【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】 その1 

【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】 その2
 
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】 その3

628 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:25:21.97 ID:ZKa88jEr0





航海二十二日目:時計塔と隻腕の像





629 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:27:26.05 ID:ZKa88jEr0



“コンコンコン”



アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

翌朝、少年は父親とランキング協会を訪れるために少女を起こしに来たのだったが、扉をノックしても帰ってくるのは静寂だけだった。

アルス「マリベル 寝てるのー?」



“ガチャリ”



その時、不意に鍵の外れる音がした。

アルス「……?」

しかし扉は一向に開く気配はなく、扉の向こうからは誰も現れない。

アルス「マリベル 入るよ?」

仕方なく少年は扉の取手に手を掛け、ゆっくりと回す。

次の瞬間。





トパーズ「なうー!」





アルス「うわっ!」





630 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:29:38.23 ID:ZKa88jEr0

わずかに開けた扉の隙間から三毛猫が飛び出してきた。

アルス「…びっくりした……。」

そうして今度は猫を抱え上げ、少年は再び部屋の中を覗き見る。

トパーズ「なうなうなう~。」

アルス「ん?」

いつになくよくしゃべる三毛猫を撫でながら少年はベッドの膨らみを見つける。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

どうやら寝ているわけではなさそうだが、呼び掛けても返事のないのを不思議に思い
少年は少女の肩の部分と思わしきところを少しだけ揺さぶる。



マリベル「…う……。」



アルス「ま マリベルっ!?」

突然漏れた苦しそうな声に少年は慌てて布団を剥し少女を呼ぶ。

マリベル「あ アルス…… ごめん ちょっと待ってて……。」

少女は痛みを堪えるように片目をつぶったまま弱弱しい声で言う。

アルス「えっ ど どこか 悪いの!?」

マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は無言で下腹部を擦る。

アルス「っ…… わかった。」
アルス「今日は 父さんと 二人で 行ってくるから マリベルは休んでて。」

少年は少女の言わんとしていることを察して布団をかけなおす。

マリベル「だ 大丈夫よ そんなに 辛くないから……。」

口では強がっているがその顔は冴えない。

アルス「いいんだ。それより 無理しないで。」

マリベル「……ごめん。たぶん すぐに 良くなるから また後でね。」

アルス「うん わかった。じゃあ……。」

そう言うと少年は少女の額に口づけを落とし、“ベホマ。”と小さく呟いて部屋を後にする。

マリベル「…………………。」

少女は少しだけ赤い顔で閉められた扉を目だけで見る。
どうやら先ほどの呪文は少年なりの“おまじない”だったのだろう。
呪文では痛みを取り除くことはできないが、冷えた体の内側が温まるような不思議な感覚に包まれた。

マリベル「…ふう……。」

“まさか彼にこんなことまで気を遣われてしまうとは”

そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感覚を覚える。

マリベル「…フフフっ……。」

なんとか今日一日も頑張れそうな気がしてきたのだった。


631 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:31:04.80 ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「おお アルス。」
ボルカノ「ん? マリベルちゃんは どうしたんだ?」

宿の一階で待機していた少年の父親が少年に尋ねる。

アルス「…今日は 無理させない方が いいみたい。」

ボルカノ「……そうか。なら 仕方ねえ 二人で行くとするか。」

アルス「うん。」

少年の神妙そうな顔に何があったのかを察すると、
父親はひとまず朝食を済ませるために少年を連れて酒場兼食堂へと入っていくのだった。



…………………



ボルカノ「そんで その ランキング協会ってところにいきゃ いいんだな?」

朝食を終えた親子はこの後のことについて話をしていた。

アルス「うん。偽の神との 謁見の時にも そこの三人組が 代表として来ていたからね。」

ボルカノ「そうか なら いいんだけどよ。」

アルス「まあ ここも たいして 漁をしているわけじゃないから あんまり 関心なさそうだけどね。」

ボルカノ「……海がすぐそばにあるっていうのに もったいない こったぜ。」

それは漁師を務める彼にしてみればもっともな疑問であり、実際この町は行商人や買い出しで生活が成り立っている節があった。

アルス「ははは… 言われてみれば そうかもね。」

ボルカノ「ま オレは 別に 芸術を 否定するわけじゃねえけどよ。」

アルス「父さん 意外と 繊細な作業 得意だもんね。」

ボルカノ「ん そうか?」
ボルカノ「まあ いい そろそろ 行くとするか。」

アルス「うん!」

そう言って二人は席を立ち、宿を後にするとすぐ近くに見える派手な建物を目指して歩き出すのだった。

632 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:33:05.26 ID:ZKa88jEr0

*「ようこそ。こちらは 世界を 評価する 世界ランキング協会の本部です。」
*「ややっ あなたは アルスさん!」
*「本日は どのような ごようけんでしょうか?」

ド派手な建物の扉をくぐると受付の男が少年に話しかけてきた。

アルス「こんにちは。先生たちに 大事なお話があってきたんです。」

*「そうでしたか。では 奥へどうぞ。」

少年が簡単に用件を伝えると受付は二つ返事で二人を通す。

アルス「失礼します。」

*「おや。」

*「これはこれは。」

*「アルスくん じゃないか!」

少年が扉を開けると奥の部屋から三人の審査員がそれぞれ声を上げた。

アルス「先生方 ご無沙汰しております。」

アイク「アルスさん いったい どうしたんですか?」

頭の切れそうな初老の男性が少年に問う。

モディーナ「もしかして また ランキングに登録しにいらっしゃったんで?」

若々しい婦人が続けて尋ねる。

マッシュ「おっ 後ろの 旦那は かなり チカラもちそうだな!」

筋骨隆々の覆面男が少年の後ろに立つ大男を見て興奮気味に言う。

ボルカノ「ん? オレか?」

アルス「あ 今日は 別のことで みなさんに お願いがありまして。」

本題から逸れて長くなりそうなので少年は話を遮り単刀直入に用件を伝える。

アイク「ほう。」

モディーナ「なんで ございましょ?」

マッシュ「…ていうと?」

ボルカノ「実は オレたちは グランエスタードの使いとして 来たんです。」

アルス「こっちは ぼくの父の ボルカノです。」

マッシュ「おお アルスくんの お父さんだったか!」

モディーナ「なかなか ダンディーなお方ですわ!」

アイク「して そのお願いというのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通していただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を アイクに 手わたした! ]

アイク「ふむふむ なるほど。」

モディーナ「なんですって?」

マッシュ「…………………。」

アイク「大体の内容はわかりました。話合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

アルス「ありがとうございます。それでは また。」

流石はかしこさランキングの審査員というべきか、
いの一番に内容を理解した初老の男はそう伝えると残りの二人に内容をかみ砕いて説明し始める。

ボルカノ「どうやら 話が 早そうだな。」

アルス「うん。もう 用は済んだみたいなもんだね。」

ボルカノ「それじゃ いったん おいとまするか。」

そう言って二人が部屋を出ようとした時だった。

633 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:34:18.19 ID:ZKa88jEr0





マッシュ「ちょ ちょっと 待った!」





チカラじまんランキングの審査員が叫ぶ。

マッシュ「ボルカノさん …つったっけか。」
マッシュ「アンタ 良かったら チカラじまんランキングに 登録してってくれよ!」

ボルカノ「ん オレか?」

マッシュ「あんたなら いい 順位に組み込めるはずだぜ!」

ボルカノ「うーむ オレは あんまり そういうのは 興味ないんだがな……。」

大男は顎を擦って困った顔をする。

マッシュ「そ そういわずにさ!」

アルス「せっかく来たんだし 記念にやっていってみたら?」

ボルカノ「むっ そうか?」

息子に後押しされ、そこまで言われてはと父親は受付へと向かう。

*「では ボルカノさんを チカラじまんランキングに 登録いたしますね。」

ボルカノ「おう 頼むぜ。」

*「審査に 少しかかりますので 少々お待ちください。」

ボルカノ「……だそうだ。アルス お前はどうする?」

*「アルスさんも 久しぶりに 一位を総なめにしてみては いかがですか?」

アルス「……ぼくはしばらく 町を散策してくるよ。また お昼に宿で。」

ボルカノ「おう。」

そう言って少年は一足先に扉を出て協会を後にした。



ボルカノ「…で 一位を総なめって どういうことだい?」



父親は受付の男の言葉を思い出して尋ねる。

*「あ ご存じありませんでしたか? 彼とお仲間の伝説。」

受付の男は愉快そうに笑いながら言う。

ボルカノ「詳しく 聞かせてもらおうじゃねえか。」

634 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:36:05.93 ID:ZKa88jEr0

アルス「…目が チカチカする……。」

父親と別れた少年は久しぶりに訪れた芸術の町の中を当てもなくさまよっていた。

アルス「…宿に戻ろうかな……。」

この町にはたいして知り合いがいるわけでもない。
強いて言えば過去の町になら何人かいるのだが、現在はあの協会を除いて特に話し相手もいない。

アルス「……あれ?」

*「うーん……。」

ふと少年の目には見覚えのある人影が広場にあるランキング表の前で佇んでいるのが見えた。



アルス「こんにちは。」



*「ひゃっ! あ アルスさん!?」



急に後ろから声をかけられその人物は驚いて振り向く。

アルス「まさか こんなところで お会いするとは 思いませんでしたよ。」

*「もう ビックリさせないで ください……。」

アルス「セファーナさんは 何をしてたんですか?」

“セファーナ”と呼ばれたリファ族の若き長は少し照れくさそうな顔で答える。

セファーナ「じ 実は ランキング表のことで……。」

アルス「また かしこさランキングの登録に来たんですか?」

セファーナ「あ いや そうではなくて……。」
セファーナ「って どうして アルスさんが そのことを!?」

リファ族の長は驚きを隠せない様子で少年に問う。

アルス「いや だって そこのランキングに セファーナさんの名前が あったもんですから。」

そう言って少年は娘の後ろに立っている表を指す。

セファーナ「あっ… こ これは……。」

普段は冷静で物静かな族長も少年に知られてしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか、恥ずかしそうに両手を握って体を捩っている。

セファーナ「前に 遊びに来て 登録したはいいんですけど やっぱり 恥ずかしくて……。」
セファーナ「も もう 登録を消しちゃおうと 思いまして……。」

アルス「ええっ もったいないですよ?」

セファーナ「いえ いいんです。別に 名声や副賞が欲しくて やったわけではないので……。」

彼女にとってはそういうふうに自分の名前が知られてしまうことや、
自分のかしこさを誇示してしまうようなことはしたくなかったのだろう。
さしずめ村の者たちと来た時に勧められて仕方なく登録したのだろうと少年は推測した。

アルス「…そうですか。なら 止めはしないんですけど……。」
アルス「…………………。」

セファーナ「……な なんでしょう?」

この娘さんならばきっとカッコよさランキングでも上位に食い込むことだろうと少年は睨むのだったが、
既に村の中で引く手数多であろうその人にわざわざ勧めることもないだろうと思いとどまり、黙っておくことにした。

アルス「いえ なんでもないんです。」

セファーナ「それより アルスさん 今日は おひとりなんですか?」

アルス「あ いえ 実は……。」



[ アルスは これまでの いきさつを 話した。 ]



635 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:38:18.56 ID:ZKa88jEr0

セファーナ「そうでしたか… 世界を救っても アルスさんには やることが たくさんあるのですね。」

そう言って娘は目を閉じて頷く。

アルス「今回の訪問先に 聖風の谷は 入ってなかったんですけど そちらでは漁はされるんですか?」

少年もこの航海に先立って気になっていたことをぶつける。
自分の説明によって王は最終的に聖風の谷を訪問先から外したのだが、
果たしてその判断が正しかったのかを知りたかったのであった。

セファーナ「いえ 川での漁はするんですが 海までは 滅多なことでは 行きませんね。」

若き族長の答えは少年の予想した通りだった。

アルス「そうですか……。」

少年はそっと胸を撫でおろす。

セファーナ「ただ 他の大陸や島からのお客さんを お迎えするための港は 整備していた方が 良いかもしれませんね。」
セファーナ「アルスさん。もしよろしければ エスタード島の王様に このことを 伝えてはいただけませんか?」

アルス「はい もちろんです。」



*「おう アルス ここにいたか。」



アルス「父さん。」

一通り話が終わったところで少年の父親がランキング登録を済ませて広場へとやってきた。

セファーナ「お父様……ですか?」

娘は何やら不思議そうな目で二人を交互に見比べている。

ボルカノ「ん? ああ オレが アルスの父親ですが こっちのおじょうさんは?」

父親は息子に尋ねる。

アルス「ああ この人は 聖風の谷の族長 セファーナさん。」

セファーナ「お初に お目にかかります。ええと……。」

ボルカノ「ボルカノです。息子が 世話になってます。」

そう言って大男は軽く自己紹介する。

セファーナ「ボルカノさん… いいえ お世話になりっぱなしなのは わたしたちの方です。」
セファーナ「アルスさんには 語りつくせないほどの恩を受けました。」
セファーナ「今や わたしたちにとって アルスさんと そのお仲間のみなさんは わたしたちリファ族の 英雄なのです。」

リファ族の長は柔らかな目で語った。

アルス「そ そんな ぼくたちは……。」

あまりの褒められように少年は照れくさくなり頭を掻く。

ボルカノ「わっはっは! オレも鼻が高いぞ アルス。」
ボルカノ「こんな 美人さんから そこまで 言われるなんて お前も 隅に置けないやつだな。」

そう言って父親は少年の背中をバンバン叩く。

アルス「と 父さん!」

セファーナ「そ そんな わたしは……。」

さらっと容姿を褒められ娘は少しだけ赤面して控えめに首を左右に振る。

636 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:40:04.21 ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「…おっと オレも 登録が終わったんだった。」

そう言うと父親は一番左に置いてあるチカラじまんランキングの掲示板を覗き込む。

ボルカノ「…………………。」

アルス「…どうだった?」

ボルカノ「うーむ…… おっ。」

セファーナ「…ありましたか……?」

二人とも男の横から覗き込む。

アルス「えっ。」

セファーナ「うそ……。」

掲示板の一番上の欄にはしっかりと“1. ボルカノ”の文字が刻み込まれていた。

ボルカノ「なんだ 一番か。がっはっは!」

アルス「す すごい……!」

セファーナ「さ さすがは アルスさんの お父様……只者では ありませんね……。」

豪放に笑う本人の脇で少年と族長は思わず固まる。

ボルカノ「よし じゃあ 宿に戻るとするか。」

セファーナ「えっ!」

アルス「待って 父さん! 一回 ランキング協会にもどろう!」

そう言って宿の方に歩き出そうとした父親の行く手を二人が阻む。

ボルカノ「あん どうした?」

アルス「表彰状と 副賞を もらわなきゃ!」

セファーナ「そ そうですよ! せっかく 一位の座に 輝いたんですもの!」

ボルカノ「む…… いや いらん。」

少し考える素振りをした後、少年の父親はあっけらかんと受け取らない意思を示す。

アルス「ど どうして!?」

驚いて少年が大声で言う。

ボルカノ「…オレは 別に そういのが欲しくて やったわけじゃねえからなあ。」

アルス「そ そうだけど……。」

ボルカノ「そこまで言うなら アルス お前が 代わりにとってきてくれて いいんだぜ。」

アルス「ダメだよ 本人が行かなきゃ。」

ボルカノ「…行ったら 表彰式とか やるんだろ? そんな しち面倒臭せえのは お断りだぜ。」

そう言う彼の顔は本当に面倒臭そうであった。

セファーナ「そうですか……。」

アルス「父さんが そこまで言うなら……。」

少年も一度決めたらなかなか考えを変えない父親の頑固さをよくわかっていたため、それ以上説得しようとはしなかった。

ボルカノ「まあ 母さんへの 土産話くらいには なるだろうよ! がっははは!」
ボルカノ「それより セファーナさんでしたな。良かったら 飯でも どうですか。」

セファーナ「えっ! えっと……。」

アルス「行きましょうよ セファーナさん。マリベルもきっと 会いたがってますよ!」

セファーナ「そ そうですか。それでは……。」

突然のお誘いに娘は決めかねている様子だったが、少年に後押しされ素直に誘いを受けることにしたらしい。

ボルカノ「…決まりだな。」

そうして少年と父親は族長を連れて今度こそ宿へと歩き出すのだった。


637 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:42:06.94 ID:ZKa88jEr0



“コンコンコン”



*「……はい。」

アルス「ぼくだよ。」

“ガチャリ”

マリベル「アルス……。」

アルス「大丈夫かい?」

マリベル「うん… もう 大丈夫。」

少年が部屋を訪ねると少女は既に支度を終えていた。
彼女の言う通りその顔に痛みの表情はなく、完全とは言えないが多少は回復したようだった。

アルス「お客さんが 来てるんだけど 一緒に 食べない?」

マリベル「お客さん?」

アルス「うん。いま 下で待ってる。」

マリベル「…そう じゃあ 行こうかしらね。」

アルス「わかった。」

短く返事をすると少年は少女の腰を支える。

マリベル「あっ じ 自分で歩けるわよ……?」

少しだけ上ずった声で少女が言う。

アルス「いいから。」

マリベル「……うん。」

触れ合った部分から伝わる温もりがなんとなく嬉しく、少女は照れながらも少年に体を預けて歩き出す。

マリベル「…………………。」

隣に立つ少年は少女の歩幅にぴったりと合わせて歩いている。

“いったいいつの間にこんな気遣いができるようになっていたのだろう”

そんな風に思いながら少女は少しずつ、ゆっくりと足を進めていく。

アルス「…………………。」

少年は黙ったままだったが、少女が目線を合わせると見つめ返して微笑んだ。

マリベル「っ……。」

どういうわけか今日の少年はいつにも増して力強く、優しく感じてしまう。

柔らかい微笑みを受けて少女の頬に少しだけ赤みがさす。

アルス「マリベル 顔赤いけど 大丈夫?」

マリベル「……もうっ!」

“やっぱり にぶちんね”

心の中で小さく憎まれ口をたたくも、少女はそのまま少年に身を任せ続けるのだった。


638 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:44:19.43 ID:ZKa88jEr0

食堂では既に少年の父親とリファ族の娘が席について二人を待っていた。

ボルカノ「…お きたな。」

息子にエスコートされてやってきた少女の顔を見て父親は少しだけ安堵の表情を浮かべる。

マリベル「遅くなって ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ それより もう 体はいいのかい?」

マリベル「ええ おかげさまで。」

確かに少女の顔に苦痛の色はなく、それどころかいつもより血行が良さそうに見えた。

セファーナ「マリベルさん 大丈夫ですか?」

マリベル「あら お客さんって あなたのことだったのね。」
マリベル「見ての通り もう 大丈夫よ。」

そう言って少女は族長に微笑む。

アルス「でも しばらく 無理は させられないね。」

少女を席に座らせて少年が言う。

アルス「コック長には ぼくから言っておくから しばらく安静にしてないと ダメだよ?」

マリベル「わ わかってるわよ……。」
マリベル「は~あ まさか あんたに ここまで 心配されちゃうとはね……。」

そう言って肘をついてわざとらしくため息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうにも見える。

セファーナ「……フフフ。」

そんな様子を目の当たりにして娘は微笑む。

ボルカノ「……?」

セファーナ「いえ 前にお会いした時も 仲がいいなとは 思ってましたけど いつの間に こんなに お熱くなっていらしたなんて……。」

マリベル「なっ……。」

ボルカノ「わっはっは! こっちが 目のやり場に 困るくらいです。」

そう言って少年の父親は楽しそうに笑う。

アルス「…………………。」

少年は恥ずかしそうに後頭部を掻くだけで何も言わない。

マリベル「ちょっと アルス なんか 言いなさいよ!」

恥ずかしさからかなんとなく大きな声が出てしまう。

639 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:45:44.80 ID:ZKa88jEr0

アルス「えっ …と そうだ! そういえば さっき父さんがね。」

必死に頭を回転させ、少年は先ほどあった事件について触れる。

セファーナ「そうなんですよ。ボルカノさんったら チカラじまんランキングで 一位をお取りになったんです。」

マリベル「ええっ!? 本当? ボルカノおじさま。」

ボルカノ「む? ああ まあね。」

マリベル「す すごい… さすがは ボルカノおじさまね。そんじょそこらの あらくれどもとは わけが違うわ!」

アルス「魔物と 渡り合えるくらいだからね。」

マリベル「魔王討伐も あんたより ボルカノおじさまに ついてきてもらった方が 良かったかしらね?」

セファーナ「まあっ!」

アルス「そんな ひどい……。」

ボルカノ「わっはっは! そりゃ いくらなんでも 無理があるってもんだろうよ!」

マリベル「それで もう 表彰式はやってきちゃったのかしら?」

アルス「それが……。」

セファーナ「ボルカノさんは かたくなに 受け取りに 行こうとしないんです。」

マリベル「ええっ!?」

ボルカノ「……そんなもの もらったところでなあ。」

マリベル「ダメよ ボルカノおじさま! ちゃんともらって マーレおばさまに 見せてあげないと!」



ボルカノ「っ…!」



640 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:46:14.94 ID:ZKa88jEr0

マリベル「…! ふふふ……。」

それまでと明らかに違う反応に少女は何かを思いついたらしい。

マリベル「あたしだったら~ 自分の夫が 世界一のチカラもちだなんて知ったら ご近所でも 鼻が高いんだけどなあ。」
マリベル「でも みんなに 言いたくても 証拠がなくちゃ 話せないものねえ……。」

そんなことを言いながら体をくねくねさせている。

アルス「…! そうだよ 父さん 母さんのためにも 持って帰ろうよ!」

セファーナ「そ そうですよ! きっと 奥さんも お喜びになりますよ!」

少女の目配せに気付いた少年と族長もそれに続いて再び説得を試みる。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……まあ 母さんのためなら 仕方ないな。」

流石にこれには少年の父親も参った様子で頷くのだった。

マリベル「さすがは ボルカノおじさまですわ! じゃあ 食べ終わったら 早速 行きましょ!」

少女はすっかり元気になって三人を催促する。

アルス「ええっ! マリベルも行くの?」

そんな彼女の体を案じて少年が目を見開く。

マリベル「あったりまえじゃないの! それとも あたしがいちゃ 不満かしら?」

そう言って少女は両手を腰に当てて少年をひと睨みする。

アルス「そうじゃなくて!」

マリベル「……心配しすぎよ。あたしは 大丈夫だから。」

ため息交じりに少女は眉を落とす。

マリベル「ま それに なんかあったら アルス あんたが なんとかしてくれるんでしょ?」

アルス「……わかったよ。」

少年は渋々それを了承するのだった。

自分の体のことではないので何をどうしろというのかはわからなかったのだが。

マリベル「ふふっ ありがと。」

セファーナ「それじゃ 注文をしてしまいましょうか。」

それから一行は手短に注文を済ませ、やってきた大皿の料理を四人で分けながら楽しく昼時を過ごしたのだった。


641 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:47:45.13 ID:ZKa88jEr0



マリベル「ふー 食べた 食べた。」



朝から何も食べていないという少女は身体の不調などもはや感じさせないほどの食欲を見せ、
あっという間に料理を平らげてしまった。

アルス「それだけ 食べられれば もう 本当に 大丈夫みたいだね。」

少年が紅茶をすすりながら言う。

マリベル「だから 言ったでしょ?」

ボルカノ「オレも 安心したぜ。」

セファーナ「それでは そろそろ 行きましょうか?」

アルス「そうですね。」

そうして席を立とうとした時だった。



*「おい 聞いたか あの像の話。」



別の卓から男たちの話が聞こえてくる。

*「ええ 聞きましたよ。なんでも 真夜中に どこかへ 消えたりしたとか。」

*「それだけじゃねえぜ あれが動いたって 言うやつもいるんだ。」

*「そんなわけ ないじゃないですか。普通に考えたら ありえませんよね。」

*「ま ウワサは あくまで ウワサだ。」



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



セファーナ「どうしたんですか 二人とも。」

急に動きを止めて黙り込んだ二人を見て不思議に思った娘が尋ねる。

アルス「えっ? いえ……。」

マリベル「…なんでもないわ。」

セファーナ「…そうですか。なら いいのですが……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「さて 行きましょ。」

そうして声のする方を背に少女は歩き出す。

セファーナ「あ 待ってください。」

他の三人もそれに続き、少女を加えた一行は再びランキング協会へと歩き出すのだった。


642 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:49:01.79 ID:ZKa88jEr0

*「おお あなたは。」
*「ようこそ ボルカノさん。チカラじまんランキング 初トップおめでとうございます。」
*「つきましては 当協会より トップかくとくの記念品を おくらせていただきます。」
*「かんたんな セレモニーも おこないますので ボルカノさんは 左の階段を 上ってください。」

ボルカノ「お おう……。」

ランキング協会までやってくると受付の男はすぐにボルカノの姿に気付き、表彰の会場へと誘導する。

マリベル「さあさ ボルカノおじさま はやくはやく!」

そう言って少女は少年の父親をせかす。

ボルカノ「マリベルちゃん そんなに 押さないでくれ……。」

アルス「ははは……。」

セファーナ「わたし ここの表彰式って初めてだから ちょっと どきどきします……。」

聖風の谷の長は二階までやってくると少しだけ興奮気味に会場をきょろきょろと見渡している。

マリベル「見ててっ すぐに 人が集まるから!」

アルス「ほらっ 早速 話を聞きつけてた人が 来たみたいだよ。」

少年の視線の先には階段を上ってくる人が既に何人かいた。

ボルカノ「…ちょっと 緊張してきたな。」

柄にもなく大男が言う。

アルス「でも すぐに 終わるよ。何か 話すわけでもないし。」

ボルカノ「そうか? なら いいんだけどよ。」

少年の言葉に少し安心した様子で男は小さく鼻息を漏らす。

そうしている間にも人々はどんどん会場を埋め尽くしていく。

どうやら開式は近いようだ。



643 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:50:32.18 ID:ZKa88jEr0



ボルカノ「案外 あっけなかったな。」



アルス「でしょ?」

式を終えた一行は協会のロビーでしばし休みを取っていた。

マリベル「きっと マーレおばさま 喜びますわ!」

少年の父親の持つ賞状と副賞の腕輪を見ながら少女は興奮冷めやらぬ様子で言う。

セファーナ「あんなにたくさんの人が 見に来るなんて……。」

族長もどこか興奮気味に感想を述べている。

アルス「さて そろそろ 行こうか。」

そう言って少年が出口に向かって歩き出した時だった。



セファーナ「あ 待ってください!」



急に族長が少年を呼び止めると小走りに受付に向かっていく。

*「おや あなたは。」
*「セファーナさん 今日は どんなご用件で?」

セファーナ「わたしのランキング登録を 消していただきたくて……。」

*「なんと! それはそれは もったいない! あなたほどもあろう人が かしこさランキングから 名を消してしまうだなんて……。」

セファーナ「いえ いいんです。もともと 自分の意思で 登録したわけではありませんから。」

*「そうですか…… 少々お待ちください。」

そう言って男は書類に目を通し、後ろに向かって何やら話しかけた。

すると奥の部屋から審査員の初老の男性が出てきて娘に語り掛ける。

アイク「これは セファーナさん この度は ランキング登録を 抹消してしまう ということですが いったい どうしてですか?」

セファーナ「ランキングという形で 自分のことを 誇示してしまうようで なんだか 恥ずかしくて……。」

アイク「そうですか 確かに ランキングに名を連ねることは それだけで 人に 一目置かれてしまうこと かもしれませんね。」
アイク「それならば 仕方のないことです。」
アイク「……ですが あくなき探求心は 決して 忘れないでいてくださいね。」
アイク「かしこさランキングは いつでも あなたのような賢人を お待ちしておりますよ。」

セファーナ「……はい。」

アイク「では あとは お願いします。」

*「はい わかりました。」

受付の男は審査員に促されると書類を引っ張り出して作業に取り掛かる。

セファーナ「…お待たせしました。それでは 行きましょうか。」

少年たちの方を向き直って族長が言う。

アルス「いいんですね?」

セファーナ「ええ。もう 心残りはありません。」

マリベル「もったいないわねえ… セファーナさんなら カッコよさランキングでも 上位に入りそうなのに。」

ボルカノ「なんとなく その気持ちはわかるけどな。」

こうして無事それぞれの目的を終えた一行は協会を後にした。

セファーナ「…これで いいんです。」

重厚な木の扉がリファの娘によりゆっくりと閉じられる。

その扉はまるで来賓の帰りを惜しむように大きな軋みをあげながら、
いつか再び娘に開かれるに時を心待ちにしているようだった。

644 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:52:09.82 ID:ZKa88jEr0

マリベル「ねえ アルス あたしたちの順位 どうなってた?」

表通りを歩きながら少女が問う。

アルス「え… あ ごめん 見てなかった。」

マリベル「ちょっと あんた 何見てたのよいったい。」

アルス「あ…ははは… 父さんの名前しか 見てなかった。」

マリベル「ふん いいわ。今から 見に行くわよ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…なにか?」

アルス「なんでもありません。」

マリベル「よろしい。」

セファーナ「…………………。」
セファーナ「すっかり 尻に敷かれてますね。」

そんな二人のやり取りを後ろで見ながら娘は苦笑する。

ボルカノ「気持ちいいぐらいにですな。」

セファーナ「…………………。」

それでも二人はぴったりとくっついて離れないのを娘は気付いていた。
互いを許していなければトゲのある物言いをしながらああはできないだろう。

そんな信頼関係を目の当たりにして娘はふと考え込む。

ボルカノ「…どうしたんですか?」

セファーナ「い いえ なんでもありません。」

マリベル「どれどれ あたしたちの名前は ちゃんと 載ってるでしょうね?」

そうこうしているうちに一行は掲示板の前までやって来ていた。

アルス「どれから見る?」

マリベル「そんなの カッコよさランキングに 決まってるじゃないの。」

アルス「そうなの?」

マリベル「そうなの!」
マリベル「えーっと……。」
マリベル「…………………。」

アルス「あった。」

ランキング表の上位にはこうあった。

1. マーシャ
2. リージュ
3. アイラ
4. ビゼー
5. マリベル
6. ロマリオ
7. アルス

マリベル「…………………。」

アルス「少し落ちちゃったけど ちゃんと あるね。」

少年は順位こそ落としていたが自分たちの名前がしっかり上位に組み込んでいることに安心して少女に語り掛けるのだった。



が。





マリベル「……戻るわよ。」





645 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:53:59.16 ID:ZKa88jEr0



アルス「えっ……?」



少女の口から飛び出してきたのはやはりというべきか、少年からすれば思わぬ言葉だった。

マリベル「今すぐ ランキング協会に戻るわよ!」

アルス「ど どうして!?」

狼狽して少年が問う。

マリベル「取り戻すのよ! 一位を!」

アルス「そんなむちゃな……!」

どうやら少女は自分たちが首位から落ちたことにお冠のようであった。

マリベル「行くったら 行くのよ! ついてらっしゃいっ!!」
マリベル「あの時から ずいぶん経ったんだから 今やれば 首位独占 間違いなしだわ!」

アルス「あ はあ……。」

そう言って少女が少年の腕を引っ張って歩き出した時だった。





*「うわああ!」





*「なんだこりゃ!」





646 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 19:55:31.93 ID:ZKa88jEr0



*「「「……っ!」」」



突然響き渡った悲鳴に一行は一斉に振り返る。

*「…………………。」

町人たちが逃げてくる方向からは何やら派手な配色をした片腕の無い像が、足の無い体でのそのそと動き回っていた。

ボルカノ「なんだありゃ?」

セファーナ「魔物!?」

アルス「……嫌な予感は してたんだ。」

先ほど食堂で聞いた噂話を思い出しながら少年が言う。

マリベル「まさか あれが バロックトーテムとして 動き出すとはね……。」

*「…………………。」

“バッロクトーテム”と呼ばれた無機質な魔物は不気味に身体をくねらせて妙な踊りをしている。

アルス「三人は避難してて! ぼくが やっつける!」

少年が一行の前に立ち袋の中から剣と盾を取り出して言う。

マリベル「あたしも行くわ!」

アルス「ダメだ! 君は カラダが万全じゃない!」

すかさず少女も少年の隣に立ったが、少年に押し戻される

マリベル「で でも……!」

アルス「父さん もしもの時は マリベルとセファーナさんを 頼みます!」

渋る少女を父親に託し、少年は背を向ける。

ボルカノ「……無理は するなよ?」

アルス「…はい!」

背中越しに返事をすると少年は不可思議な像のもとへと駆け出していった。

マリベル「アルス……!」

少女はその後を追おうとするが少年の父親にがっちりと肩を掴まれ身動きが取れなくなる。

マリベル「は 離して ボルカノおじさまっ!」

セファーナ「マリベルさん……。」

ボルカノ「ダメだ。今のキミは 安静にしてなくちゃな。」

マリベル「でも あいつ 一人じゃ……。」

ボルカノ「まあ ここは アルスを信じて 待とうとしようじゃねえか。」
ボルカノ「あいつのチカラは 君が 一番よくわかってるんだろ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はい。」



少年の父親に説得され広場を後にする少女が不安そうに振り返った時、少年はまさに魔物と対峙しようとしていた。



647 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:00:27.00 ID:ZKa88jEr0



*「…………………。」



アルス「バロックさん… 悪いですけど 壊させてもらいますよ!」

*「……!」

少年が剣を構えると敵意を察したその像はくるっと背中を向けて一目散に逃げだしてしまった。

アルス「あっ 待て!」

少年はすぐにそれを追いかけようと走り出す。

しかし次の瞬間。

*「……!」

*「……!」

*「……!」

アルス「なっ……!」

どこからやってきたのか同じ姿をした両腕を持つ魔物が三体も現れ、少年の行く手を塞いだ。

*「…………………。」

その間にも隻腕の像は広場を走り、時計塔の方へと消えてしまった。

アルス「くっ……。」

両腕の付いた像はくねくねと動きながらギョロリと動く無機質な二つの瞳で少年の動きを注視している。

アルス「そこをどくんだ!」

そう言って少年が像の間を縫って駆けだそうとした時だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





アルス「しまっ……!」





呪文の発動音が響き、少年の身体は巨大な爆発と共に宙に放り出される。

アルス「ぐうっ!」

なんとか空中で体勢を整ると、下にいる魔物の一体に向かって急降下する。

*「……!?」

アルス「これで……どうだ!」

少年はその首根っこを足で絞めるとそのまま顔に向かって猛烈な殴打の嵐をお見舞いする。

*「…………………。」

強烈な攻撃をもろに受けたその像はそのまま横倒しになり動かなくなった。

*「……!」

その様子を窺っていた別の一体が少年目がけて両腕を力任せに振り下ろす。

アルス「ふん……ぬ…!」

寸でのところでそれを盾で受け止めると少年は真空波を飛ばして相手を吹き飛ばす。

648 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:01:56.84 ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

開けた視界には風圧で押し倒された魔物と妙な動きをしているもう一匹が見えた。

アルス「はっ…!」

動けなくなっている今が好機と見た少年はそのまま駆け出して高く飛び跳ねると、転んだままの魔物に剣を突き刺す。

*「…! …………。」

一度だけ大きく体を波打たせ、それきりその魔物も沈黙した。

アルス「残るは……!」

そう呟いて少年が振り向いた瞬間だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





“迂闊だった!”

少年はその瞬間、先ほど最後の一体がしていた動きが“マホトラおどり”であったことに気が付く。
少年の身体からは知らず知らずのうちに魔力が吸い取られ、相手の呪文の糧にされていたのだった。

アルス「ぐっ……!」



*「マホターン!」



*「……!?」



衝撃に備えて盾を構えた瞬間、どこかから放たれた呪文に爆発は跳ね返され、跡には少年だけが残されていた。

否、正確に言えば少年と色のついた石塊が転がっているだけだった。

アルス「い 今のは……。」





*「ほーんと… あんたってば あたしが…いなきゃ ダメなんだから。」





649 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:02:55.40 ID:ZKa88jEr0

少年が何事かと煙の向こうに目を凝らす。

そこには肩で息をしている少女が階段の上に立っていた。



アルス「マリベル!」



少年はすぐに少女のもとへ駆け寄りその体を支える。

マリベル「はあ… はあ…… ふふっ。助かったでしょ?」

アルス「ど どうしてここに?」

マリベル「二人には 止められたんだけどね。」
マリベル「バロックトーテムが どんなやつか 思い出してたら あんた一人じゃ 危なっかしいと思ってさ。」
マリベル「…隙を見て 走ってきたのよ。」

少女は息を整えながらウィンクする。

アルス「そうだったんだ… おかげで助かったよ。」

マリベル「ふふん。まだまだ 手がかかるわね。」

少女はそれでもどこか得意げで、それでいて嬉しそうに言う。

アルス「ははは。マリベルには 敵わないなあ。」

そんな様子に少年も困ったような顔で笑う。

マリベル「……それで 一件落着なわけ?」

アルス「いや まだ 最初に逃げ出した 片腕のやつが 残ってる。」

マリベル「で そいつは どこにいるのかしら?」

アルス「たぶん あそこ。」

そう言って少年は両の針が東の方向を指し示している時計塔を指さす。

マリベル「きな臭いわね。また なんか 起きなきゃいいけど。」

少女は腕を組んでじっと時計塔を睨みつける。

アルス「でも マリベルは もう 戻っていた方がいい。」

しかしそれでも少年は少女の体を案じて先に帰そうとする。

マリベル「……本当に あんた一人で 大丈夫?」

少女は疑わし気に少年を横目に見る。

アルス「もう あんなヘマはしないよ。」

それに対して少年は鋭い目つきで時計塔を見つめたまま動かない。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まあいいわ。」
マリベル「その代わり さっさと終わらせて 帰ってくること。いいわね?」

アルス「うん わかってる。」

力強く頷くと少年は時計塔へ向かって駆けだした。

マリベル「…………………。」
マリベル「マジックバリア。」

遠のく背中にそっと防御の呪文をかけて少女は残してきた二人のもとへと歩き出すのであった。

650 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:05:02.77 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



時計塔へと飛びこんだ少年は先ほどここに逃げ込んだであろう騒動の元凶を探して辺りを見回していた。

アルス「……静かすぎる。」

どうやら一階部分の広間にはその気配はないようだった。

アルス「上かな……。」

少年の脳裏に過去の町で起きた時間の止まった世界のことが浮かぶ。

“あんなことがまた起きるのではなかろうか”

そんな不安がじわりと少年の胸に去来する。

“ギィ……”

階段を上り扉を開けた先にも誰もいない。

残すところは最深部となる歯車の部屋のみとなった。

アルス「…………………。」

少年は音を立てないように“しのびあし”で慎重に階段を上っていく。

そして三階部分へやってくると階段から頭が出ないように辺りを見渡した。



アルス「……っ!」



*「…………………。」



そこに、それはいた。



魔物は少年のいる階段の方へ背を向け、大きな歯車を見つめてじっとしていた。

アルス「……?」

少年が少しだけ頭をずらして奥を見やった時、先ほど感じた違和感の正体に気付いた。

“止まっている?”

ここに来るまで確かに表の時計の針は動いていた。
しかしこの時計台の中に入ってからというものの、
いつもは大きな音を立てて回っているはずの歯車の音が一切聞こえなかった。

妙な静寂の原因はこれだったのだ。


651 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:06:31.19 ID:ZKa88jEr0



*「……!」



アルス「くっ…!」

その時少年の気配を察した像が振り返り、一気に床を滑ると少年に向かって体を思い切り振り回した。

アルス「あぶなっ!」

少年は間一髪でそれをかわして飛び引く。

“ブオン”という野太い風切り音と共にそれは首をもたげると表情一つ変えずに少年を睨みつける。

アルス「お前は… いったい 何がしたいんだ!」

*「…………………。」

像は何も語らない。

アルス「だれが お前を 操っているんだ!」

*「…………………。」

語りもしなければ攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっと少年を見つめている。

アルス「どうして 人を 襲ったりしたんだ!」





*「襲ってなんていない。」





アルス「えっ?」





652 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:09:02.68 ID:ZKa88jEr0

突如放たれた言葉に耳が追い付かず、少年は目を丸くして身じろぎする。

*「オレは 人を 襲ってなんていない。」

あれほど固く動かないと思われた顔はいつの間にか険しく寄り、飾りのようだった口は流暢に動いている。

アルス「そ それじゃ あの人たちは お前におびえて 逃げてきただけだと 言うのか?」

*「そうだ。」

アルス「なら どうして 逃げたりしたんだ。」

*「お前の目は 敵意に満ちていた。だから 逃げただけだ。」

アルス「……ここに 逃げたのは なぜだ?」

*「見ろ。」

そう言って隻腕の像は後ろにある止まったままの歯車の方を向く。

アルス「その歯車は どうして 止まっているんだ。」

少年は“稼働”の方に倒れているレバーを見ながら言う。



*「この時計塔と オレは 不思議な魔力で つながっている。」



アルス「…………………。」

*「どうやら この時計塔の近くにいると オレの身体は動くようだ。」

アルス「じゃあ 離れたら……。」

*「動けん。だが オレは バロックの作品だ。」
*「長い時を 人々と共に 過ごしてきた。オレは この町が好きだ。」
*「しかし こうして 体が動いてしまっては 人々は オレを恐れるだろう。」

アルス「…………………。」

*「人間よ オレはどうすればいい。」
*「オレはこの町にいたい。だが この町にいては 人がいなくなってしまう。」

名もない作品は問う。

アルス「きみは 自分が 動けなくなっても 構わないのかい?」
アルス「せっかく 自らの意思で 動けるチカラを 手に入れたのに。」

*「…構わん。もともと オレは あそこで 立っているのが 好きなのだ。」
*「一心不乱に オレの体を観察する芸術家。楽しそうに オレの周りで遊ぶ子供たち。」
*「話し相手になってくれる 小鳥たち。愛の素晴らしさを教えてくれる 恋人たち。誰に頼まれるでもなく 体を洗ってくれる老人。」
*「……これ以上 望むものはない。」

アルス「…………………。」

少年にはこの像が前に石版世界で戦った者たちのように、ただ彷徨い、生ある者に害するような魔物には見えなかった。

アルス「わかった。ぼくも できるだけのことはしてみよう。」
アルス「ついてきて。」

そして決心すると少年は“彼”の望みを叶えてやるため、彼を連れたって時計塔を後にしたのだった。



653 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:12:51.71 ID:ZKa88jEr0



*「ここで 何をするんだ?」



人がいなくなり静まり返った広場の隅、つまりもともと彼が立っていた場所までやってくると、
少年は袋の中から何やら丸い鏡と液体の詰まった小瓶、それから砂の入った小さな透明の袋を取り出した。

*「それで どうする気だ?」

アルス「成功するかは わからない。でも かけてみてくれないかな。」

*「…………………。」

彼は無言で頷くと元立っていた位置で固まる。

アルス「最初にこれだ。」

そう言うと少年は近くにあった椅子を持ってきてその背もたれに鏡を立てかける。

アルス「何が見える?」

*「オレだ。どういうわけだ? 鏡の中のオレは 動いていないぞ。」

アルス「…わかった。」

少年はそれだけ言うと、今度は彼の元までやってきて語り掛ける。

アルス「上に乗ってもいいかい?」

*「……かまわんが。」

アルス「ありがとう。」

そう言うと少年は小瓶と袋を持ったまま彼の体を昇り、頭の上に立ち上がる。

アルス「重たくないかい?」

*「大丈夫だ。」

アルス「……それじゃ いくよ。」

*「…………………。」

少年が振り落とされないように腕だけで返事をすると、それっきり彼は黙り込む。



アルス「天使の涙よ 彼を元の姿にしてくれ!」



そう言うと少年は小瓶の蓋を開けて数滴、彼の頭にそれを振りかける。



*「むお……。」



アルス「そして 時の砂よ 彼の時間を 巻き戻してくれ!」



そう叫んで袋の中の砂を思い切り彼に向かって振りまいた。



*「おおおおおお……!!」



彼と少年の周りの空間だけが歪み始め、辺りは不思議な空間に包まれていく。

アルス「うっ……!!」

撒きあがる時の砂とぐらつく景色に少年は思わず彼の頭を降りて目を閉じる。

654 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:16:50.75 ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

アルス「…………………。」

やがて視界が開け、少年の前に彼が姿を現した。



アルス「ど どうなっ……。」



*「うわああ!」



*「な なんだ 今の……!」



突然背後から聞こえた叫び声に少年は振り返る。

アルス「えっ?」

*「あ あんちゃん 今どっから 現れたんだ!」

そこには先ほど広場から逃げていったはずの二人組の男が立っていた。

アルス「えっ……?」

*「そ それに さっき その像 動いてたよな?」

アルス「そ そうだ どうなったんだ……!?」

男の言葉に我に返ると、少年はもう一度彼がどうなったのか確かめるべく振り向いた。



*「…………………。」



アルス「…………………。」

彼はそこにいなかった。

否、そこにあったのはただ真っすぐに遠くを見つめている隻腕の像だった。

アルス「ねえ……。」

*「…………………。」

先ほどまで言葉を発していた口は閉ざされたまま動かなかった。

それどころかその腕は元のように上を向いたまま動かず、体はピクリとも動かない。

アルス「……もとに 戻ったんだね。」

*「…………………。」

少年がどれだけ言葉をかけても、彼はしゃべらない。

*「あーれー? おかしいなあ。」

*「確かに さっき 動いてたような 気がすんだけどよお。」

男たちは不思議そうに首をかしげている。

*「…にしても あんちゃん どっから 現れたんだ?」

アルス「えっ ああ ちょっと 呪文で……。」

*「なんだ あんちゃん 魔法使いか なんかか。じゃあ いきなり出てきても 納得だわな。」 

アルス「は はは……。」

少年はなんとか誤魔化すとから笑いしてその場をやり過ごす。

*「ちぇ 驚いて損したよ。もう 行こうぜ。」

*「おう。」

そうして男たちは広場の方に去って行ってしまった。

655 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:18:20.56 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



*「…………………。」



アルス「これで 良かったのかな。」



*「…………………。」



アルス「……ん?」

少年が像を眺めていると何か光る物が落ちていくのが見えた。

アルス「…これは……。」

アルス「……!」

“どこから落ちてきたのだろう”

そう思って少年が見上げると、そこには流れるはずもない雫のようなものが彼の目から伝って顔を濡らしていた。

アルス「……泣いて いるのかい。」

*「…………………。」

彼は何も答えなかった。

だがその顔が以前のような仏頂面ではなく、ほんのり微笑んでいるように見えたのは少年の見間違いだったのだろうか。

アルス「……またね。」

大きく深呼吸すると少年は自分を待っている人たちのもとへ歩き出す。

きっと急に自分の姿が見えなくなって三人とも驚いているだろう。

そんなことを考えながら。


656 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:20:15.04 ID:ZKa88jEr0



マリベル「まったく 急にいなくなるから ビックリしちゃったわよ。」



それからランキング協会で無事首位を取り戻した少女と少年はその日の夜、少年の父親とリファ族の長を交えて食堂で夕飯を摂っていた。

アルス「だから ごめんってば。」

ボルカノ「あの時の マリベルちゃんの 慌てようったら そりゃ お前……。」

マリベル「ボルカノおじさまっ!」

ボルカノ「おっと こりゃ 余計な一言だったか。」

そう言って少年の父親は頭を掻く。

セファーナ「フフフ。」

マリベル「…でも 本当に 何にもなかったのかしら?」

少女は腕を組んで考え込む。

アルス「うん?」

マリベル「だって 悲鳴が聞こえたのよ?」
マリベル「それなのに 何にも 起こらなかったなんて やっぱり 変だわよ。」

アルス「きっと 誰かが 何かを 見間違えたんだよ。」

少年は少しだけ微笑んで言う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。」
マリベル「ごちそうさま。今日はさっさと 寝ちゃおうかしらね。」

そう言って少女は立ち上がる。

アルス「うん それがいいよ。」

それに続いて少年も立ち上がると再び少女の腰を支える。

マリベル「い いいってば アルス……。」

その手を少女は振り払おうとするが。

アルス「いいから。」

そう言って少年は聞かなかった。

マリベル「…もう…… わかったわよ。」

アルス「それじゃ 先に上に行ってます。おやすみなさい。」

少女が抵抗をやめたところで少年は残る二人にそう告げて歩き出す。

セファーナ「……いいですね。」

するとリファ族の娘が不意に言葉を漏らす。

マリベル「えっ?」

セファーナ「なんだか お二人を見てると わたしも そろそろ 結婚を考えようかなって 気になってしまいます。」

そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てている。

アルス「……!」

マリベル「ちょ ちょっと セファーナさん!?」

セファーナ「あ ごめんなさい。体を冷やすといけませんから 早く お風呂に入った方が いいですよ。」

たじろぐ二人を置いてけぼりにして、娘は二人の背中をそっと押す。

アルス「……行こうか。」

マリベル「……ふんっ。」

そうして少年に促されて歩き出した少女は、そっぽを向きながらも少年の手を剥さないのだった。

657 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:23:51.21 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



少女を部屋へと送り届けた後、入浴を終えた少年は一人部屋の中で隻腕の像のことを思い出していた。

アルス「芸術に宿った命か……。」

思えば彼は謎だらけだった。

無機物に命が宿り魔物となった例は少なくない。

宝箱に機械、石や金属、数えればきりがないだろう。

アルス「時計塔は どうして 止まったんだ?」

その魔物があの時計塔とどういう繋がりがあって動き出したのか、少年にはいまいち納得がいかなかった。
同じ作者によって作られたからという共通点を除いてはあの二つに関連性はないはずだった。
しかしそれがああして結びつき、実際に動き出したからには何か因縁があったに違いない。
例えば過去のリートルードであの時計塔が時間を操るカギだったかのように。

アルス「……わからないなあ。」

そうして少年が枕に顔を埋めていた時だった。



“コンコンコン”



アルス「……開いてます。」

扉を叩く音に起き上がり声をかける。

“キィ…”

開かれた扉の向こうには寝間着姿の少女が立っていた。

アルス「やあ どうしたんだい?」。

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず少年のベッドにめがけて真っすぐ歩いてくると少年の横たえた足元に膝をついて身を乗り出す。



マリベル「ねえ やっぱり なんか 隠してるでしょ。」



アルス「……なんのことかな。」

少年は視線を外して答える。

マリベル「相変わらず 嘘をつくのが へたくそね。」
マリベル「……時の砂でも 使ったのかしら?」

アルス「えっ…!」

少年の隠し事をズバリと当てられ、開くまいとしていた口があっさり開く。

マリベル「だから言ったでしょ? あんたのことなんて すべて お見通しよ。」

少女は勝ち誇った笑みを浮かべて少年の鼻を指さす。

アルス「フー……。」
アルス「実はね。」

少年は観念すると大きなため息をついてポツリポツリとことの顛末を語りだした。


658 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:25:38.61 ID:ZKa88jEr0



マリベル「そう… そんなことが あったのね。」



アルス「うん。だから もう 大丈夫なんだ。」

一通り話し終えると少年は大きく伸びをする。

マリベル「つまり 長い時間を 経たことで あの時計塔に なんらかの 魔力が宿ったって ことなのかしらね。」
マリベル「それが たまたま 近くにあった バロックトーテムに 作用した…と。」
マリベル「そんなとこかしら。」
マリベル「…あ もしかして その逆かなあ。」

アルス「う~ん 両方……とか?」

マリベル「お互いが お互いを 動かしたってこと?」

アルス「うん。よくわからないんだけどね。」

人知を超えた現象に二人は首を捻るばかり。

マリベル「……これから先 また 動きだしたり しないのかしら?」

少女は少年のベッドに座り腕を組んで言う。

アルス「……それもわからない。もしかしたら あれが 根本的な解決とは 言えないのかもしれない。」

マリベル「なによ 頼りないわねえ。それじゃ また同じようなことが 起きちゃうわよ?」

アルス「その時はまた……。」

マリベル「必ずしも あんたがいるときに 起こるとは限らないわ。」
マリベル「その時には もう 手遅れかもしれないのよ?」

少女は少年に首だけ向けると強めの口調で言う。

アルス「うーん……。」

マリベル「まっ 安心なさい。その時は あたしが 代わりにやってあげても よくってよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「あんたは 漁に集中してれば それでいいの。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」

659 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:28:06.62 ID:ZKa88jEr0

マリベル「それとさ。」

少女は再び少年に背を向けると小さく呟く。

マリベル「……今日は ありがとね。」

アルス「えっ?」

マリベル「まさか あんたが こんなに気遣ってくれるなんて 思ってなかったから ちょっと 意外だったわ。」
マリベル「……いつの間に そんなこと 覚えたのってくらいね。」

アルス「…だって マリベル 旅の時も たまに 辛そうにしてたでしょ?」

マリベル「……バレてたか。」
マリベル「でも 普段は なんともないんだけどね。」

アルス「きっと 慣れない旅で いろいろ たまってたんでしょ?」

少年は口には出さないでいるがこの旅が少女に負担をかけていることはわかっていた。
しかし本人がそれで良いと思っている以上、自分が口出しするのもどうかと考え、ずっと黙っていたのだった。

マリベル「……そうなのかしらね。」

アルス「君がいつも言う通りだよ。無理しちゃ ダメだって。」

マリベル「ふ ふふふ…… まいったわ。」
マリベル「それじゃ ついでで もう一つ 甘えさせてもらおうかしらね。」

アルス「……なあに?」



マリベル「よっこいしょ。」



そう言って少女は少年の隣に横たわる。

アルス「……マリベル ここは ぼくのベッドだよ?」

マリベル「…わかってるくせに。イジワルね。」

アルス「ははは… はい どうぞ。」

そう言って少年は背を向ける少女にスペースを少しだけ開ける。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「なんだい?」

扉の鍵を閉めてベッドに戻った少年は布団をかけながら問う。

マリベル「…………………。」

少年の問いかけには答えず少女は黙って背中を少年に押し付けてくる。

アルス「……はいはい。」

そう言うと少年は少女の背中側から腕を回してそっと少女を抱きしめる。

マリベル「うふふっ ありがと。」

アルス「ふふ。」

そうして少年は少女の髪に自分の顔を埋もれさせながら小さく少女の耳に名前を呼びかける。

安心した様子で眠る少女の髪をゆっくりと撫でながら少年もまた、静かなる夜の闇の中へ溶けていくのであった。





そして……


660 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:28:41.24 ID:ZKa88jEr0





そして 夜が 明けた……。





661 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:31:33.45 ID:ZKa88jEr0

以上第22話でした。



*「芸術に 生命が やどり そして 生まれたのが オレさ。」

3DS版のモンスターパークでバロックトーテムから聞けるセリフです。

この「バロックトーテム」というモンスター自体3DS版のダウンロード石版でしか出会えないトクベツなモンスターなのですが、
はじめて出くわしたときには思わず声を上げてしまったものです。
(おまけに仲間呼びにイオナズンと結構強い)

今回のお話はそんなバロックトーテムを題材に、ただの物体に命が宿り魔物になるという現象を、
同じくバロックの芸術である時計塔と絡めて書き起こしたものです。

そしてここでその姿を元に戻すのに使ったのがラーの鏡、天使の涙、時の砂。
ラーの鏡で本当の姿を映し出し、そこに石になったものを元に戻す天使の涙、
さらにそれに逆の効果を与える目的で時の砂を使用しました。

ラーの鏡はさておき、後者二つは本来の使いかたとは大分かけ離れたものになってしまっておりますが、
タイムマスターの企みを考えるとあながち利用方法はあれだけではないのかもしれませんね。

…………………

◇次なる目的地を目指してリートルードを離れるアミット号。
しかしそんな中、遠くに見えてきたのは因縁の……


662 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/13(金) 20:33:33.70 ID:ZKa88jEr0

第22話の主な登場人物

アルス
謎の石像の出現を知り一人で奮闘。事件を解決する。
ランキング協会での仕事を終えたところでセファーナと再会。

マリベル
体調不良により一日休養を取る。
万全ではない状態とあってもアルスのピンチは見過ごせない。

ボルカノ
マッシュの誘いで登録したチカラじまんランキングでなんと一位に。
アルスやマリベル、セファーナに押され、妻のために賞状・副賞を受け取る。

セファーナ
聖風の谷に住まうリファ族の若き長。賢人。
自分の名前をかしこさランキングから抹消しようと思い来たところ偶然アルスと再会。
そろそろ結婚を考えるお年頃。

アイク
世界ランキング協会でかしこさ部門の審査員を務める初老の男性。
物静かで非常に聡明。

モディーナ
世界ランキング協会でカッコよさ部門の審査員を務める婦人。
一瞬の美を重んじ、カッコよさは人類の宝とも考えている。

マッシュ
世界ランキング協会でチカラじまん部門の審査員を務める筋骨隆々の男。
男女共にチカラもちであるべきと考えている。

バロックトーテム(*)
突如として動き出した片腕の像。
長年リートルードの街並みを見てきて本人なりに愛着があったらしい。
アルスの協力により無事に元の姿に戻る。

666 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:04:16.68 ID:I8BPs1sh0





航海二十三日目:本当の親子





667 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:05:03.20 ID:I8BPs1sh0

セファーナ「短い間ですが ご一緒できて 楽しかったです。」

明くる日の朝、少年たちはリファ族の長と別れの挨拶をしていた。

アルス「セファーナさんも お元気で。」

マリベル「たまには 遊びに いくからね。」

ボルカノ「まあ なんだ いろいろと がんばってな。」

セファーナ「ええ 皆さんも お元気で。では!」

そう言うと族長は天にキメラの翼を掲げ、あっという間に空高く舞飛んでいってしまった。

マリベル「行っちゃったわね。」

鮮やかな建物群に溶け込んでいく黄色と青の美しい軌跡を眺めながら少女が言う。

ボルカノ「そうだな。」

アルス「…………………。」

朝日が眩しく照らす中、かつて天才建築家の住んだ邸宅はその光を反射して石畳を色とりどりに染めている。
その幻想的な光景に三人はしばらく会話も忘れて魅入っていた。

ボルカノ「オレたちも そろそろ 行かねえとな。」

アルス「うん。」

マリベル「みんな 待ってるもんね。」

トパーズ「なおー。」

そうして三人は振り返ると、仲間たちが待つ町の外へと歩き出したのだった。

668 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:07:59.66 ID:I8BPs1sh0

*「もう いいんですかい?」

ボルカノ「おう 出発するぞ!」

*「「「ウスっ!」」」

町の外で漁師たちと合流した三人と一匹はそのまま船着き場へと向かい自分たちの船へと乗り込んだ。

まだ東からは眩しく太陽が照り付け、水面に反射してキラキラと光っていた。



…………………



マリベル「今日 一日で 着くのかしらね?」



それから昼すぎになり食事を終えた少女が甲板掃除をしていた少年に話しかける。

アルス「わからない。もし 着いたとしても 真夜中に なるかもね。」

マリベル「また 真夜中かあ。たまには 昼間とか 夕方に 着いてほしいもんだわよね。」
マリベル「アルス あんたが おいかぜ 吹かせ続けたら 少しは 早く着くんじゃないかしら?」

アルス「そんな無茶な……。」

そう言って少年は試しに少しだけ追い風を起こしてみる。
いくらか船の速度は上がったように思われたがそれもいつまでも続くわけではない。
しばらく集中して風を吹かせていた少年だったが次第に集中力が切れたのか大きな欠伸をする。

結局風は途絶えてしまった。

マリベル「……やっぱり 無理ね。」

アルス「当り前じゃないか!」

マリベル「おほほ。いつまでも サボってないで 早く 掃除しなさい~。」

アルス「ぐぬぬ……。」

そうやって少女が少年で遊んでいるうちに空には少しずつ雲が現れ始め、視界を阻んでいた太陽を隠し始める。

アルス「雲が出てきたね……。」

マリベル「そうねー。」

上機嫌な少女は呑気に答える。

669 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:08:37.54 ID:I8BPs1sh0

マリベル「……そういえばさ。」

アルス「んー?」

マリベル「あれから あそこって どうなったのかしらね。」

アルス「飛空石で 飛んでた時 見なかったっけ?」

マリベル「うーん ずいぶん 遠くを飛んでたから 見てないような気もするのよね。」

少女は頬に指を当てて曖昧に答える。

アルス「……たぶん オルゴ・デミーラを倒したときに 地下部分は 崩れたと思ったんだけど。」

そう言う少年もモップの先端に顎を乗せて当時のことを思い出す。

マリベル「あのままだったら あたしたち ぺっちゃんこ だったかもしれないのね。」

アルス「うわあ……。」

マリベル「うー やだやだ。あれだけは あのクソじじいに 感謝しないといけないわね。」
マリベル「……でも 待って。上の 城の部分は まだ残ってたのよね?」

アルス「…………………。」

マリベル「ちょっと 何か 言ってよ。」

アルス「いや うん そうなんじゃないかな。」
アルス「ブルジオさんも言ってたし……。」

少年は冷や汗なのか労働の汗なのかわからない謎の水を垂らしている。

その時だった。

*「おーい 何か見えてきたぞ!」

舵取りをしていた漁師が叫ぶ。

マリベル「アルス……。」

アルス「…どうだろうね?」

名を呼ぶ少女の顔を見つめ返して少年が呟く。

漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこに聳え立つ巨大な塔が見えた。



まるで一行の行く手を阻むように。



670 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:09:54.15 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「この前も 見えてたが ありゃ なんなんだ?」

報せを受けて甲板にやってきた船長が呟く。

アルス「ダークパレス。」

ボルカノ「ん?」

船長の疑問に答えるように少年と少女が語りだす。

アルス「魔王オルゴ・デミーラが 世界中の大工たちを集めて 作らせた 偽りの神の城。」

マリベル「地上のキレイな所は 見せかけで 本当は 地下のまがまがしい所が 本拠地だったんだけど。」

アルス「……秘密を知ってしまった 大工たちは たぶん 口封じに 殺されたんだと思う。」
アルス「もちろん 上の部分で 神官として集められた人たちもね。」
アルス「おかしいと思ったんだ。どうして あんなところで 凶悪な魔物を オリに入れてるのかってさ。」

マリベル「最初から あそこに仕えた人たちを 生かして帰すつもりは なかったってことね。」

ボルカノ「……胸くそ悪い 話だな。」

船長が険しい顔で吐き捨てるように言う。

アルス「ぼくたちが 魔王を倒したときに 地下は崩れたんだけど 地上の部分は まだ残ってたんだろうね。」

マリベル「ま それだけ 大工さんたちの腕が 良かったってことでしょ。」

アルス「……そうかもね。」

ボルカノ「この分だと 夕方には 着くかもな。」

アルス「上陸するの?」

ボルカノ「いや 魔王がいたとこってなると まだ 魔物がうろついてんじゃねえのか?」
ボルカノ「だとしたら 危ねえから 近寄らない方が かしこいだろうよ。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「あんた まさか 中がどうなってるか 気になってんじゃないでしょうね。」

神妙な顔をする少年の顔を覗き込んで少女が言う。

アルス「ええっ!?」

マリベル「やっぱりね~ そんなことだろうと 思ったわよ。」
マリベル「でも 今は 次の目的地を目指すのが 先なんじゃなくって?」

アルス「……うん。」

マリベル「あら? もっと 渋るかと思ったけど。」

いつになく素直に少女の助言に従う少年に少女は首をかしげる。

アルス「いいんだ。」

マリベル「…………………。」

いつもなら“それでも ぼくが いかなくちゃ”などと言って調査に乗り出そうとするかと思っていた少年が
自分を抑え込むかのように口を閉ざしているのを見て、少女は何か引っかかるものを感じた。

マリベル「どうしちゃったのかしら?」

ボルカノ「むっ?」

アルス「どうしたの 父さん。」

ボルカノ「あそこに うっすらと見えてる でかいのは 船か?」

そう言って船長は島の南側を指差す。

アルス「えっ?」

マリベル「船? うちより 大きな船って言ったら……。」

アルス「まさか……。」

少年と少女は船長の見やる遥か先を見つめる。

そこにはもう一つの島と見紛うほどの巨大双胴船が漂っていたのだった。



671 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:10:47.70 ID:I8BPs1sh0



*「ボルカノさん どうするんですかい?」



それからしばらくした後、今晩の予定について話合うために会議室に操舵と見張りを除いた乗組員が集められていた。

ボルカノ「あの船が いるってことは 周りの海は 特に危険はねえってことだろう。」

いくらあの要塞のような船とて魔物が大量に現れるような場所に留まっていたりはしないだろうというのが船長の読みだった。

*「じゃあ おれたちも あそこに 行くんですか?」

ボルカノ「どうせ このまま 走らせたって 真夜中過ぎちまうんだ。どうせなら 船を泊めて 全員 休んだ方がいいだろう。」
ボルカノ「それに この前 助けてもらった礼も まだしてねえしな。」

*「わかりやした。上の奴らに 伝えてきます。」

そう残して漁師の一人が上へと昇っていく。



アルス「…………………。」



ボルカノ「どうした アルス さっきから 無口だな。」

甲板で船を見つけて以来黙ったままの少年を見て父親が問う。

アルス「えっ いや… なんでもありません。ぼくは 掃除に戻ります。」

そう言って少年は漁師の後を追って甲板へと昇って行った。

ボルカノ「……?」

マリベル「…………………。」

いつもとは違う少年の様子に首をかしげる父親を他所に、少女はさらに少年の後を追って階段を上っていった。



672 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:12:39.06 ID:I8BPs1sh0



アルス「…………………。」



少年は船縁に両肘をついて物思いに耽っていた。もしこのままあの船と出会ってしまったら、
自分の本当の父親と育ての親が出会ってしまったら、自分はその時なんと言えばいいのだろうか。

そんなことを考えていたためか少年はいつになく無口になってしまっていた。

“このままでは父に余計に怪しまれる”

そんな思いで少年は逃げるように甲板へとやってきたのであった。

アルス「ぼくは どうすれば いいんだ……。」



マリベル「どうしたのよ。」



アルス「っ…! マリベル……!」

急に後ろから話しかけられ少年はまるで敵を目の前にしたかのように目を見開き振り返る。

マリベル「な 何よ……。」

そんな少年の形相に押され少女はほんの少しだけ後ずさる。

アルス「……ごめん なんでもないんだ。」

すぐに警戒の色を解くと少年は謝り、また船縁に肘をついてまだ遠くに見える双胴船を眺めてため息をつく。

マリベル「どーしちゃったの? マール・デ・ドラゴーンが どうかしたわけ?」

アルス「なんでもないよ。」

少年は振り向きもせずに答える。

マリベル「嘘ね。それなら そんなふうに 過剰反応したりしないわ。」

アルス「…………………。」

少女の指摘に少年は押し黙る。

それすら少女の言葉を肯定していることはわかってはいたが、返す言葉が何も浮かんでこなかったのだ。

マリベル「ねえ あの船で 何かあったの?」

アルス「なにも……ないよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あっそ。あたしにも 話せないなんて よっぽどのことなのね。」

少女はこれ以上問いただしても答えはしないだろうと踏んで追及をやめる。

マリベル「でもね あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃないってことを 忘れないでちょうだい。」

そう言って少女は船室へと降りて行ってしまった。


673 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:13:29.25 ID:I8BPs1sh0

アルス「…………………。」

少年は黙ったまま動かなかった。

否、動けなかったのだ。

いくら彼女だとしても自分の複雑な出自を伝えるのはどこか気が進まなかったのだ。

旅の最中も隠し通した自分の運命を。

“土足で踏み込んで欲しくない最後の領域”

そんな言葉が少年の胸をよぎっていった。

そう、これは少年とあの夫婦だけが知る秘密として墓場まで持っていくつもりのことだった。

しかし少年はどこかでこのままでいいのかという気もしていた。
愛情を注いで育ててくれた両親に、自分の隣で共に歩んでくれる彼女に、
そして共に戦ってきた仲間たちに永遠に自分の正体を隠したまま生きていくことが果たして正しいことなのか。



“あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃない”



先ほど少女が残した言葉が少年の頭の中で繰り返される。

そう、彼女とて興味本位で少年を問いただしたわけではないのだ。
少年が思い悩み、苦しんでいるのがわかっていたからこそこうして自分を追いかけ、訊ねてきてくれたのだった。

その悩みを自分と共有できるように。

アルス「まいったな……。」

考えれば考えるほど少年は迷っていく。

秘密を持つという罪悪感と打ち明けた時の衝撃との間に挟まれ、抜け出せない葛藤の中へとはまっていくのだった。



674 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:14:13.38 ID:I8BPs1sh0



*「……キャプテンはまだ 戻らないか。」



*「ああ なんせ 奴の居城だ そう簡単に 終わらないだろうよ。」



*「それより 御身の無事が 気になる……。」



*「バカ言え! あのお方が くたばったりするもんかよ。」



*「でもよ もしものことが あったりしたら……。」



*「信じて 精鋭たちの帰りを待て! オレたちにできるのは それだけだ。」



*「…………………。」



*「…ああっ!」



*「どうした?」



*「船が… 船がやってきます!」



*「なんだと? 見せてみろ……。」
*「……こいつは たいへんだ! すぐに あの方を お呼びするんだ。」



*「あっ はっ はい!」 



*「うむ… キャプテンがいない今 どう もてなしたものか……。」



675 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:15:19.75 ID:I8BPs1sh0

*「「「おーい!」」」

マリベル「おーーい!」

それから漁船は航行を続け、日も傾きかけた頃には巨大双胴船の元までやってきていた。

*「よっと。」

遥か上の甲板から降ろされた縄を船体に括り付けて固定すると、別の縄を掴んで漁師は上に合図を送る。

*「引き揚げてくれるみたいだぜ。」

*「よっしゃ 行こうぜ。」

ボルカノ「一人ひとり 行くんだぞ。」

*「ウッス。」

漁師の一人が縄をクイっと引くと、そのまま漁師は上の方へ引き上げられていった。

*「よし 次は おれだ!」

そうして再び垂らされた縄に一人ひとり釣り上げられていく。

マリベル「アルス あんた 先に行きなさいよ。」

アルス「…ぼくは 最後に行くよ。マリベルも もう 行きな。」

マリベル「……あっそ。」

それだけ言って少女も猫を抱えて上に登っていった。

ボルカノ「じゃあ オレも 先に行くからな。」

アルス「うん。」

他に誰もいなくなったのを確認して船長も上の甲板へと引き上げられていく。

後に残された少年は縄を掴むべきか悩んでいたが、
双胴船の住民たちが上から催促してきたため、仕方なくそれに応じるのだった。



676 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:16:15.27 ID:I8BPs1sh0

*「みなさん ようこそ マール・デ・ドラゴーンへ。」

*「ボルカノさん 元気してましたか。」

*「ほお なかなか 屈強な男ぞろいだな……。」

甲板へ引き上げられたアミット号一行は双胴船の乗組員たちから口々に声をかけられていた。

*「マリベルさん あいかわらず おきれいだね。」

マリベル「あら ありがとう。」

*「あれ アルスさまは?」

少女がいてあの少年がいないはずがないと言わんばかりに船員の一人が訊ねてくる。

マリベル「ああ あいつなら……。」



アルス「お待たせしました。」



少女が答えようとした矢先、最後に引き上げられた少年が甲板へ姿を現した。

*「おお!」

*「アルスさまだ! アルスさまが おいでになったぞ!」

*「アルスどの よく お訪ねになってくださいましたな。」

少年の登場に辺りが一斉に騒ぎ始める。

アルス「みなさん お久しぶりです。」

ボロンゴ「アルスさま 是非 お会いしていただきたい方が いらっしゃいます。」

アルス「ぼく ですか?」

ボロンゴ「はい どうぞ こちらへ。」

そう言ってかつて少年の世話役を司った船員は少年を連れて歩き出す。

マリベル「ちょっと アルス どこ行くのよ!」

その様子を見ていた少女が少年の背中に叫ぶ。

ボロンゴ「あっ!」
ボロンゴ「み みなさんも アルスさまの後で 会っていただきたいので ご一緒に  来ていただけませんか。」

慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言う。

ボルカノ「オレたちもか?」

*「だれっすかね?」

コック長「さあな。」

マリベル「もしかして シャークアイさん?」

この船で少年に会いたがっている人物と言えばそれぐらいしか思い当たる節がなかったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。

ボロンゴ「いえ 総領は今 ダークパレスの調査に 向かっておりますので……。」

マリベル「え……?」

トパーズ「なおー。」

ボロンゴ「と とにかく 行きましょう!」

三毛猫の声に我に返った船乗りはそう言って急ぎ足で少年の前まで戻ってくると、
中央にある船室へと向かって再び歩き出すのだった。



677 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:16:56.26 ID:I8BPs1sh0



*「ご苦労だったな ボロンゴ もう 下がっていいぞ。」



船長室の手前の階段では無骨な青服に身を包んだいかつい男が待ち構えていた。

ボロンゴ「は はい! カデルさま!」

カデル「む そうだ この後 総領と共に 皆さんを お迎えする 宴を開くからな。」
カデル「準備に取り掛かるよう 伝令を頼むぞ。」

ボロンゴ「わかりました! 早速!」

そう言って副長から指令を受けると部下の船員は足早にその場を去って行った。

マリベル「ボロンゴさんってば あいかわらず そそっかしいのねー。」

そんな様子を見て少女がクスクスと笑う。

カデル「アルスさま マリベルさま それに ボルカノどの お久しぶりです。」

するとこの双胴船の副長である髭面の男が丁重な挨拶で一行を出迎えた。

マリベル「もしかして 会いたがってたのって カデルさんのこと?」

まさかと疑問に思ったことを少女が正直に訊ねてみる。

カデル「いいえ。そのお方は 船長室におられます。」
カデル「申し訳ないのですが あんまり そのお姿に 驚かないで いただけませんかな?」

ボルカノ「……どういうことです?」

カデル「実際に お会いすれば わかります。」
カデル「では アルスさまから 先に 行きましょうか。」

アルス「…………………。」
アルス「はい。」

少年はしばらく考え込んでいたがやがて瞼を開くと小さく返事をし、ゆっくりと階段を上っていくのであった。

678 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:18:09.74 ID:I8BPs1sh0



カデル「失礼いたします。アルスさまを お連れしました。」



階段の上までやってくると副長は跪き、部屋の中の人物に少年の来訪を告げる。

*「ありがとう カデルさん。少しだけ 二人にさせて いただけませんか?」

透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答える。

カデル「では 失礼します。」

そう言って副長は階段を降りていった。



アルス「…………………。」



二人だけとなった部屋の中で少年は少しだけ歩みをすすめ、小さな池の縁に腰かけている人物の顔を見つめる。



*「アルスさん ……いいえ アルス。こっちへ来て お顔を見せて。」



アルス「アニエスさん いや……。」















アルス「お母さん。」















679 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:18:52.40 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

その頃階段の下では、上でどんな会話が行われているのかを聞こうと少女が耳を凝らしていた。

マリベル「……ダメね。よく 聞こえないわ。」

カデル「きっと 二人だけの話もありましょう もう しばらく ご辛抱くだされ。」

そんな少女を諫めて副長が言う。

マリベル「わかってるわよぉ……。」

*「どんな人なんですか?」

痺れを切らした飯番の男が問う。

カデル「それも これも ご本人の口から 聞いたほうが 良いでしょうな。」

*「むむむ……。」

カデル「しかし 我々にとっては 総領とも等しいお方と 言っておきましょうか。」

マリベル「……まさかとは 思うけど…。」

そこまできて少女にはいつか海底王の神殿で聞いた話のことを思い出していた。

マリベル「…………………。」

しかし少女の仮説が正しいという保証もない。

ボルカノ「ん? どうしたんだ?」

マリベル「いいえ なんでもないわ ボルカノおじさま。」

“答えは直にわかる”

そう思い少女は口をつぐんだ。



680 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:21:15.17 ID:I8BPs1sh0



アルス「みんな 上がってきて。」



しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかける。

カデル「もう よろしいのですかな?」

アルス「ええ。」

カデル「では みなさん おあがりください。」

マリベル「そうさせてもらうわ。」

アルス「マリベル… みなさん 驚かないでくださいね。」

マリベル「くどいわ。あたしは もう ちょっとやそっとじゃ 驚いたりしないわよ。」

アルス「ありがとう。」

少女の答えを聞くと少年は振り返り部屋の中にいる人物に語り掛ける。

アルス「アニエスさん ぼくの父さんと 仲間たちです。」



*「「「…………………。」」」



そうして通された一行は思わず絶句する。

その人物は部屋の奥にある玉座に座るでもなく、部屋の左右に置かれた小さな二つの池、その一つの縁に腰を掛けていた。

*「に 人魚……?」

漁師の一人が呟く。

魚のような鱗とひれ、明らかに人の物ではない下半身を持ったその人物は
すべてを映すかのような深い青色の瞳で一行を眺めていた。





*「ボルカノさんに お仲間のみなさん ようこそ おいでくださいました。」





681 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:23:15.91 ID:I8BPs1sh0

その女性はさざ波のように淡く優しい声で出迎えた。

マリベル「あなたが アニエスさんね。」

少女は自分の仮説を証明しようと臆せずに問いかける。

アニエス「いかにも 私はシャークアイの妻の アニエスです。」
アニエス「こんな姿を お見せしてしまい さぞ 驚かれていることでしょう。」

マリベル「いいえ。アルスや海底王から 話は聞いていたわ。」

アニエス「……あなたは マリベルさんですね?」

マリベル「どうして あたしの名前を?」

アニエス「夫や アルスさんから お話をうかがってます。」
アニエス「よくぞ アルスさんを支え 魔王を打ち倒してくれましたね。」
アニエス「本当に ありがとう。」

マリベル「い いや 別にあたしは そんな……。」

素直な感謝の言葉に珍しく少女は狼狽え、少年の袖を少しだけ引っ張る。

“なんとか言ってよ。”

とでも言いたいのだろうか。

アルス「アニエスさんは はるか昔に この船が 魔王に封印された時 夫のシャークアイさんへの想いから こうして 人魚に姿を変えて 生きてきたんです。」

少年は漁師たちに彼女が現在の姿に至るまでの過程を噛み砕いて説明する。

マリベル「で それをやったのが 海底王っていう へんな おじいさんってわけ。」

少年の助け舟に乗っかって少女も付け加える。

アルス「へんな は余計だよ マリベル。」

”借りにも目の前にその人にお世話になった人がいるのにそんなこと言って大丈夫だろうか”

そんなことを考えながら少年は慌てて釘をさす。

マリベル「あんなところで 寝てるだけのじいさんの どこが 変じゃないっていうのかしら?」

アルス「そりゃ そうだけど……。」



ボルカノ「……にわかには 信じがたい 話だな。」



その時、話を聞いていた漁船の船長が重たい口を開く。

アニエス「無理もありません。最初は私も わらにもすがる思いで 海底王さまに お願いしたのですが…。」
アニエス「こうして人魚となってからも しばらく 実感がわきませんでしたから。」

ボルカノ「…………………。」

漁師頭は難しそうな顔で腕を組んでいる。

マリベル「…ははあ。海底王が シャークアイさんに 用があるってのは アニエスさんと 会わせるためだったのね。」

すると少女が魔王討伐の凱旋の時にシャークアイが言っていた言葉を思い出して言う。

アニエス「ええ。魔王の封印が溶け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」
アニエス「たとえ この体が 一年に一日しか 歳を取らないとしても 私は最後まで 夫の傍にいるつもりです。」

*「そりゃ また 難儀な……。」

漁師の一人が気まずそうな顔で言う。

アニエス「いいえ いいんです。」
アニエス「こうして 夫と 再び 同じ時を生きることができる。それだけでもう 私に 望むものは ありません。」

そんな漁師たちに気遣ったのか人魚は気丈に微笑んでみせる。


682 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:24:01.60 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「…それで その シャークアイさんは まだ 戻らないんですか? この前の お礼を 言いたかったんですが。」

重たい空気を変えようと船長は今はここにいない海賊たちの総領について尋ねる。

アニエス「ええ そろそろ戻って来ても いいころだと 思ったのですが……。」



アルス「…………………!」



その時、少年が階段へと走り出した。

マリベル「ちょっと! アルス どこ行くのよ!」

アルス「様子を見てきます!」

そう言って少年は物凄い勢いで階段を下りどこかへと走っていってしまった。

マリベル「あのバカっ!」

それに続いて少女も後を追おうとした時だった。

アニエス「待って!」

マリベル「っ…!?」

人魚に呼び止められ少女は慌てて振り返る。

アニエス「彼 一人で 行かせてあげてください。」

マリベル「で でも……!」

アニエス「信じて… 夫とアルスを 信じてあげてください。」

マリベル「…………………。」

強い信念の宿る瞳に心を揺さ振られ、少女は少年を追うのをあきらめて踏みとどまる。

アニエス「…あなただけに お話しておきたいことがあります。」

マリベル「えっ あ あたしに……?」

アニエス「みなさん 少しの間 二人だけにして いただけませんでしょうか。」

そう言うと人魚は漁師たちを一瞬見回した後、階段の下の方に向かって叫ぶ。

アニエス「カデルさん!」

カデル「はい なんでしょう アニエスさま。」

すぐにやってきた副長が指示を仰ぐ。

アニエス「みなさんに 休めるところを。それから 何かお出しいただけませんか。」

カデル「ハッ かしこまりました。」
カデル「では こちらに。」

人魚の言葉を聞いて一礼した後、すぐに副長は漁師たちを伴って船長室を後にした。

マリベル「…………………。」

アニエス「…………………。」

漁師たちのいなくなって部屋にどこか重たい沈黙が訪れる。

アニエス「マリベルさん どうぞ 立ってないで こちらに来て 座ってください。」

マリベル「え ええ……。」

人魚に促され、少女はその隣に腰掛ける。

アニエス「これから話すことは どうか 他の人には 黙っていて欲しいの。」

マリベル「…なんの お話ですか?」

アニエス「…………………。」
アニエス「あの子… アルスのことです。」

少女に語りだすそれは何物でもない母の顔をしていた。

683 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:25:34.95 ID:I8BPs1sh0



アルス「…………………。」



甲板まで出た少年はすぐに魔法のじゅうたんを広げ、自分の本当の父親がいるであろう魔の巨塔を目指して飛んでいた。
魔王が倒れたとはいえ、あの中が安全であるという保証はどこにもなかった。
万が一あの強力な魔物たちが未だに巣食っていたとすればそれは調査に向かった海賊たちの命にかかわりかねない。
それが例え百戦錬磨の戦士たちであろうと危険なことに変わりはない。

アルス「無事でいてくれ……。」

偶然にも再開を果たした本当の父親の背中が脳裏に浮かぶ。
跡を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

アルス「っ!」

入口が見える。

地上部分に設けられた大きな扉はまだ開かれたままだった。

少年はさっと絨毯を飛び降りると、それをしまうのも忘れて一直線に走り出す。

周囲の状況など目に入ってこなかった。

アルス「シャークアイ!!」

扉をくぐると少年は力いっぱいに叫び己の存在を知らしめる。

アルス「どこですか! キャプテン・シャークアイ!」

少年の叫び声が、がらんどうの広間の中に木霊する。

アルス「…………………。」



“ドンッ!”



アルス「…っ!」

突如響いた地響きのような音に少年は天井を見上げる。
パラパラと落ちてくる砂埃を払いながら少年は音のする方を目指して階段を上っていく。

[ アルスは トラマナを となえた! ]

毒の沼を超え、長い長い梯子を登っていく。

時々起こる振動は徐々に大きさを増し、何者かがそこで暴れていることが窺えた。

アルス「間に合ってくれ!」

梯子を昇りきり、息が上がるのも忘れてさらに階段を駆け上がる。

*「ぐあああっ!」

誰かの悲鳴が聞こえる。

アルス「くっ……!」

*「ケェェェェ!!」

甲高い鳴き声が聞こえる。

*「おい しっかりしろ!」

聞き覚えのある男の声。





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





階段を上りきった少年はその背中目がけて思い切り叫ぶのだった。

684 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:26:55.46 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



アニエス「…………………。」



少年が魔城の中を駆け抜けている頃、双胴船の船長室は重たい沈黙に包まれていた。

マリベル「あいつが ボルカノさんと マーレさんの 本当の息子じゃなかったなんて……。」

思えばおかしな点はいくつもあった。彼の腕に浮かび上がった謎のアザ。
それは不思議な渦を呼び起こし、いつの間にか水の精霊の紋章と同じ形に変わり、道標を作り出した。
そしてなにより彼が母親の体の中に6か月しかいなかったということ。

アニエス「…………………。」

マリベル「…どうして……。」
マリベル「どうして 黙ってたのよ ばかアルス……。」

自分の身体をぎゅっと抱きしめ、少女は今はここにいない少年に向かって吐き捨てる。

アニエス「あの子は… 悩んでいました。」
アニエス「あなたや 彼の育ての親が そのことを 知ってしまったら どう思うだろうかって……。」

マリベル「っ……。」

少女にもそれは容易に想像がついた。
自分の子だと思って大切に育ててきた息子が
本当は遠い過去から水の精霊によって運ばれてきた誰かの子だと知ったとしたら、あの二人はどう思うだろうか。

マリベル「でも どうして あたしにそれを……?」

少年の母親がどうしてそのことを自分だけに伝えたのか。

少女にはわからなかった。

アニエス「きっと あの子は あなたにだけは 伝えるつもりだったのでしょう。」
アニエス「さっき 二人きりの時に ……いつか 自分で伝えると 言ってました。でも……」
アニエス「今は何より あの子の孤独を わかってあげられる人が 傍にいて欲しいの。」
アニエス「あなたは きっと あの子の 大切な人なんでしょう?」

マリベル「あっ い いや そんな……。」

アニエス「っふふ。恥ずかしがらなくても いいんですよ。」
アニエス「あなたのことを 話している時の あの子の顔を見たら すぐにわかりました。」

マリベル「…………………。」

すっかり見通されてしまい少女は両手を握ってもじもじとさせる。

アニエス「だから あの子が いつか このことを打ち明けた時 あの子のことを 何も言わずに 受け入れてあげて欲しいんです。」

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま一回だけ頷く。

685 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:27:26.35 ID:I8BPs1sh0

アニエス「……でも 良かった。」

マリベル「えっ…?」

アニエス「あの子は いつの間にか いろんな人に 助けられて 大きくなってたのね……。」

マリベル「アニエスさん……。」

人魚の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
そして零れ落ちた滴は水面を波打ち、いつしかそれは宝石のように固まり輝きだした。

アニエス「あら いけない 私ったら… ちょっと 湿っぽくなっちゃったかしらね。」

まなじりを指で払いながら人魚は微笑む。

マリベル「…いいんです。だって 何百年ぶりにやっと 会えたんですから……。」

アニエス「うふふ。マリベルさんは 優しい人ね。これなら 安心して あの子のことを 任せられそうだわ。」

マリベル「あ アニエスさんっ! き 気が早いですよ……。」

突然の言葉に少女はまたも顔を赤くして言葉に詰まる。

アニエス「あらあら。うふふっ。」
アニエス「それじゃ あの子たちが帰ってくるまで お休みになっていらしてください。」
アニエス「カラダが 本調子ではないのでしょう?」

マリベル「えっ…!」

“どうしてわかったんだろう”

アニエス「さっきから 無意識に お腹を擦っていたでしょう。」

マリベル「…………………。」

“どうやらこの人には敵わないだろう”

一瞬で少女はそう悟ると、人魚の言うことを素直に聞き入れその場を後にするのだった。




686 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:29:14.96 ID:I8BPs1sh0





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





*「うおっ!?」

少年が叫んだ次の瞬間、黒髪の男の頭上を稲妻の刃が通り過ぎていく。



*「グギャアアア!」



遅れて耳をつんざくような醜い悲鳴が響き渡る。

*「今のは……!」



アルス「みなさん 無事ですか!」



シャーク「あ アルスどの! どうして ここに!?」



アルス「話は 後です!」

そう言って少年は辺りを見渡す。
海賊たちはざっと十人ほどいたようだったがそのうちの殆どが虫の息となり残すは総領ともう一人だけとなっていた。

アルス「…………………。」

剣を構えじりじりとにじり寄ってくる魔物たちを睨みつける。
相手の数は五体ほどだが、辺りにはおびただしい数の死体が転がっていた。
どうやら少年が駆け付ける前に倒されたらしい。



*「おおおー!」



その時、近くにいた盾を持つ鬼が少年たちめがけて突進してくる。

アルス「むううん!」

少年は片足を踏み出し重心を低く構えると、そのまま突進してくる鬼に向かって思い切り正拳突きを繰り出した。

*「がああっ……!」

鬼の持っていた盾は見事に貫かれ、その拳の勢いで鬼の体は宙へと放り出される。

アルス「はっ!」

少年はそのまま高く飛び上がると獲物で鬼の体を頭から真っ二つに切り裂いた。

アルス「次……。」

*「クァァァ!!」

アルス「っ!」

振り返った瞬間放たれた爪撃を寸の距離でかわすと少年は七色の魔鳥の首を掴んで投げ飛ばす。

*「グゲッ!?」

アルス「はあああああっ!」

少年は両手に獲物を握りしめるとそのまま魔鳥にとびかかり両手から何度も斬撃を繰り出し、その体を切り裂いていく。

*「グゲエ……。」

魔鳥が沈黙したのを確認すると少年は再び走り出す。

687 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:30:06.71 ID:I8BPs1sh0

アルス「シャークアイさん これを!」

シャーク「むっ! これは 水竜の剣!」

アルス「くらえっ!」

別の魔物と対峙していた海賊の総領に獲物を投げ渡すと、少年は走り込み魔物目がけて飛び膝蹴りを放った。

*「キシャ!?」

体勢を崩した紫の鱗を持つ首長竜目がけて好機と見た総領が声を上げる。

シャーク「ゆくぞっ!」

アルス「はい!」

総領の合図で踏み込み頭部と腹部に分かれて一斉に切り刻んでいく。

*「キシャアアアッ……!」

身体を寸断され、金切り声のような断末魔を上げて竜の魔物は息絶える。

*「これでも 喰らえい!」

[ ヘルバトラーは イオナズンを となえた! ]

アルス「そうはさせない!」

[ アルスの からだから あやしいきりが ふきだし あたりをつつんだ! ]
[ すべてのものたちに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

*「な なぜだ! なぜ呪文が 発動せん!」

シャーク「遅い!」

呪文がかき消され狼狽する魔獣にすかさず総領が重い一撃を繰り出す。

*「ぐぬおお!」

アルス「おおおっ!!」

そしてそのまま少年が大きく振りかぶり、魔人の如くその頭目がけて獲物を振り下ろす。

*「…………………!」

何かが砕ける音と共に魔獣は力なく、血の海の中へ沈んでいった。

*「おのれ 貴様ら よくも ここまで……!」

遂に最後の一体となった鋼鉄の鎧が恨めしそうに軋み、呪詛のような言葉を吐き散らしている。

シャーク「いいたいことは それだけか。」

アルス「いくぞ!」

歯の浮くような金属音をかき消すように二人は鎧に向かって走り出す。

シャーク「ふんっ…!」

懐まで潜り込んだ総領がその足に刃をかけて思いっきり引っ張る。

*「ぬおおっ!?」

脚を取られて鎧はたまらず仰向けに寝転がる。

シャーク「っ…!」

アルス「これで… 終わりだああっ!」

少年は腕にまばゆい光の剣を作り出すとそれを握りしめ、鎧に向かって究極の一撃を振り下ろした。





[ アルスは アルテマソードを はなった! ]





688 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:31:21.67 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



魔城跡で激しい戦いが繰り広げられている頃、
部屋で一人休んでいた少女は先ほど少年の本当の母親から聞かされた話を思い出していた。

…………………

“あの子は… アルスは 本当は 私と シャークアイの子供だったのです。”

“それが コスタールが魔王に 封印されて程なくして 私のお腹の中から消え
水の精霊さまの加護によって 未来のエスタード島に託されたと 海底王さまは おっしゃっていました。”

“私たち 水の精霊のチカラを受け継ぐ 一族の長は 代々 体に 精霊の紋章を 身体に宿すと言われておりますが……。”

“あなたも 見たのでしょう。あの子の 腕にアザがあるのを。”

“夫の話では あの子が 水竜の剣を掲げた時 夫に宿っていた 半分の紋章が あの子に宿り 完全な形になったと言います。”

“それは紛れもなく あの子が 私たち一族の血を引いている証……。”

“そして あの子の顔を見た時に持った 不思議な感覚……。”

“私のは直感でしたが 夫は確信したようです。”

“……あの子こそが 私たち夫婦の 失われた 光だったと。”

“でも このことは あの子と 私たち夫婦の秘密……。”

“あの子には 大切に育ててくれた 両親がいます。”

“私たちが できなかったことを 代わりにしてくれた……。”

“…あの子は 夫の跡ではなく ボルカノさんの跡を継ぐことを 選びました。”

“残念と言えば 残念ですが それはあの子が決めること。何も してあげられなかった 私たちが 決めることではありません。”

“……私たちは あの子の決めた道を 陰ながら 見守ることにしました。”

“それが 私たちにできる 唯一の親としての務め。”

“きっと あの子なら どんな世界でも 立派に生きていける。私たちは そう 確信しています。”

…………………


689 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:32:13.25 ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」

頭では理解できていたが、心の底ではまだ整理が付けられずにいた。
ただの幼馴染と思っていた彼がそれほどの重たい宿命の下に生まれていたとは夢にも思わなかった。
彼は最初から運命づけられた人生を生きてきたのだ。時代を超え、多くの人々と大切な家族の願いを一身に受けて。

あの気弱でおとなしく、引っ込み思案だった少年が。

マリベル「アルス……。」

魔王を倒す旅の途中で時折見せた彼の物思いに耽った顔の裏にそんな事情が隠されていたことなど、
ずっと隣で歩いてきた少女も、コスタールでの出来事を知っている仲間たちでさえも知らなかったのだ。

“どうせくだらないことでうじうじと悩んでいるのだろう”

そんな風に思ってしまった自分を恨めしく思う。

いつも何も考えていないような顔しておきながら彼は心の底でずっと家族のことで思い悩んでいたのだろう。

マリベル「どうか……。」

本当の父親を助けに行った彼は今、何を思い、どんな顔をしているのだろうか。

マリベル「どうか 無事に帰ってきて……。」

少女は少年の帰還をただ祈るのだった。



690 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:33:04.34 ID:I8BPs1sh0



シャーク「すまない アルスどの。」



戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始める。

アルス「いえ 間に合って 本当に良かったです。」

シャーク「あのままでは 確実に 全滅していただろう。情けないことだ……。」

アルス「…むしろ これほどの数を相手に 生き残れた方が 不思議なくらいです。」

シャーク「うむ。我が一族の中でも 選りすぐりの戦士たちを 集めたのだったが……。」
シャーク「また アルスどのに 助けられてしまったな。」

アルス「いいんです。ぼくにできることは これぐらいしかありませんし……。」

シャーク「はっはっは! 何を言うか! 命を助けられてこれ以上 何をしてもらえと 言うんだ。」
シャーク「心から 礼を言わせてもらうよ。」

総領は高らかに笑うと少年の肩を叩く。

アルス「は ははは……。」

少年は照れ隠しをするように笑って頭を掻く。

シャーク「さて どうやら 魔物はすべて片づけたようだし そろそろ 帰るとするか。」

アルス「地下は やっぱり 崩れて 埋まってたみたいですね。」

シャーク「どうも それが 幸いしたようだ。」
シャーク「もし 地下の魔物まで 襲ってきていたら 今頃 我々は 髪の毛一本残っていなかっただろう。」

総領は腕を組んで何度も頷く。

アルス「この上は どうなっているんでしょう。」

シャーク「どうやら 上にはもう 何もいないようだ。」
シャーク「仲間が何人か 調査に行ったのだが 何の気配も 感じられなかったそうだ。」

アルス「そうですか……。」

シャーク「では 行くとしようか。みなも 待っているだろうしな。」

*「「「おおっ!」」」

総領は海賊の戦士たちに合図を送ると、辺りを警戒しながらゆっくりと地上へ降りていく。



遂に誰もいなくなった城内からは、ただ血と死臭の混じった戦場の匂いだけが立ち込めていたのだった。



691 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:34:03.65 ID:I8BPs1sh0

*「……帰ってこねえな。」

*「まさかとは 思うがよお……。」

地平線に夕日が完全に沈みかけた頃、双胴船の客室に通されたアミット号一行は少年や海賊たちの帰りを待ちわびていた。

*「あの アルスさんが そう簡単に やられるわけないじゃないですか!」

最悪の結末を想像する漁師たちに飯番の男が叱咤する。

コック長「そうだともよ。魔王を倒しちまうようなやつが そんじょそこらの魔物相手に くたばったりしないだろうよ。」
コック長「そうでしょう ボルカノ船長。」

ボルカノ「…………………。」

呼ばれた船長はただ黙って窓の向こうに見える巨塔の入口を眺めていた。
彼は何も語らなかったがその背中はどこか確信を得たように堂々たるもので、彼がいかに少年を信頼しているかを物語っていた。



ボルカノ「……来たか。」



不意に船長が口を開く。

*「えっ!」

*「ほ ホントですか!!」

その言葉に漁師たちは一斉に窓に群がる。

*「ああっ 見えた! あそこだ!」

*「アルスさんだけじゃない!」

*「海賊たちも 一緒だぞ!」

少年たちの姿を見つけた漁師たちは一斉に声を上げる。

ボルカノ「…迎えに行くか。」

船長はにやりと笑うと男たちにそう告げる。

*「「「おおっ!!」」」

それを聞いた漁師たちは部屋を飛び出し、甲板へと続く階段を目指して走り出す。
見れば船の乗組員たちも精鋭達の帰還を聞きつけ脇目も振らずに甲板へと向かっている。

漁船アミット号の男たちはそれに負けじと階段を駆け上っていったのだった。



692 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:34:49.48 ID:I8BPs1sh0

シャーク「ここまで来れば 大丈夫だろう。」

魔塔の入口まで戻ってきた総領が呟く。

アルス「どうやら 本当に 魔物はいなくなったみたいですね。」

*「くぅ~! 生きて帰ってこられて 良かったぜ!」

*「カミさんに 早く 会いてえなー!」

*「これで 魔王との因縁も 遂に 切れたってわけですな!」

シャーク「……そうだな。」

仲間たちの嬉しそうな声を聞きながら総領は穏やかな声で応える。



*「おーい!!」



その時、海の方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてきた。

アルス「ん……?」

*「あれは……。」

シャーク「…どうやら 迎えが 来たようだな。」

そう言って一行が見やる先には大手を振ってこちらにやってくる大勢の海賊たちの姿があった。

*「キャプテン! キャプテン・シャークアイ!!」

*「みんなー! 無事かー!」

*「あなたー!」

駆け寄ってくる船員たちを迎えて精鋭たちは再開を喜ぶ。

*「おおっ……!」

*「みんな 来てくれたのか!」

*「へへっ 待たしたな。」

続々とやってくる海賊たちの後ろの方に見えた人影に、少年も思わず声を上げる。

アルス「あっ……!」

*「おーい!」

*「アルスさーん!」

*「アルスー!」

アルス「みんな……!」

シャーク「……行ってやれ。」

顔を上げて目を見開く少年に総領は優しく声をかける。

アルス「……はいっ!」

元気よく返事をすると少年は仲間たちのもとへ、大切なもう一人の親の元へと駆け寄って行くのだった。

693 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:35:53.47 ID:I8BPs1sh0

*「シャークアイさま!」

*「おかえりなさい キャプテン!」

*「みんな よく 戻って来てくれた!」

*「良かった! ホントに良かったよ~!!」

一行が双胴船に戻ってからというものの甲板は精鋭たちの帰りを待ちわびていた乗組員たちで埋め尽くされていた。

シャーク「みな 心配をかけたな。」

総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える

*「シャークアイさまー!」

*「ばんざーい!」

*「さあ お部屋へ! アニエスさまが お待ちですぞ!」

シャーク「ああ。」

船員の言葉に小さく頷くと総領は後ろにいる仲間たちへと声をかける。

シャーク「集まってくれた 戦士たちよ! よくぞ われらが船に生きて戻った!」
シャーク「ここで 調査隊を解散とする! 後は 自由に 体を休めていてくれ。」



*「「「おおっ!!」」」



総領の号令と共に戦士たちは帰りを待っていた仲間のもとへとそれぞれ歩み寄っていくのだった。

694 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:36:31.57 ID:I8BPs1sh0



シャーク「アルスどの。」



それを見届けた総領は戦士たちの後ろの方に立っていた漁師たちに近づき少年に声をかける。

シャーク「この度は 危ないところを助けていただき 誠に感謝する。」
シャーク「おかげで こうして 家族たちと 再会することができた。」

そう言って総領は少年にゆっくりと敬礼する。

アルス「いやあ よしてください……。」

少年は首を横に振って顔を上げるように促す。

シャーク「…さて この後 戦士たち全員の 無事の帰還を祝って 宴をするのだが もちろん あなたがたも 参加してくれますな?」

総領は一行を見渡すとどこか確信を得たような表情で微笑む。

アルス「父さん。」

隣に立つ父親を少年が見上げる。

ボルカノ「…まあ どうせ 今日は ここで 一泊する予定だったからな。」
ボルカノ「せっかくだし ご厄介になるとしようじゃねえか!」

*「ひゃっほーい!」

*「酒だ 酒だー!」

コック長「こりゃ この船の料理を味わえる チャンスだな。」

*「ちょっと 厨房 のぞかせてもらいましょうよ!」

船長の言葉を聞いた漁師たちは沸き立ち、早くもお祭り騒ぎとなっている。

アルス「…………………。」

少年は微笑みながら黙ってそれを見つめていたが、やがてそこにいるべきはずの人物が一人いないことに気付く。

アルス「あの マリベルは?」

*「んっ? マリベルおじょうさんなら どっかにいると思うが……。」

少年は漁師の言葉を聞くと少しだけ目を伏せる。

アルス「そうですか……。」

そんな少年のところへ総領がやってきて語り掛ける。

シャーク「……アルスどの 少し 付き合ってもらえないか。」

アルス「え ええ……。」

シャーク「ボルカノどの しばしの間 アルスどのを お借りします。」

ボルカノ「ええ。」

シャーク「では 行こうか。」

総領は漁師頭にそう告げると、少年を連れて船長室の方へと歩みだした。

ボルカノ「…………………。」

そんな二人の背中を漁師頭はただじっと見つめているのだった。




695 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:38:05.63 ID:I8BPs1sh0

宴の準備で慌ただしく動き回る船員たちの合間を縫いながら船長室の手前までたどり着くと、総領は階段の上に語り掛けた。

シャーク「アニエス! いま 戻ったぞ!」

そして隣に立つ少年に目線だけやって言った。

シャーク「……行こうか。」

アルス「…はい。」

少年は小さく返事をすると総領の後に続いて階段を上っていった。



アニエス「お帰りなさい あなた。そして アルス。」



階段を上りきった二人に人魚が呼びかける。

シャーク「ただいま アニエス。」

そう言って総領は妻の隣に腰掛ける。

アニエス「アルス あなたも こっちに来て?」

シャーク「紹介しよう。わが妻の アニエスだ。」

アルス「あ あの……。」

目を輝かせている総領に少年は気まずそうに声をあげる。

シャーク「ん?」

アニエス「ふふっ あなた。」

不思議そうにしている夫に人魚はおかしそうに笑う。

アエニス「もう 私たちは 三度も 会ってるんですよ。」

シャーク「なっ… そ それは 本当か!」

アルス「は ははは……。」

滅多に見せない総領の焦り様に少年も少しだけ気まずそうに笑う。

シャーク「ご ゴホン! ……ま そういうわけだ。」

アニエス「うふふ……。」
アニエス「なんだか……夢のようだわ。」

そう言って人魚は静かに瞳を閉じる。

シャーク「むっ?」

アニエス「こうして 時を超えて あなたと再会して そして 今度は 失くしたと思っていた わが子に会えるだなんて。」
アニエス「それも こんなに 立派になって……。」

シャーク「……そうだな。」


696 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:38:54.45 ID:I8BPs1sh0

総領は妻の手を握り優しく微笑むと、少年の顔を見つめてその名を呼ぶ。

シャーク「アルスどの…… いや アルス。」

アルス「……はい。」

シャーク「海底王や 水の精霊の話を 聞いて すでに わかっていたかもしれないが……。」
シャーク「お前こそ 水の精霊により 未来に託された オレたち夫婦の子なのだよ。」

アルス「……はい お父さん。」

少年は少しだけ複雑な表情でそれに応える。

シャーク「大きくなったな。……いや 会った時には すでに 大きかったか。」

アニエス「あなたっ。」

シャーク「おお そうだったな。」

妻に咎められた総領は思い出したように呟くと、自分の想いを少年に告げる。

シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 跡を継げと 言うつもりはない。」
シャーク「オレたち一族の役目は 終わったのだ。」
シャーク「これから どうするかは まだ決まっていないが オレたちは また 世界を航海しながら お前たちが勝ち取った平和を 見守って行こうと思う。」

アニエス「だから あなたは 自分の選んだ道を しっかりと 歩んでいってくださいね。」

アルス「……ありがとうございます お父さん お母さん。」

本当の両親の想いに触れ、少年は照れくさそうに眼を伏せて頭を掻いていたが、
やがて二人の顔を見つめ、はっきりと返事をするのだった。

アニエス「ああ アルス! もう一度 抱きしめさせてちょうだい……!」

アルス「お母さん……。」

両手を広げる人魚の母親に少年はそっと身体を寄せ、優しくその体を抱きしめる。

アニエス「うっ… うっ……。」

シャーク「お前は オレたちの 誇りであり 宝だ。」

妻の涙を拭いながら夫は少年に語り掛ける。

その顔は、紛れもない父親の顔だった。



697 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:39:59.19 ID:I8BPs1sh0

シャーク「そういえば アルス このことを ボルカノどのは もう ご存じなのか?」

ひとしきり再開を喜んだ後、総領は気になっていたことを口にする。

アルス「……いえ まだ 言っていません。」

どこか思いつめた様な表情で少年は答える。

シャーク「そうか……。いや それは お前が決めることだ。」

アルス「……はい。」

シャーク「お前が 望むなら オレたちは秘密として 黙っておこう。」

アニエス「もし その時が来れば 私たちにも 教えてくださいね。」

アルス「……はい。」



アニエス「ああっ いけない!」



ハッとしたかのように人魚が口元を隠す。

アルス「どうしたんですか?」

アニエス「あなたの帰りを 待っていたのは 私たちだけじゃ なかったんだったわ!」

シャーク「……?」

事情を知らない父親は何のことかわからず首を捻っている。

アルス「そ そうだ マリベルを見てませんか?」

言われて思い出したのか少年も慌てて少女の行方を尋ねる。

アニエス「きっとまだ 客室で お休みになっているはずだわ。」

シャーク「…なるほど それなら 早く 行ってあげるといい。」

意を得た父親が少年を促す。

アルス「で でも……。」

シャーク「見つけたんだろう? おまえの 相棒。」

アルス「お父さん……。」

微笑む父親に少しだけ困ったような顔で少年は呟く。

アニエス「もう あなたっ それを言うなら 伴侶ですよ。」

そんな夫の言葉を正して母親が目を細める。

アルス「お お母さん……!」

アニエス「女の子を待たせては いけませんことよ? アルス。」

アルス「……失礼します!」

母親の一言に後押しされ少年は転びそうになりながら階段を駆け下りていった。

シャーク「……まだまだ 若いな。」

そんな様を見届け父親が呟く。

アニエス「あら それをいうなら あなただって。この前の 夜なんて……。」

そう言って妻は顔を両手で隠して赤らむ。

シャーク「あ あの時は 喜びのあまり その…… いろいろと な。」

再開した日のことを思い出す妻に夫は鼻を掻いてボソボソと言う。

アニエス「もうっ これから 時間はたっぷり あるじゃないですか。」

シャーク「……そうだな。」

そうして再び手を重ねる妻の顔を見ながら総領は赤い顔で微笑むのだった。

698 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:42:08.30 ID:I8BPs1sh0



アルス「ここは……っ!」



*「おや アルスさま どうしたんですか こんなところへ。」



アルス「ご ごめんなさい 間違えました……!」

その頃船長室を飛び出した少年は彼を待ち詫びているであろう少女の元を目指してあっちへこっちへと走り回っていた。

アルス「こ ここは…!」



*「んっ?」



アルス「違う!」

アルス「今度こそ!」



*「あら アルスさまったら 乙女の部屋に ノックもせずに 大胆なんだから……!」



アルス「うわっ ごめんなさーい!」

何度か足を運んでいたはずだったがその巨大さゆえに少年はお目当ての部屋を探し当てることができずにいた。

アルス「ここは……!」



*「あ アルスさまだ! ねえねえ アルスさま 握手して!」



アルス「えっ あ うん……。」
アルス「ねえ ボク。お客さんの部屋って どっちだっけ?」

*「あっち!」

アルス「ありがとう!」

アルス「こ 今度こそ……。」
アルス「マリベルっ!」



*「あん? おじょうさんは 向こうの部屋だぞ。」



アルス「す すいません……。」

もう何度いったかわからない謝罪の言葉を口にしてから少年は指示された扉の前で息を整える。



“コンコンコン”





*「……どうぞ。」





699 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:43:13.84 ID:I8BPs1sh0

扉の向こうから返ってきた声を聞いて少年は思い切って扉を開ける。

アルス「……見つけた!」

少女は部屋の隅に置かれたベッドに腰掛け、一人物思いに耽る様に窓の向こうを見つめていた。

マリベル「…アルス……。」

少女の姿を見つけて安心したように表情の明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。

アルス「……マリベル?」

少年が少女の手を取りその名前を呼ぶも当の本人の表情は尚も晴れない。

マリベル「……おかえりなさい。」

アルス「どうしたの?」

不審に感じた少年は少女の隣に座ると心配そうにその顔を覗き込む。

マリベル「……ううん。なんでもないの。」

そう言って少女は自分の体を抱きしめるように腕を組み瞳を閉じる。

アルス「も もしかして まだ 辛いの?」

昨日に引き続き今日も体の調子が良くないのだろうかと少年はその身を案じて訊ねる。

マリベル「ちがう… 違うのよ……。」

それすら否定する少女の声は今にも消えてしまいそうで、まるで触れたら壊れてしまいそうな儚さを湛えていた。

アルス「……なにか あったんだね。」

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず、ただ少年の目をじっと見つめていた。

だがそれは少年の問いに対する何よりもの答えだった。

アルス「……そう。」

少年はそれ以上何も聞かず、少女の体を壊してしまわないようにそっと抱きしめる。



アルス「きみに 言わなくちゃいけないことがあるんだ。」



マリベル「えっ……?」



少年は少女の耳元でそっと囁く。

これまで自分が誰にも打ち明けずに黙っていたことを、少女に話す決心を付けたのだ。





アルス「ぼくが 本当は何者なのか。」





700 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:44:19.15 ID:I8BPs1sh0

マリベル「っ…!!」

その言葉を聞いた瞬間、少年に抱かれていた少女の体がぎゅっと強張る。

アルス「ぼくは 本当は……。」



マリベル「待って!!」



アルス「っ……!?」

突然耳元で叫ばれ、少年は驚き目を見開く。

マリベル「言わないで……。」

少年を止める声は、少しだけ震えていた。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……あなたの お母さんから 聞いたわ。」

アルス「……アニエスさんから?」

マリベル「…んっ……。」

少女は無言で頷く。

アルス「じゃあ シャークアイさんが ぼくの 本当の父さんだってことも?」

マリベル「うん……。」

アルス「そっか……。」
アルス「本当は ぼくの口から 言おうと思ってたんだけど……。」

そう言って少年は目を伏せる。

マリベル「……あなたのお母さんが 謝ってたわ。」
マリベル「でも あたしには 先に 知っておくべきだって……。」

アルス「そう… だったんだ。」

マリベル「あ あたしね……?」

少女は少年の身体を押して少しだけ間を開ける。

アルス「うん?」

マリベル「あなたの親が誰で どんな運命の元に生まれたかなんて 関係ないわ。」

そして少年の目を見つめると力強く言い放つ。

マリベル「あなたは あなたよ。アルス。あたしの大好きな。」

アルス「…マリベル……。」


マリベル「だから… だから 独りで背負わないで。」


アルス「…………………。」

マリベル「んっ……。」

少年は目を閉じるとそのまま少女の唇を塞ぐ。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいのよ アルス。」

そして少女は少年の頭を抱き、そのまま自分の胸に押し付ける。

マリベル「…ふふっ 少しはスッキリしたかしら?」

アルス「……うん。」

マリベル「…………………。」

“すっきりしたのは あたしの方だったかしら?”

目を閉じる少女はどこかでそんなことを思いながら体を揺らすのだった。

701 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:45:51.02 ID:I8BPs1sh0



マリベル「……ねえ アルス。」



アルス「ん?」

しばらくそうして少女の鼓動を感じていた少年だったが、不意に少女に呼ばれて顔を上げる。

マリベル「これから どうするの?」

アルス「これから……?」

マリベル「ボルカノおじさまには このこと まだ 言ってないんでしょう?」

アルス「うん……。」

マリベル「いいの?」

アルス「…………………。」
アルス「……怖いんだ。」

マリベル「なんて言われるかが?」

アルス「きっと 父さんは ぼくが 自分と血のつながりのない子どもだって知ったら 傷つくだろう。」
アルス「父さんだけじゃない 母さんもだ。たいへんな思いをして 産んで育てた子供が 赤の他人の子だった なんて 知ったら……。」
アルス「その時 ぼくは なんて言ったらいいか わからないんだ。」

マリベル「…………………。」

絞り出すようにして吐き出された言葉が部屋の空気の中に溶けていく。

アルス「…………………。」

マリベル「…あたしは さ。」
マリベル「あの二人なら きっと あなたのこと わかってくれると思うな。」

アルス「えっ……?」

マリベル「だって あなたは 本当の両親が誰かを 知っても ボルカノおじさまの元で生きるって 決めたじゃない。」
マリベル「あなたは それでも あの二人のことを 本当の両親だって 思ってたからこそ 海賊じゃなくて 漁師になるって 決めたんじゃないの?」
マリベル「……だから 夢を叶えたんじゃないの?」

アルス「そう… そうだけど……。」

マリベル「……それに。」

そう言って少女は少年の頬に両手を添え愛おしげに微笑む。

マリベル「もしも あなたが 勘定されちゃったとしても あたしは あなたについてってあげるから。」

アルス「ま マリベル……!?」

マリベル「だから 勇気を出して アルス。」

アルス「…………………。」
アルス「…………………!」

少年はしばらく呆気に取られたように少女を見つめていたが、
やがてその目に色が戻ると拳を堅く握り、力強く頷いてみせた。



マリベル「さあ いつまでも ここにいちゃ 宴に遅れちゃうわ!」



アルス「うん 行こう! みんなが待ってる。」



そう言うと少年は少女の手を取って甲板へと歩き出すのだった。



702 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:47:55.76 ID:I8BPs1sh0

*「おっ きたきた!」

*「探しましたよ アルスさま!」

甲板へとやってきた少年と少女は大勢の海賊たちに迎え入れられた。
皆が二人を見て歓声を上げているのが聞こえてくる。

*「きゃ~っ!」

*「おやおや こりゃまた なんと お似合いな お二人なことだよっ!」

*「キャプテンと アニエスさまも きっと お喜びでしょう!」

少女の細い腰を抱いてリードする少年を見て女性たちが黄色い声を上げている。

マリベル「ううっ なんか 恥ずかしいわ。」

アルス「そ そうだね……。」

そうやって気まずそうに言いながらも二人は離れようとしない。
少年はますます少女を自分に引き寄せ、少女は少年の服の裾を引っ張る。

*「よお 来たか! 二人とも!」

*「待ってたぜ アルス マリベルおじょうさん!」

甲板の一角でたむろしていた漁船アミット号の一行の元へ近づくと、少年たちに気付いた漁師が大声で呼ぶ。

*「やっぱり 二人がいねえと 始まんねえな。」

コック長「二人とも あんなに 立派になって……。」

*「コック長 泣くのはまだ 早いですよっ。」

こちらへやってくる二人を見て早くも感極まりまなじりに涙をためている料理長を、もう一人の料理人がなだめる。

ボルカノ「戻ってこねえから なんかあったのかと 心配したぜ。」

そして男たちの中央でどっしりと構えていた漁師頭がにやりと笑ってみせる。

アルス「ごめんごめん 父さん。」

マリベル「うふふっ ちょっとね。」

そんな父親の姿を見て安心した少年は少しだけおどけてみせる。



ボロンゴ「み みなさん 準備が整いましたので どうぞ まんなかへ!」



そこへ中央の船室から出てきた海賊が開会のため一行を案内しにやってきた。

ボルカノ「おし! おまえら 行こうぜ。」

*「「「ウスッ!!」」」

漁師頭の号令で一行は男に続いて歩き出す。

ボロンゴ「しょ 少々 お待ちを!」

中央までやってくると男は再び船室の中へと入っていく。

マリベル「アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「……どうするの?」

アルス「落ち着いたら あの二人を交えて 話そうと思う。」

マリベル「わかったわ。……あたしも 一緒だからね。」

アルス「ありがとう。」



*「みな 待たせたな!」



703 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:48:50.65 ID:I8BPs1sh0

その時、二階の船室の扉が青服の男に開けられ、中から黒い長髪の男が人魚を抱えて人々の前に姿を現した。

*「おおっ! シャークアイさま!」

*「アニエスさま!」

カデル「みな 静粛に!」

一斉に歓声を上げる乗組員たちに副長が叫ぶ。

シャーク「大丈夫か?」

アニエス「ええ。」

海賊の総領は人魚を椅子に座らせると観衆の方へと向き直る。

シャーク「みな! よく 集まってくれた!」
シャーク「長きにわたる 調査と 戦いの末 われわれはこうして 帰ってきた。」

*「「「おおおおっ!」」」

*「「「シャークアイさまー!」」」

カデル「静粛に!」

シャーク「……精鋭ぞろいとはいえ 調査は 苦しいものだった。」
シャーク「しかし もう少しで 全滅せんという時 幸い 駆けつけてくれた若者に われわれは救われたのだ!」
シャーク「アルスどの こちらへ。」

アルス「は はい!」

マリベル「ほらっ いったいった!」

緊張した面持ちの少年の背中を少女がそっと押す。

アルス「うん……!」

そうして少年が階段を上がり総領の隣まで来ると、総領はその名を叫ぶ。

シャーク「ここにいる 若者こそ われらが一族の救世主にして 世界の英雄 アルス!」

*「「「うおおおっ!!」」」

*「アルスさまー!」

*「アルスどのー!」

カデル「静粛にっ!!」

シャーク「ここに 今日という良き日を祝って 祝杯をあげる!」
シャーク「みな 杯は持ったか!」

そう言って総領は仲間たちから自分の盃を受け取ると辺りをゆっくりと眺める。

そしてその盃を高らかに掲げ、力強い声で言い放った。



シャーク「乾杯!」



*「「「かんぱーい!!」」」



704 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:51:23.64 ID:I8BPs1sh0

音頭の後はもう収拾も付かないどんちゃん騒ぎとなった。
普段は石像のように表情を崩さない強面の戦士も、酒の大好きな船乗りも、
いつでも笑顔の踊り子も、おしとやかで通しているはずの婦人まで、
老若男女入り混じり皆楽しそうに踊り、歌い、山のようなご馳走を囲み、酒を酌み交わした。

*「ひゃっほーう! 今夜は死ぬまで飲むぜー!」

*「ちょっと うちの息子見なかったかい?」

*「アルスさま 素敵……。」

*「おおい 料理を運ぶの 手伝ってくれー!」

*「マール・デ・ドラゴーンは永遠に不滅だー!」

*「ららら~ われらが 水の精霊よ~ わ~れら~を みちび~き~た~まえ~。」

甲板のいたるところで思い思いの会話に華を咲かせ、その表情は幸福の色で満ち溢れていた。

コック長「むむっ この味付けは なかなか……!」

*「なあなあ この船じゃ どんな漁をしてんだ?」

*「うわっ おいしいっ! これ どうやって 作ったんだ!?」

多くの海賊たちの中に混じって漁船アミット号一行もなかなか味わえない船上での宴に浮かれ、少しずつその中に溶け込んでいった。

アルス「す 少し 食べすぎたかも……。」

マリベル「あんたねえ。後で お腹壊しても 知らないわよ?」

そんな中、少年と少女もひとしきり挨拶を終え、今は総領やその妻、そして顔見知りの海賊たちを交えて輪を作っていた。

シャーク「はっはっは! これほど大きな宴を開いたのは 実に 何年ぶりだろうか。」
シャーク「…いや 正確には 何百年ぶり だったかな?」

総領が愉快そうに笑う。

アニエス「あなた あんまり はしゃぎすぎると お体に 触りますよ?」

シャーク「はっはっは! そう言うな。こんなにめでたい日に 騒がずして いつ騒げというのだ。」
シャーク「少しくらい 浮かれても 罰は当たらないだろう。」

カデル「そうですとも アニエスさま。ささっ アニエスさまも グラスが空っぽですぞ!」

そう言って副長は瓶を持ち出すと人魚の杯に赤く輝く液体を注いでいく。

マリベル「あれ カデルさん それって……。」

カデル「おや マリベルさん これを ご存知ですかな?」

瓶を指さす少女に副長が尋ねる。

マリベル「ねえ アルス これって もしかして……。」

アルス「……ビバ=グレイプだ!」

少年は少女と顔を合わせるとその液体の正体をピタリと当てて見せる。

カデル「さすが 世界を旅してきただけあって 博学ですな!」

ボロンゴ「先日 ユバールの方々を 船に乗せた時に 渡し賃として 置いていってくれたんです。」

大樽を叩きながら下っ端の男が笑う。

マリベル「まあ! ユバールの民が!?」

アルス「あちゃー 会いたかったな……。」

“ユバール”と聞いて二人は神の復活の儀式を最後に行方の分からなくなった放浪の民のことを、
そして過去に残った親友とすごした晩のことを思い出していた。

カデル「お二人も お召しになりますか?」

マリベル「……もちろん!」

アルス「いただきます。」

705 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:52:20.36 ID:I8BPs1sh0

そう言って二人は副長からぶどう酒を受け取ると、その透き通るような濃い赤色に鼻を近づける。
杯の中から香るどこか懐かしい香りはあの時の情景を思い出させるように二人の鼻をくすぐる。
揺らめく炎、美しく儚く、もの悲しいトゥーラの調べ、情熱的な娘たちの踊り、すべてがあの時のままのように二人の記憶を呼び覚ましていく。

マリベル「なんだか なつかしいわね。」

アルス「……うん。」

二人は瞳を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せるように一口、また一口、甘みと渋み、そして酸味を共に思い出の味を飲み干していく。

マリベル「……おいしいね。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」

少女は空っぽになった杯をじっと見つめる少年の名を呼ぶ。

アルス「マリベル。」

マリベル「なあに?」

アルス「これ 父さんにも あげたいんだ。」

少年は少女の顔を見てそう告げる。

マリベル「……行くのね。」

アルス「うん。」

少年の顔に、もはや迷いの色はなかった。

アルス「父さんを 連れてくるよ。」

そうして少年が歩き出そうとした時だった。

マリベル「待って。」

アルス「っ……?」

マリベル「……あたしが行くわ。」

少年の肩に一瞬だけ手を添えると少女はそのまま雑踏の中に消えて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「カデルさん ボロンゴさん。」

しばらく少女の消えた跡を眺めていた少年だったが、振り返ると二人の海賊に声をかける。

ボロンゴ「なんでしょうか アルスさま。」

アルス「人払いを お願いできませんか。ぼくたちと シャークアイさん アニエスさんだけで お話がしたいんです。」

カデル「かしこまりました。」

少年がそう伝えると二人はすぐに辺りの人々を辺りから遠ざけ、少し離れたところで邪魔が入らないように見張りを始める。

アルス「お父さん お母さん。」

シャーク「なんだい アルス。」

アニエス「……ボルカノさんに お話しするのですね?」

人魚の母親は少年の意図がわかっていたらしく、少しだけ目を細めて少年を見上げる。

アルス「……はい。」

シャーク「そうか…… わかった。」
シャーク「この先何が 起ころうと オレたちは お前の味方だ。」
シャーク「臆することなく 思いの丈を ぶつけるといい。」

そう言って総領の父親は少年の肩を叩く。

アルス「ありがとうございます お父さん。」

アニエス「……いらしたみたいね。」

アルス「…………………。」

人魚の見据える先にはさきほどまでいた少女と、少年のもう一人の父である大男が立っていた。

706 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:54:27.08 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「おう アルス ここにいたのか。」
ボルカノ「……と なんだ シャークアイさんに アニエスさん…だったよな?」

少女に連れられやってきた漁師頭は少年たちを見つけると
相変わらずちっとも酒酔いしていなさそうな顔でいつものように呼び掛ける。

アニエス「ボルカノさん 楽しんでおられますか?」

人魚がにっこりと微笑む。

ボルカノ「ええ おかげさまで 上手い料理に酒までご馳走になっちまって…… 助けてもらった時といい みなさんには 頭が下がるばっかりだぜ。」

そう言って男は申し訳なさそうに頭を下げる。

アルス「父さん はい これ。」

そんな父親に少年が杯を手渡す。

ボルカノ「ん? こりゃあ なんだ?」

男はそれを受け取ると盃の中をまじまじと覗き込む。

アルス「ビバ=グレイプっていう ブドウのお酒なんだ。」
アルス「父さんにも 飲んでほしくってさ。」

明るい声とは裏腹に少年はどこか伏し目がちに言う。

ボルカノ「ははは そりゃ 悪いな。どれ ひとつ いただくとしようか。」

そう言って男は少しだけ香りを楽しんだ後、杯を傾けて半分ほど中身を飲み干す。

ボルカノ「おお… こいつはうめえな。オレにはもったいないくらい 上品で芳醇な味わいだ。」

杯から口を離すと男は正直な感想を述べる。

アルス「気に入ってもらえたみたいで 何よりだよ。」

そんな様子を見て少年は一瞬だけ笑顔を取り戻すが、やはりその表情はどこか堅く、真剣な面持ちでいる。



ボルカノ「ところで アルス。お前 何か オレに言いてえことが あったんじゃないのか?」



アルス「えっ……!」

ボルカノ「ここまで わざわざ マリベルちゃんに呼びにこさせたんだ 何か言いづれえことがあるんだろう?」

生まれた時からずっと接してきたからなのか、親としての直感なのかはわからない。
だがどうやら少年のことは彼にもまた、お見通しのようだった。

ボルカノ「思えば オレが 家に帰ってから ずっとそうだったな。」
ボルカノ「なんだか 妙に よそよそしい時があったりよ… いったい どうしたってんだ? アルスよ。」

そう言って男は浮かない少年の顔をじっと見つめる。

アルス「父さん… ぼくは……。」

その時だった。





マリベル「待って!」





707 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:55:50.93 ID:I8BPs1sh0

言いだそうとした少年を遮って少女が叫んだ。

アルス「っ…!?」

ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

突然のことに二人は驚き、少女を見つめる。
それは傍で見ていた本当の両親も同じだったようで、二人とも同時に少女の方へ振り向く。

マリベル「ボルカノおじさま。これから アルスが言うことが どんなことでも 決して アルスのことを 悪く思わないでください!」

少女は目をぎゅっとつむり、全身の力を籠めるように腹から思い切り声を出す。

アルス「マリベルっ……!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「マリベルちゃん オレは こいつの父親だ。」
ボルカノ「たとえ こいつがどんなことを言っても オレは正面から 受け止める。…それが 親の務めってもんだ。」
ボルカノ「だから アルス。お前が オレの息子なら 言いてえこと ドーンと言っちまえ。言って 楽になっちまえ。」

少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと力強く語り掛ける。

アルス「あ…ぐっ…… 父さん……!」

そんな育ての親の言葉に思わず少年は涙ぐみ、からからに乾いてしまった喉を必死に動かして声を絞り出す。





アルス「ぼくは…… ぼくは……!」

























アルス「本当は 父さんと 母さんの子じゃないんだっ……!」

























708 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:58:13.67 ID:I8BPs1sh0



“言ってしまった。”



アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

シャーク「…………………。」

アニエス「…………………。」

少年が最後の言葉を吐き出した後、辺りは痛々しいほどの沈黙に包まれていた。
それは異様な様子を察した辺りの人々が思わず振り返ってしまうほどの静寂だった。

真実を告げてしまうということの恐ろしさを、少年はその身にひしひしと感じていた。

次に父親から放たれるのは、果たしてどんな言葉なのだろう。

次に父親が見せるのは、どんな表情なのだろう。

次の瞬間、自分はもうあの船にいられなくなるのではないだろうか。

もう、自分は大好きな母親の待つ家には帰れないのだろうか。

故郷で待つ大切な人たちとお別れしなければならないのだろうか。

まるで走馬灯のように少年の頭の中をぐちゃぐちゃになった思考の断片が駆け巡っていく。

ボルカノ「…………………。」










ボルカノ「……なんだ そんなことか。」










709 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 18:59:53.61 ID:I8BPs1sh0

しかし意外にも、否、最初から彼はわかっていたのかもしれないが、
男の口からこぼれた言葉は少年の予想を裏切るものだった。

アルス「えっ……?」

マリベル「っ……!?」

重い沈黙を破った予想外な感想に少年と少女は思わず言葉を失くす。

ボルカノ「うすうす 気づいてたさ。」
ボルカノ「お前が 母さんのお腹から6か月で 生まれてきた時も その腕にできた痣を見た時も おまえがいつの間にか 魔王を倒すほど 強くなったって 聞いた時も。」
ボルカノ「何より シャークアイさんと アニエスさんの顔を見た時によ ……わかっちまったんだ。お前が本当は この二人の子なんだってよ。」
ボルカノ「いったい どういういきさつで そうなったのかは わからねえけどな。」

アルス「父さん ぼくは……。」

ボルカノ「もう何も言うな。」
ボルカノ「たとえ お前とオレたち 血のつながりがなくてもよ… これまで 一緒に過ごしてきた時間は 本物だ。」
ボルカノ「だれが何と言おうと お前は オレと母さんの息子だ。……これまでも これからもな。」
ボルカノ「それにお前は オレの跡を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」
ボルカノ「それが オレたち親子の 何よりの絆だ。そうだろう?」

アルス「…父さん……!」 

それ以上の言葉は出てこなかった。

少年は父親にしがみつくとそのまま静かに嗚咽を漏らす。

父親はそんな少年を力強く抱きしめる。

悩み傷ついた少年の心を包み込むように。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

シャーク「ボルカノどの……。」

アニエス「ボルカノさん……。」

ボルカノ「……なんでしょう。」

本当の両親に声をかけられ、父親は顔を上げる。

アニエス「確かに この子は 私たちの子です。」

シャーク「ですが この子は 立派に育ち こうしてわれわれの前に 姿を現してくれた。われわれが 望むものは もうありません。」
シャーク「どうか この子のことを よろしくお願いします。」

ボルカノ「……言われるまでもないことさ。」
ボルカノ「任してください。アルスは きっと 世界一の漁師に してみせます。」

深々と頭を下げる二人に父親は力強く応えてみせる。


710 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 19:01:21.07 ID:I8BPs1sh0

シャーク「マリベルどの。」

マリベル「は はいっ…!」

シャーク「これからも アルスを 支えてあげてはくれないか。」

アニエス「私に似て 少し 気の弱いところは あるけれど とっても 優しい子だから……。」
アニエス「時には あなたに迷惑を かけることも あるでしょうけど そんな時は そっと 背中を押してあげてくださいね。」

マリベル「……はい!」

本当の両親の想いを受け、少女は力強く返事をしてみせる。



マリベル「アルス!」



アルス「……マリベル。」

泣き腫らした瞳で少年が振り返る。

マリベル「いつまで 泣いてるの! せっかく 本当のことを 打ち明けられたんだから 後は 楽しく 飲みましょうよっ!」

そんな少年に少女はわざといつものように強気に叱ってみせる。

アルス「…………………。」
アルス「ふっ… は はは……!」

そんな少女の優しさが愛おしく、つい少年は笑ってしまう。

マリベル「ほら 涙も拭いて。もう 泣かないの。」

そういって少女は少年の顔をハンカチでそっと拭いていく。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいってことよ。それより 喉乾いてない?」

アルス「……のもっか。」

少しだけ悪戯な少女の微笑みにつられるようにして遂に少年は笑顔を取り戻すのだった。

ボルカノ「そうと決まれば 湿っぽい話は終わりだ! せっかく うまい酒が あるんだ! もっと いただくとしようぜ。」

それを見て父親も豪放に笑いだす。

マリベル「さーんせいっ! さすがは ボルカノおじさまだわ!」

シャーク「ビバ=グレイプなら まだ たんまりある。遠慮しないで 飲んでくれ!」

少年と少女のやり取りを微笑ましく見つめていた総領だったが、
もう一人の父親の言葉を聞くとそれを後押しするかのように瓶を叩いてみせた。

アニエス「もうっ 二日酔いになっても 知りませんよ?」

シャーク「その時は お前に介抱してもらうから いいさ。」

アニエス「まあっ あなたったら。うふふっ。」

夫の言葉に少しだけ顔を赤らめると、人魚はそっとその手を絡める。



夜は更け、上弦の月が西の空に傾きかけた今でも尚、人々は宴を楽しみ、熱狂ともいえる夜は明け方まで続いた。

そうして空が白み始めた頃、明日からの旅路への希望を抱いて、人々はようやく眠りにつくのだった。





そして……


711 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 19:01:49.53 ID:I8BPs1sh0





そして 夜が 明けた……。





712 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 19:06:42.18 ID:I8BPs1sh0

以上第23話でした。


原作では最後まで明確にアルスとシャークアイ、そしてアニエスの関係が語られることはありません。
精霊の紋章がアルスの腕に宿る決定的な瞬間、奇妙なことにあの場には誰もいませんでした。
よってアルスの仲間たちは誰一人として真相に気づいてはいません。
(それは各キャラクターのセリフからもわかりますね)
これはあの親子だけの秘密だったのです。

きっと少年は複雑な思いを抱えたことでしょう。
本当の両親と育ての両親、自分にとって大切なのはどちらか。
片方が死去しているならばまだしも、偶然の悪戯か二つの両親は同じ時代に存在してしまいます。

今回のお話はその二つの親が同じ場に会したらどうなるのかという疑問から、
主人公が自身の出生を巡る数奇な運命を受け入れ、
そのことを誰かと分かち合っていくまでの過程を書いてみました。

そしてもう一つ気になるのはダークパレス自体のことです。
この第23話で書いたようにダークパレスの地下部分は魔王の死によって崩れたと見ていいでしょう。
しかし、エンディングのブルジオの口ぶりからするに地上部分は崩れていません。
あの後あの建物はいったいどうなるのか。
万が一魔物が残っていたとして、それがいなくなったらあの塔は解体されるのでしょうか。
それともそのまま利用されるのか。
現実的に考えると前者だとは思いますが、本気でブルジオが購入するとなると話は別かもしれませんね。

…………………

◇無事親子の絆を確かめ合ったアルスたちは再び航海の旅へ。
しかし些細なことからマリベルの様子に変化が……?

713 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/14(土) 19:08:28.85 ID:I8BPs1sh0

第23話の主な登場人物

アルス
偶然再会したマール・デ・ドラゴーンで
自らの出生の秘密をボルカノに打ち明ける。

マリベル
アニエスの口からアルスの秘密を聞かされ、
ボルカノに打ち明けようとするアルスの背中をそっと押す。

ボルカノ
いつも船員の体力には配慮している。
アルスが自らの実子ではないと知っても尚、
彼のことを実の息子として再び受け入れた。

コック長
いつでもアルスやマリベルのことを気にかけている。
実はマール・デ・ドラゴーンの厨房で見学をしていた。

めし番(*)
いつもは頼りない雰囲気だが、
アルスたちのことを心から信頼している。

アミット号の漁師たち(*)
同じ海に生きる者として
マール・デ・ドラゴーンの船員たちとは気が合う様子。

キャプテン・シャークアイ
水の精霊のチカラを受け継ぐ一族の長にして
若くして海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領を務める。アルスの実の父親。
父親として息子の選んだ生き方を尊重し、応援している。

アニエス
シャークアイの妻にしてアルスの実の母親。
失くしたと思っていた息子との再会を喜ぶ。
息子にまつわる秘密をマリベルにだけ先に打ち明ける。

カデル
双胴船マール・デ・ドラゴーンの副長。
総領が不在の間も冷静な判断と指揮で船を守る。

ボロンゴ
かつてアルスの世話役を任されていた船員。
少々おっちょこちょいな部分があるが、気さく。

マール・デ・ドラゴーンの住人達(*)
巨大双胴船に住む海の一族。
平和になった世界で海の見回りをしながら暮らしている。


719 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:23:11.99 ID:8S3LzPGC0





航海二十四日目:人魚の涙 / 花畑で待ってる





720 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:24:31.79 ID:8S3LzPGC0



アルス「うーん……。」



全てを打ち明けた次の日、少年はとある客室の一角で目を覚ました。

アルス「よく 寝た……。」

それは明け方まで飲み明かしたというわりにはスッキリとした目覚めだった。
肩の荷が降りたということもあったのだが理由はまた別。

アルス「ここは…… あっ あれ?」

大きく伸びをした後、部屋の中を見回すと他にもアミット号の仲間が数名寝ていたが、少女はもちろん、父親もそこにはいなかった。



ボロンゴ「あ アルスさま お目覚めですか?」



部屋の外で待機していたであろう世話役の海賊が少年の起床に気付き、部屋に入ってきて小さな声で呼びかけてくる。

アルス「おはようございます ボロンゴさん。」

ボロンゴ「よく お休みでしたね。」

アルス「……いま どれぐらいですか?」

ボロンゴ「もうすぐ お昼になりますよ。」

アルス「えっ……。」

“しまった!”

少年は昼という言葉を聞いて焦った。
予定では本日中には次の目的地に到着していなければならないのだが、この分だと間に合うかどうかも怪しい。

アルス「ちょっと 待ってください! みんなと 起こしますから!」

ボロンゴ「ああ それなら じぶんがやっておきますから アルスさまは お顔を洗ってきては いかがですか?」

男に引き止められ、少年はいびきをかいている仲間のもとへ向かうのをやめる。

アルス「あっ そ それじゃ お言葉に甘えて……。」

ボロンゴ「いってらっしゃいませ。」



721 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:25:32.17 ID:8S3LzPGC0

アルス「さっぱりした……。」
アルス「あっ……。」

顔を洗い、甲板へとやってきた少年はそこでようやく少女と父親を見つけた。

アルス「おはよう。」

マリベル「あら アルス おはよう。」

ボルカノ「おうっ ようやく 起きたか。」

船縁から塔を見つめていた二人が少年に挨拶を返す。

アルス「ははっ ごめんごめん。」

ボルカノ「他のやつらは どうした?」

アルス「ボロンゴさんが 起こしてくれてると 思うんだけど……。」

そう言って少年は辺りをきょろきょろと見渡す。

マリベル「遅くても お昼ご飯にはくるでしょ~。」

少女がどうでもよさそうに欠伸をしながら言う。

アルス「……それも そうだね。」
アルス「そうだ 父さん 今日中に ウッドパルナに行くんだよね?」

そんな少女の間延びした言葉を聞き流し、少年は先ほどから懸念していたことを父親に訊ねる。

ボルカノ「ん? ああ そうだが。」

アルス「間に合うかな?」

ボルカノ「ここからなら すぐだろうよ。焦るこたあねえ。」

父親の言う通り、この魔塔のある島から次の目的地まではこれまでの距離と比べれば目と鼻の先にあるも同然だった。

マリベル「そうよ せっかくなんだから のんびりしていきましょ。」
マリベル「それに…… つぎ いつ会えるか わからないでしょ?」

そう言って少女はどこか心配するような目で少年を見つめる。

アルス「……うん そうだね。」

そんな少女に少年は困ったような顔で少しだけ微笑むのだった。

722 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:29:04.15 ID:8S3LzPGC0



シャーク「そうか…… もう 行ってしまうのだな。」



それぞれが食堂で昼食を終えた後、漁船アミット号一行は海賊船に別れを告げるべく甲板に集まっていた。

ボルカノ「すまねえな シャークアイさん。」
ボルカノ「本当はもっと 話したかったけど オレたちにも まっとうしなきゃならねえ 使命がありましてな。」

シャーク「ええ… そうでしたな!」

ボルカノ「また 飲みましょうや。」

同じ海に生きる男としてやはり通じるものがあったらしく、少年の父親たちは名残惜し気に握手を交わす。

アニエス「アルス たまには 顔を見せにきてくださいね。」

アルス「こっちから 探すのは たいへんですから みなさんも 是非 フィッシュベルに遊びに来てください。」

シャーク「わかっているさ。」

アニエス「ふふっ 漁ももちろん大事だけど マリベルさんとも 仲良くするんですよ?」

アルス「……は はいっ。」

シャーク「もしかすると 次に行った時には 孫ができているかもな。」

アニエス「まあ あなたったら!」

マリベル「なっ なななっ……!」

アルス「気が早いですよ……。」

アニエス「あらあら うふふふ。」

夫の冗談に真っ赤な顔をして口をパクパクさせている少女とどこかまんざらでもない少年を交互に見て人魚が笑う。

アニエス「……ああ そうだったわ!」
アニエス「アルス。これを……。」

ふと思い出したかのように呟くと人魚は服の下から何かを取り出して少年に手渡した。

[ アルスは 人魚の涙を うけとった! ]

アルス「これは……。」

アニエス「あなたに渡したくてね 今朝 作ってもらったのよ。」

シャーク「アニエスは 涙が 真珠になるんだ。お守りに もっていってくれ。」

差し出された真珠の垂れ飾りをまじまじと見つめる少年に夫婦が言う。

アルス「ありがとうございます!」

マリベル「よかったね アルス。」

アルス「……うん。」

少年の顔を覗き込んで微笑む少女に、少年は少しだけ照れくさそうにはにかんでみせた。

723 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:30:04.05 ID:8S3LzPGC0

アルス「それじゃあ また。」

シャーク「お前なら きっと 世界一の漁師になれる。オレたちは 応援しているぞ。」

アニエス「エスタードにいる お母さんを 大事にしてくださいね。」

アルス「はい!」

最後に力強く返事をすると、少年はもう一人の父親に向き直る。

ボルカノ「……もう いいんだな?」

アルス「うん 行こう!」

マリベル「うふふっ。」

ボルカノ「よーし そうと決まれば 出航だ! 船に乗り込むぞ お前たち!」

*「「「ウスッ!!」」」

トパーズ「なおー!」

かくして少年は親子の絆を確認し、再び漁船アミット号に乗って大海原へと繰り出していったのだった。



カデル「いま再び われらが一族の英雄と その仲間たちの 新しい船出を祝い ここに祝砲を上げる!」



副長の雄叫びと共に轟音が鳴り響く。

*「さよーならー!」

*「また いつかー!」

*「みんな 元気でなー!

見送る者と見送られる者、そのすべてが別れの寂しさを感じてはいなかった。
むしろ、これから先に起こるだろう新しい日々、そしてまたの再開の時を楽しみに、再び訪れた日常の中へと戻っていくのであった。



724 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:31:35.42 ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

まだ遠くに見えている海賊船を眺めながら少年は船尾で休憩をとっていた。



*「アールス。」



そんな少年を見つけた少女が呼びかける。

アルス「……マリベル。」

マリベル「何 考えてんの?」

そう言って少女は少年の隣に立って縁に肘を立てる。

アルス「いや いろいろあったな って思ってね。」

少年は真っすぐ海賊船を見つめたまま答える。

マリベル「でも これで 良かったのよ。」

アルス「……そうだね。」

少年はゆっくりとそう答えると瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

少しだけ涼しくなった潮風が少年と少女の間をすり抜けていった。

マリベル「…それにしても あんたには この2年間 驚かされてばっかりね。」

アルス「そう?」

マリベル「そうよ。どこ行っても人には好かれるし 腕のアザもそうだし 過去の魔王は勝手に倒してきちゃうし それにご両親のことも……。」
マリベル「数えれば キリがないわ。」

アルス「狙ってやってるんじゃ ないんだけどなあ。」

ため息交じりに少年が言う。

マリベル「わかってるわよ! ……でも なんだか 不思議ね。」

アルス「……?」

マリベル「こうして あたしと あんたが 数百年の時を経て めぐり会って ついに 現在と過去の 両方のご両親と 一晩過ごしただなんて。」

アルス「本当だね。」

マリベル「……運命 ってやつなのかなあ。」

アルス「素敵な偶然 でいいんじゃない?」

マリベル「ふふっ……そうかもね。」

“ヒトの台詞を!”と思ったのは内緒である。


725 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:33:26.54 ID:8S3LzPGC0

アルス「これから みんなは どうするんだろう。」

マリベル「そうねえ… 魔王が滅んだ 今となっては もう 海賊を続ける必要は ないんじゃないかと 思うけど。」

アルス「そういえば ユバールの一族も そうだったね。」

神の復活を目的とする放浪の一族は神の復活の儀を終えると同時に何処へと消えた。
ならば海の魔物を倒し航海してきた水の一族もまた、近いうちにその役目を終える時が来るのかもしれない。

少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自分の原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

マリベル「きっと みんな どこかへ そろって 移住するんじゃないのかしら。」

アルス「だから あの船に乗ったのかな。」

マリベル「きっと そんなところでしょ。」
マリベル「あーあ ビバ=グレイプ もっと 飲んでおけば 良かったわ。」

アルス「…マリベル あんなに飲んで 大丈夫なの?」

マリベル「あれから カラダは ほとんど 平気よ。」
マリベル「あの日が ちょっと 異常だっただけ。」

アルス「そう… ならいいんだけどさ。」

マリベル「あんたも あいかわらず 過保護ねえ。」

アルス「じ 自分の恋人の心配して 何が悪いんだよ!」

マリベル「うっ あ あんた そういうことは もうちょっと 声 控えていってよね!」

少女が顔を赤らめて抗議する。

アルス「えっ?」



*「なんだ アルス また のろけてんのか?」



アルス「わっ……!!」



マリベル「キャッ…!?」



726 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:34:57.26 ID:8S3LzPGC0

どうやら操舵をしていた漁師に今の台詞が筒抜けだったらしい。
少年は驚いて猫のように飛び上がり、その拍子で体勢を崩して少女に覆いかぶさるようにして倒れてしまった。

アルス「ご ごめん マリベル!」

少年はすぐに体を起こし四つん這いの状態で少女に声をかける。

*「うおっ 見せつけてくれるな アルス!」

アルス「あっ ち 違うんです これは!」

必死に首を振って弁解をはかる。

マリベル「…………………。」

*「がっははは! ちょっと 目を離したすきに これだもんよお!」

アルス「うわわわっ 待ってください!」
アルス「ま マリベルも なんか 言ってよ!」

茶化す漁師に抗議すべく少年は少女に助けを求める。

マリベル「…………………。」

しかし少女は少年の顔を見つめたまま固まっている。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……えっ? あ アレ?」

抱き起されて名前を呼ばれると少女は我に返ったのか裏返った声で状況を整理しようとしている。

アルス「大丈夫? どっかぶつけた?」

マリベル「……う うん 大丈夫 なんでもないわ。」
マリベル 「ちょ… ちょっと 冷えたみたいだから 着くまで 休んでるわね……。」

心配そうに見つめる少年を他所に少女はどこかぎこちない歩きで甲板を降りて行った。

*「あちゃー こりゃ マリベルおじょうさん お熱かもな。」

アルス「ええっ 熱ですか!? な なんとかしなくちゃ……。」

そうやって慌てて後を追おうとする少年を漁師が制する。

*「待て アルス! お前が行ったら 余計に 熱があがっちまうだろ!」

アルス「ど どういう意味ですか!」

*「……お前 やっぱり 鈍感だな。」

いまいちピンときていない少年に呆れて漁師はため息をつく。

アルス「あ! ね 熱って そっちの…… いや まさか……。」

*「はあ~ これじゃ おじょうさんが 苦労するわけだぜ。」
*「島一番の漁師の息子にして 伝説の海賊の息子も 女心は まだまだだな。」

アルス「うぐっ……。」
アルス「しょ 精進します……。」

痛い所を突かれてしまい少年はすっかり項垂れる。
船室へと戻っていった少女に次にどんな顔をして会えばよいのだろうか。

少年の受難は、尚も続く。



そうして太陽が西に傾きかけた頃、漁師たちの向かう先には既に緑が生い茂る小さな島が迫っていたのだった。

727 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:35:54.02 ID:8S3LzPGC0



ボルカノ「ここが アルスたちの最初に 復活させた島か。」



島へとたどり着いた漁船アミット号は村にほど近い西の船着き場に船を泊め、辺りの様子をうかがっていた。

ボルカノ「よく 漁の時に見ちゃいたけどよ こうやって 上陸するのは これがはじめてかもな。」

アルス「ぼくも 久しぶりに来た 気がするなあ。」

*「なんでえ 辺りは 森ばっかりだな。」

アルス「なんせ ウッドパルナ ですからね。」

少年たちの上陸した場所を境に南北はうっそうとした森に覆われていた。
木々の間の闇にはいかにも魔物が潜んでいそうではあるが、
城での話によると魔王が倒れてから現在のところ、魔物の出没情報は出ていないらしかった。

*「まっ さっさと 村に入りましょうや。」

ボルカノ「そうだな。 よし いくぞ お前たち!」

*「「「ウースッ!」」」

そんな会話をしながら一行はところどころ踏み固められた道を進み、
これまた森に囲まれたのどかな村へとたどり着いたのだった。



728 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:37:10.29 ID:8S3LzPGC0



*「ようこそ 旅の方。」
*「ここは 森の中の村 ウッドパルナ。どうぞ ゆっくりしていってね。」



村の南口に立っていた女性は一行を見つけるとパタパタとかけてきて話しかける。

ボルカノ「すいません。この村の 代表者さんを 探してるんですが。」

“これは好機”と見た船長がその女性に気になっていたことを尋ねる。

*「代表者 ですか?」
*「うーん この村に 代表と 呼べるような人は……。」

ボルカノ「まいったな……。」

アルス「ぼくたち グランエスタードからの使いなんですが この村と 漁業のことで お話がしたくて……。」

困った顔で首を捻る女性につられて困った顔になる船長の脇から少年が前に出て話しかける。

*「ああっ そうでしたの! それなら ちょうどいい人が いるわよっ。」

アルス「本当ですか!」

*「ええ すぐに 呼んでくるわね。」

そういってまたパタパタと駆け出し女性はどこかに消えた。

*「ちょうどいい人って どんな人だ?」

女性の消えた先を見つめながら漁師が呟く。

*「そんな 権力をもったやつが ここにもいるのかな?」

*「地主とか?」

*「それなら 代表者って 言われても おかしかねえだろ。」

*「うーん。」

*「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」」

*「長老ってか? まあ それなら 納得だけどよ。」

アルス「確かに この村には 老夫婦が 住んでましたけど 特別 慕われているわけでも ありませんでしたよ。」

*「なんだ ますます わからねえな。」

ボルカノ「まあ すぐに わかるだろ。」

コック長「ボルカノ船長の 言う通りだ。」



*「あっ 戻ってきたみたいですよ。」



そう言って飯番が指さす方には女性がガタイのいい男を連れて戻ってくるのが見えた。

729 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:38:38.91 ID:8S3LzPGC0

*「お待たせしましたー! つれてきたわよっ!」

女性は一行の元までやってくると男を前に出す。

*「おいおい どうしたってんだ? オレに用だなんてよ。」

わけのわからないまま連れてこられたのだろう。
男は急なことに困惑した様子で自分を指さしている。

ボルカノ「この人は……。」

*「この村で 唯一の 漁師さんよ。」

*「は はあ どうも……。」

アルス「急に お呼びしてすいません。ぼくたち エスタード島から来た 漁師なのですが……。」

ボルカノ「王の使いで この村と 漁業のことで 取り決めがしたくてですな。」

*「はあ なるほどな……。それで オレが 呼ばれたわけか。」
*「確かに この村には 村長なんて いないからな。」

アルス「それで いろいろと お話をしたいのですが……。」

*「……わかった。ここじゃなんだから 場所を移そう。」

ボルカノ「よし お前ら 今日はここで 解散だ。明朝 村の西口に集合だ いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

ボルカノ「宿を 人数分 頼むぜ。」

*「わかりました。」

ボルカノ「アルス それに マリベルちゃん。あとは オレが話すから 二人とも 休んでていいぜ。」

号令をかけ終えると漁師頭は少年と少女にも自由を言い渡すのだったが。

アルス「いえ ぼくも 行きます。」

少年はそれを断った。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうした? 別に 一人でも 問題ないぞ?」

アルス「これから先 大事なことですから 聞くだけでもいいから ぼくも ご一緒させてほしいんです。」

ボルカノ「……わかった。」

力強い目で訴える少年の意思を汲み父親もそれを承諾する。

ボルカノ「それじゃ 案内してくれ。」

*「あいよ。」

短く返事をすると男は自分の家の方へと歩き出す。

アルス「マリベル また後でね。」

マリベル「えっ ええ……。」

そう言って少年と父親は男の後を付いていった。

マリベル「…………………。」

二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。

730 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:41:21.53 ID:8S3LzPGC0



アルス「王さま どうやって ここと 交易するつもりなんだろう。」



月が頂を目指してちょうど半分まで空を登った頃、少年とその父親は漁師の家を出て宿へと向かっていた。

ボルカノ「さあな。まあ 外部からの働きかけがありゃ ここも なにかしらの 決めごとをする体制が できるだろ。」

代表者のいない以上、村民が集まって集会を開くなりなんなりするのだろうが、今はそれすら収集する人間がいない。
しかし今回のように他国や他の大陸の町と交流せざるを得ない状況となっては
いずれ大事な取り決めをするための機関なり人間が現れるようになるだろう。

少年の父親が言いたいのはそういうことであった。

アルス「だと いいんだけどね。この村の人たち のほほんとしてるから。」

ボルカノ「……アルス それ お前が 言えたことか?」

アルス「むっ 失礼な! これでも ぼくは 父さんと母さんの息子なんだよ?」

ボルカノ「わっはっは! ……そういやよ。」

楽しそうに笑ったかと思えば父親は急に神妙な顔になる。

ボルカノ「オレが思ってるこたあ 昨日 言ったとおりだけどよ。お前は どう思ってんだ?」

アルス「…………………。」

“自分には二つの両親がいるということを”

父親の言わんとしていることはそういうことだろうと少年にはすぐに理解できた。
そして立ち止まり、この旅が始まる前から思っていたことを正直に語りだすのであった。

アルス「確かに 血のつながりは ないのかもしれない。」
アルス「でも ぼくを産んで ここまで 大きく育ててくれたのは 紛れもなく 父さんと母さんだ。」
アルス「ぼくにとっては 二人とも 本当の両親に変わりない。」
アルス「……だからさ ちょっと 嬉しんだ。」

ボルカノ「ん?」

アルス「ぼくを 息子として 愛してくれる人が この世に 4人もいるんだなって。」
アルス「普通の人なら どうやっても 2人なのにね。」
アルス「こんなこと言うのも 恥ずかしいけどさ…… いま ぼくは 幸せだな。」

ボルカノ「……そうか。」
ボルカノ「帰ったら 母さんに話すのか?」

父親の言葉を受け少年の脳裏に家で待つ母の笑顔が浮かぶ。
恰幅の良い体と海原のように広い心でいつも少年を包み込んでくれた母の顔が。

アルス「……うん。本当のこと話して スッキリしたい。」
アルス「それでさ 言ってあげるんだ。」



アルス「ぼくは 母さんの 本当の息子だってさ!」



ボルカノ「……そうか!」

父親はニカっと笑うと黙って歩き出す。
どうやら聞きたかったことは全て聞き終えたらしい。

少年にはその表情は見えなかったが大きなその背中はどこか満足げに見えたのだった。



ボルカノ「なにしてんだ 早く いくぞ。」



アルス「あ うん!」

いつまでたってもついて来ない少年に痺れを切らした父親に催促され、少年は駆け足でその背中を追う。

親と子の時間は、再び動き出したのだ。



731 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:42:18.09 ID:8S3LzPGC0



アルス「まだ 戻ってないんですか?」



*「おうよ いつまで待っても 来ないもんだから これから 探しに行こうかと 思ってたんだ。」

宿屋に戻った少年と父親だったが、先に宿に入っていた漁師たちからある問題を聞かされる。

コック長「やれやれ。まあ 村から 出てはいないと 思うがな。」

*「何かあったら たいへんだからよ アルス お前見てこいよ。」

アルス「えっ は はい。……みなさんは?」

何故か一人で行くように言われ少年は疑問をそのまま口にする。

*「いいや アルス お前ひとりで行くんだ。」

アルス「で でも……。」

ボルカノ「……アルス。」

尚も食い下がる少年に父親が声をかける。

アルス「はい。」

ボルカノ「行ってやれ。」

アルス「……うん。」

少しだけ納得しかねた様子だったが少年は頷くとそのまま外へ向かって走り出すのだった。

ボルカノ「…さて オレたちは 先に夕飯を いただくとするか。」

閉められた扉を前に父親は誰にともなく呟く。

*「さんせーい。」

*「さっすがは ボルカノさん わかってるなあ。」

*「待てど暮らせど 来ないから もう 腹ペコですよ!」

トパーズ「ナオーっ!!」

待ってましたと言わんばかりに漁師たちは沸き立つと、早速宿の女将に料理を注文し始めるのだった。



732 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:45:29.00 ID:8S3LzPGC0

マリベル「…………………。」

少女は一人、村の北にある花畑を眺めていた。

マリベル「どうしちゃったのかしら あたし……。」

昼間に少年ともつれて転んだ時からどうにも心臓の高鳴りが止まないことに少女は困惑していた。

マリベル「今さら あんなことで……。」

少年とはこの旅の最中幾度も体を抱き合い、何度も口づけをかわしてきた。

それなのに、この体の火照りはいったい何なのだろうか。

マリベル「はあ……。」

こうして花畑へ導かれるようにしてやってきたのもどこかで自分の心を落ち着けるためだったのだが、あれからどれほどの時間が経ったのだろう。
辺りはすっかり暗くなり夜のとばりが支配している。
月明かりに照らされた花はどこか寂し気で、風で揺れるたびに物悲しく懐かしい香りを少女の鼻へと運んでくる。





マリベル「アルス……。」





*「なんだい?」





マリベル「ヒャッ! キャ~~~!!」





*「うわっ!」

不意に耳元で話しかけられ、今度は少女が猫のように飛び跳ねる。

マリベル「アルス! あ…あんた いつの間に!?」

慌てて振り返り、少女は上擦ったまま声の主に叫ぶ。

アルス「いや いま来たばっかりだけど……。」

マリベル「もうちょっと わかりやすく 来なさいよ!」

アルス「そんなこと言ったって……。」

“気付かない方が悪い”とは口が裂けても言えないのだった。

733 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:46:47.66 ID:8S3LzPGC0

マリベル「……何しに来たのよ。」

少女はにらみつけるように少年を見る。

アルス「何って… きみを 探しに来たんだ。」

マリベル「ふんっ 余計な お世話だわ。」

そう言って少女はそっぽを向く。

アルス「みんな 心配してるよ。」

マリベル「どーだか。厄介払いが できたとか 思ってんじゃないの?」

アルス「…………………。」
アルス「……こんなこと言うのも なんだけど きみは 自分がどれほど 愛されてるか わかってないね。」

マリベル「はあ? どういう意味よ それ。あたしは 今や 世界中の愛を受けているのよ?」

両手を腰に当てて言い放つその背中が、少年にはどこか虚勢を張っているように見えた。

アルス「…うん そうだね。」
アルス「でも 英雄だからとか そんな理由じゃなくて 純粋に君のことを 愛してくれている人たちが 近くにいるってこと もうちょっと 考えたらどう?」

諭すような落ち着いた声色で少年はゆっくりと話す。

マリベル「何よ……それ。どうせ あたしは みんなにとっては 漁の邪魔でしか ないんでしょ?」

アルス「……本当にそう 思ってる?」

少年は少女の目の前まで回り込んで問いただす。

マリベル「…………………。」

目を合わせようとしない少女を刺激しないように少年は優しく語り掛ける。

アルス「今や この旅は きみがいなければ 成立しない。」
アルス「ぼくだけじゃない。みんなが… 父さんも そう思ってる。」
アルス「それは きみが 色んな事ができて 役に立つからじゃない。」
アルス「……きみはもう 立派な 船の一員なんだ。」

マリベル「…………………。」

どうしてこんな言葉が自分の口から飛び出してくるのか、少女にすらわからなかった。

マリベル「……ごめん。」

少女はぎゅっと目を瞑る。

アルス「ううん わかってくれれば それでいいんだ。」

マリベル「……でも 今は 一人にして。」

そう言って少女は再び背を向けてしゃがみ込む。

今はどうしてかわからないが少年の顔を直視できなかったのだ。

734 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:48:30.79 ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「なにを見てたの?」

マリベル「…見れば わかるでしょ。花を見てただけよ。」

少女は振り向きもせず答える。

アルス「きみが 持ってきた花だね。」

マリベル「あたしのじゃないわ。」

そう言われて少年は彼女が言っていた悪夢のことを思い出す。

アルス「……マチルダさんの?」

マリベル「ん……。」

アルス「お墓…… なくなっちゃったもんね。」

マリベル「…本当はね。もう一度 あそこに お花を植えてあげたいんだけど。」

そう言う少女の顔は晴れない。

アルス「どこかも わからなくなっちゃったからね。」

マリベル「…………………。」

アルス「…明日さ。」

押し黙ってしまった少女に少年はある提案をする。

アルス「出発する前に 植えていこうよ。」

マリベル「えっ?」

アルス「お墓の場所は わからないけど きっと マチルダさんは 気付いてくれるよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少年の言葉に少女は小さく、小さく頷く。

アルス「…………………。」

“これ以上話しかけても彼女は動かないだろう”

アルス「……それじゃ 先に戻ってるね。」

そう思い少年が踵を返した時だった。





マリベル「…待って!」





アルス「……!」



735 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:51:48.95 ID:8S3LzPGC0

アルス「……。」

不意に呼び止められ、少年は少女に振り返る。

マリベル「…………………。」

少女は震える体を抱いて立ち尽くしていた。
まるでどうして呼び止めてしまったのかわからないとでもいうように。

アルス「…………………。」

そんな少女を見て少年はすぐに袋の中をまさぐり、毛皮のマントを取り出すと固まったままの少女に被せ……



マリベル「あ……。」



そしてそのまま抱きしめた。

アルス「こんなに冷えちゃって……。」
アルス「気づけなくて ごめん。」

耳元でそうささやかれ、少女は心臓の高鳴りと共に抱かれた体が再び熱を取り戻していくのを感じた。

マリベル「…………………。」

アルス「さあ もう 戻ろう。」

マリベル「アルス……。」

アルス「なあに?」

マリベル「もう少し このままで いさせて……。」

身体がぬくもりを取り戻すと同時に少女は自分の中で固まっていた不機嫌さや不安が溶けていくのを感じていた。
そして昼からどうにも落ち着かなかった感情の波が、いつしか凪のように穏やかになっていくのも。

マリベル「おねがい。」

少年の背中に手を回して体を密着させる。

アルス「…………………。」

少年は何も言わずにそれを受け入れた。

マリベル「…そうだった……。」

アルス「ん?」

ずっと感じていた心の違和感の正体。

マリベル「アルス……。」

“あなたと 触れ合っていたかった だけなのね。”

アルス「…………………。」

名を呼ばれた少年は何も答えなかったが、見つめてくる少女の瞳を柔らかい微笑みで受け止める。



少女の体は、もう震えてなどいなかった。



736 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:53:52.10 ID:8S3LzPGC0



トパーズ「なー…。」



マリベル「トパーズ!」

宿屋に戻った少女をまず出迎えたのは三毛猫だった。
少女の足元で八の字を描くようにクルクルと歩いては少女の顔を見上げてくる。

*「おお マリベルおじょうさん!!」

マリベル「ただいま みんな。」

続いて扉の音に気付いて部屋から駆けてきた漁師たちが叫ぶ。

*「よかったー!」

*「戻ってこないから 心配したんですよ!」

コック長「まったく あんまり ヒヤヒヤさせないでくださいよ。」

*「まあまあ こうして 無事 戻って来てくれたんだから。」

*「危うく 見捨てられちまったかと 思ったぜ。」

マリベル「…うふふっ ごめんなさーい。」

皆のあまりの心配ようにどこか自分の父のことを思いだし、少女は少しだけ微笑んで謝る。

ボルカノ「体は 冷えてないかい?」

マリベル「ええっ なんとか。」

アルス「はー…… お腹減ったなー。」

*「おお アルス お前の分も 食っといてやったからな。」

アルス「ええっ なんですか それ!」

*「いつまでも 帰ってこない お前が 悪いんだぞ?」

*「せっかくの料理が 冷めちまうからなあ がっはっは!」

コック長「ほれ 今から さっさと 注文するんだな。」

ボルカノ「早くしないと おかみさん 寝ちまうぞ。」

アルス「う うわっ すいませーん!」

マリベル「あははは! あたしの分も おねがーい!」



慌てて女将を呼ぶ少年の後ろで少女が楽しそうに笑う。

そんな少女の笑顔につられて漁師たちもにんまりと笑う。

最初はどうなるかと思ったこの旅も、こうして少年と少女を中心にたくさんの笑顔が生まれ、困難こそあれどそのすべてを乗り越えてきた。



残る旅路は短い。

しかしそれでも漁船アミット号は最後まで誰も欠けることなく大海原を突き進んでいくのだろう。

すべては帰りを待つ愛する家族と、故郷で待つたくさんの人々のために。





そして……


737 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 18:54:26.07 ID:8S3LzPGC0





そして 夜が 明けた……。





738 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 19:00:54.48 ID:8S3LzPGC0

以上第24話でした。



神の兵、天井の神殿、ユバール、そしてマール・デ・ドラゴーン。

どれもこれも魔王との戦いや神の復活を目的として生きてきた人々です。
それが主人公たちの手によって達成された後、彼らはいったいどのようにして生きていくのか。



神の兵はそのほとんどがメザレで生活しています。
そもそも彼らには子孫であるという自覚はあってもそれでどうこうというつもりはなく、
他の村と変わらず気ままに暮らしていましたね。



では天上の神殿の人々はどうでしょう。
彼らは神に仕える身としてメルビンを筆頭にあそこに住まうことを続ける模様ですが、
主人公たちの手引きにより神は移民の町へとやってきました。
そうである以上、彼らがいつまでもあそこに居続ける必要があるのか、という疑問が生まれます。
魔王が倒れ、神が地上に降りたったエンディング後の世界で、彼らはこれから何をするのでしょうか。



その点ユバールの民は目的を果たした後、それぞれが好きなように生きていくことになりました。
事実上、一族の解散です。
しかしそうは言っても急に多くの人々が移民として一つの町や村などに流れ込んではトラブルが起きるでしょう。
きっと、少しずつ分かれて別々の場所に移住するか、
どこか未開の地を見つけてそこで村を作るかのどちらかが現実的な線です。
しかしエンディングの時点でそう言った新しい村が作られてない以上、彼等はまだ旅を続けていると推測できます。
よってこのSSではそんな彼らのその後という形でちょろっとだけ登場してもらいました。



さて、マール・デ・ドラゴーンはどうなるのか。
かつて神が魔王に倒されたときに生まれた水の精霊。
彼等はそんな水の精霊のチカラを受け継いでおり、その目的は海の魔物を倒すことにあります。
では魔王亡き後、もし魔物が世界から姿を消したら彼らはどうなるのか。

あの船が完全な都市国家的機能を持ち合わせていることや
ユバールの民と比べてあまりにも人数が多いことを考えると、
彼らは海での生活を続けるのかもしれません。
(一族としてのアイデンティティもあるかもしれませんが)

ましてや魔王がいない時代でも行くところに行けば魔物が存在していたということを考えると
魔物が絶滅するという可能性は低いので、彼らのすべきことに終わりはないのかもしれませんが。

まあその方がドラクエの世界っぽくて良いかもしれませんね。



…………………

◇なんとかウッドパルナで仕事を終えたアミット号一行。
そして次の地へ向かう最中、マリベルは城へ行った時のことを語るのでした。

最近 >>1000 までに終わるか心配です。


739 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/15(日) 19:02:56.26 ID:8S3LzPGC0

第24話の主な登場人物



アルス
エスタード島一の漁師の息子にして
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領の息子でもある。
今は駆け出しの漁師として日々奮闘中。

マリベル
網元の娘にして世界の英雄でもある。
日々心も体も大人になりつつあるが、
アルスのこととなると時々自分の心境の変化についていけなくなることも。

ボルカノ
グランエスタードが誇る漁師。
とある一件からアルスとの絆を確かめ合う。

コック長
アルスやマリベルを保護者のように見守る。
寄港先ではその地の料理を研究している。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情に熱い海の男たち。
網本の娘であるマリベルには頭が上がらないが、
それ以上に彼女のことを信頼している。

キャプテン・シャークアイ
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領。
息子のアルスの成長を願い、遠くから見守っている。

アニエス
アルスのもう一人の母。
息子の安全を願い、自らの涙の結晶である真珠の垂れ飾りを渡す。
アルスのおっとりしたところは母親似か。

カデル
海賊船の副長。髭の強面オヤジ。
総領に変わって船員に指示を与えることも多い。

ボロンゴ
普段はただの下っ端だが、
ひとたびアルスが船に乗り込めばその世話役に変身。
ちょっと気が弱い。

ウッドパルナの漁師(*)
村で唯一漁師として生計を立てている男。
エスタードの使いとしてやってきたアルスとボルカノに応対する。


742 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:29:23.94 ID:da5wJlLm0





航海二十五日目:エデンの少女と楽園の果実





743 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:31:04.29 ID:da5wJlLm0

ボルカノ「ん? どうした 二人とも。」

眩しい朝日を浴びながら宿を後にした時、急に別行動を取ると言い始めた少年と少女に船長が問いかける。

アルス「ちょっとね。」

マリベル「お墓参りに 行ってきますわ。」

ボルカノ「墓参り? この村に 墓地なんて あったか?」

そう言って船長は顎髭を擦る。

アルス「ここを出て 南にある 森の中だよ。」

マリベル「魔法のじゅうたんで ひとっとびだから ボルカノおじさまたちは 先に 船に行ってて。」

*「おれたちゃ 構いませんが……。」

*「あんまり 遅くなんねえでくれよ?」

アルス「わかってます。」

マリベル「それじゃ また 後で会いましょっ。」

そう言って少女は少年と村の入口を出ると絨毯を広げて飛び去って行ってしまった。



*「しかし この島で 墓参りする人って どんな人だろうな。」



小さくなっていく絨毯を見つめながら漁師が言う。

コック長「あの二人のことだ。長い旅の間で 失くした友人の 一人や二人いても おかしくはないだろう。」

そう言って料理長は遠い目で空を見上げる。

ボルカノ「…まあ なんにせよ 大事な人なんだろうよ。」

*「……そっすね。」

ボルカノ「よし。それじゃ オレたちは 先に 船に戻ってるとしようか。」

*「「「ウスっ。」」」

*「おいで トパーズ。」

トパーズ「な~…。」

足元で毛づくろいをしていた三毛猫を拾い上げて飯番の男も漁師たちに混じって歩き出す。

照り付ける朝日を背中に受けながら今日も漁船アミット号の一日が始まるのだった。



744 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:33:35.13 ID:da5wJlLm0



アルス「えーっと 過去はここに 道があったんだけどな……。」



少年と少女は仲間と別れて程なくして、
かつて二人がもう一人の親友と初めて過去の世界で訪れた不思議な森“のあった場所”へとやってきていた。

マリベル「もう 森っていうよりかは ただの林ね。」

そう、長い年月を経たことでいろんな思い出の詰まった筈のその地は形を変え、
もはやあの時の面影はほとんど残されてはいなかった。

アルス「うーん せめて 目印になる物でも 残ってればなあ。」

少年は辺りを見渡してため息をつく。



マリベル「……いいわ。」



アルス「えっ……?」

不意に少女が悪戯でも思いついたかのように笑う。

マリベル「この辺り 一帯 ぜーんぶ お花で埋め尽くしてやるのよ!」

アルス「ええっ!?」

突飛な言葉に少年は素っ頓狂な声をあげる。

マリベル「花の種なら 持って来れば いっぱい あるんだもん。別にいいじゃない?」

アルス「でも 時間かかるよ?」

マリベル「それは! あたしと あんたで やればいいのよ! だって……。」
マリベル「あたしたちには これから たっぷり 時間があるんですもの!」

そう言って少女は微笑む。

アルス「……そうだね。」

そんな少女の笑顔を見せられた少年には、もう反対する理由など何もなかった。

アルス「きっと マチルダさんも 喜んでくれるよ。」

マリベル「……そうね。」

少年の言葉に少女はもう一度、少しだけ哀しそうに笑った。

745 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:34:28.54 ID:da5wJlLm0

マリベル「……さっ グズグズしてると 置いてかれちゃうわ。」
マリベル「今日は この辺に 植えてきましょ。」

そう言って少女は草の生えていない地面を見つけるとそこにしゃがみこむ。

アルス「うん わかった。」

そうして二人は両手を泥んこにしながら丁寧に一粒一粒種を植えていった。

まるでその下に眠る遠い昔の友人を弔うように。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「うんしょっと……。」

マリベル「ふぅ… 今日の所は これで いいかしらね。」

作業が終わり、二人はその場に立ち上がると腰に手を当てて体を伸ばす。

アルス「……うん。それじゃ 行こっか。」



マリベル「あっ 待って。」



近くに広げて置いた絨毯に向かう少年を少女が引き止める。

アルス「急がないと……。」

マリベル「うん でも……。」

そう言って少女は手を胸の前で組み、祈るように瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「うん これで よしっと。」
マリベル「お待たせっ。」

アルス「……うん。」

少女の祈りを黙って見届けると少年はまだ泥の付いたままの手で少女の手を握る。
細い指は少年に絡めとられ、その温もりを確かめるように隙間を埋めていった。



マリベル「帰りましょう。あたしたちの 船へ。」



746 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:35:31.72 ID:da5wJlLm0

それからしばらくして少年と少女は仲間の待つ船へとやってきた。

*「おっ 戻ってきたな!」

甲板で二人の帰りを待っていた漁師がその姿に気付き絨毯に駆け寄る。

*「もうちょっとで 出発しちまうところだったぜ。」

アルス「お待たせしました!」

絨毯から降りて少年が叫ぶ。

ボルカノ「もう いいのか?」

マリベル「ええ。もう ここに用はないわ。」

アルス「行きましょう!」

ボルカノ「よーし 出航だ! 錨を上げろー!」

*「ウスッ!」

ボルカノ「目指すは 南東の方角! 取舵いっぱーい!」

*「おっしゃー! 行くぜ!」

そうして船長の号令を受けた漁船はまだ太陽が東にあるうちに船着き場を後にした。

森に覆われた島が遠ざかっていく様を甲板で見つめる少年と少女は、いったい何を感じていたのだろうか。

言葉には出さない二人ではあったが、その手に残された柔らかい土の感触がどこか名残惜しさを呼び起こし、
島が霞みに消えるまでいつまでも眺めていたのであった。



747 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:39:40.75 ID:da5wJlLm0

*「おお 見えてきた 見えてきた。」

それから時は流れ、太陽がちょうど船の真上を跨ごうとしていた頃だった。

*「城が 見えてきたぞー!」

甲板で見張りをしていた漁師が大声で叫ぶ。

*「おー どれどれ。」

その声に気付いた漁師たちが続々と甲板に集まってきた。

アルス「……うっすら 見えてきましたね。」

少年が目を凝らして言う。

*「いやー 久しぶりに見たな。」

*「もう あれから 一月近く立つもんな。」

*「まーた カミさんの 顔が 見たくなってきちまったぜ。」

ボルカノ「もう 世界を 一周したことになるのか。」

フィッシュベルからエスタード島を出発し南に抜けた後、
東まで進んでメザレから一気にマーディラスまで北上、それから再び東へと航海を続けルーメンまで戻り、
そのまま南へと突き進みエスタード近海に戻ってきた。

船長の言う通り漁船アミット号はざっくりとではあるが世界中を旅してきたことになる。

アルス「案外 早かったね。」

風の力だけで動く帆船にしてはある意味驚異的な速さで駆け抜けてきた二十五日間、
否、途中滞在していた時間を考えると実際はもっと早く世界一周を成し遂げたことになるのかもしれない。
その間漁はあまりしてこなかったが、行く先行く先で漁場の情報を得ていたためか漁獲については申し分ない程だった。
それこそ店を構える程には。

ボルカノ「あと もう少しだな。」

アルス「今回の旅だけでも 学ぶことが いっぱい あったなあ。」

少年が腕を組みしみじみと言う。

ボルカノ「そうだろうよ。だがな アルスよ。お前に仕込むことは まだまだ たくさんある。」
ボルカノ「まあ この漁が終ったら しばらく 海には出ねえから まずは 覚えたこと じっくり 復習しとくんだな。」

アルス「その間も いろいろ 教えてもらえますか?」

そう言って少年は目を輝かせる。

ボルカノ「お前が 望むなら な。」
ボルカノ「ただ 休める時には しっかり 休んでおくのも 漁師としては 大事なことだ。それに 道具や港の手入れもある。」
ボルカノ「まっ 焦らず 一つ一つ やってきゃ いいさ。」
ボルカノ「なんせ 時間は いっぱい あるんだしな! がっはっは!」

アルス「……はい!」

豪快に笑う父親に少年は握り拳を作り力強く返事をする。

これから自分が歩んでいく道を一歩一歩踏みしめんと言わんばかりに。



マリベル「みんな お昼よーっ! 順番に 降りてきてちょうだーい!」



その時、下の方から少女の昼時を告げる声が響いてきた。



*「「「ウースッ!!」」」



まるで船長の号令に応えるかのように漁師たちは一斉に返事をすると
男たちは舵取りを残していそいそと食堂へと向かっていくのだった。



748 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:41:07.46 ID:da5wJlLm0

マリベル「あら ホントだわ。お城が しっかり見えるわね。」

昼食を済ませた少年と少女は甲板で休憩を取っていた。

アルス「そろそろ うちが 恋しくなってきたんじゃない?」

少しだけ意地悪そうに少年が笑う。

マリベル「……そうねえ。」

しかし一方の少女はそれを否定もせずに素直に答える。

アルス「あれ? …意外だな……。」

マリベル「どうかしたかしら?」

アルス「いや 前だったら……。」



アルス「そんな こと このマリベルさまが 言うと 思ったかしら?」



アルス「……とか 言ってたのに。」

マリベル「……あんた それ マネしてるつもり?」

アルス「いちおう。」

少年なりに精一杯真似をしたつもりらしかったが、やはり彼には無理があったらしい。

マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「あたしもね やっぱり たまには パパとママに会いたいわよ。」
マリベル「あんたは 毎日 お父さんと 顔合わせてるし 本当のご両親とも 会ってるから あんまり わかんないかもしれないけどさ。」
マリベル「……あたしだって やっぱり 寂しくなるわ。」

ジトっとした目で少年を見ていた少女だったが、大きなため息を一つつくと少女なりの心境を語るのだった。

アルス「……そっか。…そうだよね。」
アルス「…………………。」

不味いことを聞いてしまったかと少しばかり反省し、少年は俯き加減に海を見つめる。



マリベル「…お城と言えば……。」



そんなしんみりとした雰囲気を打破しようと少女が話題を変える。

マリベル「この前 城下町に行った時 よろず屋さんでね……。」


…………………


749 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:43:14.27 ID:da5wJlLm0



*「いらっしゃい ここは よろず屋だよ。」



マリベル「ごきげんよう おじさま。」

*「…ってなんだ マリベルちゃん 久しぶりだな。」
*「……しかも 今日は リーサ姫にアイラ様まで ご一緒とは!」

アイラ「こんにちは。」

リーサ姫「ごきげんいかがですか?」

*「い いやあ おかげさまで……。」
*「でっ 今日はどういった ご用件で?」

マリベル「実は おたくで買った お気に入りのドレスが ビリビリに破かれちゃったの。」
マリベル「それで 代わりになる ドレスが ないかしらと思いまして。」

アイラ「わたしたちは その付き添い。」

*「あ ああ それなら この前 同じのを 入荷したばかりですよ!」

マリベル「本当! よかったあ!」

*「しかし すごい 顔ぶれだ!」
*「世界を救った英雄に われらが国の 王女様が 二人も うちに来てくれるなんて……。」



*「どうしんだい 騒がしいな。」



*「おお オルカ! 見ろよ すごい お客さんだぞ。」

オルカ「へっ? わぁ~!」
オルカ「リーサ姫にアイラさま それに ま マリベルまで!」

マリベル「あら オルカさん ごきげんうるわしゅう。」
マリベル「石版探しは もう よろしいんですこと? ほほほ。」

オルカ「うぅっ ま まあ そんなとこさ。」

マリベル「今さら もう 遅いのよ。」
マリベル「あんた 女の子の気を引こうと ヤッキになるのは いいけど いい加減 遊んでばっかりいないで お父さんの 役に立つこととか 考えたら どうなのかしら。」
マリベル「そんなんじゃ 一生 うちのアルスには 敵わないわよ?」

オルカ「ぐ ぐぐぐ……。」

アイラ「…ふーん。ご主人も 苦労してるのねえ……。」

マリベル「今のうちに 息子さんには 厳しく しておくことね。」

*「へ へえ……。」

マリベル「それで 例のドレスは まだかしら?」

*「は はい すぐに……。」

リーサ姫「マリベル いいの? あんなこと言っちゃって。」

マリベル「いいんですよ リーサ姫。ああいう ダメ男には あれぐらい 言っておかないと 薬にならないんだから!」

オルカ「ダメ男って……。」

マリベル「……ふふっ まあ せいぜい シリガル女たちと 仲良くすることね。オ・ル・カ・さ・ん?」

オルカ「く くそ~~~!」



…………………



750 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:44:44.20 ID:da5wJlLm0



アルス「あっはっはっはっ!」



マリベル「おーほっほっほっ!」



話を終えた少年と少女は腹がよじれる程大声で笑う。

アルス「しっかし これでもう あのお店には 顔 出せないね。」

マリベル「いいのよ もう。このドレスさえ 手に入れば。」

そう言って少女は着ているドレスをパンパンと手で払う。

アルス「それも ダメになっちゃったら?」

マリベル「その時は もう あきらめるもん。」
マリベル「今や 仕立屋さんは 世界中にあるんだから。有効に 活用しないとね!」

“フフン”と鼻を鳴らして少女は背を反る。

アルス「それもそうだね。」

マリベル「あ それから その後 酒場にも行ったわよ。」

アルス「三人で?」

マリベル「リーサ姫の 社会科見学も かねて ね。」
マリベル「それで その時……。」



…………………



751 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:46:04.75 ID:da5wJlLm0

*「いらっしゃいませ。」
*「おや これはこれは 皆さん このような 汚い所へようこそ。」

マリベル「どーも。」

アイラ「今日は リーサ姫に いろいろと 見せてるのよ。」

リーサ姫「こんにちは。」

*「ごぎげんいかがですか リーサ姫さま。」

*「こんなところで良かったら ゆっくりしていってくださいね。」

リーサ姫「ありがとう……。」

マリベル「マスター 甘くて スッキリ飲めるのちょうだい。」

*「かしこまりました。」

アイラ「じゃあ 同じのを 全部で三つ もらおうかしら。」

*「リーサ姫は お酒は よろしいのでしょうか?」

リーサ姫「ええ……たしなむ程度には。」

*「わかりました。しばし お待ちを。」

マリベル「…………………。」

アイラ「…………………。」

リーサ姫「…………………。」

マリベル「そういえば マスター。ホンダラさんは ちゃんと 働いてるのかしら?」

*「ああ それなら……。」



*「いらっしゃいっ!。」



アイラ「……あら?」

マリベル「…服装だけで 人って ずいぶん 違って見えるのね。」

ホンダラ「そりゃ ねえだろうよ マリベルさん。」

マリベル「相変わらず 元気そうね ホンダラさん。」

ホンダラ「へへっ まあ 見てのとおりでっさ。」

マリベル「……ふーん。意外とマジメに 働いてるのね。」

*「まあ 仕事中 けっこう 飲んでるけど ちゃんと やってはくれてますよ。」

ホンダラ「きっと これが オレの天職に違いねえ! ヒック……。」
ホンダラ「ところで マリベルさんよ。もし アルスとケッコンするなら ひとつ このオレも ラクして暮らせるように……。」

マリベル「…………………。」

ホンダラ「ひ ヒィっ… そんなに 睨まないでくれよ!」 

マリベル「ふんっ。」

アイラ「……先が 思いやられそうね。」

*「お待たせしました。」

リーサ姫「い…いただきます。」

マリベル「…ん けっこう いけるじゃないの これ。」

*「蜂蜜酒に オレンジとレモンの果汁を。」

アイラ「確かに これなら スッキリ 飲めるわね……。」
アイラ「ん? リーサ……?」



…………………


752 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:47:51.72 ID:da5wJlLm0



アルス「へえ リーサ姫 けっこう いける口だったんだ。」



再びそこまで話を聞き終えた少年が感想を口にする。

マリベル「ビックリしちゃったわよ! こっちは ちょっと ひっかけてく くらいのつもりだったのに。」
マリベル「気付いたら 三杯 キレイになくなってるんだもん。」

少女は普段おしとやかでおっとりした姫のケロっとした顔を思い出して言う。

アルス「……おしのびで 通わなければ いいんだけど。」

マリベル「そんなこと されたら あそこを教えた こっちが 危ないわ。」

“きっと国王は黙ってはいないだろう”

そんなことを少女が考えていると話題は少年の叔父に移る。

アルス「で… そうか あの人も マジメに働いてるのか……。」

難しい顔をして少年は唸る。

マリベル「調子の良さは 変わらなかったけどね。」

アルス「それで あの人が マリベルになんて言ったって?」

マリベル「い いや 別に……。」

なんとなく少女は会話の内容を省いて説明していたのだった。

アルス「え? なんか マリベルが怒るようなこと 言ったんでしょ?」

マリベル「……そうだけど。」

アルス「お父さんのこと?」

マリベル「パパのことじゃないわ。」

アルス「じゃあ きみのこと?」

マリベル「もうっ… なんでもいいじゃない!」

アルス「いや 今度 ぼくから 言っておくからさ……。」

マリベル「……何でもない。た たいしたことじゃないわ。」

自分を納得させるように少女は頷く。



アルス「……ひょっとして ぼくのこと?」



マリベル「っ! ……。」

アルス「……気になるな。」

わかりやすくを目を逸らす少女の顔を少年が覗き込む。

マリベル「た ただ あんたのおじさんが 無神経なこと 言ったりするからよ。」

身体を逸らして少年の追求から逃れようと少女は試みる。

アルス「…………………。」
アルス「まあ いいや。何にせよ きみを怒らせることを言うようなら ぼくが 許さないから。」

そう言って少年は身を引いてため息をつく。

マリベル「……ったく あんたのおじさんってば どうして あたしと アルスのこと 知ってるのかしら。」
マリベル「それとも ただの あてずっぽう?」

アルス「…………………。」
アルス「あっ そ そういうこと?」



マリベル「…あ……。」



753 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:50:43.75 ID:da5wJlLm0

どうやら口が勝手に動いていたらしい。少女は慌てて口を両手で隠すとそのまま固まる。

アルス「さては ぼくとの よしみで オレにラクさせてくれ~ とか 言ってきたんでしょ?」

マリベル「……そのとおりよ。」

少女は観念したように目を閉じて腕を組む。

アルス「うーん でも まだこのことは あの二人しか 知らないはずなんだけど……。」

マリベル「どうしてかしらね?」

*「「うーん。」」



*「どうしたんだ? 二人とも そんなとこで 難しそうな顔して。」



アルス「父さん。」

二人で唸っているとそこへ少年の父親がやってきた。

アルス「ねえ 父さん。おじさんに ぼくとマリベルのことが 知られてたんだって。」

マリベル「ちょ ちょっと アルス!」



ボルカノ「ん? そりゃ お前 みんな いずれ そうなるだろうって 思ってたから 知ってるも何も……。」



マリベル「えっ…!?」



何の躊躇もなく話し出す少年に抗議する少女だったが少年の父親の一言でその動きはぴたりと止まる。

ボルカノ「まあ あんだけ 二人でいつも 行動してれば 誰だって そう思うだろう。」
ボルカノ「みんな 知らんぷりは してるがな。」

アルス「は ははは……。」

マリベル「…………………。」

どこか気恥ずかしさを紛らわすためにから笑いをする少年だったが、
ふと隣の少女が顔を青くして黙っているのに気づき名前を呼ぶ。

アルス「マリベル……?」



マリベル「あたしもう 帰れないわ……。」



アルス「ええっ!?」



マリベル「みんな そんな目で あたしたちを見てたなんて……。」

そんな恥じらいから少女は今度は顔を真赤にして俯く。

マリベル「あ アルス! どうしてくれるのよ!」

かと思えば思い切り少年に食ってかかる。

アルス「そ そんなこと 言われても!」

マリベル「は 恥ずかしいったら ありゃしないじゃないの!」
マリベル「それもこれも ぜーんぶ あんたが悪いんだからね!」

そう言って少女は真っ赤な顔のままで少年の鼻っ面を指さす。

アルス「そんな むちゃくちゃな……。」

あまりの勢いに少年は掌を胸元で見せて降参の意思表示をする。

754 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:52:01.20 ID:da5wJlLm0

ボルカノ「わっはっは! いちいち説明する 手間が 省けると思えば いいじゃないか。」
ボルカノ「それに きっとみんな ヤキモキしてたから 祝ってくれると思うぞ。」

少年の父親はそんなやり取りを微笑ましく思い快活に笑う。

マリベル「ぼ ボルカノおじさま まで……。」

ボルカノ「…おっと。オレとしたことが ちと 口出ししすぎたみてえだな。」
ボルカノ「すまん 今のは 忘れてくれ。」

マリベル「……いえ いいんです。あたしも 取り乱しちゃって ごめんなさい。」

まだ少し紅い頬で少女は俯く。



アルス「マリベル。」



マリベル「ん……?」

すっかりしおらしくなってしまった少女の手を少年が取る。

アルス「ぼくは うれしいな。」

マリベル「えっ?」

アルス「だって みんなが ぼくたちのこと 認めてくれてるみたいでさ。」
アルス「……もちろん ぼくときみのことだから 誰かに 口出しなんて させやしないけど。」

マリベル「アルス……。」

アルス「胸を張って帰ろうよ。恥ずかしがってたら 余計に 茶化されちゃうしね!」

マリベル「…………………。」
マリベル「…ふふっ それもそうね。」

どうしてこの少年はいつもこっちが恥ずかしくなるような台詞をあっさりと言ってのけてしまうのだろう。
そんなことを思いながらも、目の前で屈託なく笑う少年につられ、少女も自然と笑みが零れるのだった。

ボルカノ「っとと おジャマだったみてえだな。」
ボルカノ「アルス。もう少ししたら 漁の準備を 始めるからな。」

アルス「あ はい!」

そう言って少年の父親は甲板を降りて行った。

マリベル「…………………。」
マリベル「さっ あんたも いつまでも 油売ってないで さっさと 行きなさい!」

少年の父親を見送ると少女はまるで急かすように少年の背中を押す。

アルス「え……うん。」

マリベル「あんたには がんばってもらわなくちゃ いけないんだからね。」
マリベル「しっかり 働きなさい!」

アルス「はーい。」

そう言って少年はどこか名残惜しそうに甲板を去っていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「じゃないと パパに 認めてもらえないんだからね。」



少年のいなくなった甲板で、少女は誰にも聞こえないように独り言つのだった。



755 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:55:06.41 ID:da5wJlLm0

それから時間は過ぎ、今は夜。

漁を終えた漁船アミット号はただひたすらに次の目的地を目指して航行を続けていた。

マリベル「…………………。」

そんな船の誰もいない調理場の一角で一人、少女は日課である自分の航海日誌を書きしたためていた。

マリベル「うーん……。」

今日一日あったことを自分の言葉で書き連ねていく。
ふと思い立って持ち込んだこの日誌にはこれまであった事柄が彼女の視点で事細かに記されており、
航海も二十五日を迎えた今日、残る頁も少なくなってきていた。

マリベル「周りからは しっかり 見られてたのね……。」

昼間少年の父親に言われたことを思いだす。

自分はなるべくそういったことを悟られまいとしてきたつもりだったが、
どうやら周りの目にはしっかり少年への好意だとか、仲の良さが見えていたらしい。
実際、自分は彼を好いていたし、仲が悪かったかと言われればそれは嘘であるとわかっていた。
そうでなければどんなことであれ話しかけたりしないし、ましてや一緒に行動するなど以ての外だ。

マリベル「あいつは どう思ってたのかしら。」

この航海が始まるまで少年はそういったことはほとんど口にしなかった。
周りがどう思ってるかだとか、自分に対してどんな感情を持っているのかとか。
今でこそ言葉なり体への接触なりでいろいろと示してくれているが、旅の途中、彼の真意を垣間見ることはほとんどなかった。

マリベル「ガマン…してたのかな……。」

ひょっとすると少年はもっとずっと早くからこうしていたかったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
自分がどこかで認めたくなかった感情を少年はさっさと認めていたのかもしれない。
そうだとすれば自分は随分彼にきつく当たってしまっていたのではないだろうか。

マリベル「はあ……。」

今さらになって自分の言動を少しだけ後悔する。
結果的に彼は自分のことを受け入れてくれたが、やはり心のどこかでは傷ついていたのではないか。
そんな不安が胸に重りを乗せたような気怠さを引き起こしていく、



マリベル「……ダメね。」



考えれば考える程鈍っていく思考を閉ざし、少女は鞄の中から一つのリンゴを取り出す。



756 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 19:57:00.18 ID:da5wJlLm0



…………………



アルス「あれ?」



それは今朝、少年たちが森を後にしようと魔法のじゅうたんに乗ろうとした時だった。

アルス「こんなところに どうして リンゴが……。」

それは赤い赤い林檎だった。

マリベル「どうしたの?」

アルス「いや じゅうたんの上に リンゴがあったんだ。」

マリベル「リンゴ? この辺に リンゴの木なんて ないと思ったけど……。」

アルス「うーん……。」

マリベル「もしかして これかしら?」

そう言って少女は朽ちて今にも倒れそうな樹木を指さす。

少しだけ残った葉が寂しそうに風に揺れている。

アルス「……ついてないね。」

少年はてっぺんまで見上げて言う。

マリベル「きっと 最後の 一個だったのね。」

少女が目を細めて見つめる。

アルス「どうする これ。」

マリベル「……いい香りね。」

少年の手からそれを受け取ると少女は鼻を近づけて息を吸い込む。

アルス「一応 食べられそうだね。」

マリベル「これ もらってもいいかしら。」

アルス「いいけど 船に残ってないの?」

少年はいつか飯番の男が大量に購入して箱一杯に詰め込まれていたリンゴの山を思い出す。

マリベル「もう さすがに 空っぽよ。」

アルス「そっか。じゃあ いいんじゃないかな。」
アルス「きっと これは この森からの きみへの おくり物だよ。」

マリベル「うふふっ。そうかしらね。」



…………………



757 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 20:01:05.69 ID:da5wJlLm0

少女は真っ赤なリンゴを片手にそれをしばらく見つめていた。

マリベル「…………………。」

気分を変えようと、皮も剥かずにそのままかじりつく。

“シャリ”という食感と共に爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がる。
密のぎっしり詰まったそれはエスタード島で採れるものと同じぐらい強い誘惑の香りがした。

マリベル「……おいし。」

少女はリンゴをかじるのが好きだった。

小さい頃からよく食べて育ったということもあるが、
何より生でかじった時にしか味わえない皮と実の絶妙な渋みと甘みがたまらなく好きで、
町や村によった時は必ず買って一人食べていたものだった。

かつての移住者が楽園と呼んだ島に実る禁断の果実は、少女を虜にしたのだ。



“シャリ…”



少女はリンゴをかじる。

その甘美なうるおいは少女の心のわだかまりを優しくほどいていく。
そして同時にその一口一口が旅で起こった出来事を、手に入れたものを、そして失くしてきたものを少女に思い起こさせていく。

マリベル「思えば あの時もそうだっけ……。」

初めてあの神殿から過去の世界に旅立つ前にもこんな赤いリンゴをかじっていた気がする。



楽園から飛び出した少年たちについて行き、旅を共にしてきた少女は今、再び禁断の果実をかじる。



しかしそれは誰かの思惑のためにするのではない。誰かにそそのかされたわけでもない。



彼女は自分の意思でリンゴをかじる。



決して知恵を授けてはくれない贖罪の実をかじり、少女は今、何を手にするのだろうか。

マリベル「…今からでも 遅くないよね……。」

その場にはいない誰かに呟く。

マリベル「…しっかり しなくちゃ!」

これは贖罪の旅ではないのだ。

マリベル「あたしが支えるって 決めたじゃない!」

頬を両手で一度だけ叩いて気付けすると、少女は日誌を閉じる。

マリベル「まだ 起きてるかな……。」

そう言って立ち上がると、少女は厨房の扉を開けてもう一人のエデンの戦士を探しに出かけるのだった。





そして……


758 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 20:01:34.63 ID:da5wJlLm0





そして 夜が 明けた……。





759 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 20:07:50.58 ID:da5wJlLm0

以上第25話でした。



”われわれが この美しき無人島を 発見した 記念に この 文字を 記す。“

”この島は 楽園だ。水も 森も 生き物も 食べ物も つきることはない。“

”願わくば 世界のすべての地にも この平和が おとずれんことを。“



まだ魔王に世界が封印される前、エスタードと呼ばれた島は無人島だった。
しかしやがてマール・デ・ドラゴーンから旅立った漁師の一人が、
そしてその後にも誰かが流れ着き、その間に世界は封印されていった。

いつしか無人島だと思われていたエスタード島だけがこの世界に残り、周りの大陸や島々は全て封印されてしまった。
それからというものの、エスタード島というこの世の楽園は魔物たちと戦っていた記録を葬り、
人々の記憶からは魔王や魔物、そして他の大陸の存在は忘れ去られていった。

物語はそんな現在の「エデン」から始まります。

『エデンの戦士たち』

このタイトルからもわかる通り、ドラクエ7は旧約聖書をモチーフにしていると思われます。
どなたかのサイトでこれについて考察がなされていましたが、
誰がアダムとイブをそそのかしたのかとか、アダムやイブに当たる人物は誰なのかとか、解釈のしようはいくらでもあります。

今回のお話は、そこまで難しい問に答えるつもりはありません。(というかわかりません)
ただリンゴを齧っているマリベルの姿から着想を得ました。(PS版扉絵)

”楽園を追放された”と表現していいかは疑問ですが、「飛び出していった主人公に付いていき傍で見守る」、
そんな役割をマリベル自身は担っていたのではないかとわたしは考えております。

「後付けキャラ」という設定がどこまでストーリーのモチーフに関わってくるのかはわかりませんが、
そういう風に考えるとあの意味深な扉絵の、「リンゴ」が生きてくるのではないでしょうか。

…ふか~い根拠はないのですけどね。



…………………

◇目的地へと到着したアミット号一行。
しかしそこには何やら奇妙な光景が広がっていたのでした。

760 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/16(月) 20:08:34.35 ID:da5wJlLm0

第25話の主な登場人物



アルス
漁師として一人前になることはもちろん、
マリベルに似合いの男になれるように日々奮闘中。

マリベル
マチルダのためにウッドパルナ周辺を花畑にする計画を立てる。
リンゴが好きでよくかじっている。

ボルカノ
時には早く一人前の漁師になろうと逸る息子をなだめることも。
息子やマリベルの噂については前から知っていた模様。

アイラ
マリベルの回想にて登場。
マリベル、リーサ姫と共に城下町へ繰り出す。

リーサ姫
マリベルの回想にて登場。
意外とお酒には強いらしい。

よろず屋の店主(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタードの城下町で唯一服を扱っている雑貨屋のオヤジ。
息子のオルカには頭を抱えている。

オルカ
マリベルの回想にて登場。
よろず屋の一人息子。
女ったらしでお調子者。
アルスの真似をして石版を探そうと出かけるも挫折。

酒場のマスター(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタード城下町で酒場を営む男性。
ホンダラを従業員として雇うというお人好しっぷり。

ホンダラ
ボルカノの弟にしてアルスの困った叔父。
遊び惚けて家賃滞納、酒代滞納だったが、
魔王が討伐された後は改心したのか城下町の酒場で働くことに。
調子の良さはあいかわらず。



762 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:41:22.28 ID:Gbhcinl20





航海二十六日目:好奇心は猫を殺す





763 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:42:24.78 ID:Gbhcinl20



*「ぶう ぶう!」



*「わわわん わん!」



*「にゃん にゃ~にゃ。」



*「ブルルルー……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!



*「なっ……。」

*「どうなってんだ この町は!?」

*「町中 動物だらけじぇねえか!」

ボルカノ「…………………。」

トパーズ「ハーッ! フゥーッ!!」

コック長「見ろ! あの猫のバカでかさ! ありゃ 普通じゃないぞ!」

*「ニワトリもです! あんなデカイの ボクは 見たことありません!」

マリベル「ぶっ… あははは…… ふふふ……。」

仲間たちの初心な反応を見て少女が思わず吹き出す。

アルス「……今年もやってるね。」

それは遡ること二刻程前のこと。



…………………



764 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:43:49.31 ID:Gbhcinl20

真夜中に岸につけた漁船アミット号はその場で一泊した。

それから朝を迎え、食事を終えてから一行は会議室で本日の予定を話し合っていた。

*「で その オルフィーってのは どんな 町なんですかい?」

一通り話が付いたところで漁師の一人がこれから向かう町について尋ねる。

マリベル「……のどかなところよ。」

アルス「町の人は みんな あったかみのある人たちですよ。」

マリベル「今でこそ平和だけど 過去の世界では 動物と人の姿が 入れ替えられたりしちゃったのよ?」

*「人と動物が……?」

アルス「近くにある山に 封印されていた魔物が 悪さをしたんです。」

マリベル「まっ あたしたちが ちょちょいと やっつけたら エラく反省してたけどね。」

*「へへっ さすがは マリベルおじょうさんだ。」

アルス「……それから オルフィーには 白いオオカミの伝説が あるんです。」

*「へえ。」

アルス「人々を魔物から 救ったっていう オオカミの一族がいたんですけど……。」
アルス「封印されていた魔物に破れ 幼い子オオカミ 一匹だけになってしまったんです。」

マリベル「それが いまの ガボってわけ。」

*「ええっ あいつって オオカミだったのかよ!」

*「こいつぁ 驚いた。それじゃ 何だ? あいつは オオカミ少年ってわけですかい!」

マリベル「……なんか ゴヘイあるけど そういうことね。」

*「ほええ… 言われてみりゃ 確かに そんな気がするな。」

マリベル「ま それで ガボと一緒に 町を救って以来 あの町は 日頃からの動物への感謝をささげる祭りを……。」



*「おーい 準備できたぞー!」



ボルカノ「むっ そろそろ 行くか。」

*「「「ウスッ!」」」

*「マリベルおじょうさん また 後で 話をきかせてくだせえ!」

マリベル「えっ……。」

アルス「行こう マリベル。」

マリベル「む むか~っ! 人が 話してる最中に 何よお!」

アルス「まあまあ……。」



…………………



765 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:44:27.63 ID:Gbhcinl20

それから見張りを残してそのまま町へとたどり着いた一行は現在に至る。

マリベル「ぷぷぷ…… いいこと アルス? しばらく 黙ってるのよ!」

少女はこみ上げる笑いを必死にこらえて小声で少年に話しかける。

アルス「……いいの? 本当のこと 教えなくて。」

マリベル「人の話を 最後まで 聞かなかった 罰よ バツ。」

少女は意地の悪そうな笑顔を浮かべる。

アルス「うーん。」

マリベル「あっ そうだわ! あたしたちも 紛れ込んじゃいましょ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「こっそり 抜け出すのよ! ほほほ。」

アルス「いいのかなあ……。」

マリベル「さ 行くわよっ!」

トパーズ「…………………。」

そう言って少女は三毛猫を抱えた少年を“しのびあし”で引きずりだすのだった。

766 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:47:06.56 ID:Gbhcinl20



*「ミミちゃ~ん! もう いいかな~。」
*「早くしないと 祭りが 終わっちゃうな~!」

ミミ「うふふ。長老さまったら。ホントせっかちなんだから~ン。」
ミミ「いま ストッキングを はいてる と・こ・ろ……。」

*「うほほ。ミミちゃ~ん! まだ ちょっと早かったかな~?」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



*「あわわ……。」
*「ゴホッゴホッゴホッ!! こ これは お客さまとは!?」

*「なんと あの時の お二人では ありませんか!」

町の長老の邸宅へとやってきた二人を出迎えたのは例の如く助平な長老とお色気むんむんな給仕人の見たくもないやりとりだった。

アルス「……こんにちは。」

マリベル「あいかわらずの すけべじいさんね……。」

*「いやいや またもや おはずかしいところを お見せしましたな。まあまあ こちらへ。」

そう言って長老は恥ずかしそうに手招きする。

マリベル「…………………。」

アルス「はい……。」

トパーズ「なーお。」

なんとなく気乗りはしなかったが自分たちの目的を果たすため、三毛猫を降ろしてしぶしぶ椅子に腰かける。

767 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:47:35.24 ID:Gbhcinl20

*「コ コホン……。ようこそ また いらっしゃいましたな。」
*「見てのとおり いまこの町は 動物たちへの 感謝祭の真っ最中。」
*「もしかして また 参加していって くれるのですかな?」

マリベル「ええ その通りよ。」

*「それなら この前 お貸しした ブタさんのぬいぐるみを……。」

マリベル「いやよ! こんな美少女に ブタのかっこうなんてさせて どうするつもり?」

タンスを指さす長老に少女は机を叩いて猛抗議する。
流石に年頃の娘には耐えかねるものがあったようだ。
否、たいていの人は嫌がるものだが。

*「い いや それもまた オツなもので……。」

マリベル「……いい度胸してるじゃない?」

情けなく鼻の下を伸ばしている長老に少女が不気味な笑みを浮かべて脅す。

*「…い いやいや なんでもございませんぞ??」
*「ミミちゃ~ん! このお二人に 余ってる ぬいぐるみを 見せて 差し上げてくれ。」

凄まじい殺気を感じ取り長老は慌てて背を向けるとわざとらしく大きな声で使用人を呼ぶ。

マリベル「……っふん。最初から そうしてれば いいのよ!」

アルス「は ははは……。」



“マリベル おそろしい子……!”



などと少年が思ってることなどつゆ知らず、少女は使用人に促されてこの前とは別のタンスの中を漁り始める。

マリベル「うーん…… あっ!」

しばらく物色を続け少女が取り出したのは真っ黒な犬とな真っ白な猫の着ぐるみだった。

アルス「それでいいの?」

マリベル「うんうん これあたしたちに ピッタリじゃない!」

アルス「ぼくは どっち?」

マリベル「はあ? 何言ってんのよ あんた。アルスが 犬に決まってるじゃない。」
マリベル「そして あたしは かわゆい ネコちゃんになるのよ~。」

そんなことを言いながら少女はぬいぐるみを掲げてくるっと一回転する。

ミミ「あらあら ウフフ……。」

アルス「……なにそれ。」

マリベル「いいから 早く着るのよ! みんなが 来ちゃうじゃないっ。」

どうして少女が自分に犬を選んだのか分からず首を捻る少年だったが、
少女がグイグイとそれを押し付けてくるので仕方なく着替えることにしたのだった。

768 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:49:00.05 ID:Gbhcinl20



トパーズ「…………………。」



着替えを終えた少年と少女のぬいぐるみの顔を覗き込みながら三毛猫は不思議そうな顔をしている。

マリベル「あたしよ トパーズ。」

そう言って少女は被り物を外して少しだけ顔を出す。

アルス「ワンワン。……なんちゃって。」

来てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。

ミミ「あら~ かわいい ワンちゃんで・す・こ・と。」
ミミ「お姉さんが よしよし してあげましょ~か?」

着替えを終えた二人を見て長老の使用人がなまめかしい声で手を伸ばしてくる。

アルス「えっ いや……。」



マリベル「フゥ~~ッ!」



アルス「キャインっ!」



少女に背中からのしかかられ、たじろいでいた黒犬はその場に崩れ落ちる。

マリベル「バカやってないで さっさと 行くわよ!」

*「うほほ。これまた かわいい ネコちゃんじゃのう! ワシにも なでなで させてくれんかの~。」

マリベル「フギャアアアッ!!」

*「ぎええっ!」

隙を見てお尻の辺りを擦ってきた長老に白猫は渾身の猫パンチをお見舞いするのだった。

アルス「…………………。」

マリベル「…ったく 油断もすきも あったもんじゃないわ!」

*「ぐふっ しつれいしまひた……。」

ミミ「だいじょうぶ~? 長老さまったら~ん。」

壁際で体をけいれんさせている長老の脚をバニーガールがつつく。

マリベル「……あとで事情を知らない うちのツレが 来ると思うから よろしくね。」

そう言って少女は背中をさすっている黒犬の首を引っ張って歩き出す。

マリベル「あっ あたしたちが みんなに紛れ込んでること 言っちゃだめだからね!」
マリベル「トパーズ しばらく お留守番 よろしくね。」

トパーズ「なう~………。」

部屋の中を嗅ぎまわっている三毛猫に語り掛けると少女は扉を勢いよく閉め、表へと出ていってしまった。

*「は はひ~……。」

ミミ「もうっ 長老さまったら あたしが いるのに。この節操なしさんっ。」

トパーズ「…………………。」

二人のいなくなった部屋の中で尚も腑抜けた返事をしている長老を眺めながら三毛猫は再び部屋の探索を始めるのだった。

769 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:49:57.30 ID:Gbhcinl20

*「おっ かっこいいワンコだな!」

アルス「ど どうも……。」

*「うほっ そこの おねえちゃん オレと にゃんにゃん しねえか? ブッヒヒ。」

マリベル「フシャーッ!」

*「ピチャ ピチャ!」

[ おいしそうに 水を飲んでいる。 ]

アルス「…………………。」

長老の家を後にした少年と少女は町の中でいろんな動物のぬいぐるみたちと話をしながら時間をつぶしていた。

マリベル「…ったく どうして この上からでも 中身が わかるのかしら?」

アルス「それより 見てよ あの人 また 犬みたいに……!」

そう言って少年は慌てた様子で池のほとりにいる白い犬を指さす。もちろん四つん這いのまま。

マリベル「ばっかねー よく見なさいよ。あれは 本当の ワンちゃんよ。」

そういう少女ももちろん四つん這いなのだが。

アルス「あっ……。」

マリベル「あんたも やってくれば?」

アルス「エンリョしときます。」

*「おや あんたらは 旅人さんかい?」
*「もう少ししたら お祭りのイベントが 始まるんだけど よかったら 参加していかないか?」

そんな二人の所へ馬の着ぐるみをした男がやってきて言う。

マリベル「そうね。せっかくだから 今回は あたしたちも 当てられる側に 参加しましょうよ!」

アルス「女の人を当てる アレに?」

*「おっ そいつは 面白いね!」
*「町の連中も 知らない人の特徴は なかなか 見切れないもんだろうから いい刺激になるんじゃないか?」

“ブヒヒン”と鼻を鳴らす真似をして男が愉快そうに言う。

マリベル「だってさ! ほら 行きましょうよ!」

アルス「はいはい……。」

そう言って少年は渋々と猫のように足取り軽く歩く少女について行くのだった。



770 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:52:38.87 ID:Gbhcinl20



*「ったく 感謝祭ってのは 悪いことじゃねえけどよ。」



*「知らなきゃ ホントに わけがわからねえな。」



少年と少女が町の広場で他の動物たちに紛れ込んだ頃、
長老の家を出てきた別の動物の群れは、否、動物の着ぐるみの群れはそんな愚痴をこぼしていた。

コック長「それにしても あの二人は いったい どこに行ってしまったんじゃ?」

ぽってりとした豚の着ぐるみが辺りを見回す。

ボルカノ「おおかた どっかに 紛れてんだろうよ。」

立ち上がった大きな熊がお腹を掻きながらのしのしと歩く。

*「にゃっ! おっきいクマさんだにゃ!」

長老の家の近くをうろついていた女性と思わしき猫が熊の姿に気付き、驚いた様子で近づいてくる。

ボルカノ「むっ? なあ おじょうさん どっかで 若いカップルを 見かけなかったかい?」

熊の方もなるべく脅かさないように言うと猫は安心した様子で語った。

*「……にゃんにゃん。それは わからないけど そろそろ 広場に いそいで いそいで!」
*「早く行かないと お祭りのイベントが 終わっちゃうのにゃ~ん!」

*「イベントですかモー?」

そこへこれまた脂の乗ってそうな牛姿の飯番が尋ねる。

*「わはは! おまえ すっかり ハマってるな!」

近くで見ていた馬がヒヒンと笑う。

*「とにかく 行ってみれば わかるのにゃん!」
*「司会がいるから 細かいことは そっちで聞くといいのにゃん。」

愛想のよい猫は少しだけ慌てた様子で男たちをせかす。

ボルカノ「ありがとよ。」

*「ボルカノさん 行くんですかい?」

ボルカノ「まあ 用事はすんだし 別にいいだろ。」

*「へへっ そうこなくっちゃな!」

大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため男たちの務めは待つだけとなっていた。
つまり、今は暇の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることは最初からこうすること以外になかったのである。

加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあった。



ボルカノ「それじゃ コック長 後 頼んだぜ。」



こうして男たちは揃って町の中心へと歩き出すのだった。



771 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:54:19.77 ID:Gbhcinl20

*「さあさ いらっしゃい! どなたさんも 楽しく遊んでいってちょうだいよ!」
*「おおっと。こいつは おどろき モモの木 旅のお方だって おにいさん!?」
*「そんなら このイベントは 旅の記念に ぴったしだ。一発チャレンジして いってよ!」
*「なにしろ 参加するのはタダで 当たればステキな賞品まで もらえちゃうって すぐれものだ!」
*「ホント やらなきゃソンだよ。さあ どうだ! チャレンジするだろ なっ?」

漁師たちが広場に着くなり催しの司会と思わしき男が有無も言わさぬ勢いで話を進めてきた。

*「……まだ なんも 言ってないんすけど。」

漁師の一人が答える。

*「そもそも どうして オレたちが 旅のもんだって わかったんでい?」

*「そんなの おにいさんたちの ウブな反応を見れば 一目リョーゼンさ!」

司会の男は人差し指を突き立てては左右に振り、得意げな表情を見せる。

ボルカノ「イベントは ともかく オレたちは ツレを探してるんだが。」

*「んっんー? そのお連れさんも もしかすると この中に まぎれてるかもしれないよ?」

そう言って男はたくさんの動物の着ぐるみたちの方を向いて両腕をいっぱいに広げる。

*「…どうします? 船長。」

*「アルスたちは ともかく タダで 景品もらえるなら やって損は ないですぜ。」

ボルカノ「まあ そうだな。」

口々に言う漁師たちの言葉に大熊は顎を擦りながら言う。

*「よーしっ 決まりだ。じゃあ 始めるぞー!」
*「……でっ だれが 挑戦するのかな?」



*「おれ! おれが やるぜ!」



そう言って羊の恰好をした漁師が名乗りを上げる。

*「よ~し いいかい 羊のおにいさん。動物のかっこうした 6人のうち 半分の3人が 男の人なんだ。」
*「だけど 男なんか当てたって 色気も花も ありゃしないやね。なっ おにいさん。」
*「というわけで この中から3人の キレイな女性を 当ててちょうだい。ねっ おにいさん。」
*「ルールは それだけ。簡単すぎて いやになっちゃ イヤ~ンッ なんちゃって!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「あっ 言い忘れてたけど ハズしちゃったら やり直し! 動物たちも 控えと シャッフルされちゃうよ! それじゃ……。」





*「レッツら スタート~!!





772 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:56:07.16 ID:Gbhcinl20

マリベル「ふっふっふ。ついに 来たわね!」

広場の中心がイベントで盛り上がってる頃、
少し外れた動物達の控えの場所で少年と少女はひそひそと話し込んでいた。

アルス「でも マリベル うまく ごまかせるの?」

マリベル「何がよ?」

アルス「だって ルールは 女性を 当てることなんでしょ?」
アルス「あんまり 高い声 出したら すぐにバレるんじゃない?」

普段からイベントをやっている町民にはなんでもないことかもしれないが、
他所から来た人間であれば普通は動物の鳴き真似なぞ上手くできるはずもない。
万が一少女がいつもの声色で鳴いてしまえば女性であることはおろか、
日頃から声を聞いている漁師たちにはすぐに誰か見当がついてしまうだろう。

マリベル「ぬぬぅ 言われてみればそうね……。」

アルス「ちょっと 鳴きマネしてみてよ。」

少年がそう言うと少女は自分の喉を整えるようにいくつかの鳴き声を試してみる。

マリベル「……にゃ~ん。」
マリベル「にゃお~ん。」
マリベル「にゃんにゃん。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」



[ アルスは マリベルの あまりのかわいさに もだえている! ]



アルス「だ ダメだ… ぼくには ちょっと 耐えられない……っ!」

そう言って少年は思わず少女に抱き着く。

マリベル「ふみゃっ!? ふ フゥーッ!」

咄嗟のことに少女もつい猫のままで対応してしまう。

アルス「そ それだ!」

マリベル「えっ……?」

何かを閃いたように黒犬は白猫の顔を見る。

アルス「その いかくの声なら きっと 女性だって 気付かれないんじゃないかな!」

マリベル「シャーッ!」

アルス「キャインッ!」

不意に浴びせられた猫パンチをもろに受け黒犬は悲鳴を上げるのだった。

マリベル「うふふ。あんたこそ それなら 女に まちがわれるかもねっ。」

アルス「むむむ……。」

*「おい 次 あんたたちの番だぜ。」

そこへ役を終えた動物たちがやってきて黒犬と白猫の出番を知らせる。

アルス「あっ はい。」

マリベル「さあ アルス。グズグズしてないで 行くわよ!」

アルス「わかった! わかったから……。」

黒犬は尻尾を引っ張る白猫の手を振り払い、トボトボとその後ろをついていくのだった。



773 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:58:04.98 ID:Gbhcinl20



*「あいたーっ 残念! 見事に はずしちゃったねー。ベリーバッドだね こりゃ。」



その頃、催しの会場ではまた一人、漁師が挑戦に失敗していた。

*「ちくしょー いけると 思ったんだけどよお……。」

*「なんだ お前も ダメだったのか。」

*「おいおーい みんなして ダメダメじゃないか! え?」
*「だれか 我こそはという ビッグなひとは いないのかい?」

どこか呆れた様子で司会の男は観衆に発破をかける。

*「おい どうするよ?」

*「まだ あの二人も 見つけてねえしよ……。」

*「もう ボルカノさんしか 残ってねえじゃねえか!」

ボルカノ「……しかたない。せっかくだから オレもやっていくか。」

他の漁師たちの視線を浴びて椅子に座っていた船長はその重い腰を上げる。

*「おっ そう こなくっちゃな ビッグマン!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「レッツら スタート~!!

*「ぶひひひ ひーん!」

*「くーん……。」

*「んっんももうー!」

*「にゃあごろん。」

*「ふごふごー。」

*「フゥーッ!」

司会の掛け声と共に再び順列を変えた六匹の動物たちが熊の前に並びたつ。

ボルカノ「…………………。」

並んだ動物たちは左から順に馬、黒犬、牛、茶虎猫、豚、白猫。

*「おいおい 今度は ネコが2匹かよー!」

*「あの牛 良い目をしてるな……。」

*「あの腹… 間違いねえな。」

観客たちは動物たちの面子を見てあれこれと予想している。

*「…………………。」

“まさか 挑戦者が 父さんだなんて……。”

*「…………………。」

“うまく ごまかすのよ アルス! もっと クネクネしなさいっ!”

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「まずは これだ。」



774 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 22:59:50.44 ID:Gbhcinl20

しばらくじっと見つめていた熊だったが、やがて一匹の動物の前に立つと司会の方に向き直る。

*「おっ 一人目は そのお馬さんで いいのかい?」

ボルカノ「ああ。」

そう言って熊は列の一番左にいた馬を指さす。

*「お~け~! それじゃ 答え合わせだ! お馬さんっ ぬいぐるみを 脱いじゃって!」

*「ぶひひひ ひーん!」
*「あら~ 当てられちゃった!」

司会がそう告げると馬は一鳴きし、中から若い女性が飛び出してきた。

*「…………………。」

“うわっ 隣の人にいったか。” 

*「やったっ やったね。すごいカンだね。こりゃ超能力ってやつだね!」
*「その調子で どんどん 当てちゃって ちょうだいよ!」
*「レッツら ゴーゴーッ!」

ボルカノ「うーむ。」

司会に促され、熊は再び女性を当てるべく並びなおした動物の列を見定める。

今度は左から牛、白猫、豚、黒犬、茶虎猫。

しばらく悩んでいた熊だったがある動物の前まで来ると一言。



ボルカノ「……このブタは 男だな。」



*「フゴッ!?」



*「…………………!」

“ええっ どうして わかったんだ!?”

*「…………………!」

“や やるわね ボルカノおじさま……。”

二人の真ん中にいた豚の正体をピタリと当てられ、これで残る動物は四匹、確率は再び二分の一になってしまった。



ボルカノ「むっ!」



そして熊は少女の手前まで来ると司会の方を振り向いた。

*「…………………!」

“うそでしょぉっ!? あたしだって わかっちゃったと言うの!?”

*「おーっと? ビッグマン 今度はそのネコちゃんで いいのかい?」

*「…………………。」

“まずいっ まずいわ……!”

*「…………………。」

“ま マリベル……っ!”





ボルカノ「いや こっちの 牛だ。」





775 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:01:27.23 ID:Gbhcinl20

そう言って大熊は太くごわつく指で白猫の隣にいた牛を指さした。

*「…………………!」

“えっ!?”

*「な~んだ そっちか! それじゃ 牛さん 答えをどーぞっ!」

*「んっんももうー!」
*「もーっ どうして わかっちゃったの?」

またしても女性が当てられ、辺りは騒然となる。

*「ま また 正解だ!」

*「おおっと! やるもんだね 大将! 二人わかれば あと一人。って あたりまえか!」
*「さあさ バシバシ行くよ! 次はずれたら くやしいよ。それ!」

*「こりゃ いけるんじゃねえか あの熊さん!」

*「ボルカノ船長 頼んますぜー!」

沸き立つ観衆とは正反対に動物陣営は静まり返っている。

*「…………………。」

“た 助かったわ……。”

危うく命拾いした白猫は心の中で叫ぶ。

“でも これで 残るは あたしだけ。おまけに ネコは 一匹じゃないのよ!”

“黒犬の正体も バレてないし まだ 勝機はあるわ!”

ボルカノ「…………………。」

最後に残った三匹の動物を眺め、熊は腕を組んで黙り込む。

*「…………………。」

“まずいな…… さっきから 父さんは ぼくのことを じっと見てる。”

“もしかして バレちゃったかな? 怪しい動きは してないと 思うんだけど……。”



ボルカノ「…違うな……。」



そう呟くと熊は真ん中に固まっている二匹の猫をじっくりと見定め始める。

*「…………………。」

*「…………………。」

“ふ…ふふふ たとえ ネコを選んでも 確率は半分! さあ どーするかしら?”

ボルカノ「ネコで 思い出したんだが……。」
ボルカノ「あの二人は どこに行ったんだったか。」

*「…………………。」

“えっ…… 急に どうしたのかしら ボルカノおじさま。”

ボルカノ「マリベルちゃんに 伝えておかねば ならない 大事な ことがあったんだがなあ……。」

*「…………………。」



ボルカノ「なんでも トパーズが 行方不明だとか なんとか。」



*「っ……!?」



ボルカノ「むっ!」



776 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:02:46.83 ID:Gbhcinl20

白猫が動揺したのを熊は見逃さなかった。

*「ひゃっ…… ふ フゥ~ッ!」

すぐに白猫の首の皮をむんずと掴んでそのまま持ち上げると司会に向き直る。

*「おおっ そのネコちゃんで いいんだね? だんな!」

*「…………………。」

ボルカノ「ああ。まちがいねえ。」

*「それじゃあ 最後の 答え合わせだっ! 白猫ちゃん 出てきておーくれっ!」



マリベル「プハッ!」
マリベル「ぼ ボルカノおじさま ひきょうよーっ!」



ボルカノ「……やっぱりな。」

ぬいぐるみを脱いで抗議する少女を他所に熊はあまり浮かない声を出す。

*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも!
*「3人正解。お見事でしたー!
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!

ボルカノ「実はな マリベルちゃん……。」

そんな司会の言葉など聞かず、少年の父親は少女に耳打ちをする。

マリベル「えっ……?」



*「はあ はあ……。おおっ 今回の優勝者が 決まりましたな!」



呼び声を聞きつけいつかの様に慌てて長老がバニーガールを連れてやってくる。

*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!

*「うむっ。それでは今回の優勝者に わたしから ごうか賞品を プレゼントしよう!」
*「ささっ 早く私のところに……。」

そう言って村長が熊を手招きした時だった。





マリベル「ちょーっと まったあ!」





少女の大声が広場に響き渡った。


777 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:04:07.76 ID:Gbhcinl20



*「「「???」」」



マリベル「長老さん! あたしが 預けた トパーズが 行方不明って どういうことよ!」

突然のことに混乱する観衆を置き去りに少女は長老のもとへ歩きながら大声で問い詰める。

*「そっ それは そのう……。ちょっと 目を 離したすきに……。」

マリベル「なーんですって~っ!?」
マリベル「どーして そんな 大事なこと 早く言わなかったのよ!!」

そう怒鳴りながら少女は長老の襟元を掴んで揺さぶる。

*「いや その……。」

物凄い剣幕に押され長老は冷や汗をかいてたじたじとなる。

ミミ「いや~ん 長老さま 死んじゃうから 落ち着いて~!」

そう言って使用人の娘が少女を止めようと必死に押さえつける。

マリベル「むう~~っ!」

ボルカノ「実は そのことで 二人を探してたんだが 一向に見当たらなくてな。」

*「それで 仕方ないから このイベントに参加してたって わけですよ。」

マリベル「あっ そ そうだったの……。」

見かねた船長と漁師にことの顛末を聞かされ、少女はようやくおとなしくなった。

マリベル「そ それで 心当たりはっ?」

*「それが まったく わからんのです。」

村長は申し訳なさそうに項垂れて言う。

マリベル「…まいったわね……。」

ボルカノ「先に コック長には 探してもらっちゃいるがな。」

マリベル「それなら まずは コック長と 合流しなきゃね!」
マリベル「アルス!」

そう言って少女はまだ動物たちの間に紛れている黒犬を呼ぶ。



*「ワン!」



マリベル「もうっ いつまで やってるのよ! ほらっ さっさと 行くわよ!」

アルス「え? あ うん……。」

ボルカノ「…………………。」

“果たしてこの男…息子は本当に世界を救った英雄だというのだろうか?”

二人のやり取りを見つめる父親の心のうちにはそんな不安が去来する。

そして同時に息子の将来をどこかで憐れんでいる自分に思わず溜息するのだった。



778 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:05:29.35 ID:Gbhcinl20



コック長「それで あちこち 町中を探しまわったのですが……。」



マリベル「結局 見つからなかったのね……。」



程なくして合流した料理長は冴えない顔で目を閉じる。

コック長「お役に立てずに 申し訳ありませんな。」

マリベル「しかたないわ。きっと あの子も 移動しているだろうし……。」
マリベル「……遠くに 行ってないといいんだけど。」

少女もまた不安そうに彼方を見つめる。

アルス「町の外へ 出てみる?」

マリベル「警戒心が強くはないとはいっても あの子も ネコよ。」
マリベル「知らない土地で 下手なことは しないはずだわよ。」

少年の提案に少女は首を横に振る。

マリベル「とにかく 手分けして もう一回 町の中を 探してみましょうよ。」

アルス「……わかった。」

マリベル「それじゃあね みんな あたしたち 行ってくるわ。」

*「…………………。」
*「何言ってんです マリベルおじょうさん。」

去ろうとする少女を漁師の一人が呼び止める。

マリベル「えっ?」

*「あいつも オレたちにとっちゃ 大切な 船員なんです。」

*「そうですよ! おれたちも いっしょに 探しますよ!」

*「一人より 二人。二人より 三人。三人より 全員だ!」

*「こう見えても おれ 狭いところまで 入っていけるんですぜ。」

*「こうなったら あいつの好きな 美味しい エサで おびきよせて あげますよ!」

マリベル「みんな……。」

ボルカノ「……決まりだな。」

アルス「……父さん!」

ボルカノ「よーし お前ら これから 三毛猫探しを 始める!」

*「「「ウスッ!」」」

ボルカノ「万が一 進展がなくても 日が沈むまでには 宿に 集合するように! いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

マリベル「みんな ありがとう!」
マリベル「…よーし それじゃ 行くわよー!」
マリベル「待ってなさい トパーズ! 必ず 連れ帰ってみせるからね!」

蜘蛛の子を散らしたように走り出した漁船アミット号一行は町の隅から隅まで怪しい所を探し始めた。



雲一つない青空の下、握り拳と共に響き渡った鬨(とき)の声は果たして迷子の三毛猫に届いたのか。



779 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:06:26.54 ID:Gbhcinl20



*「ややっ そんなところで 何をしてるんだい?」



*「オスの三毛猫を 探してるんだ! 見つけたら 教えてくれよな!」



*「にゃあごろん。」



*「なあ きみ 三毛猫を見てないかい。」



*「にゃんにゃん! あっ もう お祭りは 終わったんだったわ。」



*「か かわいいなあ…。っとと いけねえ。おねえちゃん それよりもさ……。」



*「なんざますか そんなところ のぞいたりして!」



*「うわあああっ ブタが しゃべったあああ!」



*「うわっ 人がせっかく いいムードになってるのに 邪魔しないでくれよ!」



*「おっと こいつは 失礼!」



*「おじちゃん タルなんてのぞいて なにしてんの?」



*「おじょうちゃん 三毛猫を 見たら 教えてくれよ。」



*「ん? オラの家に なんか 用だか?」



*「実はな……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「お前に聞いてもなあ……。」



780 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:08:18.26 ID:Gbhcinl20



マリベル「ダメね… 全然それらしい 情報も 手に入らないわ。」



日がちょうど水平線へと付きそうな頃、少女と少年は町の隅で腕を組んで溜息を漏らしていた。

マリベル「これだけ みんなで 探しても なんの手がかりも ないだなんて……。」

アルス「うーん。トパーズも 誰かを見つけたら よってきて おかしくないと思うんだけど……。」

マリベル「……ねえ アルス。いやな予感がするわ。」

アルス「外に 行ってみるかい?」

そう言って少年は近くにある町の北口を指さす。

マリベル「…ええ……。」

少女が頷き二人で歩き出した時だった。





*「だ 誰かー!!」





突如、町の外の方から男の叫び声が聞こえてきた。

アルス「…っ!」

マリベル「今のはっ……!?」

アルス「…行こう!」

マリベル「ええ!!」

二人は互いの顔を見合わせ一回だけ頷くと、叫び声の聞こえてきた方へ向かって全力で走り始めたのだった。



781 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:09:48.75 ID:Gbhcinl20



*「だ 誰かー!」



町の入口までやってきた少年と少女は外から走ってきた青年と出くわした。

マリベル「ちょっと あんた!」

*「た 助けてくれーー!」

少女の声に気付いた青年が足をもつれさせながら駆け寄ってくる。

アルス「落ち着いてください。いったい 何が あったんですか!」

*「ま まものが! 魔物が 現れたんだ!」

マリベル「なんですって!?」

アルス「その魔物は どこに?」

*「ここから すぐの 森の方だ!」
*「町へ 買い出しに来たんだけど 急に 変な音が聞こえたから 行ってみたら 魔物が暴れてたんだ!」

尚も慌てふためく男は顔を真っ青にしてわめく。

アルス「お怪我は ありませんか?」

*「お オレは大丈夫だ! それより もう一人が……!」
*「おっさんが 魔物に 立ち向かっていくのが 見えたんだ!」

マリベル「聞いた アルス? これは グズグズしてる暇はないわ! すぐに 行きましょう!」

アルス「わかった! じゅうたんで行こう!」
アルス「さあ 乗って!」

そう言って少年は袋からすばやく魔法のじゅうたんを取り出しそれを広げる。

マリベル「ええっ!」
マリベル「あんたは このことを 漁師のかっこうした人たちに 伝えてちょうだい! それじゃあね!!」

絨毯に座った少女はそれだけ言うと少年と共にふわりと浮かんで西へ向かって飛んで行ってしまった。

*「な なんだあ 今のは!?」

ただでさえ狼狽していた青年は目の前で繰り広げられた光景に肝を抜かれてその場にへたり込んでしまうのだった。



782 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:12:01.53 ID:Gbhcinl20



*「くううっ こんなところで 魔物にあってしまうとは……!」



その頃、町の西にある森の中では一人の男が巨大な角を持つ大柄な魔物と対峙していた。

*「ブモ~~!! ブモッ! フンッ!!」

*「昔だったら こんなやつ ちょちょいのちょい だったのに……!」

そう言う男の体は既にボロボロで、体中に切り傷と打撲傷ができていた。

*「だが 負けないぞっ! くらえ!」



[ ????は かまいたちを はなった! ]



[ グレイトホーンには きかなかった! ]



男が放った渾身の一撃はむなしくも魔物の獲物によってあっさりと絡めとられ、
巻き起こされた風の刃はたちまち消え失せてしまった。

*「な なにぃ!?」
*「まずい このままじゃ……!」

そう呟くと男は少し後ろで毛を逆立てている獣に向かって叫ぶ。

*「ネコちゃん はやくどこかへ 逃げるんだ!」

*「フゥ~~ッ!」

*「どうして 逃げない! もっと ネコらしく さっさと 安全なところへ 行ったら どうなんだ!?」

男の後ろには三毛猫がいた。
本来猫同士でするケンカ程度にしか戦闘を知らないはずのその獣は、
巨大な魔物を前にしているにも関わらずまったく引けを取ろうとしない。
それどころかその目は闘志に満ちていた。

*「ナウナウ~~ッ!」

*「ブモッフフ!」

対する巨躯は余裕の笑みを浮かべている。どうやら自分の勝利を確信しているようだ。

*「私も…… そうは もちませんよ!」
*「でも……!」

*「ブモッ!?」

*「このまま ここを 通すわけには いかない!」」



[ ????は おおきな かいぶつに すがたを かえたっ!! ]




783 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:14:14.88 ID:Gbhcinl20



*「ぐおおおっ!」



紫色の体表をもった恐ろしい怪物は相手の魔物に向かって思い切り突進していく。

*「フンッ!」

*「ガアアッ!?」

しかし捨て身で繰り出した攻撃はなんなく避けられ、代わりに棘(トゲ)の付いた獲物による手痛い反撃を受けてしまった。

*「ぐるる……。」

流れ出す大量の血がそう長くは立って至られないことを物語っていた。

そして次の瞬間。



*「ブモ~~~ッ!!」



[ グレイトホーンは ライデインを となえた! ]



普通の魔物であれば使用してくるはずもない雷の呪文が発動し、薄暗い森の中、木々の隙間を駆け抜けて落雷が男を襲った。

*「ギャッ!! ギギギ……!」

“ドシン”という低く重たい地鳴りを起こして怪物は自らの血の海の中へ崩れ落ちた。

周りは赤黒く焼け焦げ、死を連想させる嫌な臭いが辺りに充満する。

*「なう~!!」

後で身構えていた猫がその毛をさらに逆立てて魔物を睨む。

*「ブホホホッ。」

よだれを垂らし勝利の笑みを浮かべると、魔物は目の前にいるか弱い命を踏みつぶそうと一歩一歩地を慣らすように歩き出す。

*「フゥ~~~ッ!」

それでも猫は勇ましく駆け出し、相手の脚に飛びつき思い切り牙を立てる。

*「ブモモッ!? ブモ~~~ッ!!」

*「ミギャッ……!」

思いもよらぬ反撃に一瞬だけたじろいだ魔物だったが、力任せに脚を蹴り上げ、そのまま物凄い勢いで猫を吹き飛ばした。

*「…ふ… フゥゥ……。」

その衝撃でもろに木の幹に叩きつけられた猫は、それが致命傷となったのかそのままぐったりと体を横たえてしまった。

*「ブモオオオ!!」

それでも頭に血を登らせた魔物は鬱憤を晴らそうとそれに近寄り、とどめを刺さんと獲物を振り上げる。

しかしその時。





*「させるかーーっ!」





784 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:15:17.04 ID:Gbhcinl20

風よりも早く駆け抜けてきた何者かが魔物目がけて思い切り獲物を突き立てた。

*「ブモオッ!?」

たまらず魔物は獲物を手放し傷を抑える。

*「トパーズ!」

そう叫んで猫を拾い上げたのは先ほど魔物に一撃を加えた少年と共にやってきた少女だった。

マリベル「もう 大丈夫よ! ベホマ!」

少女は魔力を集中させ、三毛猫の傷を治していく。

トパーズ「な-お!」

たちまち雄猫は元気を取り戻し、少女の顔を覗き込む。

アルス「どけっ!」

*「ブモッ! ブモオオッ!」

一方の少年は地団太を踏んで怒りを顕にする巨大な獣を相手どっていた。

アルス「お前が 暴れてたっていう 魔物だな?」

*「ブモ~~~!」

少年の問いかけに魔物は荒い息を吐き出し少年を睨みつける。

アルス「…話は 通じないか……。」

*「ブモオッ」

魔物は少年に思い切り突進を仕掛け、その巨大な角で少年を突き飛ばそうと試みる。

アルス「ハッ!」

少年はその下に身を滑り込ませるとそのまま魔物の鼻っ面を思い切り蹴り上げる。

*「ブッ……オオオ!?」

強烈な蹴りをまともに喰らい、魔物はその巨体を仰け反らせるとそのまま足元を滑らせて背中から地面に倒れ込む。

マリベル「トパーズ! 下がってなさい!」

トパーズ「ナッ……!」

少女がそう叫ぶと三毛猫は何を言われたのかを察したように大木の後ろへと回り込み、そのまま魔物と少年を迂回するように走り出す。

マリベル「よくも あたしの かわいいトパーズを 傷つけてくれたわね!」

*「ブモッ……!?」

マリベル「これでも くらいなさい!!」

アルス「うわっ マリベル ちょっと待った!」



“ピイイイイイイッ!”



少年の制止も聞かず、少女は指をくわえて思い切り笛を吹いた。

*「ブモモッ!?」

“ドドドド……”

するとその直後、どこからともなく何かの押し寄せるような地響きが聞こえてきた。

アルス「うわわわっ!」

マリベル「いけえええええええっ!!」

[ マリベルは どとうのひつじを はなった! ]

*「ブモ~~~~~~ッ!?」

どこからともなくやってきた凄まじい数の羊たちが、魔物を襲った。


785 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:16:55.52 ID:Gbhcinl20



マリベル「ありがとね~! ひつじさんたちっ!!」



放牧中だった羊たちを見送り少女が手を振る。

アルス「あいたたた……。」

想像を絶する羊の群れを寸でのところで回避した少年が、転んで擦りむいた傷をさする。

*「…………………。」

アルス「うわあ… 派手にやったね……。」

砂煙の消えた跡には、無惨にも踏みつけられて絶命した魔物がボロ雑巾の様に転がっていた。

マリベル「ふんっ 魔物なんて こんなもんよ。」

羊をけしかけた当の本人は両手を腰に当てて不機嫌そうに吐き捨てる。

アルス「は ははは……。」
アルス「…それより トパーズは?」

少年は冷や汗を拭うとあたりを見渡す。

マリベル「安全なところに いったと思うんだけど……。」



マリベル「あっ……!」



同じく辺りを見回していた少女は何かを見つけるとそちらの方へと走っていってしまった。

アルス「あ 待ってよ!」

慌てて後を追う少年だったが、すぐに何かを見つけ、その足を止める。

マリベル「…………………。」

アルス「これは……?」

マリベル「……わかんないわ。」

786 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:17:53.96 ID:Gbhcinl20

少年が立ち止まった先に見えたのは既に虫の息となっていた一体の怪物だった。

*「ぐ ぐるる……。」

苦しそうに呼吸をしながら力なく横たえるそれは少年たちを見つけるとどこか悲しそうな目で二人を見つめた。

マリベル「……あたしたちに 何か 言いたいことでも あるのかしら?」

*「…………………。」

するとその怪物は目だけを動かして自分の足元でじっとしている三毛猫を二人に報せる。

アルス「…ん? と トパーズ!」

マリベル「あんた こんなところに いたのね!」

トパーズ「な~お!」

二人の呼びかけに応えるように一鳴きするとその猫は怪物の顔まで回り込んでその口元をなめる。

トパーズ「なうー。」

マリベル「この魔物が どうしたっていうのよ?」

交互に自分と怪物の顔を見てくる三毛猫に少女は首を捻る。

アルス「見て マリベル。この魔物 見覚えがないかい?」

マリベル「えっ…?」

少年に言われ少女は自分の記憶の引出を片っ端から開け始める。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっ! 思い出したわ!! これってば 変身で あたしたちが化けた怪物 そっくりよ!」

少女はいつだか不細工で恰好が悪い上に理性が飛ぶという理由で二度と使うまいと決めていた“へんしん”を思い出していた。

アルス「そうか! つまりこれは… この人は……。」
アルス「ベホマ!」

少女の言葉に少年もピンと来たのかすぐに回復呪文を唱え、怪物の手当を行った。

*「ぐ…ううう……。」

すると怪物は身体を起こして伸びをするように大きく震わせると、やがてその体を元の姿に戻し始めた。

アルス「あっ……!」

マリベル「あんたは……!」





*「た…ははは…… どうも お久しぶりです おふたりとも。」





787 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:20:18.99 ID:Gbhcinl20

なんと怪物の正体は以前魔封じの山で戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。



*「いやあ 助かりました! ありがとうございます!」



マリベル「デス・アミーゴ!?」
マリベル「どうして あんたが ここに?」

*「もう その名前は やめてくださいよお!」
*「今は 私も ただの人間なんですから。」

少女にかつての名を呼ばれ、男は恥ずかしそうに頭を掻く。

アルス「魔封じの山に いたんじゃないんですか?」

*「いや それが… すっかり魔物たちも いなくなったんで キレイな服でも 買いに行こうかなーと 町に行ったんですけど あいにく 感謝祭の真っ最中で……。」
*「出直そうと思って 町を出たら 途中で大きな音がしたんで ここまで 見にきたら このザマですよ。」

マリベル「……それで どうして トパーズが いっしょなわけ?」

少女が三毛猫を抱えたまま訝しげに男を睨む。

*「あ…ああ。町を 出ようとした時に このネコちゃんと 会いましてね。」
*「なんだかついてきちゃうもんですから そのまま ほっといたんですけど 気付いたら 魔物に襲われちゃって。」
*「この子だけ 逃がそうとしたんですけど なかなか 逃げてくれなかったんですよ。それどころか 立ち向かおうとして……。」

アルス「それで 大けがしたって わけですね。」

*「はい そうなんです……。」

マリベル「本当でしょうね……?」

*「ほ 本当ですって! 神にちかって 本当です!」

マリベル「ねえ トパーズ こいつの言ってること 本当?」



トパーズ「……なー。」



マリベル「ほら トパーズも 嘘だって 言ってるじゃない。」

*「そんな テキトーな こと言わないでくださいよお!」
*「な なんだったら このネコちゃんに しゃべってもらって……。」

そう言って男は三毛猫に両手をかざして魔法をかけようとする。

マリベル「あーっ! いいっ! いいからそんなことしなくって!」
マリベル「わかったわよ 信じてあげるわ。」

少女は三毛猫を男から遠ざけると仕方ないといった表情で溜息をつく。

*「よ よかったあ……。」

マリベル「確かに この子の言うことも 気にはなるけど ガボみたいに ベラベラしゃべられちゃ たまんないわ。」
マリベル「トパーズは トパーズのままで いいのよ。ねー。」

そう言って少女は三毛猫の顔と自分の顔を近づける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はどこか居づらそうに首をキョロキョロと動かしている。

アルス「それにしても もとから 人懐っこいネコだとは 思ってたけど まさか 知らない人に ついてっちゃうなんてね。」

三毛猫の喉を撫でながら少年が言う。

マリベル「そうよ。心配したんだからね?」

トパーズ「なーう。」

*「きっと 好奇心が強かっただけですよ。」

男が困ったような顔で笑う。

788 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:21:29.61 ID:Gbhcinl20

マリベル「…………………。」



“好奇心は 猫を殺す か……。”



少女の中でいつか少年が言っていた台詞が思い出される。

マリベル「はあ…… まあいいわ。こうして 間に合ったんだしね。」
マリベル「みんな 心配してるでしょうし そろそろ 帰りましょ。」

溜息を一つつくと少女は誰に言うまでもなく呟く。

アルス「そうだね。」
アルス「あなたは どうするんですか?」

そう言って少年は元魔物の男に訊ねる。

*「え いや わたしは……。」

男はどこか気恥ずかしそうに指を組む。

マリベル「まだ あの町に 負い目感じてるの?」

*「ええ まあ そりゃあ……。」

マリベル「あんたのやったことは 許されることじゃないけど もう過ぎたことなんだから いつまでも うじうじしてないで 遊びに行きゃ いいじゃないの。」
マリベル「なんだったら 罪滅ぼしに あの町の役に立つようなことでも やったらどうかしら?」
マリベル「それに 一度は 行ったんじゃない。だったら どうして 二度目は ダメなわけ?」

尻込みする男に少女が矢継ぎ早に言い聞かす。

アルス「そうですよ。みんな いい人たちですから きっと あなたのことを 受け入れてくれますよ?」
アルス「それに 今日はもう 遅いから 泊まっていったら どうですか?」

*「あ はははは… そ それも そうですね…… じゃあ お言葉に甘えて……。」

少々引き気味だった男は少年に救いの手を差し伸べられ、少しだけ明るさを取り戻す。

マリベル「ちょっと 誰が あんたのお金出してあげる って言ったのよ。」

アルス「まあまあ マリベル。」

再び眉を吊り上げる少女を少年がなだめすかす。

マリベル「アルス! あんた また 甘やかしてっ。」

アルス「あはは…… いいじゃない たいした お金じゃないんだから。」

*「あ ありがとうございますーっ! このご恩は いつか……。」

すっかり調子を取り戻した男がペコペコと頭を下げながら少年の手を握る。

そして三人と一匹は魔法のじゅうたんを使うことも忘れ一列に揃って仲間の待つ町へと歩き出すのであった。

マリベル「まったく あんたは 人が良すぎるのよ! この前だって……。」

そんな風に悪態をつく少女も今ではしっかりと少年の腕に自分のそれを絡ませている。



いつの間にか日は沈み、軽やかに歩む少年たちを寝坊助の月がぼんやりと眺めていたのだった。



789 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:23:24.37 ID:Gbhcinl20



マリベル「あーあ さすがに疲れちゃったわよ。」



宿に着いてからというもの少年たちは漁師たちに囲まれてしまった。
加えて身なりの悪い見知らぬ男を連れているものだからあれこれと質問攻めにあい、
各々の苦労話を聞かされたりと、食事を終えるまでの間二人に気の休まる時間はなかったのだった。

それから更に時間は経ち、二人は三毛猫と共に広場の椅子に腰をかけ、静かに時を過ごしていた。

アルス「……でも それだけ みんな トパーズのこと 心配してくれてたんだね。」

マリベル「ふふっ そうね。」
マリベル「あんたは 幸せ者だわね~。」

そう言って少女は膝に座る三毛猫に笑いかける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はなんのことかとでも言うように目を閉じたまま尻尾を振っている。

マリベル「それにしても あのおっさんが 町のために 体張るなんてねえ。」

少女が猫を撫でながら言う。

アルス「それだけ 反省してるって ことじゃないかな。」

件の男は、既に宿の中で眠りについていた。

マリベル「…世の中 分からないわね。」
マリベル「あたしたちに のされた 魔物が いつの間にか 人間になって 一度は滅ぼそうとした町のために 自分を犠牲にしようとするなんて。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「でも これから あいつ どうすんのかしら?」

アルス「さあ。普段も 何してるか わからない人だし。」

マリベル「そんなやつに ポンッて 手を貸しちゃうんだもん あんたってば ほんとーに どうしようもない お人良しよねえ。」

アルス「……いやあ なんとなく ほってなくてさ。」

そう言って少年はバツが悪そうに頬を掻く。

マリベル「時々 そのお人よしのせいで こっちが 不利益こうむってんだからね? しっかりしてよね。」

アルス「んー…… ごめん。」

マリベル「もうっ 頼りないわねえ! そんなんじゃ いつか ろくな目に会わないわよ?」

アルス「…………………。」

少年は反論こそしないものの、どこか拗ねたように目線だけでそっぽを向いている。

マリベル「…………………。」

790 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:25:37.66 ID:Gbhcinl20



マリベル「……まっ そうならないようにするために あたしが いるんだけどね。」



少女はどこか自嘲気味に微笑む。

アルス「えっ?」

マリベル「感謝しなさいよね? こんな 美少女が あんたを 見守っててあげてんだからさ。」

なんだかんだと言っても少女はそんな少年の人柄を好いていたし、
もしもそれが災いしようものなら自分が彼を助けようと最初から考えていた。
それもこれもひっくるめて少女は少年についていくと誓ったのだ。

アルス「……うん。」

たったの短い返事。だが少年も少女が心底自分を許してくれているということを痛いほど感じていた。
普段はトゲのある言葉に隠れて見落としがちな少女の優しさ、労わり、不器用な愛を、少年は決して見逃してはいなかった。
長い間隣で歩いてきたからこそ分かる、少女なりのサインに。

だからこそ少年は面と向かって少女に告げる。
互いの気持ちを打ち明けられずにいたあの頃とは違う、今だからこそ心から言える言葉。



アルス「ありがとう マリベル。」



マリベル「っ……。」

予想以上に直球な感謝の言葉に、少女は少しだけ面食らったように少年の顔を見つめる。

アルス「きみが そばにいてくれるから ぼくは ぼくの言いたいことが言えるし やりたいことができる。」
アルス「だから… ありがとう。」

マリベル「……ふん。いいわよね あんたは そうやって 人の気も知らずに。」

素直な想いをぶつけてくる少年の目を直視できず、少女は膝の猫へと視線を落とす。

アルス「……そうかもね。」

マリベル「ばーか。」

アルス「うん。」

マリベル「お人好し。」

アルス「うん。」

マリベル「褒めてないからね?」

アルス「うん。」

マリベル「なによなによ バカにして。てきとうに 答えないでよね! もうクチきいてやんな……。」



マリベル「っ……!?」



791 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:27:25.99 ID:Gbhcinl20



アルス「マリベル。」



マリベル「…………なによ。」

いつの間にか立ち上がり回り込んだ少年に後ろから抱かれ、少女は言葉を失くす。
もう何度こうされたか分からないのに、こうなってしまっては少女はたちどころに膝の上の猫のようにおとなしくなってしまう。

アルス「…たしかに ぼくは ニブいって よく言われるけど……。」
アルス「きみのことなら なんとなくだけど 誰よりも わかってるつもり。」

マリベル「えっ……?」

アルス「だから さ。」
アルス「だからこそ きみに 迷惑かけてるってことも よくわかってるし きっと これからも 迷惑をかけちゃうんだと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「でも きみが 本当にイヤって言うなら ぼくは 絶対にそんなことは しない。」
アルス「……どんな時でも きみに笑っててほしいから。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うふふっ ばかね。」

アルス「……?」

マリベル「どんな時でも 笑顔だったら 感覚が マヒしちゃうわ。」
マリベル「…時に 辛いことがあって ちょっと 苦しいからこそ 嬉しかったり 楽しかったりした時に 全力で 笑えるの。」
マリベル「だから……。」

アルス「だから……?」



マリベル「だから どんな時でも あたしは あなたについていくのよ。」



マリベル「……全部 あなたと分かち合いたいから。」



アルス「…マリベル……っ!」

マリベル「え ちょっと…… ん……。」

感極まったようにその名を呼び、少年は身を乗り出して少女の唇を奪う。

マリベル「あふっ………ん…う…。」

やがて少女もそれを受け入れ、体を少年の方へと向き直る。

トパーズ「なう~……。」

少年と少女の体に挟まれるような形になってしまった三毛猫が、苦しそうに身をもがき少女の膝からスルリと抜け出る。

792 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:28:12.86 ID:Gbhcinl20



アルス「ぷはっ!」



マリベル「はっ……はあ……。」
マリベル「…もう……アルスったら……。」

しばらくしてようやく少年から解放され、苦しそうに息を整えると少女はか弱げに悪態をついた。

アルス「はは……ごめんごめん。」
アルス「つい 嬉しくってさ。」

それすらも愛おしげに少年は少女の体を優しく抱きしめる。

マリベル「ふふっ あんたってば ここのところ 積極的よね。」

そんな少年を満足げに、そしてどこか小ばかにしたように少女が鼻息を漏らす。

アルス「だって マリベルがかわいいから いけないんだ。」

マリベル「んー! もうっ!」

またしても恥ずかしい台詞を悪びれもなく言ってのける少年に、
少女はこの町で何度も耳にしてきた牛の鳴き真似の如く可愛らしい抗議の声を漏らすのだった。



いつしか月は天まで昇り、二人の影は小さく重なり合って一つとなっていた。

そんな二人の小さな影の中で三毛猫が、香箱座りで退屈そうに尾をなびかせながら二人の顔を交互に見上げる。



“たまにはオレにも感謝しろよ”と。





そして……


793 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:28:39.19 ID:Gbhcinl20





そして 夜が 明けた……。





794 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:30:13.07 ID:Gbhcinl20

以上第26話でした。



デス・アミーゴはあの後どうなったのか。

彼は結局ただの人間(?)になって、いじめられるのが怖いからという理由で“魔封じの洞くつ”にひきこもっているわけですが
(魔王復活後は例の部屋を出て途中の山道にいましたが)
長い年月の間にいったい何があったのか、きれい好きで腰の低いおっちょこちょいな男になっていました。

今回は魔王のいなくなった平和な世の中で
そんなきれい好きな彼が自らの衣服を改めようと町までやってきたというお話と、
オルフィーの感謝祭に偶然やってきたアルスたちが現れた魔物と対峙するというお話が同時進行で行われます。

さて、今回デス・アミーゴが使った“変身”については勝手な想像ですが、
元々彼がそういった類の魔法の使い手だったことから付け加えた設定です。

ちなみに変身後は「モンストラー」という名前の魔物になります。
(6をやった方には見覚えがあるかもしれませんが、7には登場しないキャラクターです。)
これは誰が“変身”を使用しても同じですが、
AI行動となる上に圧倒的な使えなさを誇り、正直日の目を見ることはほとんどありません。

しかし戦闘力を失くしてしまった彼にとっては一時的にではありますが、
グレイトホーンと戦う手段としてちょうど良かったのではないかと思い、今回はあえて起用しました。

ちなみに“かまいたち”は実際に過去のデス・アミーゴが使ってくるワザですが、
グレイトホーンには本当に通用しないのです。ああ無念。



…………………

◇次回はいよいよ最後の訪問地へ。


795 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/17(火) 23:31:16.14 ID:Gbhcinl20

第26話の主な登場人物



アルス
黒い犬のぬいぐるみを着てオルフィーの感謝祭に参加。
ひょんなことからかつて魔物だった男と再会。

マリベル
アルスと共に感謝祭に参加。ぬいぐるみは白い猫。
行方不明になったトパーズを探してひた走る。

ボルカノ
町民に紛れ込んだアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
見事イベントで優勝してみせる。ちなみにぬいぐるみは熊。

コック長
アルスとマリベルのことは漁師たちに任せ、
行方不明になったトパーズを先に探していた。
着ぐるみはブタさん。

めし番(*)
漁師たちと共に感謝祭に参加。
着ていたのは牛。

アミット号の漁師たち(*)
自分たちをほったらかしにして行ったアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
その後は行方不明の三毛猫を探して町をうろつく。

トパーズ
オスの三毛猫。
長老の家に預けられていたが、屋外に出た際町へやってきていた男についていってしまう。
勝ち目のないような相手にも果敢にとびかかっていく。

オルフィーの長老(*)
町長といっても良いような立ち位置にいるが
どうにも助平なおじいさん。

ミミ
長老の家で働くお色気たっぷりのメイドさん。
長老の趣味でバニーガールの恰好をさせられているが本人もノリノリ。

イベントの司会(*)
感謝祭で司会を務める男。
饒舌で独特の言い回しをする。
妙にテンションが高く、とにかくうるさい。

船着き場の使用人(*)
ブルジオの船着き場で働いている使用人の男。
オルフィーの町まで買い出しへやってくる途中、魔物と遭遇。
急いで町へ逃げてきたところで出会ったアルスたちにことの顛末を聞かせる。

元デス・アミーゴの男(*)
かつて魔封じの洞くつに封印されていた元魔物の男。
長い年月を経て人間の姿となり、ほとんどチカラを失っていたが
突如現れた魔物を相手に奮闘する。

796 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:13:24.69 ID:NwVM2m3w0





航海二十七日目:時を渡る英雄 / 涙の真珠を君に





797 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:14:16.29 ID:NwVM2m3w0



*「コーケコッコー!!」



鶏たちのけたたましい鳴き声が静かな町に響き渡り、朝の訪れを告げる。



*「コケー! コココ!」



*「コッケー! コケッコ!!」



*「コココ… コケコッコー!」










マリベル「うるさーーーーい!!」










*「「「うおおっ!?」」」



少女の絶叫が静かな宿屋に響き渡り、少年達にも朝の訪れを告げた。



798 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:15:09.52 ID:NwVM2m3w0



マリベル「まったく… 人の安眠をさまたげるとは いい度胸してるわね!」



アルス「そんなこと ニワトリに言ってもなあ……。」



すぐに始まった朝食をぱくつきながら少女が眉間にしわを寄せて言う。

*「おれたちの 安眠は……。」



マリベル「な・に・か?」



*「ヒィッ なんでもありませんっ!」

恨めしそうな顔をする漁師も少女の人にらみですっかりすごんでしまうのだった。



*「それにしても ここの朝は すごいですねー!」



早朝からやかましいくらい元気な元魔物の男が笑う。

*「こんなに たくさんのニワトリが鳴くなんて! ここの人たちは きっと 規則正しい生活が 保障されてますね!」

などと、的を射ているのかいないのかわからないような冗談を飛ばす。

マリベル「ふんっ おかげで こっちは 寝不足だわよ!」

アルス「まあまあ どっちにしろ そろそろ 起きなきゃ いけない時間だったんだし……。」

マリベル「……ふん。」

アルス「ふう……。」

“どうやら今朝は彼女のご機嫌取りが最初の仕事になりそうだ。”

そんなことを考えながら少年は残りの食事を平らげるのだった。



799 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:15:50.18 ID:NwVM2m3w0



*「もう 行ってしまうんですね……。」



食事を終えた一行に一晩寝食を共にした男が別れを惜しんで語り掛ける。

ボルカノ「オレたちも 長いこと 航海してるからな。早く 役目を終わらして 故郷に帰りたいんだ。」
ボルカノ「悪く 思わないでくれよな。」

*「ええ……。」

昨晩、元魔物と少年たちの話を興味深そうに聞いていた船長は少しだけ困った顔で笑う。

アルス「たまには 遊びに来るので また その時にでも。」

マリベル「ええ? あたしは あの山まで 行きたくないわよ?」

少年の言葉に少女は怪訝な顔。

*「あ っははは… わたしも 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので 運がよければ!」

元魔物の男はそう言って頭を掻く。



マリベル「……そう あんたは見つけたのね。」



*「えっ……?」

マリベル「なんでもないわ。さっ 行きましょ。」

アルス「…うん。」

ボルカノ「よーし! いくぞ お前たち! 海で仲間が待ってる!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして一行は感謝祭を終え静まり返った町を後にし、次なる目的を目指して元来た道を歩き出すのであった。



800 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:17:58.39 ID:NwVM2m3w0

青い空がどこまでも続いている。

今にも消えてしまいそうな雲だけがわずかばかりに浮かんでいるだけの空。

そしてその空をそのまま映したように真っ青な海の上、漁船アミット号は緩やかな東からの風を受けて航行していた。

マリベル「…………………。」

そんな中、少女は一人、船尾に立って先ほどまで滞在していた町の方角を眺めていた。

マリベル「あんなのでも もう 自分のやることを 見つけてるのね……。」

少女は先ほど男が言っていた言葉を思い出して独り言つ。

“私も 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので”

かつて町を壊滅へ追い込んだ魔物は封印され、時を経ることで人の姿となりその心を改め、
今ではすっかり罪滅ぼしをせんと意気込むまでに至っていた。

少女が“軟弱”とこけおろしたあの男が。

マリベル「…………………。」

少女にはそれが羨ましく感じられた。
いつまでもこれからすべきことの見つからない自分とは違い、
彼はしっかりと自分の道を見つけ、それに向かおうとしている。

マリベル「なんか 腹立つ。」

そんなことを考えているうちに自分への怒りなのか、
彼への嫉妬なのか、それとも今朝の鶏への恨みなのか分からぬ苛立ちが少女を襲ってきた。



アルス「あ マリベル そんなとこに いたんだ。」



そんなことも知らずにのこのことやって来た少年が少女の背中に呼びかける。

マリベル「……いいところに 来たわね アルス。」

アルス「ん?」

羊を目の前にした狼は今まさに跳びかからんと低い唸り声を上げている。

マリベル「このイライラを なんとか なさい。」

アルス「ええっ? 何の話?」

マリベル「いいから なんか スカッとする 話しなさいよ。」

いきなりのことに狼狽する少年に少女は詰め寄りにらみつける。

アルス「そんな 無茶な……。」

マリベル「……この 役立たず。もう いいわよ。」

そう言って少女は身体を仰け反らせて抗議する少年に背を向け、だんまりを決め込んでしまった。

マリベル「……はあ………。」

アルス「…………………。」

801 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:19:56.44 ID:NwVM2m3w0

いつもより小さく見える少女の背中を見つめ、少年は何を思ったか呟くように声をかける。

アルス「…次で 最後だね。」

マリベル「……そうねー。」

面倒くさそうに少女が答える。

アルス「一か月。長いようで 短いような……。」
アルス「もう 終わるんだね。」

マリベル「……そうね。」

小さく返す少女の背中は、どこか寂しそうにも見えた。

アルス「いろいろあったね。」

そう言って少年は少女の隣に並ぶ。

マリベル「…旅の時よりも ヒヤヒヤしたわよ。」

アルス「コスタールから始まって 途中 いろんな国や町によって いろんな人に会ったり 事件があったり。」

マリベル「あたしも あんたも ボロボロになるし。ロクなことが なかったわ。」

アルス「でも 宴があったり みんなで真剣に 漁をしたり。」
アルス「……ぼくは 楽しかったな。」

少年は懐かしむように目を細めて小さく微笑む。

マリベル「……あんたって ホント 気楽よね。あたしなんて……。」



アルス「やっぱり ついてきて 後悔した?」



マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は目を伏せたまま何も答えない。

アルス「ぼくは きみがいてくれて 良かったって 思ってんだけどな。」

マリベル「…………………。」

アルス「……そっか ごめん。」

そう言って少年は踵を返してその場を立ち去ろうとする。

マリベル「………い…。」

アルス「えっ?」





マリベル「そんなわけ ないじゃない!」





アルス「…………………。」

802 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:21:02.33 ID:NwVM2m3w0

マリベル「あたしだってそうよ… 辛いことも いっぱいあったけど 何一つ 後悔なんてしてないわ!」
マリベル「あんたが… アルスが いっしょだったから。」

そう言って少女は力強い目で少年を見つめる。

アルス「マリベル。」

マリベル「んっ……。」

アルス「ありがとう。」

マリベル「……ふん。言ったじゃないの。あんたについて行くって。」
マリベル「あんたと いっしょなら あたしは どこにだって行くし どんなことだって 耐えてみせるわ。」
マリベル「…それに あたしだって 楽しかったわよ。」

抱きしめられたまま少女は少年の顔を見上げる。

マリベル「自分たちが 取り戻した 平和な世界を こうやって 堂々と 歩けるんですもの。これが 愉快以外の なんだっていうのかしら?」

アルス「……ふふっ。その通りだね。」

少女の微笑みに少年も笑って答える。

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「いつか あなたが この船を仕切れるようになったらさ。」
マリベル「年に 一回でもいいの。」
マリベル「……また わたしを 漁に 連れていってよ。」

少女はどこか照れくさそうに視線を少年の目から逸らす。

アルス「……わかった。約束する。」

マリベル「ほんとう?」

期待に膨らんだ眼差しで少女はまた少年の目を見つめる。

アルス「……もちろん。」

優しく受け止めるその瞳に曇りはなく、どこまでも澄んだ黒で少女を見つめ返した。

マリベル「うふふ。ありがとっ。」

アルス「でも その時は 日帰りかもよ?」

マリベル「なんでもいいのよ。」
マリベル「あなたと 一緒に 海に出られるなら…。」



アルス「……っ!」



803 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:22:37.26 ID:NwVM2m3w0

“この人はどうしてこんなに可愛いことを言ってのけるのか”

まるで少年の理性をドロドロに溶かしてしまいそうな台詞を吐きながら、少女は赤みがかった頬で体を捩っている。

マリベル「アルス……?」



アルス「マリベルっ!」



マリベル「んっ!? …んん……。」



あどけなく名前を呼ぶ少女に、この旅の中で何度交わしてきたかもわからぬ口づけを施す。

まるで彼女のすべてを覆いつくさんばかりに激しく、甘い口づけを。

マリベル「はあっ…… もう アルスったら。見られてるわよ?」

そう言って少女は帆の方を見やる。

アルス「……いいんだ もう。」

マリベル「ふふっ。ん~!」

アルス「…む……!」

言葉とは対照的にどこか恥じらいを見せる少年に今度は少女から攻撃をしかける。

アルス「ぷはっ… ま マリベル?」

マリベル「…なーんちゃって ホントは 見られてませんでした~。」

そう言って少女はどこか小馬鹿にしたように笑う。

アルス「あっ やったな!」

マリベル「おほほほ。アルスってば かわいい~。」

赤面して怒る少年を少女は尚も挑発する。

アルス「それなら こうだ!」

マリベル「ひゃっ……!?」

そんな少女に対抗すべく少年は首筋をぺろりとひとなめ。

少女の体はビクンと跳ねる。

アルス「まさか 魔物 以外に このワザを使う時が くるとは……。」

マリベル「あ あふっ……。」

脱力する少女の体をしっかりと支えながら少年が勝ち誇った笑みで言う。

マリベル「ひ ひきょうものぉ……。」

アルス「あははっ …ごちそうさま。」

そう言って少年はようやく少女を解放すると今度こそ歩き出す。



マリベル「あっ……。」



不意に離れていった体温の名残を惜しむかのように少女は少年の背に手を伸ばす。
しかしその手は少年には決して届かず、ただ虚しく宙を触るだけ。

マリベル「…………………。」

むすっとした表情でどこか不満足そうに少女は腕を組むと、彼の後を追うようにして甲板を降りていくのだった。



“必ず仕返ししてやる”と誓いを立てて。



804 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:24:10.97 ID:NwVM2m3w0

*「なあ… まだ 着かねえのか?」

アルス「もうすぐですよ。」

日も暮れ始めた頃、次の大陸へと上陸した漁船アミット号一行は
料理長と漁師を船に残し、日のあまり射さない薄暗い森の中を行進していた。

*「しかし こんな 森の中 歩いてて 本当に 大丈夫なのか?」

マリベル「なによ 弱気ねえ。もう あんまり 時間ないんだし 急がないと。」

そう言って不安そうに辺りを囲う背の高い木々を見上げる漁師たちを少女が急かす。



ボルカノ「ん? 出口か?」



するとそれまで何も言わずに少年と少女についてきていた船長が急に口を開く。

*「おおっ 視界が ひらけた!」

*「見ろよっ! 村だ!」

船長の言葉に、前へ出てきた漁師たちが嬉しそうにはしゃぐ。

アルス「あれが プロビナの村です。」

そう言って少年が指差す先、そこには山々に囲まれた小さな村があった。

*「おっ こっちにも 道があるじゃねえか!」

*「じゃあ どっちも 正しい道って わけなんだな。」

マリベル「だーから 言ったでしょ? こっちの方が 近道だって。」

*「いやあ すいません ついつい……。」

得意げに言う少女に飯番の男がバツが悪そうに頭を掻く。

アルス「さあ 急ぎましょう。早くしないと 山の上まで 着けません。」

*「ええっ おれたちも 登るのか!?」

少年の言葉に漁師の一人が顔を青くして身動ぎする。

マリベル「べっつにー? 嫌なら 宿で 待っててもいいんだけど。」

ボルカノ「まあ お前たちは 先に休んでて かまわんぞ。」

アルス「王さまの手紙は ぼくたちが わたしておきますから。」

*「さ さっすが ボルカノさんに アルス! 話が わかりますなあ!」

そう言って男は胸を撫でおろす。

マリベル「…わーるかったわねえ。話の分からない人で。」

*「うっ… いや マリベルおじょうさん ち 違うんですよ これは……。」

いかにも不機嫌そうに言う少女に男は慌てて弁解につとめようとする。

マリベル「ふーん? 何が ちがうって言うのかしらん?」

アルス「まあまあ マリベル。」

マリベル「なによ アルス。」

アルス「ほらっ 急ごう?」

そう言って少年は少女を呼び止めるとその手を握り催促する。

マリベル「……ふんっ わかってるわよ。」

少女はまだ不機嫌そうな表情でそれを受け入れると、男を残してさっさと歩き出してしまうのだった。

*「…………………。」
*「た たすかった」

そして一人残された漁師は額の汗を拭うとこっそりと、心の中で少年に感謝しながら列の中へ戻って行くのだった。



805 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:25:21.33 ID:NwVM2m3w0



*「おや こんなところに 旅人とは めずらしい。しかも 団体と来たもんだ。」



村へと到着した一行を出迎えたのは入口の近くにいた酪農家の婦人だった。

アルス「魔王が倒れてからも 人は あまり来てないんですか?」

先頭に立っていた少年が尋ねる。

*「そりゃあ こんなへんぴな所にある 村だからねえ。普段から 旅人なんて めったなことじゃ 来ないんだよ。」

婦人はつまらなさそうに言った。

アルス「そうですか……。」



マリベル「それより 神父さまたちは 元気にしてるかしら?」



二人の会話が途切れたのを見計らうように少女が婦人に問う。

*「おや おじょうさん お祈りかい? エライねえ 若いのに……。」
*「神父さまたちなら 前よりも 生き生きとした ご様子だよ。なんでも 神の気配を 感じ取ったとかなんとか。」

マリベル「ふーん…。やっぱり わかる人には わかるのね……。」

少女は人差し指に顎を乗せて思案する。

*「どうしたんだい? そんなに考え込んじゃって。」

マリベル「えっ あ いや なんでもないわ。それじゃ あたしたちは 教会に行きましょう。」

はぐらかすように話を変えると少女は少年に向き直る。

アルス「うん。」

ボルカノ「よし 今日はこれで 解散だ。オレたちの宿も 取っておいてくれよ。」

*「「「ウスッ!!」」」

そうして山の向こうに日が沈みゆく中、一行は別々の方向へと歩き出すのだった。



806 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:27:07.73 ID:NwVM2m3w0

漁師たちと別れた三人は教会を目指すべく村の中を歩いていた。

*「おにいちゃん まだー?」

*「んー もうちょっとで……。」

*「んもももーっ!」

*「おーい お前たち もう 家の中に 入りなさい。」

*「えーっ!? ちょっとまっててよー!」

マリベル「あら 見て アルス。あの子たち またやってるわ。」

通りの南の方にある家の庭では遅い時間だというのにも関わらず子どもたちが牛の乳を搾ろうと躍起になっているのが見えた。

アルス「ホントだね。」



ボルカノ「…なあ あれって 牡牛だよな?」



そんな光景に少年の父親は顎を擦って首をかしげる。

マリベル「ええ。でも あの子たち 乳牛とかんちがいして いっつも ああやってるの。」

なんてことはないと言わんばかりに少女が歩きながら説明する。

ボルカノ「……平和な村だな。」

アルス「あくびが 出るくらいね。」

思わず漏れた感想に少年が付け加える。

マリベル「平和と言えば……。」

そう切り出し、思い出したように少女が何かを言おうとした時だった。





*「お気をつけて お帰りくださいねー!」





今度は村の北の方から若い女性の声が聞こえてきた。

807 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:28:23.63 ID:NwVM2m3w0

*「ありがとう ベルルちゃん また 明日ね。」

ベルル「はい! また 明日。」

声のする方へ向かう三人は連なって歩いてくる老人たちとすれ違う。

ボルカノ「……あれは?」

そのさらに奥、老人たちへ手を振って見送る女性を見て父親が尋ねる。

マリベル「ベルルさんっていって あそこにある 村の老人の憩いの家で 働いているの。」



ベルル「あら? あなたたちは たしか 以前にも……。」



少年の父親に少女が説明しているところへこちらに気が付いた女性が歩いてきて語り掛ける。

アルス「お久しぶりです。」

マリベル「あいかわらず たいへんそうね ベルルさん。」

そんな娘に二人は笑顔で挨拶を交わす。

ベルル「ふふっ それだけ やりがいがあるってものですよ。」
ベルル「世界が平和になって お年寄りのみなさんも ますます 元気になって なんだか こっちも 明るくなっちゃうわ!」

そう言って娘は屈託なく笑う。

マリベル「……でも それだけじゃ 疲れちゃうんじゃない? たまには 若い人と 過ごすなりして 気を抜かなきゃ ダメよ。」

ベルル「うふふっ。ありがとう。」
ベルル「でも こんな時間に どうしましたの?」

ボルカノ「実は 山の上の 神父さんに 用がありましてな。」

そこへ二人の後ろで見ていた少年の父親が答える。

ベルル「そうなんですか……。」

アルス「…何か あったんですか?」

急に曇ってしまった娘の顔を見て少年が尋ねる。

ベルル「この前 おじいさんの神父さまが ひどく せきこんで 歩いていらしたものですから 何か あったんじゃないかと思って……。」

ボルカノ「具合が 悪いんだろうか。」

そう言って少年の父親は腕を組んで唸る。

マリベル「ねえ それなら 早く 行って たしかめましょうよ。」

アルス「そうだね。」
アルス「ベルルさん すいませんが ぼくらは これで失礼します。」

少女に頷くと少年は娘に挨拶をして山を目指して歩き出す。

ベルル「足元暗いですから お気をつけて……。」

マリベル「ありがとう!」

ボルカノ「そちらも 気を付けて。」

そう言って少女と父親も少年の後を追って速足に歩き出す。

目の前にそびえ立つ山はすっかり闇に覆われ、日の差さない足元はおぼつかなくなっていたが、
幾多の暗闇を渡り歩いてきた彼らにとってはほんの些細なことにすぎない。
少年と少女は小さな火の玉を掌の上に作り出すとそれを灯りに山のふもとにぽっかりと空いた洞窟の中へ進んでいくのだった。



808 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:30:26.76 ID:NwVM2m3w0



マリベル「うー………。」



登れども登れどもなかなか山頂の見えてこない洞窟は、
今でこそ魔物はいなくなったが過去の世界ではちょっとした迷宮で、少年たちの体力を根こそぎ奪っていったものだった。

そして現在……。



マリベル「つかれたー。アルス あたしの手も 引っぱってよ。」



アルス「やれやれ……。」



ボルカノ「はあ… ふう……。」



再び少年たちの体力を奪っていた。

普段であればゆっくりと進んでいたところを、
時間がないことを理由に駆け足で登っていたため、三人はあと少しという所で息を切らしてしまったのだった。

マリベル「ここは 何度来ても こたえるわね……。」

少年に手を引かれながら少女が力なく言う。

アルス「しゃべる元気があるなら 自分で 歩いてよ……。」

マリベル「やだ。」

アルス「はあああ………。」

無情な返事に少年は恨みがましそうにため息をつく。

ボルカノ「まだまだ 若いと思ってたが これは ちと 自信を無くすな……。」

そう言う少年の父親もげんなりとした表情で重たい足を持ち上げる。

マリベル「…ひぃ……ふぅ……。」



アルス「……あっ!」



そんなこんな階段を上りきったところで少年が声を上げる。

マリベル「なによ アルス なんか あったの?」

アルス「違うよ! もう 着いたんだよ!」

マリベル「えぇ……?」

あまりに急いでいたため、道順こそ覚えてはいたが自分たちが今何階にいるのか忘れていたらしい。
少女は少年の言葉を一瞬理解しかねたように間抜けな返事をしてから前を見つめる。

マリベル「つ 着いたの?」

ボルカノ「ふう ようやくか。」

アルス「さっ もうひとがんばりだ。急ごう。」

マリベル「はー……。」

そう言って再び歩き始めた少年の背を追いながら少女は盛大な溜息をつくのであった。



809 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:33:52.61 ID:NwVM2m3w0

*「まあっ こんな 暗い中 うちにいらっしゃるなんて!」
*「あなたたち ただ者じゃないわね……。」

なんとか教会へとたどり着いた三人を出迎えたのはこの教会に住まう息子の方の神父の妻だった。

アルス「こ こんばんは……。」

マリベル「神父様に 用があって 来たんですけど。」

息を整えながら二人が用件を伝える。

*「そ そうなの…。でも あなたたち 汗びっしょりじゃない。」
*「よっぽど 急いでいらしたのね。」
*「良かったら 裏の 泉で 体をお清めに なっていらしたら?」

そんな三人の様子を見て女性が水浴びを勧める。

ボルカノ「それは ありがたいんだが それよりも先に 用を片付けないとな。」

マリベル「そ そうね……。」

*「そう… それなら ちょっと待っててくださいね。」
*「あなたー! お客様よーっ!」

女性が教会の一階部分、つまり居住用の部屋へ呼びかけると奥から中年の男性が現れた。

*「これはこれは こんな夜分に どうなさいましたかな?」
*「おやっ あなた方は 以前 お会いしたような……。」

アルス「こんばんは 神父さん。遅くにすいません。実はぼくたち……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

*「そうでしたか… それでは 父と話し合いますので どうぞ こちらに。」

そう言って神父は三人を部屋の中へと招き入れた。

マリベル「失礼します……。」



ボルカノ「む?」



しかし通された部屋には件の老神父はおらずもぬけの殻だった。

アルス「あれ? お父さんの方は……。」

*「ああ こちらです。」
*「父さん お客さんだよ。」

少年の疑問に答えるように隣の部屋を指すと、若神父は中へ一言呼びかけ扉を開ける。



*「あれっ お客さん?」



*「ん?」



810 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:36:34.47 ID:NwVM2m3w0

そこにいたのは若神父の息子と、かつて少年たちが山の途中で出くわしここまで引っ張ってきた老神父だった。

アルス「こんばんは。お久しぶりです 神父さま。」

マリベル「ボクも 元気してたかしら?」

*「うん おねえちゃん!」

*「ややっ あなたがたは あの時の!」
*「これはこれは よく お訪ねになってくださいましたな。」

そう言って老神父は少年と少女の顔を交互に見やって微笑む。
しかしその顔は以前よりも少しやせて見えた。

マリベル「……神父さま もしかして どこか 具合が悪いんじゃないの?」

*「いや お恥ずかしながら ちと 病を患ってしまった様でしてな。」
*「なあに しばらく 養生すれば すぐに 良くなりますって!」

アルス「そうですか……。」

”こう言われてしまえば返す言葉もない”

そう思い少年は黙って頷くことにした。

*「おおそうだ それで 今日は どういった ご用件で?」

ボルカノ「……実は われわれは グランエスタードの使いで 来たんです。」

*「おお ここから 東にあるという あのエスタード島から!」
*「……ということは 何か 重要な お話なのでしょうか。」

少年の父親の言葉に老神父は三人を見回して神妙な顔つきになる。

ボルカノ「これを 読んでいただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 神父に 手わたした! ]

*「ふむふむ… うーむ… なるほど……。」

*「ふむ そうですか……。」

二人の神父は異国の王からの手紙を真剣な表情で眺め、やがて一通り読み終えたのかその顔を上げた。

*「だいたいの 内容は 把握いたしましたぞ。」

ボルカノ「まだ この村とは 交易も 締約も 結んでいませんからな。」
ボルカノ「加えて こちらの村が 漁業を どれぐらいなさっているのかも われわれには わからない。」
ボルカノ「とにかく 今回は これから どうしていくかを 考えていただく機会にと バーンズ王は おっしゃっていました。」

そう言って少年の父親は二人に王からの伝言を伝える。

*「そうでしたか。たしかに この村は 他の地との 交易は ほとんどありませんからな。」
*「こうして お話をいただけるだけでも 十分ありがたいことです。」

*「この村は 基本的に 農業で 成り立っているところが ありますので あまり漁業はしないのですが これを機に 船着き場を整備するのも いいかもしれませんね。」
*「では……。」

そう言って若神父は机に座ると羊皮紙を取り出してペンを濡らし始める。

*「お返事を したためますので 少々 お時間を いただけますか。」

ボルカノ「え ええ 構いません。」

*「おねえちゃん 汗かいてんなら うらの泉でみずあびしてきたら?」

マリベル「あら いいのかしら?」

*「おお そうですな。急いで いらしたんでしょう。よければ どうぞ。」
*「外の池もきれいにしてありますから そちらも 使えますよ。」

アルス「……それでは お言葉に甘えて。」

男の子と老神父に勧められ、少年たちは若神父を待つ間に体を清めることにするのだった。


811 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:38:16.98 ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベルは 泉にいきなよ。」

教会で浴巾を借り、表へ出てきたところで少年が気を利かせて言う。

マリベル「あら どうも。でも 最初から そのつもりよ?」

アルス「は ははは… ごめんごめん。」

彼女にとっては、もとい誰がどう見てもそうなることは明らかだったのだが。

ボルカノ「もう 急がなくていいから ゆっくり 入ってきな。」

マリベル「はーい。ありがとう ボルカノおじさま。」

アルス「むむむ……。」

あいかわらず父親には愛想の良い少女に少しだけ抗議の目線を送るも
当の少女はまったく意にも介している様子はなく、さっさと奥の祠へと入って行ってしまった。

アルス「……さてと 入ろっか 父さん。」

ボルカノ「おう。」

少女がいなくなったのを見計らい、二人は着替えて湧き水の中へと入っていった。

アルス「うー……。」

ボルカノ「けっこう 冷たいな。」

汗ばんだ身体は既に冷え始め、水の冷たさにはもはやありがたみなど感じられなかった。

アルス「さっさと 体をふいて 出よ……。」

ボルカノ「だな。」

山の上に吹き付ける風が、ただでさえ低い気温の中、二人の体温を奪っていく。

アルス「ほこらの中は 温かいんだろうなあ。」

ボルカノ「だろうな。」

そう言って少年は少女の入って行った祠を恨めしそうに見つめる。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…さて そろそろ 出ようかな。」

身体を洗い終え、着替えを手に取ろうとした時だった。



ボルカノ「アルス お前のアザ 光ってないか?」



アルス「えっ?」

父親に言われふと目をやると確かに腕の痣がどこか淡い光を帯びているように見えた。

ボルカノ「……まだ 何か お前には 大切な役目が 残っているのか?」

アルス「……わからない。なんでだろうね。」
アルス「あっ……。」

そんな会話をしていると次第にその光は弱まり、元の真っ黒な紋章へと姿を戻してしまった。

アルス「……なんだったんだろう?」



アルス「…くしゅんッ!」



不思議そうに腕を眺めていた少年だったが、寒気から大きなくしゃみを一つ。

ボルカノ「さて カゼひかねえうちに 上がるか。」

アルス「ズビ……うん。」

812 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:39:09.95 ID:NwVM2m3w0

着替えを済ませ、教会の礼拝堂に戻ってきた二人は少女の帰りを待っていた。

ボルカノ「……戻ってこないな。」

しかし件の少女はしばらく待っても戻ってくる気配はない。

アルス「そうだね。」

ボルカノ「おい アルス ちょっと 様子を見てこい。」

アルス「ええ? 大丈夫でしょ。」

ボルカノ「……万が一 何かあったら たいへんだからな。」

そういう父親の顔は真剣そのものだった。

アルス「うーん……。」
アルス「わかった ちょっと 行ってくるね。」

少し悩む素振りを見せた少年だったが、一つ頷くと再び外へ出ていくのだった。



813 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:40:58.53 ID:NwVM2m3w0

アルス「うっ 寒い……。」

池のほとりを歩く少年は吹き付ける北風に思わず身を縮める。

アルス「マリベルったら いつまで 入ってんだろう……。」

“乙女の 入浴は 長いのよ!”

なんていう言葉がすぐに返ってきそうだと思いながら少年は歩みを進める。

その時だった。



アルス「ん……?」



少年はふと胸のあたりに不思議な温かさを感じ服の下を覗き込む。

アルス「あれ…… ペンダントが……。」

熱の正体は人魚の母から受け取った涙の真珠の垂れ飾りだった。
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているように見えた。

アルス「んっ!?」

そして気付けば腰に下げた袋の中からも青白い光が漏れているのが見え、少年は急いで袋の中に手を突っ込み中をまさぐる。

アルス「これは…… 人魚の月?」

そう言って少年が取りだしたのは蒼白の三日月の中に真珠のような純白の玉取り付けられた海底に眠る月。
それはかつて少年が過去のコスタールで手に入れた伝説の宝石だった。
その人魚の月が胸の垂れ飾りと同じように淡い光を放っている。

アルス「うっ…!」

そして妙な感覚を腕に覚え袖をまくれば再び精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。

まるで二つの宝石に呼応するかのように。

アルス「これは… いったい……。」

少年はその幻想的な光にしばらく魅入っていたが、やがて腕の紋章が光を失うとつられるようにして二つの宝石も発光を終えた。

しかし少年にはその輝きが先ほどよりも増したように感じられた。

アルス「…………………。」
アルス「あれ?」

少年はそれらが光を失くしても尚まじまじとそれを眺めていたが、ふと足元を見た時、そこに何かが転がっていることに気が付いた。

アルス「これは……?」

それは一枚の紙のようだったが、ひどく古ぼけていて一見何が書かれているのかはわからなかった。

アルス「…………………。」

拾い上げて裏返すとそれは絵画だった。

そこには女神が泉の水で傷を癒す姿が描かれている。

アルス「いつの間に 落としたんだろう……。」

どうやら先ほど慌てて袋の中から人魚の月を取り出すときに引っかかって落ちてしまったのだろう。
少年はしばらくそれをじっくりと眺めていたがあることを思いだして駆けだす。



アルス「いけないっ マリベルのこと 忘れてた!」



814 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:43:12.34 ID:NwVM2m3w0

アルス「ふう……。」

祠の前までやってきた少年は一息つくと中を覗かないように入口に背をつけて中に呼びかける。

アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

しかし返事はかえってこず、風で揺れる木々の音しか聞こえてこない。

アルス「マリベルーっ?」

今度はもう少し大きめの声で呼びかける。

*「…………………。」

だが返ってきたのはやはり静寂。



アルス「ま まさか……。」



少年は嫌な予感を覚える。

“彼女に何かあったのではなかろうか”

アルス「……よし。」

少年は迷った挙句意を決するとゆっくりと中を覗き込んだ。



マリベル「…………………。」



そこには確かに少女がいた。
入口に背を向けるように泉に半身を浸し、水をすくっては身体にかけている様子が見て取れた。

アルス「っ……!」

思わず目を逸らす少年だったがやがてあることに気付く。

“この絵と そっくりだ……。”

もう一度少年は視線を奥にやる。

アルス「…………………。」

確かに少女の姿は手に持った絵画とそっくりだった。
否、そこにいるのが知らない人であったならば確実に本人と勘違いしてしまいそうな、そんな美しさを少女は湛えていた。

アルス「ごくっ……。」

少年は思わず息を飲む。

“彼女はひょっとして女神の生まれ変わりか何かではなかろうか”

そんな気すら覚えていた。

気付けば視線は釘付けになっていた。

否、釘付けにされていたというべきか。



マリベル「アルス……。」



アルス「……!!」



815 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:45:43.67 ID:NwVM2m3w0

少女の声に我に返ると少年は慌てて身を隠す。

アルス「ご ゴホンッ!」

わざとらしく咳ばらいをすると少年は中までしっかり聞こえるようにもう一度声をかける。

アルス「マリベル。」

マリベル「ひゃっ…… あ アルス!?」

どうやら今度こそ少年の声が届いたらしい。少女は慌てて振り返ると祠の外に向かって呼びかける。

アルス「お 遅いから 呼びに来たんだけど どうしたの?」

なるべく悟られないように平静を装いながら少年は訊ねる。

マリベル「い… いつから そこにいたのよっ!!」

少女は少年の問いには答えず、質問で返す。

アルス「い いや 今来た ばかりだけど……。」

“本当のことを言ったら何をされるか分かったものではない”

少年はなんとか誤魔化そうと嘘をつく。



マリベル「……ウソでしょ。」



少女は身体を拭きながら、さも当然のように嘘を見破る。

アルス「ほ ホントだって!」

それでも少年は譲らない。

”何せ命がかかっているから”

マリベル「フーン? あたしに 嘘ついたら どうなるか わかってんでしょうね?」

アルス「…………………。」
アルス「……見てました。」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



痛いほどの静寂。



“シュル……”



布のすれる音だけが祠の中に木霊している。

そして。





マリベル「……もういいわよ?」





祠の中から少女の呼ぶ声が聞こえた。



816 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:47:45.78 ID:NwVM2m3w0

アルス「……はい。」

少年は青い顔で祠の中へと足を踏み入れる。

マリベル「…………………。」

着替えを終え、濡れた髪を拭きながら少女は少年の顔をじっと見据えている。

その表情からは何も読み取れない。

アルス「い いや… その… ごめんなさい。」

マリベル「…………………。」

少女は無言でじろりと少年を見つめると口を半開きにして固まる。



“あっ 死んだな。”



次に放たれるであろう言葉に少年は死を覚悟し、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばる。



マリベル「ねえ。」



しかしかけられたのは意外な言葉だった。



マリベル「それ なに?」



アルス「えっ……?」

思いもよらない言葉に少年は目を開ける。

少女は少年の右手を指さしていた。

マリベル「何もってんの?」

アルス「えっ? あ これ……?」

そう言って少年は少女に持っていた女神の絵を渡す。

マリベル「なんで こんなもの 持ってるわけ?」

アルス「い いや さっき 袋から出てきてさ…… なんか 今の君に そっくりだなって……。」

しどろもどろになりながら少年はなんとか言葉を紡ぐ。

マリベル「……どういう意味?」

アルス「だ だから きみが この絵の 女神さま みたいだなって……。」

そう言う少年の顔は先ほどとは打って変わり真っ赤に染まっている。

マリベル「…………………。」

少女は女神の絵を見つめ、何を思ったのか少年の目の前に手をかざす。

アルス「……っ!」





マリベル「フバーハ。」





817 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:48:52.26 ID:NwVM2m3w0

小さな呟きの後、二人の体は優しい光の衣に包まれた。

アルス「えっ…?」

マリベル「おほほほ! まっ このあたしを 女神さまと 間違えちゃうのも 無理はないわね!」
マリベル「……だから これは 女神さまの ご加護。」

そう言って少女は微笑み、少年の胸に顔を埋める。

アルス「…怒ってないの?」

マリベル「だって もう 二人で 温泉入ってるじゃない。」
マリベル「…背中見られた ぐらい もう いいわよ。」

そう言って少女は少年の顔を見上げてにやりと笑う。

アルス「良かった……。」

マリベル「……じゃあ 髪かわかすの てつだってよ。」

アルス「…うん。」

少年は安堵の表情で頷くと、ゆっくり少女の髪を布で包み込んでいく。

アルス「こう…?」

マリベル「…うん… そんなかんじ……。」

アルス「人の髪って 意外と難しいな。」

マリベル「痛くしたら 承知しないわよ?」

アルス「…がんばります……。」

マリベル「ん…… ふ………。」

アルス「…………………。」

“まるで ネコみたいだ。”

おとなしく身を預ける少女を見つめながら少年は心の内で呟く。

マリベル「……ん これくらいでいいかしらね。」
マリベル「…どうしたの?」

自分の髪を散らしていた少女だったが、ふと少年の目が自分を見つめていることに気が付くと不思議そうに首をかしげる。

アルス「……いや かわいいなーって。」

マリベル「……ばか。」

自分では豪語するものの、実際に言われては何度も聞いても慣れない言葉に、悪態をつきながらもその頬は少しだけ赤く染まる。

アルス「はははっ。」

マリベル「……ったく そろそろ 行くわよ?」

愛おしそうに笑う少年を置いて少女は歩き出す。



アルス「はいはい 女神さま。」



その後をついていく少年の顔は尚も綻び、幸福の顔そのものだった。



818 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:50:35.37 ID:NwVM2m3w0



ボルカノ「おお 戻ったか 二人とも。」



教会の講堂では少年の父親が階段の手前で二人を待っていた。

マリベル「お待たせしました。」

アルス「ごめんごめん ちょっと いろいろあって。」

ボルカノ「…まあ いいんだけどよ。」
ボルカノ「こっちも ちょうど 返事の手紙を もらったところだしな。」

そう言って少年の父親は質素な封筒に包まれた手紙を二人に見せる。

マリベル「じゃあ わたしたちも ごあいさつしていきましょ。」

アルス「そうだね。」

二人は顔を見合わせると神父の家族が暮らしている部屋の扉を軽く叩く。

*「はーい。」

返事と共に若神父の妻が扉を開ける。

マリベル「あの タオル ありがとうございました。」

アルス「帰る前に 神父さまに ごあいさつをと 思いまして。」

*「あらあら ごていねいに ありがとうございます。」
*「どうぞ。」

女性は浴巾を受け取ると二人を奥の部屋へと通す。

*「おや もう よろしいんですかな?」

二人が部屋に入るとベッドで横になっていた老神父が身を起こして尋ねてくる。

マリベル「ええ 身も心も 清められた 気分ですわ。」

少女は一礼するとベッドの隣に立つ。

アルス「帰る前に ごあいさつをと。」

*「わはは! これは これは さすがは 神の遣わした 英雄どのというだけは ありますな。」

マリベル「神父さま…… やっぱり 気付いていらしたのね。」

*「これでも 聖職者ですからな。神が再び この世に お出ましになったことくらいは わかりますよ。」
*「……ありがたいことです。」
*「魔王は滅ぼされ 再び 平穏を取り戻した。それもこれも 神がわれわれを 見捨てておられなかった おかげです。」
*「老い先短い わたしも これで安心して 息子に 後を任せられるというものです。」

そう言って老神父は椅子に座っていた若神父を見やる。

*「よしてくれよ 父さん。まだまだ 長生きしてもらなくちゃ。」

*「そうだよ おじいちゃん! そんなこと 言わないでよ……。」

ベッドに腰かけていた男の子が泣きそうな顔で老神父の手を握る。

*「わはは。こりゃ まいった。孫にまで 言われては そう簡単にくたばるわけには いきませんな。」
*「まずは この病を しっかり 治さないと… ゲホッ ゲホッ!」

口ではそう言うが、青い顔で苦しそうに咳き込む姿からはそれが簡単なことではないことがうかがえた。

マリベル「神父さまっ……。」
マリベル「ねえ アルスっ。」

アルス「……うん。」


819 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:52:31.24 ID:NwVM2m3w0

二人は顔を見合わせると床を挟んで老神父に向かい合うようにして立つ。

*「お お二人とも なにを?」

マリベル「ちょっと 待っててくださいね。」

アルス「それじゃ いくよ。」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

二人は目を閉じると深い祈りをささげるように両手を合わせる。

*「う むむ……?」

すると老神父の体を優しい緑の光が包み込み、その体に吸い込まれるようにして消えていった。

*「おお なんと……。」

そばで見ていた若神父が思わず声を上げる。

マリベル「ふう……。」

アルス「どうですか? 神父さま。」

二人は息をつくと老神父の顔を覗き込む。

*「ど どうしたことでしょう 体が 急に楽になりました!」

驚いたように言う老神父の顔には赤みが差し、幾分か元気を取り戻していることが見て取れた。

マリベル「ちょっとした おまじないですわ。」

アルス「後は これを。」

そう言って少年は袋の中から数枚の大きな葉を取り出してそれを若神父に差し出す。

*「これは……。」

アルス「世界樹の葉です。これを すりつぶして 服用すれば 少しは 元気になれると思うのですが……。」

マリベル「気休めかもしれないけど どうか 受け取ってくださいな。」

*「あ ありがとうございます!」

世界樹の葉を受け取ると若神父は深々と礼をする。

*「え えーっと おにいちゃんと おねえちゃんが 祈ったら おじいちゃんが 元気になって その葉っぱが ええと……。」
*「ああっ だめだ! あたまが こんらんして よく わからないや!」

そう言って男の子は頭を抱えて唸る。

マリベル「あははっ! ボクってば やっぱり ラズエルさん そっくりね。」

少女は男の子を見つめて楽しそうに笑う。

アルス「さあ 行こうか マリベル。」

マリベル「ええっ。」

少年に促され、少女が部屋を後にしようとした時だった。





*「お待ちください!」





820 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:53:29.72 ID:NwVM2m3w0

マリベル「……?」

少女は突然老神父に呼び止められた。

*「ラズエルというのは わたしの 遠い 先祖の名前……。」
*「どうして あなたが それを……?」

マリベル「…………………。」
マリベル「答えはきっと あなたの一族の 本の中に 書かれているわ。」
マリベル「それじゃあね 神父さま。お大事に。」

そう残して少女は少年とその父親のもとへかけていくのだった。

*「…………………。」
*「あの二人は……。」

二人のいなくなった部屋の中で老神父が神妙な顔で呟く。



*「アルスとマリベル……。」



*「むっ?」

不意に若神父が思い出したように二人の名を口にする。

*「たしか ラズエルの時代に 起こった事件を かの神父様と共に救ったという 伝説の旅人の名だよ。」

*「まっ まさか あの二人が……!?」
*「おおっ 神よ これも あなたの思し召しなのか…。」

寒気によるものではない心躍るような震えを覚えた老神父は、
先ほどまで彼らがそうしていたように両手を合わせると、
この世界のどこかに存在するであろう神へと祈りを捧げるのだった。

それは、不思議な世の巡り合わせ。まさに奇跡のなせる業だったのかもしれない。

それは、プロビナの村に新しい伝説が刻まれた瞬間だったのかもしれない。



時を渡る少年アルスと少女マリベルの伝説の。



821 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:54:39.78 ID:NwVM2m3w0



*「あっ! お兄ちゃんたちもしかして 漁師さんたちと いっしょの人?」



村まで降りてきた三人は宿屋の前で一人の幼い娘に声をかけられた。

アルス「そうだよ。ぼくたちの ベッド空いてるかな?」

*「うん フカフカのベッドだよ!」

女の子はにっこりと微笑む。

ボルカノ「よし それじゃ さっさと 飯をもらって 寝るとするかな。」
ボルカノ「明日は 早朝出発だからな。」

アルス「うん。」

マリベル「あー お腹すいた。」

*「はーいっ お客さま ごあんなーい!」

少女は勢いよく扉を開けると三人を招き入れる。

それから三人は仲間と合流し、すぐに食事を取ると先ほど別れた後のことや明日一日の段取りについて話し合うのだった。





そして その 夜ふけ……。





822 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:56:06.88 ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年は宿屋のすぐ東に流れている川のそばに立ち、先ほど突然輝きだした二つの宝石と自分の腕を交互に眺めていた。

アルス「結局 あれから なにも 起こらない か……。」

先ほどの現象がもう一度起こらないかと試してみてはみたものの、それらしき予兆は一切見られない。

アルス「…ダメか……。」



*「何してんの? こんなところで。」



急に後ろから呼びかけられ少年は一瞬身を強張らせる。

アルス「っ! …マリベル?」

振り返るとそこには眠っていたはずの少女が立っていた。

マリベル「どっか行ったなー って思ったら こんなとこにいたのね。」

アルス「マリベルこそ 起きてたのか。」

マリベル「みんなのいびきが うるさくて とてもじゃないけど 眠れやしないわ。」
マリベル「まったく… せめて 個室がほしいところだわね。」

そう言って少女は盛大な溜息をつく。

アルス「それか 耳栓?」

マリベル「どっちもね。」

アルス「あははは!」

マリベル「ところで どうしたのそれ?」

アルス「へっ? ああ これ?」
アルス「実は さっき 紋章と この二つが 光りだしてね。」

マリベル「光ったあ?」

少年の端的な説明に少女は信じられないといった声で聞き返す。

アルス「うん。なんだか よく わからないんだけど。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ウデの紋章は ともかく アニエスさんの真珠に 人魚の月もねえ……。」

アルス「それで もう一回 起こらないか 試してたんだけど ぜんぜんでさ。」

マリベル「ふーん……。」

アルス「…ぼくには まだ やらなくちゃいけないことが あるのかなあ。」

そう言って少年は険しい顔で自分のアザを見つめる。

マリベル「…………………。」

アルス「また 何か たいへんなことが……。」



マリベル「ねえねえ。」



アルス「…ん?」

すっかり思考の世界にはまってしまった少年を少女が引き戻す。

マリベル「人魚の月は わからないけど 少なくとも その真珠は もっと 別のことで 光ったんじゃないかしら。」

考える素振りのまま少女は少年の胸の真珠を見つめる。


823 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:57:38.44 ID:NwVM2m3w0

アルス「どういうこと?」

マリベル「だって それは シャークアイさんと アニエスさんが あんたに お守りにって 渡したんだから。」
マリベル「少なくとも また あんたに 新しい 使命がどうとか そういうのじゃ ないと思うんだけど。」

アルス「そうかなあ。」

マリベル「もしかしたら お守りとしてのチカラが 水の精霊から 与えられた とか。」

アルス「…………………。」
アルス「ふふっ。」

マリベル「あ なによ 人が せっかく 一生懸命 考えてあげてるってのに。」

急に笑われて少女は拗ねたように口を尖らせる。

アルス「ううん ちがうんだ。」
アルス「……なんか そう思ったら 気が楽になったというか…。」
アルス「そっちの方が しっくりくるかも。」

そう言って少年は微笑む。

マリベル「ふふっ きっと そうよっ。」

アルス「…うん そうだね。」

マリベル「……それにしても あんたが うらやましいわ。」

少女は澄み切った星空を見上げる。

アルス「えっ?」

マリベル「あたしも いつか もらえるのかしらね。」
マリベル「いつでも その人を 思い出せるようなもの……。」

そう言って少女はゆっくりと瞳を閉じる。

アルス「…………………。」

824 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 19:59:12.06 ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベル。」

しばしその様子を眺めていた少年だったが、ふと思い立ったのように自分の垂れ飾りを外すと少女の名前を呼んだ。

マリベル「なーに?」



アルス「はい。」



マリベル「えっ……?」

アルス「これは きみが持っていて。」

そういうと少年は少女の首に腕を回し、自分の持っていた両親からの贈り物を少女につけた。

マリベル「だ だってこれは あんたの……。」

アルス「ぼくなら 大丈夫。もし きみの言う通りなら この紋章と 人魚の月が ぼくを 守ってくれる。」
アルス「それに……。」

マリベル「…………………。」

アルス「きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。」

少年は少女を優しく抱きしめ、その耳元にささやく。

マリベル「アルス……。」

アルス「ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。」
アルス「よかったら それで ぼくのことを 思い出して。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……ばかね。」

少女はクスッと笑うと少年の左胸をゆっくりと押す。

マリベル「あたしは いつでも ここにいるわ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「フィッシュベルに帰ったらさ……。」





マリベル「パパとママに 会ってよ。」





825 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 20:00:26.17 ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年にはそれが何をさしているのかすぐに分かった。

“両親に会う”

その意味の重たさを。

アルス「マリベル……でも まだ ぼくは……。」

“きみを 養える身ではない。”

“きみを 幸せにできない。”

そう続けようとした時だった。





マリベル「それでもいいのっ!!」





アルス「っ……!」

マリベル「わたしが あなたを 支えるから……。」
マリベル「だから…… だからっ……!」















マリベル「…だから いっしょに 幸せになろうよ。」















826 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 20:02:53.95 ID:NwVM2m3w0

“マリベル ぼく がんばるよ。”

“きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにして見せる。”



アルス「マリベル……!!」



それは船出の日に少年が立てた誓いへの少女が出した答えだった。

マリベル「アルス…… ん……。」

アルス「……愛してる。」

少女の唇からゆっくりと離れると少年はもう一度少女の体を強く抱きしめる。

マリベル「アルス……。」

アルス「もし 許されなくても ぼくは あきらめない。」
アルス「どんなに 反対されても お父さんを 必ず 説得してみせる。」
アルス「そして いつか 絶対に 世界一の漁師になってみせる。」
アルス「だから……。」





アルス「だから ぼくに ついてきてくれますか?」





827 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 20:03:42.59 ID:NwVM2m3w0

マリベル「…………………。」
マリベル「……ひっ ……ひっ……。」

アルス「あっ ま マリベル!?」

マリベル「ひっく… ひっく……。」
マリベル「ぐすっ…… そんなの…… 最初から きまってるじゃない!!」
マリベル「ふ… つつか者ですが…… よろしく おねがいします……。」

アルス「…………………。」
アルス「は ははは……。」
アルス「マリベル それ ぼくのセリフじゃない?」

マリベル「んなっ なによ…… あるすのくせに なまいきよ……。」

聞きなれた憎まれ口には、いつもの凄みなど微塵もなかった。

アルス「ごめんごめん。」

少年は微笑み少女の涙をぬぐうとそのまま少女の背中と膝に腕を回して持ち上げる。



アルス「よっと。」



マリベル「わっ…… あ アルスっ!?」

アルス「今日は いっしょの ベッドで 寝よっか。」

マリベル「えっ で でも みんなに見られちゃうわっ。」

アルス「……かまうものか。」

マリベル「あ うう… もう……。」

アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないな。」

マリベル「わかったわよう……。」

そうして二人は灯りの消えた宿屋の中へと入っていくのだった。

空には船出の日と同じようなまん丸の月がちょうど夜空のてっぺんで優しい光を放っている。
満月に始まったこの航海も、一月の時を経て満月の夜に終わりを迎えようとしていた。
そして満月の夜に確かめ合った男女の愛は再び満月の夜に実り、この夜空の下、二人は晴れて結ばれたのだ。



だが二人は知らない。



少年の腕に宿った紋章が光輝いた本当の理由を。





そして……


828 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 20:04:14.78 ID:NwVM2m3w0





そして 夜が 明けた……。





829 : ◆N7KRije7Xs 2017/01/18(水) 20:07:22.38 ID:NwVM2m3w0

以上第27話でした。



毎回ダラダラと書き綴った閑話はここまで。
最後まで物語をお楽しみください。

…………………

◇すべての訪問を終えたアミット号一行。
そして彼らは愛する故郷のもとへと舵を切るのですが……

※金曜日には完結する予定です。

…………………


第27話の主な登場人物



アルス
突如として腕のアザが光りだす。
新たなる決意を胸に真珠のペンダントをマリベルに渡す。

マリベル
病気の老神父のためにアルスと共に祈りを捧げる。
これまでの旅を振り返りアミット漁についてこれたことを嬉しく思っている。

ボルカノ
久しぶりに三人で王の親書を届けに山へ登る。
少々体力の衰えを感じている(?)

めし番(*)
今回はコック長の代わりに買い出しへ。
怖がりな性格のため、薄暗い森の中を歩くことも乗り気でなかった。

アミット号の漁師たち(*)
アルスたちと共にプロビナへやってくるも大変な山登りはパス。
宿屋の看板娘の健気さに思わず顔がほころんだとかなんとか。

老神父(*)
プロビナの山の上の教会で神父を務める老人。
病を患っていたが、アルスとマリベルの祈祷により回復の兆しを見せる。

若神父(*)
プリビナの山の上の教会で神父を務める中年男性。
毎日教会の裏の祠にある泉に祈りを捧げ清めている。

神父の息子(*)
プロビナの山の上の教会の若神父の一人息子。
自分の家系の歴史を勉強しているが、一度に色んな事が起こると頭が混乱する。
その辺りはラズエルそっくり。