1: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:41:17.75 ID:HaUCC45Z
きな子「あれは…」

きな子「派手な看板…。というか、オニナッツ㈱って夏美ちゃんがCEOの会社っすよね?」

きな子「鬼塚商店…?」

夏美「…ですの」

「お客さんかい?」

きな子「ひゃあっ」

不意に声をかけられて思わず驚いちゃったっす。

2: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:42:55.50 ID:HaUCC45Z
「ごめんなさい、驚かせちゃったかしら。」

夏美「…なーんできな子が居るんですの?」

お店の中から出てきた店主とおぼしきおばあちゃんと夏美ちゃん。

きな子「いや、えっとっすね…」

「夏美ちゃん、お友達かい?」

夏美「同じ部活の友達ですの。」

きな子「夏美ちゃん?じゃあ、やっぱり鬼塚商店って…」

夏美「まぁ、大体あなたの想像通りですの。ここまで来たならしょうがないから中に入りますの」

きな子「は、はいっす」

「どうぞ、いらっしゃいませ」

そんなこんなで、お店の中に入ることになったっす。

3: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:45:01.03 ID:HaUCC45Z
*****

夏美「それでまた何でこんな所まで来たんですの?」

きな子「いやぁ、それが…。休みの日だしどこかに出掛けようと思って気の向くままに散歩してたんすけど…」

夏美「要は迷子ですの」

きな子「そうなんすけど、やたら派手な看板が目に付いて店の前まで来たって感じっす」

夏美「あの看板を設置したのは失敗でしたの…」

きな子「でも目立ってて良かったんじゃないっすか?」

夏美「まぁ、それは…」

きな子「それで、ここは夏美ちゃんの家ってことでいいんすよね?」

夏美「…そうですの。」

きな子「夏美ちゃんのお家、駄菓子屋さんだったんすね~。何か素敵っす!」

夏美「別に、素敵でも何でもないですの。今時駄菓子なんて流行りませんの。流行の最先端の原宿と対極のような存在ですの」

きな子「そんなこと無いと思うっすけど…」

夏美「あと、厳密には駄菓子屋ではないんですの。他の商品の問屋としての収入がメインですの。駄菓子屋は多少生活の足しになってるくらいで、ほとんど道楽みたいなものですの」

4: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:47:16.36 ID:HaUCC45Z
きな子「そ、そうなんすね…」

「夏美ちゃんが冷たくて悲しいわ…」

ヨヨヨ…と目にハンカチをわざとらしくあてがうおばあちゃん。

夏美「…」

何かバツが悪そうな夏美ちゃん。

微妙な沈黙が流れている間に、ぐるりと店内に目を向ける。

きな子「わぁ…」

そこまで広くはない店内っすけど、所狭しと駄菓子が並んでいて胸が踊る光景っす。

5: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:49:00.28 ID:HaUCC45Z
夏美「折角来たんですの。夏美が出すから好きなの選んで良いんですの」

きな子「えぇ、悪いっすよ…。自分で買うっす」

夏美「別に駄菓子の一つや二つ、大した額じゃないんですの」

きな子「そういう問題じゃないっす!」

ふと、目が止まったのは。

きな子「きなこ棒…」

夏美「気になりますの?まぁ、自分の名前が入ってたら当然ですの」

きな子「いや、食べたことあるっす。懐かしいっす…」

夏美「そうなんですの?」

きな子「きな子が小学生の頃のことなんすけど…」

7: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:50:33.18 ID:HaUCC45Z
**********

きな子の地元は都会に比べてあんまりお店とかは無かったっすけど、個人経営の小さいお店はちらほらあったっす。

きな子の家からはちょっと距離があったんすけど、小さい駄菓子屋さんがあったっす。

小学生三年生くらいの頃、友達に連れられて初めてそのお店に行ったっす。

初めて見る色んなお菓子にワクワクしながら食べたっす。

きな子の友達と話しながらお店の中で食べてたんっすけど、友達がきな子のことを名前で呼んでたのにお店のおばあちゃんが反応したんっす。

8: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:51:51.72 ID:HaUCC45Z
「あなた、きな子ちゃんっていうのかい?」

「は、はいっす…」

「可愛い名前だねぇ」

「あ、ありがとうございますっす…」

「きな子ちゃんなんて随分珍しい名前だねぇ。ふふふ。二人とも、内緒でコレ、オマケしてあげる」

そう言って、きな子と友達に一本ずつきな子棒をくれたっす。

実はその当時、きな子って名前がちょっとコンプレックスだったっす。

可愛い名前だとは思っていて好きではあったんすけど、クラスの男の子にからかわれたりすることがあったっす。

「やーい、きな子餅ー」

みたいな感じで。

だからきな子棒も目には入ってたんすけど、何となく選びたくなくて。意図的に避けて別のお菓子を買って食べてたっす。

でも、オマケしてもらえるなんてラッキー、なんて。現金な子供だったっすけど、普通に嬉しかったっす。

9: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:55:26.28 ID:HaUCC45Z
次に行った時も、おばあちゃんが名前を覚えててくれたっす。

「あら、また来てくれたのかい?今回もオマケしてあげるよ」

それからも、行くたびに一本きな子棒をオマケしてくれたっす。

三回目くらいから、きな子棒が一本じゃ物足りなくなってきたっす。素朴な味っすけど、美味しいんっすよね。

何となく避けてたけど、もうちょっと食べたいなって。心変わりしたっす。

きな子棒が好きになって、駄菓子屋さんにも時々行くようになって。時間が流れる内に、名前をからかわれたりとかも気にしなくなっていったっす。

そんなに頻繁に行ってたわけじゃ無かったっすけど、きな子にとっては大事な場所の一つだったっす。

10: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:56:17.42 ID:HaUCC45Z
でも六年生の秋ごろに、その駄菓子屋さんが店仕舞いすることになったっす。

最後に、最初に連れてきてくれた友達と一緒にそのお店に行ったっす。

「もう年だから、体が動かなくなってきてね。もっと続けたかったんだけどねぇ」

「いつも来てくれてありがとうねぇ」

…って。

きな子も友達も思わず泣いちゃって、お礼を言って、いつもよりいっぱいお菓子を買って帰ったっす。

あの時だけはきな子棒がちょっとしょっぱくて、でもとっても美味しかったっす。

11: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:57:08.80 ID:HaUCC45Z
*********

きな子「今でもふとした時に思い出すっす」

夏美「…」

「…」

きな子「長々と話しちゃってごめんなさいっす!えっと、4本下さいっす」

「…はいよ、好きなの取ってね」

きな子「えーっと…、これと…。はい、これ夏美ちゃんの分!」

夏美「私の?」

きな子「あーん」

夏美「いや、さすがに恥ずかしいですの…」

きな子「あーん!」

夏美「…あ、あーん」

12: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:58:15.53 ID:HaUCC45Z
きな子「どうっすか?」ニコニコ

夏美「…美味しいですの」ポロポロ

きな子「…食べるのにコツがいるんっすよね。初めて食べたときは服に思いっきりきなこをこぼしちゃったっす…」

夏美「…。もうちょっと早く言ってほしかったですの…」

きな子「ふふっ、夏美ちゃん、ふふふっ」

夏美「笑い事じゃないんですの!大体きな子がいきなり寄越して来るから——」

きな子「だって…。ふふ…、あ。当たり。」

夏美ちゃんの摘まんでいる爪楊枝の先端が赤い。

13: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 00:58:53.24 ID:HaUCC45Z
「夏美ちゃん、もう一本取っていいよ」

夏美「たしかに、これは一本食べたらもう一本食べたくなりますの…」

夏美ちゃんが箱に入ったきなこ棒に手を伸ばす。

きな子「そうっすよね!」

夏美「甘さ控えめで癖になる味ですの…」モグモグ

きな子「夏美ちゃんにきな子棒の良さが伝わったようで何よりっす」ウンウン

夏美「…きな子の方が駄菓子屋の娘みたいな雰囲気ですの」クスクス

きな子「そうかもしれないっす」クスクス

追加でいくつかお菓子を買って、つまみながらお話をして。まるであの頃に戻ったみたいな、懐かしくてあったかい感覚だったっす。

14: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:00:36.36 ID:HaUCC45Z
*****

きな子の方についと目をやると、ぽつりと呟くように言った。

きな子「でもやっぱり、あの駄菓子屋さんがなくなっちゃったのは寂しいっす…」

夏美「…そればっかりはしょうがないですの」

きな子「きな子に何が出来たわけでもないっすけど、でも…」

「…いいんじゃないかな」

きな子「え?」

「きな子ちゃんがそんなに思ってくれてるんだから。それだけで十分なんじゃないかな」

夏美「…」

15: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:01:30.21 ID:HaUCC45Z
「私もおんなじ商売してるから、多少はそのおばあちゃんの気持ちもわかると思うんだ」

「こんな店でもね、小学生の子供達がちらほら遊びに来てくれるんだ。他愛のない会話を聞いているだけで、元気がもらえるもんだよ」

「きな子ちゃんや友達が遊びに来てくれただけで、とっても嬉しかったと思うよ」

きな子「そうなんっすかね…」

安心したような、納得はしきれていないような複雑な表情。

「この店も継ぐ人がいないし、その内無くなっちゃうかもしれないけれどね」

「来てくれた人が笑顔になってくれたり、ほんのちょっと懐かしく思ってくれてるだけで十分幸せなんだよ」

そう言っておばあちゃんがきな子に向かって微笑みかける。

きな子もそれを見てニコリと微笑み返す。

私はただ、それを遠くの景色みたいに眺めていた。

16: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:02:27.15 ID:HaUCC45Z
きな子「それじゃあ、そろそろお暇するっす。今日はありがとうございましたっす!」

そう言ってきな子が店を出ていくのを手を振って見送る。歩いていく後姿を見ながらふと気付く。

夏美「あの子、迷子だったんじゃ…」

「送っていってあげなさい」

夏美「言われなくても、そうするんですの」

「…素敵なお友達ね」

夏美「…ですの!」

17: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:03:12.61 ID:HaUCC45Z
あの子が良ければ今度また連れてきてくれると嬉しいわ。なんて後ろで言われているのを聞きながら、きょろきょろと周りを見渡しながら歩く後姿を走って追いかける。

以前はすぐに息切れしていたかもしれないけれど、今では幾分か体力がついたものだと実感する。

夏美「ストップですの!」

くるりと振り向く背中。ゆるく留められた茶髪のツインテールが遅れて追いかけてくる。

夏美「この辺りは詳しいから送っていきますの」

分かりやすいくらいに、ぱぁっと明るくなる表情。…本当に、ほっとけないんですの。

18: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:04:39.69 ID:HaUCC45Z
きな子「お店を出てから、道に迷ってたことを思い出したっす…」

夏美「まったく…。相変わらず抜けてるんですの。」

きな子「いやぁ、面目ないっす…」

申し訳なさそうにポリポリと頭を欠く仕草を横目で視界に捉える。

きな子「…素敵なおばあちゃんっすね」

夏美「…ですの」

あまりにも早すぎるデジャヴュを覚えつつ返事をする。

きな子「夏美ちゃんは、あんまり良く思ってないんすか?その…駄菓子屋さんのこと」

夏美「良くないとか、そういうことじゃないけど…」

横に並んで歩いている天然娘は、色々と抜けてるくせに妙に鋭かったりするのだ。

19: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:06:02.59 ID:HaUCC45Z
夏美「ただ…」

きな子「ただ…?」

夏美「今更流行るわけでもない。個人経営だから大して儲かるわけでもない。それでも執着するのは未練でしかないって、思ってましたの」

きな子「…」

夏美「結果が出なくちゃ、報われなくちゃ意味が無い…って。」

夏美「でも、間違ってたのは多分、夏美の方でしたの」

きな子の方を向くと、何も言わずに屈託のない笑顔が返ってくる。

20: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:06:59.82 ID:HaUCC45Z
きな子「きな子、駄菓子屋のおばあちゃんのことも、今日のことも、ずっと忘れないっす!」

夏美「…」

きな子「きな子がずっと覚えていることが、ほんの少しでも恩返しになってるって思いたいっす…」

夏美「…きっと、なってるんですの」

多分二人共とても晴れやかな表情をしていて、どちらともなく笑いあった。

夏美「きな子が良かったらですけど…」

きな子「何っすか…?」

夏美「まだ日も落ちていませんし、ちょっと二人で遊んだり…とか。」

きな子「!」

きな子「きな子も誘おうと思ってたっす!」

21: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:08:12.31 ID:HaUCC45Z
夏美「…じゃあ決まりですの!」

きな子「はいっす!」ギュッ

そう言って手を握ってくる。

高校生にもなって手を繋いでなんて——。そんな言葉を言いかけたけれど。

こうしているのも悪くないんですの。

柄にもなくにやけかけている表情を何とか作り直して。

今日一番の笑顔を振りまいている友人の目を正面から見て、繋いだ手を握り返した。

24: 名無しで叶える物語(茸) 2023/02/08(水) 01:10:40.33 ID:HaUCC45Z
おしまいです。

こういうお話は需要あるでしょうか…?
お読み下さった方がいらっしゃいましたらありがとうございました。

引用元: きな子「鬼塚商店…?」夏美「…ですの」