「『全ての力を放棄して捕虜になるのならば命だけは助けてやる』

と大きな声で、胸のでけぇお嬢ちゃんたちに叫ばせてみたらええ。きっと向こうからお誘いが来るじゃろう」

このロキの提案をきいて須賀京太郎は笑った。軽く鼻で笑っていた。バカにしているようだった。須賀京太郎はこういった。

「自分の力を放棄する奴がいるかよ。曲がりなりにもメシアとガイアの集団を率いている人間だぞ?
 
 自分の命可愛さに捕虜になるわけがない。女子供を嬲ってエネルギーを絞ろうとするほど戦いたがっているんだ。絶対にありえない」

するとロキが笑った。大きく短く笑った。そして落ち着いてからこういった。

「なら試してみるがええ。

 じゃが順番が大切じゃ。まずは小僧が大きな声で叫ぶ。そしてそのあとにお嬢ちゃんたちが訳して叫ぶ。

 もしも失敗したところで何の損もなかろう」

すると須賀京太郎は首を横に振って見せた。絶対ありえないと顔に書いてある。そんな須賀京太郎を見て半透明な連中が笑っていた。

須賀京太郎が驚く顔が目に浮かんだからだ。そうして半透明な連中が笑っている間に、須賀京太郎は大きな声でこう言った。

「全ての力を放棄して捕虜になるのならば、命だけは助けてやる!」

これに続いてマリアが叫んだ。そしてマリアが叫んだあとファティマが続いた。三人が叫んだあと食堂は静かになった。しんとなると誰も音を立てなかった。

須賀京太郎は満足げにうなずいていた。自分の推測が正しかったと喜んだ。しかしすぐに喜びは失せた。食堂に綺麗な門が現れたからである。

これを見て半透明な連中が笑った。須賀京太郎がこれ以上ないほど驚いたからだ。面白い顔だった。
 
 綺麗な門が食堂に現れた直後管理者たちが語りかけてきた、この時に語られた内容と食堂の様子について書いていく。

それは豪華絢爛な門が食堂に現れた直後のことである。半透明な連中が苦悶の表情を浮かべていた。苦しみの原因は須賀京太郎である。

食堂にいる須賀京太郎だが、無表情のままで大人しく座っている。しかし、過去最大規模の激怒だった。須賀京太郎は気に入らなかった。

「命を助けるから武装を解除しろ」

という提案をあっさり飲んだ管理者たちが気に入らなかった。そうしてあまりに激しい怒気のはずだが、心は落ち着いていた。

騒ぐことはなく奇妙な冷静がある。頭の中からスッと何かが抜け落ちていた。この須賀京太郎の変化に半透明なロキが気付いていた。

しかし何も言わなかった。良い傾向、良くなった証しと受け取っていた。そうして須賀京太郎が一層良くなった時である。若い女性の声が食堂に響いた。

若い女性の声はアンナのもので、かなり震えていた。彼女はこういっていた。

「私たち……霊的決戦兵器メタトロンの乗組員はヤタガラスに降伏します。全乗組員は武装を解除して捕虜の身分を受け入れます」

外国の言葉で語られたがすぐに須賀京太郎に訳された。マリアが正確に訳したのだ。そうして数秒の沈黙が食堂を包み込んだ。

沈黙を破ったのは須賀京太郎だった。穏やかな口調でこう言っていた。

「貴女たちの降伏を受け入れます。今からそちらに向かいますので、霊的決戦兵器のコントロールを受け渡せるように準備しておいてください」

須賀京太郎の答えを聞いてマリアがほっとした。何とか命がつながったと考えた。しかしすぐに働いた。須賀京太郎の言葉を訳して伝えた。

訳してすぐに嬉しそうなアンナの声が食堂に響いた。こう言っていた。

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」

この時アンナの言葉を須賀京太郎は無視していた。アンナが口を開いている間に席を立って、豪華絢爛な門に向かって歩き出していた。

マリアの通訳も必要としていなかった。どうでもいいことだったからだ。


 アンナの降伏から数分後豪華絢爛な会議室に須賀京太郎の姿があった、この時の会議室の様子と須賀京太郎たちについて書いていく。

それはアンナの降伏から五分後のことである。豪華絢爛な会議室に三つの陣営のトップがそろっていた。三つの陣営とはメシア教会。ガイア教団。

そして須賀京太郎である。メシア教会の陣営は約三十名。マリアと同年代の女性アンナが席に座り、その背後に武装したメシア教徒たちが隊列を組んでいた。

メシア教徒たちは男女の区別がなかった。ただ、全員が外国人らしく日本人は一人もいなかった。ガイア教団は二十名ほど。

老人アルスランだけが椅子に座り、背後に武装したガイア教徒たちが隊列を組んでいた。ガイア教団も男女の区別がない。また日本人の姿もなかった。

この二つの陣営に対しているのが須賀京太郎と半透明な連中、そしてついてきたファティマとマリアである。須賀京太郎だけが席に座っていた。

半透明な連中は会議室を好き勝手に歩き回っていた。ファティマとマリアは須賀京太郎の斜め後ろに立って自分たちの陣営をじっと見つめていた。

しかし彼女らが語りかけることはなかった。須賀京太郎が口を開いていないからである。豪華な会議室はほとんどがメシアとガイアの陣営で埋まっている。

しかし場を支配しているのは須賀京太郎個人だった。須賀京太郎の一挙一動即に会議室にいる者たちが注目し従っていた。

309: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 18:56:21.98 ID:Bl9rwxM/0

豪華な会議室に須賀京太郎が到着してからメシアとガイアの両陣営は許可を求めるようになった、この時両陣営に起きていた変化その理由について書いていく。

それは須賀京太郎が姿を現して椅子に座ってからのことである。三つの陣営は黙って動かなかった。

呼吸の音さえ煩わしく感じるほどの静寂で会議室が満たされるほどであった。というのも須賀京太郎が動き出すのを待っていた。

捕虜として延命を願う立場である。しょうがないと言えばしょうがない。しかしそれを遥かに超えたへりくだり方で、第三者が見ればあまりに哀れであった。

メシアとガイアの強者たちを追い込んだのは間違いなく須賀京太郎である。透徹した意志を秘めた須賀京太郎がそうさせた。脅したわけではない。

ただ椅子に座って眺めただけである。しかし十分だった。これだけで誰が支配者で被支配者なのかはっきり分けた。

ここにあるのはナグルファルの王とそれ以外というシンプルな形だけである。激しい激怒と嫌悪の念が問答無用の王を生み出してしまったのだ。

「ゴミのような存在がいる。穢れそのもの、殺すことさえ躊躇われる」

かろうじて残っていた性善説への憧れが失せていた。そしてたった一つの確信が須賀京太郎を暴君に変えた。優しさはない。

 激怒によって優しさを捨てた須賀京太郎が視線で会議室を支配している時半透明なロキが場を動かした、この時の須賀京太郎の対応とロキの提案について書いていく。

それは須賀京太郎が暴君として君臨している時のこと。半透明なロキが須賀京太郎に近付いてきた。上機嫌だった。

ぴょこぴょこスキップしながらやってきた。というのも、求道者として須賀京太郎が成長した。今まで残っていた甘さが消えて、ずいぶん厳しくなった。

心が硬くなり鋭くなかった。うれしいことだった。そうして近寄ってきた半透明なロキが口を開いた。少しからかっているような調子があった。

こう言っていた。

「さて、そろそろ始めるか。

 皆落ち着いておるようじゃし、話が丸く収まると信じておるよ。

 捕虜になるといっても扱いについて条件があるじゃろう、お互いにじっくり話し合おう。

 じゃが、手加減してくれぇよ。わしらのリーダーは口下手じゃからなぁ」

このようにロキが語ると半透明な連中が大きな声で笑った。須賀京太郎も笑っていた。なぜならロキが冗談を言ったのだ。しかも面白かった。

笑うに決まっている。しかしメシアとガイアの陣営は笑わなかった。一言でも声を発せば殺されるとわかっていた。この状況でさらにロキはこういった。

「小僧、さっさと済ませて二代目葛葉狂死を始末しに行こう。色々と問題を解決してきたが、まだ真の目的は達成できておらんのじゃから」

非常に冷たい声だった。須賀京太郎と同じである。ゴミを視界におさめておくのが辛かった。大量の女子供のミイラを作っておいて命乞いをした。

女子供を嬲って生き延びようとした。二代目葛葉狂死に協力しておいて捕虜になりたいと許しを請うた。弱者を装った。全て許されないことだ。

半透明な連中も頭に来ていた。須賀京太郎の怒気が強すぎて見えないだけである。そんなロキに須賀京太郎は微笑みを浮かべてうなずいた。

同等のものへ向ける素の笑顔だった。ほほ笑んだ後、須賀京太郎の心が少しだけ爽やかになった。半透明な連中は須賀京太郎にとって救いだった。

 三つの陣営が会議室で会して十分後メシアとガイアのリーダーの道案内で須賀京太郎は霊的決戦兵器の中枢部へ向かっていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは豪華絢爛な会議室で支配権が須賀京太郎に移った後のことである。霊的決戦兵器のコアに須賀京太郎が向かっていた。

この時須賀京太郎の前を歩いているのはメシアの陣営を率いているアンナ。そしてガイアの陣営を率いているアルスランである。

この二人の後を須賀京太郎が歩いていた。須賀京太郎の少し後ろにマリアが控え、そのさらに後ろにファティマがいた。

半透明な連中はロキを残して引っ込んでいる。必要なかったからだ。すでに霊的決戦兵器内部は須賀京太郎によって武装解除状態である。

しかも桁外れの怒気を持って狂気的な理性を手に入れた須賀京太郎である。半透明な連中はサポート必要なしと判断した。

狂気的な理性でもってどんな地獄も乗り越えてくれると確信できた。

そうして霊的決戦兵器のコアに向かう一団であるが口を開けるものは須賀京太郎とロキ以外にいなかった。というのも須賀京太郎が許さなかった。

はっきりと

「口を開くな」

と命令したわけではない。しかし須賀京太郎から漂う暴君の空気が許していない。許可されていない行動は死を招くと思わせ、行動を支配していた。

そうなって霊的決戦兵器のコアに案内するメシアとガイアのリーダーたちの表情に浮かぶのは死相。断頭台に向かう罪人の顔だった。須賀京太郎は

「許す」

と口では言っていたがどれだけ楽観的に見ても生き残れる気がしなかった。苛烈な意志力を持つ暴君である。ただ恐ろしかった。

しかし仕事はしっかりと行った。忠実に命令をこなせば生き延びられるかもしれないからだ。

310: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:01:36.46 ID:Bl9rwxM/0

 霊的決戦兵器へ向かう途中須賀京太郎とロキが首を傾げいてた、この時に須賀京太郎とロキを悩ませた理由について書いていく。

それは霊的決戦兵器を奪い取るために中枢部・コアと呼ばれている場所へ向かっている時である。須賀京太郎とロキはいい匂いを嗅いだ。

これは突然のことだった。綺麗な廊下には廊下しかない。これは不思議であった。また匂いが良い臭いなのもおかしい。沢山の花の匂い。

花畑の匂いがしたのだ。匂いの原因はすぐにわかった。マグネタイトの香りである。香水ではない。しかし、だから困る。

実際匂いを嗅いですぐに須賀京太郎とロキが首をひねった。納得できなかった。一体どういう理屈で花畑の匂いがするのかわからなかった。

マグネタイトの匂いなのはわかる。これはわかるのだ。花畑の匂いとして完成しているのかがわからなかった。それもそのはずで、普通なら無理だからだ。

マグネタイトというのは個人個人で微妙に違いがある。しかしすぐに消えてしまう。

須賀京太郎のマグネタイトには強烈な酒の特性があるがこれも空気中の霊気と混じるだけであっさり消える。

霊的決戦兵器のエネルギーをどのように調達しているのか「十分把握」してしまっている須賀京太郎とロキである。ありえないとしか思えなかった。

しかし花畑の匂いがしている。となって、須賀京太郎とロキは困ってしまうのだ。この時不思議に思っていた須賀京太郎とロキだが、すぐに違いが現れた。

というのが須賀京太郎はすぐに考えるのをやめた。一方でロキは謎を解こうとした。ロキは興味のため、須賀京太郎は目的を達成するためである。

 須賀京太郎たちが中枢部に到着した時両陣営のリーダーが助言を行った、この時に行った助言について書いていく。

それは半透明なロキが花畑のなぞに挑んでいる時のことである。須賀京太郎たちの前に厳重に守られた扉が現れた。

扉は魔鋼で創られていて、扉自体が生きていた。須賀京太郎という異物を察したのか禍々しい気配を放っていた。しかしそんな禍々しさもすぐに失せた。

両陣営のリーダーが扉に触れたからである。アルスランとアンナが扉に手を触れてマグネタイトを流し込むと魔鋼の扉はすぐに大人しくなった。

禍々しさは失せてただの扉に変わった。ただの扉に変わるとアルスランとアンナが扉を開いた。二人とも非力で一生懸命やっていた。

そうして中枢への道が開かれるとロキが推理をいったん止めた。そして口を開いた。こう言っていた。

「中枢に侵入しさえすれば、あとはこっちでどうにかしちゃる。

 支配権を奪えばどうにでもできるからのう」

すると須賀京太郎がうなずいた。少し微笑んでいた。頼りになる戦友の存在が心を軽くした。そして中枢へ入っていこうとした。

この時にアンナが口を開いた。少しあわてていた。彼女はこう言っていた。

「中枢には警備システムがあります!」

当然外国の言葉である。しかし警告しなければならなかった。保身のためである。しかし須賀京太郎には届かない。

外国の言葉である上にアンナ自体に興味がない。そうして須賀京太郎が無視を決め込んで進んでゆくと老人・アルスランが大きな声で繰り返した。

こう言っていた。

「警備システムです! コアそれ自体があなたを排除する!」

これにも取り合わなかった。老人にも興味がなかった。そうしている間に須賀京太郎は中枢に侵入していった。ためらいがなかった。

そんな須賀京太郎の背中にマリアが助言をした。大きな声でこう言っていた。

「警備システムが動いています! 気を付けて!」

マリアはしっかりと日本語で伝えていた。しかし須賀京太郎は躊躇わずに中枢へ入っていった。振り向きもしない。何の問題もないのだ。

警備システムはあって当然排除すればよい。地獄に落とされてから須賀京太郎にとってのイレギュラーはたった一つ。指導者の命乞いだけである。

 中枢に侵入した直後須賀京太郎はコアと対面していた、この時に見つけたコアについて書いていく。

それは半透明な連中を引き連れて須賀京太郎が中枢へ足を踏み入れた直後である。部屋の中央に浮かんでいる歪な球体を発見した。

中枢部は真っ白い部屋だった。上下左右に広がり終わりが見えなかった。終わりはもちろんあるだろう。

しかし全体が真っ白いうえに蜃気楼のように歪んでいる。これが錯覚を起こさせて無限に続いているように見えた。

そんな部屋のど真ん中、入り口から八メートルほど離れたところに歪な球体が浮いていた。この球体は二つの卵を合体させたものだった。

直径二メートルほどの卵である。卵の中身はわからない。なぜなら半透明な殻で遮られている。からだ。しかしコアなのは間違いない。

エネルギーが歪な卵を中心にして循環していた。この歪な球体を見つけると、須賀京太郎は近づいていった。足取りはしっかりとして呼吸も乱れない。

霊的決戦兵器を奪うためにここに来たのだ。近付かない理由がない。

311: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:04:39.39 ID:Bl9rwxM/0

 霊的決戦兵器のコアを奪うために近付いた時警備システムが動き出した、この時に動き出したシステムについて書いていく。

それは霊的決戦兵器を完全に支配するために須賀京太郎が動き出した直後であった。歪な卵の足元から天使が二体現れた。二体の天使は男性型である。

一人は燃え上がる翼をもった男性。もう一人は機械の天使だった。燃え上がる火の翼を持つ男性は屈強で身長が三メートル近い。

憤怒の形相で須賀京太郎を睨んでいた。もう一人の天使は機械そのもの。全高三メートルで、フレームが細い。翼が機械で肉体も機械。

感覚器官まで機械である。ただ人の形をしていたため感情が少しだけ読み取れた。読み取れた感情は怒り。

聖域に足を踏み入れてきた須賀京太郎への怒りである。そうして現れた二体の天使を前にして須賀京太郎がにやりと笑った。いい笑顔だった。

そして小さな声でつぶやいた。

「それでこそだ……そう在って欲しかった」

この呟きの後警備の天使たちが滅びた。須賀京太郎である。蹴りを放った結果である。蹴りの余波で霊的決戦兵器の内部に亀裂が走った。

このすぐ後、外で待っている指導者たちが悲鳴を上げていた。異界が壊れかけたからだ。須賀京太郎も手加減をするつもりだった。

霊的決戦兵器と真正面からぶつかって勝利する実力があるのだ。警備システムなんぞに負けるわけがない。ほどほどで終わらせるつもりであった。

しかし出来なかった。やる気満々の悪魔たちが素敵で、抑えられなかった。

 霊的決戦兵器の警備システムを排除して数十秒後半透明な連中がコアをいじり始めた、この時に行われた調整について書いていく。

それは警備システムを片付けてすぐのことである。霊的決戦兵器のコア・歪な卵を半透明な連中がいじくり始めた。

今まで引っ込んでいた半透明な連中も姿を現して働いていた。中心になって動いているのはロキであった。どういう調整を行うのか事細かに伝えていた。

離れたところで見ていると奇妙な光景だった。

なぜなら半透明な連中が歪な卵に向かってどの国の言葉でもない言葉で呪文を唱えているようにしか見えないのだから。しかし須賀京太郎は動じなかった。

奇妙な呪文がしっかり理解できたのだ。呪文が日本語に聞こえていた。須賀京太郎にはこのように聞こえていた。

「『霊的決戦兵器アフラマズダとメタトロンの管理者を須賀京太郎に変更。

 管理者変更に伴って基本フレームにインストールされている武装プログラムを消去。

 武装プログラムの消去が終了と同時に管理者須賀京太郎の情報を入力。基本フレームの神話体系に従って再構築を開始。再構築時に縮小化を決定』」

この呪文が進んでいくと真っ白い部屋がガラス張りの部屋になった。そしてにぎやかになった。ガラス越しに大量の光が見えるようになったのである。

万華鏡のようで、さまざまな色が飛び出しては消えていった。万華鏡のような輝きはエネルギーの輝きである。

緑のマグネタイト赤のマガツヒそして青の霊気。これらが再構築のために激しく動き回っていた。

 霊的決戦兵器の調整中に須賀京太郎は奇妙な体験をした、この時に須賀京太郎が見聞きしたものについて書いていく。

それは霊的決戦兵器が須賀京太郎のために調整されている時のことである。万華鏡のように輝いている部屋を眺めている須賀京太郎の背後に気配が生まれた。

すると須賀京太郎は慌てて振り返った。奇襲攻撃だと思った。しかし間違いだった。背後には金髪の須賀京太郎が立っていた。

金髪の須賀京太郎は学生服を着て微笑を浮かべていた。数十分前よりも血色がよくなっていた。半透明な連中はまったく反応していなかった。

須賀京太郎だけが見ている須賀京太郎の幻影だった。金髪の幻影を見て須賀京太郎は溜息を吐いた。小さな溜息だった。須賀京太郎はこう思ったのだ。

312: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:07:40.02 ID:Bl9rwxM/0

「またか」

血だまりに映った自分の影を憶えていた。不愉快な気持ちも一緒に思い出していた。そうして須賀京太郎が溜息を吐くと金髪の幻影が口を開いた。

大げさな演技をしながらこう言っていた。

「もったいないことをした。メシアとガイアの賢者たちがいたというのに俺は彼らに助言を求めなかった。

 彼らに一つ質問してみるべきだった。

 『どうすればお前たちのようになれるのか?』と」

このように金髪の須賀京太郎が語ると灰色の須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。また口元が引きつった。そうしていると幻影が続けた。

大きな演技を加えつつこう言っていた。

「胸の中にある罪の意識を彼らに告白すればよかった。彼らなら俺の苦しみを解決できたかもしれない!

 俺は人を殺した。俺は人を喰らってここまで来た。夢の中で父親と母親を殺し、友人知人を殺した。だが、欠片の後悔もない。

 悔やみ、苦しまなくてはならないはずなのに、苦しんでいない。この怪物には罰が必要だ。十字架を背負って、苦しんでやりたい。

 そして自由になりたい。牧畜になれば苦しみから解き放たれるのに なぜ彼らに学ばないのか……」

このように金髪の須賀京太郎が語ると灰色の須賀京太郎は顔をゆがめた。そして自分自身から目をそむけた。隠している願いだったからだ。

そうして自分に須賀京太郎が目をそむけたとき、金髪の須賀京太郎はさらに畳みかけてきた。こう言っていた。

「人間であることをやめて、楽になりたい。いっそすべて捨ててしまおうか。

 力に酔って悪魔のように、法に従って神のように……そうすればきっと俺の悩みは消えるだろう。

自分自身を大きな存在にゆだねてしまえば、責任から逃れられる。

 あぁ、そうだとも。メシアとガイアの賢者たちのように何もかもゆだねてしまいたい。

自分で考えるのをやめて悪魔の理論と神の法に従って楽に生きてみたい。

 『弱肉強食だから仕方がない』

 『神の法に従ったのだから仕方がない』

 良いじゃないか。心は常に軽やかだ。

 彼らから学べばいい。プライドのない生き方だが、楽な生き方だ。

見た目もほとんど悪魔みたいなものだし、中身まで悪魔になったところで誰が困るものか。

 いいじゃないか悪魔になれば、誰かの思想に身を任せて生きていけば。

 自分で考えるのをやめた牧畜のように……きっと幸せだ」

このように語った後金髪の須賀京太郎はいなくなった。霊的決戦兵器の再構築が完了したからである。

万華鏡のような部屋は消え失せて真っ白な部屋に戻っていた。真っ白な部屋の中心にあった歪な卵はもうない。

二つの卵は一つになり少し大きな卵になっていた。金髪の幻影が消えた後須賀京太郎はうつむいていた。口びりをかみしめて両手を握りこんでいる。

耳まで赤くなり非常に悔しげだった。自分の内側から発せられた偽らざる本音をきいて恥じ入っていた。しかし

「なぜ恥ずかしく思ったのか」

と問われても須賀京太郎は答えられない。恥の感情が強すぎるのだ。恥の感情が強すぎて冷静に分析できない。そうして半透明なロキに

「小僧、再構築が完了したぞ。さっさとナグルファルと合流しよう。ヘルあたりが心配しとるじゃろう」

と語りかけられるまでうつむいたままだった。
 
 霊的決戦兵器を須賀京太郎が奪い取った直後外部からの攻撃が始まった、この時の外部の状況について書いていく。

それは霊的決戦兵器の調整が完了して数秒後のことである。須賀京太郎が奪い取った霊的決戦兵器に対して外部からの攻撃が始まった。

攻撃を仕掛けているのは小型の霊的決戦兵器達である。

かつて地獄で見た北欧神話をモチーフにした者、そして金剛力士をモチーフにした霊的決戦兵器たちである。攻撃を始めたのは異変を察したからだ。

というのもメシアとガイアの霊的決戦兵器だったものが、予想していない変形を見せた。今までは歪な肉の塊だったのだが、それが異形のカラスへ変形した。

これを見て、警備していた小型の霊的決戦兵器たちはすぐに敵になったと理解できた。なぜなら、異形のカラスは三本足のカラスであった。

313: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:10:33.92 ID:Bl9rwxM/0
二代目葛葉狂死が誰と戦っているのか考えれば、これほどわかりやすい敵対行為もなかった。

そうして敵だと判断すると速やかに大量の魔法を撃ち込んでいった。異形のカラスを取り囲んでいる小型の霊的決戦兵器は全部で八体である。

死に掛けの霊的決戦兵器の残骸などたやすく屠れると思われた。実際四方八方からの魔法の弾丸によって三本足のカラスは容易く削られ、動かなくなった。

翼がぼろぼろになり肉体に穴が開いた。もともと死に掛けだったのだ。不思議はなかった。

 外部からの集中砲火を受けた時須賀京太郎にロキが提案していた、この時に提案された作戦について書いていく。

それは再構築された霊的決戦兵器に大量の弾丸が降り注いだ後のことである。霊的決戦兵器の中枢部が揺れていた。

そして立っていられないほどの振動が十秒ほど続いた。すると中枢部の外で待っているメシアとガイアの勢力が悲鳴を上げた。

そんなところで半透明なロキが提案した。こう言っていた。

「さぁ小僧。さっそく二代目葛葉狂死の陣営が攻撃してきたぞ。

 新たな霊的決戦兵器を操り、外敵を排除しようじゃねぇか」

このように須賀京太郎を誘うとロキが手を叩いた。すると中枢部に門が生まれた。この門は非常に質素で

「移動できればそれでいい」

というロキの趣味が前面に出ていた。この門が現れると須賀京太郎は歩き出した。しかし不安の色もあった。なぜなら霊的決戦兵器の操作は初めてだった。

そもそも車の運転もしたことがない。流石に不安だった。そんな須賀京太郎を見て半透明な連中がくすくす笑っていた。

無用の心配をしているのが面白かった。すると須賀京太郎が少しむくれた。マグネタイト操作の技量が低い須賀京太郎なのだ。

こういう場面では致命的である。失敗すると読めていた。命がけなのだから、心配なのは当然で笑われると腹が立った。

そんな須賀京太郎に対してロキが助言した。笑っていたが、安心させようとしていた。こういったのだ。

「心配せんでもええ。わしらが小僧のために調整したんじゃぞ、小難しい操作なんぞあるわけなかろう。

 まぁ、実際にやってみりゃあええ。すぐに納得がいくじゃろうからな。ホレ、むくれておらんでさっさと行くぞ。死んだふりがばれるかもしれん」

すると須賀京太郎の機嫌が直った。半透明な連中の心遣いに感謝した。しかしまだ不安だった。

葛葉流の退魔術の初歩で躓いている経験が強烈な苦手意識になっていた。

 ロキが呼び出した質素な門をぬけた直後須賀京太郎たちが慌てた、この時に半透明な連中と須賀京太郎が見た光景について書いていく。

それは質素な門を潜り抜けてコックピットに到着した直後である。半透明な連中と須賀京太郎が大慌てした。

今まで冷静だった須賀京太郎も半透明な連中も目を大きく見開いている。特に驚いているのは須賀京太郎だった。

というのも霊的決戦兵器のコックピットに移動した瞬間目に入ったのが「地球」。そして小型霊的決戦兵器の群れと巨大な悪魔の残骸だった。

須賀京太郎たちが見た光景はどう見ても宇宙戦争後の光景で、須賀京太郎からすれば思いもよらない状況だった。

しかし須賀京太郎たちを大慌てさせた原因はこれだけではない。小型の霊的決戦兵器たちが隊列を組んで地球めがけて魔法を撃ち込んでいた。

小型の霊的決戦兵器は五人組で行動し、視界にある限りでは十組存在していた。

死んでいるふりをしている須賀京太郎たちを取り囲んでいる八体と合わせると全部で五十八体。

こいつらが地球に向けて「マハマグダイン」という魔法の弾丸を撃ち込んでいたのだ。この「マハマグダイン」の弾丸は一言でいえば隕石だった。

十メートル級の岩石の弾丸でぶつかればひとたまりもない。しかもこれが宇宙の暗黒に数えきれないほど浮いている。

それが雨のように地上に向かって落ちていく。突入角度の問題で無傷で地上に到達するものは少なかった。しかしほとんどが地上に到達して被害を与えていた。

十メートルといえば大型バスレベルである。流石に半透明な連中も須賀京太郎も大慌てした。須賀京太郎たちがいるのは低く見積もっても衛星軌道上。

そんな位置から十メートル級の弾丸が雨あられのように降れば被害は甚大である。速やかな排除が求められていた。

314: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:13:36.54 ID:Bl9rwxM/0

 須賀京太郎がコックピットに到着して数秒後三本足のカラスが形を変えた、この時に新生した三本足のカラスとその戦いぶりについて書いていく。

それは状況を確認して数秒後のことである。衛星軌道上でボロボロになっている三本足のカラスが突如として火に包まれた。

肉体の内側から火がにじみ出て、あっという間に全身を包み込んでいった。

三本足のカラスの死体が燃え上がると周りを囲んでいた小型の霊的決戦兵器たちが距離をとった。大量の魔法を撃ち込んだ結果暴走したのだと考えた。

しかしこれは間違いであった。火に包まれた三本足のカラスは新生して見せた。

カラスのかわりに現れたのはマガツヒの赤い輝きに包まれた赤い鎧武者である。全長二十メートル、頭からつま先まで無駄が一切ない。

緊張しきったバランスの中にある鎧武者は機能美としか言いようがない完成度だった。

これは須賀京太郎の能力を十分に発揮させるためロキが出来る限り努力した結果である。

このマガツヒの赤い輝きに包まれた鎧武者に対して小型の霊的決戦兵器が攻撃を仕掛けた。まったく迷いはなかった。

鎧武者が現れたその時に攻撃が行われた。地球に向けて放つはずだった岩石の弾丸を鎧武者に打ち込んできたのだ。

既に攻撃準備が整った状態であったから、打ち込んで到達するまでコンマ一秒を切っていた。

しかし小型の霊的決戦兵器八体の攻撃はすべて宇宙の暗黒に消えていった。また次のチャンスも与えられなかった。

なぜなら生まれたばかりの鎧武者がたやすく回避して攻撃を仕掛けてきたからである。鎧武者が残す赤い残像を最後に見て彼らの命が闇に消えた。

 小型の霊的決戦兵八体を始末した後鎧武者は次の獲物を狙っていた、この時の衛星軌道上の様子について書いていく。

それは瞬く間に小型の霊的決戦兵器八体が捕食された後のことである。大量の悪魔の残骸で汚れている宙域から鎧武者がゆっくり出ていこうとしていた。

全身を覆うマガツヒを利用してゆっくりと飛んだ。しかし怯えているわけではない。三百六十度どこからでも攻撃可能な衛星軌道上である。

「目に見えている敵がすべての戦力ではない」

という考えで警戒しながら移動した。しかし残りの五十体から逃げる気はなかった。小型の霊的決戦兵器八体を喰らった後である。やる気満々だった。

しかしそれは向こうも同じである。味方が食い殺されたと理解して、地球への攻撃をやめていた。そして隊列を組んで襲い掛かってきた。

あらゆる角度からから攻撃できる環境を利用して、部隊を四方八方に広げて迫ってきた。しかも用心深かった。

一キロほど離れて鎧武者に近寄ろうとしなかった。魔法で削り始末する算段である。地上から昇って来た悪魔たちと同じように袋叩きにするつもりなのだ。

 鎧武者が生まれて三分後衛星軌道上に巨大な樹を見つけた、この時に鎧武者が見つけたものについて書いていく。

それは小型の霊的決戦兵器の部隊が鎧武者に正面突破された後のことである。衛星軌道上を悠々と鎧武者が移動していた。

ボディーを包むマガツヒを利用して優雅に移動していた。特にこれといった損傷はない。またかなり移動に慣れたらしく随分滑らかに飛んでいた。

鎧武者を取り囲んでいた五十体の小型霊的決戦兵器たちは宇宙のごみになっている。特に理由はない。鎧武者は魔法が使えた。

その上一キロ程度なら簡単に詰めるポテンシャルがあった。時間がかかったのは逃げ出した者を追いかけていたからである。追いかけっこはだるかった。

宇宙のごみを少し増やした鎧武者だが気分は上々だった。とりあえずの脅威を取り除けたからである。

そうして衛星軌道上を飛びつつ日本へ帰還しようとしている時のこと、とんでもないものを衛星軌道上に見つけた。それは超巨大な樹である。

世界樹よりも若干小さいがそれでもキロ単位の大きさだった。大きさ以外にも奇妙な点がある。奇妙な点は三つである。

一つは超巨大な樹はひっくり返っていた。地球に根を伸ばしているのではなく、宇宙に向けて根っこが広がっていた。

そして根っこからはきれいな青いラインが大量に伸びていた。二つ目は半透明な殻につつまれているところ。

超巨大な樹を包み込む半透明な殻はとんでもなく大きい。半径数キロ単位で展開されていて、頭がおかしくなりそうな大きさだった。

しかし問題は大きさではない。

315: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:16:54.75 ID:Bl9rwxM/0

この半透明な殻が姉帯豊音の

「まっしゅろしゅろすけ」

とよく似た雰囲気でしかも妙にいい匂いがした。この匂いは花畑の匂いとそっくりだった。

そして奇妙な点の三つ目、最後の問題は巨大な樹に取り込まれている巨大な女性のミイラである。

正確に表現すれば女性のミイラから巨大な樹が生えている状態だった。この女性のミイラだが見覚えがあった。

須賀京太郎と姉帯豊音を地獄に落としたミイラそっくりだった。この巨大な樹、そしてミイラの女性を見つけた時須賀京太郎は自然とつぶやいた。

眼球の奥が熱くなっていた。須賀京太郎はこういった。

「シギュンさん?」

誰も応えなかった。しかし責めなかった。半透明なヨルムンガンド、フェンリル、そしてロキの動揺が伝わっていた。

 須賀京太郎の呟きの直後鎧武者が地球の引力に引かれて落ちていった、この時に鎧武者が落ちた理由について書いていく。

それは衛星軌道上に浮かぶグロテスクな樹に須賀京太郎たちが衝撃を受けている時のことである。鎧武者が大きく揺れた。

すると須賀京太郎は状況を確認した。そうして確認をして鎧武者の右腕が吹っ飛んでいることに気付いた。綺麗に付け根から吹っ飛んでいた。

そして確認した直後、ようやく須賀京太郎は敵を見つけた。巨大な樹の根っこに敵が立っていた。

全長十五メートルがっしりとした鎧武者のような霊的決戦兵器である。真っ白い装甲で包まれた美しい鎧武者だった。

こいつが、マグネタイトで創った槍を振りかぶっていた。この霊的決戦兵器を見て須賀京太郎が笑った。搭乗者に思い当たる人物がいた。

二代目葛葉狂死。変身して見せた時とそっくりなのだから、間違いないと言い切れた。

そうして須賀京太郎が敵の姿を確認し終わった時二発目の槍が放たれた。簡単に音速に乗って壁を突破していた。しかし二発目の槍は簡単に防がれた。

一発目は動揺していて気付かなかったが、今は目視できている。直撃の瞬間に左腕で叩いて砕いた。しかしこれが間違いであった。

二発目の槍をたたき折ったのは良い。しかし一発目が今頃になって戻ってきた。

つまり右腕を切断した槍は今も無傷のまま生きていて、いまだに命を狙って動いていた。二発目を迎撃した隙を狙って動き、脇腹を軽くかすめていた。

背骨を狙ったのだが速度がないので外していた。そうして不意打ちを食らった次の瞬間である。鎧武者は地球の引力に引かれて落ちていった。

三発目で撃ち落とされた。左足が撃ち抜かれて、その勢いのまま地球に落ちていった。もともと無駄なものを省いた設計である。いざというときに弱かった。

鎧武者は海に向かって落ちていた。幸いなことで周囲には全く何もなかった。そうして海に叩き落とされている時である。海から巨大な蛇が現れた。

そして口を開けて鎧武者を待ち構えた。そしてあっさりと鎧武者は蛇に食われてしまった。抵抗する力がなかった。

鎧武者が蛇に飲み込まれた瞬間、四発目の槍が海に着弾した。しかし被害は産まなかった。葦原の中つ国の塞の神が防衛しているからである。

槍は異界に吸い込まれ被害はオロチが被った。
 
 衛星軌道上に展開していた部隊が壊滅した後葦原の中つ国に鎧武者が運び込まれた、この時の葦原の中つ国の状況と鎧武者について書いていく。

それは霊的決戦兵器に乗り込んだ二代目葛葉狂死によって太平洋上に須賀京太郎が撃ち落とされた五分後のことである。

右腕と左足を失った二十メートル級の鎧武者が葦原の中つ国に運び込まれていた。鎧武者を口の中に入れたままナグルファルに向かっていた。

二十メートル級の鎧武者をオロチの化身が助けたのは須賀京太郎の匂いがしたからである。

鎧武者の全身を包む赤いマガツヒ、血液のように流れるマグネタイトから漂ってくる香りは間違いなく須賀京太郎のもの。

行方不明になっている須賀京太郎に関係があると考えてオロチの化身は捕獲したのであった。

そうしてオロチの化身が移動する葦原の中つ国だが、ずいぶんボロボロだった。最表面の何もない世界に月面よろしくクレーターが生まれていた。

クレーターが数えきれないほど生まれているのは衛星軌道上から大量の隕石が降り注いだ結果である。

須賀京太郎が姿を消してから今までの約二時間の間に、これでもかというほど隕石が降り注いだのだ。しかも世界中に。

しかし現世の日本に直撃した弾丸は一発もなかった。オロチが本領を発揮して自分の身で受けた結果である。

この時、オロチの化身の口の中にいる鎧武者は非常に大人しくしていた。オロチの舌に舐められているが頑張って耐えていた。

右腕と左足が吹っ飛んだ事で完全に故障していた。もともと無駄を省いて造った機体である。高威力の攻撃を受け続ければ故障やむなし。当然だった。

316: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:20:53.70 ID:Bl9rwxM/0

 鎧武者が五分近く耐えたところでナグルファルにオロチの化身が到着した、この時のナグルファルの状況について書いていく。

それは鎧武者が動けないのをいいことにオロチの化身が舐めまくった後のことである。

全長一キロメートルの巨大な船ナグルファルにオロチの化身が到着した。ナグルファルの長い甲板には大量の門があった。

それぞれ日本全国に繋がっているようで、たくさんのヤタガラスとサマナーが出入りしていた。門をいちいち閉じることもせずに開けっ放しになっている。

これは忙しい証拠である。ナグルファルのすぐそばに天を突く巨人・超力超神が立っていた。

葦原の中つ国の最表面には比較対象になるものがないため大きさがいまいちわからない。しかし、東京タワーと比べてもいい勝負をする大きさだった。

超力超神だが若干女性的になっている。魔鋼の骨格と装甲で身を包んでいる超力超神なのだが、シルエットが女性的なのだ。どことなく丸い。

これは十四代目葛葉ライドウが超力超神をオロチに捧げた結果である。そのため近くに寄ってみてみるとオロチの特徴が超力超神にも表れている。

輝く赤い目、両手両足に見える蛇の鱗のような模様。そして黒い髪の毛。ほとんど装甲で隠れているが間違いなく触角だった。

そんなナグルファルと超力超神にオロチが近寄っていくと全体が騒がしくなった。ナグルファルよりも大きなオロチの化身が現れたのだ。

何事かと驚いていた。

 オロチの化身が到着した直後ナグルファルの甲板に鎧武者が吐き出された、この時の甲板の状況と鎧武者について書いていく。

それはナグルファルの甲板がざわついている時のことである。何処からともなくナグルファルの船員たちと三つ編みのオロチが現れた。

ナグルファルの船員たちはそろいの制服を着た男性と女性の集まりで男が三人、女が二人の構成だった。

三つ編みのオロチは目を大きく見開いてニコニコしている。それもそのはず鎧武者が須賀京太郎と関係している可能性が高い。

鎧武者が捕獲される数秒前から隕石が止んだこともあって、間違いないだろうと三つ編みのオロチは考えていた。つまり

「きっと京太郎が何かしら頑張って困難を打ち破ってくれたのだ」

と信じて疑っていない。しかしナグルファルの船員たちはいまいち信用していなかった。むしろ須賀京太郎が

「ひどい目に合っているのではないか」

と不安でしょうがなかった。しかし三つ編みのオロチの命令されてしまえば彼らは逆らえない。

「京太郎を迎えに行く」

と言われて

「ついてこい」

と命令されてしまったらついていく以外になかった。そうしてナグルファルの甲板に三つ編みのオロチと船員たちが集まると、人が引いていった。

というのがオロチの化身が首を振って

「危ないからどいて」

とジェスチャーをしたからである。口の中におさめてある鎧武者は二十メートル級である。しかも魔鋼の塊で出来ている。

退魔士とサマナーしかいないとしても危ないことにかわりはなかった。そうして人を退かせるとオロチの化身は鎧武者を吐き出した。

吐き出された鎧武者はまったく動かなかった。マガツヒの赤い輝きも失われて魔鋼色の鎧武者である。それもそのはず、エネルギーが完全に切れている。

またひどい見た目だった。右腕と左足の問題ではない。ベタベタだった。この鎧武者を見て甲板にいた何人かが

「あれ?」

と思った。彼らの頭に浮かんだのは幻影として現れた魔人・須賀京太郎の姿である。あの鎧姿にそっくりだった。

317: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:23:41.67 ID:Bl9rwxM/0

 ナグルファルの甲板にベタベタの鎧武者が降ろされた後鎧武者の中から須賀京太郎が姿を現した、この時のナグルファルの混乱具合について書いていく。

ナグルファルの甲板に鎧武者が降ろされて数秒後のことであった。ナグルファルの甲板に質素な門が現れた。質素な門は

「移動できればいい」

というロキの趣味で創られていた。そうして現れた門を須賀京太郎が潜り抜けてきた。鎧武者のコックピットから出てきた須賀京太郎は晴れやかだった。

コックピットが狭いのだ。手足を伸ばせるところへ出てこれるのは幸いだった。そうして姿を見せた須賀京太郎に三つ編みのオロチが飛びついてきた。

ナグルファルの甲板をへこませるほど踏み込んで、弾丸のように突っ込んできた。弾丸のように突っ込んできた三つ編みのオロチを須賀京太郎は受け止めた。

体術を見事に使ってオロチを捕まえてヌンチャクよろしくぐるぐる回転させて、勢いを殺していた。そんな須賀京太郎とオロチを見て甲板がわいた。

鎧武者を見た時点で

「まさか?」

と思っていた。そこに、異形の須賀京太郎を見て

「やっぱりお前か!」

と歓声を上げたのだった。しかしこの時に大騒ぎしていたのは退魔士とサマナーだけであった。ナグルファルの船員たちは慌てて上司に報告していた。

「決戦場で行方不明になった」

というのが須賀京太郎の今までの扱いなのだ。すぐに上司に報告して王の帰還を知らせる必要があった。

特にナグルファルのまとめ役たちの中に気落ちしている者が多く、報告が急がれた。

 ナグルファルの甲板に須賀京太郎が現れて数秒後まとめ役のハチ子が姿を現した、この時に行われた須賀京太郎とハチ子の会話について書いていく。

それは三つ編みのオロチと須賀京太郎が戯れている時のことである。ナグルファルの甲板に禍々しい門が現れた。禍々しい門の向こう側には会議室が見えた。

会議室ではたくさんのヤタガラスと船員の姿が走り回っている。この禍々しい門の向こう側からハチ子が不機嫌な顔をしてやってきた。

すこし目元が赤くなって充血していた。そうして現れたハチ子は須賀京太郎の前に進んでいった。須賀京太郎の前にやってきたハチ子はこんなことを言った。

「お帰りなさいませ。我が王」

話しかけてきたハチ子の顔を見て須賀京太郎は少し黙った。動きも止まった。ハチ子の雰囲気が恐ろしかったのだ。

暴力的な怖さではなく、染谷まこを怒らせた時の怖さだった。そうして少し黙っていた須賀京太郎だが、なんとか口を開いた。こう言っていた。

「はい。戻りました。

 それで、さっそく仕事を頼みたいんですけど良いですか? 俺が奪ってきた霊的決戦兵器の中に一般人と捕虜がいます。

女性と子供は一般人扱いでナグルファルで保護。ほかは全員捕虜扱いで捕らえておいてください。後で処理します」

このようにお願いをするとハチ子はうなずいた。そしてじっと須賀京太郎を見つめた。見つめられた須賀京太郎はたじろいだ。

この時三つ編みのオロチも半透明な連中も助けてくれなかった。緊張した空気を察して隠れていた。

そうして一対一になっている須賀京太郎とハチ子は息苦しい数秒間を過ごした。甲板にいた退魔士たちも助けてくれなかった。見て見ぬふりである。

そして数秒後ハチ子がこう言った。

「豊音様が心配していましたよ。

 未来様もなかなか泣き止んでくれませんでした……」

須賀京太郎は申し訳なさそうな顔をした。そして黙ってうなずいた。須賀京太郎がうなずくとハチ子はこういった。

「会議室へ向かいましょう。

 ヤタガラスの皆様がお待ちです」

そうして禍々しい門を通りハチ子は会議室へ向かった。ハチ子が消えた後、須賀京太郎は空を見上げた。葦原の中つ国の綺麗な空があった。

気持ちのいい空だった。青い空とデカい光の塊があるだけ。見ているだけで心が落ち着いた。しかしすぐに前を向いて歩きだした。

だが会議室へ向かう須賀京太郎の足取りは重い。幻影の言葉が今も頭で反響していた。だが足は動いた。鍛え上げた肉体が背負い込んだ荷物を運ばせてくれた。

迷いはある。間違いない。しかしやるべきことはわかっていた。

318: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:26:59.52 ID:Bl9rwxM/0

「二代目葛葉狂死を倒し、日常を取り戻す」

分かっているのならば、行く以外に道はない。たとえ不安であっても駆け抜けるだけだった。

禍々しい門を須賀京太郎が潜った直後会議室が静まり返った、この時の会議室の状況について書いていく。

それは須賀京太郎が不退転の覚悟を決めて禍々しい門を潜った後のことである。今まで忙しく働いていたヤタガラスたち船員たちの動きが止まった。

ぴたりと動きを止めて、呼吸をするのに精いっぱいになった。また会議室で話し合いをしていたヤタガラスの実力者たちの動きも悪くなった。

身体は普通に動くのだ。しかし一つ一つの動作にいつも以上に力が必要だった。まるで水の中にいるような不自由さで、深海にいるような苦しさだった。

しかしさすがに百戦錬磨の怪物たちである。実力者たちは一呼吸で圧力から脱して見せた。原因は須賀京太郎である。

禍々しい門を潜り抜けて姿を現した須賀京太郎が圧力を放っていた。しかしワザとではない。

メシア教徒とガイア教徒によって暴君として覚醒した結果である。

 須賀京太郎が用意された席に座って数秒後半透明なロキが軽く手を叩いた、この時のロキの行動によって起きた変化について書いていく。

それは須賀京太郎が

「いつになったら話が始まるんだろう」

と大人しく椅子に座って待っている時のことである。須賀京太郎のすぐ後ろで半透明なロキが軽く手を叩いた。

やる気のない拍手のような動きだったが、いい音がした。あまりにいい音だったので須賀京太郎がびくついた。いきなり頭の後ろでいい音がするのだ。

半透明なロキの不意打ちはかなり効いた。そうして須賀京太郎が驚いている時である。停止していた会議室が動き出した。今までの緊張が嘘のようだった。

あっと言う間に生気が戻ってきた。ただ、かなり異様な光景が出来上がっていた。

実力を持っている者は少し呼吸を乱す程度で済んでいるのだが、実力のない者たちがふらついている。顔色が悪くなっている者もいた。

青白い顔ばかりである。そうして青ざめている者たちを見ると須賀京太郎が反応した。眉間にしわを寄せて、口をゆがめた。怒っているのではない。

状況が読めていなかった。そうしてきょろきょろと周囲を観察し始めた。置いてけぼりはつらかった。

そうしてきょろきょろしていると十四代目葛葉ライドウと目が合った。すると十四代目葛葉ライドウがニコリと笑ってみせた。楽しそうな顔だった。

しかしこれに対して須賀京太郎はあいまいな笑みを浮かべた。歪な笑顔だった。十四代目葛葉ライドウの目に力がなかった。

疲れ切っていると見抜いてしまった。寂しかった。

 須賀京太郎の禍々しいオーラが弱まったところで十四代目葛葉ライドウが口を開いた、この時に十四代目葛葉ライドウが語った内容について書いていく。

それは半透明なロキの不意打ちによって須賀京太郎の不退転の覚悟が薄まった直後である。

須賀京太郎と目を合わせて微笑んでいる十四代目葛葉ライドウが口を開いた。疲労の色が非常に濃く顔に出ていたが、平気なふりをして語りかけてきた。

十四代目葛葉ライドウはこういっていた。

「よく戻ってきてくれた。

 しかし再会を喜んでいる暇はない。まずはお互いの情報を共有し、最終局面に備えたい。

 まず、私たちは須賀君の身に何が起きたのかを知りたい。またナグルファルの甲板上にある霊的決戦兵器らしき物体についても説明をお願いしたい。

一から十までお願いしよう」

十四代目葛葉ライドウが語りかけてくると須賀京太郎はすぐにうなずいた。かなり長い時間ナグルファルから離れて行動していたのだ。情報交換が必要だ。

しっかりと説明をしなければ揉めると思った。そうして肯いた須賀京太郎は会議室の実力者に聞こえるように大きな声で答えた。こう言っていた。

「まず、おおざっぱに説明させていただきます。というのも、ナグルファルを離れている間に経験した出来事は私自身不思議な体験でした。

ですから一度大雑把に説明し、そののち協力者であるロキと私の詳しい説明を加えることで説明不足を補います」

このように須賀京太郎が答えると、十四代目葛葉ライドウを含めた実力者たちがうなずいた。ベンケイ、ハギヨシ、ディー。

そして右腕が義手の男と龍門渕信繁。実力者たちは聴く体勢になっていた。この時

「えっ、まじめに報告できるの?

 いつもは『犯人始末しておきましたよ。ハイ、これ証拠』としか言わないのに?」

とでも言いたげな目で龍門渕透華が睨んでいたが須賀京太郎は無視した。

そうして龍門渕透華の眼光を無視している須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウがこう言った。

319: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:34:57.45 ID:Bl9rwxM/0

「分かった。では説明をお願いしよう。

 分からないところが出てきたら、話し終わったところで質問することにするよ。霊的決戦兵器級の物体は協力者の皆さんに聞いたほうがいい?」

すると須賀京太郎がすぐにうなずいた。これ見て十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「了解了解。

 悪いんだけど先に撫子君とハギに霊的決戦兵器の詳しい説明をしておいてもらえないかな。最終局面につかえそうなら使いたいんだ。

 正直何が起きたのかは大体予想がつくから……ごめんね?」

十四代目葛葉ライドウのお願いに須賀京太郎は快くうなずいた。須賀京太郎が生きて戻ってきているのだ。しかも新しい霊的決戦兵器を手に入れて。

話が早いのは好ましかった。そして肯いた須賀京太郎は半透明なロキにこう言った。

「ロキお願い」

すると半透明なロキがうなずいた。そうしてロキがうなずくのを見てハギヨシたちが動き出した。

ハギヨシとディーが立ち上がりロキと一緒に会議室の隅っこへ向かった。三人とも見てくれが怪しいので、闇取引をしている売人そのものだった。

 須賀京太郎がこれ以上ないほど真面目に経緯を説明した後十四代目葛葉ライドウが現在の状況を教えてくれた、この時に語られた現状について書いていく。

それは龍門渕信繁と龍門渕透華が

「これだけ真面目に報告できるのなら普段もまじめにやれよ」

という目で須賀京太郎を見つめている時のことである。十四代目葛葉ライドウが大きなため息を吐いた。

疲労困憊といった様子で、見た目通りの老人にしか見えなくなっていた。須賀京太郎の報告が原因である。ものすごく厄介なところに標的がいるのだ。

たまらなかった。そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎が質問をした。十四代目葛葉ライドウが辛そうにしていたが、必要だったのでためらわなかった。

須賀京太郎はこういっていた。

「それで、今のヤタガラスの状況はどうなっているのですか?

 かなり長い間じっとしていたみたいですけど……」

須賀京太郎が質問をすると十四代目葛葉ライドウはあいまいな笑みを浮かべた。そして十四代目葛葉ライドウはこういった。

「ビックリするくらい大量の隕石が日本全国に降ってきてね、止むまで待っていた。

 隕石自体は葦原の中つ国で防御したが……外国勢の動きが厄介でね。須賀君の報告にもあったけど、衛星軌道上に大量の残骸があったでしょ?

 それはね外国のサマナーたちが送り込んだ悪魔だと思う。衛星軌道上から降り注いだ隕石は日本だけじゃなくて地球全体に降り注いだんだよ。

 でも被害自体は非常に少なかったんだ。

 『ピンポイント』で海外の霊的な施設がぶっ壊されたり、有名な施設が吹っ飛んだりしただけだから。
 
それで、何というか須賀君がいない間に二代目葛葉狂死対全世界のサマナーみたいな構図が出来上がって、結果は衛星軌道上の残骸。

 二代目葛葉狂死と手を組んでいたから、裏切られたとすぐにわかったみたいだね。

宇宙に上がる手段もすぐに用意していたから世界樹爆破からの流れも知っていた。

 二代目葛葉狂死の寝首をかくつもりだったんだろうが、見透かされてあっさり殺された。

 邪魔をしたら悪いと思ってね、手を出さなかった。隕石も降っているからその間に掃除をしていた。日本に入り込んだゴミを丁寧に」

十四代目葛葉ライドウの話を聞いて須賀京太郎が笑った。小さな笑いだった。しかしとても楽しそうだった。それもそのはず、二代目葛葉狂死が面白かった。

全方面にケンカを吹っ掛けて勝つ。しかも徹底的につぶし続ける。油断も隙もない。二代目葛葉狂死は面白かった。

 須賀京太郎が面白がっていると十四代目葛葉ライドウが最終決戦について話し始めた、この時に十四代目葛葉ライドウが語った作戦と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは会議室の隅っこで会話をしていたハギヨシたちが戻ってきてからのことである。十四代目葛葉ライドウが咳ばらいをした。小さな咳払いだった。

しかし効果は抜群だった。騒がしくなっていた会議室が一気に静かになった。というのも十四代目葛葉ライドウから支配者のオーラが発せられていた。

流石に大幹部である。風格がある。しかも須賀京太郎の暴君のオーラとは違って優しかった。

そんな空気を発した十四代目葛葉ライドウは須賀京太郎の目を見てこう言っていた。

320: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:39:08.45 ID:Bl9rwxM/0

「我々ヤタガラスは準備が整い次第、二代目葛葉狂死を討伐に向かう。

 討伐隊は実力者のみで構成し『二代目葛葉狂死の討伐』を最優先とする。

衛星軌道上の本拠地へ討伐隊を送り届けるためにナグルファルとオロチを使用する」

支配者として十四代目葛葉ライドウは語っていた。その圧力はすさまじく問答無用でしたがわせる力強さがあった。

この力強い支配者のオーラを身に受けた半透明なロキは顔をゆがめていた。というのも半透明なロキの心を屈服させるのに十分な圧力があった。

気位の高いロキである。屈服することを良しと思わなかった。顔も歪む。そんなロキを無視して十四代目葛葉ライドウが続けた。こう言っていた。

「ナグルファルの王は須賀君だと聞いている。

 君の許可がほしい」

この時十四代目葛葉ライドウの圧力は最高であった。交渉以上の念がこもっていた。それこそすぐ近くにいた実力者たちが苦笑いを浮かべるほどである。

二代目葛葉狂死に振り回されて機嫌が悪くなっていると彼らは察していた。と、そんな十四代目葛葉ライドウに対して須賀京太郎は軽く答えた。

「ダメです。

 葦原の中つ国からナグルファルは出しません。討伐隊は自力で上がってください」

須賀京太郎の答えの後周囲の空気が完全に固まった。十四代目葛葉ライドウはもちろん、実力者たちも固まっていた。

ナグルファルの船員そして会議室にいた退魔士たちも同じである。完全に虚を突かれ固まった。驚いたのだ。そして全員が耳を疑った。

ナグルファルとオロチを利用して衛星軌道上の本拠地へ向かうというのは理にかなっていた。まったくおかしな選択肢ではない。

しかし須賀京太郎はダメだという。意味が分からなかった。

 十四代目葛葉ライドウのオーラを無視して須賀京太郎が断った直後半透明なロキが笑った、この時にロキが笑った理由について書いていく。

それは須賀京太郎が断った直後である。完全に止まっている会議室で半透明なロキの笑い声が響いた。

それはもう大きな笑い声であったから、広い会議室はロキの独り占めだった。この時のロキの笑い声というのは非常に楽しそうだった。

笑い声を聞いた人がつられて笑いそうになるほどご機嫌である。しかし笑えなかった。

なぜなら十四代目葛葉ライドウの苛立ちが簡単に察せられたからである。そして笑い終わった後、大きな声でこう言った。

「小僧は姉帯のお嬢ちゃんと娘のことを心配しておるんじゃよ。二代目葛葉狂死の最新の武力は小僧が一番よく知っておる。

ナグルファルの装甲なんぞ頼りにならん。大慈悲の加護も通用せん可能性がある。

 じゃから、小僧は断ったんじゃ。

 そういえば、姉帯のお嬢ちゃんは十四代目の曾孫じゃったな。小僧を納得させてぇならよ、十四代目、お前がこの船に残ると言えよ。

疲労困憊の爺が役に立つとは到底思えん。若いもんに任せておとなしくしとけ。

 そうすりゃあ、小僧は提案をのむじゃろう。ほかのメンツも爺がおらん方が、やりやすかろう?」

ロキの説明についての反応はいろいろであった。苦笑いを浮かべる者。頭を抱える者。楽しそうに笑っている者。何度もうなずいている者。

当の十四代目葛葉ライドウは驚いていた。ポーカーフェイスを崩して完全に驚きを表に出していた。というのが、ナグルファルの王を少しなめていた。

二代目葛葉狂死の配慮が曾孫の命を繋いだと信じていた。

姉帯豊音のことを宝物のように扱う二代目葛葉狂死だから、傷つけるようなまねはしないと確信していた。

しかし須賀京太郎の反抗的な態度とロキの話から

「違う。須賀君たちが自力で守りぬいたのだ」

と確信できた。そして確信できたからこそ驚いた。須賀京太郎の意志が強いとは知っていたが、ここまで強いと思っていなかった。

 半透明なロキが対案を出した少し後十四代目葛葉ライドウが答えを出した、この時の十四代目葛葉ライドウの答えと須賀京太郎の反応について書いていく。

それは半透明なロキの対案が飛び出してきて十秒後のことであった。驚いていた十四代目葛葉ライドウがいよいよ動き出した。

ポーカーフェイスになり余裕の雰囲気をかもした。ただ、ベンケイとハギヨシからすれば明らかに動揺していた。

肉体的には落ち着いているがエネルギーの揺らぎであっさり看破できた。そんな十四代目葛葉ライドウはこんなことを言った。

「……豊音ちゃんの無事が保障されればナグルファルを作戦に組み込んで構わないのかな? 心配せずともあいつは豊音ちゃんを傷つけるようなまねはしない」

この十四代目葛葉ライドウに対して須賀京太郎はこういった。

「そうでしょうね。 で、十四代目は討伐隊に参加せずナグルファルの護衛についてくれるのですか?」

321: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:42:01.03 ID:Bl9rwxM/0

これを受けた十四代目葛葉ライドウは苦笑いを浮かべた。苦しげだが楽しげでもあった。随分成長したと思った。

そして少し睨み合ってから十四代目葛葉ライドウが折れた。プレッシャーをかけても須賀京太郎が微動だにしないのだ。諦めた。

そして十四代目葛葉ライドウは須賀京太郎にこう言った。

「どうして私の周りには我の強いバカばかりが集まるのか。

 良いだろう。

『十四代目葛葉ライドウはナグルファルの護衛につく』

これでいいか? 須賀京太郎。ナグルファルの王」

若干投げやりになっているが柔軟な対応だった。ベンケイとハギヨシという糞面倒くさい弟子を育成し終わっている十四代目である。慣れたものだった。

そうして十四代目葛葉ライドウが譲歩すると須賀京太郎がいい笑顔でうなずいた。この笑顔を見て龍門渕の親子が胃を抑えた。

十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎のやり取りは胃に悪かった。

 二代目葛葉狂死との最終決戦にナグルファルの参加が決まった直後十四代目葛葉ライドウが将来の話をした、この時二十四代目葛葉ライドウが語った将来の話と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウがナグルファルの護衛につくと決まったすぐ後のことである。会議室の空気が少しだけ緩んだ。

今までの緊張感はなくなって、徐々に騒がしくなっていった。特に退魔士たちが騒がしくなっていた。ほっとして、喜んでいる。

特にナグルファルの正式参加は非常にうれしいことだった。なぜなら衛星軌道上へ戦力を無事に送り届けるという任務はナグルファルでなければ難しかった。

ナグルファルとオロチの連携がなければ衛星軌道上の残骸にヤタガラスも変わるだろう。であるからナグルファルの正式参加はうれしいことだった。

そうなって空気が緩んだとき十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎に話しかけてきた。

「しかし須賀君もずいぶんと立派になった。初めて出会ったときはただの高校生だったのに、今はナグルファルを従える王になった。

 二代目葛葉狂死の討伐が終わったら、私たちで『推薦』しよう。

 希望地があれば考慮するが、どこがいい?」

須賀京太郎に語りかけてくる十四代目葛葉ライドウはいいおじいさんといった雰囲気を出していた。そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎はこういった。

「何の話ですか?」

これに十四代目葛葉ライドウが軽く答えた。

「この戦いで生き残れば君を幹部にするって話さ。

 霊的決戦兵器級のナグルファルを従え、メシアとガイアの霊的決戦兵器を奪ってみせた。

もともと龍門渕においておくには強すぎる武力だったが、今回の一件で龍門渕が抱え込める退魔士としての限界を超えてしまった。

 幹部になってもらうしかないだろう。もちろん生きて帰ってこれたのならば、だけれども」

この時である。今まで全身を覆っていた須賀京太郎の禍々しいオーラが完全にしぼんだ。

同時に須賀京太郎の異形の目から光が消え、十四代目葛葉ライドウから視線がそれた。逸れた視線は机に向かい、誰とも目を合わせようとしなかった。

口元には曖昧な笑みが浮かぶだけで、明らかにしぼんでいた。この須賀京太郎を見て会議室にいた者たちは驚いた。

今まで桁外れの生命力で他者を圧倒していた魔人がただの高校生以下に落ちたのだ。また周囲の者たちは困った。

いったい何が原因でしぼんだのかさっぱり理解できない。これは十四代目葛葉ライドウはもちろん須賀京太郎を鍛えたハギヨシとディーも同じである。

高い洞察力を持つロキであっも完全な理解はできなかった。しかし会議室で唯一ロキだけが

「迷っている」

と察せられた。

322: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:44:52.00 ID:Bl9rwxM/0

 強力な暴君からただの高校生へ須賀京太郎がしぼんだ直後に人さらいが発生した、この時に現れたポニーテールとツインテールと三つ編みの人さらいについて書いていく。

それは須賀京太郎の激変を会議室にいる人たちが不思議がっている時のことである。会議室の扉を勢いよく開け放つ者がいた。

覆面をかぶった背格好がそっくりな三人組である。突入してきた三人は自信満々であった。三人とも

「ばれていない」

と確信していた。なぜなら会議室全体が驚きの感情でいっぱいになっている。これを

「正体不明の三人組に驚いた。つまりバレていない」

と理解していた。そうして現れた三人組を見て会議室にいた者たちはことごとく首をかしげた。そしてざわついた。

「えっ?」

という呟きがあちらこちらから漏れ

「何やってんだオロチ様」

などと突っ込む者もいた。しかしその一切を無視して覆面をかぶった三人組が会議室を駆けぬけた。

邪魔にならない程度の速度で走り、須賀京太郎に近付いた。そして須賀京太郎が

「えっ、なになに!? 何事!?」

と騒いでいる間に椅子ごと持ち上げて連れ去ってしまった。連れ去られている間、須賀京太郎は椅子に座ったままだった。大人しかった。

覆面の三人組の真意を知るためである。この一大事にあって、バカなまねはしないと信じていた。ただ、少し恥ずかしそうだった。

神輿状態で視線が集中していたからだ。そうしてさらわれていく須賀京太郎をヤタガラスと船員たちが見送った。止める気配は一切なかった。

龍門渕信繁と透華の親子などは

「作戦はこっちで考えておくから休んでおいて。口出されると話し進まないから」

といって追い出す始末であった。重要な話はまとまっているのだ。止める必要がない。

覆面の三人組が須賀京太郎を会議室から連れ去った後、静かに会議室のドアが閉まった。扉が閉まった後バタバタと足音が聞こえ、同時に

「ソックちゃん、作戦完了よ」

という女性の声が聞こえてきた。そうして須賀京太郎の気配は完全に消えた。このようにして史上類を見ない完成度の誘拐が発生した。

そして覆面の三人組の正体と協力者の正体は遂につかめなかった。

 
 覆面三人組にさらわれて数分後須賀京太郎は秘密の部屋にいた、この時の秘密の部屋について書いていく。

それは覆面の三人組とその協力者によって須賀京太郎がさらわてからのことである。須賀京太郎は秘密の部屋に運び込まれていた。

秘密の部屋とはナグルファルの王のための部屋。姉帯豊音と未来を守るためにしか使われていない部屋である。

この部屋に須賀京太郎が運び込まれると覆面の三人組が正体を現した。覆面を脱いだ三人を見て須賀京太郎は驚いた。

ニヤリと笑う三人のオロチがいたからである。まるで

「気づかなかっただろう? 正体は私たちだ」

とでも言いたげだった。どうして自信満々でいられるのか須賀京太郎にはわからなかった。

「覆面ひとつで騙しきれるわけがないだろう?」

と思った。しかし口には出さなかった。下手なことを言うとオロチが傷つくように思えた。そんなことを考えているとアンヘルとソックが駆け寄ってきた。

須賀京太郎を見つけてほっとしていた。須賀京太郎に色々と言いたいことがあるらしく口をもごもごさせていた。しかしなかなか言葉が出てこなかった。

そんな二人の背後にムシュフシュがいた。須賀京太郎に視線を向けて、ニコリと笑っていた。

行方不明になってからアンヘルとソックが仕切りにつぶやいた

「生きている」

という言葉をムシュフシュは信じていた。そんなムシュフシュのさらに後ろに姉帯豊音が未来を抱いて椅子に座っていた。

ほかの面々とは違って顔色が非常に悪かった。血の気が完全に引いている。その上完全に目の光が失せていた。

アンヘルとソックたちの隙間から見える姉帯豊音を見た須賀京太郎は困った顔をした。こう思った。

323: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:47:28.12 ID:Bl9rwxM/0

「あの淀み方は、自分自身に対する嫌悪感……なんで?」

見抜くのは簡単だった。かつての自分の目とよく似ていた。しかしなぜそうなったのかの理由がさっぱりわからなかった。

 須賀京太郎が姉帯豊音の異変に気付いた時ヘルが大きな声を出した、この時ヘルについて書いていく。

それは姉帯豊音の内面に変化が起きていると須賀京太郎が察した時のことである。須賀京太郎の背後にいたヘルが震えていた。

無表情なのは無表情なのだが、肉体が震えている。震えから察するにあわてていた。眼球の動きを見れば間違いないとわかる。

というのも姉帯豊音の心の中に生まれた闇をヘルは正確に把握できている。姉帯豊音とは相性が良いのだ。

姉帯豊音の変化を見ていれば何を考えているのか予想がついた。そうして察しがついたものだから、非常にあわてた。

須賀京太郎に覚らせてはならないと考えた。そうしてあわて始めて二秒後のこと秘密の部屋に用意されている

「ある物」

をヘルが見つけた。すると何のためらいもなく、大きな声でこう言った。

「京太郎ちゃん! 服ボロボロがぼろぼろだわ! 着替えなくっちゃ! これから最終決戦なんでしょう!?

 アンヘルちゃんとソックちゃんが京太郎ちゃんのためにバトルスーツを創ったの! もちろんナグルファルも協力させてもらったわぁ!」

これに須賀京太郎が驚いた。完全にビビっていた。声がでかすぎた。あまりに大きな声だったもので、姉帯豊音の腕の中で眠っていた未来が目を覚ました。

そして泣き出した。未来が泣き出すと姉帯豊音があやし始めた。未来はすぐに泣き止んだ。そして笑い始めた。須賀京太郎の気配を感じ取っていた。

 未来が笑い始めると三人のオロチが須賀京太郎をせかした、この時の三人のオロチについて書いていく。

それはヘルの大きな声で未来が目を覚ました後のことである。椅子に座っている須賀京太郎の服を三つ編みのオロチがつまんだ。そしてこういった。

「さぁ京太郎。このボロボロの服をさっさと脱いで私たちが創った服を着るのだ」

続けてポニーテールのオロチがズボンをつまんでこう言った。

「普通の布で作られた服なんて霞を身に着けているようなものだろう? ナグルファルと我々が協力して創ったバトルスーツを着てみるがいい。

素晴らしい着心地でほかのものが着れなくなるぞ」

これに続けてツインテールのオロチが胸を張ってこういった。

「ナグルファルの武器防具店で量産型の発売も決定している。頭からつま先まで込々で五百万円。マグネタイトでのお支払いも可能だ。

 二代目葛葉狂死の技術を応用した生きている鎧は所有者のマグネタイトを吸って成長する。使えば使うほど味が出る良い防具だ。

既に龍門渕から大口の注文が入っている」

そうして三人のオロチがせかすと須賀京太郎が口を開いた。

「なるほど。

 だが、着替える前にちょっと風呂入ってきていいかな。決戦前の準備をしておきたいんだわ」

すると須賀京太郎の背後にいたヘルがうなずいた。そして大きな声でこう言った。

「もちろんよ京太郎ちゃん! 門を開くわね!」

再び須賀京太郎がびくついた。声のボリュームがすごかった。これと同時にファンシーな門が秘密の部屋に現れた。

おとぎ話に出てきそうなファンシーかつ少女趣味なデコレーションでいっぱいの門だった。必要もないのにいい匂いがするあたりこだわりがすごい。

この門が現れると須賀京太郎は椅子から立ち上った。そして一人で門を潜りぬけた。オロチたちがついて行こうとしたがアンヘルとソックに阻まれた。
 

324: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:49:55.57 ID:Bl9rwxM/0

 ヘルの門を潜った後須賀京太郎は浴槽でのんびりしていた、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それはファンシーなヘルの門を潜り抜けて十分後のことである。驚くほど広い風呂場で須賀京太郎が寛いでいた。

豪華客船風のナグルファルの風呂場だが完全に和風だった。風呂場には須賀京太郎と半透明なロキしかいない。

ほかの連中は須賀京太郎の中でおとなしくしていた。決戦前だとわかっているので空気を読んで引っ込んでいた。

そうして須賀京太郎がくつろいでいると、半透明なロキが話しかけてきた。少し真面目な口調だった。

「小僧。何を迷っておる。

 二代目葛葉狂死は迷ったままで倒せるような雑魚とは違うぞ。

 小僧の性格は大体把握しておる。プライドが邪魔をしてわしに相談できんかもしれん。しかし、ここは裸の付き合い。

 目的のためと割り切って正直に教えてくれんか?」

このように語りかけられた須賀京太郎は天井を見上げた。そして少し間を開けてこう言った。

「自分でもよくわからないから……説明なんて」

するとロキがこう言った。

「一から十まで語って聞かせぇ。地獄に落とされる前から、今までのことをわしに語って聞かせぇよ。そうすりゃあ、わしが考えるけぇ」

力強い声だった。半透明なくせに生気で満ちているように思えた。これを受けて須賀京太郎が笑った。随分頼りになったからである。少し気が楽になった。

 ロキに促された後須賀京太郎は語り始めた、この時に須賀京太郎が語った内容とロキの反応について書いていく。

それは頼りがいのある言葉をロキが放った少し後のことである。天井を見つめながら須賀京太郎が語り始めた。

「俺はもともとただの学生だった。退魔士になったのは偶然だ。異能力に目覚めたのも偶然だった。

友人の頼みを聞いて人探しをしている時にソックと出会って異能力を手に入れた。

 人探しをしている時に俺は異界に迷い込んで人さらいと戦うことになった。今でもあのゴミの山を鮮明に思い出せる。

 人さらいとの戦いで髪の色が灰色に変わった。もともとは金髪だった。だが、心臓に指輪を叩き込んだ副作用で色が変わったと、俺は考えている。

 退魔士になったのはアンヘルとソックと出会ってちょっと後のことだ。葦原の中つ国に用事があってその時にオロチに絡まれた。

そしてヤタガラスの裏切者に目をつけられた。

 裏切り者は小物でイラつかせるだけだったが、オロチと出会えたのは良かった。全力で戦うことの楽しさを教えてもらったからな。

全身全霊を振り絞って限界を超える。その先を目指す楽しさはオロチと出会えなければ確信できなかった。

 それで戦いのチャンスが多いだろうヤタガラスに所属することにした。修羅の道だとはわかっていたが、楽しく生きたかった」

このように須賀京太郎が語るとロキが黙ってうなずいた。疑問に思うところは数々あった。しかし口に出すことはなかった。須賀京太郎の語るのに任せていた。

後で質問すれば十分だった。そうしていると須賀京太郎が続きを語った。

325: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:52:07.50 ID:Bl9rwxM/0

「姉帯さんと出会ったのは帝都に来てからだ。姉帯さんと結婚させるために十四代目が引き合わせた。

 だが、俺は断った。そもそも結婚なんて聞いていなかったし、俺は未熟者だ。他人の人生なんて背負えない。

 そうしたら次は護衛の任務をあてがわれた。

透華さんいわく護衛期間中にハニート-ラップを仕掛けるためだとか……まぁ、そんな心配をする必要はないと俺は思っていたが、そういう事らしかった。

 透華さんから動機を知らされたが……誰が何を企んだところで関係ないと思った。

その時の俺は葛葉流の退魔術の初歩で躓いていて、ハニートラップとか権力争いに興味がわかなかった。

 今もその気持ちは変わっていない。俺は負けず嫌いなんだ。退魔術の習得をあきらめる気はない。

 で、護衛任務中に二代目葛葉狂死がヤタガラスを裏切った。護衛中にシギュンさんらしきミイラに襲われて、ロキを押し付けられた。

 そして地獄に落とされて、俺は怒りに任せて何もかもぶっ壊した。敵を倒すためなら人食いだってためらわなかった。

その時は懺悔の感情があったが、今はない。

 不思議なことだが、全くないんだ。命を奪い取ったこと倫理から脱したこと、そして支配者として君臨していることに罪悪感がない。

 むしろ『当然そうあるべき』という気さえしている。

 この気持はメシアとガイアの陣営と出会ってからはっきりしてきた。自分でもよくわからないが、それまでは曖昧だった。

むしろ苦しい気持ちでいっぱいだったが、自覚が湧いてくると心が一気に楽になった。

『苦しまなくてはならない』という気持ちがなくなって俺は俺のことを享受し始めた。

 しかし、わからない。こうなっても俺はまだ迷っている。

支配者として、強いものとして好き勝手にふるまって良いと確信しているのに、『ダメだ』と心が叫んでいる。

『好き勝手に行動したくない』と俺自身を『俺が』制し続けている。

 そして不思議なことに『二代目葛葉狂死と決着をつけなければならない』と俺自身が確信している。

 好き勝手にしていいのだから、逃げてもいいはずだ。ナグルファルは俺に従い、喜んで受け入れてくれるだろう。逃げる理由ならいくらでもある。

姉帯さんと未来を守るためとでもいえば誰も責めないだろう。

 自分を大切にして何が悪い? ここで逃げたとして俺を責められる奴がいるか? 異界が暴走を始めてから今までずっと幻影が誘うんだ。

『何もかも捨てて逃げろ。責任を誰かに擦り付けろ』

ってな。俺の目の前に現れ続ける幻影が俺の本心だという確信がある。多分俺はずっと逃げたかった。ただの高校生で在りたかった。

 でも可笑しく聞こえるだろうが、ここでも俺の心は

『逃げるな』

と言っている。

『戦え』

と言って五月蠅いんだ。そして俺もそれでいいと思っている。

 これだ……これなんだよ。俺がわからないのは。一体なんなんだこの衝動は。本当は逃げたいはずなのに、逃げるなというこの俺は」

語り終わった須賀京太郎は一息ついていた。

326: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:55:09.01 ID:Bl9rwxM/0

そして天井から水面に視線を向けた。水面には苦しげな金髪の須賀京太郎が映っていた。これを見て須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。

この水面に映る自分の姿こそ、真の自分だと思った。そんな須賀京太郎の語りから数秒後、ロキが答えを出した。ロキはこういっていた。

「小僧を突き動かす衝動、言葉にできないその感情こそ求道者の星。いわゆる正義というもんじゃ。

 小僧は暴君として君臨できる素質がある。しかしそれをあえてしない。それは、小僧の正義が許さんからじゃよ。

 今の小僧ならば、自分の異界を制御できるんじゃねぇか? その不完全な四肢も星の導きに従えば自在に操れようになるじゃろう」

ロキがこのように語ると須賀京太郎は大いに驚いた。同時に水面の須賀京太郎は掻き消えた。須賀京太郎が大きく動いたからである。

 水面に映る幻影が消えた直後須賀京太郎とロキは短い会話を行った、この時の須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それは半透明なロキの答えが浴場に響いた後のことである。須賀京太郎が勢いよく立ちあがっていた。そして浴槽の縁に腰掛けていたロキに寄っていった。

そして半透明なロキに向かって疑問を投げかけた。

「正義? これが? 」

この時の須賀京太郎は必死だった。今までにない焦り具合である。そして恐れおののいている。しかししょうがない事である。

頭の中にある善悪の基準が大きく揺さぶられた。そして大きく揺さぶられた価値観が崩壊していく音が聞こえる。怖かった。

この恐怖は小さな子供が迷子になるような、大人が異界に迷い込むような未知への恐怖である。

久しぶりに感じる全存在を揺るがす体験を前に須賀京太郎は震え縮み上がった。そんな須賀京太郎の目をしっかりと見てロキが答えた。

「正義以外になにがあるというんじゃ? 自分自身を律する確かなルール。自分自身が良しと思う判断基準を何と呼ぶか、誰でも知っておるぞ。

 それは『正義』と呼ぶんじゃ。小僧の場合は『善』といったほうがニュアンス的には正しいじゃろうけどな。

 弱肉強食の論理から離れ、神の法を打ち破って自分のルールで世界を支配する。それは正義、善の発想じゃ」

このように語られた後須賀京太郎はたじろいだ。めまいすら起きている。須賀京太郎の表層にへばり付いていた善悪の基準が完全に崩壊した。

ロキによって無明に光が当たった。となって今までの価値観を

「間違いだった」

と捨て去る以外に道が無くなり、強烈な衝撃を受けたのである。そうしてそれを思った時心臓が高鳴った。

「これを待ち望んでいた」

と心臓が叫んでいるようだった。ただ、あまりに強く心臓が叫ぶものだから足元が危なくなった。倒れてしまいそうだった。

そんな須賀京太郎に対してロキが追い打ちをかけた。澄み切ったまなざしでこういった。

「現代において小僧のような思想を持つことは難しいじゃろう。なぜならこの時代で主流になっている思想は『人類は平等だ』という思想じゃから。

 おそらく小僧はこう考えておったはずじゃ。

『正義とは悪ではない者のこと』

そして

『悪とは恐ろしい者、強い者、害を与える者のこと』

じゃとな。

 この時代において『これが正義と善』と言い張るのならば結構なことじゃ。おそらくこの世界の大多数の人間はこの発想で生きていて全く問題がない。

なぜなら

『その者たちにとっては正しい理論』

じゃから

327: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 19:58:48.96 ID:Bl9rwxM/0

 しかし小僧、小僧には適しておらん。なぜなら小僧は強者。才能を持ち努力を積み重ね、運命に立ち向かい続けた生命体。

 この生命体にあるのはまったく別の基準じゃ。このような存在においての正義と善は

『自分そのもの、もしくは自分を強くする全て』

じゃろう。自分以外を頼りにして行動することはありえん。となって、この立場からすれば悪とは

『正義でも善でもないすべての存在』

じゃろうな。どうでもいい存在といってもええ。毒にも薬にもならん奴らを、小僧は見もしない。

いわゆる聖人と呼ばれるような人間であっても小僧にとっては取るに足らない路傍のごみと変わらない。

 わしが知っておる強者共も同じじゃったよ。小僧が逃げ出さんのも、結局のところ自分自身の正義に従っておるからじゃ。

 強くなるために難しい道に挑み続けるのも特徴の一つじゃな……逃げるなんて出来るわけがねぇじゃろう?」

このようにロキが語ると須賀京太郎はうつむいた。そして水面を睨んだ。二つの感情がぶつかり合っていた。一つは確信。一つは疑念。

ロキの話を聞いているとその通りだと思う須賀京太郎がいた。ロキの話を先達からの激励と受け取ることさえできる。一方で信じられない気持ちもあった。

この信じられないという感情は、ロキを疑ってのものではない。本当にその理屈が正しいのかどうか

「もしも間違えていたらどうしたらいい?」

という気持ち。これらが須賀京太郎を押しとどめていた。そうしてこの感情を処理しきれずに須賀京太郎は小さく唸った。獣のようだった。

この須賀京太郎を見てやさしげな視線をロキが投げていた。すぐに答えに飛びつかない須賀京太郎が好ましかった。

ヘビのような疑り深さが知恵の結実に繋がると知っていた。そしてそれ以上ロキは語らなかった。半透明な連中と同じく姿を消して、須賀京太郎に任せた。

須賀京太郎の悩みを晴らすために必要なのは証明の時間だと見抜いていた。かつての自分を重ねていた。

 ロキとの対話から十分後須賀京太郎は新しいバトルスーツを身に着けていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは半透明なロキが須賀京太郎に答えを与えた少し後のこと。須賀京太郎は脱衣所で体をふいていた。この時の須賀京太郎の顔に迷いはなかった。

迷いどころか穏やかになっていた。それというのも名前のない衝動に正義という形を手に入れた結果である。しかし安寧を手に入れたわけではない。

確信がないのだ。証明の時間が必要だった。そんな須賀京太郎は体をタオルでふくと新しいバトルスーツに着替えた。

龍門渕が作ったバトルスーツによく似ていた。しかし、細かいところでデザインの変更がある。

背骨に沿って蛇の骨のようなサポートがついていたり、狼の牙のようなスパイクがブーツについている。

両腕には牡牛をかたどった飾りがついて、背中には赤いマントがついていた。そうしてバトルスーツを身に着けた須賀京太郎は鏡の前に立ってポーズをとった。

有りがちなヒーローのポーズだった。ヒーローのポーズはすぐに解除された。やってみたら思った以上に恥ずかしかったからである。

そして着替え終わった須賀京太郎は脱衣所から出ていった。汚れは落ちていた。

 須賀京太郎が風呂場から出てきた直後まとめ役の一人セリが姿を現した、この時の須賀京太郎とセリのやり取りについて書いていく。

それは風呂場から須賀京太郎が出てきてすぐのことである。風呂場の入り口付近で待ち構えていたまとめ役のセリが話しかけてきた。

ゆだっている須賀京太郎にセリはこういっていた。

「我が王! 準備完了いたしました!」

非常に高揚していた。不機嫌さは一切ない。それどころか目が輝きで満ちている。というのも須賀京太郎と再会できたからである。

須賀京太郎が行方不明になっているときは非常に落ち込んでいた。もう戻ってこないのかと思い不安になった。しかし霊的決戦兵器を奪って王が戻ってきた。

うれしくてしょうがなかった。そんなセリに対して須賀京太郎はこう言った。

「早いっすね……ということはもしかしてみんなを待たせている感じだったり?」

対応する須賀京太郎は顔をゆがめていた。二代目葛葉狂死との決着は早い方がいい。なにせ天国を創ると二代目葛葉狂死は言っていた。

しかし須賀京太郎は具体的な方法を知らない。察しもついていない。そうなると時間が過ぎて往けばそれだけ相手に有利である。

時間が過ぎればそれだけ相手は計画を完了させてゆくのだから。そうなって無駄に待たせたかもしれない。最悪だった。

そうして須賀京太郎が嫌な顔をしていると、セリがこう言った。

328: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:01:59.42 ID:Bl9rwxM/0

「いいえ! 全然問題ありません! 

 ナグルファルを宇宙仕様に変更する必要がありますし、討伐隊の皆様も準備が終わっていません。作戦会議が思った以上に揉めたのです。

 ですが、あと五分ほどで出発可能になるでしょう。それと十四代目が

『ナグルファルの甲板で待つ』

と。

 よろしければ、門をご用意します」

そうすると須賀京太郎は少し考えた。そしてこういった。

「甲板への門をお願い……あと質問なんだけど、なんで揉めたわけ? 揉めるようなことあったっけ?」

これに対して門を呼び出しつつセリが答えた。

「さらわれている人たちをどうするかという問題で揉めました。

人形化の呪いを受けて転送された大量の国民たち、そして九頭竜の姫こと天江衣……ヤタガラスの関係者も呪いを弾けなかった人たちがたくさんいるそうです。

 『いざというとき彼らをどうするのか。見捨てるのかそれとも助けるのか』

 これで揉めたのです」

そうして語っている間に甲板への門が生まれた。すると須賀京太郎はセリに聞いた。

「結局どっちに?」

須賀京太郎を見つめながらセリが答えた。

「『柔軟に対処する』そうです」

答えをきいて須賀京太郎が小さな声で笑った。討伐隊の意思統一が出来なかったと理解した。しかし当然だと思った。

そして門に足をかけた状態で、少しだけ足を止めた。

「自分はいったいどうするだろう?」

このように考えた。そしてまたしても小さく笑った。悪夢の世界を思い出した。するとこの時、一瞬だけ須賀京太郎の姿が変化した。

しかしすぐに元の須賀京太郎に戻った。本人は平然として、自分が変身したと気付いていなかった。そんな須賀京太郎はセリを置いて門を潜った。

少し遅れてセリも門を潜った。門を潜った時のセリの顔は赤らんでいた。目も輝いている。須賀京太郎がさらに成長したと察したからである。

ニャルラトホテプを屠った怪物の姿はセリの心を捕らえて離さなかった。

 須賀京太郎が門を潜り抜けて数十秒後十四代目葛葉ライドウが力試しを提案してきた、この時の状況と十四代目葛葉ライドウの提案について書いていく。

それはセリが創りだした門を須賀京太郎が潜ってすぐのことである。門を潜り抜けた須賀京太郎が足を止めた。

というのもナグルファルの甲板にあった壊れてしまった霊的決戦兵器が立っている。驚きである。ぶっ壊れたはずなのにしっかり直されている。

また若干デザインが変更されていた。今までは

「戦えればそれで良い。むしろそれが良い」

の精神であった。しかし今は遊びがある。むき出しの骨格に装甲が付けられて、鎧武者風の霊的決戦兵器として完成しつつある。

この鎧武者風の霊的決戦兵器の周りにはヤタガラス達が集まっていた。見物人である。

ただでさえ珍しい霊的決戦兵器、その中でもさらに珍しいパイロット搭乗型である。流石に目を引いた。

また霊的決戦兵器という珍しさを抜いても機能美を備えているので美術品としての鑑賞に堪えられた。

この鎧武者風の霊的決戦兵器の前には討伐隊が装備を整えて出発の時を待っていた。討伐隊は五名。ベンケイにハギヨシ。小鍛治健夜とディー。

そして右腕が義手の男。討伐隊が放つ空気は研ぎ澄まされていた。冬の朝のような気持ちのいい空気だった。

この討伐隊の前に十四代目葛葉ライドウが仁王立ちし、須賀京太郎を待ち構えていた。優しげに笑っていたが闘志で満ちていた。

須賀京太郎に闘志をぶつけているのだが、隠す気はなかった。闘志を向けられている須賀京太郎はもちろん気づいていた。

しかし問題になるとは思わなかった。なぜならこれから決戦に向かうのだ。闘志で満ちているのはおかしなことではない。むしろ良い傾向である。

また少し遅れてきたと自覚しているのだ。しょうがないことだと思った。ただ、この考えが間違いだとすぐに理解することになった。

というのも須賀京太郎が霊的決戦兵器に近寄っていくと十四代目葛葉ライドウがこんなことを言った。

329: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:04:48.71 ID:Bl9rwxM/0

「須賀君。少し君の実力を測りたい。これから相手にする二代目葛葉狂死は生半可な相手ではない。

個人の武力も驚異的だが『念には念を入れてくる執念深さが厄介な男』だ。今回の計画も突発的なものではない。

となれば我々が一致団結したとしてもかなり難しい戦いになる。

 そんな戦場に『未熟者』を連れていくのは、どうかという話だ。

 もしも足を引っ張るような技量しか持たないのならば、ここであきらめてもらう。ナグルファルの警備を私と一緒にすると良い」

十四代目葛葉ライドウの言葉には力がこもっていた。まったく反論の隙がない。するとナグルファルの甲板が一気に静まり返った。

十四代目葛葉ライドウ、そして討伐隊の面々が本気だった。

このような行動を十四代目葛葉ライドウが起こしたのは須賀京太郎がしぼんだ姿を会議室で見たからである。暴君の気配が消えてしぼんだ高校生になった。

あの変化を十四代目葛葉ライドウと討伐隊のメンバーは見逃さなかった。それが力試しを必要とした。

精神的に動揺するような退魔士はあっさり二代目葛葉狂死にのまれ足を引っ張ると断言できたからである。

 力試しが提案された直後霊的決戦兵器の足元に須賀京太郎が立った、この時の須賀京太郎の状態と討伐隊の面々について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが力試しを提案した直後のことだった。十四代目葛葉ライドウと討伐隊のメンバーが勢いよく振り返った。かなりあわてていた。

それもそのはず、須賀京太郎の姿が忽然と消えた。同時に討伐隊の背後から禍々しい空気が噴き出した。

背後から放たれた禍々しい空気は不吉と死のオーラそのものだった。

そうして振り返ったところ霊的決戦兵器の足元にニャルラトホテプを屠った怪物が立っていた。身長三メートル。

牡牛の兜をかぶり蛇の背骨を持ち狼の足を持つ怪物である。前回とやや違っている所がある。目だ。黒い皮膜に隠されていた目が現れて、赤く輝いていた。

この怪物の正体は魔人・須賀京太郎である。

「一つ試してみるか」

と自分の衝動を全開にして、変身した結果だ。ロキによって導かれた今ならできると信じて行っていた。

実際の手段については黒い竜に変じた経験が助けになっていた。討伐隊の背後に回り込んだのは機能テストである。

変身を完了させたついでに先輩たちで行った。しかしこの機能テストが大慌てに繋がった。

禍々しい空気を放っているのも加わって、なかなかスリリングなテスト結果だった。

 討伐隊が驚いた後須賀京太郎の力試しが終わった、この時の須賀京太郎と討伐隊について書いていく。

それは討伐隊相手に須賀京太郎が力試しを行った後のことである。変身を解いた須賀京太郎が討伐隊に話しかけた。

霊的決戦兵器を見上げながら魔人・須賀京太郎はこういっていた。

「『葛葉流の退魔術で力試し』なんて言わないでくださいよ。

 マグネタイトの操作は今も下手くそなんですから……」

この期に及んで十四代目葛葉ライドウの力試しを受けるつもりだった。しかし当然である。須賀京太郎の変身は自分のために行った証明なのだ。

十四代目葛葉ライドウのテストではない。しかし須賀京太郎の姿を見て十四代目葛葉ライドウと討伐隊はなかなか口を開けなかった。

というのも須賀京太郎の放つオーラが一層凶悪になっている。ヤタガラスに所属していなければ間違いなく討伐対象だった。

数十分前までしぼんでいた須賀京太郎なのだから、これはおかしかった。口はなかなか動かない。

そうして十四代目葛葉ライドウと討伐隊がためらっている時、須賀京太郎が口を開いた。

「それで、何をすれば認めてもらえるんです?」

霊的決戦兵器を眺めている須賀京太郎は少し不機嫌になっていた。また悲しげでもある。というのも十四代目葛葉ライドウたちが応えてくれない。

至近距離にいるのに無視されるのはきつかった。そんな須賀京太郎にどうにか対応したのが十四代目葛葉ライドウだった。

緊張を残したまま、こう言っていた。

330: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:07:42.49 ID:Bl9rwxM/0

「今ので十分だ。まさかあっさり背後をとられるとは思わなかった。

 須賀君、君が一番槍だ。討伐隊のメンバーが君を補助してくれるだろう」

すると須賀京太郎の視線が十四代目葛葉ライドウに向かった。そしてニヤリと笑ってみせた。認めてもらえてうれしかった。

 十四代目葛葉ライドウが認めた数秒後須賀京太郎の肩にオロチの触角が降ってきた、この時に姿を現したオロチについて書いていく。

それは須賀京太郎の討伐隊入りが認められて甲板の空気が緩んだ時のことである。鎧武者風の霊的決戦兵器の胸の部分がパカッと開いた。

そして周囲のヤタガラスたちが、

「えっ?」

と思っている間にコックピットからオロチの触角が飛び降りてきた。そして飛び降りてきたオロチの触角は須賀京太郎の肩に着地した。

着地を決めた時ドンという音がした。着地を決められた須賀京太郎は微動だにしなかった。しかし非常に困っていた。肩に着地してくるとは思わなかった。

そうして現れたオロチなのだが見た目が随分変わっていた。ポニーテールでもツインテールでも三つ編みでも素の状態でもない。ショートヘアである。

また服装も須賀京太郎と同じタイプのバトルスーツであった。マントもしっかり身に着けている。

須賀京太郎と同じく真っ赤なマントだが、背中に大きく「大蛇」と刺繍されていた。

そうして須賀京太郎の肩に着地したショートカットのオロチはそのままの勢いでこう言った。

「さぁ、京太郎。霊的決戦兵器酒天(しゅてん)に一緒に乗るのだ! 葦原の中つ国の塞の神とリンクした今、エネルギー切れの心配はほとんどない!

 私に身をゆだね、崇め奉るがいい!」

須賀京太郎の肩に乗っているオロチはものすごく上機嫌だった。またものすごく上から目線だった。しかし、周囲のヤタガラスたちは温かく見守っていた。

須賀京太郎の肩の上でものすごく胸を張っていたからである。小さな子供が調子に乗っているようにしか見えず、かわいらしかった。

そんなショートカットのオロチに対して須賀京太郎はこういっていた。

「いつの間にか名前決めちゃった感じ?」

着地については動じていなかった。どちらかと言えば霊的決戦兵器に名前がついていることがショックだった。

頭の中にいくつか良い名前が浮かんでいたのだ。いかにもロボット的な風貌の霊的決戦兵器である。ロマンがあった。

ワクワクするのはしょうがないことだった。そんな須賀京太郎に対してショートカットのオロチがこう言っていた。

「私が直々に決めてやった。

 私の髪の毛を組み込んだんだ、名前くらい決めてもいいだろう?

 ダメか京太郎? 私の綺麗な髪の毛はもう二度と戻ってこないのに、名前も決めさせてもらえないのか?」

しょんぼりしているオロチの問いかけに須賀京太郎はすぐに答えた。ほとんどかぶせ気味にこう言っていた。

「良い名前だなぁって思っただけ。全然問題ない。

 いやぁオロチが味方でよかったなぁ。頼りになるしネーミングセンスもある。流石超ド級の霊的国防兵器! 隕石でも動じない異界の創造主!」

この時の須賀京太郎はものすごく焦っていた。変な汗が額に浮き心臓が高鳴っていた。というのも周囲から飛んでくる視線が非常に痛かった。

特に女性からの視線がきつかった。怖い怖いと恐れられる須賀京太郎だが、この類の視線は不味かった。流石に変な汗が出た。

そんな須賀京太郎の露骨な対応を受けて、ショートカットのオロチはものすごく喜んだ。肩の上で跳ねていた。褒められるとうれしかった。そして

「そうだろうそうだろう! やはり姉妹の中でも私が一番だろう!」

と言い切って胸を張って、その勢いに任せて

「さぁ京太郎。コックピットに向かうのだ

 ナグルファルの連中が頑張って二人乗りに改造してくれている。

 そして、よく見て良く褒めてやれ。あいつらは私ほどではないが非常に頑張っている。褒美の一つでもくれてやれ」

といった。この直後須賀京太郎は小さな声で笑った。可愛らしいことを言うからである。しかしすぐに霊的決戦兵器酒天のコックピットに乗り込んだ。

肩の上のオロチがせかしたのだ。

331: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:10:44.52 ID:Bl9rwxM/0

 鎧武者風の霊的決戦兵器「酒天」に乗り込んだ後ショートカットのオロチが須賀京太郎に語りかけてきた、この時に行われたショートカットのオロチと須賀京太郎の会話について書いていく。

それは二人乗りように改造されたコックピットに須賀京太郎とオロチがおさまった後のことである。須賀京太郎が前の席に座り、オロチが後ろの席に座っていた。

霊的決戦兵器「酒天」のコックピットはかなり改造されて、いかにもロボットのコックピットといった状態になっている。

コックピットの中にあるのは球状のスクリーン。そして

「どこをどう操作すれば動くのかわからない」

操縦席が二つである。二つの操縦席は縦に並んでいて、若干後ろの席が高い位置にある。そして小さ目だった。

この後ろの操縦席にはショートカットのオロチが座っている。オロチのための席らしく体にぴったり合わさっていた。前の席に座ったのは須賀京太郎である。

須賀京太郎のために調整されていて、しっかりと体に合っていた。そうして準備が整うと開いていたコックピットの出入り口が閉じた。

するとコックピット内部が真っ暗になった。しかしすぐに明るくなり球状のスクリーンに周囲の状況が映し出された。

スクリーンには退魔士たちが大慌てで準備を行っている様子が映されている。これから衛星軌道上に殴り込みに行くのだ。

それぞれ覚悟を決める必要があった。そうしている間に、後ろの席に座っているオロチが話しかけてきた。少し震えていた。オロチはこういっていた。

「なぁ京太郎。

 質問したいことがある。怒らないで答えてほしい」

すると須賀京太郎はこういった。

「遠慮なくどうぞ」

このように須賀京太郎が対応するとオロチは思い切って質問をした。

「なぜ二代目葛葉狂死を殺そうとする?

 私は人間ではないからなのか……いまいち二代目葛葉狂死が悪いとは思えないのだ。話を聞くところによれば、二代目葛葉狂死は天国を創るといっている。

メシアとガイアのリーダーたちから搾り取った情報から考えていけば、手段こそ残酷だが誰もが幸せになれる世界が生まれるだろう。

 なぜなら普遍的無意識下にある個々人のイメージを全人類に送り届けるのだから。

 確かにその過程で全人類は死滅する。天国に取り込まれてナグルファルと同じような状態となるだろう。

 しかし、それの何が問題なのだ? 痛みも苦痛もなく気づいた時には天国にいる。日常の延長として天国に連れ去られるものも多くいるに違いない。

輪廻さえも再現することができるらしいではないか。

 いったい何が気に入らないのだ? この星が天国に包まれることの一体何が気に入らない?

 私には全く分からない。幸せを追求した結果の天国は間違いなく二代目葛葉狂死の下にある。なぜおまえたちは戦うのだ?

 豊音のためか? それともあの赤子のためか?」

このオロチの質問に須賀京太郎はためらった。難しい質問だった。しかし答えて見せた。こう言っていた。

「正直に答えれば、『気に入らないから』だろう。

 俺の中にある……ロキに言わせれば『正義』と『善』の感覚が気に入らないと叫んでいる。だから二代目葛葉狂死の計画を叩き潰す。

 ただ、『悪』ではないと感じている。計画それ自体ではなく、二代目葛葉狂死に対する印象は悪ではない。むしろ『善』に非常に近い。

 だからもしも今回の討伐の理由を人前で問われれば『姉帯さんと未来を守るため』と答えるだろう。貶める気持ちがないし、納得してもらえないだろうから。

 望んでいた答えとは違うだろう。しかし許せよ。俺に高尚な理念はない」

静かな声で穏やかに答えていた。須賀京太郎にぶれはない。正直な告白だった。しかし不真面目だととられてもしょうがない答えだった。

一大事にあってこの愚直さは罪深い。だがオロチはうなずいていた。須賀京太郎が真実を語っていると信じた。

飾り気のない言葉が須賀京太郎の肉体の雰囲気と重なって信じさせていた。今までの荒れ狂った魔人の空気ががらりと変わり凪いでいるのだ。

理由が正義と善という形を手に入れた結果ならば、信じられた。そうして語り合っている間にすべての準備か終了した。

ナグルファルの甲板が静かになり、葦原の中つ国に変化が起きた。地面が震え、直後に天に上る巨大な螺旋階段が現れた。

螺旋階段は巨大な蛇の身体であった。
 


332: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:14:55.33 ID:Bl9rwxM/0
 
 巨大な螺旋階段が生まれた少し後ナグルファルが移動を始めた、この時にナグルファルが利用した螺旋階段とその先にある物について書いていく。

それは全ての準備が終わって三分後のことである。全長一キロメートルのナグルファルと全長三百メートルの超力超神が螺旋階段を昇り始めた。

先陣を切るのは超力超神である。そのあとをナグルファルが追いかけた。

恐ろしく巨大なナグルファルと超力超神であるが、オロチの創った階段と比べると小さく見えた。気合が入りすぎたのだ。

二代目葛葉狂死との決戦のための大切な仕掛けである。気合も入る。しかしこの螺旋階段は衛星軌道上に到達していない。

須賀京太郎が見つけた逆さの樹には届かない。それもそのはず、葦原の中つ国は現在日本が所有している空の道までしか体を伸ばせない。

高さ一万キロメートルが安全に移動できる限界であった。そこから衛星軌道上、高度約三十六万キロメートルまでは自力で移動する必要がある。

二代目葛葉狂死に頭上を抑えられているという状況で三十五万キロメートルの移動を行うというのは絶望的である。

しかし、葦原の中つ国が利用できるヤタガラスは外国の勢力よりもずっとましな状態だった。

なぜならほとんどの外国勢力は空から降る隕石と槍での狙撃で一方的に破壊された。ぜいたくは言えなかった。

そうなって三十六万キロメートルの旅路に向かうヤタガラスたちであるが、やる気で満ちていた。それだけにととまらず徐々に勢いを上げていった。

螺旋階段をゆっくりと昇っていた超力超神は早歩きから駆け足に、駆け足から全力疾走に入る。

それに負けずと炉心を回転させて速度をガンガンあげてナグルファルが追いかけた。

目指すのは螺旋階段の終着点、日本の上空高度一万キロメートルに接続された巨大な門。

一万キロメートルの螺旋階段を発射台として、一気に駆け抜ける計画であった。しかし、問題があった。葦原の中つ国と現世を繋いだ結果、二代目葛葉狂死に察知された。

既に、高度三十六万キロメートルから二代目葛葉狂死が乗る霊的決戦兵器が弾丸の発射準備に入っている。門を潜ったその瞬間に狙撃して終わらせるつもりであった。

 超力超神とナグルファルが加速を初めて数秒後衛星軌道上から二代目葛葉狂死が狙撃を行った、この時に行われた二代目葛葉狂死の狙撃とヤタガラスの対応について書いていく。

それは超力超神とナグルファルが加速を初めて約十五秒後のことである。現世、日本の上空一万キロメートルのところに超力超神が姿を現した。

短距離走のランナーのようなフォームで空を駆けあがっていた。また巨大な蒸気機関の門を潜り抜けてきた超力超神は無防備であった。

まったく警戒せずに、移動にのみ力を注いでいた。そうして現れた超力超神めがけて高度三十六万キロメートルから二代目葛葉狂死の駆る霊的決戦兵器が狙撃を行った。

かつて須賀京太郎を撃ち落としたように、槍を創りだして思い切り打ち込んできた。また一発では済まなかった。

一発目が着弾する前に二発目が発射され、二発目が着弾する前に三発目が、という調子で次々に槍を撃ち込んだ。

一発目が着弾するまでにかかった時間は三秒。この間に打ち込んだ弾丸の数、千五百発。見事な速射と精度だった。

撃ち込まれた側の超力超神だが、一切の防御を行わなかった。迫る槍の雨の中を短距離走のランナーのように華麗なフォームで駆け抜けていった。

二代目葛葉狂死の狙撃を防いだのは霊的決戦兵器「酒天」である。二代目葛葉狂死が攻撃を仕掛けてきたと察し、速やかに四肢を用いて迎撃を行った。

撃ち込まれた弾丸のすべてを砕いて、無力化したのである。回避するという選択肢はなかった。二代目葛葉狂死の槍は砕かなければ何度でも襲ってくると学習していた。

ショートカットのオロチが同乗していることで「酒天」にエネルギー切れの心配はない。桁外れの弾丸も余裕を持って打ち砕けた。

小回りの利かない超力超神とナグルファルである。二十メートル級の「酒天」の存在は大きかった。

 そうして日本の上空一万キロメートルで超音速の攻防が行われた後二代目葛葉狂死が大きく状況を変化させた、この時に引き起こされた変化について書いていく。

それはすべての槍が砕かれて一秒後のことである。衛星軌道上に陣取っている二代目葛葉狂死の攻撃がぴたりと止まった。

今まで雨のように降っていた槍が完全に止んだ。そしてその直後であった。日本の衛星軌道上で膨大なマグネタイト反応が生まれた。この次の瞬間である。

全世界の衛星軌道上でマグネタイト反応が発生した。一番大きな反応は日本の衛星軌道上だったが、ほとんど誤差のような状態であった。

この時にもしも空を見上げることができたのならば、地球の空を埋め尽くす大量の花々を発見できただろう。

色とりどりの花達が美しいものも醜いものも異形のものも集まって花畑を創っているのが見えたはずだ。

しかし、この奇妙な光景を体験できた人間はほとんどいない。

なぜなら、全世界の衛星軌道上でマグネタイト反応が発生した瞬間ほとんどの人間の意識が天江衣の「支配」によって制御されたからである。

幸いヤタガラスたちのほとんどがこの光景を体験する機会に恵まれた。ただ、恐ろしいと思うものが多かった。予兆にしか思えなかった。

二代目葛葉狂死が創る天国の予兆である。そしてこの予想は正しかった。地球の衛星軌道上が花畑で埋め尽くされた後、大量の天使たちが現れたのだ。

しかしアンヘルのような親しみやすさはない。人のシルエットをかろうじて残しているだけの異形の集まり、いわゆる悪魔人間たちの軍勢だった。

老若男女関係なしに集まって、自信ありげに笑っていた。また興奮しているものばかりで、いかにも狂戦士といった仕上がりである。

地上からでも観測できる程度の大軍で、絶望的な光景だった。そんな悪魔人間たちの中に全長六メートルクラスの霊的決戦兵器がちらほらと見えた。

しかしずいぶん数が少なかった。十体といったところで、肩身が狭そうに見えた。そうして地球の状況と戦場の様子が変化した後、二代目葛葉狂死は姿を消した。無数の軍勢の影に隠れて見えなくなった

333: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:19:11.95 ID:Bl9rwxM/0

 二代目葛葉狂死が姿を消した直後衛星軌道上の狂戦士たちが雄たけびを上げた、この時に行われた雄叫びの被害と返答について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の乗る霊的決戦兵器がどこかへと姿を消す直前のことである。

超力超神とナグルファル、そして「酒天」は高度三十六万キロメートル地点を目指して駆けていた。まったく迷いがなかった。

地球の状況が激変している事にも無数の軍然にも気づいていたが、全く関係なしに空を駆けた。二代目葛葉狂死を始末するという目的があるのだ。

いちいち地球の変化に構っていられなかった。既に高度三万キロメートルまで来ているのだ、地球の様子が変わった程度で足は止まらない。

数秒迷うだけで数万キロ無駄になるのだ。突っ走るだけだった。そうしてためらわないヤタガラスたちが駆けあがってくると無数の狂戦士たちが一斉に大声を出した。

雄叫びである。同時に全員が腹の底から叫んでいた。無数の軍勢が全身全霊を込めて叫ぶと強烈な衝撃波が生まれた。

衝撃波はゆっくりとヤタガラスたちに迫ってきた。衛星軌道上にあるごみを巻き込みながら迫ってくる衝撃波は壁のように見えた。

これに対応したのは霊的決戦兵器「酒天」とナグルファルだった。攻撃が来たと察した「酒天」はナグルファルの甲板に着地した。

そして着地と同時に集中を開始して、限界まで魔力を練り上げた。

そうしてあと数秒でゴミを伴った衝撃波が着弾する状況になって、霊的決戦兵器「酒天」が魔法を撃ち込んだ。それは稲妻の魔法「ジオダイン」である。

しかしずいぶん変わった稲妻だった。稲妻の獣たちを従えていたのだ。従っていた稲妻の獣は狼、牡牛、蛇である。

超力超神を一飲みにできそうな狼、世界樹を絞め殺せる蛇、大群を押しつぶせる牡牛は恐ろしかった。

稲妻とともに現れた獣たちは込められた魔力が消えるその時まで悪魔人間たちを喰い続けた。衛星軌道上を埋め尽くしていた軍勢に大きな穴が開いた。

しかし霊的決戦兵器「酒天」の攻撃の後、悪魔人間たちは次なる攻撃の準備を始めた。まったく顔色一つ変えずに、狂戦士のふるまいを崩していなかった。

少なくない被害が出たのが、全く気にしていない。それもそのはず、喰われた戦友たちは復活すると知っていた。死なないとわかっているのだ。

まったく恐れはない。恐れがあるとすればただ一つである。二代目葛葉狂死の命令に背くことである。

 再生する無数の狂戦士たちがやる気を見せた時ヤタガラス達は高度十万キロメートルに到達していた、この時の霊的決戦兵器「酒天」とヤタガラス達について書いていく。

それは「酒天」の放った稲妻で衛星軌道上に展開している狂戦士の群れに穴が開いた少し後のことである。ヤタガラス達は順調に高度を上げていた。

既に高度十万キロメートル。

葦原の中つ国から供給されるエネルギーを頼りにして全力疾走する超力超神と、ナグルファルは尋常ではない速度で天国への階段を駆け上がっていく。

そんな彼らの一歩前を当たり前のように霊的決戦兵器「酒天」が駆けていた。

全長二十メートルクラスの霊的決戦兵器「酒天」であるけれど、その移動速度は超力超神とナグルファルよりも一段階上を行っていた。

それこそ背後の超力超神とナグルファルを気遣うことができるほどである。この速度の違いはコンセプトの違いである。

霊的「決戦」兵器「酒天」は徹底的に戦いにだけ特化した機体。霊的「国防」兵器超力超神は外敵との戦いと国民保護のための機体である。

追いつけるわけがない。ナグルファルはそもそも戦いに持ち出すものではない。地獄をそのまま船の形に変えているだけでなのだ。

超力超神と「酒天」について行けるだけで十分すぎる。当然移動速度に差が出る。敵の妨害があるというのなら一層差は大きくなる。

そうなって霊的決戦兵器「酒天」は戦友たちを気遣った。そうして気遣った後である。

「酒天」のコックピットで操縦桿を握るショートカットのオロチが大きな声でこう言った。

「『先に行け!』」

このオロチの叫びの後霊的決戦兵器「酒天」は独走態勢に入った。瞬きの間に一万キロメートルを縮め、一秒経過するあたりで高度二十万キロメートル地点に到達した。

超力超神とナグルファルは完全に置いてけぼりになっていたが、パイロットの須賀京太郎は振り返らなかった。オロチの叫びは超力超神内部で起きた叫びと判断した。

現在討伐隊が乗る超力超神はオロチの触角と化している。そのためすんなりと討伐隊の意思を確認できた。

 霊的決戦兵器「酒天」が二十万キロメートルに到達した時衛星軌道上で歌が流れ始めた、この時に流れてきた歌の効果とヤタガラスたちの対応について書いていく。

それは霊的決戦兵器「酒天」が独走態勢に入り、あと数秒で天国に到達するという時の出来事である。衛星軌道上で歌うものがいた。歌は合唱であった。

十人二十人という単位ではない、数万、数千、数億の単位で声が重なっていた。まったく美しい音色ではない。

声はまったく調和せず、不気味な音楽になっている。また詩らしいものも全くなく、リズムだけがあった。このリズムはなかなか気持ちがよかった。

334: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:22:52.25 ID:Bl9rwxM/0
エイトビートで落ち着く。しかし、これに大量の声が合わさると完全にホラーだった。

この不気味な歌が聞こえてくると衛星軌道上に幻影が現れるようになった。それはいかにも天国といった風景である。

酒池肉林から平穏な生活までがコロコロと幻影となって表れていった。この幻影が現れると狂戦士たちの動きが鈍った。

またナグルファルの速度も若干落ちた。しかし霊的決戦兵器「酒天」と超力超神は勢いを保ったまま、それどころか加速していた。

この差は、もちろん幻影のせいである。衛星軌道上に現れた天国の幻影、みる者の心に潜んでいるどうしようもない天国への渇望が心に作用したのだ。

いかに狂戦士であったとしても亡霊の群れだったとしても天国への渇望には逆らえなかった。そんな中で一層加速した者たちは振り切った者たちであった。

超力超神を駆る者たちは精神的動揺を誘う策略だと見破り、幻影を弾き飛ばした。「酒天」に乗る男は

「未練だ」

といって自分を笑い、成すべきことを成すために天国の階段を上り切った。

 天国の幻影を振り切った直後二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いが始まった、この時に行われた二人の戦いについて書いていく。

それは日常への未練を須賀京太郎が振り切った直後のことである。宇宙に向かって根を張る巨大な樹から大量の槍が降ってきた。

大量の槍はことごとく一撃必殺を狙っていた。

大量の槍は雨と表現するのがふさわしい密度で迫り、周囲に展開している狂戦士たちを気にせずに放たれていた。

打ち込んできたのは巨大な樹の根っこに立つ鎧武者風の霊的決戦兵器である。乗り込んでいるのは二代目葛葉狂死。

天国を創り上げる大仕事の最高の障害を排除するつもりである。迎え撃つのは霊的決戦兵器「酒天」である。

雨のように降ってくる大量の槍を前にしても動じることはない。それどころか、ここまでの苦難を力に変えて、禍々しいオーラを放ってみせた。

こうして衛星軌道上で出会った巨大な鎧武者二体だが、誰がパイロットなのか確信があった。

名乗らずとも機体に現れる微妙な肉体の動きで、二代目葛葉狂死であると、須賀京太郎であると理解できたのだった。

そうしてお互いが確信を得た時、雨のように降る槍の中を霊的決戦兵器「酒天」が駆け抜けていった。自殺志願者ではない。

隙間がない弾幕をロキと共に放つ

「ラグナロク」

の火の膜によって突破していった。この時の霊的決戦兵器「酒天」は美しかった。白い火の輝きは太陽のようで、何時までも見ていたかった。

そうして輝く「酒天」は槍の雨を突破し、いよいよ二代目葛葉狂死の目の前に現れた。

そうして二代目葛葉狂死の前に現れた「酒天」須賀京太郎は即座に抱きしめにかかった。槍の雨を突破した勢いのままをそのままに使っての抱擁である。

つまりタックルであった。二代目葛葉狂死は回避行動をとっていた。しかし避けられなかった。

高度三十六万キロメートルを駆け抜けるにあたって勢いをつけてきた須賀京太郎である。

槍の雨を降らすためにどっしり構えていた二代目葛葉狂死が慌てて回避したところでどうにもならなかった。

そうして抱き着いた瞬間に二代目葛葉狂死の乗る機体に火が燃え移った。燃え移った弱弱しい火は尋常ならざる世界終焉の火「ラグナロク」である。

オロチのエネルギーサポートがある今「ラグナロク」に制限はない。勝利は間違いなかった。と、その時だった。

敗北不可避と覚った二代目葛葉狂死がコックピットから脱出した。瞬間移動でもってあっさりとこの危機を切り抜けて、姿を消したのだ。

二代目葛葉狂死が脱出したと須賀京太郎はすぐに気付いた。抱きしめている霊的決戦兵器の力が失われたからである。

この時須賀京太郎は判断を一瞬だけ誤った。二代目葛葉狂死が居なくなった時

「どこへ行った?」

と考えたのである。一秒にも満たないこの思考は、普段なら足を引っ張るものではない。追跡者としては当然の思考である。

しかしこの追跡者としての本能が与えたほんの一瞬の隙間は二代目葛葉狂死にとって絶好のチャンスになった。

「当たればもうけもの」

程度の発想で用意した仕掛けを発動させたのだ。具体的には二代目葛葉狂死の霊的決戦兵器が爆散したのである。この爆発は火薬を使ったものではなかった。

決戦場にあった世界樹が爆発した原理と同じ、

「『初代』葛葉狂死」

が好んで使った技術それを二代目葛葉狂死は霊的決戦兵器で再現してみせた。

そうして至近距離で爆発を喰らった「酒天」は両手を全損、胸部装甲の八割を失っていた。

かろうじて両足と頭部が残っていたが、まともに戦える状態ではなかった。

335: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:26:34.61 ID:Bl9rwxM/0

完全に「酒天」が壊れていないのは、須賀京太郎がぎりぎりで回避行動を行ったためである。しかし爆発半径から逃れるためには時間が足りなかった。

このようにして二代目葛葉狂死の霊的決戦兵器と須賀京太郎の駆る「酒天」は相打った。

 衛星軌道上で大爆発が起きた直後宇宙に根を張る巨大な樹が奇妙な動きを見せた、この時の巨大な樹のふるまいについて書いていく。

それは霊的決戦兵器二体が相打った直後のことである。宇宙に根を張っている巨大な樹が突如として震え始めた。

そして震え始めると樹の樹皮がぼろぼろと崩れ始めた。そうして樹皮が崩れ始めるといよいよ木の形を保てなくなってしまった。

この光景を見て超力超神とナグルファルは二代目葛葉狂死を須賀京太郎が始末したのだと思った。

どう見ても崩壊しているようにしか見えず、作戦の根幹を担っている二代目葛葉狂死が撃たれたと考えればおかしな光景ではなかった。

ただ、すぐにその考えは否定された。考えている間に宇宙に根を張る樹から巨大な老婆のミイラが這い出してきたのだ。

巨大な老婆のミイラは全長五百メートルほど。生前の面影をミイラから察するのは難しかった。

そうして巨大な樹から生まれた老婆のミイラは速やかに両手を虚空に掲げた。するとミイラの両手に大きな白い皿が生まれた。

大きな白い皿は陶器のような質感と「まっしゅろしゅろすけ」とそっくりな雰囲気があった。

そうして巨大な皿が掲げられると全世界からマグネタイトの収奪が始まった。人工衛星と携帯電話を使ってのマグネタイト収奪である。

本来なら不可能であるが、老婆のミイラに組み込まれている天江衣の異能力が可能にしていた。

すると巨大な白い皿の上に大量のマグネタイトが恐ろしい勢いで集まってきた。人工衛星を通じて全人類から奪い取るマグネタイト量は一秒間に八十億近い。

八十億のエネルギーとなるとヨーロッパの退魔組織が一か月に使うエネルギーとほぼ同値であるから、とんでもない状況であった。

しかし何よりもとんでもないのは、膨大なエネルギーを完全に受けきる老婆のミイラの真っ白な皿である。

 巨大な老婆のミイラが収奪を初めた直後超力超神が奇妙な行動をとりはじめた、この時に超力超神が行った奇妙なふるまいについて書いていく。

それは巨大な老婆のミイラが大量のマグネタイトを白い皿の上に集め始めた時である。

須賀京太郎からやや遅れて現場に到着した超力超神が廃棄された巨大な樹めがけて飛び込んでいった。躊躇いは見えなかった。救出に向かったのだ。

本当ならば巨大な老婆のミイラを何としても破壊するべきである。なぜなら明らかに怪しい行動をとっている上に、大量のマグネタイトを用意している。

なにかあると考えて潰しにかかるのが正しい行為である。しかし超力超神はためらいもなく廃棄された巨大な樹に飛び込んでいった。

なぜなら廃棄された巨大な樹の中に大量の人形が見えたからである。これを見てしまうと、いてもたってもいられなくなった。

人形化されているだろう家族の扱いでギリギリまで揉めたヤタガラス達である。二代目葛葉狂死がいないこの状況ならば、救助を優先するのは当然だ。

超力超神に乗る退魔士たちは世界よりも国家、国家よりも家族が大事だった。

 人形化されている国民たちの救助に超力超神が向かった時ナグルファルの腹に二代目葛葉狂死が穴を開けていた、この時に二代目葛葉狂死によってもたらされた被害について書いていく。

それは人形化されている国民たちの救助に超力超神が入った瞬間である。高度三十六万キロメートルに到着したナグルファルの横っ腹に穴が開いた。

穴の大きさは三メートルほどで、綺麗な円になっていた。穴をあけたのは霊的決戦兵器を放棄した二代目葛葉狂死である。

高度三十六万キロメートルにあって完全に生身のまま、剣を使って侵入を試みていた。二代目葛葉狂死の侵入だが気付いたものは一人もいなかった。

ナグルファルの所有者であるヘルもまとめ役たちも穴をあけられたことにすら気づいていない。

これは二代目葛葉狂死の卓越した技量のためとしか言いようがない。そうして侵入してきた二代目葛葉狂死は迷いなく孫娘の下へ向かった。

地獄そのもののナグルファルであるが、全く迷う様子がなかった。白骨の大地を駆け抜けて隠された部屋を見つけた。血を分けた孫娘である。

マグネタイトの匂いを追えた。そうして一気に駆け抜けた二代目葛葉狂死は侵入から数秒後、姉帯豊音が隠れている秘密の部屋に到着した。

そしてノックもせずに部屋に入ってきた。ノックもなしに部屋に入ってきた二代目葛葉狂死は椅子に座って未来を抱いている姉帯豊音を見つけた。

この時、二代目葛葉狂死に姉帯豊音が鋭い目を向けていた。二代目葛葉狂死の接近に気づいていた。

接近してくる血縁の香りを予感としてとらえ、行動していた。秘密の部屋にいる者たちに纏わりつかせている「まっしゅろしゅろすけ」が証拠である。

この真っ白な蒸気に満ちた部屋を見て二代目葛葉狂死がこう言った。

336: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:29:15.66 ID:Bl9rwxM/0

「さぁ、迎えに来たぞ豊音ちゃん。

 須賀君に迷惑をかけるのはやめて、お家に帰る時間だ……おじいちゃんに『脅し文句』を言わせないでくれよ」

二代目葛葉狂死が優しく語りかけた時であった、十四代目葛葉ライドウが天井をぶち抜いて奇襲を仕掛けてきた。

退魔刀・陰陽葛葉を抜き放って四体同時召喚を維持して現れた。ほぼ完璧な十四代目葛葉ライドウの奇襲であった。

仲魔たちの連係も完璧で文句のつけようがない。しかし阻まれた。奇襲を防いだ二代目葛葉狂死がこう言った。

「すまんな十四代目……私はもう人をやめている」

そうして姉帯豊音と未来が二代目葛葉狂死に連れ去られた。

幸い死者は出なかった。しかし十四代目葛葉ライドウの陰陽葛葉がたたき折られ、装備のいくつかが壊れた。

十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死の戦いから得られた情報は三人のオロチが討伐隊と「酒天」に伝えた。伝えた情報は

「二代目葛葉狂死が若返りを果たしている」

という情報、そして

「桁外れのマグネタイトの供給を受けている」

という情報そして

「姉帯豊音と未来がさらわれた」

という情報である。

 ナグルファルから姉帯豊音と未来がさらわれた後二代目葛葉狂死は姉帯豊音と未来を天国の中心に運び込んでいた、この時の二代目葛葉狂死と姉帯豊音の様子について書いていく。

それは二代目葛葉狂死がナグルファルに侵入して一分後のことである。

巨大なミイラの老婆の掲げる白い皿の中心部へ向かう道に二代目葛葉狂死と姉帯豊音と未来がいた。

二十代あたりまで若返った二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を抱えて走っていた。お姫様抱っこの形で姉帯豊音を運び、姉帯豊音が未来を抱える形であった。

目指しているのは真っ白い皿の中心部、大量のマグネタイトが集まる天国の中心である。この時の二代目葛葉狂死はかなりゆっくり走っていた。

マラソンランナー程度の速度である。これは孫娘に配慮した結果だ。未来に対しては「まっしゅろしゅろすけ」が展開されているのだが、姉帯豊音は生身のままである。

本来なら加護を展開するべきだ。しかし姉帯豊音は命がけで足を引っ張っていた。

「加護を展開しなければおじいちゃんは私のためにゆっくり走る」

と見抜いていた。時間稼ぎだ。一秒でも稼げば逆転の可能性がある。なぜなら一秒あれば上級悪魔の群れを一掃できる須賀京太郎がいる。

十四代目葛葉ライドウたちもいる。瞬間を稼ぐことは無駄ではないと確信していた。ただ、そんな孫娘の考えを二代目葛葉狂死は見抜いていた。

そのため孫娘とその娘を抱えて走る二代目葛葉狂死は楽しげだった。流石自分の血を引く可愛い孫だと思った。賢く強く育ってくれてうれしかった。

そうして駆け抜けていく二代目葛葉狂死に姉帯豊音が叫んだ。こう言っていた。

337: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:31:50.34 ID:Bl9rwxM/0

「おじいちゃん! 今からでも遅くないからこんなことはやめて!」

本心からの言葉である。自分の祖父がとんでもない被害を生んだことは理解している。しかしまだ家族の命が大切だった。心のどこかで

「どうにか丸くおさまるのではないか?」

と考えていた。そんな孫娘に対して二代目葛葉狂死はこういった。

「いいや、もう遅い。私の計画は『あと少し』で完成する。

 悪いがね豊音ちゃん、私はあきらめないんだ」

すると姉帯豊音がこう言った。

「意味が分からないよ! 全部説明してよ!」

これに対して二代目葛葉狂死はこういった。

「豊音ちゃんは私が『天国を創りたがっている』と信じてくれたらいい。天国のためだけに全人類を犠牲にしようとした狂人だと思ってくれたらいいよ」

すると姉帯豊音がこう言った。

「だからそれだけじゃわからないって言ってるの!」

姉帯豊音はかなり大きな声を出していた。大きな声を出すものだから未来が泣き出した。そうすると二代目葛葉狂死の勢いが徐々に弱まっていった。

そしてついに歩き出した。そうすると姉帯豊音は少し戸惑った。そしてこういった。

「おじいちゃん? 考え直してくれるの……?」

これに対して二代目葛葉狂死が答えた。

「いいや。目的地に到着したってだけのことさ……そして待たせて申し訳ない須賀君」

既に孫娘を見ていなかった。そしてとうの孫娘も祖父を見なかった。真っ白い世界の中心に須賀京太郎がいたのだ。しかもたった一人で。

しかし視線を独占したのは一人で現れたからではない。須賀京太郎が放つ空気が変わっていた。禍々しいオーラが鳴りを潜めていた。刺々しさもない。

静かで穏やかな空気だけがある。二代目葛葉狂死も姉帯豊音も知らない須賀京太郎だった。孫娘と祖父は初めて見る須賀京太郎に驚いたのだ。

 二代目葛葉狂死と姉帯豊音が驚いている時須賀京太郎は成り行きを待った、この時の須賀京太郎の様子と変化の理由について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と姉帯豊音が須賀京太郎の変化に驚いている時のことである。二代目葛葉狂死と姉帯豊音を眺めていた。

自然体で立ったままで、全く動こうとしなかった。集中も全く行わずに、ただいつも通りに立っているだけである。また、流れ出す空気も静かで穏やか。

全く戦いに臨む態度ではない。しかしこれでよかった。すでに準備は完了している。先に進む覚悟もできている。

というのが姉帯豊音と未来がさらわれた時に隠れていた自分の一面を須賀京太郎は見た。といって重大な側面ではない。

須賀京太郎が見た自分の側面とは破壊者としての側面である。オロチの報告を聞いた須賀京太郎はこう思ったのだ。

「あぁ、奪われたか。となると姉帯さんと未来が盾に使われるかもしれない。

 しかし今の俺を止められるとでも?」

オロチの報告を聞いて即座に頭に浮かんだ考えであった。この考えが浮かんだ時姉帯豊音と未来が守護者としての須賀京太郎を

「与えてくれていた」

のだと気付いた。二人がいてくれたから守護者として退魔士としてふるまえたのだと確信できた。そして確信によって自身の性根が破壊者であると気付いた。

気づけばすべてがかみ合った。すると荒ぶる魂は穏やかになった。自分の正体を知ったからだ。

そうなって二代目葛葉狂死の前に立ったとしてもあわてる必要がない。やるべきことが目の前にある。自分の正体も知った。ぶれはない。

自分自身を享受して正義に殉じるだけである。

338: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:34:47.21 ID:Bl9rwxM/0

 二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を連れて現れた後須賀京太郎が口を開いた、この時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が行った会話について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を連れて中枢部に到着してすぐのことである。

非常に穏やかな空気をまとった須賀京太郎が二代目葛葉狂死に話しかけてきた。

「遅かったな……」

雰囲気も口調も穏やかである。恐ろしい魔人であるなどとはだれも思わないだろう。しかし目が笑っていなかった。

そんな須賀京太郎に対して二代目葛葉狂死が答えた。

「豊音ちゃんを迎えに行っていた。

 そんなに怒るな。天国の時は近いんだ、今はこの幸運に感謝しよう。

 このシギュンの杯の上に『王』はたった二人。世界中の実力者たちもヤタガラスの実力者たちも、時間内に到達できなかった。

 見るがいい。大慈悲の加護を手に入れてシギュンの杯は『宇宙卵』の生成に入った」

二人が向き合っている間に巨大な老婆のミイラ・シギュンの持つ皿の上に三十メートルクラスの卵が生まれようとしていた。

卵の殻から発するオーラは間違いなく「まっしゅろしゅろすけ」のオーラである。そうして卵の殻が生まれると二代目葛葉狂死がこう言った。

「生贄を用意しよう。

 新しい世界のために価値あるものを捧げよう」

すると卵の殻の内側に三つの十字架が現れた。三つの十字架には三人の少女が磔にされていた。一人は天江衣。一人は神代小蒔、もう一人は石戸霞である。

三人はまったく意識がなかった。ただ生きているのはわかる。夢を見ている時のように眼球が激しく動いていた。

三つの十字架と三人の少女が現れると須賀京太郎が鼻で笑った。そしてこういった。

「人質のつもりか?」

すると二代目葛葉狂死が首を横に振った。そしてこういった。

「まさか。

 須賀君を脅すのなら豊音ちゃんとこの赤ちゃんを使うさ。

あれだけ厳重に守ってくれていたんだ、豊音ちゃんたちを傷つけるといえば、間違いなく君は屈するだろう」

すると須賀京太郎が鼻で笑った。

「俺より先にあんたが音を上げる。

 覚えているぞ、初めて出会った時のことを。

 姉帯さんのボディーガードだって言っているのに、本気で殺しに来てたよな?

 そんなに悪い虫に見えたか?」

すると二代目葛葉狂死が笑った。そしてこういった。

「当たり前だろう、私からすれば世の男なんぞすべて狼だ。

豊音ちゃんを視界にとらえることさえ罪深い……まぁ、豊音ちゃんを脅しに使うつもりなんて初めからない。

 心配せずとも直接殺してやろう。若返った今、力は全盛期を遥かに超えている」

続けて真面目中をしてこう言った。

「『ヤタガラス序列第二位 浄階特級退魔士 二代目葛葉狂死』

 魔人・須賀京太郎よ。闇の中で生まれた魔人よ。地獄で育んだその力私に見せてくれ」

このように語ると二代目葛葉狂死は姉帯豊音を下ろした。久しぶりに地面に着地した姉帯豊音は魔人と祖父を交互に見つめた。未来を抱く腕に力がこもった。

同時に姉帯豊音の顔が大きくゆがんだ。

「死んでほしくない」

と思ったのだ。当たり前の考えだが、これが彼女の心を暗くした。何せ、この期に及んで祖父の心配をしているのだから。

そんな姉帯豊音を見て須賀京太郎が笑った。姉帯豊音が祖父を心配しているのが良くわかったからである。分かったけれど悪い気はしなかった。

むしろ良いと思った。家族愛が強いこと、簡単にぶれない心は美しい。そして一切の結末に納得してから須賀京太郎はこういった。

339: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:38:01.85 ID:Bl9rwxM/0

「『ヤタガラス序列第六位 龍門渕支部所属 三級退魔士 須賀京太郎』

 姉帯さんと娘を返してもらう」

宇宙卵の中で名乗り合った二人はじっと相手を見つめあった。不思議なことで二人とも静かな雰囲気だった。

これから殺し合いをする二人には見えず、年の離れた友人のように見えた。この二人を見て姉帯豊音は日常に帰りたいと願った。

祖父・二代目葛葉狂死も失わず須賀京太郎も失わずに日常へ帰りたい。それだけが彼女の願いであった。

 宇宙卵が生まれた直後二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いが始まった、この時に行われた一瞬の戦いについて書いていく。

それはお互いが名乗りあった直後、姉帯豊音が瞬きをする間の出来事である。二人の戦いは初手「変身」から始まった。

このとき二人はほぼ同時に戦闘特化の形、悪魔の姿へと変化していた。そして現れた異形が二体。異形の怪物と白い鎧武者である。

身長二メートル三十センチほどの鎧武者は二代目葛葉狂死。剣を携えていた。頭からつま先まで生体装甲によって包まれた姿は異形。

しかし白と青を基調にしているため神聖な印象があった。対峙する怪物は魔人須賀京太郎である。

変身と共に白い火をまとう身長三メートルの異形へと変化を遂げた。牡牛の頭蓋の兜に蛇の背骨。狼の両足に太い腕。

黒と銀を基調にした生体装甲で身を包んでいる。まさしく悪魔、魔人といったところ。徹底的に無駄を省いたその肉体は日本刀が放つ妖しい美しさがあった。

また肉体を包む白い火が一層神秘的に見せた。そうして自分自身を戦闘に特化した形に変えた二人は、同時に攻撃を仕掛けた。

攻撃を見ることも待つこともなかった。戦術も一切練っていない。らしくない二人である。

しかしこれはお互いの技量が一撃必殺を可能にしていると見破った結果である。

戦術を練る時間さえ命取りになると理解して、即座に早打ち勝負に入ったのだ。と、早打ち対決となって先に攻撃を成功させたのは二代目葛葉狂死であった。

静止した世界で、二代目葛葉狂死が抜刀した剣が須賀京太郎の右腕に一足先に到達していた。剣を持つ分だけリーチで勝ったのがきいていた。

しかし攻撃が到達してもなお、須賀京太郎は止まらなかった。それどころかさらに一歩踏み込んで見せた。

二代目葛葉狂死が剣を持っていると須賀京太郎は知っている。剣の切れ味も効果も体験している。となって積み重ねた経験と本能が活路を前に見出した。

須賀京太郎は自分の本能に従って先に進んだ。本能に従い無茶な踏込を行った須賀京太郎だが迷いはない。星に殉じる覚悟が迷いを切り裂いていた。

そして斬撃を受けつつ懐に踏み込むと同時に左腕で腹部へ一撃を見舞った。心技体が一体になった完璧な一撃だった。

この腹部への一撃で二代目葛葉狂死の肉体のほとんどが消滅した。腹部はもちろん消滅、下半身も吹っ飛んだ。無事なのは胸から上だけである。

しかし須賀京太郎も無事では済まなかった。右腕は肩ごともぎ取られ、衝撃で内臓の位置が変わり、頭蓋骨に亀裂が入り、脳みそが揺れた。白い火も失せた。

しかし立っていた。これが瞬きの間に起きたすべてである。結果は須賀京太郎の勝利、二代目葛葉狂死の敗北である。

しかし勝敗が決しても二代目葛葉狂死と須賀京太郎は生きていた。だが、二人とも時間の問題だった。

二代目葛葉狂死も須賀京太郎も肉体が大きく損傷している。その上、血液が流れ出している。数分の間に死ぬだろう。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎の血で真っ白な世界が汚れた後姉帯豊音が大慌てで二人の手当てを始めた、この時に二代目葛葉狂死が須賀京太郎に語った内容について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が血の池でおぼれている時のことである。未来を背負った姉帯豊音が手当のために動き出していた。アンヘルとソックから

「もしものときの医療キット」

と言って渡された異次元医療キットを展開して二人の命を助けようとした。血の気が失せていたが、頭はしっかり働いていた。こうなるとわかっていたのだ。

あらかじめ覚悟があればどうにかなった。また、二人とも生きている。生きているとわかれば頑張る理由になった。

この時一番に向かったのは祖父・二代目葛葉狂死だった。一番状況が悪かったからだ。

右腕を奪われているだけの須賀京太郎はどうにかなりそうだったから、後回しである。

そうして何とか手当をしようと試みている間に、二代目葛葉狂死がこう言った。

「いやぁ、強い強い。前にあった時よりも強くなっていやがる」

すると右腕を綺麗に失っている須賀京太郎がこういった。

「これで終わりだな……大人しく諦めてくれよ」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「敗北は認めるよ。十字架にかけた娘たちを解放してやろう」

340: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:40:29.61 ID:Bl9rwxM/0

そうしていると十字架にかけられていた三人の少女が解放された。十字架がパッと消えたのだ。丁寧な仕事ではなかった。

すると放り出された衝撃で少女たちが目を覚ました。十字架からの解放が結構な勢いだったので天江衣は思いきり額を撃っていた。

神代小蒔と石戸霞は頭ではなく首を抑えていた。放り出された時胸が一番に当たり首に衝撃が行ったのだ。

そして目を覚ました少女たちを見て須賀京太郎が笑った。元気そうで何よりだった。

目を覚ました天江衣は何が起きたのかさっぱりわかっていない様子だった。状況確認を行って、なんとか把握しようと努めている。

そんな中ですぐに須賀京太郎たちの下へ駆け寄ってくる少女がいた。笑顔の石戸霞である。次に動いたのが神代小蒔であった。

笑顔の石戸霞を必死で追いかけていた。必死の形相で走っていたがいかんせん足が遅かった。最後に天江衣が困惑した表情で動き出した。

何が起きているのかさっぱりわかっていなかった。ただ、須賀京太郎の姿を見て、周囲を警戒しつつ近寄ってきていた。

須賀京太郎がぼろぼろになっているのだ。なにかあると考えるのが自然で、駆け寄るのは無謀な行為だった。

そうして三者三様の行動を見せる少女たちを見て二代目葛葉狂死がこう言った。

「残念だ……天国を須賀君に見せてやれない」


すると二代目葛葉狂死を見て須賀京太郎が小さく笑った。この期に及んで余裕ぶっている老人が面白かった。この時だった。

神代小蒔が大きな声でこう言った。

「京太郎ちゃん! 避けて!」

神代小蒔に反応して振り返った時、須賀京太郎の目の前に笑顔の石戸霞がいた。そして棒立ちの須賀京太郎は押し倒された。

思い切り押し倒されたので須賀京太郎の肉体から血液があふれた。しかし笑顔の石戸霞は気にしなかった。押し倒したままで動かない。

この直後須賀京太郎に覆いかぶさる石戸霞を姉帯豊音が引きはがした。石戸霞を引きはがす姉帯豊音は鬼の形相であった。

眉間にしわが寄って赤い目が爛々と輝いている。未来が見たら泣き出すだろう。しかしそれも致し方ないこと。

須賀京太郎が石戸霞に腹を串刺しにされたのだ。二代目葛葉狂死の剣が凶器だった。


 須賀京太郎が串刺しにされた直後宇宙卵に変化が起きた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容について書いていく。

それは笑顔の石戸霞が須賀京太郎を串刺しにした後のことである。二代目葛葉狂死の肉体が完全に崩壊した。

若返った肉体がぼろぼろと崩れ落ちてマグネタイトの粒になって消えた。

そうして二代目葛葉狂死の肉体がマグネタイトの粒になって消えると、卵の内側に飛び散っていた大量の血液がマグネタイトに変換された。

これは現在進行形で流れ出している須賀京太郎の血液も同じである。

あふれ出した瞬間からマグネタイトへ変換されて、恐ろしい勢いでエネルギーが失せていく。切断された右腕は既にミイラ化してカラカラであった。

この状況になって姉帯豊音は須賀京太郎をしっかりと抱きしめていた。血液が何者かに奪われていくと察して「まっしゅろしゅろすけ」でもって包んだ。

しかし、負傷自体が非常に重く、長くもたないのは明らかであった。須賀京太郎を姉帯豊音が守っていると息を切らせて神代小蒔と天江衣が到着した。

高々五十メートルほどの距離だったはずだが、神代小蒔は汗びっしょりになっていた。そんな神代小蒔はこんなことを言った。

341: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/01(土) 20:42:13.50 ID:Bl9rwxM/0

「はぁ、はぁ、はぁ……鈍りすぎだわこの子……はぁ、はぁ、マジで運動不足……えっ、なにこれ……京太郎ちゃんは……大丈夫そう?」

息切れが激しい神代小蒔に姉帯豊音は首を横に振ってこたえた。そんな時である。何処からともなく二代目葛葉狂死の声が聞こえてきた。

二代目葛葉狂死はこういっていた。

「これで天国は完成する。今この時、最高の生贄が誕生し天国に捧げられた。

 礼を言うぞ、智慧の完成者であり実践者であるロキよ、我が孫娘を守る大慈悲の守護者よ。お前たちの存在が私にヒントをくれたのだから。

 制御システムに重要なのは『質』だ。魂の質が重要なのだ。それも純粋な魂の強さが……『私たち』のように初めから強かったのではなく!

 すべての地獄は、戦いはこの時のためにあった。あらゆる犠牲は『蠱毒の王』が生まれるこの瞬間のためにあったのだ。この私、二代目葛葉狂死でさえも。

 さぁ、生贄に選ばれた魔人・須賀京太郎よ。『蠱毒の王』よ。天の座につき衆生を救済し給え」

すると宇宙卵の中が真っ暗になった。しかしすぐに白くなり、白と黒がまじりあって灰色になった。

灰色の中から海が生まれ、ほとんどの灰色が海に飲み込まれた。残った灰色は砂浜に変わり、いつの間にか星空が生まれていた。

須賀京太郎は砂浜に一人残された。「まっしゅろしゅろすけ」の加護も失われ、須賀京太郎はあっという間に新鮮なミイラになった。

そうして須賀京太郎の血がほとんど失われた時天国は完成し、宇宙卵が割れた。


350: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 17:58:36.98 ID:4+RubV0x0

 高度三十六万キロメートル彼方で宇宙卵が割れた直後人工衛星を通じて全世界に天国が伝播した、この時に宇宙卵から流れ出した天国と天国の作用について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の蠱毒計画が完成に至った直後である。宇宙卵のひび割れから別の宇宙が流れだしてきた。

流れ出してきた宇宙は真っ黒な液体に見えた。この真っ黒な液体の中に沢山のあぶくが浮かんでいた。このあぶくの中にたくさんの光が見えた。

沢山の光はすべて太陽で、太陽の周りには星が浮いていた。宇宙卵自体が宇宙よりもずっと小さく弱い。しかし間違いなく新しい世界が流れ出していた。

この流れ出してきた宇宙は人工衛星を利用して地球全体を取り囲んでいった。そしてあっという間に地球を包み隠してしまった。

地球全体が宇宙の膜で包まれると、すべての命が眠りについた。それは深い眠りであった。死んではいない。心臓はしっかりと動いている。呼吸もしている。

しかし深く眠っていた。これは有機物無機物を一切問わない。地球にあるすべての存在が根幹から支配されて、深い夢の世界に旅立っていた。

そうして夢の世界に旅立った者たちは素晴らしい世界を体験することになった。それは苦痛のない世界。それは争いのない世界。平等な世界。

そして酒池肉林で天国としか言いようのない世界。しかし争いも起こり憎しみもまた湧き出す天国であった。

というのがこの夢の世界は見るものによって万華鏡のように姿を変えた。地球を覆う天国が「思想を叶えるための天国」だからだ。

そのため酒池肉林を望む者には酒池肉林が、艱難辛苦を求める者には艱難辛苦が与えられた。またこの夢はあまりにも現実的で夢だと察せない。

なぜなら夢を見ている全存在は天国に接続され、お互いのイメージを助ける役割を果たしているからである。

そのためたとえ自分が知らない知識、現実であっても損なわれることがない。この夢の世界に放り込まれた者たちは現実が素晴らしいものになったと感じ

「この世界が永遠であればいいのに」

と願った。そしてその願いに対して

「わかりました」

と答える神の声があった。神の声は女性のもので優しい声だった。代償として支払ったのは約束だった。

「あなたを傷つけない」

これだけを求められた。そうして数分の間に天国は完璧に近づいていった。人間以外の存在も永遠に続く理想の世界を認めてくれた。ただ、全存在が

「天国と認める。永遠であれ」

と願っても反逆を企てる男がいた。その男は今宇宙卵の中心で干からびている男である。名前を須賀京太郎といった。職業は高校生で退魔士。

夢の世界は三度目である。簡単に心は折れなかった。

 地球全体が天国に同意した後夢の世界を須賀京太郎は一人で歩いていた、この時に須賀京太郎が感じたものと見たものについて書いていく。

それは有機物も無機物も一切関係なく天国に取り込まれてしまった後のことである。金髪の須賀京太郎が荒野を一人で歩いていた。

肌の色もすっかり元通りである。異能力といわず「力」のすべてを奪われた結果であった。しかし、幸い夢の世界である。

何もかも奪われてもなお残る衝動を頼りに自分を動かせた。だが、荒野を歩く須賀京太郎は、自信なさ気に歩いていた。足は動いていたけれど力強さがない。

それもそのはずで、荒野には何の目印もない。また目的もない。すでに結構な時間荒野を一人で歩き回っている須賀京太郎である。

二代目葛葉狂死の天国が完成したのだと悟っている。そして自分が取り込まれてしまった自覚もある。足に力はこもらない。ただ足は止まらなかった。

足を止めることもできるのだが、一度足を止めたら二度と動けなくなるような気がして止まれなかった。二代目葛葉狂死に敵対していた須賀京太郎である。

「罰だろうな」

と考えて笑った。そして変化のない荒野を感覚がおかしくなるほど歩き続けた時、須賀京太郎の心が孤独に支配された。

どうにか荒野を歩いているが、目的などなく

「屈伏して成るものか」

の一念だけで動いた。これが刑罰なら随分残酷な手法だった。心が死に掛けていた。

 須賀京太郎が荒野を一人で歩いている時石戸霞が話しかけてきた、この時に行われた須賀京太郎と石戸霞の会話について書いていく。

それは須賀京太郎が

「終わりがないのはつらいなぁ」

などとブツブツ言いながら歩いている時のことである。須賀京太郎の前に石戸霞が現れた。

荒野を歩く須賀京太郎から少し離れて三メートルほどの所に突如として現れたのである。服装はかつて出会った時と同じく巫女服を着ていた。

そして凶行とは無縁のかわいらしい笑顔を浮かべている。石戸霞が姿を現すと、須賀京太郎は足を止めた。そして曖昧な笑みを浮かべた。

怒っているのか喜んでいるのか怪しい笑顔だった。孤独が原因だ。たった一人で延々と歩き回った経験が心にわずかな隙間を生んでいた。

351: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:01:26.57 ID:4+RubV0x0

味方も敵もいない荒野を一人でふらふら歩くのは流石に心を弱くする。構えるべきだった。石戸霞に攻撃されたのを覚えているのだから。

しかし久しぶりに自分以外の誰かと出会えたことで喜んでしまった。無様としか言いようがなかった。

そうして無様な姿をさらした須賀京太郎に優しく石戸霞が話しかけた。彼女はこういっていた。

「天国は気に入りましたか?」

この一言に対して須賀京太郎はこのように答えた。

「いや、全く気に入らない。

 澄んだ空気に足跡のない大地は魅力的だが、退屈すぎる」

言葉が出てきたことさえ奇跡的なかすれ具合であった。久しぶりの会話なのだ。しょうがないことである。すると石戸霞がこう言った。

「そうですか……それは残念です。

 では、どのような天国を望むのですか?」

このように問われて須賀京太郎は少し笑った。捨ててしまった日常が浮かんでいた。未練だった。すると須賀京太郎の答えを待たず、石戸霞がこう言った。

「その『光景』を求めるのですか? すぐに用意します」

すると荒野が失われ、須賀京太郎の故郷の風景が構築された。故郷の街並みが構築され、そこに生きる友人たち知人たちそして家族が現れた。

これを見て須賀京太郎は泣きそうな顔をした。真に迫っていて本物にしか思えなかった。

 故郷の風景が再現された後須賀京太郎の手を引いて石戸霞が町の中を案内した、この時の二人の様子と会話について書いていく。

それは石戸霞によって真に迫った世界が構築された直後のことである。泣きそうな顔をしている須賀京太郎の手を取って石戸霞がこう言った。

「ここがあなたの生きる世界です。貴方が心の底から望んだ、貴方が望む日常がここにあります。

 今はきっと信用できないでしょう。貴方を傷つけ無理やり血を奪ったのですから。

 しかし、信じてもらいたいのです。私たちが創ったのは天国で、あらゆる存在の欲求にこたえるものであると」

すると須賀京太郎は手を振り払おうとした。意味がさっぱりわからない上に、心が叫んでいた。

「これは偽物の世界で、長居していい世界ではない。たとえ滅び去ってしまうとしても最後の最後まで意地を張り続けなければならない」

しかし須賀京太郎は石戸霞を振り払えなかった。力を振り絞っても手も足も出なかった。心が弱くなっていた。何もない荒野を歩き続ける孤独は毒だった。

格好だけでも意地をはれるだけましだった。そんな須賀京太郎が必死になってもがいているのだけれども、石戸霞はニコニコと笑っているだけだった。

須賀京太郎が随分弱くなっているからだ。うれしかった。そしてギュッと手を握った。これから心の底まで天国の虜にするつもりなのだ。

手を離すわけがなかった。そうして優しい笑顔をはりつけたまま、石戸霞は須賀京太郎を引っ張っていった。

引っ張られていく須賀京太郎は必死で抵抗した。しかしまったくどうにもならなかった。ただ、いつまでもあきらめなかった。

須賀京太郎がもがきだして十分後須賀京太郎と石戸霞は学校の前に到着した。学校の前に到着すると石戸霞はこういった。

「この高校にはたくさんの学生たちが通っています。貴方もその一人です。説明する必要はありませんよね?」

この時須賀京太郎の抵抗が少しだけ弱まった。自分が通っている高校を目にして脳裏にたくさんの良い思い出と悪い思い出が湧き出してきたのである。

そしてたくさんの思い出が湧き出してくると、心が急にさみしくなった。自分の居場所が「あった」と思うと心がくじけそうだった。

 須賀京太郎の心がくじけそうになった時石戸霞が動き出した、この時石戸霞が目指した場所と理由について書いていく。

それは須賀京太郎の抵抗が弱まった直後であった。須賀京太郎の手を握っている石戸霞が急に移動を始めた。急に手を引っ張られた須賀京太郎は驚いていた。

しかし心がくじけつつあったので大人しく従っていた。そうして須賀京太郎が大人しく従っていると石戸霞は十字路で立ち止まった。

石戸霞が立ち止ると須賀京太郎も立ち止った。そして立ち止まって周囲を見渡して須賀京太郎は青ざめた。というのが連れてこられた十字路に見覚えがあった。

須賀京太郎が青くなっている間に石戸霞がこう言った。

「『ここでは何も起きませんでした。交通事故も人さらいも起きませんでした』」

352: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:04:12.51 ID:4+RubV0x0

石戸霞はにこにこ笑っていた。優しい笑顔だった。特に意味のない説明であったが、真実だった。この天国の十字路にあって事故は一度も起きていない。

人さらいも起きていない。人さらいと須賀京太郎の戦いも、魔人になった事件も起きていない。だから嘘ではない。

ただ何も起きていないという事実を伝えただけのこと。しかしこれだけで須賀京太郎の心はほとんど折れた。唇をかみしめて、顔を伏せた。

石戸霞の言葉は須賀京太郎が何度も夢見た言葉だった。そして貌を伏せたままで石戸霞につぶやいた。

「人生をもう一度やり直せるのならば、やり直したい。

 もしも自分の望むままの人生をやり直せるのならば……それはきっと幸福だ」

重すぎる責任を背負ってここまでやってきた。暖かさに心をくじかれつつあった。北風と太陽の教訓そのものだ。

人の心をへし折るのは「厳しさと逆境」ではない。「暖かさと優しさ」である。問答無用の優しさが荒野を歩いてきた須賀京太郎の心を殺しつつあった。

そんな須賀京太郎を見て石戸霞がやさしげな視線をくれた。そして須賀京太郎の手を優しく包み込んだ。慈母のようだった。

須賀京太郎がいよいよ善人になったと思った。牧畜に堕ちて支配できると思った。そして地球すべての存在が永遠の停滞に沈むと確信した。

これこそ天国の時で、待ち望んだ瞬間であった。

 あと一歩で天国の時が来るというところで須賀京太郎に石戸霞が契約を持ちかけた、この時の二人の会話について書いていく。

それは天国の十字路で須賀京太郎の心が死に掛けている時である。須賀京太郎を優しく見つめている石戸霞がこう言った。

「天国は気に入りましたか?

 ここには貴方が望むすべてが存在しています。三大欲求を満たすことはたやすく、苦しみを求めれば苦しみが手に入り、快楽を求めれば快楽が手に入る。

 あなたが『私』を望むのならば喜んでお相手しましょう。嫌がる私を望むのならばそれもまた与えましょう。

 天国にはすべてが存在しています。安寧も冒険も成長も停滞もここにある。生まれ変わることさえできるのです。

 貴方が望むのならば天国を……永遠を与えましょう」

すると天国の十字路に立つ須賀京太郎が目をつぶった。暗黒があった。しかし暖かかった。自分の手を握る美しい女性の体温を感じていた。

心はもう折れていた。天国に飲み込まれてしまえばよいと思った。しかし、安易に答えを出さなかった。確証が欲しかった。

そして黙り込んで、自分自身に問いかた。

「このまま天国の一部となっていいか?

 完璧な世界がここにある。俺がうなずけばそれで終わるのなら享受すれば良い。悪いことじゃないだろう?」

しかし無駄な質問だった。なぜなら答えはほとんど出ている。天国に取り込まれ手も足も出ない状態。

しかも目の前の存在は自分を優しく扱ってくれるという。答えは当然イエスのはず。しかし須賀京太郎の口からは

「お断りだ」

と拒絶の言葉が飛び出していた。この時、俯いていた須賀京太郎は驚いていた。自分の声をきいてあわてて顔を上げていた。

大きく目を開いて、ポカンと口を開いている所に演技はなかった。それもそのはず、なぜ拒絶したのか自分でもわからなかった。気付いたら口が動いていた。

この時、須賀京太郎も驚いていたが、一番驚いていたのは石戸霞だった。須賀京太郎の拒絶と、驚いている顔を見て、こめかみをひきつらせた。

この時須賀京太郎の手を握る彼女の手は非常に熱くなっていた。怒りのためである。須賀京太郎が全く理解できなかった。

全存在の普遍的無意識を掌握しつつある石戸霞、正確には彼女にとりついている存在からすれば死に掛けの須賀京太郎の抵抗は非常に腹立たしかった。

力の差は歴然で、抗ったところでどうなるわけもない。しかしあきらめない格下の存在。腹立たしい限りである。

 立場をわきまえずに須賀京太郎が反抗的な態度を示した直後石戸霞にとりついているモノが強硬手段をとった、この時にとられた強硬手段について書いていく。

それは完璧な天国に服従しないと須賀京太郎が無意識に答えた直後である。須賀京太郎の手を包み込んでいる石戸霞が須賀京太郎に顔を近づけてきた。

そしてこういった。

353: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:07:19.17 ID:4+RubV0x0

「貴方の心はどこまでも私たちに抵抗するようですね。心の底まで魔人なのでしょう。

きっとあなたは私たちの願いを、人類の永遠を望む気持ちを理解できないのです。

 しかしあなたを見捨てたりはしません。この天国が何よりも素晴らしいものだと身を持って教えて差し上げます。

 心配しなくていいですよ……お互い融けていくだけですから……」

すると須賀京太郎の手を離した。手を離された須賀京太郎は、五メートルほど後退した。目の前の存在がおぞましく見えた。

交代する須賀京太郎だが、随分身体能力が取り戻せていた。動きにキレが出て獣のようだった。しかし力を取り戻しても喜ばなかった。

須賀京太郎は困惑していた。というのも、岩戸霞が巫女服に手をかけていたからである。

そして何事かと思っている間に、石戸霞はあっさりと服を脱ぎすててしまった。すると須賀京太郎があわてた。女性の裸を目にしたからではない。

着地を決めた地面と足が溶けつつあった。足場が解けて、足と融合しつつある。また、十字路も徐々に崩れ始め青空は暗黒へ染まっていった。

目の前の石戸霞らしき存在が原因なのは間違いなかった。そして数秒前の発言

「お互いに融ける」

を思い出し、冷や汗をかいた。足元で起きている現象が石戸霞との間に起きると察せられた。須賀京太郎は何度か抵抗を試みていた。

心が生き返ったせいか、かなり力を取り戻していた。しかし拘束は振り切れなかった。抵抗を試みている間に石戸霞に抱き着かれてしまったのだ。

 強硬手段が行われた直後邪魔が入った、この時に行われた妨害行為と犯人について書いていく。

それは身動きが取れなくなった須賀京太郎に石戸霞が抱き着いた直後である。天国の十字路に老婆の声が響いた。厳しそうな声で

「よく耐えたわね京太郎ちゃん。

 さぁ、『バルドル』お仕置きの時間よ」

と言っていた。何事かと須賀京太郎が視線を向けると十字路に人が立っている。十字路に立つ人は三人で、一人は老人一人は老婆、一人は少女であった。

老人はいかにも修行者といった風体でしわだらけのお爺さん。杖を持っているが体を支えているわけではない。

その隣には日本人形のような格好の少女が立っている。見たところ五才くらいで聡明な顔つきをしている。

そしてど真ん中に立つのがジーパンとTシャツ、スニーカーで決めたおばあさんであった。すらっとしたおばあさんで身長が百七十を超えている。

髪の毛は短く切りそろえられた白髪で、元気で満ちた目が印象的だった。そうして現れた三人組は速やかに行動を開始した。

一番初めに動いたのはお爺さんだった。元気なおばあさんが口を開いている間に杖で地面をこつんと叩いた。

すると今まで須賀京太郎を拘束していた地面が解け、世界自体が大きく揺れた。

これに合わせて日本人形のような格好をした少女が須賀京太郎と石戸霞を引きはがしにかかった。

五メートルほどの間合いを一息で詰めて、切れのいい柔術を使って石戸霞を引き倒した。そうして石戸霞が引きはがされた時、元気なおばあさんが

「二人ともありがとうー! 私、直接戦闘は苦手なのよぉ」

と言いながら、真っ白い拘束具で石戸霞を包んでしまった。真っ白い拘束具は「まっしゅろしゅろすけ」の放つ雰囲気とそっくりだった。

これを見て須賀京太郎はつぶやいた。

「シギュンさん?」

すると元気なおばあさんはこういった。

「大正解! そうよ私がシギュンおばあちゃん。

 よろしくね京太郎ちゃん」

すると須賀京太郎は小さく笑った。シギュンが元気そうでほっとしたのである。ただ、すこし謎もあった。

修行僧のような老人と日本人形のような少女である。見覚えがあったのだが、どこであったのかさっぱり思い出せなかった。

 石戸霞の拘束が完了すると須賀京太郎にシギュンが提案をした、この時に行われたシギュンの提案について書いていく。

それは身動きが取れなくなっている須賀京太郎をシギュンたちが助けた直後のことである。日本人形のような少女が須賀京太郎に駆け寄ってきた。

そして須賀京太郎をじっと見つめてこう言った。

354: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:09:23.68 ID:4+RubV0x0

「よくぞご無事で。バルドルの誘惑に耐えかねて取り込まれたのではないかと心配していたのです。

 もう少し早くに来れたらよかったのですが、邪魔が多くて」

すると見つめられた須賀京太郎は恥ずかしそうに笑った。なぜならほとんど心は折れていた。

今、須賀京太郎が自分を保っていられるのは内側に潜んでいる自分の声をきいた結果である。それこそ偶然か奇跡。

「敗北していたが運命に助けられた」

と思い笑うしかなかった。そんな須賀京太郎の笑顔を見て日本人形のような少女と修行僧のような老人が冷や汗をかいた。かなり危なかったと理解した。

そうして須賀京太郎が笑い少女と老人が冷や汗をかいているとシギュンが大きな声でこう言った。

「さぁ京太郎ちゃん!バルドルの本体へ向かうわよ!さぁさぁ!」

すると須賀京太郎が困った。意味がさっぱりわからなかった。その上シギュンが思った以上に騒々しい。

声がでかいということ以上に身振り手振り、表情がコロコロ変わるのだ。腕力では間違いなく勝っている須賀京太郎だが、生気でまけていた。

そうして須賀京太郎が困っているとシギュンがこう言った。

「天国をぶっ潰すんでしょ? なら天国のコアをやっちゃえばいいのよ。巨大なダムを壊すには小さなひびを入れるだけで済む。

言いたいことはわかるでしょ?

 道なら心配しないでいいわ。私が開いてあげるから。たとえ支配されていたとしてもこのくらいのことは出来ちゃうのよねぇ私」

この時のシギュンは非常にまじめだった。見た目相応の落ち着きで語っていた。そうすると須賀京太郎は圧された。緩急が付きすぎてついて行けなかった。

そんな時日本人形のような少女が須賀京太郎の手を握った。須賀京太郎は驚いた。すぐに日本人形のような少女に視線を向けた。二人の目が合った。

すると少女がこういった。

「大丈夫ですよ。きっと大丈夫。ここまで歩いてこれたのならば、きっとこれからも歩いて行けます」

そういわれると須賀京太郎の心が温かくなった。背中を押されていると思えた。そんなことをしている間にシギュンが十字路に門を呼び出した。

十字路に呼び出された門はいかにもSFチックなメカメカしいデザインだった。そして門を呼び出したシギュンが問いかけてきた。

「準備はいい?」

須賀京太郎は少女の手を握り返し、こういった。

「助けてくれてありがとう。

 大丈夫……心が折れても、その先があるとわかった。

 これが、星を見つけるということだと確信できた。きっと今なら灰色の荒野を歩いて行ける」

須賀京太郎の答えをきいて少女がほほ笑んだ。そして須賀京太郎の手を離し、送り出した。送り出された須賀京太郎はゆっくりと門へ歩いていった。

この時須賀京太郎はこういっていた。

「俺は目的を達成する。姉帯さんと未来を守り抜いて、日常へ送り返す。

 そのために天国を崩壊させる必要があるのならば、往くだけだ」

須賀京太郎の言葉をきいて、修行僧のような老人がほほ笑みかけた。しわだらけの笑顔の中にたくさんの歴史が見えた。ほほ笑んだ老人は旅の無事を祈った。

そしてシギュンのわきを通り抜けて須賀京太郎は門を潜った。門を潜った時須賀京太郎は灰色に変わっていた。灰色の髪の毛に異形の目。

全生命体が望む天国を破壊する異端の怪物であった。そうして力を取り戻した灰色の須賀京太郎は最後の戦いに赴いた。
 

355: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:13:24.01 ID:4+RubV0x0

 シギュンが創りだした門を潜った後須賀京太郎は一人で道を歩いていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それはシギュンのメカメカしい門を潜ってからのことである。須賀京太郎は胸を張って光の中を歩いていた。

須賀京太郎の足元には影が張り付いていて、これ以外に友はいない。シギュンの門の向こう側は光で満たされていて、目も開けられないほどであった。

だが、須賀京太郎の足取りに迷いはない。まっすぐ歩いていた。しかし道が見えているわけではないのだ。目印を見つけたわけでもない。

目を閉じて自分の内側で鼓動する衝動にしたがって光の中を進んでいた。まったく頭のおかしな行動をとっているのだが当の本人はまったく迷いがない。

むしろ誇らしげである。確信があった。確信とは天国の中であるという確信と、異界操作術である。簡単なのだ。

二代目葛葉狂死が生み出した天国は突き詰めていけば異界でしかない。いくら天国と言ってみても異界である。現世ではない。

となればこの世界を歩くために必要なのは羅針盤ではなく、強い意志。自分が世界を支配するという強い信念だけである。

異界を崩壊させるのは異界操作術だけ。この世界を進むために必要なのは現世の理屈ではなく、中枢へ進むという強い意志なのだ。

それを須賀京太郎は旅の経験から導き出し、実行していた。そして実行できるからこそ光の中をどんどん進み最深部に近付いて行けた。

 須賀京太郎が自分の光を信じて天国の最深部へ進んでいくとき、たった一人の友人が話しかけてきた、この時にたった一人の友人が語った内容について書いていく。

それは須賀京太郎が胸を張って歩いている時のことである。須賀京太郎の足元から伸びている真っ黒な影が語りかけてきた。

この時の影は今までにないほど大きく黒くなっていた。何時の間にやら光で満ちた世界を半分以上包み込んで、須賀京太郎よりもずっと大きくなっていた。

しかしこれは自然なことだった。太陽の周りに無限の暗黒が存在していることを承知できるのならば、須賀京太郎の影の成長も納得がいく。

そして今までにないほど大きくなり深くなり強くなった影が語った。

「何が永遠だ。何が天国だ。

 この天国が最上のものだと? 誰もが納得している天国だと? 全く気に入らない。俺は俺の法に基づいてすべてを破壊してやろう」

須賀京太郎にもしっかりと影の声は聞こえていた。しかし須賀京太郎の歩みは止まらない。須賀京太郎自身から発する光も弱まることはない。

むしろ自分の影が語りかけてくる間に、光は一層強くなった。そして一層強くなったことで影もまた濃くなった。影はさらに続けた。

「さぁ、どうしてくれようか。二代目葛葉狂死を始末するのは当然として、この天国をどうしてくれようか。

 天国を奪い取って地獄に変えてしまおうか。

天国に浸りきっている者たちを地獄にことごとく叩き落として、俺好みの存在に、修羅になるよう仕向けてみようか。

 それとも、欲望のままに楽しんでみるか。天国を支配してしまえば、一切の欲望が叶うのだ。

敵からぶんどった物は、好き勝手に使っても構わないだろう?

 霊的決戦兵器を奪い取った時のように、俺好みに改造して、飽きるまで楽しんでみるのも一興だ!」

するとさらに須賀京太郎の光がました。須賀京太郎の放つ光は今や苛烈としか言いようがない。最深部を彩る天国の光を滅ぼすほどである。

そうして須賀京太郎以外に光を放つ者はいなくなると、須賀京太郎は目を開くことができた。まぶたの向こうにあった光が失せたのがよくわかった。

真っ暗になると須賀京太郎は目を開いた。目の前に気配を感じていた。目の前には影がいた。真っ暗な空間を占めている須賀京太郎自身の影だった。

影は金髪の須賀京太郎の形をとっていた。不敵に笑うその笑みは間違いなく須賀京太郎本人のものだった。

 天国の最深部まであと一歩というところに来て須賀京太郎は影と対話を果たした、この時に語られた内容について書いていく。

それは金髪の須賀京太郎が目の前に現れた直後のことである。真っ暗闇の中で須賀京太郎が足を止めた。

かつての自分を視界にとらえて、三メートルほどの距離をとっていた。この時の二人は良く似ているが違っていた。

金髪の須賀京太郎は不敵な笑みを浮かべているのだが、灰色の須賀京太郎は無表情であった。

金髪の須賀京太郎の目には光がないが、灰色の須賀京太郎の目には赤い輝きがあった。どちらも間違いなく須賀京太郎だった。しかしどこか違っていた。

そうして出会った須賀京太郎と影はじっと見つめあった。すると金髪の須賀京太郎が口を開いた。

356: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:17:03.93 ID:4+RubV0x0

「ようやく俺は自分を律する法を手に入れた。

 しかし何とバカな話なのか。俺が俺を支配できなかったのは、正直になれなかったからだとは。『この胸の中にある衝動に従う』

 こんなバカな話があるか? しかし考えてみれば当然だ。俺には力がある。暴力がある。誰かの顔色をうかがって小さくなる必要なんてない。

この胸の衝動に従って好き勝手に行動すればいい。昔の俺ならば恥知らずな行為だと赤面するだろう。しかし今なら胸を張れる。

 なぜなら好き勝手に行動することは、俺の正義だからだ。俺だけが納得していればそれでいい。弱者たちは俺に従っていればいい!

 さぁ、どうする俺よ。天国を奪い取ってどうするよ? どうやって楽しむ? 何でもできるぞ。何でもだ。この胸の奥にある正義に従ってどう楽しむ?」

このように金髪の須賀京太郎が語りかけてくると灰色の須賀京太郎は少し黙った。そして答えた。

「どうもしない。

 俺の目的は姉帯さんと未来を取り戻すこと、そして日常を取り戻して任務は終了だ。

 天国で遊ぶ必要はない。天国は廃棄処分だ」

すると金髪の須賀京太郎が大きな声で笑った。灰色の須賀京太郎が可笑しなことを言うからだ。そして笑い終わってからこういった。

「ヤタガラスとしての話をしているんじゃないんだ。

 天国を奪い取ればよぉ……何もかもを支配できる。

 人類の苦しみを取り除けるかもしれねぇ。

 お前だってわかっているだろう? この天国にあって残酷な現実の影はどこにもない。誰もが笑って暮らせる世界がここにある。

すくなくとも俺は確信している。

 二代目葛葉狂死を始末したとして、ハイそうですかで理想郷を捨てられるものか。
 
 思い出せ……俺は友人のために歩き出したはずだ。それは友人の苦しみを和らげたかったからだ。

 ゴミどもを始末して回ったのも、苦しめられた者たちへの手向けだったからだ。

 天国を放棄するなんて出来るわけがないだろう? 二代目葛葉狂死の手段は残酷だった。しかしそれに見合う成果がある。

犠牲に見合う成果がここに用意されているんだ。天国を奪い取ったのなら、それを正しく運用しなければならない」

すると灰色の須賀京太郎が肯いた。そしてこういった。

「お前は間違いなく俺の影だ……その優しさは間違いなく俺のもの。何の言い訳もしないよ。

 しかし、破壊する。

 心のどこかに優しさがあったのは否定しない。

 残酷な戦いは誰かのために行っていると自分を慰めていた。悪人どもがいるから俺は戦うのだと自分を直視しない言い訳にしていた。間違いないよ。

だが、今は違う。

 俺は俺に従って戦いに赴いたと答えられる。命を奪ったのも非道な行為を行ったのも自分が望んだ結果だと答えられる。誰かのせいにはしない。

優しさのせいじゃない。

 だからこそ破壊する。いかなる犠牲の上に築かれた天国だろうと関係ない。ぶっ壊して終了だ」

このように灰色の須賀京太郎が答えると金髪の須賀京太郎が距離を詰めてきた。一歩二歩と距離を詰めて、射程距離に入ると灰色の自分の首に手をかけた。

そして思い切り首を締め上げた。首を締め上げられた灰色の須賀京太郎は苦しんだ。金髪の須賀京太郎は灰色の須賀京太郎を殺すつもりであった。

そんな金髪の須賀京太郎はこういった。

357: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:20:46.02 ID:4+RubV0x0

「俺が俺を支配する!

 苦しみのない世界、優しい世界が生まれるのなら、祝福するべきだ! たとえ自分の正義を曲げたとしても!

 失せろ魔人! 幸福な世界を邪魔しているのはお前一人だ!」

金髪の須賀京太郎の両目は涙でにじんでいた。涙でにじんだ両目には灰色の須賀京太郎の顔がしっかり映っていた。

 金髪の須賀京太郎が殺意をむき出しにして襲い掛かってきた直後、灰色の須賀京太郎がにやりと笑った、この時に灰色の須賀京太郎が見つけたものと、それからの行動について書いていく。

それは金髪の須賀京太郎が正義を名乗り魔人の討伐を始めた直後である。首を絞めてくる金髪の須賀京太郎を灰色の須賀京太郎がじっと見つめていた。

この時ずいぶん冷えた目で灰色は金髪を見ていた。首を絞められて殺されかけているというのに、全くあわてない。

それどころか首を絞めている金髪を威圧する眼力があった。それもそのはずである。灰色の須賀京太郎は影は影以上の存在になれないと見抜いてしまった。

当然、支配者になれないという事もまた見抜いていた。そして支配者としての一番初めの仕事は「自分自身を支配すること」だと確信した。

ここまでくれば、自分の思想を見出すのもたやすかった。首を絞められていた須賀京太郎は自分自身に告げた。

「芝居は終わりだ。

 『全ての命よ、生きて死ね』」

答えと同時に影の胸に大穴があいた。灰色の須賀京太郎の右腕が影の胸を貫いていた。胸を貫かれた影は苦しんだ。そして首から手を離した。

何とか腕を引き抜こうとしたが灰色の須賀京太郎はびくともしなかった。そしていよいよもがくのをやめた。諦めたのだ。

諦めた自分の姿を見ても須賀京太郎はピクリとも反応しなかった。正義と善を持たずただ操られるだけの影である。くいしばれないと知っていた。

 須賀京太郎が自分の影を貫いた直後貫かれた影が恨み言を吐いた、この時に放たれた影の呪いと須賀京太郎の答えについて書いていく。

それは須賀京太郎の影が徐々に崩壊していく間に起きた。須賀京太郎に胸を貫かれている影が口を開いたのである。

非常に悔しそうで、必死の形相を浮かべていた。そんな影がこういっていた。

「『生きて死ね?』 イカレてんじゃないか?

 永遠に変わらない日常を求めて何が悪い、幸せを夢見て何が悪い。

 お前はただの悪鬼羅刹だ。人を喰らう怪物だ。お前に人類の素晴らしさは永遠に理解できない。

理解できないから壊すんだ……全部台無しにして人類を地獄に放り込もうとする」

貫かれた影はしゃべればしゃべるほど崩れていった。崩れ落ちていく影の欠片は須賀京太郎に取り込まれていった。

自分の影を取り込んでいく須賀京太郎は落ち着いていた。影を取り込むにつれて内面が充実する感覚を味わった。滅んでゆく影に須賀京太郎はこういった。

「何も悪くない。永遠を望む心も幸せを求める心も悪ではない。人類の望むものが天国にはあるだろう。

 しかし生きて死ね。

 たとえ現世が地獄に見えても、生まれたのなら生きて死ね。たとえ全人類が天国に身をゆだねようと、俺が現世に引きずり降ろしてやる。

 責任を放り出して天国に丸投げするような中途半端な命の終わりなど認めるか」

まったく迷いがなかった。心の底からそうあるべしと信じていた。そうして須賀京太郎が思想を得て

「先に進む。

 感謝しているよ、また一歩先に進めた」

と伝えると、最後にこう言って影は消えていった。

「自己中心的……とんでもないエゴイスト……しかし、わかっていたとも。

 終着点は見えている……足を止める理由はどこにもない。俺たちは自分を頼りにして道をゆく。

 そうとも……行けばいいさ、誰も頼りにできない荒野を一人で行けよ。悪魔も神も頼れずに孤独に滅びるその日まで」

すると須賀京太郎の足元に一人分の影がうまれた。影が生まれた後闇が消えた。闇が消えたところに白い空間がうまれ、扉が一つ残された。

自分の影さえ支配した須賀京太郎は扉の前に立った。そして呼吸を整えてから扉を開いた。扉の向こうは天国の最深部、終着点である。
 

358: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:29:39.50 ID:4+RubV0x0

 終着点にたどり着いた須賀京太郎は二代目葛葉狂死と対面していた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それは自分の影を支配して天国の最深部へ須賀京太郎が到着した直後である。

天国の最深部につながる扉を開いた須賀京太郎は椅子に座っている二代目葛葉狂死を見つけた。天国の扉の向こうはきれいなビーチだった。

人気が全くなく、綺麗な波打ち際があった。空は快晴で穏やかな空気で満ちていた。波打ち際のすぐ近くに椅子が二つ。

椅子は海に向けられていて、横並びになっていた。この椅子の一つに二代目葛葉狂死が座っていた。

須賀京太郎から見ると二代目葛葉狂死の後頭部しか見えないのだが、すぐに二代目葛葉狂死だとわかった。

また須賀京太郎が到着したことを察したのか二代目葛葉狂死は右手を挙げて振って見せていた。これを見て須賀京太郎は微笑んだ。

何が面白かったわけでもないが、自然とほほ笑んでいた。微笑みを浮かべたまま須賀京太郎は砂浜を歩いた。

そして二代目葛葉狂死の隣の席に座った。須賀京太郎が質素な椅子に座ると、椅子が軋んだ。かなり体格のいい須賀京太郎である。

質素な椅子が耐え切れなかった。しかし気にせずに須賀京太郎は穏やかな海を眺めた。二代目葛葉狂死も同じく海を眺めていた。

天国を創った老人と天国を壊そうとする青年だったが、とても穏やかだった。

 終着点の椅子が埋まった後二代目葛葉狂死が語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が行った会話の内容について書いていく。

それは青年と老人が海を眺めて数分後のことであった。

質素な椅子に座っている老人・二代目葛葉狂死が口を開いた。老人とは思えないほど力に満ちていたが、少し喉が渇いていた。

二代目葛葉狂死はこういっていた。

「良いところだろう? 『バルドル』が言うには普遍的無意識の最深部だそうだ。目に見えている海は全平行世界の心に繋がっているらしい」

すると須賀京太郎は海を眺めながら答えた。須賀京太郎の声には信じられないほどの穏やかさがあった。心が凪いでいた。

これから何が起きようと乗り越えられるという確信が、心の平穏をつくった。須賀京太郎の凪いだ心は二代目葛葉狂死にもすぐに察せられた。

爽やかで涼しい空気をまとっていたからである。そんな須賀京太郎はこういっていた。

「スイカでも持ってくればよかった」

すると二代目葛葉狂死が笑った。そしてこういった。

「そういえば豊音ちゃんたちと海に行ったらしいな。楽しかったか?」

これに須賀京太郎が答えた。

「みんなが遊んでいる間、まじめに護衛を」

すると二代目葛葉狂死がかぶせ気味にこう言った。

「ほう? 真面目に?

 『豊音ちゃんと仲良くなっていた』と熊倉から報告が来ていたんだが?」

慌てて須賀京太郎が答えた。

「姉帯さんは人当たりがいいから、そういう風に見えただけっしょ。

 つーか、任務中にナンパする奴いないでしょ。ナンパすらしたことねぇですけど」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「本当かね? 見た限りでは随分信頼されていたじゃないか」

これに須賀京太郎は答えた。

「その辺はまぁ、俺の頑張りと評価してくださいよ……」

そうして答えていると二代目葛葉狂死が笑った。須賀京太郎もつられて笑った。

359: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:33:29.33 ID:4+RubV0x0

 談笑している間二代目葛葉狂死は須賀京太郎を観察していた、この時に二代目葛葉狂死が見つけた変化について書いていく。

それは命を奪い合っていた二人が和やかに談笑を続けている時のこと。波打ち際の椅子に座っている二代目葛葉狂死は須賀京太郎を観察していた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎は同じ方向を向いて海を眺めている。観察などすればすぐにわかるようなものだが、これはさすがに年の功。

須賀京太郎の一挙一動足まとっている空気、二代目葛葉狂死に対する対応から須賀京太郎の変化を分析していた。しかし分析自体は誰にでもできただろう。

難しいのはこっそりやる所だけである。それこそ須賀京太郎との付き合いが長い人物、例えば染谷まこのような数か月間の付き合いであっても、変わったとわかるのだ。

霊的に変化したなどと仰々しいことを言わずとも顔を見ればわかる。今の須賀京太郎に重苦しさはない。鋭い目は失われて優しげ。

作り笑いばかりだったが、今は自然な笑顔を浮かべている。これを見れば

「あぁ、何か答えを見つけたのだな。背負っていた重圧から解放されたのだな」

と察せるだろう。そうして二代目葛葉狂死は当たり前のように須賀京太郎の変化に気付き、変化の理由にまで至った。

あっさりと理由にまで到達できたのは二代目葛葉狂死も同じような悩みを抱えた経験がある。そして克服した人間だったからだ。

須賀京太郎の変化と理由に納得がいったとき、二代目葛葉狂死の心にあった戦いの意思が消えていった。

無防備に椅子に座っている須賀京太郎を狙う気持ちが失せて、ただ海を眺めるだけでいいと思うようになってしまった。

これは天国を維持するという目的よりも、難しい問題に対面しそれを乗り越えてきた後輩に対する祝福の念が勝った結果である。

修行を積んだ退魔士たちが倫理や道徳の枷に縛られ、自分自身を神に任せる事例をよく見てきたからこそ祝福の念が強かった。

そして天国を創ったことで目的を失っている二代目葛葉狂死は維持するという仕事を簡単に放棄してしまった。つまり

「お前が天国を壊すというのなら壊せばいい。

 お前も俺と同類なのだ。天国を創った俺が手段を選ばなかったように、お前もそうするのだろう?

 いいさ。俺はもう天国を創った。自力でここまでやってきたお前が壊すというのなら、やればいい。邪魔はしないさ」

という考えなのだ。天国を創った責任は完全に放棄している。しかし何の不思議もなかった。椅子に座る老人は須賀京太郎の同類、先輩なのだ。

目的のためなら手段を択ばないが、終わってしまえば虚無が残るだけ。目的を達成するためならば自分の生命にさえ頓着しない強さが特徴だ。

しかしそれ以外はどうでもいい。目的は天国を創ることであって、維持することでも人類を幸せに導くことでもない。

「創る」

ことだけが重要なのだ。達成された今、譲るにふさわしい相手が現れたのなら好きなようにさせるだけだった。

 二代目葛葉狂死が分析と覚悟を決めた後、二代目葛葉狂死が語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が笑いあった後のこと。少しの静寂が生まれて波の音を楽しんだ後であった。

須賀京太郎の変化と理由を覚った二代目葛葉狂死が真剣な顔でこんなことを言った。

「豊音ちゃんのことをよろしく頼む」

すると須賀京太郎がこう言った。

「まるで天国がダメになるみたいな言い方ですね」

これに二代目葛葉狂死が答えた。

「『ダメになった』が正解だ。天国を創りだしたはいいが、王がいない。超巨大な異界・天国を支配する存在がいないのだから、ダメになるのは当然だ。

 見ろ、変化が起き始めている。普遍的無意識の海が荒れ始めた。

 君の信念に共感する者たちが天国を否定し始めたのだ。君と同じように強力な信念を持つ者たちが夢を見ていると理解した。

 きっと天国の破壊を目指すだろう。そうしなければならないサガを持って生まれた者たちだから、必ずやる。
 
 しかし天国を崩壊させるよりも早く、天国に侵されている人々が目を覚ます。

君たちの鼓動はあまりにもうるさく、ゆっくりしていられるものではないからな」

360: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:36:35.86 ID:4+RubV0x0

二代目葛葉狂死が語るにつれて凪いでいた海が少しずつ荒れてきた。青空に雲が見え始め、風が強く吹き始めた。すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「天国も悪くなかっただろう?」

そんな二代目葛葉狂死に須賀京太郎がこう言った。

「退屈だった。それにサービスが悪い。海辺で喉が渇いている爺さんにお茶も出さない」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「同感だ」

二代目葛葉狂死と須賀京太郎が笑った。可笑しかった。

 普遍的無意識の海が荒れ始めた時二代目葛葉狂死が再び語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容について書いていく。

それは雨が降りだした時のことである。椅子に座っている二代目葛葉狂死がこう言った。

「須賀君、君に一つ伝えておきたいことがある。私が今まで秘密にしてきたことだ。

 今この時、君にだけ伝えておきたい。何というか未練という奴だ。重すぎる秘密を抱えたまま消えるのはつらい」

すると須賀京太郎が肯いた。そしてたずねた。

「なんです?」

二代目葛葉狂死はこういった。

「天国を創ろうと思ったのはね、『妻との約束』を果たすためだ。数十年前に妻が語った夢を、今になって実現しようと思った。

『すべての人が幸せになれる世界を見てみたい』

と私に願った妻、彼女との約束を遂げただけ。

 まぁ、妻も本気で言ったわけではないだろう。ご機嫌伺いをした私をからかっただけに過ぎない。

 私もわかっていたからな、冗談だと。しかし約束した。

 彼女の責任だというつもりは一切ない。そういう感じじゃないんだ。思いつくきっかけが妻との約束だったというだけのことで、それだけのこと。

『きっかけはそうだった』とだけ思ってくれたらいい。

 つまり『約束した以上果たさなければ気分が悪かった』。

天国を創れるかもしれない実力を持っている私からすれば、若き日の約束を果たさないのはどうにも落ち着かなかった。

 チャンスがあったからな、思い切りやってみたのさ」

とこの時の二代目葛葉狂死はまったく嘘偽りがなかった。二代目葛葉狂死の告白をきいた須賀京太郎は固まった。随分な爺だったからだ。

しかしすぐにうなずけた。二代目葛葉狂死にとって家族との約束は大切だったのだ。たとえ世界が敵に回ったとしても構わないと思うくらいには。

昔の須賀京太郎ならば納得できなかっただろう。龍門渕信繁の話を聞いた時のように困ったはずだ。

しかし今の、正義と善の感覚を手に入れた須賀京太郎なら、納得できた。二代目葛葉狂死を突き動かしていた衝動が、それだったのだと信じられた。

そして須賀京太郎はこういった。

「そりゃあ、重大な秘密ですね……黙っておきます。

 『二代目葛葉狂死は全人類の苦難を憂いて救世を行おうとした』とでも言っておきますよ」

すると二代目葛葉狂死が笑った。面白い冗談だったからだ。そしてこれに須賀京太郎も笑って答えた。最高の冗談が受けたからだ。

二代目葛葉狂死の笑顔が嬉しかった。できれば別の場所で出会いたかった。そして二人が笑い終わった時、いよいよ嵐がやってきた。

雨が猛烈な勢いで須賀京太郎たちの体を叩いた。風は何もかもを吹っ飛ばそうとした。そんな時に二代目葛葉狂死がこう言った。

「須賀君、『三代目葛葉狂死』を名乗れ。

 今の君になら、この名を継ぐ資格と意味がある。

 さらば須賀京太郎。闇の中で稲妻と共に生まれた魔人よ。

 豊音ちゃんによろしく言っておいてくれ」

この提案に須賀京太郎は答えられなかった。天国の最深部で起きた嵐が二人を飲み込んだからだ。何も見えなくなっていた。声も届かなかった。

嵐は何もかもを引っ掻き回していった。嵐のど真ん中にいた須賀京太郎たちも無事ではいられなかった。

肉体は裂け、血が噴き出し、激しい痛みの中でのたうちまわった。嵐の中で須賀京太郎は二つの歌をきいた。一つは天国を惜しむ合唱。

もう一つは地獄を喜ぶ合唱である。どちらも美しい歌だったが、二つが合わさると不気味だった。しかし目を覚ますのにはちょうどよかった。

361: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:39:33.39 ID:4+RubV0x0

 普遍的無意識の海で嵐が発生して数十秒後宇宙卵の中心で須賀京太郎が目を覚ました、この時の須賀京太郎と宇宙卵の状態について書いていく。

それは普遍的無意識の浜辺で嵐に見舞われた後のこと。須賀京太郎は絶叫と共に目を覚ました。絶叫と共に目を覚ましたのは強烈な痛みを感じたためである。

この痛みは右腕を失った痛みと腹部を貫かれた痛みであった。そうして絶叫と共に目を覚ました須賀京太郎だが、身動きが全く取れなかった。

身体を動かそうと思ってみても、全く動かない。動かせるのは眼球と喉くらいのもので、ほかはさっぱり動かなかった。しかしそれも当然のこと。

須賀京太郎が生きている事さえ奇跡なのだ。須賀京太郎の肉体に潤いがない。傷口から血液が流れ出してマグネタイトが枯渇している。

「今も」血液が流れ出している途中で、見た目はほとんどミイラ同然である。痛覚があること、目をさませたこと自体が奇跡であった。

また須賀京太郎と同じくらいにひどい状態なのが宇宙卵だった。というのが大量のマグネタイトが目的を失って暴走を始めている。

宇宙卵の内部にあった大量のエネルギーが徐々に調和を乱し始め、好き勝手に動き始めている。

かろうじて穏やかな流れを維持しているが、それも数分以内に激流に変わりただの暴力の渦へ変わるだろう。

須賀京太郎の運命はじわじわ命を流れ出して死ぬか、それとも天国の崩壊に巻き込まれて死ぬかの二択になっていた。

 宇宙卵の抱える膨大なエネルギーが暴走を始めようかというところで須賀京太郎の下へ姉帯豊音が一番に到着した、この時に行われた姉帯豊音のちょっとした凶行について書いていく。

それは崩壊しつつある宇宙卵の中心部で須賀京太郎が死に掛けている時のことである。須賀京太郎から少し離れたところで姉帯豊音が目を覚ましていた。

姉帯豊音の周囲には囚われていた天江衣、神代小蒔そして石戸霞が眠っていた。

この三名は眠りから目覚めようとしていたが、姉帯豊音のように素早く目を覚ますことはできなかった。

というのも、天国から一足先に覚醒できたのは姉帯豊音の背中で泣いている未来のおかげである。

「まっしゅろしゅろすけ」

によって守られている未来が、恐ろしい状況を肌で感じて泣いている。この泣き声は

「まっしゅろしゅろすけ」

を通じて姉帯豊音にだけ届き、意識を覚醒させていた。そして誰よりも早く目を覚ました姉帯豊音は須賀京太郎を見つけた。

この時周囲の状況を確認した姉帯豊音の視界がにじんだ。鼻の奥が熱くなり、呼吸が荒くなった。周囲の状況から何が起きたのか推察できた。

姉帯豊音は立ち上がりながらこう言っていた。

「おじいちゃん、負けちゃったんだ……」

そして滅びつつある須賀京太郎に向かって歩き出した。須賀京太郎を見つめる姉帯豊音の両目には深い憎しみの色があった。

姉帯豊音にとって二代目葛葉狂死は大切な祖父である。世界を引っ掻き回し、迷惑をかけたのは間違いない。彼女もわかっている。大罪人だ。

しかしそれは二代目葛葉狂死に向ける家族愛を損なうものではなかった。むしろ、祖父らしい以上の感想が出てこない。

そうして二代目葛葉狂死を始末した須賀京太郎は姉帯豊音にとっての憎悪の対象で間違いなかった。

ヤタガラスとしての須賀京太郎を理解していたとしても、それが家族愛を鎮める理由にはならなかった。

そして朽ちかけている須賀京太郎に憎悪の目で近づいてきた姉帯豊音は須賀京太郎に馬乗りになった。

馬乗りになった姉帯豊音は須賀京太郎の首に手をかけた。そして首を絞め始めた。

必死の形相で須賀京太郎の首を絞める姉帯豊音だが、須賀京太郎は中々死ななかった。姉帯豊音の手に力が入っていないからだ。

首を撫でているような状態で、これでは虫も殺せない。憎しみは深いがそれ以上に憎しみが正当ではないと理解しているからである。

二代目葛葉狂死に踊らされて戦い続けた須賀京太郎を知っているのだ。

「報われなければおかしい」

と姉帯豊音は確信していた。だからあと一歩が踏み込めない。しかし憎しみは消えない。そうして喉を撫でるような絞殺を続けるだけになった。

362: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:43:16.61 ID:4+RubV0x0

 姉帯豊音があと一歩を踏み出せないでいるとき須賀京太郎が自由を取り戻した、この時に須賀京太郎が復活できた原因と理由について書いていく。

それは未来の大きな泣き声を無視して姉帯豊音が須賀京太郎の首を絞め続けている時のことである。痛みで呻いていた須賀京太郎がぴたりと大人しくなった。

急な変化で今までの絶叫が嘘のように思えた。しかし肉体は枯れ果てたまま。違いがあるとすれば両目である。両目に力が戻っていた。

この変化を起こさせた原因は姉帯豊音である。須賀京太郎の首に触れている彼女の両手からマグネタイトが流れ込んでいた。

ただ、この復活に対して姉帯豊音は驚きを見せた。生気を取り戻しつつある須賀京太郎を見て、呼吸を荒くした。その上首にかける力を若干強めた。

須賀京太郎を助けようと思ってマグネタイトを注いだわけではない。全ては矛盾した心が原因である。

「助けたいけれど殺したい」

また

「恨むべきではないが恨まずにはいられない」

という理屈。結果、姉帯豊音が予想出来ない現象が起きてしまう。

二代目葛葉狂死・自分の祖父が完全に奪われた衝撃で一方が目立たないのが余計に彼女を困らせた。

しかし何にしても姉帯豊音の行為で須賀京太郎はわずかなマグネタイトを手に入れることができた。そして考えることと覚悟ができた。

 姉帯豊音からすれば奇妙な復活劇が起きた後、須賀京太郎が口を開いた、この時に須賀京太郎が伝えたメッセージとその考えについて書いていく。

それは、姉帯豊音にとっては奇妙な復活劇が起きた直後である。馬乗りになって首を絞め続ける姉帯豊音に死に掛けの須賀京太郎が視線を向けた。

この時、姉帯豊音としっかりと目が合った。須賀京太郎と目が合った瞬間、姉帯豊音が苦悶の表情を浮かべた。殺意が鈍った。

また、姉帯豊音は須賀京太郎の変化を見つけていた。変化とは須賀京太郎の両目である。人間の両目に戻っていた。異形でもない。赤でも金でもない。

人間の目だった。これを見て須賀京太郎が異界創造の技術を習得したと見抜いた。そして須賀京太郎が一歩前に進んだ理由を察した。

すると姉帯豊音は一層強く首を絞めた。というのも、二代目葛葉狂死を踏み台にしての成長だと見抜いたからだ。許せなかった。しかしひどい顔をしていた。

ポロポロと涙を流して苦悶の表情を浮かべている。それこそ被害者のようで、復讐を果たそうとする孫娘には到底見えなかった。

そんな姉帯豊音に須賀京太郎がこう言った。

「『豊音ちゃんによろしく』……だそうです」

首を絞められているはずだが、発した言葉は優しかった。また一切の抵抗を放棄していた。須賀京太郎に問えば

「こうなるような気がしていた。二代目葛葉狂死を斃せば恨まれるとわかっていた。愛情深い人だから……こうなってもしょうがないと思っていた。

 それは正当な権利だから……うまく俺を殺せるようなら殺されようと思う。姉帯さんの加護があればどうにか切り抜けられるだろうから、これでいいさ」

と答えるだろう。後悔などあるわけがなかった。残っている用事があるとすれば、二代目葛葉狂死から受け取った遺言を伝えるくらいのもの。

天国の最深部で二代目葛葉狂死がそうしたように須賀京太郎もまた、そうするつもりだった。既に目的は達している。日常は戻ってくるのだ。

たとえ自分が日常へ帰還できずとも。

 死に掛けている須賀京太郎が遺言を伝えた直後姉帯豊音が救助活動を行った、この時に行われた救助活動とその理由について書いていく。

それは最後の仕事として二代目葛葉狂死の遺言を須賀京太郎が伝え終わった後のことである。

目的をほぼ達成し未練を失った須賀京太郎からいよいよ生気が失われていった。もともとカラカラに乾いていた須賀京太郎である。

死んでいないのが不思議なくらいで、今まで何とか生きていたのも精神力の後押しがあったからである。しかしそれも無くなった。

天国を崩壊させた。目的は達成できた。頑張る必要はない。インターハイが始まってからまともに眠っていないのだ。そろそろゆっくり眠りたかった。

そうして須賀京太郎が死を受け入れた時、首を絞めていた姉帯豊音の心臓が跳ねた。

頭からつま先までが一気に氷ついて、何もかもが闇に包まれたように思われた。須賀京太郎の首を絞める両手から死の気配が伝わっていた。

須賀京太郎を失う予感は姉帯豊音にはあまりにも恐ろしかった。恨んでいる相手だというのにおかしなことだが、失いたくないと心の底から願った。

そしてこの時姉帯豊音は祖父の声をきいた。

363: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:46:16.16 ID:4+RubV0x0

「『三代目葛葉狂死をよろしく頼む』

 さようなら、豊音ちゃん。爺のわがままに巻き込んですまなかった」

一体どこから、いったい何が作用して起きた現象なのかさっぱり姉帯豊音にはわからなかった。しかしこの一言の後、須賀京太郎の唇を姉帯豊音が塞いだ。

若い男女の接吻であるから昂るものがあるはずだが、一切なかった。

馬乗りになっている姉帯豊音の目に宿っている矛盾の火、須賀京太郎から放たれる静寂の気配、二つが混じると奇妙な光景にしか見えない。

天国から解放された三人の少女たちがその場面を見ていたが、須賀京太郎が喰われているように見えた。しかし実際は真逆であった。

姉帯豊音は須賀京太郎に大量のマグネタイトを送り込んでいた。両目の憎しみの火は消えていない。しかし同じくらい須賀京太郎を守りたかった。

 姉帯豊音の救助活動によって須賀京太郎が復活を遂げつつある中、宇宙卵の中に霊的決戦兵器「酒天」が飛び込んできた、この時に現れた「酒天」と宇宙卵の状況について書いていく。

思った以上に長い時間救助活動が続いている時のことである。半壊状態になった二十メートル級の霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵に侵入してきた。

宇宙卵の不安定な殻を突破してきた「酒天」はひどい状態であった。両腕が失われて、胸部装甲はない。両足もかろうじてくっついている状態である。

幸いコックピットは無事らしくショートカットのオロチが半泣きで操縦桿を握っていた。半分といったがほとんど泣いている。

鼻水も出ているし、ひどい顔だった。というのも心が不安でいっぱいになっていた。

数十秒間本体である葦原の中つ国から切り離されたうえ、須賀京太郎と離れて行動した結果である。もともと臆病なオロチである。

たった一人になった上、衛星軌道上で一人きりになるのは生きた心地がしなかった。

それでも宇宙卵に突入してこれたのは、葦原の中つ国の塞の神の触角として、使命を全うするためである。

超力超神もナグルファルも機能停止状態であるから、たった一人で責任を果たそうとしていた。

このタイミングだったのは、この責任感に加えて、須賀京太郎たちの気配を感じ取れるようになったからだ。二つが合わさった今、どうにか頑張れた。

またショートカットのオロチが宇宙卵の中に飛び込んでこれたのは、天国の崩壊がいよいよ確実になったからである。

今や「まっしゅろしゅろすけ」の加護もシギュンの杯も天国の支配下にない。かろうじて形を保ってはいる。しかし形があるだけである。

壊れそうな霊的決戦兵器「酒天」でも突破できるほど殻は柔らかく薄かった。 

 霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵に突入してきた数十秒後ショートカットのオロチが目的を達していた、この時の須賀京太郎たちとオロチについて書いていく。

これは半泣きになっているショートカットのオロチが宇宙卵の中心部に落下するように現れた直後である。

霊的決戦兵器「酒天」のコックピットから半泣きのオロチが飛び出してきた。この時のオロチの勢いはなかなかのもので、最速のオロチといってよかった。

ただ、最速をたたき出せたのは須賀京太郎と姉帯豊音を見つけた安心感と、二人に慰めてもらいたいという気持ちがあってのものだった。

そうして過去最高速をたたき出したショートカットのオロチは奇妙な空気の須賀京太郎と姉帯豊音のど真ん中に突っ込んでいった。

すると待ってましたとばかりに「まっしゅろしゅろすけ」が展開し、オロチを包み込んでしまった。

大慈悲の加護に包まれたオロチは手足をばたつかせていたが、どうにもならなかった。

しかしそんなオロチだが、しっかりと須賀京太郎と姉帯豊音に影響を与えた。

というのもショートカットのオロチが現れたと察すると須賀京太郎と姉帯豊音が急に熱を失ったのである。

そして若干復活してきた須賀京太郎と姉帯豊音の距離が離れた。

馬乗りになっていた姉帯豊音があわてて須賀京太郎から降りて、いまだ動けない須賀京太郎の傍らで正座した。

ゼロ距離から五十センチほど離れたのである。するとようやく「まっしゅろしゅろすけ」の加護が薄まった。

加護が薄まるとショートカットのオロチが姉帯豊音に抱き着いた。非常に恐ろしい体験をしたせいで若干精神年齢が下がっていた。

しかし姉帯豊音は特に悪い顔も見せずに対応した。ただ須賀京太郎をかたくなに視界に入れなかった。色々と思うところが多すぎる上に、邪魔が多い。

須賀京太郎と語り合いたい気持ちはある。しかし目を覚ました三人の少女たちが邪魔だった。

特に須賀京太郎の首を絞めてからの救助活動の流れを見られているだろうから、非常に面倒くさかった。

364: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:49:28.95 ID:4+RubV0x0

 ショートカットのオロチを姉帯豊音が慰めている間に須賀京太郎に神代小蒔が話しかけてきた、この時に彼女が提案してきた脱出計画と須賀京太郎の反応について書いていく。

それはショートカットのオロチの相手をしつつ姉帯豊音が須賀京太郎の手を握った時のことである。

天国から解放された三人の少女が須賀京太郎たちに近付いてきた。三人の少女とは天江衣。神代小蒔。

そして何が起きたのかさっぱりわかっていない石戸霞である。この時の三人の少女はなかなか面白い顔をしていた。

とんでもないものを見てしまったという顔をしている天江衣に、若いっていいわねぇとでも言いたげな神代小蒔、そして海水浴後から全く記憶がない石戸霞。

統一感が全くない三人であるから、みている分には面白い。ただ、少女たちからすれば理解に苦しむ状況であるから、悲劇的であった。

そんな面白い顔をしている三人の少女だが、一番に口を開いたのは神代小蒔だった。須賀京太郎たちのところまで来ると一番にこう言ったのだ。

「いちゃいちゃしているところ悪いけどぉ、そろそろ脱出しませんこと? お二人がぁ、いちゃいちゃしている間にぃ、宇宙卵がぁ壊れそうよぉ?」

神代小蒔が口を開くと天江衣と石戸霞と姉帯豊音が変な声を出した。そして神代小蒔を疑いの目で見つめた。

なぜなら神代小蒔という少女を彼女らはよく知っている。須賀京太郎と姉帯豊音を恐ろしい勢いでからかったりはしないと知っていたのだ。

だから非常に驚き、操られているのではないかと考えた。この時姉帯豊音に手を握られている須賀京太郎は特に動じなかった。

マグネタイトが全く足りていない状態で、肉体も損傷したままである。遊んでいる暇がなかった。そのため平然としたまま、こう言っていた。

「シギュンさん……回復魔法つかえたりしません? マグネタイトは姉帯さんが注いでくれるんですけど、腕痛くて……」

すると神代小蒔はこのように答えた。

「使えないわ。でも血を止めるくらいならできるわよ。ちょっと待ってなさい」

と須賀京太郎の右肩の切断面に真っ白い包帯のような加護が現れた。姉帯豊音の加護とは違ってツヤツヤしていた。

この加護が現れると須賀京太郎の流れ出していた血液が止まった。また、腹部にも同じように加護が現れて出血を止めた。すると須賀京太郎はこういった。

「ありがとうございます。マグネタイトをもらっても漏れ出すばっかりで……」

これにシギュンが返した。

「また豊音ちゃんにチューしてもらえばいいじゃない」

すると須賀京太郎が恥ずかしそうに笑った。同時に姉帯豊音の顔が真っ赤になった。耳まで赤かった。ただ、須賀京太郎も姉帯豊音も言い返せなかった。

実際そういう状態になっていたのだ。嘘ではないのだから対応が難しかった。そうして二人が困っているとシギュンがこう言った。

「さぁ、冗談はこれくらいにして。このロボットっぽいやつでさっさと脱出しましょうよ。

 京太郎ちゃんもそろそろ動けるでしょう?」

すると須賀京太郎が答えるより前にオロチが答えた。

「悪いが無理だ……無理して宇宙卵を突破してきたからな、全身がぼろぼろでまともに動ける状態じゃない」

これにシギュンが応えた。

「んー?

 全然問題ないわ。だってコアがきれいなままだもん。創ったのはロキでしょ?

 仕組みに無駄がなさ過ぎる。遊びがなさ過ぎて張りつめてる感じがロキっぽいわ。

 そうでしょロキ?

 さっさと京太郎ちゃんの中から出てきて修理しなさいよ。何時までもへばり付けるもんじゃないんだし。

 私も手伝ってあげるから」

するとどこからともなく肉体を持った老人のロキが現れた。ロキはこういっていた。

「一言目がそれか?

 どれだけ苦労してお前を助けたと思うておるんじゃ。もう少しわし等をいたわらんかい」

これにシギュンがこう答えた。

「あとでね。

 さぁ、始めましょう」

すると老人ロキがこう言った。

「もちろんじゃ。小僧は少し休んどれ。四十秒で仕上げちゃる」

365: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:53:29.76 ID:4+RubV0x0

 シギュンとロキがギャーギャー言いながら霊的決戦兵器「酒天」を仕上げている間に須賀京太郎が動き出した、この時の行為とその理由について書いていく。

それは霊的決戦兵器「酒天」をシギュンとロキが楽しそうに弄っている時のことである。

カラカラになって死に掛けていた須賀京太郎が体を起こせるまでに回復した。

カラカラになっていた肉体も姉帯豊音から注がれた大量のマグネタイトによってかなり良くなっている。マグネタイトはエネルギー。

一番良いのは回復魔法をかけて食事をとって休むことなのだが、マグネタイトだけでもどうにかなった。

そうして何とか動けるようになった須賀京太郎は、ふらつきながら落し物を拾いに行った。この時須賀京太郎を誰も止めなかった。

なぜなら須賀京太郎が向かう先には二代目葛葉狂死の剣が落ちている。

そして須賀京太郎の顔に浮かんでいる静かさを見れば、何のために剣を求めているのかすぐにわかった。

ふらつきながらも剣の下へ到達した須賀京太郎は、軽く頭を下げた。二代目葛葉狂死の剣を姉帯豊音に渡すためである。

これは二代目葛葉狂死を誇るべき敵と認めたからこその配慮である。今まで出会ったどんな敵対者よりも自分を強くしてくれた相手である。

最大限の敬意を持って事に当たっていた。そんな須賀京太郎の姿に魔人の荒々しさはない。成熟した精神を宿した静かな人間がそこにいるだけだった。

敬意を払った後抜身の剣を須賀京太郎は左手で拾った。この時須賀京太郎の両目から涙がこぼれた。哀しいわけではない。

ただ、剣を拾った時持て余すほどの感情が湧いた。この時に湧き上がった感情は複雑であったが清らかだった。

そんな須賀京太郎の涙は誰にも見られることはなかった。すぐに涙は静まった。

 二代目葛葉狂死の剣を須賀京太郎が引き継いだ後霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵を脱出した、この時の霊的決戦兵器「酒天」の様子と周囲の状況について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の剣を須賀京太郎が拾った後のことである。

宇宙卵の中心部でシギュンとロキにいじくられていた霊的決戦兵器「酒天」が奇妙な爆発音を立てた。爆発音に奇妙も何もないはずだが、実に奇妙だった。

というのも「酒天」から聞こえてきた爆発音には獣の声と人の声がまじりあっていた。すぐに須賀京太郎が「酒天」に振り向いた。

爆発音を失敗のしるしだと考えた。しかしその時である須賀京太郎は誰かにつかまった。何事かと慌てていると、コックピットに無理やり座らされた。

二代目葛葉狂死の剣も一緒に放り込まれていて、「まっしゅろしゅろすけ」が鞘になっていた。

須賀京太郎を引きずり込んだのは後部座席で操縦桿を握っているロキである。

二人乗りのコックピットの後部座席にロキが座って、マグネタイトで創った質素な腕で須賀京太郎を操縦席に座らせていた。

このコックピットだが快適とは言い難かった。なぜなら狭かったコックピットが一層狭く改造されている上に、姉帯豊音たちがいる。

天江衣と神代小蒔、そして石戸霞にオロチに須賀京太郎。肉体を取り戻したロキまでいるのだから、ぎゅうぎゅうでひどかった。

姉帯豊音は未来を背負った状態であるから余計にきつかった。ただ、状況が状況なので誰も文句を言わなかった。

コックピットに須賀京太郎が放り込まれるとロキがこう言った。

「よっし! 準備完了!
 
 シギュンよ、『酒天』を覆え!

 我が同胞たちよ、今こそ本領発揮の時!」

このようにロキが号令をかけると須賀京太郎の肉体から複数の魂が抜けだしていった。抜け出していった魂はボロボロの「酒天」のボディーを駆け抜けた。

同時に須賀京太郎は寒気を催した。この寒気は青ざめるほどのものだった。急に心がさみしくなったのだ。

地獄を駆け抜けた戦友たちがいなくなったと確信した。そうして須賀京太郎が寒さに震えている間に、「酒天」の四肢が復活した。

復活した四肢は非常に荒々しかった。狼のような両足、牡牛が彫りこまれた太い両腕。そしてしなやかな蛇の背骨。ロキが産みだした機能美が損なわれた。

しかし非常に生命力に満ちていて、美しかった。そうして復活を果たした「酒天」のボディーをシギュンの加護が覆い隠した。

全身が白い布のようなもので固められて、修行僧のような姿になった。そうして準備万端となったところで、ロキがこう言った。

「行くぞ小僧!

 ここからが正念場、わし等が脱出すれば宇宙卵の均衡は完全に崩れ、崩壊が始まるじゃろう。宇宙卵の崩壊によって何が起きるかわしにはわからん。

しかし乗り越えねば地球へ帰還することは出来ん!

 覚悟はええか!」
須賀京太郎は少しだけ震えた。恐怖のためである。たった一人になったという不安が須賀京太郎の心を震わせた。

そんな時須賀京太郎の右側から姉帯豊音が手を伸ばしてきた。そして操縦桿の右側を握った。操縦桿を握った姉帯豊音は須賀京太郎を見た。

366: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:57:21.54 ID:4+RubV0x0

須賀京太郎は見つめ返して、うなずいた。須賀京太郎は

「救われた」

と思った。少しだけ心のさみしさを忘れられた。そして姉帯豊音が背負っている未来を見た。走り切らなければならないと自分を奮い立たせた。

自分を激励した須賀京太郎は操縦桿の左側を握ることで、姉帯豊音に答えた。そして待ち構えているロキにこう言った。

「もちろん、いつでもいいぞ」

すると霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵の底を蹴り、薄くなった殻を突破した。

 霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵を突破した後戦友たちの導きで嵐を抜けた、この時のヤタガラスと霊的決戦兵器「酒天」について書いていく。

それは須賀京太郎とロキが操る霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵の殻を突破した直後のことである。コックピット内部でうめき声が聞こえてきた。

うめき声は少女たちのものである。というのもコックピット内部にある三百六十度表示のスクリーンがすべてエネルギーの嵐で埋め尽くされている。

しかも霊的決戦兵器「酒天」がエネルギーの嵐に遊ばれているらしく、視界が全く定まらない。

コックピット内部はそれなりにぎゅうぎゅうであるから、たとえコックピット内部が微動だにせずとも視界の暴力と人の熱気で気分が悪くなっていた。

この時操縦桿を握っているロキが大きな声でこう言った。

「小僧! 超力超神とナグルファルに向けて信号を出す!

 『ラグナロク』を発動させよ! わしが調整しモールス信号化しちゃる!」

すると操縦桿を握っている須賀京太郎が躊躇わずに呪文を唱えた。迷いのない声でこう言った。

「『ラグナロク』!」

このように須賀京太郎が呪文を唱えると、霊的決戦兵器「酒天」のボディーを火の膜が覆った。火の膜は橙色で弱弱しい。

しかも、火の膜は小刻みに点滅している。あまりにも頼りない。しかしその光は嵐を突き抜けて戦線離脱している超力超神とナグルファルに届いていた。

嵐の外で輝く光を見た超力超神とナグルファルは驚いた。なぜならマグネタイトの嵐を突き抜けて届く点滅のパターンはモールス信号。

しかも届くメッセージは

「二代目葛葉狂死、須賀京太郎が討つ」

である。須賀京太郎たちの生存は絶望的だと思っていたヤタガラスとナグルファルである。これはさすがに驚いた。しかし驚いている時間は少なかった。

モールス信号で届くメッセージから即座にロキの考えを察したからだ。

この時一番にロキの考えを察したのが十四代目葛葉ライドウ、一番早く対応したのがハギヨシとディーだった。

そのためナグルファルよりも先に超力超神が灯台の役目を果たした。

マグネタイトの嵐から離れたところ、高度三十四万キロメートル付近で超力超神が強烈な光を呼び起こした。

この光はハギヨシとディーが連携して放った奥義で、超力超神で拡大されたものだった。この光の名前は「天命滅門」葛葉流退魔術の奥義の一つである。

この奥義を発動させた直後、嵐の中にいた霊的決戦兵器「酒天」が一気に嵐の中心から脱出して見せた。

超力超神のそばにある霊的決戦兵器「酒天」の姿を見て、まとめ役の何名かが悔しげに唇を噛んだ。役に立ちたかったのだ。

 霊的決戦兵器「酒天」が脱出した後ナグルファルとヤタガラスたちは嵐がおさまるのを待って地球へ帰還した、この時のナグルファルについて書いていく。

それは宇宙卵の中から須賀京太郎たちが脱出して数分後のことである。ナグルファルの甲板に霊的決戦兵器「酒天」の姿があった。

しかしずいぶんひどい状態になっていた。ナグルファルの甲板に到着した瞬間に、「酒天」の両手両足、そしてしなやかな骨格が失われたのである。

同時に「酒天」を守っているシギュンの守りが消えうせて、ナグルファルの甲板には頭部と胴体だけの「酒天」が残った。

ナグルファルの甲板には大量の船員たちの姿があった。

ほとんどが医療関係の船員たちで激戦を経て重傷を負っているだろう須賀京太郎たちに対応するために集まっていた。

ただ医療関係者よりも早くコックピットに飛び込んでいったのはアンヘルとソックで、回復させたのも二人だった。

ナグルファルの船員たちとは違い、須賀京太郎に遠慮がない二人である。須賀京太郎が這い出してくるのを待つことも、命令を待つこともない。

助けにいくぞと決めれば一気にあらわれて、一気に回復させていた。そうして須賀京太郎の肉体を回復させたのだが、全く満足しなかった。

「もしかすると何か問題が隠れているかもしれない」

と、須賀京太郎を集中治療室へ引っ張っていった。マグネタイトが激減している上に須賀京太郎の穏やかさが原因である。

しかも姉帯豊音と距離が近い。

集中治療室に連れて行くべきだった。

367: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 18:59:54.94 ID:4+RubV0x0

この時に引っ張り出された須賀京太郎であるが嫌な顔はしなかった。肉体は万全だが精神的に疲労しているのは間違いなかった。

また心配してくれるのが素直にうれしい。問題があるとすれば、首根っこをつかんで移動する事だけである。いくらなんでも扱いが悪かった。

そんな須賀京太郎だが、二代目葛葉狂死の剣はしっかり確保していた。

須賀京太郎が引っ張られていった後、コックピットにいた少女たち、ショートカットのオロチと姉帯豊音、肉体を取り戻したロキが甲板に降りてきた。

甲板に少女たちが降りてきたが、すこしも問題なさそうだった。それもそのはずで、現在のナグルファルは宇宙仕様。

ナグルファルの半径五十メートルは生存可能領域である。問題などなかった。そうしてナグルファルとヤタガラスたちは嵐がおさまるまでその場で待機した。

嵐は三十分ほどでおさまった。嵐がおさまるとナグルファルと超力超神は地球へ帰還した。

この時超力超神もナグルファルも次の戦いに向けて意識を切り替えていた。次の戦いとは後始末。日常生活を始めるために頑張る戦いである。

この時龍門渕信繁と透華の親子が同じようなポーズで頭を抱えていた。

夜明けが来るまでに処理しなければならない案件が、細かいものを合わせて十万件オーバー、大きいもので一千件近く発生したからである。

討伐完了と同時に復興任務が開始され、司令塔の役割を果たしている龍門渕にそのまま仕事が流れ込んできだ。ただ逃げるわけにはいかない状況である。

事務処理系のヤタガラスたちはここからが本番だった。何はともあれ、超力超神とナグルファルは葦原の中つ国へ帰ってきた。

高度一万キロメートルに展開したオロチの門を潜って、とりあえずの終わりを迎えたのである。


 夜が明けるまであと一時間太陽系第三惑星地球上にある日本国の東京で沢山の人たちが必死になって働いていた、この時に大都会東京で必死になって働いている人たちについて書いていく。

これは地球全体に大量の隕石が降り、地球上のいくつかの建造物が壊れる事件が起きた夜明けの話である。

あと少しで夜明けを迎える東京でヤタガラスの紋章を身に着けたたくさんの人々が一心不乱に働いていた。紋章の基本は三本足のカラス。

この三本足のカラスに足される形で龍の刺繍が施された紋章を持つ人がいたり、鋼の右腕の刺繍が施された紋章を持つ人がいる。

また三本足のカラスが船に乗っているような紋章、三本足のカラスに赤い目の蛇が絡んでいる紋章もある。

今にあげた微妙な違いはかなりバリエーションがあり、すべて把握するのは難しい。

そんな紋章を身に着けている人々はヤタガラスの構成員、もしくはヤタガラスの協力者である。

東京・帝都に集まっている彼らはヤタガラスの構成員の約半分。彼らが駆り出された理由は帝都の復旧作業と情報操作を行うためである。

帝都自体はほとんど無傷なのだ。しかし一度現世と切り離されているので、送電線や水道管などのライフラインの復旧が必要だった。

また数時間にわたって日本の機能がほとんど停止した状態であったことを隠ぺいする必要がある。これは経済に対する配慮である。

海外のサマナーたちにはとっくの昔にばれているけれども、一般人相手にはごまかしがきく。

なぜなら二代目葛葉狂死が引き起こした事件を事細かに文章に起こしたところで、信じる者は一人もいないからだ。

たとえ映像を残していたとしても良くできた映像作品以上の評価は得られない。それがわかっているからこそ、ヤタガラスたちは全力で情報を操作した。

ヤタガラスたちは必死で働いた。不思議なことで高揚しているものばかりだった。派手な戦いの後である。まだ胸が熱かった。

368: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:02:22.80 ID:4+RubV0x0

 夜が明けるまであと五十分須賀京太郎とロキが談笑していた、この時に行った会話の内容について書いていく。

それは夜が明けるまであと数十分というところ、夜明け前の涼しい空気の中での出来事である。

さみしい路地にある自動販売機の前で須賀京太郎とロキが談笑していた。この時の須賀京太郎はすっかり普通の人の姿に戻っている。

髪の色は相変わらず灰色のままだが目の色も肌の色も腕の形も人間である。自分自身を律する星を見つけたことで暴走していた異界操作術を支配したのである。

さみしい路地の自動販売機の前にいるのは、

「缶コーヒー飲まねぇか?」

と集中治療室でロキが誘ったからである。これに須賀京太郎が乗った。

そうしてアンヘルとソックの目を盗みナグルファルの警備をあっさり抜けて、現世にやってきた。

寂しい路地に引っ込んでいるのはヤタガラスたちに見つかるのを防ぐためである。黙って抜け出してきたので、密告されるのを恐れた。

缶コーヒーのために脱走してきた二人は、自販機の前でくだらない話をしていた。缶コーヒーを片手にロキがこう言うのだ。

「あぁ、この感じじゃ。このやっすい感じ懐かしい」

するとボロボロのバトルスーツ姿の須賀京太郎がこう言った。

「もうちょっと砂糖欲しい」

これにロキがこう言った。

「それじゃあ、甘すぎるじゃろう。これでも甘すぎるくらいじゃぞ」

すると須賀京太郎がこう言った。

「これで甘いってマジかよ……」

嫌そうな顔を須賀京太郎が見せた。するとロキが笑った。そしてポケットから煙草を取り出してこういった。

「年取ると味覚も変化すんじゃよ」

煙草をくわえたロキだが、急にあわてだした。ズボンのポケットに手を突っ込んでみたり胸ポケットに手を突っ込んでいた。そしていよいよこう言った。

「ライターねぇわ」

須賀京太郎が笑った。困った爺だと思った。そしてこういった。

「ホイ、『ラグナロク』」

須賀京太郎の指先に小さな火が現れた。何もかも焼き尽くす弱弱しい火「ラグナロク」であった。これを煙草の先端に持っていった。

弱弱しい火はたばこの先端だけを燃やした。見事に制御できていた。そして煙草に火が着くとロキがこう言った。

「世界を焼く火でたばこを吸った男はわしが初めてじゃろうな」

須賀京太郎が小さく笑った。笑顔に影はない。眉間のしわも消えている。凪いだ空気をまとって、魔人といわれても信じる者は少ないだろう。


369: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:05:22.84 ID:4+RubV0x0

そんな須賀京太郎をみて、ロキが黙った。そして真剣な顔をしてこう言った。

「シギュンが謝っておったぞ、それと礼もな。

『地獄に放り込んで済まなかった、助けてくれてありがとう』

じゃとよ」

このように語るとゆっくりとタバコを吸った。煙草の先端がチリチリ焼けて、灰色になった。すると須賀京太郎はコーヒーを一口飲んでこう言った。

「気にしないでと伝えてほしい。

 不思議に聞こえるかもしれないが、感謝している。この戦いを経て俺はさらに強くなった。見えなかった自分の姿を見て、足りなかったものを手に入れた。

 きっとシギュンさんとロキに出会わなければここに立っていなかった」

須賀京太郎が答えるとロキが煙を吐き出した。勢いのまま缶コーヒーを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱に放り込んだ。

そしてこういった。

「出会ったころよりもでかくなったな……良い夢を見た。もう少し夢を見ていたいと思う。

 じゃが、往かねば。生命の理に従って太陽が昇る前にわしも往かねばならん。シギュンと息子たちが待っておる。

 元気でな、京太郎。お嬢ちゃんと仲良くやれよ。浮気はするな、一途であれ」

寂しい路地にある自動販売機の前に須賀京太郎がただ一人立っていた。須賀京太郎の隣には、一本しか吸っていない煙草の箱が落ちていた。

須賀京太郎は残っている缶コーヒーを飲み干した。飲み干した缶コーヒーはゴミ箱に放り込んだ。そして落ちている煙草の箱を拾い上げて、夜明けを待った。

夜明けはいつもと何も変わらない。静かに太陽が昇った。この世界すべての命に光が降り注いだ。朝日を浴びて少しだけ目を細めた。

旅の始まりを思い出していた。そして今の自分を思い、微笑んだ。ずいぶん変わったと思った。しかし悪いとは思わなかった。

はばかられる戦いばかりだったが、駆け抜けた旅路は誇らしかった。そしてしばし朝日の祝福を受けてから、須賀京太郎はタバコ片手に歩き出した。

寂しさで胸がいっぱいになっていても止まることはできなかった。それが須賀京太郎が見出した光で呪いだからだ。

370: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:09:26.11 ID:4+RubV0x0

 高度三十六万キロメートルで発生した天国が消失した二日後、ヤタガラスの幹部会が開かれていた、この時に集まっていた幹部たちの様子そして集まった理由について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が生み出した天国が須賀京太郎によって滅ぼされた二日後の昼の話である。

ヤタガラスのお茶会が開かれた宴会場にヤタガラスの幹部たちが集まっていた。席順は前回とほぼ同じである。

違いは大幹部の一人が消えたこと、幹部が数名消えていること、そして青ざめて震えている幹部が半数以上存在しているとことである。

また青ざめていないにしても調子を崩している幹部が非常に多く、病人の集まりに見えた。この時覇気に満ちていたのは四名。

大幹部十四代目葛葉ライドウ、そして幹部花田義輝、ハギヨシ、右腕が義手の色男だけである。龍門渕信繁も出席しているのだが、目がうつろだった。

目の下に大きなクマがある。一緒に出席している娘の透華も同じく大きなクマがあり、目の光が失われていた。残業である。後始末を必死になって片づけた。

復興作業とあぶり出しの残業だった。あぶり出しとは二代目葛葉狂死の作戦に乗った裏切り者のあぶり出しである。

であるから、顔色が悪い幹部というのは炙り出されたと考えて間違いない。顔色の違いは深さの違いである。

深さとはどれだけ積極的に二代目葛葉狂死と連携したのかという深さである。青ざめている者たちは積極的に手を貸した。

調子が崩れている者たちは消極的に手を貸した者たちである。そうなって大事件から二日後に開かれた幹部会とは処刑会場である。

証拠が得られた段階で粛清もできたが、「幹部」である。手順を踏んで始末する流れとなった。良い趣味とは言えない幹部会の開催である。

しかし組織の運営をルールに殉じて行うことはとても大切だった。

退魔士というのは個性的なタイプが多いので、こういう時こそルールに殉じるべきという発想があった。ただ、なかなか処刑が始まらない。

重苦しい空気が会場全体を覆い、呼吸すらはばかられる沈黙が生まれていた。これは幹部会に出席するべき最後の一人を待ち構えているのだ。

そうして約束の時間ピッタリに黒のスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が現れた。二代目葛葉狂死の剣を左手に持ち、たった一人で現れた。

数日前の須賀京太郎を知っている者たちは目を見張った。

お茶会時にはなかった静かな迫力を須賀京太郎に感じ、あるものは若き日の二代目葛葉狂死の姿を重ねていた。

そうして重苦しい幹部会に到着した須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「若きヤタガラスの幹部よ、同胞たちの前で名乗りたまえ」

するとスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が答えた。

「『ヤタガラス 姉帯支部総長 直階三級退魔士 三代目葛葉狂死』」

すると幹部会がざわついた。三代目葛葉狂死の襲名について一切聞いていなかった。一方で全く驚いていない幹部が十名近くいた。

それもそのはず、三代目葛葉狂死襲名は既に知らされている。驚くわけもなく、ざわつくわけもない。

そして落ち着いている十名近くの幹部を見てようやく会場が静かになった。これからヤタガラスとして生きていく者と、粛清される者の違いだと理解した。

 ヤタガラスの幹部として三代目葛葉狂死が認められた直後十四代目葛葉ライドウが粛清を始めようとした、この時に行われた十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎の会話について書いていく。

それはスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が末席に座った時に起きた。

堂々としたふるまいの須賀京太郎をまっすぐに見つめて十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「気骨のある退魔士が幹部の座についたのは何時振りか……喜ばしい。

 本当なら祝いの席を設けるべきだが、先に片付けなくてはならない問題が多い。申し訳ないが三代目葛葉狂死殿、またの機会に……」

すると穏やかな空気をまとった須賀京太郎がこう言った。

「お気になさらず。十分承知しております」

このように答えると、十四代目葛葉ライドウが肯いた。そしてこういった。

「そういってもらえるとこちらも助かる」

そして少し言葉を区切ってから十四代目葛葉ライドウが切り出した。

「では、粛清を始めようか。

 儀礼に乗っ取り一人ずつ、白か黒か判断していこう。ヤタガラスの長い歴史でも幹部級が一度に四十名近く粛清される事はない。

しかし丁寧にやっていこう。

 粛清対象者には拒否権がある。もしも粛清が不当と思うのならば、この場で私たちを始末すれば良い」


371: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:13:07.52 ID:4+RubV0x0

このように会場にいる幹部たちに語りかけた十四代目葛葉ライドウは冷えに冷えていた。それもそのはず、幹部たちの質の悪さに苛立っていた。

ヤタガラスに反逆したことに苛立っているのではない。二代目葛葉狂死に頼りきりになり、天国に逃げようとしたその性根に苛立っていた。

この時十四代目葛葉ライドウの隣に座っている大幹部・壬生彩女は何も言わなかった。悲しげな眼をしてうつむいている。

力をもつ老婆であったが、今は普通のおばあさんに見えた。これから起きるだろう大量粛清を思い悲しんでいた。口を出さないのは資格がないからである。

大幹部であるけれども、早々に人形化の呪いを受け繋がれていた。十四代目葛葉ライドウたちにやめてくれとは言えなかった。

しかし粛清が始まるというところで、末席に座っている須賀京太郎がこんなことを言った。

「少しよろしいでしょうか十四代目」

すると十四代目葛葉ライドウが答えた。

「何か問題でも?」

間をおかずに須賀京太郎はこういった。

「粛清やめませんか?」

これに十四代目葛葉ライドウが眉間にしわを寄せて答えた。

「急にどうした?」

そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎がこう言った。

「有効活用しましょう」

十四代目葛葉ライドウに対する須賀京太郎は堂々としていた。まったく迷いがなく爽やかだった。

 十四代目葛葉ライドウが大量粛清を始めようとした少し後須賀京太郎が語り始めた、この時に語られた有効活用方法について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが粛清の手を止めた時のこと。今まで大人しくしていたハギヨシが良く通る声でこんなことを言った。

「いったい何を思いついた?

 エグイ話じゃないだろうな……勘弁してくれよ、面倒事が山ほどあるんだ。

 後腐れしないようにさっぱり終わらせてくれ」

これにベンケイが続いた。

「まぁ、有効活用が本当に有効なのかが重要だよな。

 いいぞ須賀君、じゃなくて三代目。きかせてくれよ。

 いいだろう師匠。若いヤタガラスがやる気になっているんだ。心意気を酌んでやろうぜ。

 コデマリと信(のぶ)ちゃんもいいだろう?」

すると右腕が義手の色男と目の下にクマがある龍門渕信繁がうなずいた。この時右腕が義手の男コデマリは上機嫌だった。

この修羅場で提案してきた須賀京太郎を面白がっていた。そしてニコニコしながら右腕が義手の色男コデマリがこういっていた。

「もちろん構わないわぁ。

 良いところ全部持ってかれちゃったし、頑張ってもらっちゃったもん。

 おっさんたちのことなんて気にせずに、思い切っちゃって! 男は度胸よ!」

右腕が義手の男コデマリが大きな声で応援してくれていた。しかし須賀京太郎は少しひるんだ。

視界にチラチラ入っていたが、そういう感じとは思っていなかった。ただ、どうにか平静をよそって、須賀京太郎は自分の考えを語った。こう言っていた。

「粛清対象になっている幹部の皆さんを、討伐隊の皆さんで管理しましょう。

 別に粛清対象者たちを生かしておけとは言いません。気に入らなければ即座に始末すればよろしい。

 現在の日本の混乱具合からして下手に幹部の首を飛ばせば大きな隙になります。

我が先代・二代目葛葉狂死が外国勢の勢いも削いでいますから、今のところは問題ないでしょう。しかし隙は少ないほうが良い。

 ですから今のうちに備えるべきです。今回の一件で世界にケンカを売った形になっていますから、これから揉めるはずです。

 外国でくすぶっている弱小勢力も動くでしょうし、世界情勢を考えれば三回目の世界大戦、しかも悪魔と神を使った派手な戦いが始まる可能性もあります。

 なら、備えるべきでしょう?」

372: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:15:46.13 ID:4+RubV0x0

至って普通の提案であった。今回の事件で頑張った幹部たちが、裏切者の権力を奪い取って支配する。

そして全く内乱など起きていないように見せかけて対外勢力に備える。

二代目葛葉狂死の作戦に乗せられて日本に攻め込んできた勢力が複数存在していた以上、特に問題のある発想ではない。王道も王道。

ビックリするくらいまともな提案だった。

 須賀京太郎の提案をきいた後討伐隊に参加していた幹部たちは沈黙した、この時の幹部たちの表情と考えについて書いていく。

それはビックリするくらいまともな、日本のためになるだろう提案を須賀京太郎が飛ばした直後である。十四代目葛葉ライドウを含めた幹部たちが黙った。

怒っているのではない。討伐隊に参加している幹部のほとんどが

「面倒くせぇ」

と思ったのである。これは十四代目葛葉ライドウも同じである。それもそのはずで、領土が増えれば増えるほど仕事が増える。頭を悩ませる問題も増える。

担当する領土が少し増えるなら構わないのだ。緊急避難的に管理することはある。しかし今回は裏切っていない幹部のほうが少ない。

四十近い領土を六名で分けることになる。六名とは十四代目葛葉ライドウ。龍門渕信繁、ベンケイ、コデマリ、ハギヨシ、そして須賀京太郎である。

となって約六倍の権力と責任と仕事が転がり込むわけで、それは討伐隊のメンバーからすれば地獄だった。当然、

「面倒くせぇ」

という顔にもなるし、呟きにもなる。そうなって拒否もできるはずだが、できなかった。一応ヤタガラスの退魔士である。国益を守る義務がある。

粛清するよりも使い潰したほうが絶対に有益なのだ。何せ幹部である。裏切り者だろうがそれだけの実力はある。そのため

「面倒くさいから却下」

とは言えなかった。ただ、この時

「面倒くせぇ」

と思っていたのは須賀京太郎も同じだった。であるから、討伐隊のメンバーが黙っている間に須賀京太郎がこんなことを言った。

「領土の分け方で悩んでいるのなら、討伐隊のメンバー『五名』で話し合ってもらって結構ですよ。

 あっそうだ。姉帯支部なんですけど、龍門渕に管理してもらう方向でお願いします。

信繁さんから陰陽葛葉を預かっていますから、やっぱり義理を通したいっていうか」

すると討伐隊のメンバーたちの目線がとんでもない速度で須賀京太郎に集中した。この時十四代目葛葉ライドウがこう言っていた。

「えっと、討伐隊に参加した幹部は『六名』だ。

 私に義輝、ハギに義経、そして信繁に京太郎……そうだろう?」

かぶせ気味に須賀京太郎が答えた。

「落ち着いてください十四代目。

 俺は魔人で、しかも幹部経験ゼロです。どう考えても管理される側でしょう。

 もう、十四代目はこんな時でも冗談を言う。日本のことを考えたら俺は管理される側ですよ。そうですよね、信繁さん?」

といって須賀京太郎の視線が龍門渕信繁に向かった。視線の先には胃を抑えている龍門渕信繁と透華がいた。

そんな龍門渕の親子を様子を見て討伐隊が若干優しい目をした。こんな扱いにくい幹部の管理なんて死んでも嫌だった。

 須賀京太郎の提案から十分後幹部会が終了した、この時に幹部会を終了させた大幹部・壬生彩女について書いていく。

それは須賀京太郎の無茶振りで龍門渕の親子が悶絶している時のことである。静まり返っていた大幹部壬生彩女が口を開いた。

この時の壬生彩女は必死の形相で、喉もずいぶん乾いていた。意見できる立場にはないと理解しているのだ。

しかしここしか大量粛清を止めるタイミングはないと感じて力を振り絞っていた。壬生彩女はこういっていた。

「良い考えじゃないか! これからのことを考えれば、大正解だろう!

 粛清の手間も省ける!

 よかったねぇあんたたち! 十四代目達に感謝しな! 十四代目達はあんた等が使える間は殺さないでくれるんだ!

 精々尻尾を振ってご機嫌をとるんだね!」

373: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:19:05.88 ID:4+RubV0x0

壬生彩女が大きな声を出した後討伐隊のメンバーの目が一瞬鋭くなった。これは龍門渕信繁と須賀京太郎も同じである。

大幹部・壬生彩女の狙いを見抜いていた。研ぎ澄まされている者たちからすれば演技にもなっていない。しかし誰も指摘しなかった。

裏切者の幹部たちよりも、壬生彩女の慈悲の心を立てた。もともと面倒くさい以上の問題がなかったのだ。

関係のない壬生彩女にここまでさせてしまったのなら、やるしかなかった。そうして壬生彩女の頑張りで幹部会は穏やかに終了した。

ほとんど須賀京太郎が狙ったように進行し、血が流れなかった。奇跡的な仕上がりである。しかし領土の配分はうまくいかなかった。

胃を抑えていた透華がこう言ったからだ。

「幹部としての実力を備えるためには領土の運営経験が必須。

 勉強だと思ってあなたも領土を管理しなさい。龍門渕の管理下に入ると自分で言っていたわよねぇ?
 
 いやだとは言わせませんよ」

結局四十近い領土は六等分された。六等分にすると決まった時、討伐隊のメンバーが透華をほめまくった。

特に父親である信繁は今までにないほど上機嫌で娘の頭を撫でていた。徹夜明けの頭で最高の答えを導いたからだ。褒められている娘も上機嫌だった。

とんでもなく仕事に厳しい父親が初めて褒めてくれたからだ。

 幹部会が終わった直後須賀京太郎と熊倉トシはタクシーで移動していた、この時にタクシー内部のピリピリした空気とその理由について書いていく。

それはヤタガラスの幹部会が和やかに終了して十五分ほど後のことである。

ヤタガラスの構成員が運転するタクシーの後部座席に須賀京太郎と熊倉トシが座っていた。

助手席には不機嫌そうなハチ子が座っていて、じっと進行方向を睨んでいた。この時のタクシーの空気はピリピリとしていて、運転手も緊張していた。

この運転手だが、数日前に須賀京太郎たちをお茶会に載せていった運転手さんである。運転手さんが緊張している原因は須賀京太郎である。

失敗を恐れているのだ。普通のお客さん相手でも失敗は良くないが今の須賀京太郎はヤタガラスの幹部。

失敗が死につながる可能性も無きにしも非ずで、さすがに緊張していた。ただ、運転手さんの緊張は空気をピリピリさせるものではない。

ピリピリさせているのは後部座席の熊倉トシである。じっと黙って後部座席に座っているのだが、妙に怖い。

というのも考姉帯豊音の今後について考えていた。考えずにはいられないのだ。当然と言えば当然で、姉帯豊音はかなり危うい立場にいる。

もともと姉帯の陣営というのは弱小陣営。幹部として認められていたのは姉帯豊音の血縁者が大幹部だったからである。

父方の曾祖父が十四代目葛葉ライドウ。母方の祖父が二代目葛葉狂死。

この二人が現役でいる間は姉帯の座が崩れる心配はなく、姉帯豊音もどうにか生きていけるはずだった。しかし二代目葛葉狂死の守りはなくなった。

それどころか地球全体に対して攻撃を行って多数の被害を出している。ヤタガラスはもちろんだが、海外の勢力からも目をつけられてしまっている。

そうして二代目葛葉狂死は須賀京太郎に討たれたが、恨みはまだ消えていない。

つまり血縁者に向かう可能性が非常に高く、そもそも私刑すらあり得て、どうにかする必要があった。

となって、須賀京太郎がどう対応するのかというのは熊倉トシにとって非常に大切で、空気がぴりつくのもしょうがなかった。

 ヤタガラスの幹部会が終わって三十分後須賀京太郎と熊倉トシは宮守女子高校が利用するホテルに到着した、この時に須賀京太郎たちを出迎えたオロチたちについて書いていく。

それはピリピリした空気のまま、一切声を発することなく移動している時のことである。

姉帯豊音たちが利用しているヤタガラスのホテルの入り口で、五人のオロチが待ち構えていた。五人のオロチはそれぞれに特徴があった。

一人目は三つ編みとワンピースのオロチ。二人目はポニーテールとジャージのオロチ。三人目はバトルスーツ風のワンピースを着たツインテールのオロチ。

四人目は髪の毛を上げて和装に合うように調整したオロチ。五人目はバトルスーツにマントを合わせたショートカットのオロチ。

この五人のオロチの触角たちはタクシーが到着するとホテルの出入り口付近の物陰から飛び出してきて、それぞれにファイティングポーズをとった。

このファイティングポーズも微妙に違っていて、上手だったのはショートカットのオロチ一人だけだった。

微妙に統一されていない五人のオロチたちだが、目の輝きは同じであった。いつもは弱弱しい赤い輝きが今は爛々としている。

というのも五人のオロチは須賀京太郎が姉帯豊音を始末しに来たと考えている。これは、姉帯豊音が正直に告白した結果である。

姉帯豊音が口を割ったのはオロチがしつこく問いただしたからだ。原因は事件が解決した後一向姉帯豊音が未来に会いに行かなかったから。

地獄を旅している間未来のことばかりを心配していた姉帯豊音である。オロチたちは、すぐに異変に気付いた。

そしてどうにか二人の仲を修復しようと頑張り始めた。その始まりが須賀京太郎を止めることだった。

初めこそ葦原の中つ国に引き込むために二人をくっつけようとしたオロチであるが、今はもうない。今はただ二人が仲良くしてくれることだけが望みだった。

地獄の一夜がオロチを変えたのだ。そして須賀京太郎の考えを変えるために必死になって邪魔をしに来た。オロチの触角程度で須賀京太郎が止まらないのは知っている。しかしそれでも挑まなければならなかった。守りたいものが沢山ありすぎた。

374: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:22:49.15 ID:4+RubV0x0

 ヤタガラスの幹部会が終わって約三十五分後姉帯豊音の部屋に須賀京太郎が到着した、この時に行われた姉帯豊音と須賀京太郎の会話について書いていく。

それはヤタガラスのホテルの一室で姉帯豊音が一人で落ち込んでいる時のことである。

ベッドに寝転がって天井を眺めていた姉帯豊音の耳にノックの音飛び込んできた。ノックの音は三回だった。姉帯豊音は体を起こしてこういった。

「だれー? オロチちゃん?」

すると扉の向こうから須賀京太郎の声が聞こえてきた。こう言っていた。

「須賀です。ちょっと開けてもらっていいっすか」

すると、ベッドからあわてて姉帯豊音が飛び起きた。そしてこういった。

「須賀君? なんで?」

なんで、とは言っていた。しかし予想はついている。始末しに来たのだ。

そうして察しが付くと姉帯豊音は少し青くなり、ほほ笑んだ。直々に始末されるのならそれは幸福だと思った。

そんなことを考えていると、扉の向こうから須賀京太郎がこんなことを言った。

「これからの話をしようと思いまして。

 扉越しでもいいっすけど……その、何というか……内密な話なんで、できれば入れてほしいっていうか」

すると姉帯豊音が表情を緩めた。須賀京太郎の声がやさしかったからだ。しかしすぐに引き締めた。

二代目葛葉狂死の孫娘で、須賀京太郎を殺そうとした姉帯豊音である。姉帯豊音が何を考えていようと、客観的には一番厳しいところで裏切ったのだ。

見逃されるわけがない。ただ、表情はやはり緩む。普通に話してくれるのがうれしかった。だがどうにか緩んだ心を引き締めて彼女はこういった。

「そっか……」

すると扉の向こうが少しざわついた。姉帯豊音の声の調子が非常に不吉だった。消え入りそうな雰囲気で、まったく安心できない声だった。

すぐに姉帯豊音の考えを察した須賀京太郎があわてた。そしてこう言った。

「姉帯さん? 姉帯さん?

 落ち着いてくださいよ。俺がここに来たのは本当にそのままの意味で、『これからの話をしよう』ってことなんです。

 どこから説明したらいいかわからないですけど、上手いことまとまりそうなんです。

 あの姉帯さん? 返事してもらえませんか? ドアぶち破りますよ?」

すると須賀京太郎の話をきいていた姉帯豊音がこう言った。

「ドアを壊すのはやめてほしいなー」

応えるとドアの向こうの雰囲気が落ち着いた。そして落ち着いたところで須賀京太郎がこう言った。

「あの、詳しい話はあとでいくらでもしますからとりあえずドアを開けてもらえませんか?

 あの場所で起きたことについて気にしているのなら、俺はどうすることもありません。

むしろ安易に流されなかった姉帯さんの精神力を好ましく思っています。どちらかといえば好きな部類です。

 で、俺はもう次のことを考えています。次のことというのは領地の経営とか『未来』についてとか、姉帯さんのことです。

 つまり姉帯さんと俺の結婚の話がしたい。

 嘘くさいのはわかります。しかし、信じてもらえませんか」

このように語っている須賀京太郎の口調は恐ろしく弱弱しかった。須賀京太郎自身嘘くさすぎてびっくりしていた。そんな須賀京太郎に対して姉帯豊音がこう言った。

「怒ってないんだ……すごくひどいことをしたのに?」

すると須賀京太郎がすぐに応えた。

「はい。全然怒っていないです。

 ですから、扉を開けてください。信用できないというのなら誓約書を書いてもいいです。十四代目に立ち会ってもらって……ハギヨシさんとベンケイさんにも」

これに姉帯豊音がこう言った。

「大丈夫、わかるよ。須賀君は本当に気にしていない」

須賀京太郎の考えがわかると彼女は言った。しかし本当のところは怪しかった。

二代目葛葉狂死を打倒した須賀京太郎の凪いだ心で嘘をつかれたら、見破れないと思っていた。


375: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:25:38.72 ID:4+RubV0x0

しかし、嘘なら嘘でよかった。信じたまま殺されるのならば、それはそれで幸せだからだ。そんな姉帯豊音の薄暗い考えを知らずに須賀京太郎がこう言った。

「だったら、ドアを開けてもらえませんか?」

これに姉帯豊音が答えた。

「私の問題なんだよ。須賀君がいい人なのはわかってる。

 私だって幹部の娘だからね、それなりに観察力はあるんだよ? 須賀君が知らない須賀君だって私は知っている。

 例えば、須賀君は自分のことが嫌い。なぜなら目的のためなら手段を択ばないから」

すると須賀京太郎が扉の向こうで笑った。そしてこういった。

「正解ですね。今はどうにか納得してますけど」

これに姉帯豊音が続けた。

「ほらね、『自分のことがわかってない』。目的のためなら手段を択ばないと自分では思っている。でも、実際の行動は誰よりも手段を選んでいる。

 下種な手段をとることを嫌い、自分が良しと思える手段だけを選ぶ。その結果自分の首をはねる結果になろうと全く気にしない。

 今回の一件だって私を利用すればすぐに終わったかもしれないのに……」

これに須賀京太郎が黙った。扉の向こう側にいる須賀京太郎は眉間にしわを寄せていた。見透かされていたからだ。しかし、悪い気はしていない。

見透かされてしまったが、第三者からの視点は新鮮な気分にしてくれる。

考え方を変えれば、それだけ姉帯豊音が注目していたということで、それも悪い気はしなかった。

ただ、状況が状況なので安易に喜べずに眉間にしわを寄せていた。そうして須賀京太郎が黙ると姉帯豊音が続けてこう言った。

「そういうところ、おじいちゃんとそっくり。

 だからこそ、須賀君には言っておきたいの。

 私はおじいちゃんのことを忘れない。無茶苦茶な事件を起こしたおじいちゃんだけど、やっぱりおじいちゃんだから変わらない。

 それでもいいのなら須賀君に運命をゆだねるよ。もともと須賀君のことは好きだから、須賀君がうなずいてくれるのなら、すごくうれしい。

 須賀君のことだから、きっといい『お父さん』になってくれるし、私もいい『お母さん』になれると思う」

これに扉の向こうの須賀京太郎が黙った。顔が真っ赤になり、呼吸が荒くなった。姉帯豊音の口を塞ぎたかった。

そんな須賀京太郎に気付いているのかいないのか姉帯豊音はこういった。

「子供はたくさんほしい派なんだ。私が一人っ子だから余計にね……きいてる?」

これに須賀京太郎が答えた。

「きいてます」

すると姉帯豊音がこう言った。

「何人くらい欲しい?」

この質問に扉の向こう側がざわついた。質問を受けた須賀京太郎は強行突入を試みていた。しかしあと少しのところで出来なかった。

扉に手をかけたところで震えている。良識が止めたのだ。正義と善の感覚を自覚したことによって、自制心が一層強くなっていた。

そうして数秒ほど耐えてから須賀京太郎はこういった。

「三人くらい? 俺も一人っ子なんで、最低でも二人……姉帯と須賀の名前を継いでもらいたいですし。未来がいるし、あと二人?」

この時扉を挟んで会話をしている姉帯豊音は眉間にしわを寄せていた。少し怒っていた。当然である。子供の数が少なすぎた。姉帯豊音はこういった。

376: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:29:24.61 ID:4+RubV0x0

「ダメ。全然ダメ! 

 家族で野球ができるくらい欲しい!」

すると須賀京太郎が素っ頓狂な声で答えた。

「はっ!?」

素っ頓狂な声にかき消されていたが、扉の向こう側はざわついていた。そんなことは無視して姉帯豊音はこういった。

「『はっ!?』ってなに? 真剣な話だよ?」

この時の姉帯豊音は仁王立ちである。扉を挟んで須賀京太郎を見下ろしているようだった。ただ、耳まで真っ赤だった。

自分でもとんでもないことを言っている自覚があった。しかし譲れなかった。そんな姉帯豊音に須賀京太郎が答えた。こう言っていた。

「お前絶対後悔するぞ……」

すると姉帯豊音がこう言った。

「後悔なんてしないよ。姉帯の女には男を見る目があるんだから。

 私のおばあちゃんもお母さんも身体は弱かったけど男を見る目があった。それは私にも引き継がれている」

須賀京太郎はこういった。

「そういう……わかったよ。わかった。頑張るよ。頑張るから扉をあけてくれ」

このように答えた須賀京太郎はうなだれていた。地獄を旅してきた退魔士には全く見えなかった。二代目葛葉狂死と殴り合いをしている方がずっと楽だった。

すると姉帯豊音がこう言った。

「面倒くさいことをしてごめんね。

 やっぱり面と向かって、話しにくいことだからこの機会にしておこうって……ごめんね?」

などと言いつつ、姉帯豊音はドアを開けた。この時の彼女はピンク色で少し真剣だった。会話をしても結局判断がつかなかったのだ。

しかしドアを開けた。粛清されるとしても後悔がなかった。心はしっかり満たされている。もしも今この時に消されるのならそれでよかった。

しかしすぐにドアをしめた。扉の向こうに須賀京太郎の姿があったのだが、それ以外にも人がいた。宮守女子高校の面々、熊倉トシ五人のオロチ。

ハチ子にヘル。天江衣とアンヘルとソックまでホテルの廊下で待機していた。

これは姉帯豊音の身を心配して集まったメンバーで、須賀京太郎を止めるために集まっていた。

二十分ほど前まで、決死の覚悟で満ちていたのだが今は、何とも言えない顔で須賀京太郎と姉帯豊音を見つめていた。

それもそのはず、命がけで須賀京太郎を止めようと集まってみたら、全力でイチャイチャしている。死にそうだった。

ただ、扉を閉めた姉帯豊音も死にそうだった。あまりにも恥ずかしすぎて、視線が定まらず、呼吸も乱れていた。

明日からどんな顔で友人たちに接すればいいのかわからなかった。十五分ほど時間を巻き戻したかった。

 姉帯豊音の部屋の扉が開いた一時間後ホテルのレストランで須賀京太郎たちは食事をとっていた、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。

それは姉帯豊音が真っ赤な顔で扉を開いてから一時間後のことである。ホテルのレストランの二人席に姉帯豊音が座っていた。

ほんの少しだけ顔色が悪く、伏し目がちだった。それもそのはず、内々で処理したい話を、自分で暴露する失態を犯した後である。

精神的には結構な強度がある姉帯豊音であったが、さすがに一時間で持ち直すのは難しかった。

そんな姉帯豊音の目の前の席にはスリーピース・スーツを着た須賀京太郎が座っている。手元にはレストランのメニューがあり、視線は肉料理に向いていた。

スリーピース・スーツを身に着けている須賀京太郎は爽やかな青年に見えて、少年と呼ぶには風格を持ちすぎていた。

この時周囲のものが気をきかせて、二人席にしてくれていた。ほかの面々は少し離れた家族向けの席に座っておとなしくしている。

大人しくしているが、聞き耳を立てているのが明らかだった。その中でも露骨に楽しんでいるのが天江衣でニヤニヤが止まらなかった。

宇宙卵の中心で馬乗りシーンを目撃しているので、ほかの者たちよりも余計に楽しめた。

ただ、あまりにニヤニヤしているので機嫌の悪いアンヘルとソックにいじくりまわされていた。

須賀京太郎とは一心同体の関係だと胸を張るしているアンヘルとソックである。姉帯豊音を受け入れるのは難しい。

ただ、姉帯豊音が悪い人間ではなく、アンヘルとソック基準からすると結構好きなタイプである。そのため嫌いになれずイライラするだけで済んでいた。

この時宮守女子高校の面々と熊倉トシそして五人のオロチもかなり近い席に座って状況を見守っていた。

宮守女子高校の面々と熊倉トシは一応メニューを見つめていたが心ここに非ず。ここが姉帯豊音の未来を決める大切な場面だと理解しているためである。

一方で天江衣たちと五人のオロチは普通に料理を頼んでいた。昼過ぎである。お腹がすいていた。結果も見えているのだから楽しく昼食で問題なかった。このグループ間の差は須賀京太郎に対する理解度の差である。こればかりは付き合いの長さがものを言った。

377: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:31:32.18 ID:4+RubV0x0

 少し遅めの昼食が始まった時姉帯豊音に話しかけた、この時に行われた須賀京太郎と姉帯豊音の会話について書いていく。

それは注文していた料理がテーブルに並んでからのことである。身内にものすごい勢いで恥をさらした姉帯豊音が顔を上げた。

若干目が死んでいたが、しっかりと手を合わせてこう言っていた。

「いただきます」

かなり小さな声だった。そのため須賀京太郎にしか聞こえなかった。この姉帯豊音に合わせて須賀京太郎も小さな声で

「いただきます」

と言っていた。姉帯豊音よりも若干崩れた礼だった。空腹のためである。須賀京太郎からすればかなり遅い昼食である。できれば早く食べたかった。

そうして食事を始めた二人だがほぼ無言だった。姉帯豊音は考えることが山ほどあり、須賀京太郎は目の前の料理に集中していた。

沈黙が苦しい関係ではないので、あえて口を開かない二人である。そのため近くで聞き耳を立てている者たちは世間話を始めていた。

沈黙に耐えかねたのだ。そうして食事が八割終了したところで、須賀京太郎がこう言った。

「幹部会で決まったことなんですけど、ヤタガラスを裏切った幹部たちの粛清は一旦回避されました。

 『十四代目の采配』で討伐隊に参加した幹部で粛清対象者たちを管理することになったんです。

ヤタガラスが混乱するのは外国勢にチャンスを与えること……妥当な判断だったと思います」

すると姉帯豊音がこう言った。

「……須賀君が提案したでしょ?曾おじい様はそんな面倒くさい采配をとったりしないよ。お弟子さんたちも同じ。

あの人たちは権力に興味がないから、積極的に面倒事から離れようとする。

 今回だとすごい勢いで龍門渕に権力が集中したんじゃない? 多分須賀君も龍門渕に、丸投げしようとした」
 
これに須賀京太郎は答えた。

「その通りっす。良くわかりますね」

すると姉帯豊音が悲しげに笑った。そしてこういった。

「おじいちゃんがいつも言ってたから。

 『どういうわけなのか、実力を持つ退魔士は他者を省みない。特に政治なんて知ったことではないと言って組織運営を放り出す。待った困ったものだ』

 まぁ、おじいちゃんも人の事は言えないけどね。

基本的に自分の考えで動き回っていたし、隠し事もものすごく多かった……バレた時は龍門渕とか神代とかの事務系の人たちに頼み込んでどうにかしてたから……」

すると須賀京太郎は難しい顔をした。胃を抑えている龍門渕信繁と透華の姿を思い出したからである。もう少し労わろうと思った。

そして若干罪悪感を感じつつこう言った。

「提案したのは間違いなく俺です。その通りです。そうですけど、決定したのは十四代目ですから。

 それはもういいでしょう? 重要なのはここからです。今回二代目の計画に乗った幹部たちは、形式上は許されたことになります。

となると、姉帯の勢力も当然安堵される。なぜなら、実際に計画を手伝ったわけでもなければ、知らされてもいない。

 裏切り者のゴミどもが許されるわけですから、姉帯さんたちに石を投げることは許されないわけです。

 そうなって、より姉帯さんの安全を求めるのなら、縁談だろうという話なんです」

このように須賀京太郎が伝えると姉帯豊音がこう言った。

378: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:34:49.66 ID:4+RubV0x0

「私のために幹部たちの粛清さえ回避させちゃうんだ?」

須賀京太郎はこういった。

「そういう事です。ナグルファルも協力してくれますから、ちょっと無理をするくらいなら問題ありません。

 それで、おとなしく結婚の話を受けてもらえませんか?

 どうしてもいやだって言うなら、まぁ、その時は葦原の中つ国で生活してもらうことになると思います。

 妻になってもらうことで、より確かに守る計画ですからね。結婚が嫌ならオロチの目が届くところで暮らしてもらうしかないでしょう。

現世への通行は許可をとって、みたいな感じで」

これに姉帯豊音がむっとした。須賀京太郎が情けないことを言うからだ。客観的に見ればよい関係の二人である。お互いの秘密を知り、受け入れている。

友達とは到底呼べず恋人か家族あたりがふさわしい。少なくともその自覚が姉帯豊音にはある。お前が欲しいと一言くれれば、それでよかった。

というかそういってほしかった。ただ、それは望み過ぎだと姉帯豊音は自覚していた。ロマンティックな回路は須賀京太郎にないと見抜いていた。

しかし惜しい気持ちもある。そんな彼女だからこんな意地悪をした。こう言ったのだ。

「須賀君のことは好きだって言ったよね。須賀君がうなずけば結婚してもいいと思ってるって」

すると須賀京太郎がほっとした。ただすぐに曇った。姉帯豊音がこう言ったからだ。

「でも、一つだけ条件があるよ。本気の本気で私を奥さんにしたいのなら、今すぐに私を笑顔にして」

この時の姉帯豊音はどう見ても怒っていた。眉間にしわが寄って、首をへの字に曲げている。本心から怒っているわけではない。

怒っている風のポーズである。明らかに試している格好で、実際須賀京太郎の理解力を試していた。それは誰が見てもわかりやすかった。

立場を考えるとありえない行為である。しかしこの時不思議なことで須賀京太郎に味方がいなかった。

姉帯豊音を良く思っていないアンヘルとソックでさえ、

「しょうがないだろう」

と目で語っていた。ここまで来たのなら、ストレートに

「結婚してくれ」

の一言がききたかった。

 姉帯豊音が結婚の条件を提示した直後ヘタレていた須賀京太郎が見事な答えを提示した、この時の須賀京太郎の答えについて書いていく。

それは怒っている姉帯豊音が

「私を笑顔にしてくれ」

と言った直後である。若干不機嫌になっている姉帯豊音の顔を須賀京太郎がじっと見つめた。

この時の須賀京太郎は本当にじっと見つめるだけで、それ以外に何もしなかった。じっと姉帯豊音を見つめて、何か考えているようだった。

そうして須賀京太郎が見詰めてくると姉帯豊音は視線をそらした。笑いそうになったからである。

須賀京太郎がストレートな文句を言うまで笑わないと決めている姉帯豊音である。笑う気はない。

しかし笑ってはいけないと心に決めている分だけ、笑いの沸点が下がっていた。この時周囲からため息が漏れた。

「笑顔にしてくれ」

と言われて、睨めっこを始めるとは思わなかった。戦いに特化した存在であるとは知っていたが、まさかここまで女心がわからないとは思わなかった。

流石にがっかりだった。そうして周囲の空気がものすごく冷たいものになった時、須賀京太郎はすっと立ち上がって、姉帯豊音の顔に両手を伸ばした。

周囲の者たちは何事かと思った。意味が分からなかった。そんな中で須賀京太郎の両掌が姉帯豊音の両ほほに触れた。

そして掌が触れたあと、姉帯豊音の口角を親指で押し上げた。すると姉帯豊音は笑顔になった。そうして笑顔になった姉帯豊音に須賀京太郎はこういった。

379: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:37:43.90 ID:4+RubV0x0

「また海に行きましょう。今度は未来もつれて、みんなで」

周囲の女性陣、従業員たちは首をかしげて困っていた。こんな子供だましの手段で、うなずく女性がいるとは思えなかった。

しかし姉帯豊音には大正解だった。須賀京太郎が心から自分を求め、理解する努力を行っていると納得がいった。

そして本当に笑顔になった姉帯豊音は須賀京太郎にこう言った。

「貴方が造る八重垣のうちで生まれる子供を連れて、貴方と何度も海へ往く。

 憶えていてくれたんだ……ビックリしちゃった」

すると須賀京太郎が両手を離して席に着いた。そしてすぐに料理を食べ始めた。できるだけ姉帯豊音を見ないようにしていた。

顔が赤くなっている自覚があった。そして食事を再開した直後、須賀京太郎はこう言った。

「これからもよろしく……『豊音』」

少し声が震えていた。気恥ずかしかった。柄じゃないとわかっていた。大きな勇気が必要で心臓は高鳴っていた。そんな須賀京太郎に、姉帯豊音が答えた。

「うん、『京太郎』」

少し声が震えていた。須賀京太郎が可愛かった。

 そうしてどうにか話が丸くおさまった時、一部始終を見守っていた天江衣がもぞもぞとし始めた、この時の天江衣と周囲の様子について書いていく。

それは冷えに冷えた空気が一瞬にして真夏の空気に変わった後のこと。料理を食べていた天江衣が鳥肌を立てていた。

料理を口にはこぶ手はまったく勢いを弱めない。しかし間違いなく鳥肌を立てている。というのも嫌な予感に襲われていた。それは

「……そういえば最近異性と話した覚えがない……最後に会話をしたのは『レシートはいりません』だったような……あれ、まじか?

 いやいや、いやいや。私ほどのルックスがあれば、より取り見取りのはず……何で牌のお姉さんが頭にちらつく? 不吉だ」

というものであった。結婚適齢期なんぞ気にしたことがない天江衣である。

しかし目の前で同年代の女性が結婚して、子供の話をし始めるとさすがに嫌な未来予想図が描けて心がさみしくなっていた。

もちろんただの予想図で、本当にそうなるかはわからない。ただ、ものすごくありそうな未来だったので、鳥肌が立った。

そうして鳥肌を立てている天江衣がいる所、周囲は祝福で満ちていた。

宮守女子高校の面々、熊倉トシ、彼女らに負けない勢いでナグルファルのハチ子とヘル。五人のオロチが祝福を送っていた。

勢いが弱いのはアンヘルとソックである。それもそのはずで、オロチでさえ嫌がる二人である。自分たち以外の女が寄ってくるのは嫌だった。

しかしそれでも祝福は送っていた。嫌だ嫌だとは言っているが変わってゆく生活も悪くないと思っているのだ。自分の契約相手を独占したい気持ちはある。

しかし天江衣と遊んだりオロチと遊んでいる間に、そういうのも悪くないと思うようになっていた。

実際、変化があったからこそ奇跡的な再会と成長があった。嫌いになれない。また言葉通り「一心同体」なのだから、余裕もあった。

 姉帯豊音との話し合いが終わって十分後まとめ役のハチ子が口を開いた、この時に伝えられた問題について書いていく。

それは須賀京太郎と姉帯豊音がうまい具合に収まってから十分後のことである。

今まで大人しく食事をしていたハチ子が突如として立ち上がり、須賀京太郎に近付いていった。そして耳元に顔を近づけて須賀京太郎にこう言った。

「問題が発生しています」

今まで若干不機嫌そうな顔をしていたハチ子であったが、今は完全に不機嫌になっていた。

それもそのはず、良い話がまとまったのにナグルファルから厄介ごとの報告が飛んできた。いい気はしない。

この時ハチ子は耳打ちをしていたのだが、ばっちり周囲に聞こえていた。ホテルのレストランがかなり静かなうえ、騒がしくしている者もいない。

そんなところでハチ子が立ち上がって行動したものだから、聞き耳も立てる。

そうなったとき、耳打ちをされた須賀京太郎は、姉帯豊音を見つめながらこういった。

380: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:39:59.51 ID:4+RubV0x0

「裏切り者の幹部たちか?」

すると周囲の空気が張り詰めた。須賀京太郎がかなり無茶なことをしたと知っている彼女らである。とんでもないことが起きたのだと察した。

しかしそんな空気も気にせずにハチ子がこう言った。

「姉帯以外は面従腹背を決めるようです。絶対服従をすすめたのですが、曖昧に断られました。

 これからの活動方針は龍門渕の決定に従うとのことです」

すると周囲の空気が一層冷えた。ヤタガラスの幹部として早速、侮られていると察したからだ。

 周囲の空気が冷え切っている中で須賀京太郎が答えを出した、この時に須賀京太郎が出した答えについて書いていく。

それはレストランの空気が完全に冷え切った直後。須賀京太郎が視線をハチ子に向けた。そして静かな調子でこう言った。

「そりゃそうだろうな。

 俺は幹部の初心者。しかも表だって権力をふるったことがない。

 海千山千の幹部連中からすれば、暴力だけが能のバカにしか見えまい。

 幹部会で『利用』を提案したことが、政治力に不安ありと思わせたか……」

すると姉帯豊音がこう言った。

「ごめんなさい」

これに須賀京太郎がすぐに答えた。

「気にしないでください。予定通りっす。すでに準備は出来ています」

この時レストランの空気が一瞬熱くなった。姉帯豊音は目を大きく開き、アンヘルとソックは耳を疑っていた。五人のオロチなど驚きすぎてむせている。

脳みそまで筋肉になった退魔士だと思っていたのだ。流石に驚いた。そんな熱い空気は無視して須賀京太郎は、こういった。

「では予定通り進めて」

ハチ子に命じる須賀京太郎は静かなものだった。全くぶれがない。地獄で誓った通り、やり遂げるつもりである。

須賀京太郎の静かな命令を受けてハチ子がうなずいた。満面の笑みを浮かべていた。綺麗な笑顔だった。しかし若干邪悪だった。

というのも亡霊と獣と神を支配する蠱毒の王・須賀京太郎が目の前にいる。

「これが自分の王なのだ。ナグルファルを導く……私たちだけの偉大な王」

この気持ちが邪念を生んでいた。そうして満面の笑みを浮かべたハチ子であるが、すぐに不機嫌な顔に戻った。緩んだ心を引き締めたのだ。

そして命令を受けてから数秒後軽く一礼してレストランから姿を消した。ハチ子が姿を消すと、須賀京太郎に姉帯豊音が質問をした。不安げだった。

ハチ子の笑顔が不安にさせていた。彼女はこう言っていた。

「大丈夫? あの……」

須賀京太郎は答えた。ハチ子の邪念に気付いていたが自然体だった。心は乱れていない。まったく大した問題でない。

問題があるとすれば目の前にいる姉帯豊音の心が乱れていることだけ。須賀京太郎はこういった。

「ご飯が終わったら、未来に会いに行きましょうか。

 姉帯……じゃない、豊音がいないと愚図るんですよ」

すると姉帯豊音が小さく笑った。そして肯いた。須賀京太郎らしい気遣いだった。そんな二人を見て周囲の人々がお似合いだと思った。

若干、尻に敷かれそうな雰囲気を須賀京太郎が放っているのも、いい具合にかみ合っていた。夏の暑い日、何事もない昼過ぎのこと。

ヤタガラス達の生活にも日常が戻ってきていた。

381: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:43:34.45 ID:4+RubV0x0
 エピローグ 

 龍門渕の別館に染谷まこが到着してから四時間後天江衣が語り終わっていた、この時の天江衣たちの様子について書いていく。

それはそろそろ午後三時というところ。一夜の間に起きた長い話を天江衣が語り終えた。語り終えた天江衣はひどい状態であった。

ふかふかの絨毯に寝転がりつつ、亡者のように呻いていた。可愛らしい声も今は失われてガラガラだ。そんな天江衣に負けないのがアンヘルとソックである。

天江衣の話にチョイチョイ割って入って補足説明をしていた二人である。それなりに疲労していた。

そうして三人と同じくらい苦しそうなのが染谷まこであった。口はほとんど開いていないのだが、話をまじめに聞いていたため、疲労がたまっていた。

夢物語であれば話半分に聞けるのだ。しかし自分の後輩が駆け抜けた旅路で被害を受けた染谷まこである。真剣に聞いた。

そんな少女たちから少し離れたところで背の高い女性ヘルが椅子に座ってくつろいでいた。

ヘルの前には豪華なテーブルがあり、テーブルの上には昼ごはんが用意されていた。デザートまである。ナグルファルのまとめ役の一人梅さんが用意したものであった。

 二代目葛葉狂死の事件を語り終わった直後天江衣が口を開いた、この時に天江衣が語ったことについて書いていく。

それはようやく話が終わったとみんながほっとしている時のことである。亡者のように呻いていた天江衣がこんなことを言った。

「さぁ、話は聞いたな。それでは私の宿題を手伝ってもらおうか。

 京太郎たちの頑張りでどうにか事件は収束に向かったが、事後処理の仕事が残っていてな……夏休みの宿題をする余裕がなかったのだ」

この時の天江衣は見た目が可愛いだけの亡者だ。どうにか話術で染谷まこを言いくるめて自分のお願いをきかせようとたくらむ地獄の亡者だった。

長い時間話をして疲労している。その上、腹も減っている。人の手を借りねば気持ちがおさまらなかった。効率の問題ではない。意地の問題である。

ダメな高校生だった。

 天江衣が亡者化して十秒後、染谷まこが答えた、この時の染谷まこの答えと天江衣の反応について書いていく。

それは染谷まこに宿題を肩代わりしてもらおうと天江衣が企んでいる時のことである。天江衣と同じくらい疲労している染谷まこがこう言った。

「まぁ、そこまで頑張ったんなら、宿題の一つくらいは手伝ってやってもええかな……じゃが、あんまり長くは手伝えんぞ。

 わしも明日から学校じゃけぇな」

この時の染谷まこは非常に優しかった。天江衣が語って聞かせた話を真摯に受け止めて、敬っていた。またキラキラと輝いていた。

非常に難しい仕事を成し遂げたヤタガラスとその構成員たちをいたわる気持ちが表情に輝きを生んだ。この輝きは美しく、清らかだった。

そんな染谷まこを見て天江衣がうめき声をあげた。完全に亡者のうめき声であった。当然である。やましいところが山ほどあるのだ。浄化されそうだった。

そうしてうめき声をあげた天江衣は絨毯の上で悶えた。顔を手で押さえて、ごろごろ転がった。

ジャージがめくれて腹が出ていたがまったく気にせずもだえ苦しんだ。正直に告白したかった。

「仕事自体はすぐに終わりました。ナグルファルとオロチが手伝ってくれたんで速攻終わりました。

 夏休みのほとんどはゲームで遊んだりマンガ読んだりアニメ見たりしてました。宿題は終わったと思っていたのです。

 センター試験の過去問なんてすっかり忘れてました。だって大学受験なんて考えていませんもの。多分無意識に排除していたのでしょうね」

しかし告白できなかった。染谷まこ以外に手伝ってくれそうな関係者がいないのだ。龍門渕の関係者にお願いしようものなら即座に実家に連絡が飛ぶ。

ナグルファルとアンヘルとソックは見て見ぬふりをしてくれるが、それでも梅さんの視線は厳しくいつ須賀京太郎に告げ口されるかわからない。

となって、一人で宿題が終わるかといえば、絶対に無理で力が必要だった。そして天江衣はもだえ苦しむのだ。

普段ならポーカーフェイスで押し切れるが、本日は脳みそが疲労しハイになっている。そのため何時もより一層残念な少女になっていた。

382: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:46:34.24 ID:4+RubV0x0

 天江衣が罪の意識で悶えていると別館に須賀京太郎と美しい少女が現れた、この時の須賀京太郎と染谷まこの会話について書いていく。

それは天江衣が罪悪感に耐えかねて絨毯の上で悶えている時のことである。天江衣の別館に須賀京太郎が現れた。

数時間前と同じく黒地のスリーピース・スーツを身に着けて、いかにも好青年といった具合である。

そんな須賀京太郎の斜め後ろにナグルファルが販売しているバトルスーツ風のワンピースを着た美しい少女が立っていた。

年齢は十代後半で、びっくりするくらい整っていた。笑顔がかわいらしい少女で、ハチ子によく似ていた。

そうして須賀京太郎と美しい少女が現れると、染谷まこが一番に話しかけた。

「話は全部聞いたぞ京太郎。

 とんでもない冒険を繰り広げたっちゅーのなら男前になるのもうなずける。

 いや、もう京太郎とは気軽に呼べんな。三代目葛葉狂死と呼んだ方がええか?」

すると須賀京太郎はすぐに答えた。

「いやいや先輩。いつも通り名前を呼んでくださいよ」

この時の須賀京太郎はとても嬉しそうだった。過去の自分をよく知っている染谷まこに成長をほめられるとただ嬉しかった。

そんな須賀京太郎を見て染谷まこはこういっていた。

「ホンマにええんか? わしは何の地位も持たん一般人じゃ。変に馴れ馴れしくしたら、京太郎が困るんじゃねぇか?」

すると須賀京太郎は首を横に振ってこういった。

「何言ってんっすか。そんなこと気にしないでいいんですって。

 そもそも俺の名前はこれから完全に消えていきますから、出来れば憶えていてほしいっていうか」

このように須賀京太郎が語ると染谷まこは悲しげな顔をした。寂しいことを言うからである。しかし押さえた。

須賀京太郎の頑張りを無駄にする気はなかった。そんな染谷まこはこういった。

「そうじゃな……ヤタガラスの幹部になって、ナグルファルの王様になって、もう普通には生きられんわな。

 名前が消えるっちゅーのは、わし等を守るためか? 天江が言うておったが、わし等が京太郎の弱点なんじゃろう?」

すると須賀京太郎は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。周囲の人たちに迷惑をかけるのが心苦しかった。そんな須賀京太郎は申し訳なさそうにこういった。

「すみません先輩。これからは先輩に護衛をつけさせてください。俺の家族にも友人にも護衛を隠してつけています。

 当然ですが先輩に護衛をつけないというわけにはいきません。

先輩は特に微妙な立場にありますから、葦原の中つ国の塞の神・オロチに直接護衛を頼んであります」

これに染谷まこが笑って答えた。

「そんなかしこまらんでええよ。むしろありがとうの気持ちしかねぇわ」

すると須賀京太郎がほっとしていた。罵倒されたり嫌味を言われる覚悟があったからだ。そんな須賀京太郎に染谷まこはこんなことを言っていた。

「あぁ、そうじゃ。言い忘れておった」

すると須賀京太郎が動きを止めた。何かなと思った。そうしていると須賀京太郎をまっすぐ見つめて染谷まこがこう言った。

「守ってくれてありがとう。この世界でもう一度出会えたことを本当にうれしく思います」

らしくない口調だった。しょうがないことだ。緊張していたのだ。しかし言いたいことは伝わっていた。

 染谷まこの感謝の言葉の直後須賀京太郎の動きが止まった、この時に須賀京太郎の動きが止まった理由について書いていく。

それは染谷まこのストレートな言葉が届いた時のことである。余裕を保っていた須賀京太郎が急に天を仰いだ。そしてそのまま動かなくなった。

軽く両手がゆらゆらと揺れているので、意識はある。しかし天を仰いだまま動けなかった。声も出せない。言うまでもなく染谷まこである。

染谷まこのたった一言の感謝の言葉、これが須賀京太郎の胸を打っていた。染谷まこの感謝の言葉に特別な力は一切ない。

魔力がこもっているわけでも特殊なテクニックが詰まっているわけでもない。ただの感謝の言葉があっただけである。しかし須賀京太郎には十分だった。

なにせ感謝の言葉に慣れていない。ヤタガラスに入り数か月、たくさんの任務をこなしてきた須賀京太郎である。

しかしその任務で「ありがとう」と言われることはない。

なぜなら須賀京太郎が駆り出される場面は常に戦いの現場であり、被害が起きた後であり、どうしようもない悲しみが生まれた後だから。

383: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:49:09.86 ID:4+RubV0x0

たとえ完璧に仕事をこなしたところで感謝の言葉などあるわけもなく、魔人だと分かればそれだけで距離をとられる。

もちろん感謝されるために任務に赴いているわけではない。それは須賀京太郎の頭の中に何時もあった。それでよいと割り切っていた。

二代目葛葉狂死の事件でさえ

「自分がやるべきだと思ったからやった。それ以外の理由はない」

と答えるだろうし、それが真実と胸を張る。実際その通りである。しかし、須賀京太郎が何を考えていようと、心は疲弊する。どんな靴でも歩けば削れる。

二代目葛葉狂死を斃し、幹部を粛清し、今まで休まず動いた須賀京太郎である。染谷まこの感謝の言葉は非常に効いた。

天を仰いで動けなくするくらい簡単だった。

 天を仰いで十秒後須賀京太郎が別館から出ていった、この時に須賀京太郎が行ったお願いについて書いていく。

それは感謝の言葉が須賀京太郎の胸に突き刺さって十秒後のことである。天を仰いでいた須賀京太郎がこう言った。

「あの……ちょっとトイレに行ってきます。

 すみませんけど衣さん。アゲハさんについて説明をお願いします。
 
 申し訳ありません先輩。ちょっと時間を下さい」

この時の須賀京太郎はどうにかこらえている状態だった。声は震えているし、鼻声だ。そんな須賀京太郎のお願いに天江衣がすぐにうなずいた。

そしてこういった。

「おう、行って来い」

力強い声だった。ハギヨシとディーを見ている天江衣である。自分以外に頼れるものがない退魔士の孤独を承知していた。

承知しているからこそ須賀京太郎にとっての日常である染谷まこの一言が染みると理解できた。

そして理解できていたからこそ、茶化しもせずにさっさと行かせた。そういうものだと先達たちを見て学んでいた。

そうして須賀京太郎は天江衣たちに染谷まこを任せて別館から姿を消した。

 須賀京太郎が姿を消した後アゲハと呼ばれた女性の説明を天江衣が行った、この時に行われたアゲハの説明について書いていく。

それは須賀京太郎が姿を消して三十秒後のことだった。天江衣がアゲハの説明を軽く行った。天江衣はこういっていた。

「前に話したと思うが、京太郎の影武者候補のアゲハだ。インターハイに行くときにちょっと話をしたよな。

 夏休みが終わったら京太郎のかわりにアゲハが影武者として潜入する。二代目葛葉狂死や京太郎とは別方向の

『変化』

が使える。早い話が擬態だが、よほどのことがない限りばれないだろう。

 染谷にはアゲハのサポートをしてほしい。積極的にする必要はないぞ。口裏合わせをしてくれるだけでいい。あとはこっちでどうにかするからな。

 アゲハ、何か言いたいことがあるなら言っておけよ」

天江衣に話しかけられた時アゲハの顔が少し怖くなった。いかにも不機嫌そうな顔で、かわいらしさが失せている。天江衣に苛立ったわけではない。

演技をやめただけである。そんな不機嫌な顔だがハチ子にそっくりだった。これを見て天江衣がびくついた。急にアゲハの顔が怖くなったからである。

そうして怖い顔になったアゲハがこう言っていた。

384: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 19:52:30.46 ID:4+RubV0x0

「特に報告すべき問題はありません。

 三代目葛葉狂死様の影武者を精一杯務めさせていただきます。

 染谷様、アゲハと申します。未熟者ですが精一杯努めますのでご協力お願いいたします」

すると染谷まこがこう言った。

「こちらこそよろしくお願いします。

 つかぬことお伺いしますが、アゲハさんはハチ子さんとご家族かなにかで? 顔がそっくりじゃけど」

これにアゲハが微笑みで返した。幸せそうだった。そしてはっきりと答えた。

「……母です」

すると椅子に座ってお茶を楽しんでいたヘルが咳き込んだ。十年近く地獄で過ごしたハチ子であるが、娘がいるとは知らなかった。

一度もそんな話をしてくれなかったからだ。ただ、納得もしていた。最近妙に機嫌がいいハチ子がいたのだ。合点がいっていた。

 アゲハの自己紹介が終わった後ようやく天江衣の課題が始まった、この時に手伝ってくれたメンバーとその頑張り具合について書いて終わりにする。

それは須賀京太郎が姿を消してから十分後のことである。天江衣の別館が静かになっていた。聞こえるのは時計の音と、シャーペンが走る音だけである。

シャーペンを動かしているのは天江衣にアンヘルとソック。染谷まこにヘル。そして台所で洗い物をしていた梅さんと、勢いで参加することになったアゲハ。

本来なら手伝う義理のないアゲハまで手伝っているのは天江衣が

「ハチ子の仕事が終わるまで暇だろう?」

といって引きずり込んだ結果である。梅さんとヘルが手伝っているのは特に理由がない。あえて理由を挙げるとすれば知的好奇心となるだろう。

生前から勉強熱心な梅さんとロキの気質を継いでいるヘルである。ちょっと腕試し程度の気持ちでプリントの束に挑んでいた。

センター試験仕様の宿題であるから、マークシートを塗りつぶすだけでいいのもハードルを下げていた。

となって分厚いプリントの束はあっという間に消化されていって、一時間ほどで完全に終了した。

最後の最後まで頑張っていたのは染谷まこで、一番素早く終えたのが天江衣だった。速度の差はやる気の差である。

マークシート形式のいいところと悪いところがバッチリあらわれていた。宿題が終わった後、天江衣たちは別館でゆったり過ごした。

夏休み終了まであと数時間、問題は解決され穏やかだった。しかし問題への取り組み方で未来は激変する。問題を解決することで生まれる問題もある。

それはヤタガラスも須賀京太郎も天江衣も同じだった。


京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」 お終い。

387: ◆hSU3iHKACOC4 2016/10/08(土) 20:38:36.71 ID:4+RubV0x0
 補足説明(ネタバレ)

 話の都合上削った部分をざっくり箇条書きにしておきます。

 一 葛葉流退魔術についてソックが曖昧な対応をした理由

 (マグネタイト操作を難しくしている原因が京太郎の心臓だと見抜いているから。

 ロキたちのことを知っているソックはもしもバルドルが現れた時の切り札にしようとしていた。

魔人と共に生まれた金属とも植物とも動物ともいえない心臓は最高の武器になると考えていた)

 二 冒頭で京太郎が叱られていた理由。

(情報操作が間に合わないレベルの惨劇を起こしたから。姉帯さんと出会ったとき、タクシーの運転手さんがしたお話の実行者が京太郎。

 タクシーの運転手さんが気遣っていたのは姉帯さんではなく京太郎。京太郎が暴いた事件の内容を知っているのでためらった。

捜査完遂というのは顧客情報から卸先まで完全に暴いたうえ、メシアとガイアを恐慌状態に叩き落としたから)

 三 姉帯さんがオロチに選ばれた理由。

(大慈悲の守護者がオロチをそそのかした。大慈悲の守護者とは姉帯さんがまっしゅろしゅろすけと呼ぶ存在のこと。京太郎の前に現れた修行僧のお爺さん。おじいさんは少女に提案された。少女は大慈悲の守護者ではない)

 四 シギュンが京太郎を選んだ理由

(姉帯さんと同様、大慈悲の守護者と少女からの提案。大慈悲の守護者が操る力とシギュンの力が同じソースから生まれているので可能だった)
 
 五 ハチ子の本名 

 (実験体八号 ハチ子と命名したのはヘル。神と人のハーフ。娘と一緒に逃亡したが呪いによって死亡)

 六 梅さんがやたら優しい理由

 (京太郎が惨劇を起こした孤児院の初代理事長。二代目理事長によって殺されてから怨霊となっていた。

須賀京太郎によって被害を受けていた孤児たちが救われたのを見ているので、やたらと優しい)

 七 霊的決戦兵器ニャルラトホテプ

 (六年前に起きた九頭竜事件の残党)

 八 アンヘルの正体

 (ゾロアスター教の善神アムルタートと悪神ザリチュの化身。
 
 中東で呼び出されて日本まで逃げてきた。二代目葛葉狂死によってとらえられ罰として人形(霊的決戦兵器の実験体)に詰められていた。

京太郎に火属性が現れたのはアンヘルと混じったため。雷はソック。京太郎本来の才能は身体操作だけ)

 九 撫子真白ことディーがすこやんに命を狙われている理由

(ハギヨシとディーが前世からの因縁で結ばれているから。正確には九頭竜との決戦でハギヨシがディーのことを相棒と呼んで、すこやんを省いたのが原因)

 十 ハギヨシとディーの関係。

(六年前に再開した幼馴染。九頭竜事件に巻き込まれた二人は人為的にペルソナ能力を身に着ける。この時フィレモンと出会い前世の自分を宿す。
 
 現在の二人はペルソナ能力を持っていない。九頭竜事件の果てに因縁を越えた結果)
 
  
 十一 京太郎がメシアとガイアにやたら厳しい理由。

 (孤児院の事件が尾を引いている。孤児院の経営が良くなったのは全うとは到底呼べない方法で金を稼いでいるから。

老人アルスランが色仕掛けをするなと忠告していたが、色仕掛けをしたら物語冒頭で京太郎が起こした惨劇が確実に起きていた)

 十二 バルドルは死んでいない。天国もあきらめていない。

 
 
 以上です。 また、ここで よろしくお願いします。

引用元: 京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」