前回 卯月「…ここ…どこ…?」

2: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:45:13.42 ID:rRiEBhHTO
「…」

その少女は、音楽が好きだ。

その少女は、楽器が好きだ。

楽器を弾ける人間が、好きだ。

「…」

自分が弾けるのなら、尚良し。

しかし、彼女は楽器が弾けない。

持ってはいるが、弾いた事はほとんど無い。

勿論、手入れもしていない。

だが、彼女は楽器が好きだ。

いつか立派に弾けるようになりたいと願い、部屋の片隅に置く。

やることがなく、ごく稀に楽器に触れても、時間は5分と持たない。

音楽に関する知識が乏しく、覚えることが山ほどある為、どうにも構えてしまうからだ。

しかしながら、彼女の「それ」を知っている人間は限られる。

友達と、親。

彼女と二、三会話すれば何となく察する事は出来るが、多くの人間はそこまでいかない。

しかし彼女には不特定多数の人間と話す機会が多い。

「…えええ…ホント何処なのここ…?」

そんな彼女、多田李衣菜の職業はアイドル。

そしてその売り出し方は、「ロック系」だ。

3: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:47:40.96 ID:rRiEBhHTO
目をこすり、自分が今見ているものが幻だと願い、もう一度、見る。

そしてもう一度、パニックになる。

ただあたふたする李衣菜の目の前に映る光景。

それは、いつもと特に変わりのない日常風景。

ではなく、何処かも知らない街中。

「…あれー…?」

喫茶店や、コンビニもある。

自動販売機もあれば、アパートもマンションもある。

しかし、一つだけ、違和感。

「…えっと…誰かー!!誰かいませんかー!?」

少なくとも今自分の目に映る光景の中には、人っ子一人、いない。

人の気配も無ければ、動物の気配も無し。

「…って何この格好…」

誰もいないせいか、少しでも冷静さを保とうといつもより多めに呟く。

しかし、確かに今、彼女が着ている衣服は誰が見ても二度見してしまいそうな状態だった。

「…軍人…?」

迷彩のズボンに、ブーツ。

黒のランニングに、手袋。

「…あ、ブラジャーはある…良かった…」

露出度が高いからか、少々気になるところは、思春期真っ盛りの女子高生らしい。

しかし、彼女にはもっと気にすることが、かなり、あった。

4: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:48:38.13 ID:rRiEBhHTO
「…」

まず、ここが何処なのか。

そして、何故自分はここにいるのか。

誰が、自分をここへ連れてきたのか。

何故、この格好なのか。

皆は何処にいるのか。

挙げればきりがない疑問。

答えを知ろうにも、ここには話し相手すらいない。

「…とりあえず、交番探さなきゃ…」

こういう時は警察に頼るのが一番。

常識的に考え、彼女は歩き出した。

「…ぉわっ!!?」

しかし、彼女の第一歩は何かに阻まれ、つまづいてしまった。

5: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:50:47.14 ID:rRiEBhHTO
「……何なのぉ…もぅ…」

誰かに見られる事すらなく転び、誰にもリアクションを取られる事なく悲しげに呟く。

いざ歩かんと思った瞬間、何かに足を取られ転んでしまった。

「…?」

目をやると、そこには鉄製のケースがこれ見よがしに落ちている。

「…スマート…ブレイン…?」

読みづらかったものの、SMART BRAINとデザインされたそのケース。

「落し物かなぁ…?」

聞き覚えの無い会社ではあるが、何処かの人間が落としたものなのかもしれない。

「交番に持ってかなきゃ…」

元来のボランティア精神が彼女にそう囁き、それを持ち運ぶことにした。

「…人いるかなぁ…?」

それが、始まりの合図だとも、知らずに。

6: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:52:23.25 ID:rRiEBhHTO
…。

「交番だとよ!聞いたかガテゾーン!」

「…おーおー。優しいこって…」

「ケケケッ。それにしてもあのガキ、見事に持っていきやがった」

「しかし身体の変化にゃ気づかねぇか。頭思いっきりコンクリートにぶつけて痛くも痒くもねえってのに疑問も無えのか?」

「そりゃあいつがバカなガキだからさ。それよりガテゾーン!」

「何だよ」

「この作戦には俺も協力してやってるんだ!手柄の独り占めなんてさせないぞ!」

「そんな事気にしねえよ。好きにしろ」

「…全くお前も相当だな…」

「何か言ったか、ゲドリアン」

「何も。…それより何だあの格好は。わざわざあそこまでお膳立てしてやる必要も無いだろ!」

「良い格好じゃねえか。アイドルやってるだけあって早速着こなしてやがる」

「そういうことじゃない!マリバロンよりも早く!結果を出したいんだ!あんな服に着替えさせる為だけにもう…まる二日…も!無駄にしたんだぞ!始めたのはこっちが先なのに!!」

「他の奴のはどうだ?…お?こいつは…いやこれはこれで中々…」

「話を聞け!!!」

…。

7: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:54:05.27 ID:rRiEBhHTO
何処かも知らない街中を歩き続け、また違和感を感じ始める。

人の気配が無いのは、もう理解した。

しかし、その割には随分と建物が綺麗になっている。

人がいない建物は段々と草木が生え自動的に廃墟と化していくものだが。

ここら一帯はまるでつい先程まで人が存在していたかのような、そんな風に見える。

「…神隠し…なーんて…」

小刻みに震え出した脚を無理矢理歩かせ、ロボットのようなぎこちない動きになりながら、彼女は探索を開始した。

9: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 22:56:31.74 ID:rRiEBhHTO
「…うーん…」

歩いてすぐ、目的地である交番は見つかった。

だが、予想通りそこにも人はいない。

「…中で待つかぁ…」

致し方なく、引き戸を開け中に入る。

特に何の変哲もない、見慣れた交番。

中までまじまじと見るのは初めての光景だが、決して珍しい事ではない。

ただ、人がいないというのを除いて。

「…」

流石に一人語りが面倒になったのか、パイプ椅子に腰掛けたまま黙りこくる。

「…んー…携帯も無いしなぁ…」

衣服も変えられ、携帯も無く。

やることもなく退屈になったのか、机に肘をつき、待つ。

「…うーん…」

…。

「…んー…」

…。

「…」

…。

「zzz…」

…。

11: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:16:51.16 ID:rRiEBhHTO
…。

「おいガテゾーン!!何なんだコイツは!!」

「あ?」

「あ?じゃない!!何十分も待って、終いには寝てしまったぞ!!」

「そうだな」

「一体お前は何を考えているんだ!そもそもあいつはあのカバンを開けることすらしてないぞ!!」

「そうだな」

「あのままじゃあいつはあそこで何時間も寝続けるぞ!…どれだけ緊張感が無いんだ!!?」

「そうだな」

「そうだなってのはそんな便利な言葉じゃない!!!」

「俺が選んだ基準。お前に分かるか?」

「…何?…フン!どうせ好みの顔だとかそんなもんだろ!!それとも違うのか!?」

「馬鹿を言え」

「…ほう。ならば教えてもらおうか!奴を、あのグータラを選んだ理由を!!」

「顔だけじゃねえよ」

「お前が一番の馬鹿だろうが!!!」

「…奴は、必ずアレを使うさ。何せここは…」

「…サバイバル空間…という奴か」

「そうさ。確かにあのガキはあんなふざけた奴だが、本当は違う」

「…マリバロンと違うやり方。とかほざいてたな」

「マイナスの感情を増幅させ、洗脳する。それも悪くはねえがそれじゃあ限界もあるってもんだ」

「…」

「奴らはいつもプラスの感情で強くなっていった。スペック以上の力を発揮して、進化していった」

「…」

「…っていうわけだ」

「…あいつに…か?」

「そうだ。それも誰かを守りたいという、正義のヒーロー様特有の自己満足…まあ本分ってやつだ」

「…仮面ライダーには、仮面ライダー…成る程…」

「何だっけな…確か、アレの本来の持ち主の信条…」

「…」

「…弱気を助け、強気をくじく。だったか?」

「…ほう…」

「…」

「…」

「…」

「…だったらさっさとアイツを起こせ!!いつまでガキの寝顔見てなきゃならないんだ!!!」

「夢がねえなぁ」

「ああああああああああこの変 サイボーグがああああああああ!!!」

…。

12: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:18:08.60 ID:rRiEBhHTO
「…」

あれから、どれくらいの時間が経ったのか。

「…」

変な体勢で寝ていたせいか、頬が若干痛む。

だが、彼女がしかめっ面をしているのは、そのせいだけではない。

「…」

恐らく、数時間。

誰もいない所に放り込まれ、孤独を味わい続ける。

次第に貧乏揺すりが激しくなっていき、第三者が見れば一瞬で分かるほどストレスが溜まっている事が見受けられる状態となった。

「…」

孤独は段々と不安を煽りだし、彼女から余裕を奪っていく。

「…ッ!!」

そして、ストレスが頂点に達した時、それは小規模の爆発を起こした。

交番の中の机を叩き、怒りを露わにする。

「…え…?」

そして、気づく。

「…は?」

痛みの無い、自分の小さな拳。

それと違い、ヒビ割れ、凹んだ机。

「…何?…これ…」

そして、思い出す。

先の自分の、おかしな部分。

躓き、転んだ。

一言で表せば何てことのない日常の一コマに過ぎないが。

しかし、ただ単に転んだのではない。

頭から思い切り、地面に激突した。

「…」

凄まじい激突音。

友達が見ていたなら、間違いなく救急車の手配をするかもしれない程の出来事。

だが自分は全く意に介さず、起き上がって歩き出した。

「…何なの…これ…」

異常なまでに強化された、己の肉体。

ここに来てようやく彼女は、自分の変化に気づいた。

13: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:20:20.87 ID:rRiEBhHTO
『♪』

「うわっ!!?」

呆気にとられた瞬間、間髪入れず訪れる。

ケースの中から聴こえてくる、メロディ。

「…?」

チープな、昔のおもちゃのようなメロディ。

その音を発する物が何なのか分からなかったが、ケースの中に入っている事から推測する。

「…ケータイ?」

自身のプロデューサーも、会社用の携帯電話を所有している。

最も、彼女が取り合う連絡先は彼の本来の方であるが。

しかし、そういったことは他の会社では中々ない。

つまり、このケースに入ったそれは、恐らく会社用のものなのだろう。

「…困ってる…のかな…?」

もしかしたら、本来の持ち主がこれをこれを探し求めて決死の思いで電話しているのかもしれない。

もしくは、会社の人間が一早く事態を察知し連絡してきたのか。

『♪』

「…」

鳴り続ける携帯電話に、果たしてどちらが良心的なのか、必死で考える。

ケースを開けて電話を取るのか、取らずに放っておくのか。

「…中、見なきゃ良いよね…」

連絡を取って、このケースを取りに来てもらう。

そのことよりも、今はとりあえず会話する相手が欲しい。

それが見知らぬ男であれ何であれ、彼女は目を閉じてケースを開け、携帯電話だろうそれを手の触感のみで探る事にした。

…。

14: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:21:48.22 ID:rRiEBhHTO
「悩んでもしかたないー…」

李衣菜と時を同じくして、一人の少女がスキップしながら無人の道を進んでいた。

「ま、そんな時もあるさー…」

普段より幾分か低いテンションで自身が知っている歌を口ずさむ。

何処を見渡しても、自販機の裏にも、マンホールの下にも、公衆トイレにも、誰もいない。

その静かな世界に、流石の彼女も段々と精神が削られていく。

「…」

やがてスキップする足も止め、普通に歩き出す。

その右手には、李衣菜と同じスマートブレインのロゴが刻まれたケース。

「…」

彼女もまた、李衣菜のように落し物と勘違いし、一応交番に届け出ようとしていた。

だが、こうも人とすれ違うことすらないというのには違和感を感じ始める。

「…開けちゃおうかな…」

悪い事だというのは分かってはいても、正直それどころではなかった。

まず、自分は誘拐された。

そして、妙な服に着替えさせられ、何処かの道端に捨てられた。

挙げ句の果てに、誰も自分を助けなかった。

そこに、この落し物。

本来は持ち主に届けるのが筋だが、この仕打ちを笑顔で済ませる程、彼女、藤本里奈は歳を重ねていない。

「…見ーちゃお…」

その場にしゃがみ込み、おそるおそるケースの蓋を開けることにした。

15: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:23:41.08 ID:rRiEBhHTO
「…んー…?」

その中に入っていたのは、一言で表すならば。

「…え?おもちゃ?」

折りたたみ式の携帯電話に、妙なベルト。

色は、青と、白。

見た目は正直、子供が遊ぶような、玩具。

「…説明書…?」

その二つの下に、一枚の説明書。

「…んー…」

だが、その説明書はどう見ても子供に読ませるレベルのものではない。

「…えっと…え?英語ばっかー…ムズイ漢字ばっかー…分かんにゃーい…」

恐らく携帯電話の設定コードだろう説明部分に目を凝らし、最初に書いてあるボタンを押す。

「…えーと…まず、3…」

そして、もう一つ。

「…1…」

ボタンを入力していく。

だが、そこでもう一つの入力コードに気づく。

「…緊急連絡?」

説明書の片隅に書いてある、緊急連絡という項目。

「…えーと…5…5…5…で…ガラケー久しぶりー…」

書かれてある通りに番号を押す。

『♪』

「お!かかったー?」

他のそれらとは違う、番号。

11桁のものではなく、たったの3桁。

他の携帯電話とは違う。

そういうことなのか。

「…」

しかし、この連絡がどこに繋がるのだろうか。

「…んー…」

何処かの会社に繋げられ、引き取りにでも来るのか。

はたまた、別の誰かと話す事になるのか。

「…出ない…」

精神的に追い込まれている分、いつもよりせっかちになっている。

「…」

後3コールかかって出なければ、切ってしまおうと思い始める。

「…いーち…にーい…」

…。


「…さー…」

『…』

「!」

16: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:24:47.69 ID:rRiEBhHTO
突如鳴り止む、呼び出し音。

そして聴こえる、微かな吐息。

「…もしもーし…」

『…も、もしもし?』

相手は、女性。

恐らく自分とそう変わらない、年齢。

「えっとー…」

『…こ、このケータイの持ち主さんですか?』

「え?」

『え?』

「…アタシ、違うよー?」

『…え…』

それにこの声は、何処かで聞いた気がする。

記憶に新しい、明るい声。

「…」

『あの、スマートブレインの方じゃ…?』

自身の頭の中を探る。

ユニット。

違う。

友人。

違うプロジェクト。

ヘッドホン。

「…もしかして、だりなちゃん?」

『…え…』

「…アタシ」

『…里奈ちゃん?』

17: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:26:24.74 ID:rRiEBhHTO
『な、何で?…どうして里奈ちゃんが…?』

「アタシも分かんにゃい…でも良かったぁ…!…あ、良くない…」

話せる相手がいた。

それも、それは自分の知り合い。

孤独な今の世界で、これ程心強いものはない。

だが、それは同時に、彼女も自分と同じ目に遭っているということ。

李衣菜もまた、誘拐され、この格好にさせられたということ。

それは、良くない。

「…今何処?近くに何かある?」

『えっ…えっと…交番…』

「交番?」

『うん。でもここ自体何処か分からないし…』

「…んー…」

『…?誰か来たみたい…』

「…ん?」

『えっ…?な、何!?』

「え?」

『ちょ、ちょっと!!何!?え!?』

「だ、だりなちゃん!?」

『ご、ごめん!!掛け直す!!』

「だりなちゃん!!だりなちゃん!!?」

『…』

「ちょっと!!もしもし!!?ねえ返事して!!」

18: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:27:29.83 ID:rRiEBhHTO
…。

電話が一方的に切られる。

返事が無いことが信じられず、必死で呼びかける。

「…折角会えそうなのに…!」

まず、ここが何処なのか。

そして、李衣菜は何処にいて、何処に行ったのか。

現状を把握する為、里奈はケースとともに立ち上がる。

そして、目に入る。

「…?」

説明書の一番はじめに書いてある、項目。

「…変身シークエンス?」

それは、先程里奈が押そうとしたコード。

315と入力し、ベルトに装填。

ただそれだけ。

「…あ!だりなちゃんだりなちゃん!」

しかし今の彼女にとっては、どうでもいいこと。

李衣菜を助けるべく、急いで走り出した。

19: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:28:46.95 ID:rRiEBhHTO
友人と、たった少しの間だが繋がっていることを感じた矢先、李衣菜は面倒事に巻き込まれてしまっていた。

「対象発見!直ちに撃破する!」

「何?何!?何これ!!?」

それは、2mはあるだろう巨大なロボット。

数百メートル離れた所からでも分かる重戦車のような見た目は、どう見ても丸腰の人間には倒せないだろう頑強さを感じさせる。

「実験体5号、多田李衣菜!」

「だ、誰!?」

「我が名はキューブリカン。怪魔ロボット大隊最高傑作。ガテゾーン様からの命により、貴様を撃破する」

「げ、撃破!?何で私!?」

「全てはクライシス帝国の為。実験体5号、死にたくなければ変身して戦え!!」

「!?」

突然の事に、頭が回らなくなる。

目の前に現れた喋るロボットは、こちらの意思とは関係なく戦おうとしている。

だが、ロボットはおろか人間すら殴ったことがない李衣菜には、戦うなどという選択肢は無い。

「じ、実験体って何!?何かの実験!?」

「貴様が戦う意思を見せなければ、死ぬだけだ」

こちらの言葉など聞く耳持たず。

キューブリカンは両腕や両肩、胸部につけられた武器をこちらに向け、狙いを定める。

あまりの理不尽さに為す術なく、李衣菜はキューブリカンに背を向け、脱兎の如く逃げる。

「逃がさん!!」

その言葉とともに、彼の武器が容赦無く一斉射撃を始める。

20: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:29:36.67 ID:rRiEBhHTO
「無理無理無理無理無理無理ぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!」

生まれて初めての経験。
普通に生きていれば、することはない経験。

彼女の背後で、様々な無機物が破壊されていく。

郵便ポスト、自動販売機、ガードレールや看板。

彼の放つ弾丸は、それら全てを貫き破壊する。

これはドッキリなどではない。

本当にあのロボットは、自分を殺すつもりで攻撃を開始している。

死にたくない。

その言葉だけが李衣菜の頭を支配し、本能的に走らせる。

その逃げ足がどれ程驚異的に速いか、理解出来ない程に。

「やだああああああああ!!!死にたくないいいいいいいい!!!!」

キューブリカン自体の移動速度は、さほど速くはない。

だが、そこから放たれる弾丸の速度は、人間が開発したそれとは段違いのもの。

いくら李衣菜の脚が速くなっていても、避けきることは不可能だった。

21: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:30:41.13 ID:rRiEBhHTO
「ッ!?痛ったぁ…!!!!」

太腿と、二の腕。

それぞれを弾丸が掠める。

しかしその傷口は深く、ナイフで切り裂かれたかのように血が吹き出す。

「痛いよう…誰か助けてぇ…」

止まらない血と、涙と鼻水。

何とかキューブリカンのセンサーに反応しない位置まで逃げ切る事には成功したものの、打開策は思いつかない。

いつかは彼のセンサーが自分を捉え、再び攻撃を始める。

あの威力ならば、ビルの外壁程度なら余裕で貫通出来るだろう。

つまり、逃げ続ける事は物理的に不可能。

血の出方からして、弾切れを待つ事も難しい。

仮にそれが出来たとしても、肉弾戦をする元気も逃げる余裕も無いだろう。

このまま二十歳を迎えることなく自分は死んでしまうのだろうか。

「…やだぁ…」

彼女にも、人並みの夢がある。

アイドルとして成功することも、女性らしく恋愛することも、結婚し、子を産むことも。

「…」

その時、ふと目に入る。

「…これ…」

無意識に手に掴んでいた、ケース一式。

そしてキューブリカンの言葉を思い出す。

変身して戦え、と。

自分の耳が腐っていなければ、そう言い放った。

「…そういえば…」

先の里奈との電話の時、目を開けてはならないと思っていたが、あまりの嬉しさに見開いてしまった。

そして、見えた。

ケース内の説明書の、変身シークエンスという項目。

記憶力は良い方ではないが、物珍しさからどうにも覚えていた。

「…」

導かれるように、手を伸ばす。

ベルトと、携帯電話と、奇妙な道具。

そして、覚えている限りのコードを押す。

『5・5・5』

22: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:33:13.81 ID:rRiEBhHTO
『STANDING BY』

大きく鳴る、機械的な音声。

それは恐らく、戦いの合図。

「…」

ベルトを腰に巻き、開いた携帯を閉じる。

「…」

これが正しい決断なのかどうかは、分からない。

だが、これ以外に選択肢は無い。

里奈の助けを待つなど、彼女には無い。

友人が傷つくなら、自分が傷つく方を選ぶ。

「…ッ…」

呼吸の乱れは、疲れたからではない。

「李衣菜…」

自分に語りかける。

震える脚を押さえつけ、歯を食いしばる。

「…行くよ…!!」

そして一気に、ベルトに装填。

「…ッ!!…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」

直後に来る、痛み。

傷口が染みるなどというものではない。

肉を抉られ、ほじくり返されるような痛み。

具体的に言うならば、内側から急激に吸い込まれている感覚。

「…!!…ッッ!!?」

23: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:34:12.88 ID:rRiEBhHTO
痛みに悶え苦しむ中、傷口を見る。

そして、目を疑う。

あれ程流れていた血が、止まっている。

それどころか、流れて固まった筈の血さえも消え、見えるのは裂けた己のピンク色の肉のみ。

毛細血管すら、透明になっている。

そして、理解する。

今、吸われていると感じているのは、錯覚ではないということ。

己の腹部を見ると、良く分かる。

真っ赤な液体が、ベルトの中心部に集まっている。

そして循環器のように、再度放出している。

放出された液体は、血液よりもさらに赤く、線となって身体の末端神経まで行き渡らせる。

痛み。
苦しみ。

それだけではない。

身体が、異常に熱い。

その赤い線が行き届いた部分から熱が発生し、蒸気を発している。

「…!!!?…!??」

最早、叫ぶことすら出来ない。

あまりの辛さに、コンクリートの床を叩く。

叩いた箇所から凹み、ひび割れていく。

「…ッッ…ああああああああああああ!!!!」

うずくまる彼女に追い打ちをかけるように、焼けるような熱さがベルトから伝わる。

だが、意識は途切れない。

何かが、自分を無理矢理戦わせようとしている。

「…!?」

そして、苦しみの最中、彼女は見た。

赤い光が、携帯から放たれる、その瞬間を。

24: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:35:43.90 ID:rRiEBhHTO
…。

「…お、おい!ガテゾーン!どうなってる!?何だこれは!?」

「何がおかしい?」

「あれは仮面ライダーのベルトだろ!?何故変身するだけであんなに苦しむ!?」

「そりゃそうだろ。お前報告書も読んでないのか?」

「報告書って…!そ、それは…」

「ありゃあ人間が変身するにはちっとばかし条件が厳しくてな」

「…それは何だ?」

「お前は少しは書類ってもんに目を通せ。それでも幹部か?」

「ええい!!勿体ぶってないで話せ!!」

「…死。だよ」

「…あ?」

「死だ。あのベルトが必要としてるのはな。…最も、それはあくまで第一段階に過ぎない…が」

「…は!?そ、それじゃあ実験どころじゃないだろ!!」

「まあな。だから俺はあのベルト達をちっとばかし改造した」

「…?」

「犠牲にするもんを軽くしたのさ」

「…それは?」

「血だよ」

「それが、代わりになるのか?」

「まあ、大量だがな。それらをベルトの中で循環させ、フォトンブラッドに変え身体に行き巡らせる」

「…そうすると?」

「出来るってわけだよ。戦うお姫様が。まあ、変身する度面倒な事になるだろうが、な」

「…」

「…まあ、戦えるかどうかはあのガキ次第だがな…」

「…」

「気絶はさせねぇ。最強の兵器として少しは意地を見せてもらうぜ…」

「…良い趣味してやがる…」

…。

25: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:36:59.65 ID:rRiEBhHTO
「センサーに、反応…」

自身が張り巡らせたセンサーに、人間の反応。

だが、今のキューブリカンにはその必要はなかった。

「…あれは…」

数キロ先で突如光り輝いた、赤。

自身が教えられた情報が正しければ、あれはベルトの光によるもの。

「…実験体5号…ん?」

そして自分の機能に狂いが無ければ、センサーに感知された反応が、凄まじいスピードでこちらに迫ってきている。

そのスピードは、虎やヒョウなどのものではない。

それを遥かに凌駕した、獣。

獣というよりは、化け物。

「…来い…!その力を見せてみろ…!!」

それは、かなりの速度で走っている。

「…?」

そして、疑問に思う。

実験体達のスペックはメモリーカードに記録されている。

それ以上も、それ以下も記録はされていない。

だが、このスピードは、聞いていたものとは違う。

「…100m…5.8秒…だがこれは…」

それの二倍、三倍。

それどころではない。

十倍、以上。

「…!?」

だが、気づいた時には既に遅かった。

いつの間にか、目の前まで、それは迫っていたのだ。

26: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:37:51.04 ID:rRiEBhHTO
「ッ…!!」

赤い、レーザー。

弾丸よりも速く、それは自身の中心部を狙っている。

だが、それを避けるには自分の移動速度はあまりにも遅い。

「…ガッ…!」

そして、喰らう。

痛みは記録され、メモリーに植え付けられる。

だが、その記録は更新され続ける。

頑強であるはずの自分の身体が、痛みを訴え続けている。

その痛みを訴えているのは、装甲ではない。

身体の内側。

内側に向かってドリルを突き立てられているような感覚に陥る。

27: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:39:04.30 ID:rRiEBhHTO
「…な…ぜっ…!!?」

赤いレーザーが直撃した後、遥か彼方から来る人影に気づく。

「…キッッ…サマァ…!!」

先程、自身の攻撃から逃げ惑っていた少女。

涙を流し、鼻水を垂らして泣きじゃくっていた弱々しい、人間の子供。

しかしその形相に、先の印象は消える。

鬼のような形相の、突撃。

間違いなく、こちらを攻撃するつもりだろう。

そして、生かして帰すつもりも、毛頭、無いのだろう。

「…!!…!?」

体の自由は最早効かない。

武装の制御も全く効かない。

攻撃はおろか、防御も不可能。

「ガテゾーン…様…!!」

打開策をメモリーから検索するも、結果は0。

ならば、何故彼女の放った攻撃がセンサーに反応したのか。

だが、それを考えた時、自身の敗因を理解した。

ガテゾーンの実験においての、不都合。

変身する為の、条件。

ガテゾーンによる、改造。

血液。

循環。

だが、それは血液。

熱を帯びた、血。

人間の細胞にいち早く反応する己のセンサーの性能をこれ程恨んだことはない。

「申し訳…ありません…!!」

自身が仕える幹部への心痛の念。

それが意味するものは、敗北。

「でえやああああああッッ!!!!」

その言葉を最後に、彼のメモリーは赤く光る記号の刻まれた靴を記録して、その機能を停止した。

28: ◆GWARj2QOL2 2017/01/11(水) 23:40:37.21 ID:rRiEBhHTO
「ハアッ…ハアッ……ハッ…!」

変身直後に己の頭を襲った、激痛。

何かが自分の脳に直接映像をねじ込んできた。

このベルトの使い方。
敵の倒し方。
サポートメカの活用。

それらを無理矢理詰め込まれ、そしてはっきりした視界。

数キロ先まで見え、聴こえる、感覚。

李衣菜は感じ取ったまま、ケースに入っていた付属品のレーザーポインターを取り出し、携帯のカバーらしきもの、ミッションメモリーを装填。

そのまま右足に装着し、携帯のボタンを押した。

流れる音声とともに、標的に向かって、放った。

「ハーッ…ハーッ…」

己の放った攻撃で、灰塵と化したキューブリカン。

誰が見ても分かる、勝利。

だが、李衣菜は困惑していた。

これをやったのが自分だということ。

機械相手とはいえ、命を奪ったということ。

だが、やらなければ、自分がやられていた。

だが本当に、これしか方法がなかったのか。

「ハー…ハー……ッ!?」

変身が解かれると同時に、急激に冷える身体。

まだ想像でしかないが、極限まで吸われただろう、血液。

そのせいか、視界がぼやけ、足元が定まらない。

やがてぐらつき始め、その場に倒れる。

コンクリートの大地に顔を伏せ、力なく身を任せる。

このまま自分は死ぬのだろうか。

そんな思いを抱く。

「…」

あれは幻だろうか。

それとも、現実だろうか。

後者ならば、これ程嬉しい事は無い。

「…」

視界の端に映る金髪の少女に李衣菜はほんの少し微笑み、意識を失った。

第一話 終

35: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:15:16.14 ID:gex3pyg2O
「…」

暗闇の中で、彼女は一人佇んでいた。

「…」

特に何も考えるわけでもなく、ぼおっと、立っていた。

「…」

あまりの現実離れした出来事や、死ぬ程の痛みを味わった事。そして死ぬ程流し、失った血のせいで脳が考える事をやめた。

「…」

もう、このままでも良いと彼女は思っていた。

音楽やアイドルへの情熱よりも、友達よりも最も大事なもの。

「生きる」という選択肢を、彼女は放棄しようとしていた。

このままここで死に直面し続けるのならば。

「…」

いっそこのまま眠るように、と。

「…?」

だが、それを許さない者が、一人。

『なちゃん…』

「…?」

誰だろう、と声のする方向に耳を傾ける。

『りなちゃん…』

その声は努めて優しく、何度も此方側に語りかけている。

『だりなちゃん』

母親が産まれたての赤ん坊に呼びかけるように優しく。

『だりなちゃん』

この世に生まれでて欲しいかのように。

「だりなちゃん」

「!」

36: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:16:06.98 ID:gex3pyg2O
「…」

暗闇に、光が差し込む。

その眩しさに、思わず手で避ける仕草をする。

「…」

そしてそれが、現実である事に気づく。

「…」

目を閉じ続けていたせいか、朝日の光が眩しいだけだということに、気づく。

「…ん…」

身体を起こそうとするも、力が湧かない。

嫌な夢を見たものだと、少しため息をつく。

力が湧かない為、 目だけで周囲を伺う。

そしてあまりの気だるさに、母親を呼ぼうかと考えていた時、その光景が目に入った。

「…あれ…?」

見慣れない、天井。

辺り一面が真っ白な、光景。

情報を仕入れようと、様々な方向に目をやる。

包帯。

消毒液の匂い。

何かの機械。

「…」

恐らくここは、何処かの病室。

それだけは、今の李衣菜にも理解出来た。

そして。

「…え…?」

自分が寝ているだろう、ベッドのすぐ横。

そこに、彼女はいた。

「…あ…」

俯き、涙を流す、金髪の少女。

「…里奈…ちゃん…?」

「…!」

自分の声にすぐさま反応し、顔を上げる。

その表情からは、普段の明るい彼女は見当たらない。

目にクマを作り、泣き腫らした弱々しい、ただの一人の少女だった。

37: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:17:03.34 ID:gex3pyg2O
「…良かったぁ…良かったよぅ…」

自分が起きたことでまた泣き始めた、彼女。

普段のメイクも取れ、多少は違うものの、藤本里奈に間違いなかった。

「…本当、ありがとね…」

「良いのぉ…アタシももっと早く来てあげられなくてごめんねぇ…」

彼女は、衰弱しきった李衣菜を担ぎ、近くの病院まで運んでいた。

しかしそこにもやはり人はおらず、致し方なく病院にあった道具で李衣菜に応急処置を施した。

しかしその程度で治るようなものではないということは百も承知であった。

だが、自分に出来ることは何でもしようと、一晩中李衣菜を看病し続けていたのだ。

泣きじゃくりながらも、必死に李衣菜の手当てを続け、ついには自分の目にクマを作る程にまでなってしまっていた。

つまり、夢だと思ったあれは、夢などではない。

この身で体験した、現実。

「私…何が何だか、分からなくてさ…」

しかし里奈のおかげか、何とか一命は取り留めた。

「…」

だがそれでも、絶対安静には変わりない。

「だりなちゃん。何か欲しいものある?」

「え?」

「何でも良いよ。持ってくるから」

自身の身体よりも、目の前のケガ人を優先する。

その優しさのせいで、既に彼女も幾分か調子が悪そうではあるが。

「…なら、里奈ちゃんがぐっすり寝てくれたら良いかな…」

「そんなの良いよ!アタシ全然元気だもん!」

そう言って、笑顔を作る。

だが、その笑顔は到底笑顔とは呼べない代物。

自身のプロデューサーが見たら、無理矢理にでも仮眠室に連れていくレベルのものだ。

「…里奈ちゃんの身体が壊れる方が、嫌だよ」

「元気元気!ほら、ね?」

心配させまいと、必死に取り繕う。

その姿が、今の李衣菜には一番嫌だった。

「…えっと…」

「あ!じゃあお肉!お肉食べよ!すぐ作るから!」

「あ…」

「待っててね!すぐ戻るから!」

38: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:18:02.76 ID:gex3pyg2O
「…」

手を伸ばしたが、あまりにも弱々しかった為に気づいてはもらえなかった。

里奈は恐らく病院の調理場に向かったのだろうか。

「…」

誰もいないこの世界では、最早あれはダメ、これはダメという事などは言っていられない。

他人の物に手を出すなど、普段の彼女達ならば絶対にしないことだが、背に腹は変えられない。

「…」

しかし、李衣菜が気にしているのは、それではない。

自分の看病の為に無理をし、自身の信条さえも破る里奈の姿に対し、ただただ、申し訳ないという、悲痛。

その身を犠牲にしてまで助けてもらう価値が、今の自分にあるのだろうか。

寝たきりの、静かにしか話せない自分に、そこまでされる価値があるのだろうか、と。

「…情けないなぁ…」

里奈を傷つけさせまいと誓ったはずが、ここまで追い込んでしまうという結果になった。

「…はぁ…」

ため息は幸せを逃す。

分かってはいても、つかずにはいられなかった。

「…」

その上、頭の中とは裏腹に、鳴り続ける、自身の胃袋。

恐らくこれを聴いて里奈は調理場にすっ飛んでいったのだろうと、余計に恥ずかしさを感じる。

だが、ここで不貞腐れて寝ていたところで、何も始まる訳でもない。

第一、里奈にまた心配をかけてしまう。

「…」

まず、お互いが元気になること。

その為に、李衣菜は里奈が戻ってくる間、力が湧かないながらも表情筋に鞭を打ち、必死に笑顔を作り出していた。

39: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:18:57.60 ID:gex3pyg2O
…。

「フン…第一段階は終了というわけか?ガテゾーン」

「どうだかな。何にしても状況が悪過ぎた」

「だがあいつはお前の目論見通り進化したぞ?大事な大事なお仲間を守る為になッ!ひゃははははは!」

「…しかし、ありゃあ驚きだ」

「あ?」

「普通、あそこまで傷つけられりゃ大概のやつは保身に走る。例え対等に戦える力を身につけられても、トラウマに見えちまってな」

「…」

「ところがどうだ。あのガキ、キューブリカンに向かって思いっきり突っ込んできやがった」

「頭のネジでも外れたんだろ。もしくはさし違えてでも倒すか」

「…本当にそうか?」

「…何が言いたい?」

「…本来は、あのキックの威力じゃキューブリカンの装甲には傷一つつけられやしねえ」

「…?」

「だが奴は殺した。一撃でな」

「…どういうことだ?」

「それが奴らの特殊能力、毒だ」

「ほう。毒…」

「毒を体内に流し込み、内側から破壊する。…ある意味、RXのリボルケインに似た部分がある」

「それはつまり…お前の自慢のロボット軍団だろうが関係無いということか?」

「…」

「…」

「…倒せる自信があったから、突っ込んでいったんだろうな」

「…」

「武闘派な姫さんなことだ」

「…」

「…俺の選んだカードは、もしかしたらジョーカーかもしれないな…」

「…他の実験体はどうなってる?」

「今から見るさ。…まだ寝てるバカもいるみたいだが…」

「…」

「…あ?」

「ん?……!?」

「…おいおい、嘘だろ…?」

…。

40: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:19:38.63 ID:gex3pyg2O
「美味しい?だりなちゃん」

「うん。おかげで力が湧いてきたよ」

「そんなすぐ治らないよ!ちゃんと寝てなきゃ!」

「んぐ…」

里奈が戻ってくる頃には幾ばくか冷静さを取り戻した。

彼女は今の自分が一番食べやすいだろうスープを作って持ってきた。

それを老人に与えるかのようにスプーンで掬い、李衣菜の口に運ぶ。

一口一口、ゆっくりと噛み締め、味わう。

血肉を求める己の身体が、美味い、と。もっと欲しい、と。

身体の奥底から訴え、口を自動的に開けさせる。

傷の痛みもいつしか和らぎ、ようやく少しの安心を手にすることが出来た。

「ご馳走様でした」

「エヘヘ…」

食えば、後は安静にするだけ。

今は一刻も早く、傷を治さなければならない。

「何かあったら言ってね?ずっとここにいるから」

里奈はそう言って、ベッドの近くの丸椅子に腰掛ける。

そっちこそ、休んではくれないかという台詞は、言わなかった。

堂々巡りになるだろうということが、分かっていたからだ。

「…ね」

「ん?」

だから、こうするのが一番なのだろう。

「…寒いし、一緒に寝ない?」

「…」

「お互い、早く元気にならなきゃ」

「…ん!」

この世界の今の気温は、恐らく20度を遥かに超えているだろう。

つまり、里奈を思いやった、李衣菜の優しい嘘だということだ。

41: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:20:22.76 ID:gex3pyg2O
…。

「…ッ…」

少女は、焦っていた。

「…ハァ…ハァ…」

起きた場所が、見知らぬ所。

妙なコスチューム。

見覚えのないケース。

何処にもいない、話し相手。

「…ハー…」

ではない。

それにはもう、慣れてしまった。

ならば、何か。

「…」

この、慣れない感覚だろうか。

黄色の線が入った、戦闘服のようなもののせいだろうか。

血の抜けていく、感覚だろうか。

血液が、圧倒的に足りないからだろうか。

「…」

それは、少し。

見たことのない、想像すらしない化け物を相手にしたからだろうか。

力を入れて殴り、蹴り、斬り伏せたからだろうか。

それも、少し。

「…何処だ…」

自分が相手にした、意思を持つロボットが、灰と化す前に話した事。

「…何処にいるんだよ…」

この世界にいるのは、自分だけではない。

自分の友人も、いる。

つまり、今自分の友人はこの世界の何処かにいて、自分と同じ目にあっているということ。

この痛みと恐怖を、味わっているということ。

「…お願いだから…!」

ならばどうか、無事でいて欲しい。

傷一つない、いつものままでいてほしい。

「…だりー!!何処だー!!!」

彼女の名は、木村夏樹。

李衣菜が羨望の眼差しを向ける、楽器を得意としたアイドルである。

42: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:21:09.18 ID:gex3pyg2O
気づいた時には、自分は既に何処か知らない街の中。

平日の深夜でも、早朝でもないというのに、行き交う人の姿は一人としていない。

当初はパニックになってしまったが、彼女の持ち合わせる性格が、少しして冷静さを取り戻させた。

そして先ずは、この世界の情報を把握するべきと歩き回った。

そして、誰かのイタズラでないことはすぐに理解した。

このような犯罪じみたことは、流石に誰もするはずがない。

とは言っても、この仕打ちを行ったのが誰なのかは、皆目検討もつかない。

「…」

歩き回る内に、喉も乾き、腹も減っていく。

自分がまだ死んだわけではないと、実感する。

だからか、尚更辛い。

一人静かな時間を過ごすのは好きだが、ここまで極端な程の孤独感は好きではない。

「…しょーがない…か」

財布があればレジカウンターに置くつもりだったが、それはおろか携帯も持ち合わせていない。

心の中で謝りながら、彼女は近くのコンビニから一番安い水と食料を手にした。

誰もいないのだから、という思いは勿論あるはずもない。

「…バイオハザードみたいだな…全く…」

もしかしたら、今は身を潜めているだけで、夜になれば化け物達が押し寄せてくるのだろうか。

そう思うと、気温の高さに関係なく身震いする。

「…」

改めて、持ち物を確認する。

食料と、水。

そして、誰の物かも分からない、分厚いケース。

スマートブレインという会社のロゴが刻まれたそれは自分が目覚めたすぐ隣に置いてあり、異質な存在感を放っていた。

「…」

中を確認したい思いもあるが、仮に何かの機密情報でもあれば、恐らく自分は見たことを後悔するだろう。

だがそれ以外に持ち合わせているものもある。

両手が塞がっている、という大義名分もある。

「…荷物入れるだけなら、いっかな…」

所詮自分は女子高校生。

小難しい書類の内容など分かるわけもないとケースを開ける。

43: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:21:55.58 ID:gex3pyg2O
「…」

蓋を開けて、一瞬、止まる。

中に入っていたのは、想像していたものとは遥かに違う。

「…何だこれ?」

それはファッションにするにはどうも似合わず、本来のそれの機能性も微塵も感じられないもの。

「…ベルト…だよな…?」

バックル部分には、何かを入れるのだろうケースがある。

それとサイド部分にも、何かをはめるためのものがある。

後ろで止めるタイプのベルトらしく、益々オシャレとは程遠い代物であると感じる。

「…んー…」

ここまで見てしまうと、どうにも気になる。

一番下に入っていた取扱説明書を取り出し、パラパラと捲る。

「…えーと…あ!ケータイ…」

それを読みながら、ケースの中を確認していくと、随分使いづらそうな折りたたみ式の携帯電話を発見する。

それを取り出すと、折りたたむものではなく、スライド回転させて使用するものなのだと気づく。

「…?」

そこにあった画面は、三つのコードの羅列。

これらのコードを押せと言わんばかりに表示されている。

「えーと…とりあえず…」

こういう時、誰に電話をすれば良いのか。

親、友人。

それよりも、もっと現実的な連絡先。

「…110…と」

警察に電話し、救助を求めるのが一番早い。

「…」

呼び出し音は鳴っている。

どうやら普通の携帯電話と同じ機能は持ち合わせているらしい。

「…」

だが、7コール目まで経っても呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。

「…やっぱ、人はいない…か…」

しかし、それは想像の範囲内。

ならば、と家族や友人にかけてみても、結果は同じ。

「…勘弁してくれよ…」

夏樹は力無く項垂れ、携帯を閉じた。

44: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:22:32.26 ID:gex3pyg2O
彼女の精神年齢は、見た目と裏腹に、随分と落ち着いたそれとなっている。

だからか、何かにそのストレスをぶつけることまではしなかった。

「…」

解放感を味わう。

そんな余裕など、勿論ありはしない。

「…どうすれば、いいんだよ…」

自分らしくない。

誰でも良いから、会いたい、話したい、接したい。

寂しさに耐えきれず、涙を流すなど。

「…アタシのキャラじゃ…ないってのに…」

年齢など、関係無い。

ただ、自分が許せない。

自分の弱さを、認められない。

それこそ子供らしいということは、まだ彼女は気付かない。

45: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:23:15.54 ID:gex3pyg2O
「…」

ふと、泣き止む。

そして、神経を研ぎ澄ます。

「…」

何か、こちらに向かってやってきている。

足音、ではない。

戦車のキャタピラのような、駆動音。

「…?」

ゆっくりと、振り向く。

「…!」

そして、目を見開く。

向こうからやってくる、それ。

一目見て分かる、生物ではない形。

「…」

そして、人の為に働くようなものではないだろう見た目。

腕、肩、胸部。

至る所に装備された武器。

武器というより、兵器。

「…誰だ?」

機械だからか、表情は読めない。

会話は可能なのかどうなのかも、分からない。

「…」

こちらに向かってキャタピラを動かすそれは、常に両腕に装備された武器を構えている。

「…誰だって、聞いてんだけどな…」

距離、20メートル。

そこでロボットは足を止め、両腕を一度下げる。

「…」

そして、こちらを見定める。

「実験体6号、木村夏樹、発見」

「…実験体?」

突如言葉を発したそれは、腕をぐるり、と動かし、言い放つ。

「我が名はクライシス帝国怪魔ロボット大隊、ガテゾーン様が最高傑作、ガンガディン!」

「…は?」

46: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:23:58.99 ID:gex3pyg2O
クライシス帝国。
ガテゾーン。
ガンガディン。

自分の人生では恐らく一度も聞いたことはない。

だが、彼は自分の名前を知っている。

そして、実験体6号、とも呼んだ。

「…実験?」

「貴様らはガテゾーン様の実験に選ばれた。名誉ある事だ」

「…」

貴様「ら」。

その言葉に夏樹の眉間に皺が寄る。

「…アタシ以外にも、いるってのか?」

自分が6号ということは、最低でも後5人はいるということ。

「…冥土の土産に教えてやろう。…貴様もよく知る人物達だ」

「…!!」

そしてそれは、自分の知り合い。

ということは。

「…だりー…か…?」

「これ以上はあの世で知るといい。貴様の友人もすぐに送ってやる」

「…泣いてる女に残酷な事言うもんじゃないと思うんだけどな…」

「死にたくなければ変身して戦え。ガテゾーン様からのお言葉だ」

「…変身?」

変身。

読んで字の如く、身を変えること。

勿論、自分にそのような経験も、力も無い。

「おいおい…アタシはアイドルであってヒーローじゃないぜ?」

「ならば死ぬだけだ。所詮貴様はそこまでの人間だったということ」

47: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:24:47.68 ID:gex3pyg2O
そして、再び両腕を上げる。

こちらに照準を合わせるような音が聴こえる。

「…」

もしも、自分以外がこのような目に遭っているのなら。

自分の相棒ともいえる存在の人間が困っているのならば。

ここで大人しく撃たれて死ぬのは、困る。

「…」

もしも経験の無い自分に、その力があるのならば。

その力は、間違いなくこのベルトと携帯。

「…」

自分は武闘派ではない。

避けられる衝突ならば、避ける。

自分が謝って済むのなら、謝る。

ただ、納得のいかない、あまりにも理不尽な問題ならば、それは別だ。

「…おい…」

「…?」

ベルトと、携帯電話。

二つを握り締め、ゆっくりと立ち上がる。

「…アンタらが誰かは知らないし、興味も無いし。どうでもいいんだ。正直」

「…」

ベルトを装着し、向き直る。

「…でもさ、バカだよ。アンタら」

「…何?」

そして、携帯のボタンを押す。

『9・1・3』

「…アンタら、人間の事を知らないんだ」

「…?」

『STANDING BY』

「…知ってるか?」

「…」

「…普段怒らない奴が怒ると、結構めんどくさいんだぜ?」

「!」

『COMPLETE』

48: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:25:27.01 ID:gex3pyg2O
携帯電話をベルトに装填。

直後に自身の身体を襲う、熱。

痛みというよりも、熱い。

だが彼女はそれに歯を食いしばり、拳を握り締め、耐える。

何の犠牲も無く力を手に出来るなど、思ってはいない。

「…ッ…!」

「…」

ガンガディンは、こちらに攻撃をしてこない。

それが彼の余裕からなのか、はたまた実験データを取れというガテゾーンとやらの命令の為なのかは定かではないが。

「…ッ!!…ああああああああアアアアアアッッッ!!!」

ベルトの中心部から、黄色、というより金に近い色の線が夏樹の細部にまで行き渡る。

やがて金色の光が夏樹の中心部から放たれ、彼女を包み込む。

眩しい、という感情はロボットであるガンガディンには存在しないが、人間であれば思わず腕で目を隠す程の光。

「…」

そして、更新された目の前の実験体のデータ。

それは、先程までの人間のデータではない。

常人を遥かに凌駕する、化け物じみたスペックを持つもの。

「…ようやくお出ましか。今度のライダーは随分待たせる…」

49: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:26:01.38 ID:gex3pyg2O
光が落ち着きだし、それは姿を現す。

「…待たせて悪かったな…」

黒を基調とし、金色の二本の線が入った、戦闘服。

肩や膝、拳などに保護用パッドが装着され、頭にはXを模した、黒と金色の兜。

その顔には汗がしたたり、吐く息は熱を帯び、白く煙る。

「…誰かさんに教えてもらってたんだよ。アンタらのぶっ倒し方をさ」

「…ほう。面白い事を…貴様の力では俺に傷一つつけられんぞ?」

「へェ…!!」

「!」

50: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:26:50.52 ID:gex3pyg2O
ケースを手に取り、後ろに跳躍。

「処刑タイムだ!!」

すかさず、両腕のビームを発射。

しかしそれは当たらず、夏樹は近くの建物に飛び移る。

「逃げられると思うな!!」

続いて、肩に内蔵されたミサイルを発射。

「…!」

それを確認し、避けながら、ケースにあった付属品を3つ手に取り、ベルトに装着する。

「…!」

だがそのミサイルは追尾機能を備えており、逃げた夏樹を容赦無く追う。

「ンなもん…!」

付属品の中の一つ。

Xを模った、逆手持ち用の剣を構える。

「効くかッッ!!」

携帯に装着されたミッションメモリーを外し、武器に装填。

『READY』

そして、ボタンを押す。
すると柄部分の穴から黄色い弾丸が飛び出す。

銃と剣。

二つの役割を果たすこの武器も、変身直後に頭の中に無理矢理捻じ込まれた情報の一つ。

その弾丸はミサイルに着弾し、爆発。

「ほう…!だが空中でビームを避ける手段が貴様にあるかな!?」

「!」

地上に目をやると、両腕のビーム砲を構えたガンガディン。

だが、それは夏樹の想定の範囲内。

「…」

携帯を開き、ENTERボタンを押す。

『EXCEED CHARGE』

「!」

空中で身体を翻し、武器から銃弾を放つ。

その弾丸は先程のものとは違い、弾速が遅い。

しかし細かな動作が難しい己の機動力では避けられず、食らってしまう。

51: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:28:50.59 ID:gex3pyg2O
「ム…!」

それは、拘束用の弾丸。

これでは、ビームを放つことが出来ない。

視界には、上空から剣を構え、迫ってくる実験体6号の姿。

「終わりだあああああああ!!!」

「…」

だが、そうしたのは間違いだった。

「…このようなものが…」

ガンガディンには、機動力が無い。

だがそれは、圧倒的物量で戦いを進める為だけではない。

強固な装甲。

そして、圧倒的なパワーを作る為であった。

「このようなものが、俺に効くか!!!」

「!?」

夏樹が斬り伏せんとしたその時。

拘束をいとも容易く解いたガンガディンの右腕が、夏樹の側頭部にクリーンヒット。

あまりにも予想外の出来事に防御が間に合わず、吹き飛ぶ。

何処かの家の外壁に爆発音を上げ、突っ込み、瓦礫の山に埋もれる。

「…」

その中から、彼女が出てくる様子はない。

「ガテゾーン様は気をつけろとおっしゃっていたが…やはりこの程度か…」

瓦礫の山から、彼女が出てくる様子は無い。

己が持つ渾身の力で殴り飛ばした。

常人ならば、首から上が消滅する程のパワー。

いくら底上げされ、アーマーを身につけたとしても、耐えられるものではない。

紙切れのように吹き飛んだ彼女に、ガンガディンは一切の興味を失った。

「…戦闘経験の無い女の子供。実験にもならん」

己の上官を責める気は無いが、実験体にする者があまりにも未熟過ぎると肩を竦める。

「たとえ生きていたとしても、戦える状態でもあるまい。そのまま死ぬがいい」

首の骨が折れたか、意識を失い、瓦礫の山の中で窒息死するか。

どちらにせよ、トドメをさすまでもないと判断したガンガディンは後ろを向き、ゆっくりと移動を開始した。

「RXなど、この俺一人で十分…ライドロンさえ無ければ奴は…」

因縁の相手の名を呟く。

上官であるガテゾーンからの言葉を思い出す。

「この実験で俺の方が使えれば、RXとの決着を…」

それは、焦り。

早く、因縁の相手を倒し、自身こそが最高傑作だと認めさせたいという、思い。

慢心。
焦り。

それこそ、彼の持つ弱点。

自身の本当の弱点を見なかった、それこそが、弱点。

「…?…ムッ!?」

52: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:29:36.04 ID:gex3pyg2O
突然、キャタピラの動きが重くなる。

何かにつかえて移動が出来なくなるほど、自分の足は弱くはない。

「…まさか…」

腹部を見る。

「…貴様…!?」

そこには、金色の線が入った、黒い腕。

後ろに目をやると、ニヤリと笑みを浮かべる、実験体6号の姿。

その顔は、傷一つない。

口を少し切っただけで、全くダメージを受けていない。

「…!当たった筈だ!!」

だが、それは大きな間違いだった。

よく考えれば、おかしかった。

「…」

いくら彼女の体重が軽いと言えど、殴った時の手応えは、まるで紙切れ。

「…まさか…」

「…避ける方法なんてさ、いくらでもあるってことだよ…」

ガンガディンの腕が当たる瞬間。

夏樹は頭を思い切り回転させ、その威力を最低限にまで殺した。

「…やっぱアンタら、バカだよ…」

1tを超える自身の体重。

その自分が今、徐々にだが、持ち上げられている。

「…な、何…!?」

「・・・アタシもだけど・・・なァ・・・!!!」

夏樹の足元のコンクリートに、ヒビが入る程の重さ。

「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛・・・!!」

「は、離せ!!離せ!!!!」

自身のトラウマが、蘇る。

転ばされ、うつ伏せになり、亀のように何も出来なかった、あの時。

それは、敗北のフラグ。

「や…やめろ…!」

「・・・ッラァァァァアアアアアアア!!!!!」

それは、その時よりも酷い、頭部が地面に突き刺さり、視界が真っ暗になるほどのもの。

人間が使う技、ジャーマンスープレックスだった。

53: ◆GWARj2QOL2 2017/01/12(木) 21:30:31.08 ID:gex3pyg2O
「…お、おい!!やめろ!!元に戻せ!!」

両腕をジタバタとさせ、キャタピラを必死に動かす。

しかし地面に深く突き刺さった自分の身体は元に戻ることはなく、ただのオブジェと化してしまっていた。

「…」

『EXCEED CHARGE』

「!?」

見えないが、聴こえる。

コツコツという足音と、熱を帯びた剣を振るう音。

それが意味するものは、処刑。

殺される恐怖を味わわせる立場だった筈の自分が、今それをゆっくりと味わっている。

「ま、待て!!俺にはミサイルが…!」

「そんなとこでやってみなよ。自爆するだけだぜ?」

「…!!?」

地面との距離は、数センチ。

仮にミサイルを発射したとしても、夏樹を狙う前に地面に着弾し爆発する。

その結果ダメージを受けるのは、自分。

残った武器は直線的なものだけ。

為す術は、無い。

「…言ったろ?」

「…!」

いつの間にかすぐ近くまでやってきていることに、その声の大きさで気づく。

「…普段怒らない奴が怒ると、面倒な事になる…ってさ」

「ヒッ…!!」

クライシス帝国、怪魔ロボット軍団の一員、ガンガディン。

RXに破れたものの、もう一度作られ、復活。

その命を再び無駄にした彼が最後に放った言葉は、あまりにも情けない断末魔の叫びであった。

第二話 終

60: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:29:17.02 ID:O8COb7uRO
亀のように動きを封じられた。

上官が見れば、随分間抜けな格好だと笑うのだろう。

「…嫌だ…」

再び訪れる、死の恐怖。

一切の抵抗も許されない、一方的な攻撃。

「嫌だ…!」

死にたくない。

「…助けて下さい…ガテゾーン様…!」

本来は実験体撃破の為のものだが、非常事態と上官へ通信を試みる。

だが、返事は無い。

通信機能が壊れたわけではない。

向こうから、意図的に、切られている。

「ガテゾーン様…!」

それは、分かりやすいまでの切り捨て。

自分はもう用無しという、上官の明確な意思。

選ばれたのは、忠誠を尽くした自分ではなく、無作為に選ばれた人間の子供。

ガンガディンは、その残酷な運命に絶望した。

そして、ロボットである自分に、自殺機能は無い。

ミサイルを撃って、この実験体も道ずれにすることも考えたが、ロボットである自分の身体は、そうしない。出来ない。

「…普段怒らない奴が怒ると、面倒な事になる…ってさ」

「ヒッ…!」

後ろから聞こえる、死神の声。

「来世はもっと人の役に立つロボットにしてもらえよ・・・」

「ヒ…」

「・・・なッ!!」

「…ギャアアアアアアアアア!!!!」

背中から、鋭利なドリルを突っ込まれた感覚。

それは、一瞬で体内を破壊し、突き抜けた。

だがガンガディンがその痛みに苦しむ暇など無かった。

彼は、自分を殺す相手の姿も見ることなく、一瞬で灰と化したのだから。

61: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:30:53.74 ID:O8COb7uRO
「…ハアッ…ハアッ…」

何とか、勝った。

だが、この勝利は、偶然の賜物。

勝因は、相手の慢心。

自分を女子供と揶揄する、彼の浅はかさ。

「…痛った…」

パンチをいなしたといっても、常人なら間違いなく死に至る威力。

最低限といえど、痛みはある。

「…奥歯折れたかな…あ、大丈夫か」

そして、苦しみはそれだけではない。

戦い終わって、クールダウンした身体を襲う、倦怠感。

そして、下腹部の皮膚に来る痛み。

「…こりゃ、ちょっとヤバいかもな…」

腹に、何本も注射をされたかのような感覚。

血を大量に吸われ、違う液体として送り返された。

その血を元にしたエネルギーを惜しげも無く使用した。

「…お…っと…」

低血圧な自分に、この貧血に似た症状はかなり苦しい。

しかし、彼女は倒れるわけにはいかなかった。

「…だりー…」

彼女がその愛称を使うのは、多田李衣菜という少女。

彼女が346プロダクションで最も心を許した、友人。

「…お前も、こうなってるのか…?」

歯を食いしばり、耐える。

「…お前も、何処かにいるんだな…?」

そして、願う。

友人の、友人達の無事を。

「…何処に…いるんだよ…!」

そして、誓う。

「…今すぐ、助けてやる…」

彼女を、助けると。

「…こんな思いするのは、アタシだけで十分だ…」

彼女は、戦わせないと。

「お前は、アタシが守ってやる…」

それは、独占欲にも似た感情。

「お前は、戦うな…!」

その決断は、正しいのか。

彼女がその答えを知るのは、まだ、先。

62: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:31:53.48 ID:O8COb7uRO
「…ん…」

寝苦しいといえど、疲れ果てた身体は何処でもいいから休みたいと訴えていた。

だからか、いつの間にか随分と寝てしまっていた。

「…ん…里奈ちゃん…」

隣ですやすやと幸せそうな寝顔を晒す里奈を揺する。

「…ん…?」

明朝、というわけではないが、もう寝るには長すぎると、彼女を起こす。

本当は気の済むまで寝させてやりたいものではあるが、先の戦闘ロボットの件もあり、油断は出来なかった。

「そろそろ行こっか。とりあえず水とご飯取りにいかなきゃ」

泥棒は良くないという大前提はあるが、命には変えられない。

というより、恐らくこの世界には自分達以外はいない。

だとするなら、許されることかもしれない。

そう自分を納得させ、里奈を起き上がらせる。

「…んー…」

「そろそろ行かないと。また危ない目に遭うかもしれないし」

「…うん」

そして、この時また、妙だ、と思った。

ランニングから見える二の腕。

銃弾が掠め、傷を負った。

それはいつの間にか完治しており、痛みも無かった。

「…」

これがどういうことなのか。

異常な力。
強烈な痛みに耐えた、強靭な身体。
常人の何倍もの生命力。

自分は、既に人ならざるものとなっているのか。

自分が自分でなくなっていく感覚に、思わず寒気がする。

63: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:32:53.06 ID:O8COb7uRO
「ん…汗かいたね…」

暗にシャワーを浴びたいと呟く、里奈。

まだ現実に帰ってきていないのか、寝る前とは違う、少々能天気な事を口にする。

「…」

だが、ベタつく自分の身体に不快感があるのも、事実。

「…」

病院には基本、浴室がある。

それはここも例外ではないだろうと、ゆっくりと立ち上がる。

「…だりなちゃん…」

塞がった傷口を見て、それとなく心情を察したのか、里奈は先程までのように無理に止めることはしない。

「…」

人ならざる者になる恐怖。

それははっきりと分かる程に、彼女達を襲う。

「…里奈ちゃん」

「…?」

「…シャワー、浴びよっか?」

「…ん…」

だが、彼女は笑う。

こういう時こそ笑うべきなのだと、己の感情を殺しながら。

64: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:34:06.35 ID:O8COb7uRO
…。

人のいない、この世界。

そこに集められた、幾人かの者達。

「…あー…」

「…」

「…誰もいねーな…」

「…うん…」

「…何処、行ったんだろーな…」

「…うん…」

「…な…」

「…うゅ…」

「…」

「…」

「…ッ!」

「…」

「ッオイ!!!」

「!」

「いつまでそんなウジウジしてんだよ!!とっとと歩けってんだよ!!!」

「…」

その二人は、20センチ以上も身長の差があり。

「…ったく…」

「…う…」

「…お?」

「…うえぇ…」

「…おいおい…またかよ…」

また、性格にも大きな差がある。

特徴的で、対象的な二人。

「莉嘉ちゃあん…みりあちゃあん…」

ここに来てから泣いてばかりいる、背が高く、顔は幼い子供のようなギャップを感じさせる容姿、諸星きらり。

「いい加減泣き止めっての…しょげてたって始まんねーだろ…」

それを不器用ながらも必死で慰める、強気な顔立ちに、性格もまたそれに準ずる元暴走族、向井拓海。

彼女達は同じ場所で目覚め、自然と行動を共にするようになっていた。

65: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:35:31.22 ID:O8COb7uRO
「…なんたってアタシとコイツが…アタシは恨まれる覚えあるけどさ、お前はねーだろ?」

「…きらり、何もしてないにぃ…」

「…だろーよ…」

180を遥かに上回る身長。

その性格に似合わない、自分よりも広い肩幅。

自分が喧嘩してきた相手の中にもここまでの者はいなかった。

そう思える程の出で立ちにも関わらず、普段の彼女を知っているせいか、どうにも今の格好は不自然に見える。

紛争地にでもいそうな、女性兵士のような服装。

自分はともかく、争いとは無縁だろうきらりにはアンバランスさを醸し出すような格好だった。

「…だけど、誰かにやられたってわけでもなさそうだな…何かの組織か?」

拓海はこの状況下においても、持ち合わせた勇敢さで立ち向かっていこうとする。

「…分かんない…」

しかし、隣はそうではない。

「…いいか?こうなっちまった以上、アタシらは戦わなきゃならねぇ。相手だって何人いるか分からねぇんだ」

その時は手を貸せ。

そこまでは言わず、察しろと言わんばかりにきらりの背中を叩く。

「…」

強い力で叩いたわけではないが、びくともしないその反応に少々たじろぐ。

「…」

恵まれた体躯。

拓海はそう思ったが、それはあくまで戦いの場においての話。

アイドルとして、可愛い者としての場ではそうでもないのだろうと、考えるのをやめた。

66: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:36:34.48 ID:O8COb7uRO
「携帯も持ってねーし、誰一人いやしねぇ。もう頼れるのは相方と、コイツだけだ」

そう言って、握り拳を見せる。

幾度も、人を殴ったのだろう。

発達した、傷だらけの手の甲。

「…ケンカはだめだにぃ」

「背に腹は変えらんねーだろ。ここまで来たら覚悟決めろ」

本来、大人しいきらりを巻き込むのは己の信条に反する。

だが、もしも相手が何十人も、何百人もいたとしたら。

その時は、流石に守れる自信は無い。

現実的に考えて、無理がある。

だからこそ、彼女にもそれなりの用意はして欲しいという拓海なりの気遣いではあるが。

「…」

「…」

育った世界が違い過ぎる彼女にその事を分かってもらうのには、無理があるというものだった。

67: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:38:15.89 ID:O8COb7uRO
「…」

「…」

同じ346プロダクションのアイドルではあるが、ほぼ初対面。

しかし、気が合わないというわけではない。

しかし、共通する話題があるわけでもない。

元来は、人見知りで、寂しがりやなのだろう。

普段は明るいらしいきらりは、こちらが話しかけない限り口を開かない。

借りてきた猫のように大人しくなってしまった彼女に拓海は何度か話題を振ってはみたのだが、反応は悪い。

恐らく、心を開かれていないのだろう。

「…」

自分の過去の事を話したわけではない。

だが、二、三話しただけで萎縮されてしまった。

「…話題が悪かったか…?」

彼女に聞こえないよう、一人呟く。

普段と違い、無理をして、自分が好きなものの話題を振ってはみた。

バイク。
ツーリングに最適な場所。
武勇伝。

「・・・」

思い返して、ようやく分かった。

人は、背伸びをするものではないと。

68: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:39:26.80 ID:O8COb7uRO
「…なあ、諸星」

「…?」

「…そういや…これ…」

それは、李衣菜達と同じ、スマートブレインのケース。

最も、彼女達はまだ李衣菜達のことは知らないが。

「…これよ。もしかしてアタシらに渡されたってことはねーか?」

「…?」

「おかしいだろ。たまたま攫われて、たまたま起きた所にたまたまコイツが落ちてるって。しかも二人ともだぞ?」

「…そうだけど…でも、何だか怖いにぃ…」

「怖いって…っつーかお前のは白なんだな。アタシのは黒なのに」

「…」

「…なあ」

「?」

「…中、開けてみるか?」

「!だ、だめだにぃ!」

「何でだよ。わざわざこれ見よがしに置いてあったやつだぜ?どう考えても使えって事だろ」

「…もしかしたら、爆弾があるかもぉ…」

「んなギャグねー……いやあるか?」

「…」

共通する話題といえば、と考えた時、手に持っていたそれを思い出した。

これが仲を取り持つアイテムだというのが、どうにも癪に障るものがあるが。

89: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 22:23:02.44 ID:O8COb7uRO
 

「…い、良いか…?開けるぞ…?」

「…!」

先のきらりの心配。

あながち、間違ってはいないのかもしれないと、慎重にケースの蓋に指をかける。

自分の後ろに隠れようとするきらりに、この身長差でそれは何の意味もないと訴えてやりたかったが、それどころではない。

蓋を開けたと同時に、思いっきり逃げる。

そうすれば、最悪の事態は防げるだろう。

しゃがみながらもつま先で立ち、まるでクラウチングスタートのような姿勢。

第三者が見れば、間抜けな姿だろう。

「…い、いくぞ…!」

「う、うん!」

「3…2…1…うりゃっ!!」

「うきゃっ!!」

「…」
「…」

開けた瞬間、目を瞑り、後ろに跳ぶ。

そして、驚いたことが二つ。

「…あ…?」

「…」

まず、驚いた時に跳んだ距離。

これはギャグ漫画ではない。

にも関わらず、あり得ない距離をひとっ跳びで叩き出した。

「…な、何だ?」

「…そういえば、体…軽いね?」

言われてみればと感じ始める、違和感。

いつもより、身体が軽い。

無重力空間にでもいるかのように、まるでバッタのように跳べる。

「…」

それなりに武勇伝はあるものの、このような身体能力は身につけていない。

「…っつーか、爆弾じゃなくねーか…?」

そして、ケースの中身。

自分の手元に落ちていた黒いケースを開けてみたが、そこにあったものは爆弾ではない。

「…ベルトと…携帯と…んだこりゃ。何かのおもちゃか?」

剣らしきものの、柄。
鍔もあるが、肝心の刀部分が無い。

「諸星。お前のは?」

「ん…」

拓海のケースに特に害が無かったことから、多少は余裕が出たのか自らのケースも開ける。

「…」

「…ん…?」

きらりが持っていた白ケース。

そこには、やはりベルト。

しかし、拓海のものとは少し違う。

 

90: undefined 2017/01/15(日) 22:25:25.36 ID:O8COb7uRO
 

「…拳銃か?」

「…そう…かも…」

拳銃の持ち手のようなものが、一つ。

それをしまうホルダーのようなものが初めからベルトにセットされており、拓海のものよりも少し簡易的なベルトとなっている。

「…」

それぞれのケースに入っていた取り扱い説明書を取り出し、見る。

隅から隅まで目を通す拓海のその様子を、きょとんとした目で見るきらり。

「…んだよ。何かおかしいか?」

「な、何でもないぃ…」

言いたい事は分かる。

決して頭が良さそうには見えないのだろう。

きらりは間違ってもそれを口に出すような人間ではないが、この意外な姿に呆気に取られたのだろうか。

「こう見えてな、成績は悪かねーんだよ…」

喧嘩さえ強ければ良し。

それは、拓海の生き様とは違う。

「やることはやる。テメーの我儘通してーなら通すなりに義務を果たすんだよ」

「…」

思っていた人間では、ない。

失礼かもしれないが、拓海の見た目ではそう思われるのも無理はない。

最も拓海はその色眼鏡を払拭する為に勉学に勤しんでも、いたのだが。

70: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:41:51.75 ID:O8COb7uRO
「…で、だ…」

「なぁに?」

その質問の仕方に若干心を許し始めたのだろうと、気づかれないよう笑みを浮かべる。

「…?」

「あ、あー…こいつはな…なんつーか、えーと、とどのつまり…」

「…どうしたの?」

「…ほら、ヒーローとかって、変身するだろ?分かんねーけど…」

「…んー…うん!」

「…それ、だな」

「…それ?」

そういった類のものに興味を示したことはなかった為、話すのに多少の気恥ずかしさがある。

「…いわゆる、変身グッズってやつだな。おもちゃだよ。お・も・ちゃ」

「おもちゃ…なの?」

「おお。…何だか拍子抜けだな。誘拐されて手渡されたモンが子供向けのおもちゃかよ…」

一切の興味を失ったと、ケースを足で追いやる。

これで、事件解決への道が無くなってしまった事に、失望した。

「…この携帯、使えないかなぁ?」

「どーやって使うんだよ。そんなもん」

「…」

画面を見る限り、3ケタの数字を入力するのが主な使い方なのだろう。

3ケタ。

それならばと、警察へと連絡を取る。

「…あ、そっか。110か…いやでも使えねーだろ……使えてんのか?」

「…ん、うん!繋がってるよ!!」

「マジか!?……え…っつーこと…は…」

「…」

「これ…マジなやつか…?」

「…んー…」

「…どうした?出ねーのか?」

「…うん…」

「…そうか…」

ふりだしには戻った。

だが、少なくともこの携帯は使える。

それが分かっただけでも、解決への道は開いた。

「…ま!とりあえず行くか!」

「…うん!」

71: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:42:52.35 ID:O8COb7uRO
…。

「…こりゃあ、期待度高いぜ。あいつら。まさかガンガディンをやっちまうたぁな…」

「ふん!あんなポンコツよりも俺の部下の方がよっぽど使えるがな!」

「…だが、ガンガディンは一度はRXを倒した。…ま、今回はあいつのバカさ加減のせいだがな」

「だから!だ!…俺の兵隊をだな…ここいらでだな…?」

「そんなことよりだ」

「そんなことよりって何だ!!俺だって選りすぐりの怪魔異生獣をだな…」

「…あの二人だ。どう思う?」

「どう思う…?お前まさかこの後に及んでどっちが良いかとかじゃないだろうな!?」

「違う」

「…。なら、こうだな。あのデカいのは、戦闘向きじゃない。もう一方は、逆だ」

「ああ、そうだ」

「…だから何だ?そもそもあのデカい方は…」

「…あいつには、ちっとばかし特別なベルトを持たせた」

「…何なんだ?」

「ありゃあ変身するのに苦しんだりはしねぇ。誰でも変身出来る、まさに人間専用のベルトだ」

「…地球は、そこまで科学力が進んでいるのか?」

「…まあ、副作用もあるがな」

「副作用?」

「ああ。だが、それはアイツにとっちゃあ、ある意味良い効能になるだろ」

「…?」

「こいつを見ろ。ライダー達の情報だ」

「…。…。……!」

「…楽しみだぜ。どうなるのか、な…」

「…良い趣味してやがる…」

「…さて…」

「…」

「…「あいつら」にゃあ、とっておきの怪魔ロボットを送ってやるか…」

…。

72: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:43:48.15 ID:O8COb7uRO
「あー!気持ち良かったー☆」

「そうだね。でももう行かなきゃ」

「ん!…でも、無茶しちゃダメだよ?」

「…無茶しなくて済むならしないよ」

「んー!!」

自身に起きたことを簡易的に里奈に説明した。

すると彼女の顔はみるみるうちに青くなっていき、李衣菜の身体に異常がないか細かく調べた。

「まずは生き残らなきゃ。いつまでも逃げてられない」

対等に戦える力はある。

ならば、最悪戦うという選択肢がある。

「…アタシも、戦う」

「?」

「アタシにもあるもん!これ!」

「…」

そう言って自分のケースを突き出す。

まるで子供が駄々をこねるようなその仕草に苦笑するしかない。

だが、今の追い詰められている状況で、これ程助かるものはない。

「ありがと。でも無理しないでね」

「…お互いに…ね?」

「…」

「…ね?」

「…うん」

やられた、と思った。

これでは、自分も中々無理は出来ない。

そこで、思い出す。

彼女は、自分よりも年上だったことを。

73: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:44:38.37 ID:O8COb7uRO
自分達は、一体何処に向かっているのか。

相変わらず分からないまま、真っ直ぐ進む。

だが進み続ければ、果てはある。

その果てに、何が待っているのか。

行けば、それは分かる。

「ね、だりなちゃん」

「ん?」

「…おかしいね?」

「…ん?」

「…一人だと不安なのに、二人だと、何処までも行けそうな気がする!」

「…私も、そう思う」

もしも帰る事が出来たら、どうなるだろうか。

短時間であるにも関わらず、二人の絆はかなり深くなった。

それこそ、本来の相方にも匹敵するかもしれない。

「…」

「…!ね、だりなちゃん!!」

「どうしたの?」

「あれ!あれ見て!!」

その時、突然里奈が足を止め、ある方向を指差す。

「…あ…」

74: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:45:43.47 ID:O8COb7uRO
そこにあったのは、大量の灰。

風もあまり吹いていないここで積もりに積もっているそれは、どう考えても自然に出来たものではない。

「…あれって…」

記憶の中を探る。

自身が倒した、ロボット。

灰と化し、今のあれと同じような状態になった。

だが、ここはその時の景色とは違う。

近くの建物は違う上、あのロボットが放った銃弾の後もない。

「…アタシ達以外にも、いるっぽい?」

「…かもね」

それが意味するもの。

まだ、犠牲者がいるということ。

「…」

どうかこれが、その者の身体でないことを祈る。

「…実験って言ってたけど、何の実験なんだろ…」

「…分かんにゃい…」

実験だとしたら、何を持って成功、終了なのか。

「…私達が、死ぬまでやるってこと?」

「…」

考えたくはないが、あり得ない話ではない。

人間が新薬の開発の為にマウスを使って実験する時もそうなのだから。

「…」

「…」

空気は、重い。

軽口を叩けるような空気ではないと、里奈も口を噤む。

「…!」

「!」

そして、その答えを知っているかもしれない者は、すぐにやってきた。

75: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:47:49.68 ID:O8COb7uRO
「…」

がしん、がしんと。

前に聴いたロボットのものとは違う、はっきりとした足音。

恐らく二足歩行だろう。

「…来たよ…」

「…」

前回ならば、最悪逃げることは出来たのかもしれない。

だが、今度は違う。

「…」

後ろを振り向く。

堅牢な装甲。

一目で分かる、機械の身体。

今までと違うのは、その脚。

指先まで作り込まれた、両腕。

「…あれ、アシモ?」

「…あんなアシモ、苦情来るよ…」

そのロボットは真っ直ぐこちらに向かってきている。

彼もまた、クライシス帝国に作られたロボットなのだろう。

「…」

そしてそれはやはり少し離れた位置で止まる。

「…我が名は…」

「クライシス帝国のロボット…でしょ?」

「…フン。ならば分かるだろう。俺は怪魔ロボット大隊、最強のロボット!メタヘビー!!」

「…さ、最強って…」

「…前の奴も、言ってたよ…」

台本でもあるのかと疑うような自己紹介。

戦いの前に随分余裕なものだと、感じる。

76: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:48:56.48 ID:O8COb7uRO
両拳をがしんと合わせ、その力を見せつけるようなポーズを取る。

そのメタヘビーの姿は、キューブリカンとは全く違う。

「…ロボットなのに、武器無いの?」

「…武器?」

武器、という単語を聞いた瞬間、鼻を鳴らすようなポーズを取った。

そのような感情を表す機能もあるのかと、驚いた。

それはまるで中に人でも入っているのではないかと思ってしまう程。

「武器などと…弱い者が使うもの。そのようなものは必要無い!!」

その身体に、遠距離用の武装は無い。

近接格闘用に作られたのだろう、フットワークも軽い。

李衣菜は里奈の前に出て、そして後ろを振り向くことなく話す。

「…里奈ちゃん。隠れてて」

「え!?い、嫌だよ!アタシも戦う!」

そして、必死に作る。

「…大丈夫だよ」

「だりなちゃん!」

作った顔を、里奈に向ける。

「…すぐ、帰って来るからさ?」

「…」

精一杯の笑顔。

作りきれていないからか、半分しか見せられない。

「だりなちゃん…」

ただ、信じて欲しい。

そして、どうか傷つく選択肢は選ばないで欲しい、と。

77: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:50:35.69 ID:O8COb7uRO
「…」

ベルトを装着し、携帯を開く。

今度はスムーズにコードを押す。

『STANDING BY』

「…」

あの痛みには慣れることはないだろう。

だが、死ぬことよりも。

自分以外の誰かが、友人が傷つくことに比べれば。

それは、蚊ほどにも感じない。

「…変身」

『COMPLETE』

腹に剣山を突き刺されるような感覚。

「ッ…」

そして、赤く光出す。

それに歯を食いしばり、耐える。

「…」

心配している里奈の顔は、見ずとも分かる。

「…ッッッ!!!!」

直後に来る、熱。

啖呵を切ったことを後悔する程の痛み。

だが、クールダウンした身体には丁度良い。

やがて、あの光が全身を包み、視界が一瞬真っ赤になる。

そして、一瞬で消える。

「…!」

眩しい光に目を閉じた里奈。

目を開けると、再び驚愕。

78: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:51:56.07 ID:O8COb7uRO
「…」

黒の、赤い一本の線が末端にまで入った戦闘服。

至る所をカバーする、アーマー。

Φの文字を模った、兜。

「…行くよ」

それは、出会った当初の李衣菜ではない。

まごうことなき、戦士の姿。

「…良いだろう…かかってこい!!」

その姿に、両腕を広げ、好きに殴れと行動で示す。

「…!」

望むところと、メタヘビーに向かって一直線に走る。

「…でぇぇぇぇえええええ…!!!」

右腕を振り上げ、左腕を脇に構える。

腰を捻り、左足を思い切り地面に叩きつける。

「…ッやああああああああ!!!」

捻った腰をそのまま勢い良く元に戻し、さらに足の力を加える。

「ッ!!」

車の衝突音のような音に、耳を塞ぐ里奈。

「…」

それ程までの威力の、渾身の右ストレート。

コンクリートブロックなど豆腐のように砕け散るだろうそれは、メタヘビーの胸部、人間でいう心臓部分に綺麗に当たった。

「…」

どうだ、と。

思い知ったか、と。

李衣菜はメタヘビーの顔色をうかがおうと、彼を見上げる。

「…え…?」

79: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:53:03.95 ID:O8COb7uRO
「…」

そして、目を見開く。

先程の、人を小馬鹿にしたポーズ。

メタヘビーは、そのポーズでもって、李衣菜に答えていた。

「…嘘…」

「…嘘…か…」

額然とする李衣菜に、あえて振りかぶらず、手首部分だけを可動させる。

そして、そのまま李衣菜の顔を叩いた。

「ブフッッ…!!!」

それだけで吹き飛ぶ、李衣菜の身体。

「だりなちゃん!!」

思わず叫ぶ、里奈。

「…ったぁ…」

「だりなちゃん!大丈夫!?今すぐ…」

その計算外のイレギュラーに、すぐさま対応しようとケースに手を掛ける。

「里奈ちゃん!!」

「!」

しかしそれは、李衣菜の制止によって、止められる。

「…大丈夫だよ…」

口の中が切れたのか、溜まった唾液とともに血を吐き出す。

「…こんなの、蚊にさされたくらいだよ…!」

何ともない。

そう訴える。

しかし。

「そうかそうか…ならば」

「!?」

「…この蚊にも刺されてみるか?」

「…!」

立ち上がろうと、見上げた時、太陽の光が見えなかった。

「…地の果てまで…」

そこにあったのは、パーではない。

「ヤバっ…」

「吹き飛べ!!」

「!ングッッ…!?!??」

力強い、グーだった。

80: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:55:41.76 ID:O8COb7uRO
「だりなちゃん!!」

李衣菜は本能的に、咄嗟にガードをしていた。

だが、メタヘビーはお構いなしにとその拳を振るった。

捻じ込まれた機械の拳は、李衣菜のガードをいとも簡単に突き破り、そのまま顔面を的確に捉え、そして吹き飛ばした。

「だりなちゃん!!!だりなちゃん!!!」

瓦礫の山に埋もれた李衣菜に、起き上がってくる様子はない。

「だりなちゃん!!」

真っ直ぐ顔面を捉えたそれは、避けようがなかった。

「無駄だ。RXならばともかく、俺のパンチをあのように食らって立ち上がる者はおらん」

「だりなちゃっ……」

「所詮人間の子供。貴様らごときでは肩慣らしにもならんわ」

「…」

「安心しろ。貴様もすぐに…」

「…」

「…?」

呆然とする、里奈。

メタヘビーに背を向け、その表情は分からない。

「…ム…!?」

だが、感じた。

得体の知れない何かを、感知した。

それは、実験体5号、李衣菜ではない。

「…実験体8号…藤本里奈…」

81: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:56:41.43 ID:O8COb7uRO
ぞくり、とした。

「…」

思わず、後退りをする。

「…ざけんなよ…」

「ム…?」

強さや、そういったものの類ではない。

巨大な蛇のようなものが、足元に這いずり回ってくる不気味な感覚。

「…調子に乗ってんじゃねぇよ…」

「…貴様…」

そして、振り向く。

「…」

こめかみに、青筋。

眉間に、皺。

だが、最も大きく変わったもの。

それは、目つき。

先程までの綺麗な瞳ではない。

どす黒く濁った、三白眼。

「…成る程…5号よりも期待出来そうだ…」

「…そんな死にたきゃ、今すぐぶっ殺してやるよ…」

まだ誰も見たことのない、里奈の我慢の限界を超えた顔。

「…面白い…!」

優しく、明るい、彼女の本気。

拳を鳴らし、ケースから取り出したベルトを勢いよく腰に巻く。

「…」

『3・1・5』

だが、それを許さない者が、いる。

82: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:57:45.56 ID:O8COb7uRO
「!」

「!?」

突如、里奈の背後から飛んできた赤い弾丸。

それはメタヘビーの顔の中心を捉え、彼も思わぬ方向からの攻撃に堪らずたじろぐ。

「…な、何だ…!?」

「…」

後ろ。

瓦礫の山に、目をやる。

「…まさか…」

そこには、銃となった携帯を持つ、右手。

「…勝手に、終わらせないでよ…」

「…何…だと…?」

そして、瓦礫の中からゆっくりと出てくる。

「…だりなちゃん…」

「…里奈ちゃん。顔」

「え…?」

激怒を表す里奈の顔を、元に戻せと指摘する。

上半身が血塗れの自分が言えた事ではないが。

「…笑顔。そんな顔してたら笑顔出来なくなっちゃうよ」

「…った…」

「…?」

「…良がっだぁ…」

李衣菜の生存を確認出来た瞬間、ふにゃり、と崩れる里奈の表情。

笑顔ではないが、先程の顔よりはマシだろうと、ぽんと彼女の肩に手をやり、再びメタヘビーの前に立つ。

「…何故だ…何故俺のパンチをまともに食らって立ち上がれる…!」

「…さぁ…?…案外フェミニストなんじゃない?」

鼻から、口から、頭からポタポタと出ている、血液。

本当は意識を保つので精一杯ではあるが、冗談を言うことで余裕さを醸し出す。

そして焦るメタヘビーを尻目に、携帯のコードを押す。

『1・0・6』
『Burst Mode』

そして、銃モードとなった携帯を構え、撃つ。

「!?」

今度は足元。

続いて顔。

交互に、チャージしながら的確に撃ち続ける。

その戦法に足を取られ、転ぶ。

「き、貴様…!」

「…武器は禁止?」

「…ッ!」

「…悪いけど私、か弱い人間の女の子なん…でっ!」

そしてまた顔を撃つ。

今度は、何度も何度も。

殴られた恨みを、晴らすかのように。

83: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 21:59:09.69 ID:O8COb7uRO
「…」

メタヘビーが怯んでいる隙に、左腰に装着されたカメラに、ミッションメモリーを通す。

そして横のボタンを押し、握り部分を展開、右手に装着。

「…」

携帯のEnterキーを押し、構える。

『EXCEED CHARGE』

「…グッ…今度は…容赦せんぞ!!貴様ァ!!」

腹部から血を吸われ、毒として循環され、右腕に、カメラに流し込まれる。

「…」

出血量のせいで脳が麻痺しているのか、痛みは少ない。

「…」

涙を流す里奈も、一切目を逸らさないと見開く。

「…」

滴り落ちる血を見て、思う。

正直、この戦いが終わったら死ぬかもしれない。

「…ッ!!」

「ヌウッ!!」

だが、そうなったとしても、どうか彼女には笑顔でいて欲しい。

「だぁぁぁぁぁああああああありゃああああああ!!!!」

「ヌゥオオオオオオオオ!!!!」

まだ巻き込まれているだろう犠牲者の為に。

その為の糧となれるのなら、喜んで命を捧げられる。

だが、今はとりあえず。

「ガッッ…!!?」

目の前の敵を倒す。

ただ、それだけ。

84: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 22:00:27.73 ID:O8COb7uRO
「…ッ!!ぁぁぁぁぁぁああああああアアアアアアッッ!!!!」

クロスカウンターのようにメタヘビーのパンチを避け、腹部に拳を捻じ込む。

しかしこれだけでは効かないといつのは分かっている。

だからこその、一撃。

「…!!?」

Φの文字が、メタヘビーの身体を貫く。

貫かれた体内が、破壊されていく。

「ン゛ン゛ン゛……!!」

「!!?」

「……ダァッッ!!!」

そして、駄目押しと言わんばかりに渾身の力でそのまま吹き飛ばす。

地面に叩きつけられたメタヘビーは起き上がろうとするが、それが出来ない。

「!?」

起き上がれない。

灰化していく脚が、自分の体重を支えきれない。

「…こ、こんな…こんな…ことが…!!」

続いて、手が崩れていく。

「…な、何故…!貴様のような小娘に…!!」

「…」

崩れに崩れて、ついに上半身のみとなる。

最早見上げることでしか李衣菜と目を合わせることは出来ない。

「…」

そんなメタヘビーに対し李衣菜はゆっくりと、足をあげる。

「…!」

「…失う物の、違いだよ」

「…貴様ァァァァァアアアアア!!!」

そして、ゆっくりと、じっくりと。

死ぬ恐怖を最大限に味わわせながら、踏み潰していった。

85: ◆GWARj2QOL2 2017/01/15(日) 22:01:23.82 ID:O8COb7uRO
長いようで、短かった戦いが終わった。

変身が解け、そして力なく倒れかける。

「だりなちゃん!!」

すんでのところでキャッチした里奈によって助けられたが、それでどうにかなる状態ではない。

「…あー…血、出し過ぎたぁ…」

「だりなちゃん!無理しないって…約束したのに!!」

汚れることも気にせず、己の衣服を破り、李衣菜の頭に巻く。

「すぐに手当てして…あとお肉お肉…!」

「…あはは…」

肉を食えば何とかなる。

まるで漫画のキャラのようだと、笑う。

里奈に抱えられ、再びあの病院へ行くのだろう、思いっきり走られる。

揺れるので、もう少し控えめに走って欲しかったが、それを言う気力も体力も、今の自分には残ってはいない。

「…あ」

「?」

だが、ここである問題が解決していないことに気がつく。

「…そういえば、さ…」

「…うん…」

「…敵の情報、聞くの忘れてたね」

「…あ」

第三話 終



91: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:45:14.71 ID:9jOuoerRO
…。

機械が立ち並び、様々な武器、兵器が貯蔵されている、彼の部屋。

「~♪」

最強の兵器を作り上げる為、彼はそこで日夜研究を続けている。

「~♪」

だが、そこに辛さは無い。

「…そしてェ…こいつ…だっ!」

何故なら、彼はこの仕事が好きだからだ。

「…ふむ…。悪くねぇな…」

自身が強者と認めた、ある男を倒す。

そして、最強の兵器を作り上げる。

この二つが、彼の夢。

その夢が叶えられるだろう環境。

彼は、毎日が楽しくて仕方がなかった。

「…しかしこっちのベルトは…仮面ライダーってぇのは人間を守る為に作られたもんじゃねえのか?」

しかし、彼には地球を征服するという本来の仕事に対する興味は無かった。

「…怪人、あるいはそれに近いモンしか変身出来ない…」

たまたま、自身の目的がそこに関係していただけ。

「…これじゃあ、まるで人間を滅ぼす為のモンじゃねえか…。このままじゃあ、使えねえな…」

彼はクライシス帝国に愛着など無い。

ただ、強者を倒したい。

自身の科学力を、実力を示したい。

「…しかし、アイドルだけあって良い外見してやがるな…」

だが、そんな彼もマッドサイエンティストとまではいかない。

「…おっとこりゃ失礼。マリバロンにビンタされちまう…」

そんなニヒルで掴み所のない、クライシス帝国幹部、ガテゾーン。

彼はとある実験の為に、少女を9人、そして。

「…ライダー…ねぇ…」

9人のライダーの力を、奪い、自身の部屋へと連れていった。

92: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:46:10.09 ID:9jOuoerRO
「全く…飛ぶわ跳ねるわ手間取らせやがって…」

決して彼の実力が凄まじいというわけではない。

だが、彼の強みはそれではない。

「…ま、人間の知識ならこの程度、か…」

天才的な頭脳と、圧倒的な科学力。

人工的に作られたライダーの力を解析、攻略するのに時間はさほどかからなかった。

「こいつには…そうだな…これなんかお似合いじゃねえか?」

己の欲求を満たすには事足りないと上官に文句を言ったが、そこで彼は実験の核心部分を教えられた。

「…人間の子供。それも女。そいつらが相手なら南光太郎は手出し出来ねぇ…」

打倒、仮面ライダーBlack RX。

その為の、第一段階。

究極の兵器を、作り上げる。

「ライダーには、ライダーの力…甘ちゃんなアイツにゃあ、最も効果のある方法だぁな…」

第二段階。

各々の実力テスト。

「その為だけに、俺らの兵隊を復活させろってか?…ま、どっちが有能か決めるならそれが一番早えか…」

そして、第三段階。

「…そして、こいつらが生き残った場合…」

ベルトの機能をコピーし、ガテゾーンなりに作った、4枚のカードと、5本のベルト。

それらを彼女らに分け与える。

そして、その手には、小さなリモコン。

「…こいつら全員を、洗脳。出来なきゃ、爆発させる…か」

彼のレンズに映し出される、可愛らしい寝顔。

「…あのシャドームーンでさえ、最後にゃ情を見せやがった…。…いくら洗脳したところで…」

サイボーグである自分には分からない、感情。

「…この作戦、期待は出来ねぇぞ?マリバロン…」

自身の経験から恐らく使うことになるのだろうと感じる、爆発スイッチ。

93: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:46:54.18 ID:9jOuoerRO
「…」

机に置かれた、二つのアイテムを見る。

それもまた、あるライダーから奪ったもの。

「…解析は完了。ウチの兵隊にも応用は出来る…」

自分には感情が無い。

そういうわけではない。

「…人間を手中に収め、兵隊として活用。…それじゃあ…」

クールな彼にも存在するもの。

「…それじゃあ、俺の力が足りねえって、言ってるようなもんじゃねえか…!!」

それは、怒り。

自身の作るものではRXを倒せないと暗に示された事に対する、怒り。

プライドを傷つけられた事で、彼の腹は心底煮え繰り返っていた。

「…俺の科学力こそが、一番頼りになる…」

机に置かれた二つのアイテムを手に握る。

「…それを証明してやる…」

眠るアイドル達を尻目に、歩を進める。

そして棚の後ろにあるスイッチを押し、隠し部屋に入る。

「…お前らこそが、最強だと、証明してやる…!」

そこには、二体の怪魔ロボット。

「デスガロン…」

その左手首に、腕時計型の、加速アイテム。

「…ヘルガデム…」

もう一方の背中には、トランク型のアイテム。

「…これで、こいつら全員、そしてRXをぶっ倒せ」

彼が自信を持って作り上げた、二体のロボット。

彼の本当の思惑を知るものは、まだいない。

…。

94: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:47:39.49 ID:9jOuoerRO
「…で」

「?」

「…アタシら、こんなことやっててバチ当たらねーか?」

「…うん…」

「…当たるよなぁ…店の奴に会ったら土下座で済むか?」

「いっぱいいっぱい謝ったら、許してくれゆ?」

「…そんだけ食ってりゃ、許してもらえないかもな…」

「う…」

この世界に来て、恐らく一日が経過した。

その間、きらりと拓海は休みを挟み、ひたすら歩き続けた。

金銭は持ち合わせていない為、何かを購入することも出来ず、ほとんど飲まず食わずで過ごした。

気温は30℃に近く、歩くだけで汗はとめどなく溢れる。

消費されるエネルギー。

供給は、無い。

次第に口数も減っていき、歩行速度も著しく低下していった。

鳴り続ける腹を押さえても、身体は訴え続ける。

「なぁ…諸星…」

「…なぁにぃ…?」

「…アタシら、死んじまうのかな…?」

「…」

最早、道を探すどころではない。

「…何も知らずに、誰にも知られずに、死んじまうのか…?」

「…」

死にたくはない。

だが、それだけはしたくない。

「…」

何度も、頭を過った。

だがそれは、人に迷惑をかけると、考えないようにした。

「…一日二日で、解決すると思ってたのになぁ…」

「…」

「…流石に、この年で死にたくねぇなぁ…」

「…そうだにぃ…」

「…」

「…」

もう、どうにでもなれ。

そう考えた彼女達は、ゆっくりと立ち上がり、目の前にあるコンビニへと重い足を運んだ。

95: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:48:23.34 ID:9jOuoerRO
「冷静になって考えれば、おかしいんだよ。どれもこれも」

「…人、いないし…」

「それだけじゃねぇ。本来なら、今は冬の筈だ。にも関わらずこの暑さだ」

「…ここ、日本?」

「標識もそこに置いてある本も日本語だろ。日本じゃなかったら何処だよ」

「…」

来た時から考えてはいた。

「意図的にここに連れてきたってことは…だ…」

「…」

今の季節、こんな夏場のような場所は日本の何処にもありはしない。

「…もしかしたら、ここ全体、何処かの実験場だったりしてな…」

「…」

非現実的ではあるが、それを否定する要素は、無い。

寧ろ、そう考えるのが打倒かもしれない。

「飲み食いも、服装も、環境も自由。…こんだけの規模のものを作れるなんざ、とんでもない奴らがいるってことだ…」

「…もしかしたら、監視されてるかもぉ…」

「…あり得ねー話じゃねぇな…」

この状況でも冷静にいられるのは、仲間がいるおかげだろう。

彼女達は、まだ憶測の域を超えていないが、着実に答えを導き出していた。

96: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:50:10.14 ID:9jOuoerRO
「…このベルト…」

腹を満たし、喉を潤し。

改めて自分達の持ち物を確認していく。

「…」

使い方は、学んだ。

だが、これをどんな目的で使用するのか。

何の為に、使うべきなのか。

「…」

「…」

「変身用ツール…しか書いてねぇ」

「うん…」

「…お前が思う、変身って…何だ?」

「…」

自分が過ごした中で思う、それ。

特撮や、漫画。

その中で見てきた、変身。

「…悪い人を、やっつけるために…」

「…」

「…人間のままじゃ、勝てないから…」

「…アタシも、そう思う…」

自分達だけでなく、恐らく大多数の人間がそう思うだろう。

そう考えれば、これの使用する為の条件や状況は想像に難くなかった。

「…つまり、だ…」

「…」

「悪い野郎共が、アタシらを狙ってる。…それを迎え撃つ為に…」

「…」

「これを、使う…」

「…」

「…っつー…実験って訳かよ…」

今はこうして、構えているだけではあるが。

その時はいつか、必ずやってくる。

「…こりゃ、やらなきゃやられるってやつだな…」

「…」

戦わなければ、生き残れない。

助かりたければ、元に戻りたければ。

幾多の屍を、踏み倒せ、と。

97: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:50:50.55 ID:9jOuoerRO
「…お前も、覚悟決めろよ」

拓海はそう言って、きらりを見る。

「…」

そんな彼女は、こちらに目を合わせようとしない。

戦う選択肢など無い。

はっきりとではないが、感じ取れるその意思表示。

「…そうかよ…」

これが自身を慕う昔の仲間なら、勇んで立ち上がったものだが。

「…アタシも、無理は言えねー。…けど、どこまでお前を守ってやれるか分かんねーぞ…」

「…」

臆病者だ、と。

以前の彼女なら、そう怒鳴ったかもしれない。

だが、世間を知った今の彼女には、それをすることが出来なかった。

本来は、「これ」が普通なのだと分かったからだ。

98: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:52:18.97 ID:9jOuoerRO
…。

「ガテゾーン」

「?…こりゃジャーク将軍。どうしたんで?」

「作戦は順調か?」

「…まあ、ぼちぼち…ってぇとこか…ね」

「…今回、お前には十分な働きをしてもらった」

「…」

「きっと大首領閣下も喜ぶだろう」

「勘弁してくれよ。俺はただRXを倒したいだけだぜ」

「…この実験に、我らクライシス帝国50億の民の命がかかっている」

「…」

「…それを忘れてはならん」

「…それが、これですかい?」

「む…」

「結局俺らの兵隊じゃあ、俺らだけの力じゃどうにも出来ねぇ。アイツの弱みを突かなけりゃ勝てねぇ。そういうことですかい?」

「…そうではない。だが…」

「俺がやりてぇのは、圧倒的な力を持った兵隊でもって、RXを倒す。それだけよ」

「…」

「…確かに、悪くねえ作戦だとは思うさ」

「…」

「…だがな、何の抵抗もねぇ相手を一方的に痛ぶって得る勝利なんざ、勝利とは言わねぇんだ」

「…ガテゾーン…」

「…俺は認めねぇ。こんなやり方なんざ…」

「…」

「…実験体5号。多田李衣菜」

「…555の力を得た子供か」

「アイツが本来使うだろうアイテム。確かにあれがありゃあRXでも見切れねぇスピードを得る事は出来る」

「…!」

「…そんな簡単にゃあ、使わせねぇよ」

「ガテゾーン。…まさかお前は…」

「…俺の兵隊なら、もっと上手く使えるさ。…まあ見てな」

「…」

「それでアイツらが死ぬなら、所詮そこまでってことだ。あのまま戦わせたところでRXにゃあ傷一つ負わせられねぇ」

「…」

99: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:53:05.76 ID:9jOuoerRO
「ガテゾーンよ」

「…何だ。説教なんざ聞かねぇぞ」

「そうではない」

「…」

「…マリバロンの大叔母の話は知っているな?」

「…百目婆ァのことか?」

「…例えクライシス帝国の裏切り者としても、我らの仲間だ」

「…珍しくマリバロンが庇ってやがったな。もう少し冷酷な奴かと思ってたが」

「…つい先程、奴は、死んだ」

「…あ?」

「実験体を助けようと、己の身を捨てた」

「…おいおい…」

「…私にとっては、クライシス帝国の民の一人だった」

「…」

「お前もその一人だ。ガテゾーン」

「…」

「犠牲は付き物なのかもしれん。しかし私は…」

「やめてくれよ」

「…」

「俺達はロボットだぜ?チップ一枚残りゃあ何とかなる存在だ」

「…」

「俺らに情なんざかけられても困るってもんだ。ましてやこいつらもな…」

「…」

「…さて、前は逃したが…今度は付き合ってもらうぜ…8号…」

「…」

「デスガロン!」

「…ガテゾーン…」

…。

100: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:53:59.17 ID:9jOuoerRO
「だりなちゃん…」

あの壮絶な戦いから李衣菜は、里奈から出された物、全てを食らいに食らった。

そしてひとしきり食らい、腹も膨れた後、熊の冬眠のように眠りについた。

元気な証拠だ。

思わず笑っていると自分の胃袋も鳴り出し、食事にありつく。

それから、数時間。

「…」

ふと、目を覚ます。

どうやら少し眠っていたらしい。

油断出来ないこの状況で二人とも眠りにつくのは良くないと頭を振り、目をこする。

「…」

そして、見る。

「…!」

あれ程血を流し、傷を負い。

骨も折れた可能性があった、彼女の小さな身体。

「…やっぱり…」

いつの間にか傷は癒え、きめ細かい柔肌へと戻っていた。

「…」

いつしか護身用と思い手に取った、病院内にあった器具。

「…」

自傷癖など、持ち合わせていない。

「…」

メスを持つ手が震える。

「…ッ…」

痛いのは嫌だ。
その指を離せ。

そう、脳が訴える。

だが、確かめなくてはならない。

そして、見なくてはならない。

101: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:54:51.37 ID:9jOuoerRO
「…ッッ!!」

切れ味の鋭いメスが、己の腕に切り込みを入れる。

「…痛ったぁ…!!」

切った所から、じわり、と痛みと血が溢れてくる。

心臓の鼓動に合わせ、痛みを訴えてくる。

少し切っただけというのに、この激痛。

「~~!!!」

だが、彼女はそれ以上声を出さない。

何故なら、これ以上の痛みに耐えた者が、隣にいるからだ。

「…!!」

李衣菜に被せていた布団の端を持ち、本能的に噛む。

それで痛みが解消されるわけではないが、必死に噛み付く。

もう一方の手で傷口を押さえ、耐える。

「…!!」

その間、数十秒。

「…」

もう暫くすると、痛みが徐々に薄れてきた。

「…!」

初めは太い何かが腕にめり込んでいるような痛み。

そして次は、それが針が刺さっているような痛みに変わる。

最後には、爪楊枝で突かれているような、微かな痛み。

「…」

おそるおそる、手を離す。

「あ…」

そして、目を疑う。

「嘘…」

パックリと割れていた、切り傷。

それが縫われているかのように、綺麗にくっつき始めている。

「…」

血は既に止まり、痛みも薄れた。

そして、気づいた。

李衣菜に、喧嘩の経験は無い。

そんな彼女が、あれ程までに打たれ強い訳がない。

つまり、立ち上がれたのは彼女の持ち合わせた精神力などではない。

李衣菜はあの瓦礫の下で、確かに意識を失い、戦闘不能に陥っていた。

しかし、その驚異的な生命力と、回復力がそうさせなかった。

直ぐに彼女に意識を取り戻させ、立ち上がらせた、ということだ。

102: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:55:32.44 ID:9jOuoerRO
「…」

呆然とする。

「…あはは…」

そして、笑う。

「あははは…」

否、それは笑みではない。

「…あは…」

零れ落ちたそれは、涙。

「…」

渇いた笑顔は直ぐに崩れ、彼女は静かに泣いた。

「…」

最早、人ではない。

自分は、人の領域を超えた。

それは、超人などというものではない。

これは、ただの化け物。

「…」

誘拐され、取り残され。

戦わされ、化け物にされ。

その現実に、只々涙を流した。

「…嫌だぁ…」

早く、帰りたい。

早く、助かりたい。

早く、元に戻りたい。

「…もうやだよお…」

絶望。

極限状態。

そこに、いつもの明るい彼女は、いなかった。

「…!」

だが、そんな彼女達には、束の間の安息すら許されていなかった。

103: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:56:14.76 ID:9jOuoerRO
「…」

鼻を啜り、目をこすり、耳を澄ます。

前にも聞いた、駆動音。

機械が歩く、音。

「…」

絶望に打ちひしがれ、諦めかけていても、それは容赦無く自分達を狙う。

「…」

だが、そんな中でも、李衣菜は笑った。

自分よりも遥かに辛い目に合った彼女は、笑った。

「…だりなちゃん…」

自分を、同じ目には遭わせない。

その一心だけで、年下であるはずの彼女は血みどろの戦いへと足を踏み入れた。

「…ごめんね」

ならば、今の自分は何か。

ただ、泣きじゃくるだけの、足手まとい。

「…ちょっと、待ってて…」

それは、嫌だ。

「…少ししたら、戻るから…」

彼女だけに、重荷は背負わせない。

何故なら。

「…だって…」

彼女は。

「…お姉さんだから…!」

104: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:56:54.95 ID:9jOuoerRO
「…」

李衣菜を起こさぬよう、外に出る。

そして、自身が持っていたケースを開く。

李衣菜のものとは違う、ベルトと携帯電話だけのセット。

それが何を意味するのかは分からない。

「…」

だが、やるしかない。

しかしこれは、怒りの感情ではない。

誰かを守りたいと願う、優しさ。

『3・1・5』

「…弱音なんか、吐かないよ…!」

その言葉は、李衣菜に向けてのものなのか。

それとも、目の前にいるサイボーグに向けてのものなのか。

「…ほう。この俺を前にして逃げんとは…」

人間の身体をそのままロボットにしたかのような、外骨格。

昆虫のような顔に、背中についた蜘蛛の脚にも似た、それ。

自分達とは違うものの、ベルトを携えている。

「…」

左手首に、見覚えのある記号が刻まれたもの。

「…俺は一度、死んだ。ガテゾーン様、ジャーク将軍の命に応えられず…」

「…」

「だが今度は違う。このデスガロン、今度こそ作戦を成功させ、ガテゾーン様の期待に応える!!」

「…もう、何が来ても驚かないよ」

「…実験体8号、藤本里奈」

「…」

「残念ながら貴様はここで終わりだ。5号、多田李衣菜とともに」

「…」

105: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:57:43.53 ID:9jOuoerRO
「終わりかどうかなんて、知らないよ。始まったのかも分かんないのに」

「…」

右手に持った携帯電話を握る。

携帯電話から鳴るこの音は、変身しろという合図なのか。

だが、里奈はそれをベルトに装填しない。

「…」

「…戦ってあげるから、教えて」

「ム…?」

「そっちが何者なのか。何でアタシ達がこんな目に遭わなきゃいけないのか」

「…フム…」

「…」

「…貴様が俺に勝てたら、話してやろう」

「…あっそ…」

それは、ある意味、自分を叱咤しているとも言える返答。

助かりたい、元に戻りたい。

その欲を、全力で自分にぶつけろという、彼の答え。

或いは、ただの余裕。

「…」

どちらにせよ、今の里奈を動かすには。

「…変身…!」

それだけで、事足りた。

106: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:58:23.55 ID:9jOuoerRO
「…ッ…!」

李衣菜も味わったのだろう、痛み。

腹部から、末端神経へと繋がる、高熱。

そして、無理矢理脳に詰め込まれる、情報。

「…!!!」

だが、彼女が耐えたのならば。

自分も、耐えよう。

何てことはない、と、笑ってみせよう。

「…ッ!!」

何故なら、自分は、お姉さんなのだから。

「…ァアアアアッ!!!!!」

「…!」

107: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 20:59:06.21 ID:9jOuoerRO
「…」

大量の蒸気が、上がる。

デスガロンの目にも、彼女の姿が確認出来ない。

赤外線で見ても、全てが赤。

それだけで、どれ程の事が起きたのかが分かる。

「!」

そして突如、白い蒸気の中から突き出された、腕。

白く、青紫の線が入った、アーマー。

そして、その手に持った、逆手持ちの剣。

「…」

やがて蒸気はかき消え、彼女は姿を現した。

「…ほう…」

「…」

肌の露出部分は少なく、体のほとんどをアーマーが覆っている。

唯一出ている顔。
青紫に輝く瞳。

背中にはジェットパックが搭載され、飛行機能を伺わせる。

「…やはりベルトの仕組みが違うようだな…」

「…ッ!」

「ムッ…!」

108: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:00:48.41 ID:9jOuoerRO
瞬間、飛んだ。

その速度やジャンプ力は、脚によるものではない。

「…成る程…RXとはまた違った楽しみを…!」

笑うデスガロンを見下ろしながら、遥か上空を飛行し、そして直ぐに構える。

「…」

逆手持ちの剣の柄を持ち、そのトリガーに指をかける。

「…まさか!?」

そして、容赦無く発射される、光弾。

「…ッ!!」

それはこちらの足元を的確に捉え、着弾。

威嚇射撃などではない。

「ぬおっ!?」

その連射力に耐えられず、崩れる足場。

自身が戦った相手とは全く種類の違う戦法。

「やる…!」

データでは、素行の悪いような情報は無かった。

しかし、彼女は間違いなくこちらの足場を狙った。

その証拠にこちらが体勢を崩した瞬間に、急降下で向かってきている。

「…戦いに、慣れているな…!?」

そしてそのまま、手に持った剣で、デスガロンに激突。

「ヌガッ…!!」

突進力と、その剣の鋭さ。

ガードはしたものの、たじろぐ。

「…貴様…!」

「…ラァッ!!!」

間髪入れず、頭部に膝蹴り。

「オラッ!!!」

そして、そのまま倒し、頭突き。

そして、殴る。

「…!!」

右、左、右、左。

交互に、思い切り、振り抜く。

「…ッ!!」

その連撃に、混乱する。

正統派な戦いを挑んだ「彼」と違い、一切の隙も与えない戦い方。

109: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:01:34.10 ID:9jOuoerRO
「…!」

拳の往復が終わったかと思うと、次は首。

首に両手をかけ、ヘッドロックの要領で捻じ曲げてくる。

恐らく自分の装甲に耐えかねて、首をへし折るのが一番早いと踏んだのだろう。

事実、その選択は正しい。

「ぶっちぎってやるよ…!!」

「…この…!」

その一見荒々しい戦法は、何一つ無駄のない、洗練された戦い方。

だが、それが通じる程、自分は甘くない。

「調子に…」

背中の爪を、器用に動かす。

そして、一直線に振り下ろす。

「!」

「乗るなッ!!!」

その標的は、里奈の背中。

110: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:03:10.02 ID:9jOuoerRO
「がっ…!!」

背中の丁度真ん中。

そこを鋭利な刃物で突き刺された。

痛みよりも先に来る、熱さ。

「失せろっ!!」

突き刺さしたそのまま、彼女を投げ飛ばす。

その拍子に爪は抜け、放物線を描いて彼女は飛んだ。

「…」

ここで様子見。

以前のデスガロンなら、そうしたのかもしれない。

だが、今は違う。

地面に激突しそうな状態の里奈にも追いつく、脚がある。

「ガテゾーン様…!力をお借りします…!」

左手首に巻かれた、腕時計型のアイテム。

そのボタンを押し、構える。

『START UP』

「…」

111: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:03:57.63 ID:9jOuoerRO
里奈の身体が、浮いた。

そうではない。

少しずつではあるが、落ちていっている。

時間が、ほぼ止まった世界。

しかし、その中で一体、我が物顔で動く者。

「…何ということだ…!この力さえあれば、俺は無敵ではないか…!」

デスガロンによって起こされた、世界。

今ここで、たったの10秒間ではあるが、彼以外は全てがスローモーションになる。

「フフ…」

残り7秒。

しかし、余裕を持って里奈に近づける。

「子供のくせに、楽しませてくれた…」

まだ、近づくこちらに気づいていない。

気づいたとしても、対処は出来ない。

「だが、貴様らでは役不足だ」

ゆっくりと、背中の爪を彼女の胸に合わせる。

「その程度の力でジャーク将軍の配下になろうなど…」

そして、ゆっくりと、沈み込ませる。

「…恥を知れっ!!」

『TIME OUT』

「…」

そして、里奈がようやく気付いた時には。

「…え…?」

その爪は、彼女の胸から背中にかけ。

「…あ…」

「…この俺に立ち向かったその気概は褒めてやろう…」

しっかりと、突き刺さっていた。

112: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:04:37.00 ID:9jOuoerRO
「…ゴブッッ…」

行き場を失った血が出口を求め、一番近い、喉、そして口から溢れる。

痛み、苦しみ。

そんなものを感じる間もなく、里奈の視界は真っ白になった。

「…」

瞳孔が開いたことを確認し、爪を引き抜く。

「…圧倒的過ぎる…これならRXも…!」

そして、通信の向こう側でガッツポーズをしているだろう上官に向かい、喜びの感情を露わにする。

「ガテゾーン様!私は今無敵の力を手に入れました!!今すぐ残りの実験体の首もここに揃えてみせましょう!!」

これで、役に立てる。

汚名を返上出来る。

何より、自分に再びチャンスをくれた上官に恩返しが出来る。

「待っていろRX…南光太郎…!」

あまりの喜びに、彼は冷静さを失った。

その為か、彼は気付いていなかった。

「…」

ゆっくりと、それでいてしっかりと。

「…」

「…む…?」

「…」

「…な…」

「…」

「…何ィ!!?」

まるで何事も無かったかのように、立ち上がった里奈の姿に。

113: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:05:23.19 ID:9jOuoerRO
「…何?ゾンビでも見た?」

先程と変わらない顔色と、身体。

貫かれた穴は塞がり、瞳は再び輝きを取り戻している。

だが、自分は間違いなく彼女の心臓を貫いた。

瞳孔が開いたことも、確認した。

「な、何故だ…!何故生きている…!?」

「…」

「殺した筈だ!!なのに何故貴様は立っている!!?」

「…さぁ?」

口の中の鉄の味が嫌なのか、しきりに唾液と共に吐き出す。

しかし彼女自身も、何故こうなったのか、全く分かっていない。

予想外の事態に驚いているのは、どちらも同じ。

「…!ならば何度でも!貴様を…!」

「おっと…」

混乱の中、慌てて放った攻撃が当たるわけもなく、里奈はそれを避け、上空へと飛び立った。

「…!だが、そこも俺の距離だ!!」

しかし、自分には遠距離用の武装も積まれている。

「これで…」

背中から光線銃を取り出し、彼女に照準を合わせる。

「終わりだ!!」

そして、放つ。

それと同時に、彼女の連射も始まる。

「ぐ…!ぬおおおおおおお!!!」

しかし、一発ずつの銃と、雨霰のように降り注ぐマシンガンの差は歴然。

手に持った光線銃は弾かれ、そして背中の爪にも当たる。

だが流石に疲れたのか、こちらにクリーンヒットする事はない。

「ぐ…ならばァ!!」

だが、今の彼にはもう一つ、武器。

「今度は逃がさん…貴様が死ぬまで何度でも貫いてやる!」

「…女の子にそんなこと言うとかサイテー…」

左手首のアイテムに手をかける。

それさえあれば、時はまた止まる。

例え上空にいたとしても、10秒もあれば自分はたちまち殺されてしまうだろう。

だが、里奈は余裕の表情を崩さなかった。

「今度こそ…」

その瞳が見ていたのは、デスガロンではない。

『EXCEED CHARGE』

「終わッ…!」

114: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:06:09.66 ID:9jOuoerRO
その音声に、振り向く。

すると、後ろから黄色い弾丸が迫っていることに気づく。

気付いた時には、目の前数センチ。

避けられない。

「!?」

そして、喰らう。

「ぬ…お…おっ!?」

恐らくは、フォトンブラッドによる拘束。

放ったのは、自身のすぐ後ろに居た、もう一人の実験体。

「実験体6号…木村夏樹…!」

「一応名前で呼んでくれんだな。ありがとよ」

「…これしき…!」

力を振り絞る。

解けない拘束ではない。

「オオオオオッ!!!」

両腕を、無理矢理広げる。

そして紐を引きちぎるかのように、解いた。

「…」

どうだ。
そう言わんばかりに夏樹を見る。

「例え止められたとしても、一瞬!これしきの力で…」

だが、彼女の反応は想像と違う。

「…フッ」

「…?」

笑っている。

それは、本当の余裕。

死を覚悟したそれではない。

「…何が…」

「…」

すうっと、夏樹の腕が上がる。

そして、一方向を指差す。

「…!!」

それは、自分の後ろ。

「しまっ…!!」

夏樹が自分を止めたのは、一瞬。

たったの、一瞬。

だが。

「…一瞬で…」

『EXCEED CHARGE』

「貴様らッ…!!」

「…十分…」

後ろを、振り返る。

そして見える、青白いエネルギーを纏った、剣。

「!!?」

115: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:06:56.26 ID:9jOuoerRO
咄嗟に、両腕で防ぐ。

しかし、それはガードなど意味の無い技。

「ン゛ン゛グッッ!!?」

里奈の放った一撃が、デスガロンの腕、そして胴体を切り裂いていく。

猛毒。
高熱。

耐熱性のあるサイボーグであるはずの自分が耐えられない、一撃。

「…」

そして、振り抜かれる。

身体を真っ二つに裂かれ、切断された箇所から灰となり、空に撒かれていく。

そして、胸像と変わらぬ姿と成り果て、地に落ちる。

「…」

「…」

里奈と、夏樹。

両者に見下ろされる。

「…こんな…」

『…』

「!」

その時、自身の耳に入る、通信。

腕の無い上半身はまだ、通信機能を失ってはいなかった。

「…ガテゾーン様…!」

『…』

「…申し訳…ありません…!」

それでも彼は、助けを求めることはない。

無念、と。

潔く死を受け入れる、と。

その謝罪の言葉に様々な意味を込めた。

『…すまねぇな。デスガロン…』

「!」

しかし、謝罪の言葉をかけたのは、向こう。

それは、何故か。

『…俺ぁ、どうやらとんでもないもんに手を出しちまったらしい…』

「…!?」

『…そいつらは…』

「…」

『…死んでからが、本番だ』

「!!?」

116: ◆GWARj2QOL2 2017/01/19(木) 21:07:36.67 ID:9jOuoerRO
…。

「…」

今は朝なのか、昼なのか、それとも夕方なのか。

日差しはあるが、カーテンも閉められていた為、判別出来ない。

「…ん…」

ゆっくりと、身体を起こす。

「…」

傷が治っているのは、もう見慣れた。

「はぁ…」

起きたそこは、いつもの家だった。

そんな事はなく、ちゃんと寝た場所で目を覚ました。

「…ふわぁ…」

口の中は渇き、喉の調子も良くない。

「ハイ」

「ん…」

左頬に、少し冷たい感触。

「…あ…」

「水。欲しいでしょ?」

「…ん、うん。ありがとう…里奈ちゃん…」

「えへへ…」

冷た過ぎず、ぬるくもなく。

今の自分に丁度良い温度の水分。

彼女はそれを自分に渡し、また再び椅子に腰掛けた。

「…」

「…里奈ちゃん…」

「ん?」

「…おはよ」

「…」

「…」

「…おはよっ☆」

その笑顔は、とてもにこやかだった。

第四話 終

120: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:09:14.38 ID:Eh+ERF6CO
デスガロンのモニターと、通信を通して観た、その光景。

死んだ筈の里奈が、起き上がり、再び戦った。

「…」

死して、オルフェノクとなった者達、専用のベルト。

「…何でだ…?」

彼がこのままでは使えないと、切り捨てた機能。

「何で…」

思えば、実験体5号、多田李衣菜の時もそうだった。

自分の何倍もの威力のある拳を、まともに受け、瓦礫の下敷きになった。

「…あの時も、一度は死んだ…ってのか…?」

捨てた筈の機能が、戻っている。

「…どういうことだ!!」

121: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:10:02.98 ID:Eh+ERF6CO
「…」

思わず、壁を殴る。

鉄よりも硬い壁に、拳がめり込む。

「…」

焦るガテゾーンを、ただ見つめる上官、ジャーク将軍。

「…」

彼もまた、仮面ライダーを研究し続けていた者の一人。

昆虫の力。
自然の力。
機械の力。
最先端の力。
そして、神秘の力。

様々な物から、彼らは生まれ、そして戦いに身を投じた。

「…ガテゾーンよ」

「…ぁんだよ…」

「これはあくまで推測だが…」

違いはあれど、彼らは一つの目的の為に戦っていた。

「奴らは長い年月、戦い続けた」

それは、正義。

揺るぎない、信念。

曲げることのない、真っ直ぐな思い。

「その思いは、消えぬのかも、しれんな…」

「…」

「お前があの子供達と、ライダーを選んだのは、無作為ではない」

「…?」

「…運命だったと、いうことかもしれぬな…」

「…」

「もうすぐここにダスマダーがやってくるだろう」

「…失敗の責任者…ってか?」

「…お前はマリバロンの所に行くが良い」

「…」

「マリバロンの今の心中は、私よりもお前の方が分かるのだろう」

「…将軍…」

「…」

「…すまねぇ…」

「…」

122: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:11:01.30 ID:Eh+ERF6CO
「…さて…」

杖で床を一度、叩く。

するとモニターが別視点へと変わる。

「…」

それは、実験体達の姿でも、怪人達の姿でも、ましてや幹部達の姿でも、ない。

「…フム…」

意図的なのかどうかは分からないが、砂嵐が舞っている。

「…全体像までは分からぬが…」

細かい形までは見えない。

分かる特徴は、黒。

全身が黒に染まった、何か。

「…RX…ではない…」

呼んだ覚えのない、それ。

「…」

肩や肘、膝、足。

鋭利な棘のようなものが生え、禍々しさを演出させている。

彼の通る場所はすぐさま燃え盛り、木々を一瞬にして消し去る。

「…」

密偵から一報を受け、見てみたものの。

「…此奴は一体…何者なのだ…?」

自身のライダーの知識に、このようなものはいない。

というより、ライダーには見えない。

「…この姿…」

ライダー、正義のヒーローというよりも。

「…まるで悪魔ではないか…」

本来存在しない筈の者が、ここにいる。

正体不明のそれに、ほんの少し寒気を感じる。

「…」

それと同時に、一つ。

「…もし奴がライダーの一人だとしたら…」

この黒目の異形の戦士が、ライダーだとするならば。

「…怪魔界に来たライダーは、他にもまだいるということか…?」

…。

123: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:11:49.62 ID:Eh+ERF6CO
「ン…」

里奈から出された水をゴクゴクと飲み干していく。

ジュースが飲みたいという贅沢は最早言わなかった。

生きているだけで、良い。
欲を言えば、全て元に戻ること。

それ以上の贅沢は望まない。

「プハッ…ありがと…」

「えへへ…でもさ、お礼はアタシじゃないんだよー?」

「え?」

空のペットボトルを捨てにいくからと手を差し出し、渡す事を促す。

だが、これを持ってきたのは里奈ではない。

ならば、誰か。

「…え…?」

周囲を見渡し、すぐに気付いた。

「あ…」

病室の扉。

そこに、彼女はいた。

特徴的だった髪型は崩れ、ストレートになっているが。

それでも、見間違えることなどない。

それ程、彼女の顔を見てきたのだから。

「…」

彼女は此方と目が合うと、フッと笑みを浮かべ、右手を軽く上げることで応えた。

「…よっ」

124: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:12:32.10 ID:Eh+ERF6CO
「…」

軽い。

いつも通りの、軽い挨拶。

だが、それは最も彼女らしい、挨拶。

「…なつきち…」

「辛気臭い顔すんなよ。今更、さ」

「…」

「…」

「…ん?」

その時、ようやく。

李衣菜の緊張は解け、溜めに溜めたものを一気に吐き出させた。

125: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:13:14.83 ID:Eh+ERF6CO
「お、おいおい…ただでさえ暑いんだから抱き着くなって…」

「うえぇ…なつきちぃ…」

たったの、数日。

しかし李衣菜は、何年も過ごしたような、会えなかったようだと子犬のように夏樹に抱き着く。

「だりー、もう大丈夫だからな。アタシが守ってやるから」

子供をあやすように李衣菜の頭を撫で、優しく受け止めるその姿に、リナの顔も綻ぶ。

「…しかし里奈もいたなんてな…おまけにそっちもコイツ持ちかよ…」

「夏樹っちもそうだったんだねー…でも夏樹っちがいなかったらヤバかったよー…」

ケースをお互いに見せ合い、そしてお互いの出来事を確認する。

しかし、その行動よりも、李衣菜は気になることがあった。

「…え?ヤバかった?」

「あ、ヤバ…」

「おいおい…」

その言葉は、今は禁句。

タイミングが悪いと、口を押さえる里奈に、李衣菜が詰め寄るのは、何となく予想がついた。

126: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:13:58.54 ID:Eh+ERF6CO
「…」

頬を膨らませ、怒りの感情を表す。

「めんごめんご…だりなちゃん起こすの可哀想かなーって…」

「…」

「ほら、アタシも守られてばかりじゃ…ね?」

「…」

むすっとはしているが、事実一人だけの力ではどうにもならない。

だが、戦わせたくない。
彼女に傷をつけたくない。
犠牲は自分だけで良い。

そう誓っていた、独りよがりな部分もあった。

「…なあ。里奈、だりー」

「?」

「?」

そんな二人のやりとりを見て、不意に夏樹が口を開く。

「お前らも、そのベルトを使ってるんだな?」

「え…」

「う、うん。っていうか夏樹っちに助けてもらったし…」

「…そうか…」

李衣菜と、里奈。

二人の出来事を夏樹に、事細かに説明していく。

「…」

それを目を閉じ、止めることもなく、彼女は黙って壁に持たれ、聞いている。

「…」

最も、里奈は自分が一度死んだかもしれない出来事に関しては誰にも話していない。

というより、話せない。

それを話せば、真っ先に李衣菜がパニックになる事は分かっているからだ。

「…」

しかし、それを除いた内容でも、夏樹の眉間には皺が寄っている。

「…」

そして、聞き終わると同時に肩を落とし、軽い溜息をつく。

「…なつきち?」

そして、目を開ける。

「…もう良い」

「え?」
「?」

その場に仁王立ちし、こちらを真っ直ぐ見据える。

「…夏樹っち?」

「ベルトを渡せ」

「え…」

「え?」

127: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:14:44.81 ID:Eh+ERF6CO
木村夏樹。

普段は物静かで、多くを語らない。

自己主張も少なく、周りを見て的確に判断を下す。

「もう戦うな。特にだりー。お前はダメだ」

「え…」

「な、夏樹っち…?どうしたの?」

しかし、一度決めた事は中々譲らない頑固な一面も、持ち合わせている。

「こんな思いするのは一人だけで良い。お前らまで苦しむ必要なんか無いんだ」

そう言って、手を差し出す。

それはベルトを渡せという、夏樹の意思。

「な、なつきち…?何か変だよ…?」

「変でも何でも良い。これがアタシの出した結論だ」

その瞳は、いつもの輝き。

純粋な、彼女の気持ち。

真っ直ぐ過ぎる、その眼差し。

それが正しいという、彼女なりの結論。

「…嫌だよ…」

「…」

「そんなの…嫌だ…」

「…だりー…」

だが、その気持ちは、李衣菜達も同じ。

自分以外を戦わせたくない、守りたいという気持ち。

「なつきちだけが傷ついて、私達は何の苦しみも無いなんて、やだ!!」

「李衣菜!!」

「!」

128: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:15:21.92 ID:Eh+ERF6CO
あだ名でなく、名前を呼ぶ。

その真剣な表情に、思わず李衣菜も後退りをする。

しかし、李衣菜にも譲れないものはある。

そんな二人の衝突の真ん中でおろおろとする里奈。

感動の再会も束の間、彼女達は互いの思いをぶつけ合っている。

自分一人を犠牲にする、夏樹。
それに近い、李衣菜。

「…」

「…」

睨み合いがしばらく続いた後、夏樹は少し目を閉じた。

「…」

「…」

何かを考えている。

この状況においての妥協策を練っている、というのならば助かるものだが。

129: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:17:44.60 ID:Eh+ERF6CO
「…分かったよ…」

「!なつきち…」

「…お前は、アタシも守りたいって?」

「…」

「自分一人で何とかしたいってか?」

「…出来るなら、そうしたい…」

「…そうか…」

そしてまた一つ、溜息をつく。

大きく息を吸い、髪の毛をかきあげる。

「…?」

彼女がそれをするのは、LIVEや仕事の前。

ヤル気を出した時にする、行動。

「…なら、証明してみろ」

「え…」

「表に出ろ。李衣菜」

「な、なつきち…?」

拳を鳴らし、軽いストレッチをする。

その行動で、彼女が何を言わんとしているか。

里奈には、瞬時に理解出来た。

「…ちょ、ちょっと!夏樹っち!こんなとこで…今はそんなことを…!」

「アタシらがやってんのは何だ?」

「え…?」

「LIVEでも、仕事でもない。アイツらとの殺し合いだ」

「…」

「その殺し合いに参加して、そんで他の奴らも守る。…その覚悟を見せてみろってことだ」

「…夏樹っち…」

「李衣菜。そんなにアタシを守りたいってんなら…」

「…」

最後に、首の骨を軽く鳴らし、彼女に冷たく言い放つ。

「アタシを、ぶっ飛ばしてみなよ」

「!」

「アタシを守りたきゃ、アタシより強いって事を証明してみろ」

130: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:18:26.90 ID:Eh+ERF6CO
「なつきち…」

今まで二人の衝突が、無かったわけではない。

だがいつも、夏樹から折れ、そしてすぐに仲直りをしてきた。

しかしここでは、全く別の話。

命を失うかもしれない事態に、彼女達を巻き込みたくない夏樹の覚悟。

今度ばかりは、折れるわけにはいかない。

その為なら、多少の暴力もやむなし。

静かに、先に外へと出ていった夏樹の背中を、呆然と見る。

「だりなちゃん…」

「…」

考えたことのなかった、友達との喧嘩。

口喧嘩などではない。

「…」

この手で、彼女を屈服させろ。

殴り倒し、言うことを聞かせろ。

「…」

「…だりなちゃん。行かなくていいよ。アタシが説得してくるから…」

「…」

それは、恐らく通用しない。

あの夏樹は、自分も知らない。

周りに説得されて終わるような状態でもない。

「…ごめん。里奈ちゃん。行かなきゃ…」

「…」

「…何とかするから…」

「…ッ」

「!」

131: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:19:30.69 ID:Eh+ERF6CO
「…」

「里奈ちゃん…」

弱い力ながらも、李衣菜の服をつまむ。

「…駄目だよ」

「…」

「こんなことで、喧嘩しちゃ…」

重苦しい雰囲気に耐えられないのか、瞳を潤ませ懇願するような顔で李衣菜を見る。

「…ごめん」

しかし李衣菜は、その手をやんわりとどかす。

「もしここで里奈ちゃんに頼ってたら、多分私はなつきちに嫌われると思う…」

「…だりなちゃん…」

「…行かなきゃ。なつきちが待ってる」

どうするかは、考えていない。

しかし、行かなければならない。

自分は、親友の思いに応えなくてはならない。

「…ごめん…」

そして、ゆっくりと夏樹の後を追う。

里奈が追ってくることは、なかった。

132: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:20:07.20 ID:Eh+ERF6CO
「…」

病院を出て、すぐ。

そこに夏樹はいた。

「…」

待ちわびたとばかりに伸びをし、こちらを見据える。

「…なつきち…」

「…」

「…こんなの、良くないよ…」

「…」

「…間違ってる…」

「お前を死なせたら、お前の仲間はどう思う?」

「え…」

「悪いけど、こっちは本気だからな」

「…!」

133: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:21:11.22 ID:Eh+ERF6CO
夏樹は話し終えると同時に、その場から思い切り、飛んだ。

気付けば彼女は李衣菜の目の前まで迫っており、李衣菜も突然の事に目を疑う。

「ン゛グッッ!!?」

そして、鳩尾に激痛。

「…ッ…!!?」

そこには、彼女の膝がぐっさりと刺さっている。

「気ィ緩めてんじゃねーよ。これがアイツら相手だったらどうすんだ?」

呼吸がままならず、腹部を押さえて倒れこむ李衣菜の髪の毛を鷲掴み、無理矢理起き上がらせる。

「…これ以上の所に、アタシ達はいるんだぞ」

息を吸えず、喋ることも難しい。

痛みというよりは、呼吸困難に陥ったことの方が大きい。

的確で、重い一撃。

何の迷いもなく、夏樹は急所に膝を叩き込んだ。

少なくとも、自分よりは遥かに戦い慣れているレベル。

134: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:21:47.55 ID:Eh+ERF6CO
「ッッ!?」

続いて、左頬に軽い痛み。

彼女の右手が、自身の頬を張った。

意識を保たせる為だけの、威嚇を込めた攻撃。

「そんなもんで、アタシ達を守るって?」

その普段との違いに、驚愕する。

もしかしたらこれが本来の彼女なのかもしれない、と。

「そんなんじゃ、てめーの命も守れねーだろ」

胸倉を掴まれ、顔を近づけられる。

「悪い事は言わないよ。お前は引っ込んでろ。李衣菜」

ここから先は、生半可な世界ではない。

だからこそ夏樹は、優しい李衣菜を参加させたくなかった。

「…なつきち…!!」

「!」

しかし、それは李衣菜も同じだった。

「…ヤッッ!!」

135: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:23:07.63 ID:Eh+ERF6CO
「!!!」

やられてばかりではない、と夏樹の頭を掴み返し、頭突き。

闇雲に放ったが、それは彼女の鼻を捉えたようで、思わず夏樹も手を離し、鼻を押さえる。

「…ってェ…」

鼻血が出たのか、服で拭っている。

「なつきちぃぃぃぃいいいい!!!」

畳み掛けるなら、今。

拳を握り、走る。

夏樹の覚悟は分かった。

ならば、自身の覚悟も見せなければならない。

機械相手とはいえ、戦い方を学んだ李衣菜。

脇を締め、腰を回転。

勢いをつけた全力の拳を、夏樹に振るう。

「…え…?」

しかし、夏樹はそれを難なく避け、李衣菜の右腕に腕を回した。

そしてもう一方の手を彼女の服の首元に回す。

「…バーカ」

「…あっ」

力で無理矢理放った、背負い投げ。

「がッ……」

しかし、背中からかなりの勢いで固い地面に叩きつけられた威力は凄まじく、再び声を失う。

「…!!…!!?」

「アタシは喰らったら血も出るし痛てーんだよ。避けるに決まってんだろ」

136: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:23:45.31 ID:Eh+ERF6CO
「~!!!?」

「…」

聞こえているか、いないのか。

恐らく後者だろうと判断した夏樹は行動不能になった李衣菜に背を向け、歩き出す。

「…アタシの勝ちだな。これで良く分かったろ」

少し本気になり過ぎたと頭を掻く。

「…お前じゃ、足引っ張るだけなんだよ」

これでは元の世界に戻った時、どのような関係になるか分かったものではない。

しかし、生命があるならそれで良いと彼女は考えた。

だから、この判断は間違いではないと自身を納得させる。

「これに懲りたら、二度とアタシを守るなんて…」

その時だった。

137: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:24:28.97 ID:Eh+ERF6CO
「…あ?」

痛みに苦しみ、暴れていただろう音が聴こえなくなった。

その代わりに、獣の唸り声のようなものが聴こえ出す。

「…何だ?……!!!?」

振り返り、そして驚く。

「…」

そこにいたのは、確かに李衣菜。

しかし、少し違う。

先程までの素人同然の構えではなく、まるで今にも飛びかからんとする狼のような姿勢。

犬歯が異常に発達し、目は血走っている。

そして、一回りも二回りも太くなった、腕、脚。

盛り上がった肩の筋肉に、伸びた爪。

「おい…李衣菜…?」

返事は無い。

剥き出した歯とその目を見れば何を考えているかはなんとなく分かるが。

「お前…本当に李衣菜か…?」

その変貌に、後退りする。

ダメージが大き過ぎて脳が壊れた訳ではない。

明らかに、身体的に、変わっている。

「ッ!!?」

138: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:25:07.41 ID:Eh+ERF6CO
隙を見せた夏樹に、吠えるような声を出し飛びかかる。

咄嗟に避けるが、李衣菜はそれをさらに上回る反応速度で持って脚、というより後ろ足で夏樹を蹴り飛ばす。

「…!!どんな力だよ…!!」

ガードしたにも関わらず、数メートルも吹き飛ばされる。

とにかく起き上がり、体勢を立て直そうとする。

「!?」

しかしそれすらも許さない李衣菜の追撃。

「速ッッ……!?」

カウンターを狙う余裕も、避けてどうするという考えも無い。

とにかく防御。

状況も理解出来ない今、夏樹はただ耐えるしか出来ない。

「…~~!!」

右腕を振るえば、左へ。
左腕を振るえば、右へ。

ピンポン球のように弄ばれる己の身体。

稚拙で荒々しい戦法だが、化け物じみたその腕力に隙は無い。

139: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:25:53.55 ID:Eh+ERF6CO
「…李衣菜…!!」

変身した時と同等か、それ以上。

スピードは、最早目で追えない。

ベルトの力無しで、彼女は人知を超えた。

「…殺す気かよ…!全く…!」

しかし、理性はとてもじゃないがあるとは思えない。

今自分は、友人としてではなくただの獲物としてしか見られていない。

必死に防御し、逃げ続けているが、もう腕の感覚が無い。

恐らくこれ以上喰らえば二度と上がらなくなる。

それ程の、力。

「…ヤバいスイッチ…押しちまったみてーだな…」

何とか距離を取ることに成功したが、だからといって何か出来るわけでもない。

両腕の力は入らず、握る力も消えた。

「…やるじゃねーか。だりー…」

彼女は唸り続け、再び飛びかかる姿勢を取る。

このまま一直線に彼女が向かってくれば、頭突きの一つでもかまし、最後の抵抗でもしたいものだが。

自分の反応速度を遥かに上回る動きに、対処を出来る自信は無い。

というより、そんな元気も無い。

こんなところで死を覚悟するとは思わなかったと、苦笑する。

「はは…。バカはアタシかぁ…」

人を辞めても、守りたい。

李衣菜の覚悟が、今になってようやく理解出来た。

「だりー…」

もう、元に戻れなくても、皆を助ける。

化物になっても、皆を守る。

「…ごめんな…」

自身の独りよがりな覚悟よりも、彼女の思いは遥かに上だった。

これが自身の運命ならば受け入れよう。

そう思い、向かってくる李衣菜を見て、そして目を閉じた。

140: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:27:15.73 ID:Eh+ERF6CO
…。

「…」

…。

「…?」

来る、と思っていた李衣菜の攻撃が来ない。

間違いなく、李衣菜は敵意を持って此方に向かってきた。

だが、来ない。

「…ん…?」

おそるおそる、目を開ける。

すると、目の前に、金髪。

「…あ…」

視界の端に、白目を向いて倒れている李衣菜。

「…」

白と、青紫のアーマー。

「はい!終わり!!」

手をパンパンと叩き、気絶し、元に戻った李衣菜を担ぐ。

「里奈…」

「夏樹っちが謝ったから、終わり!!」

「…」

「みんなで一緒に戦うの!!みんなで助け合うの!!!」

気丈に振る舞おうとしているが、鼻を啜りながらの為、迫力が無い。

情けない顔をしているのを見られたくないのか、こちらに身体を向けることはない。

141: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:28:00.84 ID:Eh+ERF6CO
「アタシが勝ったんだから、アタシの言うこと、聞いてよね…!」

李衣菜を担いだまま、里奈は病院に戻っていく。

「…」

その背中を見ながら、夏樹もまた自分が情けないと、声を出さずに泣く。

そして、腕が上がらない事にも後悔する。

それは、流れる涙を拭けない為。

しかし、腕が上がらなくて良かったとも思う。

もし動かせたなら、自分の顔が変形する程殴っただろうから。

「…ごめんな…」

そして、冷静になると同時に痛みが襲う。

腕全体に、重い激痛。
頭突きを喰らった、鼻。
吹き飛ばされた時に擦りむいた、背中。
いつの間にか切っていた、口の中。

「…ごめんな…」

しかし今の自分には丁度良い。

これは、お仕置きの代わりなのだ、と。

142: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:28:52.93 ID:Eh+ERF6CO
…。

その頃。

李衣菜達の所とそう遠くない場所。

「…」

蝙蝠をそのまま巨大化させたような、怪物。

怪魔異生獣、ムサラビサラ。

彼は上官からの命で、向井拓海と諸星きらりを襲った。

「…バカな女だ。変身すれば戦えたかもしれないものを…」

切り傷塗れの、拓海の身体。

噛み付いたところで動く気力も無いだろうと、投げ捨てる。

「何が素手喧嘩だ。そんな弱さでよくも俺に立ち向かえたものだ」

背中や、腹、手足。

全身を切り刻まれた彼女は、一切動かない。

まだ微かに息はあるが、意識は無い。

「幸せ者だな。寝ながら死ねるのだから…さて」

そして、もう一方。

初めから逃げ惑っていただけの、女。

「何と情けない…お前を守る為に、この女は死んでしまったぞ?」

「…」

きらりは傷つく拓海に泣き叫びながら懇願した。

もうやめてくれ。
逃げれば済む話だ、と。

戦うことなど、してはいけない。

そう叫び続けるきらりに、拓海は戦うことはどういうことなのかを教える為、敢えて変身せずに怪物に立ち向かったのだ。

143: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:31:19.91 ID:Eh+ERF6CO
「…」

目の前の凄惨な光景に、目を見開く。

「安心しろ。すぐにお前も後を追わせてやる」

「…」

そして、きらりの中で何かが弾ける。

戦うということ。

それは、命の取り合い。

「…」

やらなければやられる。

殺らなければ、殺られる。

殺さなければ、殺される。

「…」

自然と、ケースに手が伸びる。

「…ム?」

「…」

そして、ベルトを巻く。

「ほーう…ようやくその気になったか…」

そして、銃に着いたマイク部分に、語りかける。

「…」

「…変身…」

144: ◆GWARj2QOL2 2017/01/22(日) 00:32:45.34 ID:Eh+ERF6CO
銃を、ベルトの腰部分に装着。

だらり、と立ち上がる。

すると、身体を黒いアーマーが包む。

白い線がベルトの中心部から末端部にまで行き渡る。

「…」

ブーツを含めたその身長は、190近い。

ゾンビのように立ち上がるその様子は、まるで女性らしさを感じさせない。

「…」

「…アハ…」

「…?」

それどころか、その顔は。

「…アハハハ…」

「…貴様…」

これから起こるだろう、戦い。
流れるだろう、血。

どちらかが死ぬまで、行われる殺し合い。

それら全てに期待を寄せるような。

「…!」

とても、歪んだ笑顔だった。

「アッハハハハハハハハハハハ!!!!!」

第五話 終

152: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:05:09.23 ID:ZYmvzWsJO
…。

それは、突然やってきた。

「…」
「…」

二人が直接、何かをしたわけではない。

だがそれは、間違いなく此方を狙ってやってきた。

空から此方を見定め、急降下。

その超スピードと、突然の事で反応が遅れたきらり。

「あっ…」

「馬鹿ッッ!!」

だが、それはある人物によって助けられた。

「…!」

間一髪、拓海が覆い被さる事で傷を負わずに済んだ。

しかしそれは、きらりだけ。

「…拓海ちゃん…」

「…大丈夫か…?」

背中を、斜めに切り裂かれた彼女。

それでも彼女はきらりを心配する様子を見せる。

「…背中…」

「…」

自身の経験でも、ここまでの怪我は無い。

痛い、と泣き叫ぶのは簡単。

「拓海ちゃっ…!!」

「気にすんな…!慣れてっからよ…!!」

しかし拓海はきらりの言葉を制止し、立ち上がる。

痛くない訳がない。

だがここで自分が叫べば、きらりはパニックになる。

そう考えた彼女は気合と根性だけで耐え、そして襲いかかってきた大型の蝙蝠を睨みつけた。

「…あいつか…!」

彼は飛べない自分達をあざ笑うかのように、上空を旋回し続けている。

いつでも殺せる。

その余裕も、拓海の怒りを助長させるものとなっていた。

153: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:06:06.17 ID:ZYmvzWsJO
「…てめぇ!!降りてこい!!タイマンだコラァ!!!」

拓海の言葉に彼は動きを止め、そしてニヤリと笑う。

そして、相変わらず降りてくる様子はない。

似たような経験があるのか、警戒しているのかもしれない。

「た、拓海ちゃん!!逃げなきゃ!!」

「…!」

その隙を狙って、逃げることを勧めるきらり。

拓海はそんな逃げ腰の彼女を睨みつける。

「ヒッ…」

そして、胸倉を掴み、軽く頭突きをする。

「…拓海ちゃん…」

「こっちは喧嘩売られてんだぞ…!!だったら買ってやるのが礼儀ってもんだろ…!!」

「…」

瞳を潤ませ、懇願するような表情にも、彼女は応えない。

逃げる事も、出来なくはない。

あそこまで飛び回るのなら、室内に逃げ込めばまだ活路はある。

だが、それは拓海の性格が許さなかった。

「特攻隊長向井拓海…このアタシに逃げるなんて言葉は無いんだよ!!!!」

「…」

来るものは全て、迎え撃ってきた。
そして、戦ってきた。

逃げるということは、負けを意味すること。

負けるということ。
それ即ち、死。

「お前は隠れてろ。アイツはアタシがぶっ飛ばす」

「た、拓海ちゃん…」

「とっとと行け!!これはアタシの喧嘩だ!!」

きらりは関係無い。
やられたのは自分。

そうすることで、彼女のメンツを保たせる。

その愚直なまでの真っ直ぐな優しさは、まだきらりには分からない。

「で、でも…」

「何だ!!」

「…足が、足がすくんで…」

「…ッ!!」

154: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:07:49.23 ID:ZYmvzWsJO
喧嘩の経験も、人を殴った事も。

ましてや殺し合いの経験など、あるわけもない。

そこに、あのような化け物が現れれば、こうなるのも無理はないのかもしれない。

足がすくみ、小動物のように身体を震わせる。

そんなきらりにかけてやれる言葉は、拓海には無い。

だからこそ、分かってもらわなければならない。

「…おい、諸星」

「…?」

「よー…く、見とけ」

「え…?」

歩を進め、その場に仁王立ち。

どっしりと構え、拳を鳴らす。

「…ッ」

そして、息を思いっきり吸い、吐く。

傷の深さは見て分かるほど痛々しいものだが、彼女は意に介することなく蝙蝠を見上げる。

「…おいクソコウモリ!!!かかってこい!!」

蝙蝠は拓海を見定め、そしてまたニヤリと笑みを浮かべる。

拓海の手は、ケースを持っていない。

素手のままの、喧嘩。

愚か者だ、と。

勝てるわけがない、と。

既に勝ちを確信したかのように、ゆっくりと降りてくる。

「…フフフッ」

笑いが止まらない。

目の前の人間は、自分に素手で挑んでくるつもりなのか。

これから起こる一方的な暴力に、彼の加虐趣味が刺激される。

「…タイマン勝負は地上で素手が基本だ。飛ぶなんて卑怯ったらしい真似してんじゃねーぞ…」

「へへ……」

「アタシは向井拓海。訳あって今はアイドルだが、元暴走族特攻隊長!!」

「あ…?」

「…てめーの番だクソコウモリ。名乗れよ」

「…名乗る…フフフッ…」

「…」

「…俺はクライシス帝国、怪魔異生獣。ムサラビサラ…へへへッ…」

「…気持ち悪ぃ奴だな…」

これからどうしてくれようか。

五体を順番に切り落とし、じわじわと嬲り殺しにしようか。

それとも、もっと苦しい死を与えようか。

いずれにせよ、人間のままで自分に勝てるわけがない。

あまりの可笑しさに、また笑みを浮かべた。

「…あ…?」

その時だった。

155: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:08:39.47 ID:ZYmvzWsJO
「ッ!!?!?」

下顎。
上顎。

同時に、潰れるような痛み。

「ガッ…!!」

「ゲラゲラ笑ってんじゃねーよ。喧嘩の最中だぞ」

下顎には、拓海の膝。
上顎には、拓海の肘。

まるで虎が獲物に噛み付くかのように、上下から牙が襲いかかってきた。

「…ンググ…!」

「非力なガキだろーがな、やり方はいくらでもあんだよ」

的確に当てられたそれはムサラビサラの歯を何本かへし折り、血を流させた。

「…き、キサマッ…」

血を拭い、拓海を睨みつける。

「!?」

しかし、自身が見たのは、彼女の姿ではない。

「ッラァ!!!」

「ングォッッ!!?」

飛び散る、自分の血と、歯と、空。

先程の攻撃で痛む下顎をさらに蹴り上げられ、その痛みに思わず膝をつく。

「~!!!」

この戦い方は、知らない。

この戦い方は、あの男とは遥かに違う。

強さの違いではない。

種類の違い。

急所を突き、隙が出来れば畳み掛け。

「…!」

「よそ見してんじゃ…」

「…!?」

「ねえっっ!!!」

一切の容赦が無い、本当の暴力。

156: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:09:39.83 ID:ZYmvzWsJO
「…ブフッ…」

顎への多段攻撃で、歯を何本か失う。

出血も、確認出来る。

「痛てぇか?…そりゃてめぇが慣れてねぇからだろ」

「…」

慣れてない、痛み。

その言葉に、ムサラビサラの目がぴく、と動く。

「飛んでばっかりで殴られてきた事がなかったんだろうよ。てめぇなんざこの状態で十分だ」

「…痛み…?」

「あ?」

「…痛みに、慣れてない…だと?」

「…?」

ゆらり、と立ち上がる。

「…」

その動作だけで、何かが違うと分からせる。

先程までの舐め切った態度とは大幅に違う。

「…ならば、逆に聞こうか…」

「…」

「…お前は、慣れているか?」

「あ?…慣れてるに…」

「突き刺され、骨肉が砕け、身体の内側から燃やされ、爆発させられる痛みに、慣れてるか…?」

「…あ?」

「ゆっくりと、殺される恐怖をお前は知ってるか…?」

「…」

「お前に、死んだ経験はあるか?」

「な…」

ただ、歩み寄ってきた。

だが、その距離は縮まらない。

それは、何故か。

「…あ…」

「…お前に、教えてやる…!!」

「…嘘だろ…?」

いつの間にか、自分は壁際にまで追い詰められていたからだ。

157: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:10:34.00 ID:ZYmvzWsJO
「な…ふざけてんじゃ…!」

咄嗟に、拳を振るう。

左目を狙った、急所攻撃。

「…!」

しかし、それは空を切っただけに終わる。

「…え…?」

だが、自身に降りかかる、赤い血液。

「…あ…?」

あまりの事に、思考回路が停止する。

1、2、3。

自身の腕に、深く刻まれた、線。

伸びきった腕から噴水のように飛び散る、血。

「・・・」

押していたのは、自分の筈。

何故、そんな自分の腕がこんなにもボロボロになっているのか。

「・・・」

そして、前を見る。

そして、見開く。

「死ぬって事を、教えてやる!!!」

一筋、二筋。

無数の光の線が、目に映る。

拓海にはそれが何に見えていたのか。

突風によって巻き上がった、枯葉か。

勢いのある、豪雨か。

綺麗な、花火か。

それとも、ドス黒い死神か。

「・・・」

その答えは、分からない。

何故なら、彼女の意識はそこで途切れていたからだ。

158: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:11:19.39 ID:ZYmvzWsJO
「…え…?」

自分の前に立ち、自分に背を向け、守り通そうとした、彼女。

自分の制止など聞く耳も持たず、敵に立ち向かっていった、彼女。

彼女は突如、バランスを崩し、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

「…拓海…ちゃん…?」

倒れたと同時に、雨。

顔に降りかかる雨を、本能的に手が拭う。

「…え…?」

その雨は、赤い。

赤く、黒い。

「…」

倒れた彼女に目をやる。

痙攣し、血を噴出し続ける、その身体。

身体中至る所に赤黒い線が刻まれている。

「…あ…」

それが何を意味するのか。

「…ッッ!!」

理解し、絶叫するのに、そう時間はかからなかった。

159: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:12:16.39 ID:ZYmvzWsJO
目の前で起きた惨劇。

その現実を受け止められずに腰を抜かす。

「…バカな女だ。変身すれば戦えたかもしれないものを…」

ぺっと血を吐き出し、首の骨を鳴らす。

打ち所は悪くても、後に残る程のダメージではなかった。

「何が素手の喧嘩だ。そんな弱さでよくも俺に立ち向かえたものだ」

「…拓海ちゃ…ヒッ!」

血塗れの拓海に触れようとする。

その時また血が噴き出し、きらりの出した手が引っ込む。

「…何と情けない…お前を守る為に、この女は死んでしまったぞ?」

死ぬ、というのは正確ではない。

まだ、生きている。

といっても、虫の息。

助かる見込みは、ほぼ0。

「…お前も直ぐに後を追わせてやる」

「…ッ!?」

そして、ムサラビサラの標的がこちらに移る。

「…や、やめて…」

「フフ…」

これだ、と。

この反応こそ、自分が求めていたもの。

「来ないで…!」

「フフフッ…」

怖がり、命乞い。

それを嬲り殺しにすることほど、楽しいものはない。

「…」

ムサラビサラの心は今、満たされていた。

涙を流し、逃げようとする彼女の逃げ道を塞ぎ、ゆっくり、じっくりと殺す。

それが、自身の心を本当に満たす手段。

「…!」

「ん…?」

後退りするきらりが、不意に止まる。

何かにぶつかったのか、後ろを見ている。

そこに落ちていたのは、白色のケース。

「あ…」

「ほーう…変身か…」

そのベルトを巻けば、確かに自分達と同じステージに立てるかもしれない。

だがそれは、変身者によるのだろう。

自身を怖がっているこの少女が自身を対処出来るとは思えない。

160: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:12:56.48 ID:ZYmvzWsJO
「…!」

思案した結果なのだろう。

ベルトを腰に巻き、立てないまま、変身用の銃を取り出す。

その様子を侮蔑の意味を込めて見る。

「フフフッ…やってみろ。お前ごときじゃ何も出来やしない」

「…」

きらりの頭の中で、様々な思いが交錯する。

戦いたくない。
死にたくない。
戦わせたくない。
彼女を、死なせたくない。
皆に、早く会いたい。

「…!」

変身の仕方は理解している。

だが、そうなったが最後、自分は戦火の中へと飛び込むことになる。

もう、後戻りは出来ない。

だが、やるしかない。

ここでやらなければ、やられる。

「…」

銃を握り、構える。

「…変身…」

そして、装填。

161: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:13:59.13 ID:ZYmvzWsJO
「!」

その瞬間、彼女の身体が動かなくなる。

動かなくなるというよりは、自由が効かない。

「!?…!!?」

自由が効かないのは、何か別の者に押さえつけられているような感覚があるから。

しかし、その感覚は、幻ではない。

『アハハッ…』

「!?」

身体の下から、灰色の何かが這いずり出てきている。

「…だ、誰…?」

それは徐々にはっきりとした輪郭を形成し始め、そして自分にまとわりつく。

「…あ…!」

『ねーぇ…』

見覚えのある、顔。

毎日、鏡で見ている、顔。

「!」

『遊ぼぉ?』

それは、自分。

…。

162: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:14:50.81 ID:ZYmvzWsJO
「アッハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「…?」

変身直後。

黒のアーマーに覆いかぶさるような、白の線。

彼女は狂ったように笑い出した。

「…壊れたか…?」

大口を開け、ゲラゲラと。

「…」

だが、その目は、一切笑っていない。

「チッ…面白くない…」

それが死を前に、壊れてしまったのだと思い、舌打ちをするムサラビサラ。

これでは、断末魔の叫びを聞けない。

仕事を遂行しようと、彼女に向かって歩き出した。

「まあ良い。痛めつけるだけ痛めつけ…」

そして、止まった。

「あ…?」

何かが飛んできて、頬を掠めた。

掠めた箇所は火傷しており、痛みを訴える。

「…な…」

前を見ると、右手に煙を出す銃を構えた、彼女。

「…」

外したのは、わざとではない。

使った事が無い為、当てられなかっただけ。

「・・・」

その時、ムサラビサラの五感が大声で叫んだ。

ヤバイ。

「…!」

逃げろ、と。

「チィッ!!」

163: ◆GWARj2QOL2 2017/01/23(月) 23:15:45.40 ID:ZYmvzWsJO
後ろに、逃げるように、一直線に飛ぶ。

津波のように押し寄せる殺気。

それらは形となって現れた。

「なっ…!?」

天地が逆転したかのように、下から上がってくる銃弾の雨。

「アハハハハハハハハ!!!」

持ち前の飛行速度で、何とか避けることに成功する。

しかし彼女はそんな事はお構いなしにと撃ち続ける。

「…!」

ビル。
民家の窓。
橋。

外れれば風穴が開く威力。

しかし彼女は平気な顔で撃ち続ける。

「…!こいつ頭おかしいんじゃねえのか!!?」

「アッハハハハハハハハハハ!!!」

自分が飛んでいった所に、無数の穴。

「…この…!」

旋回すればする程、その数は増えていく。

「…貴様の攻撃で…」

やがてビルの支柱をも破壊し、バランスを保てなくなった上の階は崩れ、落ちてくる。

「…自爆しろっ!!」

その落下地点には、きらりと、拓海。

「!」