1: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:32:25.43 ID:x6j3x4gBo
「はい、お釣り。日差しがきついから、熱射病にならないようにね」

「ええ。ありがとうございます」


定年を越えているであろう運転手からお釣りを受け取り、タクシーを降りる。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405693935

2: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:33:53.72 ID:x6j3x4gBo
都会から少し離れた、山の麓。
ビルや地面からの反射による不快な蒸し暑さはないのですが、頭上に何もないせいで日光が刺さります。


「ふぅ…もう、こんな季節なのね~」


ひとりごとを呟きながら歩き進める。

途中、何匹かの猫を見つけて近寄ってみたけれど、すぐに逃げられてしまった。


「この辺りに……あった」


水道口と、積み重なった手桶、柄杓。
使い込まれた桶の8分目まで水を入れ、持ち上げる。


「っとと…はぁ。体、鈍っちゃったかしら~?」

3: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:35:57.26 ID:x6j3x4gBo
1列目、2列目、3列目…数を数えながら奥へ。
8列目で左に曲がる。

普段の生活道路だとよく迷ってしまうのに、ここだと一度も迷ったことがない。
いつもそうなら良いのにねえ…。

えぇと、8列目を左に曲がったあとの、14つ目。

ここね。
名前も合っている。

4: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:37:14.15 ID:x6j3x4gBo
ごとっ、と桶を地面に置き、持ってきた新聞紙を広げる。


「あまり来られなくて、すみませんね」


そう言ってから、踏み入る。

毎回の事だけれど、一面が雑草で覆われてしまった。
骨が折れるわねぇ。

5: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:41:19.61 ID:x6j3x4gBo
小さな雑草まで綺麗に抜き終えた。
さて、次は雑巾ね。

…んん?
何か、忘れているような…。
正面をよく見る。


「あら。忘れていたわ~」


茶色くなっていたお花を新聞紙に置き、持ってきた小さな向日葵と取り換える。
少しだけ向日葵に目を留めて、雑巾を取り出す。

冷たくて触れると気持ち良かった桶の水は、すっかりぬるくなっていた。
中々水を吸わない雑巾に苦労しつつ、しっかり、水拭き。
細かい所まで、丁寧に、丁寧に…。


仕上げに柄杓を使って、上から水で灌ぐ。
いつもこの瞬間は、憑き物が落ちたかのような錯覚に陥る。

心が真っ新になったようなそのままで、ろうそくに火をつけ、お線香にも移す。

6: ◆km.GW4AuOk 2014/07/18(金) 23:42:36.40 ID:x6j3x4gBo
しゃがみ込んで手を合わせ、事務所のみんなは元気にしている旨を伝えて立ちあがる。
我ながら短いと思うけれど、これくらいでちょうどいいと思う。


「次は、いつ来られるか分かりませんけれど」


手桶と柄杓、雑草や枯れたお花を包んだ新聞紙を持ち、先ほど来た道を引き返す。

ふぅ。
お盆は休みを取れるかしら?

引用元: あずさ「貴宛献花」