3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:22:08.95 ID:9gcWuA8H0
ゼハート「お前もか」

フラム「ええ、緊張してなかなか眠れませんね」

ゼハート「明日は火星と地球の歴史に残る大事な日だからな」

フラム「こんな日が来るなんて思ってもいませんでしたね」

ゼハート「セカンドムーンにフリット・アスノを迎えるか…… 確かにな」

フラム「歓迎のパーティにはあの海賊とキオくんも一緒に来るんでしょう?」

ゼハート「だろうな。あいつと会うのも久しぶりだ」

フラム「あの変な恰好じゃないといいですけどね」

ゼハート「ハハッ… あるかもしれないな」

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:22:38.43 ID:9gcWuA8H0
フラム「あの人、昔からあんな感じだったんですか?」

ゼハート「ハイスクールの頃はもっとおとなしかったさ。まぁ、思い返せばそうなる素質はあったな」

ゼハート「そうだ、いいものを聞かせよう。懐かしくて古いデータをあさっていたらを見つけたんだ」

フラム「『水のないプール』っていうのは曲名ですか? 地球の歌…?」

ゼハート「あいつが好きだった歌だよ」

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:26:08.66 ID:9gcWuA8H0
フラム「なんだろう… どこか、寂しい歌でしたね……」

ゼハート「そうだな」

フラム「プールっていうのは、地球の学校にはよくあるんですか?」

ゼハート「場所にもよるな。この歌ができた国では、毎年暑い時期になると屋外のプールに水をはるんだ」

フラム「外で泳いだらきっと気持ち良いでしょう」

ゼハート「いいものだよ。しかしあの頃は泳いだ事もなくてな。アセムに教わったんだ」

フラム「あの歌にある通り、一年経ったらまた忘れちゃいそうですね」

ゼハート「……忘れるよ」

ゼハート「だからまた、次の季節が巡ってきたら、水の中でもがくのさ」

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:30:43.89 ID:9gcWuA8H0
『人はみな不器用で 泳ぎ方を忘れる』

ゼハート「わたしはやり遂げねばならんのだ!」

アセム「味方を犠牲にしてまでもか!」

ゼハート「人の感情など、とうに捨てている!」

『喜びや悲しみに 足がつかず』

アセム「人であることを捨ててまで成し遂げる大義に、何の価値がある!」

ゼハート「エデンに… エデンに全てを捧げたのだ! 悔いなどない!」

『溺れそうで』

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:36:51.20 ID:9gcWuA8H0
——数日後——

ゼハート「長かったな…」

アセム「ああ。おそらく地球人の大半は戦争が始まる前には生まれてなかった」

ゼハート「火星と地球が初めて経験する、本当に平和な時代か」

アセム「しかしこれからも大変だぞ。特にお前はな」

フリット「イゼルカントなしでヴェイガンをまとめていくには、君のような若い指導者が必要だ」

フリット「必要とあれば力を貸そう。遠慮はいらんぞ」

アセム「年寄りには仕事を与えないとな」

フリット「何を言うか。わたしはまだ64だぞ。これからさ」



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:41:53.31 ID:9gcWuA8H0
——現在——

ゼハート「この歌はな、困難を乗り切ることを、泳ぐことにたとえた歌なんだ」

ゼハート「泳ぐ季節が来るたびに、泳ぎ方を忘れては、何度も苦しんでむせる」

ゼハート「しかしあくまでもプールだ。冷静になれば簡単に底に足がつく」

フラム「足がつけば苦しみから逃れられる……」

フラム「その『底』に喜びだけでなく、悲しみも含むのですか?」

ゼハート「悲しみに足がついた人間は、悲劇を繰り返させないために立ち上がれる」

フラム「だからフリット・アスノは協力してくれるんですね」

ゼハート「早く寝よう。明日はいろいろと疲れる一日になりそうだ」

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:45:07.54 ID:9gcWuA8H0
——翌日 パーティ会場——

ゼラ「キオ… キオ・アスノ…」

キオ「ゼラ!? きみも来てたんだね」

ゼラ「めでたい日だから…」

フラム「キオくんに会うの、この子も楽しみにしてたのよ」

キオ「そうだよね。気楽に遊びにくるわけにもいかないんだね」

フラム「生き残ったXラウンダーには、やることがたくさんあるから」

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:48:15.07 ID:9gcWuA8H0
ゼラ「キオ… よかった… また会えて……」

キオ「……僕もだよ」

キオ「そうだ! 今度さ、落ち着いたら地球においでよ。見せたいものがたくさんあるんだ!」

ゼラ「いいのか? 行っても」

フラム「いいのよ。落ち着いたらね」

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:51:46.72 ID:9gcWuA8H0
フラム(ゼラ・ギンス… イゼルカントのクローンとして作られた子……)

キオ「ありがとう、フラムさん!」

フラム(子供の頃の、楽しかった思い出も何もないなんて、なおさら寂しいじゃない)

フラム「いろいろ教えてあげてね。地球のこと、友達作って遊んだりさ」

キオ「はい!」

フラム(新たな記憶を生み出しては、重なり合っていくもの、か……)

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:55:18.30 ID:9gcWuA8H0
ゼハート「まったく… フリット・アスノをセカンド・ムーンに迎える祝いの席だというのに」

ゼハート「この妙な服装で出席するわ、みっともなく酔っぱらうわ……」

アセム「まぁ硬いこと言うな。飲めよ」

ゼハート「お前ら海賊と違って、表を歩きながら飲む文化はないんでな」

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 00:57:17.13 ID:9gcWuA8H0
アセム「酔うのもいいもんだぞ」

ゼハート「どこがだ……」

アセム「こうしてお前と二人で、夜風にあたりに出られた」

ゼハート「…そうか」

アセム「なぁゼハート… 今日は楽しかったよなぁ。久しぶりにバカ騒ぎできて」

ゼハート「本物のバカが混ざってたからな」

アセム「お前はもう、ただのバカじゃなくなっちまったな…」

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:01:46.73 ID:9gcWuA8H0
ゼハート「わたしにはヴェイガンをまとめる使命がある。火星圏の未来のために」

アセム「俺にだって義賊としての役目がある。黒歴史の再来を未然に防ぐために」

ゼハート「……お互い、あの頃はもうずいぶん遠くなったな……」

アセム「でもな、たまには今日みたいな日がある」

アセム「あんだけ大戦争してた地球人と火星人が、内心いろいろあったにせよ、一緒に盛り上がれたんだ」

ゼハート「その戦争も終わり、これからはAGEシステムでマーズ・レイの研究も本格的に始まる」

アセム「生き残ったヤツらは、泳げるようになっていくのさ… わかったら飲めよ」

ゼハート「……いただこうか」


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:06:38.24 ID:9gcWuA8H0
  『どれだけの水を抜き また入れるのだろう』

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:09:02.72 ID:9gcWuA8H0
フリット「Xラウンダー能力の平和利用は、地球でも進んでいるよ」

ゼハート「まだまだ新たな使い道が見つかるかもしれませんね。今回のように」

フラム「ゼラも協力したいと言っていました」

フリット「危険な目に遭うかもしれない任務だ。子供たちには任せられんよ」

フリット「すまない、ここからは一人で行かせてくれ」

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:12:33.38 ID:9gcWuA8H0
フリット「入るぞ」

フリット「聞いているかもしれないが、我々はマーズ・レイの研究をしていてな」

フリット「原因究明のため、火星の大規模地質調査を行う。強力なXラウンダー能力が必要だ」

男「ただ能力が強ければそれでいいというものではないな」

フリット「ああそうだ。他にもう一つ条件がある」

男「あの戦争で二度も死にかけた… もう本来ならヴェイガンにも俺の居場所はない」

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:17:09.79 ID:9gcWuA8H0
フリット「そういう人間を探していた、該当するのはお前だけだ… デシルよ」

デシル「英雄のフリット・アスノが、そんな男の力を借りていいのか?」

フリット「その呼び方はよせ」

デシル「あのジジィが死んでから、火星人には新しい伝説が必要だった」

デシル「火星の独裁政権を滅ぼし、地球種の不正に天誅を下し、戦後は火星圏の繁栄に手を貸すスーパーヒーロー」

フリット「作り物の英雄でも、その役目は全うするつもりだ。手伝え」

デシル「言われるまでもねぇ。今回のことはゼハートに言われたんじゃない。俺が志願したんだ」

21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:20:42.57 ID:9gcWuA8H0
フリット「自らそんなことを…?」

デシル「戦争が終わって、火星人と地球種が一緒になってフリット・アスノの伝説を作り始めた」

デシル「それが概ね受け入れられた時、誰もが皆弱い生き物と知って、虚しくなったよ……」

フリット「火星にいたのもただの人間だった… その事実を受け止めるのに、50年かかった… 50年もだ……」

デシル「だが同時に、俺にも戦う場所ができた」

フリット「Xラウンダー能力の研究に貢献する、か」

22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:23:46.97 ID:9gcWuA8H0
デシル「『人類は絶えず極限の幸福に向けて行進している。我々はその最前線にいるのだ』」

フリット「地球の詩人の言葉だったな」

デシル「世界中の研究所が、俺の神経を調べてデータをとり、成果をあげている」

デシル「助けた人数ではお前に敵わないだろう。だがな、『極限の幸福』への貢献度なら」

デシル「俺はまだ、負けていない」

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:26:36.89 ID:9gcWuA8H0
フリット「……またお前と、戦うことになるとはなぁ」

デシル「悪いがハンデを付けさせてもらうぜ。俺の方が気楽に取り組める。英雄という肩書きがない分な」

フリット「お前もいずれ英雄になるさ。嫌でもなる」

デシル「ロクでもない時代だ…… 長生きしたくねぇな」

フリット「素晴らしいじゃないか」

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:29:42.24 ID:9gcWuA8H0
 
  どれだけの水を抜き また入れるのだろう

  いつの日か プールの底が

  浅く感じるのか

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:30:57.57 ID:9gcWuA8H0
—— 数十年後 ——

デシル「泣くな泣くな、兄ちゃんと一緒に来たんだろ? 今呼んでやったからな、すぐ来るぞ」

デシル「……しかしまぁ、ガンダム博物館ね… こんなとこ来たら、舞い上がって迷子にもなるよなぁ」

デシル「おい泣くなって。よぅし、待ってる間、爺ちゃんが面白い話してやるからな」

子供「うっく…… どんな…?」

デシル「もうずっと昔にな、火星と地球のXラウンダーが、モビルスーツで火星中を冒険したんだ」

デシル「その頃、火星はまだ誰も住んでいない、未知の世界だったんだ。でも力を合わせて乗り切ったんだぞ」

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:34:27.69 ID:9gcWuA8H0
ゼラ「デシルさん、迷子のお兄さんが」

子供「兄ちゃん!」

兄「よかった… ごめんな、はぐれちゃってごめんな」

子供「ねぇ、帰る前にもう一回ガンダム見に行っていい!?」

兄「ああ、いいよ。今度は一緒に見ような」

子供「この爺ちゃんがフリット・アスノの話をしてくれたんだ! だからもう一回ガンダム見たい!」

デシル「よく聞いてくれたもんな。こっちも楽しかったよ」

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/13(土) 01:37:27.72 ID:9gcWuA8H0
兄「本で読んだことがあります。マーズ・レイと戦った話…」

子供「兄ちゃん、いつかどこかで、僕たちも冒険しようよ! フリットみたいに!」

兄「できるかな… したいけどさ…」

ゼラ「できるよ」

デシル「人が一人でできることは限られてても、持てる能力を調和と協調に使えば、どこへだって行ける」

デシル「命は、オモチャじゃないんだ」


 おわり