侑「ポケットモンスター虹ヶ咲!」 その6

777: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:11:26.82 ID:0Ok5BWPG0

■Chapter040 『激闘! セキレイジム!』 【SIDE Kasumi】





かすみ「──歩夢先輩……遅いですねぇ……」

侑「そうだね……」


かすみんたちは、サニータウンの東の浜辺で、歩夢先輩を待っていたんですが……歩夢先輩は一向に現れません。


侑「リナちゃん、歩夢ってまだ太陽の花畑にいるの?」

リナ『うん。図鑑サーチすると……太陽の花畑をうろうろしてるみたい』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「何やってるんだろう……歩夢」


侑先輩は心配そうですけど……。


しずく「ですが、さすがにこれ以上お待たせするのは、曜さんに悪い気がします……」


さっき合流したしず子が、浜辺で作業をしている曜先輩に目を配らせながら言う。


侑「それもそうだね……。これ以上は待つわけにもいかないし、かすみちゃん、ジム戦始めてもらおっか」

かすみ「えぇ、いいんですか?」

侑「歩夢もちっちゃい子供じゃないし……太陽の花畑なら危ないこともないだろうからさ」

かすみ「……わかりました。それじゃ……曜せんぱ~い!」


かすみんは、浜辺に向かって、駆け出しながら曜先輩に声を掛ける。


曜「お? もういいの? 歩夢ちゃん、結局来てないみたいだけど?」

かすみ「はい! 歩夢先輩、ちょっと遅れてくるみたいなんで、ジム戦始めちゃおうと思います!」

曜「なんかごめんね、急かしちゃったみたいで……」

かすみ「いえいえ! 急なお願いしたのはかすみんの方ですから!」

曜「そう言ってもらえると助かるよ」

かすみ「ところで……どこでバトルするんですか? この浜辺ですかね?」


キョロキョロと辺りを見回しても、バトルフィールドらしい場所は見当たらない。

となると、フリーバトルのように、この浜辺で戦うのかなと思っていたけど、


曜「うぅん、フィールドは用意出来てるんだ。こっちだよ」


曜先輩はそう言いながら、浜辺に向かって歩いていく。

そして、水面に向かって──ピュ~~~イと、指笛を吹く。


 「マンタ~」「マンタイ~ン」「タイ~ン」

かすみ「あ、マンタイン!」

曜「前に来たときに、かすみちゃんたちが一緒にマンタインサーフをした子たちだよ」

しずく「お久しぶりです!」

 「タイ~ン」

曜「このマンタインに乗ってちょっと移動するから、付いてきて!」


曜さんはそう言いながら、かすみんたちにライフジャケットを手渡し、ぴょんとマンタインに乗って、海を進みだす。

778: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:11:58.12 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「え、ええ……?」

曜「ほら、早く早く~!」

侑「えっと……マンタインに乗って移動すればいいんだよね?」

しずく「恐らくは……」

かすみ「と、とにかく曜先輩を追いかけなきゃ……!」


かすみんたちはせっせとライフジャケットを装備し、マンタインに乗って曜先輩を追いかけます。





    👑    👑    👑





ちょっとの間、マンタインに乗って、海を移動していると──それはすぐに見えてきました。


侑「わぁ~!! すごい!!」


侑先輩が、見るまでもなく目を輝かせているのがわかる声音で、歓声をあげた。

そこにあったのは──


しずく「これ……バトルフィールドですか……!?」


水上に浮かぶ、バトルフィールドでした。


曜「そのとーり!」

侑「なんでこんな場所にバトルフィールドがあるんですか!?」


ウッキウキで訊ねる侑先輩。


曜「実は、レジャー開発の中で、バトルも出来たらいいんじゃないかって意見があってね。何か面白いものが作れないかなーって考えてたんだけど……海上のバトルフィールドって面白いんじゃないかなって思ってさ!」

侑「わぁ~~~!!! それ絶対面白いです!! このフィールドでしか出来ないバトル、絶対ありますよね!! 想像するだけで、ときめいてきちゃった……!!」
 「ブィ…?」

曜「今回せっかくだから、これの試用も兼ねてみようかなって思って!」

侑「い、いいなぁ~……!! 新生のバトルフィールドで戦えるなんて……羨ましい……!!」
 「ブイ…」


侑先輩がかすみんに向かって、本当に心底羨ましいんだなってことがわかる表情を向けてくる。


かすみ「ここで、ジム戦するんですね……」


見たところ、浮島はやや太めのアーチを向かい合わせたような形をしていて、中央にある大きな穴からは海面が覗いている。

そして大きな中央の穴のちょうど真ん中に半径1mくらいの丸い浮島があって、そこにも乗ることが出来るようです。

簡単に言うと、モンスターボールのようなシルエットをしています。


曜「この浮島を中心とした、周囲の海もバトルフィールドになってるんだけど……かすみちゃん、ジム戦はここででもいいかな?」


曜先輩がそう訊ねてくる。

このフィールド……みずタイプのポケモンが戦いやすいつくりになっているのは一目でわかりますけど……。

779: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:12:58.60 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「どんな場所でも戦えてこそ立派なポケモントレーナーです! もちろん、受けて立ちます!」

曜「あはは♪ かすみちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ってた! それじゃ、フィールドに上がって!」

かすみ「はい!」


曜先輩に促されて、かすみんはマンタインから浮島の端っこに乗り移る。

乗った瞬間──波に合わせて上下する特有の揺れを感じる。


かすみ「う……結構揺れる……」

曜「まだ観戦席が完成してないから、侑ちゃん、しずくちゃんはマンタインの上から観戦してもらってもいいかなー?」

しずく「はーい! 承知しましたー!」

侑「わかりましたー! ……くぅ~……私もあそこに乗ってみたかったぁ……!」

リナ『まだ言ってる……』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「イブィ…」


かすみんは、浮島の上で軽く跳ねてみる。

特有の揺れこそあるものの、立っていられないとか、そんなことはないし、簡単にひっくり返ったり、沈んだりということもまずなさそうな、しっかりとした浮島で少し安心する。

これなら、きっと大丈夫……!


曜「ちなみにこのバトルフィールドにはトレーナースペースはないから、フィールド内でだったら、トレーナーも自由に動きまわって大丈夫だからね! ただし、わざと相手トレーナーを狙ったり、相手のポケモンの攻撃をトレーナーが身体で防ぐのは禁止だよ」


フィールドの形だけじゃなくて、フリーバトルに近い形式みたいですね……! かすみん好みの面白そうなルールじゃないですか……!


曜「さて、それじゃ始めようか! かすみちゃん、準備はいい?」

かすみ「はい! お願いします!」

曜「使用ポケモンは4匹! 全員戦闘不能になったら決着だよ! セキレイジム・ジムリーダー『大海原のヨーソローシップ』 曜! 君の全力の航海、私に見せて!」


曜先輩は敬礼してから、ボールをフィールドに向かって投げ放った。

バトル──開始です……!!





    👑    👑    👑





かすみ「行くよ、ヤブクロン!」
 「ブクロン!!」


かすみんの1番手はヤブクロン! 対する曜先輩は、


曜「タマンタ! 出発進行!」
 「タマ~」


マンタインを二回りくらいちっちゃくしたポケモン、タマンタが1番手。

タマンタは、ボールから飛び出すと同時に、中央の水中にザブンとダイブする。


リナ『タマンタ カイトポケモン 高さ:1.0m 重さ:65.0kg
   2本の 触角で 海水の 微妙な 動きを キャッチする。
   とても 人懐っこく 人間の 船の 近くまで 寄ってくる。
   テッポウオの 群れに 混ざって 泳ぐことが 多い。』

侑「タマンタって確か……マンタインの進化前だよね?」

しずく「はい、そうですね……」

780: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:13:54.15 ID:0Ok5BWPG0

かすみんの後ろで流れるリナ子の図鑑解説とその感想を聞く限り、タマンタはまだ進化していない姿らしい。


かすみ「曜先輩ったら、ジム戦用のポケモンなのに進化させてないで大丈夫なんですかぁ~?」

曜「ふふ♪ 舐めてかかると痛い目見るよ! “バブルこうせん”!」
 「タマ~~!!!」


水面から顔を覗かせたタマンタが、泡の光線を吐き出してくる。


かすみ「ヤブクロン! “ヘドロこうげき”!」
 「ヤブッ!!!!」


対抗するように、ヤブクロンが口から毒液を飛ばし、両者の攻撃がぶつかり合って、相殺する。


しずく「か、かすみさん! 海にヘドロなんか流したら……」

かすみ「え、ええ!? そんなこと言われても困るんだけどぉ!?」

曜「大丈夫だよ。このフィールド内は外の海からは隔離されてるから」

かすみ「そ、そういうことは先に言ってくださいよぉ!!」

曜「あはは、ごめんごめん♪」


むむ……曜先輩は顔馴染みということもあって、なんだか緊張感がない……。

で、でもでも! かすみん、手を抜いたりなんかしないんですから……!


かすみ「ヤブクロン、追撃の──……あ、あれ……?」


攻撃を畳みかけようとした矢先、


かすみ「た、タマンタはどこですか……!?」
 「ヤ、ヤブクゥ…」


気付けばタマンタはさっき顔を出していた水面から姿を消していた。

かすみんがキョロキョロと周囲を見回していると──ちょうど、背後からバシャっと何かが跳ねる音がした。


曜「タマンタ! “エアスラッシュ”!!」

 「タマァ~~!!!」

かすみ「!?」


驚いて振り向くかすみんの真横を“エアスラッシュ”が横切って、


かすみ「し、しまっ……!?」
 「──ヤブゥ!!!?」


ヤブクロンに直撃した。


かすみ「ヤブクロン、大丈夫……!?」


思わずヤブクロンに駆け寄る。


 「ヤ、ヤブ…!!」


すぐに起き上がるヤブクロン。どうやら、大きなダメージにはなっていないようで安心する。


侑「そうか……浮島の下は海だから、潜られると簡単に背後を取られちゃうんだ……」

781: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:14:32.52 ID:0Ok5BWPG0

侑先輩の分析どおり、タマンタは海中に潜って背後を取ってきたわけです。

気付けば、タマンタはまた海に潜って姿を消してるし……。


リナ『しかも、このルール……トレーナー自身もフィールド内にいるから、背後を取られたときに気付きにくい……』 || ╹ᇫ╹ ||


確かに、フィールド全体を後ろから把握できる普段の戦闘と違って、トレーナーの後ろ側にもポケモンが来る可能性がある。

そうなると、意識を前だけじゃなくて、前後左右に配らないといけないから……。


かすみ「や、ヤブクロンは後ろ見て! かすみんが前見るから!」
 「ヤ、ヤブッ!!!!」


こうなったら、役割分担です!

かすみんが前半分、ヤブクロンが後ろ半分をカバーすれば、死角を減らせる……!

あえてかすみんが前を見ている理由は──


曜「さぁ、次はどっちから来るかわかるかな?」


曜先輩を見るため──直後、曜先輩が一瞬だけ、向かって左側に視線を向けたのを見逃しませんでした。


かすみ「ヤブクロン、左から来──」

曜「“つばさでうつ”!!」
 「タマァッ!!!!」

 「ヤブゥッ!!!?」


ヤブクロンに指示を出した瞬間、右側から飛来してきたタマンタの“つばさでうつ”で吹っ飛ばされる。


かすみ「ぎ、逆!? 今、一瞬左側見て……!?」

曜「ふふ♪」


余裕そうに笑う曜先輩を見て、すぐ気付く。

──視線に誘われた。

かすみんに見られているのを理解した上で、曜先輩は一瞬左側に視線を送り、それに釣られて死角になった右側からの攻撃。


かすみ「ぐ、ぬぬぬ……!」


完全に術中にはまっている感じがする。


しずく「かすみさーん! 落ち着いてー!!」


しず子の声が飛んでくる。

こんなときこそ冷静にならなきゃ……!


かすみ「でも、相手がどこから飛び出してくるかわかんない……そうだ、それなら……! ヤブクロン、“まきびし”!!」
 「ヤブゥッ!!!!」


ヤブクロンが周囲にトゲトゲ状の硬いモノを吐き出し、それはぽちゃんぽちゃんと海に落下する。


かすみ「さらに、“タネばくだん”!」
 「ヤブッ!!!」


続けざまに、今度は“タネばくだん”を吐き出して、それも海にばらまく。

782: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:17:30.32 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「さぁ、どうですか……! これなら、海の中はトラップだらけですよ……!」

曜「! なるほどね……」


無暗に動き回れば“まきびし”が刺さるし、“タネばくだん”に触れればドカンです!


曜「でも、かすみちゃん! タマンタは海の中で簡単に障害物に当たったりしないよ!」


曜先輩の言葉と共に、タマンタがザバァッ!! っと音を立てて海面から飛び出してくる。

──もちろん、“まきびし”や“タネばくだん”によって負傷した形跡はない。


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ターーマァーーーッ!!!!!」

かすみ「わぁーー!!? ヤブクロン、“ボディパージ”!!?」
 「ヤ、ブェェェェ…」


上空から襲い来る強烈な水流に対して、ヤブクロンは咄嗟に体から大量の花を吐き出し、身を軽くし、辛うじて回避する。

空振った“ハイドロポンプ”は、浮島に突き刺さり、


かすみ「わ、わわわ!?」


かすみんたちの足元がグラグラと揺れる。

かすみんは転ばないように、思わず四つん這いになってしまう。


曜「咄嗟に身を軽くして、避けられた……!」


ただ、曜先輩の言うとおり、回避には成功している。

“ハイドロポンプ”は大技だし、タマンタは飛び回りながらの攻撃。

ヤブクロンまでちょこまか動き回っていたら、なかなか狙いを定めるのは難しいはずです。


かすみ「ヤブクロン……! もっと“まきびし”と“タネばくだん”!!」
 「ヤブクッ!!!」


ヤブクロンはフィールド走り回りながら、さらにトラップを設置していく。


曜「あくまでトラップ設置をするんだね」

かすみ「……タマンタが頭の触角で、海流を察知して避けられるのはわかります」


それはさっき図鑑で読んだところだし。


かすみ「でも、これだけ大量にあったら、全部は避けきれないんじゃないですか?」

曜「むむ……」


しかも“タネばくだん”は1つが起爆すれば、他も誘爆します。“まきびし”への被弾で体勢を崩せば、それもまた“タネばくだん”への被弾の可能性が増えますし、もはや海中はタマンタにとって安全な場所ではありません。


かすみ「もはや、こうなったらあとは時間の問題ですね、曜先輩! 次、海に戻ったときが決着のときです!」


かすみんは早く下りて来い下りて来いと念じながら、空を飛ぶタマンタを見つめる。


曜「“みずでっぽう”!!」
 「タマァー!!」

かすみ「悪あがきですね! そんなの当たりませんよ!」
 「ヤブクッ!!!」

783: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:18:08.88 ID:0Ok5BWPG0

空を旋回しながら、“みずでっぽう”を撃ち下ろしてくるけど、お互いが高速で動き回っているせいか、狙いが定まらない様子。

……お陰で、浮島がめっちゃ揺れて酔いそうなんですけど……。


かすみ「で、でも、そろそろ限界なんじゃないですか……!」


揺れるフィールドの上で四つん這いになりながら、タマンタを見上げると──


かすみ「……あ、あれ……? 全然下りてきてないような……?」


むしろ……ちょっとずつ高く上がってるような……?


侑「かすみちゃーん!! タマンタ、“みずでっぽう”の反動で飛んでるよ!?」

かすみ「はぁ!?」


言われてやっと気付く。

タマンタは攻撃のために“みずでっぽう”を撃ってきたんじゃなくて──反動で、揚力を得るために水を噴射していた。

カイトの要領で旋回していたから、そのうち落ちてくると思ったのに……これじゃ、いつまで経っても着水しない。

海中をトラップで制圧したつもりだったのに、これじゃ……。


曜「さぁ……空からの攻撃、いくら素早くても、一生避け続けられるもんじゃないんじゃないかな……!」

かすみ「っ……!」


形勢が逆転している。

いくら命中精度が悪い状態とはいえ、ずっと撃ち続けられていたら、いつか当たってしまってもおかしくない。

きっと攻撃が命中したら、怯んだ隙をついて、畳みかけてくるはずだ。


かすみ「──……ま~、自分から空に留まってくれるなら、こっちとしては万々歳なんですけどねぇ~……♪」

曜「……え?」


かすみんはあまりに事がうまく運びすぎて、思わずニヤッと笑ってしまう。


曜「もう、かすみちゃん……そんな言葉で揺さぶろうなんて……」


曜先輩は溜め息交じりに言いながら──急にハッとして、かすみんと同じように身を屈めた。


曜「こ、この臭い……!? タマンタ!! 高度落として!!」
 「タ、タマァ…」


気付けば、空で滑空するタマンタの軌道はふらふらとし始めていた。


かすみ「もう遅いですよ!! ……とっくにこの上空には“どくガス”が充満してますからね!!」

曜「で、でも、ヤブクロンはそんな素振り……。いや……まさか、あの“ボディパージ”……!?」


曜先輩はカラクリに気付いたようで、ヤブクロンが“ボディパージ”でフィールド上に吐き出した──ヤブクロンの体の中で発酵された花に目を向けた。


かすみ「にっしっし……♪ そうです、そのヤブクロンが吐き出したお花がずっと“どくガス”になって上空に昇り続けてたんですよ!」


ヤブクロンにはあえて──毒性の強い花を吐き出すように予め打合せをしておくことで、“ボディパージ”はただ素早さを上げるだけでなく、“どくガス”発生装置にもなるということです!!


曜「く……! “ハイドロポンプ”で吹っ飛ばして!!」
 「タ、マァァァーーー!!!!」

784: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:18:42.72 ID:0Ok5BWPG0

上空から、ゴミを洗い流すように、浮島上が水流で掃除される。

ただ、もう今更掃除しても遅い。“どく”は十分に回っています……!!

動きの鈍ったタマンタの進行方向辺りに、


かすみ「ヤブクロン! “ベノムトラップ”!!」
 「ヤッブゥッ!!!」


霧状の毒液を散布する。滑空しているタマンタは咄嗟に方向転換できず、“ベノムトラップ”に突っ込んだ。


 「タ、マァァァ……!!!?」
曜「タマンタ……!?」


さらにふらふらになるタマンタ。


リナ『“ベノムトラップ”は“どく”状態の相手の能力を一気に下げる技……!』 || > ◡ < ||

しずく「かすみさん! 今だよ!!」


かすみ「言われなくても……!」


満身創痍のタマンタを撃ち落とすなんて、造作もありません!


かすみ「“ベノムショック”!!」
 「ヤーーーブゥッ!!!!!」


ブッ!! と毒液を鋭く吐き出して──


 「タマァッ!!!!?」


タマンタに直撃させた。

タマンタは完全にバランスを崩して、海に落っこち──

その直後──ドォンッ!! と特大の水柱が上がった。

海中の“タネばくだん”たちが大爆発したようです。

──打ち上げられた水が雨のように、サァァっと降り注ぐ中、


 「…タ、タマァ…」


タマンタがお腹を上にした状態でプカァっと浮かび上がってきたのだった。


曜「……戻って、タマンタ」

かすみ「ヤブクロン! 作戦大成功だね!」
 「ヤブッ」

曜「四つん這いになってたのも、揺れるのが怖くて屈んでたんじゃなかったんだね……」

かすみ「ええ! かすみんが“どくガス”を吸わないように、しゃがんでただけですよ!」

曜「いやぁー……かすみちゃんはこういうことしてくるって、警戒してたつもりだったんだけどなぁ……」


曜先輩は頭を掻きながら言う。


かすみ「かすみんと知恵比べで勝とうなんて思わない方がいいですよ!」


しずく「かすみさんの場合、知恵比べというよりかは、化かし合いとか騙し合いのような……」

リナ『詐欺、偽計、譎詐、嘘のつき合いとか?』 || ╹ᇫ╹ ||

785: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:20:25.69 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「外野! うるさい!!」

曜「あはは、確かに私はそういうので戦うよりも──真っ向から戦った方が向いてるかも」


曜先輩はそう言いながら──後ろに向かって2匹目のポケモンの入ったボールを放り投げる。

すると──


かすみ「……!?」


曜先輩の背後に巨大な壁が出現する。

いや、壁じゃない……あれは……!?


曜「行くよ、ホエルオー!!」
 「ボォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」


壁に見えていたのは──あまりにも巨大な体躯を持ったポケモンだった。

ホエルオーは出て来るや否や、海に潜っていく。


かすみ「で、でっか……!? なにあれ!?」

リナ『ホエルオー うきくじらポケモン 高さ:14.5m 重さ:398.0kg
   見つかった 中では 最大級の ポケモン。 大海原を ゆったりと
   泳ぎ 大きな 口で 一気に 大量の エサを 食べる。 獲物を
   追い立てる ために 水中から ジャンプして 水しぶきを あげる。』

しずく「ホエルオー……!」

侑「うっわぁーー!! 私、実物のホエルオー見たの初めて!!」
 「ブ、ブィィ」


侑先輩が目をキラキラさせているのが、振り返らなくてもわかりますけど……あれは敵……。


かすみ「というか、あんなの倒せるんですか……!?」

曜「ふふ、それはかすみちゃん次第だよ……!」


曜先輩がすっと腕を真っすぐ振り上げると──海面が急に盛り上がっていく。


かすみ「!?」

曜「ホエルオー!! “とびはねる”!!」
 「ボォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」


海中から、大量の水を巻き上げながら──ホエルオーが飛び出した。


かすみ「と、とんで……!?」


その体躯からは想像出来ないくらいに、明確に跳んでいた。宙にいた。

思わず、呆気に取られてしまった。

そんな巨体が海に落ちてきたら、どうなるかなんて、考えるまでもなく──


曜「“なみのり”!!」


巨大な波が一気にかすみんたちに向かって押し寄せてきた。


かすみ「ぎゃーーー!!?」
 「ヤ、ヤブゥ!!!?」


逃げ場なんてどこにもなく、かすみんはヤブクロンともども、巨大な波に押し流されて海に放り出される。

786: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:21:00.88 ID:0Ok5BWPG0

しずく「き、きゃぁぁぁ!!?」

侑「す、すごい迫力だぁぁぁぁ♪」
 「ブ、ブィィ…」

リナ『退避退避ぃ~!?』 || ? ᆷ ! ||


観戦席の方からも悲鳴が聞こえてくる。

いや、なんか一人歓声だった気もするけど……。


かすみ「はぁ……はぁ……」
 「タィーン」


気付けば、かすみんをここまで連れて来てくれたマンタインが足場代わりになってくれていた。


かすみ「あ、ありがとうマンタイン……」
 「タィーーーン」


マンタインはかすみんを浮島に戻すと、再びフィールドから離れていく。

ヤブクロンは……と海を見渡すと、少し離れたところで、


 「ヤ、ブゥゥゥ…」


大量の水波を叩きつけられ、戦闘不能になった状態でぷかぷか浮かんでいるところだった。


かすみ「戻って、ヤブクロン」


ヤブクロンをボールに戻す。


曜「あはは♪ すごいでしょ、私のホエルオー」


曜先輩がけらけらと笑いながら言う。


かすみ「や、やりすぎですよ……」

曜「ごめんごめん♪ バトルに出してもらえることなんて滅多にないから、張り切っちゃったみたいでさ。ね、ホエルオー」
 「ボォォォォォォォォ」


そりゃ、このサイズで、しかも地上で出せないポケモンとなると、バトルに出て来ることなんて滅多にないでしょうね……。


曜「でも、安心して! 何かあってもマンタインがかすみちゃんたちの身の安全は保証するから!」

かすみ「それは、安心ですね……」


気付けば観客席の方にも、波を回避した侑先輩たちが戻ってきていた。


侑「ねぇ、今のすごかったね!! あんな大迫力、間近で見られるなんて!! 完全にときめいちゃった!! もう一度やってくれないかな!?」

しずく「わ、私は……遠慮したいです……あはは……」

リナ『ポケモン好きもここまで来ると、ちょっと怖い』 ||;◐ ◡ ◐ ||


もう一度やられるなんて、シャレにならない……。

となると、次使うのは──


かすみ「サニーゴ! お願い!」
 「──……サ」

曜「ガラルサニーゴ! 珍しいポケモン持ってるね、かすみちゃん!」


とりあえず、あんなバカみたいな“とびはねる”からの“なみのり”攻撃を食らっていたら、試合にならない。

787: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:21:37.75 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「“かなしばり”!!」
 「……サ」

 「ボォォォォ」
曜「おっと……」


大波を起こすための一連の行動を封じる。


曜「なるほどね、じゃあこれならどうかな! “しおふき”!!」
 「ボォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」


ホエルオーの頭から、大量の潮が噴出され──それが降り注いでくる。


かすみ「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!?」
 「…………サ」


大量の水が上から降り注いできて、思わず膝を折る。

これは作戦とかじゃなくて──無理!! 水の勢いで立ってられない!!

サニーゴも、浮くのもままならず、浮島に押し付けられている。

必死に耐えて耐えて耐えて──やっと、上から降ってくる潮水の雨が止む。


かすみ「はぁ……はぁ……」


相手の攻撃の規模が大きすぎる。


かすみ「こんなの……は、反則……ですよぉ……」
 「……サ」


まだこっちから何も出来ていないのに、息が切れてしまう。

とにかく、攻撃をしなくちゃ……!


かすみ「……し、“シャドーボール”……!!」
 「…………サ、コ」


影の弾が発射され──ホエルオーに向かって、当たって弾けた。


 「ボォォォォォォ」
曜「そんなちっちゃい攻撃じゃ効かないよ!」

かすみ「あ、相手が……大きすぎる……」


勝てるビジョンが思い浮かばない。

さすがにヤバイと思ったとき、


 「…………サ、コ……」


サニーゴがのろのろとホエルオーに向かって、進んでいっていることに気付く。


かすみ「サニーゴ……?」


のろのろと前進しながら、サニーゴはゆっくりとこっちを振り返る。


 「………………ゴ」


相変わらず、吸い込まれるような虚ろな目。だけど、何故だか──今日のサニーゴはいつになくやる気なんだと言うことが自然と理解出来た。


かすみ「……私が弱気になっちゃダメだ」

788: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:22:08.02 ID:0Ok5BWPG0

サニーゴは戦う意思を見せてくれている。

なら、トレーナーが諦めるわけにはいかない。

だけど、どうする。パワーもだけど、あの大きさじゃ小細工が通用しない。

そのとき、ふと──


かすみ「……あ」


作戦が思い浮かんだ。


かすみ「え、いや、でもぉ……」


正直、この策を取るのは、嫌というかなんというか……癪だった。

だけど……。


 「ボォォォォォ…」


あの巨大な相手を倒すには……たぶん、これしかない。


かすみ「サニーゴ……!」
 「…………サ」

かすみ「“ハイドロポンプ”!!」
 「──サゴ」


サニーゴが口から勢いよく水流を発射した──


曜「……!?」


それを見て、曜先輩が驚いた顔をする。

何故なら──“ハイドロポンプ”を後ろ向きに噴射していたからだ。


かすみ「一気に近付くよ!!」


水流の逆噴射で、一気にホエルオーに接近するサニーゴ。


曜「でも、近付いてどうするつもりかな!?」
 「ボォォォォォ……!!!!」


ホエルオーが大口を開け、“おたけび”を上げながら、サニーゴを待ち構えている。

そんなホエルオーの大口目掛けて──


かすみ「つっこめーーー!!」


サニーゴは勢いよく、飛び込んだ。


曜「え!?」


さすがに自分から食べられに来たのは予想外だったのか、曜先輩が動揺の声をあげた。


曜「え、ち、ちょっと!? さすがに、ジム戦で相手のポケモン食べちゃうのはまずいって!? ホエルオー、吐き出さないと!?」
 「ボォォォォ」

かすみ「その必要は、ありませんよ」

曜「な、なにいって……!?」


ああもう、ホントにこういう作戦は可愛くないからやりたくないし……何より、あのにっくき──にこ先輩と同じ戦術なんてしたくなかったのに。

789: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:22:40.71 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「“じばく”!!」

曜「っ!?」


──ボォンッ!!!! と大きな音が、ホエルオーの方から発せられ、びりびりと空気を震わせた。

少しの間、辺りが波の音だけになる。

……が、


 「ボ、ォォ…」


程なくして、ホエルオーの体がひっくり返るように転覆し始める。


曜「わ、わぁぁぁ!? 戻って、ホエルオー!?」


曜先輩が慌てて、戦闘不能になったホエルオーをボールに戻すと──ホエルオーのいた場所に、


 「──……サ」


戦闘不能になって動かなくなったサニーゴがぷかぷか浮かんでいた。


かすみ「サニーゴ、戻って!」


ボールを投げて、サニーゴを戻してあげる。


かすみ「ありがとう、サニーゴ……“じばく”なんてさせて、ごめんね」


これしかなかったとは言え、最初から“じばく”特攻をさせるのはさすがに心が痛む。

ジム戦が終わったら、たくさん労ってあげよう。


曜「……す、すごいことするね、かすみちゃん……」

かすみ「出来れば、やりたくなかったですけど……」


まさか、にこ先輩に打開のヒントを貰うことになるとは思いませんでした……。

まあ、結果としてはうまく行きましたし……少しくらい感謝してやらなくもないですね。

──とにもかくにも、


かすみ「これで2対2……!」


お互い残りの手持ちは半分です。


曜「ホエルオーで勝ち切るつもりだったんだけどなぁ……ま、いいや! 切り替えていこー!」


曜先輩が3匹目のボールを構える。

かすみんも同じようにボールを構えて──後半戦スタートです!




790: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:23:14.07 ID:0Ok5BWPG0

    👑    👑    👑





かすみ「さぁ、行くよ、ジグザグマ!」
 「クマァ~」

曜「ラプラス! 出発進行!」
 「キュゥ~♪」


かすみんの3匹目はジグザグマ、曜先輩はラプラスです。


リナ『ラプラス のりものポケモン 高さ:2.5m 重さ:220.0kg
   人の 言葉を 理解する 高い 知能を持ち 背中に 人を
   乗せて 海を泳ぐのが 好きな ポケモン。 寒さに 強く
   氷の 海も 平気。 ご機嫌に なると 美しい 声で 歌う。』


曜「ラプラス! “うたかたのアリア”!」
 「キュ~~♪」


ラプラスが曜先輩の指示で歌を歌い始める。


しずく「わぁ~……♪ 素敵な歌声です……♪」

侑「うん……! ときめいちゃう……♪」
 「ブイ~…♪」


オーディエンスたちはどっちの味方なんでしょうか……。

確かにキレイな歌声なのはわかりますけど、これは攻撃なんです……!

その証拠に──ラプラスの周囲には水で出来たバルーンのようなものが複数浮かんでいる。


かすみ「歌で水を操る技ってことですね……!」

曜「正解!」
 「キュ~~~♪」


水のバルーンたちがジグザグマに向かって飛んでくる。


かすみ「ジグザグマ、“ミサイルばり”!!」
 「クマァッ!!!」


対抗するように、水のバルーン向かって、硬く尖った体毛を飛ばす。

薄い音の膜のようなものに包まれたバルーンは“ミサイルばり”が直撃すると、破裂して、ただの水に戻る。

対策としては正解っぽいんだけど……。


かすみ「か、数が多い……!」
 「ク、クマッ」


撃ち落としても撃ち落としても、四方八方から、バルーンが飛んでくる。


曜「声が届く範囲にいる以上、“うたかたのアリア”からは逃げられないよ!」


どうやら、音の届く範囲内の水を操作できる技らしい。


かすみ「なら……! “しんそく”!」
 「ク、マァッ!!!!」


浮島を蹴って、ジグザグマが一気に飛び出す。

襲い掛かってくるバルーンたちを掻い潜るようにして、浮島を飛び出し──ザブンッ!!

791: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:23:48.22 ID:0Ok5BWPG0

曜「!? 自分から海に……!?」

かすみ「海の中なら、音は響いてきませんよ!」

曜「なるほどね……でも、みずタイプ相手に潜るとはね! ラプラス、行くよ!」
 「キュゥッ!!!」


曜先輩はラプラスに掴まって、海に潜っていく。


かすみ「あー……これ、いいのかな?」


かすみん、すでにジグザグマに指示してる技があるんですけど……。

ま、まあ、わざとじゃないし大丈夫だよね! ちょっとビリっとしますけど!

直後──海中から、バチバチと放電が発生する。

そして、それと同時に──ザバッと音を立てながら、


曜「げ、げほっげほっ……!! び、びりっときたぁ……!!」
 「キ、キュゥゥ…」


ジグザグマの“10まんボルト”に痺れて顔を出す曜先輩とラプラス。

水は電気を良く通しますからね。一緒に潜ったら、曜先輩もビリビリです。


かすみ「曜先輩、大丈夫ですか……?」

曜「う、うん、平気……」

かすみ「まだまだビリビリしちゃいますから、もう潜らないでくださいね!」


ジグザグマは、相手が倒れるまで“10まんボルト”をするはずですからね!

そんなことを考えている間にも、バチバチと海上の表面を火花が放電する。

ただ──ラプラスはなぜか平気な顔をしていた。


かすみ「あ、あれ……?」

曜「ふっふっふ、かすみちゃん、水は電気を通すのにって思ってるでしょ? でも、ラプラスはもう水の中にいないよ!」

かすみ「はい?」


いや、どう考えても水面に浮かんでいるようにしか──と、思ってら、ラプラスの真下は、


かすみ「!? こ、凍ってる!?」


分厚い氷になっていた。

というか、気付けば、


かすみ「へ……へ……へくしっ……! さ、寒い……!」


春の暖かい陽気が嘘のように、どんどん肌寒くなっていく。


曜「“ぜったいれいど”!!」
 「キュゥ~~♪」


直後、ラプラスを中心として、海が一気に氷漬けになる。


かすみ「わぁーーー!!!? な、なにしてくれてるんですかぁ!!?」


かすみんは大慌てで、氷の上を走り出す。

分厚い氷を上から覗き込むと──足元の氷の中で、戦闘不能になって動けなくなっているジグザグマの姿があった。

792: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:24:21.17 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「じ、ジグザグマぁー!!!」

曜「確かに海は電気を通しやすいけど……冷気も伝わりやすいからね」

かすみ「そ、それより、助けてあげてくださいぃ!!」

曜「了解! ラプラス、“つのドリル”!」
 「キュゥ♪」


ラプラスが頭の角で、氷を砕き──ジグザグマのいるところまでボールが届くように穴を空けてくれる。


かすみ「ジグザグマ、戻って……!」


穴からボールに戻して、一安心。

でも……。


曜「さぁ、かすみちゃん。最後のポケモンになっちゃったね」


そうです。かすみん、次が最後のポケモンです……。

追い詰められたけど……。


かすみ「かすみん、まだ全然諦めてませんよ……!」

曜「お、いいね! かすみちゃんのそういうところ、私好きだなぁ♪」

かすみ「毎回頼ってばっかりだけど……今回も頼みますよ! かすみんのエース!」
 「──ジュプトォッ!!!」


最後のポケモンはもちろん、ジュプトル……!


かすみ「行くよジュプトル!!」
 「ジュプトッ!!!!」


ジュプトルは浮島を蹴って飛び出し──氷の上を駆ける。

ジグザグマはやられちゃったけど……結果として、ジュプトルの走り回るフィールドを増やしてくれました……!


曜「“フリーズドライ”!!」


迫るジュプトルに向かって、ラプラスは自分の周囲に冷気を発してくる。


かすみ「当たりませんよ!」
 「プトォルッ!!!」


ジュプトルは、氷の床を踏み切って、跳躍する。

地表の上を放射状に伝わる冷気攻撃。一見すると範囲の広い攻撃ですけど──ジュプトルは縦の動きにも強いんです!

冷気の届かない上空から、腕の刃を振りかぶる。


かすみ「“リーフブレード”!!」
 「プトォルッ!!!!」


縦に薙いだ刃をラプラスに直撃──させたつもりだったけど、


かすみ「んなっ!?」


気付けばラプラスの口には、大きな氷の結晶が咥えられていて、それを使ってジュプトルの攻撃を受け止めていた。


曜「“こおりのつぶて”には、こういう使い方もあるんだよ!」
 「キュウッ!!!」

793: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:24:57.80 ID:0Ok5BWPG0

そのまま、ラプラスは首を振って、刃を交えていたジュプトルを追い払う。

どうやら、大きく結晶化させた“こおりのつぶて”でジュプトルの攻撃を受け止めたらしい。

そして、その流れのまま、


 「キュウッ!!!」


“こおりのつぶて”をジュプトルに向かって投擲してくる。

もちろん、本来の先制技のような奇襲性は失われているため、


 「プトォル!!!!」


ジュプトルは、冷静に飛んできた氷の結晶を斬り裂いて対処する。


曜「“うたかたのアリア”!」
 「キュゥ~~~♪」


再び、“うたかたのアリア”で周囲に水のバルーンが浮き上がり──ジュプトルに向かって襲い掛かってきた。


かすみ「迎え撃つよ!!」
 「プトォルッ!!!!」


だけど、かすみん怯みません!

周囲が凍っている分、さっきよりも攻撃の物量が少ない。

それにジュプトルなら──絶対に捌ききってくれるという信頼があった。

──次々に、飛び掛かってくるバルーンを斬り裂きながら立ち回る。


曜「いつまで持ちこたえられるかな……!」
 「キュ~~♪」


ただ、曜先輩とラプラスの攻撃も止まない。

斬り裂いても斬り裂いても、新しいバルーンが飛んでくる。

周りは海だから、無限に燃料があるような状態。

一度に出せる量が減っているんだとしても、確かにこのままじゃジリ貧……そんなことはかすみんもわかってます。


かすみ「だから、手はもう打ってます!!」

曜「ここから、どうする気かな!」


そのとき、ふいに風が吹いた。

海風にさらわれて──フィールドの上を草が舞っていた。


曜「……え、草……?」


曜先輩が目を丸くする。

そりゃそうですよね──ここは海のど真ん中!

草が舞うなんておかしいですもんね!!


曜「……!?」


そして、曜先輩はやっと気付く──自分たちの足元が生い茂る草に覆われていることに……!

794: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:25:31.20 ID:0Ok5BWPG0

曜「まさか、これ……“グラスフィールド”!!?」

かすみ「そのとおりです!! 技を捌きながら、フィールドを展開してたんですよ!!」
 「プトォルッ!!!!」


力強い緑のフィールドは、浮島だけでなく、ラプラスの作った分厚い氷の上にも緑の絨毯を広げ──ラプラスまで繋がる道を作り出していた。

そして、この緑の絨毯の上でだけ使える──最速の一撃がある。


曜「ま、まずい……!! ラプラス、一旦海に逃げ──」

かすみ「遅いです!! “グラススライダー”!!」
 「──プトォルッ!!!!」


── 一瞬だった。

気付いたときには、草の絨毯をラプラスの背後まで滑り抜け、刃で袈裟薙ぎに一閃していた。


 「キ、キュゥ…」


そして、ワンテンポ遅れて、斬り裂かれたことに気付いたかのように、ラプラスが崩れ落ちた。


侑「すっごーーーい!! 何今の!? すっごいかっこよかった!! ときめいちゃう!!」

しずく「今のは“グラススライダー”ですね。“グラスフィールド”上だと、高速の一撃になる技です」


うんうん。オーディエンスたちも魅了する、ちょーかっこいい、かすみんのエースの一撃が決まりましたね!

かすみんも会心の結果に思わず腕組みして頷いていると──


 「プトォ──」


ジュプトルが光り輝きだした。


かすみ「!? ま、まさかこれって……!!」

曜「進化の光……」


ラプラスを倒して──経験値を得たジュプトルが、新たな姿に……!


 「──ジュ、カイィィンッ!!!!」

かすみ「ジュプトルが進化……! 進化しました~!!」


思わず、新しい名前を確認するために、図鑑を開く。

 『ジュカイン みつりんポケモン 高さ:1.7m 重さ:52.2kg
  腕に 生えた 葉っぱは 大木も すっぱり 切り倒す 切れ味。
  密林の 戦いでは 無敵。 背中の タネには 樹木を 元気にする
  栄養が 沢山 詰まっていると いわれ 森の 木を 大事に 育てる。』


かすみ「ジュカインって言うんだね……!」
 「ジュカィンッ!!!」


凛々しくなって……キモリからこうして成長してきたことを考えると、なんだか目頭が熱くなってきちゃいます……。


かすみ「さぁ、曜先輩! 最後のポケモンを出してください! かすみんとジュカインがスパッとやっつけちゃいますから!!」
 「ジュカィンッ!!!」

曜「ふふ、言うねかすみちゃん! 私も最後はエースポケモン。負ける気なんてないよ!」


曜先輩がそう言いながら繰り出した最後のポケモンは──

795: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:26:08.56 ID:0Ok5BWPG0

 「ガメーーー!!!!」
曜「さぁ、カメックス!! 全速前進だよ!!」

かすみ「カメックス……!」


ゼニガメの最終進化系ですね……!

 『カメックス こうらポケモン 高さ:1.6m 重さ:85.5kg
  甲羅の 噴射口の ねらいは 正確。 水の 弾丸を 50メートル
  離れた 空き缶に 命中させる ことが できる。 噴き出す
  水流は 分厚い 鉄板も 一発で 貫く 破壊力が ある。』


曜「さぁ、行くよ、かすみちゃん!!」
 「ガメェェェ!!!!!」

かすみ「望むところです!!」
 「ジュカインッ!!!!」


最終戦の火蓋が切って落とされる。

とはいえ、すでに周囲は“グラスフィールド”が生い茂っている、ジュカインにとって有利な状況……!

この勝負貰いました……!

と、思った矢先、


曜「まずは氷を溶かすよ!! “ねっとう”!!」
 「ガメェーー!!!!」


カメックスは背中のロケット砲から“ねっとう”を出して、周囲の氷を溶かし始める。


かすみ「わー!? 何やってるんですかぁ!?」


土台の氷が溶かされれば、もちろんその上に展開されていた“グラスフィールド”も消えるわけで……。

──とりあえず、ジュカインは“ねっとう”を浴びないようにかすみんの目の前まで戻ってきたけど……。

すっかり、周囲の氷は溶かされつくして、浮島上に“グラスフィールド”が展開されている以外は、最初の状態に戻ってしまった。

そして、そんな中、


 「ガメッ!!!」


カメックスは中央の浮島を陣取ってくる。

中央から狙いを定めて──


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガメェーーーーッ!!!!」


水砲で攻撃してくる。


かすみ「ジュカイン! “リーフブレード”!!」
 「ジュカイッ!!!!」


ジュカインは、真っ向から飛んでくる水の塊を、腕の刃で斬り裂く。

縦に一閃した、斬撃により斬り裂かれた水砲は、左右にわかれて後ろに海面に着弾する。

それと同時に背後で2つの水柱が上がる。


かすみ「ひ、ひぇぇ……す、すごい威力じゃないですかぁ……」


思わず、直撃したときのことを考えてヒヤッとしたけど──逆に言うなら、進化して新しい力を得たジュカインなら、あの威力でも斬り裂けるということ……!


かすみ「この勝負……本当に貰いましたよ……!」

796: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:26:42.57 ID:0Ok5BWPG0

勝ちを確信したそのとき、


曜「なるほどね……。じゃあ、こっちも本当に切り札、使わせてもらうよ……!」


そう言って、曜先輩はシャツの中から、イカリを模したようなネックレスを取り出した。

その中央には──キラリと光る珠が嵌め込まれていた。


かすみ「!? あ、あれってまさか……!?」

曜「カメックス──メガシンカ!!」
 「ガメェーーー!!!!!」


カメックスが眩い光に包まれる。

そしてその光の中から──


 「ガーーメェッ!!!!!」


両腕に2本のアームキャノン、そして背中に一際大きなキャノン砲を背負った姿で現れる。


かすみ「め、めめめ、メガシンカを使うなんて聞いてないですよぉー!!?」


完全に予想外の展開に動揺が声に出てしまう。


しずく「かすみさーん! 5人目のジムリーダーからは、メガシンカの使用が許可されてるんだよー!!」

かすみ「だからそういうのは先に言ってってば!?」

曜「さぁ、行くよ! カメックス!!」
 「ガーーーメッ!!!!」


曜先輩の掛け声と共に、メガカメックスの3門の砲全てがこちらを向く。


かすみ「や、やばっ!!」

曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガーーーメェッ!!!!!」


指示と同時に、3つの水の塊がかすみんたちに向かって猛スピードで飛んでくる。

受ける前から、直感でわかった。この攻撃は防ぎきれない。


かすみ「ジュカインッ!! “みきり”!!」
 「カインッ!!!!」


背後に向かって、飛び退くジュカイン。だけど、メガカメックスの攻撃力はかすみんの予想を遥かに超えていて──

着弾と共に、爆発に近い衝撃と共に──浮島ごと吹き飛ばされた。


かすみ「っ……!!」

797: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:27:19.05 ID:0Ok5BWPG0

悲鳴をあげる暇もなく、ジュカインもろとも海に投げ出される。

視界が真っ青な海に包まれ、周囲にはかすみんたちが落ちた衝撃で、大量の泡が舞っていた。

かすみんは咄嗟に、ジュカインを探して周囲を見回す。

水の中のせいで、見えづらいけど……ジュカインは思いのほか近くにいた。

どうやら幸いなことに、同じ方向に飛ばされてきていたようだ。

少しだけホッとする。かすみんは、そのうちマンタインが助けに来てくれるけど、ジュカインは場所がわからなければ、狙い撃ちにされちゃうし……。

いや、その心配は居場所がわかったところでそんなに変わっていない。

どうする……。考えている時間はそんなにない。すぐに決断しないと──

普通のカメックスの攻撃だったら、斬り裂けたけど……メガカメックスの攻撃は“リーフブレード”じゃ、斬り裂けない。

じゃあ、どうやって攻略する……。

どうにか、策を巡らせるけど──あまりに相手のパワーが大きすぎる。

思わず水中で天を仰いでしまう。

天を仰ぐといっても……ここは海の中だから、海面が見えるだけなんだけど……。

見上げた海面からは──太陽の光が差し込んできていた。

幻想的な風景だった。

真っ青な世界の中に差し込む──太陽の、光……。

……太陽の光。

そうだ、“リーフブレード”で足りないなら、もっと強い刃を用意するしかない。

──“ソーラーブレード”。

ジュカインの切り札と言ってもいい、最終奥義。

かすみんは泳いで、ジュカインの肩に掴まる。


かすみ「──」
 「──」


水の中、お互い声は出せないけど、目を見つめ合って、気持ちを交わし合う。

ジュカインはコクリと頷き、陽光の下へと泳ぎ、ソーラーエネルギーのチャージを始める。

恐らく──チャンスは1回。

斬り裂ければ勝ち。出来なければ負けだ。

チャージをしながら──ジュカインは自分の足元に“タネばくだん”をいくつか漂わせる。

“タネばくだん”によるロケットスタート──準備は万端……行きますよ……!





    💧    💧    💧





しずく「かすみさん……」


メガシンカの圧倒的なパワーを前に、かすみさんたちは海に放り出されてしまった。

ただ、私たちはあくまでオーディエンス。見守るしか出来ない。


曜「やば……威力強すぎて、浮島ごと吹っ飛ばしちゃった……」
 「ガメェッ!!!」

曜「ま、いいや! カメックス!」
 「ガメッ!!!」

798: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:28:00.18 ID:0Ok5BWPG0

曜さんがカメックスの名を呼ぶと、カメックスは前傾姿勢になって、砲を海面に向ける。


曜「水の中でも関係ない……! 全部吹っ飛ばす!!」


さらなる追撃の姿勢を取る。


しずく「かすみさん……!」


私は思わず両手を合わせて祈ってしまう。どうにかかすみさんに逆転の一手を……!


侑「しずくちゃん、大丈夫」

しずく「侑先輩……」

侑「かすみちゃんを信じよう」

しずく「……はい」


私は息を整えてから──かすみさんに届くように、


しずく「かすみさーん!! 頑張ってー!!」


海に向かって叫んでみる。

どうか……かすみさん……!

その声に応えるかのように──急に海面が盛り上がり、ザパッと音を立てながら、ジュカインの背中にしがみついたまま、かすみさんが飛び出してきた。


しずく「かすみさん……!!」


ジュカインはその腕に、光を蓄えて……!!





    👑    👑    👑





かすみ「行くよ!! ジュカインッ!!」
 「ジュカイッ!!!!」

曜「飛び出してきた!! カメックス!! 照準を上空に!!」
 「ガメェッ!!!!」


3門のキャノン砲に集束された、みずのエネルギーが今まさに、こちらに向かって撃ち出されようとしているところだった。

それに対抗するように、ジュカインが右腕を振り上げる。


かすみ「曜先輩!! カメックス!! 勝負です!!」


小細工なしの最後の戦い……!!


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガーーーーメェッ!!!!!!!!!」


3門から同時に発射され、集束して襲い掛かる水砲。


かすみ「“ソーラーブレード”!!」
 「ジュカーーインッ!!!!!」

799: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:28:35.28 ID:0Ok5BWPG0

振り下ろされる、陽光剣が──水塊にぶつかる。

みずタイプのエネルギーと太陽のエネルギーがぶつかり合う。


かすみ「いっけぇぇぇぇぇ!!!」
 「カーーーイーーーンッ!!!!!!」


太陽の熱が、重く分厚い水の砲弾を、斬り裂いていく。


かすみ「ああああああっ!!!!」
 「ジュカァァァァイッ!!!!!!」


大きく眩く伸びた光剣が──水塊を真っ二つに切り裂いた。


かすみ「やったっ……!!」


割れた水塊の先には──カメックス。


 「ガメーーッ!!!!」


今まさに、目の前に降り立とうとするジュカインに対して──カメックスはガパッと口を開けた。


曜「カメックスは──口からも水を出せるよ」


最後の最後で、曜先輩が隠し持っていた──まさかの4門目。

今しがた使ったジュカインの“ソーラーブレード”は……強力な水塊と相殺しきって、もう輝きを失っていた。


 「ガーーーメェッ!!!!!」


カメックスの口から放たれる──“ハイドロポンプ”が自由落下中のかすみんたちに向かって飛んでくる。

もう、太陽の剣は消えてしまった。

──……右腕のは……!


かすみ「“ソーラーブレード”ォ!!!!!」
 「カィィィィンッ!!!!!!!」


ジュカインは左腕に宿した太陽の光を──振り下ろした。


曜「!!」


カメックスの最後の“ハイドロポンプ”を斬り裂きながら──ジュカインは中央の浮島に、ダンッ!! と音を立てながら着地した。


かすみ「はぁ……はぁ……っ……!!」


左腕の陽光剣で──カメックスを縦に一閃しながら。

フィールドが静寂に包まれる。


かすみ「……カメックスに口があるなら……ジュカインにも両腕があるんですよ……!!」

 「ガ…メ…」


カメックスが目の前で、崩れ落ちた。


かすみ「ぜぇ……はぁ…………これが……かすみんたちの……実力です……!!」
 「ジュカィィィンッ!!!!!」

曜「……は、はははっ!! かすみちゃん、すごい!! まさか、メガカメックスが真正面から負けるなんて、思ってなかったや!!」

800: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:29:10.54 ID:0Ok5BWPG0

曜先輩は負けたのに、心底嬉しそうに笑っていました。

かすみんはもうくたくただったし、安心で気が抜けたのもあって、中央の浮島でへたり込んでしまう。

そんなかすみんの背中に、


しずく「──かすみさんっ!」


いつの間にやら、マンタインでこっちまで来ていたしず子が抱き着いてくる。


かすみ「わとと……」

しずく「かすみさん、お疲れ様……」

かすみ「ふふん……かすみん、すごいかったでしょ?」

しずく「うん、すごかったよ……!」

侑「かすみちゃん本当に良い試合だった……! 最後の攻防、本当に……胸がときめいちゃった……」

かすみ「あはは……全く侑先輩ったら……今日何度ときめけば気が済むんですか~……」

侑「それくらい、すごい試合だったんだもん! ね、リナちゃん!」

リナ『うん! 感動した!』 ||,,> ◡ <,,||

かすみ「それは……何よりです……」


オーディエンスも魅了出来たということで……かすみん、今日はオールオッケーって感じですね……。めちゃくちゃ疲れましたけど……。


曜「──かすみちゃん」


前方からの声に顔を上げると、曜先輩が中央の浮島まで、移動してきていた。

……というか、ずぶ濡れなんですけどこの人。……ここまで、泳いで来たみたい。

曜先輩は濡れる髪をかき上げながら、私の目の前で片膝を折って、身を屈める。


曜「私の完敗! かすみちゃんの諦めない心、立ち向かう勇気、仲間たちへの信頼、そして……その強さを認めて──この“アンカーバッジ”を贈るよ。受け取って!」


曜先輩がかすみんの手に小さなバッジを手渡してくれる。


かすみ「えへへ……♪ “アンカーバッジ”ゲットです……♪」
 「ジュカィィーンッ!!!!」


こうして、激闘の末──かすみんは5つ目のジムに無事、勝利したのでした。





    👑    👑    👑





──ジム戦を終えて、サニータウンに戻ってくると……。

──pipipipipipi!!! と図鑑が鳴り始める。図鑑の共鳴音です。

ということは……。


歩夢「おーい……! みんなー!」


浜辺に着くとほぼ同時に、歩夢先輩が手を振りながら駆け寄ってくるところだった。

801: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:29:55.06 ID:0Ok5BWPG0

侑「歩夢! よかった、ちゃんとたどり着けたんだね」
 「ブィブィ♪」

歩夢「うん。遅くなっちゃったけど……」

かすみ「全くですよぉ……かすみんの大活躍、見逃しちゃったんですからね」

歩夢「ご、ごめんね、かすみちゃん……。でも、大活躍したってことは……!」

かすみ「はい、このとおりです!」


かすみんは歩夢先輩に今しがた貰った“アンカーバッジ”を見せつける。


歩夢「おめでとう、かすみちゃん♪」

かすみ「ありがとうございます!」

しずく「今日のかすみさん、本当に頑張ったよね♪」

かすみ「でしょでしょ! 今日のかすみんは主役だよね!」

しずく「ふふ、そうだね♪」


珍しくしず子も素直に褒めてくれて気分がいいですね♪


曜「みんな、この後はどうするの? もう日も暮れ始めてるけど……」


曜先輩がそう訊ねてくる。

確かにもうサニータウンの空は夕暮れに包まれている。


かすみ「家に着く前に日が暮れちゃいそうですね……」

しずく「それなら、今日は私の家に泊まらない?」

かすみ「え、いいの?」

しずく「もちろんだよ! 侑先輩と歩夢さんもどうでしょうか?」

歩夢「迷惑じゃないなら、行きたい!」

侑「私も!」
 「イブィ♪」

リナ『全員合意、レッツゴー♪』 ||,,> ◡ <,,||

かすみ「それじゃ、ちゃちゃっと移動しちゃいましょう~」


かすみんもうくたくたですからね……。


かすみ「曜先輩、今日は本当にありがとうございました!」

曜「こちらこそ、楽しいバトルだったよ! ジム戦とか抜きに、またバトルしたくなっちゃった!」

かすみ「えへへ、是非また今度戦いましょう! それじゃ、今日はこの辺で……」

曜「うん! みんな、気を付けて帰るんだよ!」

かすみ・しずく・侑・歩夢「「「「はーい!」」」」


4人揃って、しず子の家に向かって歩き出す。


しずく「……あ。歩夢さん。その髪飾り、どうしたんですか? 昨日はしてませんでしたよね?」

歩夢「あ、えっと……これは、侑ちゃんから貰ったの……えへへ」

侑「んっん……///」


侑先輩はわざとらしく、咳払いをして、


侑「それより、かすみちゃん! さっきのバトルの感想語ってもいいかな!」

802: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:30:27.55 ID:0Ok5BWPG0

かすみんの方に話を振ってくる。


かすみ「もう~仕方ないですね~! いくらでも聞いちゃいますよ~!」


歩夢先輩に対する照れ隠しなのはバレバレですけど、かすみんを褒めてくれるならオールオッケーです!


しずく「可愛らしいお花の髪飾りですね……素敵です」

歩夢「侑ちゃんが、私のこと大切に想ってるって……そんな気持ちを込めて贈ってくれたの……えへへ」

しずく「それは、大切にしないといけませんね」

歩夢「うん♪」


侑「え、えっとぉ……/// き、今日の試合、まずヤブクロンVSタマンタの話からなんだけど……!」


照れを隠しながら、必死にかすみんの試合の感想を言う侑先輩はちょっと可愛かったです。

そんなサニータウンの夕暮れ時。かすみんたちは、楽しくおしゃべりをしながら、しず子のお家へ向かうのでした。




803: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/07(水) 12:31:13.81 ID:0Ok5BWPG0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【サニータウン】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.●‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.39 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.35 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.36 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.32 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.32 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.29 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.22 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.29 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.29 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.42 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.41 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.38 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.32 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:4匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.40 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.37 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.30 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.20 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹


 かすみと しずくと 侑と 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.




804: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 01:57:03.51 ID:S2FBcmzU0

 ■Intermission👏



──コメコシティ・DiverDiva拠点


果林「……姫乃ったら、とんでもない爆弾を見つけて来たみたいね」


カリンは数日前に姫乃から預かっていたデータを見ながら、そう漏らす。


愛「ホントにね。で、どうすんの?」

果林「利用しない手はないでしょ」

愛「ま、カリンならそう言うと思ってたけどね」


アタシはカリンに向かって、小さなフラッシュメモリを投げ渡す。


果林「……これは?」

愛「直近のマッキーのスケジュール」

果林「よくこんなもの手に入れられたわね……?」

愛「あっちこっちクラッキングして、やっとこさ入手した。セキュリティが厳重で足が付かないようにやるには結構苦労したよ……」

果林「ふふ、さすが愛ね」


果林は不適に笑いながら、メモリ内のデータを閲覧し始める。


愛「ホントギリギリになっちゃうけど、明後日……マッキーはいくつかの会社と、合同でビジネス発表会の会議があるはずだし、もしかしたらワンチャンそこに──菜々って子も現れるかもしんないよ」

果林「なるほど……。ただ……秘書を確実に同席させるなら、先方にスケジュール交渉をするように仕向けた方が……。時間がないわ……今すぐ、策を考えましょう」


カリンは拠点に戻ってきたところだと言うのに、次のミッションのために作戦を練り始める。

相変わらずストイックだ。まあ、カリンのそういうところは嫌いじゃないけど。

私もなんか手伝おうかと考えていると──拠点内をふよふよと漂っていた小さなポケモンが私の傍に近寄ってきた。


 「ベベノー♪」
愛「おおー、急にどうした?」

 「ベベノ、ベベノ♪」
愛「愛さんにかまって欲しいのか~? 甘えんぼさんめ~♪」


抱きしめて、撫でてあげると、相棒は嬉しそうに鳴き声をあげる。


果林「……仕事しないなら、外行ってくれる?」

愛「あーはいはい、手伝う手伝う。また後で遊んであげるから、待っててね」
 「ベベノ」


全く、このストイックさに付き合っていたら、パートナーと遊ぶ暇もないんだから。

アタシは肩を竦めながら、カリンとの作戦会議に興じるのだった。


………………
…………
……
👏


805: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:24:08.45 ID:S2FBcmzU0

■Chapter041 『最初で最後のポケモン図鑑』 【SIDE Yu】





──かすみちゃんのジム戦も無事終わり……私たちはその翌日、約束どおりツシマ研究所を訪れていた。


侑「こんにちはー!」
 「ブィ」

かすみ「ヨハ子博士~! 可愛いかすみんが来ましたよ~♪」
 「ガゥガゥ♪」


私たちが研究所に入ると──博士はモンスターボールを磨いているところだった。


善子「あら、来たわね、リトルデーモンたち」


大切そうに磨いているボールを見て──


侑「も、もしかして、そのボール……! 千歌さんのルガルガンが入ってるボールですか!?」


思わず目を輝かせて、詰め寄ってしまう。


善子「ん、あー……残念ながら、これは千歌のルガルガンのボールじゃないわ」

侑「あ……そうなんだ……」

しずく「それにしても、随分丁寧に磨かれているんですね」

かすみ「もしかして~……めっちゃ貴重なポケモンなんじゃないですかぁ~? それなら、見せてくださいよ~!」

善子「……まあ、確かに貴重なポケモンだけど……貴方たちには見せられないわ」


そう言いながら、博士はボールを引き出しにしまってしまう。

その際──その引き出しの中にちらっとだけど……赤い板状のものが見えた。

あれって……?


かすみ「えー!! ヨハ子博士のケチー!!」

歩夢「か、かすみちゃん……そんなこと言ったら博士も困っちゃうよ……」

善子「まぁ……普通のポケモンだったら見せてあげてもいいんだけどね。……この子だけはちょっと特別なのよ」

侑「特別……?」

善子「……ま、そんなことはいいの。今ルガルガンを連れてくるから、ここで待ってて」

侑「! はいっ!」

リナ『侑さん、テンション爆上がり』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「イブィ…」


──程なくして、博士が奥の部屋から、戻ってくる。

もちろん、ルガルガンと一緒に、だ。


侑「わぁ~~~!!!」


ヨハネ博士の横で、毅然とした態度で歩いてくる黄昏色のルガルガンを見て、私のボルテージは最高潮に達する。


侑「ち、千歌さんのルガルガンだぁ~!!」

 「ワォン」

侑「はぁ~~~♪ やっぱ何度見ても実物で見ると、迫力が全然違う……! さ、触ってもいいですか!?」

善子「ルガルガン、触りたいって言ってるけど?」

806: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:25:07.54 ID:S2FBcmzU0

ヨハネ博士がそう訊ねると、


 「ワォン」


ルガルガンは私の目の前で、伏せの姿勢を取る。


善子「許可が下りたみたいね」

侑「あ、ありがとうございますっ!!」


膝を折って、ルガルガンを優しく撫でてみると、柔らかい毛並みの感触が手に伝わってくる。


侑「こ、これが、あの伝説のルガルガン……私触っちゃった……! か、感激……!」

歩夢「ふふ、侑ちゃん、よかったね」

侑「うん……!」

善子「感動してるところ悪いけど……これから、この子を連れてくんだってこと忘れてないわよね? そんなテンションじゃローズまでもたないわよ……?」

侑「だ、大丈夫です! 責任持って送り届けます!」

善子「なら、いいんだけど。ルガルガン、戻りなさい」
 「ワォン──」


ヨハネ博士はルガルガンをボールに戻して──


善子「それじゃ、千歌のルガルガン……確かに渡したからね」


ボールが私に手渡される。


侑「……はい!」


ぎゅっとボールを握りしめる。千歌さんの大切なルガルガン……責任を持って送り届けなくちゃ……!


かすみ「それはそうと~……ヨハ子博士~」

善子「? 何かしら」

かすみ「かすみん、昨日ジム戦すっごい頑張ったんですよ~」

善子「そういえば、曜とジム戦をしてたんだったわね」

かすみ「ホントに激闘の末の勝利だったんですよぉ~」

善子「そう」

かすみ「……」

善子「……えっと、なに?」

かすみ「もう! せっかく、自分のところから旅立ったかすみんが頑張ったのに、労いの言葉もないんですか!」

善子「あのねぇ……私は学校の先生じゃないのよ……」

かすみ「むーー!! ヨハ子博士のケチ!! 減るもんでもないんだし、褒めてくれてもいいじゃないですか!」

善子「かすみ、貴方は応援がないと頑張れないの?」

かすみ「頑張れませんっ! かすみんは人から応援されるのがパワーの源なんですっ!」
 「ガゥガゥ」


ゾロアと同調しながら、ぷりぷりと文句を言うかすみちゃん。

そんなかすみちゃんを見てヨハネ博士が溜め息を吐く。


善子「はぁ……先が思いやられるわ……」

 「──こら、善子ちゃん! そんな風に言っちゃダメでしょ!」

807: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:26:29.88 ID:S2FBcmzU0

急に私たちの背後から、聞き覚えのある声が響く。

振り返ると、そこにいたのは、ちょうど昨日も会った──


侑「曜さん!」

曜「ふふ、みんな、昨日振り!」

かすみ「曜せんぱ~い……! ヨハ子博士がいじめますぅ~……! かすみん、いっぱい頑張ったのに、ちっとも褒めてくれなくて~……!」

曜「うんうん、酷い博士だよね~……」

善子「曜……何しに来たのよ。あと、ヨハネって呼びなさい」

曜「えっと、昨日のバトルで水上フィールドが壊れちゃって……ちょっと耐久の見直しが必要だと思って、家まで設計資料を取りにセキレイに戻ってきたところだったんだけど……。ちょうど、研究所の前を通りかかったら、みんなの声が聞こえたからさ」

善子「それで、わざわざ寄ったってことね……」

曜「それより、善子ちゃん! 大切な図鑑所有者たちに、そんな冷たくしたらダメでしょ!」

かすみ「そうですそうです!」
 「ガゥガゥ!!」

曜「そんな風に、冷たく接してると……もう嫌だーって辞めちゃうかもしれないよ!」

かすみ「そうですそうで……え、いや、それはかすみんも困るんですけど……」
 「ガゥ?」


曜さんがヨハネ博士を窘める。私はてっきり、いつもみたいに軽くあしらうんだと思っていたんだけど……。


善子「……わ、悪かったわ……ごめんなさい……」


ヨハネ博士は気まずそうに、頭を下げる。


かすみ「あ、あれ……意外と素直に謝ってきましたね……」

曜「もう……善子ちゃん、本当は自分のもとから旅立った子たちが活躍してて嬉しい癖に、なんで素直に褒めてあげられないのかな」

善子「う……/// うっさいわね……余計なお世話よ……」


曜さんの言葉に、ヨハネ博士はプイっと顔を背ける。


曜「ごめんね、みんな……。善子ちゃん、前に失敗してるのもあって、君たちとの距離感を掴み損ねてるみたいでさ……」

しずく「失敗……?」

善子「あ、ちょっと、曜……! 余計なこと……!」

曜「やっぱりまだ言ってなかったんだね……」

善子「…………」

曜「善子ちゃん、そろそろ……この子たちには話してあげてもいいんじゃない?」

侑「……?」


一体、何の話だろう……?


善子「…………」

曜「善子ちゃんが、この子たちにどういう期待をしてて、どんな気持ちで旅に送り出したのか。その願いと想い……伝えてもいいんじゃないかな」

善子「でも、そんなの……私のエゴよ」


ヨハネ博士は困ったような表情をして言うけど、

808: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:27:15.89 ID:S2FBcmzU0

しずく「あ、あの……もし、ヨハネ博士に何か特別な想いがあるのでしたら……私は、聞きたいです」

善子「しずく……」

歩夢「き、期待に応えられるかはわからないですけど……私も、ヨハネ博士が何か考えてるなら……ちゃんと知りたいです」

善子「歩夢……」

かすみ「もう、ヨハ子博士、この期に及んで何を隠すことがあるんですか! 気になることがあるなら、このかすみんに話してくださいよ~!」

善子「かすみ……あんたはなんか腹立つわね」

かすみ「なんでですかっ!?」


ヨハネ博士が選んだ3人からの言葉。


侑「あの、ヨハネ博士……私は博士に選んでもらったトレーナーじゃないですけど……みんなヨハネ博士のこと尊敬してるし、感謝してます! もし、何か気になることがあるなら、力になりたいです……!」

善子「侑……」


ヨハネ博士は少し悩む素振りを見せる。


善子「……もう、曜が余計なこと言うからよ……」

曜「こうしてあげないと、どこかの誰かさんはいつまでも抱え込むからね」

善子「……はぁ……わかったわよ」


ヨハネ博士は観念したように、溜め息を吐きながら──先ほど磨いていたボールをしまった引き出しを開けて、中から赤い板状の物を取り出した。


侑「あ、それ……」


さっきちらっと見たのと同じ物──


侑「ポケモン……図鑑……」

善子「……そうよ」


それは、真っ赤なポケモン図鑑だった。


かすみ「え、どういうことですか? 実はさらにもう1個ポケモン図鑑があったってこと?」

善子「……ええ。どの図鑑ともペアリングされてない。たった1つだけ……残された図鑑」

かすみ「ええ? なら、なんで侑先輩にはそれじゃなくて、リナ子を渡したんですか? リナ子はたまたま知り合いに頼まれて渡された~みたいなこと言ってませんでしたっけ?」

善子「この図鑑を渡す相手は……もう決まってるの。ずっと……ずっと前から……」

侑「それって、どういう……」

善子「今から話すのは……2年前の話。私がこの研究所を持つ前のことよ──」


ヨハネ博士はそう切り出して──過去のことを話し始めた。




809: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:27:59.70 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈

──────
────
──




──2年前。


善子「やっと……やっと、手に入れた……!!」


私は現在建設中の研究所の前で、小躍りしたくなるくらい嬉しかった。

私の手元に届いたのは──真っ赤な旧式のポケモン図鑑。

旧式と言っても、それはガワだけで、中身は最新のモノだ。

本当は外身も最新型の物が欲しかったんだけど……いかんせん、博士の地位を得たばかりで……しかも、自分の研究所も建設中の私にそんなツテがあるはずはなかった。

どうにかこうにか、方々に頭を下げ、あちこちを自分の足で回り、やっとの思いで手に入れることが出来たのが、この旧式のポケモン図鑑だったというわけだ。

そして、図鑑と同時に──わざわざ遠い地方まで探しに行って手に入れた、最初のポケモン。

これで……これでやっと……!


善子「私も博士として……新人トレーナーを送り出せるのね……!」


私の研究のテーマは人とポケモンとの関わり合いの文化だ。

もちろん、自分の足で、目で、それを調べることは重要だし、自分自身で出来ることはたくさんあるけど……。

それ以上に、ポケモンと共に旅に出て、共に成長していくトレーナーから得られる情報が必要だと考えていた。

それに、何より……過去に古巣の師が私たちを送り出してくれたように、博士として、新しいトレーナーを送り出せる人間になりたかった。

マリーには口が裂けても言えないけど……私にとって、あの人は憧れだ。

ケンカしてばっかりだけど、いつかマリーみたいな研究者になって、追い付くんだって、そう思っていた。

これはその第一歩なんだ……!


善子「早速トレーナーを……! 旅立ちを待ってるトレーナーを探さないと……!!」





    😈    😈    😈





善子「…………」

曜「善子ちゃん、元気出しなよ」


項垂れる私に、カフェの向かいの席から、曜が言葉を掛けてくる。


善子「だって……全然……見つからないし……」

曜「まあ、鞠莉さんも新人トレーナー探しには苦戦してたもんね……」

善子「でも、ここセキレイよ!? ウラノホシとは違うのよ!?」

曜「そんなこと私に言われても……」


セキレイになら、明日にでも旅に出たくてうずうずしている子供がわんさかいると思っていたのに……まさかのマッチする子が誰も見つからない状態だった。

810: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:29:34.81 ID:S2FBcmzU0

善子「やっぱり私……不幸な堕天使なのね……」

曜「うーん……図鑑と最初のポケモンが1組しかないからかなぁ……」

善子「たぶんね……」


図鑑を貰って旅に出るとき、ポケモン図鑑と最初のポケモンは3組あるのが普通だ。

でも、私の手元にあるのは1組のみ……。


善子「やっぱり、最初のポケモンを選べないってのが、よくないのかしら……」

曜「まあ、一番最初の楽しみみたいなところあるもんね……」

善子「そうよね……」


今から、あと2組手に入れる……? いや、それこそ無理よ……。1組揃えるだけで、どれだけ大変だったか……。


曜「鞠莉さんに相談してみたら?」

善子「それは絶対嫌」

曜「はぁ……意地張らずにお願いすればいいのに……」

善子「絶対嫌よ……」


半ば強引に飛び出してきて独立したのに、なんやかんやあって、研究所を建てる際にも……頼んでもいないのにマリーが半ば強引に話を付けて研究所設立のお金を貸してくれたりして……。

そのお陰でどうにか自分の研究所を建てることが出来たようなものだったし……。

結局、私はあの人の世話になってばかりなのだ。

マリーは面倒見がいいし、お願いすれば、最初のポケモンどころか、ポケモン図鑑も工面してくれるかもしれない。

だけど……それじゃ、いつまで経っても私はマリーの腰巾着。あの人の隣になんていつまで経っても立つことが出来ない。


曜「なら……めげずに探し続けるしかないんじゃないかな」

善子「……わかってるわよ……」


机に突っ伏したまま、窓の外をちらりと見ると──まるで今のヨハネの気持ちを表したかのような、曇天に包まれていた……。

これは一雨来そうね……。





    😈    😈    😈





善子「──あーもうっ!! やっぱり降られた……!!」


ずぶ濡れになりながら、マンションの自室に駆け込む。

玄関でびしょ濡れになった靴を脱いでいると、


 「ムマァ~ジ♪」


ムウマージがタオルを持ってきてくれる。


善子「ありがとう、ムウマージ……」

811: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:30:21.63 ID:S2FBcmzU0

タオルを受け取り、雨で濡れた身体を拭きながら、家に入る。

……お風呂沸かさないとね。

部屋に入ると、既にドンカラスがくちばしで器用にお風呂の給湯器を操作しているところだった。

自分の手持ちでありながら、賢い子が多くて助かる……。


善子「みんな、ただいま」

 「カァ」「ゲコガ」「ヒュラ」「シャンディ」「ゲルル…」


ドンカラス、ゲッコウガ、ユキメノコ、シャンデラ、ブルンゲル……アブソルだけ返事がないけど……。

少し探すと、アブソルは部屋の隅の方で丸くなっていた。少し窮屈そうだ。

研究所が完成すれば、この子たちにも窮屈な思いをさせずに済むかもしれない。

もう少しの辛抱だ。


善子「とにかく今は……トレーナー探し……!」


お風呂が沸くまでの間に、パソコンを立ち上げる。

まだ研究所が建設中とはいえ、研究者の端くれ。

情報収集やメールチェックもしなくてはいけないのだ。

……知り合いがまだ少ないから、ほとんどはマリーから一方的にメールが送られてくるくらいだけど……。

──メーラーを開いて、カリカリとスクロールしながら、目を通す。


善子「スパム……多い……」


嘆息気味に目を滑らせながらスクロールしていくと──


善子「……え?」


一通のメールが目に留まった。

そこには──『新人トレーナー募集のお話について』と銘打ったメール。

開くと、そこには、こんな内容が書いてあった。


『初めまして。突然のご連絡、失礼いたします。この度、ツシマ研究所にて新人トレーナーを探されているとお伺いしました。もしよろしければ、詳しくお話を聞かせてもらえないでしょうか?』


善子「……来た」
 「ムマァ~ジ?」

善子「来た……!! 来たわ!! 新人トレーナーから連絡!!」


私はびしょ濡れで早くお風呂に入りたかったことなんてすっかり忘れて、メールに即行で返事をする。

メールに対するお礼と、こちらの詳細な連絡先、連絡可能時間、出来ればポケギアでいいので、一度直接話したい旨を送信する。

その際、送り主の名前を再度確認する。


善子「──ナカガワ・菜々……」


この子が、私が図鑑と最初のポケモンを託すことになる……最初のトレーナーなんだ……。


善子「くぅぅ……やった……やったわ……!」


思わず、拳を握りしめてしまう。それくらい嬉しかった。

まだ見ぬ、ナカガワ・菜々という少女と早く連絡が取りたい、そう思っていると──ピコンとメールの受信音。

812: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:31:21.33 ID:S2FBcmzU0

善子「嘘!? もう返事来た!?」


まさにそのナカガワ・菜々さんから返事だった。

今すぐにでも、話したいという旨と彼女の連絡先が書かれていた。

私はポケギアを引っ張り出し、すぐにその番号をプッシュした。

通話先の主は──ワンコールも掛からずに、電話に応じてくれた。


 『……も、もしもし……』


ギアの向こうから、緊張気味な少女の声が聞こえてきた。


善子「ナカガワ・菜々さんね……?」

菜々『は、はい……ツシマ・善子博士ですか……?』


咄嗟に善子じゃなくてヨハネと言いそうになったけど、今はそれよりも大事な用件だから、言葉を呑み込む。


善子「ええ……! そのとおりよ、私がツシマ・善子よ」

菜々『よかった……ちゃんと繋がって……』

善子「それで……新人トレーナー募集の話なんだけど……」

菜々『は、はい……私、ポケモンと旅……ずっとしてみたくて……偶然、博士が新人トレーナーを探してるって話を聞いて……連絡してみたんです……』

善子「そうだったのね……」


ああ、私のやってきたことは無駄じゃなかった。

思わず涙ぐみそうになる。


菜々『あ、あの……もしかして……もう旅立ちの子、決まっちゃってたりとか……』

善子「ええ、決まってるわ」

菜々『え、あ……そんな……』

善子「貴方よ」

菜々『……え?』

善子「菜々。……貴方が、私のもとから旅立つことになる新人トレーナーよ……!」

菜々『……! はい!』


これが、私と菜々のファーストコンタクトだった。




813: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:32:18.16 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈





私は菜々と何度かやり取りをして、彼女のプロフィールを教えてもらった。

ナカガワ・菜々。

歳は15歳。

住んでいるのはローズシティ。

そして、驚くことにローズの名門スクールに通っている子だった。

そのスクールは今どき珍しい座学メインで、ポケモンの授業がほとんどない学校。

ほとんどの生徒がそのままローズの大企業に就職すると聞く。

そんな学校に通うだけあって、今までポケモンに触れた経験はなし。

ただ、本人はポケモンにすごく興味があり、どうしても旅に出てみたくて、いろいろ調べているうちに、偶然私が新人トレーナーを探しているということにたどり着いたらしかった。

これから初めてポケモンと関わって、一緒に過ごして、繋がりを作っていこうとしている少女……。まさに私が探している人物像そのものだった。

運命すら感じた。


善子「──菜々は、どんなポケモントレーナーになりたい?」

菜々『すっごく強いポケモントレーナーになりたいです……! 誰にも負けない、ポケモントレーナー! 私……そんなトレーナーになれますか……?』

善子「ええ、きっとなれるわ。そういう風に言ってて、本当に強くなった友達がいるの」

菜々『本当ですか……!』


菜々との打ち合わせは順調に進んでいった。

──そして、彼女の旅立ちまであと1週間と迫ったある日のことだった。

ポケギアが鳴り響き、画面を確認すると、いつものように、菜々の番号からだった。


善子「もしもし、菜々?」

菜々『……ヨハネ……博士……っ……』

善子「……菜々?」


通話越しでも、すぐに理解できた。

菜々の声が、震えていた。


善子「どうしたの、菜々!? 何かあったの!?」

菜々『ご、ごめん……なさい……。あ、あの……お、親に……代わり、ます……』

善子「え……?」


親……?


菜々父『──初めまして、ツシマ博士でしょうか』


ポケギアの向こうから聞こえてきたのは、男性の声だった。

つまり、菜々の父親だろう。

真面目そうで、堅い……威圧感のある声。

814: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:33:14.34 ID:S2FBcmzU0

善子「は、はい……間違いありません」

菜々父『この度は、娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません』

善子「はい……? い、いえ、ご迷惑だなんて……」

菜々父『いえ、ギリギリになって、旅立ちのお断りの連絡を入れることになってしまって、申し訳ない……』

善子「……は?」


今、なんて言った……?

旅立ちを断る……?


善子「え、ち、ちょっと待ってください、どういうことですか……!?」

菜々父『今回、娘が勝手に博士に連絡を入れて、旅立ちの約束をしてしまったと伺いまして』

善子「……な……」


完全に予想外だった。

菜々は15歳という年齢でありながら受け答えもしっかりしていて、よく出来た子だったから、てっきり保護者とも話がついているんだと思い込んでいた。


菜々父『直前の連絡になってしまったことは、私たちの監督不行き届きに他なりません。本当に申し訳ない』

善子「ち、ちょっと待ってください……!」

菜々父『なんでしょうか』

善子「菜々は……菜々さんはなんと言ってるんですか……!?」


確かに親の了解を取っていなかったのはまずい。とはいえ、話が一方的すぎる。

私はずっと菜々がどれだけ旅を楽しみにしていたのか知っている。期待を、希望を、夢を、全て聞いてきた。

それなのに、二の句を継がせずに、旅に出させないという話になっているのは、あまりに急すぎる。

だけど、菜々の父親は、


菜々父『娘の意見は関係ありません』


その一言で切り捨てた。


善子「な……」

菜々父『我が家の教育方針では、ポケモンとは関わる必要はないと考えています』

善子「ポケモンと関わる必要がないって……」

菜々父『菜々はスクールでも主席。私たちもこの子の未来には期待しています。学校を卒業して、ローズの企業に就職すれば、ポケモンと関わらなくてもそこまで問題はないはずです』

善子「…………それは」


確かにローズシティにはそういう人が少なくない。

人口も多く、他の街に比べると、街中にいるポケモンは少ない方で、このオトノキ地方でも、一生涯ポケモンを持たずに暮らす人間が最も多いと言われている。

安全管理が徹底しているから、野生のポケモンに至ってはほぼゼロと言って差し支えないほどに少ないのがローズシティという街なのだ。

ポケモンを排除しようとしているのではない。人が多いからこそ、ポケモンとの住み分けをしっかりし、お互いの領域を守る。そういう理念で動いている街。


菜々父『それなのに、わざわざポケモンと旅に出るなんて、危険な真似をさせたがる親がいますか?』

善子「…………」


言葉に詰まる。

だけど、ダメだ。ここで何も言い返さなかったら──菜々の夢がここで終わってしまう。


善子「で、ですが……ローズもポケモンの力を全く借りていないわけじゃないはずです」

815: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:34:21.23 ID:S2FBcmzU0

当たり前だが、この世界でポケモンと全く無関係に生きるというのは不可能なはずだ。

程度の問題であって、ゼロではない。


善子「ポケモンのことを実際に自分の目で見て、知ることは教育の上でも重要だと私は考えていて──」

菜々父『それは貴方の考えでしょう』


ぴしゃりと返される。

……怯むな。


善子「ローズシティと言えば、この地方のモンスターボール生産の98%を占めていますよね? モンスターボール事業に関わることになれば、ポケモンの知識が重要に──」

菜々父『逆にお聞きします。この地方でポケモンによって起こる事件・事故の発生件数がどれほどのものか……博士ならご存じですよね?』

善子「それ……は……」

菜々父『並びにローズではそのような事件・事故がどれだけ少ないかも』

善子「…………」


ポケモンが街中にほとんどいないというのは裏を返せば、ポケモンによる事件や事故は格段に少ない。

そりゃそうだ。居ないのだから、起こるはずがない。


菜々父『その上でお訊ねします。娘を危険な目に遭わせたくない。だから、ポケモンと距離を置かせる。そう考える私の考えはおかしいでしょうか?』


──極端だ。そう思った。

だけど、親が子を守るための方便として、これ以上のものはなかった。


善子「……仰る通りだと思います」

菜々父『わかっていただけたなら、幸いです』

善子「いえ……」

菜々父『この度は本当に、申し訳ございませんでした』

善子「いえ……こちらこそ、確認不足でいらぬご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした……」

菜々父『とんでもないです』


思わず、下唇を噛む。

私は、こんなことが言いたいんじゃないのに。


善子「……あの」

菜々父『なんでしょうか』

善子「最後に……菜々さんとお話させてもらえませんか……」

菜々父『わかりました』


菜々のお父さんの了承の言葉のあと、


菜々『ヨハネ……博士……っ……』


菜々の声が聞こえてきた。震える、菜々の声。


善子「菜々……」

菜々『ご迷惑おかけして……申し訳……ございません……。……私には、まだ……ポケモンは……早かった……みたい、です……』

善子「……っ……!!」

816: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:35:07.92 ID:S2FBcmzU0

──頭がカッとなる感覚がした。

もちろん菜々への怒りではない。菜々の親への怒りだ。

こんな──どう考えても言わされているような言葉。

私は菜々の想いを散々聞いてきたからわかる。こんなの菜々の本心じゃない。


菜々『最初のポケモンと図鑑は……他の子にあげてください……。きっと……私が貰うより……幸せだから……』

善子「菜々……っ……私は……っ」

菜々『いっぱいお話聞いてくれて……ありがとう、ございました……』


──ツーツーツー。その言葉を最後に、通話は切れてしまった。


善子「…………何よ、これ……」


私は思わず椅子にもたれかかって、天井を仰いだ。





    😈    😈    😈





その日の深夜のことだった。

どうしても眠る気分になんてなれずに、ボーっと椅子に腰かけていると──prrrrrとポケギアが鳴った。


善子「…………深夜2時よ、何考えて──」


ぼやきながらギアの画面を見て、目を見開いた。

急いで通話に応じる。


善子「菜々……!?」

菜々『……よは、ね……はか……せ……っ……。……わた……し……っ……たびに……でたい、です……っ……』


菜々は通話の向こうで泣いていた。

悲痛な声で、親の前では言うことを許されなかった気持ちを、吐露しながら。


善子「菜々……っ……いいわ、私が許可する……!! 私の所に来たら、旅に送り出してあげるから……!!」

菜々『……たくさん……ポケモンと……っ……なかよく、なって……っ……つよい……とれー、なーに……なり、たい……です……っ……』

善子「なれるわ……っ!! 菜々なら、絶対……っ!!」

菜々『ほん、と……ですか……?』

善子「ええ!! 私が保証する!!」

菜々『でも……お父さんも、お母さんも……ゆるして、くれない……から……っ……』

善子「説得しましょう……!! いえ、ヨハネが説得してあげるわ……!! 旅が危ないって言うなら、ヨハネが貴方の旅に付いていってもいい……!! だから……!!」

菜々『………………ぐすっ……。…………ありがとう、ございます……っ……。……はかせ……っ……わたし……もうちょっとだけ……がんばります……っ……』

善子「菜々……?」

菜々『……当日……待っててください……絶対、ツシマ研究所に……行きます……から……』

善子「……ええ、待ってるわ。……菜々のこと、待ってるから……!」

菜々『……はいっ』

817: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:35:44.29 ID:S2FBcmzU0

──だけど、当日……菜々が姿を現すことはなかった。

そして、この通話が、菜々との最後の会話になった。

これ以降はメールも返事がなくなり、ポケギアも通じなくなってしまった。

そして、その数ヶ月後──


善子「……手紙……?」


研究所のポストに入った一通の手紙。宛先は書いていなかった。

封筒を開けると、中から一枚の便箋が出てくる。


──『ごめんなさい』──


とても綺麗な文字で、たった6つの文字だけが書いてある手紙だった。

その綺麗な文字を見るだけで、育ちの良さが伺える。そんな筆跡だった。

それが逆に、菜々の痛みを体現しているかのようで、私は胸が締め付けられるような気持ちになるのだった──




──
────
──────

    🎹    🎹    🎹





善子「──何度か、菜々の家を直接訪ねようと思ったこともなかったわけじゃないんだけど……。……これ以上、私が口を挟むと、余計に菜々を傷つけるんじゃないかと思って……出来なかったわ」

侑「……じゃあ、その図鑑と、モンスターボールは……」

善子「……ええ。菜々に渡すはずだったものよ」


博士はそう言いながら、ポケモン図鑑を大切そうに引き出しに戻す。


善子「これは……菜々以外が持っちゃいけない……」

侑「……」


それは重さを感じる言葉だった。


善子「そこから2年……ようやく、3組の図鑑と最初のポケモンを揃えることが出来た」

歩夢「それによって、旅立つことになったのが……」

しずく「私たち……なんですね」

善子「……そうよ」


少し、研究所の中が静かになる。


善子「……ごめんなさい。やっぱり、こんな重い話、聞きたくなかったわよね……」


ヨハネ博士は申し訳なさそうに言う。

が──


かすみ「そんなわけないじゃないですかっ!!」


かすみちゃんが、真っ先に声をあげた。

818: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:36:24.22 ID:S2FBcmzU0

善子「か、かすみ……?」

かすみ「むしろ、なんでそんな大事なこと、今の今まで黙ってたんですかっ!!」

善子「え、えっと……」

しずく「そのとおりです、ヨハネ博士」

善子「しずくまで……」

しずく「もちろん私たちは、その菜々さんにはなれません……ですが、意志を受け継ぐことくらい出来ます」

かすみ「菜々先輩の分まで、かすみんたちが立派なトレーナーになってやりますよっ!! 当り前じゃないですかっ!!」

善子「貴方たち……」


力強く、自分たちの意志を示す、かすみちゃんとしずくちゃん。


歩夢「……博士」

善子「歩夢……?」

歩夢「私……実はずっと、どうして自分が選ばれたのかわからなくて、悩んでました。だけど……この旅で、侑ちゃんと一緒にいろんな場所を巡って、いろんな人と会って、戦って、ポケモンたちと友達になって──ちょっとずつだけど、自分が旅で出た意味がわかってきた気がするんです」

善子「……」

歩夢「それに、今の話を聞いて……もっともっと、博士が選んでくれたことを誇りに思おうって、今はそう思ってます。もしどこかで……私たちの先輩──菜々さんに会ったときに恥ずかしくない私になれるように……」

善子「貴方たち……っ……」


ヨハネ博士は目頭を押さえて、顔を背ける。


曜「……ふふ。ちゃんと言ってよかったでしょ?」


曜さんがそう言いながら、博士の背中をポンと叩く。


曜「善子ちゃんが選んだこの子たちは、確実に信用出来る強さを持った、立派なトレーナーに成長していってるよ」

善子「うっさいバカ……当たり前じゃない……っ……。この子たちは、私が選んだリトルデーモンなんだから……っ」

曜「あはは、ホント素直じゃないんだから」


やれやれと言った感じで、曜さんが優しく笑う。


侑「ヨハネ博士」

善子「……侑」

侑「私は歩夢のお陰で偶然図鑑を貰っただけかもしれません……だけど、私も今の話を聞いて、博士の力になりたいって思いました。私も博士から図鑑を貰った人間として、この研究所から旅立ったトレーナーとして、一人の図鑑所有者として恥ずかしくないトレーナーを目指します!」

リナ『私、侑さんと一緒に頑張る! リナちゃんボード「ファイト、おー!」』 || > ◡ < ||

善子「侑もリナも……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」


ヨハネ博士は涙を拭いながら、お礼の言葉を返してくれる。


かすみ「そうとなったら、もたもたしてられませんね!! かすみん、菜々先輩の代わりに最強のトレーナーになっちゃいますよ!!」

しずく「目指すはローズシティだね!」

侑「残るジムは、あと3つ……!」

歩夢「セキレイから北の、オトノキ地方の残り半分……どんなポケモンに会えるかな?」

リナ『きっと、みんなとなら、素敵な冒険が待ってる!』 || > ◡ < ||


私たちは、決意を新たに──ローズシティに向かって旅立ちます……!!




819: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:37:09.00 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈





善子「……あの子たち、行っちゃったわね」

曜「よかったね、善子ちゃん」

善子「……ヨハネだってば。……それにしても……子供たちの成長は、早いわね」

曜「そうだね。旅立った頃からは比べ物にならないくらい逞しくなってたね。……鞠莉さんも案外こういう気持ちだったのかもね」

善子「そうね。当時のヨハネの成長は目を見張るものがあっただろうし」

曜「ふふ♪ ルビィちゃんも、花丸ちゃんも、梨子ちゃんも、千歌ちゃんも──私も。みんな旅の中でいろんな経験したもんね」

善子「……ええ」


なんだか、自分たちが旅をしていた頃が、遠い昔のように感じる。


善子「……菜々。貴方の意志は貴方の後輩たちが受け継いでくれるって……」


私はそう独り言ちた。

今、彼女がどうしているかはわからない。

でも、きっと……あの子の想いは無駄になんてならない。ちゃんと、繋がったから。

今は少しだけ、そう思えて……心が救われたような気分だった。




820: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/08(木) 10:37:48.31 ID:S2FBcmzU0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【セキレイシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ ●__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.44 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.44 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.41 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.36 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
      ルガルガン♂ Lv.83 特性:かたいツメ 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:5匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.41 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.38 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.31 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.24 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.40 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.37 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.37 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.33 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.34 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.30 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.23 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.30 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.30 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.




822: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 03:08:03.99 ID:9oar5n900

 ■Intermission😈



曜「そういえばさ、善子ちゃん」

善子「ヨハネだって言ってんでしょ。ってかあんた、いつまでいるのよ」

曜「千歌ちゃんのルガルガンから、何のデータ取ってたの?」

善子「聞きなさいよ!!」


全く、このヨーソローは本当に昔から私の話を聞かないのよね……。


善子「えっと……千歌のルガルガンって特殊個体でしょ?」

曜「うん。なんかこの地方にはあんまりいないんだっけ……?」

善子「今確認されてるのは進化見込みのイワンコを含めて9匹だけね」

曜「少ないって聞いてたけど、そんなに少ないんだ……」

善子「しかも、3年前に突然生まれたのよね……」


一応原因は──地方の危機を察知したルガルガンたちが、生存本能から特殊な変異個体を生んだんじゃないか……なんて言われてるけど、実際のところはまだ調査中だ。

ルガルガンたちの縄張りで問題が起こってしまったため、特殊なイワンコたちは派遣された調査団によって保護され……グレイブ団事変解決後にはパタリと生まれなくなったらしい。


曜「じゃあ、それの真相究明みたいな?」

善子「それもあるけど……私の研究テーマ、覚えてる?」

曜「えーっと……人とポケモンの関わりの文化……だっけ?」

善子「そう。……ポケモンの中には、いろんな姿を持ってる種類がいるでしょ?」

曜「オドリドリとか、ポワルンとか……それこそ、ルガルガンもだよね」

善子「ええ。オドリドリのように、アイテムによって姿を変えるポケモン。天候によって姿を変えるポワルンやチェリム。ルガルガンのように、進化の際に別の見た目になるものもいる」

曜「確か……カラナクシなんかは、地方によっては違う姿があるんだよね」

善子「水色の個体ね。この地方にはピンク色の個体しかいないからね。ガラルやシンオウで見られる姿らしいわ」

曜「そうなんだ」

善子「あとは♂♀で姿が違うポケモンもいるわ」

曜「ニャオニクスとかイエッサンとか?」

善子「それもそうだけど……もっと明確に違うのは、ニドランやバルビート、イルミーゼね」

曜「え、あれって姿の違いなの?」

善子「ポケモン図鑑だと一応別種って扱いになってるけど、生物学的にはほぼ同じ種類って考えられてるのよ」


実際、イルミーゼのタマゴやニドラン♀のタマゴからは、バルビートやニドラン♂が生まれるしね。

823: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 03:08:42.21 ID:9oar5n900

善子「それと──メガシンカも」

曜「メガシンカもなの?」

善子「当然よ。そして、メガシンカはトレーナーとのキズナの力によって姿を変えるわけだけど……」

曜「うん」

善子「極稀に……メガシンカとは違う方法で、姿を変えるポケモンがいるらしいの」

曜「メガシンカと違う……? “キーストーン”と“メガストーン”を使わないってこと?」

善子「ええ。……“キーストーン”や“メガストーン”を介さずに、ポケモンとの強いキズナで同調して、力を引き出すポケモンがいるらしいのよ」

曜「……なんかずいぶんふわふわしてるね?」

善子「何分資料がほとんどないからね……。数百年に一度確認されることがあるとかないとか……“キズナ現象”って呼ばれてるってことだけはわかってるんだけど」

曜「つまり、善子ちゃんは今……その“キズナ現象”って言うのについて研究してるんだ」

善子「そういうこと。ただ、あまりに情報が少なすぎてね……もしかしたら、特殊な姿をしている個体なら何か関係があるかもって思って、千歌のルガルガンを調べさせてもらってたってわけよ」

曜「なるほどね。それで、何かわかったの?」

善子「……正直収穫としては微妙ね。まあ、これでわかったら最初から苦労してないしね」


研究とは得てして地道なものだ。これくらいのことでへこたれている場合じゃない。


善子「でも……“キズナ現象”は人とポケモンの関わり合いの文化の中では、重要なファクターになってくるはずよ……」


それこそ、人とポケモンが関わり合いの中で、新たな力に目覚めるなんて、まさに私の研究したいことそのものなのだ。

もしその謎の解明が出来れば……人とポケモンはさらに一歩先に進めるんじゃないか。そんな気がする。

真剣な顔をしながら、次のことを思案していると、


曜「ふふ、善子ちゃん、すっかり研究者さんなんだね」


曜は笑いながら言う。


善子「前から研究者よ。あとヨハネだって言ってるでしょ」

曜「ごめんごめん。“キズナ現象”、解明出来るといいね」

善子「任せなさい。ヨハネが絶対解明してみせるんだから……!」


………………
…………
……
😈


824: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:30:29.69 ID:9oar5n900

■Chapter042 『菜々──せつ菜』 【SIDE Setsuna】





──カーテンクリフで修行していた私は、急な仕事が入ったため、一旦ローズシティへと帰ってきていた。

どうやら、直近の会議の中でスケジュールそのものを調整しなくてはいけないらしく、それなら秘書である私も同席せざるを得ない。

会議は明日の朝一からあるため、前日のうちにローズへ戻ってきたというわけだ。


せつ菜「三つ編み……大丈夫。髪留めも……よし。ちゃんと外してる」


手鏡で自分の姿を確認。

あとは……ポケモンたち。


せつ菜「みんな、窮屈かもしれないけど……少しの間、我慢してくださいね」


ボールをベルトごと外して、カバンに入れる。

最後に、上着のポケットから眼鏡を取り出して──

ユウキ・せつ菜は……ナカガワ・菜々になる。


菜々「……ふぅ」


小さく息を整えてから、私は──久しぶりに帰ることになった自宅を目指して、歩き始めた。





    🎙    🎙    🎙





菜々「……ただいま」

菜々母「あら、菜々。おかえり」


帰宅して、自宅のリビングへ赴くと、母親が紅茶を飲みながら映画鑑賞をしているところだった。

ただ、ポケウッドでやっているような溌剌なものではなく、いかにも貴婦人が好みそうな洋画であることが、今ワンシーンをちらりと見ただけでもよくわかった。

なんというか……いつものお母さんの昼下がりだ。


菜々「……お父さんは?」

菜々母「お仕事よ。平日だもの。今日は遅くなるみたいで、帰ってくるのは深夜になるって言ってたわ」

菜々「……そっか」


今日帰ることは予め連絡していたんだけどな……。

久しぶりに娘が帰ってきたというのに、仕事熱心なようで何よりだ。


菜々母「それより菜々こそ、お仕事の方はどう? 順調?」

菜々「うん。真姫さんも優しいし……仕事もやりがいがあって楽しいよ」

菜々母「なら、安心だわ。あの真姫お嬢様の秘書になるって聞いたときは驚いたけど……誰もが出来る仕事じゃないものね。お母さんも誇らしいわ」


そう言いながら、ニコっと笑うお母さん。


菜々母「今日は菜々の好きな物、作ってあげるわ♪」

菜々「うん、ありがとう。楽しみにしてるね」

825: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:31:18.25 ID:9oar5n900

私は簡潔に返事をして、踵を返す。


菜々「ちょっと疲れてるから……部屋で休むね」

菜々母「そう? それじゃあ、夜ごはんになったら、部屋まで呼びに行くわね」

菜々「うん」





    🎙    🎙    🎙





普段は真姫さんの手配してくれた社員寮で寝泊まりしている──ということになっている──ため、家に帰ってくること自体が随分久しぶりだ。

──そんな久しぶりの自室。

一息吐くために、荷物を置いて、使い慣れた机に向かって腰を下ろす。

久しぶりに帰ってきたというに妙にしっくりくるのは、何度もこの机で勉強をしてきたからだろう。

回転椅子の上で振り返り、久しぶりの自室を見回すと──本棚にはたくさんの参考書たち……そして、賞状やトロフィーが飾られている。

読書感想文や、スクールで主席に送られるもの。陸上で表彰されたときのものや……文武問わずいろいろなモノがある。

これも全て、幼い頃から両親の期待に必死に応え続けてきた結果……。

だけど──そこにポケモンに関わるモノは一つものなかった。


菜々「…………」


まるで私──ナカガワ・菜々という人間の歴史全てを物語っているような部屋だと思った。

幼い頃から、ナカガワ・菜々の生活の中には、驚くくらいにポケモンが存在していなかった。

スクールに入るまで、実際にポケモンを目にしたことがなかったし、そういうものがいる、くらいの認識しかしていなかったと言えば、その異常さがわかるかもしれない。

ほぼフィクションの存在。私にとっては全てのポケモンが伝説の存在のようなものだった。

ただ……この世界でそんなことが可能なのか? 今では、そう思う。

この世界では……至る所にポケモンが居る。それはもう、数えきれないくらいに。

そんな重度の箱入り娘を作り上げたのは、他でもない──両親の影響だったというのは言うまでもないだろう。

両親は父母二人揃って、ポケモンが苦手だと聞く。……特に父親は相当なポケモン嫌いらしく、母親が話題に出すことを忌避するくらいだ。

どうやら、父は小さい頃にポケモンに襲われたことがあるらしく……それ以来、ポケモンを毛嫌いしている節があるそうだ。

そんな家で育ったが故に……私は、酷くポケモンと遠ざけられて育ってしまった。

お陰で我が家ではポケモンの話をしたことは、一度もなかった。

そんな私がポケモンに興味を持ったのは──忘れもしない……3年前。

世に言うグレイブ団事変と言われる大事件でのこと。

街中にゴーストポケモンが大量発生し、ポケモンに耐性のない人が多いこのローズシティは大パニックに陥った。

それは私たちも例外ではなく……民家であろうが、お構いなしに壁をすり抜け侵入してくるゴーストポケモンから逃げる母親に手を引かれて、逃げ惑うことになった。


826: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:31:57.22 ID:9oar5n900

──────
────
──



菜々「はぁ……はぁ……」

菜々母「菜々、頑張って走って……!!」


息が切れて、苦しかった。

もう何時間逃げ回っているんだろうか。

もういい加減休みたかった。

ただ──ゴーストポケモンは人の命を奪うらしい。

それが恐ろしくて、怖くて、ただ逃げていた。

ただ、ずっと走り続けていれば、体力に限界は来るもので、


菜々「……あっ!」

菜々母「菜々……!?」


私は足をもつれさせて、転んでしまった。


菜々「……っ……」

菜々母「菜々、大丈夫……!?」

菜々「う、うん……。……っ゛……!」


立ち上がろうとすると、足に痛みが走った。

足をくじいてしまったらしい。

どうにか立ち上がろうとしていた、矢先、


菜々母「きゃぁぁぁっ!!」


お母さんが私の背後を見て、悲鳴をあげた。

恐る恐る振り返ると──


 「サマヨーー…」


一つ目のゴーストポケモンが私の背後に立っていた。


菜々「……ヒッ!」


私は転んだまま、強引に足を引きずって、どうにか距離を取ろうとするけど、


 「サマヨーー」


ゴーストポケモンは一歩一歩にじり寄ってくる。

怖くて怖くて仕方なかった。


 「サマヨーー」


そのゴーストポケモンは、大きな手を私に伸ばしてくる。

もうダメだと思った。

そのとき──

827: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:32:51.83 ID:9oar5n900

 「──“バレットパンチ”!!」
  「ハッサムッ!!!!」

 「サマヨォッ!!!!?」


弾丸のような速度で、真っ赤なポケモンが、ゴーストポケモンを殴り飛ばしていた。

そして、それと同時に、一人の女性が駆け寄ってくる。


女性「大丈夫!?」

菜々「は……はい……っ」

菜々母「あ、ありがとうございます……!!」


気付けば周囲では、その女性以外にも、駆け付けた“ポケモントレーナー”と呼ばれる人たちが、ゴーストポケモンたちと応戦を始めていた。


女性「ポケモンは私たちがどうにかするから、早く行きなさい!」

菜々母「は、はい……! 菜々、立てる?」

菜々「う、うん……」


お母さんに肩を貸してもらって、私は足を引きずりながら歩き出す。


菜々母「お父さんの会社まで行けば、きっと安全だから……! 頑張って……!」

菜々「う、うん……」


ローズの大きな会社は災害時にも機能を失わないために、非常に頑丈なつくりをしている。

父の会社も例外ではなく、しかもゴーストポケモンが侵入出来ないように、特殊な磁場で防ぐ機構もあるそうだ。

そこを目指して、再び進み始める。


菜々母「きっと、大丈夫だからね、菜々……!」

菜々「うん……」


私は逃げながら──ふと、今助けてくれた人の方を振り返る。


女性「“バレットパンチ”!!」
 「ハッサムッ!!!!」

 「ゴスゴスッ!!!?」


女性は今も懸命にゴーストポケモンたちを撃退し続けている。

いや、その人だけじゃない……。


男性トレーナー「キリキザン! “メタルクロー”!!」
 「キザンッ!!!」

女性トレーナー「クチート! “アイアンヘッド”!!」
 「クチッ!!!」


たくさんのトレーナーたちが、街の人を守るために、戦っていた。

私はその姿を見て、心の底から……思った。


菜々「──……かっこいい……!」


──
────


828: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:33:25.80 ID:9oar5n900

今までポケモンをほぼ見たことすらなかった私にとって、その経験は今までの人生全ての価値観をひっくり返してしまうほどに、衝撃的だったのは言うまでもない。

この頃には、両親がポケモン嫌いなことに気付いていたものの……私は湧き上がる好奇心とトレーナーへの強い憧れを抑えることが出来なかった。

両親に隠れて、図書館でポケモンバトルを題材にした作品を読み漁り、スクールの帰りにこっそり街の隅にあるバトル施設を見に行ったりもした。

そこには、私の知らない世界が広がっていた。

トレーナーがポケモンと力を合わせて、ぶつかり合い、競い合い──切磋琢磨し合う……そんな世界。

私は一瞬で、ポケモンとポケモントレーナーという存在の虜になった。

そして、そんな私がその次に考えることは、もちろん──


菜々「──私も……ポケモントレーナーになりたい……!!」


止め処なく溢れる熱い感情に突き動かされ、私はどうすれば自分がポケモントレーナーになれるかを必死に考えた。

調べて調べて調べて……そして、たどり着いたのが、


菜々「ツシマ研究所……新人用ポケモンと……ポケモン図鑑……」


ヨハネ博士だった。

ヨハネ博士は連絡を取ると、私のことを歓迎してくれて、私を旅立ちのトレーナーとして、選んでくれた。

嬉しかった。

ただ、懸念はあった。

もちろん、両親のことだ。

果たしてあの両親が……特に父親が私の旅立ちを認めてくれるのだろうか。

勢いで旅立ちを決めてしまったけど……許してもらえるんだろうか。

怖かったけど……。


菜々「……説得するんだ」


そのときの私は、きっとこの気持ちを真っすぐ伝えればわかってくれるなんて、そんな甘いことを考えていた。


──
────



菜々「お母さん、お父さんいつ帰ってくる……?」

菜々母「お父さん? そうね……今日も遅くなるんじゃないかしら」

菜々「そっか……」

菜々母「何か話があるなら、私が伝えておくけど……」

菜々「うぅん、お父さんがいるときに、直接伝える」

菜々母「そう?」


多忙な父とはなかなかタイミングが合わず……気付けば、旅立ちの日が迫っていた。

そんな中──父が休みの日に、やっと話が出来るタイミングがあって……。


菜々「よし……今日、お父さんに話すんだ……!」


ギリギリになっちゃったから……叱られるかな。こんな急だと、さすがに来週に旅に出る……なんてことを許してもらうのは急すぎて無茶かもしれない。

でも、今はとにかく気持ちをちゃんと伝えなくちゃ……!

自室でそう意気込んでいると──コンコンとドアがノックされた。


菜々父「菜々」

829: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:34:24.48 ID:9oar5n900

父の声だった。


菜々「は、はい……!」


意気込んでいたところだったから、少し面食らったけど、私は慌ててドアを開く。

開いたドアの向こうに立っていた父は、私の姿を確認すると、


菜々父「私の部屋に来なさい」


それだけ言うと踵を返してしまう。


菜々「……お父さん……?」


私は言われるがままに、父の書斎へ足を運ぶ。

書斎に入ると、父は鋭い視線で私を見つめていた。

なんだか、背筋が凍るような視線だった。

……でも、今しかない。


菜々「…………あのお父さん、実は話が……」

菜々父「最近、誰かとしきりに連絡を取っているようだな、菜々」

菜々「え、あ……うん。……そのことについてなんだけど……」

菜々父「ツシマ研究所だそうだな」

菜々「……!? し、知ってたの……?」

菜々父「最近様子がおかしいと、お母さんから聞いた」


どうやら、お母さんに電話しているところを聞かれていたらしい。

頻繁に連絡を取っていたし……様子がおかしいことに気付いていたなら、不思議なことでもないかもしれない。


菜々父「ポケモンを貰って旅に出る……か」

菜々「う、うん……!」

菜々父「今すぐにでも断りの連絡を入れないといけないな……」

菜々「……え」


一気に血の気が引いた。


菜々父「……今からツシマ研究所に連絡するから、ポケギアを取ってきなさい」

菜々「え、あ……いや……」

菜々父「早くしなさい。わざわざこのために仕事を休んだのだから」

菜々「……ま、待って……わ、私……」

菜々父「早くしなさい」

菜々「……っ!」


静かな口調だった。

静かで……とても、強い口調。

有無を言わせない、そんな、口調。


菜々「……は……はい……っ……」

830: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:35:51.35 ID:9oar5n900

──ああ、私……なんで説得出来るなんて思い上がってしまったんだろう。

取り付く島なんて、どこにもなかった。

私がトレーナーになれる可能性なんて──最初からなかったんだ……。



──
────
──────



菜々「…………」


なんだか、辛いことを思い出してしまった。

ヨハネ博士に断りの連絡を入れたその日の深夜に、私は親が寝静まったあと……ヨハネ博士に一度だけ電話をした。

励ましてくれて、『ヨハネが説得してあげるわ……!!』──そう言ってくれた博士の言葉に勇気を貰って、もう一度だけお父さんに話をしたけど……それが逆鱗に触れてしまったのか、ポケギアを没収され、連絡する手段すらも失ってしまった。

あの後……ヨハネ博士に会った──というか、見かけたのは1回だけ……ポケモンリーグ本選の会場で見かけたとき。

そのときは、思わず声を掛けそうになってしまったけど……。

今更、どの面を下げて話せばいいのかもわからず……結局、話しかけることは出来なかった。

何より……そのときの私は菜々ではなく──せつ菜でしたし。


菜々「……そう考えると……今が信じられないな……」


あのときはもう本当に、一生ポケモントレーナーになれないんだと思っていたから。

あの人が──私に“せつ菜”をくれたから。

──prrrrrr!!!!


菜々「あ、電話……」


仕事を始めてから、再び持たせてもらうようになったポケギアには──今思い浮かべていた人の名前が書かれていた。


菜々「はい、菜々です」

真姫『菜々、明日のことだけど……』

菜々「大丈夫ですよ、もうローズに戻っていますから」

真姫『急だったのに対応してくれてありがとう』

菜々「いえ、これも仕事ですから、気にしないでください。……ですが、本当に急でしたね」

真姫『なんでも先方がちょっと特殊な業種の人らしくて……』

菜々「特殊な業種……ですか?」

真姫『ええ。モデルらしいわ』

菜々「モデルさん……?」

真姫『今度のビジネス発表会に出てくれることが急に決まったらしくて……諸々の擦り合わせをしなくちゃいけなくてね……』

菜々「なるほど……」


確かにそうなると、両者で確認をしながら、直接スケジュールを押さえる必要が出てくることもあるだろう。

831: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:36:49.51 ID:9oar5n900

真姫『今は寮?』

菜々「いえ、実家です」

真姫『実家なの……?』

菜々「はい。たまには顔くらい見せないと……両親に悪いですし……」

真姫『大丈夫……?』

菜々「ふふっ、大丈夫も何も、自分の家ですよ」

真姫『それはそうだけど……』

菜々「心配してくれて、ありがとうございます。……お父さんもお母さんも、厳しいですけど……私のことを想って言ってくれてるだけですから」


そんなお父さんとは会えそうもないですけど……。


真姫『そう……。……でも無理はしちゃダメよ』

菜々「はい、ありがとうございます」


いろいろと事情を知っている真姫さんは、何かと気遣ってくれる。

彼女には本当に頭が上がらない。


真姫『それと今日の午後から天気が崩れそうだから、気を付けてね。それじゃ』

菜々「はい」


通話が切れる。

ふと窓から外を見ると──真姫さんの言うとおり、空は曇天に覆われていた。


菜々「これは……確かに天気が崩れそうですね……」


あまり酷くならないと良いのですが……。





    🍅    🍅    🍅





真姫「…………」


菜々との通話を終えて、私は少し複雑な気分だった。

菜々は……なんというか、危うさがある。

優しすぎると言うか……真面目すぎるというか……無垢というか……一切ズルさがないのだ。

まあ……だからこそ、面倒を見ている節はあるのだけど……。

梨子のことと言い、私はどうやら、ああいう子たちを放っておけない性質らしい。



──────
────
──

832: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:37:42.66 ID:9oar5n900

──菜々と出会ったのは、ローズシティの外周区にあるポケモンバトル施設でのことだった。

私はローズジムのジムリーダーとして、たまに街のバトル施設に視察に赴くことがある。

グレイブ団事変ではっきりしたが……この街は有事の際に戦えるトレーナーが非常に少ない。

ローズシティの人とポケモンの住み分けをしっかり行う考え方にはそこまで反対する気はないが、少し極端な考えを持った人が見られるのは難しいところだ。

ただ……どうしても、ポケモンが苦手な人というのも居て、そういう人たちがローズに集まってくるからこそ、そういう文化が形成されやすいのは仕方のない話なのかもしれない。

ポケモンが苦手な人間に、無理にポケモンと触れ合えというのもまた道理の違った話なので、ポケモンリーグに所属するジムリーダーの一人としては──この街に今いるトレーナーたちを大切にすることが重要だと考えている。

だから、こうして折を見て、視察を行っているわけだ。

セキレイほどではないが、こうしてローズのバトル施設を訪れると、そこそこの数の人が居る。

人口比率で言うとやや物足りないのかもしれないが……それでも、こうしてバトルに興味を持ってくれている人がいるのは良いことだ。

観戦席から、トレーナーたちの戦っている様を観察していると──


 「……違う、私だったら……ここは“シャドーパンチ”……ああ……だから言ったのに……」


何やら、ぶつぶつと言いながら観戦している少女がいることに気付く。

──結論から言うと、この子が菜々だった。

フィールドを見ると、ゴーストの放った“シャドーボール”をソーナンスが“ミラーコート”で反射して、ゴーストがやられてしまっているところだった。

……確かに、彼女の言うとおり相手のソーナンスからしたら、“ミラーコート”をしたいというのはわかりきっている盤面。

“シャドーパンチ”なら、意表を付けるし、仮に“カウンター”をされても、かくとうタイプだからゴーストにはダメージがない。

ただ……。


真姫「あのゴースト……“シャドーパンチ”は覚えてなかったんじゃなかしら」

菜々「え?」

真姫「ごめんなさい、独り言が聞こえちゃって……ゴーストは特殊攻撃が得意だから、物理技を覚えさせていないトレーナーは少なくないわ」

菜々「確かにそうかもしれません……だとしても、今のは悪手です」

真姫「どうして?」

菜々「相手の次の行動は読めている……なら交換すればいい。ゴーストタイプには“かげふみ”が効かないですし……」

真姫「……確かにそうね」


確かにそのとおりだ。“かげふみ”という特性はゴーストタイプ相手には効果がない。第一印象としては、よくバトルの勉強をしている子だと思った。


真姫「貴方、ポケモントレーナー?」

菜々「……いえ、私は……ポケモントレーナーではありません……」

真姫「トレーナーじゃないのに、随分バトルに詳しいのね」

菜々「……ポケモンバトルを……見るのが……好きなので……」


言葉とは裏腹に──彼女は、酷く寂しそうに返事をする。


菜々「あ……もうこんな時間……そろそろ、帰らないと……」


彼女はそう言って立ち上がり、私に会釈をしたあと、駆け足でその場を去ってしまった。


真姫「ポケモンバトルを見るのが好き……ね」


その割に──随分悲しそうな顔で観戦するのね……私はそう思った。




833: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:38:16.47 ID:9oar5n900

    🍅    🍅    🍅





それからというもの、


菜々「ああ……そこは一旦“まもる”で時間を稼いで……」

真姫「あの子……またいる」


彼女をよくこのバトル場で見かけることが多くなった。


真姫「また来てたのね」

菜々「あ……こんにちは……」


彼女は相変わらず、沈んだ声音で独り言を呟きながら、バトルを観戦していた。

何度かこの子を観察していてわかったのは……恐らくこの子は毎日ここにきている。

恐らくというのは、他の仕事で、ここに訪れるのが少しでも遅れるとこの子には会えないからだ。

滞在時間は恐らく10~15分ほど……1試合見るか見ないかくらいで、帰ってしまう。


真姫「ねぇ、貴方」

菜々「……なんでしょうか」

真姫「いつもここに来てるけど……観戦しかしないのね」

菜々「……私は……ポケモントレーナーではないので……」

真姫「……興味はないの?」

菜々「……あります。……ありますけど……私は、ポケモントレーナーに……なれなかった……。……なっちゃ……いけなかった……」


最初からなんとなく勘付いてはいたけど……どうやら訳アリらしい。


真姫「貴方、名前は?」

菜々「……知らない人には名乗るなと……親からきつく言われています」

真姫「……ごめんなさい。貴方の言うとおりね。自分から名乗りもしない相手に、名前なんて教えられないわよね。私は真姫。ローズジムのジムリーダーよ」


こちらから、名乗ると、


菜々「……え?」


少女はこちらを向いて、目をぱちくりとさせる。


菜々「……ジ、ジムリーダー……?」

真姫「嘘じゃないわよ。ほら、このとおりローズジム公認の証の“クラウンバッジ”も持ってるし」


ポケットから、ジムバッジを取り出して見せる。


菜々「じ、ジムバッジ……! 初めて見ました……!」


彼女はバッジを見ると目を輝かせる。

834: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:39:08.63 ID:9oar5n900

真姫「ふふ、やっと笑った」

菜々「え……?」

真姫「貴方……ずっと、この世の終わりみたいな顔しながら、バトルを見ていたから……」

菜々「……私……そんな顔をしていましたか……?」

真姫「ええ。絶望の底にいるみたいだったわよ」

菜々「そう……ですか……」


私の言葉を聞くと、少女は俯いて、再びしゅんとしてしまう。


真姫「……ポケモントレーナーになっちゃいけないって、どういうことか聞いてもいい?」

菜々「…………」


少女は少し迷ったあと、


菜々「……私……本当は旅に出たかったんです……」


ぽつりぽつりと話し始めた。


菜々「……博士と、最初のポケモンと……ポケモン図鑑を貰う約束までして……。……博士もそれを喜んでくれて……歓迎してくれて……。……でも……結局、親に反対されちゃって……」

真姫「……ダメになっちゃったのね」

菜々「……はい」

真姫「親御さんには貴方の気持ちは伝えたの?」

菜々「……取り付く島もありませんでした。……私の気持ちは……関係ないって……聞いてすらくれませんでした……」

真姫「…………」


どこかで聞いたような話だった。

親が全て判断して、親が全てを決めて、こちらの意思も、言葉も、全て無視されて。

所詮、子供言うことだとあしらわれて。大切に扱ってもらえなくて。


菜々「……私のお父さん……小さい頃にポケモンに襲われて大怪我をしたことがあるそうです……。……そのときに、お父さんのお母さん──私のお祖母さんは、お父さんを庇って……もっと酷い大怪我をして……それが原因で亡くなってしまったそうです……」

真姫「……だから、ローズに住んでいるのね」

菜々「……はい」


この街に住んでいれば、ポケモンに襲われる可能性は格段に減る。

実際、それが目的でここに移住している人は多いし。


菜々「私……もう15歳なのに、最近になるまで、ほとんどポケモンを見たことすらなかったんです……。両親がずっと……私からポケモンを遠ざけていたんだって……最近になってやっと気付いて……」

真姫「なら……どうやってポケモンバトルを好きになったの?」

菜々「……助けてもらったんです。ある日突然、野生のポケモンが街中に現れて……襲われたときに、ポケモントレーナーの方が助けてくれたんです。あまりに急なことだったので……助けてくれたトレーナーの方の顔もよく覚えてないのですが……」


恐らく、グレイブ団事変のときのことだろう。あのときは多くの人が野生のポケモンに襲われたし、私も数えきれない人数を保護した記憶がある。

もしかしたら、この子もそんな人たちの中の一人だったのかもしれない。

835: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:41:05.26 ID:9oar5n900

菜々「ただ……そのとき私を助けてくれたポケモントレーナーの人たちを見て……ああ、なんてかっこいいんだろう。私もあんな風にかっこよくて、強くて……誰かを守れる人になりたい……そう強く思ったことだけは覚えてます」

真姫「それはすごく立派なことよ。私はこの街のジムリーダーとして……貴方みたいな人にトレーナーになって欲しいわ」

菜々「あはは……ありがとうございます。……でも、ダメなんです。……私は、ポケモンを持っちゃいけない人間なので……ポケモンと関わっちゃいけない人間なんです……」

真姫「…………」

菜々「……あ……もう、こんな時間だ……。……帰って勉強しないと……親に怒られちゃいます……」


そう言って彼女はいつものように、立ち上がって、踵を返す。

その折に、


菜々「……菜々です。……ナカガワ・菜々」


彼女はそう名乗った。


真姫「……知らない人には名乗っちゃいけないんじゃないの?」

菜々「えへへ……この街のジムリーダーなら、知ってる人みたいなものです。お話を聞いてくれて、ありがとうございました」


そしていつものように会釈をして──去って行った。


真姫「……ままならないものね」


この世界はポケモンと共存して回っている。だけれど、そんなポケモンの人智を越えたパワーに恐怖する人間は決して少なくない。

ポケモンに命を救われる人がいる中で、ポケモンによって命を落とす人もいる。

だから、ポケモンを忌避し、関わらないように生きる人がいることはわかっているし、否定する気はない。

だけど……ポケモンと関わりたくて、力を合わせたくて、強くなろうとしている子の気持ちが……捻じ曲げられてしまうのを見ているのは……心苦しかった。

ただ、親の言葉というのは……年端もいかない子供にとっては絶対と言っても差し支えないほど、大きな大きな影響力を持って降りかかってくる。

──私もそうだったから。

あのとき、凛と花陽が、私を連れだしてくれなかったら……私は今でも親の敷いたレールの上を走り続けていたのかもしれない。

……菜々は、あのとき誰からも手を取ってもらえなかった……私なんじゃないか。

そう思えて仕方がなかった。


真姫「ナカガワ……菜々……。……ナカガワ……?」


そういえば、ナカガワって名前……どこかで聞いた気が……。





    🍅    🍅    🍅





真姫「……やっぱり」


私は関連企業役員の名簿を見て、一人納得していた。

ナカガワというファミリーネーム、どこかで聞いたことがあると思ったら……ニシキノ家が出資している企業の中の一つにナカガワという名前の社長が居た。

彼は優秀な人物であると共に──ポケモン嫌いなことで有名な人でもあった。

有事の際にポケモンに頼らなくてもいいように、会社の外装や外壁に、“リフレクター”や“ひかりのかべ”と似たような効果を持たせた頑強なビルを建てていて、実際にグレイブ団事変のときも、住民の避難所として重宝した。

その理由は前述したとおり、ポケモン嫌い故にポケモンに頼らなくてもポケモンからその身を守ることが出来るように、そのような設計をしたというのは、グループ内では有名な話だ。

もちろん、ただファミリーネームが同じだけという可能性もなくはないが……。

836: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:41:58.16 ID:9oar5n900

真姫「菜々の話とも辻褄が合う……。十中八九、このナカガワ社長が菜々のお父さんで間違いないわね……」


確か……数回程度だけど、私も父親と一緒に会ったことがあった気がする……。

そういえば、優秀な娘が居るという自慢をしていたような……。


真姫「ゆくゆくは娘も……ニシキノのグループ傘下の会社に……とかも言ってたような」


私は、菜々の言葉を思い出す。

──『ただ……そのとき私を助けてくれたポケモントレーナーの人たちを見て……ああ、なんてかっこいいんだろう。私もあんな風にかっこよくて、強くて……誰かを守れる人になりたい……そう強く思ったことだけは覚えてます」──

──『……でも、ダメなんです。……私は、ポケモンを持っちゃいけない人間なので……ポケモンと関わっちゃいけない人間なんです……』──

15歳そこそこの女の子が、そんな風に自分の夢を諦めていいのだろうか。


真姫「……ダメよ、そんなの」


……正直リスクはある。だけど、今の菜々は昔の自分を見るようで──黙って見ていることが出来なかった。

それに私には、それを可能に出来るカードが揃っている。


真姫「……梨子のときと言い……私ってお節介焼きなのかしら……」


自分ではドライな方であるつもりなのにね。


真姫「……いいわ、私がどうにかしてあげようじゃない」





    🍅    🍅    🍅





──次の日。

バトル施設に赴くと、


真姫「菜々。こんにちは」

菜々「……あ、真姫さん……」


菜々は今日もバトル施設に来ていた。


菜々「あの……昨日はおかしな話を聞かせてしまって……」

真姫「そんなことは良いの、ちょっと一緒に来てくれない?」


私は菜々の手を取って、立ち上がらせる。


菜々「え、えぇ……?」


困惑気味の菜々を強引に引っ張って歩き出した。




837: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:42:43.29 ID:9oar5n900

    🍅    🍅    🍅





私が来たのは──ローズジム。


菜々「こ、ここ……ポケモンジム……」


菜々がポカンと口を開けている。

まあ、急に連れてこられたら驚くわよね。


真姫「菜々。正直に答えて欲しいんだけど」

菜々「……?」

真姫「貴方、トレーナーになりたい?」

菜々「え……」

真姫「貴方の正直な気持ちを教えて」


菜々の目を真っすぐ見つめて、問いかける。


菜々「……えっと…………」


菜々は少し、言葉に迷う素振りを見せたけど……。


菜々「…………なりたい……です……」


迷いながらも、確かにそう口にした。


真姫「……なら、私が貴方をポケモントレーナーにしてあげる」

菜々「……え?」


菜々は私の言葉に目を丸くする。


菜々「いや、あの……む、無理なんです……私は……」

真姫「貴方のお父さんは貴方にちゃんとした企業に就職して欲しいと思っているのよね」

菜々「は、はい……だから……」

真姫「なら、私が貴方を雇うわ。私の専属秘書として」

菜々「……え?」


菜々はまたしても目を丸くする。


真姫「私は貴方のお父さんの会社にも出資している。何度か会ったこともあるわ。そんな私から指名で専属秘書になれば、安定した就職については納得してくれるわよね」

菜々「そ、それはそうかもしれませんが……」

真姫「そして、その仕事をこなしてもらいながら──貴方をその裏でトレーナーとして、育ててあげる」

菜々「へ……」


菜々は目をパチクリとさせる。

無理もない。こんな突拍子もない提案をされたら、誰だって驚く。

だけど、私は──私には、今のこの子を助けるだけの力がある。

838: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:43:20.31 ID:9oar5n900

真姫「決して楽な道じゃない……。普通のトレーナーよりも何倍も、何十倍も大変な道になるかもしれない。……それでも、やりたいなら、やるべきよ。親に何を言われたんだとしても」

菜々「で、でも……」


ただ、菜々は困惑している。


菜々「お、お父さんが……ダメ……って……。……ダメ、だって……」

真姫「菜々。貴方の人生は貴方のモノよ」

菜々「……!」

真姫「貴方が決めなさい」


私は手を差し伸べる。


真姫「この手を掴むか……貴方が決めなさい。今ここで」

菜々「…………私……ポケモントレーナーになって……いいんですか……?」

真姫「それも全部、貴方が決めることよ」

菜々「…………」


菜々は私の言葉を聞いて、自分の手を胸の前にぎゅっと引き寄せる。

その手が、震えているのがわかった。

きっと彼女の中では今、たくさんの葛藤がぶつかり合っているに違いない。

不安、期待、恐怖、憧れ、悲哀、希望、後悔、いろんな感情がぶつかり合っているはずだ。

でも私は……この子はその感情の奔流に負けない子だと信じられた。

会って間もないけど、この子の好きは、ポケモンが、ポケモントレーナーが、ポケモンバトルが好きだという言葉は気持ちは──嘘じゃないと断言出来たから。


菜々「…………」


考えて、考えて、考えた菜々は震える手で──


菜々「……私は……ポケモントレーナーに……なりたい。……なります……!」


確かに、自分の意思で、意志で──私の手を握った。





    🍅    🍅    🍅





菜々「──い、今でも……胸がドキドキしてます……」

真姫「ふふ、頑張ったわね」


本当に勇気を振り絞って、私の手を取ったことは言うまでもない。

そんな彼女の最初の勇気を労って、頭が撫でてあげる。

839: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:44:33.90 ID:9oar5n900

菜々「えへへ……。……それで……あの……私はどうすればいいんでしょうか……」

真姫「そうね……秘書の件は貴方の親御さんたちと話さないといけないとして……」

菜々「さ、最初のポケモン……とか……」

真姫「それは、用意はしてあげられないから、一緒に捕まえるしかないわね。それよりも、必要なことがあるわ」

菜々「必要なこと……?」

真姫「トレーナーとしての名前よ」

菜々「トレーナーとしての……?」

真姫「菜々って名前のままトレーナーになったら、公式戦に出たときにご両親に感付かれる可能性があるでしょう?」

菜々「あ……確かに……」


菜々の父親は、話を聞く限り筋金入りのポケモン嫌いみたいだし……。

そうなると、そのままの名前でトレーナーになるのはあまり得策とは言えない。

トレーナーとしての登録名自体を変えた方が安全だ。

それに……。


真姫「見た目もね……」


三つ編みに眼鏡。いかにも優等生でポケモンバトルをしなさそうなこの子の見た目は、バトルフィールドに立つと却って目立ちそうだ。


真姫「ちょっとじっとしてて」

せつ菜「は、はい……」

真姫「三つ編み、解くわね」


結ばれた三つ編みを解いて、髪を下ろし──


真姫「眼鏡も外した方がいいわね……後でコンタクトを買いに行きましょう」


眼鏡を取る。

あとは……。


真姫「……髪留め持ってる?」

菜々「ゴムしか持ってないです……」

真姫「……じゃあ、これ」


私はポケットから、髪留めを一つ取り出す。

──これは梨子から貰ったものだ。私は髪留めは使わないと言ったんだけど、まさかこんな形で使うことになるとはね。

髪を菜々の右側頭部で結んで、それを髪留めで留めてあげる。


真姫「……いい感じじゃない」


菜々の手を引いて、私の部屋の姿見の前まで連れていく。

840: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:45:17.57 ID:9oar5n900

菜々「……これ、私……?」

真姫「そうよ。これが貴方の新しい姿。名前はどうしましょうか……」

菜々「ゆ、ユウキと、セツナ……!!」

真姫「え?」

菜々「わ、私……図書館でポケモンのお話をたくさん読んで……! その中で、大好きな作品の主人公がユウキくんとセツナちゃんなんです……!」

真姫「……ふふ、いいじゃない。どっちも貰っちゃいましょう」

菜々「……はい!」


菜々は元気よく返事をして、


せつ菜「私は今日から──ユウキ・せつ菜です……!」


ここにユウキ・せつ菜という一人のトレーナーが誕生したのだった。



──
────
──────



真姫「あれからもう2年か……」


あのときはまさか、せつ菜がここまで強くなるとは思ってなかったけど……。

彼女は──本当に強くなった。

それこそ、チャンピオンまであと一歩のところまで来ている。

これも全て、あの子の努力の結果。


真姫「願わくば……このまま、せつ菜が夢を叶えてくれればいいんだけどね……」


気付けば、空は今にも雨が降り出しそうな灰色の雲に覆われていた──




841: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:46:02.61 ID:9oar5n900

    🎹    🎹    🎹





歩夢「空……曇ってきたね……」

侑「ちょっと急いだ方がいいかな……?」
 「ブイ…」


まだセキレイを出て、10番道路に差し掛かったところなんだけど……。


かすみ「行けます行けます!! 今のかすみん、ちょーーー気合い入ってますから!! レッツゴーです!!」
 「ガゥガゥ♪」

リナ『レッツゴー♪』 || > ◡ < ||


元気よく飛び出す、かすみちゃんとリナちゃん。


しずく「大丈夫かな……」

侑「とにかく、雨が降り出す前に出来るだけ急ごう!」

歩夢「うん!」


──私たちは、曇天の空の下、ローズシティを目指して、10番道路を駆け出しました。




842: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/09(金) 12:46:56.96 ID:9oar5n900

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【10番道路】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____●|____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.45 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.45 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.41 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.36 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
      ルガルガン♂ Lv.83 特性:かたいツメ 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:5匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.41 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.39 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.31 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.24 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.40 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.38 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.37 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.33 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.34 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.30 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.24 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.30 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.30 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.




843: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 02:49:46.28 ID:hRdoaDre0

 ■Intermission👠



──DiverDiva拠点。


愛「カリン、調子どう?」


愛は端末をいじりながら、こちらに顔を向け、そう訊ねてくる。


果林「……大体まとまったわ。当日は愛にも手伝ってもらうけど」

愛「ん、りょーかい。それはそうと、報告があるんだけど」

果林「報告?」

愛「“星のガス”が十分に溜まったよ」

果林「……いいタイミングね」


私はそれだけ返すと、席を立つ。


愛「どっか行くの?」

果林「……ええ。今夜はエマと約束しているから」

愛「そっか」


愛はそれだけ答えると、また端末の方へと向き直り、作業を始める。


果林「……いつもみたいに、茶化してこないのね」

愛「ま、今日くらいはね」

果林「……」


今日くらいは──それが何を意味しているのかは、言うまでもない。


果林「行ってくるわ」

愛「ん、行ってら~」

 「ベベノ~」


私は今日もきままに漂っている愛の相棒の、のんきな鳴き声を聞きながら、拠点を後にする。



愛「……まあ、今日くらいは監視はやめといてあげようかな。……たぶん、最後の機会だろうしね」


 「ベベノ~」





    👠    👠    👠





 「チャムー」「ヤンチャー」「チャム」


今日もヤンチャムたちが元気に鳴いている部屋で、私はエマと食卓を囲む。


エマ「──果林ちゃん、おいしい?」

果林「ええ、すごくおいしいわ。ありがとう、エマ」

844: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 02:51:31.93 ID:hRdoaDre0

私はエマの作ってくれたクリームシチューを食べながら、お礼を言う。


エマ「えへへ♪ 今日のはね、搾りたての“モーモーミルク”で作ったんだよ♪」

果林「ふふ♪ この前も同じこと言ってたわよ?」

エマ「でもね、でもね! 今日は特別ミルタンクの元気がよくてね! お乳の出もすっごく調子がよかったから、きっといつもよりもおいしいよ!」


エマは幸せそうに笑いながら、シチューを口に運び、


エマ「ん~、ボーノ……♪」


一口食べるたびに、もっともっと幸せそうに笑いながら、つぼめた指先を唇に当ててキスをする。

彼女の生まれ育った国における、すごく美味しいということを表す仕草らしい。


果林「ふふ」

エマ「んー? どうかしたの、果林ちゃん?」

果林「エマっていっつも幸せそうに食べるから……見てる私もなんか嬉しくなっちゃっただけ」

エマ「えへへ♪ だって、おいしいものを食べてると幸せになるんだもん♪」


エマが嬉しそうに笑っていると、


 「チャムー!!」「ヤンチャー!!!」「チャムチャム!!!」「チャムチャー!!」「ヤンチャムッ!!」


ヤンチャムたちが、空になったお皿を持って、エマの足元に群がってくる。


果林「こら、貴方たち……まだエマがご飯食べてるんだから……」

エマ「うぅん、大丈夫だよ。ヤンチャムちゃんたちもおかわりが欲しいんだよね? すぐによそってあげるね♪」

 「チャムー!!」「チャムチャー」「ヤンチャ!!」

果林「いつもごめんなさいね……」

エマ「うぅん、わたしも好きでやってるだけだから♪ この子たちを連れて来たのも、わたしだし!」

果林「そういえば、そうだったわね……」


このヤンチャムたちは……ある日突然、エマが私にくれたポケモンだった。

もうずいぶん昔のことのように感じる。


果林「ねぇ、エマ」

エマ「ん~?」

果林「……いつも、ありがとう」

エマ「ふふ、どうしたの?」

果林「ここに来てから……私はずっとエマのお世話になりっぱなしだっただから……」

エマ「そんなことないよ、果林ちゃんもわたしのこと助けてくれたもん♪」

果林「……そんなことあったかしら」


……心当たりがない。


エマ「あったよ? 私がここに来て1年くらいのとき……ケンタロスが暴れて逃げ出しちゃって……それを果林ちゃんが止めてくれたんだよ!」

果林「ああ……初めて会ったときのことね」

エマ「うん! そのときね、この地方にはこんなに優しい人がいるんだって、すっごく嬉しくなっちゃって!」

845: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 02:52:18.74 ID:hRdoaDre0

もう、耳にタコが出来るくらいこの話は聞いた。あれはただの気まぐれというか……私もここに来たばかりで──計画のために、面倒な騒ぎが起こるのが嫌だったから、手を出しただけ。

でも……それがきっかけでエマにはいたく気に入られ、その後、彼女はなにかと私の世話を焼いてくれるようになった。

ヤンチャムたちも……その中で貰ったポケモンだ。


エマ「それに、御守りの石もくれたし……今も大切にしてるんだよ?」

果林「まだ持ってたのね……」

エマ「当たり前だよ! 果林ちゃんからの贈り物だもん! 一生大切にするに決まってるよ!」


一生の宝物だなんて大袈裟な……。

あれは……ただ私の故郷で拾っただけの石なのに。

エマにとっては……本当にただの石ころのはずなのに……。


果林「そういえば……前から聞きたかったんだけど……」

エマ「?」

果林「どうして、ヤンチャムをくれたの?」


ある日突然ヤンチャムを渡され──次会ったときにも……またその次会ったときにもと、あれよあれよとヤンチャムの数は増えていった。

あまりに毎回ヤンチャムを渡されるから、さすがに6匹目で止めたんだけど……。


エマ「だって果林ちゃん、ヤンチャムが好きみたいだったから」

果林「え……? そんなことがわかる機会……あったかしら……?」

エマ「あったよ~! 果林ちゃん、いっつもテレビでヤンチャムが出てくると、じーっと見てたもん!」

果林「そ、そうかしら……」


こっちに関しては逆に心当たりがあった。

私は……ここに来るまで、ヤンチャムというポケモンを見たことがなかった。

初めて見たときから、あの白と黒のボディに丸っこいフォルムが妙に私のツボを突いてきて── 一目惚れだったと思う。

エマはそれを見逃さなかったということらしい。

本当にエマは、私のことをよく見ている。……ずっと、ずっと見ていてくれた。


果林「……ねぇ、エマ」

エマ「なにかな?」

果林「もし……もしね、私がここを離れなくちゃいけないって言ったら……どうする……?」

エマ「……」


私の言葉を聞いて、エマはスプーンを持った手を止める。そして、


エマ「……やっぱり、果林ちゃん……いなくなっちゃうんだね」


そう続ける。


エマ「果林ちゃん……ここを出ていこうとしてるんだよね」

果林「……気付いてたの?」

エマ「なんとなく……そうなのかなって」

果林「……そう」

846: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 02:52:48.93 ID:hRdoaDre0

エマは……本当に私をよく見てくれていたようだ。

そして、それは……私も。

最初は、そんなつもりはなかった。……こっちの人と仲良くするつもりなんてなかった。……情が湧いてしまうから。

なのに、エマはどんなにあしらっても、私の傍に居て……笑ってくれた。

いつの間にか、エマは──……私にとって、大切だと思える存在になってしまっていた。

だから、私は……エマは……エマだけは……巻き込みたくなかった。

私はここまで、自分を殺して頑張ってきたつもりだ。……一つくらい、わがままを言ってもいいんじゃないか。

だから、


果林「……エマ」

エマ「……ん」

果林「何も言わずに……私と一緒に……来て……」


気付けばそう、言葉にしていた。


エマ「……」

果林「貴方は私が守るから……だから……」


私の言葉を受けてエマは、


エマ「……ごめんね」


そう言って、首を横に振った。


果林「……」

エマ「わたしね、この町が大好きなの。牧場も、牧場の人たちも、牧場のポケモンたちも、大好きなんだ。だから、今ここから離れることは出来ない……」

果林「エマ……」

エマ「だから……果林ちゃんとは一緒にいけない」

果林「……そっか」

エマ「……ごめんね」

果林「……こっちこそ、ごめんなさい。変なこと聞いて」

エマ「……うぅん」

果林「……」

エマ「……あ、果林ちゃん、おかわりよそうよ? 食べる?」

果林「……ええ、お願い」

エマ「……うん♪」




847: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 02:53:27.89 ID:hRdoaDre0

    👠    👠    👠





エマ「──それじゃ、また来るね!」

果林「ええ、またね」

エマ「あ! ここを出て行くときは、ちゃんと一言言ってね? 勝手にいなくなったら……わたし、怒っちゃうから!」

果林「ええ、わかってる」

エマ「うん! 約束だよ♪」


エマは笑いながら去って行った。


果林「…………」


私はエマが出て行ったドアを──しばらく見つめていた。





    👠    👠    👠





程なくして、DiverDiva拠点に戻る。


愛「あ、カリン、お帰り」

果林「……愛、荷物をまとめて。次の作戦が始まったら──ここにはもう戻らないと思うから」

愛「……カリン、エマっちは?」

果林「……何の話かしら」

愛「……まあ、カリンがいいなら、いいけどさ」


愛は言われたとおり、テキパキと荷物をまとめ始める。


 「ベベノ~」

愛「お、手伝ってくれんの? お前はいい子だな~♪ 愛してるぞ~♪」
 「ベベノ~♪」

果林「……明朝には発ちましょう」

愛「りょうか~い」


愛が作業を始める中、拠点内の大モニターに目をやると──先ほどまでエマと一緒に食事をしていた部屋のカメラだけが真っ黒になっていた。

恐らく……愛が気を遣ってくれたのだろう。

当初の予定からは、想像出来ないくらい……ここには長く居ついてしまった。

あまり持たないようにしていたのに……愛着も、少しだけ湧いてしまった。……けど、


果林「……思い出作りは……もう十分、出来たから……。──さようなら。……エマ」


私は最後の踏ん切りをつけるために──小さく別れの言葉を呟いたのだった。


………………
…………
……
👠


848: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:08:59.80 ID:hRdoaDre0

■Chapter043 『マネネ? まねっこ? ものマネネ?』 【SIDE Shizuku】





──ローズシティを目指して10番道路を北上している私たちですが……。


 「ヒヒィーーンッ!!!」

侑「かすみちゃん、ごめん! ギャロップそっちに行った!!」

かすみ「任せてください! ゾロア! “ナイトバースト”!!」
 「ガァゥゥッ!!!!!」

 「ヒヒィンッ!!!?」


突撃してくるギャロップを、かすみさんのゾロアが迎撃する。


歩夢「侑ちゃん! 茂みの奥にマルノームがいるよ!」

侑「え、どこ!?」

 「マァールノォー!!!」


今度は、マルノームが茂みの奥から、“ヘドロばくだん”を侑先輩に向かって放ってきた、


侑「う、うわぁ!?」

しずく「キルリア! “サイコキネシス”!!」
 「キルゥ!!」


その“ヘドロばくだん”をキルリアが念動力で逸らす。


侑「あ、ありがとう、しずくちゃん……! ライボルト!! “10まんボルト”!!」
 「ライボォォォ!!!!!」


反撃する侑先輩、だが──マルノームは近くにあった岩を丸呑みにし始めた。


 「マル、ノー」


すると、不思議なことに、ライボルトの“10まんボルト”を意にも介さなくなる。

ほとんどダメージが通っていない。


侑「くっ……“たくわえる”で耐えてきた……」
 「ライボ…!!」


持久戦が苦手な侑先輩は苦い顔をする。

マルノームは緩慢な動きで、攻撃の姿勢に移ろうとするが、


歩夢「タマザラシ、“アンコール”!」
 「タマァ~~♪」


歩夢さんのタマザラシがパチパチで手を叩くと、


 「マル、ノー…」


マルノームは再び、“たくわえる”をし始める。

“アンコール”は相手のポケモンに前使ったのと同じ技を強制させる補助技だ。

それで出来た隙に向かって、

849: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:09:38.42 ID:hRdoaDre0

侑「ライボルト、“オーバーヒート”!! イーブイ、“めらめらバーン”!!」
 「ライボォォォ!!!!」「ブーーイィッ!!!!!」

 「マ、マルノォーーー」


2匹のほのお技で一気に圧倒する。


侑「歩夢、ありがとう!」

歩夢「ふふ、どういたしまして♪」

リナ『二人とも、まだ来るよ! 上空から、オオスバメ!』 || ˋ ᨈ ˊ ||

 「スバァーーー!!!!!」


リナさんの言うとおり、鳴き声をあげながら突撃してくるオオスバメの姿。


かすみ「ああもう次から次へと……!! ヤブクロン!! “ヘドロこうげき”!!」
 「ヤーブッ!!!」


ヤブクロンが向かってくるオオスバメに向かって、ヘドロを吐きつけるけど、


 「スバッ!!!」


攻撃を察知し、オオスバメは上空へと回避する。


歩夢「フラエッテ! “ようせいのかぜ”!!」
 「ラエッテッ!!」


オオスバメが逃げた上空に向かって、歩夢さんのフラエッテが“ようせいのかぜ”を放つが、オオスバメはダメージを受けるどころから、風攻撃の届かない範囲ギリギリを飛んで、おちょくっている。


歩夢「あ、あれ……?」

かすみ「歩夢先輩、全然攻撃が届いてないですよぉ~!」

侑「相手が速すぎるんだ……!」


ひこうタイプにとって、地上からの攻撃はさぞ回避しやすいのだろう。

だけど、それならこちらにも考えがある。


しずく「ジメレオン」
 「ジメ…」


ジメレオンは手の平に水の玉を作り始める。

ジメレオンというポケモンは自分の体液で膜を作ることによって、水をボール状に丸めることが出来る。

その水のボールを、


 「ジメッ…!!」


空中を旋回しながら様子を伺っているオオスバメに向かって、投擲する。

でも、


かすみ「し、しず子~!! 投げてる方向が全然違うじゃん!?」

 「スバ…」


ボールは明後日の方向に飛んでいく。

オオスバメもあまりのノーコンっぷりに、空中で鼻を鳴らす。

850: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:10:14.59 ID:hRdoaDre0

しずく「ふふっ、ジメレオンは頭脳戦が得意なんですよ」

かすみ「……はぇ?」


明後日の方向に飛んでいたはずの水のボールは──急に空中で軌道を変えた。


侑「空中で動きが変わった!?」

 「スバッ!?」


急に変化したボールの動きに対応出来ず、水のボールがオオスバメに炸裂し、驚いたオオスバメはバランスを崩す。


しずく「今度こそ、ストレートで決めるよ!」
 「ジーーメッ!!!!」


ジメレオンは用意していた2球目を、オオスバメに向かって、投球し、


 「ス、スバァーーーッ!!!?」


剛速の水球は先ほどよりも強い威力で炸裂する。

オオスバメは弾けた水の塊に吹き飛ばされて、戦闘不能になった。


しずく「やったね、ジメレオン♪」
 「…ジメ」

かすみ「ちょっと、しず子、今何したの!? ボールが空中で変な動きしたけど……!?」

しずく「ふふっ♪ 上空に吹いていた風を利用しただけだよ♪」

歩夢「もしかして……フラエッテの“ようせいのかぜ”?」

しずく「はい♪ 使わせていただきました♪」


すでに空中で吹いていた“ようせいのかぜ”にジメレオンの水球を乗せ、軌道を変えて攻撃を当てたということだ。

ジメレオンは水のボールを使って、相手を追い詰めていくのが得意なポケモン。

うまく意表を突く展開で、ジメレオンの良さが生かすことが出来た。


侑「とりあえず……これで、野生のポケモンは落ち着いたかな」

かすみ「ですねぇ……ちょっと、疲れましたぁ……」

歩夢「一度にたくさん出てきて、びっくりしちゃったね……」

しずく「それに1匹1匹が、今まで戦ったきた野生のポケモンより強かった気がします……」

リナ『オトノキ地方は北側の方が野生のレベルも高いからね』 || ╹ᇫ╹ ||


先ほどから、こんな感じで何度も野生ポケモンの群れと出くわしている。

こちらも4人いるので、負けることはないが……何度も戦いながらのため、いかんせん進みが遅い。


かすみ「“むしよけスプレー”でも買っておけばよかったですぅ……」

歩夢「私は……“むしよけスプレー”はあんまり好きじゃないかも……。ポケモンが可哀想だし……」


かすみさんの言葉に遠慮がちに言う歩夢さん。


侑「私はみんなで戦いながら進むのも楽しいけどな~。みんなのポケモンが戦う姿も見られるし!」

リナ『それに、強い相手と戦うのは悪いことばっかじゃないからね』 || ╹ ◡ ╹ ||

かすみ「そうなの?」

リナ『経験値がたくさんもらえる。その証拠に、ほら』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

851: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:10:57.23 ID:hRdoaDre0

そう言いながら、リナさんの視線が私の傍らのキルリアに向けられる。


 「キルゥ…」


気付けば、キルリアはぶるぶると震えていて……次の瞬間、カッと眩い光を放つ。


歩夢「これって……!」

侑「進化の光だ……!」


光が晴れると──


 「──…サナ」


キルリアはサーナイトに進化していた。


しずく「サーナイト……」

かすみ「わ、やったじゃん、しず子!」

しずく「…………」

かすみ「……しず子? どうしたの?」

しずく「……え?」

かすみ「なんか反応薄いよ? サーナイト、前から欲しかったって言ってたのに……」

しずく「あ、う、うぅん! 嬉しいよ! 新しい姿にちょっと感動してただけ!」
 「サナ」

しずく「サーナイト、これからもよろしくね!」
 「サナ」


サーナイトは恭しく頭を下げる。


リナ『サーナイト ほうようポケモン 高さ:1.6m 重さ:48.4kg
   未来を 予知する 能力で トレーナーの 危険を 察知したとき
   最大 パワーの サイコエネルギーを 使うと 言われている。
   空間を ねじ曲げ 小さな ブラックホールを 作り出す 力を 持つ。』


リナさんの図鑑解説を聞きながら、


侑「わかるよ、しずくちゃん! 新しいポケモンを見ると、なんか言葉失っちゃうよね!」


侑先輩が目を輝かせながら、私の手を握ってくる。


しずく「は、はい……」

リナ『侑さんはちょっと感動しすぎなところあるけど』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「ブイ…」

しずく「あ、あはは……」



呆れ気味なイーブイとリナさんを見て、苦笑してしまう。

そのとき、突然、


かすみ「──つめたっ!」


かすみさんが、声をあげた。

空を見上げると──パラパラと雨の粒が降り始めたところだった。

852: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:11:39.76 ID:hRdoaDre0

かすみ「わー!? 雨、降ってきちゃったぁ!?」
 「ガゥゥ…」

侑「本降りになる前に急ごう……!」
 「イブィッ」


侑先輩たちは大急ぎで手持ちをボールに戻して、10番道路を駆け出す。

私も、サーナイトとジメレオンをボールに戻す。

ボールに戻して──今しがた姿を変えたサーナイトのボールをまじまじと見つめてしまう。


しずく「…………私も……侑先輩みたいに、思えたら……」


──小さく独り言ちる。


歩夢「しずくちゃん……?」


そんな私の呟きが聞こえたのかどうかはわからないが、歩夢さんが足を止めて、こちらに振り返り、


歩夢「大丈夫……?」


ととっと近付いてきて、私の顔を心配そうに覗き込みながら訊ねてくる。


しずく「あ、いえ……すみません! なんでもないんです……!」

歩夢「そう……?」


咄嗟に誤魔化すものの、歩夢さんはやはり心配そうに私の顔を見つめている。


かすみ「しず子~! 歩夢せんぱ~い! 何してるんですかぁ~!? 早く行きますよ~!!」

しずく「あ、う、うん!! 歩夢さん、行きましょう!」

歩夢「……うん」


歩夢さんの視線から逃げるように、私はかすみさんたちを追って駆け出した。


歩夢「…………」





    💧    💧    💧





──10番道路は長い道路だ。

二つの大きな都市に挟まれている割に、自然豊かで様々な種類のポケモンが生息している。

また東側を上流とする河川も流れていて、道路の中腹辺りには橋が架かっている。

多少勾配はあるものの、基本的には歩きやすく、多種多様なポケモンとの邂逅を求めて、多くのトレーナーが訪れるそうだが……。


かすみ「ほ、本降りですぅぅ~~!!!」
 「ガゥ、ガゥガゥッ!!!!」


今日みたいな土砂降りだと、話は変わってくる。

私たちはバッグからレインコートを取り出して、ぬかるむ道を疾走中だが……かすみさんだけは何故か、レインコートを羽織っていない。

853: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:12:37.78 ID:hRdoaDre0

侑「かすみちゃん、雨具持ってないの!?」

かすみ「バッグの奥底にあって取り出せないんですぅ~!!」

リナ『かすみちゃんは荷物を持ちすぎなんだと思う』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||


だから普段から、道具を持ちすぎだって言ってるのに……。


しずく「それにしても……本当に酷い雨ですね……」


レインコートを羽織っていても、靴の中に水は入り放題だし、地面の状態は最悪だ。

あまりにも雨足が強すぎて──前方を走る、かすみさんと侑先輩の姿を追いかけるのがやっとな状態。


歩夢「しずくちゃん、平気?」

しずく「は、はい……! かなり置いていかれちゃってますから、急がないとですね……」


先ほどから歩夢さんは、しきりに私に声を掛けてくれている。

恐らく……先ほどの私の様子が気になっているのだろう。


歩夢「体調が悪かったら言ってね……?」

しずく「は、はい……ありがとうございます」


面倒見が良い歩夢さんらしいなと思った。

だからこそ、先ほどのような態度を見せてしまったのは失敗だったなと反省する。

後輩が急に無口になったら心配もするだろう。

この雨を抜けたら、本当になんでもないことを伝えなくては……。

──バシャバシャと音を立てながら、ぬかるむ道をひた走る。

走り続けていると、道路の中腹を横切る河川が見えてくる。

もちろんこんな大雨の中だ。川の水はかなり増水し、茶色い濁流となっている。

気付けば、かすみさんたちは橋をすでに渡り始めていて、そろそろ向こう岸に着こうとしていた。


しずく「い、急がないと……!」


私がもたもたしていたせいで、随分遅れてしまっている。

焦り気味に、橋へと差し掛かった瞬間──ミシっという嫌な音がした。

直後、視界がガクンと揺れる。


しずく「っ!?」


この大雨によって──橋が、壊れた。

急なことに、なすすべもなく私は濁流に投げ出される。


歩夢「──しずくちゃん……!!」

854: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:13:20.42 ID:hRdoaDre0

視界の端に居た歩夢さんが──濁流に飛び込んでくる姿が見えた。

──歩夢さん、来ちゃ、ダメです……!!

叫ぼうとするが、濁流に呑まれながら声を発することなど出来るはずもなく、私は流されていく。

溺れないように、必死に顔を水面に出そうとするが、激しい濁流の中では自由が全く効かず、私の視界は──気付けば全てが濁った水の中で、回転していた。

上も下も右も左もわからない。

洗濯機の中にでも放り込まれたような気分だった。

もはや水面がどっちかすらわからない。

──私……死んじゃうのかな。

ウルトラビーストに襲われたとかじゃなくて……まさか、川で溺れて死んじゃうなんて……。

情けないな……。

だんだん、抗う気力もなくなってきて……ただ流されていく私の腕を──何かが掴んで引っ張りあげるような感覚がした。


しずく「──ぷはっ……! げほっ! げほっ!」

歩夢「しずくちゃん、平気!?」
 「シャーボ!!!」


私を引っ張りあげたのは──歩夢さんだった。サスケさんが私の腕に頭側を絡みつかせ、尻尾側は歩夢さんの腕に絡みつき、私を引っ張っていた。

そのまま、サスケさんを伝って、歩夢さんが手を伸ばし、私の腕を掴む。

歩夢さんに引き寄せられた状態で、濁流の中辛うじて顔だけを水面から出したような状態のまま、流されている。


しずく「あ、あゆむ……さん……っ……」

歩夢「サスケ……! 絶対、私から離れちゃダメだよ……!」
 「シャーボッ!!!」

歩夢「タマザラシ……! 頑張って、岸まで……!」
 「タマァァ…!!」


歩夢さんがタマザラシに掴まって泳いでいることに気付く。

そうだ私も……!


しずく「ジメレオン、出てきて……!」
 「ジメッ!!」


私もジメレオンに掴まり、歩夢さんのタマザラシと力を合わせて、岸に向かおうとする──が、


歩夢「な、流れが……速すぎて……っ」

しずく「二人とも岸まで行くのは無理です……! ジメレオン、タマザラシと協力して、歩夢さんだけでも……!」
 「ジ、ジメ…」

歩夢「そんなの絶対にダメ……!!」

しずく「ですが……っ」


歩夢さんは私を助けるために、飛び込んできたのだ。

私が落ちたりしなければ、歩夢さんが危険な目に遭うなんてことなかった。


しずく「どちらかしか助からないなら……歩夢さんが──」

歩夢「どっちが助かるかなんて考えないでっ!」

しずく「!」

歩夢「タマザラシ、お願い……!!」
 「タマァァァ…!!」


そのとき──タマザラシの体が眩く光り始めた。

855: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:13:56.90 ID:hRdoaDre0

 「──グラァッ!!!!」

しずく「トドグラーに……進化した!?」

歩夢「! これなら……! トドグラー、お願い!」
 「グラーー!!!」


進化して、パワーアップしたトドグラーは、濁流の中でも私たちをぐんぐん引っ張って──どうにか岸へとたどり着いたのだった。





    💧    💧    💧





歩夢「エースバーン、“ひのこ”」
 「バース」


歩夢さんのエースバーンが集めた枝に火を点けてくれる。


歩夢「これで……ちょっとはあったかくなるかな」

しずく「はい……あったかいです」


水に浸かっていたせいで完全に冷え切ってしまった身体を、焚火が温めてくれる。

私たちは、あの後どうにか岸に上がり、川から少し離れた場所にあった大きな木陰の下で雨宿りをしていた。


歩夢「……結構流されちゃったみたいだね」


歩夢さんは図鑑のタウンマップを確認しながらそう言う。


しずく「すみません……私が不甲斐ないばっかりに」


私はしゅんとしてしまう。


しずく「歩夢さんまで巻き込んでしまって」

歩夢「…………」


歩夢さんは無言で立ち上がって、


しずく「……歩夢さん……?」


私の目の前にしゃがみこみ──そのまま、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。


歩夢「……そんな悲しいこと言わないで……私たち、友達でしょ?」

しずく「歩夢……さん……」

歩夢「しずくちゃんが困ってたら……助けるよ。……だから、巻き込んだなんて言わないで欲しいかな……」

しずく「……ごめんなさい……」

歩夢「……もう言っちゃダメだよ、そんなこと」

しずく「……はい」


私が謝ると、歩夢さんは私を離したあと、頭を撫でてニコっと笑う。

856: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:16:35.68 ID:hRdoaDre0

歩夢「……雨、止むまでは動けないね」

しずく「そうですね……かすみさんたち、心配してますよね……」

歩夢「さっき、リナちゃんにメッセージは送っておいたよ。……あ、返事来てる」

しずく「侑先輩たちはなんて……?」

歩夢「『二人とも無事でよかった。天気が落ち着いたら、すぐに迎えに行くからそこで待ってて』って」

しずく「そうですか……。……くしゅんっ」

歩夢「わわ……! 風邪引いたら大変……! 私の上着、ちょっとだけ乾いてきたから、羽織ってて!」

しずく「い、いえ、そんな……! 歩夢さんこそ風邪引いちゃいます……!」

歩夢「私は大丈夫だから、ね?」

しずく「でも……」

歩夢「はい、どうぞ」

しずく「……ありがとう……ございます……」


歩夢さんには独特の押しの強さがあるというか……なんだか、気付くと言うことを聞いてしまっているような、不思議な雰囲気がある。


歩夢「いいんだよ、こんなときは甘えても。私の方がお姉さんなんだから♪」

しずく「は、はい……///」


なんだか、少し気恥ずかしくなってくる。


歩夢「他に困ったことはないかな?」

しずく「大丈夫ですよ。それこそ、そこまで気を遣っていただかなくても……」


そのとき──くぅ~……とお腹の辺りから音が鳴る。


しずく「あ、あの、これは……///」

歩夢「ふふ♪ 確かにお腹空いちゃったね♪」

しずく「ぅぅ……///」

歩夢「何かあるかな……」


歩夢さんは自分のバッグの中身を確認し始める。

ただ、先ほどまで濁流を流されていたこともあって──


歩夢「……うーん……。……やわらかい“きのみ”はほとんどダメになっちゃってるかも……」


持っている“きのみ”の多くがダメになってしまったようだ。


しずく「あ、あの……歩夢さん、本当に大丈夫ですから……」

歩夢「あ……そうだ!」


歩夢さんは何かを思いついたらしく、ぽんと手を叩いて、バッグの中から何かの箱を取り出した。


歩夢「よかった……ケースの中身は無事みたい」

しずく「それって……“ポフィンケース”ですか?」

歩夢「うん♪ “ポフィン”はポケモンのおやつだけど……少し貰っちゃおうかなって。はい♪」


そう言いながら、ケースから“ポフィン”を取り出し、私に薄黄色の“ポフィン”を手渡してくれる。

857: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:17:21.22 ID:hRdoaDre0

しずく「いただいてしまって、いいんですか……?」

歩夢「もちろん♪」
 「シャーーボッ!!!」「バーースッ!!」

歩夢「ふふ♪ サスケとエースバーンにもあげるから、慌てないで♪ はい♪」
 「シャボッ」「バーース♪」


サスケさんとエースバーンは歩夢さんからそれぞれ、緑色と黄色い“ポフィン”を貰うと、おいしそうに食べ始める。


 「グラァ…」

歩夢「トドグラーもおいで♪」
 「グラ…♪」


トドグラーは歩夢さんに呼ばれると、彼女に身を摺り寄せる。

歩夢さんはトドグラーを優しく撫でながら、口元に赤い“ポフィン”を持っていき、食べさせ始める。


歩夢「ふふ♪ 進化しても、トドグラーは甘えん坊だね♪」
 「グラァ…♪」


歩夢さんはトドグラーに“ポフィン”を与えながら、


歩夢「ジメレオンくんもおいで♪」

 「ジメ…」


桃色の“ポフィン”を取り出して、私のジメレオンのことも呼ぶ。

ジメレオンは少し困惑気味だったけど、


歩夢「手渡しだと緊張しちゃうかな? ここにおいておくね♪」


歩夢さんがそっと“ポフィン”を置くと、


 「ジメ…」


そろそろと近付いて、“ポフィン”を食べ始めた。


しずく「……」

歩夢「私も食べようかな♪」


そう言いながら、歩夢さんも桃色の“ポフィン”を取り出して、口に運ぶ。


歩夢「……えへへ♪ おいしく出来てる♪ しずくちゃんも遠慮せずに食べてね。たくさんあるから!」

しずく「は、はい……」


私も遠慮気味に貰った“ポフィン”を口の運ぶ。一口食べると──甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。

甘さの中にある酸っぱさが、疲労した身体に染み渡っていくようだ。


しずく「おいしい……」

歩夢「よかった♪ しずくちゃん、少し疲れてたそうだったから、“すっぱあまポフィン”を選んだんだけど……他の味もあるから、食べたい味があったら言ってね♪」

しずく「ありがとうございます、歩夢さん」

歩夢「ふふ♪ どういたしまして♪」


歩夢さんが優しく笑う。

858: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:18:15.56 ID:hRdoaDre0

 「グラー…」

歩夢「トドグラー、おかわり欲しいの? 今日は頑張ったもんね。はい♪」
 「グラァ…♪」

しずく「歩夢さんは……すごいですね」

歩夢「え?」

しずく「こんなときでも……ポケモンたちを大切にしていて……。……私は、いつも自分のことで精いっぱいで……ポケモンたちには助けてもらってばかりで……」

歩夢「しずくちゃん……?」


口に出してから、またやってしまったと思った。


しずく「す、すみません……! なんでもないんです……」

歩夢「……」


……でも、こんなことを言って誤魔化しても、歩夢さんがなんでもないなんて思ってくれるはずもなく。


歩夢「トドグラー、ちょっとごめんね」
 「グラァ…」


“ポフィン”を食べているトドグラーの傍から離れて、歩夢さんは私の隣に腰を下ろす。


歩夢「やっぱり……何か、悩んでるんだね」


すぐ隣で私の顔を心配そうに覗き込んでくる歩夢さん。


しずく「……それは…………」


でも、私はなんだか気まずくて、目を逸らしてしまう。


歩夢「……もしかして──……最近マネネをあんまりボールから出してないことと、何か関係あるのかな……?」

しずく「……え?」


私はその言葉に驚いて、せっかく目を逸らしたのに、思わず歩夢さんの方をまじまじと見つめてしまう。


歩夢「えっと……あんまり、聞かれたくなかったかな……?」

しずく「あ、いえ……その……。……歩夢さんには……そう、見えましたか……」

歩夢「……うん。しずくちゃん、いつもマネネと一緒だったのに……セキレイに戻ってきてから、あんまりマネネをボールから出してなかったから、何かあったのかなって……」

しずく「…………歩夢さんには、敵いませんね……」

歩夢「マネネと何かあったの……?」

しずく「何か……というわけではないんですが……」


私はマネネのボールを手に取って、見つめる。

すると、ボールがカタカタと震えるのがわかった。


しずく「前に……ロトムの話をしましたよね」

歩夢「うん。鞠莉さんのロトムのお話だよね」

しずく「……ロトムはイタズラ好きなポケモンで、すごく子供っぽいと言いますか……。その気性が故に、精神的に成長していく鞠莉さんと少しずつ噛み合わなくなっていって……ケンカをしてしまったそうです」

歩夢「でも、しずくちゃんが昔の気持ちを思い出させてあげて……また仲直り出来たんだよね?」

しずく「……はい」


ただ、私はそのとき……いいや、正確にはその後、だけど……思ってしまった。

859: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:19:07.22 ID:hRdoaDre0

しずく「……でも、それは鞠莉さんが子供のときの気持ちを思い出してくれたから、うまく行っただけであって……ポケモン側が変わってしまったら、難しかったんじゃないかって……」

歩夢「……? どういうこと?」

しずく「……マネネってすごく子供っぽいポケモンなんです。主人の“まねっこ”をしたがる……そんなポケモン」

歩夢「うん」

しずく「でも……進化してバリヤードになったら、そういう子供っぽさはなくなるそうなんです……」

歩夢「……。……もしかして、マネネに進化して欲しくないから、あんまりボールから出してなかったの……?」

しずく「……意識してそうしていたつもりはなかったんです。……だけど、今、歩夢さんから言われて……ああ、私、そう思ってたのかもしれないって……」


いつも、私の近くで無邪気に子供っぽく、“まねっこ”をしていたマネネが、違う姿になってしまうことが、うまく想像出来なかった。

想像出来なくて……もし、変わってしまったマネネは、どうなってしまうのか、私を見てどう思うのか……なんだか、そんなことを無意識に考えてしまっていた自分に気付いてしまった。


しずく「本当はこんなこと考えちゃいけないことはわかってるんです……。大切な手持ちが成長するのは、トレーナーとして喜ぶべきことですから……」


ただ、この短い間にあまりにいろんなことがあって……。私の中に少しずつ迷いが生まれ始めて……。


しずく「姿が変わったら……私はどう映るのかなって……。……私は……今の私に……自信が、ないんです……」


だって私は──いつ自分がおかしくなっても、不思議じゃないから。

今でも、私の心のどこかで──ウルトラビーストの毒が私を蝕んでいる気がするのだ。

もし、私が私じゃなくなったら……私のポケモンたちは私をどう思うんだろう。

一番付き合いの長いマネネは、もし私がおかしくなってしまっても……きっと私の傍にいてくれる。そう思えたけど……もし、マネネが進化して、今のマネネじゃなくなったら……。


しずく「私……ダメですね……」

歩夢「……しずくちゃん」

しずく「……進化して欲しくなかったら……かすみさんみたいに、進化キャンセルをすればいいんですよね……でも」


だけど、かすみさんと私では少し事情が違う。

かすみさんは可愛いポケモンに拘りがあって……その上で強い。無理に進化させなくても、ポケモンたちを信じられるし、その強さを引き出せる自信があるのだ。

ポケモンたちも、かすみさんが望むものを理解して、かすみさんを信頼している。

だから、彼女と彼女のポケモンたちにとっては無理に新しい姿を手に入れる必要はないのだろう。

だけど、私は……私が進化して欲しくないのは、私が不安なだけなのだ。


しずく「……私の事情で、ポケモンたちの成長を止めてしまうのは……私のエゴなんじゃないかって……」

歩夢「……そっか」

しずく「……ごめんなさい。……変ですよね、こんなこと悩んでるなんて……」

歩夢「うぅん。そんなことないよ。ずっとお友達だったポケモンの姿が変わっちゃったら、びっくりしちゃうの、わかる気がするよ」


そう言いながら、歩夢さんは肩の上で鎌首をもたげているサスケさんの頭を撫でる。


 「シャボ」
歩夢「私もね、サスケがアーボックに進化したらどうなっちゃうのか、想像出来ないもん」

 「シャボ」

しずく「そういえば……サスケさんのレベルだと、もうアーボックに進化していてもおかしくないですよね」


歩夢さんもかすみさん同様、サスケさんには進化キャンセルをしているんだと思っていたけど、

860: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:19:54.59 ID:hRdoaDre0

歩夢「うん。ただ、サスケ……進化しないんだよね」

しずく「え? 歩夢さんがキャンセルしているんじゃないんですか……?」

歩夢「うん。だから、きっとサスケ自身がずっと私の肩の上にいたいって思ってるから進化しないのかなって……。アーボックになったら、さすがに肩には乗せられないだろうし……」
 「シャーボ」


歩夢さんがサスケさんの頭を撫でると、サスケさんもそれに応えるように、歩夢さんに身を摺り寄せる。


歩夢「でも、私もサスケが進化しちゃったら……びっくりして戸惑っちゃうかもしれないなって……。だから、しずくちゃんがそう思う気持ち、ちょっとわかるんだ」

しずく「歩夢さん……」

歩夢「だから、全然変なことじゃないよ。そんなに自分がおかしいだなんて、自分を追い詰めなくてもいいんだよ」


そう言いながら、歩夢さんはまた私の頭を優しく撫でてくれる。

なんだか、歩夢さんが優しすぎて──ポロリと……涙の雫が零れてしまった。


しずく「……ぐすっ……す、すみません……」

歩夢「大丈夫だよ、しずくちゃん」


かすみさんの前では、ずっと気丈に振舞っていたからだろうか。

何故だか、年上のお姉さんである歩夢さんの前では、普段言えない気持ちも素直に言えてしまう気がした。

──もちろん……それでも、ウルトラビーストのことは歩夢さんには言えないけど……。


歩夢「ねぇ、しずくちゃん」

しずく「……なんでしょうか」

歩夢「しずくちゃんがマネネとどうやって出会ったのか……聞いてもいい? そういえば私、聞いたことなかったなって……」

しずく「マネネとの出会い……ですか」


そういえば、あまり人に話したことはなかったかもしれない。

いい機会だし、歩夢さんに聞いてもらうのも悪くないのかもしれない。


しずく「……私がマネネと出会ったのは、両親に連れられて、ガラル地方に旅行に行ったときのことでした……」



──────
────
──



初めて訪れるガラルの地。

目に映るもの全て、オトノキ地方とは全然違って──はしゃいでいた私は、気付いたら親から離れて迷子になってしまっていました。


しずく「おとうさん……おかあさん……どこですか……っ……」


ブラッシータウンでべそをかきながら、両親を探す私。

異国の地で不安になりながら、とぼとぼと歩いていると、


 「マネ…マネネ…」

しずく「……?」


足元で、私みたいにベソをかいているポケモンがいた。


しずく「……あなたもまいごなんですか……?」

861: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:20:23.27 ID:hRdoaDre0

私が小首を傾げながら訊ねると、


 「マネ?」


そのポケモンは私を見上げて、小首を傾げる。


しずく「……?」


そのポケモンが何を考えているのかよくわからなくて、私が不思議そうに見つめると、


 「…?」


そのポケモンも私を不思議そうに見つめ返してくる。


しずく「もしかして……私のまねしてるんですか……?」
 「マネ、マネネマネ?」

しずく「ま、まねしないでください……」
 「マ、マネマネネ」

しずく「だから……まねしないで……!」
 「マネ、マネネ!!!」


ただでさえ不安で心細いのに、からかわれているようで嫌だった私は、そのポケモンを無視して、歩き出す。


しずく「おとうさん……おかあさん……どこ……」

 「マネー…マネネー…」

しずく「だから、付いてこないでください……!」
 「マネ、マネネマネッ!!」

しずく「うぅ……」
 「マネェ…」


異国の地でただでさえ不安で不安でしょうがないのに、変なポケモンにまで付きまとわれて、もう限界だった。


しずく「ぅ、…ぅぇぇん……っ……おとうさん……おかあさん……どこぉ……っ……ひっく……っ……」
 「マ、マネ…!?」


その場に蹲って、しゃくりをあげながら泣き出してしまう私に、さすがに面食らったのか、マネネが私の周りでおろおろし始めた。


しずく「……ひっく……っ……かえりたい、ですぅ……っ……」
 「マ、マネ…」


泣きじゃくる私、不安だし、寂しいし、お腹も空いてきた。もう帰りたい。


 「マ、マネ…!!」


そんな、私の目の前で、マネネがぴょんぴょんと跳ね始める。


しずく「……こ、こんどは……っ……なん、ですか……っ……」


涙を拭いながら、マネネに文句を言うと、


 「マネ」


マネネは私に向かって──青色をした“きのみ”を差し出していた。


しずく「これ……くれるんですか……?」
 「マネ」

862: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:20:55.16 ID:hRdoaDre0

当時はこれがなんの“きのみ”かはわからなかったが、今考えてみると“カゴのみ”でした。

お腹も空いていたし……せっかくくれたから、食べてみることにする。

思い切って、齧ってみると、


しずく「……か、硬い……」


とてつもなく硬かった。

でも、頑張って、ガリっと噛み砕いて口に含むと、


しずく「…………ちょっと、しぶい……」


よく家で飲む、お茶のような渋みがあった。

くれたのはありがたいけど……このまま食べるのには、向いていないかもしれない。


しずく「ちょっと、しぶくて……これいじょう、たべられないです……」


そう言いながら、マネネに“きのみ”を返すと、


 「マネ」


マネネはまた私の真似をして、“きのみ”に齧りつく。

ガリっと硬い“きのみ”を口に含むと、


 「マ、マネェェェ…」


“きのみ”の渋い味に、顔を顰めた。


しずく「……くすくす♪ わたし、そんなかおしてませんよ♪」
 「マ、マネェ…」


さっきまでひたすら“まねっこ”していたのに、自分で持ってきた“きのみ”の味に険しい顔をするマネネが面白くて、なんだか笑ってしまった。

私がくすくすと笑うと、


 「マネマネ♪」


私を真似して、マネネもくすくすと笑う。


しずく「もう……また、まねしてる……」


よほど、人の“まねっこ”をするのが好きなポケモンらしい。

少し呆れてしまうけど──お陰で、少しだけ元気が出てきた気がする。


しずく「……わたし、しずくっていいます。あなたは?」
 「マネネッ!!」

しずく「マネネ……でいいのかな? いっしょにおとうさんとおかあさん……さがしてくれますか?」
 「マネ♪」



──
────
──────


863: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:21:28.01 ID:hRdoaDre0

その後、マネネと一緒に両親を探して……ブラッシータウンの駅で両親と再会することが出来ました。


しずく「──これが、私とマネネの出会いでした」

歩夢「素敵な出会いだったんだね」

しずく「はい……大切な思い出です。私にとっての……初めての友達……」


だから……だからこそ、マネネとの距離感が変わってしまうことが怖かった。


しずく「……マネネ、出てきて」


私は握ったボールから、マネネを外に出す。


 「──マネ♪」

歩夢「しずくちゃん……いいの?」

しずく「はい……なんだか、マネネとお話ししたくなっちゃって……」
 「マネ♪」


進化してしまうのは、変わってしまうのは、怖いけど……でも、マネネと話したい気持ちもある。


しずく「マネネは……“まねっこ”が大好きなポケモンですが……それが“まねっこ”ではなく、“ものまね”になったとき、バリヤードに進化するそうです」
 「マネ?」

しずく「果たして“まねっこ”と“ものまね”の何が違うのか……よくわかりませんが……」


技としては、“まねっこ”は直前に見たのと同じ技を繰り返す。“ものまね”は直前に見た技を覚えて使えるようになる……という違いだが、何が起こると“まねっこ”が“ものまね”になるのかはよくわからない。

結局人の真似をしているということには何も変わりがないわけだし……。


しずく「でも……私がこんな悪あがきをしていても……マネネは成長して、いつかは進化しちゃうんでしょうけどね……」

歩夢「……私は、大丈夫だと思うな」

しずく「大丈夫……ですか……?」

歩夢「きっと、マネネは進化しても、しずくちゃんのこと、大切にしてくれると思う」

しずく「…………どうして、そう言い切れるんですか」


これだけ話したのに、そんな風に言う歩夢さんの言葉が、少し無責任に聞こえて、むっとした声になる。


しずく「ポケモンは進化して、新しい姿を得たら、気性が変わるのは事実なんです……保証なんてどこにも……」

歩夢「あるよ」


でも、歩夢さんは頑なだった。


歩夢「だって、それはしずくちゃんが今話してくれたよ」

しずく「……え? 私、そんな話……」

歩夢「ガラルで迷子になったとき、見ず知らずのマネネと出会ったしずくちゃんはどうしてマネネと仲良くなれたの?」

しずく「え……?」

歩夢「マネネの優しさをしずくちゃんが受け取ったからだよ」

しずく「…………」

歩夢「マネネから貰った“きのみ”を食べたとき、しずくちゃんはどう思った?」

しずく「どう……」

864: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:22:25.46 ID:hRdoaDre0

あのとき、マネネがくれた──あの渋い“きのみ”。

おいしくなかった、あの“きのみ”。

だけど……。


しずく「……心が……あったかく、なりました……」


泣きじゃくる私に、小さなマネネが考えた、精いっぱいの優しさで、胸が温かかった。


歩夢「姿が変わったら、気性が変わっちゃうポケモンがいるのは、しずくちゃんの言うとおりだと思う」

しずく「…………」

歩夢「子供っぽくて、甘えん坊なマネネじゃなくなっちゃうかもしれない。……だけど、しずくちゃんと出会ったときの優しい気持ちは──きっとそんなに簡単に変わらないよ」

しずく「……歩夢さん」

歩夢「変わっていくことで、気持ちがわからなくなっちゃうこともあるかもしれない……。だけど、そのときはまたいっぱいお話しして、仲直りすればいい」

しずく「……はい」

歩夢「だから、変わることを怖がらなくていいんだよ」


そう言いながら、歩夢さんはまた私の頭を優しく撫でてくれた。


しずく「……はい……っ……」


本当はわかっていたんだ。

だって今、歩夢さんが言っていることは、私がロトムと鞠莉さんに伝えたかったことだから。伝えたことだから。

悲しいこと、怖いことがたくさんあって、いつの間にか私も見失っていたんだ。

歩夢さんに話してみて、やっと心のつかえが取れた気がして──安心と一緒に、また涙が零れる。


しずく「す、すみません……っ……私、泣いてばかりで……っ……」

歩夢「うん、大丈夫だよ。しずくちゃん」


ポロポロと涙を零す私。そんな私を優しく撫でる歩夢さん。

そんな私たちを見て、


 「マネ…」


マネネは私の肩までよじ登り。


 「マネ…」


歩夢さんのように、私の頭を優しく撫でてくれる。

……そこで私は、やっと気付いた──……そっか、そういうことだったんだ。

“まねっこ”と“ものまね”の違い。

──“まねっこ”はただ、目の前の人の仕草を真似るだけだけど……。

──“ものまね”は、その行動の意味を、気持ちを、自分で理解して、することなんだ。

今のマネネのように。泣いている私を、慰めたいって、優しい気持ちで──歩夢さんの“ものまね”をしているように。


しずく「……いつの間にか……成長、してたんだね……っ……マネネ……っ……うぅん……っ……」
 「──バリ」

しずく「バリヤード……っ……」
 「バリ♪」


“まねっこ”は“ものまね”に。マネネは──バリヤードに。

865: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:22:59.16 ID:hRdoaDre0

しずく「今まで、構ってあげられてなくて……ごめんね……っ……」
 「バリバリ♪」


私はバリヤードを抱きしめる。

こんなに優しい、私の友達。私の最初の友達。

姿が変わったくらいで、なくなってしまうわけなかったんだ。


しずく「どんなに姿が変わっても……ずっと、一緒だよ……」
 「バリバリッ♪」


私は姿が変わっても、こんなに愛おしいんだと、再確認出来て──やっと心の底から、安堵したのだった。





    💧    💧    💧





歩夢「落ち着いた?」

しずく「……はい。すみません、いろいろご迷惑を……」

歩夢「もう……だから、そういうこと言っちゃダメだよ!」

しずく「す、すみませ……あ、えっと……。…………すみません」

歩夢「……ふふ♪ しずくちゃんらしいけど♪」

 「バリバリ♪」

しずく「むぅ……バリヤードまで……」


少し膨れてしまう。


歩夢「それにしても……私が知ってるバリヤードと少し違うかも……」

しずく「はい。この子はガラルで出会ったマネネが進化したバリヤードなので……」


図鑑を開いて歩夢さんに見せる。

 『バリヤード(ガラルのすがた) ダンスポケモン 高さ:1.4m 重さ:56.8kg
  タップダンスが 得意。 足の 裏から 出す冷気で つくった
  氷の 床を 蹴り上げ バリヤーの ごとく 身を 守る。
  凍らせた 床の 上で 1日 タップダンスに 励んでいる。』


歩夢「ガラルのバリヤードは、こおりタイプもあるんだね」

しずく「はい♪」
 「バリバリ♪」


歩夢さんとバリヤードの新しい姿について話しているうちに──激しい雨の音はすっかり消えており、


歩夢「……雨……あがったね……!」

しずく「……はい!」


気付けば雲の隙間から、夕日の茜が差し込んできて、私たちを照らしていた。

それとほぼ同時に──


侑「おーーい!! 歩夢ーーー!! しずくちゃーーん!!」
かすみ「やっと見つけましたよー!! しず子ーーー!! 歩夢せんぱーい!!!」


川の向こう岸から、かすみさんと侑先輩が、私たちを呼んでいた。

866: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:23:33.83 ID:hRdoaDre0

歩夢「侑ちゃーん! かすみちゃーん! 今そっちに行くねー! トドグラー、もう一度向こう岸まで泳げる?」


雨も落ち着いて、少しずつ大人しくなってきた川を渡ろうとする歩夢さん。


しずく「歩夢さん、もう泳いで渡らなくても大丈夫ですよ」

歩夢「え?」

しずく「ね、バリヤード♪」
 「バリバリ♪」


バリヤードがタップダンスを踏みながら、川へと歩いていくと──彼の足元が凍り付いて、氷の道が出来上がる。


歩夢「わぁ……!」

しずく「行きましょう、歩夢さん♪ 二人が待ってます♪」

歩夢「うん♪」


私はバリヤードと共に──雨の晴れた10番道路を、再び歩き始めたのでした。




867: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/10(土) 16:24:05.55 ID:hRdoaDre0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【10番道路】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      ●| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.33 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      バリヤード♂ Lv.25 特性:バリアフリー 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.32 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.33 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      サーナイト♀ Lv.32 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:172匹 捕まえた数:11匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.43 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.41 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.38 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      トドグラー♀ Lv.33 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.28 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:170匹 捕まえた数:17匹

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.48 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.48 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.45 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.39 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
      ルガルガン♂ Lv.83 特性:かたいツメ 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:167匹 捕まえた数:5匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.43 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.40 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.39 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.37 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.38 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:164匹 捕まえた数:8匹



 しずくと 歩夢と 侑と かすみは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.




869: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 09:57:24.11 ID:6zYh2+nI0
 ■Intermission🎹



──4人の女の子が、砂漠のような世界を歩いているのを足元から見上げていた。


 「……あつ、すぎ……る……」

 「我慢しなさい……暑いのはみんな同じよ……」

 「こんなときのために、発明したものがある」

 「発明?」

 「自立式自動日傘ロボット『パラソル君』」

 「おぉ~傘が開いた」

 「いや……大きすぎでしょ……どこにしまってたのよ……」

 「布部分は真空圧縮してる。携帯性抜群」

 「でも、快適だよ~……生き返る~……」

 「はぁ……じゃあ、進みましょうか」


そう言って、リーダーらしき女の子の一声で一行は歩き出すけど──


 「……いや、遅すぎるんだけど……」

 「風の抵抗をモロに受けるから、このスピードが限界」

 「むしろ、これくらいゆっくりな方が楽でい~よ~♪」

 「今すぐ閉じて進むわよ」

 「えぇ~!? なんで~!?」

 「ま、日が暮れると砂漠はめちゃくちゃ冷えるからね……それはそれでしんどいし」

 「ちぇ~……わかったよぉ~……」


のんびり屋さんっぽい女の子が項垂れると同時に── 一陣の風が吹く。


 「……!? い、今のって~……!?」

 「……お出ましみたいね」

 「──、下がって……」

 「う、うん……」


女の子に抱き上げられながら、下がっていく。

緊迫する空気の中──


 「──フェロッ」


真っ白な体躯のポケモンが、猛スピードで突っ込んできた──



──
────
──────

870: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 09:58:04.96 ID:6zYh2+nI0

侑「…………」


身を起こす。


侑「…………また…………変な夢……」


もうこの夢を見るのは何度目だろうか。

今回はいつもよりも登場人物が多かったけど……。……しかも、見覚えがあるような、ないような……。

だけど、やっぱり絶妙に思い出せない……。

暗がりの中で、ぼんやりと周囲を見回すと、


歩夢「…………すぅ…………すぅ…………」
 「…zzz」


歩夢がシュラフの中で、サスケと一緒に寝息を立てていた。


リナ『侑さん? どうしたの?』 || ╹ᇫ╹ ||


私が起きたことに気付いたのか、リナちゃんがふわりと私の目の前に現れる。


侑「ちょっと目が覚めちゃっただけだよ」

リナ『雨の音のせいかな?』 || ╹ᇫ╹ ||


リナちゃんにそう言われて──確かに私たちのテントに雨粒が当たっている音がしていることに気付く。


侑「せっかく止んだのに……また降ってきちゃったんだね」

リナ『10番道路は天候が変わりやすいから仕方ない』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||


リナちゃんと話していると、


 「ブイ…?」


私のシュラフで一緒に寝ていたイーブイが、寝ぼけまなこで私のことを見上げていた。

871: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 10:00:01.03 ID:6zYh2+nI0

侑「あ、ごめんね。起こしちゃったね……まだ寝てていいよ」


イーブイを撫でながら言うと、


 「ブイ…♪」


気持ちよさそうな声をあげたあと、また丸くなって、眠り始めた。

イーブイや歩夢たちの睡眠の妨げにならないように、私は声のボリュームを1段階落とす。


侑「かすみちゃんたちのテントは平気かな……?」

リナ『川からは離れてるし、雨自体もそんなに強くないから大丈夫だよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「ならいいんだけど……。…………ふぁぁ……」

リナ『まだ朝まで時間があるから、ちゃんと寝ておいた方がいいよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「うん……そうする……」


もぞもぞとシュラフに潜り込み、もふもふのイーブイを抱きしめる。


侑「イーブイ……あったかい……」
 「……ブィ…zzz」


もふもふでぽかぽかなイーブイを抱きしめていると、私の意識はまたすぐに眠りへと落ちていくのだった。


………………
…………
……
🎹


872: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 18:58:25.43 ID:6zYh2+nI0

■Chapter044 『急転』 【SIDE Setsuna】





菜々「……やはり、雨ですね」


マンションのエントランスから空を見上げると、灰色の空から雨が降り注いでいた。

不幸中の幸いとも言えるのは、昨日の午後のような、記録的な土砂降りではないことくらいだろうか。

昨日は大雨のせいで、公共交通機関にも乱れが生じるほどだったそうだ。

夕方ごろに一度、晴れこそしたものの……また明け方に掛けて天気が崩れ、雨になっている。

ただ、ここは整備の行き届いたローズシティ。

普通の雨くらいなら、舗装された道路を歩くのも、そこまで苦ではない。

私は真っ赤な傘を差して、仕事へと向かう。





    🎙    🎙    🎙





本日の仕事は、数週間後に控えた、ビジネス発表会のための打ち合わせだそうだ。

会議を行うビジネスタワーで入館手続きを済ませ中に入ると、ローズシティ内の様々な企業の人たちの姿が目に入る。

件のビジネス発表会というのは、このローズシティの中でもかなり大きなビジネスショウの一つで、ローズ中の会社が集うイベントとなる。

真姫さんはローズシティにある、かなりの数の企業に影響を持っているニシキノ家のご令嬢ということもあり、顔を出さないわけにはいかない。

そして、そんな真姫さんのスケジュール管理と業務補佐をするのは、秘書である私の役目だ。


菜々「真姫さんは……もう会議室の方に行ってるのかな」


エントランスホール内には姿が見えないので、私は会議室の方へと足を運ぶ。

それにしても、本日の会議は急に決まったものだと言うのに人が多い。

やはり──噂のスーパーモデルの飛び入り参加が大きいのだろう。

一応、昨日のうちに件の人物については調べておいた。

──アサカ・果林。4年ほど前に突如モデル界に現れ、その抜群のプロポーションと人の目を引くカリスマ性で、そちらの界隈ではかなり話題になっていたそうだ。

私は……家庭の方針でそういう浮ついたものには触れさせてもらえなかったので、あまり知らなかったけど……。

今ではファッション業界や化粧品会社などから、多くの仕事を請け、広告塔としても有名のようだ。

そんな彼女とお近づきになっておきたい企業はいくらでもある。

だから、このような急なスケジュールでも、多くの企業から人が出張ってきているのだろう。

エントランスホールから廊下を抜け、エレベーターホールに差し掛かったとき、


菜々「……あ」


ちょうど、エレベーターに乗り込むお父さんの後ろ姿がちらっと見えた。

──お父さんも、今日の会議にいるんだ……。

お父さんもニシキノグループの関連企業の人間だ。いてもおかしくはないけど……。

父の姿を見ると、少しだけ緊張してしまう。


菜々「……落ち着きなさい、菜々。……私はあくまで秘書として、仕事をこなすだけです」

873: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 18:59:39.87 ID:6zYh2+nI0

小さく呟きながら、自分を落ち着かせる。

いつもどおり、真姫さんの傍で真姫さんを補佐することに専念すればいい。

次のエレベーターが来るのを待ちながら、息を整えていると──エレベーターホールの向こう側から、


 「──……もう……会議室はどっちなのぉ……?」


そんな声が聞こえてきた。


菜々「……?」


エレベーターホールの向こう側って……非常階段だよね?

私はエレベーターホールを抜けて、非常階段の方に足を向ける。

すると──深い青みがかった髪をウルフカットにしている、長身の女性がいた。

まさに昨日調べていた人、


菜々「……アサカ・果林さん……?」

果林「……え?」


──アサカ・果林さんその人だった。


菜々「こんなところで、どうかされたんですか?」

果林「え、えぇっと……。……会議室に行きたいんだけど」

菜々「会議室ですか……?」


もしかして……道に迷っている?

いやでも……会議室はエントランスホールからエレベーターホールで上の階に行くだけだし……。

どうやっても、この非常階段に来る間にエレベーターの前は通るはずなんだけど……。

……まあ、いいか。困っているのなら、助けることに理由はいらないでしょう。


菜々「私も会議室に用があるので、よろしければ一緒に行きましょうか」

果林「ホントに……? 助かるわ……」

菜々「こちらです」


私は果林さんと共に会議室へと赴く──





    🎙    🎙    🎙





──エレベーターで上階へ昇りながら、


果林「貴方……もしかして、真姫さんの秘書かしら?」

菜々「え……?」


果林さんから、そう話を振ってきた。

874: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:01:47.81 ID:6zYh2+nI0

菜々「えっと……はい、確かにそうですが……」

果林「やっぱり」

菜々「よくご存じでしたね……」

果林「真姫さんの秘書は若い女の子だって聞いていたから……。このビルで見かけた人の中でも、貴方は飛びぬけて若い子だったから、もしかしてと思って」

菜々「なるほど……」

果林「確か……ナカガワ・菜々さんよね」

菜々「はい」

果林「まだ16歳って本当なの?」

菜々「は、はい……真姫さんに直接秘書にならないかとお声を掛けていただいて……」

果林「若いのに、有能なのね」

菜々「い、いえ、そんな……///」

果林「それに、可愛い顔してる……」

菜々「はいっ!?///」


果林さんの言葉に、思わず声が裏返る。


果林「その容姿なら、きっと人気者になれるわよ?」

菜々「か、か、からかわないでくださいっ!!///」


思わず、果林さんから目を逸らす。

この人は急に何を言い出すんだ。


果林「ふふっ、ごめんなさい。でも、可愛いって思ったのは本当よ?」

菜々「ぅぅ……///」


顔が熱い。ポケモンバトルを褒められることはよくあるけど、こんな風に容姿を褒められるのには慣れていない。

しかも──今の私は菜々モードだ。眼鏡に三つ編みで、比較的地味な見た目にしているはずなのに……。


果林「ふふ……隠してもダメよ? お姉さんには、わかっちゃうんだから」

菜々「だ、だから……か、からかわないでください……///」

果林「ふふ、ごめんなさい♪」


果林さんが、いたずらっぽく笑うのとほぼ同時に──ピンポーン。という音と共に、エレベーターが目的の階に到着する。

エレベーターのドアが開くと果林さんは、


果林「案内してくれてありがとう、それじゃまた後でね」


そう残して、先に行ってしまった。


菜々「……はぁ……///」


一緒にエレベーターに乗っていただけなのに、なんだか気疲れしてしまった。


菜々「……これから、大事な会議なんだから、しっかりしないと」


私は動揺を飛ばすために頭を振り、果林さんの後を追ってエレベーターを降りるのだった。

──余談ですが、何故か果林さんが会議室に姿を現したのは、会議開始時間ギリギリでした。……ちゃんと会議室まで案内してあげた方がよかったのかもしれません。




875: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:02:50.07 ID:6zYh2+nI0

    🎙    🎙    🎙





──さて……。会議は滞りなく終わり、


菜々「真姫さん、お疲れ様です。こちら、本日の内容を簡単にまとめたものです」

真姫「ありがとう、菜々」


他の参加者たちはまばらに退室を始めているところだ。

真姫さんに情報をまとめた端末を渡しながら、周囲を軽く確認すると──果林さんはもう退室していて少しだけ安心する。

それと……お父さんの姿も、すでに会議室内にはなかった。

真姫さんもお父さんの姿がもうないことを確認したのか、


真姫「菜々、大丈夫だった?」


そう訊ねてくる。


菜々「はは……確かに、父と同じ場所で仕事をしていると思うと、少し緊張はしましたが……会話をしたわけでもないですし……問題ありません」

真姫「なら、いいけど」


……始まる前や終わった後に、少しくらい話しかけられるかなと思ったけど……そんなこともなかったし……。


真姫「私たちも、出ましょうか」

菜々「はい」


私は真姫さんと一緒に、会議室を後にする。

二人でエレベーターを降りながら、真姫さんはふと会議中のことを思い出したらしく、


真姫「そういえば、貴方……アサカさんから随分熱い視線を送られてた気がするけど……知り合いだったの?」


そう訊ねてくる。


菜々「え、ええっと……ここに来る前に、会議室の場所がわからずに困っていたので……場所をお教えした際に少しお話ししまして……」

真姫「あら……少し話しただけで随分気に入られたのね」

菜々「き、気に入られたというか……私が分不相応に若いから、気になっただけですよ……」


本当に気に入られたというよりも、からかわれただけですし……。

場が場だけに、私は一際若い……というか、他の人から見たら子供ですし……。


真姫「案外、トップモデルから見ても、光るモノを感じられたのかもしれないわよ?」

菜々「ま、真姫さんまで……やめてください……///」


恥ずかしいから、からかわないで欲しい。

せつ菜モードでなら、褒められてもうまく対応できるのに、菜々モードのときにこういうことを言われるとワタワタしてしまう。


真姫「それにしても……そういうのはマネージャーの仕事だと思うんだけど……」

菜々「言われてみればそうですね……」


会議中、果林さんの背後には、スーツを着た金髪のお姉さんが居ましたが……恐らくあの方がマネージャーなんだと思います。

会議室にギリギリで入ってきたときは一緒にいたので、会議室のある階で合流出来たのかもしれませんが……。

876: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:03:32.69 ID:6zYh2+nI0

真姫「まあ……滞りなく会議も終わったし、別にいいけど」


確かに向こうの事情は向こうにしかわからない。

果林さんはあまりマネージャーに頼らない方針なのかもしれないし……。

せめて、行き先にたどり着けるようにしてあげて欲しいですが……。

二人で話しながら、エントランスホールへと戻ってくる。


菜々「……そういえば、真姫さん。そろそろ、ジムの挑戦者受付時間ですよね?」

真姫「ええ、わかってる。私はジムに戻るから、菜々は……」

菜々「私は今日の会議の内容をちゃんと纏めて、後で持って行きますね」

真姫「ありがとう。お願いね」

菜々「はい。お任せください」


真姫さんはジムに戻るために、一足先にビジネスタワーを後にする。

私は……どうしようかな。タワー内には一般の人も使える、カフェスペースがあるし……そこで資料を纏めようかな。





    👠    👠    👠





愛「カリンさー、どうすれば一本道で迷うわけ?」

果林「い、いいじゃない……ちゃんとたどり着けたんだから……。それに愛こそ、マネージャー役なのに、私を無視して先に行っちゃうのはどうなのかしら?」

愛「気付いたら、いなくなってただけじゃん……せっつーもカリンを見つけたときはさぞ驚いただろうね。“タワー”にカリンおっ“たわー”! って感じで」

果林「はいはい……じゃあ、私が悪かったってことでいいわよ……」

愛「いや、愛さんに悪いところ一つもないと思うんだけどなー……。それより、この後どうすんの? 逃走経路の確保と、ここらの監視カメラのクラッキングはやっておいたけどさ」

果林「大丈夫よ。もう全部──仕掛けてあるから」


──直後、ドンッと何かが壊れるような大きな音がする。


果林「さて……どうなるかしらね」


私は今後の展開を思い、口角を釣り上げた──




877: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:04:21.49 ID:6zYh2+nI0

    🎙    🎙    🎙





菜々「……これでいいかな」


ある程度今日の会議の内容が纏まって来たところで一息。

目の前がガラス張りになっているカウンター席で、エントランスホールを眺めながら、コーヒーを飲む。

程よい苦みと香りが心地いい。

作業もスムーズに進んだし、この後は少し時間が浮く。

真姫さんへ資料を渡したあと、久しぶりにローズの街を散歩するのも悪くないかもしれない。

どうせ、また明日からはせつ菜として、この街を離れるわけだし……。

ぼんやりと今後のことを思案していた──そのときだった。

──ドンッ!! と急に大きな音が、響く。


菜々「!? ……な、なに……?」


爆発……? 周囲のお客さんも突然の大きな音に、ざわついている。

音がしたのは……エレベーターホールの方……?

何が起きたのか考えている間に──エレベーターホールの方から、逃げ惑う人の波がエントランスの方へと押し寄せて来た。

その姿にさらにざわめく店内。

何かがあったのは間違いなかった。

私はバッグをひったくるように手に取り、店の外に駆けだす。

カフェスペースから外に出る頃には──この騒動の正体が、すでにエントランスホールまで姿を現していた。


 「──バーンギッ!!!!!」


エレベーターホールの方から、怪獣のような巨体が、我が物顔で歩いてくるではないか。


菜々「ば、バンギラス……!?」


姿を現したのは、よろいポケモン、バンギラス。当たり前だが、こんなところにいるはずがない。

ここはローズシティの、それも中央地区にあるビジネスタワーだ。

突然のことに動揺を隠せないが──それ以上に、エントランスホール内の混乱は酷かった。

逃げ惑う人たちから、怒号が飛び交い、押し合い圧し合いで、逃げ惑う。

まさに、パニック状態だった。

パニックの最中、


女性「きゃぁ……!!」


逃げ惑う人たちに押されて、転んだ女性が目に入る。


 「バンギィ…!!!!」


バンギラスは声をあげながら、転んだ彼女の方に視線を向ける。


女性「……い、いや……! だ、誰か……たすけ……!」

菜々「……! いけない……!!」

878: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:05:57.06 ID:6zYh2+nI0

私は咄嗟に走り出す。

迷っている暇なんかなかった。

バッグの中から、ボールベルトごと引っ張り出して、


 「バァンギッ!!!!!」

女性「いやぁっ……!!」


女性に向かって襲い掛かるバンギラスに向かってボールを投げた。

──ボムという音と共に、


 「──ドサイッ!!!」

 「バンギッ…?」


現れた巨体が、バンギラスの拳を受け止める。


菜々「ドサイドン!! “ロックブラスト”!!」
 「ドサイッ!!!」


組み合った手とは逆の掌を、バンギラスに突き付け──至近距離で岩石の砲弾を発射する。


 「バンギッ!!?」


──ドンッ、ドンッ! と音を立てながら、岩の砲弾がバンギラスを吹き飛ばす。


菜々「大丈夫ですか……!?」

女性「は、はい……っ……」

菜々「ここは私がどうにかします……! 貴方は逃げてください!」

女性「あ、ありがとうございます……っ……」


よろよろと立ち上がる彼女を手助けしながら、どうにか送り出すと──


 「バァンギッ!!!!」


鳴き声と共に、私たちの方に向かって大岩が飛んでくる。


菜々「……っ! “ドリルライナー”!!」
 「ドサイッ!!!」


頭のドリルを回転させて、飛んできた岩を破壊する。

が、その隙に、


 「バァンギッ!!!!」


バンギラスが突撃してくる、


菜々「くっ……!」


まだ背後には逃げ遅れた人たちがいる。止めなくちゃ……!


せつ菜「ドサイドン! 受け止めなさい!!」
 「ドサイッ!!!」

 「バンギッ!!!!」

879: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:06:40.00 ID:6zYh2+nI0

二つの岩の巨体がぶつかって、がっぷり四つで組み合う形になる。

私のドサイドンはパワーが自慢。組み合いさえしてしまえば並のポケモン程度にはまず力負けしない──


 「バンギィッ!!!」

 「ド、ドサィ…ッ!!!」
菜々「な……!?」


が、私の予想と反して、ドサイドンが押され始める。

さらに、


 「バァンギッ!!!!」


組み合いながら、バンギラスが首を伸ばして、ドサイドンの肩に噛みついてくる。

この状況で“かみくだく”……!?

いや、それだけじゃない。パキパキと音を立てながら、バンギラスの噛み付いた部分が凍り付いていく。


菜々「まさか“こおりのキバ”……!?」


このバンギラス──強い。しかも、恐ろしく戦い慣れている。


 「ド、ドサイッ…!!!」


これは──これ以上、組み合っちゃいけない……!


菜々「“アームハンマー”!!」
 「ドサイッ!!!」


ドサイドンは片手を振り上げ、それをバンギラスの肩の辺りに勢いよく振り下ろす。

──ガンッ! と大きな音を立てながら殴りつけられたバンギラスは、


 「バンギッ…!!!」


さすがに、噛みつき続けていられずに、体勢を崩す。

そこに向かって、


菜々「“アイアンテール”!!」
 「ドサイッ!!!!」


ドサイドンが身を捻りながら、尻尾にある大きな石鎚を叩きつけた。


 「バァンギッ!!!?」


遠心力を利用した尻尾のハンマーの威力に、バンギラスが数メートル吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 「バン、ギッ…」


崩れる瓦礫と砂煙の中──やっとバンギラスは大人しくなる。

と同時に──バンギラスが何かに吸い込まれて小さくなっていく。


菜々「……!?」


一瞬、何かと思ったが──


菜々「まさか、トレーナーがいる……!?」

880: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:07:15.42 ID:6zYh2+nI0

今のは、バンギラスがボールに戻されただけだ……!!

そう気付いて、


菜々「待ちなさい……!!」


私は駆け出した。

だけど、砂煙と瓦礫に視界を遮られているせいで──犯人の姿を見つけるのは、とてもじゃないが困難だった。


菜々「く……」


先ほどバンギラスが倒れた瓦礫の向こう側に辿り着いた時には──すでに人影のようなものは見当たらず……。


菜々「逃げられましたね……」


私は苦々しい顔で、肩を落とす。

それにしても……どうしてこんなことが……。

これが人為的なものであるなら……ポケモンによるテロ行為と言って差し支えない。

到底許されるものではない……。

私が怒りに肩を震わせながら、振り返ると──


菜々「……え」


そこには──お父さんがいた。

お父さんが、信じられないものを見るような目で──私を見つめていた。


菜々「お、とう……さん……」

菜々父「……菜々、どういうことだ」


──どういうことだ。

その言葉が、この事態に対する説明要求──でないことは、すぐに理解出来た。

父の表情を見て──理解、してしまった。

ポケモンと、共に戦う私に対しての──『どういうことだ』。


 「ド、ドサイ…」
菜々「こ、れは……そ、の……」


何か誤魔化さなきゃ。そう思ったけど、考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になっていく。

言い訳なんて、出来るはずがない。

自分の気が──どんどん遠くなっていくのを感じた。





    🎹    🎹    🎹





かすみ「到着しましたー!! ローズシティ!!」
 「ガゥガゥ♪」

侑「うん!」
 「イブィ♪」

881: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:08:08.53 ID:6zYh2+nI0

──雨模様の10番道路の長い道のりを越え……私たちはようやく、ローズシティにたどり着いた。

さて、ローズシティに着いたならまずは……。


侑「ローズジムだよね!」

かすみ「侑先輩、さすがわかってますねぇ~!」


かすみちゃんと二人で黒と黄色の傘を並べながら意気揚々と、歩き出す。


歩夢「あ、侑ちゃん……ローズを歩くなら、イーブイをボールに入れないと……」

侑「え? どういうこと?」


歩夢の言葉に首を傾げる。


リナ『ローズシティでは、あんまりポケモンの連れ歩きが推奨されてない。基本的にボールに入れてた方がいい』 || ╹ᇫ╹ ||

かすみ「え、そうなの?」

しずく「本当に厳しいのは中央区だけなんだけど……基本的にはポケモンはボールに入れておいた方がいいかもね」

リナ『無用なトラブルは避けたいしね。郷に入っては郷に従え』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

かすみ「ポケモンを出しちゃいけないなんて、珍しい街ですね~?」
 「ガゥ?」

侑「うーん……でも、そういうルールなら従わないわけにもいかないよね……」

かすみ「まあ、それもそうですね……戻って、ゾロア」
 「ガゥ──」


かすみちゃんがゾロアをボールに戻す。

歩夢も同様に、


歩夢「ちょっと窮屈だけど……ボールの中で大人しくしててね」
 「シャボ──」


サスケをボールに戻していた。

私も、イーブイを戻さないと……。


侑「イーブイ、しばらくボールの中に──」


私がボールを近づけると、


 「ブイッ」


イーブイは前足でボール弾き飛ばした。


侑「…………」
 「ブィィ…ッ!!!」

かすみ「なんかめっちゃ怒ってますよ、イーブイ……」

歩夢「侑ちゃんのイーブイ……ボールに入るのが嫌いなんだよね」

侑「そうなんだよね……」


実はイーブイをボールに入れたことは一度しかなくて……自分の手持ちとして登録する際に一瞬ボールに入れたときだけだ。

何度かボールに戻そうとしたことはあるにはあったんだけど……ものすごく嫌がられるし、私の頭の上か、肩の上にいるのが好きみたいだから、ずっとボールには入れてなかったんだよね。

882: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:09:00.01 ID:6zYh2+nI0

侑「どうしよう……」

しずく「ボールに入れられないなら……抱きかかえて歩くのがいいかもしれませんね。……抱きしめていれば、突然飛び出したりしないとわかってもらえるでしょうし……」

リナ『しずくちゃんの言うとおり、たぶん抱っこしてれば大丈夫だと思う。中央区にはあんまり行かない方がいいだろうけど、ジムがあるのは街の外側だし』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「うん……そうするしかないね……」
 「ブイ…?」

侑「歩夢、ちょっと傘持っててもらっていい?」

歩夢「うん」


歩夢に傘を持ってもらい、頭の上のイーブイを両手で掴んで、そのまま胸に抱きかかえる。


侑「これならいい?」
 「ブイ♪」


どうやら、これなら許してもらえたようだ。歩夢から傘を受け取りながら、空いた方の手でイーブイをしっかり胸に抱き寄せる。


侑「それじゃ、ジムに行こっか!」

かすみ「はい! 腕が鳴りますね~!!」


私たちはローズジムを目指して、ローズシティの地に足を踏み入れます!





    🎹    🎹    🎹





しずく「──ローズシティは外側部は低い建物が多くて、中央区に近付くほど、高いビルが増えていくんですよ」

侑「じゃあ……あっちの方向が中央区なんだね」


私は一際背の高いビルの方に目を向ける。


リナ『一番高いのはセントラルタワーって言うんだよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

しずく「一番背の高いセントラルタワーを中心に、同心円状にビルの高さが変わって行くんです。なので、夜のローズシティを上空から見ると、夜景が光の山のように見えるそうですよ」

かすみ「なにそれなにそれ~! 絶対きれいなやつじゃん!」

リナ『ただ、中央区の中でもセントラルタワーの上空付近は飛行許可を取らないと、“そらをとぶ”も使えないから、一般人が見るのはなかなか大変みたい』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「噂には聞いてたけど……ローズシティって本当に厳重なんだね……」

しずく「この地方の商業、工業の要ですからね……。この街の中央区が止まると、同時にいろんな物流が止まってしまうそうなので……」

リナ『モンスターボールなんかも、このローズシティから出回ってるしね。ボールの出荷が停止すると、どこも困っちゃう』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「ポケモンは少ないけど、トレーナーにとっても重要な街なんだね」
 「イブィ?」


オトノキ地方の大きな街の中でも、いろんなポケモンの姿が見られるセキレイシティとは真逆だけど……この街はこの街で、重要な役割を担っているみたいだ。


しずく「中央区とは逆に外周区には、ポケモン用の施設が多くあります。ポケモンセンターやバトル施設……それこそ、ポケモンジムも外周区にありますね」

リナ『多いって言っても、街の規模に対して考えると少ないけどね』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

かすみ「まあ、そのお陰でこーんなおっきな街でも、すぐにジムにたどり着けるけどね!」


そう言いながら、私たちはまさにローズジムの前に到着したところだった。


侑「ここがローズジム……! なんだか、今からジム戦するって考えただけで、ときめいてきちゃう!」
 「イブィ♪」

883: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:09:37.71 ID:6zYh2+nI0

ローズジムの真姫さんとはどんなバトルになるんだろう……! 楽しみで、今からときめきが止まらない……! ついでにサインも貰わないと……!


リナ『侑さん、ときめくのはいいけど、もう一個目的があるの忘れないでね』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「もちろん! 千歌さんのルガルガンを渡すことだよね!」


このために研究所から、真っすぐローズシティまできたわけだしね!


侑「それじゃ、入ろうか」


私は早速ローズジムの中に入ると、


真姫「──あら、いらっしゃい。チャレンジャーかしら?」


ジムの中には、早速ジムリーダー──真姫さんの姿。


侑「わ……! 本物の真姫さん……! とりあえず、サイン色紙……」

リナ『侑さん、目的……』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「あはは……」


歩夢が苦笑している。

一方で真姫さんは、


真姫「あら……? そのロトム図鑑……もしかして、貴方が侑?」


何故か私の名前を言い当ててくる。


侑「え!? な、なんで知ってるんですか……!?」

真姫「善子から聞いてるわ。ジムに挑戦するついでに、千歌のルガルガンを持ってきてくれたのよね」

侑「あ、は、はい!」


私は小走りで真姫さんのもとに駆け寄り、


侑「このモンスターボールの中に、千歌さんのルガルガンが入ってます……!」


真姫さんに手渡す。


真姫「ありがとう。確かに受け取ったわ」

侑「は、はい! あ、あの……それと……」

真姫「何かしら?」

侑「もしよかったら……サインください!」

真姫「ふふ、いいわよ」

侑「やったー! ありがとうございます!」


私がバッグから、サイン色紙を取り出そうとすると、


かすみ「ちょーーーっと待ってください!!」


かすみちゃんが大きな声をあげる。


かすみ「侑先輩! サインは後ですよ! かすみんたちはジム戦をしに来たんですから!!」


そう言いながら、かすみちゃんが前に出てくる。

884: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:10:17.77 ID:6zYh2+nI0

真姫「あら……ということは貴方もチャレンジャーかしら?」

かすみ「はい! かすみんは、セキレイシティから来たかすみんです!」

真姫「かすみん……? 変わった名前ね?」

しずく「す、すみません……この子の名前はかすみさんって言います……。……もう、初対面の人に変な自己紹介したら、めっ! って何度も言ってるでしょ!」

真姫「ああ……にこちゃんのにこにー的なアレね……」

かすみ「ちょっとぉ!! あんなのと同じにしないでくださいよ!」

真姫「まあ、それはいいんだけど……侑とかすみ、どっちと先にジム戦すればいいのかしら?」


真姫さんは私とかすみちゃんを交互に見ながら、そう訊ねてくる。


しずく「そういえば、どっちが先にジム戦をするかの話、してなかったね……」

かすみ「……侑せんぱ~い……? かすみんが先にジム戦しちゃダメですかぁ~……?」


かすみちゃんが可愛くおねだりしてくる。


侑「ふふ、いいよ♪ 私はかすみちゃんの後で大丈夫だから!」


そう答えて、私は一旦見学スペースの方へと歩いていく。


かすみ「あ~ん♡ 侑先輩優しいですぅ~♪ 好き好き~♡」

しずく「侑先輩……いいんですか?」

侑「うん。むしろ後の方が、かすみちゃんとの試合を見て、対策も立てられるし」

かすみ「任せてください! かすみんがしっかり勝ち方を見せてあげちゃいますから!」


かすみちゃんは私と入れ替わるように歩み出て、チャレンジャー用のスペースに着く。


真姫「話は付いたみたいね。それじゃ、さっさと始めましょうか」

かすみ「よろしくお願いします!」


真姫さんがジム戦用のポケモンのボールを携え、フィールドに立った──そのときだった。


使用人「──お嬢様、お電話が入っております」


ジムの奥から、いかにもな使用人さんが電話を持って現れる。


真姫「電話……? ちょっと待ってもらっていいかしら」

かすみ「あ、はい。わかりました」

真姫「ありがとう」


真姫さんはお礼を言いながら、使用人さんの持ってきた受話器を受け取る。


真姫「誰から?」

使用人「それが……警察の方からです……」

真姫「……警察?」


真姫さんは電話の主を聞いて、眉を顰める。


真姫「もしもし……真姫だけど」

885: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:10:50.00 ID:6zYh2+nI0

かすみ「今、警察って言いませんでした……?」

リナ『ジムリーダーは街の治安維持も仕事だから、警察から連絡が来ることもあるとは思う』 || ╹ᇫ╹ ||

しずく「うん……何か、あったのかな?」

かすみ「なーんか、嫌な予感がしますぅ……」


ひそひそと話しながら、通話の行く末を見守っていると、


真姫「………なんですって?」


真姫さんの眉間にシワが寄るのがわかった。──そのまま目を細めて通話先の話を聴き、


真姫「……わかった。すぐ行くわ」


そう返して、通話を切った。

そして、かすみちゃんに向かって、


真姫「ごめんなさい……ちょっと、急用が出来て、どうしても出なくちゃいけなくなったわ」


申し訳なさそうに、そう伝えて来る。


かすみ「や、やっぱり……」

真姫「本当にごめんなさい……」

かすみ「あ、あのぉ……それじゃ、ジム戦……いつなら出来ますか……?」

真姫「……ちょっと、本当に緊急事態だから、しばらくジムを閉めるかもしれないわ」

かすみ「ええ!? そ、そんなぁ……!」

真姫「本当に急ぐから申し訳ないけど、ジムは他の場所から巡って頂戴」


それだけ残すと、真姫さんは私たちの横を通り過ぎ、駆け足でジムから立ち去ってしまった。


かすみ「ま、またこのパターン……」

リナ『かすみちゃん……ドンマイ』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

しずく「ここまで来ると、なんて声を掛ければいいやら……」

かすみ「……もう、いいです。慣れました……」


がっくりと肩を落とす、かすみちゃん。


しずく「と、とりあえず、ポケモンセンターのカフェスペースにでも行こ! ね?」

かすみ「……うん」


とぼとぼとジムから出ていくかすみちゃんと、そんなかすみちゃんを慰めるしずくちゃん。


歩夢「侑ちゃん、私たちも行こっか」

侑「う、うん」


とりあえず、ジムリーダーがいなくなってしまったし、この場にいても仕方ないので、私たちは一旦ポケモンセンターへと移動することに……。




886: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:11:27.75 ID:6zYh2+nI0

    🎹    🎹    🎹





私たちがポケモンセンターに到着すると、どうして真姫さんが飛び出して行ったのかがわかった。

カフェスペースに備え付けてあるテレビモニターからは──警察車両に囲まれた建物の映像。


しずく「中央区のビル内で人がポケモンに襲われたって……」

かすみ「だ、大事件じゃないですかぁ!?」

歩夢「怪我人も出てるって……大丈夫かな……心配……」


3人の言うとおり、ビジネスタワーのビル内で、ポケモンが大暴れする事件が発生したらしい。

偶然居合わせたポケモントレーナーによって、どうにかそのポケモンを無力化することは出来たらしいけど……怪我人も出ているらしい。

不幸中の幸いというべきなのは、怪我人は転んで軽傷を負った程度のもので、襲われたことが原因で大怪我をした人はいないとのこと。


侑「これじゃ……ジムを飛び出して行ってもおかしくないよね……」
 「ブィ…」

リナ『うん。ジムリーダーは街を守るのも仕事だからね』 || ╹ᇫ╹ ||


それこそ、ジム戦をしている場合じゃない状況だ。


しずく「こうなってくると……当分の間はジム戦は難しそうですね……」

かすみ「うぅ……さすがにこれは仕方ないよねぇ……」

リナ『中央区は安全確認が出来るまで、立ち入りも出来ないみたいだね』 || ╹ᇫ╹ ||


となると……この街で出来ることはかなり限られてくる。

それに、どのタイミングでジム戦受付が再開されるかもわからないし……。


侑「……真姫さんの言ってたとおり、他のジムを先に巡っちゃう方がいいかもしれないね」

しずく「そうですね……ここで待っていても、本当にいつジム戦の受付を再開するかもわからないですし……」

リナ『そうなると……東のクリスタルレイクを越えた先のクロユリシティに行くか、街を北に抜けて11番道路沿いに西のヒナギクシティを目指すかになると思う』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「クロユリかヒナギクかぁ……」

歩夢「クロユリとヒナギクは、ローズシティを経由するから……どちらにしろ、どっちかの町に行ったら、ローズに戻ってくることになるね」

侑「考えようによっては、むしろ都合がいい気もするけど……」


どちらにしろ、ローズにジム戦をしに戻ってくる必要はあるわけだしね。

ただ、問題はどっちに進むかだ。


侑「私は……クロユリに行きたいかな」

リナ『何か理由があるの?』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「私、クロユリのジムリーダーの英玲奈さんに会ってみたいんだ」


──彼女はこのオトノキ地方の中で最強のジムリーダーと呼ばれている。

ジムリーダー序列というジムリーダー内での総当たり試合の勝率でも頭一つ抜けているし、その実力は四天王と同等……もしくはそれ以上なんて噂もあるくらいの人だ。

ストイックで鍛錬に余念がなく、むしポケモンによる畳みかけるようなバトルスタイルから、付いた通り名は『壮烈たるキラーホーネット』。

まさにポケモンバトルのスペシャリストみたいな人だ。

もちろん、全てのジムを回る以上、いつかは会えるとは思うんだけど……クロユリかヒナギクかと言われたら、私はポケモンバトルのスペシャリストである英玲奈さんに会ってみたかった。


かすみ「じゃあ、次はクロユリシティですかね?」

887: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:12:05.06 ID:6zYh2+nI0

行き先が決定しかける中、


しずく「あ、あのぉ~……」


しずくちゃんが遠慮がちに手を上げる。


歩夢「どうしたの? しずくちゃん?」

しずく「私は……その……。……ヒナギク側に行きたいなって……」


ここで予想外なことに、しずくちゃんから反対方向へ行きたいとの意見が出てきた。


かすみ「なになに? ヒナギクシティに何かあるの?」

しずく「うん……。私、クマシュンってポケモンと会ってみたくって……」

かすみ「クマシュン?」

歩夢「クマシュンって確か……寒い場所にいるシロクマポケモンだよね?」

しずく「はい……! ポケウッドスターのハチクさんの相棒──ツンベアーの進化前で……すっごく可愛いんです! 旅をするなら、実際に一度見てみたいとずっと思っていて……」

リナ『確かにクマシュンはグレイブマウンテンにしかいないから、会うならヒナギク方面に行かないといけないね』 || ╹ᇫ╹ ||


確かに旅をするならジム巡り以外にも、そこにしかいないポケモンに会うのも楽しみの一つだよね。


侑「そういうことなら……ヒナギク方面に行く?」

しずく「えっと……でも、侑先輩はクロユリ方面が良いんですよね……?」

侑「それはそうなんだけど……後から行っても英玲奈さんには会えるし……」

しずく「その理屈で言うなら、私もクロユリに行った後でも大丈夫です……! すみません、後から余計なことを言ってしまって……」

侑「うぅん、ここはしずくちゃんの意見を優先しよう」

しずく「い、いえ、侑先輩の行きたい場所を優先に……」

かすみ「もう! なんで二人して譲り合ってるんですか!」


譲り合い合戦が始まってしまった私たちの間に、かすみちゃんが割って入る。


かすみ「なら侑先輩! 競争しませんか!」

侑「競争……?」

かすみ「はい! かすみんとしず子はヒナギク方面に、侑先輩と歩夢先輩はクロユリ方面に進んで──どっちが先にジム攻略出来るか、競争しましょう!」

侑「なるほど……」


確かに言われてみれば、4人で行動しなくちゃいけないわけじゃないし……行き先が割れちゃうなら、前みたいに、かすみちゃんはしずくちゃんと、私は歩夢と二人で旅をすればいい話だ。


侑「歩夢はそれでいい?」

歩夢「うん♪ 侑ちゃんと一緒なら、私はどっち方向でも♪」

リナ『それじゃ、決まりだね』 || ╹ ◡ ╹ ||

かすみ「かすみんたちは、ヒナギク方面へ!」

侑「私たちは、クロユリ目指して! 負けないよ、かすみちゃん!」

かすみ「かすみんも負けるつもりはないですよ! そうと決まったら、スタートダッシュです!」

888: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:12:37.44 ID:6zYh2+nI0

かすみちゃんはいそいそと荷物を纏めて、


かすみ「しず子、行くよ!」

しずく「え、ええ!? 今すぐ行くの!?」

かすみ「だって、そうじゃないと侑先輩に負けちゃうじゃん! 早くして!」

しずく「わ、わかったから、引っ張らないで~……! ゆ、侑先輩、歩夢先輩、またローズで合流しましょう……!」

かすみ「レッツゴー!」


半ば強引にしずくちゃんの手を引きながら、かすみちゃんたちは慌ただしく旅立って行った。


侑「それじゃ、私たちも行こうか、歩夢、リナちゃん」
「イブィ♪」

歩夢「うん♪」

リナ『クロユリシティ目指して、リナちゃんボード「レッツゴー♪」』 ||,,> 𝅎 <,,||


私たちもクロユリシティを目指して、ローズシティを後にするのでした。




889: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/11(日) 19:13:13.24 ID:6zYh2+nI0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【ローズシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       ● __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.50 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.50 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.48 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.42 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:176匹 捕まえた数:5匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.44 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.42 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.39 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      トドグラー♀ Lv.35 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.30 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:179匹 捕まえた数:17匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.45 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.42 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.40 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.38 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.39 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:171匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.33 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      バリヤード♂ Lv.28 特性:バリアフリー 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.33 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.33 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      サーナイト♀ Lv.33 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:179匹 捕まえた数:11匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.




890: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/12(月) 01:29:17.05 ID:ropYqdR40

 ■Intermission🍅



真姫「……これは予想以上に酷いわね」


──現場に到着した私は、『KEEP OUT』のテープを潜りながら、眉を顰める。


先ほど会議をしたビジネスタワーは外から見ても、中の惨状がよくわかる状況だった。

あちこちガラスは割れているし、中にはあちこちに瓦礫があって、砂煙が立ち込めている。

ここで戦闘があったというのは本当らしい。

私が、タワー内に立ち入ると、


ジュンサー「真姫さん……! お待ちしておりました!」


ジュンサーが私に気付いて、駆け寄ってくる。


真姫「これはまた……派手にやられたみたいね」

ジュンサー「はい……。ですが、お陰で助かりました……」

真姫「お陰で……? なんの話?」

ジュンサー「もしかして、まだご存じないんですか……? ポケモンを撃退したトレーナー──真姫さんの秘書の方と伺ったんですが……」

真姫「菜々が……?」


確かに菜々なら、並大抵のポケモンには負けることはないと思う。

ただ、そうなってくると、逆に気になることがある。


真姫「……それで、菜々──私の秘書は事件後、どこにいったのかしら……?」


これだけのことがあったのに、何故、菜々本人から連絡がないのかが不可解だ。


ジュンサー「警察の方から軽く事情を伺ったあと、彼女のお父様と一緒に帰られましたよ」

真姫「……え?」

ジュンサー「どうかされましたか……? 顔色が悪いですが……」

真姫「……いえ、大丈夫よ」

ジュンサー「それなら、いいんですが……。詳しい事件の詳細をお話ししますので、こちらに」

真姫「……ええ」


──まさか……菜々が戦っている場面に、菜々の父親もいたのでは……?

そんな疑惑が頭を過ぎる。


真姫「菜々……」




891: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/12(月) 01:29:52.20 ID:ropYqdR40

    🎙    🎙    🎙





菜々父「……この5つで持っているポケモンのボールは全てか?」

菜々「……はい」


──私は今、父の会社の社長室にいる。

そして、父の座る社長室の机の上には……5つのモンスターボールが並べられていた。

もちろん、私のポケモンたちだ。


菜々父「私の知らないところで、こんなものを……」

菜々「そ、その子たちを……どうするつもり……?」

菜々父「業者に引き渡して、逃がしてもらう」

菜々「!? だ、ダメ……!!」


私は、机の上に並べられたボールに覆いかぶさるようにして、自分の胸に抱き寄せる。


菜々父「……菜々、言うことを聞きなさい」

菜々「この子たちは、私の大切な仲間なの……! そんなこと出来ないよ……!」

菜々父「ポケモンは危険な生き物なんだ。これもお前のためを思って──」

菜々「どうしてお父さんは、そんなにポケモンを嫌うの!?」


大切な仲間たちを渡すまいと、私は5つのモンスターボールを抱きかかえたまま、後退る。


菜々「ポケモンは怖い生き物なんかじゃないよ!! お父さんはポケモンのことを知らないまま怖がってるだけだよ……!!」

菜々父「知らないまま、怖がっているだけか……」


お父さんは椅子から立ち上がり、私から背を向ける。


菜々「それなのに、知ろうともしないで危険だ、近寄るななんて言われても、納得できないよ……!!」

菜々父「……菜々……エレキッドというポケモンを知っているか」

菜々「え?」


まさか父の口からポケモンの名前を聞くことがあるなんて、思ってもいなかったから、面食らってしまう。


菜々「し……知ってるけど……」

菜々父「私は小さな山村に生まれてな。ある日、山の中で弱っているエレキッドを見つけたんだ」

菜々「……」

菜々父「私は放っておけず、そのエレキッドを家に連れ帰り、両親を説得した。元気になるまで、家で世話をさせてくれと」


……正直、私は驚いていた。あの父が、そんな風にポケモンに優しくしていた時期があったなんて、まるで想像が出来なかったから。


菜々父「保護したエレキッドは、みるみる回復していった。特にケチャップが好きなやつでな。あげると喜んで食べていたよ。次第にエレキッドは私たち家族に溶け込んでいき……我が家の一員となった」

菜々「……な、なら、どうして……」


この話のどこにポケモンを嫌う要素があるのだろうか。

892: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/12(月) 01:30:34.96 ID:ropYqdR40

菜々父「ある日……エレキッドが進化したんだ」

菜々「……エレブーに……?」

菜々父「そうだ。ただ姿が変わっただけだと思っていた私が、いつものようにエレブーにケチャップを持って行ったら──あいつは暴れ出した」

菜々「え……」

菜々父「これは後で知ったことだが……エレブーは赤いものを見ると、興奮して暴れ出す習性があるそうだ。……暴れるエレブーは、どんなに声を掛けても聞く耳を持たず、周囲に無差別に“ほうでん”を繰り返し、家は瞬く間に炎に包まれた」

菜々「……そんな」

菜々父「燃える家から命からがら逃げだす中、私の母親は、私を庇って“ほうでん”を受けた。……あのときの母さんの叫び声は、今も覚えている」

菜々「…………」

菜々父「その後、私も気を失ったらしい。父さんがどうにか、私と母さんを近くの病院まで運んで……次に目が覚めたのは病院のベッドの上だった。母さんは……酷い火傷と感電によって、包帯でぐるぐる巻きのままベッドに寝かされ──数日後に帰らぬ人になったよ」


お父さんは、私の方に振り返る。


菜々父「……何度自分を呪ったか。あのとき、もっと知識があれば。あのとき、エレキッドを助けなければ。あのとき……ポケモンと、関わらなければ、と」


お父さんは深く息を吐きながら、


菜々父「人とポケモンは……根本から違う生き物なんだと……」


そう、言葉にした。


菜々「おとう……さん……」


お父さんがそんな風にポケモンと触れ合っていたなんて、知らなかった。

ただ襲われて、ポケモンを嫌いになってしまっただけだと思っていた。


菜々父「……私は、ポケモンを知らないまま怖がっているかい。菜々」

菜々「それは……」


私は思わず言葉に詰まる。お父さんの苦しみは……ポケモンから受けた痛みは……きっと計り知れないものだったのだろう。

それも助けたポケモンに、家族を奪われるなんて……。


菜々「でも……そういうポケモンばかりじゃない……ポケモンと触れ合って、わかり合っていけば、どうやって接すればいいかもわかるはずだよ……!」

菜々父「今日のバンギラスのように、人を傷つけるポケモンもいる」

菜々「そうだけど……! でも、人を守るポケモンたちだっているよ……!」


私は今日みんなを守って見せたドサイドンのボールを手に持ち、前に突き出す。

この子が多くの人の命を守ったんだ。それはお父さんだって見ていたはず。

でも、お父さんはそんなことを意にも介していないかのように、質問を投げかけてきた。


菜々父「なら、聞こう。菜々。そのポケモンたちと一緒に過ごす間に、菜々は掠り傷一つ負わなかったか?」

菜々「……え?」

菜々父「菜々の大切な仲間たちは──私の大切な娘に掠り傷一つ負わせなかったか?」

菜々「え……と……」

893: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/12(月) 01:31:19.32 ID:ropYqdR40

私は思わず言葉に詰まる。

──捕まえたばかりのヒトデマンが何を考えているかわからなくて、無理やり言うことを聞かせようとして、顔に“みずでっぽう”を噴きかけられたことがある。

──いたずら好きのゴースに何度驚かされて、転んで擦り傷を作ったか。

──エアームドの抜け落ちた鋭い羽根で、ザックリ手を切ってしまったときは、血がたくさん出て、すごく焦った。

──サイホーンがなかなか懐かなくて、何度も追い回されたし、あの角でお尻を小突かれて痛い思いをした。

──最初の友達のガーディにだって……最初の頃は、何度も手を噛まれた。


菜々父「ポケモンは、人とは違う常識と、人とは違う力を持っている。思い当たる節があるんじゃないか」

菜々「……だから、ポケモンは危ないって言うの?」

菜々父「そうだ」

菜々「だから、ポケモンと関わるなって言うの?」

菜々父「そうだ」

菜々「そんなの、おかしいよ!!」


私は思わず声を張り上げる。


菜々「お父さんの言いたいこともわかるよ……でも、だからって、一生関わらないのが正解だなんて、おかしいよっ!!」

菜々父「……」

菜々「確かに最初はわかんなくって怪我したこともあったけど……それでも、今はちゃんと信頼し合えてる!! 人とポケモンはわかり合えるよ!!」


私はそうやってポケモンと手を取り合って強くなってきた。それは胸を張って言える。


菜々父「その保証がどこにある」

菜々「なんでわかってくれないのっ!?」

菜々父「お前に危ないことをして欲しくないだけだ」

菜々「っ……」


お父さんの言い分はわかる。

私を想って言ってくれていることもわかる。

だけど……だから、もうポケモンと関わるのは諦めろなんて言われても、納得なんて出来ない。


菜々父「どうやってポケモンとわかり合えることを証明する?」


どうすれば父を説得できるか。それが頭の中をぐるぐるする。

勉強してポケモンドクターの資格を取るとか……? ……そんなの一朝一夕でなれるようなものじゃない。

ポケモン研究者として、ポケモンの生態を研究し尽くして……。……いや、それだって、ポケモンと実際に触れ合わないと無理だ。

それに、なると言ってなれるものではない。

ポケモンの専門家たちは、途方もない時間を掛けて、やっとその地位や資格を手に入れるのだ。

私に出来ることなんて……バトルしか──


菜々「……!」


そうだ。私には……ポケモンバトルがある。


菜々「……チャンピオン」

菜々父「……なに?」

菜々「もし……私が、この地方で一番ポケモンを上手に扱える人だったら……証明になるはずだよ」

894: ◆tdNJrUZxQg 2022/12/12(月) 01:31:57.71 ID:ropYqdR40

チャンピオン──それは、誰よりもポケモンたちと信頼し合って、誰よりも強くなったトレーナーに贈られる称号。


菜々父「菜々、いい加減に──」

菜々「すぐにでも、私がチャンピオンになって……証明するからっ!!」


私はそれだけ言うと、踵を返して、部屋から飛び出したのだった。





    🎙    🎙    🎙





──お父さんの会社から駆け足で飛び出すと、


真姫「菜々っ!?」


真姫さんとすれ違う。


菜々「真姫さん……」

真姫「菜々、お父さんと話したの……?」

菜々「……真姫さん、これ」


ポケットから、今日の会議内容を纏めたデータの入ったメモリを手渡す。


真姫「今はこんなのはどうでもいいの……!」

菜々「真姫さん」

真姫「……何?」

菜々「少し、お休みをください」

真姫「え……?」

菜々「私──」


三つ編みを解いて、眼鏡を外す。


せつ菜「──チャンピオンになってくるので……!」


決意を伝えて、走り出す。


真姫「ち、ちょっと待ちなさい……! 菜々……!!」


雨の降る、ローズシティを駆け──中央区を抜けて、


せつ菜「エアームド!! ウテナシティへ!!」
 「──ムドーー!!!!」


エアームドの背に飛び乗り──チャンピオンになるため、雨雲を切り裂くように、空へと飛び立ったのだった。


………………
…………
……
🎙