9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 22:28:21.57 ID:kUOcPvQM0
飛び交う発言は絶える事無く、日が沈めば人が増え、日が昇れば人が増える。
VIP。
しかしその人だかりには偏りがあり、男がレスをしたスレはもうスレと呼べるものではなかった。

「とりあえず死ねよ」
寂しさを破った声に振り返る。おや、党員だ。

とりあえずという言葉は便利だと誰かが言っていた。
相手に使えば後から責められず、自分が使えば言い訳になる。
2chでは、便利な言葉を使っていれば、揚げ足をとられず生きていけるのだ。

とりあえず、男は死なない事にした。

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 22:46:57.15 ID:kUOcPvQM0
しかし言葉だけでいいのだろうか。
そんなことがふとよぎったのは、やはり不安だったからだろう。
例えば党員が書き込んだ後のこのスレの静けさ。
いくら言葉を持っていても、話す相手がいないのでは意味を成さない。
ならどうすればいい。試しにスレをageてみようか。

しかしスレはまだ十ケタにもなっていない。
ここでageて一人、二人程度が書き込んだ所で到底1000までは伸びる筈も無く、
男はすることもなく、背を伸ばしてみた。

エンターキーを押すと、とりあえず1レス分だけ伸びた。

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 22:55:55.18 ID:kUOcPvQM0
伸びたはいいが、伸びただけであった。
書き込み回数に比例して一人きりの空間が広まり、ただタイピングの音だけが大きくなる。
これで誰かが自分の書き込みついて一言、いや一文字でも投げられればいいのだろう。
そうすればどのような言葉であっても、

「とりあえず死ねよ」

あの発言のように、思考の材料になる。
言葉は言葉によって言葉となり、それが新しい言葉を生む。
と、いうのは無駄で誰得な言葉遊びである。
男は無駄なものほど楽しい事を知っていた。
ならば、楽しみとは無駄なのだろうか?
男の遊戯は止まらない。

スレから人が去る。男に猿が近づいて来た。


16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:06:28.31 ID:kUOcPvQM0
別の男と入れ替わりに、猿が去る。
笑うところ?いいえ、ケフィアです。

ーなんだ、自分にはもう書く事も無いのか。

夏なのでこういうタイプのギャグも悪くはないが、
ここは充分に底冷えする寒さである。

「とりあえず死ねよ」

凍死という言葉が浮かぶ。
一人きりだと、段々寂しさが薄れてくる。
寒さが逆に暖かくなるというように。

ーとりあえず分かった事は、
 自分は党員の発言を根に持っているらしいという事だった。

自分に書く事はないと言ったが、一つだけ在るのを男は思い出す。

『翠星石「蒼星石「翠星石」」』

男は複雑なタイトルを入力する。
キーボードの音はとりあえず止みそうになかった。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:15:02.68 ID:kUOcPvQM0
「蒼星石『翠星石』」

「・・・へ?」
普段黙ってるか叫ぶかのJUMが、なんだか間抜けな声を出す。

「なんですか、蒼星石~」
『JUM君がなんだか間抜けな声を出したけど、僕、何かしたかな?』
間の抜けているのはお前だ。
JUMはやっぱり間抜けな顔で言おうとするも、状況を飲み込めずにただ焦っていた。

「変なJUMですぅ」
『はは、翠星石ほどじゃないよ』
「なんです、それは!」
『あはははははははははは』

その声のどちらも、翠星石一人のものだったからだ。


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:22:55.95 ID:kUOcPvQM0
「おい、翠星石」

「どしたです、JUM?」
凝視してくるJUMに翠星石は見つめ返した。
いつもと変わらない、翠と赤の丸い瞳。

「お前、大丈夫か…?」
「…大丈夫って、そりゃ翠星石はいつだって、
 JUMみたいなHIKIKOMORIより100倍元気ですぅ」
『お転婆、の間違いだけどね』
「なっ、何を言うです蒼星石!!」

いやいや…これは…絶対おかしいだろ。
見た目はいつもと同じ翠星石だが、その見た目すらどこか違和感を覚える。

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:33:08.76 ID:kUOcPvQM0
とにかくここは冷静にだ。KOOLに、なれ。

ネットで身に付けた剽軽な語彙でJUMは少しだけ動揺を抑える事が出来た。
そうだ、これは翠星石の異常な冗談(それでも異常過ぎるのだが)かもしれない。
確認するにはこしたことはないよな。

「翠星石、その、蒼星石についてなんだが」
この言い方がマズかったらしい。
「JUM…まさか、翠星石よりも蒼星石に興味を抱いているというのですか…?」
ぼそっ。ぼそぼそ、ぼそ。

「・・・へ?」
『ていうか、僕の事を聞きたいんだったら僕に聞いてよ』

「・・・へ?」
「そうですよ、本人が目の前にいるのにそんな回りくどい言い方…!」

「・・・へ?」
理解しがたい現象が加速する。
一言一言のたびに、翠星石の泣き顔と呆れ顔が浮き沈みしていたのだ。
JUMはこの時初めて思った。
本当に冗談であって欲しいと。


26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:42:03.90 ID:kUOcPvQM0
「あ・・・ちょっと僕、また、図書館に」
慌て駆け出すと、JUMは窓をがらっと開く。

翠星石が止めなければ(その時翠星石は『ちょっと待ったJUM君!』と言っていたが)
JUMはそのまま気づかず窓から飛び出していただろう。

扉が反対の方向にあることを思い出すのに何秒もかかるほど、JUMは動揺していた。

「・・・行ってくる」
本当に心配した様子の翠星石、もしくは蒼星石が玄関先で見送る中、
JUMは家を出た。

翠星石が蒼星石の動かない体を引きずって階段を上っていく音を確認する。
そろりそろりと歩く。たどり着いたのは居間の窓の前だ。
中では真紅と雛苺がTVを観ていた。

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/04(火) 23:51:14.02 ID:kUOcPvQM0
真紅と雛苺。
今はこの二人を頼りにするしか無い。
JUMは窓を叩こうとするが、ぴたりと動く事を止めた。
呼吸も出来ない状態。

「JUM、大丈夫ですかねぇ」
2階の窓が開く音。首を出したのはもちろん、唯一2階にいる翠星石だ。
JUMはするりと軒下に回る。一筋だけ汗が流れる。
『あはは、翠星石は心配性だなぁ』
「んなこたねーです、翠星石はですね(ry」

視覚的な情報が無いと、はっきりとわかった。
翠星石は蒼星石のセリフを言う時、完全に蒼星石になりきっている。
発音やトーン、何から何まで、蒼星石の顔が浮かぶほどに似ていた。
JUMはKOOLになろうとして、COOLになれずにいた。

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 00:00:58.46 ID:3E7P4S9r0
窓が閉まる。声は遮られて上手く聞き取れないが、JUMの部屋で雑談をしていた。
時折翠星石の声で、蒼星石の話し方で『あはは』と聞こえ、
それはら奇妙な文字列としてJUMの頭に刻まれる。

こん、こん。
居間のガラスを叩く音。JUMは惚けているので、これは内側から叩いたものである。
「・・ン?・・・ジュン?」
こんこん。
「ぁ・・・・真紅。」

真紅と、普段うるさい雛苺ですら、居間の中からこちらを不思議そうに見ている。
図書館に行かずに会話している所を翠星石に見つかってはマズいので、
真紅が「返事をなさい!」とか、雛苺が「どうしたの~JUM~?」とか叫ばないのは助かった。

それはJUMがそれほど異様に焦っていたからで、
焦っていたのは先程翠星石が窓から顔を出したせいでもあった。


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 00:11:11.38 ID:3E7P4S9r0
(あ・け・て・く・れ。)


JUMの口は公園の鯉かと思うほどパクパクと動き、静かに言葉を刻む。


「ん~、おもいのー」
「・・・」ピクッ
雛苺さん、女の子にそんなこと言っちゃ駄目でしょう。
しかし状況が状況なだけに、真紅はそれを真に受けて反論しないし、
雛苺もしっかりと真紅を肩車し続けた。
精一杯伸ばした真紅のやはり短い腕によって窓の鍵が外れると、JUMは窓を開け、するりと居間に入った。

「靴は…まぁ外に置いておいても、見つからないよな…。」
JUMはやっと一息ついた。
せっかく緊張が解けたので、ついでにもう一息ついた。
静かだった。



上の階では翠星石の声。

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 00:22:24.30 ID:3E7P4S9r0
「一体どうしたの、JUM」
「JUM、顔色が悪いのー」

心配してくれるのはありがたかったが、JUMは人差し指を突き出し、自分の唇にあてた。
「翠星石に聞かれるとマズい」
別に見つかるとマズいと決まっている訳ではない。忘れ物を取りに来た、その一言で片付くのだ。

だがそれでもマズいとJUMは思った。ウソが悪い事だからではない。
真紅と雛苺とこっそり話している場面を翠星石に見られる。
それを避けなければならないということを先程の翠星石から、何故か察したのだ。
「静かに聞いてくれよ…」
す、と言いかけた時だった。

居間の扉が開いた。

のりは夏期講習のため学校に行っている。なら誰が開けた扉?
JUMは覚悟を決めて立ち上がる。
扉が開ききると、翠星石が、




「ぁ・・・・JUM君、どうしたの?』

蒼星石が現れた。

38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 00:38:30.87 ID:3E7P4S9r0
JUMは落ち着いていた。対応がとれる。
慣れたわけではない。どちらかというと諦めがついたのだろう。

「あぁ・・・、蒼星石。」

「・・・?」
キョトンとしていたのは真紅と雛苺だった。

「いや、昨夜ノートを居間に置きっぱなしにしていたのを思い出して、取りに来たんだ。蒼星石は知らないか?」
我ながら・・・まぁ下手な嘘ではない。数秒で考えたにしては上出来だ。

『あぁ、確かに昨夜は居間で使っていたね。わからないけど、一緒に探そうか?』
「いや、なら、今じゃなくてもいーや。」

『・・・うん、わかった。じゃあ僕は上に戻るよ』
「あぁ、・・・ありがとう」
・・・?
すぐ上へ戻る。それは助かる。なぜ。

『翠星石を上に待たせているからね』


唖然とする真紅、雛苺、そしてJUM。
三人を残して翠星石は蒼星石の仕草で扉を閉め、階段を上っていった。
動かない蒼星石の体を隣に抱えて。


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 00:52:20.18 ID:3E7P4S9r0
人間、焦りを通り越すと急に頭が回るものらしく、JUMはすぐに居間を出た。
行き先は玄関でも、その外の図書館でもない。
桜田家の魔窟、もとい物置、否、そこにある鏡の向こうのnのフィールドである。

「・・・・・」
真紅と雛苺も行き先を察したようで、静かについてくる。
二人が居間からいなくなるのは不自然だが、何故か大丈夫だと分かる。

翠星石は先程居間に入った瞬間、僕しか見てなかった。
その後も、僕の前では他の二人を見向きもしなかった。
まるで僕にしか興味がないかのように。

何より、2階から聞こえる二人(一人のはずだがもはや二人に聞こえてきた)の話し声は、
しばらく止みそうにはないほど楽しげだったからだ。

「あはは・・・」
動揺が焦燥に変わり、安堵と緊迫を経て、

恐怖という2文字がようやく頭に浮かんで来た。


47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 01:09:36.92 ID:3E7P4S9r0
最近観てないし読んでないんで、nのフィールドについての解釈がおかしかったら言って欲しいです。

ーーーーーーーーーー

光る鏡に飛び込むとそこは逆さの世界、

いやいやそれは便利なポケットを持った青ダヌキの話だ。
後ろにいるのは赤とピンクの人形だ。

JUMたちは、nのフィールドにいた。
周りの空間がもやもやしていて、何となく暗く、形容しがたく「肌触りの悪い」空間であった。
JUMが真っ先に気づく。ここは、JUMのフィールドだ。

「・・・JUM」
「わかってる、確かに僕は今、えーと・・・」

「不安なの?」
「・・・・・」
「あーっ、ここ、JUMのフィールドなのーっ!」

自分の世界を見ると、尚更不安になる。
JUMは二つほど、大きな溜息をついてみせた。



50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 01:23:34.02 ID:3E7P4S9r0
どこから説明しようか。
JUMは「翠星石が、」と言いかけた。ふと、「蒼星石が」と言いたくなる。
いや、「翠星石と蒼星石が」?

ちがうちがう。

「翠星石がな・・・おかしいんだ」
それはわかってる。真紅がそう言うと、一瞬考えようとしてJUMは理解した。
既に二人は異常に気づいている。当然だ。

「さっき来た時、いつもと違っていたのー」
「ああ、どうやら冗談じゃないみたいだ」
「やはり、そういうことなのね?」

そういうことだ。
翠星石は蒼星石を失った。普段通りに振る舞っていたが、カラ元気だったようだ。
何が元気100倍ですぅ、だ。

翠星石は壊れていた。ジャンクではない。もっと根本的に、壊れていた。

54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 01:39:51.17 ID:3E7P4S9r0
それにしても、あまりにも唐突だ。
なにしろ僕が異変に気づく直前まで、翠星石はいつも通り薔薇屋敷へ
「茶ぁ飲んでくるですぅ」
といつもの勢いで出かけていたのだ。

戻って来てからも様子は変わらず、おじじがどーのこーのと言っていた。
僕はそれを聞き流しながら、向こうではこちらの話をしていたのだろうか、と思ったものだ。
いつもと何一つ変わらない悪魔人形。

のはずであった。

55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 01:54:36.25 ID:3E7P4S9r0
まるで蒼星石が翠星石に、翠星石が蒼星石に、と・・・それじゃ手品だ。
とにかく、あえて形容するとすれば、「翠星石に蒼星石がいる」だろうか?

JUMの辿々しい説明は、テンポが悪い割にすぐ終わった。
三人は黙り込む。

すべきことは三つ、か。
一つ目は、三人でこの状況を把握する事。いま終わった。
二つ目は、この事態のきっかけとなったはずの原因を探る事。
三つ目は、翠星石を蒼星石への想いから解放する事。

「なんなんだよ、一体・・・」
どこかのライトノベルの主人公程度の「やれやれ」だったらよかったのに。
いつになったら新刊が出るのだろう。


JUMには少しだけ余裕が生まれ、フィールドも少しだけ穏やかになった。
少しだけなので、真紅と雛苺だけが少しだけ気づいた。


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 02:12:42.25 ID:3E7P4S9r0
nのフィールドから帰って来たJUM達を、誰も迎えなかった。
「・・・一度も下へ降りてないのか」

TVは出かける前に消していた。時間は日が赤みを帯びる手前。
車も通らず、カラスも鳴かず、下校する小学生が少しだけ騒いで、

出かける前よりずっと、階段の上から聞こえる声が際立っていた。

さっきこの場所で感じた奇妙な恐怖が舞い戻る。


雛苺も真紅も気が利いていた。
さっさと、ただし静かに居間へ戻り、落書きやら読書やらを始めた。
真紅などはご丁寧に、本をわざと十数ページ程進めて読んでいた。
僕も玄関へ行き、疲れたように(実際疲れていた)扉を開けて、

「ただいまー」
乱暴でない程度に閉めた。

「おかえりなのー」
「・・・おかえりなさい、JUM」ペラ

そしてやって来た。笑顔だ。
「おかえりですぅ、チビ人間ー!」

僕は笑顔でもなく、疲れ顔でもなく、真顔。
これは演技がいらなかった。

あと雛苺、落書きをやめろ。

58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 02:36:12.85 ID:3E7P4S9r0
すっかり忘れてたが、のりが今の翠星石と顔を合わせたらマズいのではないか。

『じゃあ僕はもう帰るよ、マスターが心配する』

その一言によってその心配は減った。
しかし食卓でも蒼星石の話題が上るかもしれない。
今の翠星石は蒼星石がまだここにいると思っている。
のりが口を挟んでしまうのはまずい。
のりと口裏を合わせておく・・・・・どうやって?
第一のりは蒼星石に起こった事すら知らない。

結局、真紅達と口裏を合わせた。
全力で話題転換をするしかないとの結論だ。
これ以上の手段は思いつかない。

59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 02:44:48.33 ID:3E7P4S9r0
「・・・って、お前・・・!?」
「・・・なんですチビ人間?」
きょとんとしているが、誰だって驚く筈だ。

翠星石は、蒼星石の体をしまった鞄を窓から放り出していた。
まるで、自分の大事なものをそっと押し入れにしまい込む、
そんな動作で。

「だって・・・、蒼星石、が・・・!」
「蒼星石なら今飛んでいったじゃないですか。あちい西日で脳みそが膿んだですか~」



ーその頃、桜田家の庭ー


「いたた・・・まさか、上からこんなものが落ちてくるなんて計算外かしら~。
 今日は撤退するかしら~、うぅ・・・。」


その後JUM達が慌てて下に落ちた鞄を回収しに行くと、
何かクッションがあったのだろうか、鞄も蒼星石も無傷だった。


63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 03:08:30.01 ID:3E7P4S9r0
「きょうは何と、特性ひまわりハンバーグよぉ」

まだ汁が飛び出しているハンバーグに少し固めのはなまる目玉焼き。
目玉焼きの黄身には黄金色をした網目状の焦げ目。
あたかもヒマワリがハンバーグの上で天を仰いでいるようであった。
もっとも、ヒマワリに見えたのは興味津々で覗き込む人形達の顔だろう。

・・・目玉焼きにこんな加工、できるのか・・・?誰か作ってみて。

「のり・・・腕を上げたわね」
「すごいのー、ひっまわっりめっだまっやきぃー」
「そう?みんな美味しく食べてねー」

JUMは味覚に対する視覚の補助効果を実感しつつ夕食を平らげた。
JUM達の危惧していた事態も起こらずにすんだ。
それどころか翠星石は蒼星石の話題を一言も話さなかった。


「翠星石、黙ってるとハンバーグさめちゃうの~」


雛苺が話しかけるまでずっと、皿の上の目玉焼きハンバーグと見つめ合っていたからだ。
のりを除いた面々が、その光景に目を見張った。


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 03:23:08.09 ID:3E7P4S9r0
蒼星石の鞄は、外に置いておくのも何なので物置の棚の目立たない場所にしまった。
「となりにワニの人形を置いて・・・これで近寄らないだろ。
 じゃあ明日お前の人工精霊で、」
「えぇ、ホーリエが窓から投げ入れるわ。蒼星石がいたほうが翠星石もよく話すし、原因が見つかるかもしれない」
「ああ、頼んだぞ・・・」

階段を上る。先程と違って話し声はしなかった。
翠星石の中では今、蒼星石はあの薔薇屋敷へ帰っていることになっている。
話すのは翠星石なのに、蒼星石がいて初めて翠星石は蒼星石の言葉を話すようだ。

JUMは部屋に入ると翠星石にも机にも目を向けず、どっとベッドに転がった。


「JUM、布団ぐらいきやがれですぅ」
爆睡するJUMをあからさまに心配する光景は微笑ましいものであったが、
真紅と雛苺は笑う事が出来なかった。


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 03:39:28.92 ID:3E7P4S9r0
「ん・・・」

来ると思った。夢の世界だ。
JUMはむくりと起き上がり、辺りを見回した。
霧。JUMの視界一面は真っ白であった。

歩いても歩いても行き先は定まらない。
道のある迷路は楽だ。方向と位置さえ覚えればいい。
なにもない迷路。もっとも厄介な道を、JUMは歩いた。
一歩一歩がぬるりと重い。

「まるで・・・牛乳風呂を泳いでるようだな」

しかし見えて来た。
赤と翠の瞳がこちらを向いた。
それは霧の向こうでもやもやと、ゆらゆらと揺れている。


お 前 は 一 体 、 誰 な ん だ ?


「JUM、起きて頂戴」
起きた。
不思議と汗はかいておらず、呼吸もそれほどではない。
映画のワンシーンの切り抜きを見終わった状態。

「JUM、あなたがいないと物置の蒼星石を下ろせないわ」
やれやれ。


72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 03:54:59.45 ID:3E7P4S9r0
(最後の切れ方がおかしいと思い蛇足をびろびろ)

真紅がじっと見つめる。
「夢でも見たのかしら?」
「まぁな・・・」
真紅はそれだけ聞くと扉へ向かう。

「JUM、あなたがいないと物置の蒼星石を下ろせないわ」
それ以前にこの部屋の扉も開けられないだろう。やれやれ。



「変な性悪人形、変な夢・・・僕までおかしくなりそうだ」

ワニをどかし、鞄を取り出す。ちゃんと蒼星石も中にいた。
「・・・妹がいなくなった姉の心境なんて、僕に分かるわけ・・・ないよな」
潰されまいと逃げるゾウリムシがいなくなってから、蒼星石の鞄を玄関脇に置く。

ふと考える。
ゾウリムシとダンゴムシって、どう違うんだっけ?
色が・・・いや、厚さが・・・わかりづらい。
あ、そうか。・・・丸くなるかどうかだったな。
話していると翠星石なのか蒼星石なのか、とにかくわかりづらい。
こいつらみたいな簡単な見分けがあればな。

つんとつついて丸くなる翠星石を想像する。
僕はどんなジャンルの変 だ。

73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 04:06:24.41 ID:3E7P4S9r0
JUMが独りごちながら家へ入ると、声がした。
ああ、この話し方は翠星石だ。

「真紅ー!びっくり仰天奇想天外ですぅー!」
「何かしら、翠星石?」
「チビ人間が・・・ジュンが早起きを!!」

はて、自分はそこまで本格的にだらけていたか・・・?
「否定はできないのがくやしいな」
ジュンはまた独りごちる。

しかしどうだろう、この光景はなかなかいつも通りではないだろうか。
このままでもいいかもしれないと、頭をよぎる。
いい筈が無いのだが、翠星石は昨日からずっと楽しそうである。
蒼星石がいなくなってからずっと見せなかった笑顔。

あれ?

今の方が、翠星石にとってはいいのだろうか?


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 04:21:24.23 ID:3E7P4S9r0
いい、わけはない。でも完全に否定できない。
思考は否定形ばかりのくどい方向へ回りだす。

まるで夜明けのカラスの鳴き声が聞こえるまで徹夜した朝みたいな、そんな脳内。
プラスとマイナスを行き来するカオス思考。
お人好しのJUMは正しいかどうかより、翠星石のためかどうかで考えていた。

そこでようやく気づく。
本当にこのままでいいのなら一発で決まるはずだ。
迷いのある決断はしない。

「まるで漫画の主人公みたいな判断基準だな・・・」

独り言は三度目ぐらいまで、そろそろ危ない人だよJUMくん。



78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 04:42:03.28 ID:3E7P4S9r0
昨晩の夕食と違い、朝食は和やかなものだった。
「あーっ翠星石、そこはヒナの席なのー!」
「甘・い・で・す・よチビ苺。戦場は常に移り変わり、そして今チビ苺の戦場は翠星石の手に堕ちたのですぅ」
「うーっ、じゃあヒナは翠星石の席をとるの!」

「こらこら、あばれちゃ駄目よぉ」
「二人とも静かになさい」

まぁ、和やかなものだった。

ここでも蒼星石の話題は一切出なかった。

79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 04:54:36.12 ID:3E7P4S9r0
ガラス窓を開ける。ホーリエとベリーベル(は、そこらへんをうろついていただけ)が、
勢い良く鞄を投げる。

がしゃーん。

投げ込まれた鞄は床を回転して止まった。翠星石が


蒼星石が鞄を開ける。
『やぁ、みんなおはよう』
「今日も来たですか、蒼星石」
『別にいいよね?』
「べ、別にいーですけどねー
 これっぽっちも嬉しくなんかないですぅー」
・・・やはりこの光景は翠星石にとっては嬉しくとも、
自分にとってはちっとも嬉しくない。

JUMはゆっくりと腰を上げ、窓から外を見た。
風が、吹いていた。

ホーリエが鞄を間違えて投げたせいで重なっていたガラス窓が2枚とも砕け散ったせいである。


81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 05:03:47.59 ID:3E7P4S9r0
「こんにちは、蒼星石」
『やぁ、真紅。雛苺も』
「今日も遊ぶのー!」

そういえば、真紅と雛苺がこの「蒼星石」に話しかけたのは初めてだ。
参加する人数は多い方が、話を誘導しやすい。

何が翠星石をここまで突き落としたのか。

やり方は不本意だったが、僕一人で相手はできない。
まだ、こうして話すのが少し怖い位なのだから。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 05:16:35.83 ID:3E7P4S9r0
とは言っても、なかなかそれらしい話はつかめない。

分かったのは、「二人」の記憶は所々妙であるらしいこと。
そして、その矛盾は「二人」ともさしたる問題にはしていないこと。
気づいてすらいないかもしれない。
そもそも、「蒼星石」がアリスゲームを置いておいてここまで楽しげにしている様子など、想像もつかなかった。

今の二人から話を聞き出すのは難しそうだ。

だったら、翠星石を想いから解き放つ。それに入るしかない。
JUMは静かに決意した。


それも知らず、ティーカップを両手に持った翠星石(蒼星石)は相変わらず談笑していた。


89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 06:27:44.82 ID:3E7P4S9r0
妹想いなのは結構である。だがそれで自分を傷つけていたのでは誰のためにもならない。
蒼星石だって姉がそうするのと同じ位、姉の事を大事に思っている筈だ。
彼女がいまの翠星石を見たら、どう思うだろう?
JUMはふいに、さっき「このままでいいか」と思っていた自分が情けなくなった。

翠星石に何があったのかは結局わからずじまいである。
どうすればいいかはわからない。が、どうしようもないわけではない。

「待ってろよ、『翠星石』・・・!」


・・・・・。


「そう。ならさっさと行くわよ」
「見つかるかわからないけどな」

部屋を抜け出した僕と真紅。薄暗い物置。目の前には鏡。
水銀燈を、探しにいく。

90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 06:43:57.81 ID:3E7P4S9r0
どうやら翠星石の記憶からは、特にショックだった部分が抜け落ちているらしい。
翠星石が大事なものを失った時の記憶だ。
大事なものというのは蒼星石であり、失ったのはローザミスティカ。
奪っていったのは、水銀燈。

「蒼星石がローザミスティカを失った原因自体は彼女ではないけれど、」
「・・・。」
「翠星石は責めていたわ。自分が水銀燈に蒼星石を渡してしまった事を」

水銀燈がローザミスティカを奪うのに失敗し、翠星石のものとなっていたとしても、
事態は大して変わりはしなかっただろう。
どちらにしても、蒼星石はもういないのだから。

失った記憶には水銀燈が深く関わっている。
水銀燈と今の翠星石が会う事で何らかの刺激が得られる可能性は高い。

nのフィールドを彷徨いながら、考え事が増えるほどにJUMは無口になった。



92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 06:58:00.95 ID:3E7P4S9r0
「ほほう、部屋には翠星石と雛苺だけ・・・と」
がさごそ。人家の屋根を1mだけ前に進む。
「なら、真紅は今一人、かしら・・・なら」
がさごそ。双眼鏡を畳んでしまう。
「そこへこの私が割って入って戦えば」
がさごそ。のっそりと立ち上がる。

「この金糸雀が、ズルしてラクして頂かしら~!」
一人、もとい独りの策士がそこにいた。

「ふふふ、昨日は酷い目にあったけど
 今日は屋根からの侵入!」
「落下物とは下に落ちる物。なら・・・
 『上』にいればッ『落ちてこない』ッッッ」ズギュゥン

「そうよねそうよねピチカート!カナったら今日も冴えてるわぁ~」デコピカ
ピチカートは困っていた。
屋根から降りる手段を実は持っていないこのアホの子に対してではない。

ばさっ。
黒い羽が一枚、金糸雀の目の前に落ちる。



93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 07:13:42.47 ID:3E7P4S9r0
「お前は・・・!」

「おやおや、どうもこんにちは。
 今日は皆さんお揃いでないようで」

nのフィールドをどれほど歩いた頃か、おどけた兎が現れる。

「ラプラスの魔・・・!!」
「ごきげんよう、少年」

「・・・ジュン、この兎に何を聞いても無駄よ」
「おや、これは手厳しい」

「無駄と言われると無駄をされたくなるもの、
 尋ねられずとも口が開いてしまう」

「・・・は?」

「青い果実が落ちてしまった、はてさてそれをどうしよう」
兎の手には、青いリンゴが一つ。
「食べましょう」
がじ、がじ。青いリンゴはのどを通っていく。

「・・・あなたの悪戯なの?」
「いえ、いえ。私が食べたのはこの林檎だけ。
 食べた人はヘタを持っている、
 でも小さいヘタは見逃しやすい。」

日本語で、おk。
JUMはこの道化に会うたびに思うのだろう。



95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 07:32:01.37 ID:3E7P4S9r0
金糸雀の目の前を通り過ぎた羽。
その羽は地面に向かい、雨上がりの空を映す水たまりに、
落ちて、通り抜けた。

ラプラスの魔の手元に、ひとつの羽が降りて来た。

「ウサギの穴には何かが迷い込む。
 お探し物がきましたよ」

「これは・・・水銀燈の羽!」
「フィールドの外・・・!」
見上げると、そこからは空が覗けた。コンクリートの塀や桜田家が見える事から、
その穴は桜田家の前のアスファルトにあることが伺えた。
「水たまりを通って・・・まさか、水銀燈がもう家まで来てる・・・!?」
「行くわよ、ジュン!」
穴を通るJUM達を止めるでもなく、見守るでもなく、ただ見送るラプラスの魔。
それから少しして水たまりは自転車に踏まれ、水面は乱れる。
ウサギの穴は音もなく消えた。

「青、青、青」
ラプラスの魔はしげしげと食べかけの林檎を眺める。

「皆さん、日本の言葉は不思議ですね。これは確かに『青い』林檎。でも、」

にやり。

「どちらかというと私が食べた林檎・・・『緑』だと思いませんかねぇ?」


97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 07:40:19.34 ID:3E7P4S9r0
「す、すっすす、水銀燈!?」
「・・・なぁによ。」
水銀燈はひどく不機嫌だ。顔色も優れない。
「ど、
 どどどうしてカナの所に!?」

「おバカさんとも言う気にならないわね…あなたが私の前に偶々いただけよ」
「そ、そう!ならさっさとカナの前を通り過ぎるがいいかしらー!」
「言われなくてもそうするわよ」
と言った時、既に水銀燈は窓辺に立っていた。

「ごきげんよう」





赤い目と赤い目が合った。翠の目と赤い目も合った。
翠の目と赤い目も合った。赤い目と赤い目も合った。


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 07:55:56.21 ID:3E7P4S9r0
「ほぇ・・・水銀燈なの!」

雛苺以上に驚いていたのは水銀燈だった。
「あれは・・・蒼星石・・・?」
蒼星石がアリスゲームに負けて数日が経つ。
未だに蒼星石の体を、まるで丁度今までお茶をのんでいたかのように扱う翠星石。
その光景は、特に水銀燈には不気味なものを感じさせた。
何より、水銀燈が窓辺に立った瞬間、

二人の赤と翠の目は水銀燈の目をしっかりと捉えていたのだ。

『水銀燈・・・!!』
翠星石は、蒼星石の口調で言う。

「おい!大丈夫か!」
JUMが慌てて駆け込むと、翠星石は身構えて戦う姿勢をとっていた。
JUMはふいに違和感を覚えた。翠、星石?

その時、
水銀燈のレンピカが、翠星石のもとへ向かった。
翠星石がかざす手からは、大きな鋏が現れた。
庭師の鋏、蒼星石の鋏。それを持っていたのは、紛れもなく、

蒼星石だった。

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 08:11:52.83 ID:3E7P4S9r0
「翠星石、じゃなくて・・・蒼、星石・・・?」
「だから昨日言ったのー!『蒼星石が』おかしいって!」

・・・おい雛苺、今なんて言った?

「昨日JUMが窓から部屋に入って、蒼星石が2階から降りて来て」
待て、降りて来たのが蒼星石?
蒼星石なら降りて来た翠星石が抱えていたじゃないか。
「だからー、抱えられてたのは翠星石なのー!!!」
・・・え?・・・え?
「だって、蒼星石は左目が赤くて右が翠で、翠星石は逆だもの!」

なるほど、虫の区別もつかないわけだ。
全然気がつかなかった。

記憶を失っていたのは本当、でも、
僕たちが翠星石だと思っていたのは、最初から蒼星石だったのだ。
その蒼星石が生きていて、しかも動かない翠星石を抱えている。
さらに、異様な二重人格。
それらを総じて、雛苺はおかしいと言っていたのだ。

ここでまたこの言葉が出てくる。「何故」・・・?


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 08:21:46.56 ID:3E7P4S9r0
「蒼星石・・・!?
 だって、あなたのローザミスティカは私が・・・」
水銀燈は狼狽える。
言ってみれば自分がとどめを刺したような相手が、目の前に立っている。

「ありえないわぁ・・・」
「ありえなくないよ。今、思い出した!」
蒼星石は水銀燈に飛びかかる。
敵意を露にしている敵に対し、水銀燈は無防備だった。
「か・・・!」
どさり。
膝が、体が、腕が、頭が、そして翼が、順番に床に倒れ込むと、
黒い羽が床に散った。

「蒼星石・・・なんだな?」
「そうだよ、JUM君。」

105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 08:32:14.77 ID:3E7P4S9r0
「単刀直入に言おうか」
「・・・」

「君は、翠星石の気持ちに気づいていたかい?」
「・・・へ?」

なぜここで翠星石の話が?
ジュンの1文字には、その意味が込められていた。

「やっぱりそうか・・・
 まず、キミ達は翠星石が壊れてしまったと思ったようだけど」
「ようだけど?」

「その通りだよ」

「!!」

「翠星石と、nのフィールドで会った。」
『迷子』になっていた蒼星石が、翠星石と?
「僕は気がつくと名前を思い出していた。
 蒼星石という名前を」

「・・・一体、何が」
「翠星石は、ひどく沈んでいた。翠星石は僕がいなくなったことで、他の繋がりを頼ろうとした。
 でも、その男(ひと)は自分の好意に気づいていなかった」

106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 08:41:38.46 ID:3E7P4S9r0
「翠星石は霧の向こう側で、自分を責めて、寂しがって、迷子になっていた
 ・・・普段はいつも通り振る舞っていたけどね」

「そして、ある日翠星石が僕のマスターの薔薇屋敷に来た時の話だ。」
それは、翠星石が(蒼星石だが)おかしくなった日でもあった。

「翠星石と、鏡を通して会う事が出来た。
 『僕が翠星石の代わりにJUM君と接せられたら』、
 そう願ったとき、翠星石は頷いた。
 気がつくと鏡の中には翠星石が、僕は、鏡の外にいた」



109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 08:52:27.29 ID:3E7P4S9r0

ーーーーーーーーーー

「僕は僕の筈なのに翠星石の格好で、翠星石は僕になっていた・・・
 それからかな、記憶が欠けているのは」

・・・混乱だろうか、それとも精神が「自分は蒼星石か翠星石か」と迷い、
結局「両方だ」とでも錯覚したのだろうか。
そして、帰って来た翠星石は、もう翠星石ではなくなっていたのである。

「いいんだ、君が翠星石に好意を抱いてなくとも」
「?」

「だってさ、だったら僕と、蒼星石を、いや、翠星石を好きになれば」

声色が文節毎に変わっている。

「だろ?そうでしょう?ですよねー?そーですよねぇー?」

おかしい。
もう、彼女は「翠星石」でも「蒼星石」でもあり、そしてどちらでも無くなっていた。



114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 09:31:27.22 ID:3E7P4S9r0
「そ・・・蒼星、石?」
「じゃあ、JUM君を僕のモノにするんだよ、やっぱり」
「蒼星石・・・」
「そーですねぇ、そうすりゃJUMは翠星石のモノにもなるですぅ」

病んでるとか病んでないとか、そういうチャチなものじゃ断じて、ない。
壊れている。
強すぎるがんじがらめの絆は、絆ではなくなっていた。

「僕が何とかするんだ・・・」

「ホーリエ!」
刹那、蒼星石は窓の外へ放り出される。すぐにホーリエを連れた真紅と、雛苺が続く。



116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 09:43:44.22 ID:3E7P4S9r0
ぱさ。
床に髪が落ちる。僕の髪だ、僕の真下に落ちた。
数秒後、あと一歩で蒼星石の鋏が僕を抉っていたところだったと気づく。
真紅が助けなければ、僕は死んで、蒼星石の『モノ』になっていただろう。
ははは・・・。



「きゃー!す、・・・蒼星石・・・かしら?」
ホーリエに吹っ飛ばされた蒼星石は屋根を降りられずにいた金糸雀の元にどすんと落ちた。
そして町はすでにnのフィールドとなっていた。
「なにが起こってるのかしら・・・ってわああ!!」
起き上がる蒼星石を雛苺が苺轍で捕まえ、真紅の花びらが舞う。
金糸雀は、とばっちり。

「・・・かな・・・金糸雀?」
「真剣なシーンだけ正確に呼ばれると逆に傷つくかしら~」
「金糸雀なの!久しぶりなのー!!」
「昨日も来てたかしら~」


119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 09:49:36.87 ID:3E7P4S9r0
「にしてもこれは一体・・・」
「蒼星石が壊れたわ」
「その発言だけだとちょっと愉快に聞こえるかしら」
「笑えない事態だけれどもね」

」あはははは、みんなどうしたの「

声色すらもう翠星石でも、蒼星石でもない。
真紅の猛攻を受けて、むしろ暴走を加速しているようだった。

「・・・なんとなくわかったかしら」
「まずは蒼星石を止めるわ」


122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 10:01:11.07 ID:3E7P4S9r0
」とっても痛かったなぁ、真紅。痛かったよ「

地面が隆起する。次の瞬間複数の樹が生えて来た。
もう片方の手に持った、翠星石の如雨露の能力だ。

「っ!!」
その中の、真紅の目の前に伸びた一本が瞬時に叩っ切られ、奥から蒼星石がもう一撃振りかざす。
どしゃ、と酷い音がした。
が、それは、黒い羽の集団が蒼星石を押しつぶした音だった。

「あの程度で私が動かなくなるとでも?おバカさぁん。」

「水銀燈・・・あなた・・・」

「ふん、別に貸しにしなくていいわよ」

「そうじゃなくて・・・みぞおちにあんなクリーンヒットを受けてなぜ・・・」

「・・・・・」ピク

「・・・・・?」

「私にお腹はないわよ!!!!!」

「・・・・・!!!!!」

(※原作だと多分ある設定なんじゃないかと思いますが、都合良くいじってます)



125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 10:13:58.85 ID:3E7P4S9r0

ーーーーーーーーーー

僕が翠星石に冷たくしたせいで、翠星石を傷つけてしまった?
翠星石を傷つけて、蒼星石に負担をかけていた?
僕は、てっきり翠星石が一人でふさぎ込んでいたとばかり思っていた。
僕が悪くないわけはない。が。

僕が悪いかどうかじゃない。
とにかく二人を助けるんだ。
責任を取って助けるわけじゃない。
かわいそうだから助けるんじゃない。
助けたいから、僕は二人を助けるんだ。

主人公の駆け足と主人公路線は加速する。

そしてJUMは、少女達の戦場にたどり着いた。


127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 10:31:18.09 ID:3E7P4S9r0
「真紅!!蒼星石を助けるぞ!」

羽と花びらと樹と斬撃が飛び交う中、真紅はそれを聞き入れた。
「水銀燈。協力して頂戴」
「光栄な事ねぇ。あなたに頼み事をされるだなんて」

真紅と水銀燈は互いの距離を伸ばし縮め、確実に蒼星石に接近する。

」本気で邪魔をするの?ジャマハ「

「させないのー!」
「うなだれ兵士のマーチ!!」
苺轍と音撃が踊る。蒼星石の動きが一瞬止まり、
瞬間、二人の一撃が入った。

「絆に縛られ苦しむのみならず、」
「誰かも巻き添えにして紛らわそうってぇ?」
「「そんな絆」」


「「修正してやるーっっっ!!!!!!!!」」


W・絆パンチ。

互いの絆が余程深くなければ出せないその技は、
蒼星石の心を打ち抜いた。ばき。
蒼星石の『二人』の中で、何かが折れる、音がした。


130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 10:51:51.23 ID:3E7P4S9r0
どれほど攻撃しても動き続けた蒼星石が静かになった。

」僕・・・どっから壊れちゃったんだろうね「

「大丈夫。僕が・・・僕が治すから。」

」でもね・・・僕の、ここの辺りが壊れちゃったみたいなんだよ「
蒼星石は、自分の胸に手を置いた。

」ここってさ、体と違って、もう手遅れだろう?治せないだろう?「
「蒼星石、」

治せるかなんて僕にもわからなかった

「それでも僕は二人を助ける。文句は後からいってくれ。」



マエストロの手は輝き、蒼星石の胸の中に入っていく。
蒼星石達の、フィールドへ。

※ょうじょの胸に触れるとお縄もついてくるのでマネしないでね!

131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 11:01:40.23 ID:3E7P4S9r0
JUMがいた。
翠星石と、蒼星石がいた。
翠星石と蒼星石のフィールドは混ざり合い、混沌としていた。
フィールドはJUMが入った直後、ぐらぐらと揺れて崩れていく。
次第に真っ白になる世界。
光の中で二人はJUMに告げる。


    あ
    り
    が
    と
    う
     ゜

翠星石と蒼星石は互いの別れを
JUMと仲間に感謝を、それだけ告げた。
一瞬ですんだ。

気がつくと、僕は物置の床に寝そべっていた。


133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 11:19:28.19 ID:3E7P4S9r0
「うわ、JUMくんったら・・・流石に私もそこでは寝ないわよぉ?」
ホコリまみれのJUMは少し惚けていたが、
すぐに飛び起きて2階へ駆け上がる。

人形達は、部屋にいなかった。

「あー、JUMのやつ、一人でとっとと帰ってやがったですぅ」
「レディをほったらかすなんて、最低ね」
「JUM、ただいまなのー!」
声がしたのは背後、階段からだ。
三体の人形が見えた。

どうやらあのとき混ざりあっていた二人のフィールドは、
JUMの力によって修復され、一旦壊れて分裂したようだ。
そして還る体のある翠星石はこちらへ戻って来た。
翠星石と同様、蒼星石も治ったはず。
ただ、彼女はもう還るものがなく、遠くへ行ってしまったのだろう。

ただ、もう2度と同じことは起こらない気がする。
なぜだろう?



最後にひとつ、翠星石は最近ジュン登りをおぼえた。



135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/05(水) 11:23:06.04 ID:3E7P4S9r0
「はてさて、今回は皆様をこの舞台にお招きしたわけですが(林檎うめぇ)」がしがし

「招かれざる役者が一人こちらに」がしがし

「ごきげんよう、白薔薇さん」がしがし

『ごきげんよう、白薔薇さん』ニコッ

「おやおや、これは手厳しい」がしがし

「ところで聞きますが」がしがし

「一体誰が迷子の蒼薔薇に名を与えたのでしょうか?」がしがし

『一体誰が迷子の蒼薔薇に名を与えたのでしょうか?』ニコッ

「おやおや、これは手厳しい」がりっ