1: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/05/31(土) 23:58:26.50 ID:rB0btcp+0
真紅「あぁ……花びらがこんなにうるわしく。素敵よ翠星石。

   あなたの指先はまるで美しい旋律を奏でるよう」

翠星石「真紅、もっとやってほしいですか? それとも自分でしますか?」

真紅「ええ。自分でするから見ていてくれる……?」

翠星石「もちろんです。さあやってみるですよ……」



翠星石「ちょっと真紅、また細かいところが雑です。そんな造花じゃ売り物にならねーですよ」

真紅「私には内職なんて向いていないのだわ。そもそもこれで時給いくらになるというの?

   とんでもない労働者への搾取だわ。万国のプロレタリアートよ団結しなさい」

翠星石「姉妹の中でも一番貴族趣味のドールが言うことじゃねーですね」

真紅「庭師のあなたはいいわね。こういうことに疑問すら抱かなくて」

翠星石「はいはい。私たちに出来る仕事なんてこれぐらいなんだからしょうがねーです。

    くっちゃべってる暇があったら手を動かしやがれです」

真紅「ふふ。あなたが私の姉らしくなるなんて、昔は思いもしなかったのだわ」

翠星石「だから、ここはこうするです」



 背後からいつものように真紅と翠星石の会話が聞こえてくる。雛苺は柏葉の家へ

遊びに行っている。

 かつて僕らが住んでいた家で、僕が真紅と出会ってから3年がすぎようとしていた。

 あの頃は想像することもなかったが、木造の築30年以上のアパートの一角にある

6畳と4畳半の二部屋。ここが今の僕らの家だ。ここに引っ越してからもうすぐ

半年になる。

 ということは僕、桜田ジュンが私立高校をやめてからやはり半年がたつのだ。


2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/06/01(日) 00:00:26.32 ID:C09hlW5A0
 急に僕らの家を手放してここに引っ越してくることになったとき、文句ばかり言うかと

思っていた真紅たちは意外にもそれほど騒がずに現状を受け入れた。

今ではのりに頼んで造花作りの内職仕事をもらってくるようにまでなっている。

 それがローゼンメイデンにとって良い事なのかどうかはわからないけれど。



真紅「もうお昼だわ。昼食を兼ねて休憩にしましょう」

翠星石「真紅全然できてやがれねーじゃねーですか」

真紅「ジュン、あなたもいいところで切り上げるのだわ」



 そう言われて僕はパソコンの画面から目を放した。

 新作のデザインは煮詰まっている。ついさっきまでも構想を練っているふりをして、

ニカニカ動画でサムネに釣られてしまった。



ジュン「じゃ、昼にするか」

 昼食用にのりが作っていったおにぎりを丸いテーブルに並べる。

昔は昼飯にピザを頼むという豪勢な暮らしを送っていたが、いまやこれが毎日だ。

といっても普通はこんなものだろう。

 そうそう、中学の頃の僕は姉のことをお前とか呼んでいたが、さすがに今はもう

やめていた。かといって素直に姉さんだとか姉ちゃんだとか呼ぶことも恥ずかしく、

名前で呼ぶことに自分の中で落ち着いたのだ。

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/06/01(日) 00:04:03.91 ID:C09hlW5A0
真紅「ジュン、お茶を入れて頂戴」

 僕がいれるお茶もかつてのようなアールグレイやオレンジペコーだかではなく、

近所のスーパーで特売していたレプトンの一番安いティーバッグだ。

真紅は文句をいいつつも、お茶を飲む習慣だけは変えない。



真紅「ミンチよりひどいお茶なのだわ」

翠星石「くんくん探偵0080のウサギのバーニーじゃねーですか」

ジュン「仕事をするとか言いつつ一緒にくんくんシリーズばっかりみやがって……

    そもそもおにぎりに紅茶はまったく合わないだろうが」

真紅「ウサギ……たまにはウサギの肉でも食べたいわね」

翠星石「のりにシチューにしてもらうのがいいです」

ジュン「……日本ではウサギの肉なんてそうそう売ってないぞ」

真紅「今度ラプラスの魔に会ったら罠をはって捕まえましょう」

翠星石「ちび人間は血を抜いたり皮を剥いだりできますか?」

ジュン「できるわきゃねえええだろおおおおおおお!!

    ていうかあいつウサギなのかよ! そもそもウサギ食うのかよお前ら!」

真紅「ただの冗談よ、落ち着きなさい。でもウサギを食べるのがそれほどおかしいの?」

翠星石「翠星石も前に目覚めてたときはたまーに食べたですよ」

ジュン「呪い人形どもめ……ま、バニーちゃんなら僕も食べてみたいけどな」

真紅「…………」

翠星石「…………」



 オーケーわかったよ。僕が悪かった。

 しかしあれだ、うら若い呪い人形が2体もいればこんなことを言ってみたくも

なるというもの。誰が僕を責められようか。



 そんなこんなのなんだかんだで、僕、桜田ジュンは中学不登校のうえ中卒ニートな

人生を、何とか絶望せずに生きていた。

9: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:22:22.80 ID:Ge3crG+i0
真紅「それでジュン、ドレス作りは進んでいるの?」

ジュン「……まだ、だな。いつもと同じような値段で売れるやつならともかく、もっと

    高いクオリティのものを作って売りたいんだ。だから……」

翠星石「そんなこといって、どうせチビ人間は  画像でも集めてるんです」

ジュン「んなわけないだろ」



 ただニカニカでサムネに釣られたり欲しくもないのにzip動画を見ていただけだ。

 それにしてもこの性悪人形はいまだに僕のことをチビ人間と呼ぶ。あの頃からすでに

14cmも背が伸びているっていうのに。メガネだってちょっとおしゃれなやつに

変えたんだぞ。外出先はコンビニぐらいだけどな。

10: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:24:51.76 ID:Ge3crG+i0
真紅「ジュン、お金のためにドレスを作るというのをやめる気はないの?」

ジュン「そういうわけにはいかないだろ。あいつのパートだけじゃ苦しいし、

    僕だって食い扶持ぐらいは稼がないとな」

翠星石「いいじゃねーですか真紅。特技を活かしてお金を稼ぐなんてチビ人間

    にしちゃ上出来です。それにドレスを作らなかったらただの中卒ニートに

    なっちまうですよ。そうなると、やることといったら掲示板での煽りぐらいです」

ジュン「無性にムカつくが、まあその通りだ」



 今、僕は人形用のドレスを作ってそれをインターネットオークションで

売っている。これが僕の仕事といえば仕事だ。最近は一着2~3万円で

売れているが、月に2着ぐらいしか作れていないので収入は5万円前後と

いったところだ。 

 ただ真紅はこのことに対してあまり良い印象をもっていない。



ジュン「初めて作ったやつが売れたときみたいに、10何万の値がつけばいいんだけどな」

真紅「そう。とにかく質の高いものを作ろうとしていることには感心だわ」

 僕の顔を見る真紅の碧い瞳に後ろめたさを覚える。

さすがにニカニカはちょっと控えなければ。

11: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:28:45.34 ID:Ge3crG+i0
 おにぎりを食べ終わると真紅は2杯目の紅茶、僕と翠星石は日本茶を飲んだ。



翠星石「おにぎりも嫌いじゃねーですが、やはりもっとおかずがほしいですね」

ジュン「僕の秘蔵コレクションを貸してやろうか?」

翠星石「そういう冗談いらねーですから。実際借りるって言うですよこの変 」

ジュン「かまわないぞ。僕が本当に変 かどうか確かめるがいい」

翠星石「なななななーー上等じゃねーですか。見せてみやがれです」



 後で約束通り見せてやったこの日の夜から翌日の夕方まで、

翠星石は口を聞いてくれなくなった。

12: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:33:28.37 ID:Ge3crG+i0
それはともかく、今はまだお昼どきだ。

ジュン「今日の夕方は鳥のから揚げだとよ」

翠星石「本当ですか? から揚げは花丸ハンバーグの次に好きなおかずです。

    働く甲斐があるというものです」

真紅「私の稼いだお金が入ったときには、まともな紅茶を買ってもらうのだわ」

 

 姉ののりは昼間は惣菜屋のパートに出ている。

 半年前、のりは偏差値60ほどの私立大学に進学することが決まっていたが、

両親の仕事がうまくいかなくなったことによる金銭的事情でそれを辞退せざるを

えなくなった。

 いきなり高卒の就職口が見つかるわけもなく、仕方なくフリーターというわけだ。

14: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:39:06.12 ID:Ge3crG+i0
 まったく何もかも両親のせいだった。僕がひきこもって中学を不登校になっても、

姿さえ見せずに高校生ののりに任せきりだった両親。ついにはハブプライムローンの

毒が回ったとかで事業が破綻し、抵当に入れられていた家を僕たちは追われた。

アパートに落ち着くことのできるわずかな金を僕らの銀行口座に振り込んだ後は、

両親はその行方もしれない。



 にもかかわらずのりは、「お父さんとお母さんにも事情があったのよー」

などと言って笑っていた。きちんと受験に合格して、大学進学も楽しみにしていたのに。

 僕が高校を辞めることにはあんなに反対していたのに。

17: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:41:50.73 ID:Ge3crG+i0
 そうだ。僕が私立高校をやめることになったのも両親のせいなのだ。

 真面目な生徒とはいえないものの、出席日数にはまだ余裕があった。進級や卒業に

問題はなかった。

 学費の問題が出たとき、事情が事情だからと中学時代の不登校には目をつぶってくれ、

公立高校への転校もできないわけではなかった。

 けれど僕はもう高校に行く気を失っていた。もともとそれほど行きたかったわけ

でもないし、もうどうでもいいという心境だった。



 こうして「弟は中卒ニート、姉は高卒フリーター」という某掲示板では煽られまくり

であろうお先真っ暗姉弟が誕生したというわけだ。



 皆が寝静まった夜中、ふと考えてしまうときがある。僕の人生にはもはや希望など

無いのかもしれないと。そういうときには、僕は震えながらあいつらの入っている鞄を

見つめてしまうのだ。

19: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:44:50.92 ID:Ge3crG+i0
 その翌々日。ようやく翠星石がまた口を聞いてくれるようになった頃、アパートに

水銀燈と蒼星石が遊びに来た。

 水銀燈も3年もすれば敵意もどこへやら。もともと真紅には懐いていたようだし、

今では一緒にお茶を飲む仲だ。それにしても僕も出かける先の無い人間だ。

ブックオンにでも行こうか。



ジュン「席外すか?」

水銀燈「構わないわよぉ。人間の意見も聞きたいことだしぃ」

真紅「それで、何の話なの?」

水銀燈「めぐの容態がちょっと悪くなってね、元気付けようと思ってヤクルートと

    ハトを持っていったのぉ。ところがめぐは怒っちゃうし、ハトを見た病院の

    人間どもも騒いじゃって大変だったのよぉ」

21: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:47:18.63 ID:Ge3crG+i0
 水銀燈のマスターである柏崎めぐ。直接の面識はないが話を聞く限り、

重い病気で幼い頃から入院生活を送っており、彼女の病気が治る見込みは

まず無いらしい。こういう話を聞くと、健康なだけ自分は恵まれているのだと

実感する。生活は不健康だけど。



 しかしペットセラピーというものもあるが、いきなり野生のハトを連れていっても

ばさばさと騒ぐだけだし、病気にも良くないだろう。



水銀燈「ハトは栄養もあるしいいかと思ったんだけど。ちゃんと焼いたしぃ」

真紅「水銀燈、そのへんを飛んでいる野生のハトはなにを食べているかわかったもの

   ではないわ。そんなものを食べたら新しい病気になるかもしれないのだわ」

翠星石「そうですよ、人間はドールと違って食中毒になりやがるです」

蒼星石「そういう問題じゃないと思うけど……」



常識人(って人じゃないけど)はお前だけだ。頑張れ蒼聖石。

22: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:50:08.56 ID:Ge3crG+i0
水銀燈「ほかに何が悪かったって言うのよぉ?」

蒼星石「ヤクルートとハトじゃ食い合わせが悪すぎるよ。

     日本では一緒に食べてはいけないものがあるんだ。

     うなぎとうめぼしとかてんぷらとスイカとかね」

水銀燈「老人介護してるだけあって詳しいわねぇ」

翠星石「さっすが私の双子の妹です」



お前もか蒼星石。ならば死ねかじゅきぃぃいい。

ま、どうせあの爺さんは棺おけに片足突っ込んでるけど。

23: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:51:01.81 ID:Ge3crG+i0
ごめんなさい、めぐの名前間違えました。「柿崎めぐ」ですね。

24: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:54:14.39 ID:Ge3crG+i0
ジュン「お前らなあ、そもそもハトは食べるもんじゃないだろ!」

真紅「にわとりは食べるのに? おかしいのだわ」

翠星石「前に目覚めてたときは蒼星石と狩ったこともあるですよ」

蒼星石「マスターに栄養つけてもらおうと思ったんだ。ちゃんとワインをつけたよ」



おい、食べるだけじゃなく狩ったのかよお前ら。



水銀燈「私は今でもよく食べてるわよぉハト。めぐにもと思ったんだけど。

    あ、よかったら今度持ってきてあげるわぁ。たまにヤクルート貰ってるし」

ジュン「いらねーよ! 病気になるって話してたろうが! あとうちのヤクルートが

    たまになくなってたのはお前の仕業か!」

水銀燈「しょうがないじゃない。買うわけにもいかないんだしぃ」

ジュン「とにかくハトを持っていくのはよせ。花でも摘んで持っていけ」

真紅「そうね。そうだわ水銀燈、翠星石の育てた鉢植えをプレゼントするといいのだわ」

ジュン「おいお前な」

真紅「趣味の悪いただの冗談よ。なんにせよ水銀燈、大切なのはあなたがめぐのそばにいると

   いうこと。プレゼントなどいらないのだわ。必要なのはあなた自身なのだから」

水銀燈「真紅……」



 最後はいい感じで締めてるけど、これでいいのかローゼンメイデン。

そして、人形たちの会話に付き合っているだけでいいのか、僕の人生。

25: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 00:55:37.74 ID:Ge3crG+i0
すいません。ここまでしか書いてないので、読んでくださる人がいるのならば

続きを書いてきます。

30: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 01:39:48.42 ID:Ge3crG+i0
>>24から



 その翌日、気負ってドレスのデザインに取り掛かるもやはりうまくいかない。

こういうのはアイディアのインスピレーションが降りてくるかどうかなので、必死に

やればなんとかなるものでもない。

 言い訳かもしれないが、本当なのだからしょうがない。

 そんなふうに言い訳をしていると、柏葉に連れられて雛苺が数日ぶりに

帰ってきた。

雛苺「ただいまなのージュン」

ジュン「おーおかえり。よ、よお、柏葉」

 高校に進学してからは別に気後れを感じなかったのだが、いざ辞めてからは

中学不登校時のような気まずさがよみがえってしまった。

巴「元気、桜田くん」

ジュン「ま、体だけはな」

 柏葉は志望校だった進学校に進み、それからはバスケ部のキャプテンに頼み

こまれて付き合ったりと絵に描いたような高校生活を送っているらしい。それも、

僕にとっては気後れする理由だった。

31: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 01:43:50.07 ID:Ge3crG+i0
 柏葉に彼氏ができたのを聞いたとき、僕の胸がうずいたのは不思議な話だ。

 ただの幼馴染でドールの話を共有できてたまに本音を話してくれる仲だっただけなのに。

ただそれだけの仲だったのに。

 人生って色々あるんだな、サリンジャー。 Tell Me why♪ Tell Me Why♪ Salinger♪

 いかん、変な方向に考えが暴走してしまった。怪訝な顔で柏葉がこちらを見ている。

ジュン「あー、とにかく、とりあえずは元気だ僕は」

巴「そう、よかった」

 そう言う柏葉はなにか顔色がよくないように見えた。せっかく雛苺と何日も一緒に過ごした

のにどうしたのだろうか。

32: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 01:45:31.50 ID:Ge3crG+i0
ジュン「なんか、顔色悪くないか、柏葉?」

巴「そ、そう? ……やっぱりわかってしまうのかな」

ジュン「え?」

巴「ねえ、桜田くんは両親に裏切られたんだよね?」

ジュン「いや、まあ、そういうものかもしれないけど……」

 いつもの、僕が知っている柏葉とは違った。雛苺をとても愛おしそうにだきあげる柏葉とは。

巴「辛いよね、そういうの。……また来ても、いい?」

ジュン「そ、そりゃいいけど……雛苺もいるしな」

巴「ありがとう。桜田くんと話せてよかった」

 台詞のわりに、声の響きはなにか喜べないものを感じた。柏葉が雛苺に別れの挨拶をして、

その姿がアパートの階段に消えるまで、僕は何も言えなかった。

ジュン「雛、なんかあったのか、柏葉のやつ」

 部屋に入ってからそう聞くと、雛苺はかわいらしい顔をうつむかせた。柏葉家への長逗留には

それなりの理由があるようだった。

35: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 02:47:30.79 ID:Ge3crG+i0
雛苺「言っていいのかわからないけど、ヒナはジュンを信頼して話すのよ」



 雛苺はおしゃべりしたいというより、いかにも自分だけが抱えているのが辛いような

顔をしていた。雛苺にこんな顔をさせるなんて、柏葉はいったいどうしたのだろう。



雛苺「あのね、トモエはね、付き合っている男の人にすてられたっていうのよ。それも、

   すごくすごくひどいすてかただったのよ。トモエ、何回もヒナに、あんなに色々して

   あげたのにって言うのよ。向こうからしつこく告白してきたのにって言うのよ。

   それでね……」



 もうわかった。もうわかったよ雛苺。だからもう勘弁してください。

 お前はそんな話を数日にわたって聞かされてきたわけだ。そして今僕にそれを伝えるわけだ。

伝えずにはいられないだろう。明らかに雛苺の胸にしまっておける話じゃない。

 そして柏葉には、他に安心して話を聞いてくれる相手もいなかったんだろう。

36: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 02:49:47.80 ID:Ge3crG+i0
ジュン「雛苺、その話聞いてるとき結構辛かっただろ」

 雛苺はこくんと頷いた。

雛苺「でも、でもヒナしかトモエの話を聞いてあげる人はいなかったの。だから聞いたの。

   あのね、それでね、話はまだ続くの」



 それから延々と、僕は柏葉とその彼氏のなりそめやらデートやら色々したことやら捨てられる

経緯やらを聞かされた。

 雛苺としては話さなければ耐えられなかったのだろう。



 僕は三回ほど首を吊りたくなり、2回ほど中央線のダイヤを止めた場合の遺族の損害賠償について

考え、総武線とどちらが安いのか検討した。今はどの洗剤とどの洗剤を混ぜればいいのかをネットで

確かめたいと思っている。



 が、こんな話をしている雛苺がいる限り、別室で内職にいそしむ真紅と翠星石がいる限り、

あとはまあ一応パートに出ているのりがいる限り、そう簡単に最終解決方法を採るわけにはいくまい。

それぐらいの理性は残っていた。

38: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 02:54:22.37 ID:Ge3crG+i0
 もはやドレス作りどころではなかった。でも僕はドレスのアイディアを探った。思考は完全に混乱

して良いアイディアは出てこなかったが、それしかやるべきことはなかった。



 しばらくしてから、雛苺が僕に言った。

雛苺「ねえジュン。ヒナ、ジュン登りしたいの」

ジュン「こんなときになに言ってるんだよ」

雛苺「ジュン登りするの!」

 

 そう言うと、雛苺は無理やり僕の頭にしがみついてきた。

 僕はああ言ったものの、実際には好きにしてくれという心境だった。

 でも、雛苺とじゃれあっているうちになんとなく心が落ち着いた。多分、雛苺もあいつなりに

自分や僕の気持ちを変えたかったのだろう。

 僕らはそうしてこの状況に対応しようとした。雛苺にとっても柏葉は重要な存在なのだ。

きっと僕以上に。

 そういう意味で僕と雛苺は奇妙な戦友だった。

39: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 02:59:23.46 ID:Ge3crG+i0
 それにしても柏葉が彼氏と別れたという話を聞いたとき、僕は全く嬉しくなかった。

なんというか、僕は柏葉だけは幸せな生活を送っていると信じていて、それが崩れてほしく

なかったのだ。

 美人で努力して進学校に進んだ柏葉には、そこで人がうらやむような高校生活を満喫して

いてほしかった。



 僕は自業自得で、のりはひどい運命のせいでこうなった。それでも、誰かひとり僕の知っている

人間の中で幸せに暮らしていてほしかったのだ。それは僕のわがままだろうか。

 柏葉なら幸せになるべきなのに。もっと笑っていていいはずなのに。

40: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 03:02:37.92 ID:Ge3crG+i0
ちなみに、僕と雛苺がこうしているとき、真紅と翠星石はもうひとつの部屋で内職をサボって

ゲームをしていた。



 パーフェクトイレブンで遊んでいた二人は、

翠星石「真紅ばっかりキーパーのセービングがすごすぎです!」

とか、

真紅「あんな適当なクロスから点が入るのが納得いかないのだわ!」

とか

「コナム商法マジありえない。さっさと日本リーグとEUリーグ全部一緒のやつ出せよ」

とか、そんな話で派手な姉妹喧嘩をしていた。

 最後のは二人が喧嘩した理由とは違うかもしれない。



 そのあとテクノのカピタン翼のオールスターで決着をつけようという話になった。

スナイダーくんをどっちが取るかでさらに喧嘩した。二人ともドイツのエースストライカーが

取りたかったらしい。

 窓が2枚ほど割れたがホーリエが直した。本当、人工精霊って便利だ。

54: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:24:44.98 ID:kOhzMYs70
 とにかくドレスを作らなくてはならない。まだお金には少し余裕があるけれど、

翠星石の言ったようにドレスを作らない僕はただの中卒ニートになってしまう。



 デザインに取り掛かろうとPCのフォルダを開くと、またも客が来た。

ジュン「なんだ、お前か」

金糸雀「なんだはないかしら~。せっかくこのカナが遊びに来てやったかしら」

ジュン「なにが来てやっただ。どうせまたみっちゃんさんがお前だけでもって

    うちによこしたんだろ」

金糸雀「みっちゃんもう何日もネットカフェに居続けかしら……それでお金も無くなって……」

 ああ、そっちかよ。

55: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:26:40.94 ID:kOhzMYs70
 どうも僕の周りには不幸な人間が多い。



 僕にドレス作りを勧めてくれたみっちゃんこと草笛みつはマニアと言っていいほどの

人形好きだったが、ついにはそれがエスカレートしすぎ、人形のドレスを買うために

借金をしてしまった。



 最初は生活費がちょっと足りなくなった程度で、CMでもよく見る有名なサラ金から

金を借りただけだったらしい。その後はカードですぐ借りれるタイプなので借金と

自分の金が区別できなくなり、どんどん借金が膨らんでいった。ついには借金の返済を

求めて職場にまで電話がくるようになり、職場にいられなくなった彼女は退職したという。

まあなんともお決まりのパターンだ。



 借金はどうにかこうにか返済したらしいが、今じゃ草笛みつは立派な日雇い派遣の

ネカフェ難民というわけである。

56: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:28:50.91 ID:kOhzMYs70
ジュン「……じゃあうちにとまっていいよ。ただしいつも通りそう何日も置いておけないからな」



 これは金糸雀だけではなくマスター本人もご一緒ということだ。こういうことは一年前

からたまーにある。

 半年前まではうちに余裕があったからいいものの、最近はたかられると結構きつい。

ただでさえうちは食費がかさむのだ。



 でものりはお人好しもいいところだし、僕にはドレス作りのきっかけをくれた経緯が

あるので彼女を無下には扱えない。同じローゼンメイデンの持ち主でもあるし。



金糸雀「やっぱりジュンは優しいかしら。もうみっちゃんそこまで来てるから呼んで来るかしら~」

 あの女……。



みつ「や、ジュン君元気~? ドレス作り進んでる?」

ジュン「たった今中断されました」

みつ「あーごめんごめん。あがっていい?」

ジュン「どうぞ」

 という返事をしたときには、すでに彼女はアパートの敷居をまたいでいた。この女……。

57: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:31:25.81 ID:kOhzMYs70
 さて、20代の女性がお泊りにくる。これは健全な10代男子としてはかなりのイベントの

ように思えるが、事実は全く違うことを僕はことわっておく。



 最近のネットカフェはシャワールームまであるので、草笛みつの見た目はそれほどひどい

というわけでもない。細かく観察しなければごく普通のOLに見えることもあるかもしれない。

 だが彼女にはネカフェ暮らしの必然とも言うべき障害がある。ネカフェくさいのだ。



 数時間パックでネットカフェに入った経験がある人はおわかりだろうが、ネットカフェと

いうやつは空気が悪く、禁煙席ど真ん中を選ぼうとも妙にタバコ臭い。さらに安いエアコン

から出る独特の空気の臭いと交じり合って、なんとも言いがたいネットカフェ独特の臭いが

醸成される。

 それは決して強烈な臭いではないが、何気なく服に染み付いていて離れない類のものだ。



 ネカフェ暮らししているともなれば、そのネカフェ臭はもはやおうちの匂いというわけで、

草笛みつはネカフェの香りのする女である。



 もちろん一緒にいる金糸雀の服もネカフェ臭い。うちに来るたびにのりが洗濯してやっている。

ネットカフェ臭いローゼンメイデンとかそんなのひどすぎる。じゃあ安アパートで内職させたり、

そもそも路上生活してるやつはどうなんだって話だけど。

58: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:34:56.26 ID:kOhzMYs70
 ずかずかと上がりこんできた草笛みつは、遠慮なく僕のPCを覗きこんだ。



みつ「うーん……最近のジュン君の作品はなんかこうぱっとしないよねー」



 はっきり言ってくれる。でも事実そうなのだからしかたない。僕自身もそう思っている。



みつ「そりゃよく出来てるし数万出して欲しがる人がいるのもわかるんだけどさー、

   最初に私が感じたときめきみたいなもの? そういうのがないんだよね」

ジュン「実際、10万こえる値はつかないですしね……。なんとか今作ってるやつはそういう

    値段をつけてもらえるだけのものにしたいんだけど」

みつ「うーん、このデザインじゃ無理かも。いいとこいつも通りの2,3万じゃない?」

ジュン「やっぱりみっちゃんさんもそう思いますか」



 この人のずうずうしさにも関わらず僕が彼女を追い出したりしないのは、こうして

ドレス作りの相談に乗ってもらえるということもある。



 ただ相談料と称してうちに来る度に僕からちょいちょいお金を取っていきはするが。

 僕としてものたれ死にはさすがに困るので毎回一万円ほど渡してしまう。僕の稼ぎは

結構これに消えていたりする。

59: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 15:37:53.77 ID:kOhzMYs70
 草笛みつはこの日、溜まった洗濯物を洗い、のりが作った夕食をがっつり食べて、

みつ「家庭料理をご馳走になったうえ、畳の上にふとん敷いて寝られるこの幸せー」

などと僕らの安アパート暮らしを存分にエンジョイしていった。



 どんだけ図太い神経してるんだか、真紅や翠星石の冷たい視線もものともしない。

 最近、貧すれば鈍するということわざを雛苺まで覚えた。



 のりはそんな草笛みつとも終始にこやかに会話をしていた。あいつのお人好しもここまで

くると才能というほかない。お前の乏しい稼ぎが食いつぶされてるんだぞ。



 金糸雀は他のローゼンメイデンと一緒に過ごせて楽しそうにはしゃいでいた。

 あいつだけなら引き取ってやったほうがいいんじゃないかと思うのだが、それをやってしまうと

真剣に草笛みつの人生が終わってしまうだろう。

 あんなふうに振舞ってはいるが、多分、金糸雀だけがあの人の心の支えなのだ。



 ところでやはり僕のドレスのデザインは10数万を稼ぐにはもの足りないようだ。

今のデザインは破棄して、根本的にアイディアから練り直す必要がある。

 なんとかいいドレスを作らないと、人の心配をしている場合じゃなくなってしまう。

69: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 21:58:10.00 ID:Pnlr7zs90
 ここ数日うまく眠れない。不安で夜中に目が覚めることがある。僕はこのまま2,3万で

売れるドレスしか作れないのだろうか。あるいはそれさえ作れなくなるかもしれない。



 そうなったら僕は本当に何も無い人間になってしまう。バイトで必死に働く姉と、内職する

人形に寄生するだけの人間に。それだけは嫌だ。なんとしてもドレスを作って、高値で売ら

なければならない。



 しかし焦れば焦るほど、ドレス製作は袋小路に迷い込んだように進まなかった。



 そんなある日、水銀燈がアパートを訪ねてきた。



水銀燈「しばらく会えないだろうから、一応あなたたちに挨拶しとこうと思ってぇ」

翠星石「そりゃまたいったいどういう理由がありやがるですか?」

水銀燈「ちょっと出かけるのよ。沖縄までねぇ」

真紅「沖縄?」

雛苺「じゃあヒナも一緒にオキナワ行くなのー」

翠星石「チビチビはあいっかわらず馬鹿ですね。沖縄はめちゃくちゃ遠いんですよ」

雛苺「駅前のスーパーより遠いの~?」

翠星石「比べもんにならねーですよおばか苺。沖縄といったらとなり駅よりはるかに遠いんですー」

雛苺「うぅぅ~~~そんなに遠いなの~」

70: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 21:59:53.29 ID:Pnlr7zs90
真紅「でも、どうして沖縄へ?」

水銀燈「めぐがね、相変わらず容態がよくないのよ。それで、珊瑚のあるような海の砂が欲しい

    って言うから、調べたら一番近いのが沖縄じゃない。だから沖縄に行くわけぇ」

翠星石「どうやって沖縄までいくですか?」

水銀燈「えーっとぉ、とりあえず鹿児島まで飛んでいって、そこから島づたいに飛んでいけば

    なんとかなると思ってぇ」



 なんたるアバウト。でも水銀燈のやつは飛べるわけだし確かになんとかなるかもしれない。



 そう思って聞いていると、いつになく真剣な顔で真紅が止めた。

真紅「やめなさい水銀燈。海風にそんなに長く晒されたら、ドールとして致命的なダメージ

   を受けるのは間違いないのだわ。服も髪もボロボロになってしまうのよ。わかっているの?」

翠星石「そうですよ! それを近所におつかいでも行くように……」

水銀燈「でも、でもしょうがないでしょう!」



 うお、いきなり怒鳴った。

水銀燈「めぐは、めぐはいつものわがままで言ったんじゃないのよ。か細い声でぽそっと呟いたの。

    だから、だから行くしかないの。行って沖縄の海の砂を取ってきてあげるのよ!」

翠星石「な、ならそこらへんの砂場の砂でごまかすという作戦もあるですよ」

水銀燈「そんなの絶対だめよ! もしかしたら、もしかしたら最後の願いかもしれないんだから……」

72: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 22:02:19.69 ID:Pnlr7zs90
 序盤のあほらしさはどこへやら。かなり真面目な話だったのか。ただでさえ狭いアパートの

6畳間だが、4体のドールがいる以上の狭苦しさを感じる。

 あるいは人間って(いやドールだけど)、シリアスな話ほど明るくごまかすときもあるかもな。



水銀燈「だから私沖縄まで行ってくるのよ。結構時間がかかるでしょうから、ひとつ頼みがあるの」

真紅「なに?」

水銀燈「めぐが寂しがるだろうから、その、私の代わりにたまに見舞いにいってあげて。

    私が沖縄にいったのは秘密よぉ。急に持っていって驚かせてあげたいからぁ」

真紅「そう……。わかったわ。水銀燈、必ず戻ってくるのだわ」

水銀燈「当たり前でしょう。約束してあげるわぁ、真紅。じゃ、めぐのお見舞いよろしくね。

    会ってくれるだけでいいから」

 

 帰ろうとする水銀燈を呼び止め、僕はPCデスクの引き出しの中にしまっていた、綺麗な

ガラスの小瓶を取り出した。

ジュン「ほら、これに砂を入れてこいよ。入れ物がいるだろ」

水銀燈「あら、そこそこ綺麗なビンね。候補にはいれておいてあげるわぁ」

 まったく、せっかくの人の親切をなんだと思っていやがる。

 水銀燈は窓から飛び去っていった。やっぱり本気で沖縄まで飛んでいくつもりらしい。

73: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/01(日) 22:03:09.93 ID:Pnlr7zs90
保守ありがとうございます。

続きは0時すぎぐらいに投下したいと思ってます。

80: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 00:13:41.53 ID:Y3MuQmwz0
 水銀燈が沖縄に向かって飛んでいったその翌日に、蒼星石がアパートを訪ねてきた。

こちらは最初から明らかに深刻な顔をしている。



 蒼星石は翠星石を別室の4畳半に呼んで二人で話し始めた。

 ふすま越しにときおり、高くなった蒼星石の声が聞こえてくる。



蒼星石「この蒼星石が粛清しようというんだ、翠星石!」

翠星石「それはエゴです!」

蒼星石「間違っているのは僕じゃない。世界のほうだ!」



 えーっと、二人でアニメ台詞ものまね大会ですか? ちょっと違うぞ。

 この声に先程からひとりで造花を作っていた真紅が立ち上がった。うまく作れなくて

いらいらしているようだ。



真紅「ちょっとあなたたち、静かにしなさい!」



 ガラッとふすまを開けて隣室に乗り込むと、真剣な顔の蒼星石と困惑した顔の翠星石が

向かい合っていた。

蒼星石「こうなったら、真紅とジュン君にも聞いてもらおう」

 またもシリアスな話か。最近愉快な話を全く聞いていないな。

81: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 00:16:05.42 ID:Y3MuQmwz0
翠星石「いいですよ。実は、蒼星石が、人の心を殺すから翠星石にも手伝えっていうんです」

 さ、殺人かよ。思いつめたもんだな。

真紅「穏やかな話ではないわね。いったいどういうことなの蒼星石」



蒼星石「話せば長いことになるけど、お爺さんが悪い新興宗教にはまってしまったんだ。

    統価教会だよ」

ジュン「あの悪名高き統価かよ。でも何で宗教なんかに……」



蒼星石「お爺さんには不安なことがたくさんあったんだ。あいつらは人の弱った心に

     つけこむから……

     まず、おばあさんが病気がちなのは知ってるよね。だからうちは病院や薬で結構

     お金がかかるんだよ。でも老人の医療費負担が増したでしょう。それがお爺さんの

     不安の種になってね」



 そういえばニュースでそんなこと言ってたな。自分には関係ないから詳しく知らないけど。



蒼星石「それに増えた医療費は年金から勝手に差し引かれるんだよ。お爺さんは自営業

     だからサラリーマンだった人より年金も少ないらしくて、それでますます心細くなって

     しまって……」

 おいおいこのドール、僕よりよっぽど現代日本社会に関する知識があるぞ。

83: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 00:19:01.89 ID:Y3MuQmwz0
真紅「でもまだお店は開いているんでしょう。年金だけじゃなくてお店の売り上げがあるの

   ではなくて?」

 そうだ、あのじいさんは時計屋をやっていた。



蒼星石「いや、それが売り上げはあんまりないんだ。古くからのお客さんの時計を直したり、

    近所の人の電池を代えたりぐらいだよ。

     第一、お客さんがあんまり来ないんだよ。商店街自体から客足が遠のいていてね。

    今は郊外に大きなショッピングセンターがたくさんできているから。

     それに時計みたいな買い物をするときは渋谷や新宿にみんな電車でいってしまうんだ。

    ここからはそんなに遠くないし、品揃えもいいし、ヨドギミカメラみたいな量販店なら

    値段も安くなっているんだ。ドンサンチョみたいなディスカウントショップもあるし、

    若い人なんかはパルポとか、四角井とかお伊勢たんで買う人が多いよね。ああいうところで

    買い物をするライフスタイルそのものに意味があるわけだし。

     長くなったけど、そういう理由で売り上げがよくないのも、おじいさんの不安を煽って

    いるんだ」



 あの、蒼星石、お前はローゼンメイデンだよな。真面目な子だから色々と勉強したのだろうけど、

もはや完全にローゼンメイデンの話すことじゃない。苦労が偲ばれる……。


90: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 01:01:12.53 ID:Y3MuQmwz0
翠星石「そ、それでもネンキンとか売り上げのお金を足せば、なんとか生活していける

     はずですよ」

真紅「そうね、私たちみたいに家賃はかからないのだからなんとかなるはずよ」

蒼星石「うん。そうなんだけど、問題はお爺さんがとても不安だっていうことだから、

    そこが解決しないと……。

    お爺さん自身も高齢だし、自分が倒れたら妻の面倒を見てやれないっていうのも

    不安に拍車をかけてしまっていて。まるで終わらない悪夢の中にいるようだよ」



雛苺「うう~~頭が痛いの~」

 会話につられてやってきたものの、その内容は雛苺にはさっぱりのようだ。大丈夫だヒナ、

お前だけじゃないから。

 しかし現代日本における社会問題やら消費の仕組みなんてどうしようもなさすぎる。



 あ、でも、

ジュン「なあ、お前のハサミでお爺さんの不安の芽をちゃっちゃと切り取ればいいんじゃないか?」

蒼星石「それはもう毎日やっているよ。でも根っこは社会問題だから僕にはどうしようもなくて……

    僕も疲れてきたよ。だからお爺さんの気持ちもわかるんだ」



 子供から大人までみんなが不安な現代社会。この時代に少しも不安じゃないやつなんて

よほどの金持ちか馬鹿しかいないんじゃないだろうか。そら宗教も流行るわ。

91: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 01:04:45.64 ID:Y3MuQmwz0
 蒼星石は一休みすると、ふっとため息をついた。

蒼星石「とにかく宗教だけでも抜けてもらわないと。だから手っ取り早くお爺さんを騙している

     やつらの心を殺してしまうんだ。あんな悪人たちどうなったところで……」

翠星石「殺すなんてだめです! ローゼンメイデンのやることじゃないです! 翠星石も

     手伝っておじじの希望の心を育てるです。だから心を殺すなんてことはやめるです!」

蒼星石「そうもいかないよ。お爺さんに何の意味も無い壷やら題目やらを高値で売りつけた

     あいつらを許すわけにはいかない。それに今やらないとあいつらは」

真紅「まだあるというの」



 さすがに僕もここではピンと来た。悪徳宗教は騙している人間からはなんでも吸い上げ

ようとする。

 あの爺さんの家で一番価値があるもの。それは、



ジュン「土地か」

蒼星石「そのとおりだよ。あいつらはうちの土地を狙っているんだ。お爺さんが騙されてその権利

     を渡してしまう前にあいつらを止めないと、何もかもが終わってしまうんだ」



 比較的都心に近い場所の駅近くの土地である。なかなかの価値があるだろう。

そこに目をつけられたのだ。


92: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 01:07:12.88 ID:Y3MuQmwz0
 このままじゃ爺さん一家は家も追われて、乏しい売り上げさえなくなる。そうなるとまさに

首でも吊るしかない。



ジュン「こいつはさすがにやるしかないかもな」

翠星石「ジュンまでなにを言うです!」

ジュン「ただし殺すってのはやりすぎだ。そんなやつらどうなったっていいけど、僕は蒼星石にも

    翠星石にも人殺しにはなってほしくない。だから翠星石がついていって、やりすぎない

    ように蒼星石を抑えるんだ」



翠星石「……わかったです。そういうことならオッケーです。ちび人間の割にはいい考えです」

蒼星石「わかったよ。翠星石をマスターに対して不幸なドールにする権利は僕には無いからね。

    ただ、それなりに痛い目にはあってもらうつもりだよ」

ジュン「ま、それぐらいはいいだろ。ある意味爺さんたちこそ殺されかけてるんだから」

翠星石「一緒におじじの心も育ててくるです。あの爺さんもそれで少しはマシになるはずです」



 蒼星石と翠星石とは、連れ立ってnのフィールドに消えていった。あの大きな鏡だけはこの

アパートにも持ってきている。

93: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 01:08:38.03 ID:Y3MuQmwz0
 しかしなんで僕の周りにはこうも不幸な人間ばかりなんだ。不幸は続くっていうけど、

ジュン「こうも不幸ばっかりだと誰かの陰謀としか思えないな」

なんてことも言ってみたくなる。



真紅「そう、そうだわ! ジュン、今晩つきあってもらえるかしら?」

ジュン「おい真紅、雛苺がまだいるってのにその誘いは……」



 鋭い痛みがすねに走る。蹴りか。



真紅「そんな冗談言っている場合ではないわ! 私たちの問題に一貫しているのは、

    ローゼンメイデンに関わった人間がみんな不幸になっているということだわ。

    それを画策できる存在といえば……。

    とにかく今晩はあけておきなさい、ジュン」



 おお、くんくん探偵セットが似合いそうだぞ、真紅。

132: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 21:48:22.57 ID:GJeZY82c0


 深夜0時頃、雛苺はすっかり眠っている。翠星石はまだ帰ってきていない。

 僕と真紅は大鏡の前に立っていた。

真紅「いくわよ、ジュン」

ジュン「ああ」

 nのフィールドへと入り、飛ぶような泳ぐような感覚でその中を進んでいく。

 真紅はひとつの扉へと僕を導く。

 扉を開けると、そこにはヴィクトリア朝期の貴族の一室とでもいうような部屋があった。

僕らのアパートの6畳間の2倍ほどの広さの部屋に、やはり同じ時代に好まれたのだろう

テーブルと椅子が並び、テーブルの上には紅茶が湯気を立てている。



 開いている椅子は2脚。紅茶のカップも2杯用意されていた。まるで僕らを迎えるように。

 それらから見てテーブルの反対側に、あの兎男が座っていた。

真紅「ひさしぶりね、ラプラスの魔」

134: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 21:49:33.70 ID:GJeZY82c0
ラプラス「おやおや坊ちゃんとおそろいで。どうぞおかけください」

 勧められるまま真紅と僕は椅子についた。真紅はためらいもせず紅茶に口をつける。

真紅「美味しいわね。最近紅茶とは呼べない代物しか飲んでいないから、素直に感謝するわ」

ラプラス「お褒めに預かり光栄です」



真紅「単刀直入に聞くのだわ。私たちの身の回りに起こっていることは、あなたのおかげと

   いうわけかしら?」

 真紅がカップをソーサーに戻す音がやけに大きく響く。

ラプラス「はいともいいえとも。ただひとつ確かなことは、私もまた川面を流れる木の葉です」



 兎男の表情は読めない。そもそも兎面に表情はあるのだろうか。相変わらずもって回ったような

話し方をしやがって。

ジュン「なにが言いたいんだ。お前の仕業じゃないってのか?」

135: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 21:51:00.13 ID:GJeZY82c0
 いかんこいつとまともに話しても無駄だ。そう思いきや兎男は常になく親切に話し出した。



ラプラス「きっかけは私にあれど、原因は私にあらず。すべては彼らの心と世界に用意されていたのです。

     私も流れに従ってそれをほんの少し早めただけ」

真紅「ジュンの両親を失敗する事業へとそそのかし、蒼星石のお爺さんの不安を煽った。

   病気のめぐに心象に南国の海の風景を焼き付け、みっちゃんに対しては借金への迷いを打ち消した。

   そんなところかしら?」

ラプラス「推理と妄想は紙一重。どこへも顔をだすほど私も暇ではありません」

真紅「そうね。あなたが巴の恋愛にまで絡んでいるとは思えないし、他のことも違うかもしれない。

   でも少なくともひとつ以上はあなたのせいなのね」



ジュン「お前、なにが狙いなんだ」

 僕は思わずテーブルを叩いて立ち上がっていた。

ラプラス「役者は自らの役を演じるにすぎません。私は脚本家ではないのです」

真紅「あなたの書いたシナリオではないと?」

ラプラス「この世はすべて舞台、男も女も役者に過ぎない」

136: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 21:52:46.23 ID:GJeZY82c0
 そのとき、突然のつむじ風にテーブルとカップが吹き飛んだ。とっさに風の吹いてきたほうを

振り向くと、そこには怒りもあらわな金糸雀がヴァイオリンを手に立っていた。



金糸雀「私はお前の虚言にごまかされたりしないかしら!」

真紅「金糸雀!」

金糸雀「二人の気配を感じてついてきたかしら。二人とも、なぜこいつに襲いかからないかしら!

    私とみっちゃんをこんな目にあわせたこと、絶対に許さないかしら!」



 金糸雀はヴァイオリンの弓を引いて2撃目を繰り出す。しかし兎男の姿はふっとかき消えてしまった。

気付けば周囲も屋敷の一室から、人のいない荒れ果てた古いヨーロッパの都市に変わっている。

137: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/02(月) 21:53:27.33 ID:GJeZY82c0
 頭上から、兎男の声だけが響く。

ラプラス「私をお恨みならどうぞご勝手に。ただ私を憎んでも倒しても、あなたの流れは変わりませんよ。

     剣でなぐりつけるよりも、笑顔でおびやかすがよい」



 真紅も金糸雀も僕も上空をにらみつけた。どれだけ目を凝らしても、雲の立ち込めた暗い夜空しか

見えなかった。



ラプラス「われらはいかにあるかを知るも、われらがいかになるかを知らず。

     すべてをいますぐに知ろうとは無理なこと。雪が解ければ見えてくる。

     運命とは、もっともふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ」



 その台詞が空に響ききってしまうと、もう兎男の声も気配もなかった。

がっくりとうなだれる金糸雀を促して、僕たちはnのフィールドからアパートへと帰還した。

150: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 00:21:41.12 ID:GKOCnSCP0
 アパートに帰ると、ふくれっ面の翠星石が僕らを出迎えた。



翠星石「こんな夜中に翠星石に黙ってどこ行ってたですか。ようやく悪党退治を終えて

    英雄のご帰還だというのに、歓迎すべき二人の姿が見えなかったですよ」

ジュン「いや、べつにやましいことは何も無いぞ」

真紅「そうよ。あなたの知ったことではないのだわ」

ジュン「なんで誤解をまねく言い方するんだよ! ほら、金糸雀だって一緒だし」

 まったく真紅のやつ。なに考えてるんだ。



金糸雀「……カナはみっちゃんのところへ帰るかしら」

真紅「泊まっていったほうがよいのではなくて?」

金糸雀「目覚めたときカナがいないと知ったら、みっちゃん発狂しちゃうかしら。

    今日はサウナ泊まりだからネットカフェよりはマシかしら」

 金糸雀には帰る家すらない。いつまでこんなことが続くのだろうか。

153: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 00:24:37.79 ID:GKOCnSCP0
 夜が明けて朝が来る。

 結局、僕らはふりだしに戻っただけだ。ラプラスの魔が裏で糸を引いているという真紅の

推理は正しかったが、それがわかったところで何が解決したわけでもなかった。

 あの兎男の言うことをどこまでまともに受け取るかはともかく、すべてがあいつのせいでは

ないというのも確かだった。社会問題や金融不安まで動かせるわけはない。



ジュン「いったいどうしろっていうんだか、この現状」

真紅「……ジュン、やはりあなたはドレスを作るべきだわ」

  真紅の碧い瞳はまっすぐに僕を見据えている。



ジュン「なんだよ、反対していたくせに」

真紅「私はあなたが目先の生活に追われて作るのに反対していただけよ」

ジュン「そういうけどな、生活できなくなったら元も子もないだろうが」

真紅「だから生活費の問題は解決したわ。私と翠星石の内職代が入るから、足しにすればいいのだわ」

ジュン「たいした額でもないし、やっぱり僕のドレスが売れないと駄目だろ」



 偉そうに言ったものの、昼間中粘ったドレス作りはすこしも進展しなかった。

154: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 00:26:15.33 ID:GKOCnSCP0
 その夜、苛立つような落ち込むような気持ちで夕飯を食べていると、のりが思い出したように言った。



のり「そうそう、ジュン君ね、お姉ちゃんパートの時給があがったのよー。

   となり駅に北武電鉄グループのデパートがあるでしょう。今度からそこのデパ地下に入っている

   お店に行くことになってね、なんとそこでは今までより時給が50円も多くもらえるのー。

   真面目に働いててよかったわぁ」



 週6で毎日8時間働いて、たかが50円アップかよ。間違いなく搾取されてるぞそれ。

ジュン「そりゃよかったな、のり」

雛苺「おめでとなのーのりー」



 それでね、と前置きすると、のりは僕の目を覗き込んだ。嫌な予感がした。

のり「これまでより少しだけどお給料増えるし、翠星石ちゃんたちの内職だって生活費に

   当ててくれるらしいの。

   だからね、ジュン君、これからは好きなドレスを作っていいのよ。

   お姉ちゃん、ジュン君がドレスを作っては売りさばいているのを見て、なにか悪いなって

   ずっと思ってたの」



 のりまで、真紅と同じことを言うのか。

155: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 00:27:49.95 ID:GKOCnSCP0
翠星石「そういうことならしょうがねーですから、翠星石も協力してやるです。

    というか、造花の7割は翠星石が作ってるですよ。真紅はすぐ怠けるし仕事が遅いです。

    だからご飯だって翠星石7割、真紅3割でわけるです!」

真紅「なにを言うの翠星石。私だって努力しているしそれは認められてしかるべきだわ。

   そうだ雛苺、あなたもこれからは手伝いなさい。雛苺は私の奴隷なのだから、この子の作った分も

   私のものとして換算されるはずよ」

雛苺「よーーし、ヒナ頑張るのよ~」

翠星石「チビチビは遊びで作りすぎて商品にならんです。材料分はちゃんと作らないといけねーんですよ」



 みんなが僕のドレス作りのために協力してくれる。お金は心配しなくていいと言ってくれる。

それは本来喜ぶべきことだろう。ありがとうと感謝するべきだろう。

 でも僕は怖かった。なにか怖くて仕方なかった。

156: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 00:29:24.34 ID:GKOCnSCP0
 今までよりもはるかにドレス作りに向かう僕の気持ちは重くなった。正直逃げ出したいほどだ。

 アイディアは何個か湧いてくるものの、それは皆「2万いくかどうかのドレス」のアイディアだった。

それらはもう作ってはいけないドレスなのだ。生活のためという正義は奪い去られていた。



ジュン「こんなのじゃだめだ、こんなのじゃ」

 気付けば机に突っ伏して、こう口走っていた。

翠星石「……ジュン、もう焦って作る必要はねーんですからじっくりやるですよ」



 後ろで内職をしている翠星石が、あいつからは信じられないような優しい口調で僕を慰める。

振り向けば翠星石と真紅がせっせと造花作りにいそしんでいるのだ。



 僕はこの部屋にいることに耐えられなくなり、

ジュン「ひとりでアイディアを練り直す」

と言って隣室のふすまを開けた。



 そこでは雛苺がクレヨンで絵を描いていたが、僕の姿を見ると、

雛苺「じゃあヒナはあっちで描くからジュンがこの部屋つかっていいのよー」

と出て行ってくれた。悪いな、と機械的に言いつつふすまを閉める。



 部屋で独りになった僕は、ほうっと息を吐いて座り込んだ。

 そのままなにもせず、なにも考えられず、僕は畳と自分の足をみつめていた。

168: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:28:48.48 ID:GKOCnSCP0
 2週間が過ぎた。ただ過ぎた。

 今日に至ってはもはや「2万いくかどうかのドレス」のイメージさえ湧いてこない。

 真紅も翠星石ものりも、ただ時間を喰いつぶしていくだけの僕に対して恨み言のひとつも

言わない。



 ここ数日、決して頭から消えないひとつの考えがある。これを実行することはずっとためらってきた。

でももうこれしかない。今の僕にはこうするしかないんだ。

 僕は意を決して内職をしている真紅と翠星石を振り返った。



ジュン「なあ真紅。お前の服、ちょっと見せてくれないか」

真紅「かまわないけれど、どうするつもり?」

ジュン「ちょっと見てみたいんだ」

 極力平静な声を出そうと努力する。



真紅「……ジュン、あなたはお父様の作った私のドレスから技術を学ぼうというの?

   それともまさか、お父様のデザインを流用して自分のものとして使おうと言うの?」

ジュン「ば、馬鹿。僕はただ新作の参考になればと思って……」

169: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:29:33.23 ID:GKOCnSCP0
 真紅はいつものように僕の目をまっすぐに見てくる。

真紅「ジュン、ずっと黙っていたけれど、契約の証であるその薔薇の指輪には、ミーディアムと

   ドールの意識を繋ぐ力があるのよ。考えていることが言葉としてわかるわけではないけれど、

   話していることの真偽ぐらいは十分伝わってくるのだわ」



 僕は改めて自分の指輪をまじまじと見た。じゃあ全部もう見透かされて……?

翠星石「嘘ですよね真紅。そんな話、翠星石も聞いて……」

真紅「ええ嘘よ。だが間抜けは見つかったようね」

……シブいねえ。まったくおたくシブいぜ。確かに僕はローゼンのデザインを流用しようとしたさ。



真紅「ジュン、真似は決して悪いことではないわ。優れたものを模倣することによって文化は伝わっていく。

   けれど今あなたが作るものは、あなたのドレスなのよ」

ジュン「べ、べつにオマージュとかリスペクトとかそういうのあるだろ」

真紅「なら、私のドレスにオマージュを捧げたあなたのデザインを見せて頂戴」

170: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:30:28.09 ID:GKOCnSCP0
 一時間後、僕は真紅にラフスケッチを渡した。結果は見せる前から自分でわかっていた。

引き返したかった。でもそんなことはもちろんできない。もうやってしまったことなのだ。



真紅「だめね。あなたの色が出ていないわ。こんなものではお父様から頂いたドレスを使わせる

   わけにはいかないのだわ」



ジュン「なんでだよ、別にいいだろ! 感覚を、感覚を取り戻したいんだ。よかったときの。

    ローゼンのデザインを元にしたドレスならきっといい感触をつかめるはずなんだ!」

 負い目がある分、逆に食い下がってしまう。



真紅「誇り高きローゼンメイデンのドレスを、安っぽい妥協に供するわけにはいかないの」

ジュン「ならもうおまえには頼まない。翠星石、頼む。もうこれしか手段がないんだ」

  もはや見栄もプライドも意地もない。いくとこまでいってやる。



翠星石「え、と、その、なんというか……ジュ……こ、このちび人間!

    そんなのできるわけねーじゃねーですか!

    お、お前は翠星石にローゼンメイデンとしてのプライドがねーとでも思ってやがるですか!

    単なるまねっこに翠星石のドレスを使うなんてぜ、絶対許さねーです!」



真紅「雛苺に頼むことも、主人であるこの私が許さないのだわ。

   ジュン、今回は聞かなかったことにしてあげるわ。下手な考えは捨てて真面目にやり直しなさい」

171: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:35:15.96 ID:GKOCnSCP0
 もう、もう嫌だこんなの。

ジュン「……何回やったってできるわけないだろ。僕には無理なんだよ」

真紅「無理じゃないわ。あなたには才能がある。ジュン、あなたは天才なのよ」

 おいおい今度はおだててくれるのか。至れり尽くせりだな。

ジュン「なにが天才だよ。僕にそんな甘い戯言が通用すると思うなよな!」



真紅「そう。私が甘い言葉をかけたとでも思っているの。残念ながら違うのだわ。

   ジュン、本当に才能がある人間はね、どうやってもその才能と無縁には生きられないの。

   才能が人生を決めてしまうのよ。その人が望んでいるかどうかに関わらずね。

   そのことは時にとても辛く苦しいことをもたらすのだわ。他人は不幸とさえ言う。

   それでも逃げることは許されない。戦わなくてはいけない運命が待ち受けている。

   ジュン、あなたは真の人形師の素質を持っている。そういう人間のひとりなのだわ」

翠星石「真紅……?」



 なに言ってるんだよ真紅。僕はそんな大げさな存在じゃないぞ。

ジュン「馬鹿らしい。それだけの天才なら、なんでドレスひとつできないんだよ!

    おかしいじゃないか。お前に人間のなにがわかるって言うんだ! 人形のくせに!」

真紅「人間のことはわからないかもしれない。でも、あなたのことはわかるのだわ」

172: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:36:48.78 ID:GKOCnSCP0


ジュン「わかってなんかいるもんか! ドレスを作ったのだって深く考えてなんかいなかった!

    みっちゃんさんが持ってきたやつを手直ししただけじゃないか。

    そうだ、ドレスなんてただの趣味だ。金に問題が無いんだったら辛い思いして作ること

    なんかないんだ!

    それに僕は中卒ニートなんだぞ! おまけに中学は不登校だ! なかなかいないぞこんなやつ。

    そういう意味じゃ僕は天才だな。駄目人間の天才だ。お前が考えているような人間であって

    たまるか!」

 情けないことを言っていると自分でもわかっていた。でももうとまらなかった。



翠星石「ジュン、なに言ってやがるです! 真紅も急にどうしたんです」

 翠星石がうろたえて僕らの間に割って入る。雛苺は視界の隅で声もなく震えていた。



 それでも真紅は厳しい表情で僕を見つめている。瞳は蒼く燃えるようだった。

真紅「ジュン、逃げ続けてもいつかは追いつかれるのだわ。それでも自己憐憫に浸っていたい

   と言うのなら、勝手にしなさい」

ジュン「言われずとも勝手にするさ!」



 僕はアパートを飛び出した。背後から、鉄の扉が乱暴に閉まった音が聞こえた。

173: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:39:22.40 ID:GKOCnSCP0
 真紅とあんなふうに怒鳴りあうなんて、まるで中学不登校時に戻ったみたいだった。



 自分では三年のうちにちょっとは精神的に成長したつもりだったけど、事実はまったく

違ったようだ。僕の精神はあの頃のままだ。高校だってやめたし証明には事欠かないね。

外に出れることだけがまだマシってところか。



 それにしても真紅のやつ、いったいどうしちゃったっていうんだ。僕のせいじゃないぞ。

意味のわからないことをわめきだしたあいつが悪いんだ。



 しばらく歩いてから気付いたが、アパートを飛び出した際、僕は反射的に財布をつかんで

いたようだ。

 お、ちょうどお酒の自販機を発見。童顔な僕はまだコンビニやスーパーじゃ疑われたりする

けれど、これなら問題ない。

 ビール買ってやろう。昼間っからビールだ。公園に行くのがいいな。

 晴れた平日の真っ昼間に公園でビールをかっくらう。これぞ今の僕にふさわしい行為だ。

174: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:40:01.83 ID:GKOCnSCP0
 公園にはぽけっとしてる大学生らしき男、仕事をサボっている外回りのサラリーマン、それに

なにが面白いのかずっと前を眺めてる爺さんの3人がいた。他にいく場所無いのかよ。

 ま、僕が言えることじゃないけどな。



 350ml缶のプルタブを押し込むと、プシュっと音が弾けた。期待が高まる。ぐいっとビールを

喉に流し込んだ。

 まずい。なにこれ。大人はなにが楽しくてこんな苦いもの飲んでるんだよ。

 しかし今の僕には昼間から酒。これしかない。我慢して半分ほどまで飲み続ける。

 この頃になるとなんだか頭がぽーっとして気持ちよくなってきた。なるほどこのためか。



 頭が浮いているような感覚は心地よいので、味を我慢してビールを飲み続ける。ゲップも何度も

してやった。

 いいぞ僕。凄く駄目だ。へへ、真紅にこれを見せてやればあのいかれた考えも直るだろうに。

175: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 03:41:13.25 ID:GKOCnSCP0
 そろそろ一缶飲み終わろうかというとき、僕の視界の中心を紫色の光が掠めていった。

 あれ、僕けっこう酔っちゃったのかなと考えたが、違う。まだそこまではいってないはずだ。

 あれは。そうだ、あれは水銀燈の人工精霊じゃないか。たしかメイメイだ。なんでこんな

ところにいるんだ。



 メイメイはまるで僕を待つように、やや離れたところに浮んでいた。少しふらつく足取りで

急いで後を追うと、メイメイは公園の影へ影へと僕をいざなっていく。



 そこで僕を待っていたのは、地面に倒れ伏した一体のドールだった。

 髪はばさばさに、服はボロボロになって見る影もないが、それでも見間違えるはずがない。

 水銀燈。

 僕の酔いは、一気に吹っ飛んでしまった。

207: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 20:25:50.71 ID:WG/Y8kaE0
 僕は水銀燈に駆け寄り、彼女の体を抱き上げた。

ジュン「おい、大丈夫か! 帰ってきてたんだな……」

水銀燈「あ……真紅の……」

 僕は思わず息を呑んだ。

 水銀燈は服や髪だけでなく、手や顔までひどく傷んでしまっている。



 見た目だけでなく、体力的にも相当弱っているようだった。

ジュン「ちょっとここで待ってろ」



 手近なコンビニに駆けこみ、紙パックやプラスチックカップの飲料が並ぶ棚を探す。

 これだ、ヤクルート66。ヤクルートシリーズで最も高く、乳酸菌パワーは普通の

ヤクルートに対して当社比5倍。「盗んだバイクで走り出す、アメリカの大陸まで♪」の

CMソングが窃盗を促しかねないとして放送中止になったことでも有名である。



 何本かまとめてレジに持っていき、お釣りを受け取るのも忘れて公園に走り戻った。

 ミルクを飲ませる母親みたいに水銀燈を抱き抱え、ストローを口に持っていく。

 水銀燈は少しずつ、少しずつヤクルートを飲み下していった。

208: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 20:26:49.84 ID:WG/Y8kaE0
 時間をかけて1本飲みきると、すこしは体力を回復できたようだった。

 ぽつりぽつりと、水銀燈がこれまでの経緯を語りだす。



水銀燈「めぐに沖縄の砂を取ってくるって、あなたたちに告げた後ね、

    九州までは結局、トラックやバスにこっそり隠れて乗っていったの。

    途中で行き先の違うやつに乗っちゃったりして、引き換えしたりもあったけど、

    なんとか鹿児島まで行けたわぁ……。

    だけど、飛行場は警備が厳しくてね、沖縄まで飛ぶしかなかったのよぉ。

    沖縄から九州への往復で、私の体はこんなになってしまうし、体力もほとんどつきちゃった。

    その後は、なんとか行きと同じ手段で帰ってきたんだけど、めぐの病室に砂を置いてきたら、

    ふっと気が遠くなっちゃって、気付いたらここに倒れてたのぉ……」



ジュン「柿崎めぐには会わなかったのか?」

水銀燈「この見た目で会えるわけがないじゃない。こんな、こんな体でぇ……」

209: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 20:27:45.18 ID:WG/Y8kaE0
 それっきり水銀燈はうつむいて震えているばかりだった。

 僕に出来ることといえば新しいヤクルートを渡してやるぐらいだ。



 なんとか、なんとかしてやりたいけど。

ジュン「とりあえず、僕のアパートに来い」

水銀燈「……嫌よ、真紅たちにこんな姿を見せるぐらいなら死んだほうがましだわ」

ジュン「じゃあいつまでもここに倒れてるっていうのか。姉妹で遠慮してる場合じゃないだろ!」

水銀燈「あなたにはわからないわよぉ」



 水銀燈には悪いけど、この状況で放っておくなんて寝覚めが悪すぎる。僕は無理やりにでも

連れて帰ることに決めた。

ジュン「お前の鞄はどこだ?」

水銀燈「さぁ、知らないわぁ」



 メイメイがくるくると飛び回ってから、先程と同じように僕を誘導する。場所を教えてくれるらしい。

水銀燈「だ、駄目よ、メイメイ」

ジュン「ここで待ってろよ。絶対だからな」

210: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 20:28:42.38 ID:WG/Y8kaE0
 主人の懇願を振り切ったメイメイに着いていくと、病院の近くにあるもう使われていない教会に

ついた。ここが水銀燈のねぐらのようだ。



 そこにあった鞄を引っつかみ、急いで公園に戻る。

 水銀燈は動けぬ体でもなんとか逃げようとしたようで、前とは少し離れた場所に倒れていた。



ジュン「こんな状態でどうしようっていうんだ」

 僕は水銀燈を鞄の中に寝かせ、彼女の入った鞄を抱えてアパートへ戻ることにした。

 あんなふうに飛び出してきた後だから気まずさはあったけれど、もはや変な意地を張っている

場合じゃない。

222: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 22:57:13.59 ID:d5rqaTtA0
 真紅はジュンの飛び出していった扉をしばらく見つめていたが、やがて大きなため息を

ひとつつくと、内職仕事へと戻っていった。



 翠星石にはこの状況がうまく理解できなかった。



 確かにジュンのやろうとしたことは、ローゼンメイデンである自分たちにとって認める

わけにはいかなかった。姉妹のなかでもひときわ誇り高い真紅が怒るのはわかる。

 しかしその後に真紅が語ったジュンに過酷な運命が待っているかのような話と、

それを押し付けるかのような剣幕には、隣で聞いている翠星石さえ恐怖を感じた。



 雛苺は幼い性格ゆえか、それとも真紅を信用しているのか訊くのにためらいがない。

雛苺「真紅どうしてジュンをいじめるの~? よくないのよー。

   ヒナすごく怖かったの」

真紅「いじめたわけではないのだわ。でも、怖がらせてごめんなさい雛苺、翠星石」



 おかげで翠星石にも尋ねやすい雰囲気ができた。

翠星石「ジュンが天才だとか運命だとか、いったいなんなんです真紅。

    あの夜ラプラスの魔のやつに会ってきたって話は聞きましたが、

    そのときに起こったことでなにか秘密にしてるんじゃねーでしょうね」

真紅「秘密などなにもないのだわ。あなたには全て話したつもりよ。

   ただ私は直接ラプラスの魔に会ったから、あなたより色々と感じてしまったのは

   あるかもしれない」

223: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/03(火) 22:58:09.46 ID:d5rqaTtA0
翠星石「とにかくあまりジュンを追い詰めても意味はねーですよ」

 真紅も、自分に急ぎすぎたところがあったとは思っている。

 しかし……、

真紅「言い過ぎたかもしれないけれど、私は自分の考えが間違いだとは思わないのだわ」

翠星石「真紅も言い出すと頑固すぎるです。このままじゃジュンが帰ってきても

    また同じことの繰り返しになるだけです」

雛苺「ん~みんな仲良くするのー」



 真紅はまたため息をついた。

 その後は話す者もなく、翠星石も真紅も黙々と造花を作り続けた。



 どれ位の時間が経ったか、ドアノブを回す音がして、キィーっとドアが外から開かれた。

雛苺「あ、ジュンが帰ってきたのー」

 雛苺が扉を開けて入ってきた人影へと走り寄る。

引用元: ローゼンメイデン・アパートメント