抱いた。論理的なものはない。生理的に受け付けなかった。しかしすぐに治まった。
子供達の泣き声が聞こえたからである。幸い服は燃えなかった。不思議なことで制御がきいていた
子供たちが泣き出して数分後須賀京太郎たちは居住区画を探索していた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。
それは奇妙な幻覚を見た五分後のことである。半透明な連中が護衛につきながら居住区画の中を須賀京太郎たちがうろついていた。
須賀京太郎が先頭に立って居住区画を進み安全を確認してから女子供たちが移動していた。
この時須賀京太郎のすぐそばに修道服を破かれたマリアと同じく服を破かれたファティマがしたがっている。
というのが先ほどの暴徒の襲撃で女性たちの服がほとんど破かれてしまっている。
須賀京太郎は素っ裸で移動しても問題ないのだが女性たちにはつらい状況であった。
そのため内部構造をそれなりに理解しているファティマとマリアに道案内を頼んだ。服を調達するためである。
服の調達ついでに管理者の居場所も探していたが、見つからない。
307: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:49:16.79 ID:Bl9rwxM/0
「巨大なマグネタイト反応があるところに実力者がいる」
という理屈で探索しているからであった。服を探索している時女子供たちは出来るだけ須賀京太郎の近くに居ようとした。
どこから人知を超えた怪物が襲い掛かってくるかわからないからだ。自分たちを守ってくれる存在と一緒にいたかった。
居住区画を探索し始めて二十分後須賀京太郎たちは食堂で休憩していた、この時の食堂の様子と須賀京太郎たちの会話について書いていく。
それは居住区画を探索しそれなりの成果を上げた後のことである。ファティマとマリアの案内で須賀京太郎たちは食堂で休んでいた。
須賀京太郎の体力はまったく問題ない。まだまだ戦える。しかしほかの面々の体力が尽きかけていた。特に子供たちの体力が怪しかった。
無理やり歩かせるわけにもいかないので、食堂で休憩ということになった。ついでに食べるものが見つかれば良いなとも思っていた。
居住区画にあった食堂はそれなりに広かった。女性と子供が全員座っても問題なかった。乗組員の姿はなかった。
女性と子供が休憩を始めると食堂が少し騒がしくなった。ほっとして口を開き始めていた。そんな食堂の隅っこに須賀京太郎が座っていた。機嫌が悪かった。
そんな須賀京太郎の周りには服を着替えたファティマとマリアがいた。二人とも顔色が悪かった。須賀京太郎の苛立ちが怖かった。
半透明な連中は女性と子供の相手をしていた。一番人気はフェンリルで二番人気が赤い老紳士、三番目が黒い老紳士だった。
フェンリルは見た目で一番に、老紳士たちはマジックで人気を得ていた。やたらと子供慣れしていた。
そうして食堂で休憩を初めて数分後のこと、須賀京太郎がこんなことを言った。
「責任者ってどんな奴よ」
かなり困り果てていた。それもそのはず、管理者の姿が一切見えない。しかも異物である須賀京太郎を排除しようとしない。意味が分からなかった。
そうして須賀京太郎が質問をするとマリアが答えた。少し声が震えていた。彼女はこういった。
「私たちのリーダーはアンナ、私の幼馴染です。
私と同い年で、悪魔の使役と魔法の腕を認められて今回の任務に選ばれました。熱心なメシア教徒ではありません。
どちらかといえば上昇志向の高い娘です」
マリアが答えると続いてファティマが口を開いた。彼女は少しおびえながら須賀京太郎に答えた。こう言っていた。
「こっちのリーダーは私のおじいちゃん。名前はアルスラン・チャンドラ。
二代目葛葉狂死に心酔していて前回の反省から霊的決戦兵器アフラマズダの建造を指揮したわ。今回の進軍もおじいちゃんが指揮したわ。
作戦を練るのが得意で個人としての武力に自信があるわけじゃない。地元では魔王なんて呼ばれていたけど、普通のおじいちゃんよ。
周りがバカだっただけ」
この時ファティマの言葉をマリアが訳して伝えていた。二人の話の後須賀京太郎は大きく息を吐いた。そしてうなだれた。
二人の人物評をきいていると今の状況が信じられなかった。仮に須賀京太郎が霊的決戦兵器の管理者であれば、絶対に異物の侵入を許さない。
被害が出るだろうし乗っ取られる可能性もある。今のように自由自在に動き回れるのは意味が分からなかった。
そしてあまりにもわからないものだから、須賀京太郎は机に突っ伏してしまうのだった。この問題は面倒だった。
須賀京太郎が困り果ててしまった時半透明なロキが話しかけてきた、この時に提案されたロキの作戦と結果について書いていく。
それは須賀京太郎が
「どうしたら隠れている管理者を引きずりだせるのか」
と考えている時のことである。子供たちと遊んでいたロキが近寄ってきた。この時半透明なロキに
「もう少し遊んでほしい」
と子供たちが目で訴えていたが、女たちが制していた。半透明な連中が守護者の頼れる仲間であると見抜いていた。
そうして子供たちを振り切ってやってきたロキは軽い口調で話しかけてきた。こう言っていた。
「どうした、どうした? だらけよって」
そんなロキに須賀京太郎はこういった。
「管理者の居場所を突き止められねぇ。
何かいいアイデアがあれば、教えてお願い」
ほとんど須賀京太郎はあきらめていた。実際どうやって女子供たちを守りつつ異界に潜んでいる管理者をあぶりだせばいいのかさっぱり思いつかなかった。
そんな須賀京太郎を見てロキが黙った。顎に手を当てて、ブツブツつぶやいた。そうして数秒後ロキはこういった。


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