ローゼンメイデン・アパートメント 

ローゼンメイデン・アパートメント2

14: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 00:31:20.53 ID:0ZGYBWru0
 デザイン案も出来たし、本格的に翠星石のドレスを作り始めたいのだが、当然ここでサイズを

測らなければならない。

 ところがドレスの依頼主と来たら秘密で作れという。結構無理な注文だなこれ。

 せっかくあいつのために作るんだし、目分量で何とかするのはやりたくないな。



翠星石「なんか翠星石に用ですか、ちび人間」

 どうも僕は知らず知らずのうちに翠星石を観察していたようだ。

ジュン「いやたまたまそっちを見てただけで……」

翠星石「嘘つくなです! こう翠星石を嘗め回すように見るいやらしい視線を感じたです。

    いかにも変態のちび人間にふさわしい行為です。最近少しはマシになったと思って

    たのがとんだ勘違いだったですぅ」



 相変わらずはそっちだ性悪人形め。しかし身体のラインを探っていたのはあってるからなあ。

僕が教師だったら部分点やってもいいぞ。

 とにかく何とかごまかさないと。

ジュン「わ、悪かったよ。今作ろうとしてるドレスな、お前ぐらいの大きさの人形が着るのを想定

    してたんだ。だからお前のほうをみて感じをつかもうとして……」


15: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 00:32:21.57 ID:0ZGYBWru0
真紅「ジュン、そういうことなら回りくどいことしてないで実際に計ればいいのだわ。無言で

   見つめるから翠星石だって怖がるのよ」

 真紅からスルーパスきたこれ。ここはシュートしかないぜ。ドライブシュートだァ!

ジュン「それもそうか。頼む翠星石。変なことしないから、参考に計らせてくれ」

翠星石「話はわかりましたが、信用ならんですぅ」

 く、弾かれた。しかしボールはまだ生きている。真紅、詰めろ。

真紅「ジュンでは嫌なところは私が計るのだわ。私がいればあなたも安心だし、

   問題はないはずよ」

翠星石「それならいいですが、ずいぶんジュンに協力的ですね」

 きたああああああああああ。ゴォオオオオオオル!

 解説の北川さぁん、いいところにポジション取ってましたねぇ真紅ぅ。

 まさにストライカーです。あ、打撃系格闘者って意味じゃないですよぉ。



 ま、秘密にしておくのを言い出したのは真紅だからな。これぐらいは協力してもらわないと。

真紅「あなただってジュンのドレス作りのために内職しているのだわ。それにさっき屋根から

   降ろしてくれたしね」

 ああ、あれか。ホーリエが呼びに来るから何かと思えば。


16: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 00:32:32.05 ID:0ZGYBWru0
続き書いてきます


19: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 01:13:40.01 ID:0ZGYBWru0
 ドレスの製作も中盤まで差し掛かった頃、柏葉がうちに遊びにきた。というか来ていた。

 夕日の差し込む部屋の中に、気付けば彼女は座っていたのだ。



 僕が作業に没頭しているのをすこし離れたところから見ていたらしい。僕は一息ついた

ところでようやく彼女に気付いた。我ながら失礼すぎるだろ。



ジュン「気付かなくて、ごめん」

巴「翠星石ちゃんが入れてくれたの。あの子たち、内職仕事してるんだ」

ジュン「甲斐性ないマスターに当たっちゃうと、人形でさえ苦労するんだよ。

    ていうか、ずっと見てたのか?」



 僕は翠星石のドレスを作るにあたり、アパートの模様替えを提案した。4畳半の方の部屋を

僕の作業場ということにして、今は立ち入りを制限している。

 別にかっこつけたいわけではなくて、例の秘密を守るための口実だ。



巴「声かけようかと思ったけど、邪魔したくなかったから」

ジュン「いつ来たんだ?」

巴「4時くらいかな」

 時計を見ると、5時5分すぎだ。

ジュン「一時間もただ見てたのかよ」

巴「一時間も気付かないほうがすごいと思うけど」

ジュン「でも、つまんないだろ」

巴「ううん。面白い」

 作業用エプロンの下は辞めた高校のジャージとTシャツ(しかもドイツワールドカップ)、

髪はボサボサな僕が人形用のドレスを作ってるのが?


20: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 01:15:39.41 ID:0ZGYBWru0
 柏葉は僕の作っているドレスのそばに座りなおした。

巴「その白いドレス、ぱっと見はシンプルなのに、よく見るとすごく凝ってるんだね。

  透かしやレースが細かく入ってて」

ジュン「ああ、最初はここまでするつもりじゃなかったんだけど、作ってるうちに力が入っちゃって。

    妙にディテールに凝っちゃってるんだ」

巴「他人事みたい」

ジュン「なんか手を勝手に動かしてる僕がいるんだよ。あるいはそいつを見ている僕がいるというか」

巴「で、私に気付いてくれる桜田君はいないと」

 どうみてもひどい話です。本当にありがとうございました。

巴「もっと見ていていい? 私邪魔じゃないかな」

ジュン「いいよ。どうせ休憩するつもりだったし。なんかお菓子でも持ってくる」



 僕はふすまを開けて6畳間のほうに入った。真紅と翠星石は今日も造花を作っている。

 雛苺は柏葉と遊びたそうだが、僕に気を使って我慢しているらしい。



 僕は麦茶をグラスに入れてせんべいを用意した。こんなものしかなかったのだ。一応洗面所で

顔を洗って髪をとかす。もう遅いけど。



 僕の部屋に戻って、さっぱりおしゃれじゃないお菓子と飲み物を勧める。

巴「ありがとう。でもおせんべい食べたらドレスに飛んじゃうかも」

ジュン「あ、そうか。それぐらいしか置いてなくてさ……」

巴「麦茶だけでいいから」

 ここで食べたりしたら駄目だよな。そういう基本的なことさえ忘れてたか。



21: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 01:18:22.41 ID:0ZGYBWru0
 作りかけのドレスを離れたところにおいて、間違いが起こらないようにしておく。

 麦茶を飲みつつ、柏葉に来訪の理由を訊いてみた。



ジュン「でさ、僕になんか用でもあるのか?」

巴「そうだったんだけど、桜田君の作ってるドレスを見たら、もうなくなっちゃった」



 そう言われても、こっちにはさっぱり意味がわからない。こいつって結構、

ジュン「柏葉って結構変わってるよな」

巴「え、あんまりそんなこと言われないけど」

ジュン「いや、でも中学のときも不登校の僕に勉強教えてくれたしさ。

    ああいうのって普通あんまりやらないだろ。周りにとやかく言われるから。

    今だって僕なんかに会いに来て、しかも一時間も人形のドレス作ってるの見てるし。

    男のくせに人形のドレス作ってて、柏葉に気付きもしないんだぞ」

巴「しかもなぜかワールドカップのTシャツ着てるしね」

ジュン「こういうのはイベントが終わると新品でもすぐリサイクルショップ行きなんだよ。

    で、そこで500円以下で買える。パジャマや部屋着にもってこいだぞ」

巴「なにそれ。桜田君、それ発想がおばさん」



 柏葉は肩を揺らして笑っていた。

ジュン「だから結構変わってる。あとローゼンメイデンにめちゃくちゃ関わってるのもある」

巴「それずるいよ。言われたら認めるしかないし」



 後ろで、かたっとふすまが揺れる音がした。あいつら、ちゃんと仕事してるんだろうな。


31: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 03:08:25.35 ID:0ZGYBWru0
巴「でも雛苺のことは桜田君しか知らないし、変わってるとはあまり言ってもらえないな」

  柏葉は変わっていると言われるのが、意外と嫌ではないようだった。



ジュン「まあ柏葉の一般的イメージっていったら優等生とか?」

巴「真面目な子とか、いい子とか言われるけど、ただ人の言うことに従うってだけだよ。

   中学の頃と同じ」

 あの頃、柏葉はやりたくもないのに学級委員や剣道やってるって話していた。



ジュン「従うっていうより、人の期待にこたえようってことだろ。高校やめちゃった

    僕からすれば十分えらいけど」

巴「期待にこたえていれば楽なだけ。ああしろこうしろって言われるのに従っていれば」



 柏葉はうつむいた。中学の頃より、前髪のかかり方が少し大人びて見える。

ジュン「でも、柏葉は自分の意思で進学校に行ったじゃないか」



巴「高校でも同じことしちゃったから。

  彼と付き合ったのだって、一番耐えられなかったのは、他の女の子たちの視線なの。

  あの人、勉強もスポーツも出来たし、顔もよかった。女の子と話すのもうまくて、かなり

  人気があったの。だから私が何度も告白を断ってるとね、そんなのありえないって目で

  みんなから見られるの。最後には、それに疲れて彼と付き合うことにした」



 学校には妙なエネルギーが渦巻いている。進学校の優等生と中学不登校ニート。

立場は間逆でも、渦に飲みこまれてしまうのは同じか。


32: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 03:11:36.18 ID:0ZGYBWru0
巴「彼と付き合ってるときも向こうの要求をずっと聞いてた。最後には、なんでも言うこと

  聞くからつまらないって捨てられたの」

 柏葉はサバサバと彼氏の話を終えてしまった。

 表情もさっきより暗くない。あれから少しは時間が経ったからだろうか。



ジュン「もういいのか。雛苺から話を聞いたときには、すごく傷ついてそうだったけど」

巴「さっき桜田君のドレスをみたから」

 何の関係があるんだ。僕はきょとんとして柏葉の顔を見た。



巴「桜田君、両親を恨んでる?」

ジュン「まあそれなりにはな。あいつらは僕が引きこもってたときも会いにさえこなかったし、

    のりが大学にいけなくなって、フリーターとして働いてるのもあいつらのせいだし」

巴「やっぱり『それなり』か。

  私はね、私を捨てた彼のこと、すごく恨んでた。私、結構根に持つタイプなんだよ。

  だから桜田君が両親を恨んでる話を聞きたかったの。私が彼を恨んでる話を聞いて

  ほしかった」

 待て。そんな恐ろしい理由で僕のとこにやってきたのかよ。


33: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 03:13:10.83 ID:0ZGYBWru0
巴「でも、一心不乱にドレスを作ってる桜田君と、その綺麗なドレスを見たら、自分が馬鹿らしくなった。

  だからもういいの。ありがとう桜田君」

ジュン「え、うん。そうか」

 僕は馬鹿みたいにぽかんとしていた。

巴「勝手なことばっかり言ってごめんね。もう帰るから」

 そういって笑った柏葉はなんだかちょっと怖かった。でも綺麗だとも思った。



 もちろん、お前本当に勝手だなとも思った。

ジュン「のりが帰ってくるから、夕飯食べていけよ」

巴「え……でも悪いし」

ジュン「雛苺が待ってる。柏葉に遊んでほしいのずっと我慢しながらな。期待にこたえようとするんだろ。

    ヒナの期待は、前と違ってむちゃくちゃじゃないぞ」

巴「わかった。そうする」

 柏葉はそう言うと6畳間のほうにいって雛苺と遊び始めた。ヒナの嬌声が聞こえてくる。



 僕は畳の上に寝転がって天井を見ていた。ドレス製作に再び取り掛かるには少し時間がかかりそうだ。

 ただ不思議と、柏葉のことを憎んだり嫌ったりという気持ちは湧いてこなかった。


34: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 03:15:04.82 ID:0ZGYBWru0
週末で土曜日は休みなので、書けるだけ書いて、眠くなったら寝るという

非常に無計画な書き方しています。だから待ってくれている人がいたら、

一度寝て起きるほうをすすめます。

続きがいつかは自分でもわかりませんw



35: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 04:12:10.74 ID:0ZGYBWru0
 たまに夜出かけることもあるが、桜田家のローゼンメイデンの生活の基本は

早寝早起きである。夜は眠りの時間であり、朝は目覚めの時間だ。



 翠星石もパートに出かけるのりと一緒に起き、朝食を取る。この頃は朝食の

準備も手伝っている。

 真紅は一緒に起きてくるが食事の準備は手伝わない。それどころか雛苺に

お茶の用意を命じるのが毎日の習慣だ。



 朝食が済むとのりは手早く洗い物を済ませてパートに出る。

 ジュンはまだ寝ていた。ドレスの完成がもう少しのようで、根を詰めているところ

らしい。



 午前7時55分。テレビジャパン系列のニュースでは名前占いの時間だ。

生まれの星座や血液型はわからないので、翠星石は名前の頭文字で運を占う

名前占いコーナーが好きだった。



 それが終わると、翠星石と真紅、雛苺は全員鞄に乗って出かける準備をした。

今日は蒼星石のところへお呼ばれしているのだ。ホーリエに鍵を閉めさせれば

戸締りも問題ない。


36: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 04:14:44.80 ID:0ZGYBWru0
 午前8時、消し忘れていたテレビがワイドショーを伝え始める。



『おはようございます。ウィークモーニングワイドの時間となりました。司会の大倉です』



『今日トップの話題はまたも大変です。人気タレント柴田勝理恵さんの突然の昏睡です。

 戦国武将のものまねで人気を博している女性タレント柴田勝理恵さんが、原因不明の

 昏睡に 陥っていることが昨日わかりました』



『これでタレント昏睡事件はなんと6件目です。それも連続して起こっているんです。

 しかし原因はどれも不明。身体に特別異常があったわけでもないし、脳波も正常と。

 ただひたすら眠っていて目覚めないという謎の症状なんです』

『先日、ロックバンドトラブルーの高橋ゲオルグさんがやはり同じ症状で倒れたとお伝え

 したばかりなんですが』



『これ、もう言っちゃっていいでしょ。これねー、倒れられた芸能人の共通点ねー、

 全員統価教会をね、信仰されてらっしゃる方なんですよ。だからもう戦々恐々ですよ。

 統価に関わってらっしゃる方がねー』

『ペリーさん、ちょっと、番組のことも、ねえもうすこし』



『いやこれはね、言ったほうがいいですって。統価教会ってのはもともと韓国出身の

 イ・ケイダ氏がね、韓国系キリスト教と日蓮宗のハイブリッドなんてことを言い出し

 てですね』

『ペリーさん、イエローカード、イエローカードですから。もう一枚で退場ですよ』


56: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 11:04:13.38 ID:V8fwBZK30
 深夜2時。気付けばまた日付が変わっていた。

 もうすこしで、翠星石のドレスが完成する。

 今まで僕は自分のドレスを、どれぐらいの値段がつくかで判断していた。

 それは数字で現れた社会的評価をあてにしていたということだ。



 今作っているこのドレスは違う。

 評価は翠星石が喜んでくれるかどうか。それだけで決まる。

 真紅がこのドレスを大切な人に贈る価値があると判断するかどうか。それだけで。

 だから怖い。お金がかかっている場合とは違う怖さがある。今からでも逃げ出し

たいほどだ。

 

 でも同時に楽しみで仕方ない。

 もしこのドレスを翠星石が着てくれたなら。心の底から喜んでもらえたら。

 僕はもうそれだけで何もいらない。

 真紅がこのドレスを翠星石に贈ってくれるのなら。



 最後の一針を入れる。これで完成だ。僕は詰めていた息を吐いた。

 ドレス全体を少しはなれたところから見てみる。

 輝くような純白を基調に、プリンセスラインをきっちりと活かせたシルエット。

 細かく入れた刺繍や透かしは嫌味になっていないはずだ。あくまで上品に

仕上げることができた。

 自信はある。間違いなく、今の僕にできる最高のドレスだ。


57: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 11:05:02.81 ID:V8fwBZK30
 後ろからずっと僕の作業を見つめていた真紅が、僕の横に立った。

ジュン「どう思う、真紅?」

 声が震えた。どうしようもなかった。

真紅「……ジュン、やっぱりあなたは、マエストロになる人間よ」

 真紅の声も震えていた。

 それを聞いて、僕の心も奥底から震えた。



ジュン「夜が明けてから、朝の光でちゃんと見てみないとな」

真紅「そうね。でもこのドレス、見様によっては……。ジュン、あなたこれを翠星石に贈るの?」

 揶揄するような真紅の笑み。 

ジュン「あくまでそう見えることもあるってぐらいだろ。仕方ないじゃないか。

    作っているうちにこうなっちゃたんだから。僕はそんなつもりはないぞ。

    手が勝手に作ったんだ」


58: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 11:06:39.04 ID:V8fwBZK30
 その日の夜、僕は夕食の後でドレスをみんなに公開することにした。

ジュン「新しいドレスができたから、みんなに見せようと思うんだけど」

 ドレスはスタンドに着せて、覆いが掛けてある。

真紅「そうね。みんなあなたのドレス作りに協力してきたわけだし」

 こんな芝居がかったことは、もちろん真紅の提案だ。



翠星石「まったくもったいぶりやがるです」

雛苺「わくわくするの」

のり「楽しみねぇ~」

 真紅のほうを極力見ないように気をつける。よし、行くぞ。

 覆いを外して、ドレスをみんなに見せた。



 瞬間、耳をつんざくような嬌声が響いた。

雛苺「すごいの! すごいのぉ!」

のり「ジュン君、これはぁ」

翠星石「ウェディングドレスですぅ!」

 やっぱりそう見えるか。



 しかし反応は良かった。思わずこっちが半身引いてしまうほどに。

 全員ドレスの前に集まってきてああだこうだいっている。

翠星石「こうして見ると案外ウェディングドレスじゃないとも見えるですぅ」

真紅「でもこういうウェディングドレスもあるのだわ」

 こいつ。こりゃ絶対嘘発見器にかからないな。イスラエルの諜報機関もお手上げだ。


59: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 11:07:23.59 ID:V8fwBZK30
 さてここからが本題になる。

 女どもをドレスの前から引き離すのに一苦労だ。

ジュン「えーと、それでこのドレスは、売らない。もともと売るために作ったものじゃない」



 スタンドからドレスを外す。こういうのは苦手だ。得意なやついるのか?

ジュン「やるよ、翠星石」

 ドレスを翠星石に差し出す。翠星石はきょとんとして反応もなく僕を見ている。

ジュン「お前のために作ったんだ」



 翠星石の右の赤い瞳から、涙が一筋こぼれたのを見た気がする。

雛苺「翠星石、泣いてるの?」

のり「きゃぁあああああああやっぱりウェディングドレスよぉおおお」

 ちげーよ。お前もう帰れ。ってここが家か。

 真紅は紅茶のカップに口をつけている。



 翠星石はドレスを抱えてうずくまってしまった。何も言わない。肩がかすかに震えている。

 もういいって。よくわかったよ。

 作ってよかったよ。お前のドレス。


87: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 15:18:19.05 ID:md08UYqI0
 4畳半の僕の作業場で、翠星石が僕のドレスに着替えてくれている。女たちは全員翠星石の

手伝いに行ってしまって、僕は6畳間に所在無く取り残されていた。妙にそわそわする。

 しばらくしてふすまが開くと、真紅、雛苺、のりが出てきた。



 一番最後に、髪を結って、純白のドレスに身を包んだ翠星石が姿を見せた。

 翠星石はドレスをまとった姿が良く見えるようにと、腕を少し広げてみせる。



翠星石「……似合いますか? ジュン」



 翠星石は、僕の想像を遥かに超えて美しかった。

 僕の体全体が細かく震えているような感覚があった。

 少なくとも、翠星石の束ねた髪に触れようとした僕の手が震えているのは確かだ。

 彼女の姿がにじんでしまうのを、どうしようもなかった。

 口がうまく動かせなくて、翠星石に何も言ってやれない。

 これまでの出来事が一気によみがえってくる。

 ドレスが作れなくなった。追い詰められてアパートから飛び出した。槐の元で水銀燈を直した。

 真紅と一緒に翠星石のドレスを作った。



 ドレスを完成させた興奮と、それを翠星石に手渡す段取りのことばかり考えて忘れていたけれど、

僕のドレスを着た翠星石の姿は、僕自身にとっても特別な意味を持っていたのだ。

 僕は膝から崩れ落ちて、泣いてしまった。

 みんなが僕の周りに集まってくる。

 僕は恥ずかしさもあって、なかなか顔を上げることが出来なかった。


90: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 15:20:34.94 ID:md08UYqI0
 僕が落ちついて翠星石の姿を見ることが出来るようになってからしばらくすると、

翠星石「あの、一応、蒼星石や、おじじとおばばにも見せてやろうかと思うんです」

と翠星石が言った。



真紅「素晴らしい考えね」

のり「みんな驚くわよぉ]

 嬉しいけど、なんだか気恥ずかしいな。



翠星石「いいですか、ジュン」

ジュン「ああ。評判良いといいんだけどな」

翠星石「悪いわけないです! ジュンはやっぱり馬鹿です」

 ああそうかよ。そうはっきり言われると腹も立たないね。



 翠星石は鞄を開いて乗り込む前に、見送る僕と真紅を交互に見た。

真紅「本当に素敵だわ、翠星石」

ジュン「自分のドレス着てるやつに言うのは変な気もするけど、よく似合ってて、すごく綺麗だぞ」

 まだ僕のまぶたがはれぼったいのが、自分でもわかる。



翠星石「じゃあ、行ってくるです」

 飛び立つ翠星石の顔に、一瞬寂しげな影が見えたのは気のせいだろうか。


91: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 15:21:36.97 ID:md08UYqI0
 その疑問を深く考える前に、僕は雛苺から強く腕を引っ張られた。

雛苺「ねえジュン、ヒナも。ヒナもドレス欲しいの。お嫁さんになるの」

ジュン「ああ。お嫁さんかどうかはともかく、雛苺にもドレスを作ってやるよ。

    今すぐとは言えないけどな」

雛苺「そんなのいや。ヒナも早くジュンのドレス欲しいの! 可愛いのほしいの!」

 僕を見上げる雛苺の顔は完全にむくれていて、明るい緑の瞳には涙さえたまっていた。



のり「あらあらジュン君のドレスは大人気ね~」

真紅「雛苺、あまりジュンを困らせては駄目よ」

 真紅が小さく笑った。



 1時間後の午後9時、僕らのアパートに帰ってきた翠星石は浮かない顔をしていた。

ジュン「どうしたんだ翠星石。まさか、本当に評判悪かったか?」



 翠星石は顔を振った。ドレスに合わせて特別に結った髪が左右に揺れる。

翠星石「おじじもおばばもたくさんたくさん褒めてくれたですぅ。とくにおばばは女ですから、

    ぜひジュンに会いたいとか言ってたです」



 でも、と翠星石は唇を噛んだ。

翠星石「でも肝心の蒼星石はいなかったんです。こんな夜中にどこほっつき歩いてるのか、

    おじじとおばばも心配してたです」



 8時や9時というのは、翠星石たちにするとかなり遅い時間だ。蒼星石は真面目そうだし、

やっぱりうちの連中と同じように早寝早起きが基本なんじゃないかと思うが。


94: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 15:48:16.75 ID:md08UYqI0
 あの蒼星石が夜遊びでもないと思うけどと疑問に思っていると、テレビからごたごたと

騒ぐ音がした。

 ニュース番組で速報が入ったらしい。



『えー、ただいま入りました情報によりますと、人気女優の石原さおりさんが急に

 昏睡状態に陥ったということです。身体にはなんの異常も見られず、連日相次ぐ

 これまでの芸能人の昏睡とまったく同じ容態だということです』



『昏睡状態におちいった際、石原さおりさんは東京信濃町にあります統価教会の本部で

 青年会の会合に出席しており、すこし疲れたのでと仮眠室で睡眠をとったところ、

 そのまま昏睡状態におちいってしまったということです。



『これで通称、タレント連続昏睡事件で、昏睡状態におちいった芸能人は10人となりました。

 しかし、事件という名が巷でささやかれているものの、実際に事件性を示す証拠はまったく

 見つかっておらず……』



 眠ったまま目覚めない、統価教会の信者であるタレント。

ジュン「今までニュースや新聞では表立って報道されてなかったし、ワイドショーや週刊誌

     なんてあんまり見ないから知らなかったけど、これまで倒れたタレントってみんな……」



 僕は急いでパソコンを立ち上げ、インターネットに接続した。

 最近はドレス作りに集中して、インターネットもまったくやっていなかった。

 ネットの世界はすでにこのことで大騒ぎだった。ひときわ盛り上がっているのは、悪行三昧

だった統価教会に対し天罰が下されるのだという論調だ。


111: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 20:52:06.86 ID:FFFkmQBK0
 身体にも脳波にもなんの異常もなく眠り続ける人々。彼らはみんな統価教会の信者である

有名芸能人だった。

ジュン「仮にこれが誰かの仕業としたら、そんなことができるのは……」

真紅「統価教会といったら、蒼星石のマスターであるお爺さんを騙していた宗教団体ね」

 やっぱり、蒼星石なのだろうか。



翠星石「そんな、そんなはずないです! だっておじじはあんなもんもう信じてねーです!

    あのとき二人で手入れした心の木がちゃんと育ったんです」

 翠星石は僕と真紅を交互に見ながら訴えた。



ジュン「前に蒼星石が相談に来たときは、直接爺さんを騙してたやつらを懲らしめたんだよな」

翠星石「そうです。こんなテレビに出てるやつらなんて知らねーです! 関係ないです!

    だから蒼星石じゃないです。そのはずです……」

 うつむいた翠星石の視線の先で、彼女の手が震えている。

 どんなにかばってやりたくても、今回のようなことができるのは翠星石と蒼星石、

心の世界の庭師である双子のローゼンメイデンだけなのだ。それは翠星石自身が誰よりも

よくわかっていた。


112: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/07(土) 20:52:50.69 ID:FFFkmQBK0
 今回の事件は、明らかに社会的な影響を考えて行われている。

ジュン「統価教会ってさ、今回昏睡状態になった連中みたいな有名人を布教に使うんだ。

    あのテレビで活躍してらっしゃる石原さおりさんも統価教会の信者なんですよって感じで」



 それが逆に次々原因不明の昏睡に倒れるとしたら、

真紅「いつもは布教のために使っている広告塔がまさに逆の役割を果たす。

   統価教会の作ったシステムを使って、彼ら自身への不信感を煽ることができるというわけね」

ジュン「ああ。ターゲットはタレント個人じゃない。統価教会自体だ」



 しかしそれこそ僕らの知っている蒼星石のやることとは思えない。

 蒼星石、これがお前の仕業だというのなら、お前はいったいどうしたんだ。

「僕は新世界の神になる」なんて言うんじゃないだろうな。

真紅「とにかく蒼星石に会いましょう。彼女への疑いが間違いだったら、潔く謝って真犯人を

   探せばいいのだわ。蒼星石はそんなことで恨むような子じゃないし」



 翠星石はうつむいたままだ。真紅が彼女に手を差し伸べる。

真紅「もしも蒼星石だったとしたら、彼女を救ってあげられるのはあなただけよ。翠星石」

 翠星石は意を決して頷くと、真紅の手を取った。

真紅「ジュンと雛苺は留守番をよろしくね」

 二人は大鏡からnのフィールドへの道を開いた。やはり、予感があるようだった。


147: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 02:54:01.07 ID:kCGys6s70
 人間でも双子には不思議な共感能力があるという。

 ローゼンメイデンである翠星石と蒼星石にも互いの存在へと引き付けあうものがあるのだろうか。

あるいはローゼンメイデンとローゼンメイデンは引かれあうという法則でもあるのかもしれない。



 真紅と翠星石は、nのフィールドを抜けてひとつの空間へと出た。

 ヨーロッパの古都の、教会や市庁舎を中心に長い歴史を中世から経てきた建物に囲まれた広場の

ような空間。人はおらず、街全体が夜に眠っているかのようだ。



 そこで、蒼星石は彼らを待っていた。

翠星石「蒼星石!」

 駆け寄る翠星石が見慣れぬドレスを着ていることに蒼星石は気付く。

蒼星石「翠星石、そのドレスは?」

翠星石「ジュンが作ってくれたんです」

 それを聞いて、蒼星石は本当に嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 翠星石は思う。こんな笑い方をする蒼星石が何人もの人を昏睡させたはずはないと。



 それでも、聞かなければならない。

翠星石「蒼星石にも見せてやろうと思って、おじじたちのところに行ったです。

    でもお前はいなかったです。いったいあんな時間にどこに出かけてたですか?」

 蒼星石は答えなかった。


148: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 02:55:05.68 ID:kCGys6s70
 真紅が躊躇いなく訊く。

真紅「蒼星石、彼らを眠らせたのはあなたなの?」

蒼星石「……そうだと答えたら、君はどうするつもりなんだ、真紅」

真紅「ローゼンメイデンの誇りにかけてあなたを止めるのだわ。

   姉妹にそんなことをさせておくわけにはいかない」



 戸惑う翠星石をよそに、二人はお互いをまっすぐに見据えている。

蒼星石「ローゼンメイデンとしての誇り、か。だが僕にはもうアリスを目指す資格はない。

    薔薇水晶との戦いの後、君や翠星石、金糸雀、水銀燈にはローザミスティカが戻され、

    すぐに目覚めることが出来た。僕と雛苺はその後に魂を戻していただいたが、

    正当なアリスゲームの敗者であることに変わりはない」



真紅「お父様は言われたわ。アリスゲームだけがアリスを目指す道ではないと。

   だからこそ私たちはこの3年、アリスゲームを行わずに一緒に過ごしてきたはずよ」



蒼星石「それでも、一度アリスを目指して届かなかった僕にその資格があるという確証はない。

    僕は、アリスになるというお父様の望みを失ってしまったんだ。

    今の僕に出来ることは、マスターの幸せを思い、それを守ることだけだ」

真紅「直接の危機はあなたと翠星石によって去ったはずよ」


149: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 02:55:59.47 ID:kCGys6s70
 蒼星石ははっきりと頷いた。右手を地面に立てた鋏から放して広げる。

蒼星石「でもいつまた同じことになるかもしれない。統価教会そのものにダメージを

    与えなければね。それに、こう考えられることはできないかな? 真紅」

 真紅は蒼星石の言葉を待つ。蒼星石は遠い空を見るようにして話す。



蒼星石「この世界には、真面目に生きようとする人間を陥れようとする悪意が多すぎると。

    統価教会はその最たるものだよ。彼らに騙され、傷つけられている人間がどれだけいることか。

    僕はマスターと同じ境遇の彼らの力になってあげたいし、それに統価のような悪辣な存在は

    罰せられるという意識が人々に生まれれば、悪意に対して少しは歯止めがかかるかもしれない」



 蒼星石は再び真紅の碧い両の瞳を見つめる。

蒼星石「僕が彼らを眠らせたのはそのためだ。悪意あるものからマスターやジュン君のような真っ当な

    人々を守るためにこそ、僕はこの力を使うつもりだ」

真紅「そう。それはご立派な考えね」

蒼星石「僕を嘲笑うのかい真紅。僕の言っていることは正しいはずだ」



 真紅は首を左右に振った。

真紅「いいえ。でも私は女だから、借り物の言葉を正しいとか間違っているとか騒ぎ立てることの

   意味それ自体がわからないのだわ。 

   あるのは実感だけ。あなたがこのままでは迷子になってしまうという、はっきりとした実感。

   そのために、私はあなたを止めにきたのだわ」


151: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 02:58:44.05 ID:kCGys6s70
 蒼星石が鋏を地面からあげる。

蒼星石「力ずくとはレディの言うことじゃないね。どうしてもというのなら、僕とて容赦はしない。

    何より真紅、たとえ君が僕を力でねじ伏せたところで、僕は考えを変えるつもりはない」

真紅「私の役目はあなたを止めること。

   蒼星石、あなたを救うには、また別のふさわしいものがいるのだわ」

 真紅がステッキを、蒼星石が鋏をそれぞれ構えた。



 翠星石には、最悪の事態が進行しつつあるとしか思えなかった。

翠星石「やめるです! ふたりが戦うことなんてないんです!」

 ふたりはすでに臨戦態勢に入っている。

真紅「仕方ないのだわ翠星石。あまりに勢いのついた滑車が止まるには、多少の衝撃はやむをえない」

翠星石「でも戦うだなんておかしいです!」



 真紅は不敵に笑って軽く唇を舐めた。

真紅「大丈夫。これはただの姉妹喧嘩よ。姉妹ですもの、喧嘩ぐらいするわよね、蒼星石」

蒼星石「ふっ、それは面白い言い方だね。

    ……下がってくれ翠星石。君といえども、邪魔をするのなら!」



 翠星石から離れようと、真紅と蒼星石はお互い後ろに飛んで距離をとった。

真紅「早く下がりなさい翠星石!

   そのドレスにだけは何があっても傷をつけるわけにはいかないでしょう!」

 真紅と蒼星石にかつての記憶がよみがえる。

蒼星石「あの頃の決着をつけようか、真紅!」


163: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 05:38:35.81 ID:kCGys6s70


 無人の広場にはガス灯らしき明かりがともっており、戦うのに支障はなかった。

 真紅と蒼星石は距離をとって向かい合っている。お互いもはや退くつもりはない。

 見守るしかない翠星石が思うに、おそらくこの勝負は距離の取り合いになる。



 庭師の鋏が届かぬ遠距離(ロングレンジ)では、真紅のローズテイルなどの薔薇の花びらに

よる攻撃が有利だ。蒼星石の飛び道具はシルクハットしかない。しかし真紅の薔薇による攻撃は

牽制や足止めには便利な反面、相手を倒す決定力には欠ける。



 真紅の攻撃の中で最大の威力を誇るのは、間違いなく近接戦における拳による打撃だ。それを

見舞うためには、庭師の鋏を潜り抜けた超近接戦(クロスレンジ)に持ち込む必要がある。



 蒼星石の距離は、庭師の鋏を駆使して戦えるその中間の距離(ミドルレンジ)である。ここで

ならば真紅の武器はステッキや薔薇の花びらとなるが、蒼星石にはローゼンメイデンの正式の持ち物

として作られた庭師の鋏の威力にものをいわせることができる。



蒼星石「真紅! この500円玉が地面に落ちたときを始まりの合図とするよ」

真紅「ええ、わかったわ」

 蒼星石が500円玉を宙に投げ上げる。落下音が地面になり響いた。

 ローゼンメイデン同士による、派手な姉妹喧嘩の始まりである。


164: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 05:40:01.24 ID:kCGys6s70
 戦闘開始と同時に、蒼星石が仕掛ける。

 一気に距離を詰め、勢いに乗ったまま庭師の鋏による横薙ぎの一撃。

 しかし手応えはない。切り裂いたのは、薔薇の花びらによる人型だ。花びらはすぐに蒼星石の

周りを取り囲み、目くらましの役割を果たす。

蒼星石「! 上か!」



 上空に飛び上がった真紅は、落下の加速で衝撃の増したステッキを振り下ろす。

真紅「真紅流棒術! 『龍槌撃!』」

翠星石「ようは我流じゃねーですか!」



 蒼星石はこれを庭師の鋏でがっちりと受け、さらに跳ね返した。真紅は着地してバックステップ

で逃げる。

蒼星石「なかなかやるね。だがこの『庭師の鋏』がある限り僕は負けない」

真紅「私にもこの……『真紅ラブリーステッキ』があるのだわ」

翠星石「……絶対今考えたです。聞いてるこっちが恥ずかしい思いをする名前です」

真紅「税込み3980円。暗闇で光るのだわ」

翠星石「誰も買わねーですよ! しかも機能の割りに高ッ!」


165: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 05:41:01.14 ID:kCGys6s70
 真紅はそのまま距離をとり、ローズテイルによる攻撃を放った。

 蒼星石はそれを庭師の鋏で切り払う。さらにそのまま、庭師の鋏を右手でかつぐように構えた。



真紅「遠い。かすりもしないのだわ」

 そう思うのが当然の遠い間合いであった。

 だが脳裏に電撃のごとく直感が走り、真紅はステッキを構えつつ後ろに飛んだ。その刹那。

蒼星石の鋏は真紅のステッキを強かに打っていた。後ろに飛ばねば斬られていたであろう。

真紅「い、今のは……」



 かつて「流れ」と呼ばれた特殊な<握り>があった! 横薙ぎの一閃の最中、手を鍔元の縁から

柄尻の頭まで横滑りさせるという幻の刀術だ。精妙なる握力の調節が出来なければ、刀はあらぬ方向に

飛んでいってしまったという。

蒼星石「僕の獲物は鋏。先から後まで横滑りさせても、構造上鋏が飛んでいってしまうことはない。

    何の恐れもなく使えるというわけさ。

    これが蒼星流剣術、『流れ・改』だ」



翠星石「姉妹で遊んでるだけじゃねーでしょうね、お前ら」



 この『流れ・改』が真紅にもたらした心理的影響は大きい。完全にミドルレンジを制されたと共に、

ローズテイルの有効射程距離にまで蒼星石の侵食を許したのだ。

真紅「なんとか、クロスレンジに持ち込まなくては」

 思考を縛られてしまったのである。


171: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 06:58:24.05 ID:kCGys6s70
 真紅はまず遠距離から薔薇の花びらによる撹乱や足元への攻撃を行い、蒼星石を牽制した。

そうしておいて、ミドルレンジから積極的に攻勢に出る。



 身体にひねりを加え、遠心力を利用してステッキを打ちつける。

真紅「真紅流棒術! 龍巻撃! 誠! 一! 郎!」

 蒼星石は2撃を苦もなく打ち払い、3撃目には真紅を逆に弾き飛ばした。

蒼星石「芸がないね真紅! 少しは頭を使ったらどうだい!」



 今度はこちらの番だと蒼星石が『流れ・改』の構えに入る。

真紅「くっ……」

 後ろに弾き飛ばされながら、真紅は心中に得たりと思った。狙い通りである。



 空中で姿勢を制御しながら、後方に向けて特大のローズテイルを用意する。ローズテイルを

攻撃ではなく推進力に利用し、頭から体ごと相手に突撃する大技。これが、

真紅「真紅流奥義! 『ロケット薔薇乙女』!」

翠星石「だせぇですぅううう! しかし、これで相手を弾き飛ばせば接近戦にもちこめるです!」



 蒼星石の口元にかすかに笑みが浮ぶ。すばやく鋏を消し、両手を十字に組む。

 激しい衝突音が広場に鳴り響く。真紅は蒼星石の十字に組んだガードに頭から突っ込んでいた。

翠星石「ク、クロスアームブロック……!」

 かのハードパンチャー幕ノ内一柳をして、分厚い岩を叩いたような違和感といわしめた、最強の

ガードである。そんなものに、真紅は頭から思いきり突っ込んだのだ。



 なんとか地面に足をついたものの、ふらりと崩れかけた。

 そこに蒼星石が容赦なくパンチを浴びせる。真紅は石畳の上に倒れこんだ。

蒼星石「君の思考は読めていた。なんとかしてクロスレンジに持ち込もうとするだろうとね」


172: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 07:01:54.69 ID:kCGys6s70
 真紅はなんとか身を起こす。まだ戦える力は残っていた。瞳の炎はまだ消えていない。

蒼星石「次に君は、『絆パンチ』さえ打てれば、と言う」

真紅「『絆パンチ』さえ打てれば……はッ!」



蒼星石「打ってきなよ。君が近づいてきても僕は攻撃しない」

 蒼星石は両手を広げて真紅を挑発した。

翠星石「絆パンチをわざわざ打たせるなんて、蒼星石のやつなに考えてるです」

 真紅は蒼星石に近づくと拳を振りかぶった。



 そんなに打ってほしいのなら、容赦なく打たせてもらう。あの水銀燈を一撃で吹き飛ばして

木に叩きつけた真紅の本当の必殺技。それが、 

真紅「元祖必殺! 『絆パァンチ』!」

 真紅は己の見た光景が信じられなかった。あの絆パンチが、自分の拳が蒼星石の手のひら

の中にある。

蒼星石「どうだい真紅。とめてあげたよ。クロスレンジなら勝てると思っていたのにね」

真紅「そんな……私のパンチが。あ、あなた、以前の蒼星石ではないのだわ」



 蒼星石が真紅の拳を掴んだまま引っ張りあげる。

蒼星石「執念。僕を変えたのはアリスゲームの敗戦が教えた執念だ。

    お父様に魂を戻していただいた日以来、僕は1日30回の腕立て・腹筋・背筋を欠かした

    ことはない」

 ドールには筋肉があるわけではないので、筋力トレーニングも無意味である。

翠星石「肉体的には無意味ですが、毎日毎日続けてきたという事実が、蒼星石に自信を与える

    バックボーンになっているです。自信が強さにつながってやがるです。厚い、蒼星石の

    背中がぶ厚く見えるです!」

 翠星石も毒されてきていた。


193: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 12:54:45.91 ID:B6CGnTgP0
 真紅は片腕を吊りあげられた状況から脱出するため、蒼星石に蹴りを入れて突き飛ばした。

真紅「突き飛ばさざるをえなかったのだわ。まずいッ!」

 すかさず庭師の鋏による斬撃が蒼星石によって繰り出される。真紅はステッキでその一撃を

受けた。なんとか防ぐことが出来たものの、ステッキにひびが入りもう使えそうにない。



蒼星石「真紅、戦いの始まりはすべて怨恨や感情に根ざしている。それは誰とて同じこと。

    だが今の僕は義によって立っている。義無き君に僕は倒せない!」

真紅「義? それなら私にもあるのだわ。そんな義なんてものに負けられないというものが」

蒼星石「強がりを言うね。『絆パンチ』さえ通用しない君に勝つ手段はない」



 戦いの趨勢は、翠星石から見ても明らかに蒼星石に傾きつつある。

 しかしいくら自信がついたとはいえ、あの絆パンチを簡単に止められるものだろうか。

 そのからくりはどこにあるのか。翠星石は直前のふたりの行動を思い出した。



 なるほど。真紅は頭を強打していた。まだ戦えるとはいえ、直前に受けたダメージが強く

残っている状態である。その状態で打ったパンチにいつものような威力があるはずがない。

 蒼星石はそれを見越して挑発を行い、あえて真紅に絆パンチを打たせそれを受け止めることで、

真紅の自信喪失を狙ったのだ。


194: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 12:56:20.70 ID:B6CGnTgP0
 自信、それはあらゆる戦闘・競技において決して失ってはならないものである。

 翠星石は真紅に自信を取り戻してほしかった。どんな理屈でもいい。とっかかりになれば。

翠星石「真紅、回転です。回転力を加えるんです!

    ボクシングのコークスクリューブローに見られるように、押し出す力に回転を加えれば

    その威力は飛躍的に上昇するです!」

蒼星石「翠星石……君は真紅につくか。残念だよ」

 知らず知らずのうちに、翠星石は双子の妹よりも真紅に感情移入していたのである。



真紅「回転……そうね! ありがとう翠星石!」

 生半可な回転力では蒼星石には通用しないだろう。真紅は決意した。あれしかない。



 <黄金の回転>。

 かつて西洋の小国で国王に仕える者たちの中に、先祖代々死刑執行人と医者を兼ねる奇妙にして

誇り高き一族があった。彼らは人体のあらゆる仕組みに通暁し、死刑の際には罪人の苦痛を減らし、

医療行為にはその知識を生かした。

 その一族に連綿と受け継がれ、常に敬意を払われてきたのが<黄金の回転>である。回転の技術は

彼らの血統と誇りが結晶となった「技」。その<黄金の回転>ならば、蒼星石を破れるはずだ。



真紅「しかし……」

 <黄金の回転>には1対1.618の黄金率である黄金長方形の発見が不可欠なのである。

 このnのフィールドは夜に眠る都市の広場。黄金長方形につながるものは見出せなかった。


203: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 14:33:15.71 ID:B6CGnTgP0
 黄金長方形とはモナリザやミロのヴィーナスといった芸術品やパルテノン神殿のような

建築物にも見つけられる。

 しかし<黄金の回転>につなげられるのは自然の中に見られる生命の輝きとでもいう

ようなもの。真紅はロングレンジで逃げ回りながらそれを探したが、とても見つかりそうに

なかった。



蒼星石「逃げ回るのだけが君の戦いか、真紅!

    君は生きることは戦いだと語った。逆をとれば戦いには生き様が現れるというもの。

    僕にローゼンメイデンの誇りを見せてみろ!」



 蒼星石が『流れ・改』の構えに入る。

 真紅はローズテイルを前方に放って間合いを取った。蒼星石は苦もなく庭師の鋏で

ローズテイルを切り裂き、追撃に入る。

 握りが変化した。猫科動物が爪を立てるがごとき異様な掴み。

翠星石「あれは、あまりの残酷無残さに滅びたという剣術一派の……!」



 真紅は本能で理解した。少しでも間合いに入れば、蒼星石は自分を一瞬で両断して

しまう神速の一撃を繰り出してくる。

 ゆえにロングレンジから一気にクロスレンジへと飛び込まねばならない。だがそれを

可能にする技、『ロケット薔薇乙女』はすでに見切られていた。

 焦りと絶望が真紅を支配しつつあったそのとき、偶然、迫り来る蒼星石と戦いを見守る

翠星石とが真紅の視線上に並んだ。


204: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 14:38:11.54 ID:B6CGnTgP0
 見える。翠星石に黄金の長方形が。<黄金の回転>へとつなげることのできる黄金長方形は

通常、芸術品や人間の体には見えない。だがローゼンの手による究極のドールとジュンが己の

すべてを賭けて作ったドレス。二つの黄金長方形の重なりは、微かなものながら回転に使うことの

出来る黄金長方形を生み出していたのである。

真紅「勝負だわ、蒼聖石!」

 真紅は『ロケット薔薇乙女』の体勢へと入った。



 蒼星石は真紅の行動を見ると、すぐさま鋏を消して防御の準備に入った。

蒼星石「その技はすでに見切っている。捨て鉢か、真紅!」

翠星石「違う、今までの『ロケット薔薇乙女』とは違うです!」



 真紅はローズテイルに<黄金の回転>を加え、頭上で右拳と左拳を組んで体全体を独楽の軸の

ように伸ばした。少しでも回転の力を借りるためである。<黄金の回転>ローズテイルで自らの身体

を回転させ、ライフルの弾丸のように蒼星石へと突撃する。

真紅「その身に刻め! 神技! 『スパイラルロケット薔薇乙女』!」



蒼星石「ならば!」

 蒼星石は庭師の鋏を再び呼び出すと、クロスアームブロックの前に打ちたてた。

翠星石「十字のガードに庭師の鋏を加えた。これは名付けるなら、トリプルクロスブロックです!」

 もはや翠星石は自ら技の名づけ親になった。


205: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 14:41:34.43 ID:B6CGnTgP0
 黄金に輝く弾丸と化した真紅と、完全なる防御体勢を固めた蒼星石。二人の衝突は広場全体を激しく

震わせ、閃光さえ生じたかと思わせた。



翠星石「蒼星石!」

 軍配は真紅に上がった。回転の力で3倍、回転による速度の上昇で2倍、両拳を組んだことで2倍。

3×2×2=12倍の威力となった新型『ロケット薔薇乙女』が、強化したクロスアームブロックさえ

弾き飛ばしたのだ。



 蒼星石は鋏を失って吹き飛ばされている。クロスレンジに持ち込んで追撃をかけるなら今だが、

回転の後遺症は真紅にも残っていた。体の自由が利かない。

翠星石「このときを逃せば、次はないというときにですぅ!」

真紅「私は勝つ! 勝つのだわ!」

 真紅は己の体に逆の回転をかけ、無理やり後遺症を中和した。

<黄金の回転>は医療にも適応される技術であり、無限の応用が可能なのだ。



 蒼星石はなんとか立ち上がったが、先程のダメージで腕の自由が利かないようだ。

蒼星石「う、腕が上がらない。ガードができ……」


206: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 14:43:21.63 ID:B6CGnTgP0
真紅はその隙を逃さず、高速で蒼星石に迫る。



真紅「震えるぞハート!」

 ローズテイルに<黄金の回転>をかけ、

真紅「燃え尽きるほどヒート!」

それを右腕全体に纏う。

真紅「薔薇乙女一のキュート!」

さらに右腕を内側に捻ってコークスクリューブローの体勢をとり、

真紅「受けよ真紅の衝撃! 『スカーレットハートブレイク』!」

相手の心臓めがけて打ち込む。

 『スカーレットハートブレイク』とは、凄まじい回転力=貫通力をかけた一撃を、

躊躇なく相手の心臓にねじ込むという慈悲のかけらもない技なのだ。



 真紅はこれを満足に防御することも出来ない蒼星石の胸部に完璧にねじ込んだ。もちろんドールに

心臓はないが、その破壊力は勝敗を決するには十分すぎるほどである。

 後方へと崩れ落ちようとする蒼星石に対し、真紅は容赦なく追撃をかける。

 右『絆パンチ』打ちおろしの体勢だ。

翠星石「真紅、もう決着はついたです! やめるですぅううう」

 真紅の右腕は止まらない。高い音が響いた。

翠星石「あ、平手うち……です」

 何の変哲もないただの平手打ちであった。これ以上のダメージを与えることは真紅とて望まない。

真紅「蒼星石、あなたの正義、止めさせてもらったのだわ。あとは翠星石の役目」

 すでに意識のなかった蒼星石に、その言葉が届いたかはわからない。


224: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 18:30:22.45 ID:q25ee5700
蒼星石は温かな感覚に包まれて目を覚ました。

 見上げると、翠星石の顔がある。翠星石は蒼星石の頭を膝に乗せ、髪を優しく撫でて

くれていた。。

翠星石「気付いたですか?」

 蒼星石は横になったまま周囲を見渡した。翠星石と蒼星石、二人きりだ。



蒼星石「真紅は?」

翠星石「私の役目は終わったのだわと言って、さっさと帰りやがったです。

    黄金長方形はあくまで微かなものだったからしばらくすればちゃんと目が覚めるって。

    後は、オラの気をわけてやったとか、血止めの心央点を突いたとか、

    わけのわからないことばかり言ってたです」    

 蒼星石は自分が敗れたことを悟った。



 しかし、たとえ敗れたとしても、

蒼星石「翠星石、最初に言ったとおり、僕は自分の正義を曲げるつもりはないよ」

翠星石「……あんなもんが、蒼星石の本当の望みなんですか?」

 翠星石は瞳は悲しげに見えた。

翠星石「蒼星石の望みは、おじじやおばばと一緒に笑ったりすることじゃねーんですか?」

蒼星石「そうさ。だから悪意を持った連中を倒したり、みんなが悪意に傾くのを防ぐんだよ」

翠星石「悪いやつの心を斬りつづける蒼星石はどうなるです。心の樹をむやみに傷つけ

     続ければ、お前の心は荒んじまうです。どんどん辛くなって笑えなくなっちまうです」

蒼星石「僕は、僕は大丈夫さ」


225: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 18:31:04.22 ID:q25ee5700
 それに、と翠星石は続ける。

翠星石「悪意ってなんですか蒼星石? 悪い気持ちですか。

    だったら翠星石も持っているです。このドレス……このドレスにさえ持っているです」



 翠星石は蒼星石に自分の着ているドレスを示してみせた。

翠星石「このドレスはジュンが心を込めて作ってくれて、そしてきっと、真紅が贈ってくれたんです。

    真紅は何も言わないけど、なんとなく翠星石にはわかるんです。

    このドレスには、二人の翠星石を想ってくれた気持ちがたくさんこもっているんです」

蒼星石「わかるよ。こうして触れているだけでとても温かい気持ちになる」

 翠星石は心から嬉しそうに微笑んだ。



翠星石「だけど、このドレスのせいでとても妬ましい気持ちにもなるんです」

蒼星石「どうして……?」

翠星石「見つめあう二人よりも、同じ方向を見つめている二人のほうがずっと強く結ばれている。

    誰が言ったか知らねーですけれど、そんな言葉があるです。

    ジュンはこのドレスを作ったとき、たくさんたくさん翠星石を見つめてくれたです。

    でもこのドレスを作っているとき、ジュンと真紅はずっと同じ方向を見つめていたんです。

    それを思うと、せっかく翠星石にドレスを贈ってくれた二人が妬ましくなるんです」

 翠星石は何度かまばたきして、顔をうつむかせた。


226: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 18:31:26.06 ID:q25ee5700
蒼星石「それは、悪い気持ちなんかじゃ……」

翠星石「でも妬ましさで人を殺したり傷つけたりするやつがいるです。

    こんなドレスが作れる心を持ってるジュンだって悪いところがあるです。

    翠星石にドレスを贈って、真紅とドレスを作って、巴が遊びに来るとドキドキしやがるです。

    翠星石が悪いことしたら、きっと少しはジュンのせいです。

    そうなったら、蒼星石は翠星石とジュンの心を傷つけますか?」



 蒼星石にはもう、翠星石が言いたいことがわかっていた。いつも、いつもそうなのだ。

蒼星石「……僕が傷つけたのは、もっと明確に悪い団体に関わっていた人たちだよ。だから……」



翠星石「そいつらだって心の全てが悪いわけじゃないです。

    それは実際に心を樹を傷つけてしまった蒼星石が一番よくわかってるはずです。

    家族を思う気持ち、芸を磨こうという気持ち、人を楽しませたいという気持ち。

    悪い宗教の広告塔だったからって、いい心を持ってないわけじゃねーです。

    お前はそれにいつまでも目を背けていられるほど強くも弱くもねーです。

    いつか耐えられなくなって、蒼星石自身の心が壊れてしまうです」

 いつもそうだ。翠星石は。普段は自分よりずっと泣き虫だったりわがままだったりするのに。



227: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 18:31:40.76 ID:q25ee5700
翠星石「翠星石は、蒼星石が壊れてしまうなんて耐えられないです。

    だからもうあんなことはやめてほしいんです。正義だろうがなんだろうが知ったこっちゃねーです。

    真紅だって同じ気持ちでお前を止めたんです。みんな調子に乗りすぎてお前を

    実際に壊しかねないとこまでいきましたけど、お前の心を守りたかったんです」

 本当に大切なことは、いつだって翠星石は自分よりちゃんとわかっているのだ。



蒼星石「翠星石、でも僕はもう10人も……10人もあんなに傷つけてしまって……」

 涙があふれてきた。僕は正しかったはずなのに。

翠星石「大丈夫です。お前は優しいから、治らないような傷をつけてはいないはずです。

    二人で治せば元通りになります」

 蒼星石は翠星石にすがって泣いた。

 その頭を翠星石の手が、いつまでもいつまでもそうしていてくれるように撫で続けていた。


243: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 21:47:27.42 ID:Yb54u3AJ0
 蒼星石は思う。

 アリスになることを失った自分は、どこかで意味のあることを求めていたのだ。

 そこに正義という考えが入り込んできた。僕の存在意義をそこに求めてしまった。

 深淵を覗くときは注意せよ。お前が深淵を見つめるとき、深淵もまたお前を見つめているのだ。

 僕もまた、弱さにつけ込まれてしまった存在だったのだ。

 どんなに偉そうなことを言おうと、本来は人の心を助けるべき力を用いて、人の心を傷つけて

しまった。こんな当たり前のことさえ忘れてしまっていたなんて。



 そのことを正直に話すと翠星石は、

翠星石「まったく蒼星石は……頭がいいのか悪いのかわかんねーです」

 と首を振った。

蒼星石「そういう言い方はないじゃないか」

翠星石「おじじやおばば、真紅たち姉妹、ジュンやのり、それに、翠星石。

    今のお前がお前のままで笑って受けれいれてくれるやつらなんてたくさんいるです。

    何でそんなことも忘れて、正義の味方なんざやりたがるです」


244: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 21:48:39.03 ID:Yb54u3AJ0
 蒼星石は嬉しかった。反論する必要なんてなにもない。それでも、

蒼星石「何か、意味のあることがしたいって思わないかい翠星石は」

 翠星石は少し考え込んでから、

翠星石「順番が逆ですけど、ジュンがドレスをくれたときには、それまで内職してたこと思い出したです。

    報われたって言ったらそれが目的だったみたいに聞こえちゃいますが、自分の内職してた日々に

    でっかい意味があったように思えたです」



 でも、と翠星石は続ける。

翠星石「みんなで笑ったり、ご飯を食べたり、ときには喧嘩してしまったり、あるいは失敗したり。

    うまくいかねーこともありますけど、そんな毎日それ自体に意味があるんです、きっと。

    今日だってちょっと過激にやりすぎたですけど、みんなで大騒ぎして遊んだようで楽しかった

    じゃねーですか」

蒼星石「君は横で騒いでばっかで、真紅に直接殴られてないからそう思えるんだよ。

    まあ僕なんか鋏を振り回しちゃったから、真紅に素手でやられたことなんか恨めないけどね」



 真紅に殴られた胸はまだ痛む。だけど、

蒼星石「なんだか胸が軽くなったな。真紅のおかげで」

翠星石「そりゃまあ実際……」

 え? 蒼星石が翠星石を見やると、翠星石はなかなか視線を合わそうとしない。

翠星石「さあ、明日からばりばり働くから忙しいですよー。今日は一緒に寝てやるから早寝するです。

    ほら行きますよー蒼星石。ちゃっちゃ帰るです」

 真紅、僕の胸、大丈夫だよね。


258: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 23:25:59.96 ID:Yb54u3AJ0
 翠星石のドレスが完成してから2週間後。

 僕は前日に完成した新作のドレスをネットオークションに出す準備を進めていた。



 新作はAラインを採用した典型的なウェディングドレスである。翠星石のために作った

ドレスの経験を活かせるのもあるし、なによりあのドレスを公開したときの反応で決めた。

 作った僕が引いてしまうほどの反応に、ウェディングドレスは女性にとってやっぱり

特別なんだと実感したのだ。



 人形に着せるドレスにこだわる人には女の人のほうが多いし、こうなったらとことん

やってやると思った。翠星石のものとは違う、写真でも見栄えのする絢爛豪華なデザインに

し、ブーケなどの小物もつけた。

 一番大変だったのは豪華でも決して悪趣味にならないようにまとめることだ。幾度かの

試行錯誤を経てようやく完成したのだが、それが今回の僕にとっての収穫だと思う。



 アパートには久々に草笛みつと金糸雀が来ていた。僕がネットオークションに出す際の写真を

頼んだのだ。

 草笛みつは僕のドレスを見るなり目を丸くして驚き、しばらくは言葉もないようだった。

そういう反応をしてもらえることは、やっぱり嬉しい。


259: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/08(日) 23:26:21.20 ID:Yb54u3AJ0
 それから翠星石のドレスも見てもらった。草笛みつは向こうもすごかったけど、こっちの

ほうが素晴らしいと思うと言ってくれた。



みつ「まさか、ちょっと来ない間にこんなにレベルアップしてるとは思わなかったわ。

   もう完璧にそこらの職人のレベル超えてるわよ。いったい何があったの」

ジュン「まあ色々と。褒めてもらえたのは嬉しいし、自分でも本当に良くできたと思います。

    でもまだまだです。僕はもっと学んでいかなきゃ駄目なんです」

みつ「まだまだって……」

ジュン「上には上がいるんですよ。その人に絶対慢心するなって言われましたしね」

 翠星石は今回はドレスを着用することはなかったものの、金糸雀相手に色々と話して聞かせていた。

たまに聞こえてくる内容に、僕は照れくさくて赤面した。

 でも、金糸雀の姿を見ていたら、そんな気持ちは消えてなくなってしまった。

 今日もうちにくるなりドレスを洗濯しているから、金糸雀が着ているのは草笛みつの持っている

彼女の着替えだ。それも糸がほつれたりしている。

 金糸雀は僕のドレスを見ていて、

金糸雀「なんて綺麗なのかしら」

と言って涙をこぼしていた。

 それは単純に感動してくれただけとは、とても思えなかった。


265: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 00:09:54.43 ID:OS0FzP/W0
 4日後のドレスを出品したネットオークションの締め切り1時間前、僕と草笛みつは

固唾を飲んでPCの前に待機していた。



 ドレスの値段は、すでに20万円を超えていた。この時点で新記録達成である。

みつ「ま、ここまでは予測してた範囲内だわね。こっからが勝負って感じ」

ジュン「え、マジですか。僕はもう十分なんですけど……」

 人形のドレスが20万だぞ。いったいどうなってんだこの国は。



みつ「いかれた人形マニアっているものよ」

 失礼ながら、あんたみたいにカードで借り入れてるわけじゃないことを望むばかりだ。



 30分前には25万を突破した。僕は我ながら怖くなってきた。

みつ「さてラストスパートに入るよ~」

ジュン「いや、もうゴールしてもいいよねってレベルじゃないですよこれ」 



 15分前には30万円代に入り、さらに熾烈な入札競争が演じられた。ここまでくると

もはやドレスそのものより、競り落とすことが目的になってるんじゃないかと思う。

 結局、僕のドレスは38万6000円で売れた。いたずらじゃないのなら、世の中には

理解できないことがたくさんあるようだった。



 しかしあるところにはあるんだな金って。のりはパートで必死に家計を支え、草笛みつに

至っちゃ日雇い派遣のネカフェ難民なのに。せっかくドレスを買ってもらったのに、僕は

なにか間違ってるような気がした。

 草笛みつはさすがに黙り込んでしまっていた。金額の凄さのせいではないと思う。

 彼女もこの結果に、僕と同じことを思っているのではないだろうか


266: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 00:11:54.15 ID:OS0FzP/W0
 しばらくどちらも無言だったが、やがて草笛みつが話だした。

みつ「凄かったね。やっぱりジュン君のドレスは特別よ。おめでと」

 精一杯明るくしようとしていたけれど、表情にさした影は隠しきれていなかった。

ジュン「ありがとうございます。お金が振り込まれたら連絡しますよ。今回のお礼渡し

     ますんで」

みつ「うん。おかげでたすかるわ。じゃあ、今日はもう帰るね」

 草笛みつらしくもない。いつも遠慮なく泊まっていくのに。

 僕は慌てて作業場から人形用の空色のワンピースをもってきた。

ジュン「雛苺が、ドレスを作ってやってないんでむくれてるんですよ。だから簡単な

     ワンピースを作ってやったんです。せっかくだから金糸雀のも作ったんですけど

     もらってくれませんか。ほら、今着てる着替えの服、糸がほつれてたし」

 草笛みつは僕の作ったワンピースをじっと見つめていた。



みつ「……ありがとう。これ、いつ作ったの?」

ジュン「昨日ですけど、何か?」

みつ「ううん、なんでもない。カナだけどさ、ちょっと置いていてくれない。お金振り込まれるまで。

   だからこのワンピースもさ、カナに渡してあげて」

ジュン「いいですよ。それじゃまた」

 草笛みつは何かを考え込んでいたようだった。あの金額のショックのせいだろうか。



 その日の夜、金糸雀は雛苺と色違いのワンピースではしゃいでいた。きちんとサイズを測らず、

真紅たちを参考にしたのだが問題はないようだったし、満面の笑みで喜んでくれたので嬉しかった。

 ちなみに雛苺のワンピースは瞳の色より少し濃いグリーンだ。



 のりはふたりの姿にご満悦だ。

のり「色違いでおそろいの服を着ると、あのふたり本当にかわいいわね~」

 僕はある決心をのりに話してみた。

 のりはちょっと難しそうな顔もしたが、僕の思うようにするのがいいと言ってくれた。


282: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:05:32.72 ID:OS0FzP/W0
 落札者からの料金振込みとドレスの郵送も無事に済んだ数日後の夜、僕のアパートでは

いつもよりちょっと豪勢な夕食を食べて、ドレスが大金で売れたことのお祝いパーティー

みたいなものを催した。



 出席者はアパートのメンバー全員と、金糸雀、草笛みつである。

 賑やかな夕食が済んで落ち着いてきた頃を見計らって、僕は草笛みつをアパートの駐車場に

連れていくことにした。

ジュン「お金渡そうと思うんですけど、ここじゃなんなんで」



 人気のないアパートの駐車場で、僕は草笛みつに封筒に入ったお金を手渡した。

 彼女は封筒を手に取ると、すぐに中を確かめ、僕に向き直った。

みつ「なにこれ。こんなにもらえないって」

ジュン「あの、全部で30万円あります。もらってください」

みつ「なんで?」

 こういうことは巧く言えない。僕は気まずさもあって、草笛みつの顔を見ずに話し続けた。

ジュン「そのお金があれば、今の生活から抜け出せますよね。適当なアパート借りて、それで、

    まあそうすれば住所がちゃんとしてるから、定期的なバイトにつけると思うんです。

    そしたら……」



 そこまで言ったとき、僕の顔に封筒が投げつけられた。封筒は地面に落ちて、中から数枚の

紙幣が地面に散らばった。

みつ「ねえ、あんた私をばかにしてるの! 恵んでやったつもり!?」

 僕はあっけに取られていた。こうなることには気を付けるつもりだったのに。どうして

こうなるんだろう。


284: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:06:27.31 ID:OS0FzP/W0
 草笛みつは僕のことを凄まじい形相で睨んでいた。

みつ「こんなことしてくれなんて全然頼んでない! わかったらとっとその金持って帰ってよ!」

ジュン「でも、このままじゃあなたも金糸雀も……」

みつ「カナのことは私がなんとかするわよ!」

ジュン「でも、現状なんとかできてないじゃないですか。なんかあてでもあるんですか?」

みつ「それは、それはあんたの知ったことじゃないでしょ!」

ジュン「このままじゃお先真っ暗じゃないですか!」



 僕も熱くなってきている自分を止められなかった。

ジュン「いつまで金糸雀にこんなことさせておくんです! そりゃ僕だってアパートで内職なんて

    ローゼンメイデンらしからぬことさせてますけど、帰る家ぐらいありますよ。金糸雀は……」

 引き金を引いたのは僕のほうだろうか。

みつ「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ! 

   あんたなんか姉におんぶに抱っこじゃない!

   中卒のニートで、中学まで不登校のくせになんであたしに偉そうに説教できるわけ!?」



 草笛みつは甲高い声でわめき続ける。

みつ「私は高校どころか大学までちゃんと出てるわけ。今よりも就職難の時代にOLになって、

   夢のために転職までしたのに、なんでこうなるのよ!」

 知るかよ。なんだよそれ。借金してまでなんて思ってたからだろ。

みつ「あんただってさ、いつまでも姉に寄生してるか、行く末は私みたいになるしかないんだよ!」


285: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:06:56.39 ID:OS0FzP/W0
 殴ってやりたかった。女だとか、年上だとか関係なかった。

 もし僕が昔引きこもりじゃなかったら、間違いなく殴っていた。

 

 わかってしまうんだ。

 誰も彼もが自分のことを馬鹿にしていて見下してるんじゃないかって錯覚。

 全然関係ない他人とすれ違うだけでも、笑われてるんじゃないかと思うこと。

 世の中全部が自分にとって敵のようで、自分は震えているしかないような無力感。



 僕は地面に落ちているお金を拾い始めた。草笛みつの姿を見ていたくなかった。



 彼女は、今、最悪の環境にある。帰るところもないネカフェ暮らしで、仕事もひどい扱いしか

されない日雇い派遣を仕事がもらえたらありがたいと思わなければならない。

 そういう状況のせいで、この人はずっと前から精神的に追い詰められていたんだ。



みつ「拾ったらさっさといってくれない。私も荷物とってきて消えるからさ。

   それともまた渡そうとする? 結構気持ちよかったでしょ、金渡したときさぁ」

 僕は必死に耐えた。この女はどうでもいいけど、金糸雀は……。


286: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:07:50.98 ID:OS0FzP/W0
みつ「そうだよねぇ。ジュン君はあんな凄いドレス簡単に作れちゃうんだよね。

   そりゃ30万なんてぽんとくれてやって惜しくないよ。また売れるだろうし」

 この女、僕があのドレスを簡単に作ったと思ってるのか。

 目の前が赤くちらついた。もう限界だった。



 顔を上げた瞬間、僕は乾いた音を聞いた。

 そのとき僕が見た光景は、あまりにも意外すぎて滑稽なほどだった。

 飛び上がった金糸雀が、草笛みつを思いっきりビンタしていたのだ。



 気付けば、少し離れた駐車場の階段あたりに、姉ののりや真紅たちの姿があった。

 話すというより叫んでいるような状況だったから、途中から聞こえていたのだろう。



 草笛みつは金糸雀に叩かれたショックからかへたり込んでしまった。

 金糸雀はその草笛みつに毅然と向き合っていた。

金糸雀「みっちゃん、ジュンはここ数日なにかずっと考え込んでいたかしら。

    カナはどうしてかと思っていたけど、今こそその理由がよくわかったかしら。

    ジュンは決して軽い気持ちでそのお金を渡したんじゃないかしら。

    それに、ジュンは本当に苦労して翠星石のドレスを作ったかしら。

    翠星石がカナにたくさん話して教えてくれたかしら。

    あんな素敵なドレス、簡単な気持ちで作れるわけがないかしら!」

 草笛みつは幼い子供が本気で怒られたときのように、何もいえないで呆然としていた。


287: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:08:56.09 ID:OS0FzP/W0
 金糸雀は僕に向き直る。

金糸雀「ジュン、ごめんなさい。どうかみっちゃんを許してあげてほしいかしら」

 僕も呆然として何もいえなかった。まったくなにがどうなっているんだ。



金糸雀「みっちゃんはこの一年、誰も頼ることのできる人がいなくて辛かったかしら。

    ジッカとはシャッキンが原因で色々あって、大変なことになっていたかしら。

    友達にもだんだん会いづらくなっていって、どんどん孤独になっていったかしら。

    だから、だから心が疲れてしまったかしら。みっちゃん本当はやさしいかしら。

    ジュンのことだっていつも才能があるって褒めてたかしら。

    とてもひどいことをいってしまったけど、どうか許してあげてほしいかしら」



ジュン「ああ、わかってるよ」

 僕は金糸雀の頭をなでた。他になんていえばいいんだ。

金糸雀「それで、おかねのことだけど、カナがもらうかしら」

ジュン「え?」



 予想外すぎる提案だった。金糸雀の後ろで草笛みつが、

みつ「カナ、そんなお金もらうなんて」

と言ったが、金糸雀はそれを無視した。

金糸雀「カナのモットーは楽してずるしていただきかしら。

    だから、もらえるものはもらうかしら」


288: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 2008/06/09(月) 02:10:00.08 ID:OS0FzP/W0
 金糸雀が後ろの草笛みつを振り返る。

金糸雀「みっちゃん、カナがみっちゃんを頑張って守るかしら。

    ジュンもこうやって助けてくれたから心配いらないかしら」

 草笛みつは、アパートの駐車場にかがみこんで大声をあげて泣き始めた。



 僕はしゃがんで金糸雀に視線を合わせた。

ジュン「わかった。この金はのりに預けておくから、みっちゃんさんが落ち着いたらお前が受け取り

    にこい。ささいなことでも、のりに相談してみろ。あいつはあれで僕が中学生の頃から

    家計を切り盛りしてるから、そういうところはしっかりしてるんだ」

金糸雀「わかったかしら、ジュン。本当にありがとうかしら」

 僕はアパートの階段に向けて歩いていった。これ以上この場所にいることには耐えられなかった。



 のりに30万円の入った封筒を渡し、聞いていた通りにしてほしいと頼む。

ジュン「姉ちゃん、僕は、なにもわかってなかった。お金って、すごい難しいんだな」

のり「ジュン君……」

 隣を通る際、真紅が僕に言った。

真紅「ジュン、みっちゃんさんは、あなたが高校に行ってないことなんて本当はどうでもいいと

   思っている。あの人にとって本当に辛かったことは、あなたがまぶしすぎたことのだわ。

   それはジュン自身にはどうしようもできないことだったの。あなたのせいじゃないのだわ」



 僕は力なく頷いて、階段を登っていった。

 やっぱり僕は人形やドレス作りの腕が上がって調子に乗っていたのかもしれない。

 それに世の中のことだって、さっぱりわかっちゃいなかったんだ。


引用元: ローゼンメイデン・アパートメント3