1: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:13:21 ID:qY3WErK7e

勇者「あの、そのぉ……」

村人「ん? もしかして俺に話しかけてんのか?」

勇者「ぁ、そうです。はい」

村人「見かけねえ顔だな。なんか俺に用でもあんの?」

勇者「……あるんです」

村人「はい?」

勇者「あの、だから……あるんですよ」

村人「なにが?」

勇者「えっと……聞きたい、こと、ですかね? あはは……」

3: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:18:34 ID:qY3WErK7e

村人「聞きたいことって? 具体的に言ってくれよ」

勇者「あっ! そ、その、わ、忘れちゃいました」

村人「は?」

勇者「……な、なに、聞こうとしたか」

村人「兄ちゃん。俺も暇じゃないんだわ、こう見えてもな」

勇者「……そう、ですよねえ」

村人「おう」

勇者「あ、あはは」

村人「笑ってんじゃねえよ」

勇者「……はい」

村人「次からは人に質問するときは、頭ん中でまとめてからにしな」


勇者(行っちゃった……)

6: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:23:56 ID:qY3WErK7e

勇者「……クソが」

勇者(誰に向かって口聞いてると思ってんだ!)

勇者(なんなんだよ、あの中年小太りオヤジがっ!)

勇者(ムダに鼻油でテカテカのくせにっ!)

勇者(こっちがなけなしの勇気振り絞ってんのによおっ!)

勇者(もうすこし優しくしてくれてもいいだろうがっ!)

勇者(ていうか見知らぬ人間が困ってたら、助けようと思うだろ!)

勇者(それが人情ってもんだろうが!)


女の子「お兄さんジャマ。そこどいて」

勇者「ぁ、はい」

8: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:28:44 ID:qY3WErK7e

勇者(しかし、なぜ俺はこうも人との交流が下手なんだろうか)

勇者(理由がまったくわからない)

勇者(気づいたら、こうなっていた)

勇者(幼少のころから、勇者としてまじめに修行してきただけなのになあ)


勇者(たとえば、定食屋に行けば――)

店員『おかわり自由だからね! いっぱい食べてね!」

勇者『……』

勇者(おかわりって言えない……)

11: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:33:51 ID:qY3WErK7e

勇者(かわいいお姉さんとお酒飲める店行っても――)


お姉さん『お兄さんって、普段はなにしてる人なの?』

勇者『ぁ、そ、その……』

お姉さん『やだー緊張してるの? かわいーいー』

勇者『ち、ちがっ……そのぅ……』

お姉さん『で、お兄さんの職業は?』

勇者『ゅ…………ひっ……はあはあ……!』

お姉さん『ちょっとお兄さん!? しっかりして!』


勇者(緊張のあまり、過呼吸でぶっ倒れて教会に送られる始末)

13: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:40:14 ID:qY3WErK7e

勇者(道具屋で装備品を買おうとしたときも――)


勇者『ちょっと裾が長いな……』

勇者『サイズを調整したほうがいいかも』

勇者『でも……』


店員『お客さん、これなんてどうです?』

客『いいね。おたくの店、なかなかの物を揃えてんね』

店員『でしょう? これなんかもどうです?』

客『おおっ!』

勇者『……』



勇者(結局サイズ直しもせずに出てきてしまうし)

14: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:49:22 ID:qY3WErK7e

勇者「旅ってつらいなあ」

魔法使い「なにブツブツ言ってんの?」

勇者「うわあぁ!?」

魔法使い「そんなに驚かなくてもいいじゃない」

勇者「きゅ、急に! は、話しかけないでくださいよ……」

魔法使い「はいはい。これからは気をつけるね」


勇者(コイツは魔法使い。国の推薦を受けるほどに優秀な術者)

勇者(魔王をたおす旅の俺のお供のひとり)

勇者(つい最近知り合った。もちろんいまだに打ち解けていない)

17: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)22:56:03 ID:qY3WErK7e

魔法使い「そんなことより。きちんと情報収集してるの?」

勇者「……いちおう」

魔法使い「いちおうってなによ?」

勇者「ま、魔法使いさんも知ってますよね?」

勇者「ボクが、極度の人見知りだってこと」

魔法使い「もちろん知ってるよ」

勇者「じゃあ……」

魔法使い「でも勇者が言ったんだよ?」

魔法使い「手分けして情報収集しようって」


勇者(それはお前らとずっと一緒にいて、気が休まらないから言ったんだよ!)

19: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)23:04:00 ID:qY3WErK7e

勇者(この旅というのは、たえず他人と行動せにゃならん)

勇者(おかげでたえず神経張ってなきゃ行けなくて疲れる)

勇者(ひとりの時間がないと、とてもやっていけない)

勇者(ていうかなんで俺って、ひとりで旅してないんだろ)

勇者(いや、そりゃあひとりで冒険なんて無理だけどさ)


勇者(……そもそもこれも魔王がすべて悪い)

勇者(そう。魔王が姫様をさらった。それがすべてのはじまりだった)

21: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)23:15:52 ID:qY3WErK7e

勇者(巧妙に姫のいる城に侵入した魔王と俺は対峙した)

勇者(実力は魔王のほうが上だった)

勇者(でも、こっちには仲間がたくさんいたから戦いを有利に進められた)

勇者(まあ最後にはスキをつかれ、逃げられたんだけど)

勇者(しかも姫様までさらわれた)


勇者(魔王との戦いでかなりの傷を負った俺)

勇者(だけど、まだこの時点ではマシだった)

勇者(問題は姫様がさらわれたあと)


勇者(よりによって俺が責任を追求された)

23: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)23:20:36 ID:qY3WErK7e

姫がさらわれたあとの会議


えらい人A『ぶっちゃけ誰が悪いのよ?』

えらい人B『警備兵の采配は君がしてたんでしょ?』

えらい人C『え? 私が悪いの?』

えらい人D『じゃあほかに誰に非があるんだよ?』

えらい人E『まず姫の避難が遅かったのが問題じゃね?』

えらい人F『ていうか、勇者が魔王を追っ払ってばよかったんじゃね?』


勇者『……え?』


えらい人G『あーうん。そんな気がするわ』


勇者『ふぇ?』

24: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)23:26:05 ID:qY3WErK7e

えらい人H『あのさあ。勝てないんなら逃げろよ』

勇者『あ、いや、でも……』

えらい人I『なに? 反論があるならはっきり言いなさいよ』

勇者『あー、そのぉ……』

えらい人J『うん、悪いのは君だよ。責任はきちんととろうね』

勇者『そ、そんな……』



勇者(だいたいこんな感じの流れで、気づいたら全部俺のせいになってた)

勇者(こうして、ほか3人の仲間と旅に出ることになってしまった)

勇者(権力の前に、俺の人生をかけて鍛えた剣術は全く役に立たなかった)

26: 名無しさん@おーぷん 2014/09/03(水)23:38:06 ID:qY3WErK7e

勇者「『はい』か『いいえ』だけで会話が成立すればいいのに」

魔法使い「そんなの無理に決まってるでしょ」

勇者「はい」

魔法使い「とりあえず、みんなと合流する?」

勇者「いいえ」

魔法使い「きちんと会話しなさい」

勇者「……すみません」


勇者(この寸胴ボディ女が! えらそうな口を!)

勇者(王様直々の指名だからって調子にのんなよっ!)

30: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:01:29 ID:pdk2DUuBO

魔法使い「よし。じゃあ戦士と僧侶と合流しよっか」

勇者「……」


勇者(せめてもうすこしだけ、ひとりの時間がほしい)

勇者(だいたい戦士と僧侶はもっと苦手だし)


勇者「すみません、道具屋に行ってきます」

魔法使い「なんでよ!? ていうか待ちなさいよ!」

勇者「待ちませーん」

勇者(ひとりこそが俺にとっては幸せなのだ!)

勇者「フハハハハハハ」

32: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:06:40 ID:pdk2DUuBO

そして十分後



道具屋「いやあ、この道具とかどうですか?」

勇者「ぁ、いや……」

道具屋「遠慮しないでくださいよ。
    なんなら、この店限定のとっておきをお出ししますよ?」

勇者「その……べつに、あの……」


勇者(最悪だ。道具屋につかまった)


道具屋「まあとにかく、一個ぐらいなにか買っていってくださいよ!」

勇者(仕方ない。てきとうに道具を買ってさっさとずらかろう)

33: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:11:10 ID:pdk2DUuBO

勇者(薬草でも買ってくか?)

勇者(しかし金銭的に、そんな余裕はないもんな)

勇者(余ったお金はこっそり貯金しておきたいしなあ)

勇者(俺の将来の夢のためにも)


道具屋「お客さん」

勇者「はい?」

道具屋「今アンタ、うちの商品盗んだろ?」

勇者「え?」

道具屋「はっきり見てたよ、悪いけどね」

勇者「な、ななな……な、なにを……!?」

35: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:20:30 ID:pdk2DUuBO

道具屋「好青年かと思ったら、まさかだったなあ」


勇者(盗んでねえよバーカ! どこに目ぇつけてんだ!?)

勇者(だいたい盗みたいとも思わんわ、こんなホコリ臭い店の商品なんて)


道具屋「あ? なんだその目は?」

勇者「あ、あなたの……か、勘違いかと……」

道具屋「勘違い? 俺の?」

勇者「はい」

道具屋「盗人猛々しいとはこのことか! はっきりと盗んだろうが!」

道具屋「ほら、これを見てみろ!」

勇者「!」


勇者(俺のポケットに、小型ナイフが!?)

36: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:24:52 ID:pdk2DUuBO

勇者「な、なにかの、まちがいです……たぶん」

道具屋「まちがい犯したヤツがなに言ってやがんだ!」

勇者「そ、そんなあ!」

道具屋「とりあえずこっちに来い!」


勇者(そして俺は見知らぬ道具屋に無実の罪で捕まった)

勇者(しかもなぜか地下牢に突っこまれちゃうっていうね)

38: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:32:06 ID:pdk2DUuBO

道具屋「ここで大人しくしてろ!」

勇者「はい」




勇者(冗談じゃねえ! なんで勇者である俺が捕まってんだよ!?)

勇者(あのオッサンをボコボコにして逃げるべきだったか?)

勇者(ていうか。どうして俺のポッケにナイフなんて入ってたんだ?)

勇者(あのクソ道具屋め、ハメやがったか?)

勇者「……」

勇者(いや、でもここって落ち着くなあ)

勇者(人々の喧騒から離れた、静寂に満ちたひんやりとした空間)

勇者(このままここで貝になりたい)

41: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:40:25 ID:pdk2DUuBO

一方、魔王城では



姫「どうして私を誘拐したの?」

魔王「……」

姫「……」

魔王「……」

姫「質問を変えるわ。どうして私を殺さないの?」

魔王「……」

姫「ていうか」


姫「遠くない!? 遠すぎてあなたが全然見えないんだけど!」

姫「なんで私とあなたの距離、こんなにあるの!?」

42: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:44:52 ID:pdk2DUuBO

側近「魔王さまは大変シャイな方で、誰かと目をあわせるのが苦手なのだ」

側近「たとえそれが、貴様のような有象無象でもな」

魔王「うむ」

姫「なによそれ。うちの勇者と同じだなんて」

側近「あんなものと魔王さまを一緒にするな!」


姫(そういえば、勇者と魔王って……)

44: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)00:48:50 ID:pdk2DUuBO

勇者『!』

魔王『!!』

勇者『!?』

魔王『……!』


姫(お互いに一言も口をきかなかったけど、そういうことだったのね)



側近「そういうことだ! 理解したのならもう質問するな!」

魔王「うむ」

姫(どうでもいいけどあの側近、声ガラガラね)

55: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/05(金)15:08:24 ID:vKhxeytlD

姫(誘拐されてからもう二週間以上がたつ)

姫(さらわれた当初は、ショックと恐怖でパニックになってたけど)

姫(城で生活していたときと大差ない待遇と)

姫(時間の経過のせいで、この状況にも慣れてしまった)

姫(でもこのままじゃダメ)

姫(なんとかこの状況を打開しないと!)

56: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)15:10:05 ID:vKhxeytlD

姫「あなたたちは、なにが目的でこんなことをするの?」

姫「城を襲撃して私を誘拐したと思ったら、一転して今度は要塞に閉じこもる」

姫「狙いはなに?」

側近「口を慎めと言ってるのがわからんのか!?」

側近「魔王様は極度の人見知りなのだぞ!」

魔王「うむ」

姫「魔王が人見知りしてどうするのよ」

57: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)15:13:34 ID:vKhxeytlD

側近「人間ごときがそもそも、魔王様と対面することが……」

魔王「おい」

側近「はい?」

魔王「二度とさように失敬なことを申すな」

側近「も、申しわけございません」

魔王「卿は退室しろ。あとは余ひとりで十分だ」

側近「し、しかし」

魔王「余はひとりでいいと申したはずだが。なにか不服なことでも?」

側近「……いいえ。かしこまりました」


姫(自分の部下とは普通に話せるのね)

58: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)15:15:58 ID:vKhxeytlD

姫(側近がいなくなって、私と魔王だけになった)


姫「……」

魔王「……」

姫「……」

魔王「……」


姫(かれこれ沈黙が五分以上続いてるのだけど)

姫(遠すぎて魔王の表情はうかがえない)

姫(交流が苦手な人ってこういうとき、なにを考えてるのかしら)

59: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)15:38:06 ID:vKhxeytlD




勇者(よく会話はキャッチボールにたとえられるけど)

勇者(個人的にはジェンガのほうがしっくり来る)

勇者(普通の人間は、ジェンガのように会話の土台があるわけだ)

勇者(会話の土台、つまり言葉だな)

勇者(その土台から言葉を引っぱってきて、どんどん重ねてくわけだ)

勇者(それで会話が成立する)

勇者(でも俺のような人間は、他人と対面した瞬間にその土台を失うわけだ)

勇者(もし奇跡的に会話が続いても、とちゅうで土台がなくなって崩壊する)

勇者(失言でタワーを崩すパターンもあるな)

勇者(そう考えるとやっぱりすばらしいな、ひとりって)

61: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)16:13:40 ID:vKhxeytlD

勇者(ひとりでいりゃ、傷つくことも気疲れもしない)


魔法使い「すごい気の抜けた顔してるね」


勇者(あと牢屋の壁ってひんやりしててキモチイイ)


魔法使い「おーい」

勇者(あれ? なんで魔法使いがいるんだ?)

魔法使い「急に渋い顔になったわね」

勇者(当たり前だろうが。人がうとうとして気分よくなってるときに)

勇者(ストレスの原因が来て、気分が悪くならないわけがない)


魔法使い「ていうかしゃべりなさいよっ!」

勇者「ぬわぁっ!?」

62: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)17:17:52 ID:vKhxeytlD

勇者「な、なななぜ魔法使いが……!?」

魔法使い「追いかけてきたに決まってるでしょ」

魔法使い「なのに。道具屋に入ったら勇者がいないんだもん」

勇者「はあ」

魔法使い「それで道具屋のおじさんを問いつめたわけ」


勇者(まさか、俺が盗みをしたと吹きこまれてないよな)


魔法使い「安心して。勇者がハメられたことはわかってる」

勇者「?」

魔法使い「ですよね、おじさん?」

道具屋「……」

63: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)17:19:16 ID:vKhxeytlD

勇者(なんでオッサンは俺に無実の罪を着せようとしたんだ?)


道具屋「こうするしかほかに方法がなかったんだ……!」


勇者(それでわかるわけねえだろ! 事情を説明しろ! 事情を!)

勇者(ていうかまず謝れ! 地面にひたいをこすりつけて! 全力で!)


魔法使い「なにか事情があるんですよね?」

道具屋「……されたんだ」

魔法使い「え?」

道具屋「誘拐されたんだ……俺の娘が」

魔法使い「誘拐?」

道具屋「……ああ」

67: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)21:32:50 ID:qK95PMmVa

勇者(オッサンの話をまとめるとこんな感じ)


勇者(数日前のこと)

勇者(オッサンは道具の調達のために隣の街に行ってたらしい)


勇者(その帰りにばったり魔物と遭遇した)


勇者(で、そいつは言った)

勇者(『おまえの娘はあずかった。返してほしければこちらの要求をきけ』と)


勇者(家に戻って確認したところ、娘さんは実際に誘拐されていた)

勇者(そしてオッサンは、魔物に従わざるをえない状況になった)

68: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)21:44:55 ID:qK95PMmVa

魔法使い「その魔物の要求が、勇者をとらえることだったんですね」

道具屋「ああ。それでこれが人相書きだ」

勇者「……」


勇者(これ描いたヤツやるな。俺だって一発でわかる)


魔法使い「どう思う?」

勇者「えっとまあ……そういうことですかね。あはは」

魔法使い「もうっ。それじゃわかんないよ」


勇者(うるせえ。聞くまでもないだろうが)

勇者(そいつの狙いは明らかに俺だ)

69: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)22:08:05 ID:qK95PMmVa

道具屋「たのむ! 俺の娘をすくってくれっ!」

道具屋「牢屋にぶちこむなんて仕打ちしておいて、都合よすぎるかもしれんが……」

勇者「ぁ、はい……わかりました」

道具屋「ほ、本当か!? 娘を助けてくれるのか!?」

勇者「はい」

道具屋「ありがとう! この礼は必ず!」


少年「なにやってんだよ、父ちゃん……」


道具屋「なんでおまえが村にいるんだ!?」


勇者(ガキんちょ……このオッサンの息子か)

70: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)22:11:14 ID:qK95PMmVa

道具屋「今は村には帰ってくるなって、あれほど言っただろうが!」

少年「そんなことどうでもいいだろ」

少年「あいつを赤の他人に助けてもらおうとするなんて……見損なったよ」


魔法使い「お、落ち着いてください! 
     今は言い争いしてる場合じゃないです!」


道具屋「……」

少年「……」

魔法使い「とにかく今は娘さんを助ける。それだけを考えましょ? ね?」

少年「……っ! くそっ!」

道具屋「おい!? どこへ行くんだ!?」

72: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)22:38:24 ID:qK95PMmVa

勇者(店を飛び出したガキんちょを追って、オッサンまでいなくなってしまった)


魔法使い「娘さんを助ける話、えらくあっさりと引き受けたね」

勇者「はい」

魔法使い「さすが勇者。見直したよ!」

勇者「はい」

魔法使い「……ねえ。てきとうに聞き流してない、私の話」

勇者「いいえ」

73: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)22:40:42 ID:qK95PMmVa

魔法使い「勇者って『はい』と『いいえ』だけは妙に流暢だね」

魔法使い「普通にしゃべると絶対にどもるのに」


勇者(それ実は俺も思ってた)


魔法使い「……私ね、冒険譚を読むのが好きなの。『冒険の書』とかね」

勇者(なんだ急に?)


魔法使い「そういうのでときどきあるんだけど」

魔法使い「ひねくれ者の勇者が、依頼を最初に突っぱねるって展開がよくあるんだよね」


勇者(あー、ちょうど今の俺みたいな状況で起こるヤツね)

魔法使い「まあ結局最後は、文句を言いながらも引き受けるんだけどね」

74: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)22:47:11 ID:qK95PMmVa

魔法使い「てっきり勇者もそういうタイプかと思ってた」

勇者「……あはは」


勇者(時間と金をムダにするのはキライだ。それが茶番でなら、なおさら)

勇者(どうせやるならさっさとやる)

勇者(それが俺のモットー)


魔法使い「とりあえず二人が戻ってくるまで待つしかないね」

勇者「はい」

魔法使い「『はい』以外も言ってよね、たまには」

勇者「いいえ」

魔法使い「……はあ」

77: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)23:14:16 ID:qK95PMmVa

数時間後


魔法使い「じゃあ最後に。もう一度確認します」

魔法使い「例の魔物の指示通り、勇者に指定された洞窟に行ってもらう」

魔法使い「行くのは勇者ひとりだけ」

魔法使い「……ここまであってますか?」

道具屋「ああ。そして娘はその洞窟にいるはずなんだ」

道具屋「魔物が真実を語っていれば、だが」

魔法使い「大丈夫ですよっ。娘さんは絶対に助け出します!」

魔法使い「それに勇者は口のかわりに腕がたつので。ねっ?」


勇者(とりあえずうなずいておこう)

78: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)23:19:46 ID:qK95PMmVa

勇者「えっとじゃあ、そろそろ行きます……」

魔法使い「『ほかの二人』はすでに行動してるはずだから」

勇者「あ、はい。
   その、お互いに……が、がんばりましょう」

魔法使い「うん!」

道具屋「どうか娘をたのむ!」


勇者(正直これからの戦いより、今してる会話のほうがつらい気がする)

80: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)23:28:59 ID:qK95PMmVa

勇者(そんなわけで現在向かっているわけである、洞窟に)

勇者(しっかし、ずいぶんずさんな計画だよなあ)

勇者(もっと有利になる展開、いくらでも作れそうなのに)


勇者「ところで。さっきからついてきてんの、バレバレだから」

少年「……」

勇者「家にいろって、父ちゃんに言われてただろ」

少年「だって……」


勇者(『あれ? 勇者さんメチャクチャ饒舌じゃないですか』とか思った人いる?)

勇者(実はガキんちょ相手だと、なぜか普通に話せるんだよなあ)

勇者(まあどんな物事にも例外はつきものってことよ)

83: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)23:48:59 ID:qK95PMmVa

少年「お前なんかに妹のことをまかせてたまるか……!」

少年「アイツを助けるのは、お、オレだ! オレが妹を……!」

勇者「悪いこと言わないから帰りなよ。父ちゃんにも言われてたでしょ?」


少年「うるさいうるさいうるさいっ!」

少年「赤の他人のお前なんて信用できるわけないよ!」

少年「まして大人なんて!」


勇者(子ども相手なら普通に話せるけど、それだけなんだよなあ)

勇者(上手いこと話して丸めこむとかできねえ)

85: 名無しさん@おーぷん 2014/09/05(金)23:53:37 ID:qK95PMmVa

少年「大人はいつも平気でウソを言うっ!」

少年「母ちゃんはオレとの約束を守らずに……先に……!」

勇者「……」


少年「父ちゃんだってそうだ!」

少年「いつもはオレにデッカイ口叩いてるくせに!」

少年「魔物の言うことすぐ聞いちゃうし!」

少年「アイツを助けるのを他人に頼むし!」

少年「なにが『夢をもて』だ! クソくらえだそんなもんっ!」


勇者「……ヤダなあ」


少年「は?」

86: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)00:15:09 ID:fmwarQREP

勇者「夢なんてクソくらえ、って悲しいなあ」

少年「大人のせいだ。大人がこんなことを言わせるんだ」

勇者「まっ、ガキのころの夢はたいていウソで終わっちゃうもんな」

少年「そうだよ。夢なんて見るだけムダだ」

勇者「じゃあお前は夢を叶えようとか、思わないわけだ」

少年「……夢を叶えるって、なんだよ」


勇者「ウソを本当に変えること」


少年「!」

91: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)00:31:30 ID:fmwarQREP

勇者「ついでに。夢っていうのは、もっと生きてから見るもんだと思う」

少年「……どうして?」

勇者「あーもうっ。口下手の俺にあんましゃべらせんな」

勇者「お前の妹は必ず助ける。だから待ってろ」

少年「信じて、いいの?」

勇者「俺はできない約束はしない」


勇者(ガキんちょの顔つきがすこし変わった気がした)

勇者(すこししゃべるのがつらくなった気がする)

勇者(俺は会話を切り上げてその場をあとにした)

92: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)00:41:06 ID:fmwarQREP




勇者(指定された洞窟はここだな。予想外に小さい)

勇者(入口なんて屈まないと入れねえな)

勇者(あ、でも意外と中は広い)


?「待ちくたびれたぞ、勇者」


勇者「!」

勇者(道具屋のオッサンが言ってことは、本当だったみたいだな)


道具屋『魔物の正体はわからなかったんだ』

道具屋『あまりに濃い霧で全身が覆われてたんだよ』

道具屋『デカいってことぐらいか、わかったのは』

93: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)00:49:43 ID:fmwarQREP

勇者「……」


?「なんだよ、えらく大人しいな」

?「いろいろ聞きたいことあるんじゃねえの、お前?」

?「人質は、とか。俺様の正体は、とか」

?「あっ、お前ビビリなんだろ? まともに口がきけないんだってな」


勇者「……」

?「情けねえなあ。ヤローがそんなんでどうすんだよ」

勇者「……」

?「ていうか今も症状出ちゃってる? ニャハハハ傑作だな!」


勇者「手より先に悪口が動く。キライだね、お前みたいなヤツは」

95: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:03:09 ID:fmwarQREP

?「その口、二度と叩けないようにしてやる」

勇者「!」


勇者(洞窟の入口がなにかで閉ざされた?)

勇者(まさに真っ暗闇。ほとんど視界ゼロの状態か)


?「さらにくわえてこの霧。もはや俺様の姿はとらえられまい」


勇者(こう狭いと迂闊に魔力を使った攻撃は使えない)

勇者(しかも娘さんがこの中にいるとしたら、なおさら)

96: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:18:29 ID:fmwarQREP

 風の裂ける音に遅れて、すねに鋭い痛みが走った。
 反射的に拳を振るってみたが、とらえたのは暗闇と濃霧だけ。


勇者「……っ!」

?「まずは一発。さて、次はどこを狙おうかねえ」


勇者(いちおう、この魔物には作戦らしきものはあったわけだ)


?「この目は闇の中でこそ光る」

?「お前に見えないものも俺様には見える」

?「つまり、ここでは俺様が圧倒的に優位」


勇者(さて、どうやってたおそうかな)


 敵の術中に絡めとられた中。
 敵をたおさなければいけない、ということだ。

97: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:29:23 ID:fmwarQREP




?(さすがは勇者と言ったところか)

?(暗闇の中、確実に俺様の攻撃を捌いてきやがる)

?(それどころかすでに反撃のタイミングをうかがってやがる)

?(だがそれも、もちろん想定済み)

?(次の手は、きちんと打ってある)


勇者「なっ!?」


?(これならどうだ? 俺様の口から発射される、超光速の水の弾丸)


?(……チッ、間一髪。今のはかわしたようだな)

?(しかしこの暗闇、そしてこの狭い空間という条件下で)

?(いつまで俺様の攻撃を避け続けることができるかな?)

98: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:40:17 ID:fmwarQREP

?(……すでに二分以上が経過しているが、まだ水弾をかわすか)


勇者「はぁはぁ……」


?(しかしすでに動きが鈍ってきている。油断はできないが)

?(コイツ、闇雲にこの暗闇の中で剣をふりまわしてきやがる)

?(そのせいで絶えず動くことを強いられる)

?(だが、そろそろ終わりだ。次の水弾で確実にとらえ――え?)


 勇者がこちらに向かって突進してくる。
 まっすぐ、闇の霧を突き抜けるように。

99: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:48:11 ID:fmwarQREP

 とっさにそれを避けようとしたが、しかし、それより先に勇者が大きく口を開く。

勇者「――あああああああああぁぁぁっ!」

?「!?」


 予想だにしない想定外の怒号が、鼓膜を、からだを突き抜ける。
 思わず全身が硬直する。


?(しまっ……!)


勇者「つかまえたぜ、ようやく」


 気づいたときには、勇者の手にその小さなからだは捕まえられていた。

100: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:54:27 ID:fmwarQREP




勇者「ったく、洞窟の入口を岩でふさぐなよ。出るのが大変だろ」

猫「……」


勇者「『まさか俺様が負けるなんて』」

勇者「そんな顔してるな、猫さんよ?」


猫「……」


勇者「いやあ、どんな魔物が闇ん中に潜んでるのかと思えば」

勇者「こんな愛らしい子猫ちゃんだったとはなあ」


猫「……なんでだ?」

勇者「ん?」

猫「あの暗闇の中、どうやって俺様の位置がわかった!?」

101: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)01:58:20 ID:fmwarQREP

猫「俺様の作戦は完璧だった」

猫「魔術で生み出した霧に身を隠し、水弾で敵を確実にダメージを与えてく」

猫「狭い空間なら、逃げるにも限界がある」

猫「それなのに……!」


勇者「それだよ」


猫「にゃ?」


勇者「せっかく暗闇に隠れてんのにさ、水で攻撃なんかしたら」

勇者「すぐに水たまりができて、足音しちゃうじゃん」


猫「……ぁ」

102: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)02:07:50 ID:fmwarQREP

猫「たしかに! 水がすべてのメリットを台無しにしてるっ!」

勇者「そうじゃなくても。お前はうるさかったからな」

勇者「姿隠して口隠さず。声のおかげで場所がとらえやすかったよ」

猫「だ、だけど! 俺様の姿が見えなかったはず!」

猫「にゃのに! なぜそうも躊躇なく突っこめた!?」

勇者「お前の笑い声だよ」


勇者「『ニャハハハ傑作だな!』って。あれで猫かなって思った」


猫「そんなとこでも……」

勇者「それと、お前の攻撃にもヒントはあった」


103: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)02:14:48 ID:fmwarQREP

勇者「一発目の攻撃はすねだった。人体の中でも極めて低い位置だ」

勇者「そして猫なら攻撃するにはちょうどいい位置」


猫「それでほとんど確信したというのかにゃ?」


勇者「ダメ押しは、お前の『この目は闇の中でこそ光る』ってセリフ」

勇者「まさに猫の目の特徴。あれで完全に確信した」


猫「だから最後の最後で……」


勇者「そう。耳のいい猫の魔物、大きな音は苦手だろ?」

勇者「まあ霧で姿を隠してたって話を聞いた時点で、だいたい予想はついてたよ」

猫「ううぅ~」

105: 名無しさん@おーぷん 2014/09/06(土)02:19:09 ID:fmwarQREP

勇者「口は災いのもと」

勇者「それを身を持って証明したな、子猫ちゃん」

猫「……ちょっと待て。お前、しゃべるのは極めて不得手だと聞いてたが?」

勇者「なにごとも例外はつきもの」

勇者「俺はガキんちょと魔物相手には緊張しないんだよ」

猫「ううぅ……」

勇者「ついでにもうひとつ」

猫「?」


勇者「人が気にしていることを、平気でバカにするヤツにはバチが当たる」


勇者「今度からは気をつけな」

119: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/07(日)20:18:15 ID:dhUDJCJZD




勇者(人質の娘は洞窟の最奥の隠し部屋にいた)

勇者(ちなみに。その子が誘拐された経緯は、というと)


娘『しゃべる猫さんがね、あたしにおいでって言うからついてったの』

娘『そしたらね。あたし、森の中にいたの』

娘『そこにはいっぱい猫さんがいて、ずっと遊んでたんだ』

娘『ホントは帰らなきゃって思ってたよ?』

娘『でも猫さんたちが、もっと遊ぼうって言うからずっと遊んでたの』

娘『あ! ご飯はね、猫さんたちからもらってたんだあ』


勇者(とりあえず無事だったので俺はなにも言わなかった)

120: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/07(日)20:18:57 ID:dhUDJCJZD

勇者(で、娘さんをオッサンのとこに届けた)

勇者(このあとの流れは、だいたい想像がつくだろうから割愛)

勇者(ちなみに。ガキンチョとはそのあとにすこし話した)



少年『……ありがとな。妹を取り返してくれて』

少年『世界には、お前……勇者のお兄さんみたいなカッコイイ大人もいるんだな』

少年『その……オレもがんばってみるよ』

少年『まだオレには夢なんてないけど。いつか見つけるんだ、きっと』

少年『ところでさ。お兄さんの夢ってなんなの?』



勇者(まあこんな感じで、道具屋のおっさんたちとはわかれた)

121: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:22:57 ID:dhUDJCJZD




戦士「さて、キミには聞きたいことがあるんだよね」

勇者(コイツは戦士。ロン毛でキザ。俺の古くからの知り合い)

勇者(戦士のくせに、ダボダボのローブを着用してる)


僧侶「素直にさっさと吐いたほうがいいですよ。知ってること、全部」

勇者(美人でクールで、俺が一番苦手なタイプの僧侶)

勇者(この女とふたりっきりになったら、たぶん俺は死ぬ)


猫「うううぅ……」


勇者(そして現在。宿屋で魔物猫を尋問している)

122: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:23:38 ID:dhUDJCJZD

魔法使い「おねがい。知ってることを全部話して。ねっ?」


猫「誰がお前ら人間なんかに!」

猫「そんなことしたら、魔王城に帰ることもできにゃくなるわ!」


戦士「ふーん。キミ、魔王城がどこにあるか知ってるんだね」

猫「ぎくっ」


戦士「これから話すことが、キミの運命を大きく左右する」

戦士「できれば素直に話してほしいなあ」

猫「お、俺様がそんなおどしで、し、しっぽをふるとでも?」

僧侶「ふらないなら切り落としましょうか、あなたの膨らんでるしっぽ」

猫「わ、わかった! しゃべるからそのナイフをしまえにゃん!」

123: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:24:18 ID:dhUDJCJZD

戦士「話がわかる猫でほっとしたよ」

猫「……魔王さま、こんな情けない俺様をゆるしてほしいにゃん」

戦士「時間もないので手短に。ずばり、魔王城の場所はどこだい?」

猫「知らん」

僧侶「へえ」

猫「ほ、ホントだ! 
  ……だからナイフはしまってほしいにゃん」


勇者(しっぽも耳も縮こまっちゃってるな。かわいそうに)

124: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:25:13 ID:dhUDJCJZD

猫「途中までなら道案内はできる……と思う」

猫「だけど、俺様では絶対に魔王城には戻れない」


戦士「そういえば、魔王城には複雑難解な結界が備わってるらしいね」

猫「うむ。結界のせいで一度出たら、戻ることは極めて困難にゃん」

魔法使い「空間系の魔術。厄介だね」

戦士「とりあえず、魔王城に一番近い街を教えてくれる?」

猫「それは無理な相談だ」

戦士「なんで?」

猫「人間の街の名前なんて、いちいち把握してない」


僧侶「へえ」


猫「ウソついてにゃいぞ、俺様は!
  ……たのむからナイフをしまってほしいにゃん」

125: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:28:09 ID:dhUDJCJZD

戦士「そうなると、ボクらはキミを随伴させなきゃいけないのか」

猫「ほかに方法がなければ」


魔法使い「本当!?」


猫「きゅ、急に大声を出すな……ビックリしちゃうにゃん」

戦士「嬉しそうだね、魔法使い」

魔法使い「うんっ! 私、猫大好きだから一緒に冒険したいなって思ってたんだ」

戦士「勇者。キミはどう思う?」

勇者「あっ、うん。まあ……い、いいんじゃないかな?」

126: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)20:29:05 ID:dhUDJCJZD

勇者(国の連中が探しまくってなお、見つかっていない魔王城)

勇者(魔王の手先が場所を教えてくれる。これはすごいチャンスだ)


魔法使い「じゃあ決定っ! よろしくねっ!」

猫「にゃわわっ! 頬をすりすりするのはヤメろおっ!」

戦士「時間もおしてる。あとのことは道中で聞くよ」

猫「おいっ勇者たすけろっ! にゃわわわわ」

勇者「……」


勇者(殺そうとしたヤツに助けを求めるなっつーの)

129: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)21:07:23 ID:dhUDJCJZD




姫(昨日。私と魔王は会話をした、そう、たしかにした)


魔王『そなたは我々魔物をどう思う?』


姫(魔王が口を開くまでには、十分以上の時間がかかった)


姫『……』

魔王『質問が悪かったか。では……そなたは余が恐ろしいか?』

姫『ええ。恐ろしいと心の底から、そう思います』

魔王『余も同じだ』

姫『え?』

魔王『余も、そなたら人間が恐ろしくて仕方がない』


姫(聞きまちがいかと思った。でも、魔王はたしかにそう言った)

130: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)21:09:23 ID:dhUDJCJZD

魔王『否、膂力や生命力の話をしているのではない』

魔王『人間が抱える、思想や発想』

魔王『それらに畏怖の念を抱かずにはおれんのだ、余は』

魔王『他の生物を殺し食らうだけなら、まだ理解できる』

魔王『同族を労働力として使役するのも』 

魔王『だが豚や牛をくらうために、捕獲し、管理し、
   あまつさえ人為的に弄り、改変する』

魔王『こんなことをする生命は、世界広しといえど人間しかいない』


姫『……魔王。あなたはなにが言いたいの?』

131: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:30:06 ID:dhUDJCJZD

魔王『つまり……』

魔王『いや、そなたの質問に答えるのは、余が全てを話してからだ』


魔王『姫よ、そなたは知っているか?』

魔王『魔族がこの世界の半分近くを、掌握した時代があることを』


姫『比較的最近の話でしょ? 人類にとっての暗黒時代』

姫『でも暗闇に覆われた時代は、長くは続かなかったはずよ』


魔王『そうだ。二十年も立たずに魔族の世界は崩壊した』

魔物『人間の真似事はしたが、魔族世界を保つことができなかった』

132: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:39:12 ID:dhUDJCJZD

魔王『余はその原因をこう考える』

魔王『魔族が人間から、なにも学ぼうとしなかったから』


姫『……』


魔王『人間は支配下に置いた存在を単なる労働力に終わらせない』

魔王『それがもつ全てを徹底して貪り食らい、自分の血へと、肉へと変える』

魔王『魔族はそれをしなかった』

魔王『だから、あっという間にそのツケが回った』


姫『魔物と人間のちがい……学ぶこと……』


魔王『そうだ。人間と魔族のちがいはそこにある』

133: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:40:38 ID:dhUDJCJZD

姫『あなたは……あなたたちの目的はなんなの?』

魔王『つまり、だ』

姫『……』

魔王『えーっと……』 

姫『……』

魔王『……』

姫『……』


姫(結局ここで会話は終わってしまった)

134: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:41:50 ID:dhUDJCJZD


姫(てっきりそこそこ会話できるのかと思ったけど)

姫(どうやら、そうでもないみたい)

姫(でも、いまだに自分の耳で聞いたことを信じられない)

姫(魔王が人間を恐ろしいと思う。そんなことって……)


サキュバス「お姫様。食事をお持ちしました」


姫(彼女は魔王の側近で、私の身の回りの世話する魔物)

姫(魔物、と言っても外見はほとんど人間と変わらない)

135: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:44:34 ID:dhUDJCJZD

姫「……ありがとう。今日の食事もおいしそうね」

サキュ「でしょう? あたしが食べたいぐらい」


姫(このサキュバスは、やたら馴れ馴れしく私に話しかけてくる)


姫「ねえ。あなたたちの目的はいったい……」

サキュ「そんなことより! あたしは姫様の私生活が知りたいなあ」

サキュ「やっぱり王族って贅沢してるんでしょ?」

姫「話をそらさないで」

サキュ「そんな怖い顔しないでよ」

サキュ「つーか、あたしがその質問に答えると思う?」

姫「……」

137: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)22:53:13 ID:dhUDJCJZD

サキュ「お姫様、ご自分の立場をよーく考えたほうがいいですよ?」

サキュ「利用価値があるから、今は大事に大事にされてるけど」

サキュ「箱入り娘は、おとなしく箱に収まっててほしいなあ」


姫「……」


サキュ「あとそんなコワイ顔しないで。かわいいんだから、笑ってよ」

姫「誘拐されて、笑っていられるわけないじゃない」

サキュ「ふーん。じゃあ、こういうことしちゃおっかな」

姫「ひゃっ!?」

138: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:01:14 ID:dhUDJCJZD

姫「ど、どこさわってるの!?」

サキュ「ヤバっ! 肌すべすべ! チョーきもちいいっ」

姫「や、やめ……」


側近「……お前ら。なにやってんだ?」


サキュ「……ちょっとぉ。レディーの部屋に入るときはノックを二回。
    これ常識でしょ?」

側近「んなことはどうでもいいんだよ」


姫(魔王といたときはあんなに硬い口調だったのに)

姫(ずいぶんと乱暴な口調でしゃべるのね)


139: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:11:26 ID:dhUDJCJZD

サキュ「なんかあたしに用?」

側近「魔王さまが呼んでる。それから、ヤツが捕まったそうだ」

サキュ「捕まったって、誰が? つーか誰に?」

側近「魔王さまがかわいがってた猫、それが勇者たちに捕まった」

サキュ「ああ、あのガキ猫ね。へえ、殺されなかったんだ」

側近「けっ。オレの予想は外れたようだ」

サキュ「じゃあ賭けはあたしの勝ちってことね。
    今度、なんかご馳走してよね」

側近「ふんっ。勇者連中もとんだあまちゃんだな」


サキュ「だから言ったでしょ?」

サキュ「『カワイイは武器になる』って」

140: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:17:08 ID:dhUDJCJZD

サキュ「容姿は生きてるかぎり、絶対につきまとうもの。ねえ、姫様?」


姫(なぜか私を見てサキュバスはニヤニヤしてくる)


側近「はっ、くだらねえ。見てくれなんざ、どうでもいいぜ」

側近「この世に必要なのはパワーだ。パワーこそが力だ」


サキュ「だーれもそんな話してないっつーの、この脳筋」


?「おや、ここにいたのですか」


姫(また部屋に入ってきた)

姫(姿はローブにほとんど隠れてるけど、当然魔物よね)

142: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:20:52 ID:dhUDJCJZD

?「魔王さまが呼んでいます。こんなところで、油を売ってる場合じゃないでしょ」

サキュ「それはそうなんだけど、コイツがさあ」

側近「あ? その目はなんだ?」

サキュ「べっつにー」

?「話はあとにしてください。
  魔王さまを待たせるわけにはいきません」

サキュ「はいはい」


姫(魔物たちの会話……このヒトたちも普通に話したりするのね)

143: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:28:02 ID:dhUDJCJZD




勇者(あの村を出て二日。俺たちはなんとか次の街へたどり着いた)

勇者(現在、その街の教会で俺の反省会が開かれている)


戦士「あのね勇者、キミがシャイなのは知ってるよ?」

戦士「でも戦闘中ぐらいはひっこめようよ、そのシャイな部分を」


勇者「そ、そんなこと言われても……」


勇者(数時間前のこと。俺たちパーティーは魔物と交戦した)

勇者(そして――)

144: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:34:17 ID:dhUDJCJZD

僧侶『煙幕で視界が……』

魔法使い『ここは各々で戦ったほうがよさげだね』

戦士『まあこの程度の魔物だったら、コンビネーションの必要もないよ!』


勇者(たしかに魔物は決して強くはなかった)

勇者(しかし運が悪いことに、俺は敵の爪に引っかかれた)


勇者『……っ!』


勇者『(たいした傷じゃないけど、この感覚……たぶん毒だな)』

勇者『(毒が回ったら厄介だ。ここは僧侶に治癒してもらうのがベスト)』

勇者『(ベストだけど……こういうとき、なんて頼めばいいのかわかんねえ!!)』

147: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)23:42:29 ID:dhUDJCJZD

勇者『(僧侶! 回復魔法じゃんじゃん浴びせちゃってくれ!)』

勇者『(……いや、なんかちがうな)』


勇者『(僧侶! さっさと俺を回復しろ!)』

勇者『(……なんかえらそうだよなあ)』


勇者『(僧侶さん、あのー、回復をしてもらってもいいですかあ?)』

勇者『(いやいや、余所余所しくないかこれ!?)』


勇者『(ダメだ! なんておねがいしたらいいのか、全然わかんねえっ!)』


魔法使い『勇者っ! 前見てっ!!』


勇者『へ…………ぐわはあぁっ!?』


勇者(そして、次に目がさめたときには街にいた)

159: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/09(火)20:06:47 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「戦闘のときにまで人見知りが影響するなんてね」

戦士「まったく、大変だったよ。気絶したキミを運ぶのはね」

勇者「す、すみません……」

戦士「これじゃあ魔王と戦うなんて無理だ。なんとかしないと」

魔法使い「でも人の性格って一朝一夕じゃ変えられないよ」

勇者「あ、あはは」

僧侶「勇者様は、なぜそんなにシャイなのですか?」

勇者「さあ……?」


勇者(どんな質問だよ、それ)


160: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:15:17 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「このままだとガールフレンドもできないよ!」

勇者(まずお友達がいない)


戦士「もうすこし。ボクらに心を開いてくれると助かるんだけどねえ」

魔法使い「心を開く……そうだ。私にいい考えがあるよ!」

戦士「聞こうか。せっかくだし」


魔法使い「あだ名つけてあげればいいんだよ」

魔法使い「あだ名で呼ぶと、なんだか仲いい感じがするし」


勇者「あだ名、ですか」

162: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:28:47 ID:BJUT5YObJ

戦士「へえ。それはなかなかいいアイディアだ」


勇者(コイツ、絶対に思ってないだろ)


戦士「ボクはパスだけどね」

魔法使い「なんで?」


戦士「せっかくのあだ名なんだよ」

戦士「だったら女性につけてもらったほうが嬉しいでしょ」


魔法使い「そういうものなの?」

戦士「男っていうのは、女性の施しをなにより喜ぶ生き物なんだよ」

魔法使い「ふーん」

163: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:36:41 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「あだ名かあ。言いだしっぺだけど、イマイチ浮かばないなあ」


僧侶「私、浮かびました」


勇者「!?」

勇者(お前かよ!?)


戦士「へえ。どんなあだ名なんだい?」

僧侶「勇者様、発表してもよろしいですか?」

勇者「ど、どうぞ」

164: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:39:44 ID:BJUT5YObJ

僧侶「では僭越ながら発表させていただきます」



僧侶「チキン」



勇者「……」

魔法使い「……」

戦士「僧侶ちゃん。そのあだ名の由来は?」

僧侶「勇者様は臆病ですから。……いい意味で」


勇者(会話のときはたしかに臆病だけど)

勇者(ていうか、いい意味で臆病ってなんだ。慎重ってことか?)

165: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:49:04 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「えっと……あだ名については、またべつの機会に考えよっか」

僧侶「わかりました」


勇者(僧侶の表情が心なしか、ガッカリしてるように見えた)


魔法使い「でもこれじゃあ、なにも解決してないんだよね」

戦士「じゃあこういうのはどうだい?」

魔法使い「んー?」

戦士「コスチュームチェンジ。身につけるものが変われば、気持ちも変わるでしょ」

魔法使い「あっ、それグッドアイディア」

戦士「勇者のシャイが消え失せるような、ステキな衣装を見つけたいね」

勇者「……」



勇者(イヤな予感しかしない)

166: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)20:54:19 ID:BJUT5YObJ




魔法使い「うぅ~、やっぱり晴れの日は気持ちがいいね」


戦士「昨日は土砂降りに勇者運びに、ホントついてなかったからね」

戦士「おかげで、さっき占いなんか受けちゃったよ」


勇者「……すんません」

戦士「気にしなくていいよ。占い師のお姉さん、美人だったしね」


猫「なあ、俺様気になってることがあるんだが」

勇者(どうでもいいがこの猫、ずっと魔法使いのリュックの上にのってる)


魔法使い「なになに? なんでも聞いて」

猫「お前らはなぜ、いちいち教会に立ち寄るんだ?」

167: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:02:09 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「あれは教会に報告してるの、いろんなことをね」

戦士「魔法使い」

魔法使い「……わかってるよ。話していいこと、話しちゃダメなことぐらい」

戦士「まあ日にちのことぐらいなら、話してもいいんじゃない?」

猫「日にち?」

魔法使い「私たちは、次の街に行く日を教会に伝えておくの」

猫「なんでそんなことを?」


戦士「旅のとちゅうで魔物に襲われたり、
   なんらかのトラブルに巻きこまれたときのためだよ」


猫「なるほど。指定した期日に報告がなかったら、捜索願が出たりするわけだ」

魔法使い「そうだよそのとおりだよー、さすが理解がはやいねっ」

猫「だからほっぺスリスリをやめろにゃん!」

168: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:10:14 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「おっ。ついたね」

僧侶「なかなか大きな店ですね」

戦士「山のふもとにある街だけあって、登山グッズや虫対策グッズが豊富なんだって」



勇者(そして店に入って五分後)

勇者(俺は魔法使いに無理やり服を脱がされ、そして……)


魔法使い「前から思ってたんだよね。勇者はもっと派手にいくべきだって」

勇者「……」

戦士「そう思った結果がこのナリってわけね」

僧侶「以前と比較すると、ずいぶんと様変わりしましたね」

魔法使い「でしょでしょ!? やっぱりファッションは冒険しなきゃね」


勇者(なんなんだ、この格好は)

170: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:21:17 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「ほらほら、鏡の前に立ってみて」

勇者「うわ」



勇者(鏡の自分を見て『うわ』って言っちゃった)

勇者(ていうか原色キツいし。なんかサイズがあってないし)



魔法使い「今回のコーディネートのポイントは、ズバリこのナイフ」

戦士「腰についてるチェーンつきのナイフのこと?」

魔法使い「そうそう。こういう小物がオシャレを引き立てるの」

戦士「小物って言うには、ちょっとデカイけどね」


勇者「センスわる」


魔法使い「え?」

勇者「ん?」


勇者(ヤベ。思わず本音がポロリしてしまった)

171: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:29:44 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「勇者。いまボソッとなにか言ったよね?」

勇者「そ、空耳でしょう……きっと」

魔法使い「ウソだ。絶対なにか言ったでしょ?」

勇者「……ど、独創的なファッションだなと思って」


猫「コイツは今、『センスわる』とハッキリ口にしたぞ」


勇者(ね、猫!?)


魔法使い「……」

勇者「ま、魔法使いさん?」 


魔法使い「そうだよね。うん、知ってたよ」

魔法使い「やっぱり私って、この手のセンスが致命的に欠けてるんだよね」


勇者(うわ、めっちゃ落ちこんでる)

172: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:33:59 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「お母さんや友達にも『アンタやばい』って言われるし」

魔法使い「マントの下を見せたら、また同じこと言われそう……」


勇者(マントの下はどんな惨状になってんだ)


戦士「ボクはとてもいいと思うけどね、魔法使いのチョイス」

魔法使い「ほ、ほんとう?」

戦士「うん。せっかくだしこの格好で外を歩いてみようよ」

勇者「え?」

戦士「安心してよ。この服はボクのポケットマネーで買ってあげる」

勇者「え? いやいや、その……」

戦士「遠慮するなよ。ボクと勇者の仲でしょ?」


勇者(こ、このキザ野郎……)

174: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:42:44 ID:BJUT5YObJ

戦士「あとは必需品をそろえないとね」


僧侶「ここから先の街に行くには、この山を超えなければいけません」

僧侶「危険な虫がいますから、虫対策はしたほうがいいでしょう」


魔法使い「じゃあ虫除けスプレーは購入決定かな」

戦士「勇者はなにか買っておきたいものはない?」

勇者「……特には」

魔法使い「私は杖を補充しておこうかな。十本ぐらい」


勇者(道具屋に入るたびに杖買いすぎだろ)

175: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)21:46:29 ID:BJUT5YObJ

戦士「これ、面白いね。『虫除け』ならぬ『虫寄せ』シールか」

戦士「なにかの縁だ。一個買っておこう」

勇者(戦士は戦士で、どうでもいいものをよく買うし)



僧侶「かぶれにくい肌に優しいアルコール脱脂綿……」

勇者(僧侶は基本的に無駄遣いはしない。薬コーナーを見て終わることが多い)



店員「お兄さん、なにかお探し?」

勇者「え? あ、いや、べつに」

店員「またまたあ。お兄さんの目、エモノを狙うハンターのそれだったよ」


勇者(なぜか俺は、毎回店員に話しかけられる。そしてあたふたする)

176: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)22:40:09 ID:BJUT5YObJ




戦士「さて。買い物も終わったし、宿を探すとしようか」



   「ねえママ。あの人なんかすごい格好してるよー」

   「ダメよ、見られちゃいけません!」



勇者「……」

戦士「さっきから道行く人の視線が、勇者に集まってるね」


勇者(そりゃあ俺一人だけカーニバル状態だからな)


猫「しかし人間の街は、なぜにこうも物が多いのかにゃん」

魔法使い「こら、外ではしゃべっちゃダメって言ってるでしょ?」

猫「そう言われるとかえってしゃべりたくなるな。
  ん? アレはなにをやってるんだ?」

戦士「……占いかな。水晶もあるし」

177: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)22:51:59 ID:BJUT5YObJ

占い師「よかったらどうです?」

戦士「なんなら三人とも占ってもらえば?」


勇者(占いなんかで金をムダにしたくないな)


魔法使い「私、占ってほしい! 勇者も占ってもらおう」

勇者「あ、じゃあ……」


占い師「いらっしゃい。おや、お客様はこの街の方じゃありませんね?」

魔法使い「はい、私たちはわけあって旅をしてるんです」

占い師「では、あなた方の今後の旅について占いましょうか?」

魔法使い「あ、それよりも。ちがうことを占ってほしいんです」

占い師「ほう、それはいったい?」

魔法使い「私の服のセンスについて。……できますか?」

勇者「……」


勇者(センスを占うってなんだ?)

勇者(相当気にしてるんだな……って、俺のせいか)

178: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)22:58:53 ID:BJUT5YObJ

僧侶「……私も占っていただきたいのですが」

戦士「僧侶ちゃんもこういうの好きなんだね」

僧侶「好き、とはすこしちがいますが」


勇者(なんかすげえ意外だ)

勇者(意外と言えば、この占い師は声から察するに男なんだよなあ)


占い師「構いませんよ、もらうものさえもらえば」

占い師「それで? あなたはなにを占ってほしいのですか?」


僧侶「あだ名のセンスです」


勇者(って、お前もかいっ!)

180: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)23:10:59 ID:BJUT5YObJ

占い師「服のセンスに、あだ名のセンス……いいでしょう、占ってみましょう」

占い師「ちなみにあなたは?」


勇者「あ、ボクですか? えっと、もうちょっと考えます」


占い師「かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください」

占い師「よかったら勇者さまも」

勇者「あ、はい」


魔法使い「……」

僧侶「……」

勇者「……」

182: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)23:20:51 ID:BJUT5YObJ

勇者「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」



戦士「――三人とも! 目をさませっ!」



勇者「……はっ!?」

勇者(え? え? なに? 今、俺はいったい……?)


戦士「勇者! キミの剣が盗まれた!」

戦士「あと魔法使いのやたら膨らんだリュックも!」


勇者「!?」

魔法使い「え……」


勇者(マジじゃねえか!? ていうか剣を盗まれるって……はああぁ!?)

184: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)23:35:22 ID:BJUT5YObJ

魔法使い「えっと……誰が盗んだの? 私のリュック」

戦士「あそこだ!」


勇者(野郎が四人……っていうか、すでに距離はなされてるし!)


魔法使い「ああっ!? 猫ちゃんもいっしょに誘拐されてるっ!」

戦士「とにかく追うよ!」

僧侶「了解です」

戦士「ったく、盗まれるほうも悪いけどさ――」


勇者(さすが戦士。脚力ハンパないな、すでに追いついてる)



戦士「――やっぱり盗むヤツが一番タチ悪いよね!」


勇者(回りこんだ! これで少なくとも一人は捕まえられる!)

185: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)00:00:49 ID:rkowSq6XN

盗人「ふんっ!」

戦士「チッ……!」


勇者(って、なんて身のこなしだ!)


魔法使い「戦士があっさり抜かれるなんて……」

僧侶「ただ者じゃないですね」

戦士「……あの連中の動き、勇者も見ただろ?」

勇者「うん」


勇者(てっきりただの盗人かと思ったけど、アレはちがう)

勇者(あの身のこなし。俺たちから簡単に盗みを成功させた手腕)


戦士「アイツら……考えなしに追うと、やられる可能性があるね」


186: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)00:02:08 ID:rkowSq6XN

魔法使い「どうするの!? このままだと街を出ちゃうよ」

戦士「最悪、魔法使いのリュックはあきらめるかなあ」


魔法使い「ええ!? あの中には色々買いだめしたアイテムがあるんだよ!」

魔法使い「猫ちゃんもリュックに乗ったままだし!」


戦士「いやあ、心中お察しするよ。でもね、勇者の盗まれたものがモノだからね」


勇者「……」


僧侶「あっちは確実に取り返さないと、取り返しがつかなくなります」


勇者(そりゃそうだ。なにせ盗まれた剣はこの世にひとつしかない――)




勇者(対魔王用の剣――『勇者の剣』なんだから)

193: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/11(木)00:24:37 ID:9E0xhvLHJ

魔法使い「あっ! 二手にわかれた」

戦士「しかしなんてスピードだ。引き離されてく一方だ」

僧侶「このまま素直に追っても、取り返すのは困難かと」

戦士「……僧侶ちゃん、ひとつ頼まれてくれる?」

僧侶「教会に伝えて市警に協力をあおぐのですね」

戦士「せーかい。連中の追跡はボクらでやる」

僧侶「了解。それでは」




戦士「さてそれから。魔法使いのリュックのことだけど」

魔法使い「あの中には役立つものがてんこ盛りなんだよ、ホントだよ!」

戦士「だってさ、勇者」


勇者(ガラクタばっかだろ、どうせ)

194: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:26:01 ID:9E0xhvLHJ

戦士「ボクから提案。こっちも二手にわかれない?」

魔法使い「それ! そうしようよ!」

戦士「もちろん。剣の奪還が最重事項だから、追うなら2:1になるけど」

勇者「えっと、どっちが一人ですか?」

戦士「キミの希望を言い当ててあげようか?」



勇者(とういうわけで、俺たちも二手にわかれることになった)

195: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:28:21 ID:9E0xhvLHJ




姫「……」

魔王「……」



姫(また私は呼び出された。そしてやっぱり話すまでが長い)

姫(あと相変わらず距離が遠すぎる。声はなぜか普通に届くけど)


魔王「……今日、そなたを呼び出したのはほかでもない」

魔王「ほかでもないのだが……そのだな……」


姫(ほかでもないって言ったあとに、沈黙って)


姫「あなたたち魔物の目的でも話してくれるの?」

魔王「……ふむ」

姫「以前聞いたときは、結局はぐらかされて終わった」

196: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:29:59 ID:9E0xhvLHJ

魔王「どうする?」

姫「え?」

魔王「余の目的を知って、それでそなたはどうする?」

姫「それを言われると……」


姫(たとえ魔王の目的を知ったとしても、私ではなにもできない)


魔王「それとそなたは勘違いをしているようだから忠告しておく」

魔王「魔族とて一枚岩には程遠い、そなたら人間と同じだ」


姫「……だから、なんだっていうの?」

魔王「……」

姫「……」

198: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:35:28 ID:9E0xhvLHJ


魔王「あー、ひょっとするとそなたは気づいてるかもしれん」

魔王「余は人見知りするだけでなく、話すことそのものが苦手だ」


姫(気づいてた、とっくに)


魔王「余の伝えたい事と、そなたの認識に齟齬が生まれるかもしれん」

魔王「それでもよければ話してやろう」


姫「……それでいい、話して」


魔王「うむ。余は人間を滅亡させたいわけではない」

魔王「魔族の支配下に置くつもりだ」


姫「人間は奴隷ってことね」

魔王「……ちがうな、そうじゃない。家畜のほうが適切か」

姫「家畜!?」

199: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:37:28 ID:9E0xhvLHJ


魔王「誤解するな。食ったりするわけではない」

魔王「いくつか制限は設けるが、それさえ厳守すれば人間も自由に生きられる」

魔王「職業もやりたいことも、きちんと選択できる」

魔王「もちろん過程をもつことも」

魔王「余が築こうとしてるのは、そういう世界だ」


姫「……」


魔王「魔族の支配のもと、穏やかに生活させてやろうって言ってるんだ」

魔王「むろん、不当に人間を傷つける魔族にはそれ相応の罰を与える」


姫「……」


魔王「そなたはどう思う? 余が目指す世界を」

200: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:41:31 ID:9E0xhvLHJ

姫「……」

魔王「言葉が見つからない。そんな面持ちだな」

姫「ええ。でも納得できない、できるわけない」

魔王「なぜだ? 人間だって同じことをしているのに?」

姫「同じこと? なにを言ってるの?」


魔王「人間は牛や豚を、自分たちが食らうために管理する」

魔王「生命の営みを限られた枠の中でさせる――食事と適した環境を与えるかわりに」

魔王「余がこれからしようとすることと、そなたらがしてきたこと」

魔王「これのどこにちがいがある?」


姫「そ、それは……」

201: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)00:46:51 ID:9E0xhvLHJ

魔王「魔族の世界にも争いや差別はあまねく存在する」

魔王「そして様々感情や思考、意志がはびこっている」

魔王「この世界をまとめ、秩序をつくり平和を築く――それが余の使命」


姫「じゃあ、どうして? どうして勇者を殺そうとしたの?」

姫「どうして私をここに連れてきたの?」


魔王「余が目指す世界において。余は抑止力として存在しなければならない」

魔王「その余をもっとも脅かす存在は誰か? 決まってる、勇者だ」


姫「つまりあなたは自分、ひいてはあなたの世界を脅かす勇者を……」


魔王「そうだ。危険分子は先につぶしておく必要がある」

202: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)01:01:51 ID:9E0xhvLHJ

魔王「そして、なぜそなたを連れてきたのか」

魔王「ひとつはそなたのもつ、そなただけしか使えない魔術」


姫「待って、どうしてあなたが私の術のことを?」


魔王「それについて、答えるつもりはない」

魔王「そしてもうひとつの質問の答えは、簡単だ」



魔王「そなたには手伝ってほしいのだ」

姫「え?」



魔王「つまり、だ」

姫「……」

魔王「……」

姫「また肝心なところで……どうして黙ってしまうの?」

魔王「うむ、すまぬ」


姫(魔王は私になにを言おうとしているの?)

203: 名無しさん@おーぷん 2014/09/11(木)01:05:38 ID:9E0xhvLHJ




勇者(こうして二手にわかれた俺たちだったが、あっさりと敵を見失った)

勇者(森の中とはいえ、こうも簡単にまかれるなんてな)


勇者「……ほんと、『これ』がなかったら見つけられなかったよ」


盗人「……なぜここが?」


勇者「……」

勇者(カッコよく質問に答えたいけど、人見知りが発動して答えられない……)

勇者(まあとにかく……返してもらうぞ)


勇者(魔法使いのリュックを!)

218: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/13(土)22:37:49 ID:wlbQqPHKK

盗人「どうやってこちらの居場所を把握した?」

勇者(答えると思うのか)

盗人「そもそも、なぜお前がこっちを追ってきた?」

勇者(だから答えるつもりはない、そう言ってるだろ)

盗人「だんまりか。まあいい」


 会話はあきらめたらしい。
 敵は腰に吊り下げていたダガーを逆手に構える。
 ただの盗人だったら、こんな持ちかたはしない。


盗人「やられちまえ」


 敵の繰り出したナイフをとっさにかわして、勇者は蹴りをくりだす。
 だが勇者の予想通り、盗人はぎりぎりでこれをかわして反撃してくる。


勇者(やっぱり。ただのコソ泥じゃないな、コイツ)

220: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)22:49:31 ID:wlbQqPHKK

勇者(普通にやりあったら面倒だ。だったら)

勇者「――今だ!」



 視線を、ダガーを振りあげた目の前の盗人から、さらに奥へ向けて叫ぶ。


盗人「誰がそんな手に!」



   「またせたにゃあ」



盗人「なっ!?」


 驚きのせいだろう、敵の動きが一瞬だけとまった。それで十分だった。
 拳を容赦なく敵の頬にぶつける。
 はっきりとした手応え。盗人が大きく吹っ飛ぶ。


勇者「猫だまし、成功」

猫「お前は猫だましの意味をきちんと調べろ」

222: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)22:56:52 ID:wlbQqPHKK

盗人「な、なんで猫がしゃべってやがる?」


猫「猫だって小言のひとつや二つ、言いたくなるときがある」

猫「とくにこんなふうに、見ず知らずの人間に誘拐されたときなんかは」


盗人「ぐっ……」

猫「ふん。パンチ一発で気絶したか」

勇者「お前は俺より、しゃべりのセンスがあるみたいだな」

猫「お前がなさすぎるだけだにゃん」

勇者「ついでに悪口のセンスもな」

226: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)23:17:02 ID:wlbQqPHKK

猫「そういえば、ひとつ気になることがある」

勇者「質問はあとだ」

猫「にゃ?」


 「気づいてたか」


 勇者の真上から声と影がどうじにふってくる、とっさに横転してその場をはなれる。
 頭上からあらわれたのは、もうひとりの盗人だった。


勇者(そりゃあな。四人が二手にわかれたのは見てたからな)

盗人「ふん。どうやらアンタ、敵とは口をきかないタイプのようだな」

勇者(次の敵は剣、しかも二刀流かよ。エモノがないときに、これとはね)

盗人「来ないならこちらから!」

227: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)23:37:22 ID:wlbQqPHKK

勇者(二刀流……手数で攻めるスタイルか)

勇者(武器がない今、これを処理すのはキツイ……いや、まてよ)


盗人「見えた――スキ有り!」


 どうやら敵はこちらの硬直を見逃さなかったようだ。 
 振りあげられた刃が勇者目がけて振りおろされる。


勇者「ところがどっこい」


 甲高い金属音が木々の葉むらに吸いこまれたときには、二振りの剣は空中を舞っていた。


盗人「ば、馬鹿な……!?」

勇者「そしてこれが俺の必殺技だ、くらえ」

猫「……」

 いつのまにか勇者にかかえられた猫が、口から巨大な水弾をはなつ。
 超光速ではなたれた水弾が敵の顔面を直撃する。

228: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)23:53:53 ID:wlbQqPHKK

盗人「かはっ……!」

勇者「人のモノを盗むとこうなる。肝に銘じな」

猫「おまえ、堂々とセコイな」

勇者「こんなところでくたばりたくないからな」

猫「わざわざ手伝ってやったんだ、あとで礼のかわりにブツをよこせにゃん」

勇者「はいはい」

猫「しかし、よかったにゃあ」

勇者「なにが?」

猫「あの魔法使いのおかげで、命拾いしたじゃないか」

勇者「……まあな」

230: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)00:02:24 ID:SeHoEaGT6

勇者「この腰にぶら下げてたナイフが、まさか役に立つとはな」

猫「アイツはこういった状況を想定して、その服を着せてたのかにゃ?」

勇者「それは絶対にない」


猫「でも結果的にアイツのおかげで助かったんだろ?」

猫「だったら礼を言うのが筋ってもんだと思うにゃあ」


勇者「……」

勇者(なんと憎たらしい顔っ! 俺がしゃべれないことをわかって言ってやがんな)


猫「俺様、なにかおかしいことを言ってるかにゃん?」

勇者「おまえに言われるまでもないっつーの」


猫「で、さっき聞こうとしたことだが」

猫「どうやってコイツらの居場所を突きとめたのにゃん?」

勇者「べつに、この盗人どもを追いかけてきたわけじゃない」

233: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)00:12:54 ID:SeHoEaGT6

勇者「ほら、お前についてる首輪だよ」


猫「……ああ、魔法使いが俺様につけたヤツか」

猫「まったく。俺様には魔王さまからいただいた立派な首輪があるというのに」


勇者「二つも首輪ついてる猫もそういないよな」

猫「それで? 首輪がなんなんだにゃん?」

勇者「その首輪でお前の居場所が特定できたんだよ、これを使ってな」

猫「杖?」


勇者「仕組みは俺にはわからない」

勇者「でも、この杖はお前に近づけば近づくほど光るんだよ」


猫「この首輪は、俺様が逃げ出さないようにするためのものだったのかにゃん」

234: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)00:27:52 ID:SeHoEaGT6

勇者「さてと。コイツらの目的、その他もろもろ聞くとするか」

猫「満足に人と話せないお前が? どうやって?」

勇者「……俺のかわりに尋問してくれ。あとでなんか買ってやるから」

猫「お前、やっぱりダサいのにゃん」

勇者「うるさい。とりあえず起こしてくれよ」

猫「おい、盗人どもよ。さっさと起きろ」


勇者(そういえば戦士たちも気になるな……ん? 煙?)

勇者「――まずいっ」


猫「にゃ!? な、なんで急にひっぱるのにゃん!?」

勇者「トラップだ!」

勇者(しかも毒煙! どんなカラクリかは知らないけど事前に仕込んでたな、この盗人) 

236: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)00:39:11 ID:SeHoEaGT6


猫「ふぅ、なんとか煙を吸いこまずにすんだか?」

勇者「最近はつくづく毒に縁があるみたいだな」

猫「だがアレだと、毒煙の罠をしかけたアイツまで……」


勇者「それだけじゃない。コイツらの行動、ひっかかることが多すぎる」

勇者(そもそもアイツら、なんで逃げようとしなかった……あれ?)


猫「どうした?」

勇者「やばい。どうも吸っちゃったみたいだ、煙」

猫「あらまあ」

勇者「なんだその淡々としたリアクションは。ご主人様のピンチだぞ」

猫「俺様のご主人様はお前じゃない」

勇者「ていうか、そんなことはどうでもいい」

勇者(ヤバイ、これけっこう本気でヤバイ……)


僧侶「どうなさいましたか、勇者様?」


勇者「そ、僧侶?」

237: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)00:49:55 ID:SeHoEaGT6

勇者「あ、あのですね……そ、その……」

勇者(けっこうな生命のピンチに人見知りが! 人見知りがっ!)


僧侶「傷口は見当たらないですね」

勇者(ちっがう! 傷じゃないんだよ! 毒なんだよお!)

僧侶「ひょっとして食あたりでもしましたか?」

勇者(するかボケぇ! て、ていうか痺れてきた、か、からだががががが……)


猫「……勇者は毒煙を吸いこんだんだにゃん」


僧侶「そうなのですか、勇者様?」

勇者(めっちゃ首を縦にふる俺)

僧侶「そうでしたか。それで口がきけなかったのですね」



猫「あまりに情けなくて見てられないにゃん……」

239: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)01:16:47 ID:SeHoEaGT6

勇者(そして一分後、俺はあっさりと僧侶の治癒術で回復した)

勇者(僧侶の術が効くスピードは尋常じゃない、もう完治してる)

勇者(しいて言うなら、術をかけてもらうたびにチクッとするのが気になるけど)


僧侶「どうですか? 顔色はまだ優れないようですけど」

勇者「おかげで、なんとか……」

猫「人見知りのせいで死にかけるとは、愚かなヤツにゃん」

勇者(なにも言い返せない)

僧侶「勇者様は必要以上に無口ですからね。いい意味で」

勇者(この場合の『いい意味で』は、どういう意味なんだろ)


僧侶「勇者様が木に目印をつけてくださって助かりました」

僧侶「それがなかったら、ここにたどり着くこともなく、勇者様も……」


勇者「あ、あはは。そうですね」

240: 名無しさん@おーぷん 2014/09/14(日)01:50:54 ID:SeHoEaGT6

僧侶「ところで。前から気になってたことを聞いてもいいですか?」

勇者「……なんでしょう?」

僧侶「勇者様はひょっとして苦手なんじゃないですか、私のこと」

勇者「……」






戦士「敵は逃げない。ボクの予想は当たったでしょ?」

盗人「……」

魔法使い「本当に当たったね。でもどうしてわかったの、この人たちの場所?」

戦士「あとで教えてあげる。とりあえずは今は取り返すよ」


戦士「『勇者の剣』をね」

248: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/15(月)21:09:16 ID:qNDJULlTA

盗人「居場所を把握していがら、あえて正面から来るとはな」


戦士「ボクは無駄な争いがきらいでね」

戦士「たいていの物事はなるだけ穏便にすませたいと思ってる」

戦士「それに。いくら剣を盗んだ連中とはいえ、ボコボコにするのは気がひけるしね」


盗人「ずいぶんと自信過剰な兄ちゃんだな、ああっ!?」

魔法使い「もー、怒らせてどうするの?」


戦士「怒る人間はなに言われても怒るよ」

戦士「相手はひとりだし、さっさと剣を取り返すよ」


魔法使い「この人たちを捕まえてから、でしょ!」


 戦士と魔法使いがそれぞれ武器をかまえる。戦士は剣、魔法使いは小さな杖を。
 まばゆい光が飛び散る、ふたりの武器からだ。


戦士「動かないでよ、術が外れるから!」


 地鳴りに似た低い音。
 次の瞬間には、盗人の足もとから巨大な突起が生えていた――戦士の魔術だ。


249: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)21:12:34 ID:qNDJULlTA

 敵は突起を飛び退いてかわした。
 盗人が着地した場所には、すでに魔法使いが火炎球をはなっている。


魔法使い「ビンゴ!」

戦士「いや、まだだ」


 なんの前触れもなくあらわれた水の渦、それが炎の球をあっさりと飲みこんでしまう。


魔法使い「相手はひとりじゃないってことね」

戦士「陰険な連中だね。人のモノを盗むわ、戦うときはコソコソ隠れるわ」

盗人「卑怯で陰険なことは堂々とやる、それが俺たちだ」

戦士「ふーん、なるほどね」


 再び地面から突き出した突起が盗人を襲う。
 だが敵は予想よりも素早いらしい、これもギリギリでよけられる。


盗人「不意打ちかよ」

戦士「そっちがその気ならこっちもその気ってね。卑怯には卑怯でしょ」

250: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)21:15:12 ID:qNDJULlTA

盗人「アンタ、戦士のくせに魔術の扱いに長けてるようだな」

戦士「いやいや。こちらのお嬢さんには負けるよ」

盗人「このガキンチョが?」

魔法使い「……ガキンチョ?」

盗人「ガキンチョだろ? オレらみたいなのに囲まれて、お気の毒だな」

戦士「だってさ。パーティ内で一番年上なのにね、魔法使い」

魔法使い「……」


戦士「まあ毎度年齢を誤解されるのは、それだけ若々しく見えるってことでしょ?」

戦士「よかったじゃん」


魔法使い「そういう問題じゃない。私はこれでも――」


 魔法使いが自身をくるんでいたマントを大きく広げる。


盗人「な、なんだその……」

戦士「相変わらずマントの下はすごい服……じゃなかった。すごい数の杖だね」


 マントの裏にはびっしりと大量の杖がはりつけられていた。

251: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)21:25:17 ID:qNDJULlTA

魔法使い「会う人会う人、みんな同じこと言ってくるんだもん」

魔法使い「私はみんなが思ってるよりずっとオトナなのっ!」


 マントの下にひそませていた杖を次々と、鬱蒼と生い茂る木々にむかって投擲する。


盗人「なにをする気かしらんが。やらせはしない」

魔法使い「手遅れだよ、とっくにね」


 山を覆う木々のあいだをぬって悲鳴がきこえた。しかも複数。


盗人「なにが――」

魔法使い「だから遅いんだってば」
 

 敵の足もとに杖が突き刺さる。次の瞬間。
 
 その杖が小さく爆ぜた。

 
盗人「これがどうしたって言うんだよ」

戦士「自分の足もとをよーく見てみることだね、目をこらして」

252: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)21:55:41 ID:qNDJULlTA

盗人「は? なに言ってやがんだ?」


 盗人が鼻でわらう。だが、すぐに盗人の口もとの嘲りは消え失せた。


盗人「……こ、これは、ど、どうなってやがんだ!?」


 杖が爆ぜたことで生じた煙が、盗人の足首にからみつくように漂っている。


盗人「どうなってんだ!? 足がビクともしねえ!」

魔法使い「私の術だよ。これ、普段はあまり使わないんだけどね」

盗人「くっそ……!」

戦士「人間、気づくと失言してるなんてことは珍しくない。
   言葉を舌に乗せるときは、きちんと吟味することだね」

魔法使い「あと、人のものを盗むのは普通に最低最悪な行為だから」

253: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)22:09:34 ID:qNDJULlTA




魔法使い「全員拘束したし、剣も取り返したし。これでオールオッケイ」

戦士「ボクら、思いのほか歓迎されたてみたいだね」

魔法使い「五人も待ち伏せしてくれてたもんね」

戦士「それにしても。キミの術は相変わらず便利だね。ぜひボクにも種を教えてほしいね」

魔法使い「ダーメ、教えてあげない」


戦士「相変わらず魔術に関しては秘密主義だなあ」

戦士「ボクの予想を言おう。さっきの術は空間を操作する類の魔術……ちがう?」


魔法使い「さあ? どうかなあ」

戦士「いちおうそう思う根拠もあるんだけど。キミはどう思う?」

魔法使い「誰に話しかけてるの?」

戦士「彼にだよ。ほら、あそこ」

魔法使い「え……」



?「……バレてましたか」

254: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)22:18:31 ID:qNDJULlTA

?「いつから気づいてたんですか、私があなた方を見張っていたこと」

戦士「さあ? どうかなあ」


魔法使い「ちょっと私のマネしたでしょ」

魔法使い「……ていうかこの人って、さっきの占い師の人だよね?」


戦士「そのとおり。おそらくこの泥棒くんたちとグルだったんでしょ」

占い師「グル……そうですね、一番近い表現はそれですかね」


戦士「まんまとキミの手に引っかかったよ」

戦士「おそらく占いに使う水晶、あれになんらかの魔術が施されてたんだ」

戦士「気づいたら魅入られてるような、あるいは見た人間の意識を奪うような術をね」


魔法使い「で、私たちは見事にしてやられたってわけね」

255: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)22:28:36 ID:qNDJULlTA

戦士「普通にボロ出してたのにね、キミ」

占い師「はて? 心当たりはありませんが」

戦士「ふーん。あのときの会話は、たしかこんな感じだったはずだけど」



占い師『かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください』

占い師『よかったら勇者さまも』

勇者『あ、はい』



魔法使い「そうだよ! この人、名乗ってないのに勇者のこと、勇者って呼んでた!」

占い師「これはこれは。私もまだまだツメが甘いようですね」

戦士「まあすんだこと、これはどうでもいいんだよ」


戦士「ボクが解せないのは、どうしてそのまま剣を盗んで逃げなかったのかってことだ」


256: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)22:46:18 ID:qNDJULlTA

戦士「ボクらとたわむれるために、わざわざこんなパーティを開いてくれたのかい?」

占い師「さあ? どうかなあ」

魔法使い「……もしかしてそれ、私のマネ?」

戦士「ボクはね、こういう歓迎のされかたは好きじゃないんだよ」

占い師「次は気に入ってもらえるよう努力します」

戦士「次はない」

占い師「そう言わずに。次回もお楽しみください――」

魔法使い「……っ!? スモーク弾!?」

戦士「まったく、めんどうだなあ」

魔法使い「追わなくていいの!?」


戦士「おそらく、逃げる手段はあらかじめ用意してるでしょ」

戦士「ハナから剣を盗むつもりはなかったんだよ、たぶんだけど」

257: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)23:37:33 ID:qNDJULlTA

魔法使い「気がかかりなことがいっきに増えたね」

戦士「今後のことについては、またみんなで話しあおう」

魔法使い「ところで。泥棒さんの場所がわかった方法、まだ聞いてないよ」

戦士「これを使ったんだよ」

魔法使い「……シール?」


戦士「ボク、道具屋で購入したでしょ? この虫寄せシール」

戦士「最初にこの泥棒くんたちを捕まえようとしたとき、とっさに貼ってみたんだよね」


魔法使い「すれちがいざまに、よくそんなことができたね」

戦士「ボクを誰だと思ってるんだい?」

魔法使い「でも、どうしてそれでこの人たちの居場所がわかるの?」

258: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)23:49:28 ID:qNDJULlTA

戦士「このあたりは虫がウジャウジャいるからね」

戦士「当然彼らも携帯してたでしょ、虫除けスプレーは」


魔法使い「まって、すこし考えるから。答えは言わないで」

魔法使い「……つまりそのシールのせいで、虫が泥棒さんたちにまとわりつく」

魔法使い「それで虫除けスプレーを、この人たちは使った」


戦士「言っとくけど、そんな考えるような方法じゃないよ」

魔法使い「……わかった! 昨日雨が降ってたこと、これが関係してるんでしょ?」

戦士「どうやら答えがわかったみたいだね」


魔法使い「たぶんそのシールって相当効き目が強いものなんだよね」

魔法使い「だから何回もスプレーを自分に吹きかけた」

魔法使い「そしてスプレーが、昨日の雨でできた水たまりに残った」


戦士「そういうこと。剣を持ち逃げするなら、虫なんて無視するべきだからね」

魔法使い「スプレーのあとから、居場所と待ち伏せしてるってことがわかったんだね」

261: 名無しさん@おーぷん 2014/09/16(火)00:25:17 ID:bidySl8v9

魔法使い「でも運がよかったよね、虫寄せシールをたまたま買ってて」

戦士「たまたまじゃないんだ、これが」

魔法使い「どういうこと?」


戦士「言わなかった? ボクも占ってもらったこと」

戦士「その人に言われたんだ。虫関連の商品がラッキーアイテムって」


魔法使い「すごい、私も占ってもらいたいな。どこにいたの、その占い師さん」


戦士「道具屋のそば。美人さんだったし、とても親切だったよ」

戦士「わざわざラッキーアイテムの詳しい説明までしてくれたんだ」


魔法使い「美人は関係ないと思うけど。……ん? あれ?」

魔法使い「虫グッズの説明を親切にしてくれたんだよね、道具屋のそばで」


戦士「そうだけど? それがどうか……あっ」

魔法使い「……うん。その占いが当ったのは、本当に偶然だね」

戦士「……まんまと引っかかったわけね、アコギな商売に」

魔法使い「まあ、雨降って地固まるってことで。結果オーライ!」

262: 名無しさん@おーぷん 2014/09/16(火)00:43:56 ID:bidySl8v9




勇者(盗まれたモンを取り返した俺たちは、街に戻って合流した)

勇者(そのあとは教会に報告したり、コソ泥どもを市警につきだしたり……)

勇者(とにかく予想外に時間と体力を奪われることになった)


魔法使い「さすがに疲れちゃったね」

猫「俺様もまきこまれて疲れたにゃん」

戦士「今後はもっと警戒心ってヤツをもたないとね、今日みたいなのはもうコリゴリだよ」

勇者(めずらしく俺も戦士に同意)

僧侶「とりあえず今日の宿を見つけましょう」

勇者(これまた同意。ていうか早く着替えたい)


勇者(危うく俺まで市警に捕まるとこだったからな、このファッションのせいで)

263: 名無しさん@おーぷん 2014/09/16(火)00:55:58 ID:bidySl8v9

魔法使い「勇者、私のせいでさっきはごめんね」

勇者(もしかしてこのファッションのことを謝ってるのか?)

魔法使い「私のチョイスのせいで、勇者が泥棒に間違われるとは思わなかった……」

勇者「あ、いえ。その……」


猫「魔法使い、コイツはお前に言いたいことがあるらしいぞ」


勇者(なに!?)

魔法使い「言いたいこと?」

勇者(さっきの会話……猫の野郎、完全に覚えてたのか!)

勇者(猫のヤツめ。俺が礼のひとつも言えないと思ってるんだな、憎たらしい顔してんな)


勇者「……あの……魔法使い、さんのおかげで…………」

魔法使い「?」


勇者(落ち着け、俺! なに緊張してんだ!? ただお礼を言うだけじゃないか!?)

264: 名無しさん@おーぷん 2014/09/16(火)01:00:20 ID:bidySl8v9

魔法使い「……やっぱり私には服のセンスがないって言いたいの?」

勇者「い、いや。そういうことじゃなくて」


勇者(センスがないことは聞くな! 自覚しろ!)

勇者(ていうか俺が言いたいことはファッションセンスのことじゃない)


勇者「あの、これです……」

魔法使い「ナイフ?」

勇者「このナイフ……魔法使いさんが選んでくれたおかげで、助かりました……さっき」

勇者「その……あ、ありがとうございました」

魔法使い「あ、そのことね。うん……そっか」

265: 名無しさん@おーぷん 2014/09/16(火)01:31:02 ID:0IUXedbCe

勇者「と、とにかく……助かったんです、マジで」

魔法使い「なんか新鮮」

勇者「?」

魔法使い「勇者にお礼言われたのって、はじめてな気がするもん」

勇者「あ、あはは……と、とにかく魔法使いさんの服選びのおかげで、助かりました」

魔法使い「……ってことは、これからも私が選んだほうがいい!?」

勇者「いいえ、服選びは自分でします」

魔法使い「……そうだよね。センスのない私にチョイスなんてしてもらいたくないよね……」

勇者「あ、いや、今のはその……」



猫「礼は言えても、お世辞は言えんみたいだにゃん」

戦士「勇者くんにしては上出来だよ、本当に」

273: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:01:40 ID:ddzvohbXI




勇者「ああっ! もう無理もう無理マジで無理っ!」

戦士「逃げちゃダメだ!」

勇者「そんなこと言われてもっ!」

戦士「人間、たいていのことには慣れで対応できる! ほら、しっかり」

勇者「ていうか羽交い締めをやめてっ! お、俺死んじゃううぅ!」 

僧侶「……」

274: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:05:56 ID:ddzvohbXI

猫「さっきからコイツら、なにをしてるのにゃん?」

魔法使い「勇者がシャイすぎて、僧侶ちゃんに回復を頼めなかったことがあったでしょ?」

猫「あったな」


魔法使い「今後も同じことがあったら困るでしょ?」

魔法使い「で、見てのとおり。勇者のシャイをなおそうとしてるわけ」


猫「なおす?」

魔法使い「うん、なおそうとしてるでしょ?」

猫「戦士が勇者を羽交い締めにして、僧侶に近づけようとしてるのが?」

275: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:14:07 ID:ddzvohbXI

勇者「あぅ……」

戦士「あ、気絶してしまった」

僧侶「……」

魔法使い「うーん、この方法ならいけると思ったけど強引すぎたかな」


戦士「今までの人生で染みついた習性みたいなものだからね」

戦士「やっぱりそう簡単には克服はできないよ、人見知りならなおさらだ」


僧侶「勇者様、どうしますか?」

戦士「とりあえずベッドで寝かせておいてあげよう」

猫「……」


猫(コイツらは魔王様の敵……なのに、どうもそういう風に感じられん)

276: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:15:45 ID:ddzvohbXI

戦士「やっぱり勇者くんには、もっと適した治療法があるのかなあ」

猫(コイツはロン毛でいかにも軽薄そうだし)

猫(今のところ戦闘の様子を見てるかぎり、戦士というよりは魔法使いのスタイルに近い)

猫(でもこのパーティを仕切ってるのはコイツだし。勇者よりは絶対に頼りになる)



魔法使い「もっと適した治療って?」

猫(俺様に『居場所特定』、『魔術を使うと反応』の首輪をつけた魔法使い)

猫(見た目とは裏腹に相当な魔術の使い手だ)

猫(そのわりに一番年上っていうのを感じさせないのは、性格のせいかにゃあ)



僧侶「……完全に気絶してる」

猫(ある意味一番謎が多い女、僧侶)

猫(性格は沈着冷静そのもの。この女の治癒術の回復スピードはあなどれない)

猫(なにより俺様を見る目が……ちょっとコワイにゃん)

277: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:16:55 ID:ddzvohbXI

勇者「うぅ……彼女は最高よ……」


猫(そしてベッドの上でくたばってる勇者)

猫(やっぱり一番謎なのはコイツにゃん)

猫(実力はある。しかし替えがきかないというほどではない)

猫(なによりコイツにはあの感覚がない。まだ見えない底、という未知の感覚)

猫(戦士や魔法使いはこれまでの旅で、おそらく本気を出してない)

猫(わずかな期間しか一緒にいない俺様でも、それが手に取るようにわかる)

猫(だがコイツには……)

猫(とても魔王さまを追いつめるほどの実力があるとは思えない)

278: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:22:02 ID:ddzvohbXI

戦士「まあ今日はいろいろあったし。食事の時間まで自由行動といこう」

魔法使い「どこ行くの?」

戦士「情報収集もかねて、ボクはすこしこの街の観光と洒落こむよ」

僧侶「では私はいったん、自分の部屋に戻ります」

魔法使い「じゃあ私は……どうしようかな?」

猫「俺様に聞いてるのかにゃん?」

魔法使い「ほかにいないでしょ」

猫「俺様も今日は疲労困憊にゃん。すこし寝させてほしい」

魔法使い「えー、ちょっとだけお話しようよー」

猫「……」

279: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:33:00 ID:ddzvohbXI

猫「前から思ってたことがあるにゃん」

魔法使い「なあに?」


猫「お前といい勇者といい、俺様のことを敵と認識してるのか?」

猫「俺様はこんなナリでも立派な魔物にゃん」


魔法使い「もちろん。普通の猫はおしゃべりしないし」

魔法使い「だからその首輪をつけたんだしね」


猫「……」

魔法使い「いちおう今だって、あなたが勇者に悪いことしないか見張ってるんだよ?」

猫「そうなのか?」


魔法使い「うん……あっ。私、ちょっとトイレ行きたくなったから」

魔法使い「勇者のこと見ててね」


猫「え、あ、はい」

281: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:59:59 ID:ddzvohbXI

勇者「……ん、俺ってばいつの間に……」

猫「ふん、起きたか」

勇者「あれ、みんなは?」

猫「食事の時間まで、各自自由行動だそうだにゃん」


勇者「ふーん。おおかた戦士のヤツはまた街に繰り出したのか」

勇者「ホントあいつは、街をうろちょろするのが好きだよなあ」


猫「本人は情報収集と言っていたが」

勇者「俺も軽くトレーニングでもして、時間つぶそうかな」

猫「どうでもいいが、お前らってあんまり仲はよくないのか?」

勇者「そりゃあな。俺たちのパーティは急遽できた寄せ集めみたいなもんだ」

282: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/17(水)00:02:43 ID:1FkdYRte2

勇者「戦士と俺はもともと知り合いだった」

勇者「あっ、あと魔法使いと戦士も旧知の仲なんだっけ」


猫「その寄せ集めが魔王さまをたおそうなんて、無理な話にゃん」

勇者「べつに魔王退治を命じられてるのは俺たちだけじゃない」

勇者「魔王城探索のためだけに編成された部隊だってあるぐらいだ」


猫「それぐらいなら俺様だって知ってるのにゃん」

猫「だが世間では、魔王さまを討つのは勇者だと言われてるらしいじゃにゃいか」


勇者「それはおとぎ話や作り話の世界だ」

勇者「現実では国の連中が血眼になって魔王を探してる」


猫「では万が一、いや、億が一。
  魔王さまを討つものがあらわれるとしても、それはお前ではないわけだ」

勇者「時と場合しだいとしか言えないな、現状では」

283: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/17(水)00:11:35 ID:1FkdYRte2

猫「ふん……」

勇者「なんだよ、その目は」

猫「どうにもお前からは覇気を感じられんのにゃん」

猫「お前は本気で魔王さまを討ち取ろうと思ってるのか?」

勇者「……おとぎ話の中の勇者は、魔王をたおすためだけに生きてる」

猫「いきなりなにを言い出すにゃん?」


勇者「俺はおとぎ話の中の勇者じゃないって言ってんの」

勇者「俺の人生は魔王をたおすためにあるんじゃない」

勇者「だいたい俺と魔王のあいだに、いったいどんな因縁があるっていうんだ?」


猫「それを俺様に聞かれても」

285: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)00:24:28 ID:1FkdYRte2

勇者「まっ、たぶん闘うことになるんだろうけどな。魔王とは」

猫「……」

勇者「そんな気はする」

猫「ところで勇者」

勇者「なんだよ」

猫「さっきからドアの外で、聞き耳をたててるものがいるぞ」

勇者「聞き耳? 誰が?」

猫「俺様じゃなくて、扉のむこうにいるヤツに聞けにゃん」


僧侶「その必要はありませんよ」


勇者「そ、そそそそ僧侶さん!?」


猫(コイツは人が相手だと、とたんにカッコ悪くなるのにゃん)

286: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)00:35:52 ID:1FkdYRte2

僧侶「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったんです」

僧侶「勇者様の様子を窺いにきたら、扉の向こうでとても流暢に話す声が聞こえたので」

僧侶「思わず扉の前で立ちどまってしまいました」


勇者「あ、あはは、そうでしたか」

僧侶「もしかしてひとり言かと思いましたけど、ちがうみたいですね」

勇者「ええ、まあ……」

僧侶「……」

勇者「……」


猫(気まずい、この空間息苦しいぐらいに気まずいっ)

猫(旅を一緒にしてきた人間同士で、よくこんな空間が作れるものだにゃん)

287: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)00:44:13 ID:1FkdYRte2

僧侶「その猫の魔物が相手だと、そんなふうにお話できるんですか?」

勇者「……はい、まあ」


僧侶「……ごめんなさい。今の言い方は失礼でしたね」

僧侶「私も実はそれほどおしゃべりは得意なほうではないんです」


勇者「……そうですか」


僧侶「でもそのせいで、後の旅に支障が出るのは困りますよね?」

勇者「そう、ですね……」


僧侶「特に戦闘中にコミュニケーションが取れないって、一番の問題だと思うんです」

僧侶「そこで私なりに考えたアイディアがあるんです。聞いてもらってもいいですか?」


勇者「あ、はい」

288: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)00:57:46 ID:1FkdYRte2

僧侶「ハンドサインなんですけど。どうでしょうか?」

僧侶「これならいちいち話さなくてもいいし、一瞬で意思疎通ができると思うんです」


勇者「ハンドサイン、ですか」


僧侶「もちろん状況によっては使えない場合もあります」

僧侶「でも、なにもしないよりはいいかと」

勇者「……いいと、思います」


猫(それから二人は、というか僧侶が主導で話し合いをはじめた)


僧侶「とりあえずはこれで、必要最低限の意思疎通はできるはず」

勇者「僕がミスしなければ、ですよね。あはは」

僧侶「勇者様は時折期待を裏切りますからね……いい意味で」


猫(ふと思ったが僧侶の『いい意味で』は、冗談の類なのかもしれないのにゃん)

猫(非常にわかりづらいが)

289: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)01:10:26 ID:1FkdYRte2

僧侶「そろそろ食事の時間ですし、一旦ここまでにしましょうか」

勇者「そうですね……あの……」

僧侶「なんですか?」

勇者「わざわざ……ありがとうございました」

僧侶「…………べつに。こちらこそ、勇者様には申し訳ないことをしました」

勇者「申し訳ないこと?」

僧侶「苦手な私と同じ空間で、しかも二人きり。こたえたんじゃないですか?」

勇者「え、いや、本当に……ありがたいと思ったんです……」


猫(僧侶は勇者をふりかえると、小指を立てて自分のアゴに二回あてた)

猫(そしてなにも言わずに出ていってしまった)

290: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)01:19:51 ID:1FkdYRte2

勇者「今のハンドサイン、なんて意味だったんだろ」

猫「『死ねこのクソ野郎』みたいな意味じゃにゃいか?」

勇者「それは絶対にないと思う。それに……」

猫「それに?」

勇者「いや、なんていうか俺が思ってたよりイイヤツなのかもな、僧侶って」


猫「……メスにすこし優しくされただけで、すぐオスはなびく」

猫「人間も猫も、オスがアホなのは変わらんようだにゃん」


勇者「お前だって……ん? そういえばお前ってオスなの?」

猫「なんだ、薮から棒に」

291: 名無しさん@おーぷん 2014/09/17(水)01:23:28 ID:1FkdYRte2

勇者「まさかお前」

猫「な、なんだにゃん?」

勇者「ちょっと見せてくれよ」

猫「は?」

勇者「いいから。なんか無性にお前の性別が気になってきた」

猫「や、やめろにゃん! 触ってくるな!」


僧侶「勇者さま。食事の準備が……」



勇者「こら暴れるな! おとなしくしろっ。そして  を見せろっ!」

猫「んにゃあああっ!?」


僧侶「……」



猫(このあとどうなったのか、それはご想像におまかせする)

302: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/19(金)22:48:59 ID:WJsHTlD4N




戦士「いい腕をしてるね、ここのシェフは」

魔法使い「……相変わらずすごい量食べるよね、戦士」


戦士「野宿のときは腹六分目までしか食べられないんだ」

戦士「街にいるときぐらい、きっちり栄養はとっておかないと」


魔法使い「だとしても食べすぎ。重ねた皿が揺れてるし」

僧侶「でも、おいしいです。とっても」

魔法使い「そうだね。さすが勇者、宿のチョイスが上手だね」

勇者「どうも」


勇者(毎回泊まる宿に関しては、俺が選ぶことになっている)

勇者(宿にはちょっとしたこだわりがあるのだ)

303: 名無しさん@おーぷん 2014/09/19(金)22:55:12 ID:WJsHTlD4N

戦士「さて、眠くなっちゃう前に今後の方針について話しておこ」

魔法使い「山を越えてくのは、もう決定なんだよね?」

戦士「うん、問題はそのあと。どの街に行くかだ」


魔法使い「山越え大変だろうなあ」

魔法使い「また足がパンパンになりそう……」


僧侶「山を降りたあとだと港町か」

僧侶「街道を北へまっすぐ行ったところにある『夜の街』ですね」


魔法使い「もう一個街なかった?」

戦士「そっちはすでに向かってる集団がいる。さっき教会で聞いてきた」


勇者(魔王討伐のために編成された隊は公にはされてない)

勇者(でも、実は意外と存在する)

304: 名無しさん@おーぷん 2014/09/19(金)23:01:34 ID:WJsHTlD4N

勇者(そしてそれらには、教会への報告義務がもうけられてる)

勇者(ただし、味方どうしでの情報のやりとりは基本的にしない)


戦士「騎士団なのか斥候隊なのかは、当然わからないけどね」

魔法使い「仕方ないとは言え、味方の状況がわからないって少し不便だよね」

僧侶「そのかわり敵に捕まったとしても、情報の漏洩は最小限ですみます」

魔法使い「それはまあ、そのとおりなんだけど」

戦士「猫がウソをついてないなら、『夜の街』に行くべきかな」

僧侶「あの街は過去の争いの名残で、売春や人身売買などが横行してるそうですね」

魔法使い「国も対応できてないのが現状だもんね」


勇者(アナーキーを象徴するような街ってわけか)

306: 名無しさん@おーぷん 2014/09/19(金)23:04:08 ID:WJsHTlD4N

戦士「人間の管理がほとんど届いてない場所だし、行く価値は絶対にある」

魔法使い「……戦士、顔がなんかゆるんでない?」

戦士「よくわかったね」

魔法使い「私たちは魔王をたおすために『夜の街』へ行くんだよね?」


戦士「なにを今さら」

戦士「ただまあ、オトコとしては少し興味がわいてしまうよね」

戦士「ねえ、勇者?」


勇者「へ?」

307: 名無しさん@おーぷん 2014/09/19(金)23:05:34 ID:WJsHTlD4N

僧侶「そうなのですか?」

勇者「え? い、いや、急に話をふられても」

僧侶「さきほども、猫にいかがわしいことをしてましたけど?」

魔法使い「勇者、なにしたの?」


勇者(なんか猫にしたか、俺?)


僧侶「勇者様は少し特殊なのですね。いい意味で」

勇者「……」


勇者(こういうとき、戦士みたいにサラッと言葉が出る口がうらやましい)

319: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/25(木)00:06:00 ID:XloV88vtE




勇者(現在山で昼食もかねた休憩のさいちゅう)

勇者(山登り。俺もいくつもの山を越えているが正直きらいじゃない)


勇者「……」

戦士「……」

魔法使い「……」

僧侶「……」


勇者(そう。キツイ山を登っていれば自然と口数が減る)


勇者(会話をしなくていい)


勇者(魔法使いなんて、かれこれ三十分以上口をきいてない)

勇者(僧侶はもとから口数がすくないヤツだが、やっぱりつらそうだ)

勇者(戦士はなぜか機嫌がいいみたいだ。鼻歌なんか歌っている)

320: 名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木)00:15:17 ID:XloV88vtE

戦士「大丈夫かい。なんだかみんな元気がないみたいだけど」

魔法使い「……なんで戦士はそんな元気なの?」

戦士「ボクは山が好きだからね」

魔法使い「でも山より海のほうが好きなんでしょ?」

戦士「たしかに露出した肌を拝むのに、海は適してるけどね」

戦士「海。苦手なんだよね」

魔法使い「苦手?」

戦士「うん。ボク、あまり泳ぎが得意じゃないんだよね」


勇者(なんか意外だ)

322: 名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木)00:17:13 ID:XloV88vtE

勇者(……そうだ。今のうちにすましておこう)


僧侶「勇者さま。どちらへ?」

勇者「……」

僧侶「……なるほど」


勇者(ハンドサイン、便利だな)

勇者(これなら俺でも、ある程度は普通に意思疎通できるぞ)

323: 名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木)00:30:23 ID:XloV88vtE




猫「パーティからはなれてなにをするかと思えば、小便か」

勇者「ついてきたのか」

猫「俺様はいつでもお前の首をねらっている」

勇者「無理だよ。優位に立ったぐらいで浮き足たつようなヤツにはな」

猫「隠していたが、実は俺様には奥の手があるんだにゃん」

勇者「お前には足しかついてないぞ」

猫「そういう意味じゃない」

勇者「しかし、ハンドサインって便利だな」

猫「そういえば、僧侶に送ったサインはなんだったんだ?」

勇者「『トイレ』」

猫「……にゃるほど」

333: はい◆vpZmHuIQzk 2014/10/01(水)22:21:34 ID:XvuESumeU




サキュ「で、結局あたしの水晶は役に立たなかったってわけ?」

?「そうでもありません。数秒間、勇者たちの意識を奪うことに成功してました」


サキュ「数秒間だけ? あたしの魔力をたっぷりと吸わせた水晶なのに?」

サキュ「普通の人間なら、人形みたいになっていてもおかしくないのに」


?「相手は勇者たちです」

サキュ「まっ、一筋縄じゃいかないってことね」

側近「んなことより、魔王様の傷はまだ治らねえのかよ?」


?「様々な癒し手に試させましたが、やはり天敵とも言える勇者につけられた傷」

?「そう簡単には治らないようです」


側近「こうなったら俺たちの出番なんじゃねえの?」


姫(なぜ私の部屋で会議じみたものを……)

334: はい◆vpZmHuIQzk 2014/10/01(水)22:23:45 ID:XvuESumeU


側近「魔王様が動けない今、俺たちが勇者を始末する……どうよ?」

サキュ「アンタはてきとうに理由つけて勇者と戦いたいだけでしょ?」

側近「どっちにしてもヤることは決まってんだ。だったら早い方がいいだろ」


サキュ「あのねえ。あたしは魔術研究機関に探り入れるので忙しいの」

サキュ「それ以外にもやることは山積みだしー」


側近「じゃあ俺一人でヤる。それなら文句はないだろ?」


?「しかし、相手は仮にも勇者。一人で相対するのは危険かと」

?「あなたの雑務、私が引き受けましょう」


サキュ「……本気で言ってんの?」

?「ええ」

335: 名無しさん@おーぷん 2014/10/01(水)22:24:42 ID:XvuESumeU

サキュ「んー、まあ戦うのはいいんだけど」

側近「……お前、またセコイ手を考えてんのか?」

サキュ「だって、真っ正面から戦う必要はないじゃない」

側近「ガチンコ勝負がしてえんだよ、俺は」

サキュ「セコイ手に籠絡されるような連中だったら、勝負するまでもなくない?」

側近「……言われてみりゃそうだな。雑魚には興味ねえ」

サキュ「じゃ、そういうことで決定ね。でも」

?「どうかしましたか?」

サキュ「アンタはアンタで例の装置の開発、やらなくていいわけ?」

?「なんとかなりますよ、おそらくですが」

336: 名無しさん@おーぷん 2014/10/01(水)22:29:08 ID:XvuESumeU

側近「いやあ、ひさびさにイイ血が流せそうで楽しみだぜ」

サキュ「うわあ。物騒だこと」

側近「物騒? 流した血は勲章だろ?」

サキュ「……それを言うなら汗でしょ、アホ」

側近「いちいち細けえヤツだな。そんなんじゃ小じわが増えてく一方だぞ」

サキュ「はあ!? 増えてないし! そんな年齢でもないし!」

?「二人とも、落ち着いてください。姫様が困惑してらっしゃいます」

側近「あ? なんでこの嬢ちゃんがここにいんだよ?」

姫「……」

?「ここはいちおう彼女にあてがわれた部屋ですから」

337: 名無しさん@おーぷん 2014/10/01(水)22:31:40 ID:XvuESumeU

姫「敵の目の前で、よくペラペラとおしゃべりできますね」

側近「敵? 誰のこと言ってんだ?」

姫「……私に決まっているでしょう?」

側近「……ひひひっ」

姫「な、なにがおかしいのですか?」

側近「ひひっ……ふははははっ!」

側近「おいおいテメエは笑いの天才か!? 俺を笑い死にさせようってか!?」

姫「なっ……」

側近「片腹、いや、両腹が痛えぞ。血がにじむ痛みも、外の世界もなんにも知らねえ小娘が」

側近「俺たちの敵だって? 最高のジョークだな」

姫「わ、私は……」

側近「大声で笑ったら腹がすいた。メシを食ってくる」

338: 名無しさん@おーぷん 2014/10/01(水)22:35:04 ID:XvuESumeU


?「私もこれで失礼します」

姫「……」

サキュ「あなたのジョーク、受けてよかったねー」

姫「私は冗談なんて……」

サキュ「でしょうね。悔しそうな顔してるし」

姫「あなたたちは勇者に勝てるって、本気で思ってるの?」


サキュ「勝てる勝てないって、この場合関係あるわけ?」

サキュ「あたしらの生きていける世界はどんどんなくなってく、人間のせいでね」


姫「……」

サキュ「だったら生き残るために抗うしかないじゃない?」

339: 名無しさん@おーぷん 2014/10/01(水)22:37:43 ID:XvuESumeU

サキュ「まっ、人間からしたら魔物は悪魔みたいなものだし。理解できない感覚よねー」

サキュ「あたしも昔はあなたと同じで、魔物はコワイ存在だって思ってたもん」


姫「……え?」


サキュ「でも。そういう価値観なんていいかげんなもんよ」

サキュ「姫様ってさあ、あたしはすんごくカワイイと思うのね」


姫「な、なにを急に言いだすのよ? あ、あとなんでくっつくの?」

サキュ「姫様のすべすべの肌を堪能しようと思って」

姫「意味がわからないわ」

サキュ「ねえ、美人の基準ってなんだと思う?」

姫「唐突すぎます。なにが言いたいの?」

サキュ「いいからさあ、考えてみてよ」

347: hai 2014/10/03(金)23:35:54 ID:4tafPKq5W

姫「そういう基準って、結局人それぞれでしょう?」


サキュ「まあね。世の中にはいろんな好みがあるからねえ」

サキュ「ちっちゃい足がステキとか、ウエストが細いのが最高とか」

サキュ「体重が200キロ越えないと愛せないとか」


姫「そ、そんな人がいるの?」

サキュ「あたしのことだけど」

姫「え」


サキュ「アレはいいよお。200キロを超えた抱き心地のよさとか、もうね」

サキュ「抱きしめた瞬間、肉汁が毛穴から出そうになるスリルとか」


姫「う、ウソでしょう?」

サキュ「うん、ウソ」

姫「……」

348: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/03(金)23:36:48 ID:4tafPKq5W

サキュ「でもさあ、美人にも一般的な基準はあるじゃない?」

サキュ「ムダに肥えてる人は、美人って言われないでしょ?」


姫「世の中にはふくよかな人を美人と扱う国もあるわ」


サキュ「そのとおり。ねえ、不思議じゃない?」

サキュ「同じ人間でも、国がちがうってだけで美人が変わるのよ」


姫「文化や風習は国ごとにちがうんだから、当然のことです」

サキュ「じゃあさ、どうやって美人の基準はできるの?」

姫「それは……」


サキュ「答えは簡単。国の統一者が一言、こう言ったから」

サキュ「『オレは腰が細い女が好きだ』ってね」

350: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)00:07:35 ID:enDVJV3fH

姫「……どういうこと?」


サキュ「王様がそう言ったら、当然女たちは取り入ろうとするでしょ?」

サキュ「で、そういうおエライさんの好みは時代の流れといっしょに廃れてく」

サキュ「でもその名残が、風習や文化として人々に根づいてく」


姫「そんなことで……?」


サキュ「突き詰めれば文化や風習、人の価値観なんてみんなそうよ」

サキュ「勝手に植えつけられたものを、人は自分の意志と勘違いしてるだけ」

サキュ「あなたが魔物を敵と認識してるのも、あるいはね」


姫「……なにが言いたいの?」


サキュ「あなたの意思、それってホントにあなたの意思?」


姫「……!」

352: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)00:17:06 ID:enDVJV3fH

サキュ「んじゃ、あたしもそろそろ行くわー」

姫「待って」

サキュ「なあに?」

姫「あなたは……これから勇者たちと戦うの?」

サキュ「ええ――私の意思でね」

姫「……」


姫(『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』)

姫(私は……私は……)

355: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)00:37:47 ID:enDVJV3fH




魔法使い「はぁはぁ……あのさ、ひとつ言ってもいい?」

戦士「なんだい?」

魔法使い「さっきから逃げすぎじゃない!?」

僧侶「体力や魔力の温存のためですし。しょうがないかと」

魔法使い「でも魔物から逃げるために、結局走るんだよ?」

戦士「走らなきゃ逃げれないからね」

魔法使い「山道で走るぐらいなら、やっつけたほうが絶対にラクだよ!」


戦士「ずっと走ってたわけじゃないでしょ?」

戦士「それに、魔物と交戦したら魔力の消費はさけられない」


僧侶「人体の回復において、魔力はもっとも優先順位が低いものですからね」

戦士「魔力なしでも人間は生きていけるからね」


勇者(まあそのおかげで、予定よりもすこし早く到着したけどな)

勇者(『夜の街』に)

357: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)01:03:44 ID:enDVJV3fH

魔法使い「その魔力回復について、私から提案!」

僧侶「なんですか、そのビンは?」

戦士「なんかブクブク泡立ってるんだけど」

魔法使い「それは強炭酸。あやしいものじゃないよ」

勇者(飲み物の色じゃないぞ、これ)


魔法使い「魔力の回復を促す、私が独自に開発した薬!」

魔法使い「これを飲めば、魔力は一日で全回復まちがいなし!」


戦士「ボクは遠慮しておくよ。あとがコワイからね」

魔法使い「どうせそう言うと思った。じゃあ勇者は?」

勇者「げっ! ボク、ですか?」

魔法使い「『げっ!』ってなによ。信用ないなあ」

358: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)01:15:51 ID:enDVJV3fH

勇者(なんで俺にふるんだよ!)

魔法使い「効き目があることは、たぶんまちがいないから大丈夫!」

勇者「そういうの作るなら、からだを成長させる薬品でも作ればいいのに」

魔法使い「今、なんて……?」

勇者(あ、こころの声が出てしまった)


戦士「勇者は口数少ないくせに、一言多いんだよねえ」

猫「ムダにタチが悪いヤツだにゃん」


勇者「い、いや! 今のは誤解です! ほ、本当は……!」

魔法使い「本当は?」

勇者「えっと……」


勇者(適切な言い訳が出てこねえ!)

359: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)01:23:42 ID:enDVJV3fH

魔法使い「飲んで」

勇者「え?」

魔法使い「申し訳ないって思うなら、このクスリ、飲んでよ」

勇者(ええー、それはちょっとちがうんじゃあ……)

魔法使い「露骨に不満そうな顔しない!」


僧侶「勇者様は言葉に出さないのに、顔にはすぐ出ますよね」

戦士「一番損する性格だよ」


勇者(結局俺は魔法使いの得たいの知れないクスリを飲んだ)

勇者(自分に味覚があること。そのことを後悔したくなるような味だった)

361: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)01:35:36 ID:enDVJV3fH

魔法使い「あんまり人がいないね」

戦士「国の管理が行き届いてない関係で、魔物に荒らされたりしてるからかな」

僧侶「それでも夜になると、この街は表情を変えるって言われてます」


勇者(今は半分以上閉まってる店たちも、夜には……)


僧侶「勇者様、ほっぺがゆるんでますよ」

勇者「そ、そんなこと……な、ないですよ?」

戦士「ボクら男にとっては、興味深い街だ。仕方ないね」

僧侶「ふーん」

魔法使い「いやらしい」


勇者(なんで俺だけ!?)

363: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)01:48:18 ID:enDVJV3fH

魔法使い「とりあえず、宿を探さないとね」

僧侶「お世辞にも治安がいいとは言えない街です。慎重に選びましょう」



戦士「勇者、ちょっと」

勇者「なんですか?」

戦士「今夜は女子とは別行動をとろう」

勇者「……どうして?」


戦士「言わせないでよ。ここは『夜の街』、そしてボクらは野郎だ」

戦士「旅に潤いと刺激は必要でしょ? この街にはそれがある」


勇者「でも、俺、見知らぬ女性と話すのはちょっと……」

戦士「問題ない、ボクにまかせな」

勇者「うっす」


勇者(なぜか戦士が異様に頼もしく見えたのであった)

372: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/07(火)22:25:54 ID:TGWTVdBTx




勇者(やるべきことを済ましたころ、街は夜の顔を見せ始めていた)

勇者(で、さっそく『夜の街』へ繰り出した)


戦士「どうしたんだい勇者? 顔がこわばってるよ」

勇者「あのふたりが気になって」


勇者(僧侶と魔法使いの目、なんかコワかったなあ)


戦士「あのふたりでは、色に目がくらんだボクは止められないよ」

勇者「さいですか」

戦士「それに、見てごらんよ」

戦士「昼間はあんなに閑散としていた街も、なんてにぎやか!」


勇者(人が多いとことか、騒がしいとこって好きじゃないんだよな)

373: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:26:38 ID:TGWTVdBTx

「お兄さんたち、目がもうアレになってるよ!」

「どうです? お客さんの好み、うちなら絶対いるよ」

「とりあえず寄ってけよ! 損は絶対にしないって!」



戦士「いかつい人多いね。このマスラオたちは、癒しを求めて港町から来たのかな?」

勇者「……帝都みたいだ」

戦士「帝都と言えば、姫様のことが気になるね」

勇者「……」

戦士「すごいね。一瞬で顔が青くなった」


勇者(姫様がさらわれて、お偉方にボコボコにされたのを思い出した……)

374: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:27:18 ID:TGWTVdBTx

戦士「キミは姫様と懇意の仲だって聞いたけど、実際どうなの?」

勇者「いや、まったく」


勇者(謁見こそ何度もしてるけど、まともにしゃべれたことがない)

勇者(……姫様、本当に大丈夫かな)


戦士「ボクも一度でいいから、実際にこの目で見てみたいね」

戦士「とんでもない美人なんだろ?」

勇者「まあ……」


勇者(美人だからよけいに話しづらいんだよなあ)

375: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:28:06 ID:TGWTVdBTx

姫『――ということが、あったんですよ』

勇者『……』

姫『勇者、私の話聞いてくれていますか?』

勇者『お、おっふ……』

勇者(こんなやりとりを何度したことか)


戦士「姫様についてはまた今度聞こうかな」

戦士「すでにボクらは、ステキな女性に目をつけられてるからね」

勇者「は?」


女「お兄さんたち、ぜひウチに来てきてくださいよー」


戦士「この街に来たのは初めてでさ、観光中なんだよね」

女「だいじょーぶ。常連さんじゃなくても、たっぷりサービスしますよん」

勇者(会話が噛みあってないぞ)

376: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:29:58 ID:TGWTVdBTx

戦士「この街についても詳しく聞きたいな」

女「個室もありますし指名もできますよー。あっ、ママは無理だけど」

戦士「だってさ」

勇者「ま、まだ心の準備が!」

女「どうしちゃったの、お兄さん?」

戦士「彼、極度の人見知りなんだ」

女「じゃあ、あたしを指名してくれたらオッケーだよ!」

勇者(なにがオッケーなんだ!?)

女「かわいいなあもうっ! 顔まっかっかだし!」

勇者(『まっかっか』ってなに!?)

女「じゃ、お店まで案内するからついてきてー」

377: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:31:55 ID:TGWTVdBTx

勇者「せ、戦士……」

戦士「今さら帰ろうとか言わないでよ」

戦士「キミは勇者だ。色の一人や二人、こさえていたほうがハクがつくさ」

勇者「いや、でも俺は……」

戦士「これは情報収集のためでもあるんだ」

勇者(適当なことを。絶対についでだろ)


女「お兄さんたち、なあにをコソコソ話してんの?」

戦士「彼、こういう店は初体験でね。気後れしてるんだよ」

女「めずらしいねえ。でもだいじょーぶ、あたしにまかせて」


勇者(女が俺の腕に自分のそれをからめた。逃げられねえ)

勇者(ていうか胸が! 胸がっ!)

378: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:34:29 ID:TGWTVdBTx

勇者(店に入って俺と戦士はわかれた。個室に女と入る俺)

勇者(ていうか、ここってどういう店?)


女「緊張してるでしょ、お兄さん」

勇者「ま、まあ……」

女「こんなにウブな人、この街じゃめずらしいよ」

勇者「あ、いや、はい」


勇者(なぜ話すだけなのに、こんなに密着してるんだ!?)


女「お兄さん、お酒はー?」

勇者「お酒……?」

女「うん。あんまり飲めないっていうなら、水割りでもいいよん」

勇者「えっと……じゃあ、それで……」

379: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:35:29 ID:TGWTVdBTx

女「ねえ、お兄さんはなにしてる人なのー?」

勇者「そ、それは……」

女「あ、もしかして言えない感じ? だったらいいよ、無理に答えなくて」

勇者「……すんません」



勇者(ダメだ。なにを話せばいいのか、見当もつかない!)

勇者(『なんでこんなお店で働いてるんですか?』とか?)

勇者(……もし返ってきた答えが重かったら困る、これは却下)

勇者(『キミかわうぃーねえ!』……絶対ちがうな、これ)

勇者(こんちくしょうめ! なぜ俺の舌と頭はこんなにも回らないんだ!?)



女「はい、あたしの特別カクテル。めしあがれー」

勇者(とりあえずアルコールの効果に期待しよう)

380: 名無しさん@おーぷん 2014/10/07(火)22:39:53 ID:TGWTVdBTx

勇者「……」

女「どう? お酒つくるの下手っぴなんだよね、あたし」


勇者(緊張のせいか、全然味がわからない)

勇者(ていうか、なぜかキモチわるくなってきた……)


女「顔色がすごいことになってるけど。そんなにまずかった?」

勇者「いや……ちょっとお手洗い……借りて、い、いいですか……?」

女「お手洗いなら個室を出て、右手にずっと進めばありますよー」

勇者「すんません……」





女「……毒が回るまで30秒ぐらいかなあ?」

女「最後の30秒。せいぜい堪能してね、勇者」

382: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)00:13:44 ID:I7Ebqe0Qi




「テメエ! 今明らかにイカサマしただろ!?」

「あぁっ!? おまえの目は節穴か!? いや   穴か!?」

「はあっ!? うちの犬に   らせんぞ!」



「うわっ、お前もあの店体験しちまったのかよ」

「これで俺とお前は 兄弟ってわけだ」

「これ以上 兄弟が増えるのは勘弁だぜ」

「そのうち イトコまで登場するかもな」



猫「ったく、騒がしい連中が多い店だにゃん」

僧侶「料理の質そのものはいいんですけどね、この店」

魔法使い「……」

383: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)00:21:58 ID:I7Ebqe0Qi

魔法使い「絶対いかがわしい店に行ったよね、あの二人」

僧侶「戦士様の様子を見るかぎり、そうなのでしょうね」

魔法使い「もうっ、魔王退治の旅の最中だっていうのに」

猫「あの二人は情報収集に行ったんじゃないのかにゃん?」

魔法使い「それは建前。あの二人は今ごろお楽しみだよ」

僧侶「それにしても。この街だと情報収集が難しいかもしれませんね、私たちでは」

魔法使い「うかつに話しかけると、水商売の人と勘違いされちゃうもんね」

猫「オッサンに連れてかれそうになってたな、魔法使い」

魔法使い「……ほんと、ビックリしちゃった」

387: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)00:37:31 ID:I7Ebqe0Qi

僧侶「この街では『そういうこと』がめずらしくないのでしょう」

僧侶「ほかにも、この街には見世物小屋もあるようです」


魔法使い「なんでもありの街なんだね。はぁ……」

猫「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」

魔法使い「苦手なんだ、こういう雰囲気」

僧侶「少々騒々しいかもしれませんね」

魔法使い「うるさいのは問題ないの。ただ……」

猫「ただ?」

魔法使い「無秩序でやりたい放題荒れ放題みたいな感じが、ちょっとね」

388: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)00:51:04 ID:I7Ebqe0Qi

魔法使い「自分で言うのもなんだけど。私、大事に育てられたから」

魔法使い「なんだか信じられなくて」

魔法使い「こんな街に自分が来ることも。こういう街があることも」


僧侶「初めて見世物小屋を拝見したときは、私も似たようなことを考えました」

魔法使い「行ったことあるの?」

僧侶「ええ。実際にそこでなにが行われているか、この目で確かめたかったんです」

魔法使い「見世物小屋って……その、すごいんだよね?」

僧侶「見世物の種類は様々ですが。代表的なのは奇形児などでしょうか」

魔法使い「ひどい話だよね」

僧侶「……そうでしょうか?」

魔法使い「え?」

389: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)01:09:42 ID:I7Ebqe0Qi

僧侶「モラルの面から見れば、ひどいことかもしれません」

僧侶「ですが見世物小屋は必要な場所だと思います、私個人は」


魔法使い「必要? どうして?」


僧侶「たとえば、奇形児と呼ばれる人たち」

僧侶「肉体の関係で、彼らには金銭を稼ぐ手段がほぼ存在しません」

僧侶「そんな彼らから見世物小屋を奪ったら?」


魔法使い「それは……お金を稼ぐ手段がなくなっちゃうけど」

魔法使い「でも、女の人が自分のからだを売るのは……」

390: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)01:15:26 ID:I7Ebqe0Qi

僧侶「それさえも、生きる手段です」

僧侶「私たちが自分たちの魔術を活かして、日々を生きているように」

僧侶「彼女たちは、自分のからだを武器に生きているのです」


魔法使い「……自分のからだを武器に、か」

僧侶「……」

魔法使い「……僧侶ちゃんってさ」

僧侶「はい」

魔法使い「考えた大人だよね。私なんかよりも、ずっと」

僧侶「ほめ言葉として受けとっておきます」

391: 名無しさん@おーぷん 2014/10/08(水)01:32:06 ID:I7Ebqe0Qi

魔法使い「じゃあ風俗法が制定されたら、困る人も出てくるってことか」

僧侶「ええ、確実に」

魔法使い「……物事はいろいろな角度から見なきゃ、ダメ。
     わかっていて当然なのにね、こんなこと」

僧侶「難しいですよね、世の中って」

魔法使い「うん、とっても」



魔法使い「そういえば、はじめてだよね。二人だけで話すのって」

僧侶「言われてみれば」

魔法使い「よかったかも、あの二人がいなくて」

僧侶「あの二人って、勇者様と戦士様ですか?」

魔法使い「うん。おかげで、こうやって僧侶ちゃんとお話できてるんだもん」

僧侶「……」

406: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/13(月)22:22:44 ID:7q4roGko6

僧侶「……私と話をしていて楽しいですか?」

魔法使い「どうしたの急に?」

僧侶「正直、私も勇者様ほどではありませんが会話が苦手なので」

魔法使い「僧侶ちゃんもそういうの、気にするんだね」

僧侶「……」

魔法使い「あっ、ごめん。ちょっと失礼だったよね」

僧侶「似たようなことを、ときどき誰かに言われたりします」


猫(言われるだろうにゃあ。俺様からしても意外だにゃん)

407: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:24:08 ID:7q4roGko6

魔法使い「人間、なにで人を傷つけるかなんてわかんないもんね」

魔法使い「勇者がおしゃべり苦手なのも、そういう理由が関係してるのかも」


僧侶「さらっと余計なことを言いますけどね」


魔法使い「たしかにね。でも、あんまり気にしないほうがいいと思うなあ」

魔法使い「ほら、戦士を思い浮かべてよ」


僧侶「戦士様、ですか?」


魔法使い「あいつはいつも飄々としてるじゃない?」

魔法使い「今日だって急にいなくなったと思ったら、汗だくで帰ってきたりしてるし」


僧侶「あの人はいったいなにをしてるのでしょう?」

魔法使い「ねっ、謎だよね」

408: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:26:35 ID:7q4roGko6

魔法使い「まあでも、戦士のマイペースさは見習うべきなんじゃないかな?」

僧侶「そうかもしれませんね」


魔法使い「それに、私はよかったと思う。僧侶ちゃんと話せて」

魔法使い「自分が見落としてることに、気づかせてくれたし」


僧侶「えっと……ありがとうございます」


魔法使い「いえいえ、どういたしまして」

魔法使い(僧侶ちゃんのこの顔、ちょっと照れてるのかな?)

魔法使い「さっ、せっかくだしお酒でも飲もうよ」


僧侶「アルコール……」

魔法使い「もしかしてお酒、苦手?」
?

409: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:28:45 ID:7q4roGko6

僧侶「苦手というより、ほとんど飲んだことないです」

魔法使い「へえ、なんか意外かも」

僧侶「意外ですか?」

魔法使い「うん。なんとなくお酒に強そうなイメージだったから」

僧侶「いちおう私も神に仕える身で、お酒は控えてるんです」

魔法使い「そっか、戒律があるもんね」

僧侶「とは言っても、守ってる人はそんなにいないんですけどね」

魔法使い「じゃあ飲もう。だいじょうぶ、神様のかわりに私が許す」

僧侶「じゃあ、すこしだけ」


魔法使い(酔ったらどうなるのかな? ていうか酔うのかな?)

410: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:30:53 ID:7q4roGko6

魔法使い(20分後。とりあえずカクテルからスタートしたんだけど)


魔法使い「大丈夫? 顔がすこし赤くなってきてるよ?」

僧侶「言われてみると、すこし顔があついですね。でも大丈夫ですよ」

魔法使い「……どこまで話したっけ?」

僧侶「お父様とケンカしたところまで、だったと思います」


魔法使い「そうそう、そうだったね」

魔法使い「本当はそのまま学校に残って、そのまま研究職に就く予定だったんだ」

魔法使い「だけど、なんだかそれじゃダメな気がしてさ」

魔法使い「お父さんの反対を押し切ってギルドに入っちゃったんだよね」

411: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:31:51 ID:7q4roGko6

魔法使い「お父さんは研究員で、普段はほとんど家に帰ってこないんだ」

魔法使い「だから思わず言っちゃったの。『父親ヅラしないで』って」


僧侶「へえ」

魔法使い「……ごめん。この話、退屈じゃない?」

僧侶「いえいえ。私から聞いたことですし」


魔法使い「ならいいんだけど」

魔法使い「それにしても。ヒドイこと言っちゃったよね、お父さんに」


僧侶「気にするでしょうね」

魔法使い「気にするかな? 箱入り娘の私の言葉だよ」

僧侶「実の娘の言葉です。どっちにしてもバレてたわけですし」

魔法使い「父親ヅラしてるっていうのは、私の言いがかりだけどね」

412: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:34:59 ID:7q4roGko6

僧侶「しかし、普段会っていない魔法使い様でさえ指摘したことです」

僧侶「おそらくお母様も気づかれているでしょうね」


魔法使い「お母さんはお父さん大好きなんだよね。だから、気にしなさそう」

僧侶「どうでしょう。私がまだ見習いだったとき、教会で相談を受けたことがあります」

魔法使い「へえ、教会ってそんな相談も受けるんだ」

僧侶「雑談の延長といった感じでしたけど、本人はとても深刻そうでした」

魔法使い「悩むぐらいだったら、普通に接してあげればいいのに」

僧侶「いちおう人の目を気にしすぎない方がいい、とアドバイスしておきました」

魔法使い「人の目? ……なんかさっきから会話が微妙に噛みあってないような」


僧侶「お父様がかつらをしてるって話でしょう?」


魔法使い「ちがう! 『父親、ヅラしてる』じゃなくて! 『父親ヅラしてる』だから!」

413: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:38:16 ID:7q4roGko6

僧侶「へえー、そうですか」

魔法使い「なんか会話に違和感あるなと思ったら……相当酔ってるね」


客A「おっ、お姉ちゃん。いい感じにできあがってるね」

客B「せっかくだし俺たちと飲まない? もっとイイ店紹介するからさ」


僧侶「はあ、誰ですかあ?」


魔法使い(うわっ。僧侶ちゃんがこんな状態のときにナンパなんて)


魔法使い「けっこうです。私たち、女だけで粛々と飲んでるので」

客A「お前は誘ってねえよ。つーか、なんでガキがこんな店にいんだよ?」

魔法使い「……あのね。またこのパターンって感じなんだけど私は……」

客B「わかったわかった。じゃあ、おめえも連れてってやるよ」

魔法使い「そうじゃなくて! ていうか勝手に彼女を連れてこうとしないで!」

414: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:41:23 ID:7q4roGko6

  「婦女子に狼藉を働くとはな。男の風上にも置けんクズめ」


客A「あ? 誰だよアンタ?」

魔法使い(騎士……しかも女の人)


女騎士「私か? 私は騎士だが。貴様が覚えるのは私なんかのことではない」

客B「なんだか知らねえが、水差すようなマネを――え?」


魔法使い(一瞬だった。その騎士さんは客の腕をつかむと、テーブルに突っ伏させた)


客B「痛えよっ! なにすんだよ!?」


女騎士「貴様のようなヤツには、これが一番効くだろう」

女騎士「……大丈夫か? 怪我は?」


魔法使い「あ、大丈夫です。その……わざわざすみません」

415: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:42:50 ID:7q4roGko6

女騎士「気にしなくていい」

女騎士「困っている人がいたら助ける、それが騎士として当然の務めだ」


魔法使い(絵に書いたような騎士さんだ)


女騎士「礼のかわりと言ってはなんだが、ひとつ聞きたいことがある」

魔法使い「私で答えられることだったらなんでも」


女騎士「実は――」

魔法使い「!」


魔法使い(その騎士さんが続きを言おうとしたとき)

魔法使い(遠くから雷鳴にも似た爆音が、はっきりと聞こえた)

417: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:45:43 ID:7q4roGko6

女騎士「なにかあったようだ。私は様子を見てくる」

女騎士「もしなにかあったとしたら、この街は混乱に陥る。安全な場所へ避難してくれ」


魔法使い「一人じゃ危険かも。私も……」

女騎士「その連れはどうする気だ?」

僧侶「んー?」

魔法使い「あっ……」

女騎士「心配しなくていい。私なら問題ない」


魔法使い(それだけ言うと、騎士さんはすぐに店を飛び出していった)

418: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:51:12 ID:7q4roGko6




女(まさかここまで容易に事が運ぶなんてね)

女(まっ、あたしはサキュバスだし。この店に誘導することなんて朝飯前)

女=サキュ(拝んでおこうかしら? トイレで野垂れ死んでる勇者の顔を)



戦士『勇者! おい勇者! しっかりしろ!』



サキュ(あの声、勇者と一緒にいた男ね)

サキュ(ついてる。ついでにこの男も始末して――)


キイイィッ……


サキュ「……あら」

戦士「やあ」

サキュ「お兄さん、こまりますぅ。そんな物騒なもの、しまってください」

419: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)22:54:02 ID:7q4roGko6

戦士「ボクの剣よりキミのツメのほうが、おっかなそうだけどね」

サキュ「これはネイルチップ。オシャレですよ」

戦士「だったらおかしいな。そのオシャレ爪、なんでこっちに向けるの?」

サキュ「お兄さんがあたしの喉元に剣を突きつけてくるんだもん」


戦士「……ったく、してやられたよ」

戦士「魔物がこんな店で働いてるなんてね」


サキュ「意外なのはこっちも同じ」

サキュ「ずいぶん冷静よね。勇者はとっくに息してないのに」


戦士「なに、彼は勇者だ。一度くたばったぐらいじゃ、死にはしないよ」


サキュ(ハッタリ? どっちにしても勇者は回収するべきね)

420: 名無しさん@おーぷん 2014/10/13(月)23:14:20 ID:7q4roGko6

サキュ(隙も油断もない。それでいて、どこかリラックスしている)

サキュ(こういう状況に慣れてるってことね。でも)


戦士「っ!」


サキュ(あたしの能力であなたのからだは、一瞬だけど確実に硬直する)



戦士「しまっ……!」


サキュ「じゃあね、勇者はいただいていくわ」

432: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/17(金)23:47:15 ID:h0og4G7W3




魔法使い(僧侶ちゃんの酔いを強引に魔術で解いて、爆発音がしたとこへ向かった)


僧侶「よかったのですか、猫を行かせて」

魔法使い「あの子しか勇者と戦士は探せないでしょ?」

僧侶「逃げるかもしれませんし何をしでかすか、わかりませんよ?」


魔法使い「あの子の首輪は、いざとなったら爆発させることができる」

魔法使い「猫ちゃんも、そのことは知ってる」


僧侶「……そうですか」


魔法使い(思いっきりウソ。あの子の首輪にそんな機能はついてない)

433: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:48:23 ID:h0og4G7W3


戦士「おーい! 魔法使い、僧侶ちゃん!」


魔法使い「戦士! よかった、すぐに合流できたんだね」

猫「俺様の鼻が優秀だからにゃん。すぐに居場所はわかった」

魔法使い「お楽しみだったとこ、ジャマして悪かったね」

戦士「どうしたの、魔法使い? 顔が怖いよ?」

魔法使い「べつに。カワイイお姉さんとイチャイチャしてたんでしょ?」

戦士「それどころじゃなくなった」

魔法使い「どういうこと? あと勇者は?」

戦士「敵にさらわれた」

僧侶「……え?」

434: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:50:12 ID:h0og4G7W3

僧侶「さらわれたって……」

戦士「勇者の死ぬほどマヌケな話はあとで話すよ。それよりも今は」


   「グルルルゥ……」  


猫「この魔物たち、どこからこんなに湧いてきたにゃん」

魔法使い「しかも見たことない魔物ばかり」

僧侶「さっきの爆発音、この魔物たちの仕業でしょうか」

戦士「さあね。とりあえず、コイツらが街で暴れることだけは避けないと」

魔法使い「全開バリバリでいくよっ! 爆発されたくなかったら、猫ちゃんも協力してね」

猫「しゃあない、今だけだぞ」

435: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:52:10 ID:h0og4G7W3




側近(雑魚を送ってみたが、なるほど)


戦士「ちょろいっ!」

側近(あの野郎は適度に魔術を使いって牽制しつつ、剣で仕留めるスタイルか)


魔法使い「戦士どいてっ!」

戦士「のわぁっ!?」

側近(あの女は魔術一辺倒の後衛タイプ。接近戦には弱いのは明白)


魔法使い「あの魔物、すばしっこい!」

戦士「ていうか狙うなら、ボクがいないとこにしてよ」

436: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:53:26 ID:h0og4G7W3

僧侶「あの魔物は私がとめます」

魔法使い「あっ、ナイス僧侶ちゃん! とまった!」

側近(ほう。あのシスター、おもしれえな。どんな術を使った?)

側近(あの雑魚、名前は忘れちまったが。動きだけはムダに俊敏なのにな)


魔法使い「この調子でいけば、被害も出さずにすみそうだね。って、魔物が……」

戦士「連中、逃げる気だね。追うよ」


側近(コイツら。そこらの有象無象じゃ敵わないな)

側近(だが、それだけのこと。つーか勇者が見当たらねえ)

側近(サキュにやられたか? まあいい)



側近「すこしは楽しめそうじゃねえか!」



戦士「!」

437: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:54:51 ID:h0og4G7W3

猫「お前は……」

側近「よお、猫。ひさしぶりだなあ」

僧侶「あのリザードマン、あなたの知り合いなのですか?」

猫「ヤツは魔王さまの側近にゃん」

僧侶「側近……!」

魔法使い「それよりも、早く魔物を追わないと」

戦士「いや、コイツの始末が先だ」

側近「そうだ。雑魚にかまってる場合じゃねえよ、お前ら」

戦士「おりてきたら、とりあえず。
   人ん家の屋根から、見下ろしてないでさ」

側近「言われなくても。だから、すこしは楽しませろよ」

438: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:56:11 ID:h0og4G7W3




戦士(リザードマンは決してめずらしい魔物じゃない。だけど、コイツ)

戦士(からだが一回り以上大きい。それに肌に刺さるような魔力)


戦士「魔法使い、今はほかのことは考ないほうがいい」

魔法使い「だけど」

戦士「街のことなら大丈夫。いちおう手は打ってある」

側近=リザードマン「隙を見せるなよ。見せるなら気迫にしろ、そして俺を楽しませろ」


 月明かりを背に屋根で佇んでいたリザードマンが跳躍する。
 地面に着地すると同時に、こちらへと飛びかかってくる。


戦士(はやい。この距離を一瞬で――)

439: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:57:41 ID:h0og4G7W3

 顔面に迫ってくる拳を、身をそらしてなんとかやりすごす。
 しかし、避けた先から次の拳が打ち出される。


戦士(反撃する隙がない)

魔法使い「戦士!」


 横っ飛びで拳をかわした戦士の背後から、いくつもの氷針が敵目がけて飛んでいく。
 直撃こそしなかったが、はじめてこちらに反撃のチャンスができた。


戦士「ナイス魔法使い!」

 剣先から放たれた炎の塊が夜闇を押しのけ、リザードマンを飲みこむ。だが。

魔法使い「ウソ……」


 轟々と燃えあがる炎が口を開き、瞬く間に霧散した。


リザード「ぬるい、ぬるすぎる! こんなんじゃあ熱くなれねえ!」

戦士(あの魔物の鱗、そして魔力。どうやら魔術に対して、相当の耐性があるね)

440: 名無しさん@おーぷん 2014/10/17(金)23:58:54 ID:h0og4G7W3

僧侶「強い……!」

猫「ヤツは魔王さまに仕えるものの中でも、随一の戦闘力を誇る」

猫「普通にやりあって勝つのは難しいだろうにゃん」

戦士「まったく。そういうことは先に言ってよ」

猫「お前らの味方じゃないなんでな、俺様は」

戦士「ああ、そうかい。ピンチな状況なんだけどね、猫の手を借りたいぐらいには」

リザード「オレの前で軽口叩くなんてな、余裕じゃねえか」

戦士「まさか。余裕なんてカケラもないよ」


戦士(僧侶ちゃんと魔法使いのバックアップしてもらいながら……え?)


 リザードマンが、文字通り視界から消えていた。

441: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:00:18 ID:dAePt9Gxg

リザード「リーチ! 一発! ドラドラ!」
 

 気づいたときには、からだが宙を舞っていた。
 激痛が全身を締めあげ、受身すらとれず、背中から落ちる。
 戦士はようやく理解した。自分が敵の拳を受けたのだと。


魔法使い「このっ!」

リザード「氷の針じゃ効かねえんだよ! その程度じゃあなっ!」


 魔法使いが作ってくれた隙をついて、飛び起き、すばやく敵と距離をとる。


リザード「はっきり言ってやる。お前、弱いな」

戦士「……」


 敵は追撃してこない、完全になめられている。


僧侶「戦士様の回復、もう終わります」

戦士「助かったよ。痛すぎて困っていたとこだ」

442: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:02:26 ID:dAePt9Gxg

魔法使い「こうなったら……!」

リザード「へえ。マントの内側は騒がしいな。すげえ数の杖だ」

魔法使い「見せてあげる――私の術」


 魔法使いがマントの裏に隠していた杖を、次々と地面へと投擲する。
 地面へと突きたった杖が、瞬時に爆ぜ、生じた煙が敵の足首にからみつく。


リザード「これは……」


 敵の注意が足元へとそれた。地面を蹴って、敵の真ん前へと降り立つ。
 剣を振りおろす、ねらいは敵の腕だ。


戦士「!」

 戦士の剣は、硬い鱗に覆われた腕を切るには至らなかった。

リザード「おしい。だが」

 それどころか、徐々に剣が押し戻されていく。

443: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:03:58 ID:dAePt9Gxg

 不意に敵の顔に、戸惑いにも似た感情がちらつく。

戦士(押し返す力が弱くなった。僧侶ちゃんの術か)

 そのまま重心を右足に置き、強引に腕を切り裂こうとしたときだった。



    「意外と手こずってる感じ?」



 突然上から降ってきた声に、意識を奪われたのがまずかった。
 敵の腕に剣ごと振り払われ、戦士は大きく吹っ飛ぶ。


サキュ「なんかピンチそうに見えたからさあ、来ちゃった」

リザード「どこがピンチだ」

サキュ「それに。仲間のピンチに駆けつけて加勢するのって王道でしょ?」

戦士「……この状況で敵の増援。しかも、彼女か」

魔法使い「ちょ、ちょっと待って。あのサキュバスが担いでるのって」


勇者「」


僧侶「勇者様、ですね」

444: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:06:30 ID:dAePt9Gxg

リザード「勇者、伸びちまってんのかよ」

サキュ「伸びてるっていうか、くたばってる」

リザード「はあ!? ……んだよ、その程度だったってことか」


魔法使い「ていうか本当にさらわれてたの!?」

戦士「だからそう言ったじゃん。しかしうちの勇者はさすがだよ」

戦士「遅れて登場するまでは定番だけど、敵に担がれて登場するなんてね」

猫「相変わらずダサいにゃん」


リザード「さて、頼んでもねえ味方も来たし。遊びは終わりだ」

サキュ「失礼しちゃう。来たからには、好きにヤラせてもらうけど」
 
サキュ「アンタはまず、その拘束をされた足をどうにかしてよね」

リザード「こんなもん、こうすりゃいい」

魔法使い「あっ……」


 リザードマンが足もとに向かって拳をぶつける。
 地面が砕け石欠が飛び散り、同時に地面を這っていた煙も闇にまぎれる。

445: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:08:15 ID:dAePt9Gxg

リザード「空間系の術かなにか知らねえが。こんなもん、パワーで解決すりゃいい」

魔法使い「そんな……」

戦士(魔法使いの術も容易く突破してくる。どうする……)


 戦士を奇妙な感覚が襲った。足もとがなぜかふらつく。
 それだけではない。視界がにじみ、平衡感覚が失われていく。


リザード「隙だらけだ」

戦士「っ!」


 一瞬で距離を詰めたリザードマンの蹴りを受け止められたのは、単なる偶然だった。
 もつれそうになる足に力を入れ、剣を振り上げ後退する。


戦士(そうだ、あのサキュバスだ。彼女には催眠能力がある)


 サキュバスには、その目に映った人間を誘惑し操る能力があると言われている。
 

448: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:19:06 ID:dAePt9Gxg

魔法使い「な、なにこれ……?」

戦士(しかも、術にかかったのは全員か。これはいよいよ……)

僧侶「――」


 唐突に視界が鮮明になり、失われていた平衡感覚が戻ってくる。


魔法使い「あ、戻った」

僧侶「来ます、構えて!」

戦士「わかってる!」
 

 すでに剣を構えていた戦士にリザードマンが拳を叩きつける、かと思われた。
 だがその拳はフェイク、広げた手のひらを支えにして跳躍する。
 リザードマンは戦士の頭上を、いとも簡単に飛び越えた。


戦士(フェイク!? ねらいは癒しの術が使える僧侶ちゃんか!)

リザード「もらったあ!」

僧侶「……!」

450: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:29:37 ID:dAePt9Gxg

  「ぐええっ!?」


 情けない悲鳴。吹っ飛んだ影が地面を転がる。


僧侶「え?」

リザード「……」


 地面に転がったのは僧侶ではない。
 僧侶をかばった影が、ゆっくりと立ちあがる。



勇者「い、痛え……」



サキュ「な、なんで? なんで死んでるはずの勇者が!?」

勇者「……」

猫「さすが勇者。登場の仕方から仲間のかばい方まで、すべてがダサいにゃん」

勇者「うるさい」

454: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:35:47 ID:dAePt9Gxg

僧侶「ゆ、勇者様、お怪我は……?」

勇者「えっと……なんか今ので、いろいろとヤバイです」

僧侶「というか私を庇うことができたなら、叫んで知らせることもできたのでは?」

勇者「……人見知りなんで」

僧侶「バカ」

勇者「……」

僧侶「ありがとうございます」

勇者「あ、はい」

455: 名無しさん@おーぷん 2014/10/18(土)00:40:13 ID:dAePt9Gxg

サキュ「どうして勇者が」

リザード「いいじゃねえか。好都合だ、最高だ。勇者と戦えるんだ」

サキュ「このタコ」

リザード「タコじゃねえ。トカゲだ」



戦士「さて、予定とはちょっとちがうけど」

戦士「勇者パーティーの反撃をはじめるよ、準備はオッケー?」


僧侶「いつでも」

魔法使い「どこでも!」

勇者「あ、はい」

469: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/21(火)23:08:19 ID:hT8xA2pj6

戦士(四人そろった今、やることはひとつ。二手にわかれて応戦する)


戦士「魔法使い。例の杖、2、3本貸して」

魔法使い「いいけど、どうするの?」

戦士「もちろん使うんだよ。術の発動だけなら、魔力を流しこむだけでしょ?」

魔法使い「言うほど簡単じゃないからね」

戦士「だから2、3本貸してくれ、なんだよ」


リザード「勇者ああぁっ! オレと戦えぇっ!」


魔法使い「うわっ。来たよ!」

470: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:09:00 ID:hT8xA2pj6

戦士「勇者、アイツとやるのはボクだ。キミと魔法使いでサキュバスをたのむ」

勇者「……」

戦士「なにか言いたいそうだね。でも、ゆずらないよ」

勇者「……わかった」



戦士「悪いけど、キミの相手はボクだ」

リザード「テメエに興味はねえっ! すっこんでろ!」

戦士「決めたよ。絶対に一発なぐる、絶対にだ」

471: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:10:03 ID:hT8xA2pj6




魔法使い(リザードマンとサキュバス。ふたり同時に来られたら厄介、なら)

 魔術で巨大な氷壁を生成し、こちらとあちらの戦力を断活する。

魔法使い「戦士! 僧侶ちゃん! そっちはまかせるよ!」

戦士「言われなくても!」

魔法使い(気休めにしかならないけど、これで彼女だけに集中できる)


サキュ「なんであなたが生きてるのって感じ。どんな魔法を使ったの?」

勇者「……」

サキュ「話には聞いてたけど、本当にしゃべれないのね」


 勇者はサキュバスの攻撃を、なんとか捌いてはいた。
 しかし、明らかに普段とは動きがちがう。
 動作の一つ一つが鈍く、足もともおぼつかない。

472: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:11:28 ID:hT8xA2pj6

魔法使い(勇者も私も、また相手の術にかかってる)
 

 足の先から地面に沈みこむような錯覚に、思わず膝をおりそうになる。


魔法使い(って、このままじゃダメ! 勇者を援護しないと!)


 勇者がたたらを踏んだ瞬間を、サキュバスは見逃さなかった。


サキュ「隙だらけよ!」

魔法使い「勇者!」


 サキュバスをねらって発動した水柱は、あろうことか勇者に直撃した。


勇者「ぬわあっ!? な、なにするんですか!?」

魔法使い「ご、ごめん! ワザとじゃないよ!」

 だが結果として、敵の爪から勇者をまもることには成功した。


魔法使い(視界がゆがんでる。へたに術を使うと、むしろ勇者が危ない)

473: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:13:47 ID:hT8xA2pj6

魔法使い(サキュバスの術から身をまもる手段じたいは、なくはない)


猫「なぜ俺様を見る?」

魔法使い「猫ちゃん。今から私が作戦を伝えるから手伝って」

猫「俺様がお前らに協力するとでも?」

魔法使い「しないならその首を飛ばす」

猫「……」

魔法使い「ごめんね。今はなりふりかまってられないの」

猫「ふん。どっちにしても命を握られてる身。作戦を言えにゃん」

魔法使い「ありがと。それじゃあ作戦を伝えるよ」


魔法使い(首輪に爆発機能があるってウソが、こんなとこで役に立っちゃった)

474: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:15:11 ID:hT8xA2pj6

猫「……にゃるほど。たしかにそれは、俺様の力が必要だな」

魔法使い「でしょ? だからおねがい」

猫「……しゃあない。やってやる」

魔法使い「本当にありがとう――勇者、ソイツからはなれて! 猫ちゃん!」


 勇者がサキュバスと距離をとったのを確認して、猫が口から水弾をはなつ。


サキュ「なんでアンタがあたしに!?」

猫「生殺与奪の権利を握られてるんでな。安心しろ、許せとは言わんにゃん」

サキュ「そう。じゃあ悪いけどっ!」


 水弾が全く見当違いの方向へと飛んでいく。猫が敵の術にかかったのは明らかだった。


猫「くそ、これが淫魔の術かにゃん」

475: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:16:34 ID:hT8xA2pj6

 迫撃してくるサキュバスに向けて猫が水弾を放つ。だが、やはり当たらない。


サキュ「勇者よりも先に、あなたたちから始末してあげる」

魔法使い(待ってた――この瞬間を)


 ふらつく足に鞭打って敵の眼前へと躍り出る。
 術が当たらないなら、どうやっても外れない距離まで接近すればいい。
 魔法使いが、手から滑り落とした杖が地面に触れて爆ぜる。


魔法使い(これでサキュバスを拘束できれば……え?)


 最初、自分の目に飛びこんできたものが理解できなかった。
 それがサキュバスの翼だと気づいたときには、魔法使いは猫共々吹っ飛ばされていた。

476: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:19:18 ID:hT8xA2pj6

猫「翼で杖ごと吹っ飛ばされたかにゃん……」


サキュ「あーあ。今着てるドレス、けっこう気に入ってたのに。
    翼のせいで破けちゃった――とっ!」

勇者「ちっ……」


 背後から振り下ろした勇者の剣は、敵にかわされ空振りに終わった。


サキュ「ざーんねん。あたしが気づいてないとでも?」


 すぐに勇者は後退してサキュバスからはなれたが、その動きはあまりにも頼りない。


サキュ「女を後ろからヤろうなんて。勇者のくせに陰湿ぅ」

魔法使い(やっぱり今のままじゃダメ。サキュバスの術をどうにかしないと)

サキュ「ちょっとガッカリ。勇者もその仲間も残念すぎ」


 疾風のごとく飛びかかったサキュバスの行く手を、突然現れた氷の突起が阻む。
 猫が放った大量の水のおかげで、氷を作ること自体はたやすかった。


魔法使い(このまま畳みかけるっ!)

477: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:21:11 ID:hT8xA2pj6

サキュ「ああんもう! 鬱陶しい氷ね!」

魔法使い「残念かどうか決めるには、まだ早すぎるよ」

サキュ「そんなフラフラ状態で、なに言ってんだか」


 大量に生成した氷は、ひとつとしてサキュバスに当たらなかった。それでいい。


魔法使い(ここからが勝負。全魔力をふりしぼって、いっきに解き放つ)


 『夜の街』が赤く染まり、冷たく澄んだ空気が波のように揺れる。
 魔法使いが生成したの大量の火球だった。


魔法使い「――いっけええぇ!」


 空に浮かん無数の炎が、火の雨となって降り注いだ。

478: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:23:13 ID:hT8xA2pj6




サキュ(まさかここまでの使い手だったとはね) 

サキュ(あの女の子のねらいはハナからこれだった)


サキュ(最初、猫に水をムダに打たせたのは氷をすばやく作るための布石)

サキュ(そしてその氷は、あたしを攻撃するための凶器になった)

サキュ(さらに外れた氷は、あたしの動きを阻害するための障害物に変わって)

サキュ(最後は炎の攻撃でフィニッシュ)


サキュ(……並の魔物ならやられてたかもね。でも、あたしはちがう)


 跳躍と共に翼を羽ばたかせる。
 降り注ぐ火の雨の間隙をぬって、紙一重ですべてを躱す。


サキュ「ちょっとだけドキっとしたけど、あたしには……」


 言葉は途切れてしまう。ようやく気づいた、敵の真のねらいに。
 気づけば視界は真っ白に埋め尽くされていた。

479: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:24:41 ID:hT8xA2pj6

サキュ(あたしの術の対象は、視界に入ってるヤツ限定)

サキュ(濃霧……氷と火を使っためくらまし。こんな方法であたしの術から逃れるなんて)

サキュ(だけど姿が見えないのはお互い様。しかも霧なら翼で消し飛ばせる)


 からだを弓なりにそらして翼を大きく羽ばたかせる。
 魔力を帯びた翼によってたちまち霧が晴れるはずだった。
 だが視界を閉ざす霧は、こびりついたように漂ったまま。微動だにしない。


猫「にゃん」


 愛らしい鳴き声に、なにかが爆ぜる音が重なった。

サキュ「え?」

 サキュバスのからだに、蛇のように巻きついたのは白い煙だった。


魔法使い「ゲッチャ。やっとつかまえた」

480: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:25:57 ID:hT8xA2pj6




魔法使い「さて。目隠しもしたし、これで術にハマることもないね」

サキュ「……ヤられた。ここまでが作戦だったわけね」

魔法使い「そういうこと」


サキュ「気にしてはいたんだよねー」

サキュ「猫は霧が使える。自分だけなら、あたしの術から身を守れるのにって」


猫「だが物理的な攻撃はふせげない。中途半端な霧では、身を隠すこともできん」

魔法使い「だから霧を発生させて、猫ちゃんのほうの霧をカモフラージュしたってわけ」

サキュ「それで霧にまぎれて、その煙の魔術であたしを捕獲したってわけね」

魔法使い「そっ。視界ゼロでも、猫ちゃんなら鼻であなたの居場所はわかるしね」

481: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:29:56 ID:hT8xA2pj6

サキュ「やってくれたわね、猫」

猫「悪いな。俺様、腹をくくったにゃん」

サキュ「そういうことね。……魔王さまはきっと悲しむでしょうね」

猫「もとより城に帰るつもりはない」

サキュ「あっそ。で、あたしをどうする気? 
    煮るの? 焼くの?」

魔法使い「そんなことはしない」

サキュ「じゃあ   なこと? あたし、女の子との実践はまだなんだよねー」

魔法使い「全然ちがう!」

サキュ「ちがうの? あたしは淫魔だし、そういうことしか考えられないんだけど」


魔法使い「今はそういうのからはなれて」

魔法使い「あなたは魔王の部下なんでしょ? 魔王について教えて」

482: 名無しさん@おーぷん 2014/10/21(火)23:31:02 ID:hT8xA2pj6

サキュ「……ああ、わかっちゃった」

魔法使い「?」


サキュ「はじめて見たときから気になってたの。誰かに似てるなって」

サキュ「あなた、あのお姫様にそっくり。特に目が」


魔法使い「なんのこと? ううん、それより姫様は今どうなってるの!?」

サキュ「彼女について教えてもいいんだけどさ。ひとつ、質問に答えてくれない?」

魔法使い「……理解してるの、今の自分の状況?」

サキュ「理解したうえで聞いてるの」


サキュ「どうしてあなたは――」

488: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/22(水)03:31:53 ID:UiKliBhGo




リザード「どうしたどうした!? 口ほどにもねえなあ、ああっ!?」


戦士(コイツの言うとおり。攻撃を避けるのがやっとって状況)


 とっさに魔術で生成した突起でリザードマンの足もとをねらう。
 一瞬だけ敵の体勢が崩れ、その隙に戦士は急いで飛び退く。


リザード「さっきからちょこまかと! うざってえんだよ!」

戦士(コイツにくらったダメージが足にきてる。長くはもたない)


 顔に飛んできた拳を、安易に身を低くしてよけたのがまずかった。
 躱したところへ蹴りがくる。
 戦士は避けることもできず、地面へと投げ出される。


僧侶「戦士様、大丈夫ですか?」

戦士「……正直言って、今のはかなり効いた」

489: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/22(水)03:33:05 ID:UiKliBhGo

リザード「いいかげん、おまえの相手も飽きたんだがなあ」

僧侶「飽きたなら帰っていいですよ」

リザード「はっ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ」

僧侶「戦士様、やっぱり私にはその手のセンスがないのでしょうか?」

戦士「ごめん。今は軽口を叩く気にもなれない」

僧侶「そうですか。
   ……一瞬なら、できます」

戦士「なにが?」

僧侶「あのリザードマンの動きを止めることです」


戦士(一瞬。できたとして、はたして一瞬でどうにかなるのか?)

490: 名無しさん@おーぷん 2014/10/22(水)03:34:27 ID:UiKliBhGo

リザード「あーあ、ホントにつまんねえな」

戦士「……」


リザード「雑魚との戦いは虚しい。無駄に磨り減っていく時間をひしひしと感じるだけだ」

リザード「今なら見逃してやる。雑魚のお前じゃ、どうせオレには勝てない」


戦士「……雑魚か」

僧侶「戦士様?」


戦士「僧侶ちゃん。ボクは腹を括ったよ、キミの力をかしてくれ」

戦士「吠え面をかかせてやるよ、死ぬ気でね」


僧侶「わかりました。ぎゃふんと言わせてやりましょう」

491: 名無しさん@おーぷん 2014/10/22(水)03:36:17 ID:UiKliBhGo




戦士「……勝負だ」


 戦士の目は鋭く、リザードマンへの戦意を輝かせていた。
 力の差をまざまざと見せつけらながらなお、本気で屈服させようとしている。


リザード「学習しねえヤツだな。ムダだって言ってんだろ」

 
 戦士はリザードマンへと駆け出した。 
 同時にこちらへと向かって己の剣を投擲する。


リザード「!」


 さすがに予想外だった、リザードマンの目がわずかに見開かれる。
 しかし距離が遠すぎる、避けるのはあまりに容易だった。


リザード「おいおい、武器を捨ててどうする? ヤケになったか?」

戦士「まだだ!」


 剣に続いて投じたのは魔法使いから拝借した杖だった。
 魔力を流しこめば、破裂して術が発動する。

492: 名無しさん@おーぷん 2014/10/22(水)03:37:27 ID:UiKliBhGo

リザード(あの杖に拘束されるのは面倒だ。発動前につぶす)


 術が発動するより先に、杖を掴んで粉砕してしまえばいい。
 しかし予想外はまだ続いた。杖はリザードマンの遥か前で爆ぜたのだ。
 虚しく漂う煙では、こちらの行く手を阻むことすらかなわない。


リザード「どこまでオレを失望させる気だ、雑魚――」

 手足にまとわりつく不快感が、リザードマンの言葉をさえぎった。

リザード(なんだ?)


 疑問につられるように、自分のからだに目を落とす。
 糸だ。リザードマンの肉体には極細の糸が絡みついていた。
 異変はそれだけでは終わらなかった。


リザード(か、からだが動かせねえ!)


 それどころか。全身の細胞が死滅していくかのように、指の先から力が抜けていく。

493: 名無しさん@おーぷん 2014/10/22(水)03:38:54 ID:UiKliBhGo

リザード(これはあの僧侶の術か? それよりこの匂いは……)
 

 リザードマンの鼻は、わずかな異臭を敏感にかぎとった。
 すでに消え失せた煙の向こうで、戦士が炎の魔術を発動していた。
 炎の奔流が一直線に伸びてリザードマンへと襲いかかる。


リザードマン(つまり、あの杖の爆発はミスじゃなかったってことだ)

リザードマン(煙による目くらましこそが本来の目的)

リザードマン(そして糸での拘束。さらに炎術で作った炎は糸を伝うようにさせる)

リザードマン(その炎でオレを仕留める腹積もりだったわけか――だとしたら、あまい!)


 全身の魔力を沸騰させ、肉体を拘束していた糸を無理やりぶち切る。
 自由になった腕で迫り来る炎を薙ぎ払い、反撃に出ようとしたときだった。


戦士「もらった!」


 炎の濁流の先から現れた戦士が拳をはなつ、リザードマンの顔面目がけて。